cexa17

[cexa17]

【愚談：来歴】

思い出しても鮮やかなもので、虐げられていたことにすら気付けずに生きてきた。故に大人になって向き合う苦しさに苛まれる。私の抱く「当たり前」は人の言う「当たり前」からかけ離れている。そんなもの、教えてもらっていないから分からない。何が正解かばかりが浮かんでは消えゆく。きっとこれが、極論的な無知の知なのだと知る。「記憶が鮮やかなのは、その機会に多くは恵まれなかったからよ」。どんなに嘆いても、恨んでも、突き放しても、この半身からは逃げきれない。私の半分は、あの記憶で出来ている。自己評価、自己愛、自尊心。不信、抑圧、猜疑心。きっと、この世は知らぬものばかり。

[cexa17]

【再来、もしもの話】

秋は巡り来る。気持ちは変わらず、ここに在る。難しいことばかりだ。本当のやさしさは、優しいだけではないと知る。君から溢れ出すものはどれも色鮮やかで、私の色とはまるで対照的。「違うものが美しく見えるのは、慣れるまでの短い時間だ」なんてどこかの誰かが言えど、それは私たちの話では無いようだった。例えば君が支えを必要としていたら、私はすぐにこの腕を差し出そう。例えば君が泣いていたら、私は何に変えても君を抱きしめるだろう。例えば君が苦しそうにしていたら、私はその理由を取り払う努力を惜しまない。こんな気持ちにさせてくれる、君のためになら。

[cexa17]

【14番目の話】

月明かり、反射するは水面の抵抗。奥を知られまいとただ、月明かりさえも阻んでゆく。そう意固地になって隠すのは、その奥底にどれほどの暗さを隠している故か。月光が射し込む夜、海の下の秘密。そんなもの取り払って、君の心の奥のように、全ての事実が澄き通っていてくれたらと願う。君の髪は、海月のように柔らかだ。恋をする瞳は海底の真珠。長く置き去りになっていたその心を掬いとるから、暗いものまで渡してご覧。秘密渦巻く仄暗い世界で、君だけのために奏でよう。

[cexa17]

【或る幸福の話】

「妖精の羽みたいね。」

枯れた百合の花を見て、君はそう呟いた。その横顔の美しさがあまりにも眩しくて、花びらのように柔らかい君の髪を撫でる。こちらを見上げては微笑んだ、その瞳に映る私は何色なのだろう。君の心が捕らえる私は、きっと私が思うよりも綺麗なのだろうな。日々の生活に不満なんてない。満ち足りた日常の中に在ると自負している。何より夜明けの1時間と少し前、夜にも朝にも属さない時間に目が覚めたとき、君のことを考える私が居ることも、ひとつの幸福の証だ。微睡みの中で���に放った自分の言動を思い出しては、君を傷付けてやしないかと少しだけ怖くなる、それほどまでに君が愛おしい。拝啓かけがえのない日常へ。

[cexa17]

【理想論の話】

かたちを重ねて、木々たちは3度目の顔を見せた。それでも幸い、日常は思っていたよりもずっと艶やかでなく、手の届きそうな心地の良さを滞留させている。幸福にほど近いこの時間が手の内にある間は、息をすることが辞められないと思うくらいには、満喫していると言える。質実な重みより、届かないものばかりが宙を舞う方がずっと美しいと確信していた私にとってはあまりに大きな変化だろう。そして150日あまりが過ぎた今でも、彼女のことを庇うときの私は、彼女のことを「恋人」より「好きな人」だと表しがちだ。「恋人だから」ではなく「好きな人だから」一緒にいるのだと。関係性のかたちを守りたいのではなく、君を守りたいのだと。そう、伝えたいのだ。とはいえ偉そうに御託を並べたとて、必要なものはかたちではなく、こころだと私に教えてくれたのは誰がなんと言おうと君である。君の受け売りのこの言葉は、私にとって揺るがない学びになった。みんなが誰かの受け売りの言葉を使うことで成り立っているこの世界で、私はひとつの理想を見つけた。お気に入りの受け売りの言葉で、君を守りたい。君に愛を伝えたい。「愛してる」の言葉がこの世から無くなったとしても、永遠に君を表す言葉を探そう。永遠に私の言葉で、誰かの言葉に傷付く君を守り続けるから。

[cexa17]

【いつも通りの話】

日常はただ、過ぎてゆく。穏やかさは日々、増してゆくばかりだ。君と出会う前までは、愛についての現実味のない考察にばかり思いを馳せていた。でも今なら少し、分かる気がする。愛とは、例えば。君の頬を滑るこの指先が、いつもよりも少しだけ冷えていることに気付いて、君がその柔らかい手のひらでそっとあたためてくれる。喫茶店のパスタの上の、ひとつしかない温玉を君の取り皿に乗せたくなること。君の好物のオムライスばかりを作るようになったこと。寝惚けているくせに君を探すくせがついたこと。「いちばん美味しいところだよ」と言って、スイーツのクリームがたくさんついたところを差し出してくれる君。思い返せば、食べることや眠ること、そのすべてに君がいるということ。そんな陽だまりのような日々が、私の日常で、すべてだと思う。それこそがきっと、今の私に分かるただひとつの愛だ。

[cexa17]

【‎妄談：世の中について】

ある森の奥、下へ下へとくだったところに、それはそれは大きな切り株があった。ある日、切り株の元まで辿り着いた少年が、切り株に腰掛ける。すると、切り株は言った。「私に腰掛けるなんて、勇気のある少年じゃないか」 まるで、老爺のように深くあたたかい声だった。少年は言った。「ううん、勇気なんてない。この間だって、クラスのいじめっ子に言い返せなかった」。すると切り株は、「そうかい。じゃあ、君は勇気のない子だね」と言う。少年は驚いて思わず、「え？」と聞き返してしまった。「君をいちばん見ているはずの君が、勇気のない子だと言うのなら、君はきっと、勇気がない子なのだよ」と切り株。少年は押し黙ってしまった。すると切り株は、「私の言葉を聞いて、驚いただろう。そして、私の言葉に頷くことが嫌で黙っている。それが本心なんじゃあ、ないのかい」と微笑んだ。少年は、はっと気付いたように頷く。そして切り株に向かって、「君は、変なんだね」と嬉しそうに微笑んだ。「君は、変ではないものを見たことがあるのかい」と切り株。「ううん。だからね。つまり、君はとっても素敵だねってこと」と少年。「そうかい。」と言ったきり、切り株は眠ってしまったようだった。切り株を背にして、家へと帰る少年はふと、空の眩しさに目を細めた。

[cexa17]

【実談：自己愛について】

君が君を愛せる根拠なんて、私の存在ひとつで事足りるだろう。否、そうでなくてはいけないんだよ。

[cexa17]

【奪われたものの話】

自信、信頼。自分自身に向けることができていたそれが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。どうしようもなく、膝をついてしまいたくなる。「前を向かなくては」と自分のためだけに歌う。そんなとき、そんな歌の中で、君の手のひらが私の頭を撫でる。私のそれより少しだけ小さい、綺麗な手のひら。「大丈夫」と「だいすき」が、同時に伝わるようなやわらかい手つき。安心感が涙に変わる。ここで私は、新しい私を見つけてしまった。君の手のせいで、見つけてしまった。そして誰にも渡したことのない部分の心を、奪われてしまった。この責任をどう取ってもらおうか。君の人生ひとつだってもらわなきゃ割に合わないと、私はひとりほくそ笑む。そんなことを知らない君は、私の手のひらに自分の手のひらを重ねて、ふわりと笑う。ほら、また。君はそうやって、私の心を奪うんだから。

[cexa17]

【余談：喪失について】

「失ってから気づいたってもう遅いんだよ」と聞いた。その言葉を、何度も何度も聞いた。それでも、失ってから気づくのが人間だ。その言葉の意味も価値も、すべて失ってから気づくのだ。それを何度も聞いて、分かったつもりでいた自分の愚かさにすら、気づいていなかったのだから。

[cexa17]

【消えないものの話】

これまで自己完結していたはずの「自信の根拠」を、他に求めている。最近の自分を振り返ってみて、そのひとことに尽きてしまう。そんな自分を受け入れることも、できずにいる。このループを抜け出さなくてはと、やっとのことで見つけた打開策を試してみた。少しだけ、自分を好きになれていた。そんな、タイミングだった。無防備な心に向けられた、他者からの純粋な悪意。立ち直りかけた私を、再び地に叩きつけるには充分すぎる出来事。再びの喪失。染み渡っていたはずの自信が、突然虚空と化す。どこにも見当たらない、「自信の根拠」。こんな私を、私自身のこの腕で抱きしめてやりたいと思うのに。それなのに、私は今日もだって。あの日から遠ざかろうと、どれだけ遠くに歩いてきたつもりでも、消えない喪失に苛まれている。

[cexa17]

【泣きむしの話】

誰かの「あたりまえ」に成り下がることが苦しくて、辛くてたまらないと、君が膝を抱えてうずくまる。君の心の底に溜まる、暗くて苦い感情の色。淀んだ沈殿が、君が自分自身の心底と向き合うことを、また邪魔するのだろう。「あたりまえ」というラベルがついているの物事なんて存在しない。それはきっと、人間も同じように。抱きしめたその小さな肩が震えている。傷ついた君の流す涙が濁った色を吐き出していく。その涙が零れ行きついた先で太陽に透かして見ると、君の心のようにやわらかな色に見える、色水に変わる。それは君が、どれだけ傷ついたって守りたいと、変わりたいと願った強さを映した色。そして、あたたかな君の愛された記憶が生むやさしさを映した色。ねえ、だから。大丈夫、大丈夫なんだよ。2人寄り添ってきっと、その色を愛してゆこう。そして時に、私の色と混ぜて、新しい彩りを見つけてゆこう。私のこの2本の腕は、不安がる君を抱きしめるために。この2つの目玉は、君が見えない君の本心を見つめるために。この唇は、泣き出す君の背中をさする言葉を象るために。この額は、苦しむ君の皺の寄った眉間に額を寄せ合わせてあたためるために。そして、何度だって言おう。ひとりにしないと。どんなに泣き虫の君だって、決してひとりにしないから。ただ愛らしいその笑顔で私の方を振り返る、そのままの君でいてよ。

[cexa17]

【本物についての話】

友人の恋を見守ることは苦手だ。なぜなら私はいつだって、良いように利用されて上手くいけば蚊帳の外なんてことばかりだったから。それでも、本人たちが幸せならいいかなんて、友情より愛情が優先されるのなんて当たり前なのだろうなんて、諦めたいが為に冷たい言葉を吐いた。これからも友人の恋愛を応援することはないのだろうと、そう思うことの方が多かった気がする。が、私のそれは唐突な終幕を迎える。まるで少女漫画を読んでいるような感覚。嫌な部分は香らずただ、甘酸っぱさだけが耳を占める。可愛らしい友人のその姿は、至って健全な果実のようなものだった。欲しいもののために、代償を払ってでも手を伸ばす様はどうにも艶やかで美しい。彼女はその強さを持ち合わせていることが、この目にも然と映りこんだ。この恋の行先は、誰にも分からない。私にも、もちろん彼女らにも。それでいて刹那を楽しむように、その中に永遠を見出すように、ただ青く澄んだ時間をかけて往けば良いのだ。「今」は一瞬だ。どう過ごしたとしても、それは過ぎ去り過去になる。苦さを噛み、感情の矛盾に眉を顰めよ。それがきっと、その恋を「本物」を象る証となる。気付けば、瞬きの間に冬が終わり、彩る風が花開く。瑠璃色の空が菜の花を揺らす春がくるだろう。そのころ彼女はきっと、この恋を経てもっと美しくなって往くのだろうね。

[cexa17]

【密談：私たちについて】

きっと私たち現代人が上手く生きられない理由は、月より明るく見えるものを作りすぎたからだと思う。

[cexa17]

【ここだけの話】

出逢いは一期一会。世の中の人間たちは、よくそう言うだろう。数多の出逢いの中で、一度きりになってしまう出逢いもある。だからそのひとつひとつを、大切にするようにと。そこで僕は、首を傾げる。数多の出逢い？一度きり？そんなこと、心底どうだっていいのだ。その全てを対価として売り払ったとしても、足りないくらいの幸。味わった不幸も身を刺すような孤独も、相殺されてしまうほどの幸。僕は、その幸の名前を知っている。だからこそ、思う。

きっと、今の君が出来ないことを先に出来るようになって、無力感に押しつぶされ、膝を抱えてうずくまる君を、深い暗闇の底から引き上げるために、僕は君より少しだけ、早く生まれたんだ。全ては君���ためだったんだ。少しばかり先の景色を見て、少しばかり先に地面に足をつけて、ずっと待っていたんだよ。君と出会う、その日まで。僕はずっと、待っていたんだよ。

僕の幸せに名前をつけるとするならば、それはきっと君の名だよ。なんて、���対に言ってやらないけれど。

[cexa17]

【もしもの話】

好きなひとがいたとして、たとえばその子と付き合うことができたとしたら、大袈裟じゃなくて確実に、いつだって味方でいるよ。俗世で聞くような、「例え世界が君を恨んでも僕だけは」なんてこと、起こり得るはずもないけれど。たとえば君が泣くならば、いつまでだって隣にいるよ。たとえば辛くて嘘をついたとしても、決して君を責めやしないよ。たとえば言葉が信じられなくて不安になったとしたならば、君の目を見て手を握るよ。そんなことで溢れた場所にしよう。そんなことで笑える場所にしよう。いつでも君が帰って来られるように。いつでも君が笑えるように。君が前を向けるまで、君が安心できるまで、背中をさすってこう言うよ。「君はきっと、大丈夫。君ならきっと、大丈夫なんだよ。」 もしも君が私が良いと笑うのなら、大きなことは何もできないかもしれないけれど、いつだって君のそばにいて、いつだって君のことが好きだと言うよ。それしかできないんじゃなくて、それが私が君に渡せる最大限だから。これはもしもの話。いつか出逢うかもしれない、君に捧ぐ話。

[cexa17]

【やさしい日の話】

いつも通りうるさい街並みと、足早に過ぎていく人混みの中で、どこまでも続きそうで嫌になる青空を見ながら、ため息をひとつ。仕事には行きたくないと思うのが通常運転で、「仕事、行きたくねえな」と思う度に、「通常通り、問題ねえや」と思うまでになった。今日の通勤中には、ちいさな子どもが楽しそうに走り回っているのを見かけた。前も見ないでこちらに走り来て、私の足にぶつかる。子どもが転ばないように後頭を軽く支えながら、小さく笑ってしまう。母親と思わしきひとが謝りながら近づいてきて、礼を言いながら子どもの手を引いてゆく。綺麗なひとだなと思った。思わず目に入った薬指に光る愛されている証拠と結晶のようにちいさな宝物の手を引いた。遠ざかる母子は幸せそうに笑っている。細やかな仕草にやさしさが滲む。いつも通りうるさい街並みも、足早に過ぎていく人混みも、どこまでも続きそうで嫌になる青空も、少しばかり綺麗に見える。街並みは人の幸せの数で、人混みの全ては帰る家がある幸せを持つ。どこまでも続��青空だってきっと、誰かに希望を与えている。今日はきっと、良い日になるなと息を吐く。