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日露戦争下の日本-ロシア軍人捕虜の妻の日記 ソフィア・フォン・タイル、小木曽龍・小木曽美代子=訳 新人物往来社
#日露戦争下の日本-ロシア軍人捕虜の妻の日記#日露戦争下の日本#Sophia Von Theil#ソフィア・フォン・タイル#ryu ogiso#小木曽龍#miyoko ogiso#小木曽美代子#anamon#古本屋あなもん#あなもん#book cover
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#「本日も素敵なお客様が」 本日の在廊でも 素敵なお客様がいらして下さいました。 20年くらい前に出版した 「ひとしずくのお話」(かとうようこ作絵、くもん出版) を読んで、とて#③「絵と言葉を紡ぐ展」 同じくブックハウスカフェのギャラリーこまどり (店内右奥の小部屋) にて 11月13日〜19日 在廊:11月13日(水)13〜15時、 14日(木)〜19(火)の14〜17時。 *
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今日読んだ漫画 2023年7月19日(水)
LINEマンガ
⚾『僕らには僕らの言葉がある』詠里
📱『神村道楽堂二階イ号室』八島時
コミックライド
👹『蜜の巫女と花の従者』のくらじれ
作品ページ
⬇️
【蜜の巫女と花の従者】
コミックPASH!
❄️『婚約破棄だ、発情聖女。』藤峰やまと+まえばる蒔乃
作品ページ
⬇️
婚約破棄だ、発情聖女。|PASH UP!
別冊マーガレット2023年8月号

🎶『アオハル荘へようこそ』水野美波
🏠『キミと青い屋根の下』ことのは紬
🌃『夜に聞かせて』中河友里
🌕『月のお気に召すまま』木内ラムネ
🎡『小宮山がキライだ』桃白茉乃
📻『星空に僕らひとりきり』井田葉子
👩🦰『オートフォーカスピンク』田中ゆちあ
🏖️『Re:blue』加瀬まつり
🎅『太陽よりも眩しい星』河原和音
#今日読んだ漫画#僕らには僕らの言葉がある#詠里#神村道楽堂二階イ号室#八島時#蜜の巫女と花の従者#のくらじれ#婚約破棄だ、発情聖女。#��峰やまと#まえばる蒔乃#アオハル荘へようこそ#水野美波#キミと青い屋根の下#ことのは紬#夜に聞かせて#中河友里#月のお気に召すまま#木内ラムネ#小宮山がキライだ#桃白茉乃#星空に僕らひとりきり#井田葉子#オートフォーカスピンク#田中ゆちあ#Re:blue#加瀬まつり#太陽よりも眩しい星#河原和音
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天羽 希純は、日本のアイドル、タレント、アーティスト、モデル、女優、グラビアアイドル。東京都江戸川区出身。ゼロイチファミリア所属。 本名、小松 希純。愛称は「きすみん」「きっちゅー」。ファンの総称は「ちゅー魔」。 ウィキペディア
生まれ: 1996年8月12日 (年齢 28歳), 東京都
本名: 小松希純
身長: 164 cm
テレビ番組: アイドルゾーン20時
カップサイズ: G
スリーサイズ: 84 - 58 - 84 cm
家族構成は両親、弟2人(3歳下と8歳下)の5人家族。
2020年4月の時点で「バブ」「ぷり」「ポン」という3匹の猫を飼っている。
好きな食べ物は栗きんとん。苦手な食べ物は野菜。健康管理、体調管理、体型管理にはとても気を遣っているとのこと。
趣味はクラシック鑑賞、温泉・銭湯巡り、御朱印集め。神社も好き。特技はピアノ、トロンボーン、水泳。
将来の夢は女優になること、武道館ライブをすることを挙げている。数々のアイドルグループを経験しており、「普通に生きてちゃ目立てない」を座右の銘としている。
「希純(きすみ)」という名前は、氷室京介ファンの父によって、氷室の曲「KISS ME」から名付けられた。
母親の影響を受けてか看護学生時代あり。
八百屋、居酒屋、東京ドームシティでアルバイトをした経験がある。
アーマーガールズとしてデビューする前に、乃木坂46の2期生オーディションを受けて落ちた経歴がある。その乃木坂46のブログはブックマークに入れてしょっちゅう見ているほどで、いつか共演して必ず追い抜いてみせるという野望を抱いている。
『週刊プレイボーイ』(集英社)開催「適乳(てきちち)」番付には選ばれてい���いものの、自分こそがという思いで「適乳」をグラビアアイドルとしての売りにしている。2022年まではスリーサイズを前述のように公表していたが、2023年現在では身長以外を非公表にしている代わりにバストはGカップと公表している。
実年齢よりも幼く見え、『cream』の常連モデルを務める。自身では「高校3年生の受験シーズンの感じ」と例えている。
所属する#2i2の最年長メンバー。チームへの思い入れや責任感が強く、#2i2をより有名にしたいとの思いがモチベーションになっている。
本人は自分が不在の間#2i2のメンバーに支えてもらった事をとても感謝しており、そのメンバーの気持ちに応えるため頑張り続けたいとのこと。チーム愛も人一倍強い。
家族想い、メンバー想い、動物想いである。動物愛好家であり、2023年6月時点で3匹の猫と4匹の犬を飼っている。
人柄は明るく、謙虚さを兼ね備えている。TIF2023PR大使決定戦総合ポイントランキング1位になった際も、本人の実力ではなくファンのお陰だからとのコメントを添えている。イベントでは周囲から「神対応」と称されており、ファンとの触れ合いを大事にしている。これは学生時代交流が下手くそで、煙たがれた経験から、好きって言ってくれる人にはできるだけ感謝を伝え、1回でもドキッとして帰ってもらいたい、思い出の爪痕を残したい考えからの行動である。
2023年9月2日、国指定の難病である潰瘍性大腸炎に罹患していることを、自身のSNS投稿で公表した。
2024年10月10日夜にバイクとの接触事故に遭い、頭部を縫う怪我を負ったことをグループ公式サイトが発表した。
2024年10月28日、ヒカルチャンネルのお泊まりシリーズに初出演。
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(前回の続き)
ヨーロッパ某国のゲイクラブでの話。
ビデオのある個室で2人の男にザーメンをぶち込まれてますます変態度が上がった俺は、ハーネスにケツ割れブーツ姿のまま地下へ続く重厚な階段を降りていった。ヨーロッパらしい石造りの天井が高い薄暗い空間が広がっていて、中央にはまず映画のように大きなエロビデオが投影されている広間があり、スクリーンの前には小さな舞台が。その前には平らなベンチが多く置かれていて、そこでスクリーンを見ながらデカいチンコをジッパーから引っ張り出してしこっているおっさんが数名いた。エロい風景にしばし俺も壁にもたれかかってエロビデオを見ながらおっさん達を見ていたが、奥のエリアを見てみたくなったのでそのおっさん達の視線を気にしながら右手に繋がる暗い廊下方向に。歩いて見行くと幾つかのドアが無い真っ暗な小さな個室と、その奥にはさらに上階と同じような扉付きのビデオ個室があった。そのエリアでも真っ暗な小さな個室の中でしゃぶっていると思われる野郎達や通り過ぎる俺のケツを触ったり胸を触ったりしてくる奴もいた。興味ありつつもそのエリアから中央に戻り、今度は左手方向に。左手には3方向に伸びる廊下があり、一つ目は鉄柵で囲まれた幾つかの暗い部屋があるスペースに続いており、鉄柵の部屋の中には天井から鎖が幾つかぶら下がっていたり、木製の椅子やベンチや台が真ん中に置かれていたりしたハードな作り。二つ目の通路の方に戻るとそこにも壁に鉄柵が取り付けられた部屋があり、中をのぞくと真ん中にケツ掘りブランコがあり、3人ほどの野獣がデカいケツの野郎のケツを交代に舐めながらデカいチンコで掘っていた。俺はケツ割れの股間をパンパンにしながら、その通路の奥に進むと、そこはうす暗いエリアに四つん這いに体を固定する木製の大きなベンチが置かれた広いエリアや壁に等身大のX字のパネルが取り付けられた鉄柵の部屋があり、X字の先端にはそれぞれ鎖が取り付けられていた。興味はあったがそのエリアから一端戻り3つめの暗い通路へ。そこは一番奥が深いようで、中には鉄格子の大きな部屋の中央に大きな木製のベッドが置かれ、開いた足を固定出来る鎖が天井からいくつもぶら下がっていた。その奥には幾つかの広い扉付きの部屋やオープンな暗い部屋があり、迷路のようになっている廊下を進むと股をを開いて寝る手術台のようなベンチがある部屋や、真っ暗で中がよく見えないダークルームが幾つかあった。
さっきから何人もの野郎達と目が合ったりケツを触られたりしていたので、ムラムラ度が半端ない俺は何を思ったのか興味があったその股を開いて寝るベンチに横たわり、両足を固定台に乗せて股を開く形のエロい体制になってみた。その格好になっている自分の変態度にも興奮したが、間もなく一人の体のデカい髭の似合う男が入ってきて俺に近づき、俺の姿を見ながらジーンズからデカいいちもつを引っ張り出してしこり出した。そのでかいチンコをガン見して俺もガマン汁でびちょびちょのケツ割れの上からチンコを揉んでいたら、その男が俺に近づきそのデカマラを俺の口に突っ込んできた。デカくて太くて男臭いチンコをしゃぶっていると途中で甘いガマン汁が口に広がりまたも興奮。するとその男にベロチューされてさらに興奮、ガマン汁はダラダラ。するとその男は俺の開いた足の方に移動して俺のケツを舐め始めた。おそらくさっきのザーメンも一緒に舐め取られているようで、あまりの気持ち良さに声が出たが、気付くと周囲には他に数名の男達が。ケツを舐められていると同時にもう一人のダディがデカマラを俺の口に突っ込んできたのでもちろんしゃぶりついた。すると別の男が反対側に立ち俺のガマン汁でべっとりしたケツ割れから俺のチンコを引っ張り出しでシャブリ出した。同時に他の男が俺の乳首を触り出してきて、周りに他にも数名の野郎がいる中で、チンコもケツも乳首も攻められながら、デカマラをしゃぶらされているという超恥ずかしい姿を見られて興奮はピークに。するとケツを舐めていた男がデカいチンコを俺のケツの穴に押し込んできた。すでにさっきデカマラで広げられていたおかげでそのデカマラは抵抗なくズボッと俺のケツにヌメり込んできた。思わず声が出て体が大きビクンと動いたが、その4名くらいの野郎に体を押さえられ、デカマラで口も塞がれていたので抵抗などできず、グチョグチョと人前でケツを掘られまくった。間もなくケツの中でデカマラがビクンと止まったかと思うと、ケツの中に温かいザーメンが大量に噴出されたのが分かった。すると、俺にしゃぶらせていたダディがすぐさま俺のケツに回り、ケツの穴から垂れるザーメンを自分のチンコに塗りつけたかと思うと、すぐさま俺を掘り始めた。これまたデカい。さっき掘った野郎がザーメンのついたチンコを俺の口にもってきたので、綺麗になめ回してやったらベロチューして去って行った。また別の若イケメンが俺の口にチンコを突っ込んできたので、チンコを咥えながら掘られっぱなし。二人目のダディも間もなく中出し。するとすぐに俺のチンコをしゃぶっていた男が俺のケツを掘り始め、すぐに中に種付け。俺のケツは既にここで3人のザーメンがぶち込まれてケツの穴から垂れていたが、別のヒゲのおっさんがすぐに俺のケツをなめ回してザーメンをすすりだした。またそのおっさんもチンコをぶち込んできたが、それが半端なくデカかった。デカマラでおなかはパンパンだが、ケツの穴とザーメンがグチュグチュとエロい音を響かせてピストンされた。誰かが俺のチンコをしゃぶりまくっているし、乳首も舐められているし、若いイケメンのデカマラをしゃぶりながらもう何が何だか分からなくなって恍惚状態。若いイケメンが俺にしゃぶらせながら横に来た他のごつい野郎とベロチューを始めたのもエロかったが、間もなく若いイケメンのデカマラから大量のザーメンが俺の口の中に噴射。俺は口の中に溜まったイケメンのザーメンをゴクゴクと飲んだが、それをみたごつい野郎が俺とベロチュー。口の中のザーメンをなめ合っていると、もう俺も限界。ベローチューされて掘られながら腹の上にドピュっと噴射。すると、そのザーメンをすくい取りなめながら掘っていたおっさんも一緒に中出し。また腹の中に大量のザーメンがぶち込まれた。
気付くと、そのおっさんやごつい野郎が俺の腹の上のザーメンを舐め合っているし、ケツからザーメン垂れ流しの恥ずかしい姿をまだ数名のチンコをしこりながら囲んでいた男達に見られているのが分かり、一気に恥ずかしさが湧き上がった。俺は笑いながら男達の手を振りほどいてそのままその場を離れ、上階の洗面所に駆け込んで体を拭き小便をして顔を洗った。その後1時間半ほど個室で休憩。
あっという間のあまりに激しく恥ずかしいエロいプレーで興奮はなかなか収まらず、休んだあと再度個室で↗追加して、アゲアゲ状態でもう1回戦臨みに地下へ降りて行ったことは言うまでもないが、その後の更なる変態プレーは想像にお任せします。
今回の旅行で、ヨーロッパについても見直したが、その某国の男達がかっこよくてエロくて感じがよかったので、その国のファンになってしまった。またいつか訪問してみたい。兎に角、自分の知らなかった変態度を改めて知って恥ずかしいと思うと同時に、またやられてみたいという気持ちもあり、癖になりそうな自分が怖い⋯w
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Edo period women obi knots, fantastic reference chart by Edo lover Nadeshico Rin.
You can see here several obi musubi favored by city women, of all class and status. Novelty knots were a fashion statement, often lauched by star onnagata kabuki actors, and spread by iki fashionistas such as geisha.
For top to bottom, left to right, you can see here:
Chidori musubi (plover knot) ちどり結び
Shôryû musubi (little dragon knot) 小龍結び
Kichiya musubi (Kichiya knot) 吉弥 結び - named after onnagata actor Uemura Kichiya I in Genroku period, who single handedly launched a new type of knots and obi fashion
Koman musubi (Koman knot) 小万結び - named after a kabuki character in play Yakko no Koman
Nagoya obi (Nagoya belt) 名古屋帯 - Azuchi Momoyama/Early Edo era silk kumihimo tied in butterfly knot
Yanoji musubi (arrow knot) 矢の字結び - created by onnagata actor Segawa Kikunojo II. Also found under the name tateya musubi 立て矢結び (standing arrow knot)
Yoshio musubi (Yoshio knot) よしお結び
Mizuki musubi (Mizuki knot) 水木結び - onnagata actor Mizuki Tatsunosuke is said to have first worn this variation of the Kichiya musubi
Rokô musubi (rôkô knot) 路孝結び - created by onnagata actor Segawa Kikunojo II
Karuta musubi (card knot) カルタ結び - created in early Edo period, looking like 3 playing cards side by side
Hitotsu musubi (single knot) 一つ結び - during Edo, was also called darari musubi だらり結び. Note that it differs from is nowadays called darari obi (worn by maiko)
Tate musubi (standing knot) 立て結び - see yanoji/tateya musubi for variations
Bunko kuzushi (unbalanced knot) 文庫くずし
Heijûrô musubi (Heijûrô knot) 平十郎結び - created by actor Murayama Heijûrô III
Sageshita musubi (falling knot) さげ下結び
(by request of @fireflybettle, hope this will help you ^^)
#japan#fashion#fashion history#references#ressources#nadeshico rin#edo period#edo era#obi#musubi#obi knot#kitsuke#chidori musubi#Shôryû musubi#Kichiya musubi#Koman musubi#historical Nagoya obi#Yanoji musubi#tateya musubi#Yoshio musubi#Mizuki musubi#Rokô musubi#Karuta musubi#Hitotsu musubi#Tate musubi#Bunko kuzushi#Heijûrô musubi#Sageshita musubi#darari obi
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私は、高校を卒業してすぐに就職した。生まれ育った静岡県の山奥から、千葉県松戸市へ。 やたらと地方出身者ばかりを集める会社だった。会社名義でアパートを借りてくれ、家賃まで払ってくれる。なんていい会社に入れたのだろう、というのは若さゆえの勘違いだった。 とにかく休日というものがない。シフト上で「休日」とされている日にはタイムカードをうってはいけない。それだけのことだった。 そんな環境でも二年間勤めたのは、単に逃げられなかっただけだ。会社名義でアパートを借りているので、職を失うというのは住居を失うのと同義だった。 食事もろくに摂れなかったため、がりがりに痩せた。食事の時間があるならば、そのぶん寝る時間にあてたかった。となると歯など磨くはずもない。虫歯が痛み、前歯を一本失ったが、それすらどうでもよくなっていた。 関連会社の男性社員から「借金してでも逃げろ」とまで言われ、ようやく逃げたのが二十歳の頃。 振り返れば、その二年間に休日という休日はなく、七百連勤以上を続けていたのだ。 千葉県内に土地勘などなかった。あてもなく新京成線に乗り、新津田沼駅で降りた。新津田沼��目指したわけではない。単に人がたくさん降りたから、つられて降りた。それだけだった。 駅とイトーヨーカドーがくっついているのは驚きだった。そんな場所がこの世にあるとは知らなかった。 そのままイトーヨーカドーへ入った。エスカレーターで上の階へあがると、そこにはゲームセンターがあった。ゲームセンターといっても、小さな子どもをメインターゲットにしたもので、真ん中には大きなトランポリンが設置されていた。 ここで働きたい。そう思ったのは、子どもが好きだとかそんな理由ではなかった。暇そうだったからだ。もう一生懸命働きたくなどない。この二年間で、一生分働いた。そんな気分だった。 求人誌で見つけたのか、インターネットで見つけたのかはいまとなっては記憶が曖昧だが、そこのゲームセンターは求人広告を出していた。アルバイトで、週に三日程度から可。 とはいえ、住所不定の若造を雇ってくれるとも思えない。先に住居を探した。 幸いなことに、新しい住居はすぐに決まった。駅から遠い、築五十年超の木造アパート。壁を叩けばゴキブリが五、六匹出てくるような部屋だったが、ようやく自分の居場所を手に入れた気分だった。 その住所を履歴書に書き、就職の際に両親が買ってくれたスーツに身を包み、伸びたままだった髪は自分でカットした。がりがりの体と失った前歯はどうしようもなかった。 鏡を見て、「まあ、これは雇わないだろうな」と自分でも思うほどだったが、面接ではなんとなく好感触を得た気がした。 そして数日後、採用が決定したと連絡があった。なぜ採用されたのかは知らない。他に応募者がいなかったのかもしれない。 赤いポロシャツに、黒いズボン。センスがいいとは言いがたい制服だったが、不満はなかった。 とにかく来客数が少なく、やることと言えばクレーンゲームの景品の補充だとか、当時流行っていたムシキングとかおしゃれ魔女などのカード補充とか。 あとはトランポリンで遊びたい子が来たら対応をした。たしか五分で百円。十分だったかもしれない。詳細は覚えていないが、百円玉を握りしめた子どもが目をきらきらさせながら声をかけてきたのは覚えている。 一度の勤務が四時間程度。それを週に数日。時給はたしか八百円ほど。食っていけるはずもなかったが、しばらくはその生活を続けた。とてももう、まともに働く気力などなかった。 借金がある程度膨らんでから、ようやく他にも仕事を始めた。コンビニ、警備員、チラシのポスティング、宅配便の仕分けなど。非正規雇用ばかりを山ほど抱えて、なんとか借金は返した。 ゲームセンターでのアルバイトは続けるつもり��ったが、近いうちに閉店すると耳にした。一時間あたりの売り上げが私の時給を下回っているような有様だったので、遅かれ早かれそうなるだろうとは思っていた。 閉店まで続けようかとも考えたが、そのときに面接を受けた倉庫作業の会社で正社員の誘いがあったので、そのまま辞めてしまった。辞めた後、しばらくは営業をしていたようだったが、たしか一年経たずに閉店してしまった。 私は就職し、転職し、結婚して離婚した。また就職して、転勤して、いまは東京の西のほうで暮らしている。 津田沼まで片道一時間強。あまり気軽には来れなくなってしまった。 あれから約二十年。私はすっかりおじさんになってしまったが、おじさんになれてよかった。いま振り返ると、あの頃の自分はいつ人生を終わりにしてもおかしくはなかった。 あそこで働いたのは一年だったか、二年だったか。もっと長かったかもしれないが、まったく思い出せない。 あのゲームセンターはたぶん、七階のマクドナルドの前にあったはずだが、いくら検索しても情報は出てこない。 まるで幻だったかのように、私自身にも曖昧な記憶しか残っていない。検索しても、トランポリンがあったのは屋上だという情報ばかり。屋上ではなかったのはたしかなのだが。 ともあれ、私がなんとか再起をはかれたのは、あそこで働いた期間があったからだ。変に忙しい職場に入っていたなら、きっと潰れてしまっていた。 しかしまさか、イトーヨーカドー津田沼店自体がなくなってしまうとは。 なんとなく、イトーヨーカドー自体はずっとそこにあってくれるような気がしていたので、いつでも行けると思い込んでいた。 二十代前半の、あの時期の私の中心にはイトーヨーカドー津田沼店があった。書店にもよく寄ったし、四本の親知らずのうち三本はヨーカドー内の歯科で抜いてもらった。 あと、誰も気にしていないようなことだけれど、トイレの洗面台の脇に置かれた小さな花瓶に花が生けてあったのが好きだった。造花かもしれない。ただ、誰かの気遣いがそこにあった。トイレ自体古かったが、きちんと清掃しているのはよくわかった。私とは違い、仕事熱心な人が清掃を担当していたのだろう。もう何年も訪れていないので、最近はどうだったのかは知らない。 テナントが徐々に撤退していったのは伝え聞いていだが、それがなんだか思い出の場所が徐々に衰弱していくようで受け入れられなかった。 さて。ここまで長々と書いてきてどう締めればいいのかわからない。結局、歳ばかり重ねて、あの頃からまったく成長などしていない。 「さようなら、いままでありがとう」 でいいのだろうか。 あと、「寂しい」と「もう大丈夫」を付け加えて文を締めたいと思う。 小山征二郎さんが、イトーヨーカドー津田沼店閉館に寄せたエッセイ
時給800円のゲーセンに救われた… 閉館の商業施設に寄せた思い出
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【ACU 】昨日重现(ArnoNapo modern au)
文:月中鸣
图:@iyzlime

亚诺·多里安藏着一个秘密,一个他在这一天才发现的、只有他自己才知道的秘密。
今天的剧场咖啡厅依旧人满为患,而大门之外的世界更是热闹非凡,这里是巴黎的中心,在咖啡厅门口的圣路易桥上,挤满了观赏夜景、拍照留念的游客。亚诺刚才结束了他在奥运会开幕式上护送圣火的任务,就匆匆离开了战神广场。他避开了喧闹的人群,带着一盏小小的提灯钻进了他所熟悉的地下暗道。他并没有在现场等到开幕式彻底结束,也没有回到自己的咖啡厅,而是折回了今天手持火炬经过的地点之一——卢浮宫。他有些事情需要搞明白。
就在几个小时之前,他还在巴黎的房顶上飞奔,带着一支形状像法棍面包一样的银色火炬,一边奔跑一边表演那些花哨的跑酷动作,这条路线对他来说早已烂熟于心,他只要像之前的许多次排练过的一样,沿着卢浮宫的屋顶一直跑,从女像柱厅正上方的入口进入二层的阳台,再从一楼的出口离开就可以了,看起来和平时没什么不一样,只是今天室外多了许多的观众,而他的手里现在变成了一把真的火炬。
当他翻过阳台的护栏落在女像柱厅红白相间的马赛克地砖上时,却发现这里和之前不太一样。
展品的摆放和之前没有任何不同,但展厅里的气氛却有了微妙的变化,亚诺说不出来那是种什么感觉,明明这里除了自己之外,一个人也没有,但他总觉得有目光在注视着自己,而且不止一处。
亚诺起身,疑惑地环顾四周,然后举着火炬向前方走去,他绕过阿尔忒弥斯的雕像,一直走到摆放着胜利女神雕像的阶梯上,亚诺在这里稍作驻足,盯着残缺的雕像看了几秒,然后穿过右侧的门廊,雅典娜和维纳斯就摆在这里。越往里走,那种被人凝视的感觉就越强烈。或许是房间角落的监控探头的关系,又或者只是单纯的心理作用,亚诺如此安慰自己,然后接着向前走去。亚诺无意地向身体左侧瞥了一眼,拉·图尔的两幅画还好好地挂在墙上,安格尔和维杰·勒布伦创作的两幅肖像画也原封不动挂在原处,但当亚诺经络他们时,却再一次感到有不止一束目光追随着自己,这种感觉诡异极了。
当他抵达展示了许多世界名画的红厅时,才发现大事不妙:画框还挂在那里,而画里的角色却都不翼而飞了:浴缸里的马拉不见了踪影,《美杜莎之筏》里成堆的遇难者也无影无踪。亚诺转过身,发现另一面墙上的肖像画也空空如也,实木的画框里只剩下了黑色的背景,所有的人都不见了。
就在亚诺紧急思考卢浮宫中的展品被人调包的可能性时,有个身影飞快地从亚诺身后闪过,他猛地转身,却看到一个小孩从眼前跑过,奔向走廊一侧的窗边。亚诺发誓他绝对在哪里见过这个小孩,于是当他快步跟上前去查看情况时,却发现更多身着不同时代服饰的人从不同的展区涌向窗边,其中甚至还有几位是刚刚他在雕像展区里见过的角色。
“什么,这里是在办化妆舞会吗?为什么每个人都打扮得像几百年前穿越来的,等等,好像还有更久远的……”这里和预演时的状况并不一样,也没有任何人告诉他在卢浮宫里新加了什么环节,亚诺感觉到眼前的一切都超出了他的预判,他觉得不可思议,然后突然回想起他在进入卢浮宫时那种被凝视的诡异感觉,和红厅里那些全部空了的画作。亚诺看了一眼��中还在燃烧的火炬,倒吸了一口凉气。
“开什么玩笑,当初怎么没人告诉我卢浮宫还会闹鬼,而且还是在白天?”
窗外的音乐声和人群的喧闹声与卢浮宫内众人的交谈声混杂在一起,嘈杂的人声在巨大的空间里发出回响,亚诺走到一扇窗前,发现那些名画里的人物有一些都聚集在窗口,隔着透明的玻璃好奇地看着窗外发生的一切。拉·图尔的画中那个穿着黄衣服出老千的骗子和身边蓝衣服的女人窃窃私语,没有胳膊的维纳斯也站在那里向外眺望,海神波塞冬还举着他的三叉戟,插着腰看向外面,在最角落的地方,一个留着一头浅棕色短发、头戴金色桂冠,身穿加冕长袍的男人正探头探脑地看着街道上发生的一切。那个人是大卫画的拿破仑,一点也不会错。在亚诺举着火炬走近时,在所有人都还在观看开幕仪式的时候,身穿厚重长袍的拿破仑转过身来,将目光投向了站在阴影中的亚诺。
沉重的阴云从中间裂开一道缝隙,午后的阳光穿过云层,斜照进卢浮宫的画廊,窗边墙壁上的金色浮雕装饰在阳光下闪闪发亮,拿破仑头顶桂冠上的叶片和长袍上镶嵌的宝石闪烁着,油画中皇帝低垂的眼眸睁开,灰蓝色的眼珠在阳光下接近透明,披肩上的钻石折射出耀眼的光芒,地板上的光与影界限分明,恍惚间,亚诺以为阳光之下的是另一个世界。他看见金色的尘埃浮动在空气中,身着华服的法兰西皇帝正对着他微笑。
他好像认识我?
亚诺的脑海中飞速闪过这样一个念头。很快,他就想起自己现在正在干什么。把火炬送到战神广场去才是最要紧的事情,没有多余的时间可以浪费了。除了拿破仑,并没有其他人注意到自己,或许他只是好奇,没有别的意思。于是亚诺带着疑惑的目光,匆匆路过窗边围观的人群,离开了卢浮宫。
亚诺决定碰碰运气,他想从下午进去时的入口再次进入卢浮宫内部,他的运气不错,那里没有上锁。他一边吐槽卢浮宫的安保工作漏洞百出,一边又庆幸这些松弛感拉满的家伙给了自己可以溜进去的机会,现在,他要去验证那个困扰了他一整个下午的猜想。
亚诺稳稳地落在了女像柱厅的地板上,他听到几声短促的、小声的惊呼。���座女神雕塑就在他的身后,他拿掉罩在提灯上的黑色灯罩,一小团亮光出现在漆黑一片的卢浮宫内,亚诺转身去检查身后,发现除了四座雕像,那里什么也没有。白天的景象还历历在目,亚诺猜现在和那时的情况应该差不多。他拿着提灯沿着白天经过的路线走进了雕像展厅,雕像们已经回到了原来的位置,但亚诺能在一片寂静的展厅里听到雕像们的窃窃私语,他们说着不同的语言,亚诺难以辨识它们谈话的内容。这简直就像是他小时候看过的美国电影《博物馆奇妙夜》里的场景。
亚诺不相信馆方会无聊到换掉所有的展品再请来一群演员在这里开化妆舞会,不过保险起见,他还是带着疑惑和好奇捏了捏雅典娜的脚趾,毫无疑问,是货真价实的大理石,又冷又硬。不过在他捏雅典娜的脚趾的时候,他听到头顶上方出现了一个充满疑惑的女声,当他抬起头时,他发现雅典娜正盯着自己。他确实吓了一跳,迅速收回手向后退了几步,毕竟亚诺活了二十多年,还是第一次看到雕像会动。不过雅典娜并没有因为被一个人类碰了脚趾而生气,只是疑惑地看着他,又看向他手里的提灯。在确定女神并没有生气后,亚诺又大胆走上前去,将提灯高高举起,看着那张用大理石雕刻出的、已经有几千年历史的美丽脸庞。亚诺不觉得在博物馆里撞鬼是什么可怕的事情,相反,他觉得如果这些所谓的“鬼”实际上是藏在雕像里的神 ,反而是一件很有趣的事情。
“抱歉,我只是想确认一下,无意冒犯。”
“你叫什么名字?”这时,雅典娜突然开口了。
“亚诺,亚诺·维克托·多里安。”他如实答道。
“真是个独特的名字,我猜维多利亚肯定希望和你认识一下。”
“你是说,胜利女神尼基?”亚诺想起阶梯上那座不完整的胜利女神雕像,他知道雅典娜在调侃他的中间名,他的父亲在给他起这个名字的时候的确借用了一些借用了一些神话元素。不过,胜利女神最被大家熟悉的名字还是被现代人做成了运动品牌的NIKE。
“是的,不过她更喜欢维多利亚这个名字。顺便,你一定也认识我,不过我更希望你称呼我为密涅瓦。”苍白的大理石脸上露出一个笑容。
“你们为什么会出现在这里?以前可从来没有出现过这种事情,现在的状况已经离谱到我说出去都会被当成精神病的程度。”
“我想起来了,我曾经见过你,亚诺,是你将我们召集于��。”
“什么?”亚诺大吃一惊,差一点把提灯掉在了地上。
亚诺花了好一会儿才理解了密涅瓦所说的一切,他很难相信这一切会发生在他这样一个生活在21世纪的无神论者身上。之前在卢浮宫排演过许多次都没有出现任何异常,都只是因为那时他并没有把真正的奥林匹克圣火带进来,之所以会出现会动的神像和油画里的人物,是因为亚诺恰恰是那个被选中的、拥有高浓度的先行者血统的人类,而他就是女神维多利亚的后人之一。密涅瓦和这里的许多其他“神”一样,都来自比人类更早、更先进的文明。之所以出现在雕像里,是因为他们的肉身早已死去,而他们却可以一直保存着自己的思维和记忆,并附着在任何一种物体或生物身上。那些人们口中所说的、书中记载的“奇迹”不过是他们使用自己所创造的科技产生的现象,奥林匹斯山上的圣火就是他们曾使用过的能源,被普罗米修斯交给人类后,一直保留至今。他身体里的先行者基因就像是一种启动第一文明科技的开关,当它们相遇时,就会产生神奇的效果。
“你手里的提灯里燃烧的一定是圣火,我能感受到它的力量。”
亚诺看着手里的提灯,想起那是他在他在将火炬送往战神广场之前在地下的暗道里用火炬引燃的小灯,它似乎可以不需要多少燃料就能一直燃烧下去。
“圣火代表着生命与希望,当你带着它走进这里的时候,这里所有的展品就都有了生命,不止是让我们回到自己的雕像里,还��这里所有的画作,每一种生物,无论是历史上存在过的,还是画家们虚构出来的,都会活过来。”密涅瓦解释道。
亚诺若有所思地点点头,然后问出了他更在意的那件事。
“你说你记得我,是怎么回事?”
“这件事说来话长,但是我的确记得,在两个多世纪以前,你曾经持有过两件伊甸碎片,不过其中一件被你的一位朋友拿去了。我猜你今晚来到这里的目的并不是找我聊天,你要找的就是你的那位朋友。”
“朋友?你怎么知道我要找谁?我的朋友可不在卢浮宫里。”
“去找那位法国的皇帝聊聊吧,他会告诉你的。”密涅瓦扭头看向了画廊的方向。
“你是说拿破仑?为什么是他?他怎么会认识我?”亚诺很希望这个时候他是在梦游,因为这一切听起来都太过荒谬,他用力掐了一下自己的手臂,失望地发现这不是梦,而头顶的密涅瓦正冲他眨眼睛。于是亚诺只能带着满腹的疑惑,向悬挂着《拿破仑一世加冕大典》的红厅走去。
当他站在大卫的油画前时,���现画里的人果然在动,只不过他们没有像白天那样乱跑,也许是因为亚诺手里的提灯太小,力量还不足以让所有人都跑出来。他将提灯高举,贴近拿破仑所在的位置,那位手持皇冠正要为皇后加冕的皇帝扭过头,看向了画布外一身黑袍还戴着风帽的亚诺,惊讶地张大了嘴巴。
“哦,亚诺,你来了,我还以为你不会再回来了。”从画里传来了皇帝的声音,他的嗓音清澈,带着一种莫名的熟悉感,亚诺也开始相信,也许他们曾经真的认识。
穿着沉重的貂皮长袍的皇帝看起来有些兴奋,拿破仑在众人惊异的目光中将皇冠放回了侍者手中托着的丝绒软垫上,然后两只手拎起拖在地上的袍子(尽管不能完全拎起来),举步维艰地从铺着绿色地毯的台阶上走了下来,而他周围的所有人都震惊到忘记给他们的新任皇帝陛下提起长袍的后摆。他看着拿破仑走到了画的边缘,一只脚直接踏出了画框,但画框离地面还有些距离,由于重心不稳,本来就手忙脚乱的皇帝带着身上沉重的貂皮长袍直接从画框里摔了出来,而倒霉的亚诺因为没有及时躲闪,被这个从画里掉出来的男人和他身上几十斤的衣服压在了地板上,发出一声惨叫,紧接着,周围传来一阵惊呼。
“啊!”
“抱歉。”
拿破仑从亚诺的身上爬了起来,伸手摸索着掉落的金色桂冠戴回头上,然后把亚诺从自己的长袍里挖了出来。
“你不能先把它脱了再出来吗?”亚诺捂着被一整个活人重击过的脑袋坐在地上,而皇帝还在试图把脚边的一团毛茸茸的红色甩到身后去。
“哈,亚诺,你还是一点没变,和那时候一摸一样。来吧,帮我脱掉它,穿这东西要好几个人帮忙的,我一个人搞不定!”拿破仑感到肩膀又酸又痛,这条长袍就像千斤的石头一样压着他,而且他又举了那么久的王冠,胳膊早就没力气了。如果不是为了这繁琐的典礼,拿破仑会穿着他的猎骑兵制服去加冕。他早晨还见过大卫,向他抱怨他画的这个动作实在是太累人了,不过谁也不会料到有一天他们这些死了二百多年的人会以这样的方式回到这个世界上,更惊喜的是,拿破仑在二百多年后又一次见到了他的老友,尽管他已经什么也不记得了。
亚诺将提灯放在地板上,然后无奈地起身,为这位“任性”的法兰西第一帝国皇帝解开长袍在肩膀处的宝石扣子,长袍瞬间从他的身上滑落下去,拿破仑自己摘下了镶着钻石的白色斗篷,只剩身上一件绣着金色花纹的白色丝绒长袍,他从地上的一团红白相间的貂皮里跨了出来,如释重负地活动了下手臂和肩膀,两人一起坐在了展馆内为游客提供的长凳上。
“你……认识我?”亚诺看着坐在自己身边的拿破仑,感到不可思议,这样的场景就像是梦一样,墙上的《拿破仑一世加冕典礼》中拿破仑的位置空空如也,而那位正在加冕的皇帝就坐在自己身边,亚诺在提灯不算明亮的火光中看到他棱角分明的侧脸:拿破仑的鼻梁高挺,嘴唇很薄,皮肤苍白,额前的头发已经有些稀疏,尽管现在的他只有三十五岁。他不确定历史上的拿破仑是不是也长这样,不过他和大卫画的简直一摸一样。
“当然,亚诺·多里安,我白天的时候就注意到你了,我绝对不会认错,我的记性绝对是最可靠的东西。”皇帝笑着指了指自己的脑袋。
拿破仑在从画中苏醒的那一刻便很快明白了当前的状况:曾经的预言要实现了。他曾在西班牙时,和亚诺一起收到了来自伊甸碎片的讯息,它给了他们不同的预言,不过拿破仑并没有把伊甸碎片给他的预言告诉亚诺。
亚诺收到讯息后,决定启程返回巴黎,他要在预言到来之前将遗留在圣殿塔里的圣者头骨藏匿起来,不让那些可以利用它的人找到,因为密涅瓦告诉他,将会有一群人会利用杰曼的头骨搜寻伊甸碎片的下落,而其中一件杰曼所接触过的碎片就在自己这里。拿破仑斟酌片刻,也决定暂时离开西班牙,和亚诺一起回到巴黎去,他想要拆掉那座被保王党视为圣地的神殿,于是,1808年夏天的末尾,亚诺和拿破仑出现在了已经完全荒废的神殿内。
工人砸开了堆在入口处的断裂的石柱,尘土飞扬之间,来自尘封的神殿里的阴冷的风从被砸出的洞口吹出,让两人不约而同地打了个寒战。他们跨过破碎的石块,走到神殿深处一具穿着长袍的、已经完全化为白骨的尸体旁边,拿破仑看着他的友人面色凝重地捡起地上的头骨,他想要问什么,最终还是保持了沉默。然后他跟着刺客一起,将它堆进了地下墓穴里不计其数的白骨之间,无论是谁,都无法在这么多的遗骨中准确地找到亚诺放进来的这一个,亚诺·多里安的使命完成了。
“你认识的亚诺,或者说……我,是个什么样的人?”亚诺开口问道。
“敏捷、矫健、就像你今天表现的那样。不过,这不是我认识的亚诺的全部,我们1792年就认识了,我不得不承认,他是我所有认识的人之中,最特别的那一个。要回答你的问题,可能要花上很久的时间,如果你想听我的故事,那就等着听到天亮��。”
“乐意奉陪。”
于是,在深夜的卢浮宫里,一个无所事事的青年听着一位从画里跑出来的皇帝讲述着他们在久远的过去相遇的故事,在拿破仑向自己讲述亚诺的故事时,总是充满怀念地注视着自己,他的眼神温柔,又带着一些不易察觉的伤感,或许眼前的亚诺一辈子都不会想起他们的往事,那只不过是一段未被记录在书页之中的历史,而他成了唯一保管着那段记忆的人。
东方的天空逐渐亮了起来,皇帝与刺客的故事临近尾声,再过不久,这里就会打开大门,迎接来自世界各地的游客参观,而那时拿破仑必须回到画里,亚诺也必须离开,这有点像童话故事中公主乘着南瓜车去参加的舞会,亚诺在这一刻才突然感到莫名的悲伤。
“时间不早了。”拿破仑提醒道。
“是的,拿破仑。不过,我还有最后一个问题。”
“说吧,亚诺。”
“伊甸碎片给你的最后一条预言是什么?”
“当生命之火在光明之城重燃时,往日重现,故人相见。”
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2025.03.20(木) 薄日さす春分の日、今年初めての山歩き。いつもの文殊山登山。 山道を100m位登ると、残雪が徐々に増えてきて、道もぬかるみシューズが泥だらけになる。 今年は、屋根の雪下ろしをするまでの大雪ではなかったので助かったが、3月になっても雪模様の天気や寒い日が続いたせいもあって、山も例年よりは春の訪れが遅いようだ。 小文殊のコブシの蕾もまだ固く、シュンランの蕾やジャノヒゲの瑠璃色の実(種子)、ネコノメソウ、オウレンなどが観察できた位で、山頂に咲く河津桜をはじめ、ヒロハノアマナ、ツバキ、カタクリの花、シュンラン、マンサク、ダンコウバイ、ミツマタ等々花の季節はもう少し先のようだ。 久しぶりの登山のわりには、休むことなく順調に山頂までのぼることができた。
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京都でよかったデートの記録 0412 6歳下の学生起業家と梅田でランチデート。なんでわたしと会おうと思ったんだろう?と思っていたら前の彼女が10歳以上年上だったとのことで合点、そしてとても好感度があがった。目が切れ長で歯並びが綺麗なところがとても好みだった。若いのに色気あるね、と言おうかと思ったけどわたしが言うと褒めているというより恫喝めく気がしないでもなくてやめた。起業してる人って頭よくてほれぼれするし、わたしの奇天烈な行動にも笑顔で聞き流してくれて、話が早くて助かる。 梅田から西梅田��で送ってもらった。 0414 清水五条の工房に行き、清水焼の器を買った。本当はマグカップだけでよかったのだけれど、どうしてもパスタ皿にひとめぼれして、すこし思い切った価格だったけれどこれも出会いだからと思って2つセットで買った。そしたら職人さんにとても感動されて「工房まで買いに来てくれたひと初めてなんです。嬉しいので一つなにかプレゼントします、なんでも」と言われ、恐縮して、追加で2つ茶碗をえらんで一つプレゼントにしてもらった。不恰好に膨らんだ厚い手が、さまざまな色に灼けていてとてもセクシーだった。蕎麦屋さんをいろいろ紹介してくれたが(一緒に行ってくれたらいいのに)と思っていた。 日が空いたけどやっぱり焼き物の職人さんかつ同世代の方と知り合う機会ないと思うから、蕎麦屋に誘ってみよう。蕎麦食べたらすぐ帰るから、って。 0418 「アンゼルム・キーファー:ソラリス展」を高橋君にとても勧められたので、絵を描く趣味があるという起業家を誘って2回目のデートをした。 わずかな隙間の窓から漏れる昼間の陽射しの力だけで照らされてぎしぎし鳴る木の廊下を歩く。暗く翳った部屋の中で、彫刻や巨大なアクリル画をゆっくり見て回った。 暑い日だったのでそのあとジェラートを食べた。地下鉄の階段を下りながら彼が振り返って「楽しかったです」と恥ずかしそうに告げてきたのが印象的だった。 0418夜 吉田寮のKG+の展示を見に行った際、別なイベントが食堂でやっており、たまたま話しかけられて親しくなった人が哲学専攻の博士5年生だった。東京が地元で、高校時代から生粋のドラマーらしい。小説の話をしたら「仕事しながらものつくりも並行してる人って本当にすごい」と言ってくれた。 院に進んだ時点で自分の人生は王道の、まっとうな人生からはずれている、と零していて、わずかに劣等感と矜持の両方を感じた。「自転車のサドル高すぎたから、今度直してあげるよ また寮来て」とLINEが来て、なんてかわいいデートの誘い方なんだろう、とそれだけでめろめろになった。 0421 シェアハウスを介して2度会った26歳の学部3年生から「もっと話してみたかったのでお茶しませんか」と直球のデートの誘いがあったのでよろこんで承諾してコーヒーショップヤマモトへ行った。 わたしのこと好きってコト⁉と思ったけどそういうことではなくて、単純に人間としてわたしに好奇心を寄せてくれたみたいでそっちの方がうれしいかもしれない。 と��も綺麗な顔をしていて、わたしは好きじゃないけどめちゃ女の子からモテそうだなあと思ったらやはりそうだった。モテの弊害の話聞いて面白がる。波長があって、サンドイッチと1杯だけで3時間粘った。 3カ月後から東京へ引っ越すらしいので次は東京で会おうね、と言って別れた。 0421夜 桂離宮へ予約を取っていたのだが同行者飛んじゃったんだよねと熊野寮で船橋さんに愚痴った。「俺建築好きだし行きたいな」と言われたが、食堂で、本を読みながらごはんを食べているめがねの男の人がとてもセクシーで、どうしても目がいってしまい、彼が読んでいた本は「辞書で読むドイツ語」(何それ)で、好ましくてどうしようもなかった。 「彼は建築の学生だよ。学年は知らないな」と船橋さんが教えてくれた。「わたしあの人と桂離宮行こうと思う。ごはん食べながら本読むなんて、ありえないくらい貪欲だからわたしと気が合うよ」と宣言して、食べ終わった後彼の部屋に案内してもらった。「24日の16時に桂離宮に同行してくれませんか」とドアから出てきた途端いきなり要求した。とても緊張した。彼は突然の闖入者に戸惑いながらも面白がってくれて、「ゼミあるけど行きましょう」と言ってくれた。M1で、博士はヨーロッパで取る予定だそうだ。 「きみのコミュニケーションは気さくなんじゃなくてごり押しだよ」と高橋君に指摘されたが、本当にその通りだと思う。
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対談と写真 小澤征爾 小澤幹雄・編、木之下晃・写真 新潮文庫 題字=波多江文美、カバー写真=木之下晃
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童心にかえる(あとがき)
2024年12月22日(日)
足元には黄色から土色に染まる枯れ葉が散り、冬の寒さは感じるものの見上げれば常緑樹が多いのか緑の清涼感がそこにはあった。歩みを進めるにつれ滝音が聞こえてくる。さて、目を閉じて自然の空気を肺いっぱいに巡らせ、頭の中の車を運転する部屋に施錠し、写真を撮る部屋の鍵を開ける。
リュックを下ろして、滝を色んな角度から眺めて構図をイメージしていく。画家ならばとカンバスを前に筆を立てている様子を思い浮かべる。自分の想像に応じたレンズに付け替える。カメラを三脚に取付け、センターポールを外すのに少しまごつく。三脚の3本の足を1番低くできるよう角度を変える。思った構図の位置へ設置し雲台の3点を操作し調整する。フィルターの有無を決め、木や岩のてかりを確認し調整していくが、ある程度残す事にした。ディスプレイと、にらめっこ。頭の片隅で急に言葉が踊りだす(カメラから生み出される絵から言葉へ変換する作業)。・・・童心、無邪気、笑み、公園の遊具、泥遊び、絵本、神話の世界、グングニル、巨人の腰掛け、枯れ葉踏み、苔苔、孤独、侘しさ、キリが無いのでetc・・・。色んな思いを詰め込んでいると、滝の飛沫が何滴か顔を叩き、我に返る。僕自身はあまりお喋りな方ではないが、頭は反してよく喋る。一旦、変換を止めて景色と向き合うことに集中する。水の流れの強さを目で確認する。水量はさほど多く無い。流れは規則正しく動いているようで、同じ動きはしてくれない、一度きり。だからこそ丁寧に撮りたいと思う。シャッタースピードを軸に感度と絞りを再調整を数回繰り返しシャッターを切る(2秒タイマーで)・・・よしよしまずまずだ。
グリップ付きの長靴を履いてきていたため、滝から駐車場まで水の流れを追っていくことにする。自分の動きと同時に小気味よく熊鈴が凛と鳴り、歩くことを楽しくさせる反面、水面の光の照り返しが眩しく、水深を確認しながら用心深く進む。人とすれ違う度、あいさつを交わす(確か6名だった)。相手側は木陰の遊歩道、僕は渓流の凹凸道で妙なコントラストだ。目的が違えば辿る道も違う。曇り空の中から晴れ間が差し、水面が青くなったり白くなったりする。水中には木の葉や木の実が落ちていて、幼い頃のどんぐり拾いを思い出す。形の丸い木の実や、どんぐりの帽子ばかり探す子どもだったような気がする。相変わらず頭の中で踊り続ける言葉たちを手懐けながら写真を撮ったり、休憩したり、のんびりと過ごす。
結果的に駐車場から滝までは数分なのに2時間も滞在していた。それだけ雰囲気が心地良かったのだ。身体中に目に見えない青や緑を纏わせて帰る。思考し続けたせいか、運転は車間距離だけ取りほぼオートパイロットモードだった。帰宅後、キッチンで湯を沸かし3種類ある豆から深煎のを選びじっくり挽いて、熱いコーヒーを淹れる。あったかい。
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今年最後のカレンダー撮影後記、12月は冬の白新線佐々木駅です。 夏が長かった分、全国的にも冬が足早にやってきている気がします。みなさんのお住まいの地域は如何でしょうか?
冬を写真でどう捉えるのかということは、いつも悩むところであります。雪景色などはとてもわかりやすいのですが、意外にも積雪の少ない新潟‘市’界隈で冬らしさを探してもなかなか見つかりません。
でもこの界隈では積雪がなくとも朝晩の気温低下対策に、駅付近のポイント(転轍機)周りで散水が行われています。早朝その散水栓から漂う湯気が、なんとも冬らしい光景に見えました。
朝日を背にして、線路に漂う霧の向こうから現れたヘッドライトに息を呑みました。遥か遠くの二王子岳山頂の山小屋は、すでに深い雪に覆われています。 冬本番は近いですね。
24年のsasasatumblogも無事一年を終えることができました。現在恒例の卓上ミニカレンダー25年版を鋭意製作中です。頒布の用意ができましたら、また告知させていただきます。
今年も一年sasasatumblog にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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秋旅2024 - リゾートビューふるさと + 富山市内旅
秋は旅に限るよね、どこへ行こうか?そうだ富山いこう!
はじめに
どこかへ旅行したい気分、でもちゃんと考えて計画するのはめんどくさい気分。そういう時は一度行ったことのある場所の再訪が楽ちん。ということで今回は、2年ぶりに2回目の「リゾートビューふるさと」へ乗りに長野へ、そのまま終点の南小谷まで進んだ後、大糸線 糸魚川、えちごトキめき鉄道線・あいの風とやま鉄道線を乗り継ぎ富山まで行ってみました。いつも素敵なお写真が並ぶケイスケさんのブログでちょうど紹介されていた富山駅周辺にも惹かれたため。
リゾートビューふるさと 信越線・篠ノ井線・大糸線経由 長野→南小谷
リゾートビューふるさとの紹介は前回訪問時に記載しているので詳細は割愛。簡単にいうと土日を中心に運行されるリゾート快速で、長野から姨捨、松本、穂高を経て、緑(JR東日本)と青(JR西日本)の境界駅である南小谷に至るというもの。途中の姨捨と穂高では30分ほど停車し途中下車が楽しめるというもの。前回はまだ某疫病が終息しきっていないこともあり、神社参拝時の案内や車内での民謡演奏等、一部サービスは割愛されていましたが、今回はそれらも再開されていた点が大きな違いかな(あとは、指定券が300円くらい値上がりしたのと。。。)。あまり変わり映えしませんが、写真も何枚か。

1枚目、朝一は立ち蕎麦で朝ごはん。長野駅には立ち蕎麦屋が何軒かありますが、今回はそのうち改札外 東口の榑木川にて、山菜キノコ蕎麦をいただきました。ひんやりした朝に温かい蕎麦は染みる。

2枚目、穂高駅にリゾートビューふるさとに使用されるHB-E300のお顔。よい面構えですね。


3枚目、車窓から楽しめる仁科三湖。訪れた日はお天気が微妙で。。。アルプスの山々は全然見えませんでしたが、仁科三湖(青木湖・中綱湖・木崎湖)は綺麗にみえました、山々の紅葉と合わせて一枚(これが何湖だったかは覚えていません。。。)。
4枚目、終点 南小谷駅周辺にて乗り換え待ち30分で散策。事前情報として認識はしていましたが、川の様子を見に行く以外は特にすることがないですねぇ、天気が良ければ遠くの山々の景色も楽しめるのかもしれませんが、あいにくの曇り空。
大糸線 南小谷→糸魚川
大糸線はこの先 JR西日本管轄の非電化エリア。輸送密度も小さく1両のディーゼル列車とローカル線の香り。列車は姫川に沿って右へ左へゆらゆらと、眠たくなりますね。


1枚目、車窓から1枚。ガラスの反射と揺れに悩まされながらなんとか撮れたもの。ずっと川沿いを走るため大体景色はこんな感じ。
2枚目、終点 糸魚川にて1時間ほどの待ち時間。隣接するヒスイ王国館内のカフェでおやつタイム、わらび餅セット。上品なわらび餅とたっぷりの温かいお茶でほっと一息。ずっと座って列車にのっていただけでも疲れるものですね。


3枚目、4枚目、ここまで運んでくれた列車と駅舎からの夕焼け。近年開業した新幹線の駅舎って大体同じような構造(既存の地上駅の横に背の高い新幹線駅舎を作って橋上駅舎で無理やりつなぐ形)に見え、この光景もやや見慣れたものに。
えちごトキめき鉄道 日本海ひすいライン・あいの風とやま鉄道線 糸魚川→泊→富山
ここから日本海沿いを進み富山へ。えちごトキめき鉄道とあいの風とやま鉄道の境界 市振の2つ先 泊にてえちごトキめき鉄道の車両からあいの風とやま鉄道の車両へ乗り換え。同一ホーム上に縦列駐車する2つ列車間の乗り換えという面白い体験。よく考えるとここからがこの旅の在来線で初の電車でしたね(リゾートビューふるさとはハイブリット気動車、大糸線・日本海ひすいラインはどちらも気動車)。JR西日本の近郊形車両ベースの車両は内装や音含め、何だか東海道本線の米原から先、琵琶湖線を走っている気分。

日中であれば日本海の景色を楽しめるのかもしれませんが、時はすでに夜。真っ暗で何も見えませんでしたので、糸魚川駅での待ち時間に撮影したえちごトキめき鉄道の観光急行を。何やら撮り鉄っぽい方が何名かいらっしゃるなと思っていたら、こちらがお目当てのようでした。貴重な国鉄形の気動車は重厚感が違いますね。
富山城ライトアップ
富山駅には夜の到着。そのままホテルに直行したい気分でもあったのですが、富山城がライトアップしているとのことで重い腰をあげ。歩いても行ける距離ですが折角ならと市電に乗車。富山市内は市電が充実、かつ高頻度で運転されていて便利でした。富山駅の乗り場案内もわかりやすく好印象。


訪れたときは世界糖尿病デーということでブルーにライトアップされていました。明りにいざなわれ城内へ、ゲームだった��この後 ボスが出現しそうですね。。。
富岩運河環水公園
2日目は運河沿いに設けられた富山市民の憩いの公園。紅葉はじめのシーズンということもあり、紅葉と青空、それらが水面に映り込む景色が素敵でした(この日は午後から雨予報でしたが朝はご覧の通りの快晴でした)。


ここには世界一美しいといわれている(?)スターバックスもあり、一応 こちらもからめて写真におさめてみました。アクセントにはちょうどよいかな、ちなみに朝から大混雑でした。
TOYAMAキラリ・富山市ガラス美術館
駅から市電で10分くらい、富山市ガラス美術館と図書館が入るTOYAMAキラリへ。隈研吾氏が設計した建物は、斜めに切り開かれた吹き抜け構造と、内装に木材がふんだんに使用された特徴的て面白い建物でした。広角で切り取るのが楽しすぎた。とはいえ幅広い年層の方がいらっしゃる公共施設ということで邪魔にならないように撮影はほどほどに、したつもり。


ガラス美術館は、エミール・ガレの展覧会が開催中。折角なのでガレの作品も鑑賞してきました(こちらの作品は写真撮影・SNS投稿OKのもの)。学がないので小難しいことはわかりませんが、シンプルに綺麗だなという感想と、目に見えないものを作るITエンジニアとしては、目に見えるもの・手にできるものは長い時を経てもこうやって残されていくということにちょっと羨ましさが覚えました(戯言)。


終わりに
ガラス美術館訪問後は軽くお昼を済ませた後、早々に新幹線にて帰京しました。お天気も崩れてきていたので。
よって、かなりコストパフォーマンスの良くない旅をしてしまった気がしますが、たまにはこういうのもよいよね。1ヶ月後くらいの朝、旅路をゆっくり振り返りながらこのエントリをまとめてみた。
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#おでかけ #犬山
山の上に建っているのは犬山城。現存する日本最古の天守で、国宝指定されています。私は小さい頃に天守に登った記憶がありますが、もちろんそんな歴史的背景など何も知らずに入ったので、最古の有り難みも何も感じずに登っています。
近隣に住む人あるあるだと思うんですが、近隣の(さほど興味のない)観光地って行かないですよね……というわけで、大人になってからこの天守に登ったことはないのです。松江城とか遠方のお城には入っているのにね。
そういえば名古屋近辺の観光地っぽいところにもほとんど行ったことがない。名古屋城だけは辛うじてお付き合いの一環で一度行きましたが、熱田神宮周辺も、レゴランドもジブリパークも未踏の地です。母親も「その土地に住んでおきながら鵜飼を一度も観たことがない」と言っているし、意外と住民より県外の人の方が観光地を知っているかもしれない。

まあでもこの木曽川沿いなら年に数度の頻度でぶらついているので、個人的桜ベストスポットとかは見つけています。
ちなみに犬山城と桜を撮るなら、こちら側からではなく反対側から撮った方が桜の木がたくさんあります。ただ城の向き的にきれいな角度なのかどうかはよく分からないのですが……。


私と母親は桜を満喫しながら歩いていましたが、姪っ子に関してはこの後の城下町での飲食だけを目当てに歩いていたようです。最後までぐずらずに歩いてくれたなとは思っていたけれど、恐らく食い気だけでこの距離を踏破している……。
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