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#水中花風帯留
palakona · 19 days
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約2ヶ月ぶりの釣行
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
どうも、こんにちは。休日は、耐え難い猛暑を避けて引き籠ってましたが、9月は今年の漁期の最終月ですし、猛暑も和らいだのではないかと、hrkさんにお誘いいただいて、9月7日(土)は渓流釣りに行ってきました。現地に到着すると、入渓点には釣り人らしき車が点々と停まってる…。前回、hrkさんと釣行した時にも、最初に提示された待ち合わせ時間が早くて驚いたんですが、最近はガチ勢が来てるので、夜明け前に到着して夜明けと同時に入渓する感じなんだとか。僕無理ですわw。目当ての谷には先行者2組。第2候補の谷にはhrkさんの若い友人さんが2組に分かれて入渓しているらしいので、Uターンして別の谷へ。しかし、道中の林道で大型トラック2台と離合してしまいw、鬼バックで延々と後進する羽目にw。途中、離合できそうな幅員になったので端に寄ってみたんですが、トラックがファーン!とクラクションを鳴らして…おっとジムニーが後進でガードレールに当たりそうやった。危ね〜(汗)hrkさんが車を降りてオーライ、オーライってやってくれたのでなんとか離合できる場所まで辿り着けました。やっと今日の入渓点に着く時にhrkさんが「(釣人の)車が停まってませんように…」と呟いていましたが、空いてたので入渓出来そうです。競合が激しいw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
hrkさんには、年長者としていつも「年功序列やで」と言って聞かせているんですが、今日も先に釣られてしまった…やるじゃないか(イツモマケテナイ?)
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
僕にもキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!ってスレやんか。hrkさんが「(鉤に出てるので)渓流のスレは1尾ですよ」とフォローしてくれたんですが、カウントするかどうか保留にしますw。今日は渋いんですよ〜。これで最後やったら釣果認定しなアカンw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
水量タップリで良さそうやねんけどなあ反応が少ない。朝はアマゴの動きが鈍いんやろか。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
やっと釣れた〜。ボウズ脱出〜!!小さいけど1尾目!ってことで、最初のスレはノーカンにしますw。今日のロッドはウジニッキ。高かったのに使わな勿体無いからw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
ふう、2尾目。紀伊半島のアマゴとしてはアベレージサイズかな。丸っこいパーマークに黒帯でカッコいい地アマゴです。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
タンポポ…じゃないな。写真撮ったら花の名前を調べることができるアプリがあるんですが、有料だったので使うのやめましたw。そこまでして花の名前知りたくなかったんですが、意外といいかもなあ。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
10時頃になったんでちょっと早いけど昼食かな?フライベストにパンを2個入れてきたんですが、1個目を食す。旧Twitterのヘラ釣り界隈ではロンデニ(ロングデニッシュの略)が流行ってるけど、これも食べやすくて美味いっすよ。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
パンを食べてから、この谷にしては良型の地アマゴを2尾釣ったんですが、これが一番デカいかな〜。6尾目。地アマゴが釣れる谷って貴重ですよね。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
日が高くなってからアマゴの反応と型が良くなってhrkさんのテンションも上がってきました。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
地アマゴじゃないな。放流してんのかなあ。天川では、成魚放流のアマゴは野迫川村の養殖アマゴを買ってるって昔聞いたけど、野迫川系統なんやろか。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
ゴッツイ流木。渓相がかなり変わってましたが、台風の影響で相当荒れたんかなあ。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
好ポイントをhrkさんに譲ってもらったので「釣らいでか!」とズイっと前に出てキャストして喰ったからアワセたら…お前かい!!!
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
谷泥鰌が釣れました…細っ!貴重な地アマゴやから大きく育って。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
キノコを撮ってみましたが構図が決まらん。一応アマチュア写真家なのでw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
この谷の最後のアマゴ。11尾め。「つ抜け」できました。久しぶりの釣行やから嬉し〜。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
この谷って水量がなくなる頃、林道が近づいてきてサクッと退渓できるイメージやったけど、両側が森になってアレっ?夏も釣りに行ってたhrkさんの方が詳しくなっていて、林道の終点を通り越していたみたい。14時頃退渓。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
このまま帰るかって話もあったんですが、まだは早いし別の谷にちょこっと入ってみました。入り口の瀬でいきなりhrkさん釣らはった。今日は不調じゃないんですかw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
交互に先行を交替しながら釣ってるんですが、僕の回で暗がりの流れのある淵。期待して下流側から攻めてるとフライが消えたからアワセたらコイツが飛んできた。またお前かい!!!
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
たまに反応はあったけど、hrkさんが足跡を見つけたらしいので午前中に誰か入ってたかな〜。予定した退渓点が近づいてきたので「アブラハヤ1尾か〜」と思っていたら、瀬の岩の横でバシュっと気持ち良い出方。有終の美でいいんかなw。
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2024年9月、紀伊半島某川 iPhone11
さ、帰ろ。
ということで、9月7日はアマゴ12尾、アブラハヤ2尾でした。hrkさんも不完全燃焼と言いながら釣ってましたよ。
では、また。
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crispy-moratta · 9 months
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ガストへの帰省 くらやみの浜辺
実家というリソースにもたれかかり、かなり身軽な格好で帰省する。渋谷に繰り出すときとさして変わらない量の荷物を肩にかけ、戻ってまいるは柳井駅。この重さのかばんなら友人と会うのに家に一度帰るのも面倒だと思い、直行で集合場所のガストに歩を進める。途中高校時代の女の先輩ふたりの姿。ひとりは部活の先輩で目が合えば話になってもよい距離感のひと、ひとりは剣道部の部室が横でよく帰宅時間が被り話していたひと、ではあるが特に話したいことはなかったので、そのまま顔は向けずに横を抜ける。これから会う康太とは中学の同級生である。わたしの多くない地元の友人のひとり。毎年の盆と暮れ、柳井に戻るとガストでごはんを食べながら半年間の話をする。せっかく山口は柳井に戻ってきているし、おいしい蕎麦屋や飲み屋もあることはわかっているが、ここが全国チェーンのガストに集まるというのが良い。康太に関しては柳井に住んでいるので、増してひさしぶりの再会の地がガストでも別に構わないと思ってくれていることにわたしはなんだかうれしさがある。彼は久しぶりの対面でも適当ハンバーグやスパゲティーを頼み話すことを許してくれるのだ。さっそくわたしたちは電子タブレットから全部のせカレーのご飯大盛りと、から揚げ定食を頼み、ドリンクバーに向かう。セットドリンクにはしていないので山なりに並んだグラスを手にとり、水だけ入れる。まずはゆったりと今日は何時に出たのかから話し始め、次第に仕事や生活の話をした。わたしはみんなの生活の話を聞くのがとても好きであるが、生活の話をするにはそれなりに関係値も必要であり(別にわたしとしてはそんなこともないと思うのだが) わたしにはちゃんと生活の話をしあえる友人は多くはない。お水で乾杯して、しばらく話すと、彼はここ最近今いろいろ悩んでいたそうだった。仕事は若干の小休止、先日は沖縄にひとり旅に出たと言っていた。話をしながらしばらくすると円柱のネコ型配膳ロボットがごはんを持ってくる。昨年からこの毎年集まる柳井の店舗にもこの配膳マシン導入されたわけだが、ネコが人間に配膳をするというのはなんともアイロニカルな時代である。わたしたちはそれからもいろいろ話した。こはんは地元に帰って早々満腹になるのもおもしろくないと思い、ごはんのオプションは特盛ではなく大盛りにしただったわけだが、大盛りといっても全然大したことはなかった。会話と食事で口がよく動く。途中で共有の友人の話になる。康太との会話中、今である必要はないがどちらにしろ帰省中には会いたい人なのでその場で連絡をしてみることにした。善は急げというわけである。検索窓にふじいと打ち込みトークルームを開いて(ご年末!)(今日帰りました)(どっかで会いたい)と3通のLINEを送ると5分ごくらいにはすぐに返事があった。どうやら今からごはんまでの間なら空いてるということらしい。ガストで話し始めてから1時間経たない程度、例年の感じからすると比較的速やかに退店する。康太が乗ってきた車に乗り込み、連絡をもらった彼女のところへ向かおうと思ったとき、(ちなみに今焼きそばを食べ始めました笑) との返信。予定があちこち気配にものぐさな心持ちがありでたとえば明日とかでも大丈夫という旨を送信した。すると再びすぐに連絡。21時に妹のバイトの迎えに出るからその時でもいいか、それか新年明けての3日。ときたので、わたしとしては年末にさっそく年始の予定をあっちにこっちにしたくないとで即日会う方を選び、そのように返信した。ふじいさんのLINEに翻弄された結果、せっかく康太との半年間のいろいろ談義も半端に店を出てしまい、21時までも時間がある。ふとわたしは康太に「黒島へ行かないか」と提案した。黒島とは海水浴場である。正式に黒島というのかは分からないし、康太にも一発では伝わらなかったので、たぶんわたしが独自にそう呼んでいるだけかもしれない。そこにはヤシの木が生え簡易的なシャワー室がいくつかある以外は、ただの海岸である。わたしは年の暮れの7時頃、完全に暗くなった夜の海に自然の畏怖を感じたいと思いたったのであった。思い出すは大学4年生の夏のこと。コロナ禍で前期全過程がオンライン授業であり、わたしは任意のロックダウンの勧告を無視し、地元で過ごしていた。あの時期は体感時間というこものにとても関心があり熱心にいろいろ考えたり調べたりしていて、その日も柳井にあるわずがな本屋をめぐり、なにか考えの手がかりになる文献がないかを探し歩いていた。結局めぼしいものは見つからぬまま3店舗目を出たところ、見知った女の人が3人いる。高校時代の陸上部の後輩ふたりとその友達であった。向こうも気づくとこちらによってきて、なにしてるんですか?と絡んできた。ちょっと面倒なことを感じさせるイントネーションと絡まれ方だったのだが、一日中なんの手掛かりも得ずに市内を彷徨っていたわたしには、おもしろい出会いに思え、聞けば今から海で花火をやるという話の流れ、たけい先輩も来ますか?と聞かれたので行ってみることにした。ふたりの後輩の友人であるスズさんが乗ってきた車の助手席にわたしが乗り、後輩ふたりは後部座席に座った。なにを話したかあまり覚えてないが地元感の拭いきれない取るに足らない話であったことは記憶上たしかである。海辺に着くころにはなんだがわたしはひとりになりたくなっていた。みんなで花火をトランクから出し、浜辺で準備する。この時点でわたしはあまり花火をする気分もなく、火をつけ始めた三人に散歩してくると伝え、ひとりで浜辺を歩いた。黒島の海水浴場は外灯が少なく真っ暗であり、海に近づくと街灯はより存在感を薄めた。そして夏の波は力強かった。本当に真っ暗な浜辺に打ち寄せる波の境界線すら見えずに、少し間違えば十分に陥溺できるほど暗闇であった。なにも見えず、しかし絶えずこちらに迫ってくる波音にわたしは、恐怖と高揚を覚えた。そこには偉大なる自然に対する畏怖があり、弱々しいひとりのわたしはそれを真っ向から浴びたのであった。それからしばらく波打ち際の比較的控えめなところに座って、海面を眺めたり、さらに彼女たちから遠ざかった方に歩いたりした。時折、来た場所の方を見ると3,4つの花火がちらちらと彼女たちの姿を映していた。結局花火が終わるまで1時間ほどわたしは彼女たちから離れた暗闇のなかでひとり考え事をし、後に後輩のひとりから電話を受けて戻った。その後はあまり覚えていないがまあ、なんとも不思議な時間であった。そしてこの日、その時の偉大さを再び感じたいもしくは感じられるだろうかと思い海に向かったのであった。着くと以前よりは明るく感じられた。なぜあの日があんなに暗かったのかが不思議であった。康太とガストの話の続きをしながら浜辺に向かうと、思い出してきた。明かりは浜辺から波際に近づくにつれて小さくなり辺りが闇に包まれてく感覚。高揚感こそないがだんだんうれしい。うっすらと波の明かりが見え、全体的にはぼんやりしている。少し湿度があるのかもやがあるように感じた。黒のレベルが以前よりは高く感じられ少し白んだ暗闇、波の音も���らしいささやかな音量で、しかしそれでも自然の畏れを見るには十分であった。4年ぶりに圧巻され次第にわたしはハイテンションになり、康太はすこしそこにも怖さを感じていたかもしれないと想像する。すこしだけ海面を眺めてから岸壁に行ったりした。岸壁は海に突き出ているため、海岸よりも数倍怖さがあったが足元のコンクリのかたさは、自然的なこわさというより、夜の海というシチュエーションも相まってすこし人工的なまたは幽霊的なこわさを感じるきっかけとして機能していた。わずかに波に散った光の跡がきれいだったので、携帯を取り出し写真を撮ろうかと思ったが、それを写すにはあまりに露光量がなく変に撮って湿気るよりは記憶に留めておくほうが良いとやめた。しばらくそこで最近読んだ本の話などをしていたら雨がちらほらと降ってきたので、駐車場に向かった。駐車場までは割と距離があり、途中シャワールームのある建物の踊り場のようなところに一時退避した。ささと車に戻ってもよかったがせっかくならここでタバコを一本吸いたかった。康太は運動家で吸わないので風上に、風下にわたしが並んで座り少しだけ待ってもらって一服した。少し強くなった雨のなか、冷たい風と波音。シチュエーションが良かった。一本吸い終えるとわたしたちは車に戻った。年末だといかに満足しても許される感じがあり、夜の海に大満足をしてしまうことにいつも以上に恐れもなかった。少しだけ遠回りをしてわたしは家の前まで送ってもらい、一時解散した。20時過ぎであった。どこにでもあるファミレスとなにもない海、たわいのない会話。どれが特質して良いとかではなく全てが闇のなかに均質に溶け込み、とても良い帰省直後の小旅行であった。
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figmilkfm · 2 years
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0103 あさ新幹線で東京帰る。ずっと欲しかったコーヒーサーバーとコーヒー豆手に持って遅れ馳せながらうちにもサンタ?きた。夕方から萩の湯に行き、帰ってふたりで飲酒など。
0102 三木さんと昼に高柳神社に初詣。のんびりしてから京都。キキとたつカフェへ。夜は三木家に帰宅し、録画してもらってたさんまのまんまを観るなどし年始気分に浸る。
1231 コノミヤでビールとかアイスとか買い込むのがやけに年末。年越しは三木家で紅白。事実上実家が消滅した昨年も、引き払って以降本格的に消滅を遂げた今年も、三木家で食卓を囲みながら0時にみんなで年越しを蕎麦食べた。年が明けた瞬間おめでとうございますと言い合う。私の今年の抱負は特になくて、三木家のみんなに今年の抱負は?と三木家に聞いたら誰もなくてそれもよかった。家族みたいな安心感があるこの家があってくれて今年もなんとか。愛する人たちよ、どうか健康でいてねと思う。それだけ。
1230 中田寝すぎね?早朝から『最愛』一気観した。夜は三木家に帰って蟹鍋に参加させてもらう。
1229 納骨。退職の手続きで精一杯になってて納骨式の準備を全然できてないまま行き道のバスで納骨式について調べたら足りないものばかりで最悪でした、悪い夢か。行き先も違ってて、途中骨壷持って走る。祖母の納骨を済ませておかなかったために私がやることになった怒りを母へぶつけながら、ひたすら川沿いを走る。寒い。骨壷が重い。骨がカラカラと音を立てるのを聞きながらマジでばあちゃんごめんという気持ち。着いたら骨壷、ちょっと割れてたし。この年齢で家の膨大な用事を済ませないといけない生活が心底嫌になる。なんとか無事納骨式を済ませ、セイゴが大正まで迎えに来てくれるらしいのでとりあえず梅田。大正で拾ってもらってみおつくし会へ。まーくんとの飲酒が捗る。夜中は、中田の家でオールザッツ観ながら寝落ち。
1228 寝てたっていうかストレスで3時間歯を食いしばってただけ、みたいな睡眠。疲れが全く取れず。朝起きて奥歯が取れそうなくらい痛む。原さんとランチして、夜三木家に帰る。夜、お父さんと飲むジンを買って帰ったら、お父さんが私と飲むジンを用意してくれてたのでジン祭りを開催。
1227 今日が最後の出勤になるわけですが不思議とそこまで不安がない。何が起きてもたぶんここにいるよりはマシじゃないかな。現状維持を選び続ける自分よりよっぽど。23時なかもず着で、はらさん家着。原家の弟が買ったブルーノマーズのラム酒が美味しすぎて水のように飲む。夜中まで話して、朝は早く起きる。歯食いしばってただけであんま寝てねえ
1216 AM休みたいな日々。編集部に上がるのがキツくて一階に荷物置いて作業。大掃除と見本誌の整理しながら、こういう仕事で一日が終わることに鬱々とする反面、これさえしてれば一日が終わるのだと安堵もする。あと少し。今は耐えるしかない。夜、なみとどん底行く。メンタルがどん底。七千円も��ったのに全く酔えなくて最悪!店員のお兄さんがやってるバンドの話とかその曲とか聞きながら、ほんとはなみともっとゆっくり話したいことがあったから会ったのにねと後悔の念を滲ませる帰り道。
1215 派遣さんに引き継ぎ。することがなさすぎてデスクの断捨離。自分が最初に出した本のラフとかが出てきて懐かしむ。実務してたのが遠い過去のように思える。実務がしたくて気が狂う。ラフ描きたい誌面が作りたい企画進行したい、馬鹿みたいだなー
1214 適当に会社へ行き適当に帰宅。焦りを生む心さえ消失しそうな実りのない日々。夜、あいちゃんと電話して飲酒後寝落ちる。
1211 永田珈琲店で朝。帰りに青いカバBOOKSに寄って往来堂へ行く。帰って少しゆっくりしてたらROUTEでカレー出店してるのを知り、チャリで馳せ参ず。買った夏葉社の新刊をルートで読む。夜、ゆうちゃんと飲んでから月吠えで飲む。久々1時半とかまで飲んでて眠い。
1210 4時に起きて気になってたレギュレーションの復習をする。この頃誌面の表記を指摘されまくり、会社勤めの4年間が怖くなる。自分の文章、これでいいのかわからんすぎたけどなんとか形になった原稿見て安心。周りの同世代が仕事に打ち込むのを見て焦りもするが、今回の仕事は自信になった。積み上がって行けたらと思う。仕事がないと日々楽しくない。確実に、私も下積みとして毎日やることを進めていきたい。茨木のり子読んで、ギリまで飲酒後、寝る。
1209 元気なさすぎてねぎしで蘇生を試みるも、欲求って満たすと罪悪感に苛まれる。御茶ノ水のスターバックスで真空ジェシカのイベントレポート仕上げる。やっぱりめっちゃ楽しいな。この仕事がなかったら、私にはいま何もないや。
1108 大阪疲れ?で体調が悪い。早々に多忙宣言を受けた12月の生活が心配。大きな仕事は幸い抱えてないし、体調崩すとしたら今でよかったのかもしれん。
1105 夜、千駄木駅で待ち合わせてふくの湯へ。お腹空いたけどなかなかどこも開いてなくて、根津まで戻って谷中バール。近場だとお互い終電を気にする必要がなくてそれもいい。
1104 親の手続きで台東区役所。書類が多すぎてかなり時間がかかる。結局課税証明書を大阪で取らないといけなかったみたいで、夕方までかかったのに全部終わらなかった。まーでも八割方終わったと思えば気が楽だし、実家がなくなったから、手続きはもう大阪でする必要がないと思うと気はさらに楽。これは感謝な話なのですがみゆきが私の代わりに課税証明書取りに行ってくれるらしー
1031 初動が緩やかであればあるほど保たれるものがある?激しさを伴わない静かな熱よ
1029-30 車屋で飲んだ。すきな人同士を会わせてわたしは終始ニコニコ。そういやノーズショップで見つけたBdk Parfumsの香水、パスソワール「また今度ね(今夜じゃないわ)」の香りが(名前含め)とても良かったので書き留める。アンバーウッドとジャスミン、ブラックペッパーとマンダリンにパチュリ。サボンのボディクリームにも、いつもつけてるバイレードの香水Accord Oudにもパチュリが入ってるし、感覚でいいと思うものにもこうして一貫性が垣間見えるときがある。
1028 夜、飲みに行く。珍しく4軒くらいハシゴして、ことごとく変な人に絡まれる、地獄。「お前らみたいに顔がかわいいからって全部許されて調子に乗ってるような女が一番嫌いなんだよ!」って、横にいる人に叫ばれて最悪じゃない?朝方、また月吠えで変な人に絡まれてるところを山下さんに助けてもらった。何よりボトル奢っただけでいけると思われたことが超腹立つ。朝まで飲んで、皆川くんと始発で帰る。記憶が断片的ですけど酒鬱入ってないだけで偉くて良。
1027 朝、新幹線で東京へ。かぎりなく落ち着く街上野よ。帰ってくるたびこのままここに骨を埋めたいと思うね。昼は出社して、夜、萩の湯にはじめて行く。緊張の糸が切れたのか、わたしは鶯谷の、毛糸編んでるテレビ番組が流れる激渋中華料理屋を出たらまっすぐ歩けないくらいに酔ってしまい、西日暮里まで歩いてタクシーで帰される。けど全部覚えてる、多分。
1026 せっかく大阪いるし美舟で焼きそばを、と思い東通りへ。太麺のソース焼きそばを、すき焼きみたいに生卵をつけて食べるのです嗚呼!ことごとく潰れた思い出の地を上書きしてくれるかのような場所たち。あした東京へ戻る。恒例、三木家の父との晩酌もラストナイトで、また日本酒をようけ飲む。実家、なくなってしまった。
1025 無事引き払えるかと思ったのに若干の不備がありまた実家に赴く、最悪。夜、なかたと福島の花くじらでおでん。親の日記の話から結婚論、子育て論までだらだらと話は流れ、わたしは日本酒飲んで怒る。聞く中田、つられて怒る中田。家の下のローソンで携帯落としてめちゃくちゃ割れたが昨日実家引き払うのに35万払ったばっかなのにもう画面変える金がなくて終わった。
1023-4 きてくれたみんなが帰って、夜通しアルバムと手紙の整理。親がつけてた日記を読んだり、幼少期に描いてた絵本とかzineみたいなものを見つけてしまってさすがにそれは持って帰る。中田がリタイア、夜中3時。布団もないし、二日連続で風呂も入れないというのに。中田よ、ここまでの仕事してくれる友人はお前しかいないね。
アルバム整理してるうちに朝になったから『ボクらの時代』観ようと思うもチャンネルがない。ないないと言いながら探してたらまさか、テレビもなかった。昨日、売ってた。ご飯温めようと思ったら電子レンジもなかった。昨日、売ってた。さすがの二徹、記憶がないわ。業者が朝8時すぎには来て、三木さんも昼前に来てくれる。もう限界くらいに疲れてたから業者の人に借りた段ボールを部屋の隅に敷いてその上で少し寝る。完全に何にもなくなるまで8〜9時間くらい。中田はそのままユニバへ行った。すげえ体力やなとか言ってたら夜、熱出たらしい。三日間埃を被り続けたほぼ埃みたいな人間は実家を消失し、三木家に帰る。隣の人が「夜通しお疲れさま。もう会うこともないんやね」と言って食事券をくれたので、帰りに三木さんと京橋でビール飲んでお好み焼きを食べた。三木家に帰って、実家はもうガス止めてたので三日ぶり?に風呂に入った。腰がいてー。携帯開いたら、連日お疲れさま、原稿は明日でいいよみたいな連絡が来てて、明日でいいって言われても明日って明日かー明日ってもう明日じゃんって思いながら気付いたら寝てた。
1022 作業してたら朝7時くらいになって、中田と中学の頃よく行ったパン屋に朝食を買いに行く。中学の通学路通りながら色々と二人で懐かしむなどまだ情緒のある時間を過ごす。昼から友人が5人来てくれることになったので、来てくれる特に面識ない人々を雑に入れた「シフト」とかいうグループラインをつくる。みんなが気を利かせて買ってきてくれたお茶やらパンとか551の豚まんなんかをテーブルに並べてったら、撮影みたいになる。現場、仕切らせていただく。中田がまーくんの車で電子レンジとかテレビとか、売りに行ってくれた。大量に売った服の買取価格がまさかの30円だったから、「今日のギャラです」と言って中田とまーくんと10円ずつ分けた。私ももらってるし。こんなに物があってもほとんどお金にならないし、持って帰れる場所はない。アルバムも腐るほどあるけど簡単に見返せる量ではないし。二日目、物への思い入れが皆無になって怒りが湧いたり、幼稚園の時の手形?とかを「こんなの捨てにくいわ!!!」とか怒鳴りながら泣き出したりして私のメンタルもいよいよ。夜には引き上げて三木家に帰る予定だったのに、作業が思いのほか何にも終わってなければ逆に散らかしただけみたいな結果になり、今日も泊まり込みでやるかと言ったら、中田は明日のバイトを休んで今日もうちに残って付き合ってくれた。親…友……
1020-21 荷造りする気力がなさすぎてみきに来てもらう。仕事しながら『Silent』観て、朝は上野までタクシーで東京駅へ向かう。引っ越して二年くらい経ってから気付いたけど、家から新幹線に乗るルートの解はこれだわ。帰阪して早々に面会、病院、区役所こなしたけど思いの外元気だしで西大橋の、親が常連だった居酒屋に飲み行く。みゆきといわしちゃんを会わせる。結構飲んだら普通に今から片付け作業取り掛かるとか考えられん眠さになったが仕方なしに僻地の実家まで帰る。久々の実家は人が住んでたまんまだし、真っ暗で寒い。手始めに、懐かしみながら生徒手帳とか読んでたら寝落ちてて、1時半くらいに中田訪問チャイムで起こされる。一緒に夜通し作業するけど、思ってたより膨大でぞっとする。学生時代のいるもの/いらないものは途中からほぼ中田の判断に任せることに。何より物量がありすぎて全部自分で見てる時間がない。一回うちに来たことのある初音が、「物量は相当だろうよ」と言ってたのを思い出す。「美術としては相当リッチだけど」とも。
1019 御徒町の珈琲館で作業。山家でとんかつ食べる。上野から千駄木まで歩いて朝日湯へ。風呂上がりに珈琲牛乳を飲んでる私の隣で美味しそうにビールを飲む人よ。帰り、夜風がめちゃくちゃ秋だったな。
1016 休み。あてもなく吉祥寺に行ったのでとりあえずチャイブレイクで本とか読む。栗と迷って金木犀のチャイ。こういう飲み物で季節を感じないともうね。そういえば親の夢を見た。身体が動くようになった母親の車椅子を、亡くなった祖母が押していて、3人で実家にいた。起きてから、本当に実家がなくなんのかーとかぼんやり考える。けど、もう誰もおらんし、元からないようなもん。夕方、家に帰ろうと思うも充電がなさすぎて、充電しに月吠えへ。武蔵野館で『よだかの片想い』観ようと月吠えを出て、映画が終わってから携帯開いたら、不在着信の後に「今飲んでないの」とあやなから連絡。「映画観ててこれから月吠え戻るよ」と返事してすぐ戻ったらあやながいた。さっき私に電話したけど出ないって月吠えで話したら「あの子今映画観てるよ」ってユースケが言ってくれたらしくて、なんか月吠えは放課後感あってよかった。
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mickeykhun · 2 years
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2023年タイの旅(後編)
いよいよタイ滞在も明日でおしまいの今日は、長年の付き合いのHOTTESTにずっと行きたかったワット・パークナムに頼んで連れてってもらいました。
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まずは仏像に金箔貼り貼り。自分がよくなりたいところに貼る。金箔はお賽銭入れて勝手に取る花束の茎に輪ゴムで留めてある紙の間に潜ませてある。タイ人と行かなかったらわからなかったな。
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中庭に鎮座してたのは、圧巻の巨大な黄金の仏像。見上げた時は驚いた。
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目指すエメラルドの仏陀天井画はちょうどこの仏陀の背中側にあった。4階まで階段を登り切ると息を呑む美しさ。天井のてっぺんに仏陀がいて、その途中の高さには僧侶が描かれている。私達一般人はいちばん低い位置にいる、と絵の説明をうける。インスタ映えするお寺として有名になり、観光客もたくさんいた。
タイではお堂の中は靴を脱いで入る。もちろん靴置き場はあるけど、持参するように勧められた。最近、靴泥棒がいるんだとか。
お参りを終え、お昼は彼女はBuddy Boysのあのレストランに行こうと考えてくれてたけど、「ごめん、昨日行っちゃったよ」と告白し、急遽選んでくれたのが、こちらのレストラン。毎年、ミシュランの星をとってるらしい。家族連れで満席に近かったのに、運良くモニュメントが見える窓側の席が空いてた。日頃の行いの良さが出た?
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ここも美味しかった!パイナップルに入ったパイナップル炒飯を食べたのは実に久しぶり。前菜に出て来たのも実に手がこんでて美味だった。
ランチを終えた後はチュラー(タイの東大と言われるチュラルコン大学)の近く、つまり学生街のレストラン密集地帯を目指して車を走らせる。そのカフェでもう1人のHOTTESTと合流する。
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カフェ好きな彼女が選んでくれただけあり、タイらしい内装に美味しいタイデザート。私はタイの食べ物で食べれなかった物はないな。(虫は無視)もう1人とも無事合流し、頼んでたNew君の香水も受け取れた。余談ですがNewはチュラー工学部卒。大学院まで行ってるとか。
夜もこの一帯で食べる事に。かなり辛い料理だらけだったけど、どれも美味しかった!私が遠慮の塊までキレイに平らげ、2人に笑われた。タイ人が残した香辛料の葉っぱまで食べちゃった、と。それくらいタイ料理は口に合うんです。食べてばっかりの私。
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ここの支払いはQRコード決済でタイチングが済ます。コロナ以来、タイでも急速にQR決済が広がったらしい。
ランチもカフェも夕飯も全てご馳走になり、この日お賽銭以外バーツを使ってないではないか!いいのか、自分。
帰りは懐かしのセントラルワールドまで送ってもらうが、超渋滞。歩いた方が早いかもってくらい。ま、これもいかにもバンコク。車内でものんびり最後のおしゃべり。きっとまた会うけどね。
翌日はいよいよ帰国。朝はホテル近くを散策し、朝ごはんを屋台でゲット。これにコーヒーでも買って帰ろうと、たまたま通りかかったカフェに入る。コーヒーをテークアウトで、と注文すると、持ち帰り用カップを切らしてると。じゃあ、ここで朝ごはん食べていい?(ギンカオティニーダイマイカ?)と聞くと、即、ダイカ(もち、いいよ)と。窓側のカウンターで、朝ごはんを食べる。Wi-Fiのパスワード聞いて繋げる時に初めてこの店の名前が、
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NK Cafeと知り、1人で爆笑🤣
そこで朝食済ませホテルに戻り、チェックアウトタイムが12時と聞き、最後にホテルでSpaして帰る事にする。このスパの英語がフロントでなかなか通じない。タイ風に発音して、やっとこわかってもらえた😂スパは10時からの開店と同時に入り1時間コース。やっぱホテルのスパは違うわ。街中のマッサージも飛び込みでやったけど、350バーツ vs 1190バーツだけの違いはある。
スコソルホテルでは1日だけ朝食450バーツも食べたから、Spa代とも合わせた精算が1640バーツあった。あまりにバーツが余ってるから、現金で支払う。皆さまにゴチになりすぎだろ。
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homatamblr · 3 days
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初めてのロックフェスティバル
ROCK IN JAPAN FES.当日の記録。
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これまでのいきさつ→フェスへの道① ② ③
前日夕方に土浦に入って泊まって、ホテルで飲んだ茨城の地酒。「娘」という字が入っているという理由だけでこれを選んだわけだが、好みの味でおいしかった。
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予定より1時間以上前に目が覚めてしまったがすることもないので早めに行くことにする。ホテルの朝食会場や駅で同志を見かけた。土浦から勝田までは常磐線で1時間くらい。
基本的に同じ場所へ向かう人ばかりなので、乗り降りはほぼない。あっても水戸で少しだけ、って感じ。椅子は埋まっているんだけど、立っている人はまばら。そのくらいの混雑率だった。
勝田駅に到着。ホームから改札への階段がちょっと渋滞、改札も渋滞。だけどそこまで時間はかからず離脱。誘導のスタッフも沢山いて、わかりやすい。
まずはバスの切符を買う。結構並んでいるようだけど、どんどん列が進んでいく。現金のみ、往復850円。硬券みたいなのを2枚くれて、往復の区別はないのでどちらか一枚を乗り場の係員に手渡せばいいだけ。帰りの分をなくさないように注意。
バス乗り場までの導線には横断歩道もあるが安全に誘導され、バスは次々続々やってきては出発していく。勝田駅に着いてから乗ったバスが出発するまで20分、勝田駅から会場までは10分だった。想像以上に早い。
入場ゲート。でかい!
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このゲート下で簡単な手荷物検査をして、その先でチケットを見せてリストバンドをもらう。リストバンドはもらったら自分でつける。他に配布品はなし。
リストバンドは一度締めたら手でゆるめることはできず、自分は記念に取っておきたいと思って、帰宅後にギター弦交換用のニッパーで留め具を切断した。
入場したら右へ進んでいく。観覧車のある方から行った。愛読書「Hamare」に登場する、あの、観覧車である。
橋のところでリストバンドチェックがあって、そしたらいよいよメインのエリア。バスを降りてから15分くらいかかったかな。歩く距離は長いけど、行列することもなくスムーズに移動できた。
これがグラスステージ。まだ人は少ない。
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それなりに雨。
椅子を持参していたので、椅子エリアに向かう。拠点を作れば疲れ果てても大丈夫。音は聞こえるから、のんびりと座って音楽に浸れる。アルコールが入る可能性が高いので、多少ぼんやりしていてもわかりやすいようにと、看板を目印にできる位置に陣取った。
バスを降りてから20分で拠点設営完了。クロムレイリーさんのライブをここから見ていたが、10代にしてあれは末恐ろしいな… 堂々としているし演奏も上手いし、これはすごいものを見てしまったかもしれない。今後注目しておきたい。
その後、あてもなくそこらへんを歩く。今飲み食いすることもないなーと思い、土浦で買っておいたお菓子を食べ、例のブルーベリーサプリを流し込む。
出番30分前くらいに前方エリアに入場。指定の画面を係員に見せたら係員が操作してくれて、ノリよく送り出してくれる。入ったら区画ごとに番号が割り振られているので、自分の場所を探すだけ。
視界良好!!!区画もわりと広め。
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前方エリアって40列くらいまであるらしくて、普段ツアーで使うホールだと40列って遠い!って思うでしょう。でも、グラスステージは違う。33列だったんだけど、案外よく見える。ステージとの距離もそう遠くないし、ステージ自体が高い。たまたまど真ん中引き当てたのもあるかもしれない、圧倒的に大きい人が来なかったのかもしれない、けど、とても見やすかった。
前説で「モーニング娘。に出てもらうならひたちなか即決!」「ロッキンといえばハム焼き、ハム焼きといえばげったー!」「サザンも最後、石田亜佑美も最後のロッキン!」と言われて盛り上がるヲタク。
アルミ+メンカラ衣装は王道。午前中から合法的にアルコール含んでモーニングさんを見られる。これは踊り狂うしかない!!!でしょう。ほまたんめちゃくちゃ気合い入っていたし、水分補給煽り良かった。けど、脚が見える衣装ならもっと良かった。自然光の下で見るモーニングさん最高すぎ…!!!
01. みかん(23 Ver.) 02. 浪漫 〜MY DEAR BOY〜(23 Ver.) 03. HOW DO YOU LIKE JAPAN?~日本はどんな感じでっか?~ 04. One・Two・Three(23 Ver.) 05. ハッピーサマーウェディング(23 Ver.) 06. LOVEマシーン(updated 23 Ver.) 07. 勇敢なダンス 08. 恋愛レボリューション21(updated 23 Ver.) 09. 泡沫サタデーナイト! 10. 恋愛Destiny〜本音を論じたい〜 11. わがまま 気のまま 愛のジョーク(23 Ver.) 12. ここにいるぜぇ!(23 Ver.)
最KIYOUやらないんだね。フードをかぶって出てくる'19を踏襲する出だし。新旧定番曲で攻める形。締めがここにいるぜぇってのも最高だ。
終わったらそのままだらだらと解散、散らばってゆく。散りながらむすーめさいこう、する。1ステージのみで転換にかける時間があるので、急かされるようなことはない。
そのあとトイレに寄って、ハム焼きに並ぶ。あの前説があって娘。直後だったせいか、列は娘。ヲタだらけだった。自分が並んだ時はまだ良い方で、途中から列がどんどん伸びていき、そのうち120分待ちになっていた。
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ハム焼きっていうのは要するにハムを焼いただけだろうって思っていたけど、ただ焼いてこうなるわけがない。食べればわかる。炭火感あふれる香ばしさ、絶妙なスパイスや塩加減、噛みごたえのある肉質とほどよい脂身。こりゃ旨いわ。
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アルミホイルに包んでくれるので、椅子に戻ってもあったかくておいしい。まじで旨い。確かに濃いが動き回った後にビールと共に喰らうには最高ではないか。
ハム焼き待ち中に咲いていた黄色い花。色的にはデイジー、だけど秋桜っぽい。
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並んでいる時に前にいた娘。ヲタとちょっとしゃべった。ファイターズ生田タオルを落としたので拾ったのがきっかけで。ねちんヲタにほまれ水分補給煽りほめ��れた。
ハム焼き並んでる間にマルシィは終わっていて、ME:Iを途中から見る。あの子が元気そうでいてくれて何より。だけど音楽的には自分に響かない。ごめんね。音響もトレブルきつすぎるし、いちいちMC挟んで冷めちゃうし。雨が一番やばい時間帯でもあった。
indigo la endは元々好きだったので見られて良かった。川谷氏は天才。抜群のポップセンス、凝ったコーラスも良かった。雲が晴れて心地よい午後にはまってた。
サンボマスターは誰もが劣等感を持っていることを前提としそれでもおまえが必要だ、生きているだけでも優勝だと述べる説教ぽさ、だけどそれが嘘くさくならない説得力が印象的だった。
マカロニえんぴつ、名前はよく聞くがよく知らず。だけど見たらかっこよかった。案外ラウド。Sumikaは音源だと似たような曲ばかりだなあと思っていたが、エンターテイナー感があってめちゃくちゃ盛り上がった。どちらも川崎ゆかりのバンドなんすねえ。そいえばSumikaは等々力にも来ていたっけ。今後気にかけていきたい。
合間に食べたひるめし。
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15時近かったのですいてた���これだ!っていう食べ物はなくて、何でも良かったんだけど、なんとなく肉にした。とりあえず肉食っとけば間違いない。推しに似るってこういうことなんすかね。
ステーキ丼(わさび醤油)、1100円。肉はちょっと硬かったけど、この手のイベント飯でこの値段なら良い方。鷹の爪、ごま、フライドオニオン、キャベツそれにわさびがたっぷりのっかっているのは嬉しい。
来場者がメッセージを残せるところがあるんだけど、そこは雨でべちょべちょ。今までの出演者が書いたサインを展示しているところに行ってみたら、'22ほまめいのサインがカサカサでなんともいえない気持ちに。
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ほまれは消えかけ、めいは滴っている。
途中までは雨だったんだけど徐々に天候は回復。思ったよりも風は強く吹かず、気温も上がらず、日が傾く頃には見事な秋空が広がる。雨が降ったからこそ、この青空があるわけで。
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夏フェスっていう感じではないけど、やっぱ暑いときついので、過ごしやすい陽気なのはありがたい。だけど秋に差し掛かるということは、日が暮れる速度も速くなるということで。
あっという間に暗くなり…
Sumikaまで見て、帰ることにした。花火、見たかったけど。混雑は嫌だし、明日が待ってるので。
帰り道、結構暗い。ゲートではスタッフの皆さんが手を振ってお見送りしてくださる。バスはやっぱり次々きて、すぐに乗れてすぐに出発した。駅までも渋滞はなく、ちゃんと時間を見ていなかったけど、15分くらいで着いたのではないかと。
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予定より早めの特急に席をとって、まだ時間があったのでそこらへんをぶらぶら。コンビニ寄ったり干し芋買ったり。飲み屋街でねずみに出会う等した。
人だかりができていたので見に行ったらROCKのオブジェがあった。地元の学生たちがライトアップをしているんだとか。
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そういうわけ��電車の時間になったので、乗る。特急が出るホームの一角にとまっていた小さな列車は「Homare」に出てきた路線のものだろう。
特急に乗ってから2時間ちょっとで帰宅した。遠かったけど本当に行って良かった。実際に行ってみて、ひたちなかが、ロッキンが愛される理由っていうのがとてもよくわかった。
娘。メインで行ったけどどの出演者も素晴らしくて、好きな音楽が増えた。 全体的にそういう雰囲気で「あの人たちいまいちだったね」みたいな話が聞こえてこない。「知らない人たちだったけどすごく良かった!」って話はよく聞こえてくる。 来てる人みんな音楽が好きっていう共通点でまとまってる感じ。音楽といっても色々あるはずだけど、ジャンルだとかなんだとかのめんどくせえこと取っ払って、お互いの良さを認め合ってる感じ。それは出演者も含めて。
どんな曲調でどんな楽器使ってて、ってことじゃないのよ。音楽のジャンルなんて便宜上の話。ロックフェスにアイドル呼ぶことに賛否両論あるのも知ってる。 だけどさ、明らかにすべての出演者に通じていることがあった。音楽で誰かを救えると信じてやまないこと。 そういう信念、魂、これこそがロックだろ。
開放的なロケーションに加え、オペレーションもホスピタリティも素晴らしくて、地域に歓迎されていることも伝わってきて、すごいなと。本当に感動した、っていうと大げさだけど、時間とお金をかけて、雨に打たれてまで行った価値はあった。心が洗われるような時間だった。一生の思い出になりそう。
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kachoushi · 3 months
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各地句会報
花鳥誌 令和6年7月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和6年4月4日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
受験の子送りてしばし黙す父母 喜代子 うつうつも待つこと楽し花便り さとみ 初桜幾歳月や句座の道 都 野遊びのノスタルジーを胸に秘め 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月6日 零の会 坊城俊樹選 特選句
野遊の一人は高きハイヒール はる�� 春愁の長き耳垂れ犬来たる 光子 譲ること大嫌ひなの半仙戯 同 ボール蹴る子に一瞬の花吹雪 美紀 ぶらんこを替つてくれず漕ぐばかり 瑠璃 花いつもさびしきところより散りぬ 緋路 大使笑ふ南麻布の花の昼 佑天 花冷のベンチに花冷のお尻 緋路 群青の絵の具は春の水に溶け 同 教会の桜は透けるほど白く 小鳥
岡田順子選 特選句
花に息ととのへてゐる太極拳 光子 鞦韆の蹴り寄せてゐる桜色 三郎 純白の肌着吊られて花曇 同 皆遠き目をしてをれば桜かな 和子 花いつもさびしきところより散りぬ 緋路 子の声は残響となり連翹黄 同 花は散るべしと笛吹く裸体像 俊樹 春の野の児らしか知らぬものがたり 軽象 花すみれ遠くの空に戦闘機 美紀 春光の鳩はみどりの首見せに きみよ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月6日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
夕日落つ別離の駅の古巣かな 朝子 冴返る齢八十骨の音 成子 仔犬抱き遅日の船を見送りぬ かおり 菜の花や千の􄼫棺より生るる 睦子 枝枝に声転がせて鳥交る たかし いつせいに揺るゝ吊革鳥帰る かおり 煙草屋は古巣残して店仕舞ひ 久美子 陽炎の消えて居座る陰陽師 美穂 地に古巣天に野鳥の窓があり 修二 我先に舫ひ綱解き鰆東風 たかし 朧月十二単衣に逢へさうな 同 しつけ糸解くおぼろ夜の京友禅 美穂 待つといふうれしさ人も桜にも 孝子 永遠の未完でありぬ桜かな たかし
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月8日 なかみち句会
春の海ばかりの駅に途中下車 秋尚 つれづれに雨音聞いて日永かな 廸子 鎌倉や角曲がるたび春の海 三無 石楠花や参道狭し奥の宮 史空 お別れの日に石楠花の紅の濃く 貴薫 また元の話に戻る母日永 美貴 小刻みにきらめく春の海まどか のりこ 寺領にも石楠花紅く小糠雨 ます江 ………………………………………………………………
令和6年4月8日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
娘良し妻さらに良し春日傘 三四郎 母の忌を迎へし朝の春の雪 ただし 風光る千年超えし物語 みす枝 春浅し耳朶柔らかなイヤリング 世詩明 天空へ光を返す白木蓮 三四郎 愛猫に愚痴こぼしをり四月馬鹿 みす枝 初蝶の二つ行先定まらず 英美子 貝の紐噛んでひとりの春炬燵 昭子 ほろ酔ひを名妓支へて大石忌 同 校庭の鉄棒に触れ卒業す 時江 薔薇一本くれる夫ではなけれども 昭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月9日 萩花鳥会
春一番濁りし川の鯉めざめ 祐子 春愁の情緒一新晴衣着る 健雄 春の宵椿徳利の矢の根寿司 俊文 四月空総出で迎える娘の帰国 ゆかり 遊覧の舟に続くや花筏 明子 教科書に漢字で名前進級す 美恵子 ………………………………………………………………
令和6年4月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
山笑ふ札所巡りに􄼺の急き 宇太郎 一歩づつ眼下となつてゆく桜 美智子 渡船場に飯蛸釣りて島土産 宇太郎 桃咲いて捨て犬たちの誕生日 都 杖を曳き混じりて遊ぶ花筵 悦子 囀を総て抱へてゐる大樹 史子 初燕無音の青を切り分けて 宇太郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
としあつ忌修す爛漫卓の上 百合子 信濃路は薄紅に花杏 和代 里は今杏の花に溺れたる 白陶 想ひ出のとしあつ談義飛花落花 亜栄子 竹秋の風を聞かむと句碑に佇ち 三無 白寿なる母満開の花と散る 多美女 句碑古りて若さ溢るる花楓 文英 雨上り杏の花の山家かな 幸風 ふんはりと包みたる香の花通草 秋尚 白き卓都忘れの彩映えて 恭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
対岸に人の流れてゆく花見 あけみ 軽貨物春の泥付け走る町 紀子 犬ふぐり自転車の子は風のやう 裕子 烏ども引き連れてゐる田打ちかな 紀子 障子開け全て我が世の花見なり みえこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
余生をば貪る朝寝でありにけり かづを 一穢なき姿のままの落椿 同 落ちてなほ華やぎ続けゐる椿 同 春風に仰ぎて凜と左内像 同 板木打つ仕草秘かに春そこに 和子 朝寝して咎める人も無き自在 泰俊 春愁や錆びし火の見の鉄梯子 同 蛇穴を出づと云ふ世の一大事 雪
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
咲き満ちし花に静けきある古刹 かづを 芽柳に縁なる風棲み初めし 同 沈丁の闇をつないでゆく香り 同 九頭竜に吐息とも見る春の雲 同 此の花に幾春秋を共にせし 雪 花を見に一人で行ける所まで 同 春休み児ら自転車で飛び廻る 富子 鴬のしきりに啼く日啼かざる日 英美子 川幅を歪めて流る花筏 真喜栄 夜ざくらやいつも􄼴打つ寡婦暮し 世詩明 筍や十二単の皮を剥ぐ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月17日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
哀愁の容姿あらはに紫木蓮 数幸 徐に白を極めて花水木 千加江 流されて留まり忘る花筏 同 春場所やふるさと力士負け多し 令子 唐門の昔を語る桜かな 啓子 紫の夜空の中に桜散る 同 二人で見いつしか一人花の道 希子 仮の世にしては見事な花吹雪 泰俊 無住寺は無住寺のまま桜咲く 同 愛子忌やせめて初蝶見たること 雪 落椿踏まるるをもて瞑すべし 同 和尚来たかと散る花に酌まるるや 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月19日 さきたま花鳥句会
たまゆらの時を浮遊し石鹸玉 月惑 春愁や己を鼓舞し逝く句友 八草 花篝名残りの片のうらおもて 裕章 脱ぎ捨てし靴下にある花疲 紀花 掛茶屋へたどりつきたる花疲 孝江 花吹雪渋沢像の頭に肩に ふゆ子 腰痛の愚痴ふき飛ばす芝桜 としゑ 楤の芽の口にひろごる大地の香 康子 春炬燵夫の座椅子のたばこ臭 恵美子 藤棚の真中を風の通り抜け みのり 待ちかねた早朝よりの花見客 彩香 十字架の隣に読経山笑ふ 良江
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令和6年4月21日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
メタセコイアむんずと掴む春の雲 三無 今日も来て舞ひを見せたる春の蝶 ます江 佐保姫を見送る空の雲白く 軽象 蒲公英の真白き絮は飛ばず揺れ ます江 一山をより高くみせ桐の花 斉 僧一人花韮咲かす露地に消ゆ 久子 牡丹の重たく崩れかけてをり 秋尚 桜蘂降つて大地に横たはる 斉 春草の足裏くすぐる田圃道 経彦 観音の御手のやさしく著莪の花 芙佐子 ゆつくりと翅を広げて蝶生まる 斉
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月22日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
昨夜爪を切りたる指に草を引く 雪 十一面千手千眼像朧 同 瞑すべし柏翠踏みし落椿 同 この椿もんどり打つて落ちたるか 同 初蝶や昨日は森田愛子の忌 同 不器用を誰憚からず針供養 同 春愁や文箱に封じたる手紙 同 春愁や此の髪に手を置きし人 同 昭和人昔語らず花の下 昭子 本気度を探るお見合亀鳴けり 同 久々に手に取る修司五月来る 同 しなやかにそしてしたたか単帯 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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orhpee-annex · 5 months
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旅行の話
 先日、山梨へ一泊二日の旅行をした。
 自然美を目当てに旅をした最初期の西洋人はルソーだった。それ以前の観光旅行はピラミッドやギリシャの神殿などの文明の建築物が目当てで、どちらかというと自然は煩わしいものだったと、石川美子が『旅のエクリチュール』に書いている。
 わたし自身は昔から旅行がそれなりに好きで貧しい財政と時間の許す範囲で様々な場所に足を運んだが、「海を見たい」「未踏の北海道を巡りたい」など若い頃ほど人並みの動機に支えられていた。とはいえ、「ひとの居ない場所に行きたい」「何もせず行き当たり任せに自然美のある地域に行きたい」など、最近は次第に漠然とした逃避欲が頭をもたげるようになった。今般の旅行にしても、何でもよいので煩雑な人と街から距離を置きたい、と思っての出立だった。
 中央線の高尾から大月で乗り換えて富士急行線で赤坂という駅で降りた。高尾も大月も、いつの間にか外人観光客で賑わっており、逃避どころではないのに閉口したが、流石に赤坂は無人駅なだけあり降車するひとのまばらで、町の様子も普通の田舎だった。
 車道は広く、マクドナルド、ローソン、コーエイというスーパー、「園芸と資材」という英国古典小説のように簡潔な看板の巨大ホームセンターが駅周りに集結している。この一帯が地元のひとの生活基盤なのだろう、菅野川という細い川に沿って宿まで歩くと程なく一軒家が点在するだけになった。御正体山に囲まれた地だけあり、四方を見渡しても山が迫っている。
 一泊して翌朝、菅野川沿いを散歩していると、幾人かの老人たちが釣りに励んでいた。わたしたちの頭上を鳶が笛のように鳴いて旋回している。
 光景の一々に満足している傍ら、「自分はなぜ自然美に惹かれるのだろう」という自問が並走していた。静かで、ひとの声に混じって川のせせらぎを耳にするだけでも東京より遥かに静かで充分に安らいではいるのだが。
 河口湖へと列車で向かう為に、赤坂の無人駅に赴くと地元の老爺と老婆の二人が会話していた。話は縦横無尽だったが、ふと爺さんが金に窮した知人の話題で「生活保護とか受ければいいんだよなあ。金のない時は、仕方がないよなあ」と言い、婆さんも「仕方ないよ」と頻りに相槌を打っていた。それで、わたしは養老孟司の『手入れという思想』という古い講演録を思い出していた。何故都会で虫を見ると嫌な気持ちになるのか、という切り口で都市と地方における人心の対比を語った講演だ。そこで養老は、都市ではすべてが人間のコントロール下にある。舗装された道路や規則的な列車のダイヤ。そして不確定な要素を可能な限り排斥した。だから都市の人間が、何か我慢できない事が起こったとき、誰かの所為にして、責任を追及する。無論、仕事の上でも然りで、これが都市生活者の基底を為している。しかし田舎の自然に生きるひとはそうはいかない。天気や動物による災害まで、誰かの責に帰すことの出来ない不幸は日常茶飯事のように起きる。そうした暮しのなかで田舎の人の心映えを象徴として「仕方がない」という言葉を、養老は挙げている。先の赤坂駅の老人たちの会話に自然と息づいた「仕方がない」を聞いて、そのようなことを思い出していた。
 自分は何故惹かれるのだろう?
 河口湖へと向かう行路の観光客の充満ぶりに辟易しつつ、一方で河口湖一帯から富士山が見える、という事実を知らなかった自分の無知にも呆れながら河口湖駅から徒歩十分ほどで湖畔に辿り着いた。そこにはここ数年ではなく、何十年前から観光地として栄えてきた、という歴史を偲ばせる古いが清潔な食事処や土産屋が並び、外国語の案内も揃えて国籍問わず訪れた人間を漁っていた。人間の気配から離れたい為に旅をしていたわたしは失望していた。湖畔で飯を頬張ったり、写真を撮ったりする人々のあいだを縫うように湖畔を歩く。湖にせり出すように黒い岩が雪崩れていた。岩の表面には気泡が浮かんでいる。ふと、富士山が火山であり、次いで湖畔沿いに浅間山神社のあることを思い出した。ふたたび大噴火すれば、ポンペイ遺跡のような風景が現れるかも知れない。
 岩の上に座って湖面を眺めていた。それが火山岩であることを気に留めることなく、観光客が次々と岩に載って写真を撮っていた。が、その眼前の風景は現実であるのに、遠い昨日のように見えた。わたしたち人間は自然の時間に一瞬登場した短命の生き���に過ぎない、という事実をそこに見る思いがした。想念というより、岩場が見せてくれた現実の風景として。そのとき、旅の目的を達した気がした。
 人類という括りや、そこに伴う責任、資本、文明生活は常に虚構であり、いつか地上からは一掃される。故に、我々がどのように生きても構わない。岩や花や水辺には、後世の地球には関係ない。だが、都市は人類の文明や社会が堅固で絶対であると錯覚させる。都市の煩雑な物や音に囲まれて、わたしもいつしかそのように思い込まされてゆく。でも、いつか消える。全部。それは悲観の滅びとしてではなく、もっと静かで当然の風景として。だれも居ない、のびやかな白昼の庭園。君たちはその庭園を通過するだけでいいんだよ、と地表は語ってくれる、それが自然美に惹かれる理由であり、そしてわたしは安堵の中で生命感を取り戻していった。
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threetitle · 6 months
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【ベイファスリンクスの街にて】 作/いずるは
 『生きた鉱脈』、『無限の宝』、『不死の源泉』、呼び方は多々あれど、それらはいずれも一つの種族を指す。
 彼らは強靭な肉体を持ち、永遠ともあだ名される程の長命、そしてその鮮やかな瞳からこぼれる涙は、美しい宝石になったという。
 採取されるそれらの石は装飾品、魔導具、果ては薬にまで使用され、その希少性、有用性故に狙われ、奪われ、滅んだとされている。
 ――表向きには。
--*--*--*--
 大きな街は良い。人が多く、物も多く、周囲は適度に関心が薄く、情報は集まりやすい。
 その中、雑踏をかき分けながら二人組が大通りを進んでいた。長い外套を羽織る青年と、顔を隠すように頭巾を被った小柄な人影。
「今日はこの辺りで宿を取ろうか」
 傍らに立つ連れ合いに青年は声を掛け、やがて一軒の宿屋に入る。
 慣れたようにやり取りをし、二階にある一室に通されたところで、少女はようやく頭巾を外した。
 透き通るような白い肌。鮮やかな色の瞳が、窓からの陽光を反射して美しく輝く。
「今日は混んでるから、一部屋しか空いてないってさ」
 室内は簡素なものだ。寝台が一つと長椅子、机、古びた角灯に衝立。
「寝るときは君がそっち使ってね」
 寝台を指差しながら青年が窓を開けると、ふわりと風が入り込み、淀んだ空気をかき回していく。
「いいの?」
「数日だけだし俺はこっちで大丈夫。毛布もあるから」
 元よりそういう使い方をすることもあるのだろう、手慣れた様子の店主からは毛布を渡されている。
 必要最低限の荷解きをし、さて、と腰を伸ばした。
「外見てこようと思うけど、一緒に来る?」
「行く」
 再び彼女が頭巾を被るのを確認してから扉を開けた。
 馴染みの行商人から仕入れた認識阻害つきの外套は、少女の外見や存在自体を薄くさせ、なかなかに重宝している。
 特殊な出自であることは、往々にして隠しておいた方が都合が良い。窮屈? という青年の問いには首を振る。
「今日も素材探しから?」
「そうだね。良いの見つかるかな」
「この間もそう言って高いの買ってたけど」
「あはは」
 
--*--*--*--
 階下は酒場になっており、片隅では早々に管を巻く客が見えた。昼食には遅く、夕食には早い時間帯。
 客足はまばらだが厨房からはこれからの仕込みか、賑やかな音、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
 ふと、少女は立ち止まり青年を見上げた。この先のことを思うと、今言っておかねば後悔する。
「お昼、食べてからにしない?」
「確かにね。そろそろおなかすいたかも」
 道中、携帯食を口にしてはいるが必要最低限だけだ。落ち着いて食べられるならば、それに越したことはない。
 名物だという料理は、衣をつけて揚げた肉に甘辛いたれをかけ、小麦粉を練って焼いた生地に挟んだ料理だった。些か大きく、少女の手には余るほどの大きさ。
 綺麗に三等分されたうちの一つにかぶりつく。揚げたての熱さと、肉の脂の甘み、共に挟まれた野菜は瑞々しい。
 手軽で美味しいと評判だという店員の言に偽りはなかった。
「おいしいねぇ」
 自身の分をぺろりと平らげた青年が楽しそうに少女を見ている。
 小さい口を一生懸命動かし咀嚼し飲み込むが、二切れを食べたところで、最後の一つが残ってしまった。食べたい気持ちはあるが、どうにも入りそうにない。
「食べようか?」
 と笑う青年に皿を渡す。どうやらこの店は大きさも売りらしい。
「おいしかったけど、せっかくなら少ない量もあればいいのに」
「量が多いのは、色々な人に食べてもらいたいかららしいよ」
 少し食休みしたら行こうか、という青年に頷き、手持ちの水で喉を潤した。
 生ぬるいが、あらかじめ含ませておいた薬草のすっきりとした香りが口内の脂を流してくれる。
 この腹の満ち具合だと、消化するのに大分かかりそうだ。
--*--*--*--
 外は抜けるような青空、日差しは穏やかだが、季節外れなほどに少し汗ばむような気温。
 大通りには所せましと露店が並ぶ。競うように軒先を連ね、客を呼び込もうと声を張る。
 見慣れぬ果物や野菜、調味料に漬け込まれた肉、手入れされた武具や防具に、美しい織物。
 そのうちの細工物が並んだ店で、青年は足を止めた。舶来の品だという首飾りには大きな石が留められている。
「きれいだね。どれかいる?」
 即座に少女は首を振った。
「持ってるから、大丈夫」
 そっと胸元に手を添える。外套の下には、大事な首飾りが収まっている。
 見る角度によって水色や紫に色を変える石、透き通り、青みを帯びた花びら。蕾のような飾りに繊細な銀細工。見ずとも思い返せる程には眺め、大切に身に着けてきた。
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃない。それより、素材屋さん行かなくていいの?」
「そうでした」
 彼の本職は細工師だ。店は持たず、旅をしながら様々な街で素材を仕入れ装飾品に仕立てる。
 些か路銀調達の冒険者稼業の方が時間は長いような気もするが、その生活を変えるつもりはないらしい。探し物があったから、と聞いたこともある。
 細工物の店主に別れを告げ、大通りを振り返ると時間帯のせいか先ほどより人が増えているようだった。
「はぐれないようにね」
 と、差し出された手を握り、再び雑踏に戻る。
--*--*--*--
 いくつかの店を回り、いくつかの資材を仕入れ、軽く夕食を済ませて宿に戻ってくる頃には、月が昇っていた。
「さすがに夜は涼しいねぇ」
 少女は一階の酒場で貰ってきた温かいお茶をゆっくりと口にする。じわりと胃の腑まで温かさが落ちていく。
「今日は良いの買えた?」
「まぁまぁかな。ほら、このあたりの素材とか綺麗じゃない? 特殊な貝から作られるんだって」
 戦利品を並べていく彼は楽しそうに見える。そして決まって言うのだ。
「何か作る?」
「いい」
 飽きずにほぼ毎回、同じようなやり取りを繰り返している。
 細工師として気になるからというのも理解はできるが、少女は新しい装飾品を必要としていない。今あるもので十分だ。
「ずっと同じのだと飽きない?」
「飽きない」
「効果付けたりとかもできるよ」
「今もついてるから大丈夫」
「そういわず」
 なおも食い下がる青年の目を、少女はじっと見る。
「リートスが最初にくれた、これがいいの」
「ユウェル……」
 リートスと呼ばれた青年は少し困ったような笑みを浮かべた。
 確かに少女、ユウェルが身に着けている首飾りは、出会った当初に渡したものだ。それがこんなに気に入られるとは。
 嬉しい反面、気恥ずかしくもある。だからこうして何かにつけて、新しいものを勧めるのだが彼女は取り付く島もない。
「明日もあるんでしょ。私、そろそろ寝るね」
 冷めてしまったお茶を飲み干し、ユウェルは立ち上がる。
「わかった。俺はちょっと作業してからにするから、もう少し明かりはつけておくね」
 衝立の向こうから少しだけ少女が顔を出した。
 角灯の揺らめく炎が、彼女の瞳に反射する。
「おやすみなさい、リートス」
「おやすみ、ユウェル」
--*--*--*--*--*--*--*--
「たとえば、そうだな。枯れない花を探しに行くのなんてどう? 融けない氷や、手に収まる星空を見るのも良いね」
 そう言って、細工師の青年は、うずくまる少女に手を差し伸べた。
 窓から薄く差し込む光が埃に反射し、周囲に金粉を散らしたようにも見える。青年の浮かべる表情は柔らかく、少女が見てきたどの顔とも違う。
 伸ばされたその手を取れば、きっとここから抜け���すこともできるだろう。
 けれど身体は錆びつき、空気は泥濘のようにまとわりつく。重い。動けない。それでも。
 恐る恐る手を伸ばし、そっと彼の手を握る。暖かく、優しく握り返される。緊張が、硬直が、解けていく。
「本当に、連れて行ってくれる?」
 干からびた喉からは、かすれた小さな声しか出ない。
「君が望むなら」
 跪いた彼が頬を撫でた。眩しさに、目が染みる。涙など、とうに枯れたと思っていたのに。
「これから、よろしくね」
 少女は小さく頷く。陽の光が、穏やかに二人を照らしていた。
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bearbench-tokaido · 7 months
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三篇 下 その三
上方者は、 「ハァ、ソンナラお前のお馴染みは何屋じゃいな」 と、意地悪く問うと、 「アイ、大木屋さ」 と、弥次郎兵衛がいう。 「大木屋の誰じやいな」 と、上方者がさらに問うと、 「留之助よ」 弥次郎兵衛が答えた。 上方者が 「ハハハ、そりゃ松輪屋じゃわいな。 大木屋にそんな女郎はありもせぬもの。 コリャお前、とんとやくたいじゃ、やくたいじゃ」  (やくたい…上方言葉で、らちもない、とんでもない、よくない、など広い意味に使う)
弥次郎兵衛は、 「ハテ、あそこにもありやすよ。ナァ北八」  (大木屋は実在の大見世の扇屋のこと。松輪屋はやはり実在の松葉屋のこと。留之助は松葉屋の抱えの名妓の染之助のこと。したがってこのやり取りでは上方男の勝ち) 北八、面倒臭くなってきて、 「ええ、さっきから黙って聞いていりゃ、弥次さんおめえ聞いたふうだぜ。 女郎買いに行ったこともなくて、人の話を聞きかじって出放題ばっかり。 外聞のわるい。国者の面よごしだ」
弥次郎兵衛は、 「べらぼうめ、俺だって行くってんだ。 しかもソレ、お前を神に連れていったじゃァねえか」  (神…取り巻き、太鼓持ち。遊廓付きの本職ではなく、客が連れ込んだ遊びの取り巻き仲間。落語の野太鼓がこれである) 北八、思い出して、 「ああ、あの大家さんの葬式の時か。なんと、神に連れたとは、おおげさな。 なるほど二朱の女郎の揚げ代はおめえにおぶさったかわり、 馬道の酒屋で、浅蜊のむきみのぬたと豆腐のおから汁で飲んだ時の銭は、みんなおいらが払ったじゃねえか」  (葬式くずれで繰り込むなら安い店にきまっている。揚げ代二朱なら宿場の飯盛なみのごく安い女郎。馬道は吉原に通ずる町。そこの酒屋のぬたも汁もごく安い庶民的な食い物である)
弥次郎兵衛は、 「嘘をつくぜ」 北八も、 「嘘なもんか。しかもその時おめえ、さんまの骨をのどへ立てて、飯を五六杯、丸呑みにしたじゃねえか」 「馬鹿言え。お前が田町で、甘酒を食らって、口を火傷したこた言わずに」 「ええ、それよりか、おめえ土手で、いい紙入れが落ちていると、犬の糞をつかんだじゃねえか、恥さらしな」  (土手…吉原に入る途中の山谷堀に添った日本堤の土手八丁、金持ちなら土手八丁を四ツ手駕で飛ばし、貧乏人なら歩く、いずれも弥次郎の自慢が嘘だと、北八が暴露したかたち)
と、遣り合っている二人に、上方者が 「ハハハハハ、いや、お前方は、とんとやくたいな衆じゃわいな」 弥次郎兵衛が、 「ええ、やくたいでも、悪態でも、うっちゃっておきゃァがれ。 よくつべこべとしゃべる野郎だ」 上方者は、関わり合いにならない方がいいかと、 「ハァこりゃご免なさい。ドレお先へまいろう」 と、そうそうに挨拶して、足早に行ってしまう。 その後ろ姿をみながら、弥次郎兵衛は、 「いまいましい。うぬらに一番へこまされた。ハハハハハ」   この話の間に、三ケ野橋を渡り、大久保の坂を越えて、早くも見付の宿(磐田市)にいたる。
北八、 「アァくたびれた。馬にでも乗ろうか」 ちょうどそこへ、馬方が、 「お前っち、馬ァいらしゃいませぬか。 わしどもは助郷役に出た馬だんで、早く帰りたい。 安く行かずい。サァ乗らっしゃりまし」  (助郷…東海道の交通の確保のために、沿線の村々に幕府がかけた役務で、人馬の徴発を含めて重いものだった)
弥次郎兵衛は、 「北八乗らねえか」 と、問い掛けると、 「安くば乗るべい」 と、馬の相談が出来て、北八はここから馬に乗る。 この馬方は助郷に出た百姓なので、商売人の馬子でないから丁寧で慇懃である。
弥次郎兵衛は、 「そうだ、馬子どん。ここに天竜川の渡しへの近道があるんじゃねえかな」 と、思い出して、聞いてみると、 「アイ、そっから北の方へ上がらっしゃると、一里ばかしも近くおざるわ」 と、馬方がいう。 北八が、 「馬は通らぬか」 と、更にとうと、 「インネ、徒歩道でおざるよ」 と、ここから弥次郎は一人近道のほうにまがる。
北八は馬で本道を行くと、早くも加茂川橋を渡り、西坂の墳松の立場に着く。 茶屋女が声をかけてくる。 「お休みなさりやァし、お休みなさりやァし」 茶屋の婆も声をかけてくる。 「名物の饅頭買わしゃりまし」 馬方が、その婆様に声を掛ける。 「婆さん、おかしな日和でおざる」 「お早うございやした。いま新田の兄いが、一緒に行こうかと待っていたに。 コレコレ横須賀の伯母どんに、言いついでおくんなさい。 道楽寺さまに勧説法があるから、遊びながらおいでと言ってよう」  (道楽寺は遊びながらおいでにこじつけた架空の寺の名) 馬方は、 「アイアイ、また近うちに来るように伝えときましょう。ドウドウ」 と、いうと、また歩き出した。
「この馬は静かな馬だ」 北八は、珍しく乗りやすい馬なので、つい、そういうと、 「女馬でおざるわ」 と、馬方が、こたえる。 北八は、にんまりして、 「どうりで乗り心地がよい」 馬方が、問い掛けてきた。 「旦那は、お江戸はどこだなのし」 「江戸は日本橋の本町」 と、北が答える。 「はあ、えいとこだァ。わしらも若い時分、お殿様について行きおったが。 その本町というところは、なんでもえらく大きい商人ばかしいるところだァのし」 と、昔のことを思い出しながら、話してくる。 「オオそれよ。おいらが家も、家内七八十人ばかりの暮らしだ」 と、またまた、くちからでまかせ。 馬方もしんじているにのかいないのか、 「ソリャ御大層な。お神さまが飯を炊くも、たいていのこんではない。 アノお江戸は、米がいくらしおります」 「まあ、一升二合、よい所で一合ぐらいよ」 と、考えながら言うと、 「で、そりゃいくらに」 と、馬方は、よく分からない。 「知れたことよ、百にさ」 と、北八がいうと、 「はあ、本町の旦那が、米を百文づつ買わしゃるそうだ」 馬方は勘違いして、そういう。 北八、笑いながら、 「ナニとんだことを。車で買い込むは」 「そんだら両にはいくらします」 と、馬方。 「なに、一両にか。ああ、こうと、二一天作の八だから、二五の十、二八の十六でふみつけられて、四五の廿で帯解かぬと見れば、無間の鐘の三斗八升七合五勺ばかりもしようか」  (割り算の九九の二一天作の八は一二天作の五の間違い、途中から浄瑠璃の文句でごまかしている。米の値段も出でたらめ) と、何やら、難しそうな、計算をはじめる。 「はあ、なんだかお江戸の米屋は難しい。わしにゃァわからない」 馬方は、すっかりけむに負かれて、 「わからぬはずだ。おれにもわからねえ。ハハハハハ」 と、北八も自分でいっててわからなくなった。
この話のうちにほどなく天竜川にいたる。 この川は信州の諏訪の湖水から流れ出て、東の瀬を大天竜、西の瀬を小天竜と言う。 舟渡しの大河である。弥次郎は近道を歩いてここで北八を待ちうけ、ともにこの渡しを越えるとて、一首。
 水上は 雲よりい出て 鱗ほど 浪の逆巻く 天竜の川  (水、雲、鱗、浪、逆巻く、みな竜の縁語の竜づくしが趣向)
舟からあがって立場の町にいたる。 ここは江戸へ六十里、京都へも六十里で、東海道の振り分けになるから中の町(浜松市)というそうだ。
 傾城の 道中ならで 草鞋がけ 茶屋に途絶えぬ 中の町客  (ここを江戸吉原の中の町に見立てて、花魁道中の高足駄の代わりに草鞋、吉原の引き手茶屋と街道筋の茶屋、どちらも客が絶えぬと言う趣向)   それより萱場、薬師新田を過ぎて、鳥居松が近くなったころ、浜松宿の宿引きが出迎えて、 「もし、あなたがたァお泊りなら、お宿をお願い申します」 と、二人の呼びかける。 北八がそれに答えて、 「女のいいのがあるなら泊りやしょう」 客引きここぞとばかりに、 「ずいぶんおざります」 と、いうと、弥次郎兵衛が、 「泊まるから飯も食わせるか」 宿引き 「あげませいで」 北八、 「コレ菜は何を食わせる」 宿引き、 「ハイ当所の名物、自然藷でもあげましょう」 「それがお平の椀か。そればかりじゃあるめえ」 「 それに推茸、慈姑のようなものをあしらいまして」 「汁が豆腐に蒟蒻の白和えか」 と、北八が、客引きとやりあっている。
弥次郎兵衛が、 「まあ、軽くしておくがいい。その代わり百ケ日には、ちと張り込まっせえ」  (ここのやり取りは、宿引きの言うのが、野菜ばかり並べた精進料理なので、死人の法要の料理だと皮肉ったのである。法要では、当初と百ケ日には料理を張り込むのがしきたり) 「これは異なことをおっしゃる。ハハハハハハ。時にもうまいりました」 「オヤもう浜松か。思いのほか早く来たわえ」 と、弥次郎兵衛、ここで一首読む。
 さっさっと 歩むにつれて 旅ごろも 吹きつけられし 浜松の風  (松風の音の颯、颯と、さっさと歩くとにかけている。風に吹き送られて早く着いた意味も含む)
その横を宿ひきが駆け抜ける。
宿引きは、旅館に駆け込むと、 「サァサァお着きだよ」 と、置くに声をかける。 「お早くございました。ソレおさん、お茶とお湯だァよ」 それに、こたえて、この旅館に亭主が出てくる。 弥次郎兵衛が、 「イャそんなに足はよごれもせぬ」 と、いうと、亭主 「そんなら、すぐにお風呂にお召しなさいまし」 と、奥に案内しようとする。
つづく。
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kozuemori · 9 months
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キリストの生誕の地として知られるパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のベツレヘムでは、今年のクリスマス行事が中止になったそうです。パレスチナ自治区ガザ地区へのイスラエル軍の侵攻で民間人の犠牲が増え続けているためで、観光客や巡礼者がベツレヘムへの旅行を控え、この時期に最もにぎわうこの地が、今年は12月に入って閉鎖状態になっています。
ベツレヘムの教会では生まれたばかりのキリストが爆撃による瓦礫の中に置かれ、聖母マリアが彷徨いながら幼子を捜している様子が『キリストの降誕』として再現されています。
以下、現在のガザの状況をまとめてみました。
・・・・・
10月7日以来、ガザでは20,000人以上の市民がイスラエル占領軍によって殺されている。この数には8,000人以上の子どもたち、少なくとも97人のジャーナリストやメディア関係者、少なくとも310人の医療スタッフ、136人の国連職員が含まれている。約1,700世帯から複数の人々が殺され、15,000人以上の子どもを含む52,000人以上が負傷している。ガザでは少なくとも1,000人の子どもが片足または両足を失った。人道支援団体によると、瓦礫の下で行方不明になっている人がまだ何千人もいるため、実際の死者数は20,000人をさらに上回ると報告されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエルがガザでの戦術として民間人の飢餓を利用していると報告した。イスラエル政府高官は、ガザの市民から食料、水、燃料を奪うことを目的とした公の声明を発表しており、この声明はイスラエル軍の軍事作戦に反映されている。
国連は12月21日、ガザの4人に1人以上が飢餓状態にあり、ガザ地区の全人口が飢饉の差し迫ったリスクに直面していることを明らかにする報告書を発表した。
ガザに避難している190万人の間で、病気が急速に広がっている。 世界保健機関の職員によれば、髄膜炎、黄疸、水ぼうそう、伝染性膿痂疹、疥癬、上気道感染症などがそれにあたる。
+972の報道によると、避難所の混雑した状況、清潔な水と衛生的なトイレの不足が、包囲された飛び地全体に病気を急速に蔓延させていると専門家は指摘している。
ユニセフはガザでは清潔な水が不足しているため、病気により死亡する子供が増えると警告している。また、ガザの子どもたちは一滴の水も飲むことができず、彼らやその家族は、安全でない水源からの塩分濃度の高い水や汚染された水を使わざるを得ないとし、安全な水がなければ今後数日のうちに、より多くの子どもたちが困窮や病気で命を落とすだろうと付け加えた。
ガザでは6万戸以上の住宅が完全に破壊され、さらに25万4000戸以上がイスラエル軍の空爆によって損壊した。
ガザ全域で部分的に機能している医療施設は36カ所のうち8カ所のみで、北部には機能している病院はない。
南部にある機能的な病院は、収容能力の3倍で運営されている。
ガザの学校の69%以上が被害を受けた。
およそ625,000人(100%)の生徒が、現在教育を受けることができない。
12月19日、ユニセフは声明を発表し、ガザ地区は子どもにとって世界で最も危険な場所であると述べた。また、ガザの子どもたちが栄養失調、病気、食料、水、医薬品、衛生設備、保護の欠如という危機に直面していると指摘した。病気による子どもの死亡は、砲撃による死亡を上回る可能性があるという。
国連人権高等弁務官事務所は、イスラエル軍がガザ地区で少なくとも11人の非武装のパレスチナ人男性を家族の目の前で殺害したという情報を入手したと発表した。イスラエル軍はその後、女性や子どもたちを部屋に入れるよう命じ、発砲したり手榴弾を投げ込んだりしたとされ、幼児や子どもを含む何人かが負傷したと伝えられている。
12月20日、イスラエル軍は2日間の包囲の後、ガザ北部のジャバリヤにあるパレスチナ赤新月社の救急車センターを襲撃した。職員と救急隊員は逮捕され、確認できない場所に連行された。
12月19日、ガザ市のアル・レマル地区で5階建てのビルが襲撃された。100人以上が死亡し、16人が負傷した。さらに50人が瓦礫の下で行方不明となっている。
国連人権事務所は12月16日、ガザ北部からの報道を引用し、『イスラエル軍による子どもや女性を含む数千人のパレスチナ人の大量拘留、虐待、強制失踪』に関する報道声明を発表した。
ワシントン・ポスト紙の分析によると、イスラエル政府が提示した証拠は、ハマスがアル・シファ病院を指揮統制センターとして利用していたことを示すものではなかった。 同紙ではオープンソースであるビジュアル、衛星画像、および公表されたすべてのイスラエル軍が公開した資料が使用された。 同紙の分析は以下の事実を示している。
イスラエル軍によって発見されたトンネル網に接続された部屋には、ハマスによる軍事利用の即時痕跡は見られなかった。
イスラエル軍のハガリ報道官が特定した 5 つの病院の建物はいずれもトンネル網に接続されていないようだった。
病棟内からトンネルにアクセスできたという証拠はない。
イスラエル軍が施設に入る数時間前に、バイデン政権はイスラエルの主張を裏付けるものであるとして米国情報機関の評価を機密解除した。 襲撃の余波を受けて、イスラエルと米国の当局者は当初の声明を堅持している。
アメリカ政府はアル・シファ病院に関する機密解除された資料を一切公開していない。
ハガリ氏は22日、定例会見で戦況について説明し、「ガザ地区北部の作戦は最終段階にある。制圧に近づいている」と述べた。
・・・・・
ストリートアーティストのバンクシーが22日、ロンドン南部の交差点にある標識に描かれた新作をインスタグラムで発表しました。この作品は一時停止を求める「STOP」の標識の表面に軍事用ドローンが3機連なったもので、反戦を訴えたとみられています。
2003年、バンクシーは初めてベツレヘムの分離壁に『Love is in the Air』というタイトルの作品を描きました。顔をバンダナで隠した暴徒のように見える1人の男性が、今にも火炎瓶を投げつけるような姿で描かれていますが、手に持っているのは武器ではなく、花束です。バンクシーは2005年にもベツレヘムを訪れ、分離壁に幾つかの作品を残しています。その1つが『Girl with Balloon』で、風船を持った少女が宙に浮く姿は、分断壁の撤去と人間の自由に移動する権利を現しています。分断壁に設置された監視塔にいるイスラエル兵に狙撃されるかもしれないという危険を冒しながら描いたという、バンクシー自身のコメントも話題になりました。
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バンクシーは分離壁の真正面にある『ザ・ウォールド・オフ・ホテル』(THE WALLED OFF HOTEL:壁で遮断されたホテル)のオーナーでもあります。2017年にオープンしたこのホテルは『世界一眺めの悪いホテル』と呼ばれ、客室の窓からは目の前にはばかる無骨な分離壁しか見えません。
私も自分なりの反戦アートを作ってみました。(写真上)
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今後のイベント・ワークショップ 
ドロップイン・ナイト 木曜日 19:00〜20:00
3月7日(木)指導霊(スピリット・ガイド)のサイキックアート
詳細とお申し込みはこちらからどうぞ。
2024年春学期クラスへのお申し込みを受け付けています
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2024年春学期クラスへのお申し込みを受付中です。新たに単独でのアウェアネスベーシック前期クラス(全5回)を含むラインナップが揃っています。
新規の方はこちらからお申し込みください。
継続受講の方は直接ショップからお申込みください。
私のサイトでお申込みいただけるクラス以外にも、私の担当日があるクラスがあります。詳しくはサイトにてご確認ください。
新たな年を迎え、共に霊性開花の光を灯し続けましょう。皆さまのご参加をお待ちしています!
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shukiiflog · 1 year
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ある画家の手記if.10
抱きしめるほど深く僕になにかが刺さっていく
ポツリと頰になにか当たった、生暖かい感触。 ソファの上で閉じていた瞼をあげる、窓を開け放していたせいで雨が降り込んできたらしい。 立ち上がって窓を閉めながら時計を見る。10時半。 横でソファに沈み込みそうになっているケータイが鳴った。電話だったので出る。 『ーーーあれ、今日は出るんだ?』 知り合い。 「ひどい言い方だなぁ… 気づいた時はちゃんと出てるよ」 起きたばかりの目を手で押さえて擦る 『絵を描いてたら気づかなかったことにするって』 「ん……」確かにそうだけど 『今からそっち行ってもいい?』 「それは…」今夜そういうことをするしない以前に 「困るな…今は人を待ってるから」 『そうなんだ、じゃあ、また声かけるね』 切れた。余計な詮索はなし。お互いに目的が明快だな いつのまに眠り込んだのかよく覚えていない、隣にくったりと寝そべっているかいじゅうくんを抱き寄せる、記憶を辿ってなんとか繋げようとしてみる、今日は… 香澄が 来た ここに居た、けど、 窓の鍵をおろす。一旦ソファに座る。顔の前に垂れた前髪をかきあげて頭をはっきりさせようとする。髪が伸びてきたな まさか丸一日以上ここで眠り込んでたことはないだろう、それなら香澄は コンビニへ行くと言って出ていった。明るいうちに。僕が眠ってしまっていた間に一度戻ってきた?それで帰ってしまった? 分からないけど僕の頭にあるのは入院する直前の夜、踏み切りの向こうに突き飛ばしたまま置いてきた香澄は、他人事の諍いに首を突っ込んで怪我を負ってやってきた 反射的に勢いよく立ち上がって勢いのまま横のテーブルの天板に思いっきり脚をぶつけた。 「…ッっ〜……」 痛い  骨が内側から振動するみたいに「お…れ、は、…っ」なにを、やってるんだ 理不尽な痛みに片手で打った足を押さえながらもテーブルにもう片手をついて、頭を振ってしっかり立つ。 テーブルの上で指先に触れた腕時計を掴んで顎でおさえながらそれを手首に巻く。 大きなイーゼルの脚にかけていた上着をとって袖を通しながら部屋の電気を消していって玄関を出る。 鍵をかけてナカザトさんの壺の水の中に落としていく。 階段を駆け下りる、まだひどくないけど少しずつ雨足は強まっている。 追いかけて間に合うのかも分からないけど僕の体は動き出す。 なにもないならそれでいいから 僕の目の届く場所に
香澄がどこをどう歩いたかなんて検討もつかないのでとりあえず一本道の坂を下りたところにある行きつけのバーに入る。 サーフィンと芸術が好きな店主と僕はご近所さんで友人だ。この時間帯が一番賑やかな店。 「マスター、僕だけど」 顔の横で扉についた鈴が鳴る。 「直人くん、いらっしゃい。いつもの?」 「あ、いや……」 店の中の数人の客が微かなトラブルの気配に僕のほうへ視線を向ける。 「……大学生くらいの男の子が、ここを通ったと思うんだけど、茶髪の。見なかったかな」 このへんに大学や若い人向けの施設はないから香澄は通りすがりとしてはまあまあ目につく部類のはずだ。 そうだ、それに 「顔に、傷跡が……首のあたりまである大きな怪我のあとが、ある」 あれは、目立つのかもしれない、ただ香澄なんじゃなくて、あれは特徴的ななにかかもしれない、ただ美しいだけじゃなくて 「探してるの?」 客の中の一人が僕とマスターのやりとりを見ていて応えた。心当たりがあるらしい。 「いつ頃、どこで見ました?」 「ついさっき、ここにくる途中の高架下で。遠目にしか見てないけどあれは可哀想だったね」 あれ、が、可哀想、って? 「ど、う、いう…それは、」 僕がカウンターに身を乗り出して問いただすみたいにしたせいで、その人は少し体を後ろに引いて面倒そうに眉を顰めた。 「どうって…ただ色々大変だろうってだけで、変な意味じゃ……」 「直人くん、事情はよく分からないけど行ってみたら?高架下あたりは暗くて危ないし。傘なら貸すから」 空気が悪くなる前にマスターが僕と客の間に傘を自然に差し込んだ。 それ以上どう言える訳もなく、僕は傘を受けとると控えめな礼だけ言って、マスターに傘を返しにくるのを約束して店を出た。 ーーーーー可哀想 僕は そんな目で 見つめたことが一度もなかった でも  そうも見えてしまう  或いはもっと別な風にも それは 知���てる、肖像画に何��でもしてしまえるように 香澄を見る目が無数にある 僕から香澄へ向ける視線が一つ 幾重にも僕から香澄へ重ねられてもそれは一つだけ 僕に許されるのはその一つだけ あの日、描けないと思って目を閉じた 僕の前にいる香澄以外を  僕には尊重しようもない…から   そんなのはいないのと同じ…だったはずだ   ほんとうに? 可哀想な香澄、色々大変な、香澄 僕の目の届かない、僕の目の前にいない、僕にはどうにもできない、香澄、そこに、刺青が、小さな細かい傷跡が、たくさん降り積もったんだ、 あの日、裸の背中に それを見た 「………っ、」 得体の知れないなにかに耐え難くてごくりと喉を鳴らす、本格的に降ってきた雨の下、持っている傘をさせない 息が詰まる 桜の散り始めた小さな神社を通りすぎて、石畳をおりて、坂道を大股で急ぎながら高架下へ 髪が雨水を含んで僕の顔に張り付く 雨を吸った花弁が革靴の裏についてきて足元を滑らせようとする この辺りはどう歩いても桜、どこまでいっても桜が続く 遠目になにか白いものがゆらゆらしている 尻尾。神社のシロさんだ、この辺りで一番人懐っこい猫 を、高架下でギリギリ雨を避けながら、しゃがんで撫でている、香澄 いた
「………え、あ。」 走り寄ると、見つかった、というような少し慌てた目をして、香澄は立ち上がった。 「……やっぱり香澄は、好かれるね」 シロさんは僕の姿をみとめるとサッとどこかへ逃げて行ってしまった 「けど僕は嫌われる」 「…な、直人、ごめん」 香澄が謝ることはないよ………と、思ってるし、言いたいけどね、 「ーーー香澄、わざとやってる?」 出てきたのはあまり優しい言葉じゃなかった。 「……え…」 髪から伝う雨がうざったくて前髪をかきあげる、香澄の視線を感じる、雨に混じって僕が泣いてるのに気づいた なんで  僕にもよく分かってない 何かが歪むように痛む いつ傷つけたのかも覚えていないようななにかが思い出したように���む   痛む 香澄が誰かになにか言われるのが、僕の中でずっと引っかかって 見たくないものを真正面に据えられてるみたいだ、目を逸らしたいけど そこにあるのが分かるから、どうしたって視界に入る、逃げられなくて堪らない さっさと絵にして次へいけたら、 香澄を描くのに失敗してから僕はずっと 色んなものと上手く折り合えなくなった気がする、前はもっと単純だった そんなに簡単に済まないって 何もかも僕以外が急に叫び出した 煩いだけじゃなくなって 僕に混じろうとするものが 醜くたくさん重なって まるでもう美しいみたい、 描く気にもなれないくらい 「直人…、ごめん、」 さっきのごめんと少しニュアンスが違う。 「俺…なにか、した…?」 「なにも」 してないよ。香澄になにかされたことなんてあったっけ 香澄、可哀想な香澄、色々大変な香澄、大学生で、いま二十代で、顔に僕の夢ごと負ってしまった傷跡があって、背中に僕じゃない人から負わされた刺青があって、 幾重にも重ねて傷つけることが描いていくことになるなら僕は人間なんて描きたくない 描けないなら見えない 見えないなら描けない そういう関係だったんじゃないのか? 「直人?…どうしたの、なんか変だよ」 「…そうかな」 「濡れてるよ、傘使わなかったの?」 まともに何も言えないまま強まった雨に打たれてずぶ濡れだけど今日の雨はそこまで冷たくない。 濡れていない高架下に入ればいいのにそこに香澄がいるから入れない。 雨音に混じって頭の上の遠くから電車の近づいてくる音が聴こえる。 高架の根元から絡まるようにして大きな桜の樹が枝を伸ばして、道沿いにできた雨水の水溜まりに白く花筏が浮かんでいた。 そういえば桜なんて咲いてた 筆の乗っていたここ数日アトリエに篭りきりで外がどうなっているかなんて気にも留めてなかった この雨で散りきってしまうかな 香澄といて自分のなにが痛んでいるのか分からない でも痛み始めたんなら僕には逃げる道がない 痛むものを見つめないと 「香澄…      」 電車が 僕らの上を通る。 香澄の唇がなにか言葉を紡ぐのが見えた。 僕の口からも勝手に溢れる 〝香澄といるとあちこち痛むよ、前はそんなことなかったのに 離れて過ごしてたら僕だってちゃんと絵を描いて生活してる 一緒にいると上手くいかなくて、なんでだろう わざとやってるのか?〟
電車が過ぎていったあと、ようやく耳に届いた、僕のケータイの鳴る音。 上着のポケットから出して電話をとる。 『ーーー今日はちゃんと出るね』 知り合い。 「うん」 『…泣いてる?』 「…いや、」 香澄は他人の会話をうっかり聞かないようになのか少し顔を伏せた。 『大丈夫なの?』 「うん。やっと会えたから」 香澄の頭をがしっと掴んで逃げないように首に腕をまわして引き寄せてホールドする。 「いたた…  な、直人、」 電話口に聞こえないようになのか小さめな抑えた声で香澄が抵抗しようとする。 それをさらにぐぐっと締めつける。勝手になにも言わないで帰ったことへの恨みがちょっとこもっている。 香澄ごしにケータイを持ち替えて、なんとか耳にあてて話す。 『会えたって、待ってた人?』 「うん」 『よかったね』 「ちょっと居眠りした隙にも逃げるんで油断できないけどね」 「……。」 黙り込んだ香澄の頭にゴツンと頭突きした。木彫りかいじゅうくんと違って重みのある一撃。 『今日はほんとにダメみたいだね』 「うん、悪いけど」 『ううん、その方がいいよ、あなたいつでも断らないから』 そうだったのか。意識したことがなかったけど、断る理由もなかったからかもしれない。 電話越しの相手は断られたのに少し嬉しそうな声だった。 いつも、誘われて訪ねられて声をかけられて、 「今度は俺からも連絡するから。いつも怪我させて…色々ごめん」 『うん、おやすみ』 電話を切ってから香澄の首を両腕を使って締めなおす。 「く、くるしいって、直人〜」 「うるさい。」 抗議は聞かない。 香澄の首に回した腕をさらに締めあげて、 口元にきた自分の腕に歯を立てる。 服の上から、腕を噛む。 ここまで近くに引き寄せたら風景の中に香澄はいない。そのことに少し安堵しながら、 高架、コンクリートの壁に落書き、桜の樹、アスファルト、弱い街灯、光る雨、水溜り、ぼんやりと輪郭を濁した月、僕の腕に腕時計、 「直人…?」 「……。」 香澄に気づかれないように、強く抱きしめたまま離さない。 何かが歪んで壊れそうなのを 歯を食いしばってやり過ごす これ以上閉じられないくらいに強く瞼を閉じる ガリ…と皮膚の裂けかけた感触がして、身体から力が抜ける、 その瞬間まで止まりそうだった息ができるようになった 「………香澄」 「……。」 大丈夫、帰って描いてしまえば今日も絵になる 「…直人、」 「何も…なくてよかった、駅まで送るよ」
持っていた傘をさして、男二人では少し足りない分、香澄の方へ傘を傾けて 元から濡れてた僕の片方の肩にさらに雨が降り注ぐ。今日の雨は温かい 道のわからない香澄を一番近くの駅まで送っていって、ホームまで一緒についていく。 タイミングよくきた電車に香澄の体を押して乗せた。 何か言いたげな香澄を無視して電車の扉が閉まる。 それを一人で見送った。 電車の窓から香澄はずっと僕の方を見ていた。 その視線に笑顔でこたえる。 行ってしまった電車の舞い上げる風に煽られて上着がはためく、僕の片腕に 服の上からうっすらと見てとれる血が滲んでいた
続き
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ou-dan · 1 year
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4月23日はシェイクスピアの生没記念日シェイクスピア・デーです。シェイクスピアの没日がこの日で、誕生日も洗礼日から考えるとたぶんこの辺だろうということでシェイクスピアを記念する日になっています。
毎年恒例シェイクスピア戯曲でなんか描く、今年はハムレットにしました。
『ハムレット』超圧縮あらすじ
デンマークの王子ハムレットが父の死により留学より帰省。すると喪の期間もそこそこに母ガートルードが叔父クローディアスと結婚して叔父が王になります。そのことに憤懣やるかたないハムレットですが、深夜父である先王が亡霊として現れ、父はクローディアスに殺されたのだということがわかって復讐を目指す境遇となります。
ハムレットはクローディアス、そして父を裏切った母への復讐をする機会をうかがうために気がふれたフリをし、恋人であったオフィーリアにもひどい言葉を吐きます。そんな中、ハムレットは間違ってオフィーリアの父親を殺してしまい、メンタルにとどめを刺されたオフィーリアが自失状態になり水死。ハムレットのせいで父と妹を失ったオフィーリアの兄レアティーズはハムレットを恨みます。
ラストではクローディアスがハムレットを殺すべく毒の入った酒を用意し、レアティーズはハムレットとの剣技の勝負で剣に毒を塗っており、それぞれハムレットの死を目指して動いていますが杯の毒酒はガートルードが飲み、剣の毒はレアティーズもハムレットも受けてしまい、自分の命が尽きると知ったハムレットはクローディアスを刺し、毒の入った杯を無理やり飲ませて殺します。
主要登場人物がほぼみんな死に絶えてしまうなか、ハムレットの友人であるホレイショだけが生き残り、ハムレットの遺言でこの酷い出来事を語り継ぐ役割を負います。
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今回の絵は、下絵は魚眼パース定規を使ってみたかったのでClipstudio、塗りはRebelleで行いました。 昨年からの個人的なテーマであるデジタル水彩塗りを引き続きやっておりまして、Rebelleの水っぽい質感の塗りをしてみています。Rebelleでは水の流動の演算があるので、Clipstudioより湿度のある塗りができる感触があります。あとRebelleを出しているメーカーのEscapemotionsのソフトウェアを使った作品コンペの締め切りが今日だったので、それに参加したくて描いたという面もあります。描き始めたのが遅かったので間に合うかちょっと焦りましたが無事に参加できてよかったです。Rebelleもうちょっとがりごり使っていきたいね。
これは描き途中段階のデータのスクショ。見返すと描き方めちゃめちゃ悩んでるな……。
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画題の話に移ります。 今回は和風でハムレットを描いてみました。シェイクスピア戯曲のローカル翻案は色々な場所で様々行われています。先達に倣って私もやってみました。日本の古い家のろくでもない家督争いに関する悲劇としてハムレットを読んでみています。
名のある家、という漠然としたイメージで描いたけど、もともと武家だったが現在は貿易で儲けてる的な感じかな。多分ハムレットはホレイショと共に東京の大学に行っているし、元家老みたいなポジションのポローニアスはハムレットの家の敷地内か所有の別宅にオフィーリアたちと共に住んでるし家族ぐるみのつきあい、レアティーズはフランスに外遊して戻ってきたら「ハムレットより将来有望」みたいな感じで慕われているはず。
今回の絵の背景は、父の葬式のあとすぐの母の結婚式、という流れから鯨幕と紅白幕が接続しています。鯨幕が葬式で使われるようになるのは昭和になってかららしいですね。そもそも日本で葬式の色が黒になったのもそんなに歴史が古いわけではないようですし、このへんはちゃんと調べないといけないなと思いました。参列者も白装束だった、というのは案外最近まであった・ある、という話も身近で聞きます。よってこの絵の時代設定はかなりふんわりしていますが、「なんかちょっと古い日本」ぐらいの漠然時空ということでよろしくお願いいたします。
オフィーリアの背景の屏風(片方しか描いてないけど画面外にきっと左隻があることでしょう)はミレーのオフィーリアの絵画の色味から印象を持ってきています。オフィーリアの着物の柄には4幕5場でオフィーリアが登場人物たちに渡す花のデフォルメと川に落ちて亡くなる運命から流水文のようなかたちに。いや、もっとちゃんと和柄にしたかったけどリサーチが足りなくてふんわりした柄になってしまったのでそれはちょっと反省点です。こういう時、教養が全然足りないわね……って思いますね。ガートルードの帯も渡される花にデイジーがあるので菊です。
オフィーリアが花を配る場面は花言葉に意味を見出すシーンではあると思うのですが、花言葉は国や地域や時代で様々ありすぎて意味の固定が���見一発では無理なんですよね。こういう意味で読み取ります、という了解を表現する側・見る側で共有しあってないと効果にならないので難しいなと思います。
オフィーリアに膝枕しているハムレットの様子は3幕2場の劇中劇を見る一同の様から。この絵の手前にガートルード、クローディアス、ポローニアス、ローゼンクランツ&ギルデンスターン等々の面々がいて、『ゴンザーゴ殺し』を見ているところでしょう。そしてその内容にクローディアスがどう反応するか、ハムレットの後ろにいるホレイショが観察しています。
こういうちょっと古い時代の日本を舞台にしたシェイクスピア戯曲翻案物は連続ドラマか映画で見てみたいです。現代日本でもいいけど現代に近づけると改変度合いが高くなって構成が大変そうだからね。
毎年描いているシェイクスピア戯曲題材作品はこちらにまとめていますので、過去のイラスト・漫画もよかったら見てってくださいませ。
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makikoakiyama710 · 1 year
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フールナイト:ディストピアの装飾文様
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青々と茂る草木に色とりどりのかぐわしい花々。それらは生命維持に必要な酸素を供給してくれるだけでなく、その姿形によって私たちの目を楽しませてくれる。冬になると葉を落とし春になると芽吹くサイクルは、主に生命の賛歌としてさまざまな形で表現されてきた。
安田佳澄による漫画作品『フールナイト』に登場する植物はそれらとは性格を異にする。舞台は24世紀。厚い雲が地球を覆うようになって100年が経ち、ほとんどの植物が死に絶えた世界で、人間は自らを植物に「転花」させて酸素をまかなう究極の自給自足を強いられている。転花に志願した者は、対価として国から支給される大金で人としての短い余生を好きに過ごすことができる。当然、志願者は余命いくばくもない者や貧困にあえぐ者だ。
主人公は神谷トーシローという若者で、病の母を抱えギリギリの生活を送る彼は、失職を機に転花の意志を固める。その処置を請け負う「転花院」で出会ったのは幼なじみの蓬莱ヨミコである。ヨミコはそこの職員となって人々を転花させることを生業としていた。仲良しのふたりの関係は、持たざる者が持てる者に命を差し出す残酷な社会を縮図している。
手術を終えたトーシローはなぜか、人が転花した植物=霊花の声を聞き取れるようになっていた。この特殊能力のおかげで転花院の職にありつけはしたものの、大小さまざまなトラブルにも巻き込まれていく。トーシローをはじめ、登場人物たちの周りには常に植物が生い茂っている。
作品の設定世界における植物は元人間なのだから、まともな神経の持ち主なら草花を無邪気に愛でることはできないだろう。では、それらをかたどった柄や文様ならばどうだろう。純粋な装飾として楽しめるものだろうか。実際、この物語には文様や装飾がたびたび登場する。そのほとんどは話の筋と無関係だが背景の一部として片付けるにはあまりにも強い存在感を備えている。それらについてああだこうだ類推するのがこのテキストである。
『フールナイト』の大きな魅力のひとつが手描き表現の緻密なディテールであることは間違いない。だから装飾文様もそのひとつだと言ってしまえばそれまでだが、装飾好きの筆者としては強引な見方になるのを承知で本作における装飾や文様の意味を深読みしてみたい。
たとえば主人公たちが勤める転花院や食堂、個人宅などの場面には、床のタイルや壁のパターンとして幾何学やアラベスク調の模様が幾度となく出てくる(インテリア全体がしゃれており、建築やデザインに対する作者の偏愛や趣味がうかがえる)。手描きによる緻密な描写もあいまって、それらの装飾はそれ自体で魅力的だ。
だが登場人物がこれらの凝った装飾を気にかける様子はない。当たり前といえば当たり前だ。その世界の住人にとっては日々目にする光景に過ぎず、見慣れてしまえば何の感情も湧き起らなくなる。同時に、読者の目を引くに足る装飾に囲まれながらそれらに対してまるで無関心なその姿は、彼らが生きる現実がいかに厳しく殺伐としたものであるかを表しているようにも見える。
同時に、多くの装飾は元をたどれば植物をはじめとする自然界の造形が抽象化されたものであることを思うと、人の手によって人工物の形に押し込められた自然が、装飾の姿をとって四方八方から人間を取り囲み、じわじわと追い詰めているように見えなくもない。
純粋な鑑賞対象としての装飾もひとつだけ登場する。第5巻収録の「ジオメトリック金魚」である。ジオメトリック金魚は体表に幾何学模様が浮き出るようゲノム編集された金魚で、この回ではメインキャラのひとりである八束アキラが新種のマラケシュ柄に執心する様子が描かれている。
エリートで口が悪く、感性の鋭いアキラは、ロゼッタ柄のネクタイがトレードマークのおしゃれな青年だ。毎日を生きるのでやっとのトーシローには理解したくとも理解できない「心の豊かさ」を地で行くのがアキラである。つまり彼は、装飾を愛でる余裕のある環境で育つことができた一握りの人間なのだ。装飾に対する彼の態度はそのまま、トーシローとの格差を物語っている。
こと金魚について言えば、私たちが目にする鑑賞用の金魚だって品種改良の賜物なのだから現代だってやっていることに大差はない。だが、未来のディストピアにおけるジオメトリック金魚の風流は、現代のそれとはきっと違う。アキラは夏を感じたいから金魚を愛でるというが、四季が失われた世界では季節感ですら過去の遺物である。だとすると、未来の風流はノスタルジーや憧れ交じりのせつなさを帯びたものとして想像できる。
トーシローは霊花に耳を傾ける時、うんと意識を集中させる。とりわけ真剣な時の彼は、頭がうずまき管になった姿で描かれている。そのトーシローによって聞き取られる霊花の代表格が連続殺人鬼であるアイヴィーで、全身がとぐろ状のツル性植物(カギカズラ)でできている。つまりうずまき管とらせん状の植物という違いはあれど、トーシローもアイヴィーも渦巻の造形として表現されている。
水流や銀河の構造、草木など自然界のそこここに見つけることのできる渦巻き模様は、もっとも古い装飾のひとつといわれる。そして装飾とは、無秩序な世界を秩序立てて理解するための手立てだ。理解しようと耳を傾ける者、理解されるものとして傾聴される者、ふたりが初源の装飾の形をしていることは必然の一致のように思われてならない、と言ったらさすがに大袈裟すぎるだろうか。
最後に、筆者の専門分野である装身具について触れておく。とはいえ、本作には装身具の類はほとんど出てこない。ファッションにうるさそうなアキラも光りモノには興味がないらしい。そのほかのメインキャラも似たりよったりで、ピアノコンサートに行くヨミコが花のコサージュをつけている場面があるものの、これはドレスアップの記号にすぎず特別な意味があるようには見えない。
いつも決まってジュエリーをつけているのは、アキラの叔母で警部の八束ミネで、正三角形のメタルプレートをいつも耳から下げている。その描き方が独特で面白い。留め具や金具が省かれており耳下で宙に浮いている。現実世界ではありえないこのミステリアスな浮遊感は、二次元ならではジュエリーの表徴といえよう(まったくの余談だが、この思い切った省略表現は、くるぶしから下をまるまる省略したジュリアン・オピーの人物画を思い起こさせた)。
またこの三角形は常に「面」で描かれており、側面である断面が見えることはない。立体物を面に服従させるというこのテクニックは、平面作品においてありがちといえばありがちな手法ではあるものの、この作者の手にかかると二次元的な装飾への偏愛にも見えてくるから不思議である。
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doctormaki · 1 year
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Kienと別れてから、ドレスデン城を観光できなったから、また今度、マイセンとセットにして帰ってこよう!と思いつつ、Anjaの待つLeipzigへ。Leipzigは、言わずと知れた音楽の町。Bachが教会音楽奏者として活躍し、メンデルスゾーンが王侯貴族ではなく、市民のために開放された音楽堂ゲヴァントハウスの指揮者として、近代指揮法を確立した晩年を過ごした場所だ。憧れの場所。
Anjaさんには申し訳ないが、午後到着後はBach博物館へ一人で行く。夕方から閉館近くまで3時間も入り浸る。幸せ。Bach家の紋章が入った布バッグも閉館直前にゲット。館内には中国人や日本人など、アジア人比率の方が高い。Anjaさんには夕食を御一緒したいと御願いしておく。19時からの夕食に、18:45にホテルまでお迎えにきてくれた。ゲーテが通い、森鴎外も留学中に来ていたレストランに連れて行ってくれた。
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上の写真はLeipzig大学。この大学は東ドイツ時代にはKarlMarx大学という名前に変更されていたが、1989年の壁崩壊、1990年の東西ドイツ統一を経て、名前が戦前に戻ったらしい。Anjaの御主人ChristofはLeipzig大学でチェコ語を教えている。Leipzigは、19世紀から文化の中心地であったのだが、王政により統治されていたドレスデンと異なり、ハンブルグと同じで商人市民による自治地区に当たる。印刷業、綿花取引の中心地として栄えていたので、ユダヤ人も多く暮らす地区であったらしい。ユダヤ人は金融業や工業等で成功している者が多く、金持ちは盛んに文化、教養や音楽にお金をふんだんに使っていく。そのため、Leipzig大学は戦前から有名大学だったし、元々はカトリックのベネディクト派によって運営されていたらしい。
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夕食は、チェコで辟易したKnodelのKartoffel(じゃがいも)版の舌鼓を打つ。Knodelとは、小麦粉を練って茹でたり、蒸したりした丸い団子状の食べ物。Hamburgのような金持ち地区では、Knodelには肉が入り、小麦粉と挽肉を練って茹でて、上から濃厚クリームソースをかける料理になる。チェコでは、パン代わりに食されるようで、メイン料理の付け合せに、濃厚なソースと共に良く出てきていた。Knodelの不味さに辟易していたワシは、最初、ゲーテと森鴎外が好きだったレストランのメニューに、Knodelの無いメニューが無いことに焦っていたが、覚悟を決めて牛肉のシチューとKartoffelnknodelを食べることにする。心配無用で、LeipzigのKnodelは、ふわふわで、北海道の芋団子より美味しく、ソースと絡めながら、ペロリと食べてしまった。夜は10時過ぎまでお喋りし、Anjaとの再会を楽しむ。Anjaは、南部ドイツ出身の詩人。私の最初のお友達。
翌日は朝から東ドイツ時代の市民監視技術を集めた博物館へ行く。市民監視の徹底ぶりは、小説1984並み。手紙はほぼ全て、蒸気を当てて開封されて、中味チェックされてから、再度封をして、送られる。街には監視カメラだらけ、隠しカメラの技術、スパイ活動のための変装技術など、徹底しているところがドイツっぽい。面白いのは、エリート主義により、子供の頃から優秀人材を選別し、優秀な者から国家の統治側に迎え入れていくという幼少期からの教育が徹底されていた事。また、スポーツや音楽などが、ある種のナショナリズム高揚のために使われていた事。右下の写真は、常に改善していくためのプロセス思考がプロパガンダとなっていた事の証拠。この図を見た時に、アメリカのコンサル会社にいた私は、背筋が凍った。この図表は、良く好まれて使われる。
また、Demokratikであることを謳い、東ドイツこそが、資本主義の悪に対し、平和と民主主義を守る砦なのだ!や、良く生きる、生きる喜び(lebensfreund)というプロ��ガンダが、今の左翼社会と同じで笑えた。新左翼主義の方々は、ほぼ極右と反転的に同じだという私の仮説は、全く正しいという事だ。ワシは、みんな仲良く(するために仮想敵を作ろう)とか、気候変動云々という新左翼はナチズムの再燃だと睨んでいるが、なんだか、その読みが正しいとしか思えないような展示の数々だった。
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次にバッハが勤めていた聖トーマス教会へ。前日はバッハの墓の前でゴスペルが歌われていて、ズッコケたが、Anjaと再訪した時には、ザルツブルグから招かれた楽団がイースターのためのコンサートのリハーサルをしていた。バッハの墓にはチューリップが置いてあり、ステンドグラスにはバッハがいる。リハーサルではバッハの楽曲が弾かれていたが、音がマイルドな事に驚いた。オルガンは、教会の出口側にあるが、そのオルガンの周りのスペースでオケが練習していて、教会の座席に座ると上方から音が流れてくる形になる。弦楽器が、マイルドな音になる教会の音響は、オルガンのための教会だったんだという事を、実感させてくれた。
昼食はAnjaが気に入っている、住宅地にあるフレンチカフェでキッシュを食べる。その後、近所のパン屋さんでケーキを買って、彼女のお家へ。リビングルームは大きな窓で、工業地帯を流れていた運河を見下ろせる。運河には時折、競技カヌー練習をしている人々が競艇をしている。穏やかな日差しを浴びながら、ずーっとお喋り。Anjaさんとのお喋りは、メチャクチャ楽しい。Anjaはロシアの女性詩人の比較研究で博士号取得。自身もウィーン大学などで単発講座を持ちながら詩人活動をしている。フランス語、ロシア語、チェコ語、英語に堪能な語学の才女だ。詩人である時点でも凄いのだが、彼女は現代ドイツの詩人として賞もいくつか授与されている。とても繊細で優しい。
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夕食は、Anjaさんのお家の近くでモロッコ料理を食べる。翌日は、憧れのメンデルスゾーン博物館へ。メンデルスゾーンはハンブルグ生まれ。ハンブルグで成功したユダヤ人銀行家の家に生まれ、1870年の独仏戦争をきっかけにハンブルグを離れてLeipzigへ引っ越す。唸るほどの金持ちだったので、子供の頃からGoetheに会いに行ったり、イギリスやスイスへ旅行したり、水彩画を学んだりと多才。祖父が哲学者だったので、自身も哲学で博士号を取得している。が、運命は音楽へと彼を導く。
上は彼の自筆の楽譜。繊細で几帳面なのが良く伝わってくる。字は人柄を語る。羽根ペンで、良くこんなに美しい繊細な文字を書くと感心する。愛する妻Cecileとの間に子供も4名もいたものの、姉が急死したことで神経衰弱になり、姉の死後、療養のためスイス旅行に出た時の水彩画が残されていた。美しい色合いに、メンデルスゾーンの心象風景は美しく静かだったんだなぁと思う。療養も虚しく、38歳で亡くなる。
メンデルスゾーンの功績としては、やはり近代指揮法を確立したこと。それまでは、作曲者が自ら楽器を弾きながら指揮する事が通常だったが、楽器編成が大きくなり、楽団員の人数も増えていく事に伴い、指揮者の存在が必要になっていく。Handelの編曲などを通して、近代オーケストラの在り方のために奔走する。楽団員として給料を貰えるように奔走したり、Bachの楽譜収集家と研究したり、彼の交友関係は広い。その中で、ゲヴァントハウスの指揮者として、ドイツ国内やイギリスまで公演旅行をしている。
メンデルスゾーンはユダヤ人であったが、先見の明があった父により、プロテスタントに改宗させられている。それでも、ユダヤ人はユダヤ人だとして、ナチス下でのメンデルスゾーンの評価はボロボロだった。近年になってようやく、ドイツ国内でも再評価が進んでいるらしい。。。が、まだドイツ人には受け入れられていないというか、あまり知られていないらしい。演奏する事すら禁止されていたんだから。また、ナチスだったワーグナーが酷評しており、ドイツ音楽としては認め難くロマン的過ぎるとの評価らしい。しかし、メンデルスゾーン自身は、亡くなるまで、Bachを起点にした古典派を自称していた。無盲目的につまらぬ権力に従う羊どもの無知さに、憤りしか感じないが、大衆の多くはそんなもんである事も重々承知している。
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最終日は、民主主義の集会をしていた聖ニコラス教会へ。内装がパステルピンクとパステルグリーンの可愛らしい教会。教会全体が植物をモチーフにしており、Anjaによると、綿事業によるコロニアリズムの影響だとの事。ハンブルグに戻る16:16発の電車まで、起点駅だったLeipzig駅の戦前にあったカフェでお喋りしまくり。ちなみに、LeipzigもDresdenも、第二次世界大戦中、メチャクチャに空爆されている。Leipzig中央駅も再建されているもの。ここのKarottenkuchenが、人参とクルミのケーキにホワイトチョコがかけられていて、とてもおいしかった。
またの再会を約束して、お別れ!これからは、週末は旅行に出るぞ!
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navetin · 2 years
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本日1月31日をもって東急百貨店本店が閉店。 55年の歴史に幕を閉じ、渋谷からは東急「百貨店」が消えた。 跡地は例によって高層複合施設となるらしいが、 これを読んでもカタカナ英語ばかりで何が何だか分からない。 https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1426590.html
隣接するBunkamuraもオーチャードホールを除き 一体化に向けた改修工事に入り長期休館となる。 ザ・ミュージアムやギャラリーは渋谷ヒカリエ内にて事業を継続し、 ル・シネマは昨年閉館した渋谷東映跡地に移転する。 シアターコクーンは東急歌舞伎町タワー内に開業する新劇場を始め 他劇場にて自主公演を開催するとの事。
因みに区画で言うとBunkamuraの西側の一部が松濤一丁目で その残りと東急本店は道玄坂2丁目である。 昨今は区画を越えて再開発されるので、 最早町名が意味を成さなくなっているではないだろうか。
それはさておき、 東急百貨店は1964年に渋谷区立大向小学校の土地を購入し、 1967年、同地に東急本店を開店した。 この時、大向小学校は現在の神南小学校の地に移転している。 そして1989年には東急本店の駐車場となっていた場所に 東急文化村が開業したのだが、これらの土地が全て 小学校のものだったと言えばそうでもなく、古い地図を見ると、 文化村の西側には区役所の出��所や医院、住��が点在している。 今となっては想像もつかないが、かつてこの一帯は 大向田んぼと言われ、大正時代まで田園風景が広がっていたそうだ。 松濤の町名は、明治の中頃まで鍋島公爵家の茶畑『松濤園』が あった事から名付けられた。関東大震災を機に鍋島家が敷地を 移住者に分譲して、それが高級住宅街となっていったのである。 遊水池のある鍋島邸の跡地は現在、鍋島松濤公園となり 土地の記憶を留めている。
これは余談だが、60年代前半の地図を見ると 小学校の周囲にたくさんの連れ込み旅館があった事が分かる。 松濤の街中にも点在していて、 都知事公館の隣りにまであったのだから驚きだ。 大向小学校でも高級住宅街の松濤と花街である円山町の子供が 一緒に学んでいたそうで、寧ろ現代よりも大らかで 多様性に富んだ時代だったと言えないだろうか。
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東横線渋谷地上駅、東急プラザ、宮下公園、 東急東横店(東・西・南館)、国道246号歩道橋から桜ヶ丘の街、 改修前のしぶちか、移設前の山手線ホーム、そして東急本店… 勿論便利になった所もあるが、この10年で馴染みの場所が消え、 渋谷が本当に知らない街になってしまったのは確かである。
2021年10月15日撮影。
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kachoushi · 2 years
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各地句会報
花鳥誌 令和5年2月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和4年11月5日 零の会 坊城俊樹選 特選句
秋風や日覆ひの色褪せしまま 秋尚 のつそりと冷ゆるがままの地蔵かな 軽象 佃煮屋間口小さく秋灯す 三郎 神水を掬へば木の実溢れ出る はるか 残菊やまことに細き路地ぬけて きみよ くつくつともんじや躍らせ小春人 眞理子 欄干に頬杖をつく鯊の竿 はるか 猫じやらしいづれも佃生まれなる 和子 小鳥来て路地の少女の消えてゐる 同 晩秋に釣糸たらす女かな きみよ
岡田順子選 特選句
初冬の海月は川の色をして 小鳥 のつそりと冷ゆるがままの地蔵かな 軽象 大正の風沸く交番神の留守 小鳥 もんじや屋の高き箆音小六月 眞理子 てつぺんへ鳥入れ替る柿の空 千種 産土神の留守の月島一号地 いづみ 朝寒し江戸の醤油の煮詰まれり ゆう子 佃とは小鳥姦し婆もまた 俊樹
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月5日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
鷹匠の脈打つ腕畏鳥 美穂 襟元を直す鷹師の指女性 勝利 風の待つ鷹一点を凝視して 孝子 鷹匠の血脈誇り隠れ棲む 美穂 白樺の空ふかぶかと鷹柱 朝子 りんりんと月呼びよせて虫の声 成子 七五三背中をあふれさうに帯 美穂 隼の一閃に散る鳥の群 由紀子 風も日も包みて蓮の枯れにけり 孝子 あまたなる祈り睡らせ枯蓮 かおり 前を行く心変りの時雨傘 久美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月7日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
石蕗の黄飛ばねばをれぬ蝶一つ 雪 赤とんぼ飛んで昔の空の色 同 この晴を授けて神は旅に出し かづを 幾千里子連れの鴨の渡り来し 匠 在りし日や歴史は遺る左内の忌 千加江 潮風や句碑は礁に柏翠忌 同 霙るるや獄舎の左内穀然とし 千代子 天高く貫ぬく像や左内の忌 笑 街路樹の一夜に痩せて神渡 希
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月8日 萩花鳥会
石蕗の花段段段と崖ぷち 祐子 コロナ禍の波乗り上手に冬構 健雄 小春日の暮れて待たるる燗一杯 俊文 風に揺れ森の囁き木の葉散る ゆかり 会釈から世間話に小春の日 陽子 ただふるへ明日を求めぬ木の葉かな 吉之 流星の如く零れし小夜時雨 明子 南窓微睡む父や冬ぬくし 美惠子
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令和4年11月5日 さくら花鳥俳句会 岡田順子選 特選句
袖揺らし拙く歩く七五三 あけみ 傷のない大根抱へ師を訪ひぬ 登美子 面取りの暇なき夕の煮大根 実加 徒歩多き歴史ツアーや椎の秋 紀子 細路地に並ぶ地蔵や朝時雨 実加 葛湯して今夜は静かすぎる母 登美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月10日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
凩や気にしても今猫背かも さとみ 句をよんで名を知れるなり石蕗の花 同 手の先に触れ行く物の冬に入る 都 廃船のたゆたふ河や冬めきて 同 前山に人の呼び合ふ小春かな 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月10日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
蒼穹へ差し出されあり鵙の贄 都 トタン屋根黒く被ひて山葡萄 史子 迷ひ来し犬は小春の匂ひして 都 神名備へ舞ひ降りて来し渡り蝶 宇太郎 冬籠老いて小さくなるままに 悦子 遠き日の灯台の下大根畑 すみ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月12日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
欠礼の葉書一通冬に入る 恭子 大綿の飛ぶ一角や時ゆるむ 同 朝の日に虻を待ちゐる花八手 三無 初時雨移ろへる景厨より 和代 蒼天に柿の朱色の映り込み 三無 大綿の抱へる影の漂へる 秋尚 想ひ出は些細なはなし花八手 ゆう子 木々の葉の手さわり厚く冬来る 恭子 綿虫のふうはり中子師の化身 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月14日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
こつこつと振子の音や冬灯 時江 残菊に風の別れか纏ひつく 同 丁寧に描く絵手紙曼珠沙華 ただし 神なびの落葉時雨や岩を打つ 時江 花八手午後の日早も翳りゆく 昭子 職人はなべて無口や日短 同 落葉踏む音にも山の深さあり みす枝 踏み入りて銀杏落葉に呑まれたる 信子 マネキンの衣裳着膨れしてゐたり 世詩明 初霜の夜なりオリオン瞬きぬ 信子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月14日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
山茶花の掃きたるあとに二三片 廸子 ものの影長く濃くなる冬めきて 三無 隼の腹白じろと急降下 怜 街路樹の風音乾き冬めける 秋尚 夕散歩我が影長く冬めきぬ 怜 箒持ち山茶花散るを楽しめり ことこ 青空を切るビルの影冬めける 秋尚 立ち話続く山茶花日和かな 和魚 冬めきて木立の空の広くなり 廸子 蒼天を蹴りて隼矢となりぬ 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月16日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
字余りの句をつくりたる文化の日 世詩明 桟橋も浚渫船も冬に入る 千代子 神の旅紅く際立つ大鳥居 笑子 茅葺の千古の家に散る紅葉 希子 玉砂利の中に見つけし木の実かな 和子 存問もせずしづむ身に石蕗の花 数幸 せめて欲しうすばかげろふ程の翅 雪 人の世を仏の流転秋の風 同 だんまりを通しきれずに蚯蚓鳴く 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月17日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
人の世に蓑虫鳴くと誰が云ひし 雪 火取虫飛ばざれば灯も淋しきか 同 寺小春上品上生仏仰ぐ 千代子 ぼてさんは越前蟹を売り歩く 同 銀杏散り大樹の影の細りゆく かづを 千年の古都の時雨にあひにけり 同 潮風に磨きあげられ石蕗の花 眞喜栄 腕白も今日は神の子七五三 みす枝 秋風に揺れてゐるかに弥陀の耳朶 やす香 冬ざれや星をつけたる兵の墓 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月18日 さきたま花鳥句会
参道を江戸小紋なる散紅葉 月惑 冬凪や島のなぞへの墓の群 裕章 麦稈のロールどすんと冬を待つ とし江 藤袴やさしく撫づる福禄寿 ふじ穂 あかあかと冬田息づく日の出かな 康子 神無月何事もなく老いの日々 静子 美女と言ふ嘘を重ねて冬鏡 良江
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令和4年11月20日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
照紅葉ここは武蔵野ど真ん中 三無 黄落の熄み変哲もなきベンチ 千種 落葉して三面恐し馬頭尊 慶月 重さなき影を揺らして枯尾花 三無 藁屋根に落葉降り積み主留守 慶月
栗林圭魚選 特選句
冬枯や蚕飼の匂ひふと間近 炳子 冬灯しコルクのもろき薬瓶 久 初時雨お���いただく森の庵 久子 雲割れてゆく黄落の激しさに 千種 大根の髭剃られあり品評会 久子 山茶花や雨の重さも散り敷きて 亜栄子 黄落の熄み変哲もなきベンチ 千種 白銀の手摺り冷たく磴下る 炳子 乾びたる音の遠のく冬木道 眞理子 ちりちりと咲き揃ひたる冬桜 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月21日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
秋祭皮張り替へし大太鼓 雪 而して九十一の菊膾 同 七福神旅立たれたる村静か みす枝 百地蔵に散華の如く紅葉舞ふ 同 湯豆腐の正面に座す強面 昭子 掃き終へし箒立て掛け花八手 同 季は今し厳き面となる猟夫 一涓 還り来し神をねぎらふ祝詞かな ただし 百鉢の菊の位を競ひけり 世詩明 一寺置く知恵の文殊の山眠る 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月27日 月例会 坊城俊樹選 特選句
皇のげに隙のなき白障子 昌文 身を包むコートの中が愛国者 いづみ 箒目を真直ぐに神を迎へけり 光子 陸士らの祈りの長き神迎 はるか 今にして見えてくるもの綿虫も 千種 大前へ小春は人を歩かせて はるか 孤独なる鴨の水脈とはもつれざる 光子
岡田順子選 特選句
桜もみぢ防大生の整列へ 眞理子 狛犬の阿吽おそらく息白し 俊樹 黄落す絵画の中に居るやうな 政江 参道の冬日の中へ防大生 同 幾そ度落葉の艶を神の池 幸風 すれ違ふ男冬野の匂ひして 千種 大前へ小春は人を歩かせて はるか すめらぎの濠へ映りて柿たわわ 眞理子
栗林圭魚選 特選句
冬蜂のとどまるところ香の濃ゆし 光子 ハーレイの枯葉舞ひ上ぐ九段坂 要 靖国は黄金色に神迎 千種 枯蓮の影縮こまる濠深き 秋尚 日を溜める力残せし枯尾花 同 すれ違ふ男冬野の匂ひして 千種 孤独なる鴨の水脈とはもつれざる 光子 紅葉散る城跡になほ地の熱り 千種
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年11月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
蓮根掘る胴長干して昼餉時 光子 蓮根掘り母のがめ煮の待つてをり 美穂 目貼せし仏間に母と長話 愛 黄落やへうたん池を膨らませ 由紀子 手の窪に在はす仏や霜の声 成子 蓮根掘るまぶしき泥の太古まで 睦古賀子 冷たき掌胸に合はせて百度石 かおり づぶづぶと臍まで沈む蓮根掘 千代 抜き足は得意技なり蓮根掘 美穂 蓮根掘るこのまま脚の根付きさう 愛 冬銀河泳ぎ止まざる大魚達 ひとみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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