Tumgik
pianissino4 · 9 months
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誰もいない場所にいる人はいない
開園前の御苑を通りかかる。
深くなった秋と冬の境界は難しい。散るべき木の葉がぜんぶ散ったら冬?
風に乗って上から下に、足元へやってきた木の葉は向こうの大樹とひとつながりの黄色。 一斉に飛び立つ鳩と落ちていくイチョウ、通りのポプラが間を縫って、舞う、ぼろぼろになる。雀の影と落ち葉の違いが難しい。 死んだ人を弔って、歌わないとと言う。 夜が更けて朝になる、秋が更けて冬は何? 朝の新月が地球の光を照り返してきっとわずかに青白く。目を凝らしてはずっと好きになっていく、冬の澄んだくうきのやや白みがかった晴天の、月のわずかに青白く、何も見えない部分。
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pianissino4 · 3 years
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夜明け前
一列の窓
集中治療室の眠りたくて眠れない人や起きたくて起きられない人がそこにいる気配
この町を照らしている
眠りたくて眠れない人や起きたくて起きられない人がそこにいる気配
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pianissino4 · 3 years
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2021年6月
 回る管球は、公転する惑星のようでした。
 46億年経ってから生まれた私にしてみれば、地球の公転周期と個人的なリズムがちょうど重なり合うという風に考えることはどうも不自然に思えます。医療職に就く私達は病が時を待たないことを知っているのに、回すオールに乗せるリズムはいつだってお得意の六十進法です。
 臨床の場面で皆様とお話をさせていただく日、私達それぞれの生きる時間に真に参加するような交流が生まれることを楽しみにしております。
ーー院内の職員向け刊行物に掲載していただいた自己紹介文改め。
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pianissino4 · 3 years
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八重咲きの山茶花
銀のソバージュを弾ませて、池の石階をほんの数段駆け降りる。くるぶし丈の紫のコートも、右に左に揺れれば不思議と少女時代を思わせた。静寂の睡蓮はこの前の夏のことなど思い浮かべやしないだろうけれど、蘇るのはいつか万緑を跳ね返した池の花。鳥達は歌えば一つ池の中なのに、実は共有しない進化の上にあることを知って感心する。
それでも今は今だ。山は霞んで青白くなり、下の製油所から上る煙の際の部分だけが傾いてきた日の光を透き通して眩しかった。
タゴールが問うた言葉を君に聞く。いつかの日、舞う晴雪がゆっくり落ちていくのを眺めたら、またきます。
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pianissino4 · 3 years
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回らぬロータス
隣のホームに来た電車が桜木町行だった。すごい、こんな時間に桜木町まで行くんだね。考えてみればそれなりに馴染みのある電車だったし、ずっとこの辺りに住んでいる私が今更面白く思うのもおかしな話だ。でも、桜木町が一体どこなのかピンと来ていないような君に「行ってみる?」と言われて、やっぱりその時間に桜木町行の電車がいたのは面白いことなんだと思った。本当は、わかっていたけど終電がなくなった、っていうくらいの世界には簡単にアクセスすべきだと思ってる。
真夏の緑を食った鯉が、もう時期凍りそうな池の中をゆっくりと動いて時々一列になったりする。
わかっているけど明日の仕事はきっと辛い。
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pianissino4 · 3 years
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柿のカクテル
少し腹の出た中年のマスターが瓶や果物の間を真っ直ぐな線で結びながら淡々とカクテルを作っていた。メジャーやボトルを置くときの音なんか全然気にしない。かと思えば、完成したカクテルを大切そうに両手で持って、そうっとお客さんの前に運ぶ姿が好きだった。
丁寧な暮らしも幻想的で洒落た格好もない。でも入り口には立派なお家の絵があって、手洗いにはいっぱいの貝殻が並べてある。
これも本当はきっと特別でもないある一日の記録。
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pianissino4 · 3 years
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帝都上空
ちょっとずるいけど思い出して書いておく。
「よくわからなかった」としか言いようがないことには同意する。
人の精霊みたいな感じだった。顔を合わせたときには何か言っていたような気もするけれど、ここで声を出すだろうというとき何も言わずにいる印象が強かった。静かな人というより、なんとなく存在の不確かさを思わせるような雰囲気だった。居ることを確かめにいったら、意外とあんまり居なかったということも、この世の中にはあるらしい。
といっても、少し笑ったりぽつぽつ近くで話してくれるときの存在感は思っていた通りだったし、もう今とあまり変わらない。烏合のビル群の光とか立派な建物とかは、もはや用を成さないものになってしまった気がする。
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pianissino4 · 3 years
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アラベスク 1978年英国
「お正月にお参りするの、何て言うんだっけ?」とか、そこに標示があるけれど手元の地図を回転させてみて「こっち行こうか?」とか言ったりしている。座面の木の板のそりかえった椅子に当たる少しの風とか、メタセコイアの足元でつぼみを蓄えた1本だけの単子葉植物とか、12月のカリンの木とか、そういうものに一々君のいる世界の存在を確かめてしまう。遠くから紫色に見えた紅葉の葉っぱは、近づいてみると赤と緑と青空の重なりだった。
世界から遠く離れたような気持ちになって特に話すこともなかったけれど、私のブーツと地面がぶつかる音のなかには私がいるような気がした。そしてなお君は、暖かったり冷たかったりするまわりの空気に溶けて、いたりいなかったりするような感じだった。
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pianissino4 · 3 years
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Achtzehn
グラスのなかみは
ゆふらりとステムをつたひ
いまふたたびおほらかなうみとなりぬ
しづかなるなみのやうなかほはせ
わたしはいつまでも
このなみにゆふらりとゆらればや
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pianissino4 · 3 years
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心地よいため息
そこに潜んでいる虫とわかちあう仕事場の静けき夜
夜の片側二車線いま渡らんとするゴキブリの背に光を集め
救急のサイレンがすきとおった空気のなかを通るだけ 年の暮れ
箱いっぱいの柚子は見るごとに減り人の暮らしになり
教習所のコースをなめらかに逆走する まだ何も知りたくない
夕どきの試食コーナー爪楊枝に伸びる手のにぎわいの記憶
信号のかわることも忘れてしまうすきだらけすきだらけの今朝
青年の体が両足の上で左右に揺れやっと落ちる点滴の一滴ずつ
真っ赤なジャンパー羽織ってきた人も持っている検診の結果
変異株より先に雀荘へ向かうとのこと
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pianissino4 · 3 years
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竹串をスッと通す大根の湯気
うでいっぱいの柚子芳し帰り道
渋柿あとひとつ雀蜂の分け前
がんがありました秋晴の診察室
一人鍋鮟鱇の油のだいだいのひとつひとつ灯をともす
長髪の兄さんの暮らし思い浮かべてみる勤労感謝の日
徳利を傾けとろり思い出す終電のひとつ前君と見送ったあいだ
地下鉄の改札まで コートの雨水だんだん散らすだんだん散らす
黒髪ロングの女達の笑う アンバーはじっと息を潜め
その放送わたしも聞こうとして森の中にいる様になった
押してだめでも押すだからあるいのち
同じ話を繰り返すひとの急にこぼれそうになった涙
先生見つめていた星のなか見上げた解剖室の天井
陪席の私にも微笑みかけるひとたちのかよう診療所である
頷いてから聴こえなくてと笑ひけり 処方の一手先年寄りはおり
閉めずおく診察室の扉より吹きこむ風のただ満ちる部屋
熱くなった頬の色が両足の底から染み出してくる
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pianissino4 · 3 years
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夏からの記憶
赤い首輪の山羊救急車と出会った日
押してだめでも押すのである押すのみなのであるいのち
秋茜と交代する昼休み診療所うらにて
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pianissino4 · 3 years
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休み明けの午前
鼻血を出しながら笑っている数多のおじさんであった
虫の息絶えた部屋の中に充満した人間の呼気
みんな撹拌した活性炭の渦にのまれていった
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pianissino4 · 3 years
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日常の中身
陪席の私に微笑む身なりの似た夫婦問題なし
早起きの老人寝坊の若者病院に来る仕事
スライスの間にはあったかもしれない心についての報告
外科医の肩の向こう腹の底見えなかった
マルクって何ですか 息の根の張る畑
眼球がこぼれて接眼レンズが割れて落ちていった
君が駆血してみせた血管に灌流されるシステム
妻が入るため少しだけ開いたままになった扉
がんがありました秋晴の診察室
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pianissino4 · 3 years
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個人的な欲求
誰かが望むなら今が夏になってもいいしここが東京になってもいい。誰かが望むなら、明日は休みになってほしいけど、まあそうでなくてもいい。〆切の住処も随分狭くなって、居心地悪そうにしている。心にも暮らしはあるらしい。
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pianissino4 · 3 years
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勤労感謝の日
徳利を傾けるあの人の濡れた肩思い出す
地下鉄の階段跳ねた東京の秋雨
かえって生活が愛おしくなる男の長い髪
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pianissino4 · 3 years
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展覧会の感想
バルティカNo.3
ユーラシア大陸に浮かぶ雲からのしらせ
牛の肝臓をカモミールの草原に
手向けた甘いワインの味
タンカレーNo.10
六本木は雨が降って
煙霞に見え隠れする葡萄の一房と
溢れてしまいそうな距離いっぱいのきもち
記録
「月の聴覚」 蝸牛のような立体
「初春」 川の上を鳥が飛んでいるだけの記憶
「水曜日の午後」 家の中で床に座り微笑む現代風の女性
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