ho-dukitext
ho-dukitext
Graveyard
43 posts
あの場所にいたわたしは、果たして夢かうつつか
Don't wanna be here? Send us removal request.
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ヘルハウンド戦/リアム(テトイ討伐依頼1)
ハウンドをちぎっては投げちぎっては投げしていると、不意に少し離れた場所に大型のハウンドに似た魔物が現れた。目を通して視てみると話に��ったヘルハウンドのようで、周囲にハウンドをはべらせている。ボスよろしく圧倒的な強さを感じて、リアムの苛立ちは強い魔物への期待感へと変わった。 とはいうものの、ひとりで立ち向かえるほどあちらは弱くもないし、リアムもそこまでの強さは持たない。複数人で立ち向かうべき魔物のため、他に人が来るのを待たねば死は免れない。ジリ貧になれば逃げることも視野に入れつつ、攻撃パターンの把握のために取り巻きのハウンドを減らすことにした。
「ハウンドにくらべたらずいぶん遅いけど、でも首を断つにはでかすぎるかな…何回も斬り続けるしかないか…」
周囲のハウンドが減ってくるとヘルハウンドがリアムを煩わしいと思ったのか攻撃を仕掛けてくるようになった。食らってしまえば確実に大怪我をする。そろそろ引き時かと、リアムは取り巻き減らしを中断して一時退却することにした。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ハウンド戦/リアム(テトイ討伐依頼1)
リアムの目が、うごめくハウンドを次々と捕捉する。高速で飛翔しながら、操る何本もの剣がそれらを残さず斬っていく。始末し損ねたものを形成した弾で貫き死体の道を築いてはイライラを隠しもしないで次の敵を探すリアムに、わざわざ声をかけようなどと思うものはいなかった。 それもそのはず、昨夜リアムは嫌な夢を見ていた。悔しくてたまらなかった過去のことを夢に見ていて虫の居所が悪かったのだ。今なら親を何回でも殺せそうなどと物騒なことを考えながらハウンドを斬り飛ばしていく彼を見れば、そっとしておこう、と思うのも無理はない。
「くそっ、兄さんを貶めてばかりの父さんも母さんも、なにもできない僕もだいっきらいだ…死ねばいいのに、腹立つ・・・」
ハウンド相手に当たり散らせばいくらか気も紛れるかと思ったのに歯ごたえひとつない。あまりにあっけなさすぎて余計腹が立ってくる。発散させたら帰って、ごはんたべて、オーレリー先輩に癒されてマユキと遊んで、そしたら全部晴れると思ったのに。出鼻をくじかれたリアムはイライラとみじめさにちょっと泣きそうだった。
1 note · View note
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ヘルハウンド戦/神代薙(テトイ討伐依頼1)
幸いヘルハウンドの足は遅いため、ハウンドを避けるように屋根伝いに駆けていけば障害になるようなものは特になく追いつけそうだった。が、先をよく見れば悪い予感は的中していて、ヘルハウンドを足止めしようとした地点付近のワタユキが赤く咲いていた。なるべく早くと足をまわすものの、これ以上の速さにはたどり着けない。ほんの少し、ほんの少しの血さえあれば間に合うのに。 間に合え、間に合え。焦りからか着地に失敗して屋上に転がり込む。背中を柵にしたたかに打ち付けたものの、起き上がって柵越しを覗けばその建物は割と高かったらしく、落ちれば無事ではいなかったことは容易に察せられた。かろうじて残っていた柵に感謝しつつ立ち上がる。
「いっ…!ったぁ…、しくじったか…」
足首に重い痛み。どうやら足をひねったらしい。腫れてきているのかブーツにいつもはすっきり収まるはずの足はむくんだようにきつく感じる。本当ならば休んで冷やして落ち着かせるのが一番だし、走るのは厳禁なのもわかっているけれど…こんな怪我よりも恐ろしい事態がもうすぐ起こるかもしれない。今は、無茶をするとき。
「捻挫がなんじゃ、歩けないわけ、じゃない…!っ、がまん!」
今度は失敗しないよう、着地に気を付けてヘルハウンドを追いかけた。
赤いワタユキのある場所には、ヘルハウンドが先にたどり着いていた。焦って転んで自分までけがをしてしかもこのざまだ。テトイに入学して何年になる?こんな自分が情けなかった。だれも責めたりはしないが、自分で自分を責めた。いろんなところが痛くて泣きたくなったけれど今は弱い姿は見せるべきじゃないと己を鼓舞して、ヘルハウンドとけが人を救おうと頑張ってくれている生徒たちの間に割って入った。
「伏せろ!」
大きく吼えると、人を食おうと口を開いたヘルハウンドに頭上から体当たりをお見舞いし、よろける手前に着地、フルスイングで包丁を叩きこんだ。ハウンドと違いずいぶんと硬い体表をしたそれは一筋縄で斬れそうにはなかったが、大きな一撃は多少効いたようだ。
「けが人を安全圏まで退避させろ!早く!救援要請は出したのだろう!?少しの間だけ持ちこたえるから頑張れ!」
ヘルハウンドの重い一撃をどうにか避け、邪魔なハウンドを蹴散らしながらそう叫んでヘルハウンドの方を向きなおす。ここから先へは行かせなければいい、後ろのことは後ろにまかせてこっちに専念しよう。痛む足がよろめいていたのを、高ぶった意識は知らんぷりした。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ハウンド戦/神代薙(テトイ討伐依頼1)
「こうもじめじめしとるんじゃ、日ノ本を思い出してなんだか嫌になるのぅ」
今日は霧がでていて、湿度のせいかどうにも不快に感じる。日ノ本も比較的湿度が高めであるため、不快さに引きずられて嫌なことまで思い出しそうになる。 新しく出た討伐依頼であるハウンド及びヘルハウンド討伐。現地へ着いた頃にはいくらか人的被害も出ていると聞いて、早く数を減らしていかないとと意気込んだはいいものの、戦闘の度に動き、汗だくになってしまって気も滅入っていた。
「うう…じっとりは好かん…ああんもうまどろっこしい犬っころ!これならあやつのたぬきをもふっとったほうがずっと可愛げがあるわ!ん~!!!だまらっしゃい!」
手になじむ愛用の大きな包丁でハウンドを千本ノックよろしく打ち据えてなぎ倒せば、通った道にはハウンドの死体ばかりが転がっていく。固い地面にヒールをカツカツ鳴らしてはつられてきたハウンドを斬って斬ってちぎって投げて、帰ったらもふもふが欲しい、アイボほしいと半べそになりながらひたすら突き進んだ。
「あれはたしか…ワタユキといったか」
辺りにはふわふわとワタユキが散らばっていた。幸いなことにどれも未だ真っ白のままで、このあたりにけが人がいないことを示してくれている。自分にも目立った外傷はない。しいていうなら先ほど足を滑らせてしりもちをついたお尻が痣になっていそうな痛みを発しているのが気になるが、気にしなければ支障はないはずだ。
しばらく歩いていると、新たなハウンドの群れに行き当たった。ただ、これまでであったハウンドたちに比べてずいぶんとまとまっていて、なにかに釣られているようなふうに見受けられた。どうにも怪しい。 原因を考えているとハッと思い当たる物が一つあった。そう、ヘルハウンドが近くにいるということだ。ここからしばらく先にある地点には救護にあたる生徒たちが向かっていたはずだ。もしその場で手当やらしていたら…! 一人でどうこうできる相手でもないが、これ以上進ませるわけにもいかない。足止めぐらいにはなるだろうとヘルハウンドの前へ割り込むべく足を速めた。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ヘルハウンド戦(テトイ討伐依頼1)
指示が飛び交うなか、作業員の邪魔にならない位置で飲み物片手に情報はないかと聞き耳を立てていると、すでに捕捉済みのハウンドが妙な動きをし始めているのが気になった。遠いハウンドだと2km程先になるが、多少ばらけていた動きがどこか統率されはじめているように感じる。先のリファレンスで聞いたヘルハウンド・・・たしかハウンドはヘルハウンドに従うだかんだか、説明があったはずだ。視認していない以上憶測の域を出ないが、警戒するに越したことはない。まだ熱い飲み物を冷ましながら飲み干す。そろそろ行こうと器を片付け終えたところに、同じクローの後輩のニノン・デメルが所在なさげにしていたので声をかけた。
「デメル!大丈夫か」 「ハロルドさん!あの、何かありました?」 「すこし遠いがハウンドの動きが怪しいように感じてな。今から偵察してくる」
今にも出立しようとしている状態で声をかけたので何かを察したらしい彼女の問いにそう返す。遠いとはいうものの、しばらくなにもしないままでもしヘルハウンドがここまで来てしまったら混乱は免れない。そうなる前に始末をつけるなりなんなり、とにかく情報が欲しいところだった。飲み物を新しく出してデメルに差し出しながら、人手はあったほうが助かるが指示したり命令するのは苦手だ。ひとりで行くかどうか、さて・・・と考えていると、話を聞いたデメルはしばし考えたのち、ご一緒します、と動向を申し出てくれた。戦闘などが得意でない彼女だが何かがあったのだろうか、どこか頼もしく見えた。
共に飛び立ち妙な統率をとるハウンドのもとへ急ぐと、当該の地点付近で例のハウンドたちが大型のもののまわりでたむろしているのが確認��きた。大型のものは資料にあったヘルハウンドそのもで、それを敵と認識、捕捉した。
「だいぶでかいな・・・俺たちの何倍もある。アイゼンの人らが弱いとは言わないが、ここで対処できるならその方がいいだろうな」
さてどうしたものか。周りに生徒の気配はいくらかあるし、協力すればあるいは・・・と考えを巡らせていると、目標のヘルハウンドと接敵した生徒とで戦闘が始まったようだ。せわしなく動く生徒とヘルハウンド。鈍重なヘルハウンドの攻撃を躱すことは易いようだが危険なことに変わりはない。一人で太刀打ちできる相手ではないのに勇敢だが、無謀でもあった。
「あいつら・・・!どいつだかしらんがヘルハウンドの情報をちょっとも聞いてなかったのか!?あの人数ではさすがにムリだ・・・!」
緊迫した様子で声を上げるハロルドをデメルが見る。ヘルハウンドだったこと、生徒がごく少数でヘルハウンドと交戦していることを伝えるとデメルがあわてたようにしていたので落ち着かせようと頭を撫でた。不躾だったかもしれないが今は許されたい。
「あいつらの様子は俺が捕捉してるから今はどうにかなるとして、一旦体制を立て直さないときついぞ」
あの図体のでかさで距離は1km以内と近い。確実な狙撃が可能と判断したハロルドは射撃支援を行いながら彼らに一時退却するよう伝えるため、ヘルハウンドのもとへ急ぐことにした。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
ハウンド戦(テトイ討伐依頼1)
「相変わらず数が多いな・・・」
視界に映る敵性生物は数えきれない。今のところ発生し捕捉できているものはハウンドのみだが、半数ほどを視認したところで数えるのをやめた。要請にあったようにたしかにこれでは自治内の戦力で間に合わない可能性がでてくるのもうなずける。けが人もちらほら出ているそうだし、救援要請から救助に向かいつつ空中からハウンドの数を順次減らしていくことにし、ハロルドは翼をはためかせた。
話によると救助の目印としてよくつかわれるワタユキはすでに散布、開花が済んでいるらしく、要請のあった場所に向かうまでにもちらほら白いものがふわりと見えていた。見逃しが無いようきっちりと目を利かせていると、おそらく要請があっただろうポイントに人一人と死んだハウンドが一頭、そこから少し離れた場所に二頭いた。人はどうやら座り込んでいる様子で、察するにその人が要請を出したようだった。
早く助けに行きたくて翼を繰るが、思う以上のスピードはでない。いつぞやの授業で弟が空を切っていくのを見かけたことがあったが、弟のしなやかな白い翼は誰よりも速かった。同じ親からの血を持ちながらまったく違う翼をもつ俺たちはそれぞれ性質が違うとはいえ、少しも嫉妬しないでいられるほどまだ大人にはなれなかった。 あの速さが、目の前で幻影となって飛んでいく。早く速くと焦って飛ぶ度に見るそれを、今は救助が優先だと頭を振って誤魔化す。落ち込むのは、帰ってからでも間に合うから。
要救助者の近くへ降り、その人のもとへ赴くと建物の陰に隠れるようにして武器を抱えた女性が震えて救助を待っていた。足にひどい怪我を負っていて、届けるまでの間に合わせでも止血した方がいいと判断して、一応持ってきていた応急処置の道具で止血と簡単な手当をしながら話を聞くと、二頭に追いかけられ仲間とはぐれてここまで来たこと、新たに出てきた一頭に挟み撃ちにされたがどうにか一頭を倒して逃げたことを教えてくれた。
「その足でよくここまで頑張ったな姉さん。歩くのは無理そうだし、俺が運んでいくよ。あんまり速くないけど。で、姉さんはもう少し我慢できそうかな?その残りの二頭を討伐してくるから」
どう見てもひとりの俺を見て女性は不安そうに見上げるが、その表情が突然強張る。女性が後ろ、と叫ぶが早いか、後ろに迫っていたハウンドが突如はじけるように飛んでいく。ダメ押しにと振り返りざま二発をお見舞いしてやってハウンドがくだけて沈黙したのを確認して、女性の方を向きなおした。
「ごめんごめん、近かったのは把握してたんだけどちょっと止血に時間かけすぎちゃったかな。驚かせてごめん。さて・・・あと一頭みたいだ。周辺にも今はいない。サクッと片付けてくるよ」
首をコクコクと縦に振る女性が少し怖がっているのがわかったが送り届けるまでのことだ、気にしなくていい。女性にローブをかけてあげて、血がある位置から離れた別の物陰に一旦落ち着かせてから残る一頭をぶっ飛ばすべくハロルドは一度その場を離れた。
「もう一頭は・・・あそこか」
ここは障害物も多い地形のため、なにかに触れることなく弾が当たることはまずない。構わずぶち抜いても構わないが威力減衰のことを考えると上空から狙撃する方が理に適っていた。飛び上がって残る一頭を視認すると直線距離で700m程先。近づくまでもない。 パチンコ玉程度の大きさの鉄球を手の中で弾に形成、狙いを定めてそれをぱっと空中に投げる。一瞬静止した弾はその場で風切音を上げながら真っ直ぐ飛んでいく。着弾。頭、胸、胴とそれぞれ狙った通りに砕け、沈黙したのを確認して女性のもとへ戻った。
幾分か落ち着いた様子の女性をローブごと横抱きに抱え、安全地帯まで運ぶ。ちょうどアイゼン側の救護係だろう人を見かけたのでそのまま女性を預け、足早に辞去した。女性がなにかを言いたげにしていたが、何かを弁解したい気持ちもない。一度休憩を挟むため手近な場所まで足を進めた。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
亡国に遺されていたメモ
神様、私は王様や騎士様を信じます。私一人だけでも、大好きな王様たちを信じます。目の前で焼けて死んでしまった母よりも、今日が運命の日である王様と騎士様の身を案じてしまうのは、私がゆがんでしまったからなのか、それとも騎士様の背中に焦がれてしまったからなのかはわかりません。けれど、あの出征の日、隣国を滅せられたあの日以降、強くてやさしい王様や騎士様のことをまるでなにかに憑りつかれたように化け物と呼んではばからなくなった親しい人たちよりも、私の恋心の方が正しいと信じているから。 私は、あの小さな騎士様が大好きだった。遠くの人なのに、けれど呼びかければ気づいて手を振ってくれそうな、あの小さな騎士様が大好きだった。ええ、私では到底及びそうもない地位を持っているあの人が。その気持ちが、騎士様を信じる心を守ってくれた。私は、それだけで、幸せに思います。 水の魔法に閉じ込めたこの書置きが、いつか、変わらぬ姿でだれかの目に、留まりますように。さようなら。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
テトイ_メメロ4
野犬に出くわしたことでどっと疲れたハロルドは、メメロを捕まえるのを切り上げて保護した二体を商業棟へ届けることにした。泣き止みメメロはしばらくして元気が戻ったのか俺の頭によじのぼってぽよぽよと上下したりして遊んでいる。落ちるなよ、と声をかけるとキュウ!と返事が返ってくる。短い間の相棒としばらく森のなかで採集などをして、死にかけメメロが目を覚ますのを待った。
腕が疲れたので近くの切り株に死にかけメメロと元気メメロを寄せて置いて、料理に使うものを採っていると元気メメロから声があがる。振り返ると元気メメロが飛び跳ねて俺を呼んでいる。よく見れば死にかけメメロがもそもそと動いていて、どうやら目を覚ました?らしい。一応大丈夫な様子で安心した。喜ぶ元気メメロと目覚メメロを抱きかかえた俺は採集をやめ、野犬とまた出くわしても嫌なので飛んで商業棟へ向かうことにした。空飛ぶメメロ二体は初めての景色にきゅっきゅと喜んでいる。続々と届けられるメメロにてんてこ舞いの商業棟で、担当者はメメロになつかれる俺を見て楽しそうに笑っていた。
「君、メメロに随分懐かれてるんだね、ペットにしないの?」 「いや、かわいいけどペットには・・・いいかな。猫いるし。いじめられたらかわいそうだしな。それに、これからハンバーグにされる仲間目の前にして怯えないわけないと思うね」 「もしかして食学でも取ってるのかい」 「おう!取ってる!だからつなぎにしたりメメロでなにか作ったりしてみたくってさ。かわいそうだから担当者の兄さんにあげるよ。これで報告完了かねぇ」 「了解、ありがとうね、お疲れさん」
はい、とメメロを渡すと担当者の腕からきゅうきゅうと鳴いて逃げようとする。元気メメロが逃れ、俺の足元へ。
「ほんと好かれてるね君!連れ帰ったら?」 「でもこれから食うんだけどなぁ・・・なぁメメロ、俺と一緒にいると怖い目に合うからやめといたほうがいいぞ・・・ほら、兄さんとこにいきな。仲間も待ってる」
寂しげに見上げてくるメメロをもう一度担当者に渡して、俺は商業棟を後にした。
その日の晩御飯はハンバーグにし、新鮮なメメロをつなぎにしたところいつもよりおいしく仕上がった。このメメロとは違うが、元気なメメロの鳴き声を思い出しながら、もぐもぐとハンバーグを平らげた。うまい。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
テトイ_メメロ3
再び目を使って辺りを見回すと、焦ったようにぷにぷにと動いているメメロと、なにやらもったりとして動かないメメロの計二体が見える。動かないメメロはまだ死んではいないようだが、生徒が近くにいるわけでもないのになぜなのか不思議に思ったハロルドはそちらの方へいくことにした。
「キュ、キュ~!!!」
焦ったように逃げ惑うメメロと、怪我をしているのかくたっとしているメメロ、そしてメメロを追いかける野犬が丁度そこにいた。
「うわっ!い、いぬだ・・・やばいやばい」
がるるるとメメロをつつく野犬はハロルドが大の苦手とするよく噛みつくであろう犬そのもので、メメロはほっといて正直逃げたかった。逃げたかったのだが。
「キュウウ・・・」
メメロが、メメロが涙目で助けを訴えてくるのが、ありありとわかった。仲間のように見受けられるメメロは死にかけであるし、逃げるメメロは死にかけメメロを助けようと飛び込んだがどうにもならなかったのだろう。良心が痛む。食学において、屠殺することもよくあるので今更このあとメメロを加工するのに気が滅入ることなどないものの、でも、助けを求める目をどうにも見捨てられなかった。いずれ加工されるとはいえ、商業棟に届けるまでの間は仲間と共にいられるだろうし。
「んんんん~!!!凶暴な犬はメッだ!チクショウ!!!」
ドスン!! 気が動転してやや威力の強くなってしまったデコピン弾(仮)は野犬の胴に重い音を響かせて命中した。泡を吹いて倒れた野犬にまだ息があることを恐る恐る確認して、死にかけメメロを抱えて泣きメメロに駆け寄る。きゅいきゅいと心配そうに近寄ってくるメメロをひとなでして抱えてやると、死にかけメメロに寄り添いながら俺にうれしそうにキュウキュウ鳴いていた。泣き止んだ様子のメメロは、たしかに見た目はアレだがかわいかった。ペットにしたくなる気持ちはわからないが、可愛いのは理解した。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
テトイ_メメロ2
半ば擬態をするように色を変えるといっても敵認識してしまえば探すのはそこまで苦労しない。目を意識的に切り替えて、ゆっくりと瞬きをする。するとどうだろう、メメロを探しに出た生徒たちがあちこちで足元を見ながら歩き回っている様子が確認できた。ゲイナーの一族特有の目であるが、それを使いこなすのに何年もかかった。今ではこのようなことにも気安く使えるが、目を制御するのにずいぶんと苦労したものだ。 さて、メメロは、と。視界にぽよぽよと数体ちらつく小さいなにか。敵認識されたメメロは数グループの生徒たちに追いかけられているものを除いて四体ほどがのんびりくつろいでいるのがみえる。上空から弾を放ってまとめて仕留めてもいいがそこを強奪されてはたまったもんじゃない。それに捕獲だし、殺してはいけないだろうから。
一番近くにいたメメロが丁度射線を取りやすい位置にいたから、とりあえず一体目!とその場で形成した弾を慣れたように放つ。遠距離用ではなく、ちょっと強めのデコピンレベルをと思って放った弾がまっすぐメメロめがけて飛んでいく。着弾。
パンッ!
水風船がはじけたような軽快な音が響く。どうだっただろうかと駆け寄ってみれば、上半分が消し飛んだメメロの残骸がそこにいた。喧嘩をふっかけられた時によくやる威力で、それこそ死ぬほど痛いデコピン程度で実際怪我したやつもいない威力の弾だったはず、だったのに。
「や、やりすぎた・・・」
半分を吹っ飛ばしてしまったメメロがかわいそうだったので、ハロルドはこのメメロを加工用にとっとくことにして、次のメメロには優しくすると決めてその場を離れた。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
テトイ_メメロ1
「���メロ、ねぇ…」
配布された資料には紫色で目玉ひとつのむにむにした謎の物体メメロの絵が描かれている。暗がりにいれば暗がりにあわせて色が変わるらしいし、しかも逃げたのは大量というから商業棟の連中もさぞお疲れのことだろうと思う。ここの生徒に集めさせたら確かに効率はいいし、それだけで授業がなしになるならさっさと終わらせて遊びに行こうという生徒もきっと多いだろう。もちろん俺もその一人になるんだが。
ただ俺は今回のメメロ捕獲にかなりやる気を出していた。あれは四年の頃、雨が続いて討伐任務の最中ずぶ濡れになったあと運悪く風邪を引き休んだ食学での一コマ分。楽しみで仕方なかったその実習はそう、何を隠そうメメロの加工だった。その加工をやっと、やっとやれる機会に恵まれたというわけだ。 好きでよくつくるハンバーグのつなぎとして売られている謎のアレの正体と聞いてわくわくしなかったわけがなく、加工方法を学んだ次のコマで実習として加工をする予定だったのに。それを、まさか風邪で休むことになるなんて思ってもみなかったのだ。加工品ばかりが売られているせいか、ペットで連れまわしているやつのメメロ以外で生きたメメロを拝んだことがない。だから加工を試してみようにも素材がなかった。だがどうだろう、今回はメメロが捕り放題、しかも食ったっていいときてる。せっかくなら報告用より余分に捕まえて…加工、そして実験料理をしてみたい。
全校集会の内容を右から左に流しつつ、ハロルドは心を躍らせながら資料を眺めていた。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
勇者タクトと魔王ヨエル
非力な私はただ願った。この国を、誰でもいい、止めてほしいと。周りに争いを撒いてばかりの、愚かなこの国を。
この国は魔族たちの住む国。一人一人が強い力を持ち、周辺の国からは恐れられてきた。そして、その国を守るため張られた結界は、それを維持することができるだけの魔力を持った者…魔王によって代々保たれてきた。 先王である私の父は、先の戦で病に倒れ亡くなった。そして結界を維持できるだけの魔力を持つのは、この国で私だけになった。魔力があるだけで魔王となった私を認める者は誰一人いなかったけれど、それも仕方のない話。 私は、お飾りだった。
影響力のない王の下で、誰もが自由にふるまった。諸侯や大臣たちは私の制止も聞かず隣国を攻め、略奪し、暴虐の限りを尽くした。争いは何も生まないのに、声を上げても、雪に音を食われてしまったかのように消えてしまう。だれかに、止めてほしかった。私の国を、暴力にまみれてしまった、この国を。
そこに、近くの小国から勇者が現れた。人の子でありながら暴虐の限りを尽くす魔族たちを圧倒するだけの力を持つ若者が現れた。私の願いは居もしないはずの神に届いたらしい。 こういうときばかり指示を乞い責任を逃れようとする臣下たちには放っておきなさいと指示を出しておいて、若者…タクト、という名の勇者が私の下へ来るのをただただ待ち続けた。
勇者タクト、私はヨエル。魔王ヨエル。あなたが打ち滅ぼし、殺すべき女。私を殺して、この国の結界を殺して、そして、この国を、殺してほしい。
ついに、勇者が城までたどり着いた。うわさに聞く通りの強さで城の兵士をどんどんなぎ倒していく。心配などしなくても、勇者は魔王の間まで難なくたどり着いてみせた。
「お前が勇者か?」
「ああそうだ」
「お前を始末すれば、五月蠅い諸国も黙ろうというもの。魔王ヨエル直々に、お前を消し去ってくれよう」
勇者が剣を構えるが早いか、私はありったけの魔法で勇者を迎え撃った。そう、勇者が倒れてしまえば周辺の国はたちまち勢いを失くすだろう。そうしたら最期、勢いづいた魔族の軍勢がすべてを蹂躙してしまうに違いなかった。精一杯の虚勢を張って、私は悪逆の限りをつくす諸悪の根源として、無力な魔王であることを必死に隠すように魔法で相対した。私を、殺しても構わない悪だと、思わせたくて。
対峙してみればわかるその強さ。実戦経験がなく、ただ魔法がほぼ際限なく放てるだけの私では太刀打ちできなかった。あっさりと間を詰めてきた勇者はとどめを刺さんと長剣を真正面に突き出してくる。その素直すぎる一突きを避けようと思えば誰だって簡単に避けられたはず。けれど、私は避けなかった。自らのみぞおちに深く深く飲まれていく剣が、なぜか少しゆっくりに見えて、ああ、死ぬんだ、とどこか他人事のように眺めていた。 引き抜かないで、もっと、壊して。殺し損ねないで。剣を握る勇者の手をよろよろとつかみ、もっと深く刺さるよう押し込む。 いたいとか、あついとか、そういうものが薄れていく。死の間際には走馬灯が流れると聞いたけれど、でも、私にはそれが流れるほど思い出がなかった。生まれる必要、なかったんじゃないかなぁ私。力が抜けてきて、そうしたら結界がほころんでいくのも感じる。結界を解くのに死ぬ必要なんてなかったけれど、勇者の味方達の士気を上げるにはこれが最善で、結界を消すのにも丁度良かった。 勢いよく引き抜かれる剣。ずるりと肉を持って行かれる感覚。支えを失って、体は軽い音を立てて崩れ落ちる。背中がじわりと濡れていって、寒くなって。ひっそり、結界を消したとき、勇者の声が魔王の間を通っていく。魔王は、もう死んだ、と。これでいい、これでいい。ぼやけた視界に映った勇者がすこし微笑んでいたような気がして、生まれて初めて褒めてもらえたような気がして、うれしかった。 言葉では虚勢を張れても表情はどうにもうまく作れる自信がなくてずっと黒いベールをかけて視界を遮っていたけれど、それももう、必要ない。勇者が見ているのは憐れな小娘の末路。
0 notes
ho-dukitext · 8 years ago
Text
アルト、という男は
かつて、かの国は小さいながらも豊かに栄え、外敵にも見舞われることは少なくなかったものの、騎士王を筆頭に十三の騎士団が絶対的な武力でもって国を守護していたために難攻不落と称された強国であった。圧倒的な強さを誇り、国は永劫、衰えることはないと思われた。だが、人の心理は脆く、肥沃な大地の上、絶対は崩れることとなる。
先王の親友であり、騎士でもあったとある方の息子パーシヴァルは、騎士の家が代々守護してきた槍を使うことができる貴重な子供だった。パーシヴァルの父である騎士が遠征先で死に、それまで騎士が担ってきたその槍の守護をまだまだ幼かったパーシヴァルにさせることをアーサーは大層渋った。管理…そう、魔術の一種である槍は誰かの体に定着させておかなければいつ暴発してもおかしくないほどの危険な代物だ。憑代なしに保管することは国を燃やす原因にもなりかねない。何度も何度も、その身にこれからすること、呪い、すべてを説明し、しかしあっさりとそれを承諾したパーシヴァルに槍はゆだねられた。 嫌だと言われれば強要するつもりはなく、その場合は自身の身をもって適合するかもわからない槍の憑代になろうと決めていたアーサーは、その決断の速さに驚きながらも、死んだ騎士によく似ているな、と感じた。 アーサーは父が死んで間もないこの幼子に重いものを背負わせるしかなかったことに自分の無力さを知った。でもせめて、許されるならと、パーシヴァルを実の息子のように愛することを誓ったのだった。それは亡き騎士からの最期の願いでもあり、残されたたった一つの遺言によるものでもあったのだが、それがなくともアーサーはそうしたにちがいない。
かくしてパーシヴァルはアーサーの守護の下、座学が苦手だからと戦場を連れまわされ、父がわりであるアーサーの背中を見ながら騎士道を学び、晴れて円卓の一席を賜ることとなった。円卓の騎士になることはパーシヴァルの身を守ることにもつながるうえ、その選定において実力を証明したパーシヴァルに異論を唱える者はいなかった。
それからしばらくして、とある神託にあった子供を騎士王の側に仕える騎士、ランスロットが拾ってきた。その子供はくしくもランスロットが魔術により騙され一夜を明かしてしまった女性との子供で、女性からの虐待ともとれる教育から命からがら逃げてきたとのことだった。名をガラハッドといい、すぐにアーサーの下かくまわれることとなった。生まれつき欠けている左足にはアーサーが懇意にする魔術師マーリンによりつくられた義足を与え、魔術に長けているガラハッドのため杖が授けられた。それからほどなくしてガラハッドを弟のようにして可愛がるパーシヴァルや父のランスロット、アーサーの助けや教えを受け、ガラハッドも円卓の一席を賜るまでに至った。
子供たちが成長していくそばで、騎士王は数々の武勲を上げていく。全ての戦に快進撃をもって敵を討ち、幾度となく国を守り通してきた。そのさなか子供たちが騎士となりしばらくが経った年のある戦で、騎士王は躓いた。暴走を許したパーシヴァルの槍でもって、敵と定めた隣国を一夜のうちに焼き尽くしてしまったのだ。槍を抑える対策に過ちはないと思われていた。憑代であるパーシヴァルが抑えていられているのだから、問題はないと。少々やんちゃな部分はあるが素直で分け隔てなく優しく、騎士の名に恥じぬ青年に成長してくれたパーシヴァルに弱い部分はないと。けれど、所詮人の子。パーシヴァルがなにより大事にしていた人を傷つけられて、パーシヴァルは黙っていられなかった。抑えられぬ怒りは槍を誘い、その日隣国は燃え滓ひとつ残さずに消滅した。
槍は守護の為にあるのだとパーシヴァルが円卓の席に着いた際の式でアーサーは周りに告げていた。強大な力は内に向くものでは必ずないと信じさせていたし、アーサーも内側にはたとえパーシヴァルを殺すこととなっても絶対に向けないと誓っていた。だが、それは口と書面だけの誓約で、制約。隣国の惨状を目の当たりにした、槍の事を式で知った兵士や騎士たちはみな恐怖に浮足立った。槍の恐ろしさは一晩とたたず国の隅々まで流布し、アーサーと件の騎士パーシヴァルが危険なものなのだという思考が国中を支配した。
やがて、アーサーに近しく、アーサーをよく知る部下たち以外にもうアーサーの味方はいなくなっていた。家族のように愛してきた国民たちは、アーサーの言葉に耳を傾けることすら嫌悪するようになり、やがて一つの声が国の総意となった。
「騎士王アーサーと、その騎士パーシヴァルの処刑を」
アーサーは自身の命は王になった時点で国のものだと考えている。そのため、国民が死ねというのなら抗うことはできないと覚悟は決めていた。ただ、国を、愛する人を守らんと槍を振るったパーシヴァルの体を心配こそすれ、その想いを果たしてみせたパーシヴァルがなぜ責められなくてはならないのか。何を訴えようと揺らぎもしなくなったその"総意"の前にたった一人、アーサーは無力だった。
なにもできないまま決まり、迎えた処刑の日。アーサーはパーシヴァルの腕にいつも巻かれている白い布を取り換えてやった。使い古してしまって少々痛んでいる布を、用意しておいた真新しいものに。 腕に布を巻いてやりながらアーサーは、お前をこんな風に死なせるために槍を託したわけじゃないのに。俺の考えが足りなかったせいだ、あの時、誰にも言わず自分を槍の憑代にすればよかった。と何度も何度も懺悔し、謝った。けれどパーシヴァルはあの日となんら変わらぬように、アーサーは悪くないよ、と笑いかけてくれた。 死の間際であるというのにそれでも恨みもせず許そうとするあまりに優しすぎる子供に、この運命はあまりにむごすぎる。ゆえにアーサーは一人決断した。アーサーは王であったが、人でもあった。
城下の大広場、燃えやすい藁に油を撒いた場所にアーサー、パーシヴァルは座らされた。手も足もぎっちりと縛られ、身動きなど取れようはずもない。手に松明を携えたかつての大臣がにたりと笑い、声を上げた。嘘つきの王と、呪われた子供を今より焼き、祓うぞと。王と騎士に投げかけられる言葉は、叫びは、怒声は、罵声は、想像を絶する力でもって二人を押しつぶした。まだ松明は振り下ろされていないというのに、言葉の刃のなんと鋭いことか。悪意に晒されようとはねのけてきたアーサーですら耐えがたいように思われたのに、まだ守られているのが当たり前のような年頃の子供には���すぎた。いっそ地獄とも思える針山の上、震える声で、うつむいてぼろぼろと涙を流しながらただただ謝り自分を否定までしようとする子供に向かって、ついに松明は投げられた。瞬く間に足元に群がる炎にあつい、いたい、と泣き叫ぶ声に群衆は湧き上がる。
愛していたはずの国民たちが悪魔のように思えてならなくて、まもなく自身にも回ってきた火が身を焼き、意識を失いそうになるのを堪えながら魔法をひとつ唱えた。その瞬間パーシヴァルの腕の布が淡い光を放つ。次いで、小さな体を布から湧き出た水が包み込む。アーサーは手かせが焼け落ちて自由になった手を必死に伸ばし、意識を手放しているパーシヴァルを包む水に触れる。見れば、パーシヴァルのただれた肌がみるみる癒えていくではないか。アーサーだけが持つ魔法が、その体を癒したのだ。 自分の罪は、自分の死でもって贖おう。ただ、アーサーは人であった。アーサーは、親であった。愛するわが子を守りたいと、強く望んだ。愛する者を傷つけるすべてのものを、薙ぎ払い殺すと、そう決めていた。
アーサーにとって火や水は容易く扱える代物であった。国民は、それを失念していた。パーシヴァルから手を離すと、アーサーはその手を群衆に向ける。するとどうだろう、アーサーが纏う炎は瞬く間にひとりまたひとりと燃え広がり辺りを焼き始めた。自身の身を焦がす炎など気にもせず、内に宿す魔力のすべてでもって炎を広げていく。全てを焼き尽くし、黒土とするころにはパーシヴァルを守る水も消えていることだろう。横にいたはずの父はもう崩れどこかへ吹かれているかもしれないが悲しまなくていい。お前の敵はすべて薙ぎ払った。だから、泣かないでくれ。
美しい城下町が広がる首都は、国を囲っていた森は、瞬く間に消え失せた。上がる黒煙の足元に火はない。立ち上る黒はすべて、焼けた跡のすすなのだから。 ぽつりとひとつ見える白い塊は、すすの真ん中でただただ泣き続けた。すすのすべてに微かにのこる父の魔力のかけらから、父が何をしたのかを理解したから。
国が消え、ひとりぼっちになったパーシヴァルは無意識に記憶にふたをした。思い出す度に涙がこぼれ、心に傷を増やしてばかりの記憶から、自身を守るために。
子供はやがて大人になり、名前を、自らを偽って、父が生きていると信じ、旅を続けている。
目が覚めて最初に飛び込んできたのは質素な木の天井だった。ずいぶんと眠っていたようで、乾いてしまった目に窓からの日差しがまぶしい。ちらちらと見える光は木漏れ日のようで、聞こえる音からこの建物が森の中にあるのだと理解した。 身を起こし瞬きを何度してみても右目が見えない。不思議に思い手で触れてみても目隠しなどもないようで、ああ、右目は失明したのか、と納得した。目の周りがごわつきひきつっていたり体中に違和感を覚えて自分の体を見回してみると、指先からなにから、いたるところがケロイドでひどい有様だった。窓に映る自分の顔も、右側が見るに堪えない状態で、無事だったのが顔の左側だけだった。
自分でもこの状態でよく生きていたものだと思う。だれが助けてくれたのかわからないが、感謝してもしきれない。
それから数日、お礼を言いたくて小屋にしばらく居たものの家主は戻ってくることはなかった。住んでしまうと消耗品を使ってしまうばかりだし、仕方がないので辞去することにした。着させられていた服も大きさは丁度良かったし、やけど部分はきれいにすべて隠れているためこのまま借りることにし、机の上にアルトと書かれていた紙があったので、その紙の端に書置きをして、小屋を出た。
「兄さん、一泊いくら?……そうか、じゃあ一泊借りるよ。金これで足りるだろ?え、名前?えっ……と、アルト。そう、アルトだよ」
名前は、いつまでも思い出せなかった。
1 note · View note
ho-dukitext · 8 years ago
Text
とある寒い日のこと
峻善さんが風邪ひくはなし
昨日は珍しく寒い日で、いつもの防寒ではまだまだ足りなかったのか足元から冷えてたまらない一日だった。おなかを冷やすと一日寝込んでしまうからと上はもこもこであたたかくするのがいつものくせでありながら、足元はあまり対策を打たなかったのが災いしたのか上の方まで寒気が回ってきてとても堪えたように思う。
峻善さんと買い物に出かけていて、八百屋のおじさんに白菜と、あとにんじんと、と鍋に使おうと思う野菜を伝えているとふいにぴゅうっと風が通り過ぎた。外套をまくりあげられて中に抱え込んでいたあたたかな空気が一気に抜けてしまって、ふるりと背中が震える。拍子にくしゅん、とくしゃみをひとつしてしまった。今夜は冷えそうだからあたたかくして寝よう、と考えていると不意に肩に重みがかかる。重みの主を見てみれば黒い手袋が見えて、その元をたどると峻善さんが自分の羽織を肩にかけてくれたのだとわかった。
「しゅんぜんさん、寒くないの?」
「寒くない、とは言わないがこの程度なら問題ない」
「でも今日本当に寒いし、風邪ひくかもしれないよ」
「くしゃみをしておいて人の心配か。半端な鍛え方をしてはいないから気にする必要はない」
「そう……でも、無理しないでね、しゅんぜんさん」
「ああ」
羽織は自分の体格よりも一回り二回り大きいものだからずり落ちてしまう。落としてしまうといけないから羽織に腕を通してみると、袖が余る。自分のチビさにむなしさをおぼえていると、白菜を抱えたおじさんがにこにこと自分たちのやり取りを見ていた。
「おじさん、どうしたの?」
「いやぁ……いいねぇ、そうか、その背の高い方の兄ちゃん、峻善、っていうのか。がんばんな」
「?なにをだ」
「いやいや、気にすんな気にすんな!そうだ、おっさんは今機嫌がよくってな、白菜はおまけにしとくよ」
「ほんと?ありがとうおじさん」
安く野菜が買えるというのはいいことだ。峻善さんがお金を持っていようといまいと、おいしいものを安く仕入れたいというのはいつでも変わらない。ケチだと言われるけれど、染みついた貧乏生活で培ったものであるしなによりお金があるからと使っているといざというときにその質を捨てきれなくて破綻してしまう。たまの贅沢がうれしいくらいの質素さが自分には合っていた。
思いのほか安くすんでにこにこしていると、おじさんが風邪ひくなよ、と言って頭を撫でてくれた。もう一度お礼を言って八百屋さんから出ると、見上げた峻善さんの眉間に少しだけ皺が寄っているのが見えて、理由がなんとなくわかるとついくすりと笑ってしまった。そういうところが、存外かわいい人だから。 自分を見上げて笑っているのがわかると峻善さんの眉間の皺がもう少し深くなって、ああ照れてるのかな、なんで笑うんだとか、自分の気持ちに気づいてないのかな、と本当にわかりやすくて。羽織の襟を寄せて、なんでもないですよー、と言うと頭をふわりと撫でてくれた。きっとおじさんが撫でてくれたのを喜んでいたのがなんとなく気に入らなかっただけなんだと思う。あまりがさがさと撫でられると髪が痛いのをわかってくれているからこそ、こうやってよく柔らかく撫でてくれることに峻善さんの不器用さんなりの気遣いを感じた。
黙ってそれを享受していると峻善さんもくしゃみをひとつしていたものだから、買い物ももう済んでいるし帰りましょうと言うと、そうだな、と短い返事が返ってきた。今日は鍋の予定だけれど、豪華にも初めてのかにすき鍋。冷えた体をあっためて楽しんでもらえるように、ちゃんと支度しないとね。
花大路のお家では毎年かにすき鍋を年の暮れに食べるそうで、初めての自分が味付けをしたけれどお出汁、大丈夫かなと心配だった。けれど、うかがっていた峻善さんの顔が一口食べた途端にぱっと明るくなって黙々と食べ始めたのをみて安心した。ほっと胸を撫で下ろして自分も席につき鍋をつつく。 やがて鍋の中身もだいぶ減り、今日はよく食べたなぁとほくほくしていると〆の雑炊を待たずに峻善さんが席を立った。鍋で暖まったからなのかと思っていたけれどよく見れば頬が少し赤い。どこかぼんやりした様子で受け答えにも上の空な感じがして、駆け寄って額に手を当ててみるとずいぶんと熱い。風呂上りの体温とはまた違った熱さをしていて、一発で風邪を引いたのだとわかった。
羽織を借りてしまったせいだ。申し訳なさでいっぱいになりながら謝るけれど、お前は悪くないの一点張り。よろめいているのに布団を敷こうとするのをやめさせて、汗を流すだけにするように何度も何度も言い置いて風呂場に押し込んでその間に布団を敷いて、風呂場から出てきた峻善さんが適当に着た着物を直して椅子に座らせて頭を拭いてあげて、それでからやっと布団に峻善さんを寝かせるとうとうとと瞼が落ちようとしていた。きつい目つきのこの人も、こうなってしまえばいくらか幼く見える。ぼんやりと寝際に風邪はめったに引かないのになと言っていたから、その自信もあってきっと寒いのに我慢をして羽織を貸してくれたのだ。部屋はもう暖かいし、自身の体も寒くはない。自分のお気に入りのもこもこの外套を今度は貸してあげようと布団の上からかけてあげれば、ついに峻善さんは静かな寝息をたてて眠りについた。
目が覚めた頃にはおなかも減っているだろうし、残りのお出汁で雑炊でも作ってあげよう。ゆっくりと峻善さんの頭を撫でてあげながら、ありがとうともう一度。
「おやすみなさい、峻善さん」
未だ目の覚めない峻善さんの額に乗せた手拭いを水にひたし、絞ってまた額に戻す。熱はまだ下がりきっていないものの、このままゆっくり寝ていればきちんと風邪も治るはず。峻善さんのことだから移すと悪いと思って身を離すのかもしれないけれど、きちんと予防して不摂生しなければ大丈夫。 別の手拭いで汗を軽く拭いてあげてから、めったに見られない峻善さんの寝顔を眺める。自分の気持ちを表に出すのが苦手な峻善さんだけれど、やるときはやってくれる人なのは自分だけが知っていればいいと思う。そうやって心からの言葉をもらえるのは自分だけなのだと、自慢していたいから。
あの日から、とりわけ武士との信頼関係を築くのをひどく恐れ、裏付けのない不確かな優しさや信頼を疑ってきた。もちろん最初は峻善さんが自分を使いたがることの意味が解らず不安に思っていたし、お手伝いに行っている豆腐屋に通うようになるわ、豆腐屋のおじさんに糸の使い方を教えてくれと頼んだり、あげく虎清さんという暗器中心に斬糸も扱え、また自分をたまに使うこともある武士に師事したりと不思議なことばかりしていた。いつも気味悪がられる武具姿も、峻善さんは赤が鮮やかでいいなと口にしていたこともあった。
身請けを請われる少し前にも自分を借りていた峻善さんは、武具である自分を盾して攻撃を受ければよいものをなんと斬糸を下げて自分の腕で受けたのだ。もちろん手酷い傷を負ってしまいあえなく戦線を離脱、手当をうけているところに駆けつければけがはないかと聞いてくる始末。武具をかばって怪我する武士なんてめったに聞いたことがなくて、どうしてそんなことをしたのかと怒り声で問うたら 「お前が壊れるかもしれないと思うと体が先に出ただけだ」 等と言うのだ。そのころにはもう壊れてしまってもいいかと思っていた時期だったのもあって、それを酷く叱ったような記憶がある。芋づる式に思っていたこともあの日どれだけ怖かったかもなぜか全部洗いざらい吐いてぶつけてしまって、あんたのやることなすことがわからない、なにがしたい、そうやって周りを囲って、優しいふりして裏切って、また俺は壊されそうにならなきゃいけないの、それならいっそ俺を盾にして壊してくれたらよかったのに!と泣きながら叫んだ時、
「俺をただ信じる必要はない。裏付けのある行動ですべて示せば問題ないんだろう?だったらその裏付けのある行動だけ信じていればいい。そうして見定めて、お前があの日を乗り越えられたと自分を信じられた時でいい。お前を、その……身請け、したい。考えておいてくれ」
と峻善さんはいった。流石に耳を疑って、身請け、とだけ口からぽろりと言葉が落ちた時、ああ、とそれを肯定された。頭がぽんっと真っ白になってしまって、小さく、お大事に、と声が出たような記憶があるけれど、それから自室に戻るまでを覚えていない。本当に衝撃的だったから。
結局、それから数日して峻善さんの腕がよくなったと聞いて会いにいって、どうぞこれから宜しくお願いします、と身請けを承諾したのだけれど、そんなに早く決められるとは思っていなかったのか目をまんまるにしていた峻善さんがおかしくってつい笑ってしまうと、その強いまなざしがふいに緩んで、えっと思う間もなく抱きしめられて、お前が壊れなくて本当に良かった、と言ってくれた。素直にそういってくれたのはもしかしたら後にも先にもその時だけかもしれないけれど、何よりもうれしかった。
口下手だけれどその分宣言通り行動ですべて示そうと頑張る峻善さんを見て、峻善さんを知る人たちは口をそろえて「あいつは変わった」と言ってくれるようになった。見ていた自分から見ても、周りにつっけんどんな角がちょっとだけ丸くなったように見えるし、お願いしたこともみんな聞いてくれて、本当に、すべて行動で優しさをくれた。
そうして峻善さんが変わっていく中で、自分の心も丸く柔らかく変わっていった。だれかを助けて死ぬのなら構わない、壊れたっていいと諦めていた気持ちは、死ぬときは峻善さんを守り切ってからだという意志になり、そのうち、峻善さんをひとりきりにはさせないというものに変わっていった。 共に生き、共に死ぬ。そう心から想えるほどに行動ですべてを示してくれたその優しさを、信じたいと思った。
自分の年齢も相まっていまだに手を出してこない奥手な峻善さんだけれど、それも誠実さを裏付けてくれていいとおもう。手を出されても、疑ったりしないけれど。
じぃっと見つめているとふいに瞼が震え、峻善さんが目を覚ました。額に手を当ててみても、おかしな熱はもうあまり感じなくて、すぐ熱が引いてよかったなと安心した。水を差し出せば素直に受け取ってくれて、それをあおり一息つくと峻善さんのおなかからくぅ、とかわいらしい音がした。恥ずかしいのかむっつりと口をつぐんで黙り込む峻善さんに、昨日のかにすき鍋のお出汁で雑炊炊いたけど、食べる?と問うと、無言でこくんとうなずいた。かわいいなどと茶化さないようにして頭をよしよし、と撫でてから立ち上がる。珍しいところが見れてよかったなぁ、と弾む足音に、峻善さんは首をかしげていたみたいだった。
0 notes
ho-dukitext · 9 years ago
Text
柊九十九について
Tumblr media Tumblr media
母の顔は、あまり覚えていない。目の色が同じというのは誰かに言われたような気がして、耳に残っている。母の声も、おそらくは。でもはるか昔の記憶なんて曖昧なものに信憑性なんてない。だから、きっと探しても無駄だろう。 はっきりと覚えている記憶の始まり、南の牡丹の遊郭にいる記憶だけが自分を武具だと知らしめてくれる。
使い道のない武具として生まれてしまった不運を今更呪ったりはしないけれど、でも、仲良さげな武士と武具を見ていると淋しい気持ちはやはりある。人は一人では生きていけないからこそそう思うのは自分でもわかっていて、ならば誰かの手を取ればいいじゃないかと言われたらうつむくしかなかった。怖いんだ、その手が。武具としては脆いように思う自分を、またちぎられかけるのかもしれないと考えただけで胸がじくじくと痛む。腹に残る深く大きな傷跡を撫でているとあの日の痛みを、自分の悲鳴を、愉しげな武士の笑顔を思い出すようで。
扱える人が現れないのならいっそ朽ちてしまえばいいと思うのに、壊れてしまう恐ろしさに身を震わせる哀れで臆病な自分を笑いながら、今日もどこか逃げるように生きている。
あの優しい笑顔はなんだったんだろう、やわらかく撫でてくれた手も、あたたかな葛湯も、全部全部、嘘だったっていうの。
幾分か幼い頃の九十九はとある武士に身請けされ、その武士の家で暮らしていた。それまであてがわれた武士たちには糸というその特殊さゆえに扱える者は少なく、糸の状態の色目の不気味さも相まってずっと煙たがられてきた。手先のずいぶん器用なその武士は使いこなすまではいかなくとも誰よりも九十九を扱うことができ、かつ情に厚いという周囲からの評価も手伝って、九十九はその武士のもとへ行くこととなった。武士は幼い九十九に読み書きを教え、優しく、わが子のようにして愛してくれた。武士のことを育ての親のように想う日々は物心つくころには家族がいなかった九十九にとって何よりの幸せであった。 だがしばらくして九十九が武士に懐いた頃、九十九の記憶する最悪な日が訪れることとなる。
「はぁ、は……っ、あ」
「傷つけてから武具にさせたら、傷ついたまんま武具になるってことかなぁ?どうなんだろうな?ほら、早く武具になれよ。なぁ、九十九」
おもちゃで遊ぶように面白げにそう言った武士は、九十九を傷つける手を止めない。俺のものなんだからなんでもいうこと聞けるよな、九十九はいいこだもんな、とニタリと笑いながら九十九の腹を少しずつ少しずつ小刀で割いていく。 あまりの痛みに声も出ない九十九の様子を是ととった武士は、九十九に武具になることを急かす。だがなかなか武具になろうとしない九十九を強く叱りつけた。
「早く!糸きれになれって言っているだろう!!」
「ごめ、なさ……い、ぶ、しさ……ま、」
早くしなければ殺されてしまう。武具になろうとするけれど、血を流しすぎた体ではろくに集中できず成功しない。息も絶え絶えななかやっとのことで糸へと変われた九十九を見れば、半ばごろで糸がすこし擦り切れ、ほつれ、細まってしまっている。 糸をぴんと張り、あと少しちからを込めて引っ張ってしまえばぶつりと切れてしまいそうなほど心もとないその場所を、武士は爪で何度も弾く。赤い糸のなか黒の模様がせわしなくうごめくのが弾く度に楽しかったのかくつくつと笑って見ている。
せめてもの抵抗に武士の指を斬ってしまえばよかったかもしれなかったが、そうしたら今度切れてしまうのは自分の方だとわかっていたからできなかった。ほつれが強まり、ただでさえ細い糸がさらに細くなっていく。 形を保つのも困難になって人の姿に戻ってしまうと、武士は残念そうにため息をついた。
「耐え性がないな九十九。出来損ないの君なんてさっさと壊れちゃえばいいじゃないか。生きていてどうするんだい?」
自分が出来損ないなどとは思ったことはない。扱えるようになれば立派に戦える武具であることに違いはないと疑ってはいない。ただそれを今信じきっていた人に言われて見栄を張れるほど、九十九はつよくなかった。 血の止まらない腹をぎゅうぎゅうに押さえてうずくまり泣くことしかできない九十九を蔑むように一瞥した武士は、興醒めだとばかりに九十九を捨て置いて部屋を出て行ってしまった。
ここから、逃げなくては。そうしなくては死んでしまう。霞む目をこすりながらどうにか寄せ集めた頼りない布きれで懸命に止血をしつつ、よろよろの足で武士の館から命からがら逃げた。 外は気づけば夜明けに近く、初冬とはいえこの時期に血の気の失せてきた体ではずいぶんと堪えた。牡丹の遊郭へは、どういけばいいだろう。薄れ始めた星や月を見て方角を定め、寝てしまわないように少しずつでもいいからと歩いた。
そう遠い場所でもないはずなのに、幾日も歩いているような感覚がしている。なにかに足を取られてこけてしまって、体を前のめりにして惰性で動いていた足がついに利かなくなり立ち上がれなくなってしまった。 夜も明け日がだいぶ高い位置に来ていたことに今更気づき、体を仰向けにして生い茂る木々の隙間から空を見上げれば、その合間を縫うように二羽の鳥が仲良く飛びながら遊んでいた。空を飛ぶというのはどんな気分なのだろう。ずいぶんと気持ちよさげだから、こんな痛みなど知らないまま幸せに歌っていられるのかもしれない。 逃げなくては殺されると必死に足を動かしたけれど、考えてみればいつも一人だった。今更、生きることにすがってなんになるのか。ここで目を閉じてしまえばすべてが終わる。なくすものもなく、牡丹に生きていたという少ない記録と体一つしか持ち物のない自分はここで、消えていく。
辛くないわけがなかった。大人になったらしたいことだってあったし、正直それに憧れていたりした。武具であることを誇りたかった。誰かのためにできるたったひとつのことだったから、それを自慢できるくらいに、大きく強くなりたかった。ありふれた子供らしいささやかな夢だったとしても、それにずっと目を輝かせてきたのに。 自分はきっと、不運だっただけだ。生まれた時からきっと、こうなるようにしかならなかったんじゃないか。溢れる涙と暗がりへ落ちていく目は間もなく閉じられる。勝手に下りていくのだから、もう、いいや。
記憶の中の母の声によく似た声がささやかに聞こえる。生きてほしいと願ってくれる、力に満ちた声が。ごめんね、かあさん。ぼくはもう
がばりと身を起こす。腹がずきりと痛むから見てみるけれど、あるのは過去の傷跡だけで、痛むものはない。見回してみてもいつもの寝巻を着た自分と、ものの少ない見慣れた自室だけ。そうか、あの日のことを夢で見ていたのか。ああ、汗もひどいし少し頭が重い。裏手の井戸で汗を流して、もう出稼ぎにでてしまおうか。そうでないと、昏く刺さるあの日のことをまた、思い出してしまうから。
0 notes
ho-dukitext · 9 years ago
Text
疫病神と大国主の話
「村へ立ち入ることはならん!」
小柄なその神様を突き飛ばし、村の道祖神はそう怒りをあらわにした。尻もちをついた小柄な神様は手にしていた帳面をぎゅうっと抱きしめて、うつむいたまま立ち上がる。くるりと村へ背中を向けとぼとぼと去るその背中はずいぶんとしぼんだように丸まっていたけれど、道祖神にとってはどうだってよかった。村を守るためにはこの病をもたらすとされる厄介な神を追い返さなければならない。それをきちんとやりとげたことだけが、道祖神の関心事だったから。
小柄な神様は滲んでくる涙がこぼれないように空を見上げた。よく晴れた空の下で、きっと雨にふられたような神様など自分以外にいない。役のために生まれ、務めてきた数千年。だれかの優しげな笑顔や優しさなど向けられたことは一度もなかったけれど、それでも消えようとは思わなかったのはただただ、この国を守ってあげたいと思うが故だった。
病を撒き、死なせ、減らすことで人々の数が増えすぎないようにするというお役目が、この国の為に大切な務めなのだから存在しているのは解っている。けれど、同じように国を想う神と並べるかというと、自分がどれほど不釣り合いであることもよくわかっている。 床に臥せったまま亡くなったご遺体に泣きすがる人の涙の数だけ、何度でも心がつきりと痛んだ。人が増え、村の様子では飢饉がおこると告げられた村に出向いて説得しても、恨みの強い目で追い返されるこの苦しさや辛さも、いまだに慣れることはない。消えたいと思ったことが何度でもあった。でもそうしたときにどうなるかを理解していると、おいそれとそんなこともできない。 疎まれることしかないけれどでも、誰かに代を譲りたいとは考えなかった。誰かにこの寂しさを押し付けるなんて、とてもじゃないができなかった。それを思い浮かべるだけでもこんなに辛く思うのに。
役目のために生まれてから一度も代替わりせずにいた疫病神は、独りきり、今日も小さく背を丸めながら自分の住まう小さな小さな祠へそっと帰っていった。
朝方、簡素な書簡が祠へ投げ入れられたのを感じて目を覚ました疫病神は、起き上がり入口を見回した。戸の向こうであわてたように去っていくどこぞの神の若い神使がちらりと見えて、それが出雲の者であったのが着物に描かれていた柄で分かった。日付感覚はずいぶんとおぼろげになってしまったけれど、誰も来るはずのない祠に出雲の者が来るということはもうすぐ神無月の時期だということ。ややよれている書簡もおそらく出雲へ出向き、ひと月程度、会合と来年へ向けての支度をする集まりに自分も来いとのお達しで、それと同時に疫病神にとっては一番しんどい時期がもうすぐ来ようとしていた。 書簡を開いてもただ書かれているのは出雲へ来るように、それひとことのみ。日付を書く優しさすらないその書簡を元通りに折り畳んで懐に収めて、疫病神は遅れて迷惑がかからないようその日のうちに出立することに決めた。
重たくなってしまった来年のための帳面をかばんに収め、小奇麗に身を整えてひと月ほどを過ごすだけの支度をして外に出ると、迎えに来てくれたたった一人の神使である子猫を抱き上げて、出雲方面へ向かった。
くたくたになりながら出雲へたどりつくと、嫌そうな門番がしぶしぶ書簡に判を押してくれた。神々ひとりひとりに位に応じた部屋があてがわれるが、おおよそ部屋と呼べるような場所に案内されたためしがない。屋根のある場所だといいなと考えつつ案内の後ろをついていくと、今回あてがわれたのは一頭分がちょうど空いた厩だった。外からは見えづらいそこはとにかく自分がいることを見せたくないのだとよくわかるような作りで、なるほど、ここから出てはならないということかと暗に察せられた。
出雲の会合というのは書簡の届いた神々が出雲の土地へいなければ始められない仕組みになっていて、疫病神である自分がどうして届けられるのかはわからないが会合を始めるためだけにとりあえず呼ばれている、ただそれだけのことだ。会合どころかよその神々とほとんど会話もしたことがないのに不思議でたまらない。年期で言えばここの誰よりも古い神であることは間違いないけれど、ここの誰よりも立場は低いのだろうから呼ぶ必要などないだろうに。
神無月、出雲で言う神有月はそこから神々は出入りができない。そのかわり不自由のないようにと出雲にいる使いの方々が世話をしてくれたりするのだけれど、疫病神に関しては話が違いそのような世話係はあてがわれない。厩から出るのも良しとされず、かといって誰が訪れるわけでもなし。出歩いたとしても疫病神を見た他の神には姿を見せるなと怒られたり怖がられて逃げられてしまったりともう陸の孤島もいいところ。そんな状態なのに厩から出ようなどとは思うはずもなかった。
持ってきた帳面を薄くしかれた藁に広げた風呂敷の上で開く。いつも半端なまま持ち込んでは、帳面を記入して暇をつぶして。出雲にいる間、あてがわれた場所から出さえしなければ突き飛ばされたり怒鳴られたりはしないからそのあたりは気楽だと言えるけれど、寝るか神使である子猫と束の間戯れる以外にやることもない以上、それをのんべんだらりとやっていくくらいしかない。 獣の神様のように冬時期は眠くてたまらない、と言えればよかったものの、生憎人や鬼寄りのこの体はそういうわけでもない。退屈な時間の始まりに、ついため息を漏らした。
しばらくそうして帳面とにらめっこしていると、手元に小さな影が落ちる。顔を上げるとそこには見慣れない猫が座って帳面を見ていて、珍しいお客さんだな、と思いながら呼んでみると撫でさせてくれた。喉元を撫でているとそのまま懐に来て膝の上に収まって落ち着いてしまい、仕方がないかとあきらめて筆を置き、猫をゆっくり眺めた。
喉を鳴らしながら甘えてくる猫はとてもかわいらしかった。ただどこの神様の使いかはわからないけれどあまり仲良くしているとこの猫の主が怒ってしまう。目を細めてうとうとと気持ちよさげなところで大変申し訳ないけれど、と猫の脇に手を入れて降ろそうとした。
「んにゃぁあぁ」
「ごめんね、落ち着いたところに。主様が心配してしまうから……あれ、君、おなかの調子あまりよくないの?」
腕から離れようとしない猫をそっと抱えてじっと探っているとどこが悪いのかはっきりしてきた。なにか悪いものでも食べていたら自分ではどうしようもないと思っていたけれど、不幸中の幸いか猫は軽い病にかかっている状態だった。何かを察知したのか、様子を見てくれそうな自分のところへ来たのかもしれない。
「そっか、君はこれを僕に治してほしくって来たんだね。大丈夫だよ、病気だから治してあげられるからね。えらかったでしょう、がんばったね、いい子だからじっとしてて」
猫の鼻先に小さくキスをしてそう言ってあげると、返事を返すようににゃあ、と鳴いてくれた。もう一度抱きしめてあげて、おなかをすぅっと撫でてあげると猫がほっと一息ついていた。そして自分のおなかのあたりにじわりと広がり始める痛みで、治療が何事もなく終えられたことを理解した。
「もう大丈夫だよ、君の病は僕がもらったからね。大丈夫、心配しないで。しばらく僕はおなかが痛くなっちゃうけれど少し辛抱していれば絶対によくなるからさ。僕は病を司る神様だから、大丈夫」
ずきずきと刃物でも刺されたように腹が痛む。この痛みをずっと我慢していたようだったから、辛かったにちがいない。こうして自分のもとに来てくれてよかった。そうして治してあげられたから。
心配ないと何度言ってもすり寄ったまま離れてくれない猫を、仕方ないからと今度こそ抱え上げて降ろそうとしたとき少し遠くから誰かを探すような声が聞こえた。
くろー、くろどこだーと声を大きく呼びかけている。腕の中で大きく鳴いた猫の声を聞きつけたのか、足音が近寄ってきた。
「君、くろっていうの?たしかに黒猫だものね。でもどうしよう、見つかってしまったらもう屋根のある場所で寝られないかもしれない……困ったなぁ」
覚悟を決めるしかないか。屋根のない場所で寝るのは寒さに凍えてしまうから、今の体には堪えるかもしれないが仕方ない。さよなら屋根。
「僕のことを心配してくれるのならはやくお行き、そうしないと僕屋根のないところで寝ないといけなくなっちゃうよ……うーん」
焦ったようにそう言えば言うほど離れてくれないくろ、を抱え直して困り果てていると足音が間近で止まった。厩の戸は足元までないので下から足がのぞいていて、その足元を見るだけで位の高い神様だというのがうかがえる。くろ、君の主様は偉い神様なんだねと心の中で泣いていると、戸がきぃ、と開かれた。 くろを助けてあげたことは後悔していないけれど、逃げられもしない土地の中で筵の針がより鋭く深くなっていくのかと思うと正直泣きたくなった。ああごめんなさい、僕が勝手にやりました……。
「くろ!こんなところにいたのか……早く戻るぞ、お前最近調子悪かったってのに動いたらダメだろうが」
こっちにこいと手招きするその神様からそっぽを向くくろ。やはり離れてくれないようだ。僕が引きはがそうとしても嫌がって爪をたててひっつくし、その神様が手を差し出すとあろうことかひっかく始末。二人ともどうしたらいいか困ってしまって、何とも言えない空気が流れる。
「くろを保護してくれててありがとうな。しかし、どうしてお前さんもこんなところにいるんだ、しかもこんな粗末なところで荷物なんか広げて」
「あぅ…えっと、それは……」
僕が今回寝泊まりするように言われた場所ですなどとはとてもではないが言えず言いよどんでいると、話しかけてきた神様を探していたであろう護衛の神使やよその神様がこちらへ集まってきた。大国主様と呼ばれたその神様は返事を返している。お、おおくに…ぬし、大国主と言えば出雲で祭事を取り仕切り、神有月での集まりの長を務めるその人ではないか。お姿を見ることも叶わないまま数代が変わっていくのを風の噂で聞いていて、ついこの間代替わりをしたそうだとの話を誰かが言っていたように思う。まさか、こんなところで顔を合わせることになろうとは。
「!……貴様、疫病神ではないか。出雲へ来なければならないのは仕方ないがどうしてお前が大国主様の猫を抱えているのだ。まさか、大国主様の猫に病でも患わせてやろうとでもしたのか…!どうなのだ、言え!」
神使のひとりが嫌悪感を隠しもせずにそう問いかけてくる。くろの病にも気づいてやれず、あげく体調が悪いのならおとなしくしていなさいとしか言ってやれないやつが何様なのだろうか。自分が責められることはもうどれほど辛くてもどうだっていいけれど、この子が辛そうにしていたのをひとのせいにするだなんて。
「くろ様は病を患っておいででした。ですからここに来て下さったのです!大切な家族の病にも気づけずにどの口がそれを申しますか!」
ごめんなさいと言うだろうと思っていたのだろう、神使が一瞬口をつぐむ。言い返そうとする神使を大国主が静止して、どうして病のことをと問うてきた。
「くろ様は病を司る神である僕が出雲へ来たことをわかっていたのでしょう。わざわざこの厩まで足を運んでくださいました。僕は病を貰い受けることができます。だからくろ様の病に気づいた時その病を貰い受けました」
「くろの病を治したということか」
「ええ、そうでございます。勝手なことをして本当に申し訳ありませんでした大国主様。この責は僕にありますし、先ほどの話を嘘だとお思いならそれでも構いません。罰を与えるとおっしゃるのでしたらどうぞいくらでも、どのような罰でも喜んでお受けしましょう」
「なぜ、罰など」
大国主が口を開いたのを覆うように周りから声が上がる。大国主様、こやつは病をばらまくことしかできない神ですぞ!早く罰を与えてこの場を離れないと病にかかります!やら、こいつは嘘つきですから信じてはなりません!などと聞こえてくる。僕は菌を振りまいたりなんてことはできないというのに、どうしてそれを危惧するのかわからないけれど、そんなことももう言われすぎて慣れてしまった。心は相変わらずしくしくと泣いているけれど、どうでもいい。
「くろ様、大国主様を困らせてはいけませんよ。どうぞお戻りください。もしまたなにか御用でしたら僕の神使である子猫にお使いを頼んでいただければ大丈夫ですから。どうか、ご自愛くださいね」
腕の中の猫をゆったりと撫でながらそうささやいてやるとくろはこちらを見上げてしばらくじぃっと見つめたのち、腕からするりと抜けだして大国主の元へ帰っていった。大国主が僕のことをよく知らなかったのには少し驚いたけれど、責めるわけでもない目を向けられたのは初めてだったからなんだか嬉しかった。どんな罰が下されるのかわからないが、それひとつで我慢ができそうな気がした。 懐からぬくもりがいなくなってしまうとおなかの痛みが増すようでしんどいけれど同情を買うようで嫌だったからうずくまって唸ってしまいそうになるのを必死に耐える。刺さる多くの瞳と見定めるような一人の瞳がずっしりとのしかかってくるのを死刑宣告を待つばかりの被告のような気分でじっと待った。
ああまずい、めまいがしてきた。倒れるわけにはいかないのに意識にぼんやりと靄がかかるようだ。息が荒くなっていくのもわかる。とうに限界は越えていたけれどそれ以上耐えられるはずもなく、あ、と思う間もなく目の前が闇に埋もれて意識を手放していた。
疫病神が言うことを嘘か真かとじっと見つめて考えていると、ふいに疫病神の瞳がゆら、と揺れた。とっさのことに声をかける間もなく、糸が切れたようにふらりと体を傾けたのをあわてて抱き上げてやると、腹の辺りを押さえながら眉をひそめ、荒々しく息を吐いていた。ずいぶんつらそうなそれはついこの間から頻繁に見かけたくろの様子そのままで、病を貰い受けるということの意味を初めてその時理解した。疫病神の言うことは嘘ではなく、くろの病を貰い受けて自分に移すことでくろを癒したのだと、そういうことだったのだ。結局病がなんなのかわからなかった自分では疫病神をどうすることもしてやれない。くろが疫病神の傍に居たい様子だったから疫病神の懐にくろを戻してやって神使に自分の部屋に連れて行くから荷物をまとめてやってもってきてくれないかと指示を出してその場を後にしようとした。
「お待ちください大国主様!疫病神の言うことを信じるのですか?そのような悪神の言うことを」
「ああそうだ。現にこれほど苦しんでいるのに放っておいていいはずないだろう。それにこの苦しみ様はくろが患っていた時期によく見かけたものだ。言っていたことに嘘はないと俺は確信している。いいからさっさとそこをどけ」
「ですが……!」
「どけ、と言っている」
悔しげな顔を隠しもせず引き下がり道を空けた神には目もくれず、自室へ急いだ。
自室へ戻りすでに整えられている寝台にそっとその身を横たえると荒かった息が気休め程度だが収まったように見受けられた。部屋の外で荷物を抱えて待っていた神使から荷物を受け取り礼を言いながら、どうして疫病神はあんなところにいたのかと問うと、もう一種の慣例のようなもので疫病神は神有月の間は姿を見せないように人気がないあのような場所をあてがうのだという。 そのあたりの処理が面倒で神使に丸投げしていたせいで気づきもしなかったが、どのような性質であっても神様に対してその扱いなどしていいはずがないというのにそれを疫病神は生まれてからずっとそうされてきたというのだ。代替わりもしたところを見たところがないというからきっと数千年のあいだ、ずっとずっと。
神使に人払いをしておくように言い伝えて下がらせて部屋に戻ると、いつのまに目を覚ましたのか疫病神が部屋の隅で小さく丸まるようにして座っていた。怯えたようにうかがう目にいたたまれなくなる。
「なにもとってくったりしないから、大丈夫だ、だからそんな目をしないでくれよ」
「っごめんなさい、すいません」
余計に怯えさせてしまったようで元から小さかったからだをさらにちぢこませる疫病神。近づいてしゃがみ、目線を合わせて頭をなでてやると、一瞬びくりと肩を震わせてその手から逃れようとした。
「僕のような者に触れると大国主様の手が汚れてしまいますからおやめください、数日安静にしていればおそらく病もおさまるはずですし、僕は大丈夫ですから……」
「そんなはずないだろう、たとえ数日と言ってもその間は苦しいんだろうしきちんと布団で寝た方がいい。神使どもに部屋を用意させたらどんな粗末な部屋にされるかわからんからもういっそ俺の部屋で寝ていればいい。俺のことは気にしなくていいから」
「でも、悪いことをしたのは僕の方なのに……無理しないでください、僕は本当に大丈夫なので……こういうのには慣れていますから、本当に」
「慣れていたっていことないだろうこんなこと。罰どころか俺は感謝しなくちゃいけない。それにくろを助けてくれたやつをどうして邪険にできるっていうんだ」
逃げてしまわないようにしっかりと抱き寄せて頭をもう一度撫でてやると耳元で鼻をすする音がした。泣き声のままにごめんなさいというものだから、こういう時は謝らずにありがとうっていうもんだろうと言うと素直にありがとうございますと言った。
「動物にはたまに懐いてもらえるんですけど、こんなふうに優しくされたこと一度もなくって、なんか、申し訳ないです、でも僕のことをもっと詳しく知ってしまえばきっと優しくしたいなんて思いませんよ、だから、これはきっと夢なんです、僕が高望みしすぎただけの、つかの間の夢なんですよね。だって、誰かに抱きしめてもらうだなんて、そんなこと、あるはずないもの」
小さな体に一体どれほどの辛苦を背負ってきたのだろうか。割り切っていっそ悪くなればいいものを、そうすることもできないままずっとひとりぼっちでいたのだろうと思うと辛かった。自分だけでも信じてやれたら。そう思いながら、疫病神が疲れて寝付くまでずっとそばにいた。
1 note · View note
ho-dukitext · 9 years ago
Text
らんぱし後日談
羽ペンを握り書面に目を通していると、ふいにひやりと寒さが通り過ぎて背筋が震える。窓の外を見やれば雪がちらついていて、もうそんな時期なのか、と思わずため息をついてしまう。そのため息も気づけば白く変わっているのがわかって、そんなことすら気づきもしなかった自分に少し笑えた。 大事な家族が、親友が、弟が弔われた日もそういえばこんな寒い日だった。大事な子供が城を出て行ったのもそれからすぐのことで、ちらつく雪を見るたびに毎年のように思い出す。
パーシィがいなくなってから周辺の騎士たちに、目を光らせておいて見つけたら連れ帰ってくるように触れを出したものの、連れるどころか円卓に列せられるだけの騎士に一介の騎士が敵うわけもなく、簡単にあしらわれては見失いました、の報告をうけてばかり。やがて年月が過ぎ、それが二桁に達した頃にはもう足取りどころかなにひとつ情報が入ってこなくなっていた。あの頃新米だった騎士たちももう立派になって、年配になったあの頃中堅だった騎士は退役していき、そのかわりに新米が増え、とパーシィを知る者も少なくなった。 他の円卓たちも落ち込んでばかりいられないと気を持ち直したようだが、本当はパーシィの帰りを待っているようだった。誰も、豹の席を空けようなどとは言わなかったから。
そうしてそれからさらに年月が過ぎ、もう何度目か数えるよりも足し引きした方がわかりやすいだけの季節が廻った今年の冬、その報せはやってきた。
「え、いまなんて言った」
「アーサーはいるか、と、パーシィと名乗る白髪の男性が……旅の者だったようなので追い返したのですが、その名前に聞き覚えがあったので」
白髪というのが疑問だがパーシィと言われて気にならないはずがない。パーシィは確かに自分のことをアーサーと呼ぶし、今感じた予感はまさしく本人なのではないかという確信めいたものだったから、それを伝えてくれた中堅の騎士にその旅の者を呼び戻すように指示して円卓の騎士たちを招集することにした。
「まぁ約束も取り付けないで来たら追い返されるに決まってるよな」
「あたりまえだろ、それに髪も昔と違ってもう真っ白なんだから」
「だよなぁ……」
門前払いを食らった王城の門の前で、白髪の旅人と黒髪の旅人はそろってため息をこぼした。 忍び込んでも見つかるはずないんだけどさ、騒ぎおこしたいわけじゃないし。という白髪の男のぼやきはこの警備も厳重な王城において不可能のようでいて朝飯前に可能なことなのだが、それを知るのは一部の者と横に立つ黒髪の青年だけだ。
「仕方ないからもうあきらめたらどうなんだパーシィ、俺は騎士団に入るだとかどうこうは思ってないんだ。むしろ戻るべきなのはお前の方なのに」
「俺はもうだめだよ、席をあけすぎたしきっとだれかに豹が代わってるにちがいないって。あのとき黙って夜逃げしたんだ、許してくれるはずがない」
「その割には最初のころは追手が毎日のようにって話してたのはどこのどいつだよ」
「俺」
「どう見ても探されてるじゃないか。俺はもう一度死んだから関係ないけど」
「でもなぁ、その見た目でそれ言われて、その記憶で、関係ないって言ったらアーサー泣くだろうなぁ」
「めんどくさそうだな」
閉じられた門の外でそう話しながら去っていく二人の言葉を、門まで急いでやってきたアーサーは門の内側で聞いていた。死ぬ間際のころより少しまだ若いランスロの声と、最後に話した時よりも幾分か歳をとったパーシィの声。年月を感じさせる変化があっても、すぐにわかる。 何よりも会いたかった、パーシィに。生きていてくれたことに喜びで涙がこぼれてくる。本当に胸が苦しくなるほどに心配していた。それにランスロの声をしたパーシィと話す人物が誰なのか気になる。どうして、同じ声をしているのか気になって仕方がなくて、門についている通用口を思いっきり開いて外に出た。
突然扉が開く音がして振り返った二人は、泣き顔を隠しもしないで扉を開けた人物を見て、しまった、という風な顔をして一目散に駆けだした。
「なっ、おいパーシィ!なんで、なんで逃げるんだ!」
「えっやだよだってアーサー怒りに来たんでしょ!なんでわざわざ王様がこんなところまで!」
「そりゃ心配してたからに決まってんだろうが!わざわざ迎えに来たのに逃げれば怒るに決まってる!体力なくなってきたおっさんを走らせるな!」
「パーシィさすがに王様がかわいそうだぞ、いいのか」
「絶対げんこつくらわす気だもんあれ!」
門前で子供のようにおいかけっこをするおじさん二人と青年一人。招集されていた円卓たちがそろって通用口から顔をのぞかせてその様子を見ていた。
「パーシィなんで白髪なのかな」
「いろいろあったんだろうな」
「その割には楽しそうですね」
「帰ってくるなら午前にしてくれ……」
「でもアーサーがばてる前に二人をとりあえず捕まえた方がいいとおもうんだけど、どうしようか」
「そうですね……もう息があがっているように見えますから」
「パーシィ足速いしな、ガラハド、いって来い」
「まぁそうですよね、そうなりますよね。王が転ぶ前に行ってきます」
集められた円卓の騎士のケイ、トリスタン、ガラハド、ガウェインのなかで比較的足の速いのはガラハドだ。パーシィはもともとすばっしこいというか、足が非常に速かったためにガラハドが行くことになるのは明白だった。 トリスタンにそう言われ返事をする間に足に風を纏わせたガラハドは、言い終わるやいなや空へ飛んだ。
前だけを見て必死に走る二人の目の前に急降下して勢いよく降り立つと、パーシィが驚いて急ブレーキをかけた。パーシィの後ろで走っていたランは止まりきれず、いきなり止まったパーシィに思いっきり激突する。 後ろからの衝撃につんのめったパーシィは、ランに後ろから衝突され抱き着かれたまま、ガラハドに受け止められてあえなく捕まった 。
息を切らせて立ち止まったアーサーが肩で息をしながら、よくやったガラハド、ありがとうというのをガラハドはため息ひとつで返事をして、そろりと逃げようとしたパーシィの首根っこをつかみ、ランの手もつかんでついでにアーサーに差し出した。
「これだけ心配させておいたのですからお叱りくらいうけたらどうなんですか、いいおじさんにもなって」
「おじっ……ま、まだそこまで歳食ってないし……」
「いや、十分歳だろ」
「なっランまで!」
ガラハドに捕まったまま言い合いを始めたパーシィを、何も言わずアーサーはただただ抱きしめた。涙でろくに声にならないままおかえり、というアーサーに、観念したようにただいま、とパーシィは返事を返す。
「パーシィ、わたしは豹の席をお前に据えたままあけてないからいつでも帰ってきてくれていい、ただそんなことはいつだっていいんだ、生きてまた、お前と会えただけで、っうれ、しくて……っ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアーサーを抱きしめ返すと、あたたかい体温にずいぶんとほっとした。 あれから数十年が過ぎ、アーサーの美しい金の髪も自分と同じように白く褪せていた。背丈こそ伸びてはいたけれどもう隆盛を過ぎた体だ。あのころに比べてずいぶんと小さくなったように思える。それだけの変化をするほどの時を経てもなお、アーサーは自分のことを案じ、待ってくれていた。
「何も言わずに飛び出していってごめん、アーサー。夢の中で、ランスロが呼んでたから、だから迎えに行きたくて」
「それならそうと言ってくれたらこんなにわたしも老けこまずにすんだかもしれんというのに……黙って出ていくもんだからランスロの後追いでもするんじゃないかと気が気でなくて」
へなへなと息をつくアーサーの頭を抱きしめたまま撫でる。本人の言うとおりずいぶん苦労をかけてしまったと思う。今ならわかる。アーサーは素直にそう言えば、必ず俺を引き留めず送り出してくれるだろうことを。
「あれからいろいろあってさ……話しても一日じゃ足りないかもしれないね。もう髪も真っ白になっちゃったし、そうなるくらいいろんなことがあったよ。でも子育て楽しかったし!辛いこともあったけどもう過ぎちゃったことだから。それに、俺はこの子を騎士にしてやりたくて戻ってきたんだし」
「パーシィ、その話はもうよしてくれよ、別に俺は」
黒髪の青年の話になり顔をあげたアーサーはすっかり泣き止んで、青年の言葉を遮るようにしてパーシィに聞き返した。
「そう、それのことを聞きたかったんだパーシィ。このランスロそっくりな青年はいったいどういうことなんだ」
「詳しいことは後でゆっくり話すけれど、簡単に言えば生まれ変わりってやつだよ。村を焼かれて家を失くした子供を一人助けたんだけれど、その時の子なんだ。ランスロによく似た魔力してたからね、もしかしてと思ってさ。ランって名前だから、そう呼んでやってくれるかな。騎士の心得ももう教えてある。真面目に勉強してくれて父さんはうれしかったぞ~」
ふふふとかわいらしく笑いながらそういう大の男の足を青年、ランは踏みつけて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらうるさい!と吠える。
「そうか、お前も子を育てられるくらい歳食ったんだなぁ……」
パーシィを抱きしめる腕をほどいて体を離したアーサーは、しみじみとそういいながらなおも言い合いをする二人を眺めた。パーシィに食って掛かるランにアーサーは声をかける。
「なぁ、ラン。お前はどっちなんだ?ランスロなのか、そうでないのか」
「えっ、ああ……というよりは、人の顔と名前を憶えていて、どういう間柄だったかとか、強い記憶とかをなんとなく覚えている程度です。俺からしたら王様はすごく懐かしいと感じます。兄のような人、って感覚」
「なるほど、じゃあラン自体にランスロのかけらが溶け込んでいるようなものか。でもパーシィの言うように確かに魔力はランスロにとても近い。あいつは本当に負けなしで強かったからな、鍛えればお前もランスロのように強くなるに違いない」
「ありがとうございます、王様」
やや緊張した様子のランにアーサーは苦笑いをこぼす。
「そうよそよそしくしなくても気楽に話してくれよ。わたしが弟のようにかわいがってきたランスロそっくりのお前さんにそうされるとなんだかさみしくなってしまうから。お前は別人なのはわかってるんだけど……でも、こうやって知り合ったんだから、な」
「すいま……、ご、ごめん」
「ん、それでいい」
ランを抱き寄せて背をぽんぽん叩くアーサーはうれしいのか穏やかに笑っていて、やっぱり会わせてよかったとパーシィは安心したように笑った。
「さあ、外は寒いしもう中に入ろう。長話もあるしな」
アーサーにそう促された二人は懐かしさであふれる城の中へ足を踏み入れる。ランスロを追いかけて数十年の時を経て、パーシィは長い旅を終え故郷へ帰りついたのだった。
1 note · View note