#足の毛穴が目立たなくなる方法
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Fさん宅の訪問販売
Fさんというのは、新卒のときに就職した会社の営業部にいた中年男性のことである。この会社の営業部は、何故か、非常に容姿に恵まれた人が多い中、Fさんは、お世辞にもイイ男とは言えなかった。どちかというと、贔屓目にみても、中の下か、下の上だろうという容姿である。しかし、自信家のFさんは、自分がイイ男でスタイルも抜群であると固く信じ込んでいた(実際は、背が低く、頭と顔が大きく、かなりのメタボのぽっちゃり体型で、手足が太くて短いのに、無理に海外のハイブランドのスーツを着ているため、脚の裾は引きずっており、手は指先しか出ておらず、ウエストはベルトの上にお腹の肉がぷよぷよと乗っかって、シャツのボタンは今にも弾き飛びそうだった。だが、あるとき、私の所属する部署の新人に鼻っ柱をへし折られ、ヤケクソを起こし、落ちる所まで落ちたが、上司の励ましによってスタイルを取り戻し、その後、男性ホルモン注射に夢中になってしまったという経歴?を持つ、かなり残念でかつ痛くて変な人である)。
さて、Fさんはかなり前に離婚したバツイチで、Fさんは実家から会社へ通っていた。Fさんのお母様はかなり前に他界しており、当時大学生だったの息子さんの衣食住の面倒は、Fさんのお父様が見ていた。Fさんのお父様は、Fさんと血が繋がっているとは思えない程、紳士で、Fさんが離婚した後も、元若嫁であるFさんの奥様と週に2~3回の頻度で子供を交えて会っていたらしい。恐らく、Fさんが、どこか遠くに単身赴任して滅多に家に帰って来なければ、Fさんと元奥様は離婚しなかっただろうと、会社の皆���思っていた。Fさんは、よく会社で、「親父の面倒はオレがみてやっている」と言っていたが、「お父様がFさんの面倒を見て下さってるの間違いじゃないですか?」と私は反論していた。ちなみに、営業部の全員が私と同じ意見だったが、それを言うとFさんはふてくされて仕事をしなくなってしまうので、営業部の人達は私と同じ事を言えなかったらしい。
なぜ、親子近く年上のFさんに対して私が反論できたかというのは、違う部署だったことと、Fさんが戦場記者や戦場カメラマンに対して、コンプレックスと憧れを抱いていたからである。Fさんも、最初から営業マンではなく、元戦場記者だった。だが、新人の頃に戦地を取材したFさんは、戦場の悲惨さ・目の前で無抵抗な女性や子供や惨殺されるところ、病院に運ばれても、次々と人々が死んでゆくこと、昼も夜も怯えながら仕事しなければならない地獄に耐えられず、たった一度の取材をしただけで営業部に異動したのである。だから、戦場記者や戦場カメラマンを続けていられる私の上司のMさんや、カメラマンのYさん、同期のS君や私などはFさんから一目置かれていた。
前置きが長くなってしまった。そんな、人間性にはかなり問題がある(面白いと言えなくはないが、家族には絶対なりたく人である)Fさんだが、Fさんのお父様は、世界的に有名な大手総合商社の経営企画部の部長&取締役だった超エリートである。それゆえ、基礎年金・厚生年金・企業のOB年金を含め、Fさんのお父様の収入は凄い額で、普通のサラリーマンの平均年収の2~3倍はあろう額だった。そのためか分からないが、Fさんの家の家計は、全てお父様の年金や投資して運用している不労所得などから支出していた。その事を当然だと思っているふてぶてしいFさんは、息子の養育費や自分の食費や被服代など生活に必要なお金を一切家に入れず、給与は全てFさんのお小遣いになっており、Fさんは非常に金遣いが荒かった。
そんな、金遣いの荒いFさんが大好きだったものは、訪問販売である。あるとき、何処のメーカーの物を取り扱っているのか得体の知れない訪問販売の営業マンがFさん宅を訪れ、羽毛布団を紹介した。この羽毛布団は100年使っても羽毛がダメージを受けることなく、干さなくても湿気たりしないので、お手入れも簡単、その気になれば洗濯機でも洗える、乾燥機OK、そして何よりこの羽毛布団で寝ていれば、金運が上がるという怪しさ満載のシロモノだった。そして価格はなんと1枚70万円である。常識で考えたら、���干しやそれが無理でも乾燥機で布団を干さないとダニの巣窟になるのは当然のことであることは、大人であれば誰でも知っている。しかも、高級マザーグースダックの羽毛布団を普通の家庭用洗濯機で洗ってしまったら、へしゃげてしまい、布団がダメになることも少し考えたら分かることである。第一、布団はある程度長く使っても、寿命というものがあり、ウン十年も使うような物ではない。まして、100年も使ったら、中はダニやダニの死骸や埃の巣窟、そもそも100年後に自分が生きている可能性の方が遥かに低い。しかも、1枚70万円である。寝る布団の質で金運なんぞ上がる訳がない。金運は、本人が為替や株式の仕組みをよく勉強して、如何に上手に投資するか、今までに無かったようなモノを起業して大ヒットするかなど、本人の努力が必須である。そんな、ぼったくり価格の胡散臭い羽毛布団なんぞ、即断るのが常識だと思うが、高級品やハイブランドが大好きなFさんは違った。Fさんは即決で羽毛布団を自分とお父様と息子さんの3人分を購入し、合計210万支払ったのである。
どちらかといえば、私も「安物を沢山」よりも「高い物を長く大事に使う」タイプの人間である。だが、その考えを適用する物には、向いている物と向いていない物がある。例えば、腕時計などは、いい物であれば、きちんとメンテナンスを続けていれば、自分の代だけでなく、子供に譲ることもできる。財布も私が現在使っている物は、就職した時に購入したものをまだそのまま使っている。だが、布団はそういう買い方に向いていない物だと思う。70万円の布団を1枚より7万円(それでも高いが)の布団を10回買い替える方が、余程、衛生的で清潔で快適である。
Fさんの訪問販売でのお買い物は、羽毛布団だけにとどまらなかった。羽毛布団で金運が上がったのか下がったのかは謎だが、多分、何の変化もないと思われる。羽毛布団の訪問販売の営業マンが来てから2か月後、Fさん宅に、また別の訪問販売業者が訪れた。今度はアコヤ貝をうる業者だった。アコヤ貝は、おなじみの真珠を養殖する為の貝である。真珠が欲しければ、アコヤ貝を自分で育てて真珠にするのではなく、真珠として出来上がっている物を買うのが普通である。だが、Fさん宅を訪れた業者は違った。『このアコヤ貝には、直径15mmを超える花玉真珠の原石が眠っている。来年の春に、このアコヤ貝を開けると、まばゆいばかりに光り輝く、立派な直径15mm以上の花玉真珠が必ずできているはずである。アコヤ貝1枚の中に、少なくとも真珠は3つ以上入っている。その真珠を宝石店に売りに行けば、1粒あたり最低でも300万、平均で500万以上の値段で買い取ってくれるだろう。今回は、特別にあなただけに、アコヤ貝を1枚あたり50万円でお譲りしましょう』という、如何にも胡散臭いシロモノだった。これはいくら何でも断るだろうと普通は思うが、とにかく「普通でないもの。後にプレミアが付く」などのキャッチフレーズが大好きだったFさんはアコヤ貝に飛びついた。そして、訪問販売の兄ちゃんに薦められるがままに、アコヤ貝を10枚も購入したのだ。そのアコヤ貝は、側部が透明になっている円柱状の入れ物に入っており(イメージとしては、ツナ缶が透明になったような物)、何処からでもアコヤ貝が見られるようになっており、上部は缶詰よろしく、開封用のフックまで付いていた。何故、私がそんな事を知っているかというのは、Fさんが会社でみんなに自慢するために、合計500万も投資したアコヤ貝の缶詰(?)を全部持ってきて、デスクの上に並べてニマニマしていたからである。なお、待ちに待った翌年の春、Fさんは嬉しそうに、アコヤ貝を空けていたが、花玉真珠はおろか、10枚あった貝の中に真珠ができていた貝は4枚だけで、しかも到底真珠とは言えない黄ばんだ小さな粒(直径3~4m程度)で、僅かに場所によっては真珠色に輝いているかな?というような物だった。
それでも、懲りないFさんが、訪問販売で散財した物は計り知れない程多い。私が知っているだけでも、食器棚を改造したとしか思えないガラスの観音扉になっている500万円の真っ白な仏壇(私が某安価な家具チェーンで8万円で買った自宅にある食器棚ソックリだったし、観音扉を開けさせてもらい、中を見たら、側面に一定の間隔で穴が開いていた。その穴は何の為に必要なのか尋ねてみらた、「『気』を通すために、必ず開けておかないというえない穴」だそうである。でも『気を通す』と言っているが、穴は外部に貫通しておらず、どう見ても、食器棚の中棚を取り付ける為のフック穴としか思えなかった。そして、肝心の『気』とは何か?と尋ねてたら、Fさん本人もよく分からないと答えるものだから、思わずひっくりかりそうになった。)、南西向きの屋根があるにも拘らず、高層マンションに面した北向きの屋根に付けられた600万円のソーラーパネル、法外な値段のオール電化工事で(オール電化にも拘らず、台所のコンロは何故かガスのまま)など例を挙げていったらキリがない。
私が転職してかなりの年月が経ち、更に関西に引っ越してきて、そろそろ5年近くなる。Fさんが今でも散財を続けているのか、とても気になるが、3年程前に、Fさんのお父様の訃報連絡があった。Fさんのお父様はどんな思いで息子の散財を見ていらしたのかと思うと、やはり、高齢の親に心配をかけるような親不孝物にはなりたくないと思ってしまった。
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お盆が明け、大樹は久しぶりに学校へ行った。図書室で嶋田と会い、お盆の時に執筆した短編小説を読んでもらい、技法について色々指導された。嶋田は言った。
「人物が何をしただけではただの日記の様になってしまうよ。その人物の仕草や振る舞い、時折場景も描くことで空気感も伝わるし、おのずと心理描写もできる様になる」
その助言を大樹は大学ノートの片隅に赤字で書き、
「なるほどね…」
とメモをした。
大樹は官能小説に挑戦していた。佐伯との絡みを思い出しながら書いたと言ったが、嶋田は苦笑しながら、
「これでは『フランス書院』と変わらないな…」
と苦笑した。彼は「隠語」のヴァリエーションを増やすよう話した。
「『隠語』?」
「まァ、誰もいないし…。例えば『チ○ポ』なら『肉棒』とか『男根』とか。あとは登場人物の動きで性行時の様子を描くこともある」
「そうなンだ」
嶋田は内心、こんなことを生徒に教えるヤツが教師なんてと、罪責感があった。彼と関係を持ってから、オレはおかしいとも思った。何故、こんなに惹かれるのか…。
正午前になり、大樹は帰ると嶋田に言った。図書館で勉強したいからと、図書室を出て行った。
大樹は、水戸駅南口に近いファーストフード店に寄った。期間限定のハンバーガーを注文し、カウンター席で食べていると一人の男が近寄って来た。
「あれ、大樹君だよね?」
その声に振り向き、見上げた。額に数多の汗が噴き出し、薄毛ながら七三分けにした男が立っていた。水色のストライプ柄のワイシャツの下はタンクトップを着ているのか、くっきりと白く浮き出ていた。
その男は「宇佐見彰」と言った。私立K高校に勤める教師である。K高校は、併願の推薦入試で受験し、合格したが大樹は入学しなかった。広樹の勤めるK百貨店で取り扱う制服でなかったからだ。
宇佐見とは、中学三年の春に「合同高校��明会」と称して日立市から水戸市までの私立高校の教師が訪問した時に出会った。トイレの中で、偶然大樹に声をかけたのがきっかけだった。
「よかったら、ウチの高校に来てね」
と、用足しに来た生徒一人ひとりに宇佐見は言い、仁志に対しては、
「君、カッコイイね。ウチの制服、似合いそうだなァ〜」
と話しかけ、その後に仁志が大樹に、
「私立K高校の先生、オレにスカウトしてきたンだ。何か、嫌だなァ…」
と引け目を感じたと言う。
一方、大樹は宇佐見が気になっていた。合同高校説明会が始まる前、学校のパンフレットを搬入する時に宇佐見が後ろを向き、屈んだ際に宇佐見のスラックスから下着の線が浮き出たのが見えたのだ。トイレで声をかけられた時も、偶然彼の一物が見えたからか、放課後にそれを「おかず」に自慰をした。
『K高校には行きたくないけど、あの宇佐見先生には会いたい』
と、佐伯にはない男らしさを備え持つ彼に想いを寄せた。
数日後、学校から家に帰るのに大樹がK百貨店の側道を歩いていた時に、地下の食料品売り場に寄ろうと車で走っていた宇佐見が見つけ、声をかけた。
「あれ? 君、いつしかの…」
と、宇佐見は買い物することも忘れてしまった。大樹も、まさか自分のことを覚えてくれたとはと、宇佐見と会ったことを喜んだ。
その後、那珂川沿いの土手で二人は絡んだ。佐伯と違い、宇佐見は肩幅が広く胸板も厚かった。臀部も筋肉質で、両腕で抱き寄せながら大樹はすっかり宇佐見を気に入り、彼の肉厚の唇に接吻した。うっすらと日焼けした肌の色に白いヒップブリーフが似合い、大樹はますます欲情した。初めてにして激しく肉体を求める彼に宇佐見は、
「君、なんでこんなに激しいの!? 未経験じゃないね? こんなに求められると、オレ、おかしくなっちゃう!」
と叫んだ。
デリカの後部座席を倒し、ちょうど二人が横たわる空間で愛し合い、窓ガラスは熱気で曇った。大樹は内腿を大きく開き、その間に宇佐見が忍び入り、ブリーフ越しに「兜あわせ」をした。先走り汁が止めどなく噴き出し、二人の感情は高揚していった。
絶頂は同時に襲ってきた。尿意に似た切迫感を経て二人は愛液を下着の中に漏らした。ヌルッとした感触と生温かい感覚に大樹は違和感を覚えたが、宇佐見は逆にエクスタシーを感じていた。
「あッ、ああん!」
佐伯は下着が汚れるのが嫌で、先走り汁が滴り始めるとすぐ脱ぎ、直に肉棒を弄っていたが、性行一つにしてもやり方は皆違うのだなと大樹は思った。彼は、
「早く洗わないと汚れちゃう…」
と訴えた。すると、
「じゃあ、ウチ��来てよ!」
と、スラックスを穿かずに運転席へ行って車を走らせた。
宇佐見の家はJR水郡線・常陸青柳駅の近くにあった。大樹は学ランで下半身を覆ったが、宇佐見は愛液で汚れた白いビキニブリーフのまま車を飛び出した。どうやら彼は未婚の様だった。
家の中に人気はなかった。二人のブリーフが洗濯機の中で泳いでいる中、一緒に風呂に入り身体を洗った。時折大樹は宇佐見に接吻し、彼の一物を愛撫した。
「君、本当にエッチだね。こんなにまでオレのこと、好きなの?」
浴槽の中で赤面しながら宇佐見がそう聞くと、
「隣に住むおじさんと幼なじみしか知らないから、先生と会って嬉しいの」
と大樹は言った。
本当は、この夜は佐伯の家に泊まる予定だった。午後八時半に大樹はK百貨店の裏まで宇佐見に車で送ってもらった。車内には二人が漏らした愛液の「匂い」が未だ残っていた。別れる時に、
「また会おうね!」
と宇佐見は大樹の手を離さなかった。
佐伯の家に着くと、食卓のある八畳の和室に彼は酒を飲んでいた。夕食は野菜炒めとほうれん草のお浸しだった。大樹は言った。
「おじさん、御免なさい。遅くなって…」
「別に怒ってないよ。オレも帰りが遅くなったから」
台所でご飯とすまし汁を装う佐伯を見つめながら、大樹は宇佐見と身体のつくりを比べていた。佐伯は「なで肩」で痩せてもいたが、毛深かった。恐らく浩志に似たのだろう。
しかし、教師なのに宇佐見は何故、あんなに自分の世代と変わらない話し方をするのだろう? 先刻、車中で絡んだ時に彼が発した言葉を思い返していた。
「君、『チュー』が好きなンだね!」
「オレ、こんなに濡れちゃった! 君も沢山イッたね!」
彼はK高校ではどんな立場にあるのだろう? 大樹は気になって仕方なかった。
夜中、仏間でもある和室に布団を並べ、佐伯の方から大樹を抱いた。仏壇の扉を閉め、浩志が悪さをしない様にする為だったが、佐伯は鼻息を粗くしながら大樹の下半身の穴にラヴオイルを塗りたぐり、弄んだ後に己の肉棒を挿入した。
「あッ、あああん!」
大樹は多少痛みを感じながらも佐伯の頸部に両腕を絡ませ、唇を重ねた。舌も出し、彼はこぼれそうになる唾液を飲みながら吸い寄せた。相変わらず激しく求めてくるので、佐伯も両腕に力を入れた。
「嗚呼、大樹…。相変わらず卑猥だね…」
「おじさん、欲しくてたまらないの…」
「じゃ、おじさんの『子種』をあげる…」
佐伯は様々な体位で大樹を抱き、彼の隆起した乳房を吸い寄せ、首筋を接吻した。一方的に肉体を貪る佐伯の髪を乱しながら大樹は、
「あんッ! ああん!」
と裏声で叫び、エクスタシーに酔いしれた。
快楽のままに二人は乱れに乱れ、いつしか放心状態と化した。���伯は激しく腰を突き上げ、大樹の肉棒は更に硬く赤黒くなった。先刻、宇佐見と寝て愛液は出尽くしたと思ったが、
「うぅぅぅぅん!」
と潮を噴いた。その様子に佐伯は欲情し、
「大樹、すごいよ…」
と更に腰を激しく振った。
「い、イクよ! あッ、あぁぁぁぁん!」
大樹の肉体に、マグマの様にドロッと粘気を含んだ佐伯の愛液が注がれる。二人は骨が砕けるほどに堅く抱き合った。
オルガズムの後、二人は布団の上でうなだれていた。快楽の極地に流れ着いた様だった。しばらく経ってから大樹は、
「御免なさい、実は私立K高校の先生と、ほら、合同説明会で声をかけられた…。その先生とエッチしちゃったンだ」
と告白した。それに対し、
「あの、厳つい体格でブリーフラインを見せてた先生か? この間話してたね。別におじさんは灼かないよ」
と言った。彼は大樹の手を取り、
「でも、本当に若いって罪だよね。さそがし気持ちよかったンだろうけど、まさか『潮吹き』もするなんて…。大樹は『淫乱』だよ」
と苦笑した。
「『淫乱』?」
「そう。もはやセックスなしではいられないンじゃない?」
「…うん、何だかウズウズしちゃうンだ」
「まァ、異性と寝て妊娠させるよりマシだな」
「でも、おじさんのザー○ンがオレの身体に…。妊娠したらどうしよう?」
「そうしたら、おじさんとE産婦人科に行こう」
E産婦人科は、二人の住む備前町の中にある病院である。
こうして、大樹は仁志と佐伯、宇佐見と新たに関係を持つ様になった。仁志とは次第に肉体を絡ませることがなくなっていったが、佐伯と宇佐見とはますます情事を重ねていった。佐伯は、嗚呼、また父さんが悪さをしているなと思っていたが、宇佐見は大樹を崇拝する様になっていった。
宇佐見が何故か大樹の隣にバッグを置き、注文をしに行っているのを見ながら、大樹は昔のことを思い出していた。ビッグバーガーのセットに、単品でチキンナゲットの十五ピースをトレイに持って来た。独りで全部食べるのかしら? 隣に座った宇佐見からは、香水を付けているのかフゼアの匂いがした。彼は、
「まさか大樹君と会えるなんて! 最近ご無沙汰だったから、嫌われちゃったのかと思った」
と話した。大樹は、
「何か、高校に行ったら忙しくて…」
と、その「忙しくて」との言葉の裏には嶋田が今は彼にとって好いているからと言う意味もあった。
「ウチの学校に来れば良かったのに、淋しいよ」
「御免なさい。ウチの両親がK百貨店で制服を取り扱っているところがイイって聞かなくて…」
「でも、大樹君と毎日エッチしてたかも!」
「じゃあ、行かなくて良かった」
もし校内で関係を持つ様なことになれば、一大事になってしまう。たとえ同意を得て肉体を交えたとしても、きっと宇佐見は懲戒免職となり、自分もカウンセラーが付くことになるだろうし、面倒だ。そう考えると、K高校を選ばなくて良かったと思う。
宇佐見は終始、ニヤニヤと顔を緩ませて��た。食べ終わると、左手で大樹の右太腿に触れた。その手付きは何となく嫌らしかった。大樹は内腿に力を入れた。彼は、
「おじさん、ダメ! その気になっちゃう…」
と訴えた。下半身が急激に汗ばむのを感じた。一物もブリーフの中で硬くなるのを認め、そんな彼の変化に宇佐見も興奮し始めた。
ファーストフード店を出ると、大樹は宇佐見のデリカ���助手席に座った。この日は家に自転車を置き、バスで水戸駅まで来たので、帰りは送ってもらえればイイと思った。車は水戸の市街を抜け、那珂町の方へ向かっていた。気付くと周囲は田畑しかない、常磐道の那珂インター沿いに来ていた。一軒のモーテルに着くと、
「大樹君、シート倒して!」
と宇佐見は促した。「空室」と表示されているガレージに入って行き、二人は車を下りた。室内に入ると目前にはすぐダブルベッドが置かれ、壁一面が鏡張りだった。中学生の時にも確か、違うモーテルだったがこの室内に似たところで宇佐見と絡んだなと、大樹は思った。
「嗚呼、我慢できない!」
と、宇佐見はスラックスのベルトを外した。すでに窮屈そうに肉棒が卑猥なテントをつくっていた。チャックを下ろし、ベルトの重みでスルッとスラックスが滑り落ちる。ワイシャツの裾からは、ヌッと白い卑猥な隆起物が現れた。大樹もスラックスを脱ぎ、ベッドに身を投げた。内腿を思いっきり広げ、宇佐見にブリーフの白い双曲線を見せつけた。腰を突き上げ、
「欲しい、欲しいの…」
と訴えた。
大樹のいるベッドに宇佐見も跳び込み、二人は激しく絡み合った。堅い抱擁を交わし、チュッチュッといやらしい音を立てながら接吻もし、下着越しに肉棒を擦り合った。宇佐見は時折、大樹の腋窩に顔をうずめ、「匂い」を嗅いだ。
「嗚呼、たまらないよ!」
佐伯や嶋田と違い、宇佐見は大樹の身体の諸部分の臭いを嗅ぐ癖があった。予め風呂に入ることはせず、逆に身体を洗わずに絡んだ方が欲情しやすいと言うのが、彼の言い分だった。
二人は着ているものを全て脱ぎ捨て、エクスタシーに耽った。宇佐見は自ら下半身の穴に大樹の肉棒を挿入した。一体になり、彼はますます欲情した。大樹の乳房を吸い寄せ歓喜の声を上げる彼に、
「大樹君、もっと喜んで!」
と宇佐見は求めた。
オルガズムは大樹の方が早かった。宇佐見の体内に彼は尿意より切羽詰まった感覚を得、膀胱まで痛くなるほど小刻みに痙攣させながら愛液を跳ばした。
「あッ! あん! ああん! あん!」
宇佐見も己の肉棒をしごき、潮を吹きながら愛液も跳ばした。大樹の下腹部にまで達し、
「オレ、壊れちゃったぁぁぁ!」
と、宇佐見は快感の故にすすり泣いた。大樹は、涙が出てしまうほどオレと寝たかったのかと驚いた。間もなく彼の肉棒が抜けた宇佐見はしがみ付き、ベッドに押し倒した。彼は大樹に頬ずりをし、接吻を繰り返した。
「大樹君の様な男(ひと)がなかなかいなくて…」
「ずっとオ○ニーもしないで?」
「否、東京の『ハッテンサウナ』で遊んでた」
「『ハッテンサウナ』?」
そんなところが東京にはあるのか?と大樹は思った。佐伯や嶋田の口からは出てこない単語だった。否、一度は行ったことはあるのだろうけれど、今は足が遠のいているだけなのかもしれない。
風呂の中でも宇佐見は大樹から離れず、時折ジャグジーのボタンを押し、バブルバスと化した浴槽の中で接吻を繰り返した。
「チューして、チュー!」
「おじさん、タコみたいだよ!」
このまま宇佐見は家に帰してくれないのでは?と、大樹は気になった。案の定、一時間の追加料金が発生してしまった。それでも、
「このまま泊まっちゃおうか!?」
と冗談を言うほど、宇佐見は上機嫌だった。
午後五時前に水戸の市街に入り、大樹はK百貨店の裏で宇佐見の車から下りた。宇佐見は、
「また会ってセックスしようね!」
と平然と言った。思わず、大樹は周囲に誰もいないことを確認した。彼は黙って手を振り、走って家に帰って行った。
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まえがき
相打ち / 合言葉 / 合図 / 愛想づかし / アイデンティティ / 赤ん坊 / 赤ん坊(天界の) / 赤ん坊がしゃべる / 悪魔 / 悪魔との契約 / 痣 / 足 / 足が弱い / 足跡 / 足跡からわかること / 足音 / 仇討ち(兄の) / 仇討ち(夫の) / 仇討ち(主君の) / 仇討ち(父の) / 仇討ち(妻の) / 仇討ち(動物の) / 仇討ち(友人の) / 仇討ちせず / あだ名 / 頭 / 後追い心中 / 穴 / 兄嫁 / 姉弟 / 尼 / 雨音 / 雨乞い / 天の川 / あまのじゃく / 雨宿り / 雨 / 蟻 / あり得ぬこと / アリバイ / 泡 / 合わせ鏡 / 暗号 / 暗殺 / 安楽死 / 言い間違い / 息 / 息が生命を与える / 息が生命を奪う / 生き肝 / 異郷訪問 / 異郷��訪 / 異郷の時間 / 異郷の食物 / 生霊 / 生贄 / 遺産 / 石 / 石に化す / 石の誓約 / 石の売買 / 石つぶて / 椅子 / 泉 / 板 / 一妻多夫 / 一夫多妻 / 糸 / 糸と生死 / 糸と男女 / 井戸 / 井戸と男女 / 井戸に落ちる / 従兄弟・従姉妹 / 犬 / 犬に転生 / 犬の教え / 犬婿 / 猪 / 命乞い / 衣服 / 入れ替わり / 入れ子構造 / いれずみ / 入れ目 / 因果応報 / 隕石 / 隠蔽 / 飢え / 魚 / 魚女房 / 魚の腹 / 誓約 / 動かぬ死体 / 動く首 / 動く死体 / 兎 / 牛 / 後ろ / 嘘 / 嘘対嘘 / 嘘対演技 / 嘘も方便 / 歌 / 歌の力 / 歌合戦 / 歌問答 / うちまき / 宇宙 / 宇宙人 / 宇宙生物 / うつお舟 / 馬 / 馬に化す / 海 / 海に沈む宝 / 海の底 / 裏切り / 占い / 占い師 / 瓜二つ / ウロボロス / 運命 / 運命の受容 / 絵 / 絵から抜け出る / 絵の中に入る / 映画 / 映画の中の時間 / エイプリル・フール / ABC / エレベーター / 円環構造 / 演技 / 縁切り / 宴席 / 尾 / 尾ある人 / 王 / 扇 / 狼 / 狼男 / 大晦日 / 伯父(叔父) / 教え子 / 教え子たち / 夫 / 夫の弱点 / 夫の秘密 / 夫殺し / 落とし穴 / 踊り / 鬼 / 鬼に化す / 斧 / 伯母(叔母) / 親孝行 / 親捨て / 泳ぎ / 恩返し / 恩知らず / 温泉 / 蚊 / 貝 / 開眼 / 開眼手術 / 外国語 / 改心 / 怪物退治 / 蛙 / 蛙女房 / 蛙婿 / 顔 / 画家 / 鏡 / 鏡が割れる / 鏡に映らない / 鏡に映る遠方 / 鏡に映る自己 / 鏡に映る真実 / 鏡に映る未来 / 鍵 / 書き換え / 書き間違い / 架空の人物 / 核戦争 / 隠れ身 / 影 / 影のない人 / 駆け落ち / 賭け事 / 影武者 / 過去 / 笠(傘) / 重ね着 / 仮死 / 火事 / 貸し借り / 風 / 風邪 / 風の神 / 火葬 / 仮想世界 / 片足 / 片腕 / 片目 / 語り手 / 河童 / かつら / 蟹 / 金 / 金が人手を巡る / 金を拾う / 鐘 / 金貸し / 金貸し殺し / 壁 / 釜 / 鎌 / 神 / 神に仕える女 / 神になった人 / 神の訴え / 神の名前 / 神を見る / 髪 / 髪(女の) / 髪が伸びる / 髪を切る・剃る / 神がかり / 神隠し / 雷 / 亀 / 仮面 / 蚊帳 / 烏(鴉) / 烏(鴉)の教え / ガラス / 川 / 川の流れ / 厠 / 厠の怪 / 癌 / 漢字 / 観相 / 観法 / 木 / 木に化す / 木の上 / 木の下 / 木の精 / 木の股 / 記憶 / 帰還 / 聞き違い / 偽死 / 貴種流離 / 傷あと / 犠牲 / 狐 / 狐つき / 狐女房 / 切符 / きのこ / 木登り / 器物霊 / 偽名 / 肝だめし / 吸血鬼 / 九十九 / 九百九十九 / 経 / 狂気 / 競走 / 兄弟 / 兄弟と一人の女 / 兄弟殺し / 兄妹 / 兄妹婚 / 凶兆 / 凶兆にあらず / 恐怖症 / 共謀 / 巨人 / 去�� / 切れぬ木 / 金 / 金貨 / 禁忌(言うな) / 禁忌(聞くな) / 禁忌(見るな) / 禁忌を恐れず / 銀行 / 禁制 / 空間 / 空間と時間 / 空間移動 / 空襲 / 偶然 / 空想 / 盟神探湯 / 釘 / 草 / くじ / 薬 / 薬と毒 / 口から出る / 口と魂 / 口に入る / 口二つ / 唇 / 口封じ / 靴(履・沓・鞋) / 国見 / 首 / 首くくり / 首のない人 / 熊 / 熊女房 / 雲 / 蜘蛛 / 繰り返し / クリスマス / 車 / 系図 / 契約 / けがれ / 毛皮 / 下宿 / 結核 / 結婚 / 結婚の策略 / 結婚の障害 / 月食 / 決闘 / 仮病 / 剣 / 剣を失う / 剣を得る / 幻視 / 原水爆 / 碁 / 恋文 / 恋わずらい / 硬貨 / 交換 / 洪水 / こうもり / 高齢出産 / 声 / 氷 / 古歌 / 誤解による殺害 / 誤解による自死 / 五月 / 子食い / 極楽 / 心 / 子殺し / 誤射 / 子捨て / こだま / 琴 / 言挙げ / 言忌み / 言霊 / 五人兄弟 / 五人姉妹 / 小人 / 殺し屋 / 再会(夫婦) / 再会(父子) / 再会(母子) / 再会(盲人との) / 再会拒否 / 最期の言葉 / さいころ / 妻妾同居 / 最初の人 / 最初の物 / 裁判 / 財布 / 催眠術 / 坂 / 逆さまの世界 / 逆立ち / 作中人物 / 桜 / 酒 / 酒と水 / さすらい / さそり / 悟り / 猿 / 猿神退治 / 猿女房 / 猿婿 / 三者択一 / 山椒魚 / 残像・残存 / 三題噺 / 三度目 / 三人兄弟 / 三人姉妹 / 三人の魔女・魔物 / 三人目 / 死 / 死の起源 / 死の知らせ / 死因 / 塩 / 鹿 / 仕返し / 時間 / 時間が止まる / 時間旅行 / 死期 / 四季の部屋 / 識別力 / 地獄 / 自己視 / 自己との対話 / 自殺願望 / 自傷行為 / 自縄自縛 / 地震 / 紙銭 / 死相 / 地蔵 / 舌 / 死体 / 死体から食物 / 死体消失 / 死体処理 / 死体変相 / 七人・七匹 / 歯痛 / 自転車 / 死神 / 芝居 / 紙幣 / 島 / 姉妹 / 姉妹と一人の男 / 姉妹と二人の男 / 死夢 / 指紋 / 弱点 / 写真 / 写真と生死 / シャム双生児 / 銃 / 周回 / 十五歳 / 十三歳 / 十字架 / 醜女 / 醜貌 / 手術 / 入水 / 出産 / 出生 / 呪的逃走 / 寿命 / 呪文 / 順送り / 殉死 / 乗客 / 肖像画 / 昇天 / 娼婦 / 成仏 / 食物 / 処刑 / 処女 / 処女懐胎 / 処女妻 / 女装 / 女中 / 初夜 / 虱 / 心中 / 心臓 / 人造人間 / 人肉食 / 神仏援助 / 人面瘡(人面疽) / 心霊写真 / 水死 / 彗星 / 水没 / 水浴 / 頭痛 / 鼈 / すばる / 相撲 / すりかえ ��� すれ違い / 寸断 / 精液 / 性器(男) / 性器(女) / 性交 / 性交せず / 性交と死 / 生死不明 / 成長 / 成長せず / 性転換 / 生命 / 生命指標 / 切腹 / 接吻 / 背中 / 背中の女 / 背中の死体 / 背中の仏 / 蝉 / 千 / 前世 / 前世を語る / 前世を知る / 戦争 / 洗濯 / 千��眼 / 僧 / 象 / 像 / 葬儀 / 装身具 / 底なし / 蘇生 / 蘇生者の言葉 / 空飛ぶ円盤 / 体外の魂 / 体外離脱 / 太鼓 / 第二の夫 / 太陽 / 太陽を射る / 太陽を止める / 太陽と月 / 太陽と月の夢 / 太陽と月の別れ / 鷹 / 宝 / 宝が人手を巡る / 宝を失う / 宝を知らず / 宝くじ / 宝さがし / 竹 / 多元宇宙 / 蛸 / 堕胎 / 畳 / たたり / 立往生 / 立ち聞き(盗み聞き) / 脱走 / 狸 / 旅 / 旅立ち / 玉(珠) / 卵 / 魂 / 魂と鏡 / 魂の数 / 魂呼ばい / 樽 / 俵 / 弾丸 / 誕生 / 誕生(鉱物から) / 誕生(植物から) / 誕生(卵から) / 誕生(血から) / 誕生(動物から) / 誕生(母体から) / 男性遍歴 / 男装 / 血 / 血の味 / 血の力 / 知恵比べ / 誓い / 地下鉄 / 力くらべ / 地球 / 稚児 / 地図 / 父子関係 / 父と息子 / 父と娘 / 父の霊 / 父娘婚 / 父殺し / 父さがし / 乳房 / チフス / 地名 / 血文字 / 茶 / 仲介者 / 蝶 / 長者 / 長者没落 / 長寿 / 追放 / 通訳 / 杖 / 月 / 月の光 / 月の満ち欠け / 月の模様 / 月旅行 / 辻占 / 土 / 唾 / 壺 / 妻 / 妻争い / 妻食い / 妻殺し / 爪 / 釣り / 鶴女房 / 手 / デウス・エクス・マキナ / 手紙 / 手ざわり / 手相 / 鉄 / 掌 / 手毬唄 / 天 / 天狗 / 転校生 / 天国 / 天使 / 転生 / 転生(動物への) / 転生する男女 / 転生と性転換 / 転生と天皇 / 転生先 / 天井 / 電信柱 / 天地 / 天人降下 / 天人女房 / 天人の衣 / 電話 / 同一人物 / 同音異義 / 盗作・代作 / 同日の死 / 同日の誕生 / 投身自殺 / 同性愛 / 逃走 / 童貞 / 動物援助 / 動物音声 / 動物教導 / 動物犯行 /
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#00008:
8月18日(日)......もう10日くらい前のことになるけど、久々に、友人と休日を過ごした。
その"友人"とは、ここでブログを始める前から「ブログやりなよ!」と自分に言ってきたり(#00001を参照)、体力面で頼られることが多かったり [「(たいていのことは)大丈夫やろ」と、体力面では割と信頼を置かれている(...?) #00007を参照。※なお、運動神経の面では確実に信頼を置かれていない模様]......これまでのブログに少し、登場してきていた人である。自分が彼女のお助け要員として繰り出される回数があまりにも多いからか、他学部の、とある同回生の人からは「都合のいい男」呼ばわりをされたりしている。けれどまぁ......お互いの日常のことを話したり人間関係にまつわる相談を受けたり(どちらかというと、自分が相談をするよりも彼女から相談を受ける回数のほうが多い)、自分の書いた文章を読んでくれたり文章の添削を頼まれた���(自分はあくまで感覚的にやっているから、文法に関する専門的な知識はたぶんガバガバだけど)、家に遊びに行ったときに向こうから「今日は家に人泊める気分じゃない」と言われても泊まったり......そんな感じの仲である。時折奮起しつつ、でも、基本的には人と極力関わろうとしてこなかった自分が「やっぱりなんか、窮屈だ...!」となったタイミングと重なって、徐々に...ほんとに徐々に、仲を深めていった(大学2回生の秋頃~大学3回生の初夏にかけて)。彼女はいろんな人と知り合いだから、その分、彼女に連れられていった先々で何人かの人と関わり、その中で自分は人とコミュニケーションを取る能力を徐々に復活させていった...という逸話(?)もある。
が......彼氏と付き合うようになってから、どうやらまた、その能力が衰えてきたらしい。
「○さん(彼氏の名前)と付き合い出してから🌟さんの特性が強くなっていってる」
......これは、今月の頭に彼女から言われたことだ。ここで彼女がさしている"🌟さん=自分の特性"とは、ゆっくり、ゆっくりとした発話のスピードのことである。確かに、彼は自分が話し終わるまでちゃんと聞いてくれるし、言葉のニュアンスが伝わる頻度がほかの大多数の人たちよりも高いし......何よりこの自分が無理せず、自然な姿でいることに喜びを感じるのが自分の彼氏の一面なのだ。そんな彼と、毎週末同じ部屋で過ごして......というのを2か月も続けていると、まぁ......こうなるか。"特性が強くなっている"件を彼氏に話したら、案の定「いいじゃないですか~」と言っていた。たしかに、これで成立できる空間があるからいいかもしれないけど......でも、彼と出会ってからしばらく使ってない(眠ってる)脳の領域がある気がするし、説明したいことを自分の思うように他人に伝えることができないのは、それはそれで苦しい。ここはなんとか、バランスを取り戻したいところだ。
......まぁでも...それよりもたぶん、彼女が言いたいのは、
「🌟さんがわたしと過ごす時間が明らかに短くなってる~~恋人中心になってる~~~あーーーー(以下略)」
ということだろう 笑。「笑」なんて入れてしまってるけど、でも...たしかに、自分でも恋人中心になってきてると思う。でも!!
(まだ付き合い始めて2か月程度だから、このくらい全然いいでしょ!!)
というのが本音だ。(彼女はその後、「2か月」ということを鑑みて、「じゃあ許す」って言ってたけど......これはこれでまた複雑な気分😶🌫️。)
⋆⋆⋆
ということで、久々の、友人との休日(6月末以来...そのときはほかにもう二人いたけど)。友人と一緒の休日......といっても、またまた(何度目?)、お助け要員としての出動だ。なんでも、彼女は知り合いに「1か月ほど家を空けているから、様子を見に行ってきてくれ」と頼まれたらしい(その人は海外に出かけているということだった)。その家は山の中(...といっても、ほかに近隣の住宅/住民がそれなりにいるから、不便な以外はよくある"閑静な住宅地"って感じだけど。)にある古い家(実は、先述の6月末某日にもここに来ていて、自分はその"知り合い"とも会っている)だから不安なのか、ただ様子を見に行くだけではなくて、
・畑の野菜を収穫する
・換気をする
・動物や空き巣に荒らされた形跡がないか確認する
・防犯のために○○の電気をつけっぱなしにしておく
...とまぁ、色々とお願い事をされたらしい。友人曰く、最初はいけると思って自分から引き受けたらしいけど......。こんなに色々頼まれるとは思っていなかったようだ。いやでも......なぜ、あの人(※一応付け加えておくと、この人は男性で、友人より少し年上)はよりによって、これを、彼女に頼むんだ......?? 決して、身体は丈夫じゃないし、どんくさいところもある人なのに(どんくささに関しては自分も大概だけど)......。彼女は、「たぶん、一番頼みやすい立ち位置に(わたしが)いるんじゃない?」的なことを言っていた(「ほんとあいつ、頼み事するの下手!」ともぼやいていた)。さらに、直近でほかにも頼みごとを任される場面があったようで「たぶん、そういう時期(=他人から頼み事される時期)なんだと思う」とも言っていた。けどもやっぱりこれはさすがに......。だから、自分はまた、お助け要員になったのだ。
⋆⋆⋆
15時台。経由地で友人と合流しつつ、目的地まではバスを乗り継いで移動した(今回の目的地まで行くバスの本数が少ないから、遅刻厳禁だった。最初、乗り場を間違えたときは焦った...間違いに気づいてよかった......)。例の、友人の知り合いの家に着くと、生え放題の雑草や、いちじくの重みでたわんだ木が通路を塞いでいた。足場が悪いし、彼女と一緒に来てよかった......と、つくづく思った。
それから、友人は家の鍵のある場所(事前に友人は、こっそり入れてある場所を教えてもらっていた)から鍵を取り出し、室内の様子を確認。荒らされた形跡はなかった(というより、住居人が部屋の片づけをしていなかったから元から荒れてた)。とりあえず換気をしたり、野菜の収穫に向けて着替え��りした。
畑には、オクラ、きゅうり、唐辛子、ミニトマト、なすが生っていた。まずは、ミニトマトから収穫。連日の猛暑の中だからか、焼けてしまった実が多く見られた。けれど、それ以上にたくさんのきれいな青い実が生っていた。とりあえず青い実を収穫し(聞くところによると、青いまま収穫しても、日なたに置いておけば赤くなるらしい)、焼けた実や枯れた葉などはそこらへんに放って土の肥料にした(※友人の知り合いが指示したやり方だからこれでOK)。そのほかの野菜も同様に、作業を進めた。虫よけの為に置いた蚊取り線香からの煙。トマトの枝に巣を張るジョロウグモ。きゅうりの葉を這う毛虫。蚊取り線香なんて気にせずに飛び交う蚊の数々。自分たちは、その中で作業をした。学校の学習の一環で畑仕事をする...なんてのはもうないし、進学を機に京都に移ってから、おばあちゃんの家に顔を出して、夏の風情を感じて......というのも少なくなった(特に父方のおばあちゃんは施設で暮らしてるし、最後に会ったのはコロナ禍前という...)。だからこんな感じの風景は久々で、ちょっと懐かしい気分になったりもした。はっきり言って気分転換になったし、手伝いに来てよかったと��うほどだ(そもそも、自分はお楽しみ気分で来てたけど...🤭友人のほうも、それを分かって自分に頼んでくるところはあると思う)。作業終盤になると、友人のほうも「🌟さんが一緒にやってくれなかったらほんと心折れてたわぁ」と、しきりに言っていた。そんな具合で、最終的には全種類の野菜合わせてそれなりの収穫量になった。

作業中はやっぱり、暑かった。自分も友人も汗かきだから、ふたりしてたくさん汗を拭いてたけども......友人のほうは、まさに「まんが!」みたいな汗のかきかたをしていた。作業に終わりが見えてきた頃にちょうど顔が合ったんだけど、そのときは思わず笑ってしまった。なんというか......顔の毛穴一つひとつから、きれいに汗の粒が吹きだしてきてる感じ。彼女は自他ともに認める「なめらかな肌」の持ち主だけれど、こうやって肌の新陳代謝が行われているのを見ると、なるほどだからか...と思わずにはいられなかった。


そうして、いよいよ作業が終了。残念ながら、クーラーのある部屋は手持ちの鍵では空けることができなかった。ということで、暑い部屋の中でしばらく休憩することに。��から持ってきていた食べかけのかりんとうを二人で食べたり、収穫した野菜の状態を確認したりした。休憩中、手持ちのペットボトルに水道水を入れて飲んでみたけれど、自分の住んでいる所と違って、雑味のない水だった。同じ市内でも、周りの自然環境によってはこんなに味が違うのか...!と、軽く衝撃だった。突然かりんとうを煙草に見立ててカッコつけてる友人���写真に収めたりもした。かりんとうを咥えるや否や「撮って!」とノリノリになるのが彼女らしくて、おかしかった(ここには載せないけど、今年の頭、約2か月遅れで彼女からもらった誕生日プレゼントのデジカメを持ってきておいて良かった。カメラをもらったときに、彼女は「2002年、🌟さんが生まれた年に出たやつ!」...と、しきりこだわりポイントをアピールしていた。実は、このブログに載せてる写真のほとんどは、このデジカメで撮影したもの。ちゃんと使ってるよ!)。撮った写真を見ながらの、「これほぼう○こやな」とか「ネッククーラー(※着用した状態で撮影していた)が格を下げてる」とかいう反応も、もはや安心安定...😌という感じだった。収穫した野菜は持ち帰っていいと言われたらしい......が、自分は次の日からしばらく帰省で家を空ける。だから、ほとんどは彼女が持って帰って、使いきれない分は知り合いに分ける......という感じになった。

(ちなみに、自分が持ち帰ったのはミニトマト2個。翌朝、出発の前に食べていった。赤いほうはどちらかというと甘味強め、黄色っぽいほうは強い酸味と、ほのかな苦味を感じた。)
⋆⋆⋆
帰りにご飯を食べて(人生初���「いきなり!ステーキ」。430gの肩ロースステーキを食べた)、なんだかんだ帰宅する頃には22時を回っていた。急いでシャワーを浴びて洗濯をして、帰省の準備の仕上げをしたり彼氏とLINEしたりしていたら寝るのは1時ごろになってしまった。7時20分ごろに家を出る関係で6時ちょい前に起きる予定でいたからスケジュール通りこなせるか不安だったものの......なんとかなった。疲れすぎて、実家に着いた日の夜は爆睡しまくり、半日くらいは寝ちゃってたけど......😴
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(ということで自分は今、長野県某所の実家にて帰省中です……🐛)
[2024_08_29]
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薄毛に悩む男性必見!抜け毛対策の新常識
男性の抜け毛の原因とは
男性の抜け毛の主な原因は遺伝、ホルモンバランスの変化、ストレス、生活習慣、食生活などが挙げられます。遺伝的要因による男性型脱毛症が最も一般的であり、頭頂部や生え際から徐々に髪が薄くなる特徴があります。また、ストレスや生活環境の変化によっても抜け毛が増えることがあります。生活習慣や食生活の改善、適切なケアを行うことで抜け毛の予防や改善が期待されます。
ストレスや生活習慣の影響
ストレスや生活習慣は、私たちの健康に大きな影響を与える要因です。ストレスが長期間続くと、免疫機能が低下し、心臓病や高血圧などの慢性疾患のリスクが高まります。また、ストレスによって睡眠障害や食欲不振などの問題も引き起こされます。 さらに、生活習慣も健康に影響を与えます。不規則な食生活や運動不足は肥満や糖尿病などの生活習慣病を引き起こす可能性があります。また、喫煙や過度の飲酒などの��習慣も健康を害する要因となります。 ストレスや生活習慣の改善には、適切なストレス管理やバランスの取れた食事、定期的な運動などが重要です。また、良い睡眠環境を整えることも大切です。健康な身体を維持するためには、日々の生活習慣に気を配り、ストレスを適切にコントロールすることが必要です。
遺伝的要因
遺伝的要因は、個人の体型や疾患リスクなどに影響を与える重要な要素です。例えば、親から受け継いだ遺伝子によって、身長や体重、代謝速度などが決まります。また、遺伝的要因は疾患のリスクにも関連しており、特定の遺伝子変異ががんや糖尿病などの発症リスクを高めることが知られています。遺伝的要因は、環境要因と相互作用し合い、個々の健康状態や疾患リスクを決定しています。遺伝的要因を理解することで、適切な予防や治療法を見つける上で役立ちます。遺伝的カウンセリングや遺伝子検査などのサービスも利用することで、自身の遺伝的リスクを知ることができます。遺伝的要因は、個人の健康管理において重要な情報源となります。
適切なヘアケアの重要性
ヘアケアは髪の美しさや健康を保つために欠かせない重要な要素です。適切なヘアケアを行うことで、髪のダメージを最小限に抑えることができます。適切なシャンプーやコンディショナーを使用することで、髪の汚れや余分な油分を取り除き、健康的な髪を保つことができます。また、定期的なトリートメントやヘアマスクを使用することで、髪に潤いを与え、ツヤやハリを保つことができます。さらに、適切なヘアスタイリング剤を使用することで、髪のスタイリングをしやすくし、ヘアスタイルを長時間キープすることができます。適切なヘアケアを行うことで、髪の健康を保ち、美しい髪を手に入れることができます。
抜け毛対策に効果的な食事
抜け毛対策には、鉄分や亜鉛、ビタミンEやビタミンB群が豊富な食事が効果的です。レバーやひじき、大豆、ナッツ類、青魚、卵などを積極的に摂取し、頭皮の血行を促進するためにビタミンCを含む野菜や果物もバランスよく摂ることが大切です。また、バランスの良い食事と適度な運動、ストレス管理なども重要です。
タンパク質やビタミンが豊富な食材
タンパク質やビタミンが豊富な食材は、健康的な食生活を送るために欠かせないものです。タンパク質は筋肉や骨を作るために必要な栄養素であり、ビタミンは体内での代謝や免疫機能をサポートする重要な役割を果たしています。 タンパク質が豊富な食材としては、鶏肉や豆腐、卵、魚などが挙げられます。これらの食材をバランスよく摂取することで、筋肉量を増やしたり、体内の修復を助けたりすることができます。 また、ビタミンが豊富な食材としては、野菜や果物、ナッツ類、乳製品などがあります。これらの食材には、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンDなど、さまざまな種類のビタミンが含まれており、体内での代謝をスムーズにし、免疫機能を高める効果が期待できます。 健康的な食生活を送るためには、タンパク質やビタミンをバランスよく摂取することが重要です。食事のバリエーションを豊富にし、栄養バランスを考えた食事を心がけることで、健康な体を維持することができます。
鉄分や亜鉛を意識した食事
鉄分や亜鉛を意識した食事は、健康維持や免疫力向上にとても重要です。鉄分は赤血球の生成に必要不可欠であり、不足すると貧血のリスクが高まります。鉄分を摂取するためには、赤身の肉やレバー、ほうれん草などの緑黄色野菜を積極的に食べることがおすすめです。また、亜鉛は免疫力を高める働きがあり、貧血や風邪を予防する効果が期待されます。亜鉛を豊富に含む食品としては、牡蠣やナッツ類、豆類が挙げられます。バランスの取れた食事で、鉄分や亜鉛をしっかり摂取して健康をサポートしましょう。
毎日の食事で意識すべきポイント
毎日の食事を意識することは健康的な生活を送るために非常に重要です。そのためには、以下のポイントに気をつけることが大切です。 まず、バランスの取れた食事を心掛けることが重要です。主食、主菜、副菜をバランスよく摂取することで、栄養を均等に摂取することができます。 また、食事の回数や量にも気を配る必要があります。過度な食べ過ぎや食べ足りないことは健康に悪影響を及ぼす可能性がありますので、適切な量を摂取するように心がけましょう。 さらに、食事内容にも注意が必要です。加工食品やインスタント食品を避け、できるだけ新鮮な食材を使用するようにしましょう。また、野菜や果物を豊富に摂取することで、必要な栄養素をバランスよく摂取することができます。 毎日の食事を意識することで、健康的な体を維持することができます。自分の体に合った食事を心がけ、バランスの取れた食生活を送るようにしましょう。
適切なシャンプーの選び方
シャンプーを選ぶ際には、自分の髪質や頭皮の状態に合ったものを選ぶことが大切です。乾燥した髪には保湿成分が豊富なもの、脂性の頭皮には洗浄力が強いものを選ぶと効果的です。また、無添加やオーガニックなど肌に優しい成分のものを選ぶこともおすすめです。自分に合ったシャンプーを選ぶことで、健やかな髪と頭皮を保つことができます。
ノンシリコンシャンプーの効果
ノンシリコンシャンプーは、髪や頭皮に優しい成分で作られているため、髪のダメージを最小限に抑えることができます。通常のシリコン入りのシャンプーは、髪の表面に膜を張ってツヤを出す効果がありますが、長期間使用すると髪が重くなったり、毛穴が詰まって頭皮トラブルを引き起こすことがあります。一方、ノンシリコンシャンプーは、余分な脂や汚れをしっかり落としながらも、髪や頭皮を優しく保護してくれるため、頭皮環境を整える効果が期待できます。また、自然な仕上がりになるため、髪がサラサラでまとまりやすくなるというメリットもあります。ノンシリコンシャンプーを使うことで、髪や頭皮の健康を守りながら、美しい髪を手に入れることができるので、ぜひ試してみてください。
薬用シャンプーの適切な使い方
薬用シャンプーは、頭皮トラブルや薄毛などの悩みを抱える方にとって頼りになるアイテムです。しかし、適切な使い方を知らないと効果が出にくいこともあります。まず、シャンプー前に頭皮をしっかりとほぐし、汚れや古い角質を落とすことが大切です。次に、適量を手に取り、泡立ててから頭皮全体に優しくマッサージするように洗います。最後に、十分にすすいでからコンディショナーを使うと効果的です。また、毎日の使用は頭皮や髪に負担をかけることになるので、週2?3回程度の使用をおすすめします。適切な使い方を守りながら、薬用シャンプーを使い続けることで、頭皮や髪の悩みを改善することができるでしょう。
頭皮マッサージの重要性
頭皮マッサージは、髪の健康を保つために非常に重要です。頭皮の血行を促進することで、髪の成長を促進し、健康な髪の毛を育てることができます。また、頭皮マッサージはストレスを軽減し、リラックス効果もあります。日常の生活の中で頭皮マッサージを取り入れることで、髪や頭皮の健康を保つことができます。マッサージオイルやヘッドスパ用のアイテムを使うことで、より効果的にマッサージを行うことができます。頭皮マッサージは、髪の毛だけでなく、心身の健康にも良い影響を与えることができるので、ぜひ取り入れてみてください。
薄毛や抜け毛に効果的な育毛剤の選び方
薄毛や抜け毛に効果的な育毛剤を選ぶ際には、成分や効果、価格、使用感などを考慮すると良いです。有効成分としてはミノキシジルやビタミン、アミノ酸が含まれているものがおすすめです。また、自分の頭皮や髪質に合った育毛剤を選ぶことも大切です。価格や使いやすさも重要なポイントとなります。
成分に注目した選び方
美容や健康に関心がある人���とって、化粧品やサプリメントを選ぶ際に成分に注目することは重要です。例えば、肌に優しい成分を選ぶことで肌トラブルを防ぐことができます。また、体の内側からケアするためには、栄養価の高い成分を含むサプリメントを選ぶことが大切です。成分を確認する際には、表記名だけでなく、配合量や添加物の有無もチェックしましょう。さらに、自分の肌質や体質に合った成分を選ぶことで、効果的なケアができるでしょう。成分に注目することで、より効果的な美容や健康ケアができるので、日々の生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。
使用方法や頻度のポイント
日々の生活で使用するアイテムやサービスには、効果的な使用方法や適切な頻度があります。例えば、美容アイテムを使用する際は、適量を守って正しい手順で使うことが大切です。また、頻度も過剰な使用は肌に負担をかけることになるので注意が必要です。健康食品やサプリメントも同様で、摂取量やタイミングを守ることで効果を最大限に引き出すことができます。日常生活においても、適切な使い方や頻度を守ることで効率的に活用できるものが多くあります。自分に合った使い方や頻度を見つけるためには、製品の説明書や専門家のアドバイスを参考にすると良いでしょう。正しい使い方を守ることで、効果的に利用することができるので、日々の生活に取り入れる際には意識してみてください。
育毛剤の効果的な使い方
育毛剤を効果的に使うためには、まず頭皮を清潔に保つことが重要です。洗髪時には頭皮マッサージを行い、血行を促進して育毛剤の浸透を助けましょう。また、育毛剤は毎日コンスタントに使うことが大切です。朝晩の2回の使用が理想的ですが、忙しい時は夜だけでもOKです。さらに、育毛剤を使う前に頭皮を乾かすこともポイントです。濡れた頭皮に塗布すると効果が薄れてしまうため、タオルでしっかりと水分を取り除いてから使いましょう。最後に、育毛剤を塗布した後はしっかりと乾かすことが大切です。湿ったままだと頭皮に負担をかけてしまうため、ドライヤーでしっかりと乾かしてからスタイリングを行いましょう。これらのポイントを守りながら育毛剤を使うことで、より効果的な育毛ケアが期待できます。
医療機関での相談や治療の重要性
医療機関での相談や治療は、専門家の知識と経験による適切なアドバイスや治療を受けることができるため、健康問題の早期発見や適切な対処が可能となります。また、専門家とのコミュニケーションを通じて心のケアも行うことができ、健康を維持するために重要な役割を果たします。
専門家による診断の重要性
専門家による診断は、病気やトラブルの原因を正確に特定し、適切な治療法や対処法を提案してくれる重要な役割を果たしています。自己診断やネットでの情報収集だけでは、症状の深刻さや病気の種類を見極めることが難しい場合があります。専門家は豊富な知識と経験を持ち、適切な検査や診察を通して適切な診断を下すことができます。そのため、早期発見や適切な治療を受けるためにも、専門家による診断は欠かせません。自分の健康や安全を守るためにも、専門家の意見やアドバイスを受け入れることが重要です。
AGA治療や薄毛治療の最新情報
最近では、AGA(男性型脱毛症)治療や薄毛治療に関する最新情報が注目されています。AGA治療には、内服薬や外用薬、レーザーや注射など様々な方法があります。特に、最新の内服薬や外用薬は効果が高く、副作用も比較的少ない��されています。また、薄毛治療にはヘアトランスプラントやプロペシア、ミノキシジルなどが一般的ですが、最新の治療法として、幹細胞療法やプラズマリッチ血小板療法(PRP療法)が注目されています。これらの治療法は、毛根の再生や育毛効果が期待されており、従来の治療法と併用することでより効果的な治療が可能となっています。AGA治療や薄毛治療に関心のある方は、最新の情報をチェックして、自分に合った治療法を選択することが重要です。
抜け毛対策の専門家への相談方法
抜け毛が気になる方は、専門家に相談することが大切です。専門家は、抜け毛の原因や対策について的確なアドバイスをしてくれます。相談方法としては、まずは専門家のウェブサイトやSNSをチェックしてみることがおすすめです。そこで、相談窓口や問い合わせ先を見つけることができます。また、電話やメールで直接相談することも可能です。相談の際には、自分の抜け毛の状況や悩みを具体的に伝えることで、より的確なアドバイスをもらえるでしょう。専門家のアドバイスをしっかり受けて、正しい対策を行うことで、抜け毛の悩みを解消することができます。
日常生活で気をつけるべきポイント
日常生活で気をつけるべきポイントは、健康を維持するためにバランスの取れた食事や適切な運動を心がけること、ストレスを溜めないようリラックスする時間を作ること、睡眠をしっかりとることなどが挙げられます。また、身の回りの清潔を保つことや安全に注意することも大切です。日常生活の中でこれらのポイントに気を配ることで、健康的で快適な生活を送ることができます。
適切な睡眠やストレス管理
適切な睡眠やストレス管理は、私たちの健康と幸福にとって非常に重要です。十分な睡眠をとることは、体のリフレッシュや新陳代謝を促進し、免疫力を高める効果があります。また、ストレスが蓄積されると、心身のバランスが崩れ、さまざまな病気のリスクが高まります。ストレスを軽減するためには、適度な運動やリラックス法を取り入れることが大切です。日常生活でのストレスを軽減するためには、趣味や友人との交流など、自分を癒す時間を持つことも重要です。睡眠やストレス管理を意識して生活することで、心身ともに健康で充実した日々を送ることができます。
運動やリラックス法の取り入れ方
運動やリラックス法は、日常生活に取り入れることで心身の健康を保つことができます。運動は代謝を促進し、ストレスを解消する効果があります。ウォーキングやストレッチなど、気軽にできる運動を取り入れることで、リフレッシュ効果を得ることができます。また、リラックス法も重要です。深呼吸や瞑想、ヨガなどを行うことで、心を落ち着かせることができます。ストレスが溜まっていると感じたら、リラックス法を試してみると効果的です。日常生活に取り入れることで、ストレスや疲労を軽減し、心身のバランスを整えることができます。是非、運動やリラックス法を取り入れて、健康的な生活を送りましょう。
健康的な生活習慣の重要性
健康的な生活習慣は、私たちの健康と幸福に大きな影響を与えます。バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理などが重要です。これらの生活習慣を実践することで、体の免疫力が高まり、病気やストレスから身を守ることができます。また、健康的な生活習慣は心の健康にも良い影響を与えます。自己管理能力が高まり、ポジティブな考え方が身につきます。日常生活での小さな工夫や習慣が、将来の健康や幸福につながることを忘れずに、積極的に取り入れていきましょう。
抜け毛対策の効果を実感するためのポイント
抜け毛対策の効果を実感するためには、適切なシャンプーやトリートメントを選ぶこと、頭皮マッサージを行うこと、バランスの取れた食事やストレス管理を心がけることが重要です。また、定期的な美容室やクリニックでのケアも効果的です。これらのポイントを守り、継続的なケアを行うことで、抜け毛の改善や予防効果を実感することができます。
定期的なケアの重要性
定期的なケアは、私たちの健康と幸福にとって非常に重要です。定期的な健康チェックやメンテナンスは、病気や健康問題を早期に発見し、治療を受ける機会を提供します。また、定期的なメンテナンスは、ストレスや疲労を軽減し、心身のバランスを保つのに役立ちます。定期的なケアを怠ると、健康問題���悪化し、治療が難しくなる可能性があります。自分の健康を大切にするためにも、定期的なケアを受ける習慣を身につけましょう。
育毛効果を実感するまでの期間
育毛効果を実感するまでの期間は個人差がありますが、一般的には3ヶ月から6ヶ月程度と言われています。ただし、これはあくまで目安であり、人によってはもっと早く効果を実感する場合もあります。育毛剤や育毛シャンプーを使っている場合、毎日の継続的なケアが重要です。また、健康的な生活習慣やバランスの取れた食事も育毛効果に影響を与えます。ストレスや睡眠不足なども脱毛の原因となるため、これらの要因を改善することも大切です。育毛効果を実感するまでの期間は焦らず、根気よく続けることが重要です。効果が出にくい場合は、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることもおすすめです。育毛効果を実感できた時には、その努力が報われたと感じることができるでしょう。
ポジティブな気持ちの持ち方
ポジティブな気持ちの持ち方は、日常生活において非常に重要です。まず、自分自身を肯定的に捉えることが大切です。過去の失敗や過ちに囚われず、自分の良いところを見つけることで自信を持つことができます。また、周囲の人々とのコミュニケーションを大切にし、ポジティブな関係を築くことも重要です。他者との良い関係を築くことで、自分自身も幸せな気持ちになることができます。さらに、日々の生活の中で感謝の気持ちを持つこともポジティブな気持ちを養う上で効果的です。小さなことにも感謝することで、日常生活が豊かになり、ポジティブな気持ちを持つことができます。ポジティブな気持ちを持つことで、ストレスや不安を軽減し、心身ともに健康な状態を保つことができます。是非、日常生活に取り入れてみてください。
男性の抜け毛対策におすすめのサプリメント
男性の抜け毛対策には、ビオチンや亜鉛、シトルリンなどの成分が含まれたサプリメントが効果的です。これらの成分は、髪の健康をサポートし、抜け毛を防ぐ効果があります。定期的な摂取で、健やかな髪を維持することができます。
ビオチンや亜鉛が含まれたサプリメント
ビオチンや亜鉛が含まれたサプリメントは、美容や健康に良いとされています。ビオチンは肌や髪の健康をサポートし、亜鉛は免疫力を高める効果があります。特に女性にとっては、美しい髪や健康な肌を保つために欠かせない栄養素と言えるでしょう。日常の食事からこれらの栄養素を摂取するのは難しい場合もありますが、サプリメントを利用すれば簡単に補給することができます。ただし、過剰摂取は健康に悪影響を与える可能性もあるため、適切な摂取量を守ることが大切です。自分の体質や生活環境に合わせて、ビオチンや亜鉛が含まれたサプリメントを選ぶことで、健康的な生活を送る手助けになるかもしれません。
効果的な摂取方法や注意点
健康補助食品やサプリメントを摂取する際には、効果的な摂取方法や注意点を守ることが重要です。まず、製品の指示通りに摂取することが大切です。製品に記載された摂取方法や服用量を守ることで、効果的な摂取が可能となります。また、食事と一緒に摂取することで吸収率が高まる場合もあるので、製品に記載された摂取タイミングにも注意しましょう。 さらに、製品に含まれる成分やアレルギー情報を確認することも大切です。自分の体質や健康状態に合わせて適切な製品を選ぶためには、成分やアレルギー情報を事前に確認しておくことが必要です。また、過剰摂取による健康被害を防ぐために、摂取量を守ることも重要です。 健康補助食品やサプリメントを効果的に摂取するためには、製品の指示通りに摂取し、摂取量や摂取タイミングに注意することが大切です。自分の体質や健康状態に合わせて適切な製品を選び、安全に摂取するように心がけましょう。
サプリメントと組み合わせたケアの効果
サプリメントを摂取することで、健康維持や美容効果を高めることができます。特にビタミンやミネラル不足が気になる方には、サプリメントがおすすめです。さらに、サプリメントと適切なケアを組み合わせることで、より効果的なケアが可能となります。例えば、肌のトラブルを解消したい場合には、ビタミンCやコラーゲンを摂取することで、肌のハリや弾力を保つ効果が期待できます。また、運動をして体重を減らしたい方には、脂肪燃焼を促進する成���が含まれたサプリメントを摂取することで、より効果的なダイエット効果が期待できます。サプリメントと組み合わせたケアを取り入れることで、健康や美容に対する効果を高めることができるので、ぜひ試してみてください。
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四篇 上 その三
そのまま、このふた川の宿場を通り過ぎ、はやくも大岩小岩を通り過ぎて、岩穴の観音をふしおがみて、一首詠む。
行がけの 駄賃におがむ 観音も 尻くらいとは 岩穴のうち
そんなことを高声に話して、歩いていたが、あくびをしながら北八が言う。 「ああ、退屈だ。しかも、くたびれた。こんな小さな風呂敷包みや紙合羽もどしてこうして、結構、��物になるものだ。 どうだい、弥次さん。お前の荷と俺の荷を一緒にして、坊主と出会うたびに持ち換えるってのはどうだい。」 弥次郎兵衛は、ポンと手を打ち、 「そりゃいい。ちょうどいいところに、竹が捨ててある。」 と、道端の竹を拾い上げて、二人の荷物を括り付けて、 「さあ、これでいい。北八、お前から先に持っていけ。」 北八が、 「いいや、こういうもんは、年上のものからと決まっている。」 と、首をふる。 「そんなら、ジャンケンで決めよう。」 と、弥次郎兵衛と北八はジャンケンをはじめる。 「ひい、ふう、みい、おっと勝ちだ。」 「ええい、畜生め。」 北八が負けて、荷物を持って歩き出す。
二人が歩き出してまもなく、向こうから旅の僧侶が来た。 どうやら、この僧侶は、法花宗とみえて、 「だぶだぶだぶ、だだだぶだぶだぶ、ふにやふにやふにや、だぶだぶだぶ。」 と、訳のわからない念仏をとなえている。 北八は、弥次郎兵衛の方を見ると、 「そりゃ、弥次さん。お前の番だ。ほれ、受け取りな。」 と、弥次郎兵衛に荷物を渡す。 「あらよっと、どれどれ、次の坊様は、来ないか。早く来ればいいものを。」 と、弥次郎兵衛が道の向こうを見ると、馬にゆられる人が来るのが見えた。 馬につけた鈴の音が「シャンシャンシャン」と鳴っている。 馬方の歌も聞こえてきた。 「たかい~山から~、谷底~、見れば~え、おまん~かわいや~布さらす~なあ~え。」 弥次郎兵衛が、鈴の音や馬方の歌に吊られるように見ていると、 「きたきた。あの馬には、天皇の御祈願なさる寺の絵札が付いてる。 ということは、馬のうえの人物は、これから出家する者だろう。」 北八も、それに気づいて、 「ちくしょう、えらく早いな。」 と、荷物を受け取って行く。
しばらく行くと、道の側にしゃがんでいる男が居る。どうやら、脚が悪いようだ。 その男が話しかけてきた。 「ご覧の通り、足が悪くて、難儀しております。ぜひ、ご奉仕を。」 すると、北八が、 「いやこれは、坊主だ。弥次さん。一文やれや。」 と、言うと、弥次郎兵衛は、懐から一文だしてやる。 「ほれ、とりな。でも北八、前から見ると坊主の様だが、後ろから見ると、ぼんのくぼに毛が残っている。こりゃ、坊主じゃないわ。」 北八は、言い返せなくて、 「はあ。」 と、いったきり、すたすた歩いていく弥次郎兵衛を追いかける。
その後から、尼が三人連れでやってくる。 指に竹の管をつけて、ガチャガチャ鳴らしながら、歌っている。 「身をやつす~、賊が思いと~夢ほど~、あなたに知らせたや~、ああ、そりゃ~、夢ほどさめに~知らせたや~、さあさ、さんがらえ~、さんがらえ~。」 「なんとも、色っぽい声がする。」 と、北八、目をこらして、 「ひゃ、ありゃ、尼だ。尼だ。さあ、弥次さん、これを受けとりな。」 と、弥次郎兵衛に荷物を渡す。 「ええい、いまいましい。」 と、悔しがる弥次郎兵衛の横を澄ました顔で、北八が歩いていく。 「人に、荷物を持たせるのは、��んとも、いいものだ。 これは、まさしく、お供を連たってところだな。ホントにいい気持ちだ。 おっ、弥次さん、見てみろ。さっきの尼さんが、俺を見てる。たまらねえぜ、畜生め。」 弥次郎兵衛は、荷物を持ち替えながら、 「ありゃ、別に、愛嬌があるわけじゃねえ。ただ、顔にしまりがねえんだ。」 「おやおや、悪いことを言うもんだ。」 と、北八は、笑顔で尼を見ている。
さて、その後になり先になり歩いていく尼は、三人連れだ。 二十二三と十一二の尼と、あと一人は、四十過ぎの年増。 その中の二十二三の尼が、北八の側に寄って声をかけてきた。 「もし、あなた、火はおざりませぬか。」 「はいはい。今、点けましょう。」 と、北八は、すり火うちを出してカチカチとやり出す。 火がつくと、北八は、 「さあ、使いなせ。ところで、お前さんがたは、どこまで行きなさる。」 と、いいながら、さしだす。 「はい、名古屋の方に参ります。」 「そうだ、今夜、一所のところに泊ろうじゃねえか。どうだ、赤坂まで行こう。」 と、北八が言うと、尼は、顔を輝かせて、 「それは、ありがとうおざります。ところで、お煙草を一服いただけませんか。 どうやら、買うのを、忘れてしまったようなので。」
尼さんの言いように、北八は、 「さあさあ、煙草入れを出しな。みんなあげよう。」 と、さっさと、入れてしまう。 「それでは、あなたがお困りでおざりましょう。」 北八は、手を顔の前で振りながら、 「なに、いいってことよ。で、お前さんがたのようにうつくしい顔で、なぜ、髪を剃りなさった。なんとも、みるからにおしいことだ。」 と、じっと尼さんの顔を見ている。 尼さんは、 「いやいや、私どもは、例え、髪が有ったとしても、誰もかまってはくれません。」 と、言うのに北八は、 「そんなことはないだろう。俺なら、一番先にかまう。 いや、なんとしてでも、かまわしてくれ。」 と、いう。 尼さんは、妖しいほどの笑みを浮かべている。 それを見て、北八が、 「ああ、早く、一つ所に泊まりたい。弥次さん、この先の宿へ、もう、泊まろうじゃねえか。」 と、いうのに、弥次郎兵衛は、 「馬鹿言え。くそ、坊主がこなくなった。」 と、こごとを言いながら歩いて行った。
火うち坂を過ぎ、二軒茶屋というところに着くと、尼たちは、急にわき道に折れてしまう。 北八がこれに気づいて、 「これこれ、お前たちは、どこへ行く。そっちじゃ、あるめえ。」 これに、尼さんが答えて、 「はい、これで、お別れいたします。私共は、この田舎の方を回ってから参りますから。」 と、野路をさっさと行き過ぎる。
北八は、あきれて見おくると、その様子を見ていた弥次郎兵衛が、ふきだし、 「ははは、北八、お前、ついてないな。」 「ええい、だまされた。でも、残念だ。」 と、立ち止まっていると、後ろから来た人が、ぶつかってきた。 北八が振り替えりながら、 「アイタタタ。前を見て歩け。いったい誰だ。」 と、ふりかえり、みれば、旅の僧だ。 「おっと、荷物を渡そう。ほらほら。」 苦りきった顔で、荷物を受け取ると、 「こりゃ、やれん。」 と、いやいや、荷物を受け取ると、とぼとぼと歩いていく。
やがて、吉田(愛知県豊橋市付近)の宿場に着いた。 ここで、弥次郎兵衛が、一首詠む。
旅人を���招くススキの 穂くちかと ここも吉田の 宿の娼(よね)たち (吉田の宿場の遊女をススキの穂が揺れるのにかけた)
この宿場の外れから、遠国の団体を組んで神社仏閣を参詣する輩らといっしょになった。 ただ、どういうわけか、少々シャレた口の利き方をしている。
その中の一人、肩の所に、色あせたつぎあてをしている安物の木綿の縦じまを肩に引っ掛け、風呂敷包みを持て居る男が、後ろ振り返り、声高に話しかける。 「おおい、源九郎義経、やいやい、早く、来んなさいの。」 弥次郎兵衛と北八はそれを聞いて、おかしく思い、この義経と呼ばれる男を見てみれば、これも、安物の木綿の縦じまに、手に風呂敷包みを抱えていて、なんとも、不細工な顔の男。 しかも、髪の毛がうすくなっている。
「かめ井殿や、片岡殿は、たいそう、足が丈夫なようだ。私の踵はあかぎれで、石ころを踏むと、痛くて歩かれない。」 かめ井は、そんな義経をほっておいて、 「そういえば、静御前は、どうしたの。」 と言うと、義経は、チラッと後ろを振り返って、 「ああ、それか。さっきの宿場で、静御前の持病の疝気がおこって、両目を吊り上げて、死ぬの死なぬと、なんだかんだと騒ぎだした。 その上、六代御前が、牡丹餅を三十も食って、お腹が痛いとのたうち回る。 更に、弁慶は、団子のくしで、自分の咽をついたと泣き出し始末。 仕方がないので、俺の親戚の平友盛殿らで、三人を介抱してたから、ぼちぼちとくるだろうて。 まったく、何にも知らずに、突っ走るように歩いて、幸せもんだの。」
弥次郎兵衛は、この話をおかしく聞いていたが、 「お前さん方、いったいどこまで行くんだね。」 と、話しかけた。 すると、義経が、 「はい、お伊勢さまへ参ります。」 と、答える。 「さっきから聞いてると、お前さん方、義経だの、弁慶だのと言ってるが、いったいどう言う事だ。」 弥次郎兵衛は、さっきからの疑問を問いかけてみた。 「ああ、知らん人が聞きなさったら、おかしく思われるじゃろうが、実は、私らが国を出る前に祭礼があって、その時『義経千本桜』という芝居をやりまして、その中で、よしつねだの、べんけいだのと、つけた役名を忘れないようにとたびたび呼んでいたのが、今でも、そのままおどけて言っているので。」 弥次郎兵衛は、その話に納得して、 「なるほど。ということは、お前さんは、義経になったという事だね。」 と、問いかけると、義経は、胸を張るように、 「そうでおざる。 実は、その前に、私らの国に、江戸芝居が来て、『天神さま』の芝居をやったんじゃが、まあ、聞いてくれ、びっくりしたでよ。」 「・・・」 「なにがって、藤原時平(ふじわらしへい)とやら五兵衛とやらいう悪人に騙されて、天神さま(菅原道真)が島流しになるという話で、みこしに乗って出てくると、���物していた女どもが、なんともいとおしい事だと涙をこぼして、まるで、本願寺の法王を通るように米だ銭だと、舞台へ撒き散らしだして。」 「・・・」 「その上、見物の中から、馬を商っている与五左という乱暴者が、舞台に駆け上がって、 『こんな芝居はやらせな。なぜ、天神さまが、島流しになるんだ。 さっき出てきた、長楽寺の閻魔にそっくりな、お公家どのが悪人だ。 天神さまには、なんの罪もない。いかに芝居だといって、人を馬鹿にしたもんだ。』 と、時平をやっつけるといいだした。 なにしろ、御年具米の二俵くらいなら簡単に持ち上げるほどの力もちの男だから、誰もびっくりして、止めるに止められなくなって、見物も口々に、与五左の言うとおりだと言い出した。」 「・・・」 「時平を、引き出してぶちのめせと、村中の若い者たちが楽屋へ怒鳴り込んで、乱暴し出したんだ。そうなると、江戸役者の時平役は、こりゃ、たまらんと、尻��帆をかけて、逃げ出した。 それから名主のところで相談して、もう、この村へ江戸役者は入れないことになったんだ。 その後、私らが、芝居をやり出したんだが、江戸芝居より面白いというんで、何百回もやりました。」 と、勢い込んで、喋っている。
義経の自慢話を、聞くとはなしに聞いていると、いつのまにか、大雲寺に着いた。
つづく。
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2024.1.14sun_kanagawa
昨日はアドレナリンが出ていて、いつもより遅く寝着いたが、いつも通りの6時に目が覚める。でも今日は休みだ、と安心してもう一度寝て、7時に起床。洗面を済ませ、着替えてお砂糖とミルクがたっぷりのインスタントコーヒーを飲む。これは私が子どもの時からのルーティーンだ。SNSやLINEをサッと確認して返信を打つ。ワクワクするお誘いに心浮き立つ。 今日は初めてのWSに参加する予定だ。でも、その前に知り合いのイベントに行ってみよう。まだ布団の中の夫に「いってきます」と告げ、足取り軽く家を出る。車を運転すること30分。鶴川にあるセントラル��店街という何ともノスタルジックな場所に到着。早くも聞こえてくるお囃子の音に自然と駆け足になる。角を曲がると、威勢のいい声と同時に餅をつく人、返す人、手を叩いて笑顔でエールを送る人たちのエネルギーで溢れかえっていた。年始初めて会う知り合いみんなに声をかけ、再会の歓びを分かち合う。人生で初めての豆花をいただいた。ほんのりと甘く、重すぎず、いろんなの食感を味わえるいくちゃん(食堂pocoさん)の豆花。今の身体に最高の食べ物だ!お腹は満たされていたが、あちこちからいい匂いがしてきて、まだ食欲が止まらない。古いストーブの上で温められていたのは豚汁だ。そのすぐ下にはブタの置物。なんてシュールな…この後の予定を考えてやめておいた方がいいと言う私と、いや、身体も温まるしとにかく食べたいと言う私でせめぎ合う。次の瞬間お代の300円をお店の方に手渡していた。椅子に腰掛け、豚汁をいただく。やっぱり大正解だ。豚汁とカレーは、大きな鍋でたくさん作られたものがなぜか美味しい。きっとこれもそうだ。大満足で完食すると、目の前には『うどん』の文字。食べたい気持ちをグッと我慢し、私は席を立った。

知り合いに会い、美味しいもので満たされた私は、今日のメインイベントへ。Googleマップを頼りに10分ほど歩くと、茶色いムーミンハウスのようなジブリに出てきそうな窯が見えてきた。そう、今日私は陶芸を教えてもらうのだ。でも、その前にヨガ。アパートの入り口を探して扉を開けると、木と光のぬくもりが溢れるスタジオと慣れ親しんだ顔が目に飛び込んでくる。いつもお店に来てくれる人も、たまたま今日初めての参加だったのだ。驚いて嬉しくなり、初めて会う方々にも紹介し、紹介され、その場が明るい雰囲気で包まれていた。

ヨガ講師である美しい笑顔のみちこさんに挨拶をし、急いで着替えを済ませ、ヨガマットの上に座る。はて、私はヨガ何年ぶりだろうか…3年前までピラティスはやっていたが、ヨガは5年ぶりくらいかしら…身体が硬い私は、『家でストレッチしてくればよかったな。急にヨガやって大丈夫かしら…またどこか傷めないかな。』と不安になってきた。それを察してなのか、みちこさんが「私のヨガ教室は、自分の身体に目を向け、自分の呼吸に耳を傾けて、自分自身を感じるためのヨガです。無理に身体を動かしたり、ポーズを極めたりするのではなく、ストレッチとトレーニングを繰り返していきます。筋肉に負荷がかかるトレーニングの後には、その筋肉を緩める動きを入れていきますので、決して無理のない範囲で身体を動かしていきましょう。」と説明してくれた。なんてすごいタイミングと思いながらもホッと胸を撫でおろす。呼吸を整え、先生の出してくれる指示に従いながら身体を動かし始める。先生の声の質感や声量、テンポの心地よさに耳を預け、普段あまり伸ばさないところを心地よく伸ばしていく。動きの指示を優しく出しながら、先生はその反対の動き(左右)をし、ポーズの名前や由来を教えてくれた。時々『あれ?今私合ってるかな?』と不安になり、周りをチラチラと確認しながらも、身体を動かす心地よさを感じながら、私はどんどんヨガの世界に浸り始めていた。しかし、恐れて���たことが起きてしまったのだ。仰向けで脚を頭の後ろに持っていくポーズになると、なんだか苦しく、少し気持ちが悪くなってきた。そう、動く前に食べ過ぎたのだ。私はその動きを中断し、仰向けに戻ってしばし休憩。みんなが気持ち良さそうなのを横目に、やはりな…と反省(でも、美味しかったから後悔はないw)。そして、その後の動きから合流し、ヨガの時間1時間半が終了した。 副交感神経が働いているせいなのか、まだ頭がボーッとしている中、みんなでお昼ご飯の準備が始まった。マットを��付け、テーブルを出すと、梅ちゃん先生(陶芸の講師)がいい匂いのする鍋や炊飯器を持ってきてくれた。この香りはカレーだ。ターメリックで黄色く色付いたご飯の横にカレー2種をかけ、それぞれの席に配る。テーブルの上には鮮やかな野菜たちの炒め物やサラダが所狭しと並んでいた。みんなで「いただきます」をしてから食べ始める。カレーをひと口、ふた口と食べ進めると、辛くもないのに、頭皮の毛穴が開き、スースーするような感じがした。スパイスが私の身体の中から作用している。不思議な気持ちになりながらも、どんな風に作ったのか、どこで手に入れた食材なのか、どんな風に出会った料理なのか、それぞれの先生に尋ねたり、日常の話をしたり、みんなとする食事の時間を愉しんでいた。

食べ終わるとオラクルカードの時間。年始にひいてみるのが恒例となっているそうだ。私がひいたカードは、鮮やかな緑の上に明るいピンク色がのっていて、そこに白いマーガレットのような花がたくさん描かれているカード『世界を維持する者 ヴァースデーヴァ』というものだった。みちこさんが手渡してくれた解説書を読むと、ふむふむ…リラックスしましょう。休息しましょう。それが次なるエネルギーとなるでしょう。と書いてある。年末年始でこの言葉を聞くのは3回目だ。一つ目はしいたけ占いの水瓶座。二つ目は前日にみてもらったカラーセラピー。そして三つ目がオラクルカード。よほど休んだ方がいいらしい…頭の片隅に置いておこう。 さぁ、今日の愉しみはまだ終わらない。別の部屋に移動して、エプロンをつけ、サンダルに履き替えると、梅ちゃん先生の陶芸教室の始まりだ。陶芸こそ初めてではないが、人生で三度くらいしかやった事のないもの。今回教わるのは手轆轤という器具を使うものだそうだ。あらかじめ用意していた作りたいイメージの器の写真を用意し先生に確認すると、私の分の陶土を用意してくれた。みんなに作業確認や指示を出しながら、先生はそ���を捏ねていく。捏ねている土の動きをただただ見続けていた。少ししてから菊練りという段階に入ると、さらに土の動きや模様が美しく、感嘆がもれる。永遠に見続けられると思っていると、あっという間に菊練りは終わってしまった。それを手轆轤に少し乗せ、潰して円を作る。その上に長細くした土を重ね、どんどん高くしていく。そして、そこから好きな形に伸ばしていくそうだ。先生が湯呑ならこのくらい、お茶碗ならこのくらい、煮付けの小鉢ならこのくらい、と言いながら、まるで魔法のように次々に形を変えていく。

圧倒されていると、自分の番が回ってきた。手を動かすことは大好きなのだが、いざ始まると、えっと…まず何でしたっけ?という状態。先生に確認しながらまずは土に触ってみる。ヒンヤリと冷たく、粘土よりも少し硬い。水分を含んでいて、少しだけスズリのような香りがした。それを丸めたり伸ばしたりしながら、教えてもらったように形を作っていく。どうしたら繋ぎ目がきれいに無くなるのか、頑丈な器になるのか、厚さが均等になるのか、分からない事は多いがとりあえず手を動かしてみる。参考作品の写真を何度も確認し作り進めるのだが、なかなか思うような形にはならない。夢中になって作り続け、2時間ほどだろうか、やっとなんとか納得できる形になったようなので手を止めた(本当は永遠に形をあれこれ変え続けていたい気持ちだったが…)。集中力が解け周りを見渡すと、様々な形が出来上がっていた。どれもこれもみんな生きているようで何とも愛おしい。次回は『けずり』と言われる作業なのだそうだ。また来月の愉しみが増えたことに心が躍る。先生の淹れてくれた生姜紅茶とみなさんからの旅行土産の差し入れででホッとひと息。ふと我にかえると心地よい疲労感や達成感が押し寄せてきた。 今日を共にできた先生や生徒のみなさんに挨拶をし、アトリエを後にする。車に乗り込み、夕焼けを眺めながらのしばしのドライブ。だんだん暮れて色が変わっていく空の様子を観察しながら、今日のことを思い出し、ひとり笑顔がこぼれる。音楽を聴きながら唄いながら家路に��いた。なんてキラキラとした時間のつまった一日だったのだろうか。また明日から頑張ろう!
-プロフィール- 野沢ちか 39歳 神奈川県 花綵hanazuna
2023年4月東京都町田市にある簗田寺のかたわらにある白い建物“tem”にてアトリエをオープン。 簗田寺の里山に生きるたおやかな草花を摘み、花生けのお教室やリース作りのWSなど、草花を身近に感じられる暮らしの提案をしています。 Instagram @hanazuna_style hp https://www.hanazuna-style.com/
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栗は美味しいだけじゃありませんよ! 健康増進とアンチエイジングにも最適
秋の味覚「栗」には、健康増進とアンチエイジングに役立つ栄養素が豊富に含まれています。
しかも栗は食べるサプリメントと言えるナッツ類に分類されますが、他のナッツ類と比べると脂肪が少ないのが特徴です。
そのため、間食としてのエネルギー補給やおやつ代わりにお勧めなんです。目次
栗の栄養成分と効果
栗の栄養成分と効果1・ビタミンC
栗の栄養成分と効果2・カリウム
栗の栄養成分と効果3・葉酸
栗の栄養成分と効果4・亜鉛
栗の栄養成分と効果5・食物繊維
栗の栄養成分と効果6・タンニン
栗の効能
栗の効能1・美肌効果
栗の効能2・生活習慣病の予防
栗のおいしい食べ方
保存方法
最後に
関連
栗の栄養成分と効果

栗の栄養成分と効果1・ビタミンC
栗に含まれるビタミンCには、シミ・しわなど肌トラブルを改善してくれます。
また、細菌やウィルスに対する抵抗力を高める働きがあり、風邪やアレルギーの予防に役立ちます。
ビタミンCは熱に弱い性質がありますが、栗のビタミンCはデンプン質に包まれているため、加熱による損失が少なくいのが特徴です。
栗の栄養成分と効果2・カリウム
体の余分な塩分を排出して水分濃度を適切に保ち、むくみや高血圧の改善に役立ちます。
栗の栄養成分と効果3・葉酸
ビタミンB群の一種で赤血球の合成を助ける働きがあり、造血ビタミンと呼ばれています。
貧血を予防するほか、胎児の正常な発育を助ける働きがあります。
栗の栄養成分と効果4・亜鉛
外食や中食が増えている現代人の食生活で不足しがちな栄養素です。
亜鉛は味覚の機能を正常に保ったり、肌トラブルの改善を助けたりしてくれます。
栗の栄養成分と効果5・食物繊維
腸の運動を活性化させ、老廃物の排出を助けてくれます。
また、腸内の悪玉菌を減らして、腸内環境を整える作用があり便秘改善に役立ちます。
栗の栄養成分と効果6・タンニン
渋皮に含まれているポリフェノールの一種タンニンには強い抗酸化作用があり、体にたまった余分な活性酵素の排出を助けて生活習慣病の予防やアンチエイジング・美肌効果に役立ちます。
栗の効能

栗の効能1・美肌効果
栗に含まれるタンニンには毛穴を引き締める効果があり、化粧品等に配合されている成分です。
また、シミ・しわの原因となるメラニンの産生を抑制する働きが、ハリ・美肌効果を助けてくれます。
一般的に捨ててしまう皮の部分に、抗酸化作用の高いタンニンが含まれているので、渋皮煮は効果的なとり方です。
栗の効能2・生活習慣病の予防
強い抗酸化作用のあるタンニンの成分が、悪玉コレステロールの排出を助けて、動脈硬化や高血圧の予防に役立ちます。
栗のおいしい食べ方

栗は、果皮につやがあり、ずっしりと重みのあるものを選びましょう。
栗ご飯や栗の渋皮煮、さらにスイーツとしてモンブランや栗の甘露煮など、いろいろな料理で活用できます。栗に含まれているデンプンは、いも類や豆類のデンプン質よりも粒子が細かいため、独特ななめらかな味わいを出しています。
保存方法
果皮がついたままのものは、水分が飛ばないように袋に入れて冷蔵保存しましょう。
冷蔵庫で3~4日間保存することで、栗のでんぷん質が糖に変わるため甘みが増します。
また、むき栗は、あく抜きをして水の中で冷蔵保存を。あまり日持ちがしないので、できるだけ早く食べましょう。
最後に
栗はナッツ類の中でも脂肪分が少なく、ミネラル分を多く含んでいます。
栗の効能を健康増進・美容に活用してみてはいかがでしょうか。
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日本解放第二期工作要綱
中国共産党

中央学院大学の西内雅教授(故人)が昭和47年にアジア諸国を歴訪した際、偶然、入手した秘密文書。
内容は中国共産党が革命工作員に指示した陰謀で、当時から現在に至る迄、中国の対日謀略は秘密文書の通りに続いているとみられる。
同年8月、国民新聞社は特集記事を掲載し、更に小冊子を発行したが、重要と思われるのでここに再録する。
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日本解放第二期工作要綱
中国共産党
中央学院大学の西内雅教授(故人)が昭和47年にアジア諸国を歴訪した際、偶然、入手した秘密文書。
内容は中国共産党が革命工作員に指示した陰謀で、当時から現在に至る迄、中国の対日謀略は秘密文書の通りに続いているとみられる。
同年8月、国民新聞社は特集記事を掲載し、更に小冊子を発行したが、重要と思われるのでここに再録する。
A.基本戦略・任務・手段
A-1.基本戦略
我が党は日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある。
A-2.解放工作組の任務
日本の平和解放は、下の3段階を経て達成する。
イ.我が国との国交正常化(第一期工作の目標)
口.民主連合政府の形成(第二期工作の目標)
ハ.日本人民民主共和国の樹立 ・・天皇を戦犯の首魁として処刑(第三期工作の目標)
田中内閣の成立以降の日本解放第二期工作組の任務は、上の第口項、即ち「民主連合政府の形成」の準備工作を完成することにある。
A-3.任務達成の手段
本工作組の任務は、工作員が個別に対象者に接触して、所定の言動を、その対象者に行わしめることによって達成される。即ち、工作者は最終行動者ではなく、隠れた使喉者、見えざる指揮者であらねばならない。以下に示す要領は、全て対象者になさしめる言動の原則を示すものである。
本工作の成否は、終始、秘密を保持しうるかどうかに懸かっている。よって、工作員全員の日本入国身分の偽装、並びに工作上の秘密保持方法については、別途に細則を以て指示する。
B.工作主点の行動要領
第1.群衆掌握の心理戦
駐日大使館開設と同時になされなければならないのは、全日本人に中国への好感、親近感を抱かせるという、群衆掌握の心理戦である。好感、親近感を抱かせる目的は、我が党、我が国への警戒心を無意識の内に捨て去らせることにある。
これは日本解放工作成功の絶好の温床となると共に、一部の日本人反動極右分子が発する
「中共を警戒せよ!日本支配の謀略をやっている」
との呼び掛けを一笑に付し、反動極右はますます孤立するという、二重の効果を生むものである。
この為に、以下の各項を速やかに、且つ継続的に実施する。
1-1.展覧会・演劇・スポーツ
中国の書画、美術品、民芸品等の展覧会、舞劇団、民族舞踊団、民謡団、雑技団、京劇団の公演、各種スポーツ選手団の派遣を行う。
第一歩は、日本人大衆が中国大陸に対し、今なお持っている「輝かしい伝統文化を持っている国」「日本文化の来源」「文を重んじ、平和を愛する民族の国」というイメージを掻き立て、更に高まらせることである。
我が国の社会主義改造の誇るべき成果についての宣伝は、初期においては少ない方がよく、全然触れなくても構わない。
スポーツ選手団の派遣は、ピンポンの如く、試合に勝ちうるものに限定してはならず、技術的に劣っている分野の選手団をも数多く派遣し、日本選手に学ぶという率直な態度を示して、好感を勝ち取るべきである。
1-2.教育面での奉仕
A.中国語学習センターの開設。
全国都道府県の主要都市の全てに中国語学習センターを開設し、教師を無報酬で派遣する。
教師は、1名派遣の場合は女性教師、複数の場合は男、女半々とし、全て20歳代の工作員を派遣する。受講者資格は、もとより無制限とし、学費は無料又は極めて小額とする。
B.大学への中国人中国語教師派遣の申し入れ。
中国語学習センターを開設し、日本人青年層に中国語学習熱が高まったところで、私立、公立の大学には個別に、国立大学については日本政府文部省へ中国人中国語教師の派遣を申し入れる。
申し入れを婉曲に拒否した場合は、「我が国の純然たる好意、奉仕の精神に対する非礼」を責めれば、日本のマスコミも大衆も、学生も許さないであろう。
しかし、第1回で全勝を求める必要は無く全国大学の過半数が受け入れればそれで良い。後は自然に受け入れ校は増加していくものである。
C.委員会開設。
「中日文化交流協会」を拡充し、中日民間人の組織する「日中文化教育体育交流委員会」を開設して実施せしめ、我が大使館は、これを正式に支援する方式をとる。
尚、本綱の全ての項目は、初期においては、純然たる奉仕に終始し、いささかも政治工作、思想工作、宣伝工作、組織工作を行ってはならない。
第2.マスコミ工作
大衆の中から自然発生的に沸き上がってきた声を世論と読んだのは、遠い昔のことである。次の時代には、新聞、雑誌が世論を作った。今日では、新聞、雑誌を含め所謂「マスコミ」は、世論造成の不可欠の道具に過ぎない。マスコミを支配する集団の意思が世論を作り上げるのである。
偉大なる毛主席は
「およそ政権を転覆しようとするものは、必ずまず世論を作り上げ、先ずイデオロギー面の活動を行う」
と教えている。
田中内閣成立までの日本解放(第一期)工作組は、事実でこの教えの正しさを証明した。日本の保守反動政府を幾重にも包囲して、我が国との国交正常化への道へと追い込んだのは日本のマスコミではない。日本のマスコミを支配下に置いた我が党の鉄の意志とたゆまざる不断の工作とが、これを生んだのである。
日本の保守反動の元凶たちに、彼等自身を埋葬する墓穴を、彼等自らの手で掘らせたのは、第一期工作組員である。田中内閣成立以降の工作組の組員もまた、この輝かしい成果を継承して、更にこれを拡大して、日本解放の勝利を勝ち取らねばならない。
2-1.新聞・雑誌
A.接触線の拡大。
新聞については、第一期工作組が設定した「三大紙」に重点を置く接触線を堅持強化すると共に、残余の中央紙及び地方紙と接触線を拡大する。
雑誌、特に週刊誌については、過去の工作は極めて不十分であったことを反省し、十分な人員、経費を投入して掌握下に置かねばならない。接触対象の選定は「10人の記者よりは、1人の編集責任者を獲得せよ」との原則を守り、編集を主対象とする。
B.「民主連合政府」について。
「民主連合政府」樹立を大衆が許容する温床を作り上げること、このための世論造成、これが本工作を担当する者の任務である。
「民主連合政府」反対の論調を挙げさせてはならぬ。しかし、いかなる方式かを問わず、マスコミ自体に「民主連合政府」樹立の主張をなさしめてはならない。これは、敵の警戒心を呼び覚ます自殺行為に等しい。
「民主連合政府」に関連ある事項を全く報道せず、大衆はこの問題について無知、無関心であることが最も望ましい状態である。
本工作組の工作の進展につれて、日本の反動極右分子が何等の根拠も掴み得ないまま焦慮に耐え得��、「中共の支配する日本左派勢力は、日本赤化の第一歩として、連合政府樹立の陰謀を進めている」と絶叫するであろう。
これは否定すべきであるか? もとより否定しなければならない。しかし、否定は真正面から大々的に行ってはならず、計画的な慎重な間接的な否定でなければならない。
「極右の悪質なデマで、取り上げるにも値しない」という形の否定が望ましい。
C.強調せしむべき論調の方向
① 大衆の親中感情を全機能を挙げて更に高め、蒋介石一派との関係は完全に断つ方向へ向かわせる。
② 朝鮮民主主義人民共和国並びにベトナム民主共和国との国交樹立を、社説はもとより全紙面で取り上げて、強力な世論の圧力を形成し、政府にその実行を迫る。
③ 政府の内外政策には常に攻撃を加えて反対し、在野諸党の反政府活動を一貫して支持する。特に在野党の反政府共闘には無条件で賛意を表明し、その成果を高く評価して鼓舞すべきである。 大衆が異なる政党の共闘を怪しまず、これに馴染むことは、在野諸党の連合政府樹立を許容する最大の温床となることを銘記し、共闘賛美を強力になさしめるべきである。
④ 人間の尊重、自由、民主、平和、独立の強調
ここに言う「人間の尊重」とは、個の尊重、全の否定を言う。
「自由」とは、旧道徳からの解放、本能の開放を言う。
「民主」とは、国家権力の排除を言う。
「平和」とは、反戦、不戦、思想の定着促進を言う。
「独立」とは、米帝との提携の排除、社帝ソ連への接近阻止をいう。
2-2.テレビとラジオ
A.これらは、資本主義国においては「娯楽」であって、政府の人民に対する意志伝達の媒介体ではない。この点に特に留意し、「娯楽」として利用することを主点とすべきである。
具体的な方向を示せば、「性の解放」を高らかに謳い上げる劇又は映画、本能を剌激する音楽、歌謡等は望ましい反面、スポーツに名を借りた「根性もの」と称される劇、映画、動画、または歴史劇、映画、歌謡並びに「ふるさとの歌祭り」等の郷土愛、民族一体感を呼び醒ますものは好ましくない。
前者をより多く、後者をより少なく取り上げさせるよう誘導せねばならない。
B.テレビのニュース速報、実況報道の利用価値は極めて高い。画面は真実を伝えるものではなく、作るものである。目的意識を持って画面を構成せねばならない。
C.時事解説・教養番組等については、新聞について述べた諸点がそのまま適用されるが、これは極めて徐々に、少しずつ注意深くなされねばならない。
2-3.出版(単行本)
A���我が国への好感、親近感を抱かせるものを、第一に取り上げさせる。風物写真集、随筆、家庭の主婦が興味を抱く料理、育児所の紹介など、受け入れられ易いものを多面に亘って出版せしめる。
B.社会主義、毛沢東思想などに関する理論的著作も好ましい。しかし、我が国の社会主義建設の成果、現況については、極右分子の誹謗を困難ならしめるよう配慮させねばならない。
C.マスコミの主流から締め出された反動極右の反中国の言動は、単行本に出路を求めているが、これは手段を尽くして粉砕せねばならない。
特に、社会主義建設の途上で生じる、止むを得ない若干の歪み、欠点について、真実を伝えると称してなされる暴露報道を絶対に放置してはならない。これらについては、誹謗、デマで両国関係を破壊するものであるとして、日本政府に厳重に抗議すると共に、出版社主、編集責任者、著者を告訴して根絶を期すべきである。
D.一般娯楽面の出版については「デンマークの進歩を見習え」として、出版界における「性の解放」を大々的に主張せしむべきで、春画、春本の氾濫は望ましい。
E.単行本の出版についての今一つの利用法は「中間層文筆業者」の獲得である。「中間層」とは思想的に純正左派、または右派に属しない、中間の動揺分子を言い、「文筆業者」とは、凡そ文筆を以て世論作りにいささかでも影響を与え得る者全てを言う。
彼等に対しては或いは原稿料を与え、或いは出版の支援をなして接近し、まず「政治的・思想的立場の明快さを欠く」中間的著作をなさしめ、徐々に我が陣営へと誘導する。
2-4.本工作にマスコミ部を設けて、諸工作を統轄する
第3.政党工作
3-1.連合政府は手段
日本の内閣総理は、衆参両院の本会議で首班指名選挙を行って選出される。両院で議員総数の過半を掌握すれば、人民の意志とは関係なく、任意の者を総理となし得るのである。
1972年7月の現況で言えば、自民党の両院議員中、衆議院では約60名、参議院では10余名を獲得して、在野党と同一行動を取らせるならば、野党連合政府は容易に実現する。
しかし、この方式を取るならば、社会党、公明党の発言権を益するに留まり、且つ最大の単独多数党は依然として自民党であり、この2点は純正左派による「日本人民共和国」成立へと進む阻因となることは明らかである。
自民党のみではなく、社会党、公明党、民主社会党もまた、無産階級の政党ではなく、最終的には打倒されるべき階級の敵の政党であることを忘れてはならない。
本工作組に与える「民主連合政府の樹立」という任務は、日本解放の第二期における工作目標に過ぎず、その実現は第三期の「日本人民民主共和国」樹立の為の手段に過ぎない。
共和国樹立へ直結した、一貫的計画の元に行われる連合政府工作でなければ、行う意義は全くない。
3-2.議員を個別に掌握
下記により国会議員を個別に掌握して、秘密裏に本工作員の支配下に置く。
A.第一期工作組がすでに獲得したものを除き、残余の議員全員に対し接触線を最少4線設定する。
B.上の他、各党の役職者及び党内派閥の首長、有力者については、その秘書、家族、強い影響力を持つ者の3者に、個別に接触線を最少2線設定する。
C.上の接触線設定後、各線を経て知り得る全情報を整理して、「議員身上調査書」の拡充を期し、公私生活の全貌を細大漏さず了解する。
D.右により各党毎の議員を「掌握すべき者」と「打倒排除すべき者」に区別し、「掌握すべき者」については「連合政府の樹立にのみ利用しうる者」「連合政府樹立より共和国成立に至る過渡期においても利用し得る者」とに区別する。 ここに言う「打倒・排除」とは、その議員の党内における勢力を削ぎ、発言権を低下せしめ、孤立に向かわせることを言う。
E.「掌握」又は「打倒」は調査によって明らかとなったその議員の弱点を利用する。
金銭、権力、名声等、欲するものを与え、又は約束し、必要があれば中傷、離間、脅迫、秘している私事の暴露等、いかなる手段を使用してもよい。
敵国の無血占領が、この一事に懸っていることを思い、いかなる困難、醜悪なる手段も厭うてはならず、神聖なる任務の遂行として、やり抜かねばならない。
3-3.招待旅行
上の接触線設置工作と並行して議員及び秘書を対象とする、我が国への招待旅行を下の如く行う。
A.各党別の旅行団。団体の人数は固定せず、実情に応じて定める。
但し、団体構成の基準を、「党内派閥」「序列」「年齢」「地域別」「その他」そのいずれかにおくかは慎重に検討を加え、工作員の主導の元に、我が方に有利になる方法を採らしむるよう、工作せねばならない。
B.党派を超えた議員旅行団。議員の職業、当選回数、選挙区、選挙基盤団体、出身校を子細に考慮し、多種多様の旅行団を組織せしめる。
C.駐日大使館開設後1年以内に、全議員を最低1回、我が国へ旅行せしめねばならない。
自民党議員中の反動極右分子で招待旅行への参加を拒む者に対しては、費用自弁の個人旅行、議員旅行団以外の各種団体旅行への参加等、形式の如何を問わず、我が国へ一度旅行せしめるよう工作せねばならない。
D.旅行で入国した議員、秘書の内、必要なる者に対して、国内で「C・H・工作」を秘密裏に行う。
3-4.対自民党工作
A.基本方針
自民党を解体し、多数の小党に分裂せしめる。
自民党より、衆議院では60名前後、参議院では10余名を脱党せしめて、連合政府を樹立するというが如き、小策を取ってはならないことは先に述べた所であるが、右派、左派の二党に分裂せしめることも好ましくない。
これは、一握りの反動右翼分子が民族派戦線結成の拠点として、右派自民党を利用する可能性が強いからである。
従って、多数の小党に分裂する如く工作を進めねばならず、又表面的には思想、政策の不一致を口実としつつも、実質的には権力欲、利害による分裂であることが望ましく、少なくとも大衆の目にはそう見られるよう工作すべきである。
B.手段
自民党内派閥の対立を激化せしめる。
��� 自民党総裁選挙時における派閥の権力闘争は常に見られる現象で通常は総選挙を経て若干緩和され、一つの党として受けて曲りなりにも保持していく。
今回はそれを許してならない。田中派と福田派の対立の継続と激化、田中派と大平派、三木派、三派の離間、中間五派の不満感の扇動等を主点として、第一期工作組は工作を展開中である。総選挙後、若干の変動があっても、派閥の対立を激化せしむるという工作の原則は変わらない。
② 派閥対立を激化せしめる最も有効な方法は、党内の非主流派となって政治活動資金の調達に困難を生じている各派に個別に十分な政治資金を与えることである。
政治献金は合法であり、これを拒む政治家はいない。問題は方法のみであり、工作員からAへ、AからBへ、BからCへ、CからDへ、Dから議員又は団体という如く間接的に行うのは言う迄もない。
③ 先に述べた議員個人の掌握は、それ自体が連合政府樹立の有効な手段となるが、派閥対立激化についても活用するのはもとよりである。
3-5.対社会・公明・民杜各党工作
A.基本方針
① 各党内の派閥闘争を激化せしめ、工作による操縦を容易ならしめる。派閥というに足る派閥なき場合は、派閥を形成せしめる工作を行う。但し、党を分裂せしめる必要はなく、分裂工作は行わない。
② 日本共産党を含めた野党共闘を促進する。
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【SPN】見えない手錠
警告:R18 ※スカ描写(排尿シーン)、性描写
ペアリング:サム/ディーン
登場人物:ディーン・ウィンチェスター、サム・ウィンチェスター、アーサー・ケッチ
文字数:約7800字
設定: バンカーにて、賢人アイテムに呪われて拘束されたディーンと、兄をないがしろにして後悔するサム。
言い訳: 拘束シチュを最大限活かさなかった。 いつも通りの謎時系列で兄弟の他にケッチが出てきます。
◇
今日も今日とて賢人基地の謎は深い。 ここのところ曜日を決めて基地の倉庫の整理をしている。その日は他のハンターたちからのヘルプコールがなければ事件には関わらず、食料も前日のうちに買い込むか、残り物だけで済ませて外出はしない。朝から晩まで資料とアイテムに埋もれ続ける平和で知的冒険心が満たされる(サムにとっては)休日だ。サムは地道に整理分類を続けていたが兄のディーンにそこまでの情熱はなかった。 サムは兄の態度が不満だった。サム以上にこのバンカーを”我が家”として認識している兄が、その我が家にどんな秘密が隠されているのか――もしかしたら時限付きの危険物だってあるかもしれない――無関心なことが理解できない。 今日もまた予定していた休日。ベッドから出てこないディーンを無理やり引きずり出してコーヒーを淹れさせ(この鬼!と怒鳴られた)、ハムとチーズのサンドイッチを手に倉庫へ直行する(飯くらいキッチンで食べろよ、とディーンはいう)。 サンドイッチを齧りながらデスクに向かい、前回整理した目録を確認していると、コーヒーをすすってぼーっと突っ立っているディーンが目の端に入る。「ヒマならその棚の埃でも払っといてよ」と若干いらつきながら指示する。声音は穏やかだったはずだが弟のいらつきに敏感な兄は「ハイハイわかったよ」と逆らわずに棚へ向かった。 パタパタとディーンが働く音だけを耳にしながら目録をデータベースに入力する作業に没頭していた。しばらく後に「あ」と声がしたが他に大きな物音もしなかったので無視した。コーヒーに手を伸ばすとすっかり冷めていたので集中しすぎてあっという間に一時間程度は経ったんだなと思う。 「なあサム」 棚の間からディーンが声をあげる。 「何だよ、もう飽きたの?」 「そうじゃなくて、なあ」 「何だ���、もう」 ため息を吐いて立ち上がり、兄のもとへ向かう。ディーンは壁に設えられた棚の前に立ち尽くしていた。こっちを向いて後ろ手に腕を組んでいる。 「何? ナチのお宝でも見つけた?」 軍隊の”休め”のポーズに似ていたのでまた質の悪いジョークを思いついたのかと眉を寄せる。そうじゃなくて、と返す兄の顔が少し強ばっているのにようやく気づく。 そういえばこの棚はまだ手を付けてない。サムが把握していないアイテムが並ぶ棚は、ディーンの偶に発揮される凝り性によってきれいに埃が払われていた。 「ディーン……?」 「おれ、呪われたみたいだ」 ゆっくりと後ろを向いたディーンの腕は、まるで手錠にかけられたように手首が交差して重なっていた。 棚にはいかにも呪われたアイテムっぽい骸骨の手があって、土台にはご丁寧にギリシャ語で「見えない手錠」と書かれていた。
『見えない手錠?』 ディーンが呪いのアイテムに拘束されてから半日、サムは倉庫をひっくり返す勢いで解呪の資料を探したが全く手がかりがない。ディーンは今のところ”後ろ手で卵を割る”遊びにハマっていて楽観的だが、サムはそうはいかない。自分のおざなりの指示でディーンが呪われてしまったのは痛かった。 「そう書いてあった。同じ棚には他にもアイテムはあったけど、全部封印されたままだったしディーンの状態からして原因はそれで間違いないと思う」 電話の相手はアーサー・ケッチだ。かつての敵で今も腹で何を考えているのかわからない相手に自分たちの窮状を話すのは抵抗があるというかはっきりと嫌だったが、賢人のアイテムについて尋ねるのに彼を除外するわけにはいかなかった。 『君たちといると退屈しないね』とケッチがいうのでサムは「いないだろ」という言葉を飲み込んだ。 『まあ端的にいうと仲良くなるまで外れない手錠だ』 「は?」 『乱交大好きなギリシャの富豪が十七世紀に作らせたものだったと聞いてる。アイテムが置かれた土地の所有者とアイテム自身が認識する所有者が連動する。主人以外の人物が触れると拘束し、その拘束は主人と激しいファックをすることでしか解けない』 「おい……」 『つまりアイテムは君がその基地の主人だと判断した、ディーンではなく。確かヘンリーは君たちの父方の血筋だったな? ふーん、興味深い……』 「やめろ、僕らの血筋について興味を持つな」 サムは髪をかきあげた。「ふざけないで解呪方法を教えてくれ。どうしたらいい」 『だいたい君は賢人の道具の扱い方を心得てない。しまい込まれた道具にはそれなりの理由があるんだ、封印された位置にすら。まあ、確かに放置するには危険だし、五十年代のアメリカ賢人の収集品を整理するのは意義があることだが……サム、君には疎い分野だし、アドバイザーが必要だ。今回のようなことがないように、次からは私も付き合おう。もちろん、君たち兄弟がよければ』 「いや、よくない。ありがとう。さっさと解呪方法を教えてくれ」 急に無音になった電話に、通話口をふさいで舌打ちするケッチの姿を想像する。コホンと咳が聞こえて通話が再開した。 『解呪方法はさっき言ったとおりだ。本来は複数人での性行為中にランダムで誰かが拘束されるのが正しい遊び……使い方だったと記憶してる。他に誰もいなければ勝手に土台に戻るはずだが、側に置いておいたほうがいいな。ほら、骸骨の手首があっただろ? あれが土台だよ』 「それはわかってる」 『他に何か聞きたいことは?』 「ない」 『そうか、お役に立てて何より。次の木曜日に伺う……』 サムは黙って通話を切った。
ギリシャのふざけた富豪が作った乱交目的の拘束具が、なぜアメリカの賢人たちの手によって基地に保管されていたのかその理由を聞けばよかったとサムは思った。だけど、聞くまでもないと思い直す。これまできっと、数えきれないほど悪用されてきたに違いない。 「というわけなんだ」 解呪方法の説明を黙って聞いているディーンに、サムの罪悪感の嵩は増す一方だ。「ケッチが言ったことの裏は取れてないけど嘘をつかれてる感じでもなかった。もっと調べることもできるし、最悪、ロウィーナに聞くこともできるけど……」 「そいつは最悪だ」 ディーンは唇をすぼめる。 「だろ? 見返りに何を要求されるかわかったもんじゃない」 二人は無言になった。サムはいたたまれなくなって自分の足を見つめる。呪いを解くためにファックするなんてどうかしてる。兄の呪いを早く解いてやりたいけど、そのために早く自分と寝ようなんて軽々しく口には出せない。 「サム、おまえとやるのはいいんだが、その前に何か食いたい」 「へっ?」 「腹減った。何か食わせてくれ」
ディーンが割りまくった卵でフレンチトーストを作ろうとしたが、色々と怪しい手つきを見てディーンが「スクランブルエッグでいい」というのでそっちにした。 調理台のスツールに座ってディーンはサムが食器やら飲み物やら用意するのを眺めていた。腕が使えていたら頬杖でもついていたに違いないのんびりとした表情だった。サムはディーンのやわらかい視線を感じながらフレンチトーストを諦めたパンをオーブンで温め、山盛りのスクランブルエッグと共に調理テーブルに並べた。 冷蔵庫からビールを取り出そうとすると、ディーンに止められた。 「すぐにやるんだからワインがいい。やってる最中にげっぷ出まくったらやだろ?」 サムはガタガタ音を立ててビールを冷蔵庫に押し戻し、グラスにワインを注いだ。 「喉が渇いた」 というので先にワインを飲ませてやる。今更ながら解呪方法を探すのに忙しくしていて、肝心の兄本人の世話を全くしていなかったことに気が付いた。後ろ手でドアは開けるし卵も割れるかもしれないが、コップから水を飲むことはできない。自分は兄を呪いにかけてしまっただけでなく飢えさせていたのだと思うと自己嫌悪で鉛を飲んだように胸が重くなった。 「卵」「パン」と指示されるままに兄に給仕していく。そのうちディーンは何もいわなくなった。サムも無言になった。自分が運ぶスプーンが兄の唇に包まれるさま、兄が咀嚼して飲み込むまでの一連の動きから目が離せなくなる。 ディーンに注いだワインを飲み干してしまうと、彼はにやっと笑っていった。 「サミー、もっと、楽しもうぜ」 サムは自分にと注いだグラスにまだなみなみとワインが残っているのに気が付いた。手を伸ばしてグラスをつかみ、ゆっくりと仰いで咥内に留める。ディーンはまたあののんびりとした表情をしてサムが顔を近づけてくるのを待っていた。 グラスが二つとも空になると、ディーンは酔いでうるんだ瞳でサムを見つめた。 「トイレに行きたい、サム」
二人してバスルームに駆け込んだ。後ろ手で拘束されているディーンは上に着ているTシャツとネルシャツは脱げない。サムが下半身だけ脱がせ、シャワーブースに入った。裸になったディーンのを後ろから抱き込み、下腹部にシャワーの湯をかけた。 「あれ、当たってるぞ。おまえ、脱いだ?」 「うん」 「なんで?」 「だってお湯がかかるから」 「あー、おまえだけ、ずるい」 「お尻は僕が洗ってあげる」 そういって湯のすべりを借りて指を潜らせると、「バカ!」と怒られ肩で胸を突かれる。「朝からトイレ我慢してんだ! 先にオシッコさせろ!」 「ええ? トイレ、一度も行ってないの?」 地底を這いつくばるような声でディーンはいった。「行ったよ、ああ、見えない手錠で両手が繋がれててもトイレには行ける。でもな、足の指でベルトは外せない!」 「ごめん」 サムは指を抜いて尻を撫でた。「全然気づかなくてごめん。おしっこしていいよ」 ディーンはうーんと唸って首を落とした。ネルシャツの襟もとからすんなり伸びたうなじにサムの食欲が湧く。ディーンは排尿に集中しようとしているようだが、ワイン一杯分の酔ったふりでは羞恥心を打ち消すには至らず、苦労しているようだった。 サムはディーンのペニスに手を伸ばした。 「サミー!」 「両手で持つ? 片手で持つ? いつもどうしてるの?」 ディーンは首を振ってまたうなった。「両手……」 サムはシャワーを壁に固定して、両手でペニスを持って構えた。 「これでいい? ディーン、目をつぶって。僕も目をつぶるよ。シャワーで全部流れるまで目をつぶってるから」 肩口に顔を乗せて、ディーンにも見えるように目をつぶる。ハア、と熱い溜息が頬にかかった。シャワーの熱気に一瞬なじみのある臭気が混じる。どういうわけかそれにますます食欲をそそられて、サムはすぐ側にあるうなじに嚙り付いた。ひっとディーンは仰け反って、排尿の勢いが増したのがサムにはわかった。まるでイッたみたいだ、と思った。 「あ、あ、サム……まだ出る……」 顎、それから開かれた口にもかぶりついて、サムはいいよ、と励ました。それから僕も、といった。「僕も出していい?」 朝からトイレのことなんて頭になかったから、今さらもよおしてきた。サムは片手をディーンのペニスから放して彼の顎をつかみ、きつく唇を押し付けて下半身も密着させる。熱気に喘ぎながら唇を吸って、サムは溜まっていたものを排出した。 ディーンのペニスを握りながらディーンの尻におしっこをかけている。これってファックするよりもどうかしてるよな。 「あ……つ………」 ディーンが漏らす言葉を飲み込みながら、ああ、向かい合ってすればよかった、とサムは思った。そうすれば自分もディーンの熱いおしっこをかけてもらえたのに。 自分が出し終わってディーンのペニスを何度か根本からしごくと、ディーンが肩を回してやめるよう訴えてきた。 「もう終わった、終わったから」 「じゃあ洗うけど、いい?」 「ああ……」 「中もだよ?」 「いいって言ってんだろ」 ディーンは疲れているみたいだ、と思った。当然だ、一日中腕を拘束されて過ごしているのだ。言わないだけで腕は強ばっているだろうし痛みもあるに決まってる。呪われてパニックになるサムをよそにディーン本人は「どうにかなる」といって泰然としていた。もしかしたら長期戦になると思って体力を温存していたのかもしれない。ディーンはそういう野生動物みたいなところがある。
貪るように体を重ねていたのはサムが地獄に落ちる前のことで、お互いまだ精神的にも肉体的にも若かった。不安や疑惑を欲望のエンジンにお互いを引きずり落としあうようなセックスができたのは若く未熟だったからだ。 サムにとっても我が家となった基地にメアリーが戻ってきてから、何となく関係を控えるようになった。全くやらないわけではないが、今日我慢すれば明日は出先のモーテルでやれるという場合は諦めるのもそれほど苦ではなかった。昔は衝動が起こったら今すぐにファックしなければ死んでしまうと思うくらい切羽詰まっていたからずいぶんと平和に落ち着いた。 平和? 平和などまやかしだ。一時の小康状態にすぎなかったのだ。きっかけさえあればサムはいつでも欲望に火をつけることができるし、言い訳があればなおのこと大胆になれる。 呪いを解くために。腕を後ろ手で拘束された兄の負担が減るように。 上に乗ってくれる? そのほうが、ディーンが一番楽だと思うんだ。 ただ騎乗位の兄が見たいだけのサムの提案を、吟味する間もなくディーンは頷いた。楽というならもっと別の体位がありそうなのは、サムよりよほどマニアックな性技にくわしいディーンならわかるだろうに、バスルームでの洗浄と執拗な拡張ですっかりのぼせていて、考えが巡らないようだった。本当なら休ませるべきだとわかっていたが、ここで言い訳、一刻も早く呪いを解いてあげないと。 激しいファックってどれくらい激しくしなきゃならないのかな。 ディーンは膝立ちでベッドの上を移動して、サムの腰をまたいだ。さすがに体幹がいいから腕がきかなくても倒れ込んだりしない。今はのぼせているから、ちょっとフラフラしているけど。 勃起した��ムの上を、ディーンが前後に揺れながら下りてくる。 「ゆっくりでいいから……」 体の自由を奪われた相手を、自分のいいように動かす。久しぶりに感じる、たまらない愉悦。 よだれを垂らしそうになりながら兄が太腿を震わせて挿入に苦労しているのに見入っていたので、彼が涙の溜まった瞳で睨みつけているのに気づくのが遅れた。 「えっ?」 「えじゃねえよ、まぬけ。鬼。ビッチ。入るわけねえだろ、少しは手伝えよこっちは手が使えねえんだぞ」 「え、大丈夫、入るよ。先端がちゃんとハマればあとは自然と入ってくるって。中をあれだけ柔らかくしといたんだから」 唖然とした兄の頬にぽろりと涙がこぼれた。本人の胸に弾かれてサムの腹に落ちる前に消えてしまったが、美しいものを見てサムは興奮した。 「ディーン、僕も手伝うから、一個お願いを聞いてくれる?」 返事もきかずにサムはディーンのネルシャツの裾をまくって内側にまるめ、上に引き上げていく。何かを悟ったが信じられないという表情の兄に首をかしげてみせ、開かれた口の中にまるめた裾を押し込ん���。 日に焼けても赤くなるだけですぐに色が引いてしまうディーンの今の肌は真っ白だ。体毛のない腹から胸にかけてのなだらかな曲線、ピンと立った赤い乳頭がいじらしくおいしそうで、見ると唾液が湧いてくる…… 鼻息が荒くなったサムにディーンが身を引いた。サムは両手を伸ばして脇腹を掴む。そのまま手を上にすべらせて親指で乳首をこすった。 「んーっ!」 シャツの裾を強く噛んだあと、ペっと吐き出してディーンは叫んだ。「お、おまえは、おれを、何だと」 「ごめん、本当にごめん」 兄をいじめたいが、この状況では不謹慎にもほどがある。「呪いを解こう。ちゃんとやるよ。僕が当てるからちょうどいいと思ったら下りてきて」 ハアハアと荒い息を抑えながらディーンは弟をにらみつける。 「偉そうに、呪いが解けたら、ぶん殴ってやるからな」 サムはディーンの尻を左右に開いて先端を割れ目に押し当て、ぬかるんだ鍵穴を探した。腹をむき出しにしてディーンが仰け反る。ぷっくりと縁がふくらんだ穴にペニスの先が当たったのを感じると、サムは尻を支えていた手を放した。疲れ切ったディーンが自然に落ちてくるまで時間はかからなかった。 「これ……いつ……解けるんだ?」 挿入を続けながらディーンは目を閉じた。 「さあ。ケッチに騙されたのかも」 「あ――あ――やばい、サム、やばい……今……」 根本まで入りきったと思ったすぐだった。急にディーンの顔色が変わり、一瞬にして上り詰め、風船が割れるように弾けた。何が起こったのかサムにも本人にもわからなかった。 くたくたとディーンが倒れ込み、サムは慌てて肩を支える。紅潮した全身から発汗した彼は起き上がるとき、サムの胸に手をついていた。 「……嘘だろ?」 サムは茫然とつぶやいた。「今のが、激しいファック?」 あまりに唐突なので拍子抜けしてしまった。サムは動いてもいないし、ディーンだってそうだ。理解できなくてサイドテーブルに置いた土台の骸骨の手を見つめてしまう。”見えない手錠”が土台に戻ったからといって”見えない”ままなのは変わらないが――。 明言はされなかったが、ケッチのあの言いようでは、”主人”である自分がフィジカルな絶頂を迎えた時が解呪のタイミングだと思っていた。 「なんだ……何が不満だ……悲しそうな顔すんなよ……サミー」 すぐ側で、汗と涙できらめいた睫毛がまたたいた。ディーンが熱い手でサムの頬をつつむ。パタパタと軽く叩いて笑い、ちゅっと口に吸いついた。 「――入れただけで相手をイかせて呪いを解くなんて、ハ、たいしたご主人様じゃねえか」 サムは息を呑んだ。 「……ディーン……ワオ……ディーン……そのせりふ、かなりやばいよ」 「殴るのはもうちょっと後にしてやる」 ディーンは自由になった腕を上げてシャツを脱いだ。
◇
きっかけはサムの失態から呪われてしまったディーンを解呪するための”激しいファック”だったが、おかげで以前の狂った情動がなくても情熱的に愛し合えると再確認できた。何となく周りに気まずいからという理由で遠慮するのをやめた。 ディーンは幸せそうだしサムもそうだ。仮初の平和は消えたが、今まで築いてきた兄弟の関係が変わったわけでもない。ただ一つ、今までと変わったことといえば、彼が時々拘束されたがるようになったことくらいだ――本当に手錠を使ったりしない。呪いを受けたときのように、”見えない手錠”を使う。ディーンは拘束されたふりがうまい。 同じ疑念が三回目に心に浮かんだとき、サムはディーンの携帯端末からこっそりケッチの電話番号を消してしまおうとした。だが思いとどまって、目録の備考欄に一文を付け足した。 ――”見えない手錠”――愚かな臆病者を目覚めさせるあなたの策略それから愛
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【小説】The day I say good-bye (1/4) 【再録】
今日は朝から雨だった。
確か去年も雨だったよな、と僕は窓ガラスに反射している自分の顔を見つめて思った。僕を乗せたバスは、小雨の降る日曜の午後を北へ向かって走る。乗客は少ない。
予定より五分遅れて、予定通りバス停「船頭町三丁目」で降りた。灰色に濁った水が流れる大きな樫岸川を横切る橋を渡り、広げた傘に雨音が当たる雑音を聞きながら、柳の並木道を歩く。
小さな古本屋の角を右へ、古い木造家屋の住宅ばかりが建ち並ぶ細い路地を抜けたら左へ。途中、不機嫌そうな面構えの三毛猫が行く手を横切った。長い長い緩やかな坂を上り、苔生した石段を踏み締めて、赤い郵便ポストがあるところを左へ。突然広くなった道を行き、椿だか山茶花だかの生け垣のある家の角をまた左へ。
そうすると、大きなお寺の屋根が見えてくる。囲われた塀の中、門の向こうには、静かな墓地が広がっている。
そこの一角に、あーちゃんは眠っている。
砂利道を歩きながら、結構な数の墓の中から、あーちゃんの墓へ辿り着く。もう既に誰かが来たのだろう。墓には真っ白な百合と、あーちゃんの好物であった焼きそばパンが供えてあった。あーちゃんのご両親だろうか。
手ぶらで来てしまった僕は、ただ墓石を見上げる。周りの墓石に比べてまだ新しいその石は、手入れが行き届いていることもあって、朝から雨の今日であっても穏やかに光を反射している。
そっと墓石に触れてみた。無機質な冷たさと硬��だけが僕の指先に応えてくれる。
あーちゃんは墓石になった。僕にはそんな感覚がある。
あーちゃんは死んだ。死んで、燃やされて、灰になり、この石の下に閉じ込められている。埋められているのは、ただの灰だ。あーちゃんの灰。
ああ。あーちゃんは、どこに行ってしまったんだろう。
目を閉じた。指先は墓石に触れたまま。このままじっとしていたら、僕まで石になれそうだ。深く息をした。深く、深く。息を吐く時、わずかに震えた。まだ石じゃない。まだ僕は、石になれない。
ここに来ると、僕はいつも泣きたくなる。
ここに来ると、僕はいつも死にたくなる。
一体どれくらい、そうしていたのだろう。やがて後ろから、砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえてきたので、僕は目を開き、手を引っ込めて振り向いた。
「よぉ、少年」
その人は僕の顔を見て、にっこり笑っていた。
総白髪かと疑うような灰色の頭髪。自己主張の激しい目元。頭の上の帽子から足元の厚底ブーツまで塗り潰したように真っ黒な恰好の人。
「やっほー」
蝙蝠傘を差す左手と、僕に向けてひらひらと振るその右手の手袋さえも黒く、ちらりと見えた中指の指輪の石の色さえも黒い。
「……どうも」
僕はそんな彼女に対し、顔の筋肉が引きつっているのを無理矢理に動かして、なんとか笑顔で応えて見せたりする。
彼女はすぐ側までやってきて、馴れ馴れしくも僕の頭を二、三度柔らかく叩く。
「こんなところで奇遇だねぇ。少年も墓参りに来たのかい」
「先生も、墓参りですか」
「せんせーって呼ぶなしぃ。あたしゃ、あんたにせんせー呼ばわりされるようなもんじゃございませんって」
彼女――日褄小雨先生はそう言って、だけど笑った。それから日褄先生は僕が先程までそうしていたのと同じように、あーちゃんの墓石を見上げた。彼女も手ぶらだった。
「直正が死んで、一年か」
先生は上着のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。黒いその箱から取り出された煙草も、同じように黒い。
「あたしゃ、ここに来ると後悔ばかりするね」
ライターのかちっという音、吐き出される白い煙、どこか甘ったるい、ココナッツに似たにおいが漂う。
「あいつは、厄介なガキだったよ。つらいなら、『つらい』って言えばいい、それだけのことなんだ。あいつだって、つらいなら『つらい』って言ったんだろうさ。だけどあいつは、可哀想なことに、最後の最後まで自分がつらいってことに気付かなかったんだな」
煙草の煙を揺らしながら、そう言う先生の表情には、苦痛と後悔が入り混じった色が見える。口に煙草を咥えたまま、墓前で手を合わせ、彼女はただ目を閉じていた。瞼にしつこいほど塗られた濃い黒い化粧に、雨の滴が垂れる。
先生はしばらくして瞼を開き、煙草を一度口元から離すと、ヤニ臭いような甘ったるいような煙を吐き出して、それから僕を見て、優しく笑いかけた。それから先生は背を向け、歩き出してしまう。僕は黙ってそれを追った。
何も言わなくてもわかっていた。ここに立っていたって、悲しみとも虚しさとも呼ぶことのできない、吐き気がするような、叫び出したくなるような、暴れ出したくなるような、そんな感情が繰り返し繰り返し、波のようにやってきては僕の心の中を掻き回していくだけだ。先生は僕に、帰ろう、と言ったのだ。唇の端で、瞳の奥で。
先生の、まるで影法師が歩いているかのような黒い後ろ姿を見つめて、僕はかつてたった一度だけ見た、あーちゃんの黒いランドセルを思い出す。
彼がこっちに引っ越してきてからの三年間、一度も使われることのなかった傷だらけのランドセル。物置きの中で埃を被っていたそれには、あーちゃんの苦しみがどれだけ詰まっていたのだろう。
道の途中で振り返る。先程までと同じように、墓石はただそこにあった。墓前でかけるべき言葉も、抱くべき感情も、するべき行為も、何ひとつ僕は持ち合わせていない。
あーちゃんはもう死んだ。
わかりきっていたことだ。死んでから何かしてあげても無駄だ。生きているうちにしてあげないと、意味がない。だから、僕がこうしてここに立っている意味も、僕は見出すことができない。僕がここで、こうして呼吸をしていて、もうとっくに死んでしまったあーちゃんのお墓の前で、墓石を見つめている、その意味すら。
もう一度、あーちゃんの墓に背中を向けて、僕は今度こそ歩き始めた。
「最近調子はどう?」
墓地を出て、長い長い坂を下りながら、先生は僕にそう尋ねた。
「一ヶ月間、全くカウンセリング来なかったけど、何か変化があったりした?」
黙っていると先生は���らにそう訊いてきたので、僕は仕方なく口を開く。
「別に、何も」
「ちゃんと飯食ってる? また少し痩せたんじゃない?」
「食べてますよ」
「飯食わないから、いつまでも身長伸びないんだよ」
先生は僕の頭を、目覚まし時計を止める時のような動作で乱雑に叩く。
「ちょ……やめて下さいよ」
「あーっはっはっはっはー」
嫌がって身をよじろうとするが、先生はそれでもなお、僕に攻撃してくる。
「ちゃんと食わないと。摂食障害になるとつらいよ」
「食べますよ、ちゃんと……」
「あと、ちゃんと寝た方がいい。夜九時に寝ろ。身長伸びねぇぞ」
「九時に寝られる訳ないでしょう、小学生じゃあるまいし……」
「勉強なんかしてるから、身長伸びねぇんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
あはは、と朗らかに彼女は笑う。そして最後に優しく、僕の頭を撫でた。
「負けるな、少年」
負けるなと言われても、一体何に――そう問いかけようとして、僕は口をつぐむ。僕が何と戦っているのか、先生はわかっているのだ。
「最近、市野谷はどうしてる?」
先生は何気ない声で、表情で、タイミングで、あっさりとその名前を口にした。
「さぁ……。最近会ってないし、電話もないし、わからないですね」
「ふうん。あ、そう」
先生はそれ以上、追及してくることはなかった。ただ独り言のように、「やっぱり、まだ駄目か」と言っただけだった。
郵便ポストのところまで歩いてきた時、先生は、「あたしはあっちだから」と僕の帰り道とは違う方向を指差した。
「駐車場で、葵が待ってるからさ」
「ああ、葵さん。一緒だったんですか」
「そ。少年は、バスで来たんだろ? 家まで車で送ろうか?」
運転するのは葵だけど、と彼女は付け足して言ったが、僕は首を横に振った。
「ひとりで帰りたいんです」
「あっそ。気を付けて帰れよ」
先生はそう言って、出会った時と同じように、ひらひらと手を振って別れた。
路地を右に曲がった時、僕は片手をパーカーのポケットに入れて初めて、とっくに音楽が止まったままになっているイヤホンを、両耳に突っ込んだままだということに気が付いた。
僕が小学校を卒業した、一年前の今日。
あーちゃんは人生を中退した。
自殺したのだ。十四歳だった。
遺書の最後にはこう書かれていた。
「僕は透明人間なんです」
あーちゃんは僕と同じ団地に住んでいて、僕より二つお兄さんだった。
僕が小学一年生の夏に、あーちゃんは家族四人で引っ越してきた。冬は雪に閉ざされる、北の方からやって来たのだという話を聞いたことがあった。
僕はあーちゃんの、団地で唯一の友達だった。学年の違う彼と、どんなきっかけで親しくなったのか正確には覚えていない。
あーちゃんは物静かな人だった。小学生の時から、年齢と不釣り合いなほど彼は大人びていた。
彼は人付き合いがあまり得意ではなく、友達がいなかった。口数は少なく、話す時もぼそぼそとした、抑揚のない平坦な喋り方で、どこか他人と距離を取りたがっていた。
部屋にこもりがちだった彼の肌は雪みたいに白くて、青い静脈が皮膚にうっすら透けて見えた。髪が少し長くて、色も薄かった。彼の父方の祖母が外国人だったと知ったのは、ずっと後のことだ。銀縁の眼鏡をかけていて、何か困ったことがあるとそれをかけ直す癖があった。
あーちゃんは器用だった。今まで何度も彼の部屋へ遊びに行ったことがあるけれど、そこには彼が組み立てたプラモデルがいくつも置かれていた。
僕が加減を知らないままにそれを乱暴に扱い、壊してしまったこともあった。とんでもないことをしてしまったと、僕はひどく後悔してうつむいていた。ごめんなさい、と謝った。年上の友人の大切な物を壊してしまって、どうしたらよいのかわからなかった。鼻の奥がつんとした。泣きたいのは壊されたあーちゃんの方だっただろうに、僕は泣き出しそうだった。
あーちゃんは、何も言わなかった。彼は立ち尽くす僕の前でしゃがみ込んだかと思うと、足下に散らばったいびつに欠けたパーツを拾い、引き出しの中からピンセットやら接着剤やらを取り出して、僕が壊した部分をあっという間に直してしまった。
それらの作業がすっかり終わってから彼は僕を呼んで、「ほら見てごらん」と言った。
恐る恐る近付くと、彼は直ったばかりの戦車のキャタピラ部分を指差して、
「ほら、もう大丈夫だよ。ちゃんと元通りになった。心配しなくてもいい。でもあと1時間は触っては駄目だ。まだ接着剤が乾かないからね」
と静かに言った。あーちゃんは僕を叱ったりしなかった。
僕は最後まで、あーちゃんが大声を出すところを一度も見なかった。彼が泣いている姿も、声を出して笑っているのも。
一度だけ、あーちゃんの満面の笑みを見たことがある。
夏のある日、僕とあーちゃんは団地の屋上に忍び込んだ。
僕らは子供向けの雑誌に載っていた、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を見��、それぞれ違うモデルの紙飛行機を作り、どちらがより遠くへ飛ぶのかを競走していた。
屋上から飛ばしてみよう、と提案したのは僕だった。普段から悪戯などしない大人しいあーちゃんが、その提案に首を縦に振ったのは今思い返せば珍しいことだった。そんなことはそれ以前も以降も二度となかった。
よく晴れた日だった。屋上から僕が飛ばした紙飛行機は、青い空を横切って、団地の駐車場の上を飛び、道路を挟んだ向かいの棟の四階、空き部屋のベランダへ不時着した。それは今まで飛ばしたどんな紙飛行機にも負けない、驚くべき距離だった。僕はすっかり嬉しくなって、得意げに叫んだ。
「僕が一番だ!」
興奮した僕を見て、あーちゃんは肩をすくめるような動作をした。そして言った。
「まだわからないよ」
あーちゃんの細い指が、紙飛行機を宙に放つ。丁寧に折られた白い紙飛行機は、ちょうどその時吹いてきた風に背中を押されるように屋上のフェンスを飛び越え、僕の紙飛行機と同じように駐車場の上を通り、向かいの棟の屋根を越え、それでもまだまだ飛び続け、青い空の中、最後は粒のようになって、ついには見えなくなってしまった。
僕は自分の紙飛行機が負けた悔しさと、魔法のような素晴らしい出来事を目にした嬉しさとが半分ずつ混じった目であーちゃんを見た。その時、僕は見たのだ。
あーちゃんは声を立てることはなかったが、満足そうな笑顔だった。
「僕は透明人間なんです」
それがあーちゃんの残した最後の言葉だ。
あーちゃんは、僕のことを怒ればよかったのだ。地団太を踏んで泣いてもよかったのだ。大声で笑ってもよかったのだ。彼との思い出を振り返ると、いつもそんなことばかり思う。彼はもう永遠に泣いたり笑ったりすることはない。彼は死んだのだから。
ねぇ、あーちゃん。今のきみに、僕はどんな風に見えているんだろう。
僕の横で静かに笑っていたきみは、決して透明なんかじゃなかったのに。
またいつものように春が来て、僕は中学二年生になった。
張り出されていたクラス替えの表を見て、そこに馴染みのある名前を二つ見つけた。今年は、二人とも僕と同じクラスのようだ。
教室へ向かってみたけれど、始業の時間になっても、その二つの名前が用意された席には、誰も座ることはなかった。
「やっぱり、まだ駄目か」
誰かと同じ言葉を口にしてみる。
本当は少しだけ、期待していた。何かが良くなったんじゃないかと。
だけど教室の中は新しいクラスメイトたちの喧騒でいっぱいで、新年度一発目、始業式の今日、二つの席が空白になっていることに誰も触れやしない。何も変わってなんかない。
何も変わらないまま、僕は中学二年生になった。
あーちゃんが死んだ時の学年と同じ、中学二年生になった。
あの日、あーちゃんの背中を押したのであろう風を、僕はずっと探してる。
青い空の果てに、小さく消えて行ってしまったあーちゃんを、僕と「ひーちゃん」に返してほしくて。
鉛筆を紙の上に走らせる音が、止むことなく続いていた。
「何を描いてるの?」
「絵」
「なんの絵?」
「なんでもいいでしょ」
「今年は、同じクラスみたいだね」
「そう」
「その、よろしく」
表情を覆い隠すほど長い前髪の下、三白眼が一瞬僕を見た。
「よろしくって、何を?」
「クラスメイトとして、いろいろ……」
「意味ない。クラスなんて、関係ない」
抑揚のない声でそう言って、双眸は再び紙の上へと向けられてしまった。
「あ、そう……」
昼休みの保健室。
そこにいるのは二人の人間。
ひとりはカーテンの開かれたベッドに腰掛け、胸にはスケッチブック、右手には鉛筆を握り締めている。
もうひとりはベッドの脇のパイプ椅子に座り、特にすることもなく片膝を抱えている。こっちが僕だ。
この部屋の主であるはずの鬼怒田先生は、何か用があると言って席を外している。一体なんの仕事があるのかは知らないが、この学校の養護教諭はいつも忙しそうだ。
僕はすることもないので、ベッドに座っているそいつを少しばかり観察する。忙しそうに鉛筆を動かしている様子を見ると、今はこちらに注意を払ってはいなそうだから、好都合だ。
伸びてきて邪魔になったから切った、と言わんばかりのショートカットの髪。正反対に長く伸ばされた前髪は、栄養状態の悪そうな青白い顔を半分近く隠している。中学二年生としては小柄で華奢な体躯。制服のスカートから伸びる足の細さが痛々しく見える。
彼女の名前は、河野ミナモ。僕と同じクラス、出席番号は七番。
一言で表現するならば、彼女は保健室登校児だ。
鉛筆の音が、止んだ。
「なに?」
ミナモの瞬きに合わせて、彼女の前髪が微かに動く。少しばかり長く見つめ続けてしまったみたいだ。「いや、なんでもない」と言って、僕は天井を仰ぐ。
ミナモは少しの間、何も言わずに僕の方を見ていたようだが、また鉛筆を動かす作業を再開した。
鉛筆を走らせる音だけが聞こえる保健室。廊下の向こうからは、楽しそうに駆ける生徒たちの声が聞こえてくるが、それもどこか遠くの世界の出来事のようだ。この空間は、世界から切り離されている。
「何をしに来たの」
「何をって?」
「用が済んだなら、帰れば」
新年度が始まったばかりだからだろうか、ミナモは機嫌が悪いみたいだ。否、機嫌が悪いのではなく、具合が悪いのかもしれない。今日の彼女はいつもより顔色が悪いように見える。
「いない方がいいなら、出て行くよ」
「ここにいてほしい人なんて、いない」
平坦な声。他人を拒絶する声。憎しみも悲しみも全て隠された無機質な声。
「出て行きたいなら、出て行けば?」
そう言うミナモの目が、何かを試すように僕を一瞥した。僕はまだ、椅子から立ち上がらない。彼女は「あっそ」とつぶやくように言った。
「市野谷さんは、来たの?」
ミナモの三白眼がまだ僕を見ている。
「市野谷さんも同じクラスなんでしょ」
「なんだ、河野も知ってたのか」
「質問に答えて」
「……来てないよ」
「そう」
ミナモの前髪が揺れる。瞬きが一回。
「不登校児二人を同じクラスにするなんて、学校側の考えてることってわからない」
彼女の言葉通り、僕のクラスには二人の不登校児がいる。
ひとりはこの河野ミナモ。
そしてもうひとりは、市野谷比比子。僕は彼女のことを昔から、「ひーちゃん」と呼んでいた。
二人とも、中学に入学してきてから一度も教室へ登校してきていない。二人の机と椅子は、一度も本人に使われることなく、今日も僕の教室にある。
といっても、保健室登校児であるミナモはまだましな方で、彼女は一年生の頃から保健室には登校してきている。その点ひーちゃんは、中学校の門をくぐったこともなければ、制服に袖を通したことさえない。
そんな二人が今年から僕と同じクラスに所属になったことには、正直驚いた。二人とも僕と接点があるから、なおさらだ。
「――くんも、」
ミナモが僕の名を呼んだような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「大変ね、不登校児二人の面倒を見させられて」
「そんな自嘲的にならなくても……」
「だって、本当のことでしょ」
スケッチブックを抱えるミナモの左腕、ぶかぶかのセーラー服の袖口から、包帯の巻かれた手首が見える。僕は自分の左手首を見やる。腕時計をしているその下に、隠した傷のことを思う。
「市野谷さんはともかく、教室へ行く気なんかない私の面倒まで、見なくてもいいのに」
「面倒なんて、見てるつもりないけど」
「私を訪ねに保健室に来るの、――くんくらいだよ」
僕の名前が耳障りに響く。ミナモが僕の顔を見た。僕は妙な表情をしていないだろうか。平然を装っているつもりなのだけれど。
「まだ、気にしているの?」
「気にしてるって、何を?」
「あの日のこと」
あの日。
あの春の日。雨の降る屋上で、僕とミナモは初めて出会った。
「死にたがり屋と死に損ない」
日褄先生は僕たちのことをそう呼んだ。どっちがどっちのことを指すのかは、未だに訊けていないままだ。
「……気にしてないよ」
「そう」
あっさりとした声だった。ミナモは壁の時計をちらりと見上げ、「昼休み終わるよ、帰れば」と言った。
今度は、僕も立ち上がった。「それじゃあ」と口にしたけれど、ミナモは既に僕への興味を失ったのか、スケッチブックに目線を落とし、返事のひとつもしなかった。
休みなく動き続ける鉛筆。
立ち上がった時にちらりと見えたスケッチブックは、ただただ黒く塗り潰されているだけで、何も描かれてなどいなかった。
ふと気付くと、僕は自分自身が誰なのかわからなくなっている。
自分が何者なのか、わからない。
目の前で展開されていく風景が虚構なのか、それとも現実なのか、そんなことさえわからなくなる。
だがそれはほんの一瞬のことで、本当はわかっている。
けれど感じるのだ。自分の身体が透けていくような感覚を。「自分」という存在だけが、ぽっかりと穴を空けて突っ立っているような。常に自分だけが透明な膜で覆われて、周囲から隔離されているかのような疎外感と、なんの手応えも得られない虚無感と。
あーちゃんがいなくなってから、僕は頻繁にこの感覚に襲われるようになった。
最初は、授業が終わった後の短い休み時間。次は登校中と下校中。その次は授業中にも、というように、僕が僕をわからなくなる感覚は、学校にいる間じゅうずっと続くようになった。しまいには、家にいても、外にいても、どこにいてもずっとそうだ。
周りに人がいればいるほど、その感覚は強かった。たくさんの人の中、埋もれて、紛れて、見失う。自分がさっきまで立っていた場所は、今はもう他の人が踏み荒らしていて。僕の居場所はそれぐらい危ういところにあって。人混みの中ぼうっとしていると、僕なんて消えてしまいそうで。
頭の奥がいつも痛かった。手足は冷え切ったみたいに血の気がなくて。酸素が薄い訳でもないのにちゃんと息ができなくて。周りの人の声がやたら大きく聞こえてきて。耳の中で何度もこだまする、誰かの声。ああ、ど��して。こんなにも人が溢れているのに、ここにあーちゃんはいないんだろう。
僕はどうして、ここにいるんだろう。
「よぉ、少年」
旧校舎、屋上へ続く扉を開けると、そこには先客がいた。
ペンキがところどころ剥げた緑色のフェンスにもたれるようにして、床に足を投げ出しているのは日褄先生だった。今日も真っ黒な恰好で、ココナッツのにおいがする不思議な煙草を咥えている。
「田島先生が、先生のことを昼休みに探してましたよ」
「へへっ。そりゃ参ったね」
煙をゆらゆらと立ち昇らせて、先生は笑う。それからいつものように、「せんせーって呼ぶなよ」と付け加えた。彼女はさらに続けて言う。
「それで? 少年は何をし、こんなところに来たのかな?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「おお、奇遇だねぇ。あたしも外の空気を吸いに……」
「吸いにきたのはニコチンでしょう」
僕がそう言うと、先生は、「あっはっはっはー」と高らかに笑った。よく笑う人だ。
「残念だが少年、もう午後の授業は始まっている時間だし、ここは立ち入り禁止だよ」
「お言葉ですが先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
「しょうがない、今からカウンセリングするってことにしておいてあげるから、あたしの喫煙を見逃しておくれ。その代わり、あたしもきみの授業放棄を許してあげよう」
先生は右手でぽんぽんと、自分の隣、雨上がりでまだ湿気っているであろう床を叩いた。座れと言っているようだ。僕はそれに従わなかった。
先客がいたことは予想外だったが、僕は本当に、ただ、外の空気を吸いたくなってここに来ただけだ。授業を途中で抜けてきたこともあって、長居をするつもりはない。
ふと、視界の隅に「それ」が目に入った。
フェンスの一角に穴が空いている。ビニールテープでぐるぐる巻きになっているそこは、テープさえなければ屋上の崖っぷちに立つことを許している。そう。一年前、あそこから、あーちゃんは――。
(ねぇ、どうしてあーちゃんは、そらをとんだの?)
僕の脳裏を、いつかのひーちゃんの言葉がよぎる。
(あーちゃん、かえってくるよね? また、あえるよね?)
ひーちゃんの言葉がいくつもいくつも、風に飛ばされていく桜の花びらと同じように、僕の目の前を通り過ぎていく。
「こんなところで、何をしていたんですか」
そう質問したのは僕の方だった。「んー?」と先生は煙草の煙を吐きながら言う。
「言っただろ、外の空気を吸いに来たんだよ」
「あーちゃんが死んだ、この場所の空気を、ですか」
先生の目が、僕を見た。その鋭さに、一瞬ひるみそうになる。彼女は強い。彼女の意思は、強い。
「同じ景色を見たいと思っただけだよ」
先生はそう言って、また煙草をふかす。
「先生、」
「せんせーって呼ぶな」
「質問があるんですけど」
「なにかね」
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」
「……んー?」
淡い桜色の小さな断片が、いくつもいくつも風に流されていく。僕は黙って、それを見ている。手を伸ばすこともしないで。
「嘘は何回ついたって、嘘だろ」
「ですよね」
「嘘つきは怪人二十面相の始まりだ」
「言っている意味がわかりません」
「少年、」
「はい」
「市野谷に嘘つくの、しんどいのか?」
先生の煙草の煙も、みるみるうちに風に流されていく。手を伸ばしたところで、掴むことなどできないまま。
「市野谷に、直正は死んでないって、嘘をつき続けるの、しんどいか?」
ひーちゃんは知らない。あーちゃんが去年ここから死んだことを知らない。いや、知らない訳じゃない。認めていないのだ。あーちゃんの死を認めていない。彼がこの世界に僕らを置き去りにしたことを、許していない。
ひーちゃんはずっと信じている。あーちゃんは生きていると。いつか帰ってくると。今は遠くにいるけれど、きっとまた会える日が来ると。
だからひーちゃんは知らない。彼の墓石の冷たさも、彼が飛び降りたこの屋上の景色が、僕の目にどう映っているのかも。
屋上。フェンス。穴。空。桜。あーちゃん。自殺。墓石。遺書。透明人間。無。なんにもない。ない。空っぽ。いない。いないいないいないいない。ここにもいない。どこにもいない。探したっていない。消えた。消えちゃった。消滅。消失。消去。消しゴム。弾んで。飛んで。落ちて。転がって。その先に拾ってくれるきみがいて。笑顔。笑って。笑ってくれて。だけどそれも消えて。全部消えて。消えて消えて消えて。ただ昨日を越えて今日が過ぎ明日が来る。それを繰り返して。きみがいない世界で。ただ繰り返して。ひーちゃん。ひーちゃんが笑わなくなって。泣いてばかりで。だけどもうきみがいない。だから僕が。僕がひーちゃんを慰めて。嘘を。嘘をついて。ついてはいけない嘘を。ついてはいけない嘘ばかりを。それでもひーちゃんはまた笑うようになって。笑顔がたくさん戻って。だけどどうしてあんなにも、ひーちゃんの笑顔は空っぽなんだろう。
「しんどくなんか、ないですよ」
僕はそう答えた。
先生は何も言わなかった。
僕は明日にでも、怪人二十面相になっているかもしれなかった。
いつの間にか梅雨が終わり、実力テストも期末テストもクリアして、夏休みまであと一週間を切っていた。
ひと夏の解放までカウントダウンをしている今、僕のクラスの連中は完璧な気だるさに支配されていた。自主性や積極性などという言葉とは無縁の、慣性で流されているような脱力感。
先週に教室の天井四ヶ所に取り付けられている扇風機が全て故障したこともあいまって、クラスメイトたちの授業に対する意欲はほぼゼロだ。授業がひとつ終わる度に、皆溶け出すように机に上半身を投げ出しており、次の授業が始まったところで、その姿勢から僅かに起き上がる程度の差しかない。
そういう僕も、怠惰な中学二年生のひとりに過ぎない。さっきの英語の授業でノートに書き記したことと言えば、英語教師の松田が何回額の汗を脱ぐったのかを表す「正」の字だけだ。
休み時間に突入し、がやがやと騒がしい教室で、ひとりだけ仲間外れのように沈黙を守っていると、肘辺りから空気中に溶け出して、透明になっていくようなそんな気分になる。保健室には来るものの、自分の教室へは絶対に足を運ばないミナモの気持ちがわかるような気がする。
一学期がもうすぐ終わるこの時期になっても、相変わらず僕のクラスには常に二つの空席があった。ミナモも、ひーちゃんも、一度だって教室に登校してきていない。
「――くん、」
なんだか控えめに名前を呼ばれた気はしたが、クラスの喧騒に紛れて聞き取れなかった。
ふと机から顔を上げると、ひとりの女子が僕の机の脇に立っていた。見たことがあるような顔。もしかして、クラスメイトのひとりだろうか。彼女は廊下を指差して、「先生、呼んでる」とだけ言って立ち去った。
あまりにも唐突な出来事でその女子にお礼を言うのも忘れたが、廊下には担任の姿が見える。僕のクラス担任の担当科目は数学だが、次の授業は国語だ。なんの用かはわからないが、呼んでいるのなら行かなくてはならない。
「おー、悪いな、呼び出し��」
去年大学を卒業したばかりの、どう見ても体育会系な容姿をしている担任は、僕を見てそう言った。
「ほい、これ」
突然差し出されたのはプリントの束だった。三十枚くらいありそうなプリントが穴を空けられ紐を通して結んである。
「悪いがこれを、市野谷さんに届けてくれないか」
担任がひーちゃんの名を口にしたのを聞いたのは、久しぶりのような気がした。もう朝の出欠確認の時でさえ、彼女の名前は呼ばれない。ミナモの名前だってそうだ。このクラスでは、ひーちゃんも、ミナモも、いないことが自然なのだ。
「……先生が、届けなくていいんですか」
「そうしたいのは山々なんだが、なかなか時間が取れなくてな。夏休みに入ったら家庭訪問に行こうとは思ってるんだ。このプリントは、それまでにやっておいてほしい宿題。中学に入ってから二年の一学期までに習う数学の問題を簡単にまとめたものなんだ」
「わかりました、届けます」
受け取ったプリントの束は、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。
「すまんな。市野谷さんと小学生の頃一番仲が良かったのは、きみだと聞いたものだから」
「いえ……」
一年生の時から、ひーちゃんにプリントを届けてほしいと教師に頼まれることはよくあった。去年は彼女と僕は違うクラスだったけれど、同じ小学校出身の誰かに僕らが幼馴染みであると聞いたのだろう。
僕は学校に来なくなったひーちゃんのことを毛嫌いしている訳ではない。だから、何か届け物を頼まれてもそんなに嫌な気持ちにはならない。でも、と僕は思った。
でも僕は、ひーちゃんと一番仲が良かった訳じゃないんだ。
「じゃあ、よろしく頼むな」
次の授業の始業のチャイムが鳴り響く。
教室に戻り、出したままだった英語の教科書と「正」の字だけ記したノートと一緒に、ひーちゃんへのプリントの束を鞄に仕舞いながら、なんだか僕は泣きたくなった。
三角形が壊れるのは簡単だった。
三角形というのは、三辺と三つの角でできていて、当然のことだけれど一辺とひとつの角が消失したら、それはもう三角形ではない。
まだ小学校に上がったばかりの頃、僕はどうして「さんかっけい」や「しかっけい」があるのに「にかっけい」がないのか、と考えていたけれど、どうやら僕の脳味噌は、その頃から数学的思考というものが不得手だったようだ。
「にかっけい」なんてあるはずがない。
僕と、あーちゃんと、ひーちゃん。
僕ら三人は、三角形だった。バランスの取りやすい形。
始まりは悲劇だった。
あの悪夢のような交通事故。ひーちゃんの弟の死。
真っ白なワンピースが汚れることにも気付かないまま、真っ赤になった弟の身体を抱いて泣き叫ぶひーちゃんに手を伸ばしたのは、僕と一緒に下校する途中のあーちゃんだった。
お互いの家が近かったこともあって、それから僕らは一緒にいるようになった。
溺愛していた最愛の弟を、目の前で信号無視したダンプカーに撥ねられて亡くしたひーちゃんは、三人で一緒にいてもときどき何かを思い出したかのように暴れては泣いていたけれど、あーちゃんはいつもそれをなだめ、泣き止むまでずっと待っていた。
口下手な彼は、ひーちゃんに上手く言葉をかけることがいつもできずにいたけれど、僕が彼の言葉を補って彼女に伝えてあげていた。
優しくて思いやりのあるひーちゃんは、感情を表すことが苦手なあーちゃんのことをよく気遣ってくれていた。
僕らは嘘みたいにバランスの取れた三角形だった。
あーちゃんが、この世界からいなくなるまでは。
「夏は嫌い」
昔、あーちゃんはそんなことを口にしていたような気がする。
「どうして?」
僕はそう訊いた。
夏休み、花火、虫捕り、お祭り、向日葵、朝顔、風鈴、西瓜、プール、海。
水の中の金魚の世界と、バニラアイスの木べらの湿り気。
その頃の僕は今よりもずっと幼くて、四季の中で夏が一番好きだった。
あーちゃんは部屋の窓を網戸にしていて、小さな扇風機を回していた。
彼は夏休みも相変わらず外に出ないで、部屋の中で静かに過ごしていた。彼の傍らにはいつも、星座の本と分厚い昆虫図鑑が置いてあった。
「夏、暑いから嫌いなの?」
僕が尋ねるとあーちゃんは抱えていた分厚い本からちょっとだけ顔を上げて、小さく首を横に振った。それから困ったように笑って、
「夏は、皆死んでいるから」
とだけ、つぶやくように言った。あーちゃんは、時々魔法の呪文のような、不思議なことを言って僕を困惑させることがあった。この時もそうだった。
「どういう意味?」
僕は理解できずに、ただ訊き返した。
あーちゃんはさっきよりも大きく首を横に振ると、何を思ったのか、唐突に、
「ああ、でも、海に行ってみたいな」
なんて言った。
「海?」
「そう、海」
「どうして、海?」
「海は、色褪せてないかもしれない。死んでないかもしれない」
その言葉の意味がわからず、僕が首を傾げていると、あーちゃんはぱたんと本を閉じて机に置いた。
「台所へ行こうか。確か、母さんが西瓜を切ってくれていたから。一緒に食べよう」
「うん!」
僕は西瓜に釣られて、わからなかった言葉のことも、すっかり忘れてしまった。
でも今の僕にはわかる。
夏の日射しは、世界を色褪せさせて僕の目に映す。
あーちゃんはそのことを、「死んでいる」と言ったのだ。今はもう確かめられないけれど。
結局、僕とあーちゃんが海へ行くことはなかった。彼から海へ出掛けた話を聞いたこともないから、恐らく、海へ行くことなく死んだのだろう。
あーちゃんが見ることのなかった海。
海は日射しを浴びても青々としたまま、「生きて」いるんだろうか。
彼が死んでから、僕も海へ足を運んでいない。たぶん、死んでしまいたくなるだろうから。
あーちゃん。
彼のことを「あーちゃん」と名付けたのは僕だった。
そういえば、どうして僕は「あーちゃん」と呼び始めたんだっけか。
彼の名前は、鈴木直正。
どこにも「あーちゃん」になる要素はないのに。
うなじを焼くようなじりじりとした太陽光を浴びながら、ペダルを漕いだ。
鼻の頭からぷつぷつと汗が噴き出すのを感じ、手の甲で汗を拭おうとしたら手は既に汗で湿っていた。雑音のように蝉の声が響いている。道路の脇には背の高い向日葵は、大きな花を咲かせているのに風がないので微動だにしない。
赤信号に止められて、僕は自転車のブレーキをかける。
夏がくる度、思い出す。
僕とあーちゃんが初めてひーちゃんに出会い、そして彼女の最愛の弟「ろーくん」が死んだ、あの事故のことを。
あの日も、世界が真っ白に焼き切れそうな、暑い日だった。
ひーちゃんは白い木綿のワンピースを着ていて、それがとても涼しげに見えた。ろーくんの血で汚れてしまったあのワンピースを、彼女はもうとっくに捨ててしまったのだろうけれど。
そういえば、ひーちゃんはあの事故の後、しばらくの間、弟の形見の黒いランドセルを使っていたっけ。黒い服ばかり着るようになって。周りの子はそんな彼女を気味悪がったんだ。
でもあーちゃんは、そんなひーちゃんを気味悪がったりしなかった。
信号が赤から青に変わる。再び漕ぎ出そうとペダルに足を乗せた時、僕の両目は横断歩道の向こうから歩いて来るその人を捉えて凍りついてしまった。
胸の奥の方が疼く。急に、聞こえてくる蝉の声が大きくなったような気がした。喉が渇いた。頬を撫でるように滴る汗が気持ち悪い。
信号は青になったというのに、僕は動き出すことができない。向こうから歩いて来る彼は、横断歩道を半分まで渡ったところで僕に気付いたようだった。片眉を持ち上げ、ほんの少し唇の端を歪める。それが笑みだとわかったのは、それとよく似た笑顔をずいぶん昔から知っているからだ。
「うー兄じゃないですか」
うー兄。彼は僕をそう呼んだ。
声変わりの途中みたいな声なのに、妙に大人びた口調。ぼそぼそとした喋り方。
色素の薄い頭髪。切れ長の一重瞼。ひょろりと伸びた背。かけているのは銀縁眼鏡。
何もかもが似ているけれど、日に焼けた真っ黒な肌と筋肉のついた足や腕だけは、記憶の中のあーちゃんとは違う。
道路を渡り終えてすぐ側まで来た彼は、親しげに僕に言う。
「久しぶりですね」
「……久しぶり」
僕がやっとの思いでそう声を絞り出すと、彼は「ははっ」と笑った。きっとあーちゃんも、声を上げて笑うならそういう風に笑ったんだろうなぁ、と思う。
「どうしたんですか。驚きすぎですよ」
困ったような笑顔で、眼鏡をかけ直す。その手つきすらも、そっくり同じ。
「嫌だなぁ。うー兄は僕のことを見る度、まるで幽霊でも見たような顔するんだから」
「ごめんごめん」
「ははは、まぁいいですよ」
僕が謝ると、「あっくん」はまた笑った。
彼、「あっくん」こと鈴木篤人くんは、僕の一個下、中学一年生。私立の学校に通っているので僕とは学校が違う。野球部のエースで、勉強の成績もクラストップ。僕の団地でその中学に進学できた子供は彼だけだから、団地の中で知らない人はいない優等生だ。
年下とは思えないほど大人びた少年で、あーちゃんにそっくりな、あーちゃんの弟。
「中学は、どう? もう慣れた?」
「慣れましたね。今は部活が忙しくて」
「運動部は大変そうだもんね」
「うー兄は、帰宅部でしたっけ」
「そう。なんにもしてないよ」
「今から、どこへ行くんですか?」
「ああ、えっと、ひーちゃんに届け物」
「ひー姉のところですか」
あっくんはほんの一瞬、愛想笑いみたいな顔をした。
「ひー姉、まだ学校に行けてないんですか?」
「うん」
「行けるようになるといいですね」
「そうだね」
「うー兄は、元気にしてましたか?」
「僕? 元気だけど……」
「そうですか。いえ、なんだかうー兄、兄貴に似てきたなぁって思ったものですから」
「僕が?」
僕があーちゃんに似てきている?
「顔のつくりとかは、もちろん違いますけど、なんていうか、表情とか雰囲気が、兄貴に似てるなぁって」
「そうかな……」
僕にそんな自覚はないのだけれど。
「うー兄も死んじゃいそうで、心配です」
あっくんは柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
「……そう」
僕はそう返すので精いっぱいだった。
「それじゃ、ひー姉によろしくお伝え下さい」
「じゃあ、また……」
あーちゃんと同じ声で話し、あーちゃんと同じように笑う彼は、夏の日射しの中を歩いて行く。
(兄貴は、弱いから駄目なんだ)
いつか彼が、あーちゃんに向けて言った言葉。
あーちゃんは自分の弟にそう言われた時でさえ、怒ったりしなかった。ただ「そうだね」とだけ返して、少しだけ困ったような顔をしてみせた。
あっくんは、強い。
姿や雰囲気は似ているけれど、性格というか、芯の強さは全く違う。
あーちゃんの死を自分なりに受け止めて、乗り越えて。部活も勉強も努力して。あっくんを見ているといつも思う。兄弟でもこんなに違うものなのだろうか、と。ひとりっ子の僕にはわからないのだけれど。
僕は、どうだろうか。
あーちゃんの死を受け入れて、乗り越えていけているだろうか。
「……死相でも出てるのかな」
僕があーちゃんに似てきている、なんて。
笑えない冗談だった。
ふと見れば、信号はとっくに赤になっていた。青になるまで待つ間、僕の心から言い表せない不安が拭えなかった。
遺書を思い出した。
あーちゃんの書いた遺書。
「僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです」
日褄先生はそれを、「ばっかじゃねーの」って笑った。
「透明人間は見えねぇから、透明人間なんだっつーの」
そんな風に言って、たぶん、泣いてた。
「僕の分まで生きて」
僕は自分の鼓動を聞く度に、その言葉を繰り返し、頭の奥で聞いていたような気がする。
その度に自分に問う。
どうして生きているのだろうか、と。
部屋に一歩踏み入れると、足下でガラスの破片が砕ける音がした。この部屋でスリッパを脱ぐことは自傷行為に等しい。
「あー、うーくんだー」
閉められたカーテン。閉ざされたままの雨戸。
散乱した物。叩き壊された物。落下したままの物。破り捨てられた物。物の残骸。
その中心に、彼女はいる。
「久しぶりだね、ひーちゃん」
「そうだねぇ、久しぶりだねぇ」
壁から落下して割れた時計は止まったまま。かろうじて壁にかかっているカレンダーはあの日のまま。
「あれれー、うーくん、背伸びた?」
「かもね」
「昔はこーんな小さかったのにねー」
「ひーちゃんに初めて会った時だって、そんなに小さくなかったと思うよ」
「あははははー」
空っぽの笑い声。聞いているこっちが空しくなる。
「はい、これ」
「なに? これ」
「滝澤先生に頼まれたプリント」
「たきざわって?」
「今度のクラスの担任だよ」
「ふーん」
「あ、そうだ、今度は僕の同じクラスに……」
彼女の手から投げ捨てられたプリントの束が、ろくに掃除されていない床に落ちて埃を巻き上げた。
「そういえば、あいつは?」
「あいつって?」
「黒尽くめの」
「黒尽くめって……日褄先生のこと?」
「まだいる?」
「日褄先生なら、今年度も学校にいるよ」
「なら、学校には行かなーい」
「どうして?」
「だってあいつ、怖いことばっかり言うんだもん」
「怖いこと?」
「あーちゃんはもう、死んだんだって」
「…………」
「ねぇ、うーくん」
「……なに?」
「うーくんはどうして、学校に行けるの? まだあーちゃんが帰って来ないのに」
どうして僕は、生きているんだろう。
「『僕』はね、怖いんだよ、うーくん。あーちゃんがいない毎日が。『僕』の毎日の中に、あーちゃんがいないんだよ。『僕』は怖い。毎日が怖い。あーちゃんのこと、忘れそうで怖い。あーちゃんが『僕』のこと、忘れそうで怖い……」
どうしてひーちゃんは、生きているんだろう。
「あーちゃんは今、誰の毎日の中にいるの?」
ひーちゃんの言葉はいつだって真っ直ぐだ。僕の心を突き刺すぐらい鋭利だ。僕の心を掻き回すぐらい乱暴だ。僕の心をこてんぱんに叩きのめすぐらい凶暴だ。
「ねぇ、うーくん」
いつだって思い知らされる。僕が駄目だってこと。
「うーくんは、どこにも行かないよね?」
いつだって思い知らせてくれる。僕じゃ駄目だってこと。
「どこにも、行かないよ」
僕はどこにも行けない。きみもどこにも行けない。この部屋のように時が止まったまま。あーちゃんが死んでから、何もかもが停止したまま。
「ふーん」
どこか興味なさそうな、ひーちゃんの声。
「よかった」
その後、他愛のない話を少しだけして、僕はひーちゃんの家を後にした。
死にたくなるほどの夏の熱気に包まれて、一気に現実に引き戻された気分になる。
こんな現実は嫌なんだ。あーちゃんが欠けて、ひーちゃんが壊れて、僕は嘘つきになって、こんな世界は、大嫌いだ。
僕は自分に問う。
どうして僕は、生きているんだろう。
もうあーちゃんは死んだのに。
「ひーちゃん」こと市野谷比比子は、小学生の頃からいつも奇異の目で見られていた。
「市野谷さんは、まるで死体みたいね」
そんなことを彼女に言ったのは、僕とひーちゃんが小学四年生の時の担任だった。
校舎の裏庭にはクラスごとの畑があって、そこで育てている作物の世話を、毎日クラスの誰かが当番制でしなくてはいけなかった。それは夏休み期間中も同じだった。
僕とひーちゃんが当番だった夏休みのある日、黙々と草を抜いていると、担任が様子を見にやって来た。
「頑張ってるわね」とかなんとか、最初はそんな風に声をかけてきた気がする。僕はそれに、「はい」とかなんとか、適当に返事をしていた。ひーちゃんは何も言わず、手元の草を引っこ抜くことに没頭していた。
担任は何度かひーちゃんにも声をかけたが、彼女は一度もそれに答えなかった。
ひーちゃんはいつもそうだった。彼女が学校で口を利くのは、同じクラスの僕と、二つ上の学年のあーちゃんにだけ。他は、クラスメイトだろうと教師だろうと、一言も言葉を発さなかった。
この当番を決める時も、そのことで揉めた。
くじ引きでひーちゃんと同じ当番に割り当てられた意地の悪い女子が、「せんせー、市野谷さんは喋らないから、当番の仕事が一緒にやりにくいでーす」と皆の前で言ったのだ。
それと同時に、僕と一緒の当番に割り当てられた出っ歯の野郎が、「市野谷さんと仲の良い――くんが市野谷さんと一緒にやればいいと思いまーす」と、僕の名前を指名した。
担任は困ったような笑顔で、
「でも、その二人だけを仲の良い者同士にしたら、不公平じゃないかな? 皆だって、仲の良い人同士で一緒の当番になりたいでしょう? 先生は普段あまり仲が良くない人とも仲良くなってもらうために、当番の割り振りをくじ引きにしたのよ。市野谷さんが皆ともっと仲良くなったら、皆も嬉しいでしょう?」
と言った。意地悪ガールは間髪入れずに、
「喋らない人とどうやって仲良くなればいいんですかー?」
と返した。
ためらいのない発言だった。それはただただ純粋で、悪意を含んだ発言だった。
「市野谷さんは私たちが仲良くしようとしてもいっつも無視してきまーす。それって、市野谷さんが私たちと仲良くしたくないからだと思いまーす。それなのに、無理やり仲良くさせるのは良くないと思いまーす」
「うーん、そんなことはないわよね、市野谷さん」
ひーちゃんは何も言わなかった。まるで教室内での出来事が何も耳に入っていないかのような表情で、窓の外を眺めていた。
「市野谷さん? 聞いているの?」
「なんか言えよ市野谷」
男子がひーちゃんの机を蹴る。その振動でひーちゃんの筆箱が机から滑り落ち、がちゃんと音を立てて中身をぶちまけたが、それでもひーちゃんには変化は訪れない。
クラスじゅうにざわざわとした小さな悪意が満ちる。
「あの子ちょっとおかしいんじゃない?」
そんな囁きが満ちる。担任の困惑した顔。意地悪いクラスメイトたちの汚らわしい視線。
僕は知っている。まるでここにいないかのような顔をして、窓の外を見ているひーちゃんの、その視線の先を。窓から見える新校舎には、彼女の弟、ろーくんがいた一年生の教室と、六年生のあーちゃんがいる教室がある。
ひーちゃんはいつも、ぼんやりとそっちばかりを見ている。教室の中を見渡すことはほとんどない。彼女がここにいないのではない。彼女にとって、こっちの世界が意味を成していないのだ。
「市野谷さんは、死体みたいね」
夏休み、校舎裏の畑。
その担任の一言に、僕は思わずぎょっとした。担任はしゃがみ込み、ひーちゃんに目線を合わせようとしながら、言う。
「市野谷さんは、どうしてなんにも言わないの? なんにも思わないの? あんな風に言われて、反論したいなって思わないの?」
ひーちゃんは黙って草を抜き続けている。
「市野谷さんは、皆と仲良くなりたいって思わない? 皆は、市野谷さんと仲良くなりたいって思ってるわよ」
ひーちゃんは黙っている。
「市野谷さんは、ずっとこのままでいるつもりなの? このままでいいの? お友達がいないままでいいの?」
ひーちゃんは。
「市野谷さん?」
「うるさい」
どこかで蝉が鳴き止んだ。
彼女が僕とあーちゃん以外の人間に言葉を発したところを、僕は初めて見た。彼女は担任を睨み付けるように見つめていた。真っ黒な瞳が、鋭い眼光を放っている。
「黙れ。うるさい。耳障り」
ひーちゃんが、僕の知らない表情をした。それはクラスメイトたちがひーちゃんに向けたような、玩具のような悪意ではなかった。それは本当の、なんの混じり気もない、殺意に満ちた顔だった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
振り上げたひーちゃんの右手には、草抜きのために職員室から貸し出された鎌があって――。
「ひーちゃん!」
間一髪だった。担任は真っ青な顔で、息も絶え絶えで、しかし、その鎌の一撃をかろうじてかわした。担任は震えながら、何かを叫びながら校舎の方へと逃げるように走り去って行く。
「ひーちゃん、大丈夫?」
僕は地面に突き刺した鎌を固く握りしめたまま、動かなくなっている彼女に声をかけた。
「友達なら、いるもん」
うつむいたままの彼女が、そうぽつりと言う。
「あーちゃんと、うーくんがいるもん」
僕はただ、「そうだね」と言って、そっと彼女の頭を撫でた。
小学生の頃からどこか危うかったひーちゃんは、あーちゃんの自殺によって完全に壊れてしまった。
彼女にとってあーちゃんがどれだけ大切な存在だったかは、説明するのが難しい。あーちゃんは彼女にとって絶対唯一の存在だった。失ってはならない存在だった。彼女にとっては、あーちゃん以外のものは全てどうでもいいと思えるくらい、それくらい、あーちゃんは特別だった。
ひーちゃんが溺愛していた最愛の弟、ろーくんを失ったあの日。
あの日から、ひーちゃんの心にぽっかりと空いた穴を、あーちゃんの存在が埋めてきたからだ。
あーちゃんはひーちゃんの支えだった。
あーちゃんはひーちゃんの全部だった。
あーちゃんはひーちゃんの世界だった。
そして、彼女はあーちゃんを失った。
彼女は入学することになっていた中学校にいつまで経っても来なかった。来るはずがなかった。来れるは��がなかった。そこはあーちゃんが通っていたのと同じ学校であり、あーちゃんが死んだ場所でもある。
ひーちゃんは、まるで死んだみたいだった。
一日中部屋に閉じこもって、食事を摂ることも眠ることも彼女は拒否した。
誰とも口を利かなかった。実の親でさえも彼女は無視した。教室で誰とも言葉を交わさなかった時のように。まるで彼女の前からありとあらゆるものが消滅してしまったかのように。泣くことも笑うこともしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。
そんな生活が一週間もしないうちに彼女は強制的に入院させられた。
僕が中学に入学して、桜が全部散ってしまった頃、僕は彼女の病室を初めて訪れた。
「ひーちゃん」
彼女は身体に管を付けられ、生かされていた。
屍のように寝台に横たわる、変わり果てた彼女の姿。
(市野谷さんは死体みたいね)
そんなことを言った、担任の言葉が脳裏をよぎった。
「ひーちゃんっ」
僕はひーちゃんの手を取って、そう呼びかけた。彼女は何も言わなかった。
「そっち」へ行ってほしくなかった。置いていかれたくなかった。僕だって、あーちゃんの突然の死を受け止めきれていなかった。その上、ひーちゃんまで失うことになったら。そう考えるだけで嫌だった。
僕はここにいたかった。
「ひーちゃん、返事してよ。いなくならないでよ。いなくなるのは、あーちゃんだけで十分なんだよっ!」
僕が大声でそう言うと、初めてひーちゃんの瞳が、生き返った。
「……え?」
僕を見つめる彼女の瞳は、さっきまでのがらんどうではなかった。あの時のひーちゃんの瞳を、僕は一生忘れることができないだろう。
「あーちゃん、いなくなったの?」
ひーちゃんの声は僕の耳にこびりついた。
何言ってるんだよ、あーちゃんは死んだだろ。そう言おうとした。言おうとしたけれど、何かが僕を引き留めた。何かが僕の口を塞いだ。頭がおかしくなりそうだった。狂っている。僕はそう思った。壊れている。破綻している。もう何もかもが終わってしまっている。
それを言ってしまったら、ひーちゃんは死んでしまう。僕がひーちゃんを殺してしまう。ひーちゃんもあーちゃんみたいに、空を飛んでしまうのだ。
僕はそう直感していた。だから声が出なかった。
「それで、あーちゃん、いつかえってくるの?」
そして、僕は嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。
あーちゃんは生きている。今は遠くにいるけれど、そのうち必ず帰ってくる、と。
その一週間後、ひーちゃんは無事に病院を退院した。人が変わったように元気になっていた。
僕の嘘を信じて、ひーちゃんは生きる道を選んだ。
それが、ひーちゃんの身体をいじくり回して管を繋いで病室で寝かせておくことよりもずっと残酷なことだということを僕は後で知った。彼女のこの上ない不幸と苦しみの中に永遠に留めておくことになってしまった。彼女にとってはもうとっくに終わってしまったこの世界で、彼女は二度と始まることのない始まりをずっと待っている。
もう二度と帰ってこない人を、ひーちゃんは待ち続けなければいけなくなった。
全ては僕のついた幼稚な嘘のせいで。
「学校は行かないよ」
「どうして?」
「だって、あーちゃん、いないんでしょ?」
学校にはいつから来るの? と問いかけた僕にひーちゃんは笑顔でそう答えた。まるで、さも当たり前かのように言った。
「『僕』は、あーちゃんが帰って来るのを待つよ」
「あれ、ひーちゃん、自分のこと『僕』って呼んでたっけ?」
「ふふふ」
ひーちゃんは笑った。幸せそうに笑った。恥ずかしそうに笑った。まるで恋をしているみたいだった。本当に何も知らないみたいに。本当に、僕の嘘を信じているみたいに。
「あーちゃんの真似、してるの。こうしてると自分のことを言う度、あーちゃんのことを思い出せるから」
僕は笑わなかった。
僕は、笑えなかった。
笑おうとしたら、顔が歪んだ。
醜い嘘に、歪んだ。
それからひーちゃんは、部屋に閉じこもって、あーちゃんの帰りをずっと待っているのだ。
今日も明日も明後日も、もう二度と帰ってこない人を。
※(2/4) へ続く→ https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/647000556094849024/
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見えるものを見ない、触れるものに触らない
日曜日に27歳になる。 まだまだ無責任で何もできない子供の気分で暮らしているが、27歳ともなるとさすがにどうぞどうぞ幼いままで、とはいかない。現実がそれを許さない。 奨学金の返済には慣れてきたが、住民税の納付はどうしても高すぎて泣けてきてしまう。 思いのほか簡単だった確定申告の還付金はすぐに酒代に消えた。 日経新聞を広げてみるけれど、読まない面のほうが多い。結局読み流してごくごくわずかなスペースの文化面に進む。 でも恋愛の話よりも投資の話の方がわくわくする。恋愛の帰結なんかひとつで、印象だっていつも同じで、抑揚も仕草も顔つきもまたそれか。君がそれでどうなろうがわたしにできることはない。喜んでほしいのだろうが喜んであげない。慰めてほしいのだろうが慰めてあげない。勝手に舞い上がって勝手に泣いてくれ。そんなことより株価の可愛い翻弄を力尽くでねじ伏せて暴力的に支配しよう。為替の波を鋭く見つめて軽薄に船を乗り換えて数字の泡で遊ぼう。ビットコインを空飛ぶ絨毯にして世界中の人間を出し抜こうぜ。 結婚式に出席するための作法も板についた。ご祝儀包み放題。筆ペンで名前書き放題。 しゃちほこばったレストランにも堂々と入り、ゆったりとした歩調でギャルソンのエスコートを受け、ソムリエと談笑、めくるめくフルコースを卒なく食べつつ会話に華を咲かせる。流れるようにシェフと握手。 立ち呑み屋にもひとりで入って一杯やれる。ヤゲンナンコツとホッピーナカ追加、氷少なめで。 近所の酒屋で一升瓶を平然と買う。パックの焼酎をスーパーで買う。かわいいかわいい金宮焼酎水色花柄免罪符。 薄いグラス、銀のナイフ、白檀の箸、白い皿。カトラリーも過不足なく整う。食洗機非対応のため眠りつづける食洗機。 システムキッチン。 フリッツハンセン社のテーブルと椅子を雑に扱う。日本人の体にはちょっと大きすぎる。嫁入り道具になる予定も今のところ皆無。 丸洗いしやすいユニットバスの部屋をそれなりに気に入っているが、大学で同期だった友人たちと比べてみると駄目なのかもしれない。バストイレ別で独立洗面台があってオートロック宅配ボックスつき駅歩3分家賃13万の部屋に住んでいなければ情けないような気がしてくる。でも駄目だって誰が決めるの? 冬に贈られたドライフラワーを花瓶に活けているので長いこと生花を買っていない。 本棚の本が少しずつ減る。 擦り切れれば同じ靴に買い替える。 口紅をAmazonで買う。 コントレックスとナッツバーも箱買い。プロテイン含有量をチェック。9g。 自炊メニューは適応進化を遂げる。肉じゃが形質やオムライス形質などの野暮ったい彼ごはん形質群はとっくに淘汰され、冷蔵庫では野菜の王国が美しき繁栄をみせている。クミンもタイムもエストラゴンビネガーもピンクペッパーも常備。塩は5種類転がっている。野菜が卵を産む。野菜がワインを飲む。 人の話に相槌を打ちながら、何も聞こえていない時がある。 スタンプを送るのすら面倒くさい。 傷つかない。 一人娘は実家のことを気にかける。 週末には電話もする。 祖母は相変わらず庭の白百合の咲き誇りかたでわたしの時運を占う。 父親の脳はもうだめになってしまって、まだ新築の匂いの残っていた実家には医療ベッドが入った。車椅子がフローリングに見えない傷を刻む。 母親は介護疲れでへとへとだけれど「愚痴を言うと泣いてしまう、泣くと頭痛がして辛いから泣きたくない、だから愚痴は言わない」とわたしのようなことを言う。気丈な人だ。気丈だがわたしよりずっと脆い人で、疲れ果ててしまわないか心配だ。疲弊というものが人をすっかり諦めさせて終わりに向かわせてしまうことを知っている。かといって出来ることしか出来ない。実家に戻って彼女を手伝わない親不孝を謝ると「あなたが生きたいように生きられることがわたしの望み」と返ってくるので頭が上がらない。このひとの犠牲の上にわたしが自由を謳歌している。そんなことは高校時代からよーく知っていましたが。母親の人生を犠牲にしてわたしが好き放題に生きている。誰かを犠牲にしてまで生きるべき人生なのか、これは。 そうです。 知りたいことを知れる。 行きたいところに行ける。 無理なく羽目を外せる。 コントロールできる。 理想に自由に近づける。 辛いことを上手く昇華できる。 痩せたいだけ痩せられる。 生理は半年止まっている。 肌からは赤みが消えない。 カフェインで目を覚ます。 外国製のサプリメントを飲んで疲れと苛立ちと毛穴を消し去る。 眠気で吐きそうになりながら痒み止めの薬を服用する。 整形外科では臼蓋形成不全の診断。疾患箇所の骨のずれは写真を見ながら説明を受けてもいまひとつぴんとこなかったが、事実、歩くともれなくきりきりと神経が削れ、左脚の付け根が痛む。デート中でも顔を顰めるが無論あなたのことが嫌いなわけじゃない。天気もいいし食事も美味しいし会話も楽しいけれどあなたがこちらを見ていないときは痛みで顔をしかめてしまう。もう初夏の深夜の井の頭通りで落ち合って抱き合ってビールを飲みながら朝焼けまで歩くようなこともないのだろう。波の揺らめく夕刻の浜辺を裸足でなぞり続けることもないのだろう。信号の点滅する横断歩道を走り抜けることも、木々をかき分けて山に入り息をあげながら空に近づくこともしないのだろう。レントゲン写真の中で反らせた腰がとても色っぽかったので持って帰って飾りたかった。
打ち合わせでもしたかのように友人たちも病身となる。 タイムリミットが来たみたいにして一斉に病身となる。彼女も。彼も。平成ももう30年になるね。 わたしたちは狂ったように生き急いで生きてきたので、今さら病気で足止めなんかされて上手く生き急げなくなると、途方に��れる間も無く本当に気が狂ってしまう。神様のいじわる。鮪の回遊を止めて殺すのがあなたの仕事なの?
わたしたちの気が狂おうがお構いなしに、壁は建てたい放題建てられる。壁。やすやすとは乗り越えられない長大な壁が建つ。自分自身が病気になったり、恋人が死んだり、親御さんが亡くなったりする。 将来を誓い合った相手と別れたり発表済みの婚約を破棄したり共通の友人たちに盛大に祝われた婚姻関係を解消したり、逃げ込んだ転職先がさらなる地獄だったり大学にポストが見つからなかったり研究に行き詰まったり生活していくお金が足りなくなったりする。どれも真っ暗だとは思う。なのに他人の不幸をうまく気遣えない。思いやれない。何を言ったって何をしたってどうせ無意味なのだともう知っている。何も与えてあげられない。支えてあげる体力もない。心を尽くしても実を結ばない。ごめんね。泣き止んでほしくて言ったことで泣かれる。永遠を誓えない。不安を肩代わりしてやれない。苦しみに胸を痛めてあげられない。手が届かない。ごめん。でも仕方ない。遠い。優しくなれない。
無力感よりも、費やす余力の見当たらなさに困り果てる。 でもわたしは大丈夫、これらすべてが大丈夫。 何をされても大丈夫。何があっても大丈夫。 泣かない、揺れない、動じない、ニッコリ笑ってどうでもいい。
やれることをやらない。してあげられることをしてあげない。欲しいものを欲しがらない。 27歳なのである。許されないなら許さないだけだ。
(2017/06/01 16:49)
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09132329
ホタル族、は近年、随分と疎まれる存在になったらしい。ホタル族という言葉自体が、死につつある。マンションにおいてベランダはもう個人のスペースではなく、共有場所という認識が広まり、洗濯物に臭いがつくとか、煙が上がってきて臭うとか、苦情が来るから禁止を言いつけられた、と同僚がボヤいていた。
だから俺は、中途半端にイキがって23区内のマンションなんて買うなと忠告してやったのに。このご時世、ヘビースモーカーに人権も居場所もない。結局嫌煙家達に締め出された同僚は今必死になって、禁煙外来に通っているらしい。忙しい社畜がストレス発散の方法を失ったらどうなるのか若干興味深いのもあってそっと観察していたが、机にロリポップキャンディーのツリーが登場した辺りで見ていられなくなり、やめた。
ほぅ、と、安堵を形にしたような紫煙が零れ落ちて、窓の外、点々と光るビルの明かりや、航空機用の赤色灯、慌ただしく駆けていく車のヘッドライト、テールランプを、曖昧にぼやかしていく。都心から離れた郊外の街にも、それなりの文明が張り出してきているらしい。アパートの4階からでもポツポツと見える明かり達が、人の生きる証を照らしている。息を吸う。ジジ、と赤暗く燃えた灰が途端に色褪せて、慌てて側のジャムの空き瓶へ灰を落とした。喫煙自体がマナー違反だと言われれば立つ瀬が無いが、最低限のマナーは守るようにしていた。
思えばタバコを吸い始めたのは親父の影響だった。俺がガキの頃から気にせずぷかぷかとリビングも子供部屋も煙で霞ませていた父親だ。俺がそれに倣って手を出すのも、時間の問題だった。大して美味くもないそれを最初に吸ってむせた時の苦しさと、謎の充足感を未だに覚えているのはきっと、あれが俺にとって大人への第一歩だと思い込んでいたからだろう。まだ俺の舌は、煙草を美味しいと感じない。ただ習慣になって、いや、中毒になって、ニコチンに支配された脳に動かされるまま暑くとも寒くともベランダに出て火をつけ、何もないこの街に煙を吐き捨て続けている。
なにが大人だ。こんなもの吸ったって、浴びるほど酒を飲んだって、トルコ風呂で飽きるほど女を抱いたって、赤ペン片手に新聞握り締めて馬に人生委ねたって、大人にはなれない。あの頃の俺が望んでいた大人はきっともっと一人でしゃんと立ってて、真っ直ぐ前を見て、普通の幸せを当たり前のように歩いていたはずだった。大人に夢を見ることをやめたのは、いつだろう。堕ちていくことを仕方がない、と諦めるようになったのはいつだろう。いや、元から、大してプライドもなく生きていたのかもしれない。外見が大人になって初めて焦燥感に駆られただけだ。きっと。
結局この世界に大人なんていなくて、皆、分別のつかない子供か、分別のつく子供か、その二択なんじゃないかと俺は思う。ちなみに俺は、自慢じゃないがまだ双方の間を不安定に揺れている。まだ、どちらにもなりたくない、なんて子供のわがままに、必死にしがみついたままだ。
「また感傷に浸ってんの、お前。」
「...深夜2時に黄昏るほど、器用じゃねえんだわ俺。つーかてめぇ、起きてたのかよ。」
つっかけを何度か蹴って足に引っ掛けたお前が薄着のまんまベランダに出て横に並ぼうとするから、なんだかスペースを開けて寄ってやるのも気が乗らなくて動かずにいてやったら後ろから抱き締めてきやがった。身長大して変わらねえだろ、俺とお前。
「はっ、てめぇにあと10センチ背があれば決まったな、あすなろ抱き。」
「もうそれ死語だから。令和はバックハグ、って呼ぶんだよ、オジサン。」
「同い年に言ってて悲しくならねえか、オニイサン。」
「減らず口叩く前に吸えよ、灰落ちる。」
差し出された瓶の中に雨水と吸殻が数本溜まっていた。嫌煙家まではいかないが煙草を好む人間じゃないのに、よくもまあ気が利くもんだ。いや、俺が躾けたのか。こいつの恋愛遍歴に、俺みたいな人間はいない。灰をまた落として、背中の温もりへのリアクションをやめ、苦味を肺いっぱいに吸い込んで満たす。普通にしてる呼吸より、生きている気がする呼吸だ。
「なぁ。」
「ん?」
「...んーん。」
言い淀んで煙と共に飲み込んだ言葉は別にこいつに伝わらなくていい。どうせ、さっきまでシーツに溺れて互いを貪ってたせいで蕩けた脳じゃロクな言葉は出てこないだろうし、下手なことを言って面倒な応酬をしたくなかった。効率的な生き方は出来ないが、面倒を知らず知らずのうちに呼び起こすほど俺は馬鹿じゃない。空っぽになった頭の中で、えらく俺に縋って鳴いてたこいつの顔が浮かぶ。人間らしいな、普段は鉄仮面みたく笑顔貼り付けて八方美人キメてんのに、俺の前では不機嫌で、拗ねて、��えて、溶けて、だらしねえ顔で善がって、それが堪らなくイイ。
腹に回った手が腰回りを撫でるのがくすぐったい。俺がくすぐったがりなのをいつまでも学習しないお前はこうして時折、俺の中身がちゃんと入ってんのか、温かく、動く臓器があるのか確かめるように触る。馬鹿だなあ、俺はここにこうして立って、タールとニコチンで寿命を切り崩しながら、ちゃんと生きてんのに。肩に乗った顎が痛え。また飯食いに連れてってやらないと。思考があちらこちらに飛び散って、結局何も残らない。そんなセックス後の余韻が好きだった。生まれたって不幸しかない人間共が飽きずに繁殖する訳を、俺はこいつと出会って初めて気付いた。
「あのさぁ。」
「あ?」
「ピアス、開けたいんだけど。」
「は?」
「何、一文字しか話せないbotなの?」
「あ?」
「だから。」
「いや、だってお前、え、ピアスって、え?規則でダメじゃん。」
「うん。だから、普段は透明なの、付ける。」
「中坊かよ。」
驚いて振り返った俺の表情がよっぽど面白かったのか、顔を背けて吹き出したお前は一頻り笑ったあと、なんの傷もついてない自分の綺麗な耳を指先で弄った。さっきまでアホほど舐められて、アホほど感じてた癖に。そういう雰囲気は露ほども見せずに、耳の形を綺麗な爪先がなぞる。
「ムラっとした?」
「あ?んだてめぇ、ヤるならベッドで足開けや。」
「勘弁。お前休みでも俺明日仕事。」
「わぁってるよ。」
「ね、どこがいいかな。」
「勿体ねぇよ、綺麗な耳してんのにさ。」
「はっ、よく言う。俺がピアス贈ろうか、って言っただけで新しい穴こさえた男がそれ言うかね。」
「俺のはいいんだよ、もうボロボロなんだから。」
寝転がる時痛いからベッドに入ったら適当に外すピアスがいた残骸を、あいつの指が辿っていく。外したがるあいつに、暇つぶしがてら俺が教えた箇所の名前を、たどたどしく呼びながら。イヤーロブ、ロック、アンテナヘリックス、インダストリアル。興味を持つから一通り教えてやったら、ガキの一つ覚えみたいにピアスを街中で見るたび、どこそこに似合いそう、なんて笑うから、責められてもお前が悪い。
「ここは、トラガス。」
「よく出来ました、100点満点。花丸ピッピやるよ。」
「何、そういうプレイしたいの?」
「お前今日口開きゃセックスだな。発情期の兎なんか?」
「おまえに求められたいっていう願望の表れ。」
「......お前さ、そういうとこだよ。」
「ここ、痛いんでしょ?」
お前がなぞる左耳のトラガスは、こないだ俺が生まれたらしい日に入ったばかりの新人。まだ安定してないから外せない、と言ったら、今日ずっと嬉しそうにそこばっか見てたな、お前。まあ確かに小さく光る上品なガーネットはセンスがある。お前の誕生石、ってのも相まって。俺の要求を言わずとも理解するお前は、心地良い。
「ここ、お洒落だよね。いいな。」
「お前には絶対開けない。イヤーロブでも嫌だ。」
「んー、2点。」
「いや、駄洒落じゃねえから。」
「なんでよ。」
「俺に加虐趣味はねえんだよ。」
「ずるいよ、おまえ。」
「なんとでも言え。」
ずるい、ずるい。子供のように拗ねたお前の頭を後ろ手に撫でれば、少し肩が濡れたような感覚がして、振り返ろうとしたら抱き付かれて身動きが取れない。
「んだよ、垂らすな涎。」
「...ごめん。駄洒落つまんなすぎて脳が寝た。」
「はー、舐めてんな。そもそも、耳にバチバチ穴開いてる時点でメンヘラだの不安定だの言われんだぞ。」
「知ってる。でもべつに、おまえ違うじゃん。」
「俺のはただの、趣味だからな。」
「ずるいよ。俺にはおまえが残ってないのに、おまえには俺がいっぱい残ってて。」
「...別に、んなことねぇよ。」
時代に乗り切れなかった俺は紙煙草のまま新元号を迎えた。箱の中に残された相棒は、もう片手で数えられるまで減ってしまった。煙草何本目だよ。いつもなら飽きて眠るこいつは飽きずに俺にひっついたまま。街はまだ眠ったまま、朝が来る気配などまるでない。このまま、明るくなって、朝が来る。当たり前だ。当たり前。分かってる。分かってるのに、受け入れたくない。
「......職場でさぁ。」
「ん。」
「先輩が、結婚したんだ。何聞かれても、パートナー、って言ってた。噂で、同性婚だって。」
「おー、めでたいな。」
「うん。制度が出来始めてやっと、針が進んだ気がする。でも、人の時間は進まないね。」
「過去から何も学ばないのが、人間の特技だからなぁ。」
「...朝、まだ来ないね。」
「あぁ、来ないよ。俺が食い止めてるからな。」
「最強じゃん。アベンジャーズ入れるよ。」
「そんな陰気なアメコミ誰が見たいんだよ。」
くすくす、笑う息が掛かって、ホッとする自分がいる。朝はお前の嫌いなものだから、こうして軽口を叩いても怒られない。目を閉じれば来てしまうそいつを、起きて少しでも食い止められれば、いい。
「ねえ。」
「んだよ。」
「おまえはずるくて、一人で生きてるって顔をするくせに弱点が多くて、全然スマートじゃないくせにかっこつけようとする。」
「喧嘩なら買うぞ。」
「でも俺は温厚だから、それも全部、おまえだってゆるしてあげられる。こうして、腕の中に閉じ込めて、ひとりじゃなにもできなくなればいい。」
「......愛してるよ。俺はこういう時、洒落た言葉返す能がない。でもいい、これでお前には伝わるからな。」
不毛だ、とも思う。きっと他に幸せのかたちがあるんだろう、とも思う。お前の隣に誰かが立っている正常な姿を想像した回数はきっとお前で抜いた回数より多いし、言い淀んで飲み込んだ言葉はきっと吐き出せばバケツ一杯じゃ治らない。
それでもこの背中の温もりを切り捨てられないのは、ここに、不確かでも微かな幸せがあって、強かった俺はこいつに弱くさせられて、その微かな幸せなしで生きるやり方を、忘れてしまったから。情けない。もう俺はこの開けたばかりのトラガスを雑に扱って走る痛みだって、甘く感じる程には、この歪な幸せの形を愛していた。
「寝るぞ。」
「紅茶飲みたい。」
「カフェインって知ってるか?お前。リピートアフターミー。寝る。」
「ねる。」
「よろしい。紅茶は明日の朝にしろ。俺が起きられたら入れてやっから。」
「はあい。」
つっかけを放り投げて部屋に入ったお前の背中をぼんやり見ながら、瓶に何本目かの吸殻を入れた。じゅわ、火が消える音はなんとなく、夏から秋へ向かう音のような気がする。上手くは説明出来ない。が、それでいい。説明がつくことばかりで、この世界が回っているわけじゃない。遠く、ビルの隙間で、微かに淡い空が顔を覗かせ始めていた。ぴたりと動きを止めたお前がこちらを向かないまま、ぼそり、言葉を落とす。
「おれ、考えたこともないよ。」
「何が。」
「おまえに、言わせるつもりもないよ。」
「何が。」
「おまえ、自分だけが愛をしてると思うなよ。」
もぞもぞ潜ったベッドはいつも通り右側が空いている。また飽きずにお前は俺を利き腕で引き寄せて、大して白くもねえ頸に鼻を埋めて、窓に背を向けて寝るんだろう。お前はやった香水はつけないくせに、同じのをつけてる俺の匂いは好きなんだ。よくわかんねえ。が、それでいい。
まだ夏なのに身体は少し冷えていたらしい。擦り寄ってくるお前の体温が心地良い。俺達は未来を見ない。過去も見ない。互いがアンバランスな世界の中で、今を、そして目を閉じて開ける瞬間だけを、いつも夢見て、焦がれて、息をして。
「好きだよ。」
「知ってる。」
「勝手に開けんなよ。耳。」
「開けないよ。」
「また、明日な。」
「うん。また明日、ね。」
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自殺未遂
何度も死のうとしている。
これからその話をする。
自殺未遂は私の人生の一部である。一本の線の上にボツボツと真っ黒な丸を描くように、その記憶は存在している。
だけど誰にも話せない。タブーだからだ。重たくて悲しくて忌み嫌われる話題だからだ。皆それぞれ苦労しているから、人の悲しみを背負う余裕なんてないのだ。
だから私は嘘をつく。その時代を語る時、何もなかったふりをする。引かれたり、陰口を言われたり、そういう人だとレッテルを貼られたりするのが怖いから。誰かの重荷になるのが怖いから。
一人で抱える秘密は、重たい。自分のしたことが、当時の感情が、ずっしりと肩にのしかかる。
私は楽になるために、自白しようと思う。黙って平気な顔をしているのに、もう疲れてしまった。これからは場を選んで、私は私の人生を正直に語ってゆきたい。
十六歳の時、初めての自殺未遂をした。
五年間の不登校生活を脱し高校に進学したものの、面白いくらい馴染めなかった。天真爛漫に女子高生を満喫する宇宙人のようなクラスメイトと、同じ空気を吸い続けることは不可能だと悟ったのだ。その結果、私は三ヶ月で中退した。
自信を失い家に引きこもる。どんよりと暗い台所でパソコンをいじり続ける。将来が怖くて、自分が情けなくて、見えない何かにぺしゃんこに潰されてしまいそうだった。家庭は荒れ、母は一日中家にいる私に「普通の暮らしがしたい」と呟いた。自分が親を苦しめている。かといって、この先どこに行っても上手くやっていける気がしない。悶々としているうちに十キロ痩せ、生理が止まった。肋が浮いた胸で死のうと決めた。冬だった。
夜。親が寝静まるのを待ちそっと家を出る。雨が降っているのにも関わらず月が照っている。青い光が濁った視界を切り裂き、この世の終わりみたいに美しい。近所の河原まで歩き、濡れた土手を下り、キンキンに冷えた真冬の水に全身を浸す。凍傷になれば数分で死に至ることができると聞いた。このままもう少しだけ耐えればいい。
寒い!私の体は震える。寒い!あっという間に歯の根が合わなくなる。頭のてっぺんから爪先までギリギリと痛みが駆け抜け、三秒と持たずに陸へ這い上がった。寒い、寒いと呟きながら、体を擦り擦り帰路を辿る。ずっしりと水を含んだジャージが未来のように重たい。
風呂場で音を立てぬよう泥を洗い流す。白いタイルが砂利に汚されてゆく。私は死ぬことすらできない。妙な落胆が頭を埋めつくした。入水自殺は無事、失敗。
二度目の自殺未遂は十七歳の時だ。
その頃私は再入学した高校での人間関係と、精神不安定な母との軋轢に悩まされていた。学校に行けば複雑な家庭で育った友人達の、無視合戦や泥沼恋愛に巻き込まれる。あの子が嫌いだから無視をするだのしないだの、彼氏を奪っただの浮気をしているだの、親が殴ってくるだの実はスカトロ好きのゲイだだの、裏のコンビニで喫煙しているだの先生への舌打ちだの⋯⋯。距離感に不器用な子達が多く、いつもどこかしらで誰かが傷つけ合っていた。教室には無気力と混乱が煙幕のように立ち込め、普通に勉強し真面目でいることが難しく感じられた。
家に帰れば母が宗教のマインドコントロールを引きずり「地獄に落ちるかもしれない」などと泣きついてくる。以前意地悪な信者の婆さんに、子どもが不登校になったのは前世の因縁が影響していて、きちんと祈らないと地獄に落ちる、と吹き込まれたのをまだ信じているのだ。そうでない時は「きちんと家事をしなくちゃ」と呪いさながらに繰り返し、髪を振り乱して床を磨いている。毎日手の込んだフランス料理が出てくるし、近所の人が買い物先までつけてくるとうわ言を言っている。どう考えても母は頭がおかしい。なのに父は「お母さんは大丈夫だ」の一点張りで、そのくせ彼女の相手を私に丸投げするのだ。
胸糞の悪い映画さながらの日々であった。現実の歯車がミシミシと音を立てて狂ってゆく。いつの間にやら天井のシミが人の顔をして私を見つめてくる。暗がりにうずくまる家具が腐り果てた死体に見えてくる。階段を昇っていると後ろから得体の知れない化け物が追いかけてくるような気がする。親が私の部屋にカメラを仕掛け、居間で監視しているのではないかと心配になる。ホラー映画を見ている最中のような不気味な感覚が付きまとい、それから逃れたくて酒を買い吐くまで酔い潰れ手首を切り刻む。ついには幻聴が聞こえ始め、もう一人の自分から「お前なんか死んだ方がいい」と四六時中罵られるようになった。
登下校のために電車を待つ。自分が電車に飛び込む幻が見える。車体にすり潰されズタズタになる自分の四肢。飛び込む。粉々になる。飛び込む。足元が真っ赤に染まる。そんな映像が何度も何度も巻き戻される。駅のホームは、どこまでも続く線路は、私にとって黄泉への入口であった。���こから線路に倒れ込むだけで天国に行ける。気の狂った現実から楽になれる。しかし実行しようとすると私の足は震え、手には冷や汗が滲んだ。私は高校を卒業するまでの四年間、映像に重なれぬまま一人電車を待ち続けた。飛び込み自殺も無事、失敗。
三度目の自殺未遂は二十四歳、私は大学四年生だった。
大学に入学してすぐ、執拗な幻聴に耐えかね精神科を受診した。セロクエルを服用し始めた瞬間、意地悪な声は掻き消えた。久しぶりの静寂に手足がふにゃふにゃと溶け出しそうになるくらい、ほっとする。しかし。副作用で猛烈に眠い。人が傍にいると一睡もできないたちの私が、満員の講義室でよだれを垂らして眠りこけてしまう。合う薬を模索する中サインバルタで躁転し、一ヶ月ほど過活動に勤しんだりしつつも、どうにか普通の顔を装いキャンパスにへばりついていた。
三年経っても服薬や通院への嫌悪感は拭えなかった。生き生きと大人に近づいていく友人と、薬なしでは生活できない自分とを見比べ、常に劣等感を感じていた。特に冬に体調が悪くなり、課題が重なると疲れ果てて寝込んでしまう。人混みに出ると頭がザワザワとして不安になるため、酒盛りもアルバイトもサークル活動もできない。鬱屈とした毎日が続き闘病に嫌気がさした私は、四年の秋に通院を中断してしまう。精神薬が抜けた影響で揺り返しが起こったこと、卒業制作に追われていたこと、就職活動に行き詰まっていたこと、それらを誰にも相談できなかったことが積み重なり、私は鬱へと転がり落ちてゆく。
卒業制作の絵本を拵える一方で遺品を整理した。洋服を売り、物を捨て、遺書を書き、ネット通販でヘリウムガスを手に入れた。どうして卒制に遅れそうな友達の面倒を見ながら遺品整理をしているのか分からない。自分が真っ二つに割れてしまっている。混乱しながらもよたよたと気力で突き進む。なけなしの努力も虚しく、卒業制作の提出を逃してしまった。両親に高額な学費を負担させていた負い目もあり、留年するぐらいなら死のうとこりずに決意した。
クローゼットに眠っていたヘリウムガス缶が起爆した。私は人の頭ほどの大きさのそれを担いで、ありったけの精神薬と一緒に車に積み込んだ。それから山へ向かった。死ぬのなら山がいい。夜なら誰であれ深くまで足を踏み入れないし、展望台であれば車が一台停まっていたところで不審に思われない。車内で死ねば腐っていたとしても車ごと処分できる。
展望台の駐車場に車を突っ込み、無我夢中でガス缶にチューブを繋ぎポリ袋の空気を抜く。本気で死にたいのなら袋の酸素濃度を極限まで減らさなければならない。真空状態に近い状態のポリ袋を被り、そこにガスを流し込めば、酸素不足で苦しまずに死に至ることができるのだ。大量の薬を水なしで飲み下し、袋を被り、うつらうつらしながら缶のコックをひねる。シューッと気体��満ちる音、ツンとした臭い。視界が白く透き通ってゆく。死ぬ時、人の意識は暗転ではなくホワイトアウトするのだ。寒い。手足がキンと冷たい。心臓が耳の奥にある。ハツカネズミと同じ速度でトクトクと脈動している。ふとシャンプーを切らしていたことを思い出し、買わなくちゃと考える。遠のいてゆく意識の中、日用品の心配をしている自分が滑稽で、でも、もういいや。と呟く。肺が詰まる感覚と共に、私は意識を失う。
気がつくと後部座席に転がっている。目覚めてしまった。昏倒した私は暴れ、自分でポリ袋をはぎ取ったらしい。無意識の私は生きたがっている。本当に死ぬつもりなら、こうならぬように手首を後ろできつく縛るべきだったのだ。私は自分が目覚めると、知っていた。嫌な臭いがする。股間が冷たい。どうやら漏らしたようだ。フロントガラスに薄らと雪が積もっている。空っぽの薬のシートがバラバラと散乱している。指先が傷だらけだ。チューブをセットする際、夢中になるあまり切ったことに気がつかなかったようだ。手の感覚がない。鈍く頭痛がする。目の前がぼやけてよく見えない。麻痺が残ったらどうしよう。恐ろしさにぶるぶると震える。さっきまで何もかもどうでも良いと思っていたはずなのに、急に体のことが心配になる。
後始末をする。白い視界で運転をする。缶は大学のゴミ捨て場に捨てる。帰宅し、後部座席を雑巾で拭き、薬のシートをかき集めて処分する。ふらふらのままベッドに倒れ込み、失神する。
その後私は、卒業制作の締切を逃したことで教授と両親から怒られる。翌日、何事もなかったふりをして大学へ行き、卒制の再提出の交渉する。病院に保護してもらえばよかったのだがその発想もなく、ぼろ切れのようなメンタルで卒業制作展の受付に立つ。ガス自殺も無事、失敗。
四度目は二十六歳の時だ。
何とか大学卒業にこぎつけた私は、入社試験がないという安易な理由でホテルに就職し一人暮らしを始めた。手始めに新入社員研修で三日間自衛隊に入隊させられた。それが終わると八時間ほぼぶっ続けで宴会場を走り回る日々が待っていた。典型的な古き良き体育会系の職場であった。
朝十時に出社し夜の十一時に退社する。夜露に湿ったコンクリートの匂いをかぎながら浮腫んだ足をズルズルと引きずり、アパートの玄関にぐしゃりと倒れ込む。ほとんど意識のないままシャワーを浴びレトルト食品を貪り寝床に倒れ泥のように眠る。翌日、朝六時に起床し筋肉痛に膝を軋ませよれよれと出社する。不安定なシフトと不慣れな肉体労働で病状は悪化し、働いて二年目の夏、まずいことに躁転してしまった。私は臨機応変を求められる場面でパニックを起こすようになり、三十分トイレにこもって泣く、エレベーターで支離滅裂な言葉を叫ぶなどの奇行を繰り返す、モンスター社員と化してしまった。人事に持て余され部署をたらい回しにされる。私の世話をしていた先輩が一人、ストレスのあまり退社していった。
躁とは恐ろしいもので人を巻き込む。プライベートもめちゃくちゃになった。男友達が性的逸脱症状の餌食となった。五年続いた彼氏と別れた。よき理解者だった友と言い争うようになり、立ち直れぬほどこっぴどく傷つけ合った。携帯電話をハイヒールで踏みつけバキバキに破壊し、コンビニのゴミ箱に投げ捨てる。出鱈目なエネルギーが毛穴という毛穴からテポドンの如く噴出していた。手足や口がばね仕掛けになり、己の意思を無視して動いているようで気味が悪かった。
寝る前はそれらの所業を思い返し罪悪感で窒息しそうになる。人に迷惑をかけていることは自覚していたが、自分ではどうにもできなかった。どこに頼ればいいのか分からない、生きているだけで迷惑をかけてしまう。思い詰め寝床から出られなくなり、勤務先に泣きながら休養の電話をかけるようになった。
会社を休んだ日は正常な思考が働かなくなる。近所のマンションに侵入し飛び降りようか悩む。落ちたら死ねる高さの建物を、砂漠でオアシスを探すジプシーさながらに彷徨い歩いた。自分がアパートの窓から落下してゆく幻を見るようになった。だが、無理だった。できなかった。あんなに人に迷惑をかけておきながら、私の足は恥ずかしくも地べたに根を張り微動だにしないのだった。
アパートの部屋はムッと蒸し暑い。家賃を払えなければ追い出される、ここにいるだけで税金をむしり取られる、息をするのにも金がかかる。明日の食い扶持を稼ぐことができない、それなのに腹は減るし喉も乾く、こんなに汗が滴り落ちる、憎らしいほど生きている。何も考えたくなくて、感じたくなくて、精神薬をウイスキーで流し込み昏倒した。
翌日の朝六時、朦朧と覚醒する。会社に体調不良で休む旨を伝え、再び精神薬とウイスキーで失神する。目覚めて電話して失神、目覚めて電話して失神。夢と現を行き来しながら、手元に転がっていたカッターで身体中を切り刻み、吐瀉し、意識を失う。そんな生活が七日間続いた。
一週間目の早朝に意識を取り戻した私は、このままでは死ぬと悟った。にわかに生存本能のスイッチがオンになる。軽くなった内臓を引っさげ這うように病院へと駆け込み、看護師に声をかける。
「あのう。一週間ほど薬と酒以外何も食べていません」
「そう。それじゃあ辛いでしょう。ベッドに寝ておいで」
優しく誘導され、白いシーツに倒れ込む。消毒液の香る毛布を抱きしめていると、ぞろぞろと数名の看護師と医師がやってきて取り囲まれた。若い男性医師に質問される。
「切ったの?」
「切りました」
「どこを?」
「身体中⋯⋯」
「ごめんね。少し見させて」
服をめくられる。私の腹を確認した彼は、
「ああ。これは入院だな」
と呟いた。私は妙に冷めた頭で聞く。
「今すぐですか」
「うん、すぐ。準備できるかな」
「はい。日用品を持ってきます」
私はびっくりするほどまともに帰宅し、もろもろを鞄に詰め込んで病院にトンボ帰りした。閉鎖病棟に入る。病室のベッドの周りに荷物を並べながら、私よりももっと辛い人間がいるはずなのにこれくらいで入院だなんておかしな話だ、とくるくる考えた。一度狂うと現実を測る尺度までもが狂うようだ。
二週間入院する。名も知らぬ睡眠薬と精神安定剤を処方され、飲む。夜、病室の窓から街を眺め、この先どうなるのかと不安になる。私の主治医は「君はいつかこうなると思ってたよ」と笑った。以前から通院をサポートする人間がいないのを心配していたのだろう。
退院後、人事からパート降格を言い渡され会社を辞めた。後に勤めた職場でも上手くいかず、一人暮らしを断念し実家に戻った。飛び降り自殺、餓死自殺、無事、失敗。
五度目は二十九歳の時だ。
四つめの転職先が幸いにも人と関わらぬ仕事であったため、二年ほど通い続けることができた。落ち込むことはあるものの病状も安定していた。しかしそのタイミングで主治医が代わった。新たな主治医は物腰柔らかな男性だったが、私は病状を相談することができなかった。前の医師は言葉を引き出すのが上手く、その環境に甘えきっていたのだ。
時給千円で四時間働き、月収は六万から八万。いい歳をして脛をかじっているのが忍びなく、実家に家賃を一、二万入れていたので、自由になる金は五万から七万。地元に友人がいないため交際費はかからない、年金は全額免除の申請をした、それでもカツカツだ。大きな買い物は当然できない。小さくとも出費があると貯金残高がチラつき、小一時間は今月のやりくりで頭がいっぱいになる。こんな額しか稼げずに、この先どうなってしまうのだろう。親が死んだらどうすればいいのだろう。同じ年代の人達は順調にキャリアを積んでいるだろう。資格も学歴もないのにズルズルとパート勤務を続けて、まともな企業に転職できるのだろうか。先行きが見えず、暇な時間は一人で悶々と考え込んでしまう。
何度目かの落ち込みがやってきた時、私は愚かにも再び通院を自己中断してしまう。病気を隠し続けること、精神疾患をオープンにすれば低所得をやむなくされることがプレッシャーだった。私も「普通の生活」を手に入れてみたかったのだ。案の定病状は悪化し、練炭を購入するも思い留まり返品。ふらりと立ち寄ったホームセンターで首吊りの紐を買い、クローゼットにしまう。私は鬱になると時限爆弾を買い込む習性があるらしい。覚えておかなければならない。
その職場を退職した後、さらに三度の転職をする。ある職場は椅子に座っているだけで涙が出るようになり退社した。別の職場は人手不足の影響で仕事内容が変わり、人事と揉めた挙句退社した。最後の転職先にも馴染めず八方塞がりになった私は、家族と会社に何も告げずに家を飛び出し、三日間帰らなかった。雪の降る中、車中泊をして、寒すぎると眠れないことを知った。家族は私を探し回り、ラインの通知は「帰っておいで」のメッセージで埋め尽くされた。���画喫茶のジャンクな食事で口が荒れ、睡眠不足で小間切れにうたた寝をするようになった頃、音を上げてふらふらと帰宅した。勤務先に電話をかけると人事に静かな声で叱られた。情けなかった。私は退社を申し出た。気がつけば一年で四度も職を代わっていた。
無職になった。気分の浮き沈みが激しくコントロールできない。父の「この先どうするんだ」の言葉に「私にも分からないよ!」と怒鳴り返し、部屋のものをめちゃくちゃに壊して暴れた。仕事を辞める度に無力感に襲われ、ハローワークに行くことが恐ろしくてたまらなくなる。履歴書を書けばぐちゃぐちゃの職歴欄に現実を突きつけられる。自分はどこにも適応できないのではないか、こ���先まともに生きてゆくことはできないのではないか、誰かに迷惑をかけ続けるのではないか。思い詰め、寝室の柱に時限爆弾をぶら下げた。クローゼットの紐で首を吊ったのだ。
紐がめり込み喉仏がゴキゴキと軋む。舌が押しつぶされグエッと声が出る。三秒ぶら下がっただけなのに目の前に火花が散り、苦しくてたまらなくなる。何度か試したが思い切れず、紐を握り締め泣きじゃくる。学校に行く、仕事をする、たったそれだけのことができない、人間としての義務を果たせない、税金も払えない、親の負担になっている、役立たずなのにここまで生き延びている。生きられない。死ねない。どこにも行けない。私はどうすればいいのだろう。釘がくい込んだ柱が私の重みでひび割れている。
泣きながら襖を開けると、ペットの兎が小さな足を踏ん張り私を見上げていた。黒くて可愛らしい目だった。私は自分勝手な絶望でこの子を捨てようとした。撫でようとすると、彼はきゅっと身を縮めた。可愛い、愛する子。どんな私でいても拒否せず撫でさせてくれる、大切な子。私の身勝手さで彼が粗末にされることだけはあってはならない、絶対に。ごめんね、ごめんね。柔らかな毛並みを撫でながら、何度も謝った。
この出来事をきっかけに通院を再開し、障害者手帳を取得する。医療費控除も障害者年金も申請した。精神疾患を持つ人々が社会復帰を目指すための施設、デイケアにも通い始めた。どん底まで落ちて、自分一人ではどうにもならないと悟ったのだ。今まさに社会復帰支援を通し、誰かに頼り、悩みを相談する方法を勉強している最中だ。
病院通いが本格化してからというもの、私は「まとも」を諦めた。私の指す「まとも」とは、周りが満足する状態まで自分を持ってゆくことであった。人生のイベントが喜びと結びつくものだと実感できぬまま、漠然としたゴールを目指して走り続けた。ただそれをこなすことが人間の義務なのだと思い込んでいた。
自殺未遂を繰り返しながら、それを誰にも打ち明けず、悟らせず、発見されずに生きてきた。約二十年もの間、母の精神不安定、学校生活や社会生活の不自由さ、病気との付き合いに苦しみ、それら全てから解放されたいと願っていた。
今、なぜ私が生きているか。苦痛を克服したからではない。死ねなかったから生きている。死ぬほど苦しく、何度もこの世からいなくなろうとしたが、失敗し続けた。だから私は生きている。何をやっても死ねないのなら、どうにか生き延びる方法を探らなければならない。だから薬を飲み、障害者となり、誰かの世話になり、こうしてしぶとくも息をしている。
高校の同級生は精神障害の果てに自ら命を絶った。彼は先に行ってしまった。自殺を推奨するわけではないが、彼は死ぬことができたから、今ここにいない。一歩タイミングが違えば私もそうなっていたかもしれない。彼は今、天国で穏やかに暮らしていることだろう。望むものを全て手に入れて。そうであってほしい。彼はたくさん苦しんだのだから。
私は強くなんてない。辛くなる度、たくさんの自分を殺した。命を絶つことのできる場所全てに、私の死体が引っかかっていた。ガードレールに。家の軒に。柱に。駅のホームの崖っぷちに。近所の河原に。陸橋に。あのアパートに。一人暮らしの二階の部屋から見下ろした地面に。電線に。道路を走る車の前に⋯⋯。怖かった。震えるほど寂しかった。誰かに苦しんでいる私を見つけてもらいたかった。心配され、慰められ、抱きしめられてみたかった。一度目の自殺未遂の時、誰かに生きていてほしいと声をかけてもらえたら、もしくは誰かに死にたくないと泣きつくことができたら、私はこんなにも自分を痛めつけなくて済んだのかもしれない。けれど時間は戻ってこない。この先はこれらの記憶を受け止め、癒す作業が待っているのだろう。
きっとまた何かの拍子に、生き延びたことを後悔するだろう。あの暗闇がやってきて、私を容赦なく覆い隠すだろう。あの時死んでいればよかったと、脳裏でうずくまり呟くだろう。それが私の病で、これからももう一人の自分と戦い続けるだろう。
思い出話にしてはあまりに重い。医療機関に寄りかかりながら、この世に適応する人間達には打ち明けられぬ人生を、ともすれば誰とも心を分かち合えぬ孤独を、蛇の尾のように引きずる。刹那の光と闇に揉まれ、暗い水底をゆったりと泳ぐ。静かに、誰にも知られず、時には仲間と共に、穏やかに。
海は広く、私は小さい。けれど生きている。まだ生きている。
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「泥船人生相談」第16回 幻の名盤解放同盟

幻の名盤解放同盟がお悩みの泥沼から真理の大海へと解放致します!
「泥船人生相談」第16回 幻の名盤解放同盟
――平等に聴く耳を持て。悩みに貴賎はない。同情も同調もいらぬ。―― 人間の“生”の 現われである“悩み”を底辺から集め、既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系の泥沼にはまったあなたを幻の名盤解放同盟が真理の大海へと解放致します。
■メイン回答:船橋英雄/一コマ漫画回答:根本敬/音盤回答:湯浅学 (毎月1回更新)

相談其の31(82歳 男 不動産業)
私は都内で、長年地域密着型を自負する不動産業を営んでおります。
さて、私は今の日本の政治に失望しております。多分衆参ダブル選挙へなだれこもうという風向き。この機会に私自身が政界へ殴り込もうと思いました。が、しかし年齢や身体が弱いなど、他幾つかの事情から私自身の出馬はままなりません。そこで、社員の鎌田君(仮名/40代独身)を私の代わりに立候補させようと思います。彼も私が全財産を投げ打つとの心意気に応え快諾してくれ、まんざらでもありません。
ところが、他の社員始め周囲が反対します。理由は鎌田君の人相が悪いと、口を揃え皆がみな同じ事を言うのです。彼は話せば温厚で気さくな人物ですが確かに黙っていると人殺しにみえるのです。その彼をして「差別を助長する顔」と曰い笑う者もおるほどです。
そう言われればそうかとも悩みます。
お伝えするのが遅くなりましたが、私が選挙で訴えたいことは、同性愛から民族問題まで差別問題全般。そこへ「差別を助長する顔」を立候補させるのはどんなものか、同盟の皆さんのご意見を伺いたいと筆をとりました。
(※編集部注:この質問は2019年7月21日に行われた第25回参議院議員通常選挙の前に届いたものです)
メイン回答船橋英雄
仏教でいう差別(しゃべつ)とは本性が同一の万物における特殊相、差別界とは差別のある現象界つまりこの世を指す。抹香臭いお勉強なんぞしなくたって、そんなこたァ誰でも物心ついた頃から身をもって知ってるわな。差別/被差別の経験が連綿と続いている実情を認めないわけにはいきますまい。
反差別、非差別、無差別を訴える行動は現状転覆のテロ、ユートピア建設といえましょう。無駄、無理、無謀と揶揄するつもりは毛頭ない。大いに賛同いたします。被差別未解放歌謡と名づけた一群の特殊なレコード、CDの円盤を世間一般の人々の保守的でテレビ向きの耳孔へ向け、これでもかこれでもかと投げつけている我らが同盟の活動と一脈通じますからね。ほとんどが先様の鉄壁の守りたる耳くそにはね返されて届きませんが、鼓膜を震わせられませんが。大雑把にいって親しみやすい真っ当な音楽から外れたノイズに対する拒否反応は想像以上に強い。
歌の前に歌い手の顔ではじかれちゃう。陰気、不気味、凶暴などなどの負のイメージが邪魔して聴いてもらえない。差別のある現象界の現象とは表面の謂であり、素晴らしい内面、内実はないがしろにされがちなのである。多様性が損なわれる危険を憂慮し、イイ顔差別断固反対!
ことが政治の世界とあればなおさらだ。身体特徴=美醜を基準にして排除、政治理念や信条を無きものとする暴挙許すま��。といえども差別界の岩盤は分厚く広い。でも、立候補するんだよ! 鎌田君とやらの人相、人殺しに見えるとな。そこまで強烈ならばかえって耳目を集めたりして。半端な不細工より好都合、集票の武器になったりしてね。
一粒の麦なら死んで花実が咲くかもしれないけれど、泡沫は……。
敵が幾千万ありとても我行かんといった心意気、ひとり立つ気高さに敬服しますが、戦術、戦略を練ってもよかろうかと。泡沫が集まって水たまりとなり、一筋の川となり、やがて大河となる青写真を抱くのも悪くなかろうかと。
イイ顔党の旗揚げだ。掲げる政策や主義、主張はバラバラでかまわない。とにかく、差別を助長するイイ顔の士を集めるだけ集めて小(大)選挙区比例代表並立制に揺さぶりをかける。イイ顔も一人では無力なれど塊に変ずれば魅力を放ち、政界に風穴をあける一石となるやもしれぬ。立候補自体が一種の思想行動、啓蒙活動と心得るべし。
とりあえず今は、あなたの代理たる鎌田君に奮い立ってもらう以外に術はない。白昼の通り魔と化す選挙運動、辻斬り辻説法、一人一殺の一念で声を張り上げてもらいたい。なんならポスター作成を手伝わせてくれませんか。バックに使うイイ顔の写真やらレコード・ジャケットやらを仰山所持しておりますので。
一コマ漫画回答根本敬

音盤回答湯浅学
差別は差別、殺人は殺人、と割り切れないほどの人殺し顔ならもしかすると当選してしまわないとも限らない、と前向きに考えることが差別と戦う第一歩だと考えるまえに出馬してしまうのがよろしいし、それだけの人相なら選挙後話題になって次の選挙にプラスになる可能性もあります。ぜひ国政のみならず東京都知事選にご出馬ください。千葉県知事選に出て森田健作にエイッヤアットウッとやるのもいいと思います。
スイセン盤
ザ・スターリン「STOP JAP」※『STOP JAP NAKED』収録(2007年,いぬん堂)
相談其の32(71歳 男 出版業)
同盟の皆さん、こんにちは。私は長年出版に従事した団塊の世代に属するものです。混迷する社会情勢、暴走する安倍政権。価値観の多様化、そして先の見えない出版業界。今や星雲の志は私語から死語となり若者達にそのニュアンスすら通じない世の中に。平成生まれ諸君、21世紀世代諸君、スマホばかりいじっていていいのか!?
私は長年務めたさる大手出版社を6年前に退社し、しばらく外からの視点で出版業界を眺めておりましたが、6年の歳月などあっと言う間。そこで先の見えない出版業界に一撃を与えてやりたい、それにはどうすればと慎重に考えた挙げ句、ひとつの結論に達っしました。正確には「達っした気がする」というところです。つまり恥ずかしながら一抹の不安があるのです。そんなわけで「気がする」結論にご意見を頂戴出来ればと思います。
それは、ずばり、出版業務におけるふるさと創生。過疎化する地方へ拠点を移し地方から中央を撃つ! 私の場合故郷の国東半島から東京を撃つ、今はネットの時代ですし東京ばかりが日本ではない。「星雲の志」は揺らいでない、それは確かであり私の財産です。
尚、具体的な方策はこれからです。
メイン回答船橋英雄
青雲ならぬ星雲、ここに志のスケールのでっかさ、元出版人としての意匠を感じます。晩節にヒマを持て余し、やることといったら庭いじりとかゴルフ練習場通いとかテレビ見ながら飲酒三昧とかネットでエロ動画観賞とかしかない御仁が多いなか、私憤に燃え、義憤を覚え、世直しへの意欲満々という姿はあっぱれ、敬意を表する次第です。
故郷の国東半島から東京を撃つ、と。具体案が不明ゆえ雲をつかむような話ですが、星は感じます、あなたの。安穏とした生活に飽き足りない星の下に生まれた、いわば運命。雲は流れても、その星は動かず頭上で光り続けるでしょう。
やって! やって! 健康と地震にはくれぐれもご注意くだされ。
一コマ漫画回答根本敬

音盤回答湯浅学
すべては気の持ちようですが、その持ちように不安があるということは誰しも持つ不安かもしれないがはたしてほんとうにそうなのか不安でしょうがないのだがそれもまた気の持ちようによるのだとするといったい気の持ちようとは何なのかと不安になってしまうのはやはり誰しも持つ不安なのかもしれませんが、それはもはや単なる不安です。そういう方にすべては気の持ちようだといっても不安になるだけなのは明かですが、しかし、すべては気の持ちようです。
スイセン盤
ベートーベン作曲「交響曲第九番ニ短調」合唱付/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2018年,ユニバーサル ミュージック)
お悩み募集!!
幻の名盤解放同盟の「泥船人生相談」では特殊なお悩みからたわいも無いお悩みまで、ジャンルを問わず募集しています。相談内容(600字以内)・氏名(任意/公開しません)・年齢・性別・職業を明記の上、件名を「泥船人生相談係」としてメールにてご応募下さい。
※お寄せ頂いた全てのご相談にお答え出来ないことをご了承下さい。またサイトで採用されたご相談は書籍化の際に掲載する場合がございます。謝礼はお支払い出来ませんが予めご了承下さい。 ※頂いた個人情報をご本人の許可なく転用は致しません。
幻の名盤解放同盟 プロフィール
漫画家・根本敬(書記長)、音楽評論家・湯浅学(常務)、デザイナー・船橋英雄(社長)の3人が1982年に結成。以来、「すべての音盤はすべからくターンテーブル上(CDプレーヤー内)で平等に再生表現される権利を有するべし」をスローガンに、この世で最も地中に根を下ろしすぎた超俗エブリシング・オールライトな音盤たち(他)の探求に明け暮れること33年(2015年現在)。その活動――イイ顔とイイ歌を既存のあらゆる倫理/道徳、価値体系から解放する行為――が発端となり生じた社会現象が、90年代半ばに脚光を浴びたポンチャック・テクノの帝王李博士の活躍や昨今の昭和歌謡ブームである事を知る人はおそらく少ない。
なお幻の名盤解放同盟名義の業績として、音盤に「幻の名盤解放歌集」シリーズ・「幻の名盤解放箱」・「幻の名盤お色気BOX」(いずれもP-VINE)・「和ラダイスガラージ DJ MIX VOL.6 -女のスナッキーを踊ってみろ!」(永田プロモーション)、書籍に『ディープ歌謡 The dark side of Japanese pops』『夜、因果者の夜』(ともにペヨトル工房)・『幻の名盤百科全書』(水声社)、『お色気ディープ東京』(ブルース・インターアクションズ)・『元祖ディープコリア』(K&Bパブリッシャーズ※4半世紀に亘り3社の版元を経ての最新版)等がある。
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【QN】ある館の惨劇
片田舎で依頼をこなした、その帰り道。 この辺りはまだ地方領主が収めている地域で、領主同士の小競り合いが頻発していた。 それに巻き込まれた領民はいい迷惑だ。慎ましくも回っていた経済が滞り、領主の無茶な要求が食糧さえも減らしていく。 珍しくタイミングの悪い時に依頼を受けてしまったと、パティリッタは浮かない顔で森深い峠を貫く旧道を歩いていた。
「捨てるわけにもなぁ」 革の背負い袋の中には、不足した報酬を補うためにと差し出されたパンとチーズ、干し肉、野菜が詰まっている。 肩にのしかかる重さは見過ごせないほどで、おかげで空を飛べない。 ただでさえ食糧事情の悪い中で用意してもらった報酬だから断りきれなかったし、食べるものを捨てていくというのは農家の娘としては絶対に取れない選択肢だ。 村に滞在し続ければ領主の争いに巻き込まれかねないし、結局考えた末に、しばらく歩いてリーンを目指すことに決めた。 2,3日この食料を消費しつつ過ごせば、この"荷物"も軽くなるだろうという見立てだ。
この道はもう、殆ど利用されていないようだ。 雑草が生い茂り、嘗ての道は荒れ果てている。 鳥の声がした。同じ空を羽ばたく者として大抵の鳥の声は聞き分けられるはずなのに、その声は記憶にない。 「うげっ」 思わず空を仰げば、黒く分厚い雨雲が広がり始めているのが見えた。 その速度は早く、近いうちにとんでもない雨が降ってくるのが肌でわかった。
「うわ、うわ! 待って待って待って」 小雨から土砂降りに変わるまで、どれほどの時間もなかったはずだ。 慌てて雨具を身に着けたところでこの勢いでは気休めにもならない。 次の宿場まではまだ随分と距離がある。何処か雨宿りできる場所を探すべ��だと判断した。 曲がりなりにも街道として使われていた道だ、何かしら建物はあるはずだと周囲を見渡してみると、木々の合間に一軒の館を見つけることができた。 泥濘み始めた地面をせっせと走り、館の玄関口に転がり込む。すっかり濡れ鼠になった衣服が纏わり付いて気持ちが悪い。
改めて館を眺めてみた。立派な作りをしている。前庭も手入れが行き届いていて美しい。 だが、それが却って不審さを増していた。
――こんな場所に、こんな館は不釣り合いだ、と。思わずはいられなかったのだ。
獅子を模したドアノッカーを掴み、館の住人に来客を知らせるべく扉に打ち付けた。 しばらく待ってみるが、応答はない。 「どなたかいらっしゃいませんかー!?」 もう一度ノッカーで扉を叩いて、今度は声も上げて見たが、やはり同じだった。 雨脚は弱まるところを知らず、こうして玄関口に居るだけでも雨粒が背中を叩きつけている。 季節は晩秋、雨の冷たさに身が震えてきた。 無作法だとはわかっていたが、このままここで雨に晒され続けるのも耐えられない。思い切って、ドアを開けようとしてみた。 「……あれ」 ドアは、引くだけでいとも簡単に開いた。 こうなると、無作法を働く範囲も思わず広がってしまうというものだ。 とりあえず中に入り、玄関ホールで家人が気づいてくれるのを待とうと考えた。
館の中へ足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉める。背負い袋を床におろし、一息ついた。 玄関ホールはやけに薄暗い。扉を締めてしまえばいきなり夜になってしまったかのようだ。 「……?」 暗闇に目が慣れるにつれ、ホールの中央に何かが転がっていることに気づいた。 「えっ」 それが人間だと気づくのに、少し時間が必要だった。 「ちょっ、大丈夫で――」 慌てて声をかけて跪き命の有無を確かめようとする。 「ひっ」 すぐに答えは出た。あまりにもわかりやすい証拠が揃っていたためだ。 その人間には、首が無かった。 服装からして、この館のメイドだろう。悪臭を考えるに、この死体は腐りかけだ。 切断された首は辺りには見当たらない。 玄関扉に向かってうつ伏せに倒れ、背中には大きく切り裂かれた痕。 何かから逃げようとして、背中を一撃。それで死んだか、その後続く首の切断で死んだか、考えても意味がない。 喉まで出かかった悲鳴をなんとか我慢して、立ち上がる。本能が"ここに居ては危険だ"と警鐘を鳴らしていた。 逃げると決めるのに一瞬で十分だった。踵を返し、扉に手をかけようとした。
――何かが、脚を掴んだ。 咄嗟に振り向き、そして。 「――んぎやゃあぁあぁぁぁあぁぁぁああぁッッッ!!!???」 パティリッタは今度こそあらん限りの絶叫をホールに響かせた。
「ふざっ、ふざけっ、離せこのっ!!!」 脚を掴んだ何か、首のないメイドの死体の手を思い切り蹴りつけて慌てて距離をとった。弓矢を構える。 全力で弦を引き絞り、意味があるかはわからないが心臓に向けて矢を立て続けに三本撃ち込んだ。 幸いにもそれで相手は動きを止めて、また糸の切れた人形のように倒れ伏す。
死んだ相手を殺したと言っていいものか、そもそも本当に完全に死んだのか、そんな物を確認する余裕はなかった。 雨宿りの代金が己の命など冗談ではない。報酬の食糧などどうでもいい。大雨の中飛ぶのだって覚悟した。 玄関扉に手をかけ、開こうとする。 「な、なんでぇ!?」 扉が開かない。 よく見れば、扉と床にまたがるように魔法陣が浮かび上がっているのに気づいた。魔術的な仕組みで自動的な施錠をされてしまったらしい。 思い切り体当りした。びくともしない。 鍵をこじ開けようとした。だがそもそも、鍵穴や閂が見当たらない。 「開ーけーてー! 出ーしーてー!! いやだー!!! ふざけんなー!!!」 泣きたいやら怒りたいやら、よくわからない感情に任せて扉を攻撃し続けるが、傷一つつかなかった。 「ぜぇ、えぇ……くそぅ……」 息切れを起こしてへたり込んだ。疲労感が高ぶる感情を鎮めて行く中、理解する。 どうにかしてこの魔法陣を解除しない限り、絶対に出られない。
「考えろ考えろ……。逃げるために何をすればいいか……、整理して……」 どんなに絶望的な状況に陥っても、絶対に諦めない性分であることに今回も感謝する。 こういう状況は初めてではない。今回も乗り切れる、なんとかなるはずだと言い聞かせた。 改めて魔法陣を確認した。これが脱出を妨げる原因なのだ。何かを読み取り、解錠の足がかりを見つけなければならない。 指でなぞり、浮かんでいる呪文を一つずつ精査した。 「銀……。匙……。……鳥」 魔術知識なんてない自分には、この三文字を読み取るので精一杯だった。 だが、少なくとも手がかりは得た。
立ち上がり、もう一度ホールを見渡した。 首なしメイドの死体はもう動かない。後は、館の奥に続く通路が一本見えるだけ。 「あー……やだやだやだ……!!」 悪態をつきながら足を進めると、左右に伸びる廊下に出た。 花瓶に活けられた花はまだ甘い香りを放っているが、それ以上に充満した腐臭が鼻孔を刺す。 目の前には扉が一つ。まずは、この扉の先から調べることにした。
扉の先は、どうやら食堂のようだった。 食卓である長机が真ん中に置いてあり、左の壁には大きな絵画。向こう側には火の入っていない暖炉。部屋の隅に置かれた立派な柱時計。 生き物の気配は感じられず、静寂の中に時計のカチコチという音だけがやけに響いている。 まず、絵画に目が行った。油絵だ。 幸せそうに微笑む壮年の男女、小さな男の子。その足元でじゃれつく子犬の絵。 この館の住民なのだろうと察しが付いた。そしてもう、誰も生きてはいないのだろう。 続いて、食卓に残ったスープ皿に目をやった。 「うえぇぇっ……!」 内容物はとっくに腐って異臭を放っている。しかし異様なのは、その具材だ。 それはどう見ても人の指だった。 視界に入れないように視線を咄嗟に床に移すと、そこで何かが輝いたように見えた。 「……これ!」 そこに落ちていたのは、銀のスプーンだ。 銀の匙。もしかすると、これがあの魔法陣の解錠の鍵になるのではないかと頬を緩めた。 しかし、丹念に調べてみるとこのスプーンは外れであることがわかり、肩を落とす。 持ち手に描かれた細工は花の絵柄だったのだ。 「……待てよ」 ここが食堂ということは、すぐ近くには調理場が設けられているはずだ。 ならば、そこを探せば目的の物が見つかるかもしれない。 スプーンは手持ちに加えて、逸る気持ちを抑えられずに調理場へと足を運んだ。
予想通り、食堂を抜けた先の廊下の目の前に調理場への扉があった。 「うわっ! ……最悪っ」 扉を開けて中へ入れば無数のハエが出迎える。食糧が腐っているのだろう。 鍋もいくつか竈に並んでいるが、とても覗いてみる気にはなれない。 それより、入り口すぐに設置された食器棚だ。開いてみれば、やはりそこには銀製の食器が収められていた。 些か不用心な気もするが、厳重に保管されていたら探索も面倒になっていたに違いない。防犯意識の低いこの館の住人に感謝しながら棚を漁った。 「……あった!」 銀のスプーンが一つだけ見つかった。だが、これも外れのようだ。 意匠は星を象っている。思わず投げ捨てそうになったが、堪えた。 まだ何処かに落ちていないかと探してみるが、見つからない。 「うん……?」 代わりに、メモの切れ端を見つけることができた。
"朝食は8時半。 10時にはお茶を。 昼食・夕食は事前に予定を伺っておく。
毎日3時、お坊ちゃんにおやつをお出しすること。"
使用人のメモ書きらしい。特に注意して見るべきところはなさそうだった。 ため息一つついて、メモを放り出す。まだ、探索は続けなければならないようだ。 廊下に出て、並んだ扉を数えると2つある。 一番可能性のある調理場が期待はずれだった以上、虱潰しに探す必要があった。
最も近い扉を開いて入ると、小部屋に最低限の生活用品が詰め込まれた場所に出た。 クローゼットを開けば男物の服が並んでいる。下男の部屋らしい。 特に発見もなく、次の扉へと手をかけた。こちらもやはり使用人の部屋らしいと推察ができた。 小物などを見る限り、ここは女性が使っていたらしい。 あの、首なしメイドだろうか。 「っ……!」 部屋には死臭が漂っていた。出どころはすぐにわかる。クローゼットの中からだ。 「うあー……!」 心底開きたくない。だが、あの中に求めるものが眠っている可能性を否定できない。 「くそー!!」 思わずしゃがみこんで感情の波に揺さぶられること数分、覚悟を決めて、クローゼットに手をかけた。 「――っ」 中から飛び出してきたのは、首のない死体。
――やはり動いている!
「だぁぁぁーーーっ!!!」 もう大声を上げないとやってられなかった。 即座に距離を取り、やたらめったら矢を撃ち込んだ。倒れ伏しても追撃した。 都合7本の矢を叩き込んだところで、死体の様子を確認する。動かない。 矢を回収し、それからクローゼットの中身を乱暴に改めた。女物の服しか見つからなかった。 徒労である。クローゼットの扉を乱暴に閉めると、部屋を飛び出した。 すぐ傍には上り階段が設けられていた。何かを引きずりながら上り下りした痕が残っている。 「……先にあっちにしよ」 最終的に2階も調べる羽目になりそうだが、危険が少なそうな箇所から回りたいのは誰だって同じだと思った。 食堂前の廊下を横切り、反対側へと抜ける。 獣臭さが充満した廊下だ。それに何か、動く気配がする。 選択を誤った気がするが、2階に上がったところで同じだと思い直した。 まずは目の前の扉を開く。 調度品が整った部屋だが、使用された形跡は少ない。おそらくここは客室だ。 不審な点もなく、内側から鍵もかけられる。必要であれば躰を休めることができそうだが、ありえないと首を横に振った。 こんな化け物だらけの屋敷で一寝入りなど、正気の沙汰ではない。 すぐに踵を返して廊下に戻り、更に先を調べようとした時だった。
――扉を激しく打ち開き、どろどろに腐った肉体を引きずりながら犬が飛び出してきた! 「ひぇあぁぁぁーーーっ!!!???」 素っ頓狂な悲鳴を上げつつも、躰は反射的に矢を番えた。 しかし放った矢がゾンビ犬を外れ、廊下の向こう側へと消えていく。 「ちょっ!? えぇぇぇぇっ!!!」 二の矢を番える暇もなく、ゾンビ犬が飛びかかる。 慌てて横に飛び退いて、距離を取ろうと走るもすぐに追いつかれた。 人間のゾンビはあれだけ鈍いのに、犬はどうして生前と変わらぬすばしっこさを保っているのか、考えたところで答えは出ないし意味がない。 大事なのは、距離を取れないこの相手にどう矢を撃ち込むかだ。 「ほわぁー!?」 幸い攻撃は読みやすく、当たることはないだろう。ならば、と足を止め、パティリッタはゾンビ犬が飛びかかるのを待つ。 「っ! これでっ!!」 予想通り、当たりもしない飛びかかりを華麗に躱したその振り向きざま、矢を放った。 放たれた矢がゾンビ犬を捉え、床へ縫い付ける。後はこっちのものだ。 「……いよっし!」 動かなくなるまで矢を撃ち込み、目論見がうまく行ったとパティリッタはぴょんと飛び跳ねてみせた。 ゾンビ犬が飛び出してきた部屋を調べてみる。 獣臭の充満した部屋のベッドの上には、首輪が一つ落ちていた。 「……ラシー、ド……うーん、ということは……」 あのゾンビ犬は、この館の飼い犬か。絵画に描かれていたあの子犬なのだろう。 思わず感傷に浸りかけて、我に返った。
廊下に残った扉は一つ。最後の扉の先は、納戸のようだ。 いくつか薬が置いてあっただけで、めぼしい成果は無かった。 こうなると、やはり2階を探索するしかない。 「なんでスプーン探すのにこんなに歩きまわらなきゃいけないんだぁ……」
慎重に階段を登り、2階へ足を踏み入れた。 まずは今まで通り、手近な扉から開いて入る。ここは書斎のようだった。 暗闇に目が慣れた今、書斎机に何かが座っているのにすぐ気づいた。 本来頭があるべき場所に何もないことも。 服装を見るに、この館の主人だろう。この死体も動き出すかもしれないと警戒して近づいてみるが、その気配は無かった。 「うげぇ……」 その理由も判明した。この死体は異常に損壊している。 指もなく、全身至るところが切り裂かれてズタズタだ。明確な悪意、殺意を持っていなければこうはならない。 「ほんっともう、やだ。なんでこんなことに……」 この屋敷に潜んでいるかもしれない化け物は、殺して首を刈るだけではなく、このようななぶり殺しも行う残忍な存在なのだと強く認識した。 部屋を探索してみると、机の上にはルドが散らばっていた。これは、頂いておいた。 更に本棚には、この館の主人の日記帳が収められていた。中身を検める。
その中身は、父親としての苦悩が綴られていた。 息子が不死者の呪いに侵され、異形の化け物と化したこと。 殺すのは簡単だが、その決断ができなかったこと。 自身の妻も気が触れてしまったのかもしれないこと。 更に読み進めていけば、気になる記述があった。 「結界は……入り口のあれですよね。ここ、地下室があるの……?」 この館には地下室がある。その座敷牢に異形の化け物と化した息子を幽閉したらしい。 しかし、それらしい入り口は今までの探索で見つかってはいない。別に、探す必要がなければそれでいいのだが。 「最悪なのはそのまま地下室探索コースですよねぇ……。絶対やだ」 書斎を後にし、次の扉に手をかけてみたが鍵がかかっていた。 「ひょわぁぁぁっ!?」 仕方なく廊下の端にある扉へ向かおうとしたところ、足元を何かが駆け抜けた。 なんのことはないただのネズミだったのだが、今のパティリッタにとっては全てが恐怖だ。 「あーもー! もー! くそー!」 悪態をつきながら扉を開く。小さな寝台、散らばった玩具が目に入る。 ここは子供部屋のようだ。日記の内容を考えるに、化け物になる前は息子が使用していたのだろう。 めぼしいものは見当たらない。おもちゃ箱の中に小さなピアノが入っているぐらいで、後はボロボロだ。 ピアノは、まだ音が出そうだった。 「……待てよ……」 弾いたところで何があるわけでもないと考えたが、思い直す。 本当に些細な思いつきだった。それこそただの洒落で、馬鹿げた話だと自分でも思うほどのものだ。
3つ、音を鳴らした。この館で飼われていた犬の名を弾いた。 「うわ……マジですか」 ピアノの背面が開き、何かが床に落ちた。それは小さな鍵だった。 「我ながら馬鹿な事考えたなぁと思ったのに……。これ、さっきの部屋に……」 その予想は当たった。鍵のかかっていた扉に、鍵は合致したのだ。
その部屋はダブルベッドが中央に置かれていた。この館の夫妻の寝室だろう。 ベッドの上に、人が横たわっている。今まで見てきた光景を鑑みるに、その人物、いや、死体がどうなっているかはすぐにわかった。 当然首はない。服装から察するに、この死体はこの館の夫人だ。 しかし、今まで見てきたどの死体よりも状態がいい。躰は全くの無傷だ。 その理由はなんとなく察した。化け物となってもなお息子に愛情を注いだ母親を、おそらく息子は最も苦しませずに殺害したのだ。 逆に館の主人は、幽閉した恨みをぶつけたのだろう。 「……まだ、いるんだろうなぁ」 あれだけ大騒ぎしながらの探索でその化け物に出会っていないのは奇跡的でもあるが、この先、確実に出会う予感がしていた。 スプーンは、見つかっていないのだ。残された探索領域は一つ。地下室しかない。 もう少し部屋を探索していると、クローゼットの横にメモが落ちていた。 食材の種類や文量が細かく記載されており、どうやらお菓子のレシピらしいことがわかる。 「あれ……?」 よく見ると、メモの端に殴り書きがしてあった。 「夫の友人の建築家にお願いし、『5分前』に独りでに開くようにして頂いた……?」 これは恐らく、地下室の開閉のことだと思い当たる。 「……そうだ、子供のおやつの時間だ。このメモの内容からしてそうとしか思えません」 では、5分前とは。 「おやつの時間は……そうか。わかりましたよ……!」 地下室の謎は解けた。パティリッタは、急ぎ食堂へと向かう。
「5分前……鍵は、この時計……!」 食堂の隅に据え付けられた時計の前に戻ってきたパティリッタは、その時計の針を弄り始めた。 「おやつは3時……その、5分前……!」 2時55分。時計の針を指し示す。 「ぴぃっ!?」 背後で物音がして、心臓が縮み上がった。 慌てて振り向けば、食堂の床石のタイルが持ち上がり、地下への階段が姿を現していた。 なんとも形容しがたい異様な空気が肌を刺す。 恐らくこの先が、この屋敷で最も危険な場所だ。本当にどうしてこの館に足を踏み入れたのか、後悔の念が強まる。 「……行くしか無い……あぁ……いやだぁ……! 行くしか無いぃ……」 しばらく泣きべそをかいて階段の前で立ち尽くした。これが夢であったらどんなにいいか。 ひんやりとした空気も、腐臭も、時計の針の音も、全てが現実だと思い知らせてくる。 涙を拭いながら、階段を降りていく。
降りた先は、石造りの通路だった。 異様な雰囲気に包まれた通路は、激しい寒気すら覚える。躰が雨に濡れたからではない。
――死を間近に感じた悪寒。
一歩一歩、少しずつ歩みを進めた。通路の端までなんとかやってきた。そこには、鉄格子があった。 「……! うぅぅ~……!!」 また泣きそうになった。鉄格子は、飴細工のように捻じ曲げられいた。 破壊されたそれをくぐり、牢の中へ入る。 「~~~っ!!!」 その中の光景を見て思わず地団駄を踏んだ。 棚に首が、並んでいる。誰のものか考えなくともわかる。 合計4つ、この館の人間の犠牲者全員分だ。 調べられそうなのはその首が置かれた棚ぐらいしかない。 一つ目は男性の首だ。必死に恐怖に耐えているかのような表情を作っていた。これは、下男だろう。 二つ目も男性の首だ。苦痛に歪みきった表情は、死ぬまでにさぞ手酷い仕打ちを受けたに違いなかった。これがこの館の主人か。 三つ目は女性の首だ。閉じた瞳から涙の跡が残っている。夫人の首だろう。 四つ目も女性の首。絶望に沈みきった表情。メイドのものだろう。 「……これ……」 メイドの髪の毛に何かが絡んでいる。銀色に光るそれをゆっくりと引き抜いた。 鳥の意匠が施された銀のスプーン。 「こ、これだぁ……!!」 これこそが魔法陣を解錠する鍵だと、懐にしまい込んでパティリッタは表情を明るくした。 しかしそれも、一瞬で恐怖に変わる。 ――何かが、階段を降りてきている。 「あぁ……」 それが何か、もうとっくに知っていた。逃げ場は、無かった。弓を構えた。 「なんで、こういう目にばっかりあうんだろうなぁ……」 粘着質な足音を立てながら、その異形は姿を現した。 "元々は"人間だったのであろう、しかし体中の筋肉は出鱈目に隆起し、顔があったであろう部分は崩れ、悪夢というものが具現化すればおおよそこのようなものになるのではないかと思わせた。 理性の光など見当たらない。穴という穴から液体を垂れ流し、うつろな瞳でこちらを見ている。 ゆっくりと、近��いてくる。 「……くそぉ……」 歯の根が合わずがたがたと音を立てる中、辛うじて声を絞り出す。 「死んで……たまるかぁ……!!」 先手必勝とばかりに矢を射掛けた。顔らしき部分にあっさりと突き刺さる。 それでも歩みは止まらない。続けて矢を放つ。まだ止まらない。 接近を許したところで、全力で脇を走り抜けた。異形の伸ばした手は空を切る。 対処さえ間違えなければ勝てるはず。そう信じて異形を射抜き続けた。
「ふ、不死身とか言うんじゃないでしょうねぇ!? ふざけんな反則でしょぉ!?」 ――死なない。 今まで見てきたゾンビとは格が違う。10本は矢を突き立てたはずなのに、異形は未だに動いている。 「し、死なない化け物なんているもんですか! なんとかなる! なんとかなるんだぁっ!! こっちくんなーっ!!!」 矢が尽きたら。そんな事を考えたら戦えなくなる。 パティリッタは無心で矢を射掛け続けた。頭が急所であろうことを信じて、そこへ矢を突き立て続けた。 「くそぅっ! くそぅっ!」 5本、4本。 「止まれー! 止まれほんとに止まれー!」 3本、2本。 「頼むからー! 死にたくないからー!!」 1本。 「あああぁぁぁぁっ!!!」 0。 最後の矢が、異形の頭部に突き刺さった。 ――動きが、止まった。
「あ、あぁ……?」 頭部がハリネズミの様相を呈した異形が倒れ伏す。 「あぁぁぁもう嫌だぁぁぁ!!!」 死んだわけではない。既に躰が再生を始めていた。しかし、逃げる隙は生まれた。 すぐにねじ曲がった鉄格子をくぐり抜けて階上へ飛び出し、一目散に入り口へ駆ける。 後ろからうめき声が迫ってくる。猶予はない。 「ぎゃああああもう来たあああぁぁぁぁ!!!」 玄関ホールへたどり着いたと同時に、後ろの扉をぶち破って再び異形が現れる。 無秩序に膨張を続けた躰は、もはや人間であった名残を残していない。 異形が歪な腕を、伸ばしてくる。 「スプーンスプーン! はやくはやくはやくぅ!!!」 もう手持ちのスプーンから鍵を選ぶ余裕すらない。3本纏めて取り出して扉に叩きつけた。 肩を、異形の手が叩く。 「うぅぅぐぅぅぅ~ッッッ!!!」 もう涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。 後ろを振り返れば死ぬ。もうパティリッタは目の前の扉を睨みつけるばかりだ。 叩きつけたスプーンの内1本が輝き、魔法陣が共鳴する。 「ぎゃー! あー!! わーっ!! あ゛ーーーッッッ!!!」 かちゃり、と音がした。 と同時に、パティリッタは全く意味を成さない叫び声を上げながら思い切り扉を押し開いて外へと転がり出た。
いつしか雨は止んでいた。 雲間から覗いた夕日が、躰に纏わり付いた忌まわしい物を取り払っていく。 「あ、あぁ……」 西日が屋敷の中へと差し込み、異形を照らした。異形の躰から紫紺の煙が上がる。 もがき苦しみながら、それでもなお近づいてくる。走って逃げたいが、遂に腰が抜けてしまった。 ぬかるんだ地面を���死の思いで這いずって距離を取りながら、どうかこれで異形が死ぬようにと女神に祈った。
異形の躰が崩れていく。その躰が完全に崩れる間際。 「……あ……」 ――パティリッタは、確かに無邪気に笑う少年の姿を見た。 翌日、パティリッタは宿場につくなり官憲にことのあらましを説明した。 館は役人の手によって検められ、あれこれと詮議を受ける羽目になった。 事情聴取の名目で留置所に三日間放り込まれたが、あの屋敷に閉じ込められた時を思えば何百倍もマシだった。 館の住人は、縁のあった司祭によって弔われるらしい。 それが何かの救いになるのか、パティリッタにとってはもはやどうでも良かった。 ただ、最後に幻視したあの少年の無邪気な笑顔を思い出せば、きっと救われるのだろうとは考えた。 「……帰りましょう、リーンに。あたしの日常に……」
「……もう、懲り懲りだぁー!!」 リーンへの帰途は、晴れ渡っていた。
――ある館の、惨劇。
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