#ひとみに映る影
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groyanderson · 2 years ago
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ひとみに映る影 シーズン3特報 CM15秒
ハッピーグロスマスデー! 大変お久しぶりです。最終章のCMだから飛ばせない15秒です。断じて手抜きではありません。
転職したら休みぜんぜんなくなっちゃったから作業したくなっても もう疲れちゃって全然動けなくてェ…という事では断じtありまぁす!!!!! でも絶対エタんないで発売するから最後まで読んでねえええええぇぇぇ!!!!!!
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・シーズン3情報まとめページ
・ひとみ全体情報まとめページ
最終形態が執筆当初はまだ決まってなかったので、2巻ケツに載せた鳥っぽいシルエットからは少し変わってます。 あのシルエットはこう…途中形態!蒲田くんみたいなもんです!!(無茶文豪)
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groyanderson · 2 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第七話「決戦、ワヤン不動」
☆おしらせ☆ 今回でひとみS3の無料掲載分は終了となります。物語のエピローグと恒例の追加イラスト、そして次回作情報は電子書籍版の発売をお楽しみに!
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠���を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་  
 現実世界に戻ると、空はうっすらと明るくなっていた。光君が霊的タブレットを覗く。 「ふぅ。体感では億年単位の時間旅行も、実際はたった一晩きりの出来事で……ん?」  光君が訝しむ。うん、私もおかしいと思った。だってイナちゃんが空を見て呆然としているから。 「イナちゃん?」 「……ん? あ、二人とも無事ね!? よかた! ワヤン輝影尊(フォドー)と如来が真っ白になって消えちゃたのビックリしたヨ!」  私達の究極フォームがなんか略されちゃってるのは置いといて。やっぱり、さほど如来戦から時間は経っていないみたいだ。塔を登り始めた時から経過した時間を考えると恐らく、今は大晦日の夜。ちょうど年越しの少し前くらいだと思う。今夜は白夜というわけでもない。となると、これは…… 「金剛の有明ですよ」 「!」  一同が一斉に空の一点を仰ぐ。そこには歪に大きなダイヤモンドがあしらわれた箒に乗る、一匹の巨猫。 「オモナっ……うそ、その声……」  現れた諸悪の根源を目の当たりにして、イナちゃんは目を見開いた。そうなんだ。人類史を遡った私と光君は既に知っているけど、この猫と……いや。この『人』と私達は、とっくの昔から知り合いだったんだ。 「お久しぶりです。『タナカさん』」 「ええ。ごめんね紅さん……また騙しちゃった」  テレビ湘南のディレクター、タナカ。彼は私の職場関係者として、ずっと行動を共にしてきた男だ。
 གཉིས་པ་
 佳奈さんと私が旅をする番組、『ドッキリ旅バラエティ したたび』は二〇一一年に始まった。当時は別のディレクターが撮影に同行していたけど、一昨年あたりからタナカさんが二代目ディレクターに就任した。あれは丁度、アンダスキンを倒した直後……そして、初めて光君と出会い大散減と戦う少し前のことだ。  タナカさんはイナちゃんや光君とも面識のある、��らかな男性だった。でも局の入館証を紛失していて、いつも警備員さんに顔パスしてもらったり、後輩ADさんにゲートに入れてもらっていた。そして局内の誰も彼の下の名前はおろか、『タナカ』の漢字すら覚えていない。彼の人柄故に誰も怪しんでいなかったけど、今考えればかなりミステリアスな人物だった。 「た、タナカD……タナカDだよね!? 本当にタナカD!?」 「にゃはは! 今回はオルチャンガールのパクさんも騙しちゃいましたね。そうです、タナカは仮の姿……僕の本当の名前はロフター。金剛有明団団長、大魔神ロフターユールです」  ロフターは箒から降り、高度三千メートルに浮くこの庭園に立った。彼は山猫のように耳がぴんと上向きの巨猫。改めて同じ目線の高さで見ると、背丈は確かにタナカさんと一緒くらいだ。 「どうです? 皆さん、金剛の有明は絶景でしょう。ああ、下を御覧下さい。もうこの地球上の全人類が同じ光景を見ています」 「え!?」  本当だ。全知全脳の力で下界を見下ろすと、大変な事になっていた。なんと地球上の全人類が失っていた霊感を取り戻している! 「こいつはコトだ! もう計画を!?」 「わはははは! 光君もよぉく耳をすませてみて下さいよぉ。ほら、聞こえるだろ。パニックに陥るバカどもの叫びがね」 ―きゃあぁーーっ、お化け! お化けが!! パパぁーママぁー!― ―刑事さん聞いてくれ、あんたの推理は間違ってる! 私を殺したのは息子じゃなくて妻だ!!― ―やっぱり総書記は替え玉だったんじゃねーか! ブチ殺せ!―  地上は空が明るくなった現象などまるで眼中にないほど混乱を極めていた。幾つかの地域では暴動や事故が勃発し、各地の霊能者に力を持った神、精霊、妖怪らが騒動を鎮めようと奔走する。それゆえ多神教の地域ほど治安の悪化は少なく、一神教の地域で特に深刻な事件事故が多発している。 「おいおい、ここまで僕の思い描いていた通りになるとはなぁ。でもご心配なく、地上の皆さん。間もなくあんた方の信じる唯一神が光臨しますからね」  ロフターの持つ魔導書が玉虫色に輝きだす。まさか、全人類……いや、地球上の全生物にアレを見せる気か!? 「待って下さいタナ……ロフター! そんなことしたらどうなるかわかってるんですか!?」  唯一神、すなわち創造主とはこの世の全ての礎。それを少しでも認知した人間は人格がゲシュタルト崩壊して廃人になる。ていうか��をばっちり直視なんかしたら、ヒトどころか殆どの動物の肉体が元素レベルで分解霧散して死ぬ! 地球の自然そのものがハチャメチャに崩壊してしまうんだ!! 「にゃはは、わかってるも何も。金剛の楽園を造るためには必要な事ですから」 「文明や自然を壊してまで目指す楽園って、一体何なんですか!?」 「世界平和ですよッ!」  ロフターの瞳孔がキッと細まり、尻尾と全身の毛が逆立った。 「誰も創造主を崇めない。かといって、誰も創造主を目指さない。資源(リソース)が限られたこの宇宙の中だけで、全てが完結する世界。余計な争いをせずみんなで身の丈に合った共同生活を送りながら、静かに終わりの日を待つ。生き物として……これ以上幸せな暮らしはないでしょう?」  ロフターの握りしめる箒がギリギリと軋んだ。これが、彼の答え。代々この宇宙のために尽力してきたカオスコロルの三代目が、最後に出した答えなのか。 「そ、そんなの……そんなの平和じゃなくて、絶望ていうんだヨ!!」  イナちゃんが目に涙を湛えて叫んだ。 「絶望ですか。上等だよ。バカどもが抱く希望なんて、余計な争いや格差を生む無用の産物なんだから」  魔導書の輝きが増し、下界が段々と静まっていく。みんな空を見ている。金剛の魔術によって、私達のこの会話が世界中に見え始めているんだ。 「どうして拒むんですかい? あんた方は唯一神様が大好きなんでしょう。神のために死ぬのは幸せなことで、神を敬わない人間はいくら殺してもいいんでしょう。おうそれなら見せてやるって言ってるんだよ!!!」 「やめて!!」  輝きが頂点に達し、イナちゃんが飛び出した! 私は…… 「!」 「ヒトミ……ちゃん……?」  私は気がつくと、イナちゃんを止めていた。 「どうして!?」 「うわはははは!! まさかワヤン不動が、僕の金剛の思想を理解してくれたんですか!?」  どうして。……どうしてだろう。ただ…… 「そのまさか、なんですよね�� 「……え?」  意表を突かれたロフターの、魔導書の輝きが一瞬弱まった。 「ロフターの言ってる事、そこまで間違ってないと思うんです。もしかしたら将来、人類がこの宇宙の垣根を越えられる時も来るかもしれないけど。少なくとも今の文明レベルでは、外とは関わらないでみんなで手を取り合って生きるのが最善……じゃないですかね?」 「……ほ、ほほぉ。意外ですなぁ、脳筋で小心者の紅さんが、冷静に僕の話を聞いてくれていたなんて」 「一言余計だ三角眉毛」  うん。ちゃんと考えても実際、彼は思想的にはおかしな事は言っていない。だって現に最近の人類は、資源を守るために環境保護を始めたり、多様性を認めようとかなんとか言い出しているわけだし。どんな物かもわからない神様に祈るより、ずっと現実的に生き始めている。ロフター��そんな人類の最後の甘えである『創造主』という幻想を、この世界から取り払ってしまいたいだけなんだ。 「にゃはははは! なぁんだ、じゃあ僕達も不要な争いをせずに済むわけですなあ! では改めて……ぐッ!?」  ヴァンッ! 再び魔導書に力を込めようとしたロフターの左手に、高熱のエネルギー塊が爆ぜた。高圧の力を帯びていた魔導書は瞬く間に炎上! 「そんなわけないだろ外道が。お前は予定通り滅ぼすし、この世界に創造主は顕現させない」 「なんだと!?」  当たり前だ。それとこれとは話が違う。私は光君と目配せし、合体(ヤブユム)の構えを取る。 「あんたは野望のために魂を奪いすぎた。それが平和のためだったなど関係ねぇ、罪は罪できちんと償わなせにゃ!」 「喜べ。お前を完膚なきまでにブチのめした後で、この星に生きる全ての衆生と共に金剛の有明を迎えてやろう」 「くっ……」  ロフターは煌々と燃える魔導書を抱きしめ、表紙に埋め込まれたダイヤモンドをむしり取った。それを胸の中にグッと押し込むと、彼の体はたちまち巨大化していく。 「不動明王らしい、いえ、実に紅さん方らしい答えですな。こりゃいくら腹割って話したところで無駄ってわけだ」  私はその隙にテレパシーでカスプリアさんを呼び、イナちゃんと共に空を元に戻すよう依頼した。そして四本に伸ばした腕に武器を構える。 「カハァハハハハ!! 私がおめおめ見逃すとでも思ったか、ド外道が! これ以上は誰一人殺させない。神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ!」  ワヤン不動輝影尊(フォトンシャドウフォーム)対大魔神ロフターユール! 地球全土の存亡を賭けた合戦の火蓋は切って落とされた!
གསུམ་པ་
 巨大化した大魔神はローブを広げ、さながら空に浮かぶサーカステントの様相。その帳にルーン紋様が浮かび上がると、強烈な突風が噴出! 周囲の雨雲と雹を取り込み大嵐の如く私に迫る。瞬間、私の中で仲間との絆がフラッシュバック! ―私が初めて人のために影法師の力を使うきっかけになった親友、リナ。金剛を裏切り私に修行をつけてくれた和尚様や、地元の神々。人生で初めて悪霊に立ち向かった時の、勇気の記憶―  私は赤外光を纏った灼熱のキョンジャクを高速回転させ天高く飛翔、そのまま遠心力で嵐を捕えた。 「ァアブダクショォン!」  それを大魔神へ腕力任せにブン投げ返す! ズドオオォン!! さながらジェットエンジンを直に受けたような衝撃音を立てて大魔神の帳が翻り、���フターの顔が苦痛に歪んだ。しかし間髪入れず次のルーンが浮き上がる。  オォ……オォォォ……玉虫色の霧が立ち込め、木枯らしか亡霊の呻き声のような風音がそこかしこから上がる。するとどこからともなく宙に浮かぶ亡布録の大群が出現した! 瞬間、私の中で仲間との絆がフラッシュバック! ―抗う事を決意したイナちゃん。そしてNICや平良鴨証券の人々。力を貸してくれるみんなと共に闘った、友情の記憶― 「影影無窮!」  襲い来る大群に負けない、大量の影法師。その全員が燃え盛る龍王剣を掲げて悪を薙ぎ払う! そして全軍で大魔神に突撃ィィィ!!! 「カハァーーーッハハハハァーーー!!!!」  ダカダカダカダズダダダァァァン!! 大魔神の六割が灰燼と化した! 「ぎゃはあははははは! うにゃはははははは!」  絶叫とも高笑いとも取れる声を上げ、大魔神は目や口から黒いタールのような血涙を噴き出しながら更なるルーンを滲出! すると今度は大気圧がグヮンと急変し、周囲一帯が吐き気がするような生温い空気に包まれた。  ……マアァァァウァァ……マバアァァァ……  無数に響く、飢えた怪物の声。そして中空から蠢き出る数多の菌脚。瞬間、私の中で仲間との絆がフラッシュバック! ―見知らぬ土地、見知らぬライバル。連綿と業を受け継ぐ祟り神。人生を奪われ続けて化け物になってしまった少女。でも最後は皆で手を取り合い呪いを破った、団結の記憶― 「救済せにゃ!」  天高くティグクを掲げると共に、私は灼熱に輝く太陽となる! 全ての穢れは瞬く間に干上がり、色の飛んだ世界で唯一つくっきりと存在する明王の影が斧を振り下ろした! 「ニャアアアアアアアァァァ!!!」  ダガアァァァン!! 大魔神の帳が崩壊し、巨猫のシルエットが真っ二つに割れた! そして世界に色が戻ると…… 「!?」  中空に一瞬ルーンが浮かんだ次の瞬間、そこは突如カイラス山の岩窟になっていた。私は両腕を鎖で大岩に縛られ、足元を炎で炙られている。なんだ、今更悪夢攻撃なんて…… 「ヒッ」  違う!この炎は、かつて私が経験したどんな憎しみや悲しみとも違う。まるで地球史が始まって以来、世界中で起きた死という結果のみを集めて燻したような、恐ろしく冷たい炎。その圧倒的な絶望に晒された私の心臓はすくみあがり、だんだん体が動かなくなる…… ༼ ヌンッ! ༽ 「ドマル!?」  すると突然、私から強引に分離したドマルが自らの心臓に腕を突っ込んだ! ༼ こっ、これは、拙僧が抱えていたトラウマだ……今ここで拙僧が消えれば、術も解ける ༽ 「だ、ダメだ! この心臓を失ったら、ドマルは……」 ༼ ふ。もともと拙僧は、あなたの中に僅かに��った残滓に過ぎぬ。今更自我を保とうなどとは、思わない……よッ! ༽  ドマルは私との接点だった悪魔の心臓から自分をメリメリと剥がし、このまま逝去するつもりだ! 確かに彼は既に引退を宣言した仏。だけど、何もこんなところでお別れになるなんて! ༼ よいか? 悪夢の術が消えたら、あなたの足元で燃える苦の本質を見ろ。そしてあの猫の声に耳を傾けるんだ…… ༽ 「ちょっと待ってよ! あなただって一緒に戦ってきた仲間じゃない! ドマル……」 ༼ 一美 ༽ 「!」  彼は最後に振り返ると、卑怯なほど穏やかな微笑みで私を見つめて言った。 ༼ 行くのです ༽  心臓に貼りついていた何かの線維が千切れる。抜苦与楽、体がふわっと軽くなったような感覚の後……私の前世は、邪尊ドマル・イダムは、悪夢と共に涅槃(ムナル)へと消え去った。
བཞི་པ་
 闇があった。広さのわからない闇。まるで棺桶に入れられたような、あるいはだだっ広い宇宙に放り出されたような掴みどころのない空間。そこに一人の人影が佇んでいた。 「あなたは……」  その人は、とげとげロン毛……いや、ただのウェーブがかったロングヘアーの男性だ。かの有名な、茨の冠を被った神の子によく似た雰囲気の人。私は彼に近付くと、再び心臓が凍てつくような絶望の感覚を覚えた。 「あ……悪魔」  たった今逝去した前世の記憶を引き継いだ私は勘付いた。この人は私の心臓のドナー。砂漠で行き倒れになっていた、例の悪魔だ。  人間を堕落させる存在として忌み嫌われ、死ぬ事も消える事もできない……彼が仏典にそう書かれた理由がようやく理解できた。彼が本当に望んでいたのは、『安らかな滅び』。苦痛も暴力もない、穏やかな終わりだったんだ。 ―いけェーーっ! ワヤン不動ーーー!― ―負けるなーー、立ち上がれーー、ワヤン不動ーーー!!―  どこかから声が聞こえる。何十人、何百人、何億人……最初は共に戦った仲間達の声。私を応援してくれる友達や邪尊教信者達の声。それどころか、一度も出会った事がない人達の声も、仏教とはまるで違う信仰を持つ人々の声も。この地球の命を守るため、身近な大切な人を守るため、あらゆる垣根を越えた大勢の衆生が私を呼んでいる! そして、 ―……たすけて……― 「!」  もう一つ。私の目の前で、か細く泣く猫の声。 ―……僕はただ、グリーダと静かに暮らせる楽園を作りたかっただけなんです……― ―……そのためにたくさんの命を奪いました。こうするしかなかった。だけど、グリーダはもういない……僕は償う事も、死ぬ事もできない……―  本来なら自分の感情すら自由自在に制御できる究極の神の子が、自己矛盾と絶望に苦しみ喘ぐ声。……大丈夫、ちゃんとわかります。だって私の中にも、悪魔の心臓(カオスコロル)があるのだから。 ―……助けて……ワヤン不動……―  薄暗い世界に、希望が満ちていく。光は影を強く形取り、救いを求める声に伸びていく。 ―ワヤン不動ーーーー!!!―  ……さあ。滅ぼしてくれる。 ལྔ་པ་ 「ミィ……ミィ……」  極彩色の宇宙に輝く満点の星。地平線を照らす金剛の有明。そこに浮かび上がった一匹の小さな子猫は、三角帽子の魔女と共に箒で空へ消えていった。 「大丈夫です。お空に創造主はもう見えないヨ」 「地上の混乱も順次収めていきますの。弊社の財力と国際社会とのパイプを利用すれば、お正月中に済むでしょう」  イナちゃんとカスプリアさんのおかげで地球の危機は去り、ここには奇跡のような明るい空だけが残っている。 「……あ」  ふと、全知全脳の力が感知した。たった今、グリニッジ標準時は丁度〇時となった。 「この地球が新年を迎えました。全ての命ある皆さん、あけましておめでとうございます」
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groyanderson · 2 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第〇話「ここを楽園とする」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་  
 宇宙から三度目のカオスコロルが飛来した場所は、アイスランド、ラキ火山の麓にある小さな山村。偉大な魔女グリーダと、古代から語り継がれたルーンの魔術を生活の中心とする昔ながらの集落だった。そこに降り注いだ外宇宙からの色彩を、村人は家族として迎え入れた。  当時は十七世紀、ヨーロッパ全土で魔女裁判が行われ、魔女や魔法使いと認定された人々が無条件に処刑されていた『魔女狩り』の時代だ。しかし土着信仰が強く残っていたアイスランドでは、そもそも魔術の告発が他のヨーロッパ諸国と比べて極端に少なかった。また、時には本物の魔術を使って刑の執行を免れる強力な魔術師もいたという。  そのような背景があり、当時アイスランドを領地として支配していたデンマークは面目が立たなかったのだろう。デンマーク国王は霊能者や聖職者を中心とした対魔法軍を結成し、アイスランドで最も強大な魔女といわれるグリーダを討ち取ろうと決意した。一六八三年の出来事だった。
 གཉིས་པ་
 「グリーダ、大変だ! 集落が燃えてます……グリーダ?」  息を切らしたロフターが帰宅すると、家には誰もいなかった。彼はすぐに全知全脳の力で状況を読み解く。 「おいおいおい……魔女狩りですって? 一神教のお膝元ならいざ知らず、こんな未だにヴァイキングと同じような生活している田舎でですかい」  主人の痕跡を辿って村の広場へ向かったロフターは愕然とした。おびただしい数の十字架と、そこに吊るされて火炙りにされる村人達。その全体は魔法陣の形に並んでおり、強大な結界を作っていた。 「グリーダ!」  結界の中心には、巨大な杭で全身を貫かれ絶命している魔女グリーダ。その血は地面に流れず、彼女の頭上にある油壷へドクドクと昇っていく。大勢の村人の命を使った強力な魔術により、魔女の生きた痕跡は一滴もこの地に残さない。今後復��や天災が起きるのを予防するためだろう。 「二足歩行の喋る猫だと? 魔女の使い魔だ、捕らえろ!」 「なんで、なんでだよ! この村は何もしてないだろ、あんたらには関係ないだろぉ!?」  あらゆる魔法へ対策した聖職者達に押さえつけられながら、ロフターは結界内に入ろうと必死で足掻く。 「関係ないものか。世界は父なる創造主のもと平等であり、何人たりとも神秘に触れてはならない。我らの領土に野蛮な魔法を扱う村があるだけで大迷惑なんだよ! オラッ、とっととくたばれ畜生が!」 「うぐっ……」  ロフターの背中に祈祷済の杭が打ちつけられる! それはあらゆる魔物を二度と復活させることなく葬る代物だ。 「……は、ははは……異教徒は、だめかよ。魔女と平和に暮らしてちゃ、だめ、なの、かよ……」  しかし実のところ、魔法使いではなく全知全脳……物理的に全細胞を意のままにできる彼にそれは効果がなかった。それでもロフターは、一度やられた振りをして絶命してみせた。
 གཉིས་པ་
 やがて焼野原から復興した村の姿は一変し、教会を中心としたデンマーク人居住区になった。活気づいた村は貿易や経済活動の拠点となり、多くの人々が行き交うようになっていた。そして、あの魔女狩りから丁度百年が経過したあの日…… 「うわああぁ、火山が! 火山が噴火したぞおおぉ!!」 「みんな逃げろーーーっ!」  一七八三年。ラキ火山が大噴火を起こし、大量の溶岩と火山灰で都市を瞬く間に飲み込んだ。大勢の命が燃えていく中、この都市を先住民から奪い取ったあの聖職者一族は教会に立てこもり、周囲で死んでいく人々の魂を基にした結界で噴火をやり過ごそうとした。 「ああ、主よ、神よ! 我らを守り給え!」  すると、固く施錠したはずの扉が突然開く。 「ほぉ。またまた死んだ人の魂で身を守ろうとしているんですね。人間は神秘の力を使っちゃダメなんて言ってたの、どこのどいつですかい?」  現れたのは、虎よりも大きな二足歩行の猫。黒いローブをマントのように羽織り、ぴんと立った耳と耳の間に三角帽を縦に被っている。右手には異様に大きなダイヤモンドのついた箒、左手には人皮と歪なダイヤモンドを縫い合わせた装丁の魔導書。これらは全て……魔女グリーダの遺品や遺体、遺骨でできた物だ。 「あんたらね。主よ、神よ! ……なーんて言うクセに、創造主がどんな存在か知らないんでしょう? まあ、見た人間は死ぬんですけどね」 「な、なんだ貴様は!? 化け猫如きが主の御名を語るな!」 「僕ですか? 僕は……」  猫が箒を振ると、ダイヤモンドが玉虫色の輝きを発して中空にルーンを描いた。輝きは教会の壁をスクリーンのように使い、人類が発狂しない程度の情報量で人類とカオスコロルの歴史を照射した。 「なっ……なっ……!?」 「お��どうだ? 僕もあんたらが大好きな『神の子』だぞ」  自分達が指標にしてきた主は宇宙人。自分達が信じていた神は異形。たったそれだけの真実で、教会内に立てこもっていた全員が絶望し、聖なる結界は崩壊した。 「うははははは! まさに神は死んだってやつだ! あんたら神神言っときながらアレが何かも知らねぇくせに、異端ってだけでどうしてグリーダが殺されなきゃならなかったんだ! わはははははは!!」  そして全てが燃え尽き、都市だった物は跡形もなく崩れ落ちた。風に巻き上げられた煙や死者の煤は集まって黒煙の怪物となり、中途半端に燃えなかった教会の死体は不気味に蠢くカビ菌に生まれ変わった。その虚無に包まれた地で、猫は叫ぶ。 「いいか人類、よく聞けぇ! 僕は金剛有明団を結成し、神の名のもとに蛮行を繰り返す貴様らに真実を教えてやる! 全人類が失った第六感を取り戻し、貴様らが神と呼ぶモノがいかに無意味な存在か見せつけてやる! それがこの星のあるべき姿。金剛の有明と共に訪れる、嘘も隠し事もない絶望の楽園……」  かくして金剛有明団と、人類文明最大の脅威……大魔神ロフターユールが爆誕した。 「……地球(ここ)を楽園アガルダとする!!」
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groyanderson · 2 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第六話「悟りの境地」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་  
 アラビアンナイトに、漁師と魔人という寓話がある。壺に閉じ込められていた魔人の封印を解いてしまった漁師が、「お前なんかこんな小さな壺に入る事すらできないだろう」と煽って魔人を再び封じ込める話だ。グリム童話や西遊記にも似たような物語がある。 「貴様は終わりだワヤン不動、金剛の有明が訪れる前に亡き者にしてくれる!」  この間抜けもそうだ。わざわざ暴風吹き荒れる高度三千メートルの塔外空中庭園に出て、最上の姿とやらになるため分散していた全黒煙を一身に集中させた。煙として漂い私達の体や霊魂を汚染させる方が圧倒的に恐ろしい力なのに、頭に血が上った本人は気付いていないんだ。  最上形態の金剛愛輪珠如来は十二単に似た複数人種の生皮ドレスローブと、ラスタカラーに輝く狸の毛皮の襟巻きで着飾っている。背中に千手観音のように多色の腕を生やし、その顔つきは……私の和尚様。ムナル様のご遺体から奪った物だ。 「やれやれ、悔しさに言葉もないか? ほら、ワヤン不動。我らを裏切った貴様の師匠の顔だぞ」  知ったことか。その人は既にこの世から逝去した。ていうか勝手に髪の毛生やしてるし、もはや課金のしすぎでゴチャゴチャになったアバターみたいで和尚様感ゼロだし。 「御託は不要だ。かかってこい、ケツ穴糞野郎(オンツァゲス)」  影影無窮! 私は影体を練り、自身の腕を四本に増やした。右上腕から長斧(ティグク)、神経線維塊(ドルジェ)、羂索(キョンジャク)、倶利伽羅龍王剣(プルパ)を持つ。今までこいつに破壊された物や、さっき粛清した龍王も含めた私の全法具だ。かつてない程慎重に、そして確実にこいつを滅ぼす!  ヴゥン! 先制して如来の顔面に目くらましの神経エネルギーを放った。すかさずティグクを振るうが、如来は回避。なるほど。死体を継ぎ合わせて作ったあの体は所詮器に過ぎず、奴は目でなく煙体で物事を感じ取っているんだ。 「カハハハ、ならばこうだァ!」  指先で小さな影と神経を練り、高速連続射出! チュタタタッ! これも如来は人間離れしたバック宙返りで回避。しかし奴が体制を整えようとしたその瞬間、私は既にゼロ距離で龍王剣を構えている! 「ピギャアァーーーーーッ!!!」  刺突ゥ! 如来の胸部を貫いた龍王剣が絶叫、炎を吹き上げながら奴の体内を燻製窯に変えた! 開祖バドゥクン・サンテットとの戦いで得た奥義、影縫いだ! 「ほう……」  如来は涼しい表情のまま、胸部の風穴から大量の黒煙を噴出。一方こうなる事を予習済みの私も、煙を吸わないよう息を止めたまま、影体を後部へ滑らせた。 「やれやれ、少しは賢くなったようだな。どれ、他の連中とも遊んでやろう」  如来の背後を彩る千手が、ボトボトと数本剥がれ落ちる。それらは黒煙を纏うと、生を得たような人型に膨張。私の後方目がけて走り出した! 「光君、イナちゃ……」 「貴様の相手はこの私だ!」  ズズゥッ……周囲一帯の空気が吸引されるような音。仲間の心配をしている暇はないようだ。 「龍王!」 「へ!?」  全身猛毒の奴の攻撃を生身で受け止めてはまずい。私は自動制御型法具キョンジャクの先に龍王剣をくくり、めいっぱいブン回す! 瞬間、如来が大量の汚染黒煙を噴出! 「ギヘエエェェェエエーーーー!!?」  黒煙を扇風機(サイクロン)効果で全て吹き飛ばした! 猛回転と毒に酔った龍王は悲鳴を上げながら影炎吐瀉! 「オゴゴボォーーーーッ!!!」 「ぐわっ!」  龍王剣爆発! 衝撃波を食らった私は後方へ吹き飛び全身を強打。しかし黒煙を散々吐き散らかした如来もやつれてきている。武器を二つ失った対価は大きいぞ! 「よし、トドメを……うっ!?」  ティグクを構えた瞬間、私は突如背骨���辺りに激痛を覚える。振り返るとそこには……杭のような形状で私を貫く、固形化黒煙!? 「うガッ!」  血管に汚泥を流されたような鈍痛! 視界がチカチカと明滅し、手足の力が抜けていく。 「ゼェ、ゼェ……ふふ。トドメを……どうすると?」  一転、舐め腐ったような表情で近寄ってくる如来。私は満身創痍でティグクを振るう。しかし斧の柄がみぞおちに当たり、私は胃液を吐き出して自滅転倒! 「ぐはっ!」 「ハッハハ! やぁれやれ、やはり邪道に金剛の有明は訪れぬようだな!」  亡布録装束(ネクロスーツ)に刻まれた死者達にケラケラと歪な笑い顔を作りながら、この世で最もおぞましい外道野郎がにじり寄る。 「だが貴様も女よ。最後の情けとして、この私の接吻で邪尊の因果から解き放って殺してやろう……」  如来は黒煙を吐きながら私に顔面を近付ける。キショい! 和尚様の顔でどうやったらここまで気色悪い所作ができるんだ!? 「ひぃぃぃーーー!」  しかしその時! 「グオォォルアアァ!!!」  ズドゴオオォン! 如来の横っ面を突如巨大な発光体が吹き飛ばした! 「ガッ! ……かはっ……き、貴様ァァ……!」  塔の壁面に大の字でメリ込んだ如来が、ベリベリと顔を剥がしながら振り返る。睨みつけた先には……御戌神、光君だ! 「僕の一美ちゃんに触るな」 「何故だ。貴様如き、分身で十分汚染できたはず……!?」  如来が目を見開く。光君の足元には、ただの腕と化した亡布録が転がっていた。それどころか、私も含めた彼の周囲の黒煙がみるみる消滅していく。 「ま、まさか!」 「カハハッ……何の対策もなしにお前に挑むわけがなかろう? 塔を上っている間に、お前の特徴は仲間と共有済みだ」  黒煙が生物を死に導く力と、光君をずっと蝕んでいた滅びの光。その特性はどこか似ている。ならば、そう。こいつは滅びの光と真逆の、生き物が発する命の輝き……すなわち、『赤外線』を当てまくれば消毒できる! 「ぐああああっ! 馬鹿なァァ!」 「効果は既に亡布録ゾンビで検証済だ! カァァーーッハハハハァァーーー!!!」  パァァァ! 光君を中心に、大晦日の寒空を強烈な赤外線の熱波が撫でた! 周囲一帯の体感温度が急激に上昇し、風をももろともせず滞っていた黒煙はたちまちオレンジ色に輝きながら消滅! 「おのれ……見くびるな、亡布録の法力はいかなる光も通さぬわァァ!」  如来が立ち上がり、再び背中から二本の腕をもぎ取った。それに黒煙を充填すると、腕は二対のガトリングキャノンと化す! 「たかが天部や明王如き、生身の戦いで十分! 捻り潰してくれるわぁ!!」  ズダガガガガガガ!!! 硬化した皮膚片を乱射! やはりこいつは馬鹿だ。 「ステゴロで如来部が明王部に勝てるかボケがァァーーーッ!!」  ヴァダダガガガガガァン!! 無数の神経線維弾が爆ぜ、皮膚片は全て分解霧散! 棒立ちの如来にティグクを叩き込む!! 「うおおおおおーーーーッ!」  頭を真っ二つに割られて吹き飛ぶ如来! 物理肉体に身を包んでいる奴はそのまま、謎の力で浮く空中庭園から放り出された。 「おのれ! おのれェ! 亡布録よ、魂と骸の抜け殻よ!! 我が血肉となれえええぇぇ!!」  自由落下しながら絶叫する如来。すると塔の亜空間からボトボトと亡布録や黒煙が飛び出し、再び如来の装束を蘇らせる! 「フハーーーッハッハッハァ! やれやれ、ここまで手こずらせてくれるとは!」  再び法力を得た如来は地面スレスレで再上昇! 背中の千手に黒々とした巨大煙玉を抱えて上空に迫る! 迫る!! 「この私は何度でも甦えぅええぇぇえ~~~!!?」  しかし高度三千メートルに達した時……如来と煙玉が、謎の飛行物体に吸い込まれた! 「な!? な!!?」  突然の事に何が起��ったか理解できない如来。しかしその飛行物体を、その創造者を、私は知っている…… 「アブダクショォン!」  たった今、如来が塔から吸い上げた亡布録。その一体が奴から反抗するように、未確認飛行物体から舞い降りた。彼女の名はリナ。私が生まれて初めて作った『自我を持つタルパ』の……宇宙人リナだ! 「やれやれ。まんまと罠にはまたネ、愛輪珠如来!」  イナちゃんが駆け寄る。そう。私はここに来る途中、彼女に『亡布録の中に、髭の生えた女の皮(リナ)がいたら理気置換術をかけてほしい』と依頼していたんだ。如来は私を乗っ取りに来た時、家の結界を突破するためリナを亡布録に変えていたから。 「有り得ぬ、抜け殻が自我を取り戻すなどと……くそ、ここから出せ!」  如来はリナが生成したタルパUFOの中で狭そうにもがく。 「ふっ……やれやれ。言うことを聞けぬなら、この飛行物体ごと亡布録に変えてやる!」  煙玉破裂! 船内に黒煙が充満し、UFOの外観が次第に色褪せていく…… 「させるか! スリスリマスリ!」  シュッ! イナちゃんが射出した理気置換術の波動がUFOの丸窓を通して何かに命中した。すかさず船内に、ふわりとラスタカラーの糸のようなものが光る。 「ぐあぁ!?」  如来は繭状になった糸に拘束される。更に、自らの首を飾っていた狸の毛皮が奴を締め上げる。彼も……あの化け狸もまた、如来に命を奪われた魂の抜け殻だ。 「フ……フフ! だがワヤン不動、貴様に私が倒せるかな?」 「?」 「亡布録は所詮、死者の抜け殻。このまま私を倒せば、この宇宙人と狸も消滅する。そして貴様の師匠である金剛観世音菩薩の亡骸も、永遠に消え失せるのだ!」  ほぼ敗北を悟った如来は、最後の脅しにかかっているつもりらしい。だが、それがどうしたというんだ。 「オモ? こいつ何言ってるの。リナちゃんも狸さんも、もうこの世にいないヨ?」 「……へ?」 「それは私が理気置換術で操ってるだけ。お前と同じやり方で、しかえししたんだヨ! ゲドー野郎!」 「なっ……なっ……!」  ゴォッ。光の獣と影の明王が火柱を噴き上げ、天に二色の螺旋を描く。 「や、やめろ……」  死の残滓には、命の輝きを。生命の営み、男女結合の境地……両尊合体(ヤブユム)を。 「よせ! もう間もなく、金剛の有明は訪れるのだ! それを拝めずに、き、消えたくない……」  全ての因果を斬る漆黒の影体、全ての外道を焼き尽くす真紅の後光輪。ワヤン不動・輝影尊(フォトンシャドウフォーム)爆誕!   シャガンッ! 世界が白一色の静寂に染まる。この領域は私であり、私はこの領域そのもの。中に存在する異物は、金剛愛輪珠如来のみ。さあ、 「やめろおおおォォォーーーーーーーー!!!!」  神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ!
༼ 南摩三満多哇日拉憾唵焼雅蘇婆訶! ༽
 幾多の仲間が散り、師は逝去された。ここからは、私自身が我が道を歩んでい��。
༼ 一名來自沙漠盡頭的精靈僧官將其救起精霊曰吾乃悪魔神視不食其力而乞為悪是故將汝等糧食交之於吾僧官曰生存乃自然之道既然如此佛祖不会介意您便拿去吧! ༽
 金剛愛輪珠如来は外宇宙の理力により死を超越した残滓。だがこの地球上に衆生を蔑ろにする仏など不要だ!
༼ 精霊曰神不容受施于神外之物是故命汝等崇敬於吾僧官曰如果您施恩予我我將感激不盡既然如此佛祖不会介意您大可放心! ༽
 もはや外道の如来も、邪尊もこの世からは消え失せる。ここにいるのは憤怒の化身、外道を滅ぼし衆生を守る輝影尊のみ!
༼ 精霊曰神不容爾等試探其之內心是故吾便在此自殺僧官曰您死後我便會恭敬的悼念您既然如此佛祖便不会介意您大可放心! ༽
 案ずるな、呪われた黒煙よ。死者の肉と魂は素粒子に分解霧散し、また地球の糧として巡るもの。
༼ 精霊曰吾中意之佛道是故汝接受吾之心臓將其食用於是乎精霊感到十分満意帶著愉悅的心情離世了而僧官則吃了精霊的心臓成為了守護其衆生的赤紅影尊ヌアァァアアア!!! ༽
 その輪廻から逃れられる悪徳など、この世には存在しないのだから。私はそれを知っている。邪尊でも、祟り神でも、たとえそれが悪魔でも……
༼ 唵! 皮! 影! 維! 基! 毘! 札! 那! 悉! 地! 吽ーーーーーーッ!!!!! ༽
 ……さまよえる全ての者に、抜苦与楽の永眠を与えん。
 གཉིས་པ་
 暗転、赤転、明転。全てを出し切った私と光君は、素っ裸で並んで得体の知れない空間に横たわっていた。そこは真冬とは思えないほど心地の良い朝日が差し込む、あたたかな森の中…… 「……って、まだ終わっちゃだめじゃん! 光君も起きて!」 「そ、そうだ! ここまで来たら、ちゃんと金剛滅ぼさにゃ!」  私達は慌てて腰を上げる。いけない。戦闘後にマッタリしちゃういつもの癖が出かけたけど、まだ大魔神を倒していなかった! 『ふふふ……仲睦まじい新婚夫婦、素敵ですのね』 「!」  見知らぬ声の方には、色とりどりの花で彩られた棺があった。覗き込むと、中にはドレスを着た女性が眠っている。 「あなたは?」 『私は平良鴨カスプリア。全知全脳の女神……いえ。ただの豚ですわ』 「ぶ、豚ぁ?」  するとポッと短い電子音を立てて、森に小さな魔女……悟さんのアバターが現れた。そうか、ここは例の白雪姫なんとかってゲームの世界だ。 「そうよ、そいつは私の白豚ちゃん! ほら、おどき!」  絵本の白雪姫なら、棺で眠っている姫��王子様のキスで目覚める。ところが悟さんは、カスプリアさんに容赦なく四季砲(フォーシーズンズ・キャノン)をブッ放した! 「ひゃあん!」  可愛らしい悲鳴を上げて、女神様は棺から放り出された。しかしその表情はなんともご満悦そうだ。 「ふむ、両肘下と十二指腸、左脚がまだ未完成のようね。それとも私が今フッ飛ばしちゃったかしら? おほほほ!」 「滅相もございませんわ悟様! 私めの肉体はまだまだ未完成ですもの。本日は紅ご夫妻様のために、私カスプリア。魂だけ覚醒致しましたの!」  ……つまり、色々と作りかけのこの女性は女神カスプリア。人類に金融アルマゲドンとかいう試練を引き起こし、悟さんに見事ハートをかっさらわれた奥様というわけだ。 「この度は、私めと同じ『カオスコロル』がとんだご迷惑をおかけ致しました。私めも今はお力になれず、本当に申し訳ありませんの」 「カオスコロルとは?」  ああ、光君には伝えていなかったか。 「混沌色(カオスコロル)。例の外宇宙……創造主様の世界から降ってきた、謎の粒子だよ」 「じゃあ、カスプリアさんは大魔神や神の子さんと同じで?」 「ええ。あちらの領域……そうですわね、いわゆる外宇宙から参りましたの」  カスプリアさんが一瞬言い淀んだ。 「あまり人間様にあちらのお話はしない方が良いんですの。なにせ時の王様に記憶を封印された私め自身、全知全脳の自我を取り戻したとたん人格がゲシュタルト崩壊してしまったのですもの」 「げ、げしゅたると崩壊……」  って、自分が誰だかわからなくなって発狂するとかいう、あれだよね……? 「でも一人だけ。生きたままたった一人であちらに到達されて、お心に異常をきたさず帰られた人間様がいらしたわ」 「え?」 「ゴータマ・シッダールタ。初代、仏様ですわ!」 「そうなんですか!?」  まさか、それが悟りを開くって言葉の真の意味!? 「ええ! そして一美様、光様。あなた方がワヤン不動輝影尊として大魔神と戦われるのなら、同じ悟りの境地に至っていなければ勝ち目はありません。なぜなら大魔神は、いわゆる創造主を強制的に人に見せつける力がございますの!」 「人間が見たら発狂する神を、強制的に!?」  そういう事か。もし私達がこのまま大魔神ロフターユールと対決し、奴に宇宙の事を見させられたら発狂して負けてしまうんだ。だから今この場で、悟りを開くしかないようだ。 「ドマルの時から思ってたけど……やっぱり精神に見合わない力は、身を亡ぼすんですね」 「そういう事ですの。私めが今からあなた達に、この宇宙の真理をお見せしますわ。創造主を目視した人間は一瞬で無限の情報に脳を焼かれてしまうので、本来よりもゆっくり……さくさくっとお見せしますわね」  なにそれ怖い。 「大丈夫よ、あんたら二人一緒なんだから! 私だって一人で見たけど大した事なかったわよ!」  悟さんの魔女アバターがコロコロと笑う。……って、え!? 悟さん見た事あるの!? 「それでは……行ってらっしゃい! ですの~!!」 「「え、ちょ、えええええぇ~~~!!?」」  そ��て私と光君の視界は、ゲーム空間から異次元へ飛び去った……。
གསུམ་པ་
 そこから私達は、目まぐるしく地球史を遡った。気になる歴史上の出来事や人物に少しでも集中すると、そこで起きた運命、無数の人々のひしめき合う感情、喜び、悲しみ、痛み、安らぎ、食べるもの、食べられるもの……ありとあらゆる感覚と本能が、ハチャメチャに押し寄せてくる。私も光君も、深入りしかける度にお互いの手をぎゅっと握って耐えた。  三大禁忌で隠匿されていた話は、概ね本当だった。学校で習うような一般常識を思い出した後で改めて見ると、とんでもない話だ。  現代では謎に包���れたシュメール文明。それは外宇宙へ繋がる『塔』を建てた、神々と人類が手を取る国だった。しかし彼らは創造主の片鱗を目の当たりにして、人類が二度と外に夢を見ないようそっと衰退した。その物語はやがて、現代の人々も信仰する世界一有名な聖典を生み出すきっかけとなった。  その後、地球に降り注いだカオスコロル。そりゃあ神の子と名乗るのも納得だ。彼は人類が二度と創造主に近寄らないよう、奇跡の力で生涯慈善事業を行いながら、ひっそりと人類から霊感を奪っていった。  そして第二のカオスコロル。霊能者と合体して大預言者に変身した彼は、中東に当時まだ残っていた異教徒が呼び出した外宇宙生物を倒し、それまで以上にめちゃくちゃ厳しい一神教を作った。彼はもはや唯一神の名前を呼んだり、イメージで偶像を作る事まで頑なに禁じた。それでも現代でも、人類の三分の一ぐらいの人達が彼の言いつけを守っているのはとてつもない偉業だ。  第四のカオスコロル……カスプリアさんは、時の王様の隠し子に宿った。だけど霊能者であった王様は、カスプリアさんの記憶が完全になくなるまで彼を地下に幽閉し、人間の言葉や生活を何一つ教えずに育てた。そのせいでカスプリアさんはやがてゲシュタルト崩壊して、脳を卵に変えて自らを封印。それを戦時中ナチスドイツに発掘され、今に至る。  人類とカオスコロル達が、ここまでして長年隠し通してきた『外宇宙』。いま、その実態は私達の目前にある。 「……ここまでは、大丈夫ですの? 準備ができましたら、いっせーのーせで創造主をチラ見せいたしますわ」 「わかりました。光君、大丈夫?」 「ゼェ、ゼェ……うぷっ。なんとか」  私はいい、まだ仏であるドマルの記憶や精神が根幹にあるからこのくらいは平気だ。しかし光君は今に至るまで、既に何度か分解霧散しかけている。 「じゃ、じゃあいくよ……本当に平気!?」 「ど、どうにかするから! 大丈夫。一美ちゃんを残して、僕は絶対に壊れたりなど!」 「わかった。いっ……」 「「せーのーせっ!」」  私達の合図と共に、カスプリアさんは外宇宙の景色を解放した。
བཞི་པ་
「ロフター。ロフターや、イラクサを刈ってきておくれ」  穏やかな森の中。腰の曲がった老魔女グリーダが、大鍋をかき混ぜながら使い魔を呼ぶ声。 「おいおい、イラクサですって? 僕の肉球が膨れ上がってパンになっちまいますよぉ」  現れた使い魔は、嗄れた声で二足歩行の猫。彼は虎のように大柄だけど、身長二メートル半もある魔女と並ぶと丁度よい体格差だ。 「文句を言うんじゃないよ。あたいの叔母のナブロク手袋を使いな。叔母さまはどんな毒や火傷からもあんたを守ってくれるよ」  魔女に促されるまま、猫は引き出しから人皮の手袋を取り出した。それは丁寧になめされて、甲に金色のルーンが刺繍されている。 「おやおや、こんなに薄いのに随分とあったかいんですなあ。それに……おお。確かに、イラクサに触ってもチクチクしないですよ。こりゃあグリーダの叔母さんは随分と良い人だったんでしょうね」 「ヒッヒッヒ! そうさ。あたい達魔術師はね、古くからノースの神々と共にヴァイキングを支えるこの国の英雄なのさ。最近は神が一人ぽっちしかいないなんて訳のわからない事を言う外人さんもよく来るけど、あんな偏屈な考え方はこの辺りにゃ向いていないね!」 「にゃははは! 全くその通りですなあ。わはははは!」
ལྔ་པ་
 魔女と猫の、幸せそうな束の間の時間。外宇宙の創造主……本当にそう呼んでいいのか……を見た私と光君の脳裏には、その光景が過っていた。 「こんな物のために」  光君の唇が震える。 「こんな物の尊厳を守るために、あの魔女は裁判に?」  魔女裁判。実は土着信仰の根強いアイスランドでは、ヨーロッパほど熾烈な魔女裁判は行われていない。しかし森の魔女グリーダは拷問の上で惨殺されてしまった……カオスコロルである、ロフターユールを庇って。 「こんな物の尊厳を守るために、いまだ世界中で戦争が??」 「そうですわ」  創造主を背にしたカスプリアさんの目が、玉虫色に光る。この『神』を三次元の物体として落とし込むと、確かに似たような色をしている。  創造主について言葉で例えるのは難しい。あえて言うならそれは、どこまでも無限に広がり、うねり続ける複雑な波だ。波の先をよく拡大してみても、見えなくなるほど無限に同じ形の小さな波が連なっているだけ。どれだけ全景を見渡そうとしても、見えなくなるほど無限に同じ形の波が連なっているだけ。その全貌は途方もなく���大で、その片鱗は手の中に握りつぶせるほどちっぽけで無価値な存在。それが創造主という概念だと思う。 「僕は認めない! 神様ってヤツは、もっと偉大で立派で……こう、ひげもじゃのお爺さんなど! みんなが尊敬できるお方でねえと! なのに、こんな心があるかどうかもわからない場所が……神様など……」  光君の頬を涙がつたう。こうなるのも当然だ。だって私達は、つい今しがたまで人類の全ての歴史を追体験したばかりだから。神に祈りながら死んでいった人々、神について争い命を奪い合う人々、神を騙る人々……その全てを、見てきたから。 「一美ちゃんは、どうしてそんな平気ので……?」 「……」  私って、薄情な女なの��な。ただ…… 「平気、かどうかは何とも言えないけど……私は正直、こんなもんかなって思った」 「どうして?」 「だって……創造主って、人類だけのものじゃないでしょ」 「!」  そう。私達は、人類の全てを見てきた。けど、それだけじゃない。動物、植物、惑星、この宇宙の全てを経てここに来たじゃない。 「人のための神様なら、確かに人型じゃないと変だと思う。けど太陽系には、犬とか葉っぱとか、石とか、ミトコンドリアとか。色々な存在があるでしょ? その全員のお母さんだってんなら、こんなわけのわかんない形だったのも納得がいくよ」 「人間以外……まさか一美ちゃん、さっきの遡りで、人類以外にも目を……!?」 「い、いやいや、ちょっとずつだよ!? そこまで精神のキャパないし! ……あ、でも」  人間をここまで魅了する神様、といえば…… 「……よく見るとこの波の形、仏様っぽくない? お釈迦様の螺髪(パンチパーマ)、ほら、あのへんの出っ張りを真似したのかも!」 「は、はは……」  光君は膝を打った。 「……これが、不動明王(ホトケさま)か」
དྲུག་པ་
 かくして全てを悟った私達は、カスプリアさんの力でゲーム空間に意識を帰還させた。 「さすが……お二人共、よくご無事でお帰りなさいましたわ。ですが、それができたのは、お二人が今まで幾多の試練を乗り越えてきた神仏だったから。普通の人間は創造主を直視するだけでショック死ですのよ」 「わ、わかってます! あんなのバレたら文明がめちゃくちゃになっちゃいますよね!」  というか、目がチカチカして卒倒するのが先かも。 「ええ。ですが、それこそ金剛が企てる楽園計画ですの」  そう、私達はロフターユールの過去も見てきた。彼は魔女狩りで大切な人を失い、一神教を……過去のカオスコロル達が築き上げてきた秩序を、憎んでる。  金剛有明団の真の目的は、全人類が失った霊感を再び蘇らせ、この地球上から『創造主への幻想』を破壊する事だったんだ。
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groyanderson · 2 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第四話「可哀想なワタクシ」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
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 日本仏教特有の考え方に、十三仏という仏様のグループがある。私が日本で神影(ワヤン)の修行をしていた時も、瞑想で描く影絵の題材などにこの十三仏を用いていた。  これに新しく覚えた影影無窮の技をかけ合わせれば、戦いのイメトレが行えないか……そう思いついた私は、大ティルベリ戦後みんなが疲れ果てて眠っている今、ソルモラ島の外れで不動明王である自分を除く十二柱の神影(ワヤン)を生成した。組み合いの相手はドマルが操作する事になった。  まずは釈迦如来、いわゆるブッダ様。仏の階級としてはいきなり最上位の如来だ。伝説に則り、無限に巨大化と縮小を巧みに操って攻撃を仕掛けてくる。天高くまで追い詰めたと思いきや手のひらの中、かと思えば蚊よりも小さな姿で背後を取ってくる。自分自身が影影無窮のバリアに身を隠し、領域に入ってきた瞬間を斬って撃破に成功した。  次に文殊菩薩。『三人寄れば文殊の知恵』ということわざは記憶にも残っている。そんな叡智の象徴を、この修行でドマルは『罠使い』と解釈した。大量の地雷やどこかから飛んでくる槍をかいくぐりながら、最後は巨大鉄球の振り子を逆に利用して撃破した。  その後も普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩……と錚々たる面々と鍔迫り合いを繰り広げた。観世音菩薩戦であの極太ビームを再現された時はいくら何でもやりすぎだと思ったけど、なんとか最後まで戦い抜けた。 ༼ お疲れちゃん ༽ ༼ ゼェ、ゼェ……ちゃんじゃないでしょちゃんじゃぁ!? ていうか、あのビーム出せるならドマルが戦った方が強いじゃない!! ༽ ༼ あれは影絵で見せただけ、殺傷力はない。拙僧ホラ、回復要因だし ༽  そう言いながらドマルは神経線維���エネルギー弾で私を修復した。確かに彼の抜苦与楽の法力は、戦闘にはあまり向いていない。神経型エネルギーで痛覚を吸収したり、物や生き物を修復する力だ。見た目は物騒だけど。 ༼ うう……もっと強くならなきゃ。せめて暗い所でも弱体化しないように、御戌神に頼らなくても戦えるように…… ༽ 「どうして」 ༼ ! ༽  振り向くと、物陰から御戌神が覗いていた。もう目が覚めたのか。 「そんなに僕は信用が? 僕が弱いから? 一度も君を守れた事がないから??」 ༼ そ、そういうわけじゃない。けど、何かの拍子に別行動になる事もあるだろうし…… ༽ 「一美ちゃんの体が奪われ��時、みたいに?」  御戌神がまた左手の薬指を掻いた。 「そりゃそうだ。君は実際、一人で戻って来れた。僕なんかいなくたって平気かもだ」 ༼ 違う! そういう事じゃ ༽ 「はっきり言ってくれ! 僕なんか必要ないと、足手まといだと……」  詰め寄ってくる御戌神の前髪を、その時ドマルが無理やりたくし上げた。 「……っ!」 ༼ こういう事、だ ༽  彼の顔は、両眼を中心にひどいケロイド状の炎症を起こしていた。私も薄々気がついていたけど、これまで彼は金剛や一美の話をする時に目が光って、時折苦しそうな唸り声を上げていた。 ༼ あなたはたまに、自分自身の肉体が耐えきれないような輝きを無意識で放っている。ストレスの限界だろう ༽ 「……ハハ、やっぱりわかってたので」  御戌神は念入りに前髪を下ろして目元を隠した。 「あの日から、僕は君の入れ替わりに気付いてた。けどそれを口にしたら、君の体まで殺されてしまうんでねえか? そう思ったら言えなくて……でも君がどこかに連れてかれちまうのが怖くて、そのままの付き合いを。けど、心の中の憎しみを、光を隠せば隠すほど……僕の体はボロボロに」  重たい前髪がランプシェードのように淡く光る。その輝きは昔と違って、毒々しいほど複雑な虹色に近い。 「ごめん、当てつけみてえな事を。ともかく、僕は塔には行かないから。行っても本当に足手まといにしか……」 「いいえ。そうはいきません!」 「え?」  突然、どこからともなく第三者の声。見渡しても誰もいない……と思いきや、 「あなたもお不動様と一緒に塔に登って下さい、光さん」  御戌神の巨体に隠れて、背後にミラさんの姿があった。
 གཉིས་པ་
 大ティルベリ戦からほぼ丸一日しか経っていないのに、ミラさんの体は完全に回復している。全知全脳の力で異形化や出産の負担自体がなかった事になったようだ。 「光さんは彼女の夫なのでしょう? 愛する伴侶にそのような辛気臭いお顔を見せてしまったら、お不動様まで悲しくなってしまいます。シャンとして下さいな!」  更に、日本語も格段に上達している。片目に有働さんと同じスマートグラスを装着して、まさかあれからずっと勉強してたのか? 「け、けど、僕は実際弱くて……夫のくせに……」 「夫が妻より弱��のがいけないのですか? 私は将来悟様や有働様を凌ぐ世界の帝王になりますが、それでは私は一生結婚できないという事になるのでしょうか??」 「え、あ、どう……かも、けど……?」 「はっきりおしでございます!」 「ギャア!」  ミラさんに軽く鼻を弾かれて、御戌神は情けない声を出した。どんな帝王学カリキュラムを受けているのか知らないけど、なんか悟さんの高飛車がちょっと伝染ったような……。 「個人的見解で恐縮ですが、そもそもお不動様は、初めからあなたを戦力として期待していないと思います。伴侶とは味方として寄り添い、ただ照らしてくれればいい存在なのです。その領分を逸脱して勝手に傷つく事は、かえって迷惑になります。蕁麻疹を起こすほど金剛有明団が嫌いなら、あなたは妻だけを見つめていればいいのです!」 「!!!!」  御戌神に雷が落ちたような衝撃が走る。すごい、このUR特待生、私が考えていた事を全部言語化してくれたぞ!? 「皆様がお目覚めになられましたら、有働様と私が考案した塔の突入計画をプレゼン致します。あなたにも重要な役職を用意しているので、速やかにテント村に戻って支度をして下さい。いいですね?」 「はいッ!」  御戌神はよく調教された犬のようにキビキビと立ち去った。 ༼ つ……強いんですね、ミラさん ༽  思わず心に思っていた事がそのまま口に出てしまう。 「え?」 ༼ だって、今まであんな目に遭ってて、昨日までその……あなたも被害者、だったのに ༽ 「言葉を濁さなくても大丈夫ですよ。確かに辛い経験や後ろめたい事はたくさんしましたが、帝王になるためには意地でも前を向き続けるしかないのです。それに」  その時、凛々しい顔をしていたミラさんが、甘酸っぱいウインクを私に向けた。 「ちゃんと互いに愛し合っている夫婦って、世界ではとても貴重なんです。それが引き裂かれてしまう事を、私は絶対に許しません」  ……思わず、私もドマルもトキメいてしまった。この未来の帝王、カリスマがありすぎる。
གསུམ་པ་
 午前中に目が覚めた一同は、医師団のテントから仮設病棟へ移って病室を一部屋レンタルした。有働さんとミラさんがホワイトボードに今回の計画を書き記している間、重苦しい沈黙が室内を包みこんでいた。この中に二人、幽体になっている人がいる。恐らく、彼らは…… 「お待たせしました、皆さん」  有働さんが沈黙を破った。 「初めに訃報からお伝えします。昨夜、私の部下セグロが息を引き取りました。心よりお悔み申し上げます……が、緊急事態のため逝去は保留させております」  大ティルベリと戦ったセグロさんが亡くなった。さっきまで毅然とした態度を保っていたミラさんも、彼の訃報が読み上げられた時はいたたまれない表情を隠す事はできなかった。しかしセグロさんは、彼女に安堵の笑顔を見せる。 「T’en fais pas……気に病むな、ミラ。それよりお前が後遺症一つなく帰ってきてくれて、本当によかった」 「セグロ兄さん……ありがとう」  彼は生前、子供達の世話を担う学生寮の責任者だった。自分の命より子供の安全が大切な人なんだろう。対するミラさんも金剛に操られていた後悔を感じながらも、今は未来だけを見つめていく覚悟が感じられた。  しかし、この場にはもう一人、魂だけで出席している人がいる。 「それから大変申し訳ございませんが、弊社のCEOは脳震盪で未だ意識が戻らないためここで戦線離脱致します」 ༼ え!? ༽  悟さんは生きていた。それは良かったけど、そんな状態で幽体離脱してたの!? 「大丈夫よ、私の体は生命維持装置で勝手に動いてるもん。ていうか目が覚めるまで暇で暇で、さっきNBFドル関連の年末年始の後処理ぜんぶ終わっちゃった!」  魂だけになってもなお仕事をしているのであれば、大丈夫なんだろう。この戦いが終わった後でNBFは滅亡しているかもしれないな。 「さて、皆さん。ここからが作戦の説明です」  ミラさんがレーザーポインターを点灯し、ホワイトボードの図を指す。 「金剛有明団の塔は特殊な結界で、霊感がある者でも視認できません。金剛が発行する紋章(ルーン)……すなわち認証コードのようなものを利用して入館する必要があります。また、生きた人間は塔に入れません。そのため光さんとパクさんには幽体離脱して頂きます」 「オッケーよ! 誰か体回しててもらっていですか?」  『体を回す』という言葉には聞き覚えがない。でもドマルがそれを記憶していた。  幽体離脱中も人間の肺や心臓は動き続ける。しかし食事や排泄といった行動を自力で一切取れなくなるため、意図的に幽体離脱する霊能者は誰か信用に値する知人や親戚の霊に自分の体を預ける。これが『体を回してもらう』という行為らしい。 「イナちゃん悪いけど、年末だしアフリカに急に知り合いを呼ぶのが難しいからしばらくは私でいい? 私の意識が戻るまでには女性呼ぶから!」 「えーっ悟さんですかぁ? じゃあ交代さんが来るまでおトイレ禁止!」 「わーったわーった! セグロ、あんたは光君ね」 「Oui」  セグロさんと御戌神が会釈を交わす。するとミラさんが御戌神に霊的物質でできたタブレット端末を手渡した。 「あまり大人数で行って目立ってはいけないので、戦力外の私と有働さんは皆さんを地上からサポートします。そしてここからの道中、光さんには塔の案内と引率をして頂きます」  御戌神がタブレットに触れると、そこに見やすく構築されたホームページのような画面が現れた。 「そこに私が記憶している塔のアイソメ図と、敵の情報などを記しておきました。また右下のチャットツールで私達とやり取りできます」  イナちゃんと画面を覗きながら、三人で情報をざっと流し見る。塔の内部に敵��そこまで多くないようだ。この塔は連中が建設している楽園アガルダへの通り道にすぎず、要は二大ボスである愛輪珠如来とナタリア・サミヤクを突破してしまえば細かい敵は殆ど出現しない。 ༼ って、ナタリアはこの間倒したんじゃ? ༽ 「ええ、肉体は倒しました。ですが、あの呪医は人間の負の感情が生み出した怪物です。放っておけば再び力をつけて無限に復活してしまうので、大元である感情エネルギーの塊を完膚なきまでにへし折る必要があります」  つまり心理戦を行うと。 「その戦いの担当は、ドマル様と光さんを推奨します」 ༼「え?」༽  呼ばれてドマルが私から分裂する。御戌神と、だぶかドマルが?? 「お不動様は後の如来戦に向けて温存する必要があります。そしてパクさんも、紅さんのお体を取り戻した後に日本で浄化を行う役割があります。そこでナタリア戦はドマル様と光さんが済ませ、その間にお二人は塔内で情報収集をしてもらいましょう」 「ちょっと待って! そりゃドマルは苦痛を取り除く仏様かもけど、僕はそういうの」 「ナタリアなんて性格最悪女との戦いで妻の心が曇ったら、『そいつはコト』でしょう?」 「うっ……僕がやるので」  未来の帝王、夫という人種にやたら手厳しい。しかしここは彼女の作戦通りに進むのが得策だろう。悟さん達も増員が来たり体力の回復次第追って来てくれるという。私はドマルと一旦分裂し、御戌神、イナちゃんと共に塔へ旅立った。
བཞི་པ་
 心霊タブレットの指示に従って御戌神が光の紋章(ルーン)を描くと、大ティルベリ戦で壊したはずの古民家が再び現れた。相変わらず天まで届くような瘴気を放っている。 「入るのやだヨー、くさそう」  イナちゃんが顔をしかめる。私達全員が金剛に恨みを持っているため、塔の見た目はとてつもなく禍々しい。 「待って、見え方(バイアス)解くルーンを。ええと、こうでこうで……できた」  ルーンが形作られると、まるで悪魔の棲家のように不気味だった古民家が穏やかな雰囲気に変わった。金剛に信仰心があればあれは大豪邸か何かに見えるはず。つまり、あれが本来の結界の姿なんだろう。  古民家内はまるで中世か近世初期のように文明感のない内装だった。壁面は塗装されていない丸太を手で組んだ作りで、隙間に所々干し草が詰められている。アフリカらしからぬ大きな暖炉があり、その隣にはむき出しの階段。登ってみると、ドアや暖炉を含めて全てが入ってきた時と同じ内装の部屋に出た。 ༼ あれ? 同じ所に戻ってきた? ༽ ༼ いや、小物の配置が若干違う。それに窓の外が高くなっている ༽  タブレットによると、ミラさんが知っている限り全ての階層はほぼ同じ間取りらしい。雑な作りの結界だ。 「七階が書斎で。ワヤン不動とイナちゃんはそこで待機して、情報を」  全員幽体や影体だから、階段は苦ではない。まず全員で一気に七階まで上がった。確かにこのフロアには、下の数階と違い壁一面に本棚があった。しかし…… ༼ ね、ねえ、イナちゃん……これ読める? ༽ 「読めるわけないヨ、てゆかこれ何語??」  本はどれもこれも手書きのアルファベットで綴られているけど、英語じゃない。文字の上に点がついていたり、数字の6を裏返したような文字がある。 ༼ あーこれ、氷島(アイスランド)語だ。読めるようにするよ ༽  ドマルが私に記憶を共有してくれた。どうやら信者の中にアイスランド人がいたらしい。すると実際の文法や発音はわからないものの、本に書かれている内容はふわっと理解できるようになった。  全員の準備が整うと、私とイナちゃんは分裂したドマルと御戌神を一旦見送った。
ལྔ་པ་
 ワヤン不動と分離した拙僧は、御戌神に導かれ、塔の上階へ進む。幸運の呪医が棲む領域は、十九階にて出入口と同じ扉を開いた所にあるという。 「どうして……どうしてこんな事に……」  前を行く御戌神は、聞こえる声で独り言を繰り返している。 ༼ そんなに辛いなら断っても良かったのに ༽ 「断ったらもう、僕ができる事など一つも。そしたら一美ちゃんに顔向けが」  彼はぶっきらぼうに答えた。拙僧の事は一美と同一視せず、ただの身内のように捉えていると見受けられる。 「心理戦ってやっぱ精神攻撃なので? 悪夢を見させられたり一美ちゃんに罵られたりなど? あー嫌だあぁー、そういうの一番苦手なんだからぁー!!」  にしても、拙僧に素を曝けすぎでは? ༼ その豆腐メンタルがあなたの最大の弱点だから、ミラさんはだぶか任命したんだろ。案ずるな、一美も友人や同僚にはしょっちゅう小心者と呼ばれているよ ༽ 「嘘こくなぁ、あんな勇敢な人が! 先に伝えとくけどドマル、僕は『死ね』って言われたら本当におっ死んじまうタイプなんだから!」 ༼ 誇って言う事じゃないぞ ༽  管巻きながら歩んでいた御戌神が足を止める。目的の扉の前に着いたのだ。先に開けて外に出てみると、そこには無数の小さな散減が泳ぐ池があった。  その池の水はまるで血液とヤクの乳を炎天下で腐らせたような悪臭を放ち、陸との境目が羽毛のように立派なカビの胞���で覆われている。時折天から人骨らしき物が池に降ってきて、それが汚水とカビを纏うことで散減に生まれ変わるようだ。 ༼ バイアス無しでこの汚さ……ていうか、結局雑魚敵も出るんじゃないか ༽ 「グルルル、人から盗んだ骨でこんな怪物作りなど! すぐ消毒せにゃ!」  御戌神の目が強烈な光を発する。輝きは重いたてがみによるランプシェード効果で池全体に行き渡り、そのまま周囲一帯を閃光で包み込んだ。光が落ち着くと、カビ菌は焼けて灰になり、池の水も沸騰してかなり減っていた。 「ありゃ?」  水位が下がった事により、池の中心に巨大な茸の生えた岩場が出現した。御戌神がそれに近づくと、笠がピクリと振動する。 ༼ 待て、危ない…… ༽  一瞬遅かった! 茸が突然大量の胞子���噴出し、それを御戌神が直に浴びてしまった。水上を浮いて移動していた御戌神は電気ショックを受けたように硬直し、そのまま池に落ちていく。  すかさず拙僧は神経線維を伸ばして御戌神をキャッチし、彼を抱きかかえて塔の側へ戻った。御戌神は呼びかけても反応がなく、ヘッヘッと苦しそうな呼吸をする。彼の魂の奥まで神経を伸ばし、意識を読むとしよう。
དྲུག་པ་
「ああ、カワイソウ、カワイソウ♪」  巨大な茸の怪物が、耳障りな金切り声で歌うように喋る。 「他人の不幸は蜜の味♪ でもワタクシより不幸なのは許さない♪ だから死ね!」  怪物の根元から無数の散減が触手状に成長し、御戌神めがけて迫ってくる。それに触れられそうになった瞬間、  ヴゥンッ。 「きゃひゃぁ!?」  仔犬とも人間ともつかない声をあげ、御戌神は意識を取り戻した。 ༼ 死ねと言われると死んじゃう男に、ひどい悪夢を見せるよな ༽ 「あ……ああ。胞子のせいで幻を。ありがとうドマル。おかげで助かっ……だ……だるま!」 ༼ 達磨? ༽  お大師様? 「ちちち、違う! あんた手足が!!」  御戌神が鬼気迫る声を出す。しかし拙僧は特に何ともない。再び彼の精神を垣間見ると……ああ、そういうこと。  ヴゥンッ。 「キャンッ!」  彼の中で拙僧は、拷問部屋のような場所で四肢を散減に食い千切られていた。再び彼の目を覚ます。 ༼ 今度こそおはよう ༽ 「ハッ、また夢を! 良かった……って、うわあああ! 一美ちゃんが死んじゃううううう!?」  何だ何だ、今度は一美か。  ヴゥンッ。 「また夢……うわ! ひぃぃ~!」 ༼ 無限ループって怖くね? ༽  その後、何度刺激しても彼の精神は幾重にも連なる悪夢から抜け出せなかった。最初に茸の怪物に襲われた時を除き、惨たらしく死ぬのは大体拙僧か一美、それとワヤン不動。彼にとって、自分より愛する者が殺される方が辛いのだろう。時には散減や愛輪珠如来に襲撃され、時には不慮の事故が起き、時には御戌神自身の気が狂い…… 「もういい」  彼の心が折れたのは、公衆便所の和式便器に裸の一美の惨殺死体が捨てられている光景の中だった。 「もういい、このままで」 ༼ 何言ってんの。現実に戻れなくなるぞ ༽  血まみれで無残に横たわる一美を呆然と見つめながら、御戌神の目元からまた不穏な光が射す。その光を浴びた箇所の亡骸は、ふつふつと泡立ち少し黒く変色した。 「現実に何の意味が……? 夢から覚めたって、僕はもう一美ちゃんに顔向けなど! 彼女の命に縋って、偽物と結婚して、キスして、初夜も……う、ウオオオーーーン!!」  御戌神が吠えた途端、繋ぎっぱなしにしている神経から彼の苦痛がびりびりと伝わってくる。そして、記憶も。 ༼ ……これは…… ༽  すると便槽の底から、茸の声が響いた。 「きゃっはははは! なぁんてカワイソウなワンちゃんかしら、無様ねぇ~♪」  茸は一美��体を突き破り、汚水と胞子を撒き散らしながら成長する。その姿はインドネシアで見た呪医ナタリアに近くなっていく。御戌神の心の苦痛を浴びて、力を取り戻しかけているようだ。 「ずっとあなたの事見ていたわぁ。あの夜、愛輪珠相手にどうしても勃たなくて、ホテルのベランダに飛び出したあなた。でも地上でハイエナのように待ち構えるワタクシのティルベリちゃん達を見ると、『僕が一美ちゃんを守るので~っ!』って、自殺を諦めて……カァーワイソー!!! きゃ~ははははは!!」  彼が自殺を試みたのは、その一時だけではない。結婚後も幾度となく死の誘惑に抗い、心と体を掻き毟りながら、一美の傍に留まり続けていた。 「さあ、一美なんて女とは縁を切っちゃいましょう♪ 金剛有明団こそがあなたを幸せにできる。だって御戌神、あなたは……」  その気力ももはや尽きかけ、御戌神の体に胞子が積もっていく。そして、彼の輝きも次第に失われるが…… 「あなたはワタクシが作り出した、とびきりカワイソウな負け犬なのだから!!」  ボッ。  彼を覆う胞子は、全て拙僧のエネルギー弾により焼滅した。 ༼ あなたの『カワイソウ』は、矛盾を孕んでいる ༽ 「……は?」  怪物ナタリアから、笑顔が消える。 ༼ 人が可哀想と言う時、その後はたいがい同情の言葉へと繋がる。『可哀想、だから助けてあげる』、『可哀想、だけど何もしてやれない』 ༽  拙僧にも覚えがある。砂漠の果てで力尽きていた、あの『可哀想』な精霊を…… ༼ だが、あなたの目的は逆だ。人から施しを集めるために、わざと不幸を生み出している。カワイソウによって縁を引き寄せ、カワイソウによって徳を得る。それが、あなたの力のからくりだ ༽ 「その通り♪ 不幸な人間ほど良い縁に恵まれるの。よりカワイソウな者こそ、より人に優しくして貰えるの!」 ༼ まだ分からないのか ༽  抜苦与楽の法力……拙僧は御戌神の身体を修復した。爛れた顔の皮膚と、掻き傷まみれの指先を。そして……少しだけ、彼を構成する細胞に、ある『抵抗性』を付与する。 ༼ 哀れみで繋いだ縁は、自分が不幸ではなくなれば消滅する。つまり幸運のナタリア(ナタリア・サミヤク)、あなたは誰も幸せにできないし、やがて誰からもカワイソウとすら言われなくなる ༽ 「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」  ナタリアの根本から五本脚の散減が生まれ、拙僧をがんじがらめに縛り上げた。 「ドマル・イダム、そして紅一美。ワタクシはあなたのような加害者が一番大っっっ嫌い。どれだけ不幸のどん底に突き落としても、どれだけ心を折ってやってもゴキブリのように立ち向かってくる! それどころかワタクシ達が大切に大切に育てたものを正義面で悉く壊してしまう! 死ね。死ね死ね死ね死ねえええぇーーーーーっ!!!」  結局それが本音か。カワイソウなどと言いつつ、彼女は自分より幸せそうな人間を妬んでいるだけだったのだ。 ༼ ……こんな事言ってるけど、あなたはこの女性の事をどう思う? ༽  拙僧は僅かに動かせる神経で、御戌神の前髪をたくし上げた。 「えっ」  途端、御戌神は全身を真っ白に染め上げる。その輝きが悪夢の世界を包み込むと、突然全てのカビ菌がじゅくじゅくと音を立て崩壊し始めた。 「ぎゃああああああああぁぁーーーーー!!?」  胞子を失ったナタリアが急激に力を落とし、悪夢の光景は光が落ち着くと共にあの池があった景色に戻った。但し水は全て干上がり、草木一本どころかカビ一つ生えていない。ナタリアは池の底に溜まった砂利の上を転がりのたうち回る。 「あ、あなた、御戌神ッ! ワタクシに何をしたァァーーーッ!?」 「……」  彼は何もしていない。最大限の嫌悪と軽蔑の感情を込めて、ただただ自らを祟り神に仕立て上げた創造主を見下ろしている。但し長期に渡るストレスで変容した彼の輝きは、全ての生き物を朽ちさせる滅びの光となってしまったのだ。 「やめて、見ないでぇ、ひぃぃ許してぇ! 愛輪珠に紅一美を解放するように言うから! え、エヘヘ♪ お願い御戌様ぁ……!」  ナタリアはへらへらと命乞いを始めた。しかし御戌神は何もせず、ただ彼女を、そして穢れたカビの池を見つめ続ける。 「そんな目で、見ないで……弱く、て……カワイソウ、な、ワ「しつこい」  発光。そして数秒遅れで、人間であれば鼓膜が破れるような轟音が響く。ずっと体の中に貯め込まれていた滅びの光を御戌神は全て解き放った。それは一EBq(エクサベクレル)級を優に超えていただろう。ここが娑婆の地上ではない、塔という亜空間で良かった。  これで夫に粉をかけてきていた女はいなくなったわけだが、前世として一応聞いておこう。 ༼ ……で、結局、彼女をどう思う? ༽ 「別に。カワイソウでもカワイくもねえ、心底どうでもいいおばさんで」
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groyanderson · 2 years ago
Text
☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第二話「現れたイヤなヤツ」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 娑婆に戻ると、一面に緑の木々があった。日本の山林には自生していない植物が多く、人工的な庭園か、あるいは日本国外なのかもしれない。  まずは人がいないか探してみよう。少し歩いていると、開けた場所に誰かが立っていた。魔女みたいにつばの広い帽子を被っているから顔は見えなくて、等身の低さから辛うじて子供だとわかる。その子の前には何故か、屋外じゃなくて家の中で使うようなアンティーク鏡が立っている。 「鏡よ鏡、鏡さん。四一四〇の過去三年の売上高変化率を出してみて」 「はい。四一四〇、養医所製薬の売上高変化率は、三年前年度比マイナス六.二%です」 「十の十一致……っと。アシスタント機能のバグ修正は上手くいったみたいね」  その子……声は低い。声変わり直後の男の子だろうか……は、喋る鏡と会話をしている。童話みたいなシチュエーションで、随分ビジネスライクな話題だこと。邪魔をしては悪いけど、声をかけてここがどこだか尋ねてみよう。私は物々しいワヤン不動から紅一美に姿を変え、霊感がない人にも自分が見えるよう影を濃く取った。そして༼ あの ༽と声をかけようとしたその途端、それを遮るように男の子がまた口を開いた。 「ねえ、鏡よ鏡。どっかの誰かさんがふざけた引退宣言なんてやらかしてくれたけれど、ここの情報はどこにも漏洩してないでしょうね?」  え? 「はい、CEO。リアル株式運用NFTゲーム『白豚姫と七十二の法則』はまだリークしていません」  鏡がよくわからない答えを返しているうち、CEOと呼ばれたその子が振り返った。未就学の子供のように小柄なのに、顔は陶磁器でできた人形のように美麗な大人の顔で……一目で作り物だと理解できた。 ༼ ひょっとしてここ、ゲームの中ですか? ༽  人工庭園どころか、ここはバーチャル空間だったようだ。3DCGにしては随分とよく出来ている、なんなら和尚様の須弥山よりリアリティが高い。CEOさんは白雪姫の魔女を模したアバター姿だけど恐らく男性だ。 「そう。ブロックチェーン技術で仮想通貨や実際の小額投資が運用できる、次世代のゲームを作っているの。最初はお手軽なモバイルアプリとして発表するつもりだけど、世界観を大切にしたいから、開発チームには全員メタバース内に潜ってリアルタイムプログラミングさせているのよ……あ、これ社外秘ね」  CEOはなんだか凄そうな極秘事項を、初対面の私にペラペラと喋る。大丈夫なのか? と思っていると、私の中でドマルが閃いた。この魔女、もしや…… ༼ 失礼、少しよろしいか? あなたは一美のお知り合いと見受けられるが、拙っ……私は本体である紅一美の肉体を悪霊に盗まれて、『ワヤン不動』の記憶以外殆ど思い出せないのです。できれば今一度、あなたや一美の話をご説明頂けないかな ༽ 「えぇ? またまた。……って、マジで私の事、忘れちゃったの!?」  魔女アバターが驚きの表情を作った。よく出来ている。 ༼ マジです ༽ 「勘弁してよ一美ちゃん! 私よ私、平良鴨悟(へらがも さとる)! 平良鴨証券グループ会長、金融アルマゲドンを制し世界長者番付第一位を獲得した億り人の!」 ༼ なるほど、つまり芸能界のタレント仲間 ༽ 「ちっがーう! そりゃ一美ちゃんと初めて会ったのはショービズの世界でだけど、今はもうNIC関係者同士の友達。うちの本社にデグーの霊が出た時だって助けに来てくれたじゃない!」  そんな可愛いイベントあったっけ、ぜんぜん思い出せない。でも、こうして話しているとどこか懐かしさは覚える。……あれ? そういえばこの人、対アンダスキン戦で共闘したNIC出身の超脳力者さんと似ているような…… ༼ ひょっとして、譲司(じょうじ)さんのご家族ですか? ༽ 「なんで兄ちゃんの事は覚えてるのよ!!」  なるほど、彼の弟さんだったみたいだ。  悟さんから情報を聞き、改めてこれまでの経緯を整理してみる。まず私は二〇一三年の夏に如来に肉体を奪われた。以降も一美は表向き、これまで通り芸能界で活躍している。しかし彼女と親しかったNIC関係者が異変に気付き調査したところ、下水道からワヤン不動の魂が宿った金属ペンダントの一部破片を発見。過去金剛の霊障事件の証拠品として保管していたムナル和尚様の遺骨を使い、ワヤン不動の復元に成功した。そうして蘇った私の魂は、NIC本部よりも狙われにくいスポンサー企業、平良鴨証券グループに移送され、まだ世間には未公開の亜空間(メタバース)内に安置されていたという。ちなみに今は二〇一四年十二月末だそうだ。 「うちのローカルサーバーは対霊性も高い特別なセキュリティルームにあるの。機密情報がお化けとか透視脳力者経由でリークしないとも限らないからね。それなのにあんたったら、何千人も生霊を引き込むんだもの。全くとんだ邪尊様よ!」 ༼ す、すいません。まさかそんな事になってるとは知らなくて ༽ 「まあいいわ。ともかくNICも金剛有明団を潰す方針は一緒だから。あなたが目覚めたからには明日から忙しくなるわよ」
 གཉིས་པ་
 NICは正式名称を『国際超脳力研究機関(National Institute of Cerechology)』という。人の脳が百パーセント活性化する全知全脳(ぜんちぜんのう)という現象に着目し、エスパーや霊能力などの超人的な力を研究する医師団だ。ワヤン不動復活と邪尊の引退宣言も当然関係者の耳に入っていて、NIC全支部合同で金剛有明団への対策を話し合う緊急カンファレンスが開かれる事になった。  私達は悟さんの自社用セスナで、カンファレンス会場であるNICアジア支部本部、インドネシアのバリ島へ向かう。アイドリング中の機内で待っていると、悟さんを含めて三人が搭乗した。一息つく間もなく離陸が始まり、セスナは轟音に包まれる。お互いの挨拶が始まるのは雲の上に上がってからになりそうだ。  外は夜だった。見覚えがあるような、ないような、しかしなんとなく日本っぽい夜景が広がっていく。記憶を完全に取り戻したら、ここがどの都市だかわかるのかな。  夜景はやがて灰色の雲に覆われ、機体が地面と平行になる。ジェット音が落ち着くと、悟さんがシートベルトを外して、私のいる後部座席側に向き直った。 「金沢の夜景も綺麗だったでしょ? 東京より上品で。鼓門は見えた?」 ༼ カナザワ? ༽ 「これは重症だわ」  なんとなく日本の地名らしきニュアンスしかわからない単語をオウム返しすると、悟さんはまるで原始人を見るような目をする。 「本当に殆ど戦いの記憶しかないようね。いいわ、みんな改めて挨拶会しましょう。『蟻』は初対面だしね」  セスナの乗員は私と悟さんのほか、小柄な運転手の壮年男性と、ダウンコートのフードを目深に被った身長二メートル越の寡黙な偉丈夫。蟻と呼ばれたのは……運転手さんだろうな。 「まず私。さっきも名乗ったけど、平良鴨悟。NICのコードネームはエイミィ。ヒエロニスト(熱念力使い)で、霊感はチョットだけ。移動費はこっち持ちだから気にしなくていいわよ」  自己紹介しながら、悟さんは細い煙草を取り出す。眉間から一瞬小さなスパークが走ると、煙草が火花を上げて発煙した。彼は自分の脳力を実演し終えると、そのまま煙草を咥えた(自社用機だから喫煙は自由なんだろう)。そしてコードネームというのは恐らく、秘密組織であるNIC内で使われる名前か何かだと推測できる。  次に運転手さんが振り向いた。 「初めまして、ワヤン不動様。私は平良鴨証券CEO秘書、有働義人(うどうよしひと)と申します」  有働さんは年齢の割に背筋がぴんと張った男性だ。眼鏡の右目部に装着されたウェアラブルディスプレイが引っ切り無しに明滅し、時折右目だけギョロギョロと何かを読み取っている。 「私専用の『SSR秘書』よ! マルチタスカーで、重度のソーシャルゲーム廃人。ゲームさえ自由にさせてあげれば、どんな仕事だってこなしてくれる最高の働き蟻なの!」  悟さんに誇らしげに紹介されると、有働さんは奥ゆかしい笑顔で会釈して再び飛行機操縦に戻った。彼はスマートグラスで常に様々なゲームを並行周回しながら業務に従事しているようだ……NICの脳力者並にすごくない? SSR秘書。 「あんたも何か喋りなさいよ、旦那クン。それとも、奥さんに忘れられてるかもしれないのが怖いのかしら?」  有働さんの紹介が終わった後、最後に悟さんに声をかけられたのは偉丈夫だ。彼がのそのそとフードを取ると、中の顔も重たい前髪で殆ど隠れていた。でも、その淡く発光しているような青白い髪にはとても見覚えがある。 ༼ 御戌神(おいぬのかみ) ༽ 「!」  名前を呼ばれたその偉丈夫、御戌神は、僅かに口元を引きつらせた。彼は御戌神。江戸時代に金剛によって生み出された祟り神の生まれ変わりだ。人間としての名前は……何故だろう? ワヤン化している最中も何度も呼んでいたはずなのに。まるで心に鍵がかかっているように思い出せない。 「なに、あんた達夫婦喧嘩でもしてるの?」  私が御戌神と呼んだからだろう。悟さんが茶化す。夫婦と言ったが……よく見ると、御戌神が隠すように握っている左手の薬指には、シンプルな銀の指輪があった。 ༼ もしかして……私の、夫? ༽  一美は結婚していた? そんな記憶は毛ほどもない。しかし会話の流れからすると、私は実の夫の名前すら忘れているのか!? 「……一美ちゃんとは、結婚してない」  御戌神が初めて口を開いた。 「僕が入籍した彼女は、如来に乗っ取られた後ので。嫌で嫌で仕方なかったけど……金剛の変な男に一美ちゃんを取られたら、本当にコトだから」  少し訛った言葉を絞り出しながら、御戌神は左手の薬指を苛立たしそうに掻きむしった。その指先は蕁麻疹のようにぼつぼつと荒れていた。彼は相手が如来だと気付いていながら、私を金剛から少しでも遠ざけるためにプロポーズしたのか。なんて事をさせてしまったんだ……。 ༼ 光(ひかる)君 ༽  自責の念で心臓がきゅうと絞られるような感覚になり、その拍子に私は自然と彼の名前を口にした。すると光君は諦めきったような微笑みを浮かべ、 「今は御戌神で。名前は一美ちゃんが完全に戻ったらだ」  私を遮った。 「僕は御戌神。影法師と対になる、光で戦う犬神。ワヤン不動にゃ及ばないかもけど、ちゃんと戦力に」  皮肉にも、彼の戦闘状態は鮮明に覚えている。青白く輝く巨大な狛犬になった彼と、��の私は連携して大散減を倒したんだった。  しかし彼は初対面時と比べ、とても垢抜けた。柔らかそうなファー付きロングダウンコートが胴をすっきりと見せ、下半身は座っても丈がしっかり足首まである、ストレッチ性が高そうなサイドラインのジャージパンツ。だけど都会的になった彼を見ると、どこか悔しさを覚える自分がいる……。その気持ちの理由を知るためにも、絶対に自分の体と記憶を取り戻さなきゃ!
གསུམ་པ་
 バリ島に到着すると、まず通常の旅客機と同様ングラ・ライ国際空港に着陸する。そこから先は一般客と異なる動線へ誘導され、いかにもVIP待遇といわんばかりのトントン拍子で入国審査が完了。あっという間にインドネシア入りしてしまった。  入国後は有働さんがチャーターしたロールなんとかという車で、アジア支部本部がある港町パダンバイへ向かう。時刻は既に深夜一時過ぎ、酔った外国人観光客を乗せたタクシーの大群で道路は埋め尽くされている。でも信号がほとんど無いから、意外と早く目的地に到着した。  世界規模の秘密組織の支部と聞いた時、私は二種類の外観を想像していた。政府関係者しか入れないような厳重な門がある施設か、あるいは地下室など一般人に気付かれないようカモフラージュされた見た目だ。その答えは実際どちらでもなく、よくありがちな総合病院の別棟に構えられた関係者向けフロアだった。御戌神も私と似たような思索を巡らせていたようで、「意外と普通だ」とつぶやいていた。  入口で名前と指紋を登録して本部に入館する。心霊扱いの入館手続を行う私だけ、指紋代わりに魂からエクトプラズムの一部を採取されるようだ。 「わぁ、シャドーパーソンの方なんですか! 私、この採取で幽霊さん以外のお手続き初めてなんですけど、痛かったら言って下さいね~」  心霊担当の事務員さんが親切に声をかけながら、注射器に似た機器で私の魂を採取した。特に痛みはない。私は彼女に快く会釈して入館した。  エントランスは二フロア吹き抜けのホールになっており、端に来客用のソファがある。そこに座っていた恰幅のある黒人男性が私達を見ると、立ち上がって出迎えてくれた。 「ワヤン不動様ご一行、ようこそいらっしゃいました。NIC総本部長のヴァーヴィアポワです、よろしく」  ヴァーヴィアポワ氏と挨拶の握手を交わす。その手はじっとりと汗ばみ、少し震えているように感じた。私に続いて悟さんも彼の手を握る。 「やだぁ、固くなっちゃって。そりゃ彼女はワヤン不動だけど、私の友達だから緊張しなくていいのよ、『オニイサマ』」 「えっ!?」  ヴァーヴィアポワ氏がギクリと硬直した。お兄様? 「い……いやぁ~! だって、その。仏様を前��緊張しない人はいないぜ、エイミィ! あ、あはははは……」 「?」  どういう関係かは解らないけど、二人は旧知の仲のようだ。秘密組織トップと大スポンサーのCEOだから、当然といえば当然かな。悟さんは私に内緒話をするように身を寄せるも、ヴァーヴィアポワ氏が振り向いたらそのまま離れていった。  私はカンファレンスルームに、他のみんなはラウンジに通された。カンファレンスルームは非常灯や天窓がくっきり見えるほど薄暗く、広さや内観がわかりにくい。ただ奥の壁にある窪んだ飾りスペースに、やけに気味悪い黄色い顔の人形が飾られているのだけ見えた。なんだかやけに陰鬱な雰囲気だ。  長い一本の机に等間隔に並ばった椅子には、既に数名の男女がズラリと座っている。彼らが世界各地域の支部長だろう。その最奥、上座というかいわゆるお誕生日席にヴァーヴィアポワ氏が着席。私の席も彼の横に用意されていた。背後から不気味な黄色人形の視線を感じる。 「改めて皆さん、お集まり頂きありがとうございます。こちらがこの度ご復活なさったドマル・イダムの憤怒尊、ワヤン不動様です」  まばらに拍手が起こる。 「本題に入る前に、皆さん簡単な自己紹介をお願いします。まずは僕、総本部長のヴァーヴィアポワだ。専門は脳神経外科、脳力はチャネリング(精神交信)。よろ���く」  薄暗くて読みづらいけど、机にはそれぞれ名札が立てかけてある。ヴァーヴィアポワ氏のは「Vurviapois(ヴァーヴィアポワ)(Ralf Haenel(ラルフ・ヘイネル))」、上がコードネームで下が本名か。私のは「Wayang Acala(ワヤン不動)(Hitomi Kurenai(紅一美))」となっている。 「EU支部長、耳鼻科医のトミスです……体内に、特別な放線菌(バクテリア)を飼ってます。感染症でお困りの時、力になれますです」 「やあワヤン不動! 僕ぁ欧米一のカリスマ美容外科医、ストイコル。脳力はもちろん、プリシジョン(超緻密動作)さ!」 「アタクシはセントプリーア。幽霊だけど、歴とした南米支部長の産婦人科医よ。これから生まれる胎児ちゃんとお話したり、カワイソウな子に才能を与えてあげる仕事をしてるの」  そういえばNICは医師団。ここにいる支部長さん達も、みんな様々な分野で活躍するお医者さんのようだ。EU支部長は控え目な若いヨーロッパ系の女性で、欧米支部長は絵に描いたようなガタイのいい白人アメリカ人男性。南米支部長は痩せ細ったヒスパニック系の幽霊女性だ。引き続き、時計回りに机の向かい側の方々も挨拶する。 「アフリカ支部長のナサモー、職業は軍医です。脳力はありませんが、一族伝統の整体術を心得ています。その効力を現代医学で解明するのが我が使命です」 「やーあ支部長諸君、そしてワヤン不動君! 私は中東支部長のコネンティンだ! 私の予知脳力は、小児科病棟のちびっ子諸君に大人気なんだぞ!」 「Hey Yo! 俺はベェフェ、アジアの妖神(アヤカシ) 牛の身体に一本足 音楽療法士! カウンセリング 患者の話はシカッティング 着ぐるみ疑惑? それすら俺のブランディング!」  ……こっち側の人達、みんなキャラが濃い。アフリカ支部長はアフリカっぽいフェイスペイントをした男性で、何故か会議の日にも関わらず迷彩服を着ている。ユダヤ教徒ルックな中東支部長はこの中で最年長のおじいさんなのに、一番声が大きくてハツラツとしている。アジア支部長はなんというか……牛だ。角があって可愛い女の子声の、性別不明の牛。ドマルの記憶知識によると、古来から音楽を通じて人間と関わってきた中国の神様らしい。  それにしてもさっきから、ずっと薄暗い部屋にいるせいかどうも具合が悪い。以前は動きが鈍くなりこそすれ、こんな風にはならなかった。復活したてで本調子じゃないのかな。 「全員挨拶したね。そうしたら金剛有明団対策会議を始めるけど……実はワヤン様、僕達はあなた方が来る前に既に結論を出しているんだ」 ༼ 結論? ༽ 「ああ。僕達は……」  彼が答えようとしたその時、突然私の魂に直接テレパシーが届いた。 『逃げて、ワヤン不動! 僕達は操られてる!!』 ༼ へ? ༽ 「……僕達は金剛側につく。そしてここで君を始末する事に決めたのさぁ!」  ガタガタッ! NIC支部長達が一斉に立ち上がり、薄暗かった部屋の電気が完全に消えた。しまった、これは罠だ!
བཞི་པ་
 突然の不意打ちから始まった戦闘、相手は世界を代表する七人の超脳力医師! 漆黒に包まれた最悪のコンディションで、私は迷わず非常口のライトに影体を滑らせる。ところが危ない、何か鋭利な刃物を持った欧米支部長が突撃! ༼ おっと! ༽  間一髪で回避! しかし取り囲まれてしまった。私が光源の近くでしかまともに戦えないのを全員知っていたようだ。 「君の弱点はお見通しさ、ワヤン不動!」  夜目を凝らしてよく見ると、得物は硬化した彼の爪だ。全身を細胞レベルで自在に動かせる彼の脳力、プリシジョンによる技だろう。爪ならティグクで折れそうだ、こちらも武器を捻出して……うっ!? 「多勢に無勢だと忘れてませんか?」 「うふふ、カワイソウ……そそるわ、その苦しそうな表情……!」  その声は、放線菌を飼っているEU支部長と幽霊の南米支部長! 体が重い。私は菌と霊障に感染してしまったようだ。動きの鈍ったところでアフリカ支部長に関節技をかけられて拘束される。普通の敵ならここで影炎で一掃が可能、けどさっき『彼らは操られている』って声が聞こえたから火傷をさせるのはマズい! ༼ それならこうだ! ༽  非常灯の僅かな光源を編み、メ��ンバリアを張る! 押し出されたアフリカ支部長を影踏みで拘束し、壁伝いに天井へ這い上がる。非常灯より暗いなりにも外光がさしているし、天井付近は飛べない人は近寄れないはず! 「はっはっは、天窓に向かうのも想定内だ!」  予知脳力者の中東支部長が高笑い、天窓には既にラッパー妖怪アジア支部長が待ち構えていた! この最悪コンディションで牛一頭と闘えっての!? 『落ち着いて。ベェフェ君は僕より運動音痴だから!』  再びテレパシー! いや、いくら運動音痴とはいえ牛! 「怖気づいてるぜ明王!」  牛突撃! ……いや、めっちゃ遅い! 普通に避けて、そのまま影踏みで足止めを……ん? 動けない!? 「俺はツイてるぜ衝動!!」  牛激突! 体感した事のない鈍い衝撃が全身を貫き、私はカンファレンスルームの最も暗い角に叩きつけられた! 影体がバリバリと電気分解し、気の遠くなるような感覚に襲われる。何だ、さっきの……体を硬直させる脳力者はいなかったはずじゃ!? 『あわわわ、どうしよう、ワヤ……「いや、さっきからうるさいんだけど! 邪魔しないでくれる!?」  ヴァーヴィアポワ氏が自分の頬をバシンと叩くと、唯一私に味方してくれていたテレパシーが遮断された。そうか、彼はチャネリングの脳力者、操られながらも僅かに残った意識で警告してくれていたんだ。でも、私は既に支部長達に取り囲まれて万事休す。金剛を倒すため蘇ったワヤン不動も、もはやここまで……この場の誰もがそう確信したその時! 「ガルァァァ!!!」  カンファレンスルームを突如切り裂く青白い閃光! それは一直線に私の影体を攫うと、その広い背中にヒョイと乗せて威嚇体制を取った! ༼ 御戌神! ༽ 「話は全て聞かせてもらったわ。どこの豚だか知らないけど、NICと私達に喧嘩を売るとは見上げた根性ね」  目や指先を鉄のように赤く熱した悟さんも入室! 実はさっき、悟さんに背中に何か付けられた感触があった。取ってみると、それは霊声やテレパシーも拾える小型の高性能盗聴器だった。 「い、いや、違うんだエイミィ! これは……」 「NICコードネームは脳力者職員同士が敬意をもって呼び合う。しかし家族やプライベートな間柄は本名で呼ぶ事が殆ど……あらぁ? 妹の夫である私の事は下の名前で呼んでいらっしゃってましたよねぇ、『ラルフ』義兄(ニイ)さま?」 「ぐッ……いやいや、最初から見抜かれてたとはね……。いや! でも形成は変わらないよ。君らに支部長共は攻撃できないからねぇ!」  攻撃特化の二人、欧米アンドアフリカ支部長が出る! 欧米支部長は爪を通り越して肘下全体を硬化し御戌神へ、アフリカ支部長は見たことのない一族伝統格闘技の構えで悟さんへ! 「黙れ焼豚!」  ブァホオオォォオ!! 悟さんのヒエロニズムでアフリカ支部長炎上! 私も光君の輝きを借りて回復そして武器発現、欧米支部長の両腕を炎のティグクで容赦なく切断! 「ギャアアアアア!!」 「いや、なッ、お前ら人の心ないの���?」  操ってる奴ドン引き! すると相変わらず片目でゲームをしながら有働さんも入室。 「ここは病院ですから、介抱なら後でいくらでも可能です。そしてワヤン不動さんは本来癒しの仏。彼女がお力を取り戻せば、皆さんの感じる痛みも和らげてくれるでしょう。それから……」  有働さんが斜めに半歩下がると、彼の後ろから一人の女の子が現れた。少女が支部長達に両手をかざすと、 「スリスリマスリ!」  シュパアアァァァ! 突然辺り一帯にパステルカラーの雲霧が立ち込め、次の瞬間支部長達は全員気絶! この力……そして、この子は! 「お久しぶりです、ヒトミちゃん。オモナ! かわいいワンちゃんね!」 ༼ イナちゃん!? ༽  彼女はパク・イナちゃん。私と同じく愛輪珠如来に因縁のある、巫俗(巫女)の女子高生だ。どういう経緯かは思い出せないけど、アンダスキンを退治した時一緒に戦った仲間だ! 「譲司兄ちゃんの弟さんに呼ばれてびっくり、パジャマのまま来ちゃたヨ。ここのみんな、気が乱れてた。でも私治したからもう大丈夫! ねえワンちゃん触っていい?」  イナちゃんの霊能力は理気置換術(りきちかんじゅつ)、人や霊魂の乱れた気を正す、儒教に伝わる気功療法だ。支部長さん達はとりあえず憑き物が取れ、全員動かなくなっているが命に別状はなさそうだ。心なしか部屋全体も明るくなった。しかしイナちゃんは御戌神を撫でながら首をかしげる。 「オモ? ヘンね。この人達操ってたお化けいないヨ? 理気置換術当たったら、いい子ちゃんになてるのに」 「逃がしたかしら? そんな気配はなかったけど」  悟さんと有働さんも周囲を見渡すが、それらしき気配はない。ところで、私にはなんとなく敵の正体がわかる気がする。敵は大人数を操っていたにも関わらず、一人か二人ずつでしか攻撃してこなかった。本人の気配も少ないし、術を使っていたのは一人である可能性が高い。特徴としては、暗い場所に関わらず正確に行動でき、乗っ取りを解除されたら室内が明るくなった。そして何より、最初から影法師が暗闇に弱いと知っていて、幽霊や脳力者の金縛りは通常効かない影体の動きを止められた。それに当てはまる人物は…… ༼ ひょっとして、相手も影法師か? ༽  そう。同業者である可能性が高い。すると有働さんが何か閃いたようにタブレットPCを取り出した。 「インドネシアで影神(ワヤン)と申しますと……私が愛好しているソーシャルゲームに、このようなキャラクターがいます」  一同でモニターを覗くと、そこには黄色い肌のアニメ調美少女キャラクターがいた。格闘家の道着に似た格好で、足元から伸びた黒い触手が体の周りを漂い、額には黒い大穴が空いていて、そこからさらに小さな顔が覗いているデザインだ。右下には銀色の文字でNと書かれている。 「これはバドゥクン・サンテット、インドネシアに古来から伝わる暗殺呪術師です。未確認生物シャドーピープルを生み出した開祖とも言い伝えが……」  すると有働さんが説明している最中、どこからか声が聞こえた。 「……いやレア度ノーマルかよ!」 ��ん?」  全員が周囲を見渡す。やっぱり誰もいない。 「気のせいですかね。ともかく、そういう神様がいるんです。非常に狡猾で好色、風見鶏のような事大主義者と言われています」 「いやいや悪意ありすぎ! 人間は賢いボクたまに嫉妬してるだけっしょ!」  今度ははっきりと聞こえた。声の方角にいたのは……あの不気味な黄色い人形だ。私は悟さんに目で合図し、ヒエロニズムの遠隔発火攻撃を頼んだ。 「イヤあっちゃちゃちゃちゃ!!?」  人形が炎に包まれると同時に、黒々とした大量の帯電エネルギーが溢れ出す。それはたちまち部屋中の影を吸収しながら人形の炎を鎮火し、その体を人型サイズにまで肥大化させた。 「いやいやいや~。キミたち如きカスどもが、このボクたまを見つけるとはイヤ恐れ入ったよ! いやそれにしても、そのキャラクターちょっとは可愛く描けてるね。いや、本物のボクたまには到底及ばないけど!」  妙に否定から入る口癖のソレは、どうやら有働さんの読み通り。これが全ての影法師(シャドーピープル)の開祖とは眩暈がするが…… 「いやあ、ボクたま優しいからちゃんと名乗ってあげる。大神影(ワヤン)、バドゥクン・サンテット。可愛ぃ子ちゃんには弱いけど……ボクたまが一番カワイコチャーン!!」 ལྔ་པ་  バドゥクンも影法師なら闇には弱いはずだ。となるとさっきの暗い部屋は、恐ろしい事に全て彼の術下だったのだろう。だからさっきやけに具合が悪かったんだ。 ༼ 待て、バドゥクンとやら。お前も金剛の手先か? ༽ 「いや、あいつらとは関係ないね。けどあいつらすっごく強ぇから、ボクたまうーんとゴマ擦ってあやかってやるのさ!」 ༼ なるほど、伝承通りのゲス野郎。なら容赦する必要なし! カハァーーーッハハハハァーーー!!! ༽  ティグク発炎! 私は嬌声を上げながら御戌神の背中を跳躍しバドゥクンに迫る! 最近ずっと恩師とか味方の人とばっかりで本気で戦えなかった鬱憤を晴らしてくれるわ!!! 「イヤアァあっちぃ! いやんもぉ、ボクたまの超キュートなお顔が燃えちゃうだろ!?」 「ぜんぜんかわいくないヨ! お顔キモいヨ!」  オルチャンガールの辛辣なツッコミ! バドゥクンは外殻である人形の体を盾にしながらちょこまかと動き回り、影法師術の数々で私の体力を削ろうと試みる。影踏み、影移し、影鏡、メロンバリアー……だがそれらは全て私も使える技だ! 応酬! 「いやね? 金剛有明団はアガルダっていう楽園を作るのにお前が邪魔らしいけど、それはボクたまにとってどーだっていい。でもワヤン不動、ボクたまはお前の事が個人的に気に入らないんだ!」  するとバドゥクンが見た事のない構えを取る! 「せっかくボンキュッボンのクセにぜーんぜん色気のない戦闘狂いって感じでさぁ、しかも前世が邪尊で引退宣言!? いやいやふざけんな! 世界的に神影(ワヤン��のイメージが悪くなっただろうが!」  チュタタタタ! 突如バドゥクンの手元から光と影を練った小弾が射出される! 私は一歩下がってそれを回避。するとその瞬間既に間合いを詰めていたバドゥクンが私を掴み、 「死ね、『影縫い』ッ!!」  ブレーンバスター! 吹っ飛ばされる! しかし間一髪、壁に叩きつけられる直前に柔らかい光のクッションが私を守った! 「援護は僕が。反撃を!」  背中に私を受け止め、御戌神は跳躍状態のまま空中で翻り激しく発光! バドゥクンへと続く光のトンネルを作りそこへ私を振り落とす。 ༼ こちらにも奥の手はあるぞ! ༽  空中無敵ゾーンで体制を整えた私はそのまま突進すると見せかけ直前で停止。相手の反撃ビームを一度かわしたのち、光の壁に隠して這わせた灼熱神経線維でバドゥクンの全身を爆破! 「いやああぁぁ!?」  ヴァダダガガァン!!! 須弥山をも砕く衆生の怨恨で外殻人形は瞬く間に灰塵と帰す! 現れた中の本体は……人形と寸分たがわぬ同じ顔! どれだけナルシストなんだこいつは!! ༼ 念彼観音力ィィーーーッ!!! ༽  本体一刀両断! スタングレネードの如く光と影が爆ぜる!! 「チクショオォォーーー!! ……いや、まだだぁ!」  明暗錯綜するカンファレンスルームの中で未だ闘志衰えぬバドゥクンは必死に影体を練り上げ、天井に黒々とタールのような不定形塊を捻出した! まさに影法師開祖の意地! 「喰らいやがれ究極奥義、影影無窮(えいえいむきゅう)……」 「お黙り焼豚!」「ガルルァァ!」「スリスリマスリ!」 「イヤアアアァァーーー!!?」  必殺キャンセル!! まさかの仲間三人同時攻撃でバドゥクン再破裂! さしもの開祖様もあえなく墜落。丁度落ちていた人形の灰の山にスルリと入魂すると、もはや再び動き出す体力は残っていなかった。 དྲུག་པ་  最古の神影(ワヤン)はしぶとく、バドゥクンは消滅は免れたようだ。水をかけて冷ました灰にイナちゃんのお札を貼って封印し、みんなで荒れたカンファレンスルームの机や椅子を片付けていると、NIC支部長さん達が目を覚ました。 「うう……酷い目に遭いましたです……」 「やれやれ! 天下のNIC支部長軍団が全員乗っ取られるなんてな」  EU支部長は菌達の無事を確認するように全身を見回し、欧米支部長は崩れた髪型を直す。一方アフリカとアジアの支部長達は自分の身なりには目もくれず、弱体化したバドゥクンの灰山をペンなどで刺して仕返しに興じている。中東支部長は、引っくり返って一人で起き上がれなくなったヴァーヴィアポワ氏……もとい、ラルフさんを手伝っている。 「ふぅ、ごめんねワヤン不動。NIC職員は自分の脳力を過信しすぎちゃう悪い癖があるけど、ここのセキュリティはもうちょっとしっかりしないとね」 ༼ いえ。ラルフさんに送って頂いたテレパシーのおかげで、悟さんに一早く異変を伝えられました ༽ 「ああ、サトくん! 久しぶり! 金融アルマゲドン、お疲れ様。カスプリアもサトくんが一位で喜んでたよぉ」 「まあラルフお義兄様、お体は大丈夫? ヘルニアやってるんだから、少しは痩せなきゃだめよ!」  正気に戻った総長と悟さんが内輪の話を始めたので、私と御戌神、イナちゃんはバドゥクンに尋問を行う事にした。 ༼ さっきお前が言っていた究極奥義とやらは、どんな技だったんだ? ༽ 「イヤ……誰がお前なんかに……」  圧。 「ヒェッ! い、いやだなー、御冗談ですって不動の姐御! いやね、影影無窮というのは、つまりあのメロンみたいな結界をもっと強固に張って、中の暗黒空間で影武者や影写しした傀儡を好きに操るっていうか」 「よくわかんないヨ!」 「イヤぁん!」  イナちゃんに小突かれて涙目になるバドゥクン。まあ、専門用語が多かったがメソッドは理解できた。NIC支部長さん達を操り、あの部屋全体を自分の術下に置いていた技が影影無窮か。かなりエネルギーを消費しそうだけど、御戌神と一緒なら私もできそうだから練習しておこう。 ༼ もう一つ。さっきお前が言いかけた金剛の楽園アガルダとやらは、どこにあるんだ? ༽ 「へへぇ、それはですね……」  バドゥクンが言いかけたその瞬間、目の前に急に柱のようなものが立った。……いや、違う。これは……これは、散減!? 「いっ……ゃ……ァ……!?」  パシュン! 散減に食われたバドゥクンは溶解と破裂の中間のような音を立てて分解霧散、完全に逝去してしまった。金剛に因縁深い御戌神とイナちゃんも戦慄する。 「ああ、カワイソウ、カワイソウ。弱くて惨めなお人形さん……壊れちゃった」  その時、散減が発する白濁乳と同じ悪臭を纏っていたのは…… 「南米支部長、セントプリーア?」  ラルフさんが驚愕する。まさか、NICの中に金剛の人間がいるなんて。 「それに比べて、ワヤン不動。囚われの仏じゃなくなったあなたってぜぇんぜんカワイソウじゃない!」  私は考えるより先に動いていた。南米支部長の幽体にティグクを振りかぶる。ズンと物を斬る感触! が、それは南米支部長を庇って飛び出た散減! 「きゃあああぁぁーーーーーーーっ!!!!!」  つんざくような悲鳴! 散減の断末魔か……違う! 南米支部長だ! 「ついにッ! ついにワタクシに手を出した……暴力を振るったわね! 繊細でか弱いこのワタクシを! 卑劣な加害者め、あなたを絶対に許さない!」  南米支部長は私を軽蔑に満ちた目で睨む。な、なんなんだこの、被害者意識の塊みたいな女は!? 「フゥ、フゥゥ……ワタクシはこれから代理母のお腹から生まれ変わるわ。そうしたら仏のあなたはもうワタクシを傷つけられない! 衆生になるんですものね。それともワタクシを殺して殺人鬼になる方が、邪尊さんにはお似合いかしら? ウフフフフ、それじゃあね」 ༼ ま、待て! ༽  裏切り者の南米支部長はそのまま消えてしまった。バドゥクンは消え、敵の本拠地ももうわからない。何もかもが振り出しに戻り、カンファレンスルームは再び陰鬱な沈黙に包まれた……。
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groyanderson · 1 year ago
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ひとみに映る影 シーズン3情報まとめ
大変お待たせいたしました。 小説「ひとみに映る影」、ついに完結です。 このページではシーズン3の通販情報などをまとめてご紹介します!
◆本編◆ 電子書籍 390円 【BOOTH販売ページ】 ひとみに映る影 シーズン3 (最終巻)
今回は最終巻ということでイラストの力の入れ方がエッグいです! NICシリーズで西暦がなくなった秘密、 そして世界の根幹にまで風呂敷が広がって…… お値段はなんと!最後までいつものサンキュー390円です!
◆過去一かっちょいいCM◆ ひとみに映る影 シーズン3特報 CM15秒
◆ひとみに映る影 シーズン3 プロトタイプ版◆ 第一話「須弥山を破壊せよ」 第二話「現れたイヤなヤツ」 第三話「彼女が本当に必要だった物」 第四話「可哀想なあたくし」 第五話「外道vs邪道」 第六話「悟りの境地」 第〇話「ここを楽園とする」 第七話「決戦、ワヤン不動」 ※第∞話「サティア・ユガ元年」…書籍版限定エピローグ
もちろん今回も毎度おなじみ、無料公開のプロトタイプ版はありまぁす! 例のごとく段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
書籍版は2文豪による文章校正を頂いてめっちゃ読みやすくなっています。 また衝撃のエピローグが追加されてるし 描きおろしイラストや次回作情報も入れるし 今回はアドビ税払ってかなり読みやすいレイアウトになったし プロト版ではできない文字演出も入れてるし アドビの完全合法AIのおかげで背景だけ妙にクオリティ上がってるから 書籍版もよろしくねえええええぇぇぇぇ!!!
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groyanderson · 2 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第五話「外道vs邪道」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་  
 ドマルの力で一時的にアイスランド語が理解できるようになった私は、塔の書斎で数冊の本を読み漁っていた。それらは全て手書きで、魔術に関する覚書や報告書の束、日記などが殆どだった。 「ねーヒトミちゃん、私も読みたいー」  暇を持て余したイナちゃんが駄々をこねる。けど、ここに書いてある内容は……本当に共有していいものなのかどうか……? ༼ あの。私が忘れてるだけで常識なのかもしれないけど、一つ聞いていい? ༽ 「なに?」 ༼ 『霊能者の三大禁忌』って知― ༽  その言葉を口にしかけた途端、イナちゃんが私の口を塞いだ。 (それは声に出して言っちゃだめ。たとえ私達しかいなくても)  影体にテレパシーが伝わってくる。禁忌というだけあって、やはり大っぴらに話せない事らしい。私はドマルのように自分の体から影の糸を伸ばし、イナちゃんの魂に接続した。 (『影電話』。これなら大丈夫?) (うん。霊能者の三大禁忌は、霊能者や神様、精霊が世界のどこでも絶対に守らなきゃいけない掟なの)  テレパシーを介した会話だから、イナちゃんの訛りが一切なくなっている。彼女は自分の母国語で学んだ知識をそのまま私に転送してくれた。  霊能者の三大禁忌とは、『創造主について探ってはならない』『宇宙の外に救いを求めてはならない』『見えざる者に与えてはならない』という三つの掟だ。簡単に言うと、この世界そのものを創った一番偉い神様について詮索してはいけないし、生まれつき霊感のない普通の人を霊が見えるようにしちゃだめ。その理由も詮索してはだめ。というルールのようだ。 (私みたいにプロの霊能者は、どこかで必ずこの掟を知る機会があるの。破ったら必ず最寄りの神様や霊能者から天罰が下ると、キツく念を押されて……それより、三大禁忌がどうかしたの?) (金剛を創った親玉の覚書に、禁忌が生まれた成り立ちと創造主の話がぜんぶ書かれてる) 「ええぇーーーーーっ!!!??」  急に大声を出すイナちゃん。驚いた私は尻餅をつき、とんでもない禁忌がミッチリ綴られた本を何冊も床にばら撒いてしまった。 「オモナぁぁ!? トップシークレットが! きゃー!!」  二人して慌てて本を閉じ、元の棚に戻す。そ、そこまでとんでもない禁忌だったとは……。けど金剛を滅ぼすためには、この話もイナちゃんに共有しなきゃいけない。私は再び彼女と接続した。 (なにせ金剛の本だから、どこまで真実かはわからないけど。とにかく書いてある内容をそのまま伝えるね) (わかった。私もできるだけ淡々と聞く!) (ええと……)  まず、古代人には全員霊感があり、死後に自分の魂を鍛えて神や妖怪になる人も多かった。だけど誰もこの世界の創造主を知らないから、皆で外の宇宙へ繋がる『塔』を建設した。ところが外宇宙が見えてくると、当時の人と神は塔を壊して引き返してしまった。その後ある預言者が、『天国へ続く塔を建てた人間には天罰が下る』という神話を拡散した。それでも当時は外宇宙を追い求める人や神が多かった。  それから数百年後、かつて塔の建設で開いた綻びから外宇宙の物質が地上に降り注いだ。それが人間の女性の胎内に入ると、後に自らを『神の子』と名乗る人型生物が生まれた。神の子は物質を増やす謎の力で生涯何千人もの人々に食べ物を与えたが、この時彼から施しを受けた人達を媒介に、人類の殆どから霊感が失われてい��た。  それから更に数百年後、再び外宇宙の物質が地上に降り注いだ。それはある瞑想中の若者の体に降り注ぎ、彼を大預言者に変えた。彼は当時中東に潜んでいた外宇宙由来の怪物を討伐し、『霊能者の三大禁忌』の提案やそれに因んだ厳格な宗教を立ち上げた。 (こ……これは……これはダメだヨ! こんなの冗談でも広まったら、世界中の宗教さんが困っちゃうヨ!!」  イナちゃんは思わず途中から声に出して叫ぶ。うん。私も色んな一般教養を忘れてるけど、さすがにこれがマズい内容だって事はわかる。だって創造主や歴史上の偉人が宇宙人か何かだと言っているようなものだし。 (でもなんで、金剛の書物にそんな事書かれてるの?) (ああ。こっちの日記によると、それは多分……)  宇宙から降り注いだ物質。それは一度目は『神の子』、二度目は『大預言者』として人間の姿になった。しかし、 (三度目の外宇宙物質は……猫になったんだ。中世の魔女裁判によって飼い主を失い、人間に強い恨みを持つ化け猫に)  その猫の名はロフターユール(大猫ロフター)。外宇宙物質の力で愛輪珠やナタリアという怪物を生み出し、金剛有明団を創設した『大魔神ロフターユール』だ。
 གཉིས་པ་
 数十分後にドマルからテレパシーがあり、一同は塔の安全地点、五十階で集合した。分裂していた魂を一つにまとめると、わた……!!!??!? ༼༼ えええええっ!? ༽༽༼ 待って、待って追いつかない! えっと待って、え外宇宙ってえっ!? ༽༼ 光く……御戌神!? え大丈夫!? ええぇ!!? ༽ 「ややや、ワヤン不動! ドマル! 落ち着くので!!」 「スリスリマスリ!」  ……………………………………
གསུམ་པ་
༼ ごめん、取り乱した ༽  危ない。お互い余りにも衝撃的な経験をした後、急に魂をくっつけたから人格がパニックを起こしてしまった。私はイナちゃんの理気置換術で冷静さを取り戻し、頭の中を整理する。  まず、二人はナタリアを無事に倒した。御戌神がずっと抱えていた滅びの光も今は一旦落ち着き、とりあえず地上にいた頃よりは晴れやかな表情だ。  そして断片的ながら幾つか情報も手に入れた。金剛を創ったのは人間を恨んでいる化け猫で、人類史に度々影響を与えてきた外宇宙物質のうち一体だった。禁忌だけどこの話は、御戌神にも全て伝えた。 「そりゃケッタイな……その神の子って、やっぱイ」 「名前は言っちゃメッです!」 「……とげとげロン毛さんで?」  それを聞いた途端、私の中でドマルがプッと吹き出した。ロン毛なんだ、神の子……。 ༼ ああそれと、ナタリアや如来の正体もわかったんだ。あいつらは大魔神ロフターユールが外宇宙物質で生み出した怪物だ。ナタリアはカビ菌と人間の負の感情から生まれて、愛輪珠如来は…… ༽  ピピピピ、ピピピピ。 ༼ ん? ༽  この文明感皆無な塔内で、突然電子音が鳴り響いた。あ、と閃いた御戌神が霊的タブレットを取り出すと、画面に電話マークが点滅している。御戌神は目から細い光線を出して、器用に画面をスライドした。 「もしもし?」 「ミラです。光さんのお電話が鳴っています。今は大丈夫ですか?」  御戌神が地上に残していたスマートフォンに着信が来たらしい。 「ええ。こっちにお繋ぎを?」 「可能だと思います。スマートフォン、触りますね……」  数秒遅れて、電話口の声がタブレットを介して流れてくる。 『あっ光君?』 ༼ ! ༽  この声は……! 「はいー。何かご用で?」 『それがね! 今夜テレ湘(しょう)のカウントダウン生に一美ちゃんが出演する予定だったのに、昨日あたりから誰も連絡つかなくて困ってるの。もうすぐ本番なんだけど、何か知らない?』  電話口の女性の声……覚えている。以前一緒に戦った。けど名前が出てこない。 「ゆ、行方不明で!? 僕が最後に会ったのは一昨日の朝だ。けど、その時は何とも」 『そっか……』  すごく大切な人だったはずなのに……いや、そうでもなかったっけ? 『……じゃあ、光君さぁ……』  ある意味重要というか、だぶか遭遇するとろくな目に遭わなかったような記憶も…… 『そっちに『本物の』一美ちゃんはいる?』 ༼ !? ༽  ヌーンヌーン、デデデデデン♪ ヌーンヌーン、デデデデデン! 突然電話口から流れ出すメロディ。それを聞いた瞬間、私の影体に緊張の電流が走った。そ、そうだ、この人! ༼ 佳奈(かな)さん!! ༽  そうか、志多田佳奈(しただかな)! バラエティ番組で私を幾度となく熾烈なドッキリにハメ続けた極悪ロリータアイドルだ!! 『あーっ一美ちゃん! 今どこにいるの!?』 ༼ 金剛の本拠地です! 私を遠隔で操ってる如来をぶっ潰しに来たんですけど、私の体が行方不明ってどういう事ですかぁ!? ༽ 『も~っ、それならそうと私にも教えてよ! この薄情者! 今回は私とタナカDがスタッフ全員ドッキリで海外に拉致った事にするから、今度示し合わせの弾丸ロケ覚悟しといてね! それと、ちょっと待って……』  電話口でごそごそ音。 『……もしもし。紅さん?』  男性の声。この人も……どこかで……? ༼ あ、あの、すみません。実は私…… ༽ 『記憶がないんだろ? 俺はNIC関係者だ、さっき悟君から事情を聞いた』 ༼ あ、はい ༽ 『時系列から推理すると、君の身体を操っていた奴は、ワヤン不動が復活したと聞いて日本から逃亡したと思われる。今君が敵の本拠地に潜入しているなら、そいつも近くにいるかもしれない。逃げられる前にすぐに探し出すといい』  私の体がこっちにある……? もし彼の推理が当たっているなら、この塔やソルモラ島内ですぐに身体を取り戻せるかも! ༼ ありがとうございます。あの、あなたは? ༽ 『今は俺達の事は気にするな。次回こそ……来年こそ、一緒に映画に出ようね、ひーちゃん!』  プツン。電話はそこで切れてしまった。最後に一瞬だけ喋り方が変わった、あの妙に頭の切れる男性……確かに覚えてる。彼らもまた、私の大切な仲間だ。 ༼ 今すぐ出発しよう、御戌神! 如来はどの階層にいる? ༽ 「塔の最上階、千階。ちなみにそこは、物体や生身の人間も存在できる物理空間で」 「じゃあ、ヒトミちゃんそこにいるかもしれないですか?」 「ですだ。けど、そこまでは敵がワンサカ」  問題ない。全員戦闘態勢に入り、一気に塔を登るぞ!
བཞི་པ་
 百階を過ぎたあたりから塔内は殺風景になり、ちらほらと悪霊らしき物が襲い掛かってくるようになった。しかしナタリアが消滅した今、散減やそれに類する強力な怪物は現れない。道中は大した負担なく通過できそうだ。 「ヘンな感じ。金剛なのにあんまりキモいお化け出て来ないね」 「最初にバイアス外しのルーンを作ったからかもだ」  御戌神とイナちゃんも余裕を残したまま戦えているようだ。 ༼ さっき本で読んだけど、信心によって見え方が変わってたのは���タリアの魔法の影響だったみたい。金剛との良縁が強いほどこの空間が美しく見えるんだって ༽ 「へえ、じゃああいつがおっ死んじまったら、もう魔法は解けちまったと……」 「「ギシャアアァァーーーッッ!!!」」  気がつくと私達は五百階に達し、少し強そうな敵と遭遇! ハイエナやサメなど凶暴な動物の生皮を被った、黒い煤煙状の悪霊…… ༼ あれは亡布録(なぶろく)、愛輪珠如来の手下のゾンビだ! ༽  対野生動物! 私とイナちゃんは既にイタチの亡布録、アンダスキンと戦った事がある。でも御戌神は初めてだ。 ༼ こいつらは中の煙を燃やし尽くせば消える! ༽ 「浄化も効きます。スリスリマスリ!!」  二人で手本を見せるように亡布録一掃! 私は炎を纏ったティグクをファイヤーポイの如く回転し三六〇度焼却、イナちゃんは理気置換術を樹形図状に連鎖させ黒煙無力化だ! 「なるほど、それなら僕も!」  御戌神は赤白く全身発光すると空中浮遊する巨大ホオジロザメ亡布録にかぶりつく! サメは振りほどこうと体を激しくくねらせるが、御戌神の歯が更に食い込むと途端に全身の穴から黒煙を激しく噴出! 遠赤外線による蒸し焼き地獄だ!! 「シャアアァァーーー!」  スパアアァァァン!! ホオジロザメ亡布録破裂! 超高温に熱されたサメ肌の弾丸が周囲一帯の亡布録へ霰の如く降りかかる! 「ギャァーッ!」「ギシャアァァーー!!」  混乱する亡布録共。チャンスだ! 私はこの隙にイナちゃんに影電話を繋ぎ、ある作戦を囁いた。 (イナちゃん。亡布録の中に……がいたら、理気置換術で…… ) (……OKです!)  そして何事もなかったかのように亡布録を斬る、叩く、焼却する!
ལྔ་པ་
 そして千階! 「ヒューッ」「コヒューッ」  敗北を察した黒煙どもは動物亡布録を捨て、モクモクと一つにまとまっていく。 ༼ カハァーッハハハハァ!! 自ら集まってくれるとは好都合よ、消えろおぉーーーっ! ༽  私は全法力を込めた影炎でティグクを肥大化させ、黒煙の塊へ振りかぶる。しかし…… 「そこまでだ」  ぴたり。突然フロアに響きわたる、生身の人間の声。これを予め想定していた私は、影炎を振り上げたままその場で静止した。 「……ほう、先程の挑発はブラフか」 ༼ ああ。お前が一箇所に集まってくれるのを待っていたんだ ༽  人間はカツカツと歩み寄り、その顔を上げた。斬っても焼いても無限に湧いてくる黒煙の化け物を全身に飲みこんだ、その肉体は…… 「残念だったなワヤン不動……貴様の体は、紅一美は既に俺様の物だ!」  ……アレ? 「愛輪珠如来! 一美ちゃんを返してもらうので!!」 「黙れ負け犬! おっと、この体に一歩でも近付いてみろ。貴様の嫁がどうなっても知らんぞ? フハハハハハ!!」  いや、ちょ、ちょ、ちょ。 ༼ 御戌神、私の中身は如来だったって言ってたよね? ༽ 「そうだ。このドクサレ如来のせいで僕らは新婚生活を……って、え? 違うので?」 「その通り! 我こそが金剛愛輪珠如来……」  ヴァンッ! 「ぎゃああああああ!?」  影炎と神経エネルギー塊の合わせ技で私の肉体に命に別状はない程度の激痛を与えると、鼻から細長い黒煙の龍がはみ出した。 「オマッ、おま!? 嘘だろ!? 自分の体に攻撃するか普通!?」 「オモナ! その声は、あの時のキモい龍!」  イナちゃんは既に知っている、こいつは金剛倶利伽羅龍王(こんごうくりからりゅうおう)。愛輪珠如来が私の肋骨から生み出した龍の悪霊だ。 ༼ 散減族はナタリアと共に滅んだんじゃなかったのか? ༽  初めて出会った時、こいつは散減の特徴に酷似していた。綿埃に似た縮れ毛、歯周病の歯茎の如き醜い肌色……しかし今は、イモリの黒焼きのような龍型黒煙と化している。まあ、前に私がこいつを完全燃焼したからだけど。 「ほざけ! 今更母菌を倒された程度で、俺様に影響はないわ! なにせ今の俺様には愛輪珠如来のご加護と強力な影法師使いの肉体が」  焼却! 「ほぎゃああああああ!!?」  熱傷指数二十パーセント。身悶えしながら龍王が更に体外へ出てくる。ドマルによると人間は全身の約九十パーセントまで火傷に耐えられるという。 ༼ お前にはもう一度立場をわからせる必要があるな ༽ 「バぁ! バカじゃねえのお前ぇ!? 自分の体だぞ!? こんなにしたら死んじゃ」  焼却! 「うぎゃああぁぁあぢぃぃぃぃぃぃ!!?」  熱傷指数四十パーセント。こちらのバックにはNICという世界最高の医療チームがついている。火傷など後でどうとでもなる。 ༼ 私はお前の何だ ༽ 「モデルだったよねお前!? ファッションモデルがお肌ズルッズル! ズルッズル」  焼 「あああああ待ってごめんなさいごめんなさい!」 ༼ 答えろ。私は、お前の、何だ? ༽  邪尊としての記憶も能力も得た今、こいつに過去最大級の圧をかける。 「ヒ、ヒ、ヒィィ~! お、お不動様ですぅぅぅ!! この金剛倶利伽羅龍王めを剣としてお使い下さる仏様ですぅぅぅぅぅ!!!」 ༼ わかっているならその体を返せ……このゲスメド野郎がぁーーッ!! ༽ 「ぎゃあああーーーー!!!」  熱傷指数八九.九九九九九九九九九九九九!!!! 命に別状ない瀬戸際の瀬戸際までこの身を焼き、金剛倶利伽羅龍王を完全に炙り出す!! 一メートル、五メートル、十メートル……って、なんか前より長くない? 「ヒャァハハハハ、かかったなバカめ! 貴様の生命力と霊力を吸った過去最強の俺様を解き放つとはなぁぁ!」 ༼ ! ༽  龍王は私の影体に巻きつくと、ボール状に全身をくまなく覆う! 「このまま貴様の肉体を道連れに自爆じゃボぴぎゃあああああああ!!?!?」  しかし次の瞬間、強烈な閃光と共に奴の体が爆散! 光が落ち着くと、そこにはオールバック前髪になった御戌神が、ハザードシンボル状に目をぎらつかせていた。 「ガルルルル……僕達の新婚生活……こんなクソ野郎に……」 「って、そんな事より一美ちゃん!」  イナちゃんが私の肉体に駆け寄る。しかし、途端に訝しんだ。 「オモ? 火傷は?」 ༼ あれはタルパ……いや、影法師流に『幻影』と言おうか。見せかけの炎や熱傷にドマルの神経塊を忍ばせて、激痛を与えていただけだ。それよりも…… ༽  直撃ではないものの、御戌神の『滅びの光』を生身で浴びてしまった私の体は甚大なダメージを負った。まあ、肉が崩れる前に治してしまえば問題はない。抜苦与楽の法力を使えば。 「……ふう」 「「一美ちゃん!」」  肉体奪還完了! ワッと駆け寄ってきた二人と抱擁を交わす。 「ごめん、一美ちゃん! こんな事になっちまって、本当に……わああああ!!」 「いいよ、光君。やっと、一美って呼んでくれたね」 「あ……ごめっ、ワヤン不動! 僕、やっぱそんな資格など……」 「結婚式」 「!」  脳と魂が繋がり、失われていた沢山の記憶が一気に蘇る。 「理由つけて、挙げないでくれてたんだよね。帰ったら全部やり直そう。何もかも、全部」 「ひ……一美ちゃん……一美ちゃああうわあああああん!」  涙と共に、歪んでいた御戌神の光の色は完全に零れ落ちた。彼は二度と危険な光は発さないだろう。 「それから、イナちゃん」 「!」 「強くなったね。もう、呪いに怯えていた巫女じゃない。NICで働く、プロの霊能者だ」 「……うん。頑張た、私。あの時の一美ちゃんみたいになりたくて頑張たヨ! わーーん!!」  感動の再会。ここ数日ずっと一緒に戦ってきたけど、今やっとみんなと再会できたんだ。願わくばこのまま塔を降りて打ち上げでもしたい気分だ。けど、そうはいかない。  パチ、パチ、パチ。どこからともなく空虚な拍手が鳴る。すると最上階であるここ千階の扉が開き、高度三千メートルの冷たい風が塔内になだれこんだ。全員で扉の方を見ると、吹きすさぶ風の中で仁王立ちする一柱の怪異…… 「ここまで来た事を褒めてやろう。貴様に敬意を表し、最期はあの裏切り者の姿で葬ってやる」  それは顔面と股間をくり抜かれた亡布録。すらっとした長身で、美しく滑らかな肌を持つ東洋人。私の、和尚様……ムナル様のご遺体だ。 「やっと」  やっと、この邪道の権化に辿り着いた。しかし、まだ。まだ奴の挑発に乗ってはならない。 「やっと会えたな、金剛愛輪珠如来。世界中、長い年月で蓄積した、死の残滓(ざんし)を集めて造られた邪仏。それは人魂でもなければ、残留思念でもない」  ナタリア・サミヤクはカビ菌に人間の負の感情が宿ってできた怪物、すなわちある種の生き物だった。一方で如来を構成する概念は、人間社会や自然界で生き残れなかった名も無き者達の死……結末そのものが、具現化した存在だ。 「死体がお前に取り憑かれると、その生皮は亡布録(ゾンビ)に変わる。一方、生物がお前を吸い込むと、その生物の『生きる機能』が著しく劣化する」 「下で我らの書物を盗み見たようだな。まさに外道の仏らしい行動だ」  一度負けたから調べたのは当然だ。かつてこいつと戦った時、私は体を幻覚性の毒に冒されたような感覚に陥った。奴を正確に攻撃したはずが全く当たらない。それどころか、何故か自分の方にダメージが蓄積していく…… 「お前の法力は、要は黒煙を吸い込んだ相手をどんどん不器用にして自滅に導くだけ。下等存在らしく実に惨めな能力よ」 「……ほう?」  ピクリ。顔のない顔が微かに歪んだように見える。  愛輪珠如来の煙を吸った者は、まず普段行えるような簡単な動作に支障をきたす。料理人が包丁で手を切ったり、スポーツ選手が何度も転ぶようになったり。次に正常な判断ができなくなって、怪我の手当もせずパニックに陥る。そして最終的には五臓六腑まで不器用になり……多臓器不全で、自らの体の中身を全身の穴からブチ撒けて、死ぬ。 「だが、仕組みがわかれば大した事はない。生存戦略に敗れた三下共の残りカスが如来を名乗った罪に、仏罰を下してくれる」 「……」  ビキビキッ! 更に側頭部や手の甲にも血管が浮き出てくる。そう。幾度もの情報と戦いにより知った、こいつの最大の弱点…… 「気が変わった、表へ出ろ。貴様は我が最上の姿で完膚なきまでに葬ってやる」  こいつは人の事を散々煽る癖に、やたらプライドが高くてキレやすいんだ。 「たかが明王部の下等仏が、如来の私に立てつくなどと……身の程を弁えろ、この薄汚い邪道者がァァ!!!」  怒り心頭の如来は完全体へ覚醒するため、手狭な塔を飛び出した!
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groyanderson · 3 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第一話「須弥山を破壊せよ」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 初めに闇があった。広さのわからない闇、まるで棺桶に入れられたような、あるいはだだっ広い宇宙に放り出されたような掴みどころのない空間。そこで私は目を覚ました。というか今、自分が目を開けたのかどうかすらわからない。意識を取り戻した、という方が正しい気もする。  いや、それも違うかも? 私には過去の記憶がない。実はこの世に生を受けたばかりの赤ん坊かもしれないし、あるいは記憶喪失の大人かもしれない。ただただこの、起きているのか眠っているのかすらわからない領域に漂う自我、それが私…… 『タシデレ、リンポチェ』  !? 誰かの声が聞こえた。前から? 後ろから? 意味もわからない言語。その不思議な声に気を取られた瞬間、私の目の前にはぼんやりと輝く仏像が現れていた。 『タシデレ、リンポチェ(おはようございます、猊下)』  再び声。同じ言葉が繰り返されたけど、今度は意味がはっきりとわかる。記憶が戻ったのかも……そうだ。確か、目の前にある仏像は金剛観世音菩薩(こんごうかんぜおんぼさつ)という仏様だ。いま思い出せるのはそれだけ。でも、もしさっきから聞こえているのが観音様の声なら、リンポチェ(猊下)……目上のお坊さんのこと……と呼ばれた私は一体何者だろう。 『お労しい我がリンポチェ。あなたは悪霊にお身体を奪われ、記憶を失ってしまったのです』  考えていた疑問に声が答えてくれた。奪われて……って、つまり私は悪い霊に体を乗っ取られて、生死の境を彷徨ってるお坊さん……とか、かな。だから仏様が見えてるのかも……? 『大方その通りです。ですが、あなたはただの仏僧ではありません』  ヒヤリ。右手にふと、金属的な冷たさを感じた。見ると、私はいつの間にか錆びついたグルカナイフを握っていた。 『あなたは神影(ワヤン)、衆生を守る影法師の戦士です』  へ? 『そして私は金剛観世音菩薩(こんごうかんぜおんぼさつ)。かつてはムナルという俗名で呼ばれ、リンポチェをお慕い申し上げていた弟子でございます。傷つき記憶を失われたあなたを現世に復活させるためには、恐らくこれまでの戦いを再現するのが一番手っ取り早い。ゆえに、このような試練を用意してみました』  戦士? 戦うって何と!? わけもわからず困惑していると、突然私の周りに不気味な怪物の大群が現れた! 『この幻影達を一掃して下さい。大丈夫、全てあなたが倒した事のある悪霊です。さあ、行くのです!』 「「「キシャアァァーーーッ!」」」  咆哮! 観音様が消滅して堰を切ったように怪物共が押し寄せる! そんな急に戦えなんて言われても困るんですけど!? とりあえずグルカナイフで牽制しながら後ずさりする。ただ後ろを振り返っても、そこは空間が続いているのか壁なのかすらわからない闇。このままでは一方的に取り囲まれてしまう……ええい、ままよ!  私は前へ向き直ると同時に刃渡り四〇センチのナイフを思いっきり引いた! ヴァン!! それは闇の中で一層深い漆黒の衝撃波を放ち怪物を一掃! なにこれ何か出たぞ!? しかし息つく間もなく新たな怪物が出現。さっきまでのは鳥や虫のような小動物霊だったのが、今度は人間サイズの化けイタチだ! 「オカシ……オヤツクレ……」「オカシィィ……クワセロ……」  しかも人語を話している。ちょっと強いやつだ! 襲われる前に叩き、殴り、斬りつける! ところが怪物の猛攻に押されて次第に後ずさりしていくと、何故か段々力が入らなくなってきてしまった。 「ウジャアァァーーーッ!」  イタチに顔面を喰い破られる! 焼けるような激痛ッッ!! しかしそれがトリガーとなり、私の脳裏に戦いの記憶がフラッシュバック。そうか! こいつらはゾンビのように人の魂を喰って無尽蔵に増える、人工養殖された悪霊! それを牛耳っていた親玉は確か……いた! 群がるイタチのしんがりで薄汚く輝く、なんかめちゃくちゃキモい龍! 何て名前だか忘れたけど醜悪なソレに向かってともかく私は跳躍、イタチ共の頭をダカダカと踏みつけながらナイフを振りかぶる! どおおぉぉりゃあああぁぁーーーーーっ!!! 「ピキィェェーーーーーッ!!」  キモ龍絶叫! 同時に荒れ狂うイタチの悪霊共は全員消滅し、辺りは再び闇と静寂に包まれた。そして私が握るグルカナイフには、煌々と燃える影の炎で黒焦げになった龍が串刺しになっていた。そうだ、これは確かに私が使っていた武器、『プルパ龍王剣』。悪霊の龍を封じ込め、絶えず燃え続ける剣だ。  ふと足元を見ると、龍王剣の炎に照らされて一冊の本を見つけた。よくお経が書かれているような、長い紙を蛇腹に折って表紙と背表紙をつけた装丁のものだ。内容は横書きの細かいチベット文字で綴られている。記憶では私の母国語じゃない気がするけど、書かれている内容は自然と理解できる。
邪尊(じゃそん)教パンケチャ派 仏典 其の一
 昔、ある僧官(政治家の仏僧)が砂漠の近くで弱りきった精霊を発見した。僧官は袈裟に精霊を包み、自宅へ持ち帰って介抱する事にした。ところが精霊は彼の施しを遮った。 ༼ 我は西方の国々で『悪魔』と呼ばれる魔物。人間を堕落させる存在として忌み嫌われ、死ぬ事も消える事もできない。ただ広大な砂漠を彷徨ったいたらここに辿り着いたのだ ༽  しかし僧官はそれを聞いてもなお、悪魔を自宅へ招いた。悪魔は訝しんだが、僧官はこう答えた。 ༼ 地域が変われば、常識も変わる。砂漠の果てから来たあなたがこの国で『悪魔』かどうかはまだわからない。もしかしたら我々にとっては、人々に幸せを与える有り難い神様かもしれないではないか ༽  この言葉に悪魔はいたく感銘を受け、僧官に自らの不滅の心臓を与えた。こうして慈悲深き僧官は生きたまま仏へと転生し、悪魔を永遠の苦しみから解放したのだった。
 གཉིས་པ་
 仏典は読み終えると、闇に溶けて消えてしまった。邪尊教……? うっすらと聞き覚えがある単語だ。私の正体に関係があるのかもしれない。  再び前を向くと、そこには次の怪物が現れていた。さっき倒したイタチとよく似た怪獣だ。 「オデャッウゥアアアアアアアアアア!!!」  言葉にならない金切り声を上げる怪獣! しかし所詮は二番煎じの巨大化モンスター。私はさっきよりも冷静に居合を構えた。―邪道怪獣(じゃどうかいじゅう)アンダスキン―完全に思い出した。こいつを作ったのは人々を脅かす悪霊衆、金剛有明団(こんごうありあけだん)。私はそいつらを滅ぼすために生まれた戦士、 ༼ ワヤン不動(ふどう)だ! ༽  ズドオオォォォン!! 斬撃と共にそびえ立つ赤黒い火柱! 腹部を真っ二つに切り裂かれたアンダスキンは瞬く間に分解霧散した。無数の火花が闇に溶け切ると、そこに二冊目の仏典が現れた……。
邪尊教パンケチャ派 仏典 其の二
 即身仏となった僧官には、悪魔へ施した時と同様に、衆生のあらゆる苦しみを和らげる法力があった。そのため彼はやがて『紅の守護尊(ドマル・イダム)』という名で信仰されるようになった。  ところが時の権力者率いる邪な閣僚達が、ドマルの法力を悪用しようと企んだ。彼らは元僧官であったドマルの汚職をでっち上げ、衆生からの信仰を断った。そして信仰を失い弱体化したドマルを捕らえると、位の高い僧のみが入山できるカイラス山の岩窟に磔にした。そして下々の民に過酷な労働や税を課しては、彼らの苦しみをドマルの力で緩和して反乱を抑制し続けた。  そのような暴政が続いた結果、やがて時のダライ・ラマはドマル信仰を邪教とみなし、チベット全土で禁じる運びとなった。それでもなおドマルは裏社会において、『邪尊』と呼ばれて秘密裏に信仰され続けた。
གསུམ་པ་
 また覚えの深い単語がある。紅の守護尊(ドマル・イダム)……紅(くれない)……?  しかし、残酷な神話だ。これってドマルは何も悪くないのに、勝手にヒール扱いになっちゃったって事じゃないか。あるいは、この本自体が邪尊教目線の仏典だからヒイキめに書かれているだけかもしれないけど……。 『過去を知るのは、お辛くないですか?』  再び観音様が現れた。私が彼の顔の影を除けると、最初よりもはっきりとお顔が見えた。どこか懐かしさを覚える。 『ふふ……今、私の影を動かしましたね。神影(ワヤン)の法力を取り戻してきている』 ༼ そのワヤンっていうのが、私の名前なんですよね? でも、どうもしっくり来ないというか……私、確か日本人か何かだったと思うんですけど…… ༽ 『ああ! 素晴らしい、よく思い出しました。では、次はあなたの人間としての素性を知る番です。まだまだボスラッシュは続きますよ』  観音様がワクワクとした様子で両手を合わせた。すると彼の足元から異臭を放つ褐色の液体が湧き出で、双頭の大きな毛虫が顔を出した! 「「ンマァァーーーッビャアァーーー!」」  毛虫は二つの口から赤子めいた鳴き声を発し跳躍! フリスビーの如く回転し、液体を汚らしく撒き散らしながらこちらに迫ってきた。本能があの液体に触れるのは危険だと察知、私は腕のリーチを活かしたバク転で距離を取った。……ん? 私の腕、異様に長くない? しかも私の体、軽すぎない?? 「ワビャァァァーーッ!」  しまった! 自分の事に気を取られてた隙に毛虫は液体をジェット噴射しながら推進。咄嗟にかわそうと試みるが、何故かさっきより体の動きが鈍くなっている。すわ、飛び掛かった毛虫が私の鳩尾に直撃! ༼ うッ! ༽  くぐもった衝撃が全身を貫き、一瞬全ての呼吸活動が止まる。すかさず皮膚に付着した汚染液が毛細管現象のように全身にまわり、私の魂と意識を引き剥がし始めた。 (させるか……っ!)  失神寸前で我に返り、私は光を放つ観音様に向かって体を滑らせた。考えてみればそうか。今の私は影でできた存在、神影(ワヤン)なんだ。明るい場所の方が動き回れて、暗い所では姿を保てない! さっきアンダスキンに追い詰められた時もそうだった! ༼ 仕組みが解ればこっちのものだ! ༽  記憶に蘇る影術の数々! まずは仏像に照らされた毛虫の影を踏んづける。すると毛虫は金縛りに遭ったように硬直、これが『影踏み』の術だ! そのまま毛虫を踏んだ爪先を細い糸状に残しながら、レールを滑るように私は光源方面へ移動。中空に漂う光と影のコントラストを編み、メロン格子状のドームに変える! 毛虫捕獲完了! 次々と毛虫が湧き出る液体ごと封印できた事を確認し、ドームに龍王剣を刺突。途端吹き出す炎がドーム内で猛回転! 毛虫を吸い上げながら液体完全蒸発。サイクロン! 「「「マバァァーーーーッ!!」」」  囂々と燃えるドーム内から複数の断末魔。絶縁怪虫散減(ぜつえんかいちゅうちるべり)、撃破だ! 脱力と共にお借りしていた光が観音様へ戻っていく。 『さすがです』  観音様が微笑んだ。さっきまで仏像だったはずの彼は、いつの間にか生きた人間のように滑らかな動きを得ていた。 ༼ 散減……人間の縁を奪い、代わりに悪縁を植え付ける金剛の怪虫だった。確か、合体すると神社の鳥居くらい大きなザトウムシになるんですよね ༽ 『そこまで思い出されたのですか。ならついでに倒しちゃいましょう』  観音様が軽いノリで微笑み、彼の背後に巨大ザトウムシ―大散減(おおちるべり)―を召喚した! 片や疲労困憊の私。少しぐらい休ませてくれたって良くないですか!? 『そうやってすぐぐずるのは、あなたの悪い癖ですよ。この第二の武器、ティグク(長柄斧)を差し上げますから。さあ行くのです!』  ヒョイと投げられた物騒な斧をキャッチすると同時に大散減はドカドカと暴れだす! 「「「マギャバァァァーーーー!!!」」」  七つの脚全てについた不気味な顔から汚汁を噴出し、この虚無空間が崩壊せんばかりの地団駄を踏む大散減。ていうか観音様は私の弟子だって言ってたのに、さっきからまるで私が彼の弟子みたいじゃない! 全く、 ༼ ムナルは昔から無茶ばかりするのだから ༽ ༼ 和尚様は昔から無茶ばっかさせるんだから! ༽  ん? 今、私の中に二つの気持ちがあったような?? って、今は戦いに集中しなきゃ。龍王剣に代わり持ち替えたこのティグクという武器は、長槍の先に斧と装飾旗がついた密教法具だ。確かにかつて、これで大散減を成敗したのを覚えている。奴の脚を一本ずつ叩き折りながら、真の本体がある一本を探して…… ―救済せにゃ!― ―くすけー、マジムン(クソ食らえ、魔物め)!―  ……突然脳裏に浮かぶ人々の声。思い出した。いや、どうして今まで思い出せなかったんだ! ༼ 一緒に戦った……仲間達! ༽  足元の影が伸びる! それは私と線一つで繋がったまま、あの時共に大散減に立ち向かったみんなの姿になった! ズダガアアァァァァアン!!! 全脚同時撃破! 露わになった真の本体をブッ叩く!! ༼ 念彼観音力ィィーーーーーッ!!! ༽  ズドオオォォーーーーーン……! 一瞬にして真っ白に染まった世界に、大散減の消し炭が舞った。世界の色が落ち着いていくと、そこは先程の闇とは打って変わって美しい山間の川辺になっていた。  自分はいま生身の人間ではないと頭で理解しつつも、さすがに連戦で息絶え絶え。とりあえず川の水で顔を洗い、ついでに燃え盛っているティグクの旗を川で鎮火した。すると川の底に二冊分の仏典が転がっていた。ビッチャビチャでページめくれないじゃないか、と思いつつ拾い上げると、本は防水加工されているように水を弾いた。
邪尊教パンケチャ派 仏典 其の三
 やがて時は流れ、チベットは中国から弾圧を受ける立場になった。滅亡の危機に陥ったこの国では再び邪尊信仰が復活。しかし現代の邪尊教は、平民支配や救いを求める目的ではなく、人間によって破滅したドマルの祟りで中国人へ報復したいという反中思想から生まれたものだ。  そんな邪尊を崇める人々の中に、一人の類まれなる容姿に恵まれた小坊主がいた。彼はその美しさを買われ、強い霊能力と暗殺術を併せ持つ最強の殺し屋となるよう英才教育を受けて育った。そして彼は十歳の時、「眠り」を意味するムナルという名を授かり、監禁されたドマルから霊力を奪うためにカイラス山へ入山した。  しかし元来一般人の立ち寄らない未開の山は過酷であった。ムナルは岩窟へ向かう途中で崖から転落し、足を折ってしまう。それから数日が経ち、死を覚悟した彼は、今までどの仏典でも見た事のない仏と遭遇した。その名を金剛愛輪珠如来(こんごうあいわずにょらい)という、死者の遺体や魂に残る霊力を管理する仏だ。  愛輪珠如来はムナルの命を、その美しい体の生皮を捧げるという契約で仏に転生させた。かくしてムナルは即身仏、金剛観世音菩薩となった。  ところがムナルの心肺が停止しかけたその時、地面から無数の神経線維が生えてきた。神経線維は瀕死の肉体に入り、心臓に活力を与え、傷ついた全身を瞬く間に癒した。これによりムナルは生きたまま強大な仏の魂を持つ最強の殺し屋に仕上がった。愛輪珠如来との契りは、彼が死ぬまで一時保留となった。
邪尊教パンケチャ派 仏典 其の四
 期せずして目的を果たしたムナルだったが、この奇跡をドマルが起こしたと確信した彼は再び岩窟へ向かった。仏になった事により霊感が高まった目で最奥の大岩を見上げると、そこには確かに磔にされたドマル・イダムがいた。彼の両腕は長い年月で倍以上に伸び、足元は衆生の苦しみで絶えず炙られ、その全身は遠くの衆生の苦しみを感じ取れるよう神経線維を剥き出しにされていた。  この余りにも惨たらしい守護尊を見たムナルは考えを改めた。これまでの邪尊教のように彼を利用するのではなく、逆に信仰者ら自身がドマルに安寧を与える事こそ真の邪尊教の有り方ではないかと。  ムナルはドマルの拘束を解き、自分自身が彼の『安眠(ムナル)』となるべくカイラス山で修行をした。そして数年後、自らの魂の中に平穏で頑丈な結界を作り、そこにドマルを眠らせた。  かくして下山したムナルは、殺し屋ではなく、全く新たなる邪尊教の宗派『パンケチャ(推祈)派』の開祖となったのである。
བཞི་པ་
 壮大な仏教神話を読み終えた私の隣には、観音様……ムナル和尚様が立っていた。 ༼ 私の生い立ちをお教えしたのは初めてですね、一美(ひとみ) ༽  和尚様の声はさっきまでのテレパシーみたいな感覚ではなく、肉声としてはっきり聴こえた。  私の名前は紅一美(くれない ひとみ)。普段はテレビとかで活躍するマルチタレントで、悪霊が出るとドマルの生まれ変わりであるワヤン不動に変身して戦う。ワヤン不動は本来他者を傷つけないドマルの明王体、つまり戦闘専用フォームだ。 ༼ 私は生まれて間もない頃、金剛の悪霊に殺されそうになったのがきっかけで和尚様に弟子入りしました。だからあなたの弟子である記憶と、かつてドマルだった時あなたを弟子としていた記憶があるんだ ༽ ༼ ええ。数奇な運命です ༽ ༼ でも和尚様 ༽  仏典に一つ、どうしても気になる箇所があった。金剛愛輪珠如来……私の肉体を乗っ取った悪霊張本人。金剛有明団の、重要人物。 ༼ あなたは如来を裏切って、幼い私にドマルの『悪魔の心臓』を埋め込んだんですよね ༽  一美の心で問う。そして、ドマルの心でも。 ༼ そうまでして、何故この子の人生を歪めた? ༽  私としては、歪めたっていうのはちょっと言いすぎだと思う。正確には和尚様は、金剛有明団の悪霊によって死にかけていた私をドマルの魂で補填して、助けてくれたのだから。和尚様は悔しそうに口元をきゅっと歪めて答えてくれた。 ༼ ……如来の契約を受け入れた身の私は、長らく彼らに従っていました。しかし彼らはある目的のために人々を呪いで支配し、意図的に悪霊や災いを生み出す集団でした。いえ、わかっていながら服従していた私も同罪です ༽  後ろめたそうな言葉と共に、和尚様は私を……いや。その奥にある『拙僧の』目を、すがるように見つめる。彼が良心に咎められながらも如来から逃げなかったのは、結界内で眠る拙僧の魂を案じての事だったのだ。 ༼ ですが、如来がまだ赤子だった一美に呪いをかけた時……私はついに耐えられなくなりました。私は最も尊いリンポチェの安眠を守るために菩薩で居続けた。でもそのために、誰かの最も尊いお子様が犠牲になるのをどうして放っておけるでしょう…… ༽  声に熱がこもる。和尚様はわなわなと拳を震わせ、怒れる馬のようにカッと目を見開いた。 ༼ パンケチャ派開祖の私が! 他の人の推しを不幸にしていいわけがない! 全ての推しの笑顔を守れずして何が仏教徒ですか!? ༽  つまり、苦肉の策だったのだろう。和尚様は一美とドマル両方を守るために、二人の魂を合体させた。そしてゆくゆくは私自身が金剛から身を守れ���ように、私が『明王』として覚醒するための修行を施したんだ。しかし、 ༼ たわけ! ༽  拙僧はムナルを張り倒した。 ༼ あの時、拙僧がなぜあなたを生かしたかわからないのか。あのままあなたが完全成仏していたら……知識も精神も未熟なまま、身に余る力を手に入れていたら。この邪尊と同じように、外道の道具にされていたのだぞ! ༽  ドマルの心が激昂し、和尚様の首根っこを掴んで離さない。 ༼ それなのに、何の罪もない少女になぜ同じ事を繰り返した! あなたの生半可な恩情でこの子は! 物心つく前に死ぬより、ずっと残酷な修羅道を生きる事になったんだ! それだけじゃない…… ༽  そう。和尚様はあの時、私にかかった呪いの身代わりになって…… ༼ ……どうしてあなたまで死ぬ必要があったんだッ!! ༽  ドマルから力が抜け、主導権が私に戻った。私が和尚様を師と仰いだ時、彼は既に亡き人。金剛によって生皮を剥ぎ取られたミイラに宿る、正真正銘の仏様だった。優しくて、強くて、でも私が間違っている時はとても厳しくて。大好きだった和尚様。もし私と彼の立場が逆だったら、私が和尚様の師匠だったら……私もドマルと同じように怒っていただろう。 ༼ わかっています ༽  和尚様は震えたままの声で答えた。 ༼ 一美を明王に仕立て上げた私は、金剛と何も変わらない卑怯者です。ですが、それでも……それでも、一美を見殺しにできなかった。リンポチェに救って頂いた命を捨ててでも、あなたには生き延びてほしかった! だから! ༽  バキッ、ビキビキッ。滑らかな和尚様の体が隆起し、屈強な複腕が生えていく。溶岩のようなオーラが湧き出で、顔が全方位を睨みつける三面の馬へと変わる。実は仏教神話においては、あの優しさの権化ともいえる観世音菩薩にも明王フォームがあるのだ。 ༼ 行くのです、ワヤン不動。私を倒し、この安寧の極楽浄土『須弥山(しゅみせん)』を糧に現世へ舞い戻るのです! ༽  馬頭観音(ばとうかんのん)、パンケチャ・ムナル! 宿命の師弟対決がいま幕を開けた!
ལྔ་པ་
 仏教界の中心須弥山を模した結界に、今二人の明王が対峙する! 煌々と照りつける太陽と森林が複雑な影を織りなすここは、ワヤン不動にとって最高の舞台。対する馬頭観音は果たしてどんな戦いを見せるのか? ༼ もう一度言っておきます。私は暗殺者として育てられた……卑怯者です! ༽  ズゴゴゴゴゴゴ……山が揺れ、川が氾濫する。和尚様の本領である霊能力は、チベットの秘術『タルパ』。自然界に漂う霊力を練って、人工的に幽霊やポルターガイストを作り上げる力だ。この須弥山結界もいわば、全て和尚様が作った亜空間。災害起こし放題、これは確かに暗殺向きだ!  大地震の揺れに酔わないよう地面との影設置面積を狭めると、和尚様がすかさず足払いを仕掛けてくる! それを跳躍回避し、両腕のリーチを活かして檜の大木を掴む。新体操の如く樹上に逆上がり、そのまま低姿勢の和尚様に飛び降りドロップキック! しかし着地の直前和尚様が消えた!? いや、目をこらすと左手の竹林に強力な霊力反応。姿を消して移動したんだ。追いかけて…… ༼ 隙あり! ༽  バチン! 死角から顔面に全力殴打を受け、私の体は林木をへし折りながら五〇メートルほど吹っ飛ばされた。迂闊、さっきの反応はタルパで錬成されたダミーか! ༼ 現実世界のあなたは、如来に龍王剣を奪われています ༽  和尚様はさっきの戦いで私が投げ捨てた龍王剣を蹴り上げ、 ༼ なのでこれは私がお借りしますね ༽  ヒュンヒュンと回転するそれを空中でキャッチ。そのままノーモーションで私に向かって突撃! キィン! 既の所でこちらもティグクを持ち直す。 ༼ オム・アムリトドバヴァ・フム・パット! ༽ ༼ ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・オム・チャーヤー・ソワカ!! ༽  グルカナイフと斧が鍔迫り合いの応酬を繰り広げる! 一方が押し、また一方が押され……ふと蘇る前世の記憶。想像上の極楽である須弥山だが、この地形には覚えがある。このまま西にあと七メートル後退すると……今だ! ༼ わっ!? ༽  そこは断崖絶壁! 影で崖肌に足場を延長してカモフラージュしていた私に振りかぶった和尚様は、そのままバランスを崩して転落。しかし地面と衝突する寸前、岩場から無数のツタが生え和尚様を守った。 ༼ やはり。ここはあなたが拙僧と修行したカイラスだ ༽  それならばこちらにも手がある。長年縛りつけられていたカイラスの地脈は全て、自分の体のように理解しているからに!  ダンッ! ヴァダダダガガァァァァアアン!!! 崖の亀裂にティグクの刃を叩きつけ、そこから神経線維で熱を送り起爆! この世の全てを拒絶する絶望の目に似たエネルギーモーションが炸裂し、崩壊した岩壁から大量落石! 砂埃が舞い上がると同時に和尚様の殺意が消えた。  もちろん、彼はこの程度で撃破できるお方ではない。崖肌を滑り降りた途端、瓦礫の山が隆起して和尚様が這い上がってきた。お互いに得物を構えなおし跳躍、空中にてチャンバラ再開! ༼ 正直に言いなさい、ムナル。この子に拙僧の魂を与えたのは、本当に苦渋の決断だったのか? ༽ ༼ やはりリンポチェにはお見通しですね。ええ、私の煩悩(エゴ)ですよ。だってずっと邪尊と呼ばれていたリンポチェが、正義のために戦うヒーローになったら最高じゃないですか…… ༽  シュゴォォォォォ! 龍王剣が炎を吹き、勢いで和尚様の体はジェット後進。そのまま燃え盛る龍王剣が和尚様と一体化。背中に炎の翼が、三つの額にはナイフの如く鋭き角が生えた! 馬頭観音アリコーン!!! ༼ 推しが正義堕ちしたらばちくそエモいじゃないですかぁぁーーーーーーっ!! ༽  ヌ˝ヌ˝ヌ˝ヌ˝ヌ˝ヌ˝ヌ˝ーーーーーーーーッ!!!!! 天、地、水! 三本の角から発せられた超自然タルパ理力が螺旋を描き極太ビーム射出!! 私の影体は分解霧散するよりも早く、この亜空間と外界を隔てる壁に叩きつけられた! 空が落ち、川が干上がり、山が粉々に砕け散る!!!  暗転、赤転、白転。完全なる静寂の中で、炸裂した世界の色が鎮静。全てを放出しきった和尚様は粉々の地面に膝をつき、肩で息をする。そのまま頭を垂れると、目の前にできた彼の影が ༼ ―ッ! ༽  砂から現れし蟻地獄のように、ワヤン不動の形を取って彼の首を刈った。 དྲུག་པ་  丸く抉れた須弥山に、荒れ散らかった極楽浄土。後は和尚様の心臓をティグクで割れば、この亜空間が粒子レベルに分解霧散して私は復活する。 ༼ でも、和尚様って少し前に逝去されてましたよね? ༽  私は抱えている和尚様の首に尋ねた。 ༼ ええ。もうこの世に意識を取り戻す事はないと思っていましたよ。ですが、私の遺物……おそらく、骨かなにか……を管理している者が、どうやら私とあなたの魂を復活させたようです ༽  和尚様のご遺体は、過去に金剛の事件を処理した、NICという超常現象研究機関が管理している。恐らく愛輪珠如来に乗っ取られた私に気付いた関係者が、私の魂のかけらを探し出し和尚様の中に保護したんだろう。 ༼ となると、あなたと拙僧の関係もその機関とやらには割れているのだな ༽  ふと私の影体が分裂し、ドマルの姿になった。こうやって三人で会話することもできるのか。 ༼ ならば本格的な大事になる前に、『邪尊』の肩書からは足を洗う必要があるな ༽  ドマルは目元だけで微笑むと、何やら全神経に法力をこめ始めた。ヴンッ! 影の皮一枚で繋がっている私が失神しかけるほどの衝撃が亜空間をほとばしる。すると、土砂が積みあがってできた須弥山のほとりの小丘に…… 「Woah!?」「ぎゃあ!」「เกิดอะไรขึ้น?」  突然、数千もの霊魂が召喚された。戸惑う人々の声で結界内は急に騒然とする。いや、よく見ると全員ご存命の人々のようだ。意識だけ無理やり幽体離脱させられたのか。 ༼ ドマル何したの!? ༽ ༼ 邪尊教を信仰する全ての信者を招いた。拙僧は既にカイラスから連れ出されていたが、彼らはそれを知らぬ。それに、ムナルが間もなく二度目の涅槃に入る事も。なら引退宣言をしておかねば ༽  引退宣言て。変な所で律儀な前世様だ。とりあえず人前で首ちょんぱの和尚様はショッキングすぎるから、一旦影で体と繋ぎ合わせた。 「這裡是哪裡(ここはどこだ)?」「Est-il…… Dmar Yidam(あれは……ドマル・イダム)!?」「क्या यह एक सपना है(夢枕ってやつか)?」  信者達は各々の言語で取り乱している。私の知らない言葉であっても、この空間内で意識が共有されて概ね理解できた。それにしても、どの人種もみんなちょっとガラが悪い。仏の力を悪用するというスタンスだった昔と違い、現代の邪尊教はどうやら悪魔信仰に似た類のカルトになっているようだ。ある者は跪き、またある者は歓喜の雄叫びを上げ、またある者は恐怖で腰を抜かす。一方、当の邪尊ドマルは赤子をあやすように両手を小さく振って彼らを宥めた。 ༼ まーま、落ち着きなさい。拙僧はただ、あなた方にちょっと顔を見せたいだけだ ༽  ドマルの声は骨伝導のように全ての信者の耳に届き、彼らそれぞれの言語に翻訳された。信者達がスンと静まりかえる。私もドマルの横に並び、彼の引退会見に耳を傾けた。 ༼ ふむ。見たところ、近頃の邪尊教徒は概ね三種類に分かれるようだ。少し、アンケートを取ってもいいかな? ༽  一体何が始まるのかと、信者達は固唾を飲む。一方和尚様は突然始まった推しの生ライブステージに目をキラッキラに輝かせている。 ༼ まず、一つめ。『信仰を禁じられた邪尊を現代に蘇らせ、かつての者どものように権力を手に入れたい』と本気で思っている方よ。拙僧怒らないから、正直に手を挙げなさい ༽  重苦しい静寂が極楽浄土を包む。ドマルの眼圧に気圧されて、信者達はしばらく誰も手を挙げなかった。しかし一人、また一人とじわじわ挙手が増えていき、概ね二割の信者がこれを認めた。残酷にも、やはりその殆どはチベット人だった。 ༼ そっか、成程な。大変申し訳ないが、あなた方の願いは叶えてやれぬ。実のところ拙僧は、観世音菩薩様の計らいで長らく惰眠を貪っていたからにな ༽  目尻も口角も全く上げないまま、気さくにドマルは答えた。その口ぶりと表情のギャップにより失魂落魄した信者の何割かが、震えながらその場に崩れ落ちた。 ༼ では二つめ。『仏とか宗教とかダルいけど、邪尊ってなんかアナーキーな感じでかっけーからリスペクト対象』と思って入信した方よ ༽  この質問に対する挙手は早かった。さっき手を挙げなかった信者達の半分以上が高々と挙手している。そして何割かはメロイックサインだ。 ༼ かはは、正直でよろしい。あなた方はそれでいいんだ。拙僧からは特に何もしてやれないが、肖像権なんかないからTシャツなりタトゥーなり好きに弄ってくれ。他の宗教に迷惑はかけないようにな ༽  ドマルはさっきよりも柔らかい表情で彼らに答え、印相のように控えめなメロイックサインを作った。信者達はロックシンガーのコンサートでも見ているように嬉しそうな歓声を上げた。 ༼ では三つめ…… ༽  ドマルは目を伏せ、傷だらけの馬頭観音にちらりと視線を向ける。そして一瞬間を取り、再びまっすぐ信者達を見据えた。 ༼ 『悪玉に囚われていた仏がいつか正義堕ちしたらばちくそエモいから。あらゆる神話の中で、そういうカタルシスでなければ摂取できない物があるから』入信した方よ。いるのなら、どうか教えて欲しい ༽  ……一人。二人。十人、四十人、六百人。厳かに、じわじわとこれに挙手する信者が増えていった。その中には先程のチベット人や、アナーキストの面々も。 ༼ うそ…… ༽  想定外に同担が多い事を知った和尚様は、驚きや複雑な感情を露わにしながら穏やかな金剛観世音菩薩相に戻った。その和尚様を視線で指し、ドマルが説明する。 ༼ 彼こそがムナル和尚。そしてパンケチャ派の伝承に語られる金剛観世音菩薩様だ。彼は只今をもって現世から旅立つ。入れ替わりに、拙僧は眠りから覚めて娑婆に戻る ༽  そして次に、私の手を取った。 ༼ これは我が明王尊、ワヤン不動。これより拙僧は、娑婆に巣食うある悪霊を滅ぼすために憤怒の化身となるのだ。ま、平たく言えば…… ༽  決めポーズしろ、とドマルから影体を伝って指示が飛んできた。ええと……アドリブで! 須弥山の残り半分をぶっ飛ばす! ドーン!! 「「「うわああぁぁ!!!?」」」  信者困惑! ༼ ばか、やりすぎだ……ま平たく言えば、邪尊教解散ってコトな。よろしく ༽  なんともあっけらかんと邪尊教は解体された。でも幸い、信者達は私が須弥山を消し炭に変えたインパクトでポカンとしたまま、特に暴動とかもなく娑婆に送還された。 ༼ あ、あんなんでいいの? 引退宣言 ༽ ༼ 適当でよかろう。ま、今頃ネットでバズってるかもしれんけど ༽  ネットとか知ってるのかこの前世様。といっても私と一心同体みたいなものだもんな。一方、和尚様は感極まってアルカイックスマイルのまま失神している。 ༼ ……このまま送ってやるか。それとも、師匠に別れの挨拶とかする? ༽ ༼ ううん、大丈夫。もうとっくの昔に……金剛と初めて戦ったあの日、ちゃんと話せたから ༽ ༼ そうか ༽  今回の事は、いわば私が不覚を取ったせいで和尚様の眠りを妨げてしまったようなものだ。この戦いが終わったら、いつか私とドマルも同じ場所へ還る。それなら今改まって別れを告げる必要はないだろう。  私は改めて金剛を滅ぼす決意を抱き、人生で最も尊敬する人にティグクを振り下ろした。
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groyanderson · 4 years ago
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ひとみに映る影 シーズン2までダイジェストCM 60秒
改めまして、ひとみS2電子書籍発売!!!イエエェェパフパフパフ それに伴いCMか特番のどっちか作るってしぶに告知したんですが、 結果シーズン1、2のあらすじをダイジェストにまとめた 特番兼CMって感じの動画になりました!
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(ニコ動はこちらから)
極力ミリしらの人も引き込めるよう簡潔に作ったはずだけど そもそものあらすじがカオスだからわけがわがんねぇ!!!
・シーズン2情報まとめページ
・ひとみ全体情報まとめページ
以下、シーズン2最終話ネタバレ後記です。
電子書籍及びプロトタイプ版にて最後までご愛読下さった皆様、 誠にありがとうございました。
…超展開ごめんねええええぇぇぇぇぇ!!!!
なお、プロト版ではただ油断していた一美が乗っ取られただけっぽい演出でしたが、 電子書籍版では如来がどうやって一美ん家に不法侵入したかが判明します! そしてシーズン1で活躍したあのキャラが…!? ���こからは未確定情報ですが、今後はナイトマリンを完結させた後に 一美シーズン3に繋がる短編の動画orゲームを1本作るつもりです。 全くあらすじは決まっていませんが、S2ラストで如来から命からがら カンリンペンダントに入って脱走したワヤン不動の魂を 伶&恭士あたりに探させようかなあと計画中です。 そしてシーズン3はいよいよ最終章! 気になるアガルダ行きのメンバーですが、 ワヤン不動(+ドマル)、光、佳奈、イナ、そして追加戦士枠で あのデイトレーダー若社長とその秘書を1名味方につけようかと思い��す!
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groyanderson · 4 years ago
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シーズン2電子書籍とか歌とか販売のお知らせ(仮)
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後日ぶら下がり違いのCMだか告知動画を上げる時に 関係各位にご報告したり正式に宣伝していく所存ですが、 今回販売アイテムの処理数がえげいので、
ひとみに映る影シーズン2最終7~8話公開、 電子書籍、楽曲、それら両方を梱包したパック ひっそりと発売開始ィ!!!!イエエェェパフパフパフ!!!
☆ここから買おう☆ (※キャラソン集の配信サイト版は28日頃から 聴けるようになるそうです)
【シーズン2情報まとめ記事】
とりま告知動画の台本完成させて ふどうこさんにナレ録りのお願いしないとフォォォ!!!
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groyanderson · 4 years ago
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ひとみに映る影 シーズン2情報まとめ
小説「ひとみに映る影」もおかげさまでシーズン2が完結致しました! 今回は電子書籍だけでなくキャラクターソング集も発売!というわけで、 このページではシーズン2の通販情報などをまとめてご紹介します!
◆本編◆ ひとみに映る影 シーズン2 (第二巻)
今回はシーズン1から38ページも増量!(絶妙) それでも価格は据え置き、 日頃のご愛顧を込めてサンキュー390円です!
電子書籍 390円 【BOOTH販売ページ】
◆楽曲◆ ひとみに映る影 シーズン2特別企画 キャラクターイメージソング集
(※配信版は2021/8/28発売) 配信版はamazonやiTunes等の各種音楽配信サイトで楽曲を聴けます。 DL版では音楽ファイル(mp3)とジャケット画像(jpg)入りの zipファイル形式を全曲ダウンロードできます!
配信版 約1375円(アルバム価格)(※) (※各配信サイトやサブスクリプションサービスの適用により  配信価格が変動する場合がございます。) 【tunecore特設ページ】
DL版 1450円(アルバム価格) 【BOOTH販売ページ】
◆セット販売◆ ひとみに映る影 シーズン2 コンプリートパック
シーズン2の電子書籍とイメージソング集がセットになった 大変お買い得なパックです!色々入ってなんと1616円!! やっぱりダジャレで値段つけてます!!!
電子書籍+楽曲音源セット 1616円 【BOOTH販売ページ】
◆うるせえタダで読み聞きさせろ◆ ひとみに映る影 シーズン2 プロトタイプ版
もちろん今回も毎度おなじみ! 誤字脱字校正前のプロトタイプ版本編、 そして楽曲も無料公開しています!
但し書籍版には描きおろしイラストがあったり プロト版と意図的に演出を変えている箇所なんかもあるし 曲もマスタリングとか丁寧になってるから できれば諸々ポチってくださああああぁぁい!!!
【無料公開品まとめページ】
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hinge · 15 days ago
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Hinge presents an anthology of love stories almost never told. Read more on https://no-ordinary-love.co
303 notes · View notes
groyanderson · 4 years ago
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ひとみに映る影 シーズン2無料公開物まとめ
もちろん今回も毎度おなじみ! 誤字脱字校正前のプロトタイプ版本編、 そして楽曲も無料公開しています!
但し書籍版には描きおろしイラストがあったり プロト版と意図的に演出を変えている箇所なんかもあるし 曲もマスタリングとか丁寧になってるから できれば諸々ポチってくださああああぁぁい!!!
☆☆☆販売物まとめページ☆☆☆
◆本編◆ 第一話「呪われた小心者」 第二話「高身長でわんこ顔な方言男子」 第三話「招霊上等仏恥義理」 第四話「ザトウムシはどこへ行く」 第五話「大妖怪合戦」 第六話「どこまでも白い海で」 第七話「復活、ワヤン不動」 第八話「シャークの休日」
◆楽曲◆ 第一弾 志多田佳奈「童貞を殺す服を着た女を殺す服」 第二弾 青木光「ザトウムシ」 第三弾 加賀繍へし子「我等、五寸釘愚連隊」 第四弾 牛久舎登「かっぱさん体操」 第五弾 後女津親子「KAZUSA」 第六弾 金城玲蘭「ニライカナイ」
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groyanderson · 4 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン2 第八話「シャークの休日」
☆プロトタイプ版☆ こちらは電子書籍「ひとみに映る影 シーズン2」の 無料プロトタイプ版となります。 誤字脱字等修正前のデータになりますので、あしからずご了承下さい。
☆ここから買おう☆
(シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 高々とそびえる須弥山の麓。宙にはトンビやカラスが舞い、地上では鮎や鯉が戯れに滝を登る。その平穏な滝壺のほとりで、徳川徳松少年は私達に今生の別れを告げる。 『あんたらは何も気にしないでいい。地獄行きはぼくだけだ』 「そんな」  光君はしゃがんで徳松の両肩に触れた。 「利用されてただけで。地獄など!」 『ダメだ。御戌神は沢山殺しすぎた。誰かがその業を背負って行かにゃ、地獄の閻魔さんが困っちまう』  ……野暮な事実だけど、現代に地獄や極楽へ行く人は稀だ。大昔は全ての神仏と霊が宗教という秩序のもと、亡くなった人の魂を裁いたり報うための聖域が幾つも設けられていた。けど地球全土が開拓され人口過多の現代では、そういった聖地を置ける場所も管理する神仏も足りていない。誰もが知っている程の重罪人や、誰が見ても割に合わない一生を遂げた善人だけが、狭小な聖地へ招き入れられるんだ。それが当たり前となった平成の時代に徳松が『地獄』へ赴いたとしても、事務的な獄卒にちょっと話を聞かれて追い返されるだけだろう。ただ、江戸時代からずっと本物の地獄を生き続けた彼に、私もドマルもそんな残酷な事言えるわけがなかった。 「どうしてそこまで……島の人達が、あんたに見返りを?」 『見返りなど! これは誰かがやらにゃならねえ事だから。……そりゃ本当はぼくだって辛かった。大散減が飢えたらぼくも腹ペコになって、嫌だ嫌だって思いながら人殺しを。しかも殺るのはぼくと本来無縁だった来世達が! ぼくは……何も出来なかった。ゴメンナサイって思うしか出来なかった』 「僕が地獄へ行く」 『バカこくな……』 「こいてねえ!」  光君は徳松を抱きしめた。 「何が救済だ! この世界は誰かがババ引かにゃ成り立たねぇなら、僕が地獄へ行く! そして何一つ反省しないで永遠に場所取り続けてやる! あんたみたいな人が落ちてこれねぇように!!」 『……!』  すると光君の背中に後光が差していく。ドマルは無言で跪き合掌。私は徳松の隣に寄り添い、彼の顔から影を拭った。 「徳松さん、もう誰もこの件で地獄に落ちる事はありません。あなたは許されたんです」 「『え?』」  光君は振り返り、自分の後ろに光輪ができている事に気がついた。 「こいつは……!」 ༼ 正しい心のもとに、仏様は宿られる。今のこの青年の言葉は、あなたが犯した罪を浄化するに足る力があった。そもそも、殺生の罪とは誰か一人に擦り付けられる物ではない ༽  ドマルも徳松の傍に寄る。 『そんな……けどぼくは実際、何度も人殺しを』 「徳松さん」  これは、あなただけの問題じゃないんだ。 「人が生きるためには、誰かが絶対に殺生をしなきゃいけないんです。お肉を食べるためには、農家の人に動物を屠殺して貰わなきゃいけない。家を守るためには、ときどき業者さんに虫や鼠を駆除して貰わなきゃいけない。殺した本人が悪い、自分で殺してないならセーフ、じゃないんです」 ༼ 言っておくが、僧侶やヴィーガンなら無罪とかそういう事もないからな。草木を殺した死体を着て胡座をかいている坊主だって、もちろん業を背負っている。大事なのは、自分や大切な人々が生きるために糧となった命達への謝意。『謝罪』と『感謝』の心だ ༽ 『謝意……』  光君は徳松の頭を撫で、徳松と指切りをする。 「徳松様。僕達の救済は殺生って形だったけど、誰もせにゃもっと沢山人が死んでたかもだ。僕はあんたの苦しみをずっと忘れない。あんたと一緒にしでかした事、あんたと繋がる縁、全てを忘れない。だから、どうか、安らかに」 『光』  光君の後光は強まり、草葉の陰にまで行き渡る。するとそこから一匹のザトウムシが現れた。針金のように細い体を手繰る、か弱い盲目の虫だ。徳松は子犬のような笑顔を浮かべた後、もはや誰も傷つける事なきその小さな魂を率いて何処へと去っていった。 ༼ はあ、最高かよ。エモいなあ ༽  ドマルが呟いた。口癖なのかな、それ。 「ドマルはどうするの?」 ༼ 拙僧はあなたの本尊だ。ムナルの遺志をあなたが成し遂げた時、この自我は自然とあなたに帰するだろう ༽ 「そう。じゃあ、金剛を滅ぼすまで成仏はお預けだね」 ༼ 成仏……あいつみたいな事を言うな。そもそも拙僧は邪尊だ ༽  ドマルは須弥山の風景を畳み、また私の影に沈んでいった。あの世界で逝去した徳松は、私と光君の中で永遠に生き続けるんだ。
གཉིས་པ་
「じゃじゃじゃじゃあ、埋蔵金って徳川徳松を襲った大妖怪の事だったんですか!?」  空港エントランスにタナカDの馬鹿でかい声が響く。熾烈を極めた大散減浄霊から一夜、五月五日午前九時。私達はしたたびの締めコメントを収録している。けど佳奈さんと二人きりじゃない。この場には玲蘭ちゃん、後女津親子、そして光君がいる。モノホンのみんなで予め打ち合わせした筋書きを、玲蘭ちゃんがカメラに向かって話す。 「したたびさんが歌の謎を解いて下さって、助かりました。マジムンは私達霊能者が協力して、一匹残らず退治しました。ね、斉一さん」 「え! え……ええ!」  斉一さんは『狸おじさん』のキャラを再現しようと、痛ましい笑顔を作った。 「いやぁ、大変だったんすよ。でもね、私の狸風水で! 千里が島の平和は……ぽ、ぽんぽこ、ぽーん、と……」 「た、狸おじさん? ひょっとして泣いてるんですか?」  タナカDが訝しむ。その涙は失った家族を思い出してのものか、はたまた安堵の涙か。カメラに映らない万狸ちゃんと斉三さんも、唇をぎゅっと噛んだ。 「い……いえね……俺今回、割とマジで命がけで頑張ったから……撮ってなかったなんてあんまりじゃないっすか、タナカDっ!」 「なはははは、そりゃすいませんねぇ! こっちも色々とおみまいされてまして……ぶえぇっくしょん!!」  そういえば光君が島民達に拉致されてから色々ありすぎて、私も佳奈さんもタナカDの事をすっかり忘れていた。スマホに入っていた何十件もの不在着信に気がついたのは、昨晩ホテルに戻っていた道中。二人で慌ててタナカDを迎えに行くと、彼は何故か虫肖寺の井戸の中で震えていたんだ。 「タナカさん、そっちは一体何があったんですか?」 「聞いてくれますか? 僕はねぇ、人生で一番恐ろしい思いをしたんですよぉ……」  未だ風邪気味な声でタナカDは顛末を語った。あの時島民達に襲われたタナカDは、虫肖寺のお御堂へ拉致された。そこの住職はタナカDに、「肋骨を一本差し出せばしたたびチーム全員をこの島から無事に帰してやる」というような脅迫をする。祟りなんて半信半疑だったタナカDは千里が島を『島丸ごと治外法権のヤバいカルト宗教村』だと判断、演者の命を優先するため取引に応じる事に。ところが「肋骨は痛そうだしちょっと……」「小指の骨とかで妥協して頂けませんかねぇ?」「足の小指です」などと交渉に交渉を重ねた結果、島民達を怒らせて殺されかけてしまう。慌ててお御堂から逃げ出したがすぐに追っ手が来たため、タナカDは咄嗟に井戸を降りて身を隠した。しかし数分やり過ごして地上へ戻ろうとしたその時、地震や爆発音などあからさまに異常事態が起きておちおち井戸から出られなくなってしまったのだという。色々とツッコミどころが満載な顛末だ。 「あなた、カルト相手に演者の命を値切りしたんですか」 「悪かったですって。けどあの時は本当に怖かったんですよぉ、紅さんだって同じ立場だったら値切るでしょぉ?」 「それは暗にまた私を小心者だと言ってるんですか? この三角眉毛は??」 「一美ちゃん、ここでキレたら小心者だよ!」 「なっはっはっはっはっは!!」  なんだか腑に落ちないけど、まあタナカDが無事だったのは本当に良かった。思い返せば虫肖寺という名前は『虫の肖像という名を冠したお寺』で、さらに漢字を繋げて読むと『蛸寺』になる。つまりそこも八本足のザトウムシ怪虫、大散減を祀る場所だったんだろう。 「皆さん、もうすぐ搭乗開始が」  光君が腕時計を見て告げる。二泊三日、色々あった千里が島ともついにお別れだ。それでも、この地で出会った人達や出来事、それら全ての『ご縁』は、決して捨てるべきじゃない大事なものだと思う。 「光君」  私は化粧ポーチから青いヘアチョークを取り出し、光君に手渡した。 「引越しが落ち着いたら、連絡してね」 「モチのロンで。一美ちゃんいないと、東京で着る服など何買えばいいかわからないんだから」  光君は徳松の成仏を機に、役場の仕事を辞めて島を出る事にしたそうだ。運転免許を取ったらすぐに引っ越すらしい。今は一時のお別れだけど、またすぐに会える。 「それじゃあみんな、帰るよ」  佳奈さんがここに��る全員の手を取った。 「……東京へ帰るよ!」 「「「おー!」」」
གསུམ་པ་
 それから数週間経ち、したたびで千里が島編がオンエアされる頃。  宗教法人河童の家は、『リムジン爆発事故で教祖含め大勢の信者が亡くなった』事故で、アトムツアー社に業務上過失致死の集団訴訟を起こした。リムジンを居眠り運転をしていたアトム社員が新千里が島トンネル前のコンビニに突っ込み、そこに設置されていたプロパンガスに引火、大炎上を起こした……という筋書きだ。この捏造によって私がコンビニを焼却した件も不問になり、私は本当に河童の家さんに落とし前をつけて貰った事になる。なんだかだぶか申し訳ない気もしたけど、先日あんこう鍋さんにお会いしたら『アトムから賠償金めっちゃふんだくれたんでオッケーす、我々はただの笑いと金が大好きなぼったくりカルトですから』と一笑に付してくれた。  加賀繍さんは、玲蘭ちゃんと斉一さんが辞退した除霊賞金三億円を一切合切かっさらっていった。その資金を元手に、電話やスマホアプリで人生相談ができるサービス『みんなのぬか床』の運営を開始。それが大ヒットして、今度は星占い専用人工衛星とやらを打ち上げる計画をしているそうだ。私も興味本位で一度���デオチャットを課金してみたら、魔耶さんと禍耶さんが相談に乗ってくれた。そういえばこのサイトには、プロフィールも名前もない謎の占い師と繋がる事がある……なんて都市伝説があったような。  後女津親子は失った斉二さんの分の戦力を補充するため、木更津のどこかにあるという聖地『狸の里』で一から修行し直すと言っていた。斉一さんは生きながら強力な妖怪の魂を持つ半妖(はんよう)という状態を目指し、万狸ちゃんと斉三さんもそれぞれ一人前の妖怪になれるよう鍛錬を欠かさないとのことだ。ちなみに万狸ちゃんは九尾の狐みたいに糸車尻尾をたくさん生やして、佳奈さんの童貞を殺す服を着た女を殺す京友禅メイド服に対抗する服を作るのが目標らしい。  玲蘭ちゃんはなんと、あの後再び千里が島に行ったそうだ。今度は沖縄から神様を大勢率いて、長年大散減によって歪んでいた島の理を正したんだという。そこまでしたのにアトムツアーから何の見返りも受け取らなかったのは、『あんな賠償やら何やらで倒産寸前の会社と今更縁を持ちたくないから』。代わりに島の魂達から感謝の印にと、ちゃんと浄化済みの大散減のエクトプラズムをたくさん授かったそうだ。これまで多くの人々が追い求めていた徳川埋蔵金は、玲蘭ちゃんが手に入れたんだ。  さて。一方私はというと、顔のかなり目立つ位置にニキビができてしまいちょっぴりヘコんでいる。しかもこんな時に限って、メッセージアプリで久しぶりに光君から連絡が来た。だぶか、これが想われニキビというやつなんだろうか。 『From:あおきち 映画の前売チケットがたまたま二枚で! ご興味など?』  ……うーん、なんてベタな誘い文句! 返信をしたら詳しく経緯を説明してくれた。  実は来週公開の『シャークの休日』というイタリア映画が、光君が以前務めていた千里が島観光課とのタイアップで『全編南地語字幕上映』という企画をやるらしい。それで光君にも、地元の元同僚さんからチケットが送られてきたそうだ。イタリア人がチャキチャキの南地語を喋ってるような字幕ってまるで想像がつかないけど、確かに面白そうだと思った。 「えーと、『来週の月曜か木曜なら木曜がいいです』……と」  実はどっちも予定は空いているけど、ニキビを治したいから遅めにして貰った。返信を終えた私は早速洗面所へ。さっきお風呂で洗顔したとはいえ、ニキビの箇所はもう一度念入りに洗ってからちゃんとスキンケアしよ……
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Fjórði
 そして一週間後、『トラップブラザーズシアター東雲(しののめ)』にて。 「あ、一美ちゃん! ごめん、お待たせを!」  平日昼間にも関わらず混雑する複合ショッピングセンターで、私は道に迷った青木光、恋人の光君をメッセージアプリ頼りに探し出した。 「あれ、キョンジャクとカンリンは?」 「それが、なくなっちゃったんだ。探してるから見つけたら教えて。そんなことより、行こう?」  この期に及んで『デートできる服を持ってない』などと言い出す恋人を助けてやるため、私は映画鑑賞の時間が近付く前にメンズファッションフロアへ向かった。まるでコーディネートの基本もなっていない男に、流行に合わせた服装を宛がう。それだけで「さすがプロは違う」と煽てられるのだ。 「一美ちゃん? ひょっとして、退屈で?」 「ううん、光君と一緒にいられて楽しいよ」  上映十五分前になり、私達は映画館に戻った。ロビーのスクリーンでは、丁度今日見る作品『シャークの休日』のトレイラーが流れていた。 『餌食である人類の世界を見てみたい……海底は人喰いザメの王国から、自由を求めるサメ姫シャークリー・シャックバーンがローマにやって来たぞ! 姫は魔法で人間に化けて新聞記者と恋仲になるけど、デート中『真実の口』に手を入れたらサメだと見破られちゃった! 魔法が解けて、ローマの人々をヤケ食いし始めるお姫様……全伊震撼の大パニックムービー誕生!』  お世辞にも興味をそそられる内容とは思えないが、私は今までしてきたように楽しそうに振る舞う。 「映画、楽しみだね」 「うん。あ、一美ちゃん、あそこに真実の口が!」  光君が嬉々として示した方向には、記念写真が撮れる真実の口のパネルがあった。彼はタイマー撮影用スタンドに自分のスマートフォンをセットした。 「ねえ、光君。作中の真実の口って、トレイラーで喋ってたよね。『サメ……ウソ……』って。これも手を入れたら喋るかな?」 「一緒に確かめてみるので。いっせー……」 「のー……」 「「せ!」」 『シタタビ……ウソ……』  その時、私はこの真実の口が何か妙な事を言ったように聞こえた。シャッター音と被って耳が錯覚を起こしただけ、だろうか。 「ごめん、もう一回手を入れてみていい?」 「モチのロンで」  二人でセンサー部分に再び手をかざす。 『シタタビ……ドッキリ!』  ヌーンヌーン、デデデデデン♪ ヌーンヌーン、デデデデデン! 突然、テレビ湘南制作『ドッキリ旅バラエティしたたび』主題歌、『童貞を殺す服を着た女を殺す服』のイントロが映画館ロビーに響き渡った。忽ちこの身体は自らの意志に逆らい跳躍し、入場口とは反対方向のエスカレーターへ飛び降りていた。先月末、ドラマ『非常勤刑事』の撮影で主演の男に「一度も見破れないのはだぶか君の才能だ」と言われた記憶が脳で想起される。 「って、サメえええぇぇえええ!?」  エスカレーター階下にはサメ帽子を被ったエキストラの大軍が群がっていた。私はコミカルに叫び、スカートスタイルにも関わらず粗暴に下りエスカレーターを駆け上がった。すると階上には、『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げる光君と志多田佳奈が待ち受けていた。 「ドッキリ大成功ー! 志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、」 「「したたびでーす!」」  悔しがってどうこうなるわけでもないはずだが、この身体はヒステリックに地団駄を踏んでいた。 「やいやいやい小心者! ハニートラップに引っかかるなんてまだまだ小心者だぞ小心者!」 「うるさい万年極悪ロリータ! そこの真実の口で実年齢をバラしてやろうか!?」 「うわぁ~、みみっちー」  しかし、これを放送するのは芸能事務所に許可されるのだろうか。私はまだ世間に正式に発表できるほど、彼と進展した関係ではないはずだ。 「あのね、佳奈さん。私と光君は今日が初デートだし、まだ事務所に何も言っていないんです。こんなのオンエアされたらこちとらたまったもんじゃないんですよ!」 「あ、社長さんには私が色つけて説明しといたから大丈夫だよ」 「勝手に何してくれちゃってるんですか!?」 「だってだって、光君の一美ちゃんへの愛は本当だよねー?」  光君は気恥しそうに真実の口へ手を入れた。 『……ホント』  よく見ると真実の口は、画角外のタナカDが裏声で喋っていたようだ。 「初デートを返せこの三角眉毛ェェ!!」 「ぬわははははは!! ごめんなさいって! ナハハハ!」 「一美ちゃんごめん、本っ当ごめん! これで堪忍を!」  光君が私に何やら縦長なフリップを差し出した。それは特大サイズに拡大印刷されたシャークの休日の前売券だ。 「『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日』……『inローマ』ああぁ!!?」 「そ! 今回のしたたびは海外企画、イタリア編! 実は私、この映画の日本版主題歌を���当させてもらったの。そのPVを、ラブラブなお二人に撮ってきて貰いまーす!」 「え、じゃあ佳奈さんは今回行かないんですか?」 「うん。だって主題歌が入るニューアルバム、まだ収録全曲終わってないし。代わりにPVでは一美ちゃんの彼氏役が必要でしょ? だから光君を呼んだの」  そういう事だったのか。今回は光君が撮影に同行するのだ。 「ドッキリは正直ちょっと気が引けたかもけど、テレ湘さんが僕達を海外旅行に連れてってくれるんだから。ローマで本物の真実の口やったり、トレビの泉でコイン投げるなど!」  光君はさぞ嬉しそうに小躍りした。だが、それでは浅はかというものだ。 「光君、ちなみにローマで何をするか知ってるの?」 「うん。だから、映画みたいに真実の口とか……」 「そのフリップ、『inローマ』の下にやたら余白があるよね。よく見て、端がめくれるようになってる」 「え? あっ本当だ! タナカさん……」 「いいですよ、めくって」  フリップから粘着紙を剥がした光君は、前髪で表情が隠れていても解る程、顔面が蒼白した。フリップ上に現れた文章は、上の文字と繋げて読むと『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日inローマ県オスティア・ビーチ~スキューバダイビングで人喰いザメの王国へ~』と書かれている。 「そっちへ!?」  彼もまた、私と同様に番組に騙されていたという事だ。するとタナカDが高笑いしながら、タブレットPCで企画書を開いた。 「お二人には最初の三日間でライセンスを取得して、四日目にサメと潜って頂きます。天候とかあるので五日目は予備日にしていますが、運が良ければ真実の口にも行けるかもしれませんよぉ」 「行けるかもしれませんよぉ、じゃないですよ。何が悲しくてイタリアまで行ってサメのいる海に潜らなきゃいけないんですか!」 「あやや……あやややや……」 「しかもこんなショッピングセンターでネタバラシしたって事は、どうせここで荷物買って今から行くんでしょ? 予算一万とかで」 「さすが紅さん、よくわかってらっしゃる」 「今から!? しかも一万円で旅支度を!?」 「安心して下さい、一人一万です。うははははははは!」  私達したたびチームにとっては定石である無秩序な行動に、光君はただ困惑している。 「じゃあ光君、衣装買いに行くよ。デートに行く服がなかったなら、PVに出る服だって持ってないでしょ」 「えっでも、流石にダイビングスーツは現地じゃ?」 「サメと泳ぐだけで終わらせるわけないでしょ? だぶか海中ロケなんてさっさと終わらせて、二人で街ブラする撮れ高で佳奈さんのPV埋め尽くしてやるんだ!」 「そ、そうだ……せにゃ! 見てろよ佳奈さん!」 「ふっふっふー。そう簡単にいくかな? 衣装に予算使いすぎてだぶか後で後悔するなよっ!」 「国際モデルのこの私のプチプラコーデ力を侮らないで下さい。だぶか佳奈さん本人が出てるPVより再生数稼いでやる!」  斯くして、また私達は旅に出る事になった。『行った事のない場所にみんなで殴り込んで、無茶して、笑い合って、喧嘩して、それでも懲りずにまた旅に出る』とは佳奈さんの言葉だ。それが私にとっての日常であり、私はこのような日々がいつまでも続くと漠然と思い込んでいる。
 し か し 、 そ れ で は こ の 『 私 』 に 金 剛 の 有 明 は 訪 れ な い 。 間 も な く 時 が 来 る 、 金 剛 の 楽 園 ア ガ ル ダ が こ の 星 を 覆 い 尽 く す の だ 。
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groyanderson · 4 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン2 第七話「復活、ワヤン不動」
☆プロトタイプ版☆ こちらは電子書籍「ひとみに映る影 シーズン2」の 無料プロトタイプ版となります。 誤字脱字等修正前のデータになりますので、あしからずご了承下さい。
☆ここから買おう☆
(シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 ニライカナイから帰還した私達はその後、魔耶さんに呼ばれて食堂へ向かう。食堂内では五寸釘愚連隊と生き残った河童信者が集合していた。更に最奥のテーブルには、全身ボッコボコにされたスーツ姿の男。バリカンか何かで雑に剃り上げられた頭頂部を両手で抑えながら、傍らでふんぞり返る禍耶さんに怯えて震えている。 「えーと……お名前、誰さんでしたっけ」  この人は確か、河童の家をリムジンに案内していたアトム社員だ。特徴的な名前だった気はするんだけど、思い出せない。 「あっ……あっ……」 「名乗れ!」 「はひいぃぃ! アトムツアー営業部の五間擦平雄(ごますり ひらお)と申します!」  禍耶さんに凄まれ、五間擦氏は半泣きで名乗った。少なくともモノホンかチョットの方なんだろう。すると河童信者の中で一番上等そうなバッジを付けた男が席を立ち、机に手をついて私達に深々と頭を下げた。 「紅さん、志多田さん。先程は家のアホ大師が大っっっ変ご迷惑をおかけ致しました! この落とし前は我々河童の家が後日必ず付けさせて頂きます!」 「い、いえそんな……って、その声まさか、昨年のお笑いオリンピックで金メダルを総ナメしたマスク・ド・あんこう鍋さんじゃないですか! お久しぶりですね!?」  さすがお笑い界のトップ組織、河童の家だ。ていうか仕事で何度か会ったことあるのに素顔初めて見た。 「あお久しぶりっす! ただこちらの謝罪の前に、お二人に話さなきゃいけない事があるんです。ほら説明しろボケナスがッ!!」  あんこう鍋さんが五間擦氏の椅子を蹴飛ばす。 「ぎゃひぃ! ごご、ご説明さひぇて頂きますぅぅぅ!!」  五間擦氏は観念して、千里が島とこの除霊コンペに関する驚愕の事実を私達に洗いざらい暴露した。その全貌はこうだ。  千里が島では散減に縁を奪われた人間が死ぬと、『金剛の楽園』と呼ばれる何処かに飛び去ってしまうと言い伝えられている。そうなれば千里が島には人間が生きていくために必要な魂の素が枯渇し、乳幼児の生存率が激減してしまうんだ。そのため島民達は縁切り神社を建て、島外の人々を呼びこみ縁を奪って生き延びてきたのだという。  アトムグループが最初に派遣した建設会社社員も伝説に違わず祟られ、全滅。その後も幾つかの建設会社が犠牲になり、ようやく事態を重く受け止めたアトムが再開発中断を検討し始めた頃。アトムツアー社屋に幽霊が現れるという噂が囁かれ始めた。その霊は『日本で名のある霊能者達の縁を散減に献上すれば千里が島を安全に開発させてやろう』と宣うらしい。そんな奇妙な話に最初は半信半疑だった重役達も、『その霊がグループ重役会議に突如現れアトムツアーの筆頭株主を目の前で肉襦袢に変えた』事で霊の要求を承認。除霊コンペティションを行うと嘘の依頼をして、日本中から霊能者を集めたのだった。  ところが行きの飛行機で、牛久大師は袋の鼠だったにも関わらず中級サイズの散減をあっさり撃墜してしまう。その上業界ではインチキ疑惑すら噂されていた加賀繍へし子の取り巻きに散減をけしかけても、突然謎のレディース暴走族幽霊が現れて返り討ちにされてしまった。度重なる大失態に激怒した幽霊はアトムツアーイケメンライダーズを全員肉襦袢に変えて楽園へ持ち帰ってしまい、メタボ体型のため唯一見逃された五間擦氏はついに牛久大師に命乞いをする。かくして大師は大散減を退治すべく、祠の封印を剥がしたのだった。以上の話が終わると、私は五間擦氏に馬乗りになって彼の残り少ない髪の毛を引っこ抜き始めた。 「それじゃあ、大師は初めから封印を解くつもりじゃなかったんですか?」 「ぎゃあああ! 毛が毛が毛がああぁぁ!!」  あんこう鍋さんは首を横に振る。 「とんでもない。あの人は力がどうとか言うタイプじゃありません。地上波で音波芸やろうとしてNICを追放されたアホですよ? 我々はただの笑いと金が大好きなぼったくりカルトです」 「ほぎゃああぁぁ! 俺の貴重な縁があぁぁ、抜けるウゥゥーーーッ!!」 「そうだったんですね。だから『ただの関係者』って言ってたんだ……」  そういう事だったのか。全ては千里が島、アトムグループ、ひいては金剛有明団までもがグルになって仕掛けた壮大なドッキリ……いや、大量殺人計画だったんだ! 大師も斉二さんもこいつらの手の上で踊らされた挙句逝去したとわかった以上、大散減は尚更許してはおけない。  魔耶さんと禍耶さんは食堂のカウンターに登り、ハンマーを掲げる。 「あなた達。ここまでコケにされて、大散減を許せるの? 許せないわよねぇ?」 「ここにいる全員で謀反を起こしてやるわ。そこの祝女と影法師使いも協力しなさい」  禍耶さんが私達を見る。玲蘭ちゃんは数珠を持ち上げ、神人に変身した。 「全員で魔物(マジムン)退治とか……マジウケる。てか、絶対行くし」 「その肉襦袢野郎とは個人的な因縁もあるんです。是非一緒に滅ぼさせて下さい!」 「私も! さ、さすがに戦うのは無理だけど……でもでも、出来ることはいっぱい手伝うよ!」  佳奈さんもやる気満々のようだ。 「決まりね! そうしたら……」 「その作戦、私達も参加させて頂けませんか?」  食堂入口から突然割り込む声。そこに立っていたのは…… 「斉一さん!」「狸おじさん!」  死の淵から復活した後女津親子だ! 斉一さんは傷だらけで万狸ちゃんに肩を借りながらも、極彩色の細かい糸を纏い力強く微笑んでいる。入口近くの席に座り、経緯を語りだした。 「遅くなって申し訳ない。魂の三分の一が奪われたので、万狸に体を任せて、斉三と共にこの地に住まう魂を幾つか分けて貰っていました」  すると斉一さんの肩に斉三さんも現れる。 「診療所も結界を張り終え、とりあえず負傷者の安全は確保した。それと、島の魂達から一つ興味深い情報を得ました」 「聞かせて、狸ちゃん」  魔耶さんが促す。 「御戌神に関する、正しい歴史についてです」  時は遡り江戸時代。そもそも江戸幕府征服を目論んだ物の怪とは、他ならぬ金剛有明団の事だった。生まれた直後に悪霊を埋め込まれた徳松は、ゆくゆくは金剛の意のままに動く将軍に成長するよう運命付けられていたんだ。しかし将軍の息子であった彼は神職者に早急に保護され、七五三の儀式が行われる。そこから先の歴史は青木さんが説明してくれた通り。けど、この話には続きがあるらしい。 「大散減の祠などに、星型に似たシンボルを見ませんでしたか? あれは大散減の膨大な力の一部を取り込み霊能力を得るための、給電装置みたいな物です。もちろんその力を得た者は縁が失せて怪物になるのですが、当時の愚か者共はそうとは知らず、大散減を『徳川の埋蔵金』と称し挙って島に移住しました」  私達したたびが探していた徳川埋蔵金とはなんと、金剛の膨大な霊力と衆生の縁の塊、大散減の事だったんだ。ただ勿論、霊能者を志し島に近付いた者達はまんまと金剛に魂を奪われた。そこで彼らの遺族は風前の灯火だった御戌神に星型の霊符を貼り、自分達の代わりに島外の人間から縁を狩る猟犬に仕立て上げたんだ。こうして御戌神社ができ、御戌神は地中で飢え続ける大散減の手足となってせっせと人の縁を奪い続けているのだという。 「千里が島の民は元々霊能者やそれを志した者の子孫です。多少なりとも力を持つ者は多く、彼らは代々『御戌神の器』を選出し、『人工転生』を行ってきました」  斉一さんが若干小声で言う。人工転生。まだ魂が未発達の赤子に、ある特定の幽霊やそれに纏わる因子を宛てがって純度の高い『生まれ変わり』を作る事。つまり金剛が徳松に行おうとしたのと同じ所業だ。 「じゃあ、今もこの島のどこかに御戌様の生まれ変わりがいるんですか?」  佳奈さんは飲み込みが早い。 「ええ。そして御戌神は、私達が大散減に歯向かえば再び襲ってきます。だからこの戦いでは、誰かが対御戌神を引き受け……最悪、殺生しなければなりません」 「殺生……」  生きている人間を、殺す。死者を成仏させるのとは訳が違う話だ。魔耶さんは胸の釘を握りしめた。 「そのワンちゃん、なんて可哀想なの……可哀想すぎる。攻撃なんて、とてもできない」 「魔耶、今更甘えた事言ってんじゃないわよ。いくら生きてるからって、中身は三百年前に死んだバケモノよ! いい加減ラクにしてやるべきだわ」 「でもぉ禍耶、あんまりじゃない! 生まれた時から不幸な運命を課せられて、それでも人々のために戦ったのに。結局愚かな連中の道具にされて、利用され続けているのよ!」 (……!)  道具。その言葉を聞いた途端、私は心臓を握り潰されるような恐怖を覚えた。本来は衆生を救うために手に入れた力を、正反対の悪事に利用されてしまう。そして余所者から邪尊(バケモノ)と呼ばれ、恐れられるようになる……。 ―テロリストですよ。ドマル・イダムという邪尊の力を操ってチベットを支配していた、最悪の独裁宗派です―  自分の言った言葉が心に反響する。御戌神が戦いの中で見せた悲しそうな目と、ニライカナイで見たドマルの絶望的な目が日蝕のように重なる。瞳に映ったあの目は……私自身が前世で経験した地獄の、合わせ鏡だったんだ。 「……魔耶さん、禍耶さん。御戌神は、私が相手をします」 「え!?」 「正気なの!? 殺生なんて私達死者に任せておけばいいのよ! でないとあんた、殺人罪に問われるかもしれないのに……」  圧。 「ッ!?」  私は無意識に、前世から受け継がれた眼圧で総長姉妹を萎縮させた。 「……悪魔の心臓は御仏を産み、悪人の遺骨は鎮魂歌を奏でる。悪縁に操られた御戌神も、必ず菩提に転じる事が出来るはずです」  私は御戌神が誰なのか、確証を持っている。本当の『彼』は優しくて、これ以上金剛なんかの為に罪を重ねてはいけない人。たとえ孤独な境遇でも人との縁を大切にする、子犬のようにまっすぐな人なんだ。 「……そう。殺さずに解決するつもりなのね、影法師使いさん。いいわ。あなたに任せます」  魔耶さんがスレッジハンマーの先を私に突きつける。 「失敗したら承知しない。私、絶対に承知しないわよ」  私はそこに拳を当て、無言で頷いた。  こうして話し合いの結果、対大散減戦における役割分担が決定した。五寸釘愚連隊と河童の家、玲蘭ちゃんは神社で大散減本体を引きずり出し叩く。私は御戌神を探し、神社に行かれる前に説得か足止めを試みる。そして後女津家は私達が解読した暗号に沿って星型の大結界を巡り、大散減の力を放出して弱体化を図る事になった。 「志多田さん。宜しければ、お手伝いして頂けませんか?」  斉一さんが立ち上がり、佳奈さんを見る。一方佳奈さんは申し訳なさそうに目を伏せた。 「で……でも、私は……」  すると万狸ちゃんが佳奈さんの前に行く。 「……あのね。私のママね、災害で植物状態になったの。大雨で津波の警報が出て、パパが車で一生懸命高台に移動したんだけど、そこで土砂崩れに遭っちゃって」 「え、そんな……!」 「ね、普通は不幸な事故だと��うよね。でもママの両親、私のおじいちゃんとおばあちゃん……パパの事すっごく責めたんだって。『お前のせいで娘は』『お前が代わりに死ねば良かったのに』みたいに。パパの魂がバラバラに引き裂かれるぐらい、いっぱいいっぱい責めたの」  昨晩斉三さんから聞いた事故の話だ。奥さんを守れなかった上にそんな言葉をかけられた斉一さんの気持ちを想うと、自分まで胸が張り裂けそうだ。けど、奥さんのご両親が取り乱す気持ちもまたわかる。だって奥さんのお腹には、万狸ちゃんもいたのだから……。 「三つに裂けたパパ……斉一さんは、生きる屍みたいにママの為に無我夢中で働いた。斉三さんは病院のママに取り憑いたまま、何年も命を留めてた。それから、斉二さんは……一人だけ狸の里(あの世)に行って、水子になっちゃったママの娘を育て続けた」 「!」 「斉二さんはいつも言ってたの。俺は分裂した魂の、『後悔』の側面だ。天災なんて誰も悪くないのに、目を覚まさない妻を恨んでしまった。妻の両親を憎んでしまった。だからこんなダメな狸親父に万狸が似ないよう、お前をこっちで育てる事にしたんだ。って」  万狸ちゃんが背筋をシャンと伸ばし、顔を上げた。それは勇気に満ちた笑顔だった。 「だから私知ってる。佳奈ちゃんは一美ちゃんを助けようとしただけだし、ぜんぜん悪いだなんて思えない。斉二さんの役割は、完璧に成功してたんだよ」 「万狸ちゃん……」 「あっでもでも、今回は天災じゃなくて人災なんだよね? それなら金剛有明団をコッテンパンパンにしないと! 佳奈ちゃんもいっぱい悲しい思いした被害者���しょ?」  万狸ちゃんは右手を佳奈さんに差し出す。佳奈さんも顔を上げ、その手を強く握った。 「うん。金剛ぜったい許せない! 大散減の埋蔵金、一緒にばら撒いちゃお!」  その時、ホテルロビーのからくり時計から音楽が鳴り始めた。曲は民謡『ザトウムシ』。日没と大散減との対決を告げるファンファーレだ。魔耶さんは裁判官が木槌を振り下ろすように、机にハンマーを叩きつけた! 「行ぃぃくぞおおおぉぉお前らああぁぁぁ!!!」 「「「うおおぉぉーーーっ!!」」」  総員出撃! ザトウムシが鳴り響く逢魔が時の千里が島で今、日本最大の除霊戦争が勃発する!
གཉིས་པ་
 大散減討伐軍は御戌神社へ、後女津親子と佳奈さんはホテルから最寄りの結界である石見沼へと向かった。さて、私も御戌神の居場所には当てがある。御戌神は日蝕の目を持つ獣。それに因んだ地名は『食虫洞』。つまり、行先は新千里が島トンネル方面だ。  薄暗いトンネル内を歩いていると、電灯に照らされた私の影が勝手に絵を描き始めた。空で輝く太陽に向かって無数の虫が冒涜的に母乳を吐く。太陽は穢れに覆われ、光を失った日蝕状態になる。闇の緞帳(どんちょう)に包まれた空は奇妙な星を孕み、大きな獣となって大地に災いをもたらす。すると地平線から血のように赤い月が昇り、星や虫を焼き殺しながら太陽に到達。太陽と重なり合うやいなや、天上天下を焼き尽くすほどの輝きを放つのだった……。  幻のような影絵劇が終わると、私はトンネルを抜けていた。目の前のコンビニは既に電気が消えている。その店舗全体に、腐ったミルクのような色のペンキで星型に線を一本足した記号が描かれている。更に接近すると、デッキブラシを持った白髪の偉丈夫が記号を消そうと悪戦苦闘しているのが見えた。 「あ、紅さん」  私に気がつき振り返った青木さんは、足下のバケツを倒して水をこぼしてしまった。彼は慌ててバケツを立て直す。 「見て下さい。誰がこんな酷い事を? こいつはコトだ」  青木さんはデッキブラシで星型の記号を擦る。でもそれは掠れすらしない。 「ブラシで擦っても? ケッタイな落書きを……っ!?」  指で直接記号に触れようとした青木さんは、直後謎の力に弾き飛ばされた。 「……」  青木さんは何かを思い出したようだ。 「紅さん。そういえば僕も、ケッタイな体験をした事が」  夕日が沈んでいき、島中の店や防災無線からはザトウムシが鳴り続ける。 「犬に吠えられ、夜中に目を覚まして。永遠に飢え続ける犬は、僕のおつむの中で、ひどく悲しい声で鳴く。それならこれは幻聴か? 犬でないなら幽霊かもだ……」  青木さんは私に背を向け、沈む夕日に引き寄せられるように歩きだした。 「早くなんとかせにゃ。犬を助けてあげなきゃ、僕までどうにかなっちまうかもだ。するとどこからか、目ん玉が潰れた双頭の毛虫がやって来て、口からミルクを吐き出した。僕はたまらず、それにむしゃぶりつく」  デッキブラシから滴った水が地面に線を引き、一緒に夕日を浴びた青木さんの影も伸びていく。 「嫌だ。もう犬にはなりたくない。きっとおっとろしい事が起きるに違いない。満月が男を狼にするみたいに、毛虫の親玉を解き放つなど……」 「青木さん」  私はその影を呼び止めた。 「この落書きは、デッキブラシじゃ落とせません」 「え?」 「これは散減に穢された縁の母乳、普通の人には見えない液体なんです」  カターン。青木さんの手からデッキブラシが落ちた途端、全てのザトウムシが鳴り止んだ。青木さんはゆっくりとこちらへ振り向く。重たい目隠れ前髪が狛犬のたてがみのように逆立ち、子犬のように輝く目は濁った穢れに覆われていく。 「グルルルル……救、済、ヲ……!」  私も胸のペンダントに取り付けたカンリンを吹いた。パゥーーー……空虚な悲鳴のような音が響く。私の体は神経線維で編まれた深紅の僧衣に包まれ、激痛と共に影が天高く燃え上がった。 「青木さん。いや、御戌神よ。私は紅の守護尊、ワヤン不動。しかし出来れば、お前とは戦いたくない」  夕日を浴びて陰る日蝕の戌神と、そこから伸びた赤い神影(ワヤン)が対峙する。 「救済セニャアアァ!」 「そうか。……ならば神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ!」  空の月と太陽が見下ろす今この時、地上で激突する光の神と影の明王! 穢れた色に輝く御戌神が突撃! 「グルアアァァ!」  私はティグクでそれをいなし、黒々と地面に伸びた自らの影を滑りながら後退。駐車場の車止めをバネに跳躍、傍らに描かれた邪悪な星目掛けてキョンジャクを振るった。二〇%浄化! 分解霧散した星の一片から大量の散減が噴出! 「マバアアアァァ!!」「ウバアァァァ!」  すると御戌神の首に巻かれた幾つもの頭蓋骨が共鳴。ケタケタと震えるように笑い、それに伴い御戌神も悶絶する。 「グルアァァ……ガルァァーーーッ!!」  咆哮と共に全骨射出! 頭蓋骨は穢れた光の尾を引き宙を旋回、地を這う散減共とドッキングし牙を剥く! 「がッは!」  毛虫の体を得た頭蓋骨が飛び回り、私の血肉を穿つ。しかし反撃に転じる寸前、彼らの正体を閃いた。 「さては歴代の『器』か」  この頭蓋骨らは御戌神転生の為に生贄となった、どこの誰が産んだかもわからない島民達の残滓だ。なら速やかに解放せねばなるまい! 人頭毛虫の猛攻をティグクの柄やキョンジャクで防ぎながら、ティグクに付随する旗に影炎を着火! 「お前達の悔恨を我が炎の糧とする! どおぉりゃああぁーーーーっ!!」   ティグク猛回転、憤怒の地獄大車輪だ! 飛んで火に入る人頭毛虫らはたちどころに分解霧散、私の影体に無数の苦痛と絶望と飢えを施す! 「クハァ……ッ! そうだ……それでいい。私達は仲間だ、この痛みを以て金剛に汚された因果を必ずや断ち切ってやろう! かはあぁーーーっはーーっはっはっはっはァァーーッ!!!」  苦痛が無上の瑜伽へと昇華しワヤン不動は呵呵大笑! ティグクから神経線維の熱線が伸び大車輪の火力を増強、星型記号を更に焼却する! 記号は大文字焼きの如く燃え上がり穢れ母乳と散減を大放出! 「ガウルル、グルルルル!」  押し寄せる母乳と毛虫の洪水に突っ込み喰らおうと飢えた御戌神が足掻く。だがそうはさせるものか、私の使命は彼を穢れの悪循環から救い出す事だ。 「徳川徳松ゥ!」 「!」  人の縁を奪われ、畜生道に堕ちた哀しき少年の名を呼ぶ。そして丁度目の前に飛んできた散減を灼熱の手で掴むと、轟々と燃え上がるそれを遠くへ放り投げた! 「取ってこい!」 「ガルアァァ!!」  犬の本能が刺激された御戌神は我を忘れ散減を追う! 街路樹よりも高く跳躍し口で見事キャッチ、私目掛けて猪突猛進。だがその時! 彼の本体である衆生が、青木光が意識を取り戻した! (戦いはダメだ……穢れなど!)  日蝕の目が僅かに輝きを増す。御戌神は空中で停止、咥えている散減を噛み砕いて破壊した! 「かぁははは、いい子だ徳松よ! ならば次はこれだあぁぁ!!」  私はフリスビーに見立ててキョンジャクを投擲。御戌神が尻尾を振ってハッハとそれを追いかける。キョンジャクは散減共の間をジグザグと縫い進み、その軌跡を乱暴になぞる御戌神が散減大量蹂躙! 薄汚い死屍累々で染まった軌跡はまさに彼が歩んできた畜生道の具現化だ!! 「衆生ぉぉ……済度ぉおおおぉぉぉーーーーっ!!!」  ゴシャアァン!!! ティグクを振りかぶって地面に叩きつける! 視神経色の亀裂が畜生道へと広がり御戌神の背後に到達。その瞬間ガバッと大地が割れ、那由多度に煮え滾る業火を地獄から吹き上げた! ズゴゴゴゴガガ……マグマが滾ったまま連立する巨大灯篭の如く隆起し散減大量焼却! 振り返った御戌神の目に陰る穢れも、紅の影で焼き溶かされていく。 「……クゥン……」  小さく子犬のような声を発する御戌神。私は憤怒相を収め、その隣に立つ。彼の両眼からは止めどなく饐えた涙が零れ、その度に日蝕が晴れていく。気がつけば空は殆ど薄暗い黄昏時になっていた。闇夜を迎える空、赤く燃える月と青く輝く太陽が並ぶ大地。天と地の光彩が逆転したこの瞬間、私達は互いが互いの前世の声を聞いた。 『不思議だ。あの火柱見てると、ぼくの飢えが消えてく。お不動様はどんな法力を?』 ༼ なに、特別な力ではない。あれは慈悲というものだ ༽ 『じひ』  徳松がドマルの手を握った。ドマルの目の奥に、憎しみや悲しみとは異なる熱が込み上がる。 『救済の事で?』 ༼ ……ま、その類いといえばそうか。童よ、あなたは自分を生贄にした衆生が憎いか? ༽  徳松は首を横に振る。 『ううん、これっぽっちも。だってぼく、みんなを救済した神様なんだから』  すると今度はドマルが両手で徳松の手を包み、そのまま深々と合掌した。 ༼ なら、あなたはもう大丈夫だ。衆生との縁に飢える事は、今後二度とあるまい ༽
གསུམ་པ་
 時刻は……わからないけど、日は完全に沈んだ。私も青木さんも地面に大の字で倒れ、炎上するコンビニや隆起した柱状節理まみれの駐車場を呆然と眺めている。 「……アーーー……」  ふと青木さんが、ずっと咥えっ放しだったキョンジャクを口から取り出した。それを泥まみれの白ニットで拭い、私に返そうとして……止めた。 「……洗ってからせにゃ」 ��いいですよ。この後まだいっぱい戦うもん」 「大散減とも? おったまげ」  青木さんにキョンジャクを返してもらった。 「実は、まだ学生の時……友達が僕に、『彼女にしたい芸能人は?』って質問を。けど特に思いつかなくて、その時期『非常勤刑事』やってたので紅一美ちゃんと。そしたら今回、本当にしたたびさんが……これが縁ってやつなら、ちぃと申し訳ないかもだ」 「青木さんもですか」 「え?」 「私も実は、この間雑誌で『好きな男性のタイプは何ですか』って聞かれて、なんか適当に答えたんですけど……『高身長でわんこ顔な方言男子』とかそんなの」 「そりゃ……ふふっ。いやけど、僕とは全然違うイメージだったかもでしょ?」 「そうなんですよ。だから青木さんの素顔初めて見た時、キュンときたっていうより『あ、実在するとこんな感じなの!?』って思っちゃったです。……なんかすいません」  その時、遠くでズーンと地鳴りのような音がした。蜃気楼の向こうに耳をそばだてると、怒号や悲鳴のような声。どうやら敵の大将が地上に現れたようだ。 「行くので?」 「大丈夫。必ず戻ってきます」  私は重い体を立ち上げ、ティグクとキョンジャクに再び炎を纏った。そして山頂の御戌神社へ出発…… 「きゃっ!」  しようとした瞬間、何かに服の裾を掴まれたかのような感覚。転びそうになって咄嗟にティグクの柄をつく。足下を見ると、小さなエネルギー眼がピンのように私の影を地面と縫いつけている。 ༼ そうはならんだろ、小心者娘 ༽ 「ちょ、ドマル!?」  一方青木さんの方も、徳松に体を勝手に動かされ始めた。輝く両目から声がする。 『バカ! あそこまで話しといて告白しねえなど!? このボボ知らず!』 「ぼっ、ぼっ、ボボ知らずでねえ! 嘘こくなぁぁ!」  民謡の『お空で見下ろす出しゃばりな月と太陽』って、ひょっとしたら私達じゃなくてこの前世二人の方を予言してたのかも。それにしてもボボってなんだろ、南地語かな。 ༼ これだよ ༽  ドマルのエネルギー眼が炸裂し、私は何故かまた玲蘭ちゃんの童貞を殺す服に身を包んでいた。すると何故か青木さんが悶絶し始めた。 「あややっ……ちょっと、ダメ! 紅さん! そんなオチチがピチピチな……こいつはコトだ!!」  ああ、成程。ボボ知ら��ってそういう…… 「ってだから、私の体で検証すなーっ! ていうか、こんな事している間にも上で死闘が繰り広げられているんだ!」 ༼ だからぁ……ああもう! 何故わからないのか! ヤブユムして行けと言っているんだ、その方が生存率上がるしスマートだろ! ༽ 「あ、そういう事?」  ヤブユム。確か、固い絆で結ばれた男女の仏が合体して雌雄一体となる事で色々と超越できる、みたいな意味の仏教用語……だったはず。どうすればできるのかまではサッパリわかんないけど。 「え、えと、えと、紅さん……一美ちゃん!」 「はい……う、うん、光君!」  両前世からプレッシャーを受け、私と光君は赤面しながら唇を近付ける。 『あーもー違う! ヤブユムっていうのは……』 ༼ まーまー待て。ここは現世を生きる衆生の好きにさせてみようじゃないか ༽  そんな事言われても困る……それでも、今私と光君の想いは一つ、大散減討伐だ。うん、多分……なんとかなる! はずだ!
བཞི་པ་
 所変わって御戌神社。姿を現した大散減は地中で回復してきたらしく、幾つか継ぎ目が見えるも八本足の完全体だ。十五メートルの巨体で暴れ回り、周囲一帯を蹂躙している。鳥居は倒壊、御戌塚も跡形もなく粉々に。島民達が保身の為に作り上げた生贄の祭壇は、もはや何の意味も為さない平地と化したんだ。  そんな絶望的状況にも関わらず、大散減討伐軍は果敢に戦い続ける。五寸釘愚連隊がバイクで特攻し、河童信者はカルトで培った統率力で彼女達をサポート。玲蘭ちゃんも一枚隔てた異次元から大散減を構成する無数の霊魂を解析し、虱潰しに破壊していく。ところが、 「あグッ!」  バゴォッ!! 大散減から三メガパスカル級の水圧で射出された穢れ母乳が、河童信者の一人に直撃。信者の左半身を粉砕! 禍耶さんがキュウリの改造バイクで駆けつける。 「河童信者!」 「あ、か……禍耶の姐御……。俺の、魂を……吸収……し……」 「何言ってるの、そんな事できるわけないでしょ!?」 「……大散、ぃに、縁……取られ、嫌、……。か、っぱは……キュウリ……好き……っか……ら…………」  河童信者の瞳孔が開いた。禍耶さんの唇がわなわなと痙攣する。 「河童って馬鹿ね……最後まで馬鹿だった……。貴方の命、必ず無駄にはしないわ!」  ガバッ、キュイイィィ! 息絶えて間もない河童信者の霊魂が分解霧散する前に、キュウリバイクの給油口に吸収される。ところが魔耶さんの悲鳴! 「禍耶、上ぇっ!!」 「!」  見上げると空気を読まず飛びかかってきた大散減! 咄嗟にバイクを発進できず為す術もない禍耶さんが絶望に目を瞑った、その時。 「……え?」  ……何も起こらない。禍耶さんはそっと目を開けようとする。が、直後すぐに顔を覆った。 「眩しっ! この光は……あああっ!」  頭上には朝日のように輝く青白い戌神。そしてその光の中、轟々と燃える紅の不動明王。光と影、男と女が一つになったその究極仏は、大散減を遥か彼方に吹き飛ばし悠然と口を開いた。 「月と太陽が同時に出ている、今この時……」 「瞳に映る醜き影を、憤怒の炎で滅却する」 「「救済の時間だ!!!」」  カッ! 眩い光と底知れぬ深い影が炸裂、落下中の大散減を再びスマッシュ! 「遅くなって本当にすみません。合体に手間取っちゃって……」  御戌神が放つ輝きの中で、燃える影体の私は揺らめく。するとキュウリバイクが言葉を発した。 <問題なし! だぶか登場早すぎっすよ、くたばったのはまだ俺だけです。やっちまいましょう、姐さん!> 「そうね。行くわよ河童!」  ドルルン! 輩悪苦満誕(ハイオクまんたん)のキュウリバイクが発進! 私達も共に駆け出す。 「一美ちゃん、火の準備を!」 「もう出来ているぞぉ、カハァーーーッハハハハハハァーーー!!」  ティグクが炎を噴く! 火の輪をくぐり青白い肉弾が繰り出す! 巨大サンドバッグと化した大散減にバイクの大軍が突撃するゥゥゥ!!! 「「「ボァガギャバアアアアァァアアア!!!」」」  八本足にそれぞれ付いた顔が一斉絶叫! 中空で巻き散らかされた大散減の肉片を無数の散減に変えた! 「灰燼に帰すがいい!」  シャゴン、シャゴン、バゴホオォン!! 御戌神から波状に繰り出される光と光の合間に那由多度の影炎を込め雑魚を一掃! やはりヤブユムは強い。光源がないと力を発揮出来ない私と、偽りの闇に遮られてしまっていた光君。二人が一つになる事で、永久機関にも似た法力を得る事が出来る!  大散減は地に叩きつけられるかと思いきや、まるで地盤沈下のように地中へ潜って行ってしまった。後を追えず停車した五寸釘愚連隊が舌打ちする。 「逃げやがったわ、あの毛グモ野郎」  しかし玲蘭ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。 「大丈夫です。大散減は結界に分散した力を補充しに行ったはず。なら、今頃……」  ズドガアアァァァアン!!! 遠くで吹き上がる火柱、そして大散減のシルエット! 「イェーイ!」  呆然と見とれていた私達の後方、数分前まで鳥居があった瓦礫の上に後女津親子と佳奈さんが立っている。 「「ドッキリ大成功ー! ぽーんぽっこぽーん!」」  ぽこぽん、シャララン! 佳奈さんと万狸ちゃんが腹鼓を打ち、斉一さんが弦を爪弾く。瞬間、ドゴーーン!! 今度は彼女らの背後でも火柱が上がった! 「あのねあのね! 地図に書いてあった星の地点をよーく探したら、やっぱり御札の貼ってある祠があったの。それで佳奈ちゃんが凄いこと閃いたんだよ!」 「その名も『ショート回路作戦』! 紙に御札とぴったり同じ絵を写して、それを鏡合わせに貼り付ける。その上に私の霊力京友禅で薄く蓋をして、その上から斉一さんが大散減から力を吸収しようとする。だけど吸い上げられた大散減のエネルギーは二枚の御札の間で行ったり来たりしながら段々滞る。そうとは知らない大散減が内側から急に突進すれば……」  ドォーーン! 万狸ちゃんと佳奈さんの超常理論を実証する火柱! 「さすがです佳奈さん! ちなみに最終学歴は?」 「だからいちご保育園だってば~、この小心者ぉ!」  こんなやり取りも随分と久しぶりな気がする。さて、この後大散減は立て続けに二度爆発した。計五回爆ぜた事になる。地図上で星のシンボルを描く地点は合計六つ、そのうち一つである食虫洞のシンボルは私がコンビニで焼却したアレだろう。 「シンボルが全滅すると、奴は何処へ行くだろうか」  斉三さんが地図を睨む。すると突如地図上に青白く輝く道順が描かれた。御戌神だ。 「でっかい大散減はなるべく広い場所へ逃走を。となると、海岸沿いかもだ。東の『いねとしサンライズビーチ』はサイクリングロードで狭いから、石見沼の下にある『石見海岸』ので」 「成程……って、君はまさか!?」 「青木君!?」  そうか、みんな知らなかったんだっけ。御戌神は遠慮がちに会釈し、かき上がったたてがみの一部を下ろして目隠れ前髪を作ってみせた。光君の面影を認識して皆は納得の表情を浮かべた。 「と……ともかく! ずっと地中でオネンネしてた大散減と違って、地の利はこちらにある。案内するので先回りを!」  御戌神が駆け出す! 私は彼が放つ輝きの中で水上スキーみたいに引っ張られ、五寸釘愚連隊や他の霊能者達も続く。いざ、石見海岸へ!
ལྔ་པ་
 御戌神の太陽の両眼は、前髪によるランプシェード効果が付与されて更に広範囲を照らせるようになった。石見沼に到着した時点で海岸の様子がはっきり見える。まずいことに、こんな時に限って海岸に島民が集まっている!? 「おいガキ共、ボートを降りろ! 早く避難所へ!」 「黙れ! こんな島のどこに安全が!? 俺達は内地へおさらばだ!」  会話から察するに、中学生位の子達が島を脱出しようと試みるのを大人達が引き止めているようだ。ところが間髪入れず陸側から迫る地響き! 危ない! 「救済せにゃ!」  石見の崖を御戌神が飛んだ! 私は光の中で身構える。着地すると同時に目の前の砂が隆起、ザボオオォォン!! 大散減出現! 「かははは、一足遅いわ!」  ズカアァァン!!! 出会い頭に強烈なティグクの一撃! 吹き飛んだ大散減は沿岸道路を破壊し民家二棟に叩きつけられた。建造物損壊と追い越し禁止線通過でダブル罪業加点! 間一髪巻き込まれずに済んだ島民達がどよめく。 「御戌様?」 「御戌様が子供達を救済したので!?」 「それより御戌様の影に映ってる火ダルマは一体!?」  その問いに、陸側から聞き覚えのある声が答える。 「ご先祖様さ!」  ブオォォン! 高級バイクに似つかわしくない凶悪なエンジン音を吹かして現れたのは加賀繍さんだ! 何故かアサッテの方向に数珠を投げ、私の正体を堂々と宣言する。 「御戌神がいくら縁切りの神だって、家族の縁は簡単に切れやしないんだ。徳川徳松を一番気にかけてたご先祖様が仏様になって、祟りを鎮めるんだよ!」 「徳松様を気にかけてた、ご先祖様……」 「まさか、将軍様など!?」 「「「徳川綱吉将軍!!」」」  私は暴れん坊な将軍様の幽霊という事になってしまった。だぶか吉宗さんじゃないけど。すると加賀繍さんの紙一重隣で大散減が復帰! 「マバゥウゥゥゥゥウウウ!!!」  神社にいた時よりも甲高い大散減の鳴き声。消耗している証拠だろう。脚も既に残り五本、ラストスパートだ! 「畳み掛けるぞ夜露死苦ッ!」  スクラムを組むように愚連隊が全方位から大散減へ突進、総長姉妹のハンマーで右前脚破壊! 「ぽんぽこぉーーー……ドロップ!!」  身動きの取れなくなった大散減に大かむろが垂直落下、左中央二脚粉砕! 「「「大師の敵ーーーっ!」」」  微弱ながら霊力を持つ河童信者達が集団投石、既に千切れかけていた左後脚切断! 「くすけー、マジムン!」  大散減の内側から玲蘭ちゃんの声。するうち黄色い閃光を放って大散減はメルトダウン! 全ての脚が落ち、最後の本体が不格好な蓮根と化した直後……地面に散らばる脚の一本の顔に、ギョロギョロと蠢く目が現れた。光君の話を思い出す。 ―八本足にそれぞれ顔がついてて、そのうち本物の顔を見つけて潰さないと死なない怪物で!― 「そうか、あっちが真の本体!」  私と光君が同時に動く! また地中に逃げようと飛び上がった大散減本体に光と影は先回りし、メロン格子状の包囲網を組んだ! 絶縁怪虫大散減、今こそお前をこの世からエンガチョしてくれるわあああああああ!! 「そこだーーーッ!! ワヤン不動ーーー!!」 「やっちゃえーーーッ!」「御戌様ーーーッ!」 「「「ワヤン不動オォーーーーーッ!!!」」」 「どおおぉぉるあぁああぁぁぁーーーーーー!!!!」  シャガンッ! 突如大量のハロゲンランプを一斉に焚いたかのように、世界が白一色の静寂に染まる。存在するものは影である私と、光に拒絶された大散減のみ。ティグクを掲げた私の両腕が夕陽を浴びた影の如く伸び、背中で燃える炎に怒れる恩師の馬頭観音相が浮かんだ時……大散減は断罪される! 「世尊妙相具我今重問彼仏子何因縁名為観世音具足妙相尊偈答無盡意汝聴観音行善応諸方所弘誓深如海歴劫不思議侍多千億仏発大清浄願我為汝略説聞名及見身心念不空過能滅諸有苦!」  仏道とは無縁の怪獣よ、己の業に叩き斬られながら私の観音行を聞け! 燃える馬頭観音と彼の骨であるティグクを仰げ! その苦痛から解放されたくば、海よりも深き意志で清浄を願う聖人の名を私がお前に文字通り刻みつけてやる! 「仮使興害意推落大火坑念彼観音力火坑変成池或漂流巨海龍魚諸鬼難念彼観音力波浪不能没或在須弥峰為人所推堕念彼観音力如日虚空住或被悪人逐堕落金剛山念彼観音力不能損一毛!!」  たとえ金剛の悪意により火口へ落とされようと、心に観音力を念ずれば火もまた涼し。苦難の海でどんな怪物と対峙しても決して沈むものか! 須弥山から突き落とされようが、金剛を邪道に蹴落とされようが、観音力は不屈だ! 「或値怨賊繞各執刀加害念彼観音力咸即起慈心或遭王難苦臨刑欲寿終念彼観音力刀尋段段壊或囚禁枷鎖手足被杻械念彼観音力釈然得解脱呪詛諸毒薬所欲害身者念彼観音力還著於本人或遇悪羅刹毒龍諸鬼等念彼観音力時悉不敢害!!」  お前達に歪められた衆生の理は全て正してくれる! 金剛有明団がどんなに強大でも、和尚様や私の魂は決して滅びぬ。磔にされていた抜苦与楽の化身は解放され、悪鬼羅刹四苦八苦を燃やす憤怒の化身として生まれ変わったんだ! 「若悪獣囲繞利牙爪可怖念彼観音力疾走無辺方蚖蛇及蝮蝎気毒煙火燃念彼観音力尋声自回去雲雷鼓掣電降雹澍大雨念彼観音力応時得消散衆生被困厄無量苦逼身観音妙智力能救世間苦!!!」  獣よ、この力を畏れろ。毒煙を吐く外道よ霧散しろ! 雷や雹が如く降り注ぐお前達の呪いから全ての衆生を救済してみせよう! 「具足神通力廣修智方便十方諸国土無刹不現身種種諸悪趣地獄鬼畜生生老病死苦以漸悉令滅真観清浄観広大智慧観悲観及慈観常願常瞻仰無垢清浄光慧日破諸闇能伏災風火普明照世間ッ!!!」  どこへ逃げても無駄だ、何度生まれ変わってでも憤怒の化身は蘇るだろう! お前達のいかなる鬼畜的所業も潰えるんだ。瞳に映る慈悲深き菩薩、そして汚れなき聖なる光と共に偽りの闇を葬り��る! 「悲体戒雷震慈意妙大雲澍甘露法雨滅除煩悩燄諍訟経官処怖畏軍陣中念彼観音力衆怨悉退散妙音観世音梵音海潮音勝彼世間音是故須常念念念勿生疑観世音浄聖於苦悩死厄能為作依怙具一切功徳慈眼視衆生福聚海無量是故応頂……」  雷雲の如き慈悲が君臨し、雑音をかき消す潮騒の如き観音力で全てを救うんだ。目の前で粉微塵と化した大散減よ、盲目の哀れな座頭虫よ、私はお前をも苦しみなく逝去させてみせる。 「……礼ィィィーーーーーッ!!!」  ダカアアアアァァアアン!!!! 光が飛散した夜空の下。呪われた気枯地、千里が島を大いなる光と影の化身が無量の炎で叩き割った。その背後で滅んだ醜き怪獣は、業一つない純粋な粒子となって分解霧散。それはこの地に新たな魂が生まれるための糧となり、やがて衆生に縁を育むだろう。  時は亥の刻、石見海岸。ここ千里が島で縁が結ばれた全ての仲間達が勝利に湧き、歓喜と安堵に包まれた。その騒ぎに乗じて私と光君は、今度こそ人目も憚らず唇を重ね合った。
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groyanderson · 4 years ago
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ひとみに映る影シーズン2 第六話「どこまでも白い海で」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 最低限の確認作業しかしていないため、 誤字脱字誤植誤用等々あしからずご了承下さい。 尚、正式書籍版はシーズン2終了時にリリース予定です。
(シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。) ☆キャラソン企画第六弾 金城玲蘭「ニライカナイ」はこちら!☆
དང་པོ་
 アブが、飛んでいる。天井のペンダントライトに誘われたアブが、蛍光灯を囲う四角い木枠に囚われ足掻くように飛んでいる。一度電気を消してあげれば、外光に気がついて窓へ逃げていくだろう。そう思ったのに、動こうとすると手足が上がらない。なら蛍光灯を影で覆えば、と思うと、念力も込もらない。 「一美ちゃん」  呼ばれた方向を見ると、私の手を握って座っている佳奈さん。私はホテルの宴会場まで運ばれて、布団で眠っていたようだ。 「起きた?」  障子を隔てた男性側から万狸ちゃんの声。 「うん、起きたよ」 「佳奈ちゃん、一美ちゃん、ごめん。パパがまだ目を覚まさなくて……また後でね」 「うん」  佳奈さんは万狸ちゃんとしっかり会話出来ている。愛輪珠に霊感を植え付けられたためだ。 「……タナカDはまだ帰って来ないから、私が一美ちゃんのご両親に電話した。私達が千里が島に連れてきたせいでこんな事になったのに、全然怒られなかった。それどころか、『いつか娘が戦わなければいけない時が来るのは覚悟していた。それより貴女やカメラマンさんは無事なのか』だって……」  ああ。その冷静な受け答えは、きっとお母さんだ。お父さんやお爺ちゃんお婆ちゃんだったらきっと、『今すぐ千里が島に行って俺が敵を返り討ちにしてやる』とかなんとか言うに決まってるもん。 「お母さんから全部聞いたよ。一美ちゃんは赤ちゃんの時、金剛有明団っていう悪霊の集団に呪いをかけられた。呪われた子は死んじゃうか、乗り越えられれば強い霊能者に成長する。でも生き残っても、いつか死んだら金剛にさらわれて、結局悪い奴に霊力を利用されちゃう」  佳奈さんは正座していた足を崩した。 「だけど一美ちゃんに呪いをかけた奴の仲間に、金剛が悪い集団だって知らなくて騙されてたお坊さんがいた。その人は一美ちゃんの呪いを解くために、身代わりになって自殺した。その後も仏様になって、一美ちゃんや金城さんに修行をつけてあげた」  和尚様……。 「一美ちゃんはそうして特訓した力で、今まで金剛や悪霊と戦い続けてた。私達と普通にロケしてた時も、この千里が島でもずっと。霊感がない私やタナカDには何も言わないで……たった一人で……」  佳奈さんは私から手を離し、膝の上でぎゅっと握った。 「ねえ。そんなに私達って信用できない? そりゃさ。私達は所詮、友達じゃないただの同僚かもしれないよ。けど、それでも仲間じゃん。幽霊見えないし、いっぱい迷惑かけてたのかもしれないけど」  ……そんな風に思った事はない、と答えたいのに、体が動かなくて声も出せない。 「いいよ。それは本当の事だし。てかだぶか、迷惑しかかけてこなかったよね。いつもドッキリで騙して、企画も行先も告げずに連れ回して」  そこは否定しません。 「だって、また一美ちゃんと旅に出たいんだもん。行った事のない場所に三人で殴り込んで、無茶して、笑い合って、喧嘩して、それでも懲りずにまた旅に出るの。もう何度も勝手に電源が落ちるボロボロのワイヤレス付けて、そのへんの電器屋さんで買えそうなカメラ回してね。そうやって互いが互いにいっぱい迷惑かけながら、旅をしたいんだよ」  …… 「なのに……どうして一人で抱えこむの? 一美ちゃんだって私達に迷惑かければいいじゃん! そうすれば面白半分でこんな所には来なかったし、誰も傷つかずに済んだのに!」 「っ……」  どの口が言うんですか。私が危ないって言ったって、あなた達だぶか面白半分で首を突っ込もうとする癖に。 「私達だって本当にヤバい事とネタの分別ぐらいつくもん! それとも何? 『カラキシ』なんて足手まといでしかないからってワケ!?」 「っ……うっ……」  そんな事思ってないってば!! ああ、反論したいのに口が動かない! 「それともいざという時は一人でどうにかできると思ってたワケ? それで結局あの変態煙野郎に惨敗して、そんなボロボロになったんだ。この……ダメ人間!」 「くっ……ぅぅうううう……」  うるさい、うるさい! ダメ人間はどっちだ! 逃げろって言ったのにどうして戻ってきたんだ! そのせいで佳奈さんが……それに…… 「何その目!? 仲間が悪霊と取り残されてて、そこがもう遠目でわかるぐらいドッカンドッカンしてたら心配して当然でしょ!? あーそうですよ。私があの時余計な事しなければ、ラスタな狸さんが殺されて狸おじさんが危篤になる事もなかったよ! 何もかも私のせいですよーっ!!」 「ううう、あああああ! わああぁぁ!」  だからそんな事思ってないってば!! ていうか、中途半端に私の気持ち読み取らないでよ! 私の苦労なんて何も知らなかったクセに!! 「そーだよ! 私何もわかってなかったもん! 一美ちゃんがひた隠しにするから当たり前でしょぉ!?」 「うわあああぁぁぁ!! うっぢゃぁしいいいぃぃ、ごの極悪ロリーダァァァ!!」 「なん……なんだどおぉ、グスッ……この小心者のっ……ダメ人間!」 「ダメ人間!」 「ダメ人間!!」 「「ダメ人間ーーーっ!!!」」  いつの間にか手足も口も動くようになっていた。私と佳奈さんは互いの胸ぐらを掴み合い、今まで番組でもした事がない程本気で罵り合う。佳奈さんは涙で曇った伊達眼鏡を投げ捨て、私の腰を持ち上げて無理やり立たせた。 「わああぁぁーーっ!」  一旦一歩引き、寄り切りを仕掛けてくる。甘いわ! 懐に入ってきた佳奈さんの右肩を引き体勢を浮かせ、 「やああぁぁぁーーっ!!」 思いっきり仏壇返し! しかし宙を回転して倒れた佳奈さんは小柄な体型を活かし即時復帰、助走をつけて私の頬骨にドロップキックを叩きこんだ!! 「ぎゃふッ……あヤバいボキっていった! いっだあぁぁ!!」 「やば、ゴメン! 大丈夫?」 「だ……だいじょばないです……」  と弱った振りをしつつ天井で飛んでいるアブを捕獲! 「んにゃろぉアブ食らえアブ!」 「ぎゃああああぁぁ!!!」 <あんた達、何やってんの?> 「「あ」」  突然のテレパシー。我に返った私達が出入口を見ると、口に血まみれのタオルを当てて全身傷だらけの玲蘭ちゃんが立っていた。
གཉིས་པ་
 アブを外に逃がしてやり、私は玲蘭ちゃんを手当てした。無惨にも前歯がほぼ全部抜け落ちてしまっている。でも診療所は怪我人多数で混雑率二〇〇%越えだという。佳奈さんに色んな応急手当についてネットで調べてもらい、初心者ながらにできる処置は全て行った。 「その傷、やっぱり散減と戦ったの?」 <うん。口欠湿地で。本当に口が欠けるとかウケる> 「いや洒落になんないでしょ」 <てか私そもそも武闘派じゃないのに、あんなデカブツ相手だなんて聞いてないし> 「大体何メートル級だった?」 <五メートル弱? 足は八本あった>  なるほど。なら牛久大師と同じ、大散減の足から顕現したものだろう。つまり地中に潜む大散減は、残りあと六本足。 <てか一美、志多田さんいるのに普通に返事してていいの?> 「あ……私、もうソレ聞こえてます」 <は?>  私もこちらに何があったかを説明する。牛久大師が大散減に取り込まれた。後女津親子がそれを倒すと、御戌神が現れた。私は御戌神が本当は戦いたくない事に気付き、キョンジャクで気を正した。けど次の瞬間金剛愛輪珠如来が現れて、御戌神と私をケチョンケチョンに叩き潰した。奴は私を助けに来た佳奈さんにも呪いをかけようとして、それを防いだ斉二さんがやられた。以降斉一さんは目を覚まさず、タナカDと青木さんもまだ戻ってきていないみたいだ、と。そこまで説明すると、玲蘭ちゃんは頭を抱えて深々とため息をついた。 <最ッ悪……金剛マターとか、マジ聞いてないんだけど……。てか、一美もたいがい化け物だよね。金剛の如来級悪霊と戦って生きて帰れるとか> 「本当、なんで助かったんだろ……。あの時は全身砕かれて内臓ぜんぶ引きずり出されたはずなんだけど」 <ワヤン化してたからでしょ> 「あーそっか……」  砕けたのは影の体だけだったようだ。 「けど和尚様から貰ったプルパを愛輪珠に取られちゃって、今じゃ私何にもできない。だってあいつが、和尚様の事……実は邪尊教の信者だとか言い出すから……」 <は!? 観音和尚が!? いや、そんなのただの侮辱に決まってるし……> 「…………」 <……なに、一美? まさか心当たりある��!?> 「あの」  佳奈さんが挙手する。 「あの。何なんですか? そのジャソン教と��いうのって」 <ああ、チベットのカルト宗教です。悪魔崇拝の仏教版と言いましょうか> 「じゃあ、河童の家みたいな物?」  とんでもない。 「テロリストですよ。ドマル・イダムという邪尊の力を操ってチベットを支配していた、最悪の独裁宗派です」 「そ、そうなの!?」  ドマル・イダム。その昔、とある心優しい僧侶が瀕死の悪魔を助け、その情け深さに心打たれた悪魔から不滅の心臓を授かった。そうして彼は衆生の苦しみを安らぎに変える抜苦与楽(ばっくよらく)の仏、『ドマル・イダム(紅の守護尊)』となった。しかしドマルは強欲な霊能者や権力者達に囚われて、巨岩に磔にされてしまう。ドマルには権力者に虐げられた貧民の苦しみや怒りを日夜強制的に注ぎ込まれ、やがてチベットはごく少数の貴族と無抵抗で穏やかな奴隷の極端な格差社会になってしまった。 「この事態を重く見た当時のダライ・ラマはドマル信仰を固く禁じて、邪尊教と呼ぶようにしたんです」 「う、うわぁ……悪代官だしなんか罰当たりだし、邪尊教まじで最悪じゃん……」 <罰当たり、そうですね。チベットでは邪尊教を戒めるために、ドマルの仏画が痛々しい姿で描かれてます。まるで心臓と神経線維だけ燃えずに残ったような赤黒い体、絶望的な目つき、何百年も磔にされているせいで常人の倍近く伸びた長い両腕……みたいな> 「やだやだやだ、そんな可哀想な仏画とか怖くて絶対見れない!」  そう、普通の人はこういう反応だ。だからチベット出身の仏教徒にむやみに邪尊教徒だと言いがかりをつけるのは、最大の侮辱なんだ。だけど、和尚様は……いや、それ以上考えたくない。幼い頃、和尚様と修行した一年間。大人になって再会できた時のこと。そして、彼に授かった力……幸せだったはずの記憶を思い起こす度に、色んな伏線が頭を過ぎってしまう。 <……でも、一美さぁ>  玲蘭ちゃんは口に当てていた氷を下ろし、私を真正面から見据えた。 <和尚にどんな秘密があったのか知らないけど、落ちこむのは後にしてくれる? このまま大散減が完全復活したら、明日の便に乗る前に全員死ぬの。今まともな戦力になるの、五寸釘愚連隊とあんたしかいないんだけど> 「私……無理だよ。プルパを奪われて、影も動かせなくなって」 <それなら新しい武器と法力を探しに行くよ> 「!」 <志多田さんも、来て> 「え? ……ふええぇっ!?」  玲蘭ちゃんは首にかけていた長い数珠を静かに持ち上げる。するとどこからか潮騒に似た音が聞こえ、私達の視界が次第に白く薄れていく。これは、まさか……!
གསུམ་པ་
 気がつくと私達は、白一色の世界にいた。足元にはお風呂のように温かい乳白色の海が無限に広がり、空はどこまでも冷たげな霧で覆われている。その境界線は曖昧だ。大気に磯臭はなく、微かに酒粕や米ぬかのような香りがする。 「綺麗……」  佳奈さんが呆然と呟いた。なんとなく、この白い世界に私は来たことがある気がする。確か初めてワヤン不動に変身した直後だったような。すると霧の向こうから、白装束に身を包む天女が現れた。いや、あれは…… 「めんそーれ、ニライカナイへ」 「玲蘭ちゃん!?」「金城さん!?」  初めてちゃんと見たその天女の姿は、半人半魚に変身した玲蘭ちゃん。肌は黄色とパールホワイトのツートーンで、本来耳があった辺りにガラスのように透き通ったヒレが生えている。元々茶髪ボブだった頭も金髪……というより寧ろ、琉球紅型を彷彿とさせる鮮やかな黄色になっていた。燕尾のマーメイドドレス型白装束も裏地は黄色。首から下げたホタル玉の数珠と、裾に近づくにつれてグラデーションしている紅型模様が美しく映える。 「ニライカナイ、母なる乳海。全ての縁と繋がり『必要な物』だけを抜粋して見る事ができる仮想空間。で、この姿は、いわゆる神人(かみんちゅ)ってやつ。わかった?」 「さっぱりわかりません!」  私も佳奈さんに同じく。 「よーするにここは全ての魂と繋がる母乳の海で、どんな相手にもアクセスできるんです。私が何か招き入れないと、ひたすら真っ白なだけだけど」  母乳の海。これこそまさに、金剛が欲しがってやまない『縁の母乳』だ。足元に広がる海水は、散減が吐く穢れた物とはまるで違い、暖かくて淀みない。 「今からこの海で、『マブイグミ』って儀式をする。一美の前世を呼んでパワーを分けて貰うってわけ。でもまず、折角だし……志多田さんもやってみますか?」 「え、私の前世も探してくれるんですか!? えーどうしよ、緊張するー!」 「アー……多分、思ってる感じと違いますよ」  玲蘭ちゃんは尾ビレで海水を打ち上げ、飛沫から瞬く間にススキの葉を錬成した。そして佳奈さんの背中をその葉でペンペンと叩きながら、 「まぶやー、まぶやー、うーてぃくよー」  とユルい調子で呪文を唱えた。すると佳奈さんから幾つもの物体がシュッと飛び出す。それらは人や動物、虫、お守りに家具など様々で、佳奈さんと半透明の線で繋がったまま宙に浮いている。 「なにこれ! もしかして、これって全部私の前世!? ええっ私って昔は桐箪笥だったのぉ!?」 「正確には箪笥に付着していた魂の欠片、いわゆる付喪神です。人間は物心つくまでに周囲の霊的物質を吸収して、七歳ぐらいで魂が完成すると言われています。私が呼び戻したのは、あなたを構成する物質の記憶。強い記憶ほど鮮明に復元できているのがわかりますか?」  そう言われてみると、幾つかの前世は形が朽ちかけている。人間の霊は割と形がはっきりしているけど、箪笥や虫などは朽ちた物が多い。 「たしかに……このおじさん、実家のお仏壇部屋にある写真で見たことあるかも。写真ではもっとおじいさんだったけど」 「亡くなった方が必ずしも亡くなったご年齢で現れるとは限らないんですよ」  私が補足した。そう、有名なスターとか軍人さんとかは、自分にとって全盛期の姿で現れがちなんだ。佳奈さんが言うおじさんも軍服を着ているから、戦時中の御姿なんだろう。  すると玲蘭ちゃんは手ビレ振り、佳奈さんの前世達を等間隔に整列させた。 「志多田さん。この中で一番、あなたにとって『しっくりくる』者を選んで下さい。その者が一つだけ、あなたに力を授けてくれます」 「しっくりくるもの?」  佳奈さんは海中でザブザブと足を引きずり、きちんと並んだ前世達を一つずつ見回っていく。 「うーん……。やっぱり、見たことある人はこのおじさんだけかな。家に写真があったなら、私と血が繋がったご先祖様だと思うし……あれ?」  ふと佳奈さんが立ち止まる。そこにあったのは、殆ど朽ちかけた日本人形。 「この子……!」  どうやら、佳奈さんは『しっくりくる前世』を見つけたようだ。 「私覚えてる。この子は昔、おじいちゃん家の反物屋にいたお人形さんなの。けど隣の中華食堂が火事になった時、うちも半焼しちゃって、多分だからこんなにボロボロなんだと思う」  佳奈さんは屈んで日本人形を手に取る。そして今にも壊れそうなそれに、火傷で火照った肌を癒すように優しく海水をかけた。 「まだ幼稚園ぐらいの時だからうろ覚えだけど。家族で京都のおじいちゃん家に遊びに行ったら、お店にこの子が着てる着物と同じ生地が売ってて。それでおそろいのドレスを作ってほしいっておじいちゃんにお願いしたんだ。それで東京帰った直後だよね、火事。誰も死ななかったけど約束の生地は燃えちゃって、お人形さんが私達を守ってくれたんだろうって話になったんだよ」  佳奈さんが水をかける度に、他の魂達は満足そうな様子で佳奈さんと人形に集約していく。すると玲蘭ちゃんはまた手ビレを振る。二人を淡い光が包みこみ……次の瞬間、人形は紺色の京友禅に身を包む麗しい等身大舞妓に変身した! 「あなたは……!?」 「あら、思い出してくれはったんやないの? お久しぶりどすえ、佳奈ちゃん」  それは見事な『タルパ』だった。魂の素となるエクトプラズム粒子を集め、人工的に作られた霊魂だ。そういえば玲蘭ちゃんが和尚様から習っていたのはこのタルパを作る術だった。なるほど、こういう風に使うために修行していたんだね。  佳奈さんは顕現したての舞妓さんに問う。 「あ、あのね! 外でザトウムシの化け物が暴れてるの! できれば私もみんなと一緒に戦いたいんだけど、あなたの力を貸してくれないかな?」  ところが舞妓さんは困ったような顔で口元を隠した。 「あらあら、随分無茶を言いはりますなぁ。うちはただの人形やさかい、他の方法を考えはった方がええんと違います?」 「そっかぁ……。うーん、どうしよう」 「佳奈さん、だぶか霊能力とは別の事を聞いてみればいいんじゃないですか? せっかく再会できたんだから勿体ないですよ」 「そう? じゃあー……」  佳奈さんはわざとらしいポーズでしばらく考える。そして何かを閃くと、わざとらしく手のひらに拳をポンと乗せた。 「ねえ。童貞を殺す服を着た女を殺す服って、結局どんな服だと思う? 人生最大の謎なんだけど!」 「はいぃ???」  舞妓さんがわかっていないだろうからと、玲蘭ちゃんがタルパで『童貞を殺す服』を顕現してみせた。 「所謂、こーいうのです。女に耐性のない男はこれが好きらしいですよ」  玲蘭ちゃんが再現した童貞を殺す服は完璧だ。フリル付きの長袖ブラウスにリボンタイ、コルセット付きジャンパースカート、ニーハイソックス、童話の『赤い靴』みたいなラウンドトゥパンプス。一見露出が少なく清楚なようで、着ると実は物凄く���型が強調される。まんま佳奈さんの歌詞通りのコーデだ。 「って、だからってどうして私に着せるの!」 「ふっ、ウケる」  キツキツのコルセットに締め付けられた私を、舞妓さんが物珍しそうにシゲシゲと眺める。なんだか気恥ずかしくなってきた。舞妓さんはヒラヒラしたブラウスの襟を持ち上げて苦笑する。 「まあまあ……外国のお人形さんみたいやね。それにしても今時の初心な殿方は、機械で織った今時の生地がお好きなんやなあ。うちみたいな反物屋育ちの古い人形には、こんなはいからなお洋服着こなせんどす」  おお。これこそ噂の京都式皮肉、京ことば! 要するに生地がペラッペラで安っぽいと言っているようだ。 「でも佳奈ちゃんは、『おたさーの姫』はん程度にならもう勝っとるんやないの?」 「え?」  舞妓さんは摘んでいたブラウスを離す。すると彼女が触れていた部分の生地感が、心なしかぱりっとした気がする。 「ぶっちゃけた話ね。どんなに可愛らしい服でも、着る人に品がなければ『こすぷれ』と変わらへん。その点、佳奈ちゃんは立派な『あいどる』やないの。お歌も踊りもぎょうさん練習しはったんやろ? 昔はよちよち歩きやったけど、歩き方や立ち方がえろう綺麗になってはるさかい」  話しながらも舞妓さんは、童貞を殺す服を摘んだり撫でたりしている。その度に童貞を殺す服は少しずつ上等になっていく。形や色は変わらなくても、シワが消え縫製が丁寧になり、まるでオーダーメイドのように着心地が良くなった。そうか、生地だ。生地の素材が格段にグレードアップしているんだ! 「うちらは物の怪には勝てへんかもしれんけど、童貞を殺す服を着た女に負けるほど弱い女やありまへん。反物屋の娘の誇りを忘れたらあかんよ、佳奈ちゃん」  舞妓さんは童貞を殺す服タルパを私から剥がすと、佳奈さんに当てがった。すると佳奈さんが今着ているサマーワンピースは輝きながら消滅。代わりにアイドルステージ上で彼女のトレードマークである、紺色のメイド服姿へと変身した。けどただの衣装じゃない、その生地は仙姿玉質な京友禅だ! 「いつものメイド服が……あ、これってもしかして、おそろいのドレス!?」  舞妓さんはにっこりと微笑み、輝くオーラになって佳奈さんと一体化する。京友禅メイド服とオーラを纏った佳奈さんは、見違えるほど上品な風格を帯びた。童貞やオタサーの姫どころか、全老若男女に好感を持たれる国宝級生人形(スーパーアイドル)の誕生だ!
བཞི་པ་
「まぶやー、まぶやー、ゆくみそーれー」  またしても玲蘭ちゃんがゆるい呪文を唱えると、佳奈さんの周囲に残っていた僅かな前世残滓も全て佳奈さんに吸収された。これでマブイグミは終了だ。 「金城さんごめんなさい。やっぱり私、バトルには参加できなさそうです……」 「お気になさらないで下さい。その霊的衣装は強いので、多少の魔物(マジムン)を避けるお守り効果もあります。私達が戦っている間、ある程度護身してて頂けるだけでも十分助かります」 「りょーかいです! じゃあ、次は一美ちゃんの番だね!」  いよいよ、私の前世が明らかになる。家は代々影法師使いの家系だから、力を取り戻してくれる先代がいると信じたい。 「まぶやー、まぶやー、うーてぃくよー」  玲蘭ちゃんが私の背中を叩く。全身の毛穴が水を吹くような感覚の後、さっき見たものと同じ半透明の線が飛び出した。ところが…… 「あれ? 一美ちゃんの前世、それだけ??」  佳奈さんに言われて自分から生えた前世達を見渡す。……確かに、佳奈さんと比べて圧倒的に少ない。それに形も、指先ほど小さなシジミ蝶とか、書道で使ってた筆とか、小物ばっかり。玲蘭ちゃんも首を傾げる。 「有り得ないんだけど。こんな量でまともに生きていけるの、大きくてもフェレットぐらいだよ」 「うぅ……一美ちゃん、可哀想に。心だけじゃなくて魂も小さいんだ……」 「悪かったですね、小心者で」  一番考えられる可能性としては、ワヤン不動に変身するためのプルパを愛輪珠に奪われたからだろう。念力を使う時、魂の殆どが影に集中する影法師の性質が仇となったんだ。それでも今、こうして肉体を維持できているのはどういう事か。 「小さくても強いもの、魔除けとか石とか……も、うーん。ないし……」 「じゃあ、斉一さんのドッペルゲンガーみたいに別の場所にも魂があるってパターンは?」 「そういうタイプなら、一本だけ遠くまで伸びてる線があるからすぐわかる」 「そっか……」  すると、その会話を聞いていた佳奈さんが私の足元の海中を覗きこんだ。 「ねえこれ、下にもう一本生えてない?」 「え?」  まじまじと見ると、確かにうっすらと線が見えなくもない。すると玲蘭ちゃんが尾ビレを振って、私の周囲だけ海水を退けてくれた。 「あ、本当だ!」  それは水が掃け、足元に残った影溜まりの中。まるで風前の灯火のように薄目を開けた『ファティマの目』が、一筋の赤黒い線で私と繋がっている。そうか。行きの飛行機内で万狸ちゃんを遠隔視するのに使ったファティマの目は、本来邪悪な物から身を守る結界術だ。私の魂は無意識に、これで愛輪珠から身を守っていたらしい。 「そこにあったんだ。やっぱり影法師使いだね」  玲蘭ちゃんがファティマの目を屈んで掬い取ろうとする。ところが、それは意志を持っているように影の奥深くに沈んでしまった。 「ガード固っ……一美、これどうにかして取れない?」  参ったな。念力が使えれば影を動かせるんだけど……とりあえず、影法師の真言を唱えてみる。 (ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・オム・チャーヤー・ソワカ)  だめだ、ビクともしない。じゃあ次は、和尚様の観世音菩薩の真言。 (オム・マニ・パドメ・フム)  ……ん? 足の指先が若干ピリッときたような。なら和尚様タイプⅡ、プルパを発動する時にも使う馬頭観音真言ならどうか。 (オム・アムリトドバヴァ・フム・パット!)  ピクッ。 「あ、今ちょっと動いた? おーい、一美ちゃんの前世さーん!」  佳奈さんがちょんちょんと私の影をつつく。他の真言やお経も試してみるべきか? けど総当りしている時間はないし…… —シムジャナンコ、リンポチェ……— 「!」 —和尚様?— —あなたの中で眠る仏様へ、お休みなさい、と申したのです。私は彼の『ムナル』ですから……—  脳裏に突然蘇った、和尚様と幼い私の会話。シムジャナンコ(お休みなさい)……チベット語……? 「タシデレ、リンポチェ」  ヴァンッ! ビンゴだ。薄目だった瞳がギョロリと見開いて肥大化し、私の影から飛び出した! だけどそれは、私が知っているファティマの目とまるで違う。眼球ではなく、まるで視神経のように真っ赤なエネルギーの線維が球体型にドクドクと脈動している。上下左右に睫毛じみた線維が突き出し、瞳孔に当たる部分はダマになった神経線維の塊だ。その眼差しは邪悪な物から身を守るどころか、この世の全てを拒絶しているような絶望感を帯びている。玲蘭ちゃんと佳奈さんも堪らず視線を逸らした。 「ぜ、前世さん、怒ってる?」 「……ウケる」  チベット語に反応した謎のエネルギー眼。それが私の大部分を占める前世なら、間違いなく和尚様にまつわる者だろう。正直、今私は和尚様に対してどういう感情を抱いたらいいのかわからなくなっている。でも、たとえ邪尊教徒であろうとなかろうと、彼が私の恩師である事に変わりはない。 「玲蘭ちゃん、佳奈さん。すいません。五分だけ、ちょっと瞑想させて下さい」  どうやら私にも、自分の『縁』と向き合うべき時が来たようだ。
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 ……釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩……。座して目を閉じ、自分の影が十三仏を象る様を心に思い描く。本来影法師の修行で行う瞑想では、ティンシャやシンギング・ボウルといった密教法具を使う。けど千里が島には持ってきていないし、今の私にそれらを使いこなせる力もない。それでも、私は自らの影に佇むエネルギー眼と接続を試み続ける。繋がれ、動け。私は影。私はお前だ。前世よ、そこにいるのなら応えて下さい。目を覚まして下さい…… 「……ッ……!」  心が観世音菩薩のシルエットを想った瞬間、それは充血するように赤く滲んだ。するうち私の心臓がドクンと弾け、業火で煮えくり返ったような血が全身を巡る。私はその熱量と激痛に思わず座禅を崩してしまうが、次の瞬間には何事もなかったかのように体が楽になった。そしてそっと目を開けてみると、ニライカナイだったはずの世界は見覚えのある場所に変わっていた。 「石筵観音寺……!?」  玲蘭ちゃんが代わりに呟く。そう。ここは彼女も昔よく通っていた、私達の和尚様のお寺だ。けどよく見ると、記憶と色々違う箇所がある。 「玲蘭ちゃん、このお御堂、こんなに広かったっけ……?」 「そんなわけない。だってあの観音寺って、和尚が廃墟のガレージに張って作ったタルパ結界でしょ」 「そうだよ。それにあの外の山も、安達太良山じゃないよね? なんかかき氷みたいに細長いけど」 「あれ須弥山(しゅみせん)じゃん。仏教界の中心にある山。だぶか和尚はこの風景を基に石筵観音寺を作ったんじゃない? てーか、何よりさ……」 「うん。……いなくなってるよね、和尚様」  このお御堂には、重大な物が欠けている。御本尊である仏像だ。石筵観音寺では和尚様の宿る金剛観世音菩薩像がいらした須弥壇には、何も置かれていない。ここは、一体……。 「ねーえ! 一美ちゃんの和尚さんってチベットのお坊さんなんだよね? ここにいるよ!」 「「え?」」  振り返ると、佳奈さんがお御堂の奥にある扉を開けて中を指さしている。勿論観音寺にはなかった扉だ。私と玲蘭ちゃんが中を覗くと、部屋は赤い壁のシンプルな寝室だった。中心に火葬場の収骨で使うようなやたらと背の高いベッドが一つだけ設置されている。入室すると、そのベッドで誰かが眠っていた。枕元にはチベット密教徒特有の赤い袈裟が畳まれている。佳奈さんがいて顔がよく見えないけど、どうやら坊主頭……僧侶のようだ。不思議な事に、その僧侶の周りには殆ど影がない。 「もしもーし、和尚さん起きて下さい! 一美ちゃんが大ピンチなんですーっ!」  佳奈さんは大胆にも、僧侶をバシバシと叩き起こそうと試みる。ただ問題がある。彼は和尚様より明らかに背が低いんだ。 「ちょ、佳奈さんまずいですって! この人は和尚様じゃないです!」 「え、そうなの? ごめんごめん、てへっ!」 「てへっじゃないですよ………………!!?!?!??」  佳奈さんが退き僧侶の顔が見えた瞬間、私は全身から冷や汗を噴出した。この……この男は……!!! 「あれ? でも和尚さんじゃないなら、この人が一美ちゃんの前世なんじゃない? おーい、前世さムググム~??」  ヤバいヤバいヤバい!! 佳奈さんが再び僧侶をぶっ叩こうとするのを必死で制止した。 「一美?」  玲蘭ちゃんが訝しんだ。面識はない。初めて見る人だ。だけどこの男が起きたら絶対人類がなんかヤバくなると直感で理解してしまったんだ! ところが…… ༼ ……ン…… ༽  嘘でしょ。 「あ、一美ちゃん! 前世さん起きたよ! わーやば、このお坊さん三つ目じゃん! きっとなんか凄い悟り開いてる人だよ!」  あぁ、終わった……。したたび綺麗な地名の闇シリーズ第六弾、千里が島宝探し編終了。お疲れ様でした。 「ねー前世さん聞いて! 一美ちゃんが大ピンチなの! あ、一美ちゃんっていうのはこの子、あなたの生まれ変わりでー」 ༼ えっ、え?? ガレ……? ジャルペン……?? ༽  僧侶はキョトンとしている。そりゃそうだ、寝起きに京友禅ロリータが何やらまくし立てていれば、誰だって困惑する。 「じゃる……ん? ひょっとして、この人日本語通じない!?」 「一美、通訳できる?」 「むむ、無理無理無理! 習ってたわけじゃないし、和尚様からちょこちょこ聞いてただけだもん!」 「嘘だぁ。一美ちゃんさっきいっぱいなんかモゴモゴ言ってたじゃん。ツンデレとかなんとか」 「あ、あれは真言です! てか最後なんて『おはようございます猊下(げいか)』って言っただけだし」  私だけ腰を抜かしている一方で、佳奈さんと玲蘭ちゃんは変わらずマイペースに会話している。僧侶もまだキョトン顔だ。 「他に知らないの? チベット語」 「えぇー……。あ、挨拶は『タシデレ』で、お休みなさいが『シムジャナンコ』、あと印象に残ってるのは『鏡』が『レモン』って言うとか……後は何だろう。ああ、『眠り』が『ムナル』です」 ༼ ! ༽  私が『ムナル』と発音した瞬間、寝ぼけ眼だった僧侶が急に血相を変えて布団から飛び出した。 ༼ ムナルを知っているのか!? ༽ 「ふわあぁ!?」  僧侶は怖気づいている私の両腕をがっしと掴み、心臓を握り潰すような響きで問う。まるで視神経が溢れ出したような紅茶色の長い睫毛、所々ほつれたように神経線維が露出した肌、そして今までの人生で見てきた誰よりも深い悲壮感を湛える眼差し……やっぱり、間違いない。この僧侶こそが…… 「え? な、なーんだ! お坊さん、日本語喋れるんじゃん……」 「佳奈さん、ちょっと静かにしてて下さい」 「え?」  残酷にも、この僧侶はムナルという言葉に強い反応を示した。これで私の杞憂が事実だったと証明されてしまったんだ。だけど、どんな過去があったのかはともかく、私はやっぱり和尚様を信じたい。そして、自分の魂が内包していたこの男の事も。私は一度深呼吸して、彼の問いに答えた。 「最低限の経緯だけ説明します。私は一美。ムナル様の弟子で、恐らくあなたの来世……いえ、多分、ムナル様によって創られたあなたの神影(ワヤン)です。金剛の大散減という怪物と戦っていたんですが、ムナル様が私の肋骨で作られた法具プルパを金剛愛輪珠如来に奪われました。それでそこの神人にマブイグミして貰って、今ここにいる次第です」 ༼ …… ༽  僧侶は瞬き一つせず私の話を聞く。同時に彼の脳内で凄まじい速度で情報が整理されていくのが、表情でなんとなくわかる。 ༼ 概ね理解した。ムナルは、そこか ༽  僧侶は何故か佳奈さんを見る。すると京友禅ロリータドレスのスカートポケットに、僧侶と同じ目の形をしたエネルギー眼がバツッと音を立てて生じた。 「きゃあ!」  一方僧侶の掌は拭き掃除をしたティッシュのようにグズグズに綻び、真っ二つに砕けたキョンジャクが乗っていた。 「あ、それ……神社で見つけたんだけど、後で返そうと思って。でも壊れてて……あれ?」  キョンジャクは佳奈さんが話している間に元の形に戻っていた。というより、僧侶がエネルギー眼で金属を溶かし再鋳造したようだ。綻んでいた掌もじわじわと回復していく。 「ど、どういう事? 一美。ムナルって確か、観音和尚の俗名か何かだったよね……そのペンダント、なんなの?」  僧侶の異様な力に気圧されながら、玲蘭ちゃんが問う。 「キョンジャク(羂索)、法具だよ。和尚様の遺骨をメモリアルダイヤにして、友達から貰ったお守りのペンダントに埋め込んでおいたんだ」 ༼ この遺骨ダイヤ、更に形を変えても構わんか? ༽ 「え? はい」  僧侶は私にキョンジャクを返却し、お御堂へ向かった。見ると、和尚様のダイヤが埋まっていた箇所は跡一つなくなっている。私達も続いてお御堂に戻ると、彼はティグクという斧型の法具を持ち、装飾部分に和尚様のダイヤを埋め込んでいた。……ところが次の瞬間、それを露台から須弥山目掛けて思い切り投げた! 「何やってるんですか!?」  ティグクはヒュンヒュンと回転しながら須弥山へ到達する。すると、ヴァダダダダガァン!!! 須弥山の山肌が爆ぜ、さっきの何百倍もの強烈なエネルギー眼が炸裂! 地面が激しく揺れて、僧侶以外それぞれ付近の物や壁に掴まる。 ༼ 拙僧が介入するとなれば、悪戯に事が大きくなる…… ༽  爆風と閃光が鎮まった後の須弥山はグズグズに綻び、血のように赤い断面で神経線維が揺らめいた。そしてエネルギー眼を直撃したはずのティグクは、フリスビーのように回転しながら帰還。僧侶が器用にキャッチすると、次の瞬間それはダイヤの埋め込まれた小さなホイッスルのような形状に変化していた。 ༼ だからあなたは、あくまでムナルから力を授かった事にしなさい。これを吹けばティグクが顕現する ༽ 「この笛は……『カンリン』ですか!?」 ༼ 本来のカンリンは大腿骨でできたもっと大きな物だけどな。元がダイヤにされてたから、復元はこれが限界だ ༽  カンリン、人骨笛。古来よりチベットでは、悪い人の骨にはその人の使っていない良心が残留していて、死んだ悪人の遺骨でできた笛を吹くと霊を鎮められるという言い伝えがあるんだ。 ༼ 悪人の骨は癒しの音色を奏で、悪魔の心臓は煩悩を菩提に変換する。それなら逆に……あの心優しかった男の遺骨は、どんな恐ろしい業火を吹くのだろうな? ༽  顔を上げ、再び僧侶と目が合���。やっぱり彼は、和尚様の事を話している時は少し表情が穏やかになっているように見える。 ༼ ま、ムナルの弟子なら使いこなせるだろ。ところで、『鏡』はレモンじゃなくて『メロン』な? ༽ 「あっ、そうでしたね」  未だどこか悲しげな表情のままだけど、多少フランクになった気がする。恐らく、彼を見た最初は心臓バクバクだった私もまた同様だろう。 「じゃあ、一美……そろそろ、お帰ししてもいい……?」  だぶか打って変わって、玲蘭ちゃんはすっかり及び腰だ。まあそれは仕方ない。僧侶もこの気まずい状況を理解して、あえて彼女と目を合わさないように気遣っている。 「うん。……リンポチェ(猊下)、ありがとうございました」 「一美ちゃんの前世のお坊さん、ありがとー!」 ༼ 報恩謝徳、礼には及ばぬ。こちらこそ、良き未来を見せて貰った ༽ 「え?」 ༼ かつて拙僧を救った愛弟子が巣立ち、弟子を得て帰ってきた。そして今度は、拙僧があなたに報いる運びとなった ༽  玲蘭ちゃんが帰還呪文を唱えるより前に、僧侶は自らこの寺院空間を畳み始めた。神経線維状のエネルギーが竜巻のように這い回りながら、景色を急速に無へ還していく。中心で残像に巻かれて消えていく僧侶は、最後、僅かに笑っていた。 ༼ 衆生と斯様にもエモい縁を結んだのは久しぶりだ。また会おう、ムナルそっくりに育った来世よ ༽
ལྔ་པ་
 竜巻が明けた時、私達はニライカナイをすっ飛ばして宴会場に戻っていた。佳奈さんは泥だらけのサマードレスに戻っているけどオーラを帯びていて、玲蘭ちゃんの口の怪我は何故か完治している。そして私の手には新品のように状態の良くなったキョンジャクと、僅かな視神経の残滓をほつれ糸のように纏う小さなカンリンがあった。 「あー、楽しかった! 金城さん、お人形さんと再会させてくれてありがとうございました! 一美ちゃんも、あのお坊さんめっちゃ良い人で良かったね! 最後エモいとか言ってたし、実はパリピなのかな!? ……あれ、金城さん?」  佳奈さんが振り返ると同時に、玲蘭ちゃんは焦燥しきった様子で私の首根っこを掴んだ。今日は色んな人に掴みかかられる日だ。 「なんなの、あの前世は」  その問いに答える代わりに、私は和尚様の遺骨(カンリン)を吹いてみた。パゥーーーー……決して癒しの音色とは言い難い、小動物の断末魔みたいな音が鳴った。すると私の心臓に焼けるような激痛が走り、全身に煮えたぎった血が迸る! それが足元の影に到達点すると、カセットコンロが点火するように私の全身は業火に包まれた。この一連のプロセスは、実に〇.五秒にも満たなかった。 「そんなっ……その姿……!!」  変身した私を、玲蘭ちゃんは核ミサイルでも見るような驚愕の目で仰いだ。そうか。彼女がワヤン不動の全身をちゃんと見るのは初めてだったっけ。 「一美ちゃん! また変身できるようになったね! あ、前世さんの影響でまつ毛伸びた? いいなー!」  玲蘭ちゃんは慌ててスマホで何かを検索し、悠長に笑っている佳奈さんにそれを見せた。 「ん、ドマル・イダム? ああ、これがさっき話して��邪尊さん……え?」  二人はスマホ画面と私を交互に三度見し、ドッと冷や汗を吹き出した。憤怒相に、背中に背負った業火。私は最初、この姿は不動明王様を模したものだと思っていた。けど私の『衆生の苦しみを業火に変え成仏を促す』力、変身中の痛みや恐怖に対する異常なまでの耐久性、一睨みで他者を黙らせる眼圧、そしてさっき牛久大師に指摘されるまで意識していなかった、伸びた腕。これらは明らかに、抜苦与楽の化身ドマル・イダムと合致している! 「……恐らく、あの前世こそがドマルだ。和尚様は幼い頃の私を金剛から助けるために、文字通り彼を私の守護尊にしたんだと思う。でもドマルは和尚様に『救われた』と言っていた。邪尊教に囚われる前の人間の姿で、私達が来るまで安らかに眠っていたのが何よりの証拠だ。観世音菩薩が時として憤怒の馬頭観音になるように、眠れる抜苦与楽の化身に代わり邪道を討つ憤怒の化身。それが私……」 「ワヤン不動だったってわけ……ウケる」  ウケる、と言いつつも、玲蘭ちゃんはまるで笑っていなかった。私は変身を解き、キョンジャクのネックレスチェーンにカンリンを通した。結局ドマルと和尚様がどういう関係だったのか、未だにはっきりしていない。それでも、この不可思議な縁がなければ今の私は存在しないんだ。この新たな法具カンリンで皆を、そして御戌神や千里が島の人々も守るんだ。  私は紅一美。金剛観世音菩薩に寵愛を賜りし紅の守護尊、ワヤン不動だ。瞳に映る縁無き影を、業火で焼いて救済する!
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