#nftとは真逆の方向性
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. . ピクトグラムが好きだ . ムダを省いて情報伝達に特化した 究極のデザインの . そこに日本ならではのストーリー性を 持ち込み観光客に一目で理解できる 新機軸の機能を持たせた . EXPERIENCE JAPAN PICTOGRAMS . この観光体験を支える最小の装置が 商用利用もふくめてすべて無償で 公開(提供)されているのだから素晴しい . . . #ExperienceJapanPictograms #デザインから日本の観光体験を支える #無償のピクトグラム #商用利用も可能 #紙でもWebでもサインでも #日本のストーリーが詰まった装置 #NFTとは真逆の方向性 #企画制作日本デザインセンター #アートディレクション大黒大悟 #著作権は日本デザインセンター所有 #NipponDesignCenter #DaigoDAIKOKU #design #pictogram #japan #sightseeing . . https://www.instagram.com/p/Cb7n5J8Pb0M/?utm_medium=tumblr
#experiencejapanpictograms#デザインから日本の観光体��を支える#無償のピクトグラム#商用利用も可能#紙でもwebでもサインでも#日本のストーリーが詰まった装置#nftとは真��の方向性#企画制作日本デザインセンター#アートディレクション大黒大悟#著作権は日本デザインセンター所有#nippondesigncenter#daigodaikoku#design#pictogram#japan#sightseeing
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got interviewed for “DAWN” magazine.
CONTENTS ↓
『DAWN N°2 SUSTINABLE FUTURE』
CONTENTS
それでも考えることをやめない ──クラブコミュニティを超えて性暴力の問題と向き合うには? illustration : サカイ アキラ ・ケアの範囲──MURVSAKI事件でのMall Boyzの対応から考える words : DAWN編集部 ・支配のダブルパンチ──女性に対する暴力、またその被害者を「黙らせる」構造 words : 藤本一郎 ・不祥事を起こしたミュージシャン、その作品に罪はあるのか? words : 池城美菜子
K/A/T/O MASSACRE ・ファッションも音楽も自分の肌で感じた経験値が物語る words : Yoshiko Kurata photography : 川谷光平 ・吐夢 photography : 川谷光平 ・緊急事態宣言以降に開催された印象回 words : Dirty Dirt ・JACKSON kaki Interview words : 山本輝洋 ・浮舌大輔 Interview
ARC'TERYX──How We Survive In The Flat Field words : Yuji Kozakai��Special Thanks : Kaba(bal)、大橋高歩(the Apartment)
ILL-BOSSTINO──積み重ねが生んだ哲学とストイシズムの源泉 words : 吉田大 photography : 二宮慶介
YOU THE ROCK★とダースレイダーの対話──HIPHOPが生き方ならば、それは1人で可能か? words : 荏開津広 photography : 二宮慶介
宙J FDFANTA汁CHILLSTASKI DEF山田 宙PX 千葉隆史──HIPHOP人間国宝ドキュメンタリー words : 飯田昭雄 assistant : ZEN-LA-ROCK photography : グレート・ザ・歌舞伎町
OGラッパーの現在地点 words : 小林雅明 illustration : 前田晃伸
Tenkyu graphic : 葵産業
ラップと仕事 illustration : 沖真秀 ・QN──親方ラッパーがつくる新しい国 words : 二木信 photography : 二宮慶介 ・仙人掌──Show a Living Flow words : 二木信 photography : 二宮慶介 ・dodoが無邪気に、かつ真摯なまでに行う押韻の実験 words : つやちゃん illustration : PLASTICMAI ・逆月 words : 志人
魅惑の深淵、ガラスパイプの世界 Contemporary Undercover Pipe words : 二宮慶介 photography : SLOP LIL FLAME
移動する音楽 ・食品まつり──やすらぎランドから見るローカルの風景 words : 大石始 photography : 川谷光平 ・ゆるふわギャング──Return to the Beginning words : 高久大輝 photography : CHANGSU ・Fuji Taito──Lancamento words : 二宮慶介 photography : 川谷光平 ・B.D.──創生するローカルコミュニティ words & photography : 二宮慶介 ・余白という音楽へ words : 荒井優作
まるで、新しいハード・コア連続体 words : りつこ editorial cooperation : タナカハルカ artwork : 八木弊二郎 ・世界を変えるための、ハイパーな言葉のかたち words : りつこ editorial cooperation : 鈴木みのり ・広告世界に飲み込まれつつ”声”を上げることは可能か──Cyberpunk2077の抱えるシスジェンダー的価値観の問題 words : タナカハルカ editorial cooperation : 鈴木みのり ・ether──非中央集権型コミュニケーションの現在形 words : りつこ editorial cooperation : タナカハルカ photography : Yui Nogiwa、Kinuko Numano、yokoching、sudden star
Don't Believe the Hype──HIPHOPと信仰心 ・ギャングスタ・ラップとキリスト教のスピ��チュアリティ──キリスト教牧師 山下壮起との対話 words : 二木信 illustration : ZECS ・Itaq 神を殴り返すセッション words : 二木信 photography : 川谷光平 ・小林勝行 宗教で売れたんじゃなく、俺らが売ったんや words : 二木信 photography : 川谷光平
Loota──ワイドレンズで引いた画を。しかし、ピントは明瞭に。 words : 高橋圭太 photography : UMMMI.
KUUGA論 words : 吉田雅史
未来に抗する社会へ — 幸福な時間、資本主義の「ゾミア」をめざして words : 藤本一郎
データ作品がカネに変わる、新興技術「NFT」 words : 高岡謙太郎
環境問題アレルギーをそろそろ卒業しようや words & illustration : フカーツ
JNKMNのお気に入りTweet
Beyond the old memories words : Sir Y.O.K.O.PoLoGod. (PAYME Archives.)
$hirutaroの部屋
コントリビューター --------------------------------------------------------------------- DAWN N°2 Sustainable Future ドーン N°2 2022年9月発刊
editor : Keisuke Ninomiya contributing editor : Ritsuko art director & design : Keita Ishiguro design : Takashi Takamori founder : Keisuke Ninomiya、Kazuma Aki
cover art : しわしわ ---------------------------------------------------------------------
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代替性と非代替性の時代(デジタルアウラ)
アートにおけるアウラとアウラの消滅、複製時代におけるコピーとオリジナル、そしてデジタル時代の代替性と非代替性としてのデジタルアウラ。(ブロックチェーン技術の非代替性トークン、NFT . Non Fungible Token:ノンファンジブル・トークン。)
お久しぶり〜ふ!!!
という事で美学者母です。
さて今日現在もまだコロナな収束には至っていない、
ワクチンは開発され、
今後ワクチン接種が一般にも広がってくるであろう。
しかしまだまだコロナ収束へは時間がかかりそうで、
2021年東京オリンピックには間に合いそうもないし、
2021年中には平常には戻れないだろう。
そしてそんな世の中でも、
世界はどんどんとダイナミックな変化を続けている。
私の場合は特別に、
コロナが流行してからの方が、
人と接する機会が増えたのだが、
色々な話を聞いていると、
日本はとてもやばい状況になっている実感が、
手に取るように理解できた。
今回のコロナで、
かなり仕事を無くした人々の実態が見えた、
また元々の仕事から転職を余儀なくされている。
そしてその様な状態に陥っている人間の��とんどは、
現在までのダイナミックな世界の変革に乗り遅れた人々である。
人々というよりも、
日本という国家そのものが、
その様なダイナミックな変化に乗れていない。
そもそも観えてもいないし理解もしていない。
これはもはや日本にとって致命的である。
今回は、
現在世界の様々な所で、
どの様な変革が起こり世界はどう変わろうとしているのか、
その様な言説をしていきたい。
その上で私はアートが専門なので、
アートのコンテクストの中で言説するが、
この様な旧体制と現状のキャズムは、
アートに限らず、
現状の日本の没落の原理として存在する。
まだ多くの日本人は「近代」を生きているのである。
しかしもうそれは許されないのであり、
それにアジャストしていかなければ、
ただ淘汰される事を待つだけである。
今回は「変わりたい」。
「変わろうとする貴方」へのアドバイスとなる。
まずアートの話として
時空が結びついた刹那的体験として、
その価値を担保している。
つまり現在の美術館などで行われる展覧会や、
ギャラリーや画廊といったものは、
その唯一絶対性に出会う時空であり、
そこにある刹那的体験こそがアートの原理である。
当初それは貴族などが、
自宅などで独占されていたものを、
解放し民主化されたものが、
現在の美術館システムである。
しかし時代が進み、
テクノロジーが進歩し、
写真などの複製技術が生まれた事で、
そもそものオリジナルという問題が、
アート界に産まれてきたのである。
この様な問題の上で、
そもそもアートの価値というものを、
問い直さなければならなくなったわけである。
そして複製技術以前と以後では、
アートそのもの捉え方を変えなくてはならなくなった。
それがドイツ思想家のヴォルター・ベンヤミンの、
「アウラ」と「アウラの消滅」である。
そもそもアートの価値を担保してきたのは、
時間と空間、そしてそこでの一回性の刹那的体験である。
つまりその様な体験こそ「アウラ」である
しかし複製技術が産まれた事によって、
価値担保できなくなった。
それが「アウラの消滅」である。
そして「アウラの消滅」以後、
アートは新たな次元に移ったわけであるが、
常に「オリジナル」と「コピー」というものが、
アートにおいて問題とされてきている。
まさにこの事は、
いかに「近代」が大量生産大量消費社会であり、
またその人間としての概念と言える「大衆」を産み出し、
「アート」の「オリジナル」や「コピー」を問題としながらも、
私たち人間の、
「個人性」と「大衆性」が問題にされてきた、
その様に捉えることもできる。
まさにこの様な「世界観」が「近代」である。
そして現在の状況に言説を移していくのだが、
現在のアート、
特に日本のアートの「中の人」たちは、
実はこの「近代」にも到達せずに、
まだ「アウラ」を追求し活動している人間ばかりである。
私はその現実を目の当たりにしている���
これはアート界に限らず、
世間一般的な感度とそう変わりない。
これは日本において危機的状況である。
そして現在のデジタル時代、
つまり写真の世界で言えば、
フィルムからデジタルデータに変わったわけである。
その上で1990年代に「インターネット」が普及し、
私たちは「ディスプレイ」越しに、
無限の情報を得る環境を手に入れたのである。
それはもはや、
「オリジナル」と「コピー」という概念でさえ、
超越したものが現れたと言える。
なぜならそもそも、
私たちがインターネットにアクセスし、
そのディスプレイに映し出される、
様々な情報は、
「オリジナル」なのか?
「コピー」なのか?
もう現在において、
その様な問いは愚問なのである。
この様な「世界」に、
いち早く気づいた日本のアーティストとして、
「カオスラウンジ」は早かった。
私は2010年5月に「ウェブアート宣言」を宣言しているが、
カオスラウンジは2010年4月だったと記憶しているが、
「カオスラウンジ宣言」を宣言している。
同時期に近しいコンテクストを作品化しているわけだが、
カオスラウンジはアート界で名を馳せたが、
私は2021年にしてまだ無名であるwww
しかし2020年にセクハラ問題を起こし、
表舞台から姿を消した。
有名になることが価値であるという時代は、
もう終わったのだろう。
なぜなら「有名」であるという事は、
それが「唯一性」や「絶対性」を有しているからである。
その様な意味で言えば、
カオスラウンジは近代のアーティストであったのかもしれない。
ここからは、
現在の世界の状況である、
「代替性と非代替性の時代」
この事について言説していく事にする。
ではこの「インターネット時代」において、
私たちが観ているディスプレイに表示される、
様々な情報を、
「オリジナル」や「コピー」ではなく、
どの様に理解すればいいのであろうか。
その答えがまさに、
「代替性」と「非代替性」という、
捉え方である。
そもそも私たちは近代まで、
その「もの」そのものに、
絶対的存在というものを感じ、
そしてそ��を自明としてきたのである。
つまりそれは逆説的に、
対象としての「存在」が、
「人間以前性」を持っているのである。
その様な解釈なのだ。
しかし「認知」の研究が進んでいる現在、
そもそも「存在」であるとか、
そこにそれが「有る」とか「無い」というのは、
「人間以前性」には存在しないので有る。
つまりそこに「存在」するというのは、
「人間」の対象に「存在」するのであって、
「存在」だけが「絶対的存在」として、
「存在」できないという事である。
つまり「絶対存在」は存在できないのである。
その様な前提から、
「オリジナル」や「コピー」そのものが、
「存在」できないのである。
なぜなら「オリジナル」とは、
「もの」としての「絶対存在」であり、
「コピー」はその複製品であるからだ。
これは西洋キリスト教的な、
「一神教」のコンテクストである。
そしてそれは、
現在においての日本や、
西洋を中心とした「グローバリズム」、
その様な「中央集権」として集約される。
それに対して現在は、
「近代」の終わりと同じくして、
「中央集権」的な世界も終わり、
「分散型」の世界へと急速に向かっている。
その「分散型」の創発として、
「インターネット」は登場したのである。
そもそもインターネットは、
「中央」の無い、
「分散型ネット��ーク」である。
私はインターネット黎明期の1998年ごろから、
インターネットを活用しており、
アート活動もインターネットを活動の場としている。
また2010年には「ウェブアート宣言」を宣言している。
また私は2017年5月から、
仮想通貨(暗号資産)のトレードを始めて、
2017年12月の仮想通貨バブルを経験している。
また現在も暗号資産トレーダーである。
つまり私はインターネットで20年以上活動し、
いち早く「分散型」の世界の訪れを捉え、
ブロックチェーンの重要性を考えたのである。
まさにこれから爆発的に広がるであろう、
「ブロックチェーン技術」であり、
ビットコインなどを中心に、
それを認知する人々もかなり広がった。
この様な分散型世界を実現する、
「ブロックチェーン」の中でも、
現在重要な応用技術として、
NFT . Non Fungible Token:ノンファンジブル・トークン。
がある。
ファンジブルとは代替性であり、
ノンファンジブルとは非代替性である。
前述した基本的な話では、
ディスプレイに表示される、
インターネット世界の情報は、
「オリジナル」と「コピー」の関係では無い、
その様に述べたわけである。
それはそもそも「オリジナル」というものは、
存在しないからである。
それは「絶対存在」が存在しないからである。
ではディスプレイに表示された情報はどう捉えるのか、
それは「代替」された「現象」である。
それを理解するには、
そもそも「存在」とは、
その「現象」を「認知」する「人間」に依存する。
このことを理解できなくてはならない。
「認知」的問題として、
人間は知っている事しか「観えない」、
人間は知っている事しか「理解できない」わけです。
この事をもう少し突き詰めると、
逆説的に私たちは、
「私」が「知っている事」、
でしか「もの」を理解する事ができないのである。
つまり「人間への情報伝達の不完全性」が、
理解できます。
この様な前提条件をもとにすると、
インターネット世界にある情報は、
デジタルデータとして、
つまり二進法の(有る)と(無い)という、
人間にとって一番単純な「現象」なのです。
つまりその時点では、
ファンジブル(代替性)を有しています。
しかしディスプレイに表示され、
それを認知する「私」との関係性により、
そのファンジブル(代替性)のデータは、
ノンファンジブル(非代替性)の認知をして、
それを「認知する私」という体験をするわけです。
これらを理解した上で、
NFT . Non Fungible Token:ノンファンジブル・トークンとは、
つまり、
インターネット上の応用技術として、
ブロックチェーンを使い、
さらにその情報に、
ノンファンジブル(非代替性)の性質を持たせる。
つまり、
NFT . Non Fungible Token:ノンファンジブル・トークンは、
インターネット世界の応用技術である、
ブロックチェーン上では、
ノンファンジブル(非代替性)としての性質をもつが、
ディスプレイに表示され、
それを認知する「私」との関係性により、
そのノンファンジブル(非代替性)のデータは、
ファンジブル(代替性)の認知をして、
ノンファンジブル(非代替性)という体験をする。
ここはかなり複雑な言説になっていますが、
物理世界のファンジブル(代替性)とノンファンジブル(非代替性)、
NFTのファンジブル(代替性)とノンファンジブル(非代替性)、
これが「逆相関」の関係になるという真理です。
ではその真理とはなんでしょうか、
それは、
私たち人間は、
「強烈な思い込みの世界に生きている」
その様な真理です。
私は2017年に仮想通貨のフィールドワークをし、
「価値の創造」の研究をしました。
このアナロジーな「開いた系」に、
「意味」や「概念」を持つ、
それはデジタルな「閉じた系」を生きるのが、
「人間」です。
そしてその「閉じた系」をアップデートしていく事が、
「自ら考える」という事であり、
「生きる」という事なのです。
私の考えでは、
これまでの物理世界での、
「人間の強烈な思い込み」以上に、
インターネット世界での、
「人間の強烈な思い込み」は、
さらにその思い込み強度が強化されます。
さらにその力は強力であり、
現状でもその様な自ら考えずに、
「流れてくる情報」に、
帰依する人々が溢れかえっています。
そしてこの事を理解できている人間と、
理解できていない人間に、
完全な格差が産まれ、
「二極化」が始まっています。
この「現在の世界」を生き残るには、
「代替性」と「非代替性」を理解する事が必要です。
つまり「人間の強烈な思い込み」です。
「代替できる」、
「代替できない」、
この問題は、
もはや私たち自身の思考の問題であり、
その思考を持つアーキテクチャとの、
関係性の問題、
相対性の問題、
つまり「私」と「対象」との関係性に「心」があるのです。
美学者母
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漂流船EVE号はどこに流れ行くのか。
先日、EVE Onlineに関する(悪い意味で)衝撃的な記事を読んだ。
電ファミニコゲーマーという日本国内のゲームメディアに掲載された記事で、CCPのCEOであるHilmar PeturssonとブランドディレクターのSæmundur Hermannssonが、EVEとNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)について語っている。
恥ずかしながら「ビデオゲームとNFT」の現状がわからないので18年続くMMO『EVE Online』運営にメールで「ゲームはどう変わるの?」と率直な疑問をぶつけてみた
記事を要約すると、NFTをEVEに導入し、最終的にこのゲームをP2E(Play to Earn)にする、という内容だ。 P2Eゲームとは、ゲーム内で得た価値(のあるアイテム)をゲーム内外の他者に売却し、その対価を現実世界の法定通貨(もしくは仮想通貨)として受け取る、つまり所謂RMT(Real Money Trade)が根底に存在するゲームのことだ。 記事の冒頭でCCP側から電ファミに対してインタビューをオファーしてきたと書いてある通り、この記事は単なるインタビュー記事ではなく、CCPによ���PR記事として受け取るのが妥当だ。つまり、この記事に書いてあることは、CCP(もしくは親会社であるPearl Abyss)による規定事項であり、ここ数年のCCPの行動を考慮するに、実際に記事内で語られている方向性にゲームそのものが変化していく可能性が高いということだ。
言うまでもないが、ここで語られている内容は全て、EVE Onlineが置かれている現実とプレーヤーベースを完全に無視した馬鹿げた妄想に過ぎない。EVEにNFTを導入してP2E化するなどというのは、CCPとEVEにとって自殺行為以外の何物でもない。 この記事を読むと、P2E化がゲームユーザーに資することであるとは一言も書いていないということにまず気付く。 記事の中で繰り返し語られているのは、実装したNFTをCCPがどのように収益化するかである。HilmarはP2Eというシステムによってユーザーが収益を得ることが可能になると述べているが、それがゲームユーザーにとってどのようにプラスに働くかについては何も語っていない。 NFTの導入についてCCPはあくまでも、新たな収益源として手数料を収奪するための手段として実装しようとしているのだ。 つまり、NFTの取引に伴う利鞘を得るマーケットを形成するという収益上の事由が先行していて、P2Eが云々というのはそのための後付けの理由に過ぎない。これを逆転させてプレーヤーに説明している時点で、既に詐欺的と言わざるを得ない。
さらにHilmarは、現状のEVEではユーザーはゲーム内アイテムについて所有権を持っていないが、NFTを導入することによってユーザーはこれらを真に所有することができると暗に言っている。(明示的には言っていない) これはHilmar自身がNFTが何であるかを全く理解していないが故の、完全に誤った認識だ。
NFTをEVEに導入することによって所有の概念が変わるという荒唐無稽な論理をHilmarは展開しているが、全く理解不能な主張と言わざるを得ない。 NFTのTがTokenの略であることから明らかなように、NFTはブロックチェーン上に記述された改竄が困難な一意の真正性の証明情報にしかすぎず、それ自体は単独で何か意味を持つものではない。例えば、写真や音楽といったデジタル情報は簡単にコピー可能なうえに、コピーされた情報はコピー元の情報と寸分違わない。どちらも全く質的に同じである以上、どちらが「オリジナル」であるかを特定することは不可能だし、そもそも意味がない。
そこで、「オリジナル」の情報にNFTを使ってタグ付けする。いくらオリジナルの情報が複製されたとしても、NFTが真正性を証明するのは「オリジナル」の情報でしかないから、コピーされた情報はすぐに看破可能だ。このように、NFTはデジタルアイテムに対して真正性を与えることができる。ただし、ここで重要なのは、NFTをいくら付与してもそのオリジナル情報を複製することいくらでも可能だということだ。たとえ美術品にどれだけ高名な鑑定家の鑑定書を添付しても、第三者が精巧に模写・複製すること自体は可能なのと同じことだ。
ここまで読んで既に分かったと思うが、NFTは上で述べたように、それ自体は単独では一切価値が無く、何らかの情報と組み合わせてその真正性を証明することで初めて存在価値を発揮する。
たとえば、CCPはコスメティックアイテムのユーザー間売買を例として挙げている。
しかし、ここで仮に「コスメティックアイテムのNFT」をユーザー間で売買したとしても、エンドユーザーが得るNFTには本質的価値は結局の所全くないままだ。ユーザーが「所有」するのは、CCPのデータベース内に存在するコスメティックアイテムの「座標」でしかなく、もしEVEOnlineというサービスそのものが消滅した場合、確かにNFTそのものは残るが、そのNFTは最早何の意味も持たない「404:Not Found」に対するハイパーリンクを含む空虚な文字列に過ぎない。NFTは言うなれば美術品に対する鑑定書に過ぎず、Hilmar及びNFT信者共が主張しているのは「仮に美術品そのものが焼失しても、鑑定書があれば美術品と同じ実存的価値がある」という類のたわ言でしかない。このような妄言は現実社会の有体物を対象にした取引では到底相手にされない。しかし、HilmarやNFTを推進する詐欺師共は、このような言説がデジタル無体物になら通用すると思っている。
本質的価値が無いものに価値があるかのように装って顧客に売却し、利得を得ようとする行為は、社会一般では詐欺と呼ぶ。NFTをゲームに結び付けることによって所有の概念に対して革命が起きるという支離滅裂な主張を行うこの者たちは、まさに詐欺師としか言いようがない。
もしNFTとゲームを結びつけることによってNFTそれ自体に有体物的価値が生じるとすれば、市場全体がそのゲーム(ここではEVE)が未来永劫、不変の存在として永続するというコンセンサスがある場合のみだ。 もしHilmarがそのような誇大妄想に取り憑かれているのであれば、それはまさに現実認識の欠如と呼ぶべきものだ。
単純にHilmarがNFTとブロックチェーンがどういうものかを理解せずに、ファッション的にこのインタビューで適当なことをでっち上げて喋っている可能性も十分にある。何故なら多くのNFT信者共は、彼ら自身もNFTが何なのかを理解していないからだ。例えば、本を買うことによって我々は「書籍」という有体物の所有権を法的に得るが、その書籍内に書かれた内容、つまり「著作権」という無体物について我々が所有するわけではない、というのは誰しもが理解していることだ。しかし、NFT信者共は、例えば未公開のNFT絵コンテを購入して、その内容をオンラインで公開し、更に絵コンテを基にしたオリジナルの派生作品を制作して販売しても法的に問題が無いと思っている。これは、恐ろしい話だが、実話だ。
そもそもオンラインゲームには「所有する」という概念の歴史がない。オンラインゲームはあくまでもアミューズメントパークなどと同じで、ゲームを楽しんでいるその瞬間の「体験」や「思い出」に本質的価値があり、我々はそれに対価を払っているという感覚が支配的だ。だから、「オンラインゲームはサービス終了と同時に何の価値もなくなるから、一切信用できない」などという言説は通常耳にすることはない。我々はそれをオンラインゲームの本質として当然のごとく受け入れているからだ。 これは「所有」の歴史があまりにも長かったがために電子化が難航している書籍とは非常に対照的だ。
EVEはそのような、オンラインゲームに対して所有するという概念を有しないというコンセンサスの上で成立したゲームだ。Hilmarの言っていることが滅茶苦茶なのは、そもそも設計時点で取り込まれていない概念を無理やり後付けで適合しようとしているからだ。
今回のNFTとP2Eに関するCCPの言説は突然降って���いてきた話ではない。2018年にInto The AbyssでアビサルDED Spaceが導入されて以降続いている、高度にインスタンス化されたPVEの導入やAbyssal Proving Ground、AFKPVEに対する過剰な敵視、更にDoctor Whoのような世界観を完全に破壊する支離滅裂な「コラボレーション」などは、全て地続きの問題だ。
これらの問題は全て、CCPの現実認識の欠如と自社の製品(EveOnline)への肥大化した自己評価に起因している。
EVE Onlineがこれまで17年間も続いてきたのは、別にこのゲームがナンバーワンだからではなく、オンリーワンのゲームだったからに過ぎない。オンラインゲームという枠の中で見た場合、EVE Onlineは大した存在ではない。スペースMMOという狭い括りの中で見ても、飛びぬけた存在ではない。Elite DangerousのDAUは3万2千人でEVEより多いし、Star Citizenは未完成のAlpha Testであるにも関わらず、DAUは4万2千人と、EVEのはるか上を行っている。 EVEの強みは、真にインタラクティブであることだ。プレーヤー間の相互作用無しにはこのゲームのあらゆる側面が成り立たないように設計されており、このような複雑な循環的システムが構築されているゲームは外に例がない。この代替不可能性こそがEVEが長く続いている唯一の理由なのだ。しかし、この唯一無二であるという長所が、EVEというゲームそのものの存続にとって最大の問題点にもなっている。 というのも、EVEはユニークでオンリーワンであるがゆえに代替性が無く、そのために競合する相手がいないのだ。ここでいう競合相手とは、同じようなコンセプトを有して、同じジャンル内でユーザーを奪い合う相手という意味だ。Elite DangerousやStar Citizenを実際にプレイすればわかるが、これらのゲームはEVEの代替とは成り得ないし、ユーザーの獲得を競合する相手でもない。 競争相手がいない結果、CCPは自社の製品の強みを自ら見失い、その長所を破壊する方向へとかじ取りをしてしまっている。
Steve Jobsは1995年に「Triumph of the Nerds」という番組内で、マーケット内で独占的地位を得た企業内で如何にしてイノベーションが死滅するかについて次のように語っている。
When you have monopoly market share, the company's not any more successful. So the people that can make the company more successful are sales and marketing people, and they end up running the companies. And the product people get driven out of the decision making forums, and the companies forget what it means to make great products. The product sensibility and the product genius that brought them to that monopolistic position gets rotted out by people running these companies that have no conception of a good product versus a bad product.
…会社が市場内で独占的地位を握っている場合、その会社は最早成功し得ない。つまり、(そのような状況で)企業の業績を向上させられるのは営業部門とマーケティング部門の連中であり、こういった連中が結局会社の中枢を占めることになる。そして製品開発に携わる人間はみな企業の意思決定を行う場面から追い出され、企業は優良な製品を作り出すことの意味を忘れ去る。製品の良し悪しを自ら判断できないこういった連中が企業の中枢に収まれば、この企業を独占的地位に押し上げた製品に対する才覚はどんどん腐敗していってしまう。…
この数年間のゲームの基本的コンセプトを無視した支離滅裂なアップデートが続いていることを踏まえると、CCP内でも同様の力学が働いている可能性は高いと個人的には考えている。 では、これからEVEはどうなるのか?一度こういった状況に陥った企業が顧客の信頼を取り戻し、再びイノベーティブな才覚を取り戻すのは非常に難しい。 今日明日にEVEが消滅するということはないだろうし、向こう1~2年でEVEが終了するようなことも現実的には考えにくい。しかし、5年、10年先を見据えた場合、非常に厳しいだろう。 いちユーザーにできることはただでさえ限られており、更にCCPはプレーヤーコミュニティとの対話を拒否しているのがここ数年のトレンドだ。これが今後自発的に改善されるとは考え難い。 CCPの自己破壊的な行動を変えるには現実的には2つの方法が今のところ、考えられる。 まず一つ目は、プレーヤーベースのサブスクライブの解除だ。このような状態に陥った企業の姿勢を変えるには、収益そのものに打撃を与えるしかないが、過去2~3年のプレーヤーベースの動向を見る限り、難しい。 二つ目は、反PRにより新規ユーザーの流入を阻害することにより、EVEそのものの成長を阻害することだが、これも非常に難しい。
現在のEVEは巨大な漂流船だ。行先を失い、コンパスも失ったこの巨大な漂流船は一体どこに行ってしまうのだろうか。
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