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デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』

「クソ面白くもない仕事」の告白事例で埋め尽くされた本書は、読むものをブルシット・ジョブの疑似体験へと誘う。おまけに攻略対象は、小さめのフォントで構成された426ページ、648グラムという結構な大著だ。デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』は、読むのに覚悟を必要とするたぐいの本である。
しかし、本書を読み終えるころには、グレーバーが投げかけるクソ面白くもない話の��刻さと、それに立ち向かう彼の粘り強い思索にどっぷりと浸かることになる。本書には、現代社会が抱える仕事の欺瞞、不毛な労働、ケアリングの不当な扱いの実態と問題の告発、その解決に立ち向かう反逆者グレーバーの奮闘ぶりが溢れている。
著者のデヴィッド・グレーバーは、「ウォール街を占拠せよ」運動を主導し、"We are the 99%”のスローガンを作ったことで知られる。この『ブルシット・ジョブ』は、文化人類学の精神に立ち現代の経済と労働の問題に切り込んだ、過激で情熱的そして人間味のある一冊である。
CONTENTS
「クソ面白くもない仕事」の蔓延と欺瞞的な実態
なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?
世界的パンデミックで露呈した身近なブルシット・ジョブ
足を引っ張る道徳的羨望
あらっぽいマルクス主義のススメ
生活を労働から切り離すためのベーシック・インカム
避けるべきだが避けられない本書の要約
「クソ面白くもない仕事」の蔓延と欺瞞的な実態
この本にはにはさまざまなタイプのブルシット・ジョブが登場する。それは著者の分類に従えば、取り巻き型、脅し屋型、尻拭い型、書類穴埋め型といったものだ。グレーバーはこれらの「クソ面白くもない」仕事は、金融、教育、コンサルタントなどの業界を中心に、とりわけ、わけのわからない横文字の職業に蔓延しているという。
本書に登場するブルシット・ジョブはあまりにも多様で何を例示するか悩ましいが、ひとつだけ取り上げるとすれば、経営管理型の大学などはその最たるものだろう。例えば、1985年から2005年の20年間で、アメリカの大学における管理業務サービスの供給量は大幅に増えている。驚くのはその内訳である。同期間に増加した学生数の伸びは56%だったのにたいし、職員数は240%に増えたとある。(p.214)本書の文脈に従えば、この20年間で大学の職員は大量のブルシット・ジョブ労働者を抱え込んだ可能性がある。
しかし、本書が指摘するのはブルシット・ジョブの増殖ぶりだけではない。その「クソ面白くない」仕事に、高額の給与が支払われている実態も描かれている。典型的な事例は次のようなものだ。
大手デザイン会社の「インターフェイス・アドミニストレーター」だったエリックは、仕事のあまりの無意味さに抗議するため、遅刻、早退、ランチでの飲酒、デスクで小説を読む、勤務中の三時間を散歩に充��るといった反乱行動に出た。しかし、会社の反応は彼の期待を裏切るものだった。エリックは次のように告白している。
辞めようとしたところ、上司が2600ポンドまで給料を上げようと提案したので、しぶしぶ受け入れました。あの人たちがわたしを必要としていたのは、まさに、あの人たちが実行していほしくないことを実行する力量が、私になかったからで、あの人たちはわたしを繋ぎ止めようとして、すすんで金を払おうとしたのです。(p.104)
エリックの仕事ぶりはひどかったが、上司にとって不都合な仕事をする人物でなかった。彼らにとって、部下の一人がサボろうが酒を飲もうが関係ない。エリックはプログラミングや何かの開発といったことはできなかったが、Eメールのリストから上司が必要とする相手のアドレスを検索して示すことはできた。上司はそれだけの仕事に、2600ポンド(約36万円)の給料が支払われてもよしとしたわけである。エリックが反乱を起こそうとした気持ちはよく分かる。
この事例のようにグレーバーは、ブルシット・ジョブは公共部門に限らず民間部門にもはびこっているという。そうであれば、公共部門よりも民間部門の方がスリムで効率化されているという一般の認識には、かなりの思い込みが含まることになる。
例えば、本書に掲載されている「企業労働の実態報告」からの抜粋によれば、アメリカの事務員が本来の業務に注いでいる時間は、2015年から2016年の1年間で、46%から39%に低下しという。本来の業務を圧迫しているのは、無駄な会議、管理業務、Eメールなどの増加によるものだ。(p.46)
社会的な貢献と報酬の不可解な関係は、医療従事者の間にも広がっている。ハンス・ロスリングがいうように、この200年間で人類は大幅に寿命を伸ばし経済的にも豊かになった。その伸びは寿命で4倍、収入で70倍にもおよぶ。このうち健康は医療の進歩によってもたらされたと、多くの人が信じている。
しかしグレーバーは、寿命が伸びた最大の理由は医療そのものよりも、衛生学や栄養学、そして公衆衛生が改善されたことに起因している、というよくある指摘を引き合いに、次のように述べている。
病院では(きわめて給与の低い)看護師や清掃員こそが、(きわめて高額の給与を受け取っている)医者たちよりも、じっさいには健康状態の改善によりおおきな貢献をなしていると言えるかも知れない。(p.277)
この年収格差がどの程度のものかといえば、2017年の米労働省労働統計局の職業別雇用・推定賃金に関するデータによれば、トップ10の9位までを医者が占めておりその平均額は約2500万円である一方、本書に示されている英国の病院の清掃員の年収は180万円でしかない。(p.276)国が異なり厳密な比較とは言えないが、両者のあいだには14倍もの開きがある。程度の差はあれ、こうした格差は多くの国でも共通の傾向だろう。
もしグレーバーが指摘するように、健康状態の改善に実質的に寄与しているのが医療現場で働く看護師や清掃員であるなら、この格差はあまりにも大きいように思える。医者が行う専門的な治療行為の貢献はあるにせよ、健康改善への貢献はどこまで評価されているのだろうか。
こうした事態についてグレーバーは、「こうした傾向が続けば、10年と待たず、アメリカのオフィスワーカーのなかで実質のある仕事を行う者は存在しなくなるだろう」と述べ、労働時間の50%以上がブルシットな仕事に費やされていることに警告を発している。これはブルシット・ジョブが経済や経営の無駄を招くという理由からだけではない。ここには、世界に何の影響も及ぼさないと自分自身が考えている労働者と彼らが過ごす時間、つまり人間的な無力感と空虚な世界が社会に蔓延することへのグレーバーの強い危機感がある。
なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?
それでは、「クソ面白くもない仕事」はなぜこうも増え続けているのだろうか。グレーバーによれば、ブルシット・ジョブは社会を占める物質生産の割合が減り、金融や情報などの抽象物を操作する仕事が増える過程で増えてきたが、そこには政治的な思惑が関係しているという。
ブルシット・ジョブが政治的な力から生まれるとする���明にグレーバーが繰り返し引き合いに出すのが、オバマ大統領の医療保険制度改革に関する発言である。当時オバマ大統領は、民意であった公的保険ではなく、民間企業の手を借りた健康保険制度を選んだ。その理由はつぎのようなものだったという。
単一支払者制度のよる医療制度を支持するひとはみな「それによって保険やペーパーワークの非効率が改善されるのだ」といいます。でもここでいう「非効率」とは、ブルークロス・ブルーシールドやカイザー(いずれも保険会社)などで職に就いている100万、200万、300万人のことなのです。この人達をどうするんですか? この人達はどこで働けばいいのですか?」(p.210)
単一支払者制度とは、ヘルスケア原資を単一の公的機関によって負担する仕組みで、いわゆる公的保険制度にあたる。つまり上の発言をしたオバマ大統領は、公的保険であれば300万人の仕事がなくても保険制度が成り立つと認め、しかもそれによってペーパーワークなどの非効率な仕事、つまりブルシット・ジョブがなくせると知りながら、政治的な思惑によって公的保険制度は望ましくないと判断したことになる。
オバマ大統領がこのように述べた背景には、「この人達をどうするんですか?」の発言に示されている通り、完全雇用の含意にもとづく300万人の雇用があったと思われる。それが文字通りの「完全」ではないせよ、雇用の確保は国民との間に交わされたひとつの合意事項ではなかっただろうか。
グレーバーはこうした政治的判断は民間企業にも当てはまるという。生産性の向上に見合った設備投資や給料に回す以上の利益が上がるようになると、忠実なる協力者に報奨を与えることで不満分子を買収したり、経営的なヒエラルキーの維持や再生産に回すためのお金や仕事が生まれるようになる。こうした経営的な思惑は、まさに政界のそれと同じだというわけだ。
この一連の話のなかで、政治の世界の完全雇用にあたる民間企業の含意が何かといえば、それは技術の発展への信頼ではないだろうか。産業革命からはじまった機械化は生産の効率向上をもたらし、その利益を物質的な再分配を超えて抽象的な領域へ注ぎ込ませる力となった。この新領域が生まれたのは経営者の意志というより、技術発展の自動作用だっただろう。そうであれば、民間企業にとって技術の発展は、経営を支える前提としての含意だったことになる。経営の前提に技術の発展があればこそ、事業家は経営的な思惑を資金の運用や人材に向けることができたと考えられる。
新たな領域にお金が回るようになった当初、企業家の思惑が社会に与える影響力は限られていた。しかし、1900年代の終りにコンピュータが普及すると、もともと記号であるお金と記号を操作する機械のコンピュータが相乗効果を発揮しはじめ、金融業や情報産業などの新しい業界と新市場が生まれた。その成長は著しく、結果的に利益の抽象的な再分配は産業全体におよぶ���うになった。この機械的な効率性の向上をベースとした、非物質的な抽象価値のハンドリングこそが「クソ面白くもない仕事」の温床と考えられる。前掲のエリックは、まさにこうした業界で上司に依頼されたEメールの検索だけで一日を過ごし、2600ポンドの収入を得ることになった。そのエリックが「クソ面白くもない」日常に反抗を試みたのは上述の通りだ。
そうだとすれば完全雇用と技術の発展は、ブルシット・ジョブの両輪を担ってきたことになる。もし、どちらかの合意が欠けていれば、「クソ面白くもない仕事」がいまほど増え続けることはなかっただろう。しかしその一方で、効率がわるく失業者も多い事態を意に介さない社会が、失業者を救済する手段を持たなかったら、もっと悲惨なことになっていたことは明らかだ。そしていずれの混乱も因果関係からいえば、技術の発展が政治的な思惑の生みの親だった。
このことは未来の労働について深刻な問題を提起する。ブルシット・ジョブを生み出す本質が技術による効率向上であるなら、純粋機械生産が予想される未来は、いま以上に「クソ面白くもない仕事」が蔓延する社会になりかねないからである。
世界的パンデミックで露呈した身近なブルシット・ジョブ
本書にはエリックに似た境遇にある人々の告発が次から次へと登場する。それらは、ブルシット・ジョブを対岸の火事のように見ている多くの読者には、あまり現実味のない記述かもしれない。しかし、後半に差し掛かり、なぜ無意味な雇用が停止できないのかとグレーバーが問うあたりから、話はにわかに現実味をおびてくる。なぜなら、コロナウィルスの流行で、世界のいたるところで起きている通常業務の停止が、自分の置かれた状況に似ていることに気づくようになるからだ。
会社に行かなくなれば、デリケートな人間関係や、無駄を前提に成り立っていた仕事はやりにくくなる。存在自体に気を配ることが評価される取り巻き型の仕事、システム化の遅れが仕事の源泉だった書類穴埋めの仕事などは真っ先に機能しなくなる。
わたしたちはいま、まさにその只中にいる。事実、コロナ禍で国単位のロックダウンが敷かれたり、ホームステイやホームワークが強要されたことで、「クソ面白くない」仕事の多くが機能不全に陥った。いまわたしたちは、これまでやむを得ず受け入れていたブルシット・ジョブにどれだけの価値があるか、その真贋が強制的に問われる壮大な社会実験に投げ込まれている。強制的とは、コロナウィルスがもたらしたロックダウンや行動自粛といった、人間の自由を規制するフィルターが、人びとの自由な意志を超えて作用している状態を指す。
そして社会のいたるところで、既存のブルシット・ジョブの多くが現役を退き、反対に新手の不毛な仕事が生まれたり顕在化するようになった。書類に赤い印を押すハンコや、デジタル化から取り残された紙の書類が自分を縛り付けてきたことが、日本のあちこちで問題として浮かび上がりはじめたのだ。ウィルス感染を恐れながら職場まで移動し、紙の書類に捺印するだけの仕事は、仕事を��された者にとって「クソ面白くない」ばかりか、コロナ感染の危険を伴う。その仕事ははたして、内容や危険に見合ったものなのだろうか? この問いが現実の問題となったのは、コロナ禍によるフィルターが機能しているからだ。
その一方でフィルターは、一部のシット・ジョブが実はエッセンシャル・ワークであったことを明らかにした。混乱に陥ってはじめて、社会を根本で支える医療従事者、介護福祉士、スーパーの店員、清掃作業者、宅配運転手、さらには教師や消防士や料理人など、現場で働く人々の仕事の重要性が再認識されるようになった。
しかし、彼らの仕事の中身と待遇は多くの場合エリックとはまるで正反対のものだ。社会を動かすのに不可欠な仕事への見返りは、その貴重さと激務にとうてい見合うものではない。反対に、ロビイスト、ヘッジファンド・マネージャー、コンサルタント、弁護士といったエッセンシャル・ワーカーの対岸にいる人々の多くは、コロナ禍によるフィルターの存在を気に留めることが少ない。なぜなら、出社を制限されたからといって、彼らの仕事の負担が増えたり給料の支払いが滞ることはほとんどないからだ。
こうした事態は2020年のいま、コロナウィルスの流行により世界中で起きている現実だが、グレーバーはいまから7年前、2013年の小論のなかでこの事態を描写している。そのとき彼は、「特定の職種の人びとが消え去ってしまったらどうなるか」という「思考実験」を提起したという。その内容は次のようなものだ。
もしある朝起きて看護師やゴミ収集に従事している人びと、整備工、さらにはバスの運転手やスーパーの店員や消防士、ショートオーダー・シェフたちが異次元に連れ去られてしまったとすれば、その結果はやはり壊滅的なはずだ。小学校の先生たちが消え去れば、学校に通う子どもたちのほとんどが一日や二日は大喜びするだろうが、その長期的な影響は甚大だろう。(p.273)
実験の結果をグレーバーはどのように想像しただろうか。要約すれば、「仕事の社会的価値とその対価として支払われる金額は倒錯した関係にあることが明らかになる」というものだ。そしてグレーバーはこの予想される事態を「ひそかにだが、ケアリング階級��反乱、と呼ぶようになった」と書いている。ひそかにと言うのは、反乱が自分にとってもケアにかかわる人びとにとっても、内心に留まっているという意味だろう。
しかし、現実は予想外の展開になった。グレーバーが思考実験を行った7年後、コロナ禍のフィルターがケアリング階級の内心を飛び越えて強制的に反乱を引き起こしたのである。政府は生活者や小規模事業者に莫大な補償をしなくてはならなくなった。よもやグレーバーは、彼が提起した「思考実験」が、その後のパンデミックによって世界中で強制執行されようとは思いもしなかっただろう。そして彼の予測した「倒錯した関係」が現実のものとして露呈したのである。
足を引っ張る道徳的羨望
しかし、世界的なパンデミックが終わればこの事態はもとに戻り、再び「クソ面白くもない仕事」が再開し「倒錯した関係」が再現されるのだろうか。もちろん、そ���でいいわけがないというのが、本書の基本的なスタンスだ。それではこの問題の出口は、いったいどこにあるというのだろう? グレーバーは「この状況に対してなにをなしうるのか?」と題した最終章で、道徳的羨望、上出来のロボット、ベーシック・インカムの三つの話題を取り上げている。
道徳的羨望とは、自分もそうでありたい美徳が相手によって高度に示されたとき、自分の内部で起こる妬みの感情を指す。多くの場合その妬みには羨望や反感をともなう。グレーバーがこの感情を取り上げるのは、道徳的羨望は労働を取り巻く政治に微妙な影響をおよぼすと考えているからだ。(p.321)
例えば、貧困者にたいする怒りは、働いていない人にも働いている人にも向けれるという。なぜなら、前者は怠惰だから後者はブルシット・ジョブではないから、というそれぞれの理由で怒りに変わるからである。これでは、「クソ面白くもない仕事」をしながら生活に困らない給料を得る人びとと、労働に見合わない条件のもとで現場で奮闘するエッセンシャル・ワーカーとが、共通の政治的な解決策について共闘するのは難しい。
仮にベーシック・インカムが実施され、給与水準の低いエッセンシャル・ワーカーの所得が引き上げられる提案が出されたとする。それによって現場で働く人びとの給与水準が、ブルシット・ジョブを過ごす人びとのそれに近づけば彼らのなかに、現場の連中は十分な働きがいを得ているくせにという理由で、自分たちよりも総合的に生活が上がることへの妬みが生まれる。
このような道徳的羨望が人びとの心に潜在する限り、その政策課題が多くの人びとから支持を得ることはできないだろう。これは、ベーシック・インカムで労働意欲が低下するとされることへの反証に比べ、科学的な取り扱いが難しい点で解決がやっかいだ。この点についてグレーバーはこれといった解決策を示していない。
あらっぽいマルクス主義のススメ
次の話題に移ろう。上出来のロボットがブルシット・ジョブの解放に役立つかという点はどうだろうか。これについてグレーバーは、いささか皮肉に満ちた言い回しでノーを突きつけている。彼が引き合いに出す未来のロボットは、SF作家スタニスワフ・レムにその発想源を求めたものだ。グレーバーは、いっさいの管理も指示もなしに作動するロボット「ニューマシン」が活躍するある星の出来事として、およそ次のような逸話を記している。
ニューマシンの配備が進むことで、働き口を失った労働者はバタバタとハエのように死んでいった。あるとき異星人が訪れ、ニューマシンの恩恵がみなで受けられるように、工場を社会の共有財産にすれば済むはずだと提案した。しかしその星の国民は、「我が星の最高法は貴族が自分の財産を享楽したがっている限り、何人もそれを取り上げることはできないことを受け入れている、バカなことをいわないでほしい」と懇願した。こうして、消費者としての労働者は追いはらわることになった。(pp.334-336の要旨)
この逸話についてグレーバーは、「苦役を排除するというような見通��が、あってはならない問題とみなされるという事実以上に、その経済システムが不合理であることを示すしるし(サイン)は想像がむずかしい」と述べている。(p.336)わかりにくい言い回しだが、これは、純粋機械生産のような不幸な未来を考えるのはどうかしているという以前に、そうした未来の経済システムがとうてい成立しない証拠をあらかじめ見つけることはむずかしい、ということだろう。彼は「いくぶんかのあらっぽいマルクス主義こそ、ときにわたしたちには必要なのである」とも書いている。グレーバーは、そもそも人間が労働しないことを良しとすること自体がおかしい、といいたいのだ。
それはたんなる願望だろう、労働が苦役になることも多い、そんな声が聞こえてきそうな気がする。そうでなければ、なぜ人類は産業革命から200年以上ものあいだ、機械を発明し省力化に努めてきたのわからなくなる。
しかし、人類が洞窟に壁画を描いたり、道具を生み出してきたのは、耐えられないほどの不便を解消するためだけではなかった。洞窟の先人からこのかた、人びとはその行為自体に生きる価値を見出してきたはずだ。そうでなければ壁画が人を魅了したり、バイオリンやMacintoshのような美しい道具は生まれなかった。このことは、現代の画家、陶工、料理人はもちろん、子どもの世話をする母親や育児スタッフもおなじだ。
これらの労働に共通していえることは、直接的な労働には何かしらの価値や喜びがあるということだ。これがグレーバーのいう「あらっぽいマルクス主義」の意味ではないだろうか。
それではもうひとつの、未来のロボットは人類全体の共有財産になるはずだという異星人の提案はどうだろうか。これについてグレーバーは、不可能ではないかも知れないが、深刻な自己矛盾を抱え込むことになるだろうという。その根本的な考え方は、「自動化は特定の作業をより効率的にするが、同時に別の作業の効率を下げる」というものだ。(p.337)その理由としてグレーバーは、エッセンシャル・ワーカーの仕事の本質をなすケアリングの価値は、超大な量の人間的労働によらない限りデータ化してコンピュータに取り込むことができないからだという。
おそらくこれには、汎用人工知能の研究者あたりから多くの反論がありそうだ。よく言われるようにコンピュータは単純作業の自動化からはじまり、次第にできることの範囲や能力を広げてきた。例えば、マックス・テグマークは『LIFE 3.0』のなかでハンス・モラヴェックが描いた「人間の能力のランドスケープ」を引き合いに次のように述べている。
その重大な海面レベルに相当するのが、機械がAIを設計できるようになるレベルである。この転換点に達するまでは、海面上昇は人間が機械を改良することによって起こるが、転換点以降は、機械が機械を改良することによって促され、人間が進めていたときよりもはるかに速く進んですべての陸地があっという間に浸水する可能性がある。(Kindleの位置No.1000-1003)
実際のところつい数年前には、人工知能を鍛えるには大量のデータを人間がコンピュータに与える必要がある���考えられていた。しかしいまでは、例えば画像認識の分野のように、人工知能が自らデータを生成するデータ拡張(Data Augmentation)といった手法のおかげで手作業は格段に少なくなっている。グレーバーがいうデータ化のための人間的労働がいつまでも人間固有の能力を必要とするとは限らない。
生活を労働から切り離すためのベーシック・インカム
しかし、これまで見てきたように、グレーバーは労働の正の側面に期待を寄せている。むしろ、多少シンドくても充実感をともなう労働、すなわちケアリングのような仕事に「あらっぽいマルクス主義」の価値を認めることが必要だという。「クソ面白くもない仕事」は、クソ面白くないから苦役なのだ。そうなると問題は、いかに人びとをブルシット・ジョブから解放し、ケアリング労働の価値自体は残しながら、労働と対価の倒錯した関係を修復できるかに集約されることになる。
その点でグレーバーは、ブルシット・ジョブから逃れるための政策としてベーシック・インカムが有効なことを認めている。このベーシック・インカムは、今回のコロナ禍で一人あたり10万円の特別給付を受けた日本人にとって、馴染みのある方法だ。一回限りであるうえに非課税である点など、本来のベーシック・インカムとは異なるところもあるが、生活の困窮の解消に向けた施策が広く経験できた意義は大きい。これもまたコロナ禍のフィルターによる強制力がもたらしたものだ。
しかしグレーバーは、本書の内容や彼の考えが政策と受け止められることには抵抗があるという。彼が本書を執筆したのは政策を示すことではなく、あくまで「問題--ほとんどの人びとがその存在に気づきさえもしなかった--についての本なのだ」と述べている。彼がこのことを強調するのは、政策課題は人びとの目に止まりやすく、すぐにそれが有効かどうかに心を奪われ、考えに至った事情を見えにくくするからだという。そもそも政策という考えがうさんくさいとも述べている。
政策を明示することにこれほどの抵抗を示しながらも、しかしグレーバーは、ベーシック・インカムはブルシット・ジョブの削減に効果があるひとつの解決策だという。その最大の理由は、ベーシック・インカムによって生活から「クソ面白くもない」仕事を切り離すことができるからだ。このときしばしば指摘されるのが、無条件にお金を分配すれば、好きなことにうつつを抜かしたり労働意欲を失う人たちが増えるという問題だ。これに対してグレーバーは次のように書いている。
洞窟探検をおこなおうが、マヤ族の象形文字を翻訳しようが、高齢セックスの世界記録を打ち立てようとしようが、なんの問題もない。好きなことをやればよいのだ! 結局、何をやることになるにしても、履歴書作成セミナーに遅刻した失業者に罰則を科したり、ホームレスが三種類のIDをもっているかどうかをチェックするよりも、みんな、ほぼ確実に幸福になるはずだ。そしてかれらの幸福は周囲にも跳ね返ってくるであろう。(p.359)
こうしたことのすべては、あきらかにつぎのような想定にもとづいている。すなわち、人間は強制がなくとも労働をおこなうであろう、ないし、少なくとも他者にとって有用ないし、便益をもたらすと感じていることをおこなうであろう、と。(p.360)
グレーバーがどれほど性善説に立っているかは明らかだろう。しかし当然ながら、彼はすべて無条件に自由にすればうまくいくと言っているわけではない。あまりにも多くのブルシット・ジョブを余儀なくされている人びとがいる、つまり自分の仕事をバカバカしいと感じている人びとがいてその仕事に給料が支払われる一方で、社会を成り立たせる上で不可欠なエッセンシャル・ワーカーには満足な給料が支払われない、この倒錯した状況にいる大多数の人びとを自由にし、人間信頼のもとで救済する必要がある、というのがグレーバーの主張なのである。
避けるべきだが避けられない本書の要約
『ブルシット・ジョブ』は論点を要約するのをためらう本だ。ブツブツとひとりで呟くような文章が延々とつづくからではない。本書の節のタイトルがいつも「終結部=人間の創造性に対するブルシット・ジョブの影響と、無意味な仕事に対して創造的または政治的に自分を主張しよとする試みがなぜ精神的な戦争の一形態と考えられるかについて」といった調子だからというわけでもない。これらの文体や表現の特徴は、グレーバーが思考を煮詰めていく過程を追体験するうえで、むしろ、読む者にともに考えることを誘う効果もある。そうではなく、グレーバーはどうやら、わかりやすさの弊害に敏感なのだろう。まとめることを拒否しているように思えるのだ。
こうした事情を考えると、この本の要約は避けるべきなのだろう。しかし、それはわたしにとって、グレーバーの気分に引きずられ過ぎだとも思う。やはり、自分のためにこそ、この貴重な読書体験で得たことを記録するのが凡人の努めであるはずだ。
わたしが本書から得た著者の考えはこうだ--グレーバーは、ニューマシンのような発達したロボットが、「ブルシット・ジョブ」の解消に役立つとは考えていない。ロボットは苦役としての労働の代替には役立つが、そもそも人間の労働��喜びや働く価値を代替すると期待するべきものでもない。それよりも労働に含まれる価値を認め、「クソ面白くもない仕事」から人びとを解放する必要がある。そして解放された人びととともに幸福を分かつには、社会制度としてのベーシック・インカムが有効である。--これが彼の考え方の骨子だと思う。
こうして、実際に要約を書いてみて気づくことがある。確かにグレーバーが危惧する政策に言及することの危うさがわかるような気がするのだ。要約することでどこか納得した気持ちになった途端に、彼が『ブルシット・ジョブ』のおそらく95%を要して訴えてきた「クソ面白くもない仕事」の複雑でクソバカらしい現実がどこかへ消えてしまうように思えてくる。いったいわたしたちは、すでに受け入れて半ば習慣化している問題について、自分自身の手でそれを克服することができなくなっているのだろうか。そうではないと信じたい。グレーバーは本書の最後をつぎの言葉で締めくくっている。
本書の主要な論点は、具体的な政策提言をおこなうことにはない。本当に自由な社会とは実際にどのようなものなのかの思考や議論に、手をつけはじめることにある。(p.364)
わたしたちも彼に習って、本当に自由な社会とは何かを考えること��けは諦めないようにする必要がある。わたしもその一人でありたいと、この本と格闘しながらその思いを強めた。
更新歴 2020.8.22 初回投稿 2020.8.23 「なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?」の項目を追記
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533 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 07:50:23 ID:LX0oSO7/0 私は、エンジンなどの自動車用コンポを設計・開発しているエンジニアです。 オートバックスやガソリンスタンドでは、「オイル交換は3千km毎、走行距離が短くても オイルの酸化劣化があるので、半年に一度は交換、オイルエレメントはオイル交換2回に 1回交換(6千km毎)」を推奨しているようですが、現在の殆どの日本製乗用車 (オイルが高温となるターボ車は除く)のメンテナンスノートには、1.5万km毎または 1年毎にオイルとエレメント(フィルター)を交換することが記載されており、 これが技術的に充分保証できる交換時期です。
町の整備業者にとっては、オイルがドル箱であり、毎月の売上げ目標を達成するために カーメーカが責任を持って記載している交換時期と違って、極端に短い交換時期を 勧めているのです。 ちなみに、ヨーロッパ製の乗用車のオイル交換時期は、2~3万km毎であり、日本からの 輸出車は1.5万km毎であることが、ヨーロッパのユーザには、地球環境とユーザ維持費の観点で、 不評であると言われています。
自動車のエンジニア(私達)は、地球環境の悪化や化石燃料の枯渇を防止するため、 燃費の低減とオイル交換時期の延長に、血の滲むような努力をしているのです。 オイル交換時期の延長には、オイル自体の長寿命化、エンジン冷却システムの強化などを オイルメーカと共同で開発してきています。しかし、一般の整備業者などが、商業主義によって オイルの交換時期をやたらに短く設定すると共に、モリブデンなどの摩擦係数低減剤などの特殊な 添加剤を入れて、高価なオイルを販売していることに対して、私はいつも苦々しく思っていました。 しかも、オイルが一般の人にとっては得体が知れず、特に寿命に関する知識が全くないことに つけ込んで、劣化オイルによるエンジン本体のダメッジをことさらに強調し、何らの根拠も無しに、 まことしやかに短距離・短期間でのオイル交換を推奨する雑誌類が後を絶たない日本の現状は 嘆かわしい限りです。 また、オイルを開発しているエンジニア自身も、オイルが金のなる木である現実の前には、 真実を語ろうとしない面もあります。
534 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 07:53:12 ID:LX0oSO7/0 オイルの劣化は、高温時の酸化によるベースオイルや添加剤の劣化、 軸受けや歯車噛み合い部での機械的剪断によるオイルの鎖状分子の破壊(剪断劣化)、 ガソリンの混入などによる希釈(粘度低下)、水分の混入 (エンジンが加熱・冷却を繰り返し外気が導入・排出することによって、水分が混入) による変質などが挙げられます。 上記のうち、酸化と剪断による劣化が主体で、そのうちでも、 高温による酸化劣化が支配的です。
ただ、オイルの酸化は100℃以上の高温では問題になりますが、温度に対して指数関数的な 劣化特性(10℃上昇毎に寿命が1/2と言われている)を示すことから、常温でしかも、 太陽光に完全に遮断されたエンジンのクランクケース内で、オイルが実用上問題となる程に 酸化劣化するとは到底考えられません (100℃で600hの寿命とすれば、130℃では75h 、40℃では1,600日の寿命) 従って、半年に一回はオイルを交換せねばならない理由はありません。 メーカ指定の1年毎交換もどちらかと言えば、オイルによる利益確保が主目的ではないかと 思っています(日本では、今まで誰も突っ込んで問題にしたことがなかった)。
以上のように、オイル劣化の進み具合は、オイル温度とエンジン負荷とに左右されるので、 ベンツやBMWなどドイツ車の一部では、車載コンピュータでそれらを常時監視し、 オイルの劣化度合いを演算して、寿命が来たと判断されるときには、警告灯によってユーザに 知らせるなど、非常に合理的にオイル交換を指示するものもあります。 日本車は全て走行距離と年月で単純に交換時期を表示していることから、 真夏の高温時に山岳路を走行するなどの厳しい条件もある程度想定して1.5万km (平均時速25km/h×600h、100℃程度)が設定されているのです。従って、実際の一般走行では オイル温度はさらに低く、劣化も少ないので、推奨値以上の走行距離でもオイルは使用可能です
536 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 07:57:05 ID:LX0oSO7/0 ヨーロッパ車では、アウトバーンでの高速走行(140~160km/h×140h、130℃程度)を想定して、 交換時期を2~3万kmとしていることから、この地域では耐熱性を1ランク上げたベースオイル (合成油)を使用するか、エンジンの冷却性を向上し、10℃程度油温を低減させているのです。 ヨーロッパでは、特に地球環境に配慮してこのような対応をしているのでしょうが、 日本のユーザの地球環境に対する意識との違いには驚かされます。
日本も、もっとオイルを大切に使おうという意識がなければならないと思います。 なお、オイルの劣化度は、オイルレベルゲージの先端部に付着したオイルを指に触れ、 その色と粘度の具合で判別できるようなものではありません。オイルが黒ずんでいるからといって、 劣化していると判断するのは大きな���違いですし、温度によって大きく変化するオイル粘度が 正常かどうか見分けることは実際には困難です。このような判別法では、オイル交換の20日後に、 ガソリンスタンドでまたオイル交換を勧められるようなはめになっても、不思議はありません。 簡便な分光分析機などで、簡単にオイルの劣化度を検出できるような装置がガソリンスタンドや 整備工場などに配備されることが望まれます。
538 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 08:34:10 ID:LX0oSO7/0 以上のことから、3千kmで交換するということは、まだ新品のオイルを捨ててしまっているような ものなのです。 また、オイルフィルターは、新品時のメッシュは粗く作ってあり、小さなごみ(10~100ミクロン程度) は通しやすく、1~2万km程度走行後には適当に目詰まりし、適正なフィルタ機能 (10ミクロン以上は通さない)を発揮するものなのです。従って、6千kmで交換すれば、 適正なフィルター機能を発揮する前に、フィルタを捨ててしまっていることになります。
ヨーロッパや米国では、オイル交換2回に対して1回、または1年毎に交換することを推奨している メーカが殆どです。 実際、私は3万kmでフィルターを交換(オイル交換の2回に1回)していますが、 これでも速すぎるのではないかと思っています。 3千kmでオイルを交換することは、1.5万kmで交換する場合に比較して、炭酸ガス排出量で約1.2%、 燃料費で7%程度の増大(平均燃費11km/㍑、交換オイル4㍑/3千円と仮定)となります。 また、エンジンオイルには微量の塩素が含まれていることから、廃油処理のために通常の焼却炉で燃やせば、 極めて有害とされるダイオキシンが発生することになりますが、燃費などと違って、これらについて 一般ユーザにアピールされることが少なく、ユーザの意識も全くないのは残念です。
537 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 08:14:17 ID:w1QhuL3i0 非常に参考になったが 知らなくてよかった知識のような気がしないでもない 世知辛い世の中だからね、最近特に
548 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 09:56:33 ID:jENrlGDJO よくわからんが少し信じて長く使うようにするよ
544 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 09:41:23 ID:wA9GyU750 三行で頼む
549 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 11:08:12 ID:WmM/uyQV0 »544 車の オイルは ほっとけ
553 名前:水先案名無い人 [sage] 投稿日:2006/06/24(土) 11:31:13 ID:qMvnANiH0 いま説明書見たら確かに10000キロってかいてあった・・
” - 過コピペ@2ch タミヤって知ってる?あのプラモ作っ���る会社 他 【無駄知識】 (via bo-rude)
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【マイクロファイバー汚染に関するアップデート】 - パタゴニアのブログ「クリーネストライン」 : http://www.thecleanestline.jp/2017/02/an-update-on-microfiber-pollution.html by パタゴニア { 2017-02-23 }
2016年6月、私たちは世界中の消費者が購入している化学繊維(以下、化繊)で作られている織物製品(ナイロン、アクリル、ポリエステル等)から生じる極小の繊維が引き起こす海洋汚染問題について、パタゴニアの {{ 調査報告 : http://www.thecleanestline.jp/2016/07/what-do-we-know-about-tiny-plastic-fibers-in-the-ocean.html : http://benediktine.tumblr.com/post/159784325926/ }} を本ブログに掲載しました。
マイクロプラスチック汚染に関する調査は、科学者やアパレル業界内でまさにはじまったところですが、化繊衣類から抜け落ちるマイクロファイバーは、非常に懸念されています。私たちはこの問題を深刻にとらえ、問題の大きさと全容をより深く理解するために資金を投じ、そして影響力の強い解決策を生み出す一助となる措置は何なのかについて、理解を深めています。昨年の夏以降、私たちは問題の調査にさらなる対策を講じ、極めて重要な要因に対処する新たな行動を起こしてきました。ここでそのアップデートを報告します。
【 写真:Kyle Sparks 】
これまでに学んだ基本的なことは私たちの取り組みの指針であり、また問題解決に取り組むあらゆる人に与える知識にもなるでしょう。
●海で見つかるマイクロファイバーは、ランニング・ショーツからヨガ・パンツ、フリース・ジャケットにいたるまで、多様な衣類に使われているナイロン、ポリエステル、レーヨン、アクリル、ポリウレタン 等の素材から生じるため、アパレル業界全体で、また製品のライフサイクルの全段階において、この問題に取り組む必要がある。 ●アパレル製品だけが海に流れ出るマイクロファイバー源というわけではない。漁網、ペットボトルのキャップ、包装、ビニール袋など、他の産業もこの問題の一因である。問題解決への鍵となる調査の優先項目は、海へ流出するさまざまなマイクロプラスチック源の量の測定である。 ●高品質の衣類は、品質の低い化繊衣類に比べて洗濯中の抜け落ちが少ない。製造業者と消費者は長持ちする衣類に投資することが重要であることが説明できる。 ●洗濯機はその汚染経路内の必ず通過する段階である。そこで多くの家庭で使われる一般的な洗濯機を中心にテストを進めた。汚水処理施設のフィルターは65~92%のマイクロファイバーをろ過するが、それでも大量の廃棄物を環境中に放出する。私たちは調査結果を家電産業および排水/廃棄物業者に提示するつもりである。
��タゴニアは、製造するすべての製品が環境に何らかの悪影響を与えるという事実を認識しています。その上で、私たちはサプライチェーンにおける製造工程の改善からリサイクル素材および天然素材の使用、そしてお客様への再利用、修理、リサイクルの奨励まで、製品がそのライフサイクルのあらゆる段階で環境や社会に与える負担を削減する努力をつづけています。
解決策のための最高の投資先を選択するとき、私たちは意思決定の指針となる情報を徹底的に求め、全体的な効果を最大にできる領域を慎重に定めます。なぜなら製品を作って消費者へ売るというビジネスはつねに何らかの犠牲をともなうことを知っているからです。私たちがとくにこだわるのは品質です。長く使用することのできるウェアは、埋立地行きとなることも買い換える必要も防ぐため、私たちができる他のあらゆる改善策に打ち勝ちます。
この2年間で、パタゴニアの化繊衣類から抜け落ちるマイクロファイバーへの問題解決は、その優先度としてますます緊急性が高まりました。以下は、私たちが進めてきた取り組みです。
●繊維の抜け落ちを最小限に抑える改良素材の調査研究 ●マイクロファイバーの種類、発生源、また生態系や公衆衛生への影響をさらに理解することに取り組む科学者の支援 ●海洋プラスチック汚染に挑む革新的な組織への投資 ●お客様や、より広い一般との積極的な対話
私たちの目標は、パタゴニアが与える影響を把握しながら、現在進行中の広範な初期調査に貢献し、最終的には、事実に基づく事業運営の改善方法を見つけることです。
■《さらなる調査の必要性》
私たちは科学者、研究者、一般支持者で構成されるグループをベンチュラのパタゴニア本社に招き、パタゴニアのリーダーシップチームとともに、マイクロプラスチック問題について熱い議論を交わしました。その長い1日の終わりに私たちが到達したのは、「まだまだ知らないことが多い」という明白な意見の一致でした。そこでパタゴニアは、アパレル業界、家電業界、排水/廃棄物業者、その他の研究者、メディアをはじめとする誰もが明確な決定を下すのに必要な情報を得られるよう、この問題に取り組む研究者の支援を率先する役割を担うことにしました。
具体的には、2つの科学的調査に着手しました。{{ 1つ目 : http://brenmicroplastics.weebly.com/ }} は2016年6月の {{ ブログでも紹介した : http://www.thecleanestline.jp/2016/07/what-do-we-know-about-tiny-plastic-fibers-in-the-ocean.html }}、洗濯中にパタゴニア製品から抜け落ちるマイクロファイバーの測定(と低品質製品との比較)調査です。{{ カリフォルニア大学サンタバーバラ校のブレン環境科学・経営スクール : http://www.esm.ucsb.edu/ }} の研究者たちに委託しました。
{{ 写真 2 : Fiber }} 【 20ミクロンのフィルターで撮影されたファイバーの画像。1ミクロン(またはマイクロメーター)は1メートルの100万分の1(1センチは1メートルの100分の1)に当たる。このファイバーはパタゴニアのジャケットを���った洗濯機からの流水をろ過して捉えたもの。写真拡大率は千ミクロン。写真:Shreya Sonar(カリフォルニア大学サンタバーバラ校ブレン環境科学・経営スクール) 】
最近はじめたばかりの2つ目の調査は、マイクロファイバーの抜け落ちにつながる繊維や素材の特徴の把握と、洗濯中に抜け落ちる可能性のある素材の迅速な検査方法の開発を目指しています。ノースカロライナ州立大学との協力で進められています。どちらもパタゴニア、そしてアパレル業界の今後の新素材の研究開発に役立つものです。完了次第、調査結果を報告する予定です。
水域環境で見つかるマイクロファイバーのさまざまな発生源、またどのマイクロプラスチックが海洋生態系に害を与えるか、そしてマイクロファイバーを摂取した海洋生物を食べた人間は、健康にどのような影響があるかなどを理解するためには、今後もかなりの調査が必要です。そしてこの情報は、私たちの取り組みへの直接的な対策にだけでなく、現在私たちが注意を払うべき多くの切迫した環境問題というより幅広い状況で、この問題を適切に評価するために役立つものであり、それには気候変動も含みます。
■《お客様に情報を提供するための新たな計画》
さらな���調査研究に加えて、私たちには海へ流出するマイクロファイバーについてこれまで分かっていること、そして最も重要な「いま、できること」を、お客様に伝えることにおいて、より積極的な役割を担っています。
今後できるだけ早急に、パタゴニアの店舗、あるいはウェブサイトで化繊のウェアを購入するお客様に、パタゴニア製品に限らず、化繊衣類全般の取り扱い方法、つまり洗濯中のマイクロファイバーの抜け落ちを最小限に抑え、また抜け落ちたマイクロファイバーを海に流出させない方法に関する情報提供を開始します。ほとんどの人はさまざまなブランドの衣類をたくさん所有する傾向にあります。お客様にはマイクロファイバーによる海洋汚染を防止する一助となる方法を理解していただき、私たちはこの問題とそれが環境や人体に与える影響についてさらに情報収集をつづけます。ここでは洗濯のヒントに加えて、高品質で丈夫な衣類の購入が洗濯中の繊維の抜け落ちを最小限に抑える重要な対策であることも、お客様に再認識していただきます。
以下はお客様にお伝えしたい情報です。ご一読ください。
***
新たな衣類を手に入れるときに大切なのは、購入するものすべてには何らかの環境的犠牲をともなう、という事実を認識することです。パタゴニアは洗濯中に化繊のウェアから抜け落ちる極小ファイバーについて調査しています。科学的にはまだはじまったばかりではありますが、こうした抜け落ちたマイクロファイバーが海へ流れ出ることはすでに明らかになっています。以下の簡単な手段は、お客様のウェアがその製品寿命を通じて環境に与える影響を抑えるのに役立つものです。
●ウェアを使いつづける:長期にわたってウェアを使いつづけることは、地球への影響を削減するために、誰もが個人で実行できること。必要なものだけ、そして長持ちする高品質のものを購入する。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究者たちの協力を得て実施されたパタゴニアの最近の調査では、品質の低い一般的なフリース製品に比べて、パタゴニアの高品質の製品は、繊維の抜け落ちが少ないということがわかった。( http://brenmicroplastics.weebly.com/ )。 ●洗濯の回数を減らし、ドラム式洗濯機を選ぶ:マイクロファイバーは洗濯中に抜け落ちるため、どうしても必要なとき以外は洗濯しない(水の節約にもつながる)。最も使用回数の多いアウターでも、丸洗いは���きどきしか必要ない。泥が付いたら(私たちはそれを願っています)、洗濯機に投げ入れる代わりに、ぼろ切れやスポンジで拭い取る。洗濯機について考える:縦型洗濯機で洗った化繊のジャケットは、ドラム式洗濯機で洗った場合に比べて、抜け落ちた繊維が5倍にも上る。 ●繊維のろ過を助ける:化繊の衣類をフィルターバッグに入れてから、手洗いするか洗濯機で洗うことにより、マイクロファイバーの流出を大幅に減らすことができる。数週間以内には、アメリカとヨーロッパのパタゴニアのウェブサイトで、使いやすいGuppy Friend( http://guppyfriend.com/ )を原価で購入することができるようになる。あるいはWexco’s Filtrol 160( http://www.septicsafe.com/washing-machine-filter )などのような、洗濯機用フィルター(配管作業は必要)を導入する。
*パタゴニア日本支社注:日本のパタゴニアでのバッグの販売は現在準備中です。進捗があり次第、ここでアップデートをお知らせします。
この問題に関するパタゴニアの取り組みについては、{{ www.thecleanestline.jp/マイクロファイバー : http://www.thecleanestline.jp/%E3%83%95%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%AB/ }} をご覧ください。ここでご紹介したガイドラインあるいは皆様の製品に関するご質問は、いつでもお問い合わせください。皆様のご協力に感謝します。
***
パタゴニアは数週間以内に、手洗いでも洗濯機でも使用でき、化繊衣類と排水口のあいだでマイクロファイバーのろ過の役割を果たす洗濯バッグ「{{ Guppy Friend : http://guppyfriend.com/ }}」の提供を開始します。バッグは原価で、アメリカとヨーロッパのパタゴニア直営店およびウェブサイトでお買い求めいただけます。パタゴニア社内で実施したテストでは、このバッグの使用によりマイクロファイバーの流出を大幅に減らすことができることが分かりました。
{{ 写真 3 : Bag }} 【 写真提供:Guppy Friend 】
Guppy Friendはドイツの私たちのパートナーによって開発されました。パタゴニアは100,000EURの助成金を提供して、この製品のさらなる改良を支援しています。
進歩的な研究開発など
新たな調査とお客様への情報提供に加えて、消費者の洗濯の解決策として非常に効果的な洗濯機用フィルター {{ Wexco’s Filtrol 160 : http://www.septicsafe.com/washing-machine-filter/ }} などのテストも実施しました。今年の後半には {{ Rozalia Project’s microfiber catcher ball : http://rozaliaproject.org/stop-microfiber-pollution/ }} が市場で購入できるようになることに期待しています。またおもに〈 {{ Outdoor Industry Association : https://outdoorindustry.org/ }} 〉との協力により、アウトドア業界内でマイクロプラスチック問題に関する共同議論を開始し、さらに海のマイクロプラスチック問題への認識を高める非営利団体に5年間で合計$180,000の助成金を提供しました。
パタゴニアの素材ラボでは、バイオベースの新素材を求めて積極的な研究開発を押し進めてきました(長期的な展望は、繊維にも包装にも完全生物分解性の素材を見つけることです)。この研究開発はマイクロプラスチック汚染問題に応えるものではありません(過去には {{ 植物ベースのウェットスーツ : http://www.patagonia.jp/patagonia.go?assetid=95936 }} や {{ オーガニックコットン : http://www.patagonia.jp/patagonia.go?assetid=6719 }} 使用の進歩などの革新が生み出されています)。しかし抜け落ちを抑える化繊の素材を開発し、天然素材から作られるよりテクニカルな衣類をお客様に提供することを目指す私たちにとっては不可欠な要素です。
(しかしながら、化繊の代替品を考案したとしても、環境や社会への代償をまったくともなわない素材は存在しない、という事実を認識することは重要です。私たちの目標は、皆様にウェアをより長く使っていただける方法を提供しながら、環境への影響を削減する方法を探しつづけることです)
私たちはまた、{{ ティンシェッド・ベンチャーズ : http://www.tinshedventures.com/ }} 基金を通して、水を使用しないテキスタイル加工企業 {{ Tersus Solutions : http://www.tersussolutions.com/ }}(ターサス・ソリューションズ)にも投資しました。循環型の性質を備えたターサスの技術では、マイクロファイバーは水路に排出されず、システム内で捉えることができます。ターサスの機械はすでに商業ランドリーで使用されており、私たちは同社の革新により、マイクロファイバーの蔓延が廃水から減っていくことに期待しています。
私たちはこの新たな難題に重点的に取り組み、マイクロプラスチックの海洋汚染にまつわる深刻な懸念の全容をつかみながら、根本的な解決へ向けて主導的に取り組むための最善の機会を探りつづけます。問題に対する理解を深めながら、あらゆる環境的/社会的な課題のなかでマイクロプラスチック汚染について考える態勢を整えて、肯定的な影響を与え、そして結果として情報に基づく明白な決断を下す機会を得ます。
今後の進展についても、私たちのお客様、パートナー、そして一般の皆様に、随時お知らせしていきます。
PatagoniaJP | 2017-02-23
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【海の極小プラスチック繊維について私たちが知っていること】 - パタゴニアのブログ「クリーネストライン」 : http://www.thecleanestline.jp/2016/07/what-do-we-know-about-tiny-plastic-fibers-in-the-ocean.html { 2016-07-14 }
{{ 写真 1 : Washer }}
{{ プラスチックの海洋環境 : http://www.patagonia.com/blog/2010/12/mary-osborne-sails-to-south-atlantic-gyre-to-help-study-plastic-pollution/ }} への影響については、テキサス州規模の太平洋ゴミベルト、クルーズ船から排出されて海岸に流れ着くペットボトル、工場規模のトロール漁船が破棄した「幽霊」網と漁具など、多々報告されてきました。また今年はじめには海洋プラスチックについての {{ 新しいレポート : https://www.ellenmacarthurfoundation.org/assets/downloads/EllenMacArthurFoundation_NewPlasticsEconomy_26-1-2016.pdf }} が世界経済フォーラムにて発表され、プラスチック汚染の重要さを強調しています。それは「2050年には、海には魚よりプラスチックの方が多く存在するだろう」と報告し、その主な原因にはプラスチック包装を挙げています。CNNは「世界はプラスチックのゴミであふれている」と {{ 宣言しました : http://money.cnn.com/2016/01/19/news/economy/davos-plastic-ocean-fish/ }}。この研究では {{ プラスチックの包装 : http://www.thecleanestline.jp/2014/08/patagonias-plastic-packaging-a-study-on-the-challenges-of-garment-delivery.html }} 原料の95%がたった一度使われただけで経済活動から失われ、そのコストは800億~1,200億ドルにのぼると報告しています。そしてこのプラスチックの相当量は環境に残置され、経済だけでなく惑星の健康により大きな被害を及ぼしています。
写真:Kyle Sparks
包装はこの問題の最大の要素ではありますが、プラスチック汚染の唯一の原因ではありません。最近焦点が当てられているのは、化粧品や歯磨き粉やその他の消費者製品に入っている、汚水処理工場でフィルターされるには小さ過ぎるマイクロプラスチック・ビーズという極小のプラスチック粒子の禁止、または使用停止の提唱です。これらは私たちの洗面台やシャワーから出て処理工場を通過し、海に流出して、ウミガメ、海鳥、そして魚(そしてひいては人間)の体内に入り込みます。
マイクロプラスチック汚染には化繊の衣類のマイクロファイバー(長さ5ミリ以下)も含まれます。それはポリエステルのフリースやナイロン製ショーツ、その他広範囲に及ぶ種類の衣類を洗濯する際に抜け落ち、処理工場のろ過システムを通過してしまうものです。これら化繊のマイクロファイバーは海、海岸、川、湖などに放出されてしまうことがあり、その一部は土壌にも至ります。処理工場で廃液からうまく分離されたマイクロファイバーも、土壌肥料として使われるスラッジに残っているからです。これは製造する衣類の多くが化学繊維製のものである私たちにとっては、ことに急所を突く問題です。
■《私たちが知っていること、知らないこと》
私たちは一回の洗濯の際、化繊の衣類一着から何千もの化繊マイクロファイバーが抜け落ちていることを知っています。またマイクロプラスチック・ビーズに対して化繊のマイクロファイバーは一貫性のない形でより小さな生命体に脅威を及ぼしうること、そして食物連鎖に侵入し、人間の体にまで入り込む可能性があることを知っています。
私たちはまた、私たちが多くのフリースを売っていることもわかっています。他のアウトドアおよびアパレルブランド(そしてその他の産業)が作り、売るすべてのポリエステルとナイロン製品を組み合わせると、私たちが製造するものが重大な問題となるかもしれないことも理解しています。
しかしながら、海の化繊のマイクロファイバーについての一般の議論が高まっているなか、多くのことは未知です。たとえば生命体への危害の程度は分かっていませんし、化繊のマイクロファイバーの否定的影響が海のプラスチック汚染(あるいは気候変動などその他の差し迫る環境問題)という広範な問題にどう比較するのかについても理解していません。そして繊維の質あるいは洗濯技術などの潜在的に鍵となる変数が、家から海までのマイクロファイバーの進路にどう影響するかについても、つい最近学びはじめたばかりです。
{{ 写真 2 : ReTool-20-micron }} 20ミクロンのフィルターで撮影されたファイバーの画像。1ミクロン(またはマイクロメーター)は1メートルの100万分の1(1センチは1メートルの100分の1)に当たる。ファイバーはパタゴニアのジャケットを洗った洗濯機からの流水をろ過して捉えたもの。写真拡大率は千ミクロン。写真:Shreya Sonar
■《予備知識を得る》
昨年、この問題への膨らむ懸念から、また産業を代表してその調査をしたいという願いから、パタゴニアはカリフォルニア大学サンタバーバラ校のブレン環境科学・経営スクールの著名な環境微生物学者パトリシア・ホルデン博士の指導のもと、研究プロジェクトを委託しました。その「マイクロファイバー汚染とアパレル産業」と題された研究が最近完了し、その結果はこちらでご覧いただけます。
2016年度のブレン・スクールの修士課程の学生であり、このプロジェクトに貢献した学生たち(ニコラス・ブルース、ニコ・ハートライン、ステファニー・カーバ、ベス・レフ、シュレヤ・ソナー)はホルデン博士の監督のもとで素晴らしい仕事���し、この問題についてのさらなる理解を援助してくれました。製造技術の影響および洗濯工程における異なる種類の洗剤の影響はテストされなかったものの、この研究は次の結果を提示しました。
●パタゴニアおよびポリエステルとナイロン衣類のその他の製造業者は、海のマイクロファイバー汚染の重要な一因である可能性が高いが、その量およびそれが発見された生態系に及す危害は未知である。 ●ブランドと品質は重要問題である。この研究では、品質の低いノーブランドのフリースはパタゴニアの品質の高い製品に比べて、その寿命全体にわたり約170%多いマイクロファイバーが抜け落ちる。 ●汚染の経路において重要な段階にあるのは洗濯機である。私たちはトップローダー式洗濯機で洗ったジャケットは、フロントローダーのそれと比較して5倍以上のマイクロファイバーを排出していることを学んだ。 ●排水処理工場のフィルターは65%~32%のマイクロファイバーをろ過しているが、それでも重大な量の廃棄物を環境に放出している。 ●マイクロファイバーの抜け落ちには衣類の構造が影響する可能性が高い。
■《今後の措置》
パタゴニアは最近、{{ 助成金プログラム : http://www.patagonia.jp/patagonia.go?assetid=6516 }} を通して資金提供してきた数団体を含む科学者、研究者、公共政策提言者のグループをベンチュラのパタゴニア本社に招集し、科学研究の現状について公開討論を開きました。基本的にはいま分かっていること、そしてより重要な、まだ分かっていないことについての討論でした。これは両面においてとても啓発的なものでした。
化繊のマイクロファイバーがどの程度海の生態系に害を与えるかについては、さらなる研究が必要です。この情報は、ひいては問題自体の理解だけではなく私たちが直面する緊急の環境問題という、より幅広い背景においてこの問題を評価するのに役立ちます。それでもなお、私たちはこの問題のおかげで当問題に対する私たちの責任について、初期の理解をすることができました。私たちは業界の他社をはじめ、他の業界の各社もこれを念入りに読んでいただくことを願っています。
この初期情報を手にし、パタゴニアは今後数か月間、鍵となる分野にていくつかの措置を取ります。
●業界:〈アウトドア産業協会〉を介して同業者と競合他社を集め、より深い知識と将来の行動を探るための協同的アプローチの構築に取り組む。 ●原料:化繊マイクロファイバーの抜け落ちを査定するための基準を製品ラインの新素材の研究、テスト、開発および適用に統一する方法を模索する。 ●電化製品:電化製品製造業者に働きかけ、商業用および家庭用洗濯機により有効なろ過プロセスをもたらす潜在的な努力と、撹拌技術を含む洗濯機の機械設計が化繊マイクロファイバーの放出に及す影響についての研究に取り組む。 ●助成金支給と戦略的投資:海のマイクロファイバーの問題についての意識を高める非営利団体の仕事の援助を継続する。(過去5年間、助成金プログラムを通して〈 {{ アルガリタ・マリーン・リサーチ・ファウンデーション : http://www.algalita.org/ }} 〉、〈 {{ アドベンチャー・アンド・サイエンティスツ・フォー・コンサベーション : http://www.typepad.com/site/blogs/6a0134876739c6970c0133f50c772b970b/post/compose }} 〉、〈 {{ サーフライダー・ファウンデーション : https://www.surfrider.org/ }} 〉、〈 {{ ファイブ・ジャイア・インスティチュート : http://www.5gyres.org/ }} 〉を含む海のプラスチック汚染問題に取り組む団体に約18万ドルを寄付。また {{ ターサス・ソリューションズ : http://www.tersussolutions.com/ }} という水を使わない繊維加工会社に{{ 「20ミリオン&チェンジ」 : http://www.thecleanestline.jp/2013/05/introducing-20-million-change-and-patagonia-works-a-holding-company-for-the-environment.html }} から投資。ターサス社の技術は商業ランドリーに適用されており、彼らの革新が徐々に汚水システム内に蔓延するマイクロファイバーを減少させることに期待している)
私たちはプラスチックを基盤とする経済で暮らしており、私たちがプラスチック原料を使用する多くの分野において環境に危害を与える廃棄物を生み出していることは明らかです。私たちは海、そしてその他における化繊マイクロファイバーの蔓延、影響、起源についてより知るようになっており、私たちが注目すべき問題であることは明白です。パタゴニアでは知識を深め、考えを寄せ集めること、そして私たちの産業が直面するであろう問題に付け焼刃の解決策を求めるのではなく、直接関与することが長期的に環境に恩恵をもたらす結果となると強く信じています。だからお客様にこの問題について包括的にご報告すべきであると切に感じました。今後の進展についても随時お知らせしていきます。
■《お客様にできること》
●これまでと同様、必要なもの以外は購入しないでください。私たちが作り、そして皆さまが消費するすべてのものが地球に否定的な影響を及します。 ●高品質で丈夫な化繊の衣類を必要な際にご購入ください。 ●できるだけフリースの洗濯の回数を減らしてください。
海のプラスチック汚染というより大きな問題については、使い捨てのプラスチックへの依存を削減するために {{ 皆さまができることについての素晴らしいリスト : http://nationswell.com/37-ways-reduce-plastic-usage/ }} を〈ネイションスウェル〉が提供しています。ぜひご覧ください。
PatagoniaJP | 2016-07-14
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