#やきとり家すみれ浦和店
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@kei98778182









ジャニーさんは犯罪者じゃないのは当たり前。日本は法治国家。ファンじゃなくても今の日本の証拠なく噂段階で決め付け排除する私刑が多発している現状に危機感。マスコミ既得権益を壊さないと未来はない。政治家誰も突っ込まないがー #記者クラブ #電波オークション #ジャニーズ潰しはマスコミもグル
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@fuji507

「冤罪」で消されたジャニーズと岡田有希子。芸能を殺す人々こそ消えてくれ【宝泉薫】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)
叩く側が時々、錦の御旗みたいに持ち出す裁判の結果にしても、その実態は「週刊文春」の記事をジャニーズ側が名誉毀損だと訴えたもの。セクハラと思われる事実��認定されたが「文春」も損害賠償金を支払わされた。法的な証拠は後にも先にもこれだけなので、現在の叩き方、追い込み方は明らかに行き過ぎだろう。
にもかかわらず、なぜそこまでキャンセルしようとするのか。岡田有希子のときも感じたことだが、こういうとき、人や事務所、作品を消そうとするのは、芸能を愉しめない人たちだ。芸能を好きではないというか、その作品にもスキャンダルにも人間ならではの業がにじみ出ることを思えば、つまりは人間そのものを好きになれない不幸な人たちである。(略)
ちなみに、こうした傾向は1980年代半ばの「ロス疑惑」騒動あたりから始まっている。それこそ「週刊文春」が「疑惑の銃弾」と銘打ち、悲劇の夫と見られていた三浦和義が保険金目当てで妻を殺させたのではと告発。三浦のどこか魅力的なキャラクターもあいまって、大きな注目を浴びた騒動だ。
が、裁判では無罪となった。その後、米国で逮捕され、自殺してしまったものの、法的にはあくまで冤罪である。
筆者は40年近く前、この騒動が好きになれず、同世代の友人に「マスコミは告発なんてしてはいけないと思う」と言ったら、ひどく驚かれた。おそらく、告発こそがマスコミの仕事のひとつだと考えていたのだろう。その友人はその後、新聞社に就職したはずだ。
そして今、当時抱いた思いはますます強まっている。正義を気取り、不公平な報道に走りやすいというか、世間の喜びそうな正義のためならどれだけ歪んだ報道も辞さないマスコミなど、芸能あるいは芸術にとって百害あって一利なしだからだ。
まして最近は、ロス疑惑の頃と違って、大衆が「客」や「野次馬」では満足しなくなっている。今回のジャニーズ騒動では、慰安婦問題、草津町長セクハラ冤罪事件といったものを演出したり、たきつけてきた人たちが旗を振り、一部の大衆が一緒になって叩くという構図がいっそう露わになった。「温泉むすめ」のような萌え絵による盛り上げ企画を妨害する層とも、それは重なっている。
ジャニーズも萌え絵も、日本が長年かけて築き上げてきた文化であり、それを消そうとすることは、宝物を奪ってゴミ箱に捨てたり、燃やしたりするのと同じことだ。
たとえば、KinKi Kidsがジャニー喜多川に捧げた「KANZAI BOYA」という曲がある。ジャニー独特のセンスや口癖を愛情をもっていじったもので、じつに味わいの深い内容だ。こういう曲も当分、披露されることはないのだろう。
「死人に口なし」でジャニーズ事務所を豊臣家や大日本帝国、安倍晋三にしてはいけない理由【宝泉薫】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)
そして今年、英国のテレビ局BBCと「週刊文春」による「ジャニーズ糾弾キャンペーン」のような動きが起きた。ジャニーが生前にやっていたとされる、タレント及びその予備軍たちへのセクハラの責任を問い、償えというものだ。
しかし、生前も死後も、警察への被害届は出ていないし、被害についての証言もかなり雑。逆に、被害はなかったとする証言は無視された。
BBCや文春に続いた報道も、NHKなどを含め、かなり雑というか、一方的なものが目立つ。にもかかわらず、事務所はジャニーズに好意的でなかった勢力の報告書に乗せられ「法を超えて」救済するなどと公言してしまった。ジャニーを大悪人に、ジャニーズタレントたちを悪の味方に仕立てて叩きたい空気感に抗うより、負けを認めて出直そうとしたのかもしれない。
が、そもそも、そういう勢力を信用したことが悪手だったのだ。その勢力は貪欲で、その後もゴールポストを動かしたりしながら、攻撃の手を緩めない。ジャニーズが出直すために作られた新会社には、社長をはじめ、その勢力の人たちが幹部に居座り、まるで乗っ取られたかのような印象だ。
ちなみに、その勢力には、思想でいえば左寄り、野党的、反日、フェミニストといった傾向の人が多い。それゆえ、SNSでは「#ジャニーズ潰しは慰安婦スキーム」というハッシュタグが生まれ、群馬県草津町の町長がセクハラで濡れ衣を着せられかけた事件と同じだという声も出た。(略)
その性癖については創業当初から噂され、報道もされてきたが、生前に最大の注目を浴びたのは、1988年、元フォーリーブスの北公次による暴露本「光GENJIへ」が出たときのことだった。
���掛け人は、当時、田原俊彦の女性スキャンダルをめぐり、ジャニーズと対立していたAV監督の村西とおる。糾弾するための材料をカネをかけて集めており、そこにうまくハマったのが、カネに困っていた北だった。彼自身、アイドル時代に作詞をしたり、自伝本を書くなど文学志向だったが「光GENJIへ」自体は彼の告白をもとに出版プロデューサーの本橋信宏が執筆。本橋は村西の友人で、その仕事を手伝いながら、反体制運動などのルポを書いたりしていた。
とまあ、この構図から浮かんでくるのは、この本の信憑性についての疑問だ。ポルノグラフィーとしても恨み節としてもかなりよく出来ているが、逆によく出来すぎている感もある。考えてみれば、村西はもとより、本橋もポルノには通じていたし、北は北で、とにかく面白い話を提供しなくてはならない必要に迫られていた。そんななか、けっこう盛られた内容もあるのではと想像してしまう。
実際、北に続いて暴露本を書き、かなりの成功を収めた平本淳也について、その出版社の社長が「ちょっと虚言癖があったりする」と評してもいる。また、北はのちに暴露を後悔したり、再び暴露をにおわせたりしながら、死の前日にはジャニーやメリーに感謝を述べるなど、その言動には一貫性がなかった。
そして、北や平本、さらには今回の証言者たちの回想がすべて事実だとしたら、ジャニーのプロデュースやマネジメントはどこかで破綻していたのではと思わざるを得ない。質的にも量的にも、バレないはずはないし、警察沙汰にならなかったのが不自然なほどなのだ。
個人的な印象としても、ジャニーの性癖はもうちょっとプラトニックなもので、その傾向は加齢とともに強まっていったのではという気がする。たとえば、ジャニーが元気で可愛い少年を好んだように、薄倖で可憐な少女を愛した川端康成もそうだった。ウラジミール・ナボコフの「ロリータ」が話題になった際、川端は「あれは汚いから嫌だ」と感想を語ったが、それに似た感覚をジャニーも持っていたのではないか。
ではなぜ、今回のようなことになったかといえば「光GENJIへ」の影響がおそらく大きい。あの本がよく出来すぎていたため、それを下敷きにしたかのような証言が虚も実もないまぜに拡大再生産され、その勢いに事務所が圧倒されてしまったのではと。人間の精神とは脆いもので、大勢から集中的に糾弾されれば、まともな判断もできなくなる。まして、証言者たちは芸能活動については負け組で、その感情は恨みや嫉みといったネガティブなものにあふれているのだから。
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個人的には何故か🇬🇧大英帝国様の📺BBCが出てきた時点でもう充分、陰謀いっぱい、お腹いっぱいゲップップでございました。
浅〜い正義感に踊らされたアホな売国反日国民ばかりだったね、無念。
ちなみに北公次さんは短期間でしたがご近所さんだったことがあり当時奥様とお店もなさっていたのでお会いしたことがあります。合掌。nya
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2025年4月9日(水)

Tumblrのお節介によれば、私が利用し始めたのが2011年4月8日とのことだ。ところが、調べてみると、実際に日常的にポストを開始したのは2014年3月以降だった。もともとはunix上でhtmlベタ打ちでサイトを構築していたが、途中からWordPressの利用を始め、そのうちデータベースのメンテナンスが面倒になって、新しいドメインを取得してこの<あやふや亭>を始めたのだった。十年一昔、ずいぶん時が流れたが、自分の存在があやふやになるまでは、Tumblrのお世話になり続けるつもりだ。

5時30分起床。
洗濯開始。

朝食を頂く。
洗濯物を干す。
珈琲を淹れる。
彼女の弁当を用意する。
空き瓶缶、10L*1&45L*1。
彼女を職場まで送る。

ライフ西七条店で買物、イチゴ・トマト・レンコン・豚バラ肉・ショウガ。

ショップチャンネルから<キッチンde給食>のセットが届く、早速処分するために整理して置いた食器を詰める。明日、彼女を職場まで送ってから佐川急便へ持ち込もう。
BSでドジャース戦、最後に大谷君がヒットを打つも敗戦。
露の新治師匠からメール、退職報告の葉書に対する返信、機会があれば一杯やろうと。
ランチ、三男には<好きやねん>、私は残りご飯で卵丼。
軽く午睡。

夏の米朝一門会@南座、南光さんの<抜け雀>が聴きたくて予約する。
作業場の片付け、何とか来週には物書き環境を整えねば。
メールアカウント、GoogleからAppleに移すべく準備色々。
夕飯用に、炒りコンニャク、豚バラ大根仕込む。

彼女の帰宅に合わせて夕飯開始、豚バラ大根・炒りコンニャク・豚コマと新キャベツの炒め物・白菜の浅漬け@奥川ファーム・トマト+スパークリングワイン。
録画番組視聴。
柳家三三 落語「転宅」
初回放送日:2025年4月6日 柳家三三さんの落語「転宅」をお送りします(令和7年2月28日(金)千葉県袖ケ浦市民会館で収録)【あらすじ】日本橋浜町あたり、黒板塀に見越しの松、表札には女性の名…いかにも妾(しょう)宅といった風情の家。見るからに粋な女性に旦那が50円を渡して帰っていった。旦那を見送って出ていく女性と入れ替わりに、留守宅に上がり込��だ泥棒は…

いやぁ、知らないこと一杯、良い勉強になった。
片付け、入浴、体重は50g減。
パジャマに着替え、スコッチ舐めながら日誌書く。

歩数は足りないが、なんとか3つのリング完成。
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たどり着かなかったおおくの未来たちへ
文フリ東京だった。 土曜日開催のイベントってなんだかんだ言いながらはじめてのような気がする……労働が土日祝���めなかったころはなんでイベントは平日にやらないんだろうと思っていたし、土日が休みだったころはイベントは土曜日にしてほしいと思っていたが、日月休みになると、イベントは日曜日がいいなと思ってしまう。日月は宿泊料金がやすい。
そんな自分本位な「この日がいいな」をわたしはいくつも持っている。
文フリ東京は、土曜日の朝に出発した。車内販売がなくなってしまって、でもまあ新幹線のホームとか購買にシンカンセンスゴイカタイアイス(シンカンセンモウカタクナイアイスだという噂だが)が売っているらしいから、それを食べようと思っていたが、朝、名古屋駅で見つけることはできなかった。 しょんぼりしながら新幹線に乗る。新幹線の中ではほとんど寝ていた。
東京駅・浜松町・流通センター。いつもの乗り換えで会場に向かう。来年の12月の文フリはビッグサイトでやるらしいから、この行程で向かうのはあと一回。
会場前に八束さんのスペースで不穏なフライヤーをもらう予定だったのでもらいに行ったら、八束さんがさいたま文学館で開催中の『澁澤龍彦の文学世界』のフライヤーも一緒にくれた。 ので、スペースが出入り口の真ん前だったこともあって、これはたくさんのひとに見てもらえるんじゃないか…!ということで、出口に向けて配置した。完璧である。

そんな素敵な設営をして、開場。
遠方から��てくれたフォロワーさんに展示のフライヤーを見せ澁澤龍彦の話をし、「若い頃にわたしも全集読みました!」と言ってもらうなどしたり、痛覚の麻子さんにはえんえんと「この写真見てくださいやばくないですか?羽田に楯の会の制服を着て見送りに着た三島の帽子をかぶっておどけているときの写真でこれが二人が実際にあった最後になるんですよ……」と一生終わらないんじゃない勝手くらいの話をしつづけてしまったり、このフライヤーに気づいてくれた通行人のひと(「澁澤龍彦だ…!」という声が聞こえた)に「裏面も見てください!そしてよろしくお願いします!」とさっと差し出したり……。こんなに充実した文学フリマ東京は、2014年から参加していて初めてじゃないかと言うくらい充実していた。

惜しむらくは、澁澤龍彦のフライヤーと一緒に不穏なフライヤーを挟んでいたにもかかわらず、だれも「澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制があるんですか?」と聞いてくれなかったこと…。澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制は果たして存在するのか……?
とまあ、こんな感じなのだが、そろそろ皆さんも不穏なフライヤーとは?と思っているところだろうと思うので、ご紹介致しますとこういうやつです。
「父親の死体を棄てに行く」アンソロジー。家父長制を棄てに行きたい方はどうぞ2024年5月の文学フリマ東京をお待ちください。
イベントが終わってからは、八束さんとヒマラヤ鍋を食べに行った。 お店の予約時間まで過ごしていたドトールで渋沢栄一の話になり、「ああ、向こうは傍家で、本家はうちなので」と話したら「いまうちって言いました?」と聞き返される。うち��す。 ヒマラヤ鍋屋さんはめちゃくちゃすてきな楽隊(?)のお誕生日パレードがあったり、びっくりするような美味しい鍋を食べられたりと大満足だった。

打ち上げを終えて、翌日のさいたま文学館に備えて埼玉に宿を取っていたので、移動をはじめたら電車がいきなり止まった! 電車の沿線で人身事故があったとのことで、近くのハブ駅みたいなところで電車を降ろされてしまう。こんなこと担ったのは初めてなのでびっくりしていると、とりあえず一時間くらいしたら電車は動くからね~とアナウンスが入り、事なきを得る。
都会ならではの体験だな…と思いながら、ホテルにたどり着いて泥のように寝た。
そしてさいたま文学館へ。

張り切って出てきたら開館まえについてしまった…。図録を買って、老人クラブの展示があったので見せてもらったりして(ヤツガシラの俳句があってと��もよかった)、10時になる。
貸し切り状態……。
展示は、埼玉と澁澤の関係から始まっていて、浦和高校時代の写真(浦和高校同窓会が出しているものだった)があるのがとてもよかった。 限定本も展示がたくさんあり、原稿も、文学館が所蔵しているものが4、5点。 サド裁判のときに澁澤が三島に書き送った手紙に、争点が「わいせつか芸術かを超え、表現の自由/検閲への抵抗である」ことが書かれていることを指摘していたり、『高丘親王航海記』の原稿用紙、最初は「了」と書いてあったのを、推敲の段階で文字を自ら消したことを指摘していたり、「澁澤龍彦」という人物を表現との向き合いかたから見せているのが良いと思った。 面白かったのは三島の写真の使い方で、「血と薔薇」の「男の死」の三島の写真、あと、メインビジュアルが羽田に見送りにきた三島の帽子をかぶっておどける澁澤の写真だったからか、「楯の会の制服を着た三島由紀夫」の写真が展示してあったりした。
展示をひとしきり見た後は、図書室に今回の展示の関連本がまとめてあるとのことだったのでそれを身に。「作家のおやつ」「作家の食卓」といった本の紹介や、山﨑ナオコーラが文豪の墓参りにいく本に澁澤の項目があった。山﨑ナオコーラの澁澤へのまなざしにはわたしにもおぼえがある。よい本だった。そしてその本で、先月わたしが緑色のインコに夢中になっていた霊園に中島敦の墓があることを知った。敦、ごめんな……墓のことなんて全然知らなかったから、緑色のインコのことしか考えてなくて……。


その後は文学館併設の「けやきカフェ」で澁澤龍彦コラボメニューをたべる。黒糖と胡桃のパンケーキ。澁澤が好きだった胡桃や黒糖のお菓子をイメージしてつくられていて、とてもよかった。 思い出したのは、今よりもっと貧乏だったころ、いろんなところでやっている澁澤の展示に行けなくて悔しい思いをしたことだった。いまこうしてたどり着くことができるようになったことを、なんだかとても、自分が、自分をなんとかしているように思えた。
パンケーキを食べ終えてから、「武蔵野うどん」に挑戦することにした。「伊勢うどんとは対極にあるうどんだ」という事前情報しかなかった。 桶川駅ちかくのお店はかなり人気店のようでたくさん人が並んでいて、お店に入れたのは並び始めてから一時間後くらいだった。 つけ麺(うどんのことをつけ麺というのか?)システムで、つけ汁とうどんは別々の皿に載っている。なるほどこういうやつなのか、となにも考えずにがっと箸でつかんで汁につけてすすりはじめたはいいが、うどん、めちゃくちゃかたいんですけど?!噛みちぎれない…やばい、全部すすって口の中に入れるしかない……と思ったが、これがまたすさまじく長くて……永遠にうどんがおわらない……。 こんなに硬くて長いうどんはじめてなんですけど?!おれたちは箸で持ち上げただけでへたしたらブツッといく伊勢うどんの民なんだということを再確認し、「これは風邪を引いたときに食べるうどんではなく、体力が有り余っているときに食べるうどんだな」と確信しました。きっと武蔵野のひとたちは、風邪をひいたときにはおかゆを食べるに違いない。(伊勢志摩の人間は風邪をひいたら伊勢うどんを食べます)

二口目からは一本ずつ食べることで武蔵野うどんのおいしさを堪能し、また是非食べたい、顎の力を試したい、と思った。
武蔵野うどんを噛み砕くのに体力のほとんどを持って行かれて、疲れ果てたので、そのまま帰宅することに。 購買にシンカンセンスゴイカタイアイスを見つけたので購入し、席に着くと、隣のひともおなじシンカンセンスゴイカタイアイスを持っていた。しかもおなじチョコレート味。

べつに示し合わせてはいないがふたり一緒に食べることになってしまい、こんなに好きなひとがいるのに、もうシンカンセンスゴイカタイアイスは車内販売されないんだな……と悲しくなる。 そして、乗車15分まえに買ったし、シンカンセンモウカタクナイアイスだった。
アイスを食べ終えてからは、記憶がない。気づいたら名古屋だった。
名古屋駅で、近鉄のホームに来たら、電車を待つ人は無秩序にホームにたたずんでいて、車両のドアとか何も気にしていなかったし、電車が着いても「先に並んでいたひと」という概念がないので、運良くドアの近くにいたひとから電車に乗りこんだ。東京とかから帰る途中、この近鉄のホームの無秩序さを目の当たりにすると、まだ名古屋から三重まで帰らないと行けないのに、「帰ってきたなあ」と思うのだった。
名古屋駅から最寄り駅までも、寝ていたのでほとんど記憶がない。
帰宅したら、夕食は焼きそばだった。焼きそばの麺は、どれだけ頬張っても簡単に噛みちぎれた。武蔵野うどんは硬かった。
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女性を違法風俗店に紹介していたなどとして、巨大スカウトグループのリーダーが逮捕されました。“人身取引”とも言われる手口で稼いだ金額は、70億円にのぼるとみられています。 ■“人身取引”風俗スカウトグループ摘発 ホスト通いの女性狙いか 風俗店で働く女性(20代) 「(稼ぎは)完全にホストに使っていて、12月は400万ぐらい。それをそのままホストにベットみたいな。友達の使っていたスカウト、そこがきっかけでお店に勤め始めた」 裏に潜んでいたのは“風俗スカウト”です。 7日に再逮捕された遠藤和真容疑者(33)は、大分・別府市の違法風俗店で働かせるために、女性を紹介した疑いが持たれています。 この男が主導していたのが、スカウトなど約300人を抱える巨大グループ「アクセス」。その手口は“人身取引”とも言われています。 まず、スカウトがSNS上で女性を勧誘。送らせた自撮り写真などをもとに、全国約350の風俗店から最も高い報酬を提示した店に女性をあっせん。「スカウトバック」=紹介料として稼いだ総額は、70億円にものぼるとみられています。 SNS上には北海道から九州まで津々浦々、風俗店へのあっせん情報が掲載されています。背景にあるのは“悪質ホスト”の問題です。 元スカウトの男性に話を聞くことができました。 ■スカウトを通じホスト側にも“女性の稼ぎを確認できる”メリットが ――(周りのスカウトが)ホストから依頼を受けて風俗にあっせんしていた? 元スカウト(20代) 「ありましたね 。うちの会社にもいましたね。やり方にもよると思うんですけど、飲み屋でばったり会ったようなシチュエーションにして、『これ仲いいスカウトなんだよね』みたいな。一緒に仲良くなっちゃって、『こっちで働いてみようよ』みたいな」 男性は、ホスト側にとってもスカウトを通じて“女性の稼ぎを確認できる”メリットがある、と話します。 元スカウト(20代) 「稼ぎがいい子たちはホストに通っている子たちや、何らかの理由で『絶対に今月いくら稼がないといけない』という子たちが多い」 北朝鮮は昨秋、1万2000人規模の兵力をロシアに送り、西部クルスク州などでウクライナ軍との戦闘に加わった。すでに多くの犠牲を出して��り、ウクライナのゼレンスキー大統領は4日の演説で、死傷者は派遣兵力の3分の1に及ぶと明らかにした。 そんな前線で戦う兵士の士気低下は非常に深刻なようだ。平壌のデイリーNK内部情報筋は、兵士たちの現状を次のように伝えた。 「ロシアに派遣した兵士たちが死への恐怖でひどく萎縮しており、文化など様々な面でも適応できず、思想的にも変化する兆候があるという文書が先月下旬から伝えられており、(北朝鮮当局の)悩みの種になっている」 この文書によると、思想に問題なく、肉体も鍛え上げられた兵士たちだが、実戦の中で精神的に激しく動揺しているという。 北朝鮮当局は、ロシアに派遣された軍事部門イルクン(幹部)からの報告で、兵士たちが未来への確信を持てず、死に対する恐怖とショックに陥っている状況であることを認識しているとのことだ。 兵士たちはまた、外の世界を一度も経験したことがなく、ロシア軍と共同作戦を行う過程で過度に萎縮してしまっているようだ。初めて接するロシア人など外国人を不思議がったり、過大評価したりしている。 海外からの情報流入を過度に統制してきた体制の在り方が、弱点として作用しているということだ。 (参考記事:北朝鮮女性を追いつめる「太さ7センチ」の残虐行為) さらに、堂々としたロシア兵の姿を見て、監視と規制でがんじがらめになり萎縮している自分たちとは異なると、自信喪失に陥っている。 差別の問題もあるようだ。 「現地からの報告によると、北朝鮮の兵士に会ったロシア軍兵士の中には『根本的に人として扱う価値がない』と言い放つものすらいたという」(情報筋) その原因として挙げられたのが言葉と文化の壁だ。ロシア軍内部でも、北朝鮮の兵士に対する不満が高まっており、ロシアとの軍事協力に悪影響を及ぼしかねないとの内容も、報告書に含まれているとのことだ。 (参考記事:【写真】「北朝鮮の不良弾薬が暴発し吹き飛ぶロシア兵」衝撃の瞬間) さらに懸念されるのは「脱北」だ。 「戦死者、負傷者が増えるにつれ、兵士たちがさらに恐怖に震え、精神的に苦しんでいる。(言葉、文化への)適応問題が壁となり落胆しており、いつでも党と国家を裏切り、事をしでかすかもわからないという懸念が取り沙汰されている」(情報筋) 北朝鮮当局は、派兵された兵士の思想的な動揺を防ぎ、脱北などの離脱を防ぐ対策を模索しており、既に派遣された人員に加え、別の高位級の幹部を急遽派遣��ることを検討している。 ■“オークション形式”で女性風俗店へ スカウトグループ幹部逮捕 小川彩佳キャスター: 稼いだ総額が70億円を超えるとみられる、スカウトグループのリーダーが逮捕されました。 職業安定法ではホストクラブでの飲食代などを返済させるために、性風俗や売春などの仕事を紹介することを禁止しています。 東京大学准教授 斎藤幸平 氏: 端的に(スカウトは)「クズ」だと思います。貧困やネグレクトで自己肯定感が低く若い女性を洗脳・依存症にして食い物にしていく。やっていることはカルトの宗教団体と変わらない。そういった意味でスカウトや“悪質ホスト”は「クズ」だと思います。 広い意味でいうと、マスメディアでもバラエティなどで真面目に頑張っている人もいて、お金も稼げる夢のある仕事のようにホストを肯定的に扱うことがあると思います。そういうものも含めて見直していく必要があるのではないでしょうか。 藤森祥平キャスター: 青少年を守る父母の連絡協議会(青母連)の田中芳秀事務局長は「ホストに行くことで性風俗に流されるスキームが確立されている。性風俗への供給地になっている」といいます。 東京大学准教授 斎藤幸平 氏: こういう構造は、いろんなところにあると思います。日本だとアイドルの“推し活”とか。ドイツにはこういうのは全然ないんです。そもそも(ホスト)クラブも欧米にはないんです。 なぜこんなことになるのかと考えると、誰かのために自己犠牲もして、特に女性が献身をすることが“美徳”のように扱われる日本の価値観がありますが、それがこういう形になると、良くないものになってしまいます。 華やかな世界を売りにして女性を金儲けのために、モノのように扱っていいという考え方、こういう価値観そのものを見直すきっかけにしていく必要があるのではないでしょうか。 小川キャスター: 女性がなかなか周りに相談できないという、そういった弱みに漬け込む形での悪質性もありますね。 藤森キャスター: 警察庁は、風営法の改正案を1月に開かれる通常国会に提出する方針です。 ======== <プロフィール> 斎藤幸平さん 東京大学准教授 専門は経済思想 社会思想
女性を風俗店に…まるで“人身取引” 売り上げ70億円か 風俗スカウトグループ「アクセス」リーダー逮捕 背景に“悪質ホスト”問題【news23】(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
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2024年5月20日に発売予定の翻訳書
5月20日(月)には22点の翻訳書が発売予定です。
ウェルギリウスの死 上

ヘルマン・ブロッホ/著 川村二郎/訳
あいんしゅりっと
ウェルギリウスの死 下

ヘルマン・ブロッホ/著 川村二郎/訳
あいんしゅりっと
失われた創造力へ

多木陽介/編訳著
どく社
南光
朱和之/著 中村加代子/翻訳
春秋社
ナチス逃亡者たち : 世界に潜伏、暗躍したスパイ・武器商人
ダニ・オルバフ/著 山岡由美/翻訳
朝日新聞出版
ロールズ 哲学史講義 上 新装版
ジョン・ロールズ/著 バーバラ・ハーマン/編集 坂部恵/監修・翻訳 久保田顕二/翻訳 下野正俊/翻訳 山根雄一郎/翻訳
みすず書房
ロールズ 哲学史講義 下 新装版
ジョン・ロールズ/著 バーバラ・ハーマン/編集 坂部恵/監修・翻訳 久保田顕二/翻訳 下野正俊/翻訳 山根雄一郎/翻訳
みすず書房
ルドン 私自身に 新装版
オディロン・ルドン/著 池辺一郎/翻訳
みすず書房
バレンボイム/サイード 音楽と社会 新装版
ダニエル・バレンボイム/著 エドワード・W・サイード/著 アラ・グゼリミアン/編集 中野真紀子/翻訳
みすず書房
ヒトラーを支持したドイツ国民 新装版
ロバート・ジェラテリー/著 根岸隆夫/翻訳
みすず書房
きょうりゅうレントゲンびょういん
キョン・ヘウォン/著 真鍋真/監修 こまつようこ/翻訳
パイ インターナショナル
日本短歌行 : 〈小倉百人一首〉中文全訳
安四洋/翻訳
星雲社
しずかなところ��どこにある?
レーッタ・ニエメラ/著 島塚絵里/翻訳
岩波書店
マンガで読む 資本とイデオロギー
クレール・アレ/著 バンジャマン・アダム/著 トマ・ピケティ/企画・原案 広野和美/翻訳
みすず書房
ネイションという神話 : ヨーロッパ諸国家の中世的起源
パトリック・J・ギアリ/著 鈴木道也/翻訳 小川知幸/翻訳 長谷川宜之/翻訳
白水社
パンセ
ブレーズ・パスカル/著 由木康/翻訳
白水社
ワインレッドの追跡者 : ロンドン謎解き結婚相談所
アリスン・モントクレア/著 山田久美子/翻訳
東京創元社
伝説とカフェラテ : 傭兵、珈琲店を開く
トラヴィス・バルドリー/著 原島文世/翻訳
東京創元社
ふつうのことばたち : わたしたちの心をつなぐ
キム・イナ/著 たなともこ/翻訳
イースト・プレス
流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない
アンディ・ブラッセル/著 高野鉄平/翻訳
カンゼン
カルロ・スカルパの日本
J.K.マウロ・ピエルコンティ/著 三浦敦子/翻訳
鹿島出版会
建築という芸術 評伝フランク・ゲ-リー
ポール・ゴールドバーガー/著 坂本和子/翻訳
鹿島出版会
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Silent Jazz Case 5 Self Liner Notes
Twenty minutes, let me rest ちょうど1年前のre:plus中国ツアー2023年7月、蘇州にて。バス・タクシーの運転手が突然中央分離帯に横付けして「俺は4時間運転してきてるから、会社の決まりで20分休ませろ」と急に言い出して、、しょうがないからその間にiPhoneにメロを録音してできた曲。ウェザー・リポートの”Teen Town”のような、難しいパッセージでキメが多いAメロからの、サビはキャッチーみたいな曲をイメージしました。 この曲だけミックスは大津惇。以降曲のミックスの指針になり、大変感謝。
夜桜甘雨 (よざくらかんう) 桜のシーズン、わざわざ雨の日を選んで、車で出かけて桜見るのが好き。 甘雨とは草木に潤いを与える恵みの雨。 和風なフルート&バスフルート&フリューゲルによるメロディと、 フロントガラスが濡れて桜の木が印象派の絵画のようになる感じを、深いディレイのミュートトランペットで表現してみました。 ジャズミュージシャンならではのローファイヒップホップサウンドを感じていただけたら幸いです。
天神 be-bop この20年、半年ごとに福岡で何公演かするくらい縁のある街ですが、 割とbe-bopスタイルの曲を愛する人が多いなという印象。 be-bopとは1940年代後半、主にチャーリー・パーカーなどが築き上げた現代ジャズの基本スタイル、私のルーツ・ミュージック��もある。 メロディはbe-bopなオールドスクールだけど、高速ファンク16ビートなリズムをブレンドして、 古さと新しさがうまく融合された街「天神」を表現できたのではないかなと。 杉浦睦のグルーヴが美味しかったので、ミックスではかなりベースを前に出して、ほぼ全編ベースソロ状態です。
Museum in Green 私が好んでたまに行く「世田谷美術館」をイメージした曲。 砧公園の緑に囲まれた素敵な美術館。 とある日に行ったときに、ロビーで聞き覚えのある曲がかかっており、 「あれ?俺じゃん!」、なんと前作のNever Die Miles が流れておりました。 そんなサプライズも嬉しく、この曲を捧げました。 フリューゲルのワンホーンで柔らかなジャズサウンドに仕上げました。
雲仙霧中(うんぜんむちゅう) 長崎県雲仙は霧が深く、かなり視界が悪い。まさにツアー中に車で山登りのときに視界がものすごく悪く煙ったときがあり。 この曲は最初シンプルなAメロだけ作って、そのまま河野祐亮に「Bセクション」を作ってほしいと丸投げしてできた曲。突如の5拍子とトリッキーなコードワークは彼ならでは。不思議とループ感があり、なかなか刺激的かつシュールな曲になったなと。雲仙の深い霧の中を走行しているのがBセクション、その霧を抜ける感じがAセクションというイメージ。 あえてのピアノなしローズのみで、ネオソウル感もあり。
Chillin' 曽根崎 大阪梅田の曽根崎新地の名店「ミスターケリーズ」閉店に際して捧げた曲。 あらゆるプロジェクトで20年来お世話になりました。 Silent Jazz Case と、関西の超絶クリエイティブなボーカリストSOA(私プロデュースアルバム「Voice of Buoy」発売中)とのコラボ2Daysライブ、その日も大いに盛り上がりまして、 深夜は信じられないくらいの酒量でして(私は激弱なので、ほどほど)、、 翌日、ベースの杉浦睦、激二日酔い。Chillin' は酩酊状態のチルと受け止めていただければ、 ベースソロがよりグッと聴こえてくるのではないかと思います。 過去作品でも1曲はやっている「島多重オーケストラ」、駆使しております。
Sunset like a persimmon にっぽん丸でシンガポールから横浜港まで9日間の演奏旅という、たまに調子の良いお仕事をいただけることには本当に感謝しております。 台湾海峡の悪天候荒波が落ち着いたあとの、「柿色」の美しい夕日はいまでも目に焼き付いています。 Silent Jazz Case のライブでは何回かゲスト出演していただいている辻本美博にはなにかで録音参加してほしいなという思いがあり、彼のクラリネットが映える曲が書けたのでオファーさせていただきました。クラリネット・フリューゲルホーンのアンサンブルが、壮大な夕日の叙情感を表現できたのではと。
Silent Dancer 長野県辰野町在住のフルート赤羽泉美(私プロデュースアルバム「羽色」発売中)の縁でたまに行くのですが、オトトという山奥の古民家リノベした面白い連中が集うハコがあり、Silent Jazz Case を気に入っていただき演奏させていただくようになりました。 Silent Jazz Case をバックに踊りまくってくれるのが嬉しく、この曲を捧げます。 ここに限らず、近年ダンサーうけが良くなっている気がする。 ドラム大津惇が4年前くらいからレギュラーでやってくれてますが、彼のダンサブルなグルーヴのおかげもあるな。
Whisper of Rain 今年の正月に書いた最新曲。 雨音が好きなんです。ミュージシャンに多いような気もします。 ツアー中にビジネスホテルや車中で、体力的にきつくどうしてもちゃんと休みたいとき、 SpotifyのRainプレイリストを爆音で聴き、心を落ち着けます。 昔、深夜のクラブに通い続けて、そこで爆音のビート聴きながら寝るのが心地よいって言ってた某女性ジャズボーカリストがいたけど、ちょっと気持ちがわかる気がする。。
Take the S line 河野祐亮が書き上げた、熱量高めの難曲。 有名な”Take the A train”はハーレム経由ですが、S lineはグランドセントラルからタイムズスクエアへの短線。NY在住時代の想い出と、前作の”Grand Central in NY”へのアンサーソングだそうです。 Bメロの高速7拍子しかもコードチェンジも容易でなく、、彼ならではのジャズに対する厳しさと熱意を感じる曲。 ちなみにこの曲は先行配信してますが、かつて配信ではウケなかった”熱い・速い・難い・長い”曲が3週間Spotifyで2万再生超えたというのは、ジャズのコアな演奏が配信でも受け入れるようになってきた、と感じられます。今後の指針となりますね。
Floating Ocean 昨年2023年秋リリースの”Wind Loop Case 1”より、セルフカバー。 ライブでやった感触がよく、バンドバージョンで再録しました。 前述のにっぽん丸で太平洋を浮遊しているイメージ。 通なら、途中「フリーダム・ジャズ・ダンス」っぽいリフにビクんと来るはず。
Sunrise on the Bell ”Silent Jazz Case 4”より、セルフカバー。 前作ではDUOテイクでしたが、今回はバンドバージョン。 あえてスタジオセッション感を出すために、ほぼノーリバーブでドライなミックスにしました。 ちょうどコロ��禍に書いた曲で、フリューゲルホーンのベルに陽が差している様子を、「コロナの夜明け」という思いも込めてタイトルにしました(お客様のアイデアよりタイトル付け、感謝)。
[後記] ”Silent Jazz Case”と名乗るようになってから、おそらく16年。 最初はライブやオリジナル作品を作る意識はまったくなく、各レーベルから請負ったジャズカヴァー・アルバムのプロデューサー名義でした(Silent Jazz Caseで検索したら謎の作品がヒットすると思いますが、私です)。 “Jazz in R&B”という2009年i-tunes限定作品がかなりヒットしたおかげもあり、当時のレーベル”Rambling Records”さんが予算を出してくれて、”Silent Jazz Case 1”を2010年にリリースさせていただきました。思えば当時大活躍中のたくさんの演者に参加していただき、豪華に作らせていただきました。 その後"2"からは”Playwright”(ディスクユニオン)さんにお世話になり、谷口氏とも長い付き合いとなりました。きっかけはImmigrant's Bossa Bandのレコーディング参加だったかなと。今としては、若手インストシーンの憧れのレーベルとなっていてなにより。私の主宰のレーベル「等々力ジャズレコーズ」もディスクユニオン流通なので、SJC以外の他作品をお世話になっており、本当に感謝。 今では名義は”島裕介”ですが、アルバム名として”Silent Jazz Case”に+番号をタイトルとしております(レッド・ツェッペリン風)。2020年初頭から現メンバー固定となり、ライブのたびに充実を重ねております。2021年7月発売”Silent Jazz Case 4”は、Spotify100万回再生超えるなど世界中で聴いていただき、自分の新たな視界が広がった感じを得ることができました、感謝です。 "4"を出した3年前の時点で「もう出し切った感」はあったのですが、メンバーの協力・進化に触発される形で、不思議とアイデアは湧いてくるもので、全12曲オリジナルの”Silent Jazz Case 5”が生まれました。もうリーダー・自分名義として18作目のリリースとなりますが、「過去最高」と思える作品をリリースできること、なんて幸せなことでしょう!
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和五年(2023)12月23日(土曜日)
通巻第806���号 <前日発行>
北京から雄安副都心へ50分の新幹線が繋がった
9兆円を投じた新都は徐々に姿を現しているのだが。。。。。。。
*************************
中国全土、クレーンがとまり、ブルドーザーも生コンも置きっ放し。タワマンなど工事中断。どこもかしこも鬼城(ゴーストタウン)だらけ、売れないマンションは幽霊屋敷となり、なかにも数棟まとめて爆破したり。
ところがクレーンが���り、生コン車が行き交い、長距離トラックが建設資材を運び、百万人が移住し、EVのバスが動き回り、無人のスーパーも開店し、活況をしめす唯一例外の場所がある。
すでに国際会議場も、豪華ホテルも完成し、強制移住で雄安に移住してきた公務員や建設現場の労働者がいる。習近平が開発の目玉とする雄安新都建設現場である。
北京の南西約130キロに位置する河北省・雄安新区は国家目標の「核心」とされ、2035年には200万人規模の副都になる、そうな。
面積は1770平方キロメートル、すでに邦貨換算で9兆1500億円を投じ、あのコロナ禍の期間でも労働者は10万人を超えていた。クルマで北京から雄安までは弐時間かかる。ちなみに深セン特別区は1991平方キロメートル。いまや中国のシリコンバレーとなって8000人足らずの寂れた漁村が1100万人の大都市に変貌した。
テスラが進出した上海浦東地区は1210平方キロメートルだから、広大な雄安副都建設の規模がわかれる
雄安新都建設に伴う7つの重大な任務とは、(1)実験都市スマートシティ、(2)生態環境の築造、(3)ハイエンド・ハイテク新産業の発展、(4)質の高い公共サービス、(5)便利で効率の良い交通網、環境にやさしい交通システムの構築、(6)市場の活性化のための構造的・制度的改革、(7)外国との連携の新たなプラットフォームの構築。
北京から雄安へは北京西駅と南駅から2本の新幹線が繋がっている。西駅からは50分。また北京新空港と結ぶ地下鉄も着工している。
問題は完成の暁にいったい何人が本気で移住してくるのか。社会科学院などは強制移転だが、はたして国務院や人民大会堂は移転する筈がないし、大企業は本社を移すこともないだろう。
まして外国企業は雄安移転どころか北京に「さよなら」をしている。


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2023/12/2

12月2日 窓から入る太陽が年末年始の感じになっていると思った。 昨日、主治医の前で気持ち悪いくらい饒舌に、今の自分の仕事と生活と体調と、そしてこの診察が毎回ストレスになっていることを告げて、自分の判断が鈍っている病気だから、診断書に仕事の制限を出されたと思っていたのに「なんだか無理をしている、頑張り過ぎている様で心配です…」と言われたことがとても虚しくて悲しかった。
わかってもらいたいと思ってはいない。 でもそれはタダでわかってもらいたいと思わない、という気持ちで、毎回医療費を払っている関係なのだから、業務上はよい理解者面をしながら体調を診てもらえる主治医でいて欲しかった。 お金を払っている相手だから、医師と患者という関係だから、だから私は患者として、自分勝手ばかりかなり攻撃的な捲し立てる口調で100万話そうと思った結果だった。 患者として前回よりも思う様に減っていない体重にショックを受けている気がする。
「今はまだ忙し過ぎて考えられないと思いますが、もう少しして、この先辛くない様に生きていく方法が見つかるといいですね」と「でも今日はあなたから考えていることをやっと聞く事ができて私はよかったです」と引き気味で言われた。 親身にならないでほしい。最果タヒの言葉を借りれば、心のこもった親切なんてこの世で一番気持ち悪い。
主治医とのやりとりと、彼の着ていた大学病院で医師をやる立場の人なのに毛玉だらけのガーディガンを思い出しながら今日の予定へ出かけた。

出かけながら80デニールのタイツではとても寒いということに気がついてついた先の靴下屋でタイツを購入。
予定通り鬼子母神で上司の安産祈願をした。 とにかく母子共に!健康でいてほしい。 池袋西武の一階でなかなかTHREEを見つけられず、化粧品売り場を行ったり来たりして、やっと見つけた店舗で気になっていた香水を買えた。
浦和で友人と待ち合わせをし、埼玉近代美術館で“イン・ヴィトウィーン”を鑑賞。 先日、文フリをドタキャンしてしまったお詫びにとosajiのネイルをいただく。クリスマス仕様のキラキラしたピンクのカラー。ネイルをできるくらいの落ち着いた生活をしたい。

展示は早瀬龍江とジョナス・メカスがよかったです。 早瀬龍江は半世紀前の作品と思えない雰囲気の作品で、こうゆうPARCOやルミネの少し���めた感じの広告ありそうだな〜という絵。
ジョナス・メカスは、今回出会えてとても救われた、嬉しくなった作品だった。映像日記のフィルムを切り取ったシルクスクリーンの作品に、写真の良さを実感して、映像を作るみたいに写真を撮って見たかった時を思い出した。
連続に写真を撮るわけではないけれど、なんとなく前回撮ったコマの風景を記憶しながら映像的に繋がる様な写真を日々撮ってみたことがあった。
日記や詩を制作する方でもあり、文章と写真について作品をつくる作家さんを1人知ることができた。作品集を探してみたい。

その後、駅前のコメダ珈琲でお茶。 コメダ珈琲レジ前物販にお弁当箱があり、友人のツボにハマっていた。 最近友人が参加したポートフォリオレビューの話や次の文フリに参加してみようか、という話、仕事をうまく割り切れなくて泣いてしまう話などをした。 一緒に読みたかったPSも、学生時代初めて会ったときのこととかを思い出しながら読むことができた!
好きなひとと少しお話しできて、たくさん回復した気がする。少なくとも今日のところはなんとかなる気がする。
最寄駅に着くと何かお祭りちっくな雰囲気で、出店が出たり福引きをしたりしていた。

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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相��四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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有田に陶器焼き物屋が沢山あり窯元沢山並んで有田焼になりますように、淡路島西海岸にあります観光スポットかおり風景100選の一つお線香屋が日本唯一軒を連ね立ち並ぶ有名な淡路島お線香の街【江井浦(エブラ)にあります淡路梅薫堂江井工場チソウギャラリーには、目に優しい美術館のようなアート絵画もあります。
お線香お香のお土産屋さん。淡路島で買うなら特産品、名産品、本場淡路島のお線香•お香の中でもどこでもあるわけではない貴重なご近所には有り難い人気ブランド【甘茶香】おすすめ。
かおる駅 チソウギャラリー
ちょっと足を伸ばしお立ち寄りいただきまして
匂い、香りをどうぞご覧くださいませ。
大人のお香作り体験、大人の匂袋づくり体験、大人のお線香職人体験の体験教室もありますし、
いいお土産、思い出になります。
淡路梅薫堂の甘茶香は、神仏の好物である甘茶を原料としたお香です。甘茶は、お釈迦様の誕生を祝う花祭りの際に用いられるお茶で、甘く優しい香りが特徴です。
甘茶香は、その香りによって神仏の加護を招き、願いを叶えてくれるとされています。また、厄除けや魔除けの効果があるとも考えられており、厄年の方や、災難や不運から身を守りたい方におすすめです。
淡路梅薫堂は、兵庫県淡路市に本社を置く老舗のお香メーカーです。創業は1905年で、120年以上の歴史があります。淡路梅薫堂の甘茶香は、伝統的な製法で作られており、高品質な香りが特徴です。
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淡路島で作られる甘茶香は、淡路梅薫堂ならではのものです。淡路島での旅行や観光の際に、地元の特産品として線香を買うことで、淡路島を思い出に残すことができます。
特別な日やお墓参りの際に、淡路梅薫堂の線香をお供えとして使用することで、故人に感謝を伝えることができます。その際に使用される線香は、厳選された材料で作られており、天然の香りが広がります。
淡路梅薫堂のお線香セットは、優れた品質と美しいデザインが特徴です。誕生日や結婚祝いなどの特別な日に、友人や家族に線香セットを贈ることで、贈り物として喜ばれることでしょう。
淡路梅薫堂の線香は、ネット通販線香ランキングでも人気があります。ネット通販で線香を購入することで、便利なオンラインショッピングで手軽に淡路梅薫堂の線香を楽しむことができます。
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店舗名 淡路梅薫堂江井工場チソウギャラリー
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電 話 0799-86-0065
FAX 0799-86-0224
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営業時間.9:00〜12:00.13:00〜16:00.
定休日.年末年始、祝祭日、盆、日曜日、第二・第四土曜日。
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お題箱、入れてくださりありがとうございます。お返事が遅くなってしまってごめんなさい。
インプットしたものに興味を持ってくれるって嬉しいなあ。なんですが、直近はそんなにインプットできていないので遡って4月からで上げさせてもらいますね。
読んだ本は…新しく読んだのは瀬尾まいこさんの『傑作はまだ』、原田ひ香さんの『財布は踊る』『古本食堂』、賀十つばささんの『バニラな毎日』阿川佐和子さんの『残るは食欲』、水凪トリさんの『しあわせは食べて寝て待て』ですかね。今は末次由紀さんの『ちはやふる』を再読中です。
おすすめの本ですが…本家様もおすすめしていたフランソワーズ・サガンさんの『悲しみよ こんにちは』や林明子さんの『こんとあき』、私個人からのおすすめは瀬尾まいこさんの3部作『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『その扉をたたく音』 、有川浩さんの『塩の街』『空の中』『海の底』、三浦しおんさんの『舟を編む』矢沢あいさんの『天使なんかじゃない』青木琴美さんの『カノジョは嘘を愛しすぎてる』、小山愛子さんの『舞妓さんちのまかないさん』この辺りは何度も読み返すくらい好きでおすすめです。
観た映画は…映画館で『35年目のラブレター』『名探偵コナン 隻眼の残像』を、配信や金曜ロードショーで『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』『』ハウルの動く城』『あまろっく』を観させていただきました。今日明日で『国宝』『金子差入店』も拝見する予定です。
おすすめの映画ですが…『天空の城ラピュタ』『風の谷のナウシカ』『魔女の宅急便』『千と千尋の神隠し』『君の名は。』『アニメ版・実写版 美女と野獣』『天気の子』『すずめの戸締まり』『実写版 るろうに剣心シリーズ』『実写版 カノジョは嘘を愛しすぎてる』『実写版 ちはやふる-上の句・下の句・結び-』『日日是好日』『L♡DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』『夜明けのすべて』は何度も観るくらい好きだしおすすめかなあ。
観た舞台は…語りたいとこなんですが、実はこの春から初夏にかけて舞台を拝見できていなくて。
おすすめの舞台ですが…本当にどの作品もおすすめすぎて絞るのが難しいなあ。あ、『ナイツテイル』おすすめです。この夏、コンサートもあるので今からでもぜひ。って感じですかね(笑)
あとはインプットというか、フォロワーにいる皆様の本家様のラジオもよく聞いてます。
こんな感じで大丈夫でしょうか。
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動機づけ面接を身につけ、臨床に活かすには?
【講師】 原井 宏明(はらい ひろあき)先生 原井クリニック院長,(株)原井コンサルティング&トレーニング代表取締役,精神保健指定医,精神科専門医,日本認知・行動療法学会:専門行動療法士/認知行動療法師/認知行動療法スーパーバイザー/常任編集委員,IFAPA,ABCTフェロー,MINT 認定動機づけ面接トレーナー。1984 年岐阜大学医学部卒業,ミシガン大学文学部に留学,国立肥前療養所,国立菊池病院,和楽会なごやメンタルクリニックを経て現職。著書・訳書多数。訳書には『ACTをはじめる』(スティーブン・C・ヘイズ, スペンサー・スミス著,共訳,星和書店),『動機づけ面接〈第3 版〉上・下』(ウィリアム・R・ミラー, ステファン・ロルニック著,共訳,星和書店),『動機づけ面接を身につける〈改訂第2 版〉上・下』(デイビッド・B・ローゼングレン著,星和書店)などがある。
松浦 文香(まつうら あやか)先生 精神保健福祉士,日本認知・行動療法学会:認定行動療法士,日本動機づけ面接学会1級取得,MINTメンバー。10歳頃から強迫症のために精神科を受診し、不登校も経験しながら大学を卒業する。2016年に原井の3日間集団集中治療を受け、強迫症からの回復を遂げる。2019年から原井クリニックに勤務。自助グループ「京橋強迫の会」世話人として、当事者・家族のために強迫症に対する啓発活動をおこなっている。
【内容】 医療にとどまらずビジネスの分野でもその効用が認められている動機づけ面接を身につけ、それぞれの臨床現場で活かすために、動機づけ面接と行動療法のエキスパート、原井宏明先生によるセミナーを開催します。動機づけ面接の基礎理論から実践、応用までをコンパクトに解説、PSWである松浦文香先生とともに対談形式で講義を進めていきます。動機づけ面接の開発者ウィリアム・R・ミラー博士の『腕利きの心理療法家』にも触れながら、動機づけ面接のエッセンスを学びます。
学習目標(講義内容) 1.動機づけ面接とは 2.動機づけ面接のデモ―強迫観念の確認とどう付き合うか? 3.動機づけ面接の基礎練習 4.技術の腕を上げるには?―身を切って学べ 5.幅広い対象への応用アイデア 6.さらなる学びの場の紹介
【視聴対象】 医師、臨床心理士・公認心理師などの精神医学・臨床心理領域の専門職のほか、関連する領域に関わる方々、「動機づけ面接」に興味がある方などが対象です。
【開催方法】 Zoomウェビナー(1ヶ月間の見逃し配信あり)
【イベント概要】 日時:2025/07/02 (水)19:00 - 20:30 方法:オンライン開催 参加費: ・視聴のみチケット(見逃し配信あり) 3,000円(税込) ・参考図書付き配信チケット(見逃し配信付き) ① 『腕利きの心理療法家』付きチケット 5,850円(税込)*配信代金の1,000円引き ② 『動機づけ面接〈第3版〉上・下』付きチケット 10,800円(税込)*配信代金の1,000円引き ③ 『動機づけ面接を��につける〈改訂第2版〉上・下』付きチケット 11,570円(税込)*配信代金の1,000円引き ④ 『腕利きの心理療法家』『動機づけ面接〈第3版〉上・下』『動機づけ面接を身につける〈改訂第2版〉上・下』付きチケット 23,220円(税込)*配信代金の2,000円引き
【資料について】 *書籍は、星和書店より、順次発送されます。 *チケットを購入された方全員が、ライブ配信と見逃し配信(URL送付後1ヶ月間視聴可能)のどちらも視聴可能です。 *お申し込み後のキャンセルはお受けできません。あらかじめご了承ください。
【参考】 『腕利きの心理療法家 クライエントのアウトカムを改善する効果的な臨床スキル』 ウィリアム・R・ミラー 、テレサ・B・モイヤーズ 著 原井宏明 、川島寛子 訳 発売日:2025/3/27 出版社:星和書店 ISBN/JAN:9784791111541
『動機づけ面接〈第3版〉上』 ウイリアム・R・ミラー,ステファン・ロルニック 著 原井宏明 監訳 原井宏明,岡嶋美代,山田英治,黒澤麻美 訳 発売日:2019/2/4 出版社:星和書店 ISBN/JAN:9784791110025
『動機づけ面接〈第3版〉下』 ウイリアム・R・ミラー,ステファン・ロルニック 著 原井宏明 監訳 原井宏明,岡嶋美代,山田英治,黒澤麻美 訳 発売日:2019/2/4 出版社:星和書店 ISBN/JAN:9784791110032
『動機づけ面接を身につける〈改訂第2版〉上』 デイビッド・B・ローゼングレン 著 原井宏明 訳 発売日:2023/3/2 出版社:星和書店 ISBN/JAN:9784791111091
『動機づけ面接を身につける〈改訂第2版〉下』 デイビッド・B・ローゼングレン 著 原井宏明 訳 発売日:2023/3/2 出版社:星和書店 ISBN/JAN:978-4791111107
【申し込みはこちら】
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「おばけだ」皮膚が垂れ下がった人の群れ 声も涙も出なくなった5歳 初めて語る悲しい過去 #戦争の記憶
5/1(木) 18:06配信
テレビ新広島 80年胸にしまった悲しい過去、今初めて語る
「被爆体験の取材を受けるのは初めてなの」。彼女はそう告げ、重い口を開いた。石橋紀久子さん(85)は、80年前の広島での体験を思い出すと今でも涙が止まらなくなる。だからこれまでずっと黙ってきた。あの日を伝える「原爆ドーム」も見るだけで震えてしまうため、視界に入れないようにしてきた。原爆資料館の展示にも未だ足を踏み入れたことはない。いや、踏み入れることができないというのが正しい表現だ。しかし今、彼女は血液のがんという重い病と闘いながらも、研修を重ね被爆証言者となった。「1回でも多く、一日でも長く証言したい」と言う彼女はなぜ語り始め、何を伝えたいのか…その心のうちを辿る。
80年前 お転婆だった5歳の私

幼いころの石橋さん 写真は3歳時
石橋さんは、4人姉妹の二女として、1940年に生まれた。竹を手に男の子とチャンバラをする、姉妹で唯一のお転婆少女だった。
5歳になった頃、スキップができるようになった。夕飯の時間に披露すると父親が、 「きくちゃんは、スキップがうまいのう」 とほめてくれた。うれしくて食事中もぐるぐるしていると 「いいかげんにしなさい」 と母親の雷が落ち、しゅんとなった。まさかこの出来事が、自分の運命を分けるとは思いもしていなかった。
翌日は1945年8月6日だった。朝起きると、すぐにスキップしたくてたまらなかった。ほめられたスキップを人に見せたかったのだ。
その日は、隣組の「組長」という近所のまとめ役をする母のもとに、班長が3人やってくることになっていた。 「集合時間の午前8時になっても1人が来なくて、『裏のおばちゃんを呼んできて』、と母に頼まれ出かけました」
空を飛ぶ飛行機よりも スキップに夢中だったあの日

石橋さんが描いた8月6日当日の服装
暑い日だった。 昔話の金太郎のような恰好で裏の家へ行き 「早く来てください」 と伝え、帰りもスキップを楽しんだ。
そのとき、飛行機が飛ぶ音がした。隣の製材所の人たちはみな手をおでこにあて、空を見上げた。でも自分だけはスキップに夢中だった。玄関にいた母と近所の人を横目に、部屋の中に入ったときだった。
「ピカっと光って、ドーンですよ。私は飛ばされて、ガラスが飛んできたんです」
スキップが私の命を救った

8月6日 広島で見られたきのこ雲
気が付くとあたりは真っ黒だった。音も何もしない。じっとそのまま敷居の上に立っていた石橋さんに向かって 「きくちゃん、きくちゃん」 と母の呼ぶ声がした。そばに駆け寄ってきたのだ。真っ黒だったまわりが、上の方から順に見えてきた。天井は落ち、屋根に穴が空いていた。母が泣きそうな顔をして目の前にいた。
「頭にはガラスが刺さり、血が流れていたのです。それなのに不思議と痛みというものを何も感じず、気づいていませんでした」 治療をしようにも、柱時計の下にかけてあった救急袋が飛ばされて見当たらない。 「母が頭にかけていた手ぬぐいをとり、拭いてくれました。頭から血が流れ足までしたたり落ちていたのに、痛みを一切感じていないから、冷静に自分の血を見ていたという記憶が今もしっかりと残っています」
玄関にいた母、その膝に座っていた妹や一緒にいた近所の人はみな無事だった。自分だけが怪我をしていた。原爆が落ちたとは分かっていない。今思えば、裸同然の服装だった自分がスキップをしていなかったら、原爆が落ちたときにはまだ外にいて、もっと致命傷を負うところだった。スキップが自分を救ったのだ。 それが爆心地から2.2キロにあたる現在の広島市中区舟入の自宅で、石橋さんが体験した原爆の記憶だ。
「今でも怖い」80年前の恐怖が震えを呼ぶ

「家の前で見た、被爆された人たちが 江波の方へ逃れて行く姿」作:中原雅 所蔵:広島平和記念資料館
怪我をした石橋さんを、隣町の病院まで母親が連れていってくれた。 しかし、とても診てもらえる状態ではなかったため、仕方なく家に戻った。
「1時間経過した頃だったかと思います。先ほどまで誰もいなかった家の近くの土手を、大勢の人がぞろぞろと家の方に向かってやってきたんです」 大やけどをして、皮膚が垂れ下がっている人の群れだった。それを見た石橋さんは、恐ろしくてたまらなかった。
「おばけだ」 と5歳の石橋さんは思っていた。みな手を前に出し、無言だった。黙ったままゆっくりと歩いていくのだった。
「声が出ない」「痛みを感じない」5歳の体に起きていた異変

「父親を捜し歩き落胆した母親と、号泣する家族」作:宮浦悠莉 所蔵:広島平和記念資料館
原爆後、石橋さんは声も涙も出なくなった。ひどい目にあっていたのにだ。 「ガラスが刺さり、血が出た頭の痛みさえも全く感じなかったのです。不思議ですよね」
爆心地から1.6キロの貯金局に勤めていた父親が帰ってきておらず、母親が二日間焼け跡を探しまわったが、1人で戻ってきた。 「その時祖母が『父親は死んだのだ』と口にし、大声で泣きました。それに反応したように、被爆後初めて声が出ました」 泣き叫ぶのと同時に、傷の痛みもその時初めて感じた。 父親は陸軍の船舶部隊に運ばれ、3日間意識が無かったが息を吹き返していた。 「杖をついて帰ってきたときは心底うれしかったです。奇跡だと喜びました」
原爆のことは誰も分かっていなかった。ましてや放射能のことなど知るよしもない。爆心地付近へ子供を探しに行った人たちが帰ってきて、血を吐いて死んでいた。 するとそれを見た人は、水に毒が入れられたに違いないと口にする。
「今、広島の町に何が起こっているのか、とみんな疑心暗鬼になっていました。山口県の親戚の家に疎開していた姉が、家族の安否を気にかけて『ひと目会いたい』と戻ってきたんです。でも、噂を聞いた母が『ここにいてはいけない』と水も飲まさず、怒ってその足で帰したんですよ」
石橋さんもしばらくして、山口に疎開した。その後もついぞ、家で原爆について口にする人は誰もいなかった。
トラウマを心に抱え、口を閉ざしてきた78年

戦後の石橋さん家族 石橋さんは当時6歳
不思議なのは、当時5歳だったのに記憶がとても鮮明なことだ。80年たった今も当時の怖さが込み上げて、震えと涙が止まらない。忘れたくても忘れられない。 「原爆の怖さをずっと抱えて生きてきました。今でも大きな音がすると、まざまざと思いだしてしまうのです。雷の音や光だけでそのときの情景が浮かびます。稲妻がすべてを蘇えらせるのです」
誰にも話さず、自分自身の胸の内におさめて生き続けてきた。保育士として働き、結婚し二人の息子にも恵まれた。退職後は小学校の児童館で子供たちの世話をしてきた。でも家族にも子供たちにも語ってこなかった。原爆について触れたくなかった。思い出すのもつらかったからだ。
自分の背中を押してくれたのは‥後悔を胸に語り続ける

保育士時代の石橋さん
3年前にロシアがウクライナへの侵攻を開始した頃、転機が訪れた。友人と喫茶店でお茶をしていた。 「横にいた若い人たちの会話が漏れてきて…。驚きました」 神奈川県から広島に通っていたその人は、被爆者の話を次世代へつなげる「被爆体験伝承者」になるための勉強をしていた。休みの日を利用して、わざわざ広島に来ているというの��。
「頭をガツンと殴られたような気分でした。私は原爆を体験したのに、触れないように避けてきた。それなのに第三者が原爆の怖さを語ろうとしている。私は何をしているのだろうと思いました。無言の死を遂げた人が大勢いるのに…。その人たちのことを思うと私は卑怯だと思いました。すごく反省したのです」
その出来事を機に「語ろう」と決め、広島市の「被爆体験証言者」の研修を2年間積み、おととし正式に認定された。
「一日も無駄にせず伝えていく」心に秘めた決意

被爆体験伝承者に語る石橋さん
「戦争はいけない、核は絶対使用してはいけない、それを伝えたいと思っています。核はそのときだけじゃなく、未だにガンになる怖さも抱えている。母もガンで死にました」 石橋さん自身も6年前に「多発性骨髄腫」と診断された。本を読むと、血液のがんだと書いてあった。
「冬は越せないと思い、夏のうちに冬の服も全部捨ててしまった。まさかこんなに長生きするとは思ってもみませんでした。奇跡です」
慢性的な病気に苦しみ、昨夏も貧血で倒れているのを発見され救急車で運ばれた。体調面の不安が続く。しかし、できるだけ多くの人に語り継ぎたいと活動をしている。 「今思えば、子供たちの世話をたくさんしてきました。そのときになぜ伝えておかなかったのか、と悔やんでも悔やみきれません」 だからこそ時間を無駄にはしたくない。 認知症が怖くて、毎日朝と昼に自分の言葉で証言を復唱する。
「一人でも多くの人につなぎたい」
そんな意気込みが多くの人の琴線に触れ、全国から21人が石橋さんの証言を伝承しようと研修を受けている。その熱意に応えようと、石橋さんは記憶をつないでいる。
思いは一つだ。 「もう二度と誰にも経験してほしくない」
※この記事は、TSS(テレビ新広島)とYahoo!ニュースによる共同連携企画です
取材を終えて TSS 石井百恵
被爆80年、これまで語ることのできなかった被爆者が話し始めています。「このままでは死ねない、あの世で亡くなった人に顔を合わせられない」という人もいます。彼らの言葉を次世代にどうつなぐか… 生の声を聞くことができるのは、あとわずかです。
井上智介 認証済み2日前 精神科医/産業医
見解80年間の沈黙。それもまた表現。
トラウマの記憶は、ただの”過去”の出来事ではありません。まさに”現在”の感覚とし甦ってくる。これがフラッシュバックです。
つまり、80年経った”今”も五感で生々しくあの悲惨な状況を感じてしまうのです。その中で、その経験を他者に伝える作業が、どれだけの精神的苦痛を伴うことなのか…。
強烈な恐怖体験の被害者からの、涙する姿、震える声、詰まる言葉。それらの全てが『語っている』という状態です。語るのは、決して被害者から発せられる音だけではありません。
現実的な話では、あと5年10年すれば、被爆体験を語れる人はほとんどいなくなるでしょう。そのなかで、これだけ耐え難い想いをしてでも伝えて下さる石橋さんに、私たちは感謝し、敬意を持ってその語りを受け取り、平和を行動で返さなければならないはずです。
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豆腐かふぇ探訪
先日、犬山を訪れたのですが →小雨の城下町 昼食で立ち寄ったお店が 『豆腐かふぇ 浦嶌(うらしま)』さん。
創業170年の お豆腐屋さんが営むお店で 城下町のにぎやかな通りを外れて さらに脇道 そしてまた小道…と 路地を辿っていった先に まるで隠れ家のように 佇んでいました。
外観は和風の趣そのまま。 引き戸を開けると そこにはなるほど 「かふぇ」とひらがなで書きたくなるような やわらかな空気が流れる空間。
お昼のご膳は一択で「玉手箱会席」。

お豆腐好きの私としては 何度もうなずきたくなるほどの 満足感。
なめらかな豆腐の田楽に 白和え 小鉢の数々…。

心がゆっくり深呼吸するような そんなお昼のひとときでした。
また犬山を訪れるときは きっとこの路地を もう一度辿ってみたくなるような気がします。
※豆腐かふぇ「浦嶌」 〒484-0081 愛知県犬山市犬山東古券726-2 電話番号 : 0568-27-5678 営業時間 : 11:00~15:00 (ラストオーダー14:00) 定休日 : 火曜日
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記憶力と私
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昔から暗記する科目が苦手で勉強ができる友人にどうやったら覚えられるのかを尋ねたら関連する事柄をイメージすると脳裏に焼き付けられて覚えやすいことを教わりました。
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神経衰弱や麻雀などが得意な人はどこに何があるのかと言うのをマークや位置の形で覚えているんですかね。
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忘れっぽい人は家を出る時にガスの元栓や家の鍵をきちんと閉めたかを忘れて気になったりしますが、こちらの店では締めて無い生さばが食べられますね。
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と言うわけで本日のランチは #いまがわ食堂 です。青魚好きとしては締めていない鯖なんてなかなか食べられないので気になり初訪問です。
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頼んだのは #ごまさば丼 を定食セットで頂きます。10分ほどで料理が運ばれて来ました。お店の人の説明によると、まずは食前酢を頂き最後にお出しで頂くようです。
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まずは食前の酢は梅の爽やかな味わいでさっぱりと美味しいですね。続いては白と黒の胡麻を予め擦っておいたのでそれを鯖にまわしかけて醤油を加えて頂きます。
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締めていない鯖は味わいもよくって弾力もありいい感じ。黄身を溶かして一緒に食べるのもまたいいですね。ご飯も大盛りにしたのでワシワシと美味しく一緒に食べ進めます。
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季節の小鉢はマグロの煮物でしょうか。これまたご飯が進みますね。味噌汁も具材を選べてアオサにしましたが、海苔の味わいがあっていいです。
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三浦大根の浅漬けもシャキシャキと美味しいですね。最後はお出汁をたっぷりとかけて、お茶漬けにして食べるのも楽しいですね。
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とても美味しい魚を食べれて満足なランチでした。他の魚のメニューもどれも美味しそうで、隣の人が一人で丼を2種頼んでいたのも羨ましいなと思いました。
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#新宿ランチ #新宿グルメ #新宿定食 #新宿和食 #新宿丼 #新宿海鮮丼 #とa2cg
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先日、茨城県土浦市へ雛人形を見学に行ってきた。市内のお店を中心に雛人形や雛飾りなどを展示する雛祭りのイベントが開催されていた。県内にも、雛人形の展示で有名な市があるが、こちらはやや遠い。今年はとりあえず近い方の土浦を選んだ。
思えばこれまで、実物の雛人形はまともに見たこともなかった。もっとも、興味もなかったが。
会場は一ヶ所ではなく、市内の店舗が参加する形式なので、市内を歩いて見て回ることになる。参加店舗には幟が出ていて、わかりやすくなっている。店舗の種類も様々で、参加の方法や展示の方法も様々でそれぞれ工夫がなされている。
古民家のような店舗もあった。かつては、大きな商店だったと思われる。2階も開放されていた。階段を上がると、20畳ほどの広い板の間がある。何に利用されていたのだろうか。何かの作業場だったのだろうか。隣接して和室が2部屋。床の間もある立派な和室。使用人の寝泊まり用としては豪華に見える。なんのために利用されていのだろうか。色々と思いを巡らせてみる。板の間と和室の間には2段ほどの階段があり、当時のバリアが剥き出しだ。いかにも昭和の建築。かつては、至る所に段差があった。
雛人形自体も、時代と共に変化しているようで、今の天皇・皇后に似ている人形も目立つ。それ以外にも様々な人形や飾りがあり、干支も主流のようだ。いくつかの店舗で、今年の干支である蛇を模した人形が飾られていた。雛人形とはいえ、様々な工夫やアイディアが盛り込まれている。

蛇の人形を購入。これは小さくて可愛いが、よりリアルな人形を展示していたお店もあった。
妻は子供の頃、7段の雛人形を飾ってもらっていたそうで、現代の雛人形の表情や衣装にも興味津々。楽しそうだった。男の私には、みんな同じように見えた。それらを理解するのは難しい。
店舗や街並みを見ながら市内を歩いている中で、ある小屋のような蔵のような建物に行き当たった。みると「土浦ツェッぺリン倶楽部」とある。土浦ローカルのLed Zeppenのファンクラブなのだろうか、その程度の認識で足を踏み入れてみた。だがそこは、正真正銘のツェッペリン号飛来を記録した資料館だった。ツェッペリン号が土浦に飛来した当時の写真や新聞記事、ツェッペリン号実物の一部などが展示されていた。

ツェッペリン号の土浦飛来は1929年とのことで、4年後には飛来100年を迎える。100年を記念するなんらかのイベントが企画さえるだろう。楽しみに待ちたい。
また、ツェッペリン号といえば、やはりその大きさだ。ツェッペリン号の大きさは「サンシャイン60を横倒しにした大きさ」と例えられていた。なお、ツェッペリン号の長さは237m、サンシャイン60の高さは240mで、確かに概ね同じである。もちろん、土浦への飛来当時にサンシャイン60は存在していなかったため、後年、そのサイズ感を表現するために考えられたのだろう。想像力をわかせてくれる表現としては実に上手い。

近年、飛行船を見かけることがたまにある。それは主に都内である。これは、約10年前、たまたま車内から撮影。移動速度はそれほど速くないとはいえ、撮影準備するにはそれなりの時間を要する。カメラの設定や構図を考える余裕はなく、とりあえずシャッターを切ってみた。なんとか、駐車場を表す「P」の看板を入れることはできた。自動車の駐車場と飛行船という組み合わせができた。���くつかのストーリーが作れそうだ。
飛行船や気球に一度は乗ってみたいと思うが、価格はそれなりに高価だ。非日常を感じるためには、それなりのコストが必要になる。
女の子の節句である雛祭りのイベントを見学に行ったはずだが、「土浦ツェッペリン倶楽部」なるツェッペリン号飛来の資料館を楽しめた。空を飛ぶという、男の夢やロマンに図らずも出会うことができたことはなんとも皮肉なことである。
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