#私たち苗字に「原」入っててお揃いだ!
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wqslll · 23 days ago
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昨夜、tumblrいじったり新しいアカウントとかいじってたら3時過ぎてて気付いたら寝落ちしてたんだけど、今日オフで絶対すぐに気付いて「いってらっしゃい」言いたかったのに、藤原氏の「おはよう」にすぐ返せなくて朝からふて寝かました。むかつく。そんな私は毎日藤原氏の愛ですくすくとのびのびと育って…育って?生きて?ます。好きなところは沢山あるし、なんなら全部だけど…いちばんはいっぱい大好きだよって可愛いねって伝えてくれて甘やかしてくれて、口の悪いワードチョイスが変な私を笑って受け止めてくれるところ。これ一部ね、ほんとぜーんぶ大好きだから言いきれない。そして、なんだか照れくさくて「藤原氏」なんて呼んでます。なんか、はずかしい。てれる。そんな私はオフでもずーっと頭いっぱいに藤原氏です。こまった。でもその時間さえも愛おしいです。いつもたくさんの愛で包み込んで、抱き締めてくれて、ありがとう。わーくん、だあいすき。
P.S 藤原氏とは、そこそこ共演も多いのでこんなGIFを見つけました。鋼太郎さんもいらっしゃいます。2021年だって。懐かしいね。また共演出来ますようにっ。
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gkeisuke · 6 years ago
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190304 山梨1日目
山梨に旅に来ている。タイトルに1日目とつけているが、1月の徳島も2日目の日記が途中のまま下書きに置かれているので、そういうこともあるかもしれない。
動機などについては、既に何度か書いている気がするが「1年くらい後に車を買いたいので、車種を絞るためにレンタカーを借りていろいろな車を運転したいこと」という動機に対して「ゆるキャン△の舞台を巡りたいこと」という理由が掛かったものである。
8時ごろ起床。正直、そんなにカッチリとは行程を決めていなかったのだけど、朝起きた時点で雨と寒さと寝不足から、全く布団から出たくなくなってしまい「あ、今日は温泉に浸かりまくろう……」と、舞台巡りはほどほどに湯治コースがほぼ確定した。
『ぱらのま』という好きな漫画が��って、2巻で、ローカル路線を乗り継いで下部温泉と石和温泉に行く話があるのだけど、石和温泉は前日にフォロワーさんから「漫画に書いてあった通りだった」というニュアンスの情報を頂いたので、下部温泉の方に目標を定めた。
一発目から武蔵野線に乗り遅れ、結果的にいつも会社に行くのと同じ便になってしまう。ただ、雨の影響もあってか、中央線もほどほどに遅れており、立川で特急を待ちながら20分くらい時間を潰す。
今回の旅がいつもと違うのは、糖質を気にしなくてはならないことだ。これまで「旅の食事は(内臓に対して)無礼講」というスタンスを取ってきたが、徳島帰り翌週の健康診断で血糖に悪い数値が出た事実を重く受け止めて、今回は炭水化物と糖分を極力摂らないように立ち回らなくてはならない。
しかし、観光の目玉となるようなご当地料理は、どうしても炭水化物か甘味であることが多い。山梨は特に顕著であり『ほうとう』なんかは麺とかぼちゃのダブルパンチなので、この観点からは最もNGな料理となってしまう。ほうとうが好きなのに……。
ということで、立川では量り売りの海藻サラダと新玉ねぎサラダをそれぞれ100gずつ買い、飲み物は特茶とした。いつもなら、確実にコーヒーショップで、甘ぁいなんちゃらフラペチーノとか、なんとかマキアートを買って浮かれているタイミングである。テンション上がんねーな!おい!
せめてもの抵抗という意味も込めて、グリーン車で甲府まで行くことにした。特急料金よりもグリーン車料金の方が高いのを見て、ちょっと何やってんだという気持ちが無いでも無かった。
朝の中央線というのは、基本的には郊外から都心に向けて出社する上りの方が混むことになる。社会の流れと逆らって、ガラガラのグリーン車でゆうゆうと下っていくというのは、平日休みの特権という感じがして好きなのだ。性格が悪い。
中央線の終着駅として「大月」という土地を、よく文字情報では認識していたのだけど、この電車で高尾より先に行ったことは無かったように思う。高尾から先の車窓には、どんな風景が広がっているのだろうと思ったけど、山と鉄橋とコンクリートとトンネルが、かわりばんこにグルグルと巡ってくる感じだった。雨模様の空も相まって、全体的に灰色の風景が広がっており、なんとなく気が滅入って��たので、相模湖駅を通過したあたりからは『ナナメの夕暮れ』の続きを読んでいた。
ちょうど若林さんが父との想い出を振り返りながら、キューバの街を歩く話を読んでいた時、車窓から高速道路が見えた。なんかこの景色、車の車内からは見たことがあるようにも思えた。そういえば山梨には小学校の頃、よく父に連れてこられていたのだ。
うちは父と母が離婚している。苗字は父方のままなのだけど。別に隠していた訳では無いのだが、学生時代にこれを言うと、とても気まずい空気が流れて面倒だったので、いつしか言わなくなっていた。父のエピソードがあまり出てこないのは、純粋にあまり会っていないからである。
1人だけフォロワーに初対面で言及されたことがあるので、何となく気付かれている可能性は高い。
ただ、今乗っている車を貰ったり、そもそも私は父の方についていこうとしたらやんわり断られたので、別に仲が悪いわけでは無い。大人になった今ならわかるが、父は割と私についてこられるのは面倒だったんだろうなという気がする。何故なら、私以上に父は「一人で楽しい人」だからだ。
ここで感傷に浸るなら、父に貰った車で思い出の山梨を巡り、なあ、お父ちゃん。俺、一人で山梨来れるくらい大人になったよ……となるのだけど、甲府に向かう道中で、そういえば連れていてもらってたな……とようやく思い出したし、軽自動車で高速に乗るのは恐いからやだ。そもそも旅の目的が変わってしまう。父生きてるし。
父のエピソードを話すとすれば、私が生まれる前、関東で名が知れている某暴走族グループの副総長だったという話があり、私はクソオタクなので、なんでこうなってしまったんだというコントラストでよく笑いを取っていた。車やバイクが好きであり、キャンプなどにもよく連れていってもらっていた。
山梨には、さくらんぼ狩りに来ていたのだったな。めちゃくちゃ山奥に、父の知り合いか何かのさくらんぼ農園があって、木からとって無限にさくらんぼを食べていた。私は車の中で、ドラクエモンスターズをしたり、道中のブックオフで買った漫画を読んだり、姉と遊んだりしていた。
国立・府中インターからほど近く行けたので、ほったらかし温泉を始め、いろいろ温泉にも連れていってもらった。キャンプに行ったりもしたな。
最近、父はすげー人だったんだなと改めて思う。色々な場所の色々な景色のことや、美味しいご飯のことを知っていて、アウトドアの知識もあり、キャンプにも連れていってもらった。これは今私がやろうとしていることや、やろうとしているけど出来ないことだと思う。
ちゃんと大学まで出させてくれた恩があるので、たまには親父殿ともご飯でも行��うと思いながら、甲府に到着した。
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今年は甲府開府500年のアニバーサリーイヤーらしい。改札を出た時に「こうふ開府500年 開幕から63日」と書かれた電光掲示板が真っ先に目に止まったが、今年が始まって何日が経過したかを大々的にカウントアップしてるだけではと思い、やや困惑した。
甲府の街は想像以上に「武田信玄公一本勝負」という印象を受けた。歴史を感じる落ち着いた通りに、風林火山、信玄の文字が散りばめられる。程よく都会で、程よく歴史を残しており、心地よい場所なのだけれど、深く掘り下げてもこれ以上の情報は出てこないかな……という印象も同時に覚えた。
いや、仕方ないのだ。そもそも東京と劇的に変わることはなく、多摩西部の出身なので、微妙に山梨寄りのスピリットが交ざっている。埼玉ほどではないけど、旅行という名目における、心理的なグラデーションはそんなにないし、そんな感じでひょいっと行ける小旅行というのも、名目としては大事なことだった。
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いちいちお土産が美味しそうなんだよな!(逆ギレ)
見ての通り、オール糖なので、一つも食べることが出来なかった……。涙を流しそうだった。信玄餅好きなんすよ……自分……。
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レンタカーはクラス別に貸し出される車種が分けられていて、指定が無ければ料金が安くなるシステムだった。
私がお願いしたクラスは、マツダのデミオか、日産のノートの2択だった。安いのもあるけど、色んな車種に乗ってみたいのでランダムでお願いしたのだけど、カタログなどをみて、現時点で一番気になっている車種がマツダのデミオだったので、心の中では「デミオこい……デミオこい……」と思っていた。
日産ノートでした……��ただ、色がめちゃくちゃかわいいし、私が緑大好き人間であることを察してくれた、レンタカー会社側の粋な計らいと受け止めた。
徳島のマーチに続き、2度目の日産車ということもあって、割と操縦性はスムーズに慣れることができた。
何より、マーチの時よりさらに設備が新しく、父からお下がりでもらって乗っている今のミラから数えると、型番に20年近い差がある。
バックミラーがカメラに映し出された映像になってる!駐車のアシスト機能がやべえ!エンジンキーないの!?アイドリングストップ!などなど、一つ一つの事象に感動があった。
あと、ミラだと「ヴォォォォォォォォン!!!!!」ってエンジン吹かすレベルでアクセル踏まないと加速しないのに対して、軽く踏んだだけで制限速度に到達するので、制限速度超過の注意を受けて減速するという事象が多発してしまった……。アクセルがめちゃくちゃ軽いおかげで、長距離を運転しても全然疲れなかった。
特に不満らしい不満が無いので、もうノートでいいんじゃないか……。という気持ちになってきたが、日産車の操作感に慣れ過ぎている感じもあり、比較になっていない感じがあるので、次回借りる時は最低でも別の会社の車を引けるように背ってしようと思います。
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糖を抜くために甲州牛のステーキ(白米抜き)で昼食を済ませると、下部温泉郷へ向かう。約40キロの道のりだったが、ほとんど信号で止まることもなく、下道で1時間くらいで到着した。
全く位置関係を把握していなかったのだけど、看板などを見てると「本栖湖」とか「身延」とか、奇しくもゆるキャン△に所縁がある地名が数多く見られた。この辺だったのか……。
この位置関係だったら、本栖湖の1000円札の富士山などを見て行きたかったのだけど、あいにく雨が止みそうにない。富士山のような山は間近に見えているが、上空は雲に包まれて下層部の山肌しか見えていない。ひとまず温泉に集中することにした。
平日で雨ということもあって、下部温泉郷にはホボ人がいなかった。温泉街としても近場に競合相手が多く、結構、アクセス的にも奥まった場所にあるので、まあ仕方が無いのかな……という感じはした。
温泉郷自体も非常にひっそりとしている感じで、一番車が止まっていたのは病院というのが、なんとなく物悲しかった。
温泉会館という場所に入ると、本当に地域の寄合所を兼ねたような施設で、ロビーでは���るまストーブが炊かれていた。ロッカーの鍵をもらうと「車のキーでいいんですけど、何か代わりのものを預けて頂けますでしょうか?」と言われて車のキーを渡す。
入浴料金は500円、浴槽は1つだけという非常に武骨な経営だった。秩父とか高尾にある人為的に作られたテーマパークのような温泉施設に慣れてしまっていたが、確かに『下部温泉』という源泉から引っぱっているなら、むしろいくつも浴槽があるのはおかしくて、一本勝負でいいはずなのだ。ここは”ホンモノ”だと感じた。
しかし、私はまだまだ温泉音痴なので”温泉がとても気持ちいい”ということしか分からなかった……。ゆっくり長く浸かれるちょうどよい温度ということもあり、長距離運転の疲れがすっかり癒された。
なんとなく、RPGにおける”エルフの里”みたいだなと思った。さっきCMで見たのだけど、中央道のインターが下部温泉付近に開通するらしい。人里離れた場所にひっそりとある温泉郷というのは魅力的ではあるのだけど、心細いレベルで人がいなかったので、もう少し賑わっているとまた来る際にもうれしい。
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キレイな富士山はみれないけど、近くにあったので、犬山あおいさんのバイト先のモデルである、セルバ身延店に伺った。
本日3月4日は、各務原なでしこさんと、犬山あおいさんの誕生日。「これまで、プリントを回してもらった時だけしか話したことがないけど、声をかけられただけで好きになってしまい、犬山あおいさんの誕生日だと知ってバイト先にやってきてしまったモブクラスメイト」という設定で犬山あおいさんのバイト先に伺ったら、完全に変質者のメンタリティとなってしまった。
郊外の大型スーパーという風情に、分厚いゆるキャン△グッズコーナーが設けられている景色が面白い。売り場の端々にゆるキャン△のポップが上がっていたりもして、なおかつ、スーパーとして品揃えが豊富でお安い。非の打ち所がないお店だ……。と思いながら、普通に旅の買い出しをしてしまった。
犬山あおいさんのお誕生日と言うこともあり、ステッカーだけ買わせて頂いた。私は犬山あおいさんに思いを寄せるモブクラスメイトなので、お誕生日おめでとう……犬山さん……と思いながら、犬山あおいの名前が刻まれたレシートの裏に、犬山あおいさんのスタンプを押して、後生大事に持つという恐ろしいムーブで店を去ることになった。
身延町、特にセルバ近辺は、山と川に囲まれて、畑が広がり、車がないと移動が厳しい感じで、お買い物してる人たちも、一定量をまとめ買いして車で運んでたりした。そんな立地に徒歩で行けるところに犬山あおいさんが住んでいるのか……と想いを馳せ、もしかして犬山あおいさんは漠然とした閉塞感を感じているのではないかと勝手に考えて、ちょっと興奮していた。この男から逃げてくれ。犬山あおいさん。
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ホテルのチェックインには微妙に早く、どこか回るには絶妙に遅いという時間だったが、ギリギリ栄昇堂さんの営業時間に間に合いそうだったので、身延駅近辺に向かう。
栄昇堂さんは『ゆるキャン△』目当てで来た人に慣れているようで、私の滲み出るオタクオーラから、一発でゆるキャン△目的だと分かって頂き、手厚くもてなしてもらった。
振り返るが、この旅行における最大の障害となるのが『糖』だ。糖質制限のないチョコやあんこなんて、ここ2週間はホボ一切食べていない。でも、ここまで我慢したから、おまんじゅう一つくらいは食べてもいいじゃないですか……。あとで運動するから……。と思い一つだけ買おうとした。
だが、お店でとてもよくして頂いたので、1個だけでは示しがつかないという気持ちになり、5個購入してしまった。家族へのお土産にします……。
2週間ぶりのダイレクトな糖は、マジで涙が出そうなくらい美味しかった。ウッウッ甘いものを思いっきり食べたいよぉ……。
こうやって、たまに食べられるタイミングを大切にして、これからは一つ一つの糖に感動していきたい。ありがとうみのぶまんじゅう。
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また1時間ほどかけて甲府に戻る。夕飯は糖を封印するために鍋。山梨と言えば、名古屋名物の赤から鍋だ。もうすぐ3時なので何を言っているのか分からない。
旅先に行くと、その土地に根ざしたものを食べなくてはならない。という強迫観念に近い感情に囚われることがある。でも、例えば徳島にも餃子の王将はあるし、ココイチもあるのだ。別に名物を食べなくてはいけないなんて決まりはない。山梨は東京と地続きな場所にあるが故に、その束縛から解放されて、本当に食べたいものを無理なく選択できる気がする。
店に入ってから「※二人前より承ります」という罠に気付いた。客単価を考えれば当然だし、そもそも鍋の店に一人で来ているのは、お前だけだ……。
仕方がないので2人前を頂く。ここ2週は、お米を食べないと胃のキャパシティは空くのだなと実感しているけど、それでも流石にお腹はいっぱいになった。美味しかったです。
ホテルにチェックインする。疲れていたのか、1時間ほど眠ってしまい、そのままベッドでだらだらともう1時間過ごしてしまった。
23時ごろ、あと1時間で終わる大浴場に急いで向かう。今回は安くて楽天トラベルの評価が高いビジネスホテルにしたのだけど、大浴場が結構しっかりと温泉でテンションが上がった。奇しくも温泉ダブルヘッダーとなり、お湯に浸かりまくるという目標は果たされた。
冷凍室というのがあり、サウナ、冷凍室、熱い源泉をローテーションで回って、副交感神経を動かしてきた。水風呂が苦手なので、冷凍室というじわじわ冷やしてくれる場所があるのはありがたい。
日記を書き始めて、この時間になり、本日は終わり。
明日はとりあえずほったらかし温泉に行こうと思う。
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groyanderson · 5 years ago
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ひとみに映る影 第七話「紅一美に休みはない」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←←
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 ただただ真っ白な空と海があった。 天地を分かつ地平線すら見えないほど白いその空間に、私、ワヤン不動という影だけが漂っていた。
 未だ点々と炎がちらつくその身体は、浅い水面に大の字に浮き、穏やかなさざ波に流されていく。 ここはどこだっけ、私はどうしていたんだっけ。 そういった疑問は水にさらされた炎と共に鎮静していった。
 遠くに誰かがいる気配がした。軋む身体を起こすと、沖縄チックな紅型模様の恐竜が佇んでいる。 濡れて重たい両足を引きずり、そこに近づくにつれて、段々と海は深くなり、かつ水が温かくなっていく。 立ったまま胸まで浸かる程深くなると、まるで露天風呂に入っているように、頭がぼーっとしてくる。
 恐竜の隣には小さな足場とベンチがあり、可愛らしい白装束を着た金髪ボブカットの女性が座っていた。 丸く神々しい後光がさしていて、顔は逆光でよく見えない。天女だろうか。 ベンチから足だけを温水に投げ出し、足湯を楽しんでいるようだ。私は水中からそれを見上げている。  (ああ…誰だっけこの人。どこかで会ったことがある気がするけど…) 挨拶するかどうか迷う。気まずい。いずれにせよ、何か声はかけよう。 ここはどこですか、とか、あなたは誰ですか、とか…  「…アガルダって、何なんですか」 いや、どうしてそうなるの。私。完全に変な人じゃん。 だめだ、頭が回らない。案の定天女は苦笑した。  「いきなり凄い事聞くよね」
 「知らないんですか?金剛楽園アガルダ」  「あんただって知らないんじゃん。 まあでも…金剛有明団(こんごうありあけだん)っていう、なんかこう、黒魔術師達の秘密カルトがあるらしいよ。 世界中から霊能者の魂を収集してて、何かにつけて金剛、金剛ってウザい喋り方するんだって。それじゃない?多分」  「ああ。それですね」  「てか、そんなの聞いてどうするの」  「滅ぼす」  「ウケる」 天女はコロコロと笑った。
 「ここは何なんですか」  「私の夢の中…それかあんたの夢かも? ま、どうでもいいんじゃない?」  「あなたも金剛の使者?」  「まさか。私だって昔、観音和尚様にはお世話になったんだよ?」  「え…」
 逆光の影をエロプティックエネルギーでどかして、私は改めて天女の顔を見た。 ああ、そっか…金髪にしたんだ。中学の時はさすがに黒髪だったよね。 髪、そうだ、髪だよ。私はその天女…いや、その祝女に問うた。
 「あのさ。どうでもいいけど…ゴムか何か持ってたりしない? さっきから髪がメチャクチャお湯に入ってるんだ」
◆◆◆
 何の脈絡もなく目覚めると朝になっていた。 私は怪人屋敷エントランスのソファで眠っていたらしい。 サイレンや話し声が騒々しい。外光が射しこむ窓越しに、救急車や数台のセダンが見える。  「一二、三!」 救急隊員さん達が、担架からストレッチャーに何かを乗せた。白い布にくるまれた、岩のような何かの塊を… そうか。ああやって外に出せているという事は、全て終わったんだ。 私達は殺人鬼を見つけて、悪霊を成仏させて…たくさんの命を救ったんだ。
 「あ…紅さん」 譲司さんがこちらに駆け寄る。  「紅さん起きましたーっ!」  <ヒトミちゃん!>「オモナ!ヒトミちゃーん!」 オリベちゃんとイナちゃんも…みんなボロボロだ。全身煤埃や擦り傷だらけの譲司さんに比べればマシだけど。 オリベちゃんに肩を借りて立ち上がると…バシン!私は超自然的な力に頬を打たれ、衝撃で尻餅をつく。  「リナ…」
 「アナタ、ワヤン不動になって、何回死んだの?」  「…」  「何人分殺されたの」 殺人被害者達の死の追体験。あの時はハイになっていて恐怖を感じなかったけど、今思い出そうとすると、身の毛もよだつ感覚が鮮明に蘇る。  「うう…数えればわかるけどさ…」  「じゃあ、二度と数えないことね。 アナタは…ちゃんと生きて帰ってきたんだから」  「え?」 宇宙人体のリナは長い腕で私を影ごと抱きしめ、子供をあやすようにぐしゃぐしゃに頭を撫でた。  「良かった…。アナタの精神がアレと相打ちにでもなったら、アタシ観音和尚に顔向け出来ないもの…」 初めて見た、いつも気丈なリナの泣き顔。彼女は涙を流しながら、人間の姿に縮んだ。 それはとても綺麗だった。美人だった。
 その後私達は警察やNICの職員さん達から聴取を受け、昼過ぎにようやく解放された。 水家曽良は表向き被疑者死亡で書類送検とされ、未だ脳細胞が活動し続けている遺体は研究対象としてドイツのNIC本部に収容されるらしい。 待ちに待ったお蕎麦屋さんに私達が到着した時、既にテレビではニュース速報が流れていた。 皆神妙な顔で画面に見入っていたが…
 ぐぎゅるるるる…
 私の腹の虫が重い沈黙を破った。慌ててトートバッグを抱きこんでも、もう遅い。  「くくく…やるなぁ、あんた…」 ジャックさんやリナの表情にじわじわと含み笑いが浮かんでくる。 普段なら恥ずかしいとか、タレントとしてはオイシイだとか思うけど、なんかもうダメだ。 ぐぎゅぅぅぅるるる…空腹と疲労と寝不足で、私はリアクションの一つも取れない。  「笑うなや。ワヤン不動様昨日飲まず食わずで、あんだけ働いてくれとったんやから。なあポメ?」  「わぅん」 譲司さんとポメちゃんの優しみ。有難い。 でも、すいません。もう限界です。糸が切れたように私はテーブルに突っ伏した。  <や、やだ、ヒトミちゃん!? ていうか何その手、ダイイングメッセージ!?> 霞む意識の中、私は��品書きを指さしていた。 最後の力を振り絞ってオリベちゃんにテレパシーを送る。  <お願い、こ、これを…注文して下さい…!>  <いや、私日本語読めないんだけど。 イナちゃん、これ(鴨南蛮)なんて書いてあるの?>  「アヒルナンバン大盛り」  「かもなんばん!!」 なんかノリツッコミしたら自力で復活できた。 代わりにリナ、萩姫様、ジャックさん、譲司さんが抱腹絶倒した。
 ようやく腹ごなしを済まし、私達は民宿に戻った。 荷物を下ろすやいなや、全員示し合わせたように脱衣所へ直行。 昨日も入った露天風呂だけど、めちゃくちゃ気持ちいい!  「あーーーー!染み入るーーーーっ!」  「本当よぉ!アナタ達バカだわ、せっかく磐梯熱海に来たのに、ちっともお風呂入らなかったんだもの!ねえ萩ちゃん」  「同感同感!イナちゃんは日本の温泉初めて?韓国の方々も温泉好きなんですってね?」  「そです、私達オンセン大好きヨ!気が清められるですねー!」  <うちの風呂もこれぐらい広かったらなぁー。そっちはどう、ジョージ?> すると衝立一枚隔てた男湯からレスポンス。  「pH結構高いなー!」  <いやダウジングしてどうすんのよ!>  「冗談冗談。あのねー!そもそも空気がめっちゃええの! 湯気で保湿されとるし肺まで癒されるわ!なあポメ?」  「あぉーん!」 ポメちゃんも上機嫌のようだ。
 私も男湯に声をかけてみる。  「ジャックさーん!うちのおんつぁどうしてますー?」 おんつぁは会津弁でバカの意。実は、プルパ型に戻った龍王剣をさっき男性陣に預けたんだ。 霊泉と名高い磐梯熱海温泉を引っ掛ければ、あれも少しはマシな性格になりそうだけど、女湯に入れるのはさすがに嫌だったから。  「おう、同じ湯船に入れたくねーからよ、言われた通り洗面器で漬けておいたぜ。 真っ黒なのは治んねえな!ハッハ…うおぉ!?」  「わぁ!」「きゃわん!」 男湯で異変!女子一同がそれぞれタオルや霊能力を身構える。  「ど…どうしたんですか?ジャックさん!」  「い、いや、その…龍王剣の中から…」  「中から…?」  「アー…剣じゃなくて、持ち手からなんだがな…あんたの和尚が馬頭観音になって出てきた」  「はぁ!?」
 そんな馬鹿な。和尚様は成仏されたはず。 まあ、既に観音菩薩になられた和尚様が『成仏』というのもおかしな話だけど…。  「ま、まさか観音和尚、お風呂入ってるの?裸!?」 リナが衝立を覗こうと飛び上がった。私は咄嗟に影手を伸ばし、阻止する。  「こらっリナ!和尚様の前でそっ、そんな破廉恥をっ!!」  「うるさいわね!いいのよアタシはインターセクシャルだから、どっちに入っても! これは美的好奇心であって猥褻な気持ちは一切ないわよ!」  「ヒゲと声以外ぜんぶ女のクセに何言ってるんだっ!やーめーなーさーいってのーっ!」  「アイタタタ、暴力反対!アナタだって本当は見たいんじゃないの?」  「んなわけあるか!!そりゃもう一度会いたいけど…っていうか小さい頃は一緒にお風呂入ってたもん!!」  「ずるい!このスキモノ!!」
 すると衝立越しにヒョコッとポメちゃんが掲げられた。 もみ合っていた私達は不意をつかれて膠着する。 ポメちゃんの口には、何の異変も起きていない龍王剣プルパが咥えられていた。  「ハーイ、ドッキリ大成功!したたびでーす!」 譲司さんが裏声で腹話術する。 私とリナも、いつもテレビでやっているリアクションを返した。  「「…ぎゃーっ!また騙されたーーっ!!」」
 そうこうしているうちに、また日が沈み始めた。 夕方五時。荷物やお土産をミニバンに詰めこみ、私達は民宿を後にする。 本当は猪苗代湖や会津方面の観光案内もしたかったけど、NIC職員のオリベちゃんや譲司さんが警察で事件の後処理をするため、私達はもう東京へ戻らなければならない。 そこでまず、萩姫様を大峯不動尊へ送りに行った。
 「あんな事があったけど、また遊びに来てね」 萩姫様はまた正装である着物に戻っている。けど、帯飾りや例のロケットランチャー型ポシェットといった小物に、オルチャンファッションの影響が残った。  「もちろん、また来るですヨ。ハギちゃんがバリとか韓国来る時も私呼んで下さいね」 そう言うイナちゃんの耳にも、萩姫様を彷彿とさせる黒い紐飾りピアスが揺れる。 通りがかりに寄ったお土産屋さんで売っていたやつだ。 私達一同と固い握手を交わし、萩姫様はお社へ消えていった。
◆◆◆
 車に戻ると、道路沿いに小さな原付屋台があった。 ポッ、ポポポポ…ガラ��ケース内で、ポップコーンが爆ぜている。バターの香りが漂う。 その傍らではエプロンを着たジャックさんが、フラスコ型喫煙具を吹かしていた。 彼は私達が戻ってきた事に気付くと、屋台についている顔とお揃いのマスクを被り、スイッチを入れる。 ブゥーン…屋台の顔に仕込まれたスピーカーから、電子的ノイズが漏れる。
 「アー、アー。ポップコーン、ポップコーンダヨ…ヨォ、ガキンチョ共! ポップコーンダッツッテンダロオラ!ポップ・ガイノウェルシー・ポップコーンガオデマシダゼェ!」 ボイスチェンジャー声に合わせて、屋台の顔ポップ・ガイはガコガコと顎を上下する。 何でちょっと逆ギレ気味な��かはよくわからないけど、これが彼の定型口上文なのだろう。  「今日ハ閉店セールダ、トビッキリノポップコーンヲ食ワセテヤル。 マズハオ前ダ、紅一美!」 ガコンッポン!ポップ・ガイの顎が大きく開き、口から焼きたてのポップコーンが一粒飛び出した。 それは物理法則に反して浮遊し、私の手の中に落ちる…あっつ!  「ソラ食エ、騙サレ芸人!アッコラ、フーフースルナ!」  「だ、誰が騙され芸人ですか!…あつつ!」 ポップ・ガイにそそのかされて、私は熱々のポップコーンを口に運んだ。 …結構しょっぱい。そして胸焼けするほど油っこい。けど、麻薬的な美味しさ。 アメリカ人の肥満率が高い原因の片鱗に触れた気がする。
 ポップコーンを嚥下すると、私の足元で、影が独りでに蛇の目模様を描いた。  「これは…」 見覚えがある。安徳森さん…ファティマンドラの種に見られる模様だ。 ジャックさんはマスクを被ったまま、スイッチを切った。  「そいつはファティマの目、トルコではナザール・ボンジュウと呼ばれるシンボルだ。 邪悪な呪いや視線を跳ね返し、目が合った悪しき魂を抜き取る力がある。 あのクソの脳内地獄で、安徳森が俺達タルパを保護するためにばら蒔いてたやつだ。 あんたが本気で金剛ナントカと戦うつもりなら、持っていけ」 蛇の目模様は影に沈んでいった。 つまりジャックさんのポップコーンは、彼の命を構成する欠片だったようだ。  「ありがとうございます」 私はファティマの目という霊能力を授かった。
 ジャックさんが再びスイッチを入れる。  「次ハオ前ダゼ、ジョージ・アルマン!」 ガコンッポン!射出された新たなポップコーンは、譲司さん目がけて飛んでいった。 アルマンは、譲司さんがイスラエルに住んでいた時の旧姓だ。  「あっつ、はふっ…ん? …ポップコーン種総量に対してバターが七〇%、レッドチェダーパウダーが五%、更に米油が…って、嘘やろ!?こんなに油使うん!?」  「バッカ、この野郎!読み上げるんじゃねえ!企業秘密だぞ! 養護教諭になるなら美味いポップコーンの一つも作れねえと、ガキ共にナメられるだろ」  「せ…せやな…?けどこれ、食べさせすぎたらあかんやつや! ほどほどに振る舞わせて貰うわ、ありがと」 譲司さんが授かった魂の欠片は、ポップコーンの秘伝レシピのようだ。 いずれバリ島に遊びに行って、ご馳走になりたいな。
 お次はオリベちゃんだった。  <うわ、確かに凄くジャンクな味だわ。 これは…ああ、懐かしいなあ…!> オリベちゃんは目を煌々と輝かせて、ぼーっと中空を眺める。  「ちょっとアナタ、何が見えてるの?一人で浸ってないで教えてよ、ねーェ」 リナがオリベちゃんの眼前で手を振った。  <ごめんごめん。あまり懐かしいものだから… 私が貰ったのは、これ。テルアビブ・キッズルームの、たくさんの楽しかった思い出よ> オリベちゃんが淡い紫色に発光し、周囲がテレパシー幻影に包まれた。
 オーナメントやおもち��で彩られたカラフルな家で、様々な脳力を持つNICの子供達が遊んでいる。 人形ジャックさんは、幽霊の女の子とアドリブで物語を話し合い、それを器用そうな男の子が絵本に綴る。 幼いオリベちゃんは、人に感情を与えるエンパス脳力者の女の子と、脳波をぶつけ合いながら睨めっこをしている。 その勝敗を判定しているのは、弱冠八歳で医師免許を持つ天才少年だ。 部屋の奥では彼らの様子を、二人の優しそうな養護教諭さんが暖かい視線で見守る。  「まあ。アナタ、子供の頃から素敵なファッションセンスしてたのね」  <もちろん!なにせテレパシー使いはシックスセンスが命だもの!>  「うふふふ」 こうしてリナと会話するオリベちゃんを見ると、彼女のキラキラした笑顔は子供の頃から変わらないものだったんだとわかる。  『出てこいよ、ジョージ。みんないるぞ』 長い髪のサイコメトラーの少年が、クローゼットの扉をノックした。 すると、中から…分厚い眼鏡をかけた小柄な男の子が、前髪で顔を隠しながら、遠慮がちに現れた。  「オモナ!ヘラガモ先生、とてもちっちゃいなカワイイ男の子だったの!」 イナちゃんが両手を頬に当てた。確かに子供の譲司さんは、精悍な今の顔からは想像がつかないほど可愛い。 というより、先程のサイコメトラーの少年…例の殺された『アッシュ兄ちゃん』の方が、大人になった譲司さんによく似ている。 この二人の少年の魂が混ざりあって、今の彼があるという話を、まさに象徴しているようだ。
 「ねぇジャック、アタシ達にはないの?」  「わう!わう!」 リナとポメちゃんがジャックさんの周りをくるくる回る。  「ア?ドーブツ共ニヤルポップコーンハネエヨ、帰ッタ帰ッタ」  「馬鹿野郎、ポップ・ガイ。宇宙人のお客様なんて上客じゃねえか。無下に扱うんじゃねえぞ」  「ショーガネー、コイツヲ食ライナ!」 器用にポップコーン機構を操作しながらマスクスイッチを切り替え、ジャックさんが腹話術を披露する。 ガコンッポポン!射出された二粒のポップコーンはそれぞれ異なる軌道を描き、リナとポメちゃん目がけて飛んだ。  「先に言っておくとな。リナ、あんたには、水家の中にいたタルパ共の情報だ。 あいつは記憶を失った後も、金剛の呪いの影響で、無意識にあらゆる霊魂を脳内地獄に吸収していた。 人間だけじゃなくて、土地神やら妖怪やら色んな奴を吸い取っていたから、見ていて退屈しなかったぜ。 タルパを作るのがあんたの本能なら、何かの役に立つかもな。だが物騒な怪物だけは作るんじゃねえぞ」  「わかってるわかってるゥ!ああっ凄いわ! ツチノコからゾンビまで…あーっ妖怪亀姫もいるじゃない!」 妖怪亀姫って…猪苗代湖を守る神様の一人じゃん。 まさか、ハゼコちゃんが暴れた時に逃げ出して、そのまま水家に魂を奪われたとか!? 私、昨晩とんでもない��を成仏させちゃったかも…リナが福島の神々を再建してくれる事を祈るばかりだ。  「ポメラー子のは夢の中で発現する。フロリダの農村の記憶だ。 何も無くてだだっ広いだけのクソ田舎だと思っていたが、犬にとっちゃ最高のドッグランになるだろうよ」  「ほんま最高やん!良かったなあ、ポメ。俺仕事さっさと済ますから、今夜は早く寝ような」 譲司さんがポメちゃんの頭を優しくなでた。ポメちゃんは黙々とポップコーンを食べている。 彼女と譲司さんが夢の中の大自然で駆け回る、微笑ましい光景が目に浮かんだ。
 「じゃあ、最後はお前か」 ジャックさんがイナちゃんを見る。でも、イナちゃんは目を逸らした。  「私いらない」  「あ?」 マスクスイッチをオン。  「バカヤロー、オ前。俺ノポップコーンガ食エネエッテカ? 安心シロ、幽体デデキテルカラ、カロリーゼロダゾ」  「いらないもん」  「アァ!?」 スイッチオフ。  「何なんだよ?」  「だって…食べたらジャックさん消えちゃう」  「!」
 ジャックさんとポップコーン屋台は、既に薄れかけていた。 自分の魂を削って私達に分け与える度に、彼は少しずつ摩耗していったんだ。 ジャックさんがマスクを脱いだ。  「あのな、俺は二十年以上前に殺されたんだ。もうとっくにいない筈の人間なんだよ。 だから、そんな事気にするな」  「ウソ。じゃあどうして、ジャックさんずっと成仏しなかった? 本当は、オリベちゃん達が見つけてくれるの待てたでしょ」  「…どうだかな」  「せかく会えたなのに、どうして消えなきゃいけない? これからオリベちゃんの子供育つを見ればいい、これからヘラガモ先生バリで頑張るを、傍で見守ればいい! どうしてあなた今消えなきゃいけない!?」 イナちゃんが握りしめた両手が、ジャックさんの胸を無情にすり抜ける。 ジャックさんは掠れた幽体でその手を優しく掴んだ。  「イナ」  「!」 そして、初めて彼女を名前で呼んだ。
 「霊魂が分解霧散する事を、仏教徒共がどうして成仏だなんて呼ぶか知ってるか? 役目を終えて砕け散った魂は、エクトプラズム粒子になって、自然界に還る。そして、新たな生命に吸収される。 宇宙の営みってやつだ。宗教やってる連中にとっちゃ、それは宇宙や仏と一つになる、尊い事なんだそうだ。 俺は既にジャック・ラーセンじゃねえ。クソ野郎に霊魂を切り貼りされた、人工のクソ怪物だ。 それでも…お前みたいなガキの笑顔に弱い性格は、生前と変わらなかったんだよなあ…」
 ジャックさんの目から涙が零れ始める。彼の霊魂が更に希薄になっていく。  「…オリベ。ジョージ。俺の事…諦めずに見つけてくれて、ありがとう。 おかげで、お前らと遊んだ記憶をまた思い出せた。 歪な関係だったけど…短い時間だったけど…クソ楽しかったよな。 …なあ、イナ。そんな顔するなよ。魂を清めるのが、お前の力なんだろ? だったら祈ってくれよ。俺が世界中に飛び散って、宇宙と一つになって、もっともっと沢山のガキ共を笑顔にできるように。 綺麗な花を咲かせ��生命力になって。人間を動かすハッピーな感情になって。…最高に美味ぇポップコーンになって。 スリスリマスリ…って、祈ってくれよ。頼む…!」 ガコンッ!コロロロ…ぼろぼろに涙を零し、声をきらしながら、ジャックさんは最後のポップコーンを作った。 それはポップ・ガイの口から力無くこぼれ落ち、イナちゃんの足元を転がる。  「…頼むよ…」
 イナちゃんはしゃがみこみ、そのポップコーンをそっと拾い上げた。 それはもはや喫煙具から立ち昇る煙のように、今にも消えてしまいそうな朧な塊だった。  「スリスリマスリ。スリスリマスリ」 ポップコーンはイナちゃんの両手に優しく包み込まれ、そのまま彼女の魂に溶けた。  「…それでいい。カナヅチは今日で卒業だ。もう溺れるんじゃねえぞ」  「ウン」
 「イナ」 抱き合って、ぼろぼろに泣く二人。イナちゃんは顔を上げた。 薄れ行くジャックさんが、半魚人から人間の顔になる。 水家に似せられた髪型や背格好。ただ、彼はよりがっしりとした体格で、首が太く、彫りの深い黒い目を持つインド・ネパール系人種の男性だった。  「ジャックさん」  「…おっと、違う。これじゃねえ。これも作られた顔だったな」 魂がほぐれていくにつれ、より深層に眠っていた、彼の自意識があらわになる。 ジャックさんは、ジャック・ラーセンさんは、私達の前で初めて素顔を見せた。
 「アイゴー…!」  「な、諦めがついたか?俺みたいなチンピラにこだわってねえで、もっと良い男を見つけろよ、イナ」
 最後にそう言って、ジャック・ラーセンさんは分解霧散した。 本来の彼は…殺人鬼の言う通り、確かにちょっと魚っぽかったかも。 全身を鱗のような細かいタトゥーで覆い、オレンジ色に染めたモヒカンを側頭部に撫でつけ、ネジや釘が煩雑に飛び出した屋台やマスクと同じようにピアスまみれな… 言うなれば、ポップ・ガイのお父さんみたいな人だった。
 こうして、私達は熱海町を後にした。 リナは千貫森に帰り、タルパ仲間と共に福島のパワースポットを復興する。 オリベちゃんは水家の遺体と共にドイツへ飛び、譲司さんはバリ行きを延期して警視庁公安部に向かう。 その間、イナちゃんは私の家に泊まって待機する事に。私の次のスケジュールは…連ドラ『非常勤刑事(デカ)』のロケで福井へ行くのが、明明後日。それまでは自由だ。 そして明日は私の誕生日!やっとイナちゃんと渋谷や原宿で遊べるぞ。 私はそう思っていた…渋谷スクランブル交差点にあのロリータ服の悪魔が現れるまでは。
◆◆◆
 十一月六日、正午〇時。 ヴー、ヴー…トートバッグ内でスマホが震えた。画面には、『イナちゃん』。  「紅さん鳴ってるよ、ほら出てあげなさいよ」 ディレクター兼カメラマンのタナカDが、ファインダーを覗いたまま言う。 私は不貞腐れて電源を切った。  「二十歳になったのに、まだまだ大人げないなー。ま、ヘリコプターは���内モードってのも正解だけどね」 座席にふんぞり返ったアイドル、志多田佳奈さんが言う。  「私はヘリに乗せられるだなんて聞いてないです。 どうして誕生日にこんな所にいなきゃいけないんですか」
 ここは東京上空千メートル、小型ヘリコプターの中。 だいたい私は非常勤刑事のロケで福井に行くんじゃ…多分、それすら事務所が用意した偽スケジュールなんだろうけど。 今度、ドラマ主演の伶(れい)先輩に言いつけてやるんだから! そもそも、どうしてこんな事になったのか。それは遡ること二時間前。
 私はイナちゃんを連れて、竹下通り(たけしたどおり)でウインドウショッピングをしていた。 あそこはロリータファッションの聖地で、個人的にロリータにはあまり良い思い出がないから、普段足を踏み入れる事は無い。あくまで観光地だから連れて行くんだ。 そう思っていたけど、実際に行くと、普通に楽しかった。 猫の額ほど狭い路地に、各種ファストファッションの直営店から、煩雑なノーブランド品を売るセレクトショップまで所狭���と詰め込まれている。 更に中空には、死後ポップな姿を取るようになった霊魂や、人々の感情の結晶らしき可愛いモンスター、誰かが作ったマスコットタルパなどがひしめき合い、イナちゃんがそれを見て飛び跳ねながら歓喜する。 さながら多感で繁忙な思春期の女子高生の心を、そのまま結界にしたようなカオス空間だった。
 服やアクセサリーなど、両手に戦利品入り紙袋を大量に持って、私達は電車で渋谷駅へ。 (この時、やたらめったら嵩張るロングブーツを二足も買って後悔したのは、言うまでもない。) そのまま観光を続行するのは難しいため、荷物は駅中にある宅配サービスカウンターに預ける事に。 ついでにイナちゃんが、コインロッカーからスーツケースを取り出し、それもバリへ配達して貰えるように手続きしたいと言う。
 「テンピョウ書けました、お願いします」  「はい、少々お待ち下さい」 私はカウンター脇でイナちゃんが送り状を預けるのを眺めていた。 スーツケースの分と、原宿で買った荷物分。  「あと、これもお願いします」  「はい、かしこまりました」 ん、もう一枚?覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。
 『お届け先 ゆめみ台 志多田佳奈様 品名 紅一美 ナマモノ/コワレモノ/天地無用 お届け希望日 今日 したたび通運』
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデデデデン!』 天井スピーカーから阿呆丸出しなイントロが聞こえてくると同時に、私は条件反射でイナちゃんを置いて宅配カウンターから逃走していた。
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデッデーン!』 階段を下り外に出る。こんなところで捕まってたまるものか。
 『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』 出口付近にある待ち合わせスポット、モヤイ像が見えた。 …奇妙な歌を垂れ流すスピーカーと、苺の髪飾り付きツインテールが生えている。あのロリータ悪魔のシンボルが。私は血相を変えて更に走った。
 『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』 私を嘲笑うアイドルポップと、ただただスマホカメラを向ける無情な喧騒。 それらはまるで、昨日までの旅を締めくくるエンディングテーマのようだ。 但し、テレビ番組ではエンディング後に次回予告が入る。
 『仕込みカミッソーリー入りの、フリフリフリルブラーウス♪』 そして次回が来たら、また過酷な旅に出なければならない。 嫌だあああぁぁ!行きたくないいぃぃ!! 私はイナちゃんと渋谷で遊んで、お誕生日ケーキを食べて、空港に見送りに行って、お家に帰ってゆっくり寝て、福井で女優をするんだああぁぁぁ!! ていうか考えてみたらイナちゃんもグルだったあああぁぁぁ!!!裏切り者おおおぉぉぉぉ!!!
  『防刃防弾仕ー様の、コルセットーもー巻ーいてる♪』 スクランブル交差点に、爆音を撒き散らすアドトラックが現れた。…天井に、なんか生えてる。  『…ご通ぅぅぅ行ぉぉぉ中の皆様あああぁぁ!!』 渋谷駅に響き渡るロリータ声。諸行無常の響きあり。 ドゴッ!…体が乱暴にすくい上げられたような浮遊感。背後を振り向くと、宅配業者制服の男達が私を神輿みたいに担ぎあげている。  「オーエス!オーエス!」  『こんにちはァー、したたび通運でーーーす!!』 私はあれよあれよとスクランブル交差点へ運ばれ…トラックに集荷された!
 『あーあー♪なんて恐るべきー、チェリー!キラー!アサシンだ!』  「何!?何!?何なんですか!!?」 男達が私に何かを背負わせ、トートバッグごとベルトで固定していく。 目の前では、いつの間にか宅配業者制服に着替えたイナちゃんが敬礼している。  「ヒトミちゃん、したたび通運空輸便だヨ!」  「え?は?は!?」
 『破壊されしーオタサーからー…』 トラック天井に運ばれる。棒とロープが生えたバルーンクッション。 ああ。空輸便って。察した。『…遺族ーのー声はー確かに届ーいたー♪』
…わたし 童貞を殺す服を着た女を殺す服を作るよ もっともっと可愛くて 殺傷力も女子力も高い服を…
 サビに差し掛かったアイドルポップが遠ざかっていく。 私は…飛んだ。逆バンジージャンプで射出されて、渋谷のど真ん中で空を舞った。 あーあ、結局また騙された。ばーかばーか。テレビ湘南に水家曽良の腐乱死体送りつけてやる。ばーかばーか。
 そして無限にも思える長い一瞬の後、私は再び渋谷の地へ…落ちず。 なんとそのまま、上空を旋回していた小型ヘリに空中で捕縛され、拉致されてしまったのだ…。
 「はーい、ドッキリ大成功!毎度おなじみ、志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、したたびでーす!」 放心状態の私を��そに、悪魔的極悪ロリータアイドル、志多田佳奈さんが『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げた。 異常が、事の顛末だ。(これは誤字じゃない。異常なんだ。)  「ちなみに今回のドッキリは視聴者公募で、ペンネーム『ビニールプール部』さんのアイデアをやらせて頂きました!ありがとうございました~!」  「何が視聴者公募ですか。あんた達全員ビニールプールに沈めてやろうか!? だいたい、どうしてイナちゃんまでグルなんですか!」  「あの子はねぇ」 タナカDが画角外から、私と佳奈さんの会話に割って入る。  「昨夜SNSに紅さんと福島観光してる写真をアップしてたから、アポを取ってみたら、あっさり快諾してくれてですね。 今日あなたが渋谷に行く事も洗いざらい教えてくれたよぉ。『カナさん一番好き日本のアイドル!』とか言ってね」 げ、そうだった!忘れてたあああぁ!! 宅配サービスカウンターに行くのも予定調和だったのかあぁぁ!!  「目的地に着いたら電話かけ直してあげなさいよ」  「目的地じゃなくて渋谷に帰して下さい」  「そう言うなよ、一美ちゃん。 今日から記念すべき新企画が始まるんだから」  「新企画?」
 佳奈さんが座席の下からフリップを取り出す。 おどろおどろしいフォントで『調査せよ!綺麗な地名の闇』と書かれたフリップを。  「じゃじゃーん!新企画、『綺麗な地名の闇』!」  「何ですか、物騒な…」  「一美ちゃんはさ、ゆめみ台って行ったことある?」  「ゆめみ台?電車の乗り換えで通った事ぐらいはありますけど」  「ゆめみ台の旧地名は知ってる?」  「知らないです」  「ジャジャン!これです」 佳奈さんがフリップ上の『ゆめみ台』と書かれたポップなシールをめくる。 するとネガポジ暗転カラーで『蛇流台』と書かれた文言が現れた。  「じ…じゃりゅうだい…」  「蛇流台a.k.a.(アスノウンアス)ゆめみ台は、元々土砂崩れが起きやすい場所だったんだって。 だから今は人が住めるように整備されて、ゆめみ台って綺麗な地名になった。 それって涙ぐましい努力の歴史だと思わない?」  「はぁ」  「そこでね!この企画では、そーいう一癖あるスポットのいい所も暗部も、体を張って紹介していけたらなーって思うの! というわけで一美ちゃん、今日はゆめみ台国立公園でロッククライミングね」  「ああはいはい…はい!?」  「大丈夫!もう蛇流台じゃなくてゆめみ台だから崩落しない!」  「それ以前の問題です!ロッククライミングなんてやった事ないですよ!? どーして突然拉致されて、挙句崖まで登らなきゃいけないんですか!? 私まだ一昨日までの疲れが抜けてないんです!!」  「え?一昨日まで何してたの?」 除霊…とはさすがに言えない。  「…徹夜で…別番組の、廃墟探索ロケ」  「あ、その企画いいね」 しまった!鬼に金棒を与えちゃった!  「い、いえ、私はクライミングがいいな!その方が健康的だし!」  「ひょっとして一美ちゃん、お化けが怖かったのかい?」  「うるさい!」 カメラ外からタナカDにチャチャを入れられた。 怖いも何も、実際は私が分解霧散させちゃったけど。 そんな事より…
 私はフリップ下部に書かれた幾つかのご当地ゆるキャラ達を見ていた。 ゆめみ台の物と思しき台形のパジャマ姿の子や、他にも鳩みたいなもの、犬みたいなものもいる。 その中に一つだけ異質な…毛虫らしきキャラクターを見て、私は戦慄を禁じ得なかった。 灰色の毛、歯茎じみた肌、潰れた目、黄ばんだ舌… 似ている。金剛倶利伽羅龍王に、あまりにも似ている。  「佳奈さん。この下に描かれたゆるキャラ達…まさか、今後これ全部まわるんですか?」  「ん?知ってるキャラがいた?」  どうやら…私に休息の時はないみたいだ。 これもイナちゃんが導いた、『気』の巡り合わせなのかもしれない。
 金剛有明団、きっとすぐ近い将来相見える事だろう。 私はトートバッグの中で、静かにプルパ龍王剣を燃やした。
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otoha-moka · 6 years ago
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燭台切探偵事務所
夏休みを目前にしたある日、隣のクラスの山姥切国広から大倶利伽羅はとある依頼を受けた。正確には大倶利伽羅ではない、大倶利伽羅のよく知る知人に探偵がいたのだ。山姥切国広は燭台切光忠と名乗る探偵に、自分への殺害予告が届いていたのだとおずおずとその文面の書かれた手紙を差し出した。
家のポストに入っていたのだという。確証はないが、話を聞く限りでは恐らくいじめの類ではない。すると国広はさらに同封されていたという写真を見せる。調べてみると養子に出された国広が幼少期を過ごしたという村だった。夏休みを利用して、村を調査することにした彼らは、村一番の富豪を訪ねた。
出迎えたのはもう70歳にもなろう老女であった。先日夫を亡くしたという彼女は今、遺産相続についての親族会議の真っ最中だったのだ。なるほど、奥を覗き込むと親戚と思しき人々が一堂に会していた。国広と、同じ歳くらいの青年もいた。――この富豪の名を、山姥切家と言う。
燭台切が訊ねると、国広はごく幼少期にここにいたと思う、と朧気な記憶を辿りながら答える。あまりにも幼い頃の話のため、はっきりとしないらしい。しかし、老女の反応は違った。国広が山姥切と名乗るや否や目の色を変えた。そして「鬼子にやるものなど何も無いよ」と冷たく言い放ち、戸を閉めたのだ。
仕方がないと村で唯一の民宿に泊まることになった翌朝、村の騒々しさに気が付く。燭台切が何があったのかと村人に訊ねると、山姥切家の長男が、どうやら他殺体で発見されたのだと言う。人集りを潜り目にした光景は、50代程度と思われる男性が、何箇所も刃物で刺され失血死している遺体であった。
脳裏を過るのは、国広に届いた殺害予告。村を離れた国広にすら届いた予告だ。この家は村一番の富豪、そして遺産相続。何か、何か繋がりがあるはずだ。燭台切が遺体を前に考え込むと、ふと声をかけられる。見れば昨日の親族会議でちらりと目に入った歳若い青年。彼は自身を「山姥切長義」と名乗った。
「本当は許可されてないんですけど…人死にが出てしまっているとなるとそうもいかない」そう言いながら騒ぎでもぬけの殻となっていた広い屋敷に3人を案内する長義。「これを、」と差し出したのは遺言状だった。遺言状には遺産相続についてこう書かれていた。「私の最愛、■■■■■に全てを」と。
その一文は黒く塗りつぶされていた。「これは…どういう…」「さぁね。俺には祖父のことなどわからない。ただ、この黒塗りで相続争いになってしまった、全く醜いところをすまない」燭台切の疑問に長義はさらりと答える。「最愛、というなら妻ではないのか」あの老女だ、と大倶利伽羅が思い起こす。
しかしその言葉には、それはありえない、と長義はゆるりと首を振った。そして続ける。「祖父は、美しいものが好きでね。身勝手なことに、歳上の妻が老いる様に嫌気がさしたと言う」「なるほどね、浮気か」「証拠なら、お前達が連れてきた…それだ」そういって長義は国広を鋭い視線で見やった。
「え…」国広の瞳が揺れる。知らない、そんなの。何か言いたくても言葉が出ない国広を余所に、長義は遺言状を漆塗りの小箱に仕舞う。「祖父の遺産が目的ならば、これで終わるとは思えない。出来る限りの協力はしよう…探偵ならば、依頼を受けてくれないか」そして、燭台切に向き直り頭を下げた。
話し合いが纏まり山姥切家を出ようとすると、もう昼を過ぎるかという時間だった。 とりあえず遺産問題も大事だけど目の前の事件だ、と意気込むものの、昼御飯がまだだった。誰のものともわからない腹が鳴る。長義は苦笑し「昼ならうちのものに用意させよう。食べていくといい」と告げて立ち上がった。
山姥切家の長男は、長義の父でもあったらしい。父の変わり果てた姿に思うところはあったと言うが、長義は今朝方というのに、過ぎたこととばかりに涼しい顔をしていた。(いや、心中がどうであるかは、読めないが)大倶利伽羅は視線を長義から逸らし国広を見る。こちらの方が落ち着きなさそうに見えた。
燭台切は昼食後、ひとり現場に向かった。さすがに高校生の彼らにこれを手伝わせるのは酷だ。このような寒村では、警察は隣町にある警察署頼りであり、昨晩降っていた雨で土砂崩れが起きたとかで来るのが遅れるのだそうだ。仕方なしにかけた村人から頂いたシーツを捲り改めて遺体を確認した。
遺体があったのは村の河原である。刺殺体の血量と砂利の部分から見える血量に違和感はなく、ここで確かに襲われ殺されたのだろう。砂利が敷き詰められているが、川の上流なだけありごろごろとした大きなものも多い。少なくとも、踏めば音がする。死亡推定時刻は昨晩の今日未明…だろうか。
死体には何箇所…何十箇所にも刺された跡があり、死因は出血性ショックと推定される。通り魔的犯行では、少なくともないだろう。(僕の本業じゃないんだけどな…)気分の良くないものをじっと見るのはどうにも心苦しい。眉を顰めたり、ため息をひとつつくことくらい許されたい。「…ん?これは…」
一方、国広と大倶利伽羅は時間を持て余すことになってしまった。村は騒然としていて、聞き込みに向くかは怪しい。それで、とにかく村の全体像を把握しておこうと散策することにしたのだ。「…すまなかった」「何が」「俺があんた達に言わなければ、巻き込まれなかっただろう…」「…そんなことか」
この村は交通手段は車かバスのみだ。何かに使えるかもしれない、と大倶利伽羅は時刻表をスマホで撮る。「…光忠も俺も、ここに来ることに決めたのは自分の意思だ」俯いたまま少し後ろを歩く国広にこたえる。「…気に病む暇があるなら、手伝え」大倶利伽羅はそう続けて、デジタルカメラを投げ渡した。
時刻は夕刻。結局これといった成果もなく大倶利伽羅と国広は村の中心部にある民宿へ戻ることにした。素人が出来ることなどたかが知れている、それよりも日が落ちてから帰る方が却って迷い面倒だというのが2人の判断だった。2人が民宿の手前まで着くと、2人組の初老の女性(村人だろう)が談笑している。
「…って山姥切家の跡取りよねえ」「あの民宿に探偵が泊まっているそうよ、予見していたのかしら」下世話ながら会話を聞いてみると、今朝方発見された遺体――第1発見者はあの河原付近を散歩していた老夫婦だったらしい――についての話だ。「事件が起きるって?予告でも届いていたんじゃあるまいし」
そうだ、予告だ、予告はあったのだ。それは少なくとも、この村から遠く離れた国広に、だが。「…行くぞ」「ああ…」とりあえず今は戻ろう。そう考え、2人は女性に声をかけるのは断念した。通り過ぎる際「…坊ちゃんは、本当は父と血が繋がっていないそうよ」という声を、大倶利伽羅は確かに聞いた。
「ああ、おかえり」宿の部屋に戻ると、燭台切はもう戻っていた。人好きのする笑みを浮かべ2人を迎え入れる。「どうだった?」「どうもこうも…普通の村、としか」「伽羅ちゃんは?」「右に同じだ…お前は」「…それがね、遺体のポケットから…」そういって燭台切は紙切れを2人の前に取り出した。
「これがね、入ってた」ぐしゃぐしゃに丸まったものを、恐らくは燭台切が丁寧に広げたのだろう。中には走り書きだとわかる荒さなのに、神経質にも見える手書きの字体で『今日が終わる頃、河原の黒岩にて。』と書かれている。河原には大岩がいくつかあり、その中でも黒いものがひとつ、目立つ所にある。
きっとあの岩のことだろう。「犯人から、呼び出された?」じっと紙をみた国広が考え込むように呟く。「僕もそう思うよ。逆に言えば、これを筆跡鑑定に回せば物証になるかも」うん、と肯定した燭台切はそれに応える。大倶利伽羅はその様子に、そう簡単にいくだろうか…と日の落ちた窓の外に目を向けた。
唐突に続くよ!明朝。騒々しい声で3人は起こされた。「探偵さん、探偵さん!起きてください大変なんです!」という女将の声だ。燭台切が眠い目を擦り、戸を開けながら返事をすると、青ざめた表情の女将は絞り出すように告げた。「また!あの家の者が殺されていたのです!」「…っ、2人目か!」
『これで終わるとは思えない』国広は青年の言葉を思い出していた。そして、殺害予告のことも。(…次は、俺かもしれない…?)理由は、わからないけれど。「伽羅ちゃんは国広くんと一緒にいてあげて!僕は先に見てくるから!」そうしているうちに、バタバタと着替えた燭台切は走って宿を出ていった。
自分の1番古い記憶を辿っても、この村の記憶はどこか靄がかってはっきりしない。まだ3歳とか、そこいらの記憶だ、無理もない。でも、何か引っ掛かりを覚えてしまう。あの青年のことも、知っているような…。「俺達も行くぞ…山姥切?」大倶利伽羅の言葉に国広は意識を戻され、曖昧に返答し後に続いた。
現場に着くと、野次馬の村人の人集りの向こうに山姥切家があった。定型的な謝罪の言葉でその間をすり抜けて行くと、中庭から見知った声が聞こえてくる。燭台切だ。「…ということですね?」「ええ…」状況を確認しているらしい。そちらへ行こうとした時、遮るように先程思い浮かべた青年が前に立った。
「あの人…お前達の知り合いの探偵の人から、来させないでって言われているんだ」「…なんで、」「…あまり、見ていて気持ちのいいものでは無いからね」「お前は、見たんだな?」「見たも何も、俺とここの手伝いをしている者が、第一発見者…だった。俺も、出来ることなら見せたくはない、かな」
そう言う長義の表情は、昨日よりも青く陰っていた。2日連続で親族が殺され、その1人は父親、もう1人については第一発見者だ、無理もないだろう。「長、」「…思い出したくはないと思うが、誰が死んでいた」国広が声をかけるのを遮って大倶利伽羅は長義に訊ねた。国広から小声で抗議の声が上がる。
それを一瞥すると、長義は組んでいた腕を解いて、右手でこっちへ、と中庭の入口から見えていた部屋へ入るよう促した。「本来なら、玄関から入るべきだけれど仕方ない。靴はそこに脱いでそのまま入ってくれ、話せることは話そう…探偵を呼びに行かせたのも俺だしね」そう言って自分は屋敷に上がる。
顔を見合わせた2人は、ここにいても何が出来る訳でも無いだろう、と長義に続いて屋敷に上がり込んだ。そこからすぐの、客間のような部屋に通される。畳の部屋に大き���のテーブル、座布団はすでに6つほど並んでいて、端にも積まれている。3人分の冷たい麦茶を出されたので、礼を言って軽く頭を下げた。
「今のはマサヒラさん…探偵と話をしているのはモリシタさん…2人居るんだ。さて、誰が死んでいたのか、だったね」「…ああ」「言ってしまえば、恐らくは、俺のおじ、父の弟、次男だ…。今朝方、中庭に倒れていた……、」長義は言い淀む。グラスを手に取ったまま、氷の入った自分の麦茶を見つめた。
まだ会って2日だが、大倶利伽羅には違和感のある様子だった。長義はこういった大きな家として様々な人と接することもあるのだろう、スラスラと澱みなく語る印象がある。隣に座る国広は長義が話を続けるのを静かに待っている。やがて、意を決したように長義は口を開いた。「…首から上が、なかった」
これパロなんで!彼ら刀じゃなくて人間なんで!! 「…そう、か」「すまなかったな、思い出させて」「いや、いい…知りたいんだろう。それに、俺がお前達の立場なら同じことをするだろうしね」そう言うと、いつの間にか涼し気な表情に戻っていた長義はグラスに口をつける。「…他に聞きたいことは?」
「次男、と言ったな。あと何人いる」大倶利伽羅の言葉に、国広はメモとシャーペンを取り出す。それを横目に長義は指を折りながら答えた。「…あと、1人。父の代は、3人兄弟だから。でも、その下の代となると俺と…いや、俺だけ、か。次男に娘がいる。でもうちは代々男があとを継ぐし…俺だけ、だね」
「…なら、」走らせていたペンを止め、国広が声を上げた。誰もが思いつくことだ。国広は申し訳なさそうに目を泳がせている。親族を疑うんだ、そうだろう。「わかってる。一番単純な構造は、遺産を欲しがった三男が、兄ふたりを殺した、ということだろうね…あるいは…」そこで、チャイムの音が響いた。
終わらせる精神で続き! 「あー…○○県警の者だが」その声は戸を開けたままの3人の部屋にも小さく聞こえてきた。縁側へと続く廊下を歩いていた女性が無遠慮に長義へ近付き肩を掴む。「長義、お前ね」その表情は焦りとも困惑とも取れた。長義はそれを無視して、その向こうで狼狽える女性に呼びかける。
先程麦茶を持ってきた人だ。「…お通ししてくれ」「ええ、分かりました」「長義…っ!」ぱたぱたと小走りで彼女が玄関先へ向かうと、何かを訴えるように長義を呼んだその女性は、わなわなと震えながらも立ち上がり、客人を見て「…失礼」と残し部屋を去った。「騒がせてしまったかな」「いや…別に、」
「あれは俺の母だよ」母親か…家庭事情に野暮なことだが、似てはいないように見える…見目も中身も。大倶利伽羅が長義を見ると長義は、ああ、と廊下に視線を移す。「どうにも気がたっているようなんだ、許してやってほしい」「…こんな状況だ、無理もないだろう」2人が言えることなど、それくらいだ。
「鶴さん!来てくれるって信じ��たよ」「信じるって君なあ…君だろう?俺を寄越すようにって通報した奴に頼んだのは」「…昨日ちょっと遺体を漁っちゃって」「…この仏さんかい?」「いや、河原で発見された方」もういいだろうと長義が2人を連れて中庭へ行くと、2人の軽口のような会話が聞こえてきた。
「…職権乱用」大倶利伽羅が忌々しそうにそう呟く。「知り合いか?」「…」国広が小声で訊ねるも、その表情のまま無言で目の前の会話を見ている。これは肯定だ、と国広は納得し、��れ以上訊くのをやめた。「ところで、君はどうしてこんなところへ?用がなければ滅多にはいかないところだろう、ここは」
「依頼があったからだよ。これは守秘義務だから、これ以上は言えない」「へえ、そうかい。…って伽羅坊!元気にしてたか?…と、そっちは」「山姥切長義です。ここの家の者ですよ」「ほう、長義、と…隣の君は?」「…山姥切国広、です」「山姥切…君もこの家の?」「…あ、いえ、俺は違くて」
「…全て、話した方が早いだろう。山姥切、いいな?」しどろもどろになる国広に代わって大倶利伽羅が答える。国広はこく、と頷いて肯定した。「僕達向こうの民宿に泊まってるんだ。物もそこにあるから…それじゃあ鶴さん後で来てよ。そこで話すから」「ん、了解。一段落したらすぐに行こう」
「…なるほどな、君が依頼人だったか。まあそうだろうとは思ったが」思いの外早くひと段落はついたため、昼前には鶴丸は宿を訪れていた。気前のいい女将が3人分に追加して昼食を用意してくれる。それを有難く頂き、現在は4人で殺害予告を囲んでいた。なんとも奇妙な光景だ。「何かに襲われたりは?」
鶴丸の言葉に思考を巡らせるも、やはり国広には答えが出ない。「…覚えがない」だからこそ、怖くないとは言えない。次は自分かもしれない、と漠然と感じてしまう。「そうか…気にし過ぎるのも体に毒だぜ、何も無いならそれでいいんだ」難しい顔をしていた国広を慰めるように鶴丸はその背を軽く叩いた。
本来の後継者が亡くなり、死者を悼むこともなくヒートアップする遺産相続についての議論に、長義は辟易としていた。自分がそこから消えても大人達は気づく様子がない。部屋を出ると夜の静寂だ。…DNA鑑定。祖父の遺品整理をしていた時、偶然見つけたそれが、長義を絶望にたたき落とすには十分だった。
それを手にして祖母に問い詰めたことは記憶に新しい。自分では考えられないくらい、冷静ではなかった。「じゃあ、国広は…っ!」「あのような鬼子の話、二度とするんじゃありません!」祖母は国広のことを鬼子と呼んだ。わからないわけではない。祖母からすれば、夫を誑かした鬼の子供なのだろう。
いや、しかしその鬼は…。長義は自室に戻り、机の引き出し1段目、鍵のかかった部分を開いてあの日以来隠し持ったままの封筒を開けた。DNA鑑定は、ごく幼い頃に何度か遊んだことのある国広のものと、それから自分のものだ。何度見ても結果は変わらない。「…なんで、戻ってくるんだよ、あの馬鹿は」
しばらくして、長義が階段を降りると白熱していたらしい家族会議がいつの間にか終わっており、別の喧騒が家を包んでいた。どうにも、長義にとっての最後のおじ、三男がいないらしい。(…逃げたか?おや、それとも)バンバンと扉を叩く音も聞こえてきた。三男の部屋だろうか。鍵がかかっているらしい。
お手伝いの森下さんに事情を伺うとそれらを事細かに教えてくれた。そうしているうちに、ガタンと大きな音が響いて、それから、長義は自分の母の金切り声を聞いた。「…え?」なんなのかとそちらへ走ると、大の大人が揃ってパニックになっている。その向こう、部屋の中、首を吊った三男を長義は見た。
途端、弾かれたように玄関に長義は走り出す。それを長義の母は呼び止めた。「長義、どこへ行くの!」「あの探偵と警察を呼んでくるんだよ!二人とも民宿にいるはずだ…」「そんな、迷惑をおかけするんじゃ、」「あの人達はこれが仕事だ!…それとも、母さんは探られたら痛い腹の中でもあるのか!」
「…っ、そんな、こと」言葉に詰まる。この反応は長義にはわかりきっていたことだった。その隙に出しっぱなしのサンダルをそのまま引っ掛けて家を出た。贔屓目なしにも山姥切家はこの村1番の屋敷で、村の中心的な存在だ。村の中心にある民宿には程なくして到着する。明かりはまだ煌々と付いていた。
「…いや、まあ、な?人としては気持ちはわからんでもないが…警察官としちゃあ、なるべく現場の保存に努めてほしかったなあ、なんて…そのロープの指紋とか、手掛かりになるかもしれないだろう?」長義が民宿一行を連れ立って家に戻ると、首吊り死体は床に下ろされていた。可哀想だと下ろしたらしい。
「しかしですねえ、お巡りさん。このような手紙まで残っているんだ、自殺でしょう?」「…うーん、いや、そうだとしても…」鶴丸に言い寄る様子から、どうやら下ろすよう指示したのは長義の祖母らしい。(…あれは、鬼子、と言っていた人だったか…)初日の冷たい視線が、国広には忘れられないでいた。
国広は養子だった。正確には、施設から引き取り手が見つかった。苗字を変えなかったのは、色々と手続きの問題があったらしく、それらがどうにかなった頃には、もうそう呼ばれるのが国広にとって普通になっていたからで、そこまで大きな意味は無い。両親と義兄は優しく、平々凡々な生活を享受してきた。
だと言うのに、あの老婆が「鬼子」と自分を呼んだことに、既視感を覚えた。どこかで、自分はそう呼ばれた気がする。そんな感覚だ。ひょっとしたら、その昔、自分はこの家を追い出されるようなことがあったのではないか、という予感を、なんとなく国広は感じていた。あまり、覚えていないのだけれど。
「これが遺言状だね、受け取るよ…」「俺にも見せてくれっと…どれどれ?」部屋に置かれた机の上に置かれていたという燭台切が受け取った遺言状には、人を殺したという罪の告白と、それに耐えきれないから死ぬという顛末が書かれている。「これはまた…お誂え向きな…」そう言うと鶴丸は眉を顰めた。
即座に諌めるように燭台切が鶴丸を見た。それを軽くかわし、鶴丸は場にいる全員を順に見遣りながら、話しにくそうに続ける。「あー…あのな、疑いたいわけではないんだが、これが自殺であると断定することはまだ出来ない」「でも、彼の死亡時にはみんな部屋に…」「いや、俺は自室にいたよ」「長義!」
何度か目にした気もする光景だ。長義の言葉に彼の母が抗議する、それを長義はものともしない。「3人が死ねば、次の後継者は長男の一人息子であるこの俺だ。…どうかな、これだって最もらしくお誂え向きじゃないか?」「長義、あなたいい加減に…」さらに続ける長義に、彼の母はより声を荒らげる。
それを遮ったのは「なあ、」と呼びかける鶴丸だった。「…長義、と言ったか…君、何か知ってるんだな?」そう確認をとる鶴丸を見ると、長義はゆるりと口角を上げ、どうだろうね、と答える。「…はは、食えないねえ、君。まあいいが…燭台切、宿の部屋借りるぜ」「聞かなくても借りるでしょ、鶴さんは」
鶴丸さんは公私とかで相手の呼び方きっちりわけそうなイメージがあるんだよな…続き。 宿に戻る度にひとりずつ増えているのを女将がさすがに不思議そうに見ている。しかも今回増えたのは村1番の家の孫息子だ。「おかえりなさい。お夜食は…」「ああ、お構いなく」そう軽く挨拶をして部屋に入った。
「さて、こちらからいこうか…最初に言っておくが…君を、疑いたいわけじゃあない」「…鶴丸?」「第一…いや、君の父親の遺体から出てきたメモの筆跡が…君のと一致している」「…そう、だろうね。俺はあの日、父を呼び出した。河原に呼び出したのは、人気のない場所が良かったから…時間も、そうだ」
「…長義くん、理由は、聞かせてもらえるね?」「それは構わないが…」燭台切の言葉に長義はしばし言い淀む。それから、お前、と国広を指した。「お前には、出ていってもらいたい」「…俺?」突然指をさされた国広はわけも分からず首を傾げる。しかし、長義は理由を話すつもりはないらしかった。
「…わかった、出ていよう。30分程度で問題ないか?」「おい、」大倶利伽羅は殺害予告を思い出し、国広を止めようとする。これはまだ未解決だ。が、国広としてはそうではないらしく、退出しようとする。「それは…山姥切家の何かだろうが、その犯人が死んだんだろう?」「…ついて行く」
大倶利伽羅が連れ立って出ていくのを、鶴丸が物珍しげに見ていると、呆れたようなため息が降ってきた。「…いくらなんでも過保護すぎないかな」「殺害予告が届いてるんだよ」「…殺害予告?」長義が訝しげに燭台切を睨む。燭台切は、しまった、と口を滑らせたことを自覚し、誤魔化すように笑った。
「部屋にいてよかったのに」「自分が脅迫されているのを忘れたのか」「それはそうだが…」戻ってすぐに宿から出ていく2人を女将が「気をつけて」と見送り、2人は何も無い道をなんとなく歩いていた。街灯も少なく、改めて暗がりだと感じる。空を見上げると星空が広がっていて、澄んだ空気を実感した。
夏だと言うのに、山奥の村は東京よりもずっと涼しい。「なあ、お前は、この村にいたことを誰かに話したことがあるか?」「…俺は、そうペラペラと他人に過去を吹聴して回るタイプに見えるか」「…いや、」違うだろう。だからこそ、十数年前の国広を知っている者でないとあの殺害予告は送れない。
「やはり…身内、だな」「…ああ、俺も…そう、思う。でも、俺に予告が届いたのが何故かわからない…」国広は今回のこの遺産相続について、ここへ来て初めて知ったほどで、山姥切家と接触を絶って久しいく、むしろ家のことも、ここへ来るまですっかり忘れていたし、今でも思い出せないほどだった。
2人の声を除けば、さくさくと土を踏む音だけが響いている。「…待て、お前さっき」国広はもう犯人は死んだのだから大丈夫だと言っていた。だが、今の話ぶりだとまるで事件解決を信じてないようだ。「…ああ言わないと平行線だろう」大倶利伽羅が国広を睨むと、国広はなんてこと無いように答えた。
こちらが柄にもなく心配したというのに…と、国広の言葉に大倶利伽羅は軽く苛立つ。が、何も出来ず溜息に息に変換される。それを聞いてか、こちらを伺うように名前を呼ぶ声も腹立たしい、と思ったところで、気配がした。瞬間。パシュッと何かが風を切る。何と思うまもなく、視界には星空が広がった。
たしか、直前に隣を歩いていた国広の声がした、叫ぶような、と大倶利伽羅が考えると、その声がすぐそこから聞こえてくる。うう、と低く呻く声だ。そこでようやく、何か重いものが乗っていることに気付いた。「…山、姥切?」「…怪我は?」そう言いながら右腕を庇うようにして国広が起き上がる。
「俺は頭を打ったくらいだが…今のは」「何か、矢のようなもの、だと思う…やられた…」「…は?やられた?」右腕を抑えている左手を掴み右腕を見ると、その刺激に痛みを感じるのか国広は小さく息を漏らす。右腕には、何かが刺さったような、掠ったような真新しい傷跡から、絶え間なく血が流れていた。
「矢は…見当たらなさそうだな。掠っただけでよかったが…」「いいわけないだろう、簡単に止血するから腕を貸せ」国広が辺りを見渡しても、凶器のようなものはない。2発目がないあたり、罠でも仕掛けていたというところだろうか。辺りを探そうとする国広を呼び止め大倶利伽羅は自分のタオルを裂いた。
宿に帰ると、残っていた3人は三者三様に神妙な面持ちで国広を見た。次の瞬間には、国広の怪我に気づいたのか慌てた燭台切が鞄から救急セットを探し始める。「…話は済んだのか」「まあ、大体は…」部屋に入った国広が長義に訊ねると、長義は痛々しい傷口を見詰め、それから苦い顔をして答えた。
鶴丸は立ち上がり、国広の怪我を見る。何か尖ったものが皮膚を鋭く抉ったような切り口だ、自然にはできない。「派手にいったなあ…転んだ、とはいわないよな」「…ああ、矢のようなものだったと、思う…物は見つけられなかった」「大丈夫、それだけ分かれば上出来だ。光坊、救急セットあったかー?」
「あったよ、鶴さん。はい、パス!」そう言うと緑の小さな入れ物を鶴丸に向かって投げる。危うげなく受け取りながら、鶴丸は全く…と呆れ返った。「っと、こんなん投げるなよ」「鶴さん受け止めてくれるでしょ」なんの疑問もなくそう返され、そ��ゃどーも、などと心無く返事をし、鶴丸は箱を開ける。
「…よし、次からは無茶しないように!…こちらも、止めなくてすまなかったな」「わかってたのか」「まさか、わからないと思ったか?大人を揶揄うんじゃあない」一通りの手当を終えて、国広は自らの右腕に巻かれた真新しい包帯を軽く擦る。素人目にも丁寧な仕事だ、などと場違いに感心してしまう。
救急セットを片付けた鶴丸は燭台切の方へそれを滑らせる。座っていた燭台切の足元にぶつかり、ちょっと鶴さん…などと抗議するも、笑いながらすまんと謝られては仕方ない。鞄に再びしまいこみながら、残りのぐちゃぐちゃにした荷物を���めていた大倶利伽羅に燭台切は声をかけた。「明日、捕まるよ」と。
翌朝、今日も村の天気は晴れていた。山向こうでは雨で土砂崩れとニュースでやっていたのに不思議なものだ。「さて、行こうか」結局自宅に戻った長義を除いた4人で泊まり込むことになったので、4人連れ立って山姥切家に向かう。山姥切家の前には、既に起きていた長義が腕を組んで塀に背を預けていた。
「案内しよう。昨日言われた通り、人は集めたよ」長義はこちらの姿を確認すると、数歩歩いて4人の前に立った。挨拶を交わすと、昨日大倶利伽羅と国広が外に出ている間に交わした会話か、燭台切と鶴丸がその言葉に礼を言う。「…あとは、よろしく頼む」そう言いながら、長義は深く頭を下げた。
案内された部屋には、残された兄弟の母、妻3人と、娘1人、それから手伝いの2人が座っている。「あの、犯人って…昨日手紙があったじゃないですか」一同が入るや否や、そのような言葉を次々と投げ掛けられた。それを制止したのは、案内した長義だ。「…話すよ」誰に向けての言葉か、長義はそう続ける。
静まり返ったところで、燭台切は話し始めた。「…この事件、本当ならあともう1人、犠牲者が出るはずなんです」燭台切がそう言うと、部屋の中がざわつく。「正確には、僕が連れてきてしまった。彼…山姥切国広は、最後の犠牲者になるはずでした。犯人は失敗したようですがね。動機は、遺産でしょう」
謎解きなんですけど、先述のとおり事件のトリックとか一通りあるんですが長いので省きます、すみません。 「遺産?彼は部外者よね?」1人から声が上がる。無理もない、知らされてないのなら、そう思うのが普通だ。現に何も知らない国広自身は戸惑っている。「ええ、ですが…長義くん、いいんだね?」
燭台切の言葉に、長義は覚悟を決めたように静かに頷いた。そして、封筒を燭台切に手渡す。「まさか、その子は亡くなったお爺様の、4番目の子供…ということ?」三男の妻が眉を顰める。燭台切は封筒の前に遺言状をテーブルに置く。「いえ、遺言状を見てください。最愛に遺産を送ろうとしています」
それから受け取った封筒の中身を取り出す。中身はDNA鑑定だ。それも長義と国広のもの。見るなり長義の母は青ざめる。長義は俯いたままで表情は読めない。「ここにはこう記されています。長義くんは、森下さん…貴女の子供ですね。そして、お爺様と、長義くんのお母様…貴女の子供が、国広くんだ、と」
「単刀直入に言いましょう。犯人は複数犯です。森下さん、それから、長義くんのお母様、あなたです」「長義、あなた…っ!」私を���るのか、と視線が刺さる。長義は唇を噛むことしか出来ない。やるせないのは、自分の方が上なのだ、と。間に入るように鶴丸が立った。「…すまんな」と小声で謝罪される。
そうしている間にも、起きた事件について整理され、それらが燭台切によって次々と暴かれていく。昨日、聞いた話と同じだった。『それじゃあ、呼び出したのは』『父は、俺が本当の息子ではないことなんてとうに知っていた。妻のことも、相当恨んでいてね…国広に、全てを話すなと忠告したかったんだよ』
『ところが、翌朝死んでいた』『信じられない話…と言いたいところだけど、だからこそ、犯人の検討がついてしまった。出かけることを森下さんには話していたからね。いいように利用されたということだ…忌々しい』『じゃあなんでもっと早くに…』昨晩の会話を反芻する。昨日の自分の言葉を思い出す。
「…以上が事件の概要です。あなたは本当に長義くんを可愛がったのでしょう。だから、焦った。これ自体は当てつけでしょう。けれど、遺言に本当に書かれていたのは国広くんだと、知ったから。そして、遺産を本当の長義くんの親である森下さんと山分けすると約束し、今回の事件を起こしたんです」
そこまで言い切ると、燭台切はこれが全てだとばかりに黙った。「で、でも、何もせずとも遺産は長男のものになろうとしていたわ!それなら、その妻に動機なんて…!」沈黙の中、啜り泣く声を裂いて次男の妻が声を上げる。それには聞き役に徹していた鶴丸が答えた。「…動機ならある。個人的な怨恨だ」
「どうにも、長義に聞いた話じゃあ、長男はこのこと全部を知っていたようでな。あまり良好な関係ではなかったそうだ。こんな寒村でそんな不義がバレたら、親子諸共どうなるかなんて想像に難くない…脅されることもあったんだろう。相続問題にかこつけて殺した…何ヶ所も刺されてるのはそれが理由だな」
ついでに、と鶴丸は続ける。「国広を仕留め損ねたのは、やったのが暗がりだったからとか、友人を連れていたからだとか、理由はいくつかあるんだろうが…息子だったから、というのも大きいんだろうな。こいつは結構無防備に過ごしていたらしいじゃないか…チャンスなら、あったはずだろう」
鶴丸がそこまで言うと、情報の提供者にも気付いているのだろう、すすり泣く声に「どうして、どうして長義…」と批難のような声が交じる。長義は昨日の会話を思い出していた。『どうしてもっと早くに伝えなかったのか』の続きだ。「…俺だって、まだ、家族でいたかった」長義は昨晩も、そう答えていた。
盛大にダイジェスト…。 鶴丸が犯人を署に送るのを見送った後、3人も村を出る用意を整え、宿を出た。「それじゃあ、僕達はこれで」燭台切の言葉に合わせて、3人は会釈する。女将は「今度はゆっくりしに来てくださいね」と言葉を交わす。運転席に燭台切、後ろに国広、助手席に大倶利伽羅が乗り込んだ。
「今回は、巻き込んでしまって本当にすまなかった…」前でシートベルトしてね、などと他愛のない会話していると、後ろから湿っぽい声が聞こえてきた。「言っただろう、ここへ来たのは俺の意思だ��と」「ふふ、伽羅ちゃん、また来る?」「…勘弁してくれ」「…まあ、後味のいい話ではなかったけどね」
後味のいい殺人事件なんて、あってたまるものか。そう思いながら窓を見ると、こちらに走ってくる人影がある。「光忠、車はまだ出すな」「ん?どうしたの?…あ、」長義だった。言ってることがききとれず、車の窓を開ける。側までやってくると、長義は少しばかり息を切らしていた。「もう出立?」
「そのつもりだけど…どうしたんだい?」「いや、挨拶くらいしないといけないかな、と。間に合ったようならなにより」父親は殺され、母親が犯人だというのに、気丈に振る舞う様に虚勢は見られない。過ぎたことは仕方ない、そう考える性質なのだろう、と燭台切はひとり納得する。「それから、国広」
「…何だ?」助手席のあけた窓から長義に名前を呼ばれて、後部座席の国広は身を少し乗り出した。「…狭い」「少し我慢してくれ」大倶利伽羅の抗議は軽く流される。「お前、ここでのことを覚えてないってなんなんだよ」「…は?」「へ?」あまりにも斜め上の発言に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「それって、お前の遊び相手が専ら俺だったこともすっかり忘れているってことだろう」「…その、すまん…?」「俺だけが覚えているというのがイライラする、思い出させてやるから覚えておけよ…」奇妙な空気が流れる。「あ、あのー…もう、いい…かい?」何故か申し訳なさそうに燭台切が入ってきた。
「すまない、それを言いに来ただけだったんだ。それじゃあ、道中気をつけて」その言葉に長義は、はたと国広から離れ、燭台切に微笑み、定型文の挨拶を並べた。窓を閉めると、離れたところから小さく手を振って送り出してくれる。「…なんだったんだ、あの捨て台詞」国広だけが、それを見ていなかった。
それからの夏休みは恙無く過ぎ、順調に新学期の最初のHRを迎えた。(殺害予告なんて、嘘みたいだ…)教員が入ってきて、ざわついた教室が静かになる。1年前にも聞いた言葉を聞く。普段通り、だった。「――では、転校生を紹介する…」自分と同じ名字の、この夏知り合った彼が、教室に入ってくるまでは。
おしまい!色々と、本当に色々と端折ったけどそれでも長すぎる!TLにたくさんすみません!読んでくださった方、ありがとうございました!ちなみに長義くんは東京の親戚に引き取られたので東京にいます。遺産は話し合って破棄です、国庫に入りました。
ちな完全に蛇足なんですけど、長男殺しはいいとして、次男殺しは長義くんちょっと嘘ついてて、よそで殺した死体を森下さんが運ぶところを目撃(女性が成人男性運ぶのはむずいのでバラバラにした)、頭部は殺害現場近くにまだある状態、森下さんは繕ったけど長義くんは知った上で同時に発見、と言ってる。
そうした理由は先述の通り。でも、その後すぐにこれは駄目だと思って罪滅ぼし目的で情報提供開始。三男殺しは、コナンくんで20回くらいあるタイプの、時間差トリックの密室殺人。ざっくりいうと、時間差で、眠らせた三男の首にかけたロープが吊るされ、自動的に死ぬシステム…のつもりだった。
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ama-gaeru · 7 years ago
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錯視上ブルーエンド12
12話:8月16日(午前9時27分���敵対x関係 
 救円会(きゅうえんかい)総合病院の3階。短期特別入院患者用の個室。
 ベッドの上で半身を起こし、腰から下は布団で覆った状態で、石垣花笑(はなえ)は私が手渡したタブレットを見つめていた。
 画面に表示されているのは、市川(いちかわ)のコンビニの監視カメラの映像だ。スポーツバッグを肩にかけた小柄な少女が何かを買い、ややふらふらした足取りで出て行くところまでが収められている。
 花笑は映像を最後まで見ると「間違いありません。姪の梨花です」と言った。彼女は私にタブレットを返すと、胸を手のひらで抑え、背中を丸めて長い溜息を吐いた。2週間ぶりに目にした姪の姿に心底安堵しているといった素ぶりだが、大袈裟で芝居がかっていると感じる──端的に言うと、嘘くさい。
 未成年の家出人の保護を担当するようになってから、それなりの経験を積んできた。駆け出しの頃は相手を見誤り手痛い失敗を犯したりもしたが、ベテランと呼ばれる年齢になった今では、家出した子供に問題があるのか、それとも家出された保護者に問題があるのかは、それなりに見抜けるようになったという自負がある。
 経験に裏付けされた勘は、目の前にいるいかにも繊細で弱々しい女を、その見た目の印象通りに受けとるのは危険だと告げている。
「このあとの足取りはわかりませんか?」
 私は石垣花��の手からタブレットを受け取る。
「千葉県のウォーキング用地図を買っていたという記録が残っていました。恐らくは徒歩か、それに近い手段で笹巳に戻ろうとしていたのではないかと。市川から笹巳に向かう道のあちこちで目撃情報がありますし」
 隣に立っている後輩の金山(かなやま)が私の言葉を引き継いだ。
「このコンビニから15キロほど先の河川側で、『女の子が野宿してる』という通報も入っています。警察が到着する前にすでに立ち去ってしまっていましたが、身体的特徴からして、姪御さんで間違いはないはずです。もしかしたらもう笹巳市内に入っているかもしれません」
 石垣花笑は額に貼られた大きなガーゼを細い指で抑えながら「徒歩に野宿……行き倒れにでもなったり、変な人に目をつけられたらどうするつもりなの。あの子、自分1人の力で生きていると勘違いしているんじゃないかしら。なんて無責任な」と呻いた。
 私は『娘のように育ててきた姪御さんに気絶するほど強く殴られるなんて、本当に災難でしたね。わかります、わかります』という表情を作って石垣花笑を見つめるが、あのガーゼの下にあるのはちょっとした切り傷の痕と、青紫色のタンコブだけだと知っている。どんな病院にも1人くらいは、警察手帳を取り出して『ぜひご協力を』と魔法の呪文を唱えるだけで、ベラベラと患者のプライバシーを喋ってくれるちょろい看護師がいるものだ。
 件の看護師曰く『あの程度で気絶なんかありえないですよ。本人が痛い痛いって騒ぐからレントゲンもとりましたけど、出血が派手だっただけのタンコブですよ。あんなので本当に気絶したというなら、それは殴られたことがあまりにショックだったからじゃないですか? それか、大騒ぎして入院日数増やすのが目的かも。いるんですよ、そういう当たり屋みたいなの』だそうだ。
 大方、単なる家出だと警察が真面目に捜査しないと思って考え出した浅知恵だろう。だとしたら──きっとそうだろうが──やはり信用できない。警察相手に顔色ひとつ変えずにサラッとすぐにバレる嘘を吐くなんて、余程のバカか、嘘を吐き慣れているかのどっちかだ。
 私はタブレットの中にいる少女に視線を向ける。
 石垣梨花。16才。
 父・石垣柳(りゅう)と母・香苗(かなえ)は彼女が赤ん坊の時に離婚。以降、叔母・石垣花笑と3人で千葉県笹巳市笹巳本町で暮らす。
 笹巳本町と言えば、知る人ぞ知る本物の一等地だ。立ち並んでいる家々は田園調布や青葉台なんかの豪邸と比べりゃ地味に見えるが、その実、あそこら辺のぽっと出の成金どもとは格も歴史も違う。笹巳本町に住んでいるのは地元に深く根を貼った、日本昔話に出てくるような時代からの土着の金持ちたちだ。
 石垣家はそういった連中の筆頭。大地主。この病院も、マルハラ食品の工場地帯も、笹巳大の敷地も、笹巳大付属高校の敷地も、笹巳市役所の敷地も、全て石垣家が数十年単位で貸し出しているものだ。
 つまり、石垣梨花は正真正銘のお嬢様というわけだ。地味な顔つきもそういう背景込みで見ると品のいい和風顔に見えてくる。実際、鼻筋の通ったいい顔だと思う。10年後には同窓会で「あの時、声かけときゃよかった」って周囲をざわめかせるタイプになるかもしれない。まぁ、つまり、今はただの座敷わらしだ。もしくは無表情な麗子像。
 梨花は私立笹巳大付属高校の2年生。陸上部所属。親しい友人も、親しくない友人も0。小学校、中学校、高校通してだ。普通の親なら自分の子供に友達が1人もいないなんて相当不安になるだろうが……。
 私はベッドを挟んだすぐ向こう側で、椅子に腰掛けている石垣柳に目を向ける。彼は私たちなどここに存在しないかのように、手元のスマートフォンをいじり続けている。
 子供が家出をした時、母親と比べて父親は少しマッ��ョぶりたがる傾向がある。『心配かけたいだけなんですよ! ほっときゃそのうち帰ってくるんだから! 俺は警察なんて大げさだって言ったんですが、女房がね! どうしてもって言うから!』ってな感じでだ。だから彼のこの無関心な態度も最初はその手の強がりかと思っていたが、どうも違うようだ。
「ご確認いただけますか?」
 私は動画を最初のシーンに戻してから、柳にタブレットを差し出した。柳はタブレットを一瞥しただけで、手に取ろうとすらしない。
「姉が梨花だと言うなら、梨花なんでしょう」
「柳」
 花笑がたしなめるように名を呼ぶと、彼は面倒くさそうにタブレットに目を向ける。私にタブレットを持たせたまま画面を操作して動画を再生し、数秒だけ画面を見てから、「娘ですね」と素っ気なく言った。私は彼が他にも何かを言うのではないかと思ったが、それで終わりだった。
 花笑は肩を竦め、わずかに唇の端を持ち上げて私を見た。小さな子供が駄々をこねる側で「この子ったらしょうがないわよね。でも、子供ってそういうものだから仕方ないわ。あなたもそう思うでしょう?」と同意を求めてくる母親みたいな顔だ。知るか。こいつもあんたもいい年した大人だろ。
「もしかしたら途中で歩き疲れて電車やバスを使うかもしれませんよ。あ、それとレンタルサイクルとか。夏休みは家出が増えますからね、千葉県内のレンタルサイクル店とはすぐに連絡がとれるようになってるんです! 梨花さんがお店に現れたらすぐに連絡がきますよ! 全店舗に千葉県警パートナーシップ店のシールも貼ってあります!」
 得意げに胸を叩く金山に、花笑は冷ややかな目を向ける。
「そんなシールが貼ってあるような場所に、家出中の子供が近寄ると思いますか? それに電車やバスなんかのいかにも警察が待ち構えていそうな場所も、あの子は避けますよ。最初に電車で笹巳まで行こうとした時に、ファミレスであなたたちに捕まりかけていますからね。あの子、用心深いから。ああ、あの時、捕まえてくださっていれば……」
 金山は顔を真っ赤にして俯いてしまった。バカめ。
「その節は、本当に大変申し訳ございませんでした! 私もまさか、唐辛子フレークを目に投げつけられるとは思わず! まともに眼球に入ってしまって! はい!」
 金山はでかい図体を2つに曲げ、勢いよく頭を下げる。このバカは一体、あの件を何回詫びるつもりなんだ。もう済んだ話だろうに。っていうか謝ってるつもりなのか。言う必要があるのか、唐辛子フレークとか。ちょっと面白くなっちゃってるじゃねぇかよ、バカ。
 うんざりするが、私だけ頭を下げないわけにもいかない。万が一、億が一、石垣梨花が何らかの事故や犯罪に巻き込まれてしまっていた場合、『警察は真面目に捜査してくれなかった! それに柿原(かきはら)刑事は初動のミスに対して頭を下げようともしなかったんだ!』なんて、後出しで騒がれたらたまったもんじゃない。
 私も金山の隣で頭を下げ、「こちらの落ち度です」と静かに言った。1、2、3とカウントし、こちらの���罪が十分伝わっただろうタイミングで頭をあげる。短すぎては逆上されるし、長すぎても舐められる。さじ加減が難しいのだ。
「本当に、申し訳ございません!」
 まだ頭を下げたままだった金山が叫んだ。舌打ちを堪える。この筋肉バカはなんでもやり過ぎなんだ。ペコペコしてると足元見られんだよ。
「悪いと思っていらっしゃるなら、早くあの子を保護してください。心配で、心配で、気が気じゃありません」
 石垣花笑の声にこちらを詰(なじ)るような色が滲み始めた。
 ほらみたことか。例えこちらに非があろうと、隙を見せるべきじゃないんだ。
 私は素行不良の家出娘に振り回される親向けの表情を作る。適度に誠実そうで、適度に高圧的で、協力はするが奉仕はしないという仮面だ。
「家出した子供はほとんどの場合、自宅周辺で見つかります。それか、ご両親が離婚されている場合は、もう片方の親の元に」
「それは絶対にありません!」
 花笑が甲高い声をあげた。今にも崩れ落ちそうな弱々しい女性のコスプレが崩れ、目を血走らせた般若が出現する。おーっと。ご家庭の地雷を踏んだようだ。
「あの子の母親は娘を捨てたんです。あの子もそれをわかってます。私の梨花は母親のところには行きません!」
「……可能性の話しですから。まぁ、今回は笹巳に戻ってきていると考えてほぼ間違いはないでしょうし、今後もご自宅の周り、駅の周り、カラオケ店や24時間営業のファミレスなどを中心に見張りを続けますので、どうぞあまり思いつめずに。退院したらできるだけ家にいてください。彼女のように普段の素行に問題がない子供の場合は、冷静になって家族の元に戻ってくる可能性も高いので。戻ってきても、あまり怒らないでやってくださいね。高校生なんてまだまだ子供なんですから」
 石垣花笑はじっと私を見つめている。般若状態は脱したようで、また元のミス薄幸に戻っていた。色白は美人の条件だとよく言われるが、ここまで白いと美醜どうこうの前に気持ちが悪いという感情が先にくる。まるで生乾きの紙粘土でできた人形のようだ。
「刑事さん、あの子は利用されているんです。タチの悪い男友達に」
 眉が八の字に下がり、大きな三白眼が侮蔑の色を滲ませながら細まってゆく様は、恐ろしく出来のいいクレイアニメのようだった。彼女の表情は彼女の内側からくる感情から動いているのではなく、彼女の外側にいる不可視の何者かが手を加えて動かしているように感じる。
「あの男の子と付き合うようになってから、姪は変わってしまいました」
「あー。高校生の恋愛ではよくあることですよ。私もそれくらいの年齢の時は随分、恋に恋する青春を」
 私は金山の靴の先を踏み、ゆっくりと体重をかける。テメェは黙ってろの合図だったが、金山は不思議そうな顔で私を見下ろし「柿原さん、踏んでますけど?」と言った。ますけどじゃありません。踏んで���ですよ。
「これ以上、あの男の子と一緒にいたら決定的に道を踏み外してしまうと思ったんですよ。ですから夏休みの間は私と2人、笹巳から離れた町で生活するつもりだったんです。幸い、そういう時のための家なら幾つかありましたしね。しばらく連絡を取らずにいれば逆上(のぼ)せ上がった頭も冷静になって、正しい行いができるようになると思ったのに」
 そう言って彼女はわずかに顔を下に向けた。閉じかけた雨傘のようななで肩から伸びた細い首と頭は、えのき茸を思わせる。ちょっと乱暴に振り回せば、笠の部分がポロリと落ちそうだ。
「姪御さんの彼氏、日野原青海くんのことですね」
 日野原青海。
 同じ高校の陸上部の先輩。学校での評判は教師からも同級生、下級生からも二重丸。時々テレビにも出るような有名人で、いわば学校のアイドルだ。
 100Mの記録保持者で、「美麗」という大仰な言葉すら嫌味なくハマる容姿の持ち主であることを考えれば、一時期の羽生結弦並みにメディアに露出しても不思議じゃないが、そうならないのは彼が住んでる地区のせいだろう。
 あそこは警察だって『上』の許可がなければ捜査ができないし、許可が取れることなんてほとんどない地区だ。とても表には出せないやばいものをゴミ箱代わり投げ込んでいたら、地区全体が表には出せない代物になっちまったっていうバカみたいな場所。一度、完全に更地にでもしない限り、あそこが普通の町になることはないだろう。
 あの地区のあちこちに建てられた箱物は一体誰が建てたのかとか、入居者のほとんどいない高層マンションは本当は誰が使っているのかとか、少し掘り返すだけで解除不可能な地雷がゴロゴロ出てくる。浦安で行方不明になったフィンランドからの観光客が錯乱状態で発見されたり、栃木で行方不明になった小学生の半裸死体があの地区のマンホールから出てきたりしたが、いずれも捜査は途中で打ち切られている。独自調査を続けていたジャーナリストはホテルで自殺してしまった。両手足を縛った状態で首の血管を切っていたということが、それでも『自殺』になるのだ。あの地区では。
 メディアもたかが『もしかしたら金メダルをとるのかもしれない男子高生』程度のために、あんな地区に関わりたくないのだろう。
「正直に申し上げますとね、刑事さん。私にはあんな場所で生まれ育った子が、私たち一般の日本人と同じようなまともな感覚を持ち合わせているとはとても思えないのです。あの子は最初からうちの梨花を誘惑して、利用するために近づいたのかもしれません。だってあの顔ですからね、そういうことは慣れているのかもしれません。あの顔は他人に媚びる顔です。悍(おぞ)ましいったらないわ! それにあの地区の人間のくせに、普通のご家庭の男の子のような身なりをしいたのもずっと気にかかっていたんです。一体、どこから出たお金で買っていたのか、わかったもんじゃありません。今思えば、うちに遊びにきてる時も変な感じだった気がします。礼儀正しい普通の子を装っていたけど、目があちこちにさまよってて、全く落ち着きがありませんでした。まるでうちの中を値踏みしているように感じましたよ。それにおやつだって、毎回全部食べてしまうんです。全部ですよ。犬みたいにがっついて……ああ、なんであんな子と付き合ったりなんか!」
 彼女は掛け布団の縁を両手で掴んだり、離したりを繰り返す。人はストレスがたまると、腹の底から吹き上がってくる行き場のないエネルギーを発散するために無意識に体を動かすものだ。
「落ち着いてください。そう興奮しなくても……」
「刑事さん。これはただの家出ではないんですよ。叔母に対する暴行と、傷害と、強盗です。梨花は家出中の罪のない未成年ではなく、事件の容疑者なんです」
 柳が口を開いた。
 逆八の字型に眉を跳ね上げ、花笑とお揃いの三白眼で私を睨む。恨みがましい目で人を睨むのが様になる姉弟だ。
「もう少し真剣に探してくれてもいいのでは? いつになったら本物の刑事さんを担当に回してくれるんですか? これなら探偵でも雇った方がまだマシでしたよ」
 柳は眼鏡のツルを軽く持ち上げながら私に尋ねる。気障(キザ)ったらしい上に嫌味ったらしい。
「……石垣さん、私たち生活安全課も本物の警察ですよ。もちろん、警察は全力でお嬢さんを探しています。ただ、こういうケースはガムシャラに動けばいいという話でもありませんし、あまり大ごとにするとお嬢さんが後々、学校生活を送りにくくなる可能性も──」
「それは娘の自業自得ですから、刑事さんが気にすることではないでしょう。それで、日野原くんにはいつ話を聞きにいくつもりですか? 梨花が笹巳に戻ったら、一番に駆け込むのは彼のところですよ。見張りは置いてるんですか? 昨日、見に行った時は、彼の家の周辺には誰の姿も見えませんでしたが」
「見に行ったんですか?」
「警察のみなさんがお忙しいようなのでね。何度か直接、足を運んでますよ」
 柳は不快そうに顔を歪め「ろくでもない地区です。ヤクザみたいな連中が私の車を取り囲んで、サイドミラーをへし折って行ったんです。走行中にですよ!」と吐き捨てた。
 ザマー! という感情を深い同情を浮かべる仮面を被って隠す。
「梨花さんが家出していることや今までに起きたことを全て日野原くんに話す形になりますが、それでも構わないということですね? でしたら何か梨花さんについて知っていることがあるかどうか、彼に聞きに行きますよ。これからでもね。ええ」
 私は金山の肩を叩いて病室のドアに向かった。
 が、ドアを開けて廊下に出ても後ろに誰もついてこない。
 振り返ると、金山は不思議そうな顔をして自分の肩と私を交互に見ていた。ベッドの側から少しも動いていない。
「……金山くん」
「はい」
「行くよ?」
 私は廊下の先を指差し、『全然怒ってないよ』とタイトルのついた仮面を被る。
「あー。はい。じゃぁ、失礼しますね。お嬢さんは必ず保護しますから」
 金山は石垣姉弟にバカ丁寧に頭を下げてから、ようやく病室からでてきた。私は『なんでもないんですよー?』の仮面を被って、病室に残った2人に向かって「それでは」と会釈してドアを閉めた。
 ……。えいっ。
「柿原さん、なんで俺の足を踏むんですか?」
 不思議そうに金山は首をかしげる。私は金山の右足のつま先を踏んでいた足を持ち上げ、もう一度バンッと踏みつけた。
「わぁ! 吃驚したぁ!」と金山が叫び、廊下を歩いている患者たちが怪訝な顔でこちらを見た。
「大声を出すな。病院だぞ」
「だって、だって、柿原さんが急に! なんなんですか、もー! さっきから肩叩いたり、つま先踏んだり! 暴力はよくないですよぉ! 柿山さん、力弱いから痛くはないけど、吃驚するじゃないですかぁ、心臓に悪いですぅ!」
 私は脳みそスカスカ熊男の胸ぐらを掴んで引き寄せる。何でこんな手取り足取り教えなきゃ何もわからんようなアホに育っちまったんだか!
「かーなやーまくぅん!」
「柿原さん、顔が近いです。あと両足が俺の足踏んでますよ」
「踏んでますよじゃねぇですよ、踏んでんですよ! 君は私が全部言葉で説明しねぇと意図すらわかんねぇんですか! 私が肩叩いたら、部屋を出てくってことですよ! つま先踏んだら黙れってことですよ! 悟れ! 前後の空気で、悟れよ! 朴念仁(ぼくねんじん)!」
 あー、なるほど! と金山は手を叩いた。
「ツーカーの以心伝心な刑事コンビって感じで格好いいですもんね、そういうの!」
 金山はにっこりと私を見下ろす。『もー。しょーがないなー。ごっこ遊びがしたいならそう言ってくれなきゃー』とでも言うような顔。
 ……なんで私がわがまま言ってるみたいな感じになってんだ!
 病室のドアが開き始めた瞬間、私は金山の胸ぐらを掴んでいた手を離し、足から降りた。ドアが開ききって、柳が出てくるまでの間に『真面目で実直で適度に高圧的な顔』の仮面を被る。
「おや、石垣さん。どうしました?」
 私がそう聞くと、柳はドアを閉めてからこう言った。
「例えばですが。娘が姉を襲って金を奪った行為が全て、日野原青海の指示だったとしたらどうなりますか?」
 ……。何言い出してんだ、こいつ。
「それは……何か根拠があってのことですか?」
 柳は否定も肯定もせずに肩を竦め「もしもそうだったら、どうなるのかと思っただけですよ。ちょっと可能性を考えてみただけです。ちゃんと逮捕してくれるのかなって。ほら、悪い芽は早めにって言うでしょう」と答えた。
 逮捕と言った時、柳の顔に蛇のような笑みが浮かんだ。
「石垣さん、まずは娘さんが無事に帰ってくることだけを考えましょう。私たち警察も、全力で協」
「いいです。他の可能性を考えますから」
 言い終わる前に柳はドアを閉めて病室に引っ込んでしまった。
 ……。うわっ。
「柿原さぁん」
「あ?」
「俺、あの人のこと嫌いだなぁ」
 ……。
「私も」
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usamin0325 · 7 years ago
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統合失調症
金曜日の昼前、私は外回りの仕事の合間に、精神科に先日入院した叔父に会ってきた。一年ぶりの再会であった。前述のように私の両親の弟妹はいずれも精神疾患で人生を台無しになってしまった人たちだ。そのうちの一人、母の上の弟もまた統合失調症にかれこれ40年ほど悩まされている。おまけに7年ばかり通っていた精神科のクリニックで処方された大量の向精神薬の影響で、しょんべんや食事がまともに出来ないまでに認知機能が異常を来して、まともに甥である私ことすら認識できないまでに落ちぶれたのだった。
病院の受付で面会したい旨を伝えたのち、通されたエレベーターもカードキーがないと作動しない代物と来ている。脱走する恐れのある患者も中にはいるとの事でこの処置を取っていると案内してくれた看護婦が語っていた。それほど、叔父の症状が深刻であると思われた。
よく精神疾患を差別するなと患者本人やその家族、医療関係者は口揃えていうものだが、他の診療科目の区域から精神科の施設などを隔離したり特に重篤な精神病患者を閉鎖病棟に閉じ込めたりする処置を施すぐらいであるから、患者に対してある程度の差別は止むなしではないかと私など思えてならなかった。
苗字も違う叔父のことが他人事と思えないのは、かつて私は意思が薄弱になり全く自分の人生というものが無意味なものに思えて無気力に蝕まられていた結果、わけのわからない事を一人ぶつぶつ呟き、過食過眠を繰り返して自堕落に18と19の間過ごしていたことがあった。あのとき自分では度し難い不安や緊張に襲われ、私は実質自我の崩壊の一歩手前、学術的な事を言えば、統合失調症の前兆を呈していたと言えたためだった。
今の私には、自力でこの種の不安や緊張を克服したとは思えない、恐��くここまで来れたのは、生活をしていかなくてはならないという切迫した理由があったために過ぎなかった。生活のためならば、人を裏切り欺き煙に巻くことも辞さなかった。ただ世間一般には通じないその習慣が今も私には強く残っている、そのために昼の世界には馴染もうにも馴染めず、日々の仕事にいささか嫌気が伴うものである。
実直な会社員としての生き方が私にはどうやら難しいようだ。私は新聞も雑誌も読まないし、テレビも見ない。世間の流行とは大きく外れたところにある思想なり文学なり、音楽なりを追い求めてしまうものだ。やむを得ない、こればかりは私の特質なのだろう。
しかしながら、いくら綺麗事ばかり並び立てたところで、決して世は良くならないどころか悪化させてしまう一方で、偽善や自己欺瞞、不条理から逃れ、より良く事を進めるために現実を直視するには人間は弱すぎるというこの事実を何故こうも見過ごされているのか、その訳が知りたくて、いつでも余計なことに首を突っ込んでしまう。
こうして叔父に面会しようとするのもきっと、こんな私の性癖によるものだろう。
私が叔父の病を知ったのは7年前、ちょうどやたら滅多と薬を出すクリニックに叔父が移って3年ばかり経った頃、祖母、つまり叔父の母と彼、私と三人連れ立って、訳あって中村区役所駅から名古屋駅まで地下鉄に乗った時のこと、叔父が改札に通した定期券のようなカードに「精神障害者」という文字があるのを見つけて疑問を憶えて、その後、食事をした際に、箸すらまともに持てずに犬猫のようにどか食いをしていて、これまで見た精神疾患の患者の兆候に著しく似通っていると思い、いろいろと専門書を漁って見た結果、統合失調症と判断できたのだった。しばらくして母親から叔父が統合失調症だと聞かされて、「やはりな」と私はこの自身の判断に確証を得るに至った。
母親の話によれば、祖母はこの事実をひたすら隠し通すために今まで黙っていたらしいが、母親が叔父の様子や生活態度を不審に思い、何度も繰り返し問い詰めて、ようやく叔父の統合失調症を明かしたという、だが、明るみになるのが遅過ぎた。
「あの子はうちの恥だし、知られると私ですら周りから後ろ指さされ兼ねない」
祖母はそう叔父の統合失調症を隠したことの弁解を述べだという。
私に言わせると、この期に及んでこんな身勝手なことを言ってのけてしまう時点で、全く息子の人生について真剣に考えてきて来なかったと言っているようなものだった。何故なら、統合失調症にせよ、双極性障害にせよ、精神病の原因は必ずと言っていいほど家族にあると私は確信しているからだ。多くの人が精神病の原因を脳の機能不全と見なすきらいがあるが、それは単なる副次的な現象に過ぎない、実際は家庭内の不和、緊張、不安などが原因で精神病は発現する。つまり、家族総出で精神病患者に対応するしか治療の道はないのである。それを全く理解しようとしない祖母の態度は寧ろ、病状を改善するどころか、悪化させるだけである。事実、私の予見通りに悪化していった。
叔父の統合失調症が明るみになった頃、余計なこととは知りつつも、既に箸がまともに持てないような状態になっているため、このまま投薬治療を続ければ、認知機能にも危険を及ぼしかねないから、早急に治療方針をソーシャルワーカーと見直した方が良いと私は祖母に助言したが、
「あんたに何がわかる?もううちには一歩を踏み入れるな」
全く聞く耳を持たれず、そのまま月日だけが流れた。
結果、しょんべんすらまともに出来なくなり、今では紙パンツを着用するまでになっている。そして服すらも着替えるのすら困難な状態。流石にやたら滅多に薬を処方するクリニックもこれ以上の対応が出来ないと紹介状を書いて、別の医院に移ったものの、もはや手遅れな状態で、そこの担当医も、
「もう治る見込みはありませんし、うちもベットが一杯ですんで、一応は入院させますが、3ヶ月したら出て行ってもらいます。あとはご家族でなんとか…」
どうやら匙を投げたらしかった。
今年で57になる叔父の今後救われる道は、具体的に言って、死以外にはあり得ないように思われてならない。
入院に至った経緯としては、精神障害者向けのデイケアに赴く際も大便を漏らしたりするわ、レクレーションの間中、指導員の指示すら聞けず、怒鳴り散らしたり、デイケアで気に食わないことがあるとプイ��脱走しようとする有様で、もはや入院しかあり得ないとの判断が医院でなされたためだが、しかし、その医院でも長期入院が難しいとなると…、あの高圧的な祖母との同居となるが、ただもうそれも難しい。高齢な母親に大の男の介護など体力的にも精神的にも務まる見込みは極めて低く、母親もそのことで頭を抱えているようだ。
今回の一件では私には出る幕などない。言えることは、長期受け入れ先を最優先に探すことに尽きる。これしか道はないが、どうも祖母は叔父と離れたことで孤独を一層感じるらしく、誰もいないマンションの一室でしょんぼりしており、母曰く、「寂しそうで可哀相」とのことだった。
今までの生育歴を顧みて、統合失調症を患っても尚、祖母と暮らし56年間も自殺もせずに生きていたこと自体が奇跡と言っていいほどだったが、まだこうも自分の都合しか考えていないようなことを平然と祖母は言うから敵わない。
「私は一生懸命にやっている!だから間違いはない!」
ここまで来ると、やはり叔父の統合失調症も家庭の病と言わざるを得ない。
エレベーターで病室のある階へ着くと、まず、驚かされるのは、ガラス張りの壁や衝立の多さだろうか。エレベーターの目の前にある面会室ですらガラス張りでいたるところに鍵がついている。そこへ着くなり案内してくれた看護婦が屈強な男の看護士に私が面会に来たと伝え、
「ここからはこの人が誘導しますので」と、男の看護士を紹介してそそくさと受付へ戻って行った。どうやら女には務まらないほどの力仕事にも近い看病を叔父は受けているのだと思うと、事態の深刻さが窺えた。
「〇〇さんの甥御さんで、そうですか、面会室まで案内しますので、こちらへ」
導かれた扉へ入り込むと、カチッと施錠する音が背後に聞こえた。何事かと彼に聞けば、扉ごとに鍵がついており、脱走を防ぐという。扉に通される度にカチッカチッと背後から音がする。刑務所のようなは言い過ぎだが、完全に密閉された空間と言っていいくらい、病室からは患者が勝手に抜け出せない仕組みになっていた。
屈強な男の看護士に通された面会室で叔父の病状に不安を感じここへ来たことを後悔しながらも待っていると、叔父はのそのそとやって来て私の目の前に座った。
何やらぶつぶつ独り言を言っており、まったくと言っていいほど、目が虚で焦点すら合っていない様で身内ながら不気味であった。
「叔父さん、俺のこと、憶えてる?」と私が声を掛けても、
「うーーーーん、この国はヤバイ!!」
全く会話になっていない。ここで挫けたら意味がないからと尚、声を掛けてみる。
「そうだけれども、俺、ゆういちやけど、憶えとる?」
口角に泡を作りながら、ゆっくりと、
「んーーーートヨタが…酷い会社だからさあ」
こんなやりとりを5分ばかりしていると、叔父は、飽きたのかなんなのかは無表情でわからないが、勝手に内鍵になっている面会室の扉を開けてそそくさと出て行ってしまった。
ガラス張りになっている面会室の壁を改めてみれば、ガラス越しにほかの患者が群がって私のことばかり、じっと眺めている。中にはガラスに顔をくっ付けてこちらを見つめる者もあった。
流石にこの雰囲気は不気味だと近くにいた看護士を見つけて、面会が終わって帰る旨を伝えていると、あたりをうろつくマグカップを持った患者たちが、私にやたらと声を掛けて来る。
「あんた、スーツ着ているけど、さては見せびらかし??」
ある者は憤りを隠せないのか、やたらとメンチを切って来る。
「あんた、結構いい感じやん、お友達になりませんか?」
またある者は私への親しみを隠せないのか、熱心に手まで繋ごうとして友達申請をしてくる。
この事態に私が当惑していると見るや、早速、屈強な男の看護士が私をエレベーターの前まで急いで案内した。
「いつもあんな感じで?」
「ええ、スーツ姿の人はめずらしいですからね」
この看護士は私の当惑ぶりも当然と思いつつも、患者たちの言動もさして異常とは思っていない様子で笑っていた。
「はあ?それはそれは…」
こんなところに居なくてはもはや生存が危うい叔父の不憫さが身に染みる。と、同時に叔父がこんなところに世話にならないといけないようにした祖母が心から一層憎たらしく思え、自身の人生についても他人の干渉など受け付けないくらいに真剣にならないと叔父のようになってしまうのではないかと不安がいつまでも胸に残ったような思いがした。それには渋みしかなく、過去に抱いた不安とは違い甘いものは全く含まれていなかった。
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sakusaku39ng · 8 years ago
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人生を考えたくなる。
Good Evening 🌙 明日は金曜日ですね。 やっと、一週間が終わります。 そして、気づいたらもうすぐ7月も終わる。 8月突入だーー。 今週は家の事情で事業所を二回お休み。 そして、今日も昨晩一睡もできず、お休みしてしまいました。 本当に罪悪感でいっぱいだし、自己嫌悪の塊がドーンって襲ってきました。 明日は行かないと。 さすがに、週4日休むのは大変だからね。 事業所自体、別に欠席に厳しい訳では無いんです。 みんな具合悪かったり、精神的に不調だったら、お休みしたり、早退したりしてるし。 ただ、正当な理由をきちんと言わないと休ませてもらえないんです。 これは、職場と仮定した対応をしてる事業所だから、当たり前のことなんだけどね。 『昨日一睡も出来なかったのでお休みします…』 「どうして一睡もできなかったの?」 『今日、鬱の症状が激しくてベッドから起き上がれなくて…。お休みさせてください。』 「主治医の先生にそのことは話してる?今日、予約外で診察してもらったら?」 『朝からパニック発作が出てしまったので、午前中は様子みて午後からのプログラムに出れそうだったら遅れて行きます』 「発作はなんで出ちゃったの?何かストレス?」 『胃が痛むのでお休みさせてください。』 「胃が痛いのはいつから?病院は行った?」 みたいな感じで、質問責めで…(笑) ちなみに、仮病は全く使ってなくて、全部本当の理由。 発作が何で出たかなんて、分からない時は分からない。 うつ状態のピークがやって来るのも予測できないし、起き上がることが出来ないから病院なんてもちろん行けない。 胃痛は慢性的なもので、病院で貰ってる胃薬を飲んでる。 最近は、少し痛みが増してて心配だけど… 事業所のスタッフの方は、本当にいい方ばかりなんです。 社会に出て仕事をしたら欠勤の時に絶対こういう連絡をしないといけないし、理由だってこんな風に深く聞かれると思うので。 当たり前のことなんです。 でも、私は弱くて。甘ったれで。臆病で。 『明日、また具合悪くして事業所を休むことになったらどうしよう…。もう来なくていい、って呆れられて見放されるんじゃないか…』 とか、寝る前に考えることが多くなりました。 こんな事考えてるから毎日眠れないんです。 本当は、もっと楽観的に物事を考えたいのに。 昨日、眠れなかった時。 ある支援団体へ、ヘルプの電話をしました。 もう、自分がコントロール出来なくて。 その団体では、敢えて夜中に相談時間を設けてくださってるんです。 それでも、ヘルプを求めてる人は私以外にも沢山いて… 10回以上発信しましたが、結局繋がりませんでした… 『そうか。私より、もっと深刻な問題で困ってる子がいるかもしれない。私の悩みや苦しみなんか、そう考えると客観的に見たらどうでもいい事なんだよね。』 そう思って、ヘルプを求めることを諦めました。 本当に助けを必要としてる人じゃないと、その様な団体にヘルプを求めちゃいけないんだな、って。 でもね、多分電話が繋がったところで、泣きじゃくって何を話したらいいか混乱してたと思います。 夜が怖くて、寂しくて、自分を追い詰めてしまって… それが苦しかった。 きっと、上手く話すことが出来なかったのなら、やっぱり電話繋がらなくて良かったのかも。 自分ではストレス対処を頑張ってるつもりでも、それが上手くいかない。 気晴らしにテレビ見よう!本読もう! そう思って行動しても、結局は自分の将来のこと、家のこと、友達関係のこと、色んな事が頭の中を埋め尽くしてて、集中出来ないんです。 もう、無理やり寝ることに徹するしかないのかな。 (でも、それをすると祖父母に注意されるし、何より申し訳ない気持ちでいっぱいになる) 保育士試験に向けて自分のペースで勉強をしていますが、社会福祉の分野を勉強していて改めて思ったのは、 『日本は、地道にコツコツ真面目に生きてきた人には報われる社会保障制度があるんだ』 ということ。 年金を払って定年まで働いたら65歳から老齢年金が貰えるし、働いてなくて専業主婦の人でも働いてる旦那さんの厚生年金とかに加入出来るし、国民年金しかかけてなかった人で生活が困窮してる高齢の方なら生活保護も通りやすい。 現役で働いてる人には雇用保険や労災保険の加入が義務付けられてるし、万が一ブラック企業で働いて心身の状態を悪くして会社をやめざる負えなくなったら、仕事が原因の病気ということを証明されれば労災認定される。 重い障害がある人には、20歳から障害者年金を受給できる資格もある。 病院に通うのだって、ちゃんと保険料を収めていれば現役世代でも3割負担で済むし、高額療養費制度だってある。 アメリカとかでは絶対有り得ない制度。 日本は、社会保障に恵まれてるんです。 もちろん、これらの制度を受けるまでには様々な手続きや調査が必要だし、時間もかかる。 でも、これらの制度が日本には揃ってる、ってだけで、本当に幸せなことなんだろうな、と思います。 これらの制度を、本当に必要な人に利用してもらいたい。 何とか障害者認定をしてもらう為に変に病気を大げさに伝えたり、生活保護の受給申請で家の経済状況を偽ったりして、不正にこれらの制度を利用してる人を、私は正直言って人間性を疑います。 何だか難しいことばかりを書いてしまいましたが、これらの制度のありがたみに改めて気づいたのは、最近の家庭環境の変化からです。 父が入院したという事をブログにも書いたと思いますが、昨日無事に退院しました。 結局、救急車で搬送された原因は、栄養失調と脱水症状。 後は、精神科で出されていた10種類近くの薬による副作用でした。 私は、父が起き上がれない、手足が痺れて力が入らない、階段から2日間で3回くらい転んだと聞いた時、本当に脳血管疾患を疑いました。 だから、病院に連れていくことに断固反対だった祖父を必死で説得して、何とか病院に連れて行ったんです。 それなのに、結果がこれ。 ちなみに、栄養失調と脱水症状の原因は、確実に父にあります。 家に食べるものはちゃんとあるし、飲み物だってちゃんと冷蔵庫に冷やしてある。 生活に困窮していて食べ物に困ってる、とか全くなかったんです。 それなのに、父はボイコットしたのかなにか知りませんが、2日間くらい飲まず食わずでクーラーもつけず閉め切った部屋に引きこもってたそうです。 それで、具合悪くして救急車。 私の心配はなんだったのだろう… 主治医の先生の話によると、やはり小さな脳梗塞や脳出血の跡が沢山あるらしく、さらに首のところに血栓が出来ていて、それが心臓に飛んだら心筋梗塞、脳に飛んだら脳梗塞になる、と言われました。 血栓はもう一つあるみたいなのですが、その血栓はもう潰れていて、その潰れた血栓の小さい塊が脳に流れてしまって脳梗塞を起こしたんじゃない、と言われました。 自覚症状が全くないみたいなので、いつ脳梗塞を起こしたのかは定かではありませんが。 今のところ食事制限などは必要ないと言われましたが、コレステロールの値が高くなると血栓に影響が出るということで、油物は控えるように言われました。 ただ、タバコに関しては絶対禁煙!と言われました。 そりゃ、そうですよね。 タバコは脳に大きな影響を与えますから。 私の父、結構ヘビースモーカーなので、喫煙も充分脳梗塞や脳出血の原因になってると思います。 そして話が終わり、私が病室に戻って父に先生から言われたことを話すと、父が駄々をこね始めるという。 「何で退院の日勝手に決めてきたの?俺、ずっとここに入院してたいんだけど。」 「家に帰ったら、また脱水症状起こして救急車送りになると思うから帰りたくない。」 「タバコ吸うなとか言われたら、俺また家で暴れるから。」 呆れました。本当呆れた。 ちなみに、入院中に精神科の先生や臨床心理士さんが回診に来てくださったみたいなのですが、今のところ精神科的な部分で治療は必要ない、と判断されたそうです。 なので、今は精神科の薬は飲んでません。 何だか、子供がえりしたみたいですね、父。 これで精神的に異常がないと言われたら、本当に甘えなのか? 自分を勝手に病人にしたいだけなのか? (甘えとかいう言葉、本当は使いたくないけど) 実は、最近母も心療内科に通い始めて、毎朝エビリファイを飲んでます。 私が母方の祖父母に、母を心療内科に通わせた方がいいと勧めたんです。 恐らく、アスペルガーなどの発達障害の疑いがあるので… でも、母が通ってる心療内科の先生は発達障害の検査をしてくれず、統合失調症と決めつけてしまったみたいで、エビリファイを処方されてしまいました。 経過はというと、祖父母の話によると、 「前より何もしなくなったし、病気に甘えてる気がする」 そうです。 自分は病人だから働かなくていい、みたいな考えをどうやら持つようになってしまったみたいで… 父と全く同じような状態になってしまいそうです。 私も病気を抱えてる身ですが、生きづらくても苦しくても、病気を理由に甘えたりしていません。 (もしかしたら、以前は甘えてたのかな…) うつ病、パニック障害、BPD、どれも苦しくて、そんな楽観的に働かなくて済むからラッキー!とか思える病気じゃないんです。 正直、その話を聞いた時に 『病人舐めるんじゃねーよ。私の苦しみ、体験させてやりたい。』 そう思いました。 退院後1日目。 今日の父は、予想通り不機嫌だそうです。 タバコと灰皿を隠されたことにイライラして、部屋にずっと引きこもり。 父方の祖父が、食べてくれそうなオニギリやお蕎麦を買ってきても、全く食べない。 寧ろオニギリに関しては、犬に対して投げつけたそうです。 本当信じられない。 好き嫌いの激しい私が言っても説得性がないかもしれませんが、食べ物をそんなに粗末に扱うなんて、世界の食糧不足で困ってる方達が泣きますよ。 父方の祖父にお金も全部出してもらって、食べ物も飲み物も用意されてて、病院にも何とか通わせてもらってて、父は自分が恵まれた環境にいるってことを全く分かってない。 どうせ、また飲まず食わずで引きこもって、タバコがないって暴れて、具合悪くなったら私に電話してくるんですよ。 何となく先が読めます。 でも、その時はもう放っておきます。 同情しかけてた私が馬鹿でした。 昨日の退院の時も、10時退院なのに20分前になってもパジャマから着替えようもせず、ベッド周りの片付けや私物の片付けなども、全部私がやりました。 昨日、退院時に三人来たんですけどね(笑) 父方の祖父と母親が(笑) それなのに、二人は何もしようとしない。 荷物も詰めない、ベッドも綺麗にしない、退院後の注意事項も父本人含め全く聞く耳を持たない。 お世話になった病棟の看護師さんに挨拶すらしなかったんですよ? 本当に、まともなのは私しかいないんだな、って…(笑) 何だか、疲れました。 将来私の毒親二人は、きっと今ある家を売却して、生活保護を受けることになると思いますを その時に、まず娘の私に 「御両親に金銭的な面で援助できませんか?」 って、依頼が来ると思います。 特に、今年に入って生活保護の調査が厳しくなったみたいで、 「扶養できる経済的能力があるなら、生活保護を受けさせずに娘さんが扶養してください」 なんて言われる可能性も0ではなくなりました。 私は、自分の人生を歩みたい。 普通の生活でいい。 病気をコントロールできるようにして、働いて、夢を掴んで、気の合う人と結婚して、子供を産んで、ごく平凡な生活を送りたい。 それを、毒親に邪魔されたくない。 正直、幼少期から父親も母親も、私に色んな面で投資してくれなかった。 父が働いていたのでお金は普通の家庭並みにあったのに、母が新品の服や靴を買って浪費してたのだ。 母親は新品のキラキラした服を着てる。 でも、私は一人っ子なのに服を買ってもらえず、いつも母の知人のお子さんが着てるお古の服を着せられて。 小学校の入学式はみんなみたいに可愛いフォーマル?を買ってもらえず、普段着てそうなワンピースで出席。 卒業式に至っては、3月まで服を用意してもらえず、結局オークションで980円で落札したブレザーとチェックのスカートを着て出席。 ランドセルは、亡くなったおばあちゃんが買ってくれた。 中学と高校の制服は、父方の祖父が買ってくれた。 中学に入るとみんなが塾に行き始める中、私だけ行かせてもらえなかった。 大好きなピアノは続けさせてもらえたけど、後に母が月謝を滞納してやめざる負えなくなってしまった。 部活の部費を払うのもいつもギリギリ。 修学旅行の積立金は払ってたみたいだけど、お土産なんかを買うお小遣いや、荷物を入れるのに必要なボストンバッグは母方の祖父母が買ってくれた。 高校受験の時は、定期代を払いたくないから近くの高校に行け、と父に口酸っぱく言われた。 その高校は、私の偏差値より遥かに下の高校だったし、何より中学の同級生がたくさん来る高校だったから、それだけは断固拒否した。 そして、近くもなく遠くもない、自分の偏差値に見合う高校を見つけて受験勉強に励んだ。 塾に行ってなかったから正直すごく不安だったし、孤独な戦いだった。 でも、大きな問題が一つあった。 それは、私立高校の併願。 我が家には、もちろん私を私立に行かせるお金なんてあるわけないし、受験料すら払ってもらえなかった。 だから、周りが滑り止めで私立を受験してる中、私はかなり特殊で、公立1本で受験に挑んだ。 しかし、出願の二週間くらい前になって、母方の祖父からこんなことを言われた。 「今の咲音の偏差値じゃ、この高校受かるのギリギリなんじゃないか?万が一落ちたら、行く高校がなくなる。前に行きたいって言ってた遠くの専門学科のある高校に行きなさい。定期代はおじいちゃんが出すから。」 この言葉に、かなり動揺した。 だって、私は進学校を目指して勉強に励んでたから。 確かに、遠くの専門学科がある高校に行きたいって気持ちはあった。 でも、それはもう自分の中で諦めてた。 諦めるまで相当な時間が必要だったけど、切り替えて進学校に受かるための勉強を必死にしてた。 それなのに私は信用されずに、偏差値を10以上下げて専門学科のある高校に進学した。 もしも、私立の併願をしていたら、私はその進学校を受験出来てた。 万が一落ちても、高校には行けるから。 そして、後から知ったことだが、私の入試の点数と内申書の点数を足すと、進学校の合格点に達してた。 『そうか。受かってたんだ、受けてたら…』 正直、その時のショックは今でも忘れてない。 そして、運命とは時に意地悪で、今その進学校に従姉妹が通っている。 中一の時から塾に通って、私立も併願しての受験だった。 「〇〇ちゃん、△△高校受かったって!!凄いわね!!あの子��頑張り屋さんだもん!!良かったわ〜!!将来が楽しみ!」 祖父母が私にそう話していた時、凄く惨めな気持ちになった。 もしも、私が従姉妹の家の子に産まれてたら、どんなに幸せだったか。 そう思うと、神様を恨みたくなってしまった。 母方の祖父母には、孫が三人いる。 私が初孫で、その下に高校生の女の子と、小学生の男の子。 結構歳が離れてる。 私の家では、内孫とか外孫という言葉がよく飛び交う。 私が今一緒に暮らしているのは母方の祖父母なので、もちろん苗字が違う。 「咲音ちゃんは外孫なのよ。本当なら父方のおじいちゃんが色々尽くしてあげないといけないのに。内孫なんだから。」 そう生々しく言われたこともある。 母方の祖父母は、なかなか私を認めてくれない。 私が挑戦しようとすることは、ほとんど否定されてしまう。 勉強をいくら頑張っても、褒めてくれない。 そして、どうしても内孫である従姉妹と比較されてしまう。 私にまともな人間になってほしい。 そういう思いがあるから、厳しさ故に接してしまうのだと思う。 厳しくされるだけ、まだ華なのかな。 これが、何も言われなくなって放任されるようになったら、私は本当に見捨てられてしまう。 だから、私は頑張らないといけない。 頑張るのは自分のためだけど、祖父母に見捨てられないように、事業所も資格試験の勉強も必死で頑張らないといけない。 毒親みたいに、私も 『病気に甘えて、いつまでも就職しない。』 なんて、絶対思われたくない。 だから、私は努力を行動や結果として見せつける。 何だか、打ちたいこと殴り打ちしてたら、凄く長くなっちゃった。 今夜は眠れますように。 こんな長ったらしいブログを最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。 また更新しますね。
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groyanderson · 6 years ago
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ひとみに映る影 第三話「安徳森の怪人屋敷」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←← (あらすじ) 私は紅一美。影を操る不思議な力を持った、ちょっと霊感の強いファッションモデルだ。 ある事件で殺された人の霊を探していたら……犯人と私の過去が繋がっていた!? 暗躍する謎の怪異、明らかになっていく真実、失われた記憶。 このままでは地獄の怨霊達が世界に放たれてしまう! 命を弄ぶ邪道を倒すため、いま憤怒の炎が覚醒する!
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
 ◆◆◆
 1989年十月、フロリダ州の小さな農村で営業していた時の事だ。 あの村で唯一と言っても過言ではない近代的施設、タイタンマート。 グロサリーを買いこむ巨人の看板でお馴染みのその大型ショッピングセンター前で、俺はポップコーン屋台付き三輪バギーを駐車した。 エプロンを巻き、屋台の顔ポップ・ガイのスイッチを入れ、同じツラのマスクを被り、  「エー、エー、アーアー。ポップコーン、ポップコーンダヨ」 …スピーカーから間の抜けたボイスチェンジャー声が出ることを確認したら、俺の今日の仕事が始まる。
 積載電源でトウモロコシを爆ぜていると、いつもならその音や匂いに誘われて買い物客が集まってくる。 だがその日は駐車場の車が少なく、やけに閑散としていた。 ひょっとして午後から臨時閉店か?俺は背後のマート出入口に張り紙でも貼っていないか、様子を見に行った。 一歩、二歩、三歩。屋台から目を離したのは、たった三歩の間だけだった。
 ガコッ!ガコガコガシャン!突然背後から乱暴な金属音がして俺は振り返った。 そこには、一体どこから湧いて出たのか、五~六人の村人が俺の屋台バギーを取り囲んでいた。 奴らはポップ・ガイの顎を強引にこじ開けた。 ガラスケース内のポップコーンが紙箱受けになだれ込む。それを���も女も、思い思いにポリ袋やキャップ帽などを使って奪い合う。
 「あぁー!!?何しやがるクソッタレ!!!」 俺はマスクを脱ぎ捨て、クソ村人共を押しのけようとした。その時。 サクッ。…背後で地面にスコップを突き立てたような音がした。 振り返るとそこには、タイタンマートのエプロンを着た店員と…空中に浮く、木の棒? いや、違う。それは…俺の背中に刺さった、鉈か鎌か何かの柄だ。 俺は自分の置かれた状況が理解出来なかった。背中を刺されたという事実以外は。 ただ、脳が痛覚を遮断していたのか、痛みはなかった。異物感と恐怖心だけがあった。 目の前では相棒が、俺のポップ・ガイが、農村の狂った土人共にぶちのめされている。 奴らはガラスケースを割り、焼けた調理器に手を突っ込んでガラスの破片とポップコーンを頬張り、爆裂前のトウモロコシ粒まで奪い合いながら、「オヤツクレ」「オカシ」「カシヲクレ」などとわけのわからない事を叫んでいやがる。
 そのうち俺を刺しやがったあのクソ店員が、俺のジーンズからバギーのキーを引ったくり、屋台を奪って急発進させた。 ゾンビめいた土人共がそれにしがみつく。何人かは既に血まみれだ。 すると駐車場の方からライフルを抱えたクソが増えた。 ターン、ターン、ターン。タイヤを撃たれたバギーが横転する。ノーブラで部屋着みてぇなブタババアが射殺される。俺の足に流れ弾が当たる…痛ぇな、畜生!
 ともかく逃げないとヤバい。こいつらきっとハッパでもキメてやがるんだ。 それにしても、俺の脳のポンコツめ。背中の痛みはないのに、なんで足はこんなに痛いんだクソッタレ!  「コヒュッ…コヒュッ…」息ができない。傷口が熱い。体が寒い。全身の血が偏ってきていやがる。 もはや立ち上がれない俺は匍匐前進でマートの死角まで這って逃げた。 そこには大量のイタチと、中心に中坊ぐらいのニヤついたガキが立っていた。 そいつは口元が左右非対称に歪んでいて、ギンギンに目の充血した、見るからに性根の腐っていそうな奴だった。 作業ツナギの中にエド・ゲインみてえな悪趣味なツギハギのTシャツを着て、右手にニッパーを、左手にカラフルな砂か何かの入った汚ねえビニール袋を持っていた。
 「おっさん、魚みてえだな」…あ?  「背中にヒレ生えてるぜ。それに口パクパクさせながら地面をクネクネ這いずり回ってさ。 ここは山ばっかだから見た事ねえが、沖に打ち上げられたイルカってこんな感じなのかな」 何言ってやがる…このガキもキチガイかよ。それにイルカは哺乳類だ。どうでもいいがな。
 「気に入ったぜ。おっさん、俺が解剖してやるよ」…は??  「心配するな。川でナマズを捌いた事がある。おいお前ら、オヤツタイムだぜ!」
 おいジーザス、いい加減にしろ!あのクソガキは俺にキチガイじみた虹色の砂をブチまけてきやがった! 鼻にツンとくるクソ甘ったるい匂い。そうか、こいつはパフェによくかかっているカラースプレーだ。しかもよく見ると、細けえキャンディやチョコレートやクッキーまで混じっていやがる。 ファック!このガキ、俺をデコレーションケーキか何かと勘違いしてんじゃねえのか!?
 「あんたのポップコーン、いつも親が買ってたぜ。油っこくて美味かった。 だからあんたの魂は俺達の仲間に入れてやるよ…」 なんでなんでなんで。なんで俺の生皮がいかれたガキのニッパーで引き裂かれてやがる。なんで俺の身体が汚ねえイタチ共に食い荒らされてやがる! カラースプレーが目に入った。痛え。だからなんで背中以外は痛えんだってえの。 俺が何をしたっていうんだジーザス。みんなの人気者のポップ・ガイがなんの罪を犯したっていうんだ。
 やだよ。こんな所で死にたくねぇよ。 こんなシケた田舎のタイタンマートなんかで…おいクソ巨人、お前の事だ!クソタイタンマートのクソ時代遅れなクソ看板野郎!なに見てやがる! 「Get everything you want(何でも揃う)」じゃねえよとっととこのクソガキを踏み殺せ!! こんなに苦しんで死ななきゃならねぇならせめてハッパでもキメときゃ良かった!死にたくねぇよ!ア!ア!ア!アー!
 そうだ。こんな物はただの夢だ。クソッタレ悪夢だ。もうハッパキメてたっけ? まあいい。こんな時は首筋をつねるんだ。俺は首筋をつねれば大概のバッドトリップからは目覚める事ができるんだ。 そう、こんな風に―
 ◆◆◆
 「あいててててて痛え!!!」 ジャックさんは首筋をつねる動作をした瞬間、オリベちゃんのサイコキネシスを受けて悶絶した。
 磐梯熱海温泉の民宿に集った私達一同は、二台繋げたローテーブルを囲い、タルパの半魚人ジャック・ラーセンさんが殺害された経緯を聴取していた。  「そんなに細かく話すな!イジワル!!」 涙目のイナちゃんが、私のモヘアニットのチュニックを固く握りしめたまま怒鳴った。 彼の話に「ライフルを持ったクソ」が出てきたあたりから、彼女はずっと私にしがみついてチワワのように震え続けている。 おかげで買ってまだSNSにも投稿していないチュニックが、ヨレヨレに伸びきってしまっていた。
 <あんたあのね、女子高生の前でクソとかハッパとか、言葉を選びなさいよ!> ローテーブルの対面で、オリベちゃんがジャックさんを叱責する。  「まあまあ。そんで死んだ後はどうなったん…なるべく綺麗な言葉で説明してくれよ」 一方譲司さんは既に、ポメラニアンのポメラー子ちゃんのブラッシングを終え、何故か次はオリベちゃんのブラッシングをさせられている。
 「まあ、その後はだな。要するに、お前達のお友達人形にされてたってわけさ」 ジャックさん、オリベちゃん、譲司さん。三人のNICキッズルーム出身者の過去が繋がった。 イナちゃんがこれから行くキッズルームは、バリ島院以外にも世界各支部に存在する。 アジア支部のバリ島院、EU支部のマルセイユ院…オリベちゃんと譲司さんが子供時代を過ごした中東支部キッズルームは、テルアビブ院だった。 (アラブ人ハーフの譲司さんは、十歳まで中東で暮らしていたんだ。)
 その当時テルアビブ院には、魂を持つ不思議な人形と、それを操って動かす黒子の少年がいた。 少年は人形と同じ顔のマスクを被っていて、少年自身の意思を持っていなかった。 でもある日突然、少年は人形を捨て、冷酷な本性を剥き出しにしてNIC職員や子供達を惨殺して回ったという。 つま��、少年…生き物の魂を奪って怪物を作る殺人鬼、サミュエル・ミラーは、人形のジャックさんという仮面を被ってNICに近づき、油断した脳力者の魂を収穫したんだ。
 「その辺の話は、俺よりお前ら自身の方が嫌でも覚えてるだろ。 あいつがわざわざ変装用の魂をこしらえたのは、オリベ…お前みたいに人の心を覗ける奴が、NICにはわんさかいるからだろうな。 俺は自分が自分の黒子に殺された事なんざ忘れちまってたし、 用済みになった後も奴の脳内に格納されて、長い眠りについていたようだ。 友達や先生方の死に面を拝まずに済んだ事だけは、あのクソサイコ野郎に感謝だな」 ジャックさんがニヒルに笑う。殺人鬼の隠れ蓑にされていたとはいえ、彼とオリベちゃん達の間の友情は本物だったんだろう。 仮面役に彼が選ばれたのは、生前の彼が子供達に愛されるポップコーン売りだったからだと私は推測した。
 サミュエルは殺人に、怪物タルパを取り憑かせたイタチを使うらしい。 人間のお菓子や人肉を食べるように調教されたイタチは人間を襲い、イタチに噛まれた人間は怪物タルパに取り憑かれる。 取り憑かれた人間は別の人間を襲う。その人間も怪物に心を支配され、別の人間を襲う。 そうしてゾンビパニック映画のように、怪物に操られた人間がねずみ算式に増えていく。 サミュエルはこのようにして、自ら手を下さずに集団殺し合いパニックを引き起こすんだ。 1990年。二十年前のNIC中東支部を襲った惨劇も、この方式で引き起こされた。 幼い頃のオリベちゃんはその時、怪物タルパとイタチを一掃するために無茶なサイコキネシスを放った後遺症で構音障害になった。そして…
 「なあジャック」譲司さんが口を開く。  「アッシュ兄ちゃんって、覚えとるか? 弱虫でチビやった俺を、一番気にかけてくれとった」  「ん、ああ。勿論覚えてるさ。 ファティマンドラの種をペンダントにしていた、サイコメトリーの脳力児。あいつがどうかしたのか」 ジャックさんがファティマンドラという単語を口にした瞬間、譲司さんは無意識に頭に手を当て、  「ハァー、…フーッ」肺の空気を入れ替えるダウザー特有の呼吸をした。そして、  「…アッシュ兄ちゃんは。俺の目の前で、サミュエルに殺された。 その時…兄ちゃんの魂は胸の種に宿って、ファティマンドラになったんや」胸元に手を当てて言った。  「なんてこった…!」 ジャックさんは目元を強ばらせる。
 話を理解できなかったイナちゃんが、私のチュニックをクイクイと引っ張った。  「ええとね…ファティマンドラっていうのは、簡単に言えば動物の霊魂を宿して心を持つ事ができる霊草の事なの。 譲司さんの幼馴染のアッシュさんは、殺された時、その種を持っていたおかげで怪物に魂を取られずに済んだけど、代わりに植物の精霊になっちゃったんだ」  「そなんだ…。ヘラガモ先生、今も幼馴染さんいるですか?」  「ああ。種はもう花を咲かせてなくなっとるけど、兄ちゃんは俺と完全に溶け合って、二人合わさった。 せやから、アッシュ兄ちゃんは今俺の中におる」  「すまねえ…あいつの事を思い出せなくて、お前らみたいなガキ共を巻き込んじまって。本当にすまねえ」 ジャックさんがオリベちゃんと譲司さん、そして譲司さんと一つになったというアッシュさんをまっすぐに見つめる。 一方、当のオリベちゃん達は、ジャックさんが謝罪する謂れはないとでも言いたげに、彼に優しい微笑みを向けていた。
 「ヒトミちゃん」 しんみりとしたムードの中、イナちゃんが芝居がかった仕草で私のチュニックを掴んだ。  「ごめんなさい、チュニック��伸ばしちゃたヨ。 お詫びにあげたい物あります。お着替え行こ」  「え?」  「ポメラーコちゃんにも!」  「わぅ?」 私はポメちゃんを抱えたイナちゃんに誘導され、別室に移動した。
 ◆◆◆
 「へえ、韓国娘。あんた粋なことするじゃないの」 高天井の二階大部屋。剥き出しの梁の上では人間体のリナが、うつ伏せで頬杖をついたまま私達を見下ろしていた。 その時イナちゃんが着ていたのが水色のパフスリーブワンピースだった事も相まって、まるで不思議の国のアリスとチェシャ猫みたいな構図だ。 二階に上がったのは私とイナちゃん、ポメラー子ちゃんにリナ。階下に残ったのは中東キッズルーム出身の三人のみ。 そういう事か。  「『後は若い人達に任せましょう』。私が好きな日本のことわざだモン」 胸を張ってイナちゃんが得意気に言う。それ、ことわざだったっけ…?
 イナちゃんは中身を詰めすぎて膨らんだスーツケースの天板を押さえながら、布を噛んだファスナーを力任せに引いて開けた。 ミチミチの服と服の間から、哀れにも角がひしゃげたユニコーン型化粧ポーチを引き抜くと、何かを探すように中身を床に取り出していく。 「ボタニカル・ボタニカル」のオールインワン下地、「リトルマインド」のリップと化粧筆一式、「安徳森(アンダーソン)」の特大アイシャドウパレット… うーん、錚々たるラインナップ!中華系プチプラブランドの安徳森以外、どのコスメも道具も、高校生のお小遣いでは手を出し難い高級品だ。 蝶よ花よと育てられた、いい家のお嬢様なのかもしれない。
 「あったヨ!」 ユニコーンポーチの底からイナちゃんが引き抜いたのは、二重丸の形をした金色のペンダント。  「ここをこうしてネ…ペンダントと、チャームなるの」 二重丸の中心をイナちゃんが押し上げると、チリチリとくぐもった金属音を立てて内側の円形が外れた。それは留め具付きの丸い鈴だった。  『링』  『종』  中央が空洞化してリング型になったペンダントと鈴の双方に、それぞれ異なる小さなハングル文字が一文字ずつ刻印されている。 それを持ったイナちゃんの両手も、珍しく左右で手相が全然違う模様なのが印象的だった。 左は生命線からアルファベットのE字状に三本線が伸びていて、右は中央に大きな十文字。手相には詳しくないから占いはできないけど。
 イナちゃんはE字手相の左手でペンダントを私の首にかけ、右手の鈴はポメちゃんの首輪に括りつけた。 金属のずっしりとした重量感。これも高価な物なんだろうと察せる。  「イナちゃん、これ貰っちゃっていいの?まさか金じゃないよね?」私は恐る恐る聞いた。  「『キム』じゃないヨ。それは、『링(リン)』と読みます。リングだからネ。 キーホルダーは『종(チョン)』、ベルを意味ですヨ」  「い、いやいや、ハングルの読み方を聞いたんじゃなくて」チャリンチャリンチャリン!「ワンワンっ!」 私のツッコミは鈴の音を気に入って飛び跳ねるポメちゃんに遮られた。  「ウフッ、ジョークジョーク。わかてますヨ、ただのメッキだヨ」  「な…なんだ、良かった。それでもありがとうね」
 貰ったペンダントを改めて見ていると、伸びたチュニックが一層貧相に見えてきた。 この後私達はお蕎麦屋さんに夕食を予約している。さすがにモデルとして、こんな格好で外を出歩くわけにはいかない。 折角貰ったいいペンダントに合わせて、私は手持ちで一番フォーマルな服に着替える事にした。 切り絵風赤黒グラデーションカラーのオフショルワンピースだ。
 「アハ!まるで不思議の国のアリスとトランプの女王だわ」 梁から降りたイナが、私とイナちゃんが並んだ様子を比喩する。  「そういうリナはさっきまで樹上のチェシャ猫だったじゃない」  「じゃあその真っ白いワンコが時計ウサギね」 私達は冗談を重ね合ってくすくす笑う。こんな会話も久しぶりだな。 そこにイナちゃんも加わる。  「ヒトミちゃん、ジョオ様はアイシャドウもっと濃いヨ」 さっき床に散らかしたコスメの中から、チップと安徳森のアイシャドウパレットを持って、イナちゃんはいたずらに笑った。 安徳森、アンダーソンか…。そういえば…
 「私…磐梯熱海で、アンダーソンって名前のファティマンドラの精霊と会ったことがあるな」 私はたった今思い出した事を独り言のように呟いていた。 イナちゃんの目が好奇心に光る。  「さっき話しした霊草の魂ですか?ここにいるですか!」  「うーん、もう3年前の事だけどね…」
 それは私が上京する直前のこと。 ヒーローショーの悪役という、一年間の長期スパンの仕事を受ける事になった私は、地元猪苗代を発つ前にここ磐梯熱海温泉に立ち寄った。 和尚様と萩姫様にご挨拶をするためだ。 するとその日は、駅を出るとそこらじゅうに紫色の花が咲いていた。 私は合流した萩姫様に伺い、それがファティマンドラの花だと教わった。 そしてケヤキの森で、それらの親花である魂を持つファティマンドラ、アンダーソン氏を紹介して頂いた。 アンダーソン氏は腐りかけの人脳から発芽したせいで、ほとんど盲目で、生前の記憶もかなり欠落していた。 ただ一つ、自分の名前がアンダーソンだという事だけ辛うじて覚えていたという。
 とはいえ、元警察官の友達から聞いた話では、ファティマンドラは麻薬の原料にもなり日本では栽培を許可されていないらしい。 ファティマンドラには類似種の『マンドラゴラ・オータムナリス』というよく似た花があるから、駅に咲いていたものに関しては、オータムナリスだったのかもしれない。
 「改めて今熱海町に来たら、もう駅前の花はなくなってるし、さっきケヤキの森を通った時もアンダーソンさんはいなかったの。 もう枯れちゃったかな…魂はどこかにいるかも」  「だといいネ。私も見てみたいです。 そのお花さんに因みな物あれば、私スリスリマスリして呼び出せるですけど」  「え、すごいね!イナちゃん降霊術もできるんだ…」
 スタタタタ!…私達が話している途中から、誰かがものすごい勢いで階段を駆け上がる音がした。 二階部屋の襖がターン!と豪快に開き、現れたのはオリベちゃん。  <そのファティマンドラよ!今すぐ案内して頂戴!!>  「オモナっ!」驚いたイナちゃんが顔の前で手を合わす。
 「え!?ど、どういう事ですか?」  <サミュエルは最後に逃亡する直前、ジャパニーズマフィアの薬物ブローカーだったの。そして麻薬の原料としてファティマンドラの種子を入手していた。 だからそれを発芽させるために、ブローカー仲間の女子大生を殺害して、その人の肉や脳を肥料に与えていたというのよ>  「ああ…女子大生バラバラ殺人の事ですね。指名手配のポスターで有名な」 物騒な話題にイナちゃんは顔を引きつらせる。またストレスで悪霊を呼び寄せないように、すかさずリナは彼女の体を抱き寄せて頭を撫でた。
 イナちゃんは知らないだろうけど、実はサミュエルの通名、水家曽良という名は日本では有名だ。 彼は広域指定暴力団の薬物ブローカーで、ブローカー仲間だった女子大生を殺害した罪で指名手配されている。 だから駅や交番のポスターには、彼の名前と似顔絵がよく貼ってあるんだ。
 <その女子大生から生まれたと思しきファティマンドラがね…なんと、眠っていたジャックを呼び覚まして助けた張本人らしいのよ!>  「そうなんですか!」 オリベちゃんに続き、そろそろとジャックさんと譲司さんも二階に上がってきた。 ただ譲司さんは、興奮気味のオリベちゃんとは裏腹に煮え切らない顔をしている。  「いや、せやけどなオリベ。殺された女子大生は『トクモリ・アン』って名前やろ。 ジャックが言っとったファティマンドラは『アンダーソン』って名乗っとったらしいし…『アン』しか合っとらんやん」 トクモリアン?ああ、はい。 私とイナちゃんとリナは三人同時に察して、ニヤリと顔を見合わせた。
 「ダウザーさん、その被害者の名前の漢字、当ててあげようか」挑発的にリナが譲司さんに微笑む。 リナが目配せすると、イナちゃんはあのアイシャドウパレットを譲司さんの前に持っていった。  「あん、とくもり…安徳森!何で?」  「そです。でもちがうヨ!中国語それ『アンダーソン』て読みます」  「なるほど!」  「そういう事だったのか」  <え…ど、どういう事ですって?> 譲司さんとジャックさんが納得した一方、ユダヤ人のオリベちゃんだけは頭にはてなマークを浮かべた。 私はパレットの漢字を指さしながら、非アジア人の彼女に中国語と日本語の漢字の読み方を解説した。
 <じゃあ、中国語でそれはアンダーソンになって、日本語ではアン・トクモリになるの!面白いカラクリだわ。>  「ファティマンドラ化した徳森安は生前の記憶を殆ど失っている。 その文字列が印象に残っていても、自分の名前じゃなくて有名な化粧品ブランドの読み方をしちまったのかもな。 あれでも女子大生だったし」ジャックさんが補足する。
 <となるとやっぱり、殺された女子大生で間違いないようね。 ジャックを蘇らせてくれたお礼と、サミュエルに関しての情報も聞きたいわ。 どうにかして彼女と会えないかしら?>  「ケヤキの森にいないな��…怪人屋敷に行けば何かわかるかもしれねえな。 まだあいつが成仏していなければ、だが」 ジャックさんが親指に当たるヒレをクイクイと動かす。その方角は石筵を指していた。  「怪人屋敷って、石筵の有名な心霊スポットですよね?山にある廃工場の。 実際はこの辺りで生まれたタルパとか式神達の溜まり場で、それを見た人間が『人間とも動物とも違う幽霊がいっぱいいる!』と思って怪人屋敷って呼び始めた…」  「何よ、じゃあ私も人間��とっては怪人だっていうの?失礼しちゃうわ!」 リナがイナちゃんを撫でながらプリプリと怒る。  「怪人屋敷なら俺が場所を案内できる。かつてのサミュエルの潜伏地点だ」  「そうか。よし、夕食までまだ時間がある。車で行ってみよう」
 ◆◆◆
 日が沈みかけていた。 私達を乗せたミニバンは西日に横面を照らされながら、石筵の霊山へ北上する。 運転してくれたのは、譲司さんに半身取り憑いたジャックさんだ。 生前は移動販売をしていただけあって、私達の中で一番運転が上手い。同乗していて、坂道やカーブでも全くGを感じない。 譲司さんも彼のハンドルテクに、時折感嘆のため息を漏らしていた。 故人の意識にハンドルを任せたのはギリギリ無免許運転かもしれないけど、警察にそれを咎められる人はいないだろう。
 廃工場の怪人屋敷か。私が観音寺に住んでいた頃は、そんな噂があるとは知らなかった。 でも行ったことは何度もある。 あそこには沢山の式神、精霊、タルパ、妖怪がいた。みんな幼い私と遊んでくれたいい人達だ。 人に害をなす魂がいなかったのは、すぐ近くに和尚様が住んでいらしたから、だったのかも。 私はリナと共に影絵を交えながら、そんな思い出話をイナちゃんやオリベちゃんに語った。
 「ジャックさんは、会ったことありますか?和尚様。 怪人屋敷のすぐそばの観音寺です」 私はバックミラー越しにジャックさんを見ながら話題を振った。  「残念だが、俺があの屋敷にいた時は、サミュエル本体に色々あって夢うつつだったんだ。 ファティマンドラの幻覚と現実の狭間をずっと彷徨ってた感じだ。 けど、少なくともその世界には神も仏もいなかったぜ」  「そうなんですか…。後でちょっと寄らせて下さい。紹介したいです」  「ああ、俺も知り合っておきたい。本場チベット仕込みのタルパ使いなんだろ、その坊さん。 だったらあのクソに作られた俺みてえな怪物も、いざという時に救って下さるかもしれねえよな」  「そんなこと言わないで下さい、ジャックさんいい人ヨ」 イナちゃんが身を乗り出して反論した。 ジャックさんは目線をフロントガラスに向けたまま、小さく口角を上げた。
 カッチ、カッチ、カッチ。リズミカルなウィンカー音を鳴らしながら、ミニバンは車道から舗装されていない砂利道に入る。 安達太良山の麓にそびえ立つ石筵霊山の、殆ど窓のない無機質な廃工場が見えてきた。 多彩な霊魂が行き交い、一部の界隈では魔都と呼ばれるこの郡山市でも、ここは一際邪悪な心霊スポットとして有名な場所だ。 そんな噂が蔓延しだしたのはいつ頃の事だっただろうか。 少なくとも私の知っている廃工場は、そこまで物々しい場所じゃなかったのに…。 ジャックさんが工場脇の搬入口にミニバンを駐車している間、私は和尚様の近況を案じた。
 その不安感が現実になったかのように、ミニバンを開けた瞬間何かを察知して顔を引きつらせたのは、意外にも譲司さんではなくオリベちゃんだった。  <あの二階、何かある。何だかわからないけどとんでもない物があるわ!> テレパシーやサイコキネシスを操る彼女だけが、その有り余るシックスセンスで異変を察知したんだ。 オリベちゃんが指さした工場の二階には窓があるけど、中は暗くて見えない。 私やリナ、イナちゃん、ジャックさんには遠すぎて霊感が届かないし…、  「すまん、オリベ。あの窓はめ殺しで開かんやつやから、俺にはわからん」 空気や気圧でダウジングする譲司さんには尚更読み難い状況だ。
 「それより、あっちに…」 譲司さんが言いかけた事を同時に反応したのは、ポメラー子ちゃんだった。 ポメちゃんは鈴を鳴らしながら譲司さんの脇をすり抜け、バイク駐輪場らしきスペースに駆けていき、  「わうわお!」こっちやで!とでも言っているような鳴き声で私達を誘導した。 そこにあった物は…
 ◆◆◆
 「うぷッ」 条件反射的に私の胸がえずく。直後に頭痛を催すような強烈な悪臭を感じた。 隣でオリベちゃんが咄嗟に鼻をつまみ、リナはイナちゃんの目を隠す。 既に察していた譲司さんは冷静に口にミニタオルを当てていた。
 そこにあったのは、腐敗した汚泥をなみなみと湛えた青い掃除用バケツ。 ハエがたかる焦茶色の液体の中には、枯葉に覆われて辛うじて形を保った、チンゲン菜のような植物の残骸が見える。 花瓶に雨水が入って腐ったお墓の仏花を想起させるそれは…明らかに、ファティマンドラの残骸だった。
 「アンダーソン」ジャックさんが歩み寄る。  「もう、いないのか?あいつを待ちくたびれて、くたばっちまったんだな」 ジャックさんは汚泥にヒレをかざしたり、大胆にも顔を突っ込んだりしながら故人の霊魂を探した。 でも、かつて女子大生の脳肉だった花と汚泥が、彼の問いかけに脳波を返す事はなかった。
 するうちリナの腕をほどいてイナちゃんが割って入る。 また彼女の精神がショックを受けて、悪霊を呼び出さないかと心配になったけど、 驚く事に彼女は腐った花に触れ、「スリスリマスリ…スリスリマスリ…」と追悼の祈りを捧げた。
 「い…イナちゃん、大丈夫なの?」私達は訝しみながら彼女の顔色を覗きこむ。 しかしイナちゃんは涼しい顔で振り返った。  「安徳森さん、ジャックさんのオンジン。だたら私のオンジンヨ。 この人天国に行ってますように、そこにいつかジャックさんも行けますように。 スリスリマスリ、私お祈りするますね」 イナちゃんが微笑む。その瞬間、悪臭と死に満ちた廃工場の空気が澄み渡った気がした。 譲司さんは前に出て、ファティマンドラをイナちゃんの手からそっと取り、目を閉じる。
 「オモナ…ヘラガモ先生?」  「サイコメトリーっていってな。触れた物の残留思念、つまり思い出をちょっとだけ見ることが出来るんや。 死んだ兄ちゃんがくれた脳力なんよ…」目を閉じたまま譲司さんが答えた。 そのまま数秒集中し、彼は見えたヴィジョンをオリベちゃんに送信する。 それをオリベちゃんがテレパシーで全員に拡散した。
 ザザッ…ザリザリ…。チューニングが合わないテレビのように、ノイズ音と青黒い横縞模様の砂嵐が視覚と聴覚を覆う。 やがて縞模様は複雑に光彩を帯びて、青単色のモノトーン映像らしきものを映し出し、ノイズ音の隙間からも人の肉声が聞こえてきた。
 ザザザ「…ん宿のミ…ム、元店ち…すね。署までご同こ」ザザザザッ「…い人屋敷へか…んな化け物を連れ」ザザ…「…っている事が支離滅れ…」「…っと、幻覚を見」ザザザザッ…
 「あかん。腐敗が進みすぎて殆ど見えん」譲司さんの額は既に汗ばんでいる。 それでも彼は…プロ根性で、ファティマンドラを握る手を更に汚泥の中へ押しこんだ! 更に、汚泥が掻き回されてあまつさえ悪臭の漂う中、「ハァー、フゥーッ…ウッ…ハァー、フゥーッ…」顔にグッショリと脂汗を湛えてえずきながら、ダウジングの深呼吸を繰り返す!
 彼の涙ぐましすぎる努力と、サイコメトリー・ダウジングの相乗効果によって、残留思念は古いVHSぐらい明瞭になった。  「新宿のミラクルガンジ…」ザザッ「…元店長の水家曽良さんですね。署までご同行願えますか」ザザザッ。 未だ時折ノイズで潰れているが、話の内容から女性警察官らしき声だとわかる。でも映像に声の主は映っていない。 ファティマンドラの低い目線視点でわかりづらいが、映像で確認できる人物はサミュエル・ミラーらしき男性だけだ。
 「あ?はは、なんだ…」ザザザッ「一体何の冗談…」ザザッ「さあ、怪人屋敷へ帰るぞ…」ザザッ。 オリベちゃんの口角が露骨に下がった。これは水家曽良、つまり殺人鬼サミュエル・ミラーの声だろう。  「言っている事が支離滅裂で…」ザザザッ「…え。彼はきっと幻…」ザザッ。 サミュエルとは違う男性と、女性の声。彼を連行しようとしている『見えない警察官』は、複数人いるようだ。
 「幻覚?何を今更。…あれも、これも!ははは!ぜんぶ幻覚じゃねえか!!!」ザバババババ!! 錯乱したサミュエルが周囲の物を手当り次第投げる。 ファティマンドラの安徳森氏は哀れにも戸棚に叩きつけられ、血と脳肉が飛び散った。 その瞬間から、またノイズが酷くなっていく。  「はいはい。後でじっくり聞い…」ザザッ「暴れな…」ザザッ「…せ!どうせお前らも俺の妄そ」ザリザリ!ザバーバーバー!! 残留思念はここで途絶えた。
 「アー!」色々と限界に達した譲司さんが千鳥足で、駐輪場脇の水道に走る。 譲司さんは汚い手で触れないように肘で器用に蛇口を回すと水が出た。 全員が安堵のため息を漏らす。幸い廃工場の水道は止まっていなかったみたいだ。山の湧き水を汲んでいるタイプなんだろう。 同じく安徳森氏に触ったイナちゃんも、譲司さんと紙石鹸をシェアしながら一緒に手を洗った。
 ◆◆◆
 グロッキーの譲司さんを車に乗せるわけにもいかず、私達は扉が開けっ放しの廃工場、通称怪人屋敷のエントランスロビーで休憩する事にした。 「あんた根性あるのね。見直したわ!」リナが譲司さんの周りをくるくる飛び回る。 対して満身創痍の譲司さんはソファに横たわり、「やめてぇ…」とヒヨコのような弱々しい声で喚いた。  <無茶した割に手がかりにならなかったわね。サミュエルはまだ指名手配犯だから、あれは警察じゃない。 でも正体はわからないままよ>手厳しいオリベちゃん。  「無茶言わんでくれぇ…あんなん読めへんもんもうやあわあ…」最後の方は言葉��すらなっていない譲司さん。 結局、あの偽警察官は何者だったのか…もし残留思念の通りなら、生きた人間じゃない可能性もある。 それでも、イナちゃんにお祈りされ、譲司さんにあそこまで記憶を読み直してもらった安徳森氏は、浮かばれるだろうと願いたいものだ。
 カァーン!…カァーン!…電気の通っていないはずの廃工場で、突然電子音質の鐘の音が鳴った。 リナとイナちゃんがビクッと身構える。…いや、リナ、あんた怪人側の人じゃん。  「俺や」音源は譲司さんのスマホだった。 彼は以前証券会社の社長だったから、これは株式市場の鐘の音なのかもしれない。 譲司さんがスマホを出そうとスウェットパンツのポケットをまさぐる。指が見えた。穴が開いているのを着続けているみたいだ。
 「もしもし?」譲司さんはスマホを耳に当てた。着信は電話だった。  (もしもし。すまない、テレビ通話にしてくれないか?) 女性の声だ。静かな廃工場だから、スピーカー越しに相手の声が聞き取れる。 電話をかけておいて名乗りもしない相手を訝しみながら、譲司さんは通話をカメラモードに切り替えた。すると…
 「あ…あなたは、まさか!」 驚嘆の声を上げた譲司さんに、私達全員が近寄る。 皆でスマホの画面を覗かせてもらうと、テレビ通話のカメラは私達の顔ではなく、誰もいないロビー奥の方向を映している。 でも画面の中では、明らかに人工霊魂とわかる、翼の生えた真っ赤なヤギが浮遊していた。
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