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くろあかきいろ
やっと一人になれた。そこへ降りると雪が降っていて、僕が好きな落書き達が街へと迎え入れてくれた。ここに立つ為に払った、努力や代償を軽々と上回わる体験がこの街にあるはずである。翌日から僕は黒い服装で街にインクをばら撒いた。そして週末には意を決してベルグハインへ。ベルリンは僕をどう捉え、僕をどう選ぶのか、此処に来れば簡単に分かると思った。行きの電車から緊張と自信が混ざり込み、胸を高鳴らせた。30分から1時間の列に並んだ。前も後ろも何処かしら皆落ち着きがなく、ゲストの列に並ぶ人達はリラックスしていた。僕の番は直ぐに終わった。質問はなく、顔が合うとGet out と告げられた。僕は半ば予想されていた対応を受け入れた。聳え立つ壁を見上げ、その太く重い低音が漏れる建物にリスペクトを払った上でもう一度並んだ。最後尾に向かうと少し列が伸びていたが、僕の気持ちが時間を気にする事はなかった。僕の番が来ると、バウンサーは笑った。ドイツ語で2という単語だけ聞き取れた。もちろん答えは変わらなかった。僕は動じずにもう一度列についた。僕が聴きたかったDJがプレイしてる。僕は不安げにその低音が漏れる壁に強請った。列が建物に近づいて来ると、バウンサーと目があった。バウンサーは呆れた顔で片割れと話した。流石に僕も睨んだ。とても悔しかった。前にいた赤いダウンを着た、同い年くらいグループは入って行った。僕には彼らがベルグハインのオーディエンスには見えなかった。僕はまた入れなかった。バウンサーの黒のダウンがさっきより大きく見えた。僕の黄色い肌は寒さに赤く照っていた。僕はこの街の選別を受け入れて帰宅した。僕はこの街には入れたが、受け入れられてはないとよく分かった。帰りの電車で僕に集まる視線に改めて目を合わせると、僕が何処から来たのかがよく分かった。最寄駅に着いて家へと歩き出した僕は泣いてみせた。僕の心は赤く燃えていたし、しっかりと悔しさを感じられる街に来たと安心していた。ここからより厳しいことが待っていると楽しみに思う。
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祖父と祖母は死ぬのかな、僕はどう生きるのかな
久々に祖父と祖母に会った。僕は祖父、祖母の生前、最後に会��日と覚悟して埼玉県さいたま市の浦和区に来ていた。母と父を置いて、一人でやってきた。迎えには祖父祖母揃って来てくれた。祖母の運転はブレーキを強く踏む様になっていて、それを苛立ちながらも祖父が注意深く見張っていた。免許を取った事については自ら口にしてみたものの、祖母に代わろうか。とは言えずに後部座席に座っていた。お昼はとても豪華にお寿司を食べた。夜ご飯も食べていくならばと、お刺身やブリ、お土産にはシャケとたらふく買い込んでくれた。僕は嬉しかった。とても嬉しかった。その反面、僕はシケた面をしていたと思う。素直になれないのは、孫になりきれないのは、僕が歳を取ったからか、祖母祖父との時間に終わりを感じ始めたからか。目の前の豪華な食事を僕はあまり美味しそうに食べれなかった。
祖父も祖母も飲んでいたので、帰りは珍しく駅まで一人でバスに乗った。
駅前のツマラナイガチャガチャも、祖母が迎えにやってくる立体駐輪場も、広く感じていた家のそばの公園も、オヤツもジュースもオモチャも買ってもらった古い商店も、祖父と祖母も何も亡くせずに帰れるのだろうか。僕は思った。
そして飛んでゆく記憶の中で祖母が必死に覚えた。LINEに僕はこう送った。
今日はありがとうございました。とても楽しい時間でした。素っ気なくてごめんなさい。帰りの武蔵野線で涙が出ました。僕はこのままの東浦和に帰って来れるか、とても心配になりました。今日は少し強がり過ぎたかも知れません。いつも暖かくて美味しいご飯で迎えてくれてありがとうございます。また揃ってお酒が飲めるように、どうかお元気でいてください。お婆ちゃんとお爺ちゃんと一緒に飲めるワインを買って帰ります。もちろん色々な土産話も。僕はこうして育ててくれた人たちが私達が育てたと自慢できるような人になりたいです。そのために、必要な経験を積める一年にしたいです。頑張ります。
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彼女の沈黙は金、雄弁な僕は銀。
海の日の対になる様に設定された山の日。国立近代美術館に来ていた。祝日とこともあり、美術館はそこ��この繁盛を見せていた。僕が珍しく時間ちょうどに着くと彼女は先にいたみたいだった。携帯のメールに届いていたQRチケットをかざし、中へ。こうした展示に二度来訪してしまうと何処に何があるかを理解しているから、一枚に一枚に目新���さがなく、流し見てしまうものだ。自分は自分が思うよりも咀嚼力の無い人間なのだと少し自己嫌悪したのだが、それでも様々な表現を行き来するリヒターには、何か学べるのではないか。漠然とした期待で再び訪れてしまった以上、何も得ず帰る訳には行かないので、彼女を連れてきた。しかしながら彼女はただ見つめるばかりで美術館を出た後も僕の質問にも思った以上に口を開かない。そんな彼女は武蔵野美術大学に通う2年生で、僕の一個下でキュレーターを目指している。僕は初めて会った時から、彼女の沈黙の先にある興味や感情、記憶に興味があった。僕が身勝手に想像してた事は神保町の古本屋で的中し、彼女は僕を軽々と上回る知識を持ちながら、その手に取った一つ一つをとても大切にしているのがよく分かった。お喋りな僕がとてもひょうきんに見えてきて、僕もしばし作品集を手に取り黙った。彼女はお買い得な一冊を抱え、お会計を済ませた。その後、喫茶店に入った僕達は甘味とコーヒーに目を光らせ、しばし談笑した。彼女の家族が乗っている車が僕の家にあった車と内装まで丸きし同じだった話や、その車をお父さんがとても大切にしている事、先日軽井沢に友達と小旅行に行ってきた話を聞かせてくれた。時たま口を開いた時、彼女の沈黙の自然さがよく分かる。何も気取らず、ただ考えている。僕にはその様が頭の中で一人会話している様にも視える。口数の少なさが彼女自身の価値を守ってきたのだろう。それに対して僕はどうだろうか。いつからか、あれもこれも主張したいが故、頻繁に舌を回しては己の価値を下げている。僕も彼女の様な沈黙が欲しいと思ったとき、あの時の衝動的でかつ強い興味関心の意味が分かった。僕が彼女から欲しいと想う物はそういう所にあるのだろう。
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カーディスカッション
コインパーキング乱雑に駐車を済ませて、カップルも帰ってしまったみなとみらいに来ていた。綺麗すぎる景色は既視感からただの写真に見えた。友達になったばかりの友達と長い友達の話をした。委ねるにもまだ恥ずかしい僕らを海風は優しく包み、夜景の照り返す水面が見守った。こんなとき僕が先に委ねるべきだと思った。ハンドルを握る横目に少し重たい彼の表情を見ていたからだ。だから僕は此処に車を止めたのだと、そう思って腰を下ろした。不自然な偶然は時にタイミングを呼ぶ。僕は大切にしているに言葉を思い出し、彼の話を聞き始めた。彼も創作者である。なんとなく話したいことはわかっていたのかもしれない。でも彼の口と眉には躊躇いや勇気、不安が写っていた。僕はあいづち以外の言葉を抑えるのに必死だった。僕も同じ顔をして、話したことがある。しかしながらこれも僕の悪い癖で人の悩みを自分の経験に置き換えて、肯定しながらも解決策を一目さんに提示しまう。ただ肯定し、聞いてあげてればいいものを僕はやはり一言多く聞き下手であると思う。そんなときに彼のガールフレンドは優しく頷いていた。こういう悩みは恋愛に解いてもらうべきだろうと僕は一瞬、時計を見てしまったが、それでも彼は僕に何回も言葉を選び直しては話してくれた。僕はそれを受け止める責任があったし、僕も友達だから何か励ませる言葉を探しては選び直し慎重に話していた。内容やそれ以上の話はここには書けないが、駐車場料金が3回回るほどに僕らゆっくり色んな話をしていた。僕らが腰をあげて駐車場に向かう時には釣り人はいなくなっていて、来る時にあった車も帰路に戻っていたみたいだ。世田谷を出る時には気まずかった車内は横浜から市街地入る頃には優しい空気に包まれていた。これは彼の独特の穏やかな空気感に似ていた。彼は優しいのだ。彼の家の前に二人を下ろして、あとは頼んだ。と言わんばかりに彼女に挨拶を告げて、僕は一人またハンドルを握った。僕はまた一人、二人、良い友達を持っただろう。
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日柄の悪い日
浴槽の中は17:15。世田谷では気圧が上昇していて、恵比寿で開催されている参加予定だったパーティーには行かず。浴槽は17:30
音楽じゃ五月蝿すぎるから、映画を見ていたが映画では重たすぎた。無呼吸になってしまっているのに気づいて、お臍を見て大きく���呼吸を。なんて面倒な身体だ。腹を凹ませ、ため息をついた。こんなんでは暗いままではないか、浴槽を出た17:35。傷んだ髪に馴染ませていたトリートメントを洗い流したが、風呂場の椅子にしばらく座っていた。17:45
どんな粋な人にものし掛かるのだろうか、こうした不安を彼らも無視できないのだろうか。それとも僕の考えすぎだろうか。泣いていられない時、ずっと泣いていたい。どうせ何をしても誤解を招くなら、全てに嘘をついてしまおうと思っていた時、出会ったのを思い出していた。重たい土産話すらも奥が深い武勇伝になる様に、成功談として片付けられる様に感情をうちに散らかして、家で時たま泣いてる。フィクションを書くならと、僕は僕の人生をドラマにしてしまう。
でもそれくらいずっと価値のある事が起きて来たし、乗り越えては起こしてきた。たまに背後にある自信を見るんだ。でも見とれてしまう。辛くなると見とれてしまって前を向く勇気がなくなる。こうした悲観は人を不快にされると思っていたし、人はそこまで優しくないと思っていた。でも僕がより僕を分かりやすく説明するには文章が必要で、その説明で少しは人と上手く生きれるかもしれないと望みをかけた。きっと理解できない人、可笑しくに思う人が大半である事に違いはないが、読んだ上で声をかけてくれる優しい人にも出会うことができた。あまり話した事ない人、古くからの知人に励ましの言葉を頂いた。ここ2日、頂いた。僕は驚いた。創作のエネルギーがそこにあるのだろう。やるべき事はまだある。気がついた。それが1週間後の午後17:30。その夜、僕は首に巻き付けて寝ていた延長コードを今日は解きぐっすりと寝たのであった。
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父親の通知表
親父が実家から帰ってきた。僕は暫く祖父、祖母に会ってない事に後ろめたさを感じている。先短い命かもしれないと思うと、この時間をもっと大切にするべきではないのだろうか。そう思いながらも東京に僕はいた。親父が持ち帰ってきた封筒には幼い頃の写真や卒業証書、通知書がドサっと入っていた。僕と母は親父が会社に行っている間に、中身に目を通していた。自分によく似た親父の写真に改めて母と僕は笑った。そして通知表に目を通していた。だんだんと深刻な顔になってしまった。同じなのだ。僕と父は性格も同じだったのだ。親父は昔から僕が何を起こそうと知ったような顔で、特に心配することもなく、励ます事もなく、事実として、それを僕として淡々と捉えていた。そんな父を母はときに無関心と捉えて、言い争うのを、時たま見ていた記憶がある。父は理解していたのだ。ただ知っていたから、心配しなかったのかもしれない。そしてより強く事実であると、僕に現実を突き出すときが多かった。母はその無慈悲な様に苛立ちを覚えたのかもしれない。しかし、僕は父の通知表を見て、しっかりと理解できた。同じだったのだ。親父もまた同じ記憶や感情を抱いていたのかもしれない。親父の実家は転勤族で、2年や3年がすればまた違う異郷へと移り住み、それの繰り返しに親父は笑わない、無慈悲な性格を形成したらしい。僕は安堵と尊敬を抱き、表裏に忍ばせる意味合い、あの冷酷で現実的な言葉の意味を改めて理解した。愛を理解した。きっと三人兄弟の次男で亭主関白の父を持ち、友達も作れず、繰り返させる転校の中、一人で戦ってきたのだろう。僕は恵まれている。父が変わるきっかけになった母との愛。父が冷酷さを解したきっかけ。その間に生まれた事を改めて、感謝した。僕の過程にあったものは父の過程にもあったのかもしれない。より強く辛くかけ離したいほどに。それでも父は僕をただ笑って大抵は友達の様に、時に父親の様に育ててくれた。大丈夫だろう。きっと僕もお父さんになれる。そう思ったのであった。
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書くとスッキリって訳でもなく
書くとスッキリって訳でもない文章書いていたようだ。あまり読み返さないで投稿してしまうと恥ずかしい思いをする。
気がついた。
もっと楽しいことを考えないと、もっと喜ばないと、そう考える日が増えた。
そんなこと考えては楽しくないじゃないか。
と気がついた。
独り言が増えた。自転車に乗って
気がついた。
夜になって電車がなくなる時間になると、もうここからは出られない。
と気づいた。
苦しくなって窓を開けた。昼間に聞こえている、自動車の加速と減速の音がカエルの鳴き声に変わっていた。たぶん教習車の3倍近くの数いるな。
気づいた。
そういえば、今週は雨が降るはずが晴れてたいたな。
気づいた。
天気が味方してくれてるのはありがたい。
明日また晴れたならありがたく浴びよう。
喫煙所は全て屋内なので、明日散歩ついでに煙草を美味しく頂きに行こうか。
気がついた。
なんだかんだ楽しい事はいくららでも増やせるじゃないか。
気がついた。
僕の気持ちは下がったり上がったりする。
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生きる迷惑、読みたい人へ
人に依存して生きている。
また同じことを考えていた。風呂場ではよく悔しさが込み上げる。
僕は身体を温めて自律神経を整え、調子を良くする為に湯船に浸かる。
顔を浮かせて、耳まで湯に浸りながら、そうでもない気がする。何も意味がない気がする。
僕は今日も鬱だ。
そんな事を考え始めたので、
頭をさっと流し、身体を流し、歯を磨く。
こうして当たり前に毎日を生きなくてはならないのが、実はとても辛い。
人が生きるのは当たり前すぎるから、死ぬのはなんでか良くないのだろうな。
もう人に迷惑をかけたくない。人に依存したくない。自らの問題を人と解決するのは、良くない事に思える。
そういうネガティブな理由とただ単に芸術をより見て学びたいというポジティブな理由で僕はベルリンへ旅立つ事にしたのだ。
なのにたった2週間の合宿免許のたった1日目
僕はもう恐怖していた。
難しい教習。机と椅子に馴染んだトラウマ。受からなくてはいけないというトラウマ。
そして冷ややかな教官の罵声。
この罵声を壊してしまうのではないか。
どっと先が思いやられた。
実はというと、僕にはトラウマが多すぎる。
故に相当な悲観者に見られる。
たしかに悲観的だろう。
しかし本人は日々、躍起なのだ。
故に創作は欠かせないのだ。
僕がキャプションを書かないのはこういったあまりにも悲観的な創作意図をわざわざ見て欲しくないのだ。
ただ皆んなには楽しんで欲しいし、面白がって欲しいのだ。
でもその中に僕の心が好きな、物好きもいるのであれば此処も読んでくれて構わない。
僕が悲しむのは怒りたくないからなのだ。
僕は怒りという感情、状態がトラウマなのだ。僕の怒りはコントロールが効かない。
僕はそんな怒りが怖くて仕方ないのだ。
だから僕は悲しむのである。だから僕は嘲笑うのである。だから僕は戯けてるのである。
他にも僕の極端な些細さは意思とは関係がなく、爆発してしまう恐れがある。
爆発せぬ様に、ただのストレスに変えて蓄積させて、誰にも迷惑が掛からない様、家で発作として消化させる。
これらはもう僕が生きるうえでは、仕方のない必要不可欠な消化活動なのである。
生きるうえでは馬鹿にされても、叱られてでも、理解されない僕は我慢し、上手く避けたり、耐えたりして生きていく必要がある。
僕がただの悲観者、逃れ者にならない様に
���標に進む為に生きる為に
自らを含めた、僕を理解できない世の中に
僕が主張する為に、共に共存する為に、生きる為に、
作品が完全な新たな消化器官として活きる為に
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[精通]
僕は性欲が鬱陶しくて仕方がない。
僕の欲求への拒絶は禁欲主義に近い。
求めてない欲求が人間であるが故に膨張し接近してくる。夜から逃れる為に疲れ果てて寝たい。寝れない夜、欲求は足音を潜めて寝室に入り込んでくる。たまに解放するべきだと思い、異性と一夜を過ごしたり、自慰で片付ける。すると、とても抜けていく感覚がある。
流し捨てた欲求には活力が混ざっていて
それはそれは厄介である。僕は毎度、不要な欲求だけを取り出すことは出来ないのかと嘆く。不純物の中に混じり捨てられてしまう
情熱にとても後悔する。また脱力感と怠惰に苛立ちを覚える。
消してしまった火はすぐにはつかない。
渇きと火種を待つしかない。
この間がとても窮屈で退屈で不安で仕方がない。この間は心も乱れる事が多い。
欲求は人生を複雑にする。
これは本能的な三代欲求に止まらず、生活における物欲や承認欲求、現代にあるさまざまな欲求にも当てはまり、私たちを狂わせる。
人間はより良い物を欲する。
欲求に悩まされることがなければ生活に満足がいかないことなどは恐らくない。これを書いている今も僕は憎く思う。創作意欲はフローするように落ち着きなく湧いている。しかし、それを文に鮮明に写す活力が足りない。
良いエンジンもガソリンがなければ、ただの鉄屑。
この文も今書いておきたいが故にペンを無我夢中に走らせ書き残しているが、馬力は乏しい。
悔しい。なぜだ。
エンジンキーを何度も苛立たせながらひねるが、比喩もありきたりで書く気が失せてきた。
辞めよう。
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[芸術は死んでいる]
世にある芸術は死んでいる。
タイトルに溢れている。
それぞれが掲げるビジュアルに先入観や意味がある。
何か理由をつけている。
意味を求める鑑賞者に意味を与える作品となり、表書きにされたキャプションに芸術は死んで、思想はコピーされていると思う。
生きる=作る。
このような生きた作家に僕は産まれてから
一度も出会ったことがない。
フェイマスな作品を作ろうと躍起になるアーティストは僕を睨むし、比べる。
尊敬する先輩は僕を比べずに評価してくれるし、良さと悪さを理解している人は成功すべき場で成功している。
自分が憧れた現代芸術はいまも現代なのだろうか。
現代芸術の先駆者がこの世に存在しないなかで現代芸術とは何か。
目新しさのない作品、パロディー作品に溢れた東京を見ている。
新しいことをしようとするより楽しいことをしたい。
僕の考える楽しさはきっと自然に新しいだろう。
コピーにペーストを重ねて薄れた版画はもういらない。
ウォーホールはもういない。誰も今から村上隆にはなれない。
我はゆく。復活した芸術家となるのである。
思想を持ち、排泄するように作り、時に涙を落とす様に作り、感情を取り込んで創作へと変換し、出力する。それを誰かが拾う。
なぜかバイトをしている時、自分が創作に生きる意味を理解する。
ライスワークとライフワークを行き来するのはかなりの体力がいるのだ。早く一つにしたい。
生きるために創ってきた。創ってきたから生きようと思えた。
この熱量に謙虚さなどはいらない。
文句なしに誰しもが僕と言うようなカルト的な作者となりたい。
また未来の創作者の作者となりたい。
輝けないのであれば神などいない。
神にすら強気だ。
馬鹿げた夢も馬鹿げだ過去も自分しか知らない。
第三者は外見と今しかみてないのだ。
ただ単に僕は自らのルーツを尊重している。
でも今はそれを知られることを強く求めない。
悲観的なフィクションにしか聞こえないだろう。
成功者は何をも語ろうと頷かせることができることを僕はよく知っている。
自身を過大評価するつもりもなければ、選ばれ者として扱う気もない。
しかし、先は長くとも自分が日の目を浴びることは必然だと信じて歩む。
日の目を浴びないのは努力が足りないから、ただ良くないから。
自分は自分の生きた理由を創り続ける。創作と共に生きて、創作と共に死ぬ。こうして生きてきた僕にとっては何も難しくはない。
創作は人生の最も単純なタスクである。
そうしてこの先も僕は創り生きてゆくのである。
そして僕は生きる芸術となりたい。
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[外来種の魚]
僕は宇宙人になりたい。僕は人なんか知らない、人は僕に強い興味を示す。そんな関係で社会を惑わせてしまえればどれだけ僕は楽しく暮らせるだろうか。これが理想である。今は彼女の気持ち一つに戸惑ってるだが、きっと上手くいけばそうなる。そのために合わない水でも前へ前へと泳いでいる。進むために蓄え耐えること。それが今できる事。この星の人間が僕に強い興味を持つまで、僕にあっと驚く日まで、僕が人に何かを与えられる日まで、僕が握り締めいたエゴが力強く誰かに働く日まで、諦めずに生きた事を愛に感謝する日までに。水槽から魚が逃げ出すみたいなあり得ない程の希望を信じていたら、もしかしたらそうなるかもしれない。
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[Punch or Hit]
僕の作品にパンチはない。
だけども与える力はしっかりとある。
若くてアグレッシブルな右ストレーは打てないが、しっかりと蝶のように舞って蜂のように刺すのが僕の作品だ。
僕の文章は自信80%、試験的な段階で褒められても、謙遜してしまう完成度である。
何度も読み返し添削している時、僕自身が文を読み足りてないのがよく分かる。そんなプロトタイプを出展した昨晩。
内容的にもちょっとしたチャレンジを要素を含んでいた為、いつもより反応が気になった。
イベント自体の参加者は少なかったものの、僕の作品に皆、足を止めてくれた。
やはり僕はこの感じが好きだ。
ゆっくりと鑑賞してくれる人に近づき作品を説明する。
インスタグラムじゃ得られない作品の輝きに口角が上がる。
その中でも僕の文章を一際気に入った人がいた。彼女は泣いたと僕に告げた。
この瞬間、僕の自信は100%になった。
アーティストにとってこれ以上の反応はない。彼女は屈したのだ。少し捻くれた解釈かも知れないが、僕の創作には、負かしたいという感情がある。その情熱が彼女にしっかりと伝わったのだろうか。僕は彼女が出展していた文章も読み少んで、話をしたら仲良くなった。僕はインスタグラムよりも展示会に作品を多く出したい。どうか僕を見てくれ。
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[冷たい世田谷に暖かくありたい]
彼が僕に頼るとき、世田谷に春が来ていた。
彼と僕の仲違えは必然的に起こったが、僕は彼を嫌うことをし��かった。約三年の月日を得て、僕の行動がいま暖かく実った。彼の急な連絡に戸惑いつつも、強く耐えたの時を思い出した。病んで教会に通っていた時、僕は『赦す』ことを学んだ。キリスト教の教えは普遍的な道徳心で、ただの善だった。しかし人にはこのただの善が難しく、僕らはその難しい正解を放棄したくなってしまうのだ。その結果が導くのは負の関係性だと僕は知った。彼は僕を嫌ったが、僕は彼を赦した。
いつかはいまも彼らはあの公園でどんな話をしているのだろうと悩む時もあった。それほど僕にとってもあの日のことを赦す時間は苦しかった。
彼も僕も成長した。
お互いを理解する力をつけたのだ。僕らはまた遊ぶようになり、その日のことを謝ることまでできた。僕はとても嬉しくて、彼は罪悪感と恥じらいを隠せずにいた様にも取れた。それからも少し気まずさを感じていたが、僕らは普通に戻っていった。僕らは間反対だし、彼は漢であることに重き置き、僕は性別を嫌った。彼は僕を軟弱者と観て、僕は彼を怖がった。わかりやすく例えるならば、仲の悪いの兄弟が思春期を終える状によく似ているだろう。少なくとも僕には時に理不尽で何処か大人な彼が厳格な兄の様に見えていたのだ。
そんな兄に近い友人が病んだ。心強く逞しい、僕らより少し大人びた彼が僕に連絡をよこした朝、僕は電車に乗っていた。彼からの急な連絡に何かまた危ない物でも嗜んでいるのだろうと僕は一瞬、冗談に捉えた。そんな時、電車の座席に暖かい陽が照らしているのを見た。その陽だまりの優しさに僕は見惚れた。その瞬間、何故か僕の中で優しさが込み上げた。僕が彼の話を真摯に聞くと、彼の心は確かに乱れていた。僕は直感に感謝し、彼の状態を把握し、症状を言い当てた。彼は少し驚き、お陰で正気になれたととても感謝していた様だった。
いつもの公園に彼が現れたのはそれから数日後だった。彼はとても病んでしまった我が身をとても気にする様に現れた。彼は他者が着せた自分のキャラクターよく理解していた。確かに艶やかに焼けた美しい肌は少し荒れていたし、鋭い瞳もその日ばかりは少し泳いでいる様に見えた。彼は横に座ると、ここ数日の事を僕らに話してくれた。気分転換に親に連れてかれた富士山が石に見えたり、スーパーで過呼吸になったので薬を飲んだら、マクドナルドがとても美味しく感じたなど、荒い彼の言葉に僕らは安心した。続けて彼は、今回の件で2年前のあの時の僕の気持ちを知る事ができたと明かした。それから慎重に謝り、僕と握手した。これだったのだ。これこそが僕が信じていた不確定な『いずれ』であった。
冷たい世田谷に僕はいつまでも暖かくありたい。
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人は居ない
友達と飲むとき、毎度僕はひとりの話をしてしまう。ここに何か文を書くときも大抵はその人の事を書いてしまう。僕が離れた神さまに唯一祈る時も、その人の話をしてしまう。
僕にとって人生は他の人よりもドラマであり、今のところ悲劇だ。そんな悲観的な僕が唯一疑わず過ごせた幸せは一年半続いた。色んな人と付き合ったし、彼女よりも長い人もいた。でも僕は誰にも見せない姿を見せてしまったのは彼女だけだった。正しく言うとそれは見せれない姿だった。この姿の僕とその姿の僕の心を理解したのは母と彼女だけだった。僕はこの姿をこの世の何よりも憎んでいる。この姿の僕を誰よりも嫌っている。何故なら僕の物は全て、この僕が壊してしまうからだ。友達も学校生活も家庭もいつだってこの僕が壊してしまう。大切な彼女との日々も。
僕が初めて彼女の前で僕でなくなりそうになった時、僕は逃げ出した。今でも覚えている。デートをしていた時、彼女と服をみていた僕は前兆を感じた。本当に最悪に思った。焦りと共に高鳴る恐怖と身体に染み付いた感覚、僕は彼女に『今日は帰る』とだけ言い残し、焦って逃げ出した。彼女には前兆を感じる僕が不機嫌に見えたそうで、僕らはもちろん喧嘩をした。僕は彼女を怒らせる理由を当然よく分かっていたが、それ以上に僕は僕のことについて話すべきか考えていた。
結論僕は話せずに終わった。
それから数ヶ月が経ち、大学の推薦入試に書類選考で落ちた後、次の推薦に備えて彼女の家でひとり勉強していた時の話だ。
僕は進まない原稿用紙と迫る期日に焦っていた。彼女の家にも持ち込み、恋愛などする暇もない日々だったがその日は記念日で彼女の家にいた。また前兆が訪れ、僕は原稿用紙を睨んでいた。異変に気づいた彼女が近寄ると僕の手は硬直し、芯の折れたシャーペンが原稿用紙に刺さっていた。僕の涙が一滴、二滴と原稿用紙に滲んだ。それからはいつもの様に覚えていない。1時間が過ぎた頃、彼女の家、東大島の高層社宅には綺麗な夕日が差していた。のどかな荒川と彼女の頬に暖かく照っていた。僕はいつもの如く酷い脱力感で目覚めた。少し動くなり、近寄ってきた彼女は先程の穏やか表情を一気に崩して、僕を心配した。動かない頭で訳を話すと彼女は理解しながら泣き始めた。僕はその日を何よりも恐れていた。
僕のこれらは元は暴力だった。デタラメな医者の憶測はそれらを抑圧する為の無意識中の自傷行為らしい。これは僕が本当に心を許した人の前でしか現れてない。そんな事が起きてしまうのは大事だ。僕は改めて身体を憎んだ。それでも僕は今まで心の底の何処かで望んでいた。理解できない、されない、僕を理解してくれる人が現れる日を。
そんな人はいないのだ。そんな人はいない。そんな人はもういないのだ。
それでも僕はこの身体で人生で居なくなった人とまた会いたい。成長して会いたい人、全員に会いたい。僕はこの体で幸せになりたいのだ。
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