創作してたりだらっとしてたり。pawoo→[email protected] misskey→ @amrgamata
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虚ろゆらゆら misskeyまとめ #2
「ひらひらふわふわして落ち着かぬの……」
由良が小さく抗議する。けれど、僕の持っている服で由良でも着られることの出来る服といえば、今由良が着ているものしかなかった。文化祭で着せられたぎりぎり制服に見えるか見えないかくらいの女子向けの服だった。 と、いうのも、である。 今日僕と由良は、一緒に外へ出かけるのであった。可視化した由良は、僕に会う前になる事の出来た「霊体化」が出来なくなってしまったらしく、僕としては大変不本意なのだけれど、僕の持っている服を着せることにした。無論、こないだの「お菓子事件」再発防止の狙いもある。
「由良だって男物着るのは嫌だろ?」 「まあ、そうじゃがの。別にわしの普段着でもいいじゃろ」 「悪目立ちするよ。今の時代じゃね」
僕は変に注目を浴びるのが昔から嫌だった。ほぼ裏方に徹するような生き方をしてきたと言える。 それに、恐らく世間知らずの由良はあれやこれやと言葉を上げるに違いないと僕は踏んでいた。現に、テレビやスマホの画面に出たものにいちいち「あれはなんだ」と興奮気味に声を上げるのだから、それは簡単に予想できる。あらかじめルールを決めたところで、由良は自分の中で決めた方を優先する性格だから、僕の言葉に果たしてどれほどの抑止力があるのかどうかも分からない。
「とにかく、僕から離れないこと。いい?」 「何度も言わずとも理解しておるわ。わしとてここは住みよいからの」
ローファーの爪先をとんとんと地面にぶつけながら由良は言う。
「……まあ、誉め言葉として受け取っておくよ」
そう言って、僕は玄関のドアの把手に手を掛ける。 由良が息を呑み、こくりと喉を鳴らした。
ーーーーーー
ふはあ、と由良がやっと息を吐く。 由良の喉がつっかえてしまうのではないかとというほどに、由良はパンケーキを口に運び続けていたから、僕はなかなか訪れない由良の呼吸を心配していた。 両手でカップを持ち、由良はそれに入っていたミルクティーを一気に飲む。飲み終わり、満足げにまた息を吐いた。
「こんなに美味いものが世の中にあったとはのう……」 「僕にとっては日常なんだけどね……」 「てれびやすまほだけでは世界は完結せぬのじゃな」 「知らなかったの?」 「言うてみればわしは『そういう設定』じゃからの」
メタいな、と僕は思う。由良がスマホを使うことで、確かに由良の世界は広がっていた。先程の言葉も、恐らくはネットサーフィンをしていて見つけたのだろう。
「夕陽は食わぬのか?」 「さっき言ったように僕にとっては日常だからね」 「日常的にこのようなものを食うておるのか、お主」
唇を突き出し、由良が抗議する。
「それ食べたら帰るよ」 「まだ回りたい場所があるのじゃが」 「だめ。また来週」 「……『また』があるのじゃな?」
したり顔で由良が言う。都市伝説とはいえ外に出ないままでは気が滅入ってしまう。そう考えたのと近所にカフェができたできたからという理由で、今日の外出は計画されたものだった。
「次は『げえせん』に行ってみたいのう」 「はいはい。考えておくよ」
子供のようにはしゃぐ由良を見ながら、僕は由良は都市伝説としては何歳なのだろう、とぼんやり思った。
ーーーーーー
濡鴉の眼を閉じて、由良が何か考え事をしていた。 口の中で何かを言いつつだから、僕は少しばかりそれが気になってしまう。 手は指先だけ合わせ、それから十分程度過ぎた頃に、由良はやっと眼を開けた。
「考え事?」 「いや、会話じゃよ」
由良の言葉に、僕は面食らう。 明らかに由良は独りでいた筈なのだが。そう思っている僕の考えを見抜いたのか、由良はにまあ、と笑う。
「気になるか?わしが一人でいたにもかかわらず『会話』という言葉を使った理由が」 「……気になるなんて言ってないだろ」 「強がらなくともよい。眼を見ればわかるからの」
胸に手を当て、由良はふふん、と鼻を鳴らし威張る。その態度に僕は少しばかりかちりと来たけれど、僕は言わないでおいた。
「『カシマアヤコ』を知っておるか?」 「カシマアヤコ……確か、『かしまさん』って怪異の本名の一つだよな」 「知っておるなら話は早いな。わしはアヤコと話しておったのじゃ、交信を使ってな」 「交信?テレパシーみたいな感じか?」 「ああ、そうじゃな」
人がスマホや電話で話をするように、都市伝説も離れた場所にいても話ができる、そういったものだろう。
「……カシマさんが知り合いってすごいな」 「そうかのう?」
由良は言いながら、こて、と首を傾げた。
ーーーーーー
「……「妖怪神社」に、花見?」 「そ!七神も行こうぜ」
鈴渚神社ーー通称「妖怪神社」の次期当主である頼山が僕に言う。
「……合コンじみてないよな」 「おう、その辺は大丈夫。今度ばっかしはな」
去年行われた「花見の皮をかぶった合コン」の悲惨さを思い出したのか、頼山は苦笑いする。去年はとにかく、女の子達に振り回されただけだったのだ。
「でも妖怪神社って桜あったっけ?」 「いんや、梅見ってのがあるらしい。梅の木なら何本かあるぜ」 「ふうん……」
僕が気のない返事をすると、頼山は食いついてきた。
「んでんでんで、七神も行こうぜ?」 「どうせ行かなかったら会長になんか言われるんだろ……分かった、行くよ」
溜息を吐きながら、僕は言う。瞬間、頼山の表情がより明るくなった。
「ドタキャンとかなしだかんな!」 「分かってるよ」
バタバタと足音を立てながら、頼山H廊下を走っていく。
「梅見か。久しいな」 「そうなんだ……って由良?」 「ああ、そうじゃぞ」
ふよふよと浮きながら、由良が応える。いつからいたのか、どうやって学校まで来たのか、それらは僕にはわからずじまいだ。
「……僕以外にも見えてるの?」 「夕陽だけじゃろ。勘の鋭いものなら見えるかもしれぬがの」
含み笑いをして、由良は僕をちらちらとみる。訊かずとも、僕と頼山の話を聞いていたのだろう。
「わしもついていってもいいじゃろ?」 「……はあ」
僕の溜息で由良は全て分かったのか、嬉しそうにくししっ、と笑った。
ーーーーーー
ちちち、と雀が鳴く。 見上げれば、満開の梅が誇らしげに咲いていた。
「へえ、じゃあ君って七神の従妹なんだ?」 「多少古くさい喋り方はするがの」
由良の声がして、僕は木の上の雀から由良のいる方へ眼を向けた。そしてよく化けたものだな、と感心する。 今由良は「人間として」怪異研究会の面子と顔合わせしていた。怪しまれないように僕の入れ知恵はしてあるから、ちょっとやそっとのことじゃ由良の正体はバレないだろう。
「じゃあ、夕陽くんがなんか楽しそうだったのって、由良ちゃんが来てたからなの?」 「まあ、そうなるかな」
僕は苦笑する。方向性や意味合いは多少違えど、それに変わりはない。
「余程夕陽くんは由良くんを気に入っているのだね」 「……そう見えます?」 「見えるよ。そして由良くんも夕陽くんを気に入っている。違う買い?」 「わしは夕陽を好いておるぞ。夕陽は優しいしの」
由良が会長の問いにそう応えると、頼山と大鳥がひそひそと話をする。その話が聞こえずとも、大方は想像がつく。僕と由良の間に恋愛感情があるのかどうか話しているのだろう。
「それにしても、見事な梅じゃ」
むぐむぐと三色団子を食べながら由良が言う。それに僕は頷きを返した。
「『妖怪神社』なんて言われてるのにね」 「うぐ。それを言うなよな、七神……」
がっくりと、頼山が肩を落とす。次期神主様にも、色々あるらしい。そう思いながら僕は由良と同じく、三色団子に手を伸ばした。
ーーーーーー
「由良ちゃんっていっぱい都市伝説知ってるんだねぇ」
すっかり酔った頼山がそう言葉を発する。それに大鳥も頷きを返した。会長も、眼を細めて感心している。僕だけ一人、由良は都市伝説なのだから当たり前だと思っていた。 それにしても、と僕は思案する。由良がここまで完璧に化けることができるのを僕は知らなかった。一緒に住んでいるとはいえ、まだ由良について知らないことはありそうだ、と僕は思い、くぴくぴと音を立てながら梅酒を呷る由良を見る。
「……由良って酒飲めたんだな」 「なんじゃ夕陽、わしが幼子のような見目じゃから呑めぬとでも思うておったのか?」
僕の呟き��由良が不満げに答えた。僕はそれに、またも苦笑しながら首を横に振って否定の意思を伝える。
「ふん、どうじゃかの……それにしてもこやつらは弱すぎるのではないか?」
ちらり、と由良が酔いつぶれて眠っている頼山と大鳥を見る。ついさっきまで起きていた気がするのだが、と僕は微かに首を傾げる。
「……二人が眠っている今だから、突っ込んだ話をするけれどね」
酒の入っているらしい紙コップを傍らに置いて、会長が切り出した。
「由良くん、君ーー人間じゃないんだろう?」
その会長の言葉に、僕と由良の動きはぴたりと静止した。けれど会長はお構いなしに言葉を続ける。見れば、会長は涼しげな顔をしていた。
「え、と……会長……」 「そこまで警戒しなくとも平気だよ。私も此岸と彼岸で言うなら『彼岸側』のものだからね」 「……は?」
由良が会長の言葉に訝しげに短く言葉を発する。 途端、寒気がぞわりと背筋を駆け上がった。
「白面金毛九尾の狐、とでもいえば、分かるかい?」
ぶわり、と風が吹く。一瞬見ないうちに、会長は以前由良がやったかのように、腰のあたりから九本の金色の狐の尾を出してみせる。 再び会長は目を細めて、くけけ、と嗤った。
ーーーーーー
「……うまく化けたものじゃな」
じとり、と由良が会長を見る。
「心得てはいるからね。化け方も、騙し方も」
くい、と酒を呷り、会長は涼し気に言った。
「わしに妖気を悟られないとはな」 「千年は生きているからね」
目を細め、会長は再び由良に応える。
「殺生石になって見世物にでもなったかと思ったが」 「結構前にその姿は辞めたよ。今は私の……そうだな、跡取りがやってるかな」 「……あ、のー」
たまらず、僕は言葉を上げる。一つ引っかかることがあったからだ。会長と由良、四つの眼が僕を見る。
「跡継ぎ、って……?」 「うん、いい問いだね。今や九尾の狐は一個体じゃないんだ。下手すれば神格化すらされてる」 「……それで、近親婚でもしておるのか?」 「まさか。そんなことしていないよ。過去にそういった行為に手を染めた九尾の狐もいるかもしれないけれどね。私にはそいつの血は継がれていないよ」
くつくつと笑いながら、会長は由良と僕の言葉に流暢に答える。そして、「それじゃあ」と言葉を続けた。
「今度はこちらから訊くけれど、君はいつ顕現したんだい?」 「『顕現』などと大それたものではないがな。この姿はまあ、ふた月ほど前になるかの」 「ふた月、ねぇ……」
じ、と会長が由良を見つめる。 そしてやおら、うんうんと頷いた。
「その程度だと思ったよ。由良くんは化けるのがあまりうまくないからね」
会長の言葉に、由良が息をのむ。
「……わしに化けるのが下手じゃと言いたいのか?」 「うまくない、と言ったまでだよ」 「同じことじゃろ」
握りつぶしそうなくらいに強く握られていた缶の酒を一気に飲んで、由良は会長を睨みつける。
「ちょっと、由良……」 「なんじゃ夕陽」 「睨みつけるとかさ、やめてよ……?」
僕がそう言葉を上げたことで、由良に睨みつけられるのは僕になった。そういえば狐の眷属は階級に煩いのだっけ、と以前読んだことのある噂話を集めたブログの文言を思い出す。会長はもしかしたら、僕と由良が一緒に暮らし始めていることを感づいていたのかもしれない。僕はぼんやりと思う。
神格化までされた九尾の狐、会長と、一般と言っていい狐にしか化けられない由良。どちらの方が立場が上なのか、そういったことにあまり詳しくない僕でも分かる。 その九尾の狐に、遠回しでも「化けるのが下手だ」と言われてしまったのだ。由良の高いプライドが傷付けられているのも、また火を見るよりも明らかだった。寸前で「睨みつける」で済まされているだけで、本当は襲い掛かりでもしたいところだろう。そんな由良をなだめつつ、僕は眠っている頼山と大鳥に眼を向ける。無論、二人にまで���めに入ってくれれば、なんて思ってはいないけれど、せめて目を覚ましてくれれば事態が好転するかもしれないと思っていた。
「……起こそうか?二人を」 「え?」 「催眠術はもういらないだろう?今日はお開きにして、夕陽くんと由良くんは帰るといい。想一くんとひすいくんは私が送ろう」
僕は眼を瞬かせる。そして、感づいた。 頼山と大鳥は酒につぶれて眠ったのではなく、会長の催眠術にかけられたのだ、と。
ーーーーーー
「アヤコに訊いたぞ。彼奴、名を『時揃』というのじゃな」
梅見から帰り、ふくれっ面のままの由良がそう僕に言う。
「……ああ、会長のことか」 「彼奴以外に『時揃』などという奇天烈な名を持つ奴なぞいてほしくないわ」
苦々しく、けれど確かな信条を持ったような眼で、由良は僕を見上げる。
「で……その会長がどうかしたのか?」 「話はそれに終結するが、九尾の狐というのは矢に射られて死んでおるのじゃ。つまり、」 「会長を矢で射ろう、って?それは喩え僕が許しても世間が許さないよ」
僕が由良の言葉をばっさり切ってそう断言すると、由良は再びふくれっ面に戻った。
「何故じゃ」 「なんで、って……会長は人としてこの世界に生きてるからだよ」 「わしにかかれば証拠なぞ残らんぞ」
ずい、と顔を僕に近づけ、由良はまだ不機嫌そうに言う。
「郷に入れば郷に従えっていうだろ?人の姿で顕現した以上、由良も人の仲間ってことだよ。知ってると思うけど、人の世界だと殺人は許されない」
僕の言葉に、由良は少し考えるような仕草をする。ぐるうり、と一度首を回して、由良は溜息を吐いた。
「……お主に言い敗かされるとはな」 「納得、した?」 「悔しいがしたな」
由良は呟いて、苛立ちを表すようにがしがしと頭を掻いた。
ーーーーーー
「七神ィー」
廊下で名前を呼ばれて、僕は振り返る。声の主は頼山だった。ひらひらと手を振りながら、こちらへ向かってくる。
「頼山。どうしたんだ?」 「どーしたもこーしたもねぇよ。こないだの梅見、俺とひすい寝落ちしたじゃん?アレで由良ちゃん怒ってねぇかなーって。そんだけ」
バツが悪そうに、頼山は言う。まさか「あれは会長の催眠術で」なんて言えるわけもないから、僕は心情を隠しながら首を横に振る。
「んお。そうなのか?」 「うん。……まあ、別のことでイラついてはいたけど」 「別のこと……?」 「ああ、こっちの話」
僕の言葉に、頼山はじっとりと僕を見る。けれどそれはほんの一瞬で、すぐに「ま、いいや」と頼山は話を変える。
「会長が言ってたんだけどさ、次の心スポ巡りどうするか、だってさ」 「……なんでそれを僕に?」 「いんや、由良ちゃん都市伝説に詳しかったからさ」
ひすいの意見も取り入れ済み、と付け足して頼山は言う。
「……あれで由良ってかなり世間知らずだけど」 「あー……それはあの喋り方だしなんとなく予想できるわ」
ケラケラと笑って、頼山はすれ違いざまにばしばしと僕の背中を叩いて「ま、由良ちゃんに宜しくな」とと言い残して行ってしまう。 後には、「由良にそんなことを聞いたところで有用な意見が得られるのだろうか」と思う僕が残された。
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けもののいる生活 misskeyまとめ
すんすん、と鳴がカメラのにおいを嗅ぐ。気になるのだろう。鳴は新しい物を見るといつもこういう行動をとる。
「たもつ、これなあに?」 「見守りカメラ」 「みまもり……?」
こて、と鳴が首を傾げる。最近俺が仕事から帰ってくるといつも部屋が荒れているから、証拠か何か掴めるだろうかと思って購入した物だった。
「お前が悪さとかしてないか見るんだよ」 「……たもつ、へんたいみたい」 「あぁ?」
俺が軽く凄むと、鳴はイカ耳になってカメラから離れる。鳴は怒られるのが嫌いなのだ。
「とにかく。今日からこれ置くからな」 「ん-……分かったあ」
どこか納得していない様子だが、鳴には我慢してもらうしかない。 鳴の性格のことだから、他の猫のようにカメラを倒したりするかもしれないが、それも仕方ないだろう。鳴は悪戯をする時必ず鼻歌を歌う。動画が撮れずともその音声さえ取れれば、証拠になる。
「へんな動画、とったりしない?」 「お前がそういう行動とらなければいいだけだろ」 「むー……」
膨れ顔になって、鳴はとたとたと歩いて自室まで歩く。その背中を見ながら、「杞憂に終わればいいが」と俺は思った。
ーーーーーー
かたりかたりと、机が揺れる。 その音を立てる正体は、鳴だった。
「……鳴」 「ん、にゅ……」 「鳴、起きろって」
夢の世界に半ば旅立っている鳴は、俺の言葉に反応が悪い。 はあ、と息を吐いて、俺は鳴の頭をひっぱたいた。
「ういっ!?」 「いい加減起きろ」 「いいかげんもなにもないよ……」
むー、と言いながら、鳴は不服そうに頬を膨らませる。 「学校は寝る時間を過ごすところではない」と何度も言っているのだが、『猫』という性質上どうしても鳴は眠くなってしまうのだろう。それでも成績はいいのだから、その点保さんの教え方がうまいのだろうか。
ん、ん、と鳴が伸びをして、欠伸をする。ぼんやりと俺を見た鳴は、にへ、と笑みを浮かべた。
「おはよ、祥くん」 「おはようも何ももう昼だが」 「んえ?そうなの?」
細い手首に巻かれた腕時計に目をやり、鳴は言う。 一時限目から鳴は眠っていた。単純に計算して四時間ほど眠っていた計算になるのだろうか。
「ほんとだ」 「先生あきれてたぞ」 「それはごめんなさいだね」
教壇には、今は誰も居ない。それは今の時間が自習だからだった。担任の先生は、今は教室の隅に置いてある教員用の机で書類を読んでいた。
「……でも先生、いまは何もしてないよ?」 「今は、な。折角前の時限は鳴の好きな歴史だったのに」 「え!歴史だったの?」
頷けば、鳴は再び不服気に頬を膨らませた。
「起こしてくれればよかったのに」 「起こしても起きなかったのはお前だ」 「うー……」 「今後はこんなことが無いように起きてるんだな」
そう言って、俺は鳴に笑いかけた。鳴の眼には恐らく、意地悪く映ったことだろう。
ーーーーーー
ごろごろ、と鳴が喉を鳴らす。 撫でるのをやめようとすれば、不機嫌そうに鳴は俺の手を握って自らの顎に当てる。「まだ撫でろ」といっているのだ。
「……器用なんだな、けものって」 「ん-?なにがー?」 「人化してるのに喉鳴らせるんだなって言ってんだよ」
猫が喉を鳴らす仕組みは、実はよく分かっていないのだという。 人間の喉仏に当たる部分の筋肉を非常に細かく伸縮させることで声帯が振動し音が鳴ると考えていられたり、ゴロゴロと音が鳴る仮声帯がある説や、喉を通る大静脈の血流が渦巻いた振動で鳴る説などがあるらしい。 どうして猫の喉は鳴るのか。それを鳴に訊いたって、恐らくは何も答えなど出ないのだろう。
「化け猫、なぁ……」 「妖怪あつかいしないで」
むすっとした声で、鳴が言う。鳴はお姫様というか、女王様気質だから、機嫌がコロコロ変わるのだ。
「でも今でいう『けもの』が妖怪だった可能性だってあるんだろ?」 「むー……そうだけど……」 「認めた方が楽だぞ、鳴」 「らくもなにも……わたしの知ったことじゃないもん」 「はいはいそうですかー」 「……たもつ、めん��くさくなってない?」
じ、と鳴の翠色の眼が俺を見上げる。 確かに、面倒になってきているのは事実だが。
「まあ、お前は俺より年下だしなぁ」 「……」
ぽかり、と口を開け、鳴は呆れたようにその口から短く息を吐く。
「……たもつ、猫の10歳って人間でいう56歳なんだよ」 「へえ?そうなのか?」 「うん。だから私は人間でかんがえればたもつより年上なの」 「でも現実で過ごした時間で考えれば俺には勝てない。一生な」
俺の言葉に、う、と鳴は詰まって、閉口する。 そして、鳴は不機嫌そうに、唸り声を一つ短く上げた。
ーーーーーー
「雛里?」
リビングにいるはずの雛里に声を掛ける。けれど、答えはない。 キッチンから顔を覗かせれば、ソファーに座っている雛里の小さな背中が見えた。
「……」
無視しているわけではないのだろう。息遣いに耳をすませば、眠っているらしい。
ぱっぱっ、と手についた水を払い、俺はキッチンを出る。 そうっとソファーに近づき雛里の顔を覗いてみれば、予想通りというか推察通りというか、雛里は眠っていた。
雛里は白色変種だ。昔雛里は自分の姉に裏切られて死にかけたところで俺が助けた経緯があり、俺と雛里はそこから一緒に暮らすようになった。
眠っている雛里の顔をじ、と見つめる。計算が合っているなら、雛里は今年で12歳になるはずだ。12歳という割には身体つきが幼い気もするが、その辺は個人差もあるうえ俺は医者ではないからよく分からない。
「……ん……」 「!」
雛里が短く声を上げて、反射的に俺は雛里から一歩後ずさる。 ゆるゆると瞼を開けた雛里はその紅い眼できょろきょろと辺りを見回し、軈て俺を視界に認める。
「私……寝てた……?」 「うん、まあまあぐっすり。起こしちゃったか?」 「ううん、大丈夫……転寝だから」
こしこしと雛里は瞼を擦って、頭の中から眠気を追い出そうとする。欠伸を一つして、そこで眠気はなくなったのだろう、雛里はしっかりと俺を見た。
「今日、なんか依頼あったっけ……?」 「いや、ないな。今日はオフ」 「……それならまだ寝てても良かったかも」
ぼそりと雛里は呟いて、ぴょん、とソファーから降りた。
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こごめと僕 misskeyまとめ #1
上にあるものほど古いです
ころり、と私はソファーに横になる。 日中、裕理さんを待つのは、昔はどこか寂しさと恐怖を感じていた。裕理さんはもう二度と帰ってこないのではないかと、そう思っていた。それでも、私が幼いころ置かれていた環境に比べれば、ましだったのだろう。
……性的虐待をされなかっただけ、よかったのだろうか。 不意にそんなことを思う。殴られたり蹴られたりするだけで、それだけで済んでいたのだから。世の中にはもっとひどい虐待をされる人だっている筈だ。だから私は「まだマシな部類」なのだろう。 ひょんなことから裕理さんに助けられた私は、最上とはいかずとも幸福を感じている。それで、いい。それでいいんだ。
すりすりと子宮のあるあたりを服の上から撫でる。この国では、中絶できるのは21週6日までの胎児と法律で決まっている。そ俺を1分でも過ぎてしまうと、殺人罪に問われることになる。
「……裕理さんとの子供、欲しかったな」
ぽつりと私は呟く。もしそうなったら、私は裕理さんを自分の一番近くに縛りつけることができたのではないか。そう思っていた。
私は、裕理さんを恐らく愛している。私に対して裕理さんがどう思っているかは分からないけれど、その私の思いは変わらない。 けれど、一度自分たちで選んだ「中絶」という道は、私と裕理さんが身体を重ねることを困難にしていた。その上、裕理さんはそういう欲があまりない。まあ私とてそれはそうなのだけど。
きゅ、と目を閉じて、私は思う。もし私と裕理さんの間に「生きた子供」がいたのなら、と。 けれどそんなことを考えたって、夢想にしかならないのだった。
ーーーーーー
くったりと、ソファーに身体を横たえる。 日中、裕理さんがいない時、私は刃物を使う事以外は基本的に何をしても許されている。 と言っても、読書欲があるわけでも、ゲームをするでもなく。私はこの時間を持て余していた。唯一、スマホを与えられているのが救いだろうかーーそう思いながら、私は鶫ちゃんからのショートメールの返信をする。 小学生時代の頃、私の境遇を知っていながらそれでも親しくしてくれた鶫ちゃんとは、夏頃に再会した。そこから私のスマホには鶫ちゃんの連絡先が追加された。
鶫ちゃんは文筆家なので、大抵は家にいる。そこから待ち合わせて二人で出かけることもあった。無論、裕理さんに許可を取り、門限を守るという約束付きでだが。
スマホの動画アプリで音楽を流しながら、私は物思いにふける。俯せになって、足をパタパタと動かしながら。
私と裕理さんの間に、子供は必要なのだろうか。ふと、そんなことを思った。 無論、そうなれば私は裕理さんという存在を私の一番近くに置くことができるだろう。けれど、中絶してから裕理さんは私と唐田を重ねることに恐怖に近いものを感じているのか、一つのベッドで眠っても「そういうこと」をけしかけてこない。元来そういう欲が少ない、というのもあるのだろう。それは私も同じだが。
私は、裕理さんと出会った時から裕理さんの親にも兄弟にも出会ったことがない。無論存在してはいるのだから親はいるのだろう。少なくとも、母親は。 高校生なら一人暮らしするのも不思議ではないだろう。しかし影すら見えないというのはどういうことなのだろうか。
私は、う、と唸って伸びをする。勘当されたかどうかして、実家を追い出されたのだろうか。 それなら、私と境遇が似ているーー。私はそう思う。けれどその疑問を裕理さんに何故ぶつけないのか。それは、簡単な話だ。
私は自分の死以上に、裕理さんが自分の前からいなくなることを恐れていた。それで、この疑問をぶつけられずにいた。 裕理さんがいなくなったら、私は生きていけないな。ぼんや��とそう思って、私はきつく目を閉じる。
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虚ろゆらゆら misskeyまとめ
「うつろゆらゆら」という都市伝説がある。 何でも名前の通り虚ろに現れてなんでも願いをかなえた後ゆらりと消えるとかーーそんなものだと聞いた。 話を初めて聞いたときは所詮都市伝説だろうと思っていた。結局は他の都市伝説と同じように話だけの存在なのだろう、と。 追加で都市伝説らしく、グロテスク味を帯びても、僕は出会うことなどないのだろう、と。それは、つい数分前まで思っていた。
「……ぬしは誰ぞ」
足下をゆらゆらと蜃気楼のように揺らめかせながら、少女は言う。
「ここは何処じゃ」
緋い目を、夜の暗さだというのに嫌に輝かせながら少女は言葉を続ける。
「わしを生み出したのは貴様じゃろう。何を怯えておる」 「あ……う……」 「……ああ、人間は『わしら』と違うて「一つ」ではないのじゃったな。ぬしが生みの親という訳ではないのか。何、萎縮することはない、取って喰おうたりはせんよ」
そう話す少女の口の端から、八重歯が光る。それは獣のように鋭かった。
「……きみ……は……」 「先に名乗れ、と言いたいのか。いいじゃろう、教えてやるかの」
すう、と少女は息を吸う。瞬間、分厚い雲に覆われていた満月が顔を見せ、少女の目鼻立ちをはっきりさせる。
「わしは、『うつろゆらゆら』。貴様ら人間の言う、都市伝説じゃ」
こうして僕は、初めて都市伝説を実際に見たーー。
ーーーーーー
物珍しげに、すんすんすん、と少女がお菓子の袋のにおいを嗅いでいる。 結局、僕は何故か少女ーー雨都由良と名乗ったーーを家に連れ帰った。半ば興味本位、というのもあったのかもしれない。
「あんまり物色しないでよ?」 「わ、分かっておるわそのくらい……」
僕の言葉に、由良は言い淀みながらも返す。ちらりと横目で見てみれば、高いところにある電子レンジに小さな体躯から腕を伸ばしていた。 由良は僕の家に来て一時間ほどしかたっていないというのに様々なことを話した。彼女の一番の気がかりは、「自分達『都市伝説』が科学の発展に合わせて解明されていくこと」らしい。
「人間でいえば存在を否定され殺されるようなものじゃ」
苦々しげに、由良は呟く。 けれど、未だ何故なのか分かっていない都市伝説もあるだろう。そういえば、由良は嬉しそうに含み笑いをした。
「それが都市伝説の本質じゃからの」 「そうなんだ?」 「不幸にするものや危害を加えたりするものしかない、という訳ではないじゃろ。それが何よりの証拠じゃて」
和服の袂をぱたぱたとさせて由良は誇らしげに胸を張る。
「それに夕陽、お主は知っとる筈じゃ。『怪異研究会』の一員なのじゃろう?」 「うん、まあ……ね。僕は殆ど話���分にしか聞いてなかったし信じてなかったけど」 「わしと会うて確信に変わった、ということか?」 「そうだね。そうなるかな」
僕が言うと、自分の手柄だ、とでも言うように由良が分かり易く自慢げに鼻を鳴らす。そして、誇らしげに僕を見上げるのだった。
ーーーーーー
「ぴくちゅ」
小さな声で、由良がくしゃみをする。今の時期に和服というのは寒いのだろうか。
「寒い?」 「む……耐えられぬ程ではないわ」 「そう?じゃストーブはつけないね」 「すとおぶ?」
頭の上に『?』が浮かぶのが目に見えそうな程、大仰に由良は首を傾げた。
「暖房器具。知らない?」 「わしとて知らぬことくらいある」 「つけるとあったかいよ」 「む?なら、火か?」 「火が出るのもあるし、出ないものもあるかな。僕の家にあるのは後者」
一週間ほど前に寒波が来るまでは押し入れにしまわれていた赤外線ストーブを、ずるずると由良の前まで持っていく。
「火も出ずに温いのか?」 「うん。あったかいよ」 「面妖な……」
言いながら、由良は格子状になっている前面部分を猫がするようにちょいちょいと指先で触れている。
「すぐ熱くなるから、触らないでね」 「うむ……?」
かちり、とスイッチを入れると、三秒程で由良の顔はストーブの明かりで仄かに橙色に照らされる。 半信半疑と言った体で見ていた由良は、それと同時に顔をほころばせた。
「温い!温いぞ夕陽!」 「火傷するから、ストーブには触らないこと。いい?」 「あい分かった!」
ふわあ、と言いながら、由良はストーブの温かさを享受する。それを見ながら僕は時計を見上げる。 夜中の二時ーー丑三つ時だった。
ーーーーーー
由良は、「具現化した都市伝説」であるらしい。チョコレートをぱくぱくと次々口に入れながら僕にそう教えてくれた。
「他にもいるの?そういうのって」 「ああ、おるじゃろうな。ただ臆病で表に出ていないだけで、存外人間として生きておるやもしれんぞ」
口裂け女、という都市伝説があったじゃろ、と由良は切り出す。
「あやつなぞは、市民権を得た者として代表的じゃな。あまり怖がらせすぎるのも考え物じゃがの。「怖すぎるから誰も知らぬ」とかいう都市伝説……あー、『牛の首』とか言ったか。そやつも同じく市民権を得た者じゃろう」
相変わらずチョコレートを口に運びながら、由良は言う。
「怖すぎると忘れられるってこと?」 「可能性の問題じゃ。都市伝説に限らず、危険すぎるものは規制が厳しい」 「駆逐されるのか。そういえば口裂け女って児童が怖がるから���団下校したんだっけ……」
顎に手を当て、僕は考える。とある大学だと密かにキメラがつくられているとか、昔の軍が井戸に閉じ込められている怪物が表に出せない事件の当事者が物理的に消されているとか。僕が大学で入っているサークルの「怪異研究会」で聞いた話を思い出す。
「でも、怖すぎないと……」 「うむ。忘れられる可能性は高まるな。危険すぎると夕陽、お主が言ったように駆逐されてしまうのじゃよ」
がさがさがさ、とチョコレートの入っていた袋を探りながら、由良が呟く。袋を逆さにしたところを見るに、一人で一袋食べきってしまったらしい。
「そのあたりは人と同じじゃな。偉業を達成すればする程持ち上げられはするが、その成したことが常識になってしまうと、その人間は『普通』に格下げされてしまう」
難儀な物じゃよ、人の世も、都市伝説の世も。 そう締めくくり、由良はふう、と息を吐いた。
ーーーーーー
「夕陽、それは何じゃ?」
不思議そうな顔をして、由良が僕の持っているスマホを指差した。
「スマホ。知らない?」 「すまほ……?」
僕の言葉を復唱しながら、由良が恐る恐ると言った体で画面をのぞき込む。別に変なサイトを見ているわけじゃないから、僕はそれを咎めない。
「げえむ、か?」 「うー……ん……ゲームもできるといえばできるかな」 「ふむ……ならばめえるとやらも作れるのか?」 「うん、結構簡単に作れるね。電話もできるし」
僕が次々に機能を言うと、由良は困ったような顔をした。
「どうかした?」 「む……それならば都市伝説を作り上げることもできるのかと思うてな」 「あー……作る人もいるんじゃない?僕は見たり聞いたりする専門だけど」
苦笑しながら僕が言えば、そこで何かの合点がいったのか、由良は掌に片方の拳をぽむ、と打ち付けた。
「すまほは都市伝説の母とでも言うべきものじゃな!」 「えっ?あー……うん、まあ、間違っては……いない、のかな……?」 「そうとなれば親近感が湧いてきたな。どれ何か食うか?わしに出せるものなら何でも出してみるぞ?」
一瞬由良の言葉の意味が分からず、僕はフリーズする。 少し間が空いてから、僕は由良の能力を思い出した。由良には、言ってみれば「なんでも願いを叶える」のだ。それは由良自身の願いも含まれているのだろう。
由良に出せるものなら何でも、というのだから、これから現代の知識を教えれば、由良の出来る事は無限にもなるというのだろう。 ……そういえば、僕の願い訊かれてないな。ぼんやりと思いながら僕はスマホを相手に子供のようにはしゃぐ由良を見ていた。
ーーーーーー
「ほう、『花子』という友人がいたのか?」 「うん。今はもう、付き合いはないんだけどね」
赤いスカートに白いブラウス。おかっぱ頭の彼女ーー花子ちゃんを僕は思い出す。 小学低学年頃から中学に上がるまでという短い間だったけれど、僕は花子ちゃんと友達だった。
「あやつも、友人が欲しかったのであろうな」 「分かるの?」 「ああ。「仲間に引き込む」という形もあるのじゃろうが、純粋に夕陽、お主と友達でいたかったのじゃろう」
由良に言われ、僕は花子ちゃんが僕以外の誰かといた場面を見たことがないのを思い出した。
「仲間に引き込む、ってことは、幽霊にする、ってこと?」 「わしは幽霊というより『現象』に近い故、それはよくは分からぬが恐らくはそうじゃろう」
幽霊に引き込まれる。考えてみれば、もしかしたら僕は危なかったのかもしれない。
「わしが視たところ、お主はそういったモノを引きつけ易い様じゃ」 「引きつけ易い?」 「人の子にはおるのじゃよ、夕陽のような体質の者がの」
口角をきゅっと上げて、由良が笑う。
「珍しいの?そういう人って」 「無自覚なだけで、それなりに居るはずじゃ」
何だか厨二心がくすぐられそうだ。僕はそう思って苦笑いする。 もしかしたら僕は、花子ちゃん以外にも怪異に出会ったことがあるのかもしれない。前に由良が「存外人として暮らしているのかもしれない」���言っていたのを思い出し、僕はそう考えた。
ーーーーーー
「七神、お前最近機嫌良いな」 「……そう?」 「ああ。前は『寄らば斬る!』みたいなオーラ出してたけど、今じゃ大分柔らかくなってる」
怪異研究会の、週に一度の集まりの日。僕は同じサークルに所属する同い年の頼山想一にそう言われた。
「なんかあったのか?」 「ん-……特に何もないよ」
咄嗟に僕は嘘を吐く。由良の存在を表に出していいように思えなかったからだった。 その上、ここは『怪異研究会』。由良のことを話せば野次馬感覚で僕の家にこのサークルの面子が押し寄せる事だって簡単に予想できる。
「なになに、色恋沙汰とか?」
僕と頼山の話を聞いていたのだろう、同じくサークルに所属している大鳥ひすいが口を挟んできた。
「だから何でもないって……」 「そうお?でもほんと柔らかくなったよねぇ」
ですよねえ?と語尾を伸ばし、大鳥は会長である袖笠時揃に同意を求める。
「ひすいくんに想一くん。あまり人のことを詮索するのは褒められたことではないよ」 「えー?でも気になるじゃないですかあ」 「……まあ、私も興味がないと言えば嘘になるがね。夕陽くんが自分から話してくれるまで待とうじゃないか」 「それ、いつになるんすかね……」
苦笑いしつつ、頼山が言う。
「最悪七神が忘れたフリ……とか?」 「あ、その可能性ある。夕陽くん、早く『自分から話したく』なってよねー?」
猫ならば喉を鳴らしているような声で、大鳥が言った。僕に「その手は使わせない」という視線とともに。
ーーーーーー
ゆらゆらと、由良の腰のあたりでもやもやしたものが揺れている。
「……由良」 「うむ?」 「何か、出てる。腰のところ」
僕の言葉に、言われたところを見た由良は意地悪く笑った。
「何じゃと思う?夕陽」 「何、って……尻尾とか言うなよ」
僕が言うと、由良はぱちぱちと目を瞬かせ、軈て再びにやりと笑う。
「分かっておったのか?」 「……本当に尻尾なんだ、それ……」
僕が言う間にも、そのもやもやしたものは明確に形を成していく。猫とキツネとイタチの尾だった。
「猫もキツネもイタチも化ける動物だったな……」 「知り合いにタヌキの経立がおるぞ」 「経立、ねぇ……」
以前由良は自分のことを「現象」と言っていたから、由良自身は経立ではないのだろう。 『経立』というのは、簡単に言えば『長い年月を生き化けられるようになった動物』のことをいう。もっと砕けた言い方をすれば、「化け猫」とか「化けダヌキ」とか「化けギツネ」になる。
「わしは彼奴らの姿に化けられるだけだがな」 「そうなんだ?」 「ああ。人を騙すときによく獣の姿をしていた。猫に化けるのが好きだったかの、人が食い物をくれるからな」 「へえ?じゃあ人の姿は?」 「現象として姿かたちをしっかりとれるようになるまで時間がかかっての……この姿を見せたのは夕陽、おぬしが初めてじゃよ」
黒い和服の胸元をどん、と叩いて由良は胸を張る。しかしそれで噎せてしまい、げほげほと咳をした。
ーーーーーー
「由良……」
低い声で、由良を呼ぶ。それにはしっかりした理由があった。
「���棚にあったお菓子、全部なくなってるんだけど……?」 「し、知らぬ。鼠が食おうたのではないか?」 「鼠捕りに鼠は捕まってないし、リオも無反応なんだけど」 「……この家、猫が居ったのか」
ぼそり、と由良は呟き、頭を振る。
「ああ、わしがすべて食うたぞ。問題でもあるか、夕陽」 「あれ非常用のだったんだけど。乾パンまでには手つけてないよね」 「『かんぱん』とは何じゃ?美味いのか?」 「話逸らさないでよ」
言いながら、僕は笑顔で由良の両こめかみをぐりぐりと指先で押す。「殺生な!」と聞こえてくるけど、僕の貯金に由良が与えたものの方が「殺生な」だ。
「ま、また買えばよいじゃろ……?」 「それで由良が苦しい思いをしてもいいならね」 「金などわしに頼めば無尽蔵じゃぞ」 「僕はそういうお金の増やし方したくないんだよ」 「真面目なのじゃな、お主……」
ふう、と息を吐いて由良は言い、両手を顔の横に「お手上げ」と言うように挙げた。
「もう無断で菓子は食わぬ。約束しようではないか」 「それ最初から守ってほしかったけどね……」
べしり、と由良の頭を叩く。僕の方も、これ以上由良を責める気にはならなかった。喩え責めたところで、お菓子が帰ってくるわけでもないのだから、と僕は自分を宥めた。
ーーーーーー
「由良ってさ」 「うむ?」
お菓子事件の後、僕は由良に「ある気になったこと」を訊いてみた。
「食べなくても大丈夫、ってわけじゃないの?」 「わしに食うなと言いたいのか?」 「疑問に疑問で返すな。先に訊いたのは僕だ」 「眼が怖いぞ有斐……別に食わずとも生きてはゆけるがの。決まった家があるのなら話は別じゃ。それで、夕陽はわしに食うなとでも言いたいのか?」
少しばかり眼を吊り上げて、今度は由良が僕に訊く。
「そんなんじゃないよ。食べなかったら今まで通りの食費で賄えるからさ」 「ふむ……猫の食費も莫迦にならぬからなあ」 「知ってるの?」 「知ってるも何も、わしら怪異と猫は親和性が高い。訊いたことはないか?黒猫は縁起が悪いとな。鴉も同じような理由で遠ざけられるじゃろ」
じゃから知っておる、とでも言いたげに由良は胸を張る。 胡坐をかいた由良の膝の上には、いつの間にかリオが座っていて、満足げにぐるぐると喉を鳴らしていた。
「そういえば此奴も黒猫じゃな」 「ああ……そうだね」 「もしや予めわしが居つくのを見越していたのではないか?」 「それは知らないし、知れないよ。僕は猫の言ってることが分かるわけじゃない」
今度は僕の膝の上に来たリオの喉元を撫でながら、僕は応える。思わせぶりにリオが、まお、と鳴いた。
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こごめと僕 #17
くあ、と左子が欠伸をする。
「……司書って暇なんだな」 「それなりに栄えてる図書館だったらもうちょい忙しいだろうな」
困ったように笑いながら、左子は言う。 この「神無図書館」は左子が言うような「それなりに栄えている図書館」ではないらしい。 本の整理や貸し出した本のリストアップなど、基本的には来館者がいなければ成り立たないような仕事だから、会社員の仕事よりは楽だといえるだろう。 ただ、やることが少ないだけで。
「別にネサフしててもいいんだぜ?ネット繋がってるパソコンあるんだし」 「パソコン使うのはあんまり得意じゃないんだよ」 「……それでよく会社員勤め上げられたな」
半ば呆れたように左子は言った。 左子は苗字を井上という。学生時代からの僕の友人で、こごめとの仲も良く知っている。
「殆ど電話対応だったからね」 「ふうん……」
鼻を鳴らして、左子は僕の言葉に応える。
「んじゃ、パソコン使うような作業は俺がやるわ」 「うん、よろしく」
ぱちん、と僕と左子は手を合わせる。僕ら以外誰も居ない図書館だから出来る事だ。 学生時代よくやっていた挨拶のようなものだった。
「そういやあさあ……」 「うん?」 「こごめちゃん……だっけ?そのあとどうなんだ?」 「どうもなにも……何もないよ。変化なし」 「あ、そ……」
気のない返事をして、左子は頭の後ろで手を組む。 昔から左子はこうだったな、と思い出しながら、左子も変わりないのだろうと僕は思った。
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エムリットに見初められる話
ゆらゆらと視界が歪む。その視界の中には、桃色の髪をした少女とも少年ともとれる程度の身長の誰かがいる。
「ボクの名前はーー」
そこまで聞いて、視界はブラックアウトし、俺は現実に引き戻された。 ……また、名前を聞けなかった。そこまで思い、俺は舌打ちをする。 あの影は誰なのか、そして、毎夜俺の夢に現れるのは何故なのか。訊いてみようにも、姿だけしか(しかも朧気だ)分からないのだから調べようもないというものだった。
寝起きの頭を引っ掻き回すようにがしがしと掻く。半ば怒りも込められているから、それなりに痛みを感じた。 『ボクの名前は』の後に、どんな名前が続くのだろう、と思う。夢の世界を支配するくらいなのだから、きっと一般のポケモンではないだろう。だが、俺に夢を調べる事が出来るような力はないし、相棒だったムンナはこの夢を視始めた頃からどこかへ行ってしまった。とある話から俺はムンナをボールで縛っていなかったからいつ逃げ出しても不思議ではなかったのだが。
朝の色々な雑事を済ませ、俺は図書館へ出かける。最近の俺のもっぱらの興味はシンオウ地方にいるという湖の三匹だった。その中でも「エムリット」というポケモンに、俺は強く惹かれた。 昔から俺は他人に無愛想だと言われていたから、人々に感情を与えたというエムリットに会えたなら、もしかしたら感情を貰えるかもしれないと思ったのだ。まあ俺のような一介の人間の前に伝説のポケモンであるエムリットが出てくるわけがないだろうと思っているが。 湖の三匹のほかにも、シンオウ地方には「人に悪夢を見せるポケモン」がいるらしい。もしやと思い俺はそのポケモンについても調べていた。
「つっても、無しのつぶてなんだけどな……」
図書館へ行く途中、俺は独りごちる。 はあ、と息を吐いて手を頭の後ろで組んだーーその時だった。
ふわり、と風を動かし、俺の横を誰かが通り過ぎる。つい目で追って、俺は息をのんだ。 桃色の髪をし、少女とも少年ともとれるその人物。それは、間違いなく俺の夢に出てくるーー。 そこまで考えたところで、不意にその人物が振り向いた。吸い込まれるような金色の瞳に俺は一瞬で惹きつけられる。
「……まだ、『ボクの名前は』までしか、君は知らないんだっけ?」 「え……?」 「だから、改めて名乗っておくね。……ボクの名前は、エムリット。シンオウ地方湖の伝説ポケモンの一柱だよ」
くすくすと、エムリットは楽しげに笑い、そう宣言した。
「本当、なのか?」 「本当だよ?実際、キミがまだ誰にも言ってないことを言ったじゃないか、ついさっきさ」
そう。俺は毎夜見ている夢のことを誰にも言っていなかった。そこから考えて、エムリットの言っていることを本当なのだと信じる。いや、信じるしかなかった。
「なーんか由玖が人間とよろしくやってるみたいだからさー、ボクもそうしてみようかなーって」 「由玖……?」 「ん?ああ、ユクシーのことね。ちなみにボクのことは理人とでも呼んでくれればいいよ」
くるくると、楽し気にエムリットーー理人は回る。
「……それを俺に明かして、どうするつもりだ……?」 「だからさ、ボクも由玖みたいに遊びたいんだよね」
言うが早いか、理人は念力を発動し、呟く。
「『ふういん』」 「ッ!?」
ぴん、と空気が張り詰めた。 俺は身体を動かそうとして、動かせないことに気付く。
「ふふ、これでキミは、ボクの隣から逃げられなくなった」
金色の眼を妖しく輝かせて、理人は昏く笑った。
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ジュペッタと再び出会う
これは運命だからなのだと、そう思った。一目見ただけであの時のトレーナーだと分かった。 僕からしてみれば、もう何年も過ぎている。ただのぬいぐるみだた僕が、ポケモンに変化してしまうくらい長い時間。 その姿はその年数分、変わってしまっている。人だってポケモンだってーーぬいぐるみだって。 ぱたぱたと、けれど気取られないようにそのトレーナーの後を追う。小さな路地を抜けて、今度は通りを歩き、大きなマンションの前へ。
そこで、不意にそのトレーナーが僕の方を向いた。そして、僕をしっかりと見て声を出す。
「……私に何か用かな」
隠れる所��どないようなところだったから、僕は必然的に自分の身をさらすことになってしまう。
「あ、え……と……」 「付いて来ていたのはずっと感づいていたよ?君は……ジュペッタか」
僕は言葉を発さずにこくんと頷く。今更違うと言ったって何も変わらないし何にもならないことを僕は分かりきっていた。
「それで?何の用かな」 「えと、ぼ、僕……」
貴女の、ポケモンになりたい。心ではそう思っていてもなかなか口に出すことが出来ない。もじもじとしているうちに、そのトレーナーは僕に歩み寄って僕の頭を撫でる。瞬時、多幸感に包まれる。
「っ……あの!」 「うん?」
ぱ、と顔を上げて、僕は言う。
「貴女の、ポケモンになりたいんです……!」
一瞬面食らったのち、そのトレーナーは破顔した。
「なんだ、それだけのことか。命でも狙われているのかと思ったよ」 「……だめ、ですか……?」 「ダメなわけないだろう?これから、よろしくね。ええっと……」
数秒そのトレーナーは考えを巡らせたのだろう、それから軈て再び僕の頭を撫でた。
「名前は……そうだな、悠太、なんてどうかな」 「ゆう、た……」 「イヤかい?」 「いやだなんて、そんな……!」
僕が胸の前で手をパタパタさせながら言うと、またそのトレーナーーーいや、この瞬間から。僕のマスターは朗らかに笑った。
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けもののいる生活 雛里と楼
「雛里?」
リビングにいるはずの雛里に声を掛ける。けれど、答えはない。 キッチンから顔を覗かせれば、ソファーに座っている雛里の小さな背中が見えた。
「……」
無視しているわけではないのだろう。息遣いに耳をすませば、眠っているらしい。
ぱっぱっ、と手についた水を払い、俺はキッチンを出る。 そうっとソファーに近づき雛里の顔を覗いてみれば、予想通りというか推察通りというか、雛里は眠っていた。
雛里は白色変種だ。昔雛里は自分の姉に裏切られて死にかけたところで俺が助けた経緯があり、俺と雛里はそこから一緒に暮らすようになった。
眠っている雛里の顔をじ、と見つめる。計算が合っているなら、雛里は今年で12歳になるはずだ。12歳という割には身体つきが幼い気もするが、その辺は個人差もあるうえ俺は医者ではないからよく分からない。
「……ん……」 「!」
雛里が短く声を上げて、反射的に俺は雛里から一歩後ずさる。 ゆるゆると瞼を開けた雛里はその紅い眼できょろきょろと辺りを見回し、軈て俺を視界に認める。
「私……寝てた……?」 「うん、まあまあぐっすり。起こしちゃったか?」 「ううん、大丈夫……転寝だから」
こしこしと雛里は瞼を擦って、頭の中から眠気を追い出そうとする。欠伸を一つして、そこで眠気はなくなったのだろう、雛里はしっかりと俺を見た。
「今日、なんか依頼あったっけ……?」 「いや、ないな。今日はオフ」 「……それならまだ寝てても良かったかも」
ぼそりと雛里は呟いて、ぴょん、とソファーから降りた。
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主様と世話ブレイズくん お菓子つくる
だっぱだっぱ、と音を立てながら主が牛乳をボウルに入れる。
「……大丈夫ですか」 「ん、ちょっとおもい……」
一リットル入った牛乳パックだから、六歳の主には重すぎるだろう。それは俺も予知している事だった。キッチンの柱の陰に隠れるようにして主を見ている紅蓮もまた、それを予見していただろう。 主は今、一人でクッキーを作ると張り切っていた。
「誰にあげるんです?」
少しばかり、嫉妬心が沸いて俺は主にそう訊く。
「んえ?しこんたちだよ?」 「……俺達、ですか?」 「うん。いつもわたしのおせわしてるから」
桜色の髪を揺らしながら、主はそう明るく言う。 お礼だよ、と付け足して、主は朗らかに笑った。
「別にいいんですよ?」 「わたしがよくないっておもったからいいの、しこんはきにしなくても。おとうさんがおせわになってるひとにはおれいしろって、そういってたから」
言いながら、主は小さな手で卵を慎重に割り、それもボウルの中に入れて、泡だて器でしゃかしゃかとかき混ぜ始める。 主は自分の父と会ったのかーー。俺はそう思って紅蓮をちらりと見る。こくり、と紅蓮は頷いた。 ある地方のチャンピオンをしている主の父は多忙らしく、なかなか家に帰ってくることがない。紅蓮は主の父のポケモンだが、最近は専ら主の観察役になっている。その紅蓮が一番主に関するトラブルを起こすことを、きっと主の父は知らないのだろう。
「紫紺たちに、ってことは俺の分はないんすかね」 「ぐれんの?あるよ?でもぐれんはあまいのにがて、だったよね?」 「……そっすか。ならいいんす」
ぽりぽりと、気恥ずかしそうに紅蓮は自らの頬をかく。 数時間後には、うまくいったのならクッキーが焼けている筈。その匂いにつられ、主の他の手持ちポケモンも主のそばに来るだろう。 主は料理をしたことは年齢柄あまりしたことはないが、以前作ったプリンはなかなかに美味だった。クッキーも、きっと美味になるだろう。そう思って、俺は密かに口角を上げた。
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けもののいる生活 鳴と保
ごろごろ、と鳴が喉を鳴らす。 撫でるのをやめようとすれば、不機嫌そうに鳴は俺の手を握って自らの顎に当てる。「まだ撫でろ」といっているのだ。
「……器用なんだな、けものって」 「ん-?なにがー?」 「人化してるのに喉鳴らせるんだなって言ってんだよ」
猫が喉を鳴らす仕組みは、実はよく分かっていないのだという。 人間の喉仏に当たる部分の筋肉を非常に細かく伸縮させることで声帯が振動し音が鳴ると考えていられたり、ゴロゴロと音が鳴る仮声帯がある説や、喉を通る大静脈の血流が渦巻いた振動で鳴る説などがあるらしい。 どうして猫の喉は鳴るのか。それを鳴に訊いたって、恐らくは何も答えなど出ないのだろう。
「化け猫、なぁ……」 「妖怪あつかいしないで」
むすっとした声で、鳴が言う。鳴はお姫様というか、女王様気質だから、機嫌がコロコロ変わるのだ。
「でも今でいう『けもの』が妖怪だった可能性だってあるんだろ?」 「むー……そうだけど……」 「認めた方が楽だぞ、鳴」 「らくもなにも……わたしの知ったことじゃないもん」 「はいはいそうですかー」 「……たもつ、めんどくさくなってない?」
じ、と鳴の翠色の眼が俺を見上げる。 確かに、面倒になってきているのは事実だが。
「まあ、お前は俺より年下だしなぁ」 「……」
ぽかり、と口を開け、鳴は呆れたようにその口から短く息を吐く。
「……たもつ、猫の10歳って人間でいう56歳なんだよ」 「へえ?そうなのか?」 「うん。だから私は人間でかんがえればたもつより年上なの」 「でも現実で過ごした時間で考えれば俺には勝てない。一生な」
俺の言葉に、う、と鳴は詰まって、閉口する。 そして、鳴は不機嫌そうに、唸り声を一つ短く上げた。
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こごめと僕 #16
ぐ、と、こごめが身体を伸ばす。 長くなった花緑青の髪が揺れて、微かに甘いにおいがした。
「髪、伸びたね」 「え?……ああ、うん、そうかも」
もそもそとこごめは炬燵布団に包まるように今度は身体を丸めて、はふ、と息を吐く。 こごめは、髪は自分で切っていた。その理由について聞けば、「鋏を持った人間を自分の背後に置きたくない」のだという。分かるような、分からないような。
「切らないの?」 「今は寒いから」 「あー……」
確かに、髪を切る季節は寒い頃より暖かい頃の方がいい。 けれど、今現在こごめが髪を鬱陶しそうにしているのは、火を見るより明らかなほど分かる。よく髪をかき上げているからだ。
「……こごめ」 「なに、裕理さん」 「切らないまで行かなくても、結うくらいならいいんじゃない?」
小豆色の眼が、僕をとらえる。結い上げるという方法は思いついていなかったのか、きょとん、という色を含んだものだった。
「……できるの?裕理さん」 「まあね」
言いながら僕は立ち上がって、小物入れを探る。目当ての物を取り出して、こごめに見せた。 薄緑色の、髪留め用のゴムとピン。それを見て、こごめは自分で髪を軽くかき上げた。
「きついとかあったら言ってね」 「うん」
ブラシで軽く梳きながら、こごめの髪を結いあげる。 こごめの髪は根本付近はもっと深い緑色になっていて、これが天然で出ている色なのだろうか、と思うほどきれいだ。
「……はい、出来た。痛いとかきついとかない?」 「うん。大丈夫」
少しだけアップにした、こごめの長い髪。やっぱり、微かに甘いにおいがした。
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けもののいる生活 鳴と祥
かたりかたりと、机が揺れる。 その音を立てる正体は、鳴だった。
「……鳴」 「ん、にゅ……」 「鳴、起きろって」
夢の世界に半ば旅立っている鳴は、俺の言葉に反応が悪い。 はあ、と息を吐いて、俺は鳴の頭をひっぱたいた。
「ういっ!?」 「いい加減起きろ」 「いいかげんもなにもないよ……」
むー、と言いながら、鳴は不服そうに頬を膨らませる。 「学校は寝る時間を過ごすところではない」と何度も言っているのだが、『猫』という性質上どうしても鳴は眠くなってしまうのだろう。それでも成績はいいのだから、その点保さんの教え方がうまいのだろうか。
ん、ん、と鳴が伸びをして、欠伸をする。ぼんやりと俺を見た鳴は、にへ、と笑みを浮かべた。
「おはよ、祥くん」 「おはようも何ももう昼だが」 「んえ?そうなの?」
細い手首に巻かれた腕時計に目をやり、鳴は言う。 一時限目から鳴は眠っていた。単純に計算して四時間ほど眠っていた計算になるのだろうか。
「ほんとだ」 「先生あきれてたぞ」 「それはごめんなさいだね」
教壇には、今は誰も居ない。それは今の時間が自習だからだった。担任の先生は、今は教室の隅に置いてある教員用の机で書類を読んでいた。
「……でも先生、いまは何もしてないよ?」 「今は、な。折角前の時限は鳴の好きな歴史だったのに」 「え!歴史だったの?」
頷けば、鳴は再び不服気に頬を膨らませた。
「起こしてくれればよかったのに」 「起こしても起きなかったのはお前だ」 「うー……」 「今後はこんなことが無いように起きてるんだな」
そう言って、俺は鳴に笑いかけた。鳴の眼には恐らく、意地悪く映ったことだろう。
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主様と世話ブレイズくん お酒のはなし
「しこん……」
ぽやん、とした話し方で俺を呼び、主は俺を見つめた。 その頬は微かに赤く、何かを求めているようにも見える。
「……紅蓮、どういうことだ」 「え、っと、すねぇ……」
焦ったようにわたわたと腕を上下させる紅蓮にその主の姿の答えを求めれば、軈て観念したのかがっくりと視線と肩を落とし、俺に言った。
「……酒、飲ませた」 「主は未だ6歳だぞ」 「分かって……るって。でもどうしても一口っていうからさぁ……つい……」
たはは、と笑う紅蓮の腹部に拳をめり込ませて、大人しくなった紅蓮を放置し、俺は主の介抱をするために主の小さな体躯を抱き上げる。 主の身体は、熱い。子供だから、というのもあるのだろう。それに加えて今は飲酒状態だった。どのくらい飲まされたのかは現場にいなかったから分からないが、子供がそれなりの量の飲酒をすればただ事では済まされないから、紅蓮の言うように本当に「一口」だったのだろう。
「主」 「ん、ぅ……?」 「吐き気とか、あります?」 「ない、よう。ただなんか、ぽんやりして、あついの」
にへ、と主が笑う。 主はアルコールを分解できない体質ではないらしく、吐き気や倦怠感はないようだった。
「そうですか。しばらく俺と大人しくしてましょう」 「なんでぇ?」 「なんでもですよ」 「しこんはなんでぐれんなぐったの?」 「紅蓮は悪いことをしたので」
んー、と声に出して主は考える。しかし答えには行きつかないようだ。 そしてそのうち眠気がアルコールによって引き起こされてきたのか、うつらうつらと主は微睡始める。
「眠っていいですよ」 「うー……ん……」
主の紅い目が、だんだんと閉じられていく。 眼だけは、そこだけは紅蓮とおそろいなのにな、と思いながら、俺は眠りに落ちていく主の身体をしっかりと抱きしめた。
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けもののいる生活 鳴と保
すんすん、と鳴がカメラのにおいを嗅ぐ。気になるのだろう。鳴は新しい物を見るといつもこういう行動をとる。
「たもつ、これなあに?」 「見守りカメラ」 「みまもり……?」
こて、と鳴が首を傾げる。最近俺が仕事から帰ってくるといつも部屋が荒れているから、証拠か何か掴めるだろうかと思って購入した物だった。
「お前が悪さとかしてないか見るんだよ」 「……たもつ、へんたいみたい」 「あぁ?」
俺が軽く凄むと、鳴はイカ耳になってカメラから離れる。鳴は怒られるのが嫌いなのだ。
「とにかく。今日からこれ置くからな」 「ん-……分かったあ」
どこか納得していない様子だが、鳴には我慢してもらうしかない。 鳴の性格のことだから、他の猫のようにカメラを倒したりするかもしれないが、それも仕方ないだろう。鳴は悪戯をする時必ず鼻歌を歌う。動画が撮れずともその音声さえ取れれば、証拠になる。
「へんな動画、とったりしない?」 「お前がそういう行動とらなければいいだけだろ」 「むー……」
膨れ顔になって、鳴はとたとたと歩いて自室まで歩く。その背中を見ながら、「杞憂に終わればいいが」と俺は思った。
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ルカリオとの日常
すう、と、ルカリオの莉緒が息を吸う。 それは莉緒が波導を探るときにする行動で、これで「私に危険が及ばないように警戒しているのだ」と以前教えてくれたことがある。
その見目だけ見れば王子様みたいにかっこいいのになあ、と私は思った。性格が臆病だから、そういった危険を察知しても自分で手を下すことはあまりない。
「……先輩、またやってるんすね」 「うん。みたいだね」
苦笑いしながら私に声を掛けたのは、ルチャブルの琉知だった。琉知は莉緒を「先輩」と呼んで慕っている。そんな琉知が、莉緒の後始末というか、そういったものを請け負っている。ちなみに琉知の性格は「勇敢」だ。
「……あ」
不意に、莉緒が短い言葉を上げる。ゆっくりと莉緒は瞼を開けて、縋るように私と琉知を見た。
「見つけた?」 「……うん。どうしたら、いい……?」
困ったように、莉緒は言った。私は琉知を見ると、琉知は黙って頷く。
「莉緒は私と行こっか。琉知、後は頼める?」 「わっかりましたー……っと!」
ぴょん、と琉知は飛び上がって、莉緒の見ている方角へ向かって歩き出す。 そっと莉緒に手を差し出せば、莉緒はおずおずと私の手を取った。琉知が気になるのか、遠ざかる琉知の背中を何度も振り返っている。
「琉知なら大丈夫だと思うよ」 「う……うん……」 「やっぱり、先輩として気になるの?」
こくん、と莉緒は頷く。琉知はタマゴから孵って私の手持ちになったポケモンだから、本当に小さい頃から莉緒は琉知を知っていた。 長く同じ時間を過ごしてきたから、それも加味されているのだろう。
「甘いものでも食べながら、琉知待ってよっか?」 「うん……」
少しだけ嬉しそうに、莉緒は頷く。莉緒は甘いものが好きだから、それで嬉しいのだろう。 私は莉緒といられるだけで嬉しいんだけどな。……そんなこと、喩え口が裂けたって言えないけど。
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ソウブレイズに求められる
じ、と、ソウブレイズの紫檀に見られている。 背中に刺さる視線から、私はそれを感じ取っていた。
「……紫檀、なに?」 「なんでもない。作業、続けててくれ」
後ろを見る。白菫の紫檀の眼と、私の眼が合った。どこか据わった眼に少しだけ恐怖を覚える。 慌てて、作業に戻る。恐怖心を隠すように手元に眼をやって、自分の手が震えているのに気づいた。
うーん、と私は密かに唸る。少し前から紫檀の様子がおかしいからだった。どうも私が男の人と会うのを良しとしていないような、そんな気配がどこかにあった。 ぼんやりとそんなことを考えていると、背後に気配を感じた。何の気なしに振り返って、私は息が止まりそうになる。
紫檀が、いた。それも、今迄にないほどの至近距離に。
「し、たん……?」 「……主。俺はーー」
言葉を紡ぎかけて、紫檀は辞める。白菫の眼を伏せて、ふるふると首を横に振った。
「言葉でいうより、行動に移した方が早いな」 「え」
言うが早いか、私は紫檀にきゅう、と抱きすくめられた。人化したポケモンはおろか、男の人にすらこんなことをされたことがなくて、私は半ばパニックに陥る。
「俺は、あんたが好きだ」 「……紫檀」 「けど、ポケモンと人が交わるのは、善くない。それは俺も分かってる」
苦しそうに、紫檀が言葉を発する。「好き」というのは、つまりはそういう意味を孕んでいるのだろう。
そっと、私は紫檀の手に自分の手を重ねた。ぴくり、と紫檀が反応する。
「ありがとう、紫檀」 「……」 「私に対してそんなことを思ってくれてるって、本当にうれしいよ。……だから、今はこれだけで我慢。ね?」
少しだけ背伸びをして、私は紫檀の額に口付けた。一瞬驚いた表情をした紫檀は、軈て破顔した。
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ユクシーに記憶を消されたようです。
ユクシー擬人化とOCの絡みです。
ちょっとヤンデレ気味。
す、と、薄暗い場所で、僕は目を覚ました。
ここはどこだろう、と思う。けれど一体どこなのか、まったく見当がつかない。きょろきょろと辺りを見回して、大きな洞のような場所に自分の存在が置かれている事に気付いた。
「……目が、覚めましたか」
不意に後ろから声を掛けられて、僕は飛び上がるほどに驚く。振り向けば、柔らかそうな金色の髪を持つ少年とも少女ともとれる「なにか」が立っていた。
なぜ、僕はその「なにか」を『人間』だとは言わなかったのか。それは簡単な話だった。その「なにか」は宙に浮いていたのだ。
「きみ、は……?」
「わたしは、ユクシー。知識の神と呼ばれています」
その名前には聞き覚えがあった。古い本に載っていたのだ。
ユクシーの瞳は開けられていない。確か、目が合った人間の記憶を消すとか、そんなことが書かれていた気がする。だから目を開けてないのか、と僕が思ったあたりで、ずい、とユクシーが僕に接近した。
「わたしのことを、覚えていますか」
「え……?」
「わたしとあなたが、どのように過ごしてきたのか、記憶していますか」
ユクシーにそう言われて、僕は過去を思い出そうとする。
けれど、思い出せない。過去は途切れてしまった時を過ごしたように断片化されていて、そして僕は自分の名前すら思い出せないことに気付く。
力なく、僕は首を横に振った。そして俯く。
静寂が流れた。ぴちょりぴちょりと洞の中に水滴が落ちる音と、僕とユクシーの呼吸音。それくらいしか、音はない。
「……そうですか」
溜息を吐いてユクシーは言い、そっと僕の手を取った。
「ユク、シー……?」
「それで、いいのですよ」
ユクシーの言葉に、僕ははじかれたように顔を上げる。
その言い方じゃまるで、僕の記憶が殆ど無い状態が作り出されているのは、ユクシーが仕組んだようなーー。
くすくすと、ユクシーは静かに笑う。
きゅう、と僕を抱きしめたユクシーは僕の耳元で囁いた。
「エムリットにも、アグノムにもあなたはあげません」
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