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早退
街は平日昼間から相当に青い。吸いかけの煙草をいかれた長座体前屈のようにぐねりと曲げ、おれは豚小屋以下の喫煙室を飛び出した。腥いプードル、明日で無効になる定期券、集合住宅の沈黙。何の区別もしない。一人残らずサラミにして刻んでやるくらいの気持ちで歩く。
「動物を虐めたいと思ったことはある?」
「母さん、おれ、夏期講習があるから今夜は帰れないよ」
「気取るのも大概にしろよな」
「海は嫌い」
学校祭実行委員を睥睨する少年。出来上がったものはなに?どっかのだれかと生活ごっこ、どっかのだれかがそれを笑って、おれはいまシーフード即席麺を啜りながら、どっかのだれかと通信対戦をしている。別に、こんなはずじゃなかったなんて思わない。笑えるほど陽当たりの良い部屋。街は平日昼間から相当に青い。
「出欠を取りまーす」
「心臓の奥は飴色」
「世の中にはビート板を作っている工場もあるわけでしょ?」
「ああ、なんか涙出てきた」
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葬式まんじゅう
……とうとう目を醒ましたのですね。覚えていらっしゃいますでしょうか……わたくしを……。二年前の夏、数奇をきわめたあの惨たらしい事件によって、このような姿になってしまったわたくしを……。あなたは羊水の海をずうっと漂流して……ようやく此処に辿り着いたのですよ。意識はございますか……左様で……。粥が煮えておりますよ……なに、要らない……困りましたね……。ならばせめて、水分を摂取していただかなければなりません。少の間、そのまま横になって待っていてくださいませ……。
……午前六時に起きて窓の外へ目をやると、鉄塔がでろでろに溶けていたので、今は八月なのだなあと知る。
冷凍環状バスには亜・青年が乗っており、彼は顔面筋肉の右側だけをヒクつかせながら、「シャワーから、お湯ではなく奇っ怪な下等動物がドバババと出てくる想像をたまにします」などという独り言を繰り返していた。こうなってしまってはもう手遅れであり、一連の流れをミラー越しに眺めていた運転手は、葬式まんじゅうをあむあむと喰らい始めた。
バスから降りてスーパーに寄ったところ、さまざまな国産野菜が並べられていた。それらすべて、実は前頭葉であるということを私は知っていたから、怖くなりなにも買わずに店を出た。
家に帰るとラジオで時間をやっていた。ふうんと思って台所にゆくと、夕餉のチキンがフォークに刺されている。私は少し思い出しつつあった。枯葉を踏み潰す際に生じるさくさくとした軽妙な音が好きだ。ゆえに十一月が好きだ。なァんだ、簡単なことじゃないか……。
……いいですか、一日の終わりは夜でなければなりません。幻惑からは逃げ続けなければなりません。見た夢は忘れなければなりません。なぜならば、あなたはそれを強いられているのですから……。
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