#夕焼け撮影隊
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ��� ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処���旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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やばい この前の埼玉のレポ書き出す前に次のライブが終わってしまった
ザアザア × VIRGE 2MAN TOUR
DARKNESS BLOOD RAIN 〜納涼編〜
@上野公園野外ステージ

のどかすぎて気分は完全にびじゅある祭
東京は昨日より少し涼しかったと思うけど暑くて暑くて滝のような汗をかきながらこの後撮影会あるのかぁって(笑)
先攻ザアザア
普通のバンド仕様のセットだけどドラムセットが簡易的
通常のドラムセットの音量がNGなのかな?
バスドラがアクリルみたいな板だった 電子ドラムなのかなあれ 初めて見た
無音の野外 パラパラとメンバーが現れると
踊りましょ~お
チューリップ
今日は楽器隊が白シャツ+ネクタイ
春さんはさいたまの時と同じ30cmくらい前後差のある白シャツにドット柄のネクタイ
一葵さんだけ黒シャツに黒ネクタイでしたが今宵が終わる頃には絞れそうなくらい汗かいてたw
春芽さんの繊細で優しい音が野外に響く 一瞬止めて弾き始めたのはアサガオが泣いてるのイントロ
いい曲終わって拍手に包まれる
今日なんかみんな元気ない?
野外でそんなに騒げねぇよって?
でも楽しいね^
楽しんでる?
浴衣のちゃんねぇも楽しんでる?
ギロッポンでシースー食べてから��ました
たぶんヴァージュのお客さんだと思うけど…ザアザアだけじゃ騒げないかもしれないけどヴァージュもいたら騒げる?
ということで
裸足に甚平 ドーナツ柄の浮き輪はめた紫月さんが平泳ぎで登場
出てよって言ったらさ 歌うって言うから
零夜さんのマイクを抜き取りw紫:春にぃんとこ行けない!!(コード短くて)→アル中
置いてかれた浮き輪をお立ち台に乗せちゃったためラストダンスイントロで零夜さんがお立ち台に乗れない(笑)一葵さんが浮き輪をシュッと退けて無事スタート
ラストの夕焼けもとても良かったでした
春にぃア"ーとかシァーとか叫んでたから元気だったと思う少し安心した
ちゃんと聞き取れてないけどエイヤーサッサーも言ってたかもしれない(笑)

転換
チューニングに現れた楽器隊 さっきの出で立ちのまま紫月さん ヴァージュー!中毒者ぁー!って声を煽ってはヴァージュのレスが小さくて凹むを1億回繰り返してた
ここでやるって決まってね?会社の人にさぁ ここは大きい音出せないから アコースティックでやってって言われて
野外でアコースティックぅ?って思ったけど 音が出せないなら仕方ない、やってみるかって 俺たちアコースティックになったんだけど
DarknessBlood Rain(発音良)始まってこの前一葵さんに聴いたら
え?俺らガンガンやるよ?
アコースティックやるの?頑張ってって言われてさぁ
VIRGE(緩く本番スタート 笑)
憂璃さんと氷龍さん 遼さんは浴衣
達也さんと紫月さんは甚平(達也さんがカホンを叩く関係で脚を開きやすいようにらしい)
なんで俺も甚平って紫月さん自分で
ずっと喋ってる紫月さんを全スルーして演奏スタート
万華鏡ってアコースティックでできるんだねw
味わって♪の気持ち悪い部分 アコースティックだとただただ綺麗 なんだこれってくらい綺麗
遼さんの歌声アコースティック映えハンパねぇ 裏声も力強くてしかも綺麗だからちょいちょいゾっとする
陽が落ちて薄暗くなってからの線香花火 サビの後半息が止まるような裏声
紫月さんからの問いかけを華麗にスルーしつつ遼さんもギターを持ちトリプルギターの夜想
ラストの遺言は達也さんがカホンからさっき亞んちゃんが使ってたアクリルっぽいバスドラに切り替えて(夜想からこのバスドラだったかも)遼さんが立ち上がってかなり豪華な仕上がりに
アコースティックとはいえバンドサウンドに近い音圧
遺言良すぎた

かなり久しぶりの5ショ撮影
リズム隊は黒シャツ、一葵さんは白シャツに着替えて、春さんはそのままでした。
ヴァージュの撮影と同時進行だったのでヴァージュブースから紫月さんの声がめっちゃ聞こえてきた(笑)
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ビルやら、富士山やらの港の夕景... ( ̄∀ ̄)サンセッツ #横浜 #みなとみらい #ランドマークタワー #コスモクロック #富士 #富士山 #夕富士 #シルエット #シルエット富士 #夕焼けハンター #夕焼け撮影隊 #みなとみらい線フォト散歩 #東京カメラ部_横浜分室 #横浜カメラ部 #yokohama #myyokohama #minatomirai #landmark #cosmoclock21 #sunsetview #sunsetlovers #sunsetphotography #om写真投稿 #omds_om_photo #ig_japan #igersjp #instagramjapan #写真好きな人と繋がりたい (大黒埠頭) https://www.instagram.com/p/CS_5yLwJ_2l/?utm_medium=tumblr
#横浜#みなとみらい#ランドマークタワー#コスモクロック#富士#富士山#夕富士#シルエット#シルエット富士#夕焼けハンター#夕焼け撮影隊#みなとみらい線フォト散歩#東京カメラ部_横浜分室#横浜カメラ部#yokohama#myyokohama#minatomirai#landmark#cosmoclock21#sunsetview#sunsetlovers#sunsetphotography#om写真投稿#omds_om_photo#ig_japan#igersjp#instagramjapan#写真好きな人と繋がりたい
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若草山にて
ガチンコ撮影会もいよいよフィナーレ、夕景の若草山へと登りました(もちろん車でw)。山頂では天使の梯子がお出迎え、鹿さん達がまどろんでいてここでもmaruちゃんさん、鹿さんの眼前でカメラ構えてしばし不動・・。ウェディングの前撮りロケ隊が4組もい��、各々夕景をバックにちょっと照れ臭いポーズで撮影していました。夕焼けも爆焼けには及びませんでしたが、刻々と変わる景色を撮っていたらあっという間に日没・・眼下の街並みにも灯が点りはじめ、タイムアップとなりました。
山を下りたら辺りはもう真っ暗。maruちゃんさんはさらにここから帰路を一人で数時間運転・・とてつもなくタフです。
ジモPの僕は彼女より一足どころか四足五足先に帰宅。リビングでぼーっとしてたら無事に帰宅したとの連絡が入って一安心。maruちゃんさんお疲れさまでした。今回巡りきれなかった場所もあるんでぜひまた来てくださいね。
今回の撮影会も濃かった濃かったw。お風呂に浸かるととろけそうになりましたよ。
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2021年5月9日(日)

今日は<母の日>、記念日にはいつも GoogleDoodle を確認することにしている。なるほど、アジア/アフリカ地域の大半は、この日が記念日とはなっていない。<父の日>もしかり、Googleさんは文化の多様性を可視化するのに大いに貢献してくれるのだ。
ツレアイは緊急電話当番。

残りご飯を片付ける、汁は長男差し入れの<オクラ入りネバネバスープ@無印良品>。
洗濯1回。
学生からの提出課題をチェック。
地球洗い隊のバーゲン最終日、とれるNo.1のセットを注文。
<無水ミネストローネ>仕込む、今回はサバ缶投入バージョン。

ランチは4人揃って2色スパゲッティ。
録画番組視聴。
ドラマ「スパイの妻」
戦争という時代の荒波に翻弄されながらも、自らの信念と愛を貫こうとする夫婦を蒼井優さんと髙橋一生さんが演じたドラマ「スパイの妻」をBSプレミアムで放送することが決定しました。名匠・黒沢清監督が、第77回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した話題作です。 また、ドラマの放送にあわせて、主演の蒼井優さんの撮影舞台裏を追ったドキュメンタリー、さらに黒沢監督がキャスターの国谷裕子さん相手に自作について語り尽くした番組も放送します。
(あらすじ) 1940年、太平洋戦争前夜の神戸。 福原聡子(蒼井優)は、満州へ赴いていた夫・優作(高橋一生)の帰りを待ちわびていた。ところが帰国後、幼なじみの憲兵・津森泰治(東出昌大)から呼び出され、夫が満州から連れ帰った女の死を告げられる。嫉妬心に駆られた聡子は、夫の行動を疑うなかで、彼が持ち帰った重大な秘密を目にしてしま��。かの地で一体、何があったのか。真実を知ってしまった聡子は驚きの行動に出る。 (出演) 蒼井優(福原聡子) 高橋一生(福原優作) 坂東龍汰(竹下文雄) 東出昌大(津森泰治) ほか
いやぁ、凄い作品、見入ってしまった!
町内ウォーキング。
NURO光から、明日の工事の確認電話。
携帯キャリアを来月からUQmobileに変更するので、電気・ガスをauからJCOMに変更すべく、Webから申込。
学生からの提出課題をチェック。

早めに夕飯、昆布締めポーク・玉子焼き・フライドポテト・アボカドサラダ。三男から母の日のプレゼントにワイン、私もお相伴。
録画番組視聴。
古今亭志ん輔 落語「井戸の茶碗」
古今亭志ん輔さんの落語「井戸の茶碗」をお送りします(令和3年4月11日(日)収録)【あらすじ】正直者で知られるくず屋の清兵衛は、貧しい浪人・千代田卜斎から預かった古い仏像を、細川家に仕える高木作久左右衛門に300文で売る。ところがこの仏像を高木が磨くと、台座の紙がはがれて中から50両もの小判が出てきた。「仏像は買ったが中の小判まで買った覚えはない」と高木はこの金を返そうとするが…
細川候を落語的に描いているが、私的にはさん喬/新治バージョンが好みである。
100分de名著 金閣寺 第1回 美と劣等感のはざまで
幼��頃から吃音で言語表現に困難をもつ主人公・溝口は、父親から「金閣寺ほど美しいものは地上にはない」といわれて育つ。美しい風景を眺めては「心象の金閣」の美を膨らませ続けた溝口だったが、父の死の直前、本物の金閣寺を見せられて激しく幻滅する。やがて父の遺言通り、金閣寺の徒弟となり得度した溝口は、現実の金閣と対話を続ける中で、戦火によって「滅びゆくもの」として深い一体感を感じ、悲劇的な美しさを共有するのだった。第1回では、三島由紀夫の人となり、「金閣寺」の執筆背景などにも言及しながら、三島由紀夫が描こうとした、人間がもたざるを得ないコンプレックスという宿命と、美への憧れとの葛藤に迫っていく。
原作を読み直すべく文庫本を買ったが、この番組を観てしまうと読んだ気になってしまう(^^;)。
早めに入浴、ヴェリタスブロイをいただきながらの就寝前読書。
11,442歩、よしよし。
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朝日新聞社の慰安婦報道に関する訂正とおわびが英語版に無い件
“記事を訂正、おわびしご説明します 朝日新聞社
慰安婦報道、第三者委報告書
慰安婦問題を報じた本紙記事について、第三者委員会から不正確で読者の誤解を招くものがあるといった指摘を受けました。これまでの訂正・記事取り消しなどに加え、独自に検討を進めてきた結果を踏まえて必要な訂正をします。読者の皆様におわびし、理由を説明いたします。訂正などにあたってのわかりやすい提示方法について今後も検討し、改善を重ねます。
「軍��与示す資料」の記事について 「従軍慰安婦」用語メモを訂正
「従軍慰安婦 1930年代、中国で日本軍兵士による強姦(ごうかん)事件が多発したため、反日感情を抑えるのと性病を防ぐために慰安所を設けた。元軍人や軍医などの証言によると、開設当初から約8割が朝鮮人女性だったといわれる。太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊(ていしんたい)の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」(92年1月11日付朝刊1面) これは、日韓首脳会談のために当時の宮沢喜一首相が訪韓する前、「慰安所 軍関与示す資料」という見出しの記事と併せて掲載した用語説明メモです。 慰安婦については、今も実態がはっきりしない点が多くあります。現在までの研究成果や知見を踏まえると、このメモには誤りや不正確な表現があります。90年代から疑問を指摘されていた点もありました。長期間にわたり読者の誤解を招く表現を放置し、対応を怠ったことをおわびし、訂正します。 誤りは、慰安婦と挺身隊を混同したことです。女子挺身隊とは軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、兵士らの性の相手をさせられた慰安婦とはまったく別のものです。 また、慰安婦の数や朝鮮人女性の比率も、現在の知見に照らすと不正確でした。日本人を含めた慰安婦の総数を示す公式記録は見つかっておらず、国内の研究者の推計も変化しています。民族ごとの比率も明確な資料は見つかっていません。 現代史家の秦郁彦氏は93年に6万~9万人とし、99年には2万人前後と修正しました。吉見義明・中央大教授(日本近現代史)は95年に5万~20万人と推計し、最近は5万人以上としています。日本人や他の民族の慰安婦が全体に占める比率も諸説あり、確定していません。 第三者委の報告書はこのメモについて、「あたかも挺身隊として『強制連行』された朝鮮人慰安婦の人数が8万人から20万人であるかのように不正確な説明をしている点は、読者の誤解を招くものであった」と指摘しました。また、���集積された先行記事や関連記事等から抜き出した情報をそのまま利用したものと考えられる」と述べ、「当時は必ずしも慰安婦と挺身隊の区別が明確になされていない状況であったと解されることを考慮しても、まとめ方として正確性を欠く」としています。 朝日新聞は今年8月、慰安婦と挺身隊の混同があった記事について、該当の表現を過去記事を閲覧���きるデータベースから削除せず、おことわりをつけて確認できるようにしました。 この用語説明メモについては、今後、「慰安婦と挺身隊の混同があり、『主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した』という表現は誤りでした。これまでの知見では、慰安婦の数や朝鮮人女性の比率もはっきりわかっていません」といったおことわりをつけます。
第三者委「政治課題となるよう企図」
1992年1月11日付の朝刊1面で「慰安所 軍関与示す資料」との見出しで報じた記事をめぐっては、他のメディアなどから疑問が出されていました。 記事は、防衛庁防衛研究所図書館所蔵の公文書に、旧日本軍が現地部隊に慰安所の設置を命じたことを示す文書などが見つかったという内容です。政府は当時、国会答弁で国の関与を認めていませんでした。この記事の掲載は宮沢喜一首相が同月16日から訪韓する直前で、前文(リード)でも「政府として新たな対応を迫られるとともに、宮沢首相の16日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる」と書いていました。 記事への主な疑問は、(1)資料を早く入手していたのに、首相訪韓直前のタイミングを狙って記事にしたのではないか(2)韓国や日本国内で、慰安婦の強制連行に軍が関与したというイメージを世論に植え付けようとしたのではないか、という点です。(1)について、第三者委の報告書は「(首相訪韓直前のタイミングを狙った)実態があったか否かは、もはや確認できない」としたうえで、前文の表現などから「訪韓の時期を意識し、慰安婦問題が政治課題となるよう企図して記事としたことは明らか」と指摘しました。(2)については、「記事には誤った事実が記載されておらず、記事自体に強制連行の事実が含まれているわけではないから、朝日新聞が本記事によって慰安婦の強制連行に軍が関与していたという報道をしたかのように評価するのは適切でない」としています。
「元慰安婦、初の証言」の記事について 「女子挺身隊」「連行」の記述訂正
「日中戦争や第2次大戦の際、『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり……」(91年8月11日付朝刊社会面〈大阪本社版〉) これは、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」との見出しで掲載した記事の前文部分です。記事は、韓国人の元慰安婦の一人が初めて、自らの過去を「韓国挺身隊問題対策協議会」に証言したことを、録音テープをもとに伝えました。 しかし、同記事の本文はこの女性の話として「だまされて慰安婦にされた」と書いています。この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません。 前文の「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」とした部分は誤りとして、おわびして訂正します。 第三者委員会に対し、筆者の植村隆・元記者(56)は「あくまでもだまされた事案との認識であり、単に戦場に連れて行かれたという意味で『連行』という言葉を用いたに過ぎず、強制連行されたと伝えるつもりはなかった」との趣旨の説明をしたといいます。 第三者委は報告書で、「だまされた」事例であることをテープ聴取で明確に理解していたにもかかわらず、この前文の表現は「『女子挺身隊』と『連行』という言葉の持つ一般的なイメージから、強制的に連行されたという印象を与える」などと指摘しました。 また報告書は、挺身隊と慰安婦の混同について、91年から92年ころにかけて両者の違いが急速に意識されるようになるまでは、「両者を混同した不明確な表現が朝日新聞に限らず多く見られたという実態があった」との見解を示しました。朝日新聞は今年8月の検証記事で、この記事に「意図的な事実のねじ曲げはない」と結論づけました。報告書はそれだけでなく、「読者に正確な事実を伝えるという観点から、前文部分の記載内容も含め、さらに踏み込んで検討すべきであった」としました。この指摘についても、重く受け止めます。 この記事には、過去記事を閲覧できるデータベース上で、挺身隊の混同がみられたことから誤用したことを示すおことわりをつけています。今後、改めて、「この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」といったおことわりをつけます。
第三者委 元記者の「事実ねじ曲げ」否定
植村氏が91年に書いた記事2本には、他メディアから疑問が示されていました。 一つは、91年8月、録音テープの提供を受けて元慰安婦の証言を匿名で報じた際、後に元慰安婦らの裁判を組織した韓国の別団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」の幹部だった義母のつてで取材し、裁判を有利に進めるために記事を書いたり内容を変えたりしたのではないかという疑問です。 この点について第三者委は、植村氏から「ソウル支局長から紹介を受けて挺対協のテープにアクセス(接触)した」という説明を受けたとし、前年に韓国で元慰安婦を捜す取材をした経緯も踏まえ、この説明を「不自然ではない」としました。北海道新聞が直後にこの元慰安婦を直接取材し、実名で報じたことにも触れ、「記事を書くについて特に有利な立場にあったとは考えられない」「縁戚関係にある者を利する目的で事実をねじ曲げた記事が作成されたともいえない」と結論づけました。 また、この元慰安婦がキーセン(妓生)を育成するための学校に通っていた経歴を書かなかったことへの疑問も出ていました。報告書は、植村氏が続報記事「かえらぬ青春 恨の半生」(91年12月25日付大阪本社版朝刊5面)を書いた時点で、この元慰安婦らが起こした裁判の訴状などから経歴を知っていたとし、こう指摘しました。 「キーセン学校のことを書かなかったことにより、事案の全体像を正確に伝えなかった可能性はある。『キーセン』イコール慰安婦ではないとする(植村氏の)主張は首肯できるが、それならば、判明した事実とともに、キーセン学校がいかなるものであるか、そこに行く女性の人生がどのようなものであるかを描き、読者の判断に委ねるべきであった」
吉田清治氏関連の記事について 新たに2本、全文・一部取り消し
朝日新聞は今年8月5日付の検証紙面で、吉田清治氏(故人)を取り上げた記事16本を取り消しました。 吉田氏は存命中、日本の植民地だった韓国・済���島で戦時中、女性を慰安婦にするため暴力を使って無理やり連れ出したと証言していました。 記事取り消しは、吉田氏の証言を虚偽だと判断したためでした。8月以後、改めて過去の報道を再調査した結果、吉田氏の虚偽証言に基づく記事がほかにも3件掲載されていたことを確認しました。個々の記事には次のように対応し、長期間を要したことをおわびいたします。 「連載 韓国・朝鮮人2(27) 命令忠実に実行 抵抗すれば木剣」(80年3月7日付川崎・横浜東部版)は全文を取り消し、掲載したことをおわびします。 この記事は、吉田氏への取材をもとに「2回ほど朝鮮半島に出かけ、“朝鮮人狩り”に携わった」などと伝えています。 しかし、研究者らへの取材などから、吉田氏が所属したとする山口県労務報国会は、指揮系統からみても職員が直接朝鮮に出向くことは考えにくいと判断しました。慰安婦に関する吉田氏の証言を取り上げた記事と同様に、証言を虚偽と判断して扱います。 「連載 うずく傷跡 朝鮮人強制連行の現在(1) 徴用に新郎奪われて」(84年1月17日付夕刊社会面〈大阪本社版〉)についても、吉田氏の証言に関する部分を取り消し、おわびします。この記事は、吉田氏が朝鮮人強制連行業務の一端に連なった、と書き、同氏が韓国・天安に建てた謝罪の碑の除幕式の様子を紹介しました。除幕式があったのは事実ですが、前記の連載記事と同じ理由で証言を虚偽だと判断します。 一方、「朝鮮人こうして連行 樺太裁判で体験を証言」(82年10月1日付社会面)は、東京地裁に証人として出廷した吉田氏が朝鮮人の連行に加わったとの証言を採録し、「朝鮮人徴用業務に直接携わった『労務報国会』の元幹部が初めて証人として出廷、『朝鮮人狩り出し』と呼んでいた強制連行の実態を証言した」などと記しています。 これまでの取材から、吉田氏の証言に信用性はなく虚偽と考えられます。ただ、裁判という司法手続きでの証言の内容は取り消しや訂正になじまないと考え、この記事にはデータベース上で「吉田氏の証言に信用性はなく、虚偽だと考えられます」とのおことわりをつけます。
吉田証言の初報の筆者について 十分解明できず
朝日新聞は今年8月の記事で、吉田清治氏が韓国・済州島で女性を強制連行したとする証言を最初に報じた記事「朝鮮の女性 私も連行」(1982年9月2日付大阪本社朝刊)について、当時の大阪社会部の記者(67)が筆者と伝えた後、9月29日付朝刊社会面で、この元記者が筆者ではないとの記事を掲載し、おわびして訂正しました。 その際、別の元記者(66)が「初報は自分が書いた記事かもしれない」と名乗り出たと説明しました。 今回、第三者委員会の調べに対し、名乗り出た元記者は、証言の場となった講演会場に赴いて写真の撮影はしたが、記事執筆の点を含めて細かい記憶はないといった説明をしています。 朝日新聞は当時の大阪社会部デスクらにも取材しましたが、この初報の筆者を特定できませんでした。十分に解明できなかった点をおわびします。
吉田清治氏を取り上げ、取り消しなどの対象となった主な本紙記事
掲載日見出し記事の内容
●1980年3月7日朝刊(川崎・横浜東部版)
連載 韓国・朝鮮人2(27) 命令忠実に実行 抵抗すれば木剣
吉田氏への取材をもとに「2回ほど朝鮮半島に出かけ、“朝鮮人狩り”に携わった」などと記述。現地で警官とともに若者100人を集め、労働力として日本へ送り、抵抗する者には暴力を使ったとする証言を紹介
82年9月2日朝刊(大阪本社版)
朝鮮の女性 私も連行 暴行加え無理やり
大阪市内であった集会で吉田氏が行った講演内容をまとめた。吉田氏は、直接指揮して日本に強制連行した朝鮮人は約6千人、うち950人が慰安婦だった、と説明した
83年10月19日夕刊
韓国の丘に謝罪の碑 「徴用の鬼」いま建立
6千人の朝鮮人を日本に強制連行し「徴用の鬼」と呼ばれた、と吉田氏を紹介。田んぼや工場、結婚式場にまで踏み込んで若者たちを手当たり次第に駆り立てた、などと活動を説明している
83年11月10日朝刊
ひと 吉田清治さん
「国家による人狩り、としかいいようのない徴用が、わずか三十数年で、歴史のヤミに葬られようとしている」などの吉田氏の発言をとり上げた
83年12月24日朝刊
たった一人の謝罪 韓国で「碑」除幕式
吉田氏が韓国に建てた「謝罪の碑」の除幕式の様子を報じた。「私は戦前数多くのあなた方を強制連行した張本人」などの発言を紹介
●84年1月17日夕刊(大阪本社版)
連載 うずく傷跡 朝鮮人強制連行の現在(1) 徴用に新郎奪われて
本文冒頭で、吉田氏が朝鮮人強制連行業務の一端に連なった、と書き、同氏が韓国・天安に建てた謝罪の碑の除幕式の様子を紹介
86年7月9日朝刊
アジアの戦争犠牲者を追悼 8月15日、タイと大阪で集会
吉田氏について、慰安婦を含む朝鮮人の強制連行の指揮に当たったと言及している
90年6月19日朝刊(大阪本社版)
名簿を私は焼いた 知事の命令で証拠隠滅
「多くの朝鮮人女性を従軍慰安婦として連れ去ったこともあります。当時の私は、徴用の鬼、といわれて誇りに思っていました」と吉田氏の発言を記載
○91年5月22日朝刊(大阪本社版)
女たちの太平洋戦争 従軍慰安婦 木剣ふるい無理やり動員
吉田氏が「私が今日、最も恥ずべきこと、心を痛めている問題の一つは、従軍慰安婦を950人強制連行したことです」などと語った内容を、集会での発言を収録した本を引用して紹介
91年10月10日朝刊(大阪本社版)
女たちの太平洋戦争 従軍慰安婦 乳飲み子から母引き裂いた
吉田氏のインタビュー記事。慰安婦を強制連行したとして、「若い母親の手をねじ上げ、けったり殴ったりして護送車に乗せるのです」などと語っていた
92年1月23日夕刊
窓 論説委員室から 従軍慰安婦
「(慰安婦を)戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦(ごうかん)し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した」などと吉田氏の発言を紹介
92年3月3日夕刊
窓 論説委員室から 歴史のために
吉田氏の告白に多くの投書が来たことに触れ、日本軍の残虐行為を否定する意見を紹介。知りたくない、信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない、と結んだ
92年5月24日朝刊
今こ�� 自ら謝りたい 連行の証言者、7月訪韓
吉田氏が韓国に謝罪の旅に出ることを報じた。「残虐行為に直接かかわった日本人が謝罪に来た、という歴史を残したい」との発言にも触れた
92年8月13日朝刊
元慰安婦に謝罪 ソウルで吉田さん
吉田氏が韓国で元慰安婦に謝罪した様子を報じた
94年1月25日朝刊
政治動かした調査報道
朝鮮に渡って強制的に慰安婦を送り出した元動員部長の証言に、読者から驚きの電話が何十本も届いた、と吉田氏を匿名で紹介
今回新たに取り消しや一部取り消しとする記事2本(掲載日の冒頭に●印)と、8月に取り消した16本のうち紙面で公表できる記事13本を併せて示します。
91年5月22日付の記事(掲載日の冒頭に○印)は著作物の引用が多いため公表を見合わせていましたが、第三者委員会が対象から除外するのは適切でないと指摘したことを踏まえ、掲載します。
外部の方が書かれた「声」欄の投稿や「論壇」「私の紙面批評」への寄稿の3本は、引き続き紙面では公表しないことが適当と判断しています。
これらすべての記事について、朝日新聞の過去記事を閲覧するデータベースからは削除せず、吉田清治氏の証言は虚偽だと判断したことを示すおことわりをつけます。
(朝日新聞 2014年12月23日 朝刊37ページ 東京本社)” (全文)
記事を訂正、おわびしご説明します 朝日新聞社 慰安婦報道、第三者委報告書
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カンボジア有数のリゾート観光地、シアヌークビルで6月22日未明、中国企業が所有する完成間近の7階建てビルが崩壊した(ビデオ:https://www.youtube.com/watch?v=MjAXLORl4a4 )。
6月25日時点で死者28人を数え、犠牲者はさらに増える見通し。カンボジア史上最悪のビル倒壊事故となった。
ビル内には、中国人の電気技師ら作業員約80人が寝泊まりしていた。カンボジア当局が当初から違法建築で建設中止を勧告していた中で発生した事故だった。
ビルを建設していた中国企業はこの勧告を無視、違法建築を続行していた模様だ。
米ワシントン・ポスト紙などによると25日、シアヌーク地裁で事故直後から拘束されていた中国人のビル所有者1人が過失致死罪の容疑で、さらに中国人の建設会社社長1人と中国人の現場責任者2人が共謀罪容疑で中国人計4人がそれぞれ起訴された。
有罪判決を受ければ、過失致死罪で最大3年、重大化過失が認められれば5年から10年の刑に服すことになる。
この最悪の事態に、タイ・バンコクで23日まで開催されていた東南アジア諸国連合首脳会議に出席していたカンボジアのフン・セン首相は24日、急遽現地入り、シアヌークビル市内全域の建設状況の検査を直ちに指示した。
シアヌークビルは、カンボジアで唯一の深水港を要する港湾都市。カンボジアで崇拝されている故国王にちなみ、名づけられたシアヌークビル州の州都でもある。
首都・プノンペンから飛行機で約40分、バスで約5時間のところにある。
風光明媚なビーチが売り物で、カンボジア人が憧れる観光地だ。数年前まではカンボジアのエリートたちの新婚旅行でも人気のスポットだった。
地元の漁師らが獲ったイカやシャコの炭焼きを頬張りながら、地平線に沈むオレンジ色の夕日を堪能することができるなど、筆者もその手つかずの自然に魅了された一人だ。
自然にあふれ、アジアには数少なくなったちょっとした隠れ家的リゾートとして、日本人にも人気があった。
カンボジア屈指の美しい海岸で知られるこの長閑な港町は、かつてはロシア人富裕層や欧米諸国からのバックパッカーの秘境だった。
しかし、数年前から中国の企業が巨額な投資を続け、中国本土からの移���者や観光客のための「カジノの町」に変貌。シアヌークビルの「中国化」が始まった。
実は、ギャンブル好きの中国人は中国ではカジノで遊べない。中国本土ではカジノが禁止されているからである。
その反動もあるのか、アジアのラスベガスと呼ばれる中国特別行政区のマカオは、今や米国のラスベガスを大きく引き離す世界一のカジノ都市へと成長した。
中国政府は、世界一の収益を上げるマカオのギャンブルビジネスを特別な法律運用で認可している。
シアヌークビルはそのマカオでは飽き足らない中国人向けのカジノ&リゾートとして人気が急上昇中なの��。
そもそもカンボジアは、中国の習近平国家主席が提唱する一帯一路の重要拠点。
シアヌークビルには、「大型船停泊可能な同国唯一の深海港があるだけでなく、国際空港も備える物流の要衝。首都・プノンペンとシアヌークビル間の貨物量はカンボジア最大規模で、国内最大の輸出拠点として重要性が急速に増している」(ASEAN=東南アジア諸国連合の経済投資アナリスト)。
中国からの投資が最も顕著で急拡大しており、建設ラッシュに沸くシアヌークビルは、中国人移住者や急増する中国人観光客目当ての大小含め約90のカジノが乱立。
シアヌークビルの将来性に着目した中国企業の投資は、2016年10月に習近平国家主席がカンボジアを訪問した直後から急増。「中国は、インフラ整備などに巨額支援し、中国本土の企業進出を後押ししている」(同アナリスト)。
シアヌークビル経済特区への進出企業の約90%が中国企業で約150社ほどに上る。
1985年以来、独裁国家を率いる親中のフン・セン首相の盟友、かつては地方軍司令官だったユン・ミン・シアヌークビル州知事は次のように話す。
「2010年以降、中国はカンボジアの最大支援国で最大貿易相手国。カンボジアへの中国の投資額も最大で、2016年から2018年で10億ドルに達した」
投資額だけでなく、債務も破格だ。対外債務約60億ドルの約半分を対中債務で占め、他のどの国より断然に多い。
とりわけ、シアヌークビルは、タイ湾やマラッカ海峡進出への足がかりとなるカンボジアの要衝として、一帯一路における最重要戦略拠点の一つ。軍事的にも、極めて戦略的位置づけにある。
今年に入って、シアヌークビルの港に中国海軍のミサイル護衛艦「邯鄲」「蕪湖」(双方とも、全長約140メートル、排水量約4000トン)、補給艦「東平湖」(全長180 メートル、同2万トン)の巨大軍艦3隻がドック入りした。
「中国政府が周辺国と領有権を争っている南シナ海へのアクセスが簡単なシアヌークビルの北部・ココン州沿岸沖に海軍基地の建設を目論んでいる」と噂されるが、フン・セン首相は、今のところ否定している。
しかし、筆者の知人の地元メディアのベテラン記者は「シアヌークビルは、すでに中国企業の租借地で挟まれていて、カンボジアの海岸線の3分の1以上は中国企業に支配されている」と言う。
中国の軍事的戦略が粛々と進められているとみて間違いないだろう。
一方、中国からのヒト、モノ、カネが流入するなか、深刻化しているのが中国化による社会問題と凶悪犯罪の急増だ。
シアヌークビル市は人口が約10万人(同州は約25万人)。その街に中国人が7万人(2018年10月、プノンペン・ポスト紙)も大量移住しているとされる。
さらに、カジノ目当てに年間、数百万の中国人観光客が押し寄せる(2018年の外国人観光客は約630万人で、国別首位の中国人は前年比約70%増の約200万人に達した)。
シアヌークビルは、まるで 中国の中の”カンボジア村”のようだ。
そのため、現在シアヌークビルは建設ラッシュが続き、浜辺が埋め立てられている。
カンボジア人に人気だった海水浴場は中国人に買い占められ、海の家は中国人経営で、中国人のためのメニューが並び、中国語しか通じなくなっている有様。
さらに、中国人経営の中国人のための病院、ヘアサロン、スーパーなど中国人向けのサービスが完備されている。
知人の地元メディア記者によると、カンボジアでは法律で看板などの表示はクメール語で表示されなければいけないが、自動翻訳された意味不明なクメール語を付記した中国語看板が散乱しているという。
カンボジア人の多くが「カンボジア文化への冒涜だ」と非難している。
こうした事態に、ユン・ミン知事がクメール語の間違いなどを含む中国語の看板をすべて撤去するよう命令したが、収拾には至っていない。
さらに、ホテルやレストランが出すごみに加え、観光客が捨てるごみで、美しかった海岸線は汚され、同知事や地元職員などが清掃の陣頭指揮を執らなければいけない危機的事態にも陥っている。
「チャイナ・タウン化」したシアヌークビルは、こうした問題以外に、土地価格の急騰、ごみ処理場や水不足、宿泊料高騰によるホテル不足なども深刻化している。
それだけではなく、最近急増しているのが中国人が引き起こす犯罪だ。
地元の交通ルールを無視し引き起こされる交通事故でカンボジア人の犠牲が絶えないのはまだ序の口。
中国で犯罪を起こしたマフィアグループが流入し、詐欺、殺人、麻薬密輸、人身売買、誘拐、違法賭博などの凶悪犯罪が後を絶たないのだ。
5月にカンボジア当局が発表した3月までの直近3か月の逮捕数は、外国人341人中、中国人は241人で、2位のベトナム人(49人)をはるかに上回った。
そして、地元当局が中国人のカジノ関係者や犯罪グループから賄賂を受け取り、悪質な犯罪が野放しにされている。
見かねたカンボジア政府はこのほど、国家レベルの警察、移民局、法律専門家の支援部隊をシアヌークビルへ派遣することを決定した。
一方、中国政府も治安悪化などの犯罪解決に地元当局などと連携強化することを明らかにしている。
しかし、こうした中国の反応に地元メディアは「シアヌークビルの治安維持に、中国政府がどうして乗り出すのか」「治外法権を逸脱した中国による支配強化に過ぎない」と強い反発が起きている。
さらに、恐るべき中国犯罪の流入も明らかになってきた。
中国では、国が主導し軍病院などで組織的に臓器を収奪する「臓器狩り」が横行しているといわれる。
英国の保守党人権委員会委員長代行のベネディクト・ロジャース氏は「法輪功メンバーやチベットの仏教徒、ムスリムのウイグル人らの臓器が大量に売買されてきた」と告発する。
中国は、アジア最大の自主的臓器提供システムがあるというが、もちろん中国国内には存在しない。
2015年には廃止されたといわれていたが、中国衛生部(厚労省に相当)の元副部長で、中国人体器官損献与移植委員会委員長の黄潔夫氏は、「2020年には、中国では世界最多の臓器移植がなされ、年間4万件の米国をも上回るだろう」と強調する。
そうした臓器売買がシアヌークビルなどカンボジアの都市でも行われている実態が明らかになってきたのだ。
「プノンペンポスト」「カンボジア日報」など地元メディアによると、これまでにカンボジアの陸軍病院などで、臓器を違法に売買した罪で臓器移植の技術指導を行った中国人教授や医師、医療関係者が逮捕される事件が相次いでいる。
例えば、腎臓は約4万ドルで中国人患者に売られ、臓器提供したカンボジア人には、わずか5000ドルの謝礼しか支払われず、中国人医師らが暴利を得ているという。
臓器売買を調査する国連関連機関などの専門家は、「中国が臓器収奪の犯行モデルをカンボジアへ組織的に輸出している可能性がある」と警告する。
しかし、こうした事態を踏まえながらも、親中のフン・セン首相は、頻繁に北京を訪問し、習国家主席や李克強首相のご機嫌取りに余念がない。
今年早々には北京を訪問し、両国間の貿易額を2023年までに100億ドルに引き上げ、さらに、経済支援として5億8800万ドルを受ける約束を携え、上機嫌で帰国した。
しかし、今回のビル倒壊事故も含め、深刻になる一方の中国化問題は、カンボジアの自主統治を危うくする。
そればかりか、国民からの批判や、それに押された軍部の反発を招く危険性もある。
カンボジアは急速な中国化で、国の繁栄や安全も脅かされない状況に直面している。
(取材・文・撮影 末永 恵)
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本年最終遠征から戻りました。 長らく留守にしており申し訳ありませんでした。 思えば8月下旬、裾野市のドッグランM'sからスタートした秋の遠征撮影。 Woman72では72時間密着撮影の大作完成。 降雨振替開催となった三井アウトレットパーク竜王でのドッグランこけら落とし30メートル走撮影会。この会場では「チームわんこイン」の新ユニットで臨みました。若干の平均年齢のアップはございましたが体調の変化を訴えるスタッフもおらず無事終了。 続いて樹々も色づき始めた寄七つ星ドッグランでの今シーズン前半撮影会。 そして秋の後半シーズンを迎えたエクストリームチャンピオンシップ 。福島県会津三里町でのロングドライブ開催。 運動会やらハロウインの撮影を終えて朝霧でのエクストリーム最終大会。朝焼けの富士山はとても綺麗だったなぁ。 編集作業は各地方の図書館。夜間は快活CLUB。銭湯に浸かって車中泊。一旦地元でのわんだふるdayで世界一はやいクリスマス撮影会からのおいでやdog祭。たろうちゃんパパとチームわんこイン婦人部隊とで王将で打ち上げ。「食った食った」 ドギーズマート正月撮影会はお馴染みさまの来店で賑わいました。 七五三ラッシュ・マタニティ臨月撮影・プレミアムわんだふるdayをこなしてから夜明けと夕暮れの町を撮影しながら辿り着いたのは花の都大東京。昭和記念公園でのエクストリームチャンピオンシップ 2022決勝大会。多くのドラマチックなシーンに涙をもらいました。 月が明けて寄七つ星ドッグランでの30メートル走今季最終撮影会(今回投稿分)。そして旅の最終はエクストラエクストリームチャンピオンシップ・ハイスピードフェスタ(現在編集中)。 上記イベントは全て雨天中止はなく開催(一部順延あり)されました。 まだまだ道半ば。旅の途中です。 集まってくださる方々がいる限り、全国各地へ飛んで行く次第です。 で、今回は寄七つ星ドッグランでの「わんこイン30メートル走 wuth 撮影会 〜走るか・飛ぶか・歩くのか〜 から当日の成績と上位入賞及びブービー賞の発表です。 目の入っているわんこや表情を変えずひたすら走るわんこ。みんな素敵です。 なお、ご参加いただきました皆さまへは本日データ送信いたします。また、フルサイズデータにつきましては本日メディアの発送を致します。お楽しみにお待ちくださいませ。 #わんこイン撮影会 #わんこイン30メートル走with撮影会 #エクストリームチャンピオンシップ #dogsportextreme #寄七つ星ドッグラン #30メートル #わんだふるday #プレミアムわんだふるday #わんわんマルシェ #おいでやdog祭 #ドギーズマート #昭和記念公園 #朝霧アリーナ #studiofuntas #dogsport #dogsportphotography (寄七つ星ドッグラン) https://www.instagram.com/p/CmNRFzcSpUJ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ボリビア編 アマゾンツアーという名の蚊地獄 amazon
この日はいよいよ待ちに待ったアマゾンツアー
ですが、早速出発から遅れます。まぁコレが南米だもんねー
気にしたらダメ、絶対。
とにかくクルマに乗って出発。
ここがアマゾン最寄り街やと思ってたらまだ奥に小さい街があるらしくそこまで2時間アトラクションかいうくらい激しいオフロードを進んでいきます。
そこで昼飯食ってまた出発。ついにアマゾンへ。

着いたら、フランス人4人と俺とガイドとその弟子?みたいな人でちっさい船に乗り込み奥へと出発。探検隊みたいでワクワクします。
ベースキャンプ地を目指しながら、あそこに鳥がいるぞとか、亀がいるとかいろんなことを教えてくれます。
その時止まって草むらとかに近づいてくれるんやけど、したらむっちゃ蚊が寄ってきます。しかも日本の蚊と違ってデカイ。もちろんこっちもそのことはわかってたので対策はしてましたが、こいつら服の上からでも吸ってくるのでほんと気持ち悪いです
まぁ、したら別の隊もいるんやけどそこのやつがアナコンダ発見。

いやそれ明日の主役と思いつつ通りすぎてなんかサルに会いに行きます。

めっちゃ警戒心が少なくかわいいです。
そんなこんなしてるうちに宿到着。

こんな感じのところです。
荷物置いたらアマゾンの夕焼けを見に行くってことでボートにまだ乗って出発。
夕焼け

ちなみに宿は蚊帳がついてるとは言えめっちゃ蚊がいます。ベープでだいぶ撃退はしましたけども
次の日はアナコンダ探しに朝から出かけます。ジャングルに上陸したらガイドとその弟子を中心にいろんな所をほじくって探してくれます。
そしたら昨日アナコンダ見つけてた別の隊も到着。一緒になって探します。
そしたら、弟子が木の下に見つけたらしく、のぞいたら奥で丸まってました。これで見れたし終わりかなーって思ってたらほじくり出すとのこと。
ガイドと弟子と他の隊のガイド3人がかりでアナコンダをほじくり出しました。アナコンダは毒無いとはいえ実際見てみると、ちょと怖い。まぁでもせっかくなので触って見ましたが、すげぇツルツル。

みんな記念撮影とかした後川へ返してました。
その後はワニを見に行きます。で着いたのがアマゾン川沿にある住宅。そこで上から見たらいるわいるわ。
まぁまぁデカイワニが頭からだけ出して息を潜めて待機してます。

ガイドがなんが鶏肉の骨をくくりつけて釣りするみたいにワニを引きつけて大ワニが動く所を見させてくれました。ちなみになんか元気なさげの猿もいました。

んで昼飯食べて次はピンクイルカと泳ぎに行きます。
あんなワニ見た後にアマゾン川で泳ぐのは怖いけどガイド曰く今から連れて行く場所はピンクイルカしかいないから大丈夫とのこと。
不安です。
んでそのピンクイルカがいっぱいいる所へ行ったらめっちゃ���ますよピンクイルカ。
で、アマゾン川へ入水するけどなんか怖い。だってね皆さん、水真っ黒ですからね。水中なんて見えるわけもなくなんか怖くね??
と思って迷ってらフランス人の女の子普通に入っていきます。
いや、恐怖心とかないんか
まぁでも負けるわけにもいかず俺もザブーンって入ったら俺の降りた所ちょっと深くて頭まで沈んで虚を突かれてちょっと口に水入りました
すぐペッペしました
ピンクイルカは意外と人が好きなのか、水中に立ってるとたまに突っついてきたりします。めっちゃびっくりするけど。んで1時間くらいピンクイルカと戯れながら終了。

夜はまたワニ見に行ったりしました。最終日はなんかまたピンクイルカの所へ行ってまた見て終了船で川の入り口まで戻ってツアー会社まで送り届けてくれます。

そったらまた俺は夜行バスに乗ってラパスへ出発。
アマゾンツアーおもろいやんけ
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ベイビー・コーリング・ユー
ハーイ、あたし宮本フレデリカ。フランス人のママと日本人のパパの間に生まれた20才、になったのってついこの間みたいな気がするけど、もう半年くらい前なんだね。なんならさっきまでよちよち歩きだった気もするけど、ああ、時間ってほんとにあたしたちを待ってくれないんだね。命みじかし恋せよオトメ、って昔の偉い人はやっぱりいいこと言うよね。だから、あたしは恋をする。今日も明日も、この先もずっと、おはようしてからお休みを言って、眠ってる間もずっと恋をしてる。だけど今、目を覚ましたら恋人はもうベッドにいなくて、こんな日って、きっと何かが起きるんだ。「しきちゃん、どこー」って扉を開いて、なんと、外ではセミが鳴いてる。夏���とっくに始まってるのに、ちょっと遅いよね。おねぼうさん。「フレちゃん。見て見てー」ってなんと、テーブルにはしきちゃんがこしらえたお料理が並んでる。カボチャの冷製スープ、冷やしトマトにアボガドのサラダ、自家製のヨーグルトにマンゴーソースを添えて、そして、ひやむぎ。食卓はなんてインターナショナルな装い。「ああん、愛してるよー」「にゃはは、あたしもー」って最初のキスで恋が始まる。毎日、新しく。昇りきる前の朝の光とか、空の果てまで続くヒマワリ畑とか、そんな感じ。「じゃあ、いただきまーす」「あ、ちょっとちょっと待って待って」手を合わせたしきちゃん、のふくれたほっぺ。と一緒に遅すぎる朝ごはん(もうお昼ご飯かも)をあたしのカメラにおさめる。「はーい笑ってわらってー」「フレちゃんも笑ってー」「こう?」「こう!」あたしたちと食卓をファインダーにおさめる。笑顔とピースサイン、ちょっと見切れたヨーグルト。一緒に撮る写真、ぜんぶ宝物になる。「じゃあ今度こそ、いただきまーす」「いただきまーす」片手におさまるピンク色のカメラ、買ったのって誕生日のちょっと前。二人の写真もみんなの写真もピンぼけの写真も全部とってあるから、もうすごい枚数になってる。「消し方教えてあげよっか」って笑ったあの子の写真だって、もちろんとってあるよ。全部ぜんぶ、大切でしょうがないんだもん。「このドレッシングおいしいねえ」「でしょでしょ、あたしの調合なんだ」次はもっとおいしくなるよーってスライスした玉ねぎをかじる、しきちゃんが料理に凝り始めたのは、この春頃から。器用で感覚も鋭いから(だと思ってたんだ)めきめき上達して、もうあたしよりずっとお料理上手。幸せなのは、一緒にキッチンに並ぶ時間。一緒に何かをつくる瞬間って、すごく、満たされた気持ちになるんだ。「で、何見つけたの?」ってあたしはワクワクしながら訊ねる。だけどしきちゃん「なーんにも」ってとぼけてスプーンに乗っけたヨーグルトをふるふる揺らしてみせる。ヨーグルトとあたしを交互に眺めて、にっこり笑ってぱくん。「うそ、見せたいものがあるよ」「ごちそうさましてからだね」それからあたしたち、おしゃべりしながら、たっぷり時間をかけてヨーグルトを味わう。お片付けをして、新しいヨーグルトを仕込んで、100パーセントのオレンジジュースとアイスコーヒーで一息ついてから、階段を昇る。バルコニーから「ちゃんと片付けようね、後で」って出しっぱなしのビニールプールを横目にして、非常用のはしごで屋上へ。もう一つはじごを「フレちゃん平気?」「高いとこ、好きだよ」昇って貯水槽の上、そこから空に向かって伸びるのは、真っ白な道。触ってみれば柔らかくて、乗ってみたら実はしっかりしてる、雲の道。じゃ、行こっかってあたしたち、空へ昇っていく。「離さないでね」「離したくないなあ」って手を取り合って、ゆっくり、だんだん速く、かけ足になって、スキップして、不思議だね、すごく遠くの空の上までそんなに時間はかからなかった。羽根が生えたみたい、ってこぼしたら「あたしには見えるけど」ってしきちゃん手をひらひらさせる、その仕草がかわいくって、繋いだ手をぎゅってする。雲の上はまるでいつか見たジャックの映画みたいで、だけど巨人はいない、他に誰もいないあたしたちだけの世界。「フレちゃんこっちこっち」ってしきちゃんが立つのは、なんと雲のふち。「危ないよー」「平気だよ、おいでー」って誘うから、綿の絨毯みたいな雲を歩いて一緒に覗く地上の世界は、白いお日様に照らされた鮮やかなマーブルの模様。あの辺り、ちょっと緑が濃いところがおうち、白く漂うビル街には事務所、ライトブルーの海の上にはお船を浮かばせて、すぐ近くを大きな鳥が飛び去っていく。ぽつんとゆっくり動いてる影は、きっとあたしたちの乗る雲のかたち。「きもちいいね」下はもう、きっとすごく暑い頃なのに、ここはすっごく快適な温度。涼しい風が髪を揺らして、あたしはくしゃみをする。「寒い?」「くすぐったい風だねえ」「そー……かも」優しい風に吹かれて、しきちゃんがあくびをする。「眠い?」「のんびりしちゃう」立ち上がって、のびを一つ。「探検しよう!」「フレちゃん隊長!」そのまま背すじをしっかりと、伸ばしてられたのはたぶん数十秒(長く続いた方だよね)。ちゃんと隅から隅まで、なんてことは決してなくって適当に気の向くままに、この世界で旅をする。見渡す限りの白い綿ぐも、を時々ちぎってみて「やわらかーい」「枕にしたいにゃー」、その先にある青い空を眺めて「くんくん、潮のにおいがする」「飛び込んでみよっか」なーんて、何があってもなくてもあたしたち、あんまり変わらない。「しきちゃん隊員、見たまえ」「あれは、オオハクチョウですね」「かわいいねー」「つがいかなー」ふとこの世界に入ってきたのは、真っ白くて黄色と黒のクチバシのおっきな鳥、が二匹。とことこ歩いたり、休んだり「あたしたちみたい」って先に言われちゃった。「あたしたちの方が仲良しだよー」って飛びついて、そしたら雲はふっかふかのおふとんに早変わり! 「お昼寝する?」「もうちょっと、見てたいな」「あたしも」しきちゃん、後ろからあたしを抱きしめるから、あたしはその腕を抱きしめて、すべすべのお肌にキスをする。「お返し」って首すじに触れる、しきちゃんの唇。鳥さんは一度だけ大きく羽根を開いて、それからお休みに入ったみたい。青い空の遠くを眺めてみたり、お互いの羽根をつくろったり、長い首をくすぐってみたり、なんだかすごく「幸せそうだね」「うん、幸せだよ」って、ささやきが降りかかる。しきちゃんの声、お母さんがくれたキャンディーみたい。「しきちゃん」「うん」「だいす……き……」「眠いの?」「うん」「大好きだよ、フレちゃん。おやすみ」大好きだよってちゃんと返事して、そのまま目をつむる。そしたらしきちゃんの体温とかにおい、どうしてかな、初めてみたいに嬉しくて、幸せで、気付かれませんようにって涙をあくびに紛れさせる。それでも段々と意識はぼんやりしてきて、その最後に、翼を開く音が聞こえた気がして、目を開く。そしたら世界はすっかり夕日の色に染まってて、寝すぎだよって見渡した景色の中に、鳥さん、しきちゃんの姿はなかった。どうしたんだろう。「しきちゃん」呼んでみても返事はなくって、きっと迷子だね、見つけてあげないとって歩き出す。夕焼けに下から照らされて、なんだか不思議な気分、雲は燃えるみたいな紫、赤、オレンジ、うっすら黄色や緑のグラデーション。きれいだなあってぼんやりと眺めた、視線の先にしきちゃんの姿を見つけて「おはよー」って手を振った。しきちゃんはちょっと力なくって感じ、小さく手を振り返して「これ、どーしよ」って指さした先、あたしたちが昇ってきた道は雲のふちの向こう、はるか遠くでひこうき雲みたいに空に溶けちゃってる。「わーお」「にゃは、かるーい」「どーしよっか?」「どうしようねえ」そのまま雲のふち、足をぶらぶら浮かせるあたしたちの下に、少しずつ夜にが広がっていく。グラデーションは少しずつ明度を失っていって、景色はローズカラー、そのうちにバイオレット、ぽつりぽつり点っていく白い明かりは、なんだかロウソクの火みたい。「きれいだねえ」「うん、すごく綺麗」繋ぎたくって、結んだ手。なんだか少し、冷たい気がした。「あたし、このままでもいいかも」って言ったのはしきちゃん。覗いた瞳の奥に、夕焼けよりずっと赤い心が揺れてる。じゃあ、あたしはどうなのかな。しきちゃんの目の奥、まっかな心のその向こうに、あたしがいる。胸に手を当ててみる、その姿は、なんだかしきちゃんよりずっと赤く燃えてるみたいに見えた。「それも、いいかもね」「……ほんとに?」「うん、ホントだよ」そう伝えるために肩に寄りかかる。鼓動の音が、伝わってきた。「このまま、ふたり。ずーっと」あたしの音も、伝わってる。そうだったら、いいって思う。「……フレちゃん」「なあに?」「ヨーグルト、悪くなっちゃうよ」「……そうだね」「フランセスちゃんも、枯れちゃう」「……うん、そうだよね。ありがと」よし、って立ち上がったあたしたちの世界、少しだけオレンジを取り戻す。「行こっか」「うん、帰ろう」そうしてあたしたち雲のふちから、夕方と夜の間、その空へふたり飛び出していく。落下する感覚、胃がぎゅーってなる感じはすぐに過ぎていって、感じるのは空を舞い踊る心地良さ。強い風、空気の抵抗はあたしたちの髪を巻き上げるけど、決して痛かったり苦しかったりはしない。繋いだ手のひら、とんとんって叩かれて見返せば、しきちゃんは口をぱくぱく動かして、だけど風の音しか聞こえない。声が聞きたくて、だけどどうしても聞こえなくて、手のひらを握り返す。地面は、どんどん近付いてくる。両手を繋いで、しきちゃんのリードに合わせて傾けた体は、地上の光を離れて夕日で燃えるみたいに輝いた海の上空。ぐんぐん近付いてくる。視界の端、街の光が一瞬で過ぎていく。繋いだ手の先を見つめる。しきちゃんは、笑ってる。焼ける海に照らされた、綺麗な笑顔。あたしも、笑い返す。綺麗に笑えてたらいい。しきちゃんの笑顔。この世界の一番。綺麗で、大好きなもの。最後だとしても、見れたから。しきちゃんも、そうだったら。海面はもうすぐ。もう一度、ぎゅって握る。深く息を吸って、飛び込んだ水の中は、思ったほどのショックはなくて、むしろ生ぬるくて優しい感覚、っていうか全然足が、体がしっかりと堅いものに触る。もしかして海の底? そんなことを思った瞬間に水音を連れてあたしの体は水面から飛び出してた。大きく息を吐いて、吸って、開いた視界いっぱいに広がるしきちゃんのかたち。夢なのかな、それとも一緒に天国にいるのかな。そう思う、あたしとほとんど同じに混乱してるしきちゃんの表情。あたしたち、確かめるみたいに互いに触れ合って、少しずつ状況を理解していく。見上げた空はすっかり暗くなって、星がまたたいてる。もう少し下を見たら、そこには、はしご、貯水槽。そしてあたしたちは、出かける前は確かに空っぽだった、ビニールプールの中にいる。毛先から滴った水はしょっぱくて、立ち昇るのは、むせかえりそうな潮の香り。けほ、って小さな咳をする。塩辛くて、喉がひりひりしてた。あたしを呼んで、しきちゃんも咳をする。げほげほ、ってすっごく苦い顔。だけど、その感覚。あたしたちに現実を取り戻させる。離れてた、手のひらを結び直す。びしょびしょの体を寄せて、抱きしめる。抱き合って、キスをする。きらきら、星がまたたいてる。息が続かなくなるまでキスをして、見つめ合って、また唇を重ねる。水音が、響いてる。落ちてる時、こう言いたかったんだね。だけど静かな夜だから。きっと世界中が言葉をなくしてる、そんな夜だから。あたしたち互いの感触だけで心をいっぱいにして、でもここは現実だから、ちょっと肌寒い初夏の夜風が吹いて、あたしが先に、すぐにしきちゃんが、くしゃみをひとつ、ふたつ。それを笑い合って、大好きな笑顔と、この世界の一番のものと連れ合って、一緒におふろ。熱めのお湯と桜のバスソルトを味わってから、おたがいの髪を乾かしたり、無防備な首にキスしたり。「フレちゃん見て見てー」「これって、綿?」「綿ぐも。ちょっと持ってきちゃった」「思い出、また増えたねえ」「これからも、増やしていこうね」って、ほっぺにキスして、されて、フランセスちゃん、ガラスのかけら、綿ぐもを並べる後ろ姿に、また恋をする。幸せだなあって、思う。しきちゃんとずっと一緒、こんな日が続けばいいって、思う。 でも、ちゃんと言わなきゃ。 「しきちゃん」「んー? どしたの?」「あたしね、フランスに行くんだ」「旅行? あたしも行きたーい」「ううん。留学するの。来月から、短くて二年、もしかしてその先も。アイドルはお休みして、でも、そのままかも。だからね、だから……」だけど、全部を言うより先に、しきちゃんは姿を消していた。きっと飛び出していった、しきちゃんを追いかけられなかった。ごめんねって、言いたかった。だけど言えるわけもなくて、だって、ごめんねなんて言って、どうするんだろう。あたしは自分で決めた。しきちゃんは決めてない。謝れることなんて、あるはずない。フランセスちゃんの、花びらが風もないのにゆらゆら揺れてる。そういえば、って思い出したのは自家製ヨーグルト。平気かなって思ったけど、ちょうどいい気候だったらしくて、固まったヨーグルトはちゃんとおいしそうに香ってる。良かった。本当に、良かった。容器にふたをして、冷蔵庫にしまう。きっとしきちゃん、おなかを空かせて帰ってくる。けど、買いすぎた食材、余らないかなあ。しきちゃん、ちゃんとお料理してくれるかなあ。閉じた扉に、あたしたちの写真が貼ってある。カメラを始めたばっかりの頃(そういえば、今日カメラ持ってけばよかった)、楽しくってぺたぺた貼りつけたうちの一枚。大好きな、ちょっとピンぼけた笑顔。その隣には、ホワイトボード。必要な食材とかをメモしてたのは最初だけ、すぐに飽きて、それからはラクガキのスペースになって、今はお花の絵が書いてある。あたしが書いた花びらとお日様、しきちゃんが書き足した花の茎と空の雲。子ど���みたいって笑い合った、強い雨が降った五日前の夜の記憶、滲んでいく。ぼやけて、見えなくなる。しきちゃん。名前を呼ぶ。繰り返す、言葉があたしをひとりにする。ねえ、しきちゃんも同じなのかな。 あたしね、ひとりなんて忘れちゃった。
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明日あたり台風接近の模様...(゚Д゚;)ヤバス #夕焼け #夕焼けハンター #夕焼け撮影隊 #イマソラ #黄昏 #黄昏時 #黄昏時の空 #台風 #明日は台風 #ご用心 #横浜 #みなとみらい線フォト散歩 #東京カメラ部_横浜分室 #横浜カメラ部 #kanagawa #yokohama #myyokohama #kanagawaphotoclub #sunset #sunset_pics #sunsetphotography #sunsetlovers #twilight #twilightforever #twilightscapes #ig_japan #igersjp #instagramjapan #写真好きな人と繋がりたい (Yokohama) https://www.instagram.com/p/CRyYSb5sUKs/?utm_medium=tumblr
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#岡本桟橋 レトロな雰囲気を醸し出す桟橋 千葉県の原岡海岸にある桟橋です🙂 桟橋の奥に富士山が見えるみたいだが、こんなに晴れてても見えなかった‥ 夕方頃になると桟橋の明かりが灯り夕焼けと富士山のシルエットが拝める場所で、ロケ隊などもよく撮影に使う場所みたい ここも前回投稿同じく、夕焼けの綺麗な日にリベンジ😌 #gopro #goprojp #ゴープロのある生活 #drone #mavic #droneのある生活 #insta360 #insta360oner #360度カメラ #premierepro #動画編集 #カメラ好きと繋がりたい #360度の世界 #360度動画 #三次元動画 #Rの世界 #絶景 #旅写真 #旅動画 #旅行好きな人と繋がりたい #こころから #create_univ ------------------------- #南房総市 #原岡海岸 (岡本桟橋) https://www.instagram.com/p/CTZDe-QPW2U/?utm_medium=tumblr
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2021年4月6日(火)

先月から練習はしていたのだが、授業開始をきっかけにして毎日弁当を用意することにした。昨日は<銀鮭どんとのっけ弁>+<無水ミネストローネ>、本日は<彩り鮮やか弁>+甘夏である。小さなフライパンで作る卵の厚焼き、大分慣れてきたので、今後は味の変化も楽しみたい。折角弁当作ったので仕方なく出勤するか、そんな日が現実になるような気がするのである。
息子たちは休み。
洗濯1回。
可燃ゴミ、30L*1+45L*1。
火曜日は「スタディスキルズ(看護学科)」が2クラス、非常勤講師をお願いしているO姉とペアで進行する。教材は作成済みなので、人数分コピーして準備万端。
地球洗い隊からDM、今日はダイヤモンド会員ポイント10倍デー。先日購入して美味しかった<太陽の塩>を追加注文する。
ランチ、彩り綺麗で満足なり。
3限・4限の「スタディスキルズ」、第一回目ということで<自己紹介>をテーマとしながら、授業の進め方/学び方を解説する。仕上げは、一人ずつ前に出ての自己紹介、いろいろ質問したいところだが時間の都合でそれは無理。これから4か月、よろしくお願いします。
帰宅してすぐに西大路七条・ライフまで買物、今日は1000円以上購入で100円引きのクーポンの日。数日前に買った銀鮭が安くなっていたので購入、息子たちの夕飯にしよう。

ツレアイは昨晩よりは早い帰宅、ライフでゲットした<おきゅうと>=九州の味で乾杯。
録画番組視聴。
サラメシ シーズン11(1)「最後の母弁/さよなら藝大食堂」
静岡県の特別養護老人ホームに勤める女性からの投稿によると、結婚を機に退職するため母の手作り弁当生活が終わるのだとか。“最後の母弁”をのぞき見!▽以前サラメシで紹介した東京藝術大学の学生食堂が、ついに閉店するとの知らせが。半世紀にわたって芸術を志す学生たちの胃袋を支えてきた店主の最後の日の昼ごはんを、クリエイティブ・ディレクターで教授の箭内道彦さんが自ら撮影。学食名物“バタ丼”をリポートする。
東京藝大食堂の件、前回の放送を見ていたので感無量なり。
風呂の順番を待つ間に・・・沈没。

今日も3つのリング完成、11,807歩、よしよし。
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【かいわいの時】昭和四十五年(1970)4月8日:天六ガス爆発事故(死者79人、負傷者422人)(大阪市史編纂所「今日は何の日」)。 1970年(昭和45年)4月8日。「花まつり」の宵はのどかだった。「こんにちは~、こんにちは~、世界の国から・・・・」三波春夫の明るい歌声が弾んで、大阪は「万博景気」に浮かれていた。大阪駅前の百貨店で、早々と屋上のビアガーデンが開店するという。花冷えでちょっぴり寒くても、若者たちの賑やかなスナップが撮れたら「ここにも万博賛歌!」と社会面のニュースになる。中之島の朝日新聞写真部で、ベテランの玉田耕三郎カメラマンが取材に出かけようとしていた。午後5時45分、社会部から連絡が入った。「天六(てんろく)でガス漏れ、火事・・・・。頼みま~す」。まだ宵の口、気軽に若いカメラマンが出かけた。数分後、こんどは大声が飛んできた。「写真部さ~ん、ヘリ飛ばして~っ」と。天六の火事は、ガス爆発だった。出動頼む、空中撮影もよろしくという。「天六」とは、天神橋6丁目のこと、大阪駅東北約2キロの繁華街だ。どうやら、地下鉄谷町線の工事現場らしい、これは大事件になる--。玉田がかけ出した。ビヤガーデンはもう、念頭になかった(略)6時10分、高速道路を走った玉田が真っ先に現場に着いた。たちこめる黒煙のなかに炎が2本、10メートルもの高さに噴き上がっている。コンクリートの塊が飛び散り、自動車がひしゃげ、そこにもここにも、人が倒れている、血まみれの子供がいる。電柱にまで、人がぶら下がっている。サイレンがうなる、救急隊員が走る。民家が燃える、その火を映して空まで赤く燃えている・・・・。玉田は冷静に、シャッターを切り始めた。6時30分、クレーン車が地下の工事現場から、5~6人まとめて網で吊り上げた。婦人と子供の姿が見える。えっ、遺体なのか・・・・、地下の工事現場に、なぜ子供が・・・・。数多くの事件現場を踏んできた玉田が、目を疑った。足ががくがくと震えはじめた(週刊BEACON「うぇーぶ!!トピックス」第12話)。
天六ガス爆発事故 繁華街の大惨事(毎日新聞デジタル) 1970年4月8日、大阪市北区の市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅工事現場で、都市ガスが噴出し、作業中に引火し大爆発。ガス会社職員や警察、消防、見物人ら79人が死亡、重軽傷者420人という大惨事となった。家屋は全半焼が26棟、多数の車も吹き飛ばされた。繁華街で夕方の帰宅時間と重なったため、被害が広がった。
(写真)爆発で地下鉄工事のコンクリート製覆いが吹き飛ばされ、炎は次々に民家をなめる。中央はペシャンコになった自動車=大阪市北区菅栄町で1970年4月8日(毎日新聞)
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