#前撮り和装
Explore tagged Tumblr posts
Text
菊花飛翔の舞 2023/12/18
皆様こんばんは。 TOP WEDDINGです。 いつもTOP WEDDINGのブログをご覧頂きありがとうございます。 本日は色打掛をご紹介。 【 ITEM NAME 1133 菊花飛翔の舞】 艶めく緞子地に織り上げられ、女性らしく愛らしい色使いの花々が可憐に咲き渡ります。 その美しい姿と共に古来より長寿の象徴として親しまれる鶴が優雅に舞い羽ばたき、 絢爛豪華な一着。 お袖からチラッと見える指し色のピンクも可愛いらしいです。 皆様のご来店をスタッフ一同お待ちしております。

View On WordPress
#2023秋冬婚#2024春夏婚#ウエディングドレス#カラードレス#タキシード#フォトウエディング#フォト婚#プレ花嫁#ヘアメイク#ロケーションフォト#ロケーション撮影#京都前撮り#前撮り#和装前撮り#和装小物#大振袖#洋装前撮り#滋賀前撮り#白無垢#色打掛#関西前撮り#関西花嫁
2 notes
·
View notes
Text

結婚式 前撮りに密着!【スタジオ編】





#ドレスデザイン研究室##UCx3fYaB98zpCteXn2BdlwXA##ウエディング 前撮り##スタジオアクア##ゼクシィ##前撮り##前撮り ヘアアレンジ##前撮り ポーズ##前撮り 和装##前撮り 髪型##和装##結婚前撮り##結婚式##結婚式 前撮り##結婚式 前撮り スタジオ##結婚式 前撮り メイク##結婚式 前撮り 和装##結婚式 前撮り 韓国##結婚式前撮り 小物 手作り
0 notes
Text
豪華キャストが大集結!公開記念舞台挨拶イベントレポート
このたび、8月26日(土)に映画『Gメン』の公開記念イベントを実施!全国47都道府県・120館でのライブビューイングでも生中継された舞台挨拶に、岸優太、竜星涼、恒松祐里、矢本悠馬、森本慎太郎、瑠東東一郎監督が登場すると会場から大きな拍手が。

なお、登壇予定だった、りんたろー。の欠席が発表され、MCより到着したばかりというりんたろー。からのコメントが読み上げられました。「天王会の奴らにやられた。俺が行くまで耐えてくれ」という内容に「昨日やられて寝込んじゃったんじゃない?(矢本)」「遅刻って聞きましたよ(岸)」「寝坊でしょ、なにやってんだよ!(竜星)」とまさかの失態に開始早々総ツッコミが起こっていました。
映画初主演となる本作で門松勝太を演じた岸は「ついに公開を迎えられたので一緒に『Gメン』を盛り上げてくれたら嬉しいです」と元気いっぱいに挨拶しました。

●SNSで事前募集した「#Gメンに質問」の回答コーナー
イベントでは事前にSNS上で質問を募った「#Gメンに質問」に答えていくことに。「共演する前と後で一番印象が違ってた人を教えてください!」の質問に対し全員で一斉に思い浮かぶ人を指差すと、岸と矢本はお互いを指名。岸が「矢本くん、顔が可愛いじゃないですか。でも会ってみたらめちゃくちゃ兄貴肌でみんなをまとめてくれて、想像以上にお兄ちゃんでした。撮影の最初でも話しかけてくれて、矢本くんのお陰で現場に溶け込めました」と述べると矢本も「岸はTVで観てた時はこの人特別だな、見たことない人だなって思ってたんですが、本人に会ってみたら想像以上に見たことなかったですね。よく無事に撮影を撮り終えたなと思う程、奇跡的な日常でしたよ。この先の岸が楽しみで仕方がない」とコメント。すかさず岸が「そんなヤバくないですよ。全然普通ですよ!」と返すと、矢本も「いや基本話し出すと人の話を聞いてないから」と応戦。「めちゃくちゃ言われるんですよ。人の話を聞いてないって。でもちゃんと聞いてますからね!」と反論しました。

続く竜星と森本もお互いを指名。一番印象が違ったと思うポイントに竜星は「僕は慎ちゃんです。初めて現場で会ったとき短パンにサンダルで、アイドルだけどめっちゃラフで。そこからすごく好きになりました」とコメント。竜星からの話を受けた森本も「僕も同じです。竜星くんもめっちゃラフな服装で親近感があって」と回答すると、岸は「慎ちゃんは、現場に来る際に毎回右手に何か持ってるんですよ」と言うと、恒松も「佇まいがかっこいいですよね。今日現場に来るときもサンドウィッチに飲み物を持っていて。LAみたいな感じでした」と盛り上がっていました。


さらに「2回目以降はここに注目して観て欲しいというシーンを教えてください」という質問に対して、尾上松也演じる加藤が率いる、凶悪組織・天王会との激しい戦いのシーンを挙げた岸が「2回目の人は蟹挟みのシーンに注目ですかね。アクションの早い流れの中で実は色んな動きを入れているので」とアクションシーンをプッシュしつつ、「3回目の人はどこだろう…何回も観れば着眼点も変わりますよね」と見どころの多い本作をアピール。竜星は「岸優太が笑いを堪えているところですね。いかに素の岸優太を観られるか注目してほしいですね」とコメントすると、監督も「(岸の)素の部分はめちゃくちゃ活かしました。全員が岸くんの素を引き出してくれていた」と添え、岸も「だいぶ笑いを堪えましたよ!良い意味で笑いの絶えない現場でした」と撮影を振り返りました。
本作のエンドロールでは、ザ・クロマニヨンズの主題歌「ランラン」とともに、まるで本編の延長戦のような勝太とレイナのシーンが流れるのも楽しいポイント。レイナを演じた恒松は、「勝太とレイナのシーンは2分間くらいのアドリブなんです。でもずっとやっていて体感では10分くらいに思いました」とアドリブで演じていたことを明かしました。岸も「アドリブのシーンはその場で生まれて来ました、なんかいい感じでしたよね」と振り返ると、恒松が「最後のこれ(ハートポーズ)が面白すぎて。普通は絶対出てこないです。さすが岸さんだなって感じました」と思いだし笑いをこらえつつも大称賛!それを受けた岸が「本当は聞きたくないんですけど、どこの話ですか?」といまいちピンと来ていないまさかの発言に、「うそでしょ!?」「ほら!人の話聞いてないじゃん!」とまた全員から総ツッコミを受け会場も笑いに包まれていました。

●瑠東監督からキャストへ、「Gメン通信簿」発表!
続いて瑠東監督より、撮影から宣伝まで怒涛の日々を駆け抜けたキャスト陣一人ひとりに「Gメン通信簿」と題した成績発表のコーナーへ。まずは寝坊で舞台挨拶に間に合わず、不在のりんたろー。は「今日は遅刻で残念でした。退学です!」と、ねぎらいの言葉が出るかと思いきや、まさかの退学宣言を受けることに!続いて森本へ「みんなのムードメーカーで、ハードな撮影でも盛り上げ、楽しませてくれました。昭和のヤンキーがハマりまくって、机も壊し、��変よく暴れてくれました」とコメントし撮影用の壊れやすい机ではなく、普通の机だったことを明かしつつコメント。森本は「最後のアクションシーンで本当に机を真っ二つに割ったので。自分でもびっくりしました。2回目鑑賞時にぜひ注目してください!」とすかさずアピールしました。矢本には「初日からガンガンアドリブで攻め、みんなを笑わせ、スイッチを入れ、空気を作ってくれました。とにかく芝居の尺が長く、編集で困り大変よくやり過ぎました」と告げると、矢本が「自分が面白いと思うことをやっただけなんで」とかっこよく決めてみせました。
恒松に対しては「岸くんとの恋愛シーンは大変キュートでした。下ネタもコメディも凄く品があり、アクションも自ら志願し頑張りました。大変可愛らしかったです」と告げると、恒松も「助けられるばかりじゃなく自分からも戦っていけるヒロインでいたいなと思って」と喜びつつもキャラクターへ込めた思いをコメント。竜星へ「ワークショップの時から、みんなを引っ張り、アクションも天然キャラも久しぶりのイケメンも大変よくやり切りました。岸くんの天然もよく引き出してくれました」と発表。竜星も笑顔で受け止めつつ「良い話ですね。これ泣かせに来てるからね」と反応すると、岸も「卒業式っぽい、しっとりした感じもいいですね」と監督のコメントへ期待を寄せた。監督から岸に「映画初主演、全力以上の全力、常に120%で駆け抜けてくれました。期待通りの天然ボーイが連日炸裂しつつも、現場の熱を上げる素敵な愛され座長、大変よく頑張りました」とねぎらいました。岸は「みんな良いメッセージいただきましたね。嬉しいけど、瑠東さんとはいつも楽しいことばかり話している印象だから、マジなコメントいただくと恥ずかしくて」と照れながらも、喜びを実感していた様子でした。
●「Gメンポイントキャンペーン」で集まったポイント=G(グラム)にちなんで、皆の想い(重い)が詰まった60kgの米俵を岸が担ぐ!?
フォトセッションでは公式で開催された【Gメンポイントキャンペーン】で参加者たちが貯めたポイントの合計「60,726Gメンポイント」にちなんだ、60.726kgの米俵を用意。映画公開を楽しみにしていたファンの想いそのものであり、「末広がりに運が開けていく」縁起物であるお米の詰まった、特別な米俵を、岸が担ぐことに!いざ挑戦してみたものの20cm程度しか持ち上げられなかった岸は、思わず「これはだいぶ重いです…もう一回いいですか」とリベンジすることに。客席からの熱い声援を受け、再び米俵を持ち上げると「確実にさっきよりは上がりました。でもめっちゃ重いですよ、ただの60キロじゃない重みを感じました」とコメント。参加してくれたみんなの想い(=重い)を噛みしめながらも見せ場をやり切った岸の発言に、会場が温かい笑いに包まれました。

最後には全員を代表して岸からの挨拶が。「みなさんにとっての夏の思い出になってほしいです。老若男女楽しめる作品なので、幅広い方に楽しんでほしい。“Gポーズ”も拡散して一緒に盛り上げてくれたら嬉しいです」とメッセージを送りイベントの幕が閉じました。
222 notes
·
View notes
Text
翌日、信也は午前八時に起きた。神輿の宮出しは大抵五時半頃で、恐らく浅草界隈は賑やかだろうなと思った。
結局、裕美は昨夜は帰って来ず、今朝になってラインが来て、仕事場の方で寝ていると入ってきた。香織や大輔も一緒らしく、何処まで飲み歩いていたのかと、信也は内心呆れていた。二十代前半でありながら、二人の中年女の面倒をみている大輔もスゴいなとも思った。
朝食を摂り、シャワーを浴び、腰にバスタオルを巻いて寝室の姿見の前に立つと、信也は着物ハンガーから浴衣を取った。まずはVネックのシャツを着て、それから通販で買った赤い「豆しぼり」の六尺褌を締め始めた。股間に褌の布地を当て、それから腰の部分からねじっていく。一周巻いたら今度は反対側をねじり、腰のあたりで解けない様に締めた。グッと尻の谷間に食い込み、信也は言葉で言い表しにくい感覚に襲われた。
姿見には、最近減���の為に入谷の方までジョギングをしていたからか、若干引っ込んだ腹に六尺褌の豆しぼりが冴える。このヴィジュアルにゲイは「萌える」のかと、信也は思った。トランクスからブリーフに替えてから、彼は所謂「ビキニライン」に生える陰毛を整える様になった。たまにハミ出ているとカッコ悪く感じた。最近は尻の谷間に生える体毛も気にし始めた。自分の外見を気にかけることは愛することにも通ずるのだなと、彼は悟る様になっていた。
信也はズボン下を穿き、浴衣を着付けた。帯は「貝の口」に締めたが、何故か一度で決まった。これでいつ脱ぐことになっても戸惑うことはあるまいと、彼は安堵した。
合財袋を片手に取り、出掛けようとした時、ラインの着信音が聞こえた。携帯を出し確認すると、憲一からだった。玄関のドアを施錠しながら読んだが、
『おはよう。元気? しばらく音沙汰なしだったから淋しかったよォ〜! 今、浅草寺の境内にいるけど、超混雑してて大変! 今、相方待ちだから片手に缶チューハイ持ってマス。早く来て、待ってるわ 』
と文末にはハートマークが付いていた。「音沙汰なし」といっても一昨日、六尺褌が届いたのを写メ付きで送信したばかりだが…。余程、思いが募っているのだろう。彼は、恐らく地下鉄は入口が混み合うだろうと、大した距離でもないので徒歩で浅草へ向かった。
国際通りに出ると、すでに神輿を担ぐ男衆やお囃子を披露する女性や子どもがあちこちに見られた。外国人観光客も、日本独特の文化の一つである祭りに皆関心を持ち、携帯電話で���真や動画を撮っていた。この雰囲気が信也は好きだった。彼が今の稲荷町にマンションを買ったのも、それが理由だった。彼も複合ビル「R」の周辺を散策しつつ、伝法院通りを仲見世方面に歩いて行った。
インバウンドの影響か、伝法院通りも食べ歩きができる飲食店が増え、特定のところでは行列ができるほど繁盛している。一方、ビルの老朽化で昔ながらの喫茶店が一時閉店するなど、変化もみられる。たまにコーヒーを飲みに行っていた「R珈琲店」も、建て替えの為にビルが取り壊されていた。信也は多少淋しさを感じながら、ようやく浅草寺の境内にたどり着いた。早くも神輿を担ぐ男衆や女性の声があちこちで聞こえ、勢いがあった。観光客は一斉に携帯電話を向け、その一部始終を撮影していた。信也は浅草寺の中に入り、まずは浅草観音に日頃の安寧に対し感謝する為、人混みで賽銭を投げる様に入れ、合掌した。お詣りが終わると、彼は浅草神社の方へ行こうと東門に向かった。階段を下りようとしたその時、浴衣姿の男に声をかけられた。憲一だった。彼は、白地に紺色の吉原つなぎをあしらった浴衣を着ていた。なかなか似合っている。
「信ちゃん! 会いたかったァ〜!」
と彼は喜んだ。なかなか男前である。二人は階段を下り、浅草神社へ歩いて行った。
浅草神社は、境内の右側に「一ノ宮」「二ノ宮」「三ノ宮」の神輿が収められているのが、この日は浅草界隈を担がされているので何もなかった。三社様にお詣りをすると二人は藤棚の方へ向かい、空いているベンチに並んで座った。憲一は微かに浴衣の裾をめくってみせた。ズボン下は穿いておらず、真っ白な六尺褌だけが覗く。信也は、
「何も穿かないと裾さばき、悪くないの?」
と聞いた。すると、
「ズボン下なんて穿けないよ〜。こっちの方がエッチでしょ?」
と憲一は言った。三社祭と隅田川花火大会の時しか浴衣は着ないが、ズボン下や肌着は身に付けないとの事。どうせゲイバーのパーティーでは脱ぐんだからと、あっけらかんとしていた。
信也は、憲一の浴衣から覗かせた六尺褌に生唾を飲み、下半身が熱くなるのを感じた。合財袋をのせた股間あたりが隆起し、内腿を力ませた。嗚呼、オレもすっかり「ゲイ」の一人になってしまったと、彼は思いがけない「チラリズム」に興奮してしまった。
憲一は、もう少しで相方が来ると言った。藤棚の下は、巷の食べ歩きの飲食店で買ったのか、観光客がペットボトルのお茶を片手に飲み食いしていた。イチゴの甘く、また台湾風唐揚げの香ばしい、色んな匂いが漂っている。この匂いだけで信也はお腹いっぱいになった。一方、憲一は相方にラインを入れているのか携帯電話の方に目を向けていた。数分後、浅草寺の方から紺色の小千谷縮の単衣を着た男が憲一に手を振って向かってきた。信也はどこかで会ったことがあるなと思ったが、なんと真純だったのだ。真純は信也を見るや、
「嘘ッ、憲ちゃんの知り合いって信ちゃんなの!?」
と驚きの表情を見せた。憲一は、
「えッ、知り合い?」
と聞いた。
まさか、出逢った場所は違えど肉体同士の交流だけでこんなかたちでめぐり逢うとは、信也は「現実は小説より奇なり」と思った。三人は仲見世やその他の界隈を練り歩く神輿を見物しては、憲一と真純は恰幅のよい男衆をさりげなく携帯電話で撮影した。そんな二人に対し、
「それって『盗撮』じゃ…」
と思った。半纏の裾から覗く尻とその谷間に食い込む六尺褌、その褌の柄も多種多様だった。また、神輿を担ぐ合間に談笑する彼らが無防御に内腿を開き、褌だけで隠した股間も、二人には堪らなかった。嗚呼、ゲイがこの時期になると全国各地から集まってくる理由が、これなンだなと信也は思った。
こうして「目の保養」を飽くほど満喫した二人は、
「さて、飲みに行きますか!」
と雷門を抜け、Kバーへ向かって行った。
Kバーは、昼時でもあり満席だったが流石に三人は常連客だったからか、すぐに空いている席を見つけ、食券を買い求めた。デンキブランをカラフェで注文し、賑やかに乾杯した。真純は、何気に信也の太腿に触れ、
「信ちゃん、浴衣似合うね!」
と上機嫌だった。真純の長襦袢から時折、うっすらと胸毛が覗いた。襟止めは使っていないらしかった。やっぱり誂えだろうか? 信也は密かにそう思った。テーブルには、もつ煮込みやミックスピザなどが並んだ。憲一は二杯目からは日本酒を頼み、真純も信也もグラスを傾けた。
店内に六尺褌の男衆も数人来店し始めた。一人、奥さんと思しき女性を連れた中年の男もおり、流石に直接生尻のまま椅子に座るのは憚れると思ったのか手拭いを敷き、腰を下ろした。そんな思慮のある男の様子に憲一は感動し、
「あんなジェントルな男(ひと)と一緒だったら、惚れっちゃうなァ〜」
と言った。真純も、
「まァ、たまにドカッと座る男(ひと)もいるけど、ちょっと幻滅だよね〜」
と共感した。このやり取りに、信也はただベッドの中で戯れればイイ訳ではないンだなァと、二人の共通した意外性を見出した。
そのまま三人は「ホッピー通り」に繰り出した。真純は途中、ショウウィンドウの前で襟の開いた襦袢や長着を整えた。その様子が何気に、信也にはカッコよく思えた。一方、憲一は酔いが回っているのか信也に必要以上に絡み、浴衣の襟も乱れていた。それを見ると真純がさりげなく直し、
「ほらッ、ダメよ! きちんと着こなせてこそ、和装は素敵なのよ!」
と何故か女言葉だった。
こうして三人はホッピー通りでも三軒をはしごし、憲一は呂律が回っていなかった。意外と酒は弱いらしい。一方、真純は主にレモンサワーやウーロンハイなど、アルコール度数が弱いものに途中で切り替えていた。それでも女言葉が直ることはなかった。彼は、
「いッつもそうなの! 憲ちゃん、酒弱いのに場の雰囲気でグイグイ飲んで『へべるけ』になっちゃうのよォ〜。これから『Z』でパーティーなのにどうするンだろ!?」
と言い放った。
信也は、元々酒に飲まれない性質だったので、平然としていた。途中、六区ブロードウェイから外に出たところにあるコンビニでペットボトルの水を買い、憲一に勧めた。三人はそのままゲイバー『Z』を目指した。
18 notes
·
View notes
Quote
私の手元に、古ぼけた書類の束がある。手製の表紙をめくると目に入ってくるのは軍の最高機密を意味する「軍機」の朱印だ。昭和16年12月8日、日米開戦の象徴となった真珠湾攻撃に関する詳細な計画、命令書である。なぜこんなものが私の元に来たのか、そして軍の機密のその中身とは――。 「進藤三郎」という男 昭和15年9月13日、圧倒的勝利に終わった零戦のデビュー戦を指揮し、漢口基地に帰還した進藤三郎大尉 平成12(2000)年2月2日、ひとりの元海軍少佐が88年の生涯を終えた。その人の名は進藤三郎。太平洋戦争に興味のある人ならまず知らない人はいないであろう戦闘機乗りである。 進藤は昭和15(1940)年9月13日、制式採用されたばかりの零式艦上戦闘機(零戦)13機を率い、中国・重慶上空で中華民国空軍のソ連製戦闘機33機と交戦、27機を撃墜(日本側記録。中華民国側記録では被撃墜13機、被弾損傷11機)、空戦による零戦の損失ゼロという鮮烈なデビュー戦を飾った。続いて、昭和16(1941)年12月8日のハワイ・真珠湾攻撃では、空母赤城戦闘機分隊長として第二次発進部隊制空隊の零戦35機を率いた。その後、激戦地ラバウルの第五八二海軍航空隊飛行隊長、空母龍鳳飛行長などを歴任し、筑波海軍航空隊飛行長として派遣先の福知山基地で終戦を迎えた。 戦後はトラック運転手や福島県の沼沢鉱山長などの職を転々としたのち、生家のある広島に戻って東洋工業株式会社に入社、出向した山口マツダで常務取締役まで務めた。 戦争中はその華々しい「活躍」がしばしば新聞にも載るほど著名な海軍軍人だったが、戦後は一転して平凡な会社員生活で、戦争の話はよほど心を許した相手にしか、最後まですることを好まなかった。 進藤が保管していた書類に入る前に、進藤自身の「真珠湾攻撃」について、1996年から99年にかけての私のインタビューをもとに再現しよう。 突然の転勤命令 昭和16年4月、新編された当時の赤城戦闘機隊搭乗員たち。中列中央・飛行隊長板谷茂少佐、その右・分隊長進藤三郎大尉。このメンバーのうち数人は、のちに第五航空戦隊に異動した 昭和14(1939)年、ドイツ軍がポーランドに��攻したことに端を発する欧州での大戦は、日本がドイツと軍事同盟を結んだことで、もはや対岸の火事とは言えなくなっていた。日米関係は悪化の一途をたどり、昭和16年7月28日、日本軍の南部仏印進駐を機に、アメリカは日本への石油輸出を全面的に禁止、イギリス、オランダもこれに同調する。世にいう「ABCD包囲網」である。 この制裁措置は、石油その他の工業物資の多くをアメリカからの輸入に依存してきた日本にとって、まさに死命を制するものだったった。米英蘭との戦争は、もはや不可避と考えられた。海軍も、極秘裏に開戦準備に入る。 航空母艦赤城、加賀の第一航空戦隊、蒼龍、飛龍の第二航空戦隊を主力に、第一航空艦隊(一航艦=司令長官・南雲忠一中将)が新たに編成されたのは、昭和16(1941)年4月のことである。一航艦は、空母と少数の駆逐艦だけで編成されたが、実戦に際しては、臨時に配属する速力の速い戦艦、巡洋艦、駆逐艦などを合わせ、これが世界初の試みとなる「機動部隊」として作戦に従事することになっていた。 進藤は、機動部隊の編成にともなう人事異動で、南雲中将の座乗する旗艦赤城の戦闘機分隊長に転勤を命ぜられた。進藤の直接の上官、赤城戦闘機隊の飛行隊長は板谷茂少佐である。 「支那事変での長く続いた戦地勤務で、私の体は疲れ切っていました。できれば今度は内地の練習航空隊の教官配置につけてもらえないかと思っていた矢先の転勤命令。空母乗組は“搭乗員の華”、誰もが羨む配置なんです���、正直なところ、はじめはうんざりしましたね」 と、進藤は振り返る。 猛訓練で体が悲鳴を上げていた 機動部隊の旗艦・空母赤城。巡洋戦艦を建造中に空母に改装。当時世界最大級の航空母艦だった 空母搭載の飛行機隊は、洋上訓練や出撃のとき以外は、陸上基地で訓練を行うのを常としていた。搭乗員が揃うと、赤城戦闘機隊は、鹿児島・鴨池基地を拠点に、飛行訓練を開始した。 まずは、搭乗員全員の零戦での慣熟飛行から始まり、着艦訓練の前段階として、母艦の飛行甲板を想定した、飛行場の限られた範囲に飛行機をピタリと着陸させる定着訓練が行われる。5月になると空戦、無線電話、着艦訓練と、訓練もより実戦的になり、空戦訓練は、1機対1機の単機空戦よりもチームワークを重視する編隊空戦に重点が置かれ、2機対3機、3機対6機の編隊同士の空戦訓練が、実戦さながらに行なわれた。吹流しを標的とする射撃訓練も、さかんに行われた。 9月に入ると空母翔鶴、瑞鶴からなる第五航空戦隊が新たに機動部隊に加わり、赤城の搭乗員の一部は五航戦に転勤する。進藤の回想。 「猛訓練が進むにつれ、疲労がどうしようもないほど蓄積してきました。体がだるく、食欲もない。8月には黄疸の症状も出始め、周囲から『君の目は黄色いじゃないか』と言われるほどでした。これはもう、海軍をクビになっても仕方がない、休暇療養を願い出ようと決心したんですが……」 ところが、そう決心した矢先の、進藤の記憶によれば10月1日頃、各航空戦隊の司令官、幕僚、空母の艦長、飛行長、飛行隊長クラスの幹部が、志布志湾に停泊中の赤城の参謀長室に集められ、ここで南雲中将より、「絶対他言無用」との前置きのもと、真珠湾攻撃計画が伝えられた。航空参謀・源田実中佐からは、この作戦に対応するための訓練を急ピッチで進める旨の指示もあった。 少佐の本音 揚子江上空を飛ぶ零戦一一型。進藤大尉が撮影した 「しまった。これを聞いたからには、休ませてくれとは言えないな」 と、進藤は観念したと言う。傍らにいた板谷少佐が、やや興奮の面持ちで、 「進藤君、こりゃ、しっかりやらんといかんな」 と、声をかけてきた。だが、解散が告げられ、基地に帰る内火艇に乗り込むときに、 「俺たちはただ命令通りに死力を尽くして戦うだけだが、その後始末はどうやってつけるつもりなのかな」 と、誰にともなくつぶやいた板谷少佐の言葉がいつまでも心に残った。こちらのほうが本音なんだろうな、と進藤は思った。 昭和16年10月には、戦闘機隊の訓練は仕上げの段階に入りつつあった。訓練項目に航法通信訓練が加えられ、コンパスと、波頭を目視して判断する風向、風力を頼りに長距離を飛ぶ三角航法、無線でモールス信号を受信する訓練などが行なわれた。高高度飛行の訓練も実施され、耐寒グリスを塗った20ミリ機銃による、高度8000メートルでの射撃訓練も行われた。一航戦では、18機対18機の大規模な空戦訓練も実施された。二航戦は9機対9機、五航戦は3機対3機までしかできなかったという。 11月に入ると、志布志湾に機動部隊の6隻の空母と飛行機が集められ、11月3日、南雲中将より機動部隊の各艦長にハワイ作戦実施が伝達された。その日の夜半、「特別集合訓練」が発動され、翌4日から3日間にわたって、全機全力をもって、佐伯湾を真珠湾に見立てた攻撃訓練が、作戦に定められた通りの手順で行なわれた。 〈十一月四日 「ハワイ」攻撃ヲ想定 第一次攻撃隊 〇七〇〇(注:午前7時)発進、第二次攻撃隊〇八三〇発進。十一月五日 第一次〇六〇〇、第二次〇七三〇。十一月六日〇五〇〇ヨリ訓練開始〉 と、進藤はメモに書き残している。11月6日には、戦闘機隊が半数ずつ、攻撃隊と邀撃(ようげき)隊の二手にわかれ、攻撃隊はいかに敵戦闘機の邀撃を排除して攻撃を成功させるか、邀撃隊はいかに攻撃隊を撃退するか、という訓練も行なわれた。激しい訓練で、攻撃隊の九九式艦上爆撃機のなかには不時着する機も出た。 特別集合訓練が終了すると、赤城、蒼龍は横須賀、加賀、飛龍は佐世保、翔鶴、瑞鶴は呉と、それぞれの母港に入って準備を行い、飛行機隊はふたたび、陸上基地に戻って訓練を続けた。このとき、戦闘機が洋上で単機になってしまった場合に備えて、無線帰投方位測定機(クルシー)を使っての帰投訓練が熊本放送局の電波を利用して実施されている。 覚悟を決めた日 第二次発進部隊制空隊(零戦)指揮官・進藤三郎大尉の命令書(軍機) 11月中旬には、各母艦は飛行機隊を収容し、可燃物、私物の陸揚げや兵器弾薬、食糧の最後の積み込みを終え、佐伯湾に集結した。 赤城が佐伯湾を出たのは、11月18日のことである。行動を隠匿するため、出航と同時に、各艦は厳重な無線封鎖を実施した。 空母6隻を主力とする機動部隊は北へ向かい、千島列島の択捉島(えとろふとう)単冠湾(ひとかっぷわん)に集結した。湾の西に見える単冠山は、すでに裾まで雪に覆われていた。11月24日、6隻の空母の全搭乗員が赤城に集められ、真珠湾の全景模型を前に、米軍の状況説明と作戦の打ち合わせが行われた。機動部隊の行動についてはもちろん、攻撃隊の編成や各隊ごとの無線周波数など、詳細な作戦計画が、すでにでき上がっていた。進藤が保管していた機密書類はこの日の日付から始まっている。 11月26日、機動部隊は単冠湾を抜錨、各艦、単冠山に向かって副砲、高角砲の試射を行った。凍てつく空気に、砲声が轟いた。艦隊はそのまま針路を東にとった。 「自信を持って戦いに臨める。しかし、今度こそは生きて帰れないだろうな」 と、進藤は、遠ざかってゆく雪の単冠山を見ながら、しばし物思いにふけった。 時化模様の航海が続いた。護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦、補給船、潜水艦など、総勢31隻もの艦隊を、隠密裏にハワイ北方までたどり着かせなければならない赤城艦上の機動部隊司令部は緊張の連続だった。 12月1日、機動部隊は日付変更線を越えた。機動部隊は日本時間で行動するので、時差で時間感覚がずれてくる。この日の御前会議で、日本は英米との開戦を決定する。 12月2日、「新高山ノボレ 一二〇八」 という暗号電報が、聯合艦隊司令部より届いた。これは、「X日(開戦日)を12月8日とす」という意味である。開戦は、12月8日午前零時と決まった。ただし、日米の��交交渉次第では、まだ作戦が中止になることもあり得る。しかし反転命令は出ず、矢はついに弦を放れた。 12月8日午前1時半(日本時間)。第一次発進部隊が次々と6隻の空母を発艦した。 第一次発進部隊は、零戦43機、九九艦爆51機、九七艦攻89機(うち雷撃隊40機、水平爆撃隊49機)、計183機で、総指揮官は淵田美津雄中佐である。第一次攻撃では、雷撃隊が二列に並んで停泊している米戦艦の外側の艦を攻撃、水平爆撃隊が上空より内側の艦を爆撃する。さらに艦爆隊は飛行場施設を爆撃することになっていた。 そこらじゅうで火柱が 九九式艦上爆撃機。急降下爆撃を行う 機動部隊の各母艦では、第一次の発艦後、すぐに第二次発進部隊の準備が始められた。 第二次は零戦36機、九九艦爆78機、九七艦攻(水平爆撃のみ)54機、計168機が発艦し、うち零戦1機と艦爆2機が故障で引き返している。こんどは、艦爆が第一次で撃ちもらした敵艦と飛行場を狙い、艦攻が敵飛行場を水平爆撃することになっていた。 赤城から発艦するのは、零戦9機と九九艦爆18機。2時13分、進藤の搭乗する零戦、A1(本来はローマ数字だが、機種依存文字のためアラビア数字で表記)‐102号機は、その先頭を切って発艦した。第二次発進部隊の総指揮官は瑞鶴艦攻隊の嶋崎重和少佐、進藤は、制空隊(零戦隊)全体の指揮官を務める。 「第一次の発進を見送ったときにはさすがに興奮しましたが、いざ自分が発進する段になると平常心に戻りました。真珠湾に向け進撃中、クルシーのスイッチを入れたら、ホノルル放送が聞こえてきた。陽気な音楽が流れていたのが突然止まって早口の英語でワイワイ言い出したから、これは第一次の連中やってるな、と奇襲成功を確信しました」 第一次に遅れること約1時間、真珠湾上空に差しかかると、湾内はすでに爆煙に覆われ、ものすごい火柱が上がっていた。心配した敵戦闘機の姿も見えない。空戦がなければ地上銃撃が零戦隊の主任務になる。進藤はバンクを振って(機体を左右に傾ける合図で)各隊ごとに散開し、それぞれの目標に向かうことを命じた。 「艦攻の水平爆撃が終わるのを待って、私は赤城の零戦9機を率いてヒッカム飛行場に銃撃に入りました。しかし、敵の対空砲火はものすごかったですね。飛行場は黒煙に覆われていましたが、風上に数機のB-17が確認でき、それを銃撃しました。高度を下げると、きな臭いにおいが鼻をつき、あまりの煙に戦果の確認も困難なほどでした。それで、銃撃を二撃で切り上げて、いったん上昇したんですが」 頭によぎった最悪のシナリオ 開戦を告げる昭和16年12月9日の新聞紙面 銃撃を続行しようにも、煙で目標が視認できず、味方同士の空中衝突の危険も懸念された。進藤は、あらかじめ最終的な戦果確認を命じられていたので、高度を1000メートル以下にまで下げ、単機でふたたび真珠湾上空に戻った。 「立ちのぼる黒煙の間から、上甲板まで海中に没したり、横転して赤腹を見せている敵艦が見えますが、海が浅いので、沈没したかどうかまでは判断できないもののほうが多い。それでも、噴き上がる炎や爆煙、次々に起こる誘爆のすさまじさを見れば、完膚なきまでにやっつけたことはまちがいなさそうだと思いました。胸がすくような喜びがふつふつと湧いてくる。 しかしそれと同時に、ここで枕を蹴飛ばしたのはいいが、目を覚ましたアメリカが、このまま黙って降参するわけがない、という思いも胸中をよぎります。私は昭和8年、少尉候補生のときの遠洋航海でアメリカに行き、そのケタ違いの国力と豊かさをまのあたりにしていますから、タダで済むはずがないことは容易に想像できる。これだけ派手に攻撃を仕掛けたら、もはや引き返すことはできまい。戦争は行くところまで行くだろう、そうなれば日本は…………負けることになるかもしれないと、このときふと考えました」 空襲を終えた攻撃隊、制空隊は、次々と母艦に帰投し、各指揮官が発着艦指揮所の前に搭乗員を集め、戦果を集計した。進藤は、赤城の艦爆隊と合流して帰還した。南雲中将が、わざわざ艦橋から飛行甲板上に下りてきて、「ご苦労だった」と進藤の手を握った。 ほどなく、最後まで真珠湾上空にとどまっていた総指揮官・淵田中佐の九七艦攻が帰艦する。大戦果の報に、艦内は沸き立った。しかし日本側にとって残念なことに、いるはずの敵空母は真珠湾に在泊していなかった。 艦上では、第三次発進部隊の準備が進められている。蒼龍の二航戦司令官・山口多聞少将からは、蒼龍、飛龍の発艦準備が完了したとの信号が送られてきた。しかし、南雲中将は、第三次発進部隊の発艦をとりやめ、日本への帰投針路をとることを命じた。 激しい戦闘の代償 日本機の空襲を受けるハワイ・真珠湾の米艦隊 「当然もう一度出撃するつもりで、戦闘配食のぼた餅を食いながら準備をしていましたが、中止になったと聞いて、正直ホッとしました。詰めが甘いな、とは思いましたが…………」 体調不良を押してここまできたが、ようやく任務が果たせた。緊張の糸が切れた進藤は、そのまま士官室の祝宴にも出ず、私室で寝込んでしまった。 真珠湾攻撃で日本側は、米戦艦4隻と標的艦1隻を撃沈したのをはじめ、戦艦4隻、その他13隻に大きな損害を与え、飛行機231機を撃墜、あるいは撃破するなどの戦果を挙げた。資料によって異なるが、米側の死者・行方不明者は2402名、負傷者1382名を数えた。いっぽう、日本側の損失は、飛行機29機(第一次9機、第二次20機。うち零戦9機、九九艦爆15機、九七艦攻5機)と特殊潜航艇5隻で、戦死者は64名(うち飛行機搭乗員55名。別に、12月9日���上空哨戒の零戦1機が着艦に失敗、搭乗員1名死亡)。米軍の激しい対空砲火を浴びて、要修理の飛行機は100機あまりにのぼった。 ――ちなみに、真珠湾攻撃当時、連合艦隊司令長官・山本五十六大将57歳、機動部隊指揮官・南雲忠一中将54歳、航空参謀・源田実中佐37歳、攻撃隊総指揮官・淵田美津雄中佐39歳、第二次発進部隊指揮官・島崎重和少佐33歳、雷撃隊指揮官・村田重治少佐32歳、第一次制空隊指揮官・板谷茂少佐32歳、第二次制空隊指揮官・進藤三郎大尉30歳、加賀戦闘機分隊長・志賀淑雄大尉27歳、そして昭和天皇40歳だった。 真珠湾攻撃の帰途、二航戦の蒼龍、飛龍は、ウェーク島攻略作戦に参加するため、本隊を離れた。残る赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴は、12月23日から24日にかけ瀬戸内海・柱島の泊地に投錨する。各艦の飛行機隊は、零戦隊は佐伯基地経由で岩国基地へ、艦爆、艦攻は鹿屋基地経由で宇佐基地へと向かい、ここでしばしの休養が与えられた。 進藤は、12月25日、岩国基地から呉海軍病院に直行し、軍医の診察を受けた。診断の結果は、「航空神経症兼『カタール性』黄疸」、二週間の加療が必要とのことで、そのまま入院することになった。十二月三十日付で赤城分隊長の職を解かれ、さしあたって任務のない「呉鎮守府附」の辞令が出る。この日から広島の生家での転地療養が認められ、進藤は、ひさびさに正月を両親と迎えることができた。 再び始まる苦しい戦い 昭和17年11月、進藤大尉がラバウルに向け出発���前、東京駅にて 「海鷲・進藤大尉」の帰郷は誰からともなく近所に伝わり、毎日のように真珠湾の話をねだりに客がやってくる。子供たちは、道で進藤の姿を認めると、憧憬のまなざしで、直立不動になって挙手の敬礼をした。 真珠湾攻撃から帰った進藤は、療養生活を送ること2ヵ月半、ようやく黄疸の症状もおさまり、昭和17(1942)年2月12日、〈大分海軍航空隊司令ノ命ヲ受ケ服務スベシ〉の辞令を受けて大分空に着任。四月一日、戦闘機搭乗員の訓練部隊として徳島海軍航空隊が新たに創設されると、その飛行隊長兼教官に補せられた。 最前線・ニューブリテン島ラバウルで作戦中の第五八二海軍航空隊飛行隊長兼分隊長への転勤辞令が出たのは、昭和17年11月8日のことである。処分しそびれていた真珠湾攻撃の軍機書類の保管を元海軍機関大佐の父に託してラバウルに向かう。五八二空に着任したとき、進藤は新たに部下となる隊員たちに、 「海軍戦闘機隊のモットーは編隊協同空戦だ。搭乗員が戦果を挙げる陰には、整備員や兵器員といった裏方の努力が不可欠である。けっして一人の手柄を立てようなどとは思わず、より長く、より強く、一致団結して戦い抜くように」 と訓示をした。そして、進藤の長く苦しい戦いがここから始まる。
1941年12月8日の「真珠湾攻撃」に「零戦35機」を率いて参加した当事者の「貴重な証言」(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
7 notes
·
View notes
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024年)11月25日
通巻第8521号
バカ息子の代表選手、あの薄瓜瓜が生きていた
エズラ・ボーゲル宅から“蒸発”12年、カナダの豪邸暮らし
*************************
元重慶特別市書紀、「胡錦濤の次」は習近平か、薄煕来といわれた。革命元勲・薄一波の息子、薄煕来は、夫人の谷開来がイギリス人を毒殺していなければ、習に代わって中国共産党書紀につき、トップに君臨していたかもしれない。ともに「紅二代」であって、通った幼稚園も学校も同じだった。習は薄を頼もしい兄貴と慕っていた。
薄煕来の次男で ハーバード大學留学中だった薄瓜瓜はボストンで24時間警備、プール付きの豪華マンションに暮らしていた。
石油成金の息子のようにフェラーリを乗り回して、女の出入りも多く、プレイボーイとしてもしれられた。だが、「ぼんくら学生」でもなく弁護士資格試験にも合格していた。
2012年、薄煕来の用心棒兼重慶市公安部長の王立軍が女装して成都のアメリカ大使館へ逃げ込んだ。この事件が薄失脚に繋がった。
薄夫人の谷開来が息子の家庭教師で英名門ハロースクールへの入学を斡旋したイギリス人を何かの利害関係のもつれからか、森の中のホテルに呼び出した毒殺したことがばれて、2013年、二人とも終身刑となった。薄煕来は北京郊外の秦城刑務所、谷開来は燕城刑務所にいる。
さて豪遊の限りを尽くして派手な生活を送っていた薄瓜瓜は、両親の逮捕、拘束、裁判に報道陣が殺到したため雲隠れ、後に判明したのは親中派学者エズラ・ボーゲルの家に匿われていた。その後、杳として行方知れずになった。
異母兄は秦城監獄に父親を面会に行っているが、瓜瓜は両親の面会にも行かず、そもそも中国には一度も帰国していない。大金の持ち出しなどを問われて拘束される恐れがあったからだろう。
2024年十月、薄瓜瓜は極秘に台湾入りしていた。台湾人女性の許恵瑜と結婚し、台湾の近親者を集めての披露宴出席のためである。華燭式場は新竹の森の中の迎賓館で行われ、南国文民ホテルで親戚があつまったとされる。許夫人は羅東博愛病医院院長の娘で、カナダ留学中に恋仲となった。
中国の著名人の息子が、台湾入りし、しかも台湾人女性と結婚するという珍事は孫文の孫・周令飛以来である。台湾メディアが連日報道合戦を繰り広げたが、薄瓜瓜を撮影出来なかった。
薄瓜瓜はカナダのパワーコ-ポレーションにマネジャーとして勤務し、トロントに豪邸を構えていると噂されるが真実は何も分かっていない。
パワーコ-ポレーションは1925年創業の金融コングロマリットで、ファンド、生命保険、持ち株会社、企業のM&A斡旋など手広く営業し、上場企業としても老舗、ただし役員会名簿に薄瓜瓜の名前はリストアップされていない。
なぞは薄瓜瓜が不法ルートで巨額をもちだしことは明らかだが、豪邸を購入する資金や、その手続きをどうしたのか。裏では習近平との繋がりがあるのか、どうか。中国奥の院の闇は、しかし解明されることはないだろう。
▼中国トップの農夫山泉CEOがTEMUを酷評した
共産党幹部との繋がりが希薄な中国の企業家はときに災難が降りかかる。アリババの馬雲は「中国にはシステムがない」と放言して以来、金融子会社アントの上場は延期され、言いがかりをつけられて天文学的な罰金を支払わされ、ついには中国に居づらくなった海外を放浪している。
かれは世界的有名人だから、この程度で済んでいる。
民間人で共産党批判するとどうなるか。
中国ビリオネアの筆頭、農夫山泉のCEOは、講演会でTEMUを批判し、その安売りで国内産業は打撃を受けている。「こんな状態に陥った原因は共産党だ」とした。聞いていた人はひやりとなった。
中国の長者番付は四半期ごとに入れ替わる。株価の時価総額がランキングの基本だから株価乱高下に左右されるのだが、この速度の早さは日本とはると際立って異なる特質だ。
日本は1300年続く金剛組を筆頭に300年以上続く老舗は数百、いや数千? 中国で150年続いている老舗は五社ほどしかない。そのうえ日本の企業風土はトップも従業員も同じ釜の飯を食べるファミリーの感覚だからCEOが従業員平均給与の百倍とかの報酬を取ったりはしない。この点ではアメリカと中国は同根である。
十月にミネラルウォーターの「農夫山泉」(CEOは鐘淡淡)を抜いてトップに躍り出たのはTIKTOKの親会社「バイトダンス」の共同創業者、張一鳴だ。
「2024年『胡潤』中国長者番付」で首位となった。かれの資産���493億ドル(『胡潤』は中国のフォーブスのような雑誌)。バイトダンスの23年度の収益は30%増加し1100億ドルに達した。
バイトダンスは、中国で人気のニュースアプリ「今日頭条」と、中国におけるTikTokの姉妹アプリ「Douyin」も所有している。
7 notes
·
View notes
Text
五月にみたもの覚え書き
世がゴールデンウィークだからといって別に休みでもないのは毎年のことなのだけれども、なんもせんのもなんなのでなにかしらやることにしている。今年は東洋美術史をざっくり勉強する、と決めて、4月の末に武蔵野��大出版局の『東洋美術史』を買ってきた。ゴールデンウィーク中に通読することを目標にしていたものの、すっとろくて半分もいかず、五月も終わろうかという頃にようやっと読み終わった。ついでなのでずっと積んでいた美術出版社の『東洋美術史』も併読して、こちらも完走した。
で、先日、用があって神戸に帰省した。ついでなので奈良に寄ったりして、あれこれ見てきた。その覚え書き。
大和文華館にはずっと行き���いと思っていたのだけれどもなかなか機会がなく、あっても逃し、行きたいな行きたいなと思っているうちに十年くらい経っていた。行けてうれしい。老若男女がバランスよくおり、そのどの層も、出されているものを信頼してじっくり見ているかんじがあってよかった。健全な集中力が展示室内をひたひたにしている。
静かな衝撃だったのが北魏の石造二仏並坐像で、字の通り、仏と仏が並んで坐っている。こういう形式の仏像をはじめて見た。ほんのわずかに顔がお互いの方に傾いている。小ささも相俟って、閉じた、親密なかんじがする。とてもいい。
青花双魚文大皿。二匹の魚のまわりに水草を二種描いている。一種は金魚藻みたいな形のやつで、もう一種は一枚一枚の葉の長いもの。前者が星を散らしたみたいな効果を出しているのに対し、後者はストロークの長い有機的な曲線が水の流れを感じさせるような効果を出していて、この取り合わせの妙がいい。外側は陸の植物複数種が切れ目なくぐるりと囲む(四季の花を組み合わせることで永続性を象徴させているらしい)。魚は、描かれている見込みの面積からすると小さめなのだけれども、背びれをグッと立てて全開にし、胸を張っるようにして頭のほうを起こし、口をギュッと結んで、上げた顎ごしに下を睨みつけるような、気合の入った顔をしている。でも小さい。小さい体に大きいガッツというかんじがして、いい。真横から描かれているが、胸びれも腹びれも左右両方が見えるようにズラしてあり、それが動きと若干の立体感を感じさせて、イキイキして見える。「魚」は中国語の発音がと「余」と音が同じなので縁起がいい、ということらしいけれども、たとえ縁起が最悪だったとしてもぜひ見たい、いい絵。
『大和文華館所蔵品目録』として矢代幸雄直筆の書類が展示されていた。使われている紙が大和文華館仕様の原稿用紙なのだけれど、これがとても素晴らしくて、上部に広くスペースが設けられているので図なり註なりをたっぷり書き(描き)込める。一枚あたりがA5くらいの縦長で、ふつうの原稿用紙のハーフサイズ(だから200��?)になっている。もしやミュージアムショップに売ってやしないかと覗いてみたけども、なかった。売るべきだと思う。売ってください。
国宝展開催中の奈良国博は噂に違わぬ大混雑。奈良国博が、というより奈良がもう全体的に大混雑で、鹿にしても飽食状態なんかして人間に対する関心がやや薄く、煎餅差し出されても「まあそんなに言うんやったらもらってやってもいい」くらいの反応でしかない。しんどいので、見たかったやつだけじっくり見た。
百済観音は細身な印象が強いが、腕は案外太い。肩の丸みがそのまま腕の太さになって、そのまま肘までおりるかんじ。本体のS字のシルエットに共振するように、装飾の曲線がつく(耳飾りと袖)。全身のシルエットそれ自体が蝋燭の灯のようにも見える。
宝菩提院願徳寺菩薩半跏像。ウナギの群れのごときぐりゅんぐりゅんの衣文がすごい。衣自体にはほとんど嵩がなくて、濡れた布が体にまとわりついているようでもある。滝を描いた山水画をなんとなく彷彿とさせる。菩薩の体を源として、なにかが激しく流れ落ちているかんじがする。この作品を取り囲む人だかりからおじさまがひとり、「ピカイチやな……」と呟きながら出てきた。ほんまやね。
中宮寺菩薩半跏像。この一軀のために一室設けられている。白い空間の真ん中に、黒い仏像が置かれている。シルエットの簡潔さが際立つ。パッと見は安らいだ表情のようにも思えるのだが、単眼鏡で眺めてみると小鼻の上あたりの肉にやや緊張したかんじがあり、差し迫った表情のようでもある。左目の下に筋状に漆の乱れがあるようで、これが涙の跡ようにも見える(同展出品の法隆寺地蔵菩薩立像の左目下にも筋みたいなものを見つけたけどなんなんだろう)。肘の位置が左右でけっこう違うが、肩は水平で、前後にもずれない。後ろ姿がいい(今回の展示では360°どこからでも見ることができる。一生分見とくつもりで、長いこと真後ろに立ってボーっと眺めていた)。肩甲骨などの凹凸は彫り出されず、中央の溝だけが一本、すばらしい微妙さで彫られていて、背中のなめらかな曲面の連なりをつないでいる。やや前側にかがみこむような姿勢なので背中がわずかに丸まっていて、そのことによって高い集中力を感じさせる。尻は体重で潰れることなく、高さを保ったまま小ぶりに締まる。それで腰の位置が高く見え、上半身に若干浮遊感が生まれているように思う。
神戸にいる間に空いた時間で白鶴美術館にも行ってきた。ここは春季と秋季だけ開館していて、対する私は夏と年末年始��らいしか帰省しないので、行きたいな行きたいなと思っているうちに十年くらい経っていた。行けてうれしい。阪急御影から山側に十数分くらい歩いたところにある。
おもに本館一階の展示室の古代中国の青銅器をじっくりみた。図版で見るといかにもいかめしいかんじがあって、近寄りがたく思っていたのだが、実物を見ると案外まろやかな印象を受ける。表面がなめらかな部分なんかは翡翠みたいに見える。単眼鏡で細部を観察するのがとても楽しい。饕餮夔龍文方卣は特にのびのびとしたかんじがあって、把手のつけ根のひょうきんな顔(キリンのツノみたいなのが生えている。顎がしゃくれていて、ちょっと口角が上がって見える)とか、フタの持ち手の犬の顔がついた鳥みたいな造形とか、見ていて飽きない。象頭兕觥は字の通り象の頭が象られていて、おもしろい。
西周時代の車馬具のなかに「節約」という名称のパーツがあっておもしろかった。綱紐をつなげるのに使う、K字状のもの。
金象嵌渦雲文敦は足とフタのついた球形の青銅器で、器形がまずたいへん愛おしい。三本足(動物の足のような形。こどもの虎のみたいなかんじ。かわいい)に二つの把手(虎?の顔)がついていて、顔に正面から向きあうようにして見ると足の一方が近く、もう一方が離れて見えることになり、そこにリズムが生まれている。なおフタには環が三つついていて、今回は足の位置に揃えて置かれていたけれども、ズラしてみるとまた違うリズムが生まれそうで、妄想していると楽しい。この環というのがやや外向きに開くように配置されていて、その点でも大らかさというか開放感みたいなものが感じられ、好きにさせられてしまう。
二階は漢から唐ぐらいまでの金工作品が出ていた。
鍍金花鳥文銀製八曲長杯は八辨の花形を横に引き伸ばしたような変わった形をした器で、杯というには浅いようにも思えるけれども、皿というには深さがある。外側側面は、銀色の地の上に金色の植物と鳥の文様がたっぷり詰めこまれている。他にも唐代の小品がいくつも出ていたけれども、いずれもたいそう趣味がよくて、なんという時代であろうかと思った。自分が遣唐使だったらたぶん、船に積む品物が選べなくて泣いちゃう。
二階の展示室の端っこの小さい区画(昔は貴賓室だったらしい)が次の展示の予告のコーナーということになっていて、出品予定の南宋と明のやきものが出ていた。次は陶磁器の名品展的なことをやるらしい。自前のコレクションであれこれ展示を組み立てて回していけるからこそできることなんだろうなと思う。賢い。
新館ではコーカサスの絨毯をみた。閉館間際であんまりゆっくりはできなかったのだけれども、眼��だった。V字型の鳥がたくさん織り出されたカザック絨毯が特によかった。絨毯の真ん中の淡い緑色の菱形の区画に、クリーム色、黄土色、朱色、こげ茶色の鳥がわんさかいる。絨毯の縁の枠の部分にもちらほらいる。
帰りは住吉川沿いを少し歩いた。それからどういう道を通ったのかあんまり覚えてないのだけど、途中に時間が止まったような小さい公園を見つけた。一度は通りすぎたものの、やっぱり気になったので引き返し、写真を撮った。近くのどこかの部屋からピアノの音が聞こえていて、同じフレーズがつたない指で繰り返し練習されているようだった。

2 notes
·
View notes
Text
★2024年読書感想まとめ
2024年に読んでおもしろかった本の感想集です。寝て起きると昨日のすべてを忘れてる……っつう繰り返しで日々一切が過ぎていくので、一年の記録をひとつにまとめとくのもいいかなと。以下ざっくばらんに順不同で。ちなみにNot 新刊、ほんとにただ読んだものの感想です。
◆◆小説���◆
●アンナ・カヴァン『氷』(山田和子訳・ちくま文庫) 巨大な”氷”の進行によって全世界が滅亡の危機にさらされるなか、男はヒロインたる”少女”をどこまでも追い求める……。もっとゴリッゴリにスタイルに凝った幻想文学かと思って足踏みしてたのですが、こんなに動き動きの小説とは。意外なほど読みやすかったです。唐突に主人公の夢想(?)が挿入される語り口も最初は面食らったけどすぐに慣れたし。内容はウーン、暴力まみれの病みに病んだ恋愛小説という感じ? 構成の一貫性とかは疑問だったりしたんだけどそのへんはどうでもよく。後半尻上がりに面白くなっていくし色々吹っ飛ばす魅力があってかなり好きでした。 それと解説に書いてあった「スリップストリーム文学」というのがすなわち自分の読みたい小説群だなーという嬉しい発見もあり。つってもジャンル横断的な定義���から、該当するものを自分で探すのはムズいけどね。
●スタニスワフ・レム『惑星ソラリス』(沼野充義訳・ハヤカワ文庫) 何年も謎に包まれたままの海洋惑星に降り立った主人公が遭遇する怪現象の正体とは?……っていう超有名なSF。「実はこの海は生き物なんじゃね?」がオチだったらどうしよう……と思ってたけど杞憂、それは出発点に過ぎませんでした。途中に挟まる惑星ソラリスの(仮想)探険史の部分がすごく面白い。あとはこの小説のまとめ方はちょっと神がかってると思う……。自分はSFは全然明るくなく、ちょっと異様な感触みたいなものを求めてたまーに手に取るぐらいなのですが、その点この本はほんとにセンス・オブ・ワンダーを味わわせてくれて良かった……。SFオールタイムベスト1とかになるのもむべなるかなぁと。
●庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』(新潮文庫) 東大紛争終息直後の1969年を舞台に、あれこれ思い悩む男子高校生の一日を描いた中編。自意識過剰気味の饒舌な一人称文体が特徴で、すごくユーモラスだけど主人公がかなりナヨナヨした人物にも見える……。でもその中から、外界の強烈な変化に対してありのままで居られない精神の揺れみたいなものが浮かび上がってくるところがおもしろくて、確かに青春小説の名作かも……と思いました。 リアルタイムにはどうだったか知らんけど、今の眼で見るといわゆる”1968年”以降の状況とか、70年代カウンターカルチャー的な空気の”乱暴さ”に対する、一見弱々しいけど切実な返歌って感じもしました。 もっとも読み終えてから、この小説をあえて政治的な色で塗るならいわゆる”保守反動”的な感性に分類されるのかなぁとかはちょっと思ったけど。しかし、リベラルにあらざれば人にあらずみたいな価値観こそ断然間違ってるしなぁなどと、ひとりで勝手に問答したりもしました(笑)。それに現実的にはそんな二分法で単純に分けられるもんでもないだろうし。なんとなく「その時代の作品」という感じなのかと思ってたけど、今読んでも全然おもしろかったです。
●フランツ・カフカ『審判』(池内紀訳・白水uブックス) 理由も分からないまま突然逮捕された主人公が、裁判の被告の立場にずーーーっと留め置かれるっていうお話。何ひとつ確かでないものに延々振り回され続ける理不尽が、ときに笑っちゃうほど面白く、逆に陰惨すぎるくだりもあったりして、総じて非常に好みでした。バカバカしいけどブラック��不条理ユーモア小説? カフカって自分が漠然と抱いてたイメージよりもずっと大胆で、わりとアホなことをあっけらかんと書いたりもするのねーという発見がありました。このお話には裁判的なものの外枠と手続きのみがあって、そこに「法」はないのでは? というふうに読んでたのですが……。終盤の「大聖堂にて」っていう章が凄かったです。
●スコット・フィツジェラルド『グレート・ギャツビー』(野崎孝訳・新潮文庫) ニューヨーク郊外に暮らすギャツビーという名の大富豪の生き方を、たまたま隣に住んだ青年が垣間見る、みたいなお話。ストーリーそのものはわりとベタだと思うんですけど、それを語る会話パートの書き方の巧さと、ドラマの合間の地の文が醸し出すほどよい叙情性がすばらしい。純粋ゆえの虚飾、虚飾ゆえの純粋さみたいな、テーマの核心部分にもちょっと飛躍があって面白いなーと。この短さの中に、アメリカっていう国の一断面をパチリと切り取ってる感じがするのもまた。ひとことで言うと絶品でした。英語圏小説のランキング上位に入ってるのもむべなるかなぁと。
●三島由紀夫『仮面の告白』(新潮文庫) この人の長編はあんま肌に合わないかも……と思って敬遠してたのですが、初めて好きなものに出会えました。言わずと知れた一発目の代表作。同性にしか欲望を抱けない青年の葛藤を、韜晦まみれの絢爛たる文章で綴った青春小説。個人的には、いわゆる”ふつう”でない自分を露悪的に飾り立てるような自己陶酔を振りまきながら、でもそれは”ふつう”でない自分を守るための防御姿勢にすぎなくて、結局は苦々しい現実と向き合わざるを得ない……みたいな話として受け取りました。読み方合ってるのか分からんけど。前半が下地で、後半がその実践編(あるべきとされる自分との葛藤編)なのかな。特に後半のなんとも言えないみずみずしさとその帰結がよかったです。
●横溝正史『獄門島』(角川文庫) 初・横溝。瀬戸内海の小島で巻き起こる猟奇連続殺人事件に金田一耕介が挑む。事件の過程はわりとふつう……と思いながら読んでいきましたが結局かなりおもしろかったです。振り返ると1から10まで本格ミステリじゃなきゃ成立しないような物語だったなと思って。国内ミステリーベスト1になるのもむべなるかなぁと。
●筒井康隆『敵』(新潮文庫) 折り目正しく”余生”を送っている渡辺儀助の生活風景を描いた老境小説。章題が「朝食」「友人」「物置」などとなっていて、各章ではそのカテゴリーごとに儀助の暮らしが掘り下げられていき、その積み重なりから彼の老境が浮かび上がってくる、みたいな趣向。特に食生活に関する記述が多いのですが、自分がほとんど興味ないのもあって前半は正直重く……。しかし地盤が固まり「役者」が揃ってからの中盤以降がけっこう楽しく、終盤は圧巻! けっきょく御大はすごかった……。 的を射てるかは分からないけど、小説の語り口的にもかなりおもしろいことをやってるような。老主人公の生活が章ごとにあらゆる角度から掘り下げられていきますが、そこで語られてるのは「ここ数年の彼の生活のディティール」っていうフワッとした塊としての時間であって、実は小説内では「敵」関連以外ではほぼ全く時間が流れてないように思います。A→B→……→Zみたいに、出来事同士を順番につないでいくことでドラマを進行させていくのとは全然違う手法で物語を語っていて、しかもそれにかなーり成功しているような。もちろん類例はあるんでしょうけど、個人的にはとても新鮮な小説でした。
★★★総合しますと、いわゆる名作と言われてるものって確かによく出来たものが多い……っつうめっちゃくちゃふつうのことを思わされた年でした。というか単純に数を読めてないのよなぁ。
◆◆その他の本◆◆
●『石垣りん詩集』(ハルキ文庫) 石垣りんのテーマは、貧しさ、労働、生活の苦しみ、”女性”性、戦争、戦後の日本、生きること、殺すこと、食べること、それらもろもろに否応なく内在する「ここにあることの残酷さ」みたいなものかなと思いました。そうした感情を、ゴロッとした異物感のある黒いユーモアで表現している詩が自分は好き。婉曲的に表現された切実な慟哭という感じもします。特に「その夜」っていう、入院中の書き手が人生の孤独と疲労を歌う作品が凄かった……。こんなん泣いちゃうよ。 「詩」というジャンルに依然として親しめてないので、定期的に読んでいきたい。
●柳下毅一郎『興行師たちの映画史-エクスプロイテーション・フィルム全史-新装版』(青土社) エクスプロイテーション=「搾取」。リュミエールやメリエスといった黎明期の作り手にとって、映画は緻密に作り込む「作品」ではなく興行のための「見せ物」に過ぎなかった――というところから説き起こして、観客の下世話な関心を狙って作られた早撮り・低予算・儲け第一主義映画の歴史をたどった本です。 取り上げられてるのはエキゾチズム(物珍しい異国の風景)、フェイク・ドキュメンタリー、魔術&奇術、畸形、セックス、特定人種向け映画、画面外ギミック映画などなど。現代の一般的な価値観や、映画=「それ単体で完結した(芸術)作品」みたいに捉えるとどうなのよ? ってものばかりなのですが、あの手この手でお客の関心をかき立て、乏しい小遣いを搾り取ろうとする映像作家たちの商魂たくましい姿が垣間見られる楽しい本でした。 見せ物小屋的映画論というのはある意味もっとも俗悪でいかがわしい映画論だと思うんだけど、確かにそれって実写映画のもっとも本質的な部分ではあるかも、という気がしてしまう……。個人的には、画面外のギミックで客を呼び込んだウィリアム・キャッスルの非・純粋なる邪道映画のパートが特に楽しかったです。一点だけ、エクスプロイテーションという概念設定はちょっと範囲が広すぎるような気はしないでもなかったかなぁ。でもこれを元に、観られるものをちょこちょこ観ていきたい所存。
●氷室冴子『新版 いっぱしの女』(ちくま文庫) 『海がきこえる』などの少女小説で有名な作者が、ふだん思ったことを自由に書き綴ったエッセイ集という感じでしょうか。一見柔らかいけどその実めっちゃ鋭い切り口と、それを表現するしなやか~な筆運びに痺れました。1992年に出た本だけど、新版が出てる通り読み物として全然古びてないと思う。おすすめです。
●『精選女性随筆集 倉橋由美子』(小池真理子選・文春文庫) この方のシニカルさと毒気がもともと好き、というのはあったのですが、とても良かったです。それでも最初のほうはあまりに歯に衣着せぬ攻撃性がなかなか……と思ったりもしたけど、中盤の文学論、特に大江健三郎、坂口安吾、三島由紀夫に触れたエッセイがなんともよくて。”内容はともかく独自の語り口を練り上げた文体作家として大江を読んでる”みたいなことを確か書いてたりして、言ってることが面白い。積んでる小説作品も読も~という気になりました。
●吉田裕『バタイユ 聖なるものから現在へ』(名古屋大学出版会) すんごい時間かかったけどなんとか読めた本。フランスの怪しく魅力的な思想家、ジョルジュ・バタイユの思想を、彼自身の記述を中心に先行テキストや時代背景なども織り交ぜて分析し、一本の流れにまとめた総論本。〈禁止と違反〉とか〈聖なるもの〉とか、彼の提出したテーマが結局面白いというのがひとつと、それらを論じていく手つきの周到さ・丹念さがすごい。特に日記や著書のはしばしの記述から、バタイユが影響を受けた先人の哲学(へーゲル、ニーチェ、マルクスとか)や同時代の思想潮流(シュルレアリスム、コミュニズム、実存主義とか)の痕跡を読み取り、そこから彼自身のテーマの形成過程を立体化していくあたりは本当に息詰まるおもしろさ。重量級の本でしたがめっちゃよかったです。もっとも自分は肝心のバタイユ自身の本を『眼球譚』しか読んでないので、現状この本のイメージしか持ててないというのはあるんだけど。とりあえず『内的体験』と『エロティシズム』だけはどうにか読んでみるつもり。
◆◆マンガ◆◆
●ジョージ秋山『捨てがたき人々』(上下、幻冬舎文庫) いろんな意味で深ーい鬱屈を抱えた狸穴勇介(まみあなーゆうすけ)という青年が、新興宗教の信者である岡辺京子という若い女性と出会ったことで始まる物語。性欲と金銭欲を筆頭に、あらゆる現世の欲望にまみれた救われぬ衆生たちの下世話で深刻な人間絵巻、とい��た感じでしょうか。ふつうに考えるとまぁそこまではいかんやろ……という境界を軽々と乗り越えてくる常軌を逸した展開がすごい。それと人間っつうのはホントにどうしようもない生き物だね~という気持ちにもさせられます。学生のときに買ったんだけど当時はつまらなくて挫折、自分にとってはあまりに読むのに早すぎたんだな……と今にして思いました。最序盤の伏線とかをきれいに回収し切ってはいないんだけど、この際そのへんはどうでもいいかなと。ここまで徹底的な方向へ流れていくならもう何も言えねえわ……って感じの終盤もすばらしい。 これが2024年に読んだものの中で一番面白かったです。
●小骨トモ『神様お願い』(webアクション)、『それでも天使のままで』(アクションコミックス) 両方とも短編集。子供のころや学生時代のイヤ~~~~~~~な記憶、それもおもに自分の弱さや性欲といった、一番目を向けたくない部分がどんどん脳裏によみがえってくる、えげつないけど得難いマンガでした。10代なんてまだまだ若いし人生これから! っていうのも本当だけど、それと同時に人生自体はとっくの昔に始まってて、けっこう多くのことは取り返しがつかないし人間の根っこの部分は歳食ってもそうそう変わりはしないっていう、しんどすぎるけど(自分にとっては)大切なことを思い出させてくれたところが何ともありがたかった……。お話の展開も総じてすんごいテクニカルな気がします。 それでも新刊の『天使』のほうが、『神様』よりほんのちょっとだけ優しさを感じる部分は多いかしら。
●吉田秋生『カリフォルニア物語』(全4巻、小学館文庫) 自分はおそらく作り手への愛とか感謝の念にはめっぽう乏しいほうで、何でも作品単体で眺めて、あーでもないこーでもない、ワンワンギャンギャン吠え猛ってしまう人間なのですが、吉田秋生だけは例外。何でも好き。丸ごと好き。読めるだけで幸せ。どのへんが琴線に触れてるのか正直自分でも分からないのですが、気になる部分があっても好きがそれを上回ってしまう気持ちというのは幸せだなーと思ったりします。 これは最初の代表作に当たるのかな。ニューヨークを舞台に行き場のない若者たちを描いた群像劇。彼女の描く、イタミやすい少年少女が自分は好き……。舞台はニューヨーク���のに題名がこれなのもスマートでイカしてる。 もっともファンみたいに書いたけど、実は『BANANA FISH』と『海街diary』っつう一番大きいふたつをまだ読んでません。買ってはあるんだけどなんかもったいなくて……。でも2025年中には読もうかな。
●高橋しん『最終兵器彼女』(全9巻、ビッグコミックス) 部屋の片隅に長ら~く積んである『セカイ系とは何か』をいよいよ読むべく、『イリヤ』ともども手元に揃えてやっと読了。結果、あらゆる方向に尖りまくった傑作じゃん! と思いました。世界の崩壊に対して主人公2人の恋愛という、圧倒的に超無力なモノを対峙させ、理屈ではなくエモーショナルの奔流として無理矢理! 成立させた名作という感じ。まぁこの2人にほとんど感情移入できないほど自分が歳取っちまってることは悲しみでしたが、いい意味でのぶっ壊れっぷりが面白く。 それと自分はこれを読みながら、たまたま以前読んでいた米澤穂信の某初期長編を思い出したり。世界は刻々と変化しているのに自分たちは無力な青春の中で何もできないでいる、みたいなこの感じって90年代から00年代の日本独自の感覚なんでしょうかね……。ちなみに『イリヤ』はまだ1巻しか倒してませんが読みます。今年中にはきっと読みます。読み切ることになっています。
●梶本レイカ『悪魔を憐れむ歌⑤』 4巻までで連載が打ち切りになってしまったマンガを、作者ご自身が5巻を自費出版して完結させた作品、だと思います。 舞台はさまざまな腐敗に揺れる北海道警察管区。人間の四肢を逆向きに曲げて殺害する、「箱折犯」と呼ばれる過去の猟奇殺人が突如再開され、そこからふたりの男のウロボロスめいた運命の輪がまわり始める……。 出版形態のためかは分からないですけど、最終5巻はこれまで以上に描写のタガが外れてる感じで、それがすごい楽しかったです。1巻の出だしからはこんなとこまでフッ飛んでくる話だとは思わなかった……。それでいて猟奇殺人ミステリーとしてもなるほどーと思うところもあって。この方はすごい前に『コオリオニ』っていうマンガも読んだのですが、主要キャラクターをとつぜん突っ放す感じがこわい。けど面白い。お疲れさまでした。
◆◆補足◆◆
・安部公房もちょろちょろ読んだり。今のところは、異常どころかめっちゃ理知的なアイデア作家という印象なんだけどこれが覆ることがあるやいなや。 ・『めくらやなぎと眠る女』というアニメ映画の予習をするついでに村上春樹の短編もちょこっと。ファンには超怒られそうですが、彼の小説って���スタ茹でたりジャズを聴いたり昔の恋愛とか人間関係の失敗を感傷的に懐かしんだりといった、ザ・村上春樹なことをやってるときは…………なんだけど、その先で訳分からんことになる話がたまにあってそれがめっちゃ面白かったです。現状読んだものだと「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、「納屋を焼く」が最高でした。できれば全作読んでみたい。 ・フランク・ハーバートの『デューン』シリーズも2個目まで。SFファンタジーの大家というイメージで読んだらメインで使う語り口(作劇法?)が超・会話劇なのが意外でした。
★★★これを書いている2025年1月現在はドスト先生の『悪霊』を読んでいます。が、全体の十分の一すぎてもまだ若者世代の話に入らないので投げ出しそう……。シニカル成分100%の語り口はけっこう好みなのですが。前に読んだ『罪と罰』と比べても視点が格段にいじわるな気がして、これを書いてたときの作者の精神状態やいかに? 2025年はもうちょい数をこなせたらいいなと思っています。ではー。
4 notes
·
View notes
Text
プロフィール
名前:カナリヤ響子
生年月日:1976.5.20
血液型:O型
住んでいるところ:京都
2003年7月に「カナリヤ響子」として、ネット上で音楽活動を開始。当初は簡易的なHPを作り、アマチュア向けの無料の音楽配信サイトでカバー曲やオリジナル曲のデモを配信していました。
HPではブログを更新し、日々の出来事を綴るだけではなく、さまざまな考察や考え方を執筆。
少しずつライブ活動も始め、関西を中心に三重や広島、関東でも歌わせていただきました。
ネット上ではAppleMusicやSpotifyなどの有料音楽配信サービスにて、オリジナル曲、カバー曲、コラボ曲の完成版をリリース。
そのほか、当時流行っていた着うたも配信し、ダウンロードランキング5位以内(アマチュア部門)、ヤマハの音楽配信サイトの有料配信では、数曲がランキング3位以内にランクイン、トップページでのおすすめアーティスト紹介に掲載など、多くの方々に応援していただきました。
約18年近く、AppleMusicやSpotifyなどのサブスク音楽配信サービスにて多くの方々に全曲を聴いていただきましたが、音楽配信代行会社(会社がなくなりました)を変更するため、2023年10月に全曲を引き下げました。
今後の配信はどのようにしていくか、現在考え中です。
2024年夏ごろから、いくつかのカラオケ配信サイトで歌声をサンプル的に公開しました。
ポケカラ(私の投稿ページ)
nana(私の投稿ページ)
Smule(私の投稿ページ)
あと数曲を公開してから、弾き語りにチェンジしたいと考えています。
そこから、少しずつオリジナルも作っていけたらなと思っているところです。
それとは別に、ホームページ開設とともにコンテンツの1つとして更新していたブログがきっかけで、Webライティングに興味を持つようになり、2012年12月頃からWebライターとして活動。
代表的なクラウドソーシングで広く知られるランサーズやクラウドワークスにウェブライターとして登録をして、多数クライアントと取引させていただきました。
2023年12月までの執筆記事数は、約5700記事(1記事5000文字で換算)。
執筆記事のほとんどは「Google検索上位表示対策を目的」としたSEO記事。
雑誌などの紙媒体ではなく、オウンドメディアなどのウェブ媒体の記事執筆のみ行っておりました。
また、作業の中ではライティング業務のみならず、WordPress入稿業務や表作成、文字装飾、画像編集、取材、写真撮影などもこなせるようになりました。
2024年には、Webライターさんを管理するディレクター側の仕事もしておりましたが、なんとなく仕事を変えてみたくなって、現在はライターとは無関係の仕事をしております。
勤務時間以外に少しだけWebライターの仕事をしたり、英語の勉強(英文でブログを書きたいから)をしたり、新たにライティングの勉強をしたり、新しいブログ開設のための準備をしています。
2013年頃からは、カメラにも興味をもち、いくつかのフォトコンテストで2位や特別賞に選んでいただきました。
今後のブログでも、これまで通り、写真の投稿を頻繁にすると思います。Instagramも同様です。
幼い頃は、のど自慢あらしで、テレビのカラオケ大会やラジオなどにも出演しておりました。地方大会、全国大会などいろいろありましたが、98%の確率で何らかの賞をいただいておりました。
昭和の名曲を手掛けられた有名な作詞家、作曲家様に審査や指導をしていただいたり、芸能関係の方々と関わったりでき、非常に刺激的な幼少期を送っておりました。
もともとは絵を描くのも好きですし、漫画を描いていたのもありまして、ストーリーを考えたりするのも好きです。
また、これまで引っ越しがかなり多い鳥で、、、いろんな街で暮らしてきたこともあり、その街の空気を感じながらゆるく歴史をたどったり、スポットやお店を探し、記事にするのが好きです。
これからも、多分いろんな街で暮らすかもしれません。これまで暮らしたことのある場所を一覧します。
富山県高岡市(0歳〜)
大阪府高石市(10歳〜)
京都府長岡京市(15歳〜)
大阪梅田、高槻市、東京高円寺、調布市など(21歳〜26歳に時々3ヶ月〜半年くらいの間隔で各場所にて生活)
京都府向日市の実家在住(28歳〜)
神奈川県横浜市東戸塚(35歳〜結婚により引っ越し)
神奈川県横浜市石川町・元町(40歳〜配偶者急逝により引っ越し)
京都府向日市の実家在住(44歳〜)
なかなか波乱万丈な人生を送っており、ハラハラドキドキの連続でしたが、最近は結構落ち着いてきまして、穏やかに毎日を楽しんでおります。
その中で、昔住んでいた街にフラッと出かけたいなと思うこともあり、その記録も公開していきたいです。
性格は、多分男っぽいです。意外とよく笑います。怒ると、すごく怖いらしいです。
基本的には1人で行動するのが好きで、こうしようと決めるとダイナミックに動くタイプです。
こんな鳥ですが、どうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m
50 notes
·
View notes
Text
youtube
youtube
細雪 (1983年の映画) - Wikipedia
撮影に当たり、戦前の昭和10年代の船場の旧家の生活を再現するために、当時の着物が関西からレンタルされたが数が足りず、着物メーカーの『三松』の社長である斉藤寛の協力の元、数億円分の衣装がメーカー負担で制作提供された。 高井は監督のこだわりをまともに受け入れていたら、制作費はいくらつぎ込んでも足らないと判断し[3]、『三松』の斉藤寛社長に衣装監修としてスタッフに入ってもらったと話している[3]。 実際に1から新たに制作したのは、斉藤社長の命を受けた着物デザイナーの寺坂勝子で[3]、四姉妹の普段着から街着や訪問着、それぞれの着物に合わせた帯、小物など総合して160点に及んだ[3]。寺坂が用意した着物を市川が実際の撮影では「ちょっと違うなー。もうちょっと明るい方がいいな」などと何度もダメ出しし、その都度作り変えた[3]。
監督 市川崑 原作 谷崎潤一郎
出演者 吉永小百合 佐久間良子 古手川祐子 伊丹十三 石坂浩二 岸恵子
細雪のきもの Kimono in Makioka Sisters | ボンジュールきもの
細雪は、これまで3度映画化され、市川崑監督作品が80年代に制作されたのが最後です。その当時ですら、大正の頃の関西におけるきものを再現することは大変にハードルが高い作業であり、100を超えるきもの衣装をほぼ白生地から制作するという、聞いただけでも気が遠くなりそうな衣装制作について、まとめられた本が、この「細雪のきもの」です。 実際、作品の中で四姉妹が着た着物に加え、制作の参考にされたという、谷崎夫人の松子さん所蔵のきものなども含まれ、なんとも見ごたえのある一冊です。 個人的には、松子夫人が谷崎から「お前は紬や江戸小紋を着ないでくれ、似合わん」と言われたというエピソードが好きでした(笑)。谷崎はとにかく友禅をはじめとする京都のきもの文化を愛していて、東京の地味な色合いのきものは、船場育ちの松子夫人には似合わない、と。当時西の方々は大島紬を寝巻にしていたんですってw
9 notes
·
View notes
Quote
アゼルバイジャン機墜落「露軍が撃墜」説が支配的に 事実ならロシアに大打撃 12/27(金) 8:20配信 カザフスタン西部アクタウ近郊で起きたアゼルバイジャン航空機の墜落は、同機がロシア軍の防空ミサイルで撃墜されたとの観測が支配的になりつつある。仮に同機が露軍によって撃墜されたことが確認された場合、ロシアが受ける政治的打撃は大きい。原因究明に乗り出したカザフ政府などが今後、どのような調査結果を示すかが焦点となる。 欧州の国際テレビ局「ユーロニュース」は26日、アゼルバイジャン政府筋が同機について「露軍の地対空ミサイルで撃墜された」と話したと報道。アゼルバイジャンメディアも26日、同国政府筋が同様の暫定調査結果を明かしたと伝えた。 墜落は25日に発生。同機はアゼルバイジャンの首都バクーから露南部チェチェン共和国グロズヌイに向かっていたが、グロズヌイの空港から「濃霧」を理由に着陸を拒否され、アクタウに向かった。これと前後して機体トラブルが起き、アクタウ近郊で墜落した。墜落で乗員乗客67人のうち機長を含む38人が死亡した。 機長は機体トラブルについて「鳥の群れと衝突した」と地上に報告。これを受け、アゼルバイジャン航空は当初、同機が鳥と衝突して墜落したとする暫定的な見方を示した。 ただ、墜落後の機体は尾翼などに弾痕のような無数の穴が開いていることが確認された。機体トラブルの発生後に乗客が機内から撮影した動画にも、主翼部分が損傷した様子が映っていた。穴は防空ミサイルが付近で爆発した航空機に残る痕跡と酷似していると指摘され、撃墜説が浮上した。 さらに、チェチェン当局が墜落に先立ち「ウクライナ軍のドローン(無人機)を防空システムで撃退している」としてグロズヌイの空港の発着を一時停止していたことや、アゼルバイジャン航空が墜落原因の判明までグロズヌイへの飛行を禁止したこ���も、同機が露軍の防空ミサイルで撃墜されたとの観測を補強した。 露軍事メディアは、機体トラブルが発生したのはグロズヌイの空港から18キロ離れた上空2400メートルの場所で、付近に露軍の防空システムが配備されていたと報告。「機長は機体付近で防空ミサイルが爆発した衝撃を鳥の衝突と勘違いした可能性がある」とした。 露独立系メディアは「グロズヌイの空港は『濃霧』を理由に墜落機に着陸を拒否したが、本当の理由はドローン攻撃だった可能性がある」と指摘。アゼルバイジャンメディアも、ロシア側が誤射を隠蔽するため同機をカスピ海に墜落させる意図で対岸のアクタウへの飛行を命じたと伝えた。 今回の墜落の犠牲者はロシア人のほか、アゼルバイジャン人やカザフ人らロシアが友好国とする旧ソ連諸国の国民だ。仮に露軍の防空ミサイルが墜落原因だったとする調査結果が出ればロシアには大打撃となる。 ロシアを巡っては2014年、ウクライナ東部紛争で、ロシアと一体の親露派武装勢力が露製地対空ミサイルの誤射でマレーシア航空機を撃墜する事件が起きていた。(小野田雄一)
アゼルバイジャン機墜落「露軍が撃墜」説が支配的に 事実ならロシアに大打撃(産経新聞) - Yahoo!ニュース
2 notes
·
View notes
Text
レーススレンダードレス 2024/1/18
こんばんは! いつもTOPWEDDINGのブログをご覧いただきありがとうございます。 厳しい寒さが続いておりますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか 今回はこちらのウェディングドレスをご紹介させて頂きます! ウェディングドレス ITEMNAME:1634 こちらはスレンダーラインのドレスで エレガントで美しく、洗練された 雰囲気になります ドレス全体にレースのデザインが入っていることで 華やかデザインになっております! 繊細なレースの生地を使用しておりますので 透け感があり上品で女性らしい雰囲気をお楽しみいただけます✨ また取り外しが可能なトレーンは付いており より長さを出すことができるのでチャペルや 自然の中のロケーションフォトなどにも映えるドレスです! ぜひ一度ご試着してみてはいかがでしょうか 皆様のご来店をお待ちしております。

View On WordPress
#colordress#photowedding#Wedding#weddingdress#お色直し#お色直しドレス#ウェディングドレス#カラードレス#タキシード#ドレス#ブライダル#ブライダルヘアメイク#ヘアメイク#ロケーションフォト#京都#京都前撮り#京都結婚式#披露宴#洋装#洋装前撮り、和装前撮り、白無垢、色打掛、紋付袴
1 note
·
View note
Text

【17歳差夫婦】ぽっちゃり花嫁の前撮りムービー





#ドレスデザイン研究室#japan#17歳差#Kimono#UCtBzMejM9AYXKloVdPFdYMAview_assubscribe#ウエディング#ウェディングムービー#エンディング#オープニング#オープニングムービー#かっこいい#かわいい#ご報告#ぽっちゃり#ぽっちゃりコーデ#ぽっちゃり花嫁#リゾート婚#ワタベ#ワタベウエディング#前撮り#前撮りムービー#和装#和装婚#夫婦#歳の差#歳の差婚#着物#結婚#結婚しました#結婚ムービー
1 note
·
View note
Text
私が最初に書くと、誰が予想できただろうか、いやできない
こんにちは、久々に散財したふぃあです。
文章書くの苦手だけど、折角の新人だし、書いてみることにしました。最初の印象も書いとくか
あと、この椅子どけてにかけて、皆の身の回りからどかしたほうが(取り除いたほうが)いいものを提案します
・箏
今回の役、絶対難しいよね。1人でずっと練習してるところを見て、ほんまにすごいなと。私にも、いろいろとアドバイスをくれて助かりました。舞美も含め、ルーベの努力で、成り立ってると思うよ。この公演。
あのごつメイク似合うのルベくらいだよ。ほんまにありがとう。やってて楽しいです。試行のときとか、ルベも楽しみにしてるって言ってくれてめっちゃ嬉しかった〜〜
舞美もあるのに、立て看手伝ってくれてありがとう
はじめの印象→イケボ
腰の低さ
LINEで腰が低すぎて驚いた。逆にこっちが申し訳なくなるね
舞美終わったから、大道具作業もするーベにを切るの!
・森々仙入
相変わらず上手いですね。今回は、ギターのマイム、1人で撮って練習してるって聞いて驚きました。すごすぎる。
立て看作業、かなり手伝ってくれてありがとう。ベニ切ってくれたり、申請をしてくれたりも。塗り方が汚いって聞いて不安だったけど、君のおかげで結構進みました。私自身、絵の具系が苦手勢なので、あんまり期にしてないです。
「この椅子どけんかい」やりたかったですね。私を店員役にしてくれるかもって聞いてとてもワクワクしてました。
あと、シルバーのアクセが似合いますね。
はじめの印象→はぜと似てる
酒
お酒飲めるのいいな〜
今度、お酒あげるからむだにしないでね。まあ嘘だけど
・月銀蓮
初めての役者で、いい役をもらいましたね。自然な演技が、アネモネにとても合ってる役だと思います。最初の焦るところは、感情の流れが難しいと思うけど、どんどんよくなってましたね。毎度の顔芸も素晴らしいです。
16mの布を1人で縫ったのすごすぎる。偉すぎる。アネモネならなんでも要望を叶えてくれそうな安心感がありますね。
最近、アネモネに関する新事実が発覚しましたね。とても興味深いです。また聞かせてね。
はじめの印象→えび
ミシン
もう、幕作りはこりごり
そのおっとりさで、あねも寝かしつけられるよ。いるかは知らんけど。
・白
あんまり稽古で、通せてなくて不安そうだったけど、ぶらんのシーンとても良いです。
メイクチ的には、(見た目的に)新しいぶらんを見れて嬉しいです。結構似合ってると思います👍️
小道具集め大変そうでしたね。お疲れ。メイクに回されなくてよかったです。これからも、いっぱいバトりましょうね。負けないぞ。てか、小道具とメイクだったら、まだメイクのほうが地位が低いのかな。どうも、ちいかわ(地位が低くてかわいそう)です。
はじめの印象→毛量すごい
うどんへの反抗心
童顔らしいので、童心に戻って、どんなうどんでも食べてみようよ。童心に戻ったら、ぶらんこでもしよう
え、舐め過ぎだった?じゃあ、株でもやる?このかぶらん高下してるから、友達に勧めるかはよく考えて
・埖麦
ずっと自然な役で上手いですよね。しかも、しっかり周りを見てて、的確にダメを出して��れます。すごい。でも、今回、しっかり悩んでるところもあって新鮮でした。意外感。
たまには、むぎの変な役を見てみたいです。それって、むぎの良さが消えちゃうのかな?私も自然な演技の役をやってみたい。
いつも数��教えてくれてありがとね。クラスの子に聞くことに抵抗がある私的には、非常に助かってます。わかりやすいし。
はじめの印象→ちゃらそう
長時間睡眠
授業行けるようになりますように
遅刻しないのが君の義むぎ牲は必要だよ
・叶イブ
私。まさかの役でしたが、本当に楽しい役です。ありがとうスミさん。
・ぽんにゃ
妹も、バンド仲間Aもどんどん良くなってますね〜〜〜やっぱり、ガキが似合うね、私と違って。私はやっぱりお姉ちゃんだからな〜
私は、飲食バイトしかしてないので、アパレルの話聞けるの興味深いですねえ。美意識が高くて尊敬です。早くチャイナ服を着た君を見たい。
ところで、この芸名は誰が考えたんだろう。ぽんぽぽんにゃ
はじめの印象→ちょうちょ好き
earthの服
これを見る度に、バイトを思い出してしまいます
いろいろ大変そうだな。び人の定めか
・雨々単元気
やっぱり、最初から上手いんですよねー
てにくんの演技、とても好きなんです。今回、ふざけられる役ってウキウキしててかわいかったね。
最近、改めてね、てにの優しさを実感するんです。ほんと、いろいろと優しくてびっくりする。おばさん扱いはダメだけど
てか、授業でないやつの出席なんて手伝わなくていいんだよ。自業自得なんだから。君が優しすぎて利用されてるんだよ。悪い大人から搾取されないで
はじめの印象→すごい芸名
ちゃう化応に対する優しさ
優しすぎて、にがい思いをしないように
ぶらん(ミライ)の言葉をかてに。
・紫苑
今回のなつめ、振り切っててとてもいいですね。なつめにしかできない役があって羨ましいです。友達を呼ぶの恥ずかしがってたけど、大丈夫、君は素晴らしいです。ルーベを笑わせようね
他の人の恋バナ聞いて、ニヤニヤしてたなつめが印象に残ってます。意外と乙女なんですね。なつめの話も聞かせてね。
改めて思うんですが、なつめとてにの幼馴染感すごい好きなんですよね。羨ましい。
はじめの印象→なんかくねくね
冬
やっぱ、「なつ」だから
ところで、新しくしたいなつめ切り
・暁レミエル
実際に立て看を作ってみて、あれを1人でやってたえるすごいと思いました。普通に、孤独すぎてしんどくなりそう。私は、いろんな人が手伝ってくれたから精神を保ててたと思います。あと、途中まではどうなることかと思ったけど、意外と完成したら達成感はすごかった。
あと、えるは行動力がすごいです。今後も、なんかいろいろと企画してくれそう
はじめの印象→真面目そう
宿泊所
夜遅くまで作業するより、大人しく、かえることを考えるのをオススメするよ
・熊吉
あんまりねー、話せてないね。私がはぜをいじったときに、毎回はぜを宥めてくれてた気がする。きっと優しい。まあ、もうそうする必要も無くなるだろうけど
映像のときとか、進んで参加してくれてて偉いと思った。
高校演劇の仲間なので、今度、高校演劇の話でもしておくんなまし。
私、くまちゃんの命名会に同席してたんですよね。まさか、別の動物になるとは。
はじめの印象→途中参加すげえ
「とら」
皆呼び間違えちゃうからね
何クマかはわからない。まあ、攻撃性高い役だしヒグマ?きちゃくしたね。
・張潤玲
まも、イルルさん枠だったんだね。今回、初めてまもの英語を聞いた気がするんだけど 、まじで上手いしおもしろい。スミもありがとう。まもにしか出来ない役があるの羨ましいよ。今後も楽しみにしてます。
まも、メイク班に入ってくれてるの嬉しいんですよね。いつも、いい写真を添付してくれてる。その写真はどこから?笑
当パンもとても良きでした。
はじめの印象→結構日本語理解できててすご
変な日本語を教えてくる同期
ちゃうかは、覚えなくていい言葉で溢れている
まあ、もっとまもりたいものが見つかると
イイね
・和來
いつも、演技が自然だけど、緊張とかしないタイプなのかな?すごい。今後も、かわいい役が多そうで楽しみ。
私、メイクチとして、早くあなたにメイクをしたいんですよ。忙しそうにしてて、結局機会がないんだけど。
ふぃあかわいい〜ってニコニコで抱きついてくるきなこが一番可愛いんですよ。ほんとにしんどいです。衣装もよく褒めてくれるし、幸せです。
はじめの印象→ほわほわ
X(旧Twitter)
変なことを覚えないでください
好きなことだけやってればいい
でも、きなこのツイート、ほっこりするんだよね
・はぜちかきつ
役の名前的に、これ、はぜしか居らんやろって思ってました。
ここで言うのもなんだけど、もう、はぜをいじるのはほどほどにします。今までごめんね。はぜって、繊細らしいし、なんかもう飽きたし。いじられなくなったはぜには、何が残るんでしょうか。見ものですね。
あと、その口の悪さは努力して直したほうがいいよ。もう、中高男子校とか関係ない。それを言い訳にしてる時点でョヮィ。
言い訳する癖も直したほうがいい。
あ、来年巳年らしい。巳〜巳〜
はじめの印象→しっかりしてそ〜、ほんまに同期!?らむだに似てる
体重計
もう、体重なんて気にしたくないよね
好きなものを好きなだけ食べるのがいいよ
たまには、ぜい沢しよう
・東愛莉
ほんと、動きも表情もすごいよね、ずっと見てられます。秋もすごかった。自分は表情がごみなので、尊敬です。どんな役でもできそう。でも、通しのときいっつも褒めてくれて嬉しいです。
あずの、思ってることをはっきり言うところとか好きです。よくニコニコしてるとこも。アズの笑顔、ほんまに素敵。あずがいると、話が盛り上がる気がしますね。
いろいろ大変そうだから、いつでも、どしはなするよ。
はじめの印象→話しかけてくれて嬉しす
ごめん、思いつかんかったです 思いついたら書きます。
まあ、ずっと思いつかないことはないはず…
・錫蘭リーフ
最初は、なんでこの役…?みたいな感じで言ってたけど、今ではとても合ってますね。何でもできてほんとすごい。ほんとかわいい。爽やかな役ばっかだけど、セイロンって変な人側だと思うので、変な役を楽しみにしてます。
メイクを落とさずに買い出しに行ったことはびっくりしたよ。気に入ってくれたのか?かわいすぎるよ?やっぱ、セイロンって、メイクに興味あるの?メイク班来るかい??歓迎するよ
あ、立て看の枠ありがとう。感謝❗️🙌✨感謝❗️🙌✨
はじめの印象→34期に先輩がいる枠として、警戒。
髪染めてない部分
染めようよ。551、赤色ばっかりだから馴染めると思う。あ、バイト��あるって正論はやめて。大道具で疲れたときは、是非、551に来てね。セイロで蒸したてをご用意するよ。
・城戸大夢
音響オペ。オペは楽しいよ。頑張って。
忙しい?のか、あんまり稽古には来ないですが、来てくれたときは、盛り上がりますね。
秋公での役者はどうだったんでしょうか?これから、もっと忙しくなるとしたら、役者はもうしないのかな?
オームも、高校が演劇部だと聞きましたが、あんまりそのときの話を聞かないので、聞いてみたいですね
はじめの印象→頭いい
Ω
抵抗なんて、無い方がいいんですからね
・大良ルナ
この子、最近、私のことを赤ちゃん扱いしてきます。心外ですね、ほんとに。
忙しそうだけど、ちゃうかに来てくれてありがとう。らいらのアドバイス、結構参考にしてます。舞監偉すぎるよ。頑張ってね。あと、らいらがヘアセットしてくれるのとても助かります。ヘアセット苦手なメイクチでごめんね。
いつも服がかわいい。ほんと、ミニスカが似合うよね、足がきれいだから
外部のほうも頑張ってね。見に行くから。
はじめの印象→かわいい子いる
緊張
外部での人見知り改善したらいいね
らいらは、かわいいからいらつくね。嘘だよ
・海月
我らが演出。
前も書いたけど、初めての演出とは思えないほど、自分の世界観をしっかりもってて、ダメもホメもしっかり出してくれます。ありがたい。どんな役者にも真摯に向き合ってくれます。いろんなアイデア出してくれるのもすごい。演出、照明チとして仕事を上手くこなしていて、尊敬です。
最近、もふもふでかわいいです
どうやら、オムニの脚本を書き始めてるらしいです。えぐい。楽しみ。
はじめの印象→ちょっと話しかけづらいか……?
お金の余裕
早くバイトを始めましょう
お金を稼ぐのは素晴らしいです。みんなしてるんだからさ。
え、ハラスメントだって?すみませんでした
書くのむずいわ。もうこんなにちゃんとは書かないかもね
2 notes
·
View notes
Text
2023年 八景シリーズBest5
あっ、年越しちゃった。年末に片付けようと総集編に手を付けたが、期日迫るものの片付け、コミケが想像以上の盛況、さらに同人誌の通信販売の整備。印刷所が止まって増刷待ちのタイミングで、ようやく着手した。

今年は42作品だが、ここ最近は忙しかったり創作活動の模索を始めて月に1作品がやっとといったところ。正直続けるか悩んでいるが、SNSでの発信や写真選択の自由度を考えると潰すのも惜しかったりします。
さて存続の葛藤はこの辺にして、昨年のランキングを発表します。個人的にインパクトがあったり、反響があり多くのリアクションがあった作品を紹介します。

第5位 No.439
湘南八景 細道通り抜け-京急バス 鎌40 小坪線
(3/11投稿)
電車に飽きた? いえいえそんなことはないです。ただより身近なテーマを追い求めて、バスにも手を付けてみました。


まず最初に選んだ鎌40小坪線は、乗ったことあるバスの中で、インパクトがあった路線だったからです。鎌倉付近は大通りを抜けたらすぐ行き違いが大変そうな道路。さらに一方通行の道路のため、上下線で走行ルートが異なる。一方通行が戻ったと思ったら、また行き違いが大変そうな道路。そんな狭いに狭いを重ねる運転手泣かせの路線に魅力を感じていた。
電車では味わえない魅力、そのおもしろさを記録したいとはじめてみた。
第4位 No.433
浪漫八景 乗った思い出-小田急ロマンスカー LSE
(2/12投稿)
今年から現像ソフトのサブスクをはじめてみた。はじめは方向性が変わるとゴニョゴニョ言っていたが、次第に発色の良さや現像のしやすさに気が付き、今ではなくてはならないほど。

最近も乗って思い出つくりをしているが、どうもここまでインパクトのあるものがつくれないと思ったり。もう少し時期をずらさないと味が出ないのですかね。
そんな現像ソフトで昔の画像をブラッシュアップしてみようと始めたのが、小田急ロマンスカーLSEの写真だった。当時はこの車両の写真で競い合っていたこともあり、オリジナルを求めた画作りを行っていた。伝えたいことはっきりしてなかったが、組み直して、よりわかりやすくしたい。そんな現像だけでなく伝える目的にもブラッシュアップしてみた。

第3位 No.449
葛飾八景 昭和-京成3600形(ファイヤーオレンジ塗装)
(7/29投稿)
2022年後半から京成にお世話になっていた。旧成田空港駅の東成田や京成千葉線と気になるところを訪れたが、未だに撮れていない車両がいた。それが題材となったリバイバルカラーの3600形。この勢いで行こうかと、訪れたのがきっかけだった。


あちこちがいい雰囲気で、どこから撮ろうかと悩んでいた。その中でお気に入りだったのが、高砂から一つ隣のお花茶屋駅だ。今回都区にエリアを限定したが、ほどよく古く、どこか身近な駅に思えた。誰も撮らないけど、そんな発見を伝えられたのではないだろうか。
第2位 No.428
多摩八景 最後-東急8500系8637F
(2/4投稿)
あれだけいた車両が、もう地元を走っていない。電車を待っているときは実感がないけど、こうして写真を見返すとふいに喪失感が漂ってくる。
写真集「東急8500系」メロンブックスなどで好評発売中
そんな8500系の日々を写真集にして発売した。コミケでも評判で見本誌を読んだら大半が即購入、写真撮っている知り合いからは写真チョイスが絶妙と褒めていただいた。


ただ最後の一年を写真集に詰め込むことが難しく、このシリーズのほうがより細かくかつ様々な視点から捉えているかと。中でも「No.428 多摩八景 最後-東急8500系8637F」が印象深い。オタクたちの盛り上がりは写真を撮っている以上避けられず見てきたが、普段使いの人に視点を当ててみるといつもと変わらない光景。そんな非日常が見える裏に眠る日常を題材としたが、あれから1年経つんですね。
第1位 No.450
箱根八景 裏道街道-箱根登山バス K系統旧街道経由
(8/26投稿)
仕事の疲れを癒そうか。そう思ってふと湯治目的に乗ったバスだったが、これが意外とおもしろかった。家に帰ってすぐ調べたら、奥に行けば行くほどおもしろいことがわかり、この箱根を走るバスを題材にした。


箱根登山バスK系統旧街道経由は、箱根駅伝で選手達が走るメインの東海道とは違う。箱根湯本から東海道を分岐する旧道を通るルートで、芦ノ湖辺りで再び東海道と合流する。ただメインルートではないため、車線は途中からバス同士のすれ違いが出来なかったりと運転手泣かせなところだったり。旧街道と言われるだけあって、箱根寄木細工を売りとした宿場町畑宿、今も茶屋として営んでいる甘酒茶屋といった、かつてここを多くの人が行き交って痕跡を通っていく。
変わらない道がここ箱根にある、そんなことを伝えたく作品にした。その日本の文化が伝わったのか、2023年一番のリアクション数を記録した。
いかがでしょうか。忙しいと言い訳したいですが、暇な時間にここに投稿する作品をつくらず遊んでいるので何ともいえませんが。
ただ今後も作品を投稿して、他の人が記録しないような当たり前だけど見たことがない景色。そんなのを提供出来たらなと思っている。
#japan#tokyo#kanagawa prefecture#yokohama#kamakura#hakone#railway#bus#東京#横浜#湘南#鎌倉#逗子#箱根#鉄道#東急#京急#京急バス#小田急#ロマンスカー#箱根登山バス#八景シリーズ#バス
8 notes
·
View notes
Quote
事件名 事件番号:令和6年(わ)第105号 罪名:監禁、殺人、不同意わいせつ致死 被告人:小西優花 裁判長:小笠原義泰 裁判官は3人とも男性。裁判員は向かって左から女性、男性、男性、男性、男性、男性と男性率が高い。 被告人・小西優花 刑務官4人を携え小西被告が被告人入口から登場。 服装は白シャツ、グレーのカーディガン、黒のパンツ。髪はやや低めの位置でお団子。伸びきったプリン髪が勾留期間の長さを物がっていた。 身長は155cm程度で痩せている。肌は白く綺麗。 Eラインが整っており芸能人並みの小顔。スッピンでお手入れもできないにも関わらず可愛い。まだあどけなさが残り、とてもあんな残虐非道な事件を起こした子には到底見えず困惑した。大変不謹慎ではあるが佳子内親王殿下に似ているなと思った。 犯行に至る経緯 令和6年4月8日:被害者Aさん、内田の写真を自身のインスタに掲載。 4月18日:Aさんの内田の写真を掲載した投稿を見た共犯Y(16歳少年)が内田にチンコロ→同日21時05分:内田とAさんが通話。 20時28分~21時35分:内田と共犯X(16歳少女)通話 内田「アイツに50万積ませるわ」 X「それで足りますか?」 内田、XとYを携えAさんのいる留萌市へ出発。 23時37分:Aさんを車内に乗せ監禁行為開始。 翌日の4月19日深夜の2時10分:内田、Aさんに土下座させ、その様子を動画撮影。 2時33分:小西が内田らと合流。 3時06分:内田がセブンイレブン旭川神威店に立ち寄る。その後、小西とYとともにAさん入店。Aさんコンビニ入店から約10分後に店員に助けを求めるも内田に阻止される。内田と小西に引きずり出される形でコンビニを退店、車に載せられる。 ※この後Yは帰宅 3時29分:神居古潭の駐車場に到着。内田と小西、Aさんに衣服を全て脱ぐように強要。Aさん、駐車場で土下座謝罪させられる。 3時31分~3時45分:Aさんを神威大橋の欄干に座らせる(この間、内田はXとビデオ通話しその様子を見せびらかしてた) 3時48分:内田と小西、車に戻りAさんのスマートフォンを全壊させ川に投げ捨てる。 4時過ぎ:内田と小西がその時に一緒にいない風なLINEを偽装。小西を家まで送り届けた。 犯行の詳細 ① 令和6年4月8日、Aさんがラーメンを啜る内田の写真(令和6年4月4日頃に撮影された麺で顔の大半が隠れており顔そのものは殆ど見えない写真)をインスタグラムに掲載した。その投稿を発見した少年Y(16歳)が4月18日に内田にLINEで密告。 少年Y「これ俺が撮ったリコさんですよね?」 内田「うん。ゑ、誰��れ、きも」 少年Y「俺も誰か分かりません」 内田「キモ」 余談だがこの日、内田は小西とお泊まり会をしてた。 ② 内田、AさんにDM「コレに電話かけろや」 21時05分頃、Aさん内田に電話する。 内田はXを引き連れAさんが住む留萌市へ移動(移動中もXのスマホから通話。内田「金払わねぇならボコボコにすっからな!」) 内田「50万積ませるわ」 小西「50万で足りますか?」 などのLINEのやり取り。 YにもAさんから50万恐喝するとLINEし、Yにヤクザの振りをさせてAさんを脅すよう命令。 Y「じゃあ家族ごと潰すから!」 内田、道中に窃盗事件の件で事情聴取を受ける(その間少年らは車内で待機) 事情聴取を終えた内田、被害者の住所を聞き出せず23時36分頃に道の駅留萌でAさんと合流。 ③ Aさんが現金を持たないで来たことが分かり 内田「そういうことね。お前バッタバタにすっから覚悟しとけよ」 Aさんを助手席に乗せて監禁開始。旭川まで向かうことに。 ④ 内田、Aのスマホ取り上げる。 Aさん「帰りたいです」 内田「無理」 Aさん隙を見てシートベルトを外し走行中の車から降りようとしたため、内田がAさんの髪を引っ張り阻止。車内からAさんを降ろし顔面を殴打。Aさんを後ろに座らせ、Xに監視させた。 旭川まで移動中、内田と小西が通話。事の経緯を話す。 小西に今回のことを口外しない旨の誓約書を誓約書を作るよう依頼(口止め&恐喝の書類) 小西、スマホで書式調べて手書きで誓約書を作成。 ⑤ 0時50分:旭川市内のコンビニへ立ち寄り、奪ったAさんのスマホのPayPayから4万数千円支払い(タバコや酒など) その後暴力団組員ササキの自宅にいるYと合流するため、ササキ宅へ向かいYと合流。 後部座席にY・Aさん・Xの並びで座らせる。 内田、自身の兄貴分である暴力団組員ヒガシに事の経緯を話すために、ヒガシに会いに行くことに。 その道中、小学校の駐車場でAさんに土下座させ、その様子を撮影。 内田「反省してねーじゃん」と激高しAさんの顔面を殴打。 1時21分:Aさんに対するリンチ動画撮影。 Aさん「写真のことや舐めた態度取ってすみませんでした」と謝罪させられる。 ヒガシと合流し、ヒガシを助手席に載せてコンビニまで。 ※ウチにはヤクザが付いてるんだぞ!とAさんに見せつけるために敢えて暴力団組員ヒガシと合流したものだと思われる。 途中、コンビニに寄りAさんのPayPayアカウントからタバコなど37000円支払う。 ヒガシと別れ、小西宅へ向かう。 ⑥ 2時33分:小西、内田らと合流。 小西は内田に敬語&さん付け(明確な上下関係あり、対等な関係でないことが伺える) Xが助手席に移動、小西が後部座席に座りAさんの隣に座る(この後Xは二日酔いで体調悪いためAさんのPayPayで購入したタバコを内田から貰い帰宅) Aさん、50万円を月に5万円ずつ返済する旨の誓約書を書かされ、Aさんの住所やバイト先も書かせる。 その後、セブンイレブン旭川神威店へ Aさんが「トイレに行きたい」と言ったので内田・小西・Yと入店し店内トイレへ。内田はその間、AさんのPayPayでタバコなど12000円分支払う。 Aさんトイレの個室から出るや否や、3人を振り切りレジ前に行き店員に「助けてください、通報してください」と懇願 内田「コイツ悪いことしたから今から警察行くんだわ、通報したらおたくにも迷惑かけて営業どころじゃなくなるよ」と店員を恫喝し、通報を阻止。 Aさん、レジや店内の棚にしがみ付き抵抗するも小西に引き摺り出され床に倒れる。その間、小西はAの体を踏み付ける等の暴行を行った。 ⑦コンビニ店内の映像が裁判員らのモニターに流れる(法廷内スクリーンには流れず音声のみ) Aさん「すみません、助けてください、通報してください」 内田「人に迷惑かけんなって!」(以下、ボソボソ声で聞き取れず) Aさん「助けて!助けて!」(涙声) 内田「ヤメれやお前、テメーが悪いんだよ!お前が悪いんだべや、立てやコラ!」 Aさんの泣き声と叫び声 内田「お前が悪いんだべや!このままやるぞ、いいから出ろや!店に迷惑かけんなや!」 ※この音声が流れた後、小西被告涙ぐみ鼻をすすり下を向く。 力ずくでAさんを店から引きずり出しコンビニ裏で小西がAさんに馬乗りになり髪を引っ張り顔面などを殴打するなどの暴行を加える。 リンチが終わるとAさんを車に乗せ、Yを帰すために暴力団組員ササキ宅へ向かう。Yは内田から煙草を受け取り帰宅。 ⑧ 3時29分:神居古潭に到着 東側駐車場に車を停める。 内田と小西、Aさんに服を全て脱ぎ全裸になるよう命令。なおAさんの衣類や靴は草むらに投げ捨てた。 駐車場で土下座させ、その様子をAさんスマホで撮影。 そのまま神威大橋まで連れて行き2人で暴行を加える。 3時41分:橋の前で再度謝罪させ、Aさんのスマホでその様子を撮影。 ※当日の気温は4℃で小雨の振る寒い日であった。 一連の様子をXとビデオ通話し見せびらかしていた。 ⑨Aさん橋から落下した後の2人の行動 3時48分:犯行を終えた内田と小西、車に戻り西側駐車場へ移動。 3時53分:Aさんのスマホから一連の動画を全て削除。 3時57分:内田、Aさんのスマホを車で何度も轢いて全壊させる。 4時27分:旭川市豊岡にある豊橋からAさんスマホを川に投げ捨てる(防犯カメラで内田が川に向かって何かを捨てる様子の映像あり) この後、内田と小西の双方のLINEから今日のやりとりを全てトーク削除し、その日あたかも一緒にいないように以下のような偽装工作↓ 小西「リコしゃんおはよ」 内田「おまえまだ起きてたの?」 2人は何か聞かれても黙秘するよう約束する。 内田、小西にAさんのPayPayで買ったタバコ1カートン&15箱を渡し家に返す。 5時13分:内田、帰宅。 XとYにも何を聞かれても口を割らない&LINEのトーク履歴を削除するよう指示 Aさんのスマートフォンについて iPhone14紫色 警察官、スマホ探すも中々見つからず捜査が難航するも5月7日に小西が捨てた場所を教え基北川からAさんスマートフォン見付かる。 5月7日~15日にかけて復旧作業完了。SIMカードが抜かれていた。 スマホは警察署の解析課に持ち込まれるも損傷が酷い。泥水など洗浄し、24時間乾燥させ、同機種の部品を取り寄せ部品を全て取り替えデータ復旧することができた。 Aさんが全裸で土下座させられている動画などが見付かる。その際の動画が裁判員のモニターに流れる(法廷内のスクリーンには流れず音声のみ) 4月19日3時33分に撮影された動画: Aさん「舐めた態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」 ※3時50分頃削除 同日3時43分に撮影された動画: Aさん全裸で橋の欄干に座らされ謝罪させられている。 内田「はい、どうぞー」 Aさん「やだ……やだ……」←消え入るような、か細い声。※泣き叫ぶ様子が法廷内に流れたと報道されていたが、実際は叫んでおらず恐怖に怯えているような小さく弱々しい声だった(私の感想です) この直後、Aさん自ら飛び降りたか内田か小西あるいは両方に突き落とされたと思われる。 Aさんの死因 Aさん:平成19年1月19日生まれ17歳。身長約155cm。溺水による窒息で令和6年4月19日頃に死亡したと思われる。 4月19日:行方不明に。神威大橋から石狩川に流されたと推測。 5月21日:約63km流され、奈井江町の河川の木の枝にAさんらしき人が引っかかていた。DNA型がAさんと一致。 Aさんの胸腔内に水が溜まっており、肺や肝臓から淡水プランクトンあり、頸部圧迫の痕跡は見付からず。以上から溺水による窒息死と推測される。 遺体の状態: 後頭部に損傷。上下8cm・左右7cmほど変色し内部皮下出血認められる。死亡直前に出来たものだと考えられる。鈍器で殴られたか、落下した際に硬いものにぶつかったか。 背部~臀部にかけて上下20cm・左右15cmの傷。いつできたものか不明。 胃底部に粘膜出血あり。一般的にアルコールや薬の過剰摂取や強いストレスで出来るものだが、状況から考えて極めて強いストレスが生じ出来たものだと推測される。 コンビニ到着前までの少年Yの供述調書 内田は小西の家の前に停車すると、小西は「お疲れ様です」と挨拶し助手席ではなく後部座席に座ろうとしました。小西は内田のインスタによく登場していたので、2人はとても親密なのだと思った。そのくらい親密なら普通は助手席に座ろうとするのに、後ろに座ろうとしたと言うことは、Aさんを絶対に逃さないと言う強い意志を感じました。 小西が着席すると内田が「言ってやって!コイツどーにかしてやって」と強い口調で小西に言いました。高速道路を走行中、Aさんが脱出しようとしました。小西は内田に命じられ「次やったらどーなるか分かってるな?」とAさんを恫喝しました。 Xが二日酔いと怪我で体調悪いと言ったので、内田は先に神楽のX宅へ送り届けました。その際も小西は内田と共に「話通じないなら死んでくれ」「謝罪するくらいなら死ね」などと言ってました。また、小西はAの顔を仕切りに殴っていました。 Xが帰宅後、小西はAさんに「この誓約書に50万円をPayPayで払いますと書け」と脅しサインを書かせました。内田は「払えないなら月5万持ってこい」と言いました。Aさんは承諾し、月5万円払う旨の誓約書を書かされました。 またAさんの自宅とバイト先を聞き出し、小西がAさんの自宅やバイト先をGoogleマップで調べてそれをスクショして内田に送りました。内田は「金払わないと親やバイト先に連絡するからな」と恫喝し、Aさんはひたすら謝っていました。 内田と小西は「謝るくらいなら死ね」「今すぐそこに立ってこい、車で轢いてやるから」などと脅し、内田は車内でも髪を引っ張るなど暴行を続けました。 Aさんがコンビニで助けを求めた際のYの供述調書 Aさんが「トイレに行きたい」と言ったのでコンビニに立ち寄りました。内田が先に入り、小西がAさんの腕を掴んで3人でコンビニへ。私は2人の後を着いて行きました。Aさんが個室に入って10分後くらいに、突如レジカウンターに向かって走り出し、店員に向かって「助けてください!通報してください!」と頼みました。内田は「コイツ悪いことしたから今から警察行くんだわ。通報したら店も巻き添え食らうよ」と店員を脅しました。Aさんは手の届くありとあらゆるものにしがみつき、必死に抵抗していました。内田が「店の迷惑になるからやめろや」などと怒鳴りAさんのフードを引っ張りました。 私は内田と小西とAさんが押し問答する様子を見ていましたが、内田にコンビニのドアを開けるよう言われ、コンビニのドアを両開きにしました。内田と小西の2人でAを店外へ引きずり出し暴行を加えました。 Aさんに暴行を加える様子など店員に見られているし、防犯カメラもあるのでいずれ犯行がバレると思ったので帰りたくなりました。 小西がAを引きずり回しコンビニ裏へ連れて行くと、仰向けに倒れるAさんに馬乗りになって胸ぐらを掴んで殴っていました。内田が「お前、もういいつて」と小西を制止させ、Aさんを車に押し込みました。 私は誰かに通報されると思い「警察来ますよ」と言うも、内田は全く気にする素振りを見せませんでした。 私は内田らと別れる直前、Aさんを自宅まで送り届けてあげるのか心配だったので 「Aを留萌まで送るんですか?」と内田に聞いたら、「コイツの態度次第」と答えました。 私が何か言って内田の機嫌を損ねて怒られるのも嫌だったので、お疲れ様ですとだけ言って帰りました。 少女Xの供述調書(4月27日付、Aさんのスマホが見付かる前) ・小西がAさんの首を絞めながら顔を殴る動画を見ました。 ・LINEのビデオ通話で橋の欄干に座らされてるAさんの様子を見ました。白くて胸も見えていたので全裸なのがわかりました。 Aさんの母親の供述調書 娘の死後、娘のことを考えなかった日はなくて、娘の日常の何気ない姿を思い出します。一番の願いは娘が生きて帰ってくることです。 私と夫は平成15年に結婚し、長男と娘が産まれました。令和5年に離婚後、私たちは実家で両親と同居していました。 長男は大学進学に伴い家を出て一人暮らしをしていましたが、娘とはインスタで交流をしていました。 私は4人きょうだいで、3人とも姪である娘をとても可愛がっていました。 娘は当時通信制の高校に通っていました。小さい子供が好きで、私の甥や姪をとても可愛がってました。将来は幼稚園教諭になることを夢見ていました。 犯行当日は札幌でライブがあり、翌日はオープンキャンパスに行く予定でした。4月18日の夜に玄関ドアの閉まる音が聞こえたので娘が出かけたのかと思った。次の日の昼になっても帰ってきませんでしたが、オープンキャンパスに行ったのかと思い、LINEをするも既読が付きません。 忙しくて返信ができないのかと思ってましたが、22日になっても帰ってこなかったので母と共に警察署へ行きました。 たまたま母のスマホから娘のインスタがログインできて見ることができたのでインスタのDMを見ると「早く電話かけろや!」と脅されるような文言のメッセージがありました。それを見た刑事さんは事件を疑いました。 と言うのも、娘がリンチされ山に置き去りにされたのだという噂がありました。夫とあらゆる場所に行き娘を探しました。もしかして神居古潭から落ちたのかも知れないと、神居古潭にも夫と長男と行きました。娘は見つかりませんでしたが「生きている」と信じていました。 そして娘の遺体が見つかったと滝川署から連絡があり、滝川市まで向かいました。 遺体の損傷が激しいから見てはいけないと言われました。全身サラシのようなものでグルグル巻きになっていて、顔を見ることはできず、髪の毛一本すら見れませんでした。 警察から亡くなった事を公にしないで欲しいと言われたので家族で密葬しました。 ※ここで小西被告、泣き始める 生きたまま橋から突き落とされた娘を思うと悲しくて苦しくて胸が張り裂けそうです。娘はほぼ泳げないので、とても苦しんだと思います。娘を守ってあごられなくて後悔しかありません。 報道後は自宅などにマスコミが殺到し、色んな人に迷惑がかかりました。犯人には極刑を望みますし、家族全員そう思っています。 神居古潭は娘が亡くなったというとても嫌な場所ですが、でも娘が最期に生きていた場所でもあります。今でも娘に会いに度々訪れます。 Aさんの父親の供述調書 4月19日に娘が殺され17歳の短い生涯を終えました。まだ娘の死を受け入れられていませんし、娘の話をするのは苦しいけど少しだけ話します。 娘とは月に2~3回会っていて、かけがえのない時間でした。最後に会ったのは3月10日で家族で食事に行きました。そのときに娘から学校のことなど聞きました。楽しく通学できている様子でこちらも嬉しくなりました。 最初に男の子が生まれたので、次は女の子が欲しいなと思っていました。なので娘が生まれた時はとても嬉しかったです。長男も可愛いですが、男親から見た娘はことさら可愛くて、2人でよく出かけたものです。娘ができたら娘に服を選んで貰いたいと思っていたので、その願いが叶ったときは本当に嬉しかったです。 娘が欲しがっていたUGGの厚底スニーカーをプレゼントしたらとても喜んでいて、学校にも履いていっていました。今も娘が喜ぶその姿を思い出します。娘の夫になる人と一緒にお酒を飲みたかったし、娘の子供を抱っこしたかったけど、今はもう叶いません。 4月23日に留萌警察署から「娘さんはそちらにいませんか?」と連絡が来ました。5月4日に長男から電話がかかってきて、娘が逮捕済みの犯人から恐喝の被害に遭ったことを聞かされました。 娘はパジャマ姿で財布も持たず家を出ており、旭川市まで連れてこられリンチされて橋から落とされたという噂を聞きました。 その後は仕事を休み、家族みんなで神居古潭へ行き娘を探しました。石狩川沿いの全てを探しましたが見つかりませんでした。 5月30日に泣きじゃくる妻から「娘の遺体が滝川で見つかった」と聞かされました。 それを聞いた時は全身の力が抜けて卒倒しました。もしかしたら亡くなっているのかもしれないと少し覚悟はしていましたが、受け入れられませんでした。 対面した娘は全身包帯が巻かれ、死後1ヶ月以上が経過し、顔を見ることはできませんでした。 怖かっただろうね寒かっただろうねと娘に手を合わせて、家族全員で泣き崩れました。 翌日火葬し家族葬を行いました。今も毎日娘に向かって手を合わせて話しかけ、娘の骨壷を撫でています。娘がまだ小さかった頃、自分がそうしたように。 娘は凄惨な仕打ちを受け最後まで苦しみながら殺されました。犯人の所業は人間のすることではありません。家族は一生苦しむことになります。加害者には娘と同じ目に遭わせたいが、それはできないので最も重い刑罰を受けて欲しいです。 ※ここで小西被告、肩を震わせ大号泣。
【傍聴記】旭川神居大橋女子高生殺人事件【特定少年】|大元帥リタリン
2 notes
·
View notes