gure-318
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妄想と記憶の倉庫
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妄想の塊とレポを投げ込んでいきます
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gure-318 · 8 years ago
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16歳
「誰か別の人に入れてもらいなよ」 それが実際に言われた言葉だったのか、私の妄想だったのか今では定かではない。だがあの時私の中の何かが大きく音を立てて折れたのは間違いなかった。 その日は少々押し切る形でそのペアに入れてもらったが、それから種目が別のものに変わるまで、私は体育の授業に出なかった。
5限が終わって更衣室に移動するクラスメイトを横目に自転車で帰る帰り道は悪い気分ではなかった。サボった時特有の優越感があったし、他の生徒がいない道は格段に走りやすかった。 6限を欠席して帰ってくる私を見て母は最初こそ驚いていたが、事情を説明するとそれなら仕方ない、とあっさり許した。私に友人がいないのは母もとうに知っていることだった。
「なつこさん、ばいばーい」 自転車で正門を出ようとした所で声がして振り向く。軽音部の同期の男子だった。向こうは体育着に着替え終えて校庭に向かうところらしい。振られた手に手を振り返してさっさと門を出る。帰るのを体育の教師に見つかると面倒だった。 自然に私に手を振っていたが、いつから私が6限に出ずに帰っていることを知っていたのか。いや、向こうにとっては私がサボるサボらないは大した問題ではないだろう。誰だって授業の一つや二つ出ないことはある。(毎週特定の授業に出ない私はある意味例外かもしれないが) 軽音部の中でも私は“ある意味例外”かもしれないが、同期は友人ではないが名前と存在くらいは認めてくれていた(と、思う)。知り合い以上友人未満のような。ただのクラスメイトやかつての友人より馴染みやすかった。
さて、授業に出なかった結果私はその学期で体育の成績に1が付いた。そりゃそうだろう、としか言えないが特に後悔も罪悪感もない。自分の精神を守る為だった、と言うと言い訳がましくて自分でも嫌だが、授業に出るより早く家に帰ってその時間で実になることは出来た。 本を読んで新しい言葉を覚えた、学期の練習をした、動画サイトを漁って好きなバンドを増やした、母との会話時間を増やした…etc 家で怠けていたと言われればそれまでだが、無理して授業に出るよりかよっぽど健康的だったと思っている。
結局は友人が一人もいない、こんな学校生活にならない事が一番大切なのだが。
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gure-318 · 8 years ago
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4月7日 The Moment 宇都宮 マツガミネコーヒービルヂング
会場に行く前に今回の企画者・宮下さんの写真展をやってるWHITE ROOM COFFEEさんにもお邪魔してきました。ホワイトチョコラテを飲んだのですがすごく綺麗なラテアートがされてて驚きました。ラテアートされてるラテ飲むのは初めてだったので…笑 コーヒーとかはすごく好きなわけじゃないから、カフェに行っても普段は頼まないけどせっかくだったので。味もとても美味しかったです。 写真は店内奥にパネルや額に入って飾られてました。全て白黒なのにライブ写真はライブの熱気が圧のように伝わってきてゾクゾクしました…。渋谷で撮り下ろされた飯田瑞規と小林さんの写真も二人のスタイルや顔立ちの良さが際立って見惚れました。個人的に「DONT KILL YOUR SELF」て落書きされたごみ捨て場の壁の前で小林さんがこっち(カメラ)見てる写真が好きです。渋谷ってもっと街並み汚いはずなのに(←)夜だからか白黒だからか全然そんな感じがしなくて、すごく絵になってました。 会場のマツガミネコーヒービルヂングは小さいけどとても雰囲気のいいガラス張りのカフェでした。ガラス窓側に機材があって、外の景色と演者が見える形で椅子が4列くらい。後ろの方は立ち見だったみたいで後ろまで人いっぱいでした。壁際に置かれた小さな動物の人形が可愛い。機材の周りにはキャンドルや電飾が飾られていて、カフェの落ち着いた雰囲気を際立てていました。 選べるドリンクもさすがカフェ!ラズベリーラテやコーヒーがあってすごく悩みました(結局チャイラテにしました)(もちろんソフトドリンクやお酒も選べました)普段ライブハウスにばかり行ってるとこういうところに感動してしまう…笑 先手 飯田瑞規 演奏を始める前に今回の企画者である宮下さんを紹介。宮下さんは今回の公演中も壁際でずっと写真撮ってました。 1.somehow 私の中でsomehowのイメージカラーがピンクなもので、この時期だと桜とかが似合いそうだと思いました(冬にあった出来事の曲だけど)。 バンド編成とは違い曲の生々しさが浮き彫りになる弾き語りのsomehowが大好きで毎回泣きそうになってしまう。本人は弾き語りバージョンのsomehowあまり好きではないらしいですが…。 2.YOUR SONG 自分の書いた歌詞じゃなくてもこれだけ丁寧に感情豊かに歌いあげることができる飯田瑞規に感心してしまう。そりゃシネマの曲だからそうなのだけれど、YOUR SONGに限らずシネマのほとんどの曲に関してそう思っていて。シネマの曲はほとんどが三島作詞。それをこれだけ丁寧に歌うのはその詞に同意してないとできないことだし、でもそれって難しいことでもあるのではないかなと。だから『三島の書く詞を歌う』飯田瑞規にふとした瞬間にグッときてしまうのです…。 そして私はYOUR SONGがあまり得意ではない、というか好きな時と嫌いな時の気分の差が激しくて。でも今回はすごく心に響いた。飯田瑞規が床を蹴る(というか足踏み)ドン、て響きが床を通して伝わってきて(これもこういう会場ならではだよなあ)、私も飯田瑞規も地続きのこの世界で生きてるんだな、と感慨深くなりました。 そしてここから私にとって信じられない展開が訪れる。 「宮下さんにBUMPやってくれない?て言われて、スノースマイルとかじゃありきたりだよな〜と思って」 この時点で私は飯田瑞規がBUMPの話をしているという展開についていけてない。もちろんスノースマイルも大好きですが。 3.とっておきの唄(BUMP OF CHICKEN) 全く現実についていけないまま始まったカバー。私BUMPがとても好きなんです。というかバンドにハマったこと自体BUMPがきっかけ。 そしてこの曲も、BUMPのWPツアー2014の武道館で恥ずかし島がない代わりに、とやってくれた思い出の曲。驚きすぎて演奏中軽く痙攣起こしてしまった…笑 原曲に近い感じで、飯田瑞規の張りのある声とよく合う。 「不安のツノるヨルは 忘れないで 君のタメのウタがあるコト」 この部分を飯田瑞規に歌われる日が来るとか、夢みたいだった。 ちなみに「アルエ〜」がやりたいがためにアルエにしようかとも一瞬悩んだらしい。 4.妄想回路 そのまま妄想回路へ。ルーパーを使った演奏がいつものごとく幻想的で美しい。 5.発端 この日一番この会場に似合ってたのでは。外を通る車の振動とか、通り過ぎる人の姿とかがMVのようにすら感じた。 6.Misstopia(THE NOVEMBERS) いつもやりたくてやれてない、せっかくだから思い出深い曲を、とのことで。 ルーパーを使ってコーラスとマラカスの音を重ねて。この曲の様子は飯田瑞規のInstagramで少し見れます。 ノベンバは詳しくないのでこの曲自体初めて聞いたのですが高音や声の揺らぎの色っぽさが綺麗でした。 7.27歳 久々にやる、と本人も言っていたけれど本当に久々!ソロ用の曲でなかなか聞けない印象。 声の伸びが段違いに凄くて鳥肌たちました。29歳最後の日にこの曲をやる粋の良さよ… 歌い終わった後の飯田瑞規のやりきったような何とも言えない顔がどきりとしました。 前述の通り、私はノベンバが詳しく���いので小林さんのセトリが分からないのです…。 小林さんは生で見るのも初めてだったのですがスタイルがすごくいい!足長い!背高い!顔綺麗!て思いました。歌声は催眠ぽい、というか気を抜くと吸い込まれそうでした…。 小林さん後二人でセッションを、ということで飯田瑞規再登場。 一回始める振りをして小林さんがマイクに近づき、まさかの「HAPYY BIRTHDAY TO YOU〜♪」!!!! 素で飯田瑞規がびっくりしている中ケーキ登場。焦ったせいなのか蝋燭一本しかついてなかったですが…笑 改めてセッションはCHEMISTRYの『pieces of a dream』 小林さんが飯田瑞規がCHEMISTRY歌うところを見たかったから選曲したそうな笑 一度小林さんが歌い始めたもののあまりにもノベンバ感出過ぎて仕切り直し笑 飯「風呂かな?て思った」 その後は美声二人でいいセッションを聞かせてくれました…。 飯田瑞規の20代最後の日にちょっと無理してでも来てよかったです。お洒落な所ばかり行ってしまったので今度宇都宮行ったら餃子食べたいな…笑
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gure-318 · 8 years ago
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厚化粧
久々に会ったのだからゆっくり話がしたい、と絢香と入ったカフェは隠れ家のような見た目に反して都会的な女性達で溢れかえっていた。 隣の席と十センチ程しか距離がない狭い席に通され、ケーキと紅茶のセットを注文する。 「化粧してる?」 注文を取りに来た店員が立ち去ったところで絢香が私に聞いた。してるよ、と私が素っ気なく答えると絢香は目を輝かせた。 「すごい、千穂もお化粧デビューだね」 何が“お化粧デビュー”だ、と絢香の異様に濃い化粧を見ながら思いつつ、愛想笑いを返した。絢香は高校に入ってすぐ化粧をし始めたようだが、まだ慣れていなさが顕著で痛々しい。チークもアイシャドウもやたらと濃くて、チビで手足の短いマリリン・モンローみたいだ、と朝から思っている。 「意外かな」 「意外だよ。千穂、あんなに化粧だけは絶対にしないって言ってたじゃん」 確かに中学時代の私は周りの友人たちに対してそんなことを言っていた。昔何かの行事のために化粧をされたが、その時は自分の顔の濃さが際立って気味が悪かった。そのせいで化粧嫌いを公言していたが、母に薦められて休日の外出ではファンデーションと口紅だけするようになった。 「まだ凝ったことはできないけどね…、絢香はすごいよね、服も化粧もお洒落で」 私が棒読みのお世辞を零すと絢香は短い首を横に振った。 「私は全然…、もっと可愛い服揃えないと…。あ、あの人かっこいい」 わざとらしい謙遜を素早く切り替えてすぐ近くを通った男性店員を目で追う。私も絢香の視線の先に目を向けてみたが、どれが絢香のお目当てなのか分からなかった。皆同じような顔にしか見えない。 「そういえばこの間、真希から連絡来たよ。また皆でカラオケ行きたいって」 「ああ、無理だわ」 もう店員に興味がなくなったように再び話を変えた絢香に今度は私が首を横に振る。 「皆って、瑠美とかも一緒ってことでしょ?絶対無理」 「千穂って本当、真希とか瑠美、嫌いだよね」 「だって無理だもん。絢香も嫌いじゃなかったっけ?」 「私?私は別に普通かな」 嘘つけ、お前も嫌いだって言ってただろう。 私も絢香も、中学時代クラス内で同じグループに所属していたが、私はそこの支配者的存在だった真希や瑠美が嫌いだった。絢香同様、卒業してから全く会っていない。できれば二度と会いたくない。 「でも千穂がそう言うと思って適当にはぐらかしといたよ。向こうも皆の予定が合うなんて思ってないでしょ」 「ありがとう、助かる」 こういう時は絢香の勘が良くて助かる。絢香は昔のよしみで付き合ってやっていて、好きでも嫌いでもないが、こういうことがあるので縁は切らない。使える奴は手元に所持しておくのが上手い社会の渡り方だろう。 丁度注文していたケーキと紅茶が運ばれてくる。狭いテーブルはケーキとティーカップでいっぱいになった。 「千穂のも一口ちょうだい」 「いいよ」 お互いのケーキを交換しながら食べ進める。どちらのケーキも値段のわりに安っぽい味しかしなかったが、絢香は濃いアイシャドウの乗った目を細めて「美味しい」と笑っていた。
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gure-318 · 9 years ago
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スイマー
どこかで真面目に自分について考えていれば、人生はほんの少し今よりまともだったかもしれない。 ナイトテーブルに置かれたライトのオレンジ色の灯りをぼんやりと眺めて、そんなことを考えている。体の向きを変えて隣を見ると、柚乃は寝転がったままカメラを持った手を真上に持ち上げ、逆さに構えて自分に向けていた。そのまま退屈そうに何度かシャッターを切る。 「ユズ、時間平気なの?」 「たぶん平気」 たぶん、とは。柚乃の方に寄って体を起こし、構えているカメラを覗き込む。カメラ越しに柚乃の気怠い顔がある。 「顔写ってる?」 「写ってる」 柚乃の指に自分の指を重ね、シャッターを切る。カメラを持っている手を下ろさせると顔を近づけ唇を重ねた。 「…奏太ってこういう時でも表情変わらないよね」 柚乃が俺の頬を抓り弄びながら言う。 「ユズも変わらないじゃん」 「そう?」 頬を抓り返すが柚乃は動じない。しばらくお互いに抓り合った後、「痛い」と柚乃の方から手を退けた。 「ユズ眠らないの?」 「まだ眠くない。する?」 誘惑するにはあっさりとしすぎている声。この声が意外と好きだった。柚乃がこんなにサバサバしているのも、俺が柚乃に執着し過ぎずにいられるのも、恋人ではないからかもしれない。 『部会あるから先に家行ってて』 バイトが終わり携帯を見ると素っ気ないメールが入っていた。お前の家じゃないし、と思いながらも外に出る。大人っぽい柚乃から『部会』という高校生らしいワードが出てくるのが可笑しくて笑ってしまった。 コンビニで柚乃が好きなシュークリームを買って帰宅する。狭い部屋に散らかった服や本やゲームを足で避けて床に座る。ラジオをつけると交通情報が流れていた。 やかんに水を溜めてお湯を沸かし始めたところで携帯の着信音が鳴った。 「はい」 『開けて』 玄関の鍵を開けると柚乃が首にカメラを提げ、いつも通りの真顔で立っていた。 「インターホン鳴らしなよ」 「ここピンポンの音大きくてやだ」 ずかずかと遠慮なく部屋に上がり、「煙草臭い」と勝手に窓を開ける。その姿を眺めながら煙草に火を点けると呆れたような顔をされた。 「肺黒くなるよ」 「いいんだよ別に」 窓の外から吹き込む風が寒い。柚乃がクローゼットに向かった隙に窓を半分ほど閉めた。 「部会って何やるの?」 「活動報告とか。奏太、高校の頃部会出たことないの?」 「俺帰宅部だったもん」 制服から俺のスウェットに着替えた柚乃が隣に座る。柚乃が動く度にラジオの電波が乱れるのでアンテナを摘んで動かした。 「私もう部活やめようかと思う」 「なんで?」 「真面目にやってるの私だけだから腹立っちゃって」 柚乃はカメラ内のデータを整理しているようで、話しながらもカメラから目を離さない。口調は平然としているが、苛立っているのがなんとなく分かる。 「…シュークリームあるよ」 俺が言うと柚乃が顔を上げた。返事を待たず冷蔵庫から出して投げ渡してやると、躊躇いなく袋を開けて食べ始める。 「ユズが辞めたいなら辞めていいんじゃない。写真なら個人でもできるんだから」 「まあそうなんだけどね。部活だと資材調達もコンクール出るのも楽だったからさ。個人になったらどうしたらいいのか分からなくなっちゃいそう」 「撮りたいもの撮ればいいじゃん。俺写真詳しくないけど、そういうものなんじゃないの」 俺の声に柚乃は「うーん」と唸っただけではっきりとした返事は返さなかった。唇の端についたクリームを指で拭ってやると「食べる?」と食べかけのシュークリームを差し出してきた。まだ少ししか口をつけていないはずだが形が随分崩壊している。 「本当食べ方下手だね。俺の肺の心配するより自分の食べ方気にしなよ」 「いいんだよ別に」 さっきの俺の言い方を真似して目を細める。無理矢理口にシュークリームを押し付けられ、口の周りにべっとりとクリームが張り付いた。甘い匂いが鼻にまとわりつく。 「甘すぎ…」 唇の周りを拭おうとすると柚乃の顔が近づき、舌がクリームを舐め取る。その流れで口付け、体に触れようとしたところでやかんが沸騰する音がした。 「…煙草とシュークリームの臭い混ざって気持ち悪い」 「…俺もそう思ったところ」 火を止めて茶を淹れ戻ると、柚乃は既にシュークリームを食べ終わっていた。退屈そうにラジオのアンテナを動かしてノイズと音楽番組を行ったり来たりしている。 「そういえば昨日コウくんに会ったよ」 「え、嘘」 コウくんとは俺の高校時代からの友人の康介のことで、今だにバイト先も同じで関わりがある。康介の妹の友人が柚乃で、俺と柚乃が出会ったのもその繋がりからだ。 「私と奏太が一緒にいるところどこかで見たらしくて、付き��ってるのかってしつこく聞いてくるからセフレだよって言っといた」 「おい」 「説明するの面倒なんだもん…。別にセフレでも間違ってないでしょ」 苦笑する俺を見て肩を竦めると悪戯っ子のように笑う。康介とは今日は会っていないが、明日バイトのシフトが被っている。問い詰められたら面倒そうだ。 ため息をついて灰皿に煙草を押し付けて火を消していると、「奏太」と気怠げに呼ばれた。 「軽くやって。眠れてないから」 「…さっきキス嫌がってたじゃん」 「じゃあキスはしないで」 煙草を離した手に細い柚乃の指が絡み付いてくる。ラジオを消すと華奢な体を抱きしめた。 翌日バイト先のコンビニに行くと、予想通り康介が寄ってきた。まだ店内に客もいないので暇そうにレジ後ろの棚に寄りかかっていると、「なあ」と声がした。 「お前柚乃ちゃんとセフレって本当?」 他に人はいないとはいえ、小声にもせず直接的な聴き方をしてくるので笑ってしまう。 「ユズがそう言ったんでしょ?」 「ユズって、うわー…マジなんだ…」 「違うよ…、いや、まあ違わなくはないけどちょっと訳ありっていうか」 大学にも行かず職にも就いていないニートが女子高生と関係を持っているというのは、言葉だけ聞くとあまりいい印象はないだろう。引いている康介に説明しようと頭を働かせる。 「ユズ、眠れないらしいんだよ」 「不眠症?」 「なんかそんな感じ…、それが俺と寝ると眠れるって言うから…」 にわかには信じがたい、と言いたげな目で康介は俺を見ていた。 「それお前じゃなくても良くない?」 「同級生の男と試してみたけど眠れなかったんだって。だから暇なら相手してくれって」 「お前はそれでいいわけ?」 「確かに暇だし…、一人で欲満たすより遥かに得な話だし」 いざ説明してみてもやはり俺が都合良く柚乃を利用しているようであまり良く聞こえないな、と悩ましくなる。 「不眠症って薬とかじゃ治せないの?」 「一時期薬頼ってたらしいけど副作用強くて使いたくなくなったんだって。昔よりはマシになったから薬使わないで治してみよう、て思ったところに出てきたのが俺」 はあ、と俺の話を聞いて康介は感心とも納得ともとれない声で頷いた。 「それ付き合おう、とかは…」 「んー、そういう感じではない」 お互い好きなわけではないのだ。眠ることと欲を満たすこと、双方の目的を果たすためだけの関係。 サラリーマン風の男が入ってきてペットボトルのお茶を一本レジに持ってくる。手早くレジを打ち、外に出たのを確認して康介は大きな欠伸をした。 「俺らも定職見つけないとな。柚乃ちゃんのためにも」 「だから付き合ってないって」 「柚乃ちゃんだって受験か就職だろ?お前と会ってる場合じゃないんじゃないの。香奈美は大学行くって言ってるし」 香奈美は例の柚乃の友人であり康介の妹だ。俺と同じくだらしなく過ごしている康介と違い、遊び歩きながらも将来のことは真面目に考えている。 「ユズ進路の事なんか何も言ってなかったよ」 「そりゃお前に進路の話なんかしたくないだろ」 今更俺のだらしなさを柚乃が気にするとは思えないが、確かにニートの人間に進路の相談をしようとは思わないだろう。柚乃なりに考えていたりするのか。 「でもまさかお前が、柚乃ちゃんと、なあ」 まだ衝撃を引きずっているようで康介が呟く。 「いつから一緒にいるの?」 「あの日だよ。香奈美ちゃん迎えに行った日」 俺が答えると「ええっ」と康介はひっくり返った声を上げた。 「それからずっと俺には秘密で会ってたわけ?」 「秘密にしてたつもりはないけど…、言う必要もないかと思って」 柚乃に初めて会ったのは半年ほど前だ。黙って合コンに出かけた香奈美を連れ戻しに行くという康介について行き、偶然その合コンに一緒にいたのが柚乃だった。柚乃は元々合コンに乗り気ではなかったらしく、喧嘩を始めた康介と香奈美、付き添いの俺と一緒に店を出た。 「あの日俺と香奈美と別れた後?もうあの後には寝たの?」 「…まあそうだね…不眠の相談されて、そういう話になってホテル行って」 「うわ、生々しい」 自分から問い詰めたくせに康介は俺の声を遮って眉をひそめた。 「もう二人でいるところ見れないな」 「そんなしょっちゅう俺とユズが二人でいるところ見ないだろ」 康介とはバイト先かたまに遊ぶ時しか会わない。そこに柚乃がついてくるなんて事はまずなかった。 「香奈美ちゃんは俺とユズの関係のこと知ってるの?」 「知らないんじゃない?…恐ろしくて俺の口からは言えない。柚乃ちゃんが話してるなら別だけど」 柚乃のことだ。人にはそんな話しないだろう。一番仲がいい香奈美にだって不眠の話すらしていないのだ。あっけらかんとしているが、人一倍悩み事も隠し事も多そうな奴。そんな奴が何故俺なんかを頼っているのか、というのは益々疑問でしかないが。 そうこうしているうちに店内に人が増え始め、こんな話をしているわけにもいかず、真面目に仕事をする。退勤が近づいた夕方頃になると雨が降り始めた。 「マジか、傘持ってない」 「俺も」 雨に濡れながら康介と外のゴミを纏めていると、不意に頭上からの雨粒が遮られた。 顔を上げると柚乃と香奈美が立っていた。 「ユズ」 「風邪ひくよ」 そのまま俺にさしていた蜂蜜色の傘を頭に投げつけてくる。 「ユズ、傘」 「香奈美に入れてもらうからいい」 「俺ビニール傘買って帰るよ」 「奏太の家ビニール傘多すぎるからこれ以上増やすなって言ってんの」 傘を避けると柚乃の呆れた顔が見えた。確かにバイト途中に雨が降る度にここでビニール傘を買って帰るので、家には傘が溢れ返っている。そんなところまで柚乃に観察されているとは思わなかったが。 「香奈美、俺には傘は?」 「あるわけないでしょ、頑張って帰ってきて」 その一方で香奈美は実の兄に冷たく言い放ち、さっさと柚乃を連れて行ってしまう。相変わらず気の強い子だ。 二人の姿が遠ざかってから康介は柚乃の傘に入り込んできた。 「家って…」 質問したそうな康介を置いて店内に戻る。濡れるのを嫌がって康介も慌てて俺の後を追いかけてきた。 柚乃と会わない日が二週間ほど続いた。というのも柚乃は高校生で、テストだって定期的にあるわけで。付き合っているわけでもないのだから毎日会う必要もない。柚乃が困らないのなら、俺の出番はない。 バイトと家を往復するだけの日々を続けていたある日、久々に柚乃からメールが届いた。 『調子悪いから出かけよう』 調子が悪い=出かける、という理屈は分からないが柚乃にはよくある事だった。こういう時柚乃は本当に調子が悪くて、それでいて本当に出かけたいと思っている。 待ち合わせをした駅前にいた柚乃は首にカメラを提げ、やたら膨らんだショルダーバックを更にその下に提げていた。元々大人びた顔をしているので、私服だと高校生だとは思えない。眠れていないのかいつにも増して目の下の隈が酷かった。 「奏太」 柚乃の方から声をかけて近づいてくる。その足元が僅かにふらついたのを見て悟った。 「薬飲んでるでしょ」 図星のようだった。柚乃は正面まで歩いてきたかと思うとそのまま俺の体に寄りかかった。 「頭痛い…」 「最近薬使ってなかったじゃん、なんで飲んだの」 「奏太いないと眠れないから使った」 背中に回された細い腕が以前より更に頼りなく感じた。駅前で抱き合っているのも照れくさくて、その手を握って歩き始める。 「どこ行きたいの?」 「川の辺り」 待ち合わせた駅からは川が近かった。川沿いをジョギングする人や犬と散歩する人、子供を遊ばせている人。人は多いが騒がしくはない、のんびりとした時間が流れていた。 川辺に降りると柚乃は俺から手を離し、カメラを構えた。何てことはない川の写真。いい天気だから太陽が反射して確かに水面は綺麗だが、柚乃は物足りなさそうに首を傾げた。それから思い立ったように、小石が広がる地面に寝転がった。 「痛くないの?」 「痛くない」 そのまま数回シャッターを切る。起き上がると満足そうに笑った。 「川が撮りたいなら立ったまま撮った方が良いんじゃないの?」 「川が撮りたいわけじゃないもん」 理解できない俺を睨むと柚乃は頬を膨らませた。分かってないなあ、と呟いて再び川の方に目を向ける。何枚か撮ると橋の方に向かって歩き出した。 「今日家行っていい?」 歩きながら聞かれて「え?」と聞き返してしまう。 「珍しい、わざわざ許可とるの」 「泊まりたい」 そう付け加えてきた柚乃はどこか不貞腐れたような顔をしていた。 「…お母さんと喧嘩でもしたの?」 「まあそんなところ」 柚乃が家に泊まりたがるのは珍しいことだ。家だろうとホテルだろうと、会った後は終電前には別れる。朝まで一緒にいたのは初めて会ったあの日だけだ。 橋を半分ほど渡ったところで立ち止まる。柚乃は見晴らしの良い川ではなく橋の向こうの住宅街にカメラを向けた。俺が横からレンズを覗き込んでいると「見る?」とカメラを首から外し渡してくる。 俺が写真のデータを見ている間に柚乃はごそごそと鞄の中を整理していた。こっそりとその姿にカメラを向けてシャッターを切る。 「何勝手に撮ってるの」 「だめ?」 「別にいいけど…どうせ後で消すし」 俺の手からカメラを奪い返し、先を歩いていく。まだ時折ふらつくその後姿を小走りで追いかけた。 柚乃の撮る写真はよくある綺麗な写真とは着眼点がどこかズレている。海辺で海そのものはほとんど写さず、海に背を向けて浜辺とその向こうの町を撮っていたり、恐らく頭上には夕日が広がっていたのであろうが、その夕日に照らされた地面だけを撮っていたり。柚乃の鞄から出てきた分厚いファイルに入った写真を眺めて最初に感じたのはそんな違和感だった。だがその写真たちに味気なさはなく、そこに宿っている生活感は親近感に似たものを与えられた。 「ユズって普段こういう写真撮ってるんだね」 柚乃の撮影について行ったことはあるが、実際に撮った写真をまじまじと見るのは初めてだった。ベッドに寄りかかってカメラのデータを整理していた柚乃がこちらを振り向く。 「つまんないでしょ」 「��?そんなことないよ」 「つまんないってよく言われるの」 そう言って苦笑する。自嘲気味に言うが酷く気にしているのであろうことが分かる。 「部活の人に言われたの?」 「そう。だいぶ前のことだけど」 例の不真面目な部員に柚乃の写真を悪く言われる筋合いはなかった。だがきっと柚乃本人はそこで何か言い返したりはしないだろう。他人にも自分にも無関心、なように見せかけているだけ。 「俺は好きだけど、こういうの」 何気なく言ったのだが、柚乃は何も答えなかった。機嫌を損ねたのかと思ったが、どうやら違う。カメラをいじって俺の方を見ようとしない。 「…照れてるの?」 柚乃は小さく首を横に振ったが、頬が少し赤らんでいた。 「それ奏太が持ってていいよ」 「え?いいよ、大事な記録でしょ」 「平気。同じようなファイル家に何冊もあるから」 そんなに嬉しかったのだろうか。じゃあ有難く、とファイルに再び目を落とした。 「こんな写真どこで撮ってくるの?」 「その辺だよ。奏太がバイトしてるコンビニの近くとかでも撮るし」 「嘘」 「ほら、これとか」 ファイルを捲って指差し、教えてくれる。柚乃の写真らしく生活感こそあるが、それがいつも俺が通っている街並みと同じ景色だとは思えなかった。雑踏や喧騒などの煩わしさがない。街の嫌な部分だけを取り除いて、小さな写真の中に静かに収まっていた。 「これは学校の近くで、こっちは駅の裏。あそこって意外と道入り組んでて面白いんだよ」 写真一つ一つについて解説する柚乃はやたら生き生きして見えた。その顔を見ているのが楽しくて寝るのも忘れて一晩中話していた。朝方になって一緒に風呂に入ったが、特にそれ以上いやらしいことはなく、昼間俺が眠っている間に柚乃は帰っていた。 柚乃と連絡がつかなくなって数週間が経った。最後にした連絡はメールで、『勉強するから会えない』という内容だった。勉強、ということは受験だろうか。明確な目標があったのか、と少し驚いた。柚乃と一緒に下校していた香奈美とはバイト途中で何度か会ったが、最後のメールと同時期から一人で下校していた。柚乃は学校で勉強してるから。私も家でするけど。だらしのない実兄を睨みながらそう言っていた。 連絡がつかないまま春になった。相変わらず康介とは同じバイト先で、香奈美はめでたく大学生になった。香奈美なら柚乃が結局進路をどうしたのか知っているのでは、と思ったが、それを聞いて俺はどうするのかという思いが邪魔をしていた。恋人でもないのに。向こうが俺に飽きただけなのでは。俺じゃなく他の男とでも眠れるようになったのでは。康介も飽きたように俺と柚乃のことは詮索しなくなっていた。 多少の靄を抱えたまま梅雨に差し掛かった頃、突然香奈美に呼び出された。 康介ではなく香奈美から、というのは初めてだった。大学生になって外見が落ち着いた香奈美は幸い兄には似ず、綺麗な女の子になった。待ち合わせたファミレスに着くと、珍しく神妙な面持ちをしていた。 「どうしたの、珍しい」 俺が席につくと香奈美は小さなファイルを取り出した。ファイル自体の厚さはそんなにないが、全てのページに写真が入っている。 「…何これ」 「開けてみて」 ファイルを開き、どきりとした。写真ならではの多少の違和感。だが分からないわけがない。 ���の部屋。 続けて捲っていくと、写真は警察の現場検証の如く家の色んな所を撮っていた。だが着眼点がどこか細かい、というかマニアックだ。壁のシミ、流しに置きっぱなしのコップ、クローゼットの中身。部屋全体を見渡せるような構図は1、2枚しかない。それより部屋の細部にばかり焦点が当てられていた。 後半に差し掛かったところで更に驚くべきものが目に入ってきた。 「…え」 布団から伸びた足首。誰のものかは嫌でもすぐに分かった。俺の。 まさか更にまずい写真もあるのでは、と思ったが人間の部位が写っているのはそれだけだった。だがその写真が入ったページだけ、何回も摘んだように皺が多く付いていた。 これを撮ったのが誰なのか、ここまできたらすぐ分かる。 「…柚乃から預かったんだけど」 「…そうだよね、ユズの写真だよね…」 この異様なまでに生活感を凝縮して写真に閉じ込めるような撮り方をするのは柚乃しかいない。 ファイルの最後のページに辿り着く。そこには以前橋で俺が勝手に撮った写真が入っていた。鞄の中を整理している柚乃と、その向こうに広がる太陽の光を反射した川。消すって言ってたのに、現像までしてるじゃないか。 ファイルを閉じて気づく。渡された時に見た時とは違う、反対側の表紙に付箋が付いていた。 『眠れない時用』 ああ、ユズ、まさかこれ、こんなのを。 「…俺よりよっぽど変態じゃん…」 笑いすらこみ上げてくる。ここまで頼りにされていたのか、という虚しさすら感じた。 「兄さんに確認したら、奏太の部屋だねって…」 「預かったって…ユズに会ったの?」 「ううん、送られてきた。預かっててってメモと一緒に」 ファイルを見つめたまま息をついている俺を香奈美はじっと見ていた。 「…柚乃から言ったわけじゃなくて、私が問い詰めただけなんだけど」 柚乃と寝てたんでしょ?と小さな口が声をひそめて聞く。香奈美が柚乃に問い詰める姿は容易に想像できた。きっと康介にそっくりだ。 「セフレだって?」 「柚乃はそう言ってたけど、私柚乃が不眠症だって分かってたし、だからもしかしてそれ関係かと思って」 香奈美の勘の良さに驚かされる。知ってたの?と聞くと「あれだけ濃い隈あればね」と苦笑していた。 「別にそのことで奏太を軽蔑したいわけじゃないの。むしろ今日はそれを頼りにして呼んだから」 「頼り?」 俺が聞き返すと香奈美は真面目な顔に戻った。 「今すぐ柚乃の所に行ってあげて」 それから1時間後には特急の電車に乗っていた。車窓にぶつかる雨粒は地元の駅を出ても止むことはなく、むしろ勢いを増していた。 香奈美の話で、俺は柚乃のことを何も知らなかったことに気づく。俺が思っていたより、柚乃は香奈美を信頼して色んなことを話していた。 柚乃の母は娘に対して冷たいところがあった。不眠症のことにも改善に積極的な協力はなく、医療費だけは辛うじて与えていたが、それだけだ。相談に乗ったり、柚乃が眠れるように努めたことはない。そもそも不眠症の原因は母にあった。柚乃が写真に夢中になり、しばらくした頃、母と喧嘩した際に写真を貯めたファイルを全て捨てられていた。そのショックで不眠になったらしい。今でも柚乃の家に写真を貯めたファイルなどない。あったのは俺にくれたあのファイルと、香奈美が預かったファイルの2冊だけだ。一方で優しかった父は小学生の時に亡くなっている。その父から貰った唯一のものがカメラだったらしい。 柚乃は東京の写真の専門学校に進学した。親とも俺とも関係を断ち切るために東京で一人暮らしをしているという。親族以外に東京の住所を教えたのは香奈美だけだった。 だが香奈美曰く、柚乃は無理をしているという。本気で写真をやりたいから、不眠になんかなっている場合ではない。頼らないように俺の家の写真を香奈美に預け、恐らく薬だけで頑張っている。 香奈美の心配が杞憂ならそれに越したことはない。だが本当に無理を続けて、倒れるようなことがあったら。香奈美自身では助けになれないと言っていた。大学もあるし、何より自分なんかより俺の方が柚乃の助けになるから、と。 たかが半年、しょっちゅう寝ただけの関係。付き合ってなどない。愛を語り合ったこともない。だが、柚乃があの素っ気ない顔で俺を頼りにしていたことは確かだった。 目的のアパートに着いた時には日が傾いていた。インターホンを押すと、誰が訪ねてきたのかろくに確認する様子もなく扉が開いた。 隈の濃い目、以前より更に華奢になった体。開けた扉に寄りかかるようにして俺を見た。 「…なんでいるの?」 驚いた、という口調だが表情がほとんど動いていない。その顔を見て「ばか」と口をついて出ていた。 川沿いの道を歩く柚乃について行く。撮りたい場所が決まっているようで川には目もくれない。桜の花びらが髪に数枚絡まっていた。季節がまた一周したことを実感する。 「東京にもこんなのどかな川あるんだね」 「そりゃあるでしょ」 俺の言葉にあっさりとした口調で返し、橋に着いたところで柚乃は足を止めた。 「そこ立って」 突然指示され、橋の欄干の側に立つ。 「こっちじゃない、あっち向いてて」 不満そうに言われ仕方なく川の方に体を向ける。川は見覚えのある輝き方をしていた。柚乃を勝手に撮った時のあの川によく似ている。 背後からシャッター音がする。振り向くと柚乃が満足そうに笑っていた。 「お返し」 今撮ったばかりのデータを覗き込む。俺が撮ったあの写真に似ていた。 「奏太が写ってる写真って撮ってなかったから」 「あるじゃん、足首のやつ」 俺が言うと柚乃は照れたように口を噤んだ。俺の部屋の写真が入ったファイルの話をする度に、柚乃は恥ずかしそうな顔をする。俺は撮られた自覚もなかったから、あのファイルは隠し撮りの集合体だ。 「…あれは別」 「俺の空気を感じると落ち着いて眠れる気がしたんでしょ?」 「だからって私の部屋まであの部屋みたいにするのやめてほしいんだけど」 いつもの調子を取り戻して俺を睨みつける。まだ片付け終わっていない荷物を思い出して俺は肩を竦めた。 「就職して忙しかったから…、…ちゃんと片付けるよ、俺の荷物の方が柚乃の物より部屋で占める割合大きくなってるし」 「本当いい迷惑」 「一緒に住もうって言ったのユズでしょ」 橋を反対側まで渡り、そのまま帰路につく。柚乃の手が軽く俺の指先に触れた。その手を強く握る。
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gure-318 · 9 years ago
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駆ける花
広がる美しい花畑を汚れた足が駆けていく。足裏には輝かしい思い出から許し難い後悔まで、様々なものがこびり付いていた。 そして同じく、花畑の下の地中にも人間の過ちが沈んでいた。過ちを重ねた上に咲いた花たちの名前を誰も知らない。 風が吹いていた。いや、風と感じるものは全て音だった。美しくも残酷さも儚さも兼ね備えた音。その音が鳴るたびに花は色を変え、足取りも軽いものから重いものまで様々に変わる。 それは辛いことでもあったが、同時に楽しいものでもあった。 いつしか音が身体を捉え始めていた。音に巻き込まれた身体はそれでも止まることなく進んでいた。 身体が溶け合ってゆく。頭の一番上からつま先まで、指の一本一本まで、淡い色をした繊細な花びらになっていく。 強い追い風に舞い上がる花びらと化した身体を誰かが下方から見守っている。その姿を探さずとも、互いにどこにいるのか分かっていた。同じ音を持つ者同士なのだから。 いつしか音は聞こえなくなっても、身体の中でまだ鳴っている。 その音さえあれば、きっとどこまでも進めるのだ。
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gure-318 · 9 years ago
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1月5日 ほぼ股下90cmの男達による新年会〜大阪編〜
初の大阪での股下90の開催。運よく整番1だったので最前で見させていただきました。股下90を初めて見る関西の方も多かったのでは…。このイベントが笑いに厳しい関西人にどう評価されるの気になりました。 オープニングはお正月らしいBGMと共に四人登場。タイトルコールが揃わない…笑 袖で練習したのに、みたいな話をしてましたが開演前にぼんやり聞こえた声がそれだったのかな…? こんなイベント名なのでこの四人が股下90cmあると思ってる人も多いのでは…みんな「ほぼ」を見逃している、本当は股下90cmないという話に。なぜかマイクスタンドと股下の長さを比べるキンちゃん。既に天然さが暴発している…笑 1番手がキンちゃんじゃないことに驚かされる。 「いつもは股下の最終形態…、最終兵器を作るためにキンタに酒飲ますんですよ」 *キンちゃんは自分の出番が終わるまで酒を飲まない 「なんやそのフリーザみたいな言い方」 1番手 タダヨシフミ(kuh) 1.ソロの曲(2015年12月の時もやってたやつかな) 2.kuhの曲 3.Alone On Christmas Day(Phoenix)(元曲はThe Beach Boys) 4.Little by Little(Oasis) 5.dancedancedance 他の三人が弾き語りなのに個性が強いのに対して、よっちさんはいつも正統派な弾き語りを見せてくれる。ギターも歌も上手い、しかしちょっと陰気?な曲たちがクセになる。普段は大人っぽい冷静な声で話しているのに、歌うと甘い声になるのも魅力。 MCではえるえふるの時と同じ、サティフォと保険の話をしたこと、今年の目標について。 『保険に入る、食べない、喋らない』 それ故に今日はMC少なめでした。「余計な話ばっかりしちゃう」とのこと。 ちなみにえるえふるの時歌詞をド忘れしたdancedancedance、今日も少し危なかったです…笑 あの時の何も出てこない事件よりはマシでしたが。 終演後に「今日は歌詞覚えてましたね」と声をかけに行ったら、「あの時の反省を活かして覚えたんですよ!」と言ってました。私があの時歌詞教えたヤツだとすぐ気づいてくれました…◎ 2番手 カナタタケヒロ(LEGO BIG MORL) 1.love light 2.Strike a Bell 3.さくら 独唱 (森山直太朗) 4.テキーラグッバイ 5.RAINBOW 家族構成で言うとペット、股下の最終兵器。 弾き語りなのに観客参加型なライブ。本人の性格もあっていつも彼の時間は笑いに包まれてます 今日の四人共通のお題として「冬の曲をカバーする」というのがあったのだが…何故か彼は春の曲を選曲笑笑 「古い暦的には1〜3月くらいが冬だから…!」「卒業シーズンだしね!」とどんどん悪化するボケ…笑 back numberと今度対バンする、という話ではモノマネを披露。昔からの付き合いなだけあって特徴をよく捉えている笑 テキーラグッバイの途中では三人が入ってきてキンちゃんにテキーラを飲ませる。テキーラでスイッチが入ったキンちゃんはやりきった顔で帰って行ったが、実は一曲やり忘れた、ということで再登場。 再登場後は立って弾く。弾き語りで立ってやっているのは珍しいのでは…?再登場後のRAINBOW、2番のAメロで歌詞が危うくなりしばらくコード弾きして仕切り直すも 「この〜雨〜いやだから違う違う!」 となってこんがらがる。お酒って怖い。 3番手 飯田瑞規(cinema staff) 1.孤独のルール 2.somehow 3.great escape 4.雪のクリスマス(DREAMS COME TRUE) 5.妄想回路 股下最年少、もうすぐ三十路の自称腹黒お兄さん。セトリは12月の弾き語りと被ってる部分が多い。 今回のsomehowは何度か弾き語りで聞いた中で一番辛く苦しかった…。この曲のバックグラウンドをぼんやり知っているからか、どんな気持ちでこの歌詞を書いたのか勝手に想像してしまって(本人はそんなこと望んでないでしょうが)少し泣いた。原曲はファンシーテイストなメロディーのこの曲ですが、弾き語りでは本当にギターと彼の声だけ、彼の曲でしかなくて訴えかけてくるものが強い。ギターの音も声も力強いのに、切なさが異常。 そんな雰囲気と一変して、great escape前に、実家で出てきたという彼が小4の時に書いた『伝説のひ宝を見つけに』を朗読。たけしとゆみこの壮大な冒険物語。 『たけしは〜と、たけしは言った』とたけしが重複する小学生らしい文章能力と、宝島までタクシーや泳ぎで行ったりする飯田瑞規らしいぶっ飛んだ内容が見事に融合したカオスなお話。その物語の中で、たけしとゆみこが『大きなもの』に遭遇する。 「それは、虎だった…」(ニュアンス) からのgreat escapeイントロ笑 「なんだこの入り笑」と本人も言ってましたがイントロ中しばらく笑いが収まりませんでした…笑 妄想回路はお馴染みの音を重ねる機械での演奏…だが一番のサビで珍しくトラブル。ちょっと鈍い音したので機械ごと壊したんじゃないかとヒヤヒヤしたが、サビからやり直して続行。終盤ミラーボール?が回って、ふわふわした心地よさがあった。 4番手 竹内サティフォ(ONIGAWARA) 1.O・SHOW・GA・TSU 2.Eじゃん 3.シャッターチャンス'93 4.GATTEN承知之助〜we can do it!!〜 5.Winter,again(GLAY) 6.ボーイフレンドになりたいっ! みんなのボーイフレンド。ONIGAWARAのポップな曲たちを原曲に全く劣ることなくアコギと歌でこなすのは彼の技量があってこそ。 『股下のリーダー』として扱われているが実質リーダーではないそうな。 19時に公開されたONIGAWARAの新曲もちょっとだけみんなで聞く。えるえふるの時にやっていた曲たちでした。 キンちゃんと飯田はもう10年くらいの付き合いで、飯田は名古屋の仲間。よっちとは東京来た時から仲良しで、最初は先輩だから…と携帯に『よっちさん』で登録していたらしい。ふざけ合いながらも三人のことが大好きな様子。 冬のカバーは二曲用意してあり、お客さんの投票によってGLAYに。(もう一つはJUDY AND MARY、こっちは名古屋で披露)原曲と同じキーでやってみたそうで、高い声が出なさそうでした笑 ボーイフレンドになりたいっ!ではセリフの部分を大阪弁で言う…も違和感がすごい笑 本場の人カナタさんを呼び出して言わせる。 「俺はお前らの…お前の、ボーイフレンドになりたいんや!」 カッコイイ…はずなのに散々壊れてる姿を見てきたせいか全くときめかない…笑笑 アンコール 再び四人で登場。キンちゃんはひたすら水飲んでたそうですが既に元気。 三人が上手に寄って下手に一人キンちゃんという謎の三対一の構図に笑「お前だけ異空間だから」という酷い言われよう…笑 テキーラでスイッチが入るそうなのでとりあえず四人でテキーラ一気、ついでにお客さんも一緒に乾杯。 放っておくとずっと話してしまうのでとりあえず一曲。歌い出しがキンちゃんなのでキンちゃんにカウントさせるも、もう一つの曲と勘違いしててカウントが超高速。どうにか改めてゆっくりカウント。 HERO(Mr.Children) 途中でサティフォがキンちゃんにローラや板東英二のモノマネを振る笑 もはや全然似ていないし、おそらくそのローラのマネはどちらかというとドラミちゃん(現代版)なような…笑 「ヒーローになりたい ただ一人 君にとっての」のところでお客さんを指差す飯田瑞規。 キンちゃんが暴走気味なのを別にすれば、四人の声の美しさが際立って良いカバーでした笑 サティフォさんはヒロキさん(LEGOのギター)にキンタの醜態を晒さないように言われていたようで、それを聞いたキンちゃんはちょっと気まずそうな顔を笑 さっき大人になるために「食べない」ことを目標にしていたよっちさんは早速「お腹空いちゃった」と呟き始める。小学生みたいな下ネタが好きだとサティフォさんに暴露される。 A・RA・SHI(嵐) 股下のアンセム(と勝手に言われている笑) 椅子席のお客さんも立って大団円。前に煽りにくるカナタさんが近すぎて笑ってしまった。 そんなこんなで今回も破茶滅茶だった"ほぼ"股下90cm。私が思っていたよりお客さんには大ウケだったし、東京と変わらず大盛り上がりでした◎どんなにふざけても四人とも美声だから成立してしまうのが羨ましいです… 不定期開催と言われつつも最近は半年に一回の頻度でやって頂けているのもありがたい。次も地方だとしてもまた遠征してしまう気がします。
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gure-318 · 9 years ago
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1月2日 サティフォ&よっち 新代田えるえふる
オープニング、Gt.サティフォ・よっち、Vo.おかもとえみ(フレンズ)さんで『ロマンスの神様(広瀬香美)』 ギター持ってはいるものの弾かずにえみさんの譜面台と化すよっちさん笑
先手 タダヨシフミ(よっち)
1.よっちソロの曲 私が歌詞覚えてたからソロCDに入ってる曲のはず…good byeかhelloのどっちか(おそらく)
「タダヨシフミです〜」 (サ「よっちって呼んであげてください♡」) (客「よっちー!」「よっち!」) 「うるせっ」
「サティフォと4日連続くらいで一緒にいる。保険の話とかした。」
「kuhってバンドをやってて、この間久々に渋谷でリーダーに会って、「今度ご飯行きましょうよ〜」「うん〜」てやり取りをしたんですけど、何も連絡ないんであれはもうなかったことになったのかもしれない…() kuhも10周年(?)なので何かしたいなあ、他の二人が10個も20個も歳上なんで… (サ「20個も上じゃおじいちゃんじゃねーか」) 腰が重いんですよね」 この愚痴いつだかの股下でも言ってた気が笑
「2016年いいことありました?…あった?」 (挙手したシネマパーカーの女性)「ライブいっぱい行った!」 「……シネマスタッフの?…ふーん…w(冷たい目)」
「今日本当はMCなしでやろうと思ったのに既に喋りすぎてる。もう大人だからね、喋らないようにしようと思って。あと飲まない。お酒飲むと本当よく喋るみたいで…それと食べない。お酒とか飲んでて、みんなポテトフライとか食べるもの注文するじゃないですか。そういうのにすぐ手伸ばすの子供だと思うんですよね」 何故かこの日終始『大人』にこだわってるよっちさんでした笑
2.kuhの曲
「これも久々にやったなあ〜…なんか暗くなっちゃうんですよね。サティフォは盛り上がる曲しか作れないもんね。シャッターチャンス♪シャッターチャンス♪」 (サ「なんか違う!w」) よっちさんのシャッターチャンスの歌い方が原曲のテンポ感じゃなくて、4分休符挟んでるみたいな歌い方でした…笑
「この間カバー曲限定ライブっていうのに出て、その時に自分にはまったな、ていう曲を」
3.Little by Little(Oasis) 確かによっちさんの声に似合う…原曲より甘い声なのにどこか陰気さがあるのがよっちさんらしい笑
4.Over(Mr.Children) リハでやってみてやれそうだから、ということで。 その甘い声でこんな切ない曲歌われると辛い…笑
「顔のわりに小さな胸…いいよね…学校に何人かいなかった?俺何人か知ってる…」 この時のお客さんたちの「え?」ていう反応よ… 「大人だから下ネタとか言わない!」 (サ「普段もっとひどいこと言ってるじゃん」)
5.dancedancedance 最初のワンフレーズ歌ったものの歌詞が飛んだということで止まる笑 「忘れると思わなかった…なんだっけ?全然出てこない」 今日はカンペ持ってないのか頼るものがないようで… (サ「知ってる人いる?」) (誰も知らない雰囲気) (私「ワンツースリーで…(小声)」) よ「(それだ!て顔)ワンツースリーで〜♪」 まさか私がこんなファインプレーするとは思わなかった…笑
後手 サティフォ
1.over(竹内電気) よっちさんがやったOverに対抗して。 1コーラスのみ。アマゾンでポチッとしてね。
2.夜明け前 23?くらいの時にバンドやめてから作った曲。よっちさんリクエスト。
3.シャッターチャンス'93 しっとりアレンジで意外だな〜と思ったら 「この間のソロで「エッグポーズ♪」とかノリノリでやったら誰もノってくれなくて深く傷ついたから」 とのこと笑
「さっき盛り上がる曲しか〜とか言われましたけど盛り上げてるのは隣のやつ(斎藤さん)であって僕じゃないですからね。僕一人だとこんなものですよ」
4、5.新曲 サティフォさんらしいラブソングでした。 ガワラで使うのかソロで使うのか分からないけど。
6.sexy sexy(竹内電気) 貧血なっちゃった子を見て 「しっとりしすぎちゃったか!速い曲やろう!(ニュアンス)」 ということで、これもよっちさんリクエストだったはず笑 途中でシネマのシャドウの「ゆ〜れた〜」を挟み込んでくる笑
7.だいじょうぶ お客さんリクエスト。『恋はすいみん不足』と二択だったんだけどじゃんけんでこっちに。 すいみん不足もすごい好きなので股下でやってほしい…。
8.GATTEN承知之助 まだMV見てなかったので実は初聞き。一番最後だけちゃんと振りやってた。
アンコール 急遽辻さん呼んで『BELOVED(GLAY)』 辻さんにギター弾かせるもストラップがないのでよっちさんに支えてもらって弾く笑 アコギとのサイズ感の差が可愛かった…笑
・硝子の少年(KinKi Kids) みんなで「すてーいうぃーずみー!」 「バスの♪」(てれれん♪)「窓の♪」(てれれん♪)「君に♪」(てれれん♪) *(てれれん♪)はよっちさん なんだか今回はよっちさんのボケが多い気が…笑
マイクスタンドに触れるくらいの距離の近さで見てしまって(新年早々欲深い)、千円ドリンク代込みとは思えないほどたっぷり堪能させてもらいました… ほとんどONIGAWARA好きの方だったのかな?すごくノリがいいお客さんが多くて楽しかったです笑 5日の股下90が楽しみですー!
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gure-318 · 9 years ago
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12月25日 飯田瑞規 渋谷乙
1.孤独のルール まさかやってくれるとは…!!弾き語りでやってそうで意外とやってない?
「普段はもっと明るいイベント(多分股下のこと)に出てて…、ちょっと無理して喋ったりしてるんですけど、今日はもうあまり喋らなくていいかな」
「去年のクリスマスイブのことを歌った曲があるので、それをやります」
2.somehow 茜色の照明が寂しいながらも暖かみのある雰囲気を出してた。前見た時は緑色とかの照明だったので非現実感あったけど、こっちは現実感ある。『街灯の灯り』ぽい。
「最初越雲に一緒にやらない?て誘って、それで理樹さんも誘ったんですけどクリスマスだしやだて言われて、でも越雲が諦めずに誘ってくれて。だから発表がこんな三日前とかに笑「俺一回断ったよね!?」てずっと(理樹さんに)言われた笑」
「クリスマスぽい曲をやろうと思って、これがよく街で流れてるなーって思ったので。俺もタイトル知らなかったんだけど聞いたら分かると思う」
この曲だけ歌詞を見る…が
「なぜか青いペンで書いちゃったんで(照明)青以外にしてもらっていいですか?テスト勉強の時のやつ(多分赤シート?)みたいになっちゃって笑」
3.雪のクリスマス(DREAMS COME TRUE) 1番終わりに「わかった?」と問いかけ
4.妄想回路 例のルーパーを使った演奏 最後の方でコーラス重ねた時、今回はちょっと揺らぎ入ってて色っぽかった
「ircleの河内と鳴る銅鑼の和也と三人で新宿でやったことがあって。その時越雲が手伝いにきてたんですけど、酒も飲まずになんかずーっと元気なくて。どうした!?て思ってたら打ち上げになった頃に…なんか和也と俺が仲良かったんだって笑 それで「俺のみずきさんやし!!」て酔っ払いながら言ってた笑」 ちなみに「俺のみずきさんやし!!」て言いながらちょっと泣いてたらしい笑
「個人的に好きな曲やっていいですか?」
5.ごめんね(ふくろうず) この曲は前に股下でもやってて、それをきっかけに原曲もめっちゃ聞いてる。 元々切ない曲だけど飯田瑞規が歌うと余計に切なさが増して…。最後のところ原曲より少しキー低くして歌ってる感じが美しい。
「越雲がさっきカバーやってくれたから俺も…pollyの曲じゃないんだけどね笑 「ひ〜び〜に〜」てやろうと思ったけど(本人が)やるだろうと思ったしさ笑」
6.アパシーズ・ラスト・ナイト(ART-SCHOOL) これもルーパー使って音を重ねて。 使ったマラカス?(シャカシャカ鳴るやつ)を最前の人に「プレゼント」て投げ渡してたのがイケメンすぎた。 ARTの曲をやる飯田瑞規は生き生きしてて本当かっこいい!シネマでは色っぽい曲とかもやらないからドキッとさせられる。
ちなみにアンコールは越雲様とフィッシュマンズのいかれたBabyでした。アウトロあたりで「ひ〜び〜に〜」て無理やり盛り込んでくる飯田瑞規w
ほとんどアーティチョークやらなかった腹いせみたいな感じで行ったのだけど(←)、無理してでも行ってよかった!飯田瑞規の弾き語りは本当に「浄化」て言葉がぴったりなくらい美しさと哀愁があって、彼の人柄もあるのだろうけど体に馴染みやすくてシネマとは違った形でストレス発散になる。鬱屈とした時はぜひ彼の弾き語りへ!(?)
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gure-318 · 9 years ago
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頼もしき落下
誰かが掘った落とし穴のような、それにしては深すぎるような、深い深い穴の中にいる。足元を埋め尽くす枯葉を踏みしめ、穴の中をぐるりと回ってからその中心に座る。 見上げた先、穴の外には空だけが広がっていた。何もない。 何もない、と思っていたその直後、空の中を小さな光が通った。 街の遥か上空を飛んでいる。ビルの光、葉を落とす木々、しかし人影はない。 ミニチュアのような世界。人などいない、誰かの置いた置物だけの世界。人がいないのに「誰か」など存在するのか。 機体は大きくバランスを崩し始めていた。人がいないのでどこに不時着しようと構わないだろうが、なるべく建物のない、静かな場所を選ぼうとする。 こんな機体を、こんな自分を受け止めてくれる優しい場所。 ぼんやりとしたオレンジ色の小さな灯りが見えてきたのはその時だった。 その灯りの中にかつて見失ったあなたの背中を見た気がした。いつからか追いかけ、いつしか追いかけていることを忘れた背中。 その背中を追いかけていれば、間違いはない気がしていたのだ。追いつけなくとも、誤ることはないと。 高度は淡々と落ちていく。 すぐ近くで何かが落ちた音がした。大きな音ではない。木の実が落ち、枯葉に沈んだような音。 少しして、誰かの足音がした。再び見上げた穴の外、「何もない」中に誰かが顔を出した。 やあ僕は地上のパイロット
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gure-318 · 9 years ago
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列車
凛太はいつも部屋の窓から、真下に見える線路を見ている。 丸い瞳はいつもその一点から動かない。時折通る電車を追って僅かに視線が動��がそれも一、二ミリのズレだ。表情のないその顔をよく見ていないと分からない。 少し昔、「ここから飛び降りたら投身自殺と人身事故どっちになるんだろうね」と私が言うと、凛太は「怜美らしいね」と苦笑していた。今じゃその顔も全く動じないし、声も長いこと聞いていない。 「凛太、ご飯食べよう」 返事はないが声をかける。側に寄って軽く手を引いてやるとようやく動いた。掴まり立ちを覚えたばかりの赤子のようにゆっくり歩く凛太に歩調を合わせて椅子まで誘導する。座らせて箸を持たせれば後は自分で食べてくれる。咀嚼音も聞こえないほど静かに、目は据わったまま。 隣の線路を電車が通る音が部屋にごうごうと響く。今日は雨の降るざらざらとした音も混じっていた。凛太が外を見れるように、家の窓はいつも開けたままにしている。こんな日は網戸の隙間から雨風が部屋に入ってきてしまっていた。それでも窓を閉めないのは、閉めてしまったら凛太の視線はどこに行ってしまうのだろう、という不安が少なからずあったからだった。 皿が空になるとやはり凛太はぼんやりしているので、再び手を引いて窓辺に連れて行く。定位置に座るとやはり窓の外の線路を眺めて動かなくなった。その姿を確認してから皿を片付け、黙々と洗う。 凛太との暮らしは、この繰り返しだ。 バイト先の本屋はいつにも増して人の入りが悪かった。元々隠れ家のような小さな本屋で、立地も古びたビルの二階という分かりづらい位置にある。おかげで客はたくさん来るとは言えないが、この店の雰囲気を気に入って出入りしてくれる常連客は多い。 レジを打つのも一日で数えられるほどしかないので、私はいつもレジカウンター内に椅子を置いて、店の本を手に取って読んでいる。店内には店長の好みのジャズが小さな音でかかっていた。コーヒーなんかも飲んじゃったりして、さながら老舗のカフェでのんびりお茶している気分だ。 「怜美さんまた本読んでるんですか?好きですねえ」 甘ったるい声が背後からして振り向く。本の在庫を裏に取りに行っていた真希が5、6冊の本を両手に抱えて立っていた。 「暇だから」 「さすが、本物の文学少女って感じですね」 憧れるちゃうな〜と薄っぺらい独り言を言いながらカウンターに本を置く。 真希は私と同じバイトだが、とてもこんなマニアックな本屋で働いてるとは思えない容姿をしていた。渋谷のアパレルショップにでもいそうな濃い化粧。朝から頑張って巻いたのであろう長い髪が肩にかかっている。最初こそ他のバイトや客に嫌煙されていたが、よくよく関わってみると知識量は店員の中では一番多いのでは、と思うくらい何でも知っていた。勧められた本は必ず読むしその感想も報告してくれる。今では常連客からの人気も高い。 「お客さん来ないですね」 「この雨だからね…、来ても雨宿り程度でしょ」 窓を雨粒が叩く音が店内にかかるピアノの音楽の向こうで聞こえる。朝よりも雨足は増している気がした。 「そういえば怜美さんの彼氏ピアニストでしたよね?」 しばらくピアノの音に耳を傾けていた真希が急に思い出したように言う。「凛太のこと?」と聞き返すと頷いた。 「どんな人なんですか?やっぱり背が高くてタキシードが似合うくらいスラッとしててー」 「あはは、凛太は全然タキシードとか似合わないよ。コンサートの時頑張って正装してもなんか不恰好になっちゃうんだよね」 凛太の話を真希にするのは初めてではない。真希が入ってきたばかりの頃に彼氏がいるのか問い詰められ、凛太という名前でピアニスト、ということだけ明かしていた。実際はピアニストと呼べるほど立派なものではなかったし、今はピアノにすら触れていないが。 「いいなあ、ピアニストの彼氏。音楽家っていいですよね、毎日優雅に過ごせそう…CDとかないんですか?ここでかけましょうよ」 「CD…はないけど…、凛太が後で聞き直せるように〜って私が録音したコンサートの音源ならあるよ」 言ってから後悔する。録音は確かにあるが、凛太がああなってから全く聞いてない。ここでかけ���どころか、私が聞く勇気すらなかった。だが今更訂正できず、真希もすっかりノリ気になってしまっている。 「じゃあ明日持ってきてくださいね!楽しみだなあ」 真希は一度カウンターに置いていた本を再び抱えて売り場の本棚の方に行ってしまう。 真希の姿が見えなくなってから私は微笑みを自分の顔から掻き消す。コーヒーを一口啜って深くため息をついた。すっかり温くなって舌触りも悪い。 裏に戻って水道に残りのコーヒーを捨てる。シンクに映る自分の顔が厳し気に歪んでいて苦笑した。 バイト先を出て傘をさすと、ばつばつと大粒の雨が傘に当たる。雑多な商店街を抜けて駅に向かった。駅構内は改修工事中で臨時通路が狭く、雑多さに磨きがかかっていた。 電車に乗って四駅。たったそれだけ離れただけでバイト先のある駅とは街の空気が全く違う。住宅と店が行儀よく並んでいる。住宅はどれも綺麗で、新設か改修されたばかりのものが多い。店は飲み屋からチェーン店、営業しているのか怪しい事務用品店や骨董品店まで色々あるが、街の雰囲気を壊さないバランスの良さを保っている。建物全て誰かが置いた模型みたいだ。 狭い道路の端、白線の上を歩む。こうして歩くと姿勢や体幹が良くなる気がする、と昔凛太が言っていた。それを聞いてから白線を見つけてはその上を歩むのが癖になっている。今では白線から一歩もずれることなくどこまでも歩くことができる。 しばらくそうして歩いて、道路沿いに真っ白な壁が見えてきた。壁にぺったりとくっ付くようにして、丸い窓のついた扉がある。 扉の向こうには十メートルほどの短い道があり、その先に小さな建物がある。この道に花でも植えれば華やかでいいのに、と昔凛太に言ったことがあるが、「この飾り気のなさがいいんじゃないか」と笑っていた。 建物の扉を開けると黄色い暖かな光が当たった。狭いロビーには誰もいない。いつも通り中にいるのだろう。奥に進み、もう一つの扉を開けるとピアノの音が聞こえてきた。 白く高い天井。軽やかなピアノの音はその天井に響きじりじりと吸い込まれていく。百平方メートル程の広い空間。入って左側にグランドピアノが佇んでいた。右壁の上部に付いた四角い天窓からは人工的な白い光が差し込みピアノを照らしている。中に入ってグランドピアノの正面に向かった。 ピアノを弾いているひどく薄っぺらい体の彼は、穏やかな微笑みを湛えている。若いとかおじさんだとかの年齢を気にさせない雰囲気があった。だからといって顔立ちが整っている、というわけでもない。小さな顔に丸い目、薄い唇、白い頬は体全体と同様に薄い。 私が入ってきたことにしばらく気づかなかったようで、一通り気の済むまでピアノを弾いてから、隣にいた私に驚いたように丸い目を更に丸くした。 「来てたんですか、怜美ちゃん」 建物と建物の細い隙間を抜ける風のような静かな声。どんな荒れた心でも落ち着かせてくれるような穏やかさと強さがあった。 「18時過ぎに来ますよ、て連絡したじゃないですか、神谷さん」 「ああ、さっきまで覚えてたんだけどな…、ここ時計ないからうっかりしてたな」 神谷は苦笑して頬をかきながら立ち上がり、隅に寄せてあった椅子の中から一つを引っ張り出し私の近くに置いてくれる。 「何か飲みますか?せっかくだからワインでも開けましょうか」 「いいですよ、そんな…」 「どうせ凛太の世話でろくにお酒も飲めてないんでしょう、少しくらい飲んでもいいんじゃないですか。僕も怜美ちゃんが来た時くらいしか飲む機会ないですし」 遠慮する私に構わず一度ロビーに戻り、ワインを手に戻ってくる。公演後のパーティー等のために、ここにはワインが何本か常にストックされていた。 椅子をもう一つ持ってきてそれをテーブル代わりにしてワインを開ける。この人は最初から飲む気だったのだろうな、と分かるくらいチーズやチョコレートも一緒に椅子の上に広げられた。手慣れた仕草でフルートグラスにワインを注がれる。 軽く乾杯してワインを一口飲むと神谷は再びピアノの椅子に座った。この人も凛太と同じで、ピアノの近くにいないと落ち着かない人なのだ。 「それで、どうなんですか?最近の凛太は」 「相変わらずですよ、動きません」 私のあっさりした答えに神谷は鍵盤を撫でながらフフ、と笑った。 「促せば動くんでしょ?」 「ええ、声かけて手引っ張ればテーブルで食事もできるし、布団に行って眠ることもできます。自主的に何かをしたがったり話したがることは絶対ないですけど…。今度ここにも連れて来ましょうか?手引けば多分ついてきますよ」 冗談混じりに言うと神谷は微笑んだまま首を横に振った。さらりとした横髪が頬に軽くかかる。 「僕はいいですよ…、意外と傷つきやすいから凛太のそんな姿見ていられないと思います」 「そう言うと思いました」 私も笑ってワインを喉に通す。久々に摂取するアルコールに喉が、体が、頭が喜んでいるのが分かる。 「凛太がああなってどのくらいでしたっけ」 「…もうすぐ一年くらいじゃないでしょうか」 「…どうでした、この一年は」 神谷に見つめられて一瞬口を閉じる。だがこういう質問をされて答えることはもう考えてあった。聞いてくる人がいなかったので、用意された台詞を初めて口にする緊張感のようなものが体を流れる。 「思ったほど大変ではありませんでした。確かに虚しさとか寂しさはありますけど…、凛太と一緒にいよう、と凛太がああなった瞬間からもう決めてましたから」 「…凛太も、一緒にいてくれるのが怜美ちゃんで安心してると思いますよ」 「そうだといいんですけど…、一緒にいるのは私の自己満足だとも思ってますから」 凛太が私と一緒で良かったと思っていてくれているのか、今となっては確認の仕様がない。元気に動いて話していた頃は「怜美と付き合ってよかった」なんて言ってくれていたがそれすら本心かも分からない。歳が少し離れているので直接的な愛の言葉なんてのはお互いほとんど口にしていなかった。 「恋愛なんてお互いの自己満足の結びつきみたいなものでしょう、不安になることないですよ」 神谷は優しい声音でそう言うと再び鍵盤を叩き始めた。聞き覚えのあるフレーズに思わず顔を上げる。 「よく覚えてますね」 「凛太の曲の中でこれが一番好きです」 凛太の自作の曲で『列車』という曲がある。派手さも飾り気もなく、ただ淡々と軽やかなフレーズが続く曲。その主張の少ない美しさが私は堪らなく好きだった。 「私、『列車』がとても好きでっ」 初めて凛太と話した時、私はまだ大学生だった。公演後にホールの管理人である神谷とロビーで話していた凛太の元に、自己紹介もなく突っ込んでいった。 突然現れた私に凛太はとても驚いていた。凛太は「ピアニストと呼ぶほど立派なものではない」と自称する売れないピアニストで、固定ファンなどそうそういない。誰かの公演に混ぜてもらってコンサートをすることはあるが、そこに自分のファンがいる自信などなかったと後に言っていた。 私も元々凛太のファンではなかった。たまには売れないアマチュアミュージシャンの公演でも見れば気分も晴れるんじゃないか、という理由で訪れた公演に偶然出ていたのが凛太だったのだ。 公演後に記憶に残っていたのは凛太のことだけだった。似合わない正装で少ない観客の前で妙にヘラヘラしていて、最初こそ「なんだこの人」としか思っていなかったが、いざピアノの前に座るとその雰囲気が一変する。 一目惚れだった。 まさか帰りにロビーで会えるとは思わず、衝動のままに話しかける。緊張で言葉がまとまらない。この時何を言っていたのか今だに思い出せない。 ただ最後に握手をお願いして、うっかり左手を差し出してしまったことにひやりとしたのを覚えている。当時私の左手には常に包帯があった。それは単純に手当のためでもあり、誰かに気にしてほしいという主張のためでもあった。だがこんな所で、好きな人の前で晒すつもりはなかった。 慌てて右手を差し出し直そうとすると、凛太は私の手を温かい両手で包み込んだ。 「ありがとうございます」 その温かさに泣きだしそうになった。その後は逃げるようにホールを後にした気がする。 だがその後も凛太のピアノが忘れられず、公演に足を運び、公演後に会えることもあった。会う回数や話す回数が増え、自然に話せるようになり、ある時凛太の方から連絡先を聞かれた。凛太がよく公演をしていたこのホールの管理人が神谷で、よく凛太と一緒にいたため必然的に神谷とも話すようになった。 凛太と休日に会う回数も増えていき、空き時間を見つけては会い、いつの間にやらどちらともなく付き合うことになり、気づいたら同棲していた。いつまで経っても凛太が売れることはなかったが、凛太の弾くピアノを聴きながら過ごす毎日が幸せだった。 「線路が隣の家っていいよね」 同棲し始めてすぐの頃、凛太にそう言われたことがある。線路が隣にある私の家に凛太が一緒に住む形でこの同棲は始まった。 「そう?」 正直線路が隣にあるのは好きではなかった。うるさいし振動もある。慣れてくると煩わしさは軽減されたが、それでもいい迷惑だとしか感じていなかった。 「ピアノの音目立たないじゃない。前の家、ピアノの音うるさいって苦情来たんだよね。俺のピアノの音は騒音なんだってよ」 凛太が苦笑いでそう言う���を聞いて、なるほど、と納得する。電車が通ると凛太のピアノの音は同じ部屋の中でも聞こえないことが多々あった。 「単純に電車の音も好きだよ。どこにでも行ける、夢が詰まってる音がするね」 「これから絶望しながら通勤する人も乗ってるだろうけど」 線路を見下ろして目を輝かせている凛太を見ながら呟くと、凛太はこちらを振り向いて笑った。 「怜美はすぐ夢のないことを言うね」 凛太と付き合っても私のネガティヴさは治らなかったが、凛太は私のそういう部分を嫌ったりしなかった。根っからのポジティブ人間の凛太と私はちぐはぐなカップルだったが、不思議と相性は良かったように感じた。 「『列車』ていうタイトルの曲作るくらいだもんね、元々電車とか線路とか好きなんでしょ?」 「そうかもね、嫌いじゃない」 凛太は私の質問にそう答えると再び線路を見下ろした。『列車』のメロディーを口ずさみながら。 その姿を確認して皿を洗い始める。ふと左手首に目をやって、傷が随分と薄くなったことに気づいた。凛太と付き合ってから、正確には凛太の曲を初めて聞いた時から、私はそこに傷を作らなくなった。わざわざ傷を作らなくても、凛太の曲を聴けば気持ちは落ち着く。 凛太が私の傷について触れることは一度もなかったが、間違いなく私は凛太の曲に救われていた。 凛太の様子がおかしくなってきたのは、同棲を始めて三年が経った頃だった。嫌な予感は完全におかしくなる一年程前からしていた。凛太がおかしくなってしまったのは三分の一は私のせいで、もう三分の一は他の周りのせいで、残りの一は凛太自身のせいだった。 その頃私は大学卒業後に入った会社のブラックさに耐えきれず退職し、どうにかバイトの給料と親からの仕送りで生計を立てていた。一方で凛太は周りからのプレッシャーに悩まされていた。売れないことはもちろん、たまに現れる批評家気取りの客からの中傷に人知れず傷ついていた。 それと同時に曲が書けないという悩みもあった。周囲の反応が気になって書けない。売れたい気持ちはあるが自分の枠から抜け出せない。既成の曲を弾いてオーケストラとコラボするようなピアニストではなく、自作の曲を積極的に発表したいタイプの人間で、いわゆるバンドマンやシンガーソングライターと括りは同じなので、余計に売れづらい。技術はあるのだから既成の曲も弾けばいい、とよく言われていたが凛太はそれを頑なに拒否した。 私が仕事なんか早く辞めて話を聞いてあげていれば、という後悔はもう何度もした。だが私が凛太の異常に気づいた時にはもう何もかも遅かった。 凛太は段々と口数が減り、ピアノに触らなくなり、動かなくなった。窓から線路を見つめたまま、ぴくりともしない。 凛太の心は死んでしまった。 「相変わらず親御さんには何も話してないんですか」 ピアノを弾き終えた神谷がワインに再び口をつけて言う。私は口に含んでいたチョコレートがゆっくりと口内の熱で溶けきるのを待ってから頷いた。 「言えませんよ」 凛太の現状について私は親に何も話していない。付き合ってる人がいる、とは言ってあるが、それが売れないピアニストだとも精神が死んでしまった人だとも何も説明していない。一方で凛太側の両親からは連絡など来たこともない。元々家出同然で東京に出てきた、と凛太は前に言っていた。もう縁を切ってしまったようなものだったのだろう。 「今はもう少し二人で頑張ってもいいと思いますが、限界を感じたら頼るべきだと思いますよ」 神谷の言葉にすんなり頷けなかった。チョコレートを口に含み、椅子の木目を見つめていた。 「…怜美ちゃんが怖いのは凛太がこれ以上おかしくなることではなく、凛太のことが周りに知れて離ればなれになることでしょう」 穏やかな声音で言われて顔を上げられなくなる。口内が乾いてチョコレートが舌の上に取り残される。 「…私は、酷いでしょうか」 アルコールが頭に回っていて感情は頭の奥で膨らんでいるのに、声はか細いものしか出ない。ぼんやりと呟く私を神谷は黙って見つめていた。 「私の傍にいてくれるなら、このまま凛太が元に戻らなくてもいいかも…って、たまに思うんです」 凛太が傍にいない生活が考えられなかった。同棲する前も、凛太の曲を初めて聞いた時からその音がずっと頭の中で流れていた。いつだって凛太の音が存在が傍にある。今だって。動かなくても、喋らなくても。 「…酷くないですよ。凛太のこと本当に好きなんですね」 神谷はやはり優しい声音で答えた。グラスに残っているワインを静かに飲み干す。 「…神谷さんは、凛太に元に戻ってほしいですか」 「…僕は信じるだけですよ。凛太も、怜美ちゃんも」 神谷が再びピアノを弾き始める。こうして会う時に神谷がよく弾いている曲だが今だにタイトルを知らない。恐らく神谷が作った曲だが、凛太が作る曲より滑らかで美しい。 凛太の状態のことを初めて話した時も、神谷は今と同じ返答をした。 「僕は音楽家を辞めてから、正直自分を越える人間はいないだろうと思っていたんです。それを初めて越えてきたのが凛太ですから、僕は彼を一番尊敬してるし信じているんですよ」 電話の向こうでそう話していた声を思い出してつい視界が潤む。神谷の言葉にはいつも不思議な説得力がある。この人にそう言われると、本当に大丈夫な気がしてくるのだ。 来週また会う約束をしてホールを出る。雨は止んでおり、見上げた空の薄い雲の向こうにぼんやりとした月が見えた。 駅前の飲み屋が騒がしくなっていて、行きに見た時より街に人間味が出ていた。たまには酒も悪くないよな、とアルコールの回った頭で考えながら飲み屋の横を通り過ぎる。少し感情が浮ついているが帰れないほど酔ってはいなかった。 電車に乗り、家の最寄り駅が近づいてきて顔を上げる。家のすぐ横を通過する。凛太がいるであろう暗い窓を見上げた。 他の部屋はいくつか灯りが点いており、ここから部屋の内部を確認できてしまうような家もあった。そういった家の生活感はこれでもかというほど溢れ出ているのに、私の家はまるでそれを感じない。それでもそこにも生活は存在している。私と、凛太との。 駅前のスーパーで夕食の買い物をして帰宅する。やはり家の中は電気は点いていない。        しかし隣を忙しなく走る電車や線路の灯りのおかげで家は真っ暗だというわけではなかった。 電気を点けず、荷物を置くと窓辺にいる凛太の元に向かう。相変わらず線路を見つめて動かない。 「ただいま、凛太」 話しかけてもこちらを振り向きもしない。構わず話し続ける。 「今日神谷さんに会ってきたよ。神谷さん、やっぱりすごいね。私と凛太のことお見通しって感じ」 一方的に話すのもいつものことだ。だが今日はアルコールが回っているせいかいつも話さないことも話したくなる。 「神谷さん『列車』弾いてくれたの」 凛太がこうなってから、音楽の話は凛太には全くしていなかった。こうなる原因は音楽にあったから、してはいけないのだと思っていた。 「…また凛太のピアノ聞きたいな」 そう言っただけなのに少し声が震えてしまう。泣き出してしまいそうだった。 神谷さん、私はやっぱり酷いです。凛太が傍にいてくれるなら元に戻らなくていい、なんて言ったけど。 今は凛太がピアノを弾いている姿が見たくて仕方ない。 泣き出すのをぐっと堪え、真希にコンサートの録音を持ってくるよう言われていたのを思い出した。録音機を探しに一度凛太の傍を離れる。録音機は部屋の隅の棚にまだ閉まってあった。電源は点いたが充電が少ない。充電器に繋いで一段落し窓辺に戻ろうとした。 足が止まる。視界に入っている光景が信じられなかった。 電車の灯りに照らされる凛太の指先。その指先が動いていた。動きはとても小さなもので、少し上下するだけだったが、動く指の不規則さにそれがピアノを弾く動きだとすぐに理解した。 顔は線路を見下ろしたまま動かない。だが指先はずっと動き続けていた。 「…凛太」 無意識に顔が綻んでしまう。頬に伝う水滴を感じて指で拭い、凛太の後ろに歩み寄ると指の動きを邪魔しないように抱きしめた。思っていたよりずっと凛太の体は温かかった。 翌日は昨日と同じく雨が降り続いていた。約束通り私が持ってきた凛太のピアノの録音が小さな本屋の中でかかっている。凛太の音はこの店と相性が良く、読書を邪魔しない優しい音だった。それは誰にでも親しみのある曲ではないから、ということもあるかもしれない。私と神谷さんくらいしか親しみのない凛太の曲。久々に聞いたが自分の肌によく馴染む。 店長は昼休憩に行って、真希は裏で化粧を直している。店内には客も居らず、私一人がレジカウンター内に座って本を読みながらその音を聞いていた。 録音していた曲たちが一通り終わる。多くはない観客の拍手の音も入っていた。それに合わせて小さく拍手を送って録音器を止めに行こうとすると、まだ何かが流れていることに気づいた。 人の話し声、椅子を立つ音、扉を開ける音。終演後の細やかな喧騒がまだ残されていた。恐らくこの時、録音器のスイッチを切り忘れていたのだろう。 「怜美」 少しして、聞き馴染みのある声がした。随分聞いていなかった声だが、いざこうして聞くとすぐに誰だか分かる。 「おつかれ様、凛太」 続いて私の声がする。私は凛太と話す時こんなに嬉しそうに話していたのか、と思うくらい明るい声だった。 「凛太、二曲目ミスしたでしょ」 ああ、私は何を言っているんだ。ミスくらい気にするなよ。 凛太がピアノを弾いているというだけで今の私には奇跡なのに。 「やっぱり怜美は鋭いね、『列車』はノーミスだから許してよ」 それに対する凛太の声は快活で、ケラケラと笑っていた。 楽しそうに笑う凛太の顔と、今も部屋で線路を見下ろしているであろう色のない凛太の顔を交互に思い出す。軽やかに鍵盤の上を舞う凛太の指。昨日僅かに鍵盤を弾くように動いた凛太の指。 やがて録音器のスイッチが入っていたことに気づいたのだろう私によって音が止まる。 店内は静寂に包まれたが、しばらく私はレジカウンターに伏せたまま動けなかった。
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gure-318 · 9 years ago
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Swee pain15
「…比喩ですよね?殺したって…」 「ううん、俺が能力使って殺した」 穏やかな笑顔と言葉が噛み合わず、動揺を隠せない。確かに葵が前に晴臣のことを人殺し呼ばわりしていたが。 「…能力使って、って…?」 「もちろん『同情』の能力だよ。ちょっと応用が必要だけど」 これが厄介でね、と他人事のように言う姿を呆然としながら見ていることしかできない。私が言葉に詰まっているのを見て晴臣は笑った。 「『同情』て人の苦痛取り除いて自分に移すでしょ?自分に移ったらそれはもう自分の物じゃん。だから最終的には自分に元からある苦痛とごっちゃになるんだよね。それが重いなー、苦しいなー、て思った時これ逆に別の人に移せないかなって思ったんだ」 「…人に移すって…移したらどうなるんですか…?」 ここで目を逸らせばよかった。逸らせばよかったのに、そのまま合わせてしまった。 あ、と思った時には脳内が中学時代にまで帰っていた。 突然の休校と、休校明けの全校集会。いつもあんなにうるさい��に、やけに静かな教室。冷えた空気と想像内の校舎の前で潰れる彼女。 頭の奥に押し殺していたはずのものが引きずり出される感覚。二の腕をつねってどうにか我に帰る。 「…ちょっとしか使ってないから大丈夫だよ、死にはしないから」 冷静にお茶をすすっている晴臣。私とは対照的に呑気なものだった。 「移された側もやっぱり自分の中にある苦痛とくっついて、触発されてその苦痛が増幅するみたいなんだよね。」 「…それが何で、人を殺すまでのことに…?」 「…あくまでどのくらい移すかってのはこっちの加減だからさ。うっかり移しすぎたらそりゃ相手もキャパオーバーになるよね」 「…沙羅さんにそんなに移したんですか」 まだ寒気のする腕を摩りながら聞く。晴臣は肩を竦めて苦笑した。 「あるだけ移した。腹立ってたから。…気づいたら沙羅がすぐ近くのスーパーの屋上から飛び降りててね」 「……自殺だったんですか?」 「うん、だから法的には俺のせいじゃない。でも精神追い詰めて自殺させたのは俺。」 晴臣の瞳が例の憂いのあるものに変わる。 飛び降り、と聞いてやはり中学時代のことが蘇る。軽く頭を振ってかき消そうとするがそう簡単には消えない。 「…何でそんな、自殺させるほど」 「だって浮気してたんだもん、キレるでしょ」 晴臣が私の方を見る。今度は目を合わせないように気をつける。 「…俺が許してあげないといけなかったのかな?」 「…それは…」 「本当は相手の男も殺そうかと思ったけど、沙羅の時はカッとなってやったからどうやったのかも覚えてないし…もう苦痛もそこまで残ってなかったからね。今はどこで何してるのかも知らない」 素っ気なく言って煙草に火をつける。部屋に染み付いているのと同じ匂いがした。薄い煙が鼻をくすぐる。煙草の匂いは嫌いなわけではなかったが、今はやけに恐怖感が増した。 「志緒ちゃんは、何で傷作ってるの?」 不意に聞かれて二の腕を撫でていた自分の手に力が入る。指の隙間に気味の悪い汗が滲んだ。 傷を作る寸前にいつもかく嫌な汗。手は汗ばんでいるのに口の中が変に渇いていた。 顔を覗き込んできた晴臣と目が合って固まってしまう。記憶のフラッシュバックが激しくて逆に思考がぼんやりしていた。 「切る?」 のろのろと立ち上がった晴臣が小さな剃刀を差し出してくる。思考はぼんやりしているのに、伸ばした手はいやに冷静だった。冷たい罪悪感と嫌悪感とがごちゃ混ぜになって胸の奥から這い上がってくる。早くこの感覚を切り出さないと。 ああ、この感じだ。 別に死にたいわけじゃなく、頭では自分が悪いわけでも何でもないことは分かっている。でもこの感覚が気持ち悪いから、体から出したくて切る。 自分の二の腕を見て、剃刀を近づける。 「………あ…」 唐突に自分の手が止まった。無意識に動いていたものが意識と繋がりを取り戻す。 以前からあった傷が、かなり薄くなっていた。 そういえば最近、切ってない。いつから。 「……………葵」 葵に会ってからだ、と気づいた瞬間完全に我に帰る。 葵がいちいち私の苦痛を取っていたわけではないだろう。取った時は取られた側だって分かる。私が葵と一緒にいて、勝手に安心していただけだ。 剃刀をテーブルの上に投げ捨てる。 「……切りません」 横にいる晴臣を睨みつけると、晴臣はしばらく真顔で立っていたが、やがて微笑んだ。 「だと思った」 ふ、と体が軽くなって驚く。さっきまでの心の重苦しさが嘘のようだった。 「ごめん、ちょっと試した」 「…試した…って…」 いたずらっ子のように無邪気に笑って晴臣が隣に座りなおす。煙草の火を灰皿で潰し消した。 「葵のこと好きなんでしょ」 「えっ…、や、だからそれは…」 「…葵は志緒ちゃんのことすごい好きだと思うよ」 狼狽える私を見て楽しそうに笑う。私が返す言葉に迷っていると、突然携帯の着信音がした。 私の携帯の音だ、と気づいて「すみません」と携帯を取り出し画面を確認する。 『葵』と表示されていて、なんてタイムリーなんだ、と苦笑してしまう。 「出ていいよ」と晴臣に促されて着信に出る。 「…もしもし?」 「志緒!今どこ?」 どこか焦ったような勢いの葵の声がした。声の大きさに驚いて一瞬電話口から耳を離す。 「…え、今ちょっと出かけてる…」 「志緒から電話あったからどうしたのかと思って…、なんか嫌な予感してて」 「なに、大袈裟だよ」 不安気な声につい笑ってしまうが、葵はいたって真面目な様子だった。葵の声に安心している自分もいた。 「…今から家行っていい?」 「…いいけど…、何、わざわざ許可取るの珍しいね」 私の声に葵が不審がる。その返事にまた笑いながらも「じゃあ行くね」と話して電話を切った。 「早速甘えに行くの?」 空になったカップを下げながら晴臣が聞く。窓の外の雨はさっきより弱くなっていた。 「甘えに行くって…」 「いいじゃん、ちゃんと側にいる内に甘えた方がいいよ」 晴臣にそう言われると反論しづらい。苦笑して服を着替えに行く。 元々着ていた服はあまり乾いていなかったが、沙羅の服で帰るわけにもいかないのでまあいいだろう。 沙羅の服を綺麗に畳んでベッドに置く。そうしてから、この部屋からは煙草の匂いがしないことに気づいた。改めてベッドを見て、二つ並んだ枕も掛け布団もやけに整っていることに気づく。 部屋を出ると晴臣が丁度リビングから出てきた。「傘持って行きなよ」と玄関の傘立てを探る。 「…晴臣さん、この寝室使ってないんですか?」 私が尋ねると晴臣は一瞬動きを止めた。それから振り向いて苦笑する。 「…沙羅がいないのにあんな大きなベッド使っても、落ち着かないよ」 その笑顔に初めて晴臣の素を見た気がした。いつもの温厚さとも、憂いのある怖さとも違う。沙羅の前ではいつもこういう顔をしていたのだろう。 「これだったら人の家から借りた感じしないでしょ」とビニール傘を私に渡す。礼を言って受け取り、私も玄関に出た。 「葵と仲良くね」 「…はい」 私が外に出て、手を振る晴臣が扉の向こうに消える。マンションのエレベーターに向かいながら自然と早足になる。 葵に早く会いたかった。
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain 14
朝の天気予報でも曇りの予報なのは分かっていた。降水確率が30%だってことも知っていた。 でも雨が降るとは誰も言わなかったじゃないか。 「…疲れた…」 湿った髪から水滴が止めどなく滴り足元に水たまりを作る。髪を掴み絞ると水滴は落ちる勢いを増した。 結局昨日は少し険悪な空気を残したまま解散して、帰り道でも葵とろくに話さなかった。葵はずっとふてくされたように黙っていたし、私も何を話せばいいのか分からなかった。 鞄の中を覗き、どの程度荷物が濡れたか確認する。必死で守りながら走ってきたおかげで想像より濡れていなかった。 家の近くには古本屋がない。節約の為に必要な文献は普通の書店で買う前に古本屋にあるか確認するのだが、一番近い古本屋はバスで四駅ほど離れている。 今日もそのために古本屋まで行っていたわけだが、帰り道でこの雨である。多少の雨なら走れるがこの量だ。滝修行じゃあるまいし。 途中にあった公園のベンチの屋根の下に入り、雨が止むのを待つが勢いが治る気配はない。バス停まではまだ距離がある。 携帯が動くことを確認しながら無意識に葵の番号を押す。迎えに来てくれないかな、と一瞬期待したが出ない。電話を切ってから、どうして真っ先に葵を頼ろうとしたんだ、他の友達だっているのに、とハッとして恥ずかしくなった。 最近葵と一緒にいすぎだ。澤田や他の友達に「最近葵と仲いいね」と言われるのも分かる気がする。 でも付き合ってるわけじゃないし。一回寝ただけだし。一回関係持ったから、というところにこだわりもそんなに持っていない。中高生じゃないんだから。 それでも葵に執着し始めているのは、自分でもわけが分からなかった。 テレビの砂嵐みたいな雨音を聞きながらぼんやりとしていると、不意に水たまりの上を駆けてくる足音がした。 「…志緒ちゃん?」 名前を呼ばれて顔を上げる。 「…晴臣さん」 目の前に晴臣が立っていた。私と同じく傘を持たずに出かけていたようで、ぐっしょりと濡れた髪や服が肌に張り付いている。 走ってきたのか呼吸が荒い。呼吸を落ち着かせながら微笑んだ。 「志緒ちゃんも傘持ってないの?」 「……はい」 昨日のことがあって何となく話しづらい。晴臣の方は何も気にしていないようで、いつも通り温厚そうに笑っている。 「晴臣さんは何でこんな所に…」 「俺の家この近くなんだ。来る?そんなに濡れてちゃどこも行けないでしょ」 確かにこの状態ではバスにも乗りづらいが。バス停より晴臣の家の方が近いなら、こんな寒い所で雨が止むのを待つよりお邪魔させてもらった方が正直ありがたい。 「…もうちょっと頑張って走れる?次の角曲がればすぐだから」 手を差し出されて恐る恐る掴む。肉付きのいい柔らかい手だった。 どこか楽しそうな顔で晴臣が走り出す。手を引かれるままにその後を追いかけた。手を掴んでいなければ晴臣を見失ってしまいそうなほど強い雨が視界を覆っていた。 晴臣の住むマンションは確かに公園からすぐだった。数分走っただけなのにまた体が海に飛び込んだかのように濡れる。 玄関に入ってすぐ、洗面所から晴臣がタオルを取ってきて渡してくれた。 「風邪引くよ」 「あ、…ありがとうございます」 私が髪を拭いている間に晴臣は一足早く自分の髪や体の水分を拭き取って廊下のすぐ横の部屋に入る。少ししてその部屋から顔を出した。 「沙羅の服なら入るかな?」 聞き慣れない名前につい「沙羅?」と首を傾げる。晴臣はハッとして照れたように目を伏せて苦笑した。 「…彼女の名前。一緒に住んでたから服何着か残ってるんだよね」 「…ああ…」 手招きされて上がり、晴臣のいる部屋に入る。 中は寝室で、ダブルサイズのベッドが置いてあった。晴臣が部屋の隅のクローゼットから女性物の服を引っ張り出してくる。 「俺はリビングの方で着替えるから、着替え終わったら来て」 そう言って寝室の扉を閉めて出て行く。暗い寝室の窓にはまだ雨粒が叩きつけていた。 晴臣の彼女であった沙羅の服は可愛らしいTシャツとスウェットパンツだった。適度に女子力とリラックスさを両立させる格好。家ではいつもこの格好���ったのだろう。 着替え終わって部屋を出る。短い廊下の先にあるのがリビングなようで、扉の向こうは灯りがついていた。 扉を開けると、部屋に染み付いているのであろう煙草の匂いが微かにした。葵の家よりずっと広いリビングで驚く。そもそも葵の家は1Kなのでリビングはないようなものだが。 「お茶しかないけど平気?」 晴臣ののんびりとした声が扉の近くでした。入ってすぐの所にキッチンがあり、晴臣がお湯を沸かしている。 「あ、はい…大丈夫です」 上下黒の緩いシルエットの部屋着。肩にタオルを引っ掛けたまま棚から茶葉を探していた。 「そっち座ってて。すぐ行くから」 促されて部屋の中央の緑色のソファに座る。正面のテレビの前に2枚写真が飾ってあった。 左の写真は二人分の手首が写っている。どちらも手首の裏にお揃いのタトゥーがあった。男性の右手首が晴臣だろう。その隣の白く華奢な��手首。これがおそらく沙羅。 その隣の写真は晴臣と沙羅だと思われる女の人が一緒に写っている。肌が白く、笑顔の可愛らしい女性だった。晴臣と同じくタトゥーなんて入れそうにない、優しそうな微笑み。 「…あ、片付けるの忘れてた…未練がましいから隠そうと思ったのに」 キッチンから戻ってきた晴臣が、写真をまじまじと見ている私を見て再び苦笑する。 テーブルに温かいお茶の入ったカップを置いた。 「これ、沙羅さんですか?」 「そう」 「晴臣さんこの時ちょっと若いですね、粋がってる感じする」 「学生だったからね」 はは、と笑って私の隣に座る。肩からタオルを取り、ソファの背にかける。 「学生の時から付き合ってたんですね」 「大学の先輩。沙羅の方が一個上だったんだよね」 熱さに気をつけながらお茶を啜る。一昨日葵の家で飲んだのと同じ味がした。 「…今でも好きなんですか?」 私が聞くと晴臣はまた照れたように目線を逸らして頷いた。 「好きだよ」 素直に認めるその姿が可愛らしく、羨ましくもあった。まだ写真を置いていたり服をとっておいているのが今だに好きなことをよく表している。 「そういえば、何でタトゥーだったんですか?お揃いならペアリングとかでも…」 「…なんか、体に直接刻むものの方が忠誠感あっていいんじゃない、って沙羅が。こんな顔のくせに言うことぶっ飛んでるんだよね」 その言い方が面白くてつい吹き出して笑う。晴臣も顔をくしゃくしゃにして笑った。 「仲良かったんですね」 「まあ、そうだね…そうかもしれない」 自覚はあまりなかったようで曖昧な返事を返してくる。懐かしそうに細めた瞳に寂しさが滲んでいた。 「……どうして、亡くなってしまったんですか?」 聞くべきか迷ったが恐る恐る聞いてみる。晴臣が横目で私を見た。お茶を飲んでいたカップから口を離し、薄く微笑む。 「俺が殺したの」 「…え?」 思わず聞き返し、目を合わせてしまう。晴臣は私を見つめて微笑んだまま動かなかった。 「俺が殺したんだ」
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain 13
そのまま私達は弥恵を連れて総真の病院に向かった。日も暮れて通常の診察も終わっていたが総真はまだ病院にいた。急に訪ねてきた私達を見て一瞬驚いていたが、私達の複雑な空気を見て何か察したように中に通してくれる。 「お前、能力使っただろ」 コーヒーを作りながら総真が言う。顔を上げた晴臣を真顔で見つめた。 「何人に使った?」 「……三人」 「よくやるよなあ、お前も…」 呆れてるのか怒っているのかよく分からない声音だった。人数分のコーヒーを作り終えると弥恵の頬の傷の手当てを始める。 「…総ちゃん、晴ちゃんのこと怒らないで」 消毒液が沁みるのか目を細めながら弥恵が小さな声で言う。「怒ってないよ」と苦笑して総真は弥恵の白い頬に絆創膏を貼り付けた。 「それなりの理由があって使ったんだろ、言ってみろよ」 総真に促され、晴臣はしばらく黙っていたがやがてポケットから煙草を取り出した。黙って総真が窓を開ける。緩い風が私の髪を揺らす。 「いいの?」と葵が聞くが総真は気にとめる様子もなく「後で消臭剤撒くから」とだけ返した。 「…なんか弥恵が喧嘩売られてて、極力本人に解決させようと思ったんだけど、…弥恵怪我したからちょっとカッとなって」 煙草の薄い煙が揺らいで窓の外に帯を引いて流れていく。総真はコーヒーを啜って「それで?」と尋ねた。 「殺そうとしたのか?」 「…してない、三人同時にはさすがにそこまでは追い詰められない」 「1対1じゃないと出来ないってか」 「そうだね」 少し茶化すような口調で言った総真に表情を変えずに答える。機嫌が悪い、というわけでもないのだろうが、いつもの温厚そうな雰囲気は欠片もなく冷たい表情で煙草を吸っている。 「大体何で弥恵は喧嘩売られてたんだ?」 「…あれは喧嘩売られてたっていうか…」 「私が悪いの」 葵の言葉を遮って弥恵が声を発した。頬の絆創膏を軽く指でつついて顔を伏せる。 「私がこんな…うじうじしてるから…」 「弥恵は悪くないだろ、能力のせいで人と関わりづらいのは分かるし…」 「でもそれは能力がない人間には関係ない理屈だよ」 フォローしようとした葵の声を今度は晴臣が遮る。喧嘩腰で葵が「あ?」と晴臣の方を振り向いた。 「どういう意味だよ」 「能力があろうとなかろうとコミュニティは必要になるんだから、最低限の努力は必要だよ。能力が消せないのだから能力を保持してる状態で上手く人と関わる方法を考えないといけない、俺らがそうしてるようにね」 晴臣の言葉の痛烈さに弥恵がますます顔を伏せる。 「…お前な」 苛立った葵が晴臣に掴みかかろうと手を伸ばすと、晴臣は素早く口から煙草を離し、葵の手に押し付けた。 「いっっ」 「葵!」 引っ込めた葵の手を取って恐る恐る確認する。煙草を押し付けられた部分が赤く腫れていた。 「俺は『同情』の能力者同士での同情の仕合いなんかしたくないだけだよ」 煙草を咥え直して冷静に晴臣が言う。僅かに口角が上がって、それが余計に理由の分からない恐怖を感じさせた。 「お前何でそうやって精神状態崩れてる時だけ理屈っぽいんだよっ」 「分かったからそんなに噛み付くんじゃない、葵。手冷やしてやるから貸せ」 まだ文句を言おうとする葵の手を総真が掴む。水道の流水を手に当てられながら葵は地団駄を踏んでいた。 「…晴臣さん」 私が声をかけると晴臣は「ん?」と顔を上げた。今の状態の晴臣に声をかけることは怖かったが、私も口を出さずにいられなかった。 「…言いたいことは、分かるんですけど」 「……変な話だよね」 私の声を無視して独り言のように呟く。薄く笑うその顔がどこか寂しそうだった。 「苦痛を溜め込んでる時より、人に押し付けた時の方がすごく情緒不安定になる」 遠い目をして煙草を口から離し、煙を吐く。手首のタトゥーに視線を落とすと、タトゥーのすぐ下に煙草を押し付けた。 痛がって喚いたり顔をしかめることもなく、跡がついたことを確認して携帯灰皿に煙草をしまう。 「総真、薬増やして」 「煙草やめたら考えてやるよ。自己解決も覚えろ、人に押し付けないやり方でな」 総真はこちらを振り向かないまま答えた。まだ葵の手を掴んで水に当てている。 帰るようで晴臣が立ち上がり、扉に向かう。その晴臣の背中を弥恵が急いで追いかけた。 「晴ちゃん」 袖を引っ張られて晴臣が振り向く。まだ冷たい顔の晴臣にどう声をかけようか、弥恵は少し迷いながらも口を開いた。 「…今日はありがとう」 か細い声に晴臣は黙っていたが、視線を合わせるように少し身を屈めて弥恵の頭を撫でた。 「純粋だね、弥恵は」 いつもの温厚そうな微笑みに戻る。どこか寂しげな色を目に湛えたまま。 弥恵の頭から手を離すと静かに部屋を出て行った。 「…晴臣さん…」 閉じられた扉を見つめながら私が呟くと「気にしなくていいですよ」と総真が話しかけてきた。 「あいつは能力使った後ああやって捻くれるんですよ」 「…でも」 「むしろ心配するとつけ込まれますよ、気にしない方がいい」 諭されるがまだ納得のいかない顔をしてしまう。私を見て総真は苦笑した。 「能力者本人にとってはマイナスでしかないって最初に説明しましたよね。まあ晴臣の場合は吸い取ったわけじゃないですが。自分で使った能力の分の責任は自分で取らないといけない」 「…じゃああんなに寂しそうな顔してても、助けないんですか」 「…助けたくても俺たちじゃ助けられないんですよ。…晴臣の場合は、あの子じゃないと」 少し拗ねた顔をした私に総真が手首の裏を示す。 あの子。晴臣のタトゥー。彼女とお揃いの。 「…晴臣さんの彼女ってもう亡くなってるんですよね…?」 私が聞くと何故か三人とも私から目を逸らした。総真だけがすぐに私の方を見つめ直して「そうですね」と頷く。だがそれ以上何も言おうとはしなかった。 感じたことのない空気に困惑してしまう。さっきまでうるさかった葵ですら手を冷やしながら黙っていた。
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain 12
弥恵の通う高校は大学から歩いて20分程の所にあるらしい。バスや電車を使った方が早いだろうが、時間がないわけでもないので三人で歩く。 「二人は学校終わった後よく会ったりしてるの?」 歩きながら晴臣に聞かれ、「よく、というわけでは…」と口ごもる。知り合ってからしょっちゅう会っている気はするが、恋人のようにいつもベタベタ一緒にいるとは言い難い。 「葵バイトとかしてないし暇だろうから会ってあげてね。志緒ちゃんには懐いてるみたいだし。」 「俺だってすごい暇なわけじゃない…、…お前こそ仕事してるのかよ」 ヘラヘラとしている晴臣に葵がふてくされたような顔で反論する。 「俺?してるよ、相変わらず派遣だけど」 「就職とか…、してないんですか?」 私が聞くと晴臣は苦笑した。 「したい気持ちはあるんだけど出来ないんだよね、能力のせいで」 「…苦痛見えちゃうからですか?」 「うん。放っとこうとは思うけどわりと目障���なんだよね」 目障り、という単語が晴臣の顔に似合わなくて一瞬頭につっかえる。私が返事に遅れそうになると葵が先に口を出す。 「むしろ琉偉みたいに、バイトとはいえ上手くこなせる方が珍しいんだよ。俺の場合見えたら取ろうとしちゃうし。」 「葵は俺とは別の意味で質が悪いよね」 「あ?」と葵に睨まれると晴臣は薄く笑って顔を逸らした。 高校が見えてきて顔を上げる。建て直したのか新設なのか、綺麗な白い壁の校舎だった。門に近づくより早く、校舎沿いの道の前方に見覚えのある小さな後ろ姿が見えた。 「弥恵ちゃ…」 私が声をかけようとした時、高校の制服の三人の女子が門から出てきた。その女子たちは弥恵を追いかけるように走り出し、追いつくと弥恵の小さな背中を強く突いた。弥恵の前に回り込み、何やら話しかけているがその眼光は鋭く、明らかに良い雰囲気ではない。 「…なんだあいつら」 葵が駆け寄ろうとするが、その葵の腕を晴臣が引っ張って止める。不機嫌そうに振り向く葵をそのまま引きずって角に隠れる。 「出来るだけ弥恵自身で解決した方がいいよ」 「だってあいつらっ…」 「本当に弥恵のこと嫌ってる人間じゃないかもしれないでしょ」 「弥恵からあんなに苦痛漏れ出てるのに?」 葵が苛立ちながら言うと晴臣は一瞬口を閉ざした。それでも葵の腕を離そうとしない。 そうこうしているうちに弥恵は女子の中の一人に今度は正面から突き飛ばされる。華奢な弥恵の体は勢いよく地面に倒れた。 2、3秒弥恵はそのまま倒れていたが、細い腕で体を支えて起き上がろうとする。白い頬についた赤い線から血が顔のラインに沿って伝う。 私と葵が駆け寄ろうとするのを追い越して晴臣が歩き出す。一歩が大きい上に早足なのでどんどん私たちを突き放していく。 「弥恵」 晴臣が弥恵の側にたどり着く。弥恵を助け起こすでもなく、軽く声をかけると女子たちの方に目を向ける。 「君たちは、弥恵の同級生?」 いつもと同じ穏やかな声音が逆にぞっとする。急に現れた晴臣を訝しげに女子たちは見えていたが、不意にその中の一人…さっき弥恵を突き飛ばした女子の目が何かに怯えたように歪んだ。何か言いたげに口を開くが声を発しない。 彼女の異変を察知したように他の二人が心配そうに彼女を見る。しかし数秒後にその二人の顔も苦しげに歪んだ。 「弥恵、何か不快になることしたかな」 私に以前見せたのと同じ、どこか憂いのある目で晴臣が冷静に聞く。 私や葵と同じようにその光景を眺めていることしかできなかった弥恵がハッとし、焦りながら地面に座ったまま晴臣の服の裾を引っ張る。 「晴ちゃん、だめ」 弥恵の泣き出しそうな声に晴臣が振り向いた。無感情な真顔でしばらく弥恵を見下ろす。 「…殺しちゃだめ…」 弥恵自身も晴臣に怯えているようだったが、か細い声を発する。 納得いかなそうに晴臣は横目で女子たちを見ていたが、小さく息をついて弥恵を抱き起こした。 「殺さないよ、大袈裟だな」 弥恵の服についた汚れを軽く払い、私と葵のところに戻ってくる。女子たちはもうその場を動こうともせずただ固まっていた。 「…大丈夫…なの?」 「ああ、傷は頬だけみたいだし…」 「そうじゃなくて」 何事もなかったように平然としている晴臣を見る。相変わらず苛つくほど冷静な顔をしていた。 「…あの子たち」 「…大丈夫だよ、あの程度ならすぐ落ち着くし家には帰れるでしょ」 あっさりと言って「行こう」と私達より先に歩き出す。呆然とその後ろ姿を見ていると、弥恵が私の腰に抱きついてきた。 「弥恵ちゃん、大丈夫?」 私に寄り添いながら小さく頷く。急いで晴臣の後を追いかけると葵が一足早く晴臣に追いついた。 「できるだけ弥恵自身が〜とか言ってお前が真っ先に手出してんじゃん」 「…そう思ってたけど弥恵が怪我するなら話は別だよ」 「…総真に怒られるよ」 「………」 晴臣はそれ以上返事をせず、PTPシートを取り出すと錠剤を2、3錠水も使わずに飲み込んだ。
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain 11
いつの間にか眠っていたようだった。ゆっくりと意識が戻ってきて瞼を薄く開くと暗闇の中、目の前に葵の顔があった。さすがに驚いて身を引いてしまうと「ごめん」と葵が苦笑した。 「…弥恵ちゃんと晴臣さんは?」 寝起きでまだ呂律が上手く回らない。手元を探ると布団の感触があった。 「晴臣が弥恵送ってそのまま帰った。俺が起きた時には志緒もう寝てた」 「そっか…、弥恵ちゃんもう大丈夫そうだった?」 「だいぶ回復してたと思うよ」 頷きながらもまだ眠気が治らなくて瞳を擦る。今日は1限から授業で無意識に疲れが溜まっていたのかもしれない。 「…なんでこんなに暗くしてんの?」 「俺も寝ようかと思って…。…今何時だと思ってんの?」 そう言われて「え」とほんの少しハッキリした意識が戻る。 すぐ近くに自分の携帯と思わしきものがあった。それを手探りで掴み時間を確認する。白い明かりが目に刺さる。『01:24』の表示を見て頭を抱えそうになった。 「…起こしてよ…」 「志緒よく寝てるんだもん。いいよ、俺の家だしいくらでも寝てて。」 そう話しながら葵が私の隣に寝転がる。 「…葵まで床で寝る必要ないでしょ、すぐそこにベッドあるんだから」 「じゃあ志緒ベッド使っていいよ」 「それは悪いからいい」 「二人でベッドで寝る?」 何でそうなるんだ、と思うと同時に今更拒む必要も意味もないんだよなと思う。それでもさすがにベッドで二人は色々思い出して眠りづらくなりそうだ。 「…狭いからやだ」 私が素っ気なく答えると葵がフフ、と笑う。 「狭かったよね…、あ、じゃあやっぱり志緒の上で俺が寝れば」 「葵」 「…冗談だよ、もう手出さないって言ったじゃん」 暗闇で見えないがおそらくまた口を尖らせているのだろう。 半分貸して、と私にかかっていた布団を半分引っ張り、私に身を寄せてくる。こんなに近距離で眠るのならベッドで二人で寝ても変わらないのでは。いや、それだとやはり眠りづらい。 目の前で葵が少し噛み殺したような小さな欠伸をする。 「おやすみ」 「…おやすみ」 小さく声をかけあって目を閉じる。 さっき使い果たしたはずの眠気の波が襲ってきた頃、布団とは違う暖かさを体に感じた。それがいつの間にやら私を抱きしめていた葵の細い腕から発生したものだと、認識するかしないかのところで意識が途切れる。 カーテンの隙間から差し込んできた細い光で目が覚める。のろのろと起き上がり体に絡みついていた葵の腕をはがす。携帯で時間を確認すると、ぼんやりしていた意識が一気にはっきりした。 「葵、起きて、今日葵も英語あるでしょ」 私が葵の体を叩くと僅かに目を覚ます。床で寝たせいで体が痛いのか、背中をさすりながら起き上がる。 急いで荷物をまとめる私とは対照的に葵はなかなか動き出さない。「置いていくよ!」と声をかけると「待ってよ…」とまだ寝ぼけた声を出しながらようやく動き出す。 葵の家を出て葵より少し先を走りながら、なんだか夫婦みたいだな、と笑ってしまいそうになるのを堪える。 大学の出入り口に晴臣の姿を見つけたのは夕方前のことだった。昼とも夕方とも言えない中途半端な時間。「晴臣さん」と声をかけるといつもの温厚そうな顔で微笑む。 「どうしたんですか」 「弥恵迎えに行くから葵と志緒ちゃんも来るかなと思って。どっちかには会えるかと思ってちょっと待ってたんだ」 晴臣と話していると「志緒」と声がした。丁度良く葵がこちらにやって来ていた。晴臣の顔を見て少し嫌そうな顔をしたものの今日は文句を口にしない。 「弥恵、昨日の今日だから心配だし迎えに行こうと思うんだけど。どう?」 「…ああ、行く」 葵は素っ気なく返事してさっさと歩き出す。先を進んでいく葵の背中を見て晴臣は肩を竦めた。
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain⑩
目を覚ました弥恵が起き上がり、不安そうに周りを見回す。葵がいなくて不安なのか、と思い私が顔を覗き込むと私を見て何度か目を瞬く。 「落ち着いた?」 しばらくぼんやりしていたものの小さく頷く。 「今葵と晴臣さん買い物行っちゃってね」と話しながらお茶を取りに行こうと私が立ち上がると、「志緒ちゃん」と小さな声がした。振り向くと弥恵が小さく口を開けて私を見上げていた。 「志緒ちゃん、葵ちゃんのこと好き?」 その問いの意味が掴めず「へ?」と聞き返す。 「志緒ちゃん、葵ちゃんと話してる時は苦痛減るの。葵ちゃんが取ったわけじゃなくてね、自然に」 弥恵がこんなに喋ることにも驚いたが、話の内容にも驚いていた。私が答えられずにいると「好き?」と再び聞かれる。 「……わかんない」 誤魔化すような笑顔を浮かべて私は冷蔵庫からお茶を取り出した。私と弥恵の分のお茶を注いで戻る。 「…さっき葵と晴臣さんに聞いたんだけど、弥恵ちゃん能力コントロールできなくて困ってるの?」 私が聞くと弥恵は顔を伏せた。また塞ぎ込んでしまうかと思ったが、口を開いてくれた。 「昔は人と話すの嫌いじゃなかったの…、でも能力出てきてから人と関わるの怖くなっちゃって…。色々な病院行ったけど、どこの先生も私の能力のこと分かってくれなかった。分かってくれたのは総ちゃんだけ」 総ちゃん、の響きに違和感を覚えるが3秒ほど考えて総真のことか、と分かる。 「その時はもう他の三人も総ちゃんの所通ってたから…私のことはすぐ理解してくれた。私がコントロールできるようになるまで一緒に練習しようって言ってくれたの」 そう言って微笑む顔が可愛らしい。一度心を開くとよく話すし表情もころころ変わるようだった。 「私が通い始めた頃はみんな仲良しだったんだよ。…葵ちゃんも晴ちゃんに対してあんなにトゲトゲしてなかったし」 「…そうなんだ…、結局葵と晴臣さんが仲悪い理由よくわからないままなんだよね」 私が首を傾げていると弥恵が顔を上げた。お茶を一口のみ、「あのね…」と声を出す。言ってはいけないことを話すように小さな声を更に小さくする。 「…晴ちゃんはね、逆もできるの」 「逆?」 「私とか、葵ちゃんとか、琉偉ちゃんとかと同じこともできるけど、それの逆もできるの」 逆とは。私が理解できずにいると、弥恵が唇の端をきゅっと引き結び、それからまた口を開いた。 「晴ちゃん、本当はいい人なんだよ」 そう話す顔が私に訴えかけるように切な気に歪む。その声に何も答えられずにいると、玄関の扉が開く音がした。 「ただいまー」 呑気な葵の声がして振り向く。後から晴臣も入ってきた。 「…ん?弥恵と話してたの?珍しい」 私と弥恵の顔を見て葵が言う。隣に座り、テーブルの上の私の分のお茶を取り一口飲み込む。 買ってきた物を持ってキッチンに入っていた晴臣が顔を出す。 「葵がパスタがいいってうるさいからパスタでいい?」 「あ…、大丈夫ですよ!手伝います!」 キッチンに向かおうとするが、その私の手を後ろから葵が引っ張り、そのまま勢いよく転んでしまう。腰を床に打ち付けて鈍い痛みが巻きつくように広がる。 「…ちょっと、危ないでしょ!」 「俺がやるから志緒はじっとしてて」 私が起き上がれずにいる間に葵がキッチンに向かう。仕方なく痛みが引くまでじっとしていると弥恵が後ろから腰を撫でてくれる。 「…ありがとう」 口論しながらも料理を進める音がする。少ししてキッチンの方を見に行くと、一つ一つの作業に手間取っている葵の横で手際よく作業を進める晴臣の姿があった。 テーブルの上を散らかしたままいつの間にやら葵は眠りについてしまった。その葵に寄り添うようにして弥恵もウトウトとしている。私が二人に布団をかけてやっている間に晴臣が皿を片付ける。 「あ、私洗いますよっ」 「大丈夫だよ、すぐ終わるから」 柔らかく遠慮する晴臣の隣に無理やり並ぶと蛇口を捻る。張り切って皿を洗い始める私を見て晴臣は諦めたように笑った。 「晴臣さん器用ですよね、お店で出せそうなくらい美味しかったです」 「大袈裟でしょ、調理師免許持ってるだけでそんなに上手くはないよ」 「家でも自分で作ってるんですか?」 「うーん…暇ならね。でも人に頼まれないと手の込んだものは作らないかな」 パスタもそこまで手が込んでるわけじゃないけど、と笑って調理器具を棚にしまう。その手首にタトゥーが見えてこの間の気まずさを思い出し視線を逸らす。 「…彼女さんには作ってあげてたんですか?」 「ん?…まあね、向こうが料理できなかったから俺が作るしかなくて。…そのくせにワガママでね、葵みたいな奴だったよ」 「…あ、葵が彼女さんに似ているから晴臣さんは葵のこと嫌ってないんですか」 私の中で腑に落ちて言うと晴臣は悩むように首を傾げた。 「言われてみればそうかもね。葵のことは好きでも嫌いでもないけど」 そう答えた晴臣の目が憂いを含んだものに変わりかけてつい焦る。丁度良く洗い物が終わり、「何か飲みますか」と話題を変える。 「…そうだね、お湯沸かそうか。さっき葵とお茶っ葉買ってきたからあったかいの作れるよ」 すぐに晴臣の目が元の色を取り戻してほっとする。やかんに火をつけ、お湯が沸くのを静かに待ち始めた。
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gure-318 · 9 years ago
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Sweet pain⑨
「志緒ちゃん、ノート見せてくれない?」 その子と話した記憶は数えるほどしかない。漫画かアニメでしか見たことないような、絵に描いたような地味な子だった。昭和みたいな三つ編みのお下げ髪とレンズの分厚い眼鏡が特徴的で、それでも足りない視力を補いきれていないようでいつも一番前の席にいた。 この日は理科の授業を実験室で受けたのだが、普通の教室とは違う変則的な席に着いた為彼女には黒板の字が見えなかった。 偶然同じ班で隣にいたから。私に頼んだ理由はその程度だろう。ノートくらいどうってことはないので見せてあげると、「ありがとう」と微笑んで私のノートに顔を近づけて字を移していた。 地味な見た目と口数の少なさがあったからか友達はいなかったようだが、だからと言っていじめられたりはされていなかった。それだけは確かだ。 必要性があって誰かが話しかければちゃんと応答するし、表情だって意外ところころ動く。 機会があれば雑談だってもっとしてみたかったが、私は私で一定のグループに所属していた。輪を外れて彼女と話す機会なんてのはあまりなかった。 機会があれば、機会があれば。そうやって先延ばしにしている間に、何の理由も分からず彼女は校舎の前で潰れてしまった。 4限が終わり教室を出ると同じ授業を受けていた友達と合流した。エレベーターを一緒に待っていると急に「志緒ってさあ」と話しかけれ顔を上げる。 「葵と付き合ってるの?」 「…は?」 散々琉偉や晴臣に聞かれた質問だったが、普通の友達からも聞かれるとは思わず苦笑する。 「澤田が最近志緒と葵仲よさそうって言うから。この間の飲み会の後も二人で帰ったんでしょ?」 澤田、と聞いて小さく舌打ちする。あいつはいつもそうやって根も葉もない噂じみたことを流す。 この間の私と葵が初めて会った例の飲み会にはこの友達も来ていたが、最終的に泥酔していたので無事に帰れたかどうかは見届けていない。 逆に向こうも私が葵とどうなったのか知らないだろう。 「一緒に帰ったは帰ったけど…、別に付き合うとかはないよ」 「そ。…葵はやめといた方がいいよ、女遊び激しすぎ」 「…そのことなんだけど、」 葵って別に女遊びが激しいわけじゃないのでは。そう言おうとした時、背中に何かがぶつかったような軽い衝撃がきた。少し前につんのめってしまい、驚いて振り向いたが誰もいない。…いや、いた。少し目線を下げると小さな女子高生が顔を伏せて立っていた。 「………弥恵ちゃん?」 どうして弥恵ちゃんがこんな大学の校内に、と思い話しかけるが顔を上げようとしない。そっと肩に触れると小さく震えているのが分かった。 「志緒、知り合い?」 友達が私と弥恵を見て首を傾げる。 その時、「弥恵?」と聞き慣れた声がして顔を上げた。いつの間にか葵が廊下の向こうから歩いてきていた。 「葵…」 葵の声に反応したように弥恵が身を翻して葵の方に駆け出す。抱きついてきた弥恵に「うおっ」と葵が声を上げた。 「弥恵、なんでこんな所に…」 葵が話しかけようとしてから何かに気づいたように口を噤む。少し姿勢を下げて弥恵を抱きしめると背中を撫でた。 「総真に電話するから、ちょっと弥恵預かってて」 私に弥恵を渡して私達から少し離れた所で電話をかけに行く。友達が横から「その子大丈夫なの?」と訝しげに弥恵の様子を見る。 「うん…、多分…」 「…私次の授業あるから行かないとなんだけど…」 「あ、行っていいよいいよ!私と葵でどうにかなるから」 やってきたエレベーターに乗って降りる友達を見送ったところで葵が戻ってくる。悩むように携帯をいじりながら顔をしかめていた。 「総真さん出た?」 「出たけど仕事まだあってこっちには来れないって。様子話したら薬飲ませていいって言ってたけど俺薬切らしてるんだよな…」 「…弥恵ちゃんどうしちゃったの?」 私が聞くと葵は携帯をしまって弥恵の肩を撫でた。 「すごい量の苦痛抱えてる。薬飲ませて一回落ち着かせた方がいいと思う」 「…でも薬ないんでしょ?…あ、みんな飲んでる薬同じなら琉偉さんとかに…」 「あいつバイト」 話しながら弥恵を連れてエレベーターで下に降りる。外に出たところで何かを決意したように葵が再び携帯を出した。 「…どうするの?」 「…あんまり頼りたくないけど、この際仕方ない」 そう呟くと携帯を耳に当てる。終始ぶっきらぼうな調子で短く会話を済ませると電話を切った。 葵の家に向かう途中も弥恵は時折何かに耐えかねたように足を止めてしまった。その度に様子を伺ってから歩みを再開したが、時間がかかってしまうので途中から葵が背負って歩き出した。葵の肩にしがみつきながら弥恵がぽつりと何かを呟く。私には聞き取れなかったが葵には聞こえたようで、少し振り返りながら微笑んだ。 「大丈夫、志緒よりは軽いから」 なんとなく会話の内容が把握できて「ちょっと」と私が苛立った様子を見せると葵は声を上げて笑った。 そんなケラケラ笑っていた葵だが、家のアパートの前に着くと笑顔を消してしまう。 見ると、アパートの階段に待ちくたびれた様子の晴臣が座っていた。 「結局こういう時は俺のこと頼るんだね」 「……お前しかいなかったんだから仕方ないだろ」 葵は晴臣と目も合わせようとせず階段を上がっていく。私も後を追おうとすると、ため息をついて立ち上がった晴臣と目が合い、会釈した。 「志緒ちゃんも一緒だったんだね」 「はい、弥恵ちゃん最初私の所に来ちゃって」 「へえ…、よっぽど弱ってたんだろうね。弥恵が慣れてない人に寄っていくの珍しいから」 葵の家に入ると、既に弥恵はベッドに寝かされていた。 「晴臣、薬」 「はいはい」 晴臣がショルダーバッグからPTPシートを取り出す。葵が渡せ、とばかりに晴臣の前に手を出すが晴臣はなかなかシートを渡そうとしない。 「………何だよ」 「持ってこいって頼んでおいてお礼くらい言えないの?」 晴臣に言われて「うっ」と葵が言葉に詰まる。悔しげに口をモゴモゴさせていたが、少しして決意したように深く息をついた。 「………ありがとう」 葵が呟いたのを見て晴臣は満足そうに笑うとシートを手渡した。 「弥恵、一回起きられる?」 葵に支えられながら弥恵が体を起こす。高熱でも出しているかのように顔色が悪く、ぼんやりとしていた。薬と水を小さな口に流し込まれてどうにか飲み込むと再び横になる。 やがて弥恵が穏やかな寝息を立て始めるとようやく落ち着いた時間が流れ出す。 「弥恵ちゃん、どうしてそんなに苦痛取っちゃったんだろ…」 「いつものパターンでしょ、手当たり次第に吸い取っちゃうの」 慣れた様子の晴臣を見て「いつもの?」と聞き返す。 「弥恵は能力コントロールできないんだよ。感じ取ったら感じ取っただけ無意識に自分に移しちゃう」 「…最近はマシになった方だけどな」 葵が眠っている弥恵の髪を撫で、布団をかけ直してやる。さっきより顔色が良くなってきていた。 「高校入った頃から『同情』の能力が出て、人と関われなくなってたところを総真が見つけてきてコントロールする練習し始めたんだ。おかげ���最近ちょっと明るくなってきたけど…」 あれで明るいのか、と言いたくなるが最初はもっとひどかったのだろう。琉偉や葵に懐いていた弥恵を思い出す。 「…弥恵ちゃんがこんな状態なの、弥恵ちゃんの親御さんたちは…」 「知ってるだろうけど、鬱病程度にしか考えてないだろうな。最初に精神科連れて行った程度で、あとのことには何も干渉してこないから。元々仕事が忙しいみたいだし。」 大量の苦痛を抱えたまま、わざわざ私と葵の大学までやって来た弥恵。慣れている葵より、先に目に入った私の元に来た弥恵。こんなに小さい体で、いっぱいいっぱいになっているのに。 「…能力のことは…」 「言わなくていいって弥恵が総真に言ったから、親には何も話してないと思う。まあ能力のこと話してすぐ信じる方がすごいからね」 葵が小さく肩を竦めて私を見る。私だって信じ難かったが、使われた身としては信じるしかなかったりする。 「…能力、ちゃんと治せる方法あったらいいんだけどね…」 晴臣が切なげに呟く。葵は何も答えなかったが、顔を伏せて薄い唇を少し噛んでいた。
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