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「後悔しながら死んでね」
いつだったか彼女は私にそう言った。
煙草を吸う、1日の中で1番何もない時間。
マッチで着けると味が変わると彼女が言っていたが、私は違いの分からない男だった。
青紫の煙が空に溶けていくのを見ていると、私の肺が黒ずむ事など想像できなかった。
先週に彼女とした会話を反芻していた。
「死ぬ時は、あたしをもっと満足させてやりたかったー!って後悔しながら死んでね。それで幽霊になってあたしを守っていて。」
隣で笑っていた彼女はその3日後に交通事故で死んだ。
もう会えない事は寂しいが、彼女が死んでも世界は何一つ変わらず廻っている事が私の正気を保ってくれているように思う。
私に恋人が居た事は職場の誰も知らない。食って、寝て、仕事して、食って、仕事して、寝る。
帰りのスーパーのレジの横にマッチがあったから、カゴに入れておいた。
YouTubeで「マッチのかっこいい付け方」を観ながら片手で火をつける練習をする。
少し火傷しながらも不健康な深呼吸を成功させた時、声をかけられた。
「ダサ〜!」
慌てて振り返っても誰も居ない、が確かにはっきりと聞こえた。幻聴?、煙草には幻覚や幻聴の作用が出ない事が大麻なんかとの明確な違いのはずだ。持っている煙草に目をやると、ゆらゆらと揺れる煙は排気口に向かいながらも、見覚えのある形になって私に話しかけた。
それは紛れもなく彼女の形、声をしていた。
「私の方がユーレイになっちゃった」
言葉を失い、煙草を持っている手を左右上下に動かす私を彼女は笑いながら見ている。
「死んだ時にね、後悔しちゃったんだ」
「もっと一緒に居てあげられたら」
「行きたいところもあった」
「初めてもらう花が献花だなんて」
「もっと褒めてあげたら良かった」
「話したい事がまだあった」
彼女と話をする事に徐々に適応する自分が怖い。
タバコの火が吸い口に近くなると彼女は消えた。
大企業のビルが立ち並ぶこの街はかつて喫煙所が点在していた。歩き煙草をする者も多く、
人々は夢や野望と共に、煙を吸い込み、吐き出された煙の中で街は動いていた。
次第に世間の健康志向から過剰に適応された分煙は全面禁煙へと姿を変え、この街から喫煙者はほとんど居なくなった。
人々は健康に、街は清潔に、そして煙の見せる夢は無くなった。
その中で私だけは今も、煙の彼女と話をしている。
食って寝て働いて食って働いて寝る。
煙の彼女は彼女の魂そのものなのだと信じながら。
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思い出とは消化できずに残った記憶
Twitterのサークル機能をつかって備忘録てきなつぶやきを連投してサークル外の人に見えるツイートを圧迫するのは本望ではないので過去ツイを振り返りながら消化していこうと思う。
「日向でいきいきする植物はすごいと思う」 植物は地球上の動物が生成した二酸化炭素を酸素に変換している。人間には酸素が必要だが、植物には二酸化炭素が必要だなんて、なんて都合のいい設定…。素晴らしい共生だ、共依存みたい。
「もしも俺が明日死ぬなら、爆弾かかえて向かうんだ永田町に小泉首相に会って目の前で吹き飛びたい」 RADWIMPSの曲や詩は帰ってくる場所みたいだ、思春期にたくさん影響をうけた。思春期を超えて考えがアップデートされたとしても、振り返ってルーツとして選んでしまうなら、思春期こそ人生だ。
「イカよりもほんとはトビウオがつりたい」 ひとの影響でイカをたくさん描いた、今日めおさんと話した様に、他人は鏡であって外界からの影響で好きになったものだったとしても、それも含めて自分の選択であると捉えていいし「見なくても描けるようになった」モチーフを増やしていきたいし、それみたいに興味のあるものを描写したい。
「この時間の肌が一番青白くみえる、水中での発色に近い」2022/7/11 19:01 わかる。
「身体性が伴うものってそれが嫌いになる過酷さとそれが好きになる過酷さがあると思うんですけど、今日の下校は後者。どーぷ」 帰りに土砂降りのあめのなかバイクで走ったときの。夏の雨が肌を伝いながら走るあの時間が、自然と一体化するような、風になって雨と雨の中をすり抜けていくような。
「ドロドロのホットケーキ食べたい」 ホットケーキは生焼けがうまいんだ
「山上の手紙読んだ、凶悪事件の犯人の手記等は古本で買うのが境界線を越えないささやかな対策だったのだけれど、彼の手記が発売されたら新品で買ってしまいそう」 これは後に友達が反応してくれたのだが、社会的にどうしても取りこぼしてしまう人というのは居て、そういう人からこそ生まれるドラマがあるし、それに安全なところで触れられるのは贅沢な体験だ。 みたいな話をした、あとドキュメンタリーなど、全然情報を追えてないけど卒制終わったらそういうインプットしたいな。
「ディベートが苦手という人もそうでない人もいると思いますが自分をそう評価するに至ったこれまでの討論が‘印象‘の植え付け合いでの勝敗」でなかったか思い出してみてくださいね。」 コミュニケーションというのはある訓練があって初めて出来る様になる。それが幼い頃からできていた人もいればそうでない人もいる。ディベートというものも同じで苦手意識を持つ必要はないのだ。最近の高校生の国語の授業の形態というのは、そういった訓練を取り入れる様になっているらしく、これから出てくるルーキー達はしっかりと他人と一緒に考える力がある人が多いかもしれない。
「山上のTwitterをみた感想を述べたのだけど、歴史は今、ここ、私に向ってはいないになってしまった。まぁそりゃそうなんだけど」 構造主義の話。歴史というのは無限の選択肢の中から一つずつ選んできた結果であって「今」に向かって一直線に恣意的に選んできたわけではない、らしい。山上のTwitterも「今」から見ると色々と見えるが、偶然の重なった結果、かもしれない。
「芸祭あと二回参加させてくれ」 魂の叫び
「もこうの余興に対してオーイシが、あの時彼は誰かに何かを伝えるために存在していた、あれこそ人間のする表現。って言ってて赤べこになっちゃった。生身が生身に伝える表現PDCAサイクルをなぞるだけのニュートラルなものじゃないゾ」 表現というのは学習ではないのだ。あたりまえなんだけどさ
「檜��一彦」 車いすの作品
「小学生の頃姉に、‘道徳の授業‘ってなんかキモイよねと言っていたらしくて笑った」 アナーキー!
「友達に久しぶりにキラキラしてるって言われた、キラキラしてるならええか」 switchを得た時のツイ。この間この友達の社長のはなしをきいて「大人なのに目がキラキラしてる」って評してた。わたしも目をキラキラさせよう。世界のすべて遊ぶための道具にするのじゃ。
「友達にお絵描きAIおもしろいよーと教えたら、ナニコレこんなんみこっちゃんの方がいいやん、と言われてハオ」 勇気かよ。まぁでもAIどうのこうのって話見てもなんとなく「私の絵は出てこないだろうな」と思っている、なんとなくそういう自信がある。
「旅先でヤンヤンツケボーを食べるのは、現実へ戻ってこられるように残したトリガーなんだよ」 旅が好きだけど、景色をみてその土地をいいなと思って、その土地のものまで食べてしまったら、なんとなく帰れなくなるような気がしてつぶやいたんだけどもしかして千と千尋か?
「職業:旅人 がいい~;;」 ゆーちゅーばーになります、か。
「過去のブログのスクショ先生からいわれた適材適所みたいな話」 今日友達とはなしたけど卒制はこれから絵で食っていく自分へのエールになるものにしたいんだよね。いままでに一円でも私の絵にお金を出してくれた人がいるなら私は絵で食っていきたいし、サンクコスト効果の祝福と呪い
「やっぱり、裏切りおにぎりというあだなはおもしろい」 まさおくん人くさくて結構すきだけどな。あとオラ夏でまさおのそっくりさんが「僕はロボットが好きなんだ、だから僕もロボットなんだ」って言ってたのすごい哲学だった。
「ヴォーリズの設計による駒井家住宅」 まじでこういう家に住みたい。
「ぼくはハート舌なんで天然スプタンです」 身体的特徴。わたしにとっては普通だけど、べろが割れてない人からしたら特徴になる。
「積層が苦手でいつからか不完全燃焼のまま終わるようになったって話したら描写が乗る描写しなきゃっていわれたからそれやってみる」 今日めおさんとまた話した、絵画でいうグレーの話と「このバイク動かないもん!」(笑)
「コロナ禍でよかったのは誰もいない砂浜にバイクで行って寝転がりながら授業うけたりできた事」
「僕が高級車を破壊するギャル描いてあげるよ」 イラストと絵画のちがい。
「思春期こそ人生」まーた言ってら
「今日たまたま見た占いしし座が、三人以上で行動すると吉、だったので6万5千人と行動を共にして大吉かも~」 今までで一番面白い試合だったな
「理屈と絵の具はどこへでも付く」
「アクセルは私のフェチ構築に食い込んだキャラだと思う」 キャラとキャラクターのはなし
without undo って展示やりたいな アンドゥをしないで描いたイラスト。
「何も生まないオタクという言い回しを知って泣いている」 哀しいこと言うなよ;;
「くだらない絵しか描けない、それでもイイ!」
「すずめの戸締り音楽も良かった、新海誠がRADと縁がつながってから新海もRADすきなんやなーよ思いながら観てたけど今回のはRADを聴いてきたからこそ通じ合える���分みたいなところが沢山あった。それがRADのMVにならずに実現したのは陣内一真も関わってるからなんだろうなと勝手に予測してるオタク」
「教授との面談、こぼさないようにと思えば思うほどこぼれていきそう(笑)整理するために誰かとはなしたい」 ガスト言って話せた
「新海誠本読んで全体的に良かったけど、異形の者との旅にした話はほりさげられてなくてかゆい。個人的にはそこも知りたいのに」
「物語、もといキャラクターは架空の人格で現実を心体験できるデータがつまったカセットなんだよねん」 ってことを調べてたら『テヅカイズデッド』が出てきたわ。よむゾ
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すずめの戸締まり感想
すずめの戸締まりは「新海?あー、絵きれいな人ね」「前前前世ね」と思ってる人こそ観てほしいなと思いました。以下ネタバレ配慮せず綴りますので注意。
私は思春期の頃に秒速を観て新海誠のファンになり、今までも秒速が彼の作品の中で一番好きだったのだが、今回それを更新されたかもしれない。 劇中、中弛みもなくRADWIMPSのMVになる事もなくキャラクターも愛しく、要所要所で笑えて伏線の紡ぎ方も結末も見事だった。最高傑作という謳い文句は大げさではなかった。 おかげでライトな感想と重めの感想とがあるんだけど…どっちから書くべきか…。
災に翻弄される人間をみて「くりかえすね」と言うダイジンのこの一言で全身が物語の液体に浸かった様に思う。 東日本大震災があった時、私は中学生で部活の顧問に「大変な事になってる」と話されるも帰宅してテレビを観るまで、いや、走る車が波に飲み込まれる映像を観ても現実味は無かった。 当時傾倒していたRADWIMPS、特に野田洋次郎の一挙手一投足に注目していた私は、彼が震災以来毎年3/11に震災への想いをなぞる曲を出すのを聴いていた。RADWIMPSとは別のillionの活動も追っていた。 今回のこの映画はあの日遠くで起きた震災を本当に起きた事としてつないでいてくれたRADWIMPSとの10年間のレンズを通して観ることになった。 昨年から何度か制作の取材として南三陸町に行く���会があり、現地の人の生の声や何もなくなった土地、当時何人かの人の生き死にを分けた建物のグネグネと曲がった鉄骨、新しい街。夏なのに遊泳する人の居ない海水浴場、そこで感じることは色々あったが、当時の中高生が避難の際に老人ホームのお年寄りを助けに行ったという話が私の頬を打った。 私が友達といつも通り絵を描いている時に、別の場所で近い年の子達が生死をかけてすごしていたのだと思うと喉の奥がギュっと痛くなる。 作中で、人が住まわなくなった場所が災厄を招く境界になり、扉を閉じる時にはその土地で過ごしていた人々の事を想う描写が切なかった。 普通は人は自分から離れた人の不幸など考えずに暮らすもの、災がなければ想うことも無かった人々の営みが自分の住む国だけでもいくつもあるのだ。 「風化させてはいけない」そんな言葉たくさん聞いてきたが、大自然が牙を剝く事を100%予測する事など不可能だ。きまぐれの様に「たくさん人が死ぬよ」と言うダイジンは自然そのものだった。
何でもない若者が世界を救う物語というのは、いっけん思春期の頃に抱く夢想の様に思えるかもしれないが、あの時事実として年齢も肩書も関係なく助け合った人達が居たと私は偶然知ることができた。 「君の名は。」や「天気の子」をもう一度観なおしてみたい。
新海誠の作品の中でいつもピンとこなかったのがキャラクターだった。風景や光に対してはあんなにも理想を追求できているのにその中を動くキャラだけ解像度が低いように感じていた。 そういうものとして観れば作風になるのだが、今回の新作はキャラデザ、モーションが格段に良くなった気がしている、それも合わせて過去作を観るのもいいな。
そしてすでに話題の芹澤、前情報無しで観たので声優が神木隆之介だったのは驚きだった…真面目君以外の役もハマってるじゃん…演技力すごい…とエンドロール中感心してしまった。 足立ナンバーのおんぼろオープンカーに乗り、タバコも指輪もピアスもメガネもアクセサリーてんこ盛りの彼はすずめと叔母を「闇深ぇ〜」と表すのだが、彼は自身をどう見積もっているのだろうね、どっちにしろとてもいいキャラになる。終始チャラ男だのサイテーだのの目を向けられて不憫でかわいいので自己肯定感高くあってほしいねw陰りが無いほうがしっくりくるかもしれない。草太に対して「あいつ自分の扱い雑だからムカつく」って言ってたし、すずめ達と草太達の2つの家族像が彼の中で画像として重なっていたから、芹澤はすずめを放っておけなかったのかも。 男性があのキャラを観てどう思うのか少し気になったがまぁ別にどうでもいいや、芹澤は良いキャラだよ…。ネット上ですでにすずめの戸締まりのキャラの二次創作が散見されるけど、それはキャラの魅力故にだろうし。 あと、叔母さんとの言い合いのシーンも真に迫っていた、家族間によくあるすれ違いなのだろうけど身に覚えがあったし最近軽く燃えていた「龍とそばかすの姫」の家族の描写と比較して語られる事がありそう。
これまで「ほんものらしすぎてにせものみたい」だった新海誠の夢のような美麗な風景が、グロテスクさを持つのはリアルへの担保となってとても良かった。 帰りにバイクに乗りながら、こうやって途中で改善点があったとしてもつくり続ける事でまわりも巻き込んで傑作を生みだす事になるのかもしれないなと、まずはいいと思うものをただつくっていきたいなと。
人間は色んなものを記録する習性がある。大切なもの、愛しいものはもちろん、史実として起こった事、誰かとの秘密も暗号にしてまで記録する。おかげで今、誰の手元にもカメラのついたスマホがあり誰でもカメラマンになれ、何年か前のの今日のつぶやきも見返せる様な時代になった。過ごしている時を記録していつでも思い出せる様にするのは私たちが忘れる生き物だからで、人は一般に忘れる事を止められない。忘れまいと誓った事も手で掬った水の様にいつかはすり抜けてしまう。津波の被害にあった街は、廃墟というには遺っているものが少なく、建物や蔵書、そこで記録されていたものを失ってしまう事はこの望まぬ忘却に近い。記録に様々な形はあれど、その消失を哀しむのは覚えていたかった事への追憶なのだろう。
てか芹澤が選ぶ車がアルファロメオなのもス―――パ―――――しっくりくるんだよね!!!!ジュリア?スパイダー?の複合みたいな感じの。 パンフレットはまだ読んでないんだけど、この作品がどんなプロセスを経て完成したのか、わたしとても気になります。
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氷菓的探訪Ⅱ
9時過ぎに高山市へ到着してから6時間ほど経っていました。
iPhoneをみると10キロほど歩いたようで、脚がもうパチパチで痛い…。バイクを停めた万人橋へ戻り宮川があまりにも気持ちよさそうだったのでブーツを脱いで脚だけ浸かります。
患部が冷えてイイ!冷却の反作用で毛細血管が拡張している!血の巡りがもどってくる!むしろ温かくなってきた!あれ、冷たい、というところでやめるのがベストですたぶん。
天然アイシングをしている内に空模様が怪しくなってきました。最後に温泉を目指し、この旅も終盤に差し掛かります。
「平湯の湯」まで約一時間、もちろんここも作中に出てくる場所です。丁度帰路の途中にあるのでお湯だけ頂いて帰ろうという策略で、出発後まもなく雨が降ってきましたが、またもや楽観主義を発揮して進みつづけ往路同様雨の中の峠を走ります。峠付近の天気の変わりやすさというか、夜にかけて山に霧がかかりその空気が街に落ちてくる感じがこれまたアニメでの映像とリンクしますね。「連峰は晴れているか」では登山家の教師の話も出てくるので山の天気を体感しながら移動できたのも良かったです。いやまぁ体力は削られるんですけれど…。
平湯の湯では500円で入湯だけできました。きれいに掃除が行き届いていますが建物は古いままで雰囲気のある温泉です。
道中で何度もほかのお湯屋を我慢してきたので全身に沁み渡ります。頭も洗うか迷いましたが雨が気になっていたので体を洗うだけに留めてホカホカになった所で出発…が、外に出ると雨脚は強まり、霧も深くなっていました。
17時過ぎ、平地までは約2時間程、行きで踏ん張った峠よりも天候等の条件は悪く絶望ゲージが溜まってしまったため女将さんに素泊まりできるか聞いてみました。
「素泊まりで7000円」ですが私は5000円しか持っていませんでした。近くにATMも無い、高山市に戻るにも1時間かかる。進むにも悪路。ここは恥を捨てて相談するしかありませんでした。どうにか今晩泊めてくださいと言い、バイクで来た事を話すと今持ってる分で良いからこんな天気にバイクは危ないと、快く泊めてくれました。食事の心配もしてくれましたが、日中に買ったおにぎりがあったのでお気持ちだけ頂いておきました。なんだか本当にこんな事があるのだなぁと旅の旅らしさを他人事の様に感心して、布団に潜れば気絶するように就寝。
朝起きてカギを返して支度をしているとバイクを拭うためのタオルをくれたりと最後まで気にかけてくれる優しい女将さんでした。部屋は静かにしていると隣の人の話し声が聞こえてくる壁の薄さだったのですが、氷菓の話にも紐づくのであまり気にならず、というか体力の限界だったのでしょうね。
館の目の前では工事が進んでおり、新しく大手の宿泊施設が建設されるのだと話してくれました。女将さんは「あそこは儲かるだろうけどね」と言っていて、新たなリゾート施設に対抗するのに必要な経営的戦略眼がこの人にある様にはみえませんでした。無関係なはずは無いのに、ただ過ぎていくものを眺めているような哀愁は時の洗礼を受けている最中という感じがしました。
もっと氷菓を推したり修繕したりしながらSNSも活用して…などと私なりに考えていましたが、やはり私には来年の春にまた来るということしか出来なさそうです。氷菓といえば生き雛祭りですが、コロナの影響でもう三年延期が続いているそうで、来年こそは生き雛の行列をこの目で見られるといいな。
こうして夜中に思い立った飛騨高山ツーリングは幕を閉じます。
付け加えると、帰りに群馬県立近代美術館に寄って「理想の書物」という企画展を観たのですが、その中で存在感を放っていたのが世界三大美書のひとつとされる『ジェフリー・チョーサー著作集』 (1896年、ケルムスコット・プレス刊、ダヴズ製本所による特装本、豚革装、株式会社モリサワ蔵)
この本の装丁の美しさが印象に残っています。
世界で先駆的に産業革命を成し遂げたイギリスで同時に高まった書物の需要増加による大量出版の中起きた「 プライヴェート・プレス運動 」より読みやすく、美しい本を作ろうというもので、代表格のケルムスコット・プレスを手掛けたウィリアム・モリスは紙の選定から書体のマージン、配列、挿絵、装丁のバランスを考えて構築することは芸術以外の何物でもないという主張もしていたようで、その歴史の産んだ「理想の書物」のテンプレートは確かに現代にも普及していてすごいなと感心しました。
なによりも本が美しかったな…。絵画のモチーフに登場する様な象徴的できらびやかな美麗さではなく、もっと本質的な美しさといったビジュアルが良かったです。
本に始まったこの旅にふさわしい締めくくりでしたね。衝動的で無計画だったけれど、きっと十年後この日を惜しまない。
私の大学生活は惰眠を貪るような日々ばかりの様に思います、卒業後もこれから先なんだってできますが、青春の温度差を正せるのは今のうちです。
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氷菓的探訪Ⅰ
前途の通りに、この度やってきた飛騨高山は原作米澤穂信の古典部シリーズ、アニメ『氷菓』の舞台となっている場所!!ずっっと来たかったヨ!高山市に到着した後はまず「舞台探訪マップ」なるものを入手すべく、まるっとプラザを目指しました。そこへ向かう途中‥
この日1番感動したかもしれないもの🏃♀️💨

飛び出しちゃんの千反田えるバージョン‥!!えー!!こんなの置かれてるの知らなかった!カワイイ!ちゃんと目がキラキラしてる!
氷菓のヒロイン千反田えるは好奇心旺盛。「私、気になります!」のひとことで学園での些細な出来事がミステリーへと変わって行く。気になるモードのえるは瞳が輝き、こうなった���誰にも止められない〜といった具合のキャラクター
運転する時は”好奇心の猛獣”が飛び出してくるかもしれないから気をつけましょう

お店の一角は氷菓コーナーになっていました。訪れた人が書き込める自由帳はもう20冊になっており、1番最後のページには昨日の日付で書き込まれていたのが、愛されている作品という感じがして良かった‥✴︎
米澤穂信のタイトルはおそらく全部読んでいますが古典部シリーズは私にとって理想の青春で、作中の言葉は現在も心に響き続けています‥。はぁ、続きが気になるのに完結して欲しくありません‥。額の汗を賛美する様な青春では無く、学生の陰りをミステリーと置いて胃もたれせずに楽しめる、明暗のバランスが非常に心地良いのです‥!まぢ!わたしは主要キャラクター全員に共感してるのでいつか‥誰かと語らいたい‥主に福部里志について‥阪口大助の事も含めて‥。
すみません、鼻息が荒すぎました。

10:30 地図を入手後、運転の疲れを癒すため喫茶店バグパイプへ‥
昨日の夜出発して午前中に着いたおかげか誰もいませんでした。ラッキ〜!店内に入ると時計の音に包まれます。作中でも主人公の動揺と時計の振り子をリンクさせる表現がありますが、いくつも重なって響く時計の音は逆に時を忘れさせてぼんやりするのにピッタリでした。コーヒーをグルグルかき混ぜて何もしないこの時間、イイ!昼前になるとカップルが1組来て、彼女があの席(作中の席)に座りたかった‥と拗ねていてどうしようか迷いましたが、ごめん、おいも9時間かけて来とるけん‥。お店を出た時の満足感で帰宅してしまいそうになるくらい良かった、氷菓とか抜きにしても良いコンセプトのお店なので是非行ってみてください。
さて、小一時間ほど店内で休憩し、そこで今回の散策の計画を立てました

バイクはマップ左側の万人橋付近に停めてマップ中心部まで歩いてきたのでそこから東側へ行き一番距離のある日枝神社、白山神社と周って商店街へ戻ってくるような順路に決定。

高山市図書館に着くと見覚えのある建物の外観…!アニメの聖地巡礼というものは初めてしましたが、キャラクターが作品で過ごした場所を現実で視覚的に共有できると脳みそが嬉しい。
図書館内は撮影禁止であったので写真はありませんが、子供から大人まで利用していて、廃れていない良い図書館でした。二階に上がると資料室があり、高山市を代表する詩人や文芸の書物などが展示されていました。
禁帯出の本はそこでまとめて閲覧できるようになっており、ほの暗い資料室の片隅に書架と机と検索用のパソコンがありました。一見文豪の書斎といった趣があって、かなり好みの空間です。
そこでなんとなく「岐阜県植物史」という本が目に留まったのでぱらぱらと読んでみると岐阜の地形等の性質から、その植物の種類の多様さを研究した内容で、けっこう読み込んでしまいました。
岐阜県は日本の中心部に位置し、太平洋側、日本海側、西日本側、東日本側、それぞれに分布する植物の境目で、あるいは重なり合うなどして自生しておりその数は2300種類以上にのぼるそうです。
田舎に行った際に「豊かな自然」という様な表現はよくききますが、ただ広大で人の手が加わらずに生い茂っただけではなく、学術的に見て「豊か」であるという点が興味深かったです。
氷菓の千反田えるは名家の出で、作中、自分がどんな選択をしても地元であるこの土地に戻ってくると思っている、と話すシーンがあります。千反田家の娘として相応の役割を果たしたい、その方法をずっと考えていると語り「ここには水と土しかありません、人も老い疲れてきています。ここを最高に美しい場所とは思いません、可能性があるとも思っていません、でも紹介したかったんです」と主人公に告げます。
本質的に「豊かな自然」がある事実はこの土地ならではの特徴で、それは美しいうえに可能性に満ちていると思います。家業の農作の質を上げるために文理選択で理系を選んだという千反田えるが、この事にたどり着いていてほしいな、頭脳明晰で知的好奇心の強い彼女ならすぐだろうか、なんて思いながら本を読んでいました。架空の人物に対して感情移入しているだけなのですが氷菓という物語からひとつ岐阜のフィルターを通して得た知識というものは無駄ということにはならない気がしています。
それからマップを頼りに舞台を巡り、始めて訪れたのに知っている場所という脳みそ��バグを楽しみました。
空き家があれば「ここに住んでみたいな」と思ったり自転車を漕ぐ学生や図書館のベンチに座ってお弁当を食べながら話している学生、保育園のお昼休憩、作業をしている職人さん達が特別に観えたりするのは私が旅の途中であり余所の者であるという証拠なのだろうと思いました。
全ての場所を周れたわけではないのでまた来たいですね。
神山高校のモデルとなった高校には、なんだか申し訳なくて行けていません。平日の昼間に写真を撮りに来ている女なんて怪しすぎるし、高校生の学生生活の邪魔になってはいけない気がしました…笑
帰路もいろいろ‥!
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第1回発作ツーリング岐阜県-飛騨高山編- 出発〜到着
9/26 18:00
その日と翌日の予定がポンと無くなり、昨日iPhoneを落として割ってしまったフィルムを買い替えて家路につきました。暗い部屋の中で光っているモニターをながめていてふと、飛騨高山へ行こうと思ったのです。

飛騨高山は私の好きな小説、アニメの舞台。今までも何度か計画を立てていましたが、東京からは高速を使っても4時間以上かかるため踏み切れずにいるも、その日「今しかない」と思い決行。
9/27 00:00 出発
道中「これ、深夜に峠越えなきゃいけないってコト‥!?」とうすうす気づきだすのですが、楽観主義を発揮して進み続けます。部屋着のまま出てきてしまったためまだ山道でもないのに寒かったけれど、リアボックスにカッパが積んであったのでなんとかなりました。
03:00 峠にイン!

小雨×霧×夜の峠は色々な恐怖と隣り合わせでした。
落ち葉が濡れてすべりそう
ライトが霧に乱反射して視認性悪し
人ならざるものがついてきたらどうしよう
ハラハラしながら運転し、当然ですが登れば登るほど霧が出て視界が悪くなっていくので途中にあった駐車場に停まりましたが、街灯がひとつもなく上記3番の恐怖に襲われ、進むしかありませんでした。以前心理学者と話していて「スリルを好む危険な性格してますね」と言われた時はそんな事ないと思いましたが、分かっていながらこういう状況に飛び込んでしまう辺り、なるほど当てはまるかもしれません。
無事峠を越えると軽井沢に抜けます。ここの記憶はほとんどありませんが、景色をみながら運転する余裕はありました。
05:00
空も明るんできた頃に給油と休憩。コンビニのおじさんと「どこ行くの」「飛騨高山です」「オオ、結構距離あるね、気をつけてね」「ありがとー」というような他愛もないやりとりを終えて、曇り空にも晴れ間が見えて暖かくなってきました。
ダムを越え、有料道路を出た先でトイレ休憩。トイレの中に「クマ注意」の張り紙がしてあったのが恐ろしかったです。しかし、標識には「飛騨 高山市街」の文字!尻も5時間以上の運転に悲鳴をあげ、限界寸前です。飛騨高山が来い。

09:00
なんだかんだで到着!!ケツ論、晴れの日のワインディング最高🫶しばらく安く停められるところを探してウロウロして、結局川縁に停めました。休憩を挟めば9時間ぐらいなら運転できるという事がわかってしまいました。
ここからは歩いて街を散策します。
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