ドクターと熱帯魚と、サンプル一名
(TAKE 3) 拝啓神様、僕はこの星に適合し切れていますでしょうか? ねえ、こんなにも不毛な呼吸の仕方がありますか?
サンプル1名。なにもこんな、こんな最低水準の僕を創ることもなかったでしょうに。あんまりです、神様。
(TAKE 2) 死にたい、だなんて。自分で言っておきながらそれは、ただのレトリックかもしれないし。
たとえどれほど切実に死を望もうが、結局は吐いて捨てるほどいる人種である。たかが、死にたがりのサンプル1名なのです。
(TAKE 1) いつだってこの世界の色に事象に溺れて喘ぐ。呼吸すらままならないのが、常で。
それをドクターは過呼吸だと診断するんだけど単にあれは溺れているんだと思うのです。
ねえドクター、溺れるんです。きっと才能がないのでしょう。魚の臓器を僕にください。
(TAKE 0) 少し前までは極彩色だった熱帯魚たちが、揃いも揃って生っ白い腹を見せて浮いていた。その醜い腹を捌いたところで死因なんて知れたものじゃない。
ああだけど彼らの晒した腹の、その白いことといったら!
このテラリと現実味のない白の下に血生臭い臓腑を隠しているなんて、おぞましい。ゾクゾクする。なんだか酷く卑猥じゃない? その白々しい死に様にあっけなく欲情した自分こそ死んだほうがいいと思う。熱帯魚じゃなくて僕が死ねばよかったと、切に思う。 (暗転)
「…そうゆうわけです。ドクター、僕を殺してくださいまし。」
「あァ、ごめん。聞いてなかったわ。」
ドクターは銀無垢の煙管を盆に打ち付ける。きっと高価な代物だろうに、酷くぞんざいに扱う。
吸っているのは煙草ではなく朝鮮アサガオだとか。そんなものでは粗悪な幻覚しか見えないと思うけど。
「いやね、死んだカミさん見えるんだって、これ。ほんとに。」
愛妻家は今日も優雅に脳内モルヒネ全開で。
ドクターのシャツとネクタイの趣味からして、どうにも女の気配がするんだけど。それに対して死んだカミさんはどうゆう見解でいるのだろうか。
毎週金曜日のカウンセリングは、僕の手足をベッドに固定した状態で行なわれる。もちろん最初はちゃんと椅子に座って、ドクターと向かい合って話していたんだけど。
たとえば居酒屋のメニューの唐揚げにレモンを搾るか否か。そんな些細な会話の行き違いから、僕はドクターの首を絞めたらしい。
「今度、今度居酒屋行ったら絶対にレモン搾るから。」
めずらしく切羽詰まったようなドクターのその声だけは覚えてる。
――――ごめんなさいドクター。
取り押さえられて薬を打たれて、暗転。その後、仰々しい拘束衣を着せられたまま僕は言った。蜘蛛の巣に引っ掛かった昆虫みたいに腕の一本も動かせない状態で。
「…まぁ、そうゆうこともあるさ。」
「だけどそれはめったにないことですよ、ドクター。」
ドクターが寛容なのはお金を貰っているからだ。僕が患者で研究対象でサンプルだからだ。
紙幣と交換済みの優しさに縋るなんて、愚の骨頂じゃないか。恥晒す前に殺してくれよ。
ねえ、僕を終了させてください、ドクター。サンプル1名、沈黙させてくださいまし。
「こんなベッドにベルトで縫われて、生きてるなんて馬鹿みたいだ。死なせてください、ドクター。」
「あァ、ごめん。聞いてなかったわ。」
「嘘吐くんじゃねえよ、あんたはいつもそうだ。どうせ全部記録取ってんだろ? てめェはそれで金貰ってんだろが。記録取って提出して、ドクターあんたの仕事はそれで終わりですか? アサガオの観察日記じゃねえんだよそんなので金喰ってんじゃねえ藪医者がぶっ殺すぞ。」
なるほど、きっとあの日もこんな風にドクターの首を絞めたんだろう。
記録なんて取ってない、と彼は手元の紙を僕の目の前に晒す。ドクター直筆のマイメロディの落書きを見せられて僕は余計に激高した。僕の死活問題とマイメロディは同等なのか?なめていらっしゃる。
「ちっげえよ、これはミッフィーちゃんだよ。ちゃんとお口がバッテンになっているだろう。」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だそれ絶対マイメロだよ糞が! もう嫌だ死にたい死にたいああああああああッ」
「内緒にしてたけど、あの鏡はマジックミラーだよ。あんまり騒ぐと怖い人が入ってきちゃうよ?」
半狂乱な僕にベッドの安いスプリングが痛々しく軋んだ。患者が目の前でこんなにも錯乱しているのに、その落ち着きようといったら。よっぽどの名医か人でなしか。
「じゃあさ、少し、真面目にお話しようか。」
不意に、ドクターは厳かに言葉を紡ぐ。まるで医者のような口調がむしろ役者のようだった。
なんだかんだできちんと書いている診断書をバシ、と指で弾く。記録取ってるじゃないか。
「どうして死にたいの?」
正面切って尋ねられたのは初めてだった。
どんなに仕様のない答えでも構わない。そんなドクターの態度には、いかなる嘘も修飾語も通用しない気がして息を呑む。
「…熱帯魚が、死んだから。」
もっとクールな理由を用意しておけばよかった。だけど紛れもない本音だった。心の内をそっくりそのまま言葉にできたのは、きっと初めてだ。
ああ、なんだ、そんなことか。
熱帯魚。水の中でしか呼吸出来ないなんて不自由過ぎて僕みたいじゃないか。情が移ったのは綺麗過ぎたからだ。何時間でも眺めてしまった。
孤独感とか罪悪感とか絶望感とかハルシオンとか抗欝剤とか、どうしようもないこの世界ですら、彼らはあまりにも優雅に、ひらり。僕の視界を行ったり来たり、とても簡単そうに泳ぐ。
「僕は熱帯魚がすごく好きだったかもしれない」
「うん。」
「…死にたいんじゃなくて、死ぬほど寂しいのかもしれない。」
「はァい、よく言えました。」
狭い水槽を行ったり来たりするだけの魚。ただそれだけでも見てると案外気が紛れた。もはや彼らの不在が耐えがたい。
「熱帯魚は墓でも作ってやんなさい。ドクターが金魚を買ってあげましょう。」
「熱帯魚じゃないと嫌だ。」
「金魚も可愛いよ。」
「嫌だ。」
「わがままだねぇ。」
熱帯魚ってどこに売ってるんだろ。そう呟いてドクターは電話帳を取る。もう片方の手で電話の受話器を掴んだ。
「この電話帳、古すぎる。」
受話器と電話帳をを放り投げて僕の視界を右から左に移動する。左から右に移動する。捜し物は見つからないらしい。また、右から左へ。
「ホームセンターのチラシ、絶対捨ててないと思うんだけどな。」
と、ひらり。長い白衣をひるがえして僕の視界を行ったり来たり。……ひらり。
あ、似てる。その姿、すごく、似てる。
「……熱帯魚みたいだ。」
「は?」
「なんでもない。」
僕はベッドに固定されたまま、ドクターを目で追った。不自由な態勢のせいで狭い視野。狭かった水槽。ああ、似てる。
熱帯魚みたいに煌びやかではないけど、退屈はしない。一応、気も紛れる。何時間でも眺めているための条件を、辛うじて満たしているじゃないか。
―――まぁ、しばらくはこれでいいかしら。
偶然見つけた妥協案を実現すべく僕は口を開く。
「ドクター、熱帯魚はもういいや。」
「熱しやすく冷めやすい子なのか、君は。」
「それで、カウンセリングの時間を増やしましょう。金曜日だけじゃなくて、水曜日と月曜日もカウンセリングしてくださいまし?」
「君、1回のカウンセリングで5000円かかってるのを知ってるかい?」
「べつに払えますけど。しかし高い。まるで風俗店のような料金設定ですね。」
「冗談じゃない。そんなにしょっちゅう君に会ったら、お友達になっちまうじゃないか。」
「素敵じゃないですか。」
ねえ、ドクターそうゆう結末じゃだめですか?
ドクターと熱帯魚と、サンプル1名。存外、世界は円滑に回るんだけど。
相も変わらず僕はベッドの上で拘束されているし、ドクターは金と朝鮮アサガオで動いてる。熱帯魚たちの葬儀もまだ行なわれていない。だけどとりあえずは呼吸ができる。
きっと、僕の世界はそれで完成なんだろう。
実に仕様のない、僕の世界。まぁ、熱帯魚とか、ドクターとか。それらの小道具次第で、愛せないこともないんじゃないかしら?
「お友達からはじめましょう、ドクター。」
それはそれはもう、問答無用に。これは殺しちまったほうが楽だったかもしれませんよ、と、僕は至極紳士的に、ニタリ。
サンプル1名。はたして良好なデータは取れましたでしょうか、ドクター?
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「1日1ワクワク」
知多市カウンセリング名古屋カウンセリング長久手カウンセリング
お盆休みも終盤を迎えます。
お身体と心を休める時間となられましたでしょうか。
子供の頃は、夏休みが待ち遠しくて、盆踊りや花火大会と楽しくワクワクするイベントを満喫したことを思い出します。
大人になっても、「ワクワクすること」していらっしゃいますか?
理由を付けて、ワクワクすることをないがしろにしてしまうと、日々つまらないと感じたり、エネルギーが湧きだすことも少なくなるのでしょう。
大きなイベント、小さなイベント、ささやかな日常を「1日1ワクワク」で豊かに彩りを添えてあげてください。
私たちは、原動力がなければ心も身体もネガティブになってしまいます。あなたの気持ちの中で、エネルギーになるものを見つけることは大切です。
例えば、今日は何を食べよう。興味のある映画を見よう。読書をしよう。ドライブをしょう。数分でも心に…
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