Chapter 4///あたらしい窓
わたし あっという間に、30過ぎて
もう半ば
いまは、春の出口
せっかくだし
窓をあたらしくしようと
部屋の窓の縁だけ、金色に
塗ってみた
あたらしい窓
そう、あたらしい窓から
部屋のなかへと聞こえる
夏の入口の、音という音
たったいま、通りすぎたクルマは
ガソリンスタンドへ
てきとうなラジオを、流しながら
そのあと、プールへ
うーん、どうだろう
もしかしたら、キャンプ場まで?
カヌーをしたりとか、焚き火とか
くねくね曲がる山道を、クルマで
行ってみたいなあ
窓を、開け放って
ガソリンの匂いと
虫たちの鳴き声
目に飛びこんでくる緑色
アイスクリーム
そう、アイスクリームは欠かせない
アイス食べるスプーンはとってある
どうしてだろう、捨てられないのだ
教室に落ちていたクリップを
拾っていたのと、いっしょで
いつだかの、スーパーマーケット
あれも春の出口、夏の入口
自動扉のすぐ脇にある
アイスクリーム屋にて
500円玉、渡されて
「ここで、
アイスでも食べて待ってなさい」
と、母さんに言われて
はじめて自分でアイス買った
ベンチに座って食べた
妙に、緊張しながら
「え、おつりどうしよう」
「え、ちがうことにつかっていいの」
「え、ガチャガチャしようかな」
って、味わうこともせずにアイスを
口のなかが
真っ青になるのじゃなくて
ふつうの白いのを、舐めて頬張った
駐車場を行き交うひとたち
すこしだけ、蜃気楼
麦わらかぶって
サングラスするには
まだはやい、季節だった
ああ、いつかのどこかの
ビーチを、想像している
遠く、響く雷鳴が
耳まで届く、四月
あたらしい窓から
部屋のなかへと
ここで、この部屋で
聞いていることしか
できないのだろうか
光に触れることが
できないように
身体の内側には
冷めようのない熱が
たしかに在るのをかんじるのに
居ても立っても居られないから
外へ出ようとおもった
いまだったら
手をのばせる気がした
どこか丘に落ちた、音まで
光まで
靴を履いて
扉を開けて
瞬きすることさえ
忘れてしまいたい
いつかのどこかのビーチ
わたしは、わたしたちは
またあのビーチにて
走るのだろうか
走るだろう
ながい廊下を
歩いて、そして走る
海へと向かって
夜を越えて
朝を目指して
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Chapter 3///四月生まれの
ミドリガエル…さいきん騒々しいですなあ
トカゲ…そんな蓮のうえに乗っていて
そうおもうんですかあ?
バイパーたち…こら、さきをいくんじゃねー
追いこしたのは、おまえだろ!
ヘビ…またやってるよ、あらあら
ヒメアシナシトカゲ…いつものことだけど
それにしても
言いかたがよくないわあ
レモンバタフライ…ひらひら、ひらひら
粉を地上まで落とすわよお
コフキコガネ…ごほごほ、なんか鼻が
むず痒いなあ
マルハナバチ…ここよりもっと上空から
なにか降ってきてない?
ハチ…そんな生意気なやつが
わたしたちのあたまの上に
いるってのかい!
ドー…ころころ、ころころ
かんけーないしー
リンゴマイマイ…何回でも復活してきましたが
いよいよこんどのは
まずいかもです
ヒキガエル…ああ、それはこないだ
ここらに落ちた雷のことかい?
カメ…あれは、いつだかの明け方だったよなあ
すさまじい音じゃった
マガモ…そっち岸から見て
こっ��岸はどうだい?
アイダー…どうってことないさ
だってこっち岸のことしか
興味ないからね!
オオハクチョウ…まあまあ、わたしたち
生まれも育ちも
ちがうけどさあ
コクガン…そうだけれど
色も形もここまでちがうとはねえ
ツクシガモ…色だの形だの
関係ないとおもうんですよ
赤色の嘴、気にいってるし!
クライド…なんだ、あれは
ミヤコドリ…なんか、燃えてる?
サギ…あれ? あれあれ? 火事じゃない?
対岸が、火事じゃー!
――草むらが燃えている。
グラガス…いやあ、きのうの火事は
おもったよりだったってねえ
シェバシコウ…うーん、きのうのことなのに
ずっとまえのことみたいだよ
ハシボソガラス…わたしの仲間の、何羽かは
あの火事に
巻き込まれてしまって
カササギ…そうですか、見あげましょう 空を
ノスリ…見あげたって、どうにもならないぞ
失ったものを失ったままだ
ニシコクマルガラス…ちきしょう、ちきしょう
あそこの地面に木の実を
隠していたのによお
ヨーロッパヤマウズラ…それでも
あたらしい生命は
生まれるのでしょうか
モリバト…や、や ちょっと待って
そんなのいま
かんがえられなくない?
モリフクロウ…あしたのことは、きょう
きまっているとおもうかい?
メンフクロウ…そうとも言える
でも、あしたのことは
あした決まるんじゃないかなあ
チョウゲンボウ…もっと上流で、きのう
火事があったってねえ
ハイタカ…けたたましい煙は見えたなあ
ウソ…雷が落ちたとか、なんとかで
とてつもない被害らしいぜ
モンク…いとこが、いとこがいたんだ
あのへんに
アオガラ…そうか、そうなのか
でも、向かうのは
いまじゃないとおもうんだ
ハマシギ…くえ?
いまじゃないって
じゃあいつなんだい?
クジャク…ずいぶんと
あたたかい季節になってきたわあ
ヤマシギ…また言ってるぜ
なにも知らない表情をしてさあ
くっくっく
マガモ…おなかいっぱい ね、ねみー
――暗転。
アメリカワシミミズク…いやー、虫って
美味しいねえ
食べても食べても
止まらない
エリマキシギ…食べて、排せつして
食べて排せつして
生命ってせつねー
ハシビロガモ…あっち岸と、こっち岸に
なにがあってなにがないか
ゲフ!
キマユヒメドリ…あの雷が落ちてから
何週間か経ちましたけれど
いまだに春ですね
ソングラーク…ですねえ、四月が
終わる気がしませんねえ
五月ってくるの?
ムナジロテン…ヒュイー!
どうだい? 食べてる?
オコジョ…うーん、あんまり
胃の調子がわるいのと
あんまり食べる気には
イイズナ…はて?
みんな、なんか
元気ないかんじじゃなーい?
カワウソ…そりゃあ、食欲も無くすわな
ケナガイタチ…いまになって
上流から、死体がいくつも
流れてくるらしいねえ
マツテン…ここは、まもなく海だってのに!
ハリネズミ…おやっさん!
わたし、行ってきますよ!
川を越えますよ!
アナグマ…おお、対岸までか!?
気をつけてな!
ノウサギ…ネズミなら
なんだって食いたいところだが!
――視点は森へと移る。
ノロジカ…きゅいーん
ずいぶんと風景が変わってしまった
タマジカ…うつくしい水辺が、なんていうか
意味を持ってしまったわね
アカシカ…そう、景色に 風景に
たいして意味なんてなかったはず
何万年も、何億年もまえから
この景色は 風景は
このままだったはずなのに
どういうわけか、だれかに
なにかによって
こういうふうに
歪められてしまうのだなあ
アカシカ…でも、雷というのは自然現象
だれかによるものではないはず
キツネ…はたして、そうかな?
われわれが知る、雷ではないかもよ
――視点は海へと移る。
ネズミイルカ…さいきん、川から
木くずが
いっぱい流れてこないか?
オットセイ…この岩礁から眺めていると
あらゆる死骸も流れてきているね
エビ…ふー、食べるものが豊富で
ずーっとお腹いっぱいだなあ
びくびく!
カニ…なかには
食べちゃいけないものもあるらしいから
気をつけなきゃ!
クラゲ…ゆらゆら、ゆらゆら
かんけーないしー
わたし と、まあ
水辺の景色を眺めながら
水は、無自覚に
いつかの、どこかの時間へと
つながっていく
かつて森だった
都市のなかを、歩いていると
おもうんだ
わたしのなかを、駆けめぐる
「これはいったい、なんなんだ?」
ただひとつ言えるのは
これだって この感情だって
たったいま、生まれた
そう、四月生まれだということ
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Chapter 2///あたらしい宿
わたし あれも、そうそう 四月だった
古い町並み、坂の途中に
その宿はあった
ちいさなカウンターの受付に
若い女性が
真っ赤な唇
ピンク色のお洋服を着ている
「チェックイン、プリーズ」
そう、そうだ
あれは、20代のはじまり
案内されたのは
狭い屋根裏みたいな部屋
青い壁に、煤けた金色の縁の天窓
壊れたレコードが置かれてあって
延々とおなじフレーズの繰り返し
そういう曲なのかなあ、って
しばらく、聴いていたけれど
宿には、朝食がなかったから
近所のカフェへ行って、とる
坂道が、とにかくおおいなあ
おおきな湖も、ちかいらしい
墓地の敷地のまえに立つひと
足もとには小銭のはいった袋
通りすぎたときに気がついた
彼は、失明している
窓際の席か、テラス席か悩む
けっきょく、テラス席にする
クロワッサンと、カフェラテ
町ゆくひとびとを眺めながら
その背景に、青いおおきな扉
カフェラテに
砂糖を落とすかどうか悩む
わたしはいつもそう
けっきょく
一点ばかりを見つめてしまう
教会の鐘の音が、聴こえる
朝だったのが
だんだん昼へと移行する
大聖堂のふもとには
メリーゴーランド
階段を
ずっとのぼった先にある大聖堂で
“メダイユ”を
ひとつだけ買ってみる
檻とか柵があんまりない動物園を
散歩した
おおきなホッキョクグマ
親に育てられなくて
人間が育てたという
オランウータンとか、ゴリラとか
ボノボとか霊長類がたくさんいた
そのなかのひとりと
目が合った、数秒間
「おまえの人生って
どういうものだ?」
「ひとって
わたしたちのだれなんだ?」
坂道を下って、湖へと出る
ボートを、漕いでいるひと
水面に乱反射する歪な光が
わたしの目に映って、チカチカする
帰ろう、わたしの あたらしい宿に
そう、ここは新宿
わたしは明け方の
新宿を歩いている
たったいま生まれた雷が
どこか丘に落ちた
いつかの丘かもしれない
あの馬が生まれた
いや、でもちがうか
わたしの知らない丘?
わたしのなかを、駆けめぐる
まだ名前のない感情が激しい
わたしはただ
歩くことしかできない
ここは新宿 あたらしい宿
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Chapter 1///春のかみなり
わたし 日記帳には、鍵をかけてある
もう、にどと
開けないと決めていたけれど
これを機に
ふたたび開けてみようとおもう
そう
あのころのわたしが集めていたもの
教室に落ちているクリップ
一年集めたらひとケースにはなった
ちいさくなって
(おおきくなって?)
着れなくなったシャツのボタン
ちびた鉛筆
HBしかつかわない
限界までつかうのが
あのころのわたし
理科準備室の棚のなかにあった
素手で触ってはいけない あれ
触りたくてしょうがなくて
ガラス戸が曇るくらい見つめていた
戸棚には鍵がかかっていた
煙をいれる瓶?
なににつかうのかわからない
ちいさな試験管
あの部屋の時計の針は
いつも狂っていた
いつなのかわからない
家庭科の先生に言われたもろもろは
いまもまだひっかかっている
家計簿のつけかた云々の流れで
人生設計について くどくどと
ミシンの使いかたみたいに
明らかにシンプルにいかないことを
よくああいうふうに
わたしたちの
まったくうえから言えたよな
おまえの人生はじゃあどうなんだ?
おまえはわたしたちのだれなんだ?
音楽室。授業の時間以外はそこで
レコードを聴いている先生がいた
「レコードの芯って、
よく飛ぶものですか?」
「先生の人生って、
どういうものなんですか?」
「先生って、
わたしたちのだれなんでしょう?」
下駄箱の鍵は、鳥のマークです
わたしが15で、あの子が17
校庭の隅っこに落ちていた
錆びた釘を いっしょに拾ったっけ
拾うで云えば、プールの底に
鈍色をしたビー玉を沈めて、それを
陽の当たらない倉庫の鍵も
そうだった、錆びていたよね
膝を擦りむいたとき
あの倉庫で消毒した
あの液体がはいった小瓶
ツンと鼻をつく
そうそう
スカートの裾あげには
あらゆるピンをつかって
あの子との交換ノート
さいごにかならず スタンプ押した
いっしょに
古びた喫茶店に行ったことがあった
うまく話せなくて
ミルクジャーを見つめていた
いちばん安いケーキを頼んだ
こまかく施された、クリーム
そのあと、町で唯一の映画館へ
でも、映画の内容は憶えてない
遠い国から届いた、手紙の切手
あの子は、海の向こうへ
引っ越したのだった 14歳の春
わたしが生まれた町の大半は
鉄をつくる工場
煙が立ち昇るから、一年中
くもり空
マッチを擦って
小瓶にいれる父さんの手つき
父さんは
ライターはつかわないから
戸棚のうえのほうに
大事そうにしまわれていた
鉄のかたまり
丘のうえにある
風力発電のふもとの牧場
そこに落ちていた
大小さまざまなリング
ある朝
だれに気づかれることもなく
産まれていた 生命
毛が濡れていなかったから
深夜には産まれていたらしい
起き上がることはできなくて
衰弱していた
その母親はなにもできずに
周りをうろうろ
サラブレッドの子は
手足がふつうよりもながいから
育っていくのが、大変だという
“タタン”という名前をつけた
その、すぐあとに
だれかが「死んだかも」と言う
お腹に耳をあてて
からだのなかの音を聴いてみた
まるで、音がしなかった
そこにいるみんなで
すぐそばの草むらに 埋めた
シャワーを浴びている
クルマが、通りすぎた
遠く、響く雷鳴が
耳まで届く、四月
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