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greater-snowdrop · 2 years ago
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毒を食らわば皿まで
うちよそ。フェドート←ノルバ(パパ従兄弟) ※モブの死/暴力・性暴力行為の示唆
 揺れる焚火を前にマグを両手で包み込む。時折枯れ木が弾ける音を拾いながら、岩場に座すノルバはじっと揺れる炎を見据えていた。泥水より幾分かましなコーヒーはすっかり湯気が消え去り、食事の準備をしていたはずの炊き出し班がいつの間にやら準備を終えて、星夜にけたたましく轟く空襲に負けぬ大声で飯だと叫んでいた。バニシュを応用した魔法結界と防音結界が張られているとはいえ、人の気配までは消すことが出来ないがゆえに常に奇襲が警戒されるこの前哨地において、食事は貴重な愉楽のひとつである。仲間たちが我先にと配膳の前に列を成していくその様子を、ノルバはついと視線だけを向けて捉えた。  サーシャ、ディアミド、キーラ、コノル、ディミトリ、マクシム、ラディスラフ、ヴィタリー。  炊き出しの列に並ぶ仲間の名を、かさついた口元だけを動かし声は出さずに祈るように唱える。土埃にまみれた彼らが疲弊しきった顔を綻ばせて皿を受け取っていく様に、ノルバは深く息を吐いた。
「おい、食わないと持たないぞ」 「っで」
 コン、と後頭部を何かで軽く叩かれ、前のめりになった姿勢に応じてマグの水面が揺れる。後ろを仰ぎ見れば、見慣れた顔が深皿を両手に立っていた。
「フェドート……」 「ほら、お前の分だ」 「ああ……悪ィな」
 ぬるくなったマグを腰かけている岩場に乗せ、フェドートから差し出された皿を受け取る。合金の皿に盛られたありあわせの材料を混ぜ込んだスープは、適温と言うものを知らないのか皿越しでも熱が伝わるほど酷く熱い。そういえば今日の炊事係にはシネイドがいたな、と彼女の顔を思い浮かべ苦笑いを零した。  皿を渡すと早々に隣を陣取ったフェドートは、厳つい顔に似合わず猫舌のために息を吹きかけて冷ましており、その姿に思わず小さく笑い声がもれる。すかさずノルバの腕を肘で突いてきたフェドートに「面白れェんだから仕方ねえだろ」と毎度の言い訳を口にすれば、彼は不服そうな顔を全面に出しながら「それで、」と話を切り上げた。
「さっきは何を考えていたんだ。お前がぼうっとしているなんて、珍しい」 「…………ま、ちょっとな」
 ようやく冷まし終えた一口目を口に含んだフェドートに、ノルバは煮え切らない声で返した。彼の態度にフェドートはただ咀嚼しながら無言でノルバを射抜く。それに弱いの分かってやっているだろ、とは言えず、ノルバは手の中でほこほこと煮えているスープに視線を落として一口分を匙で掬った。  豆を中心に大ぶりに切られたポポトやカロットを香辛料と共に煮込んだスープは、���給路断たれる可能性が常にあり、戦況の泥沼化で食糧不足に陥りやすい前線において比較的良い食事であった。フェドートが別途で袋に詰めて持ってきたブレッドや干し肉のことも考えれば、豪華と言えるほどである。まるで、最期の晩餐のようなものだ。  ───実際、そうなるのかもしれないが。  ため息を吐くように匙に息を吹きかけ、口内を火傷させる勢いのスープを口に放り込んだ。ブレッドと食べることを前提に作ったのだろう。濃い味付けのそれは鳴りを潜めていた空きっ腹を呼び覚ますのには十分だった。  フェドートとの間に置かれたブレッド入りの袋に手を伸ばす。だが彼はそれを予測していたらしく、袋をさっと取り上げた。話すまで渡さないという無言の圧を送られたノルバは観念して充分に噛んだ具材を飲み下す。表面上を冷ましただけではどうにもならなかった根菜の熱さが喉を通り抜けた。
「次の作戦を考えてた。今日までの作戦で死者が予想以上に出るわ、癒し手が不足してるわで頭が重いのはもちろんだが、副官が俺の部下九人を道連れにしたモンだからどうにもいい案が浮かばなくてな」
 言って、ノルバはフェドートの手から袋を奪取すると中から堅焼きのブレッドを取り出し、やるせなさをぶつけるように噛み千切った。何があったのか尋ねてきた彼に、ノルバはくい、と顎で前哨地に設営された天幕を指す。中にはヒューラン族の男が一人とロスガル族の男が二人。ノルバと同じく、部隊指揮官の者達だった。折り畳み式の簡易テーブルの上に置かれた詳細地図を取り囲み話をしているが、平行線をたどっているのか時折首を振る様子や頭を掻く様子が見える。  お前は参加しなくていいのか、とノルバに問おうとして、ふと人数が足りないことに気付いた。ここにはノルバ率いる第四遊撃隊と己が所属し副官を務める第二先鋒隊、その他に第八術士隊と第十五歩兵隊に第七索敵隊がいたはずだ。そう、もう一人部隊長が────確かヒューラン族の女がいたと思ったが。  フェドートが違和感を覚えたことを察したのか、ノルバはスープに浸したブレッドを飲み下すとぬるいコーヒーを手に取り、その味ゆえか、はたまたこの状況ゆえか、眉間に皺を寄せつつ少量啜った。
「セッカ……索敵隊の隊長な、昨日遅くに死んだんだわ。今回の作戦は早朝の索敵と妨害がねェ限り成り立たなかったろ? 俺はその代打で一時的に遊撃隊を離れて第七索敵隊の指揮を預かってた。…………そうしたら、このザマだ」 「……副隊長はどうしたんだ、彼女が死んだのならそいつが立つべきじゃあないのか?」 「普通はな。ただ、まあ、お前と同じだよ。副官としては優秀だが、全体を指揮する人間とは畑が違う。本人の自覚に加えて次の任務は少しの失敗もできないとあって、俺にお鉢が回ってきたってェわけだ」
 揺れる焚火の薪が音を立てて弾けた。フェドートはノルバの言葉に思い当たる節があるのか、「ああ……」と声を零すと干し肉を裂いてスープの中に落としていく。ノルバはその様子に僅かに口角を上げると、ブレッドをまたスープに浸して食みながら状況を語った。  曰く、昨日遅くに死んだセッカは直前まで普段と至って変わらない様子だったという。しかし、日付が変わる直前、天幕で早朝からの作戦に向けての確認作業中にセッカは突如嘔吐をして倒れ、そのままあっけなく死んだ。彼女のあまりにも急すぎる死に検死が行われた結果、前回の斥候で腕に負った傷から遅効性の毒が検出され、毒死という結論に至った。  本人に毒を受けた自覚がなかったこと、術士隊がその日は夜の任であり癒し手の人数が不足していたため軽症者は各自で応急処置をしていたこと、その後帰還した術士隊も多数の死傷者を抱えて帰ってきたこと等、様々な不幸が折り重なって生まれた取り返しのつかない出来事だった。  問題は死んだ時間である。早朝からの任務を控えていたセッカが夜分に死亡し、且つ翌朝の作戦は必要不可欠であったため代理の指揮官を早々に選出しなければならなかった。だが、セッカの副官である男は「己にその器たる資格なし」と固辞し、索敵隊の者も皆今回の作戦の重大さを理解しているからこそ望んで進み出るものはいなかった。  その最中、索敵隊のひとりが「ノルバ殿はどうか」と声を上げたのだと言う。基本的にノルバは作戦に応じて所属が変わる立場だ。レジスタンス発足後間もない頃、何もかもを少数でこなさなければならない時期からの者という事もあって手にしている技術は多岐にわたる。索敵隊が推した所以である諜報技術もその一つだった。結局、せめて今回作戦だけでもと頼まれたノルバは一日遊撃隊を離れ、索敵隊を率いたという。
「別に悪いとは言わねェよ。あの状況で、索敵隊の精神状況と動かせるヤツを考えれば俺がつくのが妥当だ。俺はセッカがドマから客将として入ってから忍術の手ほどきも受けていたから、死んだと聞いた時から予想はしてた」 「………………」 「ああ、遊撃隊は生還率が高く、指揮官が一時離脱しても一戦はどうにかなると言われたな。実際、俺もどうにかなる……どうにかさせると思ってたさ。そうなるよう���前に俺がいない間の指示も伝えてから行った。だけどよ、前線を甘く見る馬鹿が俺がいないからって浮足立って独断行動をしたら、どうにもなんねェんだわ、そんなの」
 ブレッドの最後の一口を呑む。焚火の煙を追って、ノルバは天を仰いだ。帝国軍からの空襲は相変わらず止む気配がない。威嚇を兼ねたそれごときで壊れる青龍壁ではないが、星の瞬く夜空を汚すには十分だった。
「技術はあって損はないけどよ、その技術で転々とする道を進んだ結果、一度酒飲んで笑った仲間が、命を預かった部下が、てめェの知らねえとこで、クソ野郎の所為でくたばっていく度に、なんで俺は獲物一つの野郎でいられなかったんだと思う」
 目を瞑る。第四遊撃隊は今朝まで十六人だった。その、馬鹿な副官を合わせて十人。全体の約三分の二を喪った。良かったことと言えば、生き残った者たちが皆比較的軽症だったことだ。戦場で果てた者たちが、彼らの退路を守ってくれたという。死んだ部下たちの遺体は回収できなかった。帝国が回収し四肢切断やら臓器の取り分けやらをされて実験道具としているか、はたまた荒野に打ち捨てられたままか、どちらかだろう。明日戦場に出た時に目につくだろうか。もう既に腐敗は始まっているだろう。その頃には虫や鳥が集っているかもしれない。  とん、とノルバの背に手が触れた。戦場において味方を鼓舞するそれを半分隠せるほど大きな手。その手は子供をあやす父親のようにゆっくりと数回ノルバの背を叩くと、くせの強い彼の髪に触れた。届かない空を見上げていたノルバの視線をぐっと地に向かせるように、荒っぽいが情愛のある手つきでがしがしとかき回す。「零れるからやめろ馬鹿!」と騒ぐノルバに手を止めると、最後に彼の頭を二度軽く叩いて手を離した。  無理をするな、とも、泣いていい、とも言わない。それらがノルバにはできないことであり、また見せてはならない顔であることを元々軍属であったフェドートは理解していた。ノルバは片手で椀を抱えたままもう片方で眉間を抑え、深く息を吸って、吐いた。
「……今回の大規模な作戦目標は、この東地区の中間地点までの制圧だ。目標達成まであと僅か、作戦期間は残り一日。全部隊の半数以上が戦死し、出来る作戦にも限りがある……が、ここでは引けない。分かっているよな」 「ああ。この前哨地の後ろは湿地帯だ。今は雲一つない空だが、一昨日から今日の昼間までにかけての雨で沼がぬかるみを増している。下手に後退すれば沼を渡っている最中に敵に囲まれるのがオチだ。運よく抜け出せたとしても、晴れだしてきた天気の中で��すぐに追跡される。補給路どころか後衛基地の居場所を教えてしまうだろうな。襲撃されたら単なる任務失敗では済まない」 「そうだなァ、他にはあるか?」 「……第七索敵隊の隊長はドマからの客将だったな。彼女が死んだとあれば、仲間の命を優先して中途半端に任務を終えて帰るべきではない────いや、帰れないな。"彼女は勇敢に戦い、不幸にも命を落としました。また、甚大な被害が出たため作戦目標も達成することが出来ず帰還しました。"ではドマへの示しがつかない。せめて、目標は達成しなければどうにもならん」 「わかってるじゃねェの」
 くつくつと喉を鳴らして笑うノルバを横目に、フェドートは適温になってきたなと思いながらスープを食む。豆と根菜に内包された熱さは随分とましになっていた。馴染み深い香草と塩っ気の濃い味で口内を満たしながら、フェドートはこちらに向けられている視線へと眼光を光らせた。  鋭い獣の瞳の先にあるのは、ノルバが指した天幕。射抜かれたロスガルの男は肩をわずかに揺らすと、すぐに視線を地図へと戻した。フェドートは男の態度にすっと目線を椀へと戻すと、匙いっぱいにスープを掬う。具に押しのけられて溢れたスープが、ぼとぼとと椀に戻っていった。  万が一にでもこのまま撤退という話になれば────もしくは目標を達成できず退却戦となれば、後方基地に帰った後、まず間違いなくノルバは責任を問われる者のひとりになるだろう。ともすれば、全体の責任を負いかねない。ノルバ自身は最良を尽くし、明らかに自身の行いではないことで部下を大量に失っている身だが、皮肉なことに彼はボズヤ人でないことや帝国軍に身内を殺された経験を特に持たないことから周囲の反感を買っている。責任の押し付け合いの的にするには格好の獲物だ。  貴重な戦力であり、十二年ひたすらに積み重ねてきた武勲もある。まず死ぬことはないだろうが相応の折檻はあるだろう。フェドートは息子同然の子の師であり、共にボズヤ解放を目指す戦友であるノルバにその扱いが待ち受けているのが分かっているからこそ、引けないとも思っていた。ノルバ本人にそのことを言っても「いつものことだ」と笑うから決して口にはしてやらないが。  汁がほとんど匙から零れ、具だけが残ったそれを口に運ぶ。いつの間にかノルバは顔から手を離していた。血糊の瞳と、濁った白銀の瞳はただ前を見つめている。ノルバは肩から力を抜くように大きく息を吐き出すと、フェドートに続くように匙いっぱいにスープを掬い大口を開けて食べ、袋から干し肉を取り出して頬張った。
「ま、何にしろ全体の損失を考えりゃここでは引けねェが、簡単に言えばあと一日持たせてもう目と鼻の先にある目的を達成さえすればどうとでもなるんだ。なら、大人しく仰々しいメシを食いながら全滅を待つこたァねえ。やっこさんを出し抜いて、一泡吹かせてやろうじゃねェの」 「本当に簡単に言うなぁ……」 「そんぐらいの気持ちでいかなきゃやってけねェんだよ、ここじゃあな。ダニラ達もあっちで相当頭捻ってるし、案外メシ食ってたら何か、し、ら…………」
 饒舌に動いていた口が止まる。急に黙り込んだノルバにフェドートは怪訝そうな顔でどうしたと彼を見やる。眼に映った顔は、笑っていた。  ノルバの手の中で、空の匙が一度踊る。そのしぐさに目を奪われていると、匙はこちらを指してきた。
「なあ、フェドート。アンタ、俺の副官になる気はないか?」
 悪戯を思いついたこどものような表情だった。しかし、彼の声色が、瞳が、冗談なのではないのだと語る。「は、」とフェドートは吐息のごとく短い声を上げた。ノルバは手を引いて袋の中からまたブレッドを手に取る。「ようはこういうことだ」ノルバは堅く焼いたそれを一口大に引きちぎり、ぼとり、と残り半分もないスープの中に落とした。
「遊撃隊と」
 ぼとり。
「先鋒隊と」
 ぼとり。
「索敵隊。この三部隊を統合して俺の指揮下に置き、一部隊にしたい」
 三つのかけらを入れたスープをノルバは匙でくるりと回す。突飛な発想だった。確かに遊撃隊はノルバを含め僅か六人の生存者しかいない。どこかの部隊に吸収されるか、歩兵隊あたりから誰かを引き抜いてくる必要はあるだろうが、わざわざ先鋒隊と索敵隊をまとめる必要があるかと言われれば否である。  帝国との兵力差は依然としてある状況でいかにして勝ち進めることができているのかと問われれば、それは部隊を細かく分けて配置し、ゲリラ戦で挑んでいるからに他ならない。それをノルバはよく知っているだろうに、何故。  答えあぐねているフェドートにノルバは真面目だなと笑うと、策があるのだと語った。
「承諾が得られるまで細けェことは話せねェが、成功率は高いはずだ。交戦時間が短く済むだろうからな。それが生存率に繋がるかと言われれば弱いが、生き残ってる奴らの肉体と精神両方の疲労を考えれば、戦えば戦うほど不利になるだろうし、どうせ負けりゃほとんどが死体だ。だったら勝率を優先した方がいい。ダニラのヤツは反対するかもしれねェが……俺が作戦の立案者で歩兵隊と変わらない規模の再編隊を率いるとなれば、失敗したら責任を負いたくない野郎共は頷くだろ」 「おいノルバ、」 「で、これの問題点と言やァ、デケェリスクと責任を全部しょい込んで無茶苦茶を通そうとする馬鹿の補佐につける奴なんて限られてるし、そもそも誰もつきたかねェってとこなんだが」
 ノルバ自身への扱いを聞きかねて小言を呈そうとした口を遮って続けられた言葉に、フェドートは息を詰まらせた。目の前の濁った白銀と血溜まりの瞳が炎を映して淡く輝く。
「その上で、だ。もう一度言うぞ、第二先鋒隊副隊長さんよ。生き残って勝つ以外は全部クソな俺の隣席だが、そこに全てを賭けて腰を据える気はないか?」
 吐き出された地獄へ導く言葉は弾んでいた。そのアンバランスさは他人が見れば奇怪に映るだろうが、フェドートにとってはパズルピースの最後の一枚がはめられ、平らになった絵画を目にした時のような思いだった。ああ、お前はこんなに暴力的で、強引で、けれども理性的な男だったのか。  「おっと、ギャンブルは嫌いだったっけか」とノルバが煽るように言う。彼の手の中でまた匙がくるりと弧を描いた。茨の海のど真ん中で踊ろうと誘っておきながら、退路をちらつかせるのは彼なりの優しさかそれとも意地の悪さか──おそらくは両方だろう。けれども、フェドートはここでその手を取らぬほど、野暮な男になったつもりはなかった。  フェドートが口角を上げて応える。ノルバは悪戯の成功したこどもの顔で「決まりだな」と言うと、浸したブレッドを頬張る。熱くもなく、かと言ってぬるくもない。シネイドが作ったであろう火だるまのようなスープはただ美味いだけのスープになっていた。  この機を逃すまいと食べ進めることに集中した彼に合わせてフェドートも小気味よく食事を進ませ、ノルバが最後の一口を口に入れるのに合わせてスープを飲み干す。は、と僅かに声を立てて息づくと、ノルバは空の皿を脇に置き腰のポーチを漁ると小箱を取り出した。フェドートはそれに嫌そうな顔を湛え腰を浮かせたが、「まあ待てよ」とノルバがにやにやと笑って彼の腕を掴んだ。その細い腕からは想像できないほどの力で腕をがっちりと掴んできた所為で逃げ道を塞がれる。もう片方の手でノルバは器用に小箱を開けた。中に鎮座していたのは煙草だった。
「俺が苦手なのは知っているだろう!」 「わーってるわーってる。そう逃げんなよ。願掛けぐらい付き合えって」
 スカテイ山脈の麓を生息地域とする特有の葉を使ったそれは、ボズヤでは広く市民に親しまれてきた銘柄だった。帝国の支配が根深くなり量産がしやすく比較的安価なシガレットが普及してからというもの、目にしなくなって久しかったが、レジスタンスのひとりが偶然クガネで発見し仲間内に再び流行らせたという。ノルバも同輩から教えられたらしく、好んで吸う側の一人だった。  ノルバは小箱から葉巻を取って口に咥えると、ポーチの中に小箱をしまい、代わりに無骨なライターを取り出して、フェドートに向かってひょいと投げた。フェドートが器用に受け取ったのを見るや否や彼は咥えた煙草を指差して、「ん」と喉の奥から言葉とも言えない声を上げた。フォエドートが嫌がる顔をものともせず、むしろそんなものは見ていないとばかりに長く白いまつげを伏せて火を待つノルバに、フェドートは観念してライターの蓋を開けると、押し付けるように彼の口元の上巻き葉を焦がした。
「今回だけだぞ。いいか、吐くときはこっちには、ぶっ、げほッ!」 「ダハハハハ!」
 フェドートが注意を言い終わるよりも先に、ノルバは彼に向かって盛大に煙を吐き出した。全身の毛を逆立ててむ��る彼に、ノルバは腹を抱えてげらげらと笑う。
「お前なあ!」 「逃げねえのが悪ィんだよ、逃げねえのが」 「お前が離さなかったんだろうが!!」
 威嚇する猫のように叫ぶフェドートなどどこ吹く風で笑い続けるノルバに、「ったく……」と彼はがしがしと頭を掻く。ノルバの側に置かれた椀をしかめっ面のまま手に取り、もう片手で自身が使った皿と空になった麻袋を持ってフェドートは岩場から立ち上がった。
「こいつは片付けてくるから、吸い終わってから作戦会議に呼び出せよ、ノルバ」
 しかめっ面の合間から僅かに呆れた笑みを見せたフェドートは、ノルバに背を向けると配膳の天幕から手を振るシネイドの方へと足を進めた。その彼の後ろ祖型を目で追いながらノルバは膝に肘を立て頬杖をつくと、いまだくつくつと喉からもれだす笑い声は殺さないまま焚火の煙を追うように薄く狼煙を上げる葉巻を弄ぶ。
「他のヤツならこれでイッパツなのになァ。わっかんねェな、アイツ。おもしれえの」
 フェドートの背中にふうっと息を吐く。煙で歪んだ彼の背は掴みどころが見つからない。ノルバはもう一度吸ってその煙幕をさらに深くするように吐きだすと、すっかり冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がった。
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greater-snowdrop · 2 years ago
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off-line
天京天 以前書いたものです。※松風の死/嘔吐等の匂わせ有 商業高校生剣城とハローワールドの話。
 東京から何県も跨いで、北へ。剣城が親元から離れて地方の商業高校に進学することにしたのは、そこが全国でも指折りのサッカー強豪校だからであり、卒業後の選択肢は多い方がいいと考えたからであり、そして何より、松風が東京都内の強豪校の推薦を受けると言ったからだった。  最後のホーリーロードを終えて何回目かの進路相談後、ミーティングルームを根城にやれ模試がどうだやれ推薦がどうだと話していた空野達にこの進学先と理由を話した時、酷く驚かれたがすぐに剣城らしいと納得されたのを覚えている。偶然にも同じ高校の推薦を受ける予定だった狩屋は剣城のこの話に「剣城くんが居れば全国も余裕でしょ」とけらけら笑っていた。当の松風といえば、少し考えこんだ後にうんと頷き、また剣城と戦うのが楽しみだと瞳を光らせていた。  昨年の十一月の話だ。その三か月後、松風は卒業式を目前にして死んだ。居眠り運転のトラックに轢かれての事故だった。 「────……という風に書くとぉ……これが表示される。教科書にも載っているからさっき開いたエクリプスに一回打ってみろ」  担任の間延びした声につい重くなる頭をどうにか動かして、ホワイトボードに書かれた赤と黒の文字を見やる。五行ほどの短いプログラムがそこに書かれていた。教科書を見ればそっくり同じ事が載っている。剣城は手にしていた蛍光ペンをしまうとキーボードに手を置いた。  四日前に、この高校に入学した。二日前に簿記を学び始めた。プログラミングを現在進行形で学んでいる。入学したばかりでぎこちないクラスの沈黙とキーボードのタイプ音に混じって、校庭に面した窓の外から女子生徒の高い声が届いく。断片的に聞こえる、パス、シュート、ドリブル、の単語にああ体育でサッカーをやっているのかと手は動かしたまま頭の片隅で考えた。
 パブリック、スタティック、ボイド、メイン。
 思うところがないと言えば噓になる。とはいえ、拒絶感だとか嫌悪感だとかそういったものはない。実際、剣城は変わらずサッカーを続けている。今日だって朝五時半には起きて着替え、朝食を作って食べ、作り置きした弁当を持って、隣の部屋に住む狩屋を叩き起こして朝練に行った。当然だ。松風を喪ったからといって、サッカーを辞める道理がない。彼が示してくれた道は消えやしないし、兄と同じフィールドに立ってサッカーをするという夢はまだ叶えられてはいないのだから。松風が死んで変わったことと言えば、ファイアトルネードDDが撃てなくなったことぐらいだ。だがそれも、いつかは呼吸の合う誰かを見つけてやるのかもしれない。その誰かが現れるのかは、今は分からないが。
 システム、アウト、プリント、イン。
 線香のにおいに包まれた葬儀場に、遺体の損傷が激しく見せられる顔ではないと真っ白な包帯を顔にたっぷりと巻いた彼のそばに、心を置いたままの人間はもういないだろう。  通夜で松風の遺体を前に口元を抑えてトイレに駆け込み、大粒の涙をこぼしながら戻ってきた空野も、葬式では泣き腫らした目元をそのままに制服に身を包んで参列していた。  突然の訃報に心身を疲弊した西園は通夜と葬式に顔を出すことはなかったが、卒業式には松風のためにと並べられた空白のパイプ椅子の隣に座っていた。  葬儀会場の裏手に座り込んで腕を掻き抱き爪を食いこませ、ありったけの言葉で松風を殺した運転手に対して恨みを並べて霧野に背を撫ぜられていた狩屋も、予定通り剣城と同じ学校の商業科に進学し、今も軽口を叩き合いながらサッカーを続けている。  まるで自分だけは逃げ出す気はないと言うように涙の痕を湛えながらも気丈に振舞って式に参列し、しかし話掛けようとすれば「ごめん、話せる余裕ないんだ」と笑って頬を掻きながら黒の眼を更に濁らせていた影山だって、会場に顔を出した鬼道に肩を叩かれた際は元部長という肩書を忘れて大泣きし、出棺の前には彼の胸元に花とキャプテンマークを添えて「三年間ありがとう」と感謝の言葉を述べて送り出した。
 松風天馬という存在に支えられた人は酷く悲しんだが、それでも欠けた彼というピースの間を無理矢理にでもつないで日常を送っている。そこにあるのは、松風天馬の知らない世界が増えていく事実と、松風天馬を知らない世界が増えていく現実だ。
class HelloWorld {
 public static void main(String[] args) {
  System.out.println("Hello, world.");
 }
}
 もういくらフィールドを探しても彼の姿はないのだと噛み締めて、打ち込んだコードを実行する。
Hello, world.
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greater-snowdrop · 2 years ago
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日光を見ずして結構と言うな
天京天/GSG後軸  以前書いたものです。改題しました。
お題:マネをして近づく度に違いを知る(CPの概念ガチャより)
「剣城はさ、打ち落としが多いよね。あと溜め打ち」  唐突に投げられた言葉に剣城は思わず「は?」と声をもらす。僅か5cmの空白の先で隣に座る松風は休憩時間中もボールから足を離さない。足先で器用にボールを弄びながら、剣城を一瞥することもなく視線をグラウンドに向けている。  ちらと視線の先を見やれば一足先に休憩を終えた西園と影山がゴール前を陣取ってシュートとセーブの練習をしていた。その様子を見て、あぁ、と松風の突飛な発言に納得をした剣城は手に取っていたタオルを首にかけた。 「確かにそうだな」 「アレって打ちやすいからやってる? それとも、やっぱりパワーが乗るから? 結構テクニックいるでしょ」 「両方だな。あとは慣れもある」 「あぁー、そうだよな。慣れもあるか。うん、剣城でもそうだよな」  剣城の言葉に松風はベンチに背を預ける。その体勢のままうんうんと唸る松風の顔に、ドリンクの空ボトルを抱えた空野が「天馬も汗拭きなさいよ、風邪ひくわよ」とタオルを投げた。ぶ、と一瞬変な声を上げた松風はタオルを剥ぎ取ると歩き去っていく空野に身を乗り出して一言二言文句をつけたが、彼女はどこ吹く風で松風を振り返らずただ笑うのみだった。  ったく、葵は。ベンチに座り直した松風は荒っぽくタオルで汗をぬぐうと剣城とは逆隣に置いてあるドリンクの側に畳んで置いた。もう一度グラウンドを見つめる松風の目は据わっている。藍より深い瞳の先では、影山がゴールを割っていた。 「……で、何だ。言いたいのは慣れないオーバーヘッドをして怪我したことの言い訳か?」 「……そういうわけじゃないけど」  剣城の鋭い言葉に、さすがの松風も口ごもった。ボールを転がす右足は普段と変わりないが、左足は靴を脱がされ、泥だらけの靴下の上にアイスバッグが置かれている。日頃の努力と天性のセンスから彼のシュートはゴールに深々と突き刺さったが、着地の際に足を軽く捻ったのだ。ディフェンスが二枚シュートを阻止しようと向かってくる中──しかも練習試合でだ──ほとんどやったことのないオーバーヘッドという無茶苦茶なプレイをするのは実に松風らしい、それと同時に、確実に点を決めたのも実に松風らしかった。  言うほど酷くはないのだと言って、松風は左足をぷらぷらと動かす。休憩が終わるまで立つなと空野に釘を刺されていた松風だが、終わり次第フィールドに戻る気でいるらしい。靴下からわずかに覗く、松風自身が施したテーピングがそれを語っていた。 「おれは助走をつけて打ち込むのが多いだろ。最近は助走がなくても勢いよく打ち込みできるぐらいパワーがついたからそのまま蹴り出すのも多いけど、やっぱり助走つけて蹴る方がよくやる。打ちやすいし、パワーも乗りやすいし……それをするだけの体力と瞬発力は必要だけど。でも雷門に来てからずっとこのやり方だったから、慣れてるしね」 「ああ」 「それ考えたら剣城とは随分違うなって思って。そりゃポジションが違うんだから求められることからして違いはあるけど、シュート一つとってもこんなに違う。だから、身体のつくりからして違うんだろうなって少し思っただけ」  抑揚の少ない声で言い切った松風が、ぐるりと声色を変えて「なんとかなる、って思ったんだけどなあ」と再びベンチに背を預けて天を仰ぎながら大きく息を吐いた。その肩からずるりとジャージが落ちる。剣城はそれを横目にぐっとドリンクを呷った。二口ほど飲み干しボトルから口を離した後もなお、ベンチの屋根をじっと見つめながら、終わったら練習しなきゃだの、いっそトレーニングを変えてみようかだの、剣城に向かって言っているのかそれとも独り言なのか分からない声で言葉を口にしている松風から視線をグラウンドに移す。いつの間にか狩屋が加わっている。彼の必殺技に威力の弱まった影山のシュートが、今度はゴールを割ることなく西園の手でしっかりとセーブされていた。 「同じ人間じゃあないんだ、違いはあるだろう。長所もそれぞれだし、プレースタイルもそうだ。わざわざ急に真似する必要なんて、ないだろ」  僅かに視線を松風に向けながら、思ったことを素直に吐露する。途端、松風は屋根を見つめていた目を細めた。 「真似? あはは、さっきのは確かに真似だったかもしれないけれど」  一度も隣に座る剣城を映さなかった瞳がついに彼に向く。彼の前髪が傾げられた首に従ってするりと落ちて、顔に、瞳に、影をつくる。5cm先の藍より深いの瞳はいつか見た宇宙の色に似ていて、思わず息を呑んだ。
「おれは全部ものにしたいだけだよ」
 野心の滲む彼に背筋が伸びる感覚がした。  そろそろ再開ー、と少し遠くから空野の張った声が響く。松風はその言葉にすぐさま屈みこんでアイスバッグを取る。泥だらけの靴下を躊躇うことなく靴に突っ込み、靴紐を結び直した。空ボトルの代わりに大きなクーラーボックスを肩にかけて帰ってきた空野に「そこに置いとくから、ありがとう」と言って松風は駆けだす。空野から小言が飛んだが、今度は松風がどこ吹く風の様子だ。 「早く、剣城も来いよ」  グラウンドの真ん中から声を上げた松風に、剣城もタオルを置いて立ち上がる。西園達と合流した彼の背に飾られた8番の文字に、ドリブルとボールキープを極めてみるか、と考えながらグラウンドへと足を進めた。
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greater-snowdrop · 3 years ago
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獣の逢瀬
アゼヘル SFパロ
そんなに要素はないですが極大感情が匂わせされてるので注意。
 分厚い装甲を破いた双刃刀が、機体の右胸を貫く。わずかに抉られたコックピットの間から勢い良く迫ってきた装甲片がアゼムのバイザーをメットごと割った。  流れ出した血が宙に浮く。頭部に切るどころか深々と刺さったその痛みに獣の唸り声のような声をあげるが、それも一瞬。アゼムはすぐさま目の前の敵機を蹴り上げると、腰の後ろから短刀を取り出し双刃刀の柄を一気に切り上げた。  穂と柄が離れるのとほぼ同時にスラスターの出力をあげ、一気に距離をとる。 「……っ、は……はは」  一種の喜びともいえる興奮が全身を駆けた。距離をとった敵機をカメラで捕捉して、瞳は爛々と輝き口元は弧を描く。頭部から流れ出して頬を伝った血を、べろりと舐め上げた。 『おい! 無事か!』 「ああ、大丈夫大丈夫。かすっただけだ」 『機体の損傷率は高い、お前の呼気は荒い、丸わかりの嘘をつくな!』  指揮艦に座すハーデスから耳に痛い声が響いたが、アゼムは静かだった。いつもの言い訳はしまい込んで、彼はただ目の前の敵との睨み合いを続ける。  もともとはこちらの軍が所持していた十四の特殊設計データのうちの一つ、“ファダニエル”を使った機体。それは過去の大戦の折に、他のいくつかの設計データとともに行方を眩ませていたものだ。  数か月前の戦闘で“ファダニエル”の前任者が殉職したことから、敵軍はすぐにその設計図を手放すだろうと踏んでいた。“座”のデータは持つことの責任が重過ぎる。持っている、というだけで他軍、宇宙海賊、マフィアが狙う代物であり、他の機体より一線を画す兵器だからこそ、乗り手も飛び抜けた実力がなければ制御しきれない。つまりは、その基本設計を軸とする機体を自由に操れるパイロットがいないのなら、手に持っておくよりさっさと高値で売り捌いた方が割に合うのだ。  正直、敵軍が“ファダニエル”の新しいパイロットを選出し、戦場に実機投入したときは、ただの悪あがき程度にしか思っていなかった。実際、初めの戦闘は悪あがきだと感じた。  しかし、どうだ。いま目の前にいるあの機体は、あのパイロットは、自分と一騎打ちをして見事な傷をつけてきた。 「……ッ! 致命傷になっていない……、浅かったか……!」  混線する通信機能が、“ファダニエル”内部の音を拾う。言葉を発するのがやっとだと分かるぐらい、酸素を探るようなぜえぜえと重い呼吸音を響かせている。おそらくは彼も、肉体に酷い手傷を負っているはずだ。  にもかかわらず、彼は片刃の折れた双刃刀を構え直し、背に負っていたペンデュラムを展開する。戦う意思はまだあると、ここで倒れるものかと一心にこちらを睨みつけ、敵が動き出すその瞬間を、その隙を、窺っている。  ヘルメス、と短く目の前の彼の名を呼ぶ。骨組みがむき出しになるような破損を抱え、節々から危なげな煙を立ててもなお、自分に向かって武器を掲げる彼。その姿は、脳裏に焼き付いた孤児院で子供たちと接する姿と、とてもではないが結び付かない。だが、あれが戦場に生きると決めて進んだことで得た彼の姿なのだろう。  彼の心意気に応えるべく、牙を剥いて操縦桿を握り締め——通信機から聞こえてきた深いため息に動きを止めた。  ため息の主、指揮艦で眉間の皴が深くなっているであろうハーデスは、それきり何も言ってこない。落ち着け、という意味であることを悟って、アゼムは嚙み締めた歯の間から大きく息を吐いた。獣のさがをしまい込んで、投げた理性を引っ張り出す。 『……“ナプリアレス”をそちらに回す。向こうもこっちも消耗戦になってきた。一度スモークとレーダー妨害粒子を散布して撤退するぞ、そろそろ潮時だ』 「あと一ドンパチくらい……」 『エメロロアルス整備長が涙目だ。ラハブレアの爺さんも相当お怒りだぞ。精々あの二人の怒りが爆発しないうちに撤退しろ』 「……あー……はは、そうする」  ハーデスの呆れた声に、アゼムは今一度損傷率を確認して口元を引きつらせた。  これではエメロロアルスにスパナでどつかれながら医務室に放り投げられて麻酔なし縫合に処され、その後ラハブレアに執務室に呼び出され三時間の説教を受けながらその場で諸々の始末書を書くことになっても何の文句も言えない。  せめて主治医に交渉を頼みたいところだが、あの戦艦の医務室を根城としている腐れ縁のことだ、どうせ頼んだところで「その傷で意識を保っていられるのなら、麻酔なんかなくたって大丈夫!」と言われる未来しか見えない。ならばこれ以上刑が重くならないよう撤退した方が、自身の身のため、そして軍のためである。  アゼムはファダニエル機との静かな攻防を続けながら、ナプリアレスの位置を割り出す。そろそろ痺れを切らした向こうから襲い掛かってきてもおかしくないが、動かずそのままなところを見ると、おそらくはヘルメスも本隊から帰投命令が届いているのだろう。  ならその前に、とアゼムは通信ログを漁り周波数を調整する。先ほど拾った音との通信回線を接続した。言い訳は、時間稼ぎでいいだろう。 「面白いな、お前。宇宙戦が性に合っているのか?」  思いのほか明るく通った言葉に、通信越しの彼の息がさらに荒むのを感じる。獣じみた性根を抑えていようと、どうしても感情は言葉に乗る。望んで作った道化ではない、先程の感覚に引き込まれたままの自分にアゼムも少し目を張ったが、一つ笑みをこぼして、続きを投げた。  「目覚ましい成長速度と相まっていい動きだった。こいつ(アゼム)についてこれる機体とその乗り手なんて、そうそういないものなんだが」 「形ばかりの世辞などいらない……!!」 「酷いな、本心だというのに」  唸るように吐き出された悪態にアゼムは肩をすくめる。  本当は、刃に乗せるはずの言葉だった。言ったところで彼にこう返されるのは分かりきっていたからその方が適切だと思ったのだが、生憎司令からのお達しだ。だが、言わないのも性に合わない。結果は予測通りだったが、アゼムは満足していた。  空を蹴って上へと宙を駆ける。「待て!」と向こうもがブーストを吹かしたが、彼が割り込む方が早い。  二機の間に割り込んできた重装甲の機体が、肩に担いだバズーカをヘルメスに向けて放つ。ボン、と深い低音が響き渡ると同時に、濃いスモークが一帯に広がった。 「じゃあ、またな。再戦まで、俺以外の奴にやられないでくれよ」  それだけ伝えて、アゼムは背部・脚部スラスターを稼働する。ヘルメスが何か声を上げかけたが、直後に本艦から散布されたレーダー妨害粒子で通信は届かなかった。
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