Tumgik
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洛陽
「レオナさん、俺を信じて!」
頰に炭をこびりつかせたハイエナは、目の前のライオンに請うた。ハイエナの薄花色の瞳は、周囲の炎を反射してギラギラ輝いている。全て、燃えていた。彼らの故郷が、王国の要の王宮が、人々で溢れていた城下町が、そしてラギーが愛した家族と仲間がいたスラムが火の海になっている。そんな絶望的な状況でもラギーの眼差しはレオナをまっすぐに射抜いている。
「レオナさんが生き残れば、この国はなくならない。あんたが生きている限り、オレ達の快進撃も終わらない!だから、」
だから、俺とこの地獄を生きることを選んで。震えた声は、背後から迫る暴徒の雄叫びにかき消された。マズい、追っ手がこんなところにまで...!じわじわと冷や汗が浮かび上がる。早くレオナさんを逃がさないと。動揺を隠せないラギーを先程から無言で見つめていたレオナが、すっと腕を伸ばした。その男らしい筋肉質な腕は、ユニーク魔法を酷使した弊害で乾燥し、痛々しくヒビが入っている。限界を物語るその手のひらで、レオナはラギーの頰についた炭を拭ってやった。その手つきは優しく、酷く大切なものに触れるように慈愛に満ちていた。
「やれ、ラギー。」
その返事に頷いて、ラギーはマジカルペンを握った。レオナに意識を集中させ、呪文を唱える。呪文を唱え終えた瞬間、緑の閃光がレオナの体を包んだ。1ミリの失敗も許されない。
「ァア”アアァッ!!!!!グッ...!!!アあァア!!!!!」
何故なら、
「.......グル、グルル....」
何故なら、オレはレオナさんを獣に変えたのだから。不愉快そうに唸るライオンの足元には、レオナさんが着ていた洋服が落ちている。これは、姿を一時的に変える魔法でも、他人の目を欺く魔術でもない。正真正銘、人を別の動物に作り変える禁忌の呪いだ。体が変わるだけではない、知能も獣のレベルに下がる。動物に魔法は使えない、というのも、使うという”発想”がないからだ。今のレオナさんは魔法を使うどころか、魔法を使うという思考にすらたどり着けないのだ。ここまで大掛かりな魔法を使わなければ、敵の包囲網をかいくぐってレオナを国外に逃すことなど不可能なのだ。
この呪いを知っているのは俺とレオナさんだけ。つまり、レオナさんが元の姿に戻るには、俺もレオナさんと生き延びて安全な場所に逃げたのち、呪いをといてあげる他に道はない。俺が発案したこととはいえ、責任の重大さに胃が重くなる。もし、俺が命を落とすようなことがあれば、レオナさんは一生−....
「ギャッ!!!」
思考の渦に飲み込まれそうになった瞬間、頰に生ぬるい感覚を覚えてラギーは飛び上がった。ライオンのレオナが、ラギーの頰を大胆に舐めたのだ。ラギーと視線が合うと、いかにも不服そうな顔でグルルと喉をならした。早く出発するぞと言わんばかりにラギーを頭で押してくる。
「...あー、その顔はお腹空いたんスね...」
幸いにも、ライオンのレオナはラギーに好意的な様だ。餌を求めてくる限り、ラギーを飼育係だとでも思っているのだろうか。まぁ、変身した途端に敵視されて食い殺されるよりはマシっスけどね...。と心の中でゴチながら、空腹なライオン急かされて、ラギーは一歩を踏み出した。一人と一匹は背後の燃え盛る王国に一目もくれず走り出す。
「ぜってー元の姿に戻してやるッスからね、俺の王様!」
アンタと一緒なら、きっと出来ないことなんて無い。まぁ、そのライオンの姿のままでも、一生愛してあげますけどね。ライオンのレオナさんが、いつもの不敵な笑みを浮かべた様に見えたのは、俺の見間違いかな。
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epiphany
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summer sea
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木漏れ日
「紹介する。彼女がお前の...母親だ。」 いきなりの事で、私は何も言えずパパの隣に座る女性を見つめた。聡明そうな瞳は、私の瞳と同じヴァイオレットの色をしてる。それに、透き通るような肌と白銀の髪。一見儚い美人の様だが、キリッとした目元と堂々とした佇まいが何とも威圧的だ。この人が、私の母親なの?
私はこの国の三大財閥の一つ、ブレーダッド財閥のトップ、ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドの一人娘として生まれた。物心ついたころには母親はおらず、パパがシングルファザーとして私を育ててくれた。母親がいなくて寂しく思った事はあれど、パパは優しく愛情いっぱいに育ててくれたから、不満に思った事はなかった。小さな頃に一度、パパに訪ねた頃がある。 「ねぇ、ママってどんなひと?やさしい?きれい?」 パパと一緒に見ていた子供向けアニメに出てくる主人公の両親。優しくて綺麗なお母さんと、優しくて頼りになるお父さん。二人が仲睦まじく寄り添う場面を見て、私の母親はどんな人なのか、パパと寄り添う女性は誰なのか気になったのだ。突飛な質問にパパは少し驚いていたが、すぐにくしゃっと微笑んで言った。 「あぁ、綺麗なひとだよ。少し気難しいが...根は凄く優しい。」 「ふぅん。パパ、ママにあいたい?わたしもいつかあえるの?」 「会えるさ。ママは今、少し忙しいんだ。ひと段落すればお家に帰ってくるよ。」 パパは真摯に答えてくれた。パパは私の瞳を覗き込むと、ふと悲しそうな、どこか傷ついた表情をした。私の頭を撫でながら、パパもママに会いたいよ、そう言ったパパの声は震えていた。かっこよくて、やさしくて、大好きなパパ。そんな彼を悲しそうにさせてしまった事に幼いながら罪悪感を覚え、それ以降ママの話をした事はなかった。 それも数年前の話だけれど。私は16歳になった。パパに聞かなくても、母親の事は自分で調べた。パパの名前を検索しただけで、結婚相手について沢山のニュース記事がヒットした。それもそのはず、相手は三大財閥のフレスベルグ財閥の跡取りだった。三大財閥の跡取り二人の結婚とあって、世間は大騒ぎだったらしい。 『ビッグカップル、別居の報道!経営方針の違いとすれ違い生活が原因か』 記事をスクロールしていると、別の記事の見出しが目に止まる。クリックしようか迷ったが、母親の事を笑顔で話す父親の姿が思い浮かんだ。この記事をこっそり読むのは、父の思いを冒涜してしまう様で憚られた。結局私はそれ以上検索するのをやめ、パソコンを閉じたのだった。16年もパパをほっておく人だもの、どうだっていいじゃない。きっと家に帰ってくるつもりなんて無い。どんな性格でも、どんな見た目でも、私の人生に関係ない事だわ。 関係ない事、だと思ってたのに! 目の前に座る女性を穴があくほど見つめる。パパは心配そうに私と母親を見守っている。 「私の事を無理に母親だと思わなくていいわ。あなたたちを置いて行った事を、言い訳するつもりはない。」 表情一つ変えずに彼女は言い放った。なんて無礼なひと!じわじわと怒りがこみ上げてきて、私もつい応戦的になってしまう。 「言い訳するつもりはないって、説明するのが面倒だからですか?私に責められたくないからですか?」 「そういう訳ではないわ。貴方の怒りはもっともだと思っている。私が家を出て行ったのは、フレスベルグ財閥の改革のため。腐った巨大財閥の膿を出し切るには、財閥内外の敵と全面対立する必要があった。貴方や貴方の父親は、ブレーダッド財閥の人間。フレスベルグの問題に巻き込む訳にはいかなかった。...改革は、終わったわ。財閥の優秀な跡取りも見つけた。」 「それって家族より仕事を取ったって事ですよね。仕事が終わったからって、ほっておいた家族の元に戻るなんて都合が良すぎませんか!」 淡々と話す目の前の女性に無性に腹が立った。この人のせいでパパはあんなに寂しそうだったのに、傷ついたのに悪びれもしない。私は勢いよく席をたつと踵を返す。こんな人が母親だなんて!パパが選んだ女性はこんな自分勝手な人なの?!私は認めない、と心が叫んでいる。パパの呼び止める声を背に、私は部屋を去った。 あの口論の後、私は自分の部屋で一晩中泣きはらした。私に母親はいないのだと割り切って生きてきたのに、突然私の目の前に現れて。今まで考えないようにしていた負の感情が溢れ出してしまった。パパを、私を置いていった癖にって。私は泣きながら、いつの間にか眠ってしまったらしい。目を開くと、窓から柔らかな朝の日差しが差し込んでいた。 お腹すいたな。泣きはらした目をパパに見せるのは恥ずかしいから、そっとキッチンから食べ物を取ってこよう。そう考えて、そろりと階段を降りる。するとリビングから話し声が聞こえた。 「やっぱり私、来るべきじゃなかったわ。あの子が起きる前に家を出ないと。」 この声、あの人じゃない...!もう帰ったと思ってたのに!せっかくの清々しい朝に、気分がどん底まで落とされる。どうやらパパと話し合っている様だ。壁の影から、リビングにいる二人を盗み見る。 「そんな事言わないでくれ。昨晩は急で、あんな事になってしまったが...時間をかけて話せばわかってくれる。」 「言葉の足りなかった私が悪いのよ。置いていかれた子供の気持ちは、痛いほど知っているのに...。」 懺悔する様にポツポツ話す彼女は、あんなに威圧的に見えた昨日とは真逆に、迷子の少女の様だった。 「エル。」 パパは優しい声で彼女を呼ぶと、壊れ物に触れるかの様な手つきで彼女の涙をぬぐってやった。彼女のヴァイオレットの瞳が、涙に濡れて輝いていた。大きな瞳はパパをまっすぐに見つめている。 「ディミトリ、貴方は...私が憎くないの。」 「憎いものか。結婚したいと言ったのも、君を待つと言ったのも俺だ。君がこうして帰ってきてくれただけで、これ以上ないほど嬉しい。」 パパはかがんで、彼女とコツンと額を合わせた。幼い頃俺が泣くと、こうして君が慰めてくれただろう。そう言ってパパが少年の様に笑うと、彼女も少女の様にくすぐったそうに笑った。「馬鹿ね、それは貴方がおでこを怪我した時でしょ。今は関係ないじゃない。」と言って。大人の二人が、子供の様に無邪気にじゃれ合っている。窓から差し込む太陽の光が、祝福する様に二人を照らしていた。見ているこちらがこそばゆくなるくらい、その空間は愛にあふれていた。 パパ、世界の誰より幸せそうだわ。こんな場面を見てしまったら、文句を言って二人の邪魔をするのが馬鹿らしくなってくる。それに...私も、こんなに愛し合っている人たちの間に生まれた子供なんだって、誇らしく思えた。 「今日は帰るわ。あの子とはゆっくり、時間をかけて話し合っていく。」 「そうだな。あの子のペースに合わせよう。」 パパは口ではそう言うものの、やはり離れがたい様だった。身支度する彼女を、飼い主を見送る犬のようにしょげながら見つめている。いてもたってもいられず、私もリビングに入った。 「別に、私はいいけど!貴方が家にいても。」 突然現れた私に二人は驚いた顔をしたが、その言葉を聞くとふっと表情を緩ませた。ありがとう、と私の母親は震えた声と微笑みで応えた。あどけなさが残る母の笑顔を見て、パパは彼女のこういう柔らかいところを好きになったんだろうな、と漠然と思った。少し気恥ずかしい沈黙が流れると、パパががばっと私たちを抱きしめた。 「やっと揃った。」 世界で一番幸せな男は、自分の家族を抱きしめて喜びを噛みしめていた。
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花と雨
「どこにいるんだ、エル!」
大きな花束を抱えた美丈夫に、すれ違う人々は振り返り興味の視線を向ける。彼は他人の視線など気にせず、周囲を見回した。グレーがかった青の瞳は、瞬きもせず誰かを必死に探している。
今日は恋人との記念日だった。お互い忙しい身で、普段は中々会えないからこそ、今日の夜くらいは二人でゆっくり過ごそうと約束した。しっかり者だが、プライベートではぐうたらに過ごすのも好きだという可愛らしい恋人に合わせて、今夜はディミトリの家でくつろぐ予定だった。この日を心待ちにしていたディミトリは、忙しい時間の合間を縫って買い出しに勤しんだ。あの娘の好きそうな食べ物、映画、ゲーム...彼女の好みを知らず、随分苦労した。「記念日なんだ、花束くらい贈らなくちゃ。」そう言うシルヴァンに引っ張られて、花屋で花束を買う流れになった。一目惚れしたのは真紅の薔薇とかすみ草の花束だ。エーデルガルトがその花束を抱えて微笑む姿が、自然と思い浮かんだのだ。いや、その姿をこの目で見たいとディミトリは思った。 即決して購入した花束を抱えて、ディミトリは彼女との待ち合わせ場所に現れた。まだ、予定の時間には早すぎる。浮かれている自分が恥ずかしかったが、早く彼女に会いたい一心だった。こんな大きな花束を見たら、彼女は恥ずかしいと怒るだろうか。それでもいい。早く俺の目の前に現れて、いつもの様に「全く貴方は!」とふてくされる姿を見せて欲しい。それすら愛おしいんだ、エル。初恋の女の子。そして俺の、恋人。 予定の時間になっても、彼女は現れなかった。電話も繋がらないし、メッセージは既読すらつかない。彼女の身に何かあったのか。嫌な予感がすると思った。突然震えたスマホのスクリーンは、『先生』からの着信を告げていた。直ぐに応答すると、先生はめずらしく動揺している様だった。 「ディミトリ、落ち着いて聞いて欲しい。エーデルガルトが、失踪した。」 あまりの衝撃に、時が止まった。周りの雑音も、電話越しの先生の声も、ディミトリの耳にはまるで入ってこなかった。「誰も連絡が取れない。ヒューベルトが言うには、彼女の家は既にもぬけの殻だったらしい...自分で色々と整理してから姿を消している。だから事件性は無いだろうが...ディミトリ、大丈夫か。」 頭の処理が追いつかない。後でかけ直す、と先生に手短に伝え通話を切った。エーデルガルトが、失踪?数日前に、今日の予定について連絡したばかりだ。いつもの様に彼女からのメッセージはそっけなかったが、あの日だけは珍しく、『記念日、楽しみにしてるわ。』と素直に伝えてくれたのだ。これは悪い白昼夢なのではないか。今聞いたことは全て間違いで、この人ごみの中に、エーデルガルトはいるのではないか。受け入れたくなかった。この目でエルは来ないのだと確認しなければ、諦められるはずなどない。 ディミトリは人ごみをかき分け、一人一人の顔を確認して回った。無意味な行為だと心のどこかで分かっていた。それでも、彼女に似た髪型や体格の女性を見つけると期待せずにはいられなかった。淡い期待は裏切られ続け、沈んでゆくディミトリの気持ちを表すかの様に、雨が降り始めた。周りの人ごみは雨を避ける為、それぞれ屋内に消えてゆく。ディミトリは傘もささず、それを呆然と見ていた。濡れることなど、どうでもいい。頭の中はエーデルガルトで一杯だった。姿をくらます素振りなど、ほんの少しも無かったのに。幼い頃の様にまた突然、俺の前から居なくなってしまうのか。奇跡的に再会して、また奇跡的に君が俺のことを好きだと言ってくれたのに。やっと君の手を取れた。ここから始まるのだと、泣きそうなくらい嬉しかったんだ。それなのに。 「エル、どうして君は、いつも俺の手をすり抜けていってしまうんだ...」 ディミトリを慰める様に、雨はやさしく彼を濡らした。彼の手に握られた花たちは、雨に降られて花びらを水たまりに散らしていた。
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何を戸惑っている、早くその刃を自分に向けろと青色の瞳が訴えかけていた。
キャメロットの太陽の下、佇む君のやわらかい金髪と、そこから覗くスミレ色の瞳が好きだった。透き通る白い肌に、形の良い鼻と唇。君の一つ一つが何故こんなにも綺麗なのだろうと思っていたし、絵に描いたような君の唇がいつもすこしカサ付いているのがいかにもらしいと、好ましく思っていた。あんなにも好ましく思っていた、のに。
目の前の君は雨に濡れている。髪は雨水に濡れて苔の様に緑がかって、瞳は濁流のように怒りに渦巻いている。白い肌にはどす黒い血が。形の良い唇が、私を親友だと当たり前の様に言ってのけた耳障りの良い声が。��を殺さんと殺意を向ける。悲痛な雄叫びだった。 妥当な怒りだとも。王の信頼を裏切り、同胞を手にかけ、君を裏切った。君の大切な人を二人も、この手で一方的に葬った。君に私は殺されるべきなのだろう、それでこそフェアなはずだ。 でも私は君を殺すために剣は振り下ろせない。まだ終われない、倒れるわけにはいかないのだ。彼女の命がかかっている。不貞の罪を被り、王の後ろ盾もない彼女を一人置いていくことができようか。今、君に倒されるわけにはいかない。そう心は決まっているのに、私は君を殺せないんだ。馬鹿な男だろう、愚かな人間だろう。今だってどうしたら命を取らずにこの戦いを終わらせられるかずっと計算しているさ。君を殺さないためになら、私は君にだって剣を向けられる。 刹那。辛抱ならなくなった君は、感情のまま 獣の様に、牙をむいた。 そこからの記憶が思い出せない。思い出せるのは、足元に広がった鉄の海。赤に染まった、君。なんという理不尽。なんという不幸者。あんなに包み込む様に私の名前を呼んでくれたのに。当たり前の様に手を取ってくれたのに。私は君を選べなかった、選ばなかった。君の大切なものを壊して、忠義の君をあんな獣の様にして。あまつさえ、君から妥当な裁きを受けることを私は拒否したのだ。じわじわと土に混ざってゆく赤色は、君が現世から消えてしまうことを意味しているようで、私は。 もし時間がもどっても、私はきっと��じ運命しか辿れない。私はこの身を彼女に、恋に捧げるだろう。彼女の命を救えたことだけは、今でも正しかったと心から思えるのだ。それなのに、この失望感はなんだ。 暗闇に浮かぶ月。 君は太陽の騎士だったか。太陽を私は殺したのだな。だからだろうか、ずっと夜が明けないんだ。 ほのかな月明かりは、静かに慰めるように、道を照らしていた。疲れ切った体を引きずって歩いて行くと、そこは湖。 私の、始まり。君の、終わりの始まり。 戻らなくては。 どこに? 月明かりはもう来た道を照らしてはいなかった。照らすのは、水面だけ。そうか、私の帰る場所は、ここか。王のいない地上など、君のいない地上など。私の居場所ではないな。重力に従うように、私は水に沈んだ。ああ、冷たい。やはりこの世界には、君はいないのだ。遠ざかる月の明かりを見つめながら、私は、君の声を思い出した。思い出そうとした。おもい、だせなかった。 あぁ、ガウェイン卿、きみはどこに、
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壊れてからも優しいまま
「…マスター、気分はいかがですか?」
コツ、と自分の靴底が地面と触れあうたび、心地よい音がひんやりした空気を震わす。
コツ、コツ。
一歩一歩を踏みしめる様に、愛しい人の横たわるベッドへ近づく。ベッドの直ぐ側で膝を折り、かがみこむ様な膝立ちになる。袴越しでもわかる、フロアの冷たさ。そんなものを気にとめるわけはなかった。
そっと眠る彼の黒髪に触れる。毛先からなぞる様に頬に手を滑らせる。頰の表面はひんやりと冷たいが、徐々にじわじわと自分の手のひらに熱が伝わってくるのを感じた。
(まだあなたは生きている。あなたの血は流れている。)
それだけで瞼がじわりと熱くなるのを感じた。安心したのだ。
それと同時に彼の柔らかい微笑みを思い出した。透き通る青色の目を輝かせ、目尻をかすかに下げて口角を上げる彼。ハツラツとした音色が自分の名前を呼ぶ、いつしかの記憶が脳裏で再生された。しかし、目の前の彼は青白い肌をして死んだ様に眠っている。現実を突きつけられ、自分の無力さを嘲笑われている様だった。
情けない、英霊たる私が。ルーラーたる指導者の地位にいる私が。
「...あなたのことになると、こんなにも哀れに打ちのめされてしまうのか。」
マスターの意識が失われた。ほぼ一日をベッドの上で過ごし、目を覚ましても朦朧とした状態らしい。そんな話を聞いたのは2日前のことだった。カルデアは混乱状態に陥った。唯一のマスターが、人類史の最後の希望の命の光が消えかかっているのだ。魔術師たちやカルデアの職員たちは文献を漁り、各自の得意分野で原因解明を試みた。しかし2日経った今でも進展はなく、マスターの意識は失われたままだった。せめてもの面会として、希望したサーバントはつかの間だけ、一人づつ彼の眠る寝室に見舞いに行くことを許された。もちろん天草四郎も、その一人であった。
「...あなたの後輩に、意外そうな顔をされました。心外ですね、私だって人の心配くらいする。」
「特にそれが、想い人なら。サーバントといえど、心が2日間も波立ったままでは顔つきもいくらかやつれた物になるでしょうとも。」
返事は無い。代わりに人工の白い光が部屋を照らしつけるだけだった。
それでも彼の頰をなぜるのをやめなかった。
相手の意識の無い中で相手の体に触れるなど無作法にもほどがある。それでも、彼に触れていなければどうしようもなく心細かったのだ。青色の目が見えない。あんなに暖かかった体温も消えかかっている。声が、楽しげに自分の名を呼ぶ声が聞こえない。私の長い髪が好きだと言って笑って、くれない。彼が自分の元から離れていってしまう。不安だった。彼をこうしてしまった物の原因すらわからず、このやるせなさをどこへぶつければいいのだろう。とうの昔に枯らしたと思っていた涙さえ今なら流せると思った。
「…ぁ、ま…さ….」
か細い声が、張り詰めた空気を揺らす。
彼だった。
ぼんやりと力なく目を開いた彼は、こちらを不思議そうに見つめた。
(あぁ神よ!)
自分の頰にぬるい水滴が一筋流れ落ちたのを感じる。
すると彼が口を微かにはくはくと動かす。
長い間水を飲んでいなかったのだ、喉が渇いて声すら十分に出せないのだろう。
「えぇ、えぇ、天草です。あなたの天草四郎です。ここにいますよ。」
頰に伝う涙を拭うことさえ忘れて、彼の右手を自らの両手で包み込む。体を蝕まれている彼を心配させまいと、できるだけ落ち着いた声で、いつも通りを装って話しかける。
「本当に良かった。目を覚まされたのですね。直ぐにでもドクターに知らせなくては。」
彼の側から一瞬でも離れるのは心細い。それでも、この状況下では理性的かつ的確な判断をしなくては。彼をこのまま抱きしめて縋り付いてしまいたいと思う自分を抑えて、彼の手を握る両手を解いた。解こうと、した。
ほのかに彼の手に力がこもったのだ。彼の顔に目を向けると、こちらをじっと見つめた彼と視線が交わる。どうしたのです、と声をかけようとすると、彼はもう片方の手で壁側のキャビネットにのった花瓶を指差した。
かすみ草。小さい純白の雪の結晶が細い茎にのったような。
(こんなもの、先週訪ねた時にはなかった。….他のサーバントたちが見舞いに花を持って行くところも見なかった。)
「….あなたが摘んだのですか?オルレアンにレイシフトした時ですかね。」
彼が無言で頷く。
花を、愛でたいのだろうか。
体を侵された彼は本来、一般人だったと聞く。記憶をなくしているとはいえ、自然は人間にとって身近でかけがえのないもの。彼もかの日常では毎日それに囲まれていたのだろう。本能で自然を、カルデアには存在しない木花を求めているのかもしれない。それなら、彼の枕元に花を移動させよう。ドクターへの報告はそれからでも間に合うだろう。
花瓶を取ろうと立ち上がる。いざ花瓶をキャビネットの上から持ち上げると、その花束の大きさに気付かされる。両手で抱え込まなければいけないほどだ。
花瓶を両手で前に抱えて、ベッドの側まで運ぶ。彼の目線に花が来るように枕元でそのまま屈んでみせた。
彼はその花と、自分の顔を見て微かに口角を上げた。彼が、笑った。
「….あま、さ、...っよろこ、か、….な、て」
苦しいだろうに喉から声を絞り出すのをものともせず、彼は自分に向けて弱々しい微笑みをたたえてみせた。
『天草が、喜ぶかなって。』
理解した瞬間、自分の喉から嗚咽がせり上がってくるのがわかった。視界はぼやけて、それでもかすみ草の甘い香りが鼻から流れ込んでくる。
私が、泣いたから。彼は自分の体よりなにより、私を慰めようと私に花を運ばせたのだ。彼が花を愛でたかったのではなく、私が美しい花を見れば喜ぶかもしれないと。
「…綺麗です、マスター、」
「っ、ありがとう、ございます...」
涙で顏はぐしゃぐしゃだろう。みっともない、みっともないのに、感情の波が体内で暴れて、彼への愛おしさが押し寄せて、涙が止まらない。
あなたはやさしい人だ。壊れてしまおうと、あなたはやさしいまま。私が敬愛してやまない、あなたのまま。
お題:確かに恋だった様から。
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// L O S T M Y H E A D // L O V E
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// S H E L A Y S D O W N // L O V E
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貴方はなんかかきたいと思ったら『好きすぎて顔がまともに見られないガエアイ』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。
「….あの」
「ボードウィン特務三佐」
「これは….」
目の前の低めのガラス張りのテーブルの上には、これでもかというほどの色とりどりなボトルが敷き詰めてある。ダイヤと見間違うような彫刻をなされたガラス製の容器に入ったウィスキーに、重厚な緑のビンテージワインボトル、黄金に輝くシャンパン….どれもこれも、自分には不釣り合いなものだというのがアインにも分かる。
それになにより、何故自分は上司と同じソファに腰掛けているのだろう。
「なに、遠慮するな。好きなのを選べ」
ボードウィン特務三佐が先ほどから自分の顔に穴が開くんじゃないかと思うほど熱心に見つめてくる。ただでさえ間近に彼が座っていることに強張っているのに、視線に追い打ちをかけられているようだ。
(自分は試されているのだろうか)
ちら、と彼に目線をやると、案の定視線が交差する。すると大真面目な顔をしてこちらを見ていた彼が、にかっと人の良い笑顔を振りまいてきた。
彼の笑顔はとびきり暖かい、と、思う。育ちの良��からくる品性なのか、彼の柔らかい目元と整ったマスクからか、嫌みのない笑顔だ。それが自分だけに向けられていると思うと、なおさら。包み込むような暖かさとは違う、ただ一方的に自分が照らされているような感覚。それでもこの人の側は、居心地が良い。
(しかし、これは何というか)
(相当恥ずかしい状況なのでは…)
拳二つ分あるか無いかの距離に座った笑顔の彼と見つめ合う自分。頭がやっと状況に追いついてきたようで、全身の血液がいっきに勢いを増した。とても彼を見つめていられなくて、テーブル上の酒を選ぶ振りをして目をそらす。
「あまり酒を口にしたことはないのですが、…これ、とか」
指差したのは透き通る蜜色の液体。
「それはウィスキーだな。少し強めだが、まあ割ればお前でも飲めるだろう」
「やはりお前は見る目がある、俺の好きなブランドだ」
上機嫌に自分の肩をぽんぽんと叩かれる。思ったよりもボードウィン特務三佐の手は大きい。手のひら一つで、自分の肩を覆い隠してしまえる。純白の手袋の上からでもわかる。成人男性のそれだった。綺麗な手だ。
(きっと自分の顔より大きい)
(顔にこの手を添えられたら、きっと暖かいのだろう。それでいて、少し角ばっているような)
「アイン?」
声をかけられた瞬間、現実に引き戻される。
いけない、自分はボードウィン特務三佐の手を凝視してなにを、
「も、もうしわけありません!」
頰がじんわり熱くなる。何を考えているのだ。特務三佐が、自分の頰に手を寄せる想像をするなど。
(あんな、恋人同士のように、)
羞恥に顔を俯かせる。上官に対して、恩人に対してなんて不埒な想像をしていたのだろう。
「いや、かまわん。なんだ、手袋でも汚れていたか?」
焦る自分の心とは裏腹に、彼はあっけらかんと言い放った。彼のさっぱりとした性分に感謝しつつも、余計に自分の下心に罪悪感が湧く。
「いえ、汚れなど」
「そうか、ならいい。」
短く返事をした彼は、ウィスキーを手に取りグラスと氷をおもむろにテーブル下から取り出した。彼の視線が自分からグラスに移るのを感じて、目線をあげる。彼の瞳は綺麗だった。ほんのり陰のある蒼色の瞳に、ウィスキーの光が反射して輝いていた。吸い込まれてしまいそうだ。
「だが嫉妬してしまうな」
彼の口角がわずかに上がる。返事をするのも忘れて、アインは彼の瞳に目を奪われていた。
「俺の顔は5秒と見つめてくれないというのに。」
揺れる、蒼色の瞳が動く。こちらの方に、ゆっくりと。
一瞬 間をおいて、特務三佐がこちらに目線を動かしたことに気づく。挑戦的に微笑みながら自分を眼中に捉えながら捉えた彼が、
(ああ、だめだ)
あまりに魅力的で 
先ほど向けられた笑顔があんなに暖かかった訳が、すとんと腑に落ちてしまった。
この人が愛おしい。
ガエリオ→(かわいい部下。親交深めたい)→←(やばい。好き(無自覚だったけど自覚した))←アイン
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夢でなら
夢をみた。 
自分は柔らかい何かの上に沈んでいた。
柔らかいそよ風が、草と木と花と、春の香りを運んで頬を撫でた。
ゆっくり起き上がりあたりを見回すと、そこは見渡す限りの草原であった。水平線まで、暖かい日の光に照らされた新緑一色で埋め尽くされている。
 自分は鎧を着ていなかった。手になじむ聖剣もなければ、自らを王と呼び親しむ部下もいない。白いカッターシャツに黒のボトムスを着た自分。 
ここは、どこだ。 
危機感を感じるべきこの状況で、不思議と焦りを感じなかった。自分はここに立っているのに、どうしようもなく他人事のように思えてしまう。
 ふと不意に人の気配を感じて振り返る。普段なら聖剣を構え、相手を眼中に捉えながらその名を問いただすところだろう。しかし、そんな気が起きない。
 「セイバー、」 
この、声は。
 聞きなれたという音色でもないのに、ひどくこの耳になじむ。凛々しいその音が静かな波音のように空気を揺らす。 この声を知っている。 振り返った先に居たのは、黒のTシャツとチノパンを着込んだ男性。い��や、この男も自分と同族。サーバント。 
「....アーチャー。」
 なぜここに、と続けようとした。 言葉が出ない。男の目がひどく優しい。健康的に潤んだ目をかすかに細めて、口角をやわらかくあげて。敵意が感じられない。何故。私たちは、敵ではなかったか。サーバントでなかったか。そんなとろけるような顔を、何故、私に。 男の真意が読めず、言葉につまる。何を言ってもこの場に不似合いに思えた。 
「セイバー、どうした?気分が悪いのか?」
 彼が一歩近づいてくる。自分との距離はわずか、彼の顔は目の前だった。 
「い、や。なんでもないよ、」
 覗き込んでくる男の視線から逃れるように目線を外す。何が起こっている。
 「ふ、なんだ、釣れないな。俺たち二人だけなんだ、」
 何故この男は頬に私の手をあてている? 
「もっと優しくしてくれたってバチはあたらないぜ」
 囁くように言う。
まるで恋人に睦言を告げるように、想いを告白するように。慎ましく、柔らかい笑顔とともに。
 こんなのものは、 
「人間の恋人のようだ」
 私が生前手に入れられなかったもの。いや、剣を手にした時、王になった時点で捨てたもの。サーバントとして限界した後も亡国の王でありつつけた自分には無縁だったもの。 自分のつぶやいた一言に、目の前の男は微動だにすることもなく、より深く微笑んで囁いた。
 「そうだな」
 なぜそんなに嬉しそうに囁くのだ。サーバントが人の真似事など、滑稽ではないか。私たちは過去の人間なのだから。いくら真似をしようと、自分は亡国の王で、この男も亡国の戦士だというのに。それなのに、目の前の男が眩しく見えるのが黄金の日の光のせいでないのに気づいてしまった。胸に疼く痛みが、気のせいではないことを知ってしまった。
 「そうだな、ここにいる俺たちは」
 なんということだ、私は、僕は、 恋をしている。この男に。そして、それがここでは許されるのか。浮世ではない、現世でもない、過去でもない、この場所で。 たまらなくなった。目の前の男の手を取り、キスを落とした。
騎士が、自らの姫にするように。一人の男が、愛した者にするように。この瞬間自分と彼はただの男に過ぎないのだ。 
「君が愛おしいよ、アーチャー」
 その言葉が男の耳に届いたであろう刹那、彼は顔をくしゃっと歪ませた。あんなに幸せそうに笑っていた彼が。
 「今、この瞬間、君は僕にとっての一番だ。」
 偽りはない。自分は王ではない。彼以外の何もない。何もいらない。 男はひどく苦い顔をして、それでも微笑んだ。彼はああ、俺もだよ、と聞き取れないくらいの声量でつぶやいた。
夢をみた。 今回もまた、あの男にあった。ただ、一つ予想外があった。いつも自分が愛を囁いていた彼が、初めて、言葉を返してきたのだ。自分が愛おしいと、青色の瞳でまっすぐに自分を見つめながら。あれは願望の具現だったのだろうか。それにしてはあまりに突飛で、生き生きしていて。ましてや蒼銀を纏わない彼が、一人の男として自分の皮の厚い手の甲に口付けを落とした彼があんなにも愛おしく見えてしまうなど。 
「...末期だな、」
 幸せで残酷な夢の余韻が、こころにしみる。傷にぬられた甘い塩が、こんなに辛くて甘くて、幸せだとは。
P>S>潜在的なアサ→←ラシュ。夢であった二人。
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毒の所為ではなかった
アサラシュ
ガラス張りの壁一面から見渡せる景色は、黒一色の空に覆われていた。そこが綺麗な蜜柑色だった数時間前から、彼とは一度も話していない。 
(婦女子と手を取り踊るなど、いつぶりだろうか)
自分の手に残る温もりを感じながら、目の前で楽しそうに踊る淑女と紳士達を見つめる。ここにいる全員、英霊である。人でもなく、亡霊でもない。人の形をもって現界しているサーヴァント。 人懐こい笑顔を浮かべて、または艶のある目つきで、踊りに誘う彼女たちを断る理などない。世辞を並べるのには今でもなれないが、ただ軽く微笑んで手をとって、踊りをリードすれば彼女たちは満足げにこちらの肩に腕を回してくる。英霊という人ならざる彼女たちは、神秘的でとびきり可憐である。 
それだというのに。脳裏に浮かぶのは白い歯を見せて、目を細めて笑うあの男。社交ダンスのようなものは経験がない、といってはにかみ、戦士たちの中心で酒を飲みながら言葉を交わす彼。彼と自分は特別仲が良いわけではなかった。ほんの、数日前までは。マスターとともに戦いに出かけたとき、たまたま彼も同じ部隊に所属していただけ。そして、運悪く毒矢に当たった彼の応急処置を自分が担当しただけのこと。彼の上腕の内側にできたかすり傷から、毒を吸い出そうとその褐色の肌に吸い付いたとき。かすかに体をこわばらせた彼。もう大丈夫だと顔を上げて伝えようとしたあの瞬間の彼の顔が忘れない。その顔があまりに動揺していて、物欲しそうで、かわいいかもしれない、など思った自分の感情も覚えている。ほんの出来心だった。僕は彼のほおにふれて無言でキスをした。彼は固まったままで、何も言わなかった。 
(吸い出した毒にあてられたのかもしれない)
そんなことがあってから彼とは言葉を一度も交わしていない。マスターがパーティーをしようと提案して、皆がそれに賛同し、普段の戦闘の合間の余興に心を躍らせている中、アーサーの心は休まることなく、遠いところに座っている弓兵を見つめては漏れそうになるため息をのみこんでいた。彼は普段通りなのにそれが気に入らない。たとえあれが気の迷いだったとしても、一言もないのか。 一体何人と踊っただろう。皆それぞれ余興に満足したようで、霊体化して休むものもあれば自室にもどる者も増えてきた。 彼も周りの話し相手が帰ったようで、会場を後にしようと立ち上がったところだった。 
「....アーチャー、」
 アーサーの声が、がらんとしたホールに微かに響く。気づけば、自分たちが会場に残っていた最後の二人だった。 彼は背を向けたまま振り向かない。自分の言葉も続かない。何を、言えば。 ふと、会場にかかっていた音楽がアーサーの耳に流れ込んでくる。 
「躍らないか」
 「...その、君が嫌でなければ、だけど。」 
自分でもずいぶんたどたどしい誘い文句だと思った。彼もそう思ったのだろう。微かにふ、と笑った声が聞こえた。少し、バツが悪い。 
「まったく、女性陣に人気の王子様が泣くぜ?」
振り向いた彼は笑っていた。いつものように、人のいい笑顔で。少し面白くない。取り乱しているのが僕だけみたいではないか。 
「職務上の踊りは慣れているけれど、こんな風に建前なしに相手を踊りに誘うのは、少し、不慣れなもので」 
彼のほうへ歩みを進める。彼が言葉を発する前に、強引に彼の右手を自分の左手で取り、右腕を彼の腰に回した。
 「踊っていただけますか、かわいいひと。」
 そう囁いて微笑みかけると、至近距離にある彼の顔が、 
「アーラシュ。」 
みるみる紅く染まってゆく。 ああ、 
(この顔が見たかった。)
背中から首にかけて、ゾクゾクしたものが走り抜けるのをアーサーは感じた。あの、くちずけをした日と同じその表情。あのさわやかな、欲など感じさせない彼の顔が、戸惑いという名の欲と、期待と、そんな自分への羞恥に頬を染めるその顔がみたかった。
「お、俺は」
 「踊れないぞ。西洋の文化には馴染みがない。」 
「お前のようには、あいつらのようにはとても」 
あいつら、とは今日の踊り相手だった彼女達のことだろうか。 
(へえ、) 
「よく見てたじゃないか、僕を」
満面の笑で返すと、今度は彼がバツの悪そうな顔をした。あのハキハキした男が羞恥に目をそらす姿が、なんとも可愛らしい。 かわい、らしい。
「...困ったな、毒のせいじゃないじゃないか」
独り言のようにつぶやくと、アーサーは自分と手を取りあう彼に微笑みかけるのだった。スローダンスの音楽が流れる。彼と自分との間の時間が、動き出した気がした。今夜のパーティーは始まったばかりなのだから。
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