mataaeru
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「 星も、月も、爆破します。きみのことが、いちばん好きでした。 」
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mataaeru · 1 year ago
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柔らかな毛布に包まれて眠る。それ以上の幸せを知らない。知らないだけだよって君はいうけど、本当にそれ以上の幸福があるの? あるなら教えて欲しいと甘えてみれば浅い眠りの狭間、波打ち際を歩くように微睡みながら朝、目が覚める。
 カーテンの隙間から光が差し込んでいる。その光を見ただけで叩いて引き伸ばした金属板のように滑らかな空を思い浮かべることができて、それはなんだか大気圏も連想させて、薄くなればなるほど澄んでいく空気の感触を匂わせている。彗星はそんななかで燃焼していずれは燃え尽きて小さな石ころになって果てには塵クズになって消えてしまう。でも、それはそれでいいのかなって思わせる健全さも冬の気配には満ちているから。このうらぶれた季節が案外好きだ。
 拡散された光に舞う埃の粒子が薄く開いた瞼の下のまだ霞んでいる左目に映り込む。今日はどんな1日になるのかな、なんてとりとめもないことが頭の片隅で回り始めれば五感はゆっくりと現実に戻ってくる。分厚いマットレスを通して伝わるフローリングの底冷えや、布団から露出した頬をエアコンの暖気が呼吸の軌跡ごと包み込んで撫でる、その肌触りまでを感じることができる。瞼を一度閉じてまた開ける。明瞭になった視界に季節の輪郭が尖って世界のディティールがピントの合ったレンズみたいに浮き彫りになる。
 それから控えめな伸びをして起きあがれば絹のパジャマが肌着と擦れあってささやかな静電気が生まれる。この瞬間に見えなくたって結晶のようなきらめきが飛び散ったのがわかる。今まで眠っていたベッドの余白にはもう一人分の空白があってそこにはまだ温もりが残っている。小さな部屋の扉の向こうに存在する小さなキッチンから聞こえてくる鉄同士がぶつかる音やスリッパ越しの足音、蛇口から流れる水の音はそれぞれが独立してる生活の物音のくせにちゃんと調和していて、森の動物たちで編成された楽隊が遠くからこちらに行進してくるようで、なにか予感を引き連れてくる。
 おはようと言い合える人がいること、コーヒーメーカーが全自動で淹れてくれるコーヒーは一人分には少し多いから、それを分かち合える人がいること。退屈であろうと忙しかろうとお互いに腕を広げて抱擁し合えるということ。当たり前と呼んでしまうにはあまりにも傲慢なかけがえのなさをどれだけ心に留めておくことができるのだろうと思う。広大な海に錨を下すように君の肩にそっと体を寄せる。
 凪いだ海が突然の嵐によって荒れようとも火は絶やさないように、いまさら口には出せないけどそう心から思うから、代わりに熱されたフライパンに乗る丸いパンケーキを見て、綺麗な焼き目だねって伝えてみる。隣に立つ君はわかりやすく顔に出る人だからニヤニヤを1ミリも隠せないまま、でしょう。と浮き立つ。パンケーキの上に四角いバターを乗せてメープルシロップをかける、そんなほんの少し先の未来の動作を想像してみる。まだ熱い表面にバターが溶け出して透明な液になる。その上からチューブのシロップを垂らしていく。粘度の濃いそれがパンに染み込んでいけばいくほど甘い匂いが立ちのぼる。フォークを突き刺しながらナイフで4等分に切り分ければ、その柔らかな感触がステンレスのカトラリ越しに皮膚に伝わってきて、自分が自分のままでいれる喜びや君が君のままでいてくれる頼もしさなんかを、あるいは夜から朝へと綿連に繋がるありふれた特別な日々の実感なんかを受けとって、こそばゆくなって肩を寄せたまま笑ってしまう。
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mataaeru · 1 year ago
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きみは写真を撮らない。一緒に行った場所や食べたもの、ツーショットなんかも、一切撮らない。一度たずねたことがある。写真撮らない人だよね。このタルト、美味しそうだしすごく写真映えするんじゃない?と。そうしたらきみは少し笑って答えた。「撮ったら残っちゃうし、過去になるよ」と。どういうことだろうと思った。椎名林檎の「ギブス」みたいだな、知らんけど。そんなことを呑気に考えた。
 ずっと一緒にいるけれど、掴めない部分もとても多い。そもそも、始まりが何だったのかも覚えていない。自然と出会って自然と一緒にいるようになった。こういう表現をきみは嫌がる。自然と、なんてないんだよ、と言う。必ず何か意味があって今の状況が生まれているはずなんだよ、と。僕にはきみが言っていることが完全に理解できていないと感じることも多い。
 きみは、かわいらしい。そして、よくわからない。
「2人を写す記念写真は残らなくってもいい 今の君が好い」いつかきみが二人分のインスタントコーヒーを淹れながら何の気無しに口ずさんでいた歌。気になって歌詞を調べたことがある。その時に何故か僕は別れを予感した。きみと居られる日々はそれはそれは幸せだったけれど、いつか離れてしまうのかもしれないな、と静かに悟った。悲しいとか寂しいとかそういう感情ではなく、そういうものなのだと思った。自然と始まったものは、自然と終わる。僕はいつも成り行きに身を任せている。
 きみは写真を撮らない。どうして恋人の写真を撮らないの?と遊びに来ていた友人に聞かれていたきみが「私は記憶や思い出にも嫉妬してしまうから」と言った。「縁起でもないけれど、もし恋人と別れてしまった時、残った写真は誰かを嫉妬させる材料になるし」「じゃあ恋人とのデートで行った場所の景色や食べた物を撮らないのは?」「写真を撮らなくてもその時一緒にいた恋人が証人になってくれるから撮る必要がないよ」きみは涼しく笑った。テレビを見ながらそのやり取りを盗み聞きしていた僕は、きみの考え方に同意は出来なかったが、何も言わなかった。季節は冬が始まった頃だった。
 ある日ドライブをしていると、ラジオで「115万キロのフィルム」が流れた。「いい歌詞だよね」僕は助手席のきみにふとそんな感想を述べた。「そうだね」それだけ答えて、窓を開けた。そのまま何も言わず、ひたすら遠くの景色を眺め続けていた。何故だろう、いい歌詞なのに、想像できない。無責任に流され続けてきた僕は、誰かと確かな未来を描くことに現実感がない。きみは手に負えない。ずっと一緒にいたいけれど、きっとそれは正解ではない。
 たまに思う。きみが写真を撮れば、見ているものを見たままに僕も見ることができるのに。きみが写真を残したがれば、僕らの関係ももう少し強固なものになるかもしれないのに。きみにはあと一歩を踏み込ませないガードがある。僕にはあと一歩踏み込む勇気もないし、踏み込んだからといって踏み込んだ分だけ理解できる自信もない。実際、きみの言うことに同意できないこともある。けっこうある。そんな悲観的になるなよ、もっと人を信用してもいいよ、楽しくいこうよ、そう思うこともある。多々ある。だけど、どこか一理あるとも思える。理解はできないのに、どこか愛おしい。きみを通して僕は僕自身を見ている。
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 ある日突然、きみは消えた。ああ遂にこの日が来たかと僕は思った。本当に、忽然と消えた。きみの使っていたマグカップやよく着ていたアイボリーのカーディガンだけがそのまま部屋に残っている。きみという存在だけが消えた。どこに行ってしまったのかは知らない。探したところできっと見つからないのだろうとも思う。
 きみとの思い出の写真は一枚もない。本人が写っている写真も一枚もない。こういうとき、写真を撮りたがらない性質というのは役に立つなとやけに冷静に僕は考えた。きみは写真を撮らなかった。そして、僕もそうだった。正直に言おう、僕はきみを撮るのが怖かったのだ。絶対に過去になるであろう人を写真に残すのが。でも、実際は、写真を撮る暇も与えず、きみは僕に思い出を植え付け続けたのだ。想像は現実をこえる。彼女の勝利。一緒に行った場所、食べたもの、交わした言葉、すべて証人はきみ、そして僕。形に残るものは一つもないのに、人の記憶だけに頼るしかないというのに、その事実が強すぎる。僕はきみとの思い出を知らないうちに両手いっぱいに抱えていることに気づいた。形にならない愛も呪いだ。「残らなくてもいい」という歌詞の意味が少しだけわかったような気がした。春の日差しがあたたかい。
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mataaeru · 1 year ago
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mataaeru · 1 year ago
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空のグラスを差し向けて、彼女は無表情に、こちらをみつめてくる。暖色の室内灯が透きとおるガラスを屈折して、橙に光る。ぼくが注がない可能性などないかのように。そのどうしようもない背徳感に耐えきれなくなって、テーブルの上のワインの瓶を取って、彼女のグラスへと注ぎ入れてしまう。もちろん、赤だ。そして、とろとろと注がれる液体を伏し目に見ながら、彼女はしずかに、話しだす。
「乾いた男がいるとするでしょ。場所はどこでもいい。砂漠でも、無人島でも。とにかく、その男は水を手に入れられなくて、喉が乾いてしかたがないの。死を間近にしてくるしんでいるの」
「その男に、一杯のコップに入った水をわたしてやるの。その水は透き通って、ちょうどよくつめたい。男は歓喜にふるえる手で受け取り、万が一でもこぼれたりしないように、ていねいに持ちあげて、口元まで持っていくの。それでね、唇にコップがつけられる、ちょうどそのときにね」
彼女は、ちょっと笑った気がした。
「その水にはどくが入ってますよって教えてあげるの。飲んだら死んじゃいますよって」
それで彼女は話をやめて、ゆっくりとグラスをまわして、ワインに空気をふくませた。いまグラスにはワインの香りが満たされて、くゆって昇っているのだろう。ぼくは、真紅の香りが彼女を包んでいるようすを想像する。その香りが、たとえば彼女が呼吸をするのを防いでくれればいいのに。彼女を窒息死させられればいいのに。
――どうして、そのたとえ話をしたんですか。
ぼくの存在にはっと気づいたように、そうよね、なんてつぶやいてやっぱりすこし笑って、彼女はまた話しだす。
「いや、なんでもないの。その水みたいなおんなになりたいなって、わたし」
――え。
「結局絶望しながらも、乾いた男は、きっとがまんできずに水を飲むでしょう?それで一瞬の快楽、乾ききった喉と体がみずみずしく生きかえっていくような快楽のあとに、くるしみだして、死ぬわけじゃない。どんなくるしみ方をするかはわたし、知らないけど」
彼女は、ぼくの目をすっと純粋に見つめた。
ぼくは彼女をずっと見ていたので、目が合った。
「その男は最後に、その水で快を知って、それでその水でくるしんでしぬわけじゃない。そんな水みたいなおんなになれたら、わたしどんなにロマンチックかしらって思うの」
「それだけよ」
そして彼女はまたしずかになって、ゆっくりとワインに口をつけて、のんだ。
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