kuroryo
kuroryo
Once in a blue moon
58 posts
短いお話置いています。転載禁止です。書いている人:木野子リョウ(TwitterID:shirousa18 )
Don't wanna be here? Send us removal request.
kuroryo · 3 years ago
Text
少しも筆が進まない状況がここ数か月続いていて、このまま終わってしまうのかもしれないと思い始めている。
好きなものはずっと好きで、いつでも触れていたいし何かを生み出したい気持ちはある。しかし今は気持ちだけで、何ひとつ形にすることができない。
嵌まっているものは書いていたのに、自分の文章が合わないのでは? と思い始めてパタリと筆が止まってしまった。誰からも求められることもないし、焦る必要がないと割り切ったところもある。
こうして忘れ去られてしまったほうが幸せなのかな。まだまだ愛していたいのに。
0 notes
kuroryo · 5 years ago
Text
頬に口づける話
「ご馳走様。とてもいい味だった」 「ありがとう、祐介」  空になったコーヒーカップを運ぶと、他の洗い物をする彼がふと振り向いた。シンクに入れようと屈んだ頬に彼の唇が軽く当たる。 「あ、ごめん」  彼は何もなかったように謝罪し視線を手元に落とす。眼鏡のフレームと鼻先に阻まれたせいでほんの一瞬だったが、確かに唇が頬に触れた。これはキスをされたと言って間違いではない。 「蓮」 「何。ちょっと待って」  最後の洗い物は今まさに運んだカップだ。泡立ったスポンジが残った琥珀色を拭い去り水が陶器の滑らかさを露わにする。  その様子を眺めていると思い出されたのは隠された彼の肌だ。熱く抱き合い汗ばんだ彼の身体はこの白い陶器に似ている。決して傷つけてはいけない、だが汚して壊してみたい美しい瀬戸物。 「祐介?」  きゅ、と蛇口の閉まる音がした。同時に彼の声が聞こえてはっとする。すぐそばでこちらを見る大きな目が眼鏡の向こう側で面白そうに歪んだ。 「スイッチ入った?」 「え……」 「俺がお礼のキスしたから」 「お礼」 「そう」  彼の言うことが理解できず問い返す。さっきこの頬に触れた唇が笑みを象った。 「誘ったんだ。祐介を」  早く上に行こうか。  静かに笑う彼の顔を覗��込む。すると少しだけ首を伸ばし、今度ははっきりと頬に口づけてきた。
0 notes
kuroryo · 5 years ago
Text
貴方は創作意欲がわいたら『寝ている相手のおでこにチューしているきのこの喜多主』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。 #shindanmaker
 長い時間キャンバスに意識を集中していたようだ。ふと手元が暗くなってようやく夕方近くなっていたことに気づく。じっと見つめていたはずのほうを見るが思っていた体勢を取っていない塊が蹲っている。
「暁」
 彼の名を呼ぶが動く気配がない。もしや彼を描いていたのは幻だろうか?筆を置き近づいてみる。 座っていたベッドの上、彼は身体を横たえて眠っているようだ。かけた眼鏡もそのままに、きゅっと眉間にしわを寄せている。そんなに依頼したモデルが苦痛だったのか。反省をしつつベッド脇に膝をついて顔を覗き込む。すると穏やかな寝息が聞こえてきた。ただ眠っているのか。ならば安心だと溜息をつく 。 それでも描きたい気持ちは治まらない。キャンバスは諦めスケッチブックを手にするとがさがさと鉛筆で彼の寝顔をスケッチする。閉じた瞼の薄さ、濃い睫毛、通った鼻梁。長い前髪が分かれて彼の美しさが露わになっているのだからチャンスとしか言いようがない。この姿を美しいと言わずしてどうしようか。 
 「暁」
 心惹かれるまま再び彼に顔を寄せる。薄く開いた唇が呼���のたび震えるのを見やり胸に手を当てた。何やら堪らない光景だ。その理由もわからぬまま、ますます彼に近づく。だが勇気がない。
「……っ」
 自然と唇は彼の額をとらえた。ちゅ、と張り付いた唇に彼の肌が吸いついた。初めて触感した人の肌。 凄く刺激的な感覚に鼓動が荒くなる。
「な、何だこれは」
 どきどきと荒れ狂う心臓を胸に彼から離れた。とっさの出来事に手近にあった本の山を崩すとえらく派手な音がした。
「……? 祐介……ごめん」
 気づいた彼が謝罪を口にする。違うんだ、謝りたいのは俺のほうだ。見つめた彼は今も額をさらしている。 日頃見えない部分が見えることへの興奮は痛いほど知ってしまった。思わず彼の前髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。嫌がる様子も気にせず触り続けると諦めたように彼が力を抜いた。
「どうした」
 望んだことなのに問うてしまう。それほど俺は彼に対して臆病なのだろうか。不安を顔に浮かべた俺に彼は微笑む。 
 「祐介の手、気持ちがいいな」
 薄く開いた目が弓なりに和らいだ。優しい笑みを初めて見た時から俺は何度彼に恋をしたのだろう。幾度と知らぬ苦しい想いを封じて激しく髪をかき混ぜる。うわ、と慌てる彼に言うべきはたった一言。
「手だけでいいのか」
 求める言葉もただひとつ。
「もう一度、キスしてくれ」
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
リンクが上手く貼れませんでした……要勉強
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
宅飲み喜多主の続き
「うー……」  ひどい頭痛で目が覚めた。瞼が重くて上がらないけど、外が明るいのはわかる。  あのまま祐介の家に泊まってしまったのか……。客用の布団などない部屋のどこに自分は寝ているんだろうか。  ごろりと寝返りを打つ。床の上なら硬くて身体が痛いはずだが、それはない。代わりに素肌が柔らかな布に触れていて心地がいい。  ……どういうことだ?  違和感にカッと目を開いた。横になっているのは布団の上で、白いシーツのすぐ横には絵の具のついた床がある。起き上がろうとする動きは腰のあたりの重みに遮られた。 「え」 「もう動いて平気なのか」 「ぎゃっ!?」  耳元で穏やかな低音が囁いた。驚きに身を竦めると後ろから身体を抱きすくめられる。 「逃げるな」 「え、あ、いや。祐介、この状況は」  自分が裸で、かつ背中に当たる彼もどうやら裸らしいことに動揺する。いったい何が起きたんだ?  何とか腕から抜け出そうともがいても天然の馬鹿力には勝てない。それでも腕を掴んで「離してくれ」と何度も頼むと拘束が緩んだ。 「どうした。気分が悪いか」 「頭は痛い……じゃなくて」  腕をついてのそりと起き上がる。薄い肌布団が開けると上半身裸だった。見下ろした祐介も然り。細いくせに綺麗な筋肉のついた身体に嫉妬すら覚えた。 「何で俺とお前、裸なんだ」 「それはお前が盛大に吐いたのを介抱しているときに汚れたからだ」 「……うそ」 「トイレに駆け込んですぐに。俺が手伝って全部吐いたあと気を失った……覚えてないのか?」  同じように身体を起こした祐介がまっすぐこちらを見た。呆れてもおらず茶化してもこない。心配に満ちた視線が注がれ、手が伸びてくる。 「事切れたように力が抜けて床に倒れ込んだんだ。頭を打たないように庇うのが精いっぱいだった。大丈夫か?」 「……ああ。何か、ごめん……いろいろと」  祐介の手のひらが頬を撫でた。ガンガンと痛む頭の中に昨夜の出来事がフラッシュバックする。  酔って「俺のこと好きって言って」なんて絡んだ。それを真に受けた彼はそのとおり以上の言葉をくれ、返事も待たずに唇に……。  そんなムードの中で吐いたのか。頭痛がひどいのは二日酔いだけじゃなく自己嫌悪もあるに違いない。  頭を押さえて項垂れる。「服は洗って干してある」と気軽に言われ、そこまで面倒をかけたことに居た堪れなくなる。 「本当にごめん。介抱してくれてありがとう、しばらく酒は止める……。帰るな」 「待て」  立ち上がるときにいちばん最後に残った左手を握られた。足の裏が床につくと祐介はまるで傅くように布団の上に片膝をつく。やがて手は恭しく持たれ、彼が顔を寄せていく。  何だこの状況は。この部屋にあまりにも不似合いな所作に目を見張る。 「祐介」 「忘れてしまったわけではないだろうが、改めて」  俯いていた顔がぱっとこっちを仰いだ。真摯な瞳が射貫いてきて、瞬きひとつにも心を目を奪われる。 「お前が好きだ。ずっと前……怪盗団だったころから密かにお前を見つめていた」  寂しげに笑う顔をかつて見たことがある。あれは空腹ゆえの表情ではなかったのか。 「仲間として振る舞う間は何も言わないと決めていた。だがその後も告げることはできなかった。……お前にその気がないのなら言っても仕方がないからと、心に蓋をしていた」  訥々と語る声は昔から落ち着いていたけど、今では深みさえ出て心に染み入る。そんなふうに思われていたなんて想像もしていなかった。 「それが昨夜、チャンスを得た。酔っ払いの戯言にしてはお前らしくないと考えると、答えはひとつしかなかった」  手に添えられた指に力が入る。指先に口づけられた。そして再び、熱を帯びた瞳に出会う。 「やはりちゃんと、お前の声で返事を聞かせてくれないか。そうじゃないとこの先、前に進めない」  息を飲んだ。彼と想いが交錯したことに互いに気づいていなかっただけだったとは。  何かを言おうと口は開くのに声は出ない。それでも我慢強く、跪いたキツネは待っている。昨夜かけた迷惑など些細なことだと言わんばかりに。 「祐介……俺も、」  ようやくできた返事に祐介は子どものように無邪気に微笑んだ。  ――ああ、やっぱり好きだ。どれほど醜態を晒したとしても、彼のそばにいたいほどに。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
今日のきのこの喜多主 二人で宅飲み。酔った勢いで本音をぶちまける。「好きって言って」なんて、明日になったら恥ずかしいやつ。 #今日の二人はなにしてる shindanmaker.com/831289
 貰い物の一升瓶と大量のツマミを手に、数日間音沙汰のない祐介の部屋を訪問した。合鍵で玄関を開け、床に倒れ込む身体を蹴って起こすのはもう何度目だろう。 「完成した絵を提出してからの記憶がない」  頭を押さえて起き上がる彼を余所にテーブル代わりの段ボール箱の上に酒とツマミを並べる。 「また何日か飲まず食わずだったのか?」 「水は飲んでいた」 「早死にするなよ」  チーズを一ピース渡してやると寝癖のついた髪を整えることもなく食らいつく。 「美味い……チーズとは生涯仲良くしたい」 「そう? 良かった」  紙コップに酒を注ぎながら彼の珍妙な物言いに相槌を打つ。その間にも箱の中のチーズがどんどんと消えそうだ。 「はい」 「ああ。ご馳走になろう」  成人してから一緒に酒を飲むようになった。竜司を含め、皆の家を行き来して乾���を重ねるのが楽しい今日この頃だ。そんな中でも一人暮らしの祐介と自分が一番よくつるんで飲んでいる。  ……とはいえ、赤貧を極める彼を食わせることがメインだったりする。 「今日の酒は辛口で美味い」 「惣治郎さんから貰った」 「ほう。やはりあの御仁は趣味がいい」  口元に笑みを浮かべた祐介は寝癖をつけたままだが、しめ鯖を箸で摘む様子も紙コップで酒を飲む姿も様になる男だ。  高校生時代からまた背が伸びた。顔立ちもどんどんとシャープになり、ますます人形のように整ってきた。目が合うと時々どきりとすることが増え、ある日気づきたくない想いに遂に気づいてしまった。  そんな彼が目の前にいるんだ、どんなツマミよりも美味く酒が飲めると今ではすっかりと開き直っている。
「なあ祐介ぇ」 「珍しい。ずいぶんと酔ったみたいだな」 「お前が飯食わずに絵を描くからだろ」 「それはすまない」  一升瓶の中身が三分の一を切った。ツマミはほとんど彼の胃に消え、酒ばかり飲んでいたせいか酔いが回ったようだ。絡みに近い勢いで祐介に話しかけると苦笑しながら頭を撫でられた。子ども扱いに思わずムッとする。 「どうした? 何を拗ねているんだ」  余裕で笑う顔を見ていると困らせたくなった。どんな言葉が一番効果があるだろう? 逡巡する間もなく制御できない想いが飛び出していく。 「俺のこと好きって言って」 「……」  笑みを浮かべていた顔が強張った。ああ、外してしまったか。酔いに任せて本音が漏れたが困らせるより嫌がらせたんじゃないだろうか。 「……ごめん、忘れて」 「お前は相当酔っているだろうが、聴きたいのなら言ってやる」 「いや、いい」  自分から強請っておいて断るなんて馬鹿なことしてる。だけど怖い。祐介が心にもない「好き」という言葉を口にするのが。後悔で頭がいっぱいになり、自然と俯いてしまう。見えるのは彼の手だけ。骨ばっているが、あの手が数々の素晴らしい作品を生み出している。きっと誰のものにも、自分のものにもなりはしない。  ふわふわと妄想に耽っていると、手にした紙コップを床に置いて祐介が距離を詰めてきた。無意識に離れようとすれば、力任せに腕を掴まれる。そう、こんな華奢な姿をしているのに力だけは常人より強い。 「おいこの馬鹿力のキツネ。痛いって」 「好きだ。お前のことが、昔から」 「は、」  極限まで近づいた彼の声が耳にかかる。驚きに目を見張ると視界の隅で苦く笑う顔が見えた。だんだんと照れを含んだ表情になっていく。 「本当はもっと素面のときに言いたかったが仕方がない。ずっと好きだった。ようやく言えた。例えお前が明日忘れてしまっても何度でも告げよう」  恐る恐るといったふうに細い腕が肩を抱く。触れあった頬はアルコールのせいでとにかく熱い。 「あの、祐介」 「お前の返事がほしい。だがどうせなら言葉以外でもらおうか」  頬を擦り合わせて離れた白皙は美しく微笑んでいる。彼は酔っても赤くならないな、などとぼんやり考えていると、視界がぼやけた。そして、唇に熱。酒の味がする。 「嫌がらないということは本気と捉えて構わないな」  何度も唇を啄まれる。嫌なんかじゃない、むしろ、もっと。言葉に出さずとも伝わっているのならそれでいい。  だけど、これ、間違いなく明日になったら恥ずかしいやつだ。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
今日のきのこの喜多主 雨に降られる。途中のバス停で雨宿り。夕立かな、と空を見上げるその人のシャツが肌に張り付いて透けている。目に毒だから、上着着てて。 #今日の二人はなにしてる shindanmaker.com/831289
「本格的に降ってきた」  一駅分の電車賃も惜しいと歩き出した帰り道。どんよりとした空から大粒の雨が一気に落ちてきた。見つけたバスの停留所に駆け込むと周囲は一瞬で雨に白く煙った。 「夕立かな」  隣で空を見上げる眼鏡の男を見る。ぽたり、ぽたりと顎や髪の毛から雫が滴り、白い制服を濡らしていた。彼はふ、と溜息を吐いて眼鏡を外す。こちらを見たその表情に心を掴まれ、周りを取り囲む煩いほどの雨音は消え去った。  居たたまれず目を逸らす。だがそれが良くなかった。 「……透けている」 「え」  肌に張りついたシャツ越しに胸の頂が形を露わにしている。視線を引き剥がそうと必死になるが心と身体は上手く同調しない。遂にはぎゅっと目を瞑ると、密やかな笑い声が聴こえてきた。 「祐介って面白いな。俺の裸なんて見慣れているだろ」  余裕のある態度に動揺する。モデルになれと願い、何度も描いたその裸体が彼の言葉で脳裏に浮かんでしまったのだ。 「それとこれとは別だ」 「そういうものか?」 「ああ。……隠されているものほど魅力的に映る」 「その発言は変態っぽい」 「何だと!?」  戯れに会話をしていても胸のざわめきは収まるどころか煩くなる一方だ。  早くこの場を離れないと。逸る心に反して、雨は止む気配がない。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
今日のきのこの喜多主 疲れて帰ると相手が迎えてくれて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。ハグするとストレスが三分の一になるらしいという話をしたら間髪をいれずに抱き締められた。あー、癒される。 #今日の二人はなにしてる shindanmaker.com/831289
ほしいもの、わかる?(喜多主)
「ただいま……」  力なく玄関の引き戸を開けて三和土に足を踏み入れると、奥からエプロンをつけた祐介が小走りで迎えてくれた。 「おかえり」  穏やかな声が今日一日溜まった疲れを癒してくれる。美麗な顔を見て嬉しくなると、彼はジャケットのみならず靴をも脱がせてくれた。こんなに甲斐甲斐しくしてもらえるなんて。どういう風の吹き回しだろう。 「荷物は居間に置いていいか」 「え?あ、うん。ありがとう」 「何。今日は昼ごろ絵が完成したから余裕がある」  芸術に長けた学校へ通う祐介は時に数日、家に籠って課題を片づける。それで単位を取得できるのなら問題はない。彼に相手にしてもらえない時間は自分のために動くと決め、日々活動をしている。おかげで学業よりバイトの時間が増えた。  今日も例にもれずバイトだった。いつも人の足りない渋谷の牛丼チェーンでワンオペを数時間。そろそろ是正されないと労基がうるさいだろうに。  深い溜息を吐いて居間へと向かう。六畳の真ん中に設えた小さな食卓の上に紫色の果実の粒が盛ってある。「春から葡萄をもらった。入浴前に少し食べたらどうだ」 「うん……」  一粒抓む。口に入れた瞬間、甘みと酸っぱさが咥内に弾けた。美味しい。喉の渇きも相まって次々と粒を口に放り込む。目の前で祐介は粒が減る房を指のフレームで捉えていた。  本当��甘いものより欲しいものがある、心の隅に湧き上がったものを疲れた身体は抑制できそうにない。 「祐介」 「どうした」  果汁に塗れた指を差しだすと迷うことなく口に含もうとする。いやいやそうじゃない。慌てて引っ込めようとすれば手首を掴まれた。 「何だ。汚れた指を清めてやるというのに」 「や、そうじゃなくて。俺、今日疲れてて」 「見ればわかる」 「あ、そう……」  祐介は人差し指の先にキスをしてようやく止まった。言いかけた言葉の続きを聴いてくれるつもりなのか、じっとこちらを見て口を噤んだ。  真正面から捉える顔は何度見ても美貌に精神がへこたれそうになる。それを乗り越えるのは想いの力しかない。今欲しいものを素直に告げて満たされるだろうか? 「あのさ。ハグするとストレスって三分の一になるんだって」  眉唾もののネタを振る。本当はただ抱き締めてほしいだけなんだけど、彼を相手にすると直接言うのも精神力が必要だ。ぐっと息を飲んで次の行動にどう対応しようが待つつもりが。 「うぐっ!?」 「どうだろうか。お前は疲れていると言ったからな」  細い腕がこれでもかというほどに力強く胴体を締めつける。 「ゆ、祐介」 「これで少しは癒されるか?」  耳元で低く穏やかな声が響く。背中に回った手はいつの間にか肩を撫で、後頭部を優しく梳いていた。ああ、気持ちがいい。 「あー……癒される」  珠玉の時に一番の褒め言葉が漏れた。祐介の指に力が籠る。……ああ、癒しの時間は、いやらしい時間へと変わるらしい。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
空を眺める(喜多主) 先日バスの中から見た夕暮れの空が綺麗だったので。
 良く晴れた夏の夕暮れ時。まだ暑さの残る公園をふたり並んで歩いた。木立の奥は薄暗く、夜の訪れを教えてくる。  ふと空を見上げた祐介はただ一点を見つめた。釣られて視線の先を求めれば、空に浮かぶ丸くなりかけの月へと行き当たった。周りを取り囲む雲はオレンジとブルーの入り混じる複雑な色合いだ。 「描きたいか?」  お決まりの指でフレームを構えた彼に問う。せっかくの散歩だけど創作意欲が湧いたなら譲ってやろう。  くすりと笑って肩を竦めると、すっと視線が空から逸れ、こちらを向いた。怜悧な光を含んだ瞳は、月の色を蓄えている。不意に首筋を流れた汗が、ひやりと肌に冷たい。 「そうだな」  切れ長の目がうっそりと細められる。こんなふうに何を考えているのかわからない顔を、祐介は時々見せる。こちらの動きを待っているのかと思い、踵を返す。 「じゃあ帰るか」  背を向けた瞬間、腕を捕まれた。勢い余ってたたらを踏む。 「えっ」 「空の色は心に留め置くことにした。描くことは後でもできる。今はお前とこの光景を眺めることが重要だ」  その場に立ち止まったまま、何でもないことのように言い放ち再び顔を上げる。その整った横顔を見ても、もう視線は戻ってこない。 「美しい空だ」 「……そうだな」  彼にとってこの一瞬が芸術の糧になる。その一端を担うのなら光栄な話だ。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
きのこの岩主さんは『大暑、昼間』の設定で冷たい雰囲気のお話を考えてみてください。【舞台:動物園】 #短編用お題 https://shindanmaker.com/912455
みーんみーん、じぃーじぃー、じょわじょわじょわ……。木の幹を埋め尽くした蝉の声が煩い。 日光と言うより太陽の暴力としか思えない日差しを浴びて、ぼんやりする視界の中に気怠く寝転がるクマの姿を見ていた。 今日は大暑。一年でも一番暑いと言われる日の、まさに昼間。 「……暑ぃな」 「暑い。日陰が恋しい」 「……だな」 隣のおっさん……岩井は普段から崩さない暑苦しいコートを脱いで顎の汗を拭っている。意外や意外、コートの下はノースリーブなんだな。……いやだったら最初からモッズコート脱いで夏らしい格好したらいいのに。 きっと自分が指摘しても無視されるだけだ。ゆるゆると次の展示スペースへ移動する大人の背中をじっと眺める。 ミリタリーショップにいる時だけではわからない、肩から背中にかけての筋肉。汗に張りついた衣服のおかげでその筋まで綺麗に浮き上がらせている。 岩井は無防備なことに気づいているのか……?いや、だけど知りたかった場所を無条件に眺められる幸せは内緒にしておきたい。 「おい」 「え」 肩にコートを担いだおっさんが振り向いて眉根を寄せている。そんな顔して何で今日俺を誘った? 無言で問いかける視線に彼は目を逸らした。再び歩き始めた後ろ姿を注意深く追う。 次のスペースは水場が広い。ばしゃん、と大きなものが飛び込む音がして、はっと目で捉えたのは真っ白なクマの形だった。「シロクマじゃねえか」 柵に触れようとして熱気にたじろいだみたいだ、岩井はさっと手を引っ込めた。それが賢い。 ゆっくりと近づきスペースを眺める。手前側に設置されたプールスペースで二頭のクマが華やかな氷を腕に抱えて泳いでいた。 「おやつだ」 「ずいぶんと贅沢だな……」 氷にはフルーツが盛りだくさん閉じ込められている。暑さと食欲を満たそうとしているのだ、これは贅沢じゃなく楽しみに違いない。 「違う。好きなんだ」 口から突いて出た言葉に瞠目する。主語も目的語もない。これじゃあ相手が、どう解釈しても文句が言えない。 「へえ……」 低く掠れた声が面白そうにこっちを向いた。今の発言、どうにか誤魔化せないだろうか? あたふたとしているうちに大人は余裕の笑顔で迫って来る。いや無理。その女たらしな顔をやめてほしい。 「お前も俺のクダモノなら喜んで抱きかかえんのか?……バナナとか」 実にくだらない発言を聴き終わる前、剥き出しになった腕にチョップをかましてやった。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
きのこの喜多主さんは『大晦日、黎明(れいめい) 』の設定で儚い雰囲気のお話を考えてみてください。 #短編用お題 https://shindanmaker.com/912455
一緒に住んでいるらしい
「……」  耳元で低く馴染みの良い声が名を呼んだ。深い眠りから簡単に意識を浮上させることのできるこの人物は、押し上げた重い瞼の向こうで白い顔に笑みを浮かべていた。 「朝焼けだ」 「……え?」 「一年の最後の夜明けに相応しい美しさだ。一緒に見てくれないか」  お前と分かち合いたい。人の睡眠を妨げたことに対し悪びれもせず淡々と用件を告げる。また絵を描いて徹夜をしたのだろう、夕べと変わらぬ服の袖が視界の端で揺れ、かさついた指が頬を撫でた。  祐介のマイペースさには慣れている。だけど眠気には勝てない性分だ。 「見たら、もう一回、寝る……」 「構わない」  背中を支えられ上半身を起こすと待っていろと言い残し、祐介は窓を隠すカーテンを引いた。 「わ……」  斜光のせいで真っ暗だった部屋があたたかな色に染まる。薄い雲に映る赤さはこの時間独特のものらしい。そばに戻った祐介が淡々と語る中、夕焼けとは違う朝焼けの空は神々しく、静まり返った黎明の世界を包んでいた。 「綺麗だな。けど、今日は雨が降るかも」  率直な感想に祐介が頷く。お決まりの指で作ったフレームの内側に今年最後の美を収め、薄く微笑んだ。 「大掃除は終わっている。今日は今年の愛し納めだ」 「……寝言は寝てから言え」  恥ずかしい台詞から逃れようとシーツに沈むと待っていましたとばかりに覆い被さってきた。最初からこれが目的だったのか。 「朝焼けに照らされたお前の肌は美しいな」 「馬鹿だ……」  寒さに晒された胸元に口づけが落ちる。背筋を走った寒気と快感に眠気が覚めてしまう。今年何度も繰り返された行為はそのまま、来年も繰り返されることになるのだろう。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
きのこの岩主は、ソファーで、眠っているあの人を見つけました。うなされながら「か…かまぼこ…」と寝言を言っていたので、起こしてあげました。時間は深夜2時です。 #きみとソファーで https://shindanmaker.com/869688
 岩井家にて
 どこかでガタゴトと物音がした。家の中に人がいるんだから当たり前だと遠ざかりかけた眠りを呼び戻そうとしたけど、その後まったく音がしないのが気になった。眠い目を擦りながら物音の正体を探しに行く。 「……煙草のにおいが凄い」  茶の間に辿り着く前、灰を浴びたかのようなにおいが立ち込めた。どうやら廊下に放置されたモッズコートが発生源らしい。これを放置してはダメだ、そう判断して抜け殻のように落ちているコートをハンガーに掛け消臭スプレーを吹きかけていた。これで明日の朝、薫が不快な思いをしなくて済む。  においの原因を持ち込んだ人間の姿を探す。コートの次はキャップだ。これもスプレーで消臭しなくては。シュッと吹きかける動作はかつてモデルガンを撃った記憶と重なった。彼から買ったものがこんな風に役に立つなんて。思い出し笑いを引っ込めることなく床に倒れ込んだ黒い影を覗き込む。……やっぱり本体もにおう。 「岩井さん」  呼びかけても反応はない。しばらくすると「うーん」と唸って寝返りを打った。暗がりの中で目が冴え、眉間に皺が寄っているのがわかる。小さく喉が鳴るのはうなされているのか。大丈夫だろうかと額に手を寄せると。 「か……」 「え?」 「かまぼこ……」  掠れた声がはっきりと言葉を発した。……今、かまぼこって言ったよな?  周囲を見回しても誰もいない。つまり、今これを聴いたのは自分だけ。時計は深夜二時、草木も眠る丑三つ時。静まり返った部屋に岩井の唸り声が響く。  見下ろした顔は相変わらずしかめっ面で、起きているときより人相が悪い。そんなにかまぼこに恨みでもあるのか。 「岩井さん。こんなところで寝たら風邪ひく」  肩を揺さぶってもなかなか目覚めない。少し酒のにおいがするから酔ってるんだろう。そうなると遠慮なく起こしてやりたい。力任せに揺さぶると瞼が震える。もう一押しだ。気になることを尋ねてしまえ。 「ほら。かまぼこって何だよ」 「……んあ?」  ぱち、と音がしたように岩井の目が開いた。充血した眼球がきょろきょろと彷徨って、黒目がこっちを見た。 「……お前、何言ってんだ?」 「岩井さんが言った」 「俺が?」  こくりと頷いて指で唇を押さえてやる。そう、この口がかまぼこって言った。 「マジか……」  岩井は手のひらで目を覆って呻いた。そして「さっきかまぼこ三本ツマミで食わされてさすがにもう要らねえ……」と告白した。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
きのこの喜多主は『キスしないと出られない部屋』に入ってしまいました。 20分以内に実行してください。 shindanmaker.com/525269
※つき合ってない
「フォックス。ん」 「……お前はそれでいいのか」 「まあ、お前とならできるし」
 メメントスで妙な部屋に閉じ込められた。固く閉ざされた扉には注意書きがあった。ここから出るための条件は『キスをすること。それも20分以内に、だ。  何度試しても扉はびくともしなかった。そこで諦めたのか、仮面を外したジョーカーは目を閉じ唇を差し出してくる。普段大きな眼鏡に隠された素顔を惜しげもなく晒している。  もっと近くで見てみたい。湧き上がる願望を抑えきれず顔を近づける。長い睫毛、滑らかな頬。じっと眺めていると形の良い唇が何かを呟いた。
「どうかしたのか」 「早くしろって」
 強請るように囁かれ心がぐらついた。同性同士でかつ友人関係だが、何でもない顔で目を閉じるジョーカーを見ていると、自分も彼とならキスができそうだ。  ならば一刻も早く終えてしまおう。同じく仮面を外し唇を寄せると待ちかねたように腕が首に巻きついた。
「っ!」
 ぐっと引き寄せられ噛みつかれた。あまりにも大胆な動きに動揺するが彼は容赦ない。何度も唇を食み直しては、キスはどんどんと深くなる。  まさかこんなことになろうとは。出会ってから今日までの日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。彼には心を奪われた。志を共にすると誓い、今では並び立つ存在となれたはずだ。  唇を合わせても不思議と嫌悪感はない。寧ろ高揚しているのではないだろうか? 感じた戸惑いは次第に蕩けていき、つ��には舌が口の中に入り込んだ。その熱さに驚き目を見開くと、ジョーカーは薄く開いた目を弓なりに細めた。楽しそうな表情に悔しさが芽生える。  彼に奪われっぱなしでは割に合わない。
「!?」
 腰を抱いて引き寄せると彼は一度目を見開いたが、ふと切なげに眇めた。艶のある仕種に見惚れそうになるが絡んだ舌が許さない。注がれた唾液を嚥下し、反対に注ぐ。息継ぎのたびに漏れる声も奪ってしまいたいと素早く唇を塞いでしまう。互いに主導権を奪い合うのに精いっぱいだ。  途中、遠くで部屋の鍵の開く音がしたが、この熱が冷めないことにはここから出られそうにない。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
【きのこの岩主】
「いつになったら目を開けてくれるんだろう」 #この台詞から妄想するなら https://shindanmaker.com/681121
「マジ……?」  シゴトに来たらカウンターの向こうで岩井が居眠りしていた。  放課後真っ直ぐやって来た。街の片隅にあるミリタリーショップ、店じまいにはまだ早い時間帯だ。とはいえ訪れた店内は閑古鳥が鳴いていた。  不用心だがここは彼の城だ。暇な時に何をしていようが不思議ではない。だが驚いたのは、岩井が俺の存在に気付かず眠り続けていることだ。人の気配に敏感で相手を疑うことを忘れない彼が。  目深に被ったワークキャップの鍔が目元を隠してるけど、珍しく飴を咥えてない唇が薄く寝息を漏らしていた。整った呼吸に悪い夢を見ているわけじゃないんだと覚る。  それにしても。弱味を晒すようなタイプじゃないのにこうも無防備な姿を見せられると普段はできないことをしたくなる。物音を立てないよう極限まで近づき、そっとキャップを取ってみる。さすがに気づかれると思ったのに変化がない。  顔を近づけてまじまじと観察する。厳つさに隠された彫りの深さ。こけた頬や顎に散らばる髭は白髪交じりだ。薄目の唇は触れれば柔らかいって知ってる。事が始まって溺れてしまうと見る暇なんてない。こうして彼の顔を細部まで見られる機会は滅多にない。  不躾に見つめているうちに息もかかりそうなほど寄っていた。吸い込む彼のにおいに、まだ夕方だというのに、脳内で不埒な妄想が駆け巡り身体が反応する。  彼の獣のような目で見られていないと落ち着かない。 「いつになったら目を開けてくれるんだろう」  呟きは思いのほか声が大きくなってしまった。ハッとして後ろに飛び退こうとしたのに無骨な手が腕を掴んで引っ張った。 「わ、」 「寝首をかきたいんならもっと気配消せ。じゃねえとヤられちまうぜ?」 「……ひっ」  随分と物騒な物言いだ。耳元でくつくつと笑う彼から離れようとしたのに、ぬめる舌が耳を舐めてくる。耳たぶをしゃぶられれば膝から力が抜けていく。 「お。お前その気か?」  揶揄する声に小さく頷いた。誰もいない店内で眠る岩井に欲情した。  ふと顎を掬われて真正面から見据えられる。帽子の鍔に翳らぬ目が射竦めてきた。唇が近づくまで瞼は閉じない。  ああ、やっぱりこの目が俺を見ていないと落ち着かないんだ。 
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
きのこの岩主は『指を絡めて10分見つめ合わないと出られない部屋』に入ってしまいました。 40分以内に実行してください。 https://shindanmaker.com/525269
 渋谷の街中で見つけたバイトのガキの後をつけると見知らぬ場所に辿り着いた。 「何だここは」 「え、岩井さん」  赤黒く歪んだ空間に辺りを見回すと馴染みのある声がした。だが目にした姿は馴染みのあるものじゃない。 「……妙な格好してんなお前」 「そう?」 「白い仮面をつけたヤツなんて普通いねえだろ」  黒いコートに赤い手袋は意外なほどよく似合う。だがそんなことは言うわけがない。鼻で嗤うとガキは一瞬唇を尖らせたがすぐに手にしたスマホを翳してきた。 「岩井さん。説明したいのはやまやまだけど、ここからは早く出ないと危ない。だけど出るためには条件がある」  見せてきたのはチャットの画面。相手は誰かわからず『指を絡めて10分見つめ合わないと出られない。40分以内に実行せよ』とだけ書いてあった。 「ああ? んなことするかよ」 「でも出ないともう薫に会えない」 「う、」  ほら、とヤツが仮面を外して目を合わせてきた。眼鏡をかけないコイツの顔は暴力に近い。 「おい止めろ」 「目を逸らすな」  ぐい、と手を掴まれ指を絡められる。瞬く大きな目に誘うように開いた唇。こうも無防備な顔をまともに見ることなんてできるかよ……。 「岩井さん」 「……別に目が合ってりゃいいんだよな?」 「ん?」  こうやって顔を離して見つめ合うなんてのは性に合わない。マジで出られないっつーんなら、このくらいやっても罰は当たらねえだろ。  絡めた指に力を籠めて引っ張るといとも簡単に腕の中に転がり込んできた。 「わっ」 「ほらこっち向け」  腰を抱き寄せ頬ずりするとパッと驚いた顔がこっちを見た。何かを言い出す前にすかさず唇を塞いでしまう。 「んっ!?」 「目ぇ閉じんなよ」  ぼやけるほどの距離でじっと目を見つめてやる。揺れる瞳がうろうろと視線を彷徨わせていたが、舌を絡めれば観念して目を合わせてきた。  これなら10分くらい何とでもなる。甘い唾液を啜って歯列を舐め、蕩ける目元を眺めるのは存外いいもんだ。  すり、とガキが膝を擦り合わせた。望みのままに尻を撫でてやれば「あとで」なんて声が咥内で響いた。  笑いが込み上げるのを耐えて唇を食む。さっさとここを出て啼かせながら目を合わせてやらねえとな。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
空に嫉妬する(喜多主) 数年後な彼ら
『花火を見るのなら浴衣だろう』  夏の始まりを告げる花火大会のポスターを眺めていると隣の祐介が呟いた。そのときは何も考えていなかったけど、翌日自分の持っている浴衣を出してきて「お前にはこれが似合う」なんて言われて初めて言葉の意味を知った。  乗り気になった彼を無下にすることはできない。出会いから三年が経ち、今では同じ屋根の下で暮らしている。これがただの同居じゃないことは仲間の誰もが知っている。  そんな相手の望みなら叶えてやりたい。大会当日は大人しく彼の指示に従い浴衣を身に纏った。    慣れない下駄に戸惑って遅くなる歩みを祐介は辛抱強く待ってくれた。ようやく会場が見えたが花火が始まる直前のせいか観覧席は人でいっぱいだ。 「少し離れて見るとしよう」  後から訪れる人たちに道を譲り二人で脇道に入っていく。背後でポンと大きな音がするとバチバチ鳴りながら頭上に光の粒が煌めいた。  花火は始まってしまったが場所探しだ。だらだら続く坂を上るとやがて見晴らしの良いカーブに広いスペースに辿り着いた。先客が数人いたがここで見物するのには十分な余裕がある。  花火会場から離れたここは小高い丘の上にある。低い崖の縁に並んだガードレールは低くて寄りかかることはできない。数組のカップルは皆手を繋ぎ、女性客たちは歓声を上げながら空高く咲く大輪の花を仰いでいた。 「美しいな」  隣に立つ祐介の顔が七色の光に照らされて暗闇にくっきりと浮かび上がる。初めて仲間たちと一緒に行った花火大会でも浴衣を着ていた。あのときの濃紺の生地も様になると思っていたが、今日の縦縞も道すがら大勢の目を惹きつけていたほど似合っている。  幕間なのか急に辺りが暗くなった。途端周囲の声が耳に入ってきて少し眉根を寄せてしまう。 「あの人モデルかな?」 「かっこいいよね。浴衣似合ってるし」  こういう言葉は何故か祐介には届かない。代わりに敏感にキャッチしてしまうのは怪盗時代からの悪い癖だ。しかも気分がいい話ならいいが、自分にとっては面白くないことだったりするから始末が悪い。  祐介は暗くなった空に向けて右手で何かをなぞる仕種をしている。きっとさっきまでの大輪を描いているんだろう。そんな姿を隣にいる女性がじっと見つめていることに気づき、胸がもやもやする。  少し離れていた肩を寄せると手の甲がぶつかった。そのまま手を握ろうかと思ったけど、あからさまなことをして周囲に勘繰られるのは本意ではない。そっと人差し指で手首を擦り、そのまま浴衣の袖口に忍び込ませる。驚いたのか祐介がこっちを見た。 「何をしている」  空に釘付けだった目に今は自分の顔が映っているはずだ。それだけでも少し溜飲が下がったが、もっと惹きつけて離したくない欲が湧き上がる。 「誘ってる」  身長差は何年経っても縮まることはなかった。自然と上目遣いで彼の顔を捉えた瞬間、再び大きな音とともに空一面に光の線がたなびいた。明るく照らされた祐介の目が間違いなく自分を映している。 「……」  花火を見るでもなく口を開いたまま何も言えない彼の袷をちょいと引っ張り、現れた鎖骨に噛みついた。大丈夫、今なら花火に夢中で誰も見ていない。 「……今夜はお前の身体に花を咲かせようか���  肩を叩かれ今も繰り広げられる空の芸術に背を向ける。祐介を見ていた女性がちらりと振り向いたのがわかったけど、ここから先は俺たちの時間だからご遠慮願おう。ひらりと手を振ってその場を後にする。最早何を言われてもここに自分たちがいない限り痛くもかゆくもない。    来たときと同様に長く続く坂道を下っていく。下駄の鼻緒が食い込んで痛む足もこの先に待つ出来事を思うと後回しだ。  ――早く家に着かないだろうか。  どちらが言ったかわからない言葉は、暗闇の中合わせた唇から互いの中へと消えていった。
0 notes
kuroryo · 6 years ago
Text
お祭りの屋台で取ったビニールの武器でどちらの方がいかにカッコよく名乗りをキメられるかを競い合うきのこの岩主(審査員は近くにいた小学生たち) https://shindanmaker.com/687454
 都会の片隅に提灯が幾つも灯っていた。 「祭りか」  シゴト帰り、隣を歩く岩井が帽子の鍔を上げてふっと笑う。灯りに照らされた横顔はどこか幼く見えた。 「岩井さん。あれやろう」  立ち並ぶ屋台のひとつに彼の興味を惹きそうなものがあった。指を差すと口笛を吹いて俺の肩を叩いた。 「射的で勝負か? 何賭ける」 「賭けって……そんな勝負、圧倒的に俺が不利だろ」  さっさと射的へと向かう背中に声をかけても聞く耳を持たない。ここは諦めてつき合うしかないだろう。  彼に負けず劣らずの強面な店主から銃を受け取ると、ひょいと構えて軽々と的を落としていく。大したことないと言わんばかりに全弾命中させるとさすがに店主は眉を吊り上げた。だが、岩井から同じ匂いでも感じたのか「アンタ上手いね」と言っただけでそれ以上何も口にしなかった。 「ほらよ。次はお前だ」  機嫌を良くした岩井は勝手に金を払って俺に銃を渡してくる。普段使っているモデルガンより重いそれは構えると銃口が下がってしまい、上手く的を狙えなかった。 「へったくそ」 「煩い」  結局半分的に当てるのが精いっぱいだった。店主がほっとしたように景品を渡してきて「頼むからアイツはもう連れてくんな」と小声で耳打ちしてきた。  渡されたのはビニールで出来たナイフで、どことなく岩井の店で買ったものに似ていた。何の気なしに構えると近くにいた小学生くらいの男の子が「かっこいい」なんて言ってくる。 「様になってんじゃねえか」  岩井が口の端を上げて笑った。あれはきっとからかっている表情だ。ムッとしてナイフの柄を差しだすと面倒くさそうに受け取りつつも、手のひらでくるりと回してみせた。刃物を使い慣れた手つきに違いない。 「おっちゃんもかっこいい!」  最初の小学生の友達だろうか、別の子が叫んだ。  わいわいと盛り上がる彼らに満更でもない顔になった岩井が気に食わない。彼の手からナイフを奪い返すと同じように何度か回し、誰もいない場所で地面に向けて突き出した。あたかもそこにシャドウがいるように。 「まだ出せるだろう?」  口をついて出た台詞に我ながらギョッとした。小学生たちは「おおー」と歓喜の声を上げたが岩井はニヤついた笑いを深くしただけだ。何だか居心地が悪い。 「あげる。ビニールだから危なくないけど人に向けて遊ぶなよ」  そう言って小学生にナイフを渡すと彼らは何度も頷いて礼を言ってくれた。走り去る姿を眺めていると隣に立つ影がある。 「お前。さっきの何だ」 「……」  何も言えない。顔を見ることもできず黙っていると大きな手が髪の毛を搔き乱してきた。 「ちょ、やめろ」 「まぁ俺には関係ねえことか。ヘマだけはすんなよ」  散々髪の毛をくしゃくしゃにして何事もなかったように歩き出した背中を呆然と見る。もしかして今のは心配してくれたのか……? 「おい。早くしろ」 「あ、うん」  わかりにくい気遣いに戸惑いながらも、提灯の下で立ち止まって待つ彼の下へと向かう。  俺たちはまだ互いのことをあまり知らない。だけどこうやって、徐々に知っていくのだろう
0 notes