#無心生大夢
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Song: 無心生大夢 - 《大夢歸離》 影視劇燃鬥曲 // Unintentional Big Dream (Fiery battle theme) Artist: Liu Yuning of Modern Brothers
《大夢歸離》 影視原聲帶 Fangs of Fortune OST
edit: to include English translation of the song
#fangs of fortune#大梦归离#大夢歸離#Liu Yuning#oof absolute chills#earworm#OST#when this played in episode 2 when the demon hunter bureau unofficially officially formed with everyone turning around to face that asshole#fangs of fortune OST#the first time this played I was like#“crap.”#spotify#無心生大夢#Spotify
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「子どものころの柔らかさや遊び心が失われていく過程」が、精神的な硬直、権威への執着、ひいては鬱や神経症の土台になる―― これは多くの心理学者、哲学者、教育者が繰り返し指摘してきた重要なテーマです。
以下に、生活・身体・感情・思考・人間関係・行動など、いろんな側面から「硬直化していく兆候」を挙げてみます。
🧠 思考・興味のかたより
✔ 「正解」を求める思考が強くなる → 自分の言葉で話すより、「正しそうなこと」「バカにされなさそうなこと」を言うようになる。
✔ 「ムダ」なこと���手を出さなくなる → 興味が効率・実利・点数・評価・就職に偏っていく。
✔ 「なんで?」と問わなくなる → 好奇心が抑えられ、「それはそういうもの」と済ませがち。
✔ 感情的に興奮することが減る → 感動・爆笑・熱中などが薄れていき、「まぁ、別にいいけど」というテンションが増える。
💬 言葉と表現
✔ 自分の感覚を言葉にするのが苦手になる →「なんかよくわかんないけどモヤモヤする」が増え、黙りがちになる。
✔ 言葉がかたくなる → 冗談が減る、敬語だけで本音が隠れる、「空気を読む」ばかりになる。
✔ SNSでも「型通りの自己表現」が多くなる → 流行の語り口やテンプレの自己紹介、流行に乗りすぎる。
🧍♂️ 身体の使い方
✔ 姿勢が固くなる → 座っているときも直立不動、緊張した動き。子どものころの「脱力感」が消える。
✔ ジャンプしなくなる、走らなくなる → 無駄な身体の動きがなくなり、「必要な動き」だけに限定される。
✔ 服装が「安心」「常識」に寄ってくる → 他人からどう見られるかばかり気になって、自分の好みが消える。
🤝 人間関係・社会性
✔ 「上下関係」を意識しすぎるようになる → 「あの人の方が偉い」「あいつは下」といった目線が強まる。
✔ 誰かを「バカにする」ことで自分を守るようになる → 子どものときは一緒にふざけられた相手を、冷たくジャッジするように。
✔ 人と比較してばかりになる → 自分の楽しさより、順位や立場が気になる。
✔ 感情を共有しにくくなる → 「つらい」「泣きたい」「うれしい」といった素直な感情を隠す。
🎮 遊び・日常の過ごし方
✔ バカな遊びをしなくなる → 何かにつけて「意味あるの?」「恥ずかしい」が先にくる。
✔ 空想や妄想をしなくなる → 「ありえないこと」を考えるより、現実的なことばかり考える。
✔ 一人で夢中になれる時間が減る → ただ絵を描く、石を拾う、空を見てぼーっとする、などの無目的な時間がなくなる。
🧘♀️ 精神・感覚・内面
✔ 「感じる力」が弱くなる → 音・匂い・光・触覚に対する繊細な反応がなくなり、「刺激が強くないと楽しめない」。
✔ モヤモヤや不安を感じても、その正体がわからない → 自分の「本音」がつかめず、ずっと宙ぶらりん。
✔ 「無理してる」と気づけない → 本当は疲れてるのに、感情にフタをしてがんばってしまう。
🏫 教育や社会の影響も
✔ 点数・成績・将来のための「正しさ」に縛られる → 学ぶことが「生きることの喜び」ではなく、「勝つための道具」になる。
✔ 「ちゃんとしてる=偉い」と思い込みがち → 遅刻しない・宿題出す・挨拶する人が「優秀」とされすぎる。
✔ 怒られないように振る舞うようになる → 恐れや不安が、自由な行動を縛る。
💥 その結果…
心が疲れやすくなり、なにをしても満たされなくなってくる
他人に認められないと、自分がダメに思えてくる
「ちゃんとした大人」になろうとするほど、「生きてる感じ」が薄れてくる
🌱 どうすれば戻せる?
子どものころ好きだった遊びをもう一度やってみる
意味のないことをあえてやってみる(空想、妄想、バカ話、体を動かす)
「かっこつけない時間」「評価されない時間」を意識的に持つ
信頼できる人に、素のままの気持ちを話してみる
子どもの柔らかさは、「未熟」なのではなく、「自由」「開かれた可能性」そのものです。 それを残したまま成長できるのが、本当の「成熟」なのだと思います。
必要であれば、ドゥルーズやヴィゴツキー、ラ・ボエシ、ヴィンケルマンなど、理論的背景から補強もできます。 また、逆に「大人になっても遊び心を保っている人」の具体例を集めることも可能です。
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先週から2週間のアジア出張中。この週末はバンコク泊だったが、珍しく2日間フリーだったので、金曜日深夜にいつものサイトを物色し、ほどなく現地人在住のヨーロッパ人のdaddy二人と会うことに。
訪れた立派なアパートの最上階には、俺より10才ほど年上と思われるdaddyが住んでいて、既にそのdaddyのセフレと言う俺より少し若めのdaddyが待っていた。年上daddyはスリムなイケオジで、若めdaddyはがっしりした筋肉質で口の周りのヒゲが似合う男らしい爽やかでハンサムなイケメン。二人に会うと、笑顔で迎え入れてくれて、すぐやろうと。
ベッドルームに案内され、皆で服を脱いで用意されたハーネスやケツ割れ、コックリングを装着する際、二人の共通点に気付く。二人共、白人らしい形のいい20cm以上はあろうかと言う太い立派なデカマラと、コックリングでパンパンになったデカい金玉袋をぶら下げている!!💉は既に年上daddyが3本用意してくれてあり、それぞれで打つことに。
二人のイケメンのデカマラdaddyと、着替えたエロい姿と、どれだけ入っているか分からない💉を目の前に俺の胸は高鳴り、既にフル勃起のチンコからは我慢汁垂れまくり。
3人で同時に打ち終わるや否や、俺は咳き込み、いつもと違う鼓動の高鳴りにハアハアいいながらベッドに倒れこんだ。初めて咳き込みを経験し、これまでにないほどハイになっているのが分かるが体がすぐに動かないのは初めての経験。二人も打ち終え同じく一気にハイになったかと思うと、いきなり若めdaddyは仰向けになっている俺の勃起したチンコをケツ割れから引っ張り出してしゃぶりまくり。年上daddyは俺にエロいベロチューをしたかと思うと、俺の顔を抑えてガマン汁が垂れている勃起したデカマラを俺の口に突っ込んで来た。のぶといデカマラにむせながらも、よだれ垂らしてしゃぶりまくった。続いて若めdaddyが俺のケツの穴を舐め、年上daddyは俺の顔にまたがってデカいマラと金玉とエロいケツの穴を押し付けながら俺のチンコをしゃぶるというこの上ない至福の展開に。
気付くと若めdaddyは俺の上に乗ってビンビンになったデカマラを揺らしながら俺のチンコを筋肉質ながっしりしたケツに突っ込んで腰を振っている。男らしいイケメンdaddyが高揚した顔で俺のチンコを自分の穴に突っ込みながら柔らかい生暖かいケツの穴を時々キュッと締めるのを繰り返す度に俺は感じまくり我慢汁放出しまくってた。
あまりの気持ち良さにもうろうとしていると、次は年上daddyが代わって騎乗位になった。使い込まれたケツの穴はローション付けずにチンコを飲み込み、グチュグチュといやらしい音を立てて、俺の興奮は収まらず腰を何度も突き上げてやった。その間は若めdaddyのデカマラときれいなケツの穴は俺の顔の上に押し付けられていたことは言う間でもない(幸)
それから正常位に体制を変え年上daddyの足を抑えてベロチューしながら掘っていると、若めdaddyが後ろにまわり、掘っている俺のケツの穴を舐め始めた。あまりの気持ち良さにしばらくその姿勢で掘っていたが、突然柔らかい舌から熱い固いデカマラがぐいっと俺のケツの穴に押し込まれ、思わず悶絶。
これぞ究極の3some、念願のイケメン野郎の真ん中に入ってサカリ合いが実現し、エロさと嬉しさで頭の中が真っ白になって腰振っていたら、我慢出来ずに年上daddyのケツの穴に発射。年上daddyは嬉しさのあまり俺に激しくベロチュー。
すると若めdaddyもいきなりピストンが早くなり、Fuck!の声と同時に俺のケツの中にデカマラをギュッと奥まで突っ込みピクピクと脈打たせながら大量のザーメンを放出。俺達3人はチンコをケツに突っ込んだままのサンドイッチ体制でしばらく抱き合って放心状態。
そこから動いたのは年上daddy。俺のザーメンが入った自分のケツの穴を俺と俺に重なっている若めdaddyに見えるように四つんばいになり、ケツの穴を緩めてザーメンを流れ出して見せた。むちゃくちゃハイになってた俺達はケツの穴と流れ落ちるザーメンに食いつき、ザーキス。次に年上daddyは俺の腰をぐいっと引き上げケツの穴を両手で拡張。すると俺のケツの穴から若めdaddyの大量のザーメンが流れ出るのを二人が競うようにむさぼっていた。3人はお互いのチンコとケツの穴を舐めまくりザーメンをきれいに舐め取りしばらく3人でザーキスしながら抱き合った。
ここまでの話は💉を打ってからたったの2時間弱。あまりの興奮に3人共一気にハイになって無我夢中だった。
一旦3人でシャワーを浴びて休憩した後は、イケメンyoung daddyの甘えた声での度重なる追加要請により、翌日のお昼頃までいろいろな変態プレイを4回戦最高に楽しみまくった。
今度は仕事じゃなく休み取って来ると約束。今年の夏休みの予定は決まり!昨日終わったばかりなのにもう待ち切れない。
#daddy
#キメセク
#3some
#ザーキス
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Heart Sutra ~ A sutra that describes “The Heart of the Perfection of Wisdom" (1) [So far]
The modern translation
While Avalokiteshvara practising the perfection of profound wisdom, they* saw that the five components (the five skandhas) of all beings are all ‘empty’, without inherent nature or substance, and therefore overcame all suffering and calamities.
(*There are no established theories on the origin or gender of Avalokitesvara Bodhisattva.)
O Sariputra (Ref), what is form (colour: the body as matter) is not different from Emptiness, and Emptiness is not different from what is form. That which is form is Emptiness, and Emptiness is form. And perception (impression and sensation), thought (perception and representation), action (will and other mental actions), and sense (mind) are emptiness as well.
O Sariputra, since every being is characterised by Emptiness, it neither birth nor death, it neither defilement nor purity, it neither increases nor decreases. That is why, in Emptiness there is no physical body, no perception, no thought, no action, and consciousness.
There are also no laws for the objects of the sense organs, such as form, sound, smell, taste, touch and mental objects.
The eyes, ears, nose, tongue, body and mind do not exist. The objects of these sense organs - forms, sounds, smells, tastes and things that can be touched, as well as the Dharma as an object of the mind - also do not exist. There are no Eighteen Realms from the eyes as a category to consciousness. Eighteen Realms are the 18 elements of sensory awareness which are six roots, six borders, six consciousnesses (Ref2). There is no condition without wisdom, and there is no end to wisdom. There is no old age and death, and no end to ageing and death. There are no Four Noble Truths (Ref3): 'painful', 'cause', 'thirst' and 'cessation'. There is neither knowing nor gaining.
Precisely because there is nothing to gain, the bodhisattva relies on the perfection of wisdom, because there is nothing to obstruct the mind and precisely because there is no hindrance to the mind, there is no fear. Transcending false thoughts and dreams, they attain Nirvana. The Buddhas of the past, present and future also attain the supreme perfection of enlightenment because they rely on the perfection of wisdom.
That is why you should know. The Prajnaparamita (lit. Perfection of Wisdom) is the great mantra, the mantra of the great enlightened wisdom, the greatest mantra, the most wonderful mantra that has no comparison. It excludes all suffering completely, it is real and not vague.
That is why I shall here preach a mantra in praise of the Perfection of Wisdom.
O ye who go forth, ye who go forth, ye who go to the other shore, O enlightenment, be blessed.

般若心経 〜「智慧の完成」の精髄を述べる経典 (1) (これまで)
『般若波羅蜜多心経 (梵: プラジュナーパーラミター・フリダヤ・スートラ) 』 現代語訳
観自在菩薩が深遠なる智慧の完成を実践していたとき、もろもろの存在の五つの構成要素(五蘊)は、皆、固有の本性・実体を持たない「空」であると見極め、だからこそ、あらゆる苦しみと災いを克服した。
舎利子よ(参照)、形あるもの(色: 物質要素としての肉体)は、空に異ならず、空は、形あるものと異ならないのである。形あるものは空であり、空は形あるものなのである。そして、感受作用・表象作用・形成作用・識別作用もまた、同じく空なのである。
舎利子よ、あらゆる存在は空を特質としているから、生じることも滅することもなく、汚れることも清まることもなく、増えることも減ることもない。だからこそ、空であることには、形あるものは存在せず、感受作用・表象作用・形成作用・識別作用も存在しない。
眼・耳・鼻・舌・身体・心も存在しない。これらの感覚器官の対象である形・音・香り・味・触れられるもの・心の対象の法も存在しない。範疇としての眼から、意識にいたるまでの十八界もない。十八界とは、六根、六境、六識である、感覚的意識の十八の要素(参照2)のこと。智慧が無い状態もなければ、智慧が無い状態も尽きることもない。また、老いて死ぬこともなければ、老いて死ぬことが尽きることもない。苦・集・滅・道という四諦(参照3)もない。知ることもなければ得ることもない。
得るところのものが何もないからこそ、菩薩は智慧の完成に依るのであり、心には妨げるものがなく、心に妨げるものがないからこそ、恐怖があることもない。誤った考えや夢想を超越して、涅槃を究めるのである。また、過去・現在・未来の諸仏も、智慧の完成に依るからこそ、無上なる完全なさとりを得るのである。
だからこそ知るべきである。般若波羅蜜多とは、大いなる真言であり、大いなるさとりの智慧の真言であり、この上ない真言であり、比べるものがないほど素晴らしい真言なのである。よく一切の苦悩を除き、それは実在であり、虚ろなものではないのである。
だからこそ、般若波羅蜜多を讃える真言を、ここで説こう。 往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、さとりよ、幸いあれ。
#zen#mindfulness#buddhism#buddha#wisdom#philosophy#nature#art#zen teachings#heart sutra#avalokiteshvara
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私立K高校にまつわる怪談話を、そう言えば親父から聞いたなと、貢は思い出した。理事長室の本棚にある「我が学園の歴史 ◯◯周年記念号」と節目ごとにまとめられ、今でもOBであれば購入が可能とされている記念誌を眺めながら、彼は例の事件について書かれた記載に目が留まった。その記念誌には一行ぐらいしか書かれておらず、
「まァ、都合の悪いことは書かないだろうな…」
と貢は思ったが、たまたまその隣に操が書いた日記があった。操は、その日にあった出来��をまめに記録する性格だった。「ケセラセラ」に生きてきた貢とは違っていた。
「へぇ〜、こんなの付けてたンだ」
と彼はそう思いながら、「一九七八年」とテプラで貼られたその日記の頁を開いた。事件が起きる前、何度か操は他の教師からその生徒について話を聞いている様だった。
“六月十日
校長の杉山先生から、「堀川啓介」という男子生徒がよからぬいじめを受けているとの話を聞いた。「よからぬ」とは、流石に全くの「ノンケ」である杉山先生にとってはケツの谷間を両手で覆いたくなる様なものらしい。オレにとっては逆に「おっ広げ」になりたくなるが…。
啓介君は、両親が教育熱心なのか必ず国立T大に合格させたいという思いが強く、比較的、国公立大学への進学率が良いウチに入学「させられた」様だが、オレにしてみれば馬鹿馬鹿しい。人生八十年と言われるご時世に、大学だけでその先の人生なンて決まるとは限らないと思う。
しかし、その啓介君、ウチに来たことで「ホモ」の洗礼を受けただけでなく、凌辱されることに快感を得てしまった様だと、杉山先生。ある夕方、たまたま浴室を見回った時に彼がブリーフ一丁で脱衣場の鏡の前に立っていたが、背中にあちこち鞭打たれた様な跡があり、思わず声をかけたそうだが、彼曰く、
「校長先生、父さんや母さんには黙ってて! オレ、縄で絞められるのが好きなンだ…。快感なの! これでイッちゃうの! 勉強勉強って、オレ、おかしくなっちゃうよ!」
彼はそう訴えながら杉山先生に抱きつき、号泣したらしい。
嗚呼、そんなに追い詰められるのなら、いっそのこと、新宿二丁目や上野の入谷などで男娼をしていた方が幸福なンじゃないか? オレだったら、啓介君を優しくしてあげたい”
“七月一日
たまたま、オレが寮の当直をすることになった。まァ、久しぶりに生徒らとアハハオホホとやってもイイだろう。
その二日目、ちょうど昨夜だが人気がない筈の浴室に誰かがいたのでそっとサッシを開けてみると、其処には全裸の啓介君がいた。やはり背中や胸には鞭打たれた跡があり、痛々しかった。しかも、その日は首筋に「キスマーク」もあり、余程凌辱されたのだなと思った。彼はブリーフを穿くと軟膏を手の届くところに塗り、時折首筋にできたキスマークに触れた。彼は微笑を浮かべ、
「…もっと欲しいよ」
と呟いた。まるで、情事の後に独り残された娼婦の様だった。オレは彼を好いてしまった。そんなオレに彼��気付いていたのか、サッシの方を振り向いた。
「だ、誰ッ!?」
オレは仕方なく脱衣場の中に入った。理事長だと判ると、彼は顔を赤らめながら慌ててTシャツを着た。彼は言った。
「何故、理事長先生が!?」
恐らく、始業式や終業式の時にオレは必ず挨拶をするから顔を憶えていたのだろう。まさか、理事長でさえ寮の当直をするのかと、彼は疑ったに違いない。オレは、
「大丈夫、今週だけ当直に入っただけだから。杉山校長からは、君のことは聞いているよ。縄に絞められるのが快感なンだろ?」
と聞いた。彼は不安気な表情を見せてはいたが、頷いた。
「…快感でたまらないンです」
オレは、どうかしていたのかもしれない。何故かそのまま彼を抱きしめたのだ。優しくしてあげなければならない気がしたのだ。
その夜、当直室でオレは啓介君を愛した。鞭打たれた跡に皆キスをし、そのうちに彼も涙を流しながら、
「嗚呼、愛されてる…」
と言葉を漏らした。オレは、
「凌辱だけが快感を得る手立てではないよ。君は優しく愛されたいンだ」
と唇を奪った。
次第に、彼はオレを強く求める様になり、オルガズムに達した。オレの内腿の間に下半身を挟め、愛液が二人の下腹部に跳び散った。
「…啓介君、君が好きだ」
気分は、アダムとエバの様な感覚だった。教育者とその教え子という関係を逸脱し、オレは一人の男子として彼を愛してしまったのだ。もはや後戻りはできない。このまま「世間体」と言う名の境界を越え、何処かへ逃亡しようかとも思った。彼は、
「理事長先生…」
とオレの頬に触れ、そっとキスをした。
情事は、夜明けまで続いた”
“七月二一日
この日は終業式だった。ほぼ全員の生徒が帰省していく中、啓介君だけが寮にとどまっていた。彼は怯えていた。担任の山本先生が彼の両親に事情を離したが、特に母親は猛反対していたと、電話の後に話していたっけ。
「理事長、どうしますか?」
と杉山校長が困り果てていたが、啓介君の家の事情を何も知らなかったオレは、
「じゃ、オレが一緒に送りに行くよ」
と安易な判断をした。
啓介君の家は東京のS区にあった。最寄りには私鉄O線の駅名にもなったS学園があり、所謂「高級住宅街」だった。オレは馴れない道を自ら運転しながら彼を送り届けた。本来なら理事長であるオレは動くべきではなかったのだろうが、一度彼とは肉体的に「契り」を結んでしまったから、何故か責任を感じていた。
彼は助手席に座っていたが、ずっとうつむいていた。信号待ちの合間、時折彼の手を握ってあげた。
「大丈夫、怖くないよ」
彼の家には、母親が待っていた。一見、感じのよい雰囲気ではあった。オレは自分の名前を名乗ると母親は、
「あらら、理事長先生がこんな遠くまで!? 大変ご迷惑をおかけしました��
と深々を頭を垂れた。彼はそのまま無言で家の中に入って行ったが、その間ずっとオレの姿を目で追っていた。それでも、
『これでよかったのだ』
と自分自身に言い聞かせるしかなかった”
“八月一日
杉山校長から、啓介君から電話があったと話があった。オレは書類整理をしていたが、どういう経緯かは不明だが例の鞭打たれた跡について母親が気付き、その問い合わせがあったらしい。半ばヒステリックな声だったと、彼は言っていた。オレは心配になり、
「ちょっと行って来る!」
と自分のセドリックに乗った。
夕方近くに到着したが、出迎えた母親は泣き腫らした様子だった。開口一番、
「理事長先生! どういうことですか!?」
と訴え、隣に座っていた啓介君の着ていたポロシャツをたくし上げた。彼は泣きじゃくっていた。
「う、うちの啓介、いじめに遭ってるンですか!?」
と彼女は聞いた。オレは返す言葉がなく、ただ黙っていた。
その後、母親の狂気じみた声が居間に響きわたった。オレも流石に耐えかねたが、
「母さん! もう止めてよ!」
と啓介君が突然立ち上がり、悲鳴の様な声で制止した。彼は言った。
「オレはもう嫌なンだ! ずっと『イイ学校』『イイ会社』って言われ続けながら母さんには黙っていたけど…。ただ国立T大学に入ったら何やるの!? 僕ァ、父さんの様な平凡な人生は送りたくない。ただ結婚して家庭を持って…全然夢がないじゃないか! 僕はそんな人生に価値はないと思う。今のK高校に来て、僕は気付かなかった人生を見つけたンだ…。母さん、僕は男が好きです! あのアザは僕が好きな先輩と『セッ◯ス』して出来たものです!」
これまで自己主張もせずにただ両親の言われるがままに行きてきたのだろう。オレは彼の方を見入っていた。母親は、恐らく我が息子のこの様な言動に遭ったことがないのだろう、ますます錯乱した様だった。啓介君はオレの手を持ち、
「理事長先生! 僕、寮に『帰ります』! こんな家にいたら、僕、自殺しそう!」
と訴えた。オレは彼の放った「自殺」という言葉に衝撃を受けた。
「啓介君! 生んで育ててくださったお母様の前で『自殺』という言葉はないだろう! 先生も怒るぞ!」
「否、僕は本当のことを言っているンだ! もうイヤだ…」
「…」
二人の嗚咽が居間に響き渡った。オレは、この家自体を憎んだ。一体、何がそうさせたのだろう? 性の歓びを見出し、本来の自分自身を見出した啓介君、一方で一流の大学や企業に進めば苦労しない人生が保証されるという世間の「呪縛」に囚われそれを良かれと我が子に訴えてきた母親…どちらとも悪くはない。オレは言った。
「…お母様、これまで啓介君をここまで育て上げるのに色々なご苦労をされたかとお察しします。確かに、今は一流の大学に進めば一流の企業に入れ、そのまま一生涯安泰と「年功序���」の思想が根付いています。未だ日本は成長をしていくかと思いますが、いつまでもその状況が続くとは限りません。私どもは可能な限り、その様な時代の変化に対応できる将来の人材を育成すべく教育しております。
しかし、啓介君を含め、この十六、十八歳という年齢は思春期ということもあり、自我が芽生え始める時期でもあります。彼の様に性を通じて本当の自分自身に気付くお子様も少なくありません。きっと、これまでの教育方針に対し自我の芽生えによって啓介君も葛藤をされてきたのでは…?
今回、身体に出来たアザについては他の教職員からは聞いていたものの、ご連絡しなかったことについては申し訳ありません」
これが、オレができる最大限の謝罪だった。母親は未だ冷静になれない様だった。啓介君も大粒の涙を溜めていた。オレは、今日は彼を寮に連れて行かないことにした。オレは言った。
「もし何かありましたら、私どもの方までご連絡ください。夜間でも寮に当直がおりますので、お電話いただければ対応いたします」
帰り道の車中にて、オレはこれまでにない疲労感を感じた。この夜は流石に爆睡だった”
“八月三日
杉山先生から、寮の当直をしていた山本先生から啓介君より連絡があったと話あり。やはり寮に戻りたいと訴えていたらしい。あれから両親とは話ができたのか、気掛かりで仕方がなかった。
理事長室の隅に置かれた時計が秒針を刻む音に半ば苛立ちながら、オレは情人(アマン)が来るのを待ちわびるかの様な心情に駆られた。一度は肉体同士の接触があったが、それだけでオレは彼と一心になっていた感覚でいた。もし教育者と一生徒という関係でもなければ、あの場で彼を連れて帰っていた。母親を弁護することもなかったろう。
午後二時になり、啓介君が帰って来た。オレは直接来たのかと聞くた。彼は言った。
「…先生、会いたかった」
すると彼はオレの背中に両腕を伸ばし、抱いてきた。途端にオレの胸の中で涙を流し、やがて嗚咽も聞こえてきた。
「大丈夫、泣くのはおよしよ」
とりあえずオレは啓介君を寮に連れて行き、当直をしている山本先生に事情を話した。まずは様子を見て欲しい、と。また、一昨日彼の家に行った時のことも話した。山本先生は、
「じ、自殺!?」
と驚いていたが、今の精神状態なら大丈夫だろうと伝えた。”
“八月四日
一晩過ごしたが、山本先生からは何の連絡もなかった。オレは大丈夫だったのだろうと安堵した。
午前九時過ぎ、理事長室に啓介君がやって来た。彼はオレを抱きしめてきた。すっかり好いてしまっている様だった。オレは彼にキスをした。舌を彼の唇の隙間に忍ばせ、込み上げてくる唾液を呑み合った。彼はそれが「快」と感じたのかスラックスのベルトを外し始めた。オレは声をかけた。
「此処ではまずい」
オレは雑木林の中にある「��荘」に連れて行った。しばらく寝泊まりしていなかったからか、室内はジメジメしていた。そんな中でオレは彼のワイシャツのボタンを外した。ブリーフだけになった彼を目前に、オレもワイシャツを脱いた。ブリーフだけになると早くもチ◯ポの先端が濡れていた。こんな性衝動は初めてだった。彼をこれでもかと言うくらいにキスをし、乳房や股間を愛撫した。自殺なンて馬鹿なことは考えるなと、繰り返し心の中で叫びながら…。
気付くと二人は真っ裸になっていた。白いブリーフがベッド元に重なっている。これは身も心もさらけ出していることを意味していた。オレは彼と一体になった。
「あッ、あァ、あはァァァん…」
何度も乳房を鷲掴みにし、吸い続けた。その度に彼は歓喜の声を上げ、乱れに乱れた。ほのかにサーモンピンクへと全身が火照り、彼はオレの唇を求めた。
「…け、啓介」
いつしかオレは敬称を付けずに呼んでいた。ただ十六歳の彼をオレは愛した。全身に無数の汗が滴り、シーツが濡れた。
啓介君は、用を出すだけしか知らなかった穴をもって女の様に快感を得ることを知ってしまった。いつしか彼は激しく腰を揺さぶり、オレの身体にしがみついた。
「あ、愛してる…!」
耳元で彼はそう囁き、オルガズムに達した。オレも彼の体内に愛液を噴射させ、
「啓介!」
と激しいキスをした。
情事の後、ベッドで抱き合いながらオレは言った。
「もう『自殺』という言葉は使わないで」
すると、
「…死にたくない。こうやって愛してくれてるから」
と彼はオレにキスをした。
これで総てが終わったと思った。啓介君が愛されることで新たな人生の方向性を見出し、進んでくれるとオレは信じた。”
貢は、父・操もまた一人の生徒を愛してしまったのかと思った。オレは生徒には手を出したことがないし、そんな度胸もなければやってはいけないと、頁を進めた。しかし、日記はしばらく何も書かれておらず、急に「九月一日」まで飛んでいた。恐らく、その間に啓介が自殺をしたのだろう。
“九月一日
啓介君が雑木林の中で首吊り自殺を図り、憔悴する暇もなく両親が教育委員会に訴えると騒いだ。父親は、杉山校長に訴えた。
「国立T大学への進学率がイイと聞いて入学させたら『ホモ』にさせられた挙げ句、自殺まで追い込んで...。この悪党! 人殺し!」
父親は国家公務員だった様だ。彼は他の保護者から、お宅のお子さんは大丈夫か、「ホモ」にさせられてないかと根掘り葉掘り聴取し、何人かの生徒からその気がある様だという話を聞きつけるや、
「理事長を出せ!」
と罵った。杉山校長は流石にビビッてしまい、
「理事長! 何とかしてください!」
とすがりついた。殴り込みに来た父親に対し、オレは土下座もした。罵声を浴びさせられた挙げ句、胸ぐらもつかまれた。正直、辛かった。啓介君を愛していたのに、自ら生命を絶ってしまったのだから…。裏切��の何物でもない。
オレは父親が帰った後、雑木林の中で慟哭した。啓介君が首を吊った杉の根元にひざまずき、喉がやぶれてしまいそうなほど声を上げながら泣いた。”
この部分を読みながら、貢は高校二年だった頃を思い出した。そう言えば、両目を泣き腫らした様子で操が家に帰って来たのだ。母の茉莉子がどうしたのかと心配したが、彼は、
「…すまないが、独りにさせてくれ」
と言って部屋に籠もってしまったのである。ちょうど父の書斎の隣に貢の部屋があったのだが、壁越しに号泣する声が聞こえたのだ。しかし、何故泣いているのかを聞くことはできなかった。嗚呼、きっと啓介君のことだ��たのだろうと、彼は思った。
もし岩﨑の言う通りにその啓介君の声が聞こえたのだとしたら、オレに何ができるだろうと貢が考えた。
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似火風起舞 隱於深山谷 橙黃紅疊綠 情歸無一處
─ 山谷野百合 ‧ 仲茵 poem - Lily of the Valley by Chu Lan~*
📌 在華人世界,百合花代表吉祥如意。在西方,百合花是聖潔的象徵。在羅馬神話中,百合是在結婚與家庭的守護神朱諾的乳汁中誕生的。而在聖經上,百合花則是被逐出伊甸園的夏娃,悔恨傷心的眼淚落在地上後長出的。因此在復活節那天,潔白美麗的百合花,是祭典上裝飾最佳的花卉,並用來獻給聖母的花。耶穌曾持天堂之花 - 百合花作為給信徒的禮物;所以它更象徵忠貞與純潔。
在中國古代,由於百合花開時,常散發出淡淡幽香,所以百合和水仙��梔子、梅、菊、桂花和茉莉等花在一起的圖案合稱七香圖。
▪︎ 野百合的花語:永遠幸福、幸福又將回來、清新、浪漫、真誠。
▪︎ 橙色百合花花語:自信、勇氣、驕傲、勝利、榮譽和富貴的象徵,是自然的顏色。取其代表著力量、智慧、震撼、光輝、知識和性能力。
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潘越雲 Michelle Pan (A Pan)【野百合也有春天 Springtime For The Wild Lilly】 on YouTube - 滾石唱片 ROCK RECORDS @RockRecordsTaipe
歌曲製作人:李壽全 作詞作曲:羅大佑 編曲:陳志遠
1983年 電影《野雀高飛》主題曲 (Lyrics)
========================
彷彿如同一場夢,我們如此短暫的相逢;
你像一陣春風,輕輕柔柔吹入我心中。
你可知道我愛你想你怨你念你,深情永不變,
難道你不曾回頭想想昨日的誓言。
就算你留戀開放在水中嬌艷的水仙,
別忘了山谷裡寂寞的角落裡,野百合也有春天。
而今何處是你往日的笑容,記憶中那樣熟悉的笑容。
#chu lan maria#fine craft artist#artist from taiwan#chu lan#leather art#handmade leather works#customized leather works#朱蘭皮藝#皮雕工藝#台灣工藝人#cat box-bag#男孩用的側背包#re-new old leather works#long-wallet#meow ou /ᐠ。‸。ᐟ\
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続続・デート記録 0502 無事2度目の採卵を終えて現金で謝礼金を受け取る。なんで現金…闇バイト感がすごい。 帰宅後、生理痛よりさらに重い鈍痛に耐えていると哲学博士がごはんつくりに来てくれた。親子丼と冷ややっこを大きなテーブルで食べて、人と暮らすのって悪くないのかも、と去年高橋君が家に転がり込んできた時と同じ感想を持った。 0503 喜劇研究会の大学二年生の後輩と雨の中出町柳でデートした(〇〇君とデートしたいな~♡とふざけて名指しでツイートしたらDMが来た、夢のようななりゆき)。 喫茶ゴゴでモーニングしたあと出町座で映画観て、叡山電車にのって貴船神社参拝。やっぱりお笑いサークルの人はごりごりに笑わせてくれてすごい、超満足。 人生で一番歳離れた人とのデートかもしれない。いまの1年生、早生まれだと干支同じらしくてウケる。 0505 神戸-東京間で仕事上二拠点生活をしている人と心斎橋でランチ。一周遊び終えた感じのしゃらくさい、一歳上のコンサルだった。ディスカッションでヒートアップしたけどそういう人には色気を感じないもんだなと思う。寝ないように気をつけよう、ならよくあるんだけど、寝たいと少しも思えなくてわれながら不思議だった。 夜中に「結局真剣な相手は求めてないんだよね? どういう関係がほしいの?」とLINEが来ていて、あー最初に目標設定しないと異性と関われない感じ? ��まんないなあ、と思った。けれど明らかに自分より頭が回る人だったので、そう思うことでほっとしてもいることにも気づいていた。デートは戦いじゃないのに。 0507 哲学博士が車出してくれたので清水五条でランチ。デザートにスコーンとたいやきもつけた。 一歳しか変わらないとはいえあくまでも学生だしそのうえバンドマン、長髪、ピアス、喫煙者なので(ひも願望とかあんのかも!)と邪推していたのだがお手洗い行っているうちに勘定もたれてしまった。見た目のわりに硬派な人。なんというかカップルじゃなくてアベックって感じの交際になりそうだなと思いながら付き合い始めた。 わたしの本拠地はあくまでも東京なのだが彼がどれくらいそれをわかってくれているのかわからない。吉田寮を一瞬出て一人暮らしするも半年で舞い戻るくらいには寂しがり屋っぽい。 暇な人と付き合いたいなあと思ってたからちょうどいいのかも。今年博士出そうにないし、吉田寮も気に入ったし、わたしは元々貧乏くさいデートが好きだし(登山、野宿、ドライブ、不法侵入など)、うん、ずっと学生でいてほしいかも。 0509 高橋君が京都に来たので、雨が降りしきるなか一緒に自転車で写真の展示を見て回った。誰かと自転車で並行して町走るの、意外と1年ぶりとかだった。写真と企画への文句を言うのをにやつきながら聞き流す。文句ってその人の賢さが出るから、いいよね。 夜はおかるでカレーうどん食べて、2軒目は村屋という居酒屋でちびちび日本酒を飲んだ。京大生の友達の家に泊まるというのを見送って帰宅。

0510 東山の京セラ美術館でもういちど高橋君と集合。今度こそ晴天、暑すぎずちょうどいい季節。 ハンバーガーショップでランチ食べて、17時まで展示回って高瀬川で休憩して、次会う約束は特にないまま「またね」と別れた。 恋人がドラマーとしてライブに出ていたので吉田寮に行く。演奏中4回くらい目が合って恥ずかしかった。文句なしにいろっぽくてかっこよかった。好いた男の表舞台を見に行く、というのはもしかしたら大学生以来かもしれない。 元彼とゆいとKICHIRIで21時に集まって0時までだべった。元彼に「やってること大学生すぎるけど、マーケットが拡がってよかったじゃん」と失礼なコメントをされた。 0512 末広食堂という600円で定食を出している、いかにも学部生が来そうな食堂に恋人と行った。店前でハグして、14時に新幹線に乗る。
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栗浜陽三 (文・写真) 『九十九里浜』 より 雑誌MLMW (ムルム) No.5 (1978年5月号) 掲載記事
栗浜陽三 九十九里浜(写真)

栗浜陽三 九十九里浜(文・写真)
[上のページの画像から自動文字起こしをして、誤判読に気付いた所は修正したけど、誤判読が残っているかも知れない]
九十九里浜・しなやかな風景 写真と文 栗浜陽三
九十九里浜が、何県にあるかを知らない人でも、その名の持つ雰囲気に、何か特別のイ メージをお持ちであろうと思う。太平洋に面した、その茫漠たる長い長い浜の風物は、浜というものが持つ様々の要素を凝縮させて、 我々の期待感や夢を満たしてくれるかのように思える。しかし残念ながら今では九十九里浜の魅力の殆どは、過去のものとなってしま った。一体、十数年前の、あの素朴で夢のよ うに美しかった九十九里浜は何処に行ってしまったのか。この僅か数年の間に、都会人の荒々しい神経で浜は汚され、美しい砂の起伏は姿を消し、近代化の手は浜に沿って長々とハイウエイを引いてしまった。九十九里浜にとって、全く無意味としか思えないこのハイウエイプランを耳にした時、私は自分の心の中の大切な部分を引きさかれる思いがしたが、土地の政治家というある人は、それは芸術的
↑栗浜陽三 九十九里浜(文)
栗浜陽三 九十九里浜(写真)
栗浜陽三 九十九里浜(写真)
栗浜陽三 九十九里浜(写真)
栗浜陽三 九十九里浜(写真)

栗浜陽三 九十九里浜(文・写真)
[上のページの画像から自動文字起こしをして、誤判読に気付いた所は修正したけど、誤判読が残っているかも知れない]
しなやかな風景●九十九里浜
・・・は黒ダンの前袋の両脇から黒々と毛をかき出して男らしさを競ったといい、亦、漁から浜に帰って来る舟は、長い竿を舟の両側につき出して、その先に黒褌を結びつけ、尾長鶏の尾羽根のように海風になびかせてもどって来たと話してくれた。
私がせめて十数年早く九十九里を訪れていたら、目にしたであろうこれは誠に九十九里の匂いのする昔語りであった。 それでも私は消えてゆく残り火の色を見る ように、時折浜で数少ない漁師の浜仕事や、 女達のフラミンゴの踊るような鮮やかな作業っぷりを見る事が出来た。
度び重なる私の九十九里訪問につれて、私の仕事友達や学生達が浜を訪ねるようになり、若々しい彼等の裸身が浜をにぎわすようになった。彼等はアっと いう間に海風にやけ、町中まで褌姿でのし歩き地引網を楽しみ、九十九里独特の丸板の波乗りをし、別人のように生き返った。
私は丸裸で浜仕事をする漁師をたびたび目にしたが、 この風俗は戦後アメリカ人の手前禁じられてしまったその名残りであった。中年の漁師が性器の先をワラシベや布切れで結んで褌の代用としている様も、決して雑でも奇異なものでもなく、浜の風物の中ではごくノーマルに感じられた。これは海水に濡れたままの褌の不衛生さを彼等がきらったからだという。
浜の女達はよく働いた。小柄でたくましいマイヨールの彫刻のような彼女達は、舟を浜に 引き上げる時には男以上の働きを見せた。母 親の仕事を見ている少女の背中の、赤ン坊の顔には、一刷毛はいたようにウッスラと砂が乗っていた。
十年以上訪ね続けている私の目には、浜の舟の数が年々少くなって行くのがよく解った。最初一、二年の間、浜にそびえていた何艘かのK家の船もいつしか姿を消した。民宿が急激に増え、そしてドカンと音のするようにハイウエイが浜に沿って走り、浜と村を引きさいたのである。庭から海に裸で飛び出してゆけた私達もトンネルをぬけて海に出る為に廻り道をしなくてはならなくなった。浜は見る見る中にゴミが打ち上げられ、マイカーが波打ぎわを走りぬけ、ビーチパラソルが立ち、その下で一日中マージャンをするという馬鹿げた男達が東京からやって来た。日本人は本当のゼイタクの楽しさや味わい方を知らないし、知ろうともしない。なぜ九十九里に都会生活をそのままズルズルと引きづって来る必要があるのだろうか。彼等は潮騒をきく代りに、浜でトランジスタラジオをきこうとする訳なのである。民宿になった素朴な土地の家で、海の香りを味い、あるがままの九十九里の生活に思いきり身をまかしてこそ、本当のゼイタクの楽しさではないだろうか。ハイウエイは私如き人間の知らない理由で必要なのかも知れないが、その代り、日本一のあの美しい浜の風景は二度ともどってこないのである。
K家にはその頃四年程続けて、ある外国の大使館の青い目の客が来るようになった。映画スターのような見事な美女達であった。私の友人の若者達とこの美女達は、伸々打ちとけ合う機会がなかったのだが、ある日、彼女達がK家の前庭の椅子に腰をおろして読書を楽しんでいる最中に、この若者達が海からもどってきたのである。彼等はオイルで鋼のように輝く背中をみせてタオルやマットを干し始めた。その姿を一人のブロンド娘がしみじ ・・・
↑栗浜陽三 九十九里浜(文)
以上の写真と文は雑誌MLMW(ムルム) No.5 (1978年5月号) 掲載記事『九十九里浜』より
これらの文章を読むと、栗浜は性的にも、性的な物を離れても伝統を残したままの海やそこに暮らす漁師を愛していたことが判る様だ。また、他の記事を読むと祭りについても性的にも、性的な物を離れても愛していたことが判ると思うよ。
栗浜のオリジナルは持ってないからウェブから集めた画像だけど、九十九里浜は良い画像がなかったんだ
一応拡大して補正はしておいたけど画質はちょっと残念だね
世間一般では本名の藤井千秋でイラストレーターとして有名な人なんだよ~
藤井千秋は画像検索したらいっぱい出てくるよ
2つの名前の作風の違いに驚くよー!
#栗浜陽三#九十九里浜#ムルム#六尺褌#ふんどし#褌#藤井千秋#kurihama youzou#youzou kurihama#fujii tiaki#loincloth#japanese national costume#japanese underwear#common japanese daily underwear#japanese formal wear#MLMW
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要求されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。そもそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当に危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、��え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。


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しばらく更新してなかったけど、また日記がてらつけようかなと思う。
実は仕事で色々あり、ここしばらく休職している。自分ではそんなに心をやられたと思っていなかった、その当時はただ頭痛が本当にひどくて寝込みたい気持ちがずっと続いていたから、それは体のメッセージだったってことなんだなぁって今になったら思える。
とはいえ、頭痛はそもそも持っているので、今いろいろなお薬を飲んでいるけど全くなくなるというわけではないんだけど、軽くはなってよかった。
というわけで、だいぶ自由な時間があるので、映画について話すポッドキャストをする、という夢を叶えるべく行動をして、遂に先週記念すべき1回目をあげました。恥ずかしいけど、嬉しいし、再生数が一つでも増えると嬉しい。
まだ恥ずかしいけど、いつかはここでみなさんにもきいてね!っていいたい。
そういえば、kodakのpixpro fz55というコンデジを買った。元々一眼も持ってるのだけど、重いし気合いがいるんだけど、これは本当にコンパクトでいつでもポケットに入れて置けるのがとてもいい。色合いも、いい感じだし。
みなさんも元気にしてるでしょうか。無理せず、人と比べすぎずに、自分の大切なものを大切にして生きていこう
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家建てたのでまとめ
Q.なにからすればよいの??
これは完全に人による。
この工務店で建てたい!というのがあればまずは工務店へ。予算や立地が先であれば銀行や不動産屋へ相談。(一括やかなりまとまった頭金を入れられる猛者であれば銀行より不動産屋でおけ。)
工務店の場合はまずは理想を伝えてプランニングしてもらう。この段階でも取捨選択で優先順位つけて諦めていくので先に順位付けしておいたほうがよい。
駐車場を別で借りる、土砂崩れや洪水の危険性がある(要はハザードマップで赤や黄色)は安い。
不動産屋からも工務店からも止められる。土砂崩れ地域は山側に擁壁を建てないと行政の許可が降りないので(200万かかる)結局はコストアップ。
不動産屋はどこも似たりよったり(買うときは丁寧でマメ、買ったあとの事務連絡はクソ遅いしなんなら返信ない)ヤリモク男みたい。
地元の不動産屋の方が掘り出し物見つけてくれることがあると言われたことあるがどうなんでしょう?(知らない)
Q.工務店によって違いはあるの?
めちゃある。
連れ合いの好みの家を建ててくれそうなところを見繕って、3軒回ったが、同じ予算でも1軒目、2軒目は無理と言われた。2軒目なんて君たちはうちのお客さんじゃないので金貯めて出直しな的な態度。
3軒目に決めたけど予算内でいけると言われたし、予算内で建てられる方法を模索してくれた。
(結局はやりたいこと多くて、予算+800万かかったけど)
工務店によっては最初のプランニングの段階でお金発生するところもある。プランニングの打ち合わせも回数が決められていて超えると有料とかも。
大手に建ててもらうのは安心だけど、営業が若手のことが多いのでそこが不安。気を利かせてくれないし、見逃しも多い。
うちは実績のある中小企業にしました。マジで良かった。営業担当の女性が2級建築士&インテリアデザイナー持ちだったので、とてもアドバイスが的確だった。
Q.融資ってどう手続きするの?
ある程度の規模の不動産屋であれば一括で枠の審査をしてくれる。この銀行というのが決まれば手続きも来てくれる。ちなみにうちは連れ合いが勤続13年、国家資格持ち、年収600万の実績を引っさげた6000万枠を引っ張ってきた。これなければ無理ゲー過ぎた。
Q.こだわりとかある?
こだわりは出せば出すほど高くなる。
というわけで俺はあまりない。
2階リビングは日当たり良いけど高くなる。
無垢材使えば使うほど高くなる。
収納作れば作るほど高くなる。
工務店は造作でキッチンや洗面台を作りたがるし、なんならドアや引き戸も造作したがる。これも高くなる。と夢と現実の狭間で潰れそうになりながらプランニングにしてた(連れ合いが)
キッチンやトイレや風呂は工務店が割引を持ってるのでこだわりなければそれで良いと思う。
Q.結局家建てて良かったん?
わからん。
でも、都内って4LDKのマンションってあまりないのよ。あっても気に入るかはんー?って感じだし。そりゃ、億払えばあるよ。そのうち子供2人ほしいなと思うと選択肢が狭い。なら一軒家でもいいのかな?と思う。でもね。
俺は建売でも良かったのよ。建売であればもっと都心に寄れるし。
なんて言ったら怒られるなぁ。まぁ、犬が幸せそうだから良いか。
なんか質問あればメッセージください。

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ちとせ よしのは、日本のグラビアアイドル、アイドル、タレント、コスプレイヤー。佐賀県神埼市出身、女性アイドルグループ「あまいものつめあわせ」のメンバー。SPJ Entertainment所属。 ウィキペディア
生年月日: 2000年1月8日 (年齢 24歳)
出生地: 佐賀県
身長: 158 cm
学歴: 佐賀県立佐賀北高等学校
カップサイズ: H
スリーサイズ: 95 - 65 - 98 cm
デビュー: 2018年10月
趣味は、夢占い、キックボクシング。
特技は、絵を描くこと、大食い、鉄工所にて覚えたCAD。幼少時から米俵を引けるほどの力持ちであったものの運動は苦手であり、2018年11月時点ではフラフープも縄跳びも上手くできないとの旨を明かしていたが、フラフープについては後に中京テレビのバラエティ番組『耳より三姉妹』の企画で克服しており、2023年3月時点では千葉県にて行われたDVD『いとしのよしの』の撮影の際にも普通に回している。
芸名の「ちとせ」は地元の旧名から、「よしの」は本名からそれぞれ取って母が決めた。なお、祖母曰く「小さい頃からあっけらかんとしてる子」だったという。
好物は、鶏肉などの肉類。小学生の時期には大食いを自覚しており、食パンを単独で1袋食べていたほか、父がパチンコで勝った日は回転寿司に連れていってくれたが、ちとせは大食いゆえにあらかじめアメリカンドッグを食べさせられていた。その後、高校生の時期には毎日コンビニエンスストアにて買い食いしていたうえ、「残飯処理班」なるあだ名が付くほど友人たちの給食の残り物も食べていたことから、ボディサイズも大幅にアップした。
地元では自宅の周囲に出前が可能な店が無かった(自宅が水田に囲まれていた)ため、上京後は「ポストの中に出前のチラシが入っている。それだけで幸せ」と語るなど、出前を頼めることを嬉しく思っており、上京した当初はピザばかり食べていた。
鉄工所では、作業着、ヘルメット、すっぴんの姿に加えて唯一の女性社員だったことから、既婚者ばかりの周囲には親戚の子供のように扱われていた。また、芸能活動を社長以外には内緒にしていたため、作業着の下が恵まれた身体であることについては、周囲に知られていなかった。それゆえ、「YAグラ姫2019」にてファイナリストに残ったことについては、恥ずかしくて連絡を取っていないという。なお、鉄工所の社長はちとせの退職に際して勤務期間が8 - 9か月だったにもかかわらず優しく背中を押してくれたうえ、退職が決まった後に求人を出すとすぐにCAD経験のある女性から応募があったため、ちとせは神様からも上京を命じられていると思ったという。また、作業着については、上京後も初心を忘れないよう自室に置いているという。
家族については、弟が1人いるほか、自衛官である父の仕事柄ゆえに小学生時代は佐賀県から沖縄県・久米島、福岡県、高知県へ移住していた転勤族であり、小学5年生から再び佐賀県に在住した。なお、弟もかつては自衛官だったがこちらは退職し、上京してちとせの自宅にて同棲しながら彼女のサポートを担当している。しかし、同棲を発表した当初は弟がちとせのことを呼び捨てにしていたことからも彼氏と見なして疑うファンがいたため、実弟であることを後に改めて発表している。
YouTubeチャンネル「よしのんチャンネル」は、コロナ禍による休業に遭って外出自粛期間中に何かできることはないかと考えて始めたものであり、YouTubeで広く知ってもらえるきっかけにもなったため、本当にやって良かったと思っているが、グラビアアイドルがよく通る道である収益化停止に遭った際には、悔しい思いでいっぱいだったという。SPJ Entertainmentは関わっておらず、当初は企画、撮影、編集をすべて自分で担当していたが、弟が同棲するようになってからは撮影を担当してもらっているほか、編集も一部手伝ってもらっている。また、弟は企画も一緒に考えてくれるうえ、編集についてはちとせよりも高いクオリティに仕上げてくれるという。なお、2023年5月時点での最多再生回数を誇るのは『Eternal』のメイキング映像を収録した動画であり、227万回再生を記録しているうえ、YouTubeでちとせを知ってイベントを訪れるファンも増えていることから、YouTubeの凄さを実感したという。
「よしのんチャンネル」にて、ポジティブな意味でオカズにされて嬉しいとの旨を公言しているほか、グラビアアイドルをそういう目で見ないでほしいとの意識への反��として、美味しそうなケーキを見た際に無意識に思う本能を挙げている。
佐賀県への思い入れは上京後も変わらず、2020年には写真週刊誌『FLASH』(光文社)のグラビア撮影を祖父母の暮らす実家にて行う、地元のラジオ番組にゲスト出演する、2021年には大町自動車学校のハロウィンイベント「大町 車肉祭 2021 in鍋島」にてトークショーに登壇する、2023年にはサガテレビのミニ番組『ユビサシカクニン』に出演するなど、地元への貢献のためにも時間を作っては帰郷している。また、将来は地元に貢献できるような仕事をしたいとも明かしている。
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午後六時前、八坂は正美を送って来た。朝同様、大平が応対したが、何故か二人とも日焼けをしていることが気になった。確かに、海水浴場を散策するには寒くない、寧ろ丁度よい陽気ではあった。そのことに対し、八坂は照れながら言った。
「久しぶりだったから喜んじゃって…。正美君に手を引っ張られるまま海に入っちゃってビショビショになっちゃったンですよ。何故か、替えの下着だけはあったみたいで…。嗚呼、白いブリーフですけど。私もたまたま車の中に部活動の時に穿くビキニがあったので、バスタオルに包まったままコインランドリーへ行き、服は洗濯しました」
「えッ、『ビキニ』!?」
「あ、ハイ。剣道部で顧問をしてます。袴を付けるンで、トランクスじゃ落ち着かないンですよ」
「じゃ、じゃあ、今って…」
「ビキニです」
そう言いながら、八坂はチノパンツのファスナーを下ろしてみせた。「社会の窓」からは、無地の蛍光グリーン色が覗いている。大平は、
「あら、ヤダ! そんな…」
と顔を赤らめた。あまりにサービス精神が旺盛なので、彼はすっかり舞い上がってしまい、
「よ、よかったら、コーヒー、如何ですか!?」
と口走ってしまった。すると、
「あ、そんな…。でも、明日も休みだし、イイですよ」
と、八坂は笑顔で応じた。正美は、何気ない様子で八坂の方を見て、
「じゃあ、またね」
と手を振って階上へ行った。大平はスリッパを揃え、八坂を宿直室に招いた。
夕食を済ませた亮司は、白いV字シャツに水色のセミビキニブリーフという格好で風呂から上がってきた。冷蔵庫に缶チューハイが予め冷やしてあったので一本取り出し、居間のローテーブルにお徳用の「するめソーメン」を開封してくつろぎ始めた。嗚呼、明日で連休も終わりだなと、未だ敷地内で刈払いが済んで���ないところがないか頭の中で考えていた。
缶チューハイ、ビールと飲み続け、〆はカップ酒にしようと冷蔵庫まで取りに行った時である。亮司は半分目が座った状態ではあったが、突然、
「もっと虐めて! 打って! 犯して!」
という叫び声が聞こえた。何だ!?と、酔いが回っていたのが引いてしまい、亮司は冷蔵庫を開けっ放しにしたままウッドデッキに出た。
「あん! あん!あん!」
途中、縄の様なもので締め上げる様な音が響く。男の声だがまるで女の様に甲高く、その合間に布を引き裂く様な物音もする。亮司は、
「おいおい、此処って学校の敷地内だよなァ…」
と、昨日不安に思っていたことが的中してしまったと感じた。しかし、いじめならば「もっと虐めて! 打って! 犯して!」なんて訴えないだろう…。オレはゲイだが流石に「凌辱」専ではない、一度縄で締め上げられたが苦痛ばかりでちっとも「勃たな」かった。それでも、ゲイ雑誌『G-MEN』では亀甲状に縛られた男のグラビアが載っているし、あんなことでイッちゃう奴もいるンだよなァ…。そう考えつつ、彼は居間に戻ってカップ酒を開封した。
テレビを付けながら、亮司はカップ酒の二本目も口開け、そのまま寝入ってしまった。
一方、大平は八坂とのおしゃべりに花を咲かせていた。年齡は年上で、色々聞いていく中で今は独り身と知り、彼の心はときめいた。八坂は、オレに好意があるンだなと次第に心許す様になっていた。
嗚呼、当直でなければこのまま最寄りのモーテルに直行しているのに…。そう悔みながら、何とかして八坂をとどめておきたかった。それを察したのか、八坂は聞いた。
「大平先生って、ベッドでは『ネコ』になるの? 『タチ』になるの?」
突然、しかもタメ口で聞かれたので大平はびっくりした。あら、オレと寝たいのかな? 今すぐ押し倒してもイイかな? 彼は若干妄想した。
「う〜ん、どっちもかなァ…」
と彼は答えた。それを聞いた八坂は微笑し、
「一見、『タチ』の様だけどその気になれば『ネコ』になる感じだね。カワイイね」
と、彼は大平の手を握った。この行動にすっかり舞い上がってしまった大平は、
「それって…プロポーズ!?」
と口走った。八坂は言った。
「今度、ドライヴしませんか?」
大平は、久しぶりに心がときめくのを感じた。彼は下半身の所謂「Gスポット」がうずくのを感じ、力んだ。これで、嗚呼、日本では同性婚は認められていないが「ゴールイン」できれば将来は安泰だ。そこまで彼は妄想した。
結局、八坂が帰ったのは午後八時だっはた。すっかり厨房職員も帰ってしまっていたが、大平は当直中であることを完全に忘れていた。それだけ有頂天になっていたのだ。帰り際、八坂は言った。
「久しぶりに愉しかったです。離婚してから淋しくて…。家内とは教育費のことで未だ関わりはあるンですけど。正美君は、まァ、息子の様だから。大平先生とお会いできて良かったです」
「そ、そんな…。オレ、何もやってない…」
「もしお時間があればショートメールお送りします」
そう言って八坂は寮を後にした。暗闇の中に消えていくまで大平は見送り、ようやく施錠をすると彼は急に淋しく感じた。嗚呼、この感情は何なのだろう? 彼は遅めの巡視をすると、そそくさと当直室に戻り布団を敷いた。
明け方、目覚めると大平は異変に気付いた。夢精したのだ。こんなの、中学生以来だと彼は思った。
「いやァ〜ん、男の子になっちゃった!」
それだけ八坂と寝たいのかなと、彼は下着を取り替えながら思った。
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Today I read that A story (short history) on FB about two Chinese artists ... Qi Baishi 齊白石 & 徐悲鴻 Xu Beihong
好感人啊!俺哭了,淚流不止… 😭 這大過年的,管它吉利不吉利的,總比憋得內傷要好。朱蘭我給妳腦門頂上貼個 🧧 red 🤣,沒事的!Lan~*
《知音》忘年之交 (Two famous Chinese painters their friendship between generations.)
徐悲鴻比齊白石小30歲,年齡的差距,性格的不同,並沒有阻礙兩人友情的發展。徐悲鴻是齊白石的摯友也是恩師。
最憐���口反萬眾 使我衰顏滿汗淋
這是節錄齊白石寫給徐悲鴻的詩。
草廬三顧不容辭, 何況雕蟲老畫師, 深信人間神鬼力, 白皮松外暗風吹。
一朝不見令人思, 重聚陶然未有期。 海上清風明月滿, 杖藜扶夢訪徐熙。 ─ 齊白石
👇 徐悲鴻 Xu Beihong 畫馬



👆 齊白石、徐悲鴻 芋葉小雞圖 102cm×34.5cm (left)
徐悲鴻 竹下雄雞圖 148cm×54cm (right)
1953年,徐悲鴻因腦溢血病逝,事後三年,徐家每月還是準時給齊白石送錢。 92歲的齊白石得知老友已逝後,急忙趕去徐家,一進門就下跪,任何人勸說,他都不肯起來。 徐悲鴻比齊白石小30歲,年齡的差距,性格的不同,並沒有阻礙兩人友情的發展。 在徐悲鴻內心,齊白石不僅是自己的摯友更是恩師,而齊白石卻說徐悲鴻是他一生的恩人。(👇continue...)
1928年,留法回國的徐悲鴻擔任北平大學藝術學院院長,為了將中國畫發揚光大,徐悲鴻一直在尋找有繪畫藝術天賦之人。 或許是冥冥中自有天意,一次偶然的機會,徐悲鴻在陳散原(歷史學家陳寅恪的父親)先生家見到兩副畫《柳塘游鴨》《枯藤群雀》,他驚嘆不已,一打聽才知道是出自民間木匠齊白石先生之手。 於是第二天便登門拜訪。 當時齊白石正在趕制兩方印,徐悲鴻只能站在旁邊等候,因此也親眼目睹了老先生篆刻的章法和刀法。 “蒼勁有力,好像呼呼風聲,篆法高雅,佈局奇崛古樸。” 徐悲鴻驚訝又興奮。 當看到牆上的一幅公雞時,不由得又贊嘆: “先生您的畫自然古樸,不落古人窠臼,自成一格,您看這只只公雞,在不求似中得似,更顯神韻。” 此時的齊白石每天窩在家裡以賣畫為生,經常遭人白眼,看到如此懂自己欣賞自己作品的人,不由得為之動容,上前抱拳道: “知我者,悲鴻兄也!” 徐悲鴻見狀,立馬錶明自己今天來的目的,是想請先生出山,去北平藝術院給學生授中國畫課。 齊白石先是一驚,隨後立馬拒絕道: “我一個鄉巴佬,去洋學堂講課,恐怕會給您徐院長帶來麻煩。” 而徐悲鴻卻表示: “能請先生出山,乃我校之榮幸,何來麻煩一說。” 但後面不管徐悲鴻說什麼,齊白石都是拒絕的。 這樣來來回回,直到第三次,齊白石仍以我是湖南土音不適合授課為由,拒絕任教。 徐悲鴻卻再三懇求並表示: “只要先生您作畫示範就行,不用授課,道理就在其中,為表誠意,願意每天自駕馬車接送,親自作陪。” 就這樣,農民出身的齊白石當上了北京藝術學院的教授,憑借藝術天賦和繪畫功底得到了許多學生的尊敬。 徐悲鴻不僅履行了當初承諾,更是夏天為齊白石裝風扇,冬天為他生暖爐。兩人經常在一起探討繪畫,交情也是一天比一天深厚。 可好景不長,一些保守派聯名抗議,反對將西方的繪畫改造成中國畫,後面事情越鬧越大,徐悲鴻迫於無奈,辭去了院長一職,離開了北平。 徐悲鴻一走,齊白石也不去上課了,學院多次派人去家裡請他,結果齊白石直接遞上一張紙條,上面寫著: 齊白石已死。 為了表達對徐悲鴻的恩情,齊白石又作詩兩首: 草廬三顧不容辭, 何況雕蟲老畫師, 深信人間神鬼力, 白皮松外暗風吹。 一朝不見令人思, 重聚陶然未有期。 海上清風明月滿, 杖藜扶夢訪徐熙。 並贈一幅“尋舊圖”給徐悲鴻,興起,他自己又再劃一幅留給自己。 後來,兩人一直保持著書信來往,當時齊白石還沒有出版自己的正式畫集,徐悲鴻便親筆給中華書局負責人寫信,推薦齊白石的畫集,親自寫序,讓齊白石在藝術界快速站穩腳跟。 而齊白石對徐悲鴻也特別信任,有人告訴他即將有生命危險,讓趕緊離開,齊白石當時也忐忑不安,糾結要不要走,可徐悲鴻讓他留下來,他想都不想就答應了。 1953年,徐悲鴻去世,徐家兒女考慮到齊白石的年齡,就沒敢告訴他,每當齊白石問起,總是說父親出國了,要麼出差了,並且每月以父親的名義給齊白石送錢。 可不料,紙終究包不住火,一次齊白石遠方的學生來看望他,無意間說漏了嘴,齊白石還是知道了。 據畫家郭味蕖回憶,他曾在徐悲鴻紀念館接待了齊白石: “1956年深秋,齊白石老人得知徐悲鴻先生去世的噩耗,立即趕來,一進門就要跪拜,老人眼裡滿是淚水……許久之後才緩緩說要看徐先生的影像。” 徐悲鴻是齊白石的摯友也是恩師。 最憐一口反萬眾 使我衰顏滿汗淋 這是節錄齊白石寫給徐悲鴻的詩。 高山流水,知音難覓,子期離世,伯牙毅然斷琴,徐悲鴻的離世,讓齊白石如何不傷感呢? 徐悲鴻先生在名冠京華之時,能夠三顧茅廬請出布衣齊白石先生,可謂是慧眼識珠。他們都把對方當成畢生的知己,友情早���超越時空,天長地久。 大千世界,人海茫茫,君子百朋,此生能得一知己,足矣!
article via 慕道生 and Slightly edited by Lillian Don
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白夜の世話が世界一過酷を極めまして精神が参りそうです その3
第十章 買い物という冒険
週末の午後、三人は近所のスーパーマーケットにいた。 「リストを作ってきたんだ」碧皐がメモを取り出す。「計画的に買い物しないと、無駄遣いしてしまう」 「さすが元裁判官」砂紋が苦笑いする。「でも確かに、俺一人だといつも何か忘れる」 白夜がカートを押しながら、きょろきょろと店内を見回している。「わあ、こんなにたくさん食材があるんだね」 「普段あまり買い物しないのか?」砂紋が尋ねる。 「はい…いつもコンビニ弁当か外食で…」白夜が少し恥ずかしそうに答える。 「それじゃあ今日は、君の料理の幅を広げる買い物だな」碧皐が言った。 野菜売り場で、白夜は珍しそうに色とりどりの野菜を眺めていた。 「この茄子、すごく綺麗」 「茄子料理、作ったことあるか?」砂紋が聞く。 「ない…でも、挑戦してみたい…な」 「じゃあ買ってみよう」碧皐がカートに入れる。「俺が茄子の料理法を調べておく」 肉売り場では、砂紋が真剣に商品を見比べていた。 「看護師の知識で、栄養バランスを考えてるのか?」碧皐が尋ねる。 「まあ、そんなところだ。白夜にはもう少し肉を食べてもらいたい」 「僕、そんなに不健康?」白夜が自分の体を見下ろす。 「不健康というわけじゃないが、もう少し体力をつけた方がいい」砂紋が説明する。「甘えん坊なのは構わないが、健康でいてもらわないと俺たちも心配だ」 白夜が嬉しそうに微笑む。「心配してくれるんだね」 「当然だ」二人が同時に答えた。
第十一章 料理教室
帰宅後、三人はキッチンで茄子料理に挑戦していた。 「麻婆茄子にしてみよう」碧皐がレシピを読み上げる。「思ったより手順が多いな」 「大丈夫だよ! 僕が手順を整理するからね」白夜が積極的に申し出る。 「頼もしいな」砂紋が茄子を切り始める。「最近、白夜が頼りになってきた」 「本当?」白夜が嬉しそうに尋ねる。 「ああ。俺たちの世話係になりつつある」碧皐が玉ねぎを刻みながら答える。 「でも僕、まだまだ…かな?」白夜が正直に言った。 「それでいい」砂紋が断言する。「甘えることと、しっかりすることは両立できている」 料理が進むにつれ、キッチンにはいい匂いが漂ってきた。 「おお、今度は見た目もいいぞ」碧皐が感心する。 「味はどうかな…」砂紋が恐る恐る味見をする。 「美味しい!」白夜が目を輝かせる。「三人で作ると、本当に美味しいね」 「君の段取りが良かったからだ」碧皐が褒める。 「二人の技術があったから……」白夜が謙遜する。 食事中、砂紋がふと思いついたように言った。「そういえば、俺たちの関係って何だろうな」 「何だろうって?」白夜が首をかしげる。 「家族でもないし、ただの友達でも……」 「特別な関係だろう」碧皐が答える。「定義する必要があるのか?」 白夜が少し考えてから言った。「僕にとっては、大切な人たち。それで十分じゃないかな?」 「そうだな」砂紋が頷く。「大切な人、か……」 「俺たちにとっても、君は大切だ」碧皐が付け加える。
第十二章 それぞれの時間
数日後の夜、白夜は一人でリビングにいた。砂紋は夜勤、碧皐は残業で、どちらも帰りが遅い。 以前なら不安で仕方なかったはずだが、今は本を読みながら静かに二人の帰りを待つことができていた。 「ただいま」砂紋が先に帰ってきた。 「お疲れさま」白夜が笑顔で迎える。「夜勤、大変?」 「まあ、いつも通りだ」砂紋が疲れた様子で座る。「君は大丈夫だったか?一人で」 「はい。ちょっと寂しかったけどね。…二人が頑張ってるから僕も頑張れたの」 砂紋の表情が和らぐ。「成長したな」 「少しずつだけど」白夜が照れる。 しばらくして碧皐も帰宅した。 「遅くなって悪かった」碧皐が謝る。 「いえいえ。お疲れさまでした」白夜が立ち上がる。「お茶、入れるね」 「ありがとう」碧皐が嬉しそうに答える。 三人でお茶を飲みながら、それぞれの一日を報告し合った。 「明日は三人とも休みだったな」砂紋が確認する。 「何かしたいことはあるか?」碧皐が白夜に尋ねる。 白夜が少し恥ずかしそうに言った。「実は…二人と一緒に映画を観たいんだけど、家で……」 「いいな」砂紋が同意する。「何を見る?」 「二人が選んで欲しいな。僕は二人と一緒なら何でもいい……」 「じゃあ、明日の楽しみにしよう」碧皐が微笑む。
第十三章 映画の夜
翌日の夜、三人はソファに並んで映画を見ていた。白夜は真ん中に座り、左右の二人にもたれかかっている。 「この俳優、かっこいい……(照)」白夜がスクリーンを見つめながら呟く。 「君の方がかっこいいけどな……」砂紋が何気なく言って、すぐに顔を隠す。体が少し震えている。 「え?」白夜が驚く。 「今のは…その…ッ(笑)」砂紋が慌てて咳払いする。 碧皐がつられ笑いをする。「砂紋、笑うな(笑)」 「碧皐!(笑)」 白夜がくすくすと笑い出す。「ありがとう。僕も、砂紋さんと碧皐さんがかっこいいと思うの」 「君は素直すぎる」碧皐が白夜の頭を撫でる。 「でも、それがいいんだろう?」砂紋が落ち着きを取り戻す。 「ああ」碧皐が同意する。 映画が終わった後も、三人はソファでくつろいでいた。 「今度は何を見るの?」白夜が提案する。 「君はもう映画に夢中だな」砂紋が笑う。 「だって、三人で見ると楽しいんだ」白夜が素直に答える。 「俺たちも楽しい」碧皐が言った。「君がいると、何でも特別になる」 白夜が二人を見上げる。「本当?」 「本当だ」砂紋が断言する。「君は俺たちの日常を変えてくれた」 「僕も、二人に出会えて本当に良かった」白夜が心から言った。「一人だった時の寂しさを忘���そうです」 「忘れなくてもいい」碧皐が優しく言う。「その寂しさがあったから、今の幸せがより大切に感じられる」 白夜が目を潤ませる。「そうだね…だから今がとても幸せ……」 三人は静かな夜を、お互いの温もりを感じながら過ごした。
第十四章 新たな日常
それから一ヶ月が過ぎた。 三人の生活はすっかり安定していた。朝は白夜が朝食を作り、夜は三人で交代で夕食を作る。休日は一緒に買い物や映画鑑賞、時には近所を散歩することもあった。 「今日は俺が料理当番だったな」砂紋がエプロンを付ける。 「何を作るの?」白夜が興味深そうに尋ねる。 「カレーだ。これなら失敗しないだろう」 「俺が手伝おう」碧皐も立ち上がる。 「僕も!」白夜も続く。 「三人でカレー作りか。贅沢だな」砂紋が笑う。 キッチンで三人が作業する光景は、もはや見慣れた風景となっていた。 「野菜の切り方、上手になったな」碧皐が白夜を褒める。 「二人に教えてもらったおかげだよ」 「君も俺たちにいろいろ教えてくれてる」砂紋が言う。「持ちつ持たれつだ」 カレーが煮込まれる間、三人はリビングでくつろいでいた。 「そういえば」白夜がふと思い出したように言った。「最初の頃、僕のこと、世話するの大変だったよね?」 「確かに手探りだった」碧皐が振り返る。 「でも、今思えば楽しかったな」砂紋が続ける。「俺たちも君から学ぶことが多かった」 「僕も、最初は二人に迷惑をかけてるんじゃないかって不安だった……」白夜が正直に言う。 「迷惑だなんて」碧皐が首を振る。「君がいてくれて良かった」 「俺たちの生活に彩りを与えてくれた」砂紋も同意する。 白夜が嬉しそうに微笑む。「これからも、よろしくお願いします」 「こちらこそ」二人が答えた。 カレーの良い匂いがキッチンから漂ってくる。三人は顔を見合わせて笑った。 今日も、完璧じゃない完璧な一日が続いていく。
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2025-5月号
アンビグラム作家の皆様に同じテーマでアンビグラムを作っていただく「月刊アンビグラム」、主宰のigatoxin(アンビグラム研究室 室長)です。
『アンビグラム』とは「複数の異なる見方を一つの図形にしたもの」であり、逆さにしたり裏返したりしても読めてしまう楽しいカラクリ文字です。詳しくはコチラをご参照ください⇒アンビグラムの作り方/Frog96
◆今月のお題は「対語」です◆
今月は参加者の皆様に「対語」のお題でアンビグラムを制作していただいております。メジャーな対義語は掘りつくされているのではと思われる中、作家の皆さんがどのような作品を作り上げてきたのか、楽しみにご覧ください。
皆様のコメントがいただけますと幸いです。

「損失/収益」 回転共存型:すざく氏
利益を失うこと/利益を得ること。 「損」の左の点のハネと「益」の左払いの重なり処理の切り替わりがうまいです。よい書体とデザインですね。

「アオムケ/ウツブセ」回転共存型:ヨウヘイ氏
顔や物の表面が上を向いていること/下を向いていること。 ドット表現が生きていますね。線が途切れたりという、1ドットの増減があっても割とこの解像度でも読めてしまいます。

「質素/華美」 図地反転共存型: いとうさとし氏
飾り気がなくシンプルの様子/華やかで美しく派手な様子。 「質」の上部にはみ出しがありますがそれを補ってあまりある全体的な完成度の高さです。文字のバランスも良く、すばらしいですね。

「闘(⿵门𭔰)争/逃走」 回転共存型:繋氏
「トウソウ」の同音異義語。 ステキな書体のデザインです。セリフやヒゲ部分もうまく生かされていますね。

「支配/服従」 回転共存型:KSK ONE 氏
相手を束縛すること/されること。 中央の「彳」相当部分のリガチャが気持ちよいです。筆致がかっこいいですね。

「過激/穏健」 回転共存型:douse氏
度を越して激しいこと/おだやかで行き過ぎていないこと。 太めの書体にすることで字画の衝突を自然に見せつつ、方向を切り替えるのに生かしています。「過」は大陸式のグリフですが気にならないものです。

「空虚/充実」 振動型:.38氏
なかみが何もないこと/満ち満ちて豊かなこと。 字画の絶妙な波うちと太さの変化で振動を実現させています。先割れ字画の具合もよいですね。中央の字画はハネとハライが切り替わります。
「陸/海」 敷き詰め図地反転型:アンビグラム研究室
「陸」と「海」の敷き詰め図地反転アンビグラム。陸海の図地反転の作例は複数存在します(一番早い作例はこちら→2010-05-06)。 本作はoyadge01氏と意瞑字査印氏が対応解釈、作字をkawahar氏がそれぞれ担当して制作されました。

「愚痴/感謝」 図地反転共存型: いとうさとし氏
言ってもしかたのないことを言って嘆くこと/ありがたく思って礼をいうこと。 非常に読みやすく驚くばかりです。「心/心」の図地対応は応用が利きそうですね。
「昨日/明日」 振動型:lszk氏
今日の一つ前の日/一つ後の日。 重ね合わせ処理をうまく利用した傑作です。矢印による示唆があるため、すぐに読めますね。

「脆弱/強靭」 敷詰回転共存型:douse氏
���ろくて弱いこと/しなやかで強いこと。 黒パーツと灰色パーツを入れ替えていると見ることができます。角度の調整や線の出し入れの具合が絶品です。

「文明破滅/創世記譚」 鏡像共存型:ちくわああ氏
世界の終わりとはじまり。 文字単位での対応付けではないのですがバランスよく仕上がっています。かなり難しい対応付けをしている力作です。文字内の✨を自然にする中央の星デザインもよい工夫ですね。

「福良Pです/凶悪Qです」 図地反転共存型:つーさま!氏
QuizKnockのとある企画で発生した対義語。 「です/です」が図地対応できることに驚きです。「P/Q」がよいデザインですね。塗りつぶしが効果的に使われています。
「彼誰時のバス停/黄昏時の駅前」 回転共存型:松茸氏
明け方←→夕暮れ、バス停←→駅前。 適度なデフォルメが気持ちよく、全体的に素直に読める良作です。「亭」部分が袋文字のようになっている部分が上から下まで渡っているので気持ちよいですね。

「竜頭蛇尾/有終完美」 鏡像共存型:とりけとん氏
尻すぼみになること/最後までやり遂げること。 全体の流れで読むデザインではあると思いますが、一文字ずつ見てもかなりうまく調整されています。そのまま掛け軸にもできそうなよい作品です。

「おまえらの二次創作」 重畳型:Jinanbou氏
「オイラーの公式」に対する偽対義語(こちら)。 2ブロック分ずらしながら並べるとうまく配置できます。配置の発見と文字の切り取り方がすごいですね。

「貧乏舌/鼻セレブ」 回転共存型:てるだよ氏
こちらの偽対義語が初出でしょうか。 ポストに対するのコメントでは対応部分の前後関係が逆という指摘も多くありましたが、このデザインによればうまい配置になっています。細かい筆画にも工夫がありますね。


「SYNTAX/SEMANTICS」 回転共存型:兼吉共心堂氏
構文 (syntax) と意味論 (semantics) は、プログラミング言語において、コードの構造と意味を区別する概念。 珍しくラテン文字での作品。文字数の違いをクリアするための圧縮手法が見所です。

「攻守」 旋回型:うら紙氏
主に競技における攻撃と守備。 全体的に三角のペン形状とし、「攻」の最初の部分と「守」の点を自然に見せています。ポイントを押さえたよい作品ですね。

「誕生/死滅」 図地反転回転共存型: いとうさとし氏
生まれること/死に絶えること。 「誕/滅」の自然さに驚きます。「生/死」はシンプルな文字同士の対応付けの分、細かい凹凸の調整が見所ですね。
「是/非」 敷詰振動型(180度回転同一型):kawahar氏
道理にかなうこと/誤っていること。 縦に読めば首を縦に振る肯定の「是」、横に読めば首を横に振る否定の「非」です。ちょっとしたウロコの調整でうまく読めるように仕上げられています。

「光/影」 振動型:ラティエ氏
物事の明るい部分/暗い部分。 主観的輪郭を利用した知覚シフト。作例が非常に少ない手法ですがうまく扱っており、言葉にマッチしていてとても良い作品です。
「平面/立体」 回転共存型:lszk氏
2次元/3次元。 平行四辺形のような部分を平面的に見たり立体的に見たり切り替わるところがぴったりですばらしいです。「面」の窓も斜めに切られているので「立」の時に柱状に見えてきます。

「鷹/鳩」 回転共存型:douse氏
政治的な立場として、強硬派/平和派。 文字の特徴を的確にとらえたすばらしい図案化です。バランスが絶妙なので、まだれが小さくてもしっかり「鷹」ですね。

「祝/呪」 回転共存型: oyadge01氏 × 意瞑字査印氏
「祝」を180°回転させると「呪」と読める王道のアンビグラム。意瞑字査印氏が対応解釈、oyadge01氏が作字を それぞれ担当する合作の制作スタイルです。

「分裂/統合」 敷詰回転共存型×2:オルドビス紀氏
別れること/まとまること。 「分/合」「裂/統」それぞれが敷詰共存の関係です。字画本体と装飾が切り替わる効果が実感できる作品ですね。レタリングとアンビグラムが絶妙に融合しています。
「平坦/起伏」 回転共存型:Σ氏
表面が平らなこと/表面に動きがあること。 「坦/起」は無変換共存の関係ですが、もう一文字と合わせて角度を調整することで一文字目と二文字目の関係を入れ替えています。裏になった「犬」も愛らしいです。
「浪費/節約」 鏡像共存型:螺旋氏
無駄な出費を増やす/減らす。 「浪/約」がとても自然で驚きです。「費/節」の省略の仕方がすばらしいです。最大公約数をとるというだけでもなく、書体の力によるものも大きいですね。
最後に私の作品を。
「眼鏡(めがね)」 回転型:igatoxin
熟字訓にルビをふるときは、対語ルビ(グループルビ)で均等に。逆に、文字ごとにルビをふるのは「対字ルビ(モノルビ)」です。
お題「対語」のアンビグラム祭、いかがでしたでしょうか。御参加いただいた作家の皆様には深く感謝申し上げます。
さて次回のお題は「能力」です。スキル、技術、技量、熟練、パワー、資質、知能、独創性、スタミナ、異能、資格、器量 など 参加者が自由に能力というワードから発想・連想してアンビグラムを作ります。
締切は5/31、発行は6/8の予定です。それでは皆様 来月またお会いしましょう。
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