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ミシェルの値段の話
巷で、名前を記して占うとその名前の人物に適当な値段をつけてくれるという診断遊びが流行った時があった。 「診断とはいえミシェルがこんな値段は許せねぇぜ。」
自宅で寛ぎながら、洵はミシェルに付けられた消耗品のような値段に不満げな様子で、その数字に丸を8個ほど足した。 「…俺も買えねぇなこれ。」 自分で書き上げた桁を見て呟く洵に、ミシェルは苦笑いしながら答えた。 「やぁねぇ、そんなにお高いオンナじゃないわよ。」
そして、ふと以前街でナンパされた時に割って入られた時の事を思い出しながら付け足した。 「そもそも、買わなくたって"俺の人"なんでしょ?」 やや挑発的に微笑んでふふっと笑うと、洵は不意を突かれた様子で一瞬言葉を詰まらせ、その際の自分の言動を思い出して照れ隠しに目線を伏せながら答えた。 「…あー、そうだなそんな事も言ってた。」
そして、面はゆそうに視線を逸らしたまま付け加えた。 「でもこの丸の数は大袈裟じゃない。まあ…意味は分からなくていい。」
その意図が掴めず困ったような笑みを浮かべて小首を傾げているミシェルに、これくらいの大金をかけてでもずっと一緒に居たいなんて重たくて言えやしない、と洵はこの切なる気持ちを飲み込んだ。 「やすい女じゃねぇってことさ。」 微笑んでいつもの軽妙さで投げキッスをすると、ミシェルはやはり少し困った顔をしたままで、投げられたキッスをひょいっとつまみ取る仕草をすると、その指で微笑む自分の唇に触れた。
その所作に驚いて一瞬眉を上げた後、洵は微笑み、照れ隠しに自分の毛先を整えるような仕草をしながら背を向けた。 その背中に、ミシェルはこっそりと投げキッスを返しておいたのだった。
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♡珍しいふたりの話
仕事を終えて戻った洵は、少し緊張した面持ちで自宅のドアを開けた。 今日の仕事は装飾品のモデルの依頼だった。平和な依頼だと思い赴いたのだが、これがなかなかに刺激の強いコンセプトでの撮影で、上裸の姿にシルバーアクセサリー��ふんだんにあしらわれ、半身にうねり踊るようなトライバルタトゥーと咥えタバコまで追加された。記念にと貰った広告写真を懐に入れ、水溶性のタトゥーはそのままにして家路に着いた。 家で待つ彼女は、果たしてどんな反応をするのか。 「あらぁ〜っ お早いお帰りなのねぇ」 ひとりで歌でも歌っていたらしい、歌の続きのような軽やかな声で出迎えたミシェルに、洵はややぎこちない笑顔で答えた。 「ああ…モデルの仕事だったんだけど…順調に終わってさ。」 歯切れの悪い返事をしながら、洵はソファーに腰を下ろした。その隣にミシェルが腰かける。 「まぁ、お写真を撮っていらしたの?それは見てみたいわねぇ。」 「…記念に一枚貰ってきたんだ…これなんだけどさ…」 洵は懐に忍ばせていた写真をミシェルにそっと差し出した。 写真の中から挑発的にこちらを見下す洵の姿に、ミシェルは目を見開いた。家での洵を知る彼女からすれば、その姿はとても珍しく、別人にすら見えた。 しばし目を見開き、口元に手を添えながらまじまじと写真を眺めた後、視線を隣の洵に戻し、その耳に優しく触れた。 「ピアス…大丈夫?痛くないの?」 写真の感想が聞けなかった事が気になりながらも、洵は柔らかな声で答えた。 「ピアス開けるときはインビン炊いたし、そのあと防御バフ炊きまくったよ。まあでも…痛みには多少慣れてるから。」 ピアス穴の残っていない元通りの耳を心配そうに指先で撫でるミシェルの頬を、洵は微笑みながら撫でた。 「タトゥーは水で流せるやつだからさ、今日風呂で流そうと思ってるんだけど…ミシェルがそういうの大丈夫なら、流す前に見てみる?」 洵が思うに、いつも上品な振る舞いのミシェルはこういった過激なものは得意ではない。内心緊張する洵に、ミシェルは少し間を空けて答えた。 「…見てみたいわ。」 いつもと少し声色が違う事が気にかかるが、とりあえず拒絶はされなかったようだ。洵は安堵した。 「ああ、良かった。こういうの苦手かも知れないと思ったから…」 そう言いながら上の服を脱ぎ、ミシェルの前に立ってポーズをとって見せた。 ミシェルはポーズに合わせて躍る洵の身体を見つめていた。 洵の言う通りだ。ミシェルはこういった過激なものは好まない。写真を目にした瞬間、ミシェルの脳裏には一瞬、微かな拒絶の念が湧いた。過剰に身体に刺さる金属の装飾も、過激な刺青も、行儀悪く咥えられた煙草も…ミシェルは自分の世界からは遠ざけがちだ。 しかし、そんな姿で写真に収められた洵の、見るものを見下すような野生的な目を見た瞬間、ミシェルは今まで感じたことのない胸の高まりを覚えた。 ミシェルは自分がプライドの高い人間である事を自覚している。本人が自覚している以上にそのプライドは高く、人から見下される事などあれば不愉快を通り越して戦意すら覚える。 そんなミシェルが、写真の中の苛烈な姿の洵に見下され、劣情を催した。 ふと、目の前の洵の肌の、踊るような刺青にゆっくりと指を走らせる。美しく逞しい褐色の肌をより一層輝かせているように感じる。写真では臍にも銀の装飾品が鈍く光っていた。ピアスの形を思い出すように、洵の臍を舐める。 「っ…ミシェル?」 しばらく黙って様子を伺っていた洵がミシェルの肩に手を添え声をかける。ミシェルは、はっと我にかえり洵の顔を見上げた。穏やかに自分を見下ろす洵と目が合う。 その瞬間、あの冷ややかに見下ろす目を思い出し、ミシェルの下半身に今まで感じたことのない劣情が押し寄せた。媚びるような、甘く卑しい劣情だった。 心臓がどうしようもなく高鳴り、耳まで真っ赤になるのを感じた。いつもとは明らかに違うミシェルの様子に、見つめる洵が戸惑っている。しかし、いつもと違う彼女はそんな洵に構うことなく臍の下へ、洵の下半身へと舌を這わせていく。 「ミシェル…っ どうし…んっ!」 ズボンの上から、洵の男茎を探るように食む。だんだんと形を顕にするそれにミシェルは夢中で縋り、尚も服の上から口で愛撫する。 堪りかねた洵がミシェルの頭に手を添え引き離し、しゃがんで目線を合わせる。 「どうしたんだ?さっきから様子が変だ。」 滾りながらも心配する恋人の声もあまり頭に入らない様子で、ミシェルは熱に揺れる目で洵に訴えた。 「欲しい…欲しいの…お願い…欲しい…」 そう言って自分自身の体を抱きながら熱い息で喘ぐミシェルを、洵はベッドへと誘った。
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渡り鳥を愛した男の話
午後の日差しが暖かく射し込む部屋に、紅茶の香りが穏やかに広がっている。ミシェルがいつも身に纏っている赤いスワングレイス・コートを思い浮かべながら洵は呟いた。 「ミシェルは白鳥も似合うけど、個人的にはキョクアジサシも合うな。」 「あら、キョクアジサシ…どんな鳥だったかしら…」 顎に指を添えて考え込むミシェルに、洵は野鳥の図鑑を取ってきた。 「ほら…この鳥。」 「まぁ…綺麗な翼の鳥なのね。赤い嘴が綺麗…」 小ぶりな体に細く長い翼を優雅に広げて飛ぶ、カモメの仲間の渡り鳥のようだ。モノトーンの羽毛に赤い嘴と脚が映えて美しい。その鮮やかな嘴に、ミシェルは自分の赤いルージュを連想した。 「うふふっ、軽い翼ならすぐにあなたのところへ飛んで帰ってくる事ができるわね。」 「いつでも帰ってこれるようにしておくのが渡り鳥を迎える男の嗜みだな。」 「まぁ、お上手なんだから。」 家での落ち着いた雰囲気の中にもいつもの軽口を織り交ぜる洵の唇に、ミシェルは小鳥のようにキスをしてくすくすと笑った。 渡り鳥を籠に入れるような無粋はしないさ。羽を休ませる場所に自分を選んでくれるなら居心地良く用意するくらいはするけどな。そんな気持ちでミシェルを待ちわびる洵を、さながら甲斐甲斐しく巣を整え、愛をさえずる雄鳥のようだと感じ、安堵してその胸に帰っているミシェルの心に、洵は気付いているのだろうか。

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♡甘やかす日の話 side:ミシェル
いつもは強く、激しく自分を抱くまことが、今は自分の腕の中で素直に熱を求め、乱れている。こんな時は、男と女を行ったり来たりしてしまう自分の性を幸せに思う。いつもは彼の甲斐甲斐しい愛情をこの身に享受しながら、今宵のように彼の望むままに愛を注ぐこともできる。自分はとても幸せ者だ。 「ミシェル、っあ、あ、はっ…きもち、ッ…」 腰を揺らして尚も自分を求めるまことに嬉しくなって、激しく腰を打ちつける。響く音が強く、はやくなってしまう。 「ッ…!ああ…!ミシェル…ッ…すげ、ああっ…」 自分の下で甘く鋭く鳴くまことの声が頭の芯を強く掴んで離さない。こんな時でも変わらない口調に、あぁ、彼はいつでも彼らしく自分を愛してくれるのだと思い、彼の前ですらも自分の在り様を変え続ける自分を少し悲しく思う。 大好きだよ、と万感の想いを口に出せば、途端にかわいい恋人を甘やかす為の余裕が崩れ去ってしまいそうで、まことのツンとした可愛らしい耳を唇で強く噛んで自分の声を抑えながら、どうしようもなく押し寄せる愛おしさをまことの中に吐き出した。 「まこと…まこと…」 今夜が終わるまでは安心して甘えさせてあげたい。だから、氾濫しそうになる激しい劣情も、それと織り混ざって溢れそうになる縋る気持ちも、その全てを飲み込ん��、愛しい人の名前を懸命に呼んだ。
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♡甘やかす日の話(Side:M)
外での煌びやかな雰囲気をまとう彼女。1人の男として、オカマという存在は無条件に尊敬するものの1つだ。矛盾する2つの性別を体現するその様はある種の信念がないと身につかない。そこにはそれぞれの物語がある。 彼女にも悲しい過去があったことは名前1つとってみても垣間見れる。 ミシェル。何者でもない人。目の前でソファの背もたれに長い脚を投げ出している姿は、ローズと呼ばれる女性の面影を感じさせないほど雰囲気が違う。 今まで幾度か見てきた「彼」。最初こそ戸惑ったものの、今はその年上故の余裕と貫禄に魅せられて、偶に無性に甘えたくなる。甘えたい口実を作りたくて、髪型を変えてみるなど、俺もまったくヤキが回っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、ふとかけられる声にはっとして、半ば上の空で受け答えをしながら歩み寄り、撫でてほしい、と彼の体の間に割り込む。顎に指が添えられ、それだけでいいのかと問われる。絶妙な煽りだ。いつもの軽い冗談を返そうとしても出てこない。 彼はそれすら見越していたように、何も言わずとも俺が望むものをくれた。生暖かい舌が混じり合って粘着質な水音が耳に響く。「っ、…」ああ、触れ合う胸元で高鳴りがバレていたのかもしれない。だから敢えてあんな煽りを。と深い口づけの中で気づく。 耳慣れた声色とは違う、落ち着きのある少し掠れた低音。彼の腕の中で容易く昂り、その微笑みの先で抑えきれない衝動に乱れる。
彼の指で解される肉壁。その先の行為に益々期待して、上気した目元で彼を見上げ、腕を伸ばしてその腰を撫でる。「もう挿れて良い…ミシェルが欲しい…」あまりに丁寧にほぐす指に焦れて、歯の浮くようなセリフを言うことも厭わない。もうそれを恥ずかしいと思うほどの理性もない。ただ彼がほしい。そうして待ち焦がれた彼自身を受け入れると、甘美な痛みが走る。それとともに耳元で囁かれる紳���な声「たまに男としての私を求めてくれるね。そういうところも好きだよ、まこと。」 脳天にまで響くこの低音。背筋を走る電撃のような快楽。押し入る彼の質量。ああ、こんなの無理だ…全身で彼を欲しがって、解された肉壁が急かして締め付けるせいで余計と彼を感じてしまう。良いから動いて。奥まで来て欲しい。伸ばした腕で腰を引き寄せ、自分の声まで飲んでほしいとキスをせがむ。どこまでも欲求に応えてくれる彼は、俺の催促を見逃さずに惜しみなく与えてくれる。全てが満たされていく心地よさに、女のような声を上げる自分がいるのを意識の隅で自覚する。でももう…こんなの…気持ちよすぎて抗えない。打ち付けられる男茎の質量に犯されて思考が溶ける。「ミシェル、っあ、あ、はっ…きもち、ッ…」深く欲しくて自分も腰を揺らし、根本まで食い込むと肌と肌がぶつかるしめった音が生生しく響く。「ッ…!ああ…!ミシェル…ッ…すげ、ああっ…」 自分に影を落とす彼の顔が滲む。相変わらず笑っているのだろうか。もうそれすら曖昧なほど思考が溶けて…ああ、この甘い時間を与えてくれる彼に、堕ちていく
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♡甘やかす日の話
早めに風呂を済ませたミシェルは外用の彩りをすっかり洗い流し、部屋で寛いでいた。こういった時は、いつもの淑女然とした身のこなしが弛み、男性としての雰囲気が滲み出る。 外ではあまり纏わないようなタイトな男物の服に身を包み、細い脚をソファーの背もたれに投げ出して横たわる。 そこへ、遅れて風呂に入っていた洵が戻ってきた。露わにした上半身を若々しく上気させ、洗い髪を柔らかく乱した様子はいつもの彼より幼く見える。そんな彼の姿を穏やかな瞳で見やりながらミシェルは声をかける。 「おかえり。いいお湯だった?」 温かな湯で寛げたのか、少し溶けた表情で洵はミシェルの頭が置かれていない方のソファーの隙間に腰を下ろす。 「あぁ、いい湯だったよ。この前ミシェルが見つけてきたあの香りいいな、何だったっけ?」 ふたりは同じ香りを漂わせながらゆったりと言葉を交わす。 「あれはヒヤシンス。また買ってこようか?」 「うん、頼むよ。」 少しの緩やかな沈黙の後、洵がミシェルの脚の隙間をくぐり、その胸にそっと縋る。 「撫でて欲しいな。」 たまに、こんな風に素直に甘えてくれる日がある。ミシェルは洵の水を含んだ髪を優しく撫でる。ひとしきり撫でて、指先で洵の顎をそっとなぞる。 「撫でるだけで満足なの?」 本当は聞かずともわかっている。もどかしそうに目を逸らす洵に笑みを漏らしながら、ミシェルは洵を胸に乗せたまま体を起こす。 洵の張りのある背中を撫で下ろし、腰を抱き寄せる。まだ湿った髪を優しく搔き撫でながら深く口付ける。 ミシェルは自分から洵を抱く事はしないようにしている。洵が自らミシェルの男性の部分を求めてくれる、そんな日だけ、その貴重な夜をじっくりと堪能するように、ミシェルは洵を抱く。 湯上りの解れた身体が甘やかな痺れでさらに溶けた頃、ミシェルはシャツを脱ぎ、洵の下半身を隠す衣服をゆっくりと剥ぎ取っていく。 きまりが悪そうな顔に、しかし期待を隠さない洵の瞳に穏やかな笑みを落とし、ミシェルは既に張り詰めた洵の男茎を親指の腹で撫で上げる。 「ふっ、うぅ、ん」 快楽をかみ殺すように洵が呻く。その首筋に、胸に、腹に、口付けを落としていく。洵は身を捩り、その度に雫を湛えた茎が震える。 濡れる茎先を啄むように、ミシェルがちゅむ、とキスをする。 「ひあっ あぁ!」 洵の腰が跳ねる。熱く爆ぜそうになる茎をしばし口一杯に味わった後、ミシェルはちゅぽん、と洵を解放する。 「あぁぁ…!」 どこか切なさを含む声をあげ、洵は力なくソファーの上で腰を弾ませる。 先程まで洵を咥えていた口で自分の指を舐め回しながら、ミシェルは洵の艶やかな長い脚を自分の肩にかける。 期待と不安が入り混じった目で見つめる洵の額に唇を押し当てながら、舐めた指を洵の秘所に滑り込ませていく。 「あぁっ ぐぅ」 苦しげな声に合わせるように、頬に優しくキスをする。強張る内側を丁寧にほぐしていく。 洵の全てが蕩けそうになった頃、ミシェルは自らの下半身を曝け出し、いつもは使われることのないすらりとした男茎を、蜜を滲ませ誘う菊門に充てがう。 「ふっ うぁあ…」 期待と覚悟をはらんだ吐息を漏らす洵の耳元に唇を寄せ、ミシェルは低く静かな声で囁く。 「たまに男としての私を求めてくれるね。そういうところも好きだよ、まこと。」 普段は隠されている熟した重みのある声に、甘い痺れが背中を駆け抜ける。が、それを塗りつぶすように抗い難い衝撃が洵の中に押し入ってくる。 「思いきり甘えていいよ。今夜は好きなだけ甘やかしてあげる。」 がくがくと震える洵の体を抱きしめながら、ミシェルはその耳元に深く甘く囁いた。
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名前の話
「ん〜っ ただいま…遅くなってしまってごめんなさいね、お夕飯の支度はまだよね?」 「おかえり。あぁ、買い出し悪いな。」 用事の帰りに数日分の食料の買い物をしてきたミシェルを、部屋の奥から洵が出迎える。彼にしては珍しく高貴な服に身を包んでいる。豪奢なフリルをあしらった男性用のシャツに、褐色の肌と青い瞳が映えてなんとも美しい。 「まぁ!とってもお似合いね、すごくすてきよ。」 荷物をテーブルに置いて流れるように洵に歩み寄りながら、ミシェルは素直な気持ちで褒めた。 すると洵は、落ち着かない素ぶりでソファーに腰を下ろし、ふと、どこか沈んだ表情を浮かべながら、いつもの軽快なそれとは違う様子で徐ろに口を開いた。 「俺さ、生まれはこういうものを着るような所だったんだ。まあ晴れ着の類で、だけどな。」 滅多に語られることのない彼の過去に、ミシェルは洵の傍にそっと腰掛けて耳を傾ける。 「いつも使ってる名前は裏の名前なんだ。口外無用の、一家だけにある名前。」 一瞬、口をつぐんだ洵は、意を決したように再び口を開いた。 「表に出さなければならない本当の名前は、オルレアン・マルセウス。それが俺の本当の名前だよ、ミシェル。」 真っ直ぐにミシェルを見つめながら自分の本当の名を告げる洵に、彼女もまた静かな眼差しで応える。やがて目を逸らした洵は、いつもの軽快さを徐々に取り戻しながら立ち上がった。 「おれがひんがしの人のような名前してんのは、一家の祖先がそこから来たからだって話だ。浪漫でもなんでもねぇけどな。ふふ。」 滅多に見せない憂いを帯びた笑顔でそう締め括ると、洵は上品ななシャツを脱ぎ始めた。 洵を追って立ち上がったミシェルは、その背中に静かに語りかけた。 「あの夜、初めてあなたの腕に抱かれたあの時…私があなたに名前を伝えたのにはね、2つ理由があるの。」 服を脱ぐ手を止めて振り返った洵に、ミシェルは歩み寄る。 「私の…外での名前はね、貰い物なのよ。ユッフィは大切なお友だちからお守り代わりに。ローズは…死んだ片思いの初恋の相手から形見代わりに。だから、あなたに抱かれながらローズと呼ばれるのが忍びなかったの。これが理由の1つよ。」 初恋の相手、という言葉に少し胸の奥が騒ついた洵だったが、その思考は続く言葉にやがて掻き消されていく。 「ミシェルの名前はね、母から貰った名前なの。生まれた時の名前。私、五つの時に父方に攫われて…二十歳くらいまでイシュガルドで貴族の端くれをしてて…ミシェルなんて名前、知ってる人はいないけれど。私も最近まで忘れてたくらいよ。」 何かを堪えるように瞼を閉ざして微笑みながら、さらにミシェルは言葉を続けた。 「私は、取り戻せないものに縛られないように、自分の理想の姿になる為にユッフィ・ローズで在りたい。でも、あなたの前では…何者でもない、ミシェルでいたい。」 再び開かれた目で洵の目を穏やかに見つめながら、ミシェルは問いかけた。 「あなたは何者で在りたいの?あなたの在りたいと願う自分でいる為の名前を、私は大切に呼びたい。」 洵の脳裏に様々な葛藤が渦巻いた。家族との幸せな思い出への未練。その幸福の中に戻れない悲しみ。家を出た選択への未だ拭えない迷い。そして、自分自身への願望。 決意を込めて、洵は告げた。 「これからも洵と呼んで欲しい。オルレアンの名は内緒にしておいて。忘れても良い。ミシェルが名前を教えてくれたから俺も伝えたけど、でもこの名前は…家族を思い出して辛くなるから…呼ばないで欲しい。俺は…洵になりたい。ならなきゃいけないんだ。」 彼にも戻れない過去があるのだ。そして、それを抱えながら生きていかねばならないのだ。垣間見た洵の人生の苦しみに、ミシェルは寄り添いたいと思った。 ミシェルは洵の手を自分の両手でそっと包み、自分の胸に抱きとめた。そして、祈るようにその名前を呼んだ。 「まことさん。」 大切に、慈しむような声で呼ばれ、洵は思わず泣きそうになる。そんな顔を見ないようにと、ミシェルは洵の脱ぎかけのはだけた首元にそっと唇を寄せた。 彼のこれからの人生が少しでもやさしいものであるようにと、祈りながらその背中を抱きしめた。
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ひとりの日の話(Side:M)
依頼の関係で数日行ってくる、と彼女は言っていた。 ああ、と返事をして、その後の言葉を飲んだ。(そうして知らせてくれるほどの仲になっているのか)という嬉しい実感があった。 今思えば、その顔は、とても楽しげにしていたと思う。 依頼の内容は共通でない限りは彼女から話さなければ聞かないことにしている。俺のものはたいてい物騒だし、精々人探しやコミュニケーションの取り方について聞くくらいだ。 部屋に残ったのは三面鏡と、風呂周りのものと自分の香油。部屋の中はしんとして、引き出しを彩っていた華やかな化粧品もない。彼女が作ってくれた香油を身につけ、帰る日までの予定を詰め込んではみたものの、やはり寝る前は彼女の気配がないと落ち着かなくなる。紅茶の時間のあの声も香りも、陶器が動く音もない。 まあ元々1人なのだし、といつものように気ままに過ごしていたものの、ふと訪れる寂しいという感情によって、もうそれがいつものようでは無いのだと気付くのだ。
この依存が今まで自分の身を滅ぼしてきたというのに、またこの感情に支配されるのはいい加減自分も学びがなさすぎるのではと思いながら、また、落ちてくる瞼に待ち兼ねた眠気をそのまま預ける。 「疲れてるの?」と聞かれてしまって、「ああいや、昨日お楽しみがあって夜更かししてさ」と冗談めいて返す。そんな日々だった 帰った彼女は、いつもの香りと共にどこかの風を連れてきていた。その様子にやっと安心して、いつもの紅茶と、彼女の声にのせて聞く土産話を聞いてふと、ああ、自分もこうして過ごしていれば。そして、今までの自責の念も、今のこの幸せの為に、もっと視点を変えなければ、と腑に落ちる。
久しぶりに飲む紅茶は格別に美味しい。それは、数日ぶりというだけではなくて、1つまたお互い幸せになれる考えになれたから、なのかもしれない
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ひとりの日の話
ひとりで何かに没頭するのは好きな方だ。 自分の前に訪れては去っていく様々な物事に真っ直ぐに向き合い、反芻してしまっていく、その営みが好きだ。 二度とはないこともあるだろう。どこかで同じような事柄に逢うこともあるだろう。 そのどちらにしたって、それらを大切に体験した後の自分なら、次はきっと、もっと素敵な向き合い方ができる。 そう信じているのだ。 強く吹き抜ける風は陽を受ける潮の香りがした。遠くまで広がる空と海の、どこまでも青いこと。 灯台に続く道は不規則に坂をなして、青い空白にくるりと背を丸めて浮かんでいる。 昔…まだ駆け出しの冒険者だった頃にもこの場所に来たはずなのに、こんなにも楽しげな風景には気が付かなかったな。 そう思いながら、今日の仕事を少しだけ放り出して、やはり記憶になかった吊り橋を渡ってみる。

ふと、この楽しい気持ちを伝えたくなる。できれば、この楽しさを隣で一緒に共有して欲しい。 軟派なふりをして本当はとてもマメで誠実な青年の笑う顔が浮かぶ。 ちょうど良いおみやげ話ができた。今度会いに行く時は、このささやかな体験の話をしよう。きっと彼なら優しく笑いながら聞いてくれる。 思い浮かべて既に嬉しくなりながら、彼���は幸せそうな足取りで吊り橋を渡り灯台へ向かった。
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TrueHappyGOALIN(仮)
(うっかり初めての結腸責めに成功してしまい、さすがに我慢できなかったミシェルさんが咄嗟に「いやぁあっ!!」ってすごい声で叫んじゃって、口をハクハクさせながら「ごめ…なさっ…ちが…っひうっ ゆるし…て…っ」て言って、でもまことさんは結腸責めキマっちゃったミシェルさんが受け止めきれない快楽で混乱して叫んだの分かってるから「何で謝るの」ってなり、常々いつからか「許して」と言うようになった事が気になっていたので、いい機会だと思い一旦中断してよくよく聞いてみると… いつの間にか自分の不安を見抜いていて、しかもまことに気付かれないような形でそっと、必死に安心させようとし続けていたミシェルの愛を知って、悔しさとか愛おしさとか、色々な感情で頭がぐちゃぐちゃになって涙が止まらなくなったまことを、まだ少し震える体で柔らかく抱きとめて、優しいキスを降らせるミシェル
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出会いの話
〈1〉 その日、まことは熱気沸き立つ激戦区にいた。普段はこういった人々が刃を交わし合う場所には縁がないのだが、たまに報酬欲しさにふらりと立ち入る事がある。その日は、たまたまそんな日だった。 戦場を進む群衆の流れに混ざり走っていたまことの目に、ふと鮮烈に刺さる一つの人影があった。 それは、誰の返り血でそこまで鮮やかに濡らしたのかと見紛うほどの赤いドレスローブに身を包み、メイスを片手に颯爽と駆け抜ける…オカマであった。 気になった相手には積極的に声を掛ける軟派な性分のまことは、人混みをすり抜け、その人の隣に躍り出た。 「こんなところにオカマなんて珍しいな。男でも漁りにきたのか?」 弓を引き絞りながら訊ねるまことに、そのオカマは一瞥だけくれ、静かな笑みで戦場を見据えながら答えた。 「あら、戦さ場で何を言ってるのかしら?余所見してると地面とキスする事になるわよ、坊や」 なおも軽口を叩こうと口を開いたその時、敵勢の攻撃がまことに降り注ぎ始めた。 瞬く間に減っていく体力に青年が地を舐める事を覚悟したその時、どこからかベネディクションと、続けてリジェネが飛んで来た。 急いで見渡すと、後退し始めた味方の前線の中に、赤い装束を纏い駆ける白魔道士の、艶やかな唇が笑うのがちらりと見えた。
〈2〉 その日もユッフィ・ローズは熱気沸き立つ激戦区にいた。別に戦いに飢えているわけではないのだが、人生遅咲きだった彼女は歳のわりに好奇心が強く、その時々で気の向いた事に熱中して楽しむ。その日はたまたま人々の駆け巡る戦場に足が向いた、そんな日だった。 群れなして駆ける戦場の前線でお気に入りのメイスを繰りながら、時に攻め、時に守り、着実に敵勢を屠りながら、戦線を押し進めていく。敵陣が視界に入り始め人々が高揚する。そろそろだ、ここからが正念場だ。 敵軍が勢力を取り戻し始める。一度倒れた戦士たちが再び立ち上がり、押し寄せたのだ。 こういう時は手近な誰かに報復の一番槍が向けられる。そして今回は、どうやら自分が選ばれたようだ。 ここでうまく凌ぎつつ敵の攻撃を受ければ、ほんの少しだが足止めができる。 「私に任せて。」 地に転がり敵勢に踏み越えられる羽目になるだろうが、うまくいけばしんがりをやり遂げ、盛り返す味方の戦線を待つ事ができるかもしれない。そうなると楽しいのだが、とローズは押し寄せる敵軍を見据えて笑った。 その時、去り行く人の群れを潜り抜け駆けつける人物があった。弓を携えている…これは吟遊詩人だ。 「美人が必死になる顔を見逃すのは勿体無いってね。」 ローズは日頃から戦場で人のナリなど気にも留めないのだが、この軽口にはどうも憶えがあった。 先日、事もあろうか戦場で男漁りなどと失礼な事を抜かしてきた若者だ。 出逢いの不愉快は、あの日彼を窮地から救った優越感でチャラにしたので共闘もやぶさかではないのだが、若者に頼るのは一応の年長者としてのプライドから良い気はしなかった。 しかし、この窮地に共に残ると申し出た彼の"粋な"決断を無下にするのは、きっと素敵な大人のレディのする事では無いだろう。 「あら…ワタシの顔を見ている余裕なんてあるのかしらね?"坊や"?」 後退する戦線を青年と並走して追いかけながら、青年に不敵な笑みを投げかける。この時、ローズはようやく青年の姿をしっかりと確認した。暖かい色に輝く褐色の肌に冴えた瞳が映える若者だ。ふと、その姿に見入ってしまい、追走する脚が疎かになってしまった。 「生憎と眼は効くんでね。なんせ、詩人なんで。」 そう言って青年が振り向きざまに引いた矢は、ローズの顔の隣を掠めた。背後で人影が倒れるのを感じた。 今日は楽しい試合になりそうだ。ローズは口元が自然と笑うのを感じながら、再び意識を戦場に戻した。 歌い踊るように矢を放つ青年の傍で、ローズもまた、舞い踊るように白魔法を繰り出したのだった。
〈3〉 「お上手なのは口だけじゃなかったのねぇ、"お兄さん"?楽しかったわ♡ またどこかでお逢いしましょうねぇ」 戦場での様子とは打って変わった、実にオカマらしい振る舞いでそう言って立ち去ろうとするローズを洵は呼び止めた。 「待ってくれよ。あんだけ楽しく一緒にダンスを決め込んだのにサヨナラなんてつれないぜ?俺の名前は洵ってんだ。あんたの名前、教えてくれないか?」 本当に、息をするように軽口を叩く男だ。ローズは呆れたが、しかし今はそんな彼の事を少し面白くも思う。 「ユッフィ・ローズよ」 簡潔に名乗ったローズに、洵はさらに問い掛けた。 「ローズさん、この後時間あるか?」 ローズは鮮やかな化粧で彩られた目をやや大袈裟に見開いて見せた。 「あらぁっ!デートのお誘いかしら?」 冗談のつもりで言っている様子のローズに、洵は挑戦的な目で答えた。 「折角また会えた美人さんと、何もなくこれっきりなんて勿体ないだろ?今日の試合の祝いと、この前の礼も兼ねて、うまい酒でも奢らせてくれよローズさん。」 流れるように口説かれ面食らった顔をしたローズだったが、すかさず優雅な笑みで答えた。 「あら…こんなおばさんを誘うなんて物好きね。いいわよ、口説かれてあげるわ。でも…」 にっこりと笑いながらローズは続けた。 「ワタシ、お酒よりもお茶の方が嬉しいわ。どこかステキなお店をご存知かしら、まことさん?あなたとはゆっくりお話ししてみたいと思うのよ。」 ようやく名前で呼ばれた嬉しさを涼しい笑顔の下に隠し、洵は慣れた動作でローズの手を取り、いくつかあるお勧めの店の話をしながら2人で戦場を後にした。
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答え合わせの話(side:M)
すっぴんを明かすより先に本名を明かす。それは彼女にとって、本名とは下着を見せる事と同意なのかもしれないと思った。あれから浮かれて何度も抱いたが、その度にど���か大人しく、控えめな艶めかしさに悶々とした。何故遠慮をするのか。 それは女性として見て欲しいという意味での化粧ではなかったのか。 「あの…ほんと…ごめんいね…その…痛くないかしら?」 微睡みから覚めた自分は混乱していて、こちらを心配そうに覗く彼女を振りほどき別室へと足を向けた。 自分の体のことはどうでも良く、寧ろこの、自分が彼女に対しての勝手な思いを悟られたくなかった
抱かれる彼女はとても可愛かった。何度も自分の名を呼び、縋り付いては、受け入れる体にはまだ不慣れなはずの自分を差し置いて、「気持ち、良い…?」と聞いてきてくれる。その姿は美しかった。けれども同時に、まだそう気を使う薄いヴェールがかかっているのではないかとも思う。
その思いは薬で理性をなくしたあの夜の抱き方で強くなってしまった。 鋭い眼光は彼女の化粧を意識できなくなるほど強烈で、その表情から欲情まで、正に男性のそれであったのだ。 彼女が薬に頼ったのは、彼女の想いを受け止められなかった自分のせいであると自覚する。益々自分に腹が立つ。こんな自分勝手な男に何故謝るのか。 耳元のリンクシェルが鳴り、手を当てる。向こうの声は、謝りたいから帰ってきて欲しいと言っていた。
全くお人好し。こんな自分勝手な男を。 苛立つ声で短く返事を返したが、通話を切った口元は笑っている。素直じゃないのはお互い様だったが、それでもやはり、俺は彼女にありのままを受け入れ感じて欲しかった。彼女のありのままを見たかった。 行きずりの男と自分で言っておいて、本当は自分の方が、彼女を求めている事をこれでもかと実感する。
帰りがてら、あの薬を買っていこう。 そして素直にぶつかって打ち明けよう。 彼女の愛おしい不器用さを知るきっかけになったこの薬を、今度こそ本当に、仲直りするために使おう。
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答え合わせの話
〈1〉 その朝の目覚めは最悪だった。 ただでさえ喧嘩して口も聞けなかったのに、変なところで見栄を張るミシェルの悪い癖が災いして、とんだ失敗を犯してしまった。 長身の男性2人が収まるには狭いソファーの上で、ミシェルの白い腕に抱かれたまことが呻きながら目を覚ます。 「うぅ……、抱くなら化粧落とせよ…油断したぜクソ…」 と少し弱々しく悪態をつくまことに、ミシェルが 「あの…ほんと…ごめんなさいね…その…痛くないかしら…?」 と声をかけながら、まことの張りのある褐色の肌に視線を滑らせ、その肩に残る自分の噛み跡に目を止め、そっと撫でようとする。 しかしまことは、そんなミシェルの腕を振りほどきながら起き上がり、体裁が悪そうに部屋を出て行った。 ひとり残されたソファーに横たわり、珍しくはしたない姿で四肢を投げ出しながら、ミシェルは重たい頭で思案し始めた。
〈2〉 思えば、そもそもの喧嘩の理由だって、ミシェルの変な意地から話が拗れたのだった。 いつも自分ばかり抱かれていては申し訳ない、たまには交代してはどうかと打診したミシェルを、まことは頑なにはぐらかしたのだ。 年上の自分が与えられる側で居続ける事を心地悪く感じていたミシェルは尚もしつこく食い下がった為、ついに機嫌を悪くしたまことが一言、 「そもそもあんた、まだ俺にちゃんと抱かれてないだろ?」 と吐き捨てるように言い、喧嘩に至ったのだ。 この様な経緯があった為か、昨夜は抗い難い衝動のままに、まことを想いの限り抱いてしまった。 件の喧嘩の時は冷静さを欠いてしっかりと考える事ができなかったが、彼のあの言葉はどういう意味だったのだろう。 "女としての初めて"をまことに貰われて以来、それなりの回数は抱かれたはずだ。そしてそれらの全ては決して我慢によるものでは無く、本当に悦びを伴っており、それはまことにもちゃんと伝わっていたように思う。 もう冴え始めた頭で考え続けても、やはり見当もつかない。 いつもの自分ならひとりで答えを探し続けるだろう。しかし、背中にまことの爪痕の痛みを感じながら、それではいけないのではないかと思った。 ミシェルは、わからない事は素直に訊く事にした。
〈3〉 「あの夜の事…本当にごめんなさい…」 淹れたてのお茶を出しながら、ミシェルは謝罪の言葉を紡ぎ出した。 「それはさっきも通信で聞いたからもういいよ。で、話って何?」 少し長引きそうな先日の謝罪を遮って、まことは自分が呼び出された本題を促した。 思っていたよりも早い展開に心の準備が追い付かず、辿々しくなりながらミシェルは伏し目がちに喋り始めた。 「その…喧嘩したあの日、あなたが言った事…どういう意味なのか…。あなたは私をいつも抱いてくださって…私は本当に…あなたに抱かれるのが本当に幸せで…だから…わからなくて…」 常に人と心の距離を取りながら生きてきたミシェルは、慣れない様子で心の内を吐露しながら、懸命にまことの涼やかな青い眼を見つめた。 「私、何がいけなかったの?どうしたら許してもらえるの?」 不安げに揺れる柔らかな金色の瞳をしばし見つめ返し、まことは嘆息して切り出した。 「ミシェル…俺に抱かれる時、爪痕も噛み跡も絶対残さないだろ?」 全く予想しなかった切り口にきょとんとしながら、ミシェルは答えた。 「だって、引っ掻いたり噛んだりしたら、まことさん痛いでしょう?そもそも折角の素敵なお肌に傷なんて…」 ほぼ予想通りだった返答に、まことは深い溜め息を吐いた。 「ほらな、やっぱりだ。あんた遠慮してるんだよ、ずっと。何度抱いてもさ。」 「でも…」と言い返そうとして、ミシェルは口をつぐんだ。そうだ、彼の言う通りなのだ。年上として甘えるわけにはいかないという言い訳で自分を誤魔化して、実のところは彼に身を委ねる事ができずにいたのだ。 自分の言葉の意味を汲んだ様子のミシェルに、まことは畳み掛ける様に続けた。 「俺はかなり待ったんだぜ?でも、あんたのペースに合わせてると埒があかないし、挙句にとんだ見当違いな事言い出すし…俺が跡を付けさせるよりも先に、薬の勢いで…チッ…。…そろそろ荒治療が必要だと思うんだよなぁ?」 やや引きつった悪意のある笑みを見せながら、まことは懐からハート型の小瓶を取り出して見せた。記憶に新しい「仲直りの秘薬」である。 「肩の噛み跡のお礼、たっぷりしてやるからな。気ぃ遣ってる余裕なんてあると思うなよ?…あとな、この薬はこうやって飲むもんなんだよ」 怖気付いて逃げそうになるミシェルを捕まえ、まことは慣れた手つきで正しい用量の秘薬を飲ませたのだった。 「じっくり仲直りしようぜ」
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仲直りの秘薬の話
一度、珍しくひどく喧嘩してしまい、数日口も聞かなかった時があった。 素直に謝れずにいたが仲直りしたかったローズは、薬店で「仲直りの秘薬」という薬を見つけて買って帰り、ひとりでこっそり飲むのだが… 夕方、まことが家に戻るとローズがソファーでうずくまっている。真っ赤になった耳と荒い息遣いに高熱を疑い慌てて覗き込むと、ローズは苦しげな様子で手の中に何かを握りしめている。 見てみればそれは「例え喧嘩した恋人同士でも立ち所に"仲直り"してしまうほどに燃え上がる」のが謳い文句の新種の媚薬の、空の瓶だった。歳の割に少し世間知らずなところがあるローズの事だ、媚薬とは知らず仲直りしたい一心で用法もよくわからないまま飲み干してしまったのだろう。…本来この薬は2人で半分ずつ飲むものなのだ。 それなりに効果の強い媚薬を2人分も飲み、しかもこの様子だと飲んでからだいぶ時間が経っている。はやく楽にしてやらなくてはと思い、熱い吐息を漏らす唇を食もうと顔を寄せると、するりと伸びたローズの腕がまことの頭を抱き寄せ、かぶりつく様に唇を奪う。 突然の事に呆然とするまことをそのまま組み敷いて、ローズ…いや、美しい化粧の下で若かりし頃のような鋭い顔をした彼は、それこそ狼のようにまことを"食べて"しまったのだった… それ以来、ふたりは喧嘩をしてもその出来事を思い出してお互いに恥ずかしくなるので、努めてその日のうちに仲直りするようになったという。 尚、「仲直りの秘薬」については、そういったものには多少詳しいまことの指導を経て、たまにお世話になっているそうだ。
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