#一日経ってリスナー側もこんなに悔しさ続くことある?
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beforedawnwitch · 2 years ago
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こっちでも発作が起きてるの、なんか、なんか、良くないかもしれないけど、本当の連帯感を感じて余計にくるものがあるよ。
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viandnyl · 3 years ago
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#002-iri
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iri
ヒップホップ/R&Bマナーのビートとアップリフティングなダンストラックの上をシームレスに歌いこなすシンガー・ソングライター。2016年ビクターよりメジャーデビューし、iTunes Storeでトップ10入り、ヒップホップ/ラップチャートでは1位を獲得。翌年にはNikeのキャンペーンソングを手掛け話題となる。ChloeやVALENTINOなどハイブランドのパーティーでライブするなど多方面から注目される気鋭女性アーティスト。近年フランスのフェスや中国でツアーを開催するなど海外でのライブにも出演。
Instagram:@i.gram.iri
先日リリースされたベストアルバム『2016-2020』でデビューからの5年間を総括したiri。ナチュラルボーンな一人のシンガー・ソングライターが、プロのアーティストとして醸成していく希望と葛藤、迷いながらもリアルであろうとする姿勢。それらが楽曲として形作られながらも、奥底に眠っていた心情を聞かせてもらった。
ー個���的にはプロデビューのきっかけとなった、ファッション誌NYLON JAPANとSony Musicとのオーディション(※2014年開催、iriはグランプリを獲得)の時から拝見しているのですが、あの時が最初のオーディションだったのでしょうか?
いや、実は中学生の時にも一回受けたことあったんです。まだボイスレッスンも曲作りとかも全然してない頃で、ただ歌いたいって気持ちだけでした。
ーその頃から歌いたいという気持ちが強かったのでしょうか。
そうですね。もともと小学校くらいから目立ちたいという願望はあったんですが、その反面内気でシャイだし人前に立つのも苦手でした。でもハングリー精神みたいなのはずっとあったから、NYLONのオーディションを受けた時も、それ(音楽)しか自分はできないと思ってたし、そこに賭けてた部分はありましたね。
ー目立ちたい気持ちと本来の内気な性格とのギャップがあった?
今も根っこは内気です。小学生の時に支えてもらったスクールカウンセラーの先生みたいに、誰かに寄り添える仕事がしたいと思っていて、Alicia Keysだったり、Jennifer Hudsonだったり、Beyoncéみたいに歌で人を感動させる存在に自分はなりたいと思ったので、足を踏み入れようという決意はありました。ただ、そこに自信はなかったです。自信はなかったけど、やりたいっていう気持ちの方がすごく強かったです。
ーオーディションでグランプリを勝ち取って、メジャーデビューまで2年。この『2016-2020』以前はどういった心持ちでした?
受かったは良いものの、引き出しもないし、知識もないし、何もない状態で歌声だけはある、みたいな感じでした。伝えたい何かはあるという状態だったので、どう消化していいのかわからなかったですね。
ーそれまでは自然に一人で歌っていたのが、他の人と一緒に音楽を作るという状況に。その戸惑いもありましたか?
ありましたね。そもそも初対面の人と何かを作ることもない状態で、初めましてのトラックメイカーさん達と一緒に作るというのが難しくて、しかもシャイなので。出来上がりの過程の中で「何か違う」みたいに思ったりもしたのですが、後悔していることは1つもないですね。そのチャレンジがなかったら今の私はないと思いますし。
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ーそういった葛藤を経て、2016年に1stアルバム『Groove It』でメジャーデビュー。もともとのメンタリティーとして内気だと、どんどん目立っていくという矛盾は消化できていましたか?
いや、それは今もまだできてないです。もうずっと付き合っていくんだろうなって思いますね。
ーそれらを歌という表現で消化しきれているわけでもなかった?
そこで真っすぐ表現することが上手いアウトプット上手な人もいれば、内なる“その何か”は出てるんだけど、表現が恥ずかしくてもどかしいながらも爆発させるっていう2タイプがいると思うんです。私は後者のタイプの人間だと思います。そのギャップは育ってきた環境とか、もともとの自分の性格みたいなものもあると思います。表面上に出すのは苦手だけど、内に秘めた何かを持っているっていうのをファンの人がちゃんとわかってくれていて、そういうところを見てくれる人が共感して付いてきてくれてるんだろうなって思いますね。
ー一人で弾き語りをしていた頃から、他の人と共作するプロのプロセスを知り、「Corner」や「Shade」の時期に入っていくわけですよね。
自分の原点的には、悲しいことがあってもそれを歌にして解消していくっていうのが、歌を作るということの始まりだから、それを押し殺して「イェー!」みたいになるのが難しかったんです。オケがアッパーになっても歌詞がどうしてもそうならない。歌ってても自分の中で違和感になってきて、「Shade」を出す時には、サウンド的に無理にアゲなくて良いって思ったんです。そういうのを気にしてなくていいって。
ー自分にとっての歌を大切にしたいと。聴き手にとっての歌ではなくて。
そうですね、そうそうそうそう。
ーそれが結果的にリスナーを支えている部分はあると思います。ごくパーソナルで日常のままでいてくれることに救われるというか。
例えば、私の曲が大ヒットしましたとなって、環境がガラッと変わったと��ても、自分は絶対日常にいたいなって思っています。別に大きな家とか住まないし、電車で通勤するし、みたいな。本当にみんなが体験している日常をしっかり変わらずに続けて、そこに馴染む作品をちゃんと創りたいし、みんなと同じ気持ちでいたいし、というのはめちゃくちゃ強いですね。
ー「Sparkle」の頃にはその辺りのバランスがすごく良くなっていますよね。良いチーム感も醸成されていっているように感じました。
気付き出したんですよね。ジャケもMVも含めそうなんですけど、中途半端はいりませんっていうメンタルになってきて、それがちゃんと繋がったときに良い作品ができるんだと思います。それをすごく思うようになったかな。なんかたぶんずっと、曲を作るっていうことが楽しいって感覚を忘れそうになるタイミングが何回もあって、売れるためとか、目的なんだっけっていう時期が結構続いて、それで何やってるのか自分でもよくわからないようになってきた期間がありました。アコースティックな弾き語りのiriを求めている人もいれば、ダンストラックな曲を求めてる人もいれば、ジャジーなのを求めてる人もいるし、ポップスを求めてる人もいるとか。みんなの求めてるものに、自分が付いていくみたいなことをやっていたら、何やるんだっけ? みたいになって、自分の中でも色々見直したんです。まず「何をやりたいか」を見つめ直して、「やりたいことやらせてください」って。それを周りのスタッフさんも信じてくれるようになった。それが大きいですね。だから、求められていることをやるのはやめようって一回「Sparkle」ではなったんです。結果、意外といい作品になったじゃん! となって、じゃあ別に求められているとか考えなくていいんじゃないかなって。
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ーアルバムとしてはここまでの5年をパッケージしているわけですが、この後「はじまりの日」や「渦」も発表されています。コロナ禍を経験した心境なども聞かせていただけますか?
私、この時期��実家を出て一人暮らしを始めたんです。それで一人で考える時間がすごい増えて、スタッフのみんなにも会えなかったし、ライブもなくなってファンのみんなにも会えなくなって寂しいっていうのがあって……それで一回立ち止まったというか、一回無になって、ギターを持って本当にゆっくりと歌い始めたのが「はじまりの日」です。サウンドも迷いましたが、プライベートのこととかも結構話しているTAAR君が色々感じ取ってくれて「なるべく引き算で作っていきたい」って伝えたんです。あの形になった時に「あ、これだ」ってなって。なんかやっとまた戻ってこれたみたいな感覚になりましたね。けど、なんだかんだ体がまだ追いついてこなくて、落ちていく一方だなって思ったから、外側から自分を応援してあげよ、みたいな気持ちになって、それがみんなの応援というか、支える曲にもなればいいなっていう思いで、コロナ禍の状況も含めて「渦」を書きました。「自分応援しよ」みたいな(笑)
ー結局今も昔も、表現方法に悩みながらも自分を励ますことがファンを励ますことに繋がっているということですよね。支え合う存在というか。
そうそう。それがたぶん自分の中で音楽って素晴らしいなって思う部分です。等身大で書いてて良かったんだなって思う瞬間だし、自分がリアルに落とし込んだものだから共感をしてもらえるんだろうなって。「会いたいわ」でもそうなんですけど、人それぞれの違った思い出と共鳴していくんですよね。それにまた救われるから、YouTubeのコメントとかもめっちゃ見るんですよ(笑)。「はじまりの日」も、私はあのタイミング(※2021年3月発表)で絶対出したくて、あの時出せて本当に良かったと思ってます。コロナ禍で家族を失くした人もいれば、友達を失くした人もいるし、自ら命を絶つ人もいたし、周りもすごい悩んでた。あのEPは自分の中で死生観と向き合った一枚です。身近にいる家族やスタッフさんもそうだし、関わる人たちや自分も含めていつどうなるかわからないってすごく痛感したし、それをみんなも同じように、あの曲を聴いて感じてくれてた。「改めて周りの人を大切にしよう」と思ったっていう人がいたり。温かい気持ちになってくれて、そのカウンセリング的なことも含めてあの曲を通して伝えられたらなって思っていました。それが実際に伝わったんだなっていうのは実感するから、なんかすごく正解だったなって。
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ーでは改めて、この5年を自分なりに振り返るとどういった時期でしたか?
プロのミュージシャンになるための土台を作った5年間って感じかな。なんかやっとスタート地点に立ちましたって感じですね。
ーでは次なる5年はどんなイメージ? どうなっていそうですか?
何が起きるかわかんないですねー(笑)。 でも、アーティストではない部分での自分自身のことがここ数年で少しずつわかってきたし、それを知ることがすごく大事であることもわかりました。いろんなことが鮮明になってくるんだろうなって思います。無駄なものも省かれていくだろうし、だからまぁ楽しみですかね。5年後もまた同じように「スタート地点に立てました」って言う気がします。本当に少しずつ、焦らないようにしようと思っていて、改めて「rhythm」という曲が表現してるなって。この曲が一番軸になっていて、本当に“私は私のリズムで”っていうのがずっとテーマになっているなと思います。自分自身の人生のテーマでもあるし、歌手人生のテーマでもある。そこが乱れた時に全部ダメになるから、大事にまた5年進んでいきます。
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PHOTOGRAPHY : TAKUYA NAGAMINE STYLING : MASATAKA HATTORI HAIR & MAKEUP : MIHOKO FUJIWARA (LUCK HAIR) INTERVIEW : SADANORI UTSUNOMIYA
*このインタビューは2021年12月30日に発売されたVI/NYL #002のために実施されました。
■VI/NYL
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shintani22 · 3 years ago
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2022年5月2日
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サンフレッチェ広島の仙田社長と共に、市長、商工会議所会頭を訪問。話題の中心は新スタジアム
Jリーグ新チェアマンが広島市長訪問 サカスタ建設に期待示す(RCCニュース 5月3日)
サッカーJリーグの新しいチェアマンが、2日、サンフレッチェ広島のホームでの試合を前に、広島市の松井市長を訪ねました。
ことし3月に就任したJリーグの野々村芳和チェアマンは、サンフレッチェ広島の仙田信吾社長とともに松井市長を訪ねました。意見交換で野々村チェアマンは、サンフレッチェ広島が10年間で3度優勝したことに触れました。
野々村芳和チェアマン 「(10年間で3度の優勝は)サンフレツチェ広島が日本のサッカーにとって、いろんな思いを抱かせてくれるいい成功例だと思う。」
新しいサッカースタジアムの建設が進んでいることに対して、松井市長に期待と感謝の気持ちを伝えた野々村チェアマン。地元への大きな効果があるという考えを示しました。
野々村チェアマン 「目の前で一流選手のプレーが見られる。今まで見たこともない距離や角度から見れる。見方が変わる。楽しさが増えるのは間違いない。」「そこに人が多く集まると、いい作品になって、いい作品になると、けっこうサッカーのクォリテイが上がる。広島でそのスタジアムができることは、サンフレツチェのサッカーのレベルがより上がる可能性はすごく高い。」
Jリーグ 野々村チェアマン「新サカスタに期待感」広島市・松井市長を訪問(TSSライク!)
Jリーグのチェアマンが広島市役所を訪れ、2年後に開業する新サッカースタジアムに期待感を示しました。
2日午後、広島市役所を訪れたのは今年3月に就任したJリーグの野々村芳和チェアマンです。広島市にはサッカーの専用スタジアムが造られることへの感謝の意を示すために、松井市長を訪ねました。
野々村チェアマンは、サンフレッチェ広島が2010年代に3回、J1で優勝したことを称賛。専用スタジアムではサポーターらが一流のプレーを間近で見られるとして楽しさが増すとしました。
【Jリーグ・野々村芳和チェアマン】
「ここ広島でスタジアムができるということは、サンフレッチェのサッカーのレベルが上がる可能性がすごく高いと思っています」
野々村チェアマンは就任後、Jリーグに所属するクラブを順次視察し来場者などから要望を聞くことに努めています。
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広島市中心部、宿泊施設の閉館相次ぐ 長引くコロナ、設備投資に二の足(中国新聞)
広島市中心部で宿泊施設の閉館が相次いでいる。新型コロナウイルスの感染拡大で宿泊客が減ったり、コロナ禍で先行きが見えず設備投資ができなかったりしたことが背景にある。旅行の自粛ムードを受けて団体客の需要が減り、観光業界の苦境は続いている。
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波紋広がる人気ラジオDJの降板劇 悔しさを経て見つけた新たな道(毎日新聞)
あるラジオDJの降板劇に波紋が広がっている。「こんな扱いされるんだという悲しさ、さみしさ、悔しさ、腹立たしさはある」。レギュラー番組の最終回で自らの心境をこう表現し、自身のフェイスブックでもラジオ局の対応を公然と批判。とても「円満降板」には映らず、後味の悪さだけが際立っている。人気FM局で何があったのか。
降板告げられ「この先どうしよう」
騒動の舞台となったのは東海地方で聴取率1位のFMラジオ局「ZIP―FM」(名古屋市)。1993年の開局以来、29年間にわたりレギュラー出演していたジェイムス・ヘイブンスさん(51)が今年1月、同局の浦出高史社長から若返りを理由に3月いっぱいでの降板を告げられた。
ヘイブンスさんは「遅かれ早かれ、終わりが来ることは分かっていた。むしろよく続けられた。リスナー(聴取者)に支えられた」と一定の理解を示しつつ、「1月下旬では、どのラジオ局でも4月からの編成が決まっている。他局へアプローチする時間もなく、『この先どうしよう』という状態だった」
ヘイブンスさんは71年、米海軍の軍人の父と日本人の母の間に生まれ、日米間を行き来しながら育った。川崎市内で暮らしていた22歳のとき、英字紙ジャパンタイムズで見かけた求人に応募し、同局の開局と同時にDJとしての活動をスタート。歯に衣(きぬ)着せぬ発言で人気を集め、2016年からは2時間半の生放送「J―BREAK」(月~木曜、午前11時半)に出演していた。
同局は来年10月、開局30年の節目を迎える。ヘイブンスさんは降板を告げられ「せめて30周年の記念イベントを花道に、気持ちよく去りたい」との希望を局側へ伝えたが、拒否された。契約上、1カ月以上前に降板を通告すれば法的な問題もない。ヘイブンスさんは「法律うんぬんではなくハートの問題。29年間一緒にやってきたのにあまりに急で、あまりにドライ」と唇をかむ。
同局にはヘイブンスさんの降板について抗議の声が多数寄せられたという。井本博久・編成事業局長は毎日新聞の取材に対し「降板理由は、4月の改編方針を踏まえた総合的な判断」と回答。通告のタイミングについては「慣例的にどの出演者にも2カ月前に伝えている。今回も従来通りのやり方に沿った」と語った。
新規開局で「古巣」���倒目指す
ヘイブンスさんは今、愛知県を拠点にラジオ局の新規開局を模索している。「ラジオは楽しいし、自分は世代の壁を越えて楽しめるトークに自信がある」と話し、管轄する総務省と相談中だ。東海地方では2020年に閉局したFM局が使っていた周波数が空いているが、新規参入のハードルは高い。
東海地方で空いている周波数は阪神淡路大震災で、外国人への情報提供に課題が生じたことなどをきっかけに設けられた「外国語放送局」の枠。このときは東京や大阪、名古屋、福岡の4区域で新規開局が認められたが、名古屋のラジオ局は広告収入の伸び悩みなどで閉局した。
総務省地上放送課の担当者はヘイブンスさんの構想について「空いている周波数が有効活用されるのは望ましいこと」としつつ、設備や財務、人員などを見極める必要もあり、「開局までは年単位の時間がかかることもある」と説明する。
高いハードルも応援の声
また、電波法もヘイブンスさんにとっては越えなければならないハードルだ。同法では「外国人や外国法人等は、基幹放送事業者の免許・認定を取得できない」という外資規制がある。そもそも米国籍のヘイブンスさんは現状のままでは事業者になれない。だが、ヘイブンスさんは「開局のめどが立てば日本国籍を取得するつもり」と明かし、運営資金は企業からの広告収入に加え、クラウドファンディングで募る考えだ。
「応援したい」との声は多数寄せられている。レギュラー番組の最終回には長年親交があるラジオDJの草分け、小林克也さん(81)から直接電話があった。小林さんは「あなたがやっていることは誰もやっていないすごいこと。もっと大きな星空でラジオの世界を照らしておくれ」とエールを送り、このやりとりは生放送された。
新規開局を実現させ「古巣」ZIP-FMとのリスナー獲得争いに挑むヘイブンスさん。ラジオ局の名称は「Heart FM(ハート・エフエム)」に決めた。「当初は悔しさでいっぱいだったが、今は新たな目標へワクワクと興奮している」と意気込む。【井上知大】
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【本日 (5/2)の広島県内の感染状況】(広島県)
オミクロン株「BA2」が8割超 さらに置き換わり進む 広島県(TSSライク!)
広島県内では、新型コロナ・オミクロン株の別系統でより感染力が強いとされている「BA2」への置き換わりが、およそ8割まで進んでいることがわかりました。
これは、県内で発生した新型コロナウイルスの患者について、県立総合技術研究所保健環境センターと広島市衛生研究所でゲノム解析を実施した結果、判明したものです。
それによりますと、ゲノム解析した検体のうち「BA2」だった割合は、4月1日から7日までは61.0%でしたが、4月8日から14日までは76.2%、さらに4月15日から20日は83.3%と、週を追うごとに「BA1」から「BA2」に置き換わっていました。
オミクロン株「BA2」は、全国的に広まっていた「BA1」より感染力が高い可能性が指摘されていて、県は引き続き、ゲノムサーベイランスにより発生動向を監視していくとしています。
※ゲノムサーベイランス:ゲノム(遺伝子情報)を解析し発生動向を調査すること
3年ぶり「行動制限ない」GW 飲食店、市場はフル回転 広島(TSSライク!)
最大で10連休、そして3年ぶりとなる「行動制限のない」今年のゴールデンウイークは、人の動きも活発になっているようです。この2年間、コロナ禍に苦しんだ飲食店などは大きな期待を寄せています。
(流川 薬研堀 よし坊・藤本よしゆき店主) 「この界隈のホテルもほぼ満室というのも聞いているので期待はしますよね。そういうのを聞くとよけいにもうかき入れ時です。フラワーあるし、カープがある時はよけいに期待します。後半に入るとスイッチが入るかもしれないですね、私たちも」
飲食街が特に期待するのは3日からのカープ戦です。カープは3日から地元で6連戦。スタジアム周辺の飲食店も一気に忙しくなります。
(カフェ バエル・有松直樹 店長) 「4月も3万人動員ということで、かなり多くの人たちでカープロードも賑わっていたので、このGWの6連戦は期待できます。たくさんの人��賑わうだろうという思いも込めてたくさん食材も仕入れて用意しています」 Q:お弁当も売る? 「売ります」 Q:マックス準備で火曜日からは? 「元気もマックスでガンガン営業したいと思います」
飲食店に食材を提供する市場。今年のゴールデンウイーク、飲食店などからの注文はどうなのでしょうか?。
(広島市中央卸売市場 吉文・曽我敬一さん) 「増えてますよね。料理屋さんも結構増えているし、魚屋さんも魚を買うのがだいぶん増えている。倍までいかないけど3分の2はちがいますからね」 Q:3年位前までに戻ってきた? 「ですね。結構フル回転みたいに忙しいし」
コロナ禍、3年目のゴールデンウイーク。過去2年間とは違う新たな人の流れが生まれ始めています。
にぎわう宮島 来島者去年の3倍 広島(広島ホームテレビ)
3年ぶりに行動制限がないゴールデンウィーク真っただ中の宮島。国内でも屈指の観光地ということで全国から観光客が訪れています。
観光協会によりますと、来島者数は約1万9675人で1日は1万7427人。去年の約3倍の人が訪れたということです。
端午の節句にちなんで廿日市市の名産、鯉の特別展を行っている宮島水族館では、朝から親子連れの楽しそうな声が聞こえました。
宮島水族館経営課 桝上一真 主査「広島等の地元の方から全国の観光客の方まで幅広い方面、世代の方々にお越しいただいていると思われます」
2日までの3日間、来館者数はコロナ前の約7割に達したといいます。
桝上 主査「多くの方にご来館していただき、瀬戸内海まるごと水族館としてのみやじマリンを楽しんで頂ければ」
にぎわいはこちらも。
錦水館 志熊聡 総支配人「待ちに待ったという感じで本当にうれしいというかすごい気持ちが楽に」
露天風呂付きの客室が人気の老舗旅館・錦水館。ゴールデンウィーク期間は約8割の部屋が埋まっているといいます。
志熊 総支配人「お客さまの足取りも軽いな���すごく感じています。3年ぶりの制限のないGWにわざわざ来てもらうので、心行くまでくつろいでもらって良い思い出をたくさん持って帰ってもらえれば」
【国内感染】新型コロナ 30人死亡 1万9353人感染(2日18:00)(NHKニュース)
千葉県 新型コロナ 3人死亡585人感染 3か月半ぶり1000人下回る(NHKニュース)
東京都 新型コロナ 2403人感染確認 先週月曜日より738人減(NHKニュース)
大阪府 新型コロナ 2人死亡 新たに926人感染確認(NHKニュース)
オミクロン株 BA.2に新たな変異 感染力など影響は不明(NHKニュース)
現在主流となっている新型コロナウイルスのオミクロン株に、これまで見られなかった変異が加わったウイルスを国内で初めて検出したと東京医科���科大学のグループが発表しました。新たな変異は、去年夏に広がったデルタ株で変異が見られた場所にみられるということで、感染力が高まっているかどうかなど、詳しく調べるとしています。
東京医科歯科大学の武内寛明准教授などのグループは、先月中旬までのおよそ3か月間に大学の病院のコロナ患者116人から検出されたウイルスの遺伝子を解析しました。
その結果、先月中旬、患者2人からオミクロン株のうち、現在主流になっている「BA.2」に、新たな変異が加わったウイルスを検出したということです。
新たな変異は、デルタ株と同様、細胞に感染する際の足がかりとなるスパイクたんぱく質の「L452」という場所で起きていましたが、感染力が高まっているかどうかなどは分かっておらず、今後詳しく調べるとしています。
また、ウイルスが検出された2人の症状は軽く、海外渡航歴がなかったことや遺伝子の特徴から、ウイルスは日本国内で変異したとみられるということです。
同様の変異があるウイルスはイギリスなどでも確認され、増加傾向にあるということで、武内准教授は「感染力が高い可能性は考えられる。これまでと同様、感染対策を続ける必要がある」と話しています。
3年ぶり制限なしの大型連休 人の移動は感染拡大前の8割近くに(NHKニュース)
3年ぶりに行動制限がないことしの大型連休、都道府県をまたぐ人の移動はこれまでと比べてどう変化したのか。
1日までの3日間についてビッグデータを分析したところ、去年の大型連休より3割増え、新型コロナウイルスの感染拡大前の76%にまで戻ったことがわかりました。
NHKはNTTドコモが携帯電話の基地局からプライバシーを保護した形で集めたデータを使い、1日までの3日間、都道府県をまたいで移動した人の数を分析しました。(15歳から79歳。午後3時台の人数の平均をもとに割合で比較)
その結果、都道府県をまたいで移動した人は、全国平均で東京や大阪など4都府県に緊急事態宣言が出されていた去年の大型連休より30%増えました。
そして、新型コロナウイルスの感染が拡大する前の3年前、2019年の大型連休と比べると76%まで戻ったことが分かりました。
東京からの移動は?
東京都からほかの道府県への移動は去年より21%増え、3年前の79%まで戻っていました。
3年前との比較を移動先の道府県別に見ますと▽沖縄県は100%と感染拡大前の水準に戻りました。
続いて▽神奈川県と埼玉県がそれぞれ91%▽千葉県が86%▽大阪府が85%▽京都府が84%▽愛知県が83%▽北海道が80%などとなりました。
首都圏各地など、ふだんから往来の多い府県に加え、沖縄や京都、北海道といった観光客の多い地域への移動も8割以上となっています。
大阪からの移動は?
大阪府からの移動は、去年より40%増え、3年前の75%まで戻っていました。
3年前との比較を移動先の都道府県別に見ますと▽沖縄県が99%と東京からと同様、感染拡大前の水準に戻りました。
次いで▽東京都が96%▽茨城県と神奈川県がそれぞれ88%▽千葉県が85%▽愛知県、京都府、埼玉県、それに兵庫県が83%などとなりました。
人が戻ってきたのはどこ?
では、より「人が戻ってきた」都道府県はどこだったのか。
ほかの地域から訪れた人の数を感染拡大前と比べると▽埼玉県と神奈川県が88%▽東京都が87%と、首都圏が上位を占めました。
続いて▽愛知県が84%▽沖縄県と京都府、それに大阪府が83%▽千葉県が82%▽福岡県が78%▽兵庫県が77%▽奈良県、北海道、それに滋賀県が76%などとなりました。
東京、大阪、愛知といった大都市圏とその周辺、さらに観光地として人気の地域が上位を占めました。
一方、感染拡大前と比べた訪れる人の割合が低かった順に見ると▽秋田県が57%▽青森県が58%▽岩手県が59%▽長崎県、福井県、それに鹿児島県が60%などとなりました。
去年より大きく増え、感染拡大前の8割近くまで戻った人の移動ですが、その中心は大都市圏や人気の観光地で、地域による差も見られる結果となっています。
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小学校の修学旅行
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5月2日 22:21 震度4 震源:京都府南部 M4.4 深さ約10km この地震による津波の心配はありません。
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amebreak-bootleg-archive · 3 years ago
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2015/06/03 十影 “ネ申物語” Interview
「このアルバムは、俺がやりたかったことを具現化できたと思いますね。1stアルバムは『ネ申曲たち』っていうタイトルで、面白い曲とかツボ付いた曲ばっか詰め込んだ感じだったんですけど、今回は『自分の物語』というか、ラッパーっぽい……ラッパーですね、今回は」
   LUCK ENDの一員として長年東京シーンを中心にシノギを削ってきて、近年はソロ活動をかなり精力的に行なってきた十影。これまでは自身のレーベルからのリリースが主だったが、今作「ネ申物語」はY'Sや今は亡き十影の盟友:BIG-Tの作品をリリースしてきたFOREFRONT RECORDSからのリリースとなる。    十影というと、今作の宣伝文でも自嘲気味に「ギャ���ラッパー!!??カスラッパー!!??」と書かれているように、世間一般のイメージはゲスい/下品/ふざけていると���ったモノが大半かもしれないし、それは今作でもあながち外れてはいないのだが(笑)、その一方で今作後半部の楽曲から滲み出ている、彼の仲間思いだったり誠実な側面は、今作の振れ幅の大きさを考えるとかなりズルいと思ってしまうぐらい、ピュアだしグッと来る。今回は、全曲解説スタイルで、ギャグ/下ネタからマジメな楽曲まで、その真意をガッツリ語ってもらった! インタビュー:伊藤雄介(Amebreak)  
■ここ1〜2年はアルバムやミックステープ、配信リリースなど活発にリリースしていたよね。 「結構、曲の出し方が『ヘタな鉄砲でも撃ちまくろう』っていうテーマでしたね。『何か当たんねぇかな』みたいな(笑)。模索ってワケでもないんですけど、取り敢えず『何でも出来るよ/偏ってないよ』っていうのを見せようとしてチョコチョコやってました」   ■今作に入ってない曲で、十影君的に作って手応えを感じた曲は? 「このアルバムに入ってない曲だと、ウンコの歌(“今そこにある危機”)とか」
■あの曲かよ。
「まあ、アレはそこまで話題にならなかったけど、『コレ、他のヤツ出来ないだろ?』って。でも、MICADELICも同じテーマでやってたんですよね」
■偶然にも、MICADELICが10数年前出した曲とタイトル/テーマ共に被るという。人類は進化しないな……。
「あの曲で、起承転結付けて3ヴァース目にオチが付いてるっていう構成で、一番最初に出来た良い曲だな、って。基本、パッションみたいのを感じたり、気が向いたときに録ったりするんですけど、自分、ヤリマンだからやりたいことがコロコロ変わるんですよ」
■でも、MVも積極的に作っていたというのも幸いして、十影君のキャラというのが、以前より世間に分かりやすく伝わるようになってきたのかな、って。以前はやはりLUCK ENDの一員ということもあり、ストリートというか、不良というか、コワモテというか武闘派なイメージというか……。
「フフフ、そうなんですよ、よく勘違いされるんです。昔、『マッドマックス』って超ド不良雑誌に載ったんですけど、別に大したこと喋ってないのに、普通に掲載号見たら『文句があるヤツはかかってこい。いつでも相手になるぜ(十影)』って書いてて、『……死んだー!』って(笑)」
■一気に賞金首キャラになってしまった、と。
SOY-B(LUCK END)
「当時渋谷に住んでたから、気が気じゃなかったよねー」
■まあ、とは言え実際LUCK ENDがグループとして���ンガン動いてた頃は、やっぱイケイケな印象は少なからずあったよね。でも、それがソロを出すことで、より十影君の“素”が伝わりやすくなったのかな、って。
「そうですね。最近は(ライヴ会場で)モヒカン触られたりするっす」
■客も結構攻めるな。
「でも、俺も結構お茶目だから『やめろやめろ〜』って言いながら触らせてます。俺、許容範囲広いんで。そういえば、こないだ地方ライヴに行ったらスゲェ熱心なヘッズが来て、『いつも聴いてます!CDも全部持ってるし、マジヤバイっす!写真撮って下さい!』とか言ってきて、最後の最後に『これからも応援してます!頑張って下さい、ムカデさん!』って言われました。でも、そのときも取り敢えず『あー、ありがとうありがとう』と対応しましたね(笑)」
■そんなこんなを経て、今回2ndアルバム「ネ申物語」が出たワケだけど。
「このアルバムは、俺がやりたかったことを具現化できたと思いますね。1stアルバムは『ネ申曲たち』っていうタイトルで、面白い曲とかツボ付いた曲ばっか詰め込んだ感じだったんですけど、今回は『自分の物語』というか、ラッパーっぽい……ラッパーですね、今回は」
■前作は何者だったんだよ。
「前作はラッパー“風”ぐらいな感じでしたね。今回はもっとラッパーぶってみました。ラッパーってやっぱ、自分の生い立ちを歌ったりとか、『俺はこう思ってるよ』とか『俺は今こんな感じだぜ』っていう曲が多いと思うんですよ」
■そりゃ、基本は主張が多くなるよね。
「以前は、ハッキリ言ってそういう欲がなかったんですよね(笑)」
■まあ、そうだよね。言ったら“ネタ感”のある曲が多かった。
「そうです、ネタだったんですよ。だから、『メッセージ性:ゼロ』みたいな。でも今作は、せっかく聴いてくれる人も増えてきたので、自分がやりたいこと/伝えたいことを全部詰め込んでみようかなと思いました。今作は、ビート集めの段階で(曲調を)3タイプに分けたんです。トラップ・ビート、サンプリング物、弾き系のトラックを、3分の1ずつ分けようと思ったんです」
■なんで?
「いや、やっぱ日本語ラップ好きなヤツが好きな自分の曲調は、その3タイプに分かれると思うんですよね。俺はこれまでその3タイプの曲は全部やってきてるんですけど、俺のトラップ・ビートの曲は好きだけど、サンプリング系の曲は好きじゃないってヤツがいたりして、反応が毎回違うんです。『だったら3分の1ずつ入れるし、取り敢えず他の3分の2飛ばしてもいいから、どれか気に入ってくれたらいいよ』って感じですね。でも、『ちゃんと聴いてくれれば全部良いけどね』っていうスタンスも込めて作りましたけど」
01.“アシダマナダヨ”(Pro. by BERABOW)
「芦田愛菜っぽいじゃないですか、俺とか」
■うん……。
「……いや、見てくれが、じゃないですよ。俺が今置かれてる状況を芦田愛菜に喩えて、『自分はこう思ってる』みたいのを伝えたくて。すごい難易度が高い技だったんですけど」
■リスナーにとっても難易度高いわ。
「芦田愛菜ちゃんは、今はすごい注目されてるじゃないですか。でも、バーッと売れたけどその後廃れてしまう人も多いから、『芦田愛菜ちゃんも、まさか��達祐実みたいになっちゃうのかな……』みたいに思って」
■大人になってヌード写真集出す、みたいな?
「そうそう(笑)。そういうことを思いつつ、俺も1stアルバムを経て、2ndアルバムをFOREFRONT RECORDSから出すということで、自分で言うのも何ですけどちょっと注目されてるタイミングだから、俺の状況と重ね合わせつつ『ちょっと今注目されてるけど、今後はこういう風にやっていきたい』っていうことを書きました。ふざけた歌に聴こえるかもしれないけど、ヴァースとか内容は熱いです」
■芦田愛菜は子役だけど、キャリア的に「自分もまだまだです」みたいな想いも重ね合わせてるのかな、って思ったんだけど。
「あー、子役っていうか俺はまだヒヨコっすね。髪型もヒヨコみたいだし。ずっとやり続けてはいたけど、いきなり超高層ビルのエレベーターに乗っちゃった、みたいな盛り上がりは今までないんですよ。取り敢えず、地道にお遍路参りしていたような感じなんで。ラップ始めて14年経つけど、やっとここまで来れた、っていうのは確かにありますね。ここで俺が『アサダマオだよ』って言うのはやっぱ違うな、と」
■この曲からは、これからの自分が向かう道への覚悟が感じられる一方、焦りや危機感も正直に綴ってるよね。
「アルバム通して正直者になろうと思ったんですよね。だから、『俺はこれからもやっていくぜ!』だけじゃなくて、『俺はやっていくけど、廃れねぇように頑張らないとな。それは、今までやってきた中で聴いてくれたりライヴ観てくれた人たちのためにも』ということまで言いたかったんです。俺も超ヘッズだったから、超聴いてた好きなラッパーがいつまでも新曲出さないとか、ラップ辞めていくのが結構ショックだったしイヤだったんで、そういう風にはなりたくないな、って自戒も込めました」
■「できるなら生まれ変わりたい/もしも俺が見てくれSKY-HI/だったら毎日揉んでるぱいぱい/でも俺は俺のままカマしたい」とか、本当にSKY-HIに謝った方がいいと思うけど。というか、見てくれの問題じゃなくて、こういう発想だからSKY-HIになれないんだろ、っていう。
「俺、日高君と同じ容姿だったらマジクソ調子こいてると思いますね、今の容姿の時点で調子こいてるんだから。日高君のことはリスペクトしてますよ。俺のことを客演で呼んでくれるラッパーはみんな神様です(笑)。だから、俺も日高君の名前を使ってチャラつけたらな、と。『日高君?俺トモダチ。俺ん家来る?』っていう……絶対来ねぇ(笑)」
02.“Independent Man feat. Niyke Rovin & YOUNG HASTLE”(Pro. by KM-MARKIT)
「この曲を出すタイミングでレーベルに所属するという、マジ意味不明なことをやったんですけど」
■そうだよね。それ故に不思議に思ったんだけど。
「今まではずっとひとりというか、自分のレーベル(JUICY ENTERTAINMENT)でやってきたんですけど、自分のように自分たちでやってきたYOUNG HASTLEとNiyke Rovinに参加してもらいました。HASTLEのヴァースもすごい内面的で全部曝け出してる感じだけど、俺も結構悔しい思いをしてきたんですよね。若いときからラップやってきて、作品出してもライヴやっても相手にもされなかったし、そういうのでフラストレーションが溜まって『辞めようかな』って���ったことも何回もあるけど、一緒にインディペンデントでやってきた仲間のBIG-Tが亡くなったこともあって、『バカヤロウ、俺たちは自分たちだけでここまでやってきたんだぞ』って気持ちを、キレイ事抜きでリリックに出来たらな、って」
■これまでインディペンデントでやってきたのが誇りでもあるんだと思うけど、そんな十影君が何故このタイミングでFOREFRONT RECORDSに所属することになったの?
「元々、自分だけでレーベル運営をやることに限界を感じてたんですよ。裏方の部分も全部やってきたけど、裏方として動いてると曲も作れなくなっちゃうし。そんなときにFOREFRONT RECORDSが立ち上がって、そこにテル(BIG-T)も所属してたじゃないですか。最初は宣伝とかを業務委託でやってもらおうと思って相談したんですけど、『それだったら所属でやろうよ』って言ってくれて、『そうか……こんなスケベなヤツでも囲ってくれるのか……』って」
■スケベは関係ないでしょ。
「『こんな変質者を囲うなんて……』って。俺は、FOREFRONT RECORDSのマイナス・プロモーション担当です。表の部分はY'Sセンパイが担当して、それで俺はY'Sの名前を騙って『Y'Sって知ってる?俺なんだけどさ』って」
■レーベルにとってこの移籍はメリットあるのかね……?(笑)
03.“キッズリターン feat. MICKY RICH”(Pro. by yuto.com)
「yuto.comのビートを聴いた瞬間に、こういう曲を作ろうって思い浮かんだんです。少年時代 --小中の頃と今の自分について1ヴァースずつ当時の心境を思い出しながら書きました。『こういう少年時代だったよ』っていうのを、あまりクドくない形で、触り程度に書いていきましたね。一曲で深いとこまで書いちゃうと、この先こういう曲作るときにネタがなくなっちゃうので。俺、小出しスタイルなんですよ(笑)」
■十影君って“少年”っぽいなあ、と前々から思ってたんだけど。
「少年ですねぇ……31歳ですけど」
■いい加減卒業しろとは思うんだけど。良く言ったら無邪気、悪く言ったら悪ノリが過ぎるというか。ガキっぽい悪ノリな感じがキャラのひとつであり、魅力ではあると思うんだけど。
「悪ノリな感じは素なんですよね。逆に、クラブにはカッコつけようと思って行くんですよ。片隅でバーボンのロックでも飲んで、キメてやろうかな、って思ってるんですけど、一杯飲んだら楽しくなっちゃって結局素に戻っちゃうんです」
■大人っぽさ=バーボンっていうのもガキっぽい安易さだな……。
「そういうの飲めばなんとかなると思ってます」
04.“好色女子応援歌”(Pro. byYOSHIDA KAZUHIRO)
「この曲は、こういう思想を持ってらっしゃる知人の女性がいて、その方とオフ会をしたときに……」
■オフ会……?
「サシで呑みに行ったんですよ、そういう関係で���ないんですけど。良い娘なんですけどハジけてる娘で、結構男遊びをしちゃう娘なんですよね。『こういう男に結構良い感じでイッても、最後にいつもダメになっちゃうんですよ』みたいに、愚痴を俺にスゲェ言ってきたんです。俺、人の話とかあんまり聞かないんですけど、そのときは『おぉ……もっと詳しく』って。そのときに、遊んでる女の子の心境を全部語ってくれて、『ヤベェ、遊んでる娘はそう思ってるんだ!』って思って、『コレは曲にしないとイカンな……』と」
■……使命感?
「その娘は俗に言うヤリマンなんだけど、その娘に『アタシはヤリマンとかビッチとか言われるのイヤなんで、呼び方考えました。“ゴッド”です!』って言われました」
■自分が神だと。
「『取り敢えず“ゴッド”って呼んでほしい。そしたらなんかカッコ良いじゃないっすか?』って。俺は、遊んでる女の子に偏見とかマジでないんですよ。彼氏がいるのに遊んでる子とかはあんまり好きじゃないけど、彼氏がいないときに撃ちまくってる女の子はマジナフリスペクトなんです。ちなみに曲は、サビも含め全部1時間半ぐらいで書き終わりました」
■それを言って何をアピールしたいの?
「いや、そんくらい言霊が溢れてた」
■そういう娘は、例えば同性からはすごい嫌われたりするよね。だけど、十影君は「自分が自分であることを誇れ」というエールを彼女たちに送りたいということだな。
「エールを超送りたいんですよ!男って、『女とヤリまくってるぜ!』って言うと結構リスペクトされるじゃないですか。『豪傑だねー』みたいな。でも、女の子が『ヤリまくり〜』みたいに言うと、評価が正反対じゃないですか。だから、俺は逆にそういう女子を“豪傑”と呼びたい」
■まあ、でも、そういう風に言っておきながら、結局はこういう女が増えてもっと自分がヤレればいい、って思ってるだけでしょ?
「またまた〜……正解(笑)」
05.“ゴポガポゲポガポ feat. サイプレス上野”(Pro. by yuto.com)
■さっき話してたように、ちょっとスカした感じでバーボン舐めようとしてた十影君は、結局この曲で歌われてるような状態になってしまうということだね。
「コレはもう、リリックの通りですね。結局、酒を呑むと『次の日の用事が……』とか、飛んじゃうタイプなんですよ。『もう酒呑めないの?』って言われたら『呑めるわい!』って、ムキになっちゃう。結構体力あるから、なかなか死なないし」
■よくクラブでゾンビみたいになってるところは見るね。
「1ヴァース目はそういったときの状態のことを歌ってるんですけど、3ヴァース目は、超酒強い女と(張り合って)何十杯も呑んで『この野郎……逆に俺がヤラれるんじゃねぇか?』ってなったけど、結局女の方がグダりだして、俺も瀕死の状態なんだけど『……勝ったぜ……』って。……で、その後チェックインするワケですけど、ナオンのおパンティを……(中略)……そうしたら『オロロロー』って吐いちゃったんですよ」
■……最低だな……じゃあ、このヴァースは実話なのかよ。
「まあ、そういう、誰もが一回は経験あるような『お酒あるある』ですね」
■��の曲でサイプレス上野を客演に招いた理由は?
「だって、上ちょっぽいじゃないですか〜」
■それもサ上に若干失礼な気が。
「いや、酔っ払って良い感じになってるとこをしょっちゅう見るんで。でも、彼がゲロ吐いてるとこを見たことはないので、『上ちょ、ゲロとか吐く?』って訊いたら『もちろんだZE』ってメール返ってきたので『じゃあ、このテーマで……』ってお願いしました(笑)。この曲は、誰かと一緒にやりたかったんだけど、キャパの大きさ的に出来る人が上ちょ以外に思いつかなかったんですよね。俺のヴァースだけ入った音源を送ったら『トカちゃん……ゲロの歌でこういう感じ……最COREだZE……すぐ書くZE』って返事が来て。また居酒屋のゲットー感がリリックに出てるじゃないですか。本当にこの人は望み通りのことやってくれるなー、って」
06.“Skit feat. SOY-B from LUCK END”(Pro. by DJ Q-BANG)
「OZROSAURUSの1stアルバムで、MASTA SIMONさん(MIGHTY CROWN)がシャウトしてるじゃないですか。ああいうスキットをどうしても入れたくて」
■そこからなんだ(笑)。
「で、同じクルーでレゲエやってて、一番近くで俺のことを見てきてくれたヤツだから、そういうメッセージ性強い感じでスキットをやってほしい、って誘ったんですよね」
SOY-B「結構前から『スキット頼むよ』って言われてて、『そんな気が利いたこと言えるかな……』って不安で、俺としては仲間として尊敬してるヤツからもらった話だから、かなりの責務だと思いましたね。色々考えて、正直に思ったことをメッセージに込めた気がします。その言葉の裏には『十影ナメんなよ』って気持ちがありますね」
■この曲では、最後の方に十影君のa.k.a.がいくつかシャウトされてるよね。それぞれ、なんでこういう異名が付いたのかの説明をお願いします。まず、なんで“なめたろう”?
「ナメてるし、舐めるの好きだし……」
■アダ名って、大体他人に付けられるモンじゃん?
「他人が付けますね」
■じゃあ、“なめたろう”も誰かに付けられたんだ?
「いや、自分っすね」
■自称かよ。
SOY-B
「フザけた会話の中で、ポンっとa.k.a.が出て来るんですよ」
「今回入れなかった以外にも色々あるんですよ。“カリスマ試着室”とか」
■“カリスマ試着室”とは?
「俺がクラブでナンパして女をフロアの端に追いやるときに、『ほら見てごらん!パルコPART 3の試着室だよ!』って(覆い被さるように)囲うっていう」
■うわっ、キツ!
「そういうときに使う技で、ウチのクルーのCAZINOがマジでa.k.a.付けたがりなヤツで、『いやぁトカちゃんホント、カリスマ試着室だよ〜』って(笑)。それ以外にも“キャンタマエレベーター”っていうのもありますね(以下略)」
■“スケベ椅子職人”は?
「某ストリート系雑誌の『BBOY PARK』特集に俺が載ってて、スキンヘッド+バンダナ+迷彩の上下とかだったのに『BBOY PARKで見つけた一番のオシャレさん』とか書いてあって。そのときに、『職業は?』って訊かれたんで酔っ払ってた俺は『俺か?スケベ椅子職人だ(ドヤ)』って答えたら、それが半ページぐらいのデカさで載ってました、『職業:スケベ椅子職人』って。本当は、スケベ椅子は作れません」
■もう、いちいちエピソード訊くの疲れたから次の曲行きます。
07.“TKG”(Pro. by ZOT ON THE WAVE)
「まあ、これもa.k.a.ですね。別名というか、“十影”を英語にするとTKGになる。KOHH“JUNJI TAKADA”のビートジャックをやったときぐらいから言い始めたんですけど、KOHHがあの曲で『ティートゥエーニィー』って言ってるじゃないですか。あそこをなんかパクりてぇな、って思ったら『ティーケージー』ってフレーズが思い浮かびました。で、コレで曲を作ろうと思ったとき、めちゃめちゃ洋モノっぽいことをしたいな、って思ったんです。DRAKEとかTYGA、WIZ KHALIFAみたいなラップを日本語ラップのフロウにしてやってるラッパーって結構多いじゃないですか。でも、WAKA FLOCKA FLAMEっぽいラップをする日本人っていなくないですか?そういう男くさいアッパーなラップをやってみました」
■故に、LEX LUGERっぽいビートも使ってる、と。韻のところを女の子に歌わせてるのが、個人的にはジワジワ来て、それが曲のキャッチーさにも繋がってると思うんだけど。
「韻を踏むとこだけフロウを固定させてるじゃないですか。その部分を自分の声でやっても意味ないかな、って。最初は自分の声を変えてやろうと思ったんですけど、それも違うな、って思って、女の子にやってもらったら逆に『言わせてる感』も出るし、キャッチーになっていいかな、って思ったんですよね」
■「誰もがビビるタフな陰茎」とか、完全に言わせたいだけだもんね。
「その部分とかレコーディングのときに、『……あ、今のとこちょっとキーがズレてるから、もう一回いいかな?』ってもう一回頼んでみたり」
■本当にクズですね。まったくプロフェッショナリズムを感じないエピソードだ。
08.“The End Of The World feat. RAW-T”(Pro. by Saburo Beats)
■で、この曲で一転マジメな曲調になるって、何考えてるんだよ。アルバム中でも異色な曲だと思うけど。
「やっぱりBIG-Tがいなくなってから“死”というモノが近い存在というか、意識するようになったんです。『死んだらどうなるんだろう?』とか。死んだら世界は終わるし、世界が終わったら死ぬんだな、みたいなことを考えたとき、『明日世界が終わってもいいように動かないとダメだな』って思うようになったんです。明日世界が終わって死ぬってときに、仲間とわだかまりが残ってたり好きな女とセックスしてなかったらイヤじゃないですか。死ぬときにしこりを残さないように生きていきたいという意思表明なんですよね。アルバム作ってるときに思ってたんですよ、『6〜7曲録れたけど、明日死んだらヤベェな。録り終わるまでは死にたくねぇ』とか、スゲェ思った。BIG-Tが、ま��やりたいことがあってこれからやっていくぞ、ってときに死んじゃったから、アイツの気持ちを考えると俺は『明日死んでもいいように頑張っていこう』って思ったんですよね。アイツの分もやっていきたいって気持ちも強いし。で、(客演で参加した)RAW-TもICE DYNASTYの初期メンバーのMIRAを亡くしてるから、境遇もグループ内で置かれてる立場も似てると思うんですよ。だから、この曲はRAW-Tにしか頼めねぇな、って誘ったらスゲェ良いヴァースを蹴ってもらえましたね」
09.“伝えたい事がある”(Pro. by Pentaxx.B.F)
■で、この曲では正にそのBIG-Tに向けて歌っている曲だけど、今作を作る上で、やっぱりこういう曲は外せないという思いがあった?
「この曲はアレですね、“経過報告”ですね。『今、こんな感じなんだぜ。でも、お前がいたときはこんな感じだったな』みたいな感じで。この曲を墓前で聴かせてあげたかったんです。彼の命日にこの曲をYouTubeで公開したんですけど、テルのお兄さんがこれを墓の前で流してくれたらしいんですよね。……彼がいなくなってから『自分もやらないと』って思うのは遅かったし、本当にダメだなって思いますね。ヤツがいたらもっと出来たことがいっぱいあっただろうな、って想いもあるし、でもいなくなっ���からそれを言ってもどうにもならない。せめて、アイツが思っていたことを少しでも叶えてやりたいな、って思います。アイツが死んだ日から、アイツの五体になったつもりで動いていきたいってずっと思ってるんですよね。だから、彼に『アルバム出来たし、取り敢えずちゃんとやってるからよ』って……ちゃんとやってるかは分からないですけど(笑)、そういうことをテルにまず聴いてほしかったんです」
■十影君から見て、BIG-Tはどんなヤツだった?
「台風みたいな男でしたね。身内ではしゃいでるときは俺と一緒で、本当に子供だったし、結構ギャグやくだらない話も好きなヤツでした。楽しいことを常に求めていて、それがいろんな方向に行っちゃうようなヤツでしたね」
SOY-B
「いなくなっちゃったからこそ、台風みたいなヤツだった気がするよね」
「そういう風に考えると、すごい速度で生きてきたヤツだな、って。戦国武将みたいな感じ」
SOY-B
「頭も良いヤツだったし、戦国時代だったら結構良い地位まで行けるヤツだったでしょうね」
10.“My Way”(Pro. by KM-MARKIT)
「この曲はもう、仲間に向かって歌ってる曲ですね。LUCK ENDでは自分がリーダーみたいな感じでやってきてたけど、イヤな思いもいっぱいしてきて結構投げやりになってたりしたときもあるんです。でも、仲間がなんかあったらすぐ消えるようなラッパーとか超多いじゃないですか。LUCK ENDのヤツらはそんなときでも絶対に逃げ出さないでいてくれたんですよね。俺、ヤカラに六本木で軟禁されて3時間ぐらいシバかれたときがあって、携帯なんかいじれない状態だったけど、なんとかポケットの中の携帯から、着信履歴の最初に残ってたテルに電話したんです。俺は何も喋れる状態じゃなかったけど、バンバン詰められてる声がテルに聞こえてて、『この声はアイツのとこか』って気づいた彼らがすぐ向かいに来て解放してくれたんです」
■スゲェ、映画か不良マンガみたいな話だ(笑)。
「携帯鳴らした15分後ぐらいに来てくれましたね。そのとき、俺は顔パンパンだったんですけど、解放された瞬間にみんな笑ってて、テルに『口ん中とか切れてるっしょ?刺身パーティしようぜ!』って言われて、みんなで築地行って死ぬ程マグロ買ってアジトで顔冷やしながら刺身食ってました。アレは良い思い出ですね。LUCK ENDは『帰る場所』なんですよね。何かイヤなことがあったらブレたり投げ出したくなるけど、そんなときに帰れる場所がある中でやれてる俺は幸せだな、って。この曲はアルバムが完成してからメンバーに聴かせたかったから、(取材時)まだ誰にも聴かせてないんですよ」
SOY-B
「まだ聴いてないですね(笑)」
■そういう粋なことするんだ……いやらしいなあ……(笑)。
11.“ネ申曲2”(Pro. by shirakabe sick)
「自分、結構ニュースとか超観るし、社会情勢や時事ネタとか詳しいんですよ。今、日本と世界でどういうことが起きてるか知っていたいし、知ってないとダメだと思うんです、狭い世界で生きていたくないから。最近だと“イスラム国”の問題とか、川崎の少年が殺された事件とか、色々考えさせられましたね。日本や世界で『なんかおかしいな』って思うようなこと、結構あるじゃないですか。でも、日本人って無関心すぎると思うんですよね。この曲では、『こういうことがあって』っていうことを掻い摘んで言ってるから、そこまで突っ込んだ内容にはなってないですけど、知らないリスナーがいたらここから興味持って色々知っていってもらいたいな、って思いますね」
■さっき言ったけど、僕の中での十影君のイメージって無邪気だったり少年っぽい感じだったんだけど、この曲含め今作の後半部分って、ちょっと大人への階段を上がろうとしてる感じがあるな、って。今作を作ったことによって、自分自身が成長できたという意識はある?
「あー、それはすごいあるっすね。このアルバムは『作ろう』っていう感じじゃなくて、『作らなきゃいけない』と思って作ったんです。今まで生きてきた経緯や、仲間にあった色々なことを踏まえたら、コレは世に出さないといけないミッションだ、っていう気持ちが強かったです。だから今作はマジメな曲も多いけど、作るのに苦戦した曲とかも結構ありましたね。頭プシューってなってきたんで、次のミックスCDでは『身になる曲:ゼロ』みたいな内容にしたいですね(笑)。今回のアルバムは自分の中では良い感じに出来たしすごい自信がある一枚なんで、反動で『良いの出来たから、取り敢えず次はまたフザけんべ』ってなるんだと思います。カメレオンみたいな人間なんで、そのときの気分ですね」
■具体的に、次作りたいアイディアとかあるの?
「いろいろあるっすね。それは出たらのお楽しみって感じですけど、マンガで言う“ネーム”はいっぱいあるんですよ。10分の1ぐらいしか出来上がってないですけど、そういうアイディアが溜まってる内はどんどん具現化していかないとダメだな、って」
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arsemard · 4 years ago
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ひょっとしたら、Touche Amoreはあなたのフェイバリットバンドかもしれない。私はいくらかお金を賭けてもいいが、あなたがエモかハードコアを聴く人なら、そしてその両方に浸っているならまず間違いなく、あなたはどこかの時点で彼らのアルバムを誰かに勧めたことがあるはずだ(たいていは『Is Survived By』だと思う)。Touche Amoreがあなたの好きなバンドではなかったとしても、あなたの知り合いの好きなバンドであることはまず間違いない。このバンドは、ハードコアの中でも最もハードコアなファンベースを持っていて…まぁ、リードシンガーのJeremy Bolmと話した後ならその理由はすぐわかる。
あなたがJeremyのバンドに関心があるなら、彼は喜んでその対価を返す人物だ。彼は感謝と謙虚さの模範であり、静かな性格のデュエル・ファシストであるため、彼自身の精神の健康を危険にさらしてでも、非常に親しみやすいのだ。Touche Amoreの4枚目のアルバム『Stage Four』に対する圧倒的なファンの反応は、2016年に癌で母親を失った経験を深く掘り下げ、Jeremyは一部のファンの悲しみや喪失感の代弁者となった。これを受けて、バンドのニューアルバム『Lament』は、前作への反響を整理し、愛する人の死によって開かれる悲しみの無限の地平線と折り合いをつけようとする試みとなっている。
以下は今年の夏に行われたMick RとJeremyとの電話での会話の記録です。このトランスクリプトは、わかりやすくするために若干編集されています。
*****
インタビューを受けてくれてありがとうございます。次号であなたの特集を組めるのをとても楽しみにしています。
どうもありがとう。
New Noise Magazineについてはご存知ですか?
もちろん。何冊も持ってるよ。フレキシ(ソノシート)付きとかもやってるよね。いつも雑誌の内容について本当にクールだと思ってたんだ。
私たちのやっていることを気に入ってもらえて嬉しいです。全然馴染みのない方もいるので。
君たちはあらゆるジャンルをカバーしつつ、今もフィジカルな雑誌として残っている数少ない一つだから関心を払わない方が難しいね。
ええ、今もフィジカルとしての雑誌がメインであり、ウェブサイトの補足ではないという部分は気に入っています。以前はよく雑誌を集めていたとか、ZINEシーンにハマったというようなことはありましたか?
うん、過去に少しだけならあるよ。2000年代初頭に”Status”というジンがあってね。サウザンドオークス(カリフォルニア州南部の都市)で発行していたジンがなんだけど、���Statusを作っていた)彼はレーベルもしていて、Curl Up and Dieやthe Casket Lotteryなんかのレコードをリリースしていたんだ。僕がジンに寄稿したことがあるのはあの時が唯一の経験なんだけど、そこでレコードレビューを書いたり、いくつかインタビューもしたね。 そう、19か20歳の時にConvergeのJacob Bannonにインタビューしたこともある。何年も後になって、彼と直接話せるような間柄になってから「覚えてないと思うけど、君にインタビューしたことがある」って言ったら「オー、シット!クレイジー!」って反応だったね。
彼はそのインタビューであなたのことを覚えていなかったんですね。
もちろん覚えてないと思う。 確か“You Fail Me “か “No Heroes“のツアー中で、ちゃんと日付を確認してみないといけないけどね。今でもそのテープを持ってるよ。まだデジタル・レコーダーが出る前でインタビュー用のミニ・テープなんだけど、どこかにあるはずだ。
どこかのタイミングで(そのテープを)公開する価値はあると思いますか?
まぁ僕もそれは考えたけど、個人的に聞き返して楽しむだけかな。再生する機器も持ってないから、聞くためだけにもう一台買わないといけないし…。まぁ何があったのかは神のみぞ知るってとこだね。確か(レコーダーは)雑誌のオーナーから借りたものだったと思う。 実は数年前に僕は”Down Time”というジンを出したんだけど、当時のそのインタビュー記事を転載したんだよね、(元となったオリジナルの)ジンのコピーはまだ持ってたから。でもインタビューの音声自体は最初の時からもうずっと聞き返してない。めちゃくちゃ緊張しているはずだから(聞き返せば)多分面白いだろうけど少し恥ずかしくもあるよ。
過去の自分を振り返って「おお、これが自分か…」と実感するのはきついこともありますよ��。振り返ると言えば10月に「Lament」というニューアルバムが出ますが、このアルバムは内省や回顧といったテーマに焦点をあてているように思います。明確にタイトルにも示されていますが、これらのテーマに関して説明してもらえますか?
僕達の前回のアルバム「Stage Four」は、自分の母の死とそのプロセス全体を扱ったアルバムだった。今回のアルバムは、あのレコード(Stage Four)がリリースされた後の自分の人生について、あのリリースが自分の人生にいかに影響を及ぼしたのかについて書いているんだ。自分自身の悲しみについてまっすぐ正面から向き合うことでどういった問題が起きるのか、オーディエンスの反応が自分の人生にいかに影響を与えたのか、そしてあの苦しみを通して人々と培うことができたつながりについてもね。 それから、本来ならなる必要のない代弁者になってしまったこと、悲しみに関して相談されることが多くて、それにどう対応すればいいのかわからず、丸一日を棒に降ってしまうことについても。ツアー中なら誰かにそういう話題を話しかけられるのは日常的にあるけど、家にいるときでさえそういう内容のDMや��ールが来ない日はないんだ。 それに対応するのは自分だから。でももっとポジティブな面でいえば、(このアルバムは)人生の中で自分を支えてくれた人や支えてくれなかった人を映し出しているとも言える。だから、そういうことに関するあらゆるトピックに触れていると言えるね。
悲しみや喪失感に関することで相談されて、あなたが自分の手に負える範囲を超えているなと感じるのはどういった状況でですか?
どこからともなくいきなりそういう目に遭うんだ。ツアー中、コーヒーを買うのに歩いていたり、レコード屋でレコードを見ていたりすると、誰かが近づいてきてね。自分は誰とでも話すのが好きな方だしバンドに関心を持ってくれる人には本当に感謝しているからヘッドフォンを外して「ヘイ、元気?」って感じで楽しい会話になりそうな気がするんだけど、大抵の場合「妹が脳腫瘍で死んだことを知ってほしいんだ、あなたのレコードは本当に自分の支えになったから」とか。もっとハードなのだと「ねえ、一体どうやって折り合いをつけたの?」とか。というか、人にアドバイスできるほどちゃんと用意ができているとは全然感じてないんだ、僕自身が今も折り合いをつけている最中だからね。 そういう点でいえば、僕は悲しみや苦しみに終わりはないと思ってる。だからしんどいよ、潜在的には良い一日を過ごしていて、頭の中も良い状態にある時に、そういうことで気が散ってしまうのは。それはそういうことをシェアしてくる人に対して感情移入するからだけじゃなくて、どうして自分とシェアしてくるのかっていう理由にも共感するからね。もし自分が逆の立場で、自分が経験している苦しみゆえにあるレコードとつながりを感じていて、そのレコードを作ったバンドの人間に会えたとしたら、自分だって同じことをすると思うんだ。僕だって伝えるさ! 僕が感じているのはそういう類いの罪悪感なんだ。精神的な余裕がないって理由でDMにはまず返信しないし、悪いとは思っているんだ。届いたメッセージに目を通して「ステージ4」とか「癌」とかの文字が出てくるだけでもうきついんだ。だから 共有したいと思っている人達に対して心を開いてないことに罪悪感はあるんだけど、もうただ無理なんだよね。そういうのを読むのは本当につらい。彼らがなぜそうするのかがわかる罪悪感と、なぜそうするのかに共感する気持ちの狭間なんだけど、ただ期待される役割を果たすことが自分はできないと感じてる。
ええ、あなたは精神科医というわけでもないですしね。

正直言って、自分も答えを持っているというわけじゃないんだ。
大抵の人はあなたにそういった感情を吐露するだけで満足なんでしょうか?それともあなたから積極的に何かを求めているような状況に遭遇しますか?
その時と場合によって毎回違うね。ある時はアドバイス的なものを求められて僕にはそうする資格がなかったり、レコードに共感したからという理由で何かをシェアしたいだけって人もいる。繰り返しになるけど、僕にはよくわかるんだ。僕の人生においても自分にとって意味のあるレコードを出してきたバンドがたくさんいて、そういうことを本人達に伝えた機会もあったからね。 若い頃は、レコードを聴いて自分がどう感じたか、そ���を直接伝えることがアーティスト本人に影響を与える可能性なんて考えたこともなかった。そのレコードがアーティストにとってどれほど深くパーソナルなものだったとしてもね。自分がファンだったり、レコードに心を動かされた時にそういうことはまず考えないよね。でも今、自分はそういうことが起こり得ると実感できるポジションにいて、上手い言い方が出てこないけど、ある意味で”Oh, god…”ってなるきっかけになり得るというか。 僕らのバンドは何年もかけてそういうことに気がつくようになった。みんなどれだけ意識していたかはわからないけど、ある時ツアーでライブが終わった後、徹夜で移動する前にスライスのピザを一切れ食べようってことでまだ開いてる店を探しながら、僕らのグループは通りを歩いててね。みんなすごくいい雰囲気だった。確かトロントでのことだ。とにかく、みんなで店まで歩いてサクッとピザを一切れ食べて、みんなで笑ったり時間を楽しんでた。その帰り道にバーが通りに出ている店があって、そのバーにいた何人かがさっきのショーに来ていてね。僕らのバンドを見るなり、みんなでハイタッチし合ったり「最高なショーだった!」とかそういうやりとりがあってね。 それでバーの客の一人が私を見て近づいてきて、僕はただ幸せと喜びいっぱいでその光景を見ていたんだけど、彼は僕の方を向いて「やあ、先週僕の妹が自殺しちゃって、今週あなたのレコードが本当に支えになった。ショーがあって本当に良かった。」って言ってきてね。僕はもうそれにぺしゃんこにされてね。”Oh my god!”っていう。バンドのメンバーがそれを見ていて、それから僕らは会場まで無言で引き返した。後で一人が僕を引っ張って「最悪だったな」と言ってね。本当にその通りだった。 こんな状況に遭遇することがけっこう多くてね…僕はこういうことをうまくコントロールする精神的な心構えができていないし、本当にしんどいことが多いんだ。僕はただこの世界を(滑落しないように)トラバースするのに最善を尽くしているだけなんだ、他の人と同じようにね。こういうやり方で自分の悲しみを表現できるプラットフォームを持っていることは本当に幸運だと思ってる。このバンドをやることは、こういうことすべての吐け口になっているんだ。 そういう意味で今までどんなセラピーにも行ったことがないなんてバカだとは思うけど、でも自分で作った薄っぺらい言い訳もあって、だってもしセラピーに行ってしまったらじゃあ僕は一体何について歌えばいいんだ?っていう。だってそうだろ?自分が抱えている問題が全て解決されちゃったらもう何も歌うことがなくなってしまうんじゃ?このバンドはずっと物事に対処するための自分なりの治療法であり続けてきたからね。 だからまぁ、あのレコードをリリースすることで自分がどういう立場に置かれるかってことをわかってなかったわけだけど、僕にとってあのレコードは必要だった。自分の悲しみに対処するために必要な方法だったんだ。そして何年も経った今、あのレコードをリリースすることのインパクトをわかっていなかった。僕にとって「Lament」を書くことは、「Stage Four」が自分に与えた影響や、人々に寄り添えなかったことへの罪悪感という感情を吐き出す方法であり、同時にそういうクソ(な状況や感情)をくぐり��けることの難しさの表現でもあった。
あなたは、そういったタイプの交流を、あなたにとってより管理しやすい方向に落とし込もうとしたことはあるんですか?
いやあまりないかな。ただできる限り避けようとはしているね、おそらくこれも健康的ではないんだろうけど。
でもあなたはまだこういう交流を受け入れていますよね。
まぁ、どうやってやめればいいか分からないからだよ(笑)。 僕は自分たちの活動に関心を持ってくれたり、今でも聴き続けてくれる人たちに感謝して生きてきたんだ。これが5枚目のアルバムだから、最初のアルバムから聴いてくれてる人には、あるいは3枚目から入ってくれた人にとっても、これまでの間には多くの出来事が起こるだろ。人の興味は変わっていくものだし、僕もそれはわかっているから。 これはまぁジョークだけど、僕らのバンドはドレイクが出てくる前からやってるんだぜ。いったんドレイクが出てきたら、みんなそっちに飛び乗っちゃうだろ?なにしろ新しいジャンルでエキサイティングだからね(笑)。だから最初からそこにいてくれた人は誰であろうと、人生の恩人だと思ってる。僕はいつだって話が好きな方だし、ショーでも必ず顔を出すようにしてる。ずっとバックステージに隠れているようなタイプだと思ったことはないよ。僕は自分の時間を割いてくれる親切な人たちと関係を持つのが好きなんだ。諸刃の剣だよ。
アルバム「Lament」のカバーアートがとても面白くて、深読みするうちに象徴的になってきた気がしてます。(Lamentという)たった一言の言葉ですが、タイトルの片方が沈んでいる一方、もう片方は持ち上がってきて、それが回転しているような印象を与えています。ある種、感情や思考といったものはある時には他のものの水面下に隠れ、またある時にはどこからともなく出てきて予期せず表面化するといったような。(この解釈は)いい線いっていますか?
100%核心を突いていると思うよ。まさしく自分達が目指していたものだね。Nick (ギタリスト)が僕らのアートを最初の時から全てやってくれてる。彼は実際それで生計を立てているしね。素晴らしいグラフィックデザインのアーティストだよ。でも一緒に仕事をするときは、レコードのレイアウトをどうするかということになると、彼は率先して僕をクライアントのように扱ってくれるんだ。
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僕らはとても緊密に仕事をしていて、僕が何を伝えようとしているのかということについては、彼はとても意識的で親切なんだ。レコードを作っているとき、リリックの内容に関してはとても緊密に作業していて、僕が歌詞をある程度完成させたら、それを彼に送ってアルバムアートの面で何をすべきかのアイデアを与えるんだ。彼はそういうのをとても早い段階で始めるのが好きなんだ。
アルバムのタイトルトラック “Lament “は、さっきのあのサイクルに関係している。曲中にあるライン"I lament, then I forget / I lament, till I reset “(私は後悔する、そして忘れる/ また後悔する、リセットするまで)というのがある。完全に通常運転で、気分も全く問題なく始まった1日でも、メッセージが来るとかそういった些細なことや、あるいは何かを目にしてしまってその日の調子がすっかり狂ってしまうことがあるんだ。そしたらできるだけそれから目をそらして、ただ気を紛らわせるようにする、それがなんだろうとね。そして寝て起きたら、また同じことの繰り返しがやってくる。これがこの世界をトラバースする上でのプラスとマイナスなんだ。
"Come Heroine "という曲のタイトルは、今この国で起きていることにとって重要な意味を持つと感じています。オピオイドクライシス*がある中で、それにCOVIDのパンデミックが重なっています。多くの人が自分の問題からドラッグに慰めを得ようとしていて、今のような厳しい時にこそ、この曲は特に妥当性を感じます。 (オピオイドクライシス/ 米国では毎日100人を超える人がオピオイド鎮痛薬の過量投与で命を落とすなどオピオイドの不適切使用が社会問題となっている)
とても挑発的な曲名だよね。だからこそこのタイトルを選んだんだ。でも僕にとっては、この曲は自分のパートナーのことを歌ったもので、彼女の存在は僕の人生の困難を乗り越えるためのすごくポジティブな力となってくれていて、特に自分の母親を亡くした時のことを歌ってる。一方で彼女自身も自分の人生の中で失ったものや葛藤を抱えていることは理解している。 僕にとっては、人生で本当に辛い思いをしたいくつもの理由を抱えていながら、なお自分のためにそれらを脇に置いて付き合ってくれた人へ感謝の気持ちを示すための曲なんだ。彼女がそうしてくれているように私に寄り添ってくれた人。そういう人のための曲なんだ。
つまり、文字通り彼女はあなたのヒロインなんですね。
そう。オープニングのラインは“From peaks of blue / Come heroine”(青/憂鬱の頂点から/ヒロインがやってくる)彼女は自分の人生で経験してきた悲しみの山脈を持っていて、そこから彼女が本当に温かい優しさと期待感を携えて来てくれたというような感じなんだ。
とてもクールですね。正直、これを聴いた時にそういう結論にはならなかったんです。
いや本当、正直言うと僕にとって音楽の醍醐味はそこなんだ。(曲について)誰かが何かを誤った解釈していても、一度だって不快に思ったことはなくて、それは曲を一度世に出したらもうその曲は自分のものじゃないって本当に思ってるから。その曲のナラティブを決めるのはリスナーだ。多くの人が僕の所にきて「この曲はこういう意味だった」とか「あの曲はこういう意味だった」と教えてくれた。例えば、Stage Fourの最初の曲は、母に食べさせようとすることについての歌だったんだ、(末期ガンで)彼女は体重がすごく落ちていってたからね。で、その曲が摂食障害が治るきっかけになったと言ってくれた人がいたんだ。 でもそれで「いや、あれは別に摂食障害のことを歌っているわけじゃなくて」とはならなかったよ。 実際、それって素晴らしいことだし、本当にスペシャルなことだ。だから、誰かに(曲の解釈を)推測されるときは、いつも楽しませてもらってるんだ。よっぽど間違っていなければね、たとえば「こいつを殴ったことを歌ってる!」とか。
全然、そういうこととは無縁というか、しそうにないですよね。
もちろんだよ!
先ほどドレイクが出てきたのと同じ頃にバンドも露出するようになったと言っていましたが、あの頃は音楽シーンがいくつかの点で今とは違っていましたよね。当時ははっきりとエモリバイバル、ポストハードコアのリバイバルが来ていました。その頃と今とでは、エモやパンクシーンはどのように変わりましたか?特にこの4年間で、これらのシーンに大きなシフトがあったように思います。
いい質問だね。具体的なこれっていうものがあるかはわからない。僕達がより意識的になるという点で、僕は世界は大きな振り子スイッチのように進んでいくと思ってる。トランプのような人間が政権につくと、物事がより激しく政治的になる。ブッシュが就任していた時も多くの人々の政治的な意識が高まったよね。 でもオバマになってからの数年間はほとんどの部分で物事がすごく普通になったように感じられたんだ。当然、その間も政治的にはずっと多くのことが起きていたんだけどね。でもトランプ政権が誕生してからは、政治や社会的なコメントが再び前面に出てくるようになった。これを不幸中の幸いだとは言わないけど、こういう対話をするのは良いことだよね。 それが対話を促進させるのであれば良い、というべきかな。でも同時に誰一人として今の状況で満足していない。興味深い状況の並置と言える。そこには自己反省する余地もたくさんあると思うんだ。こういう緊迫した政治状況に直面すると、自分自身を見つめ直して「自分はこれらの過ちを正すためにできる限りのことをしているのか?」と自問するようになる。それが状況の変化に繋がっているのは確かだと思う。
バンドを始めて、それまでとは違う自分になったと感じますか?
ああ、そうだろうね。(バンドを始めた当時)僕は24か25歳だったけど、今やもう40歳目前、今は37歳だ。人は30歳を迎えると、自分の人生を本当に、本当に、本当に、見直し始めるようになると思うんだ。僕たちのアルバム『Is Survived By』は、基本的にそういうことについて30歳の時に書いたものだ。成熟度と、自分が思い返す価値のある人生を送っているのかどうか。 20歳の時は無��のような気がして、将来のことはそこまで考えないような気がするよね。でも今の自分は、まぁみんな誰もがそうだと思うんだけど、あらゆることにおいて歴史の正しい側にいるかどうかを考えるようになってきてると思うんだ。みんな政治的な意識が高まってるし、社会的な意識も高まってる。こういったこと全般がそうじゃないかな。
全体的に物事に対して意識が高くなったような気がするんですね。
そうだね。バンドを始めた頃はできる限り楽しむことしか考えていなかった。床で寝て、請求書の支払いができなくても気にしない。実家に住んでてまだ家族と一緒に暮らしてて。そんな感じだったんだ。 無職のやつらを集めてクソみたいなショーもした。 ガソリンスタンドの食ベ物だけで食いつなだりっていうクソみたいなツアーとか、そんなのばかりだった。当時は何年も経ってまだこのバンドをやっているなんて思ってもいなかったけど、そういった経験と共に成長し、適応することを学んだ。あの頃に得たパンクの倫理観が今の自分たちの生き方に繋がっていると、今でも思っている。
辛いときに助けられたレコードがあると言っていましたね。そういったレコードを作ったミュージシャンの中で、その当時話してみたかった人や、自分に影響を与えたレコードについて今でも話してみたいと思っている人はいますか?
結局のところ、僕はただのファンなんだ。大のレコードコレクターだしね。レコードは自分にとって世界の全てを意味してる。このバンドをしていて最大の特権の一つだと思ってることは、現時点で自分のフェイバリットバンドのうち、おそらくDeftonesを除く全てのバンドと一緒にプレイできたことなんだ。(Deftonesとも)フェスでは一緒にプレイしたんだけど、それはノーカウントだから。 最近よくこういう話をするんだ。僕は数ヶ月前にポッドキャストを始めたんだけど、その会話の中でよく出てくるのが、僕の好きな点とまでは言わないまでも、このパンクというジャンルは天井がすごく低いっていう意味では唯一のジャンルで。この点について異論はぜひとも歓迎だし、別の話も聞きたいと思ってる。でも十分ハードに努力さえすれば、自分の好きなバンドと一緒にプレイすることが不可能ではないと思える唯一のジャンルなんだよ。 完全に可能性の範囲内なんだ。プロモーターとだって友達になれる。好きなバンドが100万枚売れる必要もない。好きなバンドは7インチを2枚出すバンドになるかもしれない。何を言ってるかわかるだろ?完全に可能なんだ。ショーで彼らに会うことも、近づいて話をすることもできる。僕は、自分の人生を完全に変えてくれた人達とこれまでたくさんの対話をすることができたり、それどころか友達にもなることができて、本当に、本当にエキサイトしてる。そして今、僕は(ポッドキャストで)彼らにインタビューを始める立場になった。 先週、CursiveのTim Kasherにインタビューしたんだけど、それが超エキサイティングだった。二人ともロサンゼルスに住んでいて、お互いのライヴで会ったり共通の友人がいたりして知り合いではあったんだけど、彼と実際に会話をする機会を得て、2000年代初頭のサドル・クリーク時代やネブラスカのオマハのシーン、そしてそのシーンが自分にどれほど影響を与えたか、またシーン全体が自分にとってどれだけ意味のあるものだったかについて、洗いざらい本人にぶちまけることができた。 レターマン(”Late show with David Letterman”というテレビ番組)でCursiveのプレイを見た時の話をしたんだ。パンク周辺から出てきたバンドで、個人的に知っているかどうかは別として、彼らのような存在がレターマンの番組に出演するのを見ると、僕ら全員の勝利のような気がするんだ。彼らがやってくれた。クールなことをしてくれたっていう。様々なことが頭の中を駆け巡っている中で、自分に印象深いものを与えてくれたこの世界の人間に会うチャンスがあると、いつもぞくぞくするんだ。 今回のニューアルバムのレコーディングでも、ロス・ロビンソンは子供の頃から僕の人生の中で大きな役割を果たしてくれた人だしね。Kornの1stが出た頃は好きだったし、Sepultura、Glassjaw、At the Drive In、Blood Brothersも大好きだった。これらのレコードはどれも自分の人生を通してとても重要なものだったし、今は(そういった作品をプロデュースした)彼とレコードを作っているんだ。僕はレナード・コーエンの大ファンなんだけど、スタジオで僕が歌っていたマイクは、レナード・コーエンがレコード”The Future”の全曲で歌っていたマイクだったってことをあとで知ったんだ。 マジで心からぶっ飛んだね。だから、僕は今でもこういう体験をするし、こういうことに麻痺したり、当たり前のことだと思うようにはならないと思う。僕にとって全部がエキサイティングだし、これからもそうだろう。もし、エキサイティングだと思わなくなったら、その時点で自分が嫌いになるね。
ええ、何か別のことをしたらいいと思います。
そうだね。僕のバックアッププランは郵便配達員になることだってよくジョークで言ってたんだよね、メールオーダーの仕事をするのが好きだし、そのプロセスも大好きだからね。仕分け室の後ろに座ってヘッドフォンをつけて、1日8時間郵便物を仕分けするのは自分にとっては夢の仕事だと思って。僕にぴったりだ。でも同時に、もう郵便局がなくなってしまうかもしれない状況なんだ(笑)。 (参考: https://www.bbc.com/japanese/53830503)
バックアッププランにもバックアップが必要ですね。
僕のバックアッププランでさえ崩壊したんだ。 郵便局のようなものが危険にさらされるとは君も思ってもみなかっただろうけど、ドナルド・トランプが就任したことによってここまで来たんだ。
2020年10月7日 NEW NOISE MAGAZINEの記事より
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kkv-main · 8 years ago
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MAGAZINE - 2017.08.07
CAR10アルバム発売記念ワンマン!ライブ・レポート by 宅イチロー 2017年6月25日 下北沢スリー
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CAR10は不思議な魅力を持ったバンドだ。チャーミングという形容がしっくりくる。あらゆるカテゴライズを横目で追いながら、彼らは彼らなりの温度感で彼らにしか作れないサウンドを体現してきた。地元の先輩・後輩という関係からスタートしたバンドは、天然無垢キャラクターがそのまま音になった世界観を武器に日本各地のライブハウスで良い感じに浮き続けてきた。 2015年にKiliKiliVilla初のオリジナルリリースとして発表された「RUSH TO THE FUNSPOT」以降その動きは加速、ライブハウスのスケジュールからCAR10の5文字が消える事は無かった。yogee new waves、homecomingsとの共同イベントの開催、GUAYSとのスプリット音源とツアー、様々な海外アクトのサポート、川田くんがベースを担うsuueat.の本格始動、シングル「best space」のリリース、Gleam garden、Half sportsとのスプリット。全く止まっていた印象はない。が、気が付けば2年半もの間アルバムリリースが無かったことになる。 満を持して発表されたニューアルバム「CAR10」は一聴してその変化に驚くかもしれないが、近年の彼らのライブや音源を追っていたリスナーからすれば腑に落ちる内容になっているだろう。本作の殆どは日本語で歌われ、サウンドはより土臭くなっている。それが今の彼らの気分であり、近頃のライブはほぼ新曲だけのセットリストになっていた。 歌詞が日本語にシフトしてからの彼らは、生活者としての側面を音楽に落とし込む事を躊躇わない。母国語で歌うバンドにしか踏み越えられない一線を越え、よりダイレクトに響くようになったCAR10サウンドは、決して安直ではない共感を伴っている。リスナーの人生と並走するような、金曜日の夜と月曜日の朝が交互にくるような、日常の喜と哀に満ちたレコードだ。
能書きはやめにしよう、CAR10のワンマンライブが本文の主題だ。6/25に下北沢THREEにて行われた。ゲストはすばらしか、DJはかたしょ。彼らのキャリア初となるワンマンライブだ。 断っておくが、僕はCAR10のメンバーと特段仲が良いわけではない。ライブで目が合えば会釈するし、たまに川田くんと話をするくらいの距離感だ。より近い立ち位置からの彼らについては、よこちんさんのkyo-tekiに詳しい。 僕はTHE DRUMSやGRUMPIESやスピッツを好きなようにCAR10の事が好きだし、海外のバンドとの折衷点を考えては勝手にグッときているような楽しみかたをしている。つまりは相当好きってこと。そんな事をぼんやり考えながら下北沢駅を降りた。 開場時間丁度くらいにTHREE前の酒屋さんに到着すると、地下へ続く階段には既に行列ができている。 KiliKiliVillaクルーと話をする。「今日は1時間以上やるみたいだから、誰も観たことのないCAR10が観れるよ」確かにCAR10といえば大体30分程度のライブしか観たことがない。1時間以上のCAR10、どんなライブになるのだろうか。彼ららしくいつも通りにやるのか、ワンマンらしくサプライズが用意されているのか。ちょっと想像がつかない。 15分ほど入場を待ち、フロアに入る。中も人でごった返し、既に熱気に満ちている。ニューシングルを購入するため急いで物販に向かうと、前には3人ほど並んでおり直ぐに買うことができない。CAR10を観に来て物販に並ぶのは初めての経験だ。というか、THREEで入場を待つのも初めてだ。今日が特別なワンマンライブであることを改めて実感する。 ステージではオープニングゲストであるすばらしかがセッティングしている。 「すばらしか観たことある?」安孫子さんの問いに「1年くらい前に1度だけ。音源も持ってます」と答える。「すばらしか、今やばいよ」僕はその言葉の意味を数分後に知ることなる。 すばらしかのライブが始まり、ボーカルの福田さんが歌い始めると、みるみるうちに彼の表情には人生の苦みと慈しみが浮かびあがり、まるで50代のロック歌手が場末のバーで歌っているような佇まいである。サウンドの隅々からは土埃が舞い、ブルース、フォークロック、スワンプ、カントリー、ソウル、サザンロック等雑多なロックミュージックの素養を確かな審美眼と批評性を伴って吸収している事が分かる。かなりの拘りを持って構築されたバンドアンサンブルの中心を貫くのは福田さんの歌と詞世界、抜群のポップセンス。好事家たちの慰み物で終わることはないだろう、あくまでど真ん中。 オープニングゲストながらフロアは熱気を帯び、素晴らしい新曲たちがすばらしかの躍進を確信させる。CAR10の川田くんが今最も影響を受けているのはjappersとすばらしかだという。きっと各々が各々に影響しあい、高めあっているのだろう。THREEという遊び場と、KiliKiliVillaの連なりを合言葉に。 すばらしかのライブが終わり、場内にはthe smithsやtheピーズ、operation ivyが流れている。好きな曲ばかりで凄く楽しい。メインアクトとなるCAR10はどう出るのだろう。最近はめっきりご無沙汰になったファーストの曲も聴けるのかな。いつかのようにMC4のカバーをやったりして。ゲストに誰かが出るのかな。以前のように「暮らしの歌」から始まるのかな。様々な妄想と憶測が頭の中を駆け巡る。 気が付くとCAR10の3人はステージに立っていて、あとはドラムのセッティングが終わるのを待つばかり。僕の横を見ると、ひとりで観に来ているであろう可愛い女の子達が複数おり、皆がステージを見つめている。女の子に気をとられかけていた瞬間、川田くんが歌い出す。
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毎朝電車の中で何度も聴いてるあの���ントロ。「くらい夜でも」だ。BPMは抑えめながらも美しいコーラスワークと気だるいメロディはキラーチューンと呼んで差し支えないだろう、大好きな曲である。 アウトロが終わり、脳内では「マチフェス」のリフが刻み始めるも、そうはいかない。 2曲目はドラムのブレイクから一気に爆発する「BEST SPACE」だ。フロアはモッシュとシンガロングで最初のピークを迎えている。 櫛田くんによるギターソロが始まりを告げる「ナイトタウン」、グルーヴィーにステイがフリーする「Mr.bread」、アルバムでも一際眩い光を放つ「ミルクティー」と新作からの曲が次々とプレイされる。 「皆さんからの愛を感じてます」といつになくかわいい川田くんのMCの後で披露されたのは友人の入山さんに捧げたという新曲。CAR10はいつも友達や親しい誰かの事ばかり歌にしていて、それがまたとてつもなく良い曲だから始末が悪い。そろそろCAR10の事を歌うバンドがいたっていいはずだ。 続いては前作のタイトル曲である「RUSH TO THE FUNSPOT」。何だか英語の歌詞がとても新鮮に思える。ひと昔前まではほぼ全曲英詞だったとは到底思えない。それほど今のCAR10のスタイルはハマッている。盟友GUAYSとのスプリットに納められた「空飛ぶケーブルカーに乗って」を挟み、「I don't meet you」「海物語」というファーストからのレパートリー2連発。 今のCAR10は一体いくつのキラーチューンを持っているのだろうか。熱狂するフロアを見ながら数えてみるが、両手の指では収まらない。「海物語」のイントロで腕を挙げないパンクスを僕は信用しない。 小休止のMC後は本日最大のサプライズ「実験4号」。言わずもがな、THEピーズによる名曲中の名曲だ。そんなカバーでも今のCAR10にかかればまるでオリジナル曲のように違和感の欠片もなく響く。そして、恐ろしいひとつの事実を僕は発見する。あのTHEピーズよりCAR10の曲の方が良いのだ。曲の後半からは早く次の曲が聴きたくて仕方なくなっていた。奇しくも彼らのカバーを通して辿り着いた個人的発見。こちらは聞き流していただいても大丈夫です。 続く「ゴーバック」はTHEピーズにも共通する自堕落と後悔をブルージーに歌い上げる。THE CLASHなギターリフから幕を開ける「Bastard blues」、狂おしいほどにメロディアス×疾走感=感無量の方程式を叩き出す「ペイルブルー」がライブも佳境に差し掛かっている事を告げている。 この日からCAR10のライブではアルバムと同時期に録音された2曲の新曲を収録したニューシングルが発売されている。「これから演奏するんで、良くないと思ったら買わなくても大丈夫っす。」そんなMCの後に披露された「ONE VAN」は直情的かつギャラガーライクなギターリフに先ずは度肝を抜かれる事請け合いだ。suueat.の新曲からも感じていたが、恐らく近頃の彼らはOASISに傾倒しており、それが顕著にアウトプットされている。近頃はオーストラリアのDMA′sやデンマークのCommunions、フィンランドのSonic visionsら若い世代がOASISからの影響を独自解釈し注目を浴びているが、CAR10はそのどれにもハマらない、当然ながら彼らだけのフォーマットで鮮やかにOASISの先を更新している。それらしい事を並び立てるまでもなく、続く「魔法の一言」もやはり今の彼らが凝縮された素晴らしい新曲だ。
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アルバム終盤の佳曲「いつもこんなもんさ」を挟み、遂に皆が待ちわびたあのイントロが鳴らされる。「マチフェス」だ。僕がこの曲を好きな理由は、楽しい時間の裏にある儚さまでも歌にしている点だ。「はやくこっちにおいでよ」と聴衆をファンスポットへ誘っておきながら「みんないなくなる前に」と占める、恐ろしいほど俯瞰した目線。 彼らは知っているのだ。光る時間はいつか終わること。楽しい時間は有限であること。月曜日がやってくること。誰もが大人になること。いつかみんないなくなること。だからこそ彼らは楽しい時間を少しでも伸ばそうと躍起になるし、多くの人と共有する事を願って歌い続ける。だから僕は「マチフェス」が好きなのだ。この曲を楽しい時間のラストに持ってくるなんて憎いじゃないか。 とはいえまだ聴けてない曲がひとつある。なぜCAR10が初のワンマンを下北沢THREEで行ったのか。近年の彼らに影響を与え続けた場所はどこだったのか。川田くんが金曜日の夜に首都高を走らせた動機は何だったのか。全ての答えとなる「Block party」がアンコール、この宴の幕を引く。 「どんな未来でも何だか僕はさ 笑えてるような気がするのさ」時代とか、世代とか、政治とか、それらしいあらゆる記号とか。全部受け入れてるし、どれも関係ない。毎日色々あるけれど、ただ前を向いて、自分なりの楽しい事を探し続けていけば、それは光輝いて少し先の道を照らしてくれるのだ。CAR10を聴いてこんなに感傷的になる日が来るなんて少し前なら思わなかったけど、それが今のCAR10なのだ。音楽を好きで良かったと心底思う。 心地良い夜風を感じながら下北沢駅へ向かう。今日は日曜日だけど、明日は何だか良い事がありそうな気がする。耳鳴りが止んだあとも、僕は今日のことをずっと覚えているだろう。
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ithiroki · 6 years ago
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小袋成彬「カルチャー顔」炎上騒動を振り返る
小袋成彬さんがJ-WAVE『MUSIC HUB』の中で「カルチャー顔」炎上騒動について振り返り。騒動の経緯、キレた理由、問題点、学び、個人的な感想などについて話していました。
(小袋成彬)J-WAVE『MUSIC HUB』、ナビゲーターの小袋成彬です。この番組は音楽を軸(ハブ)にしながら、その音楽が生まれたバックグラウンドやそうした音楽を作る最新の機材、時にはミュージシャン本人、そしてリスナーの皆さんと繋がっていく、ハブしていく30分でございます。もう皆さん、わかっちゃってるかもしれないですけど、めちゃくちゃ面白いことがありまして。いわゆる「炎上」ってやつですね。
まあ厳密に言うと僕が悪いことをしたというよりは、僕を中心に���ょっと火が広がってしまったということなので。まあせっかくラジオやってますし、いろんな知見と今回の件で学んだことを交えながら、ちょっと前半はその話をしようかなと思います。まあ、さすがにこれに触れられずにはいられないので。というか、もしかするとリスナーの人で待っていた人もいるかもしれないので、ちょっと話しますね。ということでまず1曲目、聞いていただきましょう。Marie Davidson『Work It (Soulwax Remix)』。
Marie Davidson『Work It (Soulwax Remix)』
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お聞きいただいたのはMarie Davidson『Work It (Soulwax Remix)』でした。はい、ということで前半は1曲だけかけつつ、カルチャー顔事件についてしゃべろうと思います。トピックに関しては主に5つ。どんなことがあったか、経緯。キレた理由。本件の問題点。そして学び。それから僕の個人的な感想。この5点についてゆるく話していこうかなと思うんですが。
まず、どんなことがあったか。4月末ぐらいにですね、あるカルチャーメディア『DON’CRY』というメディアから「カルチャー顔について提唱したい」という記事が出ました。で、「カルチャー顔とはなんぞや?」ということをいろいろなモデルさんとか音楽家の写真を出して、そういうのを引き合いにしながら説明していたんですけど、これがかなりひどい記事だったんですよ。
で、「なんでこんなに怒ってるの?」って思う人もいると思うんですけど、まあ週刊誌レベル。本当に過去に見た中では最悪のネット記事でした。これちょっとね、Mars89くんっていう僕の知り合いのDJの人のツイートから拝借するんですけど。どんなことを書いていたかっていうと……たとえばモデルさんの顔を写真で出して、それを「標準的なハーフ顔とはちょっと離れている」と。まず「標準的なハーフ顔」っていうのがもう完全にレイシズムですね。
あとは他の人の写真……KID FRESINOくんのだったかな? その写真を出して、「8割の人はいいとは思わない顔だ」って。大きなお世話だっていう。あとは「そのカルチャー顔っていうのがアーティストや役者から探した方が意外と早く見つかる」という記述もあって。顔のおかげで成功したわけじゃないだろ?っていう。「皆が南向きをしなくても自分はそれを理解できる」という記述もありました。まあ何様のつもりだ?っていう。
12時間経ってもまだムカついてるのでクリティカルなポイントを添削 ・標準的なハーフ顔→ レイシズム ・8割が良いと言わない →大きなお世話 ・アーティストや役者から探した方が早く見つかる →顔のお陰で成功したわけじゃない ・皆が見向きもしなくても、自分はそれを理解できる →何様のつもり?
— 𝔐𝚊𝚛𝚜𝟾𝟿 (@_Mars89) 2019年5月2日
で、僕に関しては「弱そう」っていうすごい単純なグーパンチと、あとは「EXILE ATSUSHIと決闘したら1ラウンドで負けそう」っていうのがありまして。で、向こうの歌詞と僕の歌詞を引き合いに出した。しかも、その歌詞も間違ってるんですけどね。なんだATSUSHIさんのスペルも間違っているっていう。もうこれはなかなか酷い状況で。で、まあ友人から教えてもらって、「これはちょっとキレないとな!」っていうか、うん。キレました。
「カルチャー顔」記事にキレた理由
ちなみに言うと正義感からやってませんた。ただただキレただけです。ムカついただけです。で、ですね、その記事を書いた……驚くことにそれが編集長だったんですけど。その編集長に直接Twitterを通じて返信をしました。「変なカテゴライズをするな! ロンドンに来て街を歩いてそれがあまりにも稚拙だということを理解しろ! 全員がもれなく美しいんだということを実感しろ! 来たら水に流して許してやる」という旨を伝えまして。で、結果、記事は取り下げられて、まあちょいちょい燃えつつも一件落着という経緯でございます。
他の人は知らんけど、俺はムカついた。名指しでからかったんだから、お前一回ロンドンまで謝りにこい。それから街を一日歩いて、人を容姿だけで勝手にカテゴライズした愚かさを反省しろ。全ての人々がもれなく美しいということを、実感して帰れ。そしたら全部水に流すし、そっからまた頑張れ。 https://t.co/NPUlfkzJKQ
— 小袋成彬 (@nariaki0296) 2019年5月1日
ちなみにですね、編集長に「ロンドンに来い」って言ったのは割と本気だったんですけど。本当に来てくれるらしくって。まあまあ、酒でも酌み交わそうかなっていう思いでおります。まあ、これが今回の経緯ですね。2つ目。キレた理由。3点あるんですけど、1つ目はね、人の容姿を稚拙に表現したこと。2つ目はそれを作品物に絡めて論考したこと。「この歌詞は弱いやつが書く歌詞みたいだ」みたいなね。3つ目。自称「カルチャーメディア」だった。まあ、個人ブログなら別にどうでもいいなと思うけど、メディアを自称してこれはないだろうと。
つまりですね、その「バカみたいな内容の居酒屋談義をおおっぴらにやった」っていうことがちょっと僕には許せなくて。1つでも欠けていたらたぶん怒らなかったと思うんですけ。まあ、三重苦。ヤバいの連チャンで揃っていたんで怒ったということです。だからね、まあ稚拙な容姿の表現でカルチャーメディアとかだったら別に僕はよかったんですよ。それでその人の性格……たとえば「クラスの端にいそう」とかね、「何か悲しげな、幸せになれなさそう」っていう記述もありました。そういうことも絡めちゃうと、さすがに良くないだろうということで、僕がキレた理由はその3つでございます。
3点目の問題の本質です。実は「カルチャー顔」という言葉自体は、なんだろう。そんなにかっこいい表現ではないのは承前なんですけど、実はそんなにね、問題ではない。たとえば「塩顔が好き」とかね、「ソース顔が好き」っていうのはそれ自体の……それはただ、個人の性的嗜好ですからね。それ自体はもう、結構です。そうではなくて、その顔の形而上の問題で「弱そう」だの「クラスの端にいそう」だの、そういうことを言ってはいけないということですね。
だからカテゴライズするっていうことは個人の、人の個性を単一の枠組みに入れるということですから、そこには理路整然とした論理が必要なんですけど、それがあまりにも稚拙だったので、これはカルチャーメディアでカルチャー顔などというものを提唱するほどの強さは���い。居酒屋談義にとどめておくべきだったというところです。だから、カルチャー顔自体が問題ではなくて、その容姿、形而上の問題で個人を枠組みに押し込んだ。個性、あるいはその人が一生懸命作った作品を評論したというのがかなり良くなかったということでございます。
経緯、理由、問題点について話しました。4つ目。学び。さて、ここから何を学ぶべきか? 僕は2つあると思っていて。1個目は、「時代はかなり変化している。それもドラスティックに変化している」ということが言えると思います。僕は特にロンドンにいるからなんですけど、いろんな多種多様な人たちがもう密接に関わりある時代なので。日本はね、その変化にちょっと鈍感になってしまうんですよ。たとえば、昔だったらあり得た「女の子らしさ、男の子らしさ」。あるいはたとえば「外国人風」とかね。
もしかすると3年前だったらよかったかもしれないけど、もう時代はそういう時代ではないので。その急激な変化にみんな、(今回の件で)気付けた。だから常に時代を捉えていかないといけないってのは大きな学びだったと思います。僕も含めてですけどね。本当にね、「何が正しいか」っていうのは土地土地とか文脈の変化によって毎回変わっていきます。本当、毎日変わります。で、今回もその変化が顕著に現れた一例なのではないかなと思っています。
もうひとつ、学べたことがありました。僕らはね、矢面に立つ職業なので本当に個人ブログとかTwitterでもそうですけど。結構ね、誹謗中傷ってめちゃくちゃあるんですよ。「この顔がいけ好かないな」とか、「あれ、ちょっと太った?」とかね。そんなのって本当にいっぱいあって。で、僕は正直あんまり気になんない方なんですけど。だからこそ、今回はあまりにもひどすぎてブチギレたっていうのもあります。ただ、いままで止められなかったそういう問題に対して、ちゃんと一石を投じられたっていうのは、僕はやってよかったなと思います。
今回、それができて。まあ少なくとも平成の炎上事例とは違った形でなんかうまく着地できそうな感じになってるの。奇しくも。そういうなんかひとつの好例となるように、これからこの問題を処理していきたいなと思っています。これが学ぶべきことですね。まあ、あとはね、編集長がロンドンまで来て謝るんですけど、それはキレる前からちゃんと考えていて。何かユーモアによって世界が前進するような形で終わらせたいなっていうのはあったので。まだちょっと着地してないですけど、なんか好例になればいいなという思いです。
炎上の当事者になってわかったこと
最後、ここからは僕の個人的な感想です。わかったこととしては、炎上の中心になることってもちろんいままではなかったので。来てみて初めてわかったことってあるんですよ。いままでの炎上って僕は基本的に無視してたんですけど。自分がやってみると、もう本当にね、街中でケンカを見かけるのと一緒なんですよ。だから喧嘩してる本人はもう2人しかいないんだけど、たとえば僕らが街中でケンカを見ると「うわっ……」って思って遠目で見たり、見ないふりをしたり。あとはまあ仲裁に入ったりということもありますよね。
で、そういう周りの人たちの思考が可視化されているっていうのがきっと炎上なんだなと思います。だから見ないふり。あとはたとえば友達と2人で歩いてたら、遠目でヒソヒソ話すとかね。2人で「あれ? どうしたのかな?」みたいなことはありますよね。そういう状況なんだと思います。じゃあ、そういう実際にケンカを目の当たりにしたという状況を想像して、いちばんヤバいのって、その野次馬たちを見て知った顔でね、解説してる人たちというのがいちばんヤバいんですよ。
インターネットの炎上って止めにくるやつはね、まず1人もいないですよ。「みんな、やめようよ! ケンカはやめて!」みたいなね。だからね、その野次馬を見て評論してるっていうのがね、いちばん世界への無責任な関わり方だと。もし僕がインターネットでボヤ騒ぎを見つけたら、無視するか、全力で止めに行くか、どっちかの二択にしたいなっていうのは自分が渦中にいて思いました。まあ、止めにくるやつなんていないんだけどね。正直言うと。
あとはまあ、「口が悪い」って言われて……そうです。口は悪いです。僕は同世代のミュージシャンでいちばん口が悪いと思います(笑)。たぶんリアルで会った人はよくわかってると思う。結構、正直が故に口が悪いんで、そこはご勘弁ということで。まあまあ、あの良いぶりが僕の全てではないので、それだけで判断してもらうのは勘弁してくれって感じなんですけど。すいませんでしたね。いろいろとご迷惑をおかけしました。
ということです。まあ、こんな感じで経緯、理由、問題点、学び、そして僕の個人的な感想をお伝えしました。これでもう成仏したので、あとは編集長と直接会って、いい着地点を見つけたいなと。乞うご期待! ということで(笑)。じゃあ『MUSIC HUB』、まだまだ続きます(笑)。
(CM明け)
(小袋成彬)J-WAVE『MUSIC HUB』、小袋成彬がナビゲートしております。もう今日はミュージック、関係ないですが。ちょっとね、曲をかけようと思います。Rasharn Powell『Warm In These Blue Jeans』。
Rasharn Powell『Warm In These Blue Jeans』
youtube
お聞きいただいたのはRasharn Powell『Warm In These Blue Jeans』でした。ロンドンのアップカミングなシンガーでございます。まだ1曲ぐらいしか出してないのかな? Rasharn Powellさんです。3曲目、行きます。Los Retros『Someone To Spend Time With』。
Los Retros『Someone To Spend Time With』
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お聞きいただいたのはLos Retros『Someone To Spend Time With』でした。ストーンズ・スローの新人です。カリフォルニアの19歳のシンガーソングライターだそうです。4曲目、行きます。Young Nudy & Pi’erre Bourne『Mister feat. 21 Savage』。
Young Nudy & Pi’erre Bourne『Mister feat. 21 Savage』
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お聞きいただいたのはYoung Nudy & Pi’erre Bourne『Mister feat. 21 Savage』でした。「なんで21 Savageが?」って思うと思うんですけども、このYoung NudyとPi’erre Bourne……2人の連名なんですけど、Young Nudyって実は21 Savageのいとこなんですね。まあ、彼はラッパーで新譜が出たところです。で、Pi’erre Bourneは93年生まれのプロデューサー、ラッパー。ニューヨークベースです。プレイボーイ・カーティとかリル・ウージー・ヴァートとかカニエ・ウェストとか、いろんなビッグなヒップホップの人たちとコラボというかプロデュースをしてます。
いちばん有名なのは6ix9ineの『GUMMO』っていうやつ。砂漠で歌っているやつ。あれが彼の代表作ですね。はい。ということで、ちょっと駆け足になってしまいましたが『MUSIC HUB』、今日は終わります(笑)。ちょっとね最近、面白い友達に会ったので。ファッション系の友達なんですけど。ハイファッションってなんぞやと。ファッションの僕、アート的な側面を全く知らないので。それをちょっとね、教えてもらったら面白くって。今度、彼はいま学生なんですけど。卒業制作が終わったらちょっと呼ぼうかなと思っております。もう少しかかるかな? あと1ヶ月くらいかかるかもしれないけど。まあ面白い人がいたら、また捕まえてきていろいろしゃべってもらおうかなと思っております。
ということでこんな感じかな? ということで、もうほぼ炎上の件について話しちゃっただけですが、平和に行きましょう。俺が怒っといてなんだよ?っていう話ですけど。でも僕、キレれないとたぶん一生後悔してた気がするな。結果、いい方に行ったか悪い方に行ったかはわかんないですけど。僕がやらなきゃいけないことは作品を作ることですから。ちょっともう1回ね、そこに立ち返って。ちゃんと自分の作品を紡いでいこうかなと思っております。では、『MUSIC HUB』、小袋成彬でした。また来週。
<書き起こしおわり>
via miyearnZZ Labo http://bit.ly/2VuyfoN
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