気になったこと、些細なことをメモ。ご飯(サンドイッチかアテ)、場面転換を指すようなこと(潮目)、銭湯(サウナ)が多いかも。
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着手する勇気 初日、訪ねていって扉を開けたら、憂鬱そうな顔をしたお父さんとお母さんが立っていた。夫婦は「トヨタから指導員が来る」というだけで、おこられるんじゃないかとびくびくしていたのである。 内部の様子を見ると、プラスチック部品の成形機が真ん中に置いてあって、仕掛品、完成品がいくつかに分けて置いてあった。当初はちゃんと整理されていたのだろうけど、オーダーの変更があるたびに、できあがったものをさまざまな場所に押し込んでいたから、足の踏み場もない状態だった。 「在庫をなくす」「小ロットで生産する」ことは���頭でわかっていたのだろうけど、お得意先のオーダー変更に振り回されて、目の前の仕事を片づけるので精いっぱい… しかし、世の中の小規模な工場はどこでもそんなかんじではないか(個人もそんな感じ)。 がみがみ叱ったり、「こうしてください」とは言わない。黙って4Sに着手する。 「整理、整頓、清潔、清掃。生産性が上がらない工場は整理されていないから、物がどこにあるかわからない。まずは一緒に、品物の肩をきれいに並べて、印をつけて整理する。 それから床にペンキで色を塗り、歩行帯を作る。ふたりだけの工場なんですけど、人間って、歩行帯を作ると、ちゃんとそこをあるくようになる。不思議なもんですね。 黙々とやってるうちに、話をするようになって、お母さんから「お茶にしましょうか」と呼ばれる。昼飯も一緒に茶の間で食べるようになる。それからですと、私たちの仕事は。掃除を一生懸命していたら、信頼もされるようになる。関係が構築されたと分かった瞬間、1日でドンと変える」 彼がやったことは次のような順番だった。 1.リードタイムを短縮する ふたりが仕事をしていると、電話がかかってきて「数を増やしたい」「減らしたい」などと言ってくる。直前の変更に直面するのが中小企業の宿命だ。 そこで「リードタイムを短縮しよう」と言う。お得意先が納品の一週間前まで注文を変更してくるならば、納品一週間前までつくらなければよい。注文が確定してから作って納品に間に合うまで、リードタイムを短くしようというわけだ。 2.在庫を減らす リードタイムを短くし、不要な在庫を減らす。 3.一つ一つのパレットに看板をつける つけることで、かんばんが外れた分だけ生産する後補充生産とする。大量品は毎日仕掛け、少量品も5日のロット生産で毎週仕掛ける。 4.パターン生産の導入 Aをここまで作ったらBを作り、しかるのちにCを作るというパターンを決めること。 外れたかんばんをその順番で並べて仕掛けるパターン生産を行う。
トヨタ物語 P304 第12章 誤解と評価と
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流れを作る 流れとは、すべてが秩序立って動くことを意味する。どの車をどのタイミングで作るのかは、お客様がどの車をどのタイミングで買うかによって決まる。当然、どの部品がどのタイミングで必要かもしかりである。一個の部品から一台の車が作られ、お客様に渡れるまでの工程すべてをつかさどる秩序は、こうして必然的に決定する。自分たちが勝手につくりかえることなどできない。 「細部に神は宿る」と言うが、流れを成り立たせているのは、つまるところ、一瞬一瞬の設備のモーションであり、人の動きであり、材料の特性だったりする。この一瞬一瞬すべてが正しい秩序の下に、よどみなく流れているか。 DHBR JUN 2010 P102 改善に限界なしより
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7つのムダの比較
比較と言ってもムダは、見方変えれば無数にあるのでご心配なく。
■「つくりすぎのムダ」
1)在庫の山に費用をかけぬよう必要以上につくらない。
大野耐一だったら「仕事がないなら遊んでいろ」と一喝したかもしれない。
2)求められていることを常に頭におきましょう。<大局観備えろと
3)余分な機能のムダ
パレートの法則、実際に使われる機能は20%程度
■「手待ちのムダ」
1)作業量の改善、あるいは従業員の弾力的利用と汎用設備の利用によって、待ち時間と機械の遊び時間をなくする。
知らず知らずのうちに「手待ちのムダ」がたくさん発生している可能性が高い。何かいい方法はないものかといつも考えてしまう。
2)手待ちの時間にできることを、あらかじめ準備しておきましょう。
3) 遅れのムダ
クリティカルパスに注意を払う。手詰まった時にすぐに対処できるように
■「運搬の��ダ」
1)資材の不必要な取り扱いをなくするように作業場のレイアウトと流れを計画する。
本来であればコピー機1つとってもどこに置くのが最も合理的なのかを考えてしかるべきである。
2)まずはじめに、訪問すべきか考えましょう。
3) 引き継ぎのムダ
暗黙知の引き継ぎの難しさ
■「加工そのもののムダ」
1)やり方に疑問を持つ。それは必要か。それが望ましい結果にどんな価値をつけ加えるのか。
本来であればコピー機1つとってもどこに置くのが最も合理的なのかを考えてしかるべきである。
2)アクションや作業の前に、本当に必要かどうかをもう一度自分に問いましょう。
3) 再学習のムダ
知識、経験を保存可能にしたり、プロセスに組み込む
■「在庫のムダ」
1)在庫の山をなくすため在庫のジャスト・イン・タイム管理を用いる。
優先順位づけが独り善がりで、他人のスケジュールを考慮しないのであれば失格である。
2)目的を達成するために必要な量を見極めてから、渡す仕事を決めましょう。
3)未完成のムダ
CIなどの導入により短い間隔でリリースし、未完成の作業が増えないようにする
■「動作のムダ」
1)動作が単純化できずより経済的にならないなら自動化する。
ショートカットが使えるのとそうでないのとでは、おそらく効率が20%ぐらい違うのではないか
2) 効率化のために物の配置の見直しや情報の整理をしてみましょう。
3)タスク切り替えの無駄
マルチタスクは無理ゲー。自工程完結。
■「不良をつくるムダ」
1)品質管理と故障に対する安全策を実施する。
統一された基盤の上にカスタマイズを施さないと、あっという間に品質はばらついてしまう。
2)実際にムダが発生しないと気づきづらいムダです。
3)欠陥のムダ
テスト駆動開発、振る舞い駆動開発、CIなどを導入
◆リンク
1)トヨタの「7つのムダ」を自分の仕事に置き換えて考えてみた
http://management-frontier.livedoor.biz/archives/51676078.html
2) トヨタ式で営業マンの7つの無駄を見直してみたら
https://saleshacks.digima.com/blog/203/
3) リーンソフトウェア開発 | 7つの原則
http://tbpgr.hatenablog.com/entry/20130822/1377188407
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タレコミの内容は実に生々しい。 <トップニュースで伝えるな> <トップでもしかたないが、放送尺は3分半以内に> <昭恵さんの映像は使うな> <前川前文科事務次官の講演内容と連続して伝えるな> NHK内部の通報者は、この幹部が官邸や自民党の意向を忖度して、部下への指示を乱発しているとみている。
内部から通報者 NHK幹部が森友報道で“官邸に忖度”の衝撃|日刊ゲンダイDIGITAL
「ニュース7(N7)」「ニュースウオッチ9(N9)」「おはよう日本」 のフィルターらしい。最新じゃないので、最新は別途ありそうだけど。
ビデオカード買う口実にはよさげ。
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「0ー1」
まずはゼロからイチを作る仕事。
「1ー9」
次にくるのが1から9まで育てていく仕事です。
「9-10」
9まで出来たものを10に仕上げる仕事が次にきます。
「数字をさげない」
また、数字が下がらないように踏ん張る仕事もあります。
「マイナスー0」
そして最後は、マイナスを0にする仕事です。
就活生へ、世の中には5パターンの仕事しかない。早めに全部経験しておこう
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ピクトグラム作成時のポイント
コアメッセージを明確に定義すること
何を伝えるのか(場所の案内なのか、禁止事項なのか、注意の喚起なのか) 見た人にどんな行動を期待するのか(靴を脱いでほしいのか、履いてほしいのか、丁寧に扱ってほしいのかなど) 状況・エリアの選定(どこで使われるべきで、どこで使っていけないのか)
おもてなしの国は、 外国人の“目に優しいおもてなし”ができているか? <前編:ピクトグラム大国の実力を測る>|トッパン・フォームズ株式会社
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送金
paymo 送金じゃなくてあくまで支払い料金を立て替えてくれるだけ(収納代行業)
Kyash 送金じゃなくてあくまでVISAポイントをプレゼントできるだけ(前払式支払手段発行業)
polca 送金じゃなくてあくまでプロジェクトの参加権を買ってるだけ(購入型クラウドファンディング)
LINE Pay 送金 \ドンッ/(資金移動業)
なぜpaymoやKyashやpolcaがよくて、Osushiが法律的にアウトなのか?PayPalも諦めた日本の「送金」事情。 | hajipion.com
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今思うと、東20の意味合いが薄れてるのか。門21の門仲行きと合体して、鍛冶橋通りで丸の内北口を目指しても良さそう。

奥から東22、手前東20、写真とってるの東22のヲタ席 門前仲町のバス停が凄そう。都07が居ないことを祈るのみ。
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インテルのシェアが高い状況でデカい脆弱性が見つかって大騒ぎになるやつ、多様性を無視して単一の野菜や家畜だけを育ててたら特定の病気で一発全滅するやつと同じじゃないですか
103yenさんのツイート: “インテルのシェアが高い状況でデカい脆弱性が見つかって大騒ぎになるやつ、多様性を無視して単一の野菜や家畜だけを育ててたら特定の病気で一発全滅するやつと同じじゃないですか” (via rpm99)
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Facebookの個人回帰はなにを意味するか
Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは、毎年年初に新しいことに挑戦すると宣言し、その通り実行してきた。
毎日ネクタイを結ぶこと(2009)、中国語を学ぶこと(2010)、自分で殺した動物の肉だけを食べること(2011)、毎日プログラミングすること(2012)、Facebook従業員以外と毎日新しく知り合うこと(2013)、「ありがとう」の手紙を毎日書くこと(2014)、隔週で本を読むこと(2015)、家をスマートホーム化すること、365マイル走ること(2016)、アメリカの各州を訪れること(2017)……。いずれも本業とはほぼ無関係であった。
それが今年は「Facebookを直すこと」を目標に掲げた。具体的には、コミュニティをやいじめやヘイトスピーチから守ること、国家の介入を防ぐこと、Facebook上で費やす時間を「良い時間」にすることが例に挙げられている。
さらに宣言からちょうど一週間後、ザッカーバーグCEOはFacebookの核であるニュースフィードに手を加える方針を明らかにした。友人・家族・グループ(要するに個人)の投稿をこれまでより多く表示し、ビジネス、ブランド、メディア(要するに企業)の投稿を少なくするのだ。
いくつか前提を整理する。
まず、Facebookは人と人を繋ぐことを目的に生まれたプラットフォームであり、いつだってそれが最重要であった。
私の知る限り、ザッカーバーグCEOが、個人よりも企業からの投稿を重視すると言ったことは過去にない。ニュースフィードのアルゴリズムはこれまで何度もアップデートされたが、その目的はほぼいつも個人を重視し、企業を軽視することであった。そういう意味では、今回の発表もこれまでの方針の延長線上にある。
一方で、Facebookで流れるコンテンツのフォーマットはつねに変化してきた。かつてはテキストが中心であったが、画像が多くなり、短い動画が増え、いまは長尺の動画も多く流れるようになった。今後はVRに投資していくのだろう。画像や動画はテキスト以上にエンゲージメントを生み、ユーザの滞在時間を増やす。そのため、Facebookはアルゴリズムに手を加えながら、常にリッチなコンテンツを優遇してきた。
こうしたFacebookの変化に一早く対応してきたのは、個人ではなく、多くの企業であった。個人は自分の投稿が何人にリーチされてもあまり気にしないかもしれない。しかし企業は少しでも多くの人にリーチするため、専任の担当を雇い、コンテンツを磨きあげ、分析ツールを使い、シェアされるテキスト、ウケる画像、エンゲージメントを生む動画を必死になって模索し続けてきた。
要するに、Facebookは個人を重視したい反面、滞在時間が伸びるような「良い」コンテンツを生む企業とは二人三脚を歩んできた。リッチなコンテンツを投稿して多くのリーチを得る企業と、そうしたコンテンツを集めて(間に広告を挟みこんで)マネタイズするFacebookは、相互依存であった。
ザッカーバーグCEOのメッセージは、この相互関係に終わりを告げるものと捉えられる。
この発表により、Facebookの株価は一時5%下げた。注意しなければいけないが、ザッカーバーグCEOは収益源である広告を減らすとは言っていない。広告はニュースフィードのアルゴリズムとは無関係に挟みこまれるので、その前後が個人の投稿であろうが企業の投稿であろうが、変わらず配信され続けるだろう。つまり、広告売上に直接的な影響はないはずである。
しかし、企業からの広告以外の投稿を冷遇するとはっきり言われては、広告も含めたFacebookへの投資を控える企業は出てくるかもしれない(つまり広告出稿量が減る)。あるいは、個人の投稿を重視した結果、皮肉にもユーザの滞在時間などが減り、結果として広告の露出機会が減る可能性もある(つまり広告露出量が減る)。
反面、企業は失ったFacebookでのリーチを補完するため、広告にさらなる投資を行うという選択肢もある。この場合、Facebookの収益性はむしろ上がる。
前述の通り、Facebookは常に個人を重視するプラットフォームであった。しかし今、改めてこのような宣言をしたのはなぜだろうか。
一つ考えられるのは、企業からの投稿が増えるほど、人と人を繋ぐというFacebookのアイデンティティが薄れるという危機感だろう。トランプ旋風以降、フェイクニュースの蔓延についてずいぶんFacebookが槍玉に挙げられたことも、個人回帰の原因かもしれない(個人に回帰したところで正しい情報が伝搬するとは限らないが、少なくともプラットフォームとしての責任は薄れる)。
企業からの投稿が増えて洗練されていくのと同じように、個人からの投稿が増えているのであれば問題ない。しかし過去、多くのプラットフォームでは、投稿されるコンテンツの質がだんだん良くなる一方で、投稿するハードルがだんだん上がり、投稿する人はだんだん少なくなるというのが定番のコースであった。
たとえばブログは、もともとなんでもない人のものであったが、いつの間にかセミプロ〜プロの発信ツールとなった。YouTubeはあえてプロであるYouTuberを重視する方向へ舵を切った。Facebookも制作費をかけた動画コンテンツを集めるなど、その道を歩んでいたと言える。大雑把に言えば、FacebookはYouTube化し、YouTubeはテレビ化する道を歩んでいた。
しかし、Facebookは個人に立脚するプラットフォームというアイデンティティに立ち返ることにした。
言うまでもなく、これは難しいミッションである。Facebookの個人回帰は、Facebookに投稿する個人がいて初めて成り立つからだ。しかし、どのようなプラットフォームにも旬がある。これまでの多くのプラットフォームが、一時的に多くのコンテンツを集め、それから誰も投稿しなくなり消えていった。
Facebookはいまも成長を続けているが、旬のプラットフォームという座は傘下のInstagramなどに奪われて久しい。実際、Snapchatからインスパイヤされた「24時間で消える」Storiesは、Instagramでは大成功を収めたのに、Facebookでは話題にも上らない。
「若者のFacebook離れ」というフレーズはもう何年も言われて聞き飽きた感もある。しかしローンチから14年近く経ち、これからまたFacebookへ積極的に投稿する人達が増えるのだろうか、というのは大きな問題である。また、仮に個人からの投稿が理想的に増えたとして、それが企業からの投稿のようなエンゲージメントを生むのだろうか、というのもまた別の大きな問題である。
要するにザッカーバーグCEOによる個人回帰への挑戦は、栄枯盛衰の激しいネット業界において、FacebookはFacebookであり続けられるかという挑戦である。しかし、Facebook社が、今もFacebookの、ニュースフィード上の広告からほとんどの収益を生んでいる以上、乗り越えなければいけない挑戦でもある。十年後もみんなFacebookを使っているのか……その答えを一番気にしているのは、結局のところザッカーバーグCEOなのだ。
(おことわり:過去の所属や現在の所属とは無関係に中立的な立場で書いたつもりだが、筆者はFacebookで働いていたのでFacebook株を持っている)
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Firefoxにもう一度チャンスを与えるべきときが来た…v57はMozillaの最高の自信作 | TechCrunch Japan
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