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お父さんが憎いんだと思ってた。もしかしたら違うのかも。お母さんの方かも。殴るひと。見てるだけのひと。助けてくれないひと。ひどいひと。わたしはお母さんが嫌いなのかも。
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表の?日記で愛の話を少しした。
愛って何だと思う?最近、自分がああだこうだと口うるさく言って決めつけようとするのはそうであってほしい、そうでないと困るという浅はかな自分の願望に過ぎないと思った。確かにそうなんだ。怖いから、自信がないから、足りないからそんなことを言う。
あるがままをみて、それを自分が本当はどう思うのか、ということを大切にしてみたら、色んなことがとてもわかりやすくなった。引っかかるものが少なくなった。
愛というものに関しては、それはそれは貴いものであるという見方はあまり変わらないんだけど、人がいるだけ愛も様々と受け入れられるようになった。それは愛を受け入れるのとは違くて、その存在を否定することはない、というだけ。ちゃちい愛だってあるし濁った愛だってある。きもい愛も。ぎりぎりな愛も。
面白いねえ。
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10年近く前になるのか。きちんと人を、他人を愛してみたいとおもって、当時本当に好きだった人に好きと伝えて、お付き合いしてもらった。とても尊くて、愛だった。浮気されてたけど。うける。けどそうしようと思わなかったら、愛さなかったら、浮気されていることを辛いと思わなかったら、今がないので、辛かったけれどありがとうとも思う。
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愛ってなあに
もしもこの世に運命があるとして、きっとあなたはその、運命の導きによって出逢えたんではないかと思うとして、けど、例えそれが本物の運命でも、あなたと添い遂げられるとは限らなくて。
何度でも繰り返すことを、滑稽だとは思わないよ。都度何もかもを与えてもらって、わたしだって失っている。
とても苦しくて死んでしまう方が楽なんじゃないかと感じることもある。
消えないもの。
いつでも尊いもの。
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弱さを人に見せてはいけない。なぜかそう思っている。できないことを怒られるから。叩かれるから。泣いても必死で頑張ってもできなければ認められない。そんな人生だった。ひどい子供時代だ。頭のいいわたしにそんなことしやがって、絶対に許さないからな。わたしは絶対にそうしないから。この呪いもといてみせるから。いつかあなたたちも許すから。
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たった数週間前、わたしは誰にも愛されていないと泣きじゃくり絶望してどうしたらいいかわからないなんて言っていたのに、今はもう知っている。先に望んではいけなくて、もうもらっている愛を、受け取って大切にするだけでいいんだって。
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愛することとか、大切に思うことって、すべて自分の中で完結すべきことだと思う。愛してるのに、とか、大切に思ってるのに、とか、それらの崇高で素晴らしい感情を相手に干渉しようとする言い訳に使うようになってしまったら終わりだと思う。そこにはなにもない。もはや愛は愛でなく、大切にしているつもりのものもそこにはない。空虚にしがみついているにすぎない。
自分をねじまげるのはもうやめよう。魂が死んでしまう。
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いぬが死んだ
少し前にエースっていうお話を書いた。泣きながら。エースの飼い主だったひとの投稿はすべてエースへの愛に溢れてた。悲しくもあり、けど絶望しきってなるものかという美しい強さもあり。わたしは想像していた。もしルーが死んだら自分はどうなってしまうのか。エースの飼い主さんと似たように強く美しくいられるか?答えは簡単で、想像以上とかそういうもの全部飛び越えて、想像も想定も予想も予測もできない何でもない何かになった。ついこの間まで、言葉を尽くして齟齬のないことが最善だとおもっていたけれどそうでもないことにも気がついた。今回、なおさらそう思った。何も言えない。いや、言えるけど、それは何が起こって、そのとき自分は、文字にできる範囲で、どう感じて、どういう行動を取って、という、ただの一連の流れにすぎない。それは、今このどうしようもないぐずぐずでけど頑張ってどうにか立っていようみたいな、二人の自分が交代交代でなんとか社会生活だけは損なわないように、人に迷惑かけないように(かけたけど)、適度に死なないように(これは、心が)、ふわふわと半分現実でないところに浮く何かになった、なってる、ことをあらわそうとすることとは違くて。
もしも自分がひとりぼっちなら、ただルーがいなくなったことをひたすら見つめて過ごせばいいんだろう。ずーっと泣いてればいい。そしたらお腹がすいて、喉もかわいて、這って台所までいって冷たい床に寝っ転がりながらでもなんかかじったり啜ったりするんだろう。そうし��何週間か数か月か経ったいつか何となく光みたいなものが見えてきて、ぼろぼろのまま外へでかけて行くんだろう。
けどいま自分はひとりじゃなくて、ルーがいなくなったことをわたしだけのことにはできなくて(お父さんとお母さんがいるから)、それはそれで不幸だし幸せだとも思う。ルーがいたこともすごく大好きで愛していたことも証明するためにはわたしひとりだけのものではできないと思うから。死にそうになるほど面倒くさいけど、ああ生きてるってこういうことかと思った。はあルーに会いたい。
たぶん?文才のどうこうではなくてこの何とも言えなさも一生のうちではすごく貴重な経験だなと思う。こんな気持ちにさせてくれてありがとうルーくん。きみはきっともううちには来ないとは思うんだけど、来世もそのさきもルーくんらしくたのしい命でありますように。
わたしはもうしばらくだけふわふわしてる。
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好き
おとなってすごく簡単にこどもにめちゃくちゃな傷をつける。わたしは、お前の喋る言葉が小難しすぎて何を言っているのか分からない自分の頭が良いことを鼻にかけているのか、と言われたから、すごく簡単な言葉で喋るようにしていたら、何その馬鹿っぽい喋り方、と言われた。たぶん一生忘れない傷がこういうの以外にもたくさんある。たくさんたくさんたくさんある。おとな、っていうか、親、って、こどもであるわたしからしたら(特に、幼い、わたし)世界のすべてだった。外の天気が荒れていることよりもお母さんの機嫌が悪いことの方が怖かったし、遠い国で戦争か何か恐ろしいことが起きていようがその時殴られた痛みの方が死にたくなった。
こどもって、本当に本当にきれいな透明なガラス玉のようだと思う。ともだちのこどもと会うとそう思う。話すだけで泣きそうになる。こんなに美しいものを、ずっと美しいままで、あなたはあなたの自由な世界で、もっともっとあなたらしく生きていって、と思う。
いわゆる野生の動物たちが弱肉強食で殺したり殺されたりするのと同じように、わたしも(人間はみな)わかりづらいだけで当然、殺生の世界にいる。
だから、取り立てて悲しくおもったり、傷つかなくていいんだと思えるようになった。死んでないだけいいじゃないか。命であってよかった。
たぶんすごいちっちゃい頃から、話を聞いてもらえなかった。両親に。仕方ないけどさ。
いつしか自分が自分の思っていることを思うように口にしてはいけないんだと思うようになった。今もそう思ってる。怖い。聞かれない��とが。同意してもらえないことが。同意でなくても、興味をもってもらえないことが。どんなことでもいい何か、何かが返ってこないということが恐ろしくてたまらない。
もしも自分が声のないいきものだったら、どうしていただろう。別に喋らないだろう。��れないんだから。ことばばかりに頼るのはやめよう。愛は目に見えないんだから、どんなでも伝わる。すごいね。
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たった今うまれ申した
前に自分の抱える不和を呪いと書いたけど、そこにはもちろん他責の意がある。この呪いはひとの責任なので、だから責めたい。責め殺したい。果たしてそれは正しいんだろうか、と呪われた瞬間からぼんやり自分に問うてきたようには思う。歳を重ねるにつれて、より、なるべく、理性的に。ただ呪いはいつもわたしの脳みその奥の奥のとかをかちゃかちゃに掻き乱すので、あっと思ったときにはもう感情が大変なことになってる。責め殺したいと書けるほどにはとてもひどいことになってる。だったら、と端折るのはまあまあ乱暴だけれど全部棄ててみっか、と思った。自分の記憶がうまれたところからの積み重ねの反射や学習をリセットしてみるのはどうかと。むしろそれしかないのかもしれない。いや他に方法はあるのかもしれない。けど今の自分に思いつく最善で最短はそれなのだ。いちいちしっかり考えるがいい。受け止めるがいい。己のすべてをじっくり見定めて、それは目の前の、或いは遠くでのびやかに暮らしている大切なひとやもの、ことを傷つけてしまわないか?
アンパンマンは自分の顔を誰かにあげるとき、後で自分がどうなるかなんて一々踏みとどまって考えていないと思う。少し意地悪なリアリストからみたら、資本(自分)を削るうえに、非効果的で非効率的で抜本的な行いではまったく無いじゃないかと言うかもしれない。既にわたしの中のリアリズム悪魔が言ってる。けどそれは間違ってる。自分以外の何かにひとは何も大きなことなどできやしないしすべきでもないと思ってる。ただそのひとがもし、お腹がすいて座りこんでしまったなら、そっとひとかけのぱんを手渡すでも、そのひとが立ち上がれるようになるかもしれないたった小さな一つのきっかけを惜しみ無く払い出せるひとになりたい。そう在りたいなと思う。
人の文化における普遍性なんてとても曖昧なもんなんだから、何が美しいかは自分で決めるし運命も人生も全部自分だけが価値を見いだせるものだと思う。
いつか死ぬとき、いや死んだあとでもいいから、誰かが淡くわたしを愛してくれるように、大切に思ってくれるように、わたしはわたしの在りたい様でいられるようになるべく毎日を過ごしたいなと思う。
死ぬまで成長すんだ。それしか出来ないんだから。びゅんびゅん。
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間違われることが怖い
文字の世界は安心する。わたしが書きたいことを書きあとから読んで取れる内容にわたしが思っていたこととの齟齬がないことに安心する。ひとが読んだときはどうかわからないが、読まれているかどうかもわからないので、安心する。
間違われることが怖くなったのはきっとこのせいだというのが思い浮かんだので書く。
13歳のとき、成人向けの掲示板の書き込みを見たという知らない男のひとから電話がかかってきた。わたしに、ではなく、わたしと同じ部活をしていた女のこに。また同じようなときに同じ部活のまた別のこに知らないひとからE-mailが届いた。「きみの学校のことさらされているよ。この掲示板見てごらん。」と、URL付きで。
掲示板にはつぎのような内容が投稿されていた。部活内でいじめが起きていて、仲よしのこがターゲットになっているのがつらい。ここにいじめっこの情報を書くから、電話とかメールとかたくさんして困らせて制裁してほしい。と。投稿者の名前はわたしだった。
変なことが起きている、と一連の内容はあっという間に部員の中で広まって、先に出てきた女のことはまた別のこからわたし宛に一通メールが届いた。「死ね死ねボタンぽちっとな」と書いてあった。
わたしは一体何が起きているのか分からなくて戸惑っていたのだけど、しばらくして一人の女のこが未帆じゃないと言ってくれた。掲示板への投稿は携帯電話からされていたのだが(機種名が表示される仕様だった)、わたしは当時携帯を持っていなかったからだ。これ未帆じゃないよね?だって未帆携帯持ってないもんね?てさらっと言われたのを覚えてる。わたしは15歳になるまで携帯ではなく事前に指定した3か所にしかかけられないPHSを持っていて、友達とのやり取りは主にパソコンで行っていた。連絡を取れなくなるせいであまり外へは遊びに行けず、その騒動が起きたときも確か同じ部活の何人かは一緒に遊んでいたのだったと思う。それで色んな話が回るのが早かった気がする。
死ね死ねボタンのこからはすぐにごめんとメールが来たが、当然、ああよかった、とはならなかった。本当にわたしが投稿したのだと一瞬だって疑ってもらえなかったことも悲しかったけど、死ねとまでいっておいて、間違っちゃったごめん、だけで済まされるほど相手の中では自分という存在の価値がないのが分かってしまってつらかった���当時は大変な事件が起こってしまった、というパニック状態のような感覚が強くて、自分の中で全然きちんと整理ができていなかったように思う。今書いていて思い出したけど、パニック状態での余裕のなさから、未帆は違う、と言ってくれた女のこもやっぱりわたしのこと何とも思ってない(というのは、ただそのこに判別がついた事実を言葉にしてくれただけで、そのあと別に心配したりわたしのために怒ってくれたり犯人探しを一緒にしてくれたりとかしたわけじゃなかったから)というのも分かってしまって絶望したのをなんか無理やり気がつかなかったことにしてたんだった。女のこたちがグループというものを作り出してファッション雑誌とか読み始めるようになってなんかそこになじめずそれとなく感じていた自分のみじめさみたいなものをはっきりと叩きつけられた瞬間だった。事実はそんなことなかったのかもしれないけど少なくとも自分にとっての認識はそうだった。そりゃおかしくなるわ。なんか、すらーっと感情が自分の上を滑っていく感じ。つらいと感じるのがつらいから、何もなかったというか気づかなかったというかあれ?何も感じませんでしたよね?と自分にこっそり言い聞かせるかんじ。それでわたしは死ねボタンに何も言わずに許したし(許したというか罪にしなかった)、特別、人間関係をどうするわけでもなく何となく日常に戻った。
幼いから、ただ学校が一緒、部活が一緒っていうだけで、丁寧に大切にできるほどの絆で結びあうなんてほぼ不可能だって分かってなかっただけの話だけかもしれない。あとある程度他人を尊重する気持ちが備わる前だったからああなった。みんな子供だった。
けど、ここまでほぐしても、この中枢系がぞわっとするようなトラウマたちはいまも確実に自分自身によくない影響をもたらしていて、それは呪いみたいにわたしの首を絞めつづけるから、できることならぜんぶときたい。
大事な大事な親友がいる。彼女の方はわたしをどう思ってるか知らないけど、小学1年生のときに出会ったそのこ以外にはわたしは中学でも高校でもほとんど友達ができなかった。
ずっと同じことなんてないし、誓いも約束もできないけど、わたしは一生彼女を大切にする。彼女が彼女である限り、どんなことがあってもわたしは彼女を大切にする友人というものでいる。
大切なものしか大事にしたくない。どうでもいいものも愛でるほどの時間なんて人生にはないから。
何となく通じるものがあるからこうして長く関係を続けられるわけで、彼女だけじゃなくて、いま大切にさせてもらってるひとたちに出逢えたのは運命だって呼んでいいのかも。神さまがくれた宝物なのかも。
今日までわたしを大切にしてくれた何もかもありがとう。愛しています。大好きだよ。
追伸
最後に読み直しをしていたら、どうして自分は自分の気持ちを他人に暴露できないのか問題に気がついたし原因も何となくあたりがついた(��た別の呪いだ。叱責の話だ)ので時間のあるときにまた書いてみよう。死ぬひとみたいな終わりかたになってるけど全然死にません。大丈夫です。おやすみ。
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全部ことばにして殴ったらきっと楽になるとおもって泣きながら一生のうっ憤を母親にわめき散らしたことがあった。返ってきたことばは「ごめんねえ」。死にたくなった。もうこれ以上、自分が傷つくものと関わりをもったまま生きていってはいけない。
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勝手にあいうえお物語「え」
エース
あなたが死んだとき、ああ、わたしがあなたになろう、と思った。あなたの名前を名乗り、あなたの服を纏い、あなたの好物を食べ、あなたのベッドで眠る。話し方や笑い方、立ち姿や歩き姿、あなたの声までも真似て、すべてのことをあなたにすれば、わたしが死ぬまであなたは死なない。そう思った。到底無理なのは初めから分かっていた。何もかも予想通りだった。わたしがエースと名乗ることはできないし、あなたは服なんて着ていなかったし、ドッグフードは喉を通らず、出来たのはあなたのお気に入りのクッションを体の下で押し潰して眠ることだけ。極め付きは、あなたのつもりで鳴こうとしたとき、あなたの声を思い出せなくて死にたくなった。あんなにたくさん話したのに。毎日わたしにたくさんのことを伝えてくれていたのに。あの声が、音が、まったく頭の中に思い出されない。死んだ人間が私を呼ぶ声は誰のも大抵思い出せるのに、それらすべてと引き換えにしても呼んでほしい、あなたの声だけが聞こえない。脳の中に無い。何でだろ。すごく悲しくて苦しいのに、面白くなって笑った。もしかしてこれだけのためだったりするのか。一番さいごの、あなたがわたしを笑顔にする魔法。あなたの声がききたくて、わたしはこの先もずっと、たくさんのあなたとの思い出を反芻して、どうにか、何とか、残っていないか、何度も何度も探すでしょう。きっと死ぬまでそうでしょう。そうしてわたしはあなたを大切なままで、余生を過ごしていくでしょう。わたしの命。エース。
※実在のひとから着想を得て書いてますが、まったくの妄想です
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勝手にあいうえお物語「う」
海
その向こうには崖があるともしらず、海を見て喜びはしゃいで駆け出した小犬が飛び出して落ちてしまい、首の骨を折って死んだ。かわいそうに思ったので老人は小犬の頭を切り落とし海へ流してやった。老人は立ち上がれないままで、小犬のからだもしばらく海につけてやっていると、やがてりんごの皮がくるくると剥けるように、小犬のからだはプレゼントに結ぶリボンほどの太さの紐のようになって、首の断面からゆるゆるほどけて流れ、海の中へ消えていった。
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勝手にあいうえお物語「い」
糸
取れたボタンを留めるのに裁縫箱を開けた。この漂白された白の糸を指先でつまんで、その端を地に向かって垂らし針の穴へ通そうとするときにいつも思う。これは実は、芥川の蜘蛛の糸で、目には見えないが数多の汚れた亡者たちがわらわらとこの糸に縋りよじ登ってきているのではないか。わたしの糸を持つ指にその亡者たちが触れたら。その頃にはわたしは指の先ごと糸の端を口に入れて、糸を湿らすついでに亡者をのめばいい。一瞬のうちにそんな中途半端な妄想をして、ボタンはいつでもうまく留められないのだ。
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天祖神社へお参りにいった。はじめに、菅原神社へ。そのとき目に入ったもの、頭に浮かんだ音をメモした。つぎに稲荷へ行った。手前の三峯神社には、見てる、と言われた気がして、稲荷には、食べろ、と言われた気がした。境内のイチョウが、今年来年再来年遠くとかこーとかほーとかおーんとか言ってる気がして、来年再来年に関わることは仕事かな、と思ったのでおみくじを引いた。仕事は特にぴんとくることが書いてなかったけど、めちゃくちゃ内容のいいおみくじで、大吉だった。帰り際に、自分が、今年が前厄、来年が本厄、再来年が後厄であることに気がついた。たぶんこれのことを言いたかったのかなあ。よくわかんないけど、今年しっかりしてれば来年再来年は心配ないっていわれてるような気がした。合ってるといいな~。そのあとで、白いふわふわの龍(ドラゴンだけど)のぬいぐるみを見つけたから、たぶん合ってるかなあ~。お迎えしようか本気で悩んでる。たぶん何かと助けてくれる気がしてる。いや、それは形骸な気がする、、、

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勝手にあいうえお物語「あ」
愛
愛って何の色、ときいたときに、銀色、と答えた。銀色はあなたの色らしい。砂糖を一匙掬うときに使う小さなスプーンの色。海を美しく泳ぐ青い魚の腹の色。子どものお使いで握りしめられる誰かの横顔が刻まれた硬貨の色。猫の集まる赤いストーブの囲いの色。颯爽と街を走るとある洒落た車の色。思うより世界には銀色が溢れていて、けれどあなたに似合う銀色はきっと宇宙の夜明けみたいな銀色だと思う。見たことないけど。そして���宙の夜明けなど人間の眼では知覚することができないに決まっているけれど。きっとそうに違いない。あなたはこの世の宇宙の夜明け。
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