#冬の北海道
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Snow slats, Hokkaido, Japan #japan #japandreamscapes #日本 #写真好きな人と繋がりたい #写真 #ファインダー越しの私の世界 #旅行 #旅 #travel #travelphotography #hokkaido #snow #winter #photographytour #北海道 #雪 #冬
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ようこそ!冬の小樽へ
コスタ・セレーナ CostaSerena
#コスタセレーナ #CostaSerena
#otaru #冬のクルーズ船来航

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🇯🇵中央区 幌平橋 ⇒ すすきの 散歩 2025 / 日本 北海道 札幌市 [4K HDR Binaural ASMR]
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2024年1月ガイドスケジュール更新しました
今年も残すところわずかとなりましたが、いまさらながらようやく来月(2024年1月分)のガイドスケジュールを更新しました。2月以降も順次更新していきます。2/3タウシュベツ、2/24-25道東トリップなど行き先が決定しているのもありますので、Google-Calendar Instagramなどチェックもお願いいたします。
2024年1月ガイドスケジュール
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日本史や世界史の教科書にのっているような有名な歴史的な政治的・軍事的・経済的な出来事にも、「そうなるかどうかはとても不確定な状況があった」「別の結果になる可能性もあった」「ギリギリの賭けの結果そうなった」「当事者も先を見通すことはできていなかった」、というような、運命の一瞬というべきものがエピソードとして残されていると思います。そういうものを、できるだけ短く簡潔に、できるだけたくさん教えてください。
ChatGPT said:
以下は、日本史・世界史の中で、「結果が不確定で、別の未来もあり得た」ギリギリの運命の一瞬に関する有名なエピソードを、簡潔に多数紹介します。多くは教科書レベルで触れられる内容に基づいています。
■ 日本史編
関ヶ原の戦い(1600) 小早川秀秋が裏切らなければ、東軍(家康)は敗北していた可能性。
桶狭間の戦い(1560) 織田信長の奇襲が失敗していたら、今川義元が天下に近づいていた。
本能寺の変(1582) 明智光秀が信長を討った���、光秀がもう一日早く動いていれば、山崎の戦で勝てた可能性。
明治維新(1868前後) 薩摩・長州に対して幕府側が強硬策をとっていれば、内戦が長期化・分裂国家もありえた。
日露戦争(1904–05) バルチック艦隊がもう少し早く着いていたら、海戦の結果は不明だった。
ポツダム宣言受諾(1945) 原爆投下がなければ、降伏がさらに遅れ、ソ連が北海道に上陸していた可能性。
■ 世界史編
アウステルリッツの戦い(1805) 濃霧が晴れるタイミングがずれていれば、ナポレオンの罠は成立しなかった。
ナポレオンのロシア遠征(1812) モスクワ撤退のタイミングがもう少し遅ければ、全滅の危険も。
南北戦争・ゲティスバーグの戦い(1863) 南軍がもう1日早く戦っていれば、北軍の防衛は間に合わなかった。
第一次世界大戦の開戦(1914) サラエボ事件当日、運転手が間違って引き返したことで、偶然暗殺者と鉢合わせ。
ヒトラーの政権掌握(1933) ナチ党は選挙で過半数をとっていなかった。保守派の判断ミスで首相に。
ノルマンディー上陸(1944) ドイツ軍が本格的に対応していたら、連合軍は大損害で頓挫していた可能性。
キューバ危機(1962) 米ソの通信ミスや艦隊指令一つで全面核戦争になっていた可能性が複数回あった。
ベルリンの壁崩壊(1989) 東独報道官の発表ミスで「今すぐ通行可能」と誤解され、人々が一斉に押し寄せた。
■ 経済・外交的な運命の分岐点
ニクソン・中国訪問(1972) 事前にリークされていたら、中国国内や米国の保守派の反発で破談の可能性も。
OPEC石油危機(1973) 数カ国が価格引き上げに反対していれば、世界経済のインフレは緩和されていたかもしれない。
ブラックマンデー(1987) 一部の取引停止措置が遅れていれば、金融崩壊の連鎖が止まらなかった可能性。
リーマンショック(2008) 米政府がリーマンを救済していれば、世界的金融危機は回避された可能性もあった。
こうした「運命の瞬間」は、結果だけを見れば「必然」に見えてしまいますが、現場の判断ミス・偶然・誤解・一人の決断で結果が全く違っていた可能性は少なくありません。もっと知りたい時代や国があれば、さらに深掘りも可能です。興味ありますか?
4o
ChatGPT said:
以下に、先ほどのリストに追加する形で、**「結果が不確定だった運命の一瞬」**をさらに多数、短く簡潔にご紹介します(教科書レベルを中心にしつつ、ややマイナーでも有名エピソード性のあるものも含めます)。
■ 日本史:追加分
大坂冬の陣(1614) 真田丸の防衛がなければ、徳川軍は大敗の可能性も。
ペリー来航(1853) 応接が失敗していたら、軍事衝突に発展していた可能性。
西南戦争(1877) 官軍側の戦意が崩れていれば、政府転覆の可能性も。
226事件(1936) 皇道派が天皇の支持を得ていれば、クーデター成功の可能性。
ミッドウェー海戦(1942) 偵察機の報告が遅れていれば、日本軍が先手を取っていた。
■ 世界史:追加分
スパルタ vs アテネ(ペロポネソス戦争) ペリクレスが疫病に倒れなければ、アテネの勝利もありえた。
カエサルのルビコン渡河(前49) 渡らなければ元老院派に討たれたかもしれず、逆に戦争が起きなかった可能性も。
コンスタンティヌスのミルウィウス橋の戦い(312) 敗れていればキリスト教は国教になっていなかった可能性。
グスタフ・アドルフの死(1632) 三十年戦争のスウェーデン軍の退却で、プロテスタント勢力の衰退が加速。
アメリカ独立戦争・ヨークタウン包囲戦(1781) フランス艦隊の到着が遅れていたら、英軍が脱出できた可能性。
第二次世界大戦・スターリングラードの戦い(1942-43) ドイツ軍が早く撤退していれば、ソ連の反攻は失敗していたかもしれない。
ヴェトナム戦争・テト攻勢(1968) 北ベトナムがもう一歩攻勢を強めていたら、米国の撤退は加速した可能性。
■ その他(政変・思想・技術・文化)
ルターの宗教改革(1517) 教会が穏便に対応していれば、分裂は避けられたかもしれない。
アメリカ合衆国憲法制定(1787) 奴隷制問題で妥協ができていなければ、成立しなかった可能性も。
エジソン vs テスラ(電流戦争) 商業的な支援先が逆なら、直流が主流になっていたかもしれない。
インターネット普及(1990年代) 初期の開発費や政策判断が違っていれば、米国外でリードされた可能性。
いずれも「歴史は一瞬でズレていたかもしれない」典型です。「歴史のif」は、現実の複雑さと人間の限界を象徴する要素でもあります。特定の時代や事件に絞ってもっと知りたいですか?
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2025年バイク冬眠明け!
相棒CB223Sの冬眠明けの天気はどんより曇り空… それでも約半年ぶりのバイクで風を切る気持ち良さは格別です。 少し走っては道中の静かな喫茶店でひと休み。 喫茶店でオーナーさんのこだわりを感じる、ゆっくりとした時間がたまらなく好きです。
北海道ではいたるところでフキノトウが出てきて、季節が春に変わっていくことを教えてくれます。
今年はどこまでいけるだろうか…しっかり堪能していきます!
一枚目【焦点距離】40mm【ISO】64【SS】1/800【F値】/2 二段目左【焦点距離】40mm【ISO】64【SS】1/2500【F値】/2.2 二段目右【焦点距離】40mm【ISO】1600【SS】1/40【F値】/2 三段目左【焦点距離】40mm【ISO】64【SS】1/1250【F値】/2.8 三段目中【焦点距離】40mm【ISO】640【SS】1/40【F値】/2 三段目右【焦点距離】40mm【ISO】900【SS】1/40【F値】/2 七枚目【焦点距離】40mm【ISO】64【SS】1/500【F値】/2
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「北海道ヌーボー・冬」もりもとの新スイーツブランド、濃厚ミルク×チーズのふわふわスフレなど池袋東武に
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250228
今日は早く起きない、と決めていたから早く起きなかった。 のんびりしすぎて、米を炊くことも忘れてしまって、ざっと研いで、早炊き。 ほかほかを弁当につめて、ばたばたと家を出る。 昨日、友人と電話をしていた影響で、ついそのテンションで職場の研究室の人と話をしてしまう。そう、やたらと気やすく。 東京から、研究をするためだけに帯広に来た彼をとても応援したいと思ったから、とても応援している気持ちです、と伝えた。博士課程はあと3年あるらしい。
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250301
今日は最高気温が10℃をこえた。 マフラーなしでも、手袋なしでも、気持ちよく歩けた。 嬉しくて、嬉しくて、仕方がない。 アルバイトの休憩時間、外のベンチでコロネを食べる。 空が水色。雲がない。いい天気。 このまま春になってほしい。 また、雪が降るらしい。
今週は仕事が夜までだった彼と、ひさしぶりに会う。 見事なすれ違い生活を送っていた。 スーパーに行くのも、ドラッグストアに行くのも、たのしい。 頭が興奮状態でおしゃべりが止まらない。 ガチャガチャを回す。 これ以外だったらいいな、と思ったそれが出た。 犬のぬいぐるみのキーホルダー。あまり可愛くないのにずっと見ていると可愛くみえてきた。 晩ごはんは半額シールの貼られたお弁当。 途中で食べることに飽きてしまって、残りは彼に食べてもらった。
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250302
朝、少し寝坊して、顔を洗って、ぼんやり布団のへりに座る。 陽ざしがあかるい。 洗濯物がサーキュレーターの風で揺れている。 やっぱりこの土地で暮らし続けるのは私には無理だ、と思う。 閉じていたみたいな冬だった。 ここ数年、私をわたし、と書いていたけれど、最近は私になっている。
白髪が増えた。 見つけ次第抜いていたけれど、これから禿げてしまう可能性も考えると、白髪も一本の髪の毛だよな、と思い、今日は抜かなかった。 白髪のおばあちゃんになりたい。
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250303
朝、アルバイトへ向かう道は空が朝を迎える方向で、バッグミラーに映る空はまだ夜。 アルバイトをして、仕事をして、帰宅。 昨日の晩ごはんの残りの豚肉となすと玉ねぎの炒め物と、サニーレタスと少しの米を丼ぶりに盛ったら、たっぷりになって嬉しかった。 食べ終わると、そのまま横になってしまう。 疲れている。 すぐに身体がねてしまう。
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250304
朝、もう朝だな、と起きる。 ねる前に読めなかった本のページをめくる。
ふかいところで疲れていて、思考が負に回転する。 存在しているのか、していないのか、わからない、と思いながら仕事。 UVランプを交換しようとしたらうまくできず、人に助けてもらう。 余計なことばかりしている。
夜、知人とご飯を食べる。 ニョッキ。お皿いっぱいにもちもちとしていた。 いっぱいすぎて満腹になり、少しねむくなる。 知人は北海道で暮らし始めて、3年。 やっと今の暮らしの大切さを味わえるようになったと言っていた。 私はまだ落ち着けない。3年。ここで3年暮らしていたら、私も心の底からおだやかになれるのだろうか。
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250305
朝、ぼんやりとしている。 布団の上で正座のまま停止。 今日は休みで、何をしよう、と頭が考え始めたから立ち上がる。 美術館へ行く。 けっこう雪が降っていて、少し歩くだけで、雪にまみれる。 いろんな人の作品をみて、私は今、絵を描いていない、と思った。 絵に向き合う時間が少なすぎる。 もっと絵を描こう。
この間スーパーで大葉を買ったから、ささみに大葉と梅をつめて、焼いた。 薄味になってしまったけれど、おいしかった。
夜、このままだと私たち、離婚しちゃうのかな。 お互いがうなずいてしまうくらい、一緒に暮らしていることが苦しい。
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250306
朝、少し早起き。 くちびるの皮を剥いてしまう。 今日も雪が降っている。 雪のかかった町は日常から離れたしずけさで、深呼吸だ、と思う。 木が凍っている。樹氷というらしい。
夜、明日がたのしみなような気持ちでねた。
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250307
朝、日記を書こうと思って、朝、とだけ書いたところで、窓の外をみたら車が雪をかぶっていて、慌てて雪を降ろしに行く。 アルバイトに遅刻してしまうところだった。 ポテトサラダのためのじゃがいもの皮を剥き、今度は大学での仕事。 午前中に会ったときには髪の長かった人が、午後には坊主になっていた。 衝撃的過ぎて、ひさしぶりによく笑った。 いろんな人にからかわれたらしいけれど、案外似合っていた。
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険道259-258号線
国道9号線高井交差点から右折し県道259号線に。早速の険道

この辺りはまだまだ走り易い

早速の絶景😆中腹の赤い建物とその左の開けたところがおそらく兎和野高原

こちらは正面がスカイバレーで右手がおそらくハチ北高原スキー場

走り易い芝草の道

金山峠との分岐点。南下すると金山峠だが本日は北上して日本海を目指す

舗装路ながら路面が荒れてきた

絶景スポットの蘇武岳登山口駅展望台


橋を渡ると蘇武岳登山口

バイクじゃ行けないので勿論このまま神鍋方面に

わかりにくいけど右手の山にうっすら見えるのがオジロスキー場


蘇武岳の真横あたりで5月も半ばになるというのに残雪😅


枯れ葉と土砂でわかりにくいけど右手の雪が雪崩て殆ど道が塞がれている

この辺りは崩落してアスファルトに亀裂😅


路面がかなり酷くなってきた

とうとう道が全面雪で塞がれている。

かなり滑りながら何とか横から越えられました

倒木まで出て既に廃道状態


道が見えない😱チョット踏み外すと真っ逆様

この辺りから258号線となりまたもや雪に覆われる


冬にいつもお世話になる奥神鍋スキー場頂上付近栃ノ木コース

このまま降れば国道482号線に出れる

蘇武トンネルの真上あたり?

分岐点を真っ直ぐ行くと険道258号線と4号線の分岐、道の駅矢田川に出る。本日は右に曲がって三川線に

#photo#travel#ツーリング#instagood#バイクで行く景色#photographers on tumblr#photography#road#touring#motorcycle#ski#snow#ハチ北#スカイバレィ#スキー場#林道#絶景#氷ノ山#山#兵庫県
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#日常 #おでかけ #ひるがの高原SA
雪です。雪景色です。
真冬の写真……ではなく、つい3日前の、4月16日に撮ったものです。
高山方面に向かうために東海北陸道を北へ向かって走っていたのですが、もう桜も散って新緑の季節だというのに、途中の電光掲示板に「雪注意」との文字が。いやいや雪どころか初夏の気候ですぜ?と思いながら美濃〜郡上あたりを走っていたのです、が。
高鷲インターを過ぎたぐらいからどうにも様子がおかしい。もしかして道路脇にあるアレは残雪……?と思いながらひるがの高原までやってきたらこれです。残雪どころの騒ぎじゃない。
標高の差ってここまで季節が違うものなのね…!?と驚きながら、雪景色の中完全に春の格好をした愚かな私は震えながらサービスエリアを歩いたのでした。
……というのが3日前の話です。
本日の自宅付近の気温、30度超え!長袖を2枚着て職場に向かった私は、3日前の愚かな私を真逆の意味で再現するのでした。いま再びの愚かな私(汗だく) 。
さすがに3日間で真冬から夏を体験することになろうとは、そこまで私は生き急いでないぞ!
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最近、ニューミュージック?私の親世代の歌をよく聴いている。
私の家は、小さな頃から中学生の時まで、
毎週と言っていい程、日本全国何処かに連れて行ってもらってた。親が、山のクラブで知り合って結婚した夫婦なので生粋のアウトドア夫婦だ。
冬は毎年北海道や東北あたりにスキー行ったり、夏は海、川、キャンプ。
おかげさまで美しい自然の景色をたくさん見れた。その経験が今の私の価値観も作ってくれていると思うから感謝だ。
車に乗ってる時はいつもお父さんが、昔の音楽を流してた。高速道路から見えるオレンジの光を見ながら、少しうとうとしながらこの音楽を聴いていた。
だから、私にとってとても思い出がある歌達だ。
何とも言えない懐かしい気持ちになる曲たち。
子供の時は辛い思い出も多い。辛い思い出の方が多かった。でも、この旅行の時だけ、幸せな思い出。
私が自我が芽生える前に、よく馴染んで聴いてたらそりゃ思い出の歌になるよね。
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Sloping ridge #japan #japandreamscapes #日本 #写真好きな人と繋がりたい #写真 #ファインダー越しの私の世界 #旅行 #旅 #travel #travelphotography #photooftheday #picoftheday #photographylovers #hokkaido #landscapephotography #landscapelovers #winter #snow #北海道 #冬 #雪 #風景 #風景写真
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関東の北海道民 ・寒さに強いと思われがちだが、別に強くはない ・防寒対策には長けているので、外を歩く分には平気な顔をしてる ・基本暖房ガンガンの家で冬を過ごすので、家の中が寒いという状況に慣れてなさすぎて、関東の家に入るとちいかわになる ・雪がある方が暖かいとか狂った事を言い出す
Xユーザーのカワバタヨシヒロさん
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🇯🇵すすきの ⇒ 札幌駅 冬の散歩 2024/日本 北海道 札幌市 中央区 [4K HDR Binaural ASMR]
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企業が「黒海」に注目すべき3つの理由 地政学的重要性、ウクライナ戦争で表面化
2022年05月28日 07時30分 公開
[奥山真司, 樋口隆充(編集),
2月下旬に始まった、ロシアによるウクライナ侵攻(以下ウクライナ戦争)は3カ月以上が経過した現在も、終結の兆しが見えない。コロナ禍に加え、戦争が勃発したことで国際物流にも影響が及び、物流コストが日増しに上昇している。その要因は単なる原油価格の高騰だけではなく、戦争でウクライナ周辺の海域が「危険水域」となり、それに伴い、船舶や貨物にかける保険各社の海上保険料が値上がりしたためでもある。
物流コストの上昇は、当然のことながら小麦など原材料価格にも影響を与える。このように、日本国内で相次ぐ、飲食各社などによる値上げの背景には、戦争も絡んでいるのだ。食料自給率が約37%(2020年度)と、食料の多くを海外からの輸入に頼る日本にとって、ウクライナを巡る情勢は、遠い異国での対岸の火事ではない。
こうしたことから、今回のウクライナ戦争を通じて、海上ルートの重要性が浮き彫りになりつつあり、中でも最大の焦点となっているのが、ウクライナ周辺に位置する「黒海」(Black Sea)の地政学的重要性だ。
ウクライナ戦争では、ウクライナ東部のドンバス地方などでの陸上戦闘にばかり注目が行くのに対し、黒海が持つ��戦略的な空間」としての重要性については、世界的に潜在的なインパクトが大きいにもかかわらず、その注目度は異様に低い。
そこで本稿では、日本ではあまり注目されない黒海の地政学的重要性を、「商業」「軍事」「大国間の権益」という3つの視点から解説する。
スエズ運河通貨貨物の7割が「黒海」経由
黒海が世界的に注目を集める1つ目の理由が、���界的な「商業ルート」になっている点だ。黒海以外の世界的な海の商業ルートといえば、有名なところでは「南シナ海」や「パナマ運河」がある。
だが、欧州とアジアを結ぶものとしてはスエズ運河が代表格となる。2021年3月に日本の正栄汽船(愛媛県今治市)が契約する船が座礁し、6日間に及ぶ大渋滞を起こしたことが記憶に新しい、あのスエズ運河だ。
英フォーリンポリシー誌は4月25日付けの記事で、スエズ運河を通過する全貨物のうち70%に相当する貨物が、黒海の出口であるダーダネルス海峡を通過していると報じている。こうしたことは日本ではあまり報じられていない、黒海の重要性を示す一つの指標と言えるだろう。
だが、ロシアのウクライナ侵攻で、当然のことながら、この貨物輸送ルートは使えなくなり、世界経済に深刻な影響が出ている。
小麦不足で再び「アラブの春」到来か
ウクライナは輸出量で世界第5位の小麦生産地であり、その大半をオデーサやマリウポリをはじめとする同国の黒海沿岸の港から運び出しているのだが、現在、この海域をロシア海軍がコントロールしているために、収穫したほとんどの量を運び出すことができていない(わずかだが陸路でも可能)。
一部では、勇敢なウクライナの農民たちによって今秋収穫分の作付けのうち、8割から9割が終わったとの報道も出ているが、その前の冬に収穫した小麦がまだサイロや倉庫に眠っていて出荷ができないため、仮にせっかく収穫できたとしても行き場のない穀物を腐らせるだけになる可能性が高い。
日本はウクライナ産の小麦をほとんど輸入していないため、この影響は限定的かもしれないが、ウクライナ産小麦の多くはエジプトなどアラブやアフリカ諸国向けである。このため、小麦の消費国において品不足になると、小麦価格の高騰によって、チュニジアやリビアなどの独裁政権が相次いで崩壊した「アラブの春」(10年~12年)のように、再び政情不安になる可能性が高まる。
英ガーディアン紙の5月19日付けの記事によると、国連は既にこの最悪のシナリオを十分に認識しており、ウクライナから小麦が搬出されないと世界的な食糧危機に至ると���て警告を発しているという。
軍事ルートとして重要な黒海
2つ目の理由が、黒海が世界的な軍事ルートでもあるという点だ。これをよく示しているのが、ロシアのクリミア半島侵攻(14年)だ。
クリミア半島を、ロシアが占拠した大きな理由の一つが軍事拠点としての重要性だ。クリミア半島には旧ソビエト連邦(ソ連)時代から続く、ロシア海軍の黒海艦隊の軍港があり、97年からウクライナから租借していた形となっていたセヴァストポリを直接支配下に置くため、ロシアは軍事侵攻に踏み切った。
つまり当時のロシアは、クリミア半島を奪取することによって、黒海における海の軍事的なルートの支配権を確保しようと試み、見事、それに成功している。
こうした力による現状変更に対抗しようと、米国主導の軍事同盟「北大西洋条約機構」(NATO)参加国たちは、ロシアから黒海の軍事ルートを守るため、今回の戦争ではウクライナを軍事的に支援している。
例えば、ウクライナ南部の黒海沿岸に、オチャキフというウクライナ海軍の軍港のすぐそばに米海軍の人員を常駐させ、両国海軍の共同作戦司令部を建設する計画や、同軍港を拡張し、米海軍の艦船が定期的に停泊できるようにする計画の他、アゾフ海のベルジャーンシク港の増強計画にも合意している。
だが、ウクライナ戦争開戦がささやかれ始めた時点で、すでにNATO側は黒海内の軍事バランスがロシア側にあることを認識していた。英ロイター通信は2月25日付けの記事で、開戦前からNATO加盟国側の主要艦船はすべて黒海を離れていたと報じている。
日露戦争から分かる海洋ルートの重要性
軍事ルートとしての海の重要性は、日露戦争のときのバルチック艦隊の例を考えれば分かる。当時の世界の海は、帝政ロシアのライバルである大英帝国にコントロールされていた。
このため、ロシア帝国の海軍は、日本に向かう際にショートカットするためのスエズ運河を通れず、アフリカ大陸を大回りして疲弊していたところを、対馬沖で待ち構えていた東郷平八郎率いる連合艦隊に沈められたのである。
当時のロシアは軍事ルートとなるはずであったスエズ運河を大英帝国のおかげで使えなかったのだが、今回の戦争では逆にNATO側の船が離脱したため、黒海の軍事ルートは確保できたのだ。
NATO陣営のトルコ、黒海の出入口を封鎖
ただ、今回の戦争の場合、トルコが黒海の出入り口を封鎖しているため、ロシアは外から艦船の増援はできない。NATO加盟国のトルコが、トルコ領内のボスポラス海峡・マルマラ海・ダーダネルス海峡の通航制度を定めた「モントルー条約」(1936年制定)に則って、ロシアをはじめとする軍艦の航行を制御しているからだ。
これを大きく俯瞰して考えると、ロシアは黒海という「内海」そのものは、ある程度コントロールできている一方で、その出入り口であるダーダネルスやボスポラス海峡をNATO側のトルコによって「フタをされている」という状態なのだ。
日露戦争から100年以上の時を経た今回の戦争でも、ロシアはまたしても敵対勢力に海上での主導権を握られていることになる。
大国間勢力圏争いの最前線に位置する黒海
これまでのことから、黒海に注目すべき3つ目の理由として、NATOとロシアの権益が直接ぶつかる最前線であったという結論が導き出される。それは、そもそも冷戦開始直後からNATOとソ連が黒海を巡り、直接衝突した経緯を見てみればよく分かる。
NATOは、米国が主導する多極的な軍事同盟であるが、その実態は、それが「海洋国家の同盟」であるとも言えるのだ。
例えば、第二次世界大戦が終結した時点で、黒海周辺では共産主義を掲げるソ連の影響力が強まっていた。それに恐怖を感じたトルコとギリシャは、互いに外交的な問題を抱えているにも関わらず、同じNATOという軍事同盟に参加し、地中海の最東端で海を通じて米国とつながることを選択したのだ。
ところが黒海に接している周辺の国々、つまりルーマニアやブルガリアなどは、40年代から50年代にかけて次々と共産圏に組み込まれ、結果として冷戦期の間、黒海は「ソ連の内海」となった。
旧ユーゴは「非同盟中立」 理由は「アドリア海」
興味深いのは、バルト海の周辺国との状況との比較である。この地域で冷戦初期に共産圏に組み込まれたのはバルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)、ポーランド、そして旧東ドイツだが、昨今、NATOへの参加を表明したばかりのスウェーデンも、当時は中立であったために、西側諸国はバルト海へのアクセスが困難であった。
つまりバルト海は「ロシア(ソ連)の海」であったために、その周辺国は(デンマークを除いて)共産化され、ソ連の影響下にあったと言える。
周辺諸国が共産化する中、ユーゴスラビアはソ連の完全な影響下には入っておらず、中立的な立場をとることができたが、これは東欧の社会主義国の中でも唯一西側の海洋ネットワークがリーチできる海(アドリア海)に位置していたという点も大きい。
冷戦後に“NATOの海”になった黒海
黒海に話を戻す。冷戦が終わると、ロシアの影響力は低下し、ウクライナやジョージアのような黒海周辺の国々も独立を果たした。ルーマニアやブルガリアなどは、NATOだけでなく欧州連合(EU)にも加盟している。
これはつまり、冷戦後の時代に入ると黒海の半分は「NATOの海」になったということだ。見方を変えれば、14年のクリミア半島侵攻から今回のウクライナ戦争に至るまでのロシアとNATOの争いは、陸上での領土争いということ以上に、黒海を巡る勢力圏争いでもあったということだ。
そしてロシアは、今回の戦争で、ソ連時代の黒海のコントロールを、一時的にせよ復活させ���と言える。
「ルートを支配すること」の重要性
米海軍出身の戦略家JCワイリーは、かつて戦略の最大の狙いは、相手に対していかに優位な状況を確立できるか、つまり「コントロールできるかどうか」であると説いた。
単純な「戦場での勝利」ではなく、それを含めた状況での優位の確保が、戦争の勝利だけでなく、その後の平和の構築や維持においても決定的に重要であると見抜いていたからだ。
これを現在行われている戦争に当てはめて考えると、ロシアとウクライナ(NATO)の最大の争点のうちの一つは、もちろんメディアで注目されているような東部ドンバス地方の陸上戦闘でもあるのだが、それ以上に「誰が黒海の海上ルートをコントロールするか」にあるとも言える。
この考え方は、そのまま日本にも当てはめて考えることができる。例えば、日本経済の動向に直結する海域や海上ルートとしては、黒海よりも潜在的なインパクトの大きいペルシャ湾や南シナ海が挙げられる。こうした海域が、誰によってコントロールされるかというのは、軍事的にも商業的にもそこを利用する国々にとって致命的に重要なのだ。
軍事でも経営でも「ルートをコントロールすること」の重要性は共通しているのである。

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「もう日本の町じゃない」成長続ける”世界のニセコ”―時給高騰し人集められず…閉鎖する介護事業所も 2/16(日) 17:01配信
パウダースノーを武器に、世界的リゾートに成長した北海道のニセコ地域。投資熱は冷めず、円安を追い風にインバウンド(訪日外国人)の流入も止まらない。食品スーパーには、外国人向けの1折3万円を超える生ウニが並び、飛ぶように売れている。
【写真で見る】北海道各地でトラブル…“迷惑外国人”も出現―雪まつり会場スタッフに“雪玉攻撃”する様子配信
バブルのような好景気に沸く一方で、労働力が枯渇し、時給水準が東京より高い2000円を超えるまでに高騰している。人を集められず、閉鎖する介護事業所も出てきた。
外国人の交通事故も一冬500件を超し、住民とのトラブルも増えている。拡大を続けるニセコの現状に迫った。
スーパーに並ぶ3万円のウニ 地元民は「手が出ない」 倶知安町のスーパーで販売されている1パック3万円を超える生ウニ
ここは本当に食品スーパーなのか――。ニセコ地域の一角、倶知安町の「マックスバリュ倶知安店」には、世界的なリゾート地にふさわしい高級食材が並んでいた。
「外国人客が多い冬期間は観光客に満足してもらう商品を豊富に取り揃えている。やはり味にこだわらないと需要はない」(店長の田村誠さん)
北海道産生ウニが1折で3万2184円。急速冷凍したタラバガニのボイルには2万7864円の値札がついていた。霜降りの和牛もきれいに陳列されている。地元住民が目を丸くするような金額だ。
ウニを前に大興奮の外国人観光客
店内を見わたすと6割が外国人。高級食材をためらいなく、買い物かごに放る。アメリカの男性は「どの商品もアメリカより安いし、この品質なら全然高くない。せっかく日本に来ているから、おいしいものを食べないとね」と満面の笑み。かごをのぞくと総額11万5000円の食材が入っていた。
「私には縁がないかな。品ぞろえが良く安く買えるので、ほっとしている」。地元住民の買い物客はうらやましそうに外国人を見つめていた。
外国人ばかり 住民「私たちの町じゃない」とため息 外国人観光客らが歩くニセコのひらふ地区
ニセコ地域は倶知安、ニセコ、蘭越の3町を指す。2023年度の外国人宿泊数は、統計の残る2006年以降最多の延べ73万8800人。12月から3月のハイシーズンは関係者の間で「ニセコ100日戦争」とも言われている。
スキー場のふもとにあり、最もにぎわう倶知安町の「ひらふ坂」は目の前には雄大な羊蹄山が広がる絶好のロケーション。1戸10億円を超えるコンドミニアムや別荘、高級ホテルが並ぶ。
1平方メートルで70万円以上する土地もあり、価格は10年前の倍。札幌の高級住宅地よりも高いところがあり、投資熱は一向に冷めない。 行き交う人の大半は外国人。バス停の行列も外国人だ。「活気があるのはいいが、ひらふはいまや私たちのマチではなくなった」。地元住民の女性が本音を漏らした。
時給2000円超も 開発で上昇する賃金水準 店頭に出されているすき家5号倶知安店の求人
外国人の開発は賃金の高騰をもたらした。人材サービス大手の「ディップ」によると、去年12月のニセコエリアの平均時給は3年前を555円上回る1585円。これは札幌より445円、東京都より117円高い。
地元関係者によると、ひらふ地区の相場が時給2000円、英語を話せるなら2500円。市街地の大手牛丼チェーンでは時給1650円、深夜なら1900円でスタッフを募集していた。
あるホテルのスタッフは「飛び抜けてよい条件は出せないので早めに求人を出して目立つようにしている。たくさんの応募があるので面接するのが大変」と笑う。
別の関係者は「うちを含めて飲食店や宿泊施設は常に人が足りていない」と打ち明ける。
賃金格差大 人材争奪戦に敗れ撤退した法人も 地域内で賃金の格差が生じているニセコ地域
人手不足は地元民の生活を支える施設でも深刻だ。ニセコ地域を管轄する岩内公共職業安定所によると、介護や接客などのサービス業の有効求人倍率(去年11月)は4.52。人手が足りず、壮絶な争奪戦となっている。
倶知安町では、訪問介護事業所と認知症対応型の共同生活介護施設の2つの事業所が去年10月までに相次ぎ閉鎖した。
運営する社会福祉法人によると、理由は「働く人が集まらない」。他の地区よりニセコ地区の単価を上げて求人を出していたが、5年間応募はゼロだった。
物価高や最低賃金の上昇が追い打ちをかけ、廃止を決めた。利用者約20人は町内2か所の事業所に引き継がれた。
閉鎖する介護事業所もあり、高齢者にしわよせが
ある町内の事業所には8人が移った。そもそも人手不足でヘルパーを増やせないので、以前からいた利用者にしわ寄せが及んだ。 「週3から週1に減った方もいる。お金を払うからもっと利用したいと言われても対応できない」(利用者を引き受けた事業所の職員)
この法人が運営する別の事業所で働いていた従業員が内情を明かす。
「介護は大変なわりに時給が1000円ちょっと。ひらふはベッドメイキングでも時給2000円。あまりにも賃金の格差がある。ひらふ辺りはもう日本の町じゃない」(元従業員)
介護事業所の閉鎖はすぐに町内を駆けめぐった。倶知安町で暮らしてきた70代女性は不安を口にする。
「いまは人手不足の時代なので、介護する人も少ないのは仕方ないが、年齢が年齢なので不安。やはり最期は倶知安で過ごしたい」 交通事故の4割外国人 日々の生活に不安 夜も外国人でにぎわうひらふ地区
北海道警倶知安署によると、ニセコ地域で昨冬に起きた交通事故は前年同月比133件増の1024件。そのうち45%を外国人が占めた。大半は冬道に不慣れな人の操作ミスが原因だが、地元住民にとっては不安の種だ。
「交差点で一時停止しない。スピードを出して走っている」「気を付けないと。対向車線を走っている外国人がいるので」(いずれも地元住民)
日本の法律を確認せず、自国のルールや価値観で車を運転することもある。
1月13日未明、ひらふ地区で、オーストラリア国籍の男(31)が酒気帯び運転の現行犯で逮捕された。
警察の調べに男は「自国のルールでは少しアルコールが残っていても大丈夫なので、日本でもいいと思った」などと供述した。
スキーヤーの連絡手段? 不法電波で飛び交う外国語 パウダースノーを求めてやってきたスキーヤーら
法令違反は道交法にとどまらない。違法な周波数で無線を使用するケースも多い。総務省の出先機関、北海道総合通信局によると、1月の調査で確認された121回の不法電波の交信のうち、114回は外国語だった。
バックカントリーが盛んなニセコでは、外国人のスキーヤーらが仲間と連絡を取るために無線を使っているという。
「パトカーや消防、航空機の通信が妨害され、人命に危険を及ぼす可能性がある」(北海道総合通信局)
悪意はないとみられるが、明らかな違法行為だ。
物価高で「普通の生活」さらに困難に 識者の懸念 倶知安町駅で行われている北海道新幹線の延伸に向けた工事
倶知安町の人口は1万7000人。外国人が20%以上を占める。
ニセコ人気の先行きは――。北海道の不動産に詳しいアナリスト、志田真郷さんは今後も投資が進むと分析。物価の上振れで、家賃の高騰し新たな施設が建設しづらくなる。地域住民が生活しづらい状態は加速するとみている。
新幹線の開業を知らせる看板
「ニセコは海外の所得水準に合わせて上振れしている。住宅地の価格も上がっていて、通常の住宅地や商業施設、介護施設が成立する水準ではなくなってきている。生活の利便性も下がっていくだろう」
夜も外国人観光客でにぎわう
オーストラリア人がニセコに投資し始めてから20年がたつ。ニセコはアイヌ語で「切り立った崖」の意。隔絶された豪雪地帯から世界の富裕層を魅了する高級リゾートとなった。
北海道新幹線が延伸されると、札幌との移動は2時間超から25分に短縮される。インバウンドの流入や投資は止まる気配はない。 パウダースノーを武器に、世界的リゾートへと成長したニセコ。最もにぎわう「ひらふ坂」は見渡すかぎり外国人で、まるで異国のようだ。
スキー場のふもとにある倶知安町は人口2万人弱の町。平均時給は東京を上回り、ひらふでは、時給2000円超えはめずらしくない。「ひらふ辺りはもう日本のマチではない」。地元住民が嘆くのも無理はない。
深刻なのは、介護事業所の相次ぐ閉鎖だ。撤退をよぎなくされた事業所によると。他の地域より単価を上げて求人を出しても応募は5年間ゼロだった。「あまりに賃金の差が大きい」(介護事業所の職員)。たしかに介護職の時給はひらふの半分ほど。格差が生まれ、従来の地域コミュニティーをゆるがしかねない事態になってしまった。
北海道新幹線の延伸が予定され、ニセコへのインバウンドの流入や投資は止まる気配はない。「最後は倶知安で過ごしたい」。取材中に何度も聞いた高齢者の言葉が脳裏に浮かぶ。地元住民の思いは届くのだろうか。
※この記事は北海道ニュースUHBとYahoo!ニュースとの共同連携企画です。コロナ禍からのインバンドのV回復に追いつかず、オーバーツーリズムの危機に直面する北海道観光の現状を追いました。
(「もう日本の町じゃない」成長続ける”世界のニセコ”―時給高騰し人集められず…閉鎖する介護事業所も(北海道ニュースUHB) - Yahoo!ニュースから)
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