#*さらはにズム ちくま論説
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newspaper-ckm-mirai · 13 days ago
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さらはにズム ちくま論説 25年6月
さらはにズム ちくま論説  ▼里山の整備や希少植物の保護など様々な環境保護活動を続けてきた千曲市環境市民会議の解散が4月の定期総会で承認された。同市民会議は「千曲市環境基本計画」の策定に携わった市民委員によって平成18年9月に誕生。しかし、設立から19年を経過し会員の高齢化と減少により活動の維持が困難になったという。 ▼一方、市民会議の活動の1つ、沢山川のジャコウアゲハ・ウマノスズクサ保護プロジェクトについては、屋代中学校の生徒が総合的な学習のテーマとして活動に参加することとなった。プロジェクトの堀口強前代表は「活動を引き継いでもらえたら嬉しい」と話す。(詳細は10面)。同中では総合的な学習の時間で地域について学ぶ取り組みを進めており、森将軍塚や一重山の保全��学ぶなど10余りのグループがあるという。他地域でも中学生らの地元の自然や環境への関心の高まりを期待したい。 ▼���在の「第二次…
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ryotarox · 10 months ago
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「映画の「フレーム」 ―ヒッチコック『めまい』を中心に―」 碓井 みちこ 『研究紀要』、京都大学美学美術史学研究室, (22) 77-98, 2001
1970年代以降、映画研究に、フェミ二ズム・精神分析の言説が流入する。フェミニズム映画理論には、古典的物語映画の切り返しを、見る男性登場人物の見られる女性登場人物に対する窃視狂的な権力の行使とそのような男性登場人物に対する観客の同一化を強化するイデオロギー装置として批判する伝統がある。 そしてそのような伝統を作ったといっても過言ではないフェミニスト・マルヴィによって、このような切り返しを多用する監督として批判されたのがヒッチコックであり、その具体例として挙げられた作品が『めまい』、『裏窓』(Rear Window, 1954)であった[5]。 マルヴィ論文は、現在では映画における女性表象をはじめて理論的に分析し女性学の発展に寄与したという歴史的な評価が確立しているため、正面きって批判される機会が少なくなっている。そのため、『めまい』に対するマルヴィの解釈もまた、フェミニストの立場から見れば妥当な面を有するかもしれないという曖昧な印象が付与されることとなっている。  しかし『めまい』を丁寧に見れば、マルヴィの指摘は、この作品の肌理と著しく異なっているように思われる。 確かにスコッティはマデリンを文字通り(映像通り)覗き見するものの、権力の行使者という言葉に当てはまる存在とは思われない。なぜなら、スコッティはこの物語の真実に対しては最後まで蚊帳の外の存在であり、その意味では何の力も持っていないからである。むしろ彼にとっての覗き見は、見方を変えれば、彼にとっての真実(マデリンが亡霊にとりつかれている)を構築する唯一の手段であるとさえいえる。 またマルヴィによって男性に支配されるだけの存在であると見なされたヒロイン・マデリン=ジュディも、実際にはそのような存在ではないと思われる。 観客が真実を知らない第一部においては、彼女の行動に観客もスコッティも完全に騙される。また観客が真実を知る第二部においては、彼女が危険を自覚していることをわれわれが知っていることが重要である。 未来を十分自覚し次第に追い詰められていくジュディの存在があるからこそ、何も知らないことによるスコッティの反応に対する観客の驚きがより大きなものになるのである。
フェミニズムの立場からマルヴィを批判的に乗り越えようとするキーンは、マルヴィがほとんど注目していなかったジュディの<見る>行為がどのように形象化されているかということ、具体的にはジュディのキャメラを直視する視線に注目する[6]。 一般的に、古典的物語映画において俳優がキャメラを直視することは禁じられている。俳優がキャメラを直視すると、あたかも観客の方に目を向けているかのようになることから、観客がこの物語世界を登場人物には無断で覗き見ているという感覚が崩れてしまうからである。 だが『めまい』では、スコッティの愛を得るためにあえて危険に飛び込むジュディがしばしばキャメラを直視する。その際われわれは、ジュディがわれわれ観客の存在に気付いており、来るべき運命について意識している彼女が自らの不安をわれわれに対して吐露しているかのような感覚を覚える。 つまりジュディによるキャメラの直視は、本来われわれとは異なる存在であるはずの虚構の登場人物に対して、われわれが感情的に強くコミットメントする余地を作るとキーンは考えるのである。 このようなジュディによるキャメラの直視があることによって、特に第二部の観客はスコッティではなくジュディに同一化しているというのが、キーンの中心となる主張である。
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知ってる/知らない 登場人物が/観客が
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cracjpn · 6 years ago
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[C.R.A.C.NORTH]小林よしのりのアイヌ民族否定作品について
C.R.A.C.NORTH 2019年4月2日  昨今、アイヌ民族の民族的アイデンティティを否定し、アイヌ民族差別を助長し煽動するヘイトスピーチが急速に広まりつつあります。わたしたちC.R.A.C.NORTHはアイヌへのヘイトスピーチに有効な対策が喫緊に必要だと考えております。アイヌ新法案が上程されましたが、アイヌに対する差別禁止をうたった初めての法案です。
 わたしたちはその第4条「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」が、アイヌヘイトを無くすのに実効性のある条文となるよう求めています。
詳しくは、要請書をご覧下さい。
 このアイヌヘイトの原型をつくったのが、小林よしのりだと��たしたちは考えております。小林よしのりのアイヌ差別を正当化する論理を知ることが、アイヌヘイトを理解することになります。アイヌヘイトについて判断する際の参考になれば幸いです。
 なお、現在『週刊SPA』に連載されている「ゴーマニズム宣言2nd第40章 血の一滴は差別である」はアイヌヘイトであると言い切ってよいと考えています。その理由も最後に示します。
全文 [pdf] 33MB
2008年~2010年
1.「先住民族決議」へのバックラッシュ
 小林よしのりのアイヌをテーマにした作品は、多くのアイヌヘイト、または民族的アイデンティティを否定する発言の原型となっています。発表歴または内容を見ていくと、小林のアイヌ民族否定が2008年の国会決議に対する反動であり、バックラッシュであることがわかります。アイヌヘイトでよく使われる「特権」という言葉もここで出てきます。
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2.矛盾した民族の定義
 小林は、民族を一貫して「nation」及び「国家を形成する言語・文化・歴史のポテンシャルを持っている集団」と解釈しています。「大和民族」を西洋列強に対する「イデオロギー統合のための精神的・政治的言葉だった」と言って許容する一方で、「アイヌ民族」には名乗りを許さないのはダブルスタンダードではないでしょうか。日常的に民族はエスニック・グループの日本語として使われていることにも矛盾しています。
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3.民族と「血の論理」とアイヌ協会の会員資格の意図的混同 
 小林は、民族が「血」で決まるかのように、「血が薄れている」「混血している」ことを理由にアイヌ民族否定を行いますが、一方でアイヌ協会の会員資格を「血の論理」として否定します。アイヌに対するヘイトスピーチやレイシャルハラスメントを行う小林よしのりに影響を受けたネトウヨがつかう「アイヌ系日本人」というアイヌの民族性を否定した言葉が登場しています。
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4.「自称アイヌ」と積極的差別是正策の否定
 アイヌであることには自分のルーツに対する自認やコミュニティの承認などが条件にもかかわらず、小林はひたすら自己認識の要因に注目し、「自称」すれば「誰でもアイヌ」というデマを肯定しています。アイヌであることが「特権」になる、新たな差別をつくりあげる、または「アイヌやったもん勝ち」だという「アイヌ系」の人間の言葉を紹介しています。「自称アイヌ」はネトウヨが多用する言葉で、 小林よしのりは描いていませんが、在日や同和がアイヌになりすましているなどと、他のアイデンティティも一緒に差別することもあります。
  またアイヌ子弟への修学助成の条件が、日本学生支援機構の奨学金より良いのは、進学率格差を無くすための積極的差別是正策として当然です。また比較されている学生支援機構の奨学金も近年、貸与性であることの欠陥があきらかになり、制度設計の変更が加えられています。
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5.歴史修正主義
 「アイヌが義経神社に参拝していた」(イザベラ・バード)など、歴史事実に反するか、または史料批判を欠けている主張が多く見られます(例:バードより長く平取に滞在したジョン・バチェラーによれば、アイヌは義経神社に全く関心がなかったと言います)。
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 戦前のアイヌ研究者(高倉新一郎)の同化主義志向を考慮せずに、そのまま事実として提示しています。
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 先住民族は、近代の入植型植民地化によって土地や資源の収奪の結果、歴史的な不正義を被った人々である(先住民族の権利宣言前文)ということを理解せず、「前近代=悪い、近代=良い」という戦前の史観に立ち戻り、開拓を単なる「近代化」として論じています。土地の殖民地選定のために起きたアイヌに対する強制移住、和人の乱獲によって引き起こされた飢餓、北海道旧土人保護法の給与地より和人の土地処分が優先されたことや、給与地の多くが荒地や水害地だったこと、差別が原因で何世代もの生活格差があることなど、近代の負の部分に全く触れていません。
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2010年
6.民族的アイデンティティの完全否定
 小林は、非常にステレオタイプなアイヌイメージを侮辱的に描いて、さらに否定してみせています。「『混じり』なしのアイヌ」というセリフも、人間を「血」で分ける考え方です。そして「現在の日本に『アイヌ民族』など一人もいない」と、完全にアイヌの民族的アイデンティティを否定しています。
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2014年
7.札幌市議のアイヌヘイト発言を擁護
 2014年に、札幌市議の金子快之が自身のツイッターで、「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人がよいところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」と書き込み、C.R.A.C.NORTHも加わった市民で、議員辞職勧告決議を求める署名を集め、札幌市議会で決議が上がりました。決議の提案理由では「アイヌ民族に対する憎悪や差別を煽動しているのは、金子議員自身」であると、このツイートがアイヌに対するヘイトスピーチだとはっきりと記され��した。しかし小林は、自身のブログで金子のアイヌヘイト発言を擁護しました(2014年9月2日)。
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 金子のアイヌヘイト発言については、C.R.A.C.NORTHも協力した『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社、2015年)でさまざまな角度から批判されました。また小林は香山リカと対談を行いましたが、そこでも考えを撤回しませんでした。『対決対談! 「アイヌ論争」とヘイトスピーチ』(創出版、2015年)
2018年~
8.小林は「アイヌ特権」デマを広める運動の「最前衛」であった
  2018年11月末に、古谷経衡の現代ビジネスのネット記事「ネットを徘徊する怪物「差別的デマ」は、いま誰を餌食にしているのか」には、小林よしのりが「アイヌ特権」というデマを広める運動の「最前衛」に立ったと書かれていました。この記事を立憲民主党の公式ツイッターアカウントがツイート、福山哲朗議員がそれを拡散したことに小林は抗議し、立憲に公開質問状を送りました。立憲の公式アカウントは「現在論争中の案件について、不適切なツイートを行なった」「差別問題は多角的に考えるべき喫緊の課題だと認識して」いましたが、「記事の表現が公式で扱うには不適切ではないかというご指摘」を受けたと削除し、謝罪をしました。しかし、この騒動を扱った号で、小林は2014年に金子快之のアイヌヘイト発言を支持したことを省いています。
 この曖昧な謝罪は、小林が大人気作家としてアイヌ民族を否定する漫画を描き、アイヌヘイトを擁護したこと、そしてそれによって社会に絶大な影響を与えたという事実を否定するのか、さらに立憲は小林のようにアイヌの民族性を否定するのかと、支持者に不安を与えるものでした。  その後、ふたたび小林はアイヌの民族性を否定する漫画を週刊SPAに描くようになりました。
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9.和人至上主義
 小林は、白人至上主義と同じく、和人である自分の主体性を透明化しようとします。あらゆる民族的出自の人々は日本の国民主義=ナショナリズムに包摂されますが、和人・シサㇺ、あるいは大和民族であり、多数派民族である自分はありもしないと言います。マイノリティを国に受け入れる能力が自分にあるというマジョリティの国への統治的な帰属の感情であり、マイノリティには受け入れられる側として受動的立ち位置しか許しません。アイヌ新法が日本を「分断」するというのは「行動する保守」やネトウヨの常套句です。
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10.最新作はアイヌに対する紛れもないヘイトスピーチ
 札幌市議会から辞職勧告決議を受けた金子快之のアイヌヘイト発言は、1)アイヌの民族性の否定、2)アイヌであれば利権を持っているというデマ、でなりたっています。積極的差別是正策と和人の世界にもある個人的な不正を一緒くたにして、わざわざ民族性に結びつけて否定してみせることで、アイヌの民族としての尊厳を傷つける悪質な差別煽動的言説です。ゴーマニズム宣言の最新作も、同じ論理構造を持っています。知里真志保は、アイヌが「劣等人種」、「滅びゆく民族」と呼ばれる中で当事者である自分たちのことを平等な国民だと主張したのに過ぎません。しかし小林は、その言葉を簒奪し、正反対の差別的文脈に当てはめながら、学術的権威でありアイヌ当事者のものであると、アイヌヘイトにお墨付きを得たかのように描いています。
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 このコマの意味するところは、アイヌが「一滴の血」を根拠として、国から不必要な「保護」や「優遇」を受けて、多額のお金を受けとっているというものです。
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 アイヌ協会会員資格は法人の目的への賛同が条件であり、アイヌ生活実態調査の対象者は「アイヌの血を受け継いでいると思われる方であってもアイヌであることを否定している場合は調査の対象とはしていない」と、どちらも民族性の自己認識にできるだけ配慮しているのにもかかわらず、小林は協会の「アイヌ民族」の定義を「血の論理」と呼び、ナチスやKKKが用いた「ワンドロップルール」と「同じである」と主張しています。
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11.レイシャルハラスメントをする小林よしのり読者
 最後に、小林よしのりのアイヌ民族否定作品の影響力は非常に大きいですが、直接的な影響をあらわす例を示すと、このアカウントは、小林よしのりのファンで、アイヌのルーツをカムアウトしたアカウントにレイシャルハラスメントをしています。このアカウントは多くの方の通報により「凍結」しましたが、今もインターネット上では、小林よしのりを「教科書」にしたアイヌに対するレイシャルハラスメント、ヘイトスピーチがあふれています。
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文献
1.「ゴーマニズム宣言 第35章 アイヌは先住民族なのか?」『SAPIO』2008年11月12日号。
2.「ゴーマニズム宣言 第37章 言論封殺魔の謀略」『SAPIO』2008年12月17日号。
3.小林よしのり責任編集長『わしズム:日本国民としてのアイヌ』2008年11月29日発売号。
4.「ゴーマニズム宣言 自称アイヌは実は日本人である」『SAPIO』2009年9月9日号。
5.「撃論版ゴーマニズム宣言 沖縄とアイヌ、同化をどう考えるか」西村幸祐責任編集『沖縄とアイヌの真実』OAK MOOKオークラ出版、2009年2月。
6.『ゴーマニズム宣言NEO2 日本のタブー』小学館、2009年10月(上記雑誌掲載ものの再掲)。
7.「本家 ゴーマニズム宣言 第6話 アイヌ『民族のでっち上げ』を許すな!」『WiLL』ワック出版、2010年4月号。
��.「ゴーマニズム宣言2nd第32章 デマ拡散は最悪の罪なり」『週刊SPA』2019年1月15・22日合併号。
9.「ゴーマニズム宣言2nd第34章 シュマリと表現の自由」『週刊SPA』2019年1月29日発売号。
10. 「ゴーマニズム宣言2nd第35章 アイヌ民族に関する新法案?」『週刊SPA』2019年2月12・19日合併号。
11.「ゴーマニズム宣言2nd第40章 血の一滴は差別である」『週刊SPA』2019年4月2日号。
参考文献
岡和田晃、マーク・ウィンチェスター編著『アイヌ民族否定論に抗する』2015年、河出書房新社
小林よしのり、香山リカ『対決対談! 「アイヌ論争」とヘイトスピーチ』2015年、創出版
金明秀『レイシャル・ハラスメントQ&A: 職場、学校での人種・民族的嫌がらせを防止する』2018年、解放出版社
師岡康子『ヘイトスピーチとは何か』2013、岩波書店
資料
公益社法人北海道アイヌ協会定款  「平成29年 アイヌ生活実態調査報告書』北海道環境生活部
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sh1rasu · 7 years ago
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イケセイのメイクアップカウンセリングを受けた話
急に何だと思われるかもしれませんが、
メイクレッスンへ行った話も
パーソナルカラー診断をした話も
わくわくリプライセル生活も
セミオーダーで靴を作った話も
世間様の面白そうなものに対して、意外と自分の周りで体験した人が少ないので先じてやってみよ~というタイプなのですが、全部書くわと言いながら書かないので突然この話から始めます。
何故なら先ほど行ってきたばかりだからです。鉄は熱いうちに打て。
あと私が人に良かったことを説明しようとしてすぐ忘れるので、これ読みながら説明したい。
池袋西武のメイクアップステーションのメイクアップカウンセリングへ行ってきました。
そもそもメイクアップカウンセリングって何かと言うと、ポイントメイク30分、フルメイク60分、デパコスのカウンターぽくはあるけれど、ブランドに縛られないメイクの相談にのってもらえる西武のサービスです。無料。
個人的にずっと気になってはいたもものウェブの予約がこれは元々こういう画面なのでは?というレベルの×だらけで諦めていましたが、たまたまキャンセルが出たようで空きがあり、ポイントメイクの予約を入れて行ってきました、というのが今日。の先ほど。
結論からいうと行ってよかったです。
以下感想日記。
池袋西武、北、中央、南で建物が繋がっていない(駅の構内を挟む)ので慣れていないと焦る。メイクアップステーション自体は建物入ってすぐのところにあります。
出入り口横の人通りの多い場所なので、通路へ背中を向けているものの気になる人はいるかもしれない。個人的にカウンターの静かな店内ででBAさんとタイマン!という空気も得意ではないので適度にざわついているのは気楽でしたし、通り道で店内へ向かう人ばかいなのでかえって見られることもないと思います。
予約の時間にカウンターへ行くとクラブオンカードを作らされます。これ必須みたいです。クレカとかついていないのではいはい~って作りましたが。
余談ですが、新規会員の方に粗品プレゼントしてるのであちらのカウンターへどうぞ~されて従うと、粗品もらう前にクレカ機能へのランクアップのおすすめトークを一通り聞かされるので断れない人と断ることに罪悪感がある人は行くのをおすすめしません。
粗品、めぐりズム(ペラ)とかなので。
余談終わり。
最初に何で知ったか、今回は何を聞きたいか、メイクのイメージなどをカルテ的に記入して、これを元に担当のお姉さんと話を進めます。
ポイントメイクで相談できるのは1アイテム(チークだけ、とかコンシーラーだけ、とか)なので何を相談するかずっと悩んでいたのですが、この時期に聞きたいこととして
「秋冬っぽい濃いめのリップを探しているが、唇だけ目立ってしまってうまく顔と合わせられない」
という相談にしました。
何か試しましたか?とか質感はどんなのがいいですか?とかどんな風に上手くいかないですか?とか深掘りの質問をしてくれたり、色の系統でおすすめのものや、地の唇の色を見ていい塗り方を教えてくれたり��
かなりふわふわした相談に対し、質問をされることでこちらも方針が見えてきます。何も考えていなさすぎた。
そしてお姉さんがでは合いそうなものを探してくるので少々お待ちください、と待つこと数分、お姉さんが持ってきてくれたリップ、16本くらいあったと思います。
ブランドは本当にデパコス横断のYSL、RMK、SUQQUなど、色は秋冬っぽい深い赤系のバリエーション、質感もマット、ツヤ、ラメ、グロス、色々。
ブランドとどんな特徴があるかを簡単に説明しながら腕に出していってくれるんですが、数が多いので肘の内側へ到達する直前まで行ってしまって恐縮することしきり。
全部説明していただいた後、何を試したいですか?と聞かれたので、言うて全部だったのですが自重して欲しいイメージに近い色や、普段の自分では選ばないものをいくつかお願いして塗ってもらいました。
詳細は個人的なアドバイスになるので割愛します。
ざっくり言えば、様々な特徴の結果「そもそも濃い色は厳しめ」だったのですが、お姉さんが「秋冬ということで」と選んでくださったブラウン系のリップがめちゃくちゃ似合ってしまった。自分ではまず選ばないタイプの色と使ったことないブランドだったのでまさかハマると思わず感動しているとお姉さんも嬉しそう。
推したものが相手にハマると嬉しいですよね分かりますという親近感を覚えながら早くも30分というところでお姉さんがもう少しお時間よろしいですか?と、同系統色合いで質感違いのものをつけてくださって、質感がこちらの方がお似合いだと思いますよ~とわざわざ+αでおすすめしてくれました。感謝としか言いようがない。
最後に気になるものを聞かれたので試したものを全部書いてくれるのですが、そのメモが全部別なのでカウンターごとに渡しにいけるという気遣い。メモいっぱい書かせて申し訳ない。ちなみにブランド名だけじゃなく価格も記入されているのがとても優しいと思います。
本当に行ってみて良かった。
カウンターだとそこのものしか試せないし、買わなきゃだめかな…という不安などあったりすると思いますがブランド横断する上に購入への圧が一切ないので、今回のようにとにかく色々試したいというときに最適ではと思います。
どのくらい圧がないかというと、あまりにもないため頭からすっぽ抜けて書き忘れていたくらいです。
秋冬→濃い色→ボルドー系、みたいな思い込みがあったのと、そうでなくてもブラウン系という選択肢がまずないので、個人的にそういうアプローチがあったか!という感動がありました。本当に似合うと思わなかった。
また、濃い色でも似合う付け方、質感を教えていただきコントロールできそうなので手持ちどうにかしようという気持ちにもなりました。
プロの方に聞くって大事だなあと改めて思うと同時に、しかしこんないいものが無料でええんか…?あんなに親切なお姉さんの給与にコミットできないのか…?と思ってしまったため、とりあえずこのメモを持って池袋西武で買い物をします。
聞きたいことが他にもあるのでまた予約を取りたい、のですがどうもポイントメイクなら当日飛び込みでも受付開いてるときがありそうなのでちょっと飛び込みチャレンジもしてみたいです。
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eternitycomenevermore · 3 years ago
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わたしの20世紀の夕べ:そして、いくつかの小さなブレークスル―」は素晴らしかった。美しい英語で語られる”若き作家の自画像”とでも呼べる内容は、詩的でウイットがあり、リズムと流れがあった。彼は淡々と率直に、作家としてのブレークスル―(突破口を開く)体験を語り、分裂する世界での作���の役割に触れている。
筆者は思い立って、川端康成と大江健三郎のノーベル記念講演を読んでみた。川端の演題は「美しい日本の私」(1968)大江は「あいまいな日本の私」(1994)である。川端は明恵上人から一休までの和歌と俳句を引き、日本人の美意識と禅の思想を語っている。一方、大江は人文学者ラブレや詩人イエィツを引きヒューマニズムを語り、反戦主義者の心情を吐露している。二人の文章は味わい深いも��だが、筆者にはひっかかる箇所があった。
日本人の詩心を謳った川端は講演を次のように締めくくった。「私の作品を虚無という評者がいるが、西洋流のニヒリズムという言葉はあてはまらない。心の根本がちがうと思っている」。筆者は西洋人とは「心の根本がちがう」ととった。川端は心の底では、日本人の心は外国人には分からない、と思っていたのではなかろうか。川端の小説を英訳で読んだノーベル賞選考委員会が、国境を越える文学的価値を評価した上での授賞だったのに。
26年後、大江は川端に反論する。侵略国家の過去を忘れ、近隣諸国との真の和解をしていないのに、日本のアイデンティティを「美しい日本」だけに求めていいのか。敗戦直後、不戦を誓い、日本の再生を模索した時代精神はどこへ行ったのか。日本人のアイデンティティは自然を愛する心にヒューマニズムの精神を加えるべきだ、と彼は主張する。
筆者は、大江は川端より広い視野で日本のあいまいさを見ていると思う。しかし、川端に厳し過ぎるのではないか。彼は非政治的人間で詩人なのだから。もうひとつ、大江は平和主義者だとはいえ、講演のなかで国連平和維持軍をも否定しているのはナイーブだと思う。
ただし、この二つのスピーチに共通していることもある。それはテーマが日本であることだ。国境を越えた作家イシグロはこの土俵から離脱し、記念講演で21世紀の世界と文学を語っている。
講演の全文は『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスル―:ノーベル文学賞記念講演』のタイトルで、早川書房から丸谷才一さんをうならせた『日の名残り』の名訳者、土屋政雄さんの手になり刊行されるので、ここでは筆者がとくに注目した最後の部分をご紹介しよう。
「わたしは最近、何年もの間バブルの中で暮らしていた、ということに気付き愕然としている。その原因はわたしが周りの多くの人々の不満と心配に、目を向けていなかったからだ」で始まる内容は、鋭い社会小説家のそれだ。以下はイシグロ演説の要旨である。
わたしの世界―リベラルな考えを持つ人々がいる空間は、想像していたより小さいようだ。子供のころから自明のこと��信じてきた、ヒューマ二ズムの価値観は前進し続ける、という考えは幻想であったかもしれない。
しかし、わたしは楽観主義で育った戦後世代の一人である。なぜなら、両親の世代は全体主義、ジェノサイド、前代未聞の世界大戦を体験したあとで、ヨーロッパを世界が羨む国境のないデモクラシー圏に、変貌させたのを目撃したからだ。また、植民地帝国が崩壊し、人権が拡大することを体験した。われわれの世代は、資本主義と共産主義の間のイデオロギーと軍事対決の時代に育ったが、それはハッピーエンドで終わったと信じていた。
しかし、ベルリンの壁崩壊以降を振り返ると、われわれは自己満足に陥り、好機を逸したように見える。この間、富と機会の巨大な不平等が、国家間と国内で拡大することが容認されてきた。また、破滅的な2003年のイラク侵略、2008年のスキャンダラスな経済恐慌のあと、普通の市民に押し付けられた、長年の緊縮政策による耐乏生活がもたらしたものは、極右イデオロギーと部族ナショナリズムの台頭だった。人種差別という怪物も蘇っている。現在、われわれが団結してそれに対抗できる進歩的主張はないように見える。逆に、西洋デモクラシー諸国は分裂し資源とパワーをめぐって争っている。
一方で、科学技術と医学のおどろくべき進歩で、われわれは挑戦を受けている。遺伝子工学、人工知能、ロボットの技術は大きな恩恵をもたらすが、同時にアパルトヘイトに似た野蛮な実力主義社会と大量失業を生みだすかもしれない。
(以上のように、イシグロは現代の世界分裂、歴史逆流の現象の主因は、暴走キャピタリズムにあると言っているが、筆者はまったく同感だ。小説家の鋭いカンで時代を読んでいると思う)
続いてイシグロは次のように自問する。60代の自分は「作日まで存在していることすら考えていなかった世界」を理解し、読者になんらかの展望を与える仕事をするエネルギーはあるのだろうかと。だが「ベストを尽くさなくてはならない」「なぜなら、わたしは文学の重要性を信じているからだ。とくに現在のような困難な状況では」と言う。
イシグロは若い世代の作家に大きな期待を寄せ「書籍、映画、テレビ、演劇の世界には、冒険好きでわくわくさせてくれる20代、30代、40代の男性と女性がいることを、わたしは知っている。だから、将来を楽観している」と言う。
そう語ったあと、彼はノーベル賞アピールをする。文学が「不確かな未来へなにか重要な役割を果たす」には「今日と未来の作家から最良のものを引きだすべきだ」。そのためには「多様になる」必要がある��言う。
彼は二つの提案をしている。第一は、先進国の居心地のよいエリート文化の世界を越えて、多様な声を反映すべきだ。その声は国内のものでも遠い外国のものでもかまわない。「未知の文学世界から宝石のような作品を発見する努力を積極的にやろうではないか」と言う。
第二は、「優れた文学の定義を、あまりに狭く、あまりに保守的にすべきではない」である。新世代の作家は、思いもかけない手法で素晴らしいストーリーを語るから「オープン・マインド」であるべきだと言う。とくに、ジャンルと様式について、そうあるべきだと提案している。
イシグロはスピーチを次のように結んでいる。「この危険な分裂の時代にあって、われわれは聞かなければならない。良いものを書き、良いものを読めば、障壁を打ち破ることができる。そこから、われわれを結集させる新しいアイデイア、偉大な人間的ヴィジョンが見つかるかもしれない」
イシグロの記念講演は21世紀のノーベル賞作家にふさわしい。
筆者はこの記事を書くにあたって、以下のビデオ、エッセイ、インタビュー、記事のお世話になりました。感謝いたします。Kazuo Ishiguro Nobel Lecture ”My Twentieth Century Evening-and other small breakthroughs” 2017・12・7 Nobelprize.org, “How I wrote the Remains of the Day in four weeks” Kazuo Ishiguro The Guardian 2014・12・6, ”My friend Kazuo Ishiguro: an artist without ego with deeply held beliefs” Robert McCrum 2017・10・8 The Guardian, “Many ScolwIs” Patrick Parrinder 1986・2・6 London Review of Books, “Kazuo Ishiguro in Conversation with John Wilson” Front Row 2015・3・5 BBC Radio 4、筆者の早川浩インタビュー 2017・12・12.「21世紀に向けて 作家の役割り」 対談 カズオ・イシグロVS大江健三郎 1990・6  国際交流、「阿川佐和子のこの人に会いたい」 カズオ・イシグロ 2001・11・8 週刊文春、「カズオ・イシグロをさがして」 ETV特集 2017・12・19 NHK
【フランス田舎暮らし ~ バックナンバー1~39】
著者プロフィール
土野繁樹(ひじの・しげき)
ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。
土野繁樹 (id:toruhijino) 4年前
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honyade · 5 years ago
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【季刊誌kotoba(集英社)プレゼンツ「21世紀に書かれた百年の名著を読む」第4回】仲俣暁生 × 倉本さおり「阿部和重『シンセミア』(講談社)を読む」
季刊言論誌『kotoba』(集英社)で連載中の、仲俣暁生さんによる「21世紀に書かれた「百年の名著」を読む」と連動し、Titleではトークイベントを開催しています。 記事内で紹介された一冊を、仲俣さんがゲストとともに語り合う企画です。 4回目の開催となる今回は、書評家として活躍する倉本さおりさんをゲストにお招きします。
題材は、阿部和重氏の『シンセミア』。 阿部和重氏が自身の出身地・神町を舞台に手掛けた〈神町〉三部作の第一作にあたり、1999~2003年に「アサヒグラフ」誌上で連載されていました。 2019年に刊行された『オーガ(ニ)ズム』でシリーズが完結したのも記憶に新しいところです。
とくに「監視社会」を描いたという意味では現代に対して預言的だったという解釈もできる本作を、ともに書評家として活躍されるお二人が語らいます。
※『kotoba』2020年冬号は全国書店にて発売中です。
【プロフィール】 仲俣暁生(なかまた・あきお) 文��評論家、編集者。1964年、東京都生まれ。 「CITY ROAD」「WIRED日本版」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、現在「本と出版の未来」を考えるウェブサイト「マガジン航」の編集発行人を務める。 著書に『失われた娯楽を求めて-極西マンガ論-』(駒草出版)、『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、『極西文学論』(晶文社)など。
倉本さおり(くらもと・さおり) 書評家。ライター。1979年、東京生まれ。 毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」、文藝「はばたけ! くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道をゆく!」を担当、連載中。 ほか『文學界』新人小説月評(2018)、『週刊読書人』文芸時評(2015)など。 ラジオ、トークイベントにも多数出演。 作品の魅力を歯切れよく伝える書評が支持を得ている。
【開催日】 2020年1月31日(金)
【時間】 19時30分スタート/21時頃終了予定  *イベント当日、お店は18時にてクローズ致します
【会場】 Title 1階特設スペース
【参加費】 1000円+1ドリンク500円
【定員】 25名
【お申し込み】 手順1:メールの件名にイベント名、メール本文にお名前(氏名)/電話番号/枚数(1人2枚まで)を明記して、以下のアドレスに送信ください。
手順2:「予約完了」の返信をいたします。(メールの受信設定にご注意ください)。
手順3:参加費は当日会場受付でのお支払いとなります。
お申し込み・ご予約は定員に達し次第締め切らせていただきます。
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イベント情報の詳細はこちら
from honyade.com https://ift.tt/2R8PEj8
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newspaper-ckm-mirai · 3 months ago
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さらはにズム ちくま論説 25年3月
さらはにズム ちくま論説  ▼千曲市2025年度の一般会計当初予算案が、先月新聞に発表された同じ頃、千曲市議会活動報告誌が、ある会派より届いた。2024年度、会派4人それぞれの議員活動がカラーで、わかりやすく盛沢山だ。その中で一件気になる記事が目にとまった。 ▼「旧更埴市庁舎敷地に在った石碑」というタイトルのコラムだ。清泉女学院大学農学部開校建設を控え、更地になった更埴庁舎の敷地内にあった、初代更埴市長・北村匡登の顕彰碑、更埴市・市民憲章の石碑、更埴市政の礎の3基の石碑が解体処分されていたという記事。 ▼初代更埴市長の北村匡登は明治22年(1889~1985)屋代町生まれ。今年で没後40年、旧制長野中学卒、八十二銀行、屋代町会議員、屋代町長を歴任し、1959年初代更埴市長に就任新市発足当初は分市運動が激しくあり粘り強く指導力を発揮して、更埴市の基礎を固めた。 ▼更埴市・市民憲章碑…
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newspaper-ckm-mirai · 9 months ago
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さらはにズム ちくま論説
さらはにズム ちくま論説  ▼JR長野駅前の大規模再開発計画が進展中だ。長野市は一昨年「長野中央西地区市街地総合再生基本計画」を策定し、長野駅周辺エリア(善光寺口)について地上100m、28階建てのタワーマンションの建設の計画を打ち出した(2029年度完成予定)。場所は末広町交差点の一角のエリアで、基本計画では「魅力とにぎわいを生み出すまちの玄関口」という方向性を掲げている。 ▼しかし県都の駅前の一等地に建設するタワマンが、果たして観光県・教育県の「顔」として相応しいのだろうか?計画では28階のうち5階から最上階までは共同住宅となる予定だという。県庁所在地駅前でのタワマン建設はお隣の岐阜県でも進んでいるが、長野市は地理的環境から考えてもさほど最適手とは思えない。 ▼現在、東北の福島市ではJR福島駅東口の再開発でコンベンションホールの建設が検討されている。住宅棟もあるが、12階建���の…
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newspaper-ckm-mirai · 10 months ago
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さらはにズム ちくま論説 2024年8月
さらはにズム ちくま論説 2024年8月  ▼猛暑と豪雨の夏が日本に居座っている昨今、悪環境何するものぞと、今年も各地区でお祭が盛んだ。先月は、上山田温泉夏祭りや稲荷山の祇園祭に、生憎の雨模様の中、多くの老若男女が参加し、楽しんでいたそうだ。今月もまた屋代駅前の千曲夏祭り(8月11日)や屋代の須須岐水神社の茅の輪祭(8月31日)などが準備に勤しんでいるそうで楽しみだ。 ▼私の竹馬の友のこんな遺作があった。『エッセイ「おまつり」私の曽祖父は「おまつり」というあだ名だったという。明治六年生まれだったが、町のこと、神社やお寺のことなどに力を注いだらしい。祖父と父も町会議員を務めたので、いろいろな繋がりもあったのだろう。振り返ってみると、どうも私も「おまつり」の血を引いているようだ。三十歳のとき、途絶えていた春祭り神楽の復活運動を起こしたり、三十八歳で更埴どんしゃんまつりの創設を提案したり、…
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newspaper-ckm-mirai · 4 months ago
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さらはにズム ちくま論説 24年2月
さらはにズム ちくま論説  ▼昨年の暮、千曲市出身の書家、故・松林天上さんのご息女松林女(かんな)さんより端正なハードカバーの写真集をいただいた。表紙の中央に、「天上作品集」とご本人の楷書がくっきりと座っている。添え状に、「私達も父を送ってから早四十年を超え、父の逝った年齢になってしまいました。この度、父の遺品などを整理し、記念に作品集を出版することに致しました。掲載した作品は、殆どが自宅にあるものですが、昔をしのびご笑覧いただければ幸いと存じます。」とあった。▼作品集の巻頭は、晩年に親交のあった桑原龍洞院住職(現・曹洞宗大本山永平寺第八十世貫主)南澤道人さんの心の籠った追悼文で、末尾に七言絶句の漢詩が偶作されている。 偲 天上先生 偶作 天上老翁常作詩 多年日月弄神思 七言端麗温情趣 文外幽懐見大慈 道人叩頭 ▼巻末は松林女(かんな)さんの、「父の「煮雲荘」」というエッセイ…
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newspaper-ckm-mirai · 8 months ago
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さらはにズム ちくま論説 24年10月
さらはにズム ちくま論説  ▼現職市長VS行政現場で市長を支えてきた部長、という構図の千曲市長選挙がいよいよ今月27日に行われる。明るく住みよい千曲市を目指して共にまちづくりに関わってきたお二人が、なぜ戦わねばならなくなったのか!この点がよくわからない。市長の実績は、部長職の彼をはじめ千曲市全職員の協働と、市民の支援あってこその積み重ねであるのだが。 ▼もう一つ、投票する市民にとって立候補予定者2人の知名度がいまいちだ。現職市長はことあるごとに新聞などに報道されているが、それだけの情報だし、特に対抗の候補予定者は、37年間千曲市職員として街づくりに邁進した実績だけで、一般の市民には殆ど知られていない。それ故、選挙運動を展開している両陣営にとっては、候補者本人の人柄や能力、実績をいかに有権者に伝えて得票を積み上げていくのか、熱い戦いを強いられている。 ▼そんな折先月末、科野青年会議…
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newspaper-ckm-mirai · 3 years ago
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さらはにズム ちくま論説
さらはにズム…
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newspaper-ckm-mirai · 3 years ago
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さらはにズム ちくま論説 
さらはにズム ちくま論説  千曲市周辺の夏の風物詩は色とりどりで楽しい。智識寺の紫陽花、冠着山の姫ボタル、8月7日の七夕、須須岐水神社の茅の輪くぐり、大池の百八灯、上山田温泉夏祭り、千曲川納涼煙火大会、各地区商店街の夏祭り、稲荷山祇園祭、坂城どんどん、塩崎の三十三献灯等々▼そして、しめやかに、迎え盆と送り盆。お盆の前日8月12日、街のお花市ひろばには人が溢れて、桔梗や萩、撫子、女郎花、百合、竜胆などの盆花を求める人々で賑わったものだ。▼迎え盆の13日、家々では仏壇の前や床の間にご先祖様を迎える「盆棚」を組み、先祖代々の位牌を移し、ナスやキュウリで作った馬や牛の形代、飾り菓子、果物、てんぷらなどを供える。夕方、一家揃って墓へ仏をお迎えに行き、めんがら(麦わらの方言)や白樺の皮を墓前で燃やして、提灯に火を移し、ご先祖様を迎え入れて家に帰る。家の玄関の前で再び火をたき「じいやん、ばあやん、こ…
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newspaper-ckm-mirai · 3 years ago
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さらはにズム ちくま論説
さらはにズム ちくま論説 ▼明治42年4月。埴科郡の屋代町・杭瀬下村・森村・倉科村の1町3か村が、長野県組合立埴科農蚕学校の開校式を挙行。地域発展のため人材育成をかかげ、新しい農業、地域づくりが急務であった。当日は132名が入学、113年後の今日まで18000名を超える生徒が巣立っている。現在の屋代南高等学校である。▼今、その「やなみ」の存続が危ぶまれている。この5月県教育委員会は、県立高校第2期再編3次案を提示。屋代南高校普通科ライフデザイン科と、更級農業高校農業科、松代高校の商業科を長野千曲総合技術新校(仮称)に統合、新校の立地は未定、というもの。▼2016年に結成された「屋代南高校を発展させる会」は昨年7月、DX時代のニーズに応える情報科、ライフデザイン科、介護福祉科など、第3の総合技術高校として存続発展させることを目指して行くことを決め、9月に県教委へ要望したが、今年2月に「発…
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newspaper-ckm-mirai · 3 years ago
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さらはにズム ちくま論説
さらはにズム ちくま論説  ウィズコロナの日常がなんとか定着しつつあり、自然は春から夏を巡り四方の野山の緑が映えて、漸く千曲市にも行楽が期待される季節がやってきた。千曲市のボランティアガイド「楽知会」をご存じだろうか▼楽知会は15年前に「千曲市をもっと知りたい、知れば知るほど魅力あふれる千曲市を訪れる人々に楽しくお伝えしたい」との思いで、ボランティアガイドとして発足。以来「月の都の案内人」と銘打って、心の交流を大切にして千曲市内全域でガイド活動を続けている。毎月の定例会では、市内外の名所や歴史などの研修会を開き、ガイドスキルの向上や情報交換などを目的に、他の団体との交流会・イベントなどにも積極的に参加。また、市の委託を受けて「千曲市を楽しく知る講座」の企画・運営を担当し、会員同志が楽しみながら市の観光やPRに貢献している。▼令和元年には「ちくま未来戦略研究機構」と「ちくま検定」の設立を…
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newspaper-ckm-mirai · 3 years ago
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ちくま論説さらはにズム
ちくま論説さらはにズム ▼ここに一冊の本がある。「日本を出て、日本を知る」(アメージング出版)。著者の坂本龍太朗さんは1986年の岐阜県高山市生まれで、千曲市(旧更埴市)育ち。30年の半生を、常に挑戦し続ける熱い思いで赤裸々に語っている。日本人が日本人として、これからの時代を生き抜くヒントが、特に未来を目指しして羽ばたく若い人たちにとって人生の指針ともなる指南書である。 ▼坂本さんは地元の屋代小学校、屋代中学校、屋代高校に学び、その頃からチャレンジ志向が旺盛、家庭環境もオープンで、自主自立の精神が育まれたという。また、���宅に外国人受け入れのための「ホームステイ部屋」があって、国際感覚が芽生えたり、コカリナ合奏団に参加など、ボランティア活動を母親と共にしたりで、早くから自由奔放な行動力が備わっていった。 ▼10年前に坂本さんは、ポーランドでワルシャワ日本語学校を設立。現在も学校経営者…
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