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ainomemo · 1 year ago
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ラッキーカラー
最近、柴田聡子をよく聴いている。柴田聡子のラッキーカラーすごい。あんまりちゃんと説明してないのに、細かい副詞とかですごく細かい情景や感情が表現されてる。短い映画をみているみたい。場面が浮かぶ。
いつも夜が遅いふたりのため喫茶店をつくろう
歩いて行けて歩いて��れるところにつくろう
雪で止まった電車の窓に遮られ消えるためいき
今日の終わりをなぐさめる火曜定休の店を
→ 最初は、幸せな���じ。絶対できないことをあるといいね、と話せるのは希望だ。でも、すでになんとなく「疲れ」も同居している。夜が遅い、雪で止まる電車、ためいき。それにしても、火曜定休。月曜日は憂鬱なので絶対に営業していてほしいし、絶妙。

君の悩みは聞けば聞くほど仕方がない
いつか死んじゃったらどうしようって

→君(あなた、が出てくるので、君は主人公のことだと思う)の悩みを、「仕方がない」という。相手と君とのズレ。「聞けば聞くほど」からも、ちょっとうんざりしてる感じも伝わる。

ラッキーカラーの深いイスにもたれて
黒い水をすする
さっきから目が合わないね
今日のラッキーカラーの深い海にのまれて
身動きの取れないすーすーしてるくちびる

→問題がない人は、たぶんラッキーカラーを気にしない。主人公は、ラッキーカラーという些細なお守りが必要な状況にある。ラッキーカラーの椅子にもたれているのに、コーヒーの味がしない。あるいは、相手が飲んでいるものが得体の知れない物に見える。君とあなたとはズレているから目が合わない。ここでズーンと音が下がるのも良い。些細なお守りだったはずのものに囚われて、身動きもできない、何も言えない。

面白いことだけ好きなあなたのために
ある日突然空っぽになった部屋をどうぞ
壁が倒れて急に野原の真ん中聴く強いざわめき
裸のままで寝たらしいあなたの凍えて光る腕

→「だけ」が効いている。主人公のこれまでの不満が漏れ出ている。部屋を空っぽにして出ていく、その案を思いついた瞬間、自分を囲っていた壁は倒れて野原の真ん中でざわめきを聴いている。ハッと自由だったって気がつくような感じ。夢から覚めるように。

これは神様の捨てちゃいけない落としもの
どこでそんな風に思ったっけ

→もう明確にあなたのことあるいはその関係のことをそう思っていない、ということでしかも、どうして勘違いしていたんだっけという場所まで主人公の気持ちが高速で動いている。すごい。
淡々とした愛がわからなくなって
すぐに地図を見てる
いくつも灯台があるね
今日のさっきまでが急になつかしくなって
気づくなら気づくようにぶるぶるぶるしている目

→これでよかったんだっけって正しい道を確かめるように地図をみていたことに気づく。「正しい道(愛)」をしめす灯台はいくつもあって、だから正しい道はわからない。不安で地図を何度も確認していたのが、今日のさっきまで。それがもう懐かしい。あまりの感情の展開に、自分でも少し驚くように武者震いみたいに、泣きそうに震えている。

なにも悟らないで
なにも承知しないで
かばんを開けたのや上着を羽織るのや
席を立つのも意味なんてないよ

→主人公の中ではもう決まったこと、明確な変化が起こったこと、それはもう相手に悟ってほしくないし、承知さえしてほしくない、わたしの決定であってそれに関わらないでほしいということ。

ラッキーカラー・ラ
ラッキーカラー・ラ
ラッキーカラーは黄色とオレンジ

急に離れることのできないふたりのために
毎日少しずつ広がる岸辺と岸辺に住み
いつか橋をつくろう
→この最後がまたすごい。ずっと一緒にいた人と離れるというのは、スパッといく物ではないのだろう。少しずつ距離をあけるしかない。しかも、最後はそこに橋をつくろうというのがいい。離れて自立して1人ずつの人間になったら、一緒には居られないとしてももういちどもう一度2人の人間として出会おうということをこんなに美しく表現できるんだと驚く。そしてそれが、最初の喫茶店をつくろう、と対比されているところも美しい。いっときの慰めのような、夢の中の夢のような喫茶店をつくろう、が、最後に全然違う形の新たな希望、橋をつくろうと変わる。もちろんこれは、喫茶店と同じくらい実現しないかもしれない。でもそのくらいの、ありえないことをあるといいよね、といえる希望を持ってそれぞれ生きていこうという、相手に対する優しい気持ちも感じられる。
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ainomemo · 3 years ago
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こそあどの森シリーズのこと
小学生のころ、岡田淳の本がだいすきで、その時でている本は全部読んでいた。小学生の私は子供心に、どうして岡田淳は、こんなに子供をわくわくさせるやり方を知っているんだろうと思っていた。
こそあどの森シリーズは、今も続いている岡田淳のシリーズもの。主人公のスキッパーは、落ち着いた子供で、ウニマルという船のかたちの家に1人で住んでいる。森には、個性的で優しい人たちが住んでいて、たいてい森の誰かが不思議なできごとに出会い、森のみんなで体験する。解決する、というのとは、またちがう。
スキッパーは、子供だけど1人で暮らしていて、缶詰やクラッカーを食べている。私が今でも缶詰になんとなくワクワクした気持ちを抱くのは、このせいだと思う。
昨年、こそあどの森シリーズの最新作がでた。こそあどの森のおとなたちが子どもだったころ。これがすごくよかった。小学生の頃、このシリーズを読んだことがある人はもちろん、なにか子供の頃好きだった物語がある人は全員読んでほしい。最新作は、スキッパーと双子が、森の大人たちに子供の頃出会った不思議なできごとについてインタビューしてまわる話。作家のトワイエさんは、子供の頃、図書館での不思議な出会いについて話した。ハーブに詳しいスミレさんは、子供の頃、薬の作り方を教えてくれた不思議な人について話をした。どの大人にも不思議なできごととの遭遇があって、しかもその小さな出会いがその人の血や肉になって、確かに今そこにある。その人を支えている。
これは、まさに、子供たちとこのこそあどの森シリーズとの出会い(あるいは物語すべてとの出会い)と、その子供たちが大人になることそのものだ。
私にとって岡田淳の本を読むことは、まさに小さくて不思議な物語との遭遇だった。両手で持てるサイズの小さな本の物語。でもそれは頭の中でどんどん広がって、私自身を包んでいた。今はもうその物語ひとつひとつの詳細を思い出すことはできないけど、確実にいまの私の芯にある。物語が役に立つか否かなんて議論、くだらないと思う。そんなことより前に、ずっとずっと物語は私のそばにあった。
岡田淳先生に出会うことがもしもあるなら、伝えたい。貴方のつむいだ物語は、貴方のつむいだ物語のとおり、子供が大人になっても、そのひとの血や肉に、芯になり続けています。
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ainomemo · 4 years ago
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最近、めっきり朝の駅に足を踏み入れることがなくなった。それは、車通勤をしているからで、高校生の時から朝の電車に乗っていた私にとって、とても素晴らしいことだ。今日は月曜日だけどおやすみで、私は朝から駅にいた。朝の駅には、学生がたくさん。ここには毎朝こんなに学生がいたのかと驚いた。ミスタードーナッツで、ドーナツ2つとコーヒーの朝ごはんを食べる。私はドーナツひとかけに対して、たっぷりコーヒーを飲むのがすきだ。昔、最寄駅の目の前にはミスタードーナッツがあって、そこでコーヒーをのむとき、それはマグカップで出てきたけど、今日の駅では紙コップで、すこしさみしい。ドーナツは、シナモンがたっぷりで美味しかった。
電車が来るまで、30分もあったから本屋さんに寄った。なにか、本を買って今日のお供に、と思ったけど、それはすでに持ってきていたのでやめた。従姉妹どうしのふたりの女の子が、アメリカ中を旅する話。買おうと思った谷川俊太郎のエッセイは、また今度にしよう。
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私が別府にいくとき、なぜか大抵曇っている。それは温泉街!という感じで、とてもしっくりくる。平日なので人影はまばらだ。そもそも別府に来たのは、一月に一度だけオープンするアートスペースが、今日開くことを昨日の夜知ったからだ。オープンまで時間があったので、BEPPU PROJECT がやってるおみせにいった。
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そのお店の2階にはマイケル・リンの作品がある。そのことは、ずっと知っていたものの、何故だか行く機会を逃し続けてきたので、みられてうれしかった。九大にもある、マイケル・リン。
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アートスペース、てっきり北高架にあるのかと思って向かったら正反対だった。北側には、雑貨屋さんや小さなカフェがある。反対側になにがあるのか、全然知らなかった。
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反対側には、市場があって、とても賑わっていた。練物屋さんや魚屋さん、お惣菜屋さんや揚げパン屋さんと、なんでもあって、どれもちゃんと営業していた。ここだけ違う世界みたい。きっとお友達を連れて行ったら喜ぶだろうなと思った。展示をみて、ナポリタンをおひるごはんに食べて、家に帰った。午前中だけの短い旅。
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ainomemo · 4 years ago
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週末日記
今週は、日月がおやすみだった。
日曜日は、朝起きて真面目に朝ごはんをつくった。奮発してシャウエッセンを使ったので、美味しかった。目玉焼き、上手になってきた。買い物へ行って、いちごを買う。粒マスタードも新調した。助手席にいちごを乗せてるから、丁寧に運転した。帰って、てきとうなスープを作った。中華風味噌汁を作って、ラブパクをちょこっといれたら、ものすごく美味しくて驚いた。でも、適当に作ったのでもう2度と作れないな。ラブパク、ほんとに少し入れるとなんでも美味しくなる。午後から図書館へ行って、調べ物。県立図書館の駐車場は、とてもせまくてドキドキしてしまう。図書館には、思ったより人がいた。とにかく、見たかった絵の図版が見られた。帰って、朝作ったスープに春雨と卵を落としてたべた。研究会に出て、コンタクトを捨てて、逃げ恥を見ながら眠る。
月曜日は、9時くらいに起きた。朝ごはんは、ツナトーストにした。マスタードをたっぷり効かせて、ブラックペッパーとディルシードをかけて、長めにトーストするやり方で作る。熱々を食べるのがおいしい。スパイスからカレーを作った。まだ、勉強不足でスパイスのいい配分がわからない。辛さについては、前回より良くなったけど、思ったよりミルキーになってしまった。これからも修行は続く。バランスで、全然違うの面白い。お昼はてきとうにすませて、ちょっとぼんやりして、ロイヤルホストに行った。パフェとドリンクバーをたのんだ。パフェ、私はパフェときくとわくわくするわりに、実際のパフェは、だいたい途中で飽きてしまう。でも、今日食べたパフェは、ああ、もう少し食べたい!というところで、なくなってすごくよかった。アイスで口が冷たくなりすぎることもなかった。だらだらドリンクバーを飲みながら、少し勉強して帰った。夜ご飯にカレーを食べながら、愛がなんだをみた。この感想は、また今度かこう。
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ainomemo · 4 years ago
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私をくいとめて
綿谷りさの言語化できない、でも確実にそこにある感覚やニュアンスの再現度の高さは、本当にすごい。そのヒリヒリ、その痛々しさを、私も知っている。
孤独となんとかうまく付き合ってきた主人公は、誰かとの距離が近づいたとき、これまでなんとかやれてきた、そのやり方を一度失ってしまうこと、そのあとで彼を失ったあとのさらなる孤独を思う……そういう話なのかもしれないけど、やっぱり言葉は無力で、綿谷りさが再現したものに到底追いつかない。言葉で、きっちり説明できる映画なんて、私にはそんなに必要なくて、この感情、この雰囲気、なんか知ってる、あ、あの感じって分かる、言葉で説明できないもののこと追体験したり、共感したりできる映画がすきだ。
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ainomemo · 4 years ago
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タンブラーは、いつみても、深夜。
すごく静かで、孤独なインターネット。最近のインターネットは、孤独じゃなくなってしまった。夜でも、ネオン街みたいにうるさい。タンブラーは、なぜかとても静かで、孤独。みんな、1人の人間として頑張って生きて、眠れずに日記を書いている。
相変わらず、スマホからは使いづらい。翻訳もひどい。でも、たまに、わたしもここに戻ってきてしまう。静かで、深い海みたい。ここにいる人たちも、別のSNSでは、違う顔をしているのかもしれない。タンブラーは、誰でもみられるけど、誰もみていない、というきもちにさせてくれる。インターネットは、むかし、そういうものだった気がする。秘密基地みたいな。
シャムキャッツの夏目さんのタンブラーの日記もそういう感じ。まさか、誰かに読まれるなんて、という感じ。1人になりたくてここにいるような。
私にとって、孤独はたぶんとても重要だ。孤独は怖いから、できるだけ離れていたいけど、でも愛してもいる。わたしたちは、孤独を知っているから、映画や本や音楽や哲学を、ちゃんと欲することができる。
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ainomemo · 4 years ago
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最近見た映画のこと
夜更かしして、チョコレートドーナツという映画とソーセージパーティーという映画を連続でみた。チョコレートドーナツは、性的マイノリティへの差別と、「家族」という制度への問いの映画で、救いはないけど、みるべき映画だった。万引き家族と同じで、制度できっちり認められた「家族」が求められる現代社会において、その制度的な「家族」では、救われないひとが必ずいる。行政は、結局、制度的に正しいことしか言えず、人を殺す。しかも、1番弱い人、すなわち行政が1番救うべき人を殺す。血のつながらない寄せ集めでも、お互いを必要とし合えば、家族であれるのではないかというメッセージ、いつまで発信し続けなきゃいけないんだろうな。
ソーセージパーティーは、トイストーリーみたいな顔した、B級下ネタコメディーだったけど、世界をうつしていて、というかアメリカ社会におけるイメージとしての「世界地図」をスーパーマーケット内で表現していて、これはこれで面白かった。アメリカの世界各国に対する偏見を誇張して、カリカチュアするような。つまり、ここで表現される誇張された偏見を観て笑っているひとは、結局自分を笑っているのだ。知性のかけらもないフリして、なかなかやるなと思った。ただ、一緒にみるひとを選ぶ映画。B級下ネタコメディーには、かわりないので。
この二つを連続で見てよかったような、よくなかったような。よく分からない気持ちになった。そんなことより、俺の家の話の話をしたい。
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ainomemo · 4 years ago
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最近、また、文章を書いていなかった。それなりに元気。たけのこをもらったので、たけのこご飯と煮物を作った。うれしい。
なにやら変わったひとたち(でもたぶん、インテリゲンチア)の、ウイグル旅行記を読んで、私も旅行に行きたくなってきた。せっかく労働してるのに、いまは、あんまり使い道がなくて、労働甲斐に欠ける。素朴ないまの暮らしのことも、もちろん愛しているけど、たまには、遠くへ行きたいな。
先週、はじめて1人で運転して遠くまで行った。こんなふうに、1人で遠くまで行けるようになるなんてと、ちょっと嬉しい。ここにいる自由と、どこへでも行ける自由。車は、本当にどこへでもいけちゃうんだなあと少し驚いた。本当は、なんでも選択できるのかもしれない。
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ainomemo · 4 years ago
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改良
遠野遥『改良』をよんだ。
主人公は、鏡と向き合い、自分の中の男らしさを隠そうとつとめる。自分が男性だと判断される部分は、どこか。必死に考え、隠そうとする。それが、主人公の「美」であり「改良」だった。でも彼自身が、いくら隠しきれたと思いこんでも、他人が彼のなかの男性を見出す。彼が持つ無自覚の男性性。彼はそれが見つかることにとても怯えている。
実際、たとえば彼は、おかしな男に怯える���期のうちに上がりこみ、あわよくばと思うくらいには、相手を踏み躙りうる立場にいる。ナンパを美の肯定と捉えるくらいには、怯える必要のない場所にいる。
その彼が、一生懸命作り上げた美の結晶ともいえる、自身の姿を理不尽に壊され、一方的に虐げられる時、自分が買っていたカオリの気持ちに、というか彼女にも感情があるということに気がつくわけだけど、それでもやっぱり主観的でしかない。物語は彼の主観に終始している。だからこそ、側から見たら、最悪の状態でも、主人公は不思議なほどにケロッとしている。鼻が折れても、整形の機会と捉えられる。人間は主観的だからこそ、生きていけるのかもしれない。
「性的マイノリティをとりあげ〜〜」という、感想をよくみるけど、これは「性的マイノリティの苦しみ」の話なんだろうか。「男らしさ」をルッキズムで克服しようとする危うさや愚かさのほうを強く感じた。
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ainomemo · 4 years ago
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晴れた日曜日の朝、まじめに朝ごはんをつくって、車でスーパーへ行くのは、なんだか映画みたいで嬉しい。ホムカミとシャムキャッツをバックに流して。入ってくる日差しがあたたかくて、春みたいな車の中で、なぜか、小説の1行目のことを考えていた。小説の1行目って、その世界への入り口だから、いつも唐突で、その唐突さにもいろいろあって、すきだなとか、まあ、すきといっても、覚えているものは全然なくて、みんなだいすき重力ピエロの春が2階から落ちてきた。くらいだな、とか。今日はこれからかぶのスープをつくろう。
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ainomemo · 4 years ago
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PLANET
スーパーカーがすきだ。
音が面白いし、歌詞がすき。好きなフレーズも、たくさんあるけど、なかでもPLANETにはたくさんある。いしわたりさんの歌詞は、あんまり具体的なことは、明らかにしないので隙間が、余白がたくさんあっていい。
 僕らのせいだろう、そのはずだろう
 平気だっていうだろう きみも今は
 仲間同士でもいいだろう
 僕が王子ならどうだろう
Aメロから余白がすごい。仲間同士でもいいだろうって、恋人じゃなくてもってことなのか、仲間同士でも恋人になってもってことなのか分からないけど、そして、僕が王子ならどうだろう、だ。キラキラのアイドルが歌う「王子」じゃない。冴えない、ふつうの、(もっと言えば、王子なんて馬鹿にしている)しかももう別れてしまった僕が、それでも「僕が王子ならどうだろう」なのだ。哀しさがすごい。ちょっとダサいのがいい。小出さんの詩を思い出す。
 どうかしていたんだろう、君も僕も。
 知りたくなんてなかったんだろう。
 二人の仲はどうでも
 会いたい
 なんて言うのさ。
2人の間には、もう気持ちはないのに、会いたいと言ってしまう、ゴールもなくずるずる続く惰性のような関係の哀しさ、ダメさ、傲慢さ。でもそれはとても人間らしくて、文学的だ。そしてここで、さっきの僕が王子ならどうだろうが思い起こされて、余計に哀しい。僕が王子だったら、よかったけど、僕は王子ではない。サビも2番もすごくいいけど、私はこの1番がとてもすきだ。
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ainomemo · 4 years ago
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近況
最近、お仕事以外の文章を全く書けていなかった。
ずっと書きたい気持ちはあるのに。インプットが足りてなかったのかもしれない。怒りや幸せのアンテナが鈍ってたのかもしれない。
いくつか映画をみた。「生きてるだけで、愛」「夢売る2人」どっちもよかった。愛とは。愛って、彫塑だな、って少し前からそう思ってるけど、「生きてるだけで、愛」は、かなり前衛的な彫刻ができそう。ほかに、小説も読んだ。「そして、バトンは渡された」、瀬尾まいこ、久しぶりに読んだけどやっぱりいいな。ちょうどいいかんじ。
ベットの脇の本が増えてうれしい。髪が切りたいような、伸ばしたいような。最近、春菊が美味しい。
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ainomemo · 5 years ago
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雑記
私が1番たくさんのCDを持っていて、そのはじめから今もずっと追っているバンドは、Galileo GalileiでありBBHFだ。その時々で、すきなバンドのラインナップは、変わっていくし、相対性理論みたいに心酔してるわけじゃないけど、でもずっとそばにあって、くるしい朝も聴ける数少ないバンドだ。(今気がついたけど、荒川アンダーザブリッジは、アニメはやくしまるえつこ、実写ドラマは、Galileo Galileiが極を担当してたね。鉄人兄弟をみづきちゃんとやったし、面白いな)
Galileo Galileiは、割と初期から、私たちが生きている世界とは別の世界、フィクションの世界を曲の舞台にしている。(正しく言えば、ごく初期にそういう試みがあって、途中ちょっと違って、ある時から、もうそっちばかりになった) アルバムごとに、一つの架空の島や、村が舞台になっているみたいで、アルバムは、そこの色んな住人の視点で書かれた短編集みたいだ。ほんとのところはわからないけど。どの島でも、問題を抱えているひとがいて、その人たちの方法で暮らしている。さみしいひとが、ちゃんといる。
1番新しいBBHFのアルバムは、新しい試みで、ずっと同じ人の視点の長編小説になっている。もう本当に、サブスクの時代に全然向いてない気がするけど、でもちゃんとたくさんのひとに認められててすごい。じっくり聴くことの豊かさを思い出させてくれる。
私のバッグには、ずっと同じ小説が入っているし、ベットにもずっと同じ小説が置いてあって、たまに読むとはなしに、読む。Galileo Galileiの音楽も、おんなじで、私は大人になったけど、お守りみたいな「おはなし」を持ち歩いて生きている。
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ainomemo · 5 years ago
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デートの日記 東京編-2
朝、6時に2人のアラームが一斉に鳴り始めた。今日は、月曜日で平日だからだ。私たちは、2人が朝6時に起きていることを知った。今日はおやすみなので、もう少し眠る。
起きて、朝ごはんを作る。私はフライパンでパンをトーストするかかり。恋人は、納豆オムレツを作ってくれた。私はふだん、6枚切りの食パンを買うので、4枚切りの食パンのフワフワに驚いた。食パンって分厚いほどおいしいね。
バスと電車を乗り継いで、東京都庭園美術館へ行って、現代美術の展示をみた。庭園美術館に行くのはじめてだったけど、素敵なところだった。お庭でゆっくりすごすの気持ちがいいだろうな、雨が降ってなかったら、もっと散策したかったな。
お昼ごはんは、台湾天心のお店へ行った。欲張って、たくさんたのんだ。私たちは結構たべる。2人とも止めない。美味しかった。
パナソニック汐留ミュージアムで、建築の展覧会をみた。解説がとにかく多くて、勉強になったけど疲れ果ててしまったので、西荻窪へ戻ってお茶をすることにした。建築家って、お話が難しい。今も昔も。どんぐり舎という喫茶店で、お茶をした。どんぐりクッキーセットという、とても素敵なメニューがあったので、2人ともそれにした。大きなクッキーがでてきて嬉しかった。西荻窪は、楽しそうなところがたくさんあって、いい街だった。デートにぴったり。
お家に帰って、恋人の本棚を眺めた。恋人のおばあちゃんの自分史を見せてもらった。恋人は読んだことがなかったらしく、一緒に見ながら驚いていた。(恋人の祖母の父母は、亡くなったため、父母の弟と妹が結婚して、その養子となった、と、現代からすると衝撃的なことが書いてあった)私はお仕事でも、老人の手作り本(老ZINE、と勝手に呼びたい)を見せられたり、絵を掲載したいと言われたりすることがあり、今後、アツイ分野なのでは、と思っている。恋人もときおり登場していたけど、嘔吐下痢になったことくらいしか新しい情報はなく、「可愛くて仕方がない」みたいな感情の記述もなかったので、もっと出演させてほしかったな。ちなみに恋人のおじいちゃんは、街の歴史を勝手に編纂しているらしい。老ZINE、アツイ。
2人で夜ごはんを作った。わたしはアシスタント。恋人はアプリで、献立を管理している。えらい。その日のメニューは、チヂミと白菜と豚肉のクリーム煮。どちらも美味しかった。私たちは2人とも、自炊をして暮らしているので、かなり料理のダブルスがうまい、気がしている。
夜眠る前に、性癖って先天的なものなのか、環境要因で後天的に生まれるのか、それとも持っているものが覚醒するのか、ということをかなり真面目に議論した。私は、フィクションのコンプラをどこまで求めるか、表現の自由をどこまで守るかということについて、ずっと答えが出せないでいるけど、この件がかなりかかわってくると思っている。なかなか難しい。恋人は、幼少期の経験や抑圧という、なんだかフロイトみたいなことを言っていた。恋人に、フロイトみたいな一面があることをはじめて知った。
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ainomemo · 5 years ago
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デートの日記 東京編-1
成田空港から、電車で京成上野駅に向かう。
もう大人だから、スカイライナー使っちゃおと思い、指定席につく。無事に電車に乗れたよのラインを恋人に、恋人から、お家を出たよのラインがくる。
駅に着くと恋人はもう、ミッフィちゃんのバッグを持って改札の前で待っていてくれた。あんしん。1人旅もいいけれど、恋人がいる旅は安心する。電車も細い道も、警戒しなくていいから。上野駅の近くでお蕎麦を食べた。私は鴨セイロ、恋人は舞茸の天ぷらのそば。3つしかない舞茸の天ぷら、ひとつくれて本当に優しい人だなと思った。2人でおやつを買って新幹線に乗った。わたしはキリのチーズタルトを買って、恋人は小さな四角いパンが7個くらい入った袋を買っていた。
新幹線で恋人は、珍しく眠らなかった。私は移動中にめったに眠れない。恋人は、眠らないように、上野に来るまでの電車で眠っておいたらしい。私たちは岩手に向かっていた。恋人は、はじめてで、わたしは2回目。岩手は、川や木がなんだか大きい。赤いネコジャラシが生えていて、珍しいね、と言い合った。
岩手の美術館で、展覧会を二つ見た。私の研究している画家の戦争ポスターをみるのが1番の目的で、それはなんだか、悲しい目をしたポスターだった。もう一つは、絵本作家でもあるデザイナーの展覧会で、図形や色のことがすきな恋人も楽しそうだった。私も、かっこいい絵本を、みづきちゃんのお土産に買った。
帰りの新幹線で���、岩手で買ったクッキーを食べた。恋人は、お昼に買ったパンを相変わらず食べていた。何か、お仕事のこととか、最近のニュースとか、いろいろ話しながら、乗っていたけど、あんまり覚えてない。
表参道で、みづきちゃんと待ち合わせて3人でご飯を食べた。よく考えたら、わたしはみづきちゃんとも恋人とも、東京でご飯を食べたことがあったけれど、3人では、はじめてだ。ワインのこと、相変わらず何もわからないので、1番上のを注文する。そんなに飲まなかったけど、酔っ払ってしまった。久しぶりに会ったみづきちゃんは、髪がのびて大人っぽくなっていた。なぜか、恋人のかっこいいと思う男の子ランキングを聞いたけど、結構意外で面白かった。色々な好みがあるよね。私と恋人は、2人して財布が空っぽで、みづきちゃんに支払いをまかせてしまって申し訳なかった。(ちゃんとお金を返した)
恋人と荻窪の家に帰る。恋人のお家は、ガスコンロが3口あるいいお家で、アレクサがいた。私はアレクサに猫を飼ってもらおうと思って、何度も言ったけどいうことをきいてくれなかった。猫のことは、知ってるらしい。お水を大量に飲んで眠った。
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ainomemo · 5 years ago
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気がつくと8月もおわる。引っ越して5か月。就職して5か月。よく、職場の人に、「遊ばないの?」と聞かれる。
私、わりと遊んでいるつもりでいた。1人で喫茶店に行ったり、図書館に行ったり、パン屋へ行ったり、お手紙を書いたり、恋人に電話をかけたり。職場の人の「遊ぶ」は、どうやら4-5人でドライブに行く(しかも、ちょくちょく!)、みたいなことらしい。ほとんどやったことないな。よく考えたら、大学院生の頃から、3か月に一回くらいしかゆっけとも会ってなかったし、私の「遊び」は、そんなかんじ。
コロナウイルスは、私たちの生活をかえた。でも、そもそも私の生活は、大きく変わったので、なにが変わったのかよく分からなくなってしまった。少し前の人混みの映像をみると、なんだかちょっとドキッとするようになったこと、県外に出ることを少し後ろめたく思うこと、マスクを正しくつけられない人に腹が立つこと、これは、間違いなくコロナの影響。国が制限をかけないということは、選択の責任が自分の側に帰属するということへの気付きと驚き。(『自由からの逃走』、確かにしたくなる)これも、コロナの影響。私の「遊び」も、職場の人には、コロナの影響のように思われているみたいだけど、私は私の相変わらずの「遊び」がそこそこ楽しい。
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ainomemo · 5 years ago
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雑記
6:30
起床。ゆで卵とトーストとバナナ、カフェオレのいつもの朝ごはんを食べる。おやすみの日にたくさんつくっておいた、スープとおにぎりを温め直して、お弁当にもっていく。スープは、コンソメ味だったりトマト味だったり、その週によって、いろいろ。身なりを整える。
7:40
お家を出る。車を運転して、うまくいけば10分もかからずつくけど、なかなかうまくいかず20分くらいかかる。
8:00
1番に出勤。窓を開けて、コーヒーを入れて、シンクを整えて、1日遅れの新聞に目を通す。別府の油屋熊八についての新聞小説を読みながら、こいつはまったく、、、とイライラする。新聞を片付けて、工芸の勉強。最近、少しだけ竹工芸研究の問題点が見えてきたので、面白い。
9:15
始業。
12:00
お昼休み。お弁当をたべる。お弁当箱を洗う。
13:00
業務再開。おやつをたべる。
18:00
終業。車で帰る。
18:30
帰宅。お風呂を沸かしながら野菜の下準備をする。だいたい、妹から電話がかかってくる。おふろにはいる。夜ご飯をてきとうにつくる。ここ最近、ナスばかりたべている。ナスは美味しい。
20:30
いろいろと終えて、ぼんやりスマホを触ったり、本を読んだり、恋人に電話をかけたりする。
22:30
ベットに入り眠る。
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