#さよならの朝に約束の花をかざろう
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bungeegum28 · 9 months ago
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𝐚𝐧𝐢𝐦𝐞 Maquia: When the Promised Flower Blooms • さよならの朝に約束の花をかざろう (2018) 𝐬𝐭𝐮𝐝𝐢𝐨 P. A. Works 𝐝𝐢𝐫. Mari Okada
𝘴𝘰𝘶𝘳𝘤𝘦: 𝘮𝘺 𝘴𝘤𝘳��𝘦𝘯𝘴𝘩𝘰𝘵𝘴
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chokotto · 7 months ago
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Chapter 1.1
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yu-en · 9 months ago
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2024.09.28
10月に地元で会う約束をしているYから、彼女の好きな小説家のサイン本を買ってきてほしいと頼まれた。それで、今日の昼から池袋の本屋を回ったけれど、どの店でもとうに売り切れているようだった。時間を持て余して、大学図書館へ向かう。
大学時代の同級生と数年に一度出している同人誌の次号を、今年の12月に発刊することになった。私はもう短歌をやりたくなく、短歌以外に何を出せばいいのかも分からない。そのまま同人誌用には何も書かないで過ごしていたのだけれど、主宰が面白がったので、数日前に書いた自室の記録を加筆修正して寄稿することにした。卒業生カードで入館し、しばらく文章を直していた。こども園で働くFさんを幼稚園教諭と呼ぶことが正しいか分からず、「あなたの職業って何て書くのが正しい?」とメッセージを送る。正式には保育教諭というのだと教えてくれた後「カリスマ保育教諭とか?」とおどけた台詞を付け足すのがFさんらしかった。
ペンを持つ右手が疲れてからは散歩に出かけた。好きな本屋を経由して、自由学園明日館へ行った。正面入口に着くと「“本日は結婚式で貸し切りのため外観のみの見学”ですって、あらあ、おめでとうございます」と看板を読み上げている人がいた。その声色に少しの落胆も滲んでいないことが���かった。芝生や窓を眺めて、売店でポストカードを1枚買った。
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明日館を出てから、Hと落ち合うまでを東京芸術劇場で過ごした。その場所で長い時間を過ごすのは、大学の入学式以来だった。地下1階から最上階までを目的もなく往復して、何枚か写真を撮った。最近はカメラを持つのが楽しくて、写真を撮っては投稿している。その頻度を自覚すると、自分の饒舌さに嫌気が差してくるので、記録しておきたい写真を一度に残すためにこれを書いている。この投稿は写真まみれです。
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芸劇の椅子に座っていると、目の前のエスカレーターで降りてくるHと目が合い、手を振る。外では何かのお祭が開かれていて、その賑やかさから逃げるように東へ向かった。目的地とした喫茶店が閉まっているのを確認し、散歩に切り替える。テーブルと椅子を外に出しているミニストップを見つけ、カフェオレを買ってそこに腰かけた。テーブルを指差しながら「いい店知ってるんだよね」と自慢げに話すと「ダセ~」と笑われた。京都のお土産を渡した。Hと一緒に暮らすWさんの分も含めて、少し量の多いお香にした。
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今日は曇り空で、街全体が白く見える日だった。電線や工事現場の壁が落書きのように浮いていた。途中、ワインの空き瓶を入口に並べている店があり、「テイクフリーかな」とふざけると「喧嘩用じゃない?」と返される。酒瓶を持って殴り合うジェスチャーをする。
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都電荒川線の駅に行き着き、降りる駅も決めずに乗車する。「電車というよりは線路を移動するバスと呼ぶほうが近いね」と話しながら、googleマップ上で路線をなぞる。飛鳥山公園という場所に城のような山型遊具があることを知り、そこを目的地とした。
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飛鳥山公園は、とても良い公園だった。目的としていた城は、遊具と呼ぶには気が引けるほど大きかった。かつて実際に走っていたらしいSLや子供用の船、頭を垂れた幾種もの動物たち、遊びきれないほどの遊具があった。すべり台よりも象が主体になっている遊具を見て、三崎亜記の『象さんすべり台のある街』という短編を思い出した。城の中で遊びたかったけれど、子供やその親たちが楽しそうにしているのを邪魔したくなく、また違う時間帯の様子を見たかったこともあって、「夜にまた来ましょう」と決めて公園を出た。
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喫茶店で一杯ずつ酒を飲み、Hの喫煙の��めに王子駅まで歩く。Hが「めっちゃ良い公園だったな」と呟くので「過去形にしないで」と返すと、「めっちゃ良い公園であり続けるだろうな」と訂正してくれる。それがツボに入り、しばらく笑っていた。私と同じくHもこの街が気に入ったらしく、「ここは住み良いのかな」と引越しまで検討しているようだった。
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日の暮れたころに公園へ戻ると、昼にいた子供たちは姿を消していて、代わりに大学生くらいの年頃の集団が点在していた。うち1つのグループが手持ち花火をしていて、遠くからその火を眺めていた。城の中へも入って、物見へ立ってみたり、すべり台で遊んでみたりした。ずっと楽しかった。もう営業終了していたけれど、小さなモノレールの駅もあった。“飛鳥山山頂駅”と看板の出ているのを見つけて、「下は“麓駅”なのかな」とHが言うのを確かめに行くと、“公園入口駅”と掲げられていた。冬にも来たいね、早朝も良いだろうね、ここで花見をしたら楽しいだろうね、と話をした。どの季節のどの時間にも、自分たちの楽しそうにしている様子が想像できた。
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Hと別れて部屋に戻り、撮った写真を眺めていた。動物たちの写真を見て、新しい部屋でここへ来たいと思う。皆それぞれ好きな動物がいて、その動物たちと彼らとが近くにいるのを見たかった。「いつかみんなで行きたいです」とメッセージを書きながら、象は何頭かいたけれど、イルカはいなかったことを思い出す。オットセイはいた。城の写真も併せて送ると、Rさんから「籠城したい」と返信があり、それがRさんらしくて好き��った。
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yutakayagai · 9 months ago
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幸雄は二日間、佐伯家でお世話になった。その間、浩二は時間を見て茨城県内をドライヴして回った。一日目は大子の袋田の滝や常陸太田の西山荘など県北、二日目はつくばの学園都市や土浦の霞ケ浦などの県南の名所を回り、常陸秋そばや常陸牛も堪能した。美津雄は小百合とずっと家にいたが、浩二の幸雄に対するおもてなしが異常だと思った。しかし、まァ、恐らくこれが冥土の土産になるンだろうと小百合は美津雄に話し、様子を見ることにした。
東京に一足早く戻ったみいは、夕方になると電話をした。彼女は、
「浩二さん、御免なさいね〜。幸雄さんも齢なンだからそちらでお陀仏されちゃ困るンだけど…。一応、橋場の息子さん達には事情を説明して了解を得てるので、何かあったらお電話してくださいね」
と話した。浩二は、
「いえいえ、とんでもないです。筑波山へロープウェイを使って筑波山神社にもお詣りをしましたが、その際に息子さんを連れて万博にも連れて行ったらしくて、記念公園に来た時はとても喜んでらっしゃいました。今のところお元気ですよ」
と伝えた。
いよいよ翌日、美津雄と小百合と一緒に東京に戻ることになった前夜、幸雄は荷物をまとめていた。浩二は様子を見に部屋を訪れ、忘れ物はないか聞いた。彼はないと言ったが、
「申し訳ないが、こんな年寄りの最後の我儘だと思って聞いて欲しいンだが…」
と話した。浩二は何ですかと聞くと、
「後でもイイから、浩志と一緒に撮った写真を送ってくれないかのぅ…。もしオレが死んだ時に、息子らに棺の中に入れて欲しいと遺書に残そうと思って…」
と言った。もはや浩志のいないこの世には未練はなく、明日にでも死んで構わないとの事。だが、幸雄さんは長生きしますよと、一昨日の夜、浩志と絡む夢を見て夢精してしまったことを思い出し、苦笑しながら浩二は話した。
そして、朝になって幸雄は美津雄と小百合と一緒に水戸駅へ向かい、浩二と改札口で別れた。彼は、
「色々よくしてくれて、本当にありがとう」
と、両手で浩二の右手を握りながら会釈をした。やはり九十代とは思えない、背��が伸びた様子に浩二は改めて驚いた。年齢詐称でもしているのではと疑うほどだった。
幸雄たちを見送り、家に戻った浩二は再び独りになった。色々あり過ぎて疲れたなと思いながら応接間のソファに横になった。彼はそのまま昼過ぎまで寝入ってしまった。窓を全開にし、風がカーテンを翻しながら室内を行き交う。心地よさの故になかなか起きれずにいると、インターホンが鳴った。誰だろう…? 浩二はソファから身体を起こし、声をかけた。その声は江利子だった。珍しいなと彼は思った。
「こんにちわ。お休みでしたか? 御免なさ〜い」
「いえいえ、先日はありがとうございました」
江利子の片手には、広樹の職場でもあるK百貨店のショッパーがあった。今、営業終了したI百貨店の跡地に移転するらしく、新店舗が建築中だった。江利子に差し出されると、
「そんな、お気遣いいただかなくても…」
と浩二は断ったが、彼女は満面の笑みを浮かべながら言った。
「実は、わたしたち、佐伯先生のお宅の隣に引っ越すことにしました!」
佐伯家の隣には、祖父母の代からずっと一組の夫婦が住んでいたが、最近子どもが水戸の郊外に二世帯住宅を建てたとのことで売却し、最近取り壊されて更地になっていた。浩二は、
「かえってよろしくお願いします。でも、何故?」
と聞いた。江利子は話した。
「佐伯先生から、『大樹君、共働きで面倒を見るのが大変ならオレが代わりに見てやるよ。浩二もいるし』と、生前言われてたンです。まさか亡くなるとは思わなかったから…。でも昨夜、先生が夢に出て来たンです! 『わりぃな、オレが約束しておきながら果たせずにくたばっちまって…。でも、浩二がいるから大丈夫だっぺ』って」
オイオイ、オレは何も聞いちゃいねぇよと内心思いながらも、
「…父さんが、夢に?」
と、ついに他人の夢にまで出始めたか!?と呆れてしまった。
利江子は仏前に線香をあげ、先生の好きなお酒買って来たわよ〜と備え、満代先生となかよくねと言い、帰って言った。突然の知らせに浩二は考え込んでしまったが、まァ、これも父さんの遺言だと受け止め、引き受けるかと決心した。
一年後に、広樹と江利子が小学五年生に進級した大樹を連れて来て、浩二は二人が仕事でいない時には面倒をみることになるのだが、最初は結婚も子育ての経験もなく戸惑うばかりだったものの、大樹も次第に浩二がいるのが当たり前だと思う様になっていった。そして、中学校に入学して間もなく大樹は精通し、第二成長期を迎えるのだが、浩二を最初の情人(アマン)として受け入れることになった。浩二も彼を愛し、一緒に寝ない時はないほどに布団の中で絡んだ。嗚呼、父さんの悪いところを譲り受けてしまったと、後に彼は後悔するのだった。
東京に戻った幸雄と美津雄・小百合は、上野駅の中央改札でみいと幸雄の甥が待っているのを認めた。別れ際に美津雄は、
「じいさん、元気でな」
と言った。幸雄は深々と頭を下げながら、
「…本当にお世話になりました。これ以上、思い起こすことはないよ。明日にでも逝っちゃってもイイ」
と話した。それを聞いたみいは、
「ほらほら、縁起でもない! ダメよ、浩志君だってびっくりするわ」
と強い口調で言った。
甥・俊介は幸雄が持っていた荷物を持ちながら、
「お義父さん、疲れたでしょ? ウチに帰ろう」
と声をかけた。俊介より幸雄の方が身長が高いことに美津雄と小百合は驚いた。
こうして幸雄はみいと俊介と一緒に地下鉄の乗り場の方へ向かって行った。美津雄と小百合も、御徒町駅前のスーパー「Y」で正夫と岳次が飲もうと誘われているので、このまま上野広小路を目指した。
この夜、俊介と家路に着いた幸雄は夢を見た。幸雄は、何故か浅草の「Kバー」で独りデンキブランを飲んでいたが、後から浩志が来て向かい側の席に座った。客はおらず、店員だけが二人の為に注文を受けていた。互いに齢を重ね、串カツやもつ煮を肴に二人はグラスを傾けた。完全に貸切りだった。夜なのか外は静かだ。ほろ酔い気分で二人はKバーを出て、車も人もいない歩道を言問橋の方へ歩いて行った。東武鉄道すら通らない、静かな花川戸の界隈を二人は歩いて行った。幸雄にとっては異様に感じたが、浩志がこの場を用意してくれたのだろうと思うことにした。
言問橋のちょうど真ん中に立った時、幸雄の脳裏にオスバルドプグリエーゼの「思い出」が流れた。両腕を広げ、浩志の片手を握り、もう片方の手を彼の腰に回した。二人は円を描く様に踊り始めた。夜空を仰げば満月が見え、その光が二人を照らしていた。浩志は幸雄の胸元に顔を寄せ、涙を流した。腰に回していた方の手指で幸雄は、浩志の頬を伝う涙を拭った。
「…泣くのはおよし」
そう言いながら、幸雄は浩志に接吻した。いつしか、未だ学生服を着ていた浩志に同じことをしたなと幸雄は振り返った。これを機に、浩志はアルゼンチンタンゴのレコードを集め始めたのだ。最初に買ったのは藤澤嵐子だったっけ? 「夜のプラットホーム」が大のお気に入り���、楽器で効果音をも表現するタンゴの魅力に惹かれ、すぐにアルマンドポンティエルのレコードを買い求めていた。「花火」と言う曲が脳裏に流れる中、隅田川花火大会の時には浅草の人気ないところで激情のままに浩志を愛したっけ? 次から次へと思い出が蘇り、幸雄も涙を流した。嗚呼、永遠に踊り続けたい…。しかし、まるで映画の様にブラックアウトし、夢は終わってしまった。
朝になり、幸雄は目を覚ました。上半身を起こしながら、
「…夢か」
と言葉を洩らした。彼は、近いうちにあの世へ逝くかもしれないと思った。
数日後、幸雄のところに郵便物が届いた。開封すると、恐らく彼が定年で新聞社を退職した時だろう、互いに笑顔を見せる浩志とのポートレートが入っていた。幸雄は俊介にその写真を見せ、大いに喜んだ。
そして、浩志の四十九日が終わったとみいを通じて話を聞いた夜、眠る様にして幸雄は九十余年の生涯に幕を下ろした。告別式には浩二も参列し、みいも駆け付けた。俊介は、
「まさか浩志さんの四十九日が終わった後に亡くなるなんて…。何か運命の様ですね」
と話した。みいはハンカチで目頭を押さえながら、
「…何だかんだ言って、これで良かったのかもね」
と言った。浩二も、
「きっとあの世でタンゴを踊ってますよ」
と、幸雄の遺影を見ながら涙を浮かべた。
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kaoriof · 1 year ago
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(高校時代の日記です、お気に入りの文章教えてくれたらモチベになります……)
日記
その日は朝からジョギングをした。いつも昼過ぎぐらいに起きていたから、朝8時の街のざわめきがあんなにも違和感なく受け入れられていることに驚いた。結局少し走っただけでくたくたになってしまった。川を眺めながら、ゆっくり、ゆっくり歩いて帰る。鈍色の川だった。1週間に1回くらい、いままで生きたすべての生きものの屍が、地を踏む私の足裏のずっと奥底にしずんでいることを思い出して、不思議な気持ちになる。恐竜もそう、目に見えない小さな微生物も灰ほどの大きさになって光景の一部にちゃんと溶けている。調べたら、紀元前5万年前から今までに誕生した人間を合わせると、1082億人もいるらしい。1082億人もの人間たちが流した血を、蓄えた知恵を、つないでいった命のことを考える。丘丘を越える風や、夜と花との匂いに触れると、結局いつもそんな想いに辿り着く。昼からは医療脱毛の予約が入っていた。ほぼ素っ裸になって赤い水性ペンで体のあちこちに線を引かれて、ぱちぱちした熱くて痛い光に耐える。わたしの褐色の身体だっていつかあの、深いところにある脆い、目に見えない、灰になってしまうのになあ。電車に揺られながら、ゴミ溜めに差す光を見つめていた。小説の中の、「眼を傷つけるほど鮮明に」という表現を気に入ったので、メモに残す。細い雲が花嫁の白いヴェールのように空に広がっている。なんだか浮かれていた。アルバイト先で出勤打刻を入力して、都合よくふたりき��になった同期の男の子に思っていることをべらべらしゃべってしまった。なんかもう誰に何を思われるとか誰かと何かをくらべるとかそういう事柄に鈍くなっている。バイト前に控え室に入るといっつもからだをじろじろみてくるあの人、ふと見たら私の足を見つめてて、それ以来マジで無理になっちゃった。なんかたまたま目に入る情報の引きのわるさに自分でもびっくりしちゃうの。街歩いてたらちょうどだれかが小便してたり、ちょうどネズミが裏路地からでてきたり、恋人と上手くいってない時にインスタを覗けばちょうどだれかの記念日だったり、そういうの。でもこのあいだ西加奈子の白いしるしっていう本を読んだんだけど、富士山に関係している話で、それでたまたまわたしも来月山梨に行くの。こういう「ちょっとラッキー」みたいな軽くてふわふわした柔らかな偶然が、積み上げられたいやーな記憶を許してくれる。そんなことを永遠に喋っていて、性格が悪いと思われるかもと不安だったけど、その人の方がわたしよりも5億倍くらい性格が悪かったので、あとはふたりでお偉い人が休憩から戻ってくるまでげらげら笑った。その夜はなんだかお酒でも飲みたかった。それで全て忘れ去るのは惜しいけれど。読まなきゃいけない本よりも読みたい本を読もう。学ばなきゃいけないことよりも、からっぽにみえる毎日のしずけさに意味を見出したい。恋人に別れを告げたのは自分なのに、会ったら触りたくなっちゃった。そういうこともあるよねー
無題
この人でいい、じゃなくて、「この人がいい」という感覚と大事にしていきたいと思う。4連勤目、ありがとうの一言も言えない禿げたひとたちにへらへら愛想を振りまく。やさしさに見返りを求めてはいけないなんてほんとうに馬鹿げている。わたしは自分に見合う対価をいつだって求めてるし、それを与えることこそが相手への敬意を表明する最適な手段だとずっと信じている。なんかもう無理、みんなキモイ。足裏も首も肩も痛い。インターネットばかり眺めていたら、夕陽の映る海も連なる山々も消費するものの1つに思えてきて、相当心が疲れているんだなあと自負する。色欲も皆無で、今ならどんなイケメンであろうと抱かれない自信があるくらい。言葉にできない日々こそ尊いのか、はたまた言葉に値しないものなんて、記憶されるに値しないものものなんてその程度なのか。通り過ぎた過去と進むべき未来の間で、ただ棒立ちしている。ただ、減っていくフォロワーの数値を眺める。わたしがその人の人生からいなくなる瞬間に、前よりもなんかすこしだけほっとする。
無題
ふと、あーこんな文章書くのやめて���子高校生のフリして架空の日記をつらつら綴っていきたいなーなんてことを思った。好きな女の子が教室に入ってくるあの瞬間に世界の色が変わって、空間がぐわんと無音で一新するかんじとか、廊下にひびきわたる古びたオルガンの重低音。蛇口から溢れる生きものみたいな水に顔をうずめて、あつい夏をのりきる。シャトラルランのアナウンスに合わせて、きゅっきゅと靴が床の光沢を擦る。太陽はギラギラ照って、それと同じ純度でみんなの肌が光る。時間にゴールテープがあったら、あと何回わたしはそれを切っていけるのだろう。いまはもっぱら実家暮らしを卒業したいと思っているけれど、いつか女であることを卒業したいと思う日がくるのかもしれないしそういう不確かなことばかりで全部うごている。ガガーリンの「地球は青かった」という台詞は有名だけれど、あれ、ほんとうは「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」と言ったとする説もあるらしい。わたしたちみんな青いヴェールをまとった花嫁のように生きていきたい。不確かで不透明な身体、心、ちいさな葛藤や、変化、醜さを直視する必要なんて全くないんだ。
無題 
黒いワンピースを大学に着て行ったら、先輩に黒が似合うと褒められた。わたしが可愛げなく「黒なんて誰でも似合う無難な色じゃないですか」と返すと、黒が似合う人ってほんとうは2割ほどしかいないらしいよと言う。でも先輩、黒いウェディングドレスなんてないじゃないですか。
とことんついていない日が続いている。空きコマにカラオケに立ち寄ったら、店員の不手際によってひどく待たされた。しかも音質がぼろぼろで、もうなにを歌っても音痴に聞こえてしまって、さいごのほうは泣きながら宇多田ヒカルを歌っていた。やることが多すぎて、依頼書添削の通知が深夜2時にきたりする。ぜんぶやめたい。
大学の学祭実行委員をやっているのだけど、新規統括が決まった。これから新規が入ってくる中で、だれがどういう立ち回りをするか。新規統括の下にチームリーダーも2人いて、みんな多分わたしと同じくらい忙しいのに同じチームの人のタスク管理まで把握しているし、守らないといけない表記基準もちゃんとおぼえている。人の振り見て我が振り直せっていう諺、あったなあ。今は等身大にきこえる。
無題
ぽつぽつとした雨の音が家をまあるく包みこむ。包丁で水気の多い野菜を切る音やテレビの雑音を絡めながら一つの線になってゆく音の波に赤ん坊のように心を揺らされる。朝起きて、しわしわになった白いベッドシーツになぜだか生きていたことの証を感じとって、朝からふわふわした気持ち��った。成り行きから友人と文通をすることになった。最近は眼鏡がこわれて、イヤホンをなくして、ほかにも不運だと思うことが何件かあった。それでもどんどんに綺麗になっていく自分のうつくしさや、河川敷でからだを動かした後の汗ばんだ首元を冷やす風、そういうものにその都度救われていく。文章を書くのだって、すこし書かないだけでとびきり下手になったような感じだけどこうやって振り子のようにあちこちをいったりきたりして自分の居場所を掴んでいくと妥協できるようになった。わたしもほんとうは妥協を信仰とよびたいよ。書くの難しい、日記の練習。
反逆
昨晩、大学の唯一の男友達とたらふくごはんをたべた。ありじはやさしいから全人類が惚れる、これまじ、と言われて心がほかほかした。「俺はさー親の束縛とかあんまなくて。朝帰りとかしても、母親、いつもと変わらずに何食べる?って聞いてくれるんよ。あーうどん、あったかいの、っていうと隣でつくってくれてさー」みたいな話を聞いた。テーブルにあった占いボックスみたいなのに100円いれたら、吉と書かれたうすっぺらい紙がでてきた。ラッキーカラー青。次髪染めるならブルーブラックかな、そう思った。ちなみに男友達は「緑の人」って認識されたいらしくて、いつも緑の服着ててまじでおもしろい。
新宿駅は夜でも、バチバチに光っていた。帰宅して、そのあとは元恋人の友達と夜通し通話した。間にしょうもない下ネタをいいながら、ほぼ恋の話。エロい台詞を言わせたりして、ゲラゲラ笑った。毎日筋トレしてたら、足が細くなって、気持ちも前向きになった。でも、朝起きたら元恋人のインスタに載ってた私の写真が削除されていて、気持ち的には2度目の失恋だった。一度、私にもプライドがあるし元彼に連絡とかしたくない、と言ったとき、じゃあそのプライドを最後まで突き通しなよと言われたのでわたしはほんとうに最後まで突き通した。こんな美人でやさしい女を振るとかまじで勿体ねーっていう強さをおかずに生活を食ってるよ、ほんとうにすきだったんだ。
無題
高校時代、すごく仲のよかった友人にはじめての恋人ができた。このあいだ新歓合宿にいったの、といって見せてくれた写真、ほんとうにどれも眩しかった。わたしは大学に気の置けない友人が数人しかいないし、おまけについこのあいだ振られた身なので正直心の底から同じ目線でよろこぶことができなくてとてもつらい。というか、さいきんずーっと無気力で、与えられる日々を過ごすというか半ば消化するような感覚でうけとめている。こうやってみんなそれぞれ離れていくのだとおもうとすごくさみしい。彼女にとって、わたしにとって一番だった関係性が、いつしかくずれてしまうのではないか、もう崩れてしまっているのでは無いか。そんなことをかんがえる。気休めにカフェでチャイティーラテを頼んだんだけどクソまずい、救われない。わたし、はじめて付き合ったとき、どういう気持ちだったっけ。わたしの人生だからわたしがきちんとそこに価値や意味を与えないといけないのに、横たわって天井ばかり見て、挙げ句の果てに他人に妬みすら覚えてしまうのってすごく阿呆らしい。うらやましいな〜〜〜結婚するのかな〜握っていた手を手放されてしまったわたしにとっては、彼女が今一番求められているという状況は嬉しくもあり、うらやましくもある。海を背景に男の子と裸足で駆けだしたりするのって幻じゃなく存在するんだ。なんでこうもひとと比べてしまうのかわからない、何でそんなに上手くいくんだろう、なんでわたしだけこんなに不運で、こんなに寂しくて、こんなにつらいんだろう。だれしもが闇を抱えているのにそれを無視して、わたしだけ、わたしだけ、と卑屈に叫んでいるからバチが当たったのかな。去年、彼女とふたりで予備校へむかうとき、「はじめて」って片道切符だよね、なんてことを話した日もあったのに。もうほとんど大学に馴染むとか、ともだちつくるとか、学チカとかぜんぶぜんぶ諦めて、必要だけどこころの栄養にならないものは先送りにして隅に追いやって、ただひたすら本読んだり映画見たり、観葉植物に囲まれた生活をおくりたい。天気がいい日にはフラッと海に行って、そこにひとりでいるひとがいたら話しかけるとか、そういうところから心を元あった場所に置き直す努力をしないとこのままいちばんうつくしいとおもっている10代が終わってしまうなんてあまりに耐えられない。余裕がなさすぎるから5,000円の寿司料理を食べにいきたい。花を生けたい。北海道の僻地へ一人旅したい、新潟の温泉とか和歌山の麦畑とか。ちっちゃなドラゴンをこころに飼いたい、人差し指くらいの蛇のタトゥーを掘りたい。意地悪な天使みたいな女の子になりたいし、やさしい悪魔みたいな男の子に好かれたい。バイトでお客様の身分証をみてそのひとの住所とか名前とか生年月日を手入力するんだけどなんか、その作業をするたびに不思議な気持ちになる。当たり前のようにみんな違う名前で、違う日に生まれて、違う人生をおくっている。世の中わたしがしらないことで成り立っている。わたしは頑張っている、がんばることなどなにもないはずなのに頑張らないといけないことがとてもつらいけど、人生そういうもんですか?
無題
2限が終わってから、駅で待ち合わせて委員会のメンバーとはじめて会って昼食を食べた。そのあと用事があったけれど時間が余って��たので学校へ戻ったら、さっきの授業で同じ教室にいた女の子ふたりが外のベンチでたのしそうに話していた。雨ニモマケズ課題ニモマケズ。積み重なる焦���感。積み重なると言うより色味が強調されてる感じ、わたしだけモノトーンの世界に取り残されている。木々がわさわさ揺れる。ともだちも好きな男もいなくなったときのために、ずーっと居たくなるサイコーの部屋をつくるぞ!と思って、観葉植物とプロジェクターとイエローのベッドカバーセットをポチる。ありったけのエネルギーをつかって見栄を張っているだけで、けして強くはない。気を緩めば赤ん坊のようになみだがぼろぼろでてくる。努力しているのだ。うつくしい写真を撮ろう。恋人はいるけど上手くいってるのか上手くいってないのかよくわかんない、けれど以前のように自分のことを犠牲にすることは少なくなった。今はわたしの相手をするのを面倒くさいと思う人に割く時間なんて1ミリもないと思っているし、だったら一人でしらないひとと酒を飲む方がまだマシ。外に出ればいくらでも拓けた空が存在していて、孤高になりきっているかのように風が吹く。汗をかけば涙なんて用無しだし、歩いて歩いて歩きまくれば、一瞬くらいは生きててよかったと思えるものが転がっているはずで、じぶんはそれを受け止めるのに値すると思っている。もうすぐ19になる。自分に時間を割くこと、自分への愛を惜しみたくない。だれかに想って貰うこと、だれかを想うことにはいつだって悲しみが伴うから、それをちゃんと受け入れられるくらいに。
無題
容赦なくどばどば目の奥に垂れ流れてくるブルーライト、過呼吸気味に泣き続ける夜もあと数年したら体力的に出来無くなりそうだから早く早く歳をとりたい。夜の3時なのに目を閉じても眠れなくて全身の血液が逆流しそうなくらいからだが強張っている。もうここ2週間くらい学校行ってない、なにしてるかというと家のカーペットのど真ん中でプリン食べながらフランス語の授業受けてる。同じ大学の女の子が、大学にはBBQかスノボかフットサルがやりたいようなやつしかいない。わたしは坊主か髪色がショッキングピンクのやつとしかともだちになりたくない、みたいなことを言っていて、そういうのってなんか違うし、かなしいとおもった。でも、こうやってかなしくなったりさみしくなったりするのを全て五月病として片付けてサヨナラできるから5月はわりと気に入っている、どれくらい好きかというと6月と10月の次くらいに好きかもしれない。「五月病」の仮面を被った鬱憤とした鈍色の塊が街中を苛ましているの、なんだかどきどきするから毎日赤い口紅をつけている。いつ悲劇に見舞われても良いように。ピエロみたいな足取りでときどき水たまりをばしゃばしゃしながら走り続けた、足元の花も日付もその日の占い結果も、あなたとのLINEのトーク画面も、日に日にぜんぶ気にかけなくなってゆく。手をつないでいた、自分の中にいた幼い少女が夢の中で喪服を着てた。あなただけは離れないで、と思って、でも、目を覚ましてもあなたに連絡は取らなかった。
無題
今日こそ、と意気込んでキーボードの上で指を交差させながらものがたりを紡ごうとするたび、これまで触れてきたいくつもの眩いことばがぶわっと一気に蘇ってわたしを刺してくる。おまえにはなにも書けないなにも残されていないおまえはなにもかなしんでいない。奥へ奥へとひきずりこまれる。誰も彼もが各々の光を持ち寄って、目の前の道はもう見えないところのほうが少なくなってしまったくらいに隅から隅まであかるい。どんなふうでも在ることのできたそれがほんとうのほんとうに空洞であったと気づいて、でももう泣けない。詩はどのように湧き出てくるんだろうか。音も色も。炭酸がシュワシュワするとか松ぼっくりの形とかどんぐりを拾い集めたりしたときのこと、もうわすれてしまったみたいに、世界がまぶたを1ミリ閉じた、それだけのことかもしれないのにその僅かなエッセンスがこんなにもわたしを主人公たらしめていたのかと途方もない気持ちをおぼえる。サンタクロースがいないとわかった瞬間にクリスマスへのあこがれが半減するのとおんなじようなさみしさをずーっとここさいきん噛み締めている。シシュンキが芸の才能の全盛期だからだろうか、おとなになればいままでずっと見えなかったものがわかって、もっと色鮮やかに日々を過ごせるのかと想像していた。外でガラス瓶ががらがらからからこんこんうるさい。布団の端っこ、握りしめすぎてすごくやわらかくなって、あたらしいパソコンも使いこなせるようになった。かなしいとおもうけれど、そのこと自体になんの揺らぎも感じなくて、かなしさがより加速するだけ、日々をヒビと書いていた頃があったのをおもいだした。ヒビをいれてゆく、ヒビがふえてゆく、日々。
無題
晴れて大学生になることができて、数日後に入学式を控えている。でもほんとうはもう大学やめたいくらい友達ができるのか不安すぎて、毎晩寝る前に泣いてしまう。このあいだ新入生交流会があったとき、教室に入ったら女の子が皆んな似たような淡いお洋服を着ているし、髪の毛が丁寧に整えられていて、かわいくて、おんなじような雰囲気で、インターネットでつながって和気藹々とはなしているひとたちもいて、自分は見かけが日本人じゃないから声もかけられないし、声をかけようと思っても(わたしこんなに目立つし、びっくりさせちゃうかもしれないし、迷惑かな...)とか考えちゃってすごくこわくて。ツイッターに勇気出して何か投稿しても、だれからも反応が来ないとそれもまた不安になってすぐに削除してしまう。これからずーっとこんなかんじで、高校のときみたいに心から打ち解ける友達なんて一生出逢えないのかもしれないとか思っちゃってさみしくて涙がぼたぼたでてくる。おおきいキャンパスの中を新歓のために端から端までひたすら歩いて、すっごくつかれた。新鮮といえば聞こえはいいけど、わからないことだらけで自分からなにか行動を起こすのをいちいち億劫にかんじてしまう。大学の中でも��るい人が多い、キラキラした男女が多い、と言われているような学部で、自分もそこに馴染めるかな、と思うとつらくなっちゃう。全然おもってたのとちがう、こんなの。これからどうしよう
無題
冗談抜きで毎晩泣いてしまう、ただそれが今はいちばん正しいことのように思えるからそうしている。
通知表をなくしてしまったので家中を捜したけれど見つからなかった。それで明日先生に怒られる予定だから今更のほほんと眠ることもできないでいる。たかがそれだけ、という言葉で収まることではなくて、何度もこうやってモノを無くしておいて一切学ばない自分に腹が立っている。
忙しくて皆んなの文章を読む時間がなかった、そうしたら自分のブログも読んでもらえなくなっちゃった。
今日も頑張ったと自分を愛でてあげることができない。
なにもこんなにかなしいことばかりを書きたいわけじゃなくて、むかしみたいに空が綺麗だったとか友達と一緒にひるやすみにフルーツジュースを飲んだこととか、長らく話してなかった同級生と体育の時間でペアになってキャッチボールができたとか、予備校での先生のプチ話が面白かったとか、そういうちいさな喜びはあるけれど、夜になると感情の波が音を立てて自分の中でせめぎあう。その狭間で、わたしがいちばん好きだったわたしがぎゅうぎゅうに押しつぶされて捻り絞られて塩辛い水で溺れてしまう。
こんなことを書いておいて浪人でもしたらどうしよう。恋人とでんわしていると本当にくるしくなってしまって、すごく嬉しいはずなのに全然喜べなくなってしまった。逢えないのに、逢えないのにそんなことするの、逢えないんだからこうしてほしい、とかそういう自分の身勝手な思いが本当に申し訳なくてくるしい。好きだからお勉強のことを応援したいのに、すきだから逢いたいし、好きだからそれを同時に我慢しないといけないものとひどく重たく捉えてしまって、すきだから嫌いになりたくないという一心で自分のもやもやした気持ちに無理やり蓋をする。会える距離にいる人たちの並んでいる姿を見て落ち込んでしまうけど、わたしはわたしのすべきことがあるし、それは彼もそうだから割り切るしかないこともあるのだとおもう。
金平糖
わたしがいくら誰かを呪って恨んでも、紙がその言葉で埋まるほど悪口を書き殴っても、結局のところ現実ではその人を愛する人たちが存在していて、そして当人もまた違う誰かを愛しながら日々に幸福を見出すのだから、本当に一番かわいそうなのはわたしだけかもしれないなんて思った。だれかのことを考えて途方もなく苛立つ自分がいちばん自分を不幸たらしめている。駅前にあるでっかい木がゆらゆら揺れる。ゆうがた、眠くなったので勉強道具を片付けて喫茶店をあとにした。暑さで足取りが重くなりつつもすこしずつ歩く、踏んでいるのが蝉の死骸か大きな枯れ葉かの区別もつかない。黒い蝶々をみてから不運続きだ。だれもわたしが泣いてるなんて気づかなくて、錆び付いた自転車の車輪を引きずりながらどこにいるかもわからない恋人のことをかんがえる。遠くなった。夕陽を後ろにわたしの影だけが前に長く長く、大きく伸びて、前方を歩く少年が気付かずに頭にあたる部分を何度も踏みつぶす。美しいものにはある種の残虐さがあることを信じて、祈りとかいう逃避を繰り返している。大丈夫?と聞かないで欲しい、大丈夫じゃないから。
雨が降っている。雨が降り続けてくれればいいのに、そうしたらわたしもそれを偶然だという言葉でもって割り切ることができるのに。点滅の中に放り出されて、その明暗に目眩を覚えながら自分の行き先もまともにわからずにただただ進んでいるだけのまいにち
無題
ここ四日間くらい先週の頑張りが底をついたのかぐったりしてしまって勉強にあまり手がつかない。殺してほしい。まいにち死にたい。がんばっても報われないひとだっているし、大して頑張らなくてもおいしいとこを掻っ攫っていくことができる人もいるんだろうなとおもうと泣いちゃう。東京という概念が巨大化して人を貪っている。東京って、日本ってこんなに高校生いたんだ、と思う。餌にされてしまうことの恐怖を突きつけられている。だれかの優越感を満たすための餌としてその努力を利用されてしまう未来がみえる、こんなこと言ったらまた考えすぎだってみんなに怒られちゃうけど。風が吹かないとその音がわからない風鈴みたいにわたしのなかのいちばん美しいところも、もしかしたら誰かに傷つけられて大きくその心を揺さぶられるまでわからないのかもしれないなんて気休めにぼんやり考える。夏という言葉が都合よくあちらこちらで使われるようになって、ぜんぶみんな夏のせいにするようになったから、たぶんもうほんとうの夏はもうやってこない。夏は遠くて遠くて悲しいくらいに鮮やかで到底手の届かないモノだと信じていたかった、それが今やだれかの快楽の理由付けにされてしまっているのだからもっと惨め。わたしがこうして夏を文章のネタにしているのと同じくらい惨め。おかあさんが泣いている姿とか勉強を理由にインスタグラムを更新しない友人の笑顔とか彼氏がわたしを抱きしめるときのつよさとか、そういうだれも知らないであろうものの美しさを、わたしだけが一瞬ひらりとわかるとき、そういうのがほんもののしあわせなんだろうと思う。もうあと半年とちょっと経ってしまえばわたしのこれからの人生の枠組みはもうほとんど決まった、という体で毎日がすすんでいく。日本は学歴社会だから大学名は重要だよと声を揃えて言われ続けて、今でもまだその現実を黒く塗りつぶして無かったことにしている。はやくぜんぶ死んじゃえばいい。アーメン。
魔法のトンネル
18歳になりました、という投稿をするつもりだったけれど、合間合間に想いの丈を綴っているうちに月を跨いでしまった。この期に及んで未だ梅雨を引きずっているかんじの毎日で、最後に晴れた日がいつだったかも忘れた。君のいない世界なんて夏休みのない8月のようだ、といつか野田洋次郎が歌っていたのを思い出して現実になりつつある言葉の並びに少しどきりとする。大学受験まであと半年くらい。アルコールでささくれが目立つ指。これから1年後、自分の居場所を全く想像できないことに対して残る不安感。この一年の間でとても大��な人ができて、その人が居るから今年はだれかと祝福メッセージやプレゼントの数を比べて露骨に落ち込むこともなかった。こんなままではいけないと思うけれど、これでもかというほど甘えてしまう。彼から電話がかかってこないまま気がついたら零時、開きっぱなしの参考書。ベッドから机の上の山を見あげる。もう流れるような文章も書けなくなった。ただ、机元を照らすためだけに付けた光が部屋中に行き届きすべてのものを露わにするように、自分のために費やした諦めとかいう努力がいつか私の人生全体を明るく縁取りますように。そう期待することしかできない。
朝、きまってこの時期の朝の。とりわけまぶたが重くて視界がぼやけているとき、雨音と扇風機の回転音の違いを聞き分けられないままなんだかもう一度眠ってしまいたくなる感覚になる。自分の憂鬱な気持ちをすべて代弁してくれているかのように完璧な美しさを崩すことなく泣いてくれる空、ずっと梅雨が好きだった。17歳。強いのか弱いのかわからない外圧をずっと肌身に感じながらも良くここまで頑張れてこれたと思う。強まったり弱まったりを繰り返しながら着実にわたしの内側を蝕んでいくもの。どんな記憶であれ時間が経てば薄れていってしまい、曖昧に濁した言葉でしか文章を綴れない。降って、降って、降りつもってゆくのはけして愛や幸せではなかった。幸せが一方で加速させる理想や願望、それによる劣等感、幸せでなくなる恐怖、あるいは幸福それ自体への疑いも、ぜんぶずっと祈っていればいつか大丈夫になるとおもっていた。そうした形での正しさしか知らなかった。
歳を重ねるにつれて特別なものが増えていくけれど、それらはなにもさいしょから特別だったわけじゃなくて、くるしくなったり嬉しくなったりするたびに複雑に絡まっていたものの辻褄があって少しずつ真っ直ぐな一本の線になっていく感覚に近い。最初はちいさな不幸から始まったことが最後にはたくさんの愛に囲まれて光になっていくと半年前ちょうど失恋したあとに書いた。たぶんきっとそういうことだとおもう。そういうことだとおもいたい。消化しきれない劣等感を抱えながら、それでもそれをだれかの優越感の餌にされてしまうのが気持ち悪くていつも満足げに振る舞っていた。小学6年生の頃、布団に包まって壁に手を当てながら(世界のどこにいても良いから今だけ運命の男の子が壁の向こう側で同じように手を合わせてくれていたらいいのにな、)とか祈っていた。アスファルトに浮かぶ白線が血脈のように都市に光を流し込んでいく、わたしはひとりで遠くまでこれるようになった。
誕生日当日、晴れた土曜日。
だれもわたしのことを知らないということがいちばん幸せだった。
となりには愛おしい恋人がいて、いっしょにタピオカを飲んだり服をみたり歌を歌ったりした。街中ですれ違う人はだれもわたしがブログをやってるなんて思わないし、人生で殆どはじめてに近いことをしているとも思わない。そういうのってとても気持ちが楽で良いなと思った。信頼している人たちに過度に期待をされること、責任を半分こするのに疲れてしまった。一緒に悪者になってほしかった。わたしがなにをしても、それがいちばん正しいことかのように大丈夫だよと諭してくれるだけで、それは救いになれるはずだった。おかあさんに喜んで欲しいから、友達に見限られたくないから、だれにも落胆されたくないから、とかいう言い分を勝手に作って勝手にくるしんでいる。ほんとうは静かでいられる関係性が好きだけれど学校の友人はみんなはしゃぐのが好きだから求められているものをそれらしく纏う。両親は善良な人だけれど時折意味不明な束縛をするので面倒くさい、わたしも普通の日本人の女の子みたいに生きてみたかったと思ってしまうことにすら罪悪感を感じる。信仰というのはとても美しい行為だと思うけれど、本来は人を救うはずであるものが「救われる」「罰せられる」という境界線においてときどき人をひどく苦しめてしまうのでとても扱いにくい。救いを見出すはずの宗教によって苦しめられるのはちがうよ、と友達に言われたことがある。大学生になったらぜったい一人暮らしをしたいとおもった。伸ばせと言われ続けてきた髪も思い切り切りたいし、慎ましいふりをするのもやめたい。わたしほんとうは男の子に抱きしめられたこともあるの。けれどそんなことを言えば両親をがっかりさせてしまうから、遠いところで一人で植物とか猫とかに囲まれてひっそりと生きていたい。
かみさまに対する信仰心が薄れても、小さな嘘に罪悪感を覚えなくなっても、男の子と関係性を持ったことがなかった自分自身を忘れても、文章が書けなくなっても、友達と疎遠になってしまっても、病気で人がたくさん死んでも、普通に生活が続いていくことにときおり悲しくなる。それくらいわたしは案外どうでも良いとおもってることが多いんだと感じてもっと悲しくなる。あっちへいったり、こっちへきたり、あるいは戻ったり、そういうのを繰り返していたら、もう戻れないところまできてしまったみたい。あるかどうかも分からない未来のことや、だれかとその過去を背比べしてそれに一喜一憂していたこと、ぜんぶだいじょうぶになればいいなとおもう。ぜんぶ抱きしめてぜんぶ愛してあげられたらどんなにいいだろうとおもう。わたしには愛しているものが沢山あるし、わたしもだれかにきっと愛されている。最近見かけなかったので死んだのかなと思っていた野良猫を今朝ひさしぶりに見かけて胸がきゅうっとなった。汚いものに沢山触れてきたわたしの手はもう美しい手じゃないけどそんな手のひらの中でも心地良さそうに包まれているちいさなその頭が愛おしくてなんども撫でる。純粋でなくなってしまうのがずっとこわかった。ううん。たぶん純粋だと思われなくなってしまうのがこわかった。
続きを書きたいけどあしたも学校があって、さすがにちょっとねむい。悪者になっても大丈夫だから、わたしはわたしのそばにいるし、君のそばにはわたしの愛してるきみがいるからだいじょうぶ。特定の誰かじゃないよ、みんなが幸せになれますように。
n(atsu)
線路が控えめな緑に縁取られていて夏を感じた。でんしゃがいつもより大きく揺れるな、とおもった。ひさしぶりに乗るから余計にそう感じるのか、ほんとうにいつもより大きく揺れているのかは良くわからなかった。塾へ着いたら体温検査をされた。世の中の非現実味は薄れていくけれど、それでもやっぱりまだどこかふわふわしているかんじがする。ふわふわ、という言葉は抽象度が高くて便利だと思う。白黒はっきりつけることで正義を実感している人間って意外と多いのかもしれないし、わたしも気付いていないだけで実際はそういうところがあるのかもしれない。燕が雛に餌をやっている様子と、健気に咲いている向日葵と、それに加えてマスクの内側の皮膚が熱気を帯びていく感覚。去年、男の子と花火を見に行って、わたしの中での鮮度の高い美しい夏はそこでずっと止まっている、あるいはもうほとんど完結されたようなかんじ。塾が終わってから本屋へ寄ると、同い年くらいの背の高い男の子が絵馬の形をした紙に合格祈願を書いてちいさな箱へ投じていた。わたしも流されてペンと紙を持ったけれど、多神教じゃないんだよなあと思ってやめた。わたしはわたしが信じている神様にもまだこわくて合格できますようになんて言えていない。いつだってこわいものから救ってくれるものが神様なのに、自分勝手に生きていながら窮地に追い込まれたときだけ救いを求めるのは割りが合わないと思う。好きな人と一緒に昼間から眠りたい。神聖な場所で祝福された心を持つ人に祈りを唱えてもらいたい。突然変異で雪が降ってほしい。騒音の全てを吸収して、それで全てなかったことかのように水になって溶けていってしまうの。指輪が欲しい。細いやつ、宝石はなくていいし装飾もなくて良いから。涙を拭う手に宿る愛があれば、だれかにゆるされたという証が指にあれば、虚無感を紛らわせるための画面スクロールも、劣等感を埋めるために耳触りの良い言葉を連ねる必要性も、不確かな焦りも薄まるかもしれない。というのも最近また得体の知れないストレスに悩まされていて、今日もすこしだけ泣いてしまった。すべてあなたの心の持ちようで変わるの、薬はなにも解決してくれないよ、と母にはそう言われて、それでもっとかなしくなった。そういうことじゃないの。模試を受けるにしても勉強した量に等しい成績が出なかったら、とか、到達点は同じでもそこまでの努力の過程に差があるだけで劣等感をかんじてしまう。まいにち頑張りたいのに思うように脳みそとからだが動かなくて悶えている。わたしは自分を高めることで自分は大切に扱われるべき美しい人間なのだという確信が欲しいだけで、それほどまでにきっとわたしの内側にある自分への愛や期待値というのは年齢とともに他人任せになっていって、諦めや、未来の自分の幸せに対する責任を負いきれないという言い訳や、ときおり世界から拒絶をされているかのように感じられた幼い頃の傷ついたこころがぜんぶガチガチに固まったしこりのようなものがずっとあるみたい。もっと自分で自分のことを愛してあげられますように。今、世界ではいろいろなことが起きていて、それに対して声をあげないという選択が道徳的ではないと非難されてしまうことがあるらしいけれど、関心を持たないということもひとつの意味のある心の持ちようだし、それをやさしさと捉える人もいるのに、とてもやりきれない。恋人が「みんなつらいけど、ありじはつらいの」と言ってくれたことがとても救いだった。だれかの不幸と自分の不幸を秤にかけるということにやっぱりわたしはある種の違和感を覚えるし、たとえそこに差があっても自分のことを放棄してまでだれかのために立ち上がることは少しちがうと思う。そうして切り捨てたものが何らかの拍子にいつか今度は自分自身を殺すかもしれないし、自分の身近で大切な人を傷つけるかもしれないし。わたしはわたしを取り巻く世界をたいせつにできたらいいなと思う。足取りが軽くなれば、もっと遠くへといけるでしょう。だいすきなひとが苦しんでいたらすぐに駆けつけられるし、わたしはそういう風に愛される女の子になりたいから沢山のことを頑張っている。月が変わったのでカレンダーをめくったら、「涙は人生のお師匠さん」という言葉の周りにたくさんの滴のイラストが描かれていた。扇風機をつけると、紙がパタパタ揺れる。がんばる。わたしの愛する人たちが沢山愛されますように。
どれほど遠いところに行こうと試みても
どこか気持ちがもやもやしてやりきれなかったので少しばかり走りに行こうと洗面所の前に立ってコンタクトレンズをつける。泣くまいとしていたけれど、使用期限切れだとも知らずにレンズを瞳に上にのせた瞬間、意志とは関係なく勝手になみだがぼろぼろでてきて焦る。ずっと我慢していた涙ももしかしたらそのなかに紛れていたのかもしれない、濡れた睫毛やすこし充血した白目を見るといつもどこかほっとした。
世界は絶えず美しくて、じぶんなんかがその大きな器の中で堂々と情けない顔をしているというのがなんだか滑稽に思えてきた、と昨日は日記に書いたけどやっぱりそう思えない。うまれる、しぬ、という表現がコピーペーストされてできた世界線。どうしてもくるしくなってしまう、くるしいものを見ないようにと目に覆いを被せて生きているからたまに世界を直視したときにあまりの眩しさになにもみえなくなってしまう。
結局のところ、きっとわたしはなににでもなれるし、なににでもなれた。わたしはわたしが望みさえすれば、家をでていくことも、うまれながらにして与えられた名前を捨てることも、今つながりを保っている関係性を断つことも、信仰を捨てることも、自分のからだを誰かに売ることも、求められてそれに応えることも、アカウントを削除することも、つらい勉強に身を投じることなく大学に行くことも、自分自身やそれに関係する人々をきずつけることもできてしまう。その可能性についてぼんやりかんがえていた。
考えてみればあまりにも不安定なわたしは、なににでもなってしまいかねない自分というものとずっと一緒にある���てきたように思う。自分というものの一部をわざと切り離してあえて失うことを選んだり、あるいは舐められないよう努力をして立派なものに築きあげたりする過程でしか自分が自分であることをたしかめられなかった。欲を我慢しなさい、謙虚な姿勢で生きていきなさい、と幼い頃から教えられてきたことの反動がまさに今起きていてつらい。人間は生まれたままの姿こそもっとも美しい、醜い人間というのはひとりもいなくて、そしてだれもが平等に愛されるに値する、といった程度の言葉ではこの漠然とした不安感は解消されなくなってしまった。
あな���がいちばん大切にしていて、且つあなたをあなたらしくさせているものはなに?という質問をともだちがインスタグラムで公開して回答を募集していた。わたしは今までずっと恋愛をすることでしか自分を保てなかったの、という彼女の文句もまた同様に等しくまぶしいものだということに当人は気付いていないかもしれない。膨大な情報のなかで、なにをほんとうに掬いとるべきなのかわからずにいつまで彷徨い続けるのだろうかという不安を抱えている。たすけてほしい。毎晩、たすけて、たすけて、と寝る前に心の中で念じるようにしていて、そうして眠りにつくとなんだかほんとうにたすかったような感じがする。
というのも、なんとなく、という世界線を生きること自体あまりに物事を都合よく解釈していていらいらするので、とうとうまともに祈ることすらできなくなってしまったのだ。はずかしい。わたしは決して善良な人間ではないのに、善良な人間の中で同じ言葉を唱えていることに一種のはずかしさを覚える。
無題
一年前までは、死ね、クソ、うざ、という言葉にほんとうに値する人間や事物などなくて、物事のすべては捉え方なのだと、主観で世界の全てを決めつけてはいけない、美しくいなければいけない、という考えがあったからわたしはほんとうに一度もそういった言葉を使わなかったし使えなかった。それなのに今や抵抗が少なくなってしまって思いたくなくても大事な人たちにいらっとしたときや精神が弱っているときに反射的に汚い言葉が脳裏に浮かんでしまってやりきれない。過去をふり返るとき、その足跡がどれだけ美しくても、長く歩き続けてきたとしても、結局その先にあるのが地獄だったら意味がないでしょう。
外に出ても風は一切吹いていなかった。頬に染み付いたなみだの生温さは消えず、水面の揺れもしずかだったので川が川じゃなくてアスファルトみたいに冷たく感じられて、音もない夜にわたしは勝手にひとりぽつんと取り残されてる感覚だった。
それでも良いこともあった。このあいだ、雨が降った日にふとした好奇心で自分のうまれた日の天候を調べたら、わたしがうまれたその日も東京では雨が降っていたらしいとわかったこと。たくさんの雨粒のなかにも一粒くらい当時のものも紛れているのかなあ、と思った。たとえ同じ形をしたものが数多くあっても、情報量の多さのなかで下敷きになってしまうようなほんの些細なことでも、わたしはわたしのことを愛してくれているものをがんばって見つけ出したい。そしてそう思っているのと同じくらい、同時に心の奥のほうでは常にだれかに見つけて欲しいと思っている。わたしが失ってしまったわたしの美しさを見つけてほしい。もう誰にも傷付けられないように。もう自分のことを傷つけなくて済むように。愛せますように。
無題
あ〜もうわたしなんも勝てないな〜って思って泣きそう。勝てないものがおおすぎる。受験生なのに自分の欲に打ち勝って勉強に励むことすら怠ってしまって、他人と比べることでしか自分を測れないからだれかが頑張っているすがたをみても素直に応援できない自分がいてくやしい。みんな守りたいものをちゃんと守って、それをつよみにしているのに、わたしはなにかを失うことでしか自分が満たされていたことを実感できなかった。捨ててしまった欠片をひとつひとつ集めようと、かがんで地面を這っている惨めな姿を誰かに見られたらどうしよう。だれよりもきらきらした世界をしっているつもりで、かみさまからも愛されているつもりで、たくさんの人がずっとそばで応援してくれていることに対してそれ相応の結果や愛を返せているつもりだった。だけどぜんぜんそんなことなかった、そんなことなかったのにそれでも絶えず世界も人も優しくて美しくて眩しくて純度が高いので薄汚れた言葉をもってしまったわたしにはもう直視できないんじゃないかと挑戦することすらこわくてできない。わたしの写真や文章がだれかに良い影響を与えていたらそれはうれしいけど、それでわたしだけのものだったわたしの一部が他の誰かのものになってしまうのは少しだけ悔しい。ブルースクリーン越しに奪うこと、奪われることに慣れてしまった。わたしは結局わたしだけみてほしいと思っていて、それがわたしの幼さで弱さなのだと思う。弱さも強さも武器になるうるけど、ほんとうに強い人はちゃんと矛先を向ける対象を選ぶことができるから目の前の道をどんどん拓いていけるけど、弱いままのわたしはずっと自分の胸に矛先を向けているからだめで、自分を窮地に追い込んではじめて大切なものに気がつくことができる。「わたしが失ってしまったものをありじちゃんは大切にしていてすごいと思うし、これからもそれを守り抜いてほしい」とメッセージをいただいたことがあるけど、わたしが彼女の立場だったら同じようなことは決して言えないだろうと思う。きっと、ずるいなあ、と思ってしまう。ずるい。わたしもあなたみたいになりたかった、と。なりたい自分に到達できずに足掻いている途中であたらしい自分が形成されたとして、それはむしろなりたい自分とは真逆な人間なわけだから、その歪さを美しいと褒められても全くうれしいと思えない。やっぱりでも今日だけ美しいといってほしい。今日だけ慰めてほしい。そろそろぴえんって言葉つかっちゃいそう。
愛?
さいきん日常の何気ない瞬間において、いいなあ、とたくさん感じたけどその都度いちいちメモに起こしていないので内容はほとんどわすれた。なのでブログを更新できないし、あと二ヶ月も経たぬうちに十八になってしまうからせめて可愛げのあることなんかを少しくらい書きたかったのに状況が状況なので仕方ない。毎朝オンラインで出席確認があるんだけど昨日は二度寝して出られなかったし、このあいだ試しに大学の過去問を解いたら点数はだめだめだった。一日だけ夜に恋人に電話で弾き語りをしてあげた。ぜんぶ壊れちゃうならさいしょから手を伸ばさなきゃよかったってこと���話したら、あのね、ちがうの、持っていたっていう事実がとてもたいせつなの、さいしょから持ってるのと持ってないのじゃちがうでしょ?わかる?と諭された。そうかもしれない。怠惰に怠惰を上書きするように生きている。こめかみに銃口を押し付けられて脅され怯えるようにして、つきまとってくる色々な事実から目を背けている。こんな具合に漠然とした不安感がうんぬんかんぬんとダラダラ書いているけどほんとうはそれなりに幸せで充実した生活をしているからいつかバチが当たってしまいそう。歳上の彼氏と別れた友達の女の子が、今頃煙草でわたしの肝臓ぼろぼろなんだろうなあ、もっと自分のことを大事にしてあげたかった、と裏垢で溢していたけど、きっと彼女にだって彼の影響で自分のモノが形を変えていく過程に幸福を覚えていた瞬間もそれ自体に救われたこともあったんだと思う。ただ薄暗くふちをなぞっていかないと未来への期待値があまりにも高すぎて落とし穴にハマってしまいそうでこわいからみんな可哀想ぶっている。たぶんどこにも事実なんていうものはほんとは存在などしていなくて、みんなが情報を選んだり捨てたりしているだけで、人間が数値にしたり名前をつけたりしながら記録をしているだけで、何もかもを取っ払ったら、あ、でも、そうなったらわたしはどうなっちゃうんだろう、なんてことをずっとぼんやり考えている。二か月くらい前にだいすきな友達といっしょに塾へと向かう道を歩きながら、わたしたち卒業までにいつか絶対この道で泣くと思うって笑いながら話していた。今ごろ存在していたかもしれない日と流していたかもしれない涙とあったかもしれない出逢い。そういうので世界が動いているのかもしれないと思うと心がふにゃあってなって泣きそうになる。この足を踏んでいるところのずっと奥に埋れてしまったいくつもの歴史に救われている。その後、小さなレストランで二人分のサンドイッチを頼んだ。ずっと憧れていた女の子にはやっぱりなれなかった。一度「憧れの女の子のフリをする」アカウントをつくろうとしたけど苦しくなってやめた。新作の化粧品と知恵袋での大学受験生の相談事と参考書のレビュー調べだけでほとんど埋まっている検索履歴欄の隅っこに追いやられてしまったいちばん綺麗なわたしを誰かに拾って欲しかった。少しくらい未来をあきらめても人生は終了しないけど単純にそこでわたしの自己肯定感は終了するし、わたしがいちばん大事にしたかったわたしも死んじゃうから、ねえ、わたしは大好きなみんなのことも自分のことも美しさを表現することもぜんぶあきらめないからみんなもわたしのことあきらめないでってインスタの裏垢に書いたあと、電気を消して寝た。許されない愛だけが輝いている。ずっと輝いている。いつか校庭を一面石灰の白に染めて北国の雪景色みたいにして、雨で偽物の冬が消えてしまう前にわたしたちは濡れながらキスをするの。安っぽい映画みたいに物語の順番をぐちゃぐちゃにして今よりももっときれいなところに走っていきたい。“なにも決定的なことが起きていないようなのに、いつしか死が準備されてしまっている、日常という戦場�� において、好きな人にお願いだから死なないで、一人にしないで、と一方的に伝える行為がとても無責任だということだとはわかっているけど、ただ、それがわたしの知っている方法の中でいちばん確実にあなたの心を殺せるものだからゆるしてほしいと思った。しんだら身体の隅々まで洗って、痛かったところを撫でて、さいごにわたしの名前の由来になっている花の香りを墓石につけてあげる。あなたの歪みにはじめて触れた日、わたしはあなたのいちばん美しいところをみたようなかんじがして、それがとくべつで嬉しかった。まるかったり、とがっていたり、硬かったり、やわらかかったり、ざらざらしてたり、さらさらしてたりするの。生きているだけで美しいという言葉はみんな戯言だと笑って受け流すのに、しぬことになると急になんか真面目な顔をするからやになっちゃうよね。写真を撮ることを知らなかった頃のわたしはたぶんほんとうの写真家だったし、まだロックミュージックを知らなかった頃、わたしのロックスターはずっとわたしでしかなかったし、文学を知らなかった頃に感じていた世界とおなじ色合いの世界をわたしはもう見れない。そういうものだから、もしかしたら死ぬことなんて知らなかった頃、わたしたちもずっと死んでいたのかもしれない。それでたぶん今でもその頃の残像が残ってるのかもしれない。逃げて逃げて逃げた先で待っているから、そこでまた逢えますように。
無題
あこがれている女の子たちがみんな色白で華奢なことにむかついている。だれかを真似して美味しいところだけを盗むことは誰にでも出来るんだけど、でもそうじゃなくて、彼女たちがもっているものは彼女たちにしかもつことを許されていない域にある圧倒的なものだからくやしくて泣いてる。その子たちがフォローしているアカウントを全部フォローしたら同じ世界を見れるかもと思ったけどやめた。きっとわたしよりもいろんなものを見て感じて聞いて愛してたくさん傷ついてきたんだろうなあ、と思う。自分と向き合うのはとてもくるしくて、美しいものに触れることで浮き彫りになる絶望もまたするどくて、それでも躊躇いなく自分の内側にあるものを外にだして整えてまたぐちゃぐちゃにしていくの。そういう工程を何度もじっくりしずかにしてきたのかもしれない。お世辞にも美しいとは言えないものでも、美しい人がすればそれはたちまちに美しくなってしまう。ずるいなあ、十七年かけて見つけたものが諦めとかいう単なる逃げだとしたらやりきれない。頑張れるかなあ、がんばりたいなあ、って言うのたぶん二千回くらい繰り返しているけれど、こんなわたしもすこしずつちゃんと踏み出していて、前に比べたら痩せてメイクもするようになって結構垢抜けたし、何も書けないと言いながら泣き喚いてブログのアカウントを消すこともなくなった。ワンクリックで消えてしまった昔のわたしの言葉には相応の墓場もないけれど、だれかの支えや救いやたのしみになれたことが嬉しい。文章なんて手軽なもので誰でも書けるものだけど、誰でも、の中で、わたしのを読んでくれている人がいるのだという事実がうれしい。きっとでも綺麗事抜きでほんとうはだれでも特別で、特別じゃない人はいないんだろうけど、すべて目に見える数字として統計されてしまう今だからこそ他人からの評価やさまざまな人たちからの好意や自分は愛されているのだという確信の多さがそのひとの輪郭をなぞって、より濃くして、いわゆる個性と呼ばれる類のものを形成していくのかもしれない。くやしいし皮肉だけどそれを掻き分けていくのが、生きるということかもしれないし、あるいは自傷行為なのかもしれないし、わかんないけどわたしだけは自分の味方であれるように努力していけたらと思う。たとえ負け犬でも遠吠えできる余裕と気力があるうちはまだ勝ってる、たぶん
無題
きのう、河原まで自転車で走った。昼間の明るい時間帯に行くのはとても久しぶりだった。最近はストレスで奇行に走る人がいるらしいから夜に外に出るのはやめて、と母に言われた。テレビをつけてもスマートフォンのスクリーンをいくらスクロールしても、そこに有るのは饒舌に討論を繰り返す人間と、それに対する第三者からの警告、といったような感じだし、鬱々としていたのでちょうど良かったかもしれない。運動用にだぼっとしたパーカーを着て、弟のサドルがすこし硬い自転車を借りた。前方から吹いてくる強い風に服がぴたっと身体に張り付くので、はずかしくなってペダルを踏む力を強くする。桜の木はもうどこにも見当たらず、小さな花びらだけがコンクリート上にまばらに散らばっていた。空は青くて、高くて、鳥が群れてそこを飛んでいて、それをわたしが見ていて、だけどわたしのことは誰も知らないの。そしてわたしだって誰のことも知らない。その事実がいちばんやさしくて、それでいていちばん淋しいから美しいと思う。川の水面が光を受けてきらきらと煌めいているのを眺めるのが好き。光りの粒がたくさんあって、見る場所によってそれが大きくなったり小さくなったり近くなったり遠くなったりしてかわいいの。昼間は白く光るのに、夕方になると今度はピンク色になったり朱色になったりするからもっとかわいい。塔屋看板にペンキを塗装する業者の人。頭上を走るモノレール。走る犬。投げられたフリスビー、野球ボール。ふうっと口をすぼめてたんぽぽの綿毛を飛ばす子どもたち。うっすら川のにおいがして、うれしくなって少しのあいだ草原の上に横になった。草ってこんな柔らかいんだって思った。オレンジ色ってこんなにオレンジ色だったんだ、とか、鳥が一斉に空へ飛び立つときにパタパタと羽根の動く音が聞こえて、しゃぼん玉が弾ける瞬間にせっけんの匂いがして、英単語帳をしばらく眺めていたんだけどすぐに閉じて空のずっと奥の方をみてた。いつもはうざったい太陽の残像でさえ愛おしく思えてしまうなあ、どうなるんだろうなあ、これから、って思った。わたしが掬い取っている現実はきっとほんとうの世界のほんの一部でしかないから、救われますようになんて偉そうなことは言えない。だけど、たかが数日間外に出ていなかっただけなのに一人でこんなにも大袈裟に感動している。すこしくらい見返りを求めてもいい気がしてくる。
頭ぐわんぐわんする
現実に翻弄されている人間を嘲笑うかのようにして桜が我関せずと言わんばかりに堂々と咲き誇っているので、なんだかすこしだけ愉快な気持ちになった。白い四角形を顔の表面に貼り付けながら、それでも歩く足を止めない人間の行く末をかんがえると何もかもがいやになってしまうけれど絶望の輪郭をみんなでかじって食べていけば、なんとも名付けようのない不器用な形をした詩のような世界ができあがるのかもしれない。今日くそみたいなじじいがくそみたいな眼差しでこちらをみてきたので睨み返してやったんだけど、どれだけそうして自分の弱さを繕うように強がっていても彼には変わらずに愛するものがあって彼を救いにしている人もたくさんいて、そのことがなんだか、それだけがなんだかそのときのわたしの苛立ちの唯一の誤魔化しだった。だからわたしは彼を刺殺さないし、彼もわたしを殴り倒さない。そういうのって、大事なんだろうなあと思いながら電車の広告の文字を追っている。ちなみになにも頭には入ってこない。あたたかい毛布にくるまっていると誰かに抱きしめられているかんじがするから心地がよくて、すこしだけ唇を尖らせる真似をする。まぶたをあと何回閉じれば。何回綴じれば。いいんですか。コンクリートジャングルと自転車のサドルとスカイツリーの心臓。あ、と思う頃にはもうすでに全てが遅くなっていて後悔をするけど、あ、と再び思うと今度は以前のそれよりもより大きな幸せに満たされていることに気がつく。竹刀を持った少年たちが夜になると川辺に集まっていつもその刀を縦に振っている。わたしはたいして歌を歌うことも上手ではないし、勉強も大してできないし、顔だって凸凹している。けれどそれでも真っ直ぐに生きていけるかな。生きていきたいね。終末感の漂う世界をみることで、わたしは独りですこしだけ安心できた。終りがあることに赦される。本当は衝動のまま洗面所にあるハサミで髪の毛を思い切り切ってみたいし、派手な髪色にして東京の真ん中を歩きたい。それでも晴れることのない憂鬱を自分の中の非道徳的な理想に想いを馳せることで誤魔化してみたり、寂しいと思わなくても好きな人を自分の家に泊めて隣でぴったりからだを重ねながら長い夜を過ごしたい。そういうのをだらだらとしたいだけなのに、そういうのをするのにも勇気や妥協や諦めが必要らしい。がんばるよ。すこしずつ。
無題
まいにち予備校の自習室にいっていたら、自習室でしか勉強したくないからだになった。いままで宗教上の理由で髪の毛を隠してきたけど、大学生になったらボブにして染めて街を堂々と歩いてみたい、し、そうしてみる。たくさんあそびたい、だれになにをどう言われようと自分のしたかったことを一つずつしていきたい。親といっしょに暮らしていたら、わたしの「非」はぜんぶ彼らの責任になってしまうけど(これもちょっとおかしい話だけどそう考えている人は多いみたい)一人で暮らしだとわたしのしたことは全部わたしの責任になるらしいので、最近は常に逃げ出したい。思春期や若さを理由にしてどこか遠くへ逃げてしまうことは何もわるくない。ぜんぜんわるくない。寧ろそうする��きだとも思っている。一度離れ離れになることで改めて気付かされることや見えてくるものなんてたくさんあるし、それに加えて黒猫を相棒に迎えいれることがきまって、その子といっしょにふたりで(猫だから「人」ではないけど)暮らすことが決まったのでどきどきしている。もう失うものはない気がして、でもそれは自分がなにも持っていないからではなくて、幸せなことにたくさんのものを持っているからだということに最近気がつきました。毎日走ろうと思ってる、思ってるというか走っている。たくさんがんばって可愛くなるので、そのときがきたら誰かデートしてね
無題
つまらない文章しか書けなくなった。いや、そんなことはないんだけど、もしかしたら面白い文章を書かなくちゃと思うことがなくなっただけなのかもしれないけど、それでも書かずにはいられないほど心を動かされるものとかそれをさせてしまうくらいにわたしの大切なものをかき乱した嵐のような愛とか、水みたいにさらさらしてる美しい光景の数々とか、光とか風とか、なんかそういうの、そういうのに自分のからだとかこころを預けるのがこわくなってしまった。あっちへいったりこっちへいったり、そうしているうちに自分を見失いそうでこわい。だけど反面、もう自分のことで苦しまなくていいようにいっそのこと自分の存在とは程遠いなにかに染まってしまいたい。自分らしい自分なんて本当は存在しないのだとわかっていながらもそういったくだらない不安感をおぼえてしまう。というのも、たくさんの言葉とか音楽に触れているうちに、どんどん自分が感化に感化を重ねて変わっていっているのが自分でもわかっていて、だからもう昔書いていた文章は書けないし、昔捉えていた景色の感触も思い出せない。わたしが考えていることはすでに誰かが思いついていることで、でもだからといってその価値が下がるとかそういうことではないんだけど、時折それがすごくさみしくなる。なにかを表現することで、表現したくないなにかを誤魔化してきた自分が浮き彫りにされているようでとてもくるしくなる。ほんとうのわたしを認めてほしい、などと思うけど、同時にわたしのなにが貴様にわかるんだ、とも思う。自分のほんとうはどうしたいのかという気持ちをうまく掬いとってあげられないのがくやしい。思春期ってそういうものなのかなあ、こうやってぐるぐる変な渦に巻き込まれて、いつも自分だけど自分ではないなにかとすれすれになりながらもがいている。いちばん近いはずなのに、いちばん掴めない。なのに影みたいにしてどこまでもひっついてくるので厄介で。むかしの自分かもしれないし、認めたくない自分かもしれない。いずれにせよ、世界に翻弄されがちな自分の絶望や幸福を言葉や写真などに起こして大袈裟にしてみせる一連の行為に疲れてしまった。わたしはわたしに自分のことを認めてさせてあげたかったのだと思う。あなたの感じていることは言葉にされるに値することだと、慰めてあげたかったのだと。でも今はこうして文章を書くことで、言葉に残さなかったなにかが消えてしまいそうでこわいと思ってる。写真を撮ることで、写真に残さなかったなにかを裏切るような感じがしてこわい。それともそれはただ口実で、ほんとうはほんとうに一切のことに無関心になってしまったのかなあ。全てのことをどうでもいいと投げやりにしてしまうことで、失うものを少なくしたかったのかもしれない。そうすることがずっと強さだと思ってたけど、今もそう思っているところはあるけど、誰かにわたしのぜんぶを決めて欲しいなと思うけど、でも自分でちゃんとえらんでいきたいね。突き抜けたわたしの弱さを、考えすぎたよという言葉で突き放すひとたちはいたけど、それをわたしのいちばんの強さだと肯定してくれたひとは少なかった。考えすぎてしまうこと一般的にみていいことではないかもしれない。たしかにわたしは考えることで現実から目を背けているし、考えることであたかも自分が真っ当に生きていることを正当化しているし、考えることであなたに連絡したい気持ちやあなたに抱いてほしい気持ちを誤魔化しているけどそれがなんかいいなあっておもう。それがなんか、ちょっと可愛いというか、なんか人間味に溢れて嫌いになれない。ぐだぐだ空白を消費しているうちに、どうにもやりきれなくなって深夜にワンピース一枚でそとへ飛びだしたことがあって、そのとき足のくるぶしから太ももの内側へとひっつく夜の風のつめたさに今も慰められている。変わりたくない、と思うけど変わっていく自分を受け止めてあげられるだけの気持ちの余裕やそのかわりになにかを手放す強さとかそういうのを育てていかなくちゃいけないのだと思う。ちょっとだけかなしいけど、もしかしたらそれができた頃には、また遠い昔に出会えていた感動にまたはじめて「あたらしく」出会えるかもしれないと思うとちょっと頑張ってみようという気持ちになる。長々書いたけど自分でも一貫性がないことにくすりとしてしまう。ただの自分語り、あとでたぶん消しちゃうのでこれを読めた人はラッキー。あしたいいことがあるかもしれないね。
無題
ふわふわと遠いどこかを彷徨っているかんじで、それがちょっとだけ気持ち良かったり、気持ち悪かったり、こわかったり、かなしかったりした。一日中そんな調子だったのでひどくつかれた。わけわからないウイルスのせいで色々な部活の大会や練習が取りやめになった。期末試験もなくなって、これから空白の一か月間。放課後あちこちからだれかのすすり泣きとそれを優しく諭す声がきこえてきて、わたしは失うものなどなにもないのに、なにかを失ったような気分で、これを書いている今でさえ少し泣きそうで指が震えている。頑張って頑張ってさいごまで努力を続けてきたのに、こんなにも呆気なく終わってしまったことが悲しい。このままドミノ倒しみたいにたくさんの報道が、たくさんのだれかの涙が、自分の知らないところで募り続けていくことをかんがえただけでなんだか胸が空っぽになる。大した努力をしていないわたしが悲しむようなことでもないのかもしれないけど、それでもわたしは努力をしている友達の姿がだいすきだし、みんなの泣いている姿をみるのがつらかった。反面、涙を流せるほどの熱量をなにかに注いだ覚えもないことが余計にこころを空っぽにさせた。すこしだけ、この、世界がゆるやかにくずれていく様子に好奇心を覚えて胸が高鳴った瞬間もあったけど、やっぱりもっと美しいのがいいね。やさしいほうがいい。さいきん文章書いてなさすぎていかにも日記みたいな日記になりました。ぜんぶ大丈夫になりますように。
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tokyomariegold · 2 years ago
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2023/9/9〜
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9月9日 写真展をするとDMを送って、行けないけどごめんねおめでとう、ってメッセージを何件か受信していた。 会場には、いきますね!と連絡をくれていた方々がたくさん来てくれた。 今日も初めましての方が写真集を買って行ってくださった(ガビガビの画像でごめんなさい)。
写真展をしますって言ったら、みんないろいろあるのにそれに反応をくれてありがたくて、かく言う私も、実は写真展関係ないところでこの世で3本の指に入るほど絶賛落ち込み中なので、ほんとうにみんないろいろあるんだろうね。
行きはまた神保町から飯田橋から神楽坂のルートを歩いて、帰りは竹橋から二重橋前のルートを歩いた。いろんなところでお祭りが開催されていた。
確かにギャラリーのある高田馬場は、今日久しぶりに写真展に来てお会いした方々と、かつて毎日の様に会っていた場所で、みんなちゃんと十年近くの時間をそれぞれで送っていたのですね、と思った。
事実、結婚したり子供ができたり転職したり引っ越しをしたり、わかりやすくプロフィールが変わっていて、それで言うと私は変わらずに写真を撮っているのだけれど、写真展を開催できる様になっているのは大きな変化だな〜と、ちょっとやっぱり他人の人生と比べた時、ジョーカーカードの様な自分の手札に虚勢を張って思ったりもした。
その中でも、よく遊んでいる友人お二人からお花のプレゼントをいただいて、とってもとっても嬉しかった(もちろんお菓子の差し入れも嬉しくてパーティー!)。
ニコンの展示プランで、フレームを借りる場合のサイズ感の相談を白濱さんにさせてもらって、その流れでqpさんとのお散歩音声を聴くのが好きだということもお話しできた。 ニコンだけでなく、エプサイトやソニーの公募もチェックしよう(35歳が作家のタイムリミット?)。 白濱さんの傍にあるジャイアントパンダの学習ノートと大きな削り節?が気になる。
2回ほどゲリラ的にお客さんが多くなったギャラリーで、もう隅っこでただ本を読んでいたくなってしまったりしたけれど、写真を観に来てくれてありがとうございます。
そんなこんなで今日はくったりしてしまったので、明日こそは構成のデータ化をしたい。
ビルの赤いランプが点々と光るオフィス街を歌いながら歩いて、少し写真を撮りたくなった。まだフィルムを買う元気はない。カメラを持ち出すエネルギーがない。
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9月10日 ニコンの展示の応募をする! 書類や展示計画を作る! と昨晩から決めていたので、朝起きて、それでも先に掃除や洗濯や昨日届いていた新しいカーテンを付け替えたりしてから、パソコン作業をした。
暑いお部屋で汗をだらだらかきながら、セブンへネットプリントを印刷しに行って、たぶんちゃんと応募書類を作れたはず。 お仕事以外できちんとした書類をちょっと作るのってこんなに大変になってしまった。
神田のゆうゆう窓口で、A4のボックスが入るゆうパックの梱包材を探してもらい、ペンをお借りしたりして、なんとか提出できた。はず…!
展示会場では先日出産をした友人と、イヤリングを作ってもらった友人に会って、やっぱり同期の彼女たちとは昨日の先輩方と違ってふわふわ他愛なくたくさんお話ししてしまった。 職場の一期下の方もきてくださって、多分全く私の写真を知らない方だったので少しどきどきしたけれどすごくよく観てくださった(ウエストのお菓子嬉しい。)。 今度、科博の海の展示に行く約束をした!
他にも今までお会いしたことがなかった方が写真や写真集を観てくださって、感想をSNSに投稿してくださったりしていてありがたいな、ありがとうございます。
お花やお菓子がたくさんで、高校生の時の部活の定期演奏会の帰りみたいだった。 そしてこの二日間で、入れ替わり立ち替わりたくさんの方々とお話しして、すごく不思議な時間だった。 ギャラリーの外は夏祭りのお神輿が担がれている様子で賑やかだった。一緒に展示した友人と何故か何か、とってもぐったりした感覚を共有しながら、でも次の活動のことを少し話しながら地下鉄を歩いて改札で分かれた。
そして今、落ち込んだ勢いで予約した銀座のよいホテルで首都高と銀座の街を眺めています。
今日もカメラを持って出る気持ちになれなかった。 でも楽天スーパーセールでフィルムを買おうかな。
最果タヒの新刊が秋に出るそうなので、それくらいまでは何とかなるといいな。
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palakona · 2 years ago
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7月なのに…(-公- ;)
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2023年7月、西池(堺市)PENTAX Optio W60
どうも、こんにちは。7月8日(土)は、渓流フライフィッシングとヘラ釣りを天秤にかけて西池に行ってきました。近所の喫茶店のコーヒーとトーストがマイウーなので喫茶店に行ってしまい、渓流に着いたら昼やな〜とか思ったらウドン炊くのもめんどくさいし西池に足が向きました。
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2023年7月、西池(堺市)PENTAX Optio W60
天気予報では、雨の降り出しは15時ごろ。屋内釣り場で空いてる席あるかな?終了1時間前の降り出しやったら屋外釣り場でも良いかと思いながら到着すると、屋外はほぼいっぱい、屋内も10番台手前ぐらいしか空いてない。厳密に言えば空いてても間に入るのは気がひけるな〜みたいな混み具合。西池は人気やな〜値上げの影響ってないんですかね?
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2023年7月、西池(堺市)PENTAX Optio W60
今日の竹竿は「二代目げてさく」の11.2尺。竹の握りが細くて万力を抜けてしまうのでゴム輪を嵌めました。持ってて良かった。
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2023年7月、西池(堺市)PENTAX Optio W60
画像は前記事の使い回しですが、竹竿が前回と同じ11尺なので仕掛けも浮子も同じ。花瑞樹の「底パイプトップS」の9番です。エサがウドンから練りエサになりましたが、浮子のなじみは3目出し〜4目出しがスタートでバッチリです。
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2023年7月、西池(堺市)iPhone11
お昼ごはんはかき揚げ丼+ざる蕎麦でした。ええ、もうお昼なんです。10時過ぎに着いて、モタモタ用意をして10時半過ぎてから釣りしましたが、サワリはあるものの釣れません。西池の昼食時間は11時半までなので、11時15分ごろ食事を食べに行きました。お昼ごはんに向かう釣り人の会話を聞いていたら、「まだボウズや」「(朝から)3枚」とかそんな感じ。隣席の2人は釣れてないし、屋内釣り場はほぼ釣れてないような。毎夜19時更新のスポーツ報知のウェブサイトでは、25番席(屋内)の方が43枚釣ったらしいですが、僕の席から死角で見えませんでした。屋内の70番台と10番台は釣れてなかったなあ。
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2023年7月、西池(堺市)PENTAX Optio W60
午後の部を始めましたが、浮子は多少動くものの喰い魚信が出ない。モヤモヤ動いてから段床釣りみたいに目盛がスーッと出てきてサワリがなくなる…そんな感じ。ジワジワ目盛が出るんじゃなくて、なじんからエサ落ちになるのが早い。なんで?グルダンゴ(芯華+わたグル)でスタートして12時台に奇跡的に「チッ」という魚信が取れて釣れたーと歓喜しましたが、水面で空気を吸わせたところでバラシ…貴重な1枚が…あぁ。西池ではお約束ですが、浮子が流されるなと思ったら床が掘れているので「床立て」を何回もやり直し。永久にw掘れるわけではなく、目盛で3〜4節掘れてるっていうのを3回ぐらい繰り返すと床は安定するようです。練りエサは、その後、芯華→いもグルテンとローテーション。サワリがあるだけマシかもしれないが、��ワセのチャンスがほとんどないので面白くない。隣の人も「喰いっ走り」(宙釣り)とスレが1枚ずつで実質ボウズ。その隣が7尺で2枚ぐらい?向かいの70番台もあまり釣れてないし、そのうち2人は釣ってるとこ見てないのでボウズ?全く釣れる気がしないので今日はボウズでもしゃーないかと淡白に思い始めた13時57分、浮子が「消し込み」で糸スレかよ〜掻くなよ〜と思いながら竿を立てたら掛かってしまい、糸スレではなく口に掛かってました。ボウズは免れましたが、なんか嬉しくない、ホッとしただけw。
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2023年7月、西池(堺市)iPhone11
「単位枚数」はいつもいいかげん(きっちり計ってない)なので気にしないでください。1枚釣れた後、いもグルテンが無くなったので、思いつきでバラケマッハ+凄グルのグルダンゴを試してみましたがサワリも少なくなったw。
ということで、7月8日はヘラブナ1枚だけでした。最初の1枚がバレなければ両目が開いたのに。夏って世間的には両ダンゴとかトロ巻き(実はよくわかっていないwトロ巻きってなにそれ美味しいの?)の季節で、床釣りでも水面付近にフナが蝟集して釣りたくないのに宙で釣れてしまう季節ってイメージなのですが、7月なのにこのタフコンディションって…。渓流釣行はドライブも楽しいから、夏は夕暮れ前の2時間ぐらいフライロッドを振りに行った方が良いんかな?
では、また。
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teddyysblog · 8 days ago
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### 『紫陽花の鎖~傷痕の向こう側~』
#### 【第一章:帰宅後の静寂】
雨の滴りが窓を伝う夕暮れ時、僕は鍵を回す手を震わせながら自宅のドアを開けた。玄関にはお姉ちゃんの靴がなく、ようやく肩の力が抜ける。リビングの時計は午後5時30分を指していた。お姉ちゃんは今日も委員会で遅いのだ。
「...はあ」
鞄を放り投げ、制服の上着を脱ぐ。左腕の袖には、昼休みにトイレでこっそりつけたばかりの血痕が滲んでいた。誰にも気づかれずに済んだと思っていたが、体育の着替えで見つからないかと考えるだけで胃が痛む。
#### 【第二章:浴室の儀式】
浴室の鏡に映るのは、いつも通りの冴えない顔。不細工だな、と自分でも思う。お姉ちゃんだけが「世界一可愛い」と言ってくれるけど、それはきっと姉の愛情でしかない。
「...もう、いいよな」
カミソリの刃を手に取り、浴槽の縁に座る。右手が震えている。今日も廊下で山本たちに肩をぶつけられ、「キモい」と囁かれたことが頭を巡る。
プスッと鈍い音がして、左腕に新しい赤い線が加わる。痛みよりも、むしろ安心感がこみ上げてくる。これでまた少し、苦しみが外に出せた気がした。
#### 【第三章:運命の瞬間】
「弟くん、おかえ...り...?」
バタンとドアが開く音。振り向くと、そこには買い物袋を抱えたお姉ちゃんが立ち尽くしていた。紫色の瞳が大きく見開かれ、唇が震えている。袋からオレンジが転がり落ち、床を転がっていく。
「お、お姉ちゃん...今日は...早いんだ...」
僕は慌ててタオルで腕を覆うが、時すでに遅し。お姉ちゃんの視線は、床に落ちたカミソリの刃へと移った。
#### 【第四章:崩壊の始まり】
「...な...なんで...」
お姉ちゃんの声が、僕の知っているそれとは全く違う。低く、震え、そして...
"なんでぇぇぇえええ!!!"
突然の金切り声。お姉ちゃんが買い物袋を放り投げ、駆け寄ってくる。165cmの長身が155cmの僕を覆い、Cカップの胸が激しく上下している。
"だれが...だれが弟くんを...こんなことにさせたの!?"
お姉ちゃんの長い紫髪が乱れ、涙で化粧が滲んでいる。僕は初めて、お姉ちゃんがこんなに泣いているのを見た。
#### 【第五章】
お姉ちゃんの手が、僕の腕を優しくつかむ。その指先が震えているのが分かる。
"痛い...?消毒しなきゃ...絆創膏は...どこ...?"
普段は明るくて元気なお姉ちゃんが、今はまるで壊れた人形のようだ。僕は小さく首を横に振る。
「もう...痛くないよ...」
"うそつき!!!"
お姉ちゃんの叫び声が浴室に響く。突然、僕を強く抱きしめ、そのまま床に崩れ落ちる。
"どうして...どうして言ってくれなかったの...?私が...私がもっと早く気づいてあげられれば..."
お姉ちゃんの涙が僕の首筋に伝う。��ベンダーの香りと涙の塩味が混ざり合う。
#### 【第六章】
寝室で、お姉ちゃんが丁寧に僕の傷の手当てをしている。消毒液の刺激で僕が顔をしかめると、お姉ちゃんはすぐに「ふーふー」と息を吹きかけてくれる。
"もう...絶対に...こんなことさせないから..."
お姉ちゃんの声が震えている。普段はテンション高くて賑やかなのに、今はとても静かで、その分だけ余計に切ない。
「ごめん...お姉ちゃん...心配かけて...」
"ばか...!謝ることじゃないでしょ...!"
お姉ちゃんは僕の頭を胸に押し付け、ぎゅっと抱きしめる。その力加減から、どれだけ必死なのかが伝わってくる。
#### 【第七章】
夜、ベッドでお姉ちゃんが僕の腕を優しく撫でている。包帯の上から、そっと触れるように。
"ねえ...明日から、私がずっと付いててあげる"
「え...でも学校...」
"委員会も部活も全部やめる!弟くんより大切なものなんてないんだから!"
お姉ちゃんの紫色の瞳が、���闇の中で強く輝いている。本気だ。本当にそうするつもりだ。
「お姉ちゃん...」
僕は思わずお姉ちゃんの袖を握りしめた。この温もりが、傷の痛みよりもずっとずっと、心に染み渡る。
#### 【第八章】
朝日が差し込むベッドで、僕はお姉ちゃんに抱きしめられたまま目を覚ました。彼女は一睡もしていないようで、僕の顔を見つめるや否や、また涙を浮かべた。
"おはよう...痛みはない?熱は?"
「うん...大丈夫...」
お姉ちゃんは僕の額にキスをし、そっと囁いた。
"もう二度と...一人にさせないから...約束だよ?"
その言葉に、僕はお姉ちゃんの胸に顔を埋めた。この温もりがあれば、もう大丈夫な気がした。
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yotchan-blog · 3 months ago
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2025/4/11 19:00:03現在のニュース
中国・習近平主席、東南アジア歴訪へ 米国にらみ貿易多角化を推進(毎日新聞, 2025/4/11 18:57:57) プロ野球・ソフトバンク関係者を書類送付 賭博容疑で任意捜査(毎日新聞, 2025/4/11 18:57:57) 特別支援学級の教諭、ゴミ箱に小2児童立たせて蹴る体罰 前歯折れる(朝日新聞, 2025/4/11 18:57:01) 「年会費払わずコストコ製品買えます」…山梨で非会員向け「再販店」相次ぎ開業、商品小分けに([B!]読売新聞, 2025/4/11 18:52:32) 尹前大統領、ガッツポーズで公邸を退去 妻と11匹のペットと共に(毎日新聞, 2025/4/11 18:50:16) 山中に交際女性の遺体を遺棄 殺人容疑で元郵便局員を再逮捕(毎日新聞, 2025/4/11 18:50:16) 安倍政権と「約束」したはずの車関税ゼロ トランプ氏に迫れない事情:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/11 18:48:53) フィフィ フジ、石橋貴明にも“上納”に「おそらく“他も”似たような事をやってんだろうな」(スポニチ) | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2025/4/11 18:45:33) 将棋・渡辺明九段が体調不良で再び休場 6月末まで(毎日新聞, 2025/4/11 18:42:46) オバマ夫妻に「離婚危機」? ミシェルさん、一笑に付す(毎日新聞, 2025/4/11 18:42:46) 東南アジア、「米国離れ」加速必至 中国傾倒、後押しする可能性 「この関税では…新しい市場探す必要」:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/11 18:42:08) フジHD株、なぜ高止まり 大株主「変化に期待」/稼ぎ頭は不動産:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/11 18:42:08) 仏大統領、パレスチナを国家承認の方針 6月にも国際会議で表明か:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/11 18:42:08) 青瓦台襲撃未遂事件の北朝鮮元兵が死去 ロシア派遣兵との共通点とは(朝日新聞, 2025/4/11 18:41:40) 【動画】ブルーインパルスが予行飛行 大阪での展示飛行は花博以来35年ぶり([B!]産経新聞, 2025/4/11 18:39:37) 再建・積極両派が統合の自民財政新組織 主導権はどちらに? | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2025/4/11 18:39:30) 新薬開発の動物実験を廃止へ、米FDAが方針 AIや培養細胞で代替(毎日新聞, 2025/4/11 18:35:45) 将棋の渡辺明九段が再び休場 昨年、左ひざ前十字靱帯を断裂して手術(朝日新聞, 2025/4/11 18:33:57) 政労会見、16年ぶり開催へ 石破茂首相と芳野友子連合会長が賃上げ議論 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/11 18:33:43) 和歌山市の尾花正啓市長「移動しやすい街」へLRT整備視野 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/11 18:33:43) 輸送業、燃料・コスト増の転嫁進まず 倒産16年ぶり高水準 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/11 18:33:43) インドネシアでiPhone16ようやく発売、Apple投資表明で - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/11 18:33:43) ゼロゼロ融資、リスケ慣れの罪 企業の改革意欲そぐ - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/11 18:33:43)
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bungeegum28 · 7 months ago
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𝐚𝐧𝐢𝐦𝐞 Maquia: When the Promised Flower Blooms • さよならの朝に約束の花をかざろう (2018) 𝐬𝐭𝐮𝐝𝐢𝐨 P. A. Works 𝐝𝐢𝐫. Mari Okada
𝘴𝘰𝘶𝘳𝘤𝘦: 𝘮𝘺 𝘴𝘤𝘳𝘦𝘦𝘯𝘴𝘩𝘰𝘵𝘴
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chokotto · 7 months ago
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Chapter 1.1
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kotobatoki-arai · 9 months ago
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くだんのために
 どこへむかって 富んで征くのか? (じつに青い鳥とは悪意であろうよ)  なにをおもって 演って来た? (みじめに 揺れたのですよ)  つたえることもなく、みえやしないか (極限を おもいえがいたときに)   さてね、あらわれるものだから  この國國の一点に細い群れの白昼夢は不協和音の彫刻。てばなし。幽かな指の間をすり抜けて、ほらね。泥を塗る。ひとびとは巧妙な多幸感のまなざしも擦り付け「星のめぐりを試す」と云い――絹の付箋に示された腐肉の正解が耳目に触れる体積は、せわしく啜る昼顔の露におなじ  モダンな葬列があらわなボロを広げては沁み入るようなランプと灯し続け、存在を握る手が「わたしたることを、ただぞんざいに土に飢える。」アカツキはますます強くなり、たぶん室内はざっと数えても底しれない它翅、垂れ流したアクビであろうが  たしかに手招きを模倣し運ばれた瓶と巣を、 (受け止められものと結びついたものを  解くには容易でなくてね)  または制帽と羽織を冠るように押し付ける。 貴重なる海の破水されたぬいぐるみのようで  蝋細工である蛆虫の196ピースが 無数のそれは無数の、残骸は  肌に触れるとおどげでないものの誹りとして 窓窓窓に囲まれる。片道切符、苦い快感と共に  2歩歩く。葉音に群れる大事な誓いだ どの歪んだ顔。全身でわらう花を 我らを  なんと呼ぼうが。燐片に備わる露骨な妄想だ   ダイヤルを回し/新しいラインにのせると  ――ほらね 柳の下のような気がする予。  :滅びた後も存在すると考えられることも多い    未知とはただただ かぎりなくにせもの――  言いかけた言葉が強引に仔羊を柘榴に戻し、塞がれた風穴などまっすぐにモーテルへ続き、迂闊にもがれたのだから仕方ない。癇癪を熾した、たましい  韜晦のランタンに近づくと黒く 変色していた蝴蝶もこちらは、複雑な爪痕をやどした塒に 薄化粧した数珠はしめり、袖に隠して置いた循環。あげつらうインクのしみに正午を打つもよおし、艶やかな鳩時計があればいい鴨。スマホの奥でよだれを垂らすおくゆきこそ神、不自然な鷺の種を蒔きどこか水に流す印象、故意は乞いを語彙に敷き詰める 焦げたてんびん。混ぜ込んだのは薬剤と大小の活字、それと灰と秘蜜だよ  ものぐさでもわるびれないから〝だれはばからず たれまく〟発作のよう黄昏に染まり、彼はざわめく木立の。この狂いの原因は、道楽の議論、あゝ僻地の風通しも元気か  鮮陣を疾走っていた/ですが旅鳥はその過程で立ち上がった/私を照らすのは無影灯、どこかへいく。だがきみでありぼくであれ生命とある。システムは无ム悲観に肯定する/かなたの海もあたいの山も、知らないところで。宿主は装飾の施された見世物小屋に絶えず経ち自由に選ばれる、にぶい姿態はすべて響いていた。あおいかべに消せない嶌影(その犠牲のうえに。(その代償に架けて。  賭して惨めな格好が畫かれる常々は末路など啓かれず そんなものだとて石を拾っては、お花畑にみえるならそれでいい。用途も要��もない幼稚な色彩にありつづける   汝、しかいがふみしめると    ――なにもかもわすれていく   ステンドグラスの焦土ですかねぇ   信号も交差点も三途の川ばかしの    綿菓子が熔けて痙攣した   ざわついた骨が黙劇の訪れ、    どうせ詩を唱えているばかりだ かくしてこの初秋のことである。 不規則なある物のように、不条理にある者のように ――わたくしは死んだのですよ  過去の未来へ切断された鏡面に萎縮し、剥がれた夜気がヌメるように無常にも微笑った。綾がいくつかにわかれ のたり、あっというまのこと、古びた風に呑まれて 光沢の波に紛れて  また、お静かに、白い海は。 「序曲でも失明でもない。まだ感じられない。時は聾唖であり、綻びかけたなにか。」だとして 追い詰められた闇の底に空想を交えた荒寥が犠牲にした、煌々と灯る、ケモノミチに。きりきざんだ潮の流れをも見つめながら、あわただしい人生の深淵に孕んでいた游び場は、水切りの塚とあしあと。わざとらしい感嘆の溜息が暮れのこり、念と透明に鉤爪の恒星はひとつかみ。とばりがまた映し出す、ことわり故 恍惚と舟に浮かび――あゝ精神は風見鶏。不甲斐なさとでも硝子の笈に湛め。異なる数の手足を持ち 今あるヒカリが跋扈する、胎盤はめまいと共に瞑想的なもので。怒りの味がするほど感覚は低い低い瞼で。じつと上澄みを未饐えてゆく    旅立つこともなく  極端にのろい切り傷がズレた  ミクロコスモス  /ピンホールカメラからみどりごを覗く、凪    またうまれうまれ、そらへゆくゆく  /コカインでもヘロインでもあるけど    鉛筆でセカイ《赤ン坊》と書いて掌に蠢いている  /輪廻など持ち込めやしない    途切れた約束を。お忘れになられたからまた  /ささやくように さざなみだしたという    まだ聞こえない、入道雲が沸き立つまでの距離だ  重なる檻を形成した花のかおり 秘色はまだ窺うようで、瞬間の、不格好にうわずらせた合図も恨みのまた、ざわめく植え込みが 横目で彼らを見ながら、白線の たくしあげる裾を、浮き橋に はだけながら、途はぞんざいにへばりついて、白痴という死体をみなぎらすなにかが 口に放る、  できるだけあるべき姿を縋り付くように愛称を勃たせた、大きな縫い針で 私はSOSを発しているレコード  泥舟もまた自らの手。抑圧のどこかで外したものでは無いと、またスイレンは朝まだ浅い、みみずくのこらと。この心臓に暴かれた楽園。終わりなどまざまざとカニバリズム《愛》全裸に近づくように  眼鏡のしずくとひかり、  ともに弾かれしゃがみこんだ時   すべてのものを見た。 (冷えた指はしらない。)くだんのために  :また少女は《Eiserne Jungfrau》   ほんのすこし、   きれいだった、ことを おもい    かえしては いたのでした 2024-08-24
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u-savon · 10 months ago
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念願だった夏の旅行。星を見に行こうから約束した場所だったんだけど、思ったよりバタバタしすぎて一瞬しか見れてないっていうね。でもその一瞬でもやっぱり綺麗で、晴れていたらもっと凄かっただろうなっていうのが心残り。たくさんの事件はあったけど、虹も花火も一緒に見れたし今年の夏も阿部ちゃんのおかげで充実してました。今年も一緒に花火見れて嬉しい!ってかわいいことも言ってくれたんで、毎年恒例にしようかなと勝手に思ってます。どうですか。俺は来年もきみと一緒に花火を見たいですってここで言っときます。旅行前かっこよく運転すると誓ってから行ったのに、駐車で全部持ってかれた気がする。あんなに出来ないと思わなかった。恥ずい。そこもまあ、ギャップとして許してください。次までにはちゃんと出来るようにしとくんで。運転中はずっと音楽流しながらふたりで歌ってたんだけど、隣で口ずさんでるのかわいいなーって思いながら見てた。阿部ちゃんがプライベートで歌うことそんなないのよ。だから新鮮だった。運転が楽しいってことを改めて知れたし、今度は海までドライブしたいなって思ってる。夏は暑いから、秋くらいのちょっと涼しいときにでも。またリベンジしようね。阿部ちゃんも慣れない運転お疲れさま。カーブはちょっと怖かったけど、助手席から運転してるところを眺めるのもいいなって思った。バックは任せろ!って駐車してんの心強かったし。ホテル着いたあとの阿部ちゃんはもうねむいねむいしか言ってなかったけど、夜中までしっかりどうコレ一緒にやったりして。そんな時間も楽しいし、朝方のあの時間が俺はめちゃくちゃ幸せでした。俺だけの特権かなーとか思ったりなんだり。疲労困憊すぎて最後はもうふたりとも疲れた顔でバイバイしたんだけど、次の日仕事なのに俺らよく頑張ったよね。すげーって自分で褒めまくった。旅行後は熱出して結構しんどい思いしてたけど、まだまだ行きたいところがたくさんあるし、次会えるまでまた頑張ろうと思います。久しぶりにこんなにずっと一緒にいたから、結構寂しかったりする。でもすげー楽しい旅行だったよ、また休みが被ったら遠出しようね。ありがとう。
#運転してる翔太カッコイイ!ってなってくれてたらしい。
#阿部ちゃんはどこをとってもかわいかった。
#あざとい人はやっぱり違う。
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kennak · 1 year ago
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今朝の新潟日報で報じられましたが、6月末を持ちましてえちごトキめき鉄道の社長を退任し、相談役として残ることになりました。 まだ書くなと言ったのに書いちゃうんだもんね。 それにしてもネットニュースは有料記事。 私のニュースが有料記事になるんですからおもしろいなあと思います。 何がおもしろいかって? 有料記事だから、ケチな連中は内容を見もしないでああでもないこうでもないと想像でものを言っているところがおもしろいわけで、自分は馬鹿ですと言っているようなものですから。 だから、相談役で残るってことは全く話題になっていない。 内容を読めば書いてあるのに。 つまり、お金払って読んでいないということです。 情報を仕入れるという行為をせずに、ああでもないこうでもない。 「トキ鉄終わった・・・」 とか(爆) そういうのを唐変木というのです。 というのが私のご報告ではございません。 前置きです。 詳細はオンラインサロン(こちらも有料記事)にて書きましたが、ここでは簡単に。 退任を決めたのは私の意思でありまして、憶測の中で多くの皆様方が懸念されている圧力等ではありません。 というのがまず一つ。 では、なぜかと申しますと、5年前に就任した時に私がお約束したことがすべて完了したからです。 そして、コロナを乗り切って、今回の決算で考えられないような数字を出すことができましたが、これは私の成果ではなく、トキめき鉄道の社員全体の努力の賜物でありまして、特に若いプロパー社員たちが育ったことで出た数字だからです。 「この人たちはこれから私が居なくても十分にこの会社をやって行かれる」と私は判断しました。 また、実際問題として、資金手当ての問題も、大規模修繕の問題もほぼほぼ解決し、向こう10年近くの会社の存続の目途が立ったことも、退任の意思決定の大きな要因です。 会社の経営内容の細かなことに関してはこのブログには一切書いてきませんでしたが、並行在来線が抱える大きな問題の「地元の部分」が大きく改善し、トキ鉄は今後は地元の問題から国家の問題へと移行していくステップに入ります。 その部分を担当するには私より適任の方がいらっしゃいますので、その方にバトンタッチするのです。 会社というのは、おぎゃーと生まれてからいろいろな段階を経ていくものです。 最初の4年間は前任の嶋津社長さんが、とにかく安全正確に列車を走らせることに全力で取り組んできました。 その後の5年間、私はそれにスパイスをかけて、鉄道が持つさまざまな使い方を実践してきました。 そうすることで地域の皆様方からトキ鉄の価値をご理解いただくことができ、地域から大きなご支援をいただけるようになりました。 目標だった車両の検査を自社で行うということも、観光急行の国鉄形車両で実際に行って達成することができ、来年は雪月花の全般検査を自社で行うことになりました。 そして、ここまでが私の仕事だと判断したのです。 つまり、当初の目標をきちんと達成し、会社として次のステップへ進む準備ができたので、そのお仕事のバトンは適任の方へお渡しするのが私の役目なのです。 ということで、円満退任ですので、ご心配はご無用です。 その証拠に、これからも観光列車などの営業施策はもちろんですが、直江津レールパークの今後の在り方などについて、上越市から依頼を受けまして引き続き担当させていただく予定です。 ボランティアじゃないですよ。 ちゃんと契約をして残るのです。 ただし、トキ鉄は赤字会社ですから、大企業の相談役のように社用車がお迎えに来るなんてことはありませんので、高田のお家は引き払いまして、日本海側から太平洋側へと戻る予定です。 ということで、もう少ししてからご報告申し上げようと思っていたのですが、報道されてしまいましたので、本日のブログにて「真実」を申し上げさせていただきます。
とりあえず ご報告 | えちごトキめき鉄道社長(いすみ鉄道前社長) 鳥塚亮の地域を元気にするブログ
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yoichijerry · 1 year ago
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ウィッチンケア第14号(Witchenkare VOL.14) 発行日:2024年4月1日 出版者(not「社」):yoichijerry(よいちじぇりー/発行人の屋号) A5 判:248ページ/定価(本体1,800円+税) ISBN::978-4-86538-161-0  C0095 ¥1800E
【寄稿者/掲載作品】〜「もくじ」より〜
008 谷亜ヒロコ/フィジカルなき今 012 鶴見 済/植物実験をしていた頃 018 古賀及子/えり子さんの失踪 024 木村重樹/〝ほどほど〟のススメ/あるいは/続「本当は優しい鬼畜系」の話 030 オルタナ旧市街/長い長いお医者さんの話 034 我妻俊樹/ホラーナ 040 トミヤマユキコ/人体実験み 044 九龍ジョー/ウルフ・オブ・丸の内ストリート 052 内山結愛/散歩、あるいはラジオ 056 長谷川町蔵/チーズバーガー・イン・パラダイス 062 小川たまか/桐島聡のPERFECT DAYS 068 コメカ/工場 074 星野文月/友だちの尻尾 080 武田砂鉄/クリーク・ホールディングス 漆原良彦CEOインタビュー 086 絶対に終電を逃さない女/二番目の口約束 092 武田 徹/立花隆の詩 098 3月クララ/ゼロ 104 加藤一陽/俺ライヴズマター、ちょっとしたパレーシア 108 木俣 冬/アナタノコエ 112 稲葉将樹/人工楽園としての音楽アルバム ~ドナルド・フェイゲンとケニー・ヴァンス~ 118 武塙麻衣子/かまいたち 124 多田洋一/優しい巨人と美味しいパン屋のころ 134 宇野津暢子/休刊の理由~「港町かもめ通信」編集長インタビュー 140 中野 純/うるさいがうるさい 144 すずめ 園/まぼろし吟行 150 仲俣暁生/そっちはどうだい? 156 藤森陽子/富士の彼方に 162 武藤 充/街の行く末 166 朝井麻由美/裂けるチーズみたいに 170 宮崎智之/人生の「寂しさ」について 176 野村佑香/地中海の詩 182 柳瀬博一/湧水と緑地と生物多様性 ~「カワセミ都市トーキョー」の基盤~ 188 吉田亮人/そこに立つ 192 美馬亜貴子/拈華微笑 ~Nengemisho~ 198 久禮亮太/フラヌール書店一年目の日々 204 かとうちあき/A Bath of One’s Own 208 清水伸宏/業務用エレベーター 214 ふくだりょうこ/にんげん図鑑 220 荻原魚雷/妙正寺川 224 蜂本みさ/おれと大阪とバイツアート 230 東間 嶺/嗤いとジェノサイド 236 久保憲司/吾輩の名前はチャットGTPである 242 参加者のVOICE 247 バックナンバー紹介 
編集/発行:多田洋一 写真:張 子璇(Zhang Zixuan/Kosen) Art Direction/Design:太田明日香 取次:株式会社JRC(人文・社会科学書流通センター) 印刷/製本:株式会社シナノパブリッシングプレス
《2010年4月創刊の文芸創作誌「Witchenkare(ウィッチンケア)」は今号で第14号となります。発行人・多田洋一が「ぜひこの人に!」と寄稿依頼した、42名の書き下ろし作品が掲載されています。書き手にとって、小誌はつねに新しい創作のきっかけとなる「試し」の場。多彩な分野で活躍する人の「いま書いてみたいこと」を1冊の本に纏めました!》
【公式SNS】
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※ふてき 〜ノベライズ・ウィッチンケア第14号〜 (下記URLを読むと第14号の全体がざっくり見渡せます)
#ウィッチンケア
#Witchenkare
#多田洋一
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teddyysblog · 9 days ago
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### 『紫色の永遠』~姉と弟の甘く歪んだ楽園~
#### 第4章 籠の中の朝食
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。目を覚ますと、ベッドの横に姉ちゃんが座り込み、じっと僕の寝顔を見つめていた。
「わっ!? 姉ちゃん...いつからそこに...」
「おはよ~弟くん!3時間前から見てたよ!寝顔が可愛すぎて、ずっと見てたら朝になっちゃった!えへへ~」
姉ちゃんの紫色の瞳が朝日に照らされ、宝石のようにきらめいている。長い睫毛が影を作り、いつも以上に表情がくっきりと見える。
「え...3時間も...」
「うん��弟くん、寝ながら時々涙ぐんでたよね?誰かにいじめられた夢でも見てたの?大丈夫、もう姉ちゃんがいるからね��今日から学校行かなくていいよ!」
姉ちゃんは突然ベッドに乗り上げ、僕の上に覆いかぶさるように抱きついてきた。Fカップの柔らかな感触が胸に押しつけられ、ラベンダーの香りが鼻腔を満たす。
「で、でも...」
「ダメダメ!弟くんが傷つくの、もう我慢できないんだもん!今日から姉ちゃんとずっとお家でいようね!ほら、朝ごはん作ってきたよ!」
姉ちゃんがトレーを持ってきてくれた。ふわふわのオムレツ、焼きたてのトースト、彩り鮮やかなサラダ。すべて僕の好物ばかりだ。
「すごい...全部僕の好きなものだ」
「当たり前でしょ!姉ちゃん、弟くんのことなら何でも知ってるんだから!ね、ね、一口あげるから、あ~んして!」
姉ちゃんはフォークにオムレツを刺し、目の前でゆらゆらさせる。照れくさいけど、拒む勇気もなく、僕は口を開けた。
「あ~ん...」
「はいどーぞ!...あ~、弟くんが食べる姿、超可愛い!もっともっと食べさせてあげる!」
姉ちゃんの目が輝き、テンションがさらに上がっていく。頬を緩ませながら、次々と食べ物を運んでくる。
#### 第5章 閉ざされた世界
「ねえねえ弟くん!今日は一日中何しようか?アニメ見る?ゲームする?それとも...ただひたすら姉ちゃんとハグしとく?」
姉ちゃんはリビングのソファで僕を膝の上に座らせ、背後からぎゅっと抱きしめている。背中に姉ちゃんの鼓動が伝わってくる。
「ど、どれでもいいよ...」
「ん~、じゃあまずはアニメ見ながら、姉ちゃんが弟くんの髪を梳かしてあげる!ほら、このブラシ、弟くん専用に買ってきたんだよ!」
姉ちゃんが取り出したのは高級そうな鼈甲のブラシ。確かに僕の髪質に合いそうな、柔らかい毛のものだ。
ブラシが頭皮を優しくなでる。姉ちゃんの指先が時折触れ、くすぐったいような、心地よいような...。
「弟くんの髪、すごくきれいだよね~。この匂い、大好き...んっ」
後ろで姉ちゃんが深く息を吸う音がする。なんだか変な気分になった。
「あ!そうだ!弟くん、これ見て!」
姉ちゃんが突然スマホを取り出す。画面には学校のクラスグループの画面が...。
「え...姉ちゃん、どうして...」
「ふふふ~、もう弟くんのクラスのグループから脱退させちゃった!それとね、担任の先生にも『家庭の事情で休みます』って連絡しといたよ!完璧でしょ?」
姉ちゃんの笑顔は無邪気そのものだが、その行動は明らかに行き過ぎている。でも、なぜか僕は...少しほっとしている自分に気づいた。
「...ありがと」
「え?今なんて言った?もっと言って!姉ちゃん、超嬉しい!」
姉ちゃんは僕をぐるりと回転させ、真正面から抱き締める。その力が強すぎて、息が苦しくなりそうだ。
「あ...姉ちゃん...きつい...」
「あ!ごめんごめん!でもでも、弟くんが感謝してくれて、本当に本当に嬉しくて!もう、姉ちゃん幸せすぎて死んじゃいそう!」
姉ちゃんの表情は本当に幸せそうで、瞳が潤んでいる。この人にとって、僕がいることがこんなに嬉しいことなんだ...。
#### 第6章 歪みゆく愛情
夜、布団に入ろうとすると、姉ちゃんがドアの前に立っていた。
「ねえ弟くん...今日から姉ちゃんもこの部屋で寝ていい?」
「え...?でも姉ちゃんの部屋あるじゃん...」
「だって!弟くんがいないと寂しくて眠れないんだもん!お願い!姉ちゃん、何でもするから!」
姉ちゃんの目がきらきらと輝き、懇願するように手を合わせている。この表情を見ると、どうしても拒めない...
「...いいよ」
「やったー!弟くん最高!世界一優しい!」
姉ちゃんは小躍りして、すぐに自分の布団を持ち込んできた。...僕の布団のすぐ横にぴったりくっつけて。
「ん~、弟くんの匂いがすぐそばで嗅げる...幸せ...」
姉ちゃんは布団の中でくねくねとしながら、僕の方を向いている。薄暗い中でも、紫色の瞳が猫のように光っている気がした。
「おやすみ、姉ちゃん...」
「おやすみ~弟くん...あ、ちょっと待って!」
姉ちゃんが突然起き上がり、僕の額に唇を押し当てた。
「今日も一日、弟くんと過ごせて本当に幸せだったよ...明日も、明後日も、ずっとずっと一緒だよ...ね?」
その言葉に、僕は胸がざわつくのを感じた。姉ちゃんの愛情は確かに心地いい。でも、どこか...普通じゃないような気もする。
でも、僕にはもう他に居場所がない。学校ではいじめられ、家に帰ればこんなに愛してくれる姉ちゃんがいる。
「...うん、ずっと...一緒」
僕がそう答えると、姉ちゃんの表情が一瞬にして輝いた。まるで夜空に花火が打ち上がったように。
「約束だよ!絶対に...絶対に離れないでね?」
姉ちゃんの手が布団の下から伸びてきて、僕の手を握る。その力は強く、まるで逃げられないように...。
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