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あいみょん「猫」
明日が不安だ とても嫌だ
だからこの僕も一緒に
飲み込んでしまえよ夕焼け
だけどもそうはいかないよな
明日ってウザいほど来るよな
眠たい夜になんだか笑っちゃう
家まで帰ろう 1人で帰ろう
昨日のことなど幻だと思おう
間違うことへの恐れが常にある。と言い切ってしまうとまるでわたしは完璧主義者、完璧を目指し完璧をキープできる人間のようだけれども、いまだかつて完璧だと称されたことはございません。間違うことへの恐怖感を持ちながらも、完璧になるための行動、例えば継続的な取り組みや入念な準備、先を見据えた下調べ、PDCAサイクルにのっとった行動とかそういうことは別に得意ではない。そりゃやるときはやるけどいつもできるわけじゃない。
終わってしまったことはもうどうしようもなく、でも次の行動によってどうにでもなってしまう。よくも悪くも明日、とか次、のことがうっすらと不安だ。どうにでもなれ、と強気で思えることもあれば、諦念で思っていることもあり、半分泣きながら思っていることもある。どうなっても大丈夫、どうなっても同じだ、もうどうしようもございません。どうにでもなれの三段活用。あいみょんの「猫」のこの歌詞は、わたしの「どうにでもなれ」のイメージに近い気持ちが描かれているようで、しみいる。
間違ったと思ったときにどうすればいいか、最近意識的に考えるようになった。どうせ完璧なんかなれないんだし、もし自分で完璧にできたと思っていることがあったとしてもそれを完璧とは思わない誰かも確実にいるだろうし、つまり完璧なんてありえないんだよな、それはもう完璧に。それならば、自分が「間違った!」と感じた場合にどう対処したら少しでも自分の気持ちが回復するか、という手札をよりたくさん持��ている方が生きやすいかもしれないと推測している。何かをする前は、間違ったと思ったときにどうすればいいかは必ず頭の中で持っておく。
大事なのは、「間違ったとき」というよりは「間違ったと思ったとき」ということ。完璧はないし、わたしの主語はわたし。
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ヤマシタトモコ『違国日記』
自分が誰で何を愛して愛さなくてどうやって生きていくのかわかる日がくるのかなあ
そうなんだよなあ。オトナになると恋をするんだよとか、恋をするとオトナになるんだよとか、もっと○○したらモテるのにとか、セックスをしたことがない人は軽んじられる風潮とか、そういうの全部わたしの人生にいらない。
素敵だと思う人にはたくさん出会ってきたし、これからも出会う(と思いたい)し、好きだと思っている人もいるし、これからも出会う(と思いたい)。ただ、それらすべては恋愛とは結びつかない。この但し書きがまったく通用しない。どれくらい通用しないかというと、わたし自身、調子がよくないときは自分で自分のことを疑ってしまうくらい通用しない。それほどこの社会で「恋愛」という気持ちは支持されていて、当たり前の通過儀礼として存在している。
LGBTQ+(およびそれに類する概念)が浸透しつつあるが、まだまだ差別意識や差別的な社会制度は残存している。解決すべき、どのように解消できるか考えていくべき課題だ。しかし、+の中にいる、恋愛や性愛と結びつかないわたしは何なんだろう。どうやって生きていくんだろう。
仲良くなれそうだ、仲良くしていきたいなと漠然と思っていた友人の男性はもしかしたらわたしと恋愛をしたいのかもしれない、とうっすら気づいた。もう友人ではいられない、と彼は言う。男としてかっこつけさせてよ、と。彼が恋愛モードに入った途端、わたしたちは以前のわたしたちではなくなってしまった。会って話をしたところで、彼がしたい話とわたしがしたい話はまったく違っていて交わらない。わたしが真剣に話したところで、女の子はそんなに難しく考えなくていいんだよ、ユニークな人だねと言われて終わりだ。
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朝井リョウ「死にがいを求めて生きているの」
生きがいを感じられない。人生の意味も自分の価値もわからない、誰もない道をたった独りで歩いている。そう感じても、この世界で生きている以上、誰もが必ずつながっている。たとえ神輿に触れていなくても、そこに立っているだけで観客をひとり増やすことになり、神輿を担ぐ者たちの士気を上げているかもしれないように。この世界で生きている以上、誰もが「つながってしまって」いる。たとえ神輿に触れていなくても、そこに立っているだけで人間一人分の進路を塞ぎ勢いを削いでいるかもしれないように。そのためにやろうと思ってとったわけではない行動が結果的に、担ぐよりも妨害するよりも、そのうねりの行く末を大きく操っていることがある。他者との摩擦熱でしか体温を感じられないほど独りを感じても、歩いているその道は、今この時代を生きる全員で臨む山を乗り越えるための一筋の光でもある。
明日は衆議院選挙で、わたしは投票に行く。思えば、ここまで政治と自らの暮らしに強いつながりを感じているのは人生で初めてだ。小学生のころから、夕食時にはニュース番組を見る習慣があって政治の話題はまあまあ身近にあった方だと思う。選挙権を得てからは必ず選挙に行き、どこかの政党に投票するようにはしていた。政治は大事だ、とも一応思っていた。でもコロナ禍が甘ったれていたわたしを変えた。政治はわたしの生活と切っても切れないもので、時に守ってくれうるけれど、時に後回しにされうるし、時に切り捨てられうるし、時に差別されうるのだということが身に染みてわかった。無知とは恐ろしいものだ。今だって、何を知っているか問われると何とも答えようもないけれど、自分がどのような政治のもと生活していきたいのか考え、この国に住んでいるひとたちが政治によって不幸に陥ることがないような政治を求めていきたいと思っている。
政治が生活の形をつくるのであれば、すべては政治的で「ノンポリ」など存在しようがない。「選挙に行く」というのはわかりやすくその人の選択であり行動であり意思表明だが、それと同様に「選挙に行かない」ということもまたその人の選択であり行動であり意思表明であるのだ。
明日は衆議院選挙で、わたしは投票に行く。
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イ・ラン「悲しくてかっこいい人」
ほんとに消えてしまいたい。毎日毎日つらすぎる。どんなにつらくても、消えることだって大変で、今日もその代わりにすることを探して生きているにはいる。何をしたらいいんだろう。何をしたらちょっとでも気分がよくなるんだろう?
東京在住で、どうやら医療崩壊していると感じて久しい。生活から、またひとつ「安心」できるものがなくなって、次は何がなくなるんだろう。
わたしは最近、毎日不安で、どうすればいいのかわからない。テトリスをする時間が増えた。
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江國香織「号泣する準備はできていた」
人がいて生活がある、その気配だけで豊かだった。
ほんとうに、恋愛って、社会において優遇されていて、すばらしいものだといわれていて、きっといつかあなたにとって素敵な人に出会えるよってキラキラしたオブラートに包まれていて、あまねく誰しもが人生に一度はするものだと思われていて、なんだかんだ誰もが心の奥底では興味があるものだとされていて、「愛されたい?愛したい?」とか「年上?年下?同い年?」とか本質的じゃない択一とセットで、それでいて「美形でない」人たちの恋愛はどこかバカにされて、「モテる」人は持ち上げられて「モテない」人は勝手にジャッジの対象にされて、だるい。文字通り、自分ごととしての恋愛に興味がない。起こらないでほしい。でもこれはなかなか通じない。
「恋愛に興味ない」というのは、よくある物語の中ではモテないナードの負け惜しみのセリフで、その後決まって「運命の人」が現れて、そのナードを変える。ナードといっても「本当は」美形で、恋愛経験がない分「ピュア」だとされている。そういうひともいるかもね、わたしは違いますが。たぶん、アセクシャルなんだろうと思っている。確かめるすべもないから、たぶん。アセクシャルですと公言する強さもないから、たぶん。
友人の恋愛の話を聞くのは好きだ。その人が何をどう考えているのか聞くことができるから。どうしてその人を「好き」になったのかとか、どういう人を「好き」になりやすいかとか。楽しそうに話しているのを聞くのが好き。
恋愛をするという選択肢が自分になくて、別にそれ自体は受け入れているつもりなんだけど、ふと、自分はモテないことから逃避しようとしているだけなんじゃないかと思ってしまう瞬間もあって、そんな夜は泣いてしまいます。「キミ」のことばっかり歌う歌は、共感しない自分が嫌いになります。恋愛をする人は自分を「キミ」とか「僕」とか「私」とかに代入して泣くのかな、わたしはどちらにも代入されない自分がひどく哀れな存在なのかなと思って泣いています。恋愛はいらないけど、わたしはみんなを大切にしたいし、大切にされたいから。
わたしには好きな友人たちがいて、好きな音楽とか本とか食べ物とかもあって、好きな時間や風景もあって、好きなものはたくさんあるのに、どうしてわたしには「恋愛」がないのでしょう。どうして「恋愛」をしたことがないと世の中では未熟で残念な敗者のように扱われるのでしょう?どうして自分のことをみじめに感じてしまうのでしょう?どうして自分の「恋愛が起こらないでほしい」という気持ちに本当?と問いかけなければいけないのでしょう?どうして「恋愛」しない人は「さびしい」のでしょう?
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山崎ナオコーラ「美しい距離」
淡いのも濃いのも近いのも遠いのも、すべての関係が光っている。遠くても、関係さえあればいい。宇宙は膨張を続けている。エントロピーは常に増大している。だから、人と人の距離はいつも離れ続ける。離れよう、離れようとする動きが、明るい線を描いていく。
好きなひとやものへの気持ちを「ひかり」という言葉で表現しているのがしっくりきて、大好き。わたしは幸せなことに「ひかり」をいくつも知っていて、しずんだときはそれらを手繰り寄せてじんわり元気を得ることができる。
大学で出会った友人たちはまぶしく光る。ねえ、今どうしてる?何かんがえてる?って話をしたい。あなたたちのことを知りたい。会って、話して、話が途切れたら気まずいかもしれない沈黙をはさんだり、その沈黙を埋めるための会話をしたりしながら、とりあえず一緒にいたい。このコロナ禍で、会おうよということがこんなにも難しくなってしまった日々で、わたしには生きてきた中で最もたくさん会いたい人がいて、どうしようもない。そう、関係はあるだけで「ひかり」たる、そうなんだけれど、今ふかめてみたい関係だってあるでしょう。目の前でそれらが散っていくような気がしてこわい。
料理とか、音楽とか、本とか、ひとりで完結することもできる「ひかり」だってわたしを支えてくれている。そうなんだけどね。わたしは友人たちのことが好きで、みんなの「ひかり」に触れたいと思っているんだよ。まだ離れたくないなって思っているんだよ。
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神野紗希「もう泣かない電気毛布は裏切らない」
おばあちゃんちというのは不思議な場所で、時間の流れ方が、ふだん過ごしている家のそれとは少し違う。昼は西瓜にかぶりつき、夕方はいとこと線香花火を見つめる。畳に転がれば、鼻の上を吹きすぎていく風。宿題も、習い事もない。そこには、純粋な夏の時間があった。夜、眠るときも特別だ、いつもと違うパジャマ、いつもと違う布団。ふだんはまくらに頭を置けば五秒で眠れる私も、少し緊張して、しばらく天井の木目を見つめる。
休学して、間違いなく世間一般のひとたちより自由な時間がある。もともとしようとしていたことは、なかなか難しいどころか夢物語な世の中になってしまった。なんだかなぁと半ば空白の自分と予定を埋めるような気持ちで、日曜の夜は自転車で40分のおばあちゃんの家に泊まることにした。小さいときは幼稚園から直接おばあちゃんの家にいくこともそれなりにあったし、高校生までは長期休みのたびにお泊りに行っていた。わたしにとって、おばあちゃんの家は、ふだん都会に暮らしているひとが「田舎」に帰ると荷造りしながら浮足立ったように言うほどの慣れない場所ではない。でも、やっぱり自分の家とは違う時間と空気と暮らしがある、どれだけそこで長い時間を過ごしても、そこにおばあちゃんとおじいちゃんの佇まいを感じる不思議な場所だ。
おばあちゃんはわたしをよく褒めてくれる。本を読んでいても、作った料理の写真を見せてみても、勉強していても、髪を切っても、新しいピアスをしても、考えていることを話しても。おばあちゃんが褒めてくれるときは、大体わたしが好きでなにかをしていたり、選んだものを見せたりしたときで、なんというかすごい。しかも、好きなものを褒められるってすごく嬉しい。しっかりと自分をみて褒められると、なんだか自分のぽっかりと空いた部分が満ちていくようにも感じた。
このコロナ禍がなければ、今のようなおばあちゃんとの時間はなかっただろう。そう捉えることができるようになって、まあなんとかやっていこうじゃないの、という気持ちにもなった。気分が変わると不思議と周りに目が向いて、おばあちゃんがたまにやっている俳句に興味をもった。歳時記も手に入れた。
おばあちゃんは最近、屋根の修理をして、わたしが小さいときから布団で眺めた天井のおばけはいなくなった。「あなたが就職したら、この家に住んでもいいからね」「あなたが素敵なひとと出会って、結婚して、子どものいる姿をみるまでは元気でいないとね」とおばあちゃんは言う。わたしが就職したいのは別の地域なの、今までひとを恋愛的に好きになれたことがないしできる気がしないの、ということだけはどうしても言えなくて、ずっと誤魔化している。いっそおばあちゃんの望む通りの未来をわたしも望めたらいいのにとさえ、思う。
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凪良ゆう「流浪の月」
あの日、谷さんを混乱させた弱さがわたしにも、文にも、このレビューを書いているすべての人たちにもあって、誰かを指さしながら、みんななにかに怯えていて、赦されたいと願っているように感じてしまう。一体誰に、何を赦されたいのかわからないまま。
最近、自分が周囲に与える「影響」ってなんだろうと考えている。家族だとか友人だとか、人と人が関われば必ず互いに影響を及ぼしあって、大なり小なり各々の内面に変化をうむだろうと思っているのだけど、これがとんでもなく怖くなることがある。
わたしと関わることによって、相手に生じる「影響」がすべて相手にとって望ましいものであればいいのにと思う。あの人と話すとポジティブになれるよね、とかあの人はいつも爽やかで一緒にいたい気持ちになるよね、とか言われるような人でありたいと思う。どうしようもなく自意識が突っ走っていたり自己顕示欲が顔をだしていたりするが故なのかもしれない。人間関係の範囲が狭いからなのか、切り捨てたいと自ら強く思うような相手もいなかった。 とっくに成人してはいても、人と関わって生きていくならばその人に好かれていたい、あわよくば気に入られたいと多分これまでずっと願っている。こういうことをこんな文字数を使ってダラダラ書いている時点でよわい。軽快なのはタイピングだけで、フットワークは激おもい。
今までわたしと関わってきた人たちが、百人中百人が、わたしからいい影響しか受けなかったというだろうか。すぐにわかる、そんな訳はない。これから出会う人たちだってそうだろう。わたしは、できればよいひとでありたいと願ってはいるけれど、現状はまったくだ。心穏やかに落ち着いて振るまえるときもあれば、当人からみても最悪としかいいようがない振るまいのときもある。くっきりと思い出せるのは、元気ハツラツで伸び伸びした自分ではなく、どうしてこんなにダメダメよわよわな人間なんだろうと落ち込む自分ばっかりだ。
就職に向けての勉強を始めた。その職業にとても興味があるし、未来につながる希望をたくさん抱えた職業だと憧れている。でも、わたしがそこに行ってもいいんだろうか、という不安も常にチラチラと眼前にある。人ひとりの未来を、他でもないわたしがつぶしてしまうのではないかと思うともう言葉通りどうすればいいのかわからなくなる。
その人をみて、学びあおう、尋ねあおうという姿勢をもつことが、この不安とどうにか付き合っていくひとつの手段になるだろうか、なってほしい。
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穂村弘「ぼくの短歌ノート」
銀杏が傘にぼとぼと降つてきて夜道なり夜道なりどこまでも夜道 小池光
ぱあっと、光景が目に浮かぶような気がした。とはいっても、この句は夜の景色を詠んでいるのでなにかがはっきりと見えるような句ではないのだけど。
真っ暗な夜道。夜目をこらしながら街頭の灯りを頼りに帰る。慣れた道なのでそんなによく見えなくてもだいじょうぶだけど、この季節だけは別。秋、イチョウの季節。この季節は、銀杏が道いっぱいに敷きつめられている。とっておきの靴を履いていてもそ��でなくても、ひとつでも踏んでしまえばしばらく銀杏の思い出とともに過ごすことになる。イチョウの景色は好きだけれど、銀杏の香りとずうっと一緒なのは正直ごめんだ。雨が降っている今日はますます、足元に気を付けないと。雨粒とともに、銀杏がぼとぼと降ってくる。秋の深まりを感じる、どこまでも続くようなこの夜道。
自分なりの勝手な解釈だけど、景色、香り、感触、思いが一息に自分のなかを駆け巡って、それがとても心地よかった。
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藤崎彩織「ふたご」
逃げることにも勇気が要る?どういう意味だろう。私はその言葉をゆっくりと噛むように、考えてみた。逃げないことへの勇気なら世の中に溢れているのに、逃げる勇気は聞いたことがない。周りの人たちが努力を重ねていく中で、自分だけが何も出来ない時、ピアノを練習しなくてはいけないのに、重いように身体が動いてくれない時に、せめて辛かったなら、苦しんだなら、自分は最善を尽くしたと思えるような気がした。
SEKAI NO OWARIに出会ったときのことを、はっきりと覚えている。2012年の7月17日、らしい。およそ8年前、中学1年生の夏、火曜日の夜だったらしい。
一度布団に寝転がったけれどどうしても眠れなくて、でも翌日には学校に行かなくてはいけないくて、水だけ飲んでみようと思ってリビングに行ったんだと思う。家族はみな寝付いていて、いつもと違う真っ暗で静まり返ったリビングに少し後ろめたさを感じた。
ラジオを付けたのは単なる思い付きだった。その時ラジオのチャンネルがFMになっていたのも偶然だった。
流れてきたのはSCHOOL OF LOCKだった。当時は知らなかったけど。ほの暗い部屋にはずむおしゃべりが突然溢れて、意図しないにぎやかさに驚いて電源を消そうとしたとき、あの歌が流れた。
23:49だったらしい。「Fight Music」が流れたのは。
ハッと手が止まった。手は電源ボタンに触れたまま、目は板を模した柄の床に落としたまま、足は無防備に立ち尽くしたまま、耳をすました。ピアノは習っていたし、読書は大好きだった。でも、自分の中からは出ないであろう類の、しかしどこか自分の中に響くように歌われ奏でられる音とことばに出会ったのは初めてだった。
自分で思い返しても嘘っぽいけれど、ほんとうに、涙がこぼれた。なにとはなく目をやっていた床に涙が落ちて、ぽとっと音を立てて、自分の動揺っぷりにまた動揺した。
僕らが今すぐ欲しいのは『ソレ』から逃げる『理由』なんかじゃなくて 僕らが今すぐ欲しいのは『ソレ』と戦う『勇気』が欲しいんだ どれだけ遠くに逃げても『ソレ』は僕の前に立ちはだかる だから僕が今すぐ欲しいのは『ソレ』と戦う『勇気』が欲しいんだ
その時わかったのは、SEKAI NO OWARIというバンド名と「Fight Music」という曲名、そして歌詞だけ。 それからは両親のパソコンをこっそり使ったり、友だちに探りを入れてみたり、ラジオをきき始めたり、あらゆる手段を駆使して情報を集めた。はじめて買ったCDも、はじめてのライブも、SEKAI NO OWARIにしたくて、実際にそうした。
疲れたとき励ましてくれて、悩んだときに寄り添ってくれて、嬉しさを素直に感じさせてくれて、楽しさを何倍にもしてくれて、日常を日常にしてくれて、時には非日常を味わわせてくれて、逃げてしまうことを認めてくれて、でもまた歩き出す勇気もくれて。SEKAI NO OWARIと彼らの音楽は、今でもわたしの光。
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平野啓一郎「マチネの終わりに」
「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」
その時は光り輝いているように感じた場面も、時間が過ぎれば思い出したくもない記憶になっていることがある。気に入っていたものをもっと好きになることもあるだろうし、複雑な気持ちを抱くこともあるだろうし、嫌悪するようになるかもしれない。
たとえば、大好きだと思っていた友だちが自分のことを好きじゃない、むしろ嫌っていると知ったら。その友だちを、変わらず好きだと思い続けられるだろうか。その友だちとの思い出を、変わらず大切にし続けられるだろうか。
そうしたい、と思いながらもそうできない。そうできないことが苦しい。直接いわれたわけじゃないことばも、確実に自分に刺さっているのがみえる。一緒に出かけたあの場所も、語り合ったあの時も、思い出すことを避けてしまう。今となっては、本当にその友だちに嫌われていたのかどうかもわからない。でももうわたしは、自分の中で変わってしまった過去を見つめ返すこともろくにできないし、その変わってしまった過去をもう一度塗りなおそうとするほど強くもない。
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朝井リョウ「風と共にゆとりぬ」
好きなものが多い人はそれだけで、語るべき言葉をたくさん持ち合わせているような気がする。
とにかく読みながらクスクスした。クスクスしてしまうから人前では読みたくないけれど、おもしろいから誰かに共有したい、でも笑いながら読んでるのを知られるのってちょっと恥ず��しい,、でも言いたい…の矛盾ループ。わたしは「大好きな人への贈りもの」で泣くほど笑いました。オクラの置物て。
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レベッカ・ソルニット(東辻賢治郎訳)「ウォークス 歩くことの精神史」
田舎の孤独は地理的なものだ。すなわち完全に社会の外側にいて、その孤独は地理によって生々しい説得力をもつ。そこでは人間以外の事物との交歓さえ生まれる。一方、街では見知らぬ人びとが織りあげる世間によってわたしたちは孤独になる。見知らぬ者たちに囲まれ、自らも見知らぬ存在となってゆくこと。行き交う人びとに自らを重ね、それぞれの抱える秘密を思いつつ押し黙って歩いてゆくこと。
わたしの田舎、少なくともわたしの身の回りでは、道ですれ違った人には挨拶をするのが普通だった。徒歩通学だった小学生の頃も、自転車通学だった中高生の頃も。挨拶をするといってもあまねく誰にでも、というわけではない。年の近い人には別に、挨拶をしない。近所に同年代の子どもがいない環境にいたせいかもしれないけれど、友だち同士でわざわざ挨拶をするのはかっこわるいという感覚があった。小学校高学年にもなると、挨拶なんてやってらんねぇ、ださいし、とか言うようになったけど、なんだかんだすれ違う人に「おはようございます」だの「こんにちは」だのちゃんと言っていた方だろう。だって、たいてい時間ギリギリで自転車ぶっ飛ばしていた中高時代でさえ、追い抜きざまに挨拶してたんだから。
上京してから、挨拶は知っている人との間で交わすものになった。あの人混みですれ違う一人ひとりに挨拶をしている場合ではないし、隣の部屋に住んでいる人にさえ、会釈はしても挨拶のセリフをいうのはかなりためらうようになった。いつのまにか。
地理的な孤独さをもつ田舎で、人々が繋がりあって生きていくための習慣が挨拶なのだろうか。挨拶は声をかけるきっかけでもあり、互いにつながろうとしていることの確認なのだろうか。見知らぬ人々が集まり孤独の集合体となっている街で、挨拶を口に出すことは「あえて」相手とつながろうとする意味を持ち、沈黙をやぶって何かその先の行動を予感される役割を果たしてしまうのだろうか。
先人たちの思索と歩みに触れながら、自らの歩きを振り返った。
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三浦しをん「愛なき世界」
自分の理解が及ばないもの、自分とは異なる部分があるものを、すぐに「気味が悪い」「なんだかこわい」と締め出し遠ざけようとしてしまうのは、私の悪いところだ。ううん、人類全般に通じる、悪いところかもしれない。本村はまたも反省した。人間に感情と思考があるからこそ生じる悪癖だと言えるが、「気味が悪い」「なんだかこわい」という気持ちを乗り越えて、相手を真に理解するために必要なのもまた、感情と思考だろう。どうして、「私」と「あなた」はちがうのか、分析し受け入れるためには理解と知性が要求される。ちがいを認め合うためには、相手を思いやる感情が不可欠だ。
新聞を読むのが好きだけど、読むのが苦手な面もある。よく知らないから、読んでもよくわからないから、といろいろ理由をごねていたけど、これだ。理解しようとしない、それに対する知性も持ち合わせていなくて、持とうという感情も強くない。これだ。
自分が少しは知っているものや興味があること、自分と近い考え方だけにぬくぬくと浸かっていることは居心地がいい。だけど、そればっかりじゃないひとは、反省を繰り返して気づきを深めていく本村は、こんなにも誠実なひとだ。
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柚木麻子「BUTTER」
「莫迦じゃないの。他人の体型が変わっただけでよくもまあ、あれだけ心を乱せるわよね。どいつも、こいつも……。どれだけ他人が気になるのよ?他人の形がどんなふうか、他人がその欲望を開放しているかしないか。そんなことで不安になったり優越感を持ったりするなんて、異常だわ。他人の形が、自分の内側で起きていることよりも、ずっとずっと気になって仕方ないっておかしいわよ」
大学1年生から2年生の終わりにかけて、体重が約7キロ増えた。ひとりぐらしを始めて食生活がなかなか定まらなかったのが原因だったようで、住まいから食生活とか生活習慣とかからゆっくり変えていった大学3年くらいから、元のしっくりくる体重に戻っていった。
わたしにとって大切だったのは、自分には自分に合った暮らしがあるのだと、身をもって感じられたことだと思う。「BUTTER」でも里佳や玲子が自分にとっての適量を探っていく描写があるが、まさにその「適量」ということばがピッタリだ。わたしにとっては、体重が増えていった時期は、自分にとっての「適量」をぶらぶらと探し求めていた時期だったのだろう。今まで意識も向けなかった習慣をとらえ直し、やめてみたり変えてみたり、直線距離なんてわからないから回り道もしながら、自分だけの「適量」を見つけていく。
引用した梶井のことばは、強烈な強烈な批判だ。わたしの体型の変化をみて、ニヤニヤしながら「ふっくらしたよね」って言ったあの人、「痩せた方がかわいいよ」って真面目な表情で言ったあの人、「太ったよね?どうして太ったの?」って心配そうに言ったあの人。悪意からのことばじゃなくても、本当にわたしを心配していたのだとしても、わたしに絡みついた彼らのことばを、梶井が断ち切ってくれるようにも思えた。ただ、その刃は同時にわたしにも向いているのだ。他人の「適量」に、「適量」を探す過程に、不用意なことばを投げたくない、投げないように気を配っていたい。
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恩田陸「蜜蜂と遠雷」
いったい何を聴いているのだろう?どこまで聴こえているのだろう?どんなふうに聴こえているのだろう?
音楽は好きだけどクラシックは身近になくて、ピアノは習ったことがあるけれど今はもうあまり弾けない。自分にとってはなんとなく遠い存在のようにも感じていたピアノの世界。でもこの作品にはとてもとても引き込まれて、一気に読んだ。
Spotifyに4人の奏者による作中に登場する曲を集めたアルバム、「蜜蜂と遠雷 音楽集」があったので聴き比べながらゆっくり演奏シーンを読んだ。 特に、「春と修羅」。「春と修羅」の即興部分には、4人それぞれの意図や表現が盛り込まれているのがおもしろくて、その違いが少しずつわかっていくのにワクワクして、何度も聴いた。 これまで、一人ひとり弾き方が違うとか、あの人ならではの演奏、とかそういう演奏の情緒みたいなものにまったくピンと来ていなかったけれど、今ならちょっと感じられた気がして嬉しい。
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宮下奈都「羊と鋼の森」
「兄貴は昔から大きなことを言うんだ。まわりはびっくりさせられてばかりだったよ」驚いて、弟を見た。「僕が?」大きなことを、いつ言っただろう。大きなことを言ってきたのは、むしろ弟のほうだった。華やかな未来を話しては、母や祖母をよろこばせてきた。「忘れた?ピアノの音は世界とつながってるって熱く語ったじゃないか。世界なんて普通言わないよね。俺はまだ世界を見たことがない」「僕もない」だけど、ここは世界だろう。全体を見渡すことはできないけれど、たしかに世界だと思う。
留学が中止になった、そんなタイミングで恩師から留学について文章を書いてほしいと連絡がきた。「世界」ってなんだろう、「留学」って、「世界をみる」って、結局どういうことだったんだろう、これからどういうふうになっていくんだろう。今いちばん避けたい話題に正面から向き合うのが苦しくて、逃げた先にこの一節があった。
そうだった、と思った。短いながらも外国にいって帰ってきたときに感じるのは、わたしも「世界」に暮らしているということだった。主人公もわたしと似た「世界」の感覚をもっていて、弟はもっていない。持っているかいないか、どちらがいいとも思わないけれど、留学には、いまは透明かもしれない「世界」と自分のつながりに色がついたり、かつての色とは違う色が見えるようになったり、もっとたくさんの色に同時に気づくようになったり、そういう感覚を与えてくれる一面があるということを思い出した。
わたしは、わたしの世界をもっとみたいし、ひとの世界ももっと知りたいと思っていたことを、思い出した。
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