#暖簾 五木ひろし
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emkades · 2 years ago
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foucault · 2 years ago
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今日は店は休みです。久しぶりに奈良に来ています。本籍を奈良に置く身としては、故郷へ戻る嬉しさです。仕事があるとはいえ、合間に興福寺で八部衆の御顔でも拝めるとなおなお嬉しいところですが。
そういえば、本日2023年12月12日はちょうど小津生誕120年、没後60年。小津で奈良、といえば『麦秋』の最後、ふっと差し込まれる麦畑の中をゆく嫁入り風景のシーンですが、あれ、どこなんでしょうか。後ろに耳成山のような山が見えるので、橿原のどこかかな。
ついでの話。このごろ書きものの仕事が多くて、頼まれもの以外の文章なぞつらつら書いている場合ではないのですが、小津についてふと気になってしまったことがあり、書いておかないと本来の仕事ができなさそうなので、合間合間に記していた雑文をここに置いておきます。長いですし、結論はないし、��とんどの方が興味のない内容かと思いますが…。
ちょっとした調べものがあって雑誌『みすず』2001年12月号を読んでいたら、木村伊兵衛が小津安二郎を撮影した写真と文章「上海で小津安二郎氏をうつす」が掲載されていた。時期は1938年1月なので第二次上海事変の翌年。小津は1937年9月に出征して中国に渡り、事変の直後12月から上海にいたようで、その時に偶然木村と出会っている(その後小津は南京・漢口と転戦する)。写っている小津が携えているカメラは、木村の稿に続いて掲載されている田中眞澄氏の文章「ライカという”近代”」によればライカA型。小津関係の文章を読むと、小津は「ご愛用のライカ」をいつも手にしていたと多くの人が書いているので(同文によると山中貞雄はコンタックスだったらしい)さもありなんと思うのだけれど、田中氏の文章を読んでいくなかで、ちょっとしたことが気になるようになった。
小津は1942年から軍の依頼で記録映画撮影のためにシンガポールに滞在し、ただまあ映画製作などできる状況でもないため、自国内では上映が禁止されていたアメリカ映画をひたすら見続け、敗戦を当地で迎えている。そしてそのまま捕虜となり、抑留生活を終え1946年1月に帰国する際に小津はライカを手放しており、「彼が再びライカを所有するのは一九五四年のことである」とある。買った件の典拠はどこにあるんだっけ、と思いつつ近所の図書館に置いてある『全日記 小津安二郎』を紐解くと、なるほど1954年3月22日の項に、
> 「出京 サンにてライカを買ふ 135.000 アメリカン フアマシー 明治屋(燻製)によつて帰る」
とある。と、ここで急に話は脇道に逸れるのだが、ちなみに隣のページ、同年4月8日の項には、
> 「駒場の東大教養学部 民芸館 青山の花屋 それから 車にて銀座に出て なごやかに夕餐を喫す 野田夫妻と江原氏同道」
と日本民藝館に行った旨の記載がある。他にも、1951年11月10日に
> 「宿酔 森昌子さん達と 陶哉 たくみに寄って大船に帰る」
や、1955年5月17日には
> 「駅にて野田氏と待合せ 上野松坂屋の民芸展にゆく」
とも。ほか、パッ���目を通しただけでも1952年4月8日、同年6月15日、1953年2月9日、1961年2月2日に銀座たくみに行った記載があるし、志賀直哉や里見弴についての言及は多すぎるので略す。こういうものを読むとつくづく民藝誌において特集「小津と工藝」を組みたいなと思う。白樺派との関係や小津の映画における「巧藝品考撰」について取り上げる特集。『秋日和』で原節子の後ろにかかっている暖簾は芹沢銈介だろうか、『秋刀魚の味』で中村伸郎の後ろに置かれたやちむん?はたくみで求めたものなのだろうか、やちむんであれば誰の仕事だろうか。佐田啓二と吉田輝雄がとんかつ屋で食事をするシーンには確かに芹沢カレンダーが掛かってるな、などといつも気になるので。松竹から写真借りるといくらぐらいかかるかな…。
それはさておき。この時購入したライカが、前掲日記の1961年3月23日の項に「夕方会社帰りの秀行くる ライカ借(貸)してやる」とある通り、のちに小津の甥が譲り受け、現在は茅野駅前「小津安二郎・野田高梧コーナー」に寄贈展示されているライカIIIfとズマリット5cmF1.5なのだろう。と、ここまで長々と記して、まだ前提です。
そこでふと思い出したのが厚田雄春・蓮實重彦著『小津安二郎物語』(筑摩書房・リュミエール叢書)の冒頭。ここには小津が『東京物語』と『早春』のロケハンをしている写真が2葉掲載されているのだけれど、どちらにおいても小津はバルナック型のカメラを携え、光学ファインダーをのぞいたりしている。沈胴レンズにフードをつけている様子から、あれはライカなんだろう、レンズは厚田雄春が『父ありき』において75mmを一場面で使った以外はすべて50mmだったと言っているぐらいだから同径のエルマーやズマール、ズミタールとかかな、などとうっかり思い過ごしていた。むろん『早春』については、製作年やロケハンの写真に記載されている「1955.7.20」という日付からするとまったく問題はない。しかし『東京物語』は1953年製作公開だから「再びライカを所有した」1954年では間に合わない。そう気がついて見直すと、小津が構えているカメラは、ライカIII型に似ているがファインダーの位置が違うし、そもそも1954年にあわせて手に入れたと思しきズマリットは沈胴レンズではない。
妙なことに気がついてしまったと思いつつも、ひとまずは日記記載の「サン」を手始めに調べてみようとしたが、何の会社かわからない。名取洋之助が企画編集した「週刊サンニュース」と関係はあるのだろうか。対外宣伝誌の専門家であり��銀座に店を構える森岡さんに聞いたらわかるだろうか。いずれにせよ1949年以降の小津の日記に「サン」が登場するのは、「1951年1月17日・3月21日・4月24日・11月10日、1952年4月17日、1953年6月16日、1954年3月22日(前述のライカを買った日)・10月14日、1955年4月6日、1960年7月14日、1961年2月2日(”たくみ サンに寄って三越”)」。1953年6月16日は、ちょうど『東京物語』ロケの最中だったことが気に掛かる。ほか、関係しそうな記載としては1953年3月30日に「アサヒカメラ座談会」、1954年11月5日の「シュミットに寄ってから」(当時ライカの総代理店だったシュミット商会か)、1955年2月15日「昼寝をしてゐると小尾がくる ニッコールの85m(ママ)のレンズを頼む 四万五千円を預ける」、同年3月11日「小尾に会ひ105mmのレンズを見る」、同年6月27日「小尾から電話ライカピッド(ママ。入手したライカがIIIfであれば、ライカビット SYOOMか)を頼む」ぐらいか。この「小尾」という人は何者なんだろう。
次に小津が構えているカメラの形状から何かわからないかと思い、あらためて細部を見れば、写っているカメラは戦後キヤノンが作っていたコピーライカであることがわかる。決め手はファインダーの位置。同時期の国産コピーライカであるニッカやレオタックスはライカそっくりに作っているのだが、キヤノンは誠実と言っていいのか「打倒ライカとコンタックス」の心意気の現れか、多少スタイルが違う���なお、小津が用いている機種については、この時期のレンジファインダー機は輸出用に作っていたせいか勢いがあり、すぐ新型が出るうえに、外観がどれも似すぎていて小さな写真では区別がつかない。時期を考えれば、1946年発売のSIIから1952年のIVSbの間のいずれかで、III型以降のように見受けられる。レンズもやはり形状から判断するとズマールに似ているので、1949年発売開始のキヤノン Serenar 50mmF1.9か。そう気づいて改めて調べると、「カメラ毎日」1954年6月号に掲載されている座談会「カラーは天どん 白黒はお茶漬の味」ではカメラの話がもっぱらで、その時に手にしているのはキヤノンである。このキヤノンのカメラとレンズ、そして外付けのファインダー、この時期どういう経緯で小津は使っていたのだろう。いずれにせよ、1953年の『早春』はともかく、なぜ1955年に「ご愛用のライカ」ではなく、キヤノンを用いているのか。
ついでに言うと、小津が鏡の前でカメラを向けて撮っているセルフポートレートに用いているカメラはコンタックス。日記をざっと読んだ限りではわからないけれど、これもいつ手に入れたのだろう。レンズはゾナーの5cmF1.5。明るいレンズがお好みと見える。こちらは姪が譲り受けたとのことで、今は先のライカと同じく茅野駅前にある。
長々と書いてきましたが、つまりはこれらが今回��じた疑問です。小津に詳しい人、どうか教えてください。
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daikaen · 6 months ago
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去年に引き続き話題の「五色松」。販売しているところが少ないようで早くから問い合わせが殺到してますWW「色松」とも呼びますがお正月に荒神様にお祀りする荒神松です。普段は荒神松も販売をしていますがこの色松含めてご予約のみの限定販売の形をとらせて頂いています。まだ若干販売できる数があるので必要な方はお早めに。売り切りごめんです。 というわけで今日のうんちくは「荒神様」
ざっくりいうと荒神様とは台所を守護する火と竈の神様で、基本的に天照大御神様や氏神様などの他の神様とは別の神棚でお祀りする必要がある神様であり森羅万象の根源となる神になります。一般的な神棚の他に台所の小ぶりな神棚にお祀りします。ちなみに炭治郎のヒノカミ神楽、ヒの呼吸は「火」ではなく「日」です。同じ竈なので間違いやすいですね。気を付けましょう。 そして荒神様は民間信仰の特徴があり、また神仏習合において火の神様と竈の神様の信仰に仏教と修験道の信仰が混ざったものなので少々複雑です。
荒神様は三宝荒神とも呼ばれます。三宝とは仏教においては、「仏・法・僧」でありこの三宝を守護するもので如来荒神、麁乱荒神そらんこうじん、忿怒荒神ふんぬこうじんの三柱で三宝荒神となります。また神道においては竈三柱大神(かまどみはしらのおおかみ)として祀られ、三柱は竈の神様��ある奥津比古命(おきつひこのみこと)と奥津比売命(おきつひめのみこと)、火の神様である火産霊命(ほむすびのみこと)を指します。
古くから人は煮炊きをして食事をすることから竈神様は生命力とかかわりの深い神様です。竈の火に宿るため火伏せの力もあり、穢れや災いを浄化する火の力を持つとされています。生命力の源と火の力、この二つの力に直結する場所が台所ということですね。そのため、荒神様は台所を守護する神様として専用の神棚にお祀りされるようになったと考えられています。
お祀りの作法としては一礼三拍手一礼で三拍手は三宝に帰依するという意味です。ちなみに台所の入り口に掛かる暖簾(のれん)、これは神域を示す注連縄(しめなわ)が変化したものだそうです。
そして荒神(コウジン)とは現存している神仏よりも遥か以前から信仰されていた『太陽信仰』が元になっている日本人の特有の信仰で『自然界』を重んじていて森羅万象の根源となる神様です。そして自然というのは我々人間から見てやはり荒々しいものなのです。古来の荒魂に代表されるように良い方にも悪い方にも超絶な力を発揮するという神様ですね。
最後に我々になじみ深いものを。 荒神経をご存知な方は知っていらっしゃると思いますが、天には太陽と月、そして地にいるといわれている神々を『木火土金水 (モッカドゴンスイ)』と呼び全てに神々が宿っているとされて信仰されてきました。まさに自然界そのものです。 そう我々は日々、荒々しい荒神様と一緒に生活しています。 日・月・火・水・木・金・土の一週間を。
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bearbench-tokaido · 10 months ago
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七篇 上 その一
京見物をしている弥次郎兵衛と北八。 五条の遊所でのひと悶着があって、 やっとのことで切り抜けた。
ある人の句に
花尊い 都に本寺 本寺かな
とある。
そう詠んだのが思い出されるほどに、この都の寺院、堂塔は広大無辺にしてその荘厳麗秀さも、言葉にあわらせないほどである。 ことに花の咲き乱れる春や紅葉の秋は、古今東西に聞こえているほどの名だたる景勝の地である。 また加茂川の名酒の樽とともに、人の魂をとかしてしまう。
この地の商人は、きれいな衣装をきているがこれは、他の地では見られない光景だ。 まさしく京の着倒れとはこのことか。 これは、西陣の織元よりでたことらしく染めた衣の華やかさは、堀川の水のように清い。 その他にも名産、奇製の品物、あまたあるこの都にたまたま、入こむ場違いな二人がいる。 弥次郎兵衛と北八だ。
この二人、抜け参りのついでにと淀川の下り船に乗ったつもりが、勘違いで荷物は失うは五条新地で一杯ひっかっけて、丸裸となってしまった。 北八はしかたなく、連れの弥次郎兵衛の木綿���合羽を借りて着ているのが、せめてもの救いである。 まさしく北八は、“着た八”なのに丸裸である。 本来ならこの都は面白いはずなのに、今の二人にとっては朝の風が身にしみわたっているだけである。
さて五条の橋に差し掛かったのだが、ここは弁慶が千人切りしたという所で北八は、それを思い出しながら一首詠んだ。
かかる身は うしわか丸の はだかにて 弁慶しまの 布子こいしき
二人はその五条の橋を渡って、西の方に行く。 河原院の旧跡や門出八幡も素通りして、高瀬ぶねの網にひかれてたどりゆく道すがら北八が、弥次郎兵衛に言った。 「思えば、つまらないに事になったもんだ。 はやく古着屋でも見つけて、どんなんでもいいから綿入れが一枚ほしいが、金もあんまりねえし弥次さんよ。いい知恵はねえか。」 「なに、買わなくてもいいじゃねえか。こちとら、江戸っ子だ。 江戸っ子の抜け参りなんだから裸になって帰るのは、あたりまえってもんだ。」 と弥次郎兵衛は、本気かどうか笑って答える。 「そうはいうけどな、寒くてならない。」 と北八が、肩を抱くようなしぐさをするので、 「そんならちょうどいい。湯屋と書いてある。 この銭湯でちょっくら温ったまっていかねえか。」
「ああ、ほんとだ。湯屋とかいてあらあ。 こりゃいい。弥次さん、お先。」 と北八は一目散にのれんを潜り抜けるとすっと奥に入って、裸になりだした。 とそれを見ていたここの亭主が、慌てて言う。 「もしもし、こんさん。誰じゃいな、何さんすのじゃ。」 そう言われて北八は、あらためてあたりを見回すとどうやら、銭湯とは雰囲気が違う。 「ええい、いまいましい。湯屋かとおもった。」 「ははは、家の暖簾に湯の字があるさかい、それで銭湯かと思うてじゃの。」 と亭主は笑っている。
「ありや“済生湯(薬の名)”というお湯にといて飲む、薬の名じゃわいな。」 「と言うことは、ここは薬屋か。こいつはいい。大笑いだ。」 と弥次郎兵衛は、脱いだ合羽を又着ている北八を横目に見ながら、腹を抱えて笑ってる。 「くそ、また、一段と寒くなった。いまいましい。」 と小言を言いながら北八は、こそこそとそこを出る。
しばらく行くと、しみたれの古着屋が一軒あるのがみえてきた。 店先にいかにも古そうな、布やつるしが架かっている。 北八は弥次郎兵衛をくどいて、布一枚買おうとその店先にたって、その布をひねくりまわしだした。 「もし、この布こは、いくらだね。」 「はいはい、こっちゃへおかけなされ。」 と亭主は、愛想がいい。 「これ、お茶もてこんかいな。 お煙草の火もないわいな。はよう、ちゃちゃっとくさんせ。」 北八は、それどころではではない。 「いや、茶も煙草もいりゃせん。こりゃいくらだというに。」 「はいはい、そりゃ、結構で、ござりますな。 お安うしてあげようわいな。」 亭主はもみ手をしながら、言う。
そこにこの店の小僧さんが、 「はい、お茶あがりなされ。」 とお茶を持ってくる。 亭主は湯気のたって���ないのをみて、 「長吉。そりゃ、おぬるいじゃないかいな。 なぜ、熱い茶あげんぞい。」 と言うと、小僧さんは店の奥をうか��うように、 「いや、おかみさんが、今朝は茶粥じゃさかい、お茶をたくなと、おっしゃってござります。 それは昨日たいたまんまの、茶でござりますわいな。」 と小さな声で言う。
弥次郎兵衛はその茶をさっと取り上げると、一口飲んで、 「なるほど。昨日の出がらしだ。まるで、河童の屁のようだ。」 と盆にお茶を返す。 「いや屁のついでにビロウながら、御亭主さん便所に行きたい。ちょっとかりますよ。」 「はいはい。便所にお出でかいな。」 と亭主が、裏の方を指し示そうとすると、さっきの小僧さんが、 「便所は、ぬるうはござりませぬ。 ようわいてじゃあろぞいな。」 と言う。 これを聞いて、ここの亭主は、 「なに、便所をだれが沸かしたぞい。」 と小憎を見ると、 「それじゃてて、たったいま、わたしが済ましたところじゃさかい、すぐいて見なされ。ぽっぽと煙が出てじゃあろ。」 と小さくなりながら、小僧が答える。 「ええい、むさいこというやつじゃ。」 と亭主は、呆れ顔である。
「そんなことより、この布子はいくらだ。 早くきめてくんねえ。寒くてたまんねえ。」 北八は、亭主と小僧のやり取りも聞こえぬ風で両手に持っている布を亭主の方に、押しやる。 「ははあ、お寒いなら、もっとそっちやへよりなされ。 そないによう日がさして、じゃわいな。」 と亭主は、日のあたるほうに北八を誘うと、 「昨日も着物を買いにお出らおかたが、こりゃ、いい。えろうぬくい家じゃいうて、ほれそこで、一日、日向ぼっこしていなれましたが。」 亭主は北八にお構いなしに話し続ける。
「そのお方が言われるには、もう着物買うて着いでもかまわない。 毎日ここの家へ、日向ぼこしにこうわいなと、こないにいうてじゃあったわいな。」 北八は、持っている布を、亭主に押し付けるようにすると、 「ええ、じれってえ。こりゃあ、売るのか売らねえのか。どっちなんだ。」 と詰め寄る。 「はいはい、売ります。うりますよ。せわしない人じゃ。」 と亭主は、やっと北八の手から布を取り上げた。 「安くしてくんねえ。」 と、北八は、亭主に言う。 「この紺の木綿の綿入れはと。」 とそろばんぱちぱち、やりだした。
「銀で三十五。これが、ぎりぎりじゃわいな。」 北八は、顔の前で手を振りながら、 「高いたかい。わっちらは江戸ものだが、古着は商売がらでいくらもとりあつかっているから、無駄な時間はつかいたくねえ。ほんとうの所をいいなせえ。」 亭主は、ちょっと顔をしかめて、 「はあ、御商売がらとあれば、おまいさま、古着屋なされてかいな。」 と北八の方を見る。 「いや、わっちは質やさ。」 と北八は、すまして言う。 「しちとあれば、何かいな。おとりなさるのか、置きなさるのかいな。」 と聞くと、横から弥次郎兵衛が、 「おくのが、この男の商売さ。」 と横槍を入れる。
つづく。
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iseilio-blog · 3 years ago
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眠 狂 四 郎
眠 狂 四 郎 Nemuri Kyoshiro
悠游於虛無之淵 孤高的劍士
柴田鍊三郎
新潮社 1991年 九月 二十五日
消失的兇器
一瞬而逝的姿影,誓仇來到 枕橋。
金八 小跑的渡過了 言問橋。
投問的 戀之夜路
一間茶屋
是緣吧 彈開了暖簾
暖簾:五木ひろし(歌詞中譯) - YouTube
「���,抱歉,我家先生在這裡嗎?」
穿著工作衣的年輕女孩有點猶豫的指了指二樓。
金八 趁著擦身經過,快速的滑了一下臀部。
「是嗎、這裡嗎、二樓嗎。. . . . . 雪醬,妳、二樓被我們先生佔了,
沒法和男人幽會了吧」
「什麼男人 . . . . .」
「嘿嘿-,不要騙。這麼漂亮,什麼松吉、竹太的 情人啊。真可憐
啊,我家先生。」
一面登上二樓,一面說著
「談到松和竹,和 雪醬 一起那一晚真辛苦。媽的,今年一直下雪。」
今天早上 江戶 成了銀色世界,金八 在來的路上滑倒兩次。
打開 障子門,眠狂四郎 腳放在 矮桌炕 裡 仰臥著。
こたつ天国の幕開けです Dog and Cat with Kotatsu - YouTube
「哦哼,家國昏亂忠臣出,街道異變金八現。先生,發生了金八這顆
腦袋無法判斷的事件了。」
「說說看」
狂四郎 閉著眼說道。
面貌蒼白,不變的虛無陰鬱。對生存無執著的活著,然而在那虛無
陰鬱之中,有著知天命的寧靜。
「三千石的 旗本大身(地方政治角頭)在澡堂哼著謠曲入浴時被
殺了。」
「. . . . . 」
「澡堂裡圍著浴巾的 女中 已經在裡面。因為是童女,不能讓她看到
赤身裸體的大人,躲到一旁,唱著謠曲的大人,不知怎的,呻吟了
一聲。嚇了一跳,抬起臉,大人忽然沉了下去,當頭再浮起來時,
已經成了斷末魔的可怕形相。浴槽成了一片血海。女中大吃一驚,
僕衆衝了進來已經太遲。」
「. . . . . 」
「做了一番偵訊不得要領。只記得一陣混亂與血海。」
狂四郎 一直閉著眼睛,是不是有在聽並不清楚,一動也不動。
「大人的背部被刺一個洞。被什麼東西刺的,那裡也找不到。」
「是說、浴池裡沒有兇器掉落?」
「是啊。大人的背部的確有個洞。」
狂四郎 坐了起來,將矮桌炕上的酒倒進碗裡,一口喝了下去。
「什麼時候的事?」
「就昨夜的事。下著雪,時刻剛好是丑時 -。大人與小妾合戰,
完事後有洗身的習慣。又胖,又渾身汗水,一定、哦,是有聽說對手
從去年就一直說要幹掉他。敵手有 天狗術,因此來拜託先生。」
消息不好外泄,所以不找 奉行所(警察局),用人去到 水野越前守
的 宅第,衛士頭目的 武部仙十郎 喚來 金八,下令去把 狂四郎 帶
過來。
大番頭、三千石的布衣 內藏助信親 是去年退番歸府,最近進入了
小普請 的人物。於大阪府的時候,大概犯了什麼錯被降級成 役寄台。
性格豪爽,不太向 閤老 低頭,濟助窮困,善飲,也好點女色。是
八萬旗 中的頭人。內藏助 府邸從去年底開始有了奇怪的事情。像是
賄賂品一般的大包裹,打開來看卻是貓的死骸。一上轎子就出現
白蛇。這些都還忍受,下了一個晝夜的雪,快晴美好的早晨,書院
前庭忽然出現一尊不知誰做的雪人,上面寫著「死靈」文字。隔日
太陽出現,雪人融化,竟然出現一個三天前失蹤的年輕女屍體。
下手的入依判斷當然是府邸裡面的人,而 內藏助 似乎無動於衷。
「大約最後就是要取我的性命。那就來吧。」
內心顯然有答案,府邸中的人們也沒有入去推敲。
終於,如同預料,內藏助 被殺了。 怪的是 內藏助 雖然背部有刺傷,卻尋不著兇器。
安置遺體的佛間,香煙裊繞,家人保持著沉默。這時忽然穿著黒服
的 眠狂四郎 出現,也不合掌致意。
「抱歉!」
一聲之後,把遺骸翻轉了過來。去除了二重的白衣與裝束,看了一下
背部的傷口,眉宇間有了困惑的樣子。
那傷口既不是長槍,也不是手裡劍,而是更為不��的兇器。
狂四郎 在老女的案內之下出了佛堂,去到澡堂。
只要是 旗本 的府邸,都造了不少澡堂,白天也顯得昏暗。如果從明窗
擊出兇器鰾不是不可能。
狂四郎 回到書院與佣人對坐。
「可以見一下夫人嗎?」
「夫人中風,從三年前就一直就躺在床上。」
「是這樣嗎?」
狂四郎 微微笑著問到,佣入顯得有點狼狽。
「還有什麼沒說的也說說看。」
「沒有特別啊。說夫人無法起床是有人看到。你的口吻倒有點像是
懷疑 . . . . .,」
「這蠻妙的。我不是對夫人有什麼懷疑。而是剛問你的時候你那狼狽
的樣子,似乎是你自己覺得夫人有點怪,不是這樣嗎?」
冷冷的看著佣人避開的眼神 狂四郎 說道。
「再來想問的是被弄成雪人的女中的事。」
佣人似乎鬆了一口氣,回看著 狂四郎。
「你的主人碰了那個女中,應該沒錯吧。」
「. . . . . 」
「請那澡堂的女中來一下吧。」
是個個子小而純真的女孩。受到衝擊而還未回復的樣子,頭伏得低低
的,
「妳是成了雪人的 つや 的妹妹嗎?」
「是 -」
「妳姊姊會這樣的逝去是因為主人的原故,想復仇嗎?」
「我什麼都不知道 . . . . . 」
「妳在澡堂裡有沒有聽到兇器飛來的聲音?」
女孩表情顯得很困惑。
「妳的主人在浴槽中呻吟時妳是看到的?」
「是 -」
女孩看到的是 內藏助 在水槽中浮起來又沉下去。女孩去了之後,
佣人又進來,說道:
「夫人可能在生病之後,與生俱來的忌妒心好像更加厲害了。」
「妳的主人碰了女中之後,忌妒心更加狂亂,起了殺意,妳想到這件
事而感到狼狽吧。請帶我去夫人的寢室。」 一面看著白色美麗的庭院景色,
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一面拾步長廊,忽然停住了腳步,
好像看到什麼,微微笑了一下。
- 原來如此!
坐在 內藏助夫人 的枕頭邊,狂四郎 忽然說了一句奇怪的話。
「妳丈夫在大阪的時候,從市民手中收了不少銀子吧。」
夫人忽然臉色蒼白,說道:
「你要多少?」
「算便宜些,二百兩 -」
夫人拼命的抑制著情緒,伸出枯木一般的手,要拿呼喚女中的銀鈴。
「不用了。是要拿不正的銀子。. . . . . 放在那裡呢?」
夫人望向了櫥子,狂四郎站了起來,去到櫥子拿來了一個有著蒔繪的
盒子。
Maki-e: A Sumptuous World of Gold and Black - Core Kyoto mini (youtube.com)
「厚,夫人可真是有錢。」
夫人顯得不安
「拿了快點��開吧。」
「拜領了。. . . . . 私房錢可真不少。看起來這麼有錢,欲望又高了
起來,」
「想要多少才可以?」
狂四郎 看著那嫌惡又憎恨的眼眸,笑了一下,
「這整個盒子我就拿走了。」
這時後面佣人追了過來,
「先生,你知道昨夜有人來襲嗎?」
說著,拿出一封書狀。寫著:
「這數日中,在意外的地方要取你的生命。到時請多注意!」
狂四郎 笑了一下,
這一來下手人是誰就清楚了;能夠使 投劍術 的就只有 松田五平。
一個黑影在要進入屋子的瞬間,
「無袖難揮灑;是這麼說的吧,松田五平! 」
間不容髮,從黑影拋出了一支 手裡劍。 狂四郎 拔出了 無想正宗 揮了下來,
「去庭院吧,松田五平!不要學一些兩國藝人的手法。在山中修業
的 貫心流劍法,你還粗疏得很。」
Kanshin-ryu Iai-jutsu - 43rd Japanese Kobudo Demonstration (2020) - YouTube
Tenshinryu Hyouho Battojutsu① - YouTube 地面映照著凜冽的月光,對峙的兩個黑影似乎為冰雪凍結,
眠狂四郎 貼著地,松田五平 在中段稍高
時刻推移,晨雞報曉時分,如同合意一般,
松田五平 踏雪,進兩步
這個同時,圓月殺法 的 無想正宗 開始慢慢移行
當刀尖劃出半圓時,松田五平 蹭雪,五體跳躍
如同流星劃過一道白光,掉落 狂四郎 顏面
松田五平 剛下了身的肢態,靜止閉目,望著 狂四郎,一動不動 無想正宗 從肩割到胸止住
眠狂四郎 一下子拔起,松田五平 失去性命的個體 緩緩傾斜
雪地,在俯伏的瞬間,黑色血汐向四方擴散
內藏助 的 頭七,高輪普提寺的方丈討論著應該如何處置 內藏助夫人。
種種的意見,都無法取得一致的意見。
眠狂四郎  倚柱,始終保持沉默。
終於 狂四郎 不造作的開了口,
「做為武士的妻子,應該隨丈夫之後而去。」
「什麼意思?」
有一人問到
「良人的最終,就是妻子的最終。這是夫妻之道。」狂四郎 說完,
站了起來,一個人離開了方丈們。
眾人回到了宅邸,一看,有了異變。
全身不自由的夫人不知何時在浴池被殺了。
背部與良人 內藏助 一樣被刺殺,水槽染滿了鮮紅的血。
那裡都找不著兇器。
隔日 金八 踩著融雪的街道來到 言問的茶屋。
「一人來,雙人行;足跡寫著二個字、二的字;怎樣,雪將,一會兒
帶妳去兩國。」
Japan sumo wrestler hotpot, fried meat cake, dounts seafood rice, Tokyo walk tour - YouTube
拍了一下肩膀,跑上了樓梯。
「. . . . . 先生,請告訴我,沒有刀傷,卻在浴槽中被殺。這是什麼
道理?」
膝蓋移行到 狂四郎 的旁邊。
狂四郎 閉著眼
「打開窗戶看、金八」
窗戶打開了,
「然後呢?先生。」
「兇器就在那裡。」
「什麼?那裡?」
屋簷垂下來亮閃閃的冰柱
「厲害!他用冰柱替代了 手裡劍。刺殺之後,冰柱在熱水裡就溶化
掉了。」 狂四郎 起了身,
「金八!走吧。」
(245) 市川雷蔵版⚡眠狂四郎 - YouTube
眠 狂 四 郎 - YouTube
( 決鬥之外 粗譯 )
Sugino Sensei 10th Dan Master of Katori Shinto Ryu - YouTube
日本寶劍有「天下五劍」之稱
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choshistone · 4 years ago
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「朝枝の調べ 其の五」の覚え書き
2021年7月3日(土)14時より、西荻窪・一欅庵にて 天気は曇り この日の朝まで雨続きで、お庭の緑はしっとり濃厚。暑くはないけれど、湿度はやや高めでした。屋内ではあちらこちらで扇風機やサーキュレーターを廻してくださり、換気は万全。
<番組> ごあいさつ 二人旅 枝次 看板の一 朝枝 短命 朝枝 ~仲入り~ 湯屋番 朝枝
感想ツイートまとめ
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“腕試しの一席”は一回お休み。ごきげんな3演目を鮮やかに演じてくださいました。次回(10月)はネタおろしをご披露いただける予定です。
一欅庵では4回目となる今回、高座と客席のレイアウトが変わりました。以前のレイアウトより“声の返り”がよいそうです。
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<<一欅庵だより 其の四>> 「夏のおもてなし」 私が子どもの頃の一欅庵は、周囲の木が今よりずっと多く、東西南北の開口部のどこからか、必ず涼しい風が入っていました。ですから、家の中で夏の暑さに悩まされた記憶はほとんどありません。 それでも夏になると、座布団カバーは麻やちぢみに、クッションカバーはレースに、障子を御簾に……と、すっかり衣替え。エアコンがない時代は、見た目の軽やかさや、シャリシャリとした肌触りで、涼を演出していたのでしょうね。 一欅庵ならではの夏支度は、応接間の大きなうちわ(※)。マントルピースの暖かな印象を隠すため、夏が近づくと今も必ず飾っています(よろしければ、開演前や休憩時間にご覧ください)。ちなみに、うちわを立てているスタンドの鎌倉彫は、祖母の手によるものです。 お客様がみえると必ずお出ししていたのが、うちわ盆にのせたうちわと冷たいおしぼり。自分をあおぐのではなく、お客様の方に風が届くよう、さりげなくうちわを動かしていた祖母の姿も印象に残っています。 私にとっての“夏のおもてなし”は、夏休みの早朝、近所の神社でラジオ体操をして帰宅すると祖母が出してくれたカルピス。当時の一欅庵は、蛇口をひねると井戸水が出るようになっていたので、氷を入れなくても充分冷たく、おいしかったですねぇ。早起きはいやでしたが、カルピスのおかげでがんばれました。 ※「十八公栄 霜後露 一千年色 雪中深」と書かれた芭蕉��
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オープニングトークで「ちょうど1年前に、“第0回・朝枝の調べ”的な会があり……」という話題が出ましたが、ちょっと補足を。2020年7月に開催したのは、スタジオフォーさんでのYouTube動画撮影会です。 今回から、猫スタンプが5つ集まったお客さまへのオリジナルグッズの進呈がスタート! 朝枝さんらしき人物をモチーフにした、ほかでは絶対に手に入らないポストカードです。シリーズものなので、ぜひコレクションしてくださいね!
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abcboiler · 5 years ago
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【黒バス】no day but today/只今日已ガ或
2017/01/29 発行コピー本web再録
明日も明日も明日も来ずとも
今日と今日と今日が在ります
   明日も明日も明日も死すとも
今日と今日と今日を逝きます
         「先生、センセ、どこにいるんですか」
「もう見つけている癖にわざとらしい。さっさと来い」
 四月の頭は春の��乱。薄青い空は、桜花の気配を反射して柔らかく香る。春の季節は花よりも短い命だ。先生はこの季節が一等お好きなので、常日頃閉じこもる部屋から、この時ばかりは、あちらこちらへと、凧より不確かに、童より落ち着き無く彷徨っている。
 春。あらゆる芽生え。美しき目覚め。
「たまには、先生の方からお越し頂いても良いと思うんですけどね」
 サテ、どのようにあんな所へ登られたのかしらん、と丁寧に手入れされた庭をぐうるり見渡せば、咲き終えた桃の木の陰に梯子が立てかけられている。どれだけお誘いしても動こうとしない偏屈な男は、こんな時ばかり行動をするのでこちらとしても苦笑いを浮かべるより他に無い。初めて雪に出会った犬が、気でも違ったかのように走り回るように、初めての衝撃は人を狂わせるものだ。先生は、何年を過ぎても、春に初めて出会う獣だ。所々の釘に緑青が浮き出た屋根の上、黙ったまま遠吠えをする。
「先生、今月の原稿」
「そこにある」
 高台にある先生の屋敷の屋根からは、東京の平屋が見渡せる。えいやらこいやと屋根を登った功労者を労わることもなく、先生は眼下の街を指差した。否、指したのは、己の書斎の、黒檀の書斎机なのだろう。目を閉じるまでも無く、あの沈黙に包まれた部屋で沈黙を守る原稿が見えた。
「なんというか、これは、アレだ」
「なんだ」
「優秀過ぎてつまらないなあ」
 緑間先生が、〆切を過ぎたことは一度も無い。俺が先生附きになってから、本日まで。三度目の春を迎えても尚。
 何を馬鹿なことを、という目で先生は俺を見た。この国には珍しい、否否、恐らく唯一であろう、明るい若葉の瞳が俺を写して瞬きをする。それ以上言葉を接ぐのは億劫になったのか、先生は花に霞む橙色の街を見ながら呟いた。
 春は五月蝿いな。春ばかりは、こうも五月蝿い。
   *
「なんと言いますか、編集になったら、というか、他の輩はね、先生の原稿を追っかけ東奔西走、京都の旅館で芸妓さんと戯れてる所をとっ捕まえ、陸奥の炉利端で魚焼いてる所をとっ捕まえ、浅草で芸妓と戯れ等してるのをとっ捕まえね、必死に連れ戻しちゃあ見張って、追い立て、原稿を取り立てているんですよ」
「芸妓ばかりか」
「そうですね、真ちゃん以外はね」
 半時ほど屋根の上で黙りこくっていた先生は、突如立ち上がると俺に一言も告げずに、その大きな身体に見合わぬ機敏な動作でひょういひょいと梯子を降りて屋敷の中へ戻っていってしまった。慌てて追いかければ、台所でじいっと鉄瓶を沸かしている。思考の一つもその原動力も解らないけれど、何故だか先生の原稿だけは西洋の錬金術かと紛うばかりの不可解さでもって、〆切までに現れている。そうしてまた、尚の事不可思議を極めることに、この原稿がまた読みやすく、人の情緒に潜り込むのである。
「その呼び方はやめろと何度も言っているだろう、高尾」
「はいはい」
 実際の生活に於いて、人の心など微塵も解するつもりの無い先生は、二人分沸いた湯でもって、己の分の茶だけを点てた。矢張りその侭、俺を無視して部屋へ戻るので、こちらも此の呼び方を変えるつもりはない。というのも、元はと云えば、冬だから酔わねば為らぬ、付き合えと突如言い出した先生が、存分にしこたま酒を喰らい、湯水のように酒を煽り、泥酔の挙句、飲んだ酒の分だけ語り、笑い、己でこの愛嬌ある呼び名を漏らしたのが悪いのである。
 高尾、お前は己がまだ罪悪に目覚めていなかった頃を覚えているか。幼い頃? それは幾つだ? 五つか六つ? 馬鹿を言うものじゃない。子供など罪悪の根源なのだよ。悪辣の化身よ。それより以前だ。尤も最たる無罪は生まれた瞬間だ。その時だけが赦されている。はは、ははは、俺もその頃は、先生等という、何者でも無い呼び名など無かったが、ふん、今や名前に意味など無いな。お前もそうだろう? お前の名前は『文芸青い森』氏だろう。人など、どうせ記号と象徴に消えて逝くだけだ。足掻いてもがいて縋らなくては、己の名前など、母しか知らん物になる。何だ其の顔は。俺にも母くらい居るに決まっているだろう。お前は珠に俺を神か悪魔かと勘違いしている。母だけが俺の名前を知っている。ははは、真ちゃんとしか呼ばれなかったがな。ははははは。笑い声は母の連なりだ。はははは。
 翌日、記憶を無くさなかった真ちゃんが、悪鬼も裸足で逃げ出す形相で、昨晩は忘れろと迫ってきたのも懐かしい。
「真ちゃんは面白いなあ」
「そうか。お前は大概失礼な奴なのだよ」
 曲がりなりにも、文士と編集という関係で、そこまで砕ける奴がいるか、と、そう言いながら真ちゃんは原稿を投げて寄越す。俺の無作法を許容しているのだから、なかなかどうして、そちらも同じ穴の狢と思う。原稿の枚数だけを確認して鞄にしまいこんだ。まだ日にちは有るので、ゆっくり線を引けば良い。つくづく、人間性は置いておいて、優秀すぎる��だった。
「そもそも、文を書くため文を書き、文に殉じて文士になったのに、何故書かない? その時点で理解に苦しむな」
「学生になったからって、勉学に励む奴ばかりとは限らないでしょ?」
「ああ。確かに居るな。ふむ、懐かしい。赤司なんかは、貴方達に教わることなど無いと、教授を片端から論破して、後は圖書館に引き篭るか、どこかへ流れてばかりいたし」
「そうじゃあない。そんな飛び出した奴のことじゃない」
 赤司といえば、恐ろしく有名な華族の一派だと思うが、まさかそこの嫡子のことではないだろう。先の戦争でいち早く物流に目を付けて、いざ火薬が飛び交う頃には全ての武器から薬剤、食料、布、それらの元締めを押さえていたという恐ろしい先見の一族。緑間という苗字も相当名の知れた家であることは間違いないのだが、赤司と繋がりがあるというのなら、それは兵器と身内ということだ。その経歴から只者ではないことは知っていたが、この男は想定を簡単に超える。
「そもそも、何故、作家になぞなろうと思ったかね」
「何度も話しただろう。生きる意味だ」
「何度も聞いたけど、全く解りませんね」
「わからなくていい。お前とは考え方が違う。お前もそう思っているのなら、お前は作家になっている」
 高尾、俺はな、人として生まれたからには、何かを残さねばならないと信じているのだよ、と真ちゃんは説く。何かを生まねば、生まれてきた甲斐が無い、と。
「俺は、今しか信じない」
 此処に存在するものが全てで、此処で己が感じたものが全てで、それ以外は存在していないのだと。故にその存在を残すのが、己が役目だと彼は信じている。
「未来などなくていい。永遠に訪れないものになど興味は無い。俺は今生きていればそれでいい。今、生きているのだから、人として生きた証を残せればそれでいい。それが、俺が死んだ未来も残るというのなら面白い。それだけだ」
「そんな生き方、苦しくねえの」
「明日は死ぬかもしれないが、昨日は既に夜かもしれないが、何、どうせ生きるのは今日だけなのだよ。何を気負うことがある」
 縁側で茶をすする姿は、一見して平穏の象徴のようだ。陽射しが反射して黄金に降り注ぐ庭は赤詰草が地面を覆い尽くし、小さな丸い花を細かくつけている。桃の木の下には薄紫の碇草、垣通。黄色い鬼田平子は縁側から飛び出すように伸びているし、廂の下には烏柄杓が弦を巻いている。
 春は目覚めで、春は狂乱だ。緑に埋もれて、緑の人は、静かに目を細めている。その中身が烈火よりも尚熱いことを、どれほどが知るだろう。迂闊に触れれば火傷どころか、その覚悟の前に骨から燃やし尽くされることを。
「…………それじゃあ今回も完璧な完成原稿をありがとう��ざいました」
「はい、お粗末さまでした」
「今、何を考えてるの?」
「春は五月蝿いなということを」
 この五月蝿さは、どうすれば伝わるのだろうな、という真ちゃんの目には、静寂ばかりが見える。
   *
「仕事を寄越せ」
「先生が仕事人すぎて俺は本当に怖い」
 一週間ぶりに真ちゃんの書斎を訪れれば、原稿用紙およそ三百枚の束を押し付けられながら、淡々とそんなことを言われるので思わず頬が引き攣るのを感じる。物量はそのまま圧力である。質量保存は精神に及ぶ。たった二枚半の書評を書くのに三ヶ月先延ばしにしている作家もいる中で、この男は一週間でこれを書き上げ、次を求める。先生の全集の編集作業だけはやりたくない。
「っていうか、そもそも俺、こんな原稿依頼してたっけ」
「自主的に書いただけだ」
「嘘だろ」
「別に載せろというつもりはない。が、一応渡しておく」
「『春について』か。まんまだね」
「己でまとめられそうに無いから三百で書いた。捨ててもいいし、どこぞの穴埋めにしても良い。使う時の許可もいらん。ただ、使うなら半分は削れ。この話に三百は無駄だ。削る場所はお前が決めていい」
「珍しいね、真ちゃんが最後を人に任せるなんて」
「まだ俺には早かったんだろうな」
 欠伸をしている所を見ると、どうやら完成したばかりらしい。人間として規則正しい生活が最も原稿を進めるのに適していると信じているこの人は、朝は必ず六時に目覚め、夜は十一時に床につく。お役所の方だって、ここまで時計に忠実には動くまいという正確さだ。ただし、どうも先生の中では、最終の区切れ目があるらしく、その一線を超えると、後は書き終えるまで一睡もしない。それが例え残り三枚であろうが、五十枚であろうが、関係なく。それはただ彼の心の中にのみ存在する線であるので、俺から調節することは不可能だ。今回は、どうやらその線を随分と早く踏み越えたようだった。
 興味本位でぱらぱらと原稿をめくるが、几帳面な文字が整然と並び、所々自身で入れている赤ですら、列を成して整っている。いつも通りの、緑間先生の完成稿である。性分とはいっても、これはあまりに厳格が過ぎる。
「真ちゃんの原稿、誤字脱字なぞは勿論あるけどさ、全部自分で赤入れてあるから、それ以外の、つまり、真ちゃんも気づいていない誤字、一度として、見つけられたことが無いんだよなあ」
「当たり前だ。読み直した時に気がつくだろう」
「普通は見落とすんだよ。普通はね」
 この、自主的に書いたという、いうなれば仕事でも何でもない手遊びの原稿だって、どうせ一文字も狂いが無いに決まっているのだった。
 とはいえど、俺の担当している文芸でこれ以上真ちゃんの頁を増やした日には、雑誌の名前を『月間緑間』に変える必要が出てしまう。一度も原稿を落とさないから、重宝されているのだ。重宝しすぎた。一人だけ、連載のように一定の頁を持っているから、完全にうちの紙面は緑間で成り立っている。成り立ちすぎて、緑間専用誌にならぬように編集長まで確認しているくらいなのだ。どこか別の所で、今月穴を開けそうな所はあったかと皮算用している俺に、真ちゃんは淡々と繰り返した。それで、仕事はないか。
「真ちゃん、うちで長期の連載もあるし、随筆も持ってるし、他誌でも連載してるし、珠に寄稿なんかもして、若手の同人の書評もしてるでしょう」
「別にそれくらいだろう」
「それのどこがそれくらいなのか教えてくれ」
 間違いなく、今、真ちゃん以上に書いている輩などいない。あまりに節操なしに手当たり次第に書くものだから、批判的な所からは「飢えたハイエナ」「そこにあるものは全て食らおうとする卑しさが見える」とか好き勝手言われているほどである。実際は超上流階級特権階級育ちの、血統でいうならこの日本でも十には入る一族の嫡男なのだが。
「書かせろ。何でもいい」
 確かにこの欲求は、そう評されても仕方が無い程過激である。というより、そんな事を適当に並べ立てる彼らの中の誰も、緑間真太郎���ここまでの基地外じみた文字狂いとは思っていないだろう。文字を食らって、文字を吐いて呼吸しているような人だ。その姿勢を知っているひと握りは、こと緑間真太郎に対しては口をつぐむ。触れたくないのだ。その真摯さは、その一途すぎる情熱は、少しでもその道に足を踏み入れたことがある者からすれば恐怖の対象である。
「真ちゃんは、もう少しばかり、遊びっていうものを覚えてもいいんじゃないの?」
「遊び?」
「うーん、座敷遊びとか」
「お前、経費で行きたいだけだろう」
「そんなことありませんよ」
 本当だ。真ちゃんと一緒にそこに行って、面白いとは思えない。いいや、綺麗な人の形をした花に囲まれて、ずっと物騒な顔をしているこの男を見るのは面白いかもしれないが、それは花遊びではないのだ。どうせなら俺は花を愛でたい。日向の庭に咲く小さな明かりではなく、夜の行灯の下で賑やかに艶やかに咲く方をね。まかり間違っても、この男ではない。
 この男を見るのは楽しいが、夜の花と一緒に愛でる、ものでは、無い。
「興味が無いな。そんなことに時間を割くなら、一文字でも多く書くし、一つでも多く学ぶだけだ」
「でも、世界が広がるかもよ?」
「何だと?」
 今まで全く反応を示さなかった真ちゃんは、ぴくり、と眉をあげた。この男は、兎角、視野だとか世界だとかの広さを気にする。見えなければ書けない、俺は見たことが無いものを書く事はできない、というのが口癖だ。そもそも、俺がこの偏屈に最初に認められたのも、俺の視野の広さによるものなのだから。徹底しているといえば徹底している。
「そういった、遊びだとかに興味が無いって云うのはさ、其れ等のものに命を賭けている人や、それに関わる物事を無視してるってことだろう? 人間の命題の一つとして、堕落だって書かないといけないんじゃあないの?」
「もう堕落を題材にした話は書いたのだよ」
「そうでした」
 半年前の原稿を思い出して肩を落とす。あらゆる堕落の果てに辿りついた人生のどん底で、男が周囲を恨み妬みながら、次第にその気力すら無くしていく話。最後は真冬の酒場の前で、真っ白な雪に埋もれて息絶える。読んでいるだけで、こんな人間の屑がいるものかと呆れ果てたし、其の男と己の共通点を、読み進めるほどに見つけ出してしまって苦しくなっていった記憶。
「何で真ちゃんは或れが書けたんだ……」
「周囲に堕落している人間が多かったからな」
 見たことがあるものは書けると言っているだろう、という真ちゃんは、何を思っているのだか、暫く難しい顔で考え込んでいた。
「しかし、お前の言うことも一理ある」
「お?」
「そういった遊びも、知識として必要なのかもしれん」
「いいねいいね」
「黄瀬にでも連絡をとって」
「却下」
 突然出てきた名前に慄きながら、俺は咄嗟に真ちゃんの肩を掴んだ。不満げな顔が俺を見下ろすが、今、俺はお前の心の大事な、こう、柔らかい部分を守ろうとしているのだ。少女が一人物騒な夜道を歩こうとするのを引き止めるのと同じ理である。そんな顔をされる筋合いは無い。
「黄瀬クンは止めよう」
「何故」
「何で先生は突然そう、段階をすっとばすかな!」
「こと遊興にかけて、あいつに適う者はいないだろう」
「いないよ。いませんけどね? いきなり上級者の最高級品にいってどうするのって話」
「どうせなら最高のものを体験したほうがいいに決まっているだろう?」
「先生は本当に頭が良いのか、俺は突然わからなくなる」
 黄瀬といえば今、帝国劇場で押しも押されぬ一の役者だが、その分、女遊びも派手なことで有名だ。というより、女の方から寄っては散り、寄っては散りしているのだろう。一度だけ、真ちゃんに連れて行かれて楽屋まで行ったが、あれは他人に興味など全くない類の人種だった。というより、懐いた人間以外、全て同じに見える、という、素直すぎる男である。この世は好きか無関心。
 あらゆる人間の細かな差異に、いちいち目くじらを立て腹を立て、文句を言うような真ちゃんとは真逆に位置しているのだろう。故に、思考は合わないが相性は良い。好かれた人間にのみ構って欲しがる男と、誰にでも平等に構うが、一見ではその意味に気がつけない男。
 だからこそ、黄瀬は、誰彼構わず、請われるがままに適当に相手をし、そして何彼問わず、適当に流してあらゆるものをやってのけるのだ。そんな男に任せたら、間違いなく戻って来られないような世界に案内される。それも善意で。黄瀬にできるあらゆる接待で歓待するのだろう。
「高尾?」
「赤司といい黄瀬といい、どうして他者巻き込み破滅型の人間が真ちゃんの周りには多いんだ……? 普通作家自身がそうであるものじゃないのか……? それともやっぱり真ちゃんが実は破滅型で、類は友を呼んで……?」
「高尾、聞いているのか」
「はい、すみませんなんでしょう」
「それならお前が連れて行ってくれるのか?」
「はい?」
「お前もなかなか遊び慣れていそうではある」
「何ソレ。真ちゃん、そんな風に俺のこと思ってたの?」
「違うのか?」
「若い頃は色々やりました」
「だろうと思っていたのだよ」
 黄瀬と比べるべくもないが、しかし周りと比べれば、どうだろう、なかなか俺も堕落した人生を過ごしていたことには違いなかった。金になるならと闇まがいのこともしたし、その辺の店で得体の知れぬ使いっぱしりをしたり、野菜をかっぱらったり、適当な女の家に厄介になったり、まあ、それなりに。嗜みとして。
「俺は若い頃に何もできなかったからな」
 そう、しみじみと漏らす真ちゃんは、まるでもう寿命を終えるような口ぶりで話す。まだ二十も半ば、男の盛だというのに。まだ世間では若いと言われるような歳で、真ちゃんが振り返る過去は学生の頃のことなのだろう。
「家のことだけだ。言われるがままに言われたことをこなしただけだった。俺自身のものなど何も無い」
「それも十分立派だと思うけどね」
「そうだな。悪くない。それは決して悪いことではない。俺は赤司の生き方を否定はしない。家を守り、家に殉じ、家を遺す生き方は誠実であるだろう。だが俺は我が儘なのだよ」
「存じ上げていますけどね」
「俺が遺したかったのは緑間の家ではなく、『緑間真太郎』という存在だったからな。フン、ついぞ理解されなかったが、仕方が無い。誰も間違っていないのならば、そこにはただ違いが残るだけだ」
「しかしまあ、よく出してもらえたよな」
「というより、作家になると言ったら絶縁されたからな、なんとも気楽な自由の身なのだよ。最高だ」
「最高とか言うなよ。周囲から見たら驚きの凋落だわ」
「そうか? 誰だって自由には憧れるものだろう? 俺ほど羨ましがられる人間は他にいるまい」
「その自信も凄いけどね」
 それで、お前はどこに連れて行ってくれるんだ、と言う真ちゃんの中で、もうどこかへ遊びに連れて行かれることは確定しているらしい。何で俺が、と思わなくもないが、何せ言いだしっぺが此方なので、何とも断りにくかった。かといって、彼と花街には行きたくない。絶対に。絶対にだ。ならば残る選択肢は少なかった。
「……すき焼きでも食べに行く?」
「すき焼き」
「食べたことある? 流行りだして店も増えているけど」
「無い。うまいのか」
「まあ、うまいね。牛肉をね、こう、甘っからく煮て、そこに生卵をかけてね、白米かなんかと一緒にかっこむの」
「行く」
「先生は、案外、食に対して貪欲だよなあ」
   *
 最近は晴れてばかりの陽気だから、地面は乾いて歩きやすい。乾きすぎて土煙が上がっているくらいだ。真ちゃんは歩く���、あまり音を立てないが、そのあまりに高い上背と、緑の出で立ちは人目を引く。俺も背は高い方だけれど、真ちゃんの隣では子供のようだ。
 人目を引くから外に出たくない訳ではなく、単純に不精なだけの真ちゃんは、先程からすれ違う女生徒達の一種の欲を秘めた瞳にも全く気がつかないらしい。やれやれ。どれだけ若くても女は女。そして朴念仁は朴念仁らしかった。
「真ちゃんは、だれかとお見合いとかしないの」
「何故見合いなんだ」
「真ちゃんが自主的に自ずから恋に落ちると思えない」
「失礼だな」
「恋に落ちるの?」
「女とそんな関係になったことはないな」
 あっさりとそんなことを言ってのける、この男の作品の中には、男女間の恋愛を描いたものもそれなりにあった筈だが、当の本人はこの言い草だ。恋は目に見えない。彼にとって、堕落を知るのが周囲の人間を介してであるように、恋愛も、周囲を介して学んでいるのだろう。
 あまりにも人間としては不適当だが、それが文壇にて脚光を浴びるのだから世も末である。
「しかしまあ、見合いも無いな。家からはもう一切の連絡が来ないし、たいした関係も無い輩から持ってこられても断るだけだ。かといって、世話になった人からそういった話が来るとも思わんしな」
「何で」
「お前は、見合いの相手として俺を紹介したいと思うか」
「思わない」
「そういうことだ」
それは自分で言って悲しくなりやしませんか、と思うのだが、真ちゃんからすれば、それはただの事実、の一言らしい。客観が過ぎるのも考え物だと思う。簡単に言えば、可愛げがない。指摘されて慌てふためく姿に人は愛嬌を覚えるのであって、開き直られたのでは腹が立つだけである。彼は圧倒的に後者だった。それも、特別に質が悪い。
「真ちゃんが誰かとお見合いなんてすることになったら、真っ先に教えてくれよ」
「何故」
「真ちゃんの悪口を百個くらい言って、期待の度合いを下げておいてあげるからさ」
「迷惑極まりないな」
花の香りと砂交じりの風に巻かれながら辿り着いたのは、最近このあたりにできたばかりのすき焼き屋。幟が風にはためいて、白く抜かれた文字が裏返っている。
 俺の隣にいた真ちゃんは、「ここだよ」と指し示す俺を追い抜かすように暖簾をくぐりながら、
「そもそも俺は、女に対してそういった欲求を抱いたことがない」
「え?」
 そんな意味深長なことを言って俺を困惑させるのだった。
 暖簾は紺で、緑はとっくに女中の案内を受けている。
   *
「うまい」
「良かった」
「これは良いな。良いものが来た。良いものが現れた。これは残るぞ。これは残る」
「意外だな。真ちゃんは、こういうハイカラな物は嫌いだと思ってたけどね」
「嫌いなことがあるものか。新しいというのは、それだけで意味があることだ」
 すき焼きが出てきた瞬間、眼鏡の奥の瞳がきらめいたと思えば、そこからは一言も喋らず淡々と箸を進めるだけだったので、これは気に入ったのだろうなあと眺めていたら、締めの雑炊まで食べ終わっ��、真ちゃんはやっと満足げな息を漏らした。そしてこの言いざまである。どうやら相当に、お気に召したことは間違いなかった。
「あんまり、新しいものが好きっていう印象は持っていなかったけど」
「新しい文化はいつだって迫害される。迫害され、追いやられ、蹴落とされても残ったものは本物だ。ただそれを待てばいい。自ら追いかけるほど暇ではない」
 本物は残る。本物はいずれ耳に届く。お前が俺をこの店に連れてきたようにな、と続ける姿は、堂々としていていっそ小憎らしい。俺が一度ここに来ていて、ここなら出汁も効いているし、真ちゃんも好きだ���うなあと、思ったことまで見透かされているようで猶更である。
「それにしても、そんなに新しいものに興味はないだろ」
「ただ、俺は新しいものに自分の調子を崩されるのが嫌いなだけなのだよ」
「それって結局嫌いなんじゃん」
「そうかもな」
 新しくなくなればいいのだから、時は偉大なのだよ、と言う、真ちゃんは手元に運ばれてきた茶碗を確認している。藤色に瑪瑙のような緑色。今までこんな色の茶碗を見たことは無かったけれど、これも西洋の文化と共に流れてきたのだろう。まるで俺の考えていることがわかるかのように、真ちゃんは呟く。新しいな。これは新しいものだ。
「新しいものがどんどん流入してくる」
「そうね」
「悪いことではない。ことここにいたって、日本の遅れは目に余る。日清で勝ったからといって、この浮かれ様はなんだろうな。皆、心の奥にある不安を、黙って見過ごすこともできず、話を恐れて、綺麗に話題を避けた結果がこれだ。戦に勝った。日本は選ばれた。馬鹿馬鹿しい。一時の盛況は未来の浪費だ。自分の意見が無いというのは、迷惑をかけないという意味ではない。むしろ真逆だ。全ての罪悪は相手由来になる。新しいものを手にしなければ時代に取り残されるが、ただ流すのでは、いずれどこかでしっぺ返しを食う。それだけのことなのだよ」
「次の話の題はそれ?」
「『古き悪しきもの、新しき良きもの、愚か者』か? 語られ尽くしたという感は強いがな」
 すき焼きの話から、また真ちゃんの好きな原稿の話になってしまった。なってしまったというか、俺がそうさせてしまった。どうもつい、俺は彼の仕事癖に呆れている反面、先生にはこうであって欲しいという気持ちがある。どうしても。書いていて欲しい。何もかも。全て。
   *
「それで真ちゃん、すき焼きで何か学べた?」
「うまかったな」
「真ちゃん結局それしか感想言ってないけど」
「何だ? あそこのすき焼きの店でエッセイでも書けと? それならばそうと言え」
「違う。何で先生にそんな大衆雑誌の穴埋めみたいなもの書かせないといけないの」
「大衆誌は偉大だろう。結局、聖書を除けば一番読まれているのは新聞なのだから。大衆こそ国で、大衆こそ世界だ。大衆向けに作られているものは強い」
 何だかんだと食後のお茶までして、真ちゃんの家へと戻る道は、もう夕暮れの終わりだった。空は赤紫と濃紺の間で、複雑に折り重なっている。太陽はいくつもの細かい線になって���折り重なり絡み合い、木々の隙間を通り抜ける。家々は、夜より一足早く、軒先に行灯を下げていた。がらがらと、手水の水を捨てる音。豆腐屋の喇叭がどこかから木霊して、小石が小さく反射している。
 あたりが丸くぼんやりと光る中を、男二人でぽちりぽちりと歩いていく。
「そういえば、官能小説のようなものには、手を出していなかったな」
「何を突然」
「お前が言ったのだろう。花街に行くのも勉強だと。お前の所に、これ以上俺の話を載せるのは、紙幅の関係上無理であろうことは分かるし、他誌にも限界がある。しかし、俺はその分野には一切手を出していないからな。参入の余地はあるだろう?」
「何でそこに参入の余地を見出したんですかね」
 まるでさも名案を思いついたと言わんばかりの顔で、密やかに頷くものだから脱力してしまう。参入の余地があっても、入るべきでない場所は沢山ある。
 貴方は麻薬の密売の人手が足りないからといって薬を売りさばくだろうか? いや、別に官能小説が麻薬と言っている訳では無いけれど。けれど似たようなものだろう。
「今日は行かなかったが、次回、行ってもいいかもしれん」
「何でいきなりそんな乗り気なんですか」
「食欲性欲睡眠欲は、人類の三大欲求だろう。人類から性欲が無くなれば、それは滅びの時だ。逆に、性欲について傑作が書ければ、それは永遠になるのではないか?」
「先生は本当に馬鹿だなあ」
「何だと」
 鼻白んだ様子で真ちゃんが俺の顔を見やった時、丁度真ちゃんは屋敷の門を開けようとしていた。夜は徐々に深まっているとはいえ、まだ宵の始まりだ。行こうと思えばこれからだって、街にもう一度繰り出せるだろう。繰り出せる。俺たちは遊興に行けるだろう。
「嫌です」
「何故。遊べと言ったのはお前だろう」
「否、そうだけど、然様ですけど、真ちゃんと行っても、楽しくなさそうだし」
「別に、お前は帰るか、別の店にでも行くかすればいいだろう。というより、同じ場所にいることは無いと思うが」
「いやいや、それでも」
 真ちゃんと一緒に行って、真ちゃんを、見るのは、面白いだろうと、思う。思うが、俺は、どうせなら花を愛でたい。日向の庭に咲く小さな明かりではなく、夜の行灯の下で賑やかに艶やかに咲く方を。まかり間違っても、此の男ではない。此の、人では、無い。
「俺、先生のこと好きなんですよ」
「そうか」
 此の人では、無いと思うのに、此の人が、女を抱いている所を想像したく無かった。それが嫉妬でなくば何だろう。
この様な形で自覚をするのは、自分としても御免被りたかったのだが、しかし己の思うままに己が動いてくれるのならば、人が過ちを犯すことなど無いのだった。
「だから、先生のこと連れて行きたくないです」
「そうか」
 俺は此の人に世界を見て欲しいと望むが、その世界に俺がいないことが耐え難い。其の我が儘な感情を、俺は知っている。恋だ。これは紛うこと無き愚かな恋だ。周囲を巻き込んで、破滅していく、はた迷惑な恋なのだ。
「……それで、何だ高尾その顔は」
「なんか、思いのほかあっさりと受け入れられてびっくりしてる顔ですね」
「何を言う。お前は俺をどんな朴念仁��と思っているのか知らんが、曲がりなりにも作家だぞ。人の気持ちが繊細なものであることはわかっている」
「真ちゃん……」
 淡々と告げる瞳に、侮蔑や嫌悪は見えない。本当に、真ちゃんは気にしていないのだろう。周囲が暗くなっていく中、まだ明かりを灯さない緑間宅の前は一層と暗い。ただ緑の光だけが、爛爛と輝いている。
「此れはあれだろう? 俺がお前からの告白を勘違いした所、『友達としてに決まっている』と言われ、恥ずかしい思いをするという」
「ちげえよ馬鹿! お前に期待したのが馬鹿だった! っていうか逆だろそれ!」
「はあ?」
 真ちゃんは突然罵倒されて意味がわからないのか、一人で首を傾げているが、俺からすればその思考がわからない。何故だ。今のは話の流れでわかるだろう。返す返すも、何故ここまで人の心が読めない男が、作家などをやっているのか理解に苦しむ。
 その作品に雷鳴を撃たれ、こうして編集にまでなって追いかけている俺だって、他所から見れば、理解に苦しむのだろうけれど。
「恋愛として! 好きだって言ってんの!」
「は?」
 これだけ直截的に伝えているにも関わらず、全く理解が追いついていない様子なので、却って此方の方が落ち着いてきてしまった。開け放たれた門を挟んで、一人と一人。
「もういっかい言います?」
「頼む」
「恋愛的に、恋愛として、性的欲求の対象として、真ちゃんが好きです。だから真ちゃんを花街に連れて行くのは嫌なのでお断りします」
 しばしの沈黙。これは間違えたかと思ったけれど、真ちゃんは体中の錆び付いた螺子をぎしぎしと動かして、掠れた声で呟いた。
「帰れ」
「え?」
「かえれ。かえれかえれかえれ」
 門が唸りをあげて、あらゆる軋みを訴えながら勢いよく閉じられる。がしゃん、という音が地球の裏まで響き渡って、俺は少しはみ出していた脚を強く打ち付ける羽目になった。脛である。人体の急所である。
「原稿は来週の水曜日には仕上げておく!」
 その叫びは、家の中へと走り込みながら発されたのであろう。俺が顔をあげた時に、後に残るは舞い上がった砂と哀れな男、則ち、俺のみであった。
「逃げ足、早すぎるだろ……」
 ああ言われてしまえば、俺は来週の水曜以降に訪れることしかできない。基本的に、困難には拳で立ち向かっていくような男だと思っていたのだけれど、流石に同性に告白されて、尚立ち向かうことは出来なかったか。
 しかしそれにしても、ハテ、「俺がお前の告白を勘違いする」というのは、どういう意味なのだろう。
 勘違いの仕様が、無いではないか。勘違いする筈が無いのである。何故って、「高尾和成が緑間真太郎のことを友情として好きである」或いは「恋愛として好きである」のどちらの解釈をしたとしても、それを「勘違い」と、真ちゃんが思う筈が無いのだ。「『高尾和成が緑間真太郎を恋愛として好きである』という『勘違い』をしてしまう」ためには、それには、つまり、真ちゃんが、俺のことを、好きでなくては、いけないじゃないか。そう��なくては成立しない。己の内に秘めた恋心に、迂闊に触れられそうになった時、「勘違いしてはいけない」と、人は己を守るのだろう。
 真ちゃんが、俺のことを好きで、好きだから、俺からの告白を「これは友情の告白なのだから勘違いしてはいけない」と解釈したの、だと、すれば。
「ええ……」
 顔が、首から段階を踏んで熱くなっていく。今すぐこの門を乗り越えて会いに行きたいのだけれど、恐らくそんなことをすればあの先生は本当に拳で殴ってくるに違いないので、此度は大人しく退散するより他に無い。
    *
「二科展に行く」
「珍しい」
「どうしても野暮用でな」
 覚悟をして出向いた水曜日、出不精である筈の男が珍しく外套などを着て、今にも発たんや、と謂わんばかりの出で立ちで門を開けてくるので、すわこれはまた逃げられるのか、と思いきや、どうやら本当に用事らしい。珍しい。
「紫原の作品が出ているらしい」
「紫原ってあの?」
「あのがどのかは知らないが、そうなんじゃないか」
 紫原といえば、これもまた古くからある名家の一つである。一つであるが、最近はそこの嫡男が、春季賞を二期連続で受賞したと新聞に載り、そちらの方が有名である。
「俺の家の茶器は全てあいつのものだぞ」
「やめてやめて知りたくありません。俺、普通に脚で押したりしていた」
「茶菓子が好きだったから、それが高じてそこまで行き着いたらしいが、詳細は知らん」
「知らないのかよ」
「黄瀬と青峰が話をしていたのを聞いただけだからな」
「今、日本国軍陸軍長官の家名が聞こえた気がするのは無視させて頂きますよ俺は」
 玄関先の立ち話で、出すような名前では無い。つくづく、目の前の男は、圧倒的な権力の知己が多過ぎる。数える程しか友人などいない癖に。
「真ちゃんの交友関係が恐ろしいのだよな、俺は」
「そうか?」
「あらゆる世界のトップと繋がっているだろう」
「腐れ縁だ」
「腐れ縁って」
「初等部の時に同じ組だった」
「恐ろしい場所だなそれは」
 別に、五歳だか六歳だかの子供に、何が出来たということも無いのだよ。肩をすくめながら、真ちゃんは奥の書斎へと消えていく。原稿は案の定仕上がっているらしい。このままここで待ちぼうけても良いのだが、何とはなしに落ち着かず、後を追いかけて書斎へ入った。途端、投げて寄越された原稿用紙の束。
「『改題、春の目覚め』?」
「以前お前に『春について』を渡しただろう。まだどこにも出していないな? あれは捨てておけ。こちらに差し替えろ。書き直した」
「あゝ、自分で削ったのか」
「そうだな、それに、少々足した」
 以前の原稿は既に下読みを終えてあるが、半分削るというのはそう簡単に出来る作業でもなく、未だどこにも出されず俺の机に眠っている。最初の数ページを読めば、出だしから既に変わっていたので、これは削ったというよりほぼ書き直しに近いのであろう。
「今回の原稿」
「何だ」
「珍しく、こう、表現が柔らかいというか、迷っているというか、これはこれで人間味があって俺は好きなんだけど、真ちゃんらしくないというか」
「五月蝿い」
「これってもしかして俺のせい?」
「五月蝿いと言っている」
 俺を無理矢理押しのけて、真ちゃんは出かけようとする。構いはしない。どうせこの家に戻ってくるのだろうし、緑間真太郎は書かずにはいられない。それを載せるのは俺の仕事だ。けれどしかしまあ、成程。知っていなければ書けないと、真ちゃんは何度も繰り返し言っていたが、他人から聞いていたものが、いざ自分のものとなると、文章はここまで変わるものだろうか。
「認めちゃいなよ。俺のこと好きでしょ、先生」
「うるさいうるさい黙れ死ね」
 春はうるさい、と真ちゃんは叫ぶ。もう既に桜は殆ど散り終えて、木には濃い紅の萼を残すばかりだ。それでも空気は柔らかく、庭の雑草は軒並み空に向かって体を伸ばしている。春。春。この世の春。
「世界も広がるんじゃないの。今までに無い恋愛体験、禁断の恋、参入の余地が」
「…………それでどういう話を書けというんだ」
「ううん、そうだなあ。お話にするなら悲恋? 考えようによってはね、相当の悲劇を演じられるとは思うけど」
「周囲に理解されず心中?」
「そうそう、そんなの」
「つまらないな。つまらない話だ。そんなもの」
「ありゃ」
 ばっさりと、切って捨てられ俺は思わず笑ってしまう。まあ、己の告白を悲恋に昇華しろというのもノンセンスな話ではあった。門を開けば、悲劇など起こりそうに無い、春の一途。
「俺はな、人間が強いという話を書きたいのだよ。どれだけ脆かろうが弱かろうが、最後には立ち上がり、己が道を掴むという話だ。俺はそれが好きだ」
「俺には好きって言ってくれない癖に」
「馬鹿だな。たった今、お前が好きだと言ったのに」
 読解力を養った方が良いんじゃないか、とおもしろそうに笑って、真ちゃんは俺を置き去りに、馬車を呼び止めて乗り込んでいってしまった。滝のような言葉に、俺はただ呆然と立ち尽くしている。春が五月蝿いと文句を言っていた男は、それこそ、その象徴のような嵐であった。
 門の内側に取り残された俺は、彼が帰ってくるまで、良い子に留守番などしていないといけないのだろう。手の中に残された原稿を、めくる。改題、春の目覚め。もともとは三百枚あった原稿は、随分と薄くなっており、俺はあっという間に半分以上読み進めてしまう。
 「……あ、誤字」
  皆が浮かれて騒ぎ立てる、春は今、目覚めたばかり。
   ―――春の陽気を長閑等と形容する者も居るが、私にはどうもそれが理解し難く感ぜられる。先ず、目を開けた瞬間の眩しさがいけない。冬などは慎ましく、夜明けは暗闇からじわじわと染み入って来るものを、春に成った途端、光は遠慮無しに襖の紙を透かして部屋の中を踊ってゐる。それではと硝子戸を開けてみれば、庭には繁縷や鬼田平子��我先にと手を延ばし、虫の羽音や近所の子供の数え歌、此方は一人だというのに、彼方からも其方からも、やれ花の香りだ絹の空気だと、全身に春を訴えて来る。之を如何に長閑と形容しよう。私は春に対し五月蝿いとしか思わない。穏やかと云う優しさは、冬にこそ已、赦される可きで或る。冷たく密やかに息づいていた心は、有無を言わさず起出され、其処ら中を跳ね回って、己が物とは思えぬ程掴み難く辟易する。口は勝手に賛美歌を歌い、足は気が付けば屋根へと登る。其れ等全て、春の成す業で或る。春の所業で或る。此れを五月蝿いと形容せず如何に成ろう。私はこの五月蝿さを、愛してゐるに違い無いのだから。
緑間真太郎著『春の目覚め』より抜粋
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marisa-kagome · 5 years ago
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【CoC】顔(だけ)はいいアイツが行方不明になった件について
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【概要】
プレイ人数:2〜3人
所要時間:ボイセで2〜3時間程度
推奨職業:探偵、警察関係者、もしくはNPCの知人
推奨技能:なし
形態:シティシナリオ、村を回る程度のもの
ある程度軽めのシティシナリオとなっています。また、グロ描写は無い為、クトゥルフによくある事件!死体!内��!!が苦手な方、初心者の方にもお勧めです。
特にこれといった技能がなくても、行動次第でクリアが可能となります。推奨技能は無しと伝えてください。
【シナリオ・イラストの利用規約】
OK:主旨が変わらない程度の軽度の改変、このシナリオを回す場合のNPCとしてのイラスト使用、このシナリオのリプレイ動画への使用(報告不要)や卓画面のスクリーンショットの投稿
NG:イラストのサイズ以外の加工処理、シナリオやイラストの二次配布、無断転載、このシナリオ以外での立ち絵、トレーラーの使用、重大なネタバレとなる画像や文字を多くの人の目に留まる場所へ投稿する行為
リプレイ動画等に使用される場合は、絵師様のお名前、Twitterアカウントの明記をお願い致します。
トレーラー・キャラクター画像 黒川たすく @tas_po
シナリオ 詐木まりさ @kgm_trpg
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【あらすじ】
サークル旅行先で美人を捕まえたイケメン、丘竹義人(おかだけよしと)。やることをやって別れた後も連絡を取り続けており、一ヶ月後にまた逢いたい♡と呼び出されてのこのこ出かけて行った、が、実は人に化けたキツネであった彼女から告げられたのは妊娠だった。責任を取って結婚してもらおうと父親やら親類やらに拉致されてしまった丘竹はどうなってしまうのか………!!
このシナリオは、友人、知人、探偵、或いは警察関係者である探索者達が、丘竹を連れ戻すことを目的としたシナリオになります。探索者は彼の彼女として参加してもよいでしょう。
【導入】
探索者たちは行方不明になっている男「丘竹義人」の捜索の為、とある旅館を訪れることになる。探偵や警察をやっていて丘竹��両親に依頼されても良いし、直接の知り合いであっても構わない。
◎丘竹義人(おかだけよしと)
21歳、大学三年生。明るく社交的な性格で決して評判は悪くないが、少々、というよりかなりノリの軽いところがある。ある意味とても、大学生らしい大学生。3月1日頃、晴間荘と言う温泉宿に二泊三日の一人旅に出かけたが、予定を三日過ぎても帰ってこない為、様子を見てきてほしいと依頼された。旅の目的などは誰にも告げていない。
もし探索者が彼の彼女である場合、親戚の家に行くと伝えられている、が、彼のパソコンの履歴を見たところ、晴間荘の予約が取れていたようだ。どういう
ことだと不審に思ってもおかしくないだろう。
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◎晴間荘(はるまそう)
中部地方の山間部、轟木村(とどろきむら)にある温泉宿。観光地化が特にされている場所ではなく、田舎にひっそりとある宿らしい。露天風呂があり、一応団体が宴会を出来る部屋などもある様で、幾つかの部屋の写真がネットに載っているだろう。
3月7日、一日二本のバスに乗り目的地を目指せば、19時過ぎに田んぼの広がる山のふもとに一件の宿が見えてくる。暖簾をくぐると年老いた女将が、遠路はるばるようこそおいでくださいました、と探索者を出迎えてくれるだろう。
◎女将に何か尋ねる場合
丘竹を知らないか→チェックアウトはしていないが、部屋に宿泊費が置いてあった。普通に帰ったのではないだろうか。荷物等はなくなっていた。
誰かと一緒にいたか→若い女と二人で泊まっていた。名前などは分からない。
この地方について→観光地ではないのでみて回るほどのものも無いが、美味しい豆腐屋がある。名物は油揚げ。本日の営業は終了している。
他の宿泊客について→あまり細かいことは答えられないが、三人ほど泊まっている。
丘竹の部屋を調べたいといった場合、特に断られもせず普通に案内されるだろう。また、丘竹が来て以降この部屋には誰も泊まっていないことも教えてもらえる。偶然丘竹が泊まっていた部屋に案内されてもよい。
小さな和室に目星を振るならば、30分程しっかり調べた結果、押し入れの奥に充電の切れたスマートフォンを見つけることが出来る。手持ちの充電器で回復させることが出来ても構わないし、もしも探索者がガラケー所持者な場合、他の部屋の宿泊者に借りに行っても構わない。電源を入れると、複数人で映った飲み会の様な写真がロック画面に出てくる。その中に丘竹の顔を見つけることが出来ていいだろう。
また、事前に晴間荘をネットで検索しており、この時点アイデアに成功すれば、ロック画面の写真が晴間荘の宴会の間であることが分かる。ここに気付き写真の取られた日付を調べれば、2月3日であることも分かってよい。スケジュール帳などを調べれば、ここに二泊三日のサークルの旅行が入っていたことも知ることが出来る。
携帯を調べる→晴間荘に来る前「天谷さつき(あまやさつき)」と呼ばれる女性とやり取りをしていたことが分かる。やりとりが始まったのは2月5日からで「また遊ぼ」「もっかいこっち来ない?」といった会話から、3月1日に丘竹がこちらへ来るようになった流れが確認できる。また、美人な女性の写真も途中に添付されている。会話は3月1日、丘竹の「着いた!」が最後となっている。
部屋を一通り調べ終えると、女将が「食事の準備が出来ました」と声を掛けてくる。
もしここで天谷さつきについて尋ねる場合「ああ、さつきちゃん?」と知っている素振りを見せるだろう。この宿のすぐ近くに住んでいるらしいことは教えてもらえるが、もし写真を見せるならば「これはさつきちゃんじゃないよ」と断言されるだろう。そして「こんな感じの人と丘竹さんは一緒にいたけれど」とも返される。また、帰省している天谷さつきの姉が、こちらに泊まっていることも教えてもらえる。
自室に向かえば山の幸と、噂の豆腐屋の豆腐と油揚げが並べられている。非常に美味な食事に舌鼓を打てば、女将が温泉も是非、と言うだろう。もし温泉に入ろうと思うのならば、浴場へ案内される。そこまで広くはないが風情があり、田舎ということもあってひっそりとしている。
もし女湯に入る場合、脱衣所で目星に成功するとぱらぱらと、小さい毛が落ちているのを見つける。生物学に成功すれば、これは動物の毛では、と思う。クリティカルがもし出れば、これが狐の毛であることが分かってよい。
探索者がのんびりと露天風呂に浸かっていると、突然、大雨が降りだす。天気予報を思い出したり調べたりするのであれば、その様な予報は一切出ていない。もし女将に何かを尋ねるなら「この地域ではよくあるんですよ、悪戯天気なんて言ってねぇ。急に止むこともあるから一概に悪いとも言えなくって」と話してくれる。
◎隣室の誰かを訪ねる場合
隣1:声を掛ければ「今忙しいんで後にしてもらえますか」という女性の返事がある。出ては来ない。もしもしつこく声を掛けるのなら一瞬だけドアが開き「うるっさいな!仕事中なの!忙しいからあとにして!!」と目の下にクマを作った女性が叫び、一瞬で戸は閉まるだろう。
隣2:声を掛ければ「どうしました?」と一人の男性が出てくる。四十代ほどの彼は「東風谷太郎(こちやたろう)」と名乗り、職業などを尋ねるのならの獣医であると答えられる。仕事ではなく、偶に都会の喧騒が嫌になって、こちらへ来ているらしい。何故ここにと尋ねれば「いやぁ、油揚げが絶品で、つい」と答えるだろう。
また、先に隣1に声を掛けていれば「そういえば、隣の人、びっくりしたでしょ。ファッションデザイナーさんみたいでね、今仕事が佳境っぽいんだよ。そっとしといてあげて」と言われる。
彼はこの地方に狐が多いことや、民俗学的なことは知らないが、もし狐に関しての知識を訪ねるならば、その生態を教えてくれる。「大体全国にいるかな、普通小さな家族単位で生活しているけど、大きなグループで生活していた例もあってね。宮城あたりだったかな。肉食に近い雑食だから餌が少なければ人の残飯とかも食べるし。あとは夜行性で用心深いけど、賢いし好奇心もつよいからね。慣れたら結構大胆になっちゃうからもちろん餌付けとかはしたらいけないよ。繁殖期は12月から2月くらいの間で、妊娠期間は二ヶ月いかないくらい。大体一ヶ月くらいで赤ちゃんいるってわかるよ、割と犬みたいなもんだしね。巣穴の長さが30メートルくらいになることもあるっていうから、すごいよねぇ」
隣3:声をかければ「はーい、ちょっと待ってくださいね」と一人の女性が出てくる。二十代ほどの彼女は「天谷あかね(あまやあかね)」と名乗り、職業などを尋ねるのなら、東京でOLをしていることを教えてもらえる。もし天谷と言う名前で丘竹のメールで見た名前を思い出し、そのことについて尋ねるのであれば、彼女の姉であることを教えてくれる。しかし写真を見せられたのであれば「これ、さつきじゃないけど」と言われるだろう。
帰省理由:休みが取れたので、また、さつきの具合があまりよくないと聞き、心配だったらしい。一週間ほど前に治ったらしく、明日の夜、ここから発つ様だ。家のすぐそばにあるここの宿の女将とは家族ぐるみの付き合いで、旅館業務の手伝いも兼ねてよくこうして泊まっているらしい。
さつきの具合の詳細については話してくれないが、一ヶ月ほど調子が悪かったことは話してくれる。
※もし積極的に探索者から隣室を訪ねなければ、風呂上りに自販機の前などで東風谷に遭遇してよい。出会えば軽く会釈をする程度の彼が自分から話しかけてくることはないが、何か声を掛ければ快く言葉を返してくれるだろう。そこから他にも宿泊者がいる情報を手に入れることが出来る。
◎食後
外は街灯の明かりなどもなく真っ暗で、この日は探索を続けることは出来ないだろう。
布団の中で寝入ったあと、気が付けば探索者は知らない黒い空間にいる。そして、誰もいない空間で呻き声のような物を耳にする。
「うう………ごめん…悪かったよ……帰して……俺を帰してぇ…………」
もし探索者が丘竹と知り合いであれば、その呻きが彼のものであるということは分かってよい。
また、ここで聞き耳に成功すると、小さなぼそぼそとした声を聞き取ることが出来る。「タイアン、ツギノタイアンニ、ギヲ」という声は人のものとは思えず、非常に不気味な響きである。SANチェック0/1。
次の瞬間、目が覚めれば朝になっている。
また、探索者がもしカレンダー等を調べるなら、次の大安の日が、明日であることがわかる。
朝、部屋を出ると食事の盆を三つ用意している女将に出会う。目星に成功、もしくは盆の上を注視すれば、三つ中二つに、油揚げがたっぷり盛られていることに気付く。指摘するならば「お客様からのリクエストなんですよ、九守(くもり)さんとこの、おいしいから」と答えてくれる。
※女将にこの地方の言い伝えや観光名所を聞いても、きつねのきの字も出て来ない、というのも、所詮は伝説であり、あまり実感がないからである。観光名所もこんなさびれた田舎には無く「美味しい豆腐屋くらいしかないですねぇ…」と答えられる。
◎九守豆腐店(くもりとうふてん)
豆腐屋に行くならば、旅館から歩いて10分ほどの場所に小さな店があるだろう。
中には鉢巻きを巻いた店主がおり、にこやかな声で「旅行かい?」と聞いてくる。
この地方や油揚げのことに関して尋ねれば「油揚げ、人じゃなくて狐にも人気なんだよ、あ、買いに来るわけじゃないけどね」もしくは「この地域はそうだなぁ……あ、狐が多いよ」などと答えてくれる。会話を続けると「化ける、みたいな話も伝わっててね」「きつねが一斉に宴会をやる、なんて伝えられてる河原もあるんだよ。宴河原って言うんだけど。たまにウチの油揚げをお供えしてるよ。無くなってるから本当に食ってるのかもしれないねえ」「何か知りたいのなら天谷さんの所に行ってみたらどうだい?古い蔵があるからね、何か見つかるかもしれないよ」等の話をしてくれるだろう。
◎天谷さつき宅
旅館から3分ほどの蔵のある古民家に行けば、一人の老婦が出迎えてくれる。
彼女に蔵の中のものを見たいと言えば「どうぞ、眠っているだけなのも可哀想ですから、見てやってくださいな」と、快く案内してくれるだろう。しかしさつきの事を聞くなら「あの子は今出かけています」と返す。心理学に成功すれば、彼女が何か隠していることが分かるだろう。病状などについても何も答えてくれない。
結構な広さのある蔵には、骨董品などが所狭しと並んでいる。目星か図書館で、二時間ほど探索すれば轟木の歴史に関してつづられた小さな書物を見つけられる。その中に探索者は狐の文字を見つけられるだろう。
「ある所に、狐を愛してやまない男がいた。男は毎日の様に山へ向かい、狐に食べ物をやり、時には家に上げるほどであった。そうして日々狐と共にいたある日、一匹の若い狐は男に恋をし、男も同じく雌狐に恋をした。一人と一匹は狐の父親に結婚させてほしいと頼んだが、父親は頑なに大事な娘を人へ嫁にはやらぬの一点張りだった。それでも男が何度も頼み込めば、普段食わせてもらっていることもあったのだろう、父親は”上等な婚礼衣装を用意し、吉日に天気雨を降らせれば結婚を赦してやる”と約束した。翌日、早速男は仕立て屋に赴き、殆どの財産を渡して婚礼衣装を作るように頼み込んだ。そしてその日から噂という噂を集めて回り、十里先の村に非常に力を持った陰陽師がいると聞きつけ、すぐさまそちらに出向いた。男は事情を話すと、人の言葉と引き換えに、天気を変えることの出来るまじないの書かれた書を譲ってもらう事が出来た。
早速試そうとした男だったが、人の言葉を失ってしまった男はまじないを唱えることが出来ず、途方に暮れていた。それを見た雌狐が、今度は反対方向へ十里の道のりを超え、とある薬師(くすし)から人に化けられる薬を手に入れて来た。人に化けた娘がまじないを唱えれば、雲一つない空から雨が降り始めた。狐は晴れ着を身に纏えば男のもとへ出向き、めでたく結ばれたという。そして空模様を変える術を手に入れた狐は、それからも嫁入りの度に天気雨を降らせている、それ故に天気雨が多いと、この地方では古くから伝えられている。」
蔵の探索が終わり天谷宅を出て一分ほどすると「待ってください!」と言う声がする。後ろを振り返ると一人の高校生くらいの少女が息を切らして立っている。「私のこと、探してました?」と言う彼女は天谷さつきと名乗るだろう。
「おばあちゃん、私が具合悪くなってから、あんまり人の前に出してくれなくて……」「実は、狐屋敷に行ってみたんです」「話に聞いてたから気になっちゃって」「行ったあとから最近までの記憶、実はほとんど無いんです」「……周りの人が言うには、乗っ取られたみたいだったって、割と有名な話なんです。狐屋敷に行くと屋敷に住むたくさんの狐に憑かれるの、イタズラ好きだからって。だからあの家壊せないんですよ」「屋敷って言ってもちっちゃい古い家ですけどね、たまに気になって行っちゃう観光の人もいるみたいです。やっぱりあんまり良い噂は聞かないですね、私みたいになっちゃっ��のかな」「携帯は失くしてました、仕方ないから新しいものを買いました」「記憶が戻ったのは、なんか勝手に出歩いちゃった日に、隣の隣の柴田さん家でなぜか。あれ?って思って、それで自分が靴も何も履いてないことに気付いて」
彼女は口を開けば大体この様なことを語ってくれる。また、丘竹のことや写真の女のことは知らない様だ。
※もし豆腐屋に行く前に、さつきに会いたいという用件のみで来れば、老婦は決して中へは入れてくれない。その後豆腐屋に行って蔵に興味を示せば、豆腐屋の主人が電話をかけてくれ、とりあえずそちらへは入れてもらえるだろう。さつきとのイベントは蔵を調べ終えた後となる。
※伝承に残る陰陽師はニャルラトホテプ、薬師はミ=ゴである。クトゥルフ神話技能等で分かっても良いが、特に知るメリットは無い。無闇に降らせず、探索者の提案があった場合のみダイスを振ってもらうこと。成功した場合はSANチェック1/1d3。
◎柴田家
入ろうとした途端、犬小屋の犬に激しく吠えられる。その声を聞きつけてか出て来た50代ほどの男性は柴田秋男(しばたあきお)と名乗り、すみませんねぇ、この子気性が粗くって、と謝ってくる。
さつきに関して尋ねると、一週間ほど前、急にちょうどこの玄関前に裸足で座り込んでいて驚いたという。暫く姿をみていなかったが、病気だったとはねぇ、と言った様子だ。
また、狐の話に関しては「五年くらい前に緑が欲しくてここに引っ越してきてね、あまりそういった話は知らないんだ」と言ってくる。
※狐は犬が苦手な為、さつきは徘徊中にここで目が覚めている。犬を借りようとするならば、それなりの嘘をつけば「犬を散歩に?構わないよ」と言ってくれるが、もし狐屋敷に連れていきたいと言うと「愛犬を廃墟に連れて行かれるのはちょっとね………」と断られるだろう。
◎宴河原(うたげがわら)
ごろごろと石が転がった河原。旅館からは徒歩約10分。油揚げは今は供えられていないが、平たいテーブルの様な岩が幾つかあることは分かる。目星に成功すれば、その側に毛を見つけることが出来る。生物学に成功で、動物のものだと分かってよい。
◎狐屋敷
ぼろぼろの小さな民家は集落から歩いて30分程度の山の中にあり、壁や屋根などあちこちに穴が開いているだろう。玄関から入ってすぐは土間で、他は囲炉裏や押入れのある小さな部屋が一つあるのみである。
聞き耳に成功すれば、飼育小屋の様な匂いがうっすらとすることにも気付いてよい。また、聞き耳でクリティカルを出せば「姿は全く無いのに何十もの瞳に見つめられている様な感覚」を覚える。SANチェック1/1d2。
家に足を踏み入れ何か技能を振ろうとする探索者は、その前にPOW×2。失敗すると、探索者は狐に二時間ほど憑かれることになる。憑かれる場合、次に幸運を振る。失敗すれば探索者は一目散に屋敷から飛び出してしまう。正気の誰かがそれを止めるには、DEX対抗や組み付き、STR対抗等が必要になってくる。
また憑かれ���場合は1d6を振り、下の表通りのロールをする事。探索者は今は探索者であって探索者で無い状況であり、探索者の本来の精神は眠ってしまっている様な状況なので自我を出すことは一切不可能だ。一人称などが変わってしまっていてもよい。精神分析も不可である。中の狐はただ笑うだけだろう。
憑かれ表
1 何を聞いても油揚げの事しか答えず、隙を見てはすぐに豆腐屋へ行こうとする。
2 何を聞いても嘘や適当な事しか言わず、すぐに寝ようとする。
3 何を聞いても何も答えず、ずっと地面のあちこちを掘り返している。
4 何を聞いても何も答えず、じっとしゃがんで目を光らせている。幸運に失敗するとネズミが出現し、脇目も振らずそちらに飛びかかる。ネズミのDEXは15。
5 何を聞いても歯を見せて獣の様に唸るばかりである。時には飛びかかり、作業を妨害しようとする。
6 探索者の誰かを執拗に誘惑してくる。探索の事に関して質問しても、そんなことよりも、と一緒に旅館に帰ろうとするだろう。
もし、探索者全員が狐に憑かれた場合、意識が遠のき気がつけば、幸運に成功している場合狐屋敷で、失敗している場合私物や服を一つ無くした状態で河原にいる、時計を見ると時間が二時間経過している、という描写で構わない。SANチェック1/1d2。
もし、直前に宴河原に油揚げを供えていれば、もしくは犬を連れて来ていれば、POW×2は必要ない。また、上記の対策が出来ていない場合、何か技能を振る度に、その前にPOW×2の判定をやり直すこと。
屋敷にいる探索者をじっと見ている数十匹の狐は、常に乗っ取る機会を伺っている。
土間:目星に成功すれば、名刺ケースが落ちているのを見つける。中に入っている名刺には「デザイナー・松雪ミヤビ」と書かれている。
押し入れ:小さな化粧箪笥の様なものが入っている。中には巾着袋が一つ入っており、大量の何かの粒が入っている。聞き耳に成功すると薬の様な匂いが嗅ぎとれる。また、薬学を所持しているならば、何かの薬であることまでは分かるが、用途までは分からないだろう。
目星に成功すると、隠し引き出しを見つけられる。どうやらここを開けるには、鍵が必要な様だ。囲炉裏の鍵で開けることが出来、小さく折りたたまれた紙切れを見つけることが出来る。母国語に成功で読解可。「空ヲ操ル呪ヒ」と書かれており、読めはするがどこか背筋の寒くなる、奇妙な言語がつづられているだろう。SANチェック0/1。この呪文はMPを10消費し詠唱を唱える事によって一定範囲の天候を少し変えることが出来る。
詳しくはルールブックの天候を変える呪文参照(P273)。ただし今回は雨のレベル1とレベル2の間に、天気雨が存在する事とする。
囲炉裏:目星では何も見つけられないが、手を突っ込んで幸運に成功すれば、鍵をつかむことが出来る。鍵を使えば押入れの化粧箱の隠し引き出しが開けられる。
◎松雪ミヤビ
ドアを叩くと「ご飯そこ置いといてください」という声がするばかりで開かない。無理やり呼び出すとやはり怒りながら扉を開けて来る。説得や言いくるめに成功すれば「本当に忙しいんですよ、衣装製作してるんです。デザイナーなんです」「白無垢作ってます、知り合いが結婚するんですよ、もういいですか?」と疲れ切った目で状況の説明をしてくる。
目星で、部屋の中に白い布切れが散らばっていることが分かる。
狐に憑かれている彼女は油揚げで容易く外へ呼び出すことが出来る。誰かが彼女を呼び出している間、部屋に侵入することは可能だろう。その場合、部屋の中央には白無垢が掛けられており、脇の盆に大量の油揚げが積まれていることもわかる。
【丘竹の救出方法】
3月8日中に、
「天候を変える呪文の書かれた紙切れを盗む、燃やす、処分する」
「婚礼衣装を破壊する」
「薬を盗む」
のどれかを行うことにより、結婚式を阻止することが出来る。
もし上記の行為を行えば、その晩、眠っていた探索者はふと目を覚ます。聴こえてきたのは何十という爪がカリカリカリカリ、と窓や壁、扉を引っ掻く音だ。体は金縛りに遭ったように一切動かず、ひたすら全方位から響いてくる爪の音を長時間聞かされるだろう。SANチェック1/1d3。
そして爪の音はタイミングを合わせたようにぴたりと止み、同時にどっと眠気が押し寄せる。微睡む探索者の頭の中では不気味な呪うような声が遠くに聞こえる。「これではよめにいけぬ、これではよめにいけぬ、ええいいまいましい、すててしまえ、おぼえておけ」この声は、初日に夢の中で聴いた囁きと同じである。
次の瞬間悲鳴が聞こえ、探索者は寝た気がしないまま、明るい部屋の中で目を覚ますだろう。
悲鳴の声には聞き覚えがある、初日に夢の中で助けてくれと叫んでいた声だ。
慌てて宿の外に向かえば、全裸の丘竹がそこに転がされている。
彼は全身引っ掻き傷だらけで号泣しており、何を聞いても謝るだけである。しかしキツネ、と言う単語を聞くだけで腰を抜かしガタガタと震え、謝罪の言葉は一層多くなるだろう。命に別状は無いようだ。
壁や窓に傷は一切ないが、丘竹の周囲には動物の足跡が大量にあることが分かる。気味が悪いほどの量だ。背筋に寒気を覚えた探索者はSANチェック0/1。
その後、探索者たちはチェックアウトを済ませれば、本数の少ないバスに乗ってこの地を発つことになる。田舎道を揺られている最中、ふと窓の外を見れば、一瞬、三角の耳が草むらから飛び出していたような、そんな気がするだろう。
エンド1:人のハッピーエンド。
もし上記の三つを一つも行えないまま3月9日を迎えた場合、太鼓や鈴の音で探索者は目を覚ます。外に出れば空は雲一つ無く晴れているというのに雨がしとしとと、地面に降り注いでいるだろう。また遠くの道に何かの行列が見える。目星に成功すればそれが花嫁行列で、しかし顔が全員狐であること、その中に一人だけ人間が紛れていることが分かる。同時に離れているというのに探索者の頭の中に「たすけてくれ、たすけてくれよぉ………」という悲痛な声が���こえてくるだろう。そして瞬きをした瞬間、その光景は消え、音も声もすっかり止んでいる。SANチェック1/1d3。
それから丘竹の姿を見たものは、決して現れなかった。探索者たちは何も得られぬまま、晴間荘から帰ることになる。
エンド2:キツネのハッピーエンド。
【生還報酬】
丘竹を救出した 1d4
尚、SAN値は上限を超えて回復しないものとする。
ここまでお読み下さりありがとうございました!
シナリオを楽しんで頂ければ幸いです。
丘竹君ですが、これからは静かに生きていくと思います。仲良くしてやって下さいませ。
詐木まりさ @kgm_trpg
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kkagtate2 · 6 years ago
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偽善者の涙[一]
引きこもりの妹を巡って、夫婦があれこれする話。歴史的仮名遣ひ。これこそ純文学っぽくなれば良いなぁ。
[一]
一方の里也は、夜暗にもく〳〵と立ち上つて行く湯気をぼんやりと見ながら後悔してゐた。何の因果があつて旅行先に金沢を選んでしまつたのか、どうして同じ旅館に泊まることになつてしまつたのか。金沢への旅行は避けられなかつたとしても、加賀にはいくつも温泉郷があるのだから、それに一つの温泉郷に一つしか旅館が無いなんて事は無いのだから、いくらでも選びやうはあつたはずである。わざ〳〵数年前と同じ二月の三連休に、同じ場所へ向かは無くても良かつたはずなのである。旅の計画を立ててゐる段階で、さう云ふ予感はひし〳〵と感じてゐたのであるから、私は美味しい蟹が食べられればどこだつていいわ、と言つて、楽器の手入れに夢中な妻に当てられて横着する必要など無かつたのである。
里也は墓穴を掘つたやうな心地で三度ため息をつくと、ちよろ〳〵と岩の隙間から流れ落ちてゐる湯の音に耳を傾けた。ここへ来るのは人生で二回目なのだが、尤も数年前は貸切風呂ばかり入つてつひぞ暖簾すら見ることの無かつたせいで、妙に新鮮である。眼の前の川からはざあ〳〵と岩にぶつかる音がしてゐて、見やうによつては寒々しさを感じるものゝ、しかし澄んだ暗闇から聞こえてくるその音には、幾つもの木や葉つぱや岩に反射して耳に届いてゐるのか、包み込まれるやうな心地良さがある。彼からするとちやうど真上から伸びてゐる木には、枯れて落ちかかつた葉しか付いてゐないのであるが、それもまた悪くは無い。せめて雪が降つてゐればもつと綺麗であつただらうに、生憎ここ一二週間程度は雪が降つてゐないのだと云ふ。……気を紛らわせるためにさう云ふことを思つてみたのであるが、不意にむき出しの肩に冷え〳〵とした風を感じると、またもや里也はげんなりとしてしまつた。目を閉じた彼の視界には、早々に内湯から露天風呂に移つたであらう妻が、広告に出てくる女優のやうに、したり顔で肩に湯をかけてゐる姿が映つた。彼女はゆつたりと温泉を楽しむやうな女性では無い。もし楽しんでゐるやうに見えたのなら、事実それは、雅な温泉に浸かつてゐる自分に酔つてゐるだけである。佳奈枝はさう云ふ女である。試しに温泉の感想を聞いたらどんなに詰まらない返事が返つてくるのだらう。山中温泉の名勝とも云はれるこほろぎ橋を見て、どんなに仕様もない事を思つたのであらう。さう云ふ所が数年前とは、――沙霧と加賀の温泉郷に遊びに来た時とは違つてゐた。沙霧なら今彼が感じた事を言ふだけでも話がはずんだだらうし、むしろ彼が思ひもよらぬ事を見出して、今ごろ歌すら詠んでゐるのかもしれない。そぞろ歩きだつて、派手で洒落た土産屋には行かず、苔のむす小さな神社の神妙な空気を楽しんだに違ひない。彼女らの差はそれこそ仕様もないものであらう、だがその微妙な差こそ、里也がいまいちこの旅を楽しめてゐない理由であり、そして里也が後悔してゐる理由なのであつた。
佳奈枝とロビーで袂を分かつてかれこれ二十分が経たうとしてゐて、里也もそろ〳〵微醺を��びたやうに頭をぼうつとさせてゐた。が、まだ温泉から上がる気は無かつた。まだもう少しだけ数年前の思ひ出に、純粋に浸つてゐたかつた。食事の時、彼の目にはまだはつきりと、病的なまでに白くしなやかな手で酌をされる瞬間が見えてゐた。浴衣の袖が料理に着いてしまはないように気をつけながら、力の無い指で日本酒の入つた徳利を摘み上げて、そうつと傾けて、慣れないながらも盃にとろ〳〵と酒を注いで行く。沙霧のその動きは流れるやうに自然で、上品で、盃の中で波打つてゐる加賀の地酒は、匂ひや味すらもう一段階格を増したやうに感じたものであつた。それが今日は佳奈枝の酌なものだから、――別に文句をつけたい訳では無いが、学生時代からの名残でどこか荒つぽい。さう云へば蟹を食ふ時も、佳奈枝は始終お喋りをしながら身をほじくるのであるが、沙霧はもく〳〵とスプーンを器用に使いながら身を削ぎ落として行く。里也はそんな風に、今朝サンダーバードに乗つた時から妻と沙霧を比べてしまつて、妻なら妻、沙霧なら沙霧、と云ふやうに頭の中を一人の女性で埋めることが出来てゐなかつた。不幸にして幸ひにも、沙霧と入つた貸切風呂がどれも使用中だつたので、今かうして沙霧との思ひ出に浸つてゐるのであるが、しかしこれだけで沙霧への思ひを押し込められるかどうか。佳奈枝からは夫婦ごつこと云はれ笑はれるけれども、かつてはいの一番に愛した女なのだから、無理かもしれぬ。……里也は自分でもひどい男だと思ひながら立ち上がつて、ふら〳〵とした足取りで脱衣所まで足を運んだ。
「遅かつたぢやない?」
佳奈枝はロビーラウンジ横にある足湯に腰掛けて、棒茶をすゝりながら夫が大浴場から出てくるのを待つてゐた。いつもは茶色に染めた髪がふわ〳〵と揺れ動いてゐるのであるが、湯上がりの今はバサリと肩に下りて、その隙間からピアスのキラリとした輝きが見え隠れしてゐる。
「いやあ、初めてだつたからついつい、……」
「あれ? 沙霧ちゃんと来たことあるつて言つて無かつた?」
「あいつは恥ずかしがつて貸切風呂にしか入らなかつたんよ。――俺もお茶飲もうかな。そこにあるんだよね?」
ラウンジにはカウンターがあつて、そこにはコーヒーやら紅茶やらがサービスされてゐるのであつた。一応聞いてはみたものゝ、妻がそこでお茶を拵えて来たことは分かつてゐたので、里也はそのまま足湯を通り過ぎようとした。
「待つて待つて。里也さんのも入れてきたからあるよ。ほら、――」
よく見れば佳奈枝の側にはもう一つ湯呑があり、熱くないのか彼女はそれを手で掴んで里也に差し出して、
「冷めちやつたけど、どうぞ」
と言つた。
「ありがたう。もう一歩のところでのぼせさうだつたから、このくらゐがちやうど良いや。……」
「まつたく、せつかく入れてあげてたのに。男湯でのぼせても助けに行けないんだから、しつかりしてよ」
「ごめんて」
すつかり冷めてしまつた棒茶は、しかしそれでも香ばしい匂ひが鼻を突き抜けて来て、火照つた体にとことん優しい。……さすがにもう温泉は良いので、足湯には浸からずに佳奈枝の隣に座ると、彼女はすでにお茶を手放してタブレットで何やら一生懸命に見てゐるのである。
「そのページ、……色合ひ的にシンフォニーか」
「――正解。夏に入る前にもう一つ行つておかうと思つて」
シンフォニー、とは大阪のシンフォニーホールのことで、佳奈枝はそこの公演スケジュールを見てゐるのであつた。最近熱の抜けかけてきた里也とは違つて、まだ熱心に楽器の練習をしてゐる彼女は、少なくとも三ヶ月に一回は〝生〟の音を聞かなければ気が済まないらしく、国内外のオーケストラの動向をチェックしては夫を誘つてコンサートに赴いてゐた。今月も二週間後に「シンフォニー」にチェコのオーケストラが来るからと言つて、チケットを取つてゐるのであるが、気の早い彼女はすでに七月のロシア響のチケットも取つてをり、そのあひだを埋めたいと云ふつもりなのであらう。
「何か良いのあつたつけ? 六月にイタリアの交響楽団が来る、と云ふのはチラリと見かけたんだけど」
「里也さんの満足しさうなのは無いね。さつぱり。でもこのドレスデンフィルのはいいんぢやない?」
別段通ぶつてゐると云ふ程ではないのだが、里也には一つ拘りがあつて、その国の音楽はその国の楽団が演奏するのでないと聴きに行く気が起きないのであつた(ロシア響のチャイコフスキーのネタは後で書く)。贅沢と云へば贅沢ではあるけれども、大阪に住んでゐる以上さう云ふ贅沢が許されるのだから、熱が冷めて来たと云つても、学生時代からの名残でその拘りを通し切つてゐるのである。
「ほう、シューベルトにベートーヴェンに、……ドヴォルザークか。惜しいなぁ、メインもドイツで締めくくつて欲しかつた」
「しかも新世界だから、わざ〳〵チェコの風を感じた後に聴かなくてもつて感じがするよね」
「せやね。しかしまぁ、……ベートーヴェンの五番を中に持つて来るとは、さう云ふ軽い曲だつたんかな、あれ」
「パスにする?」
「うーん、……一応保留で。もしかしたら沙霧が聞きたいつて言ふかもしれんし。それよりも、ちやつと明日行く所を相談しよう」
温泉に入つてゐる時に思ひついた提案ではあつた。数年前と現在が被つて見えることに散々悩まされた里也は、それならせめて明日の行き先を変えようと思つたのである。予定としてはこのまま旅館で朝食をしたためた後、金沢駅へと向かひ、そこを中心に様々な場所を巡る、――と云つてもほんの数時間しか無いから、兼六園とかひがし茶屋街とか妙立寺とか、さう云ふありきたりな場所を数箇所見繕つてゐたのだが、残念なことに沙霧と行つた。その中でも兼六園は、ここを行かずしてどうして金沢へ来たのか、と言ふべき名勝だから外せないにしても、数年前は結局時間の都合で断念した箇所が、――それも大体は沙霧が行きたいと言つてゐた所ではあるが、たくさんあるから行き先を変へることくらゐ訳は無い。それにほんの少し調べただけでも、金沢21世紀美術館とか近江町市場とか、沙霧なら行きたくないと言ふであらう観光地が続々と出てくる。里也はせつかくならさう云ふ所へ足を運んでみるのもアリかなと思つて、佳奈枝と一緒に考へようと提案したのであるが、しかしやはり未だに腕に残る弱々しい感触を思ふと、結局は沙霧の面影がチラついて楽しめない事は分かりきつてゐるのであつた。
「あら、決めてたんぢやなかつたの?」
「バスに乗つてどこでも行けるんよ。さう云へばお前の希望を聞かずに勝手に決めちやつたからな。一緒に決めようや」
「そうね、……」
と佳奈枝はあまり興味が無ささうに言つて、
「なら部屋に戻つてからにしない? もう足がふやけてとろけさう。……」
と血行が良くなつて真赤になつた足を、湯からぱツと上げた。
「せやな。……はい、タオル」
「ありがたう。それにしても良かつたわ、かうして何時でも足湯に浸れるなんて。写真もたくさん撮つちやつた」
と妻が開けつぴろげに正面を向きながら足を拭いてゐる姿を、里也はやはり数年前と重ねて見てゐた。彼はその時もかうして自分は足湯には浸からず、一緒に旅をして来た沙霧と、棒茶を飲みながら音楽の話をしたものであつた。が、自分の体を極力人に見られたくない彼女は、素足を見せることすら厭つて、彼の体に身を隠しながら小さい白い足をタオルでさつと拭いてゐた。温泉に長々と浸かつてゐながら、やはり沙霧の面影を忘れることの出来なかつた事実に、里也は旅の先を思ひやられながらも、湯呑を二つ手に取つて、右足を拭き終わつてやうやく左足にかからうとする佳奈枝が立ち上がるのを待つてゐた。
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edouarudo-musica · 8 years ago
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Hiroshi Itsuki - 五木ひろし - Noren - 暖簾
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daikaen · 2 years ago
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にわかに話題の「五色松」販売しているところが少ないようで去年から問い合わせが殺到してますWW「色松」とも呼びますがお正月に荒神様にお祀りする荒神松です。普段は荒神松も販売をしていますがこの色松含めてご予約のみの限定販売の形をとらせて頂いています。11月には予約締切ますので来年お早めに。 というわけで今日のうんちくは「荒神様」
ざっくりいうと荒神様とは台所を守護する火と竈の神様で、基本的に天照大御神様や氏神様などの他の神様とは別の神棚でお祀りする必要がある神様であり森羅万象の根源となる神になります。一般的な神棚の他に台所の小ぶりな神棚にお祀りします。ちなみに炭治郎のヒノカミ神楽、ヒの呼吸は「火」ではなく「日」です。同じ竈なので間違いやすいですね。
そして荒神様は民間信仰の特徴があり、また神仏習合において火の神様と竈の神様の信仰に仏教と修験道の信仰が混ざったものなので少々複雑です。
荒神様は三宝荒神とも呼ばれます。三宝とは仏教においては、「仏・法・僧」でありこの三宝を守護するもので如来荒神、麁乱荒神そらんこうじん、忿怒荒神ふんぬこうじんの三柱で三宝荒神となります。また神道においては竈三柱大神(かまどみはしらのおおかみ)として祀られ、三柱は竈の神様である奥津比古命(おきつひこのみこと)と奥津比売命(おきつひめのみこと)、火の神様である火産霊命(ほむすびのみこと)を指します。
古くから人は煮炊きをして食事をすることから竈神様は生命力とかかわりの深い神様です。竈の火に宿るため火伏せの力もあり、穢れや災いを浄化する火の力を持つとされています。生命力の源と火の力、この二つの力に直結する場所が台所ということですね。 そのため、荒神様は台所を守護する神様として専用の神棚にお祀りされるようになったと考えられています。
お祀りの作法としては一礼三拍手一礼で三拍手は三宝に帰依するという意味です。 ちなみに台所の入り口に掛かる暖簾(のれん)、これは神域を示す注連縄(しめなわ)が変化したものだそうです。
そして荒神(コウジン)とは現存している神仏よりも遥か以前から信仰されていた『太陽信仰』が元になっている日本人の特有の信仰で『自然界』を重んじていて森羅万象の根源となる神様です。そして自然というのは我々人間から見てやはり荒々しいものなのです。古来の荒魂に代表されるように良い方にも悪い方にも超絶な力を発揮するという神様ですね。
最後に我々になじみ深いものを。 荒神経をご存知な方は知っていらっしゃると思いますが、天には太陽と月、そして地にいるといわれている神々を『木火土金水 (モッカドゴンスイ)』と呼び全てに神々が宿っているとされて信仰されてきました。まさに自然界そのものです。 そう我々は日々、荒々しい荒神様と一緒に生活しています。 日・月・火・水・木・金・土の一週間を。
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loungenami · 7 years ago
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Lounge NAMI presents お座敷狂騒曲。
二〇一八年七月七日土曜日 夕方五時から夜十時まで(最終入場夜九時まで)
ところ:京都 和泉屋旅館 五階 大広間
和泉屋旅館特製軽食付 四千円(税サ込 ドリンク別料金)
選曲ゲスト:小西康陽 バンヒロシ
選曲:中西カオル
出張:レコード・ショップ ナカ 二号店
年に一度の七夕の日。さまよいの果てに、白い波は寄せる。
六年間大変お世話になりました京の銘店「魚棚」さまが、社長ご勇退とともに三月に暖簾を下ろされました。店主山本さまと皆様との美しいひととき。素晴らしい思い出と、どこか少しばかりの傷心と。
閃きとともにたどり着いたのは西本願寺すぐ、明治二十二年創業の老舗旅館。若旦那木村さまの快諾で、また新しい趣向でいつものように一日だけの開店とあいなりました。
ゲストは東京から、ごぞんじ小西康陽さま。そして京都といえばこの方、バンヒロシさま。
旧き良き珠玉の音楽と。美しいお酒と。この夏、最初の暑気払い。
カッポレ、カプリッチョ。
皆様の七月のご予定につけくわえていただけましたら、幸いです。
それでは七夕の日、京都 和泉屋旅館でお待ちしております。
*ご注意事項*
●お子様連れは勝手乍ご遠慮くださいませ。
●ゲストご登壇時の撮影・録音等は一切禁止とさせて頂きます。
directed by vc*mn.
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kachoushi · 3 years ago
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各地句会報
花鳥誌 令和4年10月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和4年7月2日 零の会 坊城俊樹選 特選句
観音の御手炎天にやはらかく 佑天 跡地へと想ひありしか夏の蝶 三郎 白あぢさゐ少し離れて年尾句碑 和子 病院も看護記録も夏草に いづみ 小さく深き緑蔭が抱く年尾句碑 和子 息荒く仏へ寄りし暑さかな 光子 日盛の祠に生れし真の闇 和子 みづからを菩薩に添うて空蟬に いづみ
岡田順子選 特選句
面影は西日晒しの看板に はるか 夏草や記憶の中のナース服 三郎 朝涼の鎌倉よりの風頰に 慶月 息荒く仏へ寄りし暑さかな 光子 五輪塔とは緑蔭のただの石 俊樹 元禄も享保の墓も灼けをれり 佑天 暑き日を年尾の句碑のふところに はるか 観音は水の色して大酷暑 いづみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月7日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
浮き沈み女三代夏のれん 都 空つぽの香水びんの残り香よ 同 長茄子の悩ましきかな曲線美 同 パナマ帽明治の父の伊達姿 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月7日 花鳥さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
白と云ふ色たゞならぬ半夏生 雪 前山の雪崩るる如く青嵐 同 やゝに老いやゝに夏痩せして在す 同 炎帝のどかりと座りたる越路 かづを 滝音に鳥語人語も呑まれたり 同 九頭竜と対峙し流る天の川 同 静もりて明智が墓碑に沙羅の花 笑 能登半島掻き消してゐる青嵐 千代子 悠久の光を抱へ滴れる 泰俊
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月8日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
子等見つつ弁当番や海の家 宇太郎 屠場へと曳かれるやうに炎天へ 都 死者送り窓に吹き込む青田風 すみ子 川に還す一夜を共にせし蛍 美智子 次の子に少し短かき古浴衣 宇太郎 病窓に影の騒ぎて青嵐 悦子 風紋は海へ傾れて雲の峰 宇太郎 先輩の墓碑に献杯原爆忌 益恵
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月9日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
戦なき広き空欲し雲の峰 三無 風ひたと止んで初蟬響きくる 百合子 夏蝶のげに句碑守のごと飛びぬ 同 雲の峰草の匂ひに樹の匂ひ ゆう子 アルプスを小さく見せて雲の峰 白陶 菜園の胡瓜ピカソの絵に似たり 多美女 句碑に影落し戻り来黒揚羽 三無 供へればくらりと揺るる甜瓜 ゆう子 炎天に浄き閼伽水陽子墓所 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月11日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
七夕や竹切る音のとよもせり 時江 夏潮にロシア軍艦越境す 世詩明 うしろから八つ裂きに来る稲光り 信子 鷺草や鎮守の杜を結界に 時江 七変化寡黙な夫のいつもゐて 信子 生きる意義考へてゐる山椒魚 上嶋昭子 花擬宝珠通夜の灯うるみ傾きぬ 中山昭子 青田もう何も映さず靡きをり みす枝 浴衣の娘女工哀史のこと知らず 世詩明 風鈴を気楽な人と聴いてをり 上嶋昭子 黒南風や酒場は白きピアノ置き 同 見馴れたる山を見飽きず端居かな 中山昭子 昼寝人濁世を忘れ仏顔 みす枝 水打つて日本の地震を鎮めをり 信子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月11日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
武蔵野の風に目覚めし合歓の花 三無 羅や近より難き気を纏ひ 同 艶やかに羅笑みて同窓会 同 金魚鉢洗ふ役目の誇らしげ 貴薫 金魚掬ひ父の背中の逞しき 有有 旅先で出合ひて嬉し合歓の花 貴薫 慎ましく生きる姿の合歓の花 史空 羅の似合ふ真砂女に恋多き あき子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月13日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
七夕の雨に濡らしてハイヒール 登美子 片恋のラジオ相談星の秋 同 玉葱を貰へば娘吊るしをり 令子 夏座布団友の数だけ広げけり みえこ 天道虫後ろ姿の子らを撮る 裕子 たばこ屋の小窓に覗く扇風機 実加 忠霊場若きの墓は盆静か 令子 老いらくの母の見入れる天の川 登美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月15日 さきたま花鳥句会
炎天の小江戸の街や車夫の愚痴 月惑 老いてなほ一鞭入れて草を引く 八草 空蟬や何も語れず逝きし友 裕章 夏空へ磴駆け上る柔道部 とし江 厳かにお祓ひ後の心太 ふじ穂 紅芙蓉誉め合ふ笑みの立ち話 恵美子
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令和4年7月16日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
此の先は教へぬつもり道をしへ 雪 野地蔵も息をひそめる炎天下 英美子 日盛りに息をひそめてゐる地蔵 同 母の影盆灯の後見え隠れ 山田和子 羅やさらりとまとひ香の立つ 真喜栄 バス降りて一人一人の夏終る 世詩明 短夜や夢幻の如くなる 同 めまとひを払ひて無人切符買ふ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月17日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
大蟻の車輪のごとく駆け抜けし 久子 炎天の武蔵野の底滑る蝶 三無 変ること厭ふ白紫陽花の白 久 水光り羽黒蜻蛉は神の使者 慶月 古座敷や行くあて知れぬ茄子の馬 軽象 水音を真中に抱きて森涼し 慶月 大蟻も小蟻も参ず地蔵塔 眞理子 夏空を映す水たまりを蹴上げ 久 天牛の角ふりかざす古戦場 眞理子 紫陽花の絞り出したる終の藍 圭魚 甘味屋の蓮を描きし夏暖簾 同 民家古りただ現し身の黒揚羽 千種 森深く闇に添ひゆく黒揚羽 斉
栗林圭魚選 特選句
水音を真中に抱きて森涼し 慶月 ハケの家夏炉の湿る匂ひかな 要 大蟻も小蟻も参ず地蔵塔 眞理子 紅蓮の今日崩れゆく命かな 久子 夏空を忽ち縮め潦 斉 みがかれし床に朝採り茗荷の子 久子 式台に雨跡ありて風涼し 同 茅葺きの土間の暗がり死蛾美しき 炳子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月19日 萩花鳥会
みちのくの吾娘が来たるや月見草 祐子 炎帝や必殺狙撃動天す 健雄 一面の葉に見え隠れはすの花 恒雄 夏山はこれで十分梅むすび 俊文 夏料理語り尽くして持て成さる ゆかり 駄々つ子の泣きやんだらし夏の雨 陽子 痛風の足を投げ出し夏の月 吉之 頭垂れ雨乞ひしたるや庭の花 明子 法螺貝の響く城下や雲の峰 美恵子
………………………………………………………………
令和4年7月20日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
もくもくと九頭竜のぼる雲の峰 千代子 七夕や笹は願ひに撓るほど 千加江 幼きを呼び戻したる天瓜粉 同 かの人の垣根に高く酔芙蓉 昭子 三人の遺影の部屋も梅雨湿り 清女 七夕に女心の糸結ぶ 啓子 小石踏む音の近づく夏館 泰俊 夕立や濡れて礎石の薄明り 同 面も手も己れ矜恃の日焼かな 数幸 穴を出し蚯蚓一糸も纏はざる 雪 裸火に想ひの丈を飛べる火蛾 同 水の如く又火の如く人涼し 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月21日 鯖江花鳥俳句會 坊城俊樹選 特選句
風鈴の欲しいと思ふ風が今 洋子 右衛門に隣る左衛門夏構 同 鉈の音山の地肌に万緑に 同 賽銭を打つ音までも黴臭き 同 万緑や山相いよよ文殊山 雪 祭帯器用に結びくれし母 同 その人とカンカン帽に気付く迄 同 盆の月家系図のこと何もしらず 昭中山子 炎天に近道すれば転びけり 同 子が囃す夜空の証や地蔵祭 ただし 鳳仙花姉妹の話途切れ無し みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月24日 月例会 坊城俊樹選 特選句
零戦に少年口を閉ざす夏 和子 靖国へ四方より迫る雲の峰 要 夏蝶は翅で息して歩みたる 和子 空蟬の祈る形に落ちにけり 同 蓮花へと極楽の風触れて過ぐ 政江 静脈の巻きつく手首白日傘 和子 羅を纏ひかの世の話など はるか
岡田順子選 特選句
目の前を突然蟬の木となれり 千種 絵日傘のシスターの行く九段坂 眞理子 大きさの合はざる蟬の殻と穴 千種 礼拝の黙を蓮の解かれゆく 炳子 羅を纏ひかの世の話など はるか 炎帝の子の鉄棒や大鳥居 小鳥 見巧者の折紙付きや泥鰌鍋 幸風
栗林圭魚選 特選句
零戦に少年口を閉ざす夏 和子 熱砂踏む雀らの影ゆらゆらと 順子 横顔の考へてゐる団扇かな 同 病葉となるや社の奥に降り 眞理子 空蟬は拾ひ奉仕の竹箒 順子 最短の空行く鴉街灼くる 千種 大鳥居溽暑の穢土を寄せつけず 月惑 能舞台しづかに進む蝸牛 幸風
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年7月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
大鍋のたぷんたぷんと一夜酒 愛 悪童の頃瓜番に追はれしと 同 瓜番の灯りを返す獣の眼 同 この辺り魔法使ひの夜店らし ひとみ 甘酒のとろみも憂さも呑み込みぬ 久恵 蟬時雨遠くに聞けば海凪ぎて 桂 逆転か球は外野へ峰雲へ 由紀子 夕雲はマグマ色して浜万年青 久恵 咲き疲れてゐるかも知れぬ水中花 ひとみ 丁寧にハンカチ畳み恋語り さえこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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iseilio-blog · 5 years ago
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唱出人生冷暖 的 演歌世界
蟑螂之歌(三)
豔歌、援歌、怨歌 五木 寬之 明治時代〈演歌〉原本的意思來自為發揚自己的政治信念,而託付於
流行歌曲 所唱出的〈演說歌〉。之後 演歌 切除了〈演說歌〉抗議的
意志與批評的精神,成了年輕時代深為吸引,我口中的〈豔歌〉。
這種 流行歌曲 往往因時而退色,卻是一種謳歌時代的情感,也
留下了當時的記憶。
演歌 同時也是 怨歌,兩者不必然相同。演歌歌手 並不直接唱出人生
怨念,而加入了一些潤飾(豔)的氛圍。為離別而歌,為感嘆而歌,
在那哀傷之中,有一種令聽者為之陶醉的況味。
流行歌曲 的本質或許應該就在這裡。日子過得辛苦的人們並不見得
想去再確認、強調,甚至增幅自己的黯淡,與悲哀。
之前在那裡讀過,有一幕對黑人來說 Blues 到底是怎樣的一個感覺
的戲。在黑人聚集的酒吧,忽然來了一個白人;他是一個反對種族
歧視,對黑人的處境有著理解的白人。他一進入了酒吧,台上演奏
的樂曲忽然變成了軟調的 Hollywood Music。
他氣憤的對臨座的客人說:
「你們不是有 Blues 這樣偉大的音樂嗎?為什麼不演奏表現出你們
的希望與憤怒的 Blues音樂呢?」
黑人客 說:
「我們每天辛苦的工作,來這裡就為了忘掉那些不愉快才來這裡。
為什麼要花錢找罪受去聽那些傷感的歌曲呢。」
所謂的流行歌曲應該就是這樣吧。演歌,就是將我們日常種種的悲哀
與怨念,在短短的時間中,讓我們忘懷一切的 "徒花"(不结果實
的花)。歌曲過後,讓我們再度回到一點辦法都沒有的現實世界。
在短短的時間中,讓我們將內部的鬱積排出體外,然而,演歌 從
西方音樂的視角來看也許顯得單調,對我來說卻是何等的不可或缺。
怨歌 轉為 艷歌 的微妙情事,應該就在表現大眾的願望。最近又有
將 艷歌 轉為 援歌,也就是人生的〈應援歌〉。在高度成長的繁榮
景象下,能夠給處在暗處辛苦而窮苦過日的人們,從映像管,從舞台
上,給予鼓勵、聲援加油的,應該還是 演歌。
一個真正的演歌歌手,在前奏剛一開始,就給辛苦工作,沒有年終
獎金,一家五口住在四疊半房間的人們帶來寬慰。
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鶴田浩二 https://www.youtube.com/watch?v=2gIvarfbxVE https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%B6%B4%E7%94%B0%E6%B5%A9%E4%BA%8C
藤圭子 https://www.youtube.com/results?search_query=%E8%97%A4%E5%9C%AD%E5%AD%90
鳥羽一郎&山川豊 https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%85%84%E5%BC%9F%E8%88%B9+
夜霧も今夜も有難う https://www.youtube.com/watch?v=CGchKhE5p_k
【暖簾】五木ひろし https://www.youtube.com/watch?v=tUn6Nn0DESo
1960~80年代 昭和デュエットソング https://www.youtube.com/watch?v=bILBdqG4wOw&list=PLpbfgzU5l6aePk-tl0W_GvQutuUs1I1Zg
新宿歌舞伎町 https://www.youtube.com/watch?v=0gDepYdktGM 就在巷口 “歌舞伎町一番街” 牌樓進去左邊第二棟的五樓端盤子當
蟑螂。夜晚 11點下了班,與同事去看康康舞;好像已經重建了。
就在隔街顧老闆台灣人的彈珠間(smart ball、玻璃珠)、再進去
中心點,據說不少大樓是台灣人產業之一的 獅子林,顧徹夜番的
三溫暖。據舅媽說,原宿也有很多是台灣人的產業。在涉谷 洗怎麼
洗也洗不完的碗盤;寒暑假的 課外活動,沒兩下子就搓手的零用錢
之所從出。富二代某 誤以為這樣是 “勤工儉學”,覺得自己很上進,
我覺得頭殼不好,實在是傻瓜的笑話一則。
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E%E7%94%BA
我是李小牧 https://www.youtube.com/watch?v=Wf0UP2K0W7o
https://www.youtube.com/watch?v=_Z78bBSt9Jk
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uji-cha · 7 years ago
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辻俊宏さん(後編) 株式会社辻利一本店
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革新的な姿勢が代々受け継がれている「辻利一本店」。五代目当主の辻俊宏さんもまた、伝統産業の中で「守破離」な活躍を見せている。
ナショナルブランドを目指して
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物心がついた頃から辻利一本店の跡取りを意識していた俊宏さんが、大学卒業後に選んだ最初の修行先は、鹿児島県のお茶産地だった。宇治茶に携わる子息の多くが、消費地の小売店で茶の商いを勉強するなかで、辻さ���の修行先は珍しい選択だ。
「鹿児島は静岡に続く、日本第2位の茶産地です。そして、後発産地ということもあり、先進的なお茶の栽培方法を取り入れやすい。農家で半年ほど、三番茶の摘み取りまでお世話になりました」
その後、実家の向上で半年を過ごし、翌年は京都府茶業研究所に1年間。その後、2年間の期限付きで、食品商社の社員となった。
「大阪の営業部に配属され、主にスーパーを回っていました。そこで痛感したことは、茶問屋とスーパーでは感覚が違うのだな、ということでした。
例えば、茶問屋は一つの町に何店舗もお得意先を持てないんです。小さな町にはひとつ。大きな町でも2~3店舗といったところでしょう。なぜかというと、お茶の小売店は、問屋からお茶を仕入れて売っているので、どの店にも同じ味のお茶があると差別化ができないのです。
ところがスーパーに行くと、マヨネーズならA社が、紅茶ならB社が、どの店舗でも売っているんですね。全然違うやん!と思いました。
小売店さんはどの茶問屋から仕入れるかで差別化している。商売の仕方は、伸びしろとしては少ないんですけれども、食い合いが少ないので長く続くという良さもあります。でも日本茶は、スーパーの中ですら、棚には伊藤園さんが置いてあるだけで、あとはテナントで地元のお茶屋さんが入っているというところで、この仕組みを変えなくては、と思いました。辻利も日本茶のナショナルブランドととして成長したいという目標を持ったきっかけがこの点にあります。
代替わりをしたのは1998年。俊宏さんが37歳の頃だ。その頃から、加工用抹茶の需要が徐々に増え、積極的に取り組むようになる。
「こうしたコラボレーションを積極的にするようになった背景にも、辻利の名前をアイスクリームやお菓子で覚えてもらって、『じゃあ辻利のお茶はないんかい』と、消費者に言って欲しかった。でも、最初は逆に、辻利がアイス屋と間違われてまして(笑)、あの時は悔しかったですね。でも徐々に宇治の茶問屋ということがマスのマーケットに広がっていきました」
お茶の味で勝負したい
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2016年9月、宇治川にほど近い、古い建物の並ぶ通りに「辻利一本店」は新店舗を構えた。ここでの主な商材はお茶。スイーツは奥の一角でひっそりと売られている。
「消費者から見た場合、辻利の特徴はスイーツやと思います。しかし『辻利一本店』はあくまで、お茶をメインに扱う茶問屋ということを知っていただきたい。この店にはそんな思いを込めました」
確かに辻利と聞くと小売やスイーツの印象が強いが、それは暖簾分けした茶舗や、コラボレーションした食品メーカーの努力によるものだと辻さんは言う。辻利一本店は、これまで売上の99%をお茶の卸が占めてきた。
以前は本社の1階で細々とお茶を販売していたというが、来客には不人気、「老舗感がない」と取引先からも指摘された。
「今回、新しく茶舗を開いた場所は、実はかつてうちが茶工場を構えていた創業の地のごく近くなんです。一度手放してしまった土地でしたが、ずっと、ここに戻ってきたいと思っていました」
店内には抹茶をはじめ、煎茶など数種類のお茶を味わえる茶房も。中庭には茶の木が植えられ、茶の木や葉がどのようなものか見ることもできる。
「メニューはお茶が中心です。抹茶は立礼式(椅子に座ってお点前を行うこと)で、注文があったら見えるようなコーナーで点てます。袱紗捌きやら、そんな難しいお点前はなしに、お茶の体験をしてほしいと思っています。抹茶パフェやら、出せば売れるんやろなあというのはわかりますが、それだけはしたくなかった。そこは意地張っているんです」
そう言って、辻さんは実に嬉しそうに「ははは」と笑った。その柔らかな笑顔の裏には、辻家に連綿と受け継がれてきた「守破離」の信念がある。「お茶屋はお茶を売るのが仕事」。その基本に立ち戻った覚悟が見えた。
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sabooone · 8 years ago
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復讐、それは秘密の茶菓会で/07/2011
ぎりりぎりりと縄が絞まり、ひゅうと喉が鳴る。 いくら口を大きく開けてぱくぱくとしてみても、少しも喉に胸に空気が入らない。 縄はゆっくり、ゆっくりと首を絞めつける。
容子はほわりと頭の芯が熱くそして軽くなるような心地がした。 一定の苦しさが過ぎ去ってみると、驚くような快感が脳を占めることに気づく。
それなのに、しばらくすると再び首の縄は弛められた。 ぜはぜはと肺が胸が上下して、息を吸い込む。 苦しい。あまりに苦しすぎる。 いっそのこと、あの感覚のまま殺してくれと懇願したかった。
容子の首を縄で絞めては弛め、また絞めては弛める。 それがもう、ずうっと続いている。 どれほど時間が経ったのか分からなくなるほどなので、この空間だけはまるで時間が歪んでしまったかのようだと思った。
助けて、と声を出して抗っていたのは最初だけで今はもうとっくに諦めている。 この場所は、容子たちのお気に入りの空き家だった。 他に声が漏れないし、人通りもないのでよく何かをするときはこの空き家に集まったのだった。 それを容子たちは”秘密の茶菓会”と称していた。
容子の命の綱を握る男は、まるで般若のような顔をしていた。 悲しみと怒りをその面にひそめたような、底冷えするほどに美しい顔。 容子はこの男の普段の顔を知っていた。 だからこそ、恐ろしい。 まるで別人のような顔に気迫だった。 いや、別人だったのは容子に見せていた方の面だったのだろう。
「君は――約束を守れと。――そう言ったのだね」
そう言うと男は容子の指をそっと触った。 うんともすんとも返事が出来ない、それを見て男はゆっくりと容子の指に重みをかける。
「う――あ――」
ぱきりと小気味のよい音をたてて指が折れた。 ひい、と容子は喉の奥で唸り、自然と涙があふれる。
「痛い?」
その柔らかな微笑みに、容子は底知れぬ恐ろしさを感じながらもこくこくと頷いた。
「どうして、君は、教わるまで分からないのかなあ」
まるでひとりごとのようにそう言うと、再び縄に手をかける。 容子はただただ咽び泣きながら、早く楽になりたい、とただそれだけを待ち望んだ。
真っ暗な闇は安寧な死。
容子は死を持ち詫びていた。
出版社で働き始めて、半年。 インキを敷く作業から卒業した百合子は、麻袋いっぱいに入った野菜のクズを抱えていた。 どれもこれも、少しいたみすぎているようで、ぷうんと酸っぱい匂いが鼻をつく。
「はいはい、餌のお時間よ」
そう言うと金網を押し開けた。 とたんに、くるぽくるぽとけたたましい鳩の鳴き声が降り注ぐ。 下手を打つと鳩たちの糞が降り注ぐので、百合子は最近はもう慣れきっってしまったように麻袋を鳥小屋の隅に放り投げた。 すると一斉に、ばさばさと音をたてて鳩たちが餌をむさぼる。 その隙に、箒で鳩小屋の中を掃き清めた。
「お前たち、美味しいのそれ?」
悪くなった野菜のクズを嬉しそうに食べる鳩たちにあえて問う。 当然答えはなく、一匹がこちらを見て赤い瞳をキョロキョロさせながら首を捻っただけだった。
百合子は、編集者の見習いをしつつ一日の大半を鳩の世話と伝書鳩による伝言の書き留めをしていた。 編集者の見習い、と言ってもまだ原稿には触れさせてもらえず、預かった原稿の枚数を数えたり、汚い字を直して読みやすくするといった程度だった。
(この鳩たちの仕事の方がまだ編集や記者の仕事に近いわ……)
百合子は一回だけ、一人の作家の屋敷に原稿を取りに行った。 しかし、案の定というか編集長も承知の上だったのだろうが、居留守を使われている。 上司らに聞くと、なかなかの偏屈者で書くものは一級だが書く人も一級の変人だそうだ。
洋装の袖の部分をくんくんと臭ってみる。 かなり鼻が慣れてしまったが、どうやら糞の匂いが染み付いているようだ。 はあ、とため息をつきながら空っぽになった麻袋を担いで鳥小屋を出た。
最後の一件の伝書を書き上げ、鳩たちを小屋にすべて戻す。 暗幕をかけて、飲み水が十分にあるのを確認をすると百合子は会社を後にした。
暗くなった東京の街を歩きながら、路面電車に飛び乗った。 比較的空いている時間帯だったのが幸いして、木造の長椅子にふうと腰掛ける。 人が降車しない停留所では甲高くチンチンと鐘がなる。
ぼうっと東京の街並みをながめる。 ビルディングが立ち並ぶ一角で、香水の広告塔が目に入った��� そしてはっとする、周りには数えるほどしか乗客がいないが、鳩の匂いがしているかもしれない。 どぎまぎと緊張するも、路面電車の中は様々な匂いが漂っていた。 機械工の作業着からは油のような匂いや、背広に染み付いた安い煙草の匂い。 革靴の苦いような独特の匂いに、老人のお線香のような渋い香り、若い女性は新しい香水の甘やかな柔らかい香りを漂わせていた。
その様々な生活の匂いに囲まれながらふうと息を付く。 とんとんとゆるやかな振動で、百合子はうとうとと眠ってしまいそうになる。 チン、と停止の音がしてはっと気がつくと家の近くの停留所だった。 慌てて立ち上がり、料金を支払ってから路面電車を飛び降りる。 電車が行き、2、3自動車が通り過ぎるのを大人しく待って小走りで道路を横断した。
/-/-/-/-/-/-/
「君、台所は僕の領分なんだ。下手に手出しをしてもらいたくないのだよ。 もういいから、君はさっさと帰るか、それともすぐさま帰るかしておくれ」
瑞人は切れ味の悪い包丁を片手に、ざくざくと馬鈴薯の皮を剥く。 緑の芽が出たところは念入りに刃元で芽をくり抜いた。 袖が水にかからぬように、長い細帯でするりと袂をまとめている姿はなかなかの見物だった。 一方の斯波はいつも着つけているスーツの上着を脱ぎ、白いシャツを袖まくりして瑞人の手元をはらはらと見守る。
「いやはや、殿様の手元が危うすぎて……ああ、――ああ、もう見てられん。 ちょっと貸してくれ、俺がやる」
そういうとついには、瑞人の隙をついて横から包丁と馬鈴薯をとりあげた。 皮を剥いたばかりの馬鈴薯を嬉しそうに水洗いしていた瑞人は興が覚めたと言う風に眉間に皺を寄せる。
「……あのねえ斯波君」
口の端を歪めて嫌そうな顔を露骨にしているのにも関わらず、斯波は得意げにするすると馬鈴薯の皮を剥く。
「ほらどうです?なあに、上手いもんだろ。 ま、俺は成り上がりですからね馬鈴薯の皮むきのひとつやふたつ軽いもんだ」 「僕の話を聞いているかい? どうしてこう暇があるごとに家に来てはご飯を食べて帰るんだ」 「殿様の馬鈴薯……ほとんど身がないじゃあないか。 これでは、もったいないと思うんですがねえ」
斯波の馬鈴薯と瑞人のそれを比べてみると火を見るよりも明らかだった。 しかも斯波の方は、とっとっとと手際よくまるでダンスを踊るように巧みに馬鈴薯を剥いていく。 瑞人は悔し紛れに、竈の火をつついた。
「――。ふん、竈の火には絶対に触らせやしないよ」
その様子を家の外から観察した百合子はまたかと思いつつ、がらりと引き戸を開けて土間に入る。 出来るだけ鳥の糞の匂いに気がつかれないように早足で台所を通り過ぎる。
「ただいま帰りました……」 「やあ、お姫さん!お帰り!」 「ああ百合子、疲れただろう?食事にするかい?」
二人ともせわしなく手を動かしながら、上半身だけこちらに向けて微笑む。 さささと荷物を部屋に置き、桶と手ぬぐいを用意するとにこりと笑って誤魔化した。
「いえ、今日は汗をかいてしまったので先に銭湯に行きます」 「そうか……そうだな。ああ、そうだ。だったら俺も――」
剥きかけの馬鈴薯を放り投げ、台所用の手ぬぐいでごしごしと手を拭く斯波の背中に瑞人が冷たく言い放つ。
「君は、馬鈴薯が、まだ残っているだろう。君がやると言い出したのに途中で諦めるのかい? ――それにこれから人参と玉葱もある」
侮蔑の色を浮かべた瞳に斯波はぐぐぐと唸ると大人しく馬鈴薯の皮むきの作業に戻る。 瑞人の言葉からメニューを推測した百合子は嬉しげな声をあげた。
「まあ、お兄様のライスカレーですか?」 「そうだよ。とびきりに美味しいやつを作っているからね」 「嬉しいわ、では私行って参りますわね」 「うん、ゆっくりしておいでよ」
桶と手ぬぐいをもって銭湯へでかける、最初はそれなりの冒険だったが今はすっかり慣れてしまった。 むしろ大きなお風呂に入れる銭湯の方が百合子は好きだった。 昔の邸では簡単に身体を拭うか、もしくは専用の大きな盥で入る事が多かった。 もちろん、普通の風呂もあったが銭湯ほどに大きくはなかった。
あと角を曲がれば銭湯というところで、一人の男が百合子に声をかける。
「やあ、百合子さん。銭湯ですか?」 「ええ、高遠さんも?」 「はい、なかなかいいお湯でしたよ」 「そうですか、嬉しいわ」
声をかけたのは百合子たちの住んでいる家の斜向かいに住んでいる変人と有名な男だった。 その噂のとおり、今日も瓶底の眼鏡に今日は風呂上りと一目でわかる畳んだ手ぬぐいを頭の天辺にのせている。 くんくんと不躾に鼻をひくひくさせて、百合子に近づく。
「うん?鳥の匂いがしますね」 「あら本当に?嫌だわやはり匂います?」
慌てて服を臭ってみる。 独特の鳥の匂いが染み付いているようだ。 はあと百合子はため息をついていると、男は面白そうに眼鏡の奥の瞳が光る。
「面白い人だなあ、この前まではインキのような匂いがしていたのに」 「ふふ、ずっとインキを敷く仕事をしていたのですわ」
早朝、よく井戸端で会っていた時期を思いだす。 編集の使い走りと、鳩の世話になってからは早起きをする必要もなくなったのだ。
「ああ、新聞者のお仕事ですか――じゃあもう分かった。この匂いは鳩ですね」 「そうです、今は鳩のお世話をしているの」 「聞いてみるとよくよく変わった人だ、あなた方が越してきてから近所中噂になったんですよ。 何やら僕の家にも興味深そうな奥様方が話にきたりしてね」 「あら、そうでしたの?」
百合子は慣れたように答える。 引っ越してきた当初は遠巻きに見られている事に気づいていたが、 仕事が忙しくそれどころでは全くなかった。 そして近所と徐々に打ち解けてきたのは、瑞人がお裾分けをもらったりし始めた頃だった。
「僕も世俗にはまったく興味がないんだけど、そういう噂があると少し興味がありますね」 「そんな大したものではないですわ、申し訳ないけど。 ただ単に借財が増えて爵位を返上した没落貴族の成れの果てです」 「あはは、立派な経歴をお持ちだなあ」 「そういう、高遠さんの方こそ。 町内で変わった人だと噂になっていますよ」 「あ、そうなんですか?あなたもそう思います?」 「いいえ」 「へえ、なぜ?」
男は面白そうに百合子に聞いた。
「だって作家さんって変な方が多いんですもの。 私、編集の仕事をしていますので職業柄慣れていますわ」
その言葉に男は驚く。 飄々とした態度が一変し、慌てて言葉を紡ぐ。
「ど、どうして――僕が作家だと分かったんですか?!」
男の様子に、百合子は少し笑ってしまう。 奇人変人と呼ばれる男でも、動揺してまごついたりするのだなあと思った。
「あら、本当に作家さんでいらっしゃるの? うふふ、少しかまをかけたのだけど当たってしまったわ」 「ぜひ聞きたいな、どうして僕が作家だと分かったのですか?」
桶を持ち直し、うんと考える。 どうしてと改めて聞かれると――答えにくかった。
「そうですわね、作家の方ってね。すごく個性が強いんです。 統計的に作家の方は大半は身なりに気を使わなくて眼鏡の方が多いの。 あまり人の話を聞かないし、いつもぼうっとして、そうかと思えば急にあくせくしたりして――」
編集室で見かけた作家、原稿を取りに通った作家たちを思い浮かべながら百合子は続けた。
「それに、毎朝井戸場で合うときに煙草の匂いとインキの匂いが混ざっていたのに気がついて、 そうですわ、最初それで作家の方かなあと思いましたの。高遠さん夜はずっと起きているみたいだし」 「それだけ、……ですか?」 「いいえ、あとよく高遠さんの右腕とその着物の袖にインキがついていましたし、 それに今私がインキを敷く作業と鳥にかかわる仕事をしていると言ったらすぐに新聞社だと当てたでしょう?」
男はうんうんと考えながら頷く。
「だから、業界をよくご存知の方かしら……って。 あ、それに――その右手の指のペンだこもね」 「ああ、これは――なるほど……」
そう言ったきり、男は急にその場で考えるように顎に手をあててぶつぶつと何か呟き始めた。 この突拍子の無さも作家やもしくは芸術家に多い型だわ、百合子はくすりと笑った。 聞いているかわからないが、一応に声をかけてみる。
「では私はこれで失礼しますわ、湯冷めなさらないでくださいね」
そういうと桶を抱えて小走りで銭湯の暖簾をくぐった。 ぐうとお腹がなる、瑞人はライスカレーだけは失敗しないのだと自慢気に言うくらいライスカレーが得意だった。
湯気のたつ大きな浴槽に肩まで浸かって一息つくと、凝り固まった疲労がゆるゆると溶け出してどこかへ流れ去っていくような感覚を覚えた。 ほう、と吐いた息が湯殿にふわんと反響した。
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自動車の往来を見計らって、道路を渡る。 ある休日に、百合子は鏡子婦人に呼び出された。 場所はいつものホテルのラウンジ、副業である探偵稼業の依頼だった。 人目で鏡子婦人と分かる派手な着物が眼に入る、すると向こうも百合子に気がついたようで明るく手を振った。
「ああ、お姫さんこっちよ、こっち!」 「きょ、鏡子様……」
いまだに百合子のことをお姫さんと呼ぶ鏡子に百合子は困った顔をして頭をさげる。 真っ赤な紅の唇に、白粉をはたいた白い肌。 鏡子婦人は大輪の薔薇のような笑みを浮かべて、百合子を迎えた。
「早かったわね、今日は編集はお休み?」 「はい」 「そう、きりきりと働いているのね。偉いわ」 「そんな、まだまだです!」
百合子は一瞬ちらりと鳩たちの事を思い浮かべた。
「ところで、ご依頼というのは……?」
それがねえ、と鏡子は苦虫を噛み潰したような顔で切り出す。 厄介な内容なのだろうか――。 ここ最近は不倫調査や素行調査、失せ物探しなどの依頼が多かった。 普段の依頼の時とは違う表情に、百合子は少し不安になる。
「ご依頼は、警察官の方――なのよ」 「警察ですか?」 「そうなの、しかもね――なにやらあなたと面識があるらしいの」 「……あ、ひょっとして……」
ぱっと一人の警察官を思い浮かべた。 以前、令嬢誘拐事件の折に知り合った警官だった。それ以外には知り合いの警官は一人もいないはずだ。 しかし、また、どうして彼が百合子に依頼などするのだろう? 不思議に思いながら鏡子婦人の話の続きを聞く。
「ほら、ずうっと未解決の誘拐事件があるでしょう?」 「ええ、三人のご令嬢が行方不明になって犯人が捕まらなかった事件ですわね」 「そうなの。最近はもうめっきりと記事にもならなくなってしまったけど……」
確かに今では別の事件や記事が新聞の紙面を割いており、以前ほどの報道の過熱ぶりは薄れてきているように思う。
「なにせ、身代金の受け渡しに現れないものだから犯人の検挙が難しいらしくてねえ」 「そうですわね」
事件��思い返してみる。 三件とも身代金の受け渡しに失敗していた。 通常、検挙しやすい場面が身代金の受け渡しの瞬間だと言われている。
「それで、その事件をもう一度洗いなおして欲しいということなのよ」 「そういうことなら――分かりましたわ」 「お姫さん一人で大丈夫かしら?ああ、心配だわ――」 「そうですね……大丈夫ですわ。頼もしい助手もいますもの」
百合子はにっこりと微笑むとティーカップの珈琲を飲み干した。
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<<事件概要>>
令嬢誘拐事件
発生日   4月17日 被害者   田中千鶴子 年齢    十五歳 発見時   4月19日 場所    山林 死因    絞殺(首をつった状態で発見) 追記    両親は卸問屋を営む。六人兄妹の次女。 要求    17日夕方に身代金要求の手紙。三千七百円の身代金。 受け取りに失敗。以後連絡なし。 特記    最後の目撃情報から女学校の帰宅途中に誘拐されたと思われる。
発生日   4月19日 被害者   山本容子 年齢    十五歳 発見時   4月20日 場所    公園近くの雑木林 死因    殴打されたような痕あり、死因は頸部圧迫による絞殺 追記    両親は酒屋を営む。二���姉妹の長女。 要求    19日夕方に身代金要求の手紙。身代金は三千七百円。 封筒には本人のものと思われる指が入っていた。 受け取り場所に犯人が現れず受け取りに失敗。 特記    最後に目撃されたのは稽古事の舞踊へ通う姿。 教室へ現れなかったため、途中に誘拐されたと思われる。
発生日   4月20日 被害者   新田香代子 年齢    十六歳 発見時   4月21日 場所    川べり 死因    拷問のような痕ああるも直接の死因は絞殺。後に首を切り落とされる。 追記    両親は高利貸しを営む。一人娘。 要求    身代金要求の手紙がくる。三千七百円用意するも以降に連絡なし。 特記    活動写真を見に行くとでかけそのまま帰らず。
<<事件概要おわり>>
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「なあ、お姫さん。警察がお手上げの事件を一体どうやって洗いなおすつもりだ?」 「……そうですわね。新鮮な目で違う角度から見れば何か分かるかもしれませんわ」
斯波の自動車に揺られながら、百合子は考えをまとめていた。 以前、とある事件のきっかけでこの令嬢誘拐事件のことはよく知っている。 百合子が様々な探偵の心得をまとめた手帳をとりだすと、面白そうに斯波がそれを覗き込んだ。
「それは、一体何を書いてるんだ?」 「もう、見てはだめよ」 「なんだ、意地が悪いな。 別に少し見たって減るもんじゃないだろう?」 「嫌なものは嫌よ。ケチでも意地悪でも何とでも仰って」
百合子の言葉に斯波がむくれたように眉をぴくりと動かす。 その子どもっぽい仕草をみてくすくすと笑っていると、斯波はふいに微笑んだ。 あまりに唐突だったので、不思議に思って斯波に問う。
「どうかして?」 「いや、――まあ、こういう関係も悪くはないな、とね」 「探偵とその助手?」 「ああ」
考えてみれば斯波も相当忙しいだろうに、何故か百合子の探偵業の助手を勤めている。 本人に言わせると、百合子は一人だと何をしでかすかわからないから不安だという事なのだが、 貿易商というのはそんなに暇がある仕事だとは思えない。 金持ちの道楽でもないようだ。
「斯波さんも随分と酔狂でいらっしゃるのね」 「それを言うなら百合子さん、あなたもだろう?」 「あらどうして?」 「編集者の傍ら探偵稼業なんて、奇特な人のやることだ」 「そうかもしれないわね。でも、私が探偵をやる理由はね――」 「理由は?」 「……」 「どうした?」 「言えないわ、ごめんなさい」 「そこまで言っておいて狡いな」 「大切なことなの、言葉に出してしまったら――何かが欠ける気がするの」
言わないのではなくて、言えない。 その事は百合子の胸に隠しておかなければならないような気がした。 また気を悪くしているのではないかと斯波を見上げると、複雑そうに口元を歪めている。
「……まあ、そういう想いは誰しも持っているんだろうな」 「え?」 「なに、俺の話だ」
斯波はひとりごとのようにそう言うと、目を自動車の外に向ける。 苦みばしった横顔が自動車の窓に映った。 百合子は急に居心地が悪くなり、居住まいを正した。 先ほどまでは気にならなかった斯波の煙草とコロンの香りを急に意識し始めてどぎまぎとしてしまう。
(この人――時々急に真剣な瞳をするのだから……)
百合子は自分が戸惑っている理由を斯波に押し付けて、言い訳をした。
しばらくして自動車が停まったのは最初に誘拐された田中千鶴子という少女の家だった。 古くから卸問屋を営んでおり、屋敷は卸問屋街の近くにあった。 江戸から続く日本風の武家屋敷の流れを汲んでおり、黒い甍に白い壁、そして木造の大きな門があった。 当然、自動車を入れるような広さはなく門を一歩入れば美しい緑をした松に大小様々な岩が囲う大きな池のある庭があった。 門の手前で自動車を降りた二人は、警察からの紹介状を下男に手渡す。
「ほう、これはまた随分と古風なものですな」
下男に案内され広い庭を見渡しながら斯波がつぶやく。 池には錦鯉がいくつも泳いでおり、暗い水面を華やかに彩っている。 しばらくすると、当主ではなくその使いが現れた。
「旦那様は店に出ておりますので、全て私が一任しております」 「分かりました。私は、野宮百合子と申します」
モダンな洋装と短い髪の毛に使いの男は驚いたのだろうが、全く顔には出さずに頷いた。
「では、野宮様。客間へ案内いたします」
内玄関から入り、廊下を渡る。 すすと音もなく障子を開けると広い客間があった。 年月に磨かれた座卓はひのきを一本切り出したような大きなもので、黒くびかびかと光っていた。 女中が飲み物を運び終え、障子を閉めると使いの男が切り出す。
「それで、今日はどういったご用件で」 「今回、私がお聞きしたいのはお嬢様のこと――なんです」 「千鶴子様のこと……でございますか?」 「ええ。どのようなお嬢様だったのですか?」
思いも掛けない質問だとばかりに使いの男は言葉につまる。 今まで散々警察を取次ぎしてきたが、その内容の多くは”商売敵はいないか”とか”当主は誰かに恨まれてはいないか”というような内容が主だったからだ。 誘拐され殺された令嬢は単なる不運な犠牲者だと誰もが思っていた。 男は少しつまったが、やがてゆっくりと思い出すように答えた。
「そうでございますね、とても大人しく慎ましいお嬢様でございました」 「そうですか。このお屋敷を見ても思ったのですが、当主様は古風なお方のようですね」 「はい、伝統を重んじるお方で現在の風潮をあまり良くは思っていないようです」 「千鶴子さんも、控えめな女性として教育されていたと――」 「そうですね」
明治の文明開化の音すら響かない静寂の屋敷、きっと当主は断髪するのも嫌っただろう。 時が止まっているかのような印象をうけるのはそのためか。 不意に百合子は真剣な顔つきになって、使いの男に言う。
「今回の誘拐事件は、身代金が目的ではないと思いますの」 「つまり、旦那様を恨んだ何者かによる犯行だと?」
百合子はその言葉にも首を振った。
「まだ、分かりません。 けれど、私――どうして、千鶴子さんが誘拐されたのかしら、と思って」 「それは、女性で力が弱いからだろう?」
斯波が横から口を挟む。
「いえ、たしか千鶴子さんには妹さんが居られましたよね?」 「はい。3つ年下の美代子様が」 「ということは12歳。千鶴子さんよりも美代子さんの方が誘拐しやすいと思うのです。 これは、他のお嬢様方にも言えることなのですが、容子さんもたしか妹さんが居られた」
ぱらぱらと手帳をめくる。
「三人のお嬢様方の共通点を申し上げますわね。 まず、年齢、誘拐された状況、死因、身代金――」
そこまで言ってふと考え込む。
「確か身代金は三千七百円――でしたわよね?」 「はい」 「そうですわね、だいたい東京で家が一軒立つくらいのお値段かしら? 危険を犯してお嬢様を誘拐したにしては少しばかり安くはありませんか?」
指折り数えて計算してみる。 金銭感覚に疎い百合子はいまだに物の値段がよく分からなかった。 それに比べ、斯波は慣れたようなもので、百合子の意見に頷いた。
「そうだな。――だが、まあ三人の誘拐が成功したら一万二千円くらいにはなる」 「でも、失敗しているわ。それに、このキリの悪い数字も気になるの」
一件目の受け渡しに失敗したのなら、次の誘拐ではそれの更に倍は要求しないと意味が無いのではないかと百合子は思った。
「金目的じゃなくて、怨恨の線は俺も同意だ――だが、だとしたらご当主に関する事か商売上のものであって、やはりご令嬢は関係ないんじゃあないか? 確かに、十五のお嬢さんの方を誘拐するのはなかなか骨がいるだろうが、やってやれないこともない。 たまたま、妹さんよりもそちらに目がいったとか、誘拐しやすい隙があった――とか」
斯波の言う事を何度か反芻して考えてみる。 たまたま偶然に誘拐したのか――。 一人目の令嬢が誘拐され、山中で首吊り死体で発見された時のことを百合子は思い出していた。 輪転機がぐるぐると目が回るほど新聞を刷り、事件概要をどこの新聞社も競うように掲載していた。
「三人ともそれはひどく暴行されていたそうなの。 いくら、身代金の受け渡しに失敗したからと言ってそこまで暴力を振るう必要があるかしら?」 「いや、ならず者や暴漢といった類の者たちは得てしてそういう輩ですからね」
ならず者、暴漢。 それは新聞の記事を追えばどこにでも載っている言葉だった。 犯人は数名の組で動いている、とか、いかにも��やしい出で立ちをした男を多数目撃した、とか。 どの新聞も躍起になって、鬼畜のごとき誘拐犯をとりあげていた。 犯人はボロを着たみすぼらしい男とある記事が書けば、いや犯人は黒っぽい洋装を着た怪しげな男のようだ、と。
「私、この誘拐犯は何となく――そういう者たちではないと思っていますの」 「なぜ?」 「だって、斯波さん。あなたがもしもか弱い女学生だと想像してみて?」 「俺が女学生、か。何だか奇妙な気分だが――」
斯波の言葉に、百合子は想像して少し笑う。 彼はか弱い女学生の対極にいるような男だからだ。 ごまかすように、咳払いをひとつする。
「良い?最初のお嬢さんの時はともかく、それ以降は新聞やうわさ話で誘拐事件が持ち切りになっているのよ? もしも、あなたの目の前にそんな怪しげな男達がうろついてごらんなさい?」 「――ああ、成程。あきらかにみすぼらしい身なりの男や、真っ黒の洋装などという如何わしい人間には近づこうとも思わないな。 そう、俺ならむしろ、警戒して敬遠する」
百合子は頷く。そして更に問いかけた。
「犯人は、お嬢さん方を昼日中に拐かしている。 三人とも学校の帰りやお稽古へ行く途中など往来の多いところで――よ。 あなたならどんな人間についていくかしら?」
ふむ、と少し考える。 もしも、自分がか弱い女学生でしかも最近物騒な誘拐事件が起きていると。 それでも、着いて行くとすれば――。
「そう、だな。安心できる相手なら着いて行くだろうな。 例えば、知り合いとか――」 「知り合い、もしくは信頼できるような容姿をした人、制服なんか着ている職業なんかは信用してしまうわね。例えば警察、学生――。 私が思うに、その犯人はきっと普通以上の見た目をしていると思うの。 目撃情報が殆ど無いことからも、お嬢さんたちは抵抗することなく安心してその犯人について行ったのではないかしら」 「令嬢ならば、幼い頃から危機意識は高いはず。そして巷を賑わせている誘拐事件、それでも着いて行くとしたらそれなりの人物――か」
斯波と会話を繰り返すうちに、どんどんと思考が固まってくる。 そう、女だ子供だと言われてもその芯はしっかりしているのが、最近の女学生たちだ。 うかうかと人攫いについていくほど愚かではない。 しかも、千鶴子は使いの男が言うように「大人しく慎ましい女性」だったそうだ。
百合子はその言葉を少しも信じてはいない。 使いの男が嘘をついているのではない、女性は色々な自分を使い分けるのがとても上手いのだ。 例えば、父親の前では大人しく粛々とした女性を、女学校の友達の前では明るい友人として――。
「お聞きしますけど、千鶴子さんは他のお二人と面識は?」 「そうですね、仕事柄お名前は存じていましたが、お嬢様と面識があるかは分かりません」 「女学校は同じでしたかしら?」 「いえ、確かお二人とも違ったと思います」
百合子は徐々に事件の概要が掴めてきた。 やはりこれは、金銭が目的の誘拐ではない。 そして、狙われたのは間違いなく”三人の令嬢自身”だ。 大人しく慎ましい、と称される令嬢がなぜ標的になったのか。
この三人の共通点が分かれば、何かを重要なことが見えそうな気がする。
百合子と斯波は使いの男に案内され、千鶴子の部屋に入る。 和風の調度品で飾られた部屋は、今頃の女学生のものとは思えないほど奥ゆかしい。 町娘と武家娘の身なりをした市松人形に、小さな和箪笥。 舞踊のための大小様々な扇が開いて飾られ、机には文箱や折り紙が並べられていた。 扇を手にとって扇いでみると、甘やかな良い香りが漂う。
「失礼ですけど、日記などは?」 「ありましたが、奥様がお持ちです」 「見せていただくわけ��は――なりませんよね」
百合子がおずおずと聞くが、使いの男は困ったように首をかしげた。 その時、障子の向こう側から使いの男を呼ぶか細い声が聞こえた。
「失礼とは思いましたが、お話を全て聞いていました。 ――日記はここにあります、私も読んでみたけれど何も……」 「奥様……ありがとうございます、拝見させていただきますわ」 「ええ……あの子を苦しめた輩を――見つけてくださるのなら私は……」
婦人は青い顔でそう告げた。 百合子は受け取った日記をぱらぱらとめくる。 婦人の言うとおり、特に目ぼしいものはない。 稽古に行ったとか、女学校へ通ったとか、お友達とお茶をしたとか、簡素な文だった。 百合子は日記を文箱の横に置く。 千鶴子はいつもこの机で、文箱の筆を使ってこの日記を書いていたのだ。 そう思うと胸が痛まずにはいられない。 どうして、誘拐されて暴行されそして殺されなければならなかったのか。
本当にならず者や暴漢に偶然目をつけられただけなのか――。
百合子と斯波は屋敷を出て、自動車が停まる往来まで歩いた。 斯波はおもむろに問いかけた。
「どうだい、お姫さん。何か分かったか?」 「そうね……。あの三人に共通点があれば……何か分かるかもしれないのだけど」 「共通点ねえ……。ああ、そうだ三人目の被害者の新田の高利貸し屋がたしかこの往来の近くにあったようだが」 「あらそうなの?でしたら、先にそちらに向かいましょう」
問屋街を抜けて少しあるくと、広い往来に出る。 向かいは銀行やオフィスなどモダンなビルディングが固まって建っていた。 自動車が行き交い、警察が手信号で交通整理をしている。 同じ東京、同じ街でも少し場所が違えばまるで過去と未来を行き来しているかのように、 建物も人間も雑音さえも違ってくる。
新しく建てられたビルディングの一角、銀行の体裁をとった高利貸しだった。 他にも証券や株なども取り扱っているようで、随分と羽振りが良いのか店の構えは一級だった。
「おや、斯波さん。これはこれは――今日はどういったご用件で?」 「いや、今日は仕事ではないんです。ちょっとお聴きしたいことがありましてね」
そう言うと百合子を背で控えさせるように影にすると、慣れたように店主と話を取り交わす。
「それよりも、お嬢さんのことは残念でしたなあ」 「……ああ、そうですな……。 まあこればかりはどうにもならんが、ようやくブン屋どもが散ってこちらとしても助かりましたな」
はははと豪快に笑う。 百合子が憤慨しかけているのを腕でつついて黙らせながら更に問う。
「そう、それで俺の知り合いのお嬢さんも誘拐されてしまってね。 ほら、一人目の田中千鶴子さんという方だ。 少し煮え切らないので個人的に調べているんだが、そちらのお嬢さんと面識があったかな」
口八丁とは彼のことを言うのだろうか。 するすると、嘘に真実をまぜて相手も信用するような巧みな話を創り上げる。 抑揚のついた喋り方や、間の取り方が抜群で、思わず百合子もびっくりしてしまう。 これが一代で貿易商となった男の仕事のやり方なのだ。
(詐欺師にだってなれそうね……)
相手の男はその話を疑うこともなく、聞き入っていた。
「ああ、そう、ええと。何でしたかな、田中? 申し訳ないが、娘のことは家内に全てまかせていましてね。 交友関係などは何一つ把握してはいないんですよ」
がっかりしたというように肩を落とす。 半ば大仰すぎるその仕草に、百合子はやりすぎではないかとはらはらせざるをえない。
「そうなんですか、それでは仕方ないな」 「斯波さんが仕事よりも優先しているとは、よほど大事なことなんでしょう。 よろしかったら家内に電話を入れておきますが?」 「ああ、ぜひそうしていただけるとありがたい」 「なに、いつもお世話になっていますからね。どうぞ、これからもひとつご贔屓に」
はははと斯波は笑って答えるとビルから出た。 しばらく歩いてから、食えない狸爺めと斯波が吐き捨てる。 百合子は少し怒った風に頬をふくらませた。
「あの方――ご自分のお嬢様がお亡くなりになったのに……」
事務的に娘の話をする男に百合子は憤慨した。 しかも、娘のことを商売の取引にすら使ったのだ。 わらわらと腹の底から熱くなった。
「あれは俺と同じ成り上がりですよ。 まあ、あこぎな手を色々使っているという噂だがね。 今の婦人とは政略結婚のようなものなので、外に女を囲っているっていう話だ」
斯波は冷静に言うが百合子はその言葉にも噛み付いた。 豪奢だが品のない店、嫌味らしくもったいぶった喋り方、にやにやと笑う口元。
「あなたと同じではないわ。 それよりも、斯波さん。あの方最後あなたに交換条件で便宜を図れと言ったのでしょう?」 「情報の見返りだ、そう珍しいことじゃない。 あなたが気にすることでもない、それよりも事件を解決することの方が先決だろ?」
百合子は感情に流されてしまった自分に気づき、はっとした。 女は感情的、男は理論的、とはよく言ったものだ。 斯波は基本的には冷静で理論的な男だった。 しゅんと肩を落とす。
「……ああ、もう、またあなたに借りが出来てしまったわ」 「俺は気にするなと言っている。 なぜなら、俺は好きでお姫さんの助手をやっているんだからな」 「気にするに決まっているでしょう?借りはきちんと返します」 「そうか?――ああ、そうだ。 それならとても簡単な返し方があるんだがね」
斯波はにやりと笑って自動車の車内で、足を組み直す。 百合子はその顔をみて、ぎくりとしてじりじりと斯波から離れた。
「ああ、嫌だわ――嫌。本当に嫌な予感。 あなたがそうやって意地悪そうな眉をして、口の端をあげているのって――」 「よく分かっているな、お姫さん。さすがは探偵さんだ。 そう、さっきの借りは接吻ひとつで軽く返せますよ」 「ほうら、そう言うと思いましたわ」
つんと横を向く。 百合子は父親の頬以外に接吻などしたことがないのだ。 初めて接吻をこんなところで使ってたまるものか。
「私、初めての接吻は大切にとってますの。 国家予算くらいお積みにならないと差し上げられませんわ」 「ふうん、なんだ国家予算でいいのか?」 「……斯波さん?」
百合子が呆れたように見上げると、斯波は、はははと笑った。
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新田の邸に行く前に、先に山元酒造へと向かう。 山本酒造は古くから続く酒蔵をもつ酒屋で、 江戸時代の末期には有名な武家御用達の酒屋としても知られていた。
二人は屋敷につくも、当主は留守婦人は園遊会へ出かけているとのことだった。 事前に警察から連絡もあったようで、紹介状を見せると容子の部屋へ案内される。
洋風の机に竜胆の形をした洋燈、読書家のようで本棚には様々な本が配置していた。 開いた棚には色付けされた肖像写真、そして扇。 百合子はそれを見て、はっと気が付き手に取る。 閉じてある扇をぱらと開く。柔らかく甘やかな香りが広がる。
「そう、たしか――千鶴子さんのお部屋にも扇があったわ……」
そして、その扇からも同じ匂いがした。
「何の香りかしら……白檀?――いいえ、違うわ。 けれど、私――どこかでこの香りを……」
容子は稽古事へ通う途中にさらわれたのではなかったか――。 三人の共通点が徐々に浮かび上がる。
「斯波さん、この香り――何か覚えはない?」 「どれ……」
そう言ってはたはたと扇を扇ぐ。 すると、すぐに斯波が閃いた。
「これは、――そうだ。いつぞの夜会で嗅いだことがある。 ああ、思い出した。新しく発売した香水だ」 「香水……」
百合子はその匂いをもう一度深く吸って思い出す。
「ああ、そう、そうだわ……」
かちかちと音をたててパズルのピースがはまっていく。 頭の中を様々な言葉がぐるぐると回り、回る。
「今、電話を借りて確認した。 新田のお嬢さんも日舞の稽古に通っていたそうだ」
十五、六歳の女学生。 大人しく慎ましい令嬢。 絞殺。 広すぎる邸に、疎遠な家族、抑圧された少女たち。 扇には、白檀ではなく流行りの香水。 少女たちの秘密。
「彼女たち――恐らく知り合いだったのだわ。 いいえ、たぶん友人だった――」
二人は自動車に乗り、令嬢たちが通っていた日舞の教室へ向かった。
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(結婚など……嫌よ!絶対に嫌!!)
少女は瞳に涙を浮かべながら、ヒステリックに机の上のものを投げ飛ばした。 がしゃんがんと音をたてて床におちて弾ける。 そうやって不満を発散させてみても、湧き上がる怒りや哀しみは消えなかった。
少女の名前は新道光子、年齢は十五。 結婚するにはやや若いが、光子は華族の令嬢であり物心ついた時にはすでに婚約者がいた。 相手はでっぷりと太って脂ぎった身体に、ぺったりと黒い髪の毛をはりつけた四十路前の男。 会社は紡績をやっており、随分と儲かっているようだった。 桁の違う金遣いに、光子の父と母の方が婚約話に食いついたのだった。 二人が嫁げといえば、光子はそうせざるをえない。 下卑た笑いを口元に浮かべ、目の下のくまは黒ずんでいる。 肌は黄色く染みがぼつぼつと浮かび、口からはすえたような匂いがした。
気味が悪い。 光子は男の話にはいはいとただ大人しく頷くだけなのに、今にも胃の中の全てを戻してしまいたくなるほどに腹がむかむかし、胃がぎりぎりといたんだ。 おまけに、人からの話を聞いたところによると、その男は他に何人も愛妾を抱えているのだそうだ。
その事を母に告げるも、それが当たり前だ、とばかりに叱られた。 誰も彼も、光子の心を理解してはくれなかった。
深爪の汚らしく太い指が、光子の手に触れる。 白い手ですなあ、と撫で回すのを光子は恐怖に震えながら耐えた。
光子はその時のことを思い出してぞっと寒気がする。 本棚に入れていた小説やら雑誌やらも全て床にぶちまけて踏みつける。 それらは、全て偽りしか書いていなかった。
ただ、稽古用の扇。 それだけは、唯一清廉で高潔なもののように思える。 光子は扇を持つ白い手を思い出した。 稽古で通っている舞踊の師で、東山のながれを汲む男。 涼やかな目元に、通った鼻筋――美しい所作に目を伏せて喉で笑う声。
たった一度、扇の持ち方を指摘された時にわずかに指が触れた。 ほんの僅かな瞬き程の時間なのに、光子はそれを繰り返し何度も思い返す。
(あの男なんかとは――何もかも違う)
繊細な白い指、桃色の美しい形をした爪。 誰もが彼のことを懸想していた、もちろん光子も――。
舞の振りを覚えるようごまかして、光子はただただその男を見つめていた。 だから、他の女たちの視線もよく分かった。
稽古にいそしむ令嬢たち。 時々話す内容は持っている扇の柄だとか、髪留めだとか――。 光子は三人の少女たちと仲良くなっていった。 そして光子たちは茶菓会と称しては、家では絶対に許されないような雑誌やお菓子、 化粧道具やら舶来物の酒やらを持ち込んで秘密の集会を開いていた。
親に家に抑圧された少女たちは、何か一つの秘密を共有したかったのだ。 自分が自分でいられる場所をつくり、ただただ今その瞬間を楽しむための場所が。
茶菓会の同志である容子が使っていない洋館の鍵をくすねた。 洋館の家具を綺麗に磨き、茶器や雑誌や本などをそれぞれで持ち寄っては稽古の帰りに寄っていた。 午後の陽気に包まれた洋館は埃っぽく、微睡むほど暖かい。
「ねえ、ごらんになって。この間の園遊会の時の写真よ」 「まあ、あなた吉岡先生と一緒にお写真を?」 「そうよ。自然にお誘いするのすごく難しかったのだから。 妹も一緒に写っているけれどね」 「もう、卑怯者!抜け駆けは禁止と言ってるでしょう?」 「うふふ、私これを一生の宝ものにするわ」 「ああ羨ましいわ……」
少女たちは代わる代わる写真を覗く。 色を付けていない白黒の写真に、千鶴子とその妹の美代子そして吉岡が写っている。 容子はうらやましそうにその写真を眺めながら、ふと光子が暗い表情をしているのに気がついた。
「光子さん、どうかしたの?」 「……ううん、少し――考え事」
そう言って自分の手をぎゅっと握った。 千鶴子は手鏡を見ながら髪をおろし、束髪くずしを挑戦している。 家が厳しく、束髪以外の髪型は出来ないがここでだけは違った。
「ねえ、ホットカーラというのでこう髪をウェーヴするのも素敵ね」 「ほんと、そうしたら、この表紙のみたいに……」
そう言って香代子は雑誌を楽しそうにぱらぱらとめくった。 美しい花柄のスカーフやハンカチ、夜会用のレースの手袋……。 そう言えば、と香代子は切り出した。
「教室にね、下女がいるでしょう?」 「下女?」 「ええ、ほら。何だか冴えない感じの――いつも舞の後にお掃除をしている子よ」 「……ああ、分かるわ。口がきけないのよね」 「あら、そうなの?」 「口はきけるわよ、たぶんね。いつか返事しているところを見たから」 「それで、その下女がなんだというの」 「あら、いけない。そうそう、あの下女がね。 吉岡先生のハンカチを持っていたのよ。 私、稽古が終わってから先生がハンカチで汗をお拭きになるのをみていたから 同じ物だと思うわ。見間違いではないと思うのだけど……」 「ふうん、下げ渡したのではないの?」 「……盗んだんじゃないかしら?その下女が」
気怠そうにカウチにもたれかかり、持っていた本をぱたりと閉じて。 不意に光子が口を挟んだ。三人は驚いて光子を見る。
「その下女、私も知っているわ。いつも教室の影から先生を見ているでしょう?」 「そうなの?」
光子の言葉に少女たちはくすくすと笑う。
「ああ、おかしい。それが本当だとしても先生に懸想するなど下女のくせに身の程を知らないのね」 「じゃあ、先生の見えないところでこっそりそのハンカチを盗んだのね」 「まあ、それでは泥棒だわ。ああ、いやだいやだ」 「ねえこれだから、下々の者は」 「ほんと嫌になるわ、よりにもよって先生のハンカチを盗むなんて……。 そんな下女が私たちの荷物を預かったり、床を磨いたりしていると思うとぞっとするわ」 「ねえ、いいことを思いついたわ。それを取り返して先生にお返ししてさしあげましょうよ」 「そうよね、先生もきっとお困りだわ」
少女たちは名案だとばかりに手を打った。 そして、次の稽古の後その下女を呼び寄せた。
「な、何か私――失敗をしたんでしょうか」
その怯えて声が震える様子に四人の少女はくつくつと笑う。 下女は赤い頬に黒い髪を後ろで括り、粗末な着物を着ていた。 香代子はその言葉の調子にわずかに違和感を感じて問う。
「あら、お前変な喋り方をするのね。お国はどちらなの?」 「は、はい――岡山です……」 「まあ、そんな田舎から東京まで奉公に来ているのね」 「ふふ、変な訛りね。ねえ」
そう言うと下女はかっと顔を更に赤くした。 すみませんと頭を下げ、今にも泣き出しそうに涙を浮かべている。 少女たちはその様子にさらに嗜虐心が揺さぶられる。
「ねえ、あなた先生のハンカチを持っているでしょう?」 「え?」 「岡山ではどうかは知らないけどね、東京ではね人の物を盗んではだめなのよ?」 「ち、違います!――盗んだなんてとんでもない!!」
その言葉に少女たちはいらいらと足を踏み鳴らした。 下女ごときが自分たちに反対意見を言うなどと、さっさと額を床にこすりつけて謝ればいいのだ。
「では、何だというの?落ちていて拾ったの?」 「いえ、あの、せ、先生がくだすったんです――」
蚊の鳴くような声でそう言うと、少女たちは再び声をあげて笑った。 面白くもない冗談だ。 嘘をつくにしても、もっとマシな嘘をつけばいいのに。 千鶴子はその嘘にのってやるように、意地悪そうに瞳を輝かせた。
「嘘おっしゃい、どうして先生があなたに?」 「きっと、同情したのね。その赤土にまみれたお顔を���いなさいと」
あははと少女たちが口元を手で隠して笑う。 意地悪そうに容子がそう言うと下女は堪忍してくださいとばかりに着物の袖で顔を拭った。 光子はどんと下女の肩を押して言い放つ。
「どちらにせよ、あのハンカチはねお前のような人間が持っていいものじゃないの。 私から先生にお返しするから、早く出しなさい」 「……で、も。でも――」 「物分りの悪い人ね、さっさとだしなさいよこの愚図!」 「――あ、か、返して――くださ……」 「下女の分際で何を勘違いしているのかしら?」
下女と舞踊の師が釣り合うはずがない。 そんなのは夢物語か、流行りの恋愛小説ぐらいなものだ。 令嬢たちですら、その淡い恋ごろろを胸の奥底に秘めているだけだというのに。
「お、お願いします。何でもしますから……どうか、どうか……」 「へえ、何でも?」 「はい……」
その言葉に光子はううんと唸った。 こぢんまりと身を竦める様子に、暗く笑う。
「ねえ、ちょうど茶菓会の女中がほしいと思っていたのよね」 「そうねえ、あの洋館ちょっと埃っぽいし、紅茶を入れるのも大変だしね」 「ちょっと、私は反対よ。こんな下女をあそこに招くのなんて」 「招くのではないわ、ちょっと雑用をさせるだけよ」 「あ、そ、掃除なら……得意です!」 「お前紅茶は淹れれる?」 「はい!」 「なら、それをやれたら、このハンカチを返してやってもいいわ」
光子たちは柔らかく微笑む。 けれど、もちろん光子はそのハンカチを返してやるつもりはなかった。 愚鈍な下女。 それは、化粧道具やお菓子の少女たちの暇つぶしの道具のひとつだ。
四人でいるうちに、誰がというわけではないが次第に要求は増えていった。 誰が主犯というわけではない、誰が命令したというわけでも――。 ただ、古ぼけた洋館の閉塞的な少女たちの秘密の茶菓会はある事件をきっかけにお開きになった。
「おまえ新しい香水買ってきた?」 「はい……」 「わあ素敵。――邸では絶対に買ってくれないわ」
はちみつ色の液体がゆれる豪奢な香水瓶を手にとって、蓋をあける。 ふわと甘やかな柔らかい香りに、香代子はうっとりとした。 いくら家が金持ちだと言っても、少女たちが自由に使える小遣いなどたかが知れいている。 新しい香水はそれこそ、普通の人の給金の半年分ほどかかった。
「ああ、この練習用の扇に少し垂らしてみましょうよ」 「いいわね。私白檀よりもこちらのほうが素敵だと思うわ」
秘密を共有するように、扇に香水を垂らす。 そして、はたりと扇ぐと芳しい香りがふうわりと優しい風になる。
「素敵よ、ああ、素敵だわ……」 「私のにも落としてくださいませ」
少女たちは笑いあいながら扇をはためかせる。 下女は遠慮がちに、口を開いた。
「あのう……」 「ああ、お前はもう帰っていいわよ。 紅茶は入れておいてね」 「あの、あの……」 「なあに?」 「あの、ハンカチを――」
光子は下女のとろくさい喋り方にいらいらとした。 ハンカチは光子が持っていたし、もちろん下女に返すつもりもない。
「ああ、先生にお返ししておいたわ。 盗まれてしまって困っていたと仰って、ありがとうと言って下さったわよ」 「うそ……嘘です!」
光子はかっとした。
「本当よ!!」 「だって、あのハンカチは誠司さんがあたしにくれるって言うたんです!!」 「誠司――さん?」
吉岡の名前だった。 不愉快気に眉を吊り上げて、ぱちりと扇をしまう。 すたすたと下女に近寄り、真っ赤な頬に扇をぺちりとあてた。
「お前、何様のつもりなの?先生のことを名前で呼ぶなんて」 「……すみません……」
下女は光子に謝ったがその瞳はどこか怒りと憎しみを湛えていた。 光子の心のなかに一抹の不安がよぎる。 思春期独特の危うい勘の良さ、けれど光子はその思いを否定するしかなかった。 その不安を認めてしまったら光子の全て何もかもが瓦解してしまう気がしたのだ。 そして認めないためには、徹底的に相手を詰ることしか出来なかった。
「本当に悪いと思うなら、きちんと謝罪しなさいよ。 おまえね、いつもびくびくおどおどしていて、そのくせそんな目をして。 私、とっても不愉快だわ」 「――申し訳、ございません」 「ねえ、お前が先生に懸想しているのは知っているわ。 でもね、お前のような者はそういう気持ちを抱くことも許されないのよ?」 「……」 「ねえ、なあにその目付き。私何か間違ったことを言っている?」 「……吉岡様は……人を身分で分けたりなさいません……」
普段はおどおどと怯えるように喋っている下女が妙にきっぱりと言い放つ。 その言葉に少女たちはわずかにたじろいだ。
「先生の事を言っているのではないのよ。 おまえに”わきまえなさい”と言っているの」 「気持ちを……抱くことも許されないのですか?」
光子は腹が立ってしようがなかった。 華族の令嬢である自分でさえ、吉岡のような理想の男性と恋仲になることはできない。 そして、家のため金のために嫁ぎたくもない老人に嫁いでその子供を生まなくてはならないのだ。 下女の言葉や行動の端々から、二人は恋仲なのかもしれないということは伺いしれた。 おそらく、他の少女たちは気がついてはいないだろうが。 どうして、この下女が吉岡と想いあうことが出来、自分には出来ないのか。 吉岡の一時の気の迷いか遊びではないのか、いやそうであってほしい。 自分が恋焦がれる青年が、下女などと恋仲になるはずがない。 そう思って、自分を支えては慰める。――だというのに、この下女はあからさまに吉岡を庇うように正論を吐き捨てる。 それが光子は気に入らなかった――下女が彼を深く理解しているように思えて。
「あのハンカチは……私が吉岡先生からいただいたものです。 返してください――どうかお願いします」 「だから、”ない”と言っているでしょう。先生にお返ししたもの」
光子は嘘をつき続けながら、ハンカチをしまっている胸元が不思議に痛んだ。 それを見抜くかのように、下女が光子にせまる。 光子はしめたとばかりに、広げた扇で下女を押し返した。
びっ。 紙の破れる音がして、こつんと扇が落ちる。 下女はあわてて下がったが、その足は扇を踏んでいた。
「何するのよ!大丈夫?光子さん!」 「す、すみません!」 「おまえ――謝ってすむと思っているの?! 逆上して襲いかかろうとするだなんて……!」 「光子さん、大丈夫?お怪我はない?」 「ええ、でも――お祖母様の扇が――」
そう言って光子は顔を手で覆う。 肩を震わせ、よろよろとその場にしゃがみこんだ。 下女は真っ青になってその扇を拾おうとするがそれを香代子が諌める。
「触らないで頂戴!」 「お前、大変なことをしたわね……。 光子様のお祖母様ご存知でしょう?東山の傍流の名舞手であらせられたのよ? その扇を――破ったばかりか足蹴にするなんて……」 「本当にすみません!!私、弁償します!!」 「おまえね、おまえの卑しい金などですむと思っているの? これは、お前の一生分の働きでだって、お前の命でだって補えないほどの扇なの!」 「……だから、私はおまえにわきまえろと言ったでしょう? こうなっては私一人の問題ではないわ。お父様やお母様にご相談しなくては」
光子は神妙にそう言うと、下女は顔面蒼白だった。 その様子に光子はようやく満足した。 下女がこの先どうなろうが、もう光子には関係ない。
「そんな……そんな……私一体どうしたら……」 「私もそれほど鬼ではないわ。 お父様やお母様には内証にしていてあげる」 「本当ですか?」 「ええ。――こっそり修繕してもらえば誰も気がつかないわ。 だから、その修繕費をおまえが負担しなさい」 「でも、私――」
そういうと、香代子がにっこりと笑った。
「あら、大丈夫よ。お金なら家のお父様が貸してくれるわ。 私の知り合いだからと言うときっと勉強してくださるわよ」
容子の申し出に下女は深く腰を折って礼を言う。 光子は笑い出しそうになるのを止めることが出来なかった。 この下女は香代子の父が高利貸しの仕事をしていて、どんな金利でそれを貸しているのか全くしらないのだ。
「それから、これからもう二度と先生に近づかないとお約束なさい」 「……はい」
光子の父も母も娘である光子がいつも稽古で何をしているのか、どんな舞を舞っているのかさらさらに興味がない。 祖母の大切な扇というのは本当だが、蔵で埃を被っていたものを光子が見つけて勝手に持ち出しただけだった。 これで安寧��気分に戻れ、また面白い暇つぶしが出来た――と光子は胸がすく思いで微笑んだ。
/-/-/-/-/-/-/
「こんなの逆恨みよ……逆恨みだわ……!!」
光子は自身の部屋に閉じこもり、何かを恐れるかのようにぶつぶつと言い訳する。 その後、伝え聞いた話では高利貸しで借りた金の金利を払うことができなくなり下女は女郎屋に売られ、その後自殺したのだという。 話を聞いたときも光子は何も感じなかった。 むしろ、せいせいしたとすら思った。 あの下女が、見���知らぬ男たち相手に身体を売っているのかと思うと、光子自身の境遇もそれほど不幸ではないと思えたからだ。
しかし、それから半年が過ぎる頃に異変が起き始めた。 友人の一人であった千鶴子が誘拐されて殺されたのだ。 その事件があっても稽古には通った、そして教室を見渡して容子が欠席している事に気づく。 そしてやはり誘拐して殺された。 光子はこっそりと新聞に目を通す。 すると驚くような記述があったのだ――。 二人は三七〇〇円の身代金を要求され、そして首を絞められて殺されていたのだ。
光子はこれは何かの因縁のような――怨念のようなものを感じた。 その事をこっそりと香代子に伝えるも、彼女は偶然だろうと話を聞かなかった。 身代金は金利の額、そして絞殺は首吊り自殺、両方ともあの下女を想起させた。 いよいよに、香代子まで誘拐されてしまうと光子は一歩たりとも外出をしなくなった。
女中たちが気味悪がるほど痩せて憔悴していった。 まるで、呪われているようだ。光子は震えながら泣く。 ふと窓をみると、その端に白目を剥く下女の顔が見える。 鏡に、真っ黒な髪をした下女がふっと映る。 「お前が殺した」「次はお前だ��――と幻聴が聞こえてきた。
気が狂って死んでしまいそうだった。 光子は慌てて香を焚く。 その香りを嗅いでいると、不思議と心が休まった。 翡翠で出来た美しい香炉。 その綺麗な青緑の造形をみていると、舞の師を思い出す。
光子はあの後すぐにハンカチを吉岡に手渡した。 落ちていた、と嘘をついて――すると、やはりなくして困っていたと微笑んだ。 光子はそれだけで心が満たされたのだった。 やはり、あの下女と吉岡が恋仲などであるはずがなかった。 そしてつい一ヶ月ほど前に、その時のお礼ですとこの香炉をくれたのだった。 その時の光子の喜びは、言い表せないほどだった。
燻らせる煙は、甘い甘い香りがした。
うっとりと、その香りに包まれながら目を閉じてうとうととしていると廊下が騒がしい。 どんどんと扉が叩かれて、光子は気だるげに身を起こす。
「なに?」 「光子さん、失礼しますよ!」
そう言って怒鳴るように扉を開けたのは背の高い赤っぽい髪をした男だった。 まったく見知らぬ男性に、光子はわずかに動揺する。
「あなた――誰?」 「……何だ……この甘い匂いは……」 「斯波さん!あれ……」
男の影に隠れていた女が、翡翠の香炉を指さした。 部屋に光がさして見ると、もうもうと煙が充満しているのが分かる。
「阿片だ!お姫さん吸うなよ!」
男はそういうと翡翠の香炉を持ち上げて中身を床に捨てて革靴の底で踏みにじった。 光子は慌ててそれを止めようと男を押しのける。
「な、なにするの――?!」 「これは阿片だぞ!分かってて吸っているのか?!」 「あへん……?」
少し聞いたことがある、確か常習性のある毒ではなかったか。 どうして――そんなものを吉岡は――。 いや、この男は何か思い違いをしているのだ――きっとそうだ。
「窓を開けるわね!」
閉めきっていたカーテンをざっと引かれ、窓が開け放たれる。 暗闇に慣れきっていた瞳を陽光が刺した。 とっさに扉のほうに目を向けると、そこには黒髪に白い肌切れ長の目をした男が立っている。 舞の扇を持たずとも、ただ凛と立っているだけなのに華やかで香り立つような美しい容姿。
「吉岡先生?」 「光子さん、お久しぶりだね。具合はよくなっている?」 「ええ、ええ。先生のくださった――」
そこまで言うと吉岡は目を細めて、光子の唇に指をあてた。 ひやりと冷たい白い指先。 光子はどきりとしてうっとりとその美しい所作に魅入った。
「それで――名探偵さん。 私があの三人を殺したという証拠があるのですか?」 「いいえ、悔しいけれど何一つ証拠はありませんわ」 「ああ、でもな。このお嬢さんが証言してくれる筈だ。 あの洋館であったこと、そしてこの阿片の香炉についてな――」
光子は斯波という男の言葉に再び痙攣するほどに不安が蘇る。 吉岡はその震えを察して、ぎゅっと手を握った。 はっとして吉岡を見上げると、その能面のように美しい顔が近い。
「あくまで想像ですが、あなたと美帆子さんは――恋仲だった。 けれど美帆子さんはなぜか高利貸しから莫大なお金を借りてそしてその金利が返せずに、 舞の見習いを止めて女郎屋に身を売った。……そして首を吊って自殺した」 「あなたは岡山の後楽園での舞い踊りで美帆子さんと出会った。 そして、彼女の中に類稀な舞の素質を見出した――そう聞いています」 「そう、彼女は稀代の舞手になれる子でしたよ……けれど、恋仲ではない。 私がね、恋焦がれていたのはこの――光子さんなのだから」
吉岡はその美しい微笑みを光子に注いだ。 まだ夢を見ているのだろうか――幻覚を見ているのだろうか? 光子は、あまりにも現実離れした展開に、心が付いていかなかった。
「光子さん!騙されてはいけません! 三人を殺したのは――この吉岡先生です!」
女が必死に言えば言うほど、それは空々しく聞こえた。 吉岡が、あの三人を殺した? そんなわけあるはずがない――吉岡の手は驚くほど白く高潔だ。 一点の染みもない。光子はその手が好きだった。
「先生……」 「光子さん、心配しないで。 彼らは私を犯人に仕立てあげたいだけなのでしょう」 「そうよ、……そうだわ。 先生が人を殺すなんて……ありえない。 あの三人は――亡霊に殺されたのよ……」 「では、この阿片の香炉はどう説明する?」 「――私があげたものじゃあないよ、ねえ光子さん?」 「ええ、そうですわ。これは何かの間違いです」
そう言うとまるで上手く振りが舞えたときのように、吉岡は優しく微笑んだ。 光子はそれだけで幸せだった。
「では、証拠がないのなら私は無罪放免ですね」 「……」 「お姫さん……」 「そうね、光子さんの証言がなければあなたを捕らえることは出来ないでしょう――絶対に」 「では、お帰り頂けるかな。私は光子さんに大事なお話がありますからね」 「……まさか、光子さんを――」 「何を想像しているのやら、無粋な人ですね。 ただ、私の思いを正式に告げるだけですよ」
ぱあと光子は顔を輝かせた。 やはり先程の言葉は夢ではなかったのだ。
「光子さん、お気をしっかりしてくださいませ!」
女の言葉はもう耳に届かなかった。 女中を呼び寄せてさっさとお帰りいただくと、吉岡はふわりと壊れ物を抱くように光子を抱いた。 考えられなかった、まるで本の中の物語のようだ。
「やれやれ、すっかり順番を間違えてしまったな。 光子さん、私の伴侶になっていただけますか――?」 「はい……はい!」 「よかった……とても緊張しました。 今は――時期が悪いから一ヶ月ほどしたら公表しましょう」 「一ヶ月も?」 「ええ、それまでは私と光子さんとの秘密です」 「――ええ、先生分かっています」 「ほら、その先生はお止めなさい」 「誠司――さん」 「そう、よく出来ましたね。 それから、こうやってカーテンを閉めて窓を閉じっぱなしはいけませんよ。 東山は風の様に舞い、が信念でしょう?」 「ええ、ええ。心得ておりますわ」 「いつもこうやって、窓を開けて風のそよぐ中に身をおいて――」
吉岡は光子を抱きしめたままその唇に接吻を落とした。
(幸せだわ……)
光子は愚かではない。そして思春期の少女特有の勘の良さを持つ。 だからきっと彼女は全てどこかで理解していた。それでも、それを認めようとはしなかった。
時に”幸せ”とは――そうしたものだろうから。
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「お姫さん!今日の新聞見たか!?」 「新聞……?」
斯波は建付の悪く滑りにくい引き戸を強引に開けると、靴を脱ぎ捨ててどすどすと居間へあがった。 部屋はすっきりと片付いており、荷物はもう全て運びだした後だった。 結局、犯人を検挙することが出来ず――それでもそれまでの報酬を受取り、ようやく仮住まいから鏡子婦人の用意してくれた家へと引っ越すところだったのだ。 荷物と言ってもそれほど多くはなく、生活用具や着物、あとは少しの家具だった。 百合子はようやく荷物をまとめ終えて、一息着こうとしたところだったのだ。 その居間の卓上に、ばさりと新聞を置く。 三面記事の端に、見覚えのある名前があった。
「これ……」 「飛び降り自殺――だそうだ」
見出しは『気ノ狂ッタ華族令嬢、投身自殺!』の文字があった。 名前は新道光子――ああ、と百合子は手を握りしめる。
「私――助けられたのに――もっと注意を促しておけばよかった」 「一応、両親や邸の人間には注意をしていたんだ。 これ以上、どうしようもなかっただろう……」 「いいえ、いいえ。どうして、光子さんには直接手をくだせないと分かっていた―― だとしたら、方法はこれしかなかったというのに――」
光子は極度の阿片中毒だった。 その副作用は幻覚、幻聴――。
「急に阿片を断っては、その幻覚作用が出ると――少し考えれば分かったのに……」 「その事は家の人間も気をつけていたさ」
記事によると、光子は亡霊に殺されると騒ぎ立て、そのまま逃げるように窓から外へ飛び降りたのだという。 家の女中が窓を閉めても、光子は自ら窓を開けていたと書かれていた。
「それにな、皮肉なのは次の記事なんだが」
そう言うと斯波はぺらりと新聞をめくる。 大きな写真で舞を踊る男が映っていた。
「稀代の舞手覚醒、吉岡誠司――鬼気迫るその舞、か」
写真からも彼の気迫が届くようだった。 扇を持つ手は白く、そしてその顔は般若のように美しく恐ろしかった。
「それじゃあ、これで荷物は最後だな」 「ええ、もう私だけ」 「では……出発しよう、お姫さん。さあ、自動車に――」 「あ、ちょっと待ってください」
斯波が自動車の扉を開けるのを止めて百合子はかけ出した。 ぽっくりぽっくりと下駄を鳴らしながらこちらに来る男を見つけたからだ。
「高遠さん、すみません。ご挨拶も出来ずに……」 「ううん、ほんとは居たんですけどね……居留守を使っていました。 今でないと書けないと思ったから――」
そういうとへろへろにくたびれた茶封筒を百合子に手渡した。
「引っ越し祝い――です。まあちょっとした餞別にと思って」 「あら、何かしら……」
百合子はずっしりと重たい茶封筒を開封して一枚目の白紙をめくり、目を見開く。
「これ――」
そこには、何百枚という原稿用紙が入っていた。 そして、題名と作者の名前がミミズののたうちまわったような字で書いてある。 悪筆を修正する仕事をこなしていた百合子には、そのみみず文字が何と書いているのかすんなりと理解できた。
「高遠さんが流星先生だったのですね――」 「そうです。あちらの屋敷にいると編集者がうるさくて時々こちらの長屋に逃げているんです」 「まあ、どおりで一度も捕まらないはずですわ」 「編集長には、くれぐれもこれからもよろしくとお伝えください」 「はい……!ありがとうございます、何よりの餞別です!」
百合子は、初めて受け取った作家の原稿を抱きしめて微笑んだ。
そして、翌日。 戦争のような編集部にいる鬼の編集長を百合子が呼び止める。 編集長はどうして鳩小屋の掃除婦がここにいるのかというような顔で百合子を一瞥する��――。
「あの、これ――流星先生の原稿をお預かりしてきました!」
という言葉で、騒然としていた編集部内が急に水を打ったように静まり返った。 わずかにげほんげほんと誰かが煙草をむせてしまった音だけが響く。
「流星先生の――?!」 「はい!編集長に、くれぐれもこれからもよろしくとのことです……」 ���……お前、その意味が分かっているのか?」 「はい?」
社交辞令ではないのか?と百合子は首を傾げる。
「流星先生が――うちの出版社と専属契約してくれる、と言う事だ!」
そう言うと、どんと百合子の肩を叩く。 いや、よくやったという意味だったのだろうがあまりにも強すぎて一瞬だけ息が止まる。 編集部内が一斉にどよめきたち、びびびと安いガラスの窓枠が振動する。
(高遠さん……これのどこがちょっとした餞別なのよ……)
雑多として煙草の煙がもくもくと充満する編集室、そしてその隅っこに机が置かれる。 野宮百合子、編集者としての第一歩を踏み出したばかりだった。
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