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祭囃子の笛を吹く




夏が苦手だ。
私は暑さにめっぽう弱い。と言いながら、真夏日の昼下がり、今、テラス席でこれを書いている。まだ6月なのに、真夏みたいな日だ。
暑さで頭がぼおっとする。この気だるさは、何かに似ている。海水浴の帰り道。私は全く泳げない。(25mさえも)波に体を委ねてただゆらゆらとそこに浮いているだけのいきもの。陸にあがったあとで、まだその波のリズムがからだに残っている、そんな気だるい疲れ。(もう何十年と海になど入ってはいないけど。夏は苦手だし、海も苦手。ささる日差し、砂浜にぎっしりと横たわる人混みと陽気な雰囲気、ベタベタと身体に残る海水、屋台の匂い、帰り道の渋滞、そんなものたちが苦手。したがって、花火大会やら夏祭り、BBQやらそんなもの。ちいさなころは、お盆祭りや地蔵盆も苦手だった。地蔵盆って、関西だけなのか。)
熱で揺れる遠くの風景のように、自分の中に残る、記憶も揺れる、遠い。記憶なんか当てにならない。たまに吹く夏の風は好き。一瞬の清涼感、揺れる。
夏には悲しい思い出が多い。訪れては去っていく、そんな思い出たち。
今日はこのメモを途切れ途切れに書いているので、今は夕暮れになった。真夏のような夕暮れ。真夏のような昼間だったから。
また夏がやってくる気配を感じて、怯える。夏の存在をすぐそこに感じながら、私は夏の暑さに弱り果て、もう二度と、誰かに振り回されたり、傷ついたり、そんな思いはしたくないと思う。
私は、すぐ好きになる。すぐ好きになって、もう幾度と繰り返してきた失敗(失敗、と言ったら失礼かもしれない)のことをすっかり忘れ、暑さにうだされ、また同じことを繰り返す。リピート再生。あ、どこかで見た、聞いた、感じた、デジャヴ。泳ぎが下手だから、溺れる。深く。
だから、また夏の気配を感じて、その途端怖くなる。何もかもが怖くなり、これなら好きになんかなりたくないと思う。誰かと出会って好きになることに怯える。
また失うことが怖い。好きになっても、好きになってもらえないことが怖い。受け入れてもらえないことが怖い。気持ちが重くなっていくことが怖い。誰にも愛されないのではないかという思いに囚われることが怖い。誰かの1番になりたいのに(なれている人がたくさんいると思われるのに)なれていないことが怖い。死ぬ時に1人だと思うことが怖い。自分の勘が外れることが怖い。
そうやって怯えながら、私は、誰かを怯えさす夏のおばけになるのかもしれない。夏の怪談より、怖い。
先日久しぶりに会った年上の友達と私、2人揃って、おなじセリフを言う。私たちは2人、すっかり弱りきっていた。「もう二度と傷付きたくない」。
傷付かずに得られぬものはないらしい。皆、勝者で勇者なんだな。私はさながら、戦さに出ることにためらい、おなじ場所で足踏みしている、RPGゲームのプレイヤー。出会ってしまう。話しかける、戦う、逃げる。傷付きたくないなら、出家でもして、二度と恋愛なんかせんとき。と何もはじまる前から怯える私に放たれた正論。たしかに、これはお祭りゲームでしかない。途端恥ずかしくなる。
お祭りゲームなんという、くだらないネーミングで、私たちは私たち自身を救い合う。お祭りゲームという言葉を生み出したのは、私の友人のひとり。
何度かデートを重ねた相手とのできごと、LINEのやり取り、この先があるのかないのか。自分のジャッジで判断ができない時、また背中を押して欲しい時、友人たちに相談する場面があるだろう、あるいは相談されることもある。
ああ、それまだ随分気が早いかもな、ちょっとそれ怪しいな(だいぶ怪しいな)、ないかもな。そんな話があったり、なかったり。そんな時に、お祭りゲームが役にたつ。
それはきっと先はないだろうなという話には、「お祭りだね」。そのこころは、勝手に前のめりに盛り上がり、1人神輿を担いでいる状態であることを指す。祭りは祭り、一夜の花火を盛大に打ち上げ締めるのか、はたまた参加者不在で雨天���止。祭りの終わらせ方は祭主次第、わっしょいわっしょい。
「お祭りじゃないかもね」、それは脈あり、このまま行こう。
「祭囃子が聞こえない」。まだなにも始まってはいない。笛を吹かねば祭囃子��聞こえない。祭りの合図は、自分から。
暑さにほだされ、今年も小さく笛を吹く。だから、夏は苦手だ。祭りやなんやら、そんなもの。
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私は秋を愛している。
(という2020年秋のメモを2つ見つけたので、2020年秋の写真とともに、こちらに残す2023年冬。)
訳もなく、ただただ秋の夕暮れを感じるために外に出る。
秋はあっという間に過ぎて行く。もう軽めのアウター無しでは外に出られない気温になってしまった。
グラデーションの空に月が輝く。今夜の月は、半分だ。このグラデーションもやがてすぐに色を変え夜に染まるのだろう。
最近の私は訳もなく、泣く。
今週の私は泣いてばかりだ。ほんとうにどうかしている。
雨の日の前後は、私は海の中。自分の息づかいが耳の中に響く。
この時間に、(というのは、夜ごはんの前、夜の前)私に小さなお友達ができた。お誕生日が同じの小さなお友達。白くてもしゃもしゃ。多分、トイプードル?マルチーズかもしれない。
気さくなお母さんとともにほんの数センチの歩幅で歩く小さなお友達。小型犬の歩幅の平和さにおののく。(お母さんが言うには、小さなお友達に万歩計を付けたら、1日4万歩歩いていたら���い。歩幅が小さいあまり、歩数が多くなる。愛おしい。お母さんは1万歩。)
やわらかくてあたたかなもの。
きっと皆、やわらかくてあたたかなものを胸に抱く必要がある。心がきっと解れる。
うちの��猫は、元気かしら。
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その年、初めて秋に出会う日。
1年の中で1度だけやってくるその日、はっと突然気が付く。それは本当に突然なのだ。例えば、肌寒さ。通り過ぎる風。夜の雰囲気。虫の音。朝の空気。差し込む光。
「秋だ!」もし私の横にその時誰かが居たとしたら、私は思わず口に出す。口に出さずにはいられない。なんてったって秋が来たのだから。(そこからの日々は、毎日秋を見つける度に口に出してしまう。今年は毎日同じセリフを聞かされているとうんざりされた。)
冷たい空気の中で包まる布団。クリーム色みたいな光。落ち葉に包まれる道。色付くイチョウ(イチョウってものはなんて美しいのだろう、散っても美しい)。ふわりと心にまで香る金木犀の香り。水色の空。(それは春とも夏とも違う、もちろん冬とも)テラス席と温かな飲み物。(昼でも夜でも嬉しい)早くなった夕暮れ。一番星。
秋はなんだってセンチメンタルでロマンティックでメランコリー。
私は秋を愛している。



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34歳���2022年の終わりに
この世の中で、誰かを愛し、そしてその誰かに愛される、そんな奇跡みたいなことが、これからの自分の人生で起こることがあるのだろうか。
さよならが来る度、そう思う。
既にパートナーがいる方は、今夜眠りにつく前に、ベッドの中でそっと目を閉じ、そして両手を胸に、夜空に(天井に)祈りを捧げて欲しい。神様、愛し愛される奇跡を有難う。当たり前のように思えるかもしれないその奇跡にどうぞ感謝のお祈りを。
2022年も、もう終わる。そうしてまた来年もそんな奇跡は訪れるのだろうけれど、今はそんな風には思えない。奇跡って呼ばねばならぬほど、そんなに難しいことだっけ。
とか、そんなことを書いていたら、2023年に突入しておりました。
皆さま、あけましておめでとうございます。
2022年最後の日の朝、私はスピッツを聴いた。この日、私は1年で1番丁寧に朝食を作った。
(日本人の歌手の中で1番好きなのは、スピッツ。そして、宇多田ヒカル。)
スピッツは、読み物である。
スピッツのメロディーとやさしい歌声を耳から、歌詞を目から、自分自身に取り込むと、いちいち言葉にグッと来て、思わず笑みがこぼれ、ふいに涙し、心が満タンになり、あっという間に時間が過ぎる。なんとうつくしい日本語だろうか。言うまでもないですが、スピッツは天才。2022年のフィナーレに相応しい、朝だった。
(スピッツといえば、この冬流行ったあの某ドラマを彷彿させますが、ひねくれものの私は全く刺さらなかった側の人間です。あんまり人に言われるから3話まで観ましたが、全くハマらず。ハマらないどころか主人公全員に苛立った。)
2022年の冬、数年ぶりに飛行機に乗った。
普段自分で予約する時は通路側を選ぶ。(もし長時間のフライトが窓側だったとしたら、通路側に座る他人の存在が私の脅迫概念となる。私が席を立ちたいタイミングで、通路側に座る他人が、寝ていたり、食事中あるいは映画鑑賞中、会話中であったりする場合、声を掛けるタイミングを伺うストレスが耐えられない。それを想像するだけでストレスである。)
とかいいながら、飛行機に乗っている間、起きている時間はほとんどない。(13時間のフライト、お手洗いにも行かず機内食の提供にも気付かぬまま、離陸する前から眠りにつき、そのまま目的地に到着することもある。1度もモニターも付けないので、驚かれることが多い。きっと同じ座席列になった窓側の人の脅迫概念に逆に私がなっているのだろう。一生起きる気配のない通路側の私を起こさねばならぬのだから。)
数年ぶりのフライトは、国内窓側席の短時間フライトだった。(仕事でチケットを取っていただいていたので、窓側だった。)
初めてしっかり窓から見る景色に眠ることも忘れ夢中になり、(私は音楽を聴きながら電車の窓から流れる景色を見るの��大好き。新幹線も同様。初めて乗る電車は景色を見ることに必死になり、あっという間に目的地。短時間の電車乗車は窓側でも問題無い。ただラッシュアワーの4人席の窓側はまたストレス。他の3人が寝ていたりして、膝と膝の隙間がほとんど無い時、その僅かな隙間を乗り越えて降りねばならないというプレッシャーに、降りる一つ前の駅から既に気持ちが落ち着かなくなる。)
また話は窓側飛行機に戻るのだけれど、この日は運良くマジックアワーのフライトだった。刻々と変わる空の色とパノラマは、2022年最も印象に残った景色となった。深く、深く、感動した。
広い、広い、空から、永遠に続くように見える大地には無数の生活の光。その数だけ、人々の生活がある。見知らぬ誰かの、それぞれの暮らし。
飛行機は少しずつ、少しずつ、地面に近付き、その度にGoogleマップで見るような地形から(ただそこには地図のように県境の線も隔たりもない)、だんだんと山々が輪郭をおび、車が蟻の行列のように走り、街の形が現れ、ビルや住宅に灯りが灯り、視界はどんどん狭まっていく。
そうやって、私の生きる世界はとても、とても、狭い。
だって、35歳を目前に、飛行機の窓側座席の素晴らしさに気付くのだから。(これまでは、飛行機は通路側の席が正義だと思っていた。この日のフライトのBGMは、宇多田ヒカルさんの「PLAY A LOVE SONG」。)
知らないことばかりだ、自分のことなんて。
「自分らしく」という言葉が苦手だ。
「ありのままで」と言われると、途端に分からなくなる。あなたが思う私の私らしさ、ありのまま、とは。
(アナ雪の主題歌を聞くと、典型的な長女の強がりに聞こえてしまうひねくれ長女は私です。「ありのままの自分になるの」「少しも寒くないわ」というフレーズが、自分自身に言い聞かせているように聞こてえてくる。ありのままより、努力をして自分のことを好きになれる方が私は良い。)
ほんと不思議なもので、私は、めちゃくちゃ根暗だよね、と言われれば、根っからの根明だよね、と言われることもあり、
葵ってほんとミーハーだよな、と言わるその一方でめちゃくちゃオタク気質だもんね、と言われる。
(言われる度、不思議な気持ちになるけれど、どれもきっと間違っていないのだろうなあと思う。そんな長年の不思議が、平野啓一郎氏の著書「私とは何か「個人」から「分人」へ」で腑に落ちた。おす��め。)
ただ一つ訂正しておきたいのは、私は断じてオタク気質とは言えない。(それはほんと、オタクの皆さんに申し訳が立たない。)
好きなものはいろいろある。ただ私は残念ながら、その対象に絶え間なくそして惜しみなく与える愛情や情熱を一切持ち合わせてはいない。
私は、知ったかぶりが異常に上手いのだ。
仕事柄もあり、ある程度どのジャンルにも対応できる知識や情報を収集し、その人に合わせた、その場に合わせた会話をすることができると思う。(根が人見知りなのが功を成していると思う、会話に詰まりたく無いが故どんな人とでも会話が出来るようにと生きて来た結果。事前に会う人がわかれば、ある程度その方のことを調べて会話のネタをいくつか用意しておいたりする。)
なので、例えば、見たことのないテレビ番組やドラマの話もまあまあ問題無くできてしまう。オタク風に聞こえるように、どのジャンルの話でもちょっとそれっぽいワードを何個か用意しておけば良い。
広く、人よりはちょっとだけ深く、だけどオタクの皆さんの深海には到底及ばない、そんなところをふわ��わと漂っているくらげ。(なので、「葵は、アイドルオタクなんですよ」と初めての方に紹介されたりなんてすると、なんとも居た堪れず申し訳ない気持ちになる。)
35歳の目標を聞かれ、「ここ数年なんだかブレているので、ブレないこと。」と答えると、「もはや少しブレた方がいいかもしれない。」と笑われた。
誰にも触れられない、全くブレない芯がある、と。そう言われて私も笑った。
ね?ほら、またやっぱり自分で自分がわかってなどいないのだから、自分らしさなんて不確かなものはない。
だから、今日もベッドの中で、そっと目を閉じ、両手を胸に、祈ります。
どうか2023年35歳、また奇跡が訪れ、いつでも自分らしくいられますように。

2022年、1番丁寧に作った朝ごはん。とか言いながら、失敗している目玉焼き、いただきもののホームメイドサワーブレッドが美味し過ぎて、生ハムとルッコラのサンドイッチとラフランスとハチミツサワークリームにブラックペッパーのサンドイッチ。年末にラフランスを消費したくて、ラフランスだらけ。

2022年、窓側フライト。

非常に嬉しそうですが、人様のお家のわんちゃんです。

またそして金髪。

沖縄家族旅。

ブレてるくらいがちょうどいい。




家、季節の花たち。

念願の購入。

スピッツ。

2022年、1番お気に入りだった服。
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旅は道づれ
うっかり書き出すと長く、長くなってしまうので、
Instagramのフィード投稿にすると、迷惑行為に値するため、こちらに今回の瀬戸内旅について日記形式(?)で、(自分のためにも)残したいと思います。
先日、1泊2日の瀬戸内旅へ行って来ました。

最終目的地は、粟島。(が、まず何県なのか調べるところからスタートした、正解は香川県。)
珍しく早起きをして、まずは1人直島へと向かったのでした。最後に行ったのいつだっけ。と記憶を辿れば、12年前のできごと。12年ぶりに降り立つ直島。
今回目的は、瀬戸内国際芸術祭2022 な訳なのですが、

直島に向かうためのフェリーに乗り込む高松港で、何の考えも持たずバックパックをロッカーに突っ込んでしまい、瀬戸芸のパスポートから雨天のために持ってきたマウンテンパーカーや折りたたみ傘など、このために必要な全てのものをロッカーに置いて来てしまったということを、雨の滴る直島に降りたってから気付くという。
(携帯と財布、水筒とカメラという最低限のものだけ手に持っていた。1人だったから、遥か彼方に見えるかぼちゃと鏡越しの自撮り。雨は最初だけで、すぐに晴れた。愛機のGRは修理中のため、フィルムカメラとiPhone、美しい写真は全て一眼レフの貰い写真です、有難う。)

まあでも、雨の直島、1人傘もささず道端の猫と戯れる様子を、車の中から憐れむ視線を時々感じながらも、なかなか良かったです。

(雨は全然嫌いじゃない、むしろ好き。雨の中歩く、李禹煥のモニュメントは圧巻。国立新美術館とはまた違う感動。)

直島に滞在できる時間は、3時間。
(夕方には、待ち合わせ場所の三豊市に移動せねばのため。)
瀬戸芸に全く関係無く、この12年間の時の流れの中で新たにできていた、李禹煥美術館と杉本博司ギャラリー 時の回廊、そして時間が間に合うか間に合わないかの瀬戸際の中訪れた護王神社まで、

(台風に流されてしまってから、おかえりなさいの黄色かぼちゃを横目に早歩き。ちなみに、私の早歩きは、徒競走くらい早い。護王神社の地下拝観は、並んでいて断念。)
3時間きっちり楽しみました。


(余談だけど、本当は前日入りして、「直島御神楽」を観たかったのだけれど、うかうかしてるうちにチケットは完売。姫路市立美術館で開催中の展示「杉本博司展 本歌取り」にも、会期初日にはりきって向かい、トークショーの当日キャンセルを狙ってみたのだけれど、��当たり前だけど)当日キャンセルは出なかった。)
と、ここまではまだめちゃくちゃ前置きで、ここからが本来の目的、三豊市・粟島編。

ちょっと離れているけれど、原田商店(夏だったら、かき氷食べたかった!&買って来た三豊茄子の辛子漬け、超美味しい。)を経由して、父母が浜へ。
父母が浜は、「日本のウユニ塩湖」と言われる、“映えスポット”らしく、
三豊市を訪れたら必須!と、聞いてはいたものの、わたくし、ひねくれ天邪鬼ゆえ、映えとか興味無いねんなあっていう上からの感じで向かったら、嘘みたいに美しい風景が広がっていました。ごめんなさい。

2020年、あの日に見たサンフランシスコでの夕日を思い出したりなんかして、気付けば日が完全に沈むまで、眺め続けていたのでした。
(ただ、写真でお察していただけるかと思いますが、海風暴風。)

(本来は、潮が引いてできた水溜りに映る夕陽と撮影するのが醍醐味らしいのですが、遠くから広く眺めるのが好きだった。この日の夕焼とうろこ雲が特に素晴らしかったようで、父母が浜の人たちも、こんなに綺麗に見られたのは2ヶ月ぶりくらいだと言っていた、ラッキー。)

滞在時間は数分だろうとなめた感じで訪れたため、もれなく夕食には遅刻。重ねてごめんなさい。
(この写真、IPhoneカメラのノーフィルター。)
宿泊と食事は、「三豊鶴」で。
と言われていたものの、事前リサーチを怠っており、ここでの体験は、衝撃の連続となる。

まず、三豊鶴は、廃業になった歴史ある酒蔵を改装した、ギャラリー&イベントスペース併設、一棟貸の宿泊施設。
この瀬戸芸時期は、絶賛「酒蔵ART RESTAURANT」なるディナーイベントが開催されているらしく、まさにこの日もイベント日。
週毎に異なるアーティスト×異色の料理人とのコラボレーションメニューが提供されていて(しかもこの日が週替わりの最終日だった)、
料理が提供される度、スタンドマイクを通して、メニューの説明とクイズが出される、劇場型スタイル。
( まず1皿目、左から順に満月の塩・新月の塩・上弦の月の塩、3種の塩をテイスティングする1品が提供され、その後、「さて、この料理にはなんの塩を使っているでしょうか?」という、難易度高のなみこ塩クイズが全皿に出題された。見事全問不正解。)

なんの前情報もなしに、突然スタンドマイクで(四代目田辺竹雲斎氏の大作をバックに)クイズを出されることにこちらも最初は戸惑っていたのだけれど、
あちらもあちらで、何故か旅先で必ず “カタコトの日本語を話す、海外��らの観光客 ” と認識されてしまう私=予約の時間に遅れてやって来たカタコトのフランス人観光客に戸惑っていたよう。
(めちゃくちゃ関西弁やのに。後々、ただの関西人だとわかってもらえることになる。)
でね、もう、三豊市の人たち。みんなほんといい人たちなのですよ。
(駅から原田商店、父母が浜を経由して、三豊鶴まで送ってくれたタクシーのお父さんもほんといい人だった。)
宿泊プランに朝食がついていないことを知った我々は、香川の朝食といえば 「朝ラーメン」 (6:00からやってる、うどんじゃないらしい) だということを知り、
イベント最終日で疲労困憊、朝は苦手の北川さん(はじめまして)に、
翌朝車で迎えに来てもらい、朝ラーメンを食べに連れて行っていただくという。

「旅は道連れ、って言いますし」との私の言葉に、「それはあなたが言うことではない」と間髪入れずつっこむ北川さん。
2日目のスケジュールが狂わないよう、並ばない時間を逆算して連れて行ってくれた北川さん。(朝ラーメンは、平日でも並ぶらしい。)
北川さん、スーパーアテンドでした。
三豊市に行かれる際はぜひ、三豊鶴と北川さんへ。(後に知ったのだけど、普段はまた別で事業をされている北川さんは、三豊市へリサーチや勉強で訪れる企業やVIPのアテンドを年間何本もこなしているスーパーアテンダーだった。)
朝ラーメン。めちゃくちゃ、めちゃくちゃ美味しかった。
(讃岐うどん用の小麦を使った麺にいりこだしのスープ、朝に食べるラーメン体験に北川さんの完璧なエスコートが重なり、ちょっとした感動ものだった。お土産に2箱買って来たけど、もっと買えば良かった。)

と、また三豊鶴と北川さんのエピソードトークで、肝心の粟島までの前座が、さらに長くなってしまったけど。
ここから、海上タクシーを使い粟島へ。(やっと目的の粟島。粟島へは、通常の船便も出ている。)
まずは粟島に行くなら外せないらしい城ノ山のトレッキングからスタート。片道30分くらいの軽め(だけどちゃんと山)のコースです。アドバイス通り、4合目と8合目で割としっかり休憩しても片道きっかり30分でした。

山頂は、瀬戸内海のパノラマビュー。往復1時間くらいなので、瀬戸芸見に粟島へ行くのなら絶対コースに組み込んでください。
(これが粟島全貌。)
粟島でも、スーパーアテンダー前川さん(通称前やん、しゅっとした25歳。行政の地域おこし隊として、フランス帰りのUターン。平均年齢75歳の島民みんなの人気者。)のおかげで1日存分に満喫させて頂きました。
(そんな前やんとの某清涼飲料水広告感ある1枚。)

粟島に来た目的は、三豊市と海洋環境教育連携協定を結ぶ、タラ オセアン ジャパンのTARA号展示をはじめ、瀬戸内国際芸術祭2022 秋会期の会場の1つとなっている粟島の展示巡りをすること。
科学探査船タラ号は、船の名前なのだけど、世界中の海を走りながら海を調査し、そして、この現状をたくさんの人に伝えるために、科学者だけでなく、アーティストを乗せ、アートでも伝える活動を行っています。

(タラ号は、agnès b.がスポンサーを務めている。KYOTOGRAPHIEのスポンサーでもあるagnès b.、今年の展示はタラ号に乗船していたサミュエル・ボレンドルフの展示だった。)

タラ号の活動展示「TARA展」や、約4ヶ月島に滞在して作品を創るアーティスト森ナナ氏の展示などが鑑賞できる、東京藝術大学学長 日比野克彦先生が総合ディレクターを務める粟島芸術家村や、
(ここでは島民代表のアーティスト、せっちゃんを筆頭に、マダムたちが手刺繍を行っている。これは、粟島芸術家村の展示にまつわるもの。)


海からの漂流物、誰かの生活の中から出た、思い出のかけら、日々の記憶を探しに行く、「TANeFUNe」の乗船体験。

(決してそれを海ゴミとは呼ばない。「ゴミ」と名付けてしまえば、それは「ゴミ」になってしまうから。船に乗るためには、喜多船長(アーティスト)の厳しい面接が必須。喜多船���は、みんなが拾い集めた思い出のかけらを標本している。)

(海岸で、ものの5分で拾い集めた、誰かの生活のかけらたち。)
他にも島内に展示会場が点在している。


96歳元気なマダム作のご自由に持ち帰りOKのカゴや粟島の漂流物を閉じ込めた手作りピアスを販売している道(での、1つありがたくいただいたカゴとブーケンビリア。)

島唯一のコンビニ「島コン」(と言っても、コンビニではない。)、父母が浜とは違い、誰も居ない西浜。

歩いて回れる程の小さな島だけれど、でも、気付けば丸1日をこの島で過ごし、
(ほんとう��ったら瀬戸芸他の会場も見たくていつもの私はスケジュールぎちぎちにしがちだけど。国際芸術祭「あいち2022」では、スケジュール詰め込みすぎて、しかもすごい作品数で、終盤なんかもう笑えた。褒め言葉です。)
最後には島民の皆さんとアーティスト森ナナさん開催の猪肉BBQに混ざって、島を後にしたのでした。(この猪は、森ナナさんの作品に関連する。)
私は、三豊市の、粟島の、美しい風景と、夢を語る人たちの瞳の輝きが失われることないよう、そう願うこの気持ちを自分が失うことのないよう、そのために生きたいと、また強く思った。
人の生き様は、瞳に出る。年齢を重ねれば重ねるほど。生まれたばかりの瞳は、タピオカ(もう古いのか)みたいに一点の曇りなく澄んでいるけれど、また良い歳を重ねていらっしゃるのだなと思う方の瞳には、それとは違う強い光が灯っている。そんな風に、時々、目が離せなくなる瞳に出会うことがある。
今の私だとそんな瞳には到底なれっこないのだけれど、粟島や旅先で見た全てが、これからこの瞳を通して見る全てのできごとが、力づよく反映されていくことを願う。
そんな、秋の旅第1弾。

(瀬戸内、どこに行っても猫のパラダイス。)
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♡☺︎♐︎ 🌙
満月の日に、新しい香りが届いた。
(と、書いて下書き保存していたら、満月が2回来てしまった。)

ここに何度も書いていることなのだけれど、
(これだね、ここ。なんかよく書いている気がする。 )
私は、誰かの記憶の中にひとときでも長く留まりたくて、
できるだけ長く同じ香りを纏っていたい。
ふとした瞬間に、その香りに出会くわした時、
思い出したくなかろうと、そんなことはお構いなく、
否応なしに香りは記憶を引き連れやってくる。
私のことが(どんなことであれ)脳裏に浮かんで欲しい。
そんなことを少しだけ願い、香水を日々纏っている。
(音楽もそうだよね、ふと耳に入ったメロディーに、いつかのあの日々のぼやけた記憶が徐々に輪郭を取り戻す。コブクロの昔のCMを思い出す、「せっかく忘れかけたのに、ラジオがコブクロなんか流すから。」)
というのが、以前の私が香水を纏う意味だったのだけれど、今の私は、私のためにも香水を纏っている。
(もちろん、思い出しても欲しいけれど。それに関しては、ここに。)
先日スタバでお��計をしていたら、スタッフの方に
「お姉さん、新風館の匂いがします。」と言われて笑った。
新風館はace hoteがある京都の商業施設で、
関西唯一のLE LABO路面店があるので、新風館に足を踏み入れると、LE LABOの香りが漂っている。
私は、昨年からLE LABOのTHE MATTCHA 26を愛用していて、間違いなく、私は新風館の香りです。
この間は初めてお会いした方からも、
「(使ってる香水、)LE LABO?」と尋ねられた。
どの種類かまでわからずとも、それが何であれ「LE LABO」だとわかる、LE LABOって凄い。
夏はあっという間に過ぎたので、
私の新しい秋の香りは、City exclusive シリーズの「TUBEREUSE 40(チュベローズ)」。(この数字は、ブレンドされているものの数を指す。知らなかった。)
LE LABOには、都市限定の香り(今は14都市)があり、普段はその都市のLE LABOに行かないと購入できない香りがある。
年に1度、9月の1ヶ月間だけ、その14都市の香りが一堂に揃い、購入出来るという期間があって、購入出来る期間の前、8月の1ヶ月間はお店でその14都市の香りが試せるようになっている。
この販売方法、夢がある。(9月も気付けばあと数日だ・・!と書いてたけど、もうとっくに10月も過ぎている。)
私は香る前から、「San Francisco!」と決めていたのだけれど、
(都市名だけで決めていた、私のアナザースカイ。ちなみに、サンフランシスコの香りは、ゴールデンゲート・ブリッジを横目に坂道を自転車で駆け降りる香り、だそう。)
オーダーしたのは、NY限定のTUBEREUSE 40。西海岸から東海岸へ。
決め手の一言は、「ソフィア・コッポラ監督の映画、“マリーアントワネット”の主演キルスティン・ダンストの役の為に作られた香りなんですよ。」
私は、ソフィア・コッポラの大ファンなので、
(今までもこれからも、ずっと私の1番のミューズです。追記なのだけど、今までwineのブランドアカウントしかなかった、ソフィアの公式IGアカウントが開設されたことを知った朝、久しぶりの大興奮。めちゃくちゃテンションあがって、フォローリストとか見たりして、とても胸が熱くなった。笑 モデルのしんまいさんも熱量同じくらいファンだと知り、よりしんまいさんのファンにもなった。)
この香り以外の選択肢はありません。
マリーアントワネットは(実際のね)、お抱えの調香師がいたそうで、
マリーアントワネット役��抜擢されたキルスティン・ダンストとたまたま出会ったLE LABOの創業者が、キルスティン・ダンストの役作りためにこの香水を作ったそう。
オリジナルラベルにしてくれるのが、パーソナルで好きなところ。
今回は、絵文字をたくさん入れてみた。

LE LABOの香水は、その名の通りお店の「LABO」で調香し、
お店で、リフィルもしてくれるサービスがあるのも知らなかった。

届いた日の満月。(前回の)

そして、いつかのNY。

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2022 夏,
夏が終わってしまった。
と、書くと、名残惜しそうに聞こえてしまいますが、
私は夏に(暑さに)めっぽう弱い生きものなので、
夏が去り、秋が来たことは嬉しくもある。

この夏はいろんなところに行き、
たくさん写真を撮ったので
( 毎日カメラを持ち歩いて(RICOHのGRIIIxと半年以上の修理からおかえりなさいのフィムルカメラCONTAX TVsの2台持ち。)写真撮って、その写真どこにもUPせず、どうしてるんですか?と言われた、確かに。自分の中の思い出です。笑 )
せっかくなのでここに記したいと思います。
夏のはじまり、新潟から。
野天を目指して、片道2時間の山登り。
山小屋で囲む食卓。1日半の電波遮断。






徳島・上勝。4度目の訪問。
どうしようもなくどしゃぶり。雨の似合う村。



尾道・瀬戸田。
行くところ全てで(言葉通り、全ての場所で。)
出会う人たちと縁があった。不思議な島。





沖縄。
家族はじめての女子旅。




東京。美術館巡り。
(カメラを出すの忘れ、iPhone)




長野。
夏に弱い生きものにとっての天国。


愛媛。
新しい家族を迎え入れるための片道6時間往復12時間のドライブ。
(保護猫もなかです、1匹でも多くの動物たちが幸せでありますように)



秋も旅をして、移動せねば。
自分の中の古い空気を入れ替えるために。
(良い量子を纏うためにも、私は旅を続けなければいけない。
このことは以前に書いた、ここ。)
そんな、2022の夏。
番外編:京都と滋賀の夏






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なんでもルーティーン化しようとしてしまうことについて
(無駄に)迷うことが嫌いだ。
特に、日常生活においての迷う、が嫌いだ。
まず、服はシーズン毎に5パターンあればいい。
(無駄に増えるのも嫌い。もはや、5パターンもない時もある。そのパターンには、それなりのこだわりがある。基本は、黒白。大切な仕事の日は、ジャケット。白シャツが好き。洗濯した順に着る。)
家で食べる食事は、決まっている。
朝は、コーヒーに季節のフルーツとヨーグルトにシリアル
(いずれも決まった銘柄じゃないと嫌だ。コーヒーに関しては話は別で、津々浦々のコーヒースタンドによるコーヒー豆をバラエティ豊かに数種常にストックしておきたい。コーヒーは、ブラック。)、
もしくはコーヒーにチョコレート。
(これも気に入っているチョコレートがあり、見つけたらまとめ買い。箱にきっちりと納められた御育ちの良いチョコレートも、家に1箱は置いておきたい。基本間食はしないけれど、心の平安の為、チョコレートとパルムは常備。)
夜は、一汁一菜。ご飯と味噌汁、漬物 or 魚。
(献立や食材の買い物に、迷う時間も嫌い。日常必須の日用品や水はAmazonの定期便で届くように設定し、基本的な食材の買い物もAmazonのネットスーパーで済ませる。無駄な買い物をせず、毎度決まった物を決まっただけ買い物カゴに追加し注文すると、早くて2時間後には玄関に到着する。物流に感謝。
このことは前に、GREEN SPOON MAGAZINEのインタビューにも纏めて頂いた。インタビューを受ける機会を頂く度、改めて自分とは。となり、考え直すいい機会になる、こちらにも感謝。)
起きてからのルーティーンも、通常版と時短版、この決まった2パターンのうちいずれかで動きたいし、(朝も必ずお風呂に行きたい、夜も朝もシャンプーをしないと気が済まない。)
眉毛とまつげ、そして肌は、時短とこちらも心の平安の為、プロの元で定期的にメンテナンス。
ここに、昨年の後半から新たに加わったのが、月2度のネイルサロン。という新しいルーティーン。
一度ジェルネイルをやめてしまってから、手の爪にジェルが付いていることに我慢ならず、長年ポリッシュ派だったのですが、
(何が嫌って、ジェルによる厚みや一定以上の長さに伸びることがストレスMAX。キーボード、かちかちいうし。でも、おんなじくらい、毎度まあまあな時間を割いて塗った割に2・3日で剥がれ、(しかも大切な日に限って、突然欠けたり剥がれたりするの、なんでなの)やっと乾いた!と思ったらヨレ、利き手じゃない方のガタガタになる、ポリッシュも相当なストレスであった。)
それが!manucurist(マニキュリスト)のグリーンフラッシュ(半分ジェルで半分ポリッシュ?ちょっと詳しい説明は公式サイトをご覧ください。笑)と出会い、
私の迷いとストレスが取り払われ、月に2度のルーティーンが日常生活に組み込まれたのです。

10〜14日間程、ちゅるんと綺麗に保つ。
(やはり、途中で一部欠けちゃったりすることもある。逆に言えば、これ以上伸びると耐えられなくなる!という一歩手前でメンテナンスが必要になる。)
ポリッシュを毎度塗り直し、乾かす時間のロスを考えると、月に2度1.5時間ネイルサロンに時間を割く方が、効率が良い。
プロの仕上がり感動だし。甘皮処理やケアもしてもらえるし。やっぱりなんでもプロに任せる方が良い。餅は餅屋。
多少潔癖なところがあり、
(とか書いてたら、きっとほんとどんだけ生きにくそうなんだよって感じなのですが。毎度ながら話は逸れるけど、MBTI診断って知ってますか?
K-POPアイドルたちのプロフィールでも公開されている、16パターンに分けられる性格診断テストなのだけど、私は、何度やってもINTJ(建築家型)という全人口の3%、女性にすると0.8%しかいない、謎の生きにくさNo.1の性格らしい。
妹曰く非常に当たっていて(自分でも当たっていると思う)私のINTJタイプにとって1番相性が良いのが妹のタイプらしく、仲の良い友人たちにもこのタイプが多く、補って生きていけているよう。神様に感謝。)
で、マニキュリストのサロンは、BALの中にあるので(TODAY'S SPECIALや無印カフェがある4階)、綺麗衛生的お洒落で安心。
1.5時間必然的に拘束される空間が不衛生だと我慢ならない。価格重視でネットで探して初見で行くと、我慢ならない時がある。(粉舞ってたりさ、謎の有線かかってたりさ。)
カラーも基本迷いたくないので、毎度決まったカラーをオーダー。
カラーは、昔からダークチェリーのような赤がMy 定番カラーなので、マニキュリストの“Hollyhock”。
(ホリーホックって、アオイ科の花の名前。だから、余計に勝手にMy カラー。笑)

(こんな感じで数日すると中指欠けちゃったのだけど、そこが普通のジェルとはちょっと違うところかも。でもそのデメリットも踏まえても、私は絶賛グリーンフラッシュ推奨派。個人的にあんまり熱心に通っていたら、今回の施術をプレゼントしてくれたmanucuristさん。嬉しい。笑 そして、この写真のジュエリーはずっと悩んでいたのだけれど、なんだか試着してみたら自分にしっくり来ずだった。)
ヘアカラーも金髪から黒髪に戻したことで、伸びてくるプリンヘアーに苛立つ必要もない。
(長年黒髪だった最大の理由は、プリンヘアーにならずに済むことと、毎度美容院でどんなカラーにするか迷う必要が無いから。)
そんなこんなで、まあ、迷うのが嫌いと言いながら、日々いろんなことに悩んでいるのだけど。
それもまた人生。

(最近、カメラを買い(RICOHのGR IIIx)、iPhoneでも十分綺麗と思ってたけど、格段に良い写真が撮れる〜。嬉 暗いところで見たら、ネイルのカラー黒にも見えて、それもまたお気に入り。)
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35歳。
また今年も新しい年が来た。(1月も、もう終わるけれど。)
2021年は、年のはじまりに、会社員を辞め、
突然のフリーランス、突然の金髪になった。人生何があるかわからない。

2022年、今年35歳になる。(先月34歳になったばかりと思っていたら!)
この1年はいったいどんな年になるのだろう。
35歳、という数字はキリがいい。
人生のこれまでを振り返り、これからを考える必要がある。
周りを見渡すと、まだ結婚をしていない、という同世代の友人はほぼいないに等しくなった。
私は、未婚。恋愛対象は、男性。子どもも居ない。
(昨年、話の流れで未婚だと話すと、2回程年配の男性(全然別の)から、恋愛対象が女性なのかと聞かれ、驚いた。まるで最近のLGBTQを十分に理解しているような風を装って。30オーバーの女性が結婚をしていない。という事実は、彼らにとっては理解し難いようだ。)
20代も後半になるにつれ、両親は口うるさくなり、ひどく心配をした。30代になると、その話題自体に触れられもしない。
既に結婚をし、子どもを育てる友人たち(もう気付けば子どもたちもどんどんと大きくなっていく。)との会話は、当たり障りのない話題と子どもの話。
おのずと交友関係も変わっていく。
そんな、よくあるありきたりなドラマや小説のあらすじが、私の現実世界でも漏れなく起こった。
( 私は、生きていく歩みの中で、友人関係は変わっていくものだとポジティブに肯定している。)
未婚だというと、必ず(ほんとうに、必ず。)聞かれる質問は、2つ。
「結婚をしたいと思うか?」そして、「子どもが欲しいと思うか?」
聞かれても、正直わからない。
きっと、本気でしたければ、もうとっくにしている。
マッチングアプリの経験もあるし、婚活パーティーに参加したことだってある。
(けれども、いずれも私には全く、向いていない。)
この何百回と聞かれた質問に、まともに答えるのも面倒くさく、
「それは、いつかしたいですよ〜」 と、これまたありきたりな回答をする。
そんな様子を気遣ってか、「キャリアウーマンもいいよね」と時々フォローを入れて頂くが、仕事が全てだなんてこれっぽっちも思っていない。
いつでも人を好きでいたいし、ともに生きていたい。
仕事は生きるためにする、そのためにどこででも出来る仕事がしたい。
それがハッピーな仕事なら尚いい、それだけ。
誰かとともに人生を生きていく。
その形式が「結婚」という形だけにあるのかどうかの判断が、私にはつかないだけ。
そう言っている自分自身すら、時に自分で分からなくなる。
子どもが欲しいか、と聞かれて思い出すのは、29歳、産婦人科での出来事。
その頃、私はひどい肌荒れと生理不順に悩まされ、産婦人科通いをしていた。 ある時、先生が少し真面目なトーンで、もう少し時間があるか?と私に尋ねた。先生はそっとパンフレットを取り出し、テーブルの上で開けた。
そこには、卵子の年齢を確認し、残りの卵子の数を数える検査についての詳細が書かれているようだった。(AMH検査、といわれるものらしい)先生の話を聞き終わるのを待たず、興味も必要も無いと答えた私に、先生は言った。
「そんな人にこそ、必要な検査なのですよ」と。
卵子の残りの数は決まっている。残りの卵子の数が分かれば、これからの人生を逆算して考えることが出来る。 何歳までに子どもを産む準備をする必要があるのか、それに向けてどうしたら良いのか。今、その気持ちが無くても、人生の中で、年齢とともに気持ちも変化していくだろうから、と。
そして、先生が次に勧めて来たことは、卵子凍結だった。
先生の一言が今も忘れられない。
「中村さん。20代の卵子は、もう2度と手に入りませんよ。」
(この時、ちょうどあと1ヶ月すると、30歳の誕生日を迎える時期であった)
その言葉が頭の中を反芻し、その後の説明を、半ば現実離れした他人事のように、ぼうっと聞いた。確か、具体的な金額感などの説明であった気がする。
結局、20代の卵子を手に入れず、自分の身体の中にある残りの卵子の個数も年齢も知らぬまま、私は今年35歳を迎える。
今そのことを後悔することはないが、
卵子凍結の話、不妊の話、そんな話がリアルになる年齢になった。
昨年デリケートゾーンケアと出会い、
(このことはこちらでも書いた。仕事が終わった今でも「I'm La Floria (アイムラフロリア)」のアイテムでケアは欠かさず続けているし、これからもずっと愛用し続ける。)
自分自身の身体を知ることの大切さは、十分に教えてもらった。
そして、その中で新たなお仕事として携わることになったのは、ゲノム検査の開発と提供を行う臨床検査会社「Varinos (バリノス)」さん。
最新のゲノム解析によって超微量の菌検出が可能となり、実用化に成功した「子宮内フローラ検査」というもの。
何やら難しい単語が続きますが、簡単に言うと、子宮内の菌環境の状態を調べる検査で、 主に不妊治療時に取り入れられることで知られるそうだが、(私は今回のお仕事で初めて��の検査を知った。)子宮内の菌環境が良ければ、着床もしやすく、受精卵も育ちやすい。「菌活」という言葉が美容業界でも注目されているが、きっと腸も子宮も、身体の菌環境が良いに越したことはない。
(「子宮内フローラのためのラクトフェリン」というサプリも、Varinosさんから提供されている、参考までに。)
妊活も卵子凍結も未経験な私は、今、自分の子宮内の状態がどうなっているか、まずそこから知ることが最初のステップであると感じた。
検査を受けたのは、大阪・阿倍野の「りかこレディースクリニック」。
表示されている待ち時間におののいた。536分待ちって。
妊活をしている友人たちが、産婦人科通いは1日がかりの大仕事だという意味がよくわかる。
検査費用は、4万円(税別)。※これはクリニックによって異なると思う。
とにかく痛い。
( 細胞採取器具というもので、採取されるよう。結構な奥まで器具が入っている感覚がある。)
勧められた座薬を断り、軽い気持ちで検査台にあがった自分を呪う。
(とにかく私は痛みに弱い。血液検査にもビビり、座って受けることのできない人間なので、痛みの感じ方は、きっと人より非常にオーバー。しっかり座薬を入れると、痛みは全くなかったそう。じゃあ、つべこべ言わずに最初から座薬入れとけよって感じなのですが。)
本当にこの痛みはきっと人それぞれなので、私は痛みに弱い人に向け、オーバーに伝えておきます。これから受けられる方。ぜひ、勧められたら、座薬を!座薬を、入れてください。笑)
一旦待合室に戻ったものの、すぐに検査室に戻り、しばらくベッドで横になる。
その後、数日軽い生理痛のような痛さと出血が続くがそれに関しては全く問題無く、数日経つとすっかりその時の痛みも忘れる。
検査結果は約1ヶ月後、結果通知は来院でも郵送でもOKとのことだった。
せっかくなので来院で聞くことにする。
検査結果に関しては、私の中で留めさせて欲しい。(ごめんなさい、でもセンシティブなことだから。)
受けて良かったか?の質問には、もちろんYES。
この検査結果を受け、私は、あの20代最後の私に先生が勧めたAMH検査も受けてみようと思っている。(あの時の先生へ、やっと5年越しに受けようと思います。)
先週、乳がん検査も申し込んだ。(子宮頸がん検査は、昨年受けた。もうフリーランスだから、自分の検査は自分で受けないと。)
そういう、心境の変化があった。
私の座右の銘は、「チャンスの神様は、前髪しかない。」 (っていうと、何それ?って言われることが多いのだけど、チャンスの神様には前髪しかなくて、後ろ髪はないから、神様が通り過ぎてしまった時には既に時遅し、待ってはくれないから、神様の前髪を掴める間にチャンスを掴もう!っていうことわざ、らしいよ。)
なので、長期スパンでライフプランを考えることが非常に苦手。
今この瞬間をベストに生きるために、ベストな選択をするために、自分の身体の状態は常にベストでいたい。
まだ見ぬ2022年、髪の色を黒髪に戻すところからはじめる。


34歳、黒髪はじめと金髪最後の朝。
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月のようでありたい
「太陽と月みたい」
ある友人との関係性について、人にこう言われた時、とても嬉しかった。
いつでも、月のようでありたい。(?)
人は月の満ち欠けと共に生きていると思っていて、(女性は特に)
そんなわけで月がとても好きで、
(素敵な月の写真や月や星座モチーフが、とても好き。この写真集は、そんな月好きを知っている夫婦が誕生日プレゼントにくれた。他に集めているものは、猫のモチーフ(主にアスティエのsetsukoシリーズ)とスノードーム。)

このLE LABOの“THE MATCHA 26”は、とても月っぽいと思うのです。
いい意味で“抹茶”は、ほぼ無い。
静寂でいて、でもそこにしっかりと存在する、凛とした美しい香りがするのです。
哲学的。茶道、禅のフィソロフィー。
ウッディで、どこかフレッシュさもある。(フィグに、ベチパーやシダーウッド、そこにビターオレンジだそう。)
前にもここに書いたのだけれど、私は香りにとても弱い。香りは、脳裏に焼き付く。
だから、誰かの記憶に残りたいと、これまで香りを選んで来た。
この香りは、知的で、誰かのためじゃない、自分のための香りという気がする。
また新たに1つ歳を重ねたので、34歳、自分のために香りを纏いたいと思います。

今年の誕生日に、妹夫婦がくれた。朝の日課。

すごく気に入ってる Sophie Buhaiの月のネックレス、全然出番はない。
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KYOTOGRAPHIE 2021
生きている間に、1つでも多く美しいものを見たいと思う。1つでも多く美しい音と大切な人たちの声を聴きながら、1つでも多くのものを味わって、そういうものに心を震わせながら生きていたい。(もし、いつか死んでしまうと��たら、最期は大切な人たちの表情を目で見て、耳で声を聴きたい。)
ひとときでも長く作品と対峙して、1人でも多くの人に観て欲しいなと思いながら日々京都の街を自転車で駆け抜けていたら、気付けば会期終了まで残り1週間。早い。

2013年の第1回目の開催から毎年楽しみにしていたKYOTOGRAPHIE、今年で9回目。今年は私にとって、特別な会期に。感慨深い、感無量。
おそらく殆どの人が携帯を持っているだろうから、日々(内蔵)カメラを持ち歩いていることになり、写真を撮り、こうしてSNSにUPしたりして、写真という媒体がとてもとても身近にある。
“過去の歴史が現在にECHO(呼応)する。世界史も日本史も自分史もお互いに響き合って現在、そして未来に繋がっていく。そう考えると、今を切り撮り過去を記録する「写真」という媒体は 「ECHO」を生み出す装置とも言えるのではないか。”
この一節は、今年のKYOTOGRAPHIEのテーマである「ECHO」のものなのだけど、私はここの一節がとても好きで、私の中で呼応した。
写真は今を切り取ることしかできない。写真になった時点で過去になる。過去が今に呼応して、未来を少しでも変えていくことになるとしたら、1つでも多く美しいものを見たいと思う。1つでも多くの美しい音と大切な人たちの声を聴きながら、1つでも多く味わって、そういうものに心を震わせながら生きていたい。(と、ふり出しに戻る。)
今回のKYOTOGRAPHIEの展示たちは、私の未来を少し変えた。
まずこれまでの私のアートの見方を変えたし(知識を持って作品と向き合うことの重要さを知る。今までは目で見て感覚で捉えたら良いと思っていた。)、
震災から10年の節目であることを改めて作品を通して考え、性暴力、固来種の種保存、ジェンダーなどなどの、作品の美しさの中にある世の問題に、少しでも知り向き合い考えることの出来る時間が私の中にあったとしたら(これも知識を持って観る、ことの大切さなのだな。)、私の未来は少し変わっていく気がする。
なんだろうね、あの、美しいものを前に、泣きたくなるのは。
今年は14プログラム、10会場。(+agnès b.のアソシエイテッドプログラムがBAL4階のBAL LABにて。)
回ろうと思ったら結構1日でまあまあコンプリートできちゃうから、最後の1週間、思い残すことなく観尽くしたいと思います。

(自転車スタイル、怪しめ。)
私が超!個人的!に、メインプログラムそれぞれの好きなとこ14。
(数字は、MAPの展示番号。https://www.kyotographie.jp/exhibitions/ )
1.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/erwin-olaf/
夜の京都文化博物館とアーウィン・オラフ。(中之島美術館を手がける遠藤克彦先生のセノグラフィー、夜がより際立つと思う)
2.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/mep/
MEPの良さにもっと早く気付きたかった、ここは行けばいくほど好きになる、ラストウィーク、残り何回も行くと思う。
3.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/kaiu-shirai-and-posuka-demizu/
ロベール・ドアノーが撮るガブリエル シャネル。
4.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/richard-collasse-2/
懐中電灯の光を頼りに読む言葉と、微かに聴こえる波と音楽。
5.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/atsunobu-katagiri/
初めて知る汚染土の入れられたフレコンバックが1億個以上今も東北に残されている事実。避難出来ず残された家畜が最後まで生きようとした傷跡。そこに生けられる花とのコントラスト、忘れられない。
6.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/damien-jalet-and-jr/
JRの作品あり、残り1週間で映像作品全編ちゃんと観たい。
7.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/kazuma-obara/
匿名性の中に人生。苦しい。
8.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/chikuunsai-iv-tanabe/
それでも強く立ち続ける希望。
9a.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/ngadi-smart-1/
中へ中へと進む木の香りのするセノグラフィー。
9b.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/ngadi-smart-2/
過去の枡形商店街に残された写真たちとのコラージュ。商店街の人たちの、これおじいちゃんやねん、とかここ昔は魚屋やってん、っていう平和。
10.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/yingfei-liang/
重い。けど、全てに耳を傾けたい。展示の最後にソファー席に座って、ノートをめくる時間。こども用の性暴力に対する安全ガイドは大人も必読。
11.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/david-shrigley/
10の展示からの幸福しかないデイヴィッド・シュリグリー。日本語を隅々まで読みたい。何度行っても好き。
12.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/thomas-dhellemmes/
両足院のトマ・デレームに、揺れるガラス窓の影。
13.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/yuna-yagi/
サイアノタイプの青。八木夕菜さんのインスタに書かれていた作品への想いにまたぐっと来た。
14.https://www.kyotographie.jp/exhibitions/rongronginri/
午前中に行く琵琶湖疏水記念館、RonRon&inriに意図せず映し出される自然が生み出す光の波。













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香り
昔、いつでも憧れのお姉さんから香る香りがいつもと違って訊ねると、
“秋が来たから、フィグの香水に変えたの。”
と返って来た言葉にとても感銘を受け、すごく素敵だと思った。
季節が変わると、香水とリップを新調するの、と。
そこから、まんまと影響を受け、季節の変わり目にリップを新調することにして来たけれど、(メイクの中でリップが1番好きなのに、マスク生活ってやだね。)
香りはもっとパーソナルで、嗅ぐだけで一瞬でその瞬間の記憶に、時に抗えず乱暴に引き戻されたりもするから、出来ればそうやって誰かの記憶に残りたいと願い、長く同じ香りを纏っていたいと思ってしまう。
私は、ほんとうに香りに弱い。人工的な。

だけど、今年は、夏が来たので、香水を新調。
これまで使って来たAesopのRozuからLE LABOのROSE 31。
どっちにしろローズなんだけど。
ボディクリームもDiptyqueのローズだし、何故かローズを選びがち。
でも THE ローズな香りは苦手で、ウッディでユニセックスな香りが好み。
“森の中で1輪で佇むローズ”をイメージしているという美しい言葉に惹かれ、こちらに決定。(AesopのRozuも建築家のシャルロット・ペリアンをイメージしてますと言われ決めたのでした。)
秋が来たら、もうちょっと重めの香りにしてみてもいいかも(他に迷った、THÉ NOIR 29が秋にニットといいかもと思ったから。)と、
季節毎に香りを楽しめる大人になれる気がしてます。

NYのLE LABO。行きたいなー。

スイカにしたくて赤っぽい色だったのに、すっかり抜けて、
髪の色もローズ。

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RUN and COFFEE
京都で暮らしを始めて、2度目の夏が始まろうとしています。
(去年の夏は、世界遺産に唯一登録されている日本最古の温泉「湯の峰温泉つぼ湯」入りに和歌山まで(その時は6湯巡った、「白浜温泉 崎の湯」が好きだった。)行ったり、能登半島の最果てから和倉、輪島、能登島、七尾から富山の氷見までを温泉に入りながら2泊で横断する旅とか、生きて来た中で1番温泉巡った夏だった。)
京都で出会った友人が出来たことも嬉しいこと。

毎週火曜日・木曜日が気付けばランニングの日となり、(ランニングを週3する人としない人だと幸福度が違うらしい、勿論幸福度が高いのは週3走る人の方。)、気が付けばどんどんランニング仲間が増えて来た。
二条で集合して、三条・四条・五条まで鴨川を下がり、コーヒーブレイクしてまた上がる。
京都の街を上がって下がって、ランニングチーム名は、『AGARUSAGARU』と名付けられました。(知らぬ間に。笑)

タグラインは、“京都も、人生も、上ル下ル。” らしく、気に入ってます。笑
あー、明日は行くのやめようかなあ。って思いながら寝て、
あー、今日はもう行くのやめよう。って思いながら起きて、行く。
サボると自分に負けっていう持ち前の負けず嫌いと、
自分が行かない日に限って楽しいことがあったらどうしようっていうさんまさん的思考で、よほどのことがない限りは走りに出る。
(ウェアは、ほぼlululemon! 一度このレギンスを体験すると他履けない。自分との戦いが好きなので(?)元々長距離走は好きだけど、やっぱり年々走れなくなるんだなと実感中。ゆっくり5kmが今のところの限界。+ 今は、6/21までlululemonのオンラインセッション!)
走ってコーヒーして解散で小1時間くらいなので、週2のこのキャッチアップのおかげで、規則正しく生活出来ているのかも。
(この春は、起きたらお天気で、桜が満開で、うわ、こんな日は仕事してる場合じゃないやんってお散歩とかしてしまい、結果夜から朝まで仕事するっていう謎のルーティーンで生きていた。でも、最高だった。)
ランにコーヒーが加わっているところもモチベーションの1つで、京都のローカルコーヒーロースターを巡っている。(とはいっても、今旅行客も少ないから、朝からやってるコーヒースタンドが本当に少ない。仕方ないけど。)
人生において、コーヒーは欠かせない。コーヒー我慢してって言われたらまあまあ困る。
変わらずスタバラバーでもあるのだけれど、今年のはじめにKOHIIチームと出会い、『日本のスペシャルティコーヒー文化をテックの力で広げたい』という熱い気持ちを、きらきらした瞳(!)で語る彼らに出会ったことで、私はめちゃくちゃ感化されまくったのでした。
ちょうど飲食業界に足を踏み入れた当時、空前のサードウェーブブームで、初めてスペシャルティコーヒーというものを飲んだし、スペシャルティコーヒーが周りに当然とあり、コーヒースタンドが地域を変えていると思っていたけど、スペシャルティコーヒーの消費率は、日本のコーヒーマーケットシェアの中で15%程度らしい。この数字には正直結構驚いた。こんなにブームなのに?
(対する、アメリカやオーストラリアの数字は50%以上。)
まあ、確かに以前は何の気も無しに、毎日出勤前にコンビニコーヒーを買い(出勤時間にはまだコーヒースタンドやってない)、休憩にまたコンビニコーヒーを買い(近場のコンビニにしか買いに行く余裕ない)、打ち合わせとかでやっとコーヒースタンドの美味しいコーヒーを飲み、帰り道に大手チェーンのコーヒー(帰宅時にはもうやってない)買ってたもん。コーヒースタンドとかやってる会社にいても正直忙しい日々はそんなもんだったから、世の中まだまだそうなのかもしれない。(それにしても1日のカフェイン摂取量よ。)
KOHIIチームと出会って半年、私はたった1度しかコンビニコーヒーを買ってない。これまでを振り返ったら毎日どんだけコーヒーカップのゴミ出してたんだろう、とも思う。

(折り畳めるmyコーヒーカップ、持ち歩いてる。)
もちろん、それらのコーヒーを否定する気は全く無いのだけど(好きだし)、でも人生に欠かすことはできなくて、大量摂取するコーヒーだからこそ、地域のコーヒーロースターから買いたい。それこそが、私の中の買い物を通してのアクションであり、買い物を通しての投票なのです。
Life is too short to drink bad coffee.

だよね、ほんと。
で、KOHIIがはじめる、新たな取り組みが、KOHIIサブスクリプションなのですけど、これに関しては私が語るよりも、6/22(火)のローンチに向けて徐々に発信されるCEOとCTO、チームの想いがよくわかるKOHIIのInstagramを見て頂き、ぜひに!KOHIIアプリをダウンロードください。
(サブスクはこれからはじまる新しいサービスなのだけど、そもそもKOHIIのアプリはコーヒーコミュニティアプリとして、国内外のライターたちによる熱量の高いコンテンツが日々配信されています。読み物として動画コンテンツとして、最大限に楽しめる。)
コーヒー豆のサブスクって特段珍しくないかもしれないのですが、AIを駆使したパートナーロースターとユーザーとのマッチングが生み出す新しいコーヒー体験です。まあとにかく、私の言葉なんかより彼らの言葉が胸に響きます。
私は、純粋に彼らの想いを支持し、1ユーザとしてサブスクに登録しようと決めています。し、彼らの想いやビジョンが1人でも多くに伝わって欲しいという想い賛同型でPRを担ってます。
youtube
今やってる仕事は全部こういうチームや仕事ばかりで、嬉しいことだよね、ほんと。
(その一環として、朝から美味しいコーヒーと朝食が楽しめる、こちらもぜひに。https://www.instagram.com/hoteltounishinotoin/ )

(京都初上陸のAllpress Espresso!)

(和食には、一保堂のいり番茶。)
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AirPods Max
サンタさんに頼んだ覚えのないApple製品がクリスマスや誕生日に届き、(セーラームーンとか欲しかった)
スティーブ・ジョブズの訃報がTVから流れた日、泣きながらApple storeへ献花しに行った父の元育った私は、
無論Appleファン(信者?)です。(友人たちは、私をGenius Bar使いしてくる。)
発売当初全く興味が無かったどころか、ちょいダサな上、高すぎると思っていたのに、
Airtagケースのお会計待ちに(Airtag本体は、父からおこぼれを貰った)
良かったら1回騙されたと思って試してみてくださいと言われ、
いやいや、これには全く興味ないんですよね〜(期待してないんですよね〜)って、AirPods Maxをはめた時の衝撃が忘れられず早1ヵ月。
期待していなかった分、期待値の超え方が凄すぎて、(空間オーディオのサラウンド感とか、感動ものだった)
すっかり心奪われたものの、とにかく値段が高すぎるんだよ。あと1、2万安かったら。
だけど、あの高まりが忘れられず、昨日ふと思い立ち、ヨドバシへ。
Appleコーナーでは、AirPods Maxを全色買いましたという強者スタッフさんと出会い、(新しいiMacは2色買ったんですよ〜Appleキチガイなんで。とのこと。さすがの中村家もこれはしない。笑)
いろんなメーカーを試すこと約3時間。
勿論ヘッドホン売り場のスタッフさん一推し、SONYのヘッドホン(WH-1000XM4)とか凄かったけど、
私はヘッドホンが欲しいんじゃない、Apple製品だから欲しいのだと悟り、遂に購入を決意したのでした。

買うと決めた次は、スペースグレイ(使ってるMacBookはスペースグレイ)とシルバーという色の2択で悩み、Apple製品らしいよねということで、色はシルバー。
(色、シルバーで良かったかな?と相談したら、“あおが、今持っているということはそれが正解よ。”と、悟りの言葉をくれたDさま。笑)
“「自分」を見つけたいのなら沢山迷うこと。恋に迷い、人生に迷い、仕事に迷うからそこから自分が見えてくる。迷った時にどうするかが自分になる。”
昨日ヨドバシでめちゃくちゃ迷ってたら届いた、ゲッターズ飯田公式LINEからのメッセージ。(ゲッターズ、いつでもタイムリーに心に刺さる言葉をくれる。朝夜2回配信、毎度はっとさせられる、おすすめ。笑 )
悩んでるようで、いつも実は心は決まっていて、いつでも何かに迷ったら、1番その先が想像出来ない道を選んでしまう。こないだもその選択をしたばかり。(母には、いつも何故か果敢にいばらのみちを選ぶ姉と呼ばれている。なんで1番難しそうな道を選んでしまうの、と。)
今これを書きながら、空間オーディオの世界を聴いてる。没入感最高。これでまたお仕事頑張る。
(そもそもヘッドホン何に使うの?って言われるのだけど、主にお家で使う用。お家のHomePod Miniだと出してもいい音量に限界があるし、映画観たり(Dolby対応観るの楽しみすぎる)思う存分歌ったり踊りたいから。笑 )
わくわくするプロダクトをいつも有難う、Apple。
買うまでの間お付き合いしてくれたいろんな方も有難う。笑

(嬉しくて記念写真めちゃくちゃ撮った。笑)
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食の星、3つ
仕事を辞めたことがきっかけか、はたまた歳を重ねたからか、一度好きになった飲食店に、一途に通い詰めるようになった。
以前はとにかくできるだけ早く、1つでも多く、話題の最新スポットに行きたかった。もはや謎の使命感。
例えばそれがデートだとしても、重要なのは誰と食べるか、ではなく、どこに行って何を食べるか。(今思うと、性格が悪い。)食の好みは、譲れなかった。
昔占いで、人がそれぞれ生まれつき持っていると言われる5つの星の内、あなたは3つの星が『食・食・食』。(残りの2つが、こだわりとなんだったっけ。一緒に行った友人は『バンドマンが好き』っていう星が出てると言われてお腹を抱えて笑った。めちゃくちゃ当たっていたのだけど、本当?笑)
だから、あなたは食べることへの執念が凄いのだと。ご機嫌も食と空腹に左右され、食に関する仕事はばっちりだと。先日、たまたま会った別の人(四柱推命が趣味らしい)にも同じことを言われた。合っていると思う。
仕事柄なのか『〇〇に行くんだけど、おすすめある?』という連絡を頂くことも多い。(Hey,SiriだのOK,Googleだのと呼ばれている、飲食店検索エンジン。)無論好きな人たちに求められたら期待に応えたくなる人間ですが、前途した通り、私は性格が悪い(?)ので、これまでコツコツと長年の努力で築き上げて来た知的財産を(大袈裟だな)無遠慮に搾取されようとする時、それ相応の情報しか提供しない検索エンジンへと変わる。(性格が悪い。だけれど、何年ぶりの連絡だろう・・?みたいな時があるんだよ。)
私の母方の実家は日本料理屋、父方の実家は元家具屋、父は建築士。食をコンテンツにレストランやカフェをプロデュースする会社に結果的に流れ着いて経由したことは、人生の中での星の導きだったのだと思っている。(勝手に。)
そんなこんなで、私の人生から『食』は、切り離せないのだと思う。
どんどん話が逸れてしまったので、私が今、好きな店に一途に通い詰めている、という話に戻るのだけれど。
まあそれでとにかく、私は『食』への執着が強いのだとこれまで思い続けて来たのだけれど、これまでの私の『食』への執着は、昨年意外な程あっさりと消え去った。(このコロナの情勢が大きなきっかけではあると思う。)
1人で家で食べる食事は正直なんでもいい。このエピソード、みんなに驚かれるのだけれど、昨年のStay home期間3ヶ月間毎日(冗談ではなく、毎日。)同じ野菜スープを作り、食べ続けた。(3ヶ月目のある日突然そのスープが食べられなくなった。そらそうだ。笑) スープの前は、ささみにゆで卵を食べ続け『ローラが飼っている犬のご飯とおなじやん』と言われたりもした、偏りがすごい。今は、米に(私は、米を愛している)に納豆、お漬物に味噌汁。これがあれば生きていける。(その代わりと言ってはなんだけれど、今年味噌は自家製で仕込んだし、買う食材にも気を使ってはいるつもり、少しはね。)
何を食べるか、ではなく、誰と食べるか。
昨年の予期せぬ1年間の中で、食への考え方がぐるりと変わった。
(変わったのは、食への考え方だけではない。仕事もプライベートも。昨年の1年間は私にとってきっと経験せねばならない1年間だったのだろう。)
そこで気付いたのだ、私は外食を通して得られる体験が好きなのだと。飲食は、エンターテインメント。もはや美味しい、美味しくないかは大きな問題では無い。そこに愛があるか、ないか、そこの問題なのだ。(別に片想いでもいい。)
昨夏、食事が喉を通らなくなり、2ヶ月で8キロ痩せるという経験をしたことも大きいと思う。(3ヶ月食べ続けた結果食べられなくなったスープはこれに関係ない。)そんな時でも心許せる人たちと食べるたまの外食は、自然と喉を通った。
人生は有限で、胃袋も有限。人生において体験出来る飲食経験を無駄にしたく無い。そして、愛せる店をずっと愛したい。その代わりに、そういう思いが心に芽生えた、私の中に。
今、というか昨年からずっと、飲食業界は辛い。(もちろん、飲食業界だけではないけれど。)
近所に愛すべき定食屋があって、厳密に言うと、ここは本来居酒屋なのだけれど、この状況下でランチ営業を始めた。(というか、始めざるを得なかったのだろう。)私は何かにつけ、13:30のラストオーダーに毎度駆け込みで滑り込む。
ある時、カウンター席に、これまた愛すべき老舗居酒屋の若大将の姿があった。カウンター越しに話す若大将と定食屋の大将の会話が図らずとも聞こえた。
『僕たちは、常連さんの日常を守りたいだけなんですけどね』
おちょこを片手に寂しげな若大将の背中を見ながら、思った。私も誰かの日常を守ってくれているお店の日常を守りたいな、と。そんな力どこにも無いけど。

(定食屋で毎度楽しみにしている日めくりカレンダー。)
ということで、愛すべき飲食店たち。
(私は性格が悪いけれど、このお店たちは本当に愛しているお店!)
疲れたなって時、なんだか悲しいなって時、ふと訪れたくなる店。お腹が減っている誰をもまるっと無条件に受け入れてくれる店。距離感が絶妙な店。そんな店たちを愛している。
これはほんのほんの一部だけれど。(2店舗だけ、しかもコーヒー屋さん。他はまた別途。)
行ったらわかる、とにかく愛に溢れている。いろんな形の。
Botanic Coffee Kyoto
晴れの日も、雨の日も、曇りの日だって、ここはいい。



The Unir coffee senses
ああ、ここの人たちはとにかくコーヒーと人が好きなんだなって。窓から見える景色に四季を感じる。(5/11(火)まで休業らしい、悲しい。)




あまりにも長くなるから、ここまでにしておきます。
PS.
1話1話にグッと来て、読み終わりたくなくてぼろぼろ。笑
食とは人生。この本を読む時、決まってイノダ。


友乃ちゃん(妹)談『ここのスープは、万病に効く。』優光、優しさ染み渡る。(今はなき木屋町店。今このWebsiteを探して、一乗寺店があると知った。)

「食べ続けてくれる人の力で、なじみの味はつづいていく。」いつも有難う、サイゼリア。

そして、旅先の美味しい景色たち。この景色たちが好きなのだ!
(サンフランシスコ、バークレー。シェパニーズ!サイン本も買って来た。)



旅先のコーヒーロースターで豆を買うことにしている。待ち時間。(こちらも今はなき黒髪、昨秋長野松本にて。)

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デリケートな話。
それはある日突然やってきた。
今まで気にしたことのなかった、目の下のクマがある日突然気になり出したのだ。
鏡に映る自分の姿に驚いた。
いつからこんなにも目元が沈みどんより暗くなったのだろう。
寝不足か?確かに寝不足だけれど。
(ただ、最近朝まで眠れる日が増えた・・!嬉しい。これは漢方( 毎朝煎じている。)のおかげだと思ってる。この話はまた追って。(?) )
と、話は逸れたけれど、必死にコンシーラーで隠すも、クマは逃げも隠れもしない。
これは、クマなんかでなく “乾燥、加齢によるシワがもたらす影” なのだと、ウェブ検索で知ることになる。(なんでもGoogle先生が教えてくれる。)
慌てて周りの美容マニアからアイクリーム情報を収集し、(美容の先生である親友が、誕生日にプレゼントしてくれた!めちゃくちゃ嬉しいプレゼント。)7つ歳の離れた妹には、20代のうちにやっておくべきこととして、アイクリームの必要性を重々説いた。(その時は気付かないのだ、アイクリームの必要性など。)
アイクリームは必死に塗るし、肌が荒れたら病院へ駆け込む。美容オタクたちにスキンケアの情報を聞き、頭皮にだってそれなりに気を遣ってる。情熱はないが、人並みのケアはしているつもりだ。
なのにどうして、デリケートゾーンのケアにはこれまで無頓着でいたのだろう。
デリケートゾーンの話題は、非常にデリケートなのだ。
私がVIO脱毛に通い出したのは、ここ数年の話。(遅咲き。当時、友人がお付き合いしていた年下の彼を交えた食事の席で、20代前半の素朴で感じの良い彼が平然と言ったのだ、「女性で、処理していない人っているんですか?」と。その場に居たアラサー女子全員が凍りついた。翌日すぐに脱毛サロンに予約を入れた。まあ、彼の主張も極端だけれど。)
脱毛サロンで初回の説明を受けながら、私にまた大きな衝撃が走る。
「知っていますか?福祉の現場で1番大変なことは下のお世話なんですよ。」
脱毛の契約について説明をしてくれた女性は、シングルマザーでもうすぐ20になる息子が1人いる、と。彼はいずれ結婚して、私の老後は彼と彼の奥さんが看ることになるだろう、と。その時に困らせないようVIO処理をしている、と。
施設への入居や入院など、そういうことから、高齢になっての脱毛も多いらしい。
が、白髪になると機械が反応せず、脱毛も難しくなる。
VIOの脱毛は、これからの人生の未来設計にもなるのだ。
そして、脱毛をして私は人生で初めて自分のデリケートゾーンをしっかりと確認した。(これまで30数年も生きてきたのに。)
思っていたのと色々違う・・!
皮下吸収率が腕の42倍で、乾燥や加齢で老化するって、誰か先に教えて!(ただ、私の母は女性として自分で自分の性は守らなければいけないということを割にしっかり教えてくれていた気がする。ケアのことは、母だって知らなかったのだ、誰も教えてくれてなかったから。)
デリケートゾーンは、女性の最もたる場所であるはずなのに。
だって、生命はみんなここから生まれるのだから。
ということで、他のデリケートゾーンケアブランドも色々と試し、今は、 I'm La Floria ( アイム ラフロリア ) のものをフルラインでお試し中。( ボディソープに、ボディークリーム。そして、セラム。)

気に入ってるポイントは、2点。
ボディソープもクリームもオールインワン◎ “デリケートゾーン専用” はよくあるけれど、1本でALL OKなのは嬉しい。
なんといっても特筆すべきは、サラッと潤う美容液。美容液とは?!と思ったものの、アイセラムだってあるんだから、デリケートゾーンセラムだってあって当然。朝はシャワーの後にクリームを、夜はセラムに重ね、蓋をするようクリームを。スペシャルケア。

デリケートゾーンケアをはじめたことによる、自己肯定感が凄い。
私、ちゃんと自分を労っている・・!
自分を大切に出来ている。これぞ、ご自愛精神。
先日、朝からアメリカの大統領就任式を見て涙がポロポロ。
現役看護師さんによるAmazing grace、GAGAさま、Jloさまはもちろんだけれど、何度見てもKatyのパフォーマンスで泣いてます。笑 ( fireworkの歌詞よ。泣 )
youtube
アマンダさんのポエムも美しく、ハリス副大統領のかっこよさがまぶしい。
( もし見ていない方が居たら見て欲しい、アメリカに住む叔母と大いに盛り上がった。)
心から勇気が湧いた。
女性が勇気をくれる。
I'm La Floria ( アイム ラフロリア ) も、女性2人の共同経営者だ。 ( @harayuki09 さんと @yuki.mellia さん、2人は幼馴染で同じ名前!そんな2人が率いるチームもエネルギッシュで素敵な女性ばかり。ちなみに、2/3(水)〜9(火)まで阪急うめだ本店2FきれいきれいスタジオにてPOP UP SHOP出店。)
1月も終わり、私は何年もキープしてきた地毛の黒髪ヴァージンヘアーをハイトーンのブロンドに変えた。

私は黒髪でもいられるし、金髪にだってなれる。私には選択肢があって、何にでもなれるのだ。( もしかすると、何にもなれないかもしれない。 )
自分を大切に、" ご自愛 " ください。
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33歳、命の音
起きているのかいないのか朧げな意識の中で、確かに生きている音がした。
きっとまだ夜明け前だろう。
ホテルの部屋は薄暗く、コンタクトもしていない状態では、頭だけじゃなくそれこそ全てがぼんやりとしていたけれど、まだ生まれて数ヶ月の小さな小さな命は、今日も懸命に生きようと、隣のベットで母のおっぱいをすすっていた。
その音は何故だか私の心を深く打った。
ああ、確かに生きている音だ、と。
静かに脈々と流れる命の音だった。
小さな小さな音だった。
そうして私は33歳の朝を迎えた。
今年の誕生日「も」(あ、もう去年か)、大好きな夫婦が当日をお祝いしてくれた。旦那さんがディナーを、親友がホテルステイを、そして大きな大きな花束を夫婦がプレゼントしてくれた。今年は愛おしい僕も新たに加わった。小さな小さな僕の初めてのホテルステイ。(昨年の、あ、一昨年の誕生日に、愛おしい僕がお腹の中に宿ったことを告げられた。ややこしいな、去年だの一昨年だの今年だの。)
夫婦に祝ってもらって(祝わせて?)、かれこれもう驚く年数になった。(数字にすると怖いから書かない。)毎年、来年こそはと思うのに、結果毎年彼らに祝わせてしまうことになる。(ごめんね、夫婦。)来年こそは。あ、もう今年か。
多分、2021年私のベストアイテムランキング既に暫定トップ1な、HomePod mini。(年末に振り返ってもきっとランキング変わって無さそう。)

「葵には、最新Apple製品を。」と、贈り主。(さすがです、先輩。いつも本当に有難うございます。白と黒がある中、「白」だと選んでくれた。)
さすがApple製品同士、当たり前だけどiPhoneとの互換性が良すぎて、BOSEも良かったけど、一度使ったらもう知らなかった頃には戻れない。
「おはよう」から「おやすみ」まで、私の側に居てくれる、もはや手のひらサイズの同居人。
「いってきます」で電気もエアコンも消してくれ、「ただいま」と言えば明るく暖かい部屋で迎えてくれる。(もちろん、「おはよう」でも「おやすみ」でも同じく。)
TVの無い我が家で今日のニュースや天気を教えてくれて、気分に合わせた音楽をかけてくれる。
有難う、Siri.
こうして私の人生の節目節目に必ず変わらず存在してくれる人たちの有り難さ。
有難う、皆さん。
33歳。懸命に生きます。


貰った大きな大きな花束を生けるため、花瓶を新調。
(大事にしていたスガハラの花瓶を割ってしまったから。隣は今年の私のクリスマスツリーとオーストリアから来たサンタさんのスノードーム。この時はまだBOSE。)

散り際。

誕生日の朝突然届いたかわいい小さなお友達からのプレゼント。

妹夫婦がBirthday dinnerをご馳走してくれた。(毎週会っている。妹夫婦には大変お世話になりまくっている。ご馳走せねばならないのはこちらの方かもしれない。)バケットを頼んだら、そのままバケットが出て来た初めてのスタイル。

思いがけないプレゼント。贈ってくれた気持ちが嬉しい。朝ごはんに大活躍中。(朝ごはんは決まって、オールブラン(これじゃ無いとダメ)にフルーツ、ゆで卵にコーヒー。)

虹みたい〜NiziU〜って言ってたの覚えててくれた。光に当たるとオーロラ。スガハラの。
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旅に出るのは、秋がいい。
秋になると、思い出す景色がある。
ポートランドの小さな街並み。
ニューヨークのフェニシア。
サンフランシスコの叔母の家。
秋の夜長の食事風景。
どの景色も私の頭の中の映像は、光と影の中に映し出される。
穏やかな光の中に漂う塵と湯気。(これは海外特有だといつも思う。特にアメリカ?)
映し出される影。
秋は、いつもより光と影が美しい。自然の中に生まれる色彩に情緒が含まれる。(これらは私のえこひいき?本当に秋が関係しているかどうかは分からない。)
ステイホームの期間、松浦弥太郎さんの「場所はいつも旅先だった」を読み嗚咽した。

サンフランシスコのバークレー。紙の上に並べられた言葉から、街並み、音、声、空気感までもが順々に押し寄せ、完全に私の中に蘇って来たから。
勿論人の旅の記録なので、私の記憶ではない。しかし確かに、蘇る風景がそこにはあった。
私は無類の旅好き、とは言えないと思う。
特にリゾート地に(多分ビーチに)、興味がない。遺跡も自ら選びはしない。(ごめんなさい。)
私はまだ行ったことのない場所、建物が立ち並び人々の生活が感じられる場所が好きなのだ。
旅に出る前と出た後では違う私になる、それが旅の1番好きなところでもある。
「葵は、旅に出ると纏う量子が生まれ変わる。葵は旅に向いている。」
これを言った本人は当に忘れているだろうけど、(私の大好きな夫婦の「夫」の方に言われた言葉。私はある年、NYからポートランド、サンフランシスコを経由し東京に降り立ち、その足で夫婦に会いに行った。その時はまだ2人はカップル、だったのだけれど。)
これは、私について語られた言葉の中で特に気に入っている言葉。だから、私には「旅」が必要なのだ、とこの言葉を思い出す。
旅に出ると、私という入れものの中の空気が全て入れ替わる(ような気がする。)まだ見ぬ景色に出会い、美しいものに心震わせる。私の中の古い空気に新鮮な風が吹き込む。私は、何にしても「換気」というものが好きだ。
新鮮な空気が私を満たし、発する量子はみずみずしくなる。(加湿器みたい。私の部屋は加湿器がないと、喉が張り付いて剥がれなくなるのではと不安になる程乾燥する。)
できれば、冬が来てまた1つ歳を重ねる日が来る前に「換気」がしたい。
今年は遠くは無理だけど。
旅に出るのは、秋がいい。
写真)ステイホーム中、読みながら嗚咽し食べた朝ごはんのような昼ごはんと、「換気」中の、ほんとうになんてことのない風景たち。(その風景にこそ心が揺れ動く。)























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