Tumgik
moai084 · 2 months
Text
私はいまブラジルにいます -2024.4.13
出産すると、世界が180度変わると言う。私の世界は180度どころか3、4回転くらいして、いま地球の裏側にいる。ごめんなさい、同窓会には行けません。私はいまブラジルにいます。
私の母性本能はサンバのリズムでやってきたらしい。妊娠中の鬱々とした気持ちはどこへやら、最後まで苦しめられていた涎づわりと一緒に吹っ飛んでしまった。おそらく産後のハイ状態で、繊細な感情の機微とか、君と夏の終わりみたいなセンチメンタルなものが今の私には分からない。マラカス振って踊りたい。私は進化してしまった。ハスブレロという水草ポケモンを知っているだろうか。先日までハスブレロだったやつが突然ルンパッパに進化したら、手持ちのポケモンたちもさぞかし戸惑うことだろう。
Tumblr media
そんな危険なハイ野郎がこの日記を書いているから、おなかの痛い人とかはどうか無理しないでください。私はただ、ハスブレロだった時のことを忘れないために、そして進化を遂げた私のために、出産の記録を、サンバの国ブラジルから中継いたします。
=私の出産のおおまかな記録=
入院予定日の前日深夜に破水
破水後24時間、自然な陣痛を待つ
内服薬で子宮口が開くのを1日待つ
無痛分娩の麻酔処置後、陣痛促進剤を投薬
…破水して2日後、陣痛から13時間で出産
話は1週間前にさかのぼる。
陣痛が来ない
妊娠40週、予定日を過ぎても産まれる気配がないので、歩いてお腹を張らせることを意識して過ごしていた。この時の私はまだ鬱々とした、雨が似合う女であった。何をしても陣痛が来ずヤキモキしていたが、いずれにしろ、計画入院をしてまずは子宮口を開く措置を2日かけて行うことになっていた。
入院前日、陣痛に関するジンクスをひととおり試していたら深夜にうっすら出血し、動揺して病院へ電話をかけた。「あどあのあの…ピンクのおりものというか破水かもです」と伝えたら、「うん、診察券番号とお名前よろしいですか」と言われた。私は今後大学事務の仕事に復帰しても絶対に、電話口で最初に学籍番号と名前を名乗れない学生のことを罵ってはいけない。
深夜に病院へ。そこから1日陣痛が来ない
動揺が止まらず、もっと要るものがあるだろうに、森見登美彦の「四畳半神話大系」を入院バッグに突っ込んだ。病院への道中、夫が車でアニメ制作進行時代の原画回収について懐かしげに話してくれたが、私はそれどころではない。
病院ですぐ破水を確認され即入院となった。もろもろ説明を受け、その日は麻酔処置の先生がいないのでもし今日陣痛がきたら自力で産むことになると言われ、もはや死を覚悟する。近くの分娩室で他の妊婦さんが「痛ぁぁい!」と泣き叫ぶ声が聞こえ、まんじりともせず一夜過ごした。
破水して24時間以内には自然な陣痛がくると言われている。逆に24時間経過してしまうと赤ちゃんの具合が悪くなる可能性があるため、抗生物質を飲みながら陣痛を待った。結局この日は陣痛が来ず、翌日、不安な気持ちで陣痛を待機する部屋に移動した。
同室の妊婦さんの方が先に陣痛が来る
移動した部屋はふたり部屋で、私と同じ日に破水した妊婦さんと同室になった。朝、先生に子宮口を広げるための内服薬について説明された。となりのベッドでも同じことを話されているのが聞こえてきた。
1時間ごとに薬を飲み、じわじわと陣痛の痛みを感じ始めた。ただこの時の痛みはまだぎりぎり我慢できるもので、私は「四畳半神話大系」を読んでいる。となりの方のほうが苦しそうだった。結果、朝は同じ説明を受けたのに、夕方受けた説明はそれぞれ異なり、となりの方が先に分娩室へ移された。私はまだ子宮口の開きがあまいので、今日の処置は下準備だったと思って夜しっかり寝ましょうと指導された。子宮口が開くために何かできることはあるか助産師さんに聞いたら、寝た姿勢より座っている状態の方が良いことを教えてくれたが、もっと早く教えてほしかったと思った。先の見えない明日をただ待つしかない状況に陥り、点滴が刺された腕ではテーブルが遠くて飯が食えず、部屋でひとり、号泣した。
トランスフォームからの無痛麻酔
しっかり寝ましょうと言われたのに、その晩痛みが激しくなりはじめた。その時の痛みは下腹部がぐわぁぁと重くなるようなもので、骨盤がトランスフォームしている様を想像した。友達が以前つわりで苦しむ私の体を「わがままボディどっか〜ん!」と表してくれたが、おジャ魔女ドレミの変身どころではない。ウィーンガシャン、ウィーンガシャンである。浅い夢と痛みによる覚醒を交互に繰り返し、明け方5時に分娩室へ移された。
出産前に最も恐れていた背中に管を刺すという無痛分娩の処置だが、陣痛が痛すぎて恐れている場合ではない。先生マジ早く起きてくれと願った。でもやっぱり処置が怖くて、管を刺される時には半泣き、というか泣いていた。先生に「よくこれで無痛を選んだね」と苦笑いされ、「麻酔も陣痛も点滴も、健康診断も怖い」と言ったら、かわいそうにと同情された。これから無痛分娩を選択したい方に言っておくと、管を刺す前にも麻酔を打たれるので痛みはなく、管自体とても細いもので、不快感はなかった。だから私ほど恐れなくても大丈夫です。
半狂乱の呼び出し、そして出産
明け方5時に痛みMAXで電話したので、夫は半狂乱の私に起こされることになった。「今日うまれます」と繰り返し言って、「今から行けばいいのね…?」と夫を戸惑わせた。でも、飛んできてくれたにも関わらず夫が到着した頃に麻酔で痛みが和らぎはじめ、ものすごく眠くなった。助産師さんに産まれるのは今日の夕方頃かもと言われ、あわてて着のみ着のままだった夫は、さすがにいったん帰ることにした。
そこから、無痛の麻酔を1時間ごとに入れてもらうと同時に、陣痛の促進剤も点滴で追加された。痛みが激しくなり、赤ちゃんもいい具合に降りてきたようで、結局お昼前にまた半狂乱で夫を呼び出した。「もう産まれます、もう産まれます」と言って、かわいそうに夫は雨のなか自転車でやってきた。
麻酔が効いていても陣痛は痛い。でもその痛みを頼りに何とかいきんだ。先生や助産師さんた��がラストスパートのために部屋に集まりだして、あと10回くらい陣痛の波がきたら生まれると言われてがんばった。「素晴らしい」「とても良いですよ」「いきむのうまいですよ」とたくさん褒められ過ぎて思わず、「みんなスッゲェ褒めてくれるじゃん…」と口に出して言ってしまう。失礼だしまったくそんな場合ではない。
結局そこから3回ほどの陣痛で赤ちゃんが出てきた。出てくるときはお腹からスポリと抜けて、ぽんぽんだったお腹が柔らかくなる感じがした。無痛麻酔がよく効いていたようで、出てくる時の痛みはさほど感じなかった。会陰切開も麻酔によって痛みはなく、痛みへの恐怖が薄らいだことで、思いきりいきめたのだと思う。
そして何より、赤ちゃんが出てきた瞬間の、こんなにかわいい子がお腹の中にいたなんてという驚きと喜びで、本当に、胸がいっぱいになった。
そして、ハスブレロはルンパッパに進化した。赤ちゃんがかわいい。驚くほどに。マラカス振って踊りたい。これから出産を控える人たちの不安が、どうか少しでも和らぎますように。妊娠中、ぜんぶ完了した側の「大丈夫」なんてあてにならんと思っていた私だから、すべての不安は拭えないと分かっているけれど、こういうケースもあるんだなと参考にしてもらえる人がいるなら、ブラジルから中継した甲斐があるといえる。
ただいまハイにつき、アッパーなテンションのシュチュエーションな私だが、これから先、赤ちゃんを病気や事故から守らなければならないという気持ちや、育児への不安、自分自身の人生設計のことも、もちろん頭にあって、きっといつまでもハイではない。ブラジルから、当機はまもなく日本へ到着いたします。帰国したら、昨年行けなかった同窓会にたくさん誘ってください。
0 notes
moai084 · 4 months
Text
私はゴジラ・ザ・ライドからまだ降ろしてもらってない-2024.2.6
職場のお昼休みに、遊園地の話になった。そこで一昨年のクリスマスイブに行った西武園ゆうえんちのゴジラ・ザ・ライドに対する不満を私が述べたところ、お昼休みが大いに盛り上がったので、調子に乗ってここでも語る。
ゴジラ・ザ・ライド直後の私の熱量は凄まじく、本当は行ったあとすぐにでもこの日記を書くつもりだったのだけど、このゴジラ・ザ・ライド批判は練馬を愛する夫の機嫌を損ねる内容だったために書くのを控えており、いつの間にか書くのを忘れていた。一昨年の話なので、さすがにほとぼりが冷めた頃合いだと思いたい。
一昨年の12月、夫が「今年のクリスマスは遊園地に行こう」と言った。久しぶりのディズニーデートだ!と思って「シー?ランド??」と聞いたら、「西武園ゆうえんちです。」と言われた。私は、「そうですか。」と答えた。
西武園ゆうえんちに行くのは私は初めてだったが、生まれてこのかた練馬育ちの夫にとっては小さい頃から馴染みのある遊園地だ。数年前から西武園ゆうえんちは昭和レトロをコンセプトにリニューアルしており、リニューアル後の西武園ゆうえんちは夫も未経験だった。クリスマスシーズンにはイルミネーションの企画もやっていると聞いて、はじめは「そうですか。」くらいのテンションだった私も、行く頃にはノリノリになっていた。
入園するとすぐ、「夕日の丘商店街」に入る。つまり入園と同時に私たちは昭和の世界にタイムスリップしているという設定だ。入ってすぐ、お金を西武園通貨という園内で使える通貨に替えて、商店街での食べ歩きなどを楽しむ。座って団子を食べていたりすると、昔ながらの自転車をこぐ駐在さんが通ったり、商店街のアイドルキャラクターである、聖子ちゃんカットのウエイトレスさんが通ったりする。
商店街をひととおり楽しんでから、私たちはゴジラ・ザ・ライドに並んだ。その日はクリスマスイブというのもあって園内が結構混んでいて、私たちが並んだ時点で60分待ちだった。ゴジラ・ザ・ライドは夕陽館という建物内のアトラクションで、私たち観客はその夕陽館で上映される映画「ゴジラ・ザ・ライド」を観に行くという設定になっている。(と私は捉えている。)
夕陽館に入ると、映画館の手前の小部屋へ案内される。そこで待っていると自衛隊みたいな人がダダダっと入ってきて、「ただいま東京の街がゴジラに襲われています!みなさん、緊急避難してください!」と言う。
ちなみに私は、生身の人間が演出に登場するとどうしても、演技をしているその人自身のタイムスケジュールを案じてしまって集中できない。この人は次に乗る人たちにもこの小部屋で「緊急避難してください!」って言うんだよな、喉のケアとかどうしてるのかな、お昼休憩とかシフト交代とかあるのかな、こういう仕事って給料いくらなのかなとか考えてしまい、夢がない。これは西武園ゆうえんちだからという話ではなく、ディズニーシーのマジックランプシアターとかでも、この召使いの少年役は今日何ステ目なのかなとか考えてしまうのだけど、今はそれはどうでも良い。東京の街が襲われているので緊急避難しなければならない。
「緊急避難してください!」と言われて、映画を観るはずだった私たちは緊急避難用の特別な椅子に座らされ、避難誘導が開始される。スリルを楽しむ演出上、ふつうの避難誘導では絶対通らないであろうゴジラの上空などを椅子が飛ぶわけだけど、それは楽しいので良い。とにかく我々はゴジラにぶっ壊される東京からどこか安全な場所に避難させられているのであって、さっきちょろっと出てきた自衛隊っぽい人たちが避難誘導を指揮しているわけだし、最終的に助かるのであれば椅子がどこを飛ぼうがかまわない。(とその時の私は思っている。)
こわくて目をつぶっていると(つぶるな)、いつの間にかゴジラ以外の怪獣も出てきている。避難すると言っておきながらゴジラとその怪獣の戦いをちょっと遠くから見せられ、わざわざ怪獣たちの間を通ったりして、自衛隊っぽい人たちの指揮のもと、スリルのある避難を楽しむ。
このあたりで、(それにしてもいったい私はどうやって助かるのだろう?)と思っていると、必死に避難していた椅子がガカンッ!と揺れて、地面に落下する。私はこわくて目をつぶっていたが(つぶるな)、夫によるとゴジラと戦っていた怪獣が、落下の際に助けてくれたおかげで私たちは地面に衝突せずに済んだようである。でも私は安全な場所に避難できると思ってこの椅子に乗っているので、変なところで椅子が止まって困惑する。困惑していると、目の前の東京の街並みがバン!と暗転し、(これがいちばんびっくりした)真っ暗な画面にタイトルロゴが映し出される。
=ゴジラ・ザ・ライド= バーン…!
完。
え…?お、終わり…?もしかして私、死んだの…?暗転が死のメタファーだとしたら確実に死んだよ…?と思っていたら、部屋の照明がつき、映画館のキャストが、「ありがとうございました〜」とか言ってシートベルトを外しにきたので、そうか、私は死んだんだと思った。あの暗転の瞬間というのが私の最期に見た光景であり、たぶんゴジラの光線とか尻尾とかが飛んできて死んだんだろう。てっきり、もともとの出発地点である夕陽館に帰してもらえるとばかり思っていたので、まさか助からないとは思わなかった。したがって西武園ゆうえんちには、無事に帰してもらえなかった私の亡霊が今も彷徨っている。
同じ形式のアトラクションだと、USJのフォービドゥンジャーニーや、ディズニーシーのソアリンなどがある。フォービドゥンジャーニー(ハリーポッターエリアのホグワーツ城の中で乗るアトラクション)は、マグルのあなた達でも空を飛べる特別な椅子を用意したわよとハーマイオニーに言われて椅子に座らされ、ハリーやロンと空の旅を楽しみ、途中でディメンターに襲われるので必死にエクスペクトパトローナムと叫ぶがマグルなので呪文が効かず、ハリーになんとか助けてもらうなどして無事ホグワーツ城へ帰還するというストーリーになっている。ちなみに私はフォービドゥンジャーニーに初めて乗ったとき、自分の呪文が効かなかった悲しさとハリーに助けてもらえた嬉しさで号泣してしまったので、キャストのお姉さんに「ごめんなさい、こわかったですよね…!」と心配された。もしディメンターに魂をとられたところで暗転したらこわかったと思うが、フォービドゥンジャーニーの椅子はちゃんとホグワーツ城に生きて帰してくれたので大丈夫です。この涙はハリーに出会えた感動の涙なので、気にしないでください。
…というわけで、ゴジラ・ザ・ライドはまだ私を帰してくれていないんです。と職場のお姉さんたちに言ったら、みんなむしろ乗ってみたいという感想になった。ゴジラ・ザ・ライドのキャッチコピーには、「息つく間もなく迫り来る予想外の展開は、あまりに理不尽!」とある。たしかにこんな理不尽を体験できる機会はまたとないが、残念ながら現在ゴジラ・ザ・ライドはお休み中で、今は「ウルトラマン・ザ・ライド」という違うアトラクションをやっているようだ。まあ、ウルトラマンなら、ちゃんと夕陽館に帰してくれそうな気がする。
0 notes
moai084 · 6 months
Text
やり直しスイッチについて-2023.12.3
人生をもう一度やり直せるなら修正したい出来事というのがいくつかある。
たとえば、大学時代、次の振込みまでまだ半月もあるのに通帳の預金残高が1,000円になってしまって、母に泣きながら電話したことや、電気もガスも止められて水道で髪を洗ったことなんかは必ず修正したい。
高校1年生の5月に男の子に告白して当たり前に玉砕したことも、1年付き合った彼氏にRADWIMPSの「遠恋」の歌詞を送って「別れたくない」と訴えたことも、付き合っていたヤンキーと私の部屋で「ラブ⭐︎コン」を観たことも、すべて意味が分からないので修正したい。(ヤンキーには「お前をワルの道に連れて行くわけにいかない」と言われて2ヶ月でフラれた。良い人だった。)
小学生の時に制服のブレザーが掛かっていたハンガーごと着て学校に行ってしまったことも修正したい。
でも、修正して恥のない人生を送る私は、本当に私なんだろうか。私は案外、恥の多い私のことが好きなのだ。(ただやっぱり修正できるならこれだけは…ブラジャーのストラップはちゃんと縫いつけろ…!!踊ってるとストラップが外れてえらいことに、というかエロいことになるから…!!)
今年の7月、続けていた不妊治療が功を奏して、妊娠したと分かったとき、これで私はもう絶対にやり直しスイッチが押せなくなったなと思った。不妊治療をもっと早く始めていたらこの子より先に授かれた命があるかもしれない、でも、この子を授かれる道は、たとえ失敗だらけでも今私が歩んできた道以外にないんだ。今、妊娠6ヶ月を迎えて、お腹も大きくなってきて、こないだの妊婦健診では赤ちゃんの心音を聞かせてもらうこともできた。もう、生まれる前から、私の中にいるあなたのことがこんなにも愛おしい。
…愛おしいのは置いておいて、先日鼻からココアを吐きました。口より鼻の方が通りが良かったんでしょうね。私は泳げないので、鼻を異物が通っていくときに必ず、プールの真ん中で底に足がつかなくて溺れたことを思い出す。人生やり直すならぜったいスイミングスクールに通うんだ。
毎日、自分の食べたいものが分からない。昨日食べられたものが今日は食べられない。
すっかり「わがままボディ」になってしまった私に友達は、「いまどのへん?も〜っとわがままボディ?どっかーん!まではいってないよね?」と言った。レベル感の話をするときにおジャ魔女どれみのシリーズ名で例えてくるやつ、なんなんだ。私は「まだまだ、「わがままボディ♯(シャープ)」くらいだよ」と言って笑った。こういうくだらない会話が人類を救う。
妊娠が分かって間もない頃、上記の友達含む大学からの友達3人で「ひとまず、しばらく行けなくなりそうだし」と言って旅行へ行った。妊娠2ヶ月くらいですでにゲロを吐きまくっていた私を友達2人はとても気遣ってくれた。その旅行は、友達のパパが持っている山梨の別荘で一泊2日好きに過ごすという推理小説みたいな設定の旅行だったが、誰も殺されたり容疑者になったりすることなく無事だった。名前に数字が入っていたら危なかった。爆弾で数字の若い順に殺されるところだった。
旅行中起きた事件といえば、それまで散々私を気遣って油っこいものや匂いのきついものを控えておきながら、友達の1人が酒を飲んだら気を抜いてしまい、スルメイカを齧りながら私に近づいて、「ごめん…臭い…」と言われてひどく落ち込むということがあったくらいだった。それから、帰りはそのスルメイカ事件の犯人の父親、つまり別荘の持ち主が迎えにきてくれて車で山を下ってくれたのだが、その山道で私がめちゃくちゃ車酔いしてしまい、「お客様の中にパインアメをお持ちのお客様はいらっしゃいませんか?!手持ちのハイレモンじゃ駄目みたいなんです!!」という事態になった。ふもとのスーパーで舐めたパインアメのことが私は今でも忘れられない。ありがとう、パインアメ。あんたはひとりの妊婦の命を救ったよ。
妊娠して、食べられないものや、我慢しなきゃいけないことが増えた。なにもなければぜったい観に行っていたようなお芝居や飲み会も、行けないと断ったりした。私と一緒に行動することで友達にも我慢してもらうことや気を遣ってもらうことが増えた。でもみんな、「おめでとう」と言ってくれて、子どもを授かった私とも変わらず友達で居てくれようとしてくれる。結婚した時も、友達との関係性が変わっていくことがこわかったけど、結婚や妊娠くらいではなにも変わらないんだな、と思うことができて、私は幸せだと思う。
人生にやり直しスイッチが現れても、私は押さない。ただ子どもは、スイミングスクールに通わせてあげるんだ。
0 notes
moai084 · 11 months
Text
選ばれることについて-2023.7.17
気を抜くと7月も半ばを過ぎようとしている。私はこの日記を、自分のためになるべく1ヶ月に一度くらいの頻度で更新するよう心がけているが、5月に母の話を書いて以降、この日記を書けずにいた。5月も6月も7月も、めちゃくちゃコントを書いていた。
6月から月に1回、プラトンチームとしてフリーのお笑いライブに出演している。どこのお笑いライブも大抵は観客からのアンケート投票があって、これまでプラトンチームで好きにやっていたコント公演では言われてこなかったことが耳に入ってくるようになった。プラトンチームを知らない人に私たちがどう映っているのか、笑い声や空気で如実に伝わってくる。ここでやるお笑いには、演者が手探りで提示するしかない正解があって、それを観客が評価しているということを毎回感じている。
私は、今まで怖くて避けて通ってきた、「選ばれるプロセス」の中にいる。お客さんは結構いろんなことを言う。面白かった、つまらなかった、声が小さかった、大きかった、オチが弱かった、コントというよりこれは芝居だった、などの言葉を受け取りながら、そのようにできればこんなに苦労していないが…とか、一丁前に思い悩む日々だ。
評価されることへの苦手意識は強い。お笑いライブの最後にアンケートの投票結果が発表される時、私は、中学生の頃に出場したカラオケ大会のことを思い出してしまう。その大会は規模が大きい夏祭りの催し物のひとつで、各市のカラオケボックスで予選があり、予選を勝ち抜いた数組が決勝戦として夏祭りのステージで歌えるというものだった。私はSPEEDの今井絵理子のソロ曲を歌った。通っていたダンススクールで教え込まれた曲だ。ちなみに齢29の今も歌えるし踊れるので、気分の良い私とカラオケにいく人は注意が必要である。(勝手に踊り出すので)
決勝戦の日、夏祭りの会場でダンススクールの先生にばったり会った。怖い先生だった。歌が上手かったり、顔が可愛かったり、ダンススクールに長く通っている子には優しい一面もある人だったが、先生が私にそういう目を向けたことはなかった。決勝戦の結果発表の時、先生が客席の後ろの立ち見席にいるのが見えた。でも私はステージの上で、ぐいぐい前に出て行く他の出場者たちに押されて後ろで縮こまっていて、そんな私を見た先生は、結果発表を聞かずに帰ってしまった。先生の冷たい表情が、私は今でも忘れられない。
選ばれる人になるためには、ぐいぐい前に出ていかねばならないんだろうなあと思う。ぐいぐい前に出ていくというのは、態度の話というより、胸をはって前に出ていけるようなものを観客に提示せよということ。私は、私が堂々と笑っていられるものを書きたい。鬱々と全身タイツに「H」を縫い付けている場合ではない。ていうかまた全身タイツ買ってんな。もう二度と演者に全身タイツを着せるような真似をしないと心に決めて、3着の全身タイツをこないだ捨てたばかりなのに。「全身タイツ 安い」で検索してんじゃねえよ。私はどうしてこういうしょうもないことばかり思いついてしまうのか。もっとこう、お洒落にいきたいものを。自分で着るわけじゃないのもタチが悪いし、いや全身タイツの話もうええわいつまで言うてんの。
自分が良いと思ったものを、自分で良いでしょと言って表に出していくために、これまでとは違う強さが要求されている。選ばれるためには、その土俵に立つ以外に道はない。けど、これまで自分が大事にしてきたものを、捨てたり残したりすることって、プライドの研磨というか、とにかく己との闘いなのである。
今の私には、「映像研には手を出すな!」の名言がよく沁みる。「映像研」は、モノづくりに生きる人すべてに刺さる名言が数多く存在するが、私の特に好きな場面は、予算審議委員会当日、金森氏に「終わりましたか」と声をかけられた浅草氏が「終わるとか完成するとかではなく、魂を込めた妥協と諦めの結石が出る」と言うところだ。終わるとか完成するとかではなく、結石を提示することしか今の私にはできない。苦しい時もあるけど、平和な場所で書いている時の私よりは、選ばれること、つまりはステージの上で堂々と胸を張ることについて、向き合えているはずだ、と思いたい。
以上!
1 note · View note
moai084 · 1 year
Text
母の昔話について-2023.5.14
私は、母の昔話が好きだ。そもそも人の昔話が好きなのかもしれない。人が昔の話をするとき、大抵はある程度エピソードとして話しやすい形になっていることが多く、そういうエピソードを会話の中で自然に引き出せると嬉しい。
たとえば、祖母が話す旧姓の話は、もはや漫談と言えるほどの趣深さがある。祖母の旧姓は「ワセダ」で、昔の学校は男子の五十音順が先に呼ばれ、そのあと女子の五十音順が呼ばれるシステムだったので、祖母の出席番号はいつもクラスの最後の最後だった。ただ、「ワタナベ」さんがクラスにいるときだけ、自分が後ろから2番目になるのよね。というところまでがセットの昔話。祖母のこの話はもう何度も聞いているのだが、私が(この話をする祖母が大好きすぎて)いつも新鮮なリアクションをとるため、祖母はいつもはじめて話すかのように話してくれる。
人が昔話をするとき、人は自分が語っているよりも多くのことを語っていると思う。
母の昔話の中でもかなり好きなのが、「子どもの頃のあだ名」の話だ。母自身のあだ名は、ちょっと苗字が珍しかったので、苗字の2文字に「ぶ」をつけて「とまぶ」だった。私の名前が「あい」で、家族全員が「あいちゃん���と呼ぶのは、自分の娘は苗字じゃなく名前にちゃん付けで呼ばれてほしいという母の切なる願いが込められている。そんな私は母のあだ名が結構気に入っているし、きっと母の友達も母のことを、愛着を持ってそう呼んでいたんだろうなと思っている。
母の友達のあだ名はもっと面白い。なにもひねらず名前にちゃん付けの人や苗字で呼び捨ての人もいれば、「ますまる」だから「まんまる」とか、幼馴染の友達がある日オナラをしたのがおもしろくて、お互いのことを「おならなじみ」と呼ぶようになったとか。
フルネームに濁点が一つもない美しい名前なのに、あだ名が「ベーコン」とか。なんでベーコンなのかは誰も覚えていないところまで良いなと思う。
ある日、ふと「お母さんとお父さんが出会うための分岐点ってどこなの?」と聞いてみたことがある。その頃私も母も「ブラッシュアップライフ」というドラマにハマっていて、もしもう一度人生をやり直す場合、お父さんともう一回出会うためには何をすべきだろうかという話で盛り上がったのだ。そしたら母の回答は、「グリコに会うこと」だった。グリコ、母のエピソードにこれまで一度も登場したことのない人物である。友達だったの?と聞くと、高校のクラスメイトだったくらいの関係性で、なぜグリコが父と母の出会いに関わりがあるのかこの時点では全然掴めない。
私の父と母は、社会人のバドミントンクラブで出会って恋人になった。母は中学時代にバドミントン部の先輩が怖くて卓球部に入ったという経緯があり、子どもの頃から密かにバドミントンへの思い入れがあった。つまり母がはじめから先輩にビビらずバドミントン部に入っていたら、私は生まれていなかったかもしれない。卓球部の先輩が優しかったことで宿りし命こと私である。
母は、大人になってから、すずちゃんという高校時代の友達に、一緒にバドミントンクラブに入らないかと誘われた。そのすずちゃんをバドミントンクラブに誘ったのがグリコだった。すずちゃんはすでにクラブに入っているグリコに誘われたものの、ひとりで参戦するのが不安で母を誘ったのである。
そういうわけで、母は、それまでの人生では決して交わることのなかったであろう、ヤンキーのような風貌の父と出会った。ちなみに父はまわりの人間が「こいつだけはやめとけ」と諭してくるほどのプレイボーイで、女に脇腹を刺されたこともあるほどらしい。(父の脇腹に差し傷跡がないことは確認済み)
人生をやり直してもなお、そんな父ともう一度出会う前提の母が愛おしい。
ちなみにグリコは苗字が江崎だからグリコなんだそうだ。そのままなんかい。
人の昔話が好きだ。私にとって母の話は、歳をとっていくことへのささやかな希望なのである。
1 note · View note
moai084 · 1 year
Text
おーい、2月、どこ行くねん2023.2.26
2月、ほぼ気絶していたらもう終わりそうでビックリしている。1月は行く、2月は逃げる、3月は去るなんて言うけども、本当にそのとおりでございますね。おーい2月〜、どこ行くねーん、言うてね。言うてる場合か。てかはやく冬終われ。
久しぶりにホグワーツ寮の組み分けテストをしたら(私は定期的に組み分け診断がしたくなる。なぜならオタクだから)、スリザリンになった。ちなみにこの組み分けテストは気分や環境などの影響を受けてその時々で診断が変わるし、私は4つの寮すべて診断されたことがある。
最新の診断でスリザリンに組み分けされた私だが、診断結果に「自尊心がブレやすい」と書かれていて、こんなにも私を表した診断あるんだ、と感動したし、自尊心がブレやすい人間がスリザリンにいるの、わりと解釈一致だなと思った。2月後半はもっぱら自尊心が揺らぎまくっており、乗りこなすのに大変苦労した。29年も生きていると、自分の体を操縦しているような気分のときがあって、そういうとき私は「今日はなんか乗り心地悪いな〜」とか考えている。まだ中央線の駅のホームで泣いていた頃の私は、自尊心の揺らぎにまったく対応できなかった。自分はできる人間なんだと思いたかったから、演劇部の打ち合わせに遅刻している自分が許せなくて泣きながら走って過呼吸を起こしたりしていて馬鹿だった。今はもうそんな自分の乗りこなし方が分かるし、なんなら日記に書いて紹介しちゃうぞ。何より、また乗りこなし方が分からなくなったときの備忘録として、ここに書き留めておこうと思う。
ある日ふと沈んでいる自分に気づく
自尊心がどうのこうの言いつつ、結局のところ生理周期とホルモンバランスが関係している。なんか調子悪いなって思うと生理がきて、あぁ君か…って解決することも多い。ただ生理にしては長くね?って思ったときにはじめて、あ、もしかして私、沈んでるな…?ってことに気づく。
沈んでいるときに焦ってもがくと、不器用ゆえに悪いことばかり重なって余計に沈むことが29歳の私には分かるので、沈んだときは大人しくしている。「大人しくする」というのは、何をするでもなくスマホをいじったり、ずっと布団の中にいたり、家事をサボったり。ぜんぜん「大人」な態度ではないが、これが私の「大人しくする」状態。それでもまだ底に行くなら、仕事を休む。そんなことで仕事を休むなんて、なんて子どもなんだろうと思う。でもこれを許してこなかったら私は今も走って泣いたりしていたから、来るべきところに来たのだと思うことにしている。
沈む原因その1「寒い」
老後は南国に住むことを本気で検討すべきかもしれない。だいたい2月頃は毎年元気がないんだけど、シンプルに寒いからだと思う。平日は毎朝アレクサに寒いんだよって八つ当たりしているし、休日は書きたいことが浮かんでも、パソコンを置いている作業部屋が寒いので筆不精になる。雪が降るほど寒い日に街で意地悪なことをされたあかつきには人をぶん殴ってしまう可能性があり、私はひそかにその可能性を恐れている。少なくとも今後の人生、もし「寒波」の擬人化に出会ったら殴るだろう��と思っている。寒さは人を変える。ので、大人しくしている。
沈む原因その2「インテリア夢想」
いや、寒い部屋にパソコンを置いてるのが悪いとか思いはじめると、じゃあどこでも手軽に使えるノートパソコンが欲しいなとか(持ってないのかよ)、リビングにちょっとした作業スペースがあれば…と考えはじめて、脳が理想のお部屋探しで夢中になってしまう。私はこれをインテリア夢想と呼んでおり、インテリア夢想に入ると、家具を見つめて動かなくなる。こないだ友達の家でそれをやったので「どうぶつの森?」とつっこまれた。この夢想はとどまることを知らないくせに結局叶える予算と計画性がなく、現状の生活に落ち込んでしまう。それにこのインテリア夢想はただの現実逃避であって、どうしても書きたければスマホで書けるんだから、「寒くて書けない」はちょっと言い訳に近い。(それでも寒波は殴るけど)
沈む原因その3「ゲーム鬱」
沈みかけているときにいちばん陥りやすく抜け出せないのが「ゲーム鬱」だ。どうぶつの森とかテトリスとか、終わりの見えないゲームにハマって抜け出せなくなる。達成感が得られるまでやめられないうえ、他のことは手がつかなくなるのでタチが悪い。2月が溶けてなくなったのは主にどうぶつの森が原因だと思っている。私が作っている島は児童文学をテーマにしており、3年ほどホグワーツの建立に力を入れているが、まだ城と呼べる状態ではないので納得していない。いつかお披露目したいと思っているが、あと2年ぐらいかかるんじゃねえか、てかその頃にはもう誰もどうぶつの森やってねぇよと思っている。昨日やっと、「いや…どうぶつの森なんてやってる場合か」ってふと思って、ゲーム鬱を脱した。こんな調子だから、どうぶつの森で達成感を得るにはあと2年ぐらいかかる。
沈む原因その4「不器用」
先日、スーパー銭湯のレストランでめんつゆを机いっぱいぶち撒けてしまった。せっかく風呂入ったのに。こんな人間サウナで干からびたらええねんと思った。夫がめんつゆを拭きながら私に「またか…って顔しないで笑」と言った。私は私のドジに毎回「またか…」と絶望しているが、夫からしてみれば言うとしたら僕〜!なわけで、それでも「またか」なんて言わない人なので、やさしいなあと思っている。私は私のことを、サウナで干からびたらいいと思っている。
ちなみに私が不器用な理由として1番格好いいのが「実は左利き説」で、幼少期にお手玉が右回しだとできなくて左回しならできたことからこの説が浮上した。(しょうもない)ちなみにドヤ顔で喋り続けることじゃないが走り高跳びも左からじゃないと飛べない。走り高跳びをはじめて飛んだとき右から飛んだら意味の分からない足クロス飛びをしてしまい、私も含めてその場にいる全員「なに今の」ってなった。このエピソードは厨二病心をくすぐるので気に入っている。でもたぶん私が不器用なのは右とか左とか走り高跳びとか関係なく注意力散漫なだけだと思う。だからサウナで干からびればいいと思う。
沈む原因その5「仕事」
不器用な話とつながるけれど、私は何かを効率良くこなすのが大変苦手で、職場では忙しい時期になるとパニックして無駄にファイルを出し入れしているだけのことがよくある。私の電話や窓口対応はまるでハリボテのようで、対応が終わる都度2秒ほど落ち込んで固まっている時間がある。そもそも「説明」とか「提案」とか「交渉」といった行為そのものが苦手だなと思っている。
これまでどの職場でもずっと私は「できない人」でいることを許してもらってきた。おどおどしていたり日本語が変だったり靴下と靴の色合わせが地獄だったりする人間がひとり職場にいる状態を、許してもらっている。それこそ昔は「できない自分」が恥ずかしかったし、今も恥ずかしいし、できることなら「できる人」になりたいけれど、今はあまり背伸びしなくなった。とはいえ、いつか役立たずになる未来を案じて落ち込むことに変わりはない。
じゃあどうやって浮上すんのか
こんなにも沈みポイントの多い人生だけど、ある日ふとしたときにふとしたことで浮上できる。私の中に「できたらうれしいこと」があって、それができそうな日を逃さないようにしている。「できたらうれしいこと」にはレベルがあって、たとえば「ホットケーキが焼ける」はできたらうれしいし、沈んでいても手を伸ばせる引き出しに入っている。「新しい本が読める」とか「新しい服を買う」は、ちょっと上の方の引き出しに入っている。でもこれができればもっと上の引き出しを開けることができて、「ちょっと良い自分」になれる。私はこうやって、より上の引き出しを開けに浮上していく。そのやり方以外はもうやらなくなった。
小学生の頃の私は、通知表に「明るくてなんでも前向きに取り組むことができる」とか「積極的な性格」とか書かれるようなタイプだったけど、29歳の私が積極的に取り組めるのは「書きもの」だけで、それ以外に積極的にやりたいことは特にない。放っておくと、受動的な、流れに身を任せるだけのだるんだるんな時間を過ごしてしまう。
日記やコントを書くってことだけは、私が積極的にやりたいと思わないとはじまらないから、自分でやるしかないと奮い立ててやっている。でも、それすら揺らぐこともある。「こんなこと世間に向けて書くほどでもないよね」と思ってしまう。私がこれまで書いてきたものなんてぜんぶぜんぶ「書くほどでもない」ことばっかりなのに、しょうもないことを書いてナンボの人生なのに。書くしかないし、できない自分を許す以外の選択肢は、私にはない。だから今日もこうして低いところにある引き出しに手を伸ばす。この日記はそういう意味でも案外だいじな存在なのだ。というわけで、2月ももうそろそろ終わる。3月は、ヒノキになろう。
2 notes · View notes
moai084 · 1 year
Text
むしゃくしゃするのでお笑いを「分析」してやろうと思う-2022.12.20
むしゃくしゃしている。
私は別に、どこかのコンビを強く推しているわけじゃないし、お笑いを語れるほどライブを観に行ってないし、漫才が作れるかと言われたら作れないし、面白いことできるんかと言われたらできない。コントは書いている。コントを書くにあたって、お笑いのことを少なからず考えている。でも、コントを書いてない人も、どんな人でも、もちろん、言いたいことを言って良い。
M-1の話をするので、読みたい人だけ読んでくれたら良い。読みたくない人は、もしよければ近いうちにクリスマスの思い出について書こうと思っているので、それを読んでもらえたら嬉しいです。
ものを書く人は誰もがそうだと思うけど、私はコントを作るとき、これは誰に向けたネタなのかを考える。誰に笑ってほしいのか、誰にわかってほしいのか、強く意識している時もあるし、無意識のときもある。自分さえ面白ければ良いって人もいるだろうし、ライブを毎回観に来てくれる人たちに笑ってほしいとか、はじめて観る人にも分かりやすいものにしたいとか、少なからずある。
もうちょっと言うと、これを観た人にどう思われるかってことも考える。昔、「プラトンチームは見ていて恥ずかしくなったり気まずくなるシーンがある」と言われて、改善したいと思った。他にも、内輪にしか分からないようなネタをやめたり、特定の界隈の人にしか伝わらないネタを(好きなので全消しはできないんだけど)減らしたりした。芝居で正解を決めるのは難しいが、お笑いには明確な正解がある。お客さんが笑えば正解で、すべったら不正解。なるべく不正解にならないように努力する所存である。
今年のM-1はウエストランドが優勝した。芸能界に対する不満などを「あるなしクイズ」の形式で言っていくネタだった。アクション映画にはあって恋愛映画にはないものは何かという問いに、恋愛映画にはパターンがない、どれも同じような展開、だから恋愛映画にないものはパターンだ、などと言って毒を吐いていく。言ってる側の井口が悪口を言いたくてたまらないという顔をするのが面白いし、出てくる偏見もみんな多少は心のどこかで思ったことがあるから笑ってしまう。
毒舌漫才とか、世論を皮肉るジャンルの漫才はある。ウエストランドがあのネタをやるから面白いんだし、ウエストランドがさや香みたいな王道漫才をやって勝てるのかと言われればそれも違うと思う。彼らもそれを分かっていてそういう戦い方をするんだということも重々伝わってくる。それは別に良い。私が考えたいのは、あのネタは誰に笑って欲しいネタだったのかということである。
私にはウエストランドが言っている偏見がほぼ理解できたけど、私の母はよく分からなかったと言っていた。不快だったとか面白くなかったとかじゃなくて、何を言っているのかが分からなかったという話である。たとえばテレビ東京の深夜番組で長くプロデューサーをしていた佐久間さんの名前がネタ中に出てきたけど、佐久間さんに関する偏見は普段からお笑いを見ていないと伝わらないのではないか。(母以外の意見を聞いていないので分からないけど。)あとは、「コント師は単独ライブで最後に長尺のネタでメッセージを込める」とか、「チラシをフライヤーと呼んでおしゃれなデザインにする」とかは、好きな芸人の単独ライブを見たことがある人や、コント芸人たちのライブシーンにおける流行をある程度知っていないと分からない。「舞台役者たちはお互いの芝居を見に行っているだけ」「チラシの裏に載ってる宣材写真見ても誰も知らない」とかも、普段から舞台をよく見る人たちだから分かる偏見だと思うんだけど、どうだろう。ちなみに私はぜんぶ分かるうえに言われてる側でもあるので、笑いつつも大変切ない気持ちでございました。
ウエストランドがM-1でやったネタは、お客さんを選ぶネタだったと思うし、選ばれているのはとても狭い界隈の人たちだったんじゃないか。ウエストランドは、お笑いや芸能��好きな人、芸能の場にいる人たちに向けて毒を吐いて、それでいてその毒を吐いた人たちに笑ってもらおうとしていた。
それで、あのネタが審査員にすごくウケたのは、審査員たちも全員ウエストランドが笑ってほしいと思った側、選んだ側にめちゃくちゃ入っていたからであって、それはちょっと、ある種の内輪笑いに思えた。だから、私のなかでは、あれ、なんかモヤモヤするぞ、ってことになっている。お笑いって、「このネタが分かる俺たちのもの」なんだろうか。特にウエストランドのネタは、普段からお笑いに精通している人たち自身を皮肉っていた。毒を吐かれて笑うのは、ちょっと自虐にも感じる。
ていうか、めちゃくちゃ上手な正統派漫才で勝負したさや香がランジャタイ以後のM-1で優勝できなかったから、やっぱりこの大会で和牛が優勝するなんて無理やったんやな…と思った。(ランジャタイ以後ってなに?)
傷つく/傷つかない笑いとか、そういう話はもうしないで良い。私ももうしないことにする。どんな笑いも誰かを傷つけかねるという覚悟がないとより良い作り手にはなっていけないから。音符運搬で親を亡くした人だっているかもしれないし。仲良しコント師を見るだけで虫唾が走る人だっているかもしれないし。人が何で傷つくかなんて、人の数だけあるから、自覚的でありたい。
特定の界隈にウケることと、万人にひらかれていることは二項対立だ。トガってる/やさしいとか、分かりづらい/分かりやすいとか。もっと言うと、アート/デザインとか、個性/調和とか、こだわり/売れ筋とかも私のなかでは同じ引き出しに入っている。コントを作っているとき、その対立する2つのバランスについてたくさん考えている。M-1の決勝に行くコンビなんて、絶対みんな考えていることだと思う。ウエストランドはそのバランスがすごく偏ったネタを敢えて選んでいた。それは別に良いんだけど、私は、もう少しひらかれた笑いの方が、より上質ではないかと感じた。だからといって他のコンビが万人にひらかれたネタをしていたとは思わないけど、ウエストランドはそれが顕著だと思ったから。
ということで、ウエストランドが言っていた「ネタを分析する��客」に思いきりなってしまい、大変遺憾です。
もっとたくさんの人に笑ってもらえるものを私も作れるようにがんばる。以上
0 notes
moai084 · 2 years
Text
私、ジャニーズ、めっちゃ好き2022.10.25
本題に入る前に雑談しますけども、
コントが書けない。じつは私はコントを書いている一般の人間なんですけれども、わりと筆は早い方なんですけれど、もう2、3週間ほど書けてなくて、困っている。別に困るのは私だけで公演が差し迫っているわけでもなんでもないんですけれども、どうやら完全に、スランプに入った。
9月に転職した職場がめちゃくちゃホワイトで、髪を切ったことにすらコメントされないノーハラスメント空間で働いてるもんで、本当の私はこんなにもうるさい女だっていうのに、どうしてくれるのこの感じ、ていうか髪の毛切ったんですねくらい言ってくれや、ハラスメントになりそうなもの全部伐採すな、もっとおしゃべりしようや〜〜〜(仕事しろ)
とにかく日常のおもしろいが不足していて、ちょっとこれはまずいんで、ひとまず何かしら書いて出そうかなということで、ぜんぜんまとまってないけど、いい?いいね?
しゃべりますけども
夏に、1ヶ月だけダンスの体験レッスンに行きたいんだけど、どのジャンルが自分に合っているのか分からないと友達に相談された。そのときの私のダンス解説が友人にちょっと好評だったので、調子に乗ってここでもしゃべろうと思う。
ダンスを何も知らない人にジャンルのことを説明するときは、私はよくSMAPのメンバーで説明している。最近のジャニーズはグループでダンスのジャンルを統一している。もしくは曲によって踊り方を分けている。個々のダンスのレベルは違えど、ある程度、印象を揃えるようにしていると思う。
SMAPは、各々の得意ジャンルがまったく違っていて、振り付けを揃えて踊るという概念がまったくない。なくても成立していたし、吾郎ちゃんは踊れていなかった。(SMAPファンの方はここでご退席ください。)
それぞれの持つスタイルがそのままダンスの主なジャンルになっているのだ。
まず、中居くんのスタイルはLockといって、腕をくるくるまわしてピタッと止めるようなダンスだ。Lock=止めることで緩急を出している。上半身に目がいくダンスだけど、Lockは腰が柔らかくなければぜったいカッコよくならない。すばやく動かす腕を、ちゃんと腰が支えていて、だからかっこいい。中居くんのすごさはテンポの速い曲にも負けない大きな振り付けだと思う。中居くんが踊ってるところといえばみんな、速い曲でバシバシ動いて最後はゲッダン(脚を縦に開いて床に落ちる動き)してるのを想像するんじゃないだろうか。
キムタクはJazzを貫いている。Jazzを愛しJazzに愛された男である。キムタクはどんなときもJazzの基礎を守っている。だから、中居くんみたいにチャカチャカ動かない。首を残してターンするだとか、セクシーな腰の動きで勝負している。(キムタクに対して勝負しているってなに)私はJazzを「内から外へ出す動き」と定義している。体の軸が見えるような動き、手を開くだけでも、真ん中を経由していくみたいなのがJazzの動き。Hey!Say!JUMPの知念くんや、嵐の大野くん、なにわ男子の大橋くんは、軸が見えるダンスをしていてかっこいいなって思う。そういう人はどんな振り付けでもセンスよく見える。V6やKinKi Kidsの昔の曲もJazzっぽい振り付けが多く、ジャニーズのアイドルっぽさ=Jazzみたいな雰囲気だ。ダウンでドープなワルな俺たちイェーみたいな曲は、ひととおりKAT-TUNがやり散らかしていった。
ていうかこれはまったく別件なんだけど、KAT-TUNの曲といえばリアルフェイスかキープザフェイスなのはなぜなのか。フェイスフェイス。私はチキチキアー(SIGNALという曲です)が好きなんです。ジャッジャッジャン♪チキチキアー、ジャッジャッジャン♪チキチキアーがめっちゃ好きだったんですけども。あとめちゃくちゃ愛してる愛してる言う歌も好きなんですけども。(喜びの歌という曲です)何かご事情あるようでしたら差し支えない範囲で教えてください。ファンの人教えてください。
ていうかファンの人がこの日記読んでたらほんとごめんなさい。
ダウンでドープな俺たちイェーみたいなダンスは基本的にhip-hopなんだけど、hip-hopは他のジャンルと掛け合わされていることが多いので、同じhip-hopでも違う雰囲気に見えるものも多い。最近のKing & Princeがやっているのはまさしくダウンでドープなhip-hopで、本当にダウンな振り付け(膝を屈伸させる動き、下に重心がある)が多い。かっこいい。ちなみにEXILEとかがやっているのは、ハウス(house)といって足のステップが重要なジャンルと掛け合わされている。と思う。勝手に言ってるだけなので気にしないでください。
で、SMAPでhip-hopをやっているのが香取慎吾だ。慎吾くんはたぶん、多様なジャンルをなんなりと踊れるんだろうけど、体が重いんだと思う。だから中居くんみたいにチャカチャカ動かないし、キムタクみたいにターンを決めたりしない。ラップのズンズンチェケ〜みたいな曲に合わせてパワフルに動いてるみたいなことが多い。速い曲でも、基本的に膝を外に開いているのでダウン、hip-hopの動きになる。迫力満点のパフォーマンスをする。
つよぽんは線が細いので慎吾くんみたいな迫力はないけど、5人の中でもいちばん長くアクロバットを続けていた。見せ場でバク転できるの、カッコいいし、そのバク転がめちゃくちゃきれい。ダンスも、セクシーなJazzが似合いそうな見た目とは裏腹に、カッコいい系を踊っていることが多い。ただ、「カッコいい系」としか言えない程度にはダンスの印象がうすい。バク転のことしか言ってないけど大丈夫かな。まあいいか。
吾郎ちゃんは踊れないので、基礎ステップをしている。
これ、SMAPのファンないしジャニーズのどっかのグループのファン、もしくはダンスのプロ、もしくは神戸先生(東京学芸大学で大学1年生にダンスを教えてくれるやさしい教授です)が読んだら、私殺されるんじゃないだろうか。殺されると思う。合ってるところだけ読んでください。
以上
0 notes
moai084 · 2 years
Text
私が自分で選んだ児童文学 2022.9.7
7月下旬ごろだったと思う。ツイッターで、「#私を作った児童文学」というタグが流れてきた。「私が好きな」ではなくて、「私を作った」という部分がいいなと思った。でも、私を「作った」児童文学って、なんだろう。
情緒や人格に影響を与えた作品と捉えるなら、まずエンデやハリーポッターが真っ先に思い浮かぶ。あとは、あまり読んでいる人に出会ったことがないが、ジズー・コーダーの『ライオンボーイ』(猫と話せる少年がサーカス団のライオンを救う話)とか。冒険小説は、自分の世界を広げてくれるというか、行ったことのない世界に連れて行ってくれる。ただ、これらの本は父が選んでくれたもので、私が選んだわけじゃない。物語とどんな出会い方をしたのかも、結構だいじだと思うのだ。
10代の私が、「挿絵が気に入ったから」とか、「手に取った瞬間ワクワクしたから」とか、「ただなんとなくタイトルを知っているから」とか、そういう理由で手に取った本って、どんな本だっただろう。それは、私を「作った」というよりも、私がもともと持っていた引き出しの鍵を開けるような、私を「知った」本に近い気がする。父が選んでくれた冒険小説も、母の本棚にあったエッセイも、私の人格形成に大いに影響を与えたといえるけれど、私が自分で開けた引き出しには、何が入っているんだろう。大人になってしまった今の私はもう、無邪気な理由で本を選ぶことができなくなってしまった。だから、子供の頃に戻った気持ちで、もう一度その引き出しを開けてみようと思う。
#私が自分で選んだ児童文学
「リューンノールの庭」 松本祐子
Tumblr media
装丁とタイトルに惹かれたんだと思う。物語の外枠部分は、このあとに述べる『西の魔女が死んだ』のような、主人公の女の子が夏休みのあいだ叔母の家に住み込む話である。叔母の正体は主人公が憧れていた有名な児童文学作家であり、庭で魔法の植物を育てる魔女だという噂もあった。主人公が叔母の家に行くのは、「修行」をするという名目なのだけど、魔法とは名ばかりで家事や植物の世話ばかりやらされて、肝心なことはあまり教えてもらえない。でも、そういった暮らしの所作こそが魔法なのだと思う。読みやすくてやさしい文章でありながら、ストーリー展開はわくわくできて、読みごたえがある。シリーズ3部作になっていて、どれも装丁が美しいんだけど、やっぱり1部の『リューンノールの庭』がいちばん印象深い。
「西の魔女が死んだ」梨木果歩
Tumblr media
はじめて手に取った文庫本だったと思う。一応、単行本の表紙もネットで調べてみたけど、しっくりこなかった。中学生の私はとにかく本を読んでいる実感にこだわっていたので、分厚くて重いほうを好んでいた。だから文庫本を手に取った記憶がほぼないんだけど、たしかにこの本は、この本の主人公と同じ中学生の時に読んでいる。
魔法とは、習慣であり、暮らしの所作であり、愛情は、分かるように、目に見えるように伝えるものであることを教えてくれた本だった。にわとりが産んだばかりの、羽や糞が付いたままの卵でも、おばあちゃんが割ると絶対に殻がボウルに入ったりしない。心を病む主人公まいは、おばあちゃんの仕草のひとつひとつをしずかに観察して、その仕草の美しさに、癒されていく。「大好き」と伝えたら「アイノウ(I know)」と答えてくれる人がいる、それだけでしあわせだと思えるお話。
「長靴下のピッピ」リンドグレーン
Tumblr media
画像は岩波文庫だけど、初めて読んだときはおそらく装丁された単行本で読んでいる。聞いたことのあるタイトルだからというのと、冒頭の文章ですでに面白かったから手に取ったんじゃなかったかな。
となりの空き家に、ある日とつぜん女の子が一人で引っ越してくる。その女の子はそれぞれ違う色の長い靴下を履いていて、サルのニルソンさんを連れている。ピッピは、破天荒で明るくて、大男よりも力持ちで、次は何をしてくれるんだろうとわくわくさせてくれる。そんな子がとなりに引っ越してきたら、友達にならずにはいられない。読者も、ピッピのとなりに住んでいる兄妹と同じように、ピッピと友達になりたくなる。
ピッピは「机でやるより広いから」という理由で、床でピザの生地をこねたりするわけだけど、そういうのいいなと思いつつ自分は絶対やらないし思いつかないわけで、ピッピのそんなぶっとんだ発想にものすごく憧れた。「木の上に秘密基地を作ってみたい」みたいな夢がつまっている本。
「トロルとばらの城の寓話」トールモーハウゲン
Tumblr media
高校生の頃、この絵とタイトルに惹かれて手に取った。この絵を描いた人、調べども調べども出てこない。でも、別の本の挿絵を描いているのを見つけたり、一度電車の広告でも見かけて(それも本の広告だったと思う)そのたびに、一体あなたは誰なの…と思いを馳せている。
「白い城」と呼ばれる、塀で囲まれた庭と大きな塔の中に住む家族のお話。王さま、お妃さま、息子のエルム、それぞれの心象にともなって「白い城」は変化していく。はじめて読んだときは、正直あまりよく分からないと思った。それなのに、引き込まれて、夢中で読んだ。登場人物たちは冒険小説のように勇敢だったり賢かったりするわけじゃなく、むしろ全員たくさん間違いを起こすんだけど、それがむしろ、ぞくぞくするような怖さと面白さがある。
「トラベリングパンツ」アン・ブラッシェアーンズ
Tumblr media
なぜこれを手に取ったのかまったく思い出せない。忘れた。でも、この本の内容はかなり印象に残っていて、映画化されていないか調べたこともある。
幼馴染の女の子4人が、ひとつのジーンズをシェアする話。ルックスに関するコンプレックスもチャームポイントもまったく違っているのに、なぜか全員、似合うどころか「ぴったり」のジーンズを見つける。ジーンズがまわってくる番になったら、女の子たちはジーンズと共に各々の特別な日々を過ごす。仲の良かった友達から、大人になってそれぞれの道をいくときの、絶妙な時期が描かれている。
ぶっちゃけ、大切なことはすべてトラベリングパンツが教えてくれた。イケメンはドリンクを頼んでも絶対最後までストローでずるずる吸い込まないとか、でもそういう男ってちょっとつまんないとか。好きな男の子がくれたラブレターの「君に会いたい」という部分にたくさん修正された跡があって、太陽に透かして見ると「君を抱きたい」と書いて消したのが見えたとか。そういう大切なことをもろもろ教えてもらった。なんで手に取ったかはまったく思い出せないが、10代の私に出会ってしかるべき本だった。
***
本はいいよね。つまんなかったり自分に合わないと思ったものは結局読めないで終わっちゃうんだから、最終的に自分に合ったものだけが残っていく。(つまんない本を読むことももちろんだいじなんだけど。)私が自分で選んだ児童文学は、今思い出せないものも含めて、ずっと私の中に住み続けている。自分を外側に広げてくれたというよりも、内側を広げてくれた本のことを考えることができて、とてもよいきっかけになった。
1 note · View note
moai084 · 2 years
Text
恥ずかしい私を見て2022.07.09
気づいたことがある。
私は、他人の恥ずかしい場面に遭遇したときの気まずさに人並み以上の免疫があるらしい。
それはたぶん、私という存在がいちばん恥ずかしいからだ。恥ずかしさで私を超えてくる人は滅多にいないもんね。だからみんな、私の前では安心して恥をかいて良いですよ。(?)
「天然」は、もう死語ですか。ここ最近「天然」はめっきり姿を消しましたね。私はその昔、なにかあるたびに「天然」と呼ばれていました。「もあいちゃんがもしそれを計算してやっているならこわすぎる」と言われたこともあります。さすがの私も計算してまで恥をかくのは無理です。そしてもし、すでに「天然」が言葉とともに絶滅したんだとしたら、私は「天然」の生き残りということで、ご理解いただきたい。(?)
小学生の頃、マラソン大会で一周多く走ってビリになったことがあり、そのあたりから、「天然」と呼ばれはじめた。友達の家から自宅に電話をかけたら父親が出てビックリしてしまい「どなたですか」と言ったり(自分からかけておいて)(「お父さんですが」と言われた)、好きな男の子のことが好きすぎてその子の席に(本気で間違えて)座ってしまったこともある。こんなのは序の口なので、もうほんとうにほんとうに恥ずかしい私をどうぞ見て。(なんで)
好きな男の子の話だけでマジで打順が組める。好きな男の子に「永野うざ〜笑」と冗談で言われたのがうれしくて「なんだと〜」みたいな感じで箒で小突いたらそれが思いのほか痛かったらしく、学期が変わるまで口を聞いてもらえなくなった。好きな男の子の脊髄を叩いてしまった、中学1年生の冬。これは「天然」でもなんでもない。力加減の話である。
彼氏に「キスはいちごの味がするらしいよ」とふざけて言われて(なにそれ)「いちごを事前に食べてくれば良いの?!」と言った、のはギリかわいくない…?高校生のときの話なので、時効とする。
児童館でバイトしているとき、電子レンジの扉を割った。ほんとうに危なかったので笑いごとじゃない。アルミホイルは、温めてはいけない。黒い煙をあげ、ヒビの入った電子レンジを見て、あまりに動揺しすぎて「ここここのガラスって最初からこんなデザインでしたっけ…?!」と言ったら主任に「んなわけないでしょ?!」とブチ切れられた。これは「天然」で片付けてよい代物ではないので、贖罪として、一生背負っていく。
大学の教授には、ファンタジスタと呼ばれていた。ダミアン・ハーストの、白馬をホルマリン漬けにした作品を見て、ユニコーンって実在したんですかと発言してしまったことがきっかけだった。ちなみにユニコーンは実在しない。ダミアン・ハーストが白馬の頭に角をぶっ刺してホルマリン漬けにしただけである。とんでもねぇな。
どうやら、「天然」だから恥ずかしいわけじゃないなと、書いていて気がついた。子どもの頃はモーニング娘。になりたかったし、地元のカラオケ大会とか出てたし、佐賀近辺には牡蠣小屋といって牡蠣を焼いて食う小屋があるわけですが、じいさんばあさんが牡蠣を焼いてる横で踊るイベントとかあったし。牡蠣焼いてるのに何が「かませイェイイェイイェイ」だよ。みんなDJじゃなくて炭火を囲んでんだよ。牡蠣小屋を盛り上げている私もしっかりDVDに焼かれているのでつらい。
私より恥ずかしい人なんていない。常々こうして思い出しているから、私は誰かのことを受け入れることができる。だから、だいたいのあなたは大丈夫だと思います。
2 notes · View notes
moai084 · 2 years
Text
気づいたら美男美女に囲まれていた-2022.05.15
いつのまにか森ガールがいなくなっている。
道ゆく人々はみんなおしゃれで、髪の毛もキュルンとして、肌がきれいで、とにかく私のようにアホ毛が立っている人類は、もうこの世界にひとりも居ないことに気がついた。森ガールもいなくなっている。人類はもう、重ね着をしていない。短いデニムのジャンパーを着てる人もいない。英語が胸元に書いてある服の人もいない。折り返すと袖口がチェックになる服は父が今も着ている。父以外の人は着ていない。
太古の昔、私は胸元に「Get Over」(乗り越えろ)と書かれたトレーナーを着て平然と街を歩いていた。大学の友達は「Lazy Cat」(だらしない猫)と書かれたパーカーを着ていた。おしゃれな同級生もたくさんいたが、中には森ガールもニーハイもジャージもいたので、紛れることができた。
今は、GUやユニクロ、H&Mなど、誰もがシンプルで形の良い服を安く買えるようになって、YouTubeでヘアメイクや美容の動画を見て学ぶことができる。一般人の、ファッションや美容の解像度がここ数年で急激に上がったような気がする。そして気づくと街には美男美女が溢れていて、アホ毛が立っていて適当な靴を履いているのは私だけになった。
友人に骨格診断やパーソナルカラー診断を勧められるが、似合いそうな服が着たい服じゃない気がしている。私の骨格はおそらくストレートタイプで、胸元の開いた服やタイトなスカートが似合うだろうと思う。正直、胸がちょっとだけ大きいのがコンプレックスで、肩幅があることもコンプレックスで、その、全てを隠したいと思って生きている。首元にレースがあるブラウスが好きだけど、そんな服は似合わないと骨格に否定されて、よくearth music&ecologyの試着室で泣きたくなっている。ナチュラルな女に生まれたかったが、生き様からしてナチュラルからはほど遠いので無理だ。そして胸の開いたトップスとタイトスカートという不二子ちゃんファッションに身を包んだところで、童顔なので品がゼロなわけで、ただエロい人になる。
そもそも、私の顔が永遠に幼いのはどういうことか。勤務している大学の食堂でいつまで経っても学生限定のスタンプカードがもらえるのはなぜか。単純に5年も働いているのになぜなのか。ショートパンツやミニスカートは童顔なので今も似合うけど子どもみたいに見えるし職場にも履いていけない。上品な膝丈のスカートを売っている店は滅んだ。最近のスカートは、長すぎる!(楽天モバイル風に)
肌がマスクの下で悲鳴をあげている。愛嬌で許されてきたソバカスが、点と点をつなぎ線になりつつある。中学生のころ部活を辞めたらその冬に肌が真っ白になって、ソバカスが全部浮き彫りになった。その時から私はずっとソバカスのことを見て見ぬふりして生きてきたが、線になったものはソバカスと呼べないので、どうか離れてください、できたら愛してください。小鼻の毛穴は何を施しても手遅れになった。ときどき自分の鼻を見て絶望することがある。皮膚科に行けば良いんだろうが、ぜったいに怒らない女医の皮膚科に行きたいし、ぜったいに怒らない皮膚科の女医がこの世に存在するのだろうか。あとお金がない。コントをしている場合ではない。
髪の毛は、電車を降りて勤務地に着く頃にはボサボサしている。朝やったものが朝消えるなんて。なぜ、こんなにも統率がとれない。
統率がとれないで思い出したが、私の眉毛は意味が分からない。高校時代、眉を細くして先生に叱られているクラスメイトを見て不思議がっていた私も今は「良い眉毛」と「悪い眉毛」の見分けがつくようになった。見分けがつく私が判断するに、私の眉毛は意味が分からない形をしている。眉毛の義務を何もはたしていない。
髪型に話を戻す。大人なので仕方なくひとつに結んでいるが、本当はツインテールがいちばん似合う。でも大人なので仕方なくひとつに結んでいる。あと最近、前髪と前髪、前髪とおでこの間に空間を保っている人をよく見かける。そういう人は、実家が美容院なのか、母親がバブリーなんだと思う。
ネイル、指輪、ネックレス、イヤリング、私がつけるとぜんぶおもちゃみたいに見える。
せっかく小顔でも目が小さいので顔がほぼマスクになる。
ハァハァ…(息切れ)
以上です。
絶望している私に、RayCassinの店員さんは、試着した服を1から10まで褒めてくれて、ボトムスにベルトを合わせてくれ、他にも合いそうなトップスを持ってきてくれた。私は試着した服をぜんぶ購入した。商売がうますぎるし、私はカモすぎる。その日はRayCassinの紙袋と、小道具で使う虫取り網を両手に持って帰宅した。せっかくのRayCassinが台無しになった。
1 note · View note
moai084 · 2 years
Text
有意義な無駄遣いとは2022.03.31
「青春とは、密そのものだったのです。」
スキップしようとしたCMからそんな台詞が聞こえて思わず手を止めた。卒業式で答辞を読む高校生の台詞だった。もうやめて…聞きたくないよそういう話…と思ってしまって、胸が痛くなる。コロナ前とコロナ後では、学生時代の在り方が確実に変わってしまった。社会人の私でさえ中止になったイベントに心を打ち砕かれたのに、一生に一度のイベントが中止になった学生たちのことを思うと本当にコロナが憎い。そして同時に、密そのものの青春時代を過ごした自分をちょっと後ろめたく感じてしまう。
大学時代に私が所属していた演劇サークルが、廃部しそうだという噂を聞いた。寂しさや何もできないもどかしさは置いておくとして、この社会情勢では仕方のない話だ。それに私が憶えているかぎりで言うと、サークル員の拠り所となる部室は物とポスターで埋めつくされており、それなのに不思議と居心地が良く、空調管理システムがイカれた場所だった。サークル員たちは衣装の雪崩と埃に苛まされ、寒い寒いと言いながら誰も帰ろうとせず、謎の木片が足に刺さり、賞味期限切れのハイチュウをうっかり口にして4年の歳月をともに過ごす。感染症とか関係なく人が死にかねない環境だ。万人がそうとは言わないが、少なくとも私は大学時代にハウスダストへの免疫を急激に高めたと思っている。
「青春は有意義に無駄遣い。明日から頑張る全ての貴方のために、私達は全力で今日を遊びます。」
このフレーズはいつの頃からかサークルの紹介文に必ず載るようになり、定着していくにつれて、サークル員たちがやりたいことを全力でやるためのお守りのようなものになっていった。サークル員たちはこのお守りにならい、誰もが大なり小なり新しいことをしようと考えていて、突飛なことに想像力を膨らませていた。舞台の床を土にしたりプールにしたり、関係者全員から本を集めて舞台上を本屋にしたり、狭いアトリエの窓枠を取っ払って増築したり、などといった無茶をした。私は、初めて自分が演出を務めた公演で、立て看板のデザインを担当してくれた同期が「(看板)三角形にしたいんだよね…理由は特にないけどおもしろいから…」と言ったことを今でも憶えている。おもしろいから、奇抜だから、新しいから、それがすべて具現化されていく場所だった。
公演以外にも、とにかく発想力を試されるシーンが多かった。部室にゴミと一緒に転がっている部誌は、「きらきら武士」とか「全部死んでる」とか、とにかくワード内に「ブシ」を含むタイトルが無意味に付けられていた。裏表紙には次のタイトル候補を書くスペースがあり、気に入ったものにはみんな正の字を足していった。正の字が最も多いものが次の部誌のタイトルになる。部誌自体、適当な部会報告や(メーリングリストあるのに)お土産食べてくださいのメモ、絵しりとり、ポエムに使われていて、存在自体が無意味に近かった。でも、部室に行くとなんとなく部誌を開き、次のタイトル候補なんにしようかな、「ブシ」が入るワードなにかあるかな、と、密かに考える時間があった。私は、そういう場所で4年間を過ごした。
社会人になった今も、無意味な発言をする瞬発力が生き残っている。職場で新卒の子が、タメ口と混ざって「~するです」と言っちゃったら咄嗟に「タラちゃんみたいで良いですね」と言ってあげられるし、誰かがテプラをちょっと右寄りに貼ってしまったときは「エヴァンゲリオンみたいで良いですよ」と言ってあげられる。企業の歯車を永遠にまわさない瞬発力。でも、新卒を笑わせることはできる。
先日、久しぶりに劇場へ行った。お客さんとしてではなく、空っぽの劇場へ。暗幕からか灯体からか箱馬からか分からないけど、劇場には劇場が発する匂いがあって、どの劇場も同じ匂いがする。それは大学で芝居を打つときとも同じ匂いで、いつだって新しいものを作っているはずなのに、いつも懐かしさでいっぱいになる。
青春は有意義に無駄遣い。もう青春したいがために公演を打てるわけでもないので、もはや今私は、人生を無駄遣いしているわけだけど、今もこのフレーズが私のお守りになっていることには変わりない。
大学時代に培った無駄遣いの方法を教えるべく、まず私が手を挙げたい。春から大学生になった貴方が、6月にやるコントを観に来てくれたら嬉しい。
0 notes
moai084 · 2 years
Text
思い出もろもろ2021.12.31
2年ぶりに乗る飛行機は、いつもより子供連れが多いような気がした。
搭乗ゲートで、「長崎行きのお客様…」とアナウンスが入り、周囲の大人が顔をあげる。毎度のことながら、そうか、この人たちみんな長崎に行くんだよなと思う。行き先が同じというだけで一体感が生まれる気がするから、私は飛行機が好きだ。
正確には飛行機に乗る���の手続きが好きなのであって、こんなに揺れるなら話は別です。寒波が飛行機を揺らし、子ども達が阿鼻叫喚しています。二度と乗りたくないです。
空港に両親が迎えに来てくれた。車に乗り込み、即カラオケへ連行される。家族全員、歌が好き。もっと子どもの頃にファミリーコンサートみたいなのエントリーしておけば良かったよと思う。2年間コツコツ練習してきた宴会芸をひととおり披露したが、あいみょんの「貴方解剖純愛歌〜死ね〜」には流石にうちの親も引いていた。
貧乏だけどそれなりに整った一軒家に、祖父母と、仲の良い父母、そして犬2匹という暮らしは、はたから見れば「めっちゃ恵まれた実家」なんだけど、その内情は深刻だ。我が儘な祖父と糖尿病の祖母の介護が母の自由をむしばんでいる。祖父がパンやらお菓子やらを勝手にあげてしまうので犬の躾もままならない。2匹ともミニチュアシュナウザーのはずなのにコーギーぐらい太っていた。ミニチュアとは。
近所のコンビニに母校の高校生がいて、相変わらず制服ダサいなと思う。でも数年前に女子生徒もパンツスタイル着用できるようになったそうだ。
散歩がてら小学校の方まで歩く。だいたいの店がファミマになっている。
学生時代の思い出の数々は今も、主には入浴中や料理中、洗い物中、通勤中、退勤中の私にジャブを浴びせてくるが、地元にいるとなおのこと強めのパンチが飛んでくる。なかでもトップクラスの思い出3選を紹介します。突然すみません。
1.はじめての居眠り
小学3年生の時にはじめて授業中に居眠りをした。夢のなかで私は一心不乱にパンを焼いていた。口に含んだガムをふくらませるとそれが生地になり、形成してかまどへ入れる。「先生、永野さんが何か食べてます」という声で目が覚めて、気づいたらクラス全員に笑われていた。どうやら現実でも口をもぐもぐさせたり生地をこねたりしていたようだ。いま思い出す分にはかわいいエピソードだが、その時は頭から火が出そうなほど恥ずかしかったし、いま思い出してもちょっと恥ずかしい。
2.好きな男の子の給食を食べる
好きな男の子のエピソードだけで打順が組めるほどあるが、好きな男の子の給食を食べてしまったという一文だけでじゅうぶんヒット打てると思う。
小学4年生の時の話だ。好きな男の子のことを考えすぎて、本気で間違えて好きな男の子の席に座ってしまい、自席だと勘違いしたまま、そこでその子の給食を食べてしまった。「それ、オレのシチューなんだけど」と言われて青ざめたのを鮮明に覚えている。普通に嫌われた。シチュー食われたらめっちゃ嫌だと思う。めっちゃごめん。
3.全力ソーラン節
自分でもはよ忘れろよと呆れるほどくだらないエピソードだ。5年生の時に、夏祭りで同じ地区の子ども達とソーラン節を披露することになった。子どもの頃の私は全力でソーラン節を踊れる女だったので、5年生ながら私がソーラン節リーダーを務めていたわけである。
夜、近所の公園に集まってソーラン節を踊る。音が大きかったのか、じいさんばあさんも見学に来てギャラリーが集まり、私はすっかりテンションが高まってしまった。
そこに母が様子を見に来て、バイブス最高潮に達した私は、「よーしお前ら!最高のソーラン節見せてやろうぜ!」みたいなことを言った。そして踊りながら「〇〇ー!もっと声ダセー!」などと声を上げて全員の名前を呼んだりして、その練習は大いに盛り上がった。
帰宅してから母に、あれはなんだかとても恥ずかしかったと言われた。そう言われて初めて自分がめちゃくちゃ熱くなっていたことに気がついて、死ぬほど恥ずかしくなった。でもいまだに芝居の開演前は役者達に「お前ら最高だぜ〜」などとクラッシュみたいなことを言っちゃうので、人はそんな簡単に変われないんだと思う。
昨晩、弟が父と晩酌しながら泣いていた。歳を重ねて泣き上戸になったのだろうか、酒を飲んでいる弟はいつも泣いている気がする。私の結婚式であまりに泣いていたので、後日「弟の泣きショット」だけ大量に集まったのもまだ記憶に新しい。昨晩の光景はハートフルすぎて、ぶっちゃけキモかった。
こういうことばっかり、死ぬまで憶えてんだろうなと、ボケはじめた祖父母に甘やかされながら考えている。今年も、もう終わるね。
1 note · View note
moai084 · 3 years
Text
忘れられないカラオケオール 2021.11.28
カラオケに行きたい。むやみに、その場の流れで、カラオケに行きたい。
緊急事態宣言が開けてすぐの頃、私はずっと我慢を強いられていたヒトカラへ行くべく残業0分で退勤し、乗り換え駅最寄りのビッグエコーへと急いだ。そこには私と同じく歌を愛する者々が集結しており、乗り遅れた私は10分ほど待つことになった。待っている間、1号室から漏れ聞こえる星野源を心地よく聴いていた。この人も歌が好きなんだろうな…あと星野源めっちゃ好きなんだろうな…と思って、別に私は星野源ファンではないが、勝手にとても嬉しくなった。
歌が好きだ。歌うことも好きだし、人が歌っているのを聴いている時間も大好きだ。聴き入ってしまって、曲の予約を忘れたままデンモクを握りしめていることもある。そういう時、「どうしよう…まだ決めてないンです…」と言いつつホントは何を歌うか入店したときから決めているのでぶっちゃけ速攻で予約できる。カマトトぶるのも大変である。本当はカラオケが大好きだけど、ノリノリだと思われるのも恥ずかしいので、二次会の流れになったら毎回、「じゃあこのあとカラオケ行く人ー?」と誰かが言ってくれることを常に願っている。大学時代あんなにいた「カラオケ行く人ー?」という係の人たちはいったいどこへ。残念ながらコロナが蔓延してからというものの、私の願いが叶うことはほぼなくなり、私はヒトカラで、「だんぜん!ふたりはプリキュア」を、延々磨き続けている。磨きすぎてマジでちょっと上手くなってしまった。そんな自分が非常に恥ずかしい存在であることは否定しない。
大学1年生の頃、私は2年間在住できる県民寮に住んでいた。その寮の先輩たちと一緒に行った人生初めてのカラオケオールが今も忘れられない。当時、一緒に入寮した1年生は3人だけでそのうち2人が男子、2年生もほぼ男子だったので、逆ハーレム状態だった。大学生活の始まりが逆ハーレムなのは非常に不健全である。おかげで私は「ジョジョ立ち」を下ネタと勘違いする程度の性教育を受けた。
入寮して間もなく、1年生の歓迎会ということで、ほぼ寮生全員でカラオケへ行った。外泊許可は寮長が出してくれていたので、朝5時までのコースでカラオケ館に入った。そして、その寮長がほぼ序盤で歌ったのが、長崎県民しか知らない超ローカルな曲、フリーウェイハイハイの「雨オトコ晴れオンナ~オランダ坂で君を待って」だった。これがとても素敵な歌なので、長くなるけど2番サビまでを掲載させていただく。(以下、歌詞)
*****
(1番)「あなたのせいよ」と雨オトコの僕に冗談半分で
土曜の天気予報 傘のマークを君が見せつける~
不機嫌ぶった僕を笑って なだめるようにキスをする
(サビ)オランダ坂で君を待って みなと公園を横切って
大波止へ向かうその間にも君を好きになる ウッウ~
水たまり気にして下向いて 歩く横顔に寄り添って
空と裏腹 晴れ渡る胸 君は僕だけの Oh, sunny girl~
(2番)街はコーヒーカップ「2人 今日ははぐれることもないね」と
晴オンナの君が 傘を持つ僕の手をギュッとあたためる
屋根をすべる雨のしずくで 右腕だけ冷たくぬれる
(サビ)出島ワーフでお茶を飲んで ターミナルの隅いちゃついて
バス停へ向かう傘に隠れて何度もキスをする ウッウ~
君が時計を気にしだすと 雲の切れ間光がさして
女心と意地悪な空 僕は苦笑いで Please give me your love…
*****
「大波止」や「オランダ坂」、「みなと公園」など、長崎に実在する場所が自然に出てくる歌詞はさることながら、誰もが歌いたくなるようなメロディラインも素晴らしい。音源を聴ける公式の媒体がないので紹介できないのが非常に残念だ。  私はこの曲より素敵な地元ソングを聴いたことがない。この曲は一時期、ローカル番組の天気予報でテーマ曲になっていたので、同年代の長崎県民なら全員歌える。この曲のサビで寮生全員が歌い始めた時、私は感動した。そうじゃん、全員長崎県民だからこの曲全員歌えるんじゃん…と。私は、こういうダサい歌を、心の底から愛している。
あくる朝、寮に帰宅すると門の前で館長が仁王立ちしており、よりによって1年生の歓迎会でカラオケオールとは何事かとお叱りを受けた。外泊許可は寮の事務員さんには受理されたが、館長からしてみればカラオケは泊まるところではないということだ。寝ぼけ眼で叱られたことも含めて、これを超えるカラオケオールはいまだかつてない。
0 notes
moai084 · 3 years
Text
ハリーポッターと暇な人間の記録 -2021.10.31
ハリーは、全編通して何点減点されているのか気になって数えてみたことがある。
それが今年のゴールデンウィークの話で、この前久しぶりにスマホのメモを見返して、こんなくだらないことを記録している私、暇すぎるやろと悲しくなった。
ハリーポッターシリーズといえば、ダンブルドアが大盤振る舞いしてグリフィンドールが逆転勝利するくだりに物申す人間が必ずいる。マニアの私からしても、あの展開はやっぱり子ども騙しだし、ラストまでの細やかな描写やワクワクするような推理展開とのギャップが激しいなと思う。ていうか最下位になってしまったハッフルパフ生のことを思うと胸が痛い。
でも、だからと言ってこの点数方式が大事な設定であることに変わりないし、何より教授陣の人格描写をいっそう豊かにしてくれる。スネイプ先生が出てきたらハリー達と一緒に私もヒヤヒヤするし、アンブリッジ先生の理不尽な校則に立ち向かう生徒達には思わずスカッとする。ホグワーツの先生はどんな生徒をどんな理由で減点するのか、知りたいと思う同志のために、私はこの日記を書く。
以下、巻ごとにまとめたハリーロンハーマイオニーの得点の記録である。ネビルやマルフォイの減点理由もかなり面白いけど、書き込んでいたらあまりにも長くて自分でも引いてしまったので省略した。それでも過去最高に長い記録になってしまったが、面白がれる人だけ読んでくれればそれでいい。ゴールデンウィークの連休中、暇でアバダケダブラしそうだった女の読書録を、ここで昇華する。
ハリーポッターと賢者の石
◆ハリー
・魔法薬学にて、スネイプの質問に答えられず-1点。その後ネビルが薬の調合に失敗したことについて、ハリーが正しい超合法を教えなかったという理由でさらに-1点
・ハロウィーンの夜、ロンと共にトロールを退治してハーマイオニーを救う。+10点
・図書館の本を校外に持ち出していることをスネイプに咎められる。-5点
・ドラゴンのノーバートをチャーリーに引き渡した後マクゴナガルに見つかる。-50点と罰則
・賢者の石を救い、ヴォルデモートと闘う。+60点
◆ロン
・ハロウィーンの夜、ハリーと共にトロールを退治してハーマイオニーを救う。+10点
・マルフォイに家が貧乏なことをからかわれ、胸ぐらを掴んでいるところをスネイプに目撃される。-5点
・賢者の石を救うためにすばらしいチェスゲームをする。+50点
◆ハーマイオニー
・ハロウィーンの夜、トロールが城に侵入し襲われる。駆けつけたマクゴナガル先生に「トロールをひとりでやっつけられると思った」と嘘をつき-5点
・ドラゴンのノーバートをチャーリーに引き渡した後マクゴナガルに見つかる。-50点と罰則
・賢者の石を救うため、スネイプが用意した論理パズルを解く。+50点
*****
1巻目ということもあり、点数基準が曖昧で個人差が大きい。はじめての魔法薬学でたった2点ぽっち減点されたくらいで落ち込んでるハリーが愛おしい。寮対抗杯はグリフィンドールの優勝。
ハリーポッターと秘密の部屋
◆ロン
・女子トイレにいるところをパーシーに見つかり口答え。-5点(監督生には減点権限がある)
◆ハーマイオニー
・薬草学にて、マンドレイクの特徴を答える。+20点
・闇の魔術に対する防衛術にて、ロックハートクイズ全問正解。+10点
◆ハリー&ロン
・ホグワーツへ行くために車を飛ばして罰則。ハリーはロックハートの手伝い、ロンはトロフィー磨き。
・秘密の部屋の謎を解きジニーを救う。+200 点とホグワーツ特別功労賞
*****
ハリーもロンも新学期早々に車を飛ばして退学スレスレまで行ったのでその後の減点描写がほぼない。先生たちも生徒が石にされて減点どころではない。寮対抗杯はグリフィンドールの優勝。 賢者の石を救った時はひとり50点だったのに、秘密の部屋の謎を暴いたらひとり200点なのは流石にバグってる。
ハリーポッターとアズカバンの囚人
◆ハリー
・闇の魔術に対する防衛術にてボガートの特徴を回答。+5点
・闇の魔術に対する防衛術に遅刻(スネイプによる代理授業)-10点。その後「座れ」と言われてすぐ座らなかったのでさらに-5点
◆ロン
・闇の魔術に対する防衛術のスネイプ代理授業中、ハーマイオニーへの減点に対してスネイプに意見する。処罰として、医務室のおまる磨き
・魔法薬学の授業にて、マルフォイがディメンターの真似をしているところにワニの心臓を投げつけたため-50点
◆ハーマイオニー
・魔法薬学にて、ネビルの縮み薬作りを手伝ったことを咎められる。-10点
・闇の魔術に対する防衛術にてボガートの特徴を回答。+5点
・闇の魔術に対する防衛術のスネイプ代理授業中、人狼に関する質問に勝手に回答。「鼻持ちならない知ったかぶり」で-5点。日本ならPTAに訴えられる。
*****
ワニの心臓を投げつけて-50点されるロン。寮対抗杯はグリフィンドールの優勝。ちなみにグリフィンドールはこの年クィディッチも優勝した。
ハリーポッターと炎のゴブレット
◆ハリー&ロン
・魔法薬学の授業前、マルフォイがハーマイオニーを「穢れた血」呼ばわりしたことで喧嘩。ハーマイオニーにマルフォイの「歯呪い」が当たるが、スネイプは「いつもと変わりない」と言ったので、ハリーとロンがスネイプに向かって同時に罵詈雑言を浴びせる。-50点と居残り罰
◆ハーマイオニー
・魔法薬の授業中、「週刊魔女」に掲載されたリータ・スキーターの記事について話していたところを注意され-10点。さらにその授業中、リータの記事を読んでいたので-10点。その後スネイプ教授が記事を音読。
*****
ハリーはホグワーツ代表に選ばれるので寮対抗杯どころではない。あとセドリックが死んじゃったので、寮対抗杯どころではない。
ハリーポッターと不死鳥の騎士団
◆ハリー
・闇の魔術に対する防衛術にて、ヴォルデモートの名前を口にしたので-10点
・闇の魔術に対する防衛術にて、ヴォルデモートが戻ってきたという話は嘘だと述べるアンブリッジに反抗して罰則。手の甲に「僕は嘘をついてはいけない」と切り刻まれる(1週間、毎晩)
・闇の魔術に対する防衛術にて、例年に比べるとクィレル先生はマシな先生だったと述べるアンブリッジに対し「ヴォルデモート卿が後頭部から飛び出していた」と発言。1週間の罰則。
・ハリーがまたアンブリッジから罰則をくらったと聞いたマクゴナガル先生が怒る。-5点
・魔法生物飼育学の査察に来ていたアンブリッジに対し、マルフォイがヒッポグリフ事件について大袈裟に告げ口しているところを目撃し反論。アンブリッジにより+1日の罰則
・ザ・クィブラーにインタビュー記事が掲載されたことがアンブリッジにバレる。-50点と1週間の罰則
・スプラウト先生に水遣りのジョウロを手渡す。+20点(ザ・クィブラーの記事を読み、ハリーへの気持ちを表して)ちなみにフリットウィックはお菓子をくれる。
・クィディッチのスリザリン戦終了後、マルフォイの挑発に怒りジョージと2人で殴りかかる。マクゴナガル先生により1週間の罰則が下るが、アンブリッジによって罰則は取り消しになり、クィディッチ終身禁止の刑となる。ちなみにフレッドはチェイサーの3人に取り押さえられていたため殴らなかったが、押さえられていなければ殴っていただろうという理由でフレッドもクィディッチ終身禁止。アンブリッジ絶頂期。
・マルフォイの挑発に乗ろうとしたところをスネイプに見つかり-10点
◆ハーマイオニー
・変身術のクラスで消失呪文をマスターし、カタツムリを消すことに成功し+10点
・魔法生物飼育学にてボウトラックルの名前と特徴を回答し+5点。さらにボウトラックルの餌(ワラジムシ)を回答し+5点
・闇の魔術に対する防衛術にて、教科書の著者スリングハードの逆呪いに関する論に反論。アンブリッジはこの反論を授業妨害と捉え-5点
・魔法生物飼育学の授業でセストラルを見ることができる人の条件(死を見たことがある者)を回答し+10点
◆ハリー&ロン
・魔法薬の授業前、マルフォイの挑発(聖マンゴ病院に入院する人の模写)に怒ったネビルをハリーとロンで止めるが、スネイプは喧嘩だと判断し-10点
◆尋問官親衛隊となったマルフォイによる減点
・マルフォイが尋問官親衛隊となり減点の権限を得る。ハリー、気に食わないので-5点。ロン、シャツがはみ出しているので-5点。ハーマイオニー、アンブリッジ新校長を侮蔑したため-5点。さらに穢れた血なので-10点。
◆魔法省突入組の6人
・マクゴナガル先生が聖マンゴから帰還。スネイプがハリーから減点しようとしたところに通りかかる。『例のあの人』の復活を警告したことに対して、ひとり+50点
*****
アンブリッジの登場により、ハリー厳罰の嵐。全編通していちばん減点描写が多い。穢れた血を理由に10点減点するマルフォイ。寮対抗杯については、シリウスが死んじゃってハリーは宴会に参加しなかったので描写されない。
ハリーポッターと謎のプリンス
◆ハリー
・マルフォイのたくらみを暴こうと透明マントでコンパートメントに忍び込むもマルフォイに見つかる。トンクスに助けられるが、迎えに来たスネイプに遅刻を咎められ-50点。そしてローブに着替えていないので-20点。
・闇の魔術に対する防衛術にてスネイプに生意気な態度を取り罰則。
・魔法薬学にて解毒剤を調合するのに失敗し、ベゾアール石を提出。ベゾアール石はたいていの毒に対する解毒剤になり、スラグホーン先生はハリーの機転に笑う。+10点
・闇の魔術に対する防衛術の授業に遅れる。-10点
・マルフォイがトイレで泣いてい���ところを目撃し、決闘になる。セクタムセンプラの呪文を使ったことでマルフォイが傷ついたところをスネイプに見つかる。毎週土曜日の朝、罰則。クィディッチ最後の試合に出られなくなる。
◆ロン
・闇の魔術に対する防衛術にて、ハリーが述べたゴーストと亡者の違いをスネイプが茶化したことに反論。-10点
◆ハーマイオニー
・魔法薬学にて4つの薬の名称と特徴を回答+30点
・魔法薬学にて「ゴルパロットの第三の法則」を暗唱。+10点
*****
箸が落ちても点をくれるスラグホーンと、遅刻しただけで-70点のスネイプの攻防戦。ラストはダンブルドアが死んじゃったので、誰も寮対抗杯どころじゃない。
総括
ハリーは6年間で292点減点されていた。多いのか少ないのかよく分からないが、ホグワーツの一生徒としてはぜったい多いと思う。
寮対抗杯の結果がラストを演出するのはアズカバンまでで、それ以降は死者が出るので祝える気分じゃなくなる。でも、7巻のホグワーツ戦争終焉後、4つのテーブルに誰もが寮関係なく座って笑いあう場面は、夜明けを感じさせる良い演出だと思う。ハロウィンの夜、トロールに襲われたハーマイオニーがマクゴナガル先生に嘘をつく場面が好き。それをきっかけに3人は友達になる。
ここまで読んでくれた人に200点と特別功労賞を与えます。お付き合いいただきありがとうございました。
0 notes
moai084 · 3 years
Text
踏み絵を踏まされた 2021.10.05
課長に、「靴下に穴があいていて、そこから指が出ていたらなんて言う?」と聞かれたので、(なぜそんな分かりきったことを聞くんや)という顔をしながら「じゃがいも」と答えたら、爆笑されてしまった。
課長があまりに笑うので、私も他の人たちも驚いていると、「永野さんならそう言ってくれると思ったよ」と言った。課長は勝ち誇ったような、信頼に満ちた目で私を見ている。聞いてみると、テレビで長崎県民の特集をやっていたそうだ。「長崎県民は、靴下に穴が空いていてそこから指が出ていることを「じゃがいも」と呼ぶらしい」と知った、狡猾極まりない課長(東京出身50代男性)は、その噂が本当かどうか私で試してみようと思ったわけだ。かわいそうな私。そして私と同じように、「靴下に穴が空いていて、そこから指が出ていたらなんて言う?」とレポーターに質問されて「じゃがいも…?」と答える哀れな長崎県民の姿が目に浮かぶ。
課長の話と私のリアクションを見て他の職員たちも笑い出した。ここには長崎県民は私ひとりだけで味方がいない。あれを「じゃがいも」と呼ぶのはこの世界で私たったひとりしかいない。大学時代、あんなにいっぱいいた長崎県民はどこにいったんだ。この東京砂漠で無数に散らばっていた長崎県民たちは一体どこへ。「えー?長崎?高校どこ?」って言ってた同胞たちは死んだんだろうか。それとも、彼等もまた、人を騙して「じゃがいも」と言わせるような下劣極まりない東京人に揉まれ、長崎県民という身分を隠してこの高層ビル街を彷徨っているのかもしれない。
渋谷のオフィスで「じゃがいも」と言わされて、私は耳が真っ赤になってしまった。こんなに恥ずかしいことはない。「靴下に穴が空いていて、そこから指が出ていたらなんて言う?」と聞かれて、「じゃがいも」と言わされるなんて。じゃがハラだ。課長は「なんかすごくいい気分。気持ちいい」とまで言った。この、じゃがハラ野郎。うら若き乙女とまでは言わないが、これでもまだギリギリ20代の、恥じらいある女子なのに、「靴下に穴があいていて、そこから指が出ていたらなんて言う?」と聞かれて、「じゃがいも」と言わされた。そもそも「じゃがいも」というフレーズもダサい。なんなの。はじめてあれを見た長崎県民の想像力。「スノーボール」とかを連想してくれていたら、ここまで恥ずかしくなかったのですが。それにしても課長め。なんて意地悪なんだ。ただ素直に、「この間テレビで見たんだけど、長崎の人は、靴下に穴が空いていてそこから指が出ていたら、じゃがいもと言うらしいね」と言ってくれればいいのに。そしたら私も、「え〜っ、他の県の人は言わないんですか?!」と言って可愛くびっくりできたのに。「靴下に穴があいていて、そこから指が出ていたらなんて言う?」と踏み絵を踏ませたところで、キョトン顔で「じゃがいも」と言わされた長崎県民が恥ずかしがるだけで、なんの得もない。これは、はじめてピザって10回言わされたあとに膝って言っちゃった時とほぼ同じ恥ずかしさだ。みんな、はじめて膝と言っちゃった時のことを思い出してほしい。これは余談だが、私は子どもの頃すべての10回クイズに引っかかっていた。悔しくなった私は、「トンカツ」と10回言わせてから泳げない人のことをなんと言うか答えさせるクイズに「カナヅチ」と正解されて、「ブブー!正解はトンカチでした〜!」と自分で引っかかったことがある。長崎県民である以前に馬鹿である。
まったく。「秘密の県民SHOW」とは、なんとやぜらしか番組だ。一生見ないでほしい。
0 notes
moai084 · 3 years
Text
とりとめのない記録‐2021.0920
スマホが壊れた。
シンクに落ちた私のiPhone6sは水とスポンジの泡を画面いっぱいに浴びてびしょびしょになった。素早く回収して水分をタオルで拭き取ってホームボタンを押し、流れっぱなしになっているYoutubeを消すと、ただでさえ20%以下だった充電が毎秒1%ずつ減りはじめた。慌てて充電器に挿すも状況は変わらず、やがて画面が暗くなった。
やってしまった。そもそもこのスマホはもう3年以上使っているのでバッテリーに限界がきていて、朝100%充電したのが職場につく頃には1%になってしまう程で、モバイルバッテリーで延命し続けないと生きていられない植物状態だった。もしかしたらシンクに落ちたのもスマホ自らの意思であり、天寿を全うしたのかもしれない。バックアップとってないのに。
人はなぜ、スマホが動かなくなってからでないとバックアップの存在を心配できないんだろう。それとも私だけでしょうか。もしもの時に備えられるタイプの人間に生まれたかった。まあ、長崎に住んでいるのに全員泳げない家族に育てられたし、無理だと思う。
何度かホームボタンを押していると、充電していることを意味するマークが表示され、まもなく画面が白く光った。ほっとして再起動のパスワードを入力するも、またすぐに電源が落ちてしまった。私は嘆き悲しんだ。
さようなら、私のメモ帳アプリケーション。コントのネタ、作詞中の歌詞、押入れの寸法よ、さようなら。押入れの寸法はもう一度測ります。メモ帳アプリの中で最も活用されていたのが友人たちの好きな食べものと嫌いな食べもののリストで、これがなくなるのは惜しかった。このリストには友人たちとの些細な会話によって判明した好きな食べものと嫌いな食べものが逐一記録されていて、「きのこ」とか「パクチー」みたいに具体的な食材もあれば、「もさもさしたものはだめ」「パクチー食べられる」などの細やかな情報も抜け目なく記載している。だいたいの友人が「ウケるね」または、「気持ち悪いね」と言ってくれる貴重なリストだった。
あと、飲み会の帰り道に私が道端で吐瀉物を見つけて、「うわ危ない!やっぱ新宿のゲロは汚いな。」と言ったら友人が、「いや、場所関係ないやろ」とツッコこんでくれたことがメモしてあった。素晴らしいツッコミで、私はこの日以降この友人に全幅の信頼を置いている。
PCで「スマホ 充電 できない」で検索すると、つまようじでゴミを搔き出せという邪知暴虐なアドバイスがあった。さっそくオペを開始する。かわいそうな6s。つまようじを突っ込まれたうえ、誰もそんなアドバイスしてないのにドライヤーまで充てられる。6sなんてもう絶滅危惧種なのに。私の職場では私と課長しか使ってないのに。とか言いつつ、安心してほしい。なんと手術は無事成功し、この荒療治で私のかわいいiPhone6sは復活した!したがって、ケータイショップの店員さんにデータの復旧をお願いして新宿のゲロに関するツッコミを見られた結果私自身が壊れてしまうみたいな事件も未然に防ぐことができた。
見返すとほんとうになんでもない日々の記録だけど、私にとっては大事だったんだな、と気がついた。バックアップとってないけど。
0 notes