#福岡映画部
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koch-snowflake-blog · 7 months ago
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Fukumuro Rion 福室莉音
生年月日 2000年10月24日
出身地 静岡県
サイズ 身長159cm
趣味=映画鑑賞、歌うこと
特技=日本舞踊
福室 莉音は、日本の女優。静岡県三島市出身。テイクオフ所属。明治学院大学法学部卒業。 高校在学中の2018年に、テレビ朝日系「音楽チャンプ」で優勝。 2021年 配信のYouTube連続ドラマ『THE BAD LOSERS』でヒロインのマリナ役をオーディションで獲得し、女優デビュー。 ウィキペディア
生まれ: 2000年10月24日 (年齢 24歳)
身長: 159 cm
趣味は映画鑑賞、歌を歌うことで、特技は日本舞踊。目標は小学生の頃から志してきた「歌える女優」 。  
  
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moment-japan · 7 months ago
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1978年 赤穂城断絶
監督:深作欣二
撮影:東映(東映太秦映画村)
出演:萬屋錦之介、千葉真一、松方秀樹、若林豪、三田佳子、岡田茉莉子、西郷輝彦、渡瀬恒彦、芦田伸介、藤岡琢也、金子信夫、近藤正臣、原田美枝子、森田健作、田村亮、峰岸徹、夏樹陽子、寺田農、宮内洋、藤巻潤、福本清三、島英津夫、佐藤佑介、中村光輝、和崎俊哉、島田歌穂、橘真紀、江波杏子、三船敏郎、丹波哲郎 ほか
今日は赤穂事件のあった日なので、昨日BSで放送していた赤穂城断絶を本日鑑賞。
今年は物凄い数の忠臣蔵の映画をBSでやっているので非常に嬉しい。
製作費がいくらかかったか心配になるほど出演者が凄すぎる東映のオールスターキャストによる作品で、昭和53年度文化庁芸術祭参加作品。
浅野内匠頭役の西郷輝彦が以外にも良く似合っている。
吉良上野介役の金子信夫の独特な嫌味感も最高。
不破数右衛門役の千葉真一が面白い演出で彼の演技部分を見るだけでも価値がある。
堀部安兵衛役の峰岸徹がかっこよすぎる。
吉良の家臣・小林平八郎役の渡瀬恒彦と千葉真一との殺陣シーンが、今まで見た忠臣蔵映画の中でも尋常じゃない激しさ。
小林(渡瀬恒彦)を倒した後の不破(千葉真一)の激しい息遣いは間違いなく本物。
(本当に凄いぞ、見ていて呼吸困難になりそうだった)
「目指すは吉良上野介一人。白髪首ただひとつ」
大石���蔵助役の萬屋錦之介の淡々とした演技が、現代のリーダー像にも通じる信頼感万全な風格に満ちている。
そして、この映画のロケ地は以外にも兵庫ではなく、ほぼ滋賀と京都。
二条城北大手門、二の丸御殿、本丸西虎口、彦根城、相国寺、大覚寺、金戒光明寺、永観堂、南禅寺僧堂坂、知恩院・・。
キャストだけではなく、京都のお寺もオールスター出演でした。
(京都好きの人は間違いなくニンマリ)
アスペクト比が2.35:1シネマスコープで撮影されているので、江戸城での刃傷シーンや討ち入りのシーンでは非常に迫力があります。
本作で渡瀬恒彦がキネマ旬報賞助演男優賞と第21回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。
エキストラの数、セットや衣装の出来が今まで見た忠臣蔵の中でも最高レベル。
赤穂城断絶は忠臣蔵映画の中でも間違いなく最高傑作の1本です。
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m12gatsu · 10 months ago
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あきらか
過日、細君が海外旅行に出て退屈しているというAの家に転がり込んで痛飲した。奇しくもA宅は俺の職場から徒歩5分くらいのところに在って、退勤後にふらっと立ち寄れるのが俺もたいへんありがたい。この日はAが引き合わせてくれたシネフィルA氏(イニシャルが同じでややこしい)もいて、料理の上手い彼が手製の麻婆豆腐を振る舞ってくれるなどした。俺は福岡で買ったカールを手土産に持ってった。しぜん話題は最近観た映画に及び、大学で映画を専攻したというA氏は内情にも詳しく、ルックバック(58分)や黒沢清のChime(45分)といったコンパクトな上映時間が、今後しばらくは映画業界の流行りというか、ひとつのパッケージになっていくだろう、ということを予見的に述べていた。そもそも映画史的も方法論的にも、2時間がスタンダードである根拠すら俺は知らないけど、物語を語りきれないくらいだったら、なんぼでも長くすればええやん、というのが俺の気持ち。連ドラを全部繋げて映画として上映したラース・フォン・トリアーのキングダムみたいな例もあるわけで。ショート動画とかファスト映画とか、誰が何をそんなに急いでんのかね。スペクタクルの希求は観客の特権ではないのか。9月には濱口竜介の、10月にはタル・ベーラの特集上映がある。『親密さ』を、『サタンタンゴ』を観たことがないなら観た方がいいぜ。エンドロールの途中で席を立つな、スマホを見んな。
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fa-cat · 1 year ago
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元NHKアナ・鈴木健二さん死去 95歳 老衰 「クイズ面白ゼミナール」などで人気
 「クイズ面白ゼミナール」の司会やベストセラー本「気くばりのすすめ」の著者で知られる元NHKアナウンサーの鈴木健二(すずき・けんじ)さんが3月29日、老衰のため福岡市内の病院で死去した。「NHK首都圏 NEWS WEB」などが発表した。95歳だった。関係者によると30日に通夜、31日に告別式が近親者で営まれた。
 文字通りテレビ放送とともに歩みを重ねた昭和を代表するアナウンサーだった。東京の下町に生まれた生粋の江戸っ子で、東北大卒業後、テレビ放送開始の前年の1952年にNHKに入局。報道ジャンルで活躍していたが、66年に生活情報番組「こんにちは奥さん」の司会で主婦層の人気も得ると、81年から「クイズ面白ゼミナール」の司会として活躍。最高42・2%(82年9月12日)を記録するなど高視聴率を誇った。抜群の記憶力で台本やセリフを頭にたたき込む一方、当意即妙の受け答えをちりばめ、人気アナウンサーとしての地位を不動のものにした。
 82年に執筆した「気くばりのすすめ」は文庫本を含めると400万部を超える大ベストセラーになるなど、アナウンサーとしての枠を超えて活動。83年から85年までNHK紅白歌合戦の白組司会で出演者よりも派手な衣装で登場するなど、注目を集めた。84年、引退する都はるみにアンコールをお願いする際の「私に1分間時間をください」という言葉は流行語にもなった。
 その後、理事待遇となったため当時の定年より2年延長して59歳で定年退職。NHK退局後は、講演活動を行う一方、熊本県立劇場館長や盛岡県立図書館長などを歴任した。
 兄の映画監督・鈴木清順さん(2017年逝去、享年93)も卒寿となるなど長生きの家系でもあった。鈴木さんは平成が終わる2019年2月に90歳で「昭和からの遺言」を執筆、反戦への誓いを訴えていた。
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kennak · 4 months ago
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福岡県の生活保護受給者が、自治体による生活保護費の減額処分の取消しと損害賠償を求めた訴訟で1月29日、控訴審の福岡高裁は、一審の福岡地裁判決を変更し、減額処分を取り消しました(国家賠償請求は棄却)。松田典造裁判長は、判決理由において「厚生労働省が改定をした判断は、生活保護法に反し違法」と指摘しました。 国や自治体等による公権力の行使の適法性を争う行政訴訟で、原告側が勝つことは容易ではありません。しかし、この生活保護費減額をめぐる同種の裁判では、当初こそ敗訴が続いたものの、ここ最近は勝訴が相次いでいます。全体でも原告判決が敗訴判決を大きく上回る「異例事態」となっています。 実は、これには、明確な理由があります。近年「統計不正」が話題になることが多くなりましたが、生活保護費減額の過程でもそれに類することが行われていたという事実が、裁判を通じて明らかになったからです。(行政書士・三木ひとみ) 「生活保護費で生活できない…」悲痛な声が相次ぐ背景 「私は、今はまだ何とか仕事をしていますが、体調が悪いのに病院にも行けないギリギリの生活です。高齢で職場から退職を促されています。それでも、せっせと貯金に励んできたので無職になっても、貯えでしばらくは生活ができそうです。しかし、もし貯金がなくなったら、生活保護を申請できますか?」 上記は、私の事務所に実際に寄せられた相談の一つです。同じような内容の相談が、日々寄せられています。 今はまだ何とか生活できていても、受け取れる公的年金が少なく、将来的に貯蓄が尽きて生活保護に至るリスクは、高齢化社会において必然ともいえます。 いざ、資産が尽きて収入も途絶え、生活保護申請が通っても、支給明細を見て「これで、どうやって生活しろというのですか?」「そもそも、介護施設からの請求額の方が、生活保護費よりも多いのに、どうすればいいのですか?」とおっしゃる方もいます。 物価高が家計を直撃している昨今は、さらに多くの声が寄せられるようになりました。それもそのはずです。2013年から2015年にかけ、生活保護の基準額が不当に減額されてしま��たからです。 「裁判する元気があるなら働け」は現実を無視した的外れな非難 2013年から2015年にかけ、国が史上最大幅の生活保護の基準額引き下げを行ったことは、憲法25条が保障する生存権の侵害にあたり違憲だとして、全国で訴訟が提起されています。また、最近は地裁・高裁レベルで勝訴判決が相次いで出されています(2025年2月4日現在、地裁18件・高裁2件)。 裁判の勝因として、本来は生活保護受給者が日常的に買う機会の少ないパソコンやテレビといった電化製品の値下がりにより、実態に見合わない保護費減額が行われたという報道が目立ちますが、問題は、なぜそのような減額が行われてしまったのかという「理由・プロセス」です。 生活保護費を減らすという「目的」のもと、それを「達成」するために、物価偽装、統計不正が行われました。また、その不正が容易にわからないような巧妙な計算がなされたのです。 あってはならないことが起きたこと、そして今なお、その状態が継続し国民の生存権が侵害されている事実を、一人でも多くの方に知ってほしいと思っています。 生活保護に関する裁判の報道があるたび、「裁判する元気があるなら働け」といった非難の声が上がります。しかし、これからお伝えする内容を知れば、それが現実を無視した的外れな非難でしかないことがわかるはずです。 2013年の生活扶助基準改定で行われた「秘密工作」 2013年に生活扶助基準改定が行われましたが、この改定で厚生労働省は「ゆがみ調整」と「デフレ調整」を実施しました。 生活保護世帯は、居住地、世帯人数、年齢で細かく世帯類型が設定されているので、世帯類型ごとに基準額が「高すぎる」「低すぎる」といった「ゆがみ」が生じます。それを是正しようとしたのが「ゆがみ調整」です。 「デフレ調整」とは、物価の変動に合わせて生活扶助費の金額を変える考え方です。 これら2つの調整が正常に行われていれば何の問題もないのですが、2013年の改定では、正常とは言えない調整が行われました。 厚労省は、生活保護基準を評価、審議する専門の部会として設置されている生活保護基準部会にも知らせず、世帯類型ごとの増額率や減額率を2分の1にする「2分の1処理」を実行していたのです。マスコミにも一切公表しない「秘密工作」でした。 厚労省の官僚が官房副長官に渡した「秘密文書」の内容とは? この厳重な秘密工作が発覚したのは、北海道新聞による粘り強い調査の賜物でした。2013年の生活扶助基準改定に関する情報公開請求を行った北海道新聞の編集委員・本田良一氏が、いったんは開示を拒否されながらも、審査請求(※)を行い、結果として政府に開示させたきわめて重要な資料の一部がこちらです(【画像】参照)。 ※行政庁の処分に��する不服申し立ての手段(行政不服審査法2条参照) タイトルは「生活保護制度の見直しについて」。冒頭には、「取扱厳重注意」と表示されていた文書です。これは、当時、厚生労働省の社会・援護局長だった村木厚子氏と、同局保護課の課長だった古川夏樹氏が、世耕弘成内閣官房副長官(現・衆議院議員)と面談したときに提示したものです。 生活保護基準部会委員には示されなかったデフレ調整の内容や2分の1処理の説明も見られます(画像中「注2」参照)。 この画像の、大きな矢印の左側(②検証結果を完全に反映した場合の平均値)が「デフレ調整」と「2分の1処理」の二重の統計不正を実行する前の数値、右側が実行後の数値です。この「ビフォーアフター」が、2013年生活扶助基準改定の悪辣さの核心部分なのです。 なお、「②検証結果を完全に反映した場合の平均値」自体も、算出の起点となる年度を2008年とした点に問題があります。このことは次項で説明します。 内閣官房副長官はこれを知りながら、生活保護基準部会の委員や国民に真実を伝えませんでした。 特に、この「2分の1処理」は、本来ならば増額改定となるはずの世帯類型までも減額改定に変えてしまう「手品」のようなものです。その結果、平均6.5%・最大10%の生活扶助基準の引き下げが決められ、3回に分けて実行されました。 この史上最大の生活保護基準引き下げに対して、現在、全国29都道府県、1000名を超える原告が違憲訴訟を提起し、国・自治体を相手に争っています。 「物価偽装」はどのように行われたのか 「デフレ調整」は、消費者物価指数(CPI)を指標に調整されるものです。まず、このCPIの算出プロセスに3つの���題がありました。 第一の問題は、そもそも、算出の起点を2008年としたのが不適切だったということです。「前回見直し以降の物価動向を勘案する」と称して、異常に物価が上昇した2008年を起点としていたのです。 CPIを見ると、2008年は前後数年に比べて著しく物価が上昇したことが分かります(【図表】参照)。しかし、この物価上昇に合わせた生活保護基準額の引き上げは行われていません。したがって、2008年を起点として物価の下落を判断することは不合理です。 第二の問題は、計算の元となるデータが、より大きな物価下落の結果を導くよう設定されていたことです。計算で使う各品目の支出額割合の数値が、「生活保護世帯の平均値」ではなく「一般世帯の平均値」になっていました。 生活保護世帯と一般世帯との消費を見ると、家電製品などで大きな差が出ます。 ところが、厚労省の計算で使われた各品目の支出額割合の数値の元データは「家計調査」です。家計調査で把握するのは「一般世帯」の平均の数値なので、生活保護世帯の暮らしぶりに見合わないものになっていたのです。 「生活保護世帯の平均」を算出するならば、生活保護受給世帯を対象とした「社会保障生計調査」の結果を基にすべきだったのです。 物価下落率を現実の2倍以上に見せる「計算式の使い分け」 第三の問題は、恣意的な計算式の使い分けです。 総務省統計局は戦後一貫して国際基準に則った「ラスパイレス算式」を使用してきました。これにより算出された当時の物価下落率は2.35%でした。ところが、生活扶助相当CPIの算出では、2008年〜2010年の期間について「パーシェ算式」 、2010年〜2011年の期間について「ラスパイレス算式」と、異なる2つの計算式を使い分けていました。その結果、生活保護世帯の物価下落率は4.78%と2倍以上もデフレ効果があるという数値が算出されました。 2008年~2010年の期間では「パーシェ算式」が利用されましたが、2008年の物価に比べ2009年、2010年の物価は下落していますから、「パーシェ算式」で2009年、2010年のいずれを基準にしても2008年の物価指数は実際よりも高くなります。 2つの計算式を部分的に利用して一つのデータ軸に乗せると、結果そのものが破綻します。 恣意的に選んだ「家計調査」のデータを基に、さらにこの恣意的な計算を行うことで、「2008年=104.5、2010年=100、2011年=99.5」という大幅な物価下落を表す「生活扶助相当CPI」という独自の指標を厚労省は作り上げたのです。その結果、生活保護費が総額580億円引き下げられました。 「引き上げ」のはずが…恣意的操作で「引き下げ」になる世帯も 特に、60歳以上の単身構成者世帯については、前述の「2分の1処理」がされなければ、扶助費は居住地の違いなく上がることになっていました。 それなのに、裁判でも違法認定されているデフレ調整により、60歳以上の単身高齢者世帯までほぼ減額になってしまったのです。この結果、生活保護受給世帯の家計が苦しいなら節約すればいい、ということでは済まされない問題が生じています。 単身高齢者で介護施設などに入所されている方が、現状の生活保護費(最低生活費)では施設からの請求額を支払えないという問題が全国各地で起きています。私の事務所には、実際に、介護施設に入所している生活保護受給者の親族の方から、こうした相談が寄せられていました。 また、身寄りのない生活保護受給者が介護施設に入所しているケースで、施設側から保護費では足りないと聞いた経験が幾度もあります。 低すぎる保護費が「不正受給」を招く…役所が“黙認”するケースも 生活保護を受給中の方は、収入や生計の状況に変動があった際はすみやかに生活支援課に届け出る必要があります(生活保護法61条)。この収入には、他者からの経済援助も含まれます。 しかし、施設入所中の生活保護受給者の方が、施設からの請求額を支払えないため、慣習的に親族が差額を支払うことが常態化し、役所もこれを黙認しているケースを、行政書士としてたくさん、目にしてきました。 「他の生活保護受給者の方のご家族も、皆さん払っていますよ」などと言われると断れず、やむなく親族が経済援助を行い、それを収入申告せずに保護費を満額もらっていると、のちのち「不正受給」として問題になってもおかしくありません。そして、それを役所が黙認しているというのは、本来、大問題です。しかし、問題の元凶は不当に減額された生活保護費にほかなりません。 社会の不条理のもと現実を生きる術 とはいえ、現状、「厚労省が悪い���「生活保護費減額が不当にされたからだ」と現場で叫んでも仕方がありません。この場合の対処法としては、「生活保護受給者に対して、親族らが経済援助をすれば、その援助分が収入とみなされ、収入分は保護費から減額されます。問題解決にはならないし、親族は経済援助できません」と毅然と伝えるか、単に「親族は経済援助できません」とケースワーカーに伝えることです。 行政書士も、同様に対応しています。「後見人たる行政書士は、生活保護受給者の方が生活保護費で賄えない施設代を代わりに支払うことはできません」と役所に伝えます。すると、病院と施設で協議され、結局は生活保護費で賄える請求額に変更される、あるいはオムツ代など、生活保護制度上、通常の保護費とは別に支給できる名目の費用が支給される、といった対応がなされます。 介護施設などに入っていない、賃貸住宅などで生活される生活保護受給者の方からも、「昨今の物価高騰による光熱費を支払ったところ、月半ばにして食費が全くなくなってしまった」という相談が増えました。この場合も、何日も食事をせずにいるわけにはいかないので、迷わずケースワーカーに連絡、相談するべきです。 何らかの事情で、明日の食事もない、お金も食料も全くない状況であれば、生活保護申請中でも生活保護受給中でも、役所にしっかりとその状況を伝えれば、対応してもらえます。 人は毎日食事をしなければ、生きていくことができません。日本では、憲法25条において、生存権が保障されています。明日の食事に困る状況であれば、迷わず、すぐに役所に相談です。大丈夫、助けてもらえます。 ---------------------------- 三木ひとみ 行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所) 官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。 著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。
生活保護基準“引き下げ”のため政府が「物価偽装・統計不正」? 行政裁判で「国の敗訴」が相次いでいる理由【行政書士解説】(弁護士JPニュース) - Yahoo!ニュース
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ryotarox · 8 months ago
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古代ギリシア悲劇の作中で、地の描写が「ディエゲーネス」と呼ばれ、会話の部分が「ミメーシス」と呼ばれていた。
1789夜 『ミメーシス(上・下)』 エーリッヒ・アウエルバッハ − 松岡正剛の千夜千冊
ディエゲーネスはギリシア語で「叙述」という意味だ。このディエゲーネス(いわば「ディエゲる」)に対比されて、ミメーシス(いわば「ミメる」)が浮上した。ミメーシスの用法の発露はこのことに端緒する。  だから古典的なミメーシスとは、古代ギリシアの物語のディエゲーネスの中で何かが会話として交わされるたびに、その特色を際立って見せるものだったのである。描写がディエゲーネスでディエゲるもの、会話がミメーシスでミメるものだ。
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映画・アニメ・ゲームにおけるBGMの種類と役割や演出効果 ―伊福部昭による4分類― | 作編曲家 水里��生
映像の中の登場人物に聞こえている音楽は物語世界の音楽(Diegetic music)やソースミュージック(Source music)と呼ばれます。 反対に物語の中では鳴っていないはずなのに作品を観る私たちだけが聞くBGMもよく作品に加えられます。こちらは非物語世界の音楽(Non-diegetic music)やアンダースコア(Underscore)と呼ばれます。 アンダースコアは下線という意味ですが、文章に下線を引いて強調するように映像の背景に音楽を付けるという意味でも使われます。加えて、両者の性質を同時にもつソーススコアリング(Source scoring)という分類を考えることもできます。
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松岡正剛さん、書き間違いしてる? 誤)ディエゲーネス 正)ディエゲーシス Diegesis 哲学者の「ディオゲネス(Diogenes)」を混同してる?
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myonbl · 6 months ago
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2024年12月28日(土)
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毎月第4土曜日は、使用済み天ぷら油回収日だ。7時30分に幟を立て、回収タンクをセットする。この担当になって3年、実はそれまでは自宅で揚げ物をすることは無かった、油の処理が面倒なので。ところが、近年は月に数度は自宅で天ぷらを揚げている。というのも、他の方には申し訳ないが、いつでも使用済み油を保管しているタンクに捨てることができるからだ。さて、今日の夕飯はどうしようか?
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5時30分起床。
洗濯開始。
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今朝もとろろ蕎麦、美味しい。
洗濯物を干す。
珈琲をいれる。
天ぷら油回収の幟を立て、タンクをセットする。
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研究室と自宅の蔵書整理はずいぶん進んだ。ところが、自宅デスク周りがちっともスッキリしない。というのも、mac mini と 27インチディスプレイ周りのケーブルがやたら多いのだ。外部スピーカーやハブなど含めて何とかスッキリすることは出来ないか・・・、答は簡単、iMac に換えれば良いのだ。ということで(ほぼ)衝動的に、iMacを発注してしまった。
彼女は休み、自分の仕事や買物で出たり入ったり。
10時過ぎに業者が回収、今回は10L。
iMacの発注で霧が晴れたよう、届くのは正月明けだがあちこち掃除機をかけてきれいにする。
BSでドラマの再放送「団地のふたり」
初回放送日:2024年9月1日 大学非常勤講師の野枝(小泉今日子)とイラストレーターの奈津子(小林聡美)。団地で育ってきた二人は、保育園からの幼なじみ。若い頃は色々あったけれど、今は50代独身で実家暮らし。夕飯は奈津子の手料理を一緒に食べ、昭和なレトログッズがフリマアプリで売れた時は食材が少しだけぜいたくになる、そんな日々を送っている。ある日、二人は昔からのご近所さん・佐久間(由紀さおり)から意外な依頼を受ける。
いやぁ、面白い。昼をはさんで観てしまう。
クロネコヤマトが集荷に来てくれる、彼女から福岡の叔母へのご機嫌伺い。
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ランチ、息子たちは<うまかっちゃん>、私たちは残りご飯で残りカレーを片付ける。
軽く午睡。
掃除機3台の掃除。
早めに夕飯準備、このところお気に入りの鶏ムネ肉のローストチキンを仕込む。
彼女と3男でココに点滴。
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鶏ムネ肉のローストチキン・蓮根と豚バラ肉の甘辛炒め・蒸しブロッコリー・トマト、息子たちはスパークリングワイン、我々は🍶+🍷。
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昨晩に続いて映画の続編、観ているはずだがほとんど忘れていたので新鮮である。
片付け、入浴、体重は550g増。
ハーパーロック舐めながら、日誌書く。
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布団に入った瞬間に、3つのリング完成!
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pix-ied · 7 months ago
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24年11月4週目
父の四十九日が終わり、樹木葬と海洋散骨の準備が進む。骨の一部を粉にしてもらって、船の手配も済んだ。あとは当日ちゃんと船が来るかどうかだけが心配だ。
土曜の朝、最近はいつも会社に行く時間にあたりになぜか起きがちなんだけど(平日はぜんぜん起きられないのに!)金曜に整体に行ったおかげか8時間眠れた。ジム行く前はなんとなく、月1整体かマッサージに行く気持ちでいたけど、ジム通うようになってから気になったときしか整体に行っていない。って話をしたら、体の歪みが強いから月1くらいでメンテナンスした方が良いよって言われちゃった。営業トークだろうけど、逆にジムに通うようになってから自分の体が歪んでいる自覚は強くなったので、そうだよなぁとも思う。ただ、勤務地変わりそうだから、その店舗には通えないんだよな。他の支店、帰り道にあるかな。
土曜日すっきり起きて観たい映画の1回目に間に合いそうだったので、急いで支度して新宿に向かった。まだ電車も街中も空いていて、土曜の初回映画を観に行けるタイプの人と付き合いたい。「silent」「いちばんすきな花」「海のはじまり」の脚本家の生方さんの脚本の巧さと普段動かない感情がギュッとなる感じがすごく好きでこの映画のことを知ってから観たいと思っていた『アット・ザ・ベンチ』。観るまでふんわりとしか知らなかったんだけど、4人の脚本家が1つのベンチを主軸に5本の作品のオムニバス形式の作品。同じ主演の2人でのオムニバスかと思ってたら、それぞれ主役級の俳優さんたちが出てくる豪華な作品だった。2作品目の岡山天音と岸井ゆきのカップルの別れ話の手前みたいな作品がほどよいラブコメだった。
家でずっと昔に録画していた『ハイスクールミュージカル ザ・ムービー』を観た。最後の映画なんだね。高校三年生に仲良いクラスに転校してきたみたいな気分で全体的にちょっとついていけなかった。本当はハイスクールミュージカル世代なんだけど、当時は全然観てない。映画を一本観たくらい?アメリカのディズニーでハイスクールミ��ージカルナイトみたいなイベントがあるのを知って観たいと思っていたのだ。でもやっぱりこういうシリーズものはちゃんと順を追わないと面白さ半減なんだよね。ザック・エフロンってこのあたりの作品の後観たのが、『グレイテスト・ショーマン』で、突然おじさん?いい年したお兄さんになっていてビックリしたけど、年が近いせいかあれはあれで良かったんだよな。ミュージカル部分だけ観たくなってきた。
大事に大事に読んでいた『マチネの終わりに』を読み終えた。上手く言葉にできないけど、ギュッと抱きしめて生きていきたい小説。必ず買おう。知的な大人が好きなせいか、ふたりが会話のベースが高い位置にあって、お互いにぴったりとはまるように感じている様子が心地良かった。大人の恋愛小説と発売当時単行本に書いてあったような気がするけど、当時ではなく年齢が大分近づいてきた今読んで良かったと思う。たった3度会っただけで、いちばん深く愛した人。そんな人間が私にも存在するだろうか。存在してほしいようなしてほしくないような出会いたいような出会いたくないような。とにかく話がしたいと思う。こういうことはここでしか書けないけれど、男性側からこんなに話ができる人はいないというようなことを言われたことは何度かある。でも私にとって、それは私の努力によるところであったり、その人が現在進行形で知り合いと付き合っていたりと私の中でストンと落ち着くことはなかった。逆に私自身がこんなに話せる人いないよと思うのは男友達。恋愛に繋がらないと分かっているから話せることの方が多くてマッチしない。もう新しく誰かに出会うことは煩わしく、というか出会った相手を恋愛対象に思えるか、思われることができるか吟味してしまう感情が煩わしい。もう恋愛なんてしないというマインドで生きている方がずっと気が楽だ。洋子のように子供を持ちたいという気持ちがあるなら、それはまた違うのだろうけど。
今年は夏に福田進一さんのコンサートに行ってから、映画を見直したり、spotifyでサントラを聴いたり、平野さんの分人に関する考えをまとめた新書を読んだりしてこの小説にやっとたどり着いた。もう小説としてはこれが間違いなく今年ベストだと思う。最近感受性が鈍っていて小説を読んでもあまり感想が出てこないので、そう思える作品でに出会えてとても幸せだ。
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foucault · 2 years ago
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今日は店は休みです。久しぶりに奈良に来ています。本籍を奈良に置く身としては、故郷へ戻る嬉しさです。仕事があるとはいえ、合間に興福寺で八部衆の御顔でも拝めるとなおなお嬉しいところですが。
そういえば、本日2023年12月12日はちょうど小津生誕120年、没後60年。小津で奈良、といえば『麦秋』の最後、ふっと差し込まれる麦畑の中をゆく嫁入り風景のシーンですが、あれ、どこなんでしょうか。後ろに耳成山のような山が見えるので、橿原のどこかかな。
ついでの話。このごろ書きものの仕事が多くて、頼まれもの以外の文章なぞつらつら書いている場合ではないのですが、小津についてふと気になってしまったことがあり、書いておかないと本来の仕事ができなさそうなので、合間合間に記していた雑文をここに置いておきます。長いですし、結論はないし、ほとんどの方が興味のない内容かと思いますが…。
ちょっとした調べものがあって雑誌『みすず』2001年12月号を読んでいたら、木村伊兵衛が小津安二郎を撮影した写真と文章「上海で小津安二郎氏をうつす」が掲載されていた。時期は1938年1月なので第二次上海事変の翌年。小津は1937年9月に出征して中国に渡り、事変の直後12月から上海にいたようで、その時に偶然木村と出会っている(その後小津は南京・漢口と転戦する)。写っている小津が携えているカメラは、木村の稿に続いて掲載されている田中眞澄氏の文章「ライカという”近代”」によればライカA型。小津関係の文章を読むと、小津は「ご愛用のライカ」をいつも手にしていたと多くの人が書いているので(同文によると山中貞雄はコンタックスだったらしい)さもありなんと思うのだけれど、田中氏の文章を読んでいくなかで、ちょっとしたことが気になるようになった。
小津は1942年から軍の依頼で記録映画撮影のためにシンガポールに滞在し、ただまあ映画製作などできる状況でもないため、自国内では上映が禁止されていたアメリカ映画をひたすら見続け、敗戦を当地で迎えている。そしてそのまま捕虜となり、抑留生活を終え1946年1月に帰国する際に小津はライカを手放しており、「彼が再びライカを所有するのは一九五四年のことである」とある。買った件の典拠はどこにあるんだっけ、と思いつつ近所の図書館に置いてある『全日記 小津安二郎』を��解くと、なるほど1954年3月22日の項に、
> 「出京 サンにてライカを買ふ 135.000 アメリカン フアマシー 明治屋(燻製)によつて帰る」
とある。と、ここで急に話は脇道に逸れるのだが、ちなみに隣のページ、同年4月8日の項には、
> 「駒場の東大教養学部 民芸館 青山の花屋 それから 車にて銀座に出て なごやかに夕餐を喫す 野田夫妻と江原氏同道」
と日本民藝館に行った旨の記載がある。他にも、1951年11月10日に
> 「宿酔 森昌子さん達と 陶哉 たくみに寄って大船に帰る」
や、1955年5月17日には
> 「駅にて野田氏と待合せ 上野松坂屋の民芸展にゆく」
とも。ほか、パッと目を通しただけでも1952年4月8日、同年6月15日、1953年2月9日、1961年2月2日に銀座たくみに行った記載があるし、志賀直哉や里見弴についての言及は多すぎるので略す。こういうものを読むとつくづく民藝誌において特集「小津と工藝」を組みたいなと思う。白樺派との関係や小津の映画における「巧藝品考撰」について取り上げる特集。『秋日和』で原節子の後ろにかかっている暖簾は芹沢銈介だろうか、『秋刀魚の味』で中村伸郎の後ろに置かれたやちむん?はたくみで求めたものなのだろうか、やちむんであれば誰の仕事だろうか。佐田啓二と吉田輝雄がとんかつ屋で食事をするシーンには確かに芹沢カレンダーが掛かってるな、などといつも気になるので。松竹から写真借りるといくらぐらいかかるかな…。
それはさておき。この時購入したライカが、前掲日記の1961年3月23日の項に「夕方会社帰りの秀行くる ライカ借(貸)してやる」とある通り、のちに小津の甥が譲り受け、現在は茅野駅前「小津安二郎・野田高梧コーナー」に寄贈展示されているライカIIIfとズマリット5cmF1.5なのだろう。と、ここまで長々と記して、まだ前提です。
そこでふと思い出したのが厚田雄春・蓮實重彦著『小津安二郎物語』(筑摩書房・リュミエール叢書)の冒頭。ここには小津が『東京物語』と『早春』のロケハンをしている写真が2葉掲載されているのだけれど、どちらにおいても小津はバルナック型のカメラを携え、光学ファインダーをのぞいたりしている。沈胴レンズにフードをつけている様子から、あれはライカなんだろう、レンズは厚田雄春が『父ありき』において75mmを一場面で使った以外��すべて50mmだったと言っているぐらいだから同径のエルマーやズマール、ズミタールとかかな、などとうっかり思い過ごしていた。むろん『早春』については、製作年やロケハンの写真に記載されている「1955.7.20」という日付からするとまったく問題はない。しかし『東京物語』は1953年製作公開だから「再びライカを所有した」1954年では間に合わない。そう気がついて見直すと、小津が構えているカメラは、ライカIII型に似ているがファインダーの位置が違うし、そもそも1954年にあわせて手に入れたと思しきズマリットは沈胴レンズではない。
妙なことに気がついてしまったと思いつつも、ひとまずは日記記載の「サン」を手始めに調べてみようとしたが、何の会社かわからない。名取洋之助が企画編集した「週刊サンニュース」と関係はあるのだろうか。対外宣伝誌の専門家であり、銀座��店を構える森岡さんに聞いたらわかるだろうか。いずれにせよ1949年以降の小津の日記に「サン」が登場するのは、「1951年1月17日・3月21日・4月24日・11月10日、1952年4月17日、1953年6月16日、1954年3月22日(前述のライカを買った日)・10月14日、1955年4月6日、1960年7月14日、1961年2月2日(”たくみ サンに寄って三越”)」。1953年6月16日は、ちょうど『東京物語』ロケの最中だったことが気に掛かる。ほか、関係しそうな記載としては1953年3月30日に「アサヒカメラ座談会」、1954年11月5日の「シュミットに寄ってから」(当時ライカの総代理店だったシュミット商会か)、1955年2月15日「昼寝をしてゐると小尾がくる ニッコールの85m(ママ)のレンズを頼む 四万五千円を預ける」、同年3月11日「小尾に会ひ105mmのレンズを見る」、同年6月27日「小尾から電話ライカピッド(ママ。入手したライカがIIIfであれば、ライカビット SYOOMか)を頼む」ぐらいか。この「小尾」という人は何者なんだろう。
次に小津が構えているカメラの形状から何かわからないかと思い、あらためて細部を見れば、写っているカメラは戦後キヤノンが作っていたコピーライカであることがわかる。決め手はファインダーの位置。同時期の国産コピーライカであるニッカやレオタックスはライカそっくりに作っているのだが、キヤノンは誠実と言っていいのか「打倒ライカとコンタックス」の心意気の現れか、多少スタイルが違う。なお、小津が用いている機種については、この時期のレンジファインダー機は輸出用に作っていたせいか勢いがあり、すぐ新型が出るうえに、外観がどれも似すぎていて小さな写真では区別がつかない。時期を考えれば、1946年発売のSIIから1952年のIVSbの間のいずれかで、III型以降のように見受けられる。レンズもやはり形状から判断するとズマールに似ているので、1949年発売開始のキヤノン Serenar 50mmF1.9か。そう気づいて改めて調べると、「カメラ毎日」1954年6月号に掲載されている座談会「カラーは天どん 白黒はお茶漬の味」ではカメラの話がもっぱらで、その時に手にしているのはキヤノンである。このキヤノンのカメラとレンズ、そして外付けのファインダー、この時期どういう経緯で小津は使っていたのだろう。いずれにせよ、1953年の『早春』はともかく、なぜ1955年に「ご愛用のライカ」ではなく、キヤノンを用いているのか。
ついでに言うと、小津が鏡の前でカメラを向けて撮っているセルフポートレートに用いているカメラはコンタックス。日記をざっと読んだ限りではわからないけれど、これもいつ手に入れたのだろう。レンズはゾナーの5cmF1.5。明るいレンズがお好みと見える。こちらは姪が譲り受けたとのことで、今は先のライカと同じく茅野駅前にある。
長々と書いてきましたが、つまりはこれらが今回生じた疑問です。小津に詳しい人、どうか教えてください。
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blue-aotan · 10 months ago
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ハロー(・ω・`)2024.9.15
txt(トゥモローバイトゥギャザー)のライブへ行ってきました。やる気がなさすぎてセットリストとか全く調べずにただ自分の好きな曲しか聞いてなかったしおさらいも全くしていなかったんだけど。
朝は一応デートに行くくらいの気持ちで顔パックしたりいつもよりも時間をかけてメイクとか髪型とかしてみたんだけども、特に上手くいくことも無くwその準備だけで疲れ←
そして公演開始までもかなり時間があって疲れ←
1時間前くらいからドキドキしてきて更に疲れて←
いざ始まったら肉眼では顔が見えなくて、ずっとモニターばかり見ていました。福岡での単独ライブは初めてということで、本物を見れたのはとても嬉しかったのですがこんな気持ちの私が来てもよかったのでしょうかって感じでした←
モニターみてて思ったのはみんなMVとかのままの顔面で←
真ん中で踊っているのは本当に本人達なの?と何度も思ってしまいましたね。
1曲目で既にみんな汗だくだったんだけども、やっぱ若い子の汗って綺麗だよね←(イケメンに限るのか?)
あんなに汗びっしょりなのに爽やかでかっこいいのは何で?と思いました。
私はテヒョン君推しだったのでテヒョンを目で追いかけていたのですが、歓声から察しましたがヨンジュンとスビンの人気が凄まじかったです。
というかこういうアイドルのライブって初めてだったんだけど、ペンライトの性能が凄すぎて驚きました。金額にも驚いたんだけどね←
職場の人とライブに行ったのですが、その人はメルカリでペンライト買っててwアプリをダウンロードしてBluetoothでペンライトと繋げて設定をしたり席番号を登録したら自動的にカラフルに光ってくれるシステムになっていました。
そのペンライトのプログラムが綺麗で素敵でした。今時のライブってこんななのかとびっくりしたし、感動もしました。(私はグッズを何一つ買わなかったんだけども←)
たださ、1時間くらい経過した時に(やっと1時間かー…)とか少し飽きてきたりもして←
そうかと思えば、ヨンジュンとスビン2人のパートがきてそこが1番釘付けになってしまったんですよね。特にスビンの色気が爆発してて、本当にすごかったんだよね。顔とか全然タイプじゃないんだけど、ダンスとかめちゃくちゃ上手くなってて1番背が高くて���の太さとか体型が本当に好きって思ったんだよね。そしてあの黒のレザーパンツが最高にカッコよかった←
私って多分男性の細いウエストフェチなんだけども、スビンの体にズキュンとなりました🫶
そしてこの2人パートの部分の動画を探して、帰宅後バカみたいに何十回も繰り返し見てましたw w w
このダンスの時のスビンさん何でこんなかっこいいの?好き🫰
テヒョンくんの腹筋チラ見せの瞬間もやばかったけど←
もっと拝ませてほしかった←ただの変態ババー
いやー、私が今20代前半とかだったら確実に好きになってのめり込んでると思います。でもねー、なんかこうかっこいいと気持ち悪いの狭間で揺れ動く私が居たのよね←
それぞれがMOAを喜ばせたくて超絶ナルシストキメ顔とかするのよね。そこでわーーーって会場が湧くんだけど、私はそこでわーーっとはならなくて温度差がかなりあって自己陶酔気持ち悪いという私の病気が出てきて邪魔したんだよねぇ←
確かにかっこいい!とも思うのよね。だってみんな美しい顔でどの角度も綺麗だしどこを切り取っても絵になるのですよ。でも「MOAちゃん今日はありがとうずっと一緒だよ」とか言われたら、どうせ韓国アイドル同士で熱愛とかするんだろって捻くれて歪みまくってこじらせまくった私が出てきて冷めていくんだけどどーする?←w
そしてお金使わせまくって、何をしてもきゃーーって言われてそりゃその為に涙ぐましい努力をし続けているんだろうけど夢を売るのも大変だよねとかどうでもいいことめちゃくちゃ考えてしまって楽しめなくなる部分もあるよね←
(アンチか?←
モニターでキメ顔出る度に歓声が上がってたんだけど、時々「え?え?何の歓声?」となることが多々ありました←
マイクスタンドを蹴り倒しただけなのに「キャー」
ヨンジュンが木製バットでセットか何か壊しただけで「キャー」
ヨンジュンの顔がアップになっただけで「キャー」
髪をかきあげたら「キャー」
ヒュニンカイのメイクは吸血鬼みたいでとても似合ってました。前髪かきあげてギターのピックを口から出した瞬間はキモかったです(ファンの人すみません)
一緒に行った人が隣で「かっこいいーーーーーー」って叫ぶ度にニヤニヤが止まらなくてね
なんか私違う楽しみ方してない?ってなる部分もありました←最低
あとは歌の合いの手?が決まってて、本物のファンの人はちゃんと掛け声が統一されてましたw
映画で言ったら応援上映みたいな←?
(応援上映行った事ないから知らんけど
アンコールの文言も決まっててね。
なんか…もう宗教みたいだなと思ってしまった私。
��ういえばヨンジュンが前日に誕生日だったってことでお祝いされてましたが、会場に母親が来てるって言ってて感謝の言葉とか述べてましたね。おばさんファン達は母親目線で良い子だわ…涙
ってなるのかもしれないけど、私は冷え冷えとしてました。
何だろうね…マザコンとまではいかないんだろうけどちょっと個人的にマザコン敏感症←なんだそれ
というか拒絶反応が出るんですよね。このブログを読んだ人があおという人間は何て冷たい人間なんだろうと思われても構いませんw
ボムギュも緊張しすぎてライブ始まる数分前に母親に電話したとか言ってて、引きました←
私は母親への感謝の気持ちとか2人の時に言えばいいと思う派なので、例えば披露宴の時の両親への手紙とかもみんなの前で読む必要ないと思っているくらい捻じ曲がった人間です(°▽°)
親を大事にするのは良いことだと思うけどね。
そしてライブがなんと3時間ちょっとあって、アンコールの時に姉達にLINEして「長いはよ終われ」とか言ってた私はきっとMOAに殺されるでしょう😇
(MOAはtxtのファンの名称です)
カッコよかったし楽しかったんだけど、長い。2時間くらいでいい←
でも最前列とかで見てたら絶対楽しかったでしょうね。
終わって会場を出ようとしたらタイミングよく金のテープを配り出したんですよ。職場のおばちゃんが大混雑の中もぎ取ってきてくれました笑
私は別にいらなかったけどハイ、と渡されたのでありがたくいただきましたw
色々書きたい放題しましたが、非現実な空間で刺激的で楽しかったです。
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iafshop · 10 months ago
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この世界の片隅で
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この世界の片隅で
作家名:ナツキ(岩本夏月) 会期:2024年9月30日(月)~10月9日(水)  時間:15:00-21:00 休廊日:会期中無休 料金:入場無料 場所:IAF SHOP* 福岡市中央区薬院3-7-19 2F TEL:090-5475-5326(佐藤) http://iafshop.tumblr.com
ナツキ(岩本夏月)は、カジュアルで断片的なスタイルのドローイングを軸に、オブジェ制作、スナップショットのようなiPhone写真や映像、コピー機に布製品など、身近な物を通して様々な制作を行う。制作のイメージとしては、「ナイーブな創造力に憧れ、精神の微妙な領域や、身体や日常の周縁のノイジーな世界に共鳴し、微妙に新しいイメージ体験を作ろうとしている」。それら作品の独特なインスタレーションもしばしばその世界観を拡張している。 近年は「ドローイング」というのが、彼女の制作の世界観と共鳴しつつ方法論的示唆を与えてくれるキーワードとなっている。それは「カジュアルさ、弱さ、もろさ、未完成さ」といったニュアンス・スタイルや、日常と近接した親密な制作を想起させ、他方で立体性、空間、動作性とイメージの交わりに描画を開いていく可能性も示唆する。それが彼女に微妙な声を引き出す言語を与え、現実と想像を行き来しながら身体感覚、空間・リズム感を用いた、つかみどころのないデリケートな制作を可能にするのだ。
今回のIAFでの展示は、メインの部屋では小さい作品・カケラたちがただ陳列され、もう一つの部屋ではドローイング等のスキャンが壁に浮かんできたような展示になるだろう。前者においては個人の蒐集棚とかアイテムの見本市のように、外からオブジェクトを眺める視線とオブジェクトが観客に訴えかける孤独で生暖かい視線が共存し、後者ではガラスに絵がぴたり��キャプチャされ、イメージとの距離感は究極に近くも同時に遮られたものになるだろう。 展示の上で作品との距離感で遊ぶことで、創造力の痕跡や作者の存在(不在)によるオーラそのものを捉えつつ、観客をオブジェやイメージの世界に引き込む、独特なイメージ体験のようなものを実験していきたい。そして展示会場の雰囲気と「精神の微妙な領域」を重ね合わせ、周縁的なささめきの世界を体現していきたい。
作家略歴 ナツキ(岩本夏月) natsukiiwamoto.com 1999年生まれ、福岡県出身。 現在ロンドン在住、制作を続けている。
展示履歴 2021 ドローイング展「U」/佐賀大学美術館 2021 ドローイング展「me」/佐賀大学 2022 つっぱね、ひょう、ままに(三人展)/IAF SHOP* 2022 卒業制作展/佐賀大学 2023 Forces of the Small: Project for an Artwork Compacted and Condensed/Fillet Space, London 2023 Spectrum/Bargehouse, London 2023 Graduate Showcase/Camberwell College of Arts, London 2023 I Don’t Understand Your Drawing/Camberwell College of Arts, London 2023 Interzone(Three-Artist Exhibition)/Peckham Levels, London 2023 Making Conversation/APT Gallery, London
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koch-snowflake-blog · 1 year ago
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ちとせ よしのは、日本のグラビアアイドル、アイドル、タレント、コスプレイヤー。佐賀県神埼市出身、女性アイドルグループ「あまいものつめあわせ」のメンバー。SPJ Entertainment所属。 ウィキペディア
生年月日: 2000年1月8日 (年齢 24歳)
出生地: 佐賀県
身長: 158 cm
学歴: 佐賀県立佐賀北高等学校
カップサイズ: H
スリーサイズ: 95 - 65 - 98 cm
デビュー: 2018年10月
趣味は、夢占い、キックボクシング。
特技は、絵を描くこと、大食い、鉄工所にて覚えたCAD。幼少時から米俵を引けるほどの力持ちであったものの運動は苦手であり、2018年11月時点ではフラフープも縄跳びも上手くできないとの旨を明かしていたが、フラフープについては後に中京テレビのバラエティ番組『耳より三姉妹』の企画で克服しており、2023年3月時点では千葉県にて行われたDVD『いとしのよしの』の撮影の際にも普通に回している。
芸名の「ちとせ」は地元の旧名から、「よしの」は本名からそれぞれ取って母が決めた。なお、祖母曰く「小さい頃からあっけらかんとしてる子」だったという。
好物は、鶏肉などの肉類。小学生の時期には大食いを自覚しており、食パンを単独で1袋食べていたほか、父がパチンコで勝った日は回転寿司に連れていってくれたが、ちとせは大食いゆえにあらかじめアメリカンドッグを食べさせられていた。その後、高校生の時期には毎日コンビニエンスストアにて買い食いしていたうえ、「残飯処理班」なるあだ名が付くほど友人たちの給食の残り物も食べていたことから、ボディサイズも大幅にアップした。
地元では自宅の周囲に出前が可能な店が無かった(自宅が水田に囲まれていた)ため、上京後は「ポストの中に出前のチラシが入っている。それだけで幸せ」と語るなど、出前を頼めること���嬉しく思っており、上京した当初はピザばかり食べていた。
鉄工所では、作業着、ヘルメット、すっぴんの姿に加えて唯一の女性社員だったことから、既婚者ばかりの周囲には親戚の子供のように扱われていた。また、芸能活動を社長以外には内緒にしていたため、作業着の下が恵まれた身体であることについては、周囲に知られていなかった。それゆえ、「YAグラ姫2019」にてファイナリストに残ったことについては、恥ずかしくて連絡を取っていないという。なお、鉄工所の社長はちとせの退職に際して勤務期間が8 - 9か月だったにもかかわらず優しく背中を押してくれたうえ、退職が決まった後に求人を出すとすぐにCAD経験のある女性から応募があったため、ちとせは神様からも上京を命じられていると思ったという。また、作業着については、上京後も初心を忘れないよう自室に置いているという。
家族については、弟が1人いるほか、自衛官である父の仕事柄ゆえに小学生時代は佐賀県から沖縄県・久米島、福岡県、高知県へ移住していた転勤族であり、小学5年生から再び佐賀県に在住した。なお、弟もかつては自衛官だったがこちらは退職し、上京してちとせの自宅にて同棲しながら彼女のサポートを担当している。しかし、同棲を発表した当初は弟がちとせのことを呼び捨てにしていたことからも彼氏と見なして疑うファンがいたため、実弟であることを後に改めて発表している。
YouTubeチャンネル「よしのんチャンネル」は、コロナ禍による休業に遭って外出自粛期間中に何かできることはないかと考えて始めたものであり、YouTubeで広く知ってもらえるきっかけにもなったため、本当にやって良かったと思っているが、グラビアアイドルがよく通る道である収益化停止に遭った際には、悔しい思いでいっぱいだったという。SPJ Entertainmentは関わっておらず、当初は企画、撮影、編集をすべて自分で担当していたが、弟が同棲するようになってからは撮影を担当してもらっているほか、編集も一部手伝ってもらっている。また、弟は企画も一緒に考えてくれるうえ、編集についてはちとせよりも高いクオリティに仕上げてくれるという。なお、2023年5月時点での最多再生回数を誇るのは『Eternal』のメイキング映像を収録した動画であり、227万回再生を記録しているうえ、YouTubeでちとせを知ってイベントを訪れるファンも増えていることから、YouTubeの凄さを実感したという。
「よしのんチャンネル」にて、ポジティブな意味でオカズにされて嬉しいとの旨を公言しているほか、グラビアアイドルをそういう目で見ないでほしいとの意識への反論として、美味しそうなケーキを見た際に無意識に思う本能を挙げている。
佐賀県への思い入れは上京後も変わらず、2020年には写真週刊誌『FLASH』(光文社)のグラビア撮影を祖父母の暮らす実家にて行う、地元のラジオ番組にゲスト出演する、2021年には大町自動車学校のハロウィンイベント「大町 車肉祭 2021 in鍋島」にてトークショーに登壇する、2023年にはサガテレビのミニ番組『ユビサシカクニン』に出演するなど、地元への貢献のためにも時間を作っては帰郷している。また、将来は地元に貢献できるような仕事をしたいとも明かしている。 
  
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gobangiri-news · 1 year ago
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広島・岡山での舞台挨拶決定!そして、劇場で販売されていた手ぬぐいとトートバッグがJANTJE_ONTEMBAARとKIOSQUEでの店舗販売、さらにオンラインでの販売決定!
映画『碁盤斬り』が公開し、昨日は宮城・福島での舞台挨拶がありましたが、まだまだ多くの方に映画『碁盤斬り』が届くよう、そして感謝の気持ちも込めて、6月15日(土)に広島と岡山での舞台挨拶が決定しました。草彅さんと白石和彌監督が登壇します。また、劇場で販売されていた手ぬぐいとトートバッグがJANTJE_ONTEMBAARとKIOSQUEの店舗で販売をすることが決定し、さらにオンラインでの販売も決定しました。手ぬぐいとトートバッグは、すでに劇場での販売が終了しているので、購入出来なかった方も、この機会にぜひ、お買い求めください。
【地方舞台挨拶 TOHOシネマズ緑井 2回】 日時:2024年6月15日(土) ①11:10の回 本編上映後(本編上映終了後、舞台挨拶開始) ②14:35の回 本編上映前(舞台挨拶終了後、本編上映開始) 会場:TOHOシネマズ緑井 登壇者:草彅剛、白石和彌監督(予定/敬称略) 料金:一律2,200円 ※ムビチケ・各種割引使用不可
【地方舞台挨拶 イオンシネマ岡山 2回】 日時:2024年6月15日(土) ①15:00の回 本編上映後(本編上映終了後、舞台挨拶開始) ②18:20の回 本編上映前(舞台挨拶終了後、本編上映開始) 会場:イオンシネマ岡山 登壇者:草彅剛、白石和彌監督(予定/敬称略) 料金:一律2,200円 ※ムビチケ・各種割引使用不可
購入方法:こちらの舞台挨拶のチケットはチケットぴあでのお取扱いです。 ※チケットぴあにて残席がある場合に限り、劇場のインターネット及び窓口での販売をいたします。
■先行抽選販売「プレリザーブ」 申込受付期間:6月11日(火)11:00~6月13日(木)11:00 ※抽選結果発表は6月13日(木)18:00頃 ※プレリザーブとは?http://t.pia.jp/guide/prereserve.html
チケットぴあ購入ページ
《先行抽選販売に関する注意事項》 ※チケットのお申込は、お一人様2枚までとさせていただきます。 ※前売券・招待券・株主優待券からのお引換は出来ません。ご注意下さい。 ※チケット当選後の変更・払戻は出来ません。予めご了承下さい。 ※プレリザーブとは、事前のお申し込みの後、チケットを購入できるサービスです。 ※必ずしも優先的に良いお席をご用意するものではありません。 ※お申込多数の場合は抽選にて当選者を決定します。(先着順ではありません) ※お申込は受付期間中ならいつでもOK。(メンテナンス時間をのぞく)
■一般販売 販売期間:6月14日(金)10:00~6月14日(金)16:00(予定枚数になり次第終了) ※チケットの販売はお一人様2枚までとさせていただきます。 ※前売券(ムビチケ)・招待券・株主優待券からのお引換は出来ません。ご注意下さい。 ※プレリザーブで予定枚数に達した場合は一般販売を行わない可能性がございます。
《チケット発売に関する注意事項》 ※本イベントは、天候やその他本イベント事務局の判断により、舞台挨拶の開催中止や、登壇者・スケジュール等の内容が予告なく変更になる場合がございます。その場合も、交通費や宿泊費等の補償はいたしません。また、映画上映が行われる場合はチケットの変更や払い戻しもできませんので、予めご了承下さい。 ※いかなる場合においても舞台挨拶中の途中入場は固くお断りいたします。 ※全席指定席となります。チケットをお持ちでない方はご覧になれません。 ※運営の都合により、会場への入退場、トイレのご利用を制限させていただく場合がございます。 ※場内でのカメラ(携帯電話含む)・ビデオによる撮影、録音等は固くお断りいたします。当日は荷物検査を行わせていただく場合がございます。 ※会場内ではマスコミ各社の取材による撮影、記録撮影が行われ、テレビ・雑誌・ホームページ・公式SNSアカウント等にて、放映・掲載される場合がございます。また、本イベントの模様が後日販売されるDVD商品等に収録される場合がございます。イベント後には、会場周辺にて作品に関する感想を取材・撮影させていただく場合がございます。撮影した写真および映像等の一部は編集され、テレビ・ホームページ・公式SNSアカウント等で放映・掲載される場合がございます。なお、これらのお客様の肖像の使用については、本イベントにご入場されたことにより、ご同意いただけたものとさせていただきます。予めご了承下さい。 ※インターネット・オークションへの出品その他の転売目的での入場券の購入及び転売はお断りいたします。 ※営利を目的として転売された入場券及びインターネットを通じて転売された入場券は無効とし、当該入場券による御入場はお断りいたします。 ※イベントの予定は、急遽変更になる場合がございます。あらかじめご了承下さい。 ※いかなる事情が生じましても、ご購入後・お引き換え後の鑑賞券の変更や払い戻しはできません。 ※ライブビューイング上映やイベント上映のチケットを、プレイガイド(チケットぴあ、ローソンチケットなど)でご購入されたシネマイレージ会員様は、劇場チケットカウンターでご鑑賞当日にシネマイレージの鑑賞履歴をご登録いただけますので、お立ち寄り下さい。 ※車いすをご利用のお客さまは車いすスペースでのご鑑賞となります。車いすスペースには限りがありますので、ご利用人数によっては所定のスペース以外でご鑑賞いただく場合がございます。また、イベントの内容やマスコミ取材により、所定のスペースからご移動いただく場合がございます。予めご了承下さい。 ※チケット購入に関するお問合わせは、http://t.pia.jp/help/までお願いいたします。  
【手ぬぐい・トートバッグ販売情報】 店舗販売場所:JANTJE_ONTEMBAAR、KIOSQUE 店舗販売開始日:6月11日(火) JANTJE_ONTEMBAAR公式サイト:https://j-o.tokyo/ KIOSQUE 公式サイト:https://friendshop.tokyo/
オンライン販売開始日:6月13日(木)20:00 オンライン販売サイト:https://shop.mobo-moga.tokyo/
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手ぬぐい ¥1,500(税込) サイズ:350×900mm 素材:綿
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トートバッグ ¥3,300(税込)インナーポケット付 サイズ:本体 約360×370×110(mm)、持ち手 約25×560(mm) 素材:コットン
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chaukachawan · 1 year ago
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がんばった
かいた
みそ
36期へ
次の公演始まってから役者紹介書くような先輩にはなるなよ
みそかです。遅れちゃいました。でも書きます。えらいです。
※皆さんのたのしいやりとりは下の方にちゃんと残してあります
わたしは数字に性別が見えるほか、ひらがなに色が見えます。
ということで今回は、みなさんがひらがな1文字になるとしたら何になるか、そしてその色を考えてみました。
それではどうぞ。
縦縞コリー
なんだか最近同期に甘えている姿をよく見る気がします。35期の弟ポジになりつつあるのでしょうか。でもわたしにとっては頼れる演劇の先輩です。特に動きが大きいのに自然で尊敬。ダンスも上手いしね。これからもいろいろ教えてほしいです
ひらがな:つ(黄色)
緒田舞里
3日会わないと動悸がし、1週間会わないと禁断症状が起こります。それくらい大好きで、支えてもらっています。今回の役も悩んでましたねえ。正解を見つけようとするんじゃなくて、いつもベターを求めている感じが、なんだか大人で。やっぱりかっこいい人だなって思い直すんです
ひらがな:ひ(レモンイエロー)
帝京魂
表情、もともといいなと思ってたけど今回特に最高だったね。間近で見れて嬉しいです。新歓公演のことでもなんでもないんですが、体験稽古でわたしが演出したとき、新入生にたくさん指導してくれて、頼りないわたしにも助言くれて、あーこの人は絶対いい先輩になるなって思いました
ひらがな:か(空色)
水琴冬雪
ベガさんの演技をちゃんと見るのは初めてでした。向上心と演劇に対する愛を感じられて、この人が演技が上手いのは才能だけじゃないんだなって思いました。中年モンスター楽しかったですね。超絶シリアスな演技も見てみたいです。…書くかあ……
ひらがな:さ(青)
七枚目
いつも思うんですが、キャスト決定のときには「えーこの人がこの役やるんだ」ってびっくりしても、実際公演すると「あーこの役にはこの人しかいないわ」ってなるの、ほんとすごいですよね。わたしもそうなれていたら嬉しいです
ひらがな:よ(深緑)
苔丸
もちろん役としてもすごくハマっていたと思うけど、わたし的には村上って名前が苔丸に合いすぎると思うんですね。今は苗字が苔で名前が丸なのかわからないけれど、もし苗字をつけるならぜひ村上にしてほしいところ。最近真面目なんだか真面目じゃないんだかよくわからなくなってきました
↑だろー
ひらがな:も(青紫)
岡崎仁美
オムニのときも思ってたけど、ツインが似合う。発声で悩んでるときには、たくさんアドバイスをくれました。おかげで伸びた、気がします!あと、ハイキュー映画一緒に行けたのはすごくいい思い出です。あれは絶対に映画館で観るべきですよね。かぬぴの人望と趣味の広さには脱帽です
ひらがな:に(ベビーピンク)
西峰ケイ
漫才良かった!!居酒屋のシーンは舞台裏でうるうるしてました。今公演でらびらびが1番伸びたんじゃないかと勝手に思っております。そして勝手にらびらびと呼び始めています。そろそろチュウが追加されるかもしれません。今度スカート揃えて写真撮ろうな
ひらがな:れ(みかん色)
あろハム権左衛門
長ゼリたくさんお疲れさま。しょっちゅう自主練してて、努力家だなって尊敬してます。そしてはむはむは最近の生きる希望です。なのに会えてなくて寂しいです。なんかちゃうか吹田支部の長になったらしい話を聞きました。後期からよろしく頼みます
ひらがな:て(朱色と白混ぜた色 名前わかんない)
大福小餅
お弁当の民のこふくちゃんとは、今回たくさんピクニックできて嬉しかったです。変な話をしてもにこにこ聞いてくれてありがとう。個人的にはもっと本の話をしたいなとか思ってます。裁判長役では、イントネーション矯正頑張ったね。すごく自然になってました
ひらがな:ふ(薄紫)
肆桜逸
こう言われるの嫌だったらごめんなさいそのときはすぐ消します、でも言います。くしゃみがかわいい!!!女子なのに負けたと思いました。今回のスーツもよかったけど、怖い話のときのスチルさんのビジュが1番好き。こちらは本人の合意(?)を得ているので一生言います
ひらがな:す(コーラルピンク)
たぴおか太郎
最近ちょびちょびとですがおしゃべりできるようになってうれしい!!今までびっくりするほど脚本が被らず、今回が初共演だったんですよね。ダサパワポをすべて写真に収めるくらいにはなすかさんのセンスが好きなので、これからもいろんな話がしたいです
ひらがな:め(マゼンタ)
ミル鍋
ゆにちゃの「わ」は、わんこの「わ」。コロコロ変わる表情も、時折見せる謎のしなやかさも大好きです。吹田で製図にとらわれている姿を見ると、ちょっと心配になりますが、それでもやっぱり好きなことやってていきいきしてるなっていうのはわかるんですよね。がんばれ!!
ひらがな:わ(黄緑)
園堂香莉
なぽちゃんの、「ん」って感じの笑い方が好きです。でもひらがなは「ん」じゃありません。ちょっと近いけどね。今回ちょこちょこα役の代役させてもらって、むずっ!!と思いました。特にエレガ。あのキュートさと不気味さはなぽりにしか出せないものだと思います
ひらがな:む(紫)
海泥波波美
大道具チとしてもだけど、新歓隊副隊長をめちゃめちゃ頑張っていた印象が強いです。お疲れさま。そして新しく始めたバイトが楽しいようで何よりです。頭の回転が早くて、あまりにも引き出しが多すぎるところ、実は尊敬してる、なんて言わない
ひらがな:た(赤)
衿君
ひらがなエリックの「え」だろなんて言わないでください。本当に似合うと思ったんです。歯を見せないで笑うところとかそっくり!写真撮影のときのボーダーを見せつけてくるエリちゃんはお腹抱えて笑いました。無人島にもあの写真は持っていきます
ひらがな:え(にんじん色)
近未来ミイラ
なんかもう、演出としてのみーらもだけど、生き物として好きです。たぶんわたしにとっては好条件すぎる観察対象なんだと思います。今公演も楽しかったよ。ありがとう。みーらがぽろって呟いて、周りのみんながにこにこできる世界を守りたいなって思います
ひらがな:い(白)
唯端楽生
今回染みたのは、深山パートですね。「なにもない」人は、少なくともわたしの「周り」にはいない気がするんですが、そんな人たちでも仕事を事務的にこなすようになったらそう感じる時が来るのかなって思います。「過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自��」なんて名言くさくていやだけど、そうやって考えて生きていくしかないのかな(肯定的な意味で)。少なくとも人生は、事務的には送りたくないものですね。ひらがなは、ごめんなさい。あなたの脚本しかわたしには知っているところがないので、それだけで1文字に決めてしまうのは強引すぎるかなって思います。近未来ミイラくんに考えてもらってくださいな
以下、謎
よやく
がんばる
かく
みそ
えらい!!
↑まりおさんが書いたに1票
↑違うんですよ実は...でもえらい!!!
↑違うんですか!?
↑まりおだと思ってた…
↑お前ら全員誰なんだよ…
↑みーらが書いたと思ってた
↑これ全部おみその自演なんだぜ...
↑さあおみそ以外に書いたやつ手をあげろ!
↑はーい
↑ここが自演の終わり。the・end、ってね……
↑うるせえよ
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akunews · 1 year ago
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J-WAVE SPECIAL PREVIEW一般試写会レポート
4月11日、本作の公開を前にして、主演の大美賀均、撮影を担当した北川喜雄、そして編集の山崎梓が登壇するトークショーを行いました。当日は濱口監督よりビデオメッセージも上映しました。 当日のレポートを掲載いたします。
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登壇者の登壇前に、「みなさま最初で最後の試写会いかがだったでしょうか?皆さんの反応が気になるのですが、その場にいられなくて申し訳なく思っています。ただ、自分たちとしても、すごく良い仕事ができたなという感触を持っています。音楽の石橋英子さんの発案から始まった企画ですが、自分にとって充実した、幸福な制作でした。映画の内容は幸せだけではないところもありますが、皆さんにとって楽しめるものであったらいいなと思います。あそこはこうだったんじゃないか、ここが好きだ、嫌いだ、とかそういう話を皆さんとしていただいて、話題にしていただければと思います。アフタートークも是非最後までお楽しみください。」と濱口監督のビデオメッセージが流され、その後MCの呼びかけで登壇した登壇者。
 早速、どのようなきっかけで本作が始まったのかという話になると、撮影の北川が、「大美賀さんが合流する前に、まずは石橋さんに会いに行こう、ということと、音楽映画をどういうふうに撮ったら良いのかという命題の元に、石橋さんのスタジオに濱口さんとふたりでカメラを持っていったのが一番最初でしたね。その時点では、まだタイトルも決まっていなくて、石橋さんのパフォーマンスのバックグラウンドに流れる映像制作ということだけ聞いていました。」とはじまりを語る。
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大美賀も「濱口さんとは、『偶然と想像』という作品で制作部として入ったのが始まりでした。そこから、今回も初めはスタッフとして、北川さんと三人でシナハン、ロケハンに回っていきましたね。」と、自身のはじまりを語ると、北川が「小淵沢に三人で行ったのが始まりでしたね。みんなで田舎暮らしはどういうものだろう、と言ってやってみようということでスタンドインをしながら、薪割ったりしましたね。」と、当時を重ねて振り返る。そこから、どういったかたちで“主演”を務めることになったか聞かれた大美賀は、「2回くらいシナハンに行って帰ってきたタイミングで、「驚かないで聞いてください。」と濱口監督から電話がかかってきました。何かやってしまったのかな、とちょっと怖いですよね(笑)そして、「出る方に興味ありませんか?」ということで本当にサプライズでした。」と、まさかのサプライズに観客からも驚きの声が上がった。「当然びっくりするわけですが、濱口監督は経験豊かで、『ハッピーアワー』も経て職業俳優ではない方と映画をつくられてきた方なので、そんな監督がそう言うなら面白いだろうと思いました。濱口監督にとっても新しいことをやってみようということだったので、その一員になれるなら、とワクワクしていましたね。」とオファー当時を振り返る大美賀。
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濱口監督とは東京藝大の同期であったと言う山崎は「在学中は一回も一緒にやっていなくて、実質、卒業後からでしたね。わたしが卒業後は大学院の方に残って4年くらい大学で助手をやっていて、その間に海外の学校との合作など色々なプロジェクトが動いている中で、『THE DEPTH』という韓国の大学との制作にはいるときに、わたしが学校にいたということと、私が編集を続けるという選択肢をしていたということとか、私がいると学校にいるので機材もつかえますし(笑)とか色々あり、一緒にやりました。その『THE DEPTH』をやる前に『永遠に君を愛す』というのもありましたね。」と濱口監督との制作のはじまりを話す。そこから、「今回は、「石橋さんの『GIFT』という作品のためのものを、撮ってあります」ということから始まって素材を渡されて、「え!」みたいな。(笑)台本はいまでももらっていないです。」と、ここでも驚きのエピソードが飛び出す。北川も山崎が入ったタイミングのことを、「撮影中盤で、『悪は存在しない』という映画をまずは成立させた後に、その編集を解体して『GIFT』をつくる、という話を聞いていたんですけど、良い撮影ができていって、撮影の終盤に『GIFT』の方を山崎さんに頼もうと思うんだよね、っていうのを濱口監督がぼそっと言っていたのを覚えています。」と思い返す。山崎は「確信犯ですね。(笑)」と突っ込みつつ、「素材自体は一般的な音声が入っている映像が届いたんですけど、撮影順に整理されていて、「どうぞ」と言う感じでしたね。(笑)何をどうするか、というのはずっと手探りでいて、まずは素材を観て、何ができるかを考えようということで、頭から最後まで(濱口監督と)一緒に観て、「何をつくりましょうか?」という話になりましたね。前提として、石橋さんのための音楽ということはあったので、『GIFT』の編集の時は最初から、スピーカーをミュートにしてやっていました。」と、編集の裏側が明かされていき、観客も聞き入る。続けて、「『GIFT』の方を着手して、色々試行錯誤していく中で、『悪は存在しない』も並行してやって、どこがどうこのふたつは違うのか、じゃあ『GIFT』がこうしたいなら、『悪は存在しない』はどうするのか、“編集交換日記”というか、お互いどうしてるのかみたいなのを話していましたね。部分的に繋いだもので、良きものはどちらかに入れたり、というのを並行してやっていました。」と本プロジェクトだからこその共同作業のプロセスも明かされる。
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本作以前より濱口監督と関わりのあった三人に、他の作品との制作の違いを尋ねると、山崎は「今までの作品は、完成形が「こうなる映画である」というのが明確にあったと思うんですね。今回、『GIFT』は特に全くなかったので、今回の試行錯誤の多さは今までに全くなかったものですね。ストーリー展開も自由で、寓話っぽいかたちで、そういうものも受けいれられる自由度の大きいプロジェクトでしたね。」と、しみじみ語る。北川も10人前後での制作体制の現場を振り返りながら、「濱口さんの場合は、皆がやったことひとつひとつが、この作品のためにどうなるか、自覚しながら、現場が作られる、場がつくられます。みんなが作品のために何をやっているかちゃんと明確に分かって仕事ができる、それが喜びにつながるし、それがすごく楽しいですね。そういう場をつくってくれるのが濱口さんですね。」と濱口監督ならではの現場での体験を語る。
映画中盤のグランピング建設の説明会のシーンの話になると、「ホン読みを何度も繰り返しやって、あの説明会のシーンは2日間あったのですが、1日目の午前中は丸々ホン読みに使いましたね。」と贅沢な時間の使い方を振り返る大美賀。「現地のエキストラの方と、東京から来た方、50人くらいのエキストラの方が演じる人の背景や、グランピングに賛成なのかどうなのかという設定を、助監督の方がひとりひとりにお渡ししてましたね。大変だなというのを見ながら、自分は撮影の準備に集中していました。(笑)」と、北川も振り返るが、そういった積み重ねがあったからこそ現地のフィルムコミッションから「こんなにエキストラの皆さんが楽しそうにやっているのは見たことがなかった」という声が上がったことも明かす。編集の山崎も、「編集素材を見ていてもそれはすごく伝わってきました!そのシーンはなんか揉めてるなと思って見ていたのですが(笑)、2日間で撮影した説明会って2カメで、素材は通常の倍以上あるわけですが、全然楽しかった!このおじさんすごい賛成している、というのも分かるので、(演じている)皆さんも何回もやっているはずなのに、白熱して、とても楽しそうでしたよ。」と絶賛。現場にいた北川も、「エキストラの方も、生で舞台上で演技をしている人の中に入って見ているような状況なので、アトラクション感ありますよね。最初はどのタイミングで誰が立つのかわからないので、面白かったはずです。」と話す。
そんな中、初めての演技経験に挑戦した大美賀は「いままでにない緊張をしましたね。頭を打ったりすると目の前に蝿が飛ぶってあるじゃないですか。あれが本当に起こるんですよ!(笑)本当にセリフが出てこなくて、間があったり、三行のうち二行を飛ばしてしまったり、最初のテイクはかなり続いてしまったんですが、濱口監督は「それはそれでオッケーです」とか、「本当に集中している時はセリフを飛ばします」と言われるんですよね。」と現場での濱口監督のフィードバックを明かしながらも不安そうな表情をする。そこで、北川は「実は初日の3ターン目くらいに、(撮影の)飯岡さんが「大美賀さんのいいところが撮れたよ」って言ってくれていましたよ。」という話を明かし、安心した表情の大美賀だった。
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最後に、北川が「噂によると、2、3回目観るとまた違う感覚に陥ると、そのようにできていると、監督と石橋さんもおっしゃっています。(笑)すごく綺麗な自然の中、そしてミニマムながら一番いい光の時間を考えながら、楽しく撮影できた作品なので、大きなスクリーンで観ていただけたら嬉しい気持ちでいっぱいです。」と、山崎が「濱口さんの作品の編集が終わった時、「観たことない映画ができたな」という感覚になるのですが、今回も「観たことがない」というのを本当に感じたので、皆さんも宣伝にご協力いただき、また観ていただけたらと思います。」と、大美賀が「僕もこの映画は8、9回観ているのですが、山崎さんが仰るように、説明会のシーンの町の方の顔一つとっても、観るべきところがあります。自然と音楽と、とても気持ち良いですよね。この後、お酒でも飲みながら話したり、観た後も楽しい作品です。感想等、書いていただいたら励みになりますので、宜しくお願いします。この映画を気に入っていただいた暁には、『義父養父』(大美賀の監督作)も観ていただけたら、理解が深まると思いますので、宜しくお願いします。」と話し、トークショーは終了した。
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kennak · 4 months ago
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福岡県の生活保護受給者が、自治体による生活保護費の減額処分の取消しと損害賠償を求めた訴訟で1月29日、控訴審の福岡高裁は、一審の福岡地裁判決を変更し、減額処分を取り消しました(国家賠償請求は棄却)。松田典造裁判長は、判決��由において「厚生労働省が改定をした判断は、生活保護法に反し違法」と指摘しました。 国や自治体等による公権力の行使の適法性を争う行政訴訟で、原告側が勝つことは容易ではありません。しかし、この生活保護費減額をめぐる同種の裁判では、当初こそ敗訴が続いたものの、ここ最近は勝訴が相次いでいます。全体でも原告判決が敗訴判決を大きく上回る「異例事態」となっています。 実は、これには、明確な理由があります。近年「統計不正」が話題になることが多くなりましたが、生活保護費減額の過程でもそれに類することが行われていたという事実が、裁判を通じて明らかになったからです。(行政書士・三木ひとみ) 「生活保護費で生活できない…」悲痛な声が相次ぐ背景 「私は、今はまだ何とか仕事をしていますが、体調が悪いのに病院にも行けないギリギリの生活です。高齢で職場から退職を促されています。それでも、せっせと貯金に励んできたので無職になっても、貯えでしばらくは生活ができそうです。しかし、もし貯金がなくなったら、生活保護を申請できますか?」 上記は、私の事務所に実際に寄せられた相談の一つです。同じような内容の相談が、日々寄せられています。 今はまだ何とか生活できていても、受け取れる公的年金が少なく、将来的に貯蓄が尽きて生活保護に至るリスクは、高齢化社会において必然ともいえます。 いざ、資産が尽きて収入も途絶え、生活保護申請が通っても、支給明細を見て「これで、どうやって生活しろというのですか?」「そもそも、介護施設からの請求額の方が、生活保護費よりも多いのに、どうすればいいのですか?」とおっしゃる方もいます。 物価高が家計を直撃している昨今は、さらに多くの声が寄せられるようになりました。それもそのはずです。2013年から2015年にかけ、生活保護の基準額が不当に減額されてしまったからです。 「裁判する元気があるなら働け」は現実を無視した的外れな非難 2013年から2015年にかけ、国が史上最大幅の生活保護の基準額引き下げを行ったことは、憲法25条が保障する生存権の侵害にあたり違憲だとして、全国で訴訟が提起されています。また、最近は地裁・高裁レベルで勝訴判決が相次いで出されています(2025年2月4日現在、地裁18件・高裁2件)。 裁判の勝因として、本来は生活保護受給者が日常的に買う機会の少ないパソコンやテレビといった電化製品の値下がりにより、実態に見合わない保護費減額が行われたという報道が目立ちますが、問題は、なぜそのような減額が行われてしまったのかという「理由・プロセス」です。 生活保護費を減らすという「目的」のもと、それを「達成」するために、物価偽装、統計不正が行われました。また、その不正が容易にわからないような巧妙な計算がなされたのです。 あってはならないことが起きたこと、そして今なお、その状態が継続し国民の生存権が侵害されている事実を、一人でも多くの方に知ってほしいと思っています。 生活保護に関する裁判の報道があるたび、「裁判する元気があるなら働け」といった非難の声が上がります。しかし、これからお伝えする内容を知れば、それが現実を無視した的外れな非難でしかないことがわかるはずです。 2013年の生活扶助基準改定で行われた「秘密工作」 2013年に生活扶助基準改定が行われましたが、この改定で厚生労働省は「ゆがみ調整」と「デフレ調整」を実施しました。 生活保護世帯は、居住地、世帯人数、年齢で細かく世帯類型が設定されているので、世帯類型ごとに基準額が「高すぎる」「低すぎる」といった「ゆがみ」が生じます。それを是正しようとしたのが「ゆがみ調整」です。 「デフレ調整」とは、物価の変動に合わせて生活扶助費の金額を変える考え方です。 これら2つの調整が正常に行われていれば何の問題もないのですが、2013年の改定では、正常とは言えない調整が行われました。 厚労省は、生活保護基準を評価、審議する専門の部会として設置されている生活保護基準部会にも知らせず、世帯類型ごとの増額率や減額率を2分の1にする「2分の1処理」を実行していたのです。マスコミにも一切公表しない「秘密工作」でした。 厚労省の官僚が官房副長官に渡した「秘密文書」の内容とは? この厳重な秘密工作が発覚したのは、北海道新聞による粘り強い調査の賜物でした。2013年の生活扶助基準改定に関する情報公開請求を行った北海道新聞の編集委員・本田良一氏が、いったんは開示を拒否されながらも、審査請求(※)を行い、結果として政府に開示させたきわめて重要な資料の一部がこちらです(【画像】参照)。 ※行政庁の処分に対する不服申し立ての手段(行政不服審査法2条参照) 【画像】「年齢・世帯人員・地域差による影響の調整を1/2とし」とある(情報公開請求により開示された資料「生活保護制度の見直し」P.5より) タイトルは「生活保護制度の見直しについて」。冒頭には、「取扱厳重注意」と表示されていた文書です。これは、当時、厚生労働省の社会・援護局長だった村木厚子氏と、同局保護課の課長だった古川夏樹氏が、世耕弘成内閣官房副長官(現・衆議院議員)と面談したときに提示したものです。 生活保護基準部会委員には示されなかったデフレ調整の内容や2分の1処理の説明も見られます(画像中「注2」参照)。 この画像の、大きな矢印の左側(②検証結果を完全に反映した場合の平均値)が「デフレ調整」と「2分の1処理」の二重の統計不正を実行する前の数値、右側が実行後の数値です。この「ビフォーアフター」が、2013年生活扶助基準改定の悪辣さの核心部分なのです。 なお、「②検証結果を完全に反映した場合の平均値」自体も、算出の起点となる年度を2008年とした点に問題があります。このことは次項で説明します。 内閣官房副長官はこれを知りながら、生活保護基準部会の委員や国民に真実を伝えませんでした。 特に、この「2分の1処理」は、本来ならば増額改定となるはずの世帯類型までも減額改定に変えてしまう「手品」のようなものです。その結果、平均6.5%・最大10%の生活扶助基準の引き下げが決められ、3回に分けて実行されました。 この史上最大の生活保護基準引き下げに対して、現在、全国29都道府県、1000名を超える原告が違憲訴訟を提起し、国・自治体を相手に争っています。 「物価偽装」はどのように行われたのか 「デフレ調整」は、消費者物価指数(CPI)を指標に調整されるものです。まず、このCPIの算出プロセスに3つの問題がありました。 第一の問題は、そもそも、算出の起点を2008年としたのが不適切だったということです。「前回見直し以降の物価動向を勘案する」と称して、異常に物価が上昇した2008年を起点としていたのです。 CPIを見ると、2008年は前後数年に比べて著しく物価が上昇したことが分かります(【図表】参照)。しかし、この物価上昇に合わせた生活保護基準額の引き上げは行われていません。したがって、2008年を起点として物価の下落を判断することは不合理です。 【図表】消費者物価指数の推移(2004年~2011年)(総務省が公表している総合指数(2020年を100とする)をもとに筆者が作成) 第二の問題は、計算の元となるデータが、より大きな物価下落の結果を導くよう設定されていたことです。計算で使う各品目の支出額割合の数値が、「生活保護世帯の平均値」ではなく「一般世帯の平均値」になっていました。 生活保護世帯と一般世帯との消費を見ると、家電製品などで大きな差が出ます。 ところが、厚労省の計算で使われた各品目の支出額割合の数値の元データは「家計調査」です。家計調査で把握するのは「一般世帯」の平均の数値なので、生活保護世帯の暮らしぶりに見合わないものになっていたのです。 「生活保護世帯の平均」を算出するならば、生活保護受給世帯を対象とした「社会保障生計調査」の結果を基にすべきだったのです。 物価下落率を現実の2倍以上に見せる「計算式の使い分け」 第三の問題は、恣意的な計算式の使い分けです。 総務省統計局は戦後一貫して国際基準に則った「ラスパイレス算式」を使用してきました。これにより算出された当時の物価下落率は2.35%でした。ところが、生活扶助相当CPIの算出では、2008年〜2010年の期間について「パーシェ算式」 、2010年〜2011年の期間について「ラスパイレス算式」と、異なる2つの計算式を使い分けていました。その結果、生活保護世帯の物価下落率は4.78%と2倍以上もデフレ効果があるという数値が算出されました。 2008年~2010年の期間では「パーシェ算式」が利用されましたが、2008年の物価に比べ2009年、2010年の物価は下落していますから、「パーシェ算式」で2009年、2010年のいずれを基準にしても2008年の物価指数は実際よりも高くなります。 2つの計算式を部分的に利用して一つのデータ軸に乗せると、結果そのものが破綻します。 恣意的に選んだ「家計調査」のデータを基に、さらにこの恣意的な計算を行うことで、「2008年=104.5、2010年=100、2011年=99.5」という大幅な物価下落を表す「生活扶助相当CPI」という独自の指標を厚労省は作り上げたのです。その結果、生活保護費が総額580億円引き下げられました。 「引き上げ」のはずが…恣意的操作で「引き下げ」になる世帯も 特に、60歳以上の単身構成者世帯については、前述の「2分の1処理」がされなければ、扶助費は居住地の違いなく上がることになっていました。 それなのに、裁判でも違法認定されているデフレ調整により、60歳以上の単身高齢者世帯までほぼ減額になってしまったのです。この結果、生活保護受給世帯の家計が苦しいなら節約すればいい、ということでは済まされない問題が生じています。 単身高齢者で介護施設などに入所されている方が、現状の生活保護費(最低生活費)では施設からの請求額を支払えないという問題が全国各地で起きています。私の事務所には、実際に、介護施設に入所している生活保護受給者の親族の方から、こうした相談が寄せられていました。 また、身寄りのない生活保護受給者が介護施設に入所しているケースで、施設側から保護費では足りないと聞いた経験が幾度もあります。 低すぎる保護費が「不正受給」を招く…役所が“黙認”するケースも 生活保護を受給中の方は、収入や生計の状況に変動があった際はすみやかに生活支援課に届け出る必要があります(生活保護法61条)。この収入には、他者からの経済援助も含まれます。 しかし、施設入所中の生活保護受給者の方が、施設からの請求額を支払えないため、慣習的に親族が差額を支払うことが常態化し、役所もこれを黙認しているケースを、行政書士としてたくさん、目にしてきました。 「他の生活保護受給者の方のご家族も、皆さん払っていますよ」などと言われると断れず、やむなく親族が経済援助を行い、それを収入申告せずに保護費を満額もらっていると、のちのち「不正受給」として問題になってもおかしくありません。そして、それを役所が黙認しているというのは、本来、大問題です。しかし、問題の元凶は不当に減額された生活保護費にほかなりません。 社会の不条理のもと現実を生きる術 とはいえ、現状、「厚労省が悪い」「生活保護費減額が不当にされたからだ」と現場で叫んでも仕方がありません。この場合の対処法としては、「生活保護受給者に対して、親族らが経済援助をすれば、その援助分が収入とみなされ、収入分は保護費から減額されます。問題解決にはならないし、親族は経済援助できません」と毅然と伝えるか、単に「親族は経済援助できません」とケースワーカーに伝えることです。 行政書士も、同様に対応しています。「後見人たる行政書士は、生活保護受給者の方が生活保護費で賄えない施設代を代わりに支払うことはできません」と役所に伝えます。すると、病院と施設で協議され、結局は生活保護費で賄える請求額に変更される、あるいはオムツ代など、生活保護制度上、通常の保護費とは別に支給できる名目の費用が支給される、といった対応がなされます。 介護施設などに入っていない、賃貸住宅などで生活される生活保護受給者の方からも、「昨今の物価高騰による光熱費を支払ったところ、月半ばにして食費が全くなくなってしまった」という相談が増えました。この場合も、何日も食事をせずにいるわけにはいかないので、迷わずケースワーカーに連絡、相談するべきです。 何らかの事情で、明日の食事もない、お金も食料も全くない状況であれば、生活保護申請中でも生活保護受給中でも、役所にしっかりとその状況を伝えれば、対応してもらえます。 人は毎日食事をしなければ、生きていくことができません。日本では、憲法25条において、生存権が保障されています。明日の食事に困る状況であれば、迷わず、すぐに役所に相談です。大丈夫、助けてもらえます。 ---------------------------- 三木ひとみ 行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所) 官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。
生活保護基準“引き下げ”のため政府が「物価偽装・統計不正」? 行政裁判で「国の敗訴」が相次いでいる理由【行政書士解説】 | 弁護士JPニュース
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