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訣別(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「ボクはもう、前線には立てない。……そんな覚悟、もてないんだ」
乱の声がいくぶんか低く思えた。大人と子供のはざまにいるような愛らしい高い声が別物のようだ。夕暮れの陽射しが静かに差し込む橙色した厨で、乱は沈痛な面持ちで俯いている。
笑うのが似合う刀だ。少女と見まごうほど可憐な外見のとおり、天真爛漫で。でも少女のように扱うことは望まない、変な話対等な先輩だった。
「堀川とは、今でも家事を一緒にするのか」
「うん。……彼は、戦うことを決めたんだね」
乱と堀川は主人がまだ甘ちゃんだったころを知る、どちらかと言えば戦力として数えにくい刀の筆頭だった。家事が得意で内番や屋敷の維持などに尽力してくれている。徐々に規模の大きくなってきた所帯の食事なども、文句を言わず用意してくれている。
堀川は真面目で、向上心もあって。その内側に眠るものすべてを鶴丸は理解できたわけではない。しかし、手合わせで見せた真剣な眼差しは真実だと感じた。刃を交えることで見えることもある。
その点、乱からはそういったものが見えない。家事や手入れと言った「裏方」から離れた何かを、乱は見せようとしない。
「きっと彼は、主人さんの力になってくれるよ」
でもボクは。そう言って乱は言葉を切る。流し台の隣に置かれた包丁はよく研がれており、陽光を美しく反射している。照らされた乱の顔は、反面浮かないなまくらのようだ。
「どうするつもりだ」
その表情を見て、鶴丸の心がさざなみ立った。穏やかな微笑。辛そうな苦笑。どっちにも見て取れる乱の顔は、何かを諦めたような、決めたような、よくわからない顔をしている。
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暗雲(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話
「こういうこと、言うべきか迷ったんだけど、さ」
乱との付き合いは、どれくらいになるか。もうずいぶんと時間が経過したように思えるなあ――と、鶴丸は急に昔を回顧していた。乱は鶴丸よりもこの本丸の「先輩」で、はじめのころはてんでわからなかった家事を教えてくれた。手とり足とり、ときには肉親が子を咎めるような愛の鞭で。そう、思うことが懐かしい。
「ボクさ……今のままで、じゅうぶん満足してるんだよ」
主人のために不器用なおにぎりをつくったこともあった。欲張り過ぎだと怒られて、いびつな米俵と整ったおにぎりが並んで差し出された日も思い出せる。過去を懐かしんでいるのは、あの日々がもう戻らないと知っているからだ。そしてそれが乱藤四郎との離別でもあった。
「みんなで一緒に暮らして、ご飯作ってさ。お洗濯物をお日様の下に干して、畑のお世話をして。それだけで、ボクにはじゅうぶんだったんだ」
「握り飯を教えてくれたな」
「うん。ボクが誰かに教えることができるなんて思わなくて……嬉しかったんだよ、実は」
誤魔化すような照れ笑いのはずなのに、鶴丸は素直に受け取れない。乱の終着点が見えてしまったから、だろうか。
「だから……ね。きっとボクは、もうこの本丸についていけない」
取り残されてしまったんだと、乱は静かに言った。
「主人さんは、変わることを決めたんだ。だったらボクも、はっきり決めないといけない」
いつまでも「なあなあ」のおままごとはできないんだと、それが乱の精いっぱいの誠実なのだと、鶴丸にもわかっていた。
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純白(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話
本丸の練度は確実に上がっていた。小夜左文字の帰還を皮切りに、短刀、脇差、そして打刀が修行へと旅立っていく。そのたびに心配性の主人は悲壮な面持ちで見送り、一回り大きくなった刀たちを涙目で歓迎するのだった。
鶴丸は一連の流れを遠くから見ていた。近侍であることに変わりはないが、少しずつ主人とともに過ごす時間は減っていた。刀が増えれば当然であろう。いつまでも鶴丸も主人も、互いにべったりというわけにはいかないのだ。それはきっと、今後の本丸を思うとよくない。審神者は平等に刀を愛するべきだ。近侍はその支援をするべきだ。近侍とは、その審神者にとっての「一番」ではない。かつての歌仙兼定は主人にとってそうだったかもしれないが……鶴丸は違う。それを繰り返してはかつての悲劇を再演するとわかっている。
だから、よく見て回ることに徹していた。鶴丸自身、本丸の世話役になりつつある。
(敵を斬りまくりたいと願っていたはず、なんだがな)
不平とは言わないが、胸の奥で燻る何かは確かにある。鶴丸が戦場にでることは確かに多いのだが、そうではなく――なにか、違うなにかが――
「……ん」
気がかりは、別のことに掻き消された。
乱藤四郎。鶴丸より以前に本丸にいながら、いまだに修行へと旅立っていない短刀。あの秋田藤四郎でさえ「主人のちからになりたいんです」と旅装束に身を包んだのに。
「乱。お前さん、まだここにいるのか」
「……うん。ちょっとね」
鶴丸の言葉の意味を正確に解した乱は、困ったように眉を曲げて笑う。無理をしているのは明確だった。
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The Falling Cat(TOB)
※リハビリアイベル
彼女は気ままな野良猫のようだ。気楽という意味じゃない。何物にも媚びないという意味で孤高だ。群れない。じゃれない。誰にも心を許さない。餌は自分で取りに行く。他の誰にも奪わせない。否定形で己を構成する彼女は、いつも毛を逆立たせてしきりに何かを警戒していた。
「そんな怖い顔をしなくてもいいだろう。飯ができたから呼びにきただけだぞ」
ベルベットという猫は(比喩だ無論。実際は露出狂じみた服を着た年頃の女である、といったらぶん殴られるから口には出すまい)、しかし狂犬じみた眼光でこちらを睨み返してくる。目つきの悪さは自分も天下一品だが、彼女の眼光の鋭さは防衛線のように思えた。内側の柔らかい身体を守るためにサナギになっているかのように。
「食べなくてもいいわ。人間じゃないんだから」
味もわからないし、と付け加えた言葉には一抹の寂しさを感じ取れる。鋭い目と殺気立った気配、それにふさわしくない人恋しさ。人間らしい感情をまだ抱き留めている彼女は、悪ぶっただけの子猫なのかもしれない。
「ライフィセットも探していた。喰わんにしても顔をだしたらどうだ」
「……」
ライフィセット、という言葉を出すとベルベットはたちまち威勢がなくなる。しゅんと毛はへたり、瞳も不安そうに揺らぐ。弟の名前をつけてしまったというあの少年に深い思い入れがあるらしい。それは妬けるな、というのは冗談だ。海賊なりの。
「お前の手料理も食べたいと言っていたぞ。お前がいるところでは口にしないが」
「……なんで」
「男の意地、ってやつだな」
「わかんないわ」
だろうな、と笑う。それが不服だったのか、気まぐれな野良猫はまたむすっと不愉快そうな顔をする。復讐に身を燃やすとはいえ、よく表情の変わること。見ていてこっちが飽きない。きっと己の変化なぞ、つゆほども気付いていないのだろうが。
「いいわ、行く。もう少し風に当たったらいくから、先に帰って」
――まだ俺と同道するつもりはないようだ。まあいい。時間はまだある。少しライフィセットに嫉妬してしまうな、本当に。気ままな猫が死神に目を向けるのは、果たしていつになることやら。
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蛇腹の帰還(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「小夜くん、帰ってきました!」
堀川の一報が本丸に新たな風を吹かせる。ざわめいたのはきっと、さまざまな感情がないまぜになった結果だろう。大抵の刀はその帰還を歓迎していた。どんな姿になったのだろう、何しろこの本丸初めての修行だ……彼の姿に刺激を受けて、我も我もと修行を望む声もあがることだろう。鶴丸にはそんな未来が見えている。
主人が望んだ、覚悟の果ての決断。未だに後ろ髪を引かれるのか、あまちゃんの思想が時折顔を出してしまうが、それを正しい顔に戻すのが鶴丸の近侍としての仕事になりつつあった。皆の前で凛としたいずまいを崩さずにいるのは、実に骨が折れる。
「小夜……」
「……ただいま。あるじ」
ぼそりと呟かれた言葉。修行に行く前と変わらない、大人しくも地獄からの怨嗟を孕んだ情緒を不安にさせる声……だけではきっとない。手紙で彼の報告を受けていた主人なら、彼がいかに重いものを抱えて戻ってきたのか知っているはずだ。
小夜左文字は復讐とともに生きると決めた。
「よかった、無事で……!」
主人がとった行動は、小夜を労ることでもなく、小夜の強さを称えることでもなく。まず最初にその小さな身体を抱き締めて、生還を喜ぶことだった。これには小夜も予想外だったのか、目を丸くしている。何しろスキンシップなんてほとんどしない主人だから。
「あの、あるじ」
「生きてて、良かった。本当に」
その言葉がどれほどの重みを持つか。あの日を経験した小夜ならわかることだった。ああそうか、あんなにも忙しなく帰りを待っていたのも、手紙を読んでも不安そうな顔を払拭できなかったのも。この主人もまた、すぎさりし日の悪夢を現実のままずっと抱えて生きていくと決めたから。涙を滲ませながら生きていることを喜んでくれるのだろう。
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疑心暗鬼の心(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話
小夜左文字が修行に旅立ってから、二日が経つ。
それが長いと感じるか、短いと感じるか。人それぞれと言えばそれまでだが、少なくともこの審神者には幾億もの時に感じられただろう。室内をせわしなく円を描いて歩き回ったり、やけに縁側を覗いてみたり。それで小夜が帰ってくることはないのに、落ち着きのなさが端から見ても丸わかりだ。
「そんなに心配なら行かせなきゃ良かっただろうに」と意地の悪い問いを投げたら、主人は苦い顔をした。わかっているくせに、と言いたげだ。
「この本丸に必要なことは、戦のために強くなることです。それに、小夜には修行が必要だった。それくらいわかっています」
「あいつはそう簡単にやられるタマじゃないさ」
「……それも、わかっていますとも」
最後は不貞腐れたような物言いだった。
しばらく沈黙が続く。まあ、親心に近い心配なのだろう。本丸には他にもそこそこの数刀がいる。この主人が決意をした結果だ。もちろんその修練を見守ることも、刀それぞれの変化を見落とさぬよう、気を遣ってもいるようだが。
緑茶を出したら、渋々といった様子で座布団に正座した。湯飲みを持つ手はどこかおぼつかない。
「小夜には、……復讐以外の生き方を見つけてほしいのですが」
「難しいだろうな」
即答したら眉根を寄せて嫌な顔をされた。わかりきっていることだろうに、僅かな希望は捨てられずにいるのか。
「刀の生きる意味を奪ってどうする。それこそ、あいつは使い物にならなくなるぞ」
「わかって、います」
「あんたの望む幸せの形が、すべ���の刀にあてはまるわけじゃない。あんたが一番知ってるだろ」
そう、在りし日の近侍が身を挺して教えてくれたことだ。審神者は押し黙る。
「……わかって、いますとも」
悔しさの滲んだ声が、緑茶のすする音とともに溶けた。
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夜を駆る翼(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
空を飛ぶのに親の許可は要らない。巣立ちのときはどんな雛鳥にもやってくる。餌を柔らかな巣で待つ日々は緩やかに終わりを告げるものだ。
「修行に出たいんだ」
そう最初に言い出したのが小夜左文字……というのは、当然だったのかもしれない。元々の気質と有り様を考えれば、どんな平和な輪の中にいても必ず戦火の只中に戻ってくる。
小夜左文字の覚悟は、審神者にとって想定外ではなかったはずだ。隣に座する鶴丸が刀たちの様子は逐一報告していた。彼らの日常の様子、演練での成長ぶり、長所や短所。小夜と大倶利伽羅は近々旅立つだろう、奴等がそれを望んでいる……そう報告したのは二週間ほど前だったか。
「私が止める理由はありません。ただし、質問をひとつだけ」
主人の声は穏やかで、しかし芯の真っ直ぐなものだった。
「何のために修行に行くのですか?」
無限大の問いだ。しかし小夜の返す言葉は予想ができる。鋭い三白眼は感情を昂らせることもなく、ぼそりと告げる。弱気ではなく意志が固まっていたがゆえに。
「強くなる。強くなって、僕が僕の復讐を果たすために」
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春を待つ(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「あけましておめでとうございます」
こうして言える日が来るなんて、と嬉しそうな声がする。あの日から季節は巡った。鶴丸がこの審神者に拾われてから、今日まで。時は早く、しかし確実に変化していく。
雪が薄く積もった本丸の庭は、切り揃えられた木々を白く染めている。外には短刀たちの遊び騒ぐ声。子供は風の子元気の子、という言葉はこの本丸でも健在らしい。
「ねえ、雪だるま!可愛いでしょ?」
「綺麗にできました。僕もお手伝いできて良かったです」
「おーい、小夜ー!小夜もこっち来るばい!」
大阪城の探索で新たに見つけた刀……博多藤四郎も加わり、本丸は以前よりも明るくなった気がする。笑い声は増えた。そして、どこか距離を置いていた小夜も、博多たちによって仲間の輪に加わっている。
「はじめはどうなるかと思いましたけど、私が変われたのはあなたのおかげです。鶴丸」
「変わったのはお前さんさ。俺はちょいと背中を蹴飛ばしたくらいだ」
「やり方があなたらしいと言えばらしいですが」
困ったように笑う主人と、こたつに入ってみかんをつまみ。それは束の間とはいえなんて理想的な平穏なのだろう。また明日になれば戦いの渦に落ちてゆく。また誰かが死に、生まれてくるのが当たり前の日々に。
それでも、一度は完全に壊れ掛けたこの場所で当たり前の日を過ごせることを、今日は手放しに喜びたい。
「あけましておめでとう、主人。今年もよろしく頼む」
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さざなみの果てに君は立つ(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「っし、よくやった!」
前線は小夜と大倶利伽羅の奮闘もあり、大きな被害もなく迎撃出来た。次郎太刀のいない行軍はどうなることかと内心憂いはあったが、新しい戦闘体勢の確立という意味では収穫は大きかっただろう。
残るは。
「…………」
獅子王は未だに肩を震わせ、秋田にしがみついている。恐怖というよりは贖罪が近いのかもしれない。秋田藤四郎は今の本丸にはいなかったが、同じくらいの背格好の短刀はいたから。今の獅子王には何が何に見えているのか、鶴丸の推し量る領域にはない。
獅子王のことは秋田に任せた。あとはそれを、獅子王の出立前の言葉を、信じるだけだ。
「! 敵襲、敵襲です!」
後方からの堀川の声。前線の敵をあらかた片づけたと思ったらこれだ。「わかったすぐ行く」と鶴丸は舌打ちをしつつ、踵を返す――
その先には行けなかった。
「――獅子王」
「頼む、任せてくれ。俺はもう、負けねえから」
目を赤くして静かに声を震わせ、懇願する姿は完全に人間のそれ。泣いて喜んで怒って悲しんで。一通りの地獄を見ただろう黒誂えの彼に、かけるべき言葉はひとつだけだ。
「ああ。頼む」
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終幕の刻(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
切り裂いた闇はあまりに軽く、濃い霧の中へと溶けていくようだ。骨で造られたようなどこかいびつな見た目をした遡行軍は、斬ったあとも胸に奇妙なしこりを残して逝く。
軽い斬撃。霧散した敵。けれども感傷に耽る余地はなく。
「小夜ッ」
「……大丈夫」
こういうのは得意なんだ、と低い声で告げる童。見た目は幼い子供のようであるのに、その精神は不気味なほど大人びている。短刀という種類ゆえの身の丈ではあるが、人間の知識を得ているとあべこべになってむしろめんどくさい。
スピードを上げて突進してくる蝿のような刀を、小夜左文字は淡々と見切った。派手な立ち回りでもなく、微動だにしないわけでもなく、適切なタイミングを見計らって身を翻す。その体勢を一切崩すことのないまま、逆手に持った短刀で蝿の羽音を切り落とす。
「まだ……」
ヴン、と羽音が揺らぎ、刀ががくんと落ちる。制御を失った機械人形のような不規則な動きで、しかし無理矢理羽根を動かそうとする。半分に落とされた半透明な翅ではたいして動けないだろうに、それしか飛びかたを知らないみたいに。
「ーーーーッ」
無音の残像。背後からその醜い虫を叩き落とす一撃があった。何かを翻弄するような小技の効いた動きではなく、ただ己の腕力と意思だけでねじ伏せようとする一撃が。
小夜はわずかに目を開いたが、その主を見て合点がいったように呟いた。
「ありがとう」
「敵を斬っただけだ」
感謝される筋合いはない、と大倶利伽羅は訥々と告げた。
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あの、黒い火の粉と(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「あ、」
守れなかったのは、そんな日々。ひなたぼっこが好きなんですと言って縁側で猫のように昼寝をする姿。無邪気であどけない純粋な姿。遠くから聞こえる竹刀の音。真剣を振ることは久しくなり、乾いた木の響きがすっかり心地よくなっていた。
「いやだ、」
血というのは深紅ではないのだと、まるで初めて学ぶみたいに思って。ひなたぼっこが好きなんですと言っていた仲間たちは、目の前でばたばたと倒れていく。助けて、とか、逃げて、とか、あるいは何も言えずに折られていく同胞たち。人の夢が終わりを告げて、木偶の坊に還されていくような絶望が心を覆い尽くしていく。
あのとき、獅子王は黒い火の粉を浴びるだけで動けなかったのに。
「ごめん、……ごめんなさ……!!」
背負っていくには重すぎた。反撃するには弱すぎた。歯の抜けた獣と成り下がった彼にはどうすることも出来ぬまま、戦意を喪失したと見なされたのか生かされた。それとも、殺す価値もないと判断されたのか。すでに心が死んでいると見なされたのか。
誰でもいい。誰でもいいから助けてくれと、あの日、そして今も叫ぶ自分が情けない。
「俺は……弱くて……!」
「……大丈夫ですよ」
さざ波だった心を鎮めるような、深海みたいに静謐とした声がする。頭をそっと撫でられた。思っていたよりも、小さな手。
「獅子王さんはもう、あの日の獅子王さんじゃありません」
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虚ろな目、滲んで(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「落ち着け獅子王、大丈夫だ、もう敵は倒した!」
「……たお、した……?」
「僕も頑張って一振りやっつけましたよ!」
鶴丸と秋田で、懸命に呼びかける。特に小柄な短刀である秋田の高い声は獅子王の耳にも入ったらしく、動揺で定まっていなかった両目が秋田の姿を捉える。
「大丈夫ですよ、獅子王さんっ」
「……め……」
獅子王の口から言葉が漏れる。目が滲み、涙の膜で覆われた。獰猛な獣にも似た尖った歯を、思い切り噛みしめる。そして叫んだ。
「ごめ、あるじ、俺……! 誰も!! 守れなくって!!」
「獅子王さ――」
宥めようとする秋田を鶴丸は制する。今、目の前の秋田を主人と誤認しているとしても、背格好がまったく違うとしても。きっと彼には懺悔が必要なのだ。あの日から前に進むための時間が。
敵がわんさか沸くこの場所では、あまりに危険だが。鶴丸は腰をあげる。
「秋田。お前は獅子王の傍にいてやれ。ただ大丈夫だって言うだけでいい」
「はい。……鶴丸さんは」
「俺は――おそうじ、かな」
前方が不穏になってきた。どうやら敵さんのお出ましらしい。小夜と大倶利伽羅は戦闘に特化した刀だから不安は少ないとはいえ、敵の数が増えれば問題だ。
「堀川! 前方に敵発見だ、お前は引き続き後ろを見ていてくれ!」
「わかりました! 増援が来たらすぐ知らせます」
連携はうまく取れている。大丈夫だ。鶴丸は深く息を吸い、吐く。土気色の壁の頼りない明かりの中でも、鶴の白はよく目立つ。
「さあ、面白おかしい戦をはじめようか」
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蘇れ、彼の記憶(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「――ぁ――」
想起するとすれば、それは刃。この身を焦がす、焦土の焔。鉄屑と堕ちた身でも痛切に感じる叫び。身を引き裂かれ打ち砕かれ数々の手垢に塗れたとし���も、味わうことの無かった感情。
焼いていく。己の身を侵食していく。人の姿を取るからこそ覚えてしまったもの。――恐怖。
「っああああああああ!!」
あるいは、トラウマ、と呼んだ気もする。横文字は知識として与えられどもどうにも慣れない。過去の致命的な出来事が心とやらを侵食して、過ぎ去ったことであろうとも夢として惹起させる。心は過去に囚われ、その度に身体を傷つかぬ刃で抉りゆく。
取り乱す獅子王を見て、鶴丸はすぐさま部隊の隊列を変えた。大阪城の地下ど真ん中。撤退するにも階層の終わりはまだ見えない。心の病を追った獅子王にとって必要な「実地」とはいえ、想定できたこと。主人が鬼になったとは言わないが、荒療治にも程がある。……覚悟を決めたのは刀自身だ。だから主人を責めたてるわけにもいくまい。
小夜と大倶利伽羅に前線の警戒を任せ、新入りの秋田は身近に置いておく。経験の浅い秋田は目の届くところで戦わせるためだ。堀川は殿。後ろから敵が襲ってこないとも言えないから、念のためだ。
「獅子王、おい、獅子王!」
「しっかりしてください……!」
取り乱す獅子王の眼に、きっと己と秋田は映っていない。まずは現実に還すことだ。彼が何に戸惑い、記憶を掘り起こし、走馬灯のごとき悪夢を見ているのか。今は大阪城地下二十三階。それまでの戦闘で心を乱した様子は、ない。
編成を思い出す。ここまで潜ると敵の短刀の数はずいぶんと減ってきた。脇差の本数も少なく――あの日多くの刀を屠った、打刀や太刀が増えた。
「それか……!」
目の前で同胞が殺される姿が再演されたのだろう。その主犯である大振りな刀。それを今、獅子王は姿なき影に重ねてもがいている。
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mouth 2 mouth(TOB)
※アイベルワンライ企画さんに「くちびる」という素敵お題があったので。ワンライではないのでこちらに。雰囲気アイベル(なのに名前すらでてこない)。
透明な板を隔てて合わせた唇に、なんの温もりを感じると言うのか。そも、触れあってもいないこの儀式になんの意味があるというのか。
絡めることすらできない指先も、愛情表現のひとつ。一回り以上大きい彼の掌に、自分のそれを合わせる。感じるのは血の通っていない、ひんやりとした温度。
目と鼻の先に、愛しい彼の顔がある。鼻梁も、目蓋も、こんな近距離で見ることなんて叶わなかった。触れないから。だというに、触れないからこそ見ることができるという皮肉。
冷たいからこそ愛しているし、こんなに近付くことができる。世界はまるでガラスで囲われた砂時計。落ちていく砂を留めたくて、届かない手を伸ばす。
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咲かせるは銀の華(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
死の感覚を覚えている。実際に死んだにしろ死に直面したにしろ、心臓の奥の奥から冷えきっていくような錯覚を抱く。身体が体温を残していても、残酷なまでの恐怖がそれを奪っていく。何もかもが無意味で、逆行することのできない道を辿るよう。終点はすぐそこに迫っていると言うのに抵抗のひとつも出来ぬ虚無感。それを死と呼ぶ。
獅子王はそれを味わったはずだ。
「いくさばは、まだ平気な訳じゃない」
無理もない言葉だと思った。獅子王は腑抜けた男ではない。先祖代々の血を誇り、刀を振るう粋の極みのような男なのだ、本来は。
その牙も審神者の真綿のように残虐な優しさでくるまれ、抜かれてしまっていたわけだが。錆びた鉄屑で敵は殺せない。獅子王という変質した刀は、殺戮兵器と化した短刀の前に瀕死の目に遇ったのだ。
それを責める者は誰もいない。彼を鍛練不足だと笑うことも。
「それでも、俺が前に進むには必要だと思ったんだ」
「お前が決めたのか?」
「俺の意志だ。あるじに言われたからじゃない」
金の髪に黒い誂え。互いに映えるその色合いは、本来は燦然とした輝きを放つ。どこかくすんで見えてしまうのは彼の迷いゆえなのか。
「なら、俺はもう何も言わないさ。無理に振る舞う必要はない、とだけな」
「無理はしてない」
恐怖。それに支配されたものがもう一度立ち上がるには、想定以上の時間を要するものだ。果たして彼の言葉が真か強がりか、それは深い小判の道の果てにある。
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枯れ木に花を(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「大阪城?」
任務らしい任務といえば、これが最初になるだろうか。主人が戦う覚悟を決め生まれ変わっている最中の本丸は、ついに戦場への指令を受けとることになる。
「とはいえ、今回の任務はそこまで難易度の高いものではありません。不定期に開催される、大阪城地下の探索任務ですね」
派手な流血沙汰や、命のやりとりではない。大阪城探索の主たる目的は、新米審神者の実践経験づくり、地下に眠ると言う小判の回収、そして粟田口の短刀の捜索である。まだ戦力としては十分とは言えず、経験も浅すぎる本丸には妥当なスタートラインと言えるのではなかろうか。
「いよいよ実践か。面子は決まってるのか?」
「選べるほど多くはない本丸ですが、大体は」
戦場へ赴く六振。審神者の采配を鶴丸は待つ。
「鶴丸国永。堀川国広。大倶利伽羅。小夜左文字。秋田藤四郎。獅子王。以上六振を中心に、今回は探索をします」
外は信じられないほどにうららかだった。
「……獅子王は、もう平気なのか?」
鶴丸が念押しするように、低い声で問いかける。審神者は静かに首肯した。
「傷は修復しました。あとは身体の鈍りを解消すること。そのためにも彼には同行してもらわねばなりません」
「そうか。あいつとあんたが納得してるなら、いいんだ」
小夜と大倶利伽羅。この二振はきっと、審神者が変わって環境が変化した本丸と相性がいい刀だろう。反対に、戦向きではないと言った乱は外れている。その辺りの舵取りは今後の課題というやつだろう。
何より、本丸の主力とも言える次郎太刀の不在。これは大きい。大太刀に頼らず、個々が強くなり活路を見出だす。主人はそんな成長を望んでいるのかもしれない。
ともあれ、部隊長であり近侍である鶴丸は、やらなければならないことがある。この六振、知っている者もいれば浅い仲の者もいる。その溝を埋めるのも鶴丸の役目、そんな気がした。
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ついのかなで(刀剣)
※ブラック本丸出身の鶴丸が弱小審神者を見守る話。
「…………お前はなんでここに来たんだ?」
葬送の箏の音。夜の帳が下り、庭先ではコオロギが悲しげな音色を奏でる。審神者の箏に共鳴するかのように、秋の訪れを告げる虫たちが羽根を鳴らすのだ。意思疏通ができるわけでもないから、捉え方のせいだろうが。
月は満月でもなんでもない、中途半端な欠け方をしている。それでもお月見だとはしゃいだ乱を中心とした短刀たちが、月見団子を作ってくれた。亡き者たちへの餞別にもなるだろう。本丸の縁側に腰掛け、鶴丸は月見酒と洒落こんでいた。
箏の音は本丸の頂から。身軽な小夜に導かれて、屋根の上まで昇ってあの人は音楽を奏でている。「できるだけ刀たちに近い場所で奏でたい」と、空に一番近い場所で。
「…………」
数少ない刀しかいない本丸だから、夜になると静けさが一層身に染みる。縁側で酒をあおるのは鶴丸ひとりだが、月光を遮るように閉められた障子の傍に気配があった。
ーー大倶利伽羅。唯一の、生き残った打刀。
馴れ合いを嫌うこの刀が、何故審神者に拾われたのか。ほとんど会話をしたことはなかったが、興味があった。
……過去の縁がないわけではない。鶴丸と大倶利伽羅は、本来の主人と多少なりとも繋がりがある。だがそれは、昔の話だ。今顕現している鶴丸国永と大倶利伽羅は、ほぼ初対面にすぎない。だから縁を紡ぐなら、杯を交わすべきなのだ。
「馴れ合うのは好かん奴だと聞いていたが?」
「……俺は誰とも馴れ合うつもりはない」
「ならどうしてここに? お前もあるじに拾われたんだろ」
数拍の沈黙。鶴丸は月の浮かんだ盃を揺らし、こいこいと手招きする。しかし大倶利伽羅は微動だにしなかった。まるで月光のさす縁側の前に、見えない壁があるみたいに。
「話す必要はない」
「必要とかじゃないさ。俺が知りたいから聞いた。悪いか?」
「話すつもりはない」
「つまらん男だなあ」
鶴丸は大袈裟に肩を竦めた。はあ、と大きく吐かれた溜め息はしかし、大倶利伽羅の心境を変えるには足りない。
「まあいいさ。お前のことはこれから追々わかるだろう。それよりも、ほら」
差し出す盃。酌み交わす酒は二人が飲んでも余りある。
「そんなところで棒立ちじゃ、綺麗な月も見えねえだろ? 今晩はいい月だぞ」
「別に」
「我らがあるじの出陣なんだ。もっといい席で見てやってもいいだろ」
鳴り響く、葬送の箏。星の控えめにまたたく空へと溶けて消えていく。消えては新しい音が生まれ、旋律になる。
稚児のようなたどたどしさで、つっかえるような歩の進みでも。確かに強くなろうとする主人の晴れ姿を見ずして何が従者か。
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