#前の絵もそうだったけど無意識で書いてたけどちょきくんのこと髪の毛で包むの好きなんですかね…
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smslimonen · 9 months ago
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劣情絵です………
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elle-p · 2 years ago
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P3 Club Book Koromaru short story scan and transcription.
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虎狼丸の優雅な一日
初夏の爽やかな日差しが心地よい日曜日。今日もなかなかの散歩日和だ。少し早めに出かけて、少し寄り道をするのもいいかもしれない。明確な言葉によるものではないが、だいたいそんなことを考えつつ、その柴犬は神社の石畳から身を起こして軽くあくびをした。
犬の名はコロマル。正式には虎狼丸と書くのだが、本人 (本犬?) は字が読めないので、とくにその違いにこだわりはない。彼がこだわっているのは、毎日の散歩。先日、彼の飼い主である神社の神主が事故で亡くなって以来、新しく神社の主となった人間は、最低限必要な食事は出してくれるものの、散歩に連れて行ったり頭をなでてくれたりはしない。コロマル自身、前の飼い主だけが唯一の主人であると思っており、もし新たな神主が散歩に連れて行こうとしたとしても、以前のルートを変えるなど考えもつかないことだった。なので、今日もコロマルは散歩に行く。まず、長鳴神社からムーンライトブリッジを超えてポートアイランドの駅前まで。その後、再びブリッジから蔵戸台方面に戻り、町をぐるりと巡ってから神社に戻る。これが、毎日の長い散歩のロードマップ。
「わん!」
人間の言葉に直せば、さあ行くか、といった感じだろうか。コロマルは一声鳴くと、いつもののんびりとしたペースで歩き出した。
「あ、コロ助、おはよ!」
ふと、かけられた声に、コロマルは面倒くさそうに顔を向ける。それは、三つ編みの髪を頭の両側でお団子にした、小学生くらいの女の子。いつも、夕方ごろに神社で遊んでいる子だ。
実を言うと、コロマルはこの子が少し苦手だった。嫌いなわけではないのだが、ややコロマルを構いすぎる傾向にあるのだ。大人と比べて体温が高い子供が、気温が高い日にむしゃぶりつくように抱きしめてくることを想像してほしい。毛皮に覆われたコロマルの苦労は、その想像の軽く上をいくものだ。ただし、慈悲深いコロマルは、そんな女の子も無下には扱わない。この子がわりと苦労人であることを、コロマルは知っているのだ。そうしょっちゅうではないが、この子の両親は酷いケンカをするらしく、夕刻の神社で悲しみをこらえるようにコロマルに抱きついてくることがある。群れで暮らす犬族は、それこそ家族や仲間は命に等しい。それが仲良く暮らせない悲しみは、いかほどのものだろうか?そう思うと、コロマルは多少うっとうしくても、彼女に優しくせずにはいられないのである。
「あ、もう時間だ。ごめんねコロちゃん、舞子もう行かなきゃ。あーあ、塾面倒くさいなあ」
そう言って、彼女はコロマルの頭をひとなですると、廠戸台商店街方面へと歩み去った。うん、これぐらいのスキンシップが、コロマルにとってはちょうどいい。少し気分を良くして、コロマルも再び歩み始めたのだった。
潮の香りがする中、コロマルはムーンライトブリッジをてくてく進む。人間は、ここを観光地とかいう扱いでありがたがって見に来るらしいのだが、コロマルにとっては散歩ルート中もっとも退屈な行程である。というのも、橋の手すりが高すぎて、コロマルの体高では絶景と噂の風景も見えないからだ。しかも、やたらとたくさんの自動車が前から後ろから突っ走ってきて、危ないわ埃っぽいわ、嫌な油臭い空気を吐き出すわで不愉快ですらある。
であるからして、コロマルはこの場所を無心で歩く。なるべく潮の匂いにだけ集中し、遠くに見えるポロニアンモールの丸いドームを目指してずんずん歩く。時おり、ランニング中の人間が立ち止まって手を伸ばしてきたりするが、それも可能な限り無視してひたすら前へ。
しかし、それでも2度呼ばれると、つい立ち止まってしまう。コロマルが行ってやらないと、呼んだ人間は時々えらく傷ついた顔をすることがあるのだ。人間を傷つけることは、コロマルの本意ではない。なので、コロマルはあくまで “仕方なく” 人間に思うさま頭をなでさせる。コロマルはそういう自分の性格を時おり誇らしくすら思っているが、じつはなでられている間、ついつい尻尾を振ってしまっていることには気づいていない。コロマルはそんな犬だった。
「あれー、コロちゃん?こんなとこまでお散歩に来てるの?」
「あ、ホントだ。健脚だね〜」
ポロニアンモールに来たところで、厳戸台あたりでよく見る女子高校生に出会った。いつもの制服姿ではなく私服姿。セミロングの髪の子は、ピンクのタンクトップにデニムのジーンズ、ショートの髪の小さい子の方は、水色のワンピースを着ている。もっとも、犬であるコロマルにとって、服の違いは別にどうでもいいのだが。
このふたりは、けっこうコロマルのお気に入りである。水色ワンピースの子は、動物の扱い方を心得ているのか、コロマルが気持ちいい場所を的確になでてくれる。タンクトップの子は、なでかたこそ普通だが、あまりベタベタしようとしない点で好感が持てる。コロマルに触りたいという気持ちは、たくさん伝わってくるので、むしろもっと触ってくれてもいいのに、と思うことすらある。もし犬の言葉がわかる人がいれば、遠慮しないでいいよと言ってあげたいほどだ。まあ、そうそう都合のいいことはないと、犬ながらに買いコロマルはそう思う。
「あ、コロちゃん、こういうの食べるかな?」
そう言って、水色ワンピースの子が手に提げていた袋から何かを取り出す。赤いビニールに包まれた、棒状の何か。漂ってくるかすかな匂いに、ある期待を抱き、思わずコロマルの尾がぶんぶんと大振りになった。
「あれ?ソーセージじゃん。どーしたの?」
「え?あ、た、たまには自分で料理しようかと思って······さっきデパートで、ちょっと」
「ふーん、風花も料理したりするんだ」
「ま、まあね。あはははは」
ワンピースの子は何か焦った様子だが、すでにコロマルは、想像の中に広がるソーセージの味で心が一杯になっている。ワンピースの子は、そんなコロマルの期待に応えるように、できるだけ意いでビニールをむいてくれた。
「はい、どうぞ」
「わん!」
礼を言うのもそこそこに、コロマルはソーセージにかぶりついた。そういえば、朝食をとってからけっこうな時間が過ぎている。ちょうどいいタイミングの思わぬ幸運に、コロマルの心にじんわり幸せが広がっていく。やはり、何かを食べているときが、いちばん幸せだ。それがとくに、好きな人が手ずから食べさせてくれるとあれば、それ以上何を望むことがあろうか。
欠片ひとつ残さずにコロマルはソーセージをたいらげ、もう一度「わん」と礼を言う。
「どういたしまして」
とワンピースの子が答え、買い物の続きがあるからと、コロマルをひとなでしてどこかの店へと向かってふたりは歩き出した。ごくまれにだが、このようにコロマルの意思が、人間に通じているように思えることがある。それは単なる錯覚や勘違いかもしれないが、それもまたコロマルに満足感を与えることのひとつなのだ。
ともあれ、コロマルは今日彼女たちに会えた幸運に感謝しつつ、散歩の続きを楽しむことにした。いずれ、コロマルは先ほどの想像どおり彼の言葉を理解できる存在と出会い、この日もっとも幸運だったことは、ワンピースの子がくれた食物が “調理前” だったことにあったのだと知るのだが、それはまた別の話である。
散歩の折り返し点、ポートアイランド駅に着いたときには、太陽は南天を過ぎ、もっとも暑い時間帯を迎えていた。駅そばにあるオープンテラスのカフェは、日曜ということもあって満員。いつもなら、ここで小腹が空くタイミングとなるために、カフェの客に愛想を振りまいたりすることもあるのだが、今日はもらったソーセージのおかげでその必要もない。
とりあえず、涼しい日陰でも探そうかとコロマルが駅前広場を見回したとき、ぞわり、と背中の毛 が逆立つような感覚がした。無意識に、尻尾が丸くなって足の間に挟みこまれる。コロマルは、その感覚に覚えがあった。
--いた。
花塩そばのベンチに座った、白いドレスの少女。手には大きめのスケッチブックを持ち、空ろな目でしばし前を見つめては、手元に目線を移して右手を動かす。その作業を、少女はひたすら続けている。
コロマルは、あまりこの少女に近づいたことがない。別に危害を加えられた訳ではない。ただ、以前1度だけ、少女の前方にいたときにじっとあの目で見つめられた。それだけだ。その目が、コロマルは今も怖くて仕方がない。
言葉を持たないコロマルは、その印象をうまくまとめることはできないが、あえて説明するとしたら、それは生き物としてはありえないほどの、虚無に満ちた視線だった。コロマルの目からは、少女は既に死者に等しく見えた。
だが、そんな少女が。
「······おいで」
なんと、コロマルを認めて声をかけてきたのである。一瞬のためらいののちに、コロマルは少女のほうへと近寄った。丸めた尻尾は、気力を振り絞って常態に戻している。少女に対しておびえを見せることが、何となく申し訳なく思えたからだ。それがなぜかは、わからない。
コロマルが近寄ると、少女は手に持ったスケッチブックを数枚めくり、やがてコロマルにひとつの絵を示した。強弱が定まらない輪郭線、不安定な色彩。正直、犬であるコロマルに絵の良し悪しはわかりはしないのだが、その絵からは何か圧倒されるものが伝わってきた。それは、この世のすべての生き物が恐れるべく定められた、“死” そのもののイメージだった。
「······これ、お前よ」
その言葉に、コロマルは首をかしげて再び絵を見る。よくわからない。だが、コロマルの生き物としての鋭敏な感覚が、その絵にこめられた別のイメージを感じ取った。
これは、憧れ?
紙の上にすみずみまで満ち溢れる、死というマイナスイメージの中、ほんのかすかに匂う生への憧れというプラス。それはまるで、地平線まで広がる黒々とした底なし沼の真ん中から、すがるように空に向かって伸ばされた白い手。
「普通は······誰かに見せたりしないけど······お前は、勝手にモデルにしたから、一応······」
目を合わせず、言い訳するように少女は呟き、そそくさとスケッチブックを畳んでしまう。
「く~ん」
と、コロマルは、甘えるように鼻を鳴らす。少女に付きまとう、得体の知れない死のイメージは微塵も薄れてはいないが、それでも小さな小さな助けを呼ぶような気配が気���なった。だが、少女にはそんな想いは通じず--。
小さな体に不釣合いな大きさのスケッチブックを抱え、少女は無言で立ち去ってしまった。
自分には、あの虚無から彼女を助けることはできない。それを本能的に知覚し、コロマルは少し悲しくなる。そしてコロマルは気づく。
--誰かを守れる力が欲しい。
そんな想いが、自分でも意外なほどに、強く強く満ち溢れていることに。それは、愛する主人を突然の事故で亡くして以来、自分の気づかない場所で、静かにっていた火だった。
それから、コロマルは沈んだ気分を晴らすように、ポートアイランド駅近辺をたっぷり散策した。今日はなかなか面白い人間が多く、別に吠えたり呻ったりもしていないのに「ちょっと!アタシは犬って苦手なのよ!犬は悪い人がわかるって言うし、アタシなんか噛まれるに違いないんだからね!しっし!訴えて慰謝料とるわよっ!」と叫ぶ中年男にじゃれ付いたり、なにやら月高の女生徒を付け回す同じく月高の男子生徒を、真似して尾行してみたりした。そして、ほんの少し気持ちが復活したところで、コロマルはポートアイランドをあとにして、行きと同じ道を辿って帰路に着く。
ポロニアンモールで立ち話をする主婦の、買い物袋から漂う匂いの誘惑に打ち勝ち、相変わらず埃っぽくて油臭いムーンライトブリッジをずんずん進み、ほんのちょっと厳戸台駅前に寄り道をする。これもいつものルート。
このあたりに来ると、昼が長い夏とは言え、すっかり日は傾きかけていた。駅前商店街に多数存在する食べ物屋からは、それぞれに違ったいい匂いが漂ってくる。とくに気になるのが、香ばしく焦げたソースの匂い。前に1度だけ食べたことがある、たこ焼きの匂いである。
ちょっとした気まぐれで、店主が散歩中のコロマルに投げてよこしたたこ焼きは、今までに経験のない美味だった。
「ホンマは犬猫にタコやイカはあかんのやけどな。ウチのはほら、タコ入ってへんから」
店主はそんなことを言っていたが、コロマルにとってはどうでもいいことである。ただ、もう1度だけ店主が気まぐれを起こしてくれないかと、このあたりで足を止める癖がついてしまったのが、我ながら情けない。
空腹をこらえながら、コロマルは商店街を進む。今日はあいにく、コロマルに食べ物を恵んでくれる気になる人間はいないようだ。いつも新しい神主が提供してくれる食事は、コロマルにとってはやや物足りない分量である。今日はちょっと疲れたので、もしかするとあれでは足りないかもしれない。今夜は、空腹をこらえて寝るしかないかと、コロマルが覚悟したとき。
「よう、コロちゃんじゃねえか」
後ろからかかる声。
大きく尻尾を振って、コロマルは声の主のもとに走り寄った。亡くなった主人を除けば、おそらくコロマルがもっとも大好きな人間だ。
「ほら、焦るなって」
そういって、その人は懐から容器を取り出し、地面に置いて開けてくれる。中身は何か肉を��込んだもの。巌戸台商店街やポートアイランドでよく見かけるその人は、いつの頃からか、定期的にコロマルに食べ物を持ってきてくれるようになっていた。口調は乱暴だが、優しい人だ。
「よし、いいぜ。食えよ」
いつものことだが、コロマルは律儀に一声吠えて礼をいい、それから出された食事を食べ始める。あまり味を気にしないコロマルだが、その肉は絶品だった。濃すぎない味付け、適度な歯ごたえ、神社で出されるドッグフードとは雲泥の差である。食べながらコロマルは思う。色々あったが、今日は総じていい日だった。明日もいい日になるだろうか?
どちらにせよ、コロマルは毎日を精一杯生きるだけだし、日課の散歩も変わらないだろう。手が届く範囲の幸せ、それを守ることがコロマルの重要事であり、それは確かに、生き物すべての真理なのである。
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shukiiflog · 2 years ago
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ある画家の手記if.19 告白
香澄 香澄 大丈夫だよ 僕が好きだって言ったもの 全部壊れたところを想像してみた 怖かった 失いたくなかった  お気に入りの大好きなものだけに囲まれた部屋 僕は自分が小さな子供だってことに気づいてなかった 部屋から全部取り上げられても 香澄がちゃんと居てくれればいい 大事なおもちゃのひとつだからじゃない おもちゃを大切に扱うみたいに香澄のこと大事にしたいんじゃない 香澄のことを教えてほしい 香澄の大事に思うものを一緒に守りたい 僕の大事に思うものを香澄にも一緒に守ってほしい
泣いたら少し落ち着いたけど涙は勝手に出続けてる。 ちゃんとしないと 香澄は今喋れないんだから、香澄がどうしたいのか何を思ってるのか僕が 想像 しないといけない 突然キスされて香澄が怒ってるような気がしたけど、違うのかも 僕の想像なんて全然あてにできないな 誰かのこと、想像したことなんて多分なかったから それでうまくいってたし、誰のことも… 誰の気持ちも想像したことなかった 誰のことも特別思いやったことなんてなかった 最低限必要なことだって、僕はほとんど無関心で絵ばかり描いてた 兄が死んで、親族と疎遠になってからますますそういうのは��著になったけど、絵を描けば生計はたつから別にどうってこともなくここまできた。 …思いやるべきだった 誰のことだって いつだって 今、誰より思いやりたい相手に僕はなすすべがない それでただ抱きしめてる これまでも、突き飛ばしたり包丁持たせたり、僕って何考えてるんだろう いつからか、香澄といると頭に血が上りやすくなった スラムにいた頃だって気分は荒んでたけど、こんなに激しい気持ちを抱えきれなくなって、泣いたりとか、感情的になって相手についあたったりなんてしなかった …なんで …香澄が これまでのみんなと何か違うから …香澄がちょっと変わった子なのかな それとも僕が、香澄のこと 好きだから?
香澄が急に立ち上がったかと思ったらよろけて尻餅をついた。 「香澄?…どうしたの」 言葉に しないと 僕がちゃんと訊かないと さっきはショックで何を訊いても無駄だとか思ったけど、喋れないからひとつひとつ丁寧に訊かなきゃ 僕がしっかりしなきゃ 「っ、」 香澄に手を差し出そうとして思いっきりソファに足をぶつけた。おかしいな 最近、モノとの距離感とる部分が壊れたみたいに変なミスが多い。宅配にサインをしたら書く場所間違ってるって文句つけられたり。そんなに体調悪いかな それはともかく 「香澄」 僕が精一杯、今できるだけのことを全部したい、ちゃんと思いやりたい 「今日はもう遅いし、泊まって……」 ーーー香澄はずっと無表情だ。ぼーっとしてるとかぽかんとしてるとかじゃない、無表情だ いつも機嫌よく笑ってなくたっていい、けど この顔は…? 「香澄?」 僕が声をかけた途端に、香澄の手が掴んだ、かいじゅうくんを、そんな薄い生地でもないのに香澄はそれを引き裂いた。「……っ!?」 ショックで息を飲む。かいじゅう…くん 大事 に してたのに…   大事に… ふかふかの綿が床に散らばるのを、膝をついてかき集める ちぎれたところを隠すみたいに抱き寄せて、綿を入れなおそうとするけど破れ目が広がってうまくいかない こんなのまた泣きそうだ 引き裂かれたところからどんどん溢れて落ちてバラバラになる 香澄 どうして…? 見上げた香澄は自分の指を見てた その爪の間から血が滲んで滴り落ちた 「あ、…」 香澄も 怪我したんだ だめだ、こんなことで泣いてちゃ かいじゅうくんより香澄が大事だ 今のままじゃ香澄のために何もできない 訊かなくちゃ 「香澄…が…どうしてこんなことするのか、僕にはわからない、どうして…? 声が出なくて、イライラしたの? それとも本当は、ぬいぐるみ、好きじゃなかった…?」 ああ ひとの気持ちを想像するのってこんなに難しいのか 言ってること、全部違うような気がする それでもひたすら香澄の気持ちを考える 「僕は…香澄が持ってきてくれたもの、大事にしてた。モノが気に入ったんじゃないよ、香澄がくれたから嬉しかったんだ…  ぼ…くは、ずっと前は、香澄がくれるモノなんて香澄と関係ない��思ってた、から、大事にしようとも思わなかったけど、…でも、そうじゃないよね……」 関係あるよ みんな関係ある 花束は突然僕��目の前に現れたんじゃない、香澄が僕のいない場所で僕のこと考えて、選んで、買ってきてくれた 「そういうもの、大事にしなきゃいけなかったのに、見えない部分にまで…思い至れなかった」 ごめんね。 小さく呟く、また謝罪の言葉。自分が何に謝らなきゃいけないのか、少しずつでいいから分かりたい。 きっとたくさん蔑ろにしたんだ。香澄のことなんて考えてなかったんだ。…好き、なのに… 「……………」 香澄は何も聞こえてなかったみたいに床のかいじゅうくんを踏んでいったと思ったら、今度は夕方活けてくれた花瓶の花をむしったりせっかくくれた匂い袋を破り捨てたりし始めた。 暴挙に僕が制止に入ろうとしても香澄はこの部屋にまだ何か壊すものがないか探ってるみたいな目つきをする。 「ーーーか、香澄、やめてよ、なんで…?」 僕ようやく、くれたモノを大事にするってこと、わかってきたのに なんで今になって なんで分かった途端に壊すの 香澄は動きを止めて瞬きをしたと思ったら、自分の顔の傷跡に爪を立て始めた 「な…!!? っ…!!!」 ーーーだ だめ だめだ それはだめだよ それだけは 絶対 絶対に だめだ やめろ やめろ やめろ  「だめだ!!!」 香澄の腕を力づくで頭の上で押さえ込んで壁に体を押さえつける。 なんで…  冷静じゃない、こんなの… 「やめろ、なんでこんなことするんだ!!!僕はずっとその傷、大事だって言ったじゃないか!!何度も何度も、繰り返し撫でて触れて、キスして、 好きだって… 何度も…! 香澄だって、傷跡、嫌ってなかった 僕はその傷好きだよって…絵にも描いた、何度も言った、ちゃんと伝えた! ーーーー僕が 好きだっ…た か…ら…………………………」 そこで言葉が途絶えて、唖然とする 僕が好き 僕が好き 香澄のことも、かいじゅうくんも、傷跡も ただそれだけ。 ーーー僕が好きだから香澄が大事にしてくれてたとしたら? 僕が好きだったーーーだけ だった…? 優しい時間はそれだけで成り立ってた? 「…っ」 違う、ちがう! 前はもしかしたらそうだったのかもしれない、でも香澄は僕のこと好きって言ってくれた 僕と一緒に居たいって 僕が死にたいことも死にかけたことも知っててそう言った、約束した、僕が好きだっただけじゃない! 戸惑って少し力が弱まってた腕にもう一度力を入れてしっかり香澄を押さえる。 「…約束って、言った!二度とこんなことするな!…こんな…こと…」 自分の中がガラガラいくつもひび割れて壊れていく音がする。 こんなのちっとも僕らしくない。 手を放す前に念を押すようにもう一度強く壁に体を押しつけて香澄を睨む。 手を放すのと同時に香澄の体が崩れて、僕にぐにゃりと寄りかかってそのまま床に倒れた。 眠って……? それとも、気絶? 今日はあんまりにも負担をかけすぎた、気絶したっておかしくない 呼吸は正常だったから、体を抱えてベッドに運んだ。
そっとベッドにおろして手のひらをとる。手が血まみれだ。顔も。 ほとんど使わない救急箱を静かに探して��て、濡れたガーゼで手も指先も顔の傷も綺麗に拭いて、なるべく沁みないように消毒液を吸わせたガーゼでゆっくりゆっくり傷を押さえた。 指先を絆創膏で包んで、顔の傷には薄いガーゼを当てて、せめて眠ってる間にとれないように軽く包帯を頭に巻いた。起き上がったらとれちゃうかもしれないけど、なら僕が起きて見てればいい。 香澄に寄り添うように僕もベッドの上に横になった。睡眠薬は飲まなかった。
以前にもこんなふうに眠らないで香澄の様子を見てたことがある。 あの時香澄の中に「直人」はいなかった。 僕はそれが気にならなかった。ーーー僕が香澄を好きなことに変わりはないから何も問題なかったし、一生記憶がなくても僕はどこにもいかなかっただろう。 今の僕も、やっぱりどこへもいかない。でもあの時と同じじゃない。…もう同じでは済まない。
その夜、香澄は一度も目を覚まさなかったけど、魘されてるのか無意識なのか、体は半分起きてるみたいにふいに手だけ動いて、何度も顔の傷を掻きむしろうとした。 その度にそっとその手を降ろさせる。 あまりにそれが頻発するから、眠ってても自然な体勢になるように香澄の体をゆっくり僕のほうに向けて、僕の腕を脇から滑り込ませて香澄を横から抱きしめた。香澄の頭を抱きこんで僕の肩に額をあてさせて守る。 宙を掻いた香澄の指先はすぐに僕の背にあたって、薄いシャツの上から何度も僕の背を引っ掻いた。絆創膏はずるずるになって剥がれてしまったみたいだったけど、香澄のことを離さなかった。 深夜を過ぎて明け方近くになっても続いて、途中で背中に痛みが走った。皮膚は頑丈なつもりだったけど、同じ場所を何度も集中的に抉られ過ぎたのか、血が背中を滴った感触がした。 「香澄… かすみ 大丈夫だよ…」 目を覚ます気配のない香澄の額に手を当てて、優しく髪の毛の上から頭を撫でる。 取れかけた包帯の隙間からのぞく生々しい傷。染み込んだ血が乾ききって硬くなったガーゼが取れてしまった。また傷に血が新しく滲んでくるのを、傷口に口をあてて舌で舐めて吸い取った。 血が滴るたびに傷口に唇を当てた。僕の口内にも香澄に噛まれた傷がある。二人分の血が僕の中で混じる。喉の奥に落ちていく香澄の血を感じながら、香澄が無事に目を覚ましてくれるのを願った。
続き
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kuro-tetsu-tanuki · 4 years ago
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異海感想
前にツイッターに思わずネタバレ垂れ流してしまって良くなかったなぁと思ったのでブログにしときゃええやろという安直な考えのもと作成されております。 そっちの文章も入ってます。
Sadaさん作 異海 ―ORPHAN’S CRADLE― のネタバレ有感想になっておりますのでお気を付けください。
後、思いの丈を気持ち悪いレベルで吐き出してますのでキモイと思ったらブラウザバック推奨。
まず製作者のSadaさんに感謝を。 こんなにも素晴らしいゲームを、魅力的なキャラ��ター達を、面白くあたたかなシナリオをありがとうございます。 本当に楽しい。面白い。 おかげでEDFもモンハンもほっぽってずっと異海やっちゃってる。時間が溶ける(誉め言葉)。
語りたいことが多すぎるので思いつくことをガンガン語っていこうと。
取り合えずEDは全部見終わった、んだけどイベントもスチルも回収できてないの多いのでまだまだ周回しなくてはならない。 まぁそんな自分の状況はさておき。 シナリオが!良い!!んですよ!!!! 僕のさっぱりな語彙力では表現できないので割愛。 どのシナリオ読んでても面白い。面白過ぎてスキップできない。 周回の為にスキップもするけどお気に入りのシナリオ来ると読んじゃう・・・また時間が溶けてゆく・・・。 差し込まれるBGMもチョイスが良い。情景にあったチョイスをされてて自然にシナリオに没入できる。 照雄さんや吾郎さんと勝負する時のピアノ曲とか、最終盤の蛭子と問答して裕くんが色々理解した時の切ないピアノ曲とかたまらん。アルペジオがいいんだ。 曲名とかも知りたいくらい良い曲多い。フリー素材なんだっけ?欲しい。 料理、島開発、クラフト要素も楽しい。クラフトとかまだ作れてないの一杯あるんだろうなあ。 ミニシナリオが充実してるのもすごく良い。 多すぎて作者さんの多大な愛を感じる。本当に凄い。 色々気になる設定もありすぎて設定資料集を見たい。
人物評というか感想というか
裕くん 我らが主人公。基本的に周囲が奇人超人が多い中、貴重な常識人ツッコミポジション。 そんな彼も一皮むけば色んな要素が詰まった子でした。 よく笑い、時に悩み、泣き、葛藤しながらも自分の道を見つけて進むことができる姿はまさに主人公。 優しいというより愛情深い。いや、基本的に異海に出てくるキャラクターは皆愛情深いけれども。 サブイベントで人外にですらその手を差し伸べるその深い愛情は圧巻。 たまに「裕くん絶対母性芽生えてるよね?」とか思った。鬼灯イベとか料理のミニシナリオとか。 その大きな愛情で色んな人達を悉く陥落させていく様は正に主人公。 もうハーレムとかで良いから裕くんは皆を幸せにしてあげて欲しい。 相手と状況によっては(主に後ろが)大変なことになりそうな裕くんの未来はどっちだ。 EDによって色んな状況になるのも流石主人公。海堂さんEDはビックリな成長具合だった。そりゃ海堂さんも驚くわ。
定晴さん 色々デカくて豪快な父性溢れるチートスペック超人その1。面倒見も良い。 そりゃ裕くんじゃなくても惚れるわ。 その裏にある定晴さん自身の事���や葛藤がまた何とも。 そりゃ巌さんから見たらソリ合わないよね・・・。 吹っ切れた後は最初の印象に違わぬスケベェなおっさんでした。 スケベ的な意味で裕くんは体もつのだろうか・・・。 だが男前すぎてつらい。裕くん幸せにしてあげて。 ちらほら描写はあるけど君絶対ただの一般人じゃないよね。
巌さん ヤクザみたいな雰囲気のおっさん。のくせに時たま見せる柔らかな父性がまたニクイあんちくしょう。 勇魚さんとは違った意味でこの人はこの人で色んなことで雁字搦めになってた。 初期印象がガラリと変わる人。シナリオでも言及されてたけど懐が大きく、愛情深い。 お前はどこのエロゲの主人公だってくらい父性愛溢れまくってる。 でも巌さん絶対Sっ気あるよね。 元は真面目な消防士ってんだから色々あったんだよね、多分。ってなる。 しかしこの人も大概ハイスペックだよね。他が飛びぬけてるだけで。
洋一くん チートスペック超人枠その2。 別の意味で初期印象がガラリと変わった人。 寡黙マッチョいいよね!とか思いながら攻略したら死んだ。 死んだ。 個別シナリオはもうボロ泣きした。 ノベルゲーやってて泣いたのなんて初めてかもしらん。 この時点で洋一くん推しが限界突破した。好き。 前半の寡黙な洋一くんも良いけど不器用に感情を表す彼も良い。 タガ外れてエッチ要求しまくる彼も良い。 捨てられた犬みたいな表情で「駄目か」「嫌か」なんて言われたらそりゃあ拒否できないよね。 頑張れ裕くん。
辰馬くん ちょっと天然気味なラガーメン。が最初の印象だった。だった。 ヒーラーでサバイバーでラガーメンで医者志望でタガが外れりゃオオカミさん。 ふとした瞬間に出てくる闇と言うか情報の洪水というか、最早何を言ってるのかわからない。 一途、めっちゃ一途。一途すぎて若干ヤンデレの気配も・・・。 でも、なんというか愛おしい。母性をくすぐるというか、愛される人柄だよね。 でもやる気になればクソかっこいいんだからホントにズルい。 巌さんもそうだけど彼も大概ハイスペック。
千波くん 打波の生んだぴゅあぼーい。 何というか甘酸っぱい青春ルートだった。 いや、ルートとしては葛藤も切なさも苦しさも色々あったんだ。 あったんだけど、「ああ、ちょっと切ない。けど、甘酸っぱい」。 そんな言葉が自然と出てくる。千波くんかわいいよ千波くん。 裕くんとの距離感が絶妙に良い。 支えるようで支えられていて、寄りかかるようで寄りかかられていて。 実に微笑ましい。末永く爆発しろ。
冴さん つよい。 いや、その一言で片づけちゃだめなんだろうけど。 印象としてはサモ〇イのメイメ〇さんポジション。 眼鏡だしお酒好きだし。 勇魚さんルートで彼を叱責する彼女には痺れた。 色んな意味で裕くんの味方をしてくれた人。本当に素敵な女性��ある。 彼女は彼女で秘密があるみたいだけど結局何者だったのだろうか・・・。
イザナギさん 〇モナイ3でいうハ〇ネルさんポジション。 彼も何者だったのかは正直ようわからんかった。 でも、裕くんの味方で、裕くんを導いてくれてたのは確か。 なんというか、ほっとする感じがして好き。
照道さん 良識枠。イザナギさんと同じでほっとする枠。 色々言うけど裕くんを支え、導いてくれた人。その名前は伊達ではない。 ラストで駆けつけてくれたあの勇ましい姿には痺れた。クソカッコいい。 崇くんとは末永く幸せに暮らして欲しい。 ぬか漬け?・・・ウッアタマガ
崇くん 天使。 もうそれ以上の言葉があるだろうか。 いや、後半のあれやこれやで色々と思うこともあるけれども。 本当に、本当に末永く幸せになって欲しい。 崇くんかわいいよ崇くん。
吾郎さん ギャグ枠と思いきやシリアス部分もがっつり持ってくお方。 月狂いの恐ろしさとその苦悩がよくわかるシナリオでございました。 ぶきっちょな吾郎さんも良いですがあんなオラオラした吾郎さんもよき。 下手すりゃ裕くんあのままMに目覚めていたのでは・・・? 互いが互いを思いやる故の忘れ石。でも、忘れたくない。あんなんズルいわ。そこからのEDへのあの流れ。ズルいわ! EDでのギャップにもやられた。制服はズルい。萌え。 子供たちもかわいい。
潮さん 面倒見がすごくよく、性格イケメン。 実際いい男。というか色男。そして一途。 ED見つけるのにめっちゃ時間かかった。まさかノーマルの先だったとは思わなんだ。 いや、どうなんだろ、トゥルー後にもあるなら全く感想が変わってくる。 ノーマル後の潮さんEDを見た感想としては、せつない。 ただひたすらに、せつない。 裕くんと潮さんのあの関係はそれはそれでいいんだ。 幸せそうで。潮さんも満更じゃなくて。 ノーマルエンド、やっぱ悲しいよなぁ。 照道さんが消えて。あの後、崇くんはどうなったのだろうか。 吾郎さんとか汐音ちゃんがいるから平気だろうとは思うけど、絶対自分責めそうだよなぁ。 やっぱり、皆で幸せになって欲しいんだ。 もし汐音ちゃん√のトゥルー後のEDっていう√があれば、全然感想変わったなぁ。
藤馬さん 皆大好き(?)藤馬さん。 目じり下げて笑うあの表情は破壊力あると思います。 完璧超人かと思いきやまさかのメシマズとは・・・。 えっちスケベにーさんだった。えっち最中も敬語なせいで最早言葉攻めだったよ。プレイかよ。 でもそれ以上に愛情の人だった。 辰馬くんに、父に、そして裕くんに向けた愛が溢れまくってる人だった。 兄弟揃って外見も中身もイケメンだった。知ってた。 ED1はまさかのオチだった。いや、弐鬼さんルートでんなこと可能なのは知ってたけど。 そして藤馬さんやっぱ勾制御できなかったら色々ハジけてるじゃないですかヤダー。 あの場合兄弟とは竿だったのか穴だったのか・・・ゴクリ そして問題児三兄弟って多分吾郎さんとこだよね。 ED2は切ない。でも、あの結末の先に続く物語もありそうな感じがある。 結局、あの場合はどっちが柱になったのだろうか。 にしても兄弟揃って独占欲強めな感じがひしひしと。イイデスネ
勇海さん えっちなとうさん。けしからん。実にけしからん。好き。 父性愛溢れまくってて砂糖どころか蜂蜜吐いた。 裕くんがでろでろに甘やかされてるのを見ると「良かったねぇ裕くん」という気持ちが芽生える。 洋一くんや辰馬くん、千波くん見てると「もっと甘えてええんやで」って思うけど裕くんももっと甘えていいと思う。 それを引き出した勇海さんマジお父さん。爛れているのはご愛敬。 定晴さんとの3Pルートもスケベェで実に良い。 裕くんのお尻が心配にはなる。でも裕くんが幸せそうだからいいか。 しかし、疾海さんを内地に解き放って本当に大丈夫だったのだろうか・・・。
弐鬼さん マッチョ刀鍛冶おじーちゃん。 お世話してたら回春したおじーちゃんとえっちしてた。 おじーちゃんがえっちすぎるのがいけないとおもいます。 EDは世界観の一端が見えてそれも良かった。 いきなりおっぱじめたのには吾郎さんじゃなくてもびっくりすると思います。 このルートの裕くんが一番神秘に満ちてる状態なのかな。 洋一くんの五感が鋭いのも弐鬼さんの血族だからなのだろうか。
泰蔵さん 船長兼細工師さん。 最初はぼんやりと「ああ、裕くん島に残ったら旺海の当主しながら細工師するのかな」なんて思ったりもした。 個人的には裕くんのお師匠ポジションになっている。 絶妙な塩梅で裕くんのこと気に掛けてくれるお方。 絶対弟子みたいな目であたたかく見守ってるよね。 なんでかわからんが凄い好き。
沙夜さん ほんわかお母さま。そしてぬか漬けの女帝。 裕ちゃん��びは中々にくるものがある。可愛らしいお母さまだ。 色々大変で色々な苦悩を背負ってる。 でも最後にはきちんと向き合い、子を守り、愛にも生きる。女は強かった。 にしても、千波の年齢逆算してもそこそこのお歳の筈だが・・・お盛んっスね・・・。
蛭子 黒幕。加害者でもあり被害者でもあり、サモナ〇3のイス〇ポジション。 彼の願いは所謂「自身の死」だった。 そりゃあんな状況に押し込められて無間地獄状態ならそう望むのも無理はないわ。 けど、色んなEDを見た後に思う。結局彼にとって一番幸せなEDはどれだったんだろう。 正規?√は定晴さんEDぽいけど、個人的には蛭子くん自身が色々学んでいきそう辰馬くんED、藤馬さんED1もありかなぁと思ってしまう。 彼も幸せなれるそんな未来があったのかなぁ。
全然関係ないけど、蛭子はマヒトの姿を模してる。 マヒト登場時に「はいてない」選択肢出てた。 つまり蛭子もはいてないのでは? どんだけシリアス話をしてても君はいてないの??? 3週目あたりでそんなアホな思考が湧いてもうダメだった。
考察とも言えない雑感。 考察何てしたことないから理論も順番もちぐはぐのぐちゃぐちゃ駄文。
辰馬ルートやって思ったのが、「自分の命を��みず、他の誰かを慈しむ」「負の感情に共感し、それを慰めることができる」。 これをできる人が「柱」の素質の大きさなのではないかと。 そこに血筋とか勾とかは恐らく関係ないのではないかと。 んで、バッド√を見て思った。 あのループの中の定晴さんのあの台詞。 多分、定晴さんもあのループの中での記憶を持ち越してて、「もう少しでお前(裕くん)をこのループから解放してやる」って意味だったのかな、と。 そして多分、その代償として定晴さんが柱になるのではなかろうかと。 禍憑きの骨イベントで崇君と定晴さんが同情、というか共感したことで禍が消え去ったのも、あの2人が柱の資質持ちだからなのではないか?と思ったり。 というかイザナギさん回復イベントで産魂に光を入れられた人って、大なり小なり皆柱の資質あるって事なのでは・・・?
裕くんの父親について 某方がSadaさんと問答してらっしゃったけど、多分これ泰蔵さんだよなぁ。 冴さんのお言葉や鑑定の結果見ても一点ものの髪飾り、星見石は打波で産出する、加工が難しい、泰蔵さんの髪飾りに対する扱い、泰蔵さんは細工師、んでお酒飲んだ時のお話。 うん、やっぱりアレ泰蔵さん作では? よくよく泰蔵さんの立ち絵見ると裕くんに似てる気がする。体格とか髪型とか。あと眉毛。 蛭子も命や魂は生み出せないって言ってたし、真那さんと泰蔵さんの子+蛭子の一部=裕くんなんだろう。多分。 多分泰蔵さんは気づいてるよね。そら何かと気に掛けてくれるわな。 そう仮定して泰蔵さんの台詞を見返すとやっぱそうなんじゃね?って思ってしまう。
裕くん本人について 何かしらの勾を持っており、幼い頃から幽霊とかが見えてる。 旺海の血を継ぐ者。 勾については汐音ちゃんから「幽世を渡る力に優れている」と言及されている。 「幽世を渡る力」は詳細が語られていない為不明点も多い。 おそらくこちらは「蛭子の一部としての旺海裕」が持つ力なのであろう。 幽霊や魂といったものを視認し、時には意思疎通さえ行うことが可能。 視認した相手の死の運命のようなモノも感じ取ることができる。 元々できたのか打波島に戻ってから目覚めたのかは不明だが、霊的な存在を祓う、共感し慰撫することで魂を輪廻の中に還す柱としての力も行使している。 ここら辺は主に攻略キャラに関係ないサブイベで行使している。雪女とか胡麻団子の女の子とか鬼灯とか。 幽世の力に関係するのかは不明だが、水鏡による先視に関する力も突出している。 先視は藤馬さん√にて「超高性能のシミュレーション結果」のようなものと明言されている。 絶対の結果ではないが、高い確率で起こる事象の1つを視るのだと。 この先視に関して、前述した『視認した相手の死の運命のようなモノも感じ取ることができる』という能力にも関わって来るのではないだろうか。 バッド√で蛭子がいくつかの結末をシミュレートして試行���繰り返していることから、蛭子が元々行使していた力。 それが、蛭子の一部である裕くんが『死の運命の視認』という限定的ながらも先視の力を行使できても不思議ではない。 余程裕くんの根幹に根ざす力なのか、打波を離れてもその能力は無くなっていない。(巌EDなど) それと、裕くんの勾に関係するかは全くの不明だが、打波島に来てから彼は黄泉がえりを繰り返していると言える。 桃の花咲き乱れるあの空間はしょっちゅう描写されるが、あれが描写されるときは肉体的に死を迎えようとしているか、あるいは魂が肉体を離れている状態なのではないだろうか。 あの空間を降りきったら死んでしまうよと警告もされるし。 巌√で月読のお守りをなくした時、洋一√で顎岬ダイブした時は明確に一度死にかけて(あるいは死んで)いると思しき描写になっている。 しかも桃の花空間も描写されている。 どうみても助からない筈なのに蘇生している。 この事象に関しては裕くんの勾なのかそれとも蛭子が手助けしているかは不明だが、デッドアンドリバースしているのは確かだろう。 先視や水鏡、黄泉がえりの異能を含めて「幽世を渡る力」なのだろうか。 書き出してても全然わからん。 他、定晴さん√にて蛭子から「君は旺海の勾も継いでいるんだね」と言及されている。 こちらは「旺海真那の子、旺海裕」として持つ力なのであると思われる。 旺海の勾については「魂の分割」と作中で明言されており、自分の魂の一部を別個体として存在させるって感じかと思われる。 定晴さん√ではそれを定晴さんの魂でおこなったと。 だからあの場に定晴さんは現れたということだ。 まだある。 条件が揃えば笹神楽を神器として行使することが可能。 この時、裕くんは笹神楽がツール、自身をバッテリーと称している。 この状態に定晴さんソウルが加わると、位相すらも蛭子と同等になる。 これ、限定的にとはいえ限りなく神に近づいてますやん。 いや、蛭子の一部なんだから不思議ではないっちゃないけど。 折れない柱として完成されうるスペックも持ち合わせており、不完全な状態でも柱としての適性は高い。 ていうか弐鬼さん√に至っては一時的ながらも柱そのものとして打波島を支えていた。
定晴さんについて 内地の人間なのに浮き出ていた禍憑きの刻印。 定晴√ラストの裕くんに流れ込む力。 名言されているわけではないが、弐鬼さんEDにて語られる「さる人物の体の中に残っていた海皇の因子」。 さる人物って多分これ定晴さんだよね。 そう仮定すれば定晴さんの謎スペックにも説明はつく。多分。 ていうかスィーフィード〇イトかお前は。好き。
エロについて すごいえっち。 ええ、ええ。すごいえっちでドシコでしたよ! よくこんな量のテキストとシチュエーション思いつくなぁなんて戦慄もちょっとした。 定晴さんの色々溢れまくりなえっちもいい。 巌さんの包み込むような、お互いに色々曝け出すようなえっちもいい。 洋一くんの若さ溢れまくるドチャくそ激しいえっちもいい。 千波くんの青さと若さとやんちゃさ溢れかえるえっちもいい。 辰馬くんの��たすら一途な激し目えっちもいい。 サブキャラの方々もたいへんえっちでございました。 言葉で表しきれないのでまずやればいいと思う。 定晴さんと勇海さんのW雄っぱいサンドで吐血した。いや、吐蜂蜜した。
簡単な総評 めっっっっっちゃ良い作品でした!!!!! そしてめっっっっっちゃ時間が溶けた。 というか回収終わってないスチルもイベもあるからまだやらねば。 あああ、裏設定とか世界感とか凄い気になる! ここまで引き込まれた作品なんて久々だ! Fateやら放サモやらはまだ完結してないから除外。 それ考えたら勝手な考察なんてするほどどっぷり浸かった作品なんて赤松漫画とかハリポタ以来かも。 あああ、一緒に語れる人が欲しい!!あれこれ聞いてみたいし話したい!!
あのボリュームで、プレイ時間で、2000円ちょっとって安すぎない????
お布施はどこにすればいいんです・・・?
しかもまだ追加があるかもしれないというこの・・・。
Sadaさんありがとう・・・ありがとうございます・・・。
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2ttf · 13 years ago
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groyanderson · 4 years ago
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン2 第七話「復活、ワヤン不動」
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(シーズン2あらすじ) 私はファッ��ョンモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 ニライカナイから帰還した私達はその後、魔耶さんに呼ばれて食堂へ向かう。食堂内では五寸釘愚連隊と生き残った河童信者が集合していた。更に最奥のテーブルには、全身ボッコボコにされたスーツ姿の男。バリカンか何かで雑に剃り上げられた頭頂部を両手で抑えながら、傍らでふんぞり返る禍耶さんに怯えて震えている。 「えーと……お名前、誰さんでしたっけ」  この人は確か、河童の家をリムジンに案内していたアトム社員だ。特徴的な名前だった気はするんだけど、思い出せない。 「あっ……あっ……」 「名乗れ!」 「はひいぃぃ! アトムツアー営業部の五間擦平雄(ごますり ひらお)と申します!」  禍耶さんに凄まれ、五間擦氏は半泣きで名乗った。少なくともモノホンかチョットの方なんだろう。すると河童信者の中で一番上等そうなバッジを付けた男が席を立ち、机に手をついて私達に深々と頭を下げた。 「紅さん、志多田さん。先程は家のアホ大師が大っっっ変ご迷惑をおかけ致しました! この落とし前は我々河童の家が後日必ず付けさせて頂きます!」 「い、いえそんな……って、その声まさか、昨年のお笑いオリンピックで金メダルを総ナメしたマスク・ド・あんこう鍋さんじゃないですか! お久しぶりですね!?」  さすがお笑い界のトップ組織、河童の家だ。ていうか仕事で何度か会ったことあるのに素顔初めて見た。 「あお久しぶりっす! ただこちらの謝罪の前に、お二人に話さなきゃいけない事があるんです。ほら説明しろボケナスがッ!!」  あんこう鍋さんが五間擦氏の椅子を蹴飛ばす。 「ぎゃひぃ! ごご、ご説明さひぇて頂きますぅぅぅ!!」  五間擦氏は観念して、千里が島とこの除霊コンペに関する驚愕の事実を私達に洗いざらい暴露した。その全貌はこうだ。  千里が島では散減に縁を奪われた人間が死ぬと、��金剛の楽園』と呼ばれる何処かに飛び去ってしまうと言い伝えられている。そうなれば千里が島には人間が生きていくために必要な魂の素が枯渇し、乳幼児の生存率が激減してしまうんだ。そのため島民達は縁切り神社を建て、島外の人々を呼びこみ縁を奪って生き延びてきたのだという。  アトムグループが最初に派遣した建設会社社員も伝説に違わず祟られ、全滅。その後も幾つかの建設会社が犠牲になり、ようやく事態を重く受け止めたアトムが再開発中断を検討し始めた頃。アトムツアー社屋に幽霊が現れるという噂が囁かれ始めた。その霊は『日本で名のある霊能者達の縁を散減に献上すれば千里が島を安全に開発させてやろう』と宣うらしい。そんな奇妙な話に最初は半信半疑だった重役達も、『その霊がグループ重役会議に突如現れアトムツアーの筆頭株主を目の前で肉襦袢に変えた』事で霊の要求を承認。除霊コンペティションを行うと嘘の依頼をして、日本中から霊能者を集めたのだった。  ところが行きの飛行機で、牛久大師は袋の鼠だったにも関わらず中級サイズの散減をあっさり撃墜してしまう。その上業界ではインチキ疑惑すら噂されていた加賀繍へし子の取り巻きに散減をけしかけても、突然謎のレディース暴走族幽霊が現れて返り討ちにされてしまった。度重なる大失態に激怒した幽霊はアトムツアーイケメンライダーズを全員肉襦袢に変えて楽園へ持ち帰ってしまい、メタボ体型のため唯一見逃された五間擦氏はついに牛久大師に命乞いをする。かくして大師は大散減を退治すべく、祠の封印を剥がしたのだった。以上の話が終わると、私は五間擦氏に馬乗りになって彼の残り少ない髪の毛を引っこ抜き始めた。 「それじゃあ、大師は初めから封印を解くつもりじゃなかったんですか?」 「ぎゃあああ! 毛が毛が毛がああぁぁ!!」  あんこう鍋さんは首を横に振る。 「とんでもない。あの人は力がどうとか言うタイプじゃありません。地上波で音波芸やろうとしてNICを追放されたアホですよ? 我々はただの笑いと金が大好きなぼったくりカルトです」 「ほぎゃああぁぁ! 俺の貴重な縁があぁぁ、抜けるウゥゥーーーッ!!」 「そうだったんですね。だから『ただの関係者』って言ってたんだ……」  そういう事だったのか。全ては千里が島、アトムグループ、ひいては金剛有明団までもがグルになって仕掛けた壮大なドッキリ……いや、大量殺人計画だったんだ! 大師も斉二さんもこいつらの手の上で踊らされた挙句逝去したとわかった以上、大散減は尚更許してはおけない。  魔耶さんと禍耶さんは食堂のカウンターに登り、ハンマーを掲げる。 「あなた達。ここまでコケにされて、大散減を許せるの? 許せないわよねぇ?」 「ここにいる全員で謀反を起こしてやるわ。そこの祝女と影法師使いも協力しなさい」  禍耶さんが私達を見る。玲蘭ちゃんは数珠を持ち上げ、神人に変身した。 「全員で魔物(マジムン)退治とか……マジウケる。てか、絶対行くし」 「その肉襦袢野郎とは個人的な因縁もあるんです。是非一緒に滅ぼさせて下さい!」 「私も! さ、さすがに戦うのは無理だけど……でもでも、出来ることはいっぱい手伝うよ!」  佳奈さんもやる気満々のようだ。 「決まりね! そうしたら……」 「その作戦、私達も参加させて頂けませんか?」  食堂入口から突然割り込む声。そこに立っていたのは…… 「斉一さん!」「狸おじさん!」  死の淵から復活した後女津親子だ! 斉一さんは傷だらけで万狸ちゃんに肩を借りながらも、極彩色の細かい糸を纏い力強く微笑んでいる。入口近くの席に座り、経緯を語りだした。 「遅くなって申し訳ない。魂の三分の一が奪われたので、万狸に体を任せて、斉三と共にこの地に住まう魂を幾つか分けて貰っていました」  すると斉一さんの肩に斉三さんも現れる。 「診療所も結界を張り終え、とりあえず負傷者の安全は確保した。それと、島の魂達から一つ興味深い情報を得ました」 「聞かせて、狸ちゃん」  魔耶さんが促す。 「御戌神に関する、正しい歴史についてです」  時は遡り江戸時代。そもそも江戸幕府征服を目論んだ物の怪とは、他ならぬ金剛有明団の事だった。生まれた直後に悪霊を埋め込まれた徳松は、ゆくゆくは金剛の意のままに動く将軍に成長するよう運命付けられていたんだ。しかし将軍の息子であった彼は神職者に早急に保護され、七五三の儀式が行われる。そこから先の歴史は青木さんが説明してくれた通り。けど、この話には続きがあるらしい。 「大散減の祠などに、星型に似たシンボルを見ませんでしたか? あれは大散減の膨大な力の一部を取り込み霊能力を得るための、給電装置みたいな物です。もちろんその力を得た者は縁が失せて怪物になるのですが、当時の愚か者共はそうとは知らず、大散減を『徳川の埋蔵金』と称し挙って島に移住しました」  私達したたびが探していた徳川埋蔵金とはなんと、金剛の膨大な霊力と衆生の縁の塊、大散減の事だったんだ。ただ勿論、霊能者を志し島に近付いた者達はまんまと金剛に魂を奪われた。そこで彼らの遺族は風前の灯火だった御戌神に星型の霊符を貼り、自分達の代わりに島外の人間から縁を狩る猟犬に仕立て上げたんだ。こうして御戌神社ができ、御戌神は地中で飢え続ける大散減の手足となってせっせと人の縁を奪い続けているのだという。 「千里が島の民は元々霊能者やそれを志した者の子孫です。多少なりとも力を持つ者は多く、彼らは代々『御戌神の器』を選出し、『人工転生』を行ってきました」  斉一さんが若干小声で言う。人工転生。まだ魂が未発達の赤子に、ある特定の幽霊やそれに纏わる因子を宛てがって純度の高い『生まれ変わり』を作る事。つまり金剛が徳松に行おうとしたのと同じ所業だ。 「じゃあ、今もこの島のどこかに御戌様の生まれ変わりがいるんですか?」  佳奈さんは飲み込みが早い。 「ええ。そして御戌神は、私達が大散減に歯向かえば再び襲ってきます。だからこの戦いでは、誰かが対御戌神を引き受け……最悪、殺生しなければなりません」 「殺生……」  生きている人間を、殺す。死者を成仏させるのとは訳が違う話だ。魔耶さんは胸の釘を握りしめた。 「そのワンちゃん、なんて可哀想なの……可哀想すぎる。攻撃なんて、とてもできない」 「魔耶、今更甘えた事言ってんじゃないわよ。いくら生きてるからって、中身は三百年前に死んだバケモノよ! いい加減ラクにしてやるべきだわ」 「でもぉ禍耶、あんまりじゃない! 生まれた時から不幸な運命を課せられて、それでも人々のために戦ったのに。結局愚かな連中の道具にされて、利用され続けているのよ!」 (……!)  道具。その言葉を聞いた途端、私は心臓を握り潰されるような恐怖を覚えた。本来は衆生を救うために手に入れた力を、正反対の悪事に利用されてしまう。そして余所者から邪尊(バケモノ)と呼ばれ、恐れられるようになる……。 ―テロリストですよ。ドマル・イダムという邪尊の力を操ってチベットを支配していた、最悪の独裁宗派です―  自分の言った言葉が心に反響する。御戌神が戦いの中で見せた悲しそうな目と、ニライカナイで見たドマルの絶望的な目が日蝕のように重なる。瞳に映ったあの目は……私自身が前世で経験した地獄の、合わせ鏡だったんだ。 「……魔耶さん、禍耶さん。御戌神は、私が相手をします」 「え!?」 「正気なの!? 殺生なんて私達死者に任せておけばいいのよ! でないとあんた、殺人罪に問われるかもしれないのに……」  圧。 「ッ!?」  私は無意識に、前世から受け継がれた眼圧で総長姉妹を萎縮させた。 「……悪魔の心臓は御仏を産み、悪人の遺骨は鎮魂歌を奏でる。悪縁に操られた御戌神も、必ず菩提に転じる事が出来るはずです」  私は御戌神が誰なのか、確証を持っている。本当の『彼』は優しくて、これ以上金剛なんかの為に罪を重ねてはいけない人。たとえ孤独な境遇でも人との縁を大切にする、子犬のようにまっすぐな人なんだ。 「……そう。殺さずに解決するつもりなのね、影法師使いさん。いいわ。あなたに任せます」  魔耶さんがスレッジハンマーの先を私に突きつける。 「失敗したら承知しない。私、絶対に承知しないわよ」  私はそこに拳を当て、無言で頷いた。  こうして話し合いの結果、対大散減戦における役割分担が決定した。五寸釘愚連隊と河童の家、玲蘭ちゃんは神社で大散減本体を引きずり出し叩く。私は御戌神を探し、神社に行かれる前に説得か足止めを試みる。そして後女津家は私達が解読した暗号に沿って星型の大結界を巡り、大散減の力を放出して弱体化を図る事になった。 「志多田さん。宜しければ、お手伝いして頂けませんか?」  斉一さんが立ち上がり、佳奈さんを見る。一方佳奈さんは申し訳なさそうに目を伏せた。 「で……でも、私は……」  すると万狸ちゃんが佳奈さんの前に行く。 「……あのね。私のママね、災害で植物状態になったの。大雨で津波の警報が出て、パパが車で一生懸命高台に移動したんだけど、そこで土砂崩れに遭っちゃって」 「え、そんな……!」 「ね、普通は不幸な事故だと思うよね。でもママの両親、私のおじいちゃんとおばあちゃん……パパの事すっごく責めたんだって。『お前のせいで娘は』『お前が代わりに死ねば良かったのに』みたいに。パパの魂がバラバラに引き裂かれるぐらい、いっぱいいっぱい責めたの」  昨晩斉三さんから聞いた事故の話だ。奥さんを守れなかった上にそんな言葉をかけられた斉一さんの気持ちを想うと、自分まで胸が張り裂けそうだ。けど、奥さんのご両親が取り乱す気持ちもまたわかる。だって奥さんのお腹には、万狸ちゃんもいたのだから……。 「三つに裂けたパパ……斉一さんは、生きる屍みたいにママの為に無我夢中で働いた。斉三さんは病院のママに取り憑いたまま、何年も命を留めてた。それから、斉二さんは……一人だけ狸の里(あの世)に行って、水子になっちゃったママの娘を育て続けた」 「!」 「斉二さんはいつも言ってたの。俺は分裂した魂の、『後悔』の側面だ。天災なんて誰も悪くないのに、目を覚まさない妻を恨んでしまった。妻の両親を憎んでしまった。だからこんなダメな狸親父に万狸が似ないよう、お前をこっちで育てる事にしたんだ。って」  万狸ちゃんが背筋をシャンと伸ばし、顔を上げた。それは勇気に満ちた笑顔だった。 「だから私知ってる。佳奈ちゃんは一美ちゃんを助けようとしただけだし、ぜんぜん悪いだなんて思えない。斉二さんの役割は、完璧に成功してたんだよ」 「万狸ちゃん……」 「あっでもでも、今回は天災じゃなくて人災なんだよね? それなら金剛有明団をコッテンパンパンにしないと! 佳奈ちゃんもいっぱい悲しい思いした被害者でしょ?」  万狸ちゃんは右手を佳奈さんに差し出す。佳奈さんも顔を上げ、その手を強く握った。 「うん。金剛ぜったい許せない! 大散減の埋蔵金、一緒にばら���いちゃお!」  その時、ホテルロビーのからくり時計から音楽が鳴り始めた。曲は民謡『ザトウムシ』。日没と大散減との対決を告げるファンファーレだ。魔耶さんは裁判官が木槌を振り下ろすように、机にハンマーを叩きつけた! 「行ぃぃくぞおおおぉぉお前らああぁぁぁ!!!」 「「「うおおぉぉーーーっ!!」」」  総員出撃! ザトウムシが鳴り響く逢魔が時の千里が島で今、日本最大の除霊戦争が勃発する!
གཉིས་པ་
 大散減討伐軍は御戌神社へ、後女津親子と佳奈さんはホテルから最寄りの結界である石見沼へと向かった。さて、私も御戌神の居場所には当てがある。御戌神は日蝕の目を持つ獣。それに因んだ地名は『食虫洞』。つまり、行先は新千里が島トンネル方面だ。  薄暗いトンネル内を歩いていると、電灯に照らされた私の影が勝手に絵を描き始めた。空で輝く太陽に向かって無数の虫が冒涜的に母乳を吐く。太陽は穢れに覆われ、光を失った日蝕状態になる。闇の緞帳(どんちょう)に包まれた空は奇妙な星を孕み、大きな獣となって大地に災いをもたらす。すると地平線から血のように赤い月が昇り、星や虫を焼き殺しながら太陽に到達。太陽と重なり合うやいなや、天上天下を焼き尽くすほどの輝きを放つのだった……。  幻のような影絵劇が終わると、私はトンネルを抜けていた。目の前のコンビニは既に電気が消えている。その店舗全体に、腐ったミルクのような色のペンキで星型に線を一本足した記号が描かれている。更に接近すると、デッキブラシを持った白髪の偉丈夫が記号を消そうと悪戦苦闘しているのが見えた。 「あ、紅さん」  私に気がつき振り返った青木さんは、足下のバケツを倒して水をこぼしてしまった。彼は慌ててバケツを立て直す。 「見て下さい。誰がこんな酷い事を? こいつはコトだ」  青木さんはデッキブラシで星型の記号を擦る。でもそれは掠れすらしない。 「ブラシで擦っても? ケッタイな落書きを……っ!?」  指で直接記号に触れようとした青木さんは、直後謎の力に弾き飛ばされた。 「……」  青木さんは何かを思い出したようだ。 「紅さん。そういえば僕も、ケッタイな体験をした事が」  夕日が沈んでいき、島中の店や防災無線からはザトウムシが鳴り続ける。 「犬に吠えられ、夜中に目を覚まして。永遠に飢え続ける犬は、僕のおつむの中で、ひどく悲しい声で鳴く。それならこれは幻聴か? 犬でないなら幽霊かもだ……」  青木さんは私に背を向け、沈む夕日に引き寄せられるように歩きだした。 「早くなんとかせにゃ。犬を助けてあげなきゃ、僕までどうにかなっちまうかもだ。するとどこからか、目ん玉が潰れた双頭の毛虫がやって来て、口からミルクを吐き出した。僕はたまらず、それにむしゃぶりつく」  デッキブラシから滴った水が地面に線を引き、一緒に夕日を浴びた青木さんの影も伸びていく。 「嫌だ。もう犬にはなりたくない。きっとおっとろしい事が起きるに違いない。満月が男を狼にするみたいに、毛虫の親玉を解き放つなど……」 「青木さん」  私はその影を呼び止めた。 「この落書きは、デッキブラシじゃ落とせません」 「え?」 「これは散減に穢された縁の母乳、普通の人には見えない液体なんです」  カターン。青木さんの手からデッキブラシが落ちた途端、全てのザトウムシが鳴り止んだ。青木さんはゆっくりとこちらへ振り向く。重たい目隠れ前髪が狛犬のたてがみのように逆立ち、子犬のように輝く目は濁った穢れに覆われていく。 「グルルルル……救、済、ヲ……!」  私も胸のペンダントに取り付けたカンリンを吹いた。パゥーーー……空虚な悲鳴のような音が響く。私の体は神経線維で編まれた深紅の僧衣に包まれ、激痛と共に影が天高く燃え上がった。 「青木さん。いや、御戌神よ。私は紅の守護尊、ワヤン不動。しかし出来れば、お前とは戦いたくない」  夕日を浴びて陰る日蝕の戌神と、そこから伸びた赤い神影(ワヤン)が対峙する。 「救済セニャアアァ!」 「そうか。……ならば神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ!」  ���の月と太陽が見下ろす今この時、地上で激突する光の神と影の明王! 穢れた色に輝く御戌神が突撃! 「グルアアァァ!」  私はティグクでそれをいなし、黒々と地面に伸びた自らの影を滑りながら後退。駐車場の車止めをバネに跳躍、傍らに描かれた邪悪な星目掛けてキョンジャクを振るった。二〇%浄化! 分解霧散した星の一片から大量の散減が噴出! 「マバアアアァァ!!」「ウバアァァァ!」  すると御戌神の首に巻かれた幾つもの頭蓋骨が共鳴。ケタケタと震えるように笑い、それに伴い御戌神も悶絶する。 「グルアァァ……ガルァァーーーッ!!」  咆哮と共に全骨射出! 頭蓋骨は穢れた光の尾を引き宙を旋回、地を這う散減共とドッキングし牙を剥く! 「がッは!」  毛虫の体を得た頭蓋骨が飛び回り、私の血肉を穿つ。しかし反撃に転じる寸前、彼らの正体を閃いた。 「さては歴代の『器』か」  この頭蓋骨らは御戌神転生の為に生贄となった、どこの誰が産んだかもわからない島民達の残滓だ。なら速やかに解放せねばなるまい! 人頭毛虫の猛攻をティグクの柄やキョンジャクで防ぎながら、ティグクに付随する旗に影炎を着火! 「お前達の悔恨を我が炎の糧とする! どおぉりゃああぁーーーーっ!!」   ティグク猛回転、憤怒の地獄大車輪だ! 飛んで火に入る人頭毛虫らはたちどころに分解霧散、私の影体に無数の苦痛と絶望と飢えを施す! 「クハァ……ッ! ��うだ……それでいい。私達は仲間だ、この痛みを以て金剛に汚された因果を必ずや断ち切ってやろう! かはあぁーーーっはーーっはっはっはっはァァーーッ!!!」  苦痛が無上の瑜伽へと昇華しワヤン不動は呵呵大笑! ティグクから神経線維の熱線が伸び大車輪の火力を増強、星型記号を更に焼却する! 記号は大文字焼きの如く燃え上がり穢れ母乳と散減を大放出! 「ガウルル、グルルルル!」  押し寄せる母乳と毛虫の洪水に突っ込み喰らおうと飢えた御戌神が足掻く。だがそうはさせるものか、私の使命は彼を穢れの悪循環から救い出す事だ。 「徳川徳松ゥ!」 「!」  人の縁を奪われ、畜生道に堕ちた哀しき少年の名を呼ぶ。そして丁度目の前に飛んできた散減を灼熱の手で掴むと、轟々と燃え上がるそれを遠くへ放り投げた! 「取ってこい!」 「ガルアァァ!!」  犬の本能が刺激された御戌神は我を忘れ散減を追う! 街路樹よりも高く跳躍し口で見事キャッチ、私目掛けて猪突猛進。だがその時! 彼の本体である衆生が、青木光が意識を取り戻した! (戦いはダメだ……穢れなど!)  日蝕の目が僅かに輝きを増す。御戌神は空中で停止、咥えている散減を噛み砕いて破壊した! 「かぁははは、いい子だ徳松よ! ならば次はこれだあぁぁ!!」  私はフリスビーに見立ててキョンジャクを投擲。御戌神が尻尾を振ってハッハとそれを追いかける。キョンジャクは散減共の間をジグザグと縫い進み、その軌跡を乱暴になぞる御戌神が散減大量蹂躙! 薄汚い死屍累々で染まった軌跡はまさに彼が歩んできた畜生道の具現化だ!! 「衆生ぉぉ……済度ぉおおおぉぉぉーーーーっ!!!」  ゴシャアァン!!! ティグクを振りかぶって地面に叩きつける! 視神経色の亀裂が畜生道へと広がり御戌神の背後に到達。その瞬間ガバッと大地が割れ、那由多度に煮え滾る業火を地獄から吹き上げた! ズゴゴゴゴガガ……マグマが滾ったまま連立する巨大灯篭の如く隆起し散減大量焼却! 振り返った御戌神の目に陰る穢れも、紅の影で焼き溶かされていく。 「……クゥン……」  小さく子犬のような声を発する御戌神。私は憤怒相を収め、その隣に立つ。彼の両眼からは止めどなく饐えた涙が零れ、その度に日蝕が晴れていく。気がつけば空は殆ど薄暗い黄昏時になっていた。闇夜を迎える空、赤く燃える月と青く輝く太陽が並ぶ大地。天と地の光彩が逆転したこの瞬間、私達は互いが互いの前世の声を聞いた。 『不思議だ。あの火柱見てると、ぼくの飢えが消えてく。お不動様はどんな法力を?』 ༼ なに、特別な力ではない。あれは慈悲というものだ ༽ 『じひ』  徳松がドマルの手を握った。ドマルの目の奥に、憎しみや悲しみとは異なる熱が込み上がる。 『救済の事で?』 ༼ ……ま、その類いといえばそうか。童よ、あなたは自分を生贄にした衆生が憎いか? ༽  徳松は首を横に振る。 『ううん、これっぽっちも。だってぼく、みんなを救済した神様なんだから』  すると今度はドマルが両手で徳松の手を包み、そのまま深々と合掌した。 ༼ なら、あなたはもう大丈夫だ。衆生との縁に飢える事は、今後二度とあるまい ༽
གསུམ་པ་
 時刻は……わからないけど、日は完全に沈んだ。私も青木さんも地面に大の字で倒れ、炎上するコンビニや隆起した柱状節理まみれの駐車場を呆然と眺めている。 「……アーーー……」  ふと青木さんが、ずっと咥えっ放しだったキョンジャクを口から取り出した。それを泥まみれの白ニットで拭い、私に返そうとして……止めた。 「……洗ってからせにゃ」 「いいですよ。この後まだいっぱい戦うもん」 「大散減とも? おったまげ」  青木さんにキョンジャクを返してもらった。 「実は、まだ学生の時……友達が僕に、『彼女にしたい芸能人は?』って質問を。けど特に思いつかなくて、その時期『非常勤刑事』やってたので紅一美ちゃんと。そしたら今回、本当にしたたびさんが……これが縁ってやつなら、ちぃと申し訳ないかもだ」 「青木さんもですか」 「え?」 「私も実は、この間雑誌で『好きな男性のタイプは何ですか』って聞かれて、なんか適当に答えたんですけど……『高身長でわんこ顔な方言男子』とかそんなの」 「そりゃ……ふふっ。いやけど、僕とは全然違うイメージだったかもでしょ?」 「そうなんですよ。だから青木さんの素顔初めて見た時、キュンときたっていうより『あ、実在するとこんな感じなの!?』って思っちゃったです。……なんかすいません」  その時、遠くでズーンと地鳴りのような音がした。蜃気楼の向こうに耳をそばだてると、怒号や悲鳴のような声。どうやら敵の大将が地上に現れたようだ。 「行くので?」 「大丈夫。必ず戻ってきます」  私は重い体を立ち上げ、ティグクとキョンジャクに再び炎を纏った。そして山頂の御戌神社へ出発…… 「きゃっ!」  しようとした瞬間、何かに服の裾を掴まれたかのような感覚。転びそうになって咄嗟にティグクの柄をつく。足下を見ると、小さなエネルギー眼がピンのように私の影を地面と縫いつけている。 ༼ そうはならんだろ、小心者娘 ༽ 「ちょ、ドマル!?」  一方青木さんの方も、徳松に体を勝手に動かされ始めた。輝く両目から声がする。 『バカ! あそこまで話しといて告白しねえなど!? このボボ知らず!』 「ぼっ、ぼっ、ボボ知らずでねえ! 嘘こくなぁぁ!」  民謡の『お空で見下ろす出しゃばりな月と太陽』って、ひょっとしたら私達じゃなくてこの前世二人の方を予言してたのかも。それにしてもボボってなんだろ、南地語かな。 ༼ これだよ ༽  ドマルのエネルギー眼が炸裂し、私は何故かまた玲蘭ちゃんの童貞を殺す服に身を包んでいた。すると何故か青木さんが悶絶し始めた。 「あややっ……ちょっと、ダメ! 紅さん! そんなオチチがピチピチな……こいつはコトだ!!」  ああ、成程。ボボ知らずってそういう…… 「ってだから、私の体で検証すなーっ! ていうか、こんな事している間にも上で死闘が繰り広げられているんだ!」 ༼ だからぁ……ああもう! 何故わからないのか! ヤブユムして行けと言っているんだ、その方が生存率上がるしスマートだろ! ༽ 「あ、そういう事?」  ヤブユム。確か、固い絆で結ばれた男女の仏が合体して雌雄一体となる事で色々と超越できる、みたいな意味の仏教用語……だったはず。どうすればできるのかまではサッパリわかんないけど。 「え、えと、えと、紅さん……一美ちゃん!」 「はい……う、うん、光君!」  両前世からプレッシャーを受け、私と光君は赤面しながら唇を近付ける。 『あーもー違う! ヤブユムっていうのは……』 ༼ まーまー待て。ここは現世を生きる衆生の好きにさせてみようじゃないか ༽  そんな事言われても困る……それでも、今私と光君の想いは一つ、大散減討伐だ。うん、多分……なんとかなる! はずだ!
བཞི་པ་
 所変わって御戌神社。姿を現した大散減は地中で回復してきたらしく、幾つか継ぎ目が見えるも八本足の完全体だ。十五メートルの巨体で暴れ回り、周囲一帯を蹂躙している。鳥居は倒壊、御戌塚も跡形もなく粉々に。島民達が保身の為に作り上げた生贄の祭壇は、もはや何の意味も為さない平地と化したんだ。  そんな絶望的状況にも関わらず、大散減討伐軍は果敢に戦い続ける。五寸釘愚連隊がバイクで特攻し、河童信者はカルトで培った統率力で彼女達をサポート。玲蘭ちゃんも一枚隔てた異次元から大散減を構成する無数の霊魂を解析し、虱潰しに破壊していく。ところが、 「あグッ!」  バゴォッ!! 大散減から三メガパスカル級の水圧で射出された穢れ母乳が、河童信者の一人に直撃。信者の左半身を粉砕! 禍耶さんがキュウリの改造バイクで駆けつける。 「河童信者!」 「あ、か……禍耶の姐御……。俺の、魂を……吸収……し……」 「何言ってるの、そんな事できるわけないでしょ!?」 「……大散、ぃに、縁……取られ、嫌、……。か、っぱは……キュウリ……好き……っか……ら…………」  河童信者の瞳孔が開いた。禍耶さんの唇がわなわなと痙攣する。 「河童って馬鹿ね……最後まで馬鹿だった……。貴方の命、必ず無駄にはしないわ!」  ガバッ、キュイイィィ! 息絶えて間もない河童信者の霊魂が分解霧散する前に、キュウリバイクの給油口に吸収される。ところが魔耶さんの悲鳴! 「禍耶、上ぇっ!!」 「!」  見上げると空気を読まず飛びかかってきた大散減! 咄嗟にバイクを発進できず為す術もない禍耶さんが絶望に目を瞑った、その時。 「……え?」  ……何も起こらない。禍耶さんはそっと目を開けようとする。が、直後すぐに顔を覆った。 「眩しっ! この光は……あああっ!」  頭上には朝日のように輝く青白い戌神。そしてその光の中、轟々と燃える紅の不動明王。光と影、男と女が一つになったその究極仏は、大散減を遥か彼方に吹き飛ばし悠然と口を開いた。 「月と太陽が同時に出ている、今この時……」 「瞳に映る醜き影を、憤怒の炎で滅却する」 「「救済の時間だ!!!」」  カッ! 眩い光と底知れぬ深い影が炸裂、落下中の大散減を再びスマッシュ! 「遅くなって本当にすみません。合体に手間取っちゃって……」  御戌神が放つ輝きの中で、燃える影体の私は揺らめく。するとキュウリバイクが言葉を発した。 <問題なし! だぶか登場早すぎっすよ、くたばったのはまだ俺だけです。やっちまいましょう、姐さん!> 「そうね。行くわよ河童!」  ドルルン! 輩悪苦満誕(ハイオクまんたん)のキュウリバイクが発進! 私達も共に駆け出す。 「一美ちゃん、火の準備を!」 「もう出来ているぞぉ、カハァーーーッハハハハハハァーーー!!」  ティグクが炎を噴く! 火の輪をくぐり青白い肉弾が繰り出す! 巨大サンドバッグと化した大散減にバイクの大軍が突撃するゥゥゥ!!! 「「「ボァガギャバアアアアァァアアア!!!」」」  八本足にそれぞれ付いた顔が一斉絶叫! 中空で巻き散らかされた大散減の肉片を無数の散減に変えた! 「灰燼に帰すがいい!」  シャゴン、シャゴン、バゴホオォン!! 御戌神から波状に繰り出される光と光の合間に那由多度の影炎を込め雑魚を一掃! やはりヤブユムは強い。光源がないと力を発揮出来ない私と、偽りの闇に遮られてしまっていた光君。二人が一つになる事で、永久機関にも似た法力を得る事が出来る!  大散減は地に叩きつけられるかと思いきや、まるで地盤沈下のように地中へ潜って行ってしまった。後を追えず停車した五寸釘愚連隊が舌打ちする。 「逃げやがったわ、あの毛グモ野郎」  しかし玲蘭ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。 「大丈夫です。大散減は結界に分散した力を補充しに行ったはず。なら、今頃……」  ズドガアアァァァアン!!! 遠くで吹き上がる火柱、そして大散減のシルエット! 「イェーイ!」  呆然と見とれていた私達の後方、数分前まで鳥居があった瓦礫の上に後女津親子と佳奈さんが立っている。 「「ドッキリ大成功ー! ぽーんぽっこぽーん!」」  ぽこぽん、シャララン! 佳奈さんと万狸ちゃんが腹鼓を打ち、斉一さんが弦を爪弾く。瞬間、ドゴーーン!! 今度は彼女らの背後でも火柱が上がった! 「あのねあのね! 地図に書いてあった星の地点をよーく探したら、やっぱり御札の貼ってある祠があったの。それで佳奈ちゃんが凄いこと閃いたんだよ!」 「その名も『ショート回���作戦』! 紙に御札とぴったり同じ絵を写して、それを鏡合わせに貼り付ける。その上に私の霊力京友禅で薄く蓋をして、その上から斉一さんが大散減から力を吸収しようとする。だけど吸い上げられた大散減のエネルギーは二枚の御札の間で行ったり来たりしながら段々滞る。そうとは知らない大散���が内側から急に突進すれば……」  ドォーーン! 万狸ちゃんと佳奈さんの超常理論を実証する火柱! 「さすがです佳奈さん! ちなみに最終学歴は?」 「だからいちご保育園だってば~、この小心者ぉ!」  こんなやり取りも随分と久しぶりな気がする。さて、この後大散減は立て続けに二度爆発した。計五回爆ぜた事になる。地図上で星のシンボルを描く地点は合計六つ、そのうち一つである食虫洞のシンボルは私がコンビニで焼却したアレだろう。 「シンボルが全滅すると、奴は何処へ行くだろうか」  斉三さんが地図を睨む。すると突如地図上に青白く輝く道順が描かれた。御戌神だ。 「でっかい大散減はなるべく広い場所へ逃走を。となると、海岸沿いかもだ。東の『いねとしサンライズビーチ』はサイクリングロードで狭いから、石見沼の下にある『石見海岸』ので」 「成程……って、君はまさか!?」 「青木君!?」  そうか、みんな知らなかったんだっけ。御戌神は遠慮がちに会釈し、かき上がったたてがみの一部を下ろして目隠れ前髪を作ってみせた。光君の面影を認識して皆は納得の表情を浮かべた。 「と……ともかく! ずっと地中でオネンネしてた大散減と違って、地の利はこちらにある。案内するので先回りを!」  御戌神が駆け出す! 私は彼が放つ輝きの中で水上スキーみたいに引っ張られ、五寸釘愚連隊や他の霊能者達も続く。いざ、石見海岸へ!
ལྔ་པ་
 御戌神の太陽の両眼は、前髪によるランプシェード効果が付与されて更に広範囲を照らせるようになった。石見沼に到着した時点で海岸の様子がはっきり見える。まずいことに、こんな時に限って海岸に島民が集まっている!? 「おいガキ共、ボートを降りろ! 早く避難所へ!」 「黙れ! こんな島のどこに安全が!? 俺達は内地へおさらばだ!」  会話から察するに、中学生位の子達が島を脱出しようと試みるのを大人達が引き止めているようだ。ところが間髪入れず陸側から迫る地響き! 危ない! 「救済せにゃ!」  石見の崖を御戌神が飛んだ! 私は光の中で身構える。着地すると同時に目の前の砂が隆起、ザボオオォォン!! 大散減出現! 「かははは、一足遅いわ!」  ズカアァァン!!! 出会い頭に強烈なティグクの一撃! 吹き飛んだ大散減は沿岸道路を破壊し民家二棟に叩きつけられた。建造物損壊と追い越し禁止線通過でダブル罪業加点! 間一髪巻き込まれずに済んだ島民達がどよめく。 「御戌様?」 「御戌様が子供達を救済したので!?」 「それより御戌様の影に映ってる火ダルマは一体!?」  その問いに、陸側から聞き覚えのある声が答える。 「ご先祖様さ!」  ブオォォン! 高級バイクに似つかわしくない凶悪なエンジン音を吹かして現れたのは加賀繍さんだ! 何故かアサッテの方向に数珠を投げ、私の正体を堂々と宣言する。 「御戌神がいくら縁切りの神だって、家族の縁は簡単に切れやしないんだ。徳川徳松を一番気にかけてたご先祖様が仏様になって、祟りを鎮めるんだよ!」 「徳松様を気にかけてた、ご先祖様……」 「まさか、将軍様など!?」 「「「徳川綱吉将軍!!」」」  私は暴れん坊な将軍様の幽霊という事になってしまった。だぶか吉宗さんじゃないけど。すると加賀繍さんの紙一重隣で大散減が復帰! 「マバゥウゥゥゥゥウウウ!!!」  神社にいた時よりも甲高い大散減の鳴き声。消耗している証拠だろう。脚も既に残り五本、ラストスパートだ! 「畳み掛けるぞ夜露死苦ッ!」  スクラムを組むように愚連隊が全方位から大散減へ突進、総長姉妹のハンマーで右前脚破壊! 「ぽんぽこぉーーー……ドロップ!!」  身動きの取れなくなった大散減に大かむろが垂直落下、左中央二脚粉砕! 「「「大師の敵ーーーっ!」」」  微弱ながら霊力を持つ河童信者達が集団投石、既に千切れかけていた左後脚切断! 「くすけー、マジムン!」  大散減の内側から玲蘭ちゃんの声。するうち黄色い閃光を放って大散減はメルトダウン! 全ての脚が落ち、最後の本体が不格好な蓮根と化した直後……地面に散らばる脚の一本の顔に、ギョロギョロと蠢く目が現れた。光君の話を思い出す。 ―八本足にそれぞれ顔がついてて、そのうち本物の顔を見つけて潰さないと死なない怪物で!― 「そうか、あっちが真の本体!」  私と光君が同時に動く! また地中に逃げようと飛び上がった大散減本体に光と影は先回りし、メロン格子状の包囲網を組んだ! 絶縁怪虫大散減、今こそお前をこの世からエンガチョしてくれるわあああああああ!! 「そこだーーーッ!! ワヤン不動ーーー!!」 「やっちゃえーーーッ!」「御戌様ーーーッ!」 「「「ワヤン不動オォーーーーーッ!!!」」」 「どおおぉぉるあぁああぁぁぁーーーーーー!!!!」  シャガンッ! 突如大量のハロゲンランプを一斉に焚いたかのように、世界が白一色の静寂に染まる。存在するものは影である私と、光に拒絶された大散減のみ。ティグクを掲げた私の両腕が夕陽を浴びた影の如く伸び、背中で燃える炎に怒れる恩師の馬頭観音相が浮かんだ時……大散減は断罪される! 「世尊妙相具我今重問彼仏子何因縁名為観世音具足妙相尊偈答無盡意汝聴観音行善応諸方所弘誓深如海歴劫不思議侍多千億仏発大清浄願我為汝略説聞名及見身心念不空過能滅諸有苦!」  仏道とは無縁の怪獣よ、己の業に叩き斬られながら私の観音行を聞け! 燃える馬頭観音と彼の骨であるティグクを仰げ! その苦痛から解放されたくば、海よりも深き意志で清浄を願う聖人の名を私がお前に文字通り刻みつけてやる! 「仮使興害意推落大火坑念彼観音力火坑変成池或漂流巨海龍魚諸鬼難念彼観音力波浪不能没或在須弥峰為人所推堕念彼観音力如日虚空住或被悪人逐堕落金剛山念彼観音力不能損一毛!!」  たとえ金剛の悪意により火口へ落とされようと、心に観音力を念ずれば火もまた涼し。苦難の海でどんな怪物と対峙しても決して沈むものか! 須弥山から突き落とされようが、金剛を邪道に蹴落とされようが、観音力は不屈だ! 「或値怨賊繞各執刀加害念彼観音力咸即起慈心或遭王難苦臨刑欲寿終念彼観音力刀尋段段壊或囚禁枷鎖手足被杻械念彼観音力釈然得解脱呪詛諸毒薬所欲害身者念彼観音力還著於本人或遇悪羅刹毒龍諸鬼等念彼観音力時悉不敢害!!」  お前達に歪められた衆生の理は全て正してくれる! 金剛有明団がどんなに強大でも、和尚様や私の魂は決して滅びぬ。磔にされていた抜苦与楽の化身は解放され、悪鬼羅刹四苦八苦を燃やす憤怒の化身として生まれ変わったんだ! 「若悪獣囲繞利牙爪可怖念彼観音力疾走無辺方蚖蛇及蝮蝎気毒煙火燃念彼観音力尋声自回去雲雷鼓掣電降雹澍大雨念彼観音力応時得消散衆生被困厄無量苦逼身観音妙智力能救世間苦!!!」  獣よ、この力を畏れろ。毒煙を吐く外道よ霧散しろ! 雷や雹が如く降り注ぐお前達の呪いから全ての衆生を救済してみせよう! 「具足神通力廣修智方便十方諸国土無刹不現身種種諸悪趣地獄鬼畜生生老病死苦以漸悉令滅真観清浄観広大智慧観悲観及慈観常願常瞻仰無垢清浄光慧日破諸闇能伏災風火普明照世間ッ!!!」  どこへ逃げても無駄だ、何度生まれ変わってでも憤怒の化身は蘇るだろう! お前達のいかなる鬼畜的所業も潰えるんだ。瞳に映る慈悲深き菩薩、そして汚れなき聖なる光と共に偽りの闇を葬り去る! 「悲体戒雷震慈意妙大雲澍甘露法雨滅除煩悩燄諍訟経官処怖畏軍陣中念彼観音力衆怨悉退散妙音観世音梵音海潮音勝彼世間音是故須常念念念勿生疑観世音浄聖於苦悩死厄能為作依怙具一切功徳慈眼視衆生福聚海無量是故応頂……」  雷雲の如き慈悲が君臨し、雑音をかき消す潮騒の如き観音力で全てを救うんだ。目の前で粉微塵と化した大散減よ、盲目の哀れな座頭虫よ、私はお前をも苦しみなく逝去させてみせる。 「……礼ィィィーーーーーッ!!!」  ダカアアアアァァアアン!!!! 光が飛散した夜空の下。呪われた気枯地、千里が島を大いなる光と影の化身が無量の炎で叩き割った。その背後で滅んだ醜き怪獣は、業一つない純粋な粒子となって分解霧散。それはこの地に新たな魂が生まれるための糧となり、やがて衆生に縁を育むだろう。  時は亥の刻、石見海岸。ここ千里が島で縁が結ばれた全ての仲間達が勝利に湧き、歓喜と安堵に包まれた。その騒ぎに乗じて私と光君は、今度こそ人目も憚らず唇を重ね合った。
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fuji-ringo-tex7 · 4 years ago
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Sketch(OS/死ネタ)
「本番15分前です! 待機お願いします」
 収録開始の時間が間近に迫り、慌ただしくなるスタッフに触発されて、楽屋内の空気が徐々に温まり始める。
  「よっしゃ!」だか、「よーし!」だか。凡そ周囲への活の意味も込められているのであろう、大きな声を上げた松潤と相葉くんに押され、それまで夢中でゲームをしていたニノがやれやれと腰を上げた。
 マイペースながらも気合いを充分に携えたメンバーが、各々指定された場所へと向かって行く。
 そんな最中、俺はまだ手にしたスマホの画面から目を離す事が出来ずにいた。
 ――件目は無いけれど、よく見知った人からの二通のメール。
『今日もお疲れ様。次はいつ会える?』
『今日、この撮影終わったらデートしよう。やっと行きたい所が出来たから』
 一方は、事務所公認の交際相手。至って普通の……それこそ、俺が理想の結婚相手として挙げた条件を、過不足なく満たしているような素敵な女性。世間体を取り持つ為に、といつか表に見せる事を前提に作った相手。
 そしてもう一方も、交際相手。話し上手では無いけれど才能に溢れていて、おおらかな空気感と深い愛を語るような瞳に、どこまでも着いて行きたいと思わせてくれる。そんな素敵な人。二股なんて事務所にはとても言えない。増してや同性で、寧ろ此方が本命だなんて。
 様々な思いを巡らせながら、画面上に表示された文字をそっと指先でなぞる。大野智。長きに渡って活動を共にして来たグループのリーダーでもあり、大切な��の名前。こんな事を言ったら重過ぎて引れそうだけど、俺はこの人の為ならなんだって出来るし、きっと何を失っても後悔しない。そう思えてしまうほどに、好きで好きで堪らない人。
「翔さん、あと5分だって。行かないの?」
 不意に自分を呼びに来た最年少からの声で、はっと我に返る。
 この時間までぼーっとしてるなんて珍しいじゃん、なんて疑問を包み隠す事無く片眉を上げて怪訝そうな顔を向ける松潤に、いつも通りの笑みを作って平然を装った。
「ああ、ごめん。昨日ちょっと飲み過ぎたのかも。行こうか」
 そう言いながら、開いていたメールに『分かった、じゃあいつもの場所で』と返して、楽屋を後にした。
 * * *
「やっと終わったねー、皆! 念願のオフだよ!」
 順調に事が進んだお陰で、早めに収録が終わった。
 楽屋へと戻った瞬間、早くも休日モードへと切り替わった相葉ちゃんが、開口一番に誘いをかける。
 全員が揃ってのオフなんて、一体いつ振りだろう。
 期待を全面に押し出して、子犬のようにはしゃぐ相葉ちゃんの様子に釣られてか、心做しか早く帰り支度を進める松潤が企んだ笑みを浮かべて口を開いた。
「とりあえずあの店行っとく? 実はもう予約済ませてあるんだよね」
「やった! さっすが松潤。ねえニノは?」
 乗せ上手と、乗せられ上手。ただでさえフットワークの軽い二人が、すっかり意気投合して飲み会の計画をし始めると、その勢いは止まらない。
 次いで白羽の矢が立った彼を見れば、荷物こそ纏めてあるものの相変わらず夢中でゲームをしていて。
「俺も行きますよ、勿論。ただもうちょっと待って、今めちゃくちゃ良い所。……あ、因みにリーダーは今さっき一番乗りで出て行きましたね」
 お先に、とか言って。と器用にも画面から目を離す事無く言葉を続けるニノに、一体いつその様子を伺うタイミングが? とも思ったけれど。如何せん感覚に優れている彼の事だから、さして驚きは無い。
 寧ろその言葉を受けて大野さんの姿が見当たらない事に気付いて、急いでスマホを確認すると『待ってる』とだけ書かれた質素なメールが届いていた。
 待ちに待ったデートの約束なのにも関わらず、返事がたった一言だけなのが彼らしい。それで居て素っ気なさを感じさせないのは、多分何かしらの意味合いを込めて添えられたクローバーの絵文字だったり、掴み所がないように見せかけて、時間が取れる時にはこうして余す事無く尽くしてくれる彼の人柄故なのだろう。
 そんな些細な所が、好きで堪らない。
「えー……」
「まあまあ、何か予定が有るんでしょ。ちな翔さんは?」
 肩を落として分りやすく落胆を露わにする相葉ちゃんを宥めながら、松潤が此方を向く。それに併せて皆の視線が注がれたのを感じて、スマホを上着のポケットへしまった。
「俺もお先に。今度絶対埋め合わせするから、今日は三人で楽しんでおいでよ」
 正直な所、大好きなメンバーからの誘いを断るのは中々に心苦しい事だけど。最初から俺の返答を知っていたかのようなニノ、それから何かを察したかのように「了解」と言いながら相葉ちゃんの気を引き始めた松潤に、それぞれ短くアイコンタクトを返してを鞄を肩に掛けた。
 * * *
 駆け足で局の地下駐車場へ向かうと、案の定大野さんはもう既にそこに居て。車を背に、時折白む息を吐きながらスマホで時刻を確認してるあの人。
 深めにキャップを被っていたって、すぐに分かる。
「お待たせ、大野さん。お疲れ様です」
「おお、お疲れ」
 駆け寄ると、大野さんはすぐに此方を向いて、その顔に笑顔を浮かべた。
 それからいつもと変わらない労いの言葉を互いに掛け合う。
「寒かったでしょ、ごめんね。すぐ暖房効かせるから」
「……それ、わざわざ買ってきてくれたの?」
 車のドアへと手を伸ばしかけた折、引っさげた荷物を見て俺の手に触れた大野さんの指先は冷たい。
 いつも通りの待ち合わせ場所。それからいつも通りの、間に合わせみたいに買ってきたコンビニのコーヒー。
 久々のデートだけれど特別な雰囲気とは行かなくて、それでも大野さんは毎回こうして気遣いに気付いてくれる。そして決まって初めての事のように嬉しそうに微笑んで、「全然大丈夫なのに、ありがと」と言ってくれる所が愛しい。
 まるで会えなかった時間を埋めるように、心の奥が一気に充足感で満たされていく。
 言葉を尽くしても足りないこの気持ちを伝える手段は、一つくらいしか思い浮かばなくて。
「コンビニのだけどね、――智くん、」
 一歩踏み込んだ呼び方に視線を上げた彼を構わず抱き寄せて、半ば車に押し付ける形で強引に唇を奪った。
「ん、……翔ちゃん」
 片腕の中で少し身動ぐものの、抵抗はしない。智くんはいつもそう。
 その代わり瞳には「誰かに見られたらどうするの?」なんて躊躇を覗かせながら此方を見上げて、苦しげに解けた口唇を深く啄む頃には静かに瞼を落として、先程まで咎めていた視線が嘘だったかのように熱い舌先が触れてくる。そこで俺はやっと瞳を閉じて、誘われるままに熱を絡め合わせた。
 従順に吸い付いてくる唇が会えなかった間の寂しさを訴えかけているようで、切なみを帯びた吐息とリップ音が、静まり返っていた駐車場内でヤケに響いて聞こえた。
「……っ、はぁ……もう、翔ちゃん」
 暫く唇の感触を楽し��だ後、困ったように眉を寄せた智くんが顔を逸らして不服そうな声を上げた。
 その様子がまた愛しくて、口先から形ばかりの謝罪と一緒に歯の浮くような本音が零れ落ちる。
「ん、……ごめんね。智くんが可愛くて、つい」
 因みに此処は、丁度カメラに映らない角度だから大丈夫。
 そう一言付け加えると、智くんはすかさず「そういう所ほんと狡賢いよね、翔ちゃんは」なんて言って、後ろ頭を掻いた。これは彼なりの照れ隠し。よく見知った仕草だった。
 それから車のドア開けて、漸くそれぞれ助手席と運転席に乗り込む。
「それで、行きたい場所って?」
「えっとね、この道をずっと行った所の――」
 * * *
 智くんの口から知らされた目的地は、意外な場所だった。
 指定された場所は遠過ぎる訳でもない。特にオフの時間を使わなくたっていつでも行けるような場所で、どうしてそんな所に? と思ったけれど、きっと彼なりの考えがあるのだろうと深い理由は聞かないまま車を走らせる。
『今度ドライブでもしようよ、何処でも連れてくから行きたい所が教えて』
 初めにそう提案したのは俺からで、そんな思い付きの口約束からもう半年以上が経っていたから、覚えていてくれた事自体が嬉しくて。久しぶりに二人きりで、ゆっくり恋人らしい事が出来る。
 もう、忙しなく舞い込んでくる仕事の合間にホテルへ行って、互いの温もりだけを欲して日々を食い繋ぐような愛人紛いな事はしなくても良い。
 将来の為だから、と形作られた表の関係――智くんにも当然そんな相手は居て、互いにそれを取り持つように割いていた休日を、今日は心から愛しく思ってる人と過ごせるのだ。その事実さえあれば、些細な事など気にもならなかった。
 無心でハンドルを切りながらそんな事を考えてると、智くんが不意に口を開いた。
「皆はどうしてた?」
「三人で飲み会だって。また智くんに逃げられたって、相葉ちゃんがガッカリしてたよ」
 こんな時までメンバーの事を気に掛けるのがいかにも彼らしくて、思わず笑みがこぼれる。
 誰と居たって、どんなに長く時を過ごしていたって、彼は変わらない。眩しいほどに純粋で、優しくて、現に今も事実を知って少し眉を顰めた。
「そう聞くとなんか申し訳ねえなぁ……」
 ――ねえ、智くん。智くんは俺と一緒に居て幸せ? なんて疑念は先程の思考と一緒に呑み込んで。
「まあね。俺も断るのは心苦しいけど」
「きっと、彼女と過ごすんだろうなって思われてるね」
「そうだね。……俺らがこうして内緒でデートしてるなんて、想像もつかないだろうな」
 どちらともなく口にした言葉には、言外に『そんな存在の人が居て良かった』というニュアンスが含まれている。
 智くんはそれを知ってか知らずか、時折車窓に目を向けては次々と追い越されていく街頭を眺めていた。
 そして度々やってくる束の間の沈黙を薄めるように、智くんは好きな曲のワンフレーズを口遊んだり、信号待ちの間に指先を絡めて来たりして、初々しい程に和やかな移動時間を楽しんだんだ。
 * * *
 目的地に着く頃には、腕時計の針は双方ともに丁度天辺を指し示していた。
「着いたよ。……こらこら、起きて」
「ん……、」
 隣ですっかり安らかな寝息を立てている智くんに一度呼び掛けるものの、返事は無い。
 起きないのを良い事に、その端正な寝顔を観察する。
「本当に寝るの好きね、貴方は」
 それから暫くして、呼吸と共に規則正しく上下している肩を揺らした。
「凄えだだっ広くて何も無いけど、ここで合ってる?」
 車窓から伺える限りの範囲では、辺りには木々が茂っていて、近くに水辺が見える。多分自然公園なのだろう。
 念の為とスマホで場所を確認してみると、三鷹市に位置しているらしい。
 都内ながらも灯りは疎らで、実に閑静な場所だった。
「んん……合ってる、ここ。俺が学生の時によく来てたとこ」
 なんとか、と言った様子で漸く目を覚ました智くんが、背筋を伸ばしながら寝起きでままならないふわふわとした口調で答える。
「ああ……成程、通りで」
 見た事ある地名だと思った。
 高級レストランでも何でもないこの場所を選んだ理由が少しだけ分かったような気がして、肩の力が抜ける。
 たった数時間の間だけれど、こんなに長くハンドルを握っていたのは久々で、すっかり体が固まってしまった。一連の仕草をなぞるようにして大きく腕を伸ばす俺の横で、身を乗り出して窓の外を見上げていた智くんが微笑を浮かべた。
「ねえ、翔ちゃん。空見てみて」
 いつかこの風景を一緒に見たかったんだ、と。珍しく得意気な声に押されて上方を見れば――。
「うわ……凄え、めちゃくちゃ綺麗」
 思わず息を呑むくらい、圧巻の光景だった。
 暗い夜空に所狭しと散った星々が、煌々とそれぞれの輝きを放っている。
 ステージ上から見渡すペンライトの海とも違う。凡そ田舎で見られるようなそれには及ばずとも、喧騒に溢れた世界では決して見る事のなかった景色に言葉を忘れて、暫しその夜空に見入っていた。
「ふふ。気に入ってくれたみたいで良かった」
 そんな俺の反応が新鮮だったのか、横から聞こえてきた小さな笑い声に気付いて、仕業無く乱れてもいない前髪を直す素振りをする。
 年甲斐もなくはしゃいだ俺を見詰める柔らかな瞳が、心地好くも擽ったかった。
「いや、うん……大分気に入った。凄いね。こんな場所あるんだ、と思って」
 思わず切れ切れになってしまった感想に、智くんは言葉を返す事なく小さく頷いて。それから、徐に荷物を漁ってスケッチブックを取り出した。
「描くの?」
「うん。暫く紙に向かうから、翔ちゃんも好きにしてて良いよ」
 なんなら寝てても��と身を案じて、智くんの手が頬の温もりを攫ってく。繊細で、それでいて骨張っている指先が、輪郭を確かめるように優しく眦を掠めた。
 それから智くんはどこか満足そうな顔をしながら、その眼差しを紙面へ向ける。車内の天井から降り注いだ光が、その頬に睫毛を縁取って綺麗な影を落とした。
 俺は彼の横顔を、何をする訳もなく隣で静かに眺めているのが好きだった。
「――じゃあ、俺は真剣な智くんを横で見てるよ」
 智くんがデートの最中に絵を描きたい、と言い出す事はそう珍しくない。
 恋人として、初めて家に招いた時もそうだった。昼下がりに眠気覚ましのコーヒーを飲んでる俺を見て、智くんは唐突に『モデルになって』と、寝起き早々なのに丁度今みたいにスケッチブックを持ち出して。それから唐突に作業し始めた事を少し申し訳なく思ってるのか、紙と向き合いながら一言二言と間を空けて投げ掛けられる言葉を返す内に、『きっと幸せな気持ちの時ほどインスピレーションが湧くんだと思う』と、ぽつりと呟いたんだ。
 だから尚更、こんな時間は嫌いじゃない。
 それに、絵を描いている時の智くんは、皆の前では決して見せないような表情をする。良い顔、と言ってしまえばそれまでだけれど。
 何処か遠くを見ているようで間近を見詰める瞳と、迷ってる時には少し寄せられる眉。恐らく重要な線を引いてる最中は、下唇を薄く噛んで。真一文字の眉が職人気質とも言える彼の性質をよく表しているようで、すっと通った鼻筋の下で小さく尖らせた唇は多分、集中してる証。
 兎角普段のイメージより豊かな表情に魅せられて、暇をする隙もないほど。
「……ふふ、その内顔に穴が空いちゃうよ。ね、飽きない?」
 絵を描き始めてから暫く経った頃。ふと此方を向いた智くんが、今まで一心に視線を注がれていた事を察して困ったように笑った。
「飽きないよ。美人だなぁと思って、眺めてる」
 そう言葉を返すと、「翔ちゃんはいっつもそうやって揶揄う」だなんて言って、律儀に眦を薄紅色に染めている所が愛らしい。
 気分転換も兼ねてか此方に腕を伸ばして、つい先程までペンを握っていた指先が再び柔らかく頬を撫でる。
 一見小動物をあやすような仕草が堪らなく心地好くて、不意に誘われた眠気に思わず欠伸が零れてしまう。
 ――気が緩んだかな。
「本心なのに、」
「知ってるよ。……こんな所まで運転して来たから疲れたでしょ、少し寝たら? 完成したら起こすから」
「ん、……じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ」
 相手の様子を見るに、完成までまだ暫くかかるのだろう。
 心配そうに此方を見詰める瞳が愛しくて、未だに輪郭をなぞって一定の間隔で髪を撫で下ろす掌に唇を寄せると、襲い来た眠気に身を任せるようにそっと瞼を閉じた。
「コーヒー、飲んでね。冷めちゃう」
「うん、分かった。ありがと」
 * * *
「――……ん、さとしくん」
 それから、どの位の時間が経っただろう。そこはかとない浮遊感を纏って浮上した意識の中、朧気に名前を呟いても返事はなくて。
 気怠さの残る瞼をなんとか持ち上げて隣を見れば、スケッチブックを膝に投げ出したまま眠る智くんの姿があった。
 まだ、窓の外に太陽の気配はない。
 此処へ来た時と同じように、空には煌々と夜空の星が光っていた。
「寝ちゃったの?」
 それとも――。
��少し震える手で備え付けのホルダーに収まっているコーヒーカップを持ち上げる。軽い。念の為に蓋を外すと、中身は綺麗に飲み干されていた。
「ちゃんと飲んでくれたんだね、ありがとう」
 ――ちゃんと、飲んじゃったんだね。ごめん。
 俄には受け入れ難いけれど目の前に広がる確かな事実に、紡いだ言葉とは相反した本音がぐるぐると胸中を渦巻く。
 今度は微塵も揺れやしないその肩に触れるのが怖くて、車窓から射し込んだ月明かりを反射して静かに瞼を閉ざした顔が美しくて、運転席から身を乗り出してそっと唇を重ねた。
 たった数時間ぶりのキスなのに、互いの吐息が混じり合う気配は無かった。乾いた唇から、儚くも柔らかい温もりが伝わる。
 そこで漸く彼の鼓動が止んだ事を実感して、生温い雫が堰を切ったように頬をぽろぽろと滑り落ちていく。
 滲んだ視界に溶けゆく大好きな人の姿をどうする事も出来ず、ただその途方もない無力感に咽び泣いた。
「っ……ごめん、ごめんね、智くん――」
 何度その名前を呼んだ所で、返事が返ってくる事はない。分かってる。しっかりとそう理解しているはずなのに、頭の中も、心の中も、全てが灰色で塗り潰されたかのように滅茶苦茶だった。
 計画した時は恐ろしいほど冷静で、名前と財産を使えばすぐに手に入る錠剤をコーヒーに混ぜて、智くんに飲ませれば良い、と。そんな悪魔のような囁きに流される一方で、本当はこの人を幸せにしたかった。
 そして、それが叶うならば、自分の手で。周辺の人に隠す事も無く、沢山の祝福を両腕では足らないほど抱き込んで、幸せそうに笑う彼が見たかった。
 もし、理解者が一人でも居たら――それこそ、俺と彼が心から大切にしている人達の内たった一人にだけでも、この関係を素直に打ち明けて、受け入れて貰えたなら――どれだけ智くんは、喜んでくれただろう。
 いつかは絶対、なんて思っていても実際に行動する事は出来ずに、その所為で自由だったはずの彼を次第に縛り付ける事しか出来なくなって行くこの関係が、苦しくて。時折目を伏せて、諦めたように「それでも良いよ」と常に俺の意志を尊重してくれる智くんが、愛しくて。一方的に別れを告げたとしても、そう言ってくれるのが端から分かっていて、結局執着心を捨てる事が出来ずに此処まで来てしまった。
 幸せに包まれた後で襲い来る息苦しさに、耐えられなかった。
 自分だって表向きの関係を作っていた癖に、自分の知らない所で智くんがそういった愛を象る事を、やがてそれが契りとなって貴方を奪い去って行く事を許せなかったんだ。
「ねえ。こんな俺と一緒に居て、貴方は幸せだったのかな」
 ほんの少しでも、幸せに出来て居たんだろうか。
 どうせ将来が約束されていないなら朽ちるまで想えば良い、と。そう思っていた物が身を結んでしまえば、より一層深い幸せが欲しくなって、確約のない未来なら奪ってしまえば良いと、とうとう貴方自身を手に掛けてしまった。
 それで得られると思っていた幸せは、俺達が定められていた未来よりも不確かな物だったみたい。
 ほんの数時間前まで確かに色付いていたはずの幸福なんか今や見る影も無くて、胸の内にはただ底なし沼のような空虚感が居座っている。そこは、貴方の居場所だったのに。
「俺が居ないと本当にダメだなぁって、叱ってよ」
 次々と零れ落ちた涙が、座席のシートを点々と深い色に染めていく。そんな中で幾ら嘆願したって、智くんは穏やかに目を閉じたままそこに居る。
 状況を理解しても尚受け入れる事は出来ずに、頑なにペンを握ったまま投げ出されていた手を取って、仄かに灯っている温もりに追い縋るようにして頬を擦り寄せた。先程より低まった体温に、いずれ冷めゆく物なのだと解ってしまうのが虚しくて、悲しい。
「……貴方は、最期に一体どんな絵を描いてくれたの?」
 何でも良いから彼が存在していた痕跡が欲しくて、大切そうに膝の上へと置かれていたスケッチブックに手を伸ばす。
 智くんの事だから、使えるのがたったの二色だけでも、きっと綺麗に風景を写し取っているに違いない。
 そう思って開いた一面には、一緒に見たはずの夜空の絵は描かれていなくて――。
「……ねえ、こんなの聞いてないよ」
 嬉しそうに夜空を見上げる俺の横顔と、それを彩るようにして少しの風景が描かれていた。その紙面の端には覚束無い筆跡で、『幸せ』とタイトルが添えられて。
 それから、恐らく一番最初に着手したのだろう。向かいの頁には、くっきりとした文字で長々とメッセージが書き残されていた。
 * * *
 ――翔ちゃんへ。
 俺は今から貴方の似顔絵を描こうと思います。いつだったか、最初にデートをした時みたいに。似てるかどうかは分からないけど、完成品は隣にあります。もし似てなかったら「全然似てないよ、ちゃんと描いて」って、叱ってね。……いや、優しい翔ちゃんの事だから、そんな事言わねえかな。あの日みたいに、「俺こんなにイケメンじゃないよ」って言うのかも知れない。結構長く一緒に居たつもりだけど、全然分からねえや。
 ところで。翔ちゃんがずっと何かで思い悩んでいた事を、俺は知ってます。多分、今度はドライブでもしようって提案してくれたあの時から。
 そして翔ちゃんを悩ませてる原因が、俺との事なんだろうなと気付いたのは、本当につい最近。考え事をする時に唇を触る癖、昔から変わらないね。ずっと一緒に居たのに、今まで上手く寄り添ってあげられなくてごめん。
 気付いた後で、もしかして一般的な恋人同士と違って将来性が見えない俺に嫌気が刺したのかな、とか、単純に冷めたのかな、とか。そんな事を沢山考えました。今度のデートで別れを切り出されるのかなって。そう思ったら、デートの約束なんて忘れた事にしてやろうって、いつになく無い頭を捻って捻って……。子供じみてるけど、本当に色々考えたんだよ。
 でも、実際に合間を縫って会った時の翔ちゃんは、俺に優しいキスをして、欠かさず好きだよと言ってくれて。その内、もし別れを告げられても翔ちゃんの幸せに繋がるなら良いや、と。そう思える所まで来ました。だから、どうせ最後のデートになるなら一番思い入れの強い場所にしようと思って。
 翔ちゃんの手を取った時から、離れ離れになる未来なんて考えようともして居なかったけど、そんな風に思える位に翔ちゃんの事が好きだよ。これを渡せる時が来るのか、来ないのか、離れるなら、一体どんな形でそうなってるのか。全然想像つかないけど、俺はこの気持ちだけでも幸せに生きて行けるんだと思います。現に今だって、幸せで仕方ないんだよ。
 翔ちゃんは、俺と一緒に居て幸せだった? ……ほんの少しでも、そうである事を祈ります。
 追伸――幸せそうに俺を見ている翔ちゃんの顔、やっぱり好きだな。
 大野智より。
 * * *
 胸にぽっかりと空いてしまった穴を埋めるように、何度も何度も智くんの言葉を反芻する。そうして全てを読み終わる頃には空が白み始めていて、スケッチブックの上にぽたぽたと涙が滴っては文字を滲ませていく。
 智くんが残してくれた物を汚してしまうのが嫌で、表紙を閉じたそれをぎゅっと懐に抱き込んだ。
「違う、全然ちがうよ、」
 本当に優しいのは、俺なんかじゃなくて。
 何にも気付けなかったのは、智くんじゃなくて。
 言いたい事は沢山出てくるのに、息が詰まって声を出す事すらままならない。
 手を伸ばせばすぐに触れられる距離に居るのに、留めどなく溢れ出てくる苦しさを、愛しさを伝える相手がもう生きていない事が、こんなに辛いだなんて知らなかった。
 もし意識を失った先で、同じ場所に辿り着けるのなら――智くんに、たった一言でも良いから言葉を返してあげたかった。
「ごめん、ね、……智くんを、一人にはしないから」
 その一心で呟いた声が震えるのは死への恐怖心からなのか、愛する人をこの手で殺めてしまった業が深い自身への恐怖心からなのか。
 推し量る事など到底出来ない感情を振り払うように、上���のポケットから取り出した錠剤を歯で割って、一思いに冷めたコーヒーを煽った。
 左手にはペンを掴んだままの智くんの右手を、ひたすらに強く握り込んで。
 
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guragura000 · 5 years ago
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生ぬるい夢
私の中に住む子どもは、死につつあるのかもしれない。己の長い耳を撫でながらそう思う。なぜなら夜のまどろみが、危うい芳香を放ち始めたからだ。私は時間をかけてその香りを覚える。私は、私は悪い子です。たった五年前までは、木々のざわめきに微笑みを浮かべるいたいけな少女であったのに。
洗面所で髪をとかしながら物思いに耽っていたら、母に呼ばれた。
「ちいちゃん。ご飯よ。いつまで鏡を見ているの」
智恵理だから、ちいちゃん。お母さんの脳裏では、私はまだ小さなちいちゃん。
「はあい」
「もう、鏡を見て楽しい時期なんて今だけなんだからね。花はいつかは枯れるんだから」
私は櫛に絡んだ髪を毟り取りながら考える。じゃあ、お母さんの花はもう枯れたの? じゃあ、いつその蕾は開いたの?
 母が作るイナゴの佃煮は程よく甘い。私は唇から虫の足をはみ出させ、残酷な音を鳴らして咀嚼する。ばりっばりっばりっ。
「いい食べっぷりだな、智恵理は」と、お父さん。
「本当ね、ふふふ」と、お母さん。
「えへへ」と、私。
私は不思議だ。どうして私たちは毎日動物の命を奪っているのに、食卓で笑い合うことができるのだろう。だってこの鶏肉や豚肉には、私と同じように手足や三半規管がくっついていたんでしょう? それなのになぜ私たちは調理する度泣かないのだろう? それとも昔は泣くことができていたけれど、いつの間にかその方法を忘れてしまったとか?
日常は血なまぐさい疑問から巧妙に切り離されている。イナゴの足のギザギザが口内に突き刺さる。チクチクと。隠れた罪悪感のように。
私は食事を済ませて歯を磨いた。下着を選ぶのも、髪をとかすのも、儀式だ。私の花を咲かせるための。身に余る欲望を持て余した、無防備な虫を引き寄せるための。同じ年頃の女の子は、似たような儀式を毎晩行っている。同世代の男子は、まだその秘密を知らない。
教科書がめいっぱい詰まった重たい鞄を持って家を出る。足に馴染んだローファーも、真っ直ぐな黒髪も、誰もが思い描く平和の象徴だと知っている。友人の挨拶に手を振る笑顔も完璧。兎そっくりの長い耳たぶを除いたら、私は絵に描いたような中学三年生だ。この均衡が崩れたら、それは不幸の始まりなのよ。そう信じて私は、呪文を唱えるようにプリーツスカートを揺らす。
昼休み。幾万光年も続くと思われた退屈な授業も無事一段落した。世界が生まれ変わったような開放感。私は伸びをして席を立つ。ガタン、木の椅子が年老いた音を立てて軋む。
「ちいちゃん、彼氏んとこ行くの?」
「いいねーラブラブじゃん」
まとわりつく冷やかしを無視し、風を切るつもりで廊下を歩く。購買でキャーキャー騒ぎながら苺ミルクに手を伸ばす同級生を見て、ふと立ち止まる。ひょっとしてこれが優越感? 彼女達を幼いと思う私って嫌なやつ?
けれどすぐに歩き出す。別にいい。私が輝いているから何だっていうのだ。蕾たちよ、いい香りがする私を羨むがいい。柔らかな花びらの色を思う存分妬むがいい。
体育館裏のポプラがそよ風に枝を泳がせている。地面に木漏れ日がきらきらと踊る。ここは野原の匂いがする。芝生が生い茂り、たんぽぽなんかも咲いている。遠くからグラウンドを走るやんちゃな子達の騒ぎ声が聞こえる。私たちは毎日この場所に牧草を求める馬みたいに集い、密やかな悪戯を重ねる。
私と次郎くんは、埃っぽい石の階段に並んで腰を下ろす。スカートのひだからのぞく下着に次郎くんの視線が集中する。バレてるよ。けれど私は指摘せず、そのままにしておく。
彼は青臭い万能感を持て余している。その証拠に、自分が不老不死だと力説してやまない。彼は私の耳たぶを噛みながら言う。
「いつか二十代になるなんて冗談だろう? 俺は永遠にこのままだ。だってあれから五年も経ったのにまだ十代なんだぜ?」
彼はこのように馬鹿だ。けれど悪いことじゃない。
次郎くんは私の長い耳を噛んだり舐めたりするのが好きだ。私からすれば何が楽しいのか不思議なのだが、そうされるのは決して不愉快ではない。次郎くんの舌は自在にくねり、外耳の迷路を紐解いてゆく。舌そのものが次郎くんとは別個の、爬虫類に似た生き物のようだ。
だから私の日課は、耳を念入りに洗うことだ。複雑な窪みを追う自分の指は素っ気なくて、次郎くんの感触からはほど遠い。そういえば私の耳は、どんな味がするのだろう?
「この奥に鼓膜があるんだな」
次郎くんの舌が、奥へ奥へと入り込む。唾液が絡む音はそこはかとなく金属的で、顕微鏡のプレートがこすれ合う響きと似ている。カチャカチャ。理科室の匂いがする悪戯。
「お前、本当にこの体に脳みそや心臓を詰め込んでんの?」
「やめて、やめてったら」
腹をまさぐられ、思わずきゃははと笑う。
「もちろん全部入っているよ。私を何だと思ってるの? 宇宙人?」
「お前はもちろん、兎。耳たぶが長いから」
次郎くんはそう言ってから、真っ直ぐな眉を寄せて考え込む。
「いや、兎の腹はいかにも内臓入ってますって感じだな。だからお前は兎じゃない。……もしかして俺たち、自分の体すら血肉でできていると思いたくねーのかな。気持ち悪いから。それって変だな。俺たち、エロやグロに生かされてんのに」
「次郎くん、人間を無機質に感じる理由はね」
私はくふふと含み笑いをしながら足を組みかえる。白い脛。再び、次郎くんの視線。
「私たちが人の内臓を一度も見たことがないからだよ」
次郎くんは少しひるんだ。
「お前。恐ろしいことを言うなよ」
「次郎くん、食品売り場の生肉を笑って眺めていられるでしょう? 今更何が恐ろしいの?」
「そりゃそうだけど……お前が言ってんのは、それが俺らの肉だったらってことだろ」
「うん、そう」
太腿の付け根が疼く。残酷な話をしているのに、どうしてこんなにいい気持ちになるのだろう。食欲と火照りが混ざりあったような妙な感覚。
私は次郎くんの頬を両手で包み、彼の左目を覗き込む。イチジクに似た光沢。半透明の黒目が私を映し出し、細かく震えている。
「次郎くんの白目、真っ白」
「白目なんだから当たり前だろ」
「白目ってつまり、一種の内臓でしょう? ……どうしたの。怖いの?」
「別に」
「違うでしょ。だってほら」
私は次郎くんの足の間に膝を割り込ませる。
「あ」
「さっきからパンツ見てるのバレてるよ」
「……ごめん」
「私、いい匂いがした?」
「うん」
「どんな?」
「花の」
「やっぱり」
「え?」
「ううん。何でもない」
私の息と次郎くんの息が溶け合う。彼の息は雨上がりのコンクリートの匂いと似ている。次郎くんはおもむろに私の唇に噛み付いた。
「あ痛」
顎に、首に血が伝う。次郎くんがそれを舐めとる。私の、次郎くんの呼吸が乱れてゆく。今朝胃袋に吸収された、かつて生きていた動物達のように。次郎くんの手がスカートに潜り込んできて、致命的な部分に触れようとする。けれど、いつもそこでチャイムが鳴る。
家に帰って、一通りの「儀式」を済ませる。隅々まで甘い香りがするように、身体中にクリームをすり込む。ようやく洗面所から出てきた私は、居間でだらだらと晩酌している両親に声をかける。
「お父さん、お母さん、おやすみ」
「おやすみ、智恵理」
「おやすみなさい、ちいちゃん」
彼らが握りしめたフォークの先にウ��ンナーが突き刺さっている。私は次郎くんに傷つけられた下唇をそっと噛み締める。
寝床に横になると大きな溜め息が出る。その日の人間としての義務は全て果たし終えた。後は自堕落に睡眠を貪るだけだ。目を開いたり閉じたりする。薄い筋肉が引きつれ、睫毛が震える。この僅かな生理現象で、今ここにいることを実感する。
私はまぶたの暗がりにうずくまる時、自分の存在が疑わしくなる。眠っているうちに意識も体も、どこかに吸い込まれて消えてしまうのではないか。肉体は死んで焼かれるまで失いようのないものだと分かっているのに、不安になる。だから瞬きをして確認する。まだ私が、ここにいるかどうか。
二十歳を超えても、この確認作業を続けているのかな。それともこうしていたことすら、忘れてしまうのかな。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、大人になってからの生活なんて想像もできなくて、やめた。
毛布を首元までたくし上げ、温かさを噛み締める。横向きに寝転がりそうしていると、後ろから誰かに抱きかかえられているような錯覚に陥る。咄嗟に次郎くんを想像をする。昼間の手の感触が、耳元で唾液が絡む音が蘇る。カチャカチャ。
かつて母は、幼い私に言った。
「大抵の人は成人したら、今ちいちゃんが見ているような夢を必要としなくなるものなのよ」
当時の私はその言葉が理解できなくて、聞き返した。
「どうして? 空と雲の、蝶と花の夢。きらきらしてとってもきれいなのに」
「そうでしょう。でもね、そういうものなのよ」
「じゃあ大人になったら私は、どんな夢を見るの?」
母の唇は柔らかな曲線を描いた。罪深い微笑みだった。彼女は私の問いに答えなかった。
今になり私は母の言葉を分かりかけている。夜毎粘液のもたつきや肉の弾力を、顕微鏡で観察するようになってからは。目を閉じ記憶の焦点をしぼる。次郎くんの���、お馴染みの舌の凹凸、私の血を飲んだ唇は、律儀に赤かった。口内は剥き出しの内臓だ。今朝食べた鶏肉の赤みが点滅する。試しに自分の口に指を入れてみる。血管が浮いている箇所なのか、一部が脈打っているのを感じる。そのまま指を噛んでみる。ごりっ。今噛んでいるのは、私の骨と肉だ。炙ればフライドチキンと同じように、食べることができるだろう。
そうしているうちに私はまどろむ。誰かに舐めてもらうための蜜を、体内にたっぷりと含ませて。
夢の国で、私と次郎くんは裸で向かい合っている。私たちは正座をして、お互いの体を生真面目に眺め回す。皮膚になされたみじめな装飾。産毛。ほくろ。お臍。性器。それらは本来の役割を忘れてしまったように、あるべき場所にすまし顔で落ち着いている。
私たちは食事を開始する。皿というベッドに腰掛けて。身長と同じくらいの大きな大きなフォークを用意して。まずは次郎くんのお腹をフォークで貫き、あらん限りの力で下にひっぱる。そうしたら彼の皮はきれいにめくれる。呆気ないくらいきれいに。
彼の内臓はぐったりと湿り、生々しい臭いを発している。私の目の前には、都会の地図のように入り組んだ毛細血管、黄ばんだ脂肪、ぬらぬらと光る臓器どもが現れる。きちんと整列したそれらが織り成す図柄は、いつか教科書で見た曼荼羅図に似ている。
私は彼の肝臓をすくいあげる。柄に絡みついた血管が、繊細な音を立てて千切れる。私はとろんととろける粘液を舌で舐め取り、唇をつけて厳かに啜る。皮膜は抵抗もなく口内に滑り込んでくる。彼の精液も、同じ味がするのだろうか。次郎くんも私に倣う。
私たちはにやにやしながら、お互いの中身を引きずり出し、眺め回し、啜り合う。周囲に食い散らかされた肉塊が散乱する。今や私たちは、スーパーに並べられている獣と同じ姿だ。
私は食べ尽くされて空っぽになった体で言う。
「ね? あったでしょ。内臓」
次郎くんがうなずく。
「うん」
それから勃起したまま私の首を絞める。
私の中の子ども。空と雲の、蝶と花の夢を、いつまでも見たいと願っていた子ども。さようなら。そっと別れを告げる。
この先の夢はきっと、ずぶずぶと生ぬるい。
次郎くんの幻の手に絡まりながら、私の蕾が音もなく開いてゆく。
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hananien · 5 years ago
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【S/D】アナ雪パロまとめ
アナ雪2の制作ドキュメンタリー面白かった。みんなで一つのものを作るって素敵だなって素直に感動しちゃった。一人でコツコツ作り上げるのも素敵だけどさ、それとはまた違うよね。
アナ雪は大好き。2でアナが超進化を遂げたのでもっと好きになった。また兄弟パロ書きたいな。
3話あるけど全部で12000字くらいなのでまとめました。
<エルサのサプライズパロ>
 弟の誕生日を祝うため、城や城下にまで大がかりなサプライズを仕込んだディーンは、過労で熱を出してしまった。キャスたちの協力もあって無事にサプライズは成功したものの、そのあとで何十年ぶりくらいに寝込むことになってしまった。  (これくらいで熱を出すなんて、おれも年をとったもんだな。そりゃ、ここのとこ狩りもあって、ろくに寝てなかったけど……。昔はそんなこと、ざらだったのに。こんなていたらくじゃ、草葉の陰から親父が泣くな)  「ディーン」 スープ皿を銀の盆に乗せて、弟のサムが寝室にやってきた。「寝てた? ちょっとでも食べれそう?」  「食べるよ。腹ぺこだ」  まだ熱のせいで頭はもうろうとしていて、空腹を感じるところまで回復してないことは自覚していたが、弟が持ってきた食料を拒否するなんて選択肢は、ディーンの中にないのだ。  サムは盆をおいて、ディーンが体を起こすのを手伝ってやった。額に乗せていた手ぬぐいを水盆に戻し、飾り枕を背中に当ててやって、自分の上着を脱いで兄の肩にかけてやる。  兄がスープをすするのを数分見つめてから、サムは切り出した。  「ディーン、今日はありがとう」  「うん」  「兄貴に祝ってもらう最初の誕生日に、こうやって世話が出来て、本当にうれしいよ(※何かあって兄弟は引き離されて大人になり、愛の力で再びくっつきました���」  「おまえそれ、いやみかよ。悪かったな面倒かけて」  「ちがうよ」 サムは少しびっくりしたように目を広げて、それから優しく微笑んだ。「本当にうれしいんだ。まあ、サプライズのほうは、あんたの頭を疑ったけど。ワーウルフ狩りで討伐隊の指揮もしてたってのに、よくあんなことやる時間あったな? 馬鹿だよ、ほんと。ルーガルーに噛まれたって、雪山で遭難したときだって、けろっとしてるあんたが、熱を出すなんて……」  「うーん」 ディーンは唸った。弟の誕生日を完璧に祝ってやりたかったのに、自分の体調のせいでぐだぐだになったあげく、こうやって真っ向から当の弟に苦言をされると堪えるのである。  「でも、そのおかげかな。こうやって二人きりでいられる」  「看病なんてお前がしなくていいんだぞ」  気難し気に眉を寄せてそっぽを向きたがるディーンの肩に手をおき、ずれてしまった上着をかけ直してやって、サムはまた優しく微笑んだ。「ずっと昔、僕らがまだ一緒にいたとき、あんたは熱を出した僕に一晩中つきそって、手を握って励ましてくれた」  そんなことを言いな��らサムが手を握ってきたので、しかもディーンの利き手を両手で握ってきたので、ディーンは急に落ち着かなくなったが、すぐにその思い出の中に入り込んだ。「ああ……おまえはよく熱を出す子だった。おかげで冬は湯たんぽいらずだったな」  「一緒に眠ると怒られた。兄貴に病気をうつしてもいいのかって、親父に叱られたよ」  「おれは一度もおまえから病気をもらったことなんて」  「ああ、あんた病気知らずだった。王太子の鏡だよな、その点は」  「その点はって」  「僕はその点、邪悪な弟王子だったんだ。あんたに熱がうつればいいって思ってた。そうしたら、明日になっても、一緒のベッドに入っていられる。今度は僕があんたの手を握ってやって、大丈夫だよ、ディーン、明日になれば、外で遊べるようになるさって、励ましてやるんだって思ってたんだ」  「……そりゃ――健気だ」  「本当?」  「うん……」  「こうしてまた一緒にいられて、すごく幸せなんだ」  「サミー」  (キスしていい?) サムは兄の唇を見つめながら、心のうちで問いかけた。息を押し殺しながら近づいて、上気した頬に自分の唇の端をくっつける。まだふたりが幼いころ、親愛を込めてよくそうしていたように。  ディーンはくすぐったそうに笑って顔をそむけた。「なんだよ、ほんとにうつるぞ。おまえまで熱出されたらキャスが倒れる」  「もう僕は子供じゃない」 サムは握った手の平を親指で撫でながら言った。「だからそう簡単に病気はうつらないよ。そもそも兄貴の熱は病気じゃなくて過労と不摂生が原因だからね」  「悪かったな」  「僕のために無理してくれたんだろ。いいんだ、これからは僕がそばで見張ってるから」  「おー」  目を閉じたディーンの顔をサムは見つめ続ける。  やっと手に入った幸福だ、ぜったいに誰にも壊させない。兄が眠りについたのを確認すると、握った指先にそっとキスを落とす。彼がこの国に身を捧げるなら、自分はその彼こそに忠誠と愛を捧げよう。死がふたりを分かつまで。
<パイとエールと>
 公明正大な王と名高いサミュエル・ウィンチェスターが理不尽なことで家臣を叱りつけている。  若い王の右腕と名高いボビー・シンガー将軍は、習慣であり唯一の楽しみである愛馬との和やかな朝駆けのさなか、追いかけてきた部下たちにそう泣きつかれ、白い息で口ひげを凍らせながら城に戻るはめになった。  王は謁見の控えの間をうろうろと歩き回りながら、臣下たちの心身を凍り付かせていた。  「出来ないってのはどういうことだ!」 堂々たる長身から雷のような叱責が落ちる。八角形の間には二人の近衛兵と四人の上級家臣がおり、みんなひとまとまりになって青ざめた顔で下を向いている。  「これだけの者がいて、私の期待通りの働きをするものが一人もいない! なぜだ! 誰か答えろ!」  「おい……どうした」 ボビーは自分の馬にするように、両腕を垂らして相手を警戒させないよう王に近づいた。「陛下、何をイラついてる。今日は兄上の誕生日だろ」  サムは切れ長の目をまんまるに見開いて、「そうだよ!」と叫んだ。「今日はディーンの誕生日だ! ディーンが天界に行っちゃってから初めての誕生日で、初めて王国に戻る日だっていうのに、こいつらは僕の言ったことを何一つやってない!」  手に持っていた分厚い書冊を机に叩きつけた。ぱらぱらと何枚かの羊皮紙が床に落ちて、その何枚かに女性の肖像が描かれているのをボビーは見た。頬の中で舌打ちして、ボビーは、今朝、この不機嫌な王に見合い話を持ち掛けた無能者を罵った。  まだ手に持っていた冊束を乱暴に床に放り投げて、すでに凍り付いた家臣たちをさらに怯えさせ、サムは天井まである細い窓の前に立った。  ひし形の桟にオレンジ色のガラスが組み込まれている。曇りの日でも太陽のぬくもりを感じられる造りだ。サムがそこに立つ前には、兄のディーンが同じように窓の前に立った。金髪に黄金の冠をかぶったディーン・ウィンチェスターがオレンジの光を浴びて立つさまは、彼を幼少期から知る……つまり彼が見た目や地位ほどに華美な気性ではないと知るボビーにとっても神々しく見えたものだった。  ディーンがその右腕と名高かったカスティエルと共に天界に上がってしまってからというもの、思い出の中の彼の姿はますます神々しくイメージされていく。おそらくはこの控えの間にいる連中すべてがそうだろう。  「兄が戻ってくるのに、城にパイ焼き職人が二人しかいない」  「ですが、それで町のパン焼き職人を転職させて城に召し上げるというのは無理です……」 家政長が勇気を振り絞った。しかしその勇気も、サムのきつい眼差し一つで消えた。  「全ての近衛兵の制服を黒に染めろといったのになぜやらない!」  二人の近衛兵は顔を見合わせたが、すぐに踵をそろえて姿勢を正した。何も言わないのは賢いといえなくもない。  「何で黒にする必要がある?」  ボビーの問いにサムは食い気味に答えた。「ディーンが好きだからだよ! ディーンは黒が好きだ、よく似合ってる」  「ディーンはベージュだって好きだろ。ブラウンもブルー��、赤も黄色も好きだ。やつは色になんて興味ない」  「それに注文したはずのエール! 夏には醸造所に話を通していたはずなのになぜ届いていない!」  項垂れる家政長の代わりに、隣に立つ財務長が答えた。「あー、陛下。あの銘柄は虫害にやられて今年の出荷は無理ということで、代わりの銘柄を仕入れてありますが……」  「その話は聞いた! 私はこう言ったはずだ、ディーンは代わりの銘柄は好きじゃない。今年出荷分がないなら去年、一昨年、一昨々年に出したのをかき集めて城の酒蔵を一杯にしろと!」  「そんな、あれは人気の銘柄で国中を探してもそれほどの数はありません……」  「探したのか?」 サムは、背は自分の胸ほどもない、老年の財務長の前に覆いかぶさるように立ち、彼の額に指を突き付けた。「国中を、探したのか?」  財務長の勇気もこれで消えたに違いなかった。  ボビーは息を吐いた。  「みんな出て行ってくれ。申し訳ない。陛下にお話しがある。二人だけで。そう。謁見の儀の時間には間に合わせる。ありがとう。さっさと行って。ありがとう」 促されるや、そそくさと逃げるように控えの間から去っていった六人を丁寧に見送り、ボビーは後ろ手に扉の錠を下ろした。  「どうなってる」 ボビーの怖い声にもサムはたじろがなかった。気ぜわしそうに執務机の周りを歩き回る足を止めない。  「最悪だ。完璧にしたかったのに!」 床に落ちた肖像画をぐちゃぐちゃにしながら気性の荒い狼みたいな眼つきをしている。「ディーンの誕生日を完璧に祝ってやりたかったんだ! 四年前、僕らがまた家族になれたあとに、ディーンが僕にしてくれたみたいに!」  「四年前? ああ、城じゅうに糸を張り巡らせて兵士の仕事の邪魔をしまくってくれたあれか……」 ボビーは口ひげを撫でて懐かしい過去を思い返した。「しかしあの時はディーンが熱を出して……結局は数日寝込むことになっただろう」  「完璧な誕生日だった。僕のために体調を崩してまで計画してくれたこと、その後の、一緒にいられた数日間も」  「あのな……」  「いろいろあって、あの後にゆっくりと記念日を祝えたことはなかった。ようやく国が落ち着いたと思ったら、ディーンは天界に行っちゃった。いいんだ、それは、ディーンが決めたことだし、僕と兄貴で世界の均衡が保てるなら僕だって喜んで地上の王様をやるさ。滅多に会えなくなっても仕方ない。天界の傲慢な天使どもが寛大にも一年に一日だけならディーンが地上に降りるのを許してくれた。それが今日だ! 今日が終われば次は一年後。その次はまた一年後だ!」  「わかっていたことだぞ」 ボビーはいった。「べったり双子みたいだったお前たちが、それでも考えた末に決めたことだ。ディーンが天界にいなければ、天使たちは恩寵を失い、天使が恩寵を失えば、人は死後の行き場を失う」  「これほど辛いとは思わなかった」  サムは椅子に座って長い足を投げ出し、希望を失ったかのように俯いた。  「なあ、サム。今日は貴重な一日だよな。どうするつもりだった。一年ぶりに再会して、近衛兵の制服を一新した報告をしたり、一晩じゃ食べきれないほどのパイの試食をさせたり、飲みきれない酒を詰め込んだ蔵を見せて自慢する気だったのか?」  「いや、それ��けじゃない。ワーウルフ狩りの出征がなかったら、城前広場を修繕して僕とディーンの銅像を建てさせるつもりだった」  「わかった。そこまで馬鹿だとは思わなかった」 俯いたサムの肩に手をあて、ボビーはいった。「本当に馬鹿だな。サム、本当にディーンがそんなもの、望んでると思うのか?」  「ディーンには欲しいものなんてないんだ」 サムは不貞腐れたように視線を外したままいった。「だからディーンはディーンなんだ。天界に行っちゃうほどにね。それだから僕は、僕が考えられる限り全てのことをしてディーンを喜ばせてあげなきゃならない。ディーンが自分でも知らない喜びを見つけてあげたいんだよ」  「ディーンは自分の喜びを知ってる。サム、お前といることだ。ただそれだけだ」  サムの迷子のような目がボビーを見上げた。王になって一年、立派に執務をこなしている姿からは、誰もこの男の甘えたな部分を想像できないだろう。  もっとも、王がそんな一面を見せるのは兄と、育ての親ともいえるボビーにだけだ。  「……それと、エール」  「ああ、焼き立てのパイもな」 ボビーは笑う。「職人が二人もいればじゅうぶんだ」  サムはスンと鼻をすすって、ボビーの腕をタップして立ち上がる。  「舞踏会の用意は?」  「すんでるよ。ああ……サム、中止にするわけにはいかないぞ。もう客も揃ってるし、天界のほうにもやると伝えてある」  「わかってる。頼みがあるんだ……」
 ディーンがどうやって地上に戻ってくるか、サムは一年間毎日想像していた。空から天使のはしごがかかって、白い長衣をかぶったディーンがおつきの者たちを従えてしずしずと降りてくるとか。水平線の向こうからペガサスに乗って現れるとか。サムを驚かせるために、謁見の儀で拝謁する客に紛れ込んでくるかもしれない。  そのどれもがあまりに陳腐な空想だったと、サムは反省した。  謁見の儀を終えると、ディーンは何の変哲もない、中級貴族みたいな恰好で、控えの間に立っていた。  ひし形に桟が組まれた、長い半円の窓の前で。  「ディーン」  サムの声に振り向くと、ディーンは照れ臭そうな顔をして笑った。「サム」  二人で磁石みたいに駆け寄って、抱き合った。
 ディーンの誕生日を祝う舞踏会は大盛況した。近隣諸国の王侯貴族までが出席して、人と人ならざる者の世の均衡を保つ兄弟を称え、その犠牲に敬意を表した。ディーンと彼に随行したカスティエルは、誘いのあった女性全員とダンスを踊った。そしてディーンは、しかるべき時間みんなの祝福にこたえたあと、こっそりとボビーに渡された原稿を読み上げ――それはとても礼儀ただしく気持ちの良い短いスピーチだった――大広間を辞した。  「どこに行くんだ?」 一緒に舞踏会から抜け出したサムに手を引かれて、ディーンは地下に向かっていた。「なあ、王様がいなくていいのかよ。まだ舞踏会は続いてるんだぜ」  「僕がいなくてもみんな楽しんでる。今夜は一晩中、ディーンの誕生日を祝っててもらおう」  「本人がいない場所でか?」  「ああ。本人はここ」  サムは酒蔵の扉を開いてディーンを招いた。「ディーン、来てくれ」  いくつかある酒蔵のうち、一番小さな蔵だった。天井は低く、扉も小さい。サムの脇をくぐるように中に入ると、まるで秘密の洞窟に迷い込んだように感じた。  「ここ、こんなだったっけか」 踏み慣らされた土床の上に、毛皮のラグが敷かれている。大広間のシャンデリアを切り取ってきたみたいに重々しい、燭台に灯されたろうそくの明かり。壁づたいに整列された熟成樽の上には、瓶に詰められたエール、エール、エール。  「パイもある」 どこに隠してあったのか、扉を閉めたサムが両手に大きなレモンパイを持ってディーンを見つめている。  ちょっと決まり悪そうな、それでも自分のやったことを認めて、褒めてくれるのを期待しているような、誇らしげな瞳で。  「誕生日おめでとう、ディーン」  二人きりで過ごしたかったんだ。そういわれて、ディーンは弟の手からパイを奪い取った。  パイは危うい均衡で樽の上に置かれて、二人はラグの上に倒れ込んだ。
<永遠>
 誰がなんというおうと、おれたちが兄弟の一線を超えたことはない。  天使たちはおれの純潔を疑ってかかった。天界に昇る前には慌ただしく浄化の儀式をさせられた。”身持ちの固さ”について苦言をたれたアホ天使もいたほどだ。おれはその無礼に、女にモテモテだった自分を天使たちが勘違いするのも無理はないと思うことにした。  ああ、若く逞しい国王のおれと、いちゃつきたがる女は山ほどいた。でもおれは国王だ。心のどこかでは、弟に王位を譲るまでのつなぎの王だという思いもあった。だからこそ、うっかり子供でも出来たら大変だと、万全の危機管理をしていた。  つまりだ、おれはまだヴァージンだ。浄化の儀式は必要なかった。  女とも寝てないし、男とも寝てない。弟とは論外だ。  いつか、サムに王位を譲り、おれが王でないただの男になったら、女の温かな体内で果ててみたいと、そう思っていた。  でもたぶん、それは実現しない。なんというか、まあ……。  天界に行ってから、天使たちがおれの純潔について疑問視した原因が、女じゃないことに気がついた。そこまでくればおれだって、認めないわけにはいかない。  クソったれ天使たちの疑いも、あながち的外れじゃあないってこと。
 おれと弟が一線を超えたことはないが、お互いに超えたいと思っていることはどっちも知っている。  ということは、いずれ超えるってことだ。それがどうしようもない自然の流れってやつだ。  どうしてそんなことになったのかというと、つまりおれたち兄弟、血のつながった正真正銘の王家の血統である二人がおたがいに意識しあうようになったのはなぜかということだが、たぶんそれは、おれのせいだ。おれの力だ。  おれは小さい頃から不思議な力があった。  それはサムも同じだけど、サムの力はウィンチェスター家から代々受け継いだもので、おれのほうはちょっと系統が違った。今では、それが天使の恩寵だとわかっているが、当時はだれもそんなこと、想像もしなかった。それでも不思議な力には寛容な国柄だから、おれたち兄弟は一緒に仲良くすくすくと育った。ところがある事件が起きて、おれは自分の力でサムを傷つけてしまった。それ以来、両親はおれの力を真剣に考えるようになり、おれたち兄弟は引き離された。  おれが十一歳のとき、もう同じ部屋で寝ることは許されていなかったが、夜中にサムがこっそりとおれの寝室に忍び込み、ベッドに入ってきたことがあった。  「怖い夢を見た」という弟を追い払うなんてできるはずがなかった。お化けを怖がるサムのために、天蓋のカーテンを下ろし、四方に枕でバリケードをつくって、ベッドの真ん中でふたり丸まって眠った。  翌朝、おれは自分が精通したのを知った。天蓋ごしにやわらかくなった朝日がベッドに差し込み、シーツにくるまっていたおれたちは発熱したみたいに熱かった。下半身の違和感に手をやって、濡れた感触に理解が追い付いたとき、サムが目覚めた。汚れた指を見つめながら茫然とするおれを見て、サムはゆっくりとおれの手を取り、指についた液体を舐めて、それから、おれの唇の横にキスをした。  おれはサムを押しのけて、浴室に飛び込んだ。しばらくすると、侍女がおれを迎えに来て、両親のことろまで連れて行った。そこでおれは、これからは城の離れにある塔で、サムとは別の教育を受けさせると言い渡された。大事にはならなかったとはいえ、サムを傷つけた力には恐怖があったから、おれはおとなしくその決定に従った。結果として、サムがキスをした朝が、おれたちが子ども時代を一緒に過ごした最後の日になってしまった。  おれの変な力がなかったら、あのままずっと一緒に育つことができただろうし、そうならば、あの朝の続きに、納得できる落とし前をつけることもできただろう。おれはなぜサムがキスをしてきたのか、その後何年にわたってもんもんと考える羽目になった。サムによれば、彼もまた、どうしてあのタイミングでキスしてしまったのか、なぜすぐにおれの後を追わなかったのかと後悔していたらしい(追いかけて何をするつもりだったんだろう)。なんにせよ、お互いに言い訳できない状況で、大きなわだかまりを抱えたまま十年間も背中合わせに育ってしまったんだ。  再会は、おれの即位式だった。両親の葬儀ですら、顔を合わせていなかった。  喜びと、なつかしさ、罪悪感に羞恥心、後悔。それを大きく凌駕する、愛情。  弟は大きくなっていた。キャスに頼んで密偵まがいのことをさせ、身辺は把握していたけれど。王大弟の正装に身を包んだサムは、話で聞いたり、遠目にみたり、市井に出回っている写し絵よりもよっぽど立派だった。  意識するなって言うほうが無理だろ。
 ところでおれは、もう人じゃない。  一日に何度も食べなくても、排泄をしなくても、死なない体になった。天使いわく、おれは”顕在化された恩寵”だそうだ。恩寵っていうのは天使の持ってるスーパーパワーのことをいう。つまりおれはスーパーパワーの源で、天界の屋台骨ってこと。  そんな存在になっちまったから、もう必要のない穴ってのが体には残っているんだが、おれの天才的な弟ならその使い方を知っていると思っていた。  そして真実はその通り。弟はじつに使い方がうまい。  「純潔じゃなくなったら、天界には戻れない?」 一年前から存在を忘れられたおれの尻の穴にでかいペニスを突っ込んだサムが尋ねた。  うつ伏せになった胸は狼毛のラグのおかげで温かいが、腰を掴むサムの手のひらのほうが熱い。ラグの下に感じる土床の硬さより、背中にのしかかっているサムの腹��ほうが硬い。  ついに弟を受け入れられたという喜びが、おれをしびれさせた。思考を、全身を。顕在化されたなんちゃらになったとしても、おれには肉体がある。天使たちはおれにはもう欲望がないといった。そんなのはウソだ。げんに今、おれの欲望は毛皮を湿らせ、サムの手に包まれるのを期待して震えている。  「サム……あ、ア」 しゃっくりをしたみたいに、意思を介さず肛門が収縮する。奥までサムが入っていることを実感して、ますます震えが走った。「サム、そのまま……じっとしてろ、おれが動くから……」  「冗談だろ?」 押さえた腰をぐっと上に持ち上げながら、サムはいった。「どうやって動くんだよ。力、入らないくせに」  その通りだ。サムに上から押さえつけられたとたん、おれの自由なはずの四肢は、突如として意思を放棄したみたいに動かなくなった。  「そのまま感じてて……」 生意気な言葉を放ちながら、サムはゆっくりと動き始めた。おれの喉からは情けない声が漏れた。覚えているかぎり、ふざけて登った城壁から落ちて腕を骨折したとき以来、出したことのない声。「はああ」とか「いひい」とか、そういう、とにかく情けない声だ。  「かわいいよ。かわいい、ディーン」  「はああ……」  「あんたの純潔を汚してるんだよ、ディーン……。僕に、もっと……汚されて……」 サムの汗がおれの耳に垂れた。「もう天界には戻れないくらい」
 まあおれは、かねがね自分の境遇には満足だ。天界にエネルギー源として留め置かれている身としても、そうすることを選んだのは自分自身だし、結局、やらなきゃ天界が滅んでしまう。天国も天使もいない世界で生きる準備は、国民たちにもだれにも出来ていない。  せっかくうまくいっていたおれとサムの関係が、期待通りにならないことは承知の上だった。おれたちは王族だ。自分たちの欲望よりも優先すべきことがある。おれは天界で腐った天使どもと、サムは地上でクソったれな貴族どもと、ともに世界を守れたらそれでいい。そう思っていた。サムも、そう思っているはずだった。  一年に一日だけ、地上に戻る許可を与えられて、おれが選んだのは自分の誕生日だった。  ほんとはサムの誕生日のほうがよかった。だけどおれの誕生日のほうが早く訪れるから。  サムに会えない日々は辛かった。想像した以上に永かった。
 下腹をサムの手に包まれて、後ろから揺さぶられながら、おれはふと気配を感じて視線を上げた。酒蔵の奥に、ほの白く発光したキャス――今は天使のカスティエルが佇んでいた。  (冗談だろ、キャス。消えてくれ!)  天使にだけ伝わる声で追い払うが、やつはいつもの表情のみえない顔でおれをじっと見つめたまま動かない。  (取り込み中なの見てわかるだろ!?)  (君はここには残れない) キャスがいった。(たとえ弟の精をその身に受けても。君はもはや人ではないのだ)  (そんなことはわかってる) おれがいうと、キャスはやっと表情を変えて、いぶかしげに眉をひそめた。(君の弟はわかっていない)  (いいや、わかってる……)  「ディーン、こっち向いて」 キスをねだる弟に応えて体をひねる。絶頂に向かって動き始めたサムに合わせて姿勢を戻したときには、もう天使は消えていた。  わざわざ何をいいに来たんだか。あいつのことだから、もしかして本当に、サムのもらした言葉が実現不可能なものだと、忠告しに来たのかもしれない。  天使どもときたら、そろいもそろって愚直で融通のきかない、大きな子どもみたいなやつらだ。  きっと今回のことも、天界に戻れば非難されるだろう。キャスはそれを心配したのかもしれない。  お互いに情けない声を出して、おれはサムの手の中に、サムはおれの中に放ったあと、おれたちは正面から抱き合って毛皮の上に崩れ落ちた。  汗だくの額に張り付いた、弟の長い髪を耳の後ろにかきあげてやると、うるんだ緑の目と目が合った。  「離れたくないよ、ディーン」  「おれもだ」  サムはくしゃっと笑った。「国王のくせに、弱音を吐くなって言われるかと思った」  おれはまた、サムの柔らかな髪をすいてやった。  おれがまだ人だったころ、おれの口から出るのは皮肉や冗談、強がりやからかいの言葉ばかりだった。だれもがおれは多弁な王だと思っていた。自分でもそうだった。  でも今や、そうじゃなくなった。  おれは本来、無口な男だったんだな。  見つめていると、弟の唇が落ちてきた。おれは目を閉じて、息を吸い込んだ。このキスが永遠に続けばいいのにと思う。  願っても意味はないと知っているからな。
 「驚いたよ」 天界へ帰るすがら(地上からは一瞬で消えたように見えただろうが、階段を上っていくんだ。疲れはしないけどがっかりだ)、キャスがいった。「きみたちは……意外とあっさり別れた。もっと揉めるかと思っていた」  「揉めるってなんだよ」  「ずいぶんと離れがたそうだったから」  「ふつうは他人のセックスをのぞき見したこと、隠しておくもんなんだぜ」  「のぞき見などしていない」 キャスは大真面目にいった。「のぞき見ではない。私は隠れてなどいなかった」  おれは天界への階段から転がり落ちそうになった。「おま……キャス……じゃあ、おまえの姿、サムには……」  「見ていただろうな。君とキスしているときに目があった」  「――あいつそんなこと一言も」  「今朝、私には警告してきた。次は翼を折ってやると。君の手の大きさじゃムリだと言ってやったが」  おれはため息を吐いた。  「次があると思っているのだな」  「もう黙れよ」  「一年に一度の逢瀬を、続けるつもりなのか。君はもう年をとらず、彼は地上の王として妻をめとり、老いていくというのに」  「なあ、キャス。おまえに隠してもしかたないからいうが、おれが天界にいるのはサムのためだ。サムが死後に行く場所を守るためだ」  キャスはしばらく黙ったあと、唇をとがらせて頷いた。「そうか」  「ああ、そうだ」  「きみに弟がいて世界は救われたな」  おれは足を止めて、キャスの二枚羽の後ろ姿を見つめた。彼がそんなふうに言ってくれるとは思っていなかったから驚いた。  キャスが振り返っていった。「どうした」  「べつに。おまえ皮肉が上手くなったなって。ザカリアの影響か?」  「やめてくれ」 盛大に顔をしかめてキャスはぷいと先を行ってしまう。  「お、待てよ、キャス。おまえのことも愛してるぜ!」  「ありがとう。私も愛してるよ」    たとえばサムが結婚して、子どもができ、平和な老後を迎えるのを、ただ天界から見守るのも素晴らしい未来だと思う。義務感の強いサムのことだから、十中八九相手は有力貴族の娘か、他国の姫の政略結婚だろうが、相手がよっぽどこじれた性格をしていない限り、いい家庭を築くだろう。あいつは優しいし、辛抱強くもなれる。子どもにも偏りのない教育を受けさせるだろう。安定した王族の指導で、王国はますます繁栄する。国王と王妃は臣民の尊敬を受け、穏やかに愛をはぐくみ、老いてからも互いを慈しみながら、孫たちに囲まれ余生を過ごすだろう。  愛と信頼に満ちた夫婦。サムがそんな相手を見つけられたらどんなにいいか。おれは心から祝福する。それは嘘偽りのない真実だ。  だけど、それは死が二人を分かつまでだ。  サムが死んだら、たとえその死が忠実な妻と手をつなぎ、同時に息を引き取るような敬虔なものだったとしても、彼の魂はもう彼女のものじゃない。死神のものですらない。おれだ。おれがサムを直接迎えにいく。  そしておれがサムのために守ってきた天国で、おれたちはまた、やり直すんだ。  おれが精通した十一歳の朝からでもいい。  ぎこちなかった即位式の午後からでもいい。  世界におれたちだけだったら、どれだけ早くたがいの感情に正直になれたかな。それを試すんだ。  だから今は離れていても、いずれは永遠に側にいられるんだ。  今は言葉だけでいいんだ。おれを汚したいといったサムの言葉が何物にも代えがたい愛の告白に聞こえたなんて変かな。サムの愛の言葉と、この体のどこかに残っているサムの精だけで十分なんだ。  また来年、それをおれにくれ。おまえが誰かいい女と結婚するまで。  おまえのための天国を作って、おれは永遠が来るのを待っている。
おわり
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itokunatoe-blog · 7 years ago
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全員無様な衝撃作がついに公開!! 岡田将生・木村文乃ら 豪華キャスト陣が撮影中の裏話を暴露! 岡田「新年の抱負は毒を吐く」!?
映画公開を記念して、W主演の岡田将生さん、木村文乃さんをはじめ、佐々木希さん、志田未来さん、池田エライザさん、夏帆さん、中村倫也さん、田中 圭さんの超豪華俳優陣、そしてメガホンを取った廣木隆一監督が一堂に集結し、公開記念舞台挨拶を行った。
今もっとも旬なゲストたちが登壇するとあって、TOHOシネマズ 新宿のスクリーン9は、休日の午前中の回ながら熱気にあふれ、観客の大歓声の中、W主演の岡田将生さん、木村文乃さんら豪華キャスト・監督が勢揃い。 【全員無様な衝撃作!!】である本作にちなみ、壇上には、スポーツ新聞のスクープ記事に模して、「全員無様」とインパクトのある見出しが躍ったセンセーショナルなデザインのパネルがお目見えし、目にも鮮やかに映画公開記念舞台挨拶がスタート。自意識過剰で無神経に周りの人々を振り回す【痛男】伊藤誠二郎役を演じた岡田さんは、「すごく朝早くから『伊藤くん A to E』を選んでいただき、ありがとうございます」と感謝のコメント。また伊藤くんと対峙する崖っぷち脚本家の【毒女】矢崎莉桜役を演じた木村さんは、大きな歓声に満面の笑顔を見せ、「上映後ということで、今日はいつもより深いところまで話せるのではないかと楽しみです」と語った。。続けて、伊藤くんに振り回されるA~Dの女を演じた女優陣も、感謝の意を述べつつコメント。佐々木希さんは、「今日は少しの時間ですがよろしくお願いします」、志田未来さんは「今日は映画の魅力をたっぷり語れればと思います」、池田エライザさんは「『伊藤くん A to E』で今年の映画初めされた方もいるんじゃないでしょうか。本���はよろしくお願いします」、夏帆さんは「今日は短い時間ですがごゆっくり楽しんでください」と挨拶した。また、莉桜を師匠と慕う売れっ子脚本家の久住健太郎(通称:クズケン)を演じた中村倫也さんは「久住健太郎役、いやクズケン役?どっちでもいっか」と笑いを誘いつつ挨拶、ドラマプロデューサー・田村伸也役の田中圭さんは「明けましておめでとうございました!」と勢いよく新年の挨拶をしていた。本作のメガホンを取った廣木隆一監督は「面白かったですか?」と観客に呼びかけると、割れんばかりの大きな拍手が巻き起こり、感慨深げな様子だった。
1月12日(金)より全国公開となった本作の感想が届いているかを聞かれると、岡田さんは「友人がカップルで初日に観に行ってくれたそうなんですけど、友人は彼女に『あんたは伊藤くんそのものだ』と言われたそうで。僕はそう思わないんですけど、女性から見るとそうなのかな?」と、身近にリアルな伊藤くんが居たという衝撃の告白をしていた。
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登場人物が「全員無様」で、もがき苦しむ姿が痛いが、なぜかそれぞれのキャラクターから目が離せなくなってしまう本作。そんなそれぞれが置かれた状況の中で、無様にもがく登場人物たちについて岡田さんは「今回、伊藤くんが『痛い男』『自意識過剰』とかいろんなことを言われているんですが、伊藤くんは伊藤くんで自分の世界を持っていて、自己中でも自分の世界を持っていることが、僕にとっては憧れ。尊敬ではないですけど、うらやましく思ってしまったので、演じがいがあってすごく楽しかったです。」と振り返っていた。木村さんは、「(みんな)とても人間らしくて逆に私は好きだなと思いました。自分らしさを持ちたいがゆえにもがいている人たちのお話なので、愛すべきところが沢山あるな。」とキャラクターたちヘの愛情を語りつつ、「自分自身が彼女たちに当てはまるところがありますし、男性たちを含め、どのキャラクターたちも前を向いているのが良いなと思いました。」とコメント。
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また、公開中の今だからこそ言える撮影中の印象的な出来事として、佐々木はさん「伊藤くんと莉桜が対決する最後のシーンを見た時、『本当に伊藤くんが最低だなと!』思いました。最低すぎて、『莉桜頑張れ!もっといけ!』と応援していました。」と感想コメント。しかし、すぐ隣で苦笑している岡田さんを見て、「すみません、岡田さんじゃないですよ、伊藤くん(笑)。岡田さんは本当に低姿勢な、礼儀正しい方で」と必死にフォロー。 木村さんが続けざまに「すみません、今日は岡田さん、喉の調子が悪いようで。なのでみなさん、優しい目で見守ってください。」と、実は岡田さんの喉の調子が悪いことを話し、重ねてフォローしていた。
志田さんは「私は伊藤くんにストーキングされる役で、公園で伊藤くんに『どうなっても知らないからな!』と言わるシーンがあるんですけど、心から気持ち悪すぎて…」と語ると、「ごめん、ちょっと待って!今日は悪口言う集まり!?」と、すかさず岡田さんが割って入り、喉の調子で変わってしまった声の面白さもあいまって、会場には大きな笑いが。志田さんも「いえいえいえいえ、“伊藤くん”が、です!」と否定しつつも、「でも岡田さんが伊藤くんにしか見えなくて、素で必死で逃げました」と本音を告白。すると岡田さんは「カットがかかっても、軽蔑した目で見られました。現場では役が残ってるんだな、と感じていました」と苦笑。撮影時はかなり役に入り込んでいた様子を伺わせた。
池田さんは「いろいろエピソードはあるんですけど、廣木監督の演出は現場に言ってみないとわからなくて。各々が気持ちとかを考えていくと思うんですけど、そこを最初からゼロにさせられることもあって。『ここでこう言うんだ!?』とか『ちょっと歌ってみよう』とか、ひらめきが多く、『“あ“って言ってみよう』とか。たぶん廣木監督の頭の中に絵が出来ているんだろうなって」と、廣木監督の演出方法を話していた。ただ、「『“あ“って言ってみよう』っていう狙いが未だに分からなくて…」と語ると、廣木監督は覚えがない様子だったが、木村さんや佐々木さんをはじめ、女性キャスト陣はみな同意していた。
夏帆さんは、演じた実希役のドラマと映画の撮影が同じタイミングだったと語り、「同じようなシチュエーションやセリフ、キャストで混乱というか、『昨日このセリフ言ったな』とか不思議な感覚に陥りました」というエピソードを披露。これまでにドラマと映画で同時期に撮影をしたことがなく、「監督が違うとこんなにシーンの見え方が違うんだなと面白かったです。撮り方が人によって全然違うので、あえてそう演出している部分もあるとは思うんですけど、シーンごとに監督の個性ってすごく出るんだなと感じました」と語り、貴重な体験をした様子だった。
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お気に入りのシーンについて聞かれると、中村さんは「腹をかかえて笑ったシーンがあります。伊藤くんと実希がホテルに行ったシーンで、(岡田)将生が古い遊園地のロボットみたいな動きになってて」とロボットダンスを真似ると、岡田さんが「童貞(役)だからね!」とつっこみ、会場には大きな笑いが。続けて、「細かいところでは、佐々木(希)がラーメン屋のデートでレンゲに小ラーメンを作っていたり、夏帆ちゃんがジャズバーでずっとグラス拭いてたり、エライザちゃんと将生が洗面所で脚を絡めてたり」と、細かなシーンを挙げ細部まで本編を楽しんでいた様子。田中さんは、「伊藤くんが全体的に気持ち悪いし腹が立つけど、岡田将生本人とのギャップがあって、ここまで役作りをするのは単純にすごいなと思いました。(岡田さんとは)本編で絡みがなくて、映画の番宣で初めてちゃんと喋ったら、当たり前なんですけど全然(伊藤くんと)違って(笑)。『大体こういう時は素が出るよな』と思ってドラマや映画を観ていたんですけど、予想を反してすごく素敵な人で。だからこそ、伊藤くんをここまで演じていてすごいです。」と岡田さんの役作りに感心した様子だった。
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廣木監督が、本作の映画化にあたって一番大切にしていたことについて「シナリオライターの世界、ドラマを作っている人の世界を作っているんですが、普通に生きている人のようにちょっとリアルにしたいなという思いがありました。ドラマの世界でファンタジーではなく、現実的なものが生まれてくれればいいなと思っていました」と語り、誰しもが共感できるストーリーを目指したことを明かした。
さらには、本作が伊藤くんに振り回されながらも彼に出会ったことで新しい1歩を踏み出していく女性たちの物語であることにちなみ、それぞれ「2018年に自分のここを成長させたい!変わりたい!」という決意表明をすることに。田中さんは「自分にものすごく甘いんですけど、そこを直したい」と回答。MCから「自分に甘いんですか?」と聞き返されると、「はい」と即答し、「『あー、どうしよう…まいっか』ってなっちゃうので、『まいっか』を減らしたい。自分に厳しく」と語った。中村さんは「いききる!年にしたい。現場の空気や人付き合いで遠慮しちゃうときがあるんですけど、そういうのをなくしていこうかと。良い意味で空気を読まない、『良い伊藤』を目指して。まずは岡田将生を目指して、15cmくらいのシークレットブーツを履くことから(笑)」と、おどけて抱負を語り、会場を盛り上げていた。廣木監督は「マイペース」と一言、佐々木さんは「この物語の女性たちが、当たって砕けて、無様な姿ではあるんですが、その先に成長したり、前に進めたり、かっこよく見えたりもしたので、2018年は失敗を恐れず、どんなことにも挑戦していく心を持ちたいです!」と作中の女性たちに刺激を受けた決意を披露。志田さんは「私は髪の毛を伸ばします。伸ばしている最中で、(胸の下くらいをジェスチャーで示して)2018年の終わりには頑張って伸ばします」と可愛らしい抱負を語った。池田さんは2017年を振り返り、「書評やコラムなど執筆する仕事が多かったので、午前中に仕事が終わっても、その日は家から出ないという生活が多くて。圧倒的にインプットが足りなくなってきたので、パスポートも更新したし、2018年はまず家から出たいです。そして日本から出ることに挑戦したい。一人旅は怖いけど、一緒にお勉強できる人たちと行きたい」と新たな年について大きな決意を語った。夏帆さんは「(志田)未来ちゃんと同じこと言おうと思ってた!いつも我慢ができなくて髪を切ってしまうので。頑張って伸ばしたいなと思います。あとはもう少しまめな人間になりたいです」と話すと、中村さんが「頑張って伸ばすとおっしゃってましたけど、生きてれば伸びるからね!(笑)」と鋭くつっこんでいた。木村さんは「2017年はありがたいことに沢山お仕事をさせて頂いて、出来ることと出来ないことが分かったとき、支えてもらうことの大切さがすごく分かって。あまり武器が多いタイプではないので、2018年は思いっきり無様になっていいのかなって。そういうことがなかったら挑戦できなかったことって沢山あったんですけど、廣木監督に私の心のバスタブも取られてしまったので、いっそ無様になって支え頂いて、やりたいことをやっていこうかなと思っています」と語り、今まで見たことがないような木村の姿を見れる2018年に期待が高まる抱負となった。岡田さんは「毒を吐く。自分の中でため込んでしまうタイプなので、毎回毒を吐き続ける年にしたいです」と、独特の抱負を語ると会場にはどよめきが起き、中村さんも「すげーやだそれ!」と即座につっこみが。木村さんが「試しに練習してみよう」と言うと、岡田さんは「なんでこんな大事な日に喉やっちゃってんだバカやろーって。あ、これ自分のことか。」と、どこまでも良い人が隠し切れないエピソードに。続けて、「少しずつ、やろうかなと思います。」と訂正していた。
最後に、木村さんは「色んな無様な登場人物たちばかりですが、決してその登場人物たち、彼女たちを見て『うわー、自分と重なるな』『こいつ痛いなー』という皆さんの気持ちを裏切る映画ではありません!観て頂く前と後で、大きく気持ちが変わっていると思います。廣木監督のお人柄が出た、希望のある内容になっていると思いますので、ぜひ皆さんで観て頂ければと思います」と本作を猛アピールし、岡田さんは「もがいている人って、見ているときれいな人を見るより心に響くというか。そんな登場人物たちの心情を感じて頂けたんじゃないかと思っています。僕自身にとって、『伊藤くん A to E』は大切で、すごく挑戦した作品なので、皆さんの心にこの映画が残ればと思います」と締めくくり、観客からの大きな歓声と拍手に包まれて公開記念舞台挨拶は幕を閉じた。
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shukiiflog · 2 years ago
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ある画家の手記if.9  アトリエ
触れたいように触れて見たいように見る、ここは僕のもといた世界
香澄の病室に通いはじめたときから、僕は珍しく名刺なんてものを持ち歩いていた。 ようやく療養施設から出て印刷された元の住所に住み始めていたし、香澄のそばをうろついていて身元を怪しまれたときに少しは役に立たないかなと思って。 大した肩書きは持ってないから書いてあるのはアトリエの住所と氏名と連絡先程度だけど、そこにボールペンで簡単な最寄り駅までの地図を描いて添えて、その横にちいさなかいじゅうくんを描いた。 その名刺を一枚、香澄に渡して帰ってきた。 涙は通り雨みたいに���と気づくと溢れてしまうような調子で、やむまでそばに居たかったけど僕がいても香澄もいつまでも落ち着けないかもしれない。 僕は気楽なものだけど香澄は自室に僕をずっともてなしているわけだし、これ以上居座ったら香澄に負担がかかってしまう。 そんなわけで香澄と僕はいま、お互いに自分の生活を再始動させようとしている。
朝。 アトリエの隅で、木箱を積んだ上に座ってキャンバスから釘を抜きとる作業をしながら何となく思う、香澄、大学生、背中の刺青、体の傷跡、僕の知らない誰かの痕跡 顔の傷跡ーーーは、僕みたいなものだ、それ以外にも、生きている香澄 僕の前にいる香澄以外を  僕には尊重しようもないから  いないのと同じ…だったはずだ  ほんとうに? このアトリエは僕が療養施設へ行く前となにも変わらず僕を受け入れた。一部のものの管理は冷泉や山雪がしにきてくれていたみたいだ。 そうでなくてもここは僕なしで少しの間なら回るように一応してある。 どうして自分が今座っている場所から二歩ほど横にずれた手摺から転落したのか  今の僕には分かるようで分からない 釘がうまく抜けなくてドライバーに金槌を当てる。 もうこれは抜くんじゃなくて寝かせて歪めて打ち込んで埋めてしまったほうが早いな わざわざ剥ぎ取ってそんな所を見る買い手もいないだろうし… デスクの方からまだあまり聞き慣れない電子音がして顔をあげる。 僕のケータイの着信音だ。あまりに出ないものだから冷泉に会うとよく指をさして「役立たず」と謗られている。 メールなのか電話なのかも分かっていないけどとりあえず手にとって画面を見つめると初めての「綾瀬香澄」からの受信だった。 メールで一言 〝近くを通るから寄ってもいい?〟 慣れない動作で一文字ずつなんとかうつ 〝い〟  〝い〟          〝よ〟 …これで通じただろうか。僕のケータイメールの不審さに呆れて大抵の人は電話か、パソコンにメールを送ってくれる。 香澄から返信がきた。早い。 〝今日の午後、いいかな?何か要るものがあったら行きに買っていくよ〟 ………要るものはなくもないけど行きつけの画材屋にしか置いてないしメールに認めるうちに日が暮れそうな気がした。 〝な〟  〝い〟   〝ま〟〝つ〟〝て〟〝る〟 ちいさな「っ」って、どうやってうつんだろう。 送ってしまったものは仕方がないから、時計を確認する、いまは午前11時。 静物を描くのに一番好きな陽の入り方がだいたいこの部屋だと2時過ぎから。 今日は描くのはやめて香澄と過ごそう。 散らかしてはいないけど生活スペースはあまりに味気なく寂しいし、香澄をどこに招けばいいかしばらく迷って、とりあえず退屈はしなさそうなアトリエに入ってもらうことにした。 おそらく香澄がやってくる道を、アトリエのある四階のベランダから見下ろす。 すぐそばの棚の上に置いてあるタバコとライターをとって一本くわえて、先に火をつける。 しばらくの間、室外機の上の灰皿にたまに灰を落としながら風に当たっていると、道を曲がって坂道をこっちに登ってくる赤い頭が見えた。 灰皿に残りを押しつけて、僕は部屋の外へ出る。 案内がないとややこしいから。 一階の外の道に出ると、ちょうど香澄が建物の前まで来たところだった。 「直人、ごめん、ちょっと早く来すぎたかなって思ったんだけど」 香澄はいつものニットにストールを肩にかけて何か手荷物を持っている。見慣れているけどこの場所であることが妙に新鮮な感じがする。 「いや、特に予定はなかったからいいよ」 香澄の手から荷物をさらって代わりに持つと、僕が先に立って歩く。 「このアパートの3階に2部屋、4階に3部屋借りてる。全部に僕の表札があるからややこしいかと思って迎えに降りた」 「全部の部屋を使ってるの?」 「いいや、3階の部屋は知り合いの作家の宿無し連中が勝手に使えるようにしてあるだけで、僕の部屋は4階の三つだよ」 階段をのぼりながら説明する。3階の勝手に知人が出入りする部屋は、来る人間が置いていった異国の謎の置物やら植物やら陶器やらがドアの周りにまで溢れていて、賑やかだけどなかなか怪しい。 4階の書斎と僕の寝室の前を通りすぎてその先の角部屋、アトリエのドアを開ける。 ドアの手前、廊下の一番奥には友人作の陶器の壺、その中には水草と金魚が居る。 「その子の名前はナカザトさん」 「その子?」 「金魚。今年で3歳。」 陶器の作者の名前でもある。 香澄は僕の後ろについてアトリエに入ってくる。 僕が無意識に大股で跨いで通った場所にたくさん釘が落ちていたことを思い出して振り返る「香澄、」 香澄の脇に手をとおして一歩ぶんその体を浮かせて引き寄せる。 「ごめん、そこ釘が落ちてたんだった」 「…」 「…香澄? どうかした?」 持ち上げて抱き寄せた体を少し離して香澄の顔色を見るけど、べつに普通だ。 「僕は慣れちゃってるけど、他にも危ないものがあるかも」 香澄はあまり見えてないだろうから、僕が気をつけないとな。 香澄の手をとって迷子にならないように引く。壁をぶち抜いてたくさんイーゼルを立てかけて元々の道順ではなくなっている室内はうっかりすると何かに足をとられる。 壁に容赦なく飛んだ絵の具や油のあとは、一応アパートの持ち主も了解済みだ。もともと取り壊すつもりだった建物らしく、かなり好きに使っていいことになっている。 部屋の奥の日当たりのいいソファに香澄を座らせると、横に香澄の荷物を置いて、僕も隣に座った。僕の反対側の隣にはかいじゅうくん(サイズ大)が寝ている。 たまに徹夜の途中で寝てしまう、気持ちのいいソファだ。そういえば今朝は寝てない。これに座るとうっかり眠たくなってくる。 「あの、これ」 「……ん?」 香澄が荷物の中からなにかを出して僕に見せてくれる。 「食べ物は直人は困るかなって思って…お香なんだけど、」 包装をといて開ける、かわいい包みに入ってるのは干して乾かした薬草みたいな何かだ。顔を近づけて匂いを確かめる。 「嫌いな匂いだったら捨てても」「好きだよ」 よく眠れそうな、強すぎない良い匂いだ。 香澄の髪の毛に指を通してくすぐるように撫でてから頭を引き寄せる。 ぽすっと僕の胸元に寄りかからせて、顔の前にきた香澄の髪の毛に顔をぐりぐり押しつける。 香澄の髪の毛はこの前僕が切り揃えた長さで落ち着いている。 「香澄がいないときはかいじゅうくんでこうしてた」 抱き枕みたいにしっかり抱いてうとうとする。 「……」 「来てくれて嬉しいよ、香澄、」 抱き込むようにして撫でていた頭の顎をとって上向かせると薄い唇にキスをした。 香澄の空いた手が宙で行き場を失って凍ったみたいに動かなくなっている。 その腕をとって引くとさらにぎゅっと強く抱き締める。 「よかった、元気そうで」 香澄の体を撫でる。服越しだけど前のように骨が触れるほど痩せてはいないみたいだ。 ーーー前。前?  いつだったかな、まあいいか 「来てくれて嬉しいよ」 同じ言葉を繰り返す。他になにも出てこない。少し眠たいからかな。来てくれて嬉しい。 なにか飲み物をいれたりしないとな、なんてことも頭には���るけど、香澄からくっついて離れたくないな、このまま昼寝できたらいいな 「かいじゅう……」 香澄が僕の後ろで下敷きになっているかいじゅうくんを見てぽそりと言ったので、後ろに手をのばしてかいじゅうくんの頭をぽんぽんと撫でる。 「大事にしてるよ。香澄がくれたものだから」 香澄の首筋に添えた手で頭を上げさせてもう一度その唇にキスする。 「……っ、な、おと、」 「…ん……何?」 香澄は僕の胸に手をついて、離れるでもなく妙に体を強張らせている。 怖がらせるようなことをする気配なんてさせてないはずだけど、何か誤解させたのかな 「香澄? 大丈夫だよ」 香澄の背中をさする。 「ここまでの道で疲れたかな? 少し急坂もあるからね。何か休めそうな飲み物を作るよ」 「……うん」 香澄の体をソファに任せて、頭をソファの背もたれに寝かせるようによしよしと撫でる。目元の傷跡の上にかるくキスしてそこを離れる。 僕はなにか疲れのとれそうなものはないかと戸棚の茶葉を漁る。 貰い物のジャスミンティーがあったのでそれをいれようとお湯を沸かしていたら、僕の後ろを香澄がすっと通りすぎた。 「香澄?」 あまりに気配がなかったものでそのまま気づかないところだった。 玄関に向かう香澄に声をかける。 「どうかした?」 「俺、ちょっとコンビニ行ってくるね」 「分かった」 顔色は悪くなかったし、大丈夫だろうと思って行かせてしまって、そのまま香澄は帰ってこなかった。 できた紅茶を持ってソファに戻ると香澄がくれた匂い袋がいつのまにか床に落ちてしまっていたから、拾い上げてソファに座る。 探しに出ると行き違いになるかもしれない。香澄に僕の連絡先は教えていたけど僕は香澄の連絡先をちゃんと控えていなかった。 唯一知っているメールアドレスになにか送ろうとして何もできないまま、陽が落ちて夜になった。 鍵をかけずにその日はそこで眠った。 香澄、どこに行ったんだろう
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mashiroyami · 6 years ago
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Page 112 : 変移
 育て屋に小さな稲妻の如く起こったポッポの死からおよそ一週間が経ち、粟立った動揺も薄らいできた頃。  アランは今の生活に慣れつつあった。表情は相変わらず堅かったが、乏しかった体力は少しずつ戻り、静かに息をするように過ごしている。漠然とした焦燥は鳴りをひそめ、ザナトアやポケモン達との時間を穏やかに生きていた。  エーフィはザナトアの助手と称しても過言ではなく、彼女に付きっきりでのびのびと暮らし、ふとした隙間を縫ってはブラッキーに駆け寄り何やら話しかけている。対するブラッキーは眠っている時間こそ長いが、時折アランやエーフィに連れられるように外の空気を吸い込んでは、微笑みを浮かべていた。誰にでも懐くフカマルはどこへでも走り回るが、ブラッキーには幾度も威嚇されている。しかしここ最近はブラッキーの方も慣れてきたのか諦めたのか、フカマルに連れ回される様子を見かける。以前リコリスで幼い子供に付きまとわれた頃と姿が重なる。気難しい性格ではあるが、どうにも彼にはそういった、不思議と慕われる性質があるようだった。  一大行事の秋期祭が催される前日。朝は生憎の天気であり、雨が山々を怠く濡らしていた。ラジオから流れてくる天気予報では、昼過ぎには止みやがて晴れ間が見えてくるとのことだが、晴天の吉日と指定された祭日直前としては重い雲行きであった。  薄手のレースカーテンを開けて露わになった窓硝子を、薄い雨水が這っている。透明に描かれる雨の紋様を部屋の中から、フカマルの指がなぞっている。その背後で荷物の準備を一通り終えたアランは、リビングの奥の廊下へと向かう。  木を水で濡らしたような深い色を湛えた廊下の壁には部屋からはみ出た棚が並び、現役時代の資料や本が整然と詰め込まれている。そのおかげで廊下は丁度人ひとり分の幅しかなく、アランとザナトアがすれ違う時にはアランが壁に背中を張り付けてできるだけ道を作り、ザナトアが通り過ぎるのを待つのが通例であった。  ザナトアの私室は廊下を左角に曲がった突き当たりにある。  扉を開けたままにした部屋を覗きこむと、赤紫の上品なスカーフを首に巻いて、灰色のゆったりとしたロングスカートにオフホワイトのシャツを合わせ――襟元を飾る小さなフリルが邪魔のない小洒落た雰囲気を醸し出している――シルク地のような軟らかな黒い生地の上着を羽織っていた。何度も洗って生地が薄くなり、いくつも糸がほつれても放っている普段着とは随分雰囲気が異なって、よそいきを意識している。その服で、小さなスーツケースに細かい荷物を詰めていた。 「服、良いですね」 「ん?」  声をかけられたザナトアは振り返り、顔を顰める。 「そんな世辞はいらないよ」 「お世辞じゃないですよ。スカーフ、似合ってます」  ザナトアは鼻を鳴らす。 「一応、ちゃんとした祭だからね」 「本番は、明日ですよ」 「解ってるさ。むしろ明日はこんなひらひらした服なんて着てられないよ」 「挨拶回りがあるんですっけ」 「そう。面倒臭いもんさね」  大きな溜息と共に、刺々しく呟く。ここ数日、ザナトアはその愚痴を繰り返しアランに零していた。野生ポケモンの保護に必要な経費を市税から貰っているため、定期的に現状や成果を報告する義務があり、役所へ向かい各資料を提出するだの議員に顔を見せるだの云々、そういったこまごまとした仕事が待っているのだという。仕方の無いことではあると理解しているが、気の重さも隠そうともせず、アランはいつも引き攣り気味に苦笑していた。  まあまあ、とアランは軽く宥めながら、ザナトアの傍に歩み寄る。 「荷造り、手伝いましょうか」 「いいよ。もう終わったところだ。後は閉めるだけ」 「閉めますよ」  言いながら、辛うじて抱え込めるような大きさのスーツケースに手をかけ、ファスナーを閉じる。 「あと持つ物はありますか」 「いや、それだけ。あとはリビングにあるリュックに、ポケモン達の飯やらが入ってる」 「分かりました」  持ち手を右手に、アランは鞄を持ち上げる。悪いねえ、と言いつつ、ザナトアが先行してリビングルームに戻っていくと、アランのポケモン達はソファの傍に並んで休んでおり、窓硝子で遊んでいたフカマルはエーフィと話し込んでいた。 「野生のポケモン達は、どうやって連れていくんですか?」  ここにいるポケモン達はモンスターボールに戻せば簡単に町に連れて行ける。しかし、レースに出場する予定のポケモン達は全員が野生であり、ボールという家が無い。 「あの子達は飛んでいくよ、当たり前だろ。こら、上等な服なんだからね、触るな」  おめかしをしたザナトアの洋服に興味津々といったように寄ってきたフカマルがすぐに手を引っ込める。なんにでも手を出したがる彼だが、その細かな鮫肌は彼の意図無しに容易に傷つけることもある。しゅんと項垂れる頭をザナトアは軽く撫でる。  アランとザナトアは後に丘の麓へやってくる往来のバスを使ってキリの中心地へと向かい、選手達は別行動で空路を使う。雨模様であるが、豪雨ならまだしも、しとしとと秋雨らしい勢いであればなんの問題も無いそうで、ヒノヤコマをはじめとする兄貴分が群れを引っ張る。彼等とザナトアの間にはモンスターボールとは違う信頼の糸で繋がっている。湖の傍で落ち合い、簡単にコースの確認をして慣らしてから本番の日を迎える。  出かけるまでにやんだらいいと二人で話していた雨だったが、雨脚が強くなることこそ無いが、やむ気配も無かった。バスの時間も近付いてくる頃には諦めの空気が漂い、おもむろにそれぞれ立ち上がった。 「そうだ」いよいよ出発するという直前に、ザナトアは声をあげた。「あんたに渡したいものがある」  目を瞬かせるアランの前で、ザナトアはリビングの端に鎮座している棚の引き出しから、薄い封筒を取り出した。  差し出されたアランは、緊張した面持ちで封筒を受け取った。白字ではあるが、中身はぼやけていて見えない。真顔で見つめられながら中を覗き込むと、紙幣の端が覗いた。確認してすぐにアランは顔を上げる。 「労働に対価がつくのは当然さね」 「こんなに貰えません」  僅かに狼狽えると、ザナトアは笑う。 「あんたとエーフィの労働に対しては妥当だと思うがね」 「そんなつもりじゃ……」 「貰えるも���は貰っときな。あたしはいつ心変わりするかわかんないよ」  アランは目線を足下に流す。二叉の尾を揺らす獣はゆったりとくつろいでいる。 「嫌なら返しなよ。老人は貧乏なのさ」  ザナトアは右手を差し出す。返すべきかアランは迷いを見せると、すぐに手は下ろされる。 「冗談だよ。それともなんだ、嬉しくないのか?」  少しだけアランは黙って、首を振った。 「嬉しいです」 「正直でいい」  くくっと含み笑いを漏らす。 「あんたは解りづらいね。町に下るんだから、ポケモン達に褒美でもなんでも買ってやったらいいさ。祭は出店もよく並んで、なに、楽しいものだよ」 「……はい」  アランは元の通り封をして、指先で強く封筒を握りしめた。  やまない雨の中、各傘を差し、アランは自分のボストンバッグとポケモン達の世話に必要な道具や餌を詰めたリュックを背負う。ザナトアのスーツケースはエーフィがサイコキネシスで運ぶが、出来る限り濡れないように器用にアランの傘の下で位置を保つ。殆ど手持ち無沙汰のザナトアは、ゆっくりとではあるが、使い込んだ脚で長い丘の階段を下っていく。  水たまりがあちこちに広がり、足下は滑りやすくなっていた。降りていく景色はいつもより灰色がかっており、晴れた日は太陽を照り返して高らかに黄金を放つ小麦畑も、今ばかりはくすんだ色を広げていた。  傘を少しずらして雨雲を仰げば、小さな群れが羽ばたき、横切ろうとしていた。  古い車内はいつも他に客がいないほど閑散たるものだが、この日ばかりは他に数人先客がいた。顔見知りなのだろう、ザナトアがぎこちなく挨拶している隣で、アランは隠れるように目を逸らし、そそくさと座席についた。  見慣れつつあった車窓からの景色に、アランの清閑な横顔が映る。仄暗い瞳はしんと外を眺め、黙り込んでいるうちに見えてきた湖面は、僅かに波が立ち、どこか淀んでいた。 「本当に晴れるんでしょうか」 「晴れるよ」  アランが呟くと、隣からザナトアは即答した。疑いようがないという確信に満ち足りていたが、どこか諦観を含んだ口調だった。 「あたしはずうっとこの町にいるけど、気持ち悪いほどに毎年、晴れるんだよ」  祭の本番は明日だが、数週間前から準備を整えていたキリでは、既に湖畔の自然公園にカラフルなマーケットが並び、食べ物や雑貨が売られていた。伝書ポッポらしき、脚に筒を巻き付けたポッポが雨の中忙しなく空を往来し、地上では傘を指した人々が浮き足だった様子で訪れている。とはいえ、店じまいしているものが殆どであり、閑散とした雰囲気も同時に漂っていた。明日になれば揃って店を出し、楽しむ客で辺りは一層賑わうことだろう。  レースのスタート地点である湖畔からそう遠くない区画にあらかじめ宿をとっていた。毎年使っているとザナトアが話すその宿は、他に馴染んで白壁をしているが、色味や看板の雰囲気は古びており、歴史を外装から物語っていた。受付で簡単な挨拶をする様子も熟れている。いつもより上品な格好をして、お出かけをしている時の声音で話す。ザナトアもザナトアで、この祭を楽しみにしているのかもしれなかった。  チェックインを済ませ、通された部屋に入る。  いつもと違う、丁寧にシーツの張られたベッド。二つ並んだベッドでザナトアは入り口から見て奥を、アランは手前を使うこととなった。 「あんたは、休んでおくかい?」  挨拶回りを控えているのだろうザナトアは、休憩もほどほどにさっさと出かけようとしていた。連れ出してきた若者の方が顔に疲労が滲んでいる。彼女はあのポッポの事件以来、毎晩を卵屋で過ごしていた。元々眠りが浅い日々が続いていたが、満足な休息をとれていなかったところに、山道を下るバスの激しい振動が堪えたようである。  言葉に甘えるように、力無くアランは頷いた。スペアキーを部屋に残し、ザナトアは雨中へと戻っていった。  アランは背中からベッドに沈み込む。日に焼けたようにくすんだ雰囲気はあるものの、清潔案のある壁紙が貼られた天井をしんと眺めているところに、違う音が傍で沈む。エーフィがベッド上に乗って、アランの視界を遮った。蒼白のままかすかに笑み、細い指でライラックの体毛をなぞる。一仕事を済ませた獣は、雨水を吸い込んですっかり濡れていた。 「ちょっと待って」  重い身体を起こし、使い古した薄いタオルを鞄から取り出してしなやかな身体を拭いてくなり、アランの手の動きに委ねる。一通り全身を満遍なく拭き終えたら、自然な順序のように二つのモンスターボールを出した。  アランの引き連れる三匹が勢揃いし、色の悪かったアランの頬に僅かに血色が戻る。  すっかり定位置となった膝元にアメモースがちょこんと座る。 「やっぱり、私達も、外、出ようか」  口元に浮かべるだけの笑みで提案すると、エーフィはいの一番に嬉々として頷いた。 「フカマルに似たね」  からかうように言うと、とうのエーフィは首を傾げた。アメモースはふわりふわりと触角を揺らし、ブラッキーは静かに目を閉じて身震いした。  後ろで小さく結った髪を結び直し、アランはポケモン達を引き連れて外へと出る。祭の前日とはいえ、雨模様。人通りは少ない。左腕でアメモースを抱え、右手で傘を持つ。折角つい先程丁寧に拭いたのに、エーフィはむしろ喜んで秋雨の中に躍り出た。強力な念力を操る才能に恵まれているが故に頼られるばかりだが、責務から解放され、謳歌するようにエーフィは笑った。対するブラッキーは夜に浮かぶ月のように平静な面持ちで、黙ってアランの傍に立つ。角張ったようなぎこちない動きで歩き始め、アランはじっと観察する視線をさりげなく寄越していたが、すぐになんでもなかったように滑らかに隆々と歩く。  宿は少し路地に入ったところを入り口としており、ゆるやかな坂を下り、白い壁の並ぶ石畳の道をまっすぐ進んで広い道に出れば、車の往来も目立つ。左に進めば駅を中心として賑やかな町並みとなり、右に進めば湖に面する。  少しだけ立ち止まったが、導かれるように揃って湖の方へと足先を向けた。  道すがら、祭に向けた最後の準備で玄関先に立つ人々とすれ違った。  建物の入り口にそれぞれかけられたランプから、きらきらと光を反射し雨風にゆれる長い金色の飾りが垂れている。金に限らず、白や赤、青に黄、透いた色まで、様々な顔ぶれである。よく見ればランプもそれぞれで意匠が異なり、角張ったカンテラ型のものもあるが、花をモチーフにした丸く柔らかなデザインも多い。花の種類もそれぞれであり、道を彩る花壇と合わせ、湿った雨中でも華やかであったが、ランプに各自ぶら下がる羽の装飾は雨に濡れて乱れたり縮こまったりしていた。豊作と  とはいえ、生憎の天候では外に出ている人もそう多くはない。白壁が並ぶ町を飾る様はさながらキャンバスに鮮やかな絵を描いているかのようだが、華やかな様相も、雨に包まれれば幾分褪せる。  不揃いな足並みで道を辿る先でのことだった。  雨音に満ちた町には少々不釣り合いに浮く、明るい子供の声がして、俯いていたアランの顔が上向き、立ち止まる。  浮き上がるような真っ赤なレインコートを着た、幼い男児が勢い良く深い水溜まりを踏みつけて、彼の背丈ほどまで飛沫があがった。驚くどころか一際大きな歓声があがって、楽しそうに何度も踏みつけている。拙いダンスをしているかのようだ。  アランが注目しているのは、はしゃぐ少年ではない。その後ろから彼を追いかけてきた、男性の方だ。少年に見覚えは無いが、男には既視感を抱いているだろう。数日前、町に下りてエクトルと密かに会った際に訪れた、喫茶店の店番をしていたアシザワだった。  たっぷりとした水溜まりで遊ぶ少年に、危ないだろ、と笑いながら近付いた。激しく跳びはねる飛沫など気にも留めない様子だ。少年はアシザワがやってくるとようやく興奮がやんだように動きを止めて破顔した。丁寧にコーヒーを淹れていた大きな手が少年に差し伸べられ、それより一回りも二回りも小さな幼い手と繋がった。アシザワの背後から、またアランにとっては初対面の女性がやってくる。優しく微笑む、ほっそりとした女性だった。赤毛のショートカットは、こざっぱりな印象を与える。雨が滴りてらてらと光るエナメル地の赤いフードの下で笑う少年も、同色のふんわりとした巻き毛をしている。  アランのいる場所からは少し距離が離れていて、彼等はアランに気付く気配が無かった。まるで気配を消すようにアランは静かに息をして、小さな家族が横切って角に消えるまでまじまじと見つめる。彼女から声をかけようとはしなかった。  束の間訪れた偶然が本当に消えていっただろう頃合いを見計らって、アランは再び歩き出した。疑問符を顔に浮かべて主を見上げていた獣達もすぐさま追いかける。  吸い込まれていった横道にアランはさりげなく視線を遣ったが、またどこかの道を曲がっていったのか、でこぼことした三人の背中も、あの甲高い声も、小さな幸福を慈しむ春のような空気も、まるごと消えていた。  薄い睫毛が下を向く。少年が踊っていた深い水溜まりに静かに踏み込んだ。目も眩むような小さな波紋が無限に瞬く水面で、いつのまにか既に薄汚れた靴に沿って水玉が跳んだ。躊躇無く踏み抜いていく。一切の雨水��沁みてはいかなかった。  道なりを進み、道路沿いに固められた堤防で止まり、濡れて汚れた白色のコンクリートに構わず、アランは手を乗せた。  波紋が幾重にも湖一面で弾け、風は弱いけれど僅かに波を作っていた。水は黒ずみ、雨で起こされた汚濁が水面までやってきている。  霧雨のような連続的な音。すぐ傍で傘の布地を叩く水音。 全てが水の中に埋もれていくような気配がする。 「……昔ね」  ぽつり、とアランは言う。たもとに並ぶ従者、そして抱きかかえる仲間に向けてか、或いは独り言のように、話し始める。 「ウォルタにいた時、それも、まだずっと小さかった頃、強い土砂降りが降ったの。ウォルタは、海に面していて川がいくつも通った町だから、少し強い雨がしばらく降っただけでも増水して、洪水も起こって、道があっという間に浸水してしまうような町だった。水害と隣り合わせの町だったんだ。その日も、強い雨がずっと降っていた。あの夏はよく夕立が降ったし、ちょうど雨が続いていた頃だった。外がうるさくて、ちょっと怖かったけど、同時になんだかわくわくしてた。いつもと違う雨音に」  故郷を語るのは彼女にしては珍しい。  此度、キリに来てからは勿論、旅を振り返ってもそう多くは語ってこなかった。特に、彼女自身の思い出については。彼女は故郷を愛してはいるが、血生臭い衝撃が過去をまるごと上塗りするだけの暴力性を伴っており、ひとたびその悪夢に呑み込まれると、我慢ならずに身体は拒否反応を起こしていた。  エーフィは堤防に上がり、間近から主人の顔を見やる。表情は至って冷静で、濁る湖面から目を離そうとしない。 「たくさんの川がウォルタには流れているけど、その一つ一つに名前がつけられていて、その中にレト川って川があったんだ。小さくもないけど、大きいわけでもない。幅は、どのくらいだったかな。十メートルくらいになるのかな。深さもそんなになくて、夏になると、橋から跳び込んで遊ぶ子供もいたな。私とセルドもよくそうして遊んだ。勿論、山の川に比べれば町の川は澄んではいないんだけど、泳いで遊べる程度にはきれいだったんだ。跳び込むの、最初は怖いんだけどね、慣れるとそんなこともなくなって。子供って、楽しいこと何度も繰り返すでしょ。ずっと水遊びしてたな。懐かしい」  懐古に浸りながらも、笑むことも、寂しげに憂うこともなく、淡々とアランは話す。 「それで、さっきのね、夏の土砂降りの日、レト川が氾濫したの。私の住んでた、おばさん達の家は遠かったし高台になっていたから大丈夫だったけど、低い場所の周囲の建物はけっこう浸かっちゃって。そんな大変な日に、セルドが、こっそり外に出て行ったの。気になったんだって。いつのまにかいなくなってることに気付いて、なんだか直感したんだよね。きっと、外に行ってるって。川がどうなっているかを見に行ったんだって。そう思ったらいてもたってもいられなくて、急いで探しにいったんだ」  あれはちょっと怖かったな、と続ける。 「川の近くがどうなってるかなんて想像がつかなかったけど、すごい雨だったから、子供心でもある程度察しは付いてたんだと思う。近付きすぎたら大変なことになるかもしれないって。けっこう、必死で探したなあ。長靴の中まで水が入ってきて身体は重たかったけど、見つけるまでは帰れないって。結局、すごい勢いになったレト川の近くで、突っ立ってるセルドを見つけて、ようやく見つけて私も、怒るより安心して、急いで駆け寄ったら、あっちも気付いて、こうやって、二人とも近付いていって」アランは傘を肩と顎で挟み込むように引っかけ、アメモースを抱いたまま両手の人差し指を近付ける。「で、そこにあった大きな水溜まりに、二人して足をとられて、転んじゃったの」すてん、と指先が曲がる。  そこでふと、アランの口許が僅かに緩んだ。 「もともと随分濡れちゃったけど、いよいよ頭からどぶにでも突っ込んだみたいに、びしょびしょで、二人とも涙目になりながら、手を繋いで帰ったっていう、そういう話。おばさんたち、怒ったり笑ったり、忙しい日だった。……よく覚えてる。間近で見た、いつもと違う川。とても澄んでいたのに、土色に濁って、水嵩は何倍にもなって。土砂降りの音と、水流の音が混ざって、あれは怖かったけど、それでもどこかどきどきしてた。……この湖を見てると、色々思い出す。濁っているからかな。雨の勢いは違うのに。それとも、さっきの、あの子を見たせいかな」  偶然見かけた姿。水溜まりにはしゃいで、てらてらと光る小さな赤いレインコート。無邪気な男児を挟んで繋がれた手。曇りの無い家族という形。和やかな空気。灰色に包まれた町が彩られる中、とりわけ彩色豊かにアランの目の前に現れた。  彼女の足は暫く止まり、一つの家族をじっと見つめていた。 「……あの日も」  目を細め、呟く。 「酷い雨だった」  町を閉じ込める霧雨は絶えない。  傘を握り直し、返事を求めぬ話は途切れる。  雨に打たれる湖を見るのは、アランにとって初めてだった。よく晴れていれば遠い向こう岸の町並みや山の稜線まではっきり見えるのだが、今は白い靄に隠されてぼやけてしまっている。  青く、白く、そして黒々とした光景に、アランは身を乗り出し、波発つ水面を目に焼き付けた。 「あ」  アランは声をあげる。  見覚えのある姿が、湖上を飛翔している。一匹ではない。十数匹の群衆である。あの朱い体毛と金色の翼は、ほんの小さくとも鮮烈なまでに湖上に軌跡を描く。引き連れる翼はまたそれぞれの動きをしているが、雨に負けることなく、整然とした隊列を組んでいた。  ザナトアがもう現地での訓練を開始したのだろうか。この雨の中で。  エーフィも、ブラッキーも、アメモースも、アランも、場所を変えても尚美しく逞しく飛び続ける群衆から目を離せなかった。  エーフィが甲高い声をあげた。彼女は群衆を呼んでいた。あるいは応援するように。アランはちらと牽制するような目線を送ったが、しかしすぐに戻した。  気付いたのか。  それまで直線に走っていたヒノヤコマが途中できったゆるやかなカーブを、誰もが慌てることなくなぞるように追いかける。雨水を吸い込んでいるであろう翼はその重みを感じさせず軽やかに羽ばたき、灰色の景色を横切る。そして、少しずつだが、その姿が大きくなってくる。アラン達のいる湖畔へ向かっているのだ。  誰もが固唾を呑んで彼等を見つめる。  正しく述べれば、彼等はアラン達のいる地点より離れた地点の岸までやってきて、留まることなく堤防沿いを飛翔した。やや高度を下げ、翼の動きは最小限に。それぞれで体格も羽ばたきも異なるし、縦に伸びる様は速度の違いを表した。先頭は当然のようにリーダー格であるヒノヤコマ、やや後方にピジョンが並び、スバメやマメパト、ポッポ等小さなポケモンが並び、間にハトーボーが挟まり中継、しんがりを務めるのはもう一匹の雄のピジョンである。全く異なる種族の成す群れの統率は簡単ではないだろうが、彼等は整然としたバランスで隊列を乱さず、まるで一匹の生き物のように飛ぶ。  彼等は明らかにアラン達に気付いているようだ。炎タイプを併せ持ち、天候条件としては弱ってもおかしくはないであろうヒノヤコマが、気合いの一声を上げ、つられて他のポケモン達も一斉に鳴いた。それはアラン達の頭上を飛んでいこうとする瞬きの出来事であった。それぞれの羽ばたきがアラン達の上空で強かにはためいた。アランは首を動かす。声が出てこなかった。彼等はただ見守る他無く、傘を下ろし、飛翔する生命の力強さに惹かれるように身体ごと姿を追った。声は近づき、そして、頭上の空を掠めていって、息を呑む間もなく、瞬く間に通り過ぎていった。共にぐるりと首を動かして、遠のいていく羽音がいつまでも鼓膜を震わせているように、じっと後ろ姿を目で追い続けた。  呆然としていたアランが、いつの間にか傘を離して開いていた掌を、空に向けてかざした。 「やんでる」  ぽつん、ぽつりと、余韻のような雨粒が時折肌を、町を、湖上をほんのかすかに叩いたけれど、そればかりで、空気が弛緩していき、湿った濃厚な雨の匂いのみが充満する。  僅かに騒いだ湖は、変わらず深く藍と墨色を広げているばかりだ。  栗色の瞳は、アメモースを一瞥する。彼の瞳は湖よりもずっと深く純粋な黒を持つが、輝きは秘めることを忘れ、じっと、鳥ポケモンたちの群衆を、その目にも解らなくなる最後まで凝視していた。  アランは、語りかけることなく、抱く腕に頭に埋めるように、彼を背中から包むように抱きしめた。アメモースは、覚束ない声をあげ、影になったアランを振り返ろうとする。長くなった前髪に顔は隠れているけれど、ただ、彼女はそうすることしかできないように、窺い知れない秘めたる心ごとまとめて、アメモースを抱く腕に力を込めた。
 夕陽の沈む頃には完全に雨は止み、厚い雨雲は通り過ぎてちぎれていき、燃え上がるような壮大な黄昏が湖上を彩り、町民や観光客の境無く、多くの人間を感嘆させた。  綿雲の黒い影と、太陽の朱が強烈なコントラストを作り、その背後は鮮烈な黄金から夜の闇へ色を重ねる。夜が近付き生き生きと羽ばたくヤミカラス達が湖を横断する。  光が町を焼き尽くす、まさに夕焼けと称するに相応しい情景である。  雨がやんで、祭の前夜に賑わいを見せ始めた自然公園でアランは湖畔のベンチに腰掛けている。ちょうど座りながら夕陽の沈む一部始終を眺めていられる特��席だが、夕方になるよりずっと前から陣取っていたおかげで独占している。贅沢を噛みしめているようには見えない無感動な表情ではあったが、栗色の双眸もまた強烈な光をじっと反射させ、輝かせ、燃え上がっていた。奥にあるのは光が届かぬほどの深みだったとしても、それを隠すだけの輝かしい瞳であった。  数刻前、ザナトアと合流したが、老婆は今は離れた場所でヒノヤコマ達に囲まれ、なにやら話し込んでいるようだった。一匹一匹撫でながら、身体の具合を直接触って確認している。スカーフはとうにしまっていて、皮を剥いだ分だけ普段の姿に戻っていた。  アランの背後で東の空は薄い群青に染まりかけて、小さな一等星が瞬いている。それを見つけたフカマルはベンチの背もたれから後方へ身を乗り出し、ぎゃ、と指さし、隣に立つエーフィが声を上げ、アランの足下でずぶ濡れの芝生に横になるブラッキーは、無関心のように顔を埋めたまま動かなかった。  膝に乗せたアメモースの背中に、アランは話しかけた。 「祭が終わったら、ザナトアさんに飛行練習の相談をしてみようか」  なんでもないことのように呟くアランの肩は少し硬かったけれど、いつか訪れる瞬間であることは解っていただろう。  言葉を交わすことができずとも、生き物は時に雄弁なまでに意志を語る。目線で、声音で、身体で。 「……あのね」柔らかな声で語りかける。「私、好きだったんだ。アメモースの飛んでいく姿」  多くの言葉は不要だというように、静かに息をつく。 「きっと、また飛べるようになる」 アメモースは逡巡してから、そっと頷いた。  アランは、納得するように同じ動きをして、また前を向いた。  ザナトアはオボンと呼ばれる木の実をみじん切りにしたものを選手達に与えている。林の一角に生っている木の実で、特別手をかけているわけではないが、秋が深くなってくるとたわわに実る。濃密なみずみずしさ故に過剰に食べると下痢を起こすこともありザナトアはたまにしか与えないが、疲労や体力の回復を促すのには最適なのだという。天然に実る薬の味は好評で、忙しなく啄む様子が微笑ましい。  アランは静寂に耳を澄ませるように瞼を閉じる。  何かが上手くいっている。  消失した存在が大きくて、噛み合わなかった歯車がゆっくりとだが修正されて、新しい歯車とも合わさって、世界は安らかに過ぎている。  そんな日々を彼女は夢見ていたはずだ。どこかのびのびと生きていける、傷を癒やせる場所を求めていたはずだった。アメモースは飛べないまま、失われたものはどうしても戻ってこないままで、ポッポの死は謎に埋もれているままだけれど、時間と新たな出会いと、深めていく関係性が喪失を着実に埋めていく。  次に瞳が顔を出した時には、夕陽は湖面に沈んでいた。  アランはザナトアに一声かけて、アメモースを抱いたまま、散歩に出かけることにした。  エーフィとブラッキーの、少なくともいずれかがアランの傍につくことが通例となっていて、今回はエーフィのみ立ち上がった。  静かな夜になろうとしていた。  広い自然公園の一部は明日の祭のため準備が進められている出店や人々の声で賑わっているが、離れていくと、ザナトアと同様明日のレースに向けて調整をしているトレーナーや、家族連れ、若いカップルなど、点々とその姿は見えるものの、雨上がりとあってさほど賑わいも無く、やがて誰も居ない場所まで歩を進めていた。遠い喧噪とはまるで無縁の世界だ。草原の騒ぐ音や、ざわめく湖面の水音、濡れた芝生を踏みしめる音だけが鳴る沈黙を全身で浴びる。  夏を過ぎてしまうと、黄昏時から夜へ転じるのは随分と早くなってしまう。ゆっくりと歩いている間に、足下すら満足に見られないほど辺りは暗闇に満ちていた。  おもむろに立ち止まり、アランは湖を前に、目を見開く。 「すごい」  湖に星が映って、ささやかなきらめきで埋め尽くされる。  あまりにも広々とした湖なので、視界を遮るものが殆ど無い。晴天だった。秋の星が、ちりばめられているというよりも敷き詰められている。夜空に煌めく一つ一つが、目を凝らせば息づいているように僅かに瞬いている。視界を全て埋め尽くす。流星の一つが過ったとしても何一つおかしくはない。宇宙に放り込まれたように浸り、ほんの少し言葉零すことすら躊躇われる時間が暫く続いた。  夜空に決して手は届かない。思い出と同じだ。過去には戻れない。決して届かない。誰の手も一切届かない絶対的な空間だからこそ、時に美しい。  ――エーフィの、声が、した。  まるで尋ねるような、小さな囁きに呼ばれたようにアランはエーフィに視線を移した、その瞬間、ひとつの水滴が、シルクのように短く滑らかな体毛を湿らせた。  ほろほろと、アランの瞳から涙が溢れてくる。  夜の闇に遮られているけれど、感情の機微を読み取るエーフィには、その涙はお見通しだろう。  闇に隠れたまま、アランは涙を流し続けた。凍りついた表情で。  それはまるで、氷が瞳から溶けていくように。 「……」  その涙に漸く気が付いたとでも言うように、アランは頬を伝う熱を指先でなぞった。白い指の腹で、雫が滲む。  彼女の口から温かな息が吐かれて、指が光る。 「私、今、考えてた、」  澄み渡った世界に浸る凍り付いたような静寂を、一つの悲鳴が叩き割った。それが彼女らの耳に届いてしまったのは、やはり静寂によるものだろう。  冷えた背筋で振り返る。 星光に僅かに照らされた草原をずっとまっすぐ歩いていた。聞き違いと流してもおかしくないだろうが、アランの耳はその僅かな違和を掴んでしまった。ただごとではないと直感する短い絶叫を。  涙を忘れ、彼女は走っていた。  緊迫した心臓は時間が経つほどに烈しく脈を刻む。内なる衝動をとても抑えきれない。  夜の散歩は彼女の想像よりも長い距離を稼いでいたようだが、その黒い視界にはあまりにも目立つ蹲る黄色い輪の輝きを捉えて、それが何かを察するまでには、時間を要しなかっただろう。  足を止め、凄まじい勢いで吹き出す汗が、急な走行によるものか緊張による冷や汗によるものか判別がつかない。恐らくはどちらもだった。絶句し、音を立てぬように近付いた。相手は元来慎重な性格であった。物音には誰よりも敏感だった。近付いてくる足音に気付かぬほど鈍い生き物ではない。だが、ここ最近様子が異なっていることは、彼女も知るところであった。  闇に同化する足がヤミカラスを地面に抑え付けている。野生なのか、周囲にトレーナーの姿は無い。僅かな光に照らされた先で、羽が必死に藻掻こうとしているが、完全に上を取られており、既に喉は裂かれており声は出ない。  鋭い歯はその身体に噛み付き、情など一切見せない様子で的確に抉っている。  光る輪が揺れる。  静かだが、激しい動きを的確に夜に印す。  途方に暮れる栗色の瞳はしかし揺るがない。焼き付けようとしているように光の動きを見つめた。夜に照るあの光。暗闇を暗闇としない、月の分身は、炎の代わりになって彼女の暗闇に寄り添い続けた。その光が、獣の動きで弱者を貪る。  硬直している主とは裏腹に、懐から電光石火で彼に跳び込む存在があった。彼と双璧を成す獣は鈍い音を立て相手を突き飛ばした。  息絶え絶えのヤミカラスは地に伏し、その傍にエーフィが駆け寄る。遅れて、向こう側から慌てた様子のフカマルが短い足で必死に走ってきた。  しかし、突き放されたブラッキーに電光石火一つでは多少のダメージを与えることは叶っても、気絶させるほどの威力には到底及ばない。ゆっくりと身体をもたげ、低い唸り声を鳴らし、エーフィを睨み付ける。対するエーフィもヤミカラスから離れ、ブラッキーに相対する。厳しい睨み合いは、彼等に訪れたことのない緊迫を生んだ。二匹とも瞬時に距離を詰める技を会得している。間合いなどあってないようなものである。  二対の獣の間に走る緊張した罅が、明らかとなる。 「やめて!」  懇願する叫びには、悲痛が込められていた。  ブラッキーの耳がぴくりと動く。真っ赤な視線が主に向いた時、怨念ともとれるような禍々しい眼光にアランは息を詰める。それは始まりの記憶とも、二度目の記憶とも重なるだろう。我を忘れ血走った獣の赤い眼。決して忘れるはずのない、彼女を縫い付ける殺戮の眼差し。  歯を食いしばり、ブラッキーは足先をアランに向ける。思わず彼女の足が後方へ下がったところを、すかさずエーフィが飛びかかった。  二度目の電光石火。が、同じ技を持ち素早さを高め、何より夜の化身であるブラッキーは、その動きを見切れぬほど鈍い生き物ではなかった。  闇夜にもそれとわかる漆黒の波動が彼を中心に波状に放射される。悪の波動。エーフィには効果的であり、いとも簡単に彼女を宙へ跳ね返し、高い悲鳴があがる。ブラッキーの放つ禍々しい様子に立ち尽くしたフカマルも、為す術無く攻撃を受け、地面を勢いよく転がっていった。間もなくその余波はアラン達にも襲いかかる。生身の人間であるアランがその技を見切り避けられるはずもなく、躊躇無くアメモースごと吹き飛ばした。その瞬間に弾けた、深くどす黒い衝撃。悲鳴をあげる間も無く、低い呻き声が零れた。  腕からアメモースは転がり落ち、地面に倒れ込む。アランは暫く起き上がることすら満足にできず、歪んだ顔で草原からブラッキーを見た。黒い草叢の隙間から窺える、一匹、無数に散らばる星空を背に孤高に立つ獣が、アランを見ている。  直後、彼は空に向かって吠えた。  ひりひりと風は絶叫に震撼する。  困惑に歪んだ彼等を置き去りにして、ブラッキーは走り出した。踵を返したと思えば、脱兎の如く湖から離れていく。 「ブラッキー! 待って!!」  アランが呼ぼうとも全く立ち止まる素振りを見せず、光の輪はやがて黒に塗りつぶされてしまった。  呆然と彼等は残された。  沈黙が永遠に続くかのように、誰もが絶句し状況を飲み込めずにいた。  騒ぎを感じ取ったのか、遅れてやってきたザナトアは、ばらばらに散らばって各々倒れ込んでいる光景に言葉を失う。 「何があったんだい!」  怒りとも混乱ともとれる勢いでザナトアは強い足取りで、まずは一番近くにいたフカマルのもとへ向かう。独特の鱗で覆われたフカマルだが、戦闘訓練を行っておらず非常に打たれ弱い。たった一度の悪の波動を受け、その場で気を失っていた。その短い手の先にある、光に照らされ既に息絶えた存在を認めた瞬間、息を詰めた。 「アラン!」  今度はアランの傍へやってくる。近くでアメモースは蠢き、アランは強力な一撃による痛みを堪えるように、ゆっくりと起き上がる。 「ブラッキーが」  攻撃が直接当たった腹部を抑えながら、辛うじて声が出る。勢いよく咳き込み、呼吸を落ち着かせると、もう一度口を開く。 「ブラッキー、が、ヤミカラスを……!」 「あんたのブラッキーが?」  アランは頷く。 「何故、そんなことが」 「私にも、それは」  アランは震える声を零しながら、首を振る。  勿論、野生ならば弱肉強食は自然の掟だ。ブラッキーという種族とて例外ではない。しかし、彼は野生とは対極に、人に育てられ続けてきたポケモンである。無闇に周囲を攻撃するほど好戦的な性格でもない。あの時、彼は明らかに自我を失っているように見えた。  動揺しきったアランを前に、ザナトアはこれ以上の詮索は無意味だと悟った。それより重要なことがある。ブラッキーを連れ戻さなければならない。 「それで、ブラッキーはどこに行ったんだ」 「分かりません……さっき、向こう側へ走って行ってそのままどこかへ」  ザナトアは一度その場を離れ老眼をこらすが、ブラッキーの気配は全く無い。深い暗闇であるほどあの光の輪は引き立つ。しかしその片鱗すら見当たらない。  背後で、柵にぶつかる音がしてザナトアが振り向く。よろめくアランが息を切らし、柵に寄りかかる。 「追いかけなきゃ……!」 「落ち着きな。夜はブラッキーの独壇場だよ。これほど澄んだ夜で血が騒いだのかもしれない。そうなれば、簡単にはいかない」 「でも、止めないと! もっと被害が出るかもしれない!」 「アラン」 「ザナトアさん」  いつになく動揺したアランは、俯いてザナトアを見られないようだった。 「ポッポを殺したのも、多分」  続けようとしたが、その先を断言するのには躊躇いを見せた。  抉られた首には、誰もが既視感を抱くだろう。あの日の夜、部屋にはいつもより風が吹き込んでいた。万が一にもと黒の団である可能性も彼女は考慮していたが、より近しい、信頼している存在まで疑念が至らなかった。誰も状況を理解できていないだろう。時に激情が垣間見えるが、基は冷静なブラッキーのことである。今までこのような暴走は一度として無かった。しかし、ブラッキーは、明らかに様子が異なっていた。アランはずっと気付いていた。気付いていたが、解らなかった。  闇夜に塗り潰されて判別がつかないが、彼女の顔は蒼白になっていることだろう。一刻も早く、と急く言葉とは裏腹に、足は僅かに震え、竦んでいるようだった。 「今はそんなことを言ってる場合じゃない。しゃんとしな!」  アランははっと顔を上げ、険しい老婆の視線に射止められる。 「動揺するなという方が無理だろうが、トレーナーの揺らぎはポケモンに伝わる」  いいかい、ザナトアは顔を近付ける。 「いくら素早いといえど、そう遠くは行けないだろう。悔しいがあたしはそう身軽には動けない。この付近でフカマルとアメモースと待っていよう。もしかしたら戻ってくるかもしれない。それに人がいるところなら、噂が流れてくるかもしれないからね。ここらを聞いて回ろう。あんたは市内をエーフィと探しな。……場所が悪いね。あっちだったら、ヨルノズク達がいるんだが……仕方が無いさね」  大丈夫、とザナトアはアランの両腕を握る。 「必ず見つけられる。見つけて、ボールに戻すことだけを考えるんだ。何故こうなったかは、一度置け」  老いを感じさせない強力な眼力を、アランは真正面から受け止めた。 「行けるね?」  問われ、アランはまだ隠せない困惑を振り払うように唇を引き締め、黙って頷いた。  ザナトアは力強くアランの身体を叩き、激励する。  捜索は夜通し続いた。  しかしブラッキーは一向に姿を見せず、光の影を誰も見つけることはできなかった。喉が嗄れても尚ブラッキーを呼び続けたアランだったが、努力は虚しく空を切る。エーフィも懸命に鋭敏な感覚を研ぎ澄ませ縦横無尽に町を駆け回り、ザナトアも出来る限り情報収集に励んだが、足取りを掴むには困難を極めた。  殆ど眠れぬ夜を過ごし、朝日が一帯を照らす。穏やかな水面が小さなきらめきを放つ。晴天の吉日と水神が指定したこの日は、まるで誰かに仕組まれていたように雲一つ無い朝から始まる。  キリが沸き立つ、秋を彩る祭の一日が幕を開けた。 < index >
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cvhafepenguin · 6 years ago
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待ち人(ゲートのゆうれい)
朝から雨が降っていた。ビニール傘をさして待ちに向かう。雨の音、人々のさざめき、車の湿っぽい走行音、目を瞑り耳を澄ましてそれぞれの断片をとらえてみる。とらえたそれらは意味を成さず、足元の水たまりに立つ波紋のように実存のかなたへとすり抜けていく。どこもかしこも見たことのあるいつもの景色のはずだけれど、俺はなぜか奇妙な違和感を覚えた。分断されているような感覚があった。商店街のアーケードのゲートに備え付けられたベンチには人が疎らにいた。誰もがどこからかここへやって来て、やがておもむろにどこかへ去って行く、その退屈を持て余した幽霊のような人々の様子はまるで、自分自身が去るのを待っているかのよう。気が熟すまでみんな、虚ろな目をしてスマホを弄ったりタバコを吸ったり缶コーヒーを飲んで過ごしている。俺も皆と同様に呆けながらここで誰かを待っている。しかしその"誰か"が誰なのか、うまく思い出せない。恋人か、意中の女か、友達か、兄弟か、それとも親か、はたまた商談の相手か、俺は毎週土曜日の13時から適当な時間までここでこうして待っている。確かなのは、俺はこうやってここでぬけがらになって佇んでいると心が休まるということだけだ。煙草に火をつけるとたちまち濃い煙が立ち昇る。雨の日の煙草は、甘い。突如、ぼやけた記憶の輪郭が、レンズのピントを絞ったように徐々にはっきりとしてくる。それにつれ俺のまどろみは深くなる。やがて知覚できるものは雨と俺だけになり、いつのまにか眠りに落ちていた。目を覚ますとはす向かいに大きな白い犬を撫でている老婆が座っていた。老婆はこちらをじいっと見ている。その表情はなにやら怒っているようで、俺は居心地が悪かった。へどもどしていると、やにはに老婆が立ち上がりこっちにのろのろと歩み寄ってきた。賢そうな犬は律儀に座って待っている。老婆は俺をきっと睨みつけたまま色褪せた花柄のポーチをごそごそ弄りだした。老婆はポーチの中からビニールで包んだ大きなオレンジをようやく取り出し、それを無言で俺に差し出した。どうやら食えということらしい。俺はそれを両手で受け取って皮を剥いて食べた。はす向かいのベンチに戻った老婆はその間、犬を撫でながらずっと怒った顔で俺を睨んでいた。老婆の強張った表情とは対照的に、犬はずっと舌を出して笑ったような顔をしている。オレンジを食べ終わると発つ気分になったので俺は皮をゴミ箱に放り投げ、ゲートを後にした。いつのまにか雨は止んでいた。
私は見ている、アーケードのゲートの広場を見渡すことができるこの喫茶店の二階で、人々がゆるやかに入れ替わり立ち替わりする様子を。うらぶれた商店街のゲートにはモノクロの世界が展開する。そこにはまどろみはあれど緩急やドラマチックな出来事など決してない。私はこのゲートの様相を卒業制作の題材に選んだ。授業やバイトのない休日にここに足を運んではその都度観察し、スケッチを重ねている。ここでぼうと鉛筆を走らせていると、私がどんどん透明になっていくのを感じる。私を殴る恋人のことも、いけ好かないゼミの女どもも、ここでこうしていると一様にどうでもよくなる。ゲートの人々の流れは緩慢だが淀むことはなく、ひそやかなレーテーだった。いつのまにか私もモノクロの世界に埋没し、取り込まれていた。
その人はもしかしたら最初からずっといたのかもしれない。土曜日の13時にいつも同じ男がやってくることに私は気づいた。その人は虚空を見据えてただ呆然と座っている、その人はたまにタバコの煙を吐いてはまた固まって動かなくなる。その人は極端に華奢で、手足は長く、肌は透き通ったように白くて、なんだか輪郭がぼやけているように見える。その人はとくに理由なくゲートに現れては、突然何かに見切りをつけたように立ち上がり去って行く。滞在時間はまちまちだが、大体2時間、長くて2時間半くらい。きっと彼は何かを待っているに違いない。そして、報われないのだ。私はこの男を「ゆうれい」と名付け、作品の主要テーマに据えることにした。この「ゆうれい」を中心に、ゲートで交雑するモノクロの時間をキャンバスに描出するのが狙いだ。このテーマは、今の私の気分にぴったりに思えた。まずは観察を続け、一カ月分のスケッチを仕上げることにする。私がここに訪れるときには大抵天候が不順で、今日もしとしとと、音のない雨が降っている。
ゲートのベンチで今日もぼうと待ちながらタバコを吸っていた。緑の短髪の女が俺の背後で通話しているのがやけに耳につく。
「だから、そういうんじゃないって。」
「うん、うん」
「それは…わかるよ、でもだから前にも言ったじゃん」
「もうあいつには会わないでって」
「わかる?あいつ、次は何してくるかわかんないよ、マサヤなんか…違う!そういうことを言ってるんじゃなくて」
俺はそこで女の声を遮断した。ここでは聞こうとするとなんでも聞こえるし、聞きたくなければ自分の心の声だけしか聞こえない。ここでは全てのことがまぼろし、あるいは俺の記憶のようだ。背後の女はぺちゃくちゃ喋る俺の影みたいだった。また何かを思い出せそうで、でもやっぱり思い出せなかった。この前俺にオレンジを渡してきたあの白い犬を連れた老婆は今日は来ないようだった。少しほっとする。予報では晴天のはずなのに、どんよりと雲が厚い。雨が近い匂いがする、ひと雨来そうだな、と思っているうちに強い雨が降り始めた。傘を持ってきていない俺はゲートに閉じ込められてしまった。アーケードの中��あるコンビニに傘を買いに行ってもいいのだけれど、なんだか腰をあげる気力が湧かない。今の俺を何かに例えるならば、そうだな、気の抜けたぬるいコーラだ。広場の時計台を見上げるとその錆びた針は15時46分を指していた。俺は目の前の自販機で80円の温かい微糖の缶コーヒーを買い、もう一本煙草に火をつけた。背後の緑の短髪の女はいつのまにか消えていて、雨のゲートには俺一人しかいなかった。ここにはいろんな人がやって来るが俺が待っている誰かは今日も現れなかった。
今朝、新弥はまた私のことを思いきりぶった。きっかけは些細な口論だった。最近新弥が私を殴る頻度はどんどん増えている。新弥は私を殴った後にいつも私を強く抱きしめ泣く。私は切れた左の瞼から血を滴らせ、傷口が腫れてくるのを感じながら、ずっと新弥の頭を、ちょうど赤児を寝付かせるときにするように、撫でていた。私を殴った新弥の右手の甲に触れてみると、新弥はびくっと震えた。腫れ上がったそこは熱を持ち、どくどくと強く脈打っている。こうしていると、長風呂をしてのぼせたときのように、頭の奥がなんだかじいんとして、何も考えられなくなる。一日中暗い部屋…時間の感覚が曖昧で、カーテンの隙間から透き通った白い光が射し込んでいる…その温かなのは私たちの絶望をゆるやかに浮き彫りにする。まるでまぼろしのように…こんなこともうやめようと、幾度考えただろう。新弥から逃げないとだめだ、という気持ちと、この人(私)には私がいないとだめなんだ、という相反する気持ちが互いに入り乱れて私に去来する。このままでは私はばらばらになって消えてしまうんじゃないかーーいつもそんな思いに駆られながら、私はあのゲートへと向かう。そこにいるときだけ相反する感情を止揚し、今のありのままの私をスケッチブックにぶつけることができる。そうだ、もっともっと、透明になるんだ。あそこにいつも座っているあの「ゆうれい」みたいに。今日は予報では雨のはずなのに空には鉛のような雲が立ち込めている。まだ16時にもなっていないというのに外はまるで夜みたいに暗かった。やがて雨はだしぬけに降り出した。私は夢中で雨のゲートの様子をスケッチした。激しい雨は、ゲートを覆うベールだった。傘を持っていない「ゆうれい」は16時を10分過ぎてもまだゲートに座っていた。16時を回っても「ゆうれい」が去らないのは、私がここでスケッチを始めてから初めてのことだった。
自分でも一体どうしてこんなことになったのかわからない。私は「ゆうれい」の部屋で何かに取り憑かれたみたいに正座して壁を見つめながら、彼がコーヒーを淹れるのを待っている。私は無意識のうちに、何かの衝動に駆られ、まるでそうするのが当然とでもいうように、降りしきる雨の中傘もささずゲートから去った彼に走って追いつき、コンビニで買ったビニール傘を差し出していた。「あの…」と背後から声をかけても彼はなかなか気がつかなかったので、私は彼の前に回り込んで新品のビニール傘を差し出した。「ゆうれい」は面食らって私の顔というよりは私の左眼の眼帯を怪訝そうにじっと見つめていた。しばらく沈黙が続いた。その間、私たちの主観も客観も存在せず、ただ純粋に透き通る雨の音と匂いだけが確かだった。一瞬より長くしかし永遠よりは短い無色の時間が、私たちの間であぶくのように弾けて溶けた。頭上で不規則な数回の点滅を繰り返し、ようやく点灯した物憂い白色の街灯に「ゆうれい」の薄いもみあげにぶら下がる水の粒が照らされ煌めいた。「このままあなたの家に付いて行ってもいいですか?」私はまだ残っている私を彼のもとへ駆けさせた前のめりな熱の力を使いこう口走った。「ゆうれい」はきっと拒まない、私には確信があった。きっと「ゆうれい」は私が手がける作品にとっての私と同じように、彼もまた私の物語なのだと、私のこれまでとこれからのすべてが私に囁きかけていたからだ。それは理解を超えた感覚だ。不意をつかれた「ゆうれい」の顔がその刹那翳った。「いいよ…君、いつも喫茶店から見てたよね、雨で冷えるしコーヒーでもどう」きっと「ゆうれい」にも私と同じような確信があったに違いない。私はとぼとぼと歩く彼の後ろについて行った。「今財布持ってないから傘代は家に付いてから払うよ」彼は思い出してぼそっとそう呟いた。そう、「ゆうれい」はゲートへ訪れる際いつも右ポケットにわずかな小銭しかもっていない。私は彼のこの言葉を聞いて微かに胸が高鳴るのを感じた。しばらく歩いて「ゆうれい」の住むアパートにたどり着いた。「ゆうれい」の部屋にはパイプのシングルベッドとテーブルとラジオしかなかった。テレビはガラケーのワンセグでたまに見るくらいらしい。「ワンセグって、まだサービス終わってなかったんだ」驚いてそう言うと彼はこくりと頷いた、それは今にも消え入りそうな儚い動作だった。彼は本当に「ゆうれい」なのかもしれなかった。まあ私にはどちらでもいいことだけれど。
ーー私はずっと何か未知の流れに身を委ねたいと願っていた。そしてそれが今、始まっている。私はここでこの後彼に犯されてその後バラバラにされて山に埋められるかもしれない。けれど今の私は別にそれでも良いと感じてしまっている。いつも私は私以外になれないことが悔しかった。絵を描くのも、我という呪縛から解き放たれるための足掻きだ。私の逃避行��どこまで続くだろうか、それは今この瞬間に終わるかもしれないし老いて朽ちるまで達成されないかもしれない、わからないけれど、とにかく今だ、今なんだーー
今見ている壁の色も忘れるくらい強烈な想念が心にだんだんと滲んできて、私はめまいを覚えた。しばらくして「ゆうれい」がコーヒーカップを二つ持ってキッチンから現れた。私たちはテーブル越しに向かい合い、コーヒーを静かに飲んだ。飲んでる間も「ゆうれい」はずっと立ちっぱなしで、無言だった。「ねえ、今日はここに泊まっていってもいい?」私は自分の部屋にも新弥の部屋にも帰りたくなかった。「ゆうれい」はこくんと淡い相槌を打つ、それからまたキッチンの闇へと消えていった。私はその日、「ゆうれい」のベッドでこんこんと眠った。それは救いのような眠りだった。私はここ数年間ずっと不眠に悩まされていたのだ。「ゆうれい」のベッドに横たわっていると、眠りは静かに降る雪のようにさりげなくかつ優しく私の心を埋めていった。私にベッドを譲った「ゆうれい」は向こうの壁にくっついてこちらに背を向け静かに寝ていた。
目を覚ますと窓の向こうからゴミ収集車のメロディが、まだまどろみの薄い膜を纏った私の感覚器をつついた。私は一瞬自分の部屋で目を覚ましたのだと思ったけれど、目線の先のテーブル以外なにもない部屋を眺めているうちに、徐々に昨日のいきさつを思い出した。「そうだ、ここは「ゆうれい」の部屋なんだ」テーブルの上にはコンビニのレタスサンドとペットボトルの水が置いてあった。水には綺麗な細い字で「食べてください」と張り紙が貼ってあった。左眼の腫れはいつのまにか引いていた。私は眼帯を取りリビングとキッチンの敷居のところの掛け時計を見た。時計の針は、「14時11分」を指している、私は総毛立った。リュックを探ってスマホを取り出した。タップしても画面は真っ暗なままだ、バッテリーが切れている。すぐにモバイルバッテリーにつないで、電源が入るのに充分な電力がチャージされるのを待った。冷たい汗が全身に滲む。私の嫌な予感はやはり当たった、電源をつけると、新弥からの着信が61件あった。新弥に連絡をせずに今日の1限目を休んだからだ。新弥はストレスへの耐性が皆無の人間なのだ。とにかく新弥の部屋に行かなくては。私は顔を洗い歯磨きをし「ゆうれい」の部屋を飛び出した。
その日の新弥はいつにも増してひどかった。私が恐る恐る部屋に入ると、新弥は部屋の端で蹲り頭を抱えていた。その手の甲はタバコの根性焼きの跡で斑らになっている。私はリュックに入れたスマホの電源がいつのまにか切れていてそれに気づかずに眠ってしまったと弁明したが、新弥は聞く耳を持たず、私をめちゃくちゃに殴りつけた。私は殴られながら「ゆうれい」のことを考えていた。「ゆうれい」の部屋はなんだかとても居心地が良くて、リュックの中のスマホや新弥のことも忘れるくらい深く眠ることができた。もし「ゆうれい」の部屋に泊まらなかったら朝ちゃんと出席して新弥に殴られることもなかったのかな。そんなことを、考えていた。ふいに全てが馬鹿馬鹿しく思えた。それは突拍子もなく降りてきた。世界がひっくり返ったみたいだった。この瞬間、私の心は新弥を必要としなくなった。「もう、終わりにしよう」私はいつものように殴ったあとに泣きながら私に抱きつく新弥の頭を撫でながらそう呟いた。新弥は顔を上げて何も言わずに首を振り、私にくちづけをした。私は応じなかった。新弥は懇願するような顔をしている。その表情を見て私は初めて、この男を軽蔑した。「新弥、別れよう」私は新弥の顔を両手で持って真っ直ぐに眼を見つめてはっきりと言った。不思議と、怖くはなかった。この場で新弥に死なれたり殺されるかもしれない状況なのに、私の心はさわやかに晴れ渡っていた。新弥は私から眼をそらし視線を床に落とした。その視線の先には、カーテンの隙間からこぼれた光が陽だまりを作っていた。それは淡く揺れている。永遠を湛えた陽だまりは、私たちの知らないうちにこの部屋から消えてしまうだろう、忘却の渦に飲まれ捉えることのできないいつか訪れる刹那、それは確かに過去であり、また今この瞬間でもある。
私は新弥の部屋をあとにして「ゆうれい」の部屋へと向かった。逢魔時。すれ違うものは影ばかりで、確信めいたものといえば、天頂で光る一番星だけだった。無意識に私の足取りは速く、そして軽かった。なにかが終わりそうで始まりそうな予感が、私の心臓を子うさぎみたいに跳ねさせた。「明日はゲートへ行って絵に没頭しよう」私は自分にそう誓った。
次の日から私は「ゆうれい」の部屋へ通うようになった。一緒に過ごす間、私たちはほとんど会話もせず、ただ水槽の中の魚みたいに部屋の端と端に散ってゆらゆらと漂っていた。「ゆうれい」の部屋だと私はとてもよく眠ることができた。ここでは、幼い頃に感じたあのまるで海に抱かれているかのような、底の知れない優しいまどろみが私を包み、自分が自分であることを忘れてしまうほど深く眠ることができる。そんな眠りは雪解けを促す春の陽射しのように、私を私から解き放っていった。
「ねえ、あなたいつもあのゲートで何を待っているの?」
私はある日彼に問うてみた。彼はテーブルの上で落花生をパキパキと剥いていた。
「ぼくがあそこで何かを待っているってどうしてわかったんだい?」
「なんていうか、雰囲気。なにかを持て余した感じ…待ち人にしか纏えない雰囲気があなたにはあった」
彼は全部の落花生を剥き終え、敷いていた新聞紙でそれを包んでキッチンへと持ち去った。
「確かに僕はあそこで誰かを待っている…でもわからないんだ、誰を待っているのかが。恋人なのか友人なのか家族なのか、でもそれはどうでもいいんだ。そんなことは些事にすぎない。自分が誰にとっての誰であるかなんて本当に些細なことさ、僕はあそこで待つこと自体に魅力を感じているんだからね、日常には理由なんかなくたってカタルシスが必要なんだよ。君も僕と一緒なんじゃないのかい?」
その「ゆうれい」の言葉には逆らい難い妙な引力があった。私は頭の奥がじいんと痺れて何も考えられなくなった、この感覚は前にも覚えがある。「ゆうれい」は私の元へ歩いてきて、私の頭にそのしなやかな両手を添える。不意を突かれ私はどきっとした。「ゆうれい」はゆっくり首を伸ばしてきて、私のおでこに優しいくちずけをした。
「僕が待っていたのは君だったのかもしれない、ずっとここにいてもいいんだよ」
「ゆうれい」は存外キザなやつなのかもしれない。私はなんだか心外だった。私は彼に恋をしているのかな、と自分に問うてみたが、答えはなかった。
「ゆうれい」はしばらくして鶏とタケノコと落花生の炒め物を2枚の皿にたくさん盛って運んできた。「ゆうれい」の部屋へ通って彼に関してわかったことといえば、彼自身ゲートで誰を待っているのかわからないのだということと、コーヒーに凝っているのと、豆類の混ざった炒め物(これがおいしい)を良く作るということくらいだった。私は学校にもあまり行かなくなり、ひねもす「ゆうれい」の部屋でだらだら過ごすようになった。あっさりと別れを受け入れた新弥からはなんの接触もなく、今の私は自由だった。しかしその代わりに、絵が描けなくなってしまった。この前までガチっとハマっていたゲートの絵のイメージが散り散りになってしまい、どうしても下書きがうまくできない、もう少しでこのラフスケッチをキャンバスに持っていけると思っていたのに。「ゆうれい」に��づき彼のことを知れば知るほど、それとは反比例して絵の中の彼のイメージがあやふやになってしまった。絵の中心でありテーマの彼を描くことができなければ作品は完成しないのに。私は彼のベッドの上でスケッチブックに何回も彼を描いては消した。私は一度ゲートに座っている彼を直接スケッチしようと思い立ち、その旨を伝えると彼は快諾してくれた。
その日は朝から雨がしとしとと降っていた。私たちはとぼとぼ歩いてゲートに着いた。私は座っている「ゆうれい」を正確にスケッチする。「ゆうれい」はただこっちを見ていたり、見ていなかったりする。「ゆうれい」はぼうとしているのが得意だ。彼のイメージは、正確に描けば描くほど分からなくなっていく。私は彼に近づく前は一体彼の何を見ていたのだろう。思い出せなかった。「ゆうれい」の右斜め後ろにいる白い犬を連れた老婆がこちらを睨んでいるのが気になった。何か怒っているのだろうか。老婆は私のほうに近づいてきて、オレンジをひとつ私に差し出した。そしてそれを受け取りリュックに入れると、老婆はアーケードの中へ犬を引っ張って消えていった。「ゆうれい」のほうを見るとやれやれといった笑みを浮かべていた。無事スケッチも描け、私と「ゆうれい」はゲートを後にして傘もささず小雨の中を歩いた。
私は「ゆうれい」の手をそっと握ってみる、すると「ゆうれい」の小指がピクンと動いた。私と「ゆうれい」からゲートが遠ざかっていく。彼の冷たい指先は安らかだった。徐々に掴んだ「ゆうれい」の手が逡巡しながらもゆるやかに私の手を握り返しつつあるのを私は感じた。私たちは悠久の彼方へ行ってしまう…私も「ゆうれい」も、新弥も知る由もない、世界の果てへ…
そのときいきなりドンッという衝撃が私を貫いた。誰かに強く背中を蹴られた私は前方によろけ、危うく倒れそうになったが、ぎりぎりで踏ん張った。振り向くと背後には蒼白な顔をした新弥が呆然と立ち尽くしている。突如、右脇腹に形容しがたい違和感を私は感じた。触れるとそこは生暖かく湿っている。脇腹から放した右掌を見ると真っ赤に染まっていた。そのとき私は蹴られたのではなく新弥に背後から刺されたことを理解した「新…弥…どう…して…」呻くような声を振り絞ると身体の力は一気に抜け、私はその場に倒れた。自分の身体が自分のものではないみたいだった。前を見上げるとぽっかり口を開いた新弥は呆然自身して虚空を見据えている。次いで遠ざかる視界にもう一人、肌の白い華シャナオトコガ…………………………
病室のベッドで目を覚ました。窓から射すオレンジの光が滲み、ぼんやりと空間満たしていた。薄靄がかった視界がだんだんと冴えてくる、どうやら私は死ななかったらしい。ベッド脇の棚のデジタル時計を見ると刺されてから丸2日以上経過していることがわかった。部屋の隅の机の上には、一輪の青い花と、スマホと、刺されたときに背負っていた私のリュックがそのままで置いてある。そこに封をした封筒が添えてあった。私はそれを取り出して読んだ。
「僕はこの街を去ります。
全てが片付いたら二度とあなたの前に現れないことでしょう。
あなたの「ゆうれい」」
と書いてあった。「ゆうれい」は私の知らないうちに、たまに彼のベッドに開きっぱなしで置いてあった私のスケッチブックのメモや下書きを覗いていたのだろう、私は理解した。この書き置きはきっと私にいらない気を使わせないための「ゆうれい」なりのけじめなのだろう。手紙をもとどうりに畳んでその封を閉じ直した瞬間、突如として私の脳内にこれまで観察してきたゲートのいままでの時間すべてがフラッシュバックした。それはビックバンのように爆発と収縮を繰り返し私の中に鮮烈に展開する曼荼羅。私は急いでリュックからスケッチブックとペンケースを取り出して、ラフスケッチの中心のゆうれいをごしごしと消した。力を込めると刺された脇腹がズキズキと痛んだ。しかしその痛みは、鼓動となり糧となった。苦くて酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。汗だくになり喘ぎながら私は全身の体重を乗せ必死でごしごしと「ゆうれい」を世界から削る。看護士がドアの傍で唖然とこっちを見ていたけれど知るものか。そして、ラフスケッチの真ん中には白い人型のもやだけが残った。その空白を基調としたラフスケッチは中心の空漠とその周囲を渦巻くゲートのタイムラインがうまく作用し、そのコントラストはかつてないほどに私の満足のいくものとなった。これで今直ぐにでも堂々とキャンバスに挑めそうだ。
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kanata-bit-blog · 7 years ago
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*精一杯の愛を
冬馬女体化、北冬、裏。フォロワーの誕生日リクエスト。
 朝、目が覚める。カーテンの隙間から差し込んだ日差しが冬馬の意識を現実に連れ戻し、ゆったりと瞼をあげた。ゆるりと視線をサイドテーブルの上のデジタル時計に向ける。7時05分。程良い朝だ。  うっすらと残る眠気を気合で振り切って勢いよく体を起こすと、ベッドのスプリングがぎしりと音を立てた。  欠伸を一つ落としてベッドから降りると、閉じたカーテンを左右にさっと開く。レールの音と共に顔面を襲った日差しが気持ち良く、冬馬はその場で「んんん、」と唸った。 「・・・よし、」
 天ヶ瀬冬馬、今日は彼氏の北斗と自宅デートです。
「いらっしゃい、冬馬。迎えに行けなくてごめんね。途中で変な人に話しかけられたりしなかった?」 「お前んちくらい一人で来れるっての!」 「ふふ、恋人として心配はさせてくれよ」  開かれた玄関の向こうから現れたのは今日も今日とて足の先から髪の毛の先端まできっちりと手入れの届いた恋人の北斗。一見いつもとなんら変わらないようにも見えるが、初めて見る服装だった。  彼はオシャレという言葉をほしいままにしていながらも服を使い捨てにすることなく毎日異なるコーディネイトで冬馬の前に姿を見せる。パーツで見れば見覚えのあるものばかりで、どうすればそんなに組み合わせの種類を考え付くのだろうかといつも驚嘆する。そんな北斗が上も下も皺ひとつない新品の服を身に纏っているのだから彼が今日に向けて何を思ってきたかなど考えるに容易い。  しかし、冬馬も負けじと今日の服には気合を入れてきたのだった。  白いシャツにジーンズジャケットを羽織り、下は買ったばかりのミニスカート、それも白ベースにピンクの花柄。家の傍のコンビニくらいならジーパンとTシャツで十分だと言って手を抜きまくる冬馬がここまで気合を入れたファッションをすることの意味くらい彼はとっくのとうに理解しているだろう。  だが、彼は冬馬の服装を目に視界に入れた上で言及することはなかった。それどころかわざと視界に入れないように顔を逸らしているようにも思えて、胸がじくりと痛んだ。北斗の驚く顔が見たかったのに。
 北斗と付き合い始めて間もなく5か月が経とうとしている。  同じユニットの仲間としての好きがいつの間にか異性としての好きに成長して、ライブ後の高揚感に身を任せて冬馬から告白したのがきっかけだった。  付き合ってもしばらくは元の関係性を崩すことが出来ず、デート中も仕事の話ばかりしてしまっていたが、最近では随分と慣れて世間話の比率の方が高くなった。それでも冬馬自身の恋愛面への奥手さも相まって5か月もの月日がかかっているのだが。  ところが、更に驚くべきは北斗である。この男、見るからに「女の子を沢山抱いてきました」と言いたげな顔と性格をしていながらもこの5か月間一度たりとも冬馬に手を出すどころか手すら握ってこなかったのだ。  はじめの内は"緊張"の二文字を予想させたが、それは次第に冬馬の中で"不安"に代わり、"疑惑"を生んでいった。  ―――本当は、北斗は仕方なく告白を受け入れたのではないか。冬馬の事など微塵も興味が無いのに、断ればJupiterとしての立場が危うくなるから現状に収まっているのではないか?  そこまで考えると先に見えるのは"自然消滅"ただ一つで、冬馬はいてもたってもいられず、プロデューサーに頼み込んで今日と言うオフを作ってもらったのだった。  同じ事務所の水嶋咲に選んでもらった勝負服は冬馬にしては女の子っぽすぎるし、ズボンを履きなれているせいか股下がすーすーする。それに、ジーンズジャケットは伸縮性が無く動き辛い。しかし、事務所の二大オシャレ番長の内の一人とも言われる咲が言うのだからきっと間違いはないはずなのだ。
 もしも、この服を着て北斗の家に行って何も無かったら、その時は………    二人でソファに座り、借りてきた映画を流す。これも咲にチョイスしてもらった。曰く、ソウイウ場面があるようで、「それが来たらほくとの手を握るんだよ! 頑張ってとうま!」と選別に東雲作のケーキまで頂いてしまったのだから、期待に応えるという意味でも冬馬は今日と言う日を成功させなければと思っていた。  北斗は真剣に映画に見入っており、真剣な表情の彼は横から見るとまるで絵画のように美しい。もう一人のオシャレ番長の名の通、りシンプルながらも彼の魅力を存分に引き出した私服はオシャレに頓着のない冬馬ですら素直にかっこいいと思った。  しばし冬馬が北斗の横顔に見惚れていると、視界の端に映った画面の中に肌色が映る。  見れば主人公の男がヒロインに熱いキスを落としながら服を脱がそうとしている所であった。件のシーンだ。  見る見るうちに画面の中の温度が上がっていき、冬馬が北斗としたことのないようなことばかりがそこで繰り広げられていく。それに伴い冬馬の顔も熱くなる。  北斗としていないからという理由だけではない。単純にこういったシーンに慣れていない冬馬は顔をトマトのように真っ赤に染め上げながらも、頭の中に再生された咲の「ほくとの手を握るんだよ!」という言葉の通り、両膝の上に強く握られた北斗の手に震える手を伸ばした。  ゆっくり、ゆっくり、逃げられないように、気付かれないように。  テレビの中ではヒロインの甲高い喘ぎ声と主人公の彼女への愛の言葉が綴られている。
 いいなあ、俺も、北斗に、触れたい。
 とん、指先でつつくように北斗の右手の甲に触れるとぴくりと跳ねた気がしたが、構わず握り込む。手の中のそれは冬馬のものよりもずっと冷たく、触れたところから氷が溶けていくようにぬるさを帯びていく。  きっと今自分の顔を見ればどうしようもなく顔を赤く腫れあがらせ、震える様は子羊のような様相となっているだろう。近くに鏡がないことだけが救いだ。  汗ばんだ手を恥ずかしいと思いながらも控えめな力でぎゅ、ぎゅと何度か握ってみる。心臓が張り裂けそうなくらい緊張している自分。一方で北斗の方から息を呑む音が聞こえて、恐る恐るその顔を覗いた。
「………………���……………………!」
 困り顔。どうしたらいいか分からないといった顔。  眉を落とし冬馬を見つめるその瞳は迷子の子供のようである。見方によっては迷惑そうなそれにも見えて、思わず冬馬は手を引っ込めてしまった。  呆然としつつも何かを言おうと口を開いた北斗の言葉を遮って冬馬は叫ぶように言う。 「わ、悪い! 確か昼飯にカレー作る約束してたよな! お、俺作ってくるからお前見てろよ! 後で結末教えてくれればいいから! な!」 「冬馬!」  逃げるようにソファを立ち上がり、駆けていく。恥ずかしくて、悔しくて、悲しくて、苦しくて、今にも死んでしまいそうだった。  キッチンに逃げ込んで地べたに座り込むと、途端に視界がぼやけて溢れた。ぼろぼろと洪水のように落ちる涙を手の甲で拭き取るがそれでも止むことを知らず、ついには買ったばかりのジーンズジャケットの袖で強く目元を擦る。ジーンズの生地が涙で弱った肌を擦って痛い。痛いけど、胸はもっと痛い。  どうしてこうなったんだろう、俺はただ、北斗の事が好きだっただけなのに。 「っく……っふ………う………」  拭って、拭って、痛い気持ちを北斗に聞かれないように口の中で押し殺して、嗚咽を堪える。きっと今頃目の周りは真っ赤になってるだろう、このままじゃ北斗の前に顔出せないなあ、今日は急に用事が出来たとでも言って帰ろうか。  きっと、帰ればこの関係は終わるのだろう。明日からはいつも通り仕事の仲間として接することになるのだろう。冬馬はこの燻ぶった恋心の首を絞めて少しずつ殺していかなければならない。苦しい日々が目の前に広がっている。  困らせてしまった。大好きな人を。あんな顔見たかった訳じゃないのに。  彼もまた赤面しながらも喜んでくれると勝手に思い込んでいた。告白したのは自分からだが、彼も自分を女として好きになってくれただろうと信じていた。
 答えなど、あの困惑が全てを物語っている。
 冬馬が一人声を殺して泣きじゃくっていると、ふわりと少しきつい香水の香りが鼻を掠めた。
「…………冬馬」
 香りに気が付いた次の瞬間、冬馬は自分が北斗に抱き締められていることを悟った。感じる体温はやはり少しだけ冷たい。 「ほく、」 「ごめん」  冬馬が口を開く前に放たれた謝罪は一体何に対してなのか冬馬には分からない。だってさっきのは明らかに映画鑑賞の邪魔をした冬馬が悪かった。北斗はJupiterの中でも人一倍芝居に真剣な人間だから、そりゃ邪魔されれば怒るだろう。よく考えてみたら分かることなのだ、デートで舞い上がっていた馬鹿な自分が気付かなかっただけで。  しかし、北斗はもう一度ごめんと一言置くと、後ろから冬馬を抱き締めながら優しく頭を撫でる。まるで割れ物を扱うかのような指先が気持ち良かった。 「冬馬が不安がってたこと、知ってたけど気付かないフリをしてたんだ」 「北斗……?」 「どんなにお互い好きでも冬馬はまだ17歳の女子高生で、俺は20歳の男子大学生。世間的には認められない関係だろ? だから、せめて冬馬が高校を卒業するまでは手を出さないようにしようって思ってたんだ。…その結果がこれなんて、アイドル王子が笑えるよ」 「………」 「冬馬が俺の手を握ってくれた時、嬉しかったけどどうしようかとも思った。大切にしたいけど、俺から手を出したら壊してしまいそうで、」  言いながら北斗は冬馬の体を自身と向かい合わせる。そして、今しがた冬馬の頭を撫でてた指先で真っ赤に腫れた目元を拭った。 「とても恥ずかしいんだけど、冬馬の前だと歯止めが利かなくなりそうでさ。堪えるのに必死だったんだ、情けないよな」  へにゃりと自嘲した北斗はそう言ってもう一度冬馬の頭を優しく撫でる。冬馬は涙で少し荒れた声で「んなことねえよ」と彼の首もとに飛び付く。 「俺だって我慢できなかったんだ。北斗がもしかしたら仕方なく俺と付き合ってるのかもしんねーって思って、寂しくて、こんなことした。その癖空回りしてダッセーよな。話し合わなかったんだからお互い様だろ」 「うん……お互い様か。そうだね」  北斗を強く抱きしめると、一度だけ耳元に鼻を啜る音が聞こえて「ほんと、お互い様だな」なんて笑った。  暫くそうして体温を分け合っていると、冬馬がゆるりと体を離して北斗を見上げた。 「あのよ、お前のその高校卒業までは手出さねえってのは分かったんだけどさ……」 「………?」 「…やっぱり、なんつうか…何て言えば良いんだ……」  もだもだと何か言いたげに身を捩る冬馬に北斗は首を傾げる。  言いたい言葉は分かっているのに、すんでのところで自分の余計なプライドが邪魔をするのだ。ついさっきお互い様だとか言っていたのにまた言葉を引っ込める気か自分!  震える唇が必死に言葉を紡ごうとするが出てこず、下唇を噛む。と、北斗が優しく冬馬の方を撫でた。待ってくれている。ゆっくりでいいよ、と甘い声で言われれば冬馬の声帯を押さえ込んでいたプライドはぐずぐずに溶け出して、ようやく声になった。 「お前の気持ちは分かったし、高校卒業まで我慢する。けど……っ今日だけは俺の事っ……」  抱いてくれ。精一杯の勇気を振り絞って告げた言葉はやはり情けない程震えていて、北斗にちゃんと届いたのかすら定かではない。  冬馬が不安に思って上目で北斗の様子を伺うと、彼の表情を確認する前に視界が北斗で一杯になった。キスされていた。  触れたかと思うと離れて、もう一度触れて、繰り返していく内に冬馬の心にも火が灯る。貪るように北斗の薄い唇に自分のそれを押し当てていく。  次第に燃え上がり、無我夢中にお互いの唾液を交換しているとすっかり呼吸するタイミングを見失って冬馬の視界がぼやけ始める。酸素が足りなくて苦しい、けど、きっとこれを人は気持ちが良いって言うんだろう。  砕けた腰を北斗が支えて冬馬を寝室に運んでいき、整えられた北斗の柔らかいベッドの上にゆっくりと下ろされる。初めて入る北斗の寝室は色んなところから北斗の香りがしてドキドキした。  再び触れようとした北斗の手が止まる。 「ど、した……ほくと?」 「……やっぱり駄目だ、冬馬」 「だめって、なにが」 「本当はそんなつもりなんてなかったから、持ってないんだよ」  その言葉だけで北斗が何を危惧しているのか理解して。  どこまでも誠実な男だ。女を性欲処理の道具としか見ていなければ今ここにソレがなくとも気にせず欲望を突き立てていただろうに。こういうところも含めて冬馬は北斗の事が好きなのだ。
 だから、
「……ある。俺の鞄の中、その、サイズとかわかんねーから適当なの買ってきた」  冬馬がおずおずと、気まずそうに言う。  目を丸くした北斗が呆然と口を半開きにして、 「もしかして、一人で買ってきたの?」 「いや、水嶋さんに付き合ってもらって……二人で」  今回の作戦に尽力してくれた咲は成功のことしか考えていなかった。もしも上手くいけばきっとコウイウことにだってなる。そんな時に「ゴムを持っていないのでやっぱり今日は」となるのは勿体ない! そう言って冬馬の手を引きコンビニへと向かった咲は、さも冬馬と二人で「女子会の罰ゲームで買いに行くように言われた」と言う体でにこやかに冬馬の初めてのゴムのおつかいに付き合ってくれたのだった。頭が上がらない。 「………水嶋君とは、」 「なんもない。お前だけだから、変なこと考えんな」 「そっか」  コンドームが入った鞄を取りにリビングに向かうと、テレビはすっかり沈黙してテーブルの上に映画のパッケージがぽつりと置かれている。折角咲が選んでくれたものだったのに、北斗に見惚れるばかりでロクに見ることが出来なかったなあと思い出して申し訳なくなる。  でも、上手くいったぞ、サンキュな。心の中で感謝を述べて冬馬は鞄の中からピンク色のパッケージのいかにも女の子が選びそうなそれを取り出し、箱を開ける。  ぎくしゃくしながらも中からひと繋ぎ取り出し、「本当にこんな形してるんだ」といつか赤面しながら読んだ青年漫画で見たままの形に感動した。 「見るのは初めて?」 「北斗」  再び首に手を回し、後ろから冬馬を抱き締めた北斗が耳元で囁く。熱の籠った彼の声はまるで麻薬のように冬馬の体の中に染み渡っていき、返事をするように彼に口づける。 「言ったろ、お前だけだって」 「っ…………」  勢いづいた北斗にソファへと押し倒され、思わず声を漏らす。のしかかられて、狭い空間に閉じ込められたまま冬馬の舌は簡単にも絡めとられてしまう。耳を閉じたくなるほどの色気を孕んだ水音に犯され、控えめな胸を撫でる北斗の手が行為の開始を教えてくれる。 「さっきは言えなかったんだけど、今日の服凄く似合ってる、可愛いよ」 「………おせぇよ馬鹿」 「ごめん、冬馬が���ても可愛くて。…汚したらまずいし今だけは、ね」  促されるままにジーンズジャケットを脱ぐ。続いてシャツの第一、第二ボタンを外そうとすると北斗に遮られ、キスされながら一つずつボタンを外されていった。  露わになったブラジャーは下もお揃いのもので、今日の為にと冬馬がショップで悩んで買った物だ。店員にコレガイイ、アレガイイなどと呪文のように言われながらも選んだ下着は自分でも気に入っている。  押し倒された勢いでスカートは捲りあがっており、北斗は一目にその光景を見ることになるだろう。彼はぐ、と息を呑んで、「冬馬ってほんと、」なんて言葉を殺して冬馬に再びキスをした。  ブラジャーが上に押し上げられ、下から顔を出した胸飾りを北斗は口に含んだ。舐めて、吸ってと赤子のように冬馬の熟れたそこを可愛がっていく。 「んっ………」 「我慢しなくていいから、聞かせて。冬馬の声」  好きなんだと笑う北斗に胸が熱くなって、どうしようもない愛おしさが溢れそうになる。こんなに格好良くて普段はアイドルとして大衆から愛を向けられている男が今は自分だけを見て、自分だけを愛してくれている。  パンツの上から気持ちのいいところを擦られて、あ、あ、なんて身も蓋もない声をあげて悶えるはしたない自分に北斗は幻滅しないだろうか。  ………しないだろうな。きっとこの男はそんな自分も愛してくれる。可愛いと言って、キスをしてくれる。自分だってどんな北斗でも愛する自信があるのだから。
「………来いよ、北斗」
 スカートを自らの手で捲り上げて誘ってやる。散々掻き乱されたのだから、お前も苦しめばいい。視線を揺らした北斗を少しだけ愉快に思いながら強気な笑みを浮かべると、彼は深いため息をついた。 「俺がどれだけ耐えてきたと思ってるんだ……っ」 「はは、それこそ、"お互い様"だろ」  ゴムを一つ千切って説明書きを見る。そう言えば買ってきたは良いけど付け方を知らないのだった。表、裏、なるほどこっちから付ければいいのか。ふむふむ言っていると、北斗がそれを奪って「次の時に教えてあげるから」と言う。  ソレを付けようと北斗が体を起こしたことによって冬馬はようやく強く主張するソレの存在に気が付いた。北斗の足にぴったりと履かれたズボンが一点だけ違和感が誇張されている。こくり、唾液を胃に押し込め震える手でチャックを降ろした。  すると、パンツの上からでも分かるくらいはっきりと形を成したそれがお目見えして、思わず驚嘆の声を漏らす。実物を見るのはきっと父とお風呂に入っていた幼い頃以来だ。当然記憶に無いのでこんなに大きい物なのかと感心すらしてしまう。 「そんなに見られると恥ずかしいんだけどな……」  北斗が自嘲する。好奇心の赴くままにズボンと一緒にパンツのゴムを下に引っ張ると、ついにソレが冬馬の前に顔を出した。 「わあ………うわああ………」  真っ赤になりながらもソレから目を離すことが出来ず、珍しい物に触るような手つきでつんつんと優しく突くと、北斗はやれやれと言った様子で。優しくソファに冬馬を押し倒し、片足を開かせる。 「ほ、北斗! いいのか、その、確か舐めたりするって、ネットで………」  今日に向けて収集した情報だ。ゴムの付け方だけは失念していたが、「気持ち良いセックス」で調べて出てくるよろしくないサイトを潜り抜けながらも経験談などを読み耽り、頑張って学んできた。つもりだ。  ところが、北斗はそれにすらうんざりしたような態度で、 「冬馬、これ以上煽らないで。頭がおかしくなりそうだ」 「わ、悪い……」 「違うんだ。嬉しいんだよ。冬馬が俺の為に色々頑張ってくれたなんて。けど……今日はもう冬馬の中に挿入りたい」  息交じりの声が耳に吹きかけられて、全身に電流が走るようにぴりぴりと震えた。自分が自分じゃないような、そんな不思議な気持ち。気を抜いたら口の中に溢れた涎が垂れてしまいそうで、幸せすぎて表情を整えておくことなんて出来そうにもない。  北斗の首後ろに手を回し自分の胸に引っ張り込む。来い。もう一度強く言うと、北斗が小さく息吐いたのが分かった。 「挿入れるよ。痛かったらすぐに教えて」 「お、おう………」 「ふふ、緊張する?」 「うるせ…!」  北斗の先端が冬馬の入り口を擦る。結局ゴムを付けるのも北斗に任せてしまったが、��の手付きは慣れている人間のもので、やっぱり昔は遊んでたんだな、と思うと少しだけ彼の過去の女達に嫉妬した。これからは俺のものだから、そいつらに出番は二度と来ないけどな、ざまあみろ! 心の中で私憤をぶつけた。  定めた所にゆっくり、ゆっくりと大きなソレが侵入し、未だ誰も知らない冬馬のナカを押し広げていく。苦しくて、少し痛くて、気持ち悪くて、だけど、うれしい。そんな気持ちを抱きながら北斗の名を呼ぶと、彼は応じて冬馬の頭を撫でながらキスをしてくれたのだった。 「ん、んんんぅ………」 「息止めないで、大丈夫だから」 「ん………っ」  キスされると少しだけ緊張していた筋肉が和らいで、ようやく瞳を開けて北斗の顔を見ることが出来たのだった。彼は綺麗なブルーを嬉しそうに揺らして、心底嬉しそうな笑みを漏らして冬馬の名前を大切そうに呼ぶ。  接続部に茂みの感触がして、北斗がこんなにぴったりと傍にいるんだと実感する。腹の中に異物感と熱を感じ、優しく表面を摩った。表面からは分からないけど、ちゃんと繋がってるんだ。嬉しくて北斗の胸に顔を擦り寄せた。  彼からの簡潔な伺いに肯定で返すと北斗はゆっくりと腰を動かし始める。体の中の異物感は未だに拭いきれないが、ゆっくりと出たり入ったりを繰り返していると次第に馴染むような気がして冬馬も求めるように腰を動かした。  口から意識しない喘ぎが漏れる。少ない冬馬の酸素を奪っていく。短い喘ぎはキスで閉じ込められた。  ちょっとだけ痛くて気持ちが悪いけど、温かくて、気持ちが良くて、幸せだ。 「…あっ! あっ、ほくっ、とっ!」 「ん、冬馬、気持ち良い?」 「いっ…いいっ…は…っ!」 「よかった…俺も、ん、きもちいい」  全身が食べ物になったみたいに北斗が体中を舐めたり、甘噛みしてくる。舐められたところが熱を発してぐずぐずに溶ける。どうしようもなく愛おしくて、自分も同じ思いを返したくて彼の逞しい胸板をぺろりと控えめに舐めてみた。少しだけしょっぱい、汗の味。 「でっ!」 「!?」  行為に夢中になっていたせいで体を伸ばした瞬間、冬馬はソファの腕掛けに頭を強く打ち付けてしまう。折角いいところだったのに痛みが快感に勝ち、咄嗟にぶつけたところを摩った。北斗もすぐに動きを緩め、痛いところをなぞるように上から優しく撫でてくれた。 「やっぱりソファだと狭いか。移動するよ、冬馬」 「は? 移動って、うわあ!!??」  挿入したまま北斗は冬馬の体を持ち上げる。落ちそうになって咄嗟に北斗の首に手を回すと、北斗もまた冬馬の足の付け根を掴んだ。その拍子に二度三度揺らされ、喘ぎ声が漏れる。重力で体が落ちるせいで冬馬のソコは北斗を深く咥え込んでしまい、快感を逃がすように北斗の頭を強く抱いた。  鍛えているとは聞いていたが、まさかこんなに軽々と持ち上げられるとは思っていなかった。と言うよりも挿入られたまま運ばれていくことになるとは思いもしなかった。歩く度に振動で感じてしまい、小さな息が漏れる。 「…ふ…ぅ…北斗ぉ……」 「着いたよ。ほら」  挿入したままゆっくりと二人でベッドに沈み込む。空間がさっきよりもずっと広くなって二人の邪魔をする物はなくなった。  手を開き、伸ばすとその中を北斗が飛び込んできて、冬馬は力いっぱいその体を閉じ込める。自分よりもずっと大きな体は包み込みきれないけど、それでも素肌と素肌が触れ合うと温かい。 「……ふふ」 「…なんだよ」 「なんでもないよ。ほらそんな顔しない、可愛い顔が台無しだ」 「くだらない事言ってねえで早く動け……っ!」 「はいはい」  名前を呼べば名前を呼んでくれる。気持ちいいかと聞けば気持ちいいと返ってくる。  どうしようか、思ったよりも自分は北斗の事が好きらしい。一突きされるごとに心臓が跳ねて鼓動が早くなっていく。この身全てが大好きだと叫んでいる。  次第に溜まった快感が火花を散らして限界を知らせる。得体のしれないキモチイイの波に飲み込まれそうになって冬馬は全身に力を入れた。 「北斗…っ! ほく、なんか、くる…っ! なんだ、これぇ…あっ」 「冬馬…ん、俺ももう、」  次第にピストンのペースが上がっていって溜まった快感が今にも爆発しそうになる。気持ち良さで脳味噌がどろどろに溶けて、他の事はもう何も考えられなかった。ただ幸せだという感情ばかりが胸に灯っている。  肌と肌がぶつかり合う音と生々しい水音が寝室に響き、冬馬の甲高い喘ぎ声と北斗の唸るような声が交わる。声を堪える余裕などとうに吹き飛んで、冬馬はただ体の赴くままに鳴くだけだった。 「あっ! あぁっ! く、んん…っ! あああ! ほくとっ、イっ…」 「ん…ふ、とうま……は……っ」 「っ…ああああああああ………っ!!!!」 「…っ!」  震える体を抱き締められながら冬馬は思考がはじけ飛ぶような快感を味わった。ちかちかと視界が光る。 「はぁ……はぁ……ん……北斗……」 「………冬馬」  先程までの激しい動きが嘘のように静まった二人はお互いの心臓の音を聞きながら、見つめ合っていた。言葉もなく、表情に意味もない。世界にたった二人だけのような空間で口から洩れる吐息の音すら愛おしいと思いながら、額同士で触れあった。  やがて心臓の音も元通りの速さを刻みだして北斗が口を開く。 「痛くなかった?」 「初めは少し痛かったけど、大丈夫だ。お前こそ我慢してたんじゃねえのかよ」 「うん、今日は少しだけ我慢した。冬馬が可愛くて何度も理性が飛びそうになったけどね」 「飛ばしても良かったんだぜ」 「それはまた今度ね」  また今度と北斗は言う。正確には約二年のおあずけ。明日からは再び健全なオツキアイ��始まるけれど、次がある。  だからこれは高校卒業までのお楽しみ。卒業したらもっと色んな北斗を見せてもらおう。色んな自分を見てもらおう。それまでに一つ一つ二人の好きを重ねていって、次に来るその時一緒に確かめられたらいい。
 だからもう不安なんて無かった。
「そういやお前まだ足りねえんじゃねえのか?」 「まあ、そうだね。冬馬にあまり無理はさせたくなかったし。どう処理しようかと思ってたところだけど」 「…今日一日はって言ったろ。俺の事は気にすんな。……全然付き合う、し、俺もまだ……」 「……!」
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先天性女体化北冬、R-18、自宅デートの為に下着の準備をする冬馬、駅弁。
お誕生日おめでとうございました。
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groyanderson · 5 years ago
Text
ひとみに映る影 第七話「紅一美に休みはない」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←←
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 ただただ真っ白な空と海があった。 天地を分かつ地平線すら見えないほど白いその空間に、私、ワヤン不動という影だけが漂っていた。
 未だ点々と炎がちらつくその身体は、浅い水面に大の字に浮き、穏やかなさざ波に流されていく。 ここはどこだっけ、私はどうしていたんだっけ。 そういった疑問は水にさらされた炎と共に鎮静していった。
 遠くに誰かがいる気配がした。軋む身体を起こすと、沖縄チックな紅型模様の恐竜が佇んでいる。 濡れて重たい両足を引きずり、そこに近づくにつれて、段々と海は深くなり、かつ水が温かくなっていく。 立ったまま胸まで浸かる程深くなると、まるで露天風呂に入っているように、頭がぼーっとしてくる。
 恐竜の隣には小さな足場とベンチがあり、可愛らしい白装束を着た金髪ボブカットの女性が座っていた。 丸く神々しい後光がさしていて、顔は逆光でよく見えない。天女だろうか。 ベンチから足だけを温水に投げ出し、足湯を楽しんでいるようだ。私は水中からそれを見上げている。  (ああ…誰だっけこの人。どこかで会ったことがある気がするけど…) 挨拶するかどうか迷う。気まずい。いずれにせよ、何か声はかけよう。 ここはどこですか、とか、あなたは誰ですか、とか…  「…アガルダって、何なんですか」 いや、どうしてそうなるの。私。完全に変な人じゃん。 だめだ、頭が回らない。案の定天女は苦笑した。  「いきなり凄い事聞くよね」
 「知らないんですか?金剛楽園アガルダ」  「あんただって知らないんじゃん。 まあでも…金剛有明団(こんごうありあけだん)っていう、なんかこう、黒魔術師達の秘密カルトがあるらしいよ。 世界中から霊能者の魂を収集してて、何かにつけて金剛、金剛ってウザい喋り方するんだって。それじゃない?多分」  「ああ。それですね」  「てか、そんなの聞いてどうするの」  「滅ぼす」  「ウケる」 天女はコロコロと笑った。
 「ここは何なんですか」  「私の夢の中…それかあんたの夢かも? ま、どうでもいいんじゃない?」  「あなたも金剛の使者?」  「まさか。私だって昔、観音和尚様にはお世話になったんだよ?」  「え…」
 逆光の影をエロプティックエネルギーでどかして、私は改めて天女の顔を見た。 ああ、そっか…金髪にしたんだ。中学の時はさすがに黒髪だったよね。 髪、そうだ、髪だよ。私はその天女…いや、その祝女に問うた。
 「あのさ。どうでもいいけど…ゴムか何か持ってたりしない? さっきから髪がメチャクチャお湯に入ってるんだ」
◆◆◆
 何の脈絡もなく目覚めると朝になっていた。 私は怪人屋敷エントランスのソファで眠っていたらしい。 サイレンや話し声が騒々しい。外光が射しこむ窓越しに、救急車や数台のセダンが見える。  「一二、三!」 救急隊員さん達が、担架からストレッチャーに何かを乗せた。白い布にくるまれた、岩のような何かの塊を… そう���。ああやって外に出せているという事は、全て終わったんだ。 私達は殺人鬼を見つけて、悪霊を成仏させて…たくさんの命を救ったんだ。
 「あ…紅さん」 譲司さんがこちらに駆け寄る。  「紅さん起きましたーっ!」  <ヒトミちゃん!>「オモナ!ヒトミちゃーん!」 オリベちゃんとイナちゃんも…みんなボロボロだ。全身煤埃や擦り傷だらけの譲司さんに比べればマシだけど。 オリベちゃんに肩を借りて立ち上がると…バシン!私は超自然的な力に頬を打たれ、衝撃で尻餅をつく。  「リナ…」
 「アナタ、ワヤン不動になって、何回死んだの?」  「…」  「何人分殺されたの」 殺人被害者達の死の追体験。あの時はハイになっていて恐怖を感じなかったけど、今思い出そうとすると、身の毛もよだつ感覚が鮮明に蘇る。  「うう…数えればわかるけどさ…」  「じゃあ、二度と数えないことね。 アナタは…ちゃんと生きて帰ってきたんだから」  「え?」 宇宙人体のリナは長い腕で私を影ごと抱きしめ、子供をあやすようにぐしゃぐしゃに頭を撫でた。  「良かった…。アナタの精神がアレと相打ちにでもなったら、アタシ観音和尚に顔向け出来ないもの…」 初めて見た、いつも気丈なリナの泣き顔。彼女は涙を流しながら、人間の姿に縮んだ。 それはとても綺麗だった。美人だった。
 その後私達は警察やNICの職員さん達から聴取を受け、昼過ぎにようやく解放された。 水家曽良は表向き被疑者死亡で書類送検とされ、未だ脳細胞が活動し続けている遺体は研究対象としてドイツのNIC本部に収容されるらしい。 待ちに待ったお蕎麦屋さんに私達が到着した時、既にテレビではニュース速報が流れていた。 皆神妙な顔で画面��見入っていたが…
 ぐぎゅるるるる…
 私の腹の虫が重い沈黙を破った。慌ててトートバッグを抱きこんでも、もう遅い。  「くくく…やるなぁ、あんた…」 ジャックさんやリナの表情にじわじわと含み笑いが浮かんでくる。 普段なら恥ずかしいとか、タレントとしてはオイシイだとか思うけど、なんかもうダメだ。 ぐぎゅぅぅぅるるる…空腹と疲労と寝不足で、私はリアクションの一つも取れない。  「笑うなや。ワヤン不動様昨日飲まず食わずで、あんだけ働いてくれとったんやから。なあポメ?」  「わぅん」 譲司さんとポメちゃんの優しみ。有難い。 でも、すいません。もう限界です。糸が切れたように私はテーブルに突っ伏した。  <や、やだ、ヒトミちゃん!? ていうか何その手、ダイイングメッセージ!?> 霞む意識の中、私はお品書きを指さしていた。 最後の力を振り絞ってオリベちゃんにテレパシーを送る。  <お願い、こ、これを…注文して下さい…!>  <いや、私日本語読めないんだけど。 イナちゃん、これ(鴨南蛮)なんて書いてあるの?>  「アヒルナンバン大盛り」  「かもなんばん!!」 なんかノリツッコミしたら自力で復活できた。 代わりにリナ、萩姫様、ジャックさん、譲司さんが抱腹絶倒した。
 ようやく腹ごなしを済まし、私達は民宿に戻った。 荷物を下ろすやいなや、全員示し合わせたように脱衣所へ直行。 昨日も入った露天風呂だけど、めちゃくちゃ気持ちいい!  「あーーーー!染み入るーーーーっ!」  「本当よぉ!アナタ達バカだわ、せっかく磐梯熱海に来たのに、ちっともお風呂入らなかったんだもの!ねえ萩ちゃん」  「同感同感!イナちゃんは日本の温泉初めて?韓国の方々も温泉好きなんですってね?」  「そです、私達オンセン大好きヨ!気が清められるですねー!」  <うちの風呂もこれぐらい広かったらなぁー。そっちはどう、ジョージ?> すると衝立一枚隔てた男湯からレスポンス。  「pH結構高いなー!」  <いやダウジングしてどうすんのよ!>  「冗談冗談。あのねー!そもそも空気がめっちゃええの! 湯気で保湿されとるし肺まで癒されるわ!なあポメ?」  「あぉーん!」 ポメちゃんも上機嫌のようだ。
 私も男湯に声をかけてみる。  「ジャックさーん!うちのおんつぁどうしてますー?」 おんつぁは会津弁でバカの意。実は、プルパ型に戻った龍王剣をさっき男性陣に預けたんだ。 霊泉と名高い磐梯熱海温泉を引っ掛ければ、あれも少しはマシな性格になりそうだけど、女湯に入れるのはさすがに嫌だったから。  「おう、同じ湯船に入れたくねーからよ、言われた通り洗面器で漬けておいたぜ。 真っ黒なのは治んねえな!ハッハ…うおぉ!?」  「わぁ!」「きゃわん!」 男湯で異変!女子一同がそれぞれタオルや霊能力を身構える。  「ど…どうしたんですか?ジャックさん!」  「い、いや、その…龍王剣の中から…」  「中から…?」  「アー…剣じゃなくて、持ち手からなんだがな…あんたの和尚が馬頭観音になって出てきた」  「はぁ!?」
 そんな馬鹿な。和尚様は成仏されたはず。 まあ、既に観音菩薩になられた和尚様が『成仏』というのもおかしな話だけど…。  「ま、まさか観音和尚、お風呂入ってるの?裸!?」 リナが衝立を覗こうと飛び上がった。私は咄嗟に影手を伸ばし、阻止する。  「こらっリナ!和尚様の前でそっ、そんな破廉恥をっ!!」  「うるさいわね!いいのよアタシはインターセクシャルだから、どっちに入っても! これは美的好奇心であって猥褻な気持ちは一切ないわよ!」  「ヒゲと声以外ぜんぶ女のクセに何言ってるんだっ!やーめーなーさーいってのーっ!」  「アイタタタ、暴力反対!アナタだって本当は見たいんじゃないの?」  「んなわけあるか!!そりゃもう一度会いたいけど…っていうか小さい頃は一緒にお風呂入ってたもん!!」  「ずるい!このスキモノ!!」
 すると衝立越しにヒョコッとポメちゃんが掲げられた。 もみ合っていた私達は不意をつかれて膠着する。 ポメちゃんの口には、何の異変も起きていない龍王剣プルパが咥えられていた。  「ハーイ、ドッキリ大成功!したたびでーす!」 譲司さんが裏声で腹話術する。 私とリナも、いつもテレビでやっているリアクションを返した。  「「…ぎゃーっ!また騙されたーーっ!!」」
 そうこうしているうちに、また日が沈み始めた。 夕方五時。荷物やお土産をミニバンに詰めこみ、私達は民宿を後にする。 本当は猪苗代湖や会津方面の観光案内もしたかったけど、NIC職員のオリベちゃんや譲司さんが警察で事件の後処理をするため、私達はもう東京へ戻らなければならない。 そこでまず、萩姫様を大峯不動尊へ送りに行った。
 「あんな事があったけど、また遊びに来てね」 萩姫様はまた正装である着物に戻っている。けど、帯飾りや例のロケットランチャー型ポシェットといった小物に、オルチャンファッションの影響が残った。  「もちろん、また来るですヨ。ハギちゃんがバリとか韓国来る時も私呼んで下さいね」 そう言うイナちゃんの耳にも、萩姫様を彷彿とさせる黒い紐飾りピアスが揺れる。 通りがかりに寄ったお土産屋さんで売っていたやつだ。 私達一同と固い握手を交わし、萩姫様はお社へ消えていった。
◆◆◆
 車に戻ると、道路沿いに小さな原付屋台があった。 ポッ、ポポポポ…ガラスケース内で、ポップコーンが爆ぜている。バターの香りが漂う。 その傍らではエプロンを着たジャックさんが、フラスコ型喫煙具を吹かしていた。 彼は私達が戻ってきた事に気付くと、屋台についている顔とお揃いのマスクを被り、スイッチを入れる。 ブゥーン…屋台の顔に仕込まれたスピーカーから、電子的ノイズが漏れる。
 「アー、アー。ポップコーン、ポップコーンダヨ…ヨォ、ガキンチョ共! ポップコーンダッツッテンダロオラ!ポップ・ガイノウェルシー・ポップコーンガオデマシダゼェ!」 ボイスチェンジャー声に合わせて、屋台の顔ポップ・ガイはガコガコと顎を上下する。 何でちょっと逆ギレ気味なのかはよくわからないけど、これが彼の定型口上文なのだろう。  「今日ハ閉店セールダ、トビッキリノポップコーンヲ食ワセテヤル。 マズハオ前ダ、紅一美!」 ガコンッポン!ポップ・ガイの顎が大きく開き、口から焼きたてのポップコーンが一粒飛び出した。 それは物理法則に反して浮遊し、私の手の中に落ちる…あっつ!  「ソラ食エ、騙サレ芸人!アッコラ、フーフースルナ!」  「だ、誰が騙され芸人ですか!…あつつ!」 ポップ・ガイにそそのかされて、私は熱々のポップコーンを口に運んだ。 …結構しょっぱい。そして胸焼けするほど油っこい。けど、麻薬的な美味しさ。 アメリカ人の肥満率が高い原因の片鱗に触れた気がする。
 ポップコーンを嚥下すると、私の足元で、影が独りでに蛇の目模様を描いた。  「これは…」 見覚えがある。安徳森さん…ファティマンドラの種に見られる模様だ。 ジャックさんはマスクを被ったまま、スイッチを切った。  「そいつはファティマの目、トルコではナザール・ボンジュウと呼ばれるシンボルだ。 邪悪な呪いや視線を跳ね返し、目が合った悪しき魂を抜き取る力がある。 あのクソの脳内地獄で、安徳森が俺達タルパを保護するためにばら蒔いてたやつだ。 あんたが本気で金剛ナントカと戦うつもりなら、持っていけ」 蛇の目模様は影に沈んでいった。 つまりジャックさんのポップコーンは、彼の命を構成する欠片だったようだ。  「ありがとうございます」 私はファティマの目という霊能力を授かった。
 ジャックさんが再びスイッチを入れる。  「次ハオ前ダゼ、ジョージ・アルマン!」 ガコンッポン!射出された新たなポップコーンは、譲司さん目がけて飛んでいった。 アルマンは、譲司さんがイスラエルに住んでいた時の旧姓だ。  「あっつ、はふっ…ん? …ポップコーン種総量に対してバターが七〇%、レッドチェダーパウダーが五%、更に米油が…って、嘘やろ!?こんなに油使うん!?」  「バッカ、この野郎!読み上げるんじゃねえ!企業秘密だぞ! 養護教諭になるなら美味いポップコーンの一つも作れねえと、ガキ共にナメられるだろ」  「せ…せやな…?けどこれ、食べさせすぎたらあかんやつや! ほどほどに振る舞わせて貰うわ、ありがと」 譲司さんが授かった魂の欠片は、ポップコーンの秘伝レシピのようだ。 いずれバリ島に遊びに行って、ご馳走になりたいな。
 お次はオリベちゃんだった。  <うわ、確かに凄くジャンクな味だわ。 これは…ああ、懐かしいなあ…!> オリベちゃんは目を煌々と輝かせて、ぼーっと中空を眺める。  「ちょっとアナタ、何が見えてるの?一人で浸ってないで教えてよ、ねーェ」 リナがオリベちゃんの眼前で手を振った。  <ごめんごめん。あまり懐かしいものだから… 私が貰ったのは、これ。テルアビブ・キッズルームの、たくさんの楽しかった思い出よ> オリベちゃんが淡い紫色に発光し、周囲がテレパシー幻影に包まれた。
 オーナメ���トやおもちゃで彩られたカラフルな家で、様々な脳力を持つNICの子供達が遊んでいる。 人形ジャックさんは、幽霊の女の子とアドリブで物語を話し合い、それを器用そうな男の子が絵本に綴る。 幼いオリベちゃんは、人に感情を与えるエンパス脳力者の女の子と、脳波をぶつけ合いながら睨めっこをしている。 その勝敗を判定しているのは、弱冠八歳で医師免許を持つ天才少年だ。 部屋の奥では彼らの様子を、二人の優しそうな養護教諭さんが暖かい視線で見守る。  「まあ。アナタ、子供の頃から素敵なファッションセンスしてたのね」  <もちろん!なにせテレパシー使いはシックスセンスが命だもの!>  「うふふふ」 こうしてリナと会話するオリベちゃんを見ると、彼女のキラキラした笑顔は子供の頃から変わらないものだったんだとわかる。  『出てこいよ、ジョージ。みんないるぞ』 長い髪のサイコメトラーの少年が、クローゼットの扉をノックした。 すると、中から…分厚い眼鏡をかけた小柄な男の子が、前髪で顔を隠しながら、遠慮がちに現れた。  「オモナ!ヘラガモ先生、とてもちっちゃいなカワイイ男の子だったの!」 イナちゃんが両手を頬に当てた。確かに子供の譲司さんは、精悍な今の顔からは想像がつかないほど可愛い。 というより、先程のサイコメトラーの少年…例の殺された『アッシュ兄ちゃん』の方が、大人になった譲司さんによく似ている。 この二人の少年の魂が混ざりあって、今の彼があるという話を、まさに象徴しているようだ。
 「ねぇジャック、アタシ達にはないの?」  「わう!わう!」 リナとポメちゃんがジャックさんの周りをくるくる回る。  「ア?ドーブツ共ニヤルポップコーンハネエヨ、帰ッタ帰ッタ」  「馬鹿野郎、ポップ・ガイ。宇宙人のお客様なんて上客じゃねえか。無下に扱うんじゃねえぞ」  「ショーガネー、コイツヲ食ライナ!」 器用にポップコーン機構を操作しながらマスクスイッチを切り替え、ジャックさんが腹話術を披露する。 ガコンッポポン!射出された二粒のポップコーンはそれぞれ異なる軌道を描き、リナとポメちゃん目がけて飛んだ。  「先に言っておくとな。リナ、あんたには、水家の中にいたタルパ共の情報だ。 あいつは記憶を失った後も、金剛の呪いの影響で、無意識にあらゆる霊魂を脳内地獄に吸収していた。 人間だけじゃなくて、土地神やら妖怪やら色んな奴を吸い取っていたから、見ていて退屈しなかったぜ。 タルパを作るのがあんたの本能なら、何かの役に立つかもな。だが物騒な怪物だけは作るんじゃねえぞ」  「わかってるわかってるゥ!ああっ凄いわ! ツチノコからゾンビまで…あーっ妖怪亀姫もいるじゃない!」 妖怪亀姫って…猪苗代湖を守る神様の一人じゃん。 まさか、ハゼコちゃんが暴れた時に逃げ出して、そのまま水家に魂を奪われたとか!? 私、昨晩とんでもない方を成仏させちゃったかも…リナが福島の神々を再建してくれる事を祈るばかりだ。  「ポメラー子のは夢の中で発現する。フロリダの農村の記憶だ。 何も無くてだだっ広いだけのクソ田舎だと思っていたが、犬にとっちゃ最高のドッグランになるだろうよ」  「ほんま最高やん!良かったなあ、ポメ。俺仕事さっさと済ますから、今夜は早く寝ような」 譲司さんがポメちゃんの頭を優しくなでた。ポメちゃんは黙々とポップコーンを食べている。 彼女と譲司さんが夢の中の大自然で駆け回る、微笑ましい光景が目に浮かんだ。
 「じゃあ、最後はお前か」 ジャックさんがイナちゃんを見る。でも、イナちゃんは目を逸らした。  「私いらない」  「あ?」 マスクスイッチをオン。  「バカヤロー、オ前。俺ノポップコーンガ食エネエッテカ? 安心シロ、幽体デデキテルカラ、カロリーゼロダゾ」  「いらないもん」  「アァ!?」 スイッチオフ。  「何なんだよ?」  「だって…食べたらジャックさん消えちゃう」  「!」
 ジャックさんとポップコーン屋台は、既に薄れかけていた。 自分の魂を削って私達に分け与える度に、彼は少しずつ摩耗していったんだ。 ジャックさんがマスクを脱いだ。  「あのな、俺は二十年以上前に殺されたんだ。もうとっくにいない筈の人間なんだよ。 だから、そんな事気にするな」  「ウソ。じゃあどうして、ジャックさんずっと成仏しなかった? 本当は、オリベちゃん達が見つけてくれるの待てたでしょ」  「…どうだかな」  「せかく会えたなのに、どうして消えなきゃいけない? これからオリベちゃんの子供育つを見ればいい、これからヘラガモ先生バリで頑張るを、傍で見守ればいい! どうしてあなた今消えなきゃいけない!?」 イナちゃんが握りしめた両手が、ジャックさんの胸を無情にすり抜ける。 ジャックさんは掠れた幽体でその手を優しく掴んだ。  「イナ」  「!」 そして、初めて彼女を名前で呼んだ。
 「霊魂が分解霧散する事を、仏教徒共がどうして成仏だなんて呼ぶか知ってるか? 役目を終えて砕け散った魂は、エクトプラズム粒子になって、自然界に還る。そして、新たな生命に吸収される。 宇宙の営みってやつだ。宗教やってる連中にとっちゃ、それは宇宙や仏と一つになる、尊い事なんだそうだ。 俺は既にジャック・ラーセンじゃねえ。クソ野郎に霊魂を切り貼りされた、人工のクソ怪物だ。 それでも…お前みたいなガキの笑顔に弱い性格は、生前と変わらなかったんだよなあ…」
 ジャックさんの目から涙が零れ始める。彼の霊魂が更に希薄になっていく。  「…オリベ。ジョージ。俺の事…諦めずに見つけてくれて、ありがとう。 おかげで、お前らと遊んだ記憶をまた思い出せた。 歪な関係だったけど…短い時間だったけど…クソ楽しかったよな。 …なあ、イナ。そんな顔するなよ。魂を清めるのが、お前の力なんだろ? だったら祈ってくれよ。俺が世界中に飛び散って、宇宙と一つになって、もっともっと沢山のガキ共を笑顔にできるように。 綺麗な花を咲かせる生命力になって。人間を動かすハッピーな感情になって。…最高に美味ぇポップコーンになって。 スリスリマスリ…って、祈ってくれよ。頼む…!」 ガコンッ!コロロロ…ぼろぼろに涙を零し、声をきらしながら、ジャックさんは最後のポップコーンを作った。 それはポップ・ガイの口から力無くこぼれ落ち、イナちゃんの足元を転がる。  「…頼むよ…」
 イナちゃんはしゃがみこみ、そのポップコーンをそっと拾い上げた。 それはもはや喫煙具から立ち昇る煙のように、今にも消えてしまいそうな朧な塊だった。  「スリスリマスリ。スリスリマスリ」 ポップコーンはイナちゃんの両手に優しく包み込まれ、そのまま彼女の魂に溶けた。  「…それでいい。カナヅチは今日で卒業だ。もう溺れるんじゃねえぞ」  「ウン」
 「イナ」 抱き合って、ぼろぼろに泣く二人。イナちゃんは顔を上げた。 薄れ行くジャックさんが、半魚人から人間の顔になる。 水家に似せられた髪型や背格好。ただ、彼はよりがっしりとした体格で、首が太く、彫りの深い黒い目を持つインド・ネパール系人種の男性だった。  「ジャックさん」  「…おっと、違う。これじゃねえ。これも作られた顔だったな」 魂がほぐれていくにつれ、より深層に眠っていた、彼の自意識があらわになる。 ジャックさんは、ジャック・ラーセンさんは、私達の前で初めて素顔を見せた。
 「アイゴー…!」  「な、諦めがついたか?俺みたいなチンピラにこだわってねえで、もっと良い男を見つけろよ、イナ」
 最後にそう言って、ジャック・ラーセンさんは分解霧散した。 本来の彼は…殺人鬼の言う通り、確かにちょっと魚っぽかったかも。 全身を鱗のような細かいタトゥーで覆い、オレンジ色に染めたモヒカンを側頭部に撫でつけ、ネジや釘が煩雑に飛び出した屋台やマスクと同じようにピアスまみれな… 言うなれば、ポップ・ガイのお父さんみたいな人だった。
 こうして、私達は熱海町を後にした。 リナは千貫森に帰り、タルパ仲間と共に福島のパワースポットを復興する。 オリベちゃんは水家の遺体と共にドイツへ飛び、譲司さんはバリ行きを延期して警視庁公安部に向かう。 その間、イナちゃんは私の家に泊まって待機する事に。私の次のスケジュールは…連ドラ『非常勤刑事(デカ)』のロケで福井へ行くのが、明明後日。それまでは自由だ。 そして明日は私の誕生日!やっとイナちゃんと渋谷や原宿で遊べるぞ。 私はそう思っていた…渋谷スクランブル交差点にあのロリータ服の悪魔が現れるまでは。
◆◆◆
 十一月六日、正午〇時。 ヴー、ヴー…トートバッグ内でスマホが震えた。画面には、『イナちゃん』。  「紅さん鳴ってるよ、ほら出てあげなさいよ」 ディレクター兼カメラマンのタナカDが、ファインダーを覗いたまま言う。 私は不貞腐れて電源を切った。  「二十歳になったのに、まだまだ大人げないなー。ま、ヘリコプターは機内モードってのも正解だけどね」 座席にふんぞり返ったアイドル、志多田佳奈さんが言う。  「私はヘリに乗せられるだなんて聞いてないです。 どうして誕生日にこんな所にいなきゃいけないんですか」
 ここは東京上空千メートル、小型ヘリコプターの中。 だいたい私は非常勤刑事のロケで福井に行くんじゃ…多分、それすら事務所が用意した偽スケジュールなんだろうけど。 今度、ドラマ主演の伶(れい)先輩に言いつけてやるんだから! そもそも、どうしてこんな事になったのか。それは遡ること二時間前。
 私はイナちゃんを連れて、竹下通り(たけしたどおり)でウインドウショッピングをしていた。 あそこはロリータファッションの聖地で、個人的にロリータにはあまり良い思い出がないから、普段足を踏み入れる事は無い。あくまで観光地だから連れて行くんだ。 そう思っていたけど、実際に行くと、普通に楽しかった。 猫の額ほど狭い路地に、各種ファストファッションの直営店から、煩雑なノーブランド品を売るセレクトショップまで所狭しと詰め込まれている。 更に中空には、死後ポップな姿を取るようになった霊魂や、人々の感情の結晶らしき可愛いモンスター、誰かが作ったマスコットタルパなどがひしめき合い、イナちゃんがそれを見て飛び跳ねながら歓喜する。 さながら多感で繁忙な思春期の女子高生の心を、そのまま結界にしたようなカオス空間だった。
 服やアクセサリーなど、両手に戦利品入り紙袋を大量に持って、私達は電車で渋谷駅へ。 (この時、やたらめったら嵩張るロングブーツを二足も買って後悔したのは、言うまでもない。) そのまま観光を続行するのは難しいため、荷物は駅中にある宅配サービスカウンターに預ける事に。 ついでにイナちゃんが、コインロッカーからスーツケースを取り出し、それもバリへ配達して貰えるように手続きしたいと言う。
 「テンピョウ書けました、お願いします」  「はい、少々お待ち下さい」 私はカウンター脇でイナちゃんが送り状を預けるのを眺めていた。 スーツケースの分と、原宿で買った荷物分。  「あと、これもお願いします」  「はい、かしこまりました」 ん、もう一枚?覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。
 『お届け先 ゆめみ台 志多田佳奈様 品名 紅一美 ナマモノ/コワレモノ/天地無用 お届け希望日 今日 したたび通運』
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデデデデン!』 天井スピーカーから阿呆丸出しなイントロが聞こえてくると同時に、私は条件反射でイナちゃんを置いて宅配カウンターから逃走していた。
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデッデーン!』 階段を下り外に出る。こんなところで捕まってたまるものか。
 『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』 出口付近にある待ち合わせスポット、モヤイ像が見えた。 …奇妙な歌を垂れ流すスピーカーと、苺の髪飾り付きツインテールが生えている。あのロリータ悪魔のシンボルが。私は血相を変えて更に走った。
 『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』 私を嘲笑うアイドルポップと、ただただスマホカメラを向ける無情な喧騒。 それらはまるで、昨日までの旅を締めくくるエンディングテーマのようだ。 但し、テレビ番組ではエンディング後に次回予告が入る。
 『仕込みカミッソーリー入りの、フリフリフリルブラーウス♪』 そして次回が来たら、また過酷な旅に出なければならない。 嫌だあああぁぁ!行きたくないいぃぃ!! 私はイナちゃんと渋谷で遊んで、お誕生日ケーキを食べて、空港に見送りに行って、お家に帰ってゆっくり寝て、福井で女優をするんだああぁぁぁ!! ていうか考えてみたらイナちゃんもグルだったあああぁぁぁ!!!裏切り者おおおぉぉぉぉ!!!
  『防刃防弾仕ー様の、コルセットーもー巻ーいてる♪』 スクランブル交差点に、爆音を撒き散らすアドトラックが現れた。…天井に、なんか生えてる。  『…ご通ぅぅぅ行ぉぉぉ中の皆様あああぁぁ!!』 渋谷駅に響き渡るロリータ声。諸行無常の響きあり。 ドゴッ!…体が乱暴にすくい上げられたような浮遊感。背後を振り向くと、宅配業者制服の男達が私を神輿みたいに担ぎあげている。  「オーエス!オーエス!」  『こんにちはァー、したたび通運でーーーす!!』 私はあれよあれよとスクランブル交差点へ運ばれ…トラックに集荷された!
 『あーあー♪なんて恐るべきー、チェリー!キラー!アサシンだ!』  「何!?何!?何なんですか!!?」 男達が私に何かを背負わせ、トートバッグごとベルトで固定していく。 目の前では、いつの間にか宅配業者制服に着替えたイナちゃんが敬礼している。  「ヒトミちゃん、したたび通運空輸便だヨ!」  「え?は?は!?」
 『破壊されしーオタサーからー…』 トラック天井に運ばれる。棒とロープが生えたバルーンクッション。 ああ。空輸便って。察した。『…遺族ーのー声はー確かに届ーいたー♪』
…わたし 童貞を殺す服を着た女を殺す服を作るよ もっともっと可愛くて 殺傷力も女子力も高い服を…
 サビに差し掛かったアイドルポップが遠ざかっていく。 私は…飛んだ。逆バンジージャンプで射出されて、渋谷のど真ん中で空を舞った。 あーあ、結局また騙された。ばーかばーか。テレビ湘南に水家曽良の腐乱死体送りつけてやる。ばーかばーか。
 そして無限にも思える長い一瞬の後、私は再び渋谷の地へ…落ちず。 なんとそのまま、上空を旋回していた小型ヘリに空中で捕縛され、拉致されてしまったのだ…。
 「はーい、ドッキリ大成功!毎度おなじみ、志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、したたびでーす!」 放心状態の私をよそに、悪魔的極悪ロリータアイドル、志多田佳奈さんが『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げた。 異常が、事の顛末だ。(これは誤字じゃない。異常なんだ。)  「ちなみに今回のドッキ��は視聴者公募で、ペンネーム『ビニールプール部』さんのアイデアをやらせて頂きました!ありがとうございました~!」  「何が視聴者公募ですか。あんた達全員ビニールプールに沈めてやろうか!? だいたい、どうしてイナちゃんまでグルなんですか!」  「あの子はねぇ」 タナカDが画角外から、私と佳奈さんの会話に割って入る。  「昨夜SNSに紅さんと福島観光してる写真をアップしてたから、アポを取ってみたら、あっさり快諾してくれてですね。 今日あなたが渋谷に行く事も洗いざらい教えてくれたよぉ。『カナさん一番好き日本のアイドル!』とか言ってね」 げ、そうだった!忘れてたあああぁ!! 宅配サービスカウンターに行くのも予定調和だったのかあぁぁ!!  「目的地に着いたら電話かけ直してあげなさいよ」  「目的地じゃなくて渋谷に帰して下さい」  「そう言うなよ、一美ちゃん。 今日から記念すべき新企画が始まるんだから」  「新企画?」
 佳奈さんが座席の下からフリップを取り出す。 おどろおどろしいフォントで『調査せよ!綺麗な地名の闇』と書かれたフリップを。  「じゃじゃーん!新企画、『綺麗な地名の闇』!」  「何ですか、物騒な…」  「一美ちゃんはさ、ゆめみ台って行ったことある?」  「ゆめみ台?電車の乗り換えで通った事ぐらいはありますけど」  「ゆめみ台の旧地名は知ってる?」  「知らないです」  「ジャジャン!これです」 佳奈さんがフリップ上の『ゆめみ台』と書かれたポップなシールをめくる。 するとネガポジ暗転カラーで『蛇流台』と書かれた文言が現れた。  「じ…じゃりゅうだい…」  「蛇流台a.k.a.(アスノウンアス)ゆめみ台は、元々土砂崩れが起きやすい場所だったんだって。 だから今は人が住めるように整備されて、ゆめみ台って綺麗な地名になった。 それって涙ぐましい努力の歴史だと思わない?」  「はぁ」  「そこでね!この企画では、そーいう一癖あるスポットのいい所も暗部も、体を張って紹介していけたらなーって思うの! というわけで一美ちゃん、今日はゆめみ台国立公園でロッククライミングね」  「ああはいはい…はい!?」  「大丈夫!もう蛇流台じゃなくてゆめみ台だから崩落しない!」  「それ以前の問題です!ロッククライミングなんてやった事ないですよ!? どーして突然拉致されて、挙句崖まで登らなきゃいけないんですか!? 私まだ一昨日までの疲れが抜けてないんです!!」  「え?一昨日まで何してたの?」 除霊…とはさすがに言えない。  「…徹夜で…別番組の、廃墟探索ロケ」  「あ、その企画いいね」 しまった!鬼に金棒を与えちゃった!  「い、いえ、私はクライミングがいいな!その方が健康的だし!」  「ひょっとして一美ちゃん、お化けが怖かったのかい?」  「うるさい!」 カメラ外からタナカDにチャチャを入れられた。 怖いも何も、実際は私が分解霧散させちゃったけど。 そんな事より…
 私はフリップ下部に書かれた幾つかのご当地ゆるキャラ達を見ていた。 ゆめみ台の物と思しき台形のパジャマ姿の子や、他にも鳩みたいなもの、犬みたいなものもいる。 その中に一つだけ異質な…毛虫らしきキャラクターを見て、私は戦慄を禁じ得なかった。 灰色の毛、歯茎じみた肌、潰れた目、黄ばんだ舌… 似ている。金剛倶利伽羅龍王に、あまりにも似ている。  「佳奈さん。この下に描かれたゆるキャラ達…まさか、今後これ全部まわるんですか?」  「ん?知ってるキャラがいた?」  どうやら…私に休息の時はないみたいだ。 これもイナちゃんが導いた、『気』の巡り合わせなのかもしれない。
 金剛有明団、きっとすぐ近い将来相見える事だろう。 私はトートバッグの中で、静かにプルパ龍王剣を燃やした。
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hinagikutsushin · 7 years ago
Text
宝石のようにきらきらと。
 森の國奥深くに存在するあちらとこちらの境に、彼女はいる。
 曰く、彼女は人を食らう化物であると。
 曰く、彼女は醜い顔をした婆であると。
 曰く、彼女は狂人であると。
 彼女の姿を見たものがひと握りしかいないせいか、噂ばかりが募って独り歩きする始末である――……。
   かさり、かさりと落ち葉を踏む音。
  黒い編み込みブーツ、真紅のワンピースに植物の絵柄が刺繍されている黒いマント。
 胸元ではマントの留め具である金の飾りが揺れ、その上ではエメナルドのネックレスが光に反射してきらきらと輝いた。
 薄いピンクの唇、高い鼻には瘢が散りばめられ、長い睫毛で伏せられた切れ長なタレ目の中心には、ペリドットを埋めたような柔らかな若葉色の瞳が揺れ、夕焼け色をした艶のある髪の毛は襟足辺りで切りそろえられている。
 そしてもっている籠の中には沢山の薬草と、怪しげな何か。
  かさり、かさり、と彼女は赤い化粧を施した木々の間を縫うように歩き、時折何かを見つけては籠の中に入れ、また足を進める。
 随分と歩き、そして何かを見つけたのか彼女はピタリと足を止めた。
 「あら、人の子」
  彼女の視線の先には薄汚れた、今にも消えそうな白い白い幼子。着物はあちこちが擦り切れ、最早服の意味を成していない。
 彼女は籠を地面に置くと、徐にその幼子を抱き上げた。
「しかもアルビノなんて……珍しい。小汚いし枯れ木みたいだけど十分使えるわ。今日はついてるわね、私」
 そう言ってクスリと笑うと、彼女の声で目が覚めたのか、幼子の目がゆっくりと開かれた。
 そして彼女が彼の瞳を見た瞬間、ほう、と感嘆の溜息が溢れ出た。
「綺麗な薄紅色……」
 白い睫毛に飾られたその瞳は、まるでパパラチアのような優しげな桃色。
「これを研究材料として使うのは勿体ないわねぇ」
 彼の瞳をうっとりと見つめながらそう呟いた彼女に抱かれている彼は、状況ができないのか、それとも言葉を理解できないのか、首を傾げ、ぼやっと彼女を見つめ返すことしか出来なかった。
   アルビノの幼子は、やはり状況が理解できなかったのか、赤髪の女性の腕の中でぽけっと口を開けまま運ばれている。
 そんな彼を家まで連れ帰った彼女は、最早ただの布キレと言ってもいい着物を脱がし、魔法で綺麗に洗い、自身のシャツを着せ――無論彼には大きかったのは言うまでもない――、ソファに座らせてひと仕事を終えたような顔をしていた。
 綺麗に洗われ、ゆったりとした服に包まれている彼の姿はまるで神の使いの様に神秘的で、淡い雪のような体の中で唯一色を持っている薄紅の宝玉が、いい意味で目立っていた。そして元々可愛らしい顔立ちをしているのであろう、今は痩せこけてはいるが、食事を取ればいつしかその頬も子供特有のふっくらとしたものになる。
 当の本人は、少し落ち着かないのか着せられた服を触ったり、匂いを嗅いでみたりと忙しい。
 彼女は彼に視線を合わせるようにしゃがみ、サラリと絹のように流れる髪を撫で、額、瞼、頬へと指でなぞった。そして頬を包むかのように掌で覆うと、突然撫でられ驚き目をぱちくりとさせる幼子を覗き込み、にんまりと笑った。
「ふふ、やっぱり綺麗な瞳……アルビノは他のエルフに研究材料として持ってかれることが多いから本当に得したわ。それにしても貴方はどこから来たのかしら?番号が彫られてないのを見ると造られた訳ではなさそうだし、ならどこから逃げてきたとか?いやでもココから人の住まう國まで幼子が歩いてくるにはとてつもなく距離が空いてるしなぁ……」
 ぽけっとした表情の彼の頬をやわやわと触りながらマシンガンのように言葉を零す彼女は、ふとなにかに気づいたのか口を閉じ、彼の目をのぞき込んだ。
「……焦点が、合わない……?」
 彼の目は彼女を見ているようで見ていない。どこか遠くを見ているような、そんな感じがした。時折ぐっと目に力を入れ焦点を合わせようとする様子を見ると、彼は目が良くないのだろう。
「……ねぇ、貴方。私の顔、見れる?」
 ぴくりと反応した彼は、ふるふると首を振った。
 試しに、遠くにあるものを見えるかと、壁にかけてある時計を指さすが首を振られ、至近距離で自身が先程身につけていたサファイアのネックレスを見せるも首を振られ。
 これは近視でも遠視でもない、彼は恐らく弱視。
 しかも眼球振盪も起こしているのか、少し観察してみれば瞳が左右に細く揺れているのが見えた。
 彼女は心配になったのか、続けて色覚異常があるかどうかの試験をしてみる――結果は色盲、しかも1色覚と来た。つまり、彼は白黒のぼんやりとした世界を生きている。
 この結果に彼女は大きなため息をついた。
「(これはハズレね。いくら見目麗しい幼子だとしても、これじゃあコマ使いにもならないわ……)」
 「拾うんじゃなかった……」
「!!」
  彼女の言葉に反応した彼は、突然彼女にすがりつくように抱きついた。
「すてないで……! なんでも、するから、へんなものも、みないようにするからっ、だから、だからすてないで、おいていかないで、ころさないで、おねがい……!」
 今度は彼女が驚く番だった。初めて聞いた彼の声は小鳥が鳴くような小さく可愛らしいものだが、その口から出てくる言葉は必死の命乞い。
 その中で1つ引っかかった言葉があり、彼女は彼を落ち着かせるように背中を叩くと��そっと尋ねた。
「変なものが見えるって言ったわよね? どういうものが見えるのかしら」
 幼子は少し喉の奥をひくつかせたが、覚悟を決めたかのように喉を鳴らすと、こう言った。
「ひかりのたまだったり、いぎょうのせいぶつだったり……ここはとくに、ぼくがいたところよりも、そういうのがいっぱいいる……あそこにも、ちいさいはねのはえた、にんげんみたいなのがいる」
 それを聞くと、先ほどとは打って変わって彼女はにんまりと口元をあげた。
「ビンゴ」
「へ」
「パピヨン、いらっしゃいよ。この子人間にしては珍しくあなたが見えるらしいわ」
『さっきからその子の話は聞いてるからわかってるわぁ! それと、お生憎様、私達は小さな人間じゃあなくて、妖精よぉ!』
 きらきらと鱗粉を散らしながら赤髪の女性の肩に乗り楽しそうに笑うお隣さん。まさか話しかけられるとは思わず、ぽかんと口を開ける彼を、彼女は楽しそうに見て笑った。
「あなたの目が見えないのはしょうがないわ。コマ使いとして使えないのは残念だけれど、もうひとつ、貴方だからこそ進める道がある」
「あなた、魔法使いに興味はあって?」
  これが森の賢者と呼ばれる大魔女サージュと、彼女から1番寵愛を受けた、唯一の人間の弟子であるローゼとの出会い��ある。
   ローゼ――薄紅色の君――という安直な名前をつけられた少年が来てから、研究尽くしだったサージュの生活は慌ただしく過ぎていった。
 最近では存在すら珍しい、しかもローゼの口振りからすれば恐らく表の世界から迷い込んできた魔力持ちの少年。彼に教えることは彼女が想像してたよりも山ほどある。
 最も苦労したのは生活の仕方を覚えさせることだろう。
 恐らく彼は生まれ故郷でろくな待遇をされなかったのか、寝床は部屋の隅の隅、食事を出されれば手掴み、シャワーは浴びさせれば突然出てくる生温い水に驚いて逃げ出す始末。出会った頃やけに静かで大人しかったのは矢張り状況を理解できなかったからなのかもしれない。
 それに魔法は何でもできるとは言っても、限度がある。彼は人間にしては珍しく魔法使いの素質を持っているが、魔力の保有量の上限はエルフのそれよりも一段と低いもの。彼女と同じように魔法を使用しては、魔力の枯渇により倒れたり、最悪の場合死に至ることだってある。故にこうして生活の基盤は知っておかねばならない重要な事柄の1つなのだ。
  何ヶ月も経てば、それなりに慣れてきたのか自分で出来ることは自分でするようになった。言葉もたどたどしいそれからはっきりとした物言いになり始め、元来の明るい性格が垣間見得るようになった。
またそれから1年経てば、彼はすっかり怯えをなくし、異形のものも近付いて良いもの、悪いものを覚え、隣人とも良い関係を築き始めた。
 この機会に元々計画していた魔法の基礎をと、サージュは意気揚々とローゼに教えようとしたのだが、彼の障害は様々なところで壁を作った。
  まず本が読めない。目事態に問題がある為かメガネを使用しても視力は上がらず、隣人に本を読んでもらっている。幼いおかげで記憶力はいいのか、スポンジのように知識を吸い込んでいくのは良い点だ。
 そして明るい場所に出れない。目が眩むのか、外に出るのを嫌がる節がある。そしてアルビノということもあり、肌にも気をつけなければすぐに火傷をしたかのように赤くなってしまうのも難点だ。故に外での材料収集は夜以外は危ない。
 何より、色がわからないのは本当に困ったことだった。魔法薬を作るには過程における色の変化が非常に重要なのだが、その色を見れないとなると、魔法薬自体を作れない。嗅覚がいいおかげで、色と共に臭いが変化する魔法薬であればギリギリ作れるが、他はてんでダメ。
 幸い勉学に対して非常に貪欲で、知りたいことやりたい事はしつくさないと気が済まない好奇心で研究体質な一面は、サージュにとって素晴らしい物であると感じさせたようだが、様々な問題も同時に彼女に叩きつけられ、中々前に進めない現状にため息が出るばかり。
 「(本人は楽しんでやってるし、私も一緒にいて楽しいからいいものの、損したか得したかは非常に微妙な所だわ……)」
  サージュは椅子に座り、腕を組んで幻獣や隣人たちと戯れるローゼを横目で見た。
 彼は突然内緒話をするように、使い魔とこしょこしょと囁きあうと、こちらをパッと向いて手を振った。
 「ししょう!!見ててくださいね!!」
  彼はそう言うと、使い魔と躍るように跳ねながら呪文を唱え、持っていた杖で空中を描いた。
 すると現れる無数の水の泡。
 サージュは目を見開いた。彼には確かに魔法の基礎を教えているが、実践はまだだったはず。
 無理な魔法使用は体に障る可能性がある。一言言いたげに口を開いたが、ローゼが満面の笑みで彼女に言った言葉に、より驚く事になる。
「ぼく、ししょうに見てもらいたくてがんばったんですよ!まだこれくらいしかできないけど、ぼく、いつかはししょうみたいなまほう使いになりたいんです!」
「天使か」
「ししょう?」
 ハッとしてサージュは自身の口を手で塞いだ。頭の中で思ってただけな筈なのに口から漏れていたと気付いた時には既に遅し。傍で彼女の使い魔のパピヨンがぷくくっと吹き出し、彼女の肩に寝そべった。
『あの森の賢者と言われるサージュ様がぁ? たった一人の人間の小童に絆されるなんてぇ? めっずらしいじゃないのぉ?」
「お黙んなさいよパピヨン……私だってこんな拾い物が私を変えるだなんて思ってなかった」
 彼女達がなんの話をしているのか気になったらしい幼子は、パタパタとかけてくると美しいパパラチアの瞳でサージュを見上げた。
 彼女は少し慣れない手つきで頭を撫でると、もっと撫でて欲しいと言わんばかりに頭を押し付けてくるローゼ。その様子を見てだらし無く笑うサージュ。
「きっと愛おしいって、こういうことなのかしら」
「なにか言いましたか?」
「いいえ、何でもないわ」
  そう言って彼女はローゼを抱き上げ、瞼に軽く口付けを落とし、膝の上に乗せた。
 ぽんぽんと規則正しく幼子の背を優しく叩けば、安心したのか眠たそうにうとうとし始める彼。まだ体力が少ないからか、魔力の行使には酷い疲れが伴う。先程出した水の泡も、習いたてにしてはよくやった方だ。
「(もしローゼの目が良くなれば、もっと色々なことができるようになる。魔法も、きっと世界だって広がる)」
「(彼の目、どうにかしてあげたいわね)」
 眠りについた、まだミルクの匂いが残る幼子をサージュはぎゅっと抱きしめた。ローゼを育てていく覚悟ができたらしい彼女の目は、爛々と輝いていた。
   幾年、時が過ぎた。ある秋の夜、少年へと育った彼に、サージュは黒いマントを着せた。しっかりと手を繋ぎ移動魔法を唱え着いた先は大きな大木の前。
 久しぶりの外出が楽しみなのか、少し落ち着きのないローゼとはぐれない様に繋いだ手を引っ張るサージュ。ローゼはハッとすると彼女の意図に気づいたのかピタリと横にくっつき歩いた。しかし目は正直なもので、きょろきょろと辺りを見回している。
 妖精の通り道なのか、夜にもかかわらずきらきらと淡く輝く大きな大木の洞穴の先に、木製の小さな扉があった。サージュがコンコンとその戸を叩くと、中から嗄れた老人の声がした。
「こんな夜更けに、どなたかな」
「夜分遅くに失礼するわイレーナ。サージュなのだけれど、この扉を開けてはくれないかしら」
「さ、サージュ様?!」
 酷く驚愕したのか、若干引き攣ったように声を上げた老人と、なにかか倒れガシャーンっと割れる音。たたたたっと足音が近づいてきて、バーンッと勢いよく開けられた扉の先には、
「サージュ様! いらっしゃる時は連絡をくださいとあれほど申し上げましたのに!」
 ローゼ程の背丈の、重たげな三つ編みを右肩に垂らした少女がいた。
「ごめんなさいね、イレーナ。しかし貴方も大概ね、未だに玄関前での応答では老婆の声を使うだなんて」
「これとそれとは話が別ですよ! 全くもう!」
 どうやら老婆の声の正体はイレーナと呼ばれた彼女だったらしい。フリルのついたブラウス、胸元には爽やかな青いサファイアの飾り留めがついた夜色のリボンタイ、深い海色のミニスカート、黒いブーツは作業用なのかちょっと汚い。そして彼女の全身を覆う小豆色をしたマントは、着ているよりかは着させられているようにも見える。藍色の大きくくりっとした目は愛らしく、頬を膨らませたり、ブンブンと腕を振るといった態度は、彼女をより子供っぽく見せていた。
 ローゼもまさかあの声の正体が自分と同じくらいの少女だとは思わなかったのか、唖然としていたが、リスのようなつぶらな瞳を向けられ、驚きのあまりサージュの背に隠れた。
「その子は一体?」
「私の弟子。だから貴女の弟弟子ね」
「弟子?!」
「しかも人間でアルビノよ」
「嘘ォ?! レア物じゃないですか!!」
 突然の報告に口をあんぐりと開けたイレーナは、ブンブンと頭を振って、半分顔を出しているローゼを穴が空くほど見つめた。居心地が悪いのか、ローゼはサージュのマントをぎゅっと握って再び背に隠れてしまう。
「こらローゼ、初対面の人に会ったらどうするんだったかしら」
「……挨拶と、自己紹介」
「そうね。大丈夫よ、イレーナは変人だけど貴方に危害を与えるような子ではないわ。ほら、出て来なさい」
 そう言われ、おどおどと背から出てきたローゼ。そして前を向くと、パァっと目を輝かせたイレーナと目が合った。吃驚するも、一回深呼吸をし、口を開く。
「師匠の弟子の、ローゼです」
「! あっ、えっと私はイレーナ=ヴァン=レイって言うの! 森の國で唯一人間を研究している第1級魔法使いだよ! 宜しくね!」
 パーッと顔を明るくすると、興奮しているのか早口気味に自己紹介をしたイレーナは、ローゼの手を取ってブンブンと振った。握手のつもりなのだろう、しかしその細腕は思ったよりも力強く、振られる度ローゼの体も揺れた。
  自己紹介も程々に、研究所の中へ招き入れたイレーナ。綺麗好きなサージュは、実験後必ず後片付けをする為散らかってもないし、一見するとおばあちゃんの家のような雰囲気なのだが、それと比べるとイレーナの家は正反対とも言える。ローゼは長い廊下の途中で見えた実験室を見て唖然とした。蝋燭で照らされた部屋は、あちらこちらで書物山、実験して失敗したものもそのまま、材料やその残骸は机の上に散乱していた。魔女の家そのものである。
 そんな実験室を抜け、客室に入った。こちらは比較的綺麗に整えてあるらしい。端で分厚い本が積みかさなって���るのに目を瞑れば。
 サージュとローゼは部屋の中心にあるソファに座った。続いてイレーナも手前にある一人用の小さなソファに座る。
「それで今回はどんなご用で? もしかしてその人間についてでしょうか?」
「流石ね、そうよ。是非あなたの力を借りたいの」
 そう微笑みながらサージュがイレーナに告げると、嬉しそうに身をくねらせて「森の賢者とも言われるサージュ様に頼られるだなんて感激ですぅ」と言葉を零している。そしてローゼはまさか自分の為にここに来たとは露知らず、サージュを二度見した。
「し、師匠どういうことですか」
 サージュはそう尋ねたローゼの肩を掴み、自分の元へと引き寄せ真剣な表情でイレーナを見つめた。彼女もこれは只事ではないと、だらしのない顔を引き締めて見つめ返す。
「ローゼの目を治したいの。この子は見ての通りアルビノ、目が弱いという事は書物からの情報で知っていたけれど……この子の場合は弱視と一色覚でね」
「弱視に一色覚ですか、これまた厄介な���…」
「魔法に関しては本当に目がいいの。魔力の質も洗練されてて良質なものだわ。弱視は眼鏡をかけさせてあげればどうにかなる、でも一色覚、そしてそれによる弱視は……どうにもならない」
「だから私を訪ねたんですか? その子に鮮明な景色と色を見せるために」
「えぇ、そうよ」
 イレーナは額に人差し指を添え、暫く何かを考えている様子。5分経ってもその状態は変わらず。静かな客間に、当人は罪悪感を感じ始めたのか、彼は悩み続ける彼女におずおずと口を開いた。
「あの、イレーナ様……そして師匠も。……僕は別に色なんて見えなくても大丈夫です。目が弱いのも、大丈夫です。今までも大変なことはあったけれど何とかなりましたし、これからも気をつけて行けば、きっと。こんな僕の目のせいで、貴女方を悩ませたくない」
 俯いてそう呟くように告げたローゼを、サージュは容赦なく叩いた。「ぐぇっ」とカエルが潰れるような声がした。サージュは頭を抑えて悶えるローゼの頬を手で包み、無理やり顔を上げさせた。
「ローゼ、自分のことを『こんな』だとか言わないことよ。貴方はこの私が認める最高の弟子、最高の弟子に何かを与えたい、困っていたら助けてあげたいと思うのは師匠として当たり前のことだわ。もう一度『こんな僕』だなんて言って見なさい、実験の材料にしてやる」
 ペリドットの瞳の奥に見え隠れした怒りの炎に体を強ばらせたローゼは、しゅんとして「申し訳ございません」と小さな声で謝ると、手前にいたイレーナが困ったように笑った。
「サージュ様は相変わらずですね」
「私の弟子なのだから、自信を持つべきよ」
「そうですね、何しろこの國で王の次に強いとされていますし、ローゼ君は素晴らしい師匠の元で魔法を学べることを、そして自分を誇るべきですよ。そしてローゼ君」
「はい」
 「魔法使いの世界に限らず、この世界には色が溢れているの。例えば――春には色とりどりの花が咲き、夏には青々と茂る草木が風で揺れ、秋には黄色く赤く化粧をした葉が山を染め、冬は一面銀色の雪景色。空だってそう。朝は優しい薄紅から始まって、昼は爽やかな群青色で元気が溢れ、夕方になれば真っ赤な夕焼けと黄昏て、夜は深い深い紺色で包まれる。そんな素敵な世界を白と黒、しかもぼんやりとしか見えないだなんて、本当に損をしているよ。色は魔法薬を作るにあたってもとっても大事だけれど、私たちの人生にも彩りを与え、そして豊かにしてくれるもだもの。
  私も、サージュも、貴方に是非この世界の美しさを見てもらいたいんだよ」
   暫く話し合い、イレーナは本棚から何冊か分厚い本を取り出すとサージュに渡した。サージュは有り難そうにそれを受け取ると、ローゼも小さな声ではあるが感謝の念を伝え、移動魔法でその場を去った。
 イレーナは誰もいなくなった客間のソファに横たわり、ふーっと溜息をつく。緊張の糸が切れたかのようにダラダラとしていると、奥の扉から背の高い青年が現れた。同じ髪色、同じ目の色、髪型も同じだが、彼女よりも少しツリ目気味な目は涼し気で、エルフにしては高すぎる身長に比べて細い体は少し頼りなさそうにも見える。防水加工がなされているのか、つるつるとした黒いツナギを纏った青年は、ブランケットをイレーナに掛けた。
「イレーナ、おつかれさん」
「ん、ありがとうナハティス」
 にぃっと笑った彼女を指で弾くと、ナハティス――イレーナの双子の弟も悪戯っ子のように笑った。
「しっかしま、今回はよく我慢できたね。人間のアルビノは個体数が少ないが故に実験とか観察といった類の研究結果が少ないんだろう?買おうとは思わなかったのか?」
「私も最初はそうしようと思ったよ。でもサージュ様のあの溺愛っぷり見たでしょう?研究以外に殆ど何も関心を示さなかったあの方が、あんなに自分の弟子を愛して育ててるんだよ? あんなの引き離せるわけないじゃんか……」
「人間狂いとも呼ばれてんのに珍しいこって」
「私だって我慢くらいできるわ失礼な! 」
「ほーへーそー」
「あぁぁーーーーもうナハティスこの野郎からかいやがってーーーー!!」
 ソファから起きあがって、涼しい顔で逃げるナハティスを鬼の形相で追いかけるイレーナ。時折水風船が割れたような音もする。彼らの夜はまだまだ始まったばかりだ。
   サージュはイレーナから渡された書物を元に、研究漬けの毎日を送っていた。色覚異常の症状、メカニズムを調べ、足りない部分用に魔法を作り、弱視用の眼鏡にかける。
 初めはそれで成功すると彼女は確信していたが、結果は否。そもそも一色覚による弱視は網膜に問題があるため、眼鏡をかけても視力は治らない。その上全色盲は全てを補わなければいけない。タダでさえ新しい魔法を作るだけでも月日がかかるというのに、ここまで手間のかかるものであると、その苦労は計り知れないモノだ。
 徹夜で魔力を練る毎日。幾ら魔力量が他の人より多いからと言って、休み無しの実験は体力を奪う。
 ギリギリまで実験を繰り返し、倒れる寸前で眠りにつく。ローゼはサージュの邪魔をしない程度に世話を焼き、家事全般を行った。
 数年経てば、彼の魔法の腕はかなりのものとなった。元々限りなくこちら側であったローゼは、慣れさえすれば息をするように魔法を使いこなせるようになる天才型だ。
 いつものように朝食を作り、サージュの元へ届けると、実験室も机でうつぶせになって眠る彼女を見つけた。
 目の下にクマをつくった彼女は、いつもの様な飄々とした表情ではなく、小さな幼子のように口を開けてよだれを垂らして久しぶりの睡眠を取っているようだった。
「(今日でたしか徹夜7日目だったかな……)」
 彼は、彼女の頬にかかった髪を指でそっと退けた。すると、擽ったそうに彼女は身を捩り、ふにゃりと赤ん坊のように笑った。
 師匠の見たこともない表情に、頬に触れていた指先をピクリとさせると、徐々に顔を赤らめるローゼ。胸に手を当て、ドクドクと勢いよく流れる自身の心臓を感じると、彼は困ったように口元を歪めた。
「(駄目だ、これは駄目なやつだ)」
 それは開けてはならないパンドラの箱。そもそも人間とエルフである彼女の流れる時間は違いすぎる。ふーっと自身を落ち着かせるために深呼吸をし、朝食を空いてるスペースに置いて彼女を抱き上げた。よほど疲れているのか起きる気配はない。
 実験室の奥の彼女の私室を開け、ベットに彼女を下ろすとそっと布団をかけた。
「おやすみなさい、師匠」
 ローゼは額に軽く口付けを落とすと、静かにその部屋から立ち去った。
 「……まったく、こまったこなんだから」
  1人、ベッドの上でぽつりと呟いたサージュは、布団を頭の上まで被り、再び眠りに落ちた。
 カーテン越しの朝日が、ほんのりと部屋を照らした。
  「さぁローゼ、ここに座って頂戴な」
 サージュはローゼの手を取って、木の椅子に座らせた。そして目を閉じるように言い、彼の目蓋が下りたのを確認すると、そっと顔の形を確かめるように皮膚を撫でた。
 サージュよりも小さかった彼も、既に齢50。いつしかサージュの身長を優に超え、シワも増え、初老の男性へと変貌した。
 だけど彼女の愛は依然として変わらない。白銀色のさらさらとした髪、伏せられた長い睫毛、その中で輝くパパラチアの瞳、少しカサつく白い肌、小心者な性格に似合わず大きな体――その全てが愛おしい。
 そしてそっと目蓋に口付けを落とすと、手を離した。
「(貴方の愛に答えられなくてごめんなさいね)」
 サージュはそう心の中で謝罪をすると、懐から銀色の縁をした丸い眼鏡を取り出すと、メガネチェーンを彼の首にかけ、今度はそっと眼鏡を耳にかけた。
「師匠」
「まだよ、焦らないでね」
 そわそわとしだした彼を牽制すると、彼女は少し離れて眼鏡がズレてないかを確認し、うんうんと頷いた。
「よし、いいわ。ゆっくり目を開けて――……」
 ふるふるっと彼の目蓋が震えると、ゆっくりとその目は開かれた。そして、かつて無いほどその目を大きく見開くと、ポタリと雫が目から零れた。
  初めて目にするその景色を、彼は一生忘れないだろう。
  暖かい木の色で作られた部屋、白いレースのカーテンと、窓から入る緑色の木漏れ日、鉢に植え付けた植物には色とりどりの花が咲き、花の蜜を狙って、小鳥たちが遊びに来る。妖精の通り道はキラキラと虹色に光り、ローゼの様子を見に来た隣人たちは、ニコニコと笑って彼の周りを飛んでいる。
 そして、彼の前で慈母のように笑うサージュ。
 「(彼女が見える。優莉のように赤い髪も、森のように深い翠の瞳も、肌に���りばめられた小さな瘢や、薄く紅で色づいている唇も、全部、全部。ぼやけてなんかない、鮮明に、見える)」
  彼は歓喜で震える両手でサージュを抱き締めた。
 そんな彼を優しく抱き締め返し、泣き止まない幼子をあやすかのように背中を撫でる彼女。
    世界は宝石のようにキラキラと輝き、彼を祝福した。
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