#ざこば・鶴瓶らくごのご
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chaukachawan · 6 months ago
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ポッカポッカなんかようかいっちょか〜くかあ〜〜
どうも、ポカポカ族に長い間憧れ続けている、ウスラカゲ族レベル20.5のラムダです。 なんかさ、真面目な役者紹介おおくね!?!?いっつも真面目な紹介しか書いてない(書けない)僕からするとですね、仲間が増えて嬉しい気持ちと共にみんな真剣に書いたら文章能力の低さ浮き彫りになるやんけ....となるわけです。いやわかってるんですよ。比べて見てねーよ、ですよね。それでもやっぱそう言うの考えちゃうじゃん。ってなわけでちょっと背伸びしようかな。
A,B 「どーーもーーー、Aと、Bで!」
A 「かにでーす!」
B 「エビちゃうんかい」
A 「エピでーす!」
B 「先輩巻き込むのやめろや。」
A,B 「お願いしまーす!!」
A 「今日は素晴らしい同期をね、読んでる皆さんに紹介したいと思いましてね。」
B 「あー、いいですね。大賛成です。じゃあ一人一人紹介していきましょうか。」
B 「この人はですねー、舞美チそして会計までやってくれてていつ見ても大体だれかがくっついたり撫でたりしてる人ですね」
A 「あと文字見づらい時とかにめっちゃ助けてくれます!」
B 「それルーぺやわ。俺が言ってんのはルーベね」
B 「この人は、幕チーフとして誰よりも班員を愛してるチーフさんですね。」
A「ところでさ、うちのお姉ちゃん絵上手くてさ。」
B 「...............あ、姉モネってこと?モネ男やろ、っていうか二つ目のボケにしては無理やりすぎへんかなあ!?」
B 「この人はね、作ってくる小道具のクオリティがすごい高くてモリーフハクを愛してる人ですね。」
A「あー女子高生がハンディファン持ってんのよく見るわ」
B 「それFrancfrancやわ。濁点どっか行っちゃってるから。ぶらんね。」
B 「この人はですね、ちゃうかの平均身長を底上げしてくれてる演補であり音響チーフですね。」
A 「僕あのお茶好きなんですよね〜」
B 「.....どれやねん!!ヒント少ないわ!」
A「あのー、鶴瓶がCM出てるさ、急須でいれるやつ」
B 「うん、だからどれやねん!!!鶴瓶は麦茶や!急須で入れるやつは多分綾鷹や!多分むぎのこといいたいんやろうけど!」
B 「この人はですね、メイクチーフでなんか過剰って言われてた人ですね。」
A「最近ポケポケとか出てきてる伝説の鳥ポケモンなあ」
B 「それファイヤーや。ふぃあでしょ、もうちょいマシなボケなかったんか。」
B 「この人はですね、いつも人のこと可愛い可愛いいってる36期麻雀チーフですね。」
A「最近寒いから食べたいよなあ」
B 「それなべや!俺言ってんのなびや!」
B 「この人はですね、ちゃうかのコメディ担当の一角で同じ学科の3人を救い続けてますね。」
A「最近の火曜一限マジしんどいよなあ、寒すぎて。」
B 「それテニスや!って、お前の火曜一限がテニスなん誰が知ってんねん。てにや。」
B 「この人もねちゃうかの平均身長引き上げてくれてて、いつも和やかで話しやすい人ですね。」
A「たーーーたけきょ!!!!」
B 「うん、お前がなつめのことたけきょうって呼んでんのも誰が知ってんねん。なつめってちゃんと言ってください。」
B 「この人はですね、宣美チーフでですね、すごく稽古頑張ってたのが印象的でしたよね」
A「俺は新世界の神になる!!!計画どぅぅおおおり!!」
B 「それキラの方や。デスノートの。エルね!藤原竜也じゃなくて松山ケンイチの方ね!?」
B 「この人はですね、新しく入ってきてくれて、とにかくいい声。新同期と思えないぐらい馴染んでますね。」
A「ゆるキャラで一世を風靡しましたよね!」
B 「それくまモンや!」
A「ひゃっっっっはああああああ」
B 「あ、ふなっしーのほう!?ほな熊吉にかすってもないやんけ!」
B 「この人はね、とにかくすごい。日本語も英語もペラッペラ。何ヶ国語いけちゃうの!?って感じ。」
A「ねずみみたいなやつ?」
B 「それモルモットや。そのボケはなんかすごい語弊ありそうやな。ほら謝りなさい。」
A「ごめんね!」
B 「謝ったら許してやってほしいんですけどもね。」
B 「この人はですね、36期の衣装チーフでありヒーラーであり空気清浄機ですね。」
A「鍋に入れると美味しいよねえ、俺エノキがすっごく好き!」
B 「それキノコや。」
A「じゃあアイさん使ってたらめっちゃ飛ぶやつ?」
B 「それ木の粉や。」
A「血気術......爆血!!!!!」
B 「それねずこや。だんだん遠なってるから!きなこね!?」
B 「この人はね、演補を務め上げるとともに映像チーフとしてえげつねえクオリティの映像作ってくれますね。」
A「そう、ぜーはーぜーはー言いながら作ってくれてるよね!......!!!はぜだけに!?」
B 「やかましすぎるな。」
B 「この人はね、いつも笑顔でいろんな人を助ける頼もしすぎる制作チーフさんですね。」
A「かったいよな。あれ。」
B 「それ多分、多分やけどあずきバーや。ようわかったな��。ボケ雑すぎんねん!」
B 「この人はですね、最近かわいいと噂のおもしろ大道具チーフ様ですね。」
A「お前の顔見てたらイライラすんねん、どっかいけ!ほんまきっしょい顔しやがって。とりあえず3秒以��に糸リフトいれろ。」
B 「それ暴論やな。俺が言ってるのはセイロンね。ま、俺の顔が酷いっていうのは正論かなあ....誰がやねん!!」
A「ノリツッコミさっぶうう」
B 「正論いうな。」
B 「この人はですね、音響オペとして忙しい合間を縫って場当たりにきてくれてカッケェ音響つけてくれてる人ですよね。」
A「電流な。」
B 「それアンペアや。わかりやすくボケのクオリティが落ちてきてるな!?お前、やるんやったらちゃんとやれよ。」
A「オメーガちゃんとやれよ。」
B 「Ωはオームって読むねんで....」
B 「この人はですね、舞監としてみんなをまとめ上げるだけでなく映像オペとしても活躍してくれてる人ですね。」
A「あそこのラーメン美味いよな。」
B 「それ来来亭やな。らいらね!でも自分で来来亭って名乗ってる時あるしあながち間違いじゃないか。」
B「この人はですね、なんと言っても最高権力者、我らが演出、そして照明オペとしてもバチバチに決めてくれる人ですね。」
A 「ふぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ(ハイトーンボイス)」
B 「それ第五使徒ラミエルやね。スミがそのモノマネうますぎるってどれぐらいの人知ってるはるんやろ。あれほんまにおもろい。」
A「ついに全員分かけたわね。おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、めでたいな、おめでとさんっ、クワっっ!(幕裏から拍手)」
B 「エヴァの最終回ええねん、もうええわ!」
A B「どうも、ありがとうございました〜」
ふう。さてと、こっからは真面目に書くもんね。
何回支配人ルーベでよかったなあと思ったことか。謙虚だからいやいやいやという気がしますが纏ってる雰囲気も動きも表情もすべてがピッタシすぎるんですよね。そしてほんとに一生懸命な人だと思います。舞美チーフの仕事はもちろん役に対しての向き合い方も、人に対しての向き合い方も。そりゃあみんなにくっつかれますよね。まさに人徳だと思います。ルーベが当たり前だと思ってることでいろんな場面で他人を救ってるんだと思います。あずとかなびやとかがルーベだから舞美作業来てるんだよ!って言ってたのがすごく印象深いです....さすがすぎる人徳。日々の行いですね。まじで立て看の色調合含めほんとにクソお世話になりました。セイロンと3人でやる舞台作業楽しかったなあ.....またあの机を囲んで集会開きたいっすね。
森々仙入
あなたほんと運いいよね。そこだけは認めていいとおもう。あなたが浪人して、阪大選んで、ちゃうか選んだおかげで今があります。最高の同期に恵まれてます。ないす。
月銀蓮
役者参加でほんっっっっとに嬉しい。ずっとおもろい。ぼそっとえげつないセンスでなんかいうのが耐えられない。演技もメッキメキメキに上手くなってますよねえ。一回だけだけどアネモネの演技見てえらっそうに色々アドバイスできたの楽しかったです。伝わりにくいことばっか言ってるのに真剣に聞いてくれてやりがいすごかったです。そして僕的に1番印象深いのは幕チーフのアネモネさん。通常の幕チーフの10倍ぐらい仕事が多かっただろうしマニュアルのない調整をずっとしなきゃいけなかっただろうけど当たり前のように昼休みに梅田まで行ってくれてミシンとひたすら向き合って、カッケェっすマジで。家遠すぎるのに報連相まで完璧すぎて.......あっ、ちょっとまって、!?!?
親知らず生えてきた。(これイッチバン好き)
エンドロからいっしょで、お出かけ行ったり鍋食べたり刀作ったりしたのに、それでも知らなかったぶらんを知れた新人期間だったなーと思います。まず小道具ね!?僕はこの期間の陰の目標としてキャパりそうな人がいて少しでも自分が力になれる気がしたらその仕事を引き剥がそうとする、ってのを掲げてたんですけど最後まで剥がせなかったです。でも作ってくれた小道具見て思いました。うん、やんなくてよかったあ☺️
クオリティたっっっっっか。やっぱりてにのカードたちが大好きですね。ライフル。
役者としてもなんか細かい動きとか読み方とか考えてきてるなあって思ってみてました。コメディうますぎてぶらんに負けたくねえええってなってました。あとあなたのエチュード好きです。変な設定ではじめちゃうところが似てる気がして。またご飯一緒に食べたいな。
埖麦
まず声を大にして言いたい。きみはえらあああああい!器用なイメージが強かったんですけどちゃんと悩んだりしてるんだろうなあと思って。PV担当とか考えるだけでえげつない。むぎが新人にかける熱量の凄さはいろんな時に感じます。音源編集とか新人動き出して一瞬でやってたもんね。むぎが演補なの頼もしすぎるなあって最初になった瞬間でした。そりゃあね、寝坊する時ありますよ人間だもの。なんか熱量を感じてる分そういうのもしゃあないなあって思っちゃうんですよね。自分に優しくしてあげて欲しいです、とてもえらいのでね。演技は、やっぱりすごい。てにとむぎは演技でいいなあ羨ましいなあってなること特に多いんですけど、てにが同じ路線の人だとしたらむぎは自分と違う路線の人というか。自分の持ってないものを持ちすぎてて羨ましい。演劇の経験値も自然な動きとか読み方とか声の感じとかも。羨ましいじゃなくて吸収しろよってね、でもうますぎてむじいんだこれが。役者紹介ブッ刺さりました、嬉しかった。謝謝。
叶イブ
立て看すんごいのできちゃったなあ。絵に自信なさすぎて全てお任せしちゃったのにぜーんぶ��ごいクオリティでやってくれちゃった。終わってみると宣美入ってよかったと思います、楽しかった。稽古場でいつも楽しそうにみんなにくっついてて、欠かせない存在だなあと思ってみてましたね。代役とかやってもらうことが多くて、なんかやっぱり適応力高いしすごく代役なのに安心しました。ふりきる演技上手いよね。ぜひこってこてのコメディやってるのもまたみたい。コントしてるのみてみたい。あとあなたも某所窓から侵入できちゃう人らしいですね。謎のシンパシー感じます。
ポンにゃ
全体的にみんなといる時間が増えてイメージ変わった人多いんですけど、なびやは特に変わった気がします自分の中で。裏表なく自由奔放で、話しててなんか安心するって言うのは変わってないんですけど、ほんとに優しい子なんだなあ、って強く思いまして。なつめペチンって叩いてみてって言われてすっごい優しく叩いてごめん痛くない??ってまじの心配した顔で何回も言ってましたね。優しすぎへん?いやこれだけじゃないんですよ?なんかのびのびしてるようでいて人のこと考えてると言うか、なんというか。久遠の影見た後になびやも一緒に箱に来てくれた時楽しかったな。これからも作業できたら嬉しいですね。あと僕が10分ぐらいでつけた動きをノリノリでやってくれてるのを見るとおじさんとても嬉しいです。毎回ダメで嬉しさ溢れちゃいます。ありがとう。
雨々単元気
てにも話せる時間増えて嬉しかったなあ。やっぱりここビミョくね?ここおもしろくね?こここうした方が良くね?みたいな演劇に対する感性がすごい似てるなーって勝手ながらすごく思いました。やっててすっっごく楽だった。てにの動きとか声の感じとか冗談抜きで憧れてる部分がありまして。賑やかな場面に移った瞬間に見てる人にそれをわからせる雰囲気を持ってるなと思います。ここ笑っていいんだよ?みたいな。ちゃうかの演劇は特にかもだけど真面目なシーンとおもしろのシーンが入り乱れることが多い中でそれができるのはとっても強い、気がする。そして君も話しててすっごい安心する。根から優しいのが滲み出ちゃってる。あと衣装も宣美も凄すぎるやろ。毎回言ってるけどスマホで仮チラ作れるの何で!?!?おかしいって。とにかくてに、グレートだぜっ。
紫苑
絡む時間増えてはっぴーナンバーワン。あなたの演技のおかげで自分のシーン倍好きになりました。まじで感謝。変な熱量でいっぱい動画送りつけて勝手に動きも読み方もいっぱい提案してしんどかっただろうにありがたいって言って笑顔でやってくれるの何なんですか??ほんまありがとう。独特の空気とか雰囲気を持ってる役者って強いなあって思うんですけど、そういう意味でなつめいいよなあ。あなたにしかできない役が確実にあると思います。あと話してて落ち着きます。いつも笑顔だし、いつも和やかで優しいし。すごい話しかけやすい。誕生日お菓子あげた時に1番喜んでくれたのはなつめな気がします。そのままでいてくださいな。
暁レミエル
なかなか癖のある二役ですけど見事にこなしててほんとにすごい。隙間時間見��けて1人で自主練してたのがとても印象的でした。キャスト本人に染み込むまで何度でも読む。ベガさんのもとで演補した経験がしっかり生きててすごいなと思います。通しを見にきてくださったゾンビおじさんたちのテンションが上がるのも頷けます。キャスパ作り上げるのもほんとに早かったですね...すごい。
熊吉
くまちゃん!あなたのおかげで36期男子の何かのパーセンテージが半分を超えました!わたくしはひじょーにうれしい!ないす。新人からガッツリ参加してる人とは思えないしっくり感。普通に才能だと思う。人に馴染む才能。大人で冷静でしっかりしてるのにみんなと明るくコミュニケーション取れてほんとにすごい。同期の阪神ファンという嬉しすぎる仲間が増えたという意味でもほんとに来てくれてありがとう。あと衣装買い出しの時に助けてくれて頼もしすぎました。やっぱりくまちゃんおしゃれだよね!?まだまだいろんな話したいなあ。とりあえず共に聖地へ行こう。
張潤玲
秋公いなかったので新人いてくれてほんとに嬉しいです。1番面白いのなんなんですか。グローバルとかいうレベルじゃないでしょ、どう考えても笑、スミの要望を細かいとこまで理解してすぐ修正できるのもどういうことなんですか。尊敬です。そしてほんとに真面目ですよね。アサギさんに経済学部の授業のこと聞いてたりとか、集金かけてた時に真っ先にお金くれたりとか、あかん、尊敬するとこしかない。あと個人的な話ですけど、マモの宣美すっっごく好きです。オムニの時も綺麗だったし今回のもお金払いたくなるレベル。ほんとに人間に時間って平等なのか?倍ぐらい生きてないか?ってなります。また色々話したいなあ
和來
ちゃうかのヒーラーきなこさん。あれだけいつも優しくて穏やかな感じなのに舞台に立ったら声が通る通る。すんげえや。演技も自然だしきなこも僕のやりすぎな動きを採用して自然に毎回やってくれてて嬉しいったらありゃしない。そして何より衣装チーーーーフ!sigodekiすぎるて。リマインドも班員への進捗確認も絶対大変。超すごい。集めるの大変なもの要求されがちなちゃうかでもきなこがチーフなら安泰かなあって身勝手に思ってます。手押し相撲容赦なくやっちゃってごめんなさい。きなこの押し返しが優しすぎてびっくりしたの覚えてます笑
鞠凸二郎
君には毎公演驚かされます。僕の思う今公演影のMVPはあなたです。影すぎてあんまり讃えられてない気がするのでこの場を借りて言いますね、すごい。映像がすごいのはもう知ってた。それでも自分みくびってたのかなと思うぐらいすごいけど。対面では何度か言ってるけどあなたのハングリーさというかかましてやるんだ精神が大好き。あんな映像と共に演じれる自分幸せ��ぎないかなあ!?ほんまにありがとう。演技もなかなか久しぶりに見ましたね、しかも初キャスパとかいうおまけつき。うれしいなあなんか。あとやっぱあのもんげえ場当たり表とか演技指導とか普通に演出補佐としてすげえ。ほんとよくやってるなあと僕は思います。褒めすぎかな。でもいつもいじられてばかりの君にはこれぐらいがちょうどいいと思うんだ。すばらしい。
東愛莉
いつも笑顔でえげつない量の仕事をこなしてくれてる気がする....縁の下の力持ちってまさにこういうことな気がします。強いよね、人として。あれだけ仕事多いのに箱作業も結構来てたよね!?すごすぎます。打ち上げ担当誰かやってくれませんか?ってあずが言った時なんか安心したのを覚えてます。あ、この人もキャパとかあるんだ!って。それぐらい何でも完璧にこなしてるイメージです。キャスパもえぐいしなあ。演技はなんかもうやりたかったんだなあってビシビシ伝わってきます。すっっごいたのしそう、もちろん上手いし見てるこっちまで楽しくなります。動きも読み方も表情もあずのための役って感じがします。すごいっ!あと勝手ですけどあずと色々話すの楽しいですね。たくさん考えてくれてるんだなあって思うと共にこっちの話も色々聞いてくれてありがたやあです。
錫蘭リーフ
大好きなセイロン亭リーフさん。秋に引き続き長い時間一緒にいてくれましたねえ。1番一緒にいた、絶対。ほぼ同棲。笑わしてもらったなあ、セイロンとの作業楽しかったなあ。一緒に机作ったのも、アイさんで悩んだのも、権力ぶち折れたのも、いっしょにうどん食べたのも、鍋食べたのも、一時まで自販機の前で話してたのも全部全部いい思い出。セイロンなしにはこの新人期間は語れないぜっ!そしてついに高みに登ってきたのね。何がとは言いませんけどワクワク。そういえば最近セイロンが良い!可愛い!とみんなから言われてますね。あえて宣戦布告しよう。僕、古参勢です。知ってたもん、セイロンのノリが良すぎるのもいつでも面白いのも優しいのも前から。へっ。自分の役が決まった時も2人でびっくりしましたねえ。でもバッチリすぎない?ヨル。あなたにしかできなすぎる。役者としての守備範囲が広すぎる。ダメでアサヨルすごいって書いてないことはないです絶対。これからもともにジャングルマンを布教していきましょう。
城戸大夢
オーム!忙しいだろうに稽古場にも顔を出してくれて、オペとしてもほんとに真剣に取り組んでくれてるのがビシビシ伝わってきてありがたいなあと毎日思います。線形代数の基礎を化応組に教えて神のように崇められていたのをよく覚えてます。さすがすぎるぜ!またオームの役者も見れたらいいなーなんて身勝手ながらに思ってしまいます。それぐらい秋公のシェフ良かった。今日音響オペの話で結構話せたのが嬉しかったなあ。また話したいなあ。
大良ルナ
別の団体でがっつり役者してるとは思えないぐらい助けてくれたしまとめてくれましたねえ。稽古場に30分��かいれません、って言っていろんな人にアドバイスしてたのがすごく印象的でした。わざわざ30分のためにこの寒すぎる練4まで来てくれてんの!?ってなりました。舞監としてはいうまでもないですね。ありがたい。厳しい言葉を言える存在がどれだけ貴重で大事か。言いたくない時でも強めにあえてぶっ放してる時もあるんじゃないかなあって勝手に思ったりしてます。俯瞰して見てる余裕あるんだったら動けよ、って?ごめんね。(謝ったら許してやって欲しいんですけども)ちくしけんに免じて許して欲しい。あと立て看も本当に助かりました。ありがとう。
海月
スミに関してはねえ、凄すぎて無限にかけちゃうんですよね。みんなそうだと思う。まず指示がとてもとてもはっきりしてる。これがどれだけありがたいか!違うものは違う、して欲しいものはこうして欲しい、ぼんやりしたところが一切ないから役者としても班員としてもすごくやりやすい。これめちゃくちゃすごいことだと思うんですよねー、ビジョンがはっきりしてるというか、迷いがないからついていきやすい。あとこの公演にかける熱量が誰よりも高いことが伝わってくるところもめちゃいい。転換図もダメ返しも返信も全部早い。前の2つに関してはやらなくてもいいのにやってくれてるし。稽古場のスケジュールを全部稽古前に決めてきてるのも演補から聞きました。すごすぎないすか?やれることを全部やってくれる最高の演出さんだと思います。しかもどれだけ疲れてても焦っててもイライラとかが全然出ないですよね。絶対ありがとうって言ってるし。懐ふっっっっか。って毎回思ってます。野球の話したり、ラミエルのモノマネでめちゃくちゃ笑わせてもらったり色々お話できたのも良かった。スミが演出でほんとに良かったし、スミがちゃうかにいてくれてほんとによかったと思います。スペシャルサンクスです。
いやあ長いこと書きましたね。楽しかったです。まさか2日でこんなかけちゃうとは。漫才のクオリティは1時間で考えたから許していただきたい.....ま、もうすぐM1あるのでね。皆さんそっち見ましょう。
ビッグラリーアクションメールボックス。
もうええわ、どうもありがとうございました〜
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catonoire · 11 months ago
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「シン・東洋陶磁―MOCOコレクション」展
大阪市立東洋陶磁美術館で、リニューアルオープン記念特別展「シン・東洋陶磁―MOCOコレクション」を見る。惹句にあるように“オールスター・珠玉の約380件(国宝2件、重要文化財13件含む)”が揃った、なんとも贅沢な特別展である。全面的に撮影可能。無料のアプリをダウンロードすれば音声ガイドも聞ける(書き起こしもあって文���でも読める)。
また、美術館の公式サイトでは収蔵品画像オープンデータが公開されており、この展覧会に出品されている作品も参照することができる。さらに、公開されている画像は“当館への申請が必要なく、自由にダウンロード、複製、再配布することができます。例えば出版物やウェブサイトへの掲載、講演会等でのスクリーンへの投影、テレビ番組での放送、販売商品への印刷など、営利・非営利に関わらず利用が可能です”とのこと。でも、公式画像は美しいけれども展覧会の臨場感(?)が出ないので、いつもどおり自分で撮ったしょぼいスマホ写真を載せることにする。
展示は全部で13のパートに分かれており、それぞれに格好良さげなタイトルがついている。
1 「天下無敵(てんかむてき)-ザ・ベストMOCOコレクション」
この展示室では陶磁器と六田知弘の写真作品《壁の記憶》との取り合わせが楽しめる。《壁の記憶》は写真家が世界各地で撮った壁の写真のシリーズのようである。展示風景はたとえばこんな感じ。
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このようにコーディネートされており、意外性もあってなかなかよかった。上の赤い写真作品の壁はベネチア(イタリア)、下の白っぽいのはサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)。
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展示室から展示室へと移動する途中に特別あつらえらしい展示ケースがあり、国宝の油滴天目が鎮座していた。たしかに美しいが、正直なところ自分の好みではあまりなく、油滴天目なら以前別の美術館で見た別のもの(もっと油滴が細かくて繊細に光る感じ)のほうが好みだったなあと思い出すなどした。
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2 「翡色幽玄(ひしょくゆうげん)-安宅コレクション韓国陶磁」
青磁好きにはたまらない展示室。あれもこれも全部青磁、もちろんクオリティも高い。
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3 「粉青尚白(ふんせいしょうはく)-安宅コレクション韓国陶磁」
下の写真の3点は日本では三島とか三島手と呼ばれるタイプの焼き物。三島は朝鮮半島製のほうが日本のより圧倒的に良い出来で、とても好き。
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そして次の3点は粉引の瓶。日本の茶人などの間で好まれたタイプで、たしかに良い風情である。
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4 「清廉美白(せいれんびはく)-安宅コレクション韓国陶磁」
《青花 草花文 面取瓶》。日本では「秋草手」と呼ばれる文様。面取の具合も文様も端正で美しい。
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《白磁 角杯》。遊牧民族が酒などを飲むのに用いていた角の形の杯を模したもの。王室用の白磁らしく、品がある。
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ロビーの展示ケースにあった、ルーシー・リー《青ニット線文鉢》。
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これもロビーにあった、《青花 虎鵲文 壺》。18世紀後半、朝鮮時代の作。ここに描かれた虎が美術館のキャラクターに採用されて「mocoちゃん」と呼ばれることになった。MOCOは美術館の英語名の略である。
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6 「優艶質朴(ゆうえんしつぼく)-李秉昌コレクション韓国陶磁」
《青磁象嵌 雲鶴文 椀》。象嵌技法にすぐれた一品。釉薬の貫入がまったくないのも特徴。
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《白磁鉄地 壺》。下半分はちょっと見には焼き締めのようだがそうではなく、鉄絵具を塗ったもの。16世紀朝鮮時代の作だが不思議と現代的に見え、たとえば「ルーシー・リー(あるいは誰か他の現代の陶芸家)の作品だよ」などと言われたらつい信じてしまいそうである。無理を承知で言うならこれはうちにも欲しい。
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6 「陶魂無比(とうこんむひ)-日本陶磁コレクション」
中国や朝鮮半島の優品を見てしまうと、日本の焼き物は正直かなり見劣りしてしまう。悪くないものはあるのだが、ほうっと溜め息をついたりつくづく感心しながら眺めるようなものはなかなかない(好みの問題かもしれないが)。そんな中で自分の目に留まったのはこれ。料理が映えそうなデザインで、実際に使ってみたいと思った。
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7 「陶花爛漫(とうからんまん)-李秉昌コレクション中国陶磁」
このパートに展示してある作品は、古いものだと新石器時代ごろまで遡る。中国文明の先進ぶりを目の当たりにして恐れ入る。この下の美しい白磁の杯も、さすがに紀元前とまではいかないが隋の時代(7世紀)の作。高台に釉薬が溜まって緑がかって見えるのもチャームポイント。
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8 「喜土愛楽(きどあいらく)-現代陶芸コレクション」
現代の作家の作品がロビーにいくつか並んでいた。下の写真は金子潤《2フィート・トール・ダンゴ》。ガラス張りのロビーだが、作品の背後には薄手のシェードが掛けてあった。
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9 「明器幽遠(めいきゆうえん)-安宅コレクション中国陶磁」
MOCOのヴィーナスこと《加彩 婦女俑》。自分がお目にかかるのはこれで2度目である。360度回転する展示台にお乗りあそばされている。
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こんなふうに回っておられる。
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後ろ姿のなんと優美なことか。
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《黒釉刻花 牡丹文 梅瓶》。白化粧をした上に黒釉をかけ、黒釉を削り落として文様を表現する技法(掻落し)で作られたもの。掻落しで自分の好みに合うものはあまり多くないのだが、これは堂々とした存在感でひときわ目を引いた。
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《木葉天目 茶碗》。本物の木の葉(桑の枯葉)を焼き付けて作られた天目茶碗。加賀藩前田家伝来とのこと。
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10 「天青無窮(てんせいむきゅう)-安宅コレクション中国陶磁」
点数は少ないが、うっとり眺めてしまうようなものばかり集めた特別な室。
《青磁 水仙盆》。これは以前この美術館を訪れた際にも見たので、またお会いできましたねと声をかけたくなった。宋の時代に宮廷用の青磁を生産していた汝窯の逸品。美しいが、これよりもっと素晴らしいのがこの世に存在している(台湾の故宮博物院が持っている)というのもまたすごい。
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国宝《飛青磁 花生》。自分のスマホ写真では到底うまく色を再現できないのが残念。
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この特別な展示室では自然光による採光がなされているのが大きなポイント。青磁の微妙な色合いをよく見ることができるとされる。
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11 「皇帝万歳(こうていばんざい)-安宅コレクション中国陶磁」
中国の皇帝の身辺を彩るにふさわしい、文様が華やかだったり色鮮やかだったりする作品の多い室。
《釉裏紅 牡丹文 盤》。銅顔料が使われており、たまたま中央部の牡丹の花のところだけ赤っぽく濃いめに発色したというのがおもしろい。
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抹茶色が特徴的な《茶葉末釉 双耳方形瓶》。茶葉末釉は個人的にそれほど好きな色ではないのだが、これはとても出来が良いように見えて印象に残った。
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12 「百鼻繚乱(ひゃくびりょうらん)-沖正一郎コレクション鼻煙壺」
いわゆる嗅ぎタバコ入れが勢ぞろい。下の写真はほんの一部である。
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この虫づくしのはどこか現代的な感じがする。とてもいい。虫好きな人がこぞって欲しがるのではないか。自分も欲しい。
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13 「泥土不滅(でいどふめつ)-現代陶芸コレクション」
現代の陶芸作家の作品がいくつか展示されていた。これは星野曉《表層・深層》。
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併設のカフェには「陶片クッキー」なるメニューがある。これは注文せざるを得ない。作家がひとつずつ彩色(アイシング)を施しているというから凝っている。ふたつとも涼しげな色合いなのは、もしかして夏だから? 海や水辺をイメージしたとか? 別の季節にも行ってクッキーの色合いを確かめてみたい。なお、味のほうはいまいち口に合わなかった……惜しい。
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ayaka0715 · 1 year ago
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#pokedance #リトルツインスターズ #ララ に変装。#pokémon #ポケモンsv
https://youtube.com/shorts/-8vQev32hKU?feature=share
5/20,21はおじいちゃんとおばあちゃん〔お父さんの両親〕に会えて良かった。 〔暫く回復するまでは21日だけで仕事を休んだ。〕
そして、帰りは#お好み焼き を食べて大満足だった。
ニュース
ショウキ君と床田君の先輩後輩対決。
〔#プロ野球 交流戦前のセミファイナル〕
#京本政樹 さんがぽかぽか出演後、息子の#京本大我 さんは映画舞台挨拶を行いました。
#ダルビッシュ 投手 は日米通算記録!
#西島秀俊 さんはスイーツ封印の制限した後に高カロリーな物を食べたい。
#佐々木蔵之介 さんは5,6日で酒禁止制限。
#片岡愛之助 さんは鶴瓶さんとの共演^ ^
#heysayjump の楽曲提供アーティスト くぅさんは天国へ
#kingandprince はエージェント契約会社に。
#aぇgroup はデビューシングル売り上げ60万枚目前!
and more....
My YouTubeは再生回数100以上〔2日分の合計〕設定中ですが、
もし翌日の再生回数が100を満たせなかったら日記とニュースをおやすみさせていただきます。〔再生回数の100以上は2日分で合計させていただきます。〕
Instagramは全て凍結されたら引退させていただきます。
今月は気をつけて https://ameblo.jp/kurushige/entry-12831208362.html
あと、詐欺もね。
https://dawaan.com/instagram-bo-fraud/
https://youtube.com/playlist?list=PLeXkmsAZiHBuQgYgcX_INTkdxaS0E-0M0&feature=shared
マンスリーベストナイン2024.5の発表日は5/26
🐉2024.4.20から5.24の候補⇨🥇になったらマンスリーベストナインアワード2024の候補となります。
〔〕ヒント有り
佐々木蔵之介 💙🐎
西島秀俊 🖤🍩
#阿部サダヲ 🧡⚾️
#堺雅人 ❤️🦌
#戸次重幸 💜🤖
片岡愛之助 💖🍓
#kinkikids 💙🎸❤️✝️
 
抜き打ちチェックはInstagram引退をするので実施できませんので予めご了承下さい。
都合があれば変更する場合にもございます
インスタの調子が悪い〔#インスタ不具合 の〕時は
アップデート〔バージョン〕か再起動しましょう
出来なかったら
AndroidからiPhoneに変えましょう
 
また見たい方には👍
2度と見たくない方には👎
を押してください。
知らない人はフォローしないように。
皆様、ご視聴をいただきありがとうございます。
今月中で
Amebablog・Instagram・tiktok・youtubeを続きますのでどうぞお付き合いください。
まだ更新していない人はお早めにね。
 
もし、よかったらYouTube チャンネルを登録してね。
現在のInstagram は監督委員会 から違反されていますが、期限切れになると送れなくなるからご勘弁を。
あと、フォローバッグはストーカーの可能性があるから拒否させていただきます。〔フォローをする時は承認必要です。※無言禁止〕
これからも見守る。 扇動行為 破壊活動防止法 tictok instagram 謝罪 
危険なので死語扱い・文句��言ったり、
Instagram以外な写真は載せてしないでね。
インスタ不具合
#誹謗中傷  拘禁刑 ←#炎上 
#アカウント削除
#セックス依存症〔2022年度から18歳以上の新成人制度→人物画〕
 
現在
旧創業者の事務所であるSmileUP 社の救援,ウクライナ、台湾東部、石川県能登地方の#支援・医療期間 を行っております。
 
馬鹿なx・Instagram
あと、SNS詐欺・迷惑行為・犯罪行為は絶対しないで。
ニュース有
皆様へのクリエイター達に感謝してあげています。
神藤彩佳🐼💙
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ichinichi-okure · 1 year ago
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2024.1.14sun_kanagawa
 昨日はアドレナリンが出ていて、いつもより遅く寝着いたが、いつも通りの6時に目が覚める。でも今日は休みだ、と安心してもう一度寝て、7時に起床。洗面を済ませ、着替えてお砂糖とミルクがたっぷりのインスタントコーヒーを飲む。これは私が子どもの時からのルーティーンだ。SNSやLINEをサッと確認して返信を打つ。ワクワクするお誘いに心浮き立つ。  今日は初めてのWSに参加する予定だ。でも、その前に知り合いのイベントに行ってみよう。まだ布団の中の夫に「いってきます」と告げ、足取り軽く家を出る。車を運転すること30分。鶴川にあるセントラル商店街という何ともノスタルジックな場所に到着。早くも聞こえてくるお囃子の音に自然と駆け足になる。角を曲がると、威勢のいい声と同時に餅をつく人、返す人、手を叩いて笑顔でエールを送る人たちのエネルギーで溢れかえっていた。年始初めて会う知り合いみんなに声をかけ、再会の歓びを分かち合う。人生で初めての豆花をいただいた。ほんのりと甘く、重すぎず、いろんなの食感を味わえるいくちゃん(食堂pocoさん)の豆花。今の身体に最高の食べ物だ!お腹は満たされていたが、あちこちからいい匂いがしてきて、まだ食欲が止まらない。古いストーブの上で温められていたのは豚汁だ。そのすぐ下にはブタの置物。なんてシュールな…この後の予定を考えてやめておいた方がいいと言う私と、いや、身体も温まるしとにかく食べたいと言う私でせめぎ合う。次の瞬間お代の300円をお店の方に手渡していた。椅子に腰掛け、豚汁をいただく。やっぱり大正解だ。豚汁とカレーは、大きな鍋でたくさん作られたものがなぜか美味しい。きっとこれもそうだ。大満足で完食すると、���の前には『うどん』の文字。食べたい気持ちをグッと我慢し、私は席を立った。
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 知り合いに会い、美味しいもので満たされた私は、今日のメインイベントへ。Googleマップを頼りに10分ほど歩くと、茶色いムーミンハウスのようなジブリに出てきそうな窯が見えてきた。そう、今日私は陶芸を教えてもらうのだ。でも、その前にヨガ。アパートの入り口を探して扉を開けると、木と光のぬくもりが溢れるスタジオと慣れ親しんだ顔が目に飛び込んでくる。いつもお店に来てくれる人も、たまたま今日初めての参加だったのだ。驚いて嬉しくなり、初めて会う方々にも紹介し、紹介され、その場が明るい雰囲気で包まれていた。
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 ヨガ講師である美しい笑顔のみちこさんに挨拶をし、急いで着替えを済ませ、ヨガマットの上に座る。はて、私はヨガ何年ぶりだろうか…3年前までピラティスはやっていたが、ヨガは5年ぶりくらいかしら…身体が硬い私は、『家でストレッチしてくればよかったな。急にヨガやって大丈夫かしら…またどこか傷めないかな。』と不安になってきた。それを察してなのか、みちこさんが「私のヨガ教室は、自分の身体に目を向け、自分の呼吸に耳を傾けて、自分自身を感じるためのヨガです。無理に身体を動かしたり、ポーズを極めたりするのではなく、ストレッチとトレーニングを繰り返していきます。筋肉に負荷がかかるトレーニングの後には、その筋肉を緩める動きを入れていきますので、決して無理のない範囲で身体を動かしていきましょう。」と説明してくれた。なんてすごいタイミングと思いながらもホッと胸を撫でおろす。呼吸を整え、先生の出し��くれる指示に従いながら身体を動かし始める。先生の声の質感や声量、テンポの心地よさに耳を預け、普段あまり伸ばさないところを心地よく伸ばしていく。動きの指示を優しく出しながら、先生はその反対の動き(左右)をし、ポーズの名前や由来を教えてくれた。時々『あれ?今私合ってるかな?』と不安になり、周りをチラチラと確認しながらも、身体を動かす心地よさを感じながら、私はどんどんヨガの世界に浸り始めていた。しかし、恐れていたことが起きてしまったのだ。仰向けで脚を頭の後ろに持っていくポーズになると、なんだか苦しく、少し気持ちが悪くなってきた。そう、動く前に食べ過ぎたのだ。私はその動きを中断し、仰向けに戻ってしばし休憩。みんなが気持ち良さそうなのを横目に、やはりな…と反省(でも、美味しかったから後悔はないw)。そして、その後の動きから合流し、ヨガの時間1時間半が終了した。  副交感神経が働いているせいなのか、まだ頭がボーッとしている中、みんなでお昼ご飯の準備が始まった。マットを片付け、テーブルを出すと、梅ちゃん先生(陶芸の講師)がいい匂いのする鍋や炊飯器を持ってきてくれた。この香りはカレーだ。ターメリックで黄色く色付いたご飯の横にカレー2種をかけ、それぞれの席に配る。テーブルの上には鮮やかな野菜たちの炒め物やサラダが所狭しと並んでいた。みんなで「いただきます」をしてから食べ始める。カレーをひと口、ふた口と食べ進めると、辛くもないのに、頭皮の毛穴が開き、スースーするような感じがした。スパイスが私の身体の中から作用している。不思議な気持ちになりながらも、どんな風に作ったのか、どこで手に入れた食材なのか、どんな風に出会った料理なのか、それぞれの先生に尋ねたり、日常の話をしたり、みんなとする食事の時間を愉しんでいた。
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 食べ終わるとオラクルカードの時間。年始にひいてみるのが恒例となっているそうだ。私がひいたカードは、鮮やかな緑の上に明るいピンク色がのっていて、そこに白いマーガレットのような花がたくさん描かれているカード『世界を維持する者 ヴァースデーヴァ』というものだった。みちこさんが手渡してくれた解説書を読むと、ふむふむ…リラックスしましょう。休息しましょう。それが次なるエネルギーとなるでしょう。と書いてある。年末年始でこの言葉を聞くのは3回目だ。一つ目はしいたけ占いの水瓶座。二つ目は前日にみてもらったカラーセラピー。そして三つ目がオラクルカード。よほど休んだ方がいいらしい…頭の片隅に置いておこう。  さぁ、今日の愉しみはまだ終わらない。別の部屋に移動して、エプロンをつけ、サンダルに履き替えると、梅ちゃん先生の陶芸教室の始まりだ。陶芸こそ初めてではないが、人生で三度くらいしかやった事のないもの。今回教わるのは手轆轤という器具を使うものだそうだ。あらかじめ用意していた作りたいイメージの器の写真を用意し先生に確認すると、私の分の陶土を用意してくれた。みんなに作業確認や指示を出しながら、先生はそれを捏ねていく。捏ねている土の動きをただただ見続けていた。少ししてから菊練りという段階に入ると、さらに土の動きや模様が美しく、感嘆がもれる。永遠に見続けられると思っていると、あっという間に菊練りは終わってしまった。それを手轆轤に少し乗せ、潰して円を作る。その上に長細くした土を重ね、どんどん高くしていく。そして、そこから好きな形に伸ばしていくそうだ。先生が湯呑ならこのくらい、お茶碗ならこのくらい、煮付けの小鉢ならこのくらい、と言いながら、まるで魔法のように次々に形を変えていく。
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 圧倒されていると、自分の番が回ってきた。手を動かすことは大好きなのだが、いざ始まると、えっと…まず何でしたっけ?という状態。先生に確認しながらまずは土に触ってみる。ヒンヤリと冷たく、粘土よりも少し硬い。水分を含んでいて、少しだけスズリのような香りがした。それを丸めたり伸ばしたりしながら、教えてもらったように形を作っていく。どうしたら繋ぎ目がきれいに無くなるのか、頑丈な器になるのか、厚さが均等になるのか、分からない事は多いがとりあえず手を動かしてみる。参考作品の写真を何度も確認し作り進めるのだが、なかなか思うような形にはならない。夢中になって作り続け、2時間ほどだろうか、やっとなんとか納得できる形になったようなので手を止めた(本当は永遠に形をあれこれ変え続けていたい気持ちだったが…)。集中力が解け周りを見渡すと、様々な形が出来上がっていた。どれもこれもみんな生きているようで何とも愛おしい。次回は『けずり』と言われる作業なのだそうだ。また来月の愉しみが増えたことに心が躍る。先生の淹れてくれた生姜紅茶とみなさんからの旅行土産の差し入れででホッとひと息。ふと我にかえると心地よい疲労感や達成感が押し寄せてきた。  今日を共にできた先生や生徒のみなさんに挨拶をし、アトリエを後にする。車に乗り込み、夕焼けを眺めながらのしばしのドライブ。だんだん暮れて色が変わっていく空の様子を観察しながら、今日のことを思い出し、ひとり笑顔がこぼれる。音楽を聴きながら唄いながら家路についた。なんてキラキラとした時間のつまった一日だったのだろうか。また明日から頑張ろう!
-プロフィール- 野沢ちか 39歳 神奈川県 花綵hanazuna
2023年4月東京都町田市にある簗田寺のかたわらにある白い建物“tem”にてアトリエをオープン。 簗田寺の里山に生きるたおやかな草花を摘み、花生けのお教室やリース作りのWSなど、草花を���近に感じられる暮らしの提案をしています。 Instagram @hanazuna_style hp https://www.hanazuna-style.com/
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furtivestar · 1 year ago
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「年末3行まとめ」のまとめ
ツイッターを離れたというせっかくの機会なので、毎年大みそかの夜に「その年の印象的なネタを3つ挙げる」という恒例ツイートで自分が何を言ってきたか振り返ることに。
なんの話?
2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022
別に自分用なんでそんなに深入りしないで。
2010年
ドラ優勝
RADIO-i閉局
尖閣ビデオ
このころはまだ3大トピックとして挙げようとしてなかった感じだけど無理やり話をまとめるべく3つ話題を挙げていた。
2011年
震災
原発
情報への接し方
その他・・・地デジ化・アナログ停波、raziko
3つを選んではいるけどフレーズは考えるつもりのない時代。
2012年
スカイツリー(FM移転ほか)
ロンドン五輪
選挙?
いいものをひねり出そうという気持ちがみじんも感じられない。
2013年
ドタバタありつつスカイツリー移行
60番勝負
NOTTV端末の元をNOTTVでとる
振り返って楽しいのはこのころからだな。3つ目、NOTTVの賞金付きクイズ番組に双方向機能で参加して、しょっちゅう当選してたという話。
2014年
引っ越ししてtvkが見れるようになった
radikoプレミア厶
笑っていいともグランドフィナーレ
裏1位・・・関東のラジオ・テレビが司法書士法人新宿事務所に呪われた
どれもこれも今も。
2015年
Slingboxを買った…来年は使いこなしたい
『みんなのニュース』…一連のLIFE IS LIVE、ホウドウキョクも含む
『当たり障りのないラジオ』…ワイドFM開始と一連の試験放送
1つ目、まぁ使わなかったわけではなかったけど・・・気合い入れて導入したわりには使いこなせなかったかなぁ。結局サ終。
2016年
AbemaTV鮮烈デビュー
天皇陛下おことば…全局同時ビデオメッセージ
テレビ東京神谷町からサヨナラの意味
ほか・・・▽i-dioと8Kの長い歴史が始まる���NOTTVの短い歴史が終わる▽radikoタイムフリー維新▽古舘伊知郎の魅力爆発▽SMAP消える▽みやーち消える
3つ目、「サヨナラの意味」は神谷町移転直前(最終番組TXNニュースの前の乃木坂工事中のエンディング)に流れたの意味。
2017年
Jアラート実践2連発は何だったのか
テニス中断中に卓球を生中継する変態テレ東
24時間テレビ愛は地球を救う
入選・・・▽ホンネで創る新しいテレビ▽JリーグDAZN元年つつがなく終わる▽radiko、7年でAM局コンプリート▽昼ドラ繁盛&週末朝夜生増設&テロップ端寄せで何かとテレ朝▽選挙と台風のコラボ特番▽フェリーに乗ってずっとテレビが見れることを体感
当日も言ったように、3つ目は個人的事情が強いので、皆さんは「なんでここに入ってる?」って思われるのが自然です。
2018年
めちゃ2夜ふかし路線バス感謝祭だったのか…3月31日の大乱闘
めちゃイケなきあと吹き荒れる『チコちゃん』旋風
爆問太田がかき回し各地のラジオに脚光
入選・・・▽ラジオナイター新時代…特需がピンチにQR▽テロップデザイン新時代『S-PARK』▽冬の熱狂 期待以上に 響き出してく「ハローカゲロウ」▽そなえよつねに…石川落雷事故とエリア放送▽4K8Kに憧れ▽日テレ狭き道をゆく・・・そして東海オンエア
チコちゃんすごかった・・んだよなぁ。
2019年
N国とはなんだったのか
日テレ&NHK中継も大成功ラグビーワールドカップ
台風15号の教訓を胸に
一連の改元・即位関連をあえて外す(と書いて実質入選)。
2020年
TBS感謝祭やのど自慢が放送直前で中止になるあの絶望感
ヒルナンデスに救われてしまった紛れもない事実
今となっては何もかも再現できない志村友達の過去映像
入選・・・▽思いもよらず…チバテレ受信成功▽新潟(など)の悲劇を繰り返すな…InterFMに大量輸血▽BSチャンネル増を前に…Dlifeは終了▽生き残れ…サバイバルナイター▽YOASOBIもまた見れる…NHKプラス始動▽リモート先駆者が頂点…よなよなラボ▽視聴率ALL元年!壁、CDTV、千鳥
コロナと言わずにコロナを表す。あとサバイバルナイターは死にました(たぶん)。
2021年
誕生の瞬間から目撃!ぐんぐん成長「チバテレミライチャンネル」
鶴瓶さんどこいるの?『FNSラフ&ミュージック』
令和に朝て!『ラヴィット!』&『THE TIME,』
入選・・・▽本当に『WBS』が22時になった▽どこもかしこも「TBS Sans」▽オリンピックはもう終わりました
ミライチャンネルはひとまず、近隣他局も同様のHD+HD設備を構築してるという方向に成長中。
2022年
名古屋のラジオが吹っ切れた〜ジェイムス、ZIP、東海の生きる道
新BS初年度の至宝『令和ロマンの街話』
「安倍元首相倒れる」前代未聞のニュース速報
入選・・・▽『エルピス』最後まで見ちゃったなぁ▽ABEMAのW杯おおむね高評価
こうなっちゃうと2人は忙しくなっちゃって『街話』復活が遠ざかったのかなぁ。それとも逆にご褒美的にBSに1枠もらえないのかなぁ。あるいは番組が地上波移籍。
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この記事を上げてるってことは、個人的にこのまとめたちに案外満足してるということです。ええ。
かといって・・・ことしのまとめがバチッとキマるのかどうか。予断を許さない。
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momijiyama1649 · 6 years ago
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ざこば・鶴瓶らくごのご お題一覧 1992年    1 過労死・つくし・小錦の脂肪    2 一年生・時短・ニューハーフ    3 レントゲン・混浴・アニマル    4 ゴールデンウイーク・JFK・セクハラ    5 暴走族・かさぶた・バーコード    6 タイガース・母の日・入れ墨    7 目借り時・風呂桶・よだれ    8 しびれ・歯抜け・未婚の娘    9 ヘルニア・目ばちこ・フォークボール    10 造幣局・社員割引・オリンピック    11 父の日・猥褻・丁髷    12 ピエロ・ナメクジ・深爪    13 ミスユニバース・特許・虫さされ    14 魔法使いサリー・祇園祭・円形脱毛症    15 サザエさん・ジャンケン・バーゲンセール    16 ト音記号・北方領土・干瓢    17 妊婦体操・蚊帳・ビヤガーデン    18 身代わり・車だん吉・プラネタリウム    19 床づれ・追っかけ・男の涙    20 海月・肩パット・鶏冠    21 放送禁止用語・お年寄り・ピンポンパン    22 おかま・芋掘り・大人げない    23 復活・憧れ・食い逃げ    24 蒲鉾・風は旅人・半尻    25 泉ピン子・ヘルメット・クリーニング    26 美人姉妹・河童・合格    27 スカート捲り・ケツカッチン・秋の虫    28 チンパンジー・フォークダンス・いなりずし    29 稲刈り・小��粉・フランス人    30 日本シリーズ・鶴瓶・落葉    31 クロスカウンター・学園祭・タクシー    32 付け睫毛・褌ペアー誕生・ツアーコンダクター    33 泣きみそ・ボーナス一括払い・ぎゅうぎゅう詰め    34 静電気・孝行娘・ホノルルマラソン    35 暴れん坊将軍・モスラ・久留米餅 1993年    36 栗きんとん・鶴・朝丸    37 成人式・ヤクルトミルミル・まんまんちゃんあん    38 夫婦善哉・歯磨き粉・夜更かし    39 金の鯱・オーディション・チャリティーオークション    40 ひ孫・いかりや長介・掃除機    41 北京原人・お味噌汁・雪祭り    42 視力検査・フレアースカート・美術館めぐり    43 矢鴨・植毛・うまいもんはうまい    44 卒業式・美人・転た寝    45 らくごのご・浅蜊の酒蒸し・ハットリ君    46 コレラ・さぶいぼ・お花見    47 パンツ泥棒・オキシドール・上岡龍太郎    48 番台・ボランティア・健忘症    49 長嶋監督・割引債・厄年    50 指パッチン・葉桜・ポールマッカートニー    51 同級生・竹輪・ホモ    52 破れた靴下・海上コンテナ・日本庭園    53 シルバーシート・十二単衣・筍    54 ぶんぷく茶釜・結納・横山ノック    55 睡眠不足・紫陽花・厄介者    56 平成教育委員会・有給休暇・馬耳東風    57 生欠伸・枕・短気は損気    58 雨蛙・脱税・右肩脱臼    59 鮪・教育実習・嘘つき    60 天の川・女子短期大学・冷やし中華    61 東京特許許可局・落雷・蚊とり線香    62 真夜中の屁・プロポーズ・水戸黄門諸国漫遊    63 五条坂陶器祭・空中庭園・雷    64 目玉親父・恐竜・熱帯夜    65 深夜徘徊・パンツ・宮参り    66 美少女戦士セーラームーン・盆踊り・素麺つゆ    67 水浴び・丸坊主・早口言葉    68 桃栗三年柿八年・中耳炎・網タイツ    69 釣瓶落とし・サゲ・一卵性双生児    70 台風の目・幸・ラグビー    71 年下の男の子・宝くじ・松茸狩り    72 関西弁・肉まんあんまん・盗塁王    73 新婚初夜・サボテン・高みの見物    74 パナコランで肩こらん・秋鯖・知恵    75 禁煙・お茶どすがな・銀幕    76 ラクロス・姥捨山・就職浪人    77 掛軸・瀬戸大橋・二回目    78 海外留学・逆児・マスターズトーナメント    79 バットマン・戴帽式・フライングスポーツシューター    80 法螺貝・コロッケ・ウルグアイラウンド    81 明治大正昭和平成・武士道・チゲ鍋 1994年    82 アイルトンセナ・正月特番・蟹鋤    83 豚キムチ・過疎対策・安物買いの銭失い    84 合格祈願・パーソナルコンピューター・年女    85 一途・血便・太鼓橋    86 告白・ラーメン定食・鬼は外、福は内    87 カラー軍手・放火・卸売市場    88 パピヨン・所得税減税・幕間    89 二十四・Jリーグ・大雪    90 動物苛め・下市温泉秋津荘・ボンタンアメ    91 雪見酒・アメダス・六十歳    92 座蒲団・蛸焼・引越し    93 米寿の祝・外人さん・コチョコチョ    94 談合・太極拳・花便り    95 猫の盛り・二日酔・タイ米    96 赤切符・キューピー・入社式    97 リストラ・龍神伝説・空巣    98 人間喞筒・版画・単身赴任    99 コッペン・定年退職・ハンドボール    100 百回記念・扇子・唐辛子    101 ビクターの手拭い・カーネーション・鉄腕アトム    102 自転車泥棒・見猿言わ猿聞か猿・トマト    103 紫陽花寺・豚骨スープ・阪神優勝    104 三角定規・黒帯・泥棒根性    105 横浜銀蝿・他人のふり・安産祈願    106 月下美人・フィラデルフィア・大山椒魚    107 鯨・親知らず・ピンクの蝿叩き    108 蛍狩・玉子丼・ウィンブルドン    109 西部劇・トップレス・レバー    110 流し素麺・目高の交尾・向日葵    111 河童の皿・コロンビア・内定通知    112 防災頭巾・電気按摩・双子    113 河内音頭・跡取り息子・蛸焼パーティ    114 骨髄バンク・銀杏並木・芋名月    115 秋桜・ぁ結婚式・電動の車椅子    116 運動会・松茸御飯・石焼芋    117 サンデーズサンのカキフライ・休日出勤・ウーパールーパー    118 浮石・カクテル・彼氏募集中    119 涙の解剖実習・就職難・釣瓶落し    120 ノーベル賞・めちゃ旨・台風1号    121 大草原・食い込みパンツ・歯科技工士    122 助けて���ラえもん・米沢牛・寿貧乏    123 祭・借金・パンチ佐藤引退    124 山乃芋・泥鰌掬い・吊し柿    125 不合格通知・九州場所・ピラミッドパワー    126 紅葉渋滞・再チャレンジ・日本の伝統    127 臨時収入・邪魔者・大掃除    128 アラファト議長・正月映画封切り・ピンクのモーツァルト 1995年    129 御節・達磨ストーブ・再就職    130 晴着・新春シャンソンショー・瞼の母    131 家政婦・卒業論文・酔っ払い    132 姦し娘・如月・使い捨て懐炉    133 立春・インドネシア・大正琴全国大会    134 卒業旅行・招待状・引っ手繰り    135 モンブラン・和製英語・和風吸血鬼    136 確定申告・侘助・青春時代    137 点字ブロック・新入社員・玉筋魚の新子    138 祭と女で三十年・櫻咲く・御神酒徳利    139 茶髪・緊張と緩和・来なかったお父さん    140 痔・恋女房・月の法善寺横丁    141 ひばり館・阿亀鸚哥・染み    142 初めてのチュー・豆御飯・鶴瓶の女たらし    143 アデランス・いてまえだへん(いてまえ打線)・クラス替え    144 長男の嫁・足痺れ・銅鑼焼    145 新知事・つるや食堂・南無阿弥陀仏    146 もぐりん・五月病・石楠花の花    147 音痴・赤いちゃんちゃんこ・野崎詣り    148 酒は百薬の長・お地蔵さん・可愛いベイビー    149 山菜取り・絶好調・ポラロイドカメラ    150 お父さんありがとう・舟歌・一日一善    151 出発進行・夢をかたちに・ピンセット    152 ホタテマン・深夜放送・FMラジオ    153 アトピッ子・結婚披露宴の二次会・おさげ    154 初産・紫陽花の花・川藤出さんかい    155 ビーチバレー・轆轤首・上方芸能    156 ワイキキデート・鹿煎餅・一家団欒    157 但空・高所恐怖症・合唱コンクール    158 中村監督・水着の跡・進め落語少年    159 通信教育・遠距離恋愛・ダイエット    160 華麗なる変身・遠赤ブレスレット・夏の火遊び    161 親子二代・垢擦り・筏下り    162 鮪漁船・新築祝・入れ歯    163 泣き虫、笑い虫・甚兵衛鮫・新妻参上    164 オペラ座の怪人・トルネード・ハイオクガソリン    165 小手面胴・裏のお婆ちゃん・ガングリオン    166 栗拾い・天国と地獄・芋雑炊    167 夜汽車・鳩饅頭・スシ食いねぇ!    168 長便所・大ファン・腓返り    169 美人勢揃い・雨戸・大江健三郎    170 親守・巻き舌・結婚おめでとう    171 乳首・ポン酢・ファッションショー    172 仮装パーティー・ぎっくり腰・夜更し    173 ギブス・当選発表・ちゃった祭    174 超氷河期・平等院・猪鹿蝶    175 コーラス・靴泥棒・胃拡張    176 誕生日・闘病生活・心機一転    177 毒蜘蛛・国際結婚・世間体 1996年    178 シナ婆ちゃん・有給休暇・免停    179 三姉妹・バリ・総辞職    180 家庭菜園・ピンクレディーメドレー・国家試験    181 ほっけ・欠陥商品・黒タイツ    182 内股・シャッターチャンス・金剛登山    183 嘘つき娘・再出発・神学部    184 金柑・恋の奴隷・ミッキーマウス    185 露天風呂・部員募集・ぞろ目    186 でんでん太鼓・ちゃんこ鍋・脳腫瘍    187 夢心地・旅の母・ペアウオッチ    188 (不明につき空欄)    189 福寿草・和気藹々・社交ダンス    190 奢り・貧乏・男便所    191 八十四歳・奥さんパワー・初心忘るべからず    192 お花見・無駄毛・プラチナ    193 粒揃い・高野山・十分の一    194 おぃ鬼太郎・シュークリーム・小室哲哉    195 くさい足・オリーブ・いやいや    196 ダイエットテープ・北京故宮展・細雪    197 若い季節・自動両替機・糞ころがし    198 おやじのパソコン・なみはや国体・紙婚式    199 降灰袋・ハンブルグ・乳首マッサージ    200 雪見酒・臭い足・貧乏・タイ米・コチョコチョ・雷・明治大正昭和平成・上岡龍太郎・お茶どすがな・トップレス(総集編、10題リレー落語)    201 夫婦喧嘩・川下り・取越し苦労    202 横綱・占い研究部・日本のへそ    203 マオカラー・海の日・息継ぎ    204 カモメール・モアイ・子供の事情    205 ありがとさん・文武両道・梅雨明け    206 団扇・ボーナス定期・芸の道    207 宅配・入道雲・草叢    208 回転木馬・大文字・献血    209 寝茣蓙・メロンパン・初孫    210 方向音痴・家鴨・非売品    211 年金生活・女子高生・ロングブーツ    212 エキストラ・デカンショ祭・トイレトレーニング    213 行けず後家・オーロラ・瓜二つ    214 金婚式・月光仮面・ロックンローラー    215 孫・有頂天・狸    216 雪女・携帯電話・交代制勤務    217 赤いバスローブ・スイミング・おでこ    218 参勤交代・ケーブルカー・七人兄弟    219 秋雨前線・腹八分・シルバーシート    220 関東煮・年賀葉書・学童保育    221 バンコク・七五三・鼻血    222 ホルモン焼き・男襦袢・学園祭
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%96%E3%81%93%E3%81%B0%E3%83%BB%E9%B6%B4%E7%93%B6%E3%82%89%E3%81%8F%E3%81%94%E3%81%AE%E3%81%94
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kachoushi · 4 years ago
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各地句会報
花鳥誌 令和3年5月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
………………………………………………………………
令和3年2月3日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
帯の色白と黒との寒稽古 世詩明 初夢や逆夢にして安堵せり 同  受話器より来る熱燗の酔ひつぷり 清女 もう雪も落ちついたかとココア飲む 同  湯のたぎる薬罐の音の冬支度 誠   ゆつくりとガラスを滑る霙かな 同 
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月4日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
寒の明け空の青さのどこまでも 柏葉 雪の舞ふ上へ下へと北陸路 喜代子 寒戻り雄島は浪に翻弄す 都 
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………  
令和3年2月6日 零の会 坊城俊樹選 特選句
祈る人白く光らせ春の寺 小鳥 壺菫傾ぐ黄昏の密会 季凜 饅頭屋の幟ぱたぱた春疾風 美智子 嬰児へ春の揺籃なりしかな 順子 寒紅や鏡の中の女たち きみよ 春を描く赤で縁取る黄土色 千種 ギャルソンのベストの在庫春埃 荘吉 バーの椅子冬日も遊ぶ道具街 荘吉 春潮のかをる手をもて貝洗ふ 順子 ペンダントはづして春の風邪に寝る 光子 黄泉の国へとラビリンスめく雪間 眞理子 オキーフとゴッホの黄なる春の蝶 伊豫 ロマノフ朝語る早春のため息 慶月 仲見世の半分閉ぢて亀鳴けり 梓渕
岡田順子選 特選句
江戸つ子へ黄水仙咲く格子窓 光子 春の日の跳ねたりしつつ神田川 小鳥 壺菫傾ぐ黄昏の密会 季凜 吾輩は道具街の猫日脚伸ぶ 荘吉 春浅き野へと黄衣の遊行僧 慶月 花瓶売れざり春の日を黄昏れて 俊樹 笊は受く春の日差や道具街 季凛 菜の花や主のゐない家に棲み 伊豫 大方は縁なき道具街うらら 秋尚 隠れ耶蘇語る窓辺の余寒��な はるか 遣り手婆春画を鬻ぎつつ春眠 俊樹 黄塵万丈浅草に人沸き出す 梓渕 産土の海光を背に絵踏せり 光子 生国を刻みし墓へ梅香る 慶月 祈る人白く光らせ春の寺 小鳥
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月8日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
散歩みち犬に吠えられ日脚伸ぶ 三四郎 子等はしやぐ声の大作雪だるま みす枝 寝るだけに戻りし部屋の虎落笛 ただし 初詣巫女の化粧の濃かりけり 世詩明 贔屓目にみても毛皮の似合はざる 上嶋昭子 大氷柱剣のごとく堂宇守る 時江 崖の上に耐へて咲きたる水仙花 久子 神杉に裂けし傷あり斑雪 時江 風花の散華の中を柩ゆく 信子 湯たんぽを母の温もる如く抱く さよ子 廃屋の雪の声きく真暗がり ただし 嚏して饒舌の人黙りけり 三四郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月9日 萩花鳥句会
住所録ゐぬ人ばかり春時雨 祐子 降り立てばカルスト台地草萌ゆる 美恵子 春まだ来産卵仕掛ける川漁師 健雄 春時雨ビニール傘に裂け目あり 吉之 下萌えて平幕力士の賜杯かな 陽子 雪雫八分音符と四分音符 ゆかり 微睡の草木起こせし春時雨 明子 面接の練習の声寒明くる 克弘
………………………………………………………………
令和3年2月11日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
護摩焚きの煙の深き節分会 あけみ 節分や子の夢に出る方相氏 登美子 節分や炒豆撒いて稽古終ふ 令子 車窓には雪しろの山々続く あけみ 大雪も奮闘えち鉄動き出す 紀子 野兎の駈けし跡あり野辺深し 同  ひらがなの娘の手紙春隣 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
白杖の突けば凍土鼓動して 都   磯竈海女と蜑との声太く 益恵 獣園の柵に並ぶ子草青む 栄子 春の雪店はいつものビートルズ 佐代子 日脚伸ぶ明るき方へ人も鳥も 都   寒木瓜の棘の交差に交差して 悦子 白髭を撫で庭を掃く春隣 幸子 寒月へ町定位置に静もりて  都   春雷や酒供はりて力士像 宇太郎 さよならと筆置く音に落椿 悦子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月13日 札幌花鳥会 坊城俊樹選 特選句
人生は借り物かしら春一番 修子 日の永き台所にて聖書読む 同  永く生きすぎた気もして春の風 同  どの家も砦のやうに雪積みて 寛子 街路樹の上に余寒の空低し 同  針供養叔母は短気でお人好し のりこ 掌に一滴春の化粧水 岬月
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月16日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
ひたすらに鶴は鶴とし凍つるのみ 雪   寒鴉申し合はせしごと啼かず 同  観念をしたる如くに大枯木 同  温石に温石と云ふ石の貌 同  薄氷や着物をつまみ避け乍ら 千代子 深々と音消し積もる真夜の雪 同  春炬燵くの字しの字の混み合へり みす枝 ランドセルに筆箱入れて春を待つ 同  銀の波揺らし川辺の猫柳 英美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月17日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
薄氷の割れて漂ひ重ね合ひ 千加江 数独に挑んで老の春を待つ 清女 節分や柱時計がつと止る 啓子 薄氷を張り尽したる法の池 泰俊 鴬や何か賑やかなる甍 同  凍て鶴として人の世を凍つるのみ 雪   華やかに古りし虹屋の桐火桶 同  凍て様も金輪際や檻の鶴 同  人の世の枷を解かれし古火桶 同  寒鴉啼くを忘れてゐはせぬか 同 
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月19日 さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
冴え返る言葉の綾に躓きて 雪   勿体なや冬籠りにも厭きしとは 同  乾杯の種の尽きたるちやんちやんこ 同  うららかや犬が好みの猫まんま 清女 虹屋へと二月礼者の関西弁 千代子 水仙の花に折鶴遊ばせり 希   路地裏を斜めに走るうかれ猫 啓子 水尾も無く流れのまゝの鴨滑る 天空
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月21日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
飄々とした人の訃や冬の果 佑天 学舎の武張りて遠く春の富士 圭魚 アトリエに遺せし絵の具冴返る ゆう子 シスターの病むや余寒の廊長し 和子 手の皺の翳は目立ちて春を待つ ます江 存分に椿の落ちて椿寺 佑天 堂裏の日溜り豊か落椿 圭魚
栗林圭魚選 特選句
よき喫茶閉ぢし通りの余寒かな 慶月 磐座の裳裾にこぞる蕗の薹 幸風 菰踏めば春泥ぬると動きたる 三無 朝光の瀬音そびらに蘆の角 幸風 アトリエに遺せし絵の具冴返る ゆう子 寺領ひっそり孕猫つとのそりゆく 文英 細波の煌めき尖る浅き春 斉   シスターの病むや余寒の廊長し 和子 春みかづき童話の色の夜の街 和子 春光や眉毛一本づつ描く 千種
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和3年2月22日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
二度三度黙の呼び鈴冴返る 一涓 遠き日の武原はんの風花す 同  雪掻きて掻きて怨嗟を紛らせり 同  佐保姫来式部の像の辺りより 同  古里ぞ遠海鳴りも温石も 雪   其の頃はへつつひ二つ竈猫 同  お駄賃は袋のお菓子春の風 上嶋昭子 アプレゲールと言はれし卒寿日向ぼこ 同  春一番絵馬カタカタと恋の宮 信子 夕焼けを少し暈して春の色 紀代美 春着着しより梵妻の顔となる 中山昭子 水仙や少女一心勉学す みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
東風に扉を開けよ羽衣なびくまで 美穂 面影のちよと夫似なる古ひひな 千代 波音のままに揺蕩ふ若布かな 桂   大津絵の鬼の飛び出す春の雷 喜和 梟の吾を呼びたる父祖の山 千代 遠き目でみる耶蘇浦の若布船 かおり 薄氷を踏むもふまぬも人の道 睦子 冬灯しらじら明けの裏酒場 勝利 恋猫の敗れ幣履のごとく消ゆ 伸子 その沖は霞み衣桁の陣羽織 由紀子 寂しらの汀に寄する若布かな 久美子 浮かみくる七色の泡春の池 愛   集落を貫く碧き雪解川 由紀子 タンデムで若布を買ひに島日和 美穂 結ひ髪のほろほろ解けて絵踏かな かおり 紙漉の若き水ほどよく躍る 佐和 蹼に薄氷つきしまま歩む 睦子 星辰の恵みに育つ若布かな 美穂
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
なかみち句会(投句のみ) 栗林圭魚選 特選句
探梅の坂より駅を見渡せり 貴薫 焼山の命の早さ確かめり ます江 風尖りをれど遠山霞みをり 怜   枝影の網目ぼんやり春の土 秋尚 受診日や梅林抜けて隣り駅 せつこ 料峭の森覚ましゆく水の音 三無 野焼見る怪しくはやる気持あり あき子 日を浴びて胸張る如し犬ふぐり せつこ 青海苔を採って沖には白い波 史空 梅林や古木の幹に力あり 迪子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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custernory · 4 years ago
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2月23日(火・祝)、わたくしのソロ公演「クスタァ・ノリィのカンキータイム™」演らせていただきました。ご来場・ご視聴くださった皆さん、本当にありがとうございました。
本番10日前から急に弾き始めたバリトンウクレレ。いかがでしたか?
恒例ですので、ちょこっと振り返りたいと思います。 ********** 01/夜に駆ける(YOASOBI) 「この曲をいまカバーしている50代は他にいないのでは?」と思い立って練習しましたが、やはり機械で作った音楽を生身のアコースティックで演るのは困難でした(苦笑)。でも、とても好きな曲なので、おそらく今後しつこく歌うと思います。 02/夜明けのブレス(チェッカーズ) NHK「鶴瓶の家族に乾杯」でフミヤさんが弾き語りしているのを偶然観て。大好きな鶴久正治さん作曲の名曲。「君のことを守りたい」という詞が、現代の気分にとて���刺さります。 03/夢で逢えたら(大瀧詠一) 視聴者の皆さまからのリクエストにお応えするコーナー1曲目。これまた名曲中の名曲過ぎてグウの音も出ません。名曲は歌い心地もいいんですよね。カワちゃんさん、リクエストありがとうございました。 04/時代(中島みゆき) リクエスト2曲目。名曲とはもちろん知りつつも、しっかり向き合うのは初めてで、1970年代にこういう曲が生まれた背景をもっと知りたいなーと思いました。みはるんさん、リクエストありがとうございました。 05/あなたに逢いたくて(松田聖子) 自分で自分にリクエストしたみたいな曲。昨年末放送の松田聖子40周年記念番組を偶然観て、その素晴らしさに思わず歌ってみたくなりました。聖子さんご自身の作詞作曲とは全く知らず、あらためて尊敬の念を新たにした貴重な体験に。 06/南の島のココナッツ(ELLI+KATZ+NORY) 自分一人で歌うのは実は全く初めてで、全然気が抜けなかったという(笑)。アイランズカフェウクレレ教室でこの曲を練習してくれていたおふたりに参加していただきました。ミツくんチアちゃん本当にありがとうございました。 07/いまじん(オリジナル) バリトンウクレレの低くマローンとした音を体感し続けると、自然とゆったり歌いたくなるのです。いつもよりスローにマローンと歌ってみました。 08/NAOTAROH(オリジナル) 昨年11月のバースディ配信で披露した曲。その時は「ばあすでぃ」という曲名でしたが、誕生日以外で歌うときにしっくり来なかったので、制作時の仮タイトルに戻しました。もう少し直太朗さんを憑依できるようがんばります。 09/ともだち(オリジナル・新曲) LIVE前日にふと作った新曲。結構未完成でしたが、どうしてもいま歌いたいという気持ちで見切り発車しました。これからじわじわ煮詰めていく所存です。 10/サバの缶詰(オリジナル) いつの間にかわたくしの代表曲と言っていただけるようになった出世魚作品。歌唱時専用かぶりものがある曲というのもなかなかレアですよね。このかぶりものを着用するために、ヘッドホンをやめてイヤーモニターにしたというこの影響力たるや(笑)。 11/喝采(ちあきなおみ) 1972年日本レコード大賞受賞曲。昨年末押し迫った中で亡くなった中村泰士さんを追悼して。いつまでも歌い継いでいきたくなる、歌い心地ナンバーワンなメロディーラインを持つ、真の名曲です。 12/すばらしい日々(ユニコーン) 敬愛する奥田民生先生作品を今回も。現代のパンデミック時代とは全く関係なく作られた楽曲なのに、今にハマる曲だなーと思って選びました。 13/Lucifer(ELLI+KATZ+NORY) これも何度も演奏しているのですが、ひとりでは歌ったことないのでチャレンジ。elli作詞・katz作曲の素晴らしい作品群を代表する名曲です。バリトンウクレレを激しくストロークした感じに合うなーと思いました。 14/真夜中すぎの恋(安全地帯) カンキースポンサーの札幌「アコースティックカフェ」オーナーが玉置浩二さんファンなので、スポンサーフォローとして選曲(ゴマすり)。この曲は作詞が井上陽水さん、作曲はもちろん玉置浩二というゴールデンな作品です。 15/勝手にしやがれ(沢田研二) 熊本にお住いのカンキーリスナー・なちゅレーヌさんからのリクエスト。ELLI+KATZ+NORYのこの曲で「あーあ」連呼のところで3人とも手を挙げて誰も演奏しなかったのに衝撃を受けたとのことで。そのくらい平気でやるのがEKNです。 アンコール/OKONOMI-LOVE(オリジナル) 最初はまあまあギャグで作ったこの曲も、時を追うごとにファンが増えて、カバーしてくださる方も増えてきて、いつの間にかnoryの代表曲に成長しました。今回初めてバリトンウクレレで弾くので、やはりゆったりマローンと歌ってみました。 ********** このLIVEは3月9日まで録画をご視聴いただけます。よろしければ後追いでもぜひお楽しみください。 【視聴チケットはこちら】 https://twitcasting.tv/custer_nory/shopcart/38214 ご覧いただいた皆さんぜひご感想をお寄せくださいませ。noryの明日の糧となります。
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shakuhachi-kataha · 5 years ago
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普化禅師ってどんな人?其の一 『明頭來明頭打 暗頭來暗頭打 四方八面來旋風打 虚空來連架打』を読み解く!
「普化宗・ふけしゅう」だとか、
「明暗流・みょうあんりゅう」だとか言ってるけど、
それって、どこから来てるの?
 
 
 
と、疑問をお持ちの方は一挙に解決な今日のミニ講座です。
 
 
 
 
まずは普化宗の名前となっている、普化禅師のご紹介。
 
 
 
生年月日(-862) 本名、不詳。���州の街にいた。住所不定。
中国唐の宣宗(せんそう)時代の大中年間(847~859年)、
盤山宝積(ばんざんほうしゃく)禅師に師事。
夜は墓場で眠り、朝になれば街中に出て、鐸(鈴)を振りながら托鉢していた。
 
 
 
 
以上。
 
 
 
 
これだけ。
 
 
 
 
詳しいことは分からないのです。
ただ、その言動は『祖堂集』『宋高相伝』『景徳伝灯録』『臨済録』等に書かれていいます。
 
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  (狩野元信 画 国会図書館より)
 
 
  
まずは、その普化禅師の法脈を辿ってみましょう。
仏教なので、当然お釈迦様がスタートです。
 
 
 
 
<法脈>
印度
(釈迦牟尼仏)―1.摩訶迦葉―2.阿難陀―3.商那和修―4.優婆毱多―5.堤多迦―6.弥遮迦―7.婆須密― 8.仏陀難堤―9.伏駄密多―10.婆栗湿縛―11.富那夜奢―12.馬鳴―13.迦毘摩羅―14.那伽閼樹那―15.迦那提婆―16.羅睺羅多―17僧伽難堤―18.迦耶舎多―19.鳩摩羅多―20.闍夜多―21.婆修盤頭―22.摩拏羅―23.鶴勒耶―24.獅子菩提―25.婆舎斯多―26.不如密多―27.般若多羅―28.菩提達磨
 
 
 
 
そして菩提達磨が禅宗のスタートです。インドから中国に移動します。
 
 
   中国
(菩提達磨)2.大祖慧可―3.鑑智僧璨―4.大医道信―5.大満弘忍―6.大鑒慧能(南宗禅の祖)ー7.南嶽懐譲―
8.馬祖道一9.盤山宝積ー10.鎮州普化
8.馬祖道ー9.百丈懐海―10.黄檗希運―11.臨済義玄
 
 
 
 
鎮州は地名です。普化は盤山宝積(ばんざんほうしゃく)禅師に師事。
臨済は兄弟弟子とでもいうのでしょうか。
 
 
 
 
そして、虚無僧尺八にとっても重要な悟道。 
 
 
 
 
「達磨の四聖句」
教外別伝(きょうげべつでん) 経典を超越して以心伝心で法を伝える
不立文字(ふりゅうもんじ)文字の力を借りず(=理論ではなく)心眼を持って仏法の真底を見抜く
直指人心(ぢきしにんしん)人の心に分厚くこびりついている汚れ(人の世の諸善諸悪)を透過してその奥底にある人間の真の心(が完全に清らかなもの、何物も無いのと同じ様、即ち空、虚無であること)を直接に見抜く(人=自分自身)
見性成仏(けんしょうじょうぶつ)こうして見極めた人の真の心が仏の心と同じ物である事が判れば則ちそれが成仏である(悟りを開いたこと)
 
 
 
直指人心・見性成仏を分かりやすく言うと、人間が生まれながらに持っている仏性を直接に体得せよ。ということだそうな。
 
(「仏性もう持ってるもん」なんて最初から悟ってる人もいそうな気がしますが…)
 
 
 
 
 
後世、普化宗徒(虚無僧)はこの「教外別伝・不立文字」を掲げて最初から経典を持たず、ひたすら一心に尺八を吹くことによって、仏法を得んとすること(吹禅)を本旨とした。ということです。
 
 
 
 
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 (『臨済録撮要鈔』国会図書館より)
 
 
 
 
 
明頭來明頭打 
暗頭來暗頭打 
四方八面來旋風打 
虚空來連架打
 
 
 
 
 
みょうとうらいや、みょうとうた。
あんとうらいや、あんとうた。
しほうはちめんらいや、せんぷうた。
こくうらいや、れんかだ
 
 
 
 
これは普化が鐸を振りながら唱えていた「四打の偈」というもの。以下色々な方の解釈を読んで行きたいと思います。
 
 
 
 
  
 
普化はいつも街中で鈴をふりながら、謎めいた呪文のような歌を唱えていた、
「明で来れば明で打ち、暗で来れば暗で打つ。四方八方から来ればつむじ風のように打ち、虚空から来れば殻竿で打つ」臨済は侍者をつかわし、普化がそう唱えたところをひっ捕らまえて、こう問わせた。
「それのどれでもなく来た時は、如何する」。
普化は侍者を突き放して言う、「明日は大悲院でお斎(おとき・僧食の配給)がある」。
侍者が帰って一部始終を報告すると、臨済はいった、「だから前からこの男、只ものではないと思うておったのだ」。
 
 
*殻竿は麦や豆を打って脱穀する道具。
小川 隆 著 「臨済録-禅の語録のことばと思想-書物誕生 あたらしい古典入門」
 
 
 
 
(直訳を分かりやすく書かれたものだと思います。)
  
 
 
 
 
 
「差別でくれば差別で受け、平等でくれば平等で受け、四方八方でくれば旋風(つむじかぜ)のように受け、虚空からくれば釣瓶(つるべ)打ちに受ける」
 
 
*釣瓶打ちとは、弓矢や火縄銃などにおいて、交代で続けざまに打つことをさす。                                 
朝比奈宗源・訳註『臨済録』
 
 
 
 
(こちらは、明→差別、暗→平等 ときました)
 
 
 
 
 
 
賢い頭が来たならば、賢い頭を打ってやれ。愚かな頭が来たならば、愚かな頭を打ってやれ。四方八方来たならば、旋風のように打ってやれ。虚空が来たならば、棒をもって打ってやれ
         
梅原 猛 「絶対自由の哲学」 『仏教の思想7 無の探求<中国禅>』
 
 
  
(明→賢い頭、暗→愚かな頭。ということはこれは対人間という事でしょうか。そして「虚空から」ではなく「虚空が来たならば」と訳されています)
 
 
 
 
 
 
そのころ、普化はいつも町のなかで鈴をふって歌っていた、「明るい方からくれば明るい方でやっつけ、暗い方からくれば暗い方でやっつけ、四方八方からくれば、つむじ風のようにやっつけ、大空からくればからざお式にやっつける」と。
 先生はそばつきの僧をやって、普化がそのように歌うのを見つけ次第、すぐにひっとらえて、「ぜんぜんどんなふうにも来ないときは、どうする」ときかせた。そばつきの僧は、いわれたとおりにした。
 普化は相手をつきはなした、「あしたは、大悲院でふるまいがあるんだ」
 そばつきの僧はもどって先生に報告した。
 先生、「おれは前からこいつをくさいとにらんでいたのだ」
 
 
 
*からざお式・続けざまに反復連打するやり方。
*ぜんぜんどんなふうにも来ない・内側より開く以外に開けようのない開けかた。
*大悲院・鎮州にあった小院。
*おれは前からこいつを・相手を褒める言葉。
  
柳田聖山訳「臨済録」
 
 
訳注<明るい方からくれば>原文「明頭」と「暗頭」は難解だが、さいごに「どんなふうにも来ないとき」というのに合わせて、副詞に解する。『祖堂集』は、明暗を朝と夜の意とするから解しやすいが、今は四方八方および大空の四つに区別するから、空中そのものは明でも暗でもない。『六祖壇経』の三十六対、および『神会録』に、「明暗は自ら去来するも虚空は本より動静無し、煩悩と菩提もその義また然り」というのが参考となる。
 
 
 
 
  
最後に武田氏の解釈。 
「この言葉は、いつ、どこから、何が現われても、それに対して自由自在に受けとめて対応するという自由な境地を表わす」
 
武田鏡村著『禅のことば 人生を豊かに生きるための120選』
 
 
 
 
かなり分かりやすくまとまられています。
答えはけっこう単純なものだった、なんてことはよくありますが、いやいや、考えれば考えるほど色々な解釈が生まれて来るわけです。
柳田氏によると「どこからも来なかったら」という問いと合わせて副詞と解するとのこと。しかも、その答えは全く関係の無い「明日はお斎があるよ」。。。だって。はぐらかしもいいとこです。
外から何かが来る対処法ではなく、何も来ないときの対処法の方が、かえって難しそうです。
 
 
 
 
 
虚無僧をしていると、この「四打の偈」がずっと頭をよぎるようになりました。本当に外からは色々な人や言葉や出来事がやってくるし、全く何にも無いときもある。本当に虚空に向かって吹いているわけで、虚空との戦いのようになってます。突っ立て一人で戦ってる状態です笑。
 
 
 
  
 
 
普化禅師がますます好きになりました💚
 
 
 
 
 
...
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foucault · 5 years ago
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豊永盛人、琉球張り子。先日の滞在時に撮影。彼の会は来年3月予定。 本年もたくさんのお客さまにご来店いただき、ありがとうございました。加えてまた、多くの方と一緒に仕事をすることができ、楽しい一年でもありました。重ねて御礼申し上げます。 自分のSNSの投稿を見直してみると、この人、なんだかやたらとあっちこっちに行ってるな、暇なのかな、と他人事のように思います。暇ではなかったんだけれども。特に印象深かったことは、 ・『工芸批評』に参加した ・『民藝』誌の編集により深く関与するようになった この二つでしょうか。言葉というものが届く〈射程〉について、より深く考えることができる機会をもらった、という感がします。『工芸批評』展は、一月に当店での巡回展も行います。また『民藝』に関しては、「石獅子」や「土瓶」「中世紀基督教藝術」など、届けたい人に届く構成の特集ができたかな、と些か自負しています。次号からは体裁も変わり、自分の名前も〈中の人〉として載ることとなります。これにあたっては、過去の美しい品、優れた仕事を再掲するだけではなく、「未来に於いてもあり得べき事を示す(日本民藝美術館設立趣意書)」仕事、今の作り手の仕事を取り上げ、支えるといった、民藝協会設立以来の使命を反映した誌面づくりを進めていければ、と考えています。ご笑覧いただき、ご意見いただけますと幸いです。 来年もまた、多くの方のお力をお借りして、一歩ずつでも前に進んでいければと願っています。変わりないご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。来年もみなさまにとって健やかな一年となりますよう。 なお、年初は5日から店を開けます(翌6日は定休日です)。また恒例の凧揚げですが、鈴木召平さんがお怪我で治療中のため、正式には決めておりません。なんとなく、天気が良ければ、4日の13時頃から、舞鶴公園西広場(くじら公園東側・大濠のスターバックスの裏)で行おうかな、と考えています。お近くの方、散歩がてらにでもお気軽に覗いていただければと。晴れるといいな。 (工藝風向) https://www.instagram.com/p/B6urf61F5_c/?igshid=1euq9fs5cshw6
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catonoire · 1 year ago
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「魅惑の朝鮮陶磁 謎解き奥高麗茶碗」展
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根津美術館で「魅惑の朝鮮陶磁 謎解き奥高麗茶碗」展を見る。前者と後者はいちおう別々の企画で、展示室も分かれている。しかし、16〜17世紀当時の茶人たちが憧れた朝鮮陶磁の高麗茶碗を見たあとで、日本で作られた奥高麗茶碗を見る形になるため、シームレスに鑑賞できるし、むしろ双方合わせて見ることで興味深さが増すような構成と言える。
まずは朝鮮陶磁、陶質土器から。この朝鮮半島の作陶技術が5世紀後半にごろ日本にもたらされ、須恵器となった由。展示品は古いもので5世紀とか7世紀、新しいもので12〜13世紀で、これまで国内の博物館などで見た日本の須恵器より洗練度が高いのがさすがである。
次に高麗時代(10~14世紀)に誕生した青磁。上のチラシ画像の右側にあるのがこの時代の青磁で、重要文化財に指定されているだけあって色も形も保存状態も優れている。画像ではよく見えないが、底に近い部分に中国風の文様(ラーメンのどんぶりに描かれていそうなあれ。吉祥文の一種)も入っていた。
青磁の次は粉青(ふんせい)。黒い土の上に白土を重ね、釉薬をかけて焼成したもの。日本の焼きものの三島を想起させる展示品があり、朝鮮陶磁が日本の作陶に与えた影響の大きさを実感する。
次いで白磁。文様のない無垢の壺が朝鮮白磁の代表格なのだそうで、儒教的な清らかさを表しているらしい。しかし中にはせっかく美しい形の瓶なのに稚拙な絵が刻まれたものもあり、清らかさ一辺倒ではなかったようで、微笑ましかった。また、中央の官窯でなく地方の窯で焼かれたものは、おおらかな作風だったようである。
そして高麗茶碗。形による分類名がいろいろあり、知らない名称も多く、勉強になった(記憶も理解もしていないが、少しばかり無知の知を得られた感じ)。日本の茶人、文人、要人が珍重した器も展示されており、茶碗ではないが「此世」と銘のある井戸香炉などは、千利休、古田織部、後水尾天皇、小堀遠州、仙台藩伊達家、大阪の藤田家、と伝来してきたそう。また、日本美術界のヘタウマ画伯として一部で有名かもしれない三代将軍徳川家光の描いた鶴の絵を下絵にして作った茶碗などという代物もあり、ぎくしゃくした鶴の絵に思わずニヤニヤしてしまった。
しかしニヤついていないでここで冷静になって展示を振り返ってみると、ここまでの展示品のほとんどは根津美術館の所蔵品なのである。ほぼほぼ自前でこれだけの企画展ができる美術館畏るべし……
さて、朝鮮陶磁の高麗茶碗を見たあとは、日本の唐津で作られた奥高麗茶碗の展示に入る。初期の作例では茶碗の腰まで釉薬がかけられていたとか、完成期になると日本の茶人の好みに合う仕上がりを狙ってわざと小石を含んだ土を使ってみたり孔をあけてみたりするようになったとか、奥高麗茶碗の変遷がわかりやすく示されていた。個人的には、茶の湯の世界で珍重されるタイプの器はあざとすぎる感じがしてしまうのだが、審美的な好き嫌いは別にして、奥高麗茶碗の存在は日本の焼きものの歴史の小さくない一部分を占めるのだろうと思う。
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陶磁器以外の展示では、「百椿図」がなかなかおもしろかった。さまざまな種類の椿を描いた2巻からなる巻物で、日常生活の道具(といっても身分の高い人が使うような立派なもの)を花器の代わりに描いてそこへ椿の花をあしらう工夫がなされていた。色遣いも椿にふさわしい鮮やかさで美しかった。
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midoring777 · 6 years ago
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-Beautiful Harmony-
今日も新しい星座を描くように   
真っ黒な宇宙の中で五色の星が散り散りに跳ねるようなボックス。ずっしりと重い箱の中に、今年でデビュー25年を迎えるゴスペラーズのデビューから最新曲までのシングルを詰め込んだコレクションが発売された。新譜ばかりのオリジナルアルバムとは趣の違う、五人の足跡を噛みしめるようなコレクションアイテムだ。
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ゴスペラーズと言えば美しいハーモニーと歌唱力でキャリアを積んできた、ベテランボーカルグループ。一番年上の二人は今年で48歳。破顔すると目じりの皺が幸せの数だけ刻まれる、大人の男性が歌声を重ね続けている。
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このテキストを書いているのは、ちょうどデビュー25周年を迎える2019年12月21日0時ごろ。デビュー記念日になった瞬間に、何か彼らについて書いていたいなとパソコンを立ち上げた。今回のシングルコレクションの発売に先駆けたラジオ出演やインタビューでは、普段の新曲プロモーションでは聞くことができないストーリーが拝見・拝聴できて、とても興味深かった。特にシングルコレクションの1枚目のデビューから5年くらいのお話がとても心に残っている。「新曲を出すたびに、これは売れたな!って毎回言ってました」。
デビュー間もない若者らしいなと思う反面、ヒット曲が出なくてもどんどんライブの動員数が増えて、箱が大きくなっていったという話を聞いて、ゴスらしいなぁとじーんとしたりする。今でも、CDで聞くよりライブで聴くほうが胸にグッとくるのが、ゴスペラーズの好きなところだったりする。
ゴスはライブがいい。
DJプラスマイク5本の新しいボーカルスタイル。「永遠に」が出るまでの6年間の試行錯誤が今にも連綿と続いているように思う。「俺たちは売れる」。今はもう、そんなこと口にされるようなことは無いけれど、新曲が出るたびに新しい表現に挑戦して毎回アップデートしていく姿はまさに、坂道を上り続けるクライマーだ。
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2枚目になると、熱帯夜、パスワード、永遠に、告白と続き、ひとりがやってくる。この間わずか2年…。1996年6月の熱帯夜から2001年3月のひとりまで、怒涛のリリースラッシュ。この間にもアカペラ街やアカペラ港などシアトリカルライブを精力的に開催している。おそらくこのころに鶴瓶師匠がゴスペラーズを見つけて、お前らすごいやんけ!とお話を聞きにいってらっしゃるはずだ。ライブを見て感動したともおっしゃっていた気がする。
さらに、3枚目のころ2003年から2008年のツアーはみんな大好き「号泣」、やってきたぜ武道館「G10」、ヒョウ柄も着こなすよ「セルゲイ」、そして「ハモリ倶楽部」。
Dream Girlくらいでファンになったファン歴が浅い私のようなゴスマニが、「観たかった、観たかった…」と血の涙を流すライブが続く。今回のボックスにはなかなか見る機会の少ないというか、ほとんどない、まずない。時代なら4枚目になるが、「ハモリ倶楽部 響」が映像で付与されたのが、本当に素晴らしい。酒井店長の足の長さ…。セルゲイは一部見ることができるけど、「号泣」をブルーレイで見ると肌の質感まで美しい、ゴスがまだ若武者だったころのお侍姿が見られる。
これが、本当に最高。
8800円のうちの4000円はこれにあるといっても過言ではない。
#価格は直しました。リマスターめちゃめちゃ良かったから
特に村上てつやが震えるくらい最高にいい。最近では少し瞳が見えるサングラスをかけてくれることがあるけれど、基本的には全く目が見えないサングラスを身に着けている。号泣ではサングラスごしにばっちり目が見える。笑ったり、遠くを見たり。表情豊かなてっちゃんのかっこよさ。まじかよ。さらにブルーレイでみると、髭のそりのこしまできっちり見える…。
最高かよ…。
夜遊びが大好きなリーダーの若いころのやんちゃを垣間見るようだ。この前のタケテツのライブのときは、がっつりサングラスを外してくれてあんまりの愛らしい瞳に母乳が出た。薄い茶色のサングラスは…夏の透ける水着のような…春風の贈り物のパンチラのような…全裸がエロいわけではないという趣がある。噂に聞く鎖骨酒がこのあたりに敢行されているんだろうと思うと、詩歌ができる。
このころのヤス君は天使なので、心の汚い私には見えてない。カメラに抜かれていると、汗だくの色っぽい顔をしているが、私には見えてない。明るい茶色の髪の毛が青い光に照らされて、額に張り付く髪の毛を軽いヘドバンで払うところは見えていない。ソロライブんときに見る、ちょっとロックテイストのステップも見えてない。今よりずいぶん少ないホクロの肌は全く見えてない。ヤス君は基本的に見えていない。辛い。見えてない。可愛い。
来世は見たい。徳を積まねばならぬ。
そういえば、北山さんがゴスは布教するネタがYouTubeとかに少ないと憤るファンのツイートをRTされていたが、このころのPVやちょっとだけ無鉄砲な5人の発言が見られると面白いなーとも思う。一度でいいから、朗らかで野放図なゴスペラーズの下ネタとか聞いてみたい。野卑ペラーズ聞いてみたいな。
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閑話休題。
4枚目はゴスがどんな曲を歌っても、ゴスペラーズはゴスペラーズだと、看板がはっきりしてきた曲が多い。「1.2.3.for5」や「冬響」など、ハーモニーもチャレンジングな曲へのアプローチもどっしりとしている。このころ、ちょうど悲しいことがあった。
2011年5月「NEVER STOP」、2011年9月「BRIDGE」。例え立ち止まったとしても、明るく一歩目を踏み出す歌と、心と心に橋をかける未来を思う歌。マイルストーン的な雰囲気を感じてしまう。
2011年3月11日に発生した東日本大震災。そのあとの歌に強さを感じられるのが、歌の力を信じているグループなんだな思う。今年は災害が多かった。ある意味今年の全国ツアーは坂を登るだけでなく、橋を架けるツアーにもなりそうだ。くまなく全国を回り、てっちゃんのことだから、きっとライブ前に災害のことも名産のことも調べて温かな言葉ととぼけた表情を見せてくれるんだろうなと思うだけで頬が緩む。
5枚目ともなると、昨日のことのようだが、この辺りに北山さんが倒れている。よーちゃんの居ないゴスペラーズは、今はもう過去の事だけれど、本当に元気になってよかった。インスタライブのテニスを見るたびに、「元気、元気。最高、よーちゃんが元気最高だな」とよーちゃんがフレームアウトしてパカンパカン音が鳴るのを聞いているだけで、幸せな気分になる。
そして最新曲「VOXers」。天才酒井雄二の作ったアカペラの新しい地平を見せてくれる曲は、これをきっかけに新しいファンが増えていたりする。私は酒井さんのVOXers解説インスタライブをリアルタイムで拝見して、なんて福利厚生がしっかりしたプロモーションだろうな!と感動した。元気になるやん��。日曜日に新しい曲のカッコいい理由とか本人の口から聴けるとか最高でしょ。そらギガボディするって話やで。
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こうやって聞いてみると、25年で相当ゴスペラーズはいろんなことに挑戦し続けている。日本語のアカペラやブラックミュージック、ボーカルグループの道を切り開くという背中を見続けているってことは、ファンはその最先端を見ていることになる。
息を吸って吐くように
安岡優がシングルコレクションの盤面台に寄せた自分の詩の一説だ。そのあとにはこう続く
歌を歌えたらなら
君もいつかこの舟に乗り
あの日の僕のように
25周年を記念したツアーがまさに今日からはじまる。息を吸って吐くように、歌い続けてきた五人の侍が新しい航海をスタートした。いつか舟に乗って、一緒に旅路を歩むならきっとそれは「今日」だろう。
25周年おめでとうございます。
今日も新しい星座を描く姿を応援しています。
まずは、どこかで。
新しい船出を何処かの港で見送りに行こう。
ゴスペラーズ坂ツアー2019~2020“G25”いよいよ、開幕。
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hi-majine · 6 years ago
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お玉牛
「さあ、おるいや、奥のわしらの寝間で寝さしておあげ申せ。わしらは、いろりのそばで寝るよってに……」  と、奥のひと間へふたりを寝さしまして、夫婦は、いろりのそばで横になりました……すると、夜なかに、娘さん、くらがりでうろうろしております。 「これ、娘さん、枕がわりがして寝られんかえ? それとも便所《ちようず》へいくのかえ?」 「いいえ、いま、わたいが便所へいって気がつきますると、父上さまが冷《つ》めとう、堅《かと》うなっておられました」 「え? 冷めとうなって? そら、えらい騒動やがな。これ、与平次はん、与平次はん」 「うんうん、むにゃむにゃ……」 「むにゃむにゃやないで、旅のお武家が冷めとう、堅うなってはるのやと」 「えっ! そら、えらいことやがな。これ、なんで火を消したんや?」 「おまえが、ふとんを蹴ったよって、火が消えたんやがな」 「火打ち石を持っといで。これやさかい、村かたでは、旅の者を泊めるなというんや。そやのに、おまえが泊めるというたで、こんなまちがいができた……それそれ、このろうそくに火をつけて……このろうそくは、またなんと火のつかぬ……」 「なんの、そりゃごぼうじゃもの、火がつきますかいな。このあんどんに火をいれなはれ」 「ああそうじゃった……うん、よしよし、これであかるうなった。これ、お武家はん、もし……ほんに冷めとうなっている。水を持ってこい、水を……うん、ゴクリ、ゴクリ……うん、これなら大丈夫や」 「おまえが飲んでどうするねん?」 「あわてないなあ」 「おまえがあわててるのやが、早よう水をかけたげなはれ」 「よっしゃ……なんという名前やったなあ?」 「はい、松本丹下でござります」 「ちがいない。丹下さんえなあ……おるい、おまえも呼んだげなはれ」 「旅のお武家はんえなあ。これ、娘さん、あんたも呼んだげなはれ」 「お父上さまえのう!」 「丹下さんえなあ!」 「旅のお武家はんえなあ!」 「お父上さまえのう!」 「おととさまえのう!」 「おまえが、おととさまということがあるかいな」  呼べどさけべど、もうこの世の人ではござりません。なんし田舎のことで、すぐにお医者をむかえることもならず、いたしかたがございませぬので、このことを、お庄屋にはなしをしますと、つねから正直な男でござりますので、お庄屋も、悪気でしたことやないと、ひそかに野辺の送りをいたしまして、一方はすみましたが、あとにのこった娘はん、『あんた、どうなはる?』と、たずねますと、娘は、与平次夫婦の親切に心を打たれておりますから、『身よりのない者ゆえ、よろしゅうおねがい申します』というので、それでは、おるいの妹で、生まれおちるとすぐに大阪へあずけてあったのが、帰ってきたということにして、名もお玉といたしました。  村へとどけましたところが、なんし堀越村のような草深���ところへ、こんなきれいな女がきましたので、まるで、はきだめに鶴がおりたようなもの、若い者があつまりますと、お玉のうわさで持ちきっております。 「おい、半鐘のちゃん吉、蛙ふんだか久太郎、池の端の亀吉、そんなら宗助、みんなここへおいで。どや? 与平次とこのお玉」 「べっぴんやないか。べっぴん……」 「おい、つばきはねるがな……あれ、おるいの妹やといなあ」 「おるい、あんなおもろい顔しているのに、お玉は、べっぴんやなあ」 「あのお玉が帰ってから、与平次のうちは、えらい人気やなあ」 「おい、この村ばっかしやない。上村《かみむら》からも下村《しもむら》からも肩いれにきよるねん」 「そうやがな。くるやつは、みな、みやげを持てきよる。大根を持てくる。人参を持てくる。ごぼうを持てくる」 「大豆を持てくる、麦持てくる、与平次の家、もらいものでつかえたある」 「寝床《ねま》しくところものうて、立ったまま寝ていよる」 「まるで馬やな」 「しかし、あないぎょうさん肩いれにいくが、よその村の者にお玉をとられたら、この村の恥や。なんと、この村で、お玉を、うん、といわす者はないか?」 「みわたしたところ、そらないらしい」 「そらない」 「ずっとない」 「こらっ、あごたの軽平」 「なんや?」 「われ、あごた(あご)がかるいとおもうて、しゃべんない。ここに半鐘のちゃん吉さんがいるぞ」 「ふん、そんなら、なにか、ちゃん吉、われ、お玉にものでもいうてもろうたんか?」 「ものくらいいうてもろうて、こんな騒動がおこるかい」 「ふん、そんなら手でもさわったのか?」 「手をさわったくらいで、こんなまちがいができるかい」 「そんなら、どうしたんや?」 「それが聞きたかったら、もうすこし前へよれ」 「いったい、どうしたんや?」 「おい、みんな聞いてくれよ。このあいだ、��れが畑で仕事をしていると、堤の上をお玉が通りよるので、『おい、玉ちゃん、玉ちゃん』と、よぶと、ふっと、こっちをみよって、『だれかとおもったら、半鐘のちゃん吉さんやおへんか』と、いいよるので、『玉ちゃん、どこへいくのや?』と、聞いたら、『あの、兄さんや姉さんの八つ茶のぶぶを持っていきまんのえ』『まだ時刻が早い。ちょっと一服していきなあ』と、いうたら、『そんなら一服さしてもらお』と、堤をおりてくるんや」 「ふん、ふん」 「けえへんもんやばっかりおもてたやろ。そばにあったむしろをしいて、その上へおれのぼっこ(ぼろぎれをつづってつくった着物)をしいて、その上へお玉を坐らして、三尺さがって土下座《どげざ》したんや」 「そんなことしいないなあ」 「お玉が、『ああ、のどがかわいた』と、いうて、持っていた土瓶の湯を茶わんについで、半分飲んですてようとするさかい、『のこりは、おれに飲ませてもらお』と、飲みのこりの湯を飲ませてもろうたとき、おれ、うれしくて、ぞくぞくとしたら、小便もらした」 「あほやなあ、こいつ」 「『玉ちゃん、大阪から、こんな草深いところへきたら、さぞかしさびしいやろうなあ?』と、聞いたら、『いいえ、村の若いかたが、みんなで大事にしてくれはるので、わたしはよろこんでいます』と、まあ、こううれしいことをいうとったぞ」 「うん、うん」 「そこでなあ、おれがまたいうてやった。『しかしなあ、玉ちゃん、あんた、大阪に好きな人があるねんやろなあ』と、いうたると、『なんの、わたしにそんな人がおますかいな』『ああそうか。そんなら、毎晩若い衆がぎょうさん肩いれにいってるが、なかに好きな男があるならいうてや』というたら、『そら、わたしやとて、木竹やなし、女やもん、好きな人のひとりや半ぶんはないことはないが、とかく浮き世はままならぬもので、なるはいやなり、おもうはならず、つい辛気《しんき》(くらい気持ち)で暮らしていますがな』と、こういうんやで……ええ、おい!」 「おい、無茶をしないな、おれのあたまをなぐってからに痛いがな……それからどうしたんや?」 「『おい、玉ちゃん、そんな人があるならいうてんかいな。おれがちょうちん持ちぐらいはさしてもらうで、だれや?』と、いうたら……おい! こらっ!」 「痛い! なんでそういちいち人のあたまをなぐるんや? だれぞ受付けかわってんか?」 「それでな、『ほんまに好きなのはだれや?』と、いうたら、『わたしの好きなおかたは、つい目のさきに……』と、こないにいうので、そこらをみたが、だれもおらへんやろ? まさかおれかともいわれへんので、『この鍬《くわ》か?』と、聞いたら、『ちがいます』『このかかしか?』『ちがいます』『この肥桶《こえたご》か?』『ちがいます』……」 「またむさい(きたない)ものを聞いたんやな……で、どないした?」 「『なにほど、わたしのような者でも、鍬やかかしや肥桶に惚れてどうしまんのやいなあ。わたしの好きなかたというのは、半鐘のちゃん吉さん、あんたでおますがなあ』……うわあ!」 「おい、痛い、痛い! なにをすんねん。ひとの顔をかいて痛いがな」 「『好きなかたというのは、半鐘のちゃん吉さん、あんたでおますがなあ』……うわあ! ……あれ? だれもかけんがな……いやおれ、どこむいてる?」 「夢中で目もみえへんのか? ……ふ―ん、お玉が、『半鐘のちゃん吉さん、あんたでおます』と、いうたんか?」 「さあ、いうたらええが、おれではとてもあかん」 「なんや、あかんのか? さんざん人の顔をかきやがって……」  みな、若い者がやかましゅういうていますところへ、むこうから、鎌を一丁持って踊ってきよるやつがおます。 「ちょいとちょいと、こらこら、えらいやっちゃ、どっこいさの、ちょいちょい、うれしゅうてたまらん。お玉の色男はおれじゃぞ。どっこい、どっこい、こらこら……」 「おい、また、あんなやつがひとりふえたで。おい、あばばの茂平とちがうか?」 「そうや、みなあつまって、お玉のうわさをしてるのとちがうか?」 「そうや、いま、お玉ののろけをいわれて、おまけに顔をかきみしられよったとこや」 「おい、すまんが、お玉のことならいわんといてや。ここに、あばばの茂平はんという色男がいるねんさかい」 「え? 茂平、どうした?」 「どうのこうのてな、みな、もっと前へよって聞いてくれ」 「なんや、また顔をかきみしられるのとちがうか? やあ、あぶないがな。鎌持ってよる。それでかきみしられたらたまらんわ」 「なに、大丈夫だ。ここへ置くよってに……いま、おれが土橋の下で大根を洗うていたら、お玉が通りよったんや。『おい、玉ちゃん、どこへいくねん?』と、たずねたら、『だれかとおもうたら、あばばの茂平はんやおへんか』『おい、玉ちゃん、このあいだから手紙をやってるのに返事もないが、いったいどうしてくれるねん? いまここで逢うたが百年目、さあ、うんといえばよし、いやといえば、この鎌が、どてっ腹へお見舞い申すぞ。いやか、うんか? うんか鎌か? うん鎌かと、いうてやったら、お玉のやつなあ、『あばばの茂平はん……そんな……手荒いことせいでも……あんたのことなら……とうからうんでおますがな』と、いうてな、おれの顔を尻目にじいーとみてな、にたっと笑いよったんや……うわあ!」 「痛い! また、あたまをなぐられた」 「『うんならえい。ちょっとはなしがあるさかい、むこうの辻堂まできてくれ』と、いうたら、お玉が、『昼、こんなところで、ふたりがはなしをしてるところを、村の若いおかたにみつけられたら、また、おかしいうわさが立つといかんさかい、今晩、夜なかの鐘を合図《あいず》に、裏からしのんできとくなはれ。切り戸をあけて待ってます』と、お玉がいうた……うわあ!」 「痛い! また、顔をかきみしりよった」 「今晩、おれは……お玉のところへ……しのんでまいります……わあ、えらいやっちゃ、こらこら……どっこいさの……ちょいと……」 「おい、茂平、えらいことをやりよったで、おい、茂平、前祝いに一ぱいおごれ」 「よっしゃ、みんな一ぱい飲んで、やーとこせ、よーいやなあ……」  と、若い者は、にぎやかにさわいでおりますが、すまんのはお玉さん、泣いてうちへ帰ってまいりました。 「うわあ……兄さん、姉さん、どないしよう?」 「おー、いややの、どうしたんや? ちょっとでると泣いて帰ってからに……」 「あのな、いま、わたしが土橋のところを通ったら、横からあばばの茂平はんがでてきて、わたしをつかまえて、『このあいだから手紙をやってるのに返事もないが、いったいどうしてくれるねん? ここで逢うたが百年目、さあ、うんといえばよし、いやというなら、この鎌が、どてっ腹へお見舞い申す』と、鎌をふりあげて、『いやか、うんか?』と、手づめになったので、わたしもあんまりこわいので、『うんや』と、いうたら、『そんなら、はなしがあるよってに、むこうの辻堂まできてくれ』と、いうてひっぱるので、『昼、こんなところで、ふたりではなしをしているところを、村の若いかたにみつけられて、妙なうわさが立つといかんで、今晩、夜なかの鐘を合図に、裏からしのんできとくなはれ。切り戸をあけて待っています』と、その場のがれに逃げて帰りました。どないしまひょう?」 「まあ、えらいことになってきた。これ、与平次はん、与平次はん」 「なんや?」 「なんややないし、えらいことやがな」 「いや、のこらず聞いた。よういうた」 「まあ、そんな大きな声をだして……」 「よし、こうせい……今晩、おれの部屋にお玉を寝させ、お玉の部屋へは、このあいだ上《かみ》村の吉兵衛さんの持ってきた牛を寝かせ」 「これ、与平次はん、あんな荒い牛やさかい、もし、茂平が牛に突かれて死んだら騒動やがな」 「だんない(かまわない)。夜なかに、他人のうちへしのんでくるやつや。まして、村でいやがられてよるやつじゃ。死んだら、みなの者がたすかる。おれにまかしとけ」  日が暮れますと、牛小屋から牛をお玉の部屋へひきだしまして、 「それ」 「モー、モー」 「それ、それ」 「モー、モー、モー」  牛をふとんの上へ寝さしますと、いつもの小便くさい藁のなかより気持ちがいいので、牛はべたべたと寝よった。 「こら、われをこんなとこへ寝さすのんやないが、今晩、茂平がうせたら、われの角で突いてやれよ」 「ショウチシタ、モー」  牛が、そんなことは申しませんが、上から大ぶとんを着せて、火を消してしまいました。  そんなことはちょっとも知らんあばばの茂平、世界中の色男はおれやといわぬばかりに、そっと切り戸のところへしのんでまいりました。 「おお寒む、切り戸があいてるかしらん? ……やあ、あいてる。やっぱり玉公、おれのことをおもうてよったんやで。お玉の部屋は、台所のつぎの間、ここからしのんで、おお、そうじゃ」  あほが、くらやみで、ひとり気取《ようす》して芝居しております。 「ああ、くら……あっ、痛い、戸がしめたあるな。えらい音がする。よし、小便かけたろ……うん、戸があいたぜ。まっくらやなあ、おい、玉ちゃん、おれや、おれや……わあ、えらいいびきやなあ。どこや? ……えーと、このへんやな。うわあ、えらい大きいからだやなあ、いつもほそいのに……ははん、わかった。寝ぶとりというのやな。あれだけのきりょうをしてて、年ごろで嫁いりもせず、養子ももらわんのは、こういう病気があるさかいやな。だんない。おれさえ辛抱《しんぼう》をしたらええんや。さあ、ふとんをぬぎ、よっしょと、なんや? まだ毛布を着てんのか? これもぬぎ、えらい堅う巻いてるなあ……ともかくもはなしがある。どっちがあたまや? ……なるほど、このへんやな……さすが大阪という繁華な街で育ったさかい、寝るときは、下げ髪やな、長い毛やな……これっ、下げ髪でおれのあたまたたきよって、てんごしないなあ。だまっていんと、なんとかいいんか? これ、玉ちゃん、びんつけをぎょうさんつけて、ええにおい……いや、こりゃ臭《く》さ、こら、おれがわるい。畑で仕事をしてたさかい、けったいなにおいがうつってんのやろ……このへんとちがうか? なるほど、ここや。かんざしをさしてるな。ふといかんざしやなあ。これは、ふとくてりっぱなかんざしやな。おれのつまったとき(金のないとき)のやりくりに貸してや。なあ、玉ちゃん、だまっていんと、なんとかいうてんか? これ、玉ちゃん」  牛の角を持ってふりまわしたから、牛もいままで辛抱してたが、気持ちがわるうてたまりません。むくむくとおきあがって、 「モー」 「うわあい」  茂平さん、鳴き声におどろいて逃げだしました。 「おい、みなあつまっているか?」 「なんや、茂平やないか? どうしたんや?」 「お玉のところへ行てきた」 「えらい……それで、お玉をうんといわしてきたか?」 「いや、モーといわした」
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xf-2 · 6 years ago
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最初の特攻を命じたことによって、「特攻の産み親」と呼ばれることになった大西瀧治郎中将は、天皇が玉音放送を通じて国民に戦争終結を告げたのを見届けて、翌16日未明、渋谷南平台の官舎で割腹して果てた。
特攻作戦を採用した責任者といえる将官たち、前線で「おまえたちだけを死なせはしない」と言いながら特攻を命じた指揮官たちの中で、このような責任のとり方をした者は他に一人もいない。
そして、ひとり残された妻・淑恵さんも、戦後、病を得て息を引き取るまで33年間、清廉かつ壮絶な後半生を送っていた。
最初の慰霊法要に駆け込み、土下座した貴婦人
終戦の翌年、昭和21(1946)年3月のある日、全国の有力新聞に、
〈十三期飛行専修予備学生出身者は連絡されたし。連絡先東京都世田谷区・大山日出男〉 との広告が掲載された。
空襲で、東京、大阪、名古屋はもちろん、全国の主要都市は灰燼に帰し、見わたす限りの廃墟が広がっている。
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は昭和21年1月、「公職追放令」を出し、旧陸海軍の正規将校がいっさいの公職に就くことを禁止した。日本の元軍人が集会を開くことさえ禁じられ、戦犯の詮議も続いている。広告を見て、「戦犯さがし」かと疑う者も少なからずいたが、呼びかけ人の大山のもとへは全国から続々と連絡が寄せられた。
戦争が終わってこの方、掌を返したような世の中の変化で、生き残った航空隊員には「特攻くずれ」などという侮蔑的な言葉が投げかけられ、戦没者を犬死に呼ばわりする風潮さえもはびこっている。そんななか、大勢の戦友を亡くして生き残った者たちは、戦没者に対し、
「生き残ってすまない」
という贖罪の気持ちをみんなが抱いている。それは、はじめから陸海軍を志した、いわばプロの軍人も、戦争後期に学窓から身を投じた予備士官も、なんら変わるところがない率直な感情だった。
「十三期飛行専修予備学生」は、大学、高等学校高等科、専門学校(旧制)を卒業、または卒業見込の者のうち、10万名を超える志願者のなかから選抜された5199名が、昭和18(1943)年10月、土浦、三重の両海軍航空隊に分かれて入隊、特攻戦死者448名をふくむ1616名が戦没している。呼びかけに応じて集まった予備学生十三期出身者たちの意思は、
「多くの戦没者同期生の慰霊こそ、生き残った者の務めである」
ということで一致した。そして、同期生たちが奔走し、GHQ、警察、復員局の了承をとりつけて、ふたたび10月30日の新聞に、
〈十一月九日、第十三期飛行専修予備学生戦没者慰霊法要を東京築地本願寺にて行ふ〉
と広告を出し、さらにNHKに勤務していた同期生の計らいで、ラジオでも案内放送が流れた。
昭和21年11月9日、国電(現JR)有楽町駅から築地まで、焼跡の晴海通りを、くたびれた将校マントや飛行靴姿の青年たち、粗末ななりに身をやつした遺族たちが三々五々、集まってきた。築地本願寺の周囲も焼け野原で、モダンな廟堂の壁も焦げている。寺の周囲には、機関銃を構えたMPを乗せたジープが停まって、監視の目を光らせている。焼跡のなかでその一角だけが、ものものしい雰囲気に包まれていた。
広い本堂は、遺族、同期生で埋め尽くされた。悲しみに打ち沈む遺族の姿に、同期生たちの「申し訳ない」思いがさらにつのる。読経が終わると、一同、溢れる涙にむせびながら、腹の底から絞り出すように声を張り上げ、「同期の桜」を歌った。
歌が終わる頃、一人の小柄な婦人が本堂に駆け込んできた。「特攻の父」とも称される大西瀧治郎中将の妻・淑惠である。
大西中将は昭和19(1944)年10月、第一航空艦隊司令長官として着任したフィリピンで最初の特攻出撃を命じ、昭和20(1945)年5月、軍令部次長に転じたのちは最後まで徹底抗戦を呼号、戦争終結を告げる天皇の玉音放送が流れた翌8月16日未明、渋谷南平台の官舎で割腹して果てた。特攻で死なせた部下たちのことを思い、なるべく長く苦しんで死ぬようにと介錯を断っての最期だった。遺書には、特攻隊を指揮し、戦争継続を主張していた人物とは思えない冷静な筆致で、軽挙を戒め、若い世代に後事を託し、世界平和を願う言葉が書かれていた。
昭和19年10月20日、特攻隊編成の日。マバラカット基地のそば、バンバン川の河原にて、敷島隊、大和隊の別杯。手前の後ろ姿が大西中将。向かって左から、門司副官、二〇一空副長・玉井中佐(いずれも後ろ姿)、関大尉、中野一飛曹、山下一飛曹、谷一飛曹、塩田一飛曹
昭和19年10月25日、マバラカット東飛行場で、敷島隊の最後の発進
淑惠は、司会者に、少し時間をいただきたいと断って、参列者の前に進み出ると、
「主人がご遺族のご子息ならびに皆さんを戦争に導いたのであります。お詫びの言葉もございません。誠に申し訳ありません」
土下座して謝罪した。淑惠の目には涙が溢れ、それが頬をつたってしたたり落ちていた。
突然のことに、一瞬、誰も声を発する者はいなかった。
われに返った十三期生の誰かが、
「大西中将個人の責任ではありません。国を救わんがための特攻隊であったと存じます」
と声を上げた。
「そうだそうだ!」
同調する声があちこちに��がった。十三期生に体を支えられ、淑惠はようやく立ち上がると、ふかぶかと一礼して、本堂をあとにした。これが、大西淑惠の、生涯にわたる慰霊行脚の第一歩だった。
生活のために行商を。路上で行き倒れたことも
同じ年の10月25日。港区芝公園内の安蓮社という寺には、かつて第一航空艦隊(一航艦)、第二航空艦隊(二航艦)司令部に勤務していた者たち10数名が、GHQの目をぬすんでひっそりと集まっていた。
関行男大尉を指揮官とする敷島隊をはじめとする特攻隊が、レイテ沖の敵艦船への突入に最初に成功したのが、2年前の昭和19年10月25日。三回忌のこの日に合わせて、一航艦、二航艦、合計2525名の戦没特攻隊員たちの慰霊法要をやろうと言い出したのは、元一航艦先任参謀・猪口力平大佐だった。安蓮社は、増上寺の歴代大僧正の墓を守る浄土宗の由緒ある寺で、住職が猪口と旧知の間柄であったという。
神風特攻隊敷島隊指揮官・関行男大尉。昭和19年10月25日、突入、戦死。最初に編成された特攻隊4隊(敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊)全体の指揮官でもあった。当時23歳
昭和19年10月25日、特攻機が命中し、爆炎を上げる米護衛空母「セント・ロー」
寺は空襲で焼け、バラックの一般家屋のような仮本堂であったが、住職は猪口の頼みに快く応じ、特攻隊戦没者の供養を末永く続けることを約束した。この慰霊法要は「神風忌」と名づけられ、以後、毎年この日に営まれることになる。
遺された「神風忌参会者名簿」(全六冊)を見ると、大西淑惠はもとより、及川古志郎大将、戸塚道太郎中将、福留繁中将、寺岡謹平中将、山本栄大佐、猪口力平大佐、中島正中佐……といった、特攻を「命じた側」の主要人物の名前が、それぞれの寿命が尽きる直前まで並んでいる。
生き残った者たちの多くは、それぞれに戦没者への心の負い目を感じつつ、慰霊の気持ちを忘れないことが自分たちの責務であると思い、体力や生命の続く限り、こういった集いに参加し続けたのだ(ただし、軍令部で特攻作戦を裁可した事実上の責任者である中澤佑中将、黒島亀人少将は、一度も列席の形跡がない)。
東京・芝の寺で戦後60年間、営まれた、特攻戦没者を供養する「神風忌」慰霊法要の参会者名簿。当時の将官、参謀クラスの関係者が名を連ねるなか、淑惠は、亡くなる前年の昭和51年まで欠かさず列席していた
十三期予備学生の戦没者慰霊法要で土下座をした大西淑惠は、その後も慰霊の旅を続けた。特攻隊員への贖罪に、夫の後を追い、一度は短刀で胸を突いて死のうとしたが、死ねなかった。ずっとのち、淑惠は、かつて特攻作戦渦中の第一航空艦隊で大西中将の副官を勤めた門司親徳(主計少佐。戦後、丸三証券社長)に、
「死ぬのが怖いんじゃないのよ。それなのに腕がふにゃふにゃになっちゃうの。それで、やっぱり死んじゃいけないってことかと思って、死ぬのをやめたの」
と語っている。
大西瀧治郎中将(右)と、副官・門司親徳主計大尉(当時)。昭和20年5月13日、大西の軍令部次長への転出を控えて撮影された1枚
暮らしは楽ではない。夫・大西瀧治郎はおよそ金銭に執着しない人で、入るにしたがって散じた。門司は、フィリピン、台湾での副官時代、大西の預金通帳を預かり、俸給を管理していたから、大西が金に無頓着なのはよく知っている。淑惠もまた、金銭には無頓着なほうで、もとより蓄えなどない。
家も家財も空襲で焼失し、GHQの命令で軍人恩給は停止され、遺族に与えられる扶助料も打ち切られた。
昭和3年2月、華燭の典を挙げた大西瀧治郎(当時少佐)と淑惠夫人
自宅でくつろぐ大西瀧治郎、淑惠夫妻。大西が中将に進級後の昭和18年5月以降の撮影と思われる
焼け残った千葉県市川の実家に戻って、淑惠は生きるために商売を始めた。最初に手がけたのは薬瓶の販売である。伝手を求めて会社を訪ね、それを問屋につなぐ。次に、飴の行商。元海軍中将夫人としては、全く慣れない別世界の生活だった。
昭和22(1947)年8月上旬のある日、薬瓶問屋を訪ねる途中、国電日暮里駅東口前の路上で行き倒れたこともある。このとき、たまたま日暮里駅前派出所で立ち番をしていた荒川警察署の日下部淳巡査は、知らせを受けてただちに淑惠を派出所内に運び、近くの深井戸の冷水で応急手当をした。
「質素な身なりだったが、その態度から、終戦まで相当な身分の人と思った」
と、日下部巡査はのちに語っている。柔道六段の偉丈夫だった日下部は、元海軍整備兵曹で、小笠原諸島にあった父島海軍航空隊から復員してきた。後日、淑惠が署長宛に出した礼状がもとで、日下部は警視総監から表彰を受けた。だが、その婦人が誰であるか知らないまま8年が過ぎた。
昭和30(1955)年、日下部は、元零戦搭乗員・坂井三郎が著した『坂井三郎空戦記録』(日本出版協同)を読んで坂井の勤務先を知り、両国駅前の株式会社香文社という謄写版印刷の会社を訪ねた。日下部は、昭和19(1944)年6月、敵機動部隊が硫黄島に来襲したとき、父島から硫黄島に派遣され、そこで横須賀海軍航空隊の一員として戦っていた坂井と知り合ったのだ。
香文社を訪ねた日下部は、そこに、あの行き倒れの婦人がいるのに驚いた。そして、この婦人が、大西中将夫人であることをはじめて知った。日下部は淑惠に心服し、こののちずっと、淑惠が生涯を閉じるまで、その身辺に気を配ることになる。
淑惠が、坂井三郎の会社にいたのにはわけがある。
淑惠の姉・松見久栄は、海軍の造船大佐・笹井賢二に嫁ぎ、女子2人、男子1人の子をもうけた。その男の子、つまり大西夫妻の甥にあたる笹井醇一が、海軍兵学校に六十七期生として入校し、のちに戦闘機搭乗員となった。
笹井醇一中尉は昭和17(1942)年8月26日、ガダルカナル島上空の空戦で戦死するが、戦死するまでの数ヵ月の活躍にはめざましいものがあった。ラバウルにいたことのある海軍士官で、笹井中尉の名を知らぬ者はまずいない。
その笹井中尉が分隊長を務めた台南海軍航空隊の、下士官兵搭乗員の総元締である先任搭乗員が坂井三郎だった。笹井の部下だった搭乗員はそのほとんどが戦死し、笹井の活躍については、坂井がいわば唯一の語り部となっている。
坂井は、海軍航空の草分けで、育ての親ともいえる大西瀧治郎を信奉していたし、
「敬愛する笹井中尉の叔母ということもあり、淑惠さんを支援することは自分の義務だと思った」
と、筆者に語っている。
坂井は淑惠に、両国で戦後間もなく始めた謄写版印刷店の経営に参加してくれるよう頼み、淑惠は、実家の了解を得て、夫の位牌を持ち、坂井の印刷店のバラックの片隅にある三畳の部屋に移った。日暮里で行き倒れた数年後のことである。
だが、坂井には、別の思惑もある。淑惠が経営に関わることで、有力な支援者を得ることができると考えたのだ。坂井の謄写版印刷の店は、福留繁、寺岡謹平という、大西中将の2人の同期生(ともに海軍中将)ほかが発起人となり、笹川良一(元衆議院議員、国粋大衆党総裁。A級戦犯容疑で収監されたが不起訴。のち日本船舶振興会会長)が発起人代表となって株式会社に発展した。
出資金は全額、坂井が出し、名目上の代表取締役社長を淑惠が務めることになった。会社が軌道に乗るまでは、笹川良一や大西に縁のある旧海軍軍人たちが、積極的に注文を出してくれた。淑惠は、香文社の格好の広告塔になったと言ってよい。
「裏社会のフィクサー」の大西に対する敬意
淑惠には、ささやかな願いがあった。大西の墓を東京近郊に建て、その墓と並べて、特攻隊戦没者を供養する観音像を建立するというものである。
苦しい生活のなかから細々と貯金し、昭和26(1951)年の七回忌に間に合わせようとしたが、それは到底叶わぬことだった。だが、この頃から慰霊祭に集う人たちの間で、淑惠の願いに協力を申し出る者が現れるようになった。
大西中将は、まぎれもなく特攻を命じた指揮官だが、不思議なほど命じられた部下から恨みを買っていない。フィリピンで、大西中将の一航艦に続いて、福留繁中将率いる二航艦からも特攻を出すことになり、大西、福留両中将が一緒に特攻隊員を見送ったことがあった。このときの特攻隊の一員で生還した角田和男(当時少尉)は、
「大西中将と福留中将では、握手のときの手の握り方が全然違った。大西中将はじっと目を見て、頼んだぞ、と。福留中将は、握手しても隊員と目も合わさないんですから」
と述懐する。大西は、自身も死ぬ気で命じていることが部下に伝わってきたし、終戦時、特攻隊員の後を追って自刃したことで、単なる命令者ではなく、ともに死ぬことを決意した戦友、いわば「特攻戦死者代表」のような立場になっている。淑惠についても、かつての特攻隊員たちは、「特攻隊の遺族代表」として遇した。
「大西長官は特攻隊員の一人であり、奥さんは特攻隊員の遺族の一人ですよ」
というのが、彼らの多くに共通した認識だった。
そんな旧部下たちからの協力も得て、昭和27(1952)年9月の彼岸、横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺に、小さいながらも大西の墓と「海鷲観音」と名づけられた観音像が完成し、法要と開眼供養が営まれた。
昭和27年9月、鶴見の總持寺に、最初に淑惠が建てた大西瀧治郎の墓。左は特攻戦没者を供養する「海鷲観音」
その後、昭和38(1963)年には寺岡謹平中将の筆になる「大西瀧治郎君の碑」が墓の左側に親友一同の名で建てられ、これを機に墓石を一回り大きく再建、観音像の台座を高いものにつくり直した。
墓石の正面には、〈従三位勲二等功三級 海軍中将大西瀧治郎之墓〉と刻まれ、側面に小さな字で、〈宏徳院殿信鑑義徹大居士〉と、戒名が彫ってある。再建を機に、その隣に、〈淑徳院殿信鑑妙徹大姉〉と、淑惠の戒名も朱字で入れられた。
この再建にあたって、資金を援助したのが、戦時中、海軍嘱託として中国・上海を拠点に、航空機に必要な物資を調達する「児玉機関」を率いた児玉誉士夫である。児玉は、海軍航空本部総務部長、軍需省航空兵器総局総務局長を歴任した大西と親交が深く、私欲を微塵も感じさせない大西の人柄に心服していた。大西が割腹したとき、最初に官舎に駆けつけたのが児玉である。
昭和20年2月、台湾・台南神社で。左から門司副官、児玉誉士夫、大西中将
児玉は、昭和20(1945)年12月、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに拘置され、「児玉機関」の上海での行状を3年間にわたり詮議されたが、無罪の判定を受けて昭和23(1948)年末、出所していた。
巣鴨を出所したのちも、淑惠に対し必要以上の支援はせず、一歩下がって見守る立場をとっていた。「自分の手で夫の墓を建てる」という、淑惠の願いを尊重したのだ。だから最初に墓を建てたときは、協力者の一人にすぎない立場をとった。
だが、再建の墓は、大西の墓であると同時に淑惠の墓でもある。児玉は、大西夫妻の墓は自分の手で建てたいと、かねがね思っていた。ここで初めて、児玉は表に出て、淑惠に、大西の墓を夫婦の墓として建て直したいが、自分に任せてくれないかと申し出た。
「児玉さんの、大西中将に対する敬意と追慕の念は本物で、見返りを何も求めない、心からの援助でした。これは、『裏社会のフィクサー』と囁かれたり、のちにロッキード事件で政財界を揺るがせた動きとは無縁のものだったと思っています」
と、門司親徳は言う。
鶴見の總持寺、大西瀧治郎墓所の現在。墓石に向かって左側に海鷲観音と墓誌、右側には遺書の碑が建っている
大西瀧治郎の墓石右横に建てられた遺書の碑
墓が再建されて法要が営まれたとき、淑惠が参会者に述べた挨拶を、日下部巡査が録音している。淑惠は謙虚に礼を述べたのち、
「特攻隊のご遺族の気持ちを察し、自分はどう生きるべきかと心を砕いてまいりましたが、結局、散っていった方々の御魂のご冥福を陰ながら祈り続けることしかできませんでした」
と、涙ながらに話した。
「わたし、とくしちゃった」
淑惠は、昭和30年代半ば頃、香文社の経営から身を引き、抽選で当った東中野の公団アパートに住むようになった。3階建ての3階、六畳と四畳半の部屋で、家賃は毎月8000円。当時の淑惠にとっては大きな出費となるので、児玉誉士夫と坂井三郎が共同で部屋を買い取った。ここには長男・多田圭太中尉を特攻隊で失った大西の親友・多田武雄中将夫人のよし子や、ミッドウェー海戦で戦死した山口多聞少将(戦死後中将)夫人のたかなど、海軍兵学校のクラスメートの夫人たちがおしゃべりによく集まった。門司親徳や日下部淳、それに角田和男ら元特攻隊員の誰彼も身の周りの世話によく訪ねてきて、狭いながらも海軍の気軽な社交場の趣があった。
「特攻隊員の遺族の一人」である淑惠には、多くの戦友会や慰霊祭の案内が届く。淑惠は、それらにも体調が許す限り参加し続けた。どれほど心を込めて慰霊し、供養しても、戦没者が還ることはなく、遺族にとって大切な人の命は取り返しがつかない。この一点だけは忘れてはいけない、というのが、淑惠の思いだった。
大西中将は生前、勲二等に叙せられていたが、昭和49(1974)年になって、政府から勲一等旭日大綬章を追叙された。この勲章を受けたとき、淑惠は、
「この勲章は、大西の功績ではなく、大空に散った英霊たちの功績です」
と言い、それを予科練出身者で組織する財団法人「海原会」に寄贈した。大西の勲一等の勲章は、茨城県阿見町の陸上自衛隊武器学校(旧土浦海軍航空隊跡地)内にある「雄翔館」(予科練記念館)におさめられている。
昭和49年、大西瀧治郎を主人公にした映画「あゝ決戦航空隊」が東映で映画化され、淑惠は京都の撮影所に招かれた。大西中将役の鶴田浩二、淑惠役の中村珠緒とともに撮られた1枚
淑惠は、毎年、この地で開催されている予科練戦没者慰霊祭にも、欠かさず参列した。
「こういう会合の席でも、奥さんはいつも自然体で、ことさら変わったことを言うわけではない。しかし短い挨拶には真情がこもっていて、その飾らない人柄が参会者に好感をもたれました。大西中将は『特攻の父』と言われますが、奥さんはいつしか慰霊祭に欠かせない『特攻の母』のようになっていました」
と、門司親徳は振り返る。
昭和50(1975)年8月、淑惠は最初に特攻隊を出した第二〇一海軍航空隊の慰霊の旅に同行し、はじめてフィリピンへ渡った。
小学生が手製の日の丸の小旗を振り、出迎えの地元女性たちが慰霊団一人一人の首にフィリピンの国花・サンパギータ(ジャスミンの一種)の花輪をかける。特攻基地のあったマバラカットの大学に設けられた歓迎会場では、学長自らが指揮をとり、女子学生が歌と踊りを披露する。警察署長が、慰霊団の世話を焼く。
予想以上に手厚いもてなしに一行が戸惑っていたとき、突然、淑惠が壇上に上った。
「マバラカットの皆さま、戦争中はたいへんご迷惑をおかけしました。日本人の一人として、心からお詫びします。――それなのに、今日は、こんなに温かいもてなしを受けて……」
涙ぐみ、途切れながら謝辞を述べると、会場に大きな拍手が起こった。
淑惠は、翌昭和51(1976)年にも慰霊団に加わったが、昭和52(1977)年6月、肝硬変をわずらって九段坂病院に入院した。この年の4月、二〇一空の元特攻隊員たちが靖国神社の夜桜見物に淑惠を誘い、砂利敷きの地面にござを敷いて夜遅くまで痛飲している。
「こんなお花見、生まれて初めて……」
77歳の淑惠は、花冷えのなかで嬉しそうに目を細め、しみじみつぶやいた。
九段坂病院5階の奥にある淑惠の病室には、門司親徳や、かつての特攻隊員たちも見舞いに駆けつけ、人の絶えることがなかった。児玉誉士夫は、自身も病身のため、息子の博隆夫妻に見舞いに行かせた。香文社時代の同僚、遠縁の娘など身近な人たちが、献身的に淑惠の世話をした。日下部淳は、警察の仕事が非番の日には必ず病院を訪れ、ロビーの長椅子に姿勢よく座って、何か起きたらすぐにでも役に立とうという構えだった。
昭和53(1978)年2月6日、門司親徳が午前中、病室に顔を出すと、淑惠は目をつぶって寝ていた。淑惠が目を開けたとき、門司が、
「苦しくないですか?」
とたずねると、小さく首をふった。そして、しばらくたって、淑惠は上を向いたまま、
「わたし、とくしちゃった……」
と、小さくつぶやいた。子供のようなこの一言が、淑惠の最期の言葉となった。淑惠が息を引き取ったのは、門司が仕事のために病室を辞去して数時間後、午後2時24分のことであった。
「『とくしちゃった』という言葉は、夫があらゆる責任をとって自決した、そのため、自分はみんなから赦され、かえって大事にされた。そして何より、生き残りの隊員たちに母親のようになつかれた。子宝に恵まれなかった奥さんにとって、これは��より嬉しかったんじゃないか。これらすべての人に『ありがとう』という代わりに、神田っ子の奥さんらしい言葉で、『とくしちゃった』と言ったに違いないと思います」
――門司の回想である。
淑惠の葬儀は、2月18日、總持寺で執り行われた。先任参謀だった詫間(猪口)力平が、葬儀委員長を務め、数十名の海軍関係者が集まった。納骨のとき、ボロボロと大粒の涙を流すかつての特攻隊員が何人もいたことが、門司の心に焼きついた。
こうして、大西淑惠は生涯を閉じ、その慰霊行脚も終わった。残された旧部下や特攻隊員たちは、淑惠の遺志を継いで、それぞれの寿命が尽きるまで、特攻戦没者の慰霊を続けた。戦後すぐ、芝の寺で一航艦、二航艦の司令部職員を中心に始まった10月25日の「神風忌」の慰霊法要は、元特攻隊員にまで参会者を広げ、平成17(2005)年まで、60年にわたって続けられた。60回で終わったのは、代のかわった寺の住職が、先代の約束を反故にして、永代供養に難色を示したからである。
大西中将の元副官・門司親徳は、「神風忌」の最後を見届け、自身が携わった戦友会の始末をつけて、平成20(2008)年8月16日、老衰のため90歳で亡くなった。昭和と平成、元号は違えど、大西瀧治郎と同じ「20年8月16日」に息を引き取ったのは、情念が寿命をコントロールしたかのような、不思議な符合だった。
大西夫妻の人物像について、門司は生前、次のように述べている。
「大西中将は、血も涙もある、きわめてふつうの人だったと思う。ふつうの人間として、身を震わせながら部下に特攻を命じ、部下に『死』を命じた司令長官として当り前の責任のとり方をした。ずばぬけた勇将だったとも、神様みたいに偉い人だったとも、私は思わない。だけど、ほかの長官と比べるとちょっと違う。人間、そのちょっとのところがなかなか真似できないんですね。ふつうのことを、当り前にできる人というのは案外少ないと思うんです。軍人として長官として、当り前のことが、戦後、生き残ったほかの長官たちにはできなかったんじゃないでしょうか
奥さんの淑惠さんも、無邪気な少女がそのまま大人になったような率直な人柄で、けっして威厳のあるしっかり者といった感じではなかった。でも、人懐っこく庶民的で、人の心をやわらかく掴む、誠実な女性でした。長官は、そんな淑惠さんを信じて後事を託し、淑惠さんは、つましい生活を送りながら、夫の部下たちやご遺族に寄り添って天寿を全うした。
正反対のタイプでしたが、理想的な夫婦だったんじゃないでしょうか。いまの価値観で見ればどう受け止められるかわかりませんが……」
そう、現代の価値観では計り知れないことであろう。責任ある一人の指揮官と、身を捨てて飛び立った若者たち。そして、自決した夫の遺志に殉ずるかのように、最期まで慰霊に尽くし続けた妻――。
「戦争」や「特攻」を現代の目で否定するのは簡単だ。二度と繰り返してはならないことも自明である。しかし、人は自分が生まれる時や場所を選べない。自らの生きた時代を懸命に生きた人たちがいた、ということは、事実として記憶にとどめておきたい。
旧軍人や遺族の多くが世を去り、生存隊員の全員が90歳を超えたいまもなお、全国で慰霊の集いが持たれ、忘れ得ぬ戦友や家族の面影を胸に、命がけで参列する当事者も少なくない。彼らの思いを封じることは誰にもできないはずだから。
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cinemastylenews · 6 years ago
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『閉鎖病棟‐それぞれの朝‐』笑福亭鶴瓶主演!主題歌×予告編×本ポスタービジュアル解禁!!
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珠玉の人間ドラマを生み出してきたの山本周五郎賞受賞作『閉鎖病棟』(新潮文庫刊)が、『愛を乞うひと』『エヴェレスト 神々の山嶺』の平山秀幸監督・脚本により映画化。主演は国民的芸人・笑福亭鶴瓶。死刑囚でありながら、刑の執行が失敗し今は精神科病棟にいる秀丸役を演じ、7kgのダイエットを経て『ディア・ドクター』以来10年ぶりの主演を務めています。また、秀丸と心を通わせる患者・チュウさん役は『そこのみにて光輝く』『新宿スワン』の綾野剛、父親からDVを受け精神科病院に入院する女子高生・由紀役で『渇き。』『恋は雨上がりのように』の小松菜奈が迫真の演技を見せています。 精神科病棟を舞台に、“死にぞこない”が出逢った、心通いあう仲間。その矢先に起きた事件に隠された事実とは―――。生きづらさを抱える人々に贈る「優しさ」が、現代に一石を投じるヒューマンドラマが誕生しました。 ■Kにとって、鶴瓶は日本語教師! 2004年に来日したKは、独学で日本語を猛勉強。日本のお笑いのTV番組を見て、日本語を勉強したということは有名な話だが、その中でも、特に鶴瓶の番組を好んでよく見ていた。鶴瓶が話す、落ち着いたトーンで、はっきりと話す関西弁と、笑いを伴う会話は、Kにとって、最適な日本語の教材となっていましたた。その後、テレビの収録に行った際に、たまたまスタジオで鶴瓶に会ったKは、普通に日本語で挨拶をした後、雑談を繰り広げ意気投合。この出会いをきっかけに、交友が始まりました。2017年、鶴瓶のレギュラーラジオ番組「ヤングタウン日曜日」にゲスト出演した際に生歌を2曲披露したところ、歌のうまさを大絶賛した鶴瓶。今後の自信にもなったKは鶴瓶の素晴らしい人柄に感動し、いつか、鶴瓶さんが出演する作品で歌を歌いたいと思っていた矢先に、本作の主題歌に抜擢され、2年越しで夢が叶ったことになりました。
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■“いち映画スタッフ”として挑んだ「光るソラ蒼く」 韓国・ソウル出身のJ-POPシンガーソングライターであるKは、幼い頃から培われてきたその並外れた歌唱能力を活かし、2005年3月TBSドラマ「H2」の主題歌「over...」で衝撃のデビューを果たしました。同年のフジテレビドラマ「1リットルの涙」の主題歌に起用された「Only Human」は初登場から7週連続10位チャートインを記録、彼のいわば代表作となり、日本中に彼の名が広がる結果となりました。 「『Only Human』を聞いて以来、その優しく、透き通った歌声に注目していました。彼が歌い上げるバラードは包容力を感じさせ、様々な事情を抱えた登場人物が繰り広げるヒューマンドラマのエンドロールを彩るのにふさわしいと思い、オファーしました」と、製作にあたった東映株式会社取締役企画調整部長・村松秀信は起用理由を述べています。Kが映画主題歌を手がけるのは、『7月24日通りのクリスマス』(2006年)『瞬 またたき』(2010年)以来、9年振り、3度目となりますが、今回の主題歌制作にあたり、初めて撮影現場に何度も訪れました。長野県小諸市にある小諸高原病院という、実際の精神科病棟でロケが行われた際は、作品の雰囲気を肌で感じ取ることに加えて、入棟している本物の患者たちの生の声を聞き、曲作りのヒントを模索しました。 また長野県上田市でロケ撮影されたラストシーンを見学した際は、笑福亭鶴瓶演じる秀丸が希望を見出す重要なシーンということもあり、雪がちらつく1月の寒空の中、4時間以上も立ったまま、真剣な眼差しで鶴瓶の熱演を見守っていました。曲を書き上げた後も、夥しい頻度で、映画制作サイドと詳細なやり取りを重ね、曲をブラッシュアップしていきました。他のスタッフと同様、Kはまさに“いち映画スタッフ”として本作に参加し、平山秀幸監督の“素朴に力強く”という要望通りに、「光るソラ蒼く」が完成に至りました。この楽曲の出来栄えに、友人でもある鶴瓶は大絶賛でした。 ■主題歌が登場人物を優しく包み込んだ予告編 冒頭の法廷シーン。そこでみせた秀丸(笑福亭鶴瓶)の表情は観る側に哀しさと虚しさを与えます。チュウさん(綾野剛)や由紀(小松菜奈)の紹介で閉鎖病棟で暮らす人々を映し出します。病棟での日々の描写、そこから繰り広げられる数々の出来事。主題歌「光るソラ蒼く」を歌うKの“天使の歌声”を背景に挿し込むことにより、患者たちの“葛藤”や“決意”を優しく包み込み上げ、より一層あなたたを温かい世界へと誘います。 しかし最後に―――――。 この予告編は7月26日より全国の劇場で上映されます。
『閉鎖病棟―それぞれの朝―』予告編はこちら
■K コメント 台本を読んで撮影現場を何度も見学させてもらってそのイメージを少しずつ時間をかけて膨らませていきました。人は必ず自分じゃない誰かの支えがあって生きてる事を強く信じて欲しいという思いで作りました。だからこそなるべくシンプルで素直に歌う事に気をつけました。今までラジオなどでご一緒させてもらった事はありましたが、こうやって作品を通して共演するのは初めてなのでとても嬉しく思ってます。現場でお会いした時も「この映画はほんまにええ作品やからええ曲作れよ!」と暖かく背中を押してもらいました。 秀丸さんの役を演じる瞬間だけは僕が今まで知っていた鶴瓶さんとは全く別人に見えました。役のために体重を落としてその人に成り切る職人魂に胸が震えたことを覚えてます。 その仕事に対する姿勢、そして、どんな人にも分け隔てなく接する鶴瓶さん 大先輩として見習いたいところがたくさんありましたね。 ■笑福亭鶴瓶 コメント Kが撮影現場に来てくれたんですが、少し観ただけでこんなに素晴らしい曲を作ってくれて嬉しかったです。この映画は本当に人にやさしい映画でその「やさしい」がこの曲に全て入っています。Kに感謝します。 【STORY】 長野県のとある精神科病院。それぞれの過去を背負った患者たちがいる。母親や嫁を殺めた罪で死刑となりながら、死刑執行が失敗し生き永らえた梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)。サラリーマンだったが幻聴が聴こえ暴れ出すようになり、妹夫婦から疎んじられているチュウさん(綾野剛)。不登校が原因で通院してくる女子高生、由紀(小松菜奈)。彼らは家族や世間から遠ざけられても、明るく生きようとしていた。そんな日常を一変させる殺人事件が院内で起こった。加害者は秀丸。彼を犯行に駆り立てた理由とは――― ─────────────────── 【作品情報】 『閉鎖病棟‐それぞれの朝‐』 ■キャスト:笑福亭鶴瓶 綾野剛 小松菜奈      
坂東龍汰 高橋和也 木野花 渋川清彦 小林聡美 ■原作:帚木蓬生『閉鎖病棟』(新潮文庫刊) ■監督・脚本:平山秀幸 ■配給:東映 情報提供:DROP (C)2019「閉鎖病棟」製作委員会 2019年11月1日(金)全国ロードショー
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