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今日祖父が亡くなった。
89歳だった。
病院のベッドの枕元の窓の額縁には、昨年の2月末に家族で撮った米寿祝いの写真が飾ってあった。ビールを1杯飲んで、食べられる分を食べて、あとは周りの話ににこにこ頷いていた。耳はすっかり遠くなって、話の大半は理解できなかったろうに、にこにこ頷いていた。
昨日終業間近に危篤の連絡を受けて、そのまま翌日の休みをもらい、カバンをひったくって帰路を急いだ。
膝から下の感覚に靄がかかって、足の裏は地面についていない感じ。前もって連絡してあった妻は新幹線までの時間があるからとドーナツを出してくれて、少し落ち着いて家を出た。
地元に着いたのは25時。
母の迎えの車に乗り、そのまま病院へ向かった。
幸い症状は少し落ち着いていたが、最後に会ったときとは見違えるほど痩せていて、目は半分開いて、口を開けて下顎呼吸が出現していた。聞けば、容体が変わったときからドーパミンは最大量を投じ、酸素マスクからは最大濃度の酸素を供給していたという。呼びかけには応じず、意識もあるかないか分からないが、看護師の耳は聞こえているはずという言葉にすがり、久しぶり、来たよとだけ声をかけた。ほかに何を言ったらいいのか分からなかった。
2時間ほど様子を見て、叔母を残して仮眠のため家に帰った。危篤の連絡を受けたときは、今すぐだめかも知れないしもしかしたら1週間は持つかもしれないと聞かされていたが、帰りしな看護師に「遠いところからいらっしゃって、間に合ってよかったですね」と声をかけられこのあとは長くないと考えられていると思った。
朝起きてすぐにまた病室に向かうと、バイタルサインのモニターが時を追うにつれて衰弱が進んでいる事実を突きつけてきた。看護師曰く、肺炎による発熱があり体温は39℃ほど、まつ毛反射が弱くなっているとのことだった。
呼吸のリズムが崩れると呼びかけながら、一方で現実味が湧かない私達は脈絡のない雑談をしながら他のの家族が揃うのを待っていた。
ひとりずつ家族が揃うたびに心拍数と血圧が落ちるのが死線でみんなを待ってくれているようで心が痛む。
最後の1人が着いて30分間、励まされながら労われながら感謝されながら静かに逝った。生前はお互い口を開けば言い争っていた祖母も心ここにあらずといった様子で憔悴している。
死戦期呼吸に喘ぎながら全員揃うのを待ってた祖父、心拍がなくなったことを知らせるバイタルサインの連続音、死亡確認を済ませた医師がお亡くなりになりましたと深く頭を下げる。ドラマみたいだと思った。窓の外は春の陽気に満開を迎えた桜が散っていた。
葬儀屋が連れ帰った祖父の後ろで今後の手続きの話を聞いていた。内容はあまり覚えていない。
やっと家に帰れてか、穏やかに笑った顔の祖父に線香を供え一旦家に帰る。新幹線の中で泣きそうになりながらこれを書いている。
祖父も迷わず天国にたどり着けただろうか。
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人を殺す夢を見た。
車の鍵が閉まらなくて少し目を離したときに盗ろうとした知らないおじさん。自分のとは思えない声で怒鳴って引きずり出して馬乗りになって、そいつが着てたシャツの襟で首を絞めた。
学生時分にあの子が悪い夢はいいことの予兆だって言ってたのを思い出して、夢占いを調べたら普通にストレス過多らしくて嘘じゃんって思った。 嘘をつくのがすごく下手だったことを思い出した。
昼間太陽が熱すぎる。
毎年梅雨が開けると夏ってこんなに暑かったかって思う。 天気予報士もここ数年で1番暑いだの観測史上最高とか言ってるけど、ほとんどボージョレ・ヌーボーの品評とやってることが同じだっていつも思う。 気温は数字で出るし実感できるのが違い。 具体的な数字と体験は説得力を持つよって国語で習った。
涼し気な目元で涼し気な服で涼しげにかき氷を食べてたあの子を思い出して、どうせ殺すならって考えながら。
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ヘロインでラリってラリって赤ん坊を死なせてまたラリってラリってレントンみたいな生き方は現代日本絶対存在しないけどエチルでギリギリまで酔う大人愛してる。
結局カタギとして生きることを選択した主人公とそれしかそもそも選択肢がない現状。
喫煙より飲酒より健康被害を被る労働。
それに少しずつハマっていく手を染めていく。
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彼女の納車に立ち会った。
彼女が大学の時分から乗っていたこげ茶のラパンは、走行距離の表示を覗くと13万キロを超えていた。たしか彼女と交際することを決めたのも、初めてキスをしたのも車の中だったと思う。
ディーラーに向かう道中で彼女が瞳を潤ませているのに気づいて、こいつは本当に幸せな車だと思ったし、もし車に意識があったら幸せだと思っていたに違いない。彼女が13万キロに思いを馳せている間、俺は俺が一度不注意でバンパーを凹ませてしまったことを心のなかでずっと謝っていた。
立駐の斜路で普通車の1.3倍唸るエンジンを、高速ではベタ踏みになるアクセルを、彼女が本当に愛していた車を、愛していた。
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30年くらい前のディテールどストライクの真っ赤なTシャツの1回目の洗濯でワイシャツやらタオルやらをピンクに染めてしまってこれが愛の代償か。
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今日はケチャップの味がついてたね、俺はお前が羨ましいよ
昼、冷めた弁当を味噌汁で流し込み、毎日あるカレーライスで腹を満たす。 食事ではなくて作業。そこに穴が空いているから埋めるだけの簡単な工事で、所要時間は10分に満たない。
名前を知らない白身魚のフライを持ち上げたとき、敷き詰められた味のないスパゲッティと目があった。今の私はこれに似ている。以前自身のことを定食に付いてる漬物だと揶揄する人を見たことがあるけど、それだったら私は冷めた弁当の揚げ物の下の味のないスパゲッティだ。
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昼、冷めた弁当を味噌汁で流し込み、毎日あるカレーライスで腹を満たす。 食事ではなくて作業。そこに穴が空いているから埋めるだけの簡単な工事で、所要時間は10分に満たない。
名前を知らない白身魚のフライを持ち上げたとき、敷き詰められた味のないスパゲッティと目があった。今の私はこれに似ている。以前自身のことを定食に付いてる漬物だと揶揄する人を見たことがあるけど、それだったら私は冷めた弁当の揚げ物の下の味のないスパゲッティだ。
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配属面談。
風の強い街で強風で遅れた電車を待ちながらすごい速さで流れる雲を眺めていた。寮から一緒に通勤する同期の人数が日に��に増え、なんとなく、なんとなく鬱陶しいのはそのせいか、或いは雨がちな煮えきらない今週の天気のせいかよくわからないが、とにかくイヤホンをはめ込んで群れからはすこし離れた。
過日サブスク再配信されたマイブラを聞きながらシューをゲイズしている。スーツをこしらえるときに間に合せで買った安っぽい合皮の靴は親指の側面のあたりが擦れている。
革靴を履かなくていい日が待ち遠しい。配属が工場になったらの話。フォークやら台車の安っぽい音楽がずっと鳴って気が紛れるから。安全靴は重たくて最善とは言えないけどガラス張りの透明な本社よりは幾分居心地がいい。
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見知らん待をテコテコ歩く。脳みそにはまっ金金のレモンサワーと安い日本酒が入っている。
この街に越しておよそひと月、たまに使う最寄り駅の先はどうなってる?バカみたいにでかい銀行の建物を超えるといかにも地方都市でございって体の建物外観並び、散歩といえば聞こえはいいかもしれんが何に気が散るでもなく黙々歩き続けた。
3キロほど歩いて部屋で飲んでるから来いと着信、仕方なしに踵を返して拙宅まで引き返した。空には9割本気を出した満月が雲に隠れたり隠れなかったりしていたが、やはり地方都市、月の存在感がまるで薄い。
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7年間通った学校を卒業した。自分でもどうかしてると思う。前に座った女子のきれいな本紫色の袴を眺めながら7年間も使って何を成し得たのかずっと考えてた。自分の周りにいる立派に学問を修めた人たちと比べて自分がいかに怠惰であるかを意識せざるを得ないし、息苦しかったのは慣れないネクタイのせいだけではなかった。必要に迫られて身につけた最低限の知識と妥協の仕方と、気の合う友人を数人手に入れたくらいか。
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ありがたいことに春から勤務させていただく企業が決まっている。自分にはもったいないくらい立派な会社だろうと思う。ただ本当にこれでいいのか、形容するならマリッジブルーのような感情が消えない。考えれば考えるほどこれでいいと言う結論しか出ないに決まっているのに厚かましくも。自分は結局何者にもなれない人間であることはもう明らかだし、モラトリアムが終わるにあたって普通であることを覚悟しなければならない。
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小学生のなりたい職業ランキングの上位に会社員がランクインしている。YouTuberになりたかった会社員より、会社員になりたかった会社員はどれだけ幸せだろうと思う。リモートワークで父の働く姿を間近にみて、憧れるに値する背中が家庭内にあること、とても羨ましいし、自分がいつかその背中を見せられるのかの不安も大きい。小さい頃夢見ていた大人の自分と実際に大人になってからの自分の姿の乖離の大きさは麻雀の手組に似ているといつも思う。俺だって小さい頃は字一色大四喜四暗刻を狙っていたのに。
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青春のゆくえ
僕らは何も持ち合わせないけど時間だけが余っていた
アルコールに希死念慮を溶かして血管に毒が駆け巡るのをただただ眺めていた
何もなし得ず一歩も進まないまま日が沈む。半ば諦めに似た感情と焦り苛立ち感じながら
理想と現実を合わせて、すり合わせて
自分にできることなんて数えるほど残っちゃいなかった
学校で公園で青春だねと笑った、瞬間の解像度は全然高くないけど、青春そのものが形而上的だから。そうだから。
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むげん
我々が生きている世界は外から見たら筒状になっていまして、東京もアメリカも筒の中です。筒の中には地球があって、太陽があって地面がって青空があります。筒は宇宙の果なのです。
徒広い草原に寝転んで宇宙の果てを見つめるとき、寝転んで宇宙を見上げているのか、地球に張り付いて宇宙を見下ろしているのか分からなくなるような錯覚に陥ることはありませんか。もしかしたら今日の夜空はプラネタリウムみたいに天球があって、そこに星々の輝きが投影されているものなのかもしれません。それを確かめる術を我々は持ちあわせていません。有限を定義することでしか無限を感じることができない我々は無限そのものに触れたことがありません。無限は存在しませんか?
一見するとただの○でもきれいに2π分の線で描いたものでしょうか。4π分の線を引いて描いた○とそれを見分けることはできません。∞πでもわかりません。正弦、余弦のグラフはθの軸に無限に続きます。
さて、今は何年何月何日、何時何分地球が何回回ったときでしょう?
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社会の窓
重たくて底の硬い靴で歩くとゴトゴト音がするS造の建屋はまだ建ってから数年の風を呈し、それに見合うくらい中にいる人間も若い人が多い。
内定先で研修を受けている。本社の小会議室を一室借りて缶詰。
有り体であるが、学生は他と違う自分を信じ、大衆に迎合した大人を軽蔑し忌嫌、そもそもそれがマジョリティであることに気付かず大衆の1ピースになってゆく。眼光を宿さないまますれ違う人を認識しないまま躱し、鈍行を見送り特快に乗る。
自分もそんな社会の一部になれると思った。なってしまうと悟った。
半年後、私はソフトに死んでゆく。
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呼吸
ゆっくりと死にゆく音が聞こえる。人は生まれ落ちた瞬間から死に向かって進む説をなす人間を時々見るがそれとはまた違った音。極彩色の光の中から、凍るアスファルトの上の肌色の塊から、日の届かない畑から確実に聞こえている。また明日、この星が生きている姿を想像することが日に日に難しくなる。人々は無自覚のうちに死に場所を探し、迷路実験中のマウスのように試行錯誤、トライアンドエラー、PDCAを回し歌いながら旅をしている。宇宙にガムテープで目張りをして、宇宙空間に練炭を燃やして静かに地球は死んでゆく。
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隙間
春が終わって梅雨を挟んで夏が来る。
もう20回あまりこのループを繰り返してその度に重たい気持ちになっているのか。いや昔は夏が来るのが楽しみだったか。忘れた。
これを書いている今だって雨こそ降っていないものの、雲がそのまま落ちてきたような湿気で空気中にフヨフヨ浮かぶ水蒸気共が肉眼で見えるような気がしてならない。
凍える季節を終えて、雪を溶かし草花を芽吹かせる生命力を春風に乗せて列島を覆う、そんな春の唯一の重罪が夏を連れてくることである。
俺の頭上では今日も元気に南方の気団と北方の気団が押し合いへし合いしていることと存ずるが、願わくばここで再び北方の気団に逆転してほしい。さよなら逆転満塁ホームランをかましていただきたい。そんな願いを込めて雨に濡れるであろう梅の実を南に向かってぶん投げる。
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