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HAROBARO
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har0bar0 · 4 months ago
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飼育
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「めだかいる?」 と聞かれて二つ返事で、欲しい、と答えた。 わたしがあまりはっきり言うものだから相手も驚いたのか、「え、ほんとにいる?」と聞き直してきたが、 わたしはもう一度はっきりと「いる」と答えた。
それからネットで水槽や砂やフィルターなどを見ているうちに、めだかとの生活の想像はみるみる膨らんでいった。 めだかは日当たりが必要らしいから窓辺に置こう。 水草や流木で隠れる場所を作ってあげよう。
あとになってから、彼は冗談のつもりで言っていたのかもしれないと気がついて、にわかに申し訳なさと恥ずかしさが湧き出てきた。 しかしその頃にはもう飼育に必要な一通りを揃えてしまっていて、窓際の小さなアクアリウムの中ではとりどりの水草が揺られながらめだかを待っていた。 いかにも生き物がいそうな場所に何もいないというのは、ひどく不気味だ。 空き家を見た時の不快感に似ているな、などと考えているうちに、ふと、実家のベランダに置かれたハムスターのケージのことが想起された。
幼稚園から小学校へかけての幼い頃、うちにはハムスターがいた。 2、3年で死んでしまうので、3匹ほど立て続けに飼っていたと思う。 最後に飼ったジャンガリアンハムスターが死んだ後、母はそのケージのやり場に困ってベランダにしばらく放置していた。 小さい体で懸命によじ登った金網も、夜中に必死に回した滑車も、あれほど使われたのが嘘だったかのように冷たくひっそりとしている。 わたしはそのケージを見るたびに、うちにはもうハムスターは来ないのだと静かに納得した。
空っぽの水槽は耐えがたかった。急かすのは悪いと思いながらもわたしは彼に話した。 「あのね、前言ってためだかだけど、わたしもうすっかり水槽やら準備をしてしまって」 もう忘れてしまっているかもしれない、冗談を真に受けて先走ったことをしたかもしれない、と半ば不安な気持ちで打ち明けると、彼は「早いな」と笑ってから、 「何匹いる?」と尋ねた。 わたしはほっとして「小さい水槽だから、3匹」と言った。
ある夜、100均のちいさなプラスチックボトルに入って、赤と白と黒のめだかがやってきた。 「こんな色があるの?」 「いろんな色のやつがおる。黒のは生まれたばっかやし小さいな」 子供の頃に近所の池で掬ってきたメダカは、もっとグレーというか煮干しのような色をしていたので、てっきりそういうものだと思っていた。 薄い鰭をちろちろ動かしながら、不安そうにボトルの中を泳ぐメダカは、それでも不思議に優雅だ。 「綺麗な色」 「赤は結構メジャーやな。白はほんまは青メダカっていうねん。黒いのは黒の中でも一番黒いやつ。オロチっていう種類」 「オロチ!」 わたしは小魚にしては大仰な名前に思わず笑った。 「今夜はそのまま置いておいて、室温と水温を馴染ませとき。明日水槽に入れたらええよ」 ボトルを持ち上げて下から覗くようにしてみると、電気の明かりに透けて身体の構造がよく見える。 それは魚というよりももっと奇妙な生き物のように見えた。 頭から背骨がすっと伸びて、腹側には黒く内臓がついている。透明なフィルムのような体がそれらを包んでいて、余分なものがひとつもない。 あまりに無駄がなく、機能的な造形。 “Form follows function”<形態は機能に従う>とはモダンデザインの金言だが、装飾を廃し、機能を徹底した先にある美が、めだかにはあるようだった。
「心配になってきた。ちゃんと飼えるんかな」 小さな3つの命を見ているうちに、わたしはすこしずつ不安になっていた。 「大丈夫、めだかは強いから。でもまぁ、死ぬ時は死ぬで。生き物やし」 彼の慰めでもないあけすけな物言いはいっそ清々しかった。 生き物は死ぬ。飼育とは、暮らしの中で生と死を感じることだ。
ひとりで暮らすうちに、植物がひとつふたつと増え、ついに魚まで飼ってしまった。 結果、長く家を空けるような場合には時々人に来てもらって水やりと餌やりをお願いすることになる。 どこへでも行けるよう身軽でいなければいけないと思うのと裏腹に、暮らしに愛着を求めてしまう。 使命感を持って棲家に帰るよう自分を仕向けてしまう。 場所に根付きたい、というのは、定住とは、人間の自然な欲望だろうか。 根無草のような暮らしに憧れながらも、わたしのそういう欲望が、動植物を通じて、家に帰れと命じるのだろうか。
今、季節は冬で、めだかは水底でじっとしている。 水温が低いと冬眠に近い状態で餌も食べない。 生き物にとって、冬とは本来こういう季節なのだろう。 じっとして動かず、辛抱強く、暖かくなるのをひたすら待ち侘びている。 餌をやることも水を変えることもできない。世話を焼けないというのはどうにも主の名折れなようで、情けないままに見守るばかり。 どうかはやく、あたたかくなっておくれ。 めだかの元気に泳ぐ姿が見たいから。あのちいさく美しい鰭。
20250216
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