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第十三話 神田 朝祢
「おーっし、久々の緊急召集だな。知っての通り黒が動き出した。うちの諜報に引っかからなかったのも珍しいが、まあそんなこともあるだろ。……で、お前は誰だ」
晴天の日が天を突く頃。苦味の強いコーヒーを飲みながら、キバは指摘する。普段の司令室には見ない姿。透き通るような金髪と、それに合わせたかのような美しい瞳の女生徒がそこにいた。
「私の事はお構いなく。私は自分の意志でここにいます」
「そういうことじゃねぇ。タカの件といい緩くなってるが、ここは一応白のあらゆる情報��集まる場所だぞ? 勝手な出入りは困るんだが」
「朝祢! あれだけ来るなっていったじゃないですか!」
声を荒げるのは副司令。
「……知り合いか?」
「……はい。白軍一年生騎馬隊所属。神田(かんだ)朝祢(いさね)。名字こそ違いますが、腹違いの妹です。以前キバさんの事を話したら、是が非でも来たいと言いだしまして」
「信頼できるなら、いい。とにかく今は急ぎの要件だ。っていうのも、今この瞬間も街の中央から一直線に黒が迫ってる。一点突破で潰そうって腹だろうな」
だが、と挟む。
「長年膠着してるここはそう簡単に突破されねぇぞ。意地ってもんを見せてやれ。配備すんぞ」
一点突破ということは、それだけ囲みやすいということ。狙撃班の網の中に引き入れ、そこからは乱戦になるだろう。それなりの被害が予測される。
「ある程度暴れたら、騎馬隊を動かす。これも挟む形でだ。一気に押し返して、後は撤収を待つぞ」
じゃ、解散。急げよ。
キバはそう言うと、非常口の扉を開いた。
幹部達が散り散りに動く中、副司令は朝祢を問い詰める。背の低い彼は少し見上げる形だ。
「……どうして来たんですか?」
「別に。私達の司令塔がどんなヒトか気になっただけ」
「まったく……、もう少し慎ましくなってくださいよ。キバさんなら大丈夫ですから」
「……兄さんがついてるから?」
「僕なんかがいなくてもきっと、です」
お香の時間を終えたキバは、修理の終わったバイクの元へ向かっていた。一番の最前線、黒と正面からぶつかる場所へ赴くつもりなのだ。
新しい通信機をハンドルに括り付け、エンジンをかける。
「副司令、聞こえるか? 後は頼んだぜ」
『もう! わかってましたよ! 前線はお願いしますので、騎馬隊のタイミングが頂ければ助かります』
「おう、任せとけ」
既に戦いは始まっている。鬨の声の響く中、バイクは走り出した。
銃弾と剣戟の音が飛び交う中、キバの戟が次の獲物を貫く。日が傾きつつある中、黒軍の攻勢は止む様子が無い。
「そろそろか? っと。このままじゃあお互い引っ込みつかねぇぞ」
次の黒軍の首を薙いだ後、キバはバイクへ向かう。
「副司令、そろそろ頼む。ケリ付けねぇとな。……って」
キバの存在に気づいたのだろう。黒軍の一部隊が武器を向ける。
「……クソ」
目につくのは銃。三人ほど。仮に戟を投擲しても、二発を避けるのは到底無理だろう。
その時、一頭の葦毛の馬が黒軍に飛び込んだ。援軍にしては早すぎるが、狙いは逸れキバにとっては九死に一生というもの。
「……副司令、動かしたか?」
『今、通達しました! ああ、もしかして……、彼女の事もお願いします!』
朝祢だ。腰の刀を抜き、馬上から器用に黒軍を蹴散らす。
「守るのは私。守られる側ではない。キバさん、大丈夫ですか?」
「神田か。命令違反はいただけねぇが、正直助かったからそこは大目に見てやる。何故来た?」
「……その、私はキバさんを」
戦場に蹄の音が混ざる。増援だ。
その音だけでも十分な威嚇となるだろう。黒軍の中に撤退する動きが散見され始める。
「いいタイミングだ! 神田、残りも片付けるぞ!」
「……はい」
若干不服そうな朝祢に疑問を抱きながらも、キバは戟を振るう。日没には片がつくだろう。
戦いは終わり、キバを含む学生は粗方帰っている。
まずそうにコーヒーを飲む副司令と朝祢だけが夕闇の中、司令室にいた。
「……どうして勝手な行動をとったんですか? 今回はキバさんの権限で不問にしましたが、いつまでもは出来ません」
「……気づいてるでしょう? キバさんはあのままでは遠からず死ぬわ」
マグカップを傾け、頷く。
「だったら、護り手が必要。違う?」
「……考えておきます。貴女の気持ちがどうであれ、です。……今日はもう帰ってください。まだ事務仕事があるので」
朝祢は頷くと、司令室を後にする。副司令は、また心配事が増えた、と頭を抱えるのであった。
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第十二話
ある年、ある季節。街は電飾で彩られ、そこを行き交う人々は一様に厚い服を着こんでいる。白軍三年生の司令塔である竜爪牙は、副司令と共に街に出ていた。
黒いロングマフラーを揺らしながら、キバはくしゃみを一つ。
「おぉ、寒ぃ。……なあ、傷はもう大丈夫なのか?」
副司令の白いコートの左袖には、何も通されていない。
「はい、痛みはありません。……利き腕じゃあなくてよかったです。ですが、左腕でも拳銃を扱う訓練をしていたのに、無駄になってしまいました」
弱々しく笑う。
「……命まで持ってかれなくて良かったな。仕方ねえ、というつもりはさらさらねぇが、俺達は戦争やってんだ」
副司令はそうですね、とだけ返した。
行きつけのコーヒーショップへ。
「やあキバ君。白いコートの君は……、話には聞いているよ。キバ君のサポートは大変だろうねぇ」
「どうも、初めまして」
簡単に自己紹介を交わす。
「それにしても、今日は特別な日じゃあないか。君達には彼女とかいないのかい?」
キバは鼻で笑った。副司令は恥ずかしそうに目を逸らす。
「……僕にはそのような相手は」
「オッサンには言ってなかったか? 俺は女の子なんて勘弁だね。……同性愛者でもねえぞ」
それにしても、男二人でこんなところにねぇ。��う店主はぽつりとつぶやいた。
「まあ、私も妻帯者というわけでもない。偉そうな物言いは出来ないね。コーヒーくらいならプレゼントしよう」
それなんだがよ。キバは一言挟む。
「司令室で寂しいやつらが打ち上げしようってハナシなんだ。それでここに来たってもんでよ」
「ツートップが買い出しかい?」
副司令はため息をついた。
「はぁ……、そんなところです」
「コーヒー屋なら甘いもんの一つや二つあんだろ?」
店主もため息を一つ。
「……まあ、見繕うよ。ちょっと待ってなさい」
「おじさん色々つけてくれましたね」
副司令の持つビニール袋にはホールのケーキと癖のないコーヒーの素、そして大量の【お香】が納まっている。
「オッサンは意外とこういうイベント気にするからな。有難く受け取るってもんだ」
空から白い結晶がちらつく。
「あっ……、雪ですね」
「ハッ、冷えるわけだ。俺は別にいいが、お前も女の子と一緒の方がいいんじゃねぇのか?」
副司令は首を竦め襟を立てた。
「……今は特に考えていませんね。まあ、出来でもしたらこの感覚も変わるのかもしれませんが」
「そこはお互いサマってか?」
軽く笑いあ���。
「……そんなところです」
「……しかしクッキー程度と思ってたが、オッサンも気合はいったモンくれたんだ。寒いし急ごうぜ」
白軍校舎、指令室へ。既に日は沈みつつあるが、鍵の管理はキバがしている。施設の警備も訓練の一環ということでほぼ学生が行っているが、話は裏で既に通してあるのだ。
一通り、騒ぎも収まった頃合い。キバは非常階段で【お香】を咥える。
「フゥー。やっぱこの時期はうめぇな」
扉が開く。司令室の【仲間】の姿がそこにはあった。
キバさんずるいっすよ!
俺も我慢してるのに……
「ハッ、特権だよ特権。司令塔は品位もないといけねぇからな。学校でこんな真似はさせねぇぞ」
「……そもそも身体に悪いでしょう?」
副司令の手には二つのマグカップ。キバは片方受け取った。
「……まあ、今日くらいなら大目に見てやる。オラ、一本ずつな」
コーヒーの湯気と【お香】の煙が静かに風に流れていく。キバは深く吹くと、静かに語りだした。
「……いきなりだが、いつもすまねぇな。俺がココ空けてたら大変だろ? 俺もこの立場にはそれなりの振る舞いが必要ってのは分かってるつもりだ。……これ吸いながら言う話じゃねぇけどよ」
一瞬の間を置き、笑いが起きた。
何を今更言ってるんすか!
遅すぎでしょ!
「な、なんだよ! 俺は俺なりにだな……」
副司令も煙を吹く。
「……本当に、今更ですよ。指令室にいる僕達は全員わかってます。それでもキバさんにはついていっていいと思えるだけのものがあるんですよ。……一言で言えば、信頼しています」
他の面々も頷く。
「……ハッ、そうかい。今日の分は全部俺が出してやるよ。ちったぁ応えてやらねぇとな」
歓喜の声が上がる。
ありがとよ、本当に。キバは小さく呟いた。
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第十一話 黒軍
黒軍校舎、購買部前。
黒軍三年生、篠田巴はこの日の、いつも通りの戦利品であるコロッケパンを中庭に面するベンチで頬張っていた。脇にはもう二つ同じ品が並んでいる。
「もえちゃーん」
巴を呼ぶ声。この呼び方をするのは巴と同様、暗殺部隊に所属する三年生、音谷藤だ。
藤は巴に小さな紙パックの野菜ジュースを渡す。
「ちゃんと野菜も食べないとダメよぉ? ジュースは塩分が多いとか言われているけど、それでも栄養も入ってるんだからぁ」
藤は巴の隣に座り、弁当を広げる。普段から買っているというそれは、今日は野菜中心でプチトマトの鮮やかな色合いの映えるものだった。
「でもこれがイイの! この味の為なら私は白軍の学校にも忍び込んで見せるから!」
胸を張る巴に藤は呆れるばかりだ。
「藤ちゃん、その心配をたまに話してるあの人にも分けたらいいんじゃない?」
「……気づいてたんですか」
「いっつもそこにいるわよねぇ。またご飯食べないの?」
「人をボッチみたいに言わないでください」
「そこにいたの!」
気づいていなった巴に小野寺黒兎はため息をつく。
「……僕は小野寺黒兎。よろしくおねがいします」
巴はコロッケパンを一つ差し出した。
「藤ちゃんのお友達なら、今日から私のお友達でっす。……お金は貰いまっすよ」
「……わかってますよ」
タダで渡すのはもっと仲良くなってからだ。
もそもそと三人で食事をする。
「最近の白軍はどう思います?」
「そうねぇ……。情報だと竜爪牙? だったかしら。面白い人が来たわよねぇ。もえちゃんはこの前会ってたかなぁ」
「あのビルの屋上で藤ちゃんと戦ったっていう人だよね? 顔は見てないけど……」
「……まぁそうだけど、あの境界線の辺りのコンビニの前で話してたじゃあないのぉ」
「えー! どうして教えてくれなかったの!」
黒兎は再びため息をつく。
「敵の司令塔の情報くらい暗殺部隊なら憶えておきましょうよ……」
「もう! コロッケパン返してください!」
「……もうありません。代金は払いましたが?」
「知らない!」
校内に昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響く。巴は自分の教室へと走っていった。
放課後。
校内放送に応じ、一年生司令塔である小野寺雛乃(おのでらひなの)の下に部隊員が集まる。彼女は暗殺部隊である小野寺黒兎の妹だ。彼女の指示が部隊長である早乙女白夜(さおとめびゃくや)を通じ、藤達に下る。巴は藤と同じ部隊ではないが、今回の任務は複数の部隊との共同と聞いていた。
「白ちゃんは今日はいないのぉ?」
部隊長、白夜の姿はそこには無い。
ストールを巻いた、どこか儚げな雰囲気のする少女。雛乃は静かな声で答えた。
「……今日は別の任務で出てもらっています。なので私から直接。皆さんに暗殺の指示が出ました。白軍の三年生副司令。彼の殺害です」
「副司令なの?」
巴の疑問に雛乃は頷く。
「三年生司令塔、竜爪牙。彼が前線に出たがる思考であることはこれまでの記録で明らかです。ではその隙間を誰が埋めているのか。そう、それが副司令を務める彼です」
「……それで、ブレインを叩く。そう言う事だな」
雛乃は黒兎の言葉に頷く。
「藤さんはいつも通り付近の建物から。巴さんはその周囲の警戒、それを担当する班の指揮。兄さんは忍び込めればで構いません」
雛乃は他の部隊員にも指示を出していく。
「���えちゃん、明日って随分急な話ねぇ。そんなに急ぐことなのかしらぁ」
「雛乃ちゃんが言うなら、きっとそうなんじゃないかな」
「まあ、それが命令だって言うのなら文句はないけどぉ」
「命令でも無理しちゃいけないからね! ……小野寺さんは一人で大丈夫なのでっすか?」
「……まあ、いつも通りですので」
粗方指示は出し終えたようだ。
「……以上です。これは命令ですが、決して死ぬことのないように」
雛乃の言葉に気を引き締める巴達。そう、やっていることは【戦争】なのだ。
三々五々。生徒たちはそれぞれの思いを胸に解散した。
翌日。
白軍の学校付近。怪しまれないよう白軍の制服を着た巴は、周囲の部隊員と目を合わせ連絡を取る。退路の確保の合図だ。
「藤ちゃん、聞こえる? こっちはオッケーだよ! 周りには人気ナシ! 近づいてもドカン!」
『聞こえるわよぉ。こっちも対象を確認したわぁ。廊下を歩いてる。……?』
藤の様子に疑問を投げかけた巴だが、応答は予想外のものだった。
『気づいてる……? 副司令さん、明らかに外を警戒しているの。黒ちゃんも侵入して接近しているけれど、いる場所から離れていってるような……』
「えっ! 情報漏洩?」
『そうじゃないの……。まるで、私や黒ちゃんが【視えて】いるみたいなぁ……』
「だったら小野寺さんも引き返した方が!」
『黒ちゃんは無線を持って行ってないわぁ。通信でバレちゃあ困るもの。それに、追い込むように動いてくれてるわねぇ。続行よぉ』
通信が止む。巴からは状況は分からないが、藤は集中しているのだとすれば邪魔をするわけにはいかない。
銃声が響き渡った。
『……! 避けられた? 左腕は貰ったけど、この口径じゃあ壁を抜くのは無理ねぇ。帰りましょう。後は黒ちゃんがやってくれるわぁ』
「戻りましょう皆さん! 罠の回収は忘れないで欲しいでっす! 一般人を巻き込んじゃいけません!」
間もなく、藤と巴達は合流する。黒兎とは元々作戦の開始以降は完全に別行動の為、撤収の動きとなった。
黒軍の学校、日暮れ。巴は校門の前で黒兎の帰還を待っていた。
「……! 小野寺さん!」
「クッ……、あの男、どれだけ運がいいんだ……」
校舎に帰り着いた黒兎は傷だらけだった。脇腹には銃創らしきものもある。
「……ハァッ!���ちょっと疲れましたよ……。詳細の報告は明日でよろしいでしょうか?」
「もちろんでっす! 雛乃さんには後で伝えておきまっす! すぐに医務室に!」
巴が意識を失った黒兎の看病をしていると、医務室に雛乃と藤が駆け込む。
「兄さん! しっかりして! 兄さん!」
「黒ちゃん……!」
「命に別状はないみたいだよ。でもお腹の銃創は残るかもしれないって……」
「……雛乃、藤ですか。フン、この程度。……ッ!」
「目を覚ましたんでっすね! 無理はしないでください! まだ傷が!」
起き上がろうとする黒兎を巴は横たえた。訥々と黒兎が語り始める。
「キバめ……、偶々近くにいたようです。俺なら負ける相手じゃあない。それも前から分かっていた事です……。事実、今度もあのまま殺せていた。ですが」
一呼吸。
「……ですが、副司令の奴がいた。まだ意識があったんです。こちらを見もせずに、腕だけを動かして俺に気取られることなく発砲したんです。腹の傷はそれで……」
「ごめんなさい、黒ちゃん……。私がちゃんと仕留めていれば……」
「……気にしないでください、藤。これは俺がしくじっただけの事です。しかし、あれは運で片づけていいのか……?」
深く、息を吐く。
「……少し、休みます。一人にしてください。正式な報告は明日提出しますので」
「兄さん……」
「雛乃、お前もだ」
数分後、廊下に響き渡るのは黒兎の怒声。しかし、それを聞く者はいなかった。
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第十話 副司令
司令室に誰よりも早く入室する。それは白軍三年生司令であるキバさんをサポートする役割、白軍三年生の副司令である僕だ。
今日もいつもと変わらず、買いだめしている野菜ジュースのパックを咥える。カーテンを開き陽光を差し込ませ、窓を開けるとまだ冷える空気が心地いい。
そして最近新たに増えた日課。キバさんのコーヒーメーカーを起動させ、苦味の強い豆を投入する。苦い物はあまり得意ではないが、僕は僕なりにこの味を気に入ってはいる。
飲み終えた紙パックを畳んでゴミ箱に入れ、湯気の上がるマグカップを手にする。前日に諜報部から上がってきた書面に目を通し、コーヒーを口に含んだ。
それでも、苦い物は苦い。ミルクを入れるのを忘れていた。これでお気に入りの味だ。キバさんは何故ブラックで飲めるのだろう。二年生の司令塔タカが言っていたように、【お香】で舌がバカになっているのかもしれない。
徐々に人気も増え始めた。機器を立ち上げる者、今後の日程を話し合う者、雑談をする者。
そろそろ授業も始まろうかという時間。
キバさんだ。定刻通り、報告を急かされるような時間に来る。各担当の責任者が集まり、会議が始まった。
とは言っても、朝やることは基本的に前日決まっていたことの確認。黒が動かない日はそれで終わりだ。黒の元にいる諜報員からも目立った報告は上がっていないし、キバさんが自分から仕掛けようと言いだすことはあまりない。
一通り話を聞くと、キバさんは解散を告げる。
投げやりな態度だったが、キバさんが聞き漏らしていたなんて事は今までは無い。その点だけは副司令として苦労はしないのだが。
一日は過ぎていく。一般の生徒に学ばせる必要があるのかは甚だ疑問だが、戦術や駆け引き、僕は苦手とする武道を学ぶ。
昼食の時間だ。僕は弁当を持参するが、購買部では戦争が起きているだろう。銃声が響き渡る。
……いや、待て。確かに戦争じみた状況ではあろうかと思うが、銃声はおかしい。一瞬の間を置き、非常ベルが鳴り響く。黒か、それ以外か。
落ち着いて見ればくだらない、当たり前な考えが頭をよぎる。まあいい、敵であることは間違いないだろう。
冷静を心がけ、頭を巡らせる。
司令室に集合? 違う、敵はすぐそばだ。そんな悠長にはしていられない。
キバさんに連絡を取るか?
馬鹿馬鹿しい、決まっている。
キバさんはもう騒動の中心へ向かっているだろう。ならば僕も向かうのみ。懐は確認した、走ろう。
キバさんは既に中心に居た。というより、キバさんが中心だった。
拳銃を持った者が三名、敵だろうな。キバさんは武器を携行してなかったのだろう。心刀【火恋花】については僕も耳にしているが、既に抜かれていた。しかし、腹部から血を流している。
状況からして、黒か、チラホラ耳にする赤の刺客だろう。ターゲットは三年生司令塔、竜爪 牙。
はっきり言って状況は悪い。白の中心地とは言え、敵はターゲットを殺せば勝ち。既に傷を負わされている点から、キバさんもそう動けないだろう。
周囲を目線だけでさらう。見たところ、一般生徒ばかりだ。それに昼食時、購買部前。仮に軍関係の者でも武器を持っている生徒の方が少ないはずだ。
僕しか、いない。
これでも訓練は受けてきた。戦場にも何度かは出ている。
チャンスは一度。当然だ。キバさんが視線を上げ、闘志に満ちた眼を輝かせるその一瞬。僕にはこんな戦い方しかできないが。
その一瞬はすぐさま来るだろう。移動を始めるが、キバさんは思っていた以上に思い切りがいいようだ。間に合わない、ここから仕掛けよう。
背後をとるつもりだったがやむを得ない、敵三人と向かい合うキバさんの間飛び込む。懐の獲物を取り出し、三人の内の一人の脳天に一発。
僕には武道なんて出来やしない。それでも一つ、得意だったのは射撃の訓練。特に拳銃によるものだ。
狙い通り。周囲に生徒がいるが、頭ならそうそう貫通はしないだろう。僕に扱える程度の口径なんて、たかが知れているというのもある。あと二人。
こちらも銃だが相手も銃だ。熟練の者であれば、冷静な暗殺者であれば、先にキバさんを撃つ。
幸い、そうではなかったらしい。銃口はこちらを向く。右腕を次の脳天へ、左腕を腰へ。あと一人。
このような感覚は初めてだ。後ろにいるはずのキバさんの表情から相手の引き金にかかる指の動きまで僕の視界は捉えている。僕は冷静だったが、この視野の広さは何かがおかしい。……��の問題は後回しにしよう。
最後の一人。念の為、が活きていた。今日から僕の信念にしようかな。そんな事を考えながら念の為のもう一丁の拳銃を持った左腕は動く。引き金を、引いた。
一気に汗が噴き出る。嫌な汗だ。最後の一発の予定だったそれは、僅かに逸れていたらしい。頭蓋を掠めるも、仕留めるに至らず。こちらを向く銃口と目が合う。
吹き飛んでいたのは僕の頭、ではなかったそうだ。キバさんの拳が相手の顔を捉えていたらしい。
何故他人事なのか。肝心な【その】瞬間の記憶が曖昧だからだ。大方、頭の普段使っていない部分を全力で使ったからだろう。
一つ。左腕を腰へ伸ばした時の、研ぎ澄まされたあの感覚は気になるところではあるが、今は指令室に来たキバさんを医務室に押し込むのが最優先だ。念の為。
しかし、ヒトを守るというのは初めてだ。キバさんは、今まで何人守ってきたのだろう。きっと、何も守れていないと答える。
だが、僕は見てきた。戦場に自ら向かっていくキバさん。司令塔の立場にも関わらず、仕事をほっぽり出して現場の兵士を守る。
……どちらが多くの命を救えるのだろうか。多くの人は司令塔としてを指すだろう。それでも、僕にその穴を埋めることができたならば。
それならば、命を落とす兵の数が減る事は、間違いないだろう。
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第九話 お茶会
朝の定例会議。白軍、三年生司令塔である龍爪 牙(リュウショウ キバ)は指令室でコーヒーを飲んでいた。
「どうだ副司令。これ買ってみたんだが」
「……なかなか美味しいですね。豆を挽く音が煩いのが難点ですが」
そこにある機械はキバの私物、コーヒーメーカーだ。趣味のないキバはコーヒーに手を出したのだ。司令室を芳しい香りが包む。
「コーヒーといえばキバさん。【お茶会】ってご存知ですか?」
幹部に振る舞うコーヒーを挽く音が響く中、副司令の質問にキバは首をかしげる。
「お茶会だぁ? 普通に紅茶でも飲むのか?」
「僕達白はもちろん、黒に潜入している者も耳にしています。なんでも何処かで白黒取っ払って仲良くすごす会があるとかないとか」
「ほー、そんな場所がホントにあるのか?」
「あくまで、噂は噂ですけどね」
ふーん、キバはそう言うとコーヒー流し込む。
「美味い! 酸味控えめが好きだな」
「僕はミルク入れますけどね」
「……ちょっと席外すぜ」
キバは小箱を持ち非常階段へ向かう。
階段に腰掛け【お香】に火を灯し、一息。
「【お茶会】��ぇ……」
白と黒。他国に服従し利を得る道を選んだ者と、それをよしとしなかった者。その志は今のキバ達、若者には引き継がれているのだろうか。
「そんな平和が、あればいいな、っと! 今日は冷えるな」
キバは【お香】を揉み消し、指令室へ戻る。コーヒーのお代わりだ。
放課後。
「なあ、副司令。朝言ってた【お茶会】だが……」
「はい、一応調べては見ました。ですが、情報らしい情報は出てこないですね。やはり噂どまりだったと考えるのが妥当では?」
「まあこんな情勢がずっと続いてりゃあそんな噂も出るわな。誰だって死にたくはないしよ」
このところ、キバが動くような問題は起きていない。詰まる所、暇なのだ。だが、司令塔まで上がらないだけで小さな諍い、武器と対立する派閥が原因で起きるいざこざは確かにあった。動きこそしないが、副司令からキバの耳には届いている。
「こんちわーキバさん! コーヒーメーカー買ったって聞いたんですけどー!」
タカだ。以前イェーガーとやらとの折り以来やたらとキバに絡むようになった。
「お前なぁ……。一応司令室だぞ? ここは」
そう言いながらもキバはコーヒーメーカーに豆をセットする。
「いいじゃないですかー。キバさんだって私物持ち込んでるし」
「……まあいいか、飲んでけよ。ブラックでな!」
「ええ……。砂糖入れますよ……」
「許さん。ブラックで飲め」
キバは副司令から、これがかなり苦味の強い豆だという事は聞いている。
出来上がった。
「うぇ……苦い」
「そんなにダメか? ちょっと寂しいな」
「キバさん【お香】吸ってるから舌がバカなんじゃないですか?」
「お前なぁ……。そうだ、お前【お茶会】って知ってるか? 噂なんだけどよ」
「【お茶会】……ですか。うーん……知らないですね」
翌日、土曜日。
電車に乗り、街の中央。白も黒もない辺りにキバがコーヒーメーカーを買ったショップがある。【お香】も普段はここで入手しているものだ。
「おっさん! 苦くない豆ないか?」
「おお、キバ君か。もう飽きたのかい?」
「ちげーよ! 皆苦い苦いつって飲みたがらねぇんだ!」
店主はため息をつく。
「……この味が分からないかね」
「おっさんの最初のオススメも大概だったけどな」
それはキバでも飲めない程のシロモノだった。
「まあ、見繕うよ。ちょっと待ってなさい」
【お香】を吸うキバに店主が袋を差し出した。
「ここ以外で吸うんじゃないよ」
「……わかってるって」
「嘘だね」
「さぁな」
代金を払い店を後にする。
「……?」
街を行くのはタカの姿。誰かを探しているのか、周囲を見渡している。キバは興味本位で着いていくことにした。
「あれは……尾行に警戒してんな」
一兵士だった頃に一応習った事だ。適当に聞き流していたが、度々後ろを振り返り角で立ち止まるのは素人目に見てもそれだろう。
どんどん街中を進んでいく。ビルも減ってきた住宅街、そろそろ尾行も難しくなってきたところでタカの表情が明るいものに変わった。角を曲がり、路地に入っていく。
見覚えのない顔だ。ざっと見たところ、白の兵士らしき見た顔もいる。だがそれ以外。それが示すのは、黒という事か。
キバは思案する。タカが内通者だった? いや、それであれば他にも白がいるのは不自然だ。それに黒が複数いる理由にもならない。何よりその表情は敵やただの仲間ではなく、確かな親しみのあるものだ。
「……噂の【お茶会】か? なんだ、知ってるんじゃねぇか」
ここで姿を出すのは得策ではないだろう。仮に【お茶会】だったとして、キバは今その場にいる者の中ではタカしか知らない。それにタカの様子からして、知られたくないモノだったはずだ。
「……帰るか」
「……久し振りねぇ」
キバに声をかける者。
「ゲッ」
「ひどい反応ねぇ。武器も持ってないわよ?」
以前のスナイパー。藤といったか。両手を上に上げる。
「あなたも入りたい?」
「いや、御免だね。オトモダチを殺す程、愉快な奴じゃねぇぞ俺は」
「敵に【仲間】は作りたくない、かぁ。まあ、立派な考えかもねぇ」
「……お前はどうなんだ?」
「そうねぇ……、まあ【命令】じゃなければ? 殺すこともない? くらいかしら」
「柔軟だねぇ。まあ俺もそんなところか。わざわざ邪魔建てはしねぇよ」
「帰るのぉ?」
「ああ、俺が入れる空間じゃあなさそうだ。じゃあな」
「またねぇ」
「またね。ねぇ……」
藤はキバに【またね】と言った。しかし、今日のようなことでも起きない限り、また会うのは戦場だろう。
「……もう会わないことを祈ってるぜ。じゃあな」
そろそろ日も沈む頃合いだ。キバはコンビニに寄り、コーヒーを買う。公園のベンチで【お香】を揺らしていると、タカの姿。
「おう、【偶然】だな」
「キバさん! 密告しちゃいますよ僕」
キバは思わず身構えた。
「……何をだ?」
「それですよそれ! 【お香】!」
なんだ、そんなことか。キバは深く吸い、ため息と共に吐きだした。
「……聞いたところ、幹部の連中は皆知ってるらしいぞ」
「えーそうなんですか? ゆすろうと思ったのにー」
「お前なぁ……」
「今日寒くないですか? それ買ってくださいよ」
タカはコーヒーを指さす。そうだった。キバは何故わざわざ豆まで買ったのに缶コーヒーを買ったのか。
「……帰ったら飲ませてやる」
「苦いのは嫌ですよ」
「心配すんなよ。新しい豆仕入れてきたんだ」
袋を指すと、タカは歓声を上げた。
翌日、その豆はあまりにも酸味が強いと大不評で部屋の隅に積まれることになるのであったが。
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第八話 名称不明
街中、とあるコンビニ。昼食を買いに来た白の生徒が手を伸ばす。 「おっ、コロッケパン最後の一個じゃん。ラッキー」 「おい、今取ろうとしてたところだぞ」 「はあ? こっちが取ろうとしてたところじゃねーか。他所探せ他所。……お前黒か、イカスミパンでも食ってろよ。ハハッ! あればだけどな!」 「アァッ!?」 白軍の校舎で昼食を終えたキバは、司令室の非常階段で缶コーヒーを飲みながら【お香】を燻らしていた。 「キバさん問題が起きました。それが……」 副司令が扉を開け話し始める。キバがここにいたことは、既にわかっていたようだ。 「いざこざだァ?」 「はい、うちの者が昼食の買い出しに街に出たところ黒軍の生徒に遭遇し、口論中に黒が剣を抜いたとか……ゴホッゴホッ」 「どうした、大丈夫か?」 「いえ、ちょっと花粉が……」」 「ああ確かに今日は多いって話だな、見たところ黄砂も来てるみてぇだが。……それで、なんで俺のとこまでくる騒ぎになってんだ?」 「その剣を抜いた黒が問題なんです。あまりに強く、周囲にいた止めようとした白も巻き込んだとか。報告ではその黒に対し、生き残った白一名が食い止めている状態です」 キバは煙を吸い、深く吐き出す。 「はぁ……、死人出されちゃあ黙っておけねーな。どっちが原因だ?」 「それが当人は既に……」 「そうかい……、こんなくだらねぇことで死ぬたぁな。……まあいい、いや良くはねぇが。ちょっと行ってくる」 「一人でですか!?」 「悠長に人間割いてられるかよ。それに大人数出したら、それこそ黒も動いてデカい潰しあいになるぞ。それにその食い止めてる一人がこらえてる間に行きたい。い��な」 「……わかりました」 「よし、じゃあ行ってくる」 キバはバイクのラックに戟を掛け、多くの逃げ出す人を横目に街中を飛ばす。人気のすっかりなくなった街の中心地、炎を思わせる刀身の大剣を持った赤茶の髪に黒いマスクの男と、光を放っている剣を構えた艶やかな黒髪、二人が対峙していた。周囲には首を落とされた、又は両断された白軍の遺体がいくつかある。 「……オイオイ、喧嘩にも限度ってもんがあるだろ」 キバは戟を担ぐと、二人に歩み寄った。傷を負っている黒髪の方は見覚えのある顔だ。 「おっ、お前って二年の司令塔の……」 キバの元では、学生内でのトップにあたりすべてを管理する三年生司令塔に加え、一年、二年生の司令塔も存在している。キバのように途中から司令塔になったという例外を除いて各々の学年で管理され、進級の際に混乱を起こさずに、学年ごと構図が回るようになっているのだ。 「僕のことはみんな好きに読んでるのでタカとでも呼んでください。すみませんキバさん、こんな騒ぎにしてしまって……」 「お前から振っかけたのか?」 「僕ではないですが、白です。見かけてすぐに止めようとしたのですが……」 黒軍の大剣を持った男が声を上げる。 「ああそうだ! 喧嘩売られたと思ったら卑怯にもゾロゾロと出てきたんでよ、多勢に無勢の不可抗力��てヤツだよな!」 「……そうとうキレてんな」 「そうなんです……彼はイェーガーと呼ばれています。それが本名かまでは知りませんが」 「狩人ねぇ……知り合いか?」 「……まあ、面識程度には」 「なあ黒軍の、聞けばこっちから振ったらしいじゃあねえか。謝るしそいつももう斬っちまったんだろ? なんとか刃ぁ収めてくれねえか?」 「キバさん! それでは止めに入った白の者たちは……」 「収まらねえな白軍の! タカの言う通り、俺はもう止めようとした白も斬っちまった。アンタも俺を斬るべきだろ?」 イェーガーは赤い瞳で睨み付けると、返事を待たず大剣を構え駆け出した。キバとタカも武器を構える。 「キバさん! イェーガーは腕が立ちますよ!」 「ハッ! じゃあ二人掛かりも文句ねぇな!」 大上段からの振り下ろしをキバは戟の柄で斜めに受け流す。大剣の重量が最も活かされる一撃を流し切る筋力と戟の強固さにイェーガーは一瞬の動揺を隠せない。 大剣が逸らされ地面に半分埋まったとき、横からタカが光剣、特殊な最先端技術で生み出されたレーザーの刃で突きを放った。イェーガーはその素早い突きを潜り、大剣を背負い投げするかのように振り上げる。そして大剣を軸に二人から距離を取った。キバがそれを追うように戟を放つ。それを横に躱すと再び剣を構えた。 「キバさん……、ここは僕が」 一瞬の間を置き、タカが斬りかかる。袈裟斬りに振り下ろすが、イェーガーはそれを刀身で【受け止めた】。大剣が赤く輝きを放っている。ただの金属であればその刃ごと切り落とせていただろう。だがイェーガーはタカの光剣を弾き返し、大剣の柄で突きを繰り出した。距離を取ったタカに身体を回して横薙ぎに振るう。タカは光剣を縦に構え姿勢を落とすが、大剣は光剣を意にもせずかき消すような軌道を描いた。光剣の刃は瞬時に再構築され再び振るわれる。 「ハッ……、こいつぁ俺は邪魔かもしれねえな」 重量のない光剣の素早い攻めに対し、相当な重量の予想される赤く輝く大剣は、それを思わせないスピードで振るわれている。大剣の刃のみならず、腹による打撃、拳、蹴り、それらの混ぜ合わされた攻撃にタカは押されつつあった。何よりタカの光剣では輝く大剣を刀身で受け止められないという点も大きなハンディキャップとなっている。光剣の放つ剣戟は大剣に押し止められ、イェーガーに届かない。そしてタカの腹部に大剣の腹の打撃が入った。イェーガーは続けて拳を放ち、そして大剣を振り上げる。 「おっと……!」 イェーガーの剣がタカに振り落とされようという時、打者のように振るキバの戟が刀身を横から捕らえた。戟の刃で剣を引っ掛け力任せに弾き飛ばす。輝きを失った大剣を咥えたままの戟をそのまま手放した。 「しまっ……!」 そして素手になったイェーガーに一気に距離を詰めると、右拳で顔を殴り飛ばす。 「……いいんですか? キバさん」 「ああ、ほっとけ。頭も冷えるだろ。こんな喧嘩で命のやり取りなんて関わ��たくないぜ俺は」
キバは小さく頭を振る。
「俺の仕事は喧嘩止めて終わり! ……無責任かもな。特に止めに入って死んだヤツにはよ」 キバはイェーガーの大剣を、意識を失った持ち主の脇に突き立て、帰り支度をする。 「……あっ、帰り乗せてくださいよ。ヘルメットついてるの知ってるんですよ?」 「……まあいいけどよ」 「僕、アレ相手に一人で粘ったんですよ。あー何か奢ってほしいなー!」 「わーかったよ、コーヒー買ってやるよ。大丈夫なのか? 結構やられたろ」 「これくらいの傷は平気ですよ。あっ、あと僕苦いの無理なんで」 「注文の多いヤツだな……ほら、乗れよ」 キバとタカの乗ったバイクは白軍の校舎へと走り去っていった。
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第七話
朝の定例会議を終えたキバはいつものように非常口の階段で【お香】を咥えていた。その時突然、司令室から繋がる扉が開く。キバは一瞬慌てるが、その顔を見て座りなおす。副司令だった。 「キバさん……、【お香】ですか。一応だめなんですよ」 「好きなんだ、コレ」 副司令は扉にもたれかかり、腕を組んで言う。 「あまり健康には良くないと聞きますが」 「ハッ……、どの道いつ何時死ぬかなんてわからねぇさ。特に戦争なんてやってる今じゃあな。……しかし珍しいな。授業に遅れちまうぞ?」 キバは【お香】を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。 「まあいいでしょう。司令と副司令の会議が長引いているんですよ」
副司令は深く息を吐く。
「……僕は現場に出たことは殆どありません。でも以前キバさんを助けに行った時、キバさんが前に出たがる気持ちがわかった気がしますよ」 「そんな立派なもんじゃあねぇよ。ただ、俺が前に出ることで痛い目みるヤツが減るなら何より、それだけだ」 「それがすごいと言っているのです。狙撃されるかもしれない、罠があるかもしれない、助けが来ないかもしれない。そんな場所に進んでいくような人は普通はいません」 「ハッ、まるで俺の頭がおかしいみたいだな。いや、そうなのかもな」 「そういう意味で言ったのではありません。ただ、その思いやりで兵士達からキバさんは信頼されている」 「思いやり、ねぇ……」 「キバさんは、この戦争をどう思いますか?」 「……どうでもいいさ」 「どうでもいいとは?」 副司令の声には少し棘があった。 「あぁ、誰が死のうが関係ないとかそういう意味じゃねぇぞ。戦争の勝ち負けよりも俺は自分の周りが大事なんだ。俺の知り合い、部下が無事ならそれでいいんだよ」 「フフッ……まるで死亡フラグですね」 「ハッ、なんだそりゃ」 「死ぬ予兆って意味ですよ。物語の中である行動をとる、その行動をとった者は死にがち。そんな感じです」 「冗談じゃねぇな……」 チャイムが校内に響き渡る。 「あーあ、授業をサボったのはこれが初めてです」 「お前くらい頭がキレるやつなら一回くらい平気だろ」 「一本、頂いてもいいですか?」 「……やめといた方がいいぞ」 「そんな気分なんですよ」 キバは自分の【お香】に新しく火をつけると、副司令に小箱とライターを投げ渡す。 「ハッ、どんな気分だよ。女の子にフラれでもしたか」 「司令、キバさんのことが知りたかったんですよ。こうしてゆっくり話すことはあまりないでしょう?」 「……そうかもな。俺はお前のこと信頼してるぜ」 「キバさん、これどうやって火をつけるんですか?」 副司令は右手に持った【お香】に火を近づけている。 「咥えて吸いながら火ィ近づけるんだよ」 「ゲホッ……、よくこんなの吸えますね。まあ、香りは嫌いではないですが」 「ハッ、やめとけやめとけ。この臭い嫌いなヤツも少なくないしな」 キバは副指令にコーヒーの空き缶を渡す。その中には【お香】の吸い殻が入っていた。少し残されたコーヒーに【お香】が触れ、ジュッという音と共に火が消える。 「……俺がこの学校に来る前の話だ、田舎の学校だったんだがそこの副指令の女のヤツがスパイだったってことがあってな。それ以来、女の子ってのがどうも信頼ならねぇ。腹ん中で考えてることが全くわからなくてよ。普通に話すくらいなら出来るんだけどな」 「それは意外ですね。キバさんを意識する女生徒も複数いると噂ですが」 「ハッ、なんだよその胡散臭い情報網は。悪いが今は勘弁だね」 「案外重要なんですよ? このように校内の状態を把握しておくことでスパイが見つかることもあります」 「ほー、すまねぇな。何から何までよ」 「その言葉だけで充分です。キバさんの信頼にはできるだけ答えたいと思っていますよ」 「おっ、これは裏切りフラグってヤツなんじゃねーのか?」 「ハハハ……とんでもない。さあ、次の授業が始まります。前線に出るキバさんの穴を埋めるために勉強しなければいけませんので」 「ハッ、言ってくれるな。俺もいこうかね」 「一応言いますけど、キバさんが【お香】吸ってることは幹部全員が知っていますよ」 「マジかよ……」 キバも空き缶に【お香】を落とすと、非常口の扉を開け、その場を去る。 「やっぱ、俺の部下は優秀なヤツばかりだな」
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第六話
「よーし! お前ら気ィ引き締めろ! 今回は珍しい任務だぜ」 朝、指令室に集った幹部クラスの生徒たちに【竜爪 牙】は声をかける。 「実は、近くの黒軍の学校……まあ、いつものところだな。そこに潜入してる任務の終わったスパイがいるんだが……その回収だ。おい副司令、今【こっそり消えればよくね?】みたいなこと思っただろ?」 「そ、そんなことないですよ」 「事態はもうちょっと重めだ。そのスパイも目立たねぇように行動してるが、どうしても顔見知りはできちまう。その【顔見知り】どもの掃除が今回のメインだな。具体的には黒に正面から殴りかかる。その中でスパイの回収、スパイが一緒に連れてきた顔見知りを排除だ。……ひでぇ話だよな。だが白黒お互い近いこの街でスパイのそいつが安心��て生きるにはこれがベストだ」
幹部達も頷く。 「兵隊達は陽動とは言え基本的に正面からの殴り合いだ。撤収の準備はしておくように言っとけよ。回収したら引き上げるからな。ここはお互い規模がでかいから黒も深追いはしてこねぇだろ」 「司令はもちろんこの司令室で……」 「先に言うが俺は前線に出る」 「えぇ……」 「ここの黒には並じゃねぇヤツらがいる。被害は最小限にしたいんでな。……概要はこんなところだ。じゃあ細かいハナシをしようぜ」 白軍の校舎で話し合いが進む。 「決まりだな。飯時を狙う、そのほうが【顔見知り】も連れ出しやすい。生きて帰るつもりなら購買のパンは事前に抑えとけよ。じゃあ解散だ」 日が昇っていく。キバは授業そっちのけで改造されたバイクの動作をチェックしていた。 「……よし、頼んどいた通りだな……」 以前使用した試験型のバイクをキバが独断で調整したものだ。右手を完全に自由に使うために、アクセル操作と前輪ブレーキを左ハンドルに移植、そして通常のマニュアル車と同じように後輪のブレーキは右足で行う。AT車とMT車を足して二で割ったような構造になっていた。昇降の邪魔にならない程度に車体には装甲板が取り付けられ、槍やライフルなどを掛けておくラックも外側に備わっている。 「そろそろ時間か……なんか載せられるだけ載せとくか」
準備を済ませたキバは指令室にいた。校内放送で呼びかける。 『あー、よし聞こえるな。俺だ。今日は久々にこっちから仕掛ける正面からの殴り合いだ。戦闘に参加するヤツらは気合入れて行けよ。今日の仕事はもうわかってると思うが、ヤツを死なせちゃあいけねぇ……成功させような、以上。動き出していいぞ』 『……もっと盛り上げる演説とかないんですか?』 『ハッ! 俺は恥ずかしがりやさんなんでね』
『キバさん! マイク入ってます!』
「……じゃあ行ってくる」 「ハァ……、帰ってきてくださいよ」 「任せとけよ」 太陽の照らす街を白軍の若者達が進軍していく。 「そろそろ黒も出てくるぞ! 班ごとに散会だ! 混戦を作るぜ!」 先陣を切るバイクに乗ったキバのその声に白軍は鬨の声を上げ駆け出した。 「合流ポイントはA-15の辺りだったか……あっちに回るか」 キバは後ろを駆ける白軍の者たちに右手の戟で前方を指し、交差点を左折していく。街中に銃声や剣戟の音が響き渡り始めた。 「おい副司令! 合流の方はどうなってる!」 バイクのハンドルにテープで固定された急ごしらえの無線機に呼びかける。 『ま……なく……合……ます!』 「クッソ! 使えねぇ無線機だな! 街中じゃあ厳しかったか?」 黒軍の校門から放射状に延びる道を横切るように走っていく。その時キバの視界の右淵で何かが輝いた。それとほぼ同時に無線機が吹き飛ぶ。遅れ��エンジン音の中に銃声が混ざった。 「なんだ!?」 駆け抜けていくビルの合間から黒軍の校舎を見やると、屋上にこちらに手を振る影がある。 「スナイパーが手ぇ振ってんじゃねぇよ! この道は無しだ!」 キバは黒軍の校舎から見通せる道を避け、大きく回り込むように進む。そして避けられない道、つまり黒軍の校舎から見通せる放射状につながる大通りを出来るだけの最高速度で身を低くして駆け抜けた。僅か頭上で空を斬る音が数回聞こえる。功を奏したようだ。しかしフロントスクリーンが吹き飛んだ。
キバの頬を冷汗が伝う。原理はわからないが、黒のスナイパーは陰から出るタイミングまで掴んでいた。ともかく危険は免れたな、と合流ポイントへ急ぐ。 「……どうして当たらなかったのかしらねぇ」
スナイパー、藤は通信機を手に取る。
『もえちゃん、あなたの予想通りの場所に集まりそうよぉ』 『了解でっす! 準備はバッチリ!』 キバは目立つ太い道を避け、路地を進む。 「よし、ついたか」 黒軍の制服を着た学生が一人、血に塗れた刀を持ってキバの元へ駆け寄る。事前に見た写真の通りの顔だ。 「キバさん! よかった、無事合流できた……」 「他のヤツらはどうした!」 「俺の【顔見知り】は片付きました! 俺が戦死扱いになるように【処理】もすんでます! ですが白の方々とはまだ……」 「なんだと? もう来ててもおかしくねぇはずだが……」 突如、近くで立て続けに爆発が起きる。 白軍の生徒たちが到着したようだが、その姿は煙の向こうだ。 「……罠か? お前らそれ以上来るんじゃねぇ! 足元をよく見ろ!」 対人地雷、クレイモアだ。その放射状の殺傷範囲は路地を塞ぐように設置されており、白軍側からは近づけないようになっている。ワイヤーなどが伸びている様子はない。キバが通った路地に仕掛けられていなかったのは、黒軍側を回ってきたからかもしくは仕掛け忘れたか。 「時限式でもワイヤーでもねぇ以上リモコン式だろ! 近づくなよ!」
キバは頭を巡らせる。
こいつを乗せて来た道を戻るか? ……いや、あのスナイパーじゃあ見逃しちゃあくれねぇだろうな……。
「おい……お前、罠の解除はしたことあるか?」 「は、はい。一応習ったことはあります」 「文句なしだ! 見たところ地雷は白向きに仕掛けられてる、こっちから解除してあいつらとなんとか合流しろ! バイクも持っていけ! 追手の登場みてぇだ……」 黒軍の校舎側から歩いてくる影、緑色のロングマフラー、小野寺黒兎だ。 「雑魚ばかりなんでぶらぶらしていたらまたお前ですか……出たがりですね。部下に気を使っては?」 「ハッ! うちの部下は有能揃いなんでな! 今度こそ白の完全勝利とさせてもらうぜ。火恋花!」 宙に炎が沸き上がり、刀を象っていく。キバはそれを手に取ると腰に差した。戟を構えると同時に、黒兎もレイピアを右手で抜き、鞘を逆手で左手に持つ。 「今日は帰れませんよ……キバさん?」 黒兎が駆け出す。キバは一歩引きつつ突きを繰り出した。その一撃は柄の部分に沿うように当てられた鞘に逸らされる。懐に飛び込んでくる黒兎に対し、キバはあえて踏み出した。突きを繰り出されるよりも先に石突きをぶつける。 「グッ……! 以前も思いましたが……なんて筋力ですか」 「こいつを好きに扱うにはこんなもんよ!」 「……武器は技術で振るうものです」 「ハッ! 両方あればなおいいだろ?」 黒兎はキバの横薙ぎを潜ると、足払いを仕掛ける。キバはまたも一歩引きそれを躱した。距離を詰められると不利だったからだ。しかし、黒兎の動きはそれ以上に素早い。距離を詰められては下がり、距離を詰められては下がり、キバは徐々に追い込まれていた。 「クソッ……」 「そろそろ死んでもらいますよ」 「ハッ……まあ焦んなよ。……コイツをまだ見てねぇだろ?」 キバは舞白竜を地面に突き立てると、腰の火恋花をゆっくりと抜刀する。 「フフッ……いいですね。面白い!」 黒兎に身体の左面を向け、脚を大きく開き、火恋花を片手で力を入れずに持つとキバは攻めに出た。体格の大きな差から来る絶対的なリーチと筋力の違いが大きく出ている。レイピアとその鞘、刀と格闘を取り入れた動き。戦況は拮抗していた。キバの斬撃を黒兎は鞘で受け流し同時に反撃をするが、刀の一撃の後即座に飛んでくる蹴り、拳を防ぎきれない。キバには切り傷が、黒兎には打撃痕が増えていく。 もう一度切り結ぼうという時、白軍の校舎方面から緑の信号弾が上がった。 「無事たどり着いたみてぇだな……続けるか?」 「無論、あなたは倒しておきたいところです」 「……俺は帰りてぇんだがな」 その言葉に答えず黒兎は突きを出した。キバが黒兎の突きを刀で左に逸らすと同時に掌底を放つ。鳩尾を捉えた。 「ガッ……!」 黒兎が膝をついたその時、エンジン音とタイヤの悲鳴が響き渡った。白軍の装甲車だ。車体側面から煙幕の煙をまき散らしながら、キバ達に向かって一直線に突っ込んでくる。 「ハッ! やっぱり俺の部下は優秀だな!」 「……クッ!」 なんとか持ち直した黒兎は、突っこんでくる車にやむを得ず距離を取った。 「よお副指令! 直々にとはなかなか派手にやるじゃねぇか!」 「いいから早く乗ってくださいよ! 場所は聞いたからよかったものの狙撃されるやら、地雷があるやらで……対人地雷じゃなかったら死んでましたよ!」 「ハッ! 後で聞いてやるよ! じゃあな! 小野寺黒兎!」 舞白竜も回収し、装甲車はその場を猛スピードで去っていく。煙幕の白い煙と排気ガスの臭い、それらが風に流され視界が開けたときには黒兎だけが残されていた。 「……クソッ! 竜爪牙! なぜだ! また決着をつけられなかった! しかもだ! 今回は殺されていてもおかしくはなかった! ……次こそは、次こそはだ……」 黒兎はつぶやきながら一人、装甲車の去っていった方向に背を向け歩き出した。
「腹の傷のお返しくらいにはなったかな。なあ副指令、カレーパン買っといてくれたか?」 「……初耳です。もう残ってないでしょうね」 「まーじかよ言ってなかったか。腹減ってんだけどなぁ。まあ、いいか。ちょっと寝るぜ」 「ちゃんと治療は受けてくださいよ」 その言葉は寝息をたてるキバの耳には届いていなかった。
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第五話 小野寺 黒兎
「へぇ……白にそんな人が」 「そうよ、強かったんだからぁ」 「……興味ありますね」 早朝、白軍の学校にて 「……今日は白から攻めろとよ」 「了解です。キバさんは動かないでくださいね。司令はちゃんと司令室に居てください!」 「わかってる、わかってるって。そんなガキを見るような目で俺を見るなよ」 部下の視線は鋭い、司令室を空けることについてはキバも強く注意されているが、おそらく副司令である彼も目を離さないよう言われているのだろう。 「攻める以上、結果をださねぇとな。狙いは相手の司令塔、ある程度接近しての狙撃になるだろうな。黒の方は高いビルも多かったはずだ。一般人は極力巻き込むな、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言うしな」 「アニメとか見られるんですか?」 「あ? ……なんかそんなセリフでもあんのか? まあ、この前読んだ小説に書いてあったセリフなんだけどな。だから街に人が少ない時間を狙うぞ。昼休憩頃に部隊を展開、展開が終わって帰宅ラッシュ前の空いてきた頃に動こう。三方向に分かれて配置する。黒の校舎を囲む三点を狙撃ポイント、それとそこからこっちの校舎までの間に事前待機と後詰めの部隊で撤収ルートの安全確保だ。……撤収までが戦争な」
一呼吸。 「まとめて言えば、こっそり展開して狙撃してダッシュで帰還、そんな感じだ。じゃあ、解散」
キバはいつものように、非常階段へ向かう。幹部は短く雑談を交わしていた。
「なあ、キバさんっていつも非常階段に行くけど何やってんだ?」
「なんだお前知らないのか? お香だよお香、本人が言う分には、な」
時は過ぎ太陽が頂点を降り始めるころ。 「調子はどんな具合だ?」 「特に問題ありません。後詰めの準備も整っています」 「ずいぶん順調だな」 「……! X、Yポイント敵の司令塔を捕捉しました!」 「よし、後詰めはまだだ。狙撃は出来るようならいつ撃ってもいい。ただ普通の生徒は極力巻きこむなよ」 時計の長針が一周しようとするころ。再び通信部隊が声を上げた。 「……Yポイント、狙撃成功です!」 「ハッ! よくできましたって言っとけ、撤収な。次は退路の安全確保だ、後詰めも動かせ! 黒に追いつかれるな、急がせろよ!」 待機していた生徒が一斉に動き出した。白い制服の者たちが街を駆け抜けていく。 「X、Y、Zポイント撤収を開始します」 「X、合流しました」 「Z、合流完了です」 「……Y、合流しましたが、以降報告は上がっていません」 「……きな臭いな。向かった奴���はどうなってる?」 「待機していた兵とは合流したようですがそれ以降一切の連絡が途絶えています」 「……! 連絡が来ました。合流はしましたが、黒の手の者が来ているそうです!」 「そのための後詰めだろうが! そんな大規模な部隊がもう動いたのか?」 「それが、一人しかいないそうで……。攻め入られたわけではなく部隊に紛れていたといっていますが一体……」 「一人、か。前のスナイパー、……藤って言ってたか。どうなってんだここの黒は……」 「逃げに徹しろ! そいつは俺が何とかする!」 「キバさん! またですか!」 その声に通信部隊が振り向いた時には、既にキバの姿はなく、頭を抱えた副司令だけがいた。 戟を持ち司令室を飛び出したキバは、校内の駐車場へ向かう。その隅に停めていた自動二輪車にまたがり、エンジンを始動させた。この自動二輪車は騎馬兵団の次期戦力として試験的に、全国的に見てもごくわずかな数だけ配備されたものだ。騎乗の戦闘を意識し、武器を持つ片手が自由なAT車に金属の装甲板が取り付けられている。 Yとの合流地点にたどり着くと、そこは傷つき倒れた白軍の者たちであふれていた。 その中心に立っている一振りの血に塗れたレイピアを持った小柄な黒軍の男が、自動二輪車から降りるキバに気づく。 「あれ? 白い戟……もしかしてお前がキバ?」 「ハッ、俺も有名になったのかね」 「藤達から話は聞いてますよ? なかなか腕が立つとか」 「……あぁ、アイツらの知り合いか。部隊に紛れてたって報告が上がってんだが、どういうことだ?」 「は? ……馬鹿なんですか。文字通りですよ? 狙撃手の元に向かうにはちょうどよかったですし。合流させてもらいました」 黒軍の男の表情、その緑の瞳からは何も読み取ることができない。 「……それに気づかない部下を無能と思いたくないな、大したもんだ」 「お前の部下は侵入者一人に気づけないんですね。狙撃手は仕留めたし、白軍もあらかた片づけたので帰りたいと思っていたのですが……」 「そうは、いかねぇな。このまま返せねえよ」 「ちょうどいい、お前には興味があったところです。それにそれなりの階級のようですね。……こんなところまで出てくるとは馬鹿なんですか、死んでください」 一瞬の静寂があたりを包む。男は、首に巻いた緑のロングマフラーをはためかせキバに向かって駆け出した。速い。キバは戟を突きだすが、男はそれを躱す。突きだした戟をそのまま横に薙ぐが、それも捉えることはなかった。回り込まれる。横から繰り出されたレイピアの突きを柄でなんとか受け流した。 近寄られすぎだ。キバは男に蹴りを放つ。当たりはした、だがあまり感触はよくない。蹴りに合わせて後ろに距離を取っただけのようだった。 冷汗が頬を伝う。緑のマフラーの男が只者ではないことがわかっていた。 キバは一歩距離を置く。そして、石突きを含む戟全体を使うために持つ位置を少し中心にずらした。男が再び駆け出す。やはりスピードのある斬撃、それを柄の中心で受け止め、今度は石突きを右から横殴りに叩き付ける、そして戟全体を引くように刃で斬りつけた。が、浅い。寸前のところ���潜るように避けられ、肩に軽く傷を付けた程度だった。 「……それなりには強いですね。藤の言っていた通りだ」 「お前はまだまだいけるんだろ?」 「フン、……当然です」 気のせいかもしれないが、キバには男が少しだけ笑ったように見えた。男はレイピアで斬りつける。戟の全体を操り斬撃を弾くが、その素早さに長物で張り合うのは不利だった。続けざまに襲う斬撃を防ぎきれず、徐々にキバに傷が増えていく。 「……もう終わりですか。キバさん?」 「……ハッ! まだまだァ!」 キバが駆け出した。戟の刃を足元へ振るう。男はそれを跳躍して躱すが、それはキバの狙い通りだった。全身の力を使い身体を一回転させ、そのままの勢いで斬撃を放った。宙にいた男は止む終えず、細いレイピアの刀身で受け止める。だが、その衝撃は止められず吹き飛ばされた。 男は立ち上がる。細身のレイピアでは防ぎきれず、大きな切り傷と体中擦り傷だらけだ。レイピアも大きく欠けている。だが再びキバとの距離を詰めた。 「お前、やはり強いですね。だが、まだまだ……」 レイピアの突きが、戟の斬撃が、打撃が飛び交う。 長い交戦の後、先に膝をついたのはキバだった。再び立ち上がるが、その足はすでにふらついていた。 「グッ……キツイな」 「今度こそ、おしまい、ですね」 男は傷ついてはいるが、余裕があるようだ。キバに突きを放つ。正面に構えた戟を掻い潜りその突きはキバの左わき腹を深くとらえた。 「ハッ! とっておきだ!」 キバが戟を手放した。左手で刺さったままのレイピアの刀身を掴み、右腕を天に掲げる。空中に炎のような輝きが沸き起こり、一振りの抜身の刀が現れた。【火恋花】だ。キバは柄を掴むと、脇腹を貫いたままのレイピアの刀身へ力任せに振り下ろす。レイピアは砕けるように中心から折れた。 「ッ! クソッ……なんですかそれは?」 獲物を失った男が距離を取り言った。 「さあなぁ。まるでファンタジーだろ? どうするよ、素手で来るか?」 キバは男に刀身を向ける。 「フン、今日は帰りますよ。……そうだ、俺は黒兎、 小野寺 黒兎 (オノデラ クロト)です」 黒兎はキバに背を向けそう言うと、走り去っていった。黒軍の来る様子はない。 「……ハァッ! グッ……いってぇ……」 キバは白軍の通信部隊員の遺体から通信機を探し出す。 「……聞こえるか? 黒はやったぞ。他はどうなった? ……ああ、そうだ俺だ。他は……問題なしか。ならいい……悪いが迎えをよこしてくれ、ケガしちまった」 キバはそれだけ言うと通信機を放り、仰向けに倒れる。 「ああ……アイツ自身に振り下ろせばよかったかな。いやわからねぇか。まあ、あいつらの知り合いらしいしな……いいか」 それだけ言うとキバは【お香】を咥え、眼を閉じた。
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四話 篠田 巴
日曜日の朝、指令室で龍爪 牙があくびをしながら言う。 「……今日は黒も動��ねえだろうな」 「はい、諜報からも特に情報は入っておりません。キバさんも街に出てみてはどうですか?」 「おいおい、俺は自分で偵察に出るほどマジメ君じゃねえぞ。……まぁ、ここには来たばかりだしな。たまにはそれもいいか」 白と黒の争いに曜日など関係ないが今日はたまたまそうなんだろう、キバは学校を後にし、着替えのため寮へ向かう。街中で制服を着ていると、頭の固いヤツなんかに遭遇した場合最悪戦闘になる場合も考えられるからだ。それにキバのようにそれなりの役職の場合は面が割れてる可能性も高い。 キバは、ワイシャツの上に薄手の黒いロングコートを羽織り、カーキのカーゴパンツにいつものブーツ、という服装だ。【舞白竜】は目立つ上に通行人に危険なので置いていく。それにキバには心刀、【火恋花】があった。燃える炎のように美しい鞘を眺めながら、それを手にした時のことを思い出す。 心刀。それはその名の通り、通常の刀のように鍛え上げられて生み出されるものではない。自覚の有無に関わらず、心の内に秘められた強い思いに呼応し、使用者の前に現れる。いまだに未知の要素の多い、謎多き刀だ。普通の刀のように持ち歩くこともできるが、心の中で強く念じると手元に呼び出すこともできる。 キバはある日突然現れたその刀を掴んだとき、理解した。心刀【火恋花】―消すことのできない愛の心刀― 属性は火。心に宿る愛の具現。燃えるように強く、真っ直ぐな愛情を表す。 「……そんな立派なものが俺にあるのかねぇ」 とにかくキバにとっては携帯する必要のない便利な武器であるのは確かだった。【火恋花】を刀台に置き、部屋を出て駅に向かい、街の通りを目指す。 もともと白と黒の学校がそれなりに近い学生街だ。実戦に派遣されることのない生徒たちや、戦場とは無縁の人たちは通常通り休みということもあり、街の通りは人であふれている。 小腹が空いたキバは取り合えず目についたコンビニに入り、カゴに適当にものを入れていった。普段お金を使わないキバは金額を気にせず視界に入ったモノをとっていく。 会計を終えてコンビニを出ようとすると、何かにぶつかった。 「ひゃっ!」 「いって……」 視線を落とすと一人の少女が尻もちをついていた。 「すまねえな、気づかなかった」 ひとまず謝っておこうとキバは口にし左手を差し出すが、その一言がいけなかった。 「なんなんですか! ちっちゃくって気づかなかったって言いたいんですか!」 「そういう意味じゃねえよ……」 実際キバから見ればかなり小さかったがそれを言うともっと面倒なことになりそうだ。何より女性の扱いなど分からない。キバは自分の不注意を呪う。少女はキバの手を取らず立ち上がった。髪を高い位置で両サイドに結び、顔には紅い眼と大きな傷が印象的だ。
「そうやって見下ろさない!」 少女はキバの腹に拳を繰り出す。 「グッ……悪かった、悪かったよ。これやるから許してくれ」 キバが差し出したのは先ほどカゴに放り込んだものの一つ、おおきいコロッケパンだった。少女の紅い眼がきらりと輝く。どうやら正解を引いたようだ。 「ここじゃ人の邪魔だからあっちいくぞ」 少女は先ほどとは手のひらを返したようにおとなしくついてくる。キバと少女は目の前の小さな公園へ向かった。ベンチに腰掛ける。 「……コロッケパンに免じて許してあげます」 少女はパンにもそもそとかぶりつきながら言った。 「そりゃどーも」 「私、巴って言います! 篠田 巴(シノダ トモエ)!」 「……俺はキバだ」 キバはあえて苗字を言わなかった。白か黒か、学生ではあるようだがまだ判断がつかない。ここの白なら名前は知っているはずだった。 「キバさんですね! よろしくです!」 おそらく黒だろう、それがキバの判断だった。うわさに聞く赤軍とやらかもしれないが少なくともこの周辺でその情報は上がってない。 「……よろしくな」 尤も、キバには戦うつもりなどなかった。わざわざ戦闘を始めるほど血気盛んではないつもりだ。 「メシ、買いに来てたのか?」 キバはおにぎりの包みを開けながら言う。 「そうです! 儲けもんですね!」 「ハッ、お前はっきり言うな」 ついでにこれもやるよ、とキバは小さなパックのリンゴジュースをわたす。何も考えずに買っていたのでビニール袋の中にはそれなりの量があった。 少女、巴がリンゴジュースを音を立てて吸いながら言う。 「キバさんが怖い白軍の人じゃなくってよかったです」 ばれていたのか、とキバは一瞬身体に力を入れる。 「ここの白軍は怖い人ばっかりって聞きますから。普通の戦わない人でよかったでっす!」 巴はキバの眼を見てにっこりと笑った。 「……そうだな」 キバは少しホッとする。ばれていたかどうかではない。黒とはいえ相手のことを知ってしまった以上、戦い、殺すというのには抵抗があったからだ。戦場で出会った相手のことなら躊躇なく殺してきたキバだったが、何も「殺す」ということを楽しんでるつもりなどない。とにかくわざわざ戦うなんてのは御免だった。 「それも貰っていいですか?」 巴はビニール袋の中のプリンを指して言う。 「ああ、やるよ」 結局ビニール袋の中身はほとんど巴が食べてしまった。キバは野菜ジュースを飲みながら、考える。巴の左手だ。最初は手を差し出した時だった。キバが出した左手を拒否したのは怒っていたためだとばかり思っていたが、その後も両手を使う時以外はポケットに突っこんだままなのが気にかかっていた。 「あっ! 藤ちゃーん!」 突如、巴が顔をあげコロッケパンを持った手を振る。その声にこちらを見たその顔に、キバは思わず野菜ジュースを吹き出しせき込む。例の狙撃手だった。 「おいおい……、マジかよ」 例の狙撃手、巴は藤と呼んでいたか。彼女はこちらを見るとにっこりと手を振っていた。キバと目が合うと、もう一度にっこりと笑みを浮かべ巴に手招きをする。それを見た巴は藤のもとへ走っていった。なにか話をしているようだが喧騒に紛れてキバの耳には届かない。キバが白軍だとでも話しているのだろうか。 話は終わったようだ。藤は立ち去る前にもう一度キバの顔を見てにっこりと笑う。��顔なのに不思議とプレッシャーのある表情だった。キバは軽く両手を上げる。それを見た藤は少しだけ意外そうな顔をしたが、もう一度笑顔を見せ去っていった。 「……じゃあ、私もそろそろ帰りまっす!」 「ハッ、食べるだけ食べたな」 「……やっぱりお金払った方がいいですか?」 「いや、いいさ」 「それじゃあ、さようならキバさん! お話しできて楽しかったでっす!」 そう言うと、巴は【左手】を振って去っていった。 「……あの膨らみはなんか武装してたなあいつも」 巴が手を振ったとき、そのポケットは妙に膨らんでいた。その何らかの武装から手を放したのは別れ際だからか、信頼の証か、それともただのうっかりだろうか。 藤が巴にキバのことを教えたかはキバにはわからない。しかしできれば戦場では会いたくないな、と日が傾いていく中キバはベンチで一人考えていた。
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三話 音谷 藤
ここは日本のある場所、白軍と黒軍の衝突が激しい地だ。 「しっかし俺って異動ばっかりだな、嫌われてんのか?」 朝、司令室で部下に囲まれた中、龍爪 牙がつぶやく。 「そんなことはないと思いますよ。実力を買われてのことでは?」 副司令である男子生徒が言うがキバは唸るばかりだ。 「そうかな……。まあいい、今日も黒のお相手だ。上が言うには殲滅じゃなくて撃退程度で構わないんだとさ。……ここはお互い規模がでかいからな、潰すとなると大騒ぎだ」 「ここの黒には要注意人物がいます。狙撃の名手とまでしか判明しておりませんが」 「ほー、憶えておくぜ。じゃあ、黒の奴らが動くまで解散。【斥候】連中は授業はパスだ」
キバは小箱を取り出しながら非常階段へ向かう。いつも通り【お香】を楽しむつもりだ。
時は過ぎ夕刻、通常の授業も終了した頃、白軍の校内に放送が響き渡る。 『司令塔、龍爪牙だ。いいかげん黒も動き出すだろ。戦闘員は支持したとおりにな』 市街地にあるこの学校は、当然周囲に建物が多く道も広い。そのため射線は長く、しかし曲がり角のような遭遇戦も想定される場所だ。連携も取りづらい。そのためキバは部隊を四人程度の少人数に分けた。銃器のような遠距離攻撃に長けた者、格闘戦に優れた者、通信などその他を担当する者といったところだ。その少人数でまとまって行動することで、武器の特性上の死角を補いあい、また、機動力も確保できる。 「キバさん、斥候から、『進軍確認』とのことです」 「よーし、いいタイミングじゃねえか。こっちの展開も終わったところだ。それじゃ、作戦行動開始。死ぬんじゃねえぞ」 通信で伝達されたその言葉に、白軍は動き出した。路地裏を中心に黒の方向へ前進する。学校から連絡が行き届いてるため、街に人影��全く無い。 街に銃声と学生たちの大声、爆発音が響き渡る。戦闘が始まった。 「左翼、A-16地点、接敵しました」 「正面、E~F、13以北に大部隊を確認、本隊と思われます」 次々と前線の情報が通信兵を介し入り込む。キバはひたすら指示を出していた。 「左翼の斥候は動きだしていいぞ。黒の奴らをかき回してやれ。……正面は無理はするな、そこに集中してるんなら左右を先に潰す。侵攻はその後でいい。……右翼はどうなってる!」 「右翼は未だ接敵の報告がありません!」 「確認しろ確認! 通信はできてんだろうな!」 「……右翼、H~I地点の部隊との通信が取れません!」 「……クッソ、あっちは直線の道が多かったな。例の狙撃手か……?」 キバは思案する。勘ではあったが予想は的中しているだろう。キバ自身、腕利きの狙撃手がいればあの長い通りに配置する。 「通信機一つ借りてくぞ!」 「き、キバさん! どこへ行くんですか!」 「決まってんだろ! 正面はさっき行ったとおり今の状態をキープしとけ!左翼は作戦のままだ! 右翼の連中はHから東に出すな! 俺が行く!」 キバはそう言うと戟【舞白竜】と刀【火恋花】を持って司令室を飛び出す。
戦場と化した市街地の東方面、南北に伸びる国道の通る、その道を見渡す位置にある中規模のビルの屋上。
そこに黒軍三年暗殺部隊所属、音谷 藤(オトヤ フジ)はいた。 その手に持たれているのは通常、狙撃には用いられない銃剣を備えたアサルトライフルだが、その位置から見える狙撃された白軍の屍の数が彼女の実力を表している。 「さすがにこれだけ撃っちゃったらもう来ないわよねぇ。移動しどきかしらねぇ」 ひとり、呟く。その時、視界の縁で何かがキラリと輝いた。藤は殆ど無意識に銃口を向ける。 「あらぁ? あれは何かしら……おもちゃ?」 そこにはキラキラと太陽光を反射している掌ほどの大きさのミラーボールのような物が転がっている。 「……移動したほうがいいわね」 ここは敵地と言ってもいいほど入り込んでいる場所だ。それに東側の足止めも十分だろう。何より、突然現れたボールが気がかりだった。藤は素早く立ち上がる。 「……いい教訓になったぜ」 振り返ると、そこには純白の戟を構える男、龍爪 牙の姿があった。 「一般人様に迷惑かけちゃいけねぇと思ってたけどよ。狙撃されそうな場所はやっぱ事前に押さえとくべきだよな?」 「……そうねぇ。あたしはいい仕事ができたわよ?」 「その仕事も今日までだ。投降は……してくれなさそうだな」 「もちろんよぉ。この銃剣は飾りじゃないのよ? ちなみにぃ、あのボールは何なの?」 「ビルの目星は付けてたが、人がいる確証が欲しかったんでね。動いたら負けってやつだったのさ」 「そうなの、迂闊だったかしらねぇ」 「ハッ、何度も階段駆け上るのは勘弁だったからな」 「そうよねぇ……」 一瞬の静寂の後、キバが動いた。右にかまえていた戟を素早く突き出す。藤はライフルの銃口を上にしてその攻撃を銃身で右に受け流し、そのまま先端の銃剣を振り下ろした。キバは突き出した戟に身を委ねるように移動し、その攻撃をくぐる。そのまま振り向く勢いで戟を薙ぎ払った。その攻撃を藤は後ろにステップし躱す。しかしキバの攻撃は終わっていなかった。薙ぎ払った戟をそのまま振り切らず、強引に突きにつなげる。藤は銃身で突きを受け止めた。 「ハッ……! 狙撃手とまともに格闘戦するとは思わなかったぜ!」 「これでも自信あるのよぉ?」 キバは戟を上にかち上げ、ライフルを弾き飛ばす。 「あらぁ」 「これで、終いだろ?」 藤は少し笑うとナイフを懐から二本取り出した。 「そうかしら?」 「第二ラウンドってか?」 二人が再び切り結ぶその瞬間、すでに日没を迎えていた街を緑の閃光が照らす。照明弾だ。 「フン、うちの勝ちみてぇだな」 「しょうがないわねぇ。あなたは階級もえらぁい人なんだからここで殺しておいた方がいいと思ったのに」 藤はキバの胸ポケットの勲章を指して言う。 「ハッ、まるで勝てたみたいな言い回しじゃねぇか」 「じゃあ私は帰るわよぉ」 「あ? 逃がすかよ」 カツン、と音がすると爆音とともに真っ白な光が屋上を覆った。 「閃光手榴弾か! どこに持ってたんだ!」 キバは急いで階段へ向かうと複数人が駆け下りる音が聞こえた。 「まだ黒がいたのか!」 キバも階段を駆け下りようとしたが、よく見ると階段には幾つもの手榴弾が落ちていた。ピンは抜いてあり、どれも丁寧に立てられている。 「クッソ!」 轟音がビルを揺らした。
「すまん、迎えに来てくれ……」 キバが本部に通信する。ビルの階段は手榴弾の爆発で到底通れる状態ではなかった。 「勝ちはしたが結局狙撃手も逃しちまうしよ、今日はろくな日じゃねえな。降格は……まあそれもいいか」 眼下を駆けまわる救護班と雑務部、こちらへ向かう学校唯一のヘリコプターを見比べてため息をつく。 「このザマだもんな……」
キバは【お香】を吸い、もう一度深くため息を付いた。
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二話
白軍の学校、日も傾きつつある頃 「……まぁ、異動つってもそんな明日から、とかな訳ないわな」 通常の授業を終え、キバはいつものように司令室の中央の席に腰掛けて言う。 「キバさん……また黒軍が来るという情報です。以前の偵察隊を排除された報復かと、明日のようです」 「まーたか。この辺の黒は気が短いな。それにしても、うちの諜報は優秀だねぇ」 「日頃訓練を積んでおりますので」 「それは何よりだ。喜べよ副司令、今回は俺は出ないぞ」
「……本当ですか?」
副司令は懐疑的だ。キバの行動を顧みれば当然というものだが。
「以前そう言っておいて油断してたらいつの間にかいなくなって……。伏兵だぜ! とか言って前線に出てたじゃないですか」 「今回は、本当だ。最��腹の調子が悪くてね」 「部下が聴いたら泣きますね……」 「まあ、そういうことだ。たまには司令塔らしいこともしないとな。どうせいつもみたいに攻めて来るんだろ?」 「はい、恐らくは」 田舎の僻地にあるこの白軍の学校は北以外は山に囲まれている。校門の正面が三叉路の頂点に来るように、正面に大きな道、両脇に農村へ続く細い道といった地形だ。そのため必然的に大部隊は林に挟まれた北側から侵入せざるを得ない、防衛に適した地形なのだ。 「よし、配置を決めよう。最後の大仕事だな」 キバは部下たちと共に会議を始める。 日はまだ出ているが、日光は山に阻まれ既に辺は暗い。黒軍の生徒達がそれぞれの武器を手に白軍の学校へと迫っていた。 夕闇の中、白軍の校門付近でなにかが煌めく。複数だ。それとほぼ同時に銃弾が黒軍の生徒を襲った。少し遅れて銃声が山々に響く。 「散開しろ! 林沿いに進むんだ!」 黒軍の生徒が声を上げる。それを合図に黒軍は二手に分かれた。見通しのいい道を避け、田畑の中を進む。黒軍の遠距離攻撃が可能な生徒も反撃を始めた。 「今度こそ制圧してやるぞ白軍……!」 先ほど声を上げた黒軍の生徒、部隊長がほくそ笑む。彼らの作戦はこうだった。 先に一般部隊を白軍の正面に展開させる。黒軍は騎馬兵団も所有していたが、山道ではあまり力にならないだろう、という考えから一般部隊に加えることとした。 そして正面の部隊に目を向けさせた上で、事前に校舎の両脇、西と東の山に潜ませた伏兵で直接本陣、司令塔を叩く、というものだ。諜報部隊からも白軍の生徒の多くは北方面に集中して配置される、という情報と【伏兵】の知らせが入っていた。 作戦通り、正面の一般部隊はジリジリとだが校舎に迫る。部隊長は通信部隊の生徒に声をかけた。 「両脇の部隊はどうなっている」 「問題ありません。展開は終わっています」 「【伏兵】は確認されたか」 「……それが、依然として」 「そうか……、だが正面の部隊が持たないな。……よぉし、近接の者は突撃! 遠距離の者は援護しろ! 伏兵も攻撃開始だ! 司令塔の奴らを驚かしてやれ!」 黒軍が一斉に動き出す。白軍は銃などで応戦する一方だった。 白軍校舎脇から一気に黒軍の生徒がなだれ込む。そしてそれは正面に集中していた白軍の生徒の不意を突き、混乱の中一度に司令塔を叩く。 と、なるはずだった。なだれ込んだ黒軍の生徒に動揺が走る。余りにも人気がないのだ。正面に配置されているであろう多くの生徒の姿すら見えない。 「中に誰もいない? ……構うな! 【伏兵】も確認されない以上そのまま司令塔を落とせ! そうすれば正面の部隊も挟み撃ちにしておしまいだ!」 黒軍の生徒が敷地の中心、司令塔を目指そうと動き出したその時、その司令塔から信号弾が放たれた。その白い輝きを合図に、山がざわめく。山々から白軍の鬨の声が響き渡った。
黒軍の襲撃の前日、会議。キバが話を進める。 「……こんなもんだろ。ここの地形だ、いつもどおり正面から迎え撃てば撤収していくだろ。じゃあ決定だ、生徒全員に伝えろ、解散。……副司令��ょっと来い」 幹部がぞろぞろと部屋を出ていく中、キバが呼び止める。部屋に誰もいなくなってから小声で話し始めた。 「最近どうもきな臭い。信頼できるやつだけに別の指令を出せ、内密にな」 「……【ネズミ】ですか」 「勘だけどな。兵を中心に集めれば囲んで撃とうとしてくるだろ? 単純な作戦だが校舎の周囲の【木の上】にできるだけ多くの兵を忍ばせとけ。ホントの話、正面の敵は、ここの銃関連のやつらの腕ならそれだけで対応できる。……ハッ、そいつらは授業に出ずにすむぜ」 「了解しました」
非常階段の扉へ向かうキバに副指令が声をかける。
「……【お香】はやめてくださいね」 副司令はそれだけ言うと、部屋を後にする。 「なんでバレてんだ……しかし、【ネズミ】ねぇ」 キバは一言、呟いた。 信号弾が日の落ちた山間を眩しく照らす。それと同時に山に潜んでいた白軍の【伏兵】が動き出した。校舎を囲むように配置された黒軍の伏兵に気づかれず配置されていた生徒たちは次々に黒軍の生徒を切り伏せていく。完全に白軍の流れになっていた。 黒軍の部隊長が怒鳴り声を上げ、通信舞台の生徒の胸ぐらをつかむ。 「伏兵は確認されなかったぞ! いったいどこに隠れていたんだ!」 「そ、それがいくら【木の上】を見ても確かに何もいなかったと……!」 「クソッ! 情報が間違っていたというのか! ……止むを得ん! 撤退の連絡をしろ!」 「し、しかし校舎内の兵は……!」 「できるだけのもので構わん、日本の為の仕方のない犠牲だ!」 通信部隊は唖然とした表情を浮かべながらも、通信を開始した。
次の日 司令室で男子生徒がキバに話しかける。 「キバさん、昨日の作戦は見事でしたね。キバさん直々に指令の変更を伝えに来たのには驚きましたが。……襲撃の直前にギリースーツを着て山を駆け上るのは大変でしたが、上手く黒のやつらにも感づかれずに済みましたよ。随分上の方ばかり見ているようでしたけどね」
幹部の一人が声をかける。
「キバさん、そういえば、副司令の姿が見えませんが……」
「あぁ、あいつなら多分もう来ねぇよ」
キバはポケットの中の黒い小箱に手を伸ばしかけるが、
「【お香はやめてくださいね】か……やっぱ一人の方が楽だぜ」
その手は止まり、行き場をなくした。
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一話
ここは日本、白軍の学校、京都から大きく離れた片田舎の拠点での話である。 「キバさん、黒軍のやつらがこの拠点に攻めて来てるようです。あまり数は多くないので様子見に来たのかと」 この拠点の司令塔を務める龍爪 牙(リュウショウ キバ)、濃い青の髪に緑の瞳をもつ彼はその腕一本でこの階級まで上り詰めた男だ���
通常司令塔は更に上の階級の人間から指示を受けて作戦を練るものだが、あまりに田舎なため殆どキバに一任されている。 「……またかよ。俺が行くからほかのやつらは待機って言っといてくれ」 「何度でも言いますが、キバさんは動かないでください! 指示を出すのが司令塔の仕事なんですよ! あと、上に立つものとして、制服もちゃんと着てください!」 黒軍の旨を報告に来た女生徒は声を荒げる。 たしかにキバはブレザーをまともに着ていたことはない、今も前を開き、中にこれもまた前を開いたパーカーを着て、シャツがだらしなく出ている、ネクタイも緩めている状態だった。ローファーを履くでもなく、その足に履かれているはミリタリー系のブーツだ。 「いつもお前が何とかしてくれてんじゃん。【副司令】さん」 「それはキバさんが仕事をしないから!」 「敵の武装は?」 キバは話を遮る。 「……近接武器が主ですが銃を持っている者も確認されています」 「じゃあ大丈夫だ、行ってくる」 そう言うと、キバは壁に立てかけていた純白の戟【舞白龍】と、愛用の刀、焔のような鞘を持つ、火恋花【かれんか】を持ち部屋を出ようとする。 「【白戟の龍爪】、行ってきま~す」 「ダメです! だったら部下を付けますんで下で合流してください!」 「わーかったよ、狙撃できるやつ一人つけてくれ。しょうがねぇな」 キバの感覚ではこの程度の敵襲なら部下など邪魔でしかない。一兵士だった頃の方が気が楽だったなと、建物の最上階、司令室を出て階段を下りながら、ひとりため息をついた。 校門、そこで狙撃を得意とする生徒と合流する。 「待ち伏せするから、銃持った奴を狙ってくれ、あとは俺がやる」 「わかりました!」 田舎の学校だ、特に遮蔽物もないが身を隠す場所もないため狙撃手には腕が求められる。だがこの生徒はこの学校では一番の使い手だったはずだ。問題はないだろう。たしか二年生だったか。 【火恋花】を腰に、【舞白龍】を手にのどかな田嬰風景を進む。
「ゴホッ、キバさん……煙たいです」
キバは黒い小箱から取り出したものを口に咥えている。
「煙が行っちまったか。俺の好きな【お香】なんだよ、悪いが我慢してくれ。このことは誰にも言うんじゃねーぞ。……そこの林に隠れる。外すなよ」 弧を描く道を見渡せる、脇に茂る木々の間に身を潜める。しばらく経つと、黒軍の者立ちの姿が見えた。 「引きつけてからだ、逃したくない。仕事くらいキチッとしないとな」 「ですが、キバさん事務の仕事は…」 「あー聞きたくない。もう撃っていいぞ」 「は、はい」
狙撃生が静かに引き金を引く。サイレンサーをつけていたため銃声が山に響き渡ることもない。空を切る音だけが聞こえ、長銃を持った黒軍の生徒の右腕が吹き飛ぶ。他の黒軍の生徒達は素早く脇道の林に飛び込んだ。 黒軍の狙撃された生徒は、まだ生きている。スナイパーの常套手段だ。案の定林から生徒が数名助けに向かう。狙撃生はその数名も正確に打ち抜いた。 「ハイよく出来ました。副司令の奴が進めるだけあるな。あとは俺がやる」 それだけ言うとキバは道に出ず、林の中を黒軍が隠れた方角へ駆け出した。 木々の間を駆けていくと、複数の声が聞こえ始める。 「……を受けました!繰り返します!狙撃を受けました!救��をッ……」 キバは舞白龍を持ち通信機を持つその生徒を背後から貫いた。周囲にいた黒軍の生徒達がどよめく。刀を抜くもの、槍を構えるもの、様々なようだ。銃はもういないらしい。 キバは少しだけニヤリと笑い突き刺さったままだった舞白龍を引き抜く。 「かかってきなァ!」 その声をきっかけに黒軍は動き始める。まずは刀を持った生徒たちが向かってきた。しかし、その刀は獲物を捕らえることはない。林という長柄を振り回すには不利な環境の中、キバはその戟を、その名のとおり舞うかのように操る。 刀の最後の一人を舞白龍の刃で切り落とした。他の学生たちは明らかに動揺している。 勝負は決まっていた。腰の引けた攻撃ではキバを捉えることなどできない。あと槍が二人と通信部隊らしいやつが一人だ。 すると一人が突然槍を投げ捨てた。震えるその手を腰にかける。 拳銃だ。通信部隊らしいもうひとりも拳銃でこちらを狙っている。 キバの戟が届く距離ではなかった。もっともそんな距離で震える手で打つ拳銃が当たるとも思えないが。 キバは反射的に動いた、戟を右手に持って振りかぶり、投げ飛ばす。狙い通り、舞白龍は宙を駆け、通信部隊らしい生徒に突き刺さり、そのまま背後の木に縫い付けた。あと二人だ。 獲物を失ったと思ったのか、槍の一人と拳銃を構えた黒軍の生徒は再び槍を構え直し、こちらへ向かってくる。キバは腰に手をかけ、もうひとつの獲物、火恋花を抜いた。その刀身は赤い煌きを放ち、その熱を現すように陽炎が湧いている。槍を一人切り倒した。あとは拳銃を持っていた者一人だ。 「そ、その刀は! まさか貴様、心刀をッ……!」 それがその生徒の最後の言葉となった。キバは血を払った火恋花を鞘に収め、舞白龍を木から引きぬく。刺さっていた生徒の骸から血が吹き出すがキバに気にする様子はない。再びお香を咥え狙撃生のもとへ戻り一声かけると、学校へ戻っていった。 次の日 「……異動だ?」 「はい、キバさんはより京都の近くの学校へ転校されるように決まったとのことです。働きが認められてのことでしょう」
「殆どお前に頼んでたけどな」
異動など面倒でしかない。キバはこの田舎でだらだらと過ごすのも少し気に入っていた。 「上の指示なら仕方ないか。まあ、お前には感謝してるよ【副司令】。……じゃあな、お別れだ」
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