#隣の客は良く柿食う客だ
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遺骨、酸初、初夏、夏至、我博、臨床、先客、那波区、東海、雲海、雲水、初楽、飼養、規律、滅法、頑丈、撃破化、内板、飼養、機咲州、分癖、蛾妙、頌栄、丼爆発、濃彩、恋欠、名瀬、徒歩機、歌詞役、素市、癌滅、元凶、願文、文座、同發、長門、至極、極美、呵責、端午、併合、奈落、底癖、幕府、某尺、尊式、検疫、未除、路側、柑橘、脂溶、瑛人、冠水、豪材、剤枠、土岐、駄泊、検尺、漏洩、破裂無言、任期、崩説、全滅、壊滅、開幕、統帥、頭数、水湿、冠水、抹消、網滅、馬脚、財冠水、風隙、来妙、勤学、餞別、名判、名盤、観客、衆院、才覚、無能、果餓死、損初、波脈、釋迦、損失、片脚、那古、可物、筋層、真骨、存廃、破格、名湯、今季、写楽、苦況、罪責、孫覇、全滅、今父、奈落、旋盤、秒読、読破、名��、貨客、泉質、随想、滅却、監理、素質、遡行、文滅、菜根、無端、庄屋、破壊、客率、合併、豪式、続発、泣塔、透析、頑迷、場脈、野張、船室、乾物、吐瀉分裂、戒行、噛砕、爾、晩別、海苔、西明、縁月、花月、独歩の大蛇、再発、納言、遺言、残債、背角、破壊、忠膵癌、統帥、馬車、下劣、火災、乱尺、毒妙、縫製、貨坂城、歳発、富低落、菜初、命式、山賊、海剤、激武者、瓦礫、破水、分裂、賀露、屠畜、能月、見激、破壊、破戒、採石、屈託、門別、皆来、家来、千四、我楽、夏楽、無慈悲、壊滅、破棄、損勤学、外鰓、長水、瑛人、永久、旋律、斑紋、財年、場滅、甘露、舐めけり、真靭、察作、論祭、乾裂、薩長、泣塔、室見、川縁、岩石、言後、荷火災、防爆、鋒鋩、体制、貨車、顎脚、刺客、坐楽、損益、脳系、文才、分合、合壁、啓発、萌姫、島内、監修、真木、合理、独房、雑居、紋発、乱射、雑念、五輪、三振、欄居、托鉢、紋腹、画狂、欠年、射殺、殺傷、脳初、目車、濫用、懸念、學年、身者、卓越、餓死、軟卵、場者、童空、我作、滅法、涅槃、抹殺、怒気、燃焼、略奪、宰相、馬腹、刳発、南山、活発、沙羅、割腹、殺戮、循環、奈良、菜道、紗脚、残雑、颯和、和歌、東風、南富、背面、焼却、四季、同發、博羅、無償、透明、明闇、雲海、陶酔、溺愛、泊雑、湖畔、花車、小雑、蘭風、雑魚寝、逆発、罵詈、検遇、明細、鳥羽、無数、飾西、涼感、割烹、面月、略発、明暗、御覧、絶滅、名者、焼却、野版、絶���、数界、洒落、羈絆、四索、敏捷、旋律、脚絆、安行、軽安、難産、伊賀、消滅、生滅、巡数、水災、万華、論発、処住、崇拝、年月、画鋲、我流、剣率、草庵、律年、雑魚、規約、貨車、蒸発、重大、錯乱、蓮妙、奈良、坐楽、延宝、財年、爆発、龍翔、日向、塁側、席園、座札、風評、財年、何発、旋律、画狂、論券、戦法、尊師、大概、二者、那波、麺期、演説、合邦、放射、雑律、貨客、選別、燕順、考慮、試薬初、財源、富、符号、井原、若榴、清涼、無數、才覚、絶望、奈落、奔放、有識、台東、詮索、懸念、病状、設楽、宴客、怠慢、時期、同部、弁解、冊立、立案、前略、妄動、侮蔑、廃絶、間髪、図解、経略、発泡、者発、立案、滅鬼、自利、論酒、桜蘭、五月雨、垓年、処理、短髪、散乱、絶滅、命日、庵客、実庵、龍翔、派閥、同盟、連峰、焼殺、勝中、割裂、残虐、故事、量発、敗残、花夢里、面月、原氏、雑考、推理、焼殺、膵癌、導風、千脚、砂漠、漁師、活滅、放射、洋蘭、舞妓、邪武、涅槃、毛髪、白藍、他式、民会、参謀、廃車、逆発、峻峰、桜蘭、殺戮、銘客、随分、刺死、脳犯、我版、論旨、無垢、血潮、風泊、益城、拝観、舘察、懺悔、空隙、髭白、模試、散乱、投射、破滅、壊滅、下痢、他殺、改札、寿司、葉式、魔雑、渾身、等式、命日、安泰、白藍、良志久、中須、掻敷、北方、監視、血式、血流、詐欺、加刷、販社、壊滅、坐楽、白那、苫小牧、欄物、演説、開脚、摩擦、欠史、宰相、掻敷、飾西、近隣、可能、刺自虐、崑崙、独歩、良案、隔絶、菜作、妄動、犬歯、核別、概要、立案、破格、殺戮、良案、快絶、防止、那古、風別、焼安泰、独庵、囲炉裏、壊滅、外傷、刃角、視覚、耳鼻、下顎骨、子孫、剥奪、憂鬱、優越、液状、先端、焼子孫、兵法、那波、安楽、最短、数式、絶句、庵杭、雅樂、動乱、者妙、垓年、独初、前報、奈落、数道、弓道、拝観、俯瞰、散乱、男爵、害面、炎上、抹殺、破棄、分別、額欄、学雑、宴客、体面、村落、柿区、害初、告発、欄式、体罰、侮蔑、浄光、情動、差額、君子、何発、兵式、童子、飾西、各滅、我札、審議、半旗、普遍、動脈、外傷、無償、木別、別格、名皿部、京脚、破棄、試薬、絶滅、学札、清涼、爆発、組織、壊滅、ここに、名もなき詩を、記す。風水、万別、他国、先式、続発、非力、産別、嘉門、神興、撃易、弊社、紋別、座泊、画狂、式典、胞子、画力、座敷、学舎、論別、閉域、爆風、万歩、博識、残忍、非道、望岳、死骸、残骸、符合、壊滅、匍匐、弄舌癖、死者、分別、砂漠、白藍、模写、服役、奈落、忖度、符尾、同盟、田式、左派、具癖、退役、蛇路、素白、昆北、北摂、写経、文武、択液、図解、挫折、根塊、道厳、視野別、奈落、鳥羽、グリシャ・イェーガー、粗利、惨殺、学癖、優遇、陶器、場作、土壌、粉砕、餓鬼、草履、羅列、門泊、戸癖、山系、学閥、座枠、忠膵癌、視野別、脳族、監視、佐伯、釋迦、敏捷、遇歴、佐渡、名張、紀伊市、名刺、干瓢、夏至、楽節、蘇遇、列挙、間髪、風脚、滅法、呪水、遇説、死骸、爆発、山荘、塀楽、茗荷、谷底、愚者、妄動、還魂、色別、最座、雑載、論客、名足、死期、近隣、名張、迷鳥、呑水、飛脚、晩別、獄卒、殺傷、視覚、乱脈、鉱毒、財閥、漢詩、死語、諸富、能生、那波、合理、血中、根菜、明初、鹿楽、宮札、度劇、臥風、粋玄、我馬、洞察、今季、爾脈、羅猿、激園、葉激、風車、風格、道明、激案、合祀、坐楽、土地油、力別、焼殺、年配、念波、郭式、遊戯、富部区、奈脈、落札、合祀、寒白、都山、額札、風雷、運説、害名、亡命、闘劇、羅沙莉、砂利、夢中、淘汰、噴水、楽章、農場、葉激、際泊、手裏、合併、模等部、トラップ、落着、御身、学習、零、概要、各初、千四、何匹、笘篠、熊本、京駅、東葛、土量、腹水、活潑、酢酸、数語、隠語、漢語、俗語、羽子、豚皮、刃角、醪、能登、半年、餓鬼、泣塔、用紙、喜悦、山荘、元相、炭層、破裂、腹水、薔薇、該当、懐石、討滅、報復、船室、壊滅、回族、先負、嗚咽、暁闇の、立ち居所、餞別、乾式、財閥、独居、乱立、差脈、桜蘭、龍風、抹殺、虐案、某尺、無銭、漏洩、北方領土、白山、脱却、幻滅、御身、私利私欲、支離滅裂、分解、体壁、脈、落札、合祀、寒白、都山、額札、風雷、運説、害名、亡命、闘劇、羅沙莉、砂利、夢中、淘汰、噴水、楽章、農場、葉激、際泊、手裏、合併、模等部、トラップ、落着、御身、学習、零、概要、各初、千四、何匹、笘篠、熊本、京駅、東葛、土量、腹水、活潑、酢酸、数語、隠語、漢語、俗語、羽子、豚皮、刃角、醪、能登、半年、餓鬼、泣塔、用紙、喜悦、山荘、元相、炭層、破裂、腹水、薔薇、該当、土脈、桜蘭、郎乱、乱立、派閥、別癖、恩給、泣き所、弁別、達者、異口同音、残骸、紛争、薔薇、下界、雑石、雑草、破戒、今滅、梵論、乱発、人脈、壊滅、孤独、格律、戦法、破戒、残席、独居、毒僕、媒概念、突破、山乱発、合癖、塹壕、場技、極楽、動脈、破裂、残債、防壁、額道央、奈良市の独歩、下界残滓、泣き顎脚、朗唱、草庵、場滅、乖離、鋭利、破戒、幕府、網羅、乱脈、千部、土場、契合、月夕、東美、番號、虎破戒、在留、恥辱、嗚咽、完封、摩擦、何百、操船、無限、開発、同尺、金蔵寺、誤字、脱却、老廃、滅法、涅槃、脱却、鯉散乱、立哨、安保、発足、撃退、学別、憎悪、破裂無痕、磁石、咀嚼、郎名、簿記、道具雨、壊滅、下落、吐瀉、文別、銘文、安胎、譲歩、剛性、剣率、社販、薙刀、喝滅、解釈、村風、罵詈雑言、旋風、末脚、模索、村立、開村、撃退、激癖、元祖、明智用、到来、孟冬、藻石、端午の贅室、癌客、到来、未知道具雨、寒風、最壁、豪族、現代、開脚、諸富、下火、海日、殺傷、摩擦、喃楽、続落、解脱、無毒、名毒、戒脈、心脈、低層、破棄、罵詈、深海、琴別府、誠、生楽、養生、制裁、完封、排泄、虐殺、南京、妄撮、豚平、八食、豪鬼、実積、回避、答弁、弁論、徘徊、妄説、怒気、波言後、節楽、未開、投射、体者、破滅、損保、名水、諸味、透析、灰毛、界外、土偶、忌避、遺品、万別、噛砕、剣率、戒行、一脚、快哉、提訴、復刻、現世、来世、混成、吐瀉、場滅、経絡、身洋蘭、舞踏、近発、遊戯、男爵、最上、最適、破裂、改名、痕跡、戸杓、分髪、笠木、路地、戳脚、快晴、野会、対岸、彼岸、眞田、有事、紀伊路、八朔、減殺、盗撮、無札、無賃、無宿、龍梅、塩梅、海抜、田式、土産、端的、発端、背側、陣営、戒脈、母子、摩擦、錯覚、展開、星屑、砂鉄、鋼鉄、破滅、懐石、桟橋、古事記、戸杓、媒概、豚鶏、墓椎名、顎舌骨筋、豚海、砂漠、放射、解説、海月、蜜月、満期、万橋、反響、雑摺、油脂、巧妙、
しかし、不思議だよなぁ、だってさ、地球は、丸くて、宇宙空間に、ポッカリ、浮いて��だぜ😂でさ、科学が、これだけ、進化したにも、関わらず、幽霊や、宇宙人👽たちの、ことが、未だに、明かされてないんだぜ😂それってさ、実は、よくよく、考えたら、むちゃくちゃ、怖いことなんだよ😂だってさ、動物たちが、呑気にしてるのは、勿論、人間ほどの、知能指数、持っていないから、そもそも、その、不安というのが、どういう、感情なのか、わかんないんだよ😂それでいて、動物たちは、霊的能力、みんな、持ってんだよ😂でさ、その、俺が言う、恐怖というのはさ、つまり、人間は、これだけ、知能指数、高いのにさ、😂その、今の、地球が、これから、どうなっていくかも、不安なのにも、関わらず、その、打つ手を、霊界の住人から、共有されてないんだよ😂それに、その、未開拓な、宇宙人や、幽霊たちとの、関係性も、不安で、しょうがないんだよ😂つまり、人間の、知能指数が、これだけ、高いと、余計な、不安を、現状、背負わされてるわけなんだよなぁ😂そう、霊界の、住人たちによって😂でさ、もっと言うなら、😂それでいてさ、人間が、唯一、未来を、予想できてることはさ、😂未来、100%、自分が死ぬ、という、未来だけ、唯一、予想ができるように、設定されてんだよ😂でさ、それってさ、こんだけ、知能指数、与えられてて、自分が、いずれ、確実に、死ぬという、現実を、知らされてるんだよ😂人類は😂つまり、自分が、いずれ、死ぬという、未来予想だけは、唯一、能力として、与えられてんだよ😂勿論、霊界の、住人にだよ😂これさ、もう、完全に、霊界の住人の、嫌がらせなんだよ😂そう、人類たちへのな😂つまり、動物たちは、自分が死ぬことなんか、これポチも、不安じゃないんだから😂その、不安という、概念をさ、😂想像すること、できないように、霊界の住人にさ、😂つまり、設定されてんだよ😂動物たちは😂つまりさ、霊界の住人は、動物より、人間が、嫌いだから、こんなに、苦しいめに、人類は、立たせ、られてんだよ😂で、これ、考えれば、考えるほど、ゾッとするんだよ😂だって、霊能力ある、得体のしれない、霊界の住人の、嫌がらせ、させられてんだから😂人類は、今、まさに😂つまり、人間の知能指数こんだけ、あげさせられてるってことは、😂そういうことなんだよ😂つまり、自分の、死の恐怖と、死後、自分たちが、どうなるのか?という、二つの不安を、抱えさせられてんだよ😂人類は、今、まさに😂そう、霊界の、住人にだよ😂もし、霊界の住人が、人間、好きなら、こんなに、自分の死ぬことをさ、恐れる感情も、湧かないように、設定されてるはずだし、😂死後、自分が、これから、どうなるのか?という、不安を、感じることなく、生きてるはずなんだよ😂そう、霊界の、住人が、人間、好きなら、そんなこと、おちゃのこさいさい、😂なんだよなぁ😂つまり、動物たち同様、なんの、不安も抱くことなく、毎日、生活できてる、はずなんだよなぁ😂人類たちは😂
でさ、あと、も一つ、俺、不気味に、思えたのはさ、😂そもそもさ、この地球上に、なんで、人間だけ、生きてるわけじゃなくてさ、😂つまり、人類の先祖と言われている、猿や、魚類とかが、絶滅することなく、😂人間と、共に、この地球に、未だに、暮らしているのか?ってことなんだよ。😂だってさ、進化論で、言��ばさ、😂つまり、オーソドックスな、猿で、例えるとさ、😂そう、猿は、人類の先祖なんだからさ、😂すでに、絶滅してて、いいはず、なんだよ😂そう、恐竜や、マンモスみたいに、猿も、絶滅していて、いいはずなのにさ、😂なんで、これだけ、年月が、経って、これだけ、人類の知能指数が、高くなるまで、時間が、経っているのにも、関わらずさ、😂未だに、猿が、人間と、地球に、共生しているのか?って、😂考えたことない?😂だって、不思議じゃん😂普通に、考えてもさ😂
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自分でもだまされた!!♠ きっひっひーーードキドキドキドキ 隣の客は良く柿食う客だー!!! 明日も一日がんバルノー
トマトパワーいいねーー 豫風瑠乃 | つばきファクトリー オフィシャルブログ Powered by Ameba
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各地句会報
花鳥誌 令和6年2月号

坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年11月1日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
星の出るいつも見る山鳥渡る 世詩明 人の世や女に生まれて木の葉髪 同 九頭竜の風のひらめき秋桜 ただし 太陽をのせて冬木の眠りけり 同 生死また十一月の風の音 同 朝湯して菊の香に上ぐ正信偈 清女 懸崖の赤き菊花の流れ落つ 誠
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月2日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
秋空の深き水色限りなし 喜代子 故里は豊作と��ら草紅葉 由季子 菊花展我等夫婦は無口なり 同 しぐれ来る老舗ののれん擦り切れて 都 狛犬の阿吽語らず冬に入る 同 謎々のすつきり解けた小春の日 同 杣山の織火となりぬ紅葉山 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月4日 零の会 坊城俊樹選 特選句
綿虫と彼女が指せばそれらしく 瑠璃 梵鐘のはらわたに闇暮の秋 緋路 逝く秋をくづれゝば積み古書店主 順子 綿虫や浄土の風が抜けるとき はるか 太き棘許してをりぬ秋薔薇 和子 弥陀仏の慈顔半眼草の花 昌文 綿虫のうすむらさきや九品仏 小鳥 参道で拾ふ木の実を投げ捨てる 久 綿虫は仏の日溜りにいつも 順子 香煙はとほく菩提樹の実は土に 小鳥
岡田順子選 特選句
腰かける丸太と秋を惜しみけり 光子 九品の印契結ぶや冬近し 眞理子 古に大根洗ひし九品仏 風頭 綿虫や浄土の風が抜けるとき はるか 奪衣婆の知る猿酒の在り処 光子 神無月ならば阿弥陀も金ぴかに 俊樹 蚤の市に売る秋風と鳥籠と 和子 下品仏とて金秋の色溢れ 俊樹 綿虫と彼女が指せばそれらしく 瑠璃 梵鐘のはらわたに闇暮の秋 緋路
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月4日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
ありきたりの秋思の襞を畳みをり かおり 秋日入む落剝しるき四郎像 たかし 返り花ままよと棄つる文の束 美穂 凩や客のまばらな湖西線 久美子 凩のやうな漢とすれ違ふ 睦子 小鳥来る小さなことには目をつむり 光子 流れ星キトラの星は朽ちてゆき 修二 凩に雲や斜めにほどかれて かおり 人肌を知らぬ男のぬくめ酒 たかし 老人が老人負うて秋の暮 朝子 冬の日や吾が影長く汝に触れて 同 身に入むや妣の財布の一セント 久美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月10日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
秋思消ゆ「亀山蠟燭」点せば 悦子 この町へ一途に滾り冬夕焼 都 新蕎麦を打つ店主にも代替はり 佐代子 添ふ風に方位はあらず狂ひ花 悦子 HCU記号音満つ夜の長し 宇太郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月11日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
トランペット響く多摩川冬に入る 美枝子 竹林の風音乾き神の留守 秋尚 公園の隣りに棲みて落葉掃く 亜栄子 句碑の辺の風弄ぶ式部の実 同 新のりの茶漬��香る酒の締め 同 歩を伸ばす小春日和や夫の癒え 百合子 朔風や見下ろす街の鈍色に 秋尚 ぽつぽつと咲き茶の花の垣低き 同 リハビリの靴新調し落葉ふむ 多美女 濡れそぼつ桜落葉の華やぎぬ 文英 露凝りて句碑に雫の朝かな 幸風 大寺の庭きりもなや木の葉散る 美枝子 山寺の風の落葉を坐して聞き 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月13日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
風除の日だまりちよっと立ち話 和魚 風除の分厚き樹林影高き 秋尚 揚げと煮し切り干やさし里の味 あき子 薄日さす暗闇坂に帰り花 史空 渦状の切干甘き桜島 貴薫 切干や日の甘さ溜め縮みたる 三無 風除けをせねばと今日も一日過ぎ 怜 切干や少し甘めに味継がれ 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月13日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
確かむる一点一画秋灯下 昭子 幽玄な美女の小面紅葉映ゆ 時江 釣り糸の浮きは沈みし日向ぼこ 三四郎 六地蔵一体づつにある秋思 英美子 赤い靴なかに団栗二つ三つ 三四郎 着飾りて姉妹三人千歳飴 ただし 正装で背中に眠る七五三 みす枝 雪吊の神の恐れぬ高さまで 世詩明 七五三五人姉妹の薄化粧 ただし トランペット音を休めば息白し 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月14日 萩花鳥会
夜鴨鳴く門川住居六十年 祐子 捨てられて案山子初めて天を知る 健雄 ゴルフ玉直ぐも曲るも秋日向 俊文 山茶花や現役もまた楽しかり ゆかり 舟一艘ただぼんやりと霧の中 恒雄 献茶式津和野城下や朝時雨 美惠子
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令和5年11月14日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
秋の暮百均で買ふ髪飾 令子 虫食ひの跡そのままに紅葉かな 紀子 背の丸き鏡の我やうそ寒し 同 小春日や杖つく母を見んとする 令子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月15日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
小春日や日々好日と思ひたり 世詩明 禅林を通り来る風秋深し 啓子 何事も無き一日や神の旅 同 炉開きの一花一輪定位置に 泰俊 一本の池に煌めく櫨紅葉 同 三猿を掲ぐ日光冬日濃し 同 立冬こそ自己を晒せと橋の上 数幸 小六月笏谷石は饒舌に 同 如何にせん蟷螂は枯れ僧恙 雪 猫じやらしもて驚かしてみたき人 同 一匹の枯蟷螂に法の庭 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月17日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
小鳥来る赤き実に又白き実に 雪 幽霊の出るトンネルを抜け花野 同 おばあちやん子で育ちしと生身魂 同 見に入みぬ八卦見くれし一瞥に やす香 時雨るるやのつぺらぼうの石仏 同 近松忌逝きし句友の幾人ぞ 同 季は移り美しき言葉白秋忌 一涓 菅公の一首の如く山紅葉 同 落葉踏み歩幅小さくなる二人 同 冬ざれや真紅の句帳持ちて立つ 昭子 今日の朝寒む寒む小僧来たりけり やすえ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月17日 さきたま花鳥句会
からつぽの空に熟柿は朱を灯し 月惑 白壁の色変へてゆく初時雨 八草 六切の白菜余すひとり鍋 裕章 一切の雲を掃き出し冬立ちぬ 紀花 小春日や草履寄せある躙口 孝江 柿を剥く母似の叔母のうしろ影 ふゆ子 いわし雲よせ来る波の鹿島灘 ふじ穂 鵙たける庵に細き煙たつ 康子 雲切れて稜線きりり冬日和 恵美子 水鳥の羽音に湖の明けにけり 良江
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令和5年11月18日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
紫のさしも衰へ実紫 雪 蟷螂の静かに枯るる法の庭 同 二人居て又一人言時雨の夜 清女 母と子の唄の聞こゆる柚子湯かな みす枝 還りゆく地をねんごろに冬耕す 真栄 帰省子を見送る兄は窓叩く 世詩明 人に無く芒にありし帰り花 同 香水の口よりとどめさす言葉 かづを 時雨をり故山の景を暗めつつ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月19日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
浮寝鳥日陰に夢の深からむ 久子 呪術にも使へさうなる冬木かな 久 無敵なる尻振り進む鴨の陣 軽象 冬日和弥生も今も児ら走る 同 冬蝶の古代植物へと消えぬ 慶月 谿の日を薄く集める花八手 斉 冬天へ白樫動かざる晴れ間 慶月 青空へ枝先細き大枯木 秋尚 旋回す鳶の瞳に冬の海 久 冬の蜂おのが影這ふばかりなり 千種 水かげろうふ木陰に遊ぶ小春かな 斉
栗林圭魚選 特選句
竹藪の一画伐られ烏瓜 千種 遠富士をくっきり嵌めて冬の晴 秋尚 白樫の落葉急かせる風のこゑ 幸風 切り株に鋸の香遺る冬日和 久子 四阿にそそぐ光りや枯れ芙蓉 幸風 白樫の木洩れ日吸ひて石蕗咲けり 三無 小春の日熊鈴つけしリュック負ひ 同 青空へ枝先細き大枯木 秋尚 ���禽の忙しく鳴ける雑木林 貴薫 草の葉を休み休みの冬の蝶 秋尚 逞しく子等のサッカー石蕗咲けり 亜栄子 甘やかな香放ち桂紅葉散る 貴薫 あづまやの天井揺らぐ池の秋 れい
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年11月26日 月例会 坊城俊樹選 特選句
薄き日を余さず纏ふ花八手 昌文 耳たぶに冬の真珠のあたたかく 和子 黒松の肌の亀甲冬ざるる 要 雪吊をおくるみとして老松は 緋路 冬空を縫ふジェットコースターの弧 月惑 ペチカ燃ゆフランス人形ほほそめる て津子 上手に嘘つかれてしまふ裘 政江 嘘つつむやうに小さく手に咳を 和子 手袋に言葉のかたち作りけり 順子
岡田順子選 特選句
池一枚裁ち切つてゆく鴨の水尾 緋路 黒松の肌の亀甲冬ざるる 要 自惚の冬の紅葉は水境へ 光子 玄冬の塒を巻きぬジェットコースター 同 光圀の松は過保護に菰巻きぬ 同 ペチカ燃ゆフランス人形ほほそめる て津子 雪吊を一の松より仕上げをり 佑天 不老水涸れをり茶屋に売る団子 要 遊園地もの食ふ匂ひある時雨 俊樹
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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赤井川村
みなさん、こんにちは。
今回ブログは、日本で最も美しい村連合に加盟している
赤井川村の一泊滞在記です。

赤井川村のキャラクター”あかりん”。
赤井川以外の、《日本で最も美しい村連合の加盟村》
北海道上川郡 美瑛町
山形県最上郡 大蔵村
岐阜県大野郡 白川村
長野県下伊那郡 大鹿村
徳島県勝浦郡 上勝町
熊本県阿蘇郡 南小国町

東に札幌市、南西に小樽市、北に余市町、南に倶知安町に
隣接する総人口1,188人(2019年5月13日現在)の村です。

きれいな円を描く赤井川カルデラの中心部が村の中心部であり、
噴火口に人が住む(死火山で��ありますが)、日本で唯一の村です。

赤井川村には、キロロスノーリゾートもあります。

札幌駅を11時38分発のJR函館本線エアポート111号小樽行に乗車します。

当日は雨。
小樽までの車窓は海岸線を眺められて、まるで小さな旅のようで好き。(^^)

小樽で、倶知安行の汽車に乗り換え、余市駅へ向かいます。
余市駅はSuicaやPASMO等の交通系ICカードでの改札はできませんので、
小樽駅で一旦改札を出て、きっぷを購入します。

車内の運転席の様子。
液晶パネルなど無い、無骨なデザインが格好良いです。

余市駅到着12時59分。
JR北海道は駅ナンバリング制度を実施して、
余市駅はS18。
駅ナンバリングは札幌駅を起点とする始終着駅のローマ字の頭文字と、
札幌駅を01とする駅の番号で構成されています。
駅ナンバリングの目的は、
外国人旅行客が安心して旅行できるようにするため、
特定の駅の識別を容易にする手段を提供し、
道内完結の定期特急列車が運転される線区と、
外国人旅行客の利用が多い線区に導入されています。
北海道内では、2007年(平成19年)札幌市営鉄道に続いて導入されました。

余市駅から赤井川へのバスは一日4便あります。
13時55分発のバスに乗車することにして、、、。

余市駅前通りに面した鮮魚店「柿崎商店」で昼飯。
バスの乗車時刻まで、1時間の余裕を持っていたのですが、
さすがに人気店で、入店待ちの列。
内心、間に合うかどうかヒヤヒヤしながら注文の料理を待ちます。

蟹肉のほぐし身とイクラを載せたルビー���。
酢飯大盛りを追加しました。
美味しかった!(^^)

赤井川村行きのバスに乗車しました。

約24分の乗車時間で、赤井川農協前にて下車。
赤井川村唯一のコンビニ「セイコーマート」前。

今回の泊まりは、セイコーマート横にある民泊の「旅酒処 混沌」。

混沌のバーカウンター。

先に来ていた友人達が、なにやら料理を始めていました。
余市の柿崎商店で購入してきた牡蠣の酒蒸しを作っていました。
牡蠣をさばくのは、群馬県沼田を拠点に、
”Team Mizue”というスキートレーニングキャンプをしている
スキーヤーのマツシン。
味付けは、旅人でスキーヤーでススキノのBAR残心のオーナートゥールさん。

美味い牡蠣でした。

野菜の天ぷらを揚げているのはマサオミ君。

マツシンがわらびの煮付けを作ってます。

オリンピアンで、VECTOR GLIDE スキーヤー星瑞枝さんもいらっしゃいます。
ゴルフコンペ参加のために北海道へ来ているそうです。
youtube
ワラビは、瑞枝さんの実家で採れたワラビだそうです。
ワラビは、天日干しして、手揉みして、
天日干ししてまた手揉みして二日間かけ、
手間をかけて乾燥ワラビを作るんだそうです。

カウンター横にチップ入れの瓶。

ワールドワイドなお金がいっぱい。(^^)

ベトナムのお札もあります。

赤井川の住人さんからのじゃがいもをもらいました。

キロロスキー場でBLACK CAFEを営業している
ブラックさんファミリーも散歩ついでに立ち寄ってくれました。

夕日がきれいでした。

夕方、近くの赤井川カルデラ温泉にみんなで歩いて向かいます。

あかいがわカルデラ温泉
入湯料400円。
営業時間10時〜21時(採集入館時間20時30分)
旧泉質名 食塩泉・芒硝泉・重曹泉(美人湯の代表格) 塩化物・炭酸水素塩・流酸塩 (お湯は無色透明です)

夜は霧が発生していましたので、
翌日は朝5時30分頃に雲海の景色を見に、峠の展望台へ来てみました。

赤井川村はすっぽりと雲海の底。

雲海に浮かぶ羊蹄山の姿は素晴らしい景色でした。

雲海を見た後は、キロロスキー場まで送ってもらい、
余市岳登山へ出発。
次回ブログへ続きます。
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お空に旅立っていったるりこちゃん

我が家の愛犬るりこは、昨年十月の終わりから、突然朝ご飯を食べず、散歩に行こうとしなくなった。その前に、ドイツ在住の次女が三年ぶりに一時帰国し、私たち家族はるりこも一緒に次女のスケジュールに合わせ、東京に行ったり、山梨に来たり、こちらでも諏訪にお出かけしたり、最後は次女を羽田まで見送りに行き、そして山梨に帰ってきたのだ。
その翌日から、るりこはご飯をあまり食べず、散歩にも行きたがらなくなった。きっと疲れたのだろうとしばらく様子を見ていたが、だんだん一日二食から一食が普通になり、痩せ細ってきて、散歩も抱えて連れ出し、途中地面に降ろして歩かせる、というようになってきた。
それでもわりあいよく歩く日もあったり、二食食べることもあった。年齢も十三歳と、犬として決して若いわけではないので、そんなものかとも思ったが、東京でかかっていた獣医の先生に相談してみた。
その先生はいつも、「るりこちゃんは、本当に賢くて、家族思いで、いい子だ」と言ってくださっていた。日頃の様子を伝えると、「十三歳というのは、人間で言えば八十歳ぐらいの大変なお歳です。一度今の状態を知るために、近くのお医者さんにかかって、検査してみてください」とのことだった。その先生は普通の獣医さんでもあり、エネルギーヒーリングと言って、遠隔からも治療をしている先生なのだ。
るりは八歳ぐらいから、よく吐くようになったり、散歩中に突然怯えたようになって歩けなくなったりして、どこの獣医さんに行っても原因のわからない症状に悩まされていたが、その先生に出会ってから回復することができた。
近所の獣医さんに行く。血液検査とレントゲンを撮りましょうとのことで、その前にまずはと聴診器で心臓の音を聴くと、「雑音がありますね」と初めてのことを言われた。レントゲン検査の結果は、心臓に雑音があるものの、肥大まではしていない。喉に腫瘍があり、悪性のものか良性のものかは、もっと大きな病院で検査してみないとわからない。血液検査の結果は、貧血がある。腫瘍が原因かもしれないが、そのほかの数値に異常は見られない。もっと大きな病院で検査をするなら紹介します、とのことだった。
しかし、病院にかかるというのは、犬に大変なストレスを与える。とりあえず家に帰り、休ませることにする。
るりこは保護犬だった。保護犬というのは、一度保健所に入れられて殺処分になる前に、ボランティアさんに助けられて保護された犬で、ボランティアさんは家で犬を保護しながら飼い主を探すのだ。私は犬が飼いたいなと思った時に保護犬の存在を知って探してみると、月に一度江戸川河川敷で、犬と人間のお見合い大会が開かれているということで見に行った。
私には欲しい犬の条件があって、茶色くて鼻の黒い女の子が欲しいと思っていたら、まさにそのまんまのるりこがいたのだ。彼女はその時生後四ヶ月ぐらい、お転婆な感じで、そばに寄った私には見向きもせず、熱心に地面にいる虫か何かをほじくり返していた。私はその時実家の母とふたりでそこに行った。「ね、この子がかわいいよね、この子がいいよね」母と私の意見は一致した。昔飼っていた子にそっくりなのだ。違うのは、前の子は男の子だったこと、るりこの方が耳が長く垂れ下がっていることだ。前の子は、私が小学六年生から二十九歳になるまで生きていた。
保護犬はその場ですぐ譲渡してもらえるのではなく、申し込んで、いろんな質問に答えて、この人はちゃんとした飼い主になれそうだと判断されたら、譲渡してもらえる。どんな家に住んでいますか、家族構成は、留守番は週に何時間何日させますか、犬を飼ったことがありますかなどなどの質問に答えて紙を送ったが、一向に返事がこない。もうだめかと思っていたら、譲渡会から電話があり、前飼っていた犬は最期はどうなったのですかと質問されたので、私と母の膝の上で息を引き取りました、と答えた。その数日後その答えが決めてとなって、るりこは我が家に来ることとなった。
ボランテイアさんが保護中につけた仮の名前はルーだったのだが、うちの娘たちの名前はみな子がつくので、る~子? でるりこにした。
さて、当時高二、中二、小五の子どもたちに加えて、もうひとりやんちゃな子どもが増えたのと同じで、畳や布団の上でオシッコをしたり、当時私たちは畳の上で低いちゃぶ台で食事をしていたのだが、るりこはなんとか私たちのおかずを取ろうとしたり、家具の足やパソコンのコードをかじったりと、ただでさえめちゃめちゃなうちの中がますますめちゃめちゃになった。しかしそれ以来、るりこは我が家の中心的存在になり、家族全員が惜しみのない愛情を彼女に注ぎ、彼女もそれに十分応えてくれた。
るりこをお医者さんに連れて行って、検査や入院となるとケージに入れられてしまう。彼女は何よりもケージに入れられるのを嫌がった。それは保健所で殺処分されそうになった時の怖い体験が蘇ってしまうからだろうと思うと、それだけは避けたかった。私たちはできる限り、家族でできる手当をしていくことにした。
翌週、遠隔ヒーリングの先生の診察日になった。るりこの前にiPadのカメラを開いて置いて、先生からるりこが見えるようにする。「るりこちゃんはよく頑張っているね」とヒーリングを受けると、その日はよく食べたり、歩いたりした。
ある朝、おしっこに外に出るというので出してやると、いつまで経っても戻ってこない。庭に出て探す。見つからない。まさかどこかで倒れているのでは、と夫や息子も呼んで探すと、ほとんどご不在の隣家の縁の下にうずくまっていた。抱き上げると、うっすらカビの匂いがした。
次第にるりは、喜びの表現の尻尾振りはしなくなり、家族の誰かが家に帰ってくるたびに上げていた喚声を上げなくなり、知らない人が来ても吠えず、大好きな石拾いもしなくなった。それでも私たちは、るりがいつもより多く食べた、歩いたと言っては一喜一憂していた。
また遠隔の先生の診察の日になった。「るりこちゃんは、自分がいなくなってあなたたち家族を悲しませたくないと頑張っています。でもあんまり無理をしないでねと言ってあげてくださいね」先生はつまり、るりこの最期の日がそう遠くないと、遠回しにおっしゃったのだ。
るりこは一日のほとんどを寝て過ごした。喉の腫瘍は大きくなってきていたが、苦しいとか痛いとかは無いようだった。自然療法の本に書いてあった、心臓病にいいという、柿のへたを煎じた水も作って置いておくとよく飲んだ。その他にも、犬にもお灸がいいと聞けば、やってくれるところを探して連れて行き、お灸の道具も買い、家でも見よう見まねにやってみる。るりこは特に嫌がりもせず、されるがままだった。友人宅の猫ちゃんを診てくれるという評判の気功の先生にもかかると、だいぶ身体がらくになったように見えた。
食事はずっと手作りのものを与えていて、昆布だしの野菜スープに、ご飯、鶏のささみ、ゆで卵、納豆などをあげていた。栄養が行き届いていたのか、毛の艶がとてもよかった。犬の飼育の本を見ると、年取った犬にはささみより、高タンパクの豚肉の方がよいと書いてあったのでそうしてみると、よく食べるようになった。しかしそれも次第に食べなくなってきたので、お刺身に火を通したものにするとまた食べるようになった。
我が家ではここ数年、ミキという、お粥にすり下ろしたさつまいもを入れて発酵させた飲み物を作り続けていて、これにやはり自家製の甘酒を入れたものが彼女のお気に入りで、日に三回ぐらい小さな盃に入れて飲��せていた。だんだん食事が摂れなくなり、ミキと柿のへたの煎じ水と普通の水ばかり飲むようになってきた。
我が家には連日のようにはた織りのお客さまがいらしては、みな「どうしたの、るりこちゃん、元気が無いわね」と頭を撫でていった。散歩も抱いて連れて行き、私たちが焚き木拾いをしているそばで、日向ぼっこをして待っているようになった。
私は頭の隅で、現在のるりこの様子をドイツにいる娘たちには伝えなくてはと思いながらも、いざ「るりこちゃんの調子が最近ね・・」と言いかけただけでもわっと泣き出してしまいそうで、連絡しないままで過ごしてしまっていた。
るりこは自分の寝床から、日に何度も数メートル離れた自分の水が置いてあるところまで歩いていたのが、よろめくようになったので寝床の横に水を置いてやった。
その日は大寒波の予報で、東京からはた織りのお客さまの予定だったのがキャンセルになった。私は時間に余裕ができたので、いつもより念入りにるりこの耳を掻いてやると、気持ちよさそうに頭を傾けた。
朝の散歩の後、食事やミキをあげても受け付けず、水しか飲まない。水は何度も大量に飲んだ。外へ抱いて連れて行けば、なんとかよろめきながらもオシッコをした。夜になり、寝る前のオシッコに連れて出る。よろよろになり、オシッコをしようとすると倒れてしまうので、起こして身体を支えてやると、やっとこさする。寒い外から戻ったので、お灸をじっくりとしてやると気持ちよさそうにした。
夫と私の布団を敷く。るりこはいつも布団を敷けば真っ先にやってきて、乗っかっているのだが、ここ数日はしんどそうなので、抱いて布団の中に入れてやる。
お風呂から出て日記を書いていると、るりこの視線を感じた。「ママ、早く来て」と言っているように感じて、一緒にお布団に入る。息子は外のテントに行ってしまい、夫はお風呂に入っている。
「るりこちゃん、今まで一緒に子育てしたね。みんな大きくなったね。るりこちゃん���いてくれたおかげで、みんないい子に育ったよ、ありがとう」るりこは普段より早い息をしながらもじっと私の目を見て話を聞いているようだった。「るりこちゃん、この次生まれ変わったら、たくさん赤ちゃんを産むといいよ。」るりこは保護犬だったので、不妊手術をしないと譲渡してもらえなかったので、やむなく手術をしたのだった。「そうだこの次は、うちの子たちの誰かのうちの子に生まれておいでよ。私おばあちゃんになって、またあなたに会えたら嬉しいよ。ね? いい子ちゃん、かわい子ちゃん」日に何回も、そして夜寝る前には必ず「いい子ちゃん、かわい子ちゃん」と言ってきた。いったい今まで何千回そう言ってきたことだろう。でも言っても言っても伝えきれないほどいい子でかわいい子だったのだ。「明日の朝も、一緒に元気に起きようね、おやすみ」ふとるりこが悲しそうな顔をしたように思った。あ
時折るりこの息づかいを感じながら、いつの間にか眠ってしまった。と、突然るりこが「クオーン」と鳴いた声にびっくりして飛び起きた。この何ヶ月も彼女の声を聞いたことはなかったのだ。隣の夫も驚いて起き上がった。「あかりをつけて」夫がすぐ電気をつけてくれた。「るりこちゃんが息をしていない! 大変すぐお姉ちゃんたちに電話しなきゃ、私の携帯取って!」家族ラインに電話すると、次女はすぐに出た。「何、ママ?」「るりこちゃんが、るりこちゃんがね・・」一旦止まったに見えた呼吸がまた少し始まって、口を動かしていた。舌が普段より白いと思った。「外からおさむを呼んできて!」夫が走っていく。長女は電話に出ない。るりこの口の動きが止まる。私を見ていた目の光がすーっと消えていく。夫と息子が駆け寄ってくる。夫が自分の携帯で長女に電話すると出る。「今るりこちゃんがね・・・」私はわっと泣き出してしまうと、全てを察した長女も泣き出す。「もっと早く帰ればよかった」彼女はビザの更新のタイミングで近いうちに帰ると言っていたが、日にちを定められずにいたのだ。
夜明け近くにお姉ちゃんたちとは電話を切り、夫と私と息子で、るりこの身体を囲むようにして眠った。起きてるりこを見ても、眠っているようにしか見えなかった。私は半日ずっと泣いていた。
次の次の日、長女がベルリンから戻ってきた。彼女は二年間るりこに会っていなくて、もしるりこの最期の姿を見なければ一生後悔するからと、急遽飛行機を取って来たのだ。るりこはいつもの場所に愛用の毛布を敷いて、私が織った布を顔だけ出して被っていた。目は開けたまま優しい顔して横たわっていた。長女と私はるりこの前で抱き合って泣いた。「なぜもっと早く言ってくれなかったの」と責められるかと思ったが、二年の間に成長した娘は、自分が嘆くよりもむしろ私を慰めてくれた。
去年ねこちゃんを亡くした人が、庭にコンポスト葬をしてもらってとてもよかったと聞いていたので、やってくれる人を紹介してもらった。環境整備士と言って、植木屋さん的な仕事の傍ら絵画や彫刻などもなさっている人で、連絡を取ったら早速訪ねて来て下さった。
「お庭のどこに埋葬しましょうか」「できるだけ家族のそばで、今後建物を建てる心配のない場所で」玄関のデッキを降りてすぐ横の場所に決まった。ここなら毎日通る場所だ。コンポスト葬というのは、落ち葉や炭の粉と一緒に身体を埋めて、できるだけ早く土に戻す方法で、匂いも消して他の動物に掘られたりもしないようにする。そばに木が生えていた方が木が養分を吸って、早く分解するとのことだ。
友人たちが次々とお花を持って、弔問に来てくれた。「人の気持ちのわかるワンちゃんでした」と泣いてくれる人もいた。東京からも「若月るりこ様」と花が届く。「死んで初めてその人の価値がわかると言うけれど、るりこはすごいねぇ、次々とお花が届いて」と家族でも感心した。
外は雪が降り、るりこは静かに眠っている。寝息でかけた布が静かに上下���ているような錯覚に陥る。毛皮もつやつやで、手足も柔らかく、肉球もぷにぷに触ってしまう。
埋葬の日になった。空は晴れている。お昼過ぎから環境整備士さんの男女二人が来てくださり、まず土地の神様にニ礼八拍する。土用の期間なので本来は土には触らない期間なのだそうで、そのため神様にお断りをする。近所のるりこをかわいがってくれていた友人も来てくれた。
夫や息子も手伝って穴を掘る。穴の中に縦にも横にも、たくさん稲藁を刺す。通気をよくするためだという。突き出している稲藁はハサミで切り、穴の底に厚く落ち葉を敷く。
友人と家に入り、最期のお別れをする。友人は数年前に自分の犬を亡くした時のことと重なり、さめざめと泣いている。私たちもこれが最期と思い、るりこの身体を撫でさする。毎日触るのが気持ちよかった、濃いカステラ色のビロードのような耳。もうこれも土に還してしまうのだ。
毛布の四隅を持って、るりこの身体を庭に運ぶ。身体だけそっと落ち葉の上に下ろす。自然と胎児のような形になる。家族みんなで、落ち葉、炭の粉、土を繰り返しかけていく。穴がすっかり塞がったら、さら炭と稲藁の切ったものをすき込んだ土を盛り上げる。てっぺに環境整備士さんの女性が用意してくださっていた、大きな松ぼっくりのついた松の枝と赤い実の枝を束ねた飾りを刺して、埋葬は無事に済んだ。
今まで撮ったるりこの写真を、長女がパソコン上に家族共有のアルバムを作って集めてくれた。あんな時もこんな時もあったねと、家族で泣き笑いしながらるりこと歩んだ日々を振り返る。いつの間にかるりこはうちの子どもたちの年齢を追い越し、年長者として子どもたちを見守ってくれていた。夫や私のことも常に気遣いしてくれていた。散歩の時もるりこは先頭を歩いていても、常に後ろを振り返り振り返り、家族が全員ちゃんとついてきているかなとチェックしていた。
私たち家族とるりこと一緒に車で旅をしたことのある九州の友人は、「あれは犬の格好はしていたけど、犬じゃなかったね。若月家の護衛隊長やっていたね」本当にそうだった。いつでも私たちのことを守ってくれていた。
るりこがいなくなった今も、私たちは朝の焚き木拾いに出かける。常に阿吽の呼吸で一緒に歩いていた子の身体はないけれど、この大地に空気に溶け込んだるりこの息吹をそこここに感じ、私は不思議な安心感に包まれている。るりこと過ごした十三年と十ヶ月は、あっという間ではなく、とても長く深い時間だった。そしてそれは今も続いている。
るりこちゃん、ありがとう。家事や育児にてんてこ舞いしていたママのところに、助けにきてくれたんだね。神さまがるりこちゃんのことを私たち家族に貸してくれたんだね。賢いあなたにはまた次の使命があるから、お���に帰っていったんでしょう。どんな大変なことでも、るりこちゃんならできるよ、きっと。でももし疲れたら、うちに来て休んでね。ママたちはいつでも歓迎するよ。るりこちゃん、本当にありがとう。いつかまたきっと会おうね。
山梨に大雪が積もった。積もる前に、長女がドイツに帰国するのを送るため、東京に出発した。るりこのお墓が心配になり、ひとり山梨に残っている息子に聞くと、不思議とお墓の上にはあまり雪は積もっていないのだという。そこだけ温かいのだろうか。るりこの温かい気持ちがまだそこにあるのかもしれない。
2023年2月
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奈良時代に漆(うるし)の生産拠点「漆部造(ぬりべのみやつこ)」が置かれ、「漆発祥の地」とされる奈良県曽爾(そに)村が、長年廃れていた村産漆の復興に取り組んでいる。古くから塗料や接着剤など多様な用途に使われ、英語で「japan」と訳されるほど日本を象徴する素材の漆だが、実は現在国内で使う97%が中国などからの輸入。国宝や重要文化財建造物の修復にすら外国産漆を使わざるを得ない現状に、「日本の宝は日本の素材で守る」と、発祥の地の誇りを胸に立ち上がった。(田中佐和)
漆文化の発信拠点完成
奈良市から車で約1時間半。三重との県境に位置する曽爾村で5月25日、ものづくり工房「漆復興拠点ねんりん舎 Urushi Base Soni」の完成式典が行われていた。
20年間空き家だった古民家を改修して作られた同施設は、県内外の漆作家らが活用するシェア工房であるとともに、観光客向けの漆製品の展示やカフェスペースを設けた、漆文化の発信拠点にもなっている。
村産漆の復活に取り組み始めて13年。式典で芝田秀数村長は、「文化の復興、継承には若い力が必要。この工房がそのための場所となるよう、村を挙げて取り組む」と高らかに宣言した。
職人が住んだ漆部郷
人口約1500人の小さな村、曽爾村は「ぬるべの郷(さと)」の愛称で親しまれる。「ぬるべ」は「漆部」と書き、漆塗り職人を指す。ここは漆が多く自生する土地として、奈良~平安時代に朝廷に献上する漆や漆器の生産拠点「漆部造」が置かれた、漆発祥の地とされている。
鎌倉初期までに成立した辞典「伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)」には、漆部造設置にいたる漆塗りの起源が、こんな伝承で紹介されている。
《倭武皇子(ヤマトタケルノミコ)が山で狩りをしていたとき、獲物に矢を射たがとどめを刺すことができなかった。それならばと、漆の木を折って木汁を矢先に塗り込めて再び射ると、見事仕留めることができた。手が黒く染まっていることに気付いた皇子が持っていた品物に木汁を塗ると、黒い光沢を放って美しく染まった》
曽爾村は他にもさまざまな時代の文献で「漆部郷」の名で登場するが、時代とともに漆塗りの文化は廃れ、いつしか職人もゼロに。戦後はスギやヒノキの植樹のために大量の漆が伐採され、村には「ぬるべの郷」という名前だけが残った。
地方創生の起爆剤
��うした中、「漆部郷の誇りを取り戻そう」と立ち上がったのが、村の塩井地区(約50世帯)の住民だ。深刻な過疎化を前に、漆という歴史資源を地方創生の起爆剤にしたいとの思いからだった。
平成17年には地区有志で「漆ぬるべ会」を創設。県外の漆専門家の指導を仰ぎながら、地区にかろうじて残っていた11本の原木の根を分ける方法で、植樹を始めた。
だが、土が合わなかったり、シカに食べられたりとなかなかうまく育たない。「漆はかぶれる」と嫌われ、住民の理解を得ることも簡単ではなかった。
道のりは平坦(へいたん)ではなかったが、これまでに千本を超える植樹を行い、どうにか200本程度が残った。同会の松本喬(たかし)会長(70)は、「数え切れない失敗を繰り返して、最近やっと漆に適した土地の条件が分かってきた」と話す。
28年、ついに漆の採取作業「漆掻き」をスタート。昨春には地域おこし協力隊の並木美佳さん(29)がメンバーに加わり、若い力で活動が本格化した。
漆掻きは木の幹を刃物で傷つけ、木がその傷を癒そうとして自ら出す樹液を採取する地道な作業で、これまでに採取できたのは約800cc(牛乳瓶約4本分)。ごく少量とはいえ、念願だった村産漆であることは紛れもない事実だ。
輸入97%、増産急務
村が漆の復興にこだわるのには、もう一つの理由がある。国産漆の減少だ。
化学塗料や安価な外国産に押され、漆は生産量が激減。農林水産省の統計では、28年の国内消費量約44トンのうち、国産は約1・2トン。97%が中国などからの輸入に頼っている。
国産漆の減少は、国宝や重文建造物の保存修理にも大きな影響を及ぼす。文化庁によると、国産だけでは足りず、昭和50年代ごろから、やむを得ず中国産漆を混ぜて使��てきたという。
だが、文化庁は「文化財は本来の資材・工法で修理することが文化を継承する上で重要」との方針を打ち出し、平成27年には「国宝・重文建造物の保存修理には100%国産漆を使うことを目指す」と発表した。そのためには長期的に年間平均2・2トンが必要と推計されており、増産が急務となっている。
継続的な植樹必要
「日本の宝物は日本の素材で守るべき。素材がないと伝統技術も失われる。そこに危機感を持っている」と並木さんは言う。
漆は成木になるまで10~15年かかる上、一度漆を採取した木は切り倒してしまう。そのため、国産漆の安定的な生産には、今より地域を拡大して植樹活動を続ける必要がある。
現在活動している同会員は地区の約20人。なんとか村の取り組みや村産漆の存在を県内外にPRしようと、村では紅葉した柿の葉に村産漆を塗った漆器「葉の器」を製作。新たな特産品として売り出している。
松本会長は、「今はまだ塩井地区の小さな取り組みだが、村全体や近隣市町村を巻き込み、国産漆の復興を支えたい」と強い決意をにじませた。
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父の死 連載第24回 浮世離れ
友人の税理士というのは高校の同級生で、共に浪人生活を経て、別々の大学に入学した。1回生の夏、3週間ほど一緒に沖縄を旅行した仲である。
私と違って堅実な彼は、大学を卒業後、難関の税理士試験に合格し、故郷で開業している。拙著の宣伝用ポスターを事務所に飾ってくれるナイスガイである。
昨年の父親の七回忌で、家族で話題にのぼった遺産相続計画は、母親と私たちきょうだい3人が、実家の土地や畑などの財産を、あらたに設立した法人に寄託するという内容だった。父親の死後に遺産相続手続きはおこなっておらず、母親はそのことも気になっていた。
ひととおり私たちの計画を聞いた友人は、「法人って、具体的にどういう組織なん?」と聞いてきた。法人設立は兄のアイデアで、私は具体的に知らない。どんな法人組織を設立するにしても、目的や運営形態がはっきりしないようでは、雲を掴むような話ではある。これは、あらためて兄に聞かなければならない。
私はその場で思いついたアイデアを話してみた。土地を町内会に寄付し、公益のために使ってもらうのはどうか。友人が、町内会は法人組織なのかと尋ねる。そんな話は聞いたことがない、たぶん違うと思うと私。では、福祉法人に寄託するというのはどうか、と別の案を出す私。どこの福祉法人がその話に乗ってくるのか、あてがあるのか、そもそもお母さんが財産は要らないというのであれば、きょうだい3人で財産を分け、それを各自が売るなり、どこかに寄託するなりしたらいいのではないか、と友人。なるほど、そうかと私。
要するに、普通の遺産相続である。それらの手続きは、司法書士に頼むといいという。どうやら行く事務所を間違えていたようだ。とはいえ、それまであまり縁のなかった世界。やはり、プロフェショナルに聞いてみないとわからない。
友人に丁重に礼を述べると、色紙にサインを求められた。彼の中で私は”文化人もどき”なのであろう。求められるうちが華である。大スターになった気分で、サインペンを走らせる。
<人の世に熱あれ 人間に光あれ>
そう大書し、サインを入れる。言うまでもなく、1922年に被差別部落民によって結成された全国水平社の「宣言」いわゆる”水平社宣言”の中の一文である。
友人はさっそくそれを受け付けに置いた。税理士事務所にふさわしい言葉なのかと思いながら、色紙を見た顧客の不審な顔を想像し、私はひとりほくそ笑んだ。
友人は自分の車を運転し、自宅近くまで送ってくれた。やはり、ナイスガイである。
後日、兄に法人計画の内容を確めた。なんと、特に具体的な中身はなかった。思い入れのある土地をみんなに利用してほしいという「思いつき」だった。
兄はけっして悪い人間ではない。だが、どこか浮世離れしたところがあって、周囲を惑わせることがある。同類の私に言われたくはないだろうけれど。
遺産相続計画は、一から練り直さなければならなくなった。
◎◎◎ ◎◎◎
友人に会ったあと、近くの回転寿司で持ち帰り用のそれを購入し、母親と自宅で昼食をとる。
外出して話す機会がないからだろう、母親は町内の話題を一方的に話し続けた。誰がどこにマンションを何棟持っている、バブル期に土地がいくらで売れた、誰々の息子はどこどこで事業を始めて成功しているらしい・・・。
その一部は、大阪ー兵庫の遠距離電話会談でも聞いたことがある内容だったが、初めて耳にするようなふりをする。
午後は実家に隣接する畑で雑草を刈る。母親が遠距離会談で、足が痛くなってから畑作業ができないため、雑草が伸び放題になっていることをしきりに嘆いていたからである。
ふだんは第三次産業に従事する私だが、一時的にではあるが第一次産業に鞍替えする。父親が着ていた作業着を身につけて、いざ畑へ。足が痛いはずの母親も、野良着で畑に立っている。
約70坪の敷地には、伸び放題になった雑草が広がっている。これを引き抜き、畦に積み重ねていく。雑草は1メートル前後まで成長しており、中には深く根を張った不届き者もいて、鍬を使って格闘する。母親はあまり移動せず、同じ作業に従事している。
畑作業をしたのは何年ぶりだろうか。思い出せないくらい遠い昔だ。草を引き抜くたびに、コオロギやバッタと出くわす。周囲に田畑があった子供の頃は、身近な生き物だった。しばし、童心にかえる。
作業をしながら頭の中で、三橋美智也の「達者でナ」(横井弘作詞、中野忠晴作曲、1960年)がリフレーンする。
「わらにまみれてヨー 育てた栗毛」
百姓ではなく、馬喰を歌った唄だが、かまへん、かまへん。私は自らを、ミレーが描く謹厳な農夫をイメージしながら作業にあたっていた。かたわらの老農婦が、何やらつぶやいている。
「畑が気になって気になって、それで痩せてしもたんや。今夜はゆっくり寝れるわ」
気になっていたのは、真実であろう。それが痩せた原因かどうかは別として。
雑草を取り除いた3つの畝に、サツマイモを栽培しており、ち��うど収穫時だという。鍬で土に埋まったそいつを搔き出す。出てくるわ、出てくるわ。優に20キロはあるだろうか。これは当分、イモ料理やなあと、メニューを考えながら掘り続ける。こういうこともあろうかと、キャリーバッグを持ってきている。
休憩をはさみ、3時間ほど作業を続けた。母親は休みなしだった。85歳にしては、じゅうぶんな体力である。畑作業が生活の一部であったことがうかがえる。
ほとんどの雑草を除去できたが、まだ3分の1ほど残っていた。陽が落ちかけているので、残りは明日にすることで母親と合意する。
◎◎◎ ◎◎◎
晩酌の肴に、妹が送ってくれたウナギを食べる。埼玉在住の妹は料理上手で、この他にも冷凍しても美味しい自作の惣菜を郵送して、母親を喜ばせている。遠距離ながらも、故郷の母親は忘れていない。
体を動かし続けた疲れをアルコールで相殺していると、近隣の街に住む母親の妹から電話がかかってきた。
「お母ちゃんのこと、心配しとんねんで。前栽にある柿もようさん落ちてしもて、そのままや・・・」
確かに、庭にある柿は熟して何十個も地面に落ち、みじめな姿になっていた。父親亡きあと、歳月が実家の風景を徐々に変えていた。<2020・10・20>
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\.BPM早口言葉大会始めるよ〜✨/ お題 「隣の客は良く柿食う客だ」 #ドットビーピーエム #dotBPM #早口言葉チャレンジ #言えたと思ったけどいえてない @amn_hiroko @t__serina @kousaka_nodoka @_minatoyukiko @dot_BPM https://bit.ly/2GpQ4yD
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Kyoto Tokyu Hotel
いま京都のホテルは非常に安くて びっくりするような値段ででていることも。 今回1万円以下で食事付きのプランでした

京都駅八条口(新幹線側)まで無料送迎バスがあります。 京都駅へのアクセスは堀川五条のバス停が近くて使いやすいです。 繁華街の四条方面にい���バスがちょっと不便で 堀川通から大丸のある四条高倉に行くバスはありません。 このあたりに行く場合は できれば堀川四条で四条を流すバスに乗り換えたほうが早いです。 祇園経由で四条河原町まで行くバスはありますが この路線はかなり遠回りです。 ちなみにタクシーでも1000円しないでいけるので 面倒な時はタクシーにしてしまいましょう。 近隣には西本願寺があって、 朝の散歩に行くには良いコース。 西本願寺、東本願寺と一緒にまわってもいいですね。 荷物が少なくてフットワークが軽いなら 歩いて京都駅にもいけます。

京都の東急ホテルは東急ホテルのなかでも 最上位クラスの東急ホテルなのですが さすがは、最上位クラスだけあってパブリックスペースなどは 本当に立派で良いホテルです。

特にレストランが美味しいのにはびっくりしました。 朝も夜も美味しいのは実に評価大です。 そして、若手のスタッフ、 特に女性は年齢やセクション関係なく みなさん感じがいいのはすごくよかったです。

古いホテルですが、 水回りを中心に改装は きちんとしていました。 また、ルームキーを挿さないでも 空調や電気が使えるのはいいものです。 クローゼットはそれほど大きくありませんが 貴重品入れにはパソコンも入れるようになっています。 ネット環境はなかなかよくて有線LANもありますし Wi-Fiも複数使えてしかもなかなか早かったです。 ライティングデスクと化粧台を兼ねたテーブルは 作業がしやすい大きさです。 このデスクにサンワサプライのUSB電源6端子が 最初からあるのも非常に便利でいいなと思いました。 デスクワークは非常にしやすいホテルといえますね。 ベッドもシモンズでいい意味で固めで好みでした。 ビューは市街地だけあってあまりよくありませんが こればかりは京都のホテルの宿命ですね。 文房具は客室にキャップなしのボールペンとメモがありました。 便箋や封筒はお願いしてもってきてもらう アフターコロナスタイル。 封筒はご覧の通り、テレックス記載ですし このロゴはかなり昔のものですから ひょっとしたら経費削減で 昔のものを倉庫から引っ張り出したのかもしれません。
京都東急ホテル 京都府京都市下京区堀川通五条下ル柿本町580 TEL 075-341-2411 FAX 075-341-2488 https://www.tokyuhotels.co.jp/kyoto-h/
Kyoto Tokyu Hotel Gojo-sagaru, Horikawa-dori, Shimogyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 600-8519 TEL: +81-75-341-2411 FAX: +81-75-341-2488 https://www.tokyuhotelsjapan.com/global/kyoto-h/index.html
东急京都大酒店 地址:京都府京都市下京区堀川通五条下ル 电话:+81-75-341-2411 https://www.tokyuhotels.com.cn/hotels/kansai/kyoto-h/?_ga=2.73044689.391761632.1596563719-2005553675.1596328527
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ごまきち @outesama - 午後1:24 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1200994005506375680
鷹での害鳥追い払いに関し、前からわたしが指摘している通りの答えが書いてありました(BBC) Why cities are unleashing birds of prey into their skies http://bbc.com/earth/story/20161003-why-cities-are-unleashing-birds-of-prey-into-their-skies?ocid=ww.social.link.twitter @BBCEarth さんから
{{ Why cities are unleashing birds of prey into their skies - BBC : http://bbc.com/earth/story/20161003-why-cities-are-unleashing-birds-of-prey-into-their-skies : https://archive.is/TzFee }} ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:25 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1200994365348335616
イエローストーン国立公園での、オオカミ再導入のが最初に考えられていたほど成功していない例を出しての教訓にも触れています。
科学的な面から言って、猛禽類に対する恐怖だけでハトの行動を永続的に変化させるのは無理。 害鳥とされる鳥の行動を阻止しなければ、長期的に勝利するのはハトだろう。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:28 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1200995034692120577
害鳥とされる鳥の行動の阻止とは、他の多くの獣害での例と同じく、人に害を成すとされる生き物がそこに来る状態、環境を変えること(多くは意図的でないにせよ、ゴミなどでの餌付け問題)が先決。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:34 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1200996446721302529
「鷹での追い払いだけで問題を解決する可能性はほとんどありません」 ≫――――――≪
鷹匠石橋美里 築城基地航空祭に出演。 @MisatoFalconry - 午後11:44 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/MisatoFalconry/status/1201150037608108032 返信先: @outesama @BBCEarth
言っておきますが、最も有名な鷹匠による害鳥排除業者はfalcontrolです。弊社も国内外で実績が出ています。諏訪流の鷹匠さんなら、ちゃんと正しく情報発信なさってください。あと、既にニックフォックスなど含めた研究者が学術論文で猛禽類を使った害鳥駆除に関して研究成果を挙げています。 ≫――――――≪
くらな @kurana_e - 午後2:11 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/kurana_e/status/1201368370722963456 返信先: @MisatoFalconry @outesama @BBCEarth
元記事内でも害鳥を遠ざける効果を紹介してますし、視点が異なるだけでどちらの意見も成り立つと思います。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:48 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201000039847354368
つい先日も、わたしに鷹での害鳥追い払いの話が来たのですが断りました。 わたしは効果は無いと思っているし、本気で効果を出すにはわたし一人が鷹と出向いたところで変わらないからです。 その話が来たので、わたしの持論を客観的に裏付けるものは無いかと探した結果出てきたのがBBCでした。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:49 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201000326741889024
成功例もあるようですが、それは数年にわたって休み無く一日8時間、その場に鷹と鷹匠が駐在していた。 そして鷹が実際にその場で獲物を獲って食う姿を野鳥たちに見せている。 でも何よりやはり、環境を整えること。 一部の誰かや何かに任せるのではなく、市民一丸となっ���取り組む問題だと思います。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後1:55 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201001772438802432
BBCの記事にも書いてありますが、害鳥追い払いに関して調査した科学者がほとんどいない状態。 でもわたしは客観的で冷静な検証が欲しかった。 鷹は世間で思われているほど万能ではないとわたしは思っているし、万能と信じて彼らを利用することが嫌なので。 鷹に対して誠実でいたい。 ≫――――――≪
あかねずみ @akanezumi1984 - 午後2:32 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/akanezumi1984/status/1201011042408484864 返信先: @outesama
こちらでは複数の自治体が何度かカラスの追い払い実験をしていますが、毎日でなくてもいいけれど何度も繰り返さないと戻りますし、戻らない場合は別のところで苦情が出る可能性が。でも、苦情を言う市民は「とにかく自分のところをなんとかしろ」なんですよね。塒の解散に関してはある程度の効果。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後2:54 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201016670975692806 返信先: @akanezumi1984
毎日でないにせよ、結局「いつ行っても邪魔にされる」と思わせる状況にしなきゃいけないのですよね。 まあ…相手は野鳥ですし都合よく「自分とこだけ」なんてわけにはいきませんよね… 餌場と塒では、全く条件違いますからね。でも塒を潰しても、たらい回しにしかならんと思うのですよね。 ≫――――――≪
あかねずみ @akanezumi1984 - 午後3:02 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/akanezumi1984/status/1201018742538301440 返信先: @outesama
そうなのです。たまたま人のいないところに移ってくれればよいですが、そうでない場合は別の人からクレーム入ります。餌に困らないのか、鈴なりのままの柿そこらじゅうにあります。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後3:15 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201022006931554304 返信先: @akanezumi1984
そもそも、何故人が邪魔にする場所に彼らが集うのか、から見ないといけませんよね。その理由も見ず追い払え!としたって、似たような場所に行くだけでしょうね。 ≫――――――≪
Drunken45rpm @mkvet - 午後2:03 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/mkvet/status/1201003850401861633
【連続ツイート確認】 「簡単単純な方法で望み通りの効果が得られる」なんてことはめったにないが、困っているときほどすがりたくなる。
============≫ ごまきち @outesama - 午後1:24 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1200994005506375680
鷹での害鳥追い払いに関し、前からわたしが指摘している通りの答えが書いてありました( BBC) Why cities are unleashing birds of prey into their skies http://bbc.com/earth/story/20161003-why-cities-are-unleashing-birds-of-prey-into-their-skies?ocid=ww.social.link.twitter @BBCEarth さんから
{{ Why cities are unleashing birds of prey into their skies - BBC : http://bbc.com/earth/story/20161003-why-cities-are-unleashing-birds-of-prey-into-their-skies : https://archive.is/TzFee }} ≪============ ≫――――――≪
Drunken45rpm @mkvet - 午後2:05 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/mkvet/status/1201004428590895105
【連続ツイート確認】 簡単単純そうに見える方法でも、粘り強く努力し続けなければならなかったり、重要な手順に知識や技術が必要だったりする。
============≫ ごまきち @outesama - 午後1:48 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201000039847354368
つい先日も、わたしに鷹での害鳥追い払いの話が来たのですが断りました。 わたしは効果は無いと思っているし、本気で効果を出すにはわたし一人が鷹と出向いたところで変わらないからです。 その話が来たので、わたしの持論を客観的に裏付けるものは無いかと探した結果出てきたのがBBCでした。 ≪============ ≫――――――≪
鷹匠石橋美里 築城基地航空祭に出演。 @MisatoFalconry - 午後11:32 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/MisatoFalconry/status/1201147006766313472 返信先: @outesama
FF外から失礼します。あんまり適当な事を言わないで頂きたい。貴女は効果が無いと思っていても、弊社は株式会社として業務で行っていますし、海外でも鷹狩りの原理を利用した害鳥排除及び駆除は行っています。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後2:13 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201006257915609088
決して短く無い年月を鷹と共に狩りをして生きてきましたが、そんな中で獲物となる生き物たちの強さや生存戦略を見せつけられ、彼らに対し敬意を持っています。 同時に世間で思われている鷹と、現実の鷹とのギャップも感じてきました。 野鳥たちも、世間で思われているよりずっと強いと思っています>RT ≫――――――≪
あかねずみ @akanezumi1984 - 午後2:36 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/akanezumi1984/status/1201012114871054337 返信先: @outesama
猛禽は美しく、かっこよく、気高い。でも狩りは失敗することが多いし、いろいろな鳥に意地悪されますよね・・・ ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後2:55 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201017015214821376 返信先: @akanezumi1984
猛禽に嫌がらせ?する野鳥たちは、よく分かってますからね。 自分に危害が及ばない「この距離だったら」「今だったら」。 いろいろ見極めていると思います。 ≫――――――≪
あかねずみ @akanezumi1984 - 午後3:04 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/akanezumi1984/status/1201019323973685249 返信先: @outesama
クマタカなんかはおとなしいので、ほんとにすぐ近くでしつこくしてますね。おいおい休んでられなくて気の毒です。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後3:16 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201022216738988038 返信先: @akanezumi1984
もうちょっと姿を隠せるとこに移動すると、マシになるのでしょうけどいろいろ面倒くさいのかもしれませんね ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後3:00 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201018136264204288
あと追加したいのが追い払いに使われる鷹の能力です。 ただ飛ぶだけで何の危害も加えないのなら、それは他の追い払いと同じで何の脅威も無い。 害鳥とされる鳥が寄り付かない環境作りは大前提の上で「獲れる鷹」で「いつ行っても邪魔にされる」状態を継続。 それでも”永続的に”は無理だと思います。
============≫ 野遊びちゃらんぽらん @yamaF222 - 午後2:47 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/yamaF222/status/1201014849574068224 : https://benediktine.tumblr.com/post/189446114131/
獣害対策では手間も金もかからない特効薬が求められるがそんなものはない。 鷹は?と聞かれる事があるが同意見です。 その場ではいなくなるけど毎日やらないと効果無い。 毎日やると莫大な予算がかかる。 行政や農協はパフォーマンス性だけ見ずにしっかり考えて欲しい。 金があるなら別だけどね。
============≫ ごまきち @outesama - 午後1:48 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201000039847354368
つい先日も、わたしに鷹での害鳥追い払いの話が来たのですが断りました。 ~~~~~~ ≪============ ≪============ ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後3:04 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201019304231129090
でも大体「鷹で害鳥追い払いを」と依頼してくるところは殺すことは嫌がるんですよ。 効果よりも「市民の声に対応しました」というパフォーマンス重視の場合が多いと感じています。 ≫――――――≪
Pigmyowl @pigmyowl - 午後8:23 ・ 2019年12月1 : https://twitter.com/pigmyowl/status/1201099400321236992 返信先: @outesama
ああ、やっぱり。 追い払うプレッシャーを与えるには、どうしても捕食しなければいけないと思うんですが、やはりそれはダ��なんですね… ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後3:32 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201026350062063616
分かる… 防鳥ネットを使うのなら防鳥を考えないと…と思ったことが何度かあります。 でも当人は「対策したのに!」と腹を立てて、益々対象の生き物への憎しみを募らせる悪循環。 わたしも実際体験したことあります。
============≫ 野遊びちゃらんぽらん @yamaF222 - 午後2:52 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/yamaF222/status/1201016234520629248 : https://benediktine.tumblr.com/post/189446188866/
あとネットや柵の貼り方(そこにある資材で)をわざわざ出向いて今節丁寧に教えたのにも関わらず、 「言われた通りにやったのに獣にやられた!」 と作物の上にポイッとネットをかけただけの人に言われた時は頭にきましたね。 (先のとは別な人で家庭菜園レベル) ≪============ ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後6:29 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201070692940206080
猛禽類を心から好きだからこそ、鷹の能力、影響を所謂「ナンチャッテ科学」的なものにしたくない。 生態系って鷹!怖い!なんて単純なものではなく、もっと複雑だと感じているのですよね。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午後6:32 ・ 2019年12月1日 : https://twitter.com/outesama/status/1201071579762835456
猛禽類だけの話しではないですが、彼らの特性も色眼鏡で見ずに正しく客観的に評価、認識してこそ上手く付き合っていけるものだとわたしは思っています。 だから変な過大評価は不要だし、仮に人にとって不都合な事実であろうが向き合い受け入れていかなければ、良い隣人にはなれないと思っています。 ≫――――――≪
かんかん @newskankyobu - 午前10:53 ・ 2017年1月8日 : https://twitter.com/newskankyobu/status/817912144880549888 猛禽によるカラスやムクドリの追い払いを無批判・無検証のまま持ち上げて、スター鷹匠まで仕立てて流布したメディアの責任も大きいのでは? > RT ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午前10:34 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/outesama/status/1201313609323663360
批判の声は大切です。 その声から問題点を見て、どうすべきか多角的に意見を求め成果に繋げていくために。 批判の声を無いものにしようとすることが問題です>RT ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午前10:41 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/outesama/status/1201315345480314881
費用対効果の面で見合わないとやめたところも実際ある。 それは米国の例で調査状を見ましたが、今ソースに辿り着けずリンクが貼れないので、見つけたらまたリンク貼ります。 大体調べ物の最中にポンと見つけるので、どうそこに辿り着いたか覚えていないことが多くて申し訳ない。 ≫――――――≪
すーさん(猫捜し中) @suimu_calcite - 午前10:55 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/suimu_calcite/status/1201319023377469441 返信先: @outesama
============≫ すーさん(猫捜し中) @suimu_calcite - 午前10:47 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/suimu_calcite/status/1201316873305907200
鳥獣害研究室-鳥害対策 http://naro.affrc.go.jp/org/narc/chougai/wildlife/howto_j.htm
【野生の鳥は野生の猛禽類と共存しているので、猛禽類を見て逃げても、その近くに戻って来なくなるようなことはまずありません。】 ≪============ ≫――――――≪
かんかん @newskankyobu - 午前10:49 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/newskankyobu/status/1201317387116503040 返信先: @outesama
米国ってこういうとこしっかりしてますよね
============≫ ごまきち @outesama - 午後8:24 ・ 2019年5月13日 : https://twitter.com/outesama/status/1127897328273117184 : https://benediktine.tumblr.com/post/189445751056/
所謂鷹匠の害鳥追い払いに対しわたしは懐疑的立場なのですが、この件に関し論文出てないかなと探したら、費用対効果が高い証明はできないというアメリカの論文を発見。もうちょっと詳しく読んでみます。可能な限り探して見てみる予定。 ≪============ ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午前10:54 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/outesama/status/1201318689334689797 返信先: @newskankyobu
海外の鷹匠に対する、主に批判的な声をわたしはよく見ていますが、批判的な声に反する声は、わたしが見た限りどれもアメリカで農薬の影響で激減したハヤブサを 復活させる活動に、鷹匠たちが貢献したことを例に出しています。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午前10:55 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/outesama/status/1201318961951887361
そして鷹匠を擁護する人たちがいつも言っているのは、鷹匠が鷹への知識や技術によって環境に対して貢献しているということ。 鷹匠は環境に対しての貢献を期待されているのだとわたしは感じています。 だから鷹を飛ばして…という一面だけを見ている���は、支持など得られなくて当然だと考えています。 ≫――――――≪
ごまきち @outesama - 午前10:58 ・ 2019年12月2日 : https://twitter.com/outesama/status/1201319645757657088
環境を考慮するには、それこそ多角的視点からの意見が必要でしょう。 批判的な声の多くは、環境、在来種に対しての危惧の声。 批判を無きものにしようとせず、向き合うべきだとわたしは考えています。 ≫――――――≪
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今日は展望台からの夕陽よりも 日が沈んだ後の、下山中の方が凄かった😳✌️ . . 最近すっかり #夕陽マニア ☀️? . . #いつも同じの で #さーせん 🙏 . . . 我が投稿がウザかったら どうぞご遠慮なくフォロー切っちゃって下さいね~~ 🤘😆🤘 . . . 今日もココは #安定の美しさ だった . . コレがご近所とか #本当に贅沢 ~~~ ✌️😳✌️ . . . #沖縄 #名護 #okinawa #nago #運動 #ダイエット #DIET #ウォーキング #名護城公園 #名護中央公園 #名護城跡 #夕日 #夕陽 #夕焼け #飲酒多グラム #来る者は拒まず去るものは追わず #隣の客は良く柿食う客だ #隣の客はよくキャキキュウキャクだ ✌️😳🤘😆🍺🍺🍺✝️ (沖縄県名護市) https://www.instagram.com/p/B1qtoy_l53A/?igshid=xkuwg7ipqb47
#夕陽マニア#いつも同じの#さーせん#安定の美しさ#本当に贅沢#沖縄#名護#okinawa#nago#運動#ダイエット#diet#ウォーキング#名護城公園#名護中央公園#名護城跡#夕日#夕陽#夕焼け#飲酒多グラム#来る者は拒まず去るものは追わず#隣の客は良く柿食う客だ#隣の客はよくキャキキュウキャクだ
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ウズベキスタン旅行2018 - Part 13
いや~、半分越えたと思う!!!(←ま、まだ半分なのか?)
ウズベキスタン旅行2018 - Part 1 ← サマルカンド編(1日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 2 ← サマルカンド編(1日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 3 ← サマルカンド編(1日目~2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 4 サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 5 サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 6 サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 7 サマルカンド/ブハラ編(2~3日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 8 ブハラ編(3日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 9 ブハラ編(3~4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 10 ← ブハラ編(4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 11 ← ブハラ編(4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 12 ← ブハラ編(4日目)
この日は一日車で移動!!楽だけど、そこそこ過酷。

ひたすら道!の一日の始まり。
ブハラから向かうのは・・・マップ上だとヒバ!ちょっと見えにくいですが、Google先生によると、車で6時間17分ですね。約460km。香川県からだと、愛知と静岡の県境くらいまでいく、という距離でしょうか。
それにしても、こうしてみると、この辺りは隣国トルクメニスタンとのほぼ国境辺りということが分かります。なるほど、トルク人感が強いのも分かる。
この日は、とにかく砂漠の中の道を走り抜けていくと聞いていました。
さ、砂漠???
砂漠と聞くと、サハラ砂漠のような砂砂漠のイメージが強いでしょうか。でも、砂砂漠というのは世界の砂漠の中では少ない方。実際には岩石砂漠、礫砂漠が圧倒的に多いのですね。分かりやすいブログがありました。
旅と地理 砂漠の種類。意外と砂の砂漠は多くない
・・・ってか、このブログ↑↑、面白いな。運営情報とかないけど、誰が作ったんだろう?シンプルでとても分かりやすい。
で、私たちが通過したのはキジルクム砂漠。カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンにかけて拡がる砂漠です。

車の中から撮った風景。礫砂漠、ですかね?ウズベキスタンの大半はケッペンの気候区分で乾燥帯に入ります。
自分でこのブログを書くにあたって、気候に関してネットサーフしていたら、世の中には面白いことをしている人がいらっしゃいます。この人、超面白い!
僕はこうして破滅する~特典旅行がやめられない~ ケッペンの気候区分をもう一度勉強しなおす。楽しい旅には地理の知識を。
いかん、今回は寄り道が多いぞ。植生はこんな感じ。

ほぼ一日、延々とこんなところを走ります。

道路の舗装具合が微妙な場所も多いです。1枚目の写真と比べると、こちら、道の端はほぼ砂利。アスファルトも、まぁまぁボコボコ。

ピンぼけで申し訳ない。色々と詰み過ぎじゃね?みたいな車、よく見かけました。

こちらもよく見かけた綿花畑。Wikipedia先生によると、綿花はウズベキスタンで最も生産量の多い農業製品。

ただただ車に乗っているだけ、何もせぬまま砂漠の真ん中にあるチャイハネに到着。ランチ&トイレ休憩。

いや、本当のトイレはちゃんと屋内にあります。


砂漠の真ん中、何もないところですがシンプルながらもランチを頂けるのはありがたい。シャシュリーク。肉っ!!

昔から貴重な水場なんでしょうね。

チャイハネ前の道。ただただまっすぐ、道が続いています。
・・・で。実はこの日、驚きのトラブルが発生しました。なんか、通常通る橋が落ちて通行止めだ、と。
え?( ゚Д゚)
仕方ないから遠回りすることになります、というガイドさんに、「どれくらい時間がプラスされますか?」と聞いてみた。
私「30分?」ガ「う~ん、、、。」私「1時間くらい?」ガ「あ~、も、もうちょっとかな?」私「・・・2,3時間みておきましょうか。」ガ「(笑)」
距離が延びるのも大変なのですが、道の舗装状況でどれくらいかかるかが読みにくいようでした。
しばらくすると、快調に走っていた道から、突如逸れた!ボコボコの砂利道突入!!!(゚Д゚;)
そしてこの日のハイライト・・・
vimeo
これ、分かりにくいしちゃんと撮れていない感じで見づらい動画ですが、我々、線路の上を車で走っております。車両用の橋が使えなくなり、急きょ鉄道橋が一般車両に開かれたわけです。いやー、絶対日本ではない気がする。

のどかな風景も。
まー、長かったですが、とにかく夕方くらいには、目的の街に到着しました!街の名前はヒヴァ(Xiva)。ウズベキスタンの首都タシケントからは西へ約1,000km。ガイドさん一押しの街です。
ホテルがある観光地へ行く前に、トイレ休憩も兼ねて商店へ。


これと言って何を買うわけでもないけど、地元の商店って感じで良い。
まぁまぁ疲れたorz という感じでとにかくホテルに到着。ちょっと休みたい感じだったけど、ガイドさんがどうしても見てほしい景色がある!と。
ホテルについてすぐに連れて行ってくれたのは、宿泊客なら誰でも行けるホテルの屋上。夕刻時、ここから見えた景色がこちら。



まさに、息を呑む光景。疲れもぶっ飛びます。翌日はここを歩いて回るわけです。楽しみ過ぎる!!
そんなにお腹は空いていないけど、この後夕食へ。

右がナン。おぉ!完全にフラットタイプになった!


前菜がこじゃれてますな。柿?と思ったけど、小さなカボチャ?みたいなお野菜を使っています。

肉がメインなのだろうけど、芋が美味しかったやつ。
というわけで、長い移動日が終了。翌日からいよいよヒヴァ観光です!!
ウズベキスタン旅行2018 - Part 14 ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 15 ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 16 ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 17 ヒヴァ/タシュケント編(7日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 18 タシュケント編(7日目)
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ハノイ旅日記
2019年3月12~17日、ベトナムはハノイへ、母とふたり旅へ。エクスペディアで航空券とホテルを一週間前に予約。ホーチミンとどちらに行こうか迷ったが、ハノイのほうが落ち着いてそうな予感がしたのでハノイに決めた。3/12NRT9:30→14:00HAN、3/17HAN0:55→8:00NRT、飛行機はヴェトジェット。ツチオペラハウスという、貸部屋らしきものにしてみた。ベッドが2つあったので。しめて17万円。
さてやや緊張した面持ちの母と途中の駅で合流、成田空港第2ターミナルへ。ヴェトジェットは小さな旅客機で、乗客も7割はベトナム人といったかんじ。飛行機での食事を期待していたので何も食べ物を持っていなかったのだが、食事も飲み物も出なかった。そうか、だから安いのね。うんうん。座席も狭いよ、ちょっとこれ欧米人だったら足きついよ、とか思いつつ。母は窓際で上機嫌、外の景色を見ては浮き立ち私に話しかけてくる、「ほら、〇〇見えるよ!」エトセトラ、、わたしは、うんうん、ほんとだね、そうだね、、などと気のない返事。上空の6時間はいやに長かった。きっと狭くて疲れたからだ。いやいや、俺はそれどころじゃなかったんだ、母を無事に旅から帰らせねばならぬのだから、お気楽な一人旅とはわけが違う。そうだそうだ、妹にも言われたのだ、ああ見えてもうおばあちゃんなんだから、取扱注意だよ、と。ほほほ。わかってるさ。そうだそうだ、空港についてからどうやって市街地まで行くかががまずの関門なんだよ、わかってる、おかーさん?ってわけであたしは飛行機に乗りながら地球の歩き方を読んで、どうするか考えていたんだ。タクシーという手もあるけど、バスでも行けそうだからバスに決めた。喉がかわいたのでCAのお姉さんにペットボトルのお水を注文すると日本円で出したけどお釣りの円は無いからベトナムのお金でお釣りがきたよ。
空港についてまずは両替。とりあえず2万円両替。ベトナムはドンという単位。この金銭感覚がだんだんカラダに入ってくるのが旅の醍醐味よね。今はまだその価値もよくわからんお札を手に、とりあえず財布にしまう。それから市街地に向かうバス乗り場へ。事前に頭に入れていたのでタクシーの勧誘は無視してバス乗り場を探す。あったあった。もういっぱいで、座れそうにない、30分くらいは乗るよ、と母に話すとじゃあ次のにしようか、などと言う。すると、座っていた欧米人の男性が母に譲ってくれた。家族でベトナムに来ている旅行者だ。ジェントルマ~ン。
バスの窓から見る景色。はーあー、ほんとに来たよ、ベトナムだよ。バイクにめちゃくちゃ搭載してるよ。褐色の人々。古い自動車。あったかい、あつい。
目印のオペラハウス近辺で下車。ふぅ、こっからどうやってホテルに行くかも問題だ。グーグルマップの出番だ、、うろうろ、コロコロ転がして不安げな母を連れてあたしも不安だけどそうも言ってらんね、きっとこっちだってほうに向かって歩く。うん、ここっぽいんだけど、それっぽいのがないんですけど。困ったなって思って仕方なしにそこらにいた暇そうで���しそうで純朴そうなお姉さんに聞いてみた。うん、ここだよ。きっと上の階だね、と。まじか。で二人で階段上ってると今度はコロコロをさっと持ってくれたお兄さん登場。わてらの宿の隣人でした。なんやみんな親切。肝心の宿についたはいいが、鍵がかかっていて開かない。仕方なく宿のオーナーにメールすると、5分後に行くから待ってて、と。案の定30分くらいしてから来た。結論としては、このあんちゃんにはしてやられた感がある。最終日は蚊の一斉駆除があるから別の部屋に移動しろとか、部屋の掃除なんか一回もしなかったくせにクリーニング代払ったし。でも母は部屋はとても気に入った様子。テレビで見てた現地で短期生活するものと重ね合わせて「ホテルよりぜんぜんいい!こうゆうの憧れてたの!」とご満悦。ポジティブで助かるわぁ。
初日は散策といこう。ホアンキエム湖周辺へ。辺りは夕暮れ。観光客でごった返す。湖の畔で毎日毎日小さなおもちゃを売る盲目の老婆。湖には亀の塔が浮かぶ。あたしは小汚い店でもOKなのだが母が嫌がるので、まぁ今日は初日だし、と思い、小洒落た西欧人向けのベトナムレストランへ。フォーとハノイビールをいただく。おいしかった。まずは無事にたどり着いたことに乾杯。食後も散策をする。パン屋目指して地図を見ながら歩いていると小さくて丸い揚げパン売りのおばさんに「教えてあげるよ」と話しかけられる。そして揚げパンも買うことに。うん、まぁ、ちょっと油っこい。けっこう売ってるけど、そんな人気あるのかちょい疑問。。結局パン屋は諦めて帰ることに。ホアンキエム湖のところの売店のパンを買う。それから宿の近くのサークルKでヨーグルトなど朝ごはんを買っていく。
次の日はまずオペラハウスへ行き、『私の村』のサーカスショーのチケットを購入。現金が足りなくなりそうだから両替したい、と受付の男子に言うと、目の前の銀行まで連れて行ってくれる。そう、車とバイクが行き交う大通りを素人が横断するのは至難の業、、おにいさんの後ろをついておどおどした足取りの母を連れ渡る。だが残念なことにジャパニーズ円は両替できなかった、、なぬぅ、、ラオスではそんなことなかったのにー(たしかたぶん)、なんでだーベトナム!仕方ないので母のクレジットカードで一番いい席を2枚購入。これは結構高かった。たぶん一人5000円くらい。ショーは夜なので、まずは購入のみ。


次は明日の電車での旅のため、ハノイ駅までチケットを買いに行く。母が列車に乗りたいというので。母は何気に鉄子なので。30分くらい歩く。道中暇そうにしているおっさんたちが目に余る(笑)プラスチック製のちっこい椅子に座ってお茶してペチャペチャ話してたり。まったく楽しげだ。道中、ふかし芋を売る人の横を通り過ぎると、母が物欲しげにわたしにねだる「買ってーまきちゃん買って」え。芋だよ、芋。と思ったけど老いたる母の望みとあらば。さて、きっと母にとっての「ベスト・オブ・ベトナム料理」はこのふかし芋だったと思う。「わかる、まきちゃん、これは採れたての味だよ」とうれしそうに。さすが元田舎娘。うん、たしかにおいしかった。あたしも芋っ子だから(川越ね)。

駅で明日のニンビンまでの切符を購入、朝6時発のにしたので大変だ。鉄子の母と駅をウロウロ。ベンチエリアでは一族郎党で出かける大家族が休憩していた。お弁当広げて果物食べたりそこらに座ったりして。ミカンのいい匂いがする。母も先程のふかし芋屋から買ったミカンを食べ始める。おいしいおいしい。さて再び歩く。またもや30分くらい。ハノイ大聖堂へ。その前にお昼をアメリカナイズされたビール屋で食事。チキンバーガーとサービスチケットのビール。

それから旧市街という通りを散策。口琴、サンダルなど購入。歩き疲れたのでノラカフェへ。お客が誰もいないんだけど、店員は5人くらいいて、建物が隠れ家みたいに入り組んでて、屋上まで行ってみた。屋根はあって、窓も2面だけあってなんでだろうね、なんて話してて、母はコーヒー、わたしは果物のスムージーを注文。しばらくすると噴煙が舞い始めた。窓の意味がわかった。庭でゴミを燃やしているのだ。風が吹き燃えカスやススが舞ってくる。ぶおーってくらいの量の。だれもお咎めしないのね。おおらかね。

はて、母は疲れた様子。そりゃそうだ。歩かせ過ぎ。でもまだ歩くのだ。オペラハウスに行ってサーカス見るよ。その前に宿に寄って小休止。

サーカスショー『私の村』はとても良かった。もちろん、観光客向けでベトナム人は見ないし、イメージのベトナムだろうけど、竹を使ってアクロバットする肢体に嘘はないし音楽も良かったし。観客の欧米人にも大いに受けていた。帰りに小腹がすいたので宿の並びにあるフォーを食べることにした。母はかなりがんばった様子。


おいしかったよ。あっさりしてるし。中学生くらいの男子がパパを手伝ってた。私達のを作り終えたら自分用に特性フォーを作ってむしゃむしゃ食べてた。さて明日は早起きです。
朝4時半に起き、5時に宿を出てハノイ駅に向かって歩く。辺りはまだうす暗い。けどいつも喧騒の通りが静かで、通りを渡るのも簡単。地元の人たちがランニングやウォーキングや体操してる。30分歩いて駅に着くと、お目当てのサンドイッチ屋さんはまだ開いてない。駅の売店でおこわ、ピーナッツ菓子を購入し、改札が開くのを待つ。そして車内へ。座席と車両の関係がよく分からないから車掌さんに聞くと「あっち」と。車内は空いててベトナム人のほうが多い。出発すると程なくして物売りがやって来る。ベトナム人がゆでたまごやとうもろこしを買い、美味しそうに食べ始める。母がとうもろこしをねだるので、トウモロコシとそれからゆで卵を購入。トウモロコシは蒸したてで熱々。白っぽい色で、食感はモチモチしててあまり甘くはないけど、わたしわりと好きってゆうか結構好きかも。ゆで卵にはハーブ入り塩コショウもついてきた。電車に揺られて2時間。スピードはゆっくりめ。のんびりした景色。日本語を勉強している、というお兄さんが話しかけてきた。ニンビンの駅に着くと、早速数人のタクシードライバーがここぞとばかりに誘ってくる。とりあえず観光コーナーみたいなところにお姉さんがいたので、チャンヤンまで行きたいと言うとドライバーを紹介された。ガイドブックには「気をつけろ」と書いてあった白タクだからどうしようかと思ったけど、まぁ悪そうな人ではなかったのでその人に決めた。駅→チャンヤン→食事→寺→駅で550,000ドン。20分くらい車で行くとチャンアン洞窟クルージングのボート乗り場へ。ベトナム人の若い女の��2人組と相乗りで3時間コースをスタート。40~50歳くらいのおばちゃんがのんびりとボートを漕ぐ。毎日こうしてるのかな、と思う。ひたすら漕ぐんだよ。洞窟がいくつもあってその中をゆっくりと行くんだ。


一緒に乗ってた女の子がお弁当の海苔巻きをくれた。ソーセージとか巻いてあった。お礼に柿の種をあげた。ふたりは可愛く写真をとることに夢中だった。ポーズ決めて撮ってもらって、もっとこうしてとかお互い言い合ってキャッキャしててかわいかった。ところどころにお寺があり、そこでボートを降りて寺を見学する。
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洞窟はほんとにスレスレだったりで、そんなときはおばちゃんが私の背中をそっとたたき、気をつけてと合図する。鍾乳洞の泉がしたたる。同じ制服を来たおばちゃん、たまにおじちゃんがたっくさんいて、ここが大きな雇用を生み出しているのだ。曇天だったので景色はまぁまぁだったけど、なんかのんびりボートに揺られて面白かった。さて12時にボートを降りると、ドライバーと待ち合わせた場所へ向かう。次はお昼ご飯。ガイドブックによるとヤギ料理が有名だというので、レストランに連れてってもらう。ヤギのソテー?を米粉のシートにハーブやら野菜を巻いて食べるやつと、おこげ、フォー、青菜炒めを注文。ヤギは歯ごたえあり、なかなか美味しかった。ハーブ野菜はワイルド。母は顔には出さず手こずっていた。次に本当は階段を上った先に絶景のあるお寺に行く予定だったけど、ドライバー君いわく、曇天だから上っても景色いまいちだから古都ホアールに行こう、と。いくつ?と聞いてみたら37歳と。見えないね若いね。と私も年を言ったら見えないね肌がきれいね、とほめてもらったホホホ(^^)


もう朝が早かったから牧も母もクタクタだったのでホアール歩きながらウトウトしてた。ホアールには先程のボートこぎのおばちゃんたちが仕事が終わってバイクに乗って次々に帰ってきていた。サトウキビを粉砕しながらジュースを売っていたので購入。甘くて美味しかった。母は若干清潔感がないものだったので引いていた。ドライバー君は暇そうに携帯でゲームしてた。「もう帰る」と言うと早いね、オッケーってかんじで駅に向かう。電車の時間までまだ早いからcafeでも寄ってく?と聞かれたのでそうすることにした。駅の近くのcafeで降ろされバイバイ。cafeはかわいいベトナムの青年が店番していた。ココナッツコーヒー美味しかった。母はウトウト居眠りしてた。

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帰りも2時間揺られてハノイへ。母を再び歩かせるのは申し訳ないと思いつつ徒歩で宿へ。途中のパン&ケーキ屋で夕飯用に購入。
15日。ハロン湾へ行くのもプランにはあったけど、昨日の小旅行で疲れたのでハロン湾へは行かないことにした。でなぜか動物園へ。タクシーに初めて乗ってみた。ローカル色の強い動物園で、地元の小学生が遠足で来ていた。曇天、うっすらと寒い。


母のお気に入りのカバ。ばっちい水の中で眠っている。

ライオンもうらぶれてる。猿の小屋がたくさんあった。そしてあまり手入れが行き届いていない様子。。

びみょうなかわいらしさの遊具。はにゃぁ。

あの空気ボールの中に子どもが入ってコロコロ水面を転がって遊ぶの。そういえば水曜日のカンパネラのコムアイもやってたなぁ。わたしもやってみたかったけどさすがに恥ずかしいからやめた。動物園を後にしてホム市場へ。タクシーで20分くらい。若干遠回りされてるような、、気のせいかしら。ホム市場に入る前にランチを。あるき回った挙げ句、母を気遣いイタリアンへ。ラザニアとパスタとビール。味ははっきりしない感じ。ハノイでイタリアンはまだまだ途上のようです。

この市場はメインが生地のようで、2階はところせましと生地が積まれて、そこかしこにその売り子さんが生地に埋もれて昼寝してたりおしゃべりしてたり。食べてみたかったチェーに挑戦。

おいしー!!母はまた引いてたけど。日本にこの値段であったら毎日食べるなー。モチモチした透明のやつとか、薬草ゼリーとか、アンコもコシ?があっておいしいのら。母にせがまれトウモロコシとオレンジを購入。さて次に、ロンタン水上人形劇を観るため、徒歩でホアンキエム湖方面へ。

開場まで時間があったので2階のcafeで休憩。観光客でごった返す。人形劇は文字通り水の上で繰り広げられる。演奏は上下で生演奏。生演奏プレイヤーの一番目立つ女性がめちゃくちゃやる気ない態度だったのでちょっとげんなりしたが、察するにもう習慣化しちゃってやってる方に感動はないよねきっと。一日5ステージとかやってて観光客はなんにせよ入るし。操演の方たちは水の中でどんなふうに操ってるのか興味あり。ドキュメンタリとかあったら見てみたいな。近場のお土産屋でポーチなど購入、兄弟、叔母たちに。帰り、ご飯を動ずるか迷ったが、わたしだけ近所の店で食べた。しいたけと鶏肉のいため、みたいな和風のもの。味は普通だった。
夜中、あるいは明け方、腹痛に襲われる。いったい原因がどの食事か、わからないけれど、周期的に痛みが走る。嘔吐は無し。サトウキビかな、さっきの夕ご飯かな、チェーかな、、いずれにしても母は元気。だもんで、次の日はほとんど出かけられず。母には申し訳ない��昼過ぎにホアンキエム湖近辺で散歩。休日なので地元民でにぎわう。遊んでる若者たち。足のない物乞いのおばさん。屋台で横笛を購入。音を出すのが難しいから縦笛を勧められたけど、いつか吹けるようになりたいから横笛を買った。少し安くしてくれた。
それから宿屋のツツが移動しろと言うから移動して、そしたらどうしても急な出来事で早く出てほしいとか言ってきて、はぁー、お腹痛いしそんなのできない、わたし休みたい、と言ったらじゃあ自分の勤め先のホテルの部屋を用意するからそっちに19時には移ってくれとか言ってきて。はぁーざけんなぼけ。どうせダブルブッキングだろ、と思ったけど。普段はルーズでタオルを代えてください、と言わないと代えないくせにこうゆうときだけ時間より早く迎えに来て、部下のバイクに乗っけて一人ずつ連れてく、とか言うけど、母がバイクの二人乗りを怖がるので結局ホテルまでてくてく歩いた。そこのホテルは小奇麗だけど小さくて、欧米人観光客向けのようだ。
空港へ向かうタクシーを運転してくれたのは実直なベトナム人だった。わたしたちが夜景を見ていろいろ話してるのに気がつくとさり気なく助手席の枕を外してくれた。降りたときにチップを渡したら意外だったようで、とってもうれしそうにニコっとしてくれた。なんか、わたしと母もとても嬉しい気持ちになった。母はそのドライバーの運転がとても上手だったと関心していた。ツツにはしてやられたけど、最後に良い人に出会えてよかった。
空港ではわたし、ヘロヘロだった。腹痛のせいでご飯が食べられなかったので貧血になり、立ってられなかった。チェックインの長蛇の列で座り込み、情けなや。6時間のフライトが持つか心配だったが、無事に帰国。成田で母とドトールで食事。やっぱ普通においしい。

次はネパールだ!
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先年、とある二つの一軒家にて二人の男女の遺体が見つかつたと云ふ。一方は県中央部の騒々しい住宅街にて、他方は県境近傍ののどやかな湖畔沿いにて、前者は男の家、後者は女の家、二人は夫婦でありながら既に別居状態、こゝ数年間は交流すら途絶えてゐ、知人の少ない女はもとより、男の方も仕事場の同僚に拠れば、めつきり夫人の噂を聞くことは無く、前々から変はつた人だとは思はれてゐたが、矢張りこゝ数年間は殊におかしく、気狂いのやうに意味の分からぬ戯言(たはごと)を云つて、突然息を荒げ出すことが珍しくは無かつたのださうである。司法解剖の結果から両者共に服毒自殺との判断が為され、静粛な葬儀の後、早々に、夫の方は夫の親族の眠る墓地へ、妻の方は其の母親の傍に埋葬され、今となりては地下にて眠る。死んで尚離れ〴〵になりしまゝ、如何があらむとは思へるが、残されし遺書の何方にも、さう願ふ旨が記述されてゐるとの事。幸ひ男の御両親に話を伺ふ機会に拝見した所、我々夫婦にとつて最も良い埋葬法とは、互ひを切り離し、声の聞こえ無いやうに、目の届か無いやうに、何処にゐるのかさへ分から無いやうに、存在を悟られ無いやうに地下へ埋めることのやうに思へる。願はくば此の身を其の地へ、妻の身を彼の地へ葬り給へ。心安く還りなむと柔らかな筆跡で綴られてをり、その後に、されども我妻が安らかに眠れるやう、無いとは思ふが意見の相違がある場合は譲る事にすとあり、凡そ埋葬先までは示し合はせられてゐなかつたと考へらる。交流こそ無けれども、夫婦揃つて同じ考へに至るは愛の為せる偶然か。伺つた先々に於いても、互ひの凹凸の見事に嵌つた、付け込む隙の無い夫婦でありはしたけれども死に際まで共にするとはと偲び〳〵此の事件を語る。蓋し読者の中には妻の愛など疾うに無くなつてゐると考ふる者が居ようが、当時の日記から、夫の気が狂うてからも思ひ続けてゐた事は事実にてある。けふもまた好みのけしやうをし、いつものやうにほこり一つないよう家ぢうをそうじゝ、いつものやうにふたり分のれうりを朝晩つくり、いつ連絡があつてもいゝやうに受話口の前にたゝずみ、いつたずねられてもいゝやうにゑ顔をたやさず、いつ求められてもいゝやうに体を清め、写真をながめてはため息をつく日々にたえきれなくなつてゐるやうな気さへする、向かうにあるなくなることのないみそ汁にすら思ふことおほしと記してある事から、生木を裂く心地にあつたゞらうと思はる、浅はかな推測は差し控へるべし。事実、十五もの歳の差のある夫婦なり。其れ程の歳の差なれば、例には行き違ふ日も出来るべき、理解し合へぬ事もあるべきなめれど、先達て友人の伝を辿り、男の上司に当たる大学教授の端本幸希氏に話を伺ふに、寧ろ、話してゐる内に何方と喋つてゐるのか分から無くなるまで、似通つた夫婦であつたと、又、余り似過ぎてゐるのでおつかない感じがしたとも仰る。彼の変はり者として名高い端本氏だに此のやうな印象を持たるゝのであるから、両者の差異は単に生殖器の違ひでしか無い。何故其処まで似通うてゐたか、思ふに、女側が擦り寄うてゐたからでは無いか、其れすら勝手な想像ではあれども、見初められた時分、未だ少女とも云ふべき年齢であつた事実を考慮するに、憧れにも似た心地を抱きて、知らず識らず男の考へに染まりつゝあつたのでは無いか。而して己に残つた己が別居後に開花する事も無く、正確には開花する前に、終には果敢無くなつてしまはれたのでは無いか。其の可能性があつたからこそ、男は遺書に、無いとは思ふが意見の相違があつた場合はと書いたのでは無いか。死人に口無しと云ふには少々違ひはあれど、今となりては聞くことも出来ず、矢張り想像するしかあらず。斯と云つて安易に推測するべきで無い特殊な夫婦事情に、件の事件に纏ひ付く不思議な香りの原因があるとの事、本物語は事件の解明を目的とした文章では無い事と共に此処に記��。
とばかり陽を見るのも難(むつか)しき夏の頃、同好の士が云ふに、新聞記事の隅に興味を惹くべき内容が載つてゐるとあり、大学図書館を訪れたのが、深入りをする端緒となつたのであるが、凡そ一年(ひとゝせ)の月日を経て男の家を尋ぬれば、青紅葉の美しく生え渡る季節にて、庭には大きな木陰が出来、家の壁、隣家との境には何とも知らぬ蔓草が蔓延り、入る前より耐えられぬ心地となる。周囲の家々、地域柄を思ふと、尚更哀れに感じらる。三階建ての、黒緋(くろあけ)に似る濃い色の洋なる邸宅に加えて、日本家屋めく小さな離れあり、蔓、草、共に避けるが如く其処には生えぬ事から、此の離れが男の部屋だと察す。思ひきや其の佇まいは未だに人が住んでゐるやうで、母屋も蔓に覆はれてゐるのみで、見える壁、窓、屋根、塀、柱、どれも雨の跡すら無く、察するに単に手入れを怠つた結果か。子を失くした親は廃人のやうにて早々に発つ。扠、女の家に赴いてみれば、湖畔のほゞ湿地帯に位置するために、虫の飛び交ひが酷く、加えて木の生い茂りも酷ければ、道と云ふ道、家と云ふ家、店と云ふ店から断絶され、地平面となる湖のみ目の前に見える、侘しい日本家屋なり。蔓は伸びぬものゝ此方には竹が、皮を足元に散らしながら息苦しいまでに生ゆ。春先まで親縁の者が住み込みで遺品の整理に当たつてゐたと云ひ〳〵、筍を処理せず、其れ切り来客すら途絶えて久しいと見える、あらはに毀ち散らされ、破れ〳〵に成つた障子の隙間から中の気色を覗くに、粛として乱雑、未(いま)だ二十歳代の娘とは思へぬ程、古代の家財道具が立ち並び、褥一つ取りても平らか且つ不揃いの布に縫はれ、落つる書籍は並(な)べて茶色に染み付き、唯一の電子機器である電子風琴(オルガン)に至りては、骨董品とも云へる型にあり、女の暮らしの非情だつた事が察せらる。彼女はね、生まれる前からものすごく貧乏だつたのだよと同好の士が云ふ。事に凡そ三十年前、未(ま)だ産声すら上げられぬ頃、母親の胎内に其の種を撒きし男が絶えてしまはれた事から始まつた一家の凋落に、気づけば自身は見窄らしく、幼年期より耐へ忍ぶ事多く、汚げな身形をはひ隠しがちに、常に孤独、後年の口癖に、捨てゝも見放してはくれるなとあるは、幼き心の傷の名残だと解釈するが良からう、特徴の一つである卑屈な性格も此の時点で早くも醸成される事になる。尚、父没前の生活は定かで無い。ある者に問へば豊かな生活を送つてゐたと、別の者に聞けば買ふ物も買へぬ日々を送つてゐたと云ひ、全くの不明瞭であるが、後の母親の言動から状況は良からじ。甲斐無き人にありはしたけれど、家を譲らばこの身も、と。対照に、男の家は今よりも一層富み栄え、地元紙に拠れば、時を同じくして頂点に達すとあり、話題に上げるには未(ま)だ早いにしも、何故男が此の卑しいばかりの女に惚れたのか、抑々見る事はおろか、知る事さへ叶はぬ身の丈の違ひのみならず、既に行末も定つてゐるやうな女童の後見をするには見目悪く、事実、残された写真を見るに、美麗とも可憐とも決して形容出来ぬ其の姿は、田舎者特有の晴れぼつた顔立ちに、汚げにねぢくる髪、痩せて甚く細うなりし肢体を持ち合はせ、褒める所無く見ゆるものから、同時に、眉の甚く優しげに垂るゝ様、手付き口付きのいとつゝましやかなる様から、儚い愛嬌を感ぜられもし、世の中に良くあるやうに、斯くある少女こそ美しげに育つと見抜いてゐたのか、其れとも何者にも染まらぬ無垢な少女に変態的な欲望を抱いたのか、其れとも己とは全く趣を異にする少女に不思議な魅力を感じたのか、本人以外の口をして語るべきにあらず。湖の先に綺羅びやかに消えて行く太陽まことに美し。頑な親に捨てられ、恨みも無く独り小石を用いて遊ぶ様を、引き込まれるがまゝ湖畔沿いに佇みながらたゞ思ふ。
出会ひは唐突であつたと云ふ。時、女十二、男二十七の秋。家の様子は今と然程変はりは無かつたと云ふ。理由は定かで無けれども、酷く気を病む事があり、紅葉の名所として名にし負ふ彼の地に静養中、湖の周りを歩(あり)いてゐる内、一軒の寂れた家の屋根が見えて来、此のやうな家は今の今まであつたかと驚いて赴いてみれば、無人の如く静まり返りてゐたと云ふ。無常な心地に包まれて立ち止まつてゐると、後ろから呼ぶ声す。どちらさまでいらつしやりますかと思ひの外稚い女の声なれば、再び驚いて、振り返つて其の姿を見ゆ。残念ながら誰も其の時の様子を見た者は居らぬし、結局推測するしか無いが、女の日記帳に、なぜ、どうして、などの言葉が立ち並ぶ事から、実際に口に出した言葉もさうであつたかと思はれる。互ひに見つめ合ひながら、湖のさゞめくを聞くとは我が想像に過ぎず。後に、運命とは斯くある事を云ふのだよ、君のは全くもつて平凡で詰まら無いと惚気ける程の出会ひ、両者共に親煩ければ、静養中は密かに立ち寄りて見つゝ、種々の施しを与え、契を結び、時には遥か遠くにまで連れ出し愛づ。都会に帰りて後、暫し間を開けて逢ふ。以降、半月に一度程度の頻度で逢つてゐたとは友人の証言だが、男がありつる家に訪れる事は最早無く、一方的に女を呼び寄せては前段の離れに閉ぢ込めてしまひ、況して独り暮らし得る住処であれば、家の者すら気づきもせず。やう〳〵訝しんでみれば、酷く口上手な男に、唯一秘密を覗きける猫をして丸め込まるゝに、あの日本家屋めいた離れの中で何が起きてゐたのかは全く不明である。防音処置された一室に、幼少期より慣れ親しむ電子風琴(オルガン)あり。習はせてゐたとは男の証言にて、取り繕うた言葉には違ひはあらねども、而して女の母に嗅ぎ付けられる契機となつた事実を顧みるに、事実、事実にてありけるべし。二つの風琴(オルガン)とは二人の母の物である。読者は此の共通点、如何が思へるか。並べて世の例に漏れず、姦通の有無を疑はるゝにあたりて共に首を振らざりしを、行為に及んでゐたと解するは尤もであり、結果、其の後(ご)数年の時を隔てる宿命となるが、否定するも肯定するも、如何ともし難いやうに思へてならず、虚実をもつて引き裂かれし思ひの程、如何があらむ。男の体には火傷の痕がある。まだ幼き時、過ぎたる悪戯の一貫として火の燃え盛る焼却炉に体を押し付けらるゝに、左半身は臀部から腰、右半身に至りては肩甲骨近く且つ右腕の根を焼き焦がし、溶けた衣服が皮と肉と一体となりて泣き叫ぶが、多くは醜い瘢痕として残り、心をすら蝕みてある様にてあれば決して人に見せず、たゞ女のみ甚く心を痛めて、なぜまだこれが私にもない。なぜ彼ばかりなのか。おかしい。この世は壊れている。と思ふ事から、男の生肌を彼の離れの一室で見たは事実、然れども性交を行つてゐた事実には関係あらず、先にも云ふやう常識の通じぬ夫婦にて、例へ互ひに息を切らしながら抱き合うてゐたとしても、安易に決めつける事無かれ、事実はより捻くれるに、我々夫婦には夜の営みなど必要ない、たゞそこに居てくれさへしたらよい。抑々考へて見給へ、僅か十二歳の少女と体を混じらはせるなど強姦に相当するではないか、そんなこと、貞操観念の堅い我と彼女がするとでも思ふのかね、と語るのすら意味を持つ。後の段にて詳しく述べる。火傷の傷跡、女の心に強く残りて夜離(よが)れの日々を送るうちにも、辛きことを嘆く。此の時男の飼ひし猫が死ぬに合はせて、唯一の友人である佐伯苗香氏を事故で失ひて、予てより燻つてゐた過ぎたる悪戯を受けるが、如何に除け者にしやうとも、如何に暴力を振るはうとも笑つて済ます、又は、親より受け継がれし強情な気質を以て反逆をす、結果、心の傷となりて残るを、当時の人物の云ふ、感謝すると云ひ微笑む仕草、再び薄汚く成り行く身形なれば、時を待たずして収まる。一方の男、再び気を病みて療養との事だが、静養地に湖の沿岸を指定するは、爽やかに移ろひて行���景色のみならず、密かに女の様子をはひ隠れ見るためであるとは、夜な〳〵彷徨ひ歩(あり)いて日の上ると共に帰る行動からも、彼はそんなに辛さうにしてゐなかつたといふ端本氏の証言からも容易に理解出来る。昔人に擬へて忍び〳〵に会ひ、遣戸を引き開けて同じ月を見、時には静かな声にて歌をすら詠んでゐたと知る者は云ふ〳〵。然と思はせて実際には堂々と会うてゐたやうだが、一体誰が知つてゐやう。
端本氏の評価に拠れば物事を整理、整頓し、尚且つ其れを公の場で伝ふ能力に長けてゐたとあるを、狡猾に用いて女の教育を承りて、会ふ事を許されて後、例の屋敷に日々引き入れて教へるを、矢張り人の聞こえが程々に悪うて、家の者は当時の彼らには嫌と云ふ程困らされました。お二人ともご主人様のお言葉をお聞きになりませんから、間に立つ私がいつも被害を被つてをりました。中でも特に頭を悩ませたのは、女様の通ふ学校の先生が御出でになつた時でせうか、注意喚起をしたいとおつしやりましたが、男様は帰つてもらへと一言。もちろん引き下がりなどしませんので、しばし往来してゐると、不機嫌におなりなされた男様に、お前は云ふ事が聞けんのかと云はれ〳〵、恥を知れとも云はれ〳〵、泣く〳〵ご主人様に訴へますと、今度はあの子も色々あるからとおつしゃつて相手にしてくれません。困り果てゝかの離れに三度伺ひますと、蛻の殻のやうになつてゐまして、言訳を致しますのにどれほどの時間がかゝつた事やら、あの時ほどこの家を離れやうとしたことはありません、と語るを聞くついでに、仕事を取られし恨みも聞く。時に女、十四歳となりて既に真似事でもなく男の妻として身の回りの世話を行ひしに、部屋の清掃をすら行ふ。でなければ彼の部屋は紙くずで埋め尽くされてしまふ、私がやらなければ誰がやると云ふのか、特に雨の日は朝に行つたとしても床が見えぬ程騒然とするから、かさの増えた湖に足を取られつゝも、あの屋敷へと向かはねばならない、と義務感に駆られてゐたと云ふが、此の紙屑なるものは男の用いた計算用紙であつたことが察せられる。端本氏の云ふには、世の成り立ちを希求する学問の中でも殊更に計算量の多き分野に属し、等号の次、等号を書くまでに紙一枚、二枚を隔てるは大抵の事、時には作用の構成に半年を掛く、気力集中力を持たねば力尽く、床を紙で埋めども自然な事、男は深夜にかけても計算を行ふ、臥す間に女が片付ける。まことや女に学問を教ふに、いよ〳〵交際を公言するやうになりなば、嘗ての同僚福井大貴氏曰く、あいつは俺と同じくらゐ理解力がいゝ、なまじ完璧な馬鹿よりはあのくらゐあつてくれた方が助かる、と誇りを持つて云ふものを、されど伝へ聞くに、女は然こそ賢くは無し。当然の事、此れまで本を読むことも出来なければ、学ばうともせず、耳につく事其のまゝに過ごしければ、感覚が育たぬ。机に向うのさへ厭ふやうであれば、救ひやうもなし。世に良く云ふ、一年の勉学のみをして大学の地を踏む物語は夢物語にもならず。そも人のやり方を真似して、己の体質に合はぬ方法をし続けて何になる、全ては世の人の言葉を全て忘れる事から始まるとは男の言葉であるが、全く持つて其の通り、思慮も無く著名の人を信頼するは白痴のする業なり。女幸運にして幸ひに、傍に仕へて感覚を養ふと共に教へを受け、甚く努力をして次なる段階へと駒を進め、男は其れをも大なる声を以て福井氏などに云ひ放ちて暫し疎遠となるが、此の無学な女を才(かど)ありと言い張りしが災ひとなりて、教師と生徒の淫らな関係を訝しめらるゝに、女の傍ら痛きを強いして春の時分、桜の咲き乱るゝ丘陵地帯にて花見を行ふに引き連れて、姿を公に晒して、見目形など前評判と少々違ひければ、幾許か物足りなく感じるものゝ、元はあの地の生まれにしては華奢で愛らしく、話し掛けば押しも引きもせず至極上品に笑ひ、男の傍から離れぬを、時が経ちて場に慣るゝにやあらむ、話してゐる傍(はた)から口を挟み、思ひ浮かんだ疑問質問意見を率直に述べる、果たして誰と似通ふかなと思へば男であり、彼の端本氏の云ふ、話してゐる内に何方と喋つてゐるのか分から無くなるとは此の事、福井氏も又同様の事を思うて、この界隈はその方が都合がいゝことが多いのだけど、あの歳にして物怖ぢをしないのは逆にこちらの方が恐ろしくも感じると云ひ〳〵、あんなに言動が逸脱してゐる彼と対等に渡り会へるのは彼女だけだつただらうと思ふ、似た者夫婦だつたよとも云ふ、華奢で愛らしい女の様子、如何に見たいと思うてももうをらぬ。花見は春の凪にて穏やかに進み、紛れ込んだ一輪の花に、男も女も皆挙つて湧き上がつたとぞ。
扠、花見の際、福井氏は女の姿を一目見て大層驚いたと云ふ。此の方、男の良き古き友なれば種々の内証事を教へるに、断じて漏らしてはいけないと云ひて変はつた趣味を持つ事も語り、写真文章其の他を我に見せる、皆女に似る女性の写真なり。此れは彼かと同好の士が尋ぬるに驚いて今一度見れば、顎の形、肩の盛り方、手首の尺骨、指の関節、出ぬ尻など、どれも男性の特色を滲ませてありはするものから、目元口元頬鼻のみ見えれば矢張り女其の物の顔とのみ見ゆ。同好の士のさらに云ふ。彼は女装癖を持つてゐたのだよ、と。福井氏に拠れば元々女装癖自体は凡そ少年時代から行つてゐ、其の筋の催物にも屡々足を運んでゐたやうであるが、二十台後半、詰り女と会ひし時より隠れた趣味とは最早云へぬ程打ち込み、日常に於いさへ何処か色気を発するやうになつてゐたと云ふ。召し物も然る事ながら、髪の毛も鬘を被らぬやう長くし、手入れを怠らず。振り向けば匂ひ満つ。体を痩せに痩せさせ、骨の太きを取り繕ひ、逆に胸に至りては、何をしけるにか、詰め物をせでやはらかに丘を為す。書く文字をすらたをやかなるを、目付き口調から其の姿は強く美しき女性にて、男は元より女にも云ひ寄らるゝ事多し、或る時暴漢に襲はれ声も届かぬ室内にて衣服をひん剥かれしに、男と思はず両性具有と思はれ、暴漢の股座萎える事無く突き抜けさうになりて以来、少々隠るやうなるけれども艶やかな魅力消えること無し。たゞ何故己の女に姿を寄せてゐたのか。福井氏の写真に映る男は何れも将来妻となる者とほゞ合致、二人で写るもあれば、同じ顔をして笑ふ。昔、例の離れ屋に入らせてもらつたことがあるんだが、あの中ではあの子の服を着ていたみたいだと福井氏の云ひしが、同好の士、女もまた男物を着て、外を練り歩く。見給へ、背丈さへ揃へば男と同じだらうと、或る写真を指差すを、よう考へれば、性交の有無の一件も自ずと理解されやう。男も変態であれば、女も変態である。惟ふに変態とは体を重ねて欲を満たさず、遥かに尊い悟りの中で性の喜びを感ず。理解出来ぬならば、己に眠る真(まこと)の性癖を目醒してゐざるに過ぎず。奇しくも互ひに似通ふ変態なれば、服を取り替へ化粧をし、並々ならぬ衝動を抱ふるがまゝに、女は女となりし男の姿を、男は男となりし女の姿を、互ひに眺めるのみ、性交は無し、あらば男は女の物を、女は男の物を取りて手淫するまで、接吻だになかりけるべし。時を経て、俄に愛する者に近づきつゝある自身の姿も又、格別なるべし。福井氏は男の秘密を知る者にて、入れ代はり立ち代はり、日毎に互ひの姿を真似して恰も振り子の如く性別を入れ替へる二人と共に永平寺へ訪ねるに当たりて、ぱら〳〵と海苔の懸つた、五目飯(ちらし)の下等にはあらぬが、鮨を食ふとて暖簾を潜りて腰を下ろすに、色違ひの着物だつものを着なし、髪の長さは同じにて、同じ化粧、同じ装飾、同じ仕草、同じ気色、夕闇の小暗き店内、声すらも真似て話をするは真に恐ろしき有様、されど其れこそが彼の夫婦の性癖なれば、時折目を血走らせて熱き息を苦しげにつぐ。柿葉鮨のほのかな匂ひに、鯖の脂の旨味、酢飯の滑らかな口当たりなど、何も感じず。店の者に如何為されたと憂へらるれど、茶を飲みて取り繕ひ、共に席を立ちて厠へ向いて、返つてくれば同じ��顔にて、此の俺の耳元の艶めかしいのが美しいと女の耳を舐りながら、此の私の鎖骨の隆々としたのが美しいと男の首を舐る、魚籠の中に鮮魚(あざらけき)は採れてゐたか。採れず、代はりに蚰蜒(げじ)の大なるが入る。ならば刺身にして食はせよ、俺も食へ。其れは天照大御(おほん)神の悪み給ふ事、斯く口賢しき書は神風にて沈む。古も斯くやは人の惑ひけむ、などゝ語り合ひしが耐へられず、先に店から出たものゝ宿にても斯くあるを、次の日になれば睦まじい男女となつて、精進料理を細やかに食す。流石に仏様の御前では煩悩を直隠(ひたかく)しにして跪く事にしたか。けふは男の姿にて、同じ器の同じ料理を同じ分量だけ箸に取りて、同じ時に口へ運ぶ。互ひに美男ではあるが、却りて無気味な心地に包まるれば、其れ切り二人を置いて逸早(いちはや)く大阪へ帰り、後の事は想像もしたく無いと嘆く。尚、当然の如く、二人の間に子供は居ない。要らぬ。此の俺に子供など、邪魔になるだけである。少しはまともな思考をしたらどうかねと子をなす事を勧めた者を邪険に扱うたが、過去に孕ませた女の子と屡々人目を偲んで会ひ、養育費教育費其の他諸々を生涯に渡つて援助し続けたとあるは、自分の妻以上の高待遇故、未だ以て理解出来ぬ事である。
純潔を守り通す事がどれ程の意味を持つかは二人にしか分からぬが、結婚すらも厭ひて、女が学業を収めるが変はらぬ生活をし続け、約二年の時を経て叔母をして云ふ、神に仕う奉る巫女となれと、首を振りて肯定するに、先の叔母の仕る神社なれば疾く巫女となり、疾くしろたへの小袖に色鮮やかな緋袴を着なして生業と為す。時に女、二十歳となりてあざやかに育つ。髪を結ひ、朝靄の幽かに広がる中を悠々と歩く様、口寄せの時代を彷彿と、恰も神との戯れをなし得るが如し、由々しき思ひさへす、背筋が冷えに冷え入りて、汗が止まらぬ、あの有様では物の怪をも飼ひ慣らせるめり、物恐ろしとは叔母なる者の云ふ事、甥が初めてあの者を連れて来た時分、大して可愛くも無いと率直に思ひはしたが、あのやうな艶めかしい美女の様相を呈するやうになつてゐたとは。仕事ぶりも悪くは無ければ愛想も程々に良く、度々近所の子どもたちに神社での作法を教へてゐたと云ふを聞くに、其の微笑ましき様子を絵にでも書きたいと思ふものを、更に聞けば、此の時神社に移り住んでゐたと云ひて、男との交流も途絶えがちに雑務、神主の補佐に打ち込み、夫はどうしたと聞けども、彼は忙しい身ですのでと答えるのみで要領を得ず。寧ろ同じく神に仕う奉る同僚の巫女と共に、未婚女性としての悩み愚痴を云ひ合ひ笑ひ合ふ日々を過ぐす。或る時、或る者云ふ、其れ程愛しき女に男居らぬは奇し。居るべきなりと。女大いに恥じらいて云ふ、凡そ十年前より思い染める者ありと。嘸(さぞ)かし酷く妬まれ、酷く羨ましがられたであらう。巫女の仕事は力を伴ふ仕事にて、辛くも苦しくもあらめ。されど神社に仕る人々、皆良き人なれば、此の時ばかりは女も頭を悩ませず充実してゐたと、叔母なる者は云ふ。此れらは恐らく男の計らひであつたゞらう。男も又女の自慢をせざりければ、一体どうした、到頭(たうとう)逃げられたかと云はれども否と答ふのみにて、上司同僚には口を閉ざすが、酒の席にて酔の廻りし時、直属の生徒に対して、俺は俺に世の中といふものを知つて欲しかつた、俺は俺以外の人間を何も知らぬ。それでは対応にならぬと珍らかに落ち着け払ふ声にて云ひ、其れから女がありし湖畔の家に帰るまで、身を案じ続けてゐたと云ふ。巫女装束を艶やかに着なす女の姿いとたをやかに、噂を聞きつければ己も買うて髪を結ひ、眉を剃うた其の姿、姿は見ねども瓜二つであつたとは、云ふべきにもあらず。夫婦の離別は斯く始まるが、男の祖父亡くなりし時、女の母、予てより病を患ひければ、雪のはら〳〵と降り積もる師走十五日、愈々(いよ〳〵)面は黄に、肌黒く痩せ、古き衾(ふすま)のうへに悶え臥すやうなる。粥を作りて与へるが口の先にて舌を以(も)て吐く。水を飲めども息苦しきに噎(む)す。女の身にて子を一人成人にまで養はゞ、斯くの如くなりけるか、痩せ衰へたる指にて箪笥の元、衣類に高く埋もれたる山を指す。親族は無し。女が近寄りて山を掻き分ければ、鴛鴦、鶴、鶴亀の描かれし三枚の風呂敷なり。共に白髪の生ゆるまで、叶はぬ願ひを娘に託して戌の中刻に、遂に絶え果てぬ。身は冷え〴〵と、相貌も疎ましく変はり行く程、たゞ其の胸に抱きて、暗う物怖ぢせざるを得ぬ家の中、男も来て共に悲嘆に暮れる。明朝、湯を沸かすとて厨に立つ。此の程、誤つて薬缶を足の甲に落とし、流れ出た熱湯に女は重大な火傷を負ひて、家の中を這ひずり回り、凍てつく湖の水にて足を冷やすを、醜い痕となりて其の後数ヶ月間、靴すらも履けず。以前読みし小説に、狼狽の餘りの所爲でもないその夜春琴は全く氣を失ひ、翌朝に至つて正氣付いたが燒け爛れた皮膚が乾き着るまでに二箇月以上を要した中々の重傷だつたのである。などゝいふ一節があつたが、此の女の場合は治癒までに一ヶ月も要せず、何を以て数ヶ月も生足で土を踏みしめてゐたのか、佐助のやうに師と同じ傷痕をして同じ世界に住む悦びを感じたのか、もう語れる者は居ないが、あゝ、待ち��であつた、時間が問題だつたのだ、私にも漸くあの醜い瘢痕が出来上がる喜び、最早云ひ様もないと歓喜に湧き上がれば、跪きて、否、時間とは無意味である、我は毎日、時間を空間にし、時間を空間と共に回転させ、尺度をも変へる者である、かうなるのは当然の事、と、ほの白い脚、其処にへばり付く瘡蓋に愛ほしく口付けす。己も背中の瘢痕を曝け出し、足首の肉を食み出せば、云はれずとも口を大きく開け、ぬら〳〵と濡れし舌で舐む。此の一件を以て巫女の職を辞し、二人は契りを交はす。されど男は例の離れ屋敷にて、女は例の湖畔を望む家にて住む。男の女装癖は此の時が頂点だつたと見える、性転換こそせざるものゝ生きる全ての時に於いて女物の服を着、毎朝化粧に時間をかけ、厠へ行けば鏡の前にて小一時間佇み、遠出をすれば男を誑かす、如何に変人の多い界隈と云へども其の佇まいは限りなく異質、時には講義中、股間を膨らませ、俺が、俺が、俺が、俺が居る、俺が居ると声を荒げて、棟から飛び降りるが如く階段を駆け下りて居なくなる事すら少なくなく、言動の著しさが原因となりて謹慎を受けるに、女から譲り受けし巫女装束にて舞を踊る。女も又、男物の衣服を着、嘗ての職場へと足を運んでゐたさうだが誰も気づかず、其の事実を以て夜な〳〵淫猥な声を発しゝが原因となつて捕まへらる。然れども男は女への愛を忘れず、女は男への愛を忘れず。如何なる時も女の身を案ず。如何なる時も二人分の酒飯の設けをす。けれども見ることは最早あらず。死の決意は婚約から三年後の事なり。男の手記には、限界だの一言。女の日記には、限界だの一言。最後の最後、毒を貰ひ受けるに当りて偶然の再開を果たすが、言葉も交はさず。冒頭部に戻る。両者の遺言に沿うて男は三親等乃至四親等の親族のみ、女は嘗ての同僚の内数人のみを招いて同人数とし、厳かな葬送を行いて骸を遠く離れた地へと葬り、弔ふ人はまばらにてあるが、向い合ふ二人の墓の気色、恰も空の上にては一つの雲となるが如し。尚、毒を譲つた者が何者であるか、其れは我が興味の範疇外にて関係者各位の尽力に期待する事にす。
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錯視上ブルーエンド12
12話:8月16日(午前9時27分)敵対x関係
救円会(きゅうえんかい)総合病院の3階。短期特別入院患者用の個室。
ベッドの上で半身を起こし、腰から下は布団で覆った状態で、石垣花笑(はなえ)は私が手渡したタブレットを見つめていた。
画面に表示されているのは、市川(いちかわ)のコンビニの監視カメラの映像だ。スポーツバッグを肩にかけた小柄な少女が何かを買い、ややふらふらした足取りで出て行くところまでが収められている。
花笑は映像を最後まで見ると「間違いありません。姪の梨花です」と言った。彼女は私にタブレットを返すと、胸を手のひらで抑え、背中を丸めて長い溜息を吐いた。2週間ぶりに目にした姪の姿に心底安堵しているといった素ぶりだが、大袈裟で芝居がかっていると感じる──端的に言うと、嘘くさい。
未成年の家出人の保護を担当するようになってから、それなりの経験を積んできた。駆け出しの頃は相手を見誤り手痛い失敗を犯したりもしたが、ベテランと呼ばれる年齢になった今では、家出した子供に問題があるのか、それとも家出された保護者に問題があるのかは、それなりに見抜けるようになったという自負がある。
経験に裏付けされた勘は、目の前にいるいかにも繊細で弱々しい女を、その見た目の印象通りに受けとるのは危険だと告げている。
「このあとの足取りはわかりませんか?」
私は石垣花笑の手からタブレットを受け取る。
「千葉県のウォーキング用地図を買っていたという記録が残っていました。恐らくは徒歩か、それに近い手段で笹巳に戻ろうとしていたのではないかと。市川から笹巳に向かう道のあちこちで目撃情報がありますし」
隣に立っている後輩の金山(かなやま)が私の言葉を引き継いだ。
「このコンビニから15キロほど先の河川側で、『女の子が野宿してる』という通報も入っています。警察が到着する前にすでに立ち去ってしまっていましたが、身体的特徴からして、姪御さんで間違いはないはずです。もしかしたらもう笹巳市内に入っているかもしれません」
石垣花笑は額に貼られた大きなガーゼを細い指で抑えながら「徒歩に野宿……行き倒れにでもなったり、変な人に目をつけられたらどうするつもりなの。あの子、自分1人の力で生きていると勘違いしているんじゃないかしら。なんて無責任な」と呻いた。
私は『娘のように育ててきた姪御さんに気絶するほど強く殴られるなんて、本当に災難でしたね。わかります、わかります』という表情を作って石垣花笑を見つめるが、あのガーゼの下にあるのはちょっとした切り傷の痕と、青紫色のタンコブだけだと知っている。どんな病院にも1人くらいは、警察手帳を取り出して『ぜひご協力を』と魔法の呪文を唱えるだけで、ベラベラと患者のプライバシーを喋ってくれるちょろい看護師がいるものだ。
件の看護師曰く『あの程度で気絶なんかありえないですよ。本人が痛い痛いって騒ぐからレントゲンもとりましたけど、出血が派手だっただけのタンコブですよ。あんなので本当に気絶したというなら、それは殴られたことがあまりにショックだったからじゃないですか? それか、大騒ぎして入院日数増やすのが目的かも。いるんですよ、そういう当たり屋みたいなの』だそうだ。
大方、単なる家出だと警察が真面目に捜査しないと思って考え出した浅知恵だろう。だとしたら──きっとそうだろうが──やはり信用できない。警察相手に顔色ひとつ変えずにサラッとすぐにバレる嘘を吐くなんて、余程のバカか、嘘を吐き慣れているかのどっちかだ。
私はタブレットの中にいる少女に視線を向ける。
石垣梨花。16才。
父・石垣柳(りゅう)と母・香苗(かなえ)は彼女が赤ん坊の時に離婚。以降、叔母・石垣花笑と3人で千葉県笹巳市笹巳本町で暮らす。
笹巳本町と言えば、知る人ぞ知る本物の一等地だ。立ち並んでいる家々は田園調布や青葉台なんかの豪邸と比べりゃ地味に見えるが、その実、あそこら辺のぽっと出の成金どもとは格も歴史も違う。笹巳本町に住んでいるのは地元に深く根を貼った、日本昔話に出てくるような時代からの土着の金持ちたちだ。
石垣家はそういった連中の筆頭。大地主。この病院も、マルハラ食品の工場地帯も、笹巳大の敷地も、笹巳大付属高校の敷地も、笹巳市役所の敷地も、全て石垣家が数十年単位で貸し出しているものだ。
つまり、石垣梨花は正真正銘のお嬢様というわけだ。地味な顔つきもそういう背景込みで見ると品のいい和風顔に見えてくる。実際、鼻筋の通ったいい顔だと思う。10年後には同窓会で「あの時、声かけときゃよかった」って周囲をざわめかせるタイプになるかもしれない。まぁ、つまり、今はただの座敷わらしだ。もしくは無表情な麗子像。
梨花は私立笹巳大付属高校の2年生。陸上部所属。親しい友人も、親しくない友人も0。小学校、中学校、高校通してだ。普通の親なら自分の子供に友達が1人もいないなんて相当不安になるだろうが……。
私はベッドを挟んだすぐ向こう側で、椅子に腰掛けている石垣柳に目を向ける。彼は私たちなどここに存在しないかのように、手元のスマートフォンをいじり続けている。
子供が家出をした時、母親と比べて父親は少しマッチョぶりたがる傾向がある。『心配かけたいだけなんですよ! ほっときゃそのうち帰ってくるんだから! 俺は警察なんて大げさだって言ったんですが、女房がね! どうしてもって言うから!』ってな感じでだ。だから彼のこの無関心な態度も最初はその手の強がりかと思っていたが、どうも違うようだ。
「ご確認いただけますか?」
私は動画を最初のシーンに戻してから、柳にタブレットを差し出した。柳はタブレットを一瞥しただけで、手に取ろうとすらしない。
「姉が梨花だと言うなら、梨花なんでしょう」
「柳」
花笑がたしなめるように名を呼ぶと、彼は面倒くさそうにタブレットに目を向ける。私にタブレットを持たせたまま画面を操作して動画を再生し、数秒だけ画面を見てから、「娘ですね」と素っ気なく言った。私は彼が他にも何かを言うのではないかと思ったが、それで終わりだった。
花笑は肩を竦め、わずかに唇の端を持ち上げて私を見た。小さな子供が駄々をこねる側で「この子ったらしょうがないわよね。でも、子供ってそういうものだから仕方ないわ。あなたもそう思うでしょう?」と同意を求めてくる母親みたいな顔だ。知るか。こいつもあんたもいい年した大人だろ。
「もしかしたら途中で歩き疲れて電車やバスを使うかもしれませんよ。あ、それとレンタルサイクルとか。夏休みは家出が増えますからね、千葉県内のレンタルサイクル店とはすぐに連絡がとれるようになってるんです! 梨花��んがお店に現れたらすぐに連絡がきますよ! 全店舗に千葉県警パートナーシップ店のシールも貼ってあります!」
得意げに胸を叩く金山に、花笑は冷ややかな目を向ける。
「そんなシールが貼ってあるような場所に、家出中の子供が近寄ると思いますか? それに電車やバスなんかのいかにも警察が待ち構えていそうな場所も、あの子は避けますよ。最初に電車で笹巳まで行こうとした時に、ファミレスであなたたちに捕まりかけていますからね。あの子、用心深いから。ああ、あの時、捕まえてくださっていれば……」
金山は顔を真っ赤にして俯いてしまった。バカめ。
「その節は、本当に大変申し訳ございませんでした! 私もまさか、唐辛子フレークを目に投げつけられるとは思わず! まともに眼球に入ってしまって! はい!」
金山はでかい図体を2つに曲げ、勢いよく頭を下げる。このバカは一体、あの件を何回詫びるつもりなんだ。もう済んだ話だろうに。っていうか謝ってるつもりなのか。言う必要があるのか、唐辛子フレークとか。ちょっと面白くなっちゃってるじゃねぇかよ、バカ。
うんざりするが、私だけ頭を下げないわけにもいかない。万が一、億が一、石垣梨花が何らかの事故や犯罪に巻き込まれてしまっていた場合、『警察は真面目に捜査してくれなかった! それに柿原(かきはら)刑事は初動のミスに対して頭を下げようともしなかったんだ!』なんて、後出しで騒がれたらたまったもんじゃない。
私も金山の隣で頭を下げ、「こちらの落ち度です」と静かに言った。1、2、3とカウントし、こちらの謝罪が十分伝わっただろうタイミングで頭をあげる。短すぎては逆上されるし、長すぎても舐められる。さじ加減が難しいのだ。
「本当に、申し訳ございません!」
まだ頭を下げたままだった金山が叫んだ。舌打ちを堪える。この筋肉バカはなんでもやり過ぎなんだ。ペコペコしてると足元見られんだよ。
「悪いと思っていらっしゃるなら、早くあの子を保護してください。心配で、心配で、気が気じゃありません」
石垣花笑の声にこちらを詰(なじ)るような色が滲み始めた。
ほらみたことか。例えこちらに非があろうと、隙を見せるべきじゃないんだ。
私は素行不良の家出娘に振り回される親向けの表情を作る。適度に誠実そうで、適度に高圧的で、協力はするが奉仕はしないという仮面だ。
「家出した子供はほとんどの場合、自宅周辺で見つかります。それか、ご両親が離婚されている場合は、もう片方の親の元に」
「それは絶対にありません!」
花笑が甲高い声をあげた。今にも崩れ落ちそうな弱々しい女性のコスプレが崩れ、目を血走らせた般若が出現する。おーっと。ご家庭の地雷を踏んだようだ。
「あの子の母親は娘を捨てたんです。あの子もそれをわかってます。私の梨花は母親のところには行きません!」
「……可能性の話しですから。まぁ、今回は笹巳に戻ってきていると考えてほぼ間違いはないでしょうし、今後もご自宅の周り、駅の周り、カラオケ店や24時間営業のファミレスなどを中心に見張りを続けますので、どうぞあまり思いつめずに。退院したらできるだけ家にいてください。彼女のように普段の素行に問題がない子供の場合は、冷静になって家族の元に戻ってくる可能性も高いので。戻ってきても、あまり怒らないでやってくださいね。高校生なんてまだまだ子供なんですから」
石垣花笑はじっと私を見つめている。般若状態は脱したようで、また元のミス薄幸に戻っていた。色白は美人の条件だとよく言われるが、ここまで白いと美醜どうこうの前に気持ちが悪いという感情が先にくる。まるで生乾きの紙粘土でできた人形のようだ。
「刑事さん、あの子は利用されているんです。タチの悪い男友達に」
眉が八の字に下がり、大きな三白眼が侮蔑の色を滲ませながら細まってゆく様は、恐ろしく出来のいいクレイアニメのようだった。彼女の表情は彼女の内側からくる感情から動いているのではなく、彼女の外側にいる不可視の何者かが手を加えて動かしているように感じる。
「あの男の子と付き合うようになってから、姪は変わってしまいました」
「あー。高校生の恋愛ではよくあることですよ。私もそれくらいの年齢の時は随分、恋に恋する青春を」
私は金山の靴の先を踏み、ゆっくりと体重をかける。テメェは黙ってろの合図だったが、金山は不思議そうな顔で私を見下ろし「柿原さん、踏んでますけど?」と言った。ますけどじゃありません。踏んでんですよ。
「これ以上、あの男の子と一緒にいたら決定的に道を踏み外してしまうと思ったんですよ。ですから夏休みの間は私と2人、笹巳から離れた町で生活するつもりだったんです。幸い、そういう時のための家なら幾つかありましたしね。しばらく連絡を取らずにいれば逆上(のぼ)せ上がった頭も冷静になって、正しい行いができるようになると思ったのに」
そう言って彼女はわずかに顔を下に向けた。閉じかけた雨傘のようななで肩から伸びた細い首と頭は、えのき茸を思わせる。ちょっと乱暴に振り回せば、笠の部分がポロリと落ちそうだ。
「姪御さんの彼氏、日野原青海くんのことですね」
日野原青海。
同じ高校の陸上部の先輩。学校での評判は教師からも同級生、下級生からも二重丸。時々テレビにも出るような有名人で、いわば学校のアイドルだ。
100Mの記録保持者で、「美麗」という大仰な言葉すら嫌味なくハマる容姿の持ち主であることを考えれば、一時期の羽生結弦並みにメディアに露出しても不思議じゃないが、そうならないのは彼が住んでる地区のせいだろう。
あそこは警察だって『上』の許可がなければ捜査ができないし、許可が取れることなんてほとんどない地区だ。とても表には出せないやばいものをゴミ箱代わり投げ込んでいたら、地区全体が表には出せない代物になっちまったっていうバカみたいな場所。一度、完全に更地にでもしない限り、あそこが普通の町になることはないだろう。
あの地区のあちこちに建てられた箱物は一体誰が建てたのかとか、入居者のほとんどいない高層マンションは本当は誰が使っているのかとか、少し掘り返すだけで解除不可能な地雷がゴロゴロ出てくる。浦安で行方不明になったフィンランドからの観光客が錯乱状態で発見されたり、栃木で行方不明になった小学生の半裸死体があの地区のマンホールから出てきたりしたが、いずれも捜査は途中で打ち切られている。独自調査を続けていたジャーナリストはホテルで自殺してしまった。両手足を縛った状態で首の血管を切っていたということが、それでも『自殺』になるのだ。あの地区では。
メディアもたかが『もしかしたら金メダルをとるのかもしれない男子高生』程度のために、あんな地区に関わりたくないのだろう。
「正直に申し上げますとね、刑事さん。私にはあんな場所で生まれ育った子が、私たち一般の日本人と同じようなまともな感覚を持ち合わせているとはとても思えないのです。あの子は最初からうちの梨花を誘惑して、利用するために近づいたのかもしれません。だってあの顔ですからね、そういうことは慣れているのかもしれません。あの顔は他人に媚びる顔です。悍(おぞ)ましいったらないわ! それにあの地区の人間のくせに、普通のご家庭の男の子のような身なりをしいたのもずっと気にかかっていたんです。一体、どこから出たお金で買っていたのか、わかったもんじゃありません。今思えば、うちに遊びにきてる時も変な感じだった気がします。礼儀正しい普通の子を装っていたけど、目があちこちにさまよってて、全く落ち着きがありませんでした。まるでうちの中を値踏みしているように感じましたよ。それにおやつだって、毎回全部食べてしまうんです。全部ですよ。犬みたいにがっついて……ああ、なんであんな子と付き合ったりなんか!」
彼女は掛け布団の縁を両手で掴んだり、離したりを繰り返す。人はストレスがたまると、腹の底から吹き上がってくる行き場のないエネルギーを発散するために無意識に体を動かすものだ。
「落ち着いてください。そう興奮しなくても……」
「刑事さん。これはただの家出ではないんですよ。叔母に対する暴行と、傷害と、強盗です。梨花は家出中の罪のない未成年ではなく、事件の容疑者なんです」
柳が口を開いた。
逆八の字型に眉を跳ね上げ、花笑とお揃いの三白眼で私を睨む。恨みがましい目で人を睨むのが様になる姉弟だ。
「もう少し真剣に探してくれてもいいのでは? いつになったら本物の刑事さんを担当に回してくれるんですか? これなら探偵でも雇った方がまだマシでしたよ」
柳は眼鏡のツルを軽く持ち上げながら私に尋ねる。気障(キザ)ったらしい上に嫌味ったらしい。
「……石垣さん、私たち生活安全課も本物の警察ですよ。もちろん、警察は全力でお嬢さんを探しています。ただ、こういうケースはガムシャラに動けばいいという話でもありません��、あまり大ごとにするとお嬢さんが後々、学校生活を送りにくくなる可能性も──」
「それは娘の自業自得ですから、刑事さんが気にすることではないでしょう。それで、日野原くんにはいつ話を聞きにいくつもりですか? 梨花が笹巳に戻ったら、一番に駆け込むのは彼のところですよ。見張りは置いてるんですか? 昨日、見に行った時は、彼の家の周辺には誰の姿も見えませんでしたが」
「見に行ったんですか?」
「警察のみなさんがお忙しいようなのでね。何度か直接、足を運んでますよ」
柳は不快そうに顔を歪め「ろくでもない地区です。ヤクザみたいな連中が私の車を取り囲んで、サイドミラーをへし折って行ったんです。走行中にですよ!」と吐き捨てた。
ザマー! という感情を深い同情を浮かべる仮面を被って隠す。
「梨花さんが家出していることや今までに起きたことを全て日野原くんに話す形になりますが、それでも構わないということですね? でしたら何か梨花さんについて知っていることがあるかどうか、彼に聞きに行きますよ。これからでもね。ええ」
私は金山の肩を叩いて病室のドアに向かった。
が、ドアを開けて廊下に出ても後ろに誰もついてこない。
振り返ると、金山は不思議そうな顔をして自分の肩と私を交互に見ていた。ベッドの側から少しも動いていない。
「……金山くん」
「はい」
「行くよ?」
私は廊下の先を指差し、『全然怒ってないよ』とタイトルのついた仮面を被る。
「あー。はい。じゃぁ、失礼しますね。お嬢さんは必ず保護しますから」
金山は石垣姉弟にバカ丁寧に頭を下げてから、ようやく病室からでてきた。私は『なんでもないんですよー?』の仮面を被って、病室に残った2人に向かって「それでは」と会釈してドアを閉めた。
……。えいっ。
「柿原さん、なんで俺の足を踏むんですか?」
不思議そうに金山は首をかしげる。私は金山の右足のつま先を踏んでいた足を持ち上げ、もう一度バンッと踏みつけた。
「わぁ! 吃驚したぁ!」と金山が叫び、廊下を歩いている患者たちが怪訝な顔でこちらを見た。
「大声を出すな。病院だぞ」
「だって、だって、柿原さんが急に! なんなんですか、もー! さっきから肩叩いたり、つま先踏んだり! 暴力はよくないですよぉ! 柿山さん、力弱いから痛くはないけど、吃驚するじゃないですかぁ、心臓に悪いですぅ!」
私は脳みそスカスカ熊男の胸ぐらを掴んで引き寄せる。何でこんな手取り足取り教えなきゃ何もわからんようなアホに育っちまったんだか!
「かーなやーまくぅん!」
「柿原さん、顔が近いです。あと両足が俺の足踏んでますよ」
「踏んでますよじゃねぇですよ、踏んでんですよ! 君は私が全部言葉で説明しねぇと意図すらわかんねぇんですか! 私が肩叩いたら、部屋を出てくってことですよ! つま先踏んだら黙れってことですよ! 悟れ! 前後の空気で、悟れよ! 朴念仁(ぼくねんじん)!」
あー、なるほど! と金山は手を叩いた。
「ツーカーの以心伝心な刑事コンビって感じで格好いいですもんね、そういうの!」
金山はにっこりと私を見下ろす。『もー。しょーがないなー。ごっこ遊びがしたいならそう言ってくれなきゃー』とでも言うような顔。
……なんで私がわがまま言ってるみたいな感じになってんだ!
病室のドアが開き始めた瞬間、私は金山の胸ぐらを掴んでいた手を離し、足から降りた。ドアが開ききって、柳が出てくるまでの間に『真面目で実直で適度に高圧的な顔』の仮面を被る。
「おや、石垣さん。どうしました?」
私がそう聞くと、柳はドアを閉めてからこう言った。
「例えばですが。娘が姉を襲って金を奪った行為が全て、日野原青海の指示だったとしたらどうなりますか?」
……。何言い出してんだ、こいつ。
「それは……何か根拠があってのことですか?」
柳は否定も肯定もせずに肩を竦め「もしもそうだったら、どうなるのかと思っただけですよ。ちょっと可能性を考えてみただけです。ちゃんと逮捕してくれるのかなって。ほら、悪い芽は早めにって言うでしょう」と答えた。
逮捕と言った時、柳の顔に蛇のような笑みが浮かんだ。
「石垣さん、まずは娘さんが無事に帰ってくることだけを考えましょう。私たち警察も、全力で協」
「いいです。他の可能性を考えますから」
言い終わる前に柳はドアを閉めて病室に引っ込んでしまった。
……。うわっ。
「柿原さぁん」
「あ?」
「俺、あの人のこと嫌いだなぁ」
……。
「私も」
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