#天台宗の尼僧
Explore tagged Tumblr posts
Quote
天台宗寺院で性暴力を受けたとして、同宗の50代尼僧・叡敦(えいちょう)さん=法名=が加害に関わったとする男性僧侶2人の僧籍剥奪の懲戒処分を天台宗(大津市)に求めている問題で、懲戒を審議する宗派の審理局が、直接加害を行ったと訴えられた四国寺院の60代僧侶を住職の「罷免(免職)」とする一方、加害を助長したとされる滋賀県の80代大僧正を「該当しない(処分なし)」と判断していたことが27日、分かった。 天台宗などによると、昨年11月、「懲戒審理が相当」として、阿部昌宏・前宗務総長が重大な懲戒事犯を扱う宗派の裁判所に当たる審理局に求め、審判会が1〜3月に3回行われた。懲戒審議は同派の条文に基づいて、男性僧侶2人が僧籍剥奪と住職罷免の処分に該当するかどうかを話し合った。叡敦さん側は1度も呼ばれることなく、書面のみの審議だったとみられる。 審判結果について、天台宗は「処分が出たのは確かだが、不服申し立て期間のため、それ以上のことは答えられない」とした。確定後の処分結果の公表については「検討している」と答えた。 審判は二審制で、審議対象となった僧侶と、宗務総長が決定への不服を申し立てることができる。申し立て期間は結果通知が当事者に届いてから20日間という。 叡敦さん側によると、60代住職は2009年から約14年間、住職が叡敦さんを寺に住まわせるなどして、性暴力を繰り返してきたという。一方、大僧正は叡敦さんの親族で住職の師僧。叡敦さん側が助けを求めても応じなかったり、寺から脱出した際も寺に戻るよう指示したりしてきたと主張している。
天台宗の性暴力問題、「直接加害」の60代住職が免職に 80代大僧正は処分なし(京都新聞) - Yahoo!ニュース
2 notes
·
View notes
Text
具足戒と円頓戒の共通点と相違点を教えてください。
具足戒(ぐそくかい)と円頓戒(えんどんかい)は、仏教における戒律の形態ですが、起源、目的、適用される宗派、内容において異なります。以下に、心理学や精神医学の観点ではなく、仏教の教義と歴史的背景に基づく共通点と相違点を簡潔に整理して説明します。
共通点 仏教の戒律としての目的 両者とも、修行者の心を清め、悟り(涅槃)へと導くための規範として機能します。戒律を通じて、欲望や煩悩を抑え、倫理的な生活を促す点で一致します。 僧侶向けの規範 具足戒も円頓戒も、主に僧侶(出家者)向けに制定された戒律であり、仏教共同体の秩序を維持し、修行を支援する役割を持ちます。 菩薩道との関連 両者は大乗仏教の菩薩思想に影響を受けており、自己の悟りだけでなく他者の救済(利他行)を重視します。特に、円頓戒は菩薩戒の要素を強く含み、具足戒も大乗仏教では菩薩行の実践と結びつきます。 授戒の儀式 どちらも正式な授戒儀式(受戒)を経て受けるもので、戒師や僧団の前で誓いを立てるプロセスが含まれます。 戒律の精神的意義 戒律は単なる規則ではなく、心の浄化と智慧の開発を目指す精神的な実践として捉えられます。両者とも、戒を守ることで三学(戒・定・慧)を調和させることを目指します。 相違点 起源と歴史的背景 具足戒: 初期仏教(上座部仏教)に由来し、釈迦が制定したとされる厳格な戒律。パーリ語の『ヴィナヤ・ピタカ』(律蔵)に記載され、四分律や五分律などに基づく。中国や日本の律宗(例:南都六宗の律宗)で採用され、叡尊らによって復興された。例:比丘戒(250戒)、比丘尼戒(348戒)。 円頓戒: 大乗仏教、特に天台宗の��祖・最澄が日本で提唱(9世紀)。中国天台宗の智顗の思想や『法華経』『梵網経』を基に、具足戒の形式主義を批判し、より簡略化・普遍化した戒律として制定。鎌倉時代以降、日本仏教(特に天台系)に広く影響。 戒律の内容と厳格さ 具足戒: 具体的かつ詳細な行動規範(例:殺生、盗み、淫行、妄語の禁止など)を多数含む。比丘・比丘尼ごとに異なる戒数(250~348戒)があり、日常の細かな行為(食事、服装、僧団生活)にまで及ぶ。違反には罰則(懺悔や破門)が定められている。 円頓戒: 『梵網経』の菩薩戒(十重禁戒と四十八軽戒)を基にし、具体的な行動規範よりも心の姿勢や菩薩の精神(慈悲・利他)を重視。戒数は少なく、形式よりも内面的な悟りや法華経の「一乗思想」に基づく普遍性が特徴。例:殺生を禁じるが、状況に応じた柔軟な解釈が可能。 適用される宗派 具足戒: 上座部仏教(スリランカ、タイなど)、中国や日本の律宗(南都六宗、叡尊の真言律宗)、一部の禅宗や浄土宗で採用。ただし、日本では鎌倉時代以降、具足戒の厳守が衰退し、形式的な受戒に留まる場合も。 円頓戒: 日本天台宗を中心に、鎌倉仏教(浄土宗、禅宗、日蓮宗など)に大きな影響。最澄が比叡山に円頓戒壇を設け、具足戒に代わる日本独自の戒律として普及。現代の天台宗やその影響を受けた宗派で主に用いられる。 受戒の対象と形式 具足戒: 原則として出家者(比丘・比丘尼)に限定され、厳格な僧団での授戒儀式が必要。受戒には年齢や修行歴の条件があり、僧団の承認が必須(例:十人以上の僧による授戒)。在家者には五戒や八戒が別途適用される。 円頓戒: 出家者だけでなく、在家者にも授けられる場合がある(特に日本)。最澄は「一切衆生」が��性を持つという法華経の思想に基づき、広く受戒を可能とした。授戒は比叡山の戒壇で行われ、形式よりも内面的な誓いが重視される。 思想的基盤 具足戒: 初期仏教の厳格な戒律観に根ざし、個人の煩悩克服と僧団の秩序を重視。実践は「声聞乗」(個人の解脱)に近く、大乗仏教では菩薩行と結びつくが、形式的な側面が強い。 円頓戒: 大乗仏教の「一乗思想」(法華経)に基づき、すべての衆生が仏になれると説く。円頓(完全で即座の悟り)の理念を反映し、戒律は悟りへの直接的な道として捉えられる。形式よりも心の浄化と利他行が優先。 日本仏教への影響 具足戒: 奈良時代に鑑真が日本に伝え、律宗を中心に広まったが、鎌倉時代以降は円頓戒の普及や戒律の緩みにより衰退。叡尊や忍性らが復興を試みたが、現代では限定的。 円頓戒: 最澄の提唱後、日本仏教の主流となり、鎌倉新仏教(浄土宗、禅宗、日蓮宗)の戒律観に影響。現代の天台宗やその派生宗派で中心的な戒律として存続。 例で考える 具足戒: 僧が「午後に��食事をしない」(不非時食戒)を厳守し、違反すれば僧団で懺悔する。戒律は具体的な生活規則として機能。 円頓戒: 僧が「殺生をせず、慈悲を行じる」と誓うが、状況に応じて柔軟に解釈(例:病��を救うための行動は許容)。心の姿勢が重視される。 まとめ 共通点: 仏教の戒律として心の浄化と悟りを目指す、僧侶向け、菩薩道との関連、授戒儀式、精神的意義。 相違点: 起源(初期仏教 vs 大乗天台)、内容(詳細・厳格 vs 簡略・柔軟)、宗派(律宗 vs 天台宗)、対象(出家者限定 vs 在家含む)、思想(声聞乗寄り vs 一乗思想)、日本での影響(衰退 vs 主流)。 もし具足戒や円頓戒の特定の側面(例:叡尊の真言律宗との関係、最澄の円頓戒壇の歴史、『梵網経』の詳細)を深掘りしたい、または特定の経典や歴史的背景について詳しく知りたい場合、教えてください!また、韓国仏教(例:朝鮮時代の戒律観)との比較など、関連トピックも対応可能です。
0 notes
Text
2025/4/5 7:00:12現在のニュース
英人気コメディアンのラッセル・ブランド氏 強姦などの罪で訴追(毎日新聞, 2025/4/5 6:59:47) NY株2000ドル超の大幅下落 史上3番目の下げ幅、米相互関税で世界同時株安([B!]産経新聞, 2025/4/5 6:57:26) トランプ関税、「スイッチ2」にも影響 米国での予約開始が延期へ | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2025/4/5 6:54:15) JR九州高速船クイーンビートルの浸水隠し 福岡海保が立件へ調整 | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2025/4/5 6:54:15) ピンクと黄色のコントラスト 埼玉の権現堂桜堤で桜と菜の花見ごろ(毎日新聞, 2025/4/5 6:52:45) 任天堂Switch2、米国での予約開始延期 トランプ関税で - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2025/4/5 6:51:24) 空港ビル利益供与、子会社幹部「監査に知られるので騒がないでほしい」と事業者に求める([B!]読売新聞, 2025/4/5 6:48:17) トランプ氏、FRB議長へ「金利を下げろ」と投稿 株価急落で焦りか | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2025/4/5 6:48:14) 天台宗の審判「受け入れることできない」 性被害訴える尼僧が会見:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/5 6:45:11) トランプ氏、FRB議長へ「金利を下げろ」と投稿 株価急落で焦りか(毎日新聞, 2025/4/5 6:38:09) 米のミャンマー支援出遅れ 「USAID解体進めた結果」批判も:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/5 6:33:16) 「だいくら」「高畑」の両スキー場、2031年3月末の閉鎖案を撤回:朝日新聞([B!]朝日新聞, 2025/4/5 6:33:16)
0 notes
Text
石彫刻 鹿 念佛宗ナーランダ僧院 仏教美術の宝箱 The Buddhist Art of Nenbutsushu Nalanda Mahavihara Stone carving
石彫刻 鹿 二重橋を渡り大階段を登ると、右手に展開する鹿の彫刻群。 釈尊 初転法輪の聖地 サルナート「鹿野苑」にて、鹿たちが遊ぶ光景が、佛教最高学府の前に示現しています。 九頭の鹿の石像は、鹿の毛まで再現した精緻な石彫刻です。
ナーランダ僧院 タイ王国 マハー・チャクリ・シリントーン王女殿下 記念 佛教最高学府
建立由縁 東方東漸 〜日本の地に蘇る 天竺の聖地〜 紀元5世紀の昔、北インド全土を統治したクマーラグプタ一世により、釈尊が仏教を説き弘められた王舎城にほど近い地に建立されたナーランダ僧院は、尊い仏教を探究して万人に弘めるという至高の使命を果たすべく、大いに発展を続け、一万人を超える優秀な学僧が全世界から参集して一心に学ぶ、世界最高・最大を誇る仏教最高学府として、世に名声を轟かせました。 7世紀、稀代の名僧と謳われた中国の玄奘三蔵は、全人類救済の理想に燃え、自らの命を顧みず、遙か西方、天竺のナーランダ僧院を目指しました。国禁を破って厳戒の国境線を越え、激しい渇きに死の淵をさまよいながら、広大な熱砂の砂漠を渡り、氷雪に覆われた天山山脈を越え、前人未踏の難路を、血を吐く思いで歩んだ末、ナーランダ僧院にたどり着きました。そこで、玄奘三蔵は天竺随一と謳われた高僧から親しく教えを受け、仏教の真髄を授かりました。そして、出発から幾歳月を経て、故郷の中国に教えを弘めるべく、再び長い旅を経て帰郷し、数多の経典と、尊い仏教をもたらしたのです。 それより500年の時を経た12世紀、学僧たちが学問の議論にふけって、仏教弘宣を怠った結果、ナーランダ僧院は、異教徒の侵略を受けて破壊され、現代では、僅かに残る煉瓦の土台に往時の隆盛の跡を偲ばせるのみです。その復興は、全世界の佛教徒 八百年来の夢でしたが、玄奘三蔵が中国にもたらした仏教が、釈尊の予言に従って、さらに東方東漸した東の涯、日本の地へと伝わり、21 世紀の現代に至って、全世界佛教最高会議 佛教サミット 初代会長・念佛宗 御開祖による御提唱の下、日本国 念佛宗により、ナーランダ僧院が再現されました。 現代のナーランダ僧院は、正面の大石柱をくぐるや、釈尊が六年間の苦行をされた前正覚山、また、スジャータより乳粥の供養を受けられた尼連禅河の如き情景が眼前に広がり、成道に至る釈尊の御足跡を彷彿させる、真に仏縁深き一大建築であります。この地は、世界に伝わる仏教の流れを、釈尊の原点に返って一つに結束させる聖地にして、全世界 仏教興隆の源たるにふさわしき仏教教学の殿堂であり、まさしくここから、大いなる精神文明の時代が、全世界へ発信されていくことでしょう。
#念仏宗#念仏宗無量寿寺#nenbutsushu#the royal grand hall of buddhism#buddhist temple#仏教美術#社寺建築#彫刻#stonecarving#Nalanda Mahavihara#ナーランダ僧院#鹿#buddhistart
1 note
·
View note
Text
0 notes
Text

天台宗の寺で約14年にわたり僧侶から性暴力や恫喝(どうかつ)を繰り返し受けたとして、四国に住む尼僧の叡敦(えいちょう)さん(55)が1月31日、東京都内で記者会見し、天台宗務庁(大津市)に対し、この僧侶と、加害行為の手助けをしたとして大僧正の僧籍剝奪(はくだつ)を求める申し立てをしたことを明らかにした。
0 notes
Photo



安養寺(倒蓮華寺) 浄土宗西山禅林寺派に属する寺である。��緒はきわめて古く、寛仁二年(一O一八)恵心僧都が奈良県當麻に建てた蓮台院が当寺の起こりで、次いて恵心の妹安養尼が居住して安養寺と改名した。天永年間(三O頃)隆暹が京都に移し、鎌倉時代に入って証仏が大いに寺連をひろめた。天正年間一五八〇頃)豊臣秀吉によってこの地に移された。本尊は阿弥陀如来立像で、八枚の蓮華を逆さに置いた上に立っているのが特徴で、このことから倒蓮華寺と呼ばれる。伝説によれば、本尊をつくる際、連座がとうしても壊れるので、蓮華を逆さにしたところ、無事完成した。これは女人は業が深く、心の蓮華はさかさまとなっていて極楽往生できないので、これを救済するため、わざと蓮華を逆さにしたのだといわれる。この本尊にまつれる伝説によって、昔から特に女性の信仰が深い。 京都市
Anyo Temple (Face-Down Lotus Flower Temple) This temple, which has a very long history, belongs to the Jodo sect Seizan Zenrinji faction of Buddhism. Its origins date to the year 1018, when Eshin, a Buddhist monk, built Rendai Temple in Taima, Nara. Anyo, a Buddhist nun, and Eshin’s sister changed the name of the temple to Anyo temple, when she took up residence in the temple. Around 1110, Ryusen relocated the temple to Kyoto. In the Kamakura period (1185-1333), Shobutsu brought great prosperity to the temple. Around 1580, Toyotomi Hideyoshi relocated the temple to its present location. The statue of a standing Amitabha Tathagata is the central icon of this temple. One of the major characteristics of this statue is that it stands on 8 faced-down lotus flowers. Due to this characteristic, this temple has been called Face-down Lotus Flower Temple. According to the legend, the creators of this statue were unable to complete a lotus stand for this statue since the stand kept falling apart. Consequently, they carved the lotus flowers of the stand face down. In so doing, they were successful in completing the statue. It is also said that they made the lotus flowers of the stand face down to save females who were too sinful to enter paradise, as the lotus flowers in their hearts were face down. Owing to this legend, this temple has many female worshippers. Kyoto City
Vocab 安養寺 (あんようじ)Anyo Temple 倒蓮華寺 (さかれんげじ)Sakarenge Temple 浄土宗 (じょうどしゅう)Jodo/Pure Land sect (of Buddhism) 西山派 (せいざんぜんりんは)Seizan sec (of Pure Land Buddhism) 禅林 (ぜんりん)Zen temple 属する (ぞくする)to belong to, be affiliated with 由緒 (ゆいしょ)history, pedigree, lineage 極めて (きわめて)exceedingly, extremely 寛仁 (かんにん)Kanin era (4/23/1017-2.2.1021) 僧都 (そうず)Buddhist priest 當麻 (たいま)Taima 当寺 (とうじ)this temple 起こり (おこり)source, origin, beginning 次ぐ (つぐ)to follow, come after, come next 尼 (あま)Buddhist nun 居住 (きょじゅう)residence, abode, dwelling 改名 (かいめい)name change 天永 (てんえい)Ten’ei era (7/13/1110-7/13/1113) 隆暹 (りゅうせん)Ryusen 鎌倉時代 (かまくらじだい)Kamakura period 証仏 (しょうぶつ)enlightened buddha 大いに (おおいに)very much, considerably, a great deal 天正 (てんしょう) Tensho era (7.28.1573-12.8.1592) 豊臣秀吉 (とよとみひでよし) Toyotomi Hideyoshi 本尊 (ほんぞん) principal object of worship at a temple 阿弥陀如来 (あみだにょらい) Amitabha Tathagara 立像 (りつぞう) standing statue, image 枚 (まい) counter for flat things 蓮華 (れんげ) lotus flower 逆さ (さかさ) inverted, upside down, reversed 倒 means the same as above in this context 伝説 (でんせつ) legend, folklore 連座 (れんざ) lotus seat (under Buddhist statues) 壊れる (こわれる) to break, fall apart 無事 (ぶじ) safely, without incident 女人 (にょにん) woman 業 (ごう) karma, result of one's karma 極楽往生 (ごくらくおうじょう) rebirth in paradise, peaceful death 救済 (きゅうさい) (religious) salvation わざと deliberately, intentionally まつる to pray, worship 信仰 (しんこう) (religious) faith, belief
#日本語#japanese language#japanese vocabulary#Japanese langblr#Kyoto#Japan#Buddhism#Japanese history#日本#京京都#日本歴史#仏教
30 notes
·
View notes
Photo

📸吸江庵跡(吸江寺)[ 高知県高知市 ] Gyukoji Temple (Gyukoan ruins), Kochi の写真・記事を更新しました。 ーー #夢窓疎石 が鎌倉時代に“吸江庵”を 開いた地に、高知城主 #山内一豊 の庇護で再興された寺院。高知県指定史跡。 ...... 「吸江寺」(ぎゅうこうじ)は鎌倉時代に名僧/作庭家 #夢窓国師 こと夢窓疎石により開かれた『吸江庵』をルーツとする寺院。 臨済宗妙心寺派の禅寺で『吸江禅寺』とも表記されます。その境内が「吸江庵跡」として #高知県指定史跡 。 . 世界遺産『天龍寺庭園』、『西芳寺庭園』の作者として知られる夢窓疎石。2021年年始に4年ぶりに氏が作庭と伝わる国指定名勝『竹林寺庭園』を訪れた足で、五台山⛰の麓にある氏の旧跡・吸江庵跡���も立ち寄りました。 . 創建は鎌倉時代末期の1318年(文保2年)、夢窓疎石43歳の時(京都で後醍醐天皇や将軍・足利尊氏らに重用される以前の時代)。鎌倉幕府執権・北条高時の母、覚海尼の招きを避け土佐国へと渡り、この地に庵を結びました。 なお元々はこの場所も竹林寺の境内地だったそうで、『竹林寺庭園』が夢窓疎石作庭と伝わってきたのはこの為なんだろうなあと思う。 . 夢窓疎石は2年で土佐を離れますが、室町時代初期(南北朝時代)には朝廷・将軍家に厚く信頼される存在となったことで、土佐国守護・細川氏の支援もありこの吸江庵も土佐の有力寺院に。 この地で疎石に学んだ絶海中津、義堂周信👨🦲も室町幕府政権下の“京都五山”で活躍する高僧となりました。 . 戦国時代には長宗我部氏の統制下に置かれるものの荒廃。江戸時代には高知城主🏯となった大名・山内一豊の意向で義子・湘南和尚が入り再興され寺名も“吸江寺”と改められました。 明治維新の後に廃仏毀釈で一時廃寺になるも再興され現在へと至ります。昭和後期には境内に「高知平和パゴダ」も建立。 続く。 ・・・・・・・・ 🔗おにわさん紹介記事: https://oniwa.garden/gyukoji-temple-%e5%90%b8%e6%b1%9f%e5%ba%b5%e8%b7%a1/ ーーーーーーーー #japanesegarden #japanesegardens #jardinjaponais #japanischergarten #jardinjapones #jardimjapones #японскийсад #japanarchitecture #japanesearchitecture #japantemple #日本庭園 #庭園 #庭院 #庭园 #土佐藩 #musososeki #臨済宗 #妙心寺派 #おにわさん #oniwasan (吸江寺) https://www.instagram.com/p/CNXaYavpsKs/?igshid=78rgqi6ennxl
#夢窓疎石#山内一豊#夢窓国師#高知県指定史跡#japanesegarden#japanesegardens#jardinjaponais#japanischergarten#jardinjapones#jardimjapones#японскийсад#japanarchitecture#japanesearchitecture#japantemple#日本庭園#庭園#庭院#庭园#土佐藩#musososeki#臨済宗#���心寺派#おにわさん#oniwasan
1 note
·
View note
Text
iFontMaker - Supported Glyphs
Latin//Alphabet// ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789 !"“”#$%&'‘’()*+,-./:;<=>?@[\]^_`{|}~ Latin//Accent// ¡¢£€¤¥¦§¨©ª«¬®¯°±²³´µ¶·¸¹º»¼½¾¿ÀÁÂÃÄÅÆÇÈÉÊËÌÍÎÏÐÑÒÓÔÕÖרÙÚÛÜÝÞßàáâãäåæçèéêëìíîïðñòóôõö÷øùúûüýþÿ Latin//Extension 1// ĀāĂ㥹ĆćĈĉĊċČčĎďĐđĒēĔĕĖėĘęĚěĜĝĞğĠġĢģĤĥĦħĨĩĪīĬĭĮįİıIJijĴĵĶķĸĹĺĻļĽľĿŀŁłŃńŅņŇňʼnŊŋŌōŎŏŐőŒœŔŕŖŗŘřŚśŜŝŞşŠšŢţŤťŦŧŨũŪūŬŭŮůŰűŲųŴŵŶŷŸŹźŻżŽžſfffiflffifflſtst Latin//Extension 2// ƀƁƂƃƄƅƆƇƈƉƊƋƌƍƎƏƐƑƒƓƔƕƖƗƘƙƚƛƜƝƞƟƠơƢƣƤƥƦƧƨƩƪƫƬƭƮƯưƱƲƳƴƵƶƷƸƹƺƻƼƽƾƿǀǁǂǃDŽDždžLJLjljNJNjnjǍǎǏǐǑǒǓǔǕǖǗǘǙǚǛǜǝǞǟǠǡǢǣǤǥǦǧǨǩǪǫǬǭǮǯǰDZDzdzǴǵǶǷǸǹǺǻǼǽǾǿ Symbols//Web// –—‚„†‡‰‹›•…′″‾⁄℘ℑℜ™ℵ←↑→↓↔↵⇐⇑⇒⇓⇔∀∂∃∅∇∈∉∋∏∑−∗√∝∞∠∧∨∩∪∫∴∼≅≈≠≡≤≥⊂⊃⊄⊆⊇���⊗⊥⋅⌈⌉⌊⌋〈〉◊♠♣♥♦ Symbols//Dingbat// ✁✂✃✄✆✇✈✉✌✍✎✏✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✝✞✟✠✡✢✣✤✥✦✧✩✪✫✬✭✮✯✰✱✲✳✴✵✶✷✸✹✺✻✼✽✾✿❀❁❂❃❄❅❆❇❈❉❊❋❍❏❐❑❒❖❘❙❚❛❜❝❞❡❢❣❤❥❦❧❨❩❪❫❬❭❮❯❰❱❲❳❴❵❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾ Japanese//かな// あいうえおかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづてでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゆよらりるれろわゐゑをんぁぃぅぇぉっゃゅょゎゔ゛゜ゝゞアイウエオカガキギクグケゲコゴサザシジスズセゼソゾタダチヂツヅテデトドナニヌネノハバパヒビピフブプヘベペホボポマミムメモヤユヨラリルレロワヰヱヲンァィゥェォッャュョヮヴヵヶヷヸヹヺヽヾ Japanese//小学一年// 一右雨円王音下火花貝学気九休玉金空月犬見五口校左三山子四糸字耳七車手十出女小上森人水正生青夕石赤千川先早草足村大男竹中虫町天田土二日入年白八百文木本名目立力林六 Japanese//小学二年// 引羽雲園遠何科夏家歌画回会海絵外角楽活間丸岩顔汽記帰弓牛魚京強教近兄形計元言原戸古午後語工公広交光考行高黄合谷国黒今才細作算止市矢姉思紙寺自時室社弱首秋週春書少場色食心新親図数西声星晴切雪船線前組走多太体台地池知茶昼長鳥朝直通弟店点電刀冬当東答頭同道読内南肉馬売買麦半番父風分聞米歩母方北毎妹万明鳴毛門夜野友用曜来里理話 Japanese//小学三年// 悪安暗医委意育員院飲運泳駅央横屋温化荷開界階寒感漢館岸���期客究急級宮球去橋業曲局銀区苦具君係軽血決研県庫湖向幸港号根祭皿仕死使始指歯詩次事持式実写者主守取酒受州拾終習集住重宿所暑助昭消商章勝乗植申身神真深進世整昔全相送想息速族他打対待代第題炭短談着注柱丁帳調追定庭笛鉄転都度投豆島湯登等動童農波配倍箱畑発反坂板皮悲美鼻筆氷表秒病品負部服福物平返勉放味命面問役薬由油有遊予羊洋葉陽様落流旅両緑礼列練路和 Japanese//小学四年// 愛案以衣位囲胃印英栄塩億加果貨課芽改械害街各覚完官管関観願希季紀喜旗器機議求泣救給挙漁共協鏡競極訓軍郡径型景芸欠結建健験固功好候航康告差菜最材昨札刷殺察参産散残士氏史司試児治辞失借種周祝順初松笑唱焼象照賞臣信成省清静席積折節説浅戦選然争倉巣束側続卒孫帯隊達単置仲貯兆腸低底停的典伝徒努灯堂働特得毒熱念敗梅博飯飛費必票標不夫付府副粉兵別辺変便包法望牧末満未脈民無約勇要養浴利陸良料量輪類令冷例歴連老労録 Japanese//小学五〜六年// 圧移因永営衛易益液演応往桜恩可仮価河過賀快解格確額刊幹慣眼基寄規技義逆久旧居許境均禁句群経潔件券険検限現減故個護効厚耕鉱構興講混査再災妻採際在財罪雑酸賛支志枝師資飼示似識質舎謝授修述術準序招承証条状常情織職制性政勢精製税責績接設舌絶銭祖素総造像増則測属率損退貸態団断築張提程適敵統銅導徳独任燃能破犯判版比肥非備俵評貧布婦富武復複仏編弁保墓報豊防貿暴務夢迷綿輸余預容略留領異遺域宇映延沿我灰拡革閣割株干巻看簡危机貴揮疑吸供胸郷勤筋系敬警劇激穴絹権憲源厳己呼誤后孝皇紅降鋼刻穀骨困砂座��裁策冊蚕至私姿視詞誌磁射捨尺若樹収宗就衆従縦縮熟純処署諸除将傷障城蒸針仁垂推寸盛聖誠宣専泉洗染善奏窓創装層操蔵臓存尊宅担探誕段暖値宙忠著庁頂潮賃痛展討党糖届難乳認納脳派拝背肺俳班晩否批秘腹奮並陛閉片補暮宝訪亡忘棒枚幕密盟模訳郵優幼欲翌乱卵覧裏律臨朗論 Japanese//中学// 亜哀挨曖扱宛嵐依威為畏尉萎偉椅彙違維慰緯壱逸芋咽姻淫陰隠韻唄鬱畝浦詠影鋭疫悦越謁閲炎怨宴援煙猿鉛縁艶汚凹押旺欧殴翁奥憶臆虞乙俺卸穏佳苛架華菓渦嫁暇禍靴寡箇稼蚊牙瓦雅餓介戒怪拐悔皆塊楷潰壊懐諧劾崖涯慨蓋該概骸垣柿核殻郭較隔獲嚇穫岳顎掛括喝渇葛滑褐轄且釜鎌刈甘汗缶肝冠陥乾勘患貫喚堪換敢棺款閑勧寛歓監緩憾還環韓艦鑑含玩頑企伎忌奇祈軌既飢鬼亀幾棋棄毀畿輝騎宜偽欺儀戯擬犠菊吉喫詰却脚虐及丘朽臼糾嗅窮巨拒拠虚距御凶叫狂享況峡挟狭恐恭脅矯響驚仰暁凝巾斤菌琴僅緊錦謹襟吟駆惧愚偶遇隅串屈掘窟繰勲薫刑茎契恵啓掲渓蛍傾携継詣慶憬稽憩鶏迎鯨隙撃桁傑肩倹兼剣拳軒圏堅嫌献遣賢謙鍵繭顕懸幻玄弦舷股虎孤弧枯雇誇鼓錮顧互呉娯悟碁勾孔巧甲江坑抗攻更拘肯侯恒洪荒郊貢控梗喉慌硬絞項溝綱酵稿衡購乞拷剛傲豪克酷獄駒込頃昆恨婚痕紺魂墾懇沙唆詐鎖挫采砕宰栽彩斎債催塞歳載剤削柵索酢搾錯咲刹拶撮擦桟惨傘斬暫旨伺刺祉肢施恣脂紫嗣雌摯賜諮侍慈餌璽軸叱疾執湿嫉漆芝赦斜煮遮邪蛇酌釈爵寂朱狩殊珠腫趣寿呪需儒囚舟秀臭袖羞愁酬醜蹴襲汁充柔渋銃獣叔淑粛塾俊瞬旬巡盾准殉循潤遵庶緒如叙徐升召匠床抄肖尚昇沼宵症祥称渉紹訟掌晶焦硝粧詔奨詳彰憧衝償礁鐘���冗浄剰畳壌嬢錠譲醸拭殖飾触嘱辱尻伸芯辛侵津唇娠振浸紳診寝慎審震薪刃尽迅甚陣尋腎須吹炊帥粋衰酔遂睡穂随髄枢崇据杉裾瀬是姓征斉牲凄逝婿誓請醒斥析脊隻惜戚跡籍拙窃摂仙占扇栓旋煎羨腺詮践箋潜遷薦繊鮮禅漸膳繕狙阻租措粗疎訴塑遡礎双壮荘捜挿桑掃曹曽爽喪痩葬僧遭槽踪燥霜騒藻憎��即促捉俗賊遜汰妥唾堕惰駄耐怠胎泰堆袋逮替滞戴滝択沢卓拓託濯諾濁但脱奪棚誰丹旦胆淡嘆端綻鍛弾壇恥致遅痴稚緻畜逐蓄秩窒嫡抽衷酎鋳駐弔挑彫眺釣貼超跳徴嘲澄聴懲勅捗沈珍朕陳鎮椎墜塚漬坪爪鶴呈廷抵邸亭貞帝訂逓偵堤艇締諦泥摘滴溺迭哲徹撤添塡殿斗吐妬途渡塗賭奴怒到逃倒凍唐桃透悼盗陶塔搭棟痘筒稲踏謄藤闘騰洞胴瞳峠匿督篤凸突屯豚頓貪鈍曇丼那謎鍋軟尼弐匂虹尿妊忍寧捻粘悩濃把覇婆罵杯排廃輩培陪媒賠伯拍泊迫剝舶薄漠縛爆箸肌鉢髪伐抜罰閥氾帆汎伴畔般販斑搬煩頒範繁藩蛮盤妃彼披卑疲被扉碑罷避尾眉微膝肘匹泌姫漂苗描猫浜賓頻敏瓶扶怖附訃赴浮符普腐敷膚賦譜侮舞封伏幅覆払沸紛雰噴墳憤丙併柄塀幣弊蔽餅壁璧癖蔑偏遍哺捕舗募慕簿芳邦奉抱泡胞俸倣峰砲崩蜂飽褒縫乏忙坊妨房肪某冒剖紡傍帽貌膨謀頰朴睦僕墨撲没勃堀奔翻凡盆麻摩磨魔昧埋膜枕又抹慢漫魅岬蜜妙眠矛霧娘冥銘滅免麺茂妄盲耗猛網黙紋冶弥厄躍闇喩愉諭癒唯幽悠湧猶裕雄誘憂融与誉妖庸揚揺溶腰瘍踊窯擁謡抑沃翼拉裸羅雷頼絡酪辣濫藍欄吏痢履璃離慄柳竜粒隆硫侶虜慮了涼猟陵僚寮療瞭糧厘倫隣瑠涙累塁励戻鈴零霊隷齢麗暦劣烈裂恋廉錬呂炉���露弄郎浪廊楼漏籠麓賄脇惑枠湾腕 Japanese//記号// ・ー~、。〃〄々〆〇〈〉《》「」『』【】〒〓〔〕〖〗〘〙〜〝〞〟〠〡〢〣〤〥〦〧〨〩〰〳〴〵〶 Greek & Coptic//Standard// ʹ͵ͺͻͼͽ;΄΅Ά·ΈΉΊΌΎΏΐΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩΪΫάέήίΰαβγδεζηθικλμνξοπρςστυφχψωϊϋόύώϐϑϒϓϔϕϖϚϜϞϠϢϣϤϥϦϧϨϩϪϫϬϭϮϯϰϱϲϳϴϵ϶ϷϸϹϺϻϼϽϾϿ Cyrillic//Standard// ЀЁЂЃЄЅІЇЈЉЊЋЌЍЎЏАБВГДЕЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдежзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюяѐёђѓєѕіїјљњћќѝўџѢѣѤѥѦѧѨѩѪѫѬѭѰѱѲѳѴѵѶѷѸѹҌҍҐґҒғҖҗҘҙҚқҜҝҠҡҢңҤҥҪҫҬҭҮүҰұҲҳҴҵҶҷҸҹҺһҼҽҾҿӀӁӂӇӈӏӐӑӒӓӔӕӖӗӘәӚӛӜӝӞӟӠӡӢӣӤӥӦӧӨөӪӫӬӭӮӯӰӱӲӳӴӵӶӷӸӹӾӿ Thai//Standard// กขฃคฅฆงจฉชซฌญฎฏฐฑฒณดตถทธนบปผฝพฟภมยรฤลฦวศษสหฬอฮฯะัาำิีึืฺุู฿เแโใไๅๆ็่้๊๋์ํ๎๏๐๑๒๓๔๕๖๗๘๙๚๛
see also How to Edit a Glyph that is not listed on iFontMaker
#FAQ#ifontmaker2#Symbols#Dingbat#Cyrillic#Greek#Coptic#thai#character set#character sets#list#language
9 notes
·
View notes
Quote
天台宗いろいろ問題が多い宗派ですね。 歴代山口組の組長の法要・善光寺のセクハラ・本山の延暦寺での暴力事件・重要文化財の仏像流失等々、醜聞に事欠かない。 天台宗の開祖伝教大師最澄は、このような事を起こされ嘆いているだろう。
「不快以外のなにものでもなかった」住職からの性暴力被害訴える尼僧 天台宗の調査は「担当者が加害者側の住職らと知人関係」第三者による調査求める上申書提出(MBSニュース)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
4 notes
·
View notes
Link
修行しない堕落した僧侶の実態は図々しい乞食であります。お釈迦様が教団を作られた際、衣食住を求めるのが目的の僧侶を排除するために厳しい戒律を作られました。釈尊自ら実践されました。厳しい戒律を守り修行する僧侶は超人です。 仏、法、僧は崇められる存在です。 戒律から解脱した僧侶は俗人です
▼関連記事
瀬戸内寂聴が安倍昭恵夫人に提���「世の中は変わりました。今や離婚歴は『勲章』です。あんな旦那は今すぐポイしちゃいなさい」
“たまたま結婚した相手が首相になった”というだけなの。そう考えれば、ずいぶん気が楽になるでしょう。あんな旦那さまは、今すぐポイしちゃいなさい(笑い)。
修行しない堕落した僧侶の実態は図々しい乞食であります。お釈迦様が教団を作られた際、衣食住を求めるのが目的の僧侶を排除するために厳しい戒律を作られました。釈尊自ら実践されました。厳しい戒律を守り修行する僧侶は超人です。 仏、法、僧は崇められる存在です。 戒律から解脱した僧侶は俗人です https://twitter.com/ma297008/status/982330699200905216 …
6,478
3,891 people are talking about this
Twitter Ads info and privacy
高須 克弥(たかす かつや、1945年〈昭和20年〉1月22日 – )は、日本の医師。医学博士、昭和医科大学医学部客員教授、医療法人社団福祉会高須病院理事長、高須クリニック院長、浄土真宗僧侶。愛称は「かっちゃん」「高須院長」など。 生年月日: 1945年1月22日 (73歳) 高須克弥 – Wikipedia
瀬戸内寂聴 プロフィール
瀬戸内 寂聴は、日本の小説家、天台宗の尼僧。俗名晴美。京都府在住。 僧位は権大僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。学歴は徳島県立高等女学校、東京女子大学国語専攻部卒業。学位は文学士。元天台寺住職、現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。徳島市名誉市民。京都市名誉市民。 生年月日: 1922年5月15日 (95歳) 瀬戸内寂聴 – Wikipedia
▼関連動画
▼ネット上のコメント
・オイラははっきり言って宗教の話は全く分かりません。撥水性のレインコートが雨粒を弾くように、ぜんぜん心の中に入ってきません。ただ親鸞上人が言った、「人は大いなる存在によって生かされている」という言葉には共感できました。大いなる存在を「地球環境」と置き換えれば、現代にも通用すると。
・色欲にまみれ肉を食らい、織田信長に叡山延暦寺が消された理由がわかる気がしますね(^-^;
・そもそも瀬戸内さんがいかに僧侶のみちにはいり、説法を説こうと不倫に厳しい私としてはあの方の過去は許せ��い。不倫それは他人の不幸を踏み台にして自分の幸せをとるエゴイスト。へどがでる。
・この方はなぜ昭恵さんは安倍総理に不満を持っている前提で話しているのでしょう?しかも「私はわかる」って。胡散臭い宗教じみててひたすら怖い。
・失礼致します一般人のわたくしですが、僧侶個人が言った言葉とは到底思えませんましてや(離婚が勳章で在る)と悟りの境地を説かれていらっしゃいます陥落してしまった
・顔相をみればわかりますよ。ありがたいお顔されてないですもの。あれだけ齢を重ねられているのに。
・延暦寺焼き討ちを悪い事と教える国だもん。暴力と政治を学ぶいいお題なのに考える機会を与えないもの。この人に集まる人は「私を褒めて、私は優等生」って思ってきてるだけ。この気持ちが民主主義を実現させないよ。
・尼僧のコスプレしている人だと思っています。そういう格好だと目立つし、最初はそれっぽく振る舞ってお金を集めてそれっぽいこと言って注目を集めれば芸能界で生きていけますしセミナーとかで儲けられますからねぇ。
13 notes
·
View notes
Text
ひとみに映る影シーズン2 第四話「ザトウムシはどこへ行く」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 最低限の確認作業しかしていないため、 誤字脱字誤植誤用等々あしからずご了承下さい。 尚、正式書籍版はシーズン2終了時にリリース予定です。 (シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!! pixiv版 (※内容は一緒です。) ☆キャラソン企画第四弾 牛久舎登「かっぱさん体操」はこちら!☆
དང་པོ་ 洗面所で顔を洗い、宴会場に戻る。時計は丁度六時をまわった所だ。ふと、窓の外から懐かしい歌が聞こえてきた。 『かっぱさん体操第一ィィィ!』『プッペケプッぺップー』 「うー。何だよぉこんな朝っぱらからぁー!」 「ふわあぁ~」 「ああ、かっぱさん体操の時間……」 朝っぱらから近所迷惑な体操音楽によって、佳奈さん、万狸ちゃん、玲蘭ちゃん��同時に布団から出てきた。玲蘭ちゃんと私はカーテンを開け、大音量で音楽を流しながら体操する河童の家教団を眺める。 「牛久の河童はかっぱっぱーのパァー」 「お皿を磨いてツーヤツヤーのツャー」 「「みんなで腹からワッハッハーのハァー、笑顔に勝るー力なし」」 「は? 二人なんで歌えるの?」 歌詞を暗記している私達を、佳奈さんが訝しんだ。 「佳奈さんの地元にはいませんでしたか? 河童信者」 「ぜぇんぜん」 「北関東から東北あるあるなんじゃない? 私も会津にいた時はほぼ毎朝だったのに、沖縄(うちなー)では一度も聞いた事なかった」 影電話で万狸ちゃんにも聞いてみる。 <木更津はどう?> 「一度だけ布教に来た事はあったね……あの体操で大狸様を怒らせちゃって、追い出されてた」 <あはははは> 河童の家、案外ローカルネタなのかな。 「じゃあ、どの学年にも一人はいる子河童も知らないですか? 佳奈さん地元は京都でしたっけ」 「ううん、両親両方京都だけど東京生まれ東京育ち……そもそも子河童って何?」 「そこからですか」 茨城県に本拠地を置く新興宗教、河童の家。元お笑い芸人の牛久舎登が発足し、『笑顔に勝る力なし』を教義とする。そのため宗教活動では一発芸や話術を磨く修行をし、信者は男も女も子供も、皆河童のように頭頂部を剃り上げる。この教団が近所にあると毎朝『かっぱさん体操』という体操曲が爆音でかかり、また近隣の学校には通称『子河童』と呼ばれるお調子者な学生が何人か生息する。そして彼らは将来、教団が運営する芸能事務所『かわながれ興業』に所属するんだ。でも人を笑わせる、そして人から笑われる事も最上の幸福であるという教えを拡大解釈した信者が、パワハラやいじめ、体罰を起こして時折問題になっている。 「私が知っている河童の家についての情報は、こんなところですかね」 「へぇ……やけに芸能界に影響力がある宗教だと思ってたけど、そんなだったんだね」 「ああ、東北も多いけど、大阪には芸人養成学校があるから日本一信者が多いんだって」 玲蘭ちゃんがスマホで調べてくれた。 その時、トントン、と襖がノックされる。 「おはよぉございます……。お嬢さん方。河童さんが体操終えて食堂混む前に、朝食行きませんか?」 タナカDだ。 「そうしよっか」 カメラが回るだろうから、私達は各々最低限顔を描く。眉毛面倒だから影で作っちゃった。後で朝風呂に入ってからちゃんと直そう。 གཉིས་པ་ 食堂に行くと、奥の席で既にタナカDが朝食を一品ずつ物撮(ぶつど)りしていた。テーブルには全員分のネームプレートと朝食が配膳されている。 「ぅあ~~~~~~~~……」 席につくなり、佳奈さんからアイドルが一番出しちゃいけないような声が漏れた。 「どうしたんですか佳奈さん、まるで深夜バスにでも乗ってたみたいな顔して」 「似たようなもんだよ……ずっとすごい雷鳴ってたじゃん。しかもなんか救急車の音とかしなかった? それで朝はかっぱさん体操。ほぼ一睡もできなかった」 「救急車、ですか」 「はぁ……一美ちゃんは本当にどこでも眠れるよね……昨晩大雨だった事も知らなかったでしょ」 「うーん……」 本当の事を言うと、眠るどころじゃなかったんだけど。それを説明する事もできないからもどかしい。 「雷雨ぐらい気付いてました。私も全然休んだ気がしないです」 「でも寝てただけいいじゃん」 「嫌な夢を見てたんですよ。私は地元のお寺の尼僧になってて、お御堂のバルコニーが浸水して和尚様が馬頭観音になってすっごい怒ってる夢」 この内容は嘘ではない。そういう夢を見たのは事実だ。 「ば、罵倒観音? なにそれカオス……それはうなされるわ」 「おう何だ何だ、お二人共だらしないですなぁ!」 タナカDが物撮りを終えて席につく。彼は朝から声が大きい。 「まあ冷めないうちに食べようじゃありませんか。『じゅんなぎ』もありますよ」 「へえ、じゅんなぎですか」 手元のネームプレートを裏返すと、朝食メニューが書かれていた。 『朝食 おこんだて イシガキダイのちらし寿司 小松菜とかぼちゃのお味噌汁 わかめの辛子味噌和え じゅんなぎ』 おお、朝からなかなか豪華だ。ちらし寿司は大きな鯛のお刺身がどっさり乗っていて海鮮丼のよう。お味噌汁のかぼちゃもほうとうを彷彿とさせる大きなスライスで食べ応えがある。わかめは勿論新鮮な生わかめ。そして、千里が島で一度は食べてみたかったじゅんなぎ! 「皆さん、これはですね。『蓴菜(じゅんさい)で鰻繋ぐ』、つまり『ヌルヌルした野菜でヌルヌルした鰻を捕まえるような行いは無謀である』という諺が由来の、千里が島の郷土料理なんです。蓴菜と冷製の鰻を湯葉で巻いてあるから、『不可能を可能にした縁起物』、すなわち霊力が上がるパワーフードなんですよ!」 「おぉいおいおい、紅さん。台本もないのに詳しいですなあ! ま、僕はじゅんなぎが無くても今日は無敵ですがねぇ……フフン」 「どうしてですか?」 「いやね? お二人が眠れない夜を過ごしていた間に恐縮ですけど。昨夜、狸おじさんのおかげですごぉく縁起の良さそうな夢を見ましてですねぇ!」 「へ?」 何の事ですか? と言いたげな表情で、隣のテーブルの斉一さんがこちらを見る。 「夢に人語を話す化け狸が出てきて、僕にお酌してくれるんですよぉ。なんかご利益ありそうでしょぉ。しかもただの化け狸じゃない、ドレッドヘアのちょいワル狸ですよ!」 「ぶっ!! げほ、げほ!」 斉一さんが辛子味噌和えをむせた。ていうか、その狸、完全に斉二さんの事じゃないか。 「い、いや、わざとじゃないんだよ!? なーんか俺もタナカさんと晩酌する夢を見た気がしてたんだけど、本当わざとじゃないのマジで!!」 当の本人は必死に否定している。要するに寝ぼけてタナカDに取り憑いたまま寝ていたという事らしい。どうりで今朝あんな事があったのに、斉一さんしか迎えに来なかったわけだ……! 「狸おじさん、風水的にはどうなんですか? ラスタな狸って縁起いいんですかね??」 「ん゙っ、ん゙んっ……き、聞いた事ないですね……あれかな! 昨晩私が張った結界が効いている証拠とか! はい、ぽ、ぽんぽこぽーん……ふっくくく……ぽっ、ぽこ……」 斉一さん、完全にツボに入ってしまったようだ。佳奈さんも釣られて肩を揺らしだした。 「ちょっふっふっふ……タナカDが能天気すぎるだけだよそれ! てか狸おじさん困ってるし……なにラスタな狸って!?」 「部屋にラスタな狸がいたら報告した方がいいですか?」 「あっはっはっはっは!!」 何故か玲蘭ちゃんまで佳奈さんに調子を合わせる。じゃあ私も。 「玲蘭ちゃん、ラスタな狸はタナカさんに譲るんで、可愛い女の子狸は私が貰っていい?」 「それなら昨夜ずっと一美の隣で寝てたよ」 「きゃー! アハハハ」 皆で和気あいあいと食事していたら、いつの間にかじゅんなぎを無意識に食べてしまっていた。けどなんか、別にもういいかな……という気分だった。 གསུམ་པ་ 食後。手短に朝風呂に入り、軽く荷物をまとめてホテルを発つ。今日はまず主要な観光スポットを幾つか巡って、図書館で資料を見ながら埋蔵金の場所を推理する段取りだ。ロビーを出ると、青木さんが待ってくれていた。 「おはようございます。昨晩は凄い雨けど、ご快眠を?」 「全然だよー。そこの三角眉毛は別だけど」 「おう誰がデブで三角眉毛だとぉ? この極悪ロリータ」 「佳奈さんデブとは言ってないじゃないですか。いいから行きますよ、お二人共。青木さん困ってるでしょ」 手元で地図を見ながら、一行はまず徳川徳松こと御戌神(おいぬのかみ)が祀られる、御戌神社へ。ホテルから海沿いのなだらかな丘を五分ほど登ると、右手に見えたのは『石見沼(いしみぬま)』だ。青木さんが解説をしてくれる。 「中央に大きな岩をご覧で? あれに水切りで石当てるのに成功すると、嫌いな相手が怪我を」 「初っ端から物騒な観光スポットですね!?」 驚く私の背後で、カメラを抱えたタナカDがガハガハと笑った。 「これぐらいで驚いてちゃあ後が持ちませんよぉ紅さん! なにせ千里が島は縁切りのテーマパークですからなぁ。この後はもっともっと物騒な所をお見舞いしていきますよぉ」 「タナカさん、あなた本当にこの島を応援したいんですか? それとも視聴者をドン引きさせたいんですか?」 「ナハハハ、だぶか放送後は調布飛行場に行列が出来ているかもしれませんよ? 『あの紅一美がチビった恐怖の心霊島』と……」 「青木さん、石! 丸い石ください、水切りしやすそうなやつ!!」 「あややや、喧嘩はやめて下さいだぁあ!」 と、こんな所で尺を取っても始末に負えないから、小競り合いを演じたらさっさと移動する事に。暫く進み、御戌神社の鳥居が見えてきた。 「ウゲ……」 それを見た途端、私は絶句。それは鳥居と呼ぶには余りにも不気味な色に見えた。まるで糖尿病で壊疽を起こした脚みたいな……いや、この異常には心当たりがある。 「佳奈さん、この鳥居なんか変じゃないですか?」 「え、普通じゃない?」 思った通り、佳奈さんは平然としている。これは倶利伽羅龍王を討伐した時、地元の神様から聞いた現象だ。倶利伽羅を生み出した邪教、金剛有明団にまつわる物は、信仰心に準じて見た目が変わって見えるらしい。例えば倶利伽羅も金剛信者には美術品のように美しい龍に見え、金剛に恨みがある私には汚物にしか見えない。今回もそれと同じ……つまりこの神社は散減同様、金剛にまつわる領域なんだろう。我慢して入るしかなさそうだ。བཞི་པ་ まずは普通の神社と同様、手を清める。案の定手洗い場も気持ち悪く見えて、正直とてもじゃないけどここの水に触れたくない。ていうか臭い。牛乳を拭いた雑巾みたいな臭いがする。とりあえず口はつけず指先をちょっとだけすすいだけど、後で境外で肌荒れするまで手を洗いたい! 詳しく境内を見る前に、賽銭箱に小銭を入れて手を合わせる。金剛とこれ以上因縁が続いては困るから、小銭がない振りをして五円玉をタナカDからタカった。神様に手を合わせている間は金剛への嫌悪感を読み取られないように、無我を貫いた。 参拝が終わったら、境内を進み御戌神が眠る『御戌塚(おいぬづか)』へ。境内はそこそこ広い割に、随分と殺風景だ。まず社務所がない。青木さんいわく、神社境内に職員が常駐すると現世との縁が切れてしまうからだそうだ。そして狛犬もいない。御戌様が御神体だからだという。 奥へ進んでいる途���、私はふと左手に一際強烈な禍々しさを感じた。見ると竹やぶに覆い隠されるように、傘立てみたいな簡素な祠が建っていた。厳重にしめ縄が巻かれ、星型の中央に一本線を引いたような記号の霊符が貼ってある。 「青木さん、あれは何ですか?」 「大散減(おおちるべり)というオバケを封じた祠ですだ。あまり直視したら良くないかも……ああっタナカさん、撮影など!」 「ダメかい? そんなに恐ろしいオバケなの、そのオオチルベリってやつは」 「モチのロンだから! 体が五十尺もある、八本足にそれぞれ顔がついてて、そのうち本物の顔を見つけて潰さないと死なない怪物で! しかも人間の肋骨食べて、一本足のミニ散減を生み出すとか。だからともかく、大散減は撮っちゃダメですだぁ!」 「一尺って何メートルでしたっけ、なんだか想像つかないですなぁ~」 タナカDは渋々とカメラを逸らした。人間の肋骨から新たな散減を生み出す……昨晩、おばさまの肋骨から散減が生まれた瞬間を私は見た。それに、倶利伽羅龍王も……。 そして私達は御戌塚に到着。平将門公の首塚みたいなお墓っぽい形状の石碑を予想していたら、実際は犬の石像だった。徳松さんご本人は不在のようだ。恐らく既に成仏されたか、どこか別の場所にいるんだろう。 「あれ? 一美ちゃん、これ犬じゃなくない? タテガミがあるよ」 「これはどちらかと言えば狛犬ですね。狛犬は獅子に似ているんです」 「あ。確かに、普通の神社の狛犬も、タテガミ生えてたかも! そういえば、徳川徳松は狛犬の魂を持ってたんだよね。じゃあお犬様の犬種って狛犬なのかな?」 「あはは、そうかもだ。それと、志多田さん。御戌様はわんこの『犬』でなくて、十二支の『戌』という字を」 「へー、どうして?」 青木さんによると、戌という漢字は滅ぶという字が元になっているそうだ。植物が枯れて新たな命に変わる様子を表しているんだ。早逝して祟り神になった徳松さんをよく表していると思う。 「御戌塚から伸びる道は、竹やぶで薄暗いのが『亡目坂(なきめざか)』、奥の見晴らしいい方が『足失坂(あしないざか)』で。いずれも嫌な奴を思い浮かべながら歩くと、それぞれ違ったご利益がとか。ちなみに足失坂を途中で右に下ると『口欠湿地(くちかけしっち)』が……」 「青木さん、今は特に切りたい縁はないんで大丈夫です!」 さすが御戌神社周辺は地名が物騒だ。昨晩斉三さんが言っていた、『気枯地』という言葉がしっくり来る。これ以上ここにいても千里が島のネガティブキャンペーンにしかならなさそうだから、私達は次の場所へ移動する事にした。ལྔ་པ་ 足失坂を下り、ザトウムシ記念碑がある『千里が島国立公園』へ。物騒な地名��は裏腹に本当に見晴らしが良い。閉塞的な御戌神社から出た瞬間、空がばっと広がったような感じだ。麓に見える口欠湿地も空の青を反射して美しく輝き、それをタナカDが嬉々としてカメラに収める。千里が島の縁切りや祟りといった暗い側面だけじゃなくて、こういった絶景も収録出来たのは本当に良かった。 国立公園は坂中腹からふもとまでの広い敷地を有する。地面は芝生とシロツメクサで覆われ、外周は桜並木に囲まれている。ただ、やはり気枯地だからか、桜はどれ一本として真っ直ぐ生えていなかった。 ザトウムシ記念碑は簡素な作りで、歌詞と小さなイラストだけ書かれた石碑だ。歌い継がれてきた民謡のため、作詞作曲者は不明らしい。また隣にはザトウムシの生態を説明するパネルもあった。 「ええと、『ぼくはクモに似てるけど、ダニの仲間なんだよ! 八本足に見えるけど、そのうち一本は杖なんだよ! 一人ぼっちよりも、みんなで集まるのが大好きだよ!』なるほど……ザトウムシがワサワサ密集してたらなんかちょっと嫌ですね」 「僕前に公園のベンチで、黒いタワシみたいな塊落ちてて……触ると大量のザトウムシがブワササーと」 「やだー! 青木君やめてよ~」 「わはははは!! それは最悪ですなぁ!」 公園を抜けて市街地へ降りていくと、月蔵(つきくら)小学校と併設する町民図書館が見えてきた。カメラに群がる小学生達に軽くファンサービスしながら、図書館へと急ぐ。私がお目当ての子はみんな「ドッキリ大成功! したたびでーす!!!」と絶叫しながら全力疾走で追いかけてくる。佳奈さんの影響だ。私も期待に応えて校庭をダッシュしたら、地面から急にスプリンクラーが出てきて水を撒き始めた! 「ぎゃー! また騙されたーっ!!」དྲུག་པ་ 何とか濡れずに済むも、息絶え絶えで図書館に入る。トイレを借り、やっと手を洗えた! と安堵して戻ると、皆は既に資料が並べられたテーブルを囲んでいた。太っているタナカDと大柄な青木さんは、小学生向けの低い椅子で収まりが悪そうにモゾモゾ蠢いている。私も着席するとカメラが回り、タナカDが進行を始める。 「実際に歩かれてみて、お二人何かお気付きになった事はありますか?」 気付いた事か。幾つかあったけど、金剛有明団や霊にまつわる情報は直接共有できない。少しぼやかして話そう。 「斉ぞ……ええと、狸おじさんから伺ったんですが、植物が曲がって生える土地は風水的に不吉らしいんです。それで今日気にして見ていたら、御戌神社がある坂の上に近づくほど木がねじれたりしてて、海沿いの石見地区や市街地である月蔵地区はそうでもないんです」 「御戌様が埋蔵金を守ってるからかな? じゃあ神社の近くが怪しいね!」 佳奈さんが消せる蛍光ペンでコピー地図を囲んだ。 「不吉な場所ですかぁ。だぶか神社から一番遠い南側、竹由……こりゃ『たけよし』で合ってるかい?」 「ですだ」 「竹由地区ね。この辺はまっすぐ生えてるんですかねぇ」 確かに地名に『よし』が入っていて、島の南側は縁起が良さそうではある。私達はまだ行っていない竹由地区の資料を見ると、小さなお寺が一つあるだけで後は住宅街のようだ。 「志多田さんはどうだい?」 「うーん、埋蔵金については何もなかったかなー。ところで青木君、この地図のここ、誤植じゃない?」 「え、誤植で?」 全員で地図を確認する。佳奈さんが指さしている箇所には、『新千里が島トンネル(旧食虫洞)』と書かれていた。昨日、私と青木さんが行ったコンビニの所だ。 「食虫……洞? 確かに変ですね。『虫食い洞』なら虫がトンネルを掘ったような感じで意味が通じるけど、食虫洞じゃ洞窟が虫を食べちゃうみたい」 「でしょでしょ? それともウツボカズラがいっぱい生えてるのかな」 「いえ、『食虫洞(くむしどう)』が正解で。ウツボカズラは生えてねぇけど、暗いから虫を食うコウモリが住んでるかもだ」 「うーん、そういう問題なのかな……? まあ関係ないからいっか……」 佳奈さんは煮え切らない顔のまま、地図を机に置いた。タナカDが仕切り直す。 「じゃじゃじゃあ、まずは今まで埋蔵金探しに失敗した方々の仮説を見てみましょうよ! 青木君」 「はい、こちらを」 タナカDは青木さんが差し出した資料を私達側に向ける。インターネット上で日本各地の徳川埋蔵金に関する情報をまとめたサイト、『トレジャーまとめ』さんの記事コピーだ。これまでザトウムシの歌詞をもとに埋蔵金のありかを探索した人々のレポートらしい。上からざっと目を通す。 ・その一 ザトウムシは座頭、盲目の暗喩だ。歌詞の『ザトウムシ』という言葉の総文字数を歩数として、記念碑から亡目坂を登る。そして到着地点の地面を掘ってみた。 結果 何も出てこなかった。これを試みた探索者の一人が島を出た後(以降は修正液で消されている) ・その二 『水墨画の世界』は白黒、あの世を表している。竹由地区には名前に『虫』がつく虫肖寺(ちゅうしょうじ)があり、そこには墓地が隣接している。その墓地で、黄昏時に太陽が見える西側の井戸内を調べた。 結果 何も出てこなかった。これを試みた探索者全員が数日後、(以降は修正液で消されている) ・その三 ザトウムシが埋蔵金を表しているなら、食虫洞は金を蓄える隠し場所に違いない。歌詞の通り、黄昏時から逢魔が時にかけての時間、トンネルを調査した。 結果 翌々日、(以降は数行にわたり修正液で消されている。塗りこぼしから微かに『トンネルが永遠に続いて外に出られ』という一文が垣間見える) ・その四 『口欠』『足失』『亡目』など体の欠損にまつわる地名は心霊現象や祟りが多いという。その三箇所いずれかに宝があるとみて、調査した。 結果 それらの地点��は共通して護符の貼られた祠があり、護符を剥がした探索者は肋(次の行以降は紙ごとハサミで裁断されている) 「「いや怖いわ!!」」 全部読み終わる前に佳奈さんと異口同音! 「ちょっと青木君、これ元は何て書いてあったの!?」 「すいません、あんまりにも酷いデマなどが。根も葉もねぇので僕が修正を!」 「本当にデマなんでしょうね!?」 「嘘こいてねぇです、本当に事実無根なので! 大体、コトが事実なら普通新聞に載るなど……」 事実なら新聞に載るほどの事が書いてあったのか。これは下手に島を引っ掻き回すと、またとんでもない事になりそうだ。 「まあまあまあ、お嬢さん方。要はあなた方がね、埋蔵金を見つけちゃえばいいんですよ」 「なに他人事みたいに言ってるんですか、この三角眉毛は。祟られる時は全員祟られるんですよ? わかってんですか?」 「そーだそーだ、デブちん三角眉毛!」 「おう遂にちゃんとデブって言ったな!? 今日の僕にはラスタな狸がついているんだ。一人でもしぶとく生き残ってやるぞぉ」 「一美ちゃん、ちょっと今夜御戌神社で丑の刻参りしよっか」 「了解しました。加賀繍さんのぬか床に五寸釘入ってるから分けてもらって……」 ん? 「佳奈さん、今の言葉もう一回いいですか?」 「え? だから、『御戌神社』で『丑の刻参り』」 「……それだ!」 ラッキー! 今の超下らないやり取りで、歌詞の謎が一つ解けたかもしれない! 「おぉ何だい、そんな聞き返すほど僕を呪いたいのか小心者」 「違いますよ。見て下さい、歌詞の一番と二番の冒頭……」 ザトウムシの一番、二番の歌い出しは、それぞれ『たそがれの空を』『おうまが時の門を』だ。 「いいですか? 昔の日本は十二時辰(じゅうにじしん)、つまり十二支で時間を測る単位を使っていました。その単位では、『逢魔が時』と『黄昏時』……つまり夕方から夜に変わる時間帯は、『酉の刻』と『戌の刻』になるんです」 「じゃあ歌詞に当てはめると、一番は『戌の刻の空を』、二番は『酉の刻の門を』に変換できるって事?」 「はい。ここで思い出しませんか? 御戌塚から伸びる二つの道」 「薄暗い亡目坂と、見晴らしがいい足失坂……あっ、『戌』から『空』が見えるのは足失坂だ!」 「そうです。しかも続きの歌詞が『ふらついた足取りで』、足って言ってるんですよ! 一方二番……酉の門といえば?」 「神社の『鳥居』! 坂からまた神社に戻っちゃってる!?」 「そうなんです!」 つまり、私の説はこうだ。この歌は埋蔵金のありかを一箇所漠然と示しているんじゃなくて、そこに至る道順のヒントが歌詞になっているんだ。御戌塚から始まり、足失坂を通って何らかのルートを経由。やがて神社に戻って、そこからまたどこかへ行く……こうして遠回りをする事自体が、埋蔵金を発見するために必要なのかもしれない! 「なるほど、道順を! それは今まで誰もやらなかったかもだ……それにしても、お若いのによく十二支の時間をご存知で?」 「あはは、青木さんより若くはないですよ���。小さい頃ちょっとだけお寺に住んでた事があって、こういう歴史っぽい雑学にちょっと明るいだけです。ただ……」 残念ながら、歌詞に干支にまつわる描写はそれしかないんだ。そこから先の謎はまだわからない。私が自説をフリップに書き終えると、タナカDが佳奈さんに話を振る。 「志多田さんどうですか? 紅さんがワンアイデア出しましたよぉ」 「急かさないでよー。私まだ食虫洞の謎が頭から離れないんだから。そーいうタナカDこそ何かないの?」 「僕かい? そうですな……このサビの、『月と太陽が同時に出ている』って、日蝕か月蝕って事でしょ? 千里が島で日蝕月蝕が観測された事って歴史的にあるんですかねぇ?」 「え? この歌詞って単純に黄昏時の事じゃないんですか?」 「あ、そうか。そりゃ黄昏時には月と太陽が両方見えますな」 すると今度は佳奈さんが閃いた。 「ちょっと待って、日蝕……?」 佳奈さんは私の手元から地図を取り上げ、食い入るように見つめ始める。 「……しょく、ふき、ぞう、すずり……」 「佳奈さん?」 「あー、そういう事か���! これ、千里が島の地名ってさ、繋げるとみんな漢字一文字になるんだ!」 「え、そうなんですか?」 「どういう事で?」 青木さんも知らなかったようだ。全員興味津々で佳奈さんの指さす地図に見入った。 「例えばこれ、食虫洞はさ、食と虫を繋げて書くと日蝕の『蝕』になるでしょ。亡目坂は盲目の『盲』、月蔵は臓器の『臓』」 「すごい、本当ですね! 石見は書道の『硯(すずり)』、竹由は『笛』ですか。あれ、でも足失坂は……」 「『跌(つまずく)』。常用漢字じゃないけど」 「つまずく?」 タナカDは自分のスマホで『つまずく』と入力し、跌と変換できるか試みた。 「ああ、跌(つまずく)だ! 確かに跌ですよ跌! いや、よく読めますなあ。ところで佳奈さん、最終学歴は?」 「いちご保育園だってば。何度も聞くなー!」 佳奈さんは国文学分野で大学を卒業しているけど、年齢不詳アイドルである彼女にとってそれは公然の秘密だ。タナカDはそれを承知の上で度々ネタにしているんだ。 「あれ、佳奈さん。それを当てはめたら歌詞解読できるかもしれませんよ!」 「え本当? よーし、やってみよう!」 こうして数十分試行錯誤しながら、私達したたびチームの歌詞解釈はほぼ完成した。それが、こうだ。 たそがれの空を ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (御戌塚から始まり、空が見える方向へ進む) ふらついた足取りで ザトウムシ歩いてく (そのまま神社境外に出て、つまずきやすい道、つまり足失坂へ進む) 水墨画の世界の中で 一本絵筆を手繰りつつ (足失坂のふもとから水墨画の世界、硯と水を象徴する石見沼へ進む) 生ぬるい風に急かされて お前は歩いてゆくんだね (石見沼から風が吹く方向、口欠湿地方面へ進む) あの月と太陽が同時に出ている今この時 ザトウムシ歩いてく ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (口欠湿地から月が太陽を蝕む場所、旧食虫洞へ進む) おうまが時の門を ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (食虫洞を抜けた所から丘を登り、御戌神社の鳥居をくぐる) 長い杖をたよって ザトウムシ歩いてく (神社境内から視覚障害者が杖を頼り��歩くような暗い道、亡目坂へ進む) ここまで考察した段階で、地図に道順を引いていた佳奈さんがペンを止めた。 「何これ……星……?」 蛍光ペンで地図に書かれた道筋は、島の中心に魔法陣のような模様を描いていた。五芒星の中心に一本線を引いたような、シンボルを。 「佳奈さん。まだ、解読できてない歌詞は残ってますけど……これはこの形で完成だと思います」 「一美ちゃんもそう思う? これ以降の歌詞って、対応する地名が見当たらないんだよね……」 「青木さん」 私はさっきの埋蔵金探し失敗談を手に取る。 「この消されている箇所、要するに全部『祟りがあった』って事ですよね?」 「はい……あ! いえ、そんな事は……」 「そうなんですね。つまり余所者が千里が島を検めるためには、正しい儀式か何かを踏まないと祟りに遭う。その儀式の方法こそが、この民謡ザトウムシに隠された暗号の正体だった」 「……」 「私、さっきこのシンボルを見たんです。御戌神社の、祠で……」 もう私の中で謎は核心に迫っていた。霊能者達は今それぞれ除霊活動に励んでいるけど、『ザトウムシ』……恐らくは、怪物の親玉であるそれを倒さなければ島の祟りは終わらないのだろう。 「結論が出ました、青木さん。ザトウムシは、徳川埋蔵金のありかを示している歌じゃありません。私はこれを……八本足の怪物、大散減を退治するための手順を示した歌だと思っています」 衝撃的な結論に全員が呆然としていると、窓の外で何かが破裂するような音がした。更に間髪入れず、河童信者が一人血相を変えて図書館に飛びこんでくる。 「たた、た、大変です! 大師が……大師が……紅さん、ともかく来てください!」 「え? どうして私が……うわあ!?」 河童信者は乱暴に私の腕を掴み、外へ連れ出した。他の皆も続く。牛久大師が私を指名したという事は、また散減が現れたのだろう。けど今はカメラが回っている。玲蘭ちゃんや万狸ちゃん達は別行動だし……私、どうすればいいの!?
0 notes
Text
2024/11/12 17:00:15現在のニュース
玉木氏、不倫情報「脅される要因」 適性評価巡り、かつて自身も指摘(毎日新聞, 2024/11/12 16:56:38) 3時のヒロインが「勤労感謝ウィーク」PR 大喜利の最優秀作品は(毎日新聞, 2024/11/12 16:49:32) 原子炉トラブルで停止の女川原発2号機、13日に再起動 東北電力(毎日新聞, 2024/11/12 16:49:32) 大谷翔平がMVP最終候補に 指名打者も受賞可能? 現地記者の見解(朝日新聞, 2024/11/12 16:44:34) 養子縁組後の遺産、親に代わり相続「できず」 最高裁判所 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/11/12 16:40:06) 尼僧に14年間性暴力か 80代大僧正ら2人、天台宗が懲戒審理へ(毎日新聞, 2024/11/12 16:34:59)
0 notes
Text

命裡有時終須有、命裡無時莫強求
這二天,總算搞懂了這首詩「曾經滄海難為水,除卻巫山不是雲。取次花叢懶回顧,半緣修道半緣君」。其實,我很想問大家?這一生是否曾有,那種「心痛」到想流淚的感受呢?從人的角度來看!多數人泰半是「喜新、厭舊」所以呢?演變成多數人、都不怎麼去珍惜現有的幸福,反而想去追求(征服)那種虛無縹緲&不切實際的追求。
從修行來看,「生活即是修行、修行既是生活」。是不需單獨去切割它,那反倒背離「修行」的原意。從古至今有多少人?是因為生活中的種種不如意,那才轉向想「修行」呢(詩人「元稹」也是)?但大家有想過,「修行」本身其實不是在贖罪!是在「反省&省思」透過一次、又一次的省思讓自己內心逐漸強大。有一句話能通透來解釋,「物來順應,未來不迎。當時不雜,既過不戀」。這才是真正「修行」最終目的(當你能真正落實在自己生活之中,那你已離「開悟」不遠)。開悟某種程度來說它也是種「放下」,但是它知易行難。
為何「知易行難」呢?縱然是倉央嘉措(六世達賴),還是一樣有著諸多的放不下!更何況凡夫你、我呢?一代(情聖&高僧)倉央嘉措暫且都如此!也因此他留下了多少讓世人動容的作品(看似是情詩,其中卻道盡了些許做為一代高僧轉世靈童的無奈):
曾慮多情損梵行,入山又恐別傾城。
世間安得雙全法,不負如來不負卿!
是人(誰)能無情?可惜的是世人多半不懂的去珍惜!或許唯有失去的當下,那才能讓大家學會珍惜吧?最近利用時間把「兩世歡」,這部三十六集的古裝劇看完了,劇中有一幕讓我印象深刻久久不能忘!也就前言我想問大家的「心痛」到流淚的感受,這種感受很難用筆墨來形容(但那是真的會「心痛」而且很痛,正如劇中女主角所形容心中會空了一塊的感覺)!但在人生漫漫長路上或許有天你也會明白的,但那不限是於親情、或者男、女間的感情(人生路看不透、捨不得、放不下,是所有人都得面臨的功課)。
其實最大關鍵是「付出&預期」,從��因果」來解釋或許會比較讓人能「放下&釋懷」!俗話說,沒因、沒果難成一家人(親),男女之間呢?若沒相當的「福報」你再怎麼苦苦追求,終難圓夢?從因果來解釋即是「業力」,累世的業力造成今世的再次相遇,只可惜在人世(隔陰之迷)的更替下你已忘了我、我也已早不識你(但是在業力與累世的習(襲)氣的牽引下,終又再次相聚首)。所以在人海裡每次的相遇都是有其意義!只不過,隨著「六道」流轉下忘了(所以要記得感恩!因為凡是懂得感恩的人雖然不能保證讓你過的更好,但是肯定讓你此生比較平順)。命裡有時終須有、命裡無時莫強求(因為求來的,終是要還的)。
魂斷夢難圓,只羨鴛鴦不羨仙,沒因沒果難聚首。
它日一遭醒,三生三世如明鏡,笑看世間我是誰。
修行中獨處的力量至大!那也正是個人提升的重大關鍵力量。一個害怕寂寞的人,那你就極難在修行中有什麼重大突破!唯有獨處你、我才能懂得「反省&省思」,可惜世人多半喜愛熱鬧讓自己時光從中流逝。想想,「佛陀」倘若沒前六年的苦行,大概也不會有後來的菩提樹下夜賭明星の「明心見性」。
「貪逸」是修行人最大的弊病,也是南閻浮提眾生都有的習性之一。偏安的心態總以為來日方長,不知一口氣上不來就是下輩子了(血肉之軀的你、我只要一個小小病毒,都能讓你、我命喪黃泉。從這次新冠病毒 (COVID-19) 疫情嚴峻來看,它將改變全世界公衛觀念)。談到此!還記得六年前我往來學校工作被染到「水痘」病毒,也曾一個人住進負壓隔離病房九天,那種無助&絕望我也不曾忘記(醫生說年齡越大染水痘越是危險)。當時還驚動了「不動明王」前來,在我病床前畫了一道無形「結界」用來保護我。
佛經、善書一本翻過一本!請問有誰?真的有那份定力有過把一本書,從頭到尾完整看完過的呢(更別說參透它)?那再大的善知識你、我也會錯過(貪逸、喜新厭舊)!大陸上有很多「修為」程度相當不錯的人,就當年我們在查找五百羅漢!「普賢菩薩」說前來轉世的「阿羅漢」,雖散居二地(但大陸這一部份人數佔比較多),雖然能在台灣出生的「福報」上會略勝一籌,但在才學&修行境界上未必會高於大陸上(日後有機會交流你自然會清楚)。
照他說的(通靈老師),長的漂亮的藝人死後都是成仙不成,其它人不就全下地獄嗎?正確,生前沒種德(德田)的人哪裡也去不了,更別說升天。其實生命是等值(眾生一律平等)的,不管是藝人還高官、巨賈,在高靈世界看來都是一樣,差別在於你生前是否有「植德」,有德三界都遵之(就算菩薩見了你,那也得讓路)。所謂の「通靈」,這位所謂老師究竟是通到哪裡呢(假如是心術不正所感招來的,不過只是鬼道眾生所給的訊息罷了)?雖然胡說八道(也有一定安定人心的作用),但這只能私下講(俗話說,善意的謊言)。但是若你一而再三,用這種手段來讓自己增加知名度,那你是會被記上誤導眾生的責任(陰報來的很快)。
文末想來探討,修行與欲念這個看似相互抵觸妨礙的彼此!二十一世紀的我們應該放棄它?這裡先來講講近年台灣才發生的同婚一案,它所引起的波濤不小,但隨著時間很多人從為反對而反對,轉而成能理解(雖然不支持,但已不再那麼排斥了)!可見很多觀念是可以轉變的(我自己的理解是,那只是個裝錯靈魂的軀體)。所以我自己,也從反對的立場轉而支持(但在傳統宗教要被認同,還需要相當的時間)!最近跟有個朋友聊及!她想結束目前這段婚姻專心「修道」去!
前幾年,我在李師父哪裡曾聽到過一句話,「出了家、忘了家?」當時李師父的看法是,搖了搖頭不表讚同(因為他二女就是出了家,去當個比丘尼)。從因緣來看!每個人的因緣路都不同?我們是沒法用某一案例套在所有人身上。我個人淺見,人生是學佛、修道或者出家&學道,是心在引導著你接續前世的因緣,但做出決定後就沒了後悔的藥,在家修未必就是縱情聲色之中,出了家也未必是真釋子,完全是個人心在造作(道在紅塵鬧市修,全憑皈戒作根由。在塵不塵真佛子,在俗不俗是真修)。
隨筆漫談:
既然談到「通靈」,就讓我想起的是(李文德)師父,當年來此(麻豆文昌祠)時是 1991 年,這裡相當陽春就只有主寺(而且很舊),在李師父個人努力下一個地方、一個地方蓋(禪堂、讀經處、服務處),鋪地磚、蓋雨棚、植樹(盆栽)、全寺上漆整理的美倫美煥!但他卻離開了。近年跟(李文德)師父聊最久一次!就是坐在「天下為公」前的椅子。我一大早(農曆大年初一)就開車上高速,不到清晨六點就來到「文昌祠」,約莫聊了一個小時他還幫我(把脈)!席間就聊及台灣某首富,再次轉世為農夫(要讓他從新認識土地的價值,取之於民不應該是只在謀圖私利),其二太太將淪為乞丐來轉世(地藏菩薩前來講述的)。有二張照片(文昌祠),可以清楚看到當時的桌上&椅子擺放。
語末:
私慾斂滅消苦業,悟透禪機空色相。情私不除業障阻,聖慧不發盡枉然。愛欲起時心魔現,淫念化消正氣清。凡緣漸捨早脫俗,泰定無畏登聖雄。
https://new500arhat.wordpress.com/
john 2020 3 30
0 notes
Photo

每日一篇師佛文章 の 「具恩瑤池金母」 。 摘要:「瑤池金母」降我寒舍,給我指示: 「台灣雷藏寺建大佛,你知否?」 「知。」 「你宜在大佛的上方平台,建一小廟,供奉我。」 「這。……」 「你勿疑。」瑤池金母說。 我問:「願聞在大佛上方平台建一小廟,供奉真身之事,是何因緣?」 金母答:「只因西方極樂世界真是福地,但,世上之人,對出世法,善根器者少,根行淺薄,有緣者不多,所度化眾生有限。」 金母又說:「又因眾生運逢殺劫,多生事端,不能以善法度脫眾生。如果立我為主尊,我觀察眾生根器,或神,或仙,或佛,各成其品,所度眾生將會更多,不至於有所漏失也。」 。。。。。。。 轉自:真佛般若藏 https://www.tbboyeh.org/cht#/index 師佛文集 177 見神見鬼記 の「具恩瑤池金母」 我在「葉子湖」閉關期間,仙王「瑤池金母」蒞臨,「瑤池金母」所放光芒,令我目不轉瞬,這真是: 紫紅光氣空中繞。 笙簧仙樂真嘹亮。 三鸞隨駕翩翩舞。 羽扇旛幢莊嚴相。 對對天女雲中現。 侍者奉寶幻中變。 祥光之中顯真身。 具恩金母大掌教。 我見了「瑤池金母」,合掌感恩,因為我近期右手臂關節疼痛,禱之瑤池金母,承金母派侍女前來診治,果然好了,感激異常。 我想起三十多年前,承「瑤池金母」開天眼,至今日,瑤池金母呵護我,不知凡幾,其恩浩蕩,已達無量,我只能感恩再感恩。 瑤池金母,是我三本尊之一,是仙王也,而阿彌陀佛是佛王也,地藏王菩薩是地王也;瑤池金母是我本尊,可見我的尊崇。 我這一生,有恩者報恩,對具恩「瑤池金母」,不敢或忘。 教界人士曾說,既然信了佛,為什麼還供奉「瑤池金母」? 我的回答很簡單,信了佛,也要供敬父親母親,「瑤池金母」對我恩惠如此之大,我把「瑤池金母」當母親看,怎能不供奉? 在真佛宗派的雷藏寺,除了佛之外,我還特別供奉「瑤池金母」,這是飲水思源,不能忘恩,不敢或忘,不敢不敬重。 「瑤池金母」降我寒舍,給我指示: 「台灣雷藏寺建大佛,你知否?」 「知。」 「你宜在大佛的上方平台,建一小廟,供奉我。」 「這。……」 「你勿疑。」瑤池金母說。 瑤池金母告訴我: 「你本佛骨,是西方極樂世界的蓮花童子,蓮花化生,九品度眾生。你是沙門,三乘妙法是至珍,又有八功德水,又有七寶園,淨土是金珍,舍利是法寶,佛法是妙覺,無上的無上。」 我問:「既然無上,何者為大?」 瑤池金母答: 「與道合者大。」 我說:「這與釋迦牟尼佛所言相同。」 我問:「願聞在大佛上方平台建一小廟,供奉真身之事,是何因緣?」 金母答:「只因西方極樂世界真是福地,但,世上之人,對出世法,善根器者少,根行淺薄,有緣者不多,所度化眾生有限。」 金母又說:「又因眾生運逢殺劫,多生事端,不能以善法度脫眾生。如果立我為主尊,我觀察眾生根器,或神,或仙,或佛,各成其品,所度眾生將會更多,不至於有所漏失也。」 「金母之言不差。」 金母說:「我以入世法度眾生,佛以出世法度眾生��入世出世同樣重要,入世即出世,出世即入世,二者不可偏廢。」 「此說甚是。」我認為「方便」與「究竟」不可偏廢。 金母說: 「我是上古仙王,我來輔助佛王,這才功德圓滿。所謂圓滿,是無漏無失,修行全在本性,返本還原均是本來面目,九戒三皈無非方向,脫卻人身歸極樂,超出三界成四聖,洗塵滌垢全無染,如此即是金剛身。」 我聽了亦領悟。 這亦是: 瑤池金母在西方。 道德根深莫能量。 原本無形化生相。 度化眾生立津梁。 瑤池金母說: 「古仙成聖超三界,也在靈山護法臺。」 只一念頃,瑤池金母及仙眾與我隱居的「葉子湖」,一下子全移到西方極樂世界淨土了。 瑤池金母的大神通力,令我驚駭。 只見「迦陵頻伽鳥」出微妙之音,風清寶樹皆念佛、念法、念僧,祥光迸射異香芬馨,八功德水潺潺,寶殿金閣放出光輝,菩提道上此淨土最勝,處處煙霞幽境,多重寶樹,妙景非凡,地湧蓮花,黃金為地,奇花開放滿座香,舍利寶塔玲瓏處處。 又見「阿彌陀」如來、「觀世音」菩薩、「大勢至」菩薩,坐三重寶殿,莊嚴身相不可思議,上有寶蓋佛幢,天花亂墜,下有蓮花,朵朵異香。 西方三聖見瑤池金母到,亦下蓮臺迎接。 我趕忙向阿彌陀佛請示此去如何? 佛答: 「三界之中任悠遊,何懼劫難不用愁。」 再請觀音菩薩指示? 觀音答: 「生死一如是天數,方顯蓮生真活佛。」 再請示大勢至菩薩? 勢至答: 「歷代多少修行客,獨你悟法第一人。」 我又請示瑤池金母? 金母答: 「奉旨下凡真佛生,任汝縱橫三界間。」 至此。 我無疑惑矣! 我寫詩一首: 三昧之中 各宗各教各有分別說 人自領悟 獨我一人明心有結儔 千般言語 萬篇言論 教後人如何去貫通 這些事實在悠悠 我但心中 走過道顯密及其他 不用憂 也不用愁 他人也許皺起了眉頭 瑤池金母 西方三聖 如何可能會聚首 我只有些怨 為何世人宗教分別多 左求右也求 上天指示各不同 只我這一人 心中容下諸聖賢 原來都住在同一樓 https://www.instagram.com/p/B5EiveDA7EK/?igshid=1mqjdlaku4y72
0 notes