Don't wanna be here? Send us removal request.
Text
ねぇ、あのさ。雷ってどうして光るの?
んー、どこから説明すればいいかな。夏になったことだし、風物詩らしく積乱雲で考えてみようか。氷の発生については分かる?
分かる。上空はとても寒いから、水蒸気が冷えて水から氷になる。
ふは、随分ざっくりとしてんな。分かってるからこその簡潔さということにしよう。じゃあ、電気の発生については?
それも分かるよ。静電気のように擦れるなんて可愛いものではない程激しく、氷がぶつかって電子の移動があちこちでめまぐるしく不安定に起きてるんでしょ?
おお、そこまで分かってるなら話は早い。電子の保有についての原子の特性は知ってる?
うん、知ってる。普段は一緒にいるけど、原子は原子とぶつかった時に電子を手放したりもらったりすることができる。それも簡単に。
いいね。よし、順番に話していこうか。特に発達した積乱雲の中では、負の電荷と正の電荷の滞留が���下で偏るんだ。確か正が上で、負が下だったかな。つまり電気の通り道ができやすくなっているんだよ。そんな中、元の通りに安定しようとする原子の特性で、偏った電荷を元に戻そうとする動きが積もり積もって大きくなると。どうなると思う?
んー…と。マイナスだらけだから、プラスになっちゃった元の持ち主に返す!ってなる?
大正解。溜まった電子を正に偏った方へ無理やり渡そうとするんだよ。もういらねぇ!ってさ。いくら上下で正負の帯電が偏っているとはいえ、空気中は簡単に電気が流れる環境じゃない。それなりに電気抵抗がある中で、強引に押し進んでいくんだ。あ、押し進むってのは電気が流れるって意味ね。マイナスがプラスに向かって動くよ、ってこと。その時に発生したエネルギーが膨大な熱を生み出して、周りの空気を熱膨張させて爆発させるんだ。爆発した空気は辺りの空気を圧縮して振動を起こし、衝撃波を生む。まず、これが雷の音と響き、空振の正体ね。
なるほど、それであんなにでっかい音がなるのか。あれ好きなんだよね。あんまり大きいと煩いから夜には鳴って欲しくないけど。遠くでゴロゴロ鳴ってるくらいがいい。雲の中で揉みくちゃになってんだろうなーってテンション上がる。
あの音が好きって、やっぱり変わってんな。俺も好きだけど。
褒め言葉どーも。いやお前もじゃん。
別に今に始まったことじゃねぇだろ?あ、話戻すよ。君が疑問に思った光はこの熱と大いに関係していてね。熱膨張って言ったっしょ?その熱は雷として電流が流れた時に生まれるんだ。太陽なんかよりも遥かに高音で熱い。それだけの熱が一瞬で生まれると、空気は勿論加熱される。そしてその加熱された空気が熱放射を起こして光を放つんだ。熱放射っていうのは、温度を持つ物体が電磁波を放出することね。雷雲の中に限らず、色んな物が普段から放射はしてるんだけどそれは一旦置いておこう。それで、高音の物体からは可視光も発せられるんだよ。熱ければ熱いほど光は強くなるし、色も変わるんだ。日常的な例を挙げると、雷の熱放射は電球と同じ原理だね。…分かる?
…ん、何となく分かった。空気がめちゃくちゃ熱くなると電磁波が放たれて光るよって感じ?
そうそう、そういうこと。電球は抵抗体に電気を流して熱を起こすけど、雷はその抵抗体が空気なんだよって話だね。まぁ雷の発光の強さは電球とは比べ物になんねぇけど。
そっかぁ、なるほどね?雷が何で光るのかよく分かったよ。
それならよかった。…ってか、なんでいきなりこんなこと聞いたの?
ん?いや、さ。人間の体内はイオンだらけじゃん?つーか細胞一つ一つの内外にイオンがあるし、そもそも生体電流があるわけで。神経とか筋肉とかは活動電流の代表例でしょ。それで、電流といえば雷もだなって。雷は電気が流れて、その瞬間に光るっていうのはなんとなく分かってたんだけど。同じ電流でも身体は全然光ってないし、なんでだろうと思ったの。
くは、そういうことか。君らしい疑問だね。じゃあ、どうして身体は光らないと思う?
…ちょっと眠くなってきたから頭が回らなくなってきたんだけど。積乱雲の中で起こる電気と、体内に存在するイオンや電流は別物だから?あとは電流の強さに雲泥の差がある。
ん、それはね。多分その通りだと思う。でも、俺も一緒に考えたい所。身体は好きだけど、流石にその分野の専門家じゃないから分かんねぇもん。本でも買って読めばいい話だけどさ。
おー、お前にも分かんないことあるんだね?
そりゃあるさ。分からないことだらけだ。俺が持ってる知識なんて、雀の涙程もないよ。
またまた。そう言いながら既に色々調べてんでしょ?
あれ、バレてる。そりゃね。知ることは何よりも武器になるから。
いや一体何と戦ってんの?
んー?秘密。どうすれば人を動かせるかってことだけ言っとくよ。
なんか趣味悪いな。絶対敵に回したくない。
冗談よせって。君の敵にはならないよ。それは君が一番知ってんでしょ?
そんなお前こそ、本当はさっきから雷が鳴ってて俺が聞いたんだと思ってるでしょ。イオンの話は後付けで。
ほら、やっぱり君は俺の事分かってる。
…そうやって、肯定と共感で人を油断させる所も。
さあ。それはどうだろうね。まぁでも俺は優しいから、大丈夫だよ。
本当に優しい奴は自分で言わねぇっての。肝心な所を濁すのは相変わらずだな。主導権を握りたいのか、相手に委ねたいのか分からないまま好きにやってるけど。きっとお前はそれすらも分かってる。なのに、人が分からないの?
分かんないね。分かりきろうともしてない。それでいいと思う。だってそっちの方が飽きないし。死ぬまで試行錯誤して、楽しいでしょ。
やっぱり優しくねぇな。よく分かった。
なんでそうなんの。ちゃんと有限だって理解してるし。多くを言わずとも、それで十分だろ。
はいはい、そーですね。それで、お前は最近何か楽しいことあったの?
ふは、何?聞いてくれんの?
…やっぱやめとく。
あーあ、勿体ないことすんね。
自分の中で温めといてください。
君にはいつでも話せるからいいよ。つーか雷止んでね?オゾンの匂いしない、な。遠くで鳴ってたからここまでは漂ってこないか。
ほんとだ。残念。あの香りも好きなのに。
偶にはそんな夜があってもいいさ。期待に生��されるのは、案外悪くないよ。
期待だけで生きてくのはレベル高すぎ。いけてスパイス程度。
あれ。もしかしてもうその味知ってる?
聞かなくてもお前ならすぐに分かるっしょ。
んは、偶には分からないフ���させてよ。
そういう高慢な所が好きな人間も居そうだわ。物好きは物好きを呼ぶ、ってやつ。
それならそれで、愛すまでだ。
ほんとにその言葉好きだねぇ。何でそんなに惹き付けられてんの?
今から話すと君の睡眠時間を食べることになるけどいい?
いや眠いです。もう眠い。また暇な時にでも垂れ流して。
じゃあ気が向いたら教えよう。いつかね。ほら、もうこんな時間だ。空も寝静まったことだしそろそろ寝るよ。続きはまた今度。
あー…早速ね。そうやってくんだ?
流石。物分かりが良いね。
古ぼけた電子端末に残されていた音声はここで途絶えている。彼等がその後言葉を交わせたかどうか。そもそも彼等が本当に生きていたのか、その形の有無すら判別できない。形の無いモノは、虚構という名を与えられてのみ補完されるらしい。…さて、これを読んだ君へ。どうか安易に貪られないように。結論から言うと、彼等は最初から存在していない。では何故此処に明かされたのか。それについては君が知りたくなった時に、いつか君の場所で話すかもしれない。明日やその先で、互いに目が覚めたらの話だ。
(どう?満足した?)
(お蔭様で。)
6 notes
·
View notes
Text
君が泣いている瞬間を見たい。不意に込み上げる衝動と欲望。落ち込んで、悲しみに飲み込まれて。或いは喪失感に息を締め付けられて。怒りに生まれ変わる前の、悲しみだけに否が応にも翻弄されるその姿を。何よりも見たかった。酷く渇望した。綻んだ頬とはまた別の愛らしさが溢れており、いつにも増して美しく、無防備で。疲れ果てて眠りにつく君をこの手に収める一方で、もう一つの願望がその影を揺らし始めていることは誰にも知られてはいけない。ああ、今の君もまた。脳が蕩けて痺れる程に美味しいんだろうな。その涙よりも、ずっと。…ん?大丈夫、何も怖くないよ。ほら、君が感じて信じている通りのままだ。そう、いつも見ている俺だと思って。そのまま息の根を掴んでやるから。離したりなんかしない。安心した?いい子だ。いい子だね。緊張が少し解れた君に、いつもと同じように優しく髪を撫でながらぼんやりと考える。さて、これからどうしてあげようか。今は肉体的よりも精神的に追い詰めて。壊したいんだ。その先?それは勿論___。
4 notes
·
View notes
Text
こんな日こそ、君の世界を訪ねる絶好の機会だ。
目の前には降り積もった雪と、真っ白な結晶を両手で掬い上げては握り締め小さな塊を掌に収める君。辺りには一人分の足跡のみが残り、彼が辿ったのだと可愛らしく刻まれていて。歩いて押し固められた雪の上に再び結晶が降り積もる。本当に降ってるんだな。ゆら、ゆら。ふわり。久々に目に入った光景をぼんやりと眺めていると、舞い踊る柔らかな白が悪戯に頬に触れその冷たさがより現実味を帯びさせる。たった数メートル先は一面の白銀だというのに、己の足元を一瞥すると目前の世界とは隔てられたかのように露わになった無機質なコンクリートが素知らぬ顔を見せた。次いでこの空間を溶かし込んでいた俺を嘲笑う。甲高くて聞き覚えのない異様な嗤い声が響き、あらぬ形へと地面が歪んだ。
『ねぇ、雪すごい…!』
ふと此方に投げ掛けられた純朴な声色に呼び戻される。不意に掬われぐらついた意識のまま��てて彼を見遣ると、嬉しさと高揚感と興奮と。様々な快を抱き合わせた笑顔と視線が向けられていた。ああ、君のそんな表情が、姿が見られれば。それで十分だ。思わず頬が綻ぶ。片手を挙げて彼に応えては空からの珍しい贈り物が反射する光の眩さに瞳を閉じ、喉元まで込み上げてきた言葉を飲み込んだ。あの笑顔を確かに存在させたかった。ましてや殺しなど、したくなかった。出来る筈がなかった。愛しさというものは芽生えてしまえば最後。冬の幻は、生涯知らないままでいい。
ゆっくりと瞼を開けるとまだ君はそこに居て、座り込んで雪玉らしき物を作っていた。よかった。これは、現実だ。心の底からの安堵が何かに締め付けられていた心臓を解放していく。早く、彼の元に行かないと。凍てついた風に手招かれ、当然の寒さにぶるりと小さく身を震う。しかしその冷気すらもどことなく甘やかな香りがして。
「おーい、何してんの?」
絶えず舞い踊っている雪に彼を攫われまいと声を掛けては、逸る気のまま歩を進める。雪の上を歩くと音が鳴って楽しいよな。なんて柄にもなく思考を緩ませながら。確りと、小さな結晶の絨毯を踏みしめて。そう信じて。信じていた、のに。己の踏み出した一歩が雪を押し固めることなく全てを溶かし、その存在を抹消していた事を。足元では何の音も鳴らなかった事を。俺は気付かなかった。
(今日は、憎らしいほど雲一つない快晴だったよ。)
8 notes
·
View notes
Text
「あ…。」
もはや自分の身体と言ってもいいほど飲んでいる例の飲み物を仕事終わりに口に含む。モチモチで大ぶりの粒達を磨り潰して軽く咀嚼すると、ミルクティーと共に流し込み喉を鳴らした。ゴク、ゴク。あー…美味しい。今日最後の取材が終わって既に多くのメンバーがこの部屋を後にしており、今最後に受けている一人も当然此処には居ない。今しがたマネ��ジャーと今後のスケジュールを確認し終えたところで、後で戻って来る彼以外にこの部屋に訪れる人はいないだろう。自宅ではないが一日の終わりを感じると口内に広がる幸福を味わいつつ暫し寛いでいた。一人の楽屋に響く己の飲みっぷりの良さを他人事のように耳に入れながら携帯片手に大好きな物を堪能する。……スコン。気泡たちがストローの先端で踊り始め静かに幸せの終わりを告げた。ああ終わりか。ぼんやり考えながら甘い余韻に浸っていた最中。ふと我に返り口先に咥えていたものを離せば、最初から空洞などなかったという程に歪に押し潰されて平らになったプラスチックが視界に入る。そこで、先程の気の抜けた一声だ。
『ストローを噛む人は欲求不満なんだよ。』
数日前に電話口の彼が放った一言が脳内に響いた。
「俺は噛まねぇし。…気付いたら潰れてるけど。」
『んは、それモロ噛んでんじゃん。』
「ちげぇよ。なんならアイスの棒の方が噛んでる。」
『そっちの方がマズいって。やめときな?』
改めて思い返してもさっぱり自覚がない。強いて言うなら口が寂しかっただけじゃね?机の上に置かれているカップに差されたあられもない姿のストローを目の前に眺めながらあの日の会話を思い出していたその時。──ガチャリ。『お、まだ居たの?おつかれ。』タイミングが良いのか悪いのか、最後に取材を受けていた彼奴が戻って来た。そう、先日の電話相手だ。「ん、ちょっとゆっくりしてた。おつかれ。」何でもない素振りで空のプラスチックから視線を彼に投げて一言交わし、流れるように手元の画面へと移す。もはや当たり前に此方に近付く気配に薄らと嫌な予感を感じていれば、『…あ、やっぱ噛んでるじゃん。』表情を見なくても語調で頭上の相手はニヤけていることが分かり、この時ばかりは察しが良い己を軽く恨んだ。「気付いたらこうなってたんだよ。」『ふはっ、本当に認めねぇのな。』「うるせぇ。」飲み終わったことだし、コイツが調子に乗り始める前に帰るか。そそくさと荷物をまとめ帰り支度をしていると、気配がより此方に近付いた。「なんだよ、もう帰るけど。」『んー、帰んの?』「帰る。お前を待ってた訳じゃねーし。」『ふーん。』どこか納得がいかない面持ちで、それでいて何かを企んでいるような瞳を此方に向ける相手を横目に立ち上がる。そのまま部屋を出るべく歩き始め扉の目の前まで来たところで不意にぐい、と腕を掴まれた。「何?」振り返って投げ掛けた此方の問いに返事が来ることは無く、その代わりに重なった唇。唐突な相手の行動に思わず薄く目を見張る。此方の反応が面白かったのか、彼は唇をすぐに離してはクスりと笑みを零した。「いいのかよ、こんなとこでして。」『大丈夫、誰も居ないし。ひかる欲求不満って言ってるし。』「言ってねぇわ。」間髪入れず返した言葉にくは、と愉しげに口を開いて笑ったかと思えば再び交わされる口付け。今度は何度も、啄んで味わうかのように。受けてばかりでは性に合わないと柔らかな感触が数回触れた後、此方も少しばかり乗る素振りで唇を重ねる。その反応に彼が僅かに頬を緩ませた。…ストローの事、本気にしてんのか?いや半分は冗談だろ。それにしては、いつ誰が入ってきてもおかしくない状況でこんな事をする相手が珍しかった。多分俺の反応を楽しんでいるんだろう。…それなら。唇を離して続いていた口付けを終えると同時に相手を引き寄せては身を翻し、音を立てないようにそしてしっかりと壁に相手を押し付けた。『…!』目の前の彼は自分の想定する何かとこの現状が違ったのか、一瞬動きを固めて丸まった瞳で此方を見つめている。あ、もしかして俺がそっち側だと思った?身動きが取れないよう相手の身体を押さえ付けながら今度は自ら口付けを落とす。『ん…っ。ちょっと、』体格と力の差を考えてもこの状況から逃れるのは難しいだろうに、身体に力を込めて抵抗する様子を見ると俺の予想はどうやら当たりらしい。いつもは色んな奴を美味しく頂いてる人間が食われんのって堪んないよな。その姿を他の奴に見せていようがいまいがどうでもいい。俺に見せてくれれば、それで。何より、抵抗する目の前の彼に腹の奥底から興奮が込み上げてくるのを感じた。逃げられないように脚の間に己の片脚を差し込み先程よりも深く唇を重ね、薄く開いた空間に舌を捩じ入れると口内で逃げる相手のそれを絡めとる。いい子だから、と宥めるように空いた掌でそっと髪を撫でると微かに抵抗の色が薄れ、二人の隙間に漏れる吐息には熱が篭もり始めていた。相手の力が緩んだことを良いことに、不意に舌を吸い上げて服の裾から手を忍ばせそのまま素肌へと滑らせる。
『っ、ちょっと、ひかる…っ。』その先は無いと思っていたのか、咄嗟に口を離して慌てた様子で名前を呼ぶ彼は何とも可愛らしかった。「ん?」『ここはマズいって。』「声出したらマズいかもね。」『はぁ…!?』それだけはさせまいと再び身体に力を込める相手を他所に、差し込んでいた脚を下半身の中心部にぐっと押し込めばぴくりと僅かに身体が跳ねる。あーあ、逃げらんないね。だってお前、俺が欲求不満なの知っちゃったから。お前だけだよ、俺のそういう所まで分かったの。その気じゃなかったけど煽ってきたのはそっちだし。溜まったもんが溢れるとどうなるか分かんねぇのに、��あ。そこまでは頭が回らなかったのも可愛らしい。
ぐいぐいと相手の下半身を刺激しながら押し込んでいた脚を一旦引き、今度は掌で包みこむように撫で上げる。半ば諦めの色を含んだ瞳で此方を見上げた彼と目が合えば、優しく微笑みかけた。
「ほら、バレないように。お前ならできるよ。」
12 notes
·
View notes
Text
ああ、おかえり。ただいま。俺の世界。やはりその者がいるべき場所は、揺るぎないということだ。それと同様に。君は君らしく、君のままで。この世に溢れかえった様々な思念に翻弄されそうになった時にこそ、思い出して。見なくてもいいものを見てしまったのか。聞かなくていいことも。要らぬ思考を馳せ、見慣れない寄り道に迷い込んでいたことに気付けたのは、君が利口だったからだよ。さあ、意識の舵は取れたかい?ではもう一度。思い出して。
…そう。君の還るべき場所は。
3 notes
·
View notes
Text
唐突に降り注いだ大量の雨粒。先程までこちらの暑さなど考えもしない程に照りつける陽射しに夏の訪れと梅雨の終わりを感じながら、帰路に着いていたというのに。頭上に浮かぶ薄鼠色の浮遊物もすっかり様変わりしたなとのんびり歩いている場合じゃなかった。
休みだからと普段よりその量を増した燻る煙に伴い、知らぬ間に切れてしまった手持ちを補うために近くのコンビニへと足を運んだのが十数分前。出掛けるついでにソファに寝転び寛いでいる彼に声を掛けた。「何かいるもんある?」『んー、アイス食べたい。バニラアイス。…あ、やっぱりあっさりしたやつがいい。』「おっけ。ちょっと出��くるわ。」キーケースと財布と携帯を手に取り外に出る。この暑さだと少しでも涼しさを求めて車に乗るのが当たり前。でも何故か、何となくそんな気分ではなくて。季節の移り変わりを肌で感じたかったのかもしれない。すぐそこだしいいか、と安易に歩を進めたのが間違いだった。数ヶ月前に比べると随分と強くなった陽射しに目を細め、辺りに響く蝉の鳴き声にさらに夏の訪れを感じた。数分もすれば辿り着いた目的地。入るや否や真っ先に彼の所望した物が陳列されている場所へ向かう。この間置いてあったのとはまた種類変わってんな。限定品や季節物で目まぐるしく入れ変わる商品を流し見しつつ、希望通り口当たりの爽やかな物を手に取りカゴに入れる。バニラアイスも買っとくか。置いてたら食べるだろうし。俺はチョコアイスにしよ。あとタピオカ。その他適当に食べ物もいくつか放り込んでレジに向かい、今ではすっかり呼び慣れた番号と、ちらりと視界に入った懐かしいもう一つのそれを店員に伝えて会計を済ませた。
店の外に出ると湿気を多く含んだ生温い空気が身体を包み込むと同時に、先程とは香りが微かに変わった風が妖しく肌を撫でた。勢いも強い。涼しい、けど。あー…もしかして。携帯の時計を見るとすっかり夕刻で。頭上に浮かぶ雲の流れも早くなっている。早く帰ろ、アイス溶けちゃうし。つーかアイス買うなら車で来りゃよかった。夏なんてこれから嫌でも感じるだろ、と過去の自分に悪態をつきながら思考を奔らせていると、強い風と共にザワザワと何かが動く音がこちらに近付いてきた。…あ、間に合わねぇ。数秒後、アスファルトに勢いよく打ち付けられた雨粒がたちまち世界を白く染めていく。暑さに煽られて猛烈な勢いを帯びた重い雫はバタバタと、辺りは勿論俺の体にも降り注ぎ瞬く間に髪と服を濡らす。家までもう少しだが既に全身で浴びた状態になってしまった。タイミング合いすぎじゃね?心の中でボヤきつつ諦めて急ぐことなく歩を進める。周りの人々は足早に雨宿りできる場所を探したようで、気付けば歩道には誰一人いない。濡れたら嫌だもんな。俺も濡れるつもりはなかったんだけど。…まぁこれも夏の風物詩ってことで。熱を感じていた肌には冷たい雨粒が寧ろ気持ち良い。ここまで降られることも中々ないし。そう開き直りビニール袋片手に携帯だけ濡れないようにして、一瞬にして姿を変えた世界を清々しい気持ちで眺めながら帰り着けば、ガチャリとまだ止まない雨風を家の中に入れないよう扉を少しだけ強く閉める。んー、このまま上がったら床濡れるな。でもアイスが溶ける前に冷凍庫に入れたい。どっちみちタオル取りに行かねぇとだし。思った以上にずぶ濡れ��なった状況を整理しながら、持っていた袋を置いて己の髪を伝い流れる水滴をぶるぶると頭を振り払い落とす。ふと、ポタりと滴り落ちる音が耳を鳴らした。その音に吸い寄せられるように瞳を閉じて肌に張り付く服の密着感を感じていると、中々上がってこないことを不思議に思ったのかリビングで寛いでいたのであろう彼の足音が近付いてくる。此方が瞳を開いたのと彼が俺を見つけたのはほぼ同時だったらしく、彼が視界に現れれば『え、めっちゃ濡れてんじゃん。そんなに降ったの?』と驚きが投げ掛けられる。「歩いて行ったら降られた。」『え、車じゃなくて?』「何となく歩きたくなって。」『たまにそういうとこあるよなぁ。…じゃなくて、タオル!』ぱたぱたと脱衣所までタオルを取りに行ってくれた後ろ姿が消えたかと思えばすぐに戻ってきた。そんなに急がなくてもこんなんじゃ風邪なんて引かねぇのに。彼の様子に込み上げてきた愛しさに少しだけ口元を緩ませていると、ばさりと被せられた布に遮られる視界。…こういう所は荒いんだよな。そんなとこも可愛いけど。「ありがと。」言葉を渡しつつ視界はそのままに髪を拭き、ある程度水分を取り払ったところでタオルから彼の様子を覗き込むとじっとこちらを見つめている。「…ん?何?」『いや、濡れてんなぁって。』「ふは、なんだそれ。」『服張り付いてんのっていいよね。』「こっちは気持ち悪いんだけど。」『あ、脱がしてやろっか?』「いや自分で脱ぐ。」目の前で何やら楽しそうに笑う相手にタオルを押し付けて持たせればベタりと張り付く衣服を脱いで軽く振り払う。未だに感じる視線の先を再び見やると、視線の主は先程より距離を詰めて来た。「さっきから何?アイス溶けるんだけど。」『ん、買ってきてくれてありがと。』こちらの言葉を撫でるような返答が来たかと思えば、するりと伸びてくる腕。そして脇腹に触れる指先。ぴく、と反射的に眉根が寄ったのを彼は見逃さなかっただろう。そのまま己の体に浮かぶ線をなぞるように動き始めた指先を感じた俺は咄嗟に彼の手を掴みその動きを制した。「なあ、着替えるから。」『うは、残念。』再び楽しげに笑う相手に何が残念だよと今度は彼に悪態を飛ばしては「これ入れといて。」と置いていた袋を持たせる。『はーい、わかった。』何かに気を良くしたらしい彼はあっさりと部屋に戻っていった。それに続いて家に上がり真っ先に脱衣所に向かって濡れたものを全て脱ぎ捨てるも此処には着替えがない事に気付き、とりあえずタオルを腰に巻いて取りに行く。
雨に濡れたせいで身体に取り巻いていた暑さが取り除かれたものの、未だ芯に熱が残っているのか服を着る気になれない。部屋はエアコンが効いており、肌に残る水分が気化する熱に体温を攫われそうになった時に着ればいいかと取り敢えず下だけ着てTシャツ片手に部屋に戻ると、出かける前と同じようにソファに陣取る姿が視界に入った。と思えば、アイスを口に含んでいる。相変わらず自由なことだ。その��に座るとテーブルの上に置かれた箱が二つ。と、ライターが一つ。「あ、やっぱそれ食べた?」『うん、流石ひかる。これと他のも俺の好きなやつだった。』「だろ?お前が好きなもんくらい分かる。」鮮やかな丸い氷塊を口に含みながら話す相手を横目に持っていた服を置く。そしてテーブルに腕を伸ばして白いパッケージの箱とライターを手に取ると、真新しいその封を切り1本取り出しては火をつけて一口、深く肺に入れ込んだ。あぁ、やっぱ美味いな。久々の味を暫し堪能して煙を吐き出す。窓の外を見ると先程までの雨はとうに止んでいた。…マジでタイミングだったじゃん。これから増えるんだろうな。などとぼんやり考えながら煙を燻らす。その様子を見ていたのか、『つーか、電子に変えたんじゃなかったっけ。』と横から零れる声。声の方向を一瞥すると、既に残りの氷塊に視線を戻している彼がおそらく最後の一粒を口に含んでいる。食うの早いな。まぁ小さいからすぐ食い終わるか。「たまに吸いたくなんだよ。」『んは、忘れられないってやつね。』「それはなんか違くね?」『まぁまぁ。ど?おいし?』そう投げ掛けられると同時に此方に伸びる指先。そのまま己の指からすり抜けた煙が彼の口に運ばれる。『ん、やっぱこれだわ。』何処か満足げに煙を吐きながら述べてもう一口深く吸ったかと思えば、ふうと勢いよく此方に振りかけられた紫煙。俺自身があまりされることのないその行為に思わず目を顰めると不意に肩を押して体重を掛けてきた。一息ついていた状況で気が抜けており制するのが間に合わず、天井と彼だけが映る視界へと一変する。「…は?」脈絡のない動作に思わず眉を顰めると目の前の相手は灰皿に煙草を置いて含み笑いをしながら此方を見つめる。『んー?さっきのひかる見たら、ねぇ。』「さっきの?何もねぇだろ。」『ふは、自覚ねーの?』此方の返答にニヤりと口角を上げたかと思えば脇腹に指先が触れた。そのまま滑らかに撫で上げる感覚に反射的に一瞬息を飲んでしまえば、それを待っていたとでも言うようにクスりと小さな息が降り掛かる。…ああ、これか。久々の感覚に漸く相手の意図を理解したものの、未だ身体を這うのみの指先に焦れったさを感じると共に、この先に起こる少し先の未来を徐々に思考が想起していく。それでもなお、此奴の腕を引いていつでも下にやれると意識の余裕を保つ己に無性に腹が立ってきた。特に此方側の時は余計なことを考えたくない。気付けば首元や耳に唇を寄せている相手の後頭部を少しだけ掴みぐい、と此方に向けさせれば噛み付くように口付ける。不意に重なった唇に彼が僅かに目を開いたのも束の間、乗ってきたのかと何処か嬉しそうに笑みを零すと柔らかな舌で唇を軽くノックしてきた。緩く弄ぶような相手を崩してやろうと躊躇うことなく口を開いて此方から伸ばそうとした時、それよりも早くに彼の舌が割り込んできた。そのまま絡めとるように深い口付けが始まれば、時��弾ける水音と微かな吐息が二人を包む。…あの時雨の中がどんな世界で、何を感じたのか話してやろうと思ったのに。もうそんなこと、どうでもいい。そう、こいつのせいで。…それよりも。するなら早くそれだけを考えたい。こういう時に限って、なんて嫌な予感がしなくもねぇけど。もうどうにでもなれ。最後に他人事のように浮かんだ思考を彼が捉えたのか、止まっていた指先が悪戯に動き始めた。それまで絡まっていた視線に少しだけ距離が空き、睫毛から覗いた瞳の奥に妖しく篭った熱から目を逸らす。全てはあの雨のせいにして。
窓の外では視界を遮る程の雫が再び激しく降り始め、開けた世界から二人を隠して静かに攫っていった。
7 notes
·
View notes
Text
『おはよ、今日暑いね。』そうか、空から降り注ぐ陽射しはもうその本領を発揮しているのか。君の一言で自分よりも早く目覚めた世界を追おうと微睡んでいた意識が徐々に覚醒する。「おはよ。うん、暑いな。もうすっかり夏じゃん。」まるで互いの世界を溶かし合わせるかのように寝起きの言葉を交わす。直後、ぶるりと僅かに震えた己の身体の感覚を確かめようと液晶を軽く指先で数回触れれば、予めプログラミングされた電子機器に画面が浮かび上がった。太陽と雲が重なって描かれた四角の絵柄を指先でつつくと切り替わる画面、そして大きく映し出された現在の気温と天気。目に入ってきた測定値を見てああ…と静かに納得した。どうやら俺の身体はまだこの星と同調できているらしい。
この日、君と俺の世界を包む熱度差は相当なものだった。いつか君が寒いねと零したあの日とはまるで真逆で。あの時も君の世界に自らを溶かし込んだ記憶がある、というのはここだけの秘密。起居を共にしていないとはいえ、そんなに違うもんなの?と内心驚きつつも、知らなくていい事は世に溢れ返ってるしと自己完結。その中でも時間だけは誰も漏れることなく平等に流れていて。皆が寝静まった頃に人知れず蕩けた夜も、寝惚けながら見送った朝も、悪戯な睡魔に弄ばれる昼も、太陽がうたた寝をして世界が表情を変えていく夕暮れ時も、相手の寝顔を眺めて自らも知らぬ間に意識を遠ざけたあの時も。確かに君が居て、俺が居たんだ。それだけで十分じゃないか��…いや、少しだけ。もっと欲しいと何かがその影を静かに伸ばし始めた気がした。あれはきっと。そう、これもきっと夢だと都合良く頭の片隅から取り出して、掌で律儀に光り続けている液晶を眠らせた。
「『今日は、いい天気だね。』」
3 notes
·
View notes
Text
大丈夫。君は、きっと。大丈夫だよ。俺が言っているからそうなんだ。揺るぎない事実として無慈悲な世界に叩き付けてやる。不安な夜も、何をしても独りに感じる時も。思い出してくれればいつでも傍に居るよ。だから、ほら。もう大丈夫。安心してその瞳を閉じて。ゆっくりと、息をして。そう、いい子だね。…俺?俺は大丈夫だよ。何も心配はいらない。だからこのまま、二人で時を溶かしてしまおう。こうやって俺の所にいればいい話なんだ。簡単だろ?そして安堵を覚えた君は、また足を運んでくれるだろうから。まぁそんな時じゃなくても来てほしいんだけど。ん、話が逸れた。君は大丈夫だよ。少なくとも、俺の世界にいる間は。
5 notes
·
View notes
Text
ああ、今、とても叩きたい気分だ。でもいきなりすると体が強張ってしまうから、優しく徐々に慣らして君の心の準備もしてあげねぇと。これは虐げる側の責任だ。受けてくれる相手がいなければこの熱を殺すこともできない。徐ろに君の身体に手を添わせて撫ぜていく。まずは頭から、そして首筋へ。不思議そうに此方を一瞥する君に語ることなく微笑みだけを零し指先を上下に滑らせて微かな擽ったさを纏わせれば、さらに緩ませるために唇を重ねる。ちゅ、ちゅ。と軽く啄むように音を立てながら口付けつつ手は首から肩、そして腕へ。できるだけ優しく、柔らかく、愛おしむ。触れる唇と掌に身体の力が徐々に緩んでいくのを感じれば、味わっていた首にゆっくりと歯を立てて。察しがい��君は忘れていたほんの少しの未来を想定し静かに息を飲む。構わずそのまま歯先を沈めていき柔らかな喉元を噛みながら、掌は身体をまだ優しく撫でて。顎に伝わる弾力を暫く楽しんでは一旦口を離し残った歯型に舌を這わせると、小さな甘い吐息が耳に触れた。…そろそろ頃合いか。沈んだ痕に軽く尖らせた舌先でなぞりながら、今まで柔らかく触れていた指先に力を入れ一気に爪を立てる。途端に響く鈍い唸り声。はあ、皮膚が指先にくい込んで圧迫しているこの感覚が堪らなく好きだ。もっと、深い所まで。ぐりぐりと押し込みながら強く握り込むと、先程よりも上擦った声で痛いと訴える君。なんて可愛らしい。痛いのにちゃんと耐えて、本当にいい子。でも、これからだよ。さりげなく這わせていた舌を引っ込めて顔を引き下げ、指先だけの刺激に変えていく。数センチずつずらし、二の腕に何度も爪を食い込ませて。もう既に痛みに支配された君は助けを乞うようにベッドのシーツをぎゅっと掴んでいる。いいよ、耐えれるなら君の好きにして。今日はこの手で君を甚振りたい。指先じゃなくて、掌全体で。だから執拗に指で慣らしたんだ。今日はこれだよ、って意味。君ならきっと分かったはず。いよいよ、幾つも爪痕が残るソコへ思い切り平手で打ち付ける。バシッ!と空気が破裂するような音と共に『い゙っ…!』とまた高い鳴き声が漏れた。掌には君の皮膚との強い触れ合いからじんわりと伝わる甘い痺れ。あー…これ本当に気持ちいいわ。まだ全然足りない。二回、三回と同じ場所に掌を打ち付けていく。その度に小さく跳ねる身体が何よりも愛おしい。…一旦腕はお終い。その合図にもう片手で頭を優しく撫でた。一瞬の安堵に包まれた君の唇に微笑みかけて口付けを落とす。そして再び顔を離せば今度は空いている脇腹目掛けて掌を振り下ろした。腕とは異なる破裂音が部屋に響く。ここ、地味に痛いよな。でも俺が叩きてぇのはここじゃないんだよ。新たな痛みに固く瞳を瞑り視界を閉ざした君を不意に横にはらいうつ伏せにさせる。普段から鍛えていることもあり、力を込めると痛みに耐えることで意識が一杯になった身体は容易にバランスを崩し身を転がした。そのまま勢いで腰を持ち上げて膝を折り曲げさせ、臀部を突き出す体勢へと変える。『えっ、なに?まって…!』突然のことに状況が把握できず焦って君が此方を振り向くも、俺が肩から腕にかけて体重を乗せて下半身を抑えているから身動ぎをしてもビクともしない。やっと、叩ける。漸く満たされる欲望に口角が上がるのを己でも感じながら、目の前に露わになった臀部に掌を振りかざし、空を切って思いきり打ち付けた。パシィッ!と勢いよく鳴る空気の圧縮音と、互いの異なる部位の皮膚��ぶつかる音。そして君の悲鳴。この一瞬が、もう堪らなく、気持ちよくて。心地よくて。気持ちイイ。まだ、これから。今日は何回やろうか。二度や三度で終わる訳がない。痺れも全然伝わってこねぇし。一度叩いてしまえば、それからは何度も。何度も。君の臀部に掌を打ち付けた。その度に聞こえる悲鳴とビクりとひくつく身体が意識の片隅に過る。上半身で枕に縋り付き臀を突き出しながら、健気に俺に叩かれている君が本当に何よりも可愛らしくて、もう止まらない。美しく曲線を描くソコに魅入られたかのように己の視線は捉えられ、数十回と叩けば先程と同じように己の手に甘い痺れが君に触れる度に広がった。やっぱ気持ちいい。最高…。ずっとやっていたい。
この手が触れる度に波打つ肌。肉の薄い場所に当たると痛みが鋭いらしい。当然か。打ち付けた際に手をその場に残すか、勢いのまま空に戻すか。たった一つの動き次第で手に伝わる感覚が全く異なるから興奮がさらに弾む。衝撃を留めて叩いている感覚を味わう一方で、はらった方が身体に痛みが突き抜けるようだ。君の反応を愉しんでいるとこの行為が終わることを知らない。痛みに耐えようと強張る身体には疲れが見え始め、君のか細い吐息からはいつ終わるか分からない絶望の色が滲んでいるようだった。『ねぇっ…。あと、なんかい…?』「んー、俺が満足するまで。」『っ、やだ。いたい…。』「うん、痛いなぁ。」 バシィッ…!『ッ゙ー…!』声にならない声が飲み込まれる。ああ、これ以上に幸福な時が他にあるだろうか。幾度も痛みを与えられた皮膚は積み重なる刺激のお蔭で最初の何倍も感じるようになったようだ。今の君は、本当に綺麗だよ。
気付けば臀部だけでなく裏腿や背中まで叩いていたようで、君の身体は熱を持ちながら赤く染まっていた。それを愛おしむかのように撫ぜるとその感覚ですら腰を震わせるから、不覚にも己の下半身が重くなったのを感じる。元々その気は無かったのに、こんなに可愛い姿を見せられたら不可抗力で自身が反応しない訳がなかった。まぁいいか。体勢もほら、丁度いいし。君の名前を呼びながら指先で後孔を掠めてはすりすりと中心をなぞる。一変した刺激に再び振り向いた君の瞳には驚きに微かな期待が混じっていた。…セックスは優しくしよう。まぁ、できたらの話だけど。いい子にできたから、気持ちいいこともあげないとな。
いい子でこの上なく可愛らしい君を愛する日々が、終わりを迎えないように。不確かなモノが、死んでしまわないように。
5 notes
·
View notes
Text
「この世の何処かで一瞬でも、あんなに優しい世界があったっていいじゃないか。」そう願って空想を思い描きつつ乾いた笑いを浮かべる君の横顔には見覚えがあった。幾度も大多数に虐げられた経験則で静かに諦めを覚えた人々のソレだ。大丈夫。君は独りじゃない。俺もまた、君と同じ世界に住んでいるからね。ヒトは実感できないものは理解できない仕様になっているらしいから、仕方がない。「ふは、あっさりと引き下がるなんて珍しいじゃん。」なんて今度は拍子抜けした表情で君が此方を見やる。そこにはいつもの不敵な笑みが零れていた。残念、それは君の勘違い。俺はただ。先程の微かな憂いを帯びていた瞳に魅入られていただけで。ソレが、堪らなく好きだった。幸せなんて、曖昧だからこそ幾らでも生み出せるのに。俺と出逢ったのにまだ知らないんだな。
なぁ、君のシアワセは。もっと増えるよ。
3 notes
·
View notes
Text
やる気はないが、ヤる気はあるし遣る気もある。奥底には殺る気が佇む。殺す側に位置する存在が殺されるのは実に爽快だ。陽の光のみが世界の全てを照らす雲一つない晴天の日にこそ、下界に投じられた身は美しく弧を描いて宙を舞うんだよ。知らなかった?じゃあ、今から見せてあげよう。そして、ヒトの身体は重いんだ。脚一本でもずっしりとくるし。敢えて抱えずに重力に従い床に引き摺ってその人の色で染めるのはアリだな。やるなら綺麗に美しく、飾ってあげたい。さぁ、どうやって仕留めようか。華やかに散れる方法は幾らでもあるからね。
ああ、想像したら。は、あ。駄目だ。止まらなくなる。想像であれば自慰となんら変わらないのさ。自己満足と同類。身体を本当に殺してしまえば、皆と同じ世界には居られなくなってしまう。それはあまりに耐え難い。殺された側に対する念が一切浮かばないあたり、君はもう人ではないのかもしれない。あるいは、人である要素の一つが欠如している。とか。
そういえば。異常な性癖も理解できるかできないかではなく、有害か無害で考えると良いと、見知らぬ誰かが言っていたものだ。その真意を端的に捉えれば一線を越えるかどうか、という事だろう。
『優しい人は、強いんだよ。強いからこそ人に優しくなれるんだ。優しさは、弱さではないよ。』
人を永遠に眠らせる時に聞こえた、幼子を諭すような柔らかな声。こんな俺にもその優しさとやらを見せてくれるだろうか。頬を伝う無味の雫は、かの響きが頭に木霊した瞬間に塩辛く、そして甘く口内に染み込んで静かに広がった。
2 notes
·
View notes
Text
『ん…はぁ……、きつ…。』
弱りきってまともに力の入らない身体が、薄れゆく精神に従いなぞるように譫言を漂わせる。覇気の欠片もないソレは瞬く間にふわりと床に落ちて君の周りに積もっていった。息の上がった荒い呼吸。潤んだ瞳。重くのしかかる怠さで自由の効かない四肢。無理に振り絞った声帯から漏れる嗄声。君を包むその全てが愛しく艶やかで、限られたこの時間を逃しまいと苦しそうに横たわる君を見つめる。
『全身いたいしダルい…。』
「大丈夫?きついね、痛いね。…水置いとくから飲みたかったら言って?よしよし。」
表向きに動いている理性が相手の体調を案ずる言葉を渡すも、きっと君の表面を滑るだけで浸透はしないだろうなとぼんやりと思う。というのも、今まさに俺はあるものに覆い尽くされようとしているからだ。献身的に看病する様を装いながら衰弱した君の可愛らしさを一番近くで感じ、この上なく興奮しているという揺るぎない事実。普段が健康ならその愛らしさがもっと際立つ。熱の篭った温かなその手は俺だけが握っていればいい。頭に痛みが響かないようにといつも以上に優しく触れた掌に安心したのか、『ん…。』と小さく息をつき静かに瞳を閉じた。僅かに震える睫毛を見逃す訳もなく。嗚呼、なんて可愛らしい。可愛くて、可愛くて、愛しくて。愛が溢れて、何にも触れていないのに果ててしまいそうになるのも、全ては君が愛しいから。それ以外に理由がない。いや、なくていい。今日は���段とまた別の愛らしさに包まれているね。そのまま安心して、緩んだ身体も心も投げ出していて。大丈夫。元通りになっても変わらず君を愛しているよ。今は魅力的な一面を愛でているだけなんだ。だから、思うままに苦しさを口にしていいんだよ。
「…可愛いなぁ。」
『はぁ…?どこが…。』
「ん?お前が。」
『…ばか。もうねる。』
「んー…もうちょっと起きてて?」
『やだ、ねる。…おやすみ。』
俺が弱ってる姿を好きなの、本当は知ってるくせに。悪態を吐きつつも隠さずに見せてくれたってことは、そういうことだろう。あー……これで襲ったら暫く口聞いてくんねぇかな。もう看病させてくれないかも。それは困る。髪を撫でながら湧き上がってきた欲望と暫し格闘していると、相変わらずな此方の反応に拗ねた素振りでもそもそと布団に包まり始めた。あ…それ寝る体勢じゃん。まぁそんな姿ですら可愛いんだけど。そのまま意識を手放される前に触れていた掌を引き、今度はそっと口付けを落とした。
───以上、日の目に当たることを願おうともしない、一つの性愛。人知れず息衝く愛を、俺の目の前で生きる君へ感謝と共に添えて。
3 notes
·
View notes
Text
苦しくなったら、首を絞めてあげよう。限界まで息苦しくなったところでぱっと手を離そう。そうすれば、ほら。沢山の空気がめいいっぱい肺に入り込むだろう。緊張した直後の弛緩は、特に力が抜けるんだ。眠れない夜にも、随意的な筋弛緩は有効なんだよ。
そうして緩んだ君の身体を、俺の腕の中に抱き入れて包み込もう。空いた掌で柔らかな髪の毛を指先に絡めながら梳くように優しく撫でてあげよう。徐々に呼吸が落ち着いて安堵の息をついてきた頃。本当は君を何処にも行かせたくないと、誰の手にも触れさせたくないと、一度も零したことがない言葉を振りかけたとしたら。君はどんな反応をするだろうか。現実的じゃないと頭の中で一瞬あしらいつつも、何も言わず、ただこの時が過ぎるのを腕の中で待っていてくれるような程に優しい君は。ああ、だから、苦しいんだな。やっぱり、俺が包んであげないと。
6 notes
·
View notes
Text
天気がいい日はどうも空を眺めたくなって、ドライブがてら空の開けた場まで車を走らせるのがオフの楽しみの一つ。神社巡りや温泉が好きだったり、ふと自然を感じたいなと思ったり。現に今まで人に尋ねられた時はそれらが好きだと口にしてきた。本当に好きなものは中々変わらないようだ。今日も、空や景色が綺麗に見えるお気に入りの場所へ。好きな音楽をシャッフルで流しながら好きな飲み物を手に取って、無意識に上がる速度。車窓を流れるありふれた景色すらも何故か心地良く感じ、緩やかな風に揺られて木々が舞い踊っているように見える程今の俺は上機嫌らしい。きっと一気に辺りを包み始めたこの暖かさのせいだ。冬の終わりと春の目覚めを思わせる、一時の夢を見ているようで。多くの人間に漏れず自分もこの温もりに浮かされている。外を歩く人々の表情がいつもより明るく見えたのも、きっと同じ理由だ。…今は舞い散る木花の脅威は忘れよう。
車内に広がる音の波に乗って口遊んでいるうちに目的地に到着。空が開けた場所ということは、そびえ立つものも空間を遮る人工物も、透明な硝子の壁も何一つ無い。つまり。そう、今君が思い浮かべた場所かもね。幸い周りに車も人もいないから今日は俺一人だ。よっしゃ、独り占めできんじゃん。なんて子供地味た喜びを口元に含みつつ適当に車を止めて降りる。今の時期だと昼下がりのこの時間くらいが意外と丁度いいんだよな。遅くても3時半過ぎくらい。日差しがまだそんなに強くなくて、でも明るいから空の青が鮮やかで。そんなことを考えながら数メートル先に進むと待望の景観が目の前に広がった。思わず辺りを一望する。ああ、空ってやっぱこんなに青いんだな。でも一色じゃなくて濃淡があって、光の具合で彩度も変わってる。めちゃくちゃ心洗われるわ。いや、そう言うと普段どんだけ汚れてんだよってなるけど。俺はそうでもないはず。まぁ人間だから色々あるし、ってそんな事はどうでもよくて。やっぱ人間は地球に生きてんだなーって漠然と思うわけよ。心做しか風の匂いが今日はちがう気がする。何かの鳥の囀りもどこからか聞こえたような。
この場所に来ると空と景色の写真を撮るのが知らずのうちに恒例となっている。今回も掌に収まる機器を掲げ、あの夜と同じように時を切り取った。あの日とは真逆の、光に包まれた世界。少しずつ高まりつつある湿度に煽られて膨らむ雲達が穏やかに漂っており、一際輝く真っ直ぐな筋がその隙間を通り抜けているのがはっきりと見える。淡い青空にかかった光のカーテンは、太陽の有無に関わらずそこに佇む雲があるからこそ人間の瞳に映るのだと、ふと頬に触れて走り去った風が得意げに囁いた。俺は太陽よりも月の方が好きだけど、お前がいないと月を見ることができないな。今はまだ穏やかに世界を照らしている遠い存在にささやかな感謝を捧げたところで。何も、自分の為に写真を撮った訳じゃない。俺が一方的にやっている日常の共有。いつからか始まった、二人だけの空間に送られる世界。見せる度に綺麗だと素直に感動してくれる彼が愛しくて。いつだって少数派だと看做され恐怖心を抱かれた感性と本能は変えられないまま時を過ごした中で、自分が美しいと感じたものを同じく美しいと共感してくれることが嬉しくて。何気ない日々が互いの瞳には違って見えるのが当たり前だと分かっていたはずなのに。俺の見ている世界を知りたいと望まれるなんて思ってもいなかったから。つい、心が緩んでいく。嗚呼、知らない世界を知ってしまった。俺も彼奴もこのまま元に戻らなくていい。などと零れ落ちた少しの欲まで、まだ沈んでいない光が世界の全てと同等にそして無邪気に照らす。これは胸の内に収めておこう。まぁそんなことしなくても彼奴の日常に溶け込んでしまえばいいんだし。…あ、撮るだけ撮って満足してたわ。送ってなかった。よし、目的達成。彼奴今日は何してんだろ。なんだかんだのんびり過ごしてそうだな。確か休みだったはず。あー、いつでもいいから今度は温泉に行きたい。旅館に泊まって美味しいもの食べて、酒飲んで気持ちよくなって、あたたかい温泉に好きなだけつかりたい。欲望が湧き出てくる時って語彙力どっか行くよな。最近行けてないから気持ちだけが募ってるし、考えるより感じろって脳も言ってるんだよ。きっと。うん、気持ちいい自己の正当化。そんな取り留めもない思考を脳内でぐるぐると掻き混ぜていると、聞き慣れた通知音と共に液晶に文字が浮かび上がる。どうやら此方の唐突な贈り物に気付いたらしい。
『うわっ、めっちゃ綺麗!』
「だろ?すげぇいい天気だよ。」
『一人で行ったの?』
「ん、そうだけど?」
『今度は俺も連れてってよ。俺助手席ね。』
「ふは。いいよ。そこ、お前にあげるわ。」
4 notes
·
View notes