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mo-ment-on · 4 years ago
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生活
 最近、PCの調子が悪い。ろくに電源を消さずに一日中フル稼働させていたら仕方ないのだろうが。生憎俺はウィンドウズのPC一つで粘っているので何かあった時には覚悟するしかない。iPhoneは二つ、iPadが一つ。ウィンドウズとiPhoneは相性が悪い気がしてきた。買い換えるにしてもデータの引き継ぎが面倒だ。そんなこんなで相変わらず相棒には頑張ってもらっている。外は猛吹雪。フリートなるもので俺のことは大体察しが付いているだろう。恐らく、君の思うところが俺の真実だ。一日中部屋で���事をしている日もあれば、仕事で外に行かなければならない日もある。街中は閑散としているが、公園にはちらほらと人がいる。ペット連れも多い。刺すような寒さが痛い、と言いたいところだが、移動には車を使っているし、外にいる時間はほんの僅かなのではっきりとは言えない。窓の結露を見れば寒さは感じずとも分かるが。なんだかんだ日々、違うことが起きる。仕事もそうだが、隣人達はお茶目な人が多い。ある日は珈琲の豆を渡してきたり、ドアにお子さんの書いたカードが貼ってあったり、偶に猫も訪問してくる。何故か俺の部屋の前で鳴くのだ。最近では飼い主が俺の部屋を尋ねて申し訳ないと紅茶のパックを五つ渡してくるようになった。基本的に珈琲と水しか飲まなかった俺も紅茶を消費するようになった。換気のためとドアを開けたままギターを弾く六階のアーティストは割と有名だと隣の隣のおばあさんが言っていた。どこにいっても噂話が人間は好きなのだ。深くは関わらないけれど世間話はするし情報交換だってする。高すぎる煙草だけが頭を悩ます。そもそも俺が此処にいるのは仕事の為だったし、何よりも彼奴を忘れたいからだった。聞こえてくる言葉が変われば彼奴の事も自然と消えると思っていた。思っていた通り、思い出す頻度は少なくなったけれど、紫煙と雪景色の中に見つけようとしてしまうのは仕方が無いのだろうか。俺が手放したのか、彼奴が俺を手放したのか。あまりにもあっけなくて鋭くて淡い彼奴を。俺はもうすぐ戻る。此処での仕事にも一段落付くからだ。隣人達は少しくらい寂しく思ってくれるだろうか。俺は戻ったところで彼奴を探さずにいられるのだろうか。別に居なくたって息はできているのに。何も以前と変わりしないのに。そもそも何故この世界に固着しているのか。忘れたければ世界を捨てろ。それくらい分かっている。色あせるまでは待ってみようと、今日も白を灰色にしているのに。きっと俺は一生忘れない。
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mo-ment-on · 5 years ago
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瞳と視線の間
確実に見ていた。
赤い靴に全身黒のコーデの奇妙な女が。見知らぬ振りなどできぬほどにこちらを見ていた。謎の焦燥感。得体の知れぬ恐怖。俺の顔は引きつっていた。言葉の通り、顔全体が引きつっていた。頬が固まり、目の下と瞼がひくひくと痙攣していた。
その焦りを見せぬようにと、左ポケットからメビウスを取り出し、緑のZippoで火を点けた。相変わらず点きの悪いZippoだ。三回目にしてようやく火が点いた。
女はまだこちらを見ていた。
余りにも見られすぎて、もはや俺では無く、俺の後ろにある何かを見ているのではないかという錯覚に陥りそうになるが、女は確実に俺を見ている。
緩やかな曲線の美しい眉尻。あどけなさの残る頬と、言いようのない気持ち悪さを覚えさせる瞳。何かを見透かしているかのように。
そして、何かを思い出させるかのような。
黒いロングスカートから少しだけ見える足首は血の通っていないかのように白く、手も白い。なのに、首から上は対照的に赤かった。
まるで、まるで黒と白が同じで、赤と赤は同じで、対照的になっているような。
いや、そもそも黒も白も同じ筈だ。
赤が仲間はずれなだけで。
女はようやく俺から視線を外し、俺の左ポケットを鋭く見つめた。
メビウスではない、確実にZippoを、それもZippoの炎を見ている。居心地が悪い。吐き気がする。
それでも、女に話しかけるような真似はしない方が良さそうだ。
女と言葉を交わせば、きっと俺の命は吸い取られてしまう。
吸い取られてしまうにしては、まだ惜しい。
例え、その女に惚れていようとも。
嗚呼、俺はこの女に惚れているのか。
なんと、なんと醜い。
自覚と共に紫煙が咽に張り付いた。
むせそうになり、きゅうっと変な音を咽奥が鳴らす。
夢ならば良いのに。
飲み込んだ咳は俺の肺の星空を乱した気がした。
こうやって俺の安息は取られて行くのか。
女は再び俺と目を合わせ、今度は無表情な冷たい目で語りかけてきた。
そのZippoの火を点けろ、と。
いたたまれなくなった俺は、煙草を落として革靴のつま先で捻り潰した。
痛そうだ。
痛い��
女の目線は未だに俺から逸れない。
その目が、目線が痛い。
瞳に、女の瞳に殺される。
けれど、逃げてはならぬ。
その目線を繋ぎ止め続けなければならない。
せめて、あと一箱の煙草があれば良かったのに。
手持ち無沙汰になってしまう。
女の口元が動いた。
薄く開いた唇から、細く薄い酸素が女の体内に入っていく様を見た。
そんなもので息をしているのか。
そんなもので生きていけるのか。
不思議と女は頷き、そっと身を翻した。
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mo-ment-on · 5 years ago
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くるみ割り人形
 はて、何時だろうか。いつの間にかたっぷりと白を含んだ風が吹いている。夢に見れども願いは届かないあの白が、今にも手に触れることができそうな距離で俺の頬をなぞっている。久し振りに開いたあのドアは、不穏な音と茶色の粉を落としていく。綺麗なものは、汚い終焉を終える。光る星に恨めしいと思うのもそのせいだ。全ては酸素が悪いのだから。薄ら眩しい月の姿は、毅然としつつも何故か心もとない。しっかりしろよ、と言いたいような。耳元の希望はとっくに消えてしまった。ドビュッシーは月を美しくしすぎてしまった。風が水へと導いてくれる。水が土へ。土が全ての元へと。全てが本来の自分へと。自分が貴方の元へと。そして貴方が全て。丸い窓は貴方の為のもの。青い空も、黒い空も、茜色も桃色もエメラルドグリーンも、全て全て貴方のもので、宇宙でさえ貴方のもの。ただ、貴方だけは誰のものでもない。貴方でさえ、貴方を手に入れることができない。だから、俺は貴方が欲しい。大して美しくは無いけれど、大して希望は得られないけれど、貴方の納得のいくものは俺が与えるから、貴方が欲しいと願う。いいえ、願ってはいない。切に希望している。いいえ、もはや事実にしようとしている。貴方の全てを俺にしようとしている。それができていないのは、ただただ貴方の居場所が分からないから。貴方が見えないから。全ては分かるのに、肝心な貴方が見えないから、分からないから、感じられないから。夢にでさえ、もう出てきてはくれない貴方に今も捕らわれていて、愚かにも大切に壊そうとしている俺を殺しに来て欲しいのに。今が良い。今が。そして、その先は貴方に明け渡すから。全てを。何だって良いから。この白い風だって捕まえてみせる。ただ、操れない貴方が寂しそうでいじらしくて、全く愛おしくないから。だからこの手で抱きしめさせて。そして俺の酸素を全て飲み込んで、��方的なこの苦しみを貴方にそのまま注ぎ込みたい。そして貴方のその夢を俺のものにして、俺が消してあげたい。だってだってだって、それは果てしなく君の赤い唇を白くするものだから。貴方には必要ない。明けない夜の中で君を抱き続ける俺から貴方を奪えるように。そしてこの紫煙の呪術と消えかけの黒液を溶かしきれるように。貴方の夢を消したい。そして、俺の望みを全て貴方に託したい。きっとそれが、俺らに残された最期の選択肢だから。例え、正解でなくとも、もう選ぶ余地も無いはずだから。
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mo-ment-on · 5 years ago
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祥が無い魔術と露
 カラン。すっと下に目線を下ろすと、珈琲に浸かっていた氷がずれていた。汗をかいたカップ。わざと、汗をかかせたままにするのが、手を水で濡らすのが好きだった。丁寧に拭う手を知るまでは。仕事を理由に見て見ぬ振りをした。仕事を理由に聞こえない振りをした。それでも彼女は優しく、日課のアイス珈琲を淹れては笑顔を見せてくれた。一時間に一度程、覗きに来てはグラスかカップを拭いてそろそろ次淹れるね、とパタパタと言わせながら出て行った。彼女が朝起きては珈琲を淹れて持ってきてくれるから、もはや俺の珈琲係になってしまったのでは無いかと不思議に思ってしまい、たまには自分で、と言うと不安な瞳で俺を見つめるから、嗚呼、ここまで狡く酷いことをしてしまっているのかと、やはり見て見ぬ振りを突き通すことにして。言い訳がましく、今日は、と付け加えて、仕舞いには、君の淹れる珈琲が一番だと嘘までついてしまったのだ。彼女がつけていたニュース番組に映っていた鮮やかな着物に見とれて、久し振りに綺麗な色を見たものだと目をこすった。彼女はとうの昔に姿を消していた。そもそも、彼女が実際に存在していたのかも分からない。今日は雨が降っているらしい。室内の湿温計が昨日より格段に高い湿度を教えてくれる。そう言えば、ゴミ捨てだけは彼女が居ても居なくても俺がするようにしている。よくゴミ捨ての時に、その日の天気を知ったものだ。ゴミ捨てをして、郵便物を確認する。新しい本が届いていた。長編が有名な作家の短編集。2009年が第23刷。これだけで分かる人が居るのなら、それは大層博識か、俺のことをよく知っている人だろう。きっと彼女には推測することもできない。作家の名前でさえも。彼女とは本の趣味もあまり合わなかった。彼女は明るく朗らかで、無償の優しさを持ち合わせていた。分け隔てもなく注いでいた。微笑みを絶やさずに、穏やかな波のようだった。激しく情緒を乱すような美しさを求める俺とは正反対で。遠い異国の地で見た海を思い出す。人々が集い、暖かな目をして無防備な格好で砂浜を歩く映画の様な平日を。しかし、夜になれば何も無くても警察の怒声、日常的な銃声、酷くて花火ではない明るさと救急車のサイレン。正に俺と彼女の様だった。決して交わることの無い、しかしながら常に同じ位置に居る。お互いが居なければ、お互いの存在を確認することができない。俺が彼女にできていた事と言えば、彼女に正しくない存在意義を感じさせる事だけだった。それだけだった。今では何とも表し難いこの感情を昇華できる頃には、彼女も俺の魔術から解けるだろう。
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mo-ment-on · 5 years ago
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微睡みと黄昏
 君と話している俺が好きだった。君と交わされる言葉は全て甘美で至高だった。君が俺の中の至高を形成し、甘美にしていたのではなく、君の横に��ると、自然と俺はそうなれていた。君の世界と俺の世界が共存していた世界。唯一無二でありながら、絶対的に世界の至高に立っていた。ありふれたことなど一つとしてなく、全てが特別。野花よりも美しく、月よりも儚かった。君との世界の残骸は余りにも少なく、広い集めるのに幾分の時間も要しなかったし、そもそも、君が居た頃、まさに終焉を迎えようとしている際に、俺は君との残骸を拾い始めていた。言葉の残り、思考の行き止まり。螺旋階段から飛び降りた。純白を纏って飛び降りた。抱きしめた残骸に顔を埋め、息を止めては君を探したけれど、どうしても君は蘇らない。執念深く、ひたむきに。他には浅く、軽く。煙に巻かれた睫。全てを許して許容の中で君を待つ。夢の中でさえ再会はしてくれない。それでも夢で良いからと、虚像で良いからと君を待ってしまうのは病以外の何物でもないだろう。命よりも永いものは、君との時間だけ。その他の付属品で何とか誤魔化し続け、想い出を見、待ち続ける。凍らせた過去と、燃え尽きた未来。何よりも、君がいないこの世界が真実で、事実で現実であり、選ばれし未来だというのに。受け入れること、受け止めることを止めてしまった今、君の残骸に話しかける日々。生ぬるく、なまめかしい。愛を持って、慈悲を食す。人工的な風に煽られて落ちてしまったポートフォリオを広い、君の残骸を模倣する。まだ足りぬと、袋小路で藻掻く姿は滑稽だろうか。言語化する事で君をより立体的に作り上げ、壊し続ける。またひとつ、パンドラの箱を開いた。鍵はかかっていなかった。疑心暗鬼?違う。振り向いたのは君の方だ。あの音は今でも君の中で響いていますか。俺にはまだその音を聞く機会がありません。愚行じゃない。それが君の深層心理。君はホメオスタシス。俺はトランジスタシス。親近性な俺はそろそろ君の記憶が消えていってしまう。その前にどうか、どうか君を更新させてくれ。そうでもしなければ、俺はとうとう愚行に走り、君の代わりを、いや、俺の創り上げる未来の君に話しかけてしまう。絵空事でも幻でもない。焚き火の中のスパイラルマインド。分かるだろう?虚構故の短命さ。
俺もそろそろ月、隠しますよ。そして耐え難い幸福の吐息で不幸を謳います。貴方の覚醒から目覚めるその日まで。愛を込めて。
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mo-ment-on · 5 years ago
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透明
 それは光を通した。久し振りに靴紐を結び直した。革靴特有の光沢と少しかすれた傷跡。夜風が少し肌に刺さった。誰かの為に生きる夜は切ない。空を悲しみが覆う。金色の羽を羽ばたかせる鳥と、紅の蝶がすれ違っていた。そっと紫煙を吐きだした。光と火に囲まれた生活だ。どうしても紫煙の行く先を目で追ってしまう。愛おしいものは抱きしめたいとは思わない。愛おしいものには触れてはならぬと本能が応えていた。少しでも触れてはならない。だからこそ愛おしい。あの子の瞳も、触れるものがないから美しかった。酸素を急激に吸い込んだせいで少しだけ目が回った。風にコートが靡く。足りない。逃げようか。欲しいものは極力作らないように生きている。欲しい、と思うことは自身の中でも特に許しがたい感情だった。それが本能だとしても。欲しい、よりも眺めていたい、の方が幾分か許せる。出かけ先が無くなったついでに寄った明るさが目に痛かった。人の涙が苦手だ。困る、というより嫌悪感に近いものがあった。美しいと表現する人の方が多い気がするが、必要ないと思っていた。傷みによる生理的な涙なら致し方ないが。感情によるそれは窮屈で卑怯な気がしていた。コードを描く指先のようにずるいと。そもそも、人以外で感情による涙を見せるものはいるのだろうか。必要ないだろう。そんな事は思っても他言できないのだが。どうせ、何もできないのだから。朝まで踊り明かして闇を疎い愛する方がたやすい。ひとしきりの騒音と溜息は消えてしまう。正確には吸収されてしまう。一欠片の先で繋がるこの全てが恐ろしく愛おしく切ない。ライターの中の油の音が聞こえるほどの静けさが身体に痛かった。少しの暖かみが情け。貴方が此処に居るという事は、貴方の存在証明にはならない。互いにどうでも良ければ証明に十分になり得たのに。貴方が去ろうと、追いかけてはならない。そして、覚えて居ることも許されないのだろう。滑るように紡いでしまうこの指先はきっと近く、切り落とされ見せしめにされるだろう。それくらい、“それくらいの事”なのだ。承知している。流されていることも。貴方は断じて優しい人ではない。そもそも、人であるのだろうか。決めつけたく無いほどには、そう、言いがたい感情で。ひび割れてしまいそうで、その原因を他に作りたくなくて、爪で傷をいれた。大切な白さが失われることを恐れて。初めから此処には誰も居なかった。自身も、貴方も。
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mo-ment-on · 5 years ago
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弱肉強食
 いつか肉体は衰えても、精神は衰えず発展し続ける。というのはよく聞くことだ。朝まだきに紫煙を吐いた。紺のマグカップは流し台に、グレーのマグカップを左手に。玉を噛むと、カチッと音がして香りが広がり、紫煙が濃くなる。灰を落とし、深く肺に追い込む。朝陽は目に悪い。そもそも紫外線が良くないのに、朝陽なんてもっての外だ。眩しさと白々しさに視界が霞む。紫煙を知らない子は、灰を清掃する狡さも醜さも知らない。灰が服についた時、灰が上手く落ちてくれない時。最近は指先でくるくると回し、先を尖らせるようにしている。意味は無い。白い花を思い出したが、名前は思い出せなかった。映画を観に行こうと約束していたことを思い出した。約束を無かったことにされたことも。白いアウターは毛玉が酷くて直ぐに捨てた。珈琲の煙と紫煙が混じる。同時に摂取する時は、人に会わない時だけだ。目の前の道路をジョギングしている人がいた。既に四本は消えている。嗚呼、やめようか。どうせやめない癖に、律儀に毎度考える。最後と決めた五本目が消えたのとほぼ同時に珈琲も消えた。室内に入る前に軽く灰を払う。シャワーを浴びて、支度が調えば本を読む。単行本よりも文庫本の方が多い。紙のめくられる音と、洋楽が充満している。ペットボトルの水が消えていく。メール、SNSの通知音。机の上のメモ書き。必要事項の書かれたポストイットがPC画面に四つ。置かれたままのペン。掛けられた外出用のアウターは冷たそうだ。鳥の鳴き声。玉響、意識して花の香りを取り入れる。指先は冷え切っていた。左手の指輪が少しずつ冷えていく。体温と同化するその温度は少しだけ遅れている。紙袋の中に入ったままの本がこちらの機嫌を伺っている。君たちは買われた身なのに。棚の本は目を閉じている。役目が終了したと思っているのなら、間違いだ。よく手に取る本は覚悟しているのだろうか。泣き言も言わない。あの文化財の旅館に泊まりに行こうか。銀杏の木は燃えにくい。次は何を読むか、こっそり順番をつける。そろそろ今日が終わり、周囲は今日を始める。いつになっても慣れることはない。それでも、この時間を生きることで、人の少ないこの時間を敢えて選ぶことで、あの人ともう一度巡り会えるかもしれない。いつか、分かるかも知れない。そう言えば、紫煙に身体を売ったのも、あの人の影響だったな。シャワー中にかけているあの音楽も。あの言葉も。あの色も。
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mo-ment-on · 5 years ago
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dinner
 フレンチコースの三品目、スープを目の前に彼女は不機嫌だった。「私、フレンチは好きじゃ無いって言ってなかった?」と周りに聞こえない音量で伝えてくる。知ってはいたけれど、二週間前の休日にお昼のテレビ番組を見ながら食べたいと言ったのも同一人物だ。彼女は渋々一口スープを口に注いだ。一口分しか掬わないところに品の良さが出ている。そのまま目線をこちらに寄越して返事を待っている。「言っていたかもしれないけど、たまにはどうかなって」。彼女に返事をしながら八品目に来るであろうチーズの種類を当てようと頭の中のチーズの棚を探る。ワゴンで来るのなら、サービスに聞いても良いし、そうでなければフレッシュにしよう。スープがこの濃さなら、ウォッシュタイプでは少し塩分過多だし、カビ系は元々好みでは無い。それに菓子類の前にハードタイプやプロセスタイプは少し歯触りが良くない。消去法だろうか。「何、考えてるの」。控えめに、一呼吸を置いて聞いてくる彼女の前には既にポワソンが置かれていた。甲殻類アレルギーの彼女のポワソンは白身魚がメインのディッシュになっている。「次はイタリアンにしようかなって」。少しはにかんだ彼女は満足そうにフィッシュスプーンを手にした。真似るかのようにフィッシュスプーンを手にして、ほとんど感触のないそれを分解していく。
 ソルベが来る頃には、彼女は仕事の話に夢中になっていた。優しい上司に最近できた後輩の話。取引先の人に毎回不機嫌な人が居ること。頷きながら頭の中で彼女の関係図を構成していく。運ばれてきたアントレを見た彼女は微笑みながら「美味しそう」と独り言のように言い置いた。赤ワインがベースのソースが黒く見えた気がした。躊躇無くナイフで切り刻む彼女に少しだけ狂気を感じた。サラダの次にはお待ちかねのチーズだ。彼女の小さな一口を見つめながら手をつけたアントレはやはり赤ワインベースだった。スパイスが薄い気がする。「今更だけど、今日のワンピース初めて見たよ」と言うと彼女はサラダから目線をこちらに寄越す。似合ってると付け加えると「やっぱり、気遣いの人ね」と嬉しそうに笑った。サービスに次の飲み物を頼む。彼女はいつも同じ飲み物は二度と頼まない。ワゴンで来たチーズを見て彼女は気になるものを片端からサービスに聞いていく。もし、興味のない人間だったなら、この量を覚えるのは大変だろう。彼女が選び終え、サービスの視線がこちらに移る。「フレッシュの中から二つ、���めの風味で」と言っただけでサービスは迷い無く選ぶ。彼はチーズが好きなのか、仕事と割り切っているのか。基本、フレンチのチーズは食べ放題だ。彼女は次々に気になるものを一口ずつ食べていく。そして気に入ったものがあれば、俺に勧めてくる。彼女も半分程制覇すると満足したのだろう、俺に二つ名前を言ってきた。サービスにそのまま伝える。ウォッシュタイプとハードタイプだった。思っていたよりも甘みが強い。「ありがとう」と短く伝えると彼は浅く頭を下げて身を引く。すぐにアンメルトが来た。「どうして菓子類を二回に分けて出そうと思ったんだろうね」という彼女は、好きでは無いという割にフレンチに詳しいようだ。彼女の言う通り、アンメルトの後はフルーツ、そしてカフェ・ブティフールだ。アンメルトの方が甘い場合が多い。「メインが魚と肉で分かれているから、菓子類も二つに分けたのかも知れないよ」というと、気の抜けた返事が返ってきた。食事が終わっても彼女はすぐには帰らない。珈琲をゆっくりと飲みながら彼女の母親の話をする。BGMがワルツに変わった。適当な相槌を打ちながら珈琲を飲み干す。サービスが近づいてオートルを尋ねる。軽く断り、彼女がお手洗いに行く隙にカードを差し出す。チーズの彼だった。彼女のコートを出してもらい、帰宅の準備をする。程なくして帰ってきた彼女は「ありがとう、美味しかった」と俺に言い、サービスに「ご馳走様」と言う。育ちの良さと品の良さが垣間見られる。横に並んだ彼女は少し手間取りながらコートをかけて「やっぱりフレンチ、好きかも」と笑っていた。
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mo-ment-on · 5 years ago
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waltz
 いつの間にか余裕が無くなっていた。かき消すように泣いている鳥に名をつけてしまった先人は何を考えていたのだろうか。のどかとは程遠いぎりぎりで何とか息をつく。幾多もの矛盾と窺われる日々。モチベーションは遠い向こうに置いてきた。メモリアルな印象のあるあの人はいつも笑顔だった気がする。此処では誰もが得たいの知れない何かに怯えては希望を持っている。余りにも滑稽で進化のない怠惰な予感。快諾したのは君だからじゃない、君の奥にあの人が居るからだ。縛られては解放を願い片隅で溶け合う。知的な眉がシンボリックで好印象に繋がっているのだろう。今も浴び続けているブルーライトは目に痛く、心臓に優しい。適温を忘れて春を願うのは少しずれていやしないかい。霞んだ目先から入り続ける情報は陳腐だ。言い切れる。蜂の巣のように震え続ける睫が愛おしい。紙コップから伝わるその温度。漂う蒸気と香り。たたき続ける指先に嵌まるリングが少し痛そうにしている。伸びきった袖から少しだけ君の温度を知った夜。意外にも‘らしかった’。摂取し続ける言葉とつま先の落胆。夢、愛、後悔。希望、未来、後悔。抱きしめようとしてみたのはただの気の迷い。腕を伸ばしたのは第三者の目があったから。何度打っても間違えてしまうようなもどかしさが懐かしい。猫の毛程の細さの吐息を拾いたい。闇よりも深い瞳に映るモノを全て支配したい。そういう卑怯さは一種の優しさ。正しく読まれていたい。正しい読みを伝えようとは思わない。今だとか過去だとか。時系列よりも重要なのは濃度で。寡黙だと思っていた彼女が饒舌だったとき。黒が似合う彼が白を好むとき。蝶は何故舞うのか。何故、植物の終わりは枯れなのか。何時まで言葉と対峙し続けるのか。夢から醒めるための材料はどこにあるのか。疑問は何時まで続くのか。果ての無い思考故の想像は創造に繋がってしまう。帰り道を知らない仔猫が好きだった。夢を見ない明るみが苦手だった。貴方の息が感じられない世界が好きだった。あまりにもシンプルで。勝手に共通理解がまかり通っていると思っていた。ライトを消すと太陽が消えてしまうように。世界を支配しては手放す。絶対に、絶対に貴方の夢は悪夢であって欲しい。ただ、ナイトメアではなくデイタイムメア。ムーンメアだろうか。それでも苦しんでは欲しくない。全てが貴方の糧となるように。恨みも苦しみも甘さも許しも全て。貴方が望むのなら全て用意しよう。貴方の為ならたやすい。それだけだ。
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mo-ment-on · 5 years ago
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飼い慣らした夜と飼い慣らされた夜
 目が覚めると20分しか経っていなかった。とろり、と肺に夜が入り込んできた。少しだけ甘くて、空気よりも重く、黒ずんだ肺を包み込むかのように溶けていく。隙間を埋めるかのように。はらり、と花瓶を避けて花弁は散った。ひとつが、ふたつになった。短すぎる睡眠に夢を見ていた気がした。何故、大人の泣き声は聞こえないのだろう。肩が少し痛かった。ゆったりとした孤独感、ヴァルトアインザームカイト(Waldensamkeit)。こんな夜は誰にも渡したくなかったし、誰にも渡すことができなかった。青空に似合うひまわりのように、この夜はここでしか成立しない。愚かさも、狡さも無かった。元から存在しないかのように。指先で自分の名前を空中に書いた。ふと、本当の名前を探す旅に出ようかと思った。言い聞かされた名前よりも、見てきたもの、聞いてきたものを集めた名前の方がふさわしい、だなんて。仮面だって内面を隠すためにある。それって、名前があるからじゃないのか、なんて。毅然と揺れる脳は不思議なほど晴れているのに、これほども突拍子に溢れて。旗を振る民は疑いを知らないのだろうか。ぼんやりと視界が揺れ始める。全てを魅了したいと思った。そして太陽を隠したいと。抱きかかえて隠そうと。そうしたら誤魔化しのような肺の隙間の無さよりも確実に己の中の隙間が埋まるような気がした。染まるのは思っていたよりも難しい。もっと、もっと遠くへ。思考の奥へ。もっと、もっと。行ける。心なしか足が竦んで。少しずつ上体を起した。望み通り、一人だった。君はいない。少しだけの安堵と高鳴る理性。今だけは、美しさについて考えない方が良いような気がする。枕元の文庫本を手に取った。するり、と手からページが抜けていく。部屋はほんのりと明るい。世界を手に入れてしまったようだ。虚ろな文字達は言うことを聞かない。ここまできたら、ヴァルムドゥーシャー(warmduscher)を認めた方がいいのか。そんなこと、自分で決められない。それはこの世界に人が存在しないから。定義諸共消えてしまった。勿体ないな。言葉が消えていくのは勿体ない。そこでやはり人を探そうとしてしまうのだ。燃え上がるシーツを見てみたい気がした。無論、実行はしない。思考に飲み込まれるのは悲しい。嗚呼、夜が夜に近づく。受け入れた方が今日は良いのかも知れない。明日があれば、の話だが。世界を受け入れると思い出す。あの人は悲しい。
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mo-ment-on · 5 years ago
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閃光のラブソング
 煌めいた。ブラインドの隙間から見えたのは少量でありながらも強く光る、ホタルのような光線だった。目で追うようにじっと見つめても、二度と光は現れなかった。ブラインドを開ける勇気もなく、そのまま想像を膨らませる。あの光は何だったのか。青くは無かった。どちらかというと淡い黄色。星だった消えることは無いだろう、たぶん。そもそも向かいにあるのは県営住宅のアパートだ。流れ星でさえ見えない。角度からすると飛行機も見えない。そもそも空ではない。子どもが窓から何か光を発したのだろうか。それにしては強い光だった。答えが見つかるほど光について詳しくも無く、これ以上の想像もできずに、その光に彼女という代名詞を付けた。彼女は強くて美しかった気がする。一瞬のことだった為に既に鮮明な記憶ではなくなっていた。淡いようで強い、そんな彼女。
 翌日も彼女は現れた。何となく、昨日より長く見えていた気がする。偶然見えただけだとしたら、何故見えるのだろう。ブラインドは今日も下げたままだ。その次の日も、そのまた次の日も彼女は現れた。時間帯はバラバラだった。彼女という代名詞を与えられたことが嬉しかったのだろうか。次第にこちらかも彼女を探すように目線を動かすようになっていた。ゆっくりと見渡すようにブラインドを眺める。ふと気付いたらブラインドを見つめる。彼女は恥ずかしがり屋なのだろうか。けれど次第に彼女は長く姿を見せてくれるようになった。点滅することはない。ゆっくりと存在を見せるかのように光っては消える。一日に一度だけ。彼女は光る時間と反比例するかのようにゆっくりと光度を落としていった。彼女という代名詞を与えてしまったからだろうか。もしかすると、俺は彼女を求め、彼女の姿を消そうとしているのだろうか。こちらが探すから彼女は姿を現し、その行為は彼女を苦しめているのだろうか。彼女が姿を現すことを他にも知っている人物がいるのかもしれいないけれど、事実として他に見ている人はいないだろうと謎の自信があった。そうすると見つかるかも知れない可能性のために光度を落としているのだろうか。そもそも彼女が何者なのか当然知らないことをふと思い出した。彼女と言葉を交わすわけでもなく、互いに存在を認めるかのように確認をし合っては消えて行く彼女を探そうとしたこともない。探すときっと彼女は二度とその姿を見せてはくれない。分かっているからこそ求めるし、それ以上は求めない。彼女も分かっているのだろう。
 彼女に出会って一年が経った。暑い日も寒い日も、心地の良い日も、雨の日も。彼女はきちんと姿を現してくれた。こちらが彼女を黙認しようとする度に。一日に一度のそれは身体に染みついていた。しかし、丁度一年だろうか。正確な日を覚えていないので、何となくだが、きっと丁度一年が経ったその日、彼女はとうとう消えた。今までの消え方とは違った。光を消すような消え方ではなく、存在が消えるように光が途切れた。彼女の終焉だったのだ。確かにゆっくりと光度を落としていた彼女は、既に目を凝らさなければ見えない程の光量になっていた。とうとう、その日が来てしまったのだ。酷く空しく、恋しかった。当たり前に会えると思っていた彼女に最期の日が来てしまったのだ。当然、次の日、彼女は現れなかった。もしかしたらと、一日中ブラインドを見つめていようと思ったが、彼女が消えたことは誰よりも分かっていたし、そうすることは彼女に対して冒涜のような気がして到底できなかった。彼女を求めていることを分かって欲しかった。その日から夜に蝋燭に光を灯すようになった。蝋燭の火は、彼女への線香の火の代用だ。煙は必要なかった。きっと、二度と会うことの無い彼女。昇華してしまった彼女。走馬燈には出演して欲しい。そして今日も蝋燭に火をつける。そしてまた、火の消える瞬間を見逃すのだろう。
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mo-ment-on · 5 years ago
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Each season
 春は淡い桃色。夏はスカイブルー。秋は黄金色に似た焦げ茶。冬は純粋な白。それぞれの季節、時間、空間に“色”があり、形容のしがたい美しさを孕んでいた。目を閉じると思い出すのは、それぞれの景色と溢れそうな想いで。それでもそれは、既に過去になっていて。あらゆる“大切な季節”を過去として胸に抱えることしかできずに。そうすることでしか救えなくなってどれ程の時間が過ぎていったのだろう。ゆっくりではなかった。太陽と同じだけの速度で月を眺めていた頃よりも少し速い気がした。少しの愛惜が哀惜へと変わり、見渡す景色が色濃く渋みを出すくらいには過ぎ去ったのだろう。不思議と何も抵抗はしなかった。敢えて抵抗する人々と、抗えずに苦しむ人々を少なくとも自身の目で見ていたからだろう。落とし物のように‘君’を零し、いつの間にか忘れては思いだし、見渡しては無いことを確認するように。確かに此処に‘君’は居ない。ふとした瞬間に‘君’かもしれないと深く鋭利な目線で他人を突き刺しても、それは結局ただのニヒル。“吸って吐く”ことが“吐いて吸う”に変わった頃には’君‘を他人の中に探すことにも諦めがついてしまった。想像の中に生きる’君‘はどうしても年を取ってくれない。同じように積み上げてくれない。分かっては居ても、どうしても重ねようとするのは悪足搔き。同じ年月を共有さえしなくても、過ごしてみたいと願ったことが罅の元根。羨む声も目線も何も気にならなくて、ひたすらに君を見ていたのに。これはただの後悔が歪んだ嫉妬に近い過去への哀れみだろう。ひたすら、ただひたすら歩いていたって、目的地がなければ時も変わらずに景色も変わることがない。必然的に自身も変わらなくて、言いようのない“孤独”が浸透していく。鏡に写る隙間のない映像はいつも’君‘を写してしまう。繊細さには見向きもせずに、見入るのは過去のみ。きっとこれ以上を求めることは無いのだろう。変わらないことは時に猛毒にもなる。変化(へんげ)を終えた蛹はただの蝶だ。どんなに足掻こうと、それ以上の何者にもなれない。捕まるか、逃げ切るか。喰われるか、逃げ切るか。羽を折るか、逃げ切るか。二択しかない。たったの二択で終わってしまう。後悔も、間違えた二択のうちの一つで。きっとこれからも二択に苦しめられては乗で広くなる選択肢に騙され続ける。’君‘が戻らないことも、’君‘を失ったことも、消えずに深く根付く。これは一生もの何て生易しいものではなく、ただの“永遠”だ。’君‘を失うことでしか“永遠”を手に入れられないのならば、滅びればいいし、終焉に向かって共に進む道を迷い無く選ぶだろうに。残酷さとは、選択肢外の“唯一”を迫られることだろう。まさに悲劇。其れ以外の道を閉ざされ、支配下に陥った’こちら側‘には逃げ道もなく。虚ろな目線で’君‘との過去に焦点を合わせようと必死に足掻くことしかできない。青白い雨に打たれたって、誰も迎えには来てくれないし、’君‘以外の迎えならば拒否し続けるのだろう。愚かだろうか。端からみると愚かなのだろうか。薄汚いピンクの薔薇を摂取しようとしては止められ、黒液に身を沈める。所詮、凡人にも戻れぬまま終わっていくのだ。’君‘によって与えられた非凡人は、今では疎ましく汚らわしいものだ。それでも拒否しきれないのも、’君‘に与えられたからだろう。人工的な音に、今日も’君‘を探してはため息を落とす。
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