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ヒロヒロ・A 可惜夜01
ねえ、知ってる?あそこの分校、お化けが出るんだって。 分校って……もう誰も使ってないんでしょ? そう。もう廃墟みたいなのに、夜になると声が聞こえるの。 誰かが、笑ってるような、泣いているような、歌っているような声。 ★★★ 「今日は鞍馬の方に行きたいと思いまーす」 大、中、小。 三種類のおにぎりを、凪さんが差し出された手にぽん、ぽん、ぽん、と載せていく。 「学校で噂になっていたところですか?」 私はラップの包みを解きながら尋ねる。 「ええ。真央君、お願い」 奥でコンピュータをいじっていた少年がのそりと表れる。彼が見せたのは、ノートPCの画面。 ずらずらと並べられた英文は、毎度のことながらちっとも読めない。 「真央、翻訳もお願い」 隣にいる金色の少女が、大きなおにぎりを口にしながら彼に伝える。 少女、というにはいささか少年のような見た目をしている彼女は、食べる量も私より多い。 金髪に碧眼で、テンプレートともいえる”外国人”の見た目をした彼女は、生まれてこの方日本暮らしなので、話す言葉は日本語だ。 こんな見た目をしながら、英語に秀でているわけではない。 せいぜい、this is a pen.とかそんな程度だ。 「ゆきこ」 海のように碧い瞳がこちらを向く。 「ちょっと、心外」 「ご、ごめん!」 慌てて頭を下げる。 「この前、過去形とか受け身とか習ったから……それぐらいは分かるよ」 「そ、そうだよね。カナ、私より英語の成績いいもんね。あはは……」 彼女はふと笑う。それに合わせて、ふわふわの金糸がひょこりと揺れるのだ。 「その代わり、ゆきこは国語得意でしょ?」 大丈夫、という気持ちが言葉の外からも伝わってくる。責めたわけじゃないよ、とも。 真央君がこつんこつんと画面をたたく。それを合図に散らばっていた視線が、再び画面へと集中する。 「夜になると聞こえてくる謎の声。小さな女の子。白髪。……鬼かな」 「噂話以外��情報もあるみたい。ポルターガイストだとか……セイレーン?」 聞きなれない単語だった。そんな私を見て凪さんが口を開く。 「セイレーンは人魚のような姿とその歌声で航海士を惑わしたと言われている怪物よ」 「そんな怪物がいるんですか?鬼じゃなくて?」 ふむ、と口元に手を当て考え事をしている凪さん。 それでも柔和な笑みは崩さないのは、私たちにいつも安心感を与えてくれる。 親のいない私たちの、母親代わりのような人だった。 「今回は歌声が武器なのかもしれないわね。毎回、何かしら異能を使ってくるから。」 おにぎりを食べ終えたカナが頷いて、 「そうだと思う。上代は海に面した町じゃないですし、歌声の不気味さを例えたんじゃないかと」 そんな言葉を聞いて、不安が表情に出てしまったのだろう。 真央君がこちらをじっと見ていた。 「あっ、えっと」 真央君は、あまり話さない分、何を考えているのかよく分からない男の子だ。 まだ小学校1年生とか、それぐらいだったはずなのに私よりずっと賢い。 「凪さん、歌声……ということはゆきこの結界をすり抜けてしまいませんか?」 「あ、カナ……!」 わだかまっていた不安を自分より確かな形でカナが勝手に伝えてしまった。 「鬼は幽霊とは違うわ。物理的な攻撃だって効くの。最初のかなめは、ゆきこの拘束ね。結界の要領で拘束するわ。相手に気づかれてしまうと、その歌声で攻撃してくるでしょうから不意打ちでね。それとーー。」 ★★★ かさり、とわずかな音を立てて私はびくりと肩を跳ね上げる。 身じろぎして、近くの葉に腕が当たった音だった。 今回は私の腕にかかっているのだ。 破裂しそうなほど、心臓がどきどきしているのがじっとしていても分かってしまう。 リアのこと考えている時よりドキドキしているね、なんてカナのからかいの言葉が聞こえてくる。 もう、今はそんなこと言わないで、と心の中で返してからそっと息を吸う。 同い年でも、よっぽどカナの方が落ち着いているし、私よりスムーズにこなしてしまう。 いつも失敗してばかりだけど、私も少しは役に立ちたい。 カナの苦笑めいた声が聞こえた気がした。 ゆっくりと手元に集中していく。 2つの筒がかすかに震えるのを感じる。 一つ一つ、自分の意識を広げていく。 ここは私が立っている場所、ここは私の居場所、ここは私自身。 カタカタカタカタ。 筒から4匹の狐が飛び出すのを感じる。 廃墟を大きく囲むように狐たちが動き回る。 緊張が、彼らにも伝わってしまっている。落ち着かなきゃ。 うまく行っている、というカナの声を感じる。 それと同時に歌が聞こえ始めた。かすかに、寂しい歌声が流れ込んでくる。 哀しい、悲しい、かなしい。 「しっかりするのよ、ゆきこ。今日はあなたがナビゲートなのだから」 その声ではっと意識を戻す。 今、私は何を考えたのか。 ガタガタと音がする。カナが校舎の中に向かった音だ。 ザン、ザン、と何かを斬る音と少女の悲鳴が聞こえる。 バン、と突然窓が開いたかと思うと白髪の少女が転がり出てきた。 年は4,5歳ぐらいだろうか。 月光に輝く白い髪を一つに結い、びりびりに破れた着物をまとっている。 人のものとは思えないような悲鳴を上げる口元には牙が見え、瞳は燃え盛る虹彩と、黒曜石が相反していて不気味だ。 ころりと、小さな小さな角を額に抱いた彼女は、紛れもなく 鬼 だった。 牙が見えるその唇がひときわ大きく開かれた。 ――絶唱。 はじめは、音と理解できなかった。 そこから脳髄に染み渡るように、体の内側からじくじくと蝕むような苦痛、悲痛。 ぼたぼたと、気づかぬ間に涙が溢れ出てくる。 苦しくて、悲しくて、私はもうここからいなくなってしまいたい!
――きこ、ゆきこ!!
カナの声が聞こえる。私を呼ぶ声だ。 月に照らされた彼女も、酷く顔を歪めていた。 それでも、私に助けを求めている。
カナが、私に。
鬼は、気づけば視界の中からはいなくなっていた。 その異能で持ってして、こちらをひるませどうにか逃げおおせようという魂胆なのだろう。 確かに、私は、もう一度あの歌を聞きたくない。 ずっとずっと昔の悲しいことを思い出す。 頭に響いて離れなくて、消えてしまいたくなる。 でも、と。 綻びがかった結界にもう一度意識を留める。 狐たちが猛っている。 その歌声と、私自身に同調して泣き叫んでいる。 ひたり、ひたりと四隅に墨を落としていく感覚。 巨大な半紙に文鎮を置いて、ぴんと張る。
『るるる、うるるるる』
ここは、私のテリトリーで、私自身で。
『るるる、うるるるる』
そこにカナがいる。
『るる、うるるる』
もう一人、白い鬼は……
『……るるる』
――カナ、そこ!!
鬼が、分かれる気配がする。 そして、さらさらと光の粒になり、消えていく。 この位置からは見えなくとも、私には分かった。
――綺麗だよ。ゆきこ。こっちに来なよ
うん。 私はカナのもとへ駆けていく。 私がたどり着く頃には、あの白い鬼の姿かたちはほとんどない。 蛍のような明かりが、ふわりと舞うだけだ。
――いつも、寂しいって思うんだね。ゆきこは。
うん。 綺麗だけど、もの悲しい。 消えちゃうのは、やっぱり寂しい��。
――そうだね。
「また二人で秘密のお話し中?」 かさり、かさりと葉を踏みしめて凪さんがやってくる。 後ろに真央君もいるみたい。 カナがかぽりと耳当てを外す。 そして、布やら耳栓やらで厳重に保護された耳を晒して、軽く��を振った。 私も同じように耳当てを外す。 「結局意味なかったですね。これ」 「意味はなかったけど、あなたたちならできると思っていたわ」 にこりと優しく微笑む凪さんは、なんでも分かっているみたいだった。
――ゆきこに限らず、あなたたち二人の能力は、あなたたち自身の精神的な強さで優劣が決まるわ。 だから、二人とも強い意志を持ってほしいの。 ゆきこ、あなたは鬼よりずっと強いのよ。 誰かを守れる強さがあるの。 この上代に住む人々を、あなたの力で守ることができるわ。 もちろん、カナも。 あなただけが、本当の意味で鬼たちを消滅させることができるのよ。
「まずゆきこの結界で鬼を囲う。気づいて攻撃してくるでしょうから、耳を塞いだカナが対抗して。ゆきこは外に声を漏らさないように、結界を強固にしてカナをナビゲートする。それだけ強固な結界なら、物理的な機器じゃ音が届かない。」 碧い瞳がこちらに揺れる。
――ゆきこの声は、どこでも届くから。
伝わる。 あたたかな思いと一緒に、カナからの言葉が伝わってくる。
カナの声も、よく聞こえるよ。 気持ちもね。
ふわりと微笑む彼女は、人形のように美しい。
――ありがとう。
ぱんぱん、と凪さんが両手を合わせる。 「あなたたちはそうやって見つめ合うだけで、いえ、見つめ合いさえしなくてもお話しできるけれど、私たちには伝わらないのだからね?」 冗談めかした凪さんの言葉と、少しむっとしている真央君の顔がなんだかおかしい。 「今日のお仕事は、これでおわり。明日も学校だから、早く帰ってお風呂入っちゃってね」 「はーい」 と、返事がカナと被った。夜道に笑い声を響かせて、私たちは家路につくのだった。
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ヒロヒロ・A 本編01
夏は世界が曖昧になる。その熱にうかされて、彼らはどこからか、やってくる。 「上代ー上代駅ー」 ガタン、と自分を乗せた箱が動きを止め、扉が開く。じっとりとした暑さとやかましいセミの声に早くも少しだけ疲れてしま��た。 「確か、こっちの方だっけ……」 ぷしゅーと扉が閉まる音がした。
携帯をぱかりと開く。 花を撮る。虫を撮る。 パシャリ、パシャリと音が神社の境内に響く。木々に囲まれているからか、山奥にあるわけでもないのにここは少し涼しかった。 どこからか、歌声が聞こえる。階段を上り鳥居をくぐった先にあるこの場所は小高く、景色を美しく見ることができる場所だった。 ぱしゃり、ともう一枚。 風に誘われるように、一歩、もう一歩と前に進む。チチ、と鳥の鳴き声がして空を見上げる。 青々とした山と、突き抜けるような空。 どこか懐かしい空だった。 そして、もう一歩。 踏み出したそこに、地面はなかった。
*** 「ろんどんぶりっじーずふぉーりんだんっ♪」 世は夏休み。華の高校1年生でありながら、補習と言う名の罰ゲームを食わされた少女は、存外それも悪くなかったとでも言うように機嫌よく自転車を漕ぐ。 覚えたての英語の歌を口ずさみながら。 「ふぉーりんだんっふぉーりんだんっ」 風にくるくると黄金色の髪が踊る。 ーカサリ。 ん? ーズザザザザザザザ!!!! 「え、ええええ!?」 山際から転がり落ちてきたものに目を丸くする。ここには落石注意なんて標識は出ていないのに。 ずべしゃ、という音を最後にセミも驚いたのか静まり返る。 毛玉のような動物のような何かが、おもむろに起き上がる。大丈夫だ、これは人だ。しかも、りゅさんよりも小さい男の子? 「だっ大丈夫!?」 ガチャンと自転車を止め、慌てて彼のもとに駆け寄る。山の方を見上げると、生い茂った草に彼が転がってきた道が見える。 「だ、大丈夫……です。」 「えっえっ、なんで落ちてきたの!?」 少年は困ってるのか、泥まみれの顔を少し背けて 「鳥を、撮っていたら。」 「鳥さん?」 こくりと頷いてから、少年はきょろきょろと辺りを見回す。オウムのように彼と同じようにきょろきょろしてみると、道端に放り出された携帯電話が落ちているのを見つけた。 「あっ!これ、もしかして君の?」 再び頷く。彼は角が少し傷ついてしまった携帯を、大切そうに受け取った。よいしょっと階段に腰かける。そういえばここって、神社だったっけ? 「あの、このあたりってバスとかは……」 「バス?駅からスクールバスが出てるのは知ってるけど……それだけかなあ?」 「……じゃあ、タクシーとかは」 「あっタクシーならあるよ!駅前でね、乗ることできるよ!」 「えっと……電話番号とか、知ってたり」 「しないね!」 少し落ち込むように彼がうつむく。 「あっあっごめんね!?じゃあ、自転車!自転車のってこ!」 名案を思いついたので、ぺしぺしとサドルを叩いて主張する。 だけど彼は微妙とでも言うような顔でこっちを見つめ返��だけだ。 「えっなんで!?だめ!?」 「えっと……さっき、足、捻ったから……」 よくよく彼の足を見てみれば、腫れているのがわかる。赤く膨らんだ肉はとても痛々しい。 「い、痛そう!!あ、ちょ、知ってる、この前やったもんこれ!!」 ぴゅーっと少女はかけていく。彼女の勢いに少したじろいだ彼は蝉しぐれを浴びつつ呆然と彼女の帰りを待つことになった。
*** 「こ、れ、で、おっけー!もう大丈夫だよっ」 少年の足には、夏みかん色のスカーフが巻かれていた。 「……ありがとう」 「どういたしまして!」 「……よく、こんなふうに巻けるね」 「えっへへー、この前ね、生徒会で救命講習?やったんだよっ」 花のように、太陽のように。キラキラとしたものを全身に浴びて、日光浴をしている気分だ。 「そういえば、君名前は?うちの学校の子じゃないよね、見かけないし!」 「自分は、廿楽野 梓です」 「つ、づ……あずさくんね!」 「あなたは?」 「あっ、えと、反暮りゅるっ、です」 元気よく名前を宣言したかと思うと、夏みかん色の少女はくるりとうしろを向いてじたばたしている。 「りゅるさん、だね」 「そう、そうじゃないけど……あ、あずさくんは駅、行きたいんだよね!?お、送ってくよ!?」 この足では、確かにまともに歩くことはできない。ありがたい申し出に乗ることにした。 「でも……自転車1台だよね」 「大丈夫!りゅさん走るから!」 え、と少し固まる。さすがにそれは申し訳がなかった。この炎天下の中、自分は優雅に自転車に乗って、女子を隣で走らせるとは。 長距離走の選手とマネージャーじゃないんだから。 「それはさすがに……」 うーんうーんと頭をひねらせている音がする。 「じゃあ、りゅさんが自転車漕ぐから、あずさくんは後ろ乗って!本当はこんなことしちゃいけないんだけど……」 しばし思案してから、ああ、と気づく。 「りゅるさんって、真面目なんだね」 「りゅさん生徒会長だから!はい、あずさくんは後ろ乗って、りゅさんに掴まってて!」 荷台にそっと腰かける。言われたとおり、セーラー襟の上から肩をつかむ。 「……生徒会長?うわっ」 「えっえっこわっ!もっとがって掴んでて!」 想像以上に不安定な体勢に、思わず二人して声を上げる。 わーわーきゃーきゃーと大騒ぎして数分。金糸がくるくると舞い、頬を掠める。小さな体で最初はあんなにもぐらついていたのに、存外パワーがあるのか今はすいすいと進んでいく。 「……生徒会長、って言っていたけど」 「え、なになに!?あ、りゅさんのこと?」 うん、と小さく返事をしてから、風向きのためにこれじゃあ聞こえないことに気づく。 「大変だね。受験とか」 普段よりは少し張った声を出す。流石にこれぐらいじゃ、喉を痛めたりしない。……はずだ。 「受験?」 首を傾げた少女は、はたと気づく。 「りゅさん中学生じゃないよ!?」 え、と今度はこちらが固まる番だった。 生徒会という言葉と、彼女の小さな体躯。多めに見積って中学3年生、という回答を出したはずなのに違ったらしい。 「これでも高1だから!」 ……小学生かと思った。 という言葉は飲み込んでおいたほうが無難だろう。 「あずさくんは?」 「……自分も高1だよ」 「えっ」 少女から素っ頓狂な声が上がる。 「中学生かと思った!」 まさか、そんなことを思われていたとは。お互いがお互いを、年下だと思っていたらしい。 「りゅるさんは、高1なのに生徒会長をしているの」 「うん!まいちゃ……あ、えっとお、先輩に頼まれたから!お願いって」 「それでなれるものなの」 「誰もやりたがらなかったから、なれたみたい?朝とかねーいっつも早起きして校門であいさつとかしてるんだよっ」 どうやら、この少���は中身も外見も裏表がなく、こどもらしい。なんだかそれを直接言うと怒られそうだけれど。 だけど、だからだろうか。 「早起きは、苦手?」 嘘を含まないその声は。 「に、苦手じゃないよっ!……時々寝坊するけど」 確かに本当であり。 「起こしてもらっていたり」 あの教室のような息苦しさはない。 「それはー、たまに。まいちゃんが最初のころは迎えに来てくれてたし……」 どこかふてくされたような声もきっと本気ではない。 少し、心が軽くなった気がした。 それだけで、今日ここに来た意味はあったのだろう。
*** 「ついたー!」 他愛のない言葉を交わしながら、駅の前に自転車を止める。 「こっから帰れる?」 「大丈夫だよ」 手を貸そうかとも思ったが、軽く制止させられて上げかけた右手を降ろした。 すでに持っていた帰りの切符を手にして少年は改札を進む。 「またね」 その言葉が、ちょっと嬉しかった。 ホームに向かう彼を見送ってから、ふんふんと鼻歌をご機嫌に奏でる。また会えるといいな、とこっそり思いながら。
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