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人のためにセーターを編むこと
自分の手ではじめて編んだカーディガンを着ていたら友達に褒めてもらって、嬉しくなって調子にのり、「いつでも編みますよ」といって編むことになった友達へのセーターを、もう二週間くらい編み続けてまだ3分の1。
岡田くんにマフラーや靴下なんかの小物を編んだことはあったけど、セーターやカーディガンなんかのいわゆるお洋服を人のために編んだことはない。ましてや自分にも、大物はカーディガンとベストくらいで、一枚あまり気に入らなくてパジャマになったセーターはあるけど外に着ていけるような仕上がりのものというとたいして編んだことはない。それなのにいま、友達にセーターを編んでいる。自分で製図して編み始められるようなスキルはないので、欲しいセーターの形をきいてパターンをいくつか探しデザインを選んでもらって、どんなときにどんな風に着たいかをきき、どんな毛糸が適切かを逡巡し好きな色を選んで買ってもらい、いくつかゲージを編んで、やっと始められる。ここまでにすごく時間がかかって、だけど本当に気軽に着ていてほしいから適当にはじめることもできなくて、その時間が新鮮だった。
普段自分のために編むものは多少のチャレンジと編むのが楽しいかどうかと、まじで欲しいかどうかだけが基準なので簡単だけど、人のためだとそうもいかない。どうせならちゃんと着たいと思えるものを作って渡したい。トップダウンで編むラグランセーターを襟ぐりから編み始め、腕部分をセパレートするまでは技術的になにかとやることがあるけれど、セパレートも済んで腕部分を休ませたら胴のメリヤス砂漠がやってくる。編み物をしたことがない人にはわかりにくい感覚かもしれないけれど、メリヤス編みという基本の編み方は、なにか小物でも数点編んだことがあればほぼ自動的な手の動きとなるので、頭を使うことが全くなくなる。特に筒状に編む場合は表裏の往復もないのでただ表編みの連続。一段400目をひとつも飛ばすことなく一段ずつ積んでいきおよそ100段ぐらいを編む。退屈そうだし確かに退屈なのだけど、苦痛を��う悦びのようなものがある。そこから裾を編み、右腕左腕を編んで襟をつけたら編むのは終わり。ここから水通しだとか糸始末だとか細かいことが待っているのだけど今はただ次の一目を編むことだけ考える。
編み物は、その見た目からゆっくり時が過ぎているような、丁寧な暮らしのような感じがするけれど、実際やると全然違う。足が速くなる薬を飲んだら速くなりすぎて止められなくなりそのまま灰になる、的な物語をどこかでみたことがある気がするけどまさにそんな感じで、はじめてしまったら何か食べるとかトイレに行くとかの生理欲求までも忘れて、ただ手を動かすことになる。自動化するといったけど、頭は全然休まらない。むしろずっと意識がやってくる。何かをずっと考えている。背中がすごく熱くなり、集中しすぎて手を休めることをわすれてしまう。瞑想でもしているかのような快感がある。目は基本的に手元を見ているので本や映画には向かない。大抵はポッドキャストや音楽とNBAで耳を落ち着かせる。頭に入ってくるようであまり入ってこないぐらいがちょうど。
人のために編むとは不思議なことだ。編んでいる最中、その人のことを考える。いつも着ている服だとか、身にまとっている匂い、髪型、肌の色、立ち姿、歩きかた、スマホやかばんの持ちかた、家の雰囲気、パートナーとの関係、私じゃない友達との関係、私との関係、話したこと、聞いたこと、このまえ会った日の天気。こうだったなーとか、あれ、こうだったっけなーとか、その時間がそのまま全部セーターのかたちをつくっていく。この、渡す相手と編む私が、繋がっているような離れているような心地がするのが面白い。ただ一方的に、勝手に、横暴に、思い出して考えたりする。編み手であるわたしの手の狂いや猫の毛も一緒に編まれたりしながら、ちょっとずつかたちになっていく。編み物をはじめたばかりの頃は、体力の消耗には見返りが当然と考えて、人にあげるなんてもったいなさすぎると思っていたけど、そんなことはなかった。むしろ、誰かのために編むのはいいものだ。ただ時間を手渡す、それが心地いい。編んだものと過剰に戯れなくてもいいのもいい。
よく手編みのものをもらうのは重たい的な言われ方をするけれど、そのほとんどが受け手の勘違いだ。確かに想いで重たいものもあるだろうが、基本的には編み手は編んで渡した後のことには関心がない。あとはお好きにしてほしい。編むという最良の時間はすでに終わっている。すべての編み物好きがそうかはわからないが、少なくともわたしはそうだ。愛でるのは編んだものではなく編む行為なのだ。だから、自分で編んだ靴下も、洗いすぎてフェルト化したら掃除にでも使って捨ててしまう。極端に言えば、一回編んで解いて、いちから編み直してもかまわない。大事なことだからもう一度いっておきたい。愛でるのは編む行為そのものなのだ。だから手編みのものを受け取ってもあまり重く捉えずに着たければ着て、着なければ着ないでいい。ただ、編み物はほどいて編み直すことができるので処理に困るなら編み手に返すといい。それか自分で編み直せばいい。まだフェルトにでもなっていない限り、それはまた別のものになる。これもまた好きなところだ。この冬の間に完成させて、腕を通してもらいたい気もするし、なにしろ今が最良のときなのでだらだら楽しみたい気もする。あと自分のために2つ3つ針にかかっているやつらを、編んだりもしたい。
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わたしがSNSから消え去っても
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ここ数ヶ月開いていなかったツイッターアプリから通知が来た。もしやと思って開いたら10年前の今日、あなたはツイッターを始めたよと祝われた。
10年前。まだ広島にいて、家にこもりきりの18で、もうすぐ19になるところで、震災が起こった年で、岡田くんにはまだ出会っていなくて、おじいちゃんはまだ生きていた。今年の法事は行けなかった。今日おじいちゃんの夢をみた。
おじいちゃんと岡田くんは顔が少し似ている。だからおばあちゃんは岡田くんのことが結構好きだ。
それが関係あるのかわからないけど、夢の中でわたしは広島のおばあちゃん家にいて、岡田くんだかおじいちゃんだかわからない存在と会えて嬉しそうにしていた。存在はおじいちゃんになったり、あるところで岡田くんになったりした。
寝転んでテレビを見てたら、「こんな��だれなぁー」といって、おじいちゃんにお尻をぽんっと蹴られた。わたしは畳にごろごろ転がって嬉しそうだった。体から潮と汗が混ざった匂いがしたような気がする。おじいちゃんのぬか漬け食べたい。おじいちゃんの畑のトマト食べたい。一緒にちっちゃいアイス食べたい。
それっきりで、その先は思い出せない。
二度寝をしてからみた夢では、今住んでるアパートにいて、自分の髪の毛がラズベリー色になっていた。髪の毛によだれを垂らしていて、先に行ってしまったみんなに追いつこうとして髪を梳かしたけど、触れば触るほどラズベリー色の髪の毛がよだれにまみれて不快だった。髪の毛がねばねば溶けてきて、うわあ、このまま禿げんのかよ、と思った。
遅刻しかけたけど、結局間に合った。
わたしがSNSから消え去っても、毎晩のように夢をみて、毎日は続く。
懐かしくなろうが、それに傷つこうが、毎日は続く。そのことが悔しいようなちょっとほっとするような、当たり前すぎてくさいような、がっかりしたけど元気になったような気がする朝だった。
20210628
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20210327
桜が満開だ。アーチ状に伸びた枝先にめいっぱい淡いピンクの花が開いている。すこしでも風が吹くとハラハラと花びらが舞った。花びらを髪の毛や春物のコートにまとった男や女が、スマートフォンで写真を撮っている。このときばかりはマスクも外して。
サングラスをかけた黒髪の女が木の足元にすっと立ってこちらをみていた。青いベロアのハイヒールが不似合いだ。真白いパーカーに花びらがいくつか落ちたのが見えた。明日の洗濯物に混じると思う。
あなたは特別だと何度言ってもわからない人間もいれば、あなたは特別だと誰かに言ってもらいたがっている人間もいる。青いベロアのハイヒールの女にカメラを向けた男は、小道の反対側で跪いて「顎引いたほうがいいね!」と叫んだ。何度かシャッターの音がしてから立ち上がり、膝についた砂利を気にも留めないで「次、そこ座ってみよっか」とベンチを指差した。彼女は黙って移動する。だれがなにをどのように交換して、こんなことが起きているのだろうと不思議だった。顎の位置や場所ではなく、サングラスは取るべきじゃないんだろうか、と思った。
飛蚊症が年々悪化しているな、と桜を見上げて思う。本を読んでいても空を見上げてもゆらゆらと細胞片のようなものがたくさん見える。すこし影のようなものも混じってきた。酷くなってきたら病院にくるように医者に釘を刺されたのに、まだ行っていない。病院でただただ順番を待つ時間は月に1、2度にしておきたい。それで、先延ばしだ。
今日は通院。すぐに終わるにしても番号を寄越されて順番を待つ30分は長い。3ヶ月前の血液検査の結果を受け取る。特段の異常なしでほっとした。
書店に寄って、ボキャブラリーの本を買って帰った。
昨日夜更かししたからか、妙な時間にお腹が空いて鯖とご飯と味噌汁、お漬物と冷奴を夕方に食べた。蕎麦屋の定食のような夕飯を満腹食べて、夜風にぼんやり当たっていたら春を通り越して夏が来たみたいに思った。
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20210321
叫び声が聞こえる、と思って顔を上げたら頭の中で鳴っているだけだった。
頭の中で流していた音楽が、実際に空間に流れているのかわからなくなったりすることがあるのだが、これは多くの人にも起こることだろうか。今日が一区切りだ。明日休めばいい。
昨晩、ビールとワインで酔っ払い宇多田ヒカルを聴きながら踊った(家で)。今朝から頭が重たい。喉が常に渇く。外はこんなにも雨だ。
「夢も現実も目を閉じれば同じ」と彼女が歌っている。目を閉じて慈悲で赦す。叫びたければ叫ばせておこう。おそらくホルモンの天気も悪いんだ。部屋に閉じこもっていたい。
ずっと欲しかった本が入荷されたという連絡を受けとり注文しようとしたら���に売り切れていた。グレーの押せないボタンが虚しい。鏡の中でこちらを見ている表紙の女性。もう一度、入荷お知らせ依頼のボタンを押す。
小さな個人のために書かれた本が、文章が好きだ。それしか今は読みたくない。自分のために書かれ続けたもの。
地下鉄の通路でよく見る漏水注意の看板は今日もそこにいる。漏る水?漏れている水?漏れた水? 時制が不明だ。天井に注意するべきか地面に注意するべきか、地下道という構造そのものに危機感を持つべきか。いずれにせよ、いつまでも水が漏れているコンクリートの構造物など危険でしかない。コンクリートがいかに脆いものか、建築の専門家からいやというほど聞いた。地震が起きたときここだけは通っていたくない。
雨は一日中降り、風が強く吹いた。春の風。蚊のような飛翔物を見た。ぬるい気温でお腹が減った。
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20210320
この週末も仕事がある。何度目かの6連勤。帰宅するたびにビールが飲みたくなる季節。
朝、すこし混んだ電車に乗ったら黒いアイマスクをしている男がいた。ぴちぴちのスラックスがやけに汚い。アイマスクにマスクをしてワイヤレスイヤホンまでして座っている。完璧な防御。都会の病か。鞄に手を伸ばす人は誰もいなかったが、男に閉じ込められた中身のことが気がかりだった。なまじ気持ちがわからなくもないだけに。
生きていると妙なことが起きて胸を圧迫することがあるが、昨日のエレベーターの中はまさにそうだった。
わたしを含めて4人の女性がそれぞれ角にぴったり身体を寄せて立ち、わたし以外の3人がスマートフォンをスクロールしていた。スマートフォンをのぞくときの首の角度はみんな同じに揃ってしまいがちだがそれではなくて、髪型も服装もそれぞれ違うのに俯いた横顔やスマートフォンを握る疲れた手に見覚えも親近感もありすぎて胸が潰れそうになった。
妙な気がした。狭い空間で僅かでも互いを避けようとして角に身を寄せた女たちが、すべてを信用して下に移動させられていた。マスクと沈黙。わたしはあと5階分でもあれば叫びだすところだったと思う。たすけて、ここからだして、いますぐ走りたい、と。狭いところは好きじゃない。
どこからでも逃げようとしたがるのはわたしの悪い癖かもしれない。10歳ぐらいの頃に、どうしていつまでも身体の一部が地面にくっついたままなのか不思議になったことがあった。これじゃどこにもいけないじゃないか。浮きたいと思ったときどうすればいいのか。飛行機は苦手だ。信用できない。わたしが飛びたいのだ。
今日も、いつまでもいつまでも足が地面から離れない。立ちっぱなしのおかげで腰が痛い。
電車に乗っていたら地震。乗り物の中で初めて経験した。震度3。地面の上にいるということの不安がまたわたしを覆う。飛びたいのに、どうしたらいいのかわからない。ビールのことだけ考えようとして、深く座り込んだ。
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20210316
昨晩地震。少し大きかった。咄嗟に猫たちを抱きかかえたが彼は横で微動だにしない。そのうちに揺れはおさまった。
晴れ。猫たちに何度か起こされて、気づいたら布団の端にいた。弓なりに体を曲げないと布団に収まることが出来なくて、案の定首を痛めた。
昼休み。公園にきた。なにもせずに座っているとものすごく見られてしまう。特に子どもはこういう時露骨にじっと私を見る。なので私もじっと見る。話しかけてはこないけれど、私の少し近くにきて砂遊びを始めた。うーちゃんみたいだな、と思う。彼女はPUFFYを歌っていた。「わるいわねーありがとねーこれからもーよろしくねー」風にのって、いま一番聴きたかった歌だった、と思った。
家を出る時にたまたま持って出てきたメモ帳が、5年前に使っていたもので当時のメモが残っていた。何かにすごく悩んでいるようだがはっきりしたことは書かれていなかった。自分のことを蔑んでいた。かわいそうに、と思う。PUFFYの歌詞を聞こえたままに書いておいた。また5年後ぐらいにこれを読んで、ちょっと気が軽くなればいいけど。
お腹を完全にすかせて帰宅。鯖を焼いてたべた。
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20210314
晴れた。仕事。
お昼休み、なぜかいつもよりぼーっとできた。静かでひとりだった。ハーブのオイルを手にとって一息に吸い込んだ。
ヨガをしていると息を吸って吐くときに「身体の隅々に新鮮な空気を行き渡らせるように」と言われることがあるのだけど、その感覚がいまいちわからず、えずいてしまう。呼吸を指示されるとリズムが合わなくなり舌が勝手に下がってきて、吐くべきか吸い込むべきかわからない息が口内に留まって気持ち悪くなる。自分の体ほど思い通りにいかないものもない。突然痛んだり転がったり、踏み外したり、信用できない。
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どんなに商品を��入してもレジ袋は有料だが、送料はある一定額で無料になるという現象に違和感を示す男。男は送料を無料にするために欲しくもない商品を追加して不機嫌になり店員に詰め寄る。店員に回答すべき答えはなく、ただ適用されているルールに従って「申し訳ございません」と述べた。
この男の件がクレームとして処理され、店側はルールを見直した。二度目に男が来店したとき、男は重たい大型の写真集を持ってレジに並んだが、この店からは送料無料制度自体が無くなっていた。送料が有料だと言われて男は激昂し、「そうじゃないだろ!」と叫び、店内で喚いた。しかし、店員に回答すべき答えはなかった。ただ、適用されたルールに従って受話器をとり「110」をコールした。
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帰宅。鯖の塩焼きとお味噌汁とお漬物、鶏ハムのサラダを食べた。今日も満腹。
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20210313
雨。雨が屋根や窓に強く当たる音で目が覚めた。行きたくない。このままこの子たちと寝るんだ。二度寝して起き、仕事に行く。
仕事。雷が鳴るほど大雨でも予約をしていると人は出かけるのだと知る。店の外に出していた傘用のビニール袋が通気孔の風で揺れて、客の足にまとわりついていた。雨の日の本屋は静かだ。
戯言。昨日あたりからこの言葉が耳を離れない。ザレゴト。こんなことば言われたらいやだろうなと思っていたが、頭のなかでこだまさせてみるとそう悪くないんじゃないかという気がする。ザレゴト。そもそも「ザ za」という音が私は結構好きだ。水を思い出す音だから。「じゃ」に訛ってはこの気持ち良さはない。じゃれごと。これはたわむれに聞こえすぎる。ただ、ザ、という音に怒りを感じもする。唾をとばして吐き捨てるような音。嘲りが聞こえる。アザケリ。ここにもいる。
遊び興じること、遊戯。ふざけること。
戯言を、価値のないものとして貶めていたのは私のほうかもしれない。そもそも戯言じゃなくものを言ったことが私にあるだろうかとぐだぐだ不安になった。
帰り。バス停に向かって急ぎ足で歩いていたら、4歳くらいの男の子に「エイ!」と影を踏まれた。正確に顔の部分。母親が「やめなさい」と即座に叱ったが、私に影の��有権があるのか微妙な気がして、大丈夫です〜と言った。息子に言うべきか母親に言うべきかを迷ったせいで、中腰になりながらくるくる回って通り過ぎてしまったので、変に思われたかもしれない。
今日はとりしゃぶ。
薄く切られた鶏肉が、フグみたいだった。お腹いっぱいにたべた。
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20210311
胃が痛い。お馴染みの胃酸過多だ。
このブラックホールのような大口の受信機に限界が欲しい。私にも、私のどこにこいつがいるのか、一体どんなものかを把握できないでいる。だから避け方もわからない。ぶつかるたびに取り込んでいつの間にかそれらが胃に溜まっている。内臓の壁を火傷させる。あまりにも簡単に。シンプルに。
恐ろしいのは忘却よりもむしろ空洞じゃないか。
感傷に浸るのは何度でも簡単で、そうすれば出来事を忘れずには済む。ただ、感傷に浸れば浸るほど思考は停止する。そこは傷口。そこは沼だ。
いつも取り込まれそうになるたびにこのことを思い出す。私の視点で可能なのは、いつでも考え始めることだ。見ることだ、聞くことだ、と。思考をやめれば何もかもが空っぽになる。数字も日付も、場所も。
自分を受容れること��私に一番辛いことだ。今日はことごとく失敗。
ご飯が美味しいことだけが、いま私への救いだ。お腹はシクシク泣いてるけど。
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20210309
休み。朝から電車に乗って浅草の方、欲しいものを見てみたくてお店へ行く。
合羽橋を通って上野まで行き、もうひとつ同じものがあるお店へいった。どちらも1700年代から続くような店。店構えも小さければ小上がりも小さい。ただ必要なものは全部あるみたいだった。目的のものは買わなかったが絶対欲しいものになった。
浅草も上野も混んでいた。久しぶりに、目の前まで勧誘の手がいくつも届いて、すこし新鮮な気持ちだった。
上野まで歩く途中、建物の前に見たことのない花をつけた木が植わってあった。木には「三つ股の木」と札がかかっている。
「これはね、和紙に使われる木なんだよ〜三つ股に別れてるから数えてみよ」と、小さな子どもに説明している母親の声がした。どおりで、木は紙屋さんの建物の前に植わっていた。へぇーっと感心していたら写真を撮り忘れた。
塩大福を買って神社でたべた。今年は祭りもやらないらしい。本来ならもっともっと人がいたろうが、��り切った梅の木の下でぼうっと座っている人が何人かいただけだった。花も蕾もない細い枝と少し暮れてきた陽のなかで、そこにいる人たちはみんなダウンジャケットに沈み込んでいるように見えた。
合格祈願の絵馬がたくさんぶら下がっている。人の祈りの山。「ここの宮司さんは大学落ちてるけどね」と彼が言った。
仕事に行く彼と別れて、電車で帰った。
電車で、サッカークラブのジャージを着た小学生の男の子が眠っている。練習後なのか気持ち良さそうに上を見上げて口をあんぐり開けていた。突然、びくっとなって右脚をぽんっと上に蹴りあげた。夢でもサッカーをしているらしい。前に立っていた私の膝に、スパイクのつま先がクリーンヒットしたが、あまりに気持ち良さそうで笑ってしまった。疲れたね。
鮭を焼いてお漬物とスープとご飯で晩ご飯にした。花粉の薬を飲んでお酒を飲んだら酔いが回って、半分寝ながらお風呂に入って倒れるように寝た。
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20210307
昨晩、仕事を終えて家に帰ると隣人から焙煎したてのコーヒーの粉が届いていた。コーヒーには丁寧に焙煎方法についてのメモまで付いていたが、文体が独特で何度読んでも理解できない箇所があった。隣人は将来喫茶店をやることを夢みているらしく、この小さな木造アパートで度々コーヒーを自家焙煎していた。
私たちはこれまで玄関先で会うたびにこの隣人の話し相手になってきた。推しのアイドルが髪の毛を染めてしまったので激怒しているという話や、入居してからずっとトラブルを起こしあっている下の階の住人を、直接手を下さずに殺す方法があるという話。
隣人は猫が好きだ。だから私たちが好きだ。ドア越しにうちの猫を呼ぶ声がする。自分は猫に好かれるのだといって笑って話した直後に、医者は全てヤブなのだから気をつけなければいけない、と突然私を脅す。出会い頭に新宿で双子が経営している風俗店の話を聞かされたこともあった。
ほとんどゴミ屋敷のような部屋の玄関を開けたまま喫茶店開業の夢について朗々と話していたが、私は不動産屋から隣人の家賃が長い間滞納されていることを聞き知っている。私は怯えてもいるが受けいれてもいて、いつも愛想笑いで聞き流す。
「今度味見してもらいますから」という言葉通りにコーヒーが届いた。ずっしり重い200グラム。想像よりも量が多いことに慄く。
試しに少し淹れて啜ってみた。味わったことのないコーヒーの味がして、彼と2人で何度も首を傾げた。
隣人宅の玄関前には、そう簡単にはここを動かないぞ、と言わんばかりに荷物がたんと置いてある。古いエスプレッソマシーンも雨ざらしだった。
このご近所付き合いはまだまだ続いていくのだろう、と思う。
今日は日曜だが出勤の日。
立派なミモザが植わってあるマンションの前をバスで通り過ぎた。たわわ、という言葉がぴったりなほど枝先に黄色の花をもりもりとつけて、側の塀を覆うよう��枝がしなっていた。わたしとわたしの隣に座っていた女性だけが、バスからそのミモザを目で追った。3月ですね、と言い合う。3月だな、と思った。
仕事を終えて帰宅したら、ネギたっぷりの鍋ができていた。
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20210306
パートナーと私は、お揃いの白いブラウスとスラックスを着ていた。真っ暗闇の中、左右に揺れながら道を歩いていた。小さなコンビニの前まで来たところで私たちの行手を塞ぐようにスーツを着た男がぬっと現れた。
男は「新古太古」(しんこたいこ)と名乗った。私たちの移住を斡旋する者だと言う。移住したいなどと誰かに言ったことはないはずなので、妙だと思った。新古太古の顔はぼんやりとしてわからないが、怪しいということだけははっきりわかった。もっと顔を確認しようとすると、いつのまにか3人とも同じ顔をしている。新古太古がいたずらしたのに違いない、と思った。全員がおかっぱ頭で、誰でもない顔になっている。見たことのない顔。出処不明の目と鼻と口が3つずつそこにあった。
「どこに住みたいのです?」と新古太古らしきおかっぱが聞く。もうひとりの、元は彼であったはずのおかっぱがまっすぐ前を見たまま、「台湾です」と言った。同じくおかっぱの私は、ただもごもごとしていた。前歯が渇いた唇に食い込んで何も発することができなかった。
「わかりました、台湾ですね。では住むところはこちらで決めますから。あなたたちはあちらでの仕事を決めることです。ははははははは。いいですね?はははははは。」
笑ったままの顔、まっすぐに前だけを見つめる顔、唇に歯が刺さってもごもごしている顔が、三角形を作るように向かい合って暗闇にぼうっと浮かんでいる。
「はははははは。そうです、これが新古太古なのです。はははははは。」
新古太古の笑い声は、発せられた途端に消えてしまって私の耳まで届かなかった。気味が悪い、と思った。侮蔑的な言葉を投げつけたかったが、もごもごしながら左右に揺れることしかできなかった。
わたしは夢をかなり明瞭に覚えている。随分前に見た夢も思い出せる。それが恐ろしい。夢の景色を思い出すことと過去の記憶を思い出すことに質的な差異がないからだ。曖昧さも部分的な明瞭さもほとんど同じだと思う。
記憶を整理する過程で夢となると聞くけれど、だとしたらあの顔は誰だろう。何だろう。わたしはこれまでに夢の中でしか見なかった顔がいくつもある。あれはみんな誰だったろう。
それにしても、名前まで持って出てくるとはあまりにも図々しくはないだろうか。
目を覚まして一番に、「しんこたいこ…」と呟いた。
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20210305
朝起きると猫に挟まれていた。夜が寒い時期は猫たちはどうしてか私の布団に潜り込んでくる。足元ではなく顔の周りにふたりともいる。髪の毛のせいかも知れないし、ほどよい暖かさのせいかもしれないし、わたしが寝ている間殆ど動かないからかもしれないが、猫というのは気持ちいい場所を見つける天才なので、選ばれることは少なからず光栄で誇らしい。
とはいえ、わたしが少しでも布団に入れてあげないと(起きろ!)と言ってわたしの瞼を舐め回すのは遠慮してもらいたい。目に入れても痛くないと言いたいところだが、普通に不快だ。かわいいんだけど。
今日は白と黒の服を着ていたから、景色がはっきりしているような気がしていたのだけれど、それはただの思い違いで帰る頃には雨が降っていた。車内で眠りこけているおじさ���の顔中の皮膚が重力に負けて下に垂れ、耳の穴めがけるように螺旋状の皺ができていた。珍しい文様。覗き込んでいたら前に立っている人に不審な目で見られてしまった。
夕飯に昨日パートナーに教わった親子丼をつくろうとしたが醤油がなくて急遽お出汁でトライした。ポイントは硬めに炊いた���米と、小さなおたま一杯分の割り下と、卵をときすぎないこと。なにより、せっかちに強火にかけすぎないこと。思ったより美味しくできた。
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20210304
昨日は朝から家に棚を作るため木材や部品を買い出しに行ってその日のうちに完成させた。私は一緒になって荷物を運んだりサポートをしただけだったが、ものすごく眠くて仕方なかった。
父はなんでも自分で作ってしまう人だったから、子供部屋の机やベッドも父に作ってもらったものだった。大きなホームセンターに車で買い出しに行き、私は完成形がどんなものかもわからないので、父が材料を選んでいる間いろんな種類のネジが並ぶ棚や工具を試せるコーナーで時間を潰していた。ノコギリで木を切ったり、ネジを打ち込んだりする楽しそうな作業は大抵危ないからと言って手伝わせてもらえず、木を支えたり工具をしまったりするのが唯一させてもらえることだった。ものすごく退屈だったが、だからと言って他に遊びに行かせてもらうこともできなかった。父は自分に関心が向かなくなることが極端に嫌いで、子供の私にでさえ「わしを見とけ」というような人間だった。母には子供よりわしを見ろ、というほどの。私が拗ねると父はもっと拗ねた。「お前の机をつくりょんじゃけ、手伝え」と言って、私がぼんやりしていると怒った。作業の一切をしていた父よりも、私はいつも眠かった。退屈で抑えられない眠気をどうにかバレないように、あくびを噛み殺していた。
あの頃を思い出してしまったのか、何かに引き��られたように昨日は眠かった。今目の前にいるパートナーは、「俺を見ておけ」などというような人間でもないし、昨日はむしろ「座っていていい、あとはやるから」と言っていたところを私が無理矢理一緒になって作業したのだったが。
おかげで、夜にはビールを少し飲んだらソファで寝てしまっていた。途中で起こされてお風呂に入りすぐに寝た。
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20210302
9時に起きる。風が強く雨も降っている。何度も傘が折れそうになったが何とか耐えた。1日通して妙な天気。
このところ、何かしなければいけないとあくせくして疲れている気がする。幼い頃はもっとぼーっとしていたが今はせかせかしている。何もせずに1時間でも2時間でも座っていられたのになにかと忙しくして音が鳴っていないとそわそわする。はやくはやくはやく、と手繰り寄せて特になにも残らない。何を急いでいるのやら。もっとゆっくりいこう。
ぐっと暗闇に引きずられても、おいしいご飯を食べると回復するのが不思議だ。これはパートナーによるところが大きい。昨日歯の治療の前にお腹を満たしておこうとしてコンビニのパンを買ったが半分ほどしか食べられなかった。なにを味わえばいいのかわからない味。りんごでも齧っ��方が500倍よかったと後悔した。
今日のお弁当には焼���と漬けてある胡瓜が入ってあった。美味しくて嬉しかった。
歯の治療をして帰宅。豆乳鍋が作ってあって食べた。
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